126話 嫌がらせ
フィルによると、ノームはレナリアの魔力で孵化したから、そのうちリッグルの練習場に現れるだろうということだった。
今は修復工事中ということで人の出入りが多いから避けているだろうけれど、落ち着いたら魔素の補給に行く可能性が高い。
それまでの間、中庭にノームを探しに行きたかったが、そちらも立ち入り禁止で入れない。
レナリアはノームの姿が見えないかと窓の外を気にしながら、日々を過ごしていた。
だが可愛らしいウサギの姿はどこにも見えない。
フィルとチャムも、レナリアが基礎学問の授業を受けている間に探してくれているのだが、やっと見つけてもすぐに地中に潜って隠れてしまうので、なかなか捕まえることができなかった。
そしてレナリアはなぜかノーム捕獲の進行度の確認ということで、週に二日ほど、兄とレオナルドとセシルの四人で食事を摂ることになっていた。
しかも水曜日は昼食で、金曜日は夕食という決まりになりつつある。
おかげで一部の女子生徒たちからは、目の敵にされるようになってしまった。
「まだ王宮にも登城を許されていないのに、学園で王族の方に近づくなんて、ねえ……?」
キャサリン・カルダーウッドが、扇を広げてこっそりと横に立つロウィーナ・メルヴィスに話かけた。
基礎学問を学ぶ特別クラスは、高位貴族の子女のみが在籍している。
侯爵家であるレナリアと王族であるセシルも、特別クラスだ。
だがセシルはランベルト・パリスやステファン・ジョーンズなどの将来の側近候補に囲まれ、なかなか近づくことができない。
学園にいる間に、なんとかしてセシルと親しくなりたいと思っていた女生徒たちにとって、いつの間にかセシルと仲良くなっているレナリアの存在は目の上のこぶだ。
なんとか排除したいと思っても、レナリアのほうが身分が上だし、なんといっても従兄妹同士という繋がりがある。
だからキャサリンとロウィーナは、週に二回とはいえ、レナリアがセシルと一緒に食事を摂っていることを知ると、セシルがいなくなった途端にレナリアに嫌がらせをしてくるようになった。
といっても毎回嫌味を言うくらいだが、それでも気分の良いものではない。
レナリアは内心でため息をつきながらも、帰り支度をする手を止めない。
今日の授業が終われば楽しい週末だ。
ノーム探しをがんばってくれているフィルとチャムに、またクッキーを焼いてあげる約束をしているから、早く部屋に帰りたい。
これが表立って非難してくるならばまだ抗議をすることもできるが、レナリアだけにしか聞こえないような声で言ってくるので、なんともしがたい。
以前、思い切って反論したことがあるのだが、のらりくらりとかわされてしまった。
それ以来、相手にしても無駄だと無視するようにしているのだが、それがまた気に障ってしまうらしく、ますます悪口がエスカレートしていった。
「ええ。いくら従妹といっても……王太后さまがお聞きになったら、なんとおっしゃるか」
セシルの祖母である王太后がシェリダン侯爵家を嫌いぬいているのは周知の事実だ。
いや、嫌っているという言葉など優しすぎる。
レナリアの母のエリザベスと、そのエリザベスにそっくりなレナリアがもし目の前にいたら、両手で八つ裂きにしたいと思われるくらいに憎悪されている。
なぜならエリザベスもレナリアも、王太后の夫であった先代国王がただ一人深く愛した寵姫によく似ているからである。
それを知っているシェリダン侯爵は、病弱であるからと断って、決してエリザベスとレナリアを社交の場に連れていこうとはしなかった。
その王太后がセシルとレナリアが仲良くしているのを聞いたら、確かに怒り狂うのは必然だろう。
だがレナリアから言わせてもらうと、こちらとの距離を詰めようとしてきているのは王族の二人のほうだし、そもそもレオナルドとアーサーが親友同士なのだからどうしようもない。
兄のアーサーも最初はレオナルドと仲良くなるつもりはなかったそうだし、シェリダン家との交流を禁止するなら、もっと早くに止めれば良かったのだ。
レナリアだって、前世の記憶のせいで王族には近づきたくはなかった。
なのにいつのまにか一緒に食事をしている仲になってしまっているのには、どうしてこうなったんだろうと、自分でも首を傾げているくらいだ。
レナリアはまだ聞こえるように嫌味を言っている二人を無視して、教室から出ようとした。
だがロウィーナの横を通ろうとすると、急に足に何かが当たって、バランスを崩す。
「きゃあっ」
そのまま前のめりに転んでしまったレナリアは、床に膝をつく。
床にぶつかった膝はジンジンと痛みを訴えてきた。
「レナリアさん、大丈夫!?」
離れた席にいたアジュール・ライトニアとエイミー・マクセルが、心配そうに駆け寄ってきた。二人とも、木魔法クラスの生徒たちだ。
その手を借りて立ち上がろうとしたレナリアは、右膝に鋭い痛みを覚えて見下ろしてみる。
すりむけた膝からは、赤い血が流れ落ちていた。
「ひどい……。あなたたちが何かしたんでしょう」
アジュールに責められたロウィーナは、水色の目を潤ませて両手を口に当てた。
「そんな……言いがかりだわ。私はそんなことしないわ……」
ロウィーナの横にいたキャサリンも、腰に手を当てて反論する。
「レナリアさんが勝手に転んだのよ。机にでもぶつかったんじゃないかしら」
「そんなわけ――」
「いいのよ、アジュールさん」
カッとなったアジュールを、レナリアが止めた。
多分、ロウィーナに足を引っかけられて転んだのだろうが、大した傷ではない。
前世でマリウス王子の婚約者だった時は、マリウス王子に恋焦がれる貴族令嬢に散々嫌がらせを受けた。
あれに比べれば、命の危険もないし、全然大したことはない。
それに寮に戻って治癒魔法を使えば、すぐに治ってしまうだろう。
でも怪我をさせられたと知ったフィルが怒りそうね……。
そっちをなだめるほうが大変だと思いながら、レナリアは慌てて教室に入ってくる侍女のアンナと護衛のクラウスを待った。
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