116話 王太子レオナルドの思い
何度も頭を下げながらダニエルが部屋を退出すると、レオナルドとアーサーはどちらからともなく顔を見合わせた。
「役に立ちそうか?」
レオナルドの問いに、アーサーは肩をすくめる。
肩にかかる艶やかな黒髪がさらりと流れた。
「教会に打ち込む楔の一つとしては弱いけれど、わずかでも傷を与えられると期待しましょう。そこから亀裂を広げていけばいい」
「私のほうでも教会に人を潜りこませてはいるんだが、さすがにまだ中枢にはたどりつけてはおらん」
「ダニエルが良い駒に育てば、期待できますね」
「そうなるといいが」
本来は父である国王が教会などの反対勢力への対抗手段として、教会内部に内通者を送りこむべきなのだが、熱心な信者である国王は逆に取りこまれてしまっている。
むしろ王太后の子飼いのほうが、教会の事情には詳しいのではないだろうかと思うほどだ。
現在の王宮では、王太后の母国であるゴルト王国の影響を濃く受ける一派と教会の勢力がしのぎを削っていて、エルトリアの生粋の貴族は肩身の狭い思いをしている。
レオナルドもゴルト王国の血を引いてはいるが、他国や教会の影響は受けたくないと思っている。
だから学園でアーサー・シェリダンと出会ったことは
アーサーの母のエリザベスが国王の異母妹で、アーサーはレオナルドの従兄弟になる。
先代国王は、レオナルドやアーサーたちと同じようにこの学園へ通い、そこで出会った伯爵令嬢と愛し合って結婚を約束した。
だが平和条約の締結のためにゴルト王国を訪れた先代国王に、ゴルト王国の王女が一目ぼれをした。
そこで娘を溺愛していたゴルト国王は平和締結の条件として、王女と、当時王太子であった先代国王の婚姻を提示した。
先代国王は愛よりも国を選び、ゴルト王国の王女――現在の王太后と結婚をした。
しかし世継ぎの王子が生まれると、王太后の部屋を訪れることもなく、ただひたすらに政務をこなし……そして倒れた。
先代国王は王位を継いだばかりで、王太子はまだ幼い。このまま国王が亡くなれば、王国は他国に侵略されてしまうかもしれない。
平和条約を結んだといっても、エルトリア王国とゴルト王国は長年敵対していた国だ。
ゴルト王国の血を引く、傀儡にしやすい、幼い王太子。――この機会をゴルト王国が逃すとも思えない。
実際、そういった動きは水面下で存在した。
そこで重臣たちは話し合って、先代国王と離され、修道院で慎ましく暮らしていた伯爵令嬢を侍女として王宮に迎えることにした。
侍女という名目だが、実際は寵姫だ。
だが伯爵令嬢は先代国王の愛だけを求め、社交には一切出ずに王宮の一角で慎ましく暮らした。
そして生まれたのが、アーサーの母のエリザベスだ。
だがおもしろくないのは王太后だ。
寵姫に娘が生まれ、先代国王が寵姫の元へ足しげく通うのに、憎悪を募らせていった。
やがて寵姫が二人目の子供を授かると、もし生まれるのが男子であれば、その子供を王太子にするのではないかという噂がかけめぐった。
先代国王はそれを否定したし、実際、ゴルト王国の王女が生んだ子供をないがしろにすれば、新たな火種となってしまう。
だから王太后が懸念することにはならないと先代国王は断言したのだが……悲劇が起こった。
お腹のふくらみが目立ち始めた頃、寵姫が病に倒れてしまい、そのまま亡くなってしまったのだ。
そして寵姫を亡くし生きる気力を失った先代国王もまた、後を追うように崩御した。
だが寵姫の死と……そしてもしかしたら先代国王の死も、王太后のしわざではないかと噂されている。
実際、レオナルドはあの苛烈な性格の祖母であれば、やりかねないと思っている。
先代国王が亡くなると、王太后はすぐに実権を掌握した。
少し気弱なところのある国王は王太后の言いなりで、唯一抵抗したのは、幼いエリザベスを修道院へと預けるのを強行したことくらいだ。
このまま王宮にいれば、王太后の手によっていずれは命を落とすだろう。
だから戒律の厳しい修道院へと送ったのだ。
そこでエリザベスが出会ったのが、若きシェリダン侯爵だ。
歌劇にもなっている劇的な出会いを経て結ばれた二人の子供が、アーサーとレナリアだ。
考えようによっては、レオナルドよりもエルトリアの王族としては正しい血筋を持っているともいえるかもしれない。
だからこそ、そんなアーサーがレオナルドの味方になってくれているというのは、とても心強いのだ。
「今の教皇は仮面をつけていて素顔をさらさないと言うが……どんな顔が隠れているのか。噂では絶世の美貌だというが、案外逆かもしれんぞ」
レオナルドの言葉に、アーサーは前髪をかき上げながら答える。
「仮面をつけるということは、何か隠したいことがあるということですからね。その可能性はありますが……。教皇の側近は狂信的だと聞きますし、魅了されるほどの美しさなのかもしれませんよ」
人は美しいものに惹かれる。
それが人にあらざるほどの美しさであれば、盲信的に崇拝するものもいるだろう。
「あれほどの人物だというのに、素顔どころか経歴も謎に包まれているからなぁ。ダニエルがうまく探ってくれればいいが……」
「少しずつ、探っていくしかありませんね」
「それしかないな」
レオナルドはソファの背もたれに深く身を預けて、目をつぶった。
学園を卒業すれば、いよいよ王太子としての仕事をこなすようになる。
その中で、ゴルト王国の影響をなくし、教会の勢力も減少させる。
大変な仕事ではあるが、やりがいはある。
まずは教会の手の内を少しでも探れるようになれば、と、部屋を去ったダニエルへと期待を寄せた。
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