115話 ダニエルへの提案
そのまま王太子の住む貴賓室へ向かうのかと思ったが、ダニエルが案内されたのは一階にある応接室だった。
部屋のドアを開けると、既に王太子レオナルドが待っていた。その隣にはアーサー・シェリダンもいる。
アーサーの姿を見たダニエルは、入り口で一瞬立ち止まった。
ダニエルが停学になった原因のリッグルは、アーサーの妹であるレナリア・シェリダンのリッグルだったからだ。
もしかしたらレオナルドがダニエルの境遇に同情して助けてくれるのかと淡い期待をいだいていたが、この場にアーサーがいるということは、その可能性は低い。
ダニエルは重い足を動かして、部屋の中へと入った。
「ダニエル・マクロイです。お呼びと伺いましたが……」
「まずは座りたまえ」
レオナルドにうながされて、ダニエルはレオナルドの正面に座る。
正直に言えば、ダニエルは王太子の正面に座りたくはなかった。
だが、冷ややかな笑みを浮かべているアーサーの正面には、もっと座りたくなかったのだ。
「さて、先日のリッグルへの傷害の件だが、学園内での許可のない攻撃魔法の使用が処罰の対象だということは知っているな?」
「はい……。大変申し訳ございませんでした」
ダニエルは少しでも印象が良くなるようにと、テーブルにつくほど頭を下げる。
だがそれにレオナルドとアーサーが心を動かされることはなかった。
「私が聞くところによると、残念ながら教師たちは、停学ではなく退学処分がふわさしいと思っているようだ」
それを聞いたダニエルは「申し訳ございません、申し訳ございません」と謝罪の言葉を連呼する。
「だが私には一つ分からないことがあってね。処罰の対象だと分かっていたはずなのに、なぜ君は魔法を使ったんだ?」
レオナルドの質問に、ダニエルはのろのろと顔を上げた。
そして言おうか言うまいかと迷っているように視線を揺らす。
「ああ。ここで話した内容を外に漏らすつもりはない。正直に話してくれ」
その言葉に、ダニエルは思い切ったように口を開いた。
「その……。ロイドさまが、多少の荒事ならもみ消せるから大丈夫だとおっしゃって……」
「ロイド・クラフトか。教皇の甥であることに驕って、色々と問題を起こしているようだな」
光の精霊シャインの加護を持つものは、必ず教会に属さなければならない。
また、怪我や病気を治すことができることから、心の綺麗なものしかシャインの加護を得られないと言われており、人々から尊敬されている。
だからこそ教会は人々の尊敬を受けているのだが、ロイドやアンジェの振る舞いを見ていると、本当に心の綺麗なものだけがシャインの加護を得られるのだろうかと、学園内でも疑問に思うものはいる。
レオナルドとアーサーもそのうちの一人だ。
もちろんシャインの加護を受けて人を救うために尽くしたいと考えている生徒もいるが、自分たちは特別なのだとおごり高ぶって、高圧的な態度をとるものが増えてきた。
さらに学園の規則を破ってももみ消せると豪語しているとなれば、教師の中にもロイドを庇うものがいるのだろう。
それが誰かをレオナルドたちは知りたかったのだ。
「だが今までそれほど問題になっていないということは、学園内にロイドの味方がいるということか」
それに対してダニエルが答えることはない。
確かにその通りだが、そこまで口にしてしまえば、ここで退学になるにせよ、停学で済んで学園を卒業できたにせよ、ダニエルは教会に目の敵にされてしまって、その後の生活がたちゆかなくなるだろう。
最も恐ろしいのは破門されることだ。
そうなってしまえば、もう教会の癒しを受けることはできない。
病気やケガになってしまっても、自然に治るのを待つしかないのだ。
もちろん薬草によって回復をすることはできるが、司祭による癒しであればその場で治る。
特に貴族は領内にすべての資金を出して建設する教会を持っていて、ほぼ専属のようになっている司祭に回復してもらうのが慣習となっている。
だからこそ、貴族にとって破門されるというのは、死の宣告にも近かった。
「さきほど私は、君が退学処分になるだろうと言ったが、一つだけそれを回避する手立てがある」
足を組んでゆったりと微笑むレオナルドは、普段の猛々しい雰囲気が嘘のように、優しく見える。
ダニエルは藁をもすがる思いで聞き返した。
「それはどんなことですかっ」
「被害者であるレナリア・シェリダンの兄、アーサーから退学を撤回する嘆願書をもらえばいい」
確かにそれであれば、退学は免れるだろう。
だが妹を溺愛していると噂のアーサーが、そんなことをしてくれるのだろうか。
ダニエルはさっきから一言も喋らずに冷たい微笑みを浮かべているアーサーの様子を、おそるおそる窺う。
だが、見返された目に、親愛の情などかけらもない。
話しかける隙もないアーサーに、どうすればいいのかとダニエルは視線をさまよわせた。
レオナルドはため息を一つつくと、横に座るアーサーを肘でつつく。
無言のままのアーサーは嫌そうにレオナルドを見ると、仕方がなさそうに口を開いた。
「嘆願書を出さないこともないが、条件がある」
「条件、ですか……」
思いもよらなかった提案に、ダニエルは前のめりになる。
「学園内でのロイドの協力者をすべて教えること。そしてこれからも、彼らの動向を我々に教えることだ」
「それは……」
つまりそれは、教会派をスパイしろということだ。
言いよどむダニエルに、アーサーは冷たく笑う。
「無理にとは言わない。このまま退学する君に頼んでも仕方がない」
ダニエルは、ぎゅっと両手を握った。
握った手の中に汗がたまる。
「……やります、やらせてください。その代わり……」
「もちろん、嘆願書を出してあげよう。そうだな、アーサー」
「ああ」
いかにも仕方がなさそうに頷くアーサーの横で、レオナルドは満足げに頷いた。
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