112話 特別クラスの生徒たちの推測
翌日から、リッグル騎乗の練習場は閉鎖されてしまった。
一週間ほどで復旧できるそうだが、この時期に練習ができないというのは、初めて競技に参加する一年生にとっては辛い。
といっても、学園にくる前にリッグルに慣れ親しんでいる王族や有力貴族が所属する特別クラスの生徒にとっては、それほど大した問題ではなかった。
それよりもなぜ閉鎖されてしまったのかという話題で盛り上がっている。
「もしかして、トレントが出たんじゃ……」
杖に使う枝を選ぶ時にトレントと遭遇して死にそうな目にあったコリーン・マードックが、顔を青くしてあの時に一緒にいたバーナードに話しかける。
「まさか。学園の結界内にトレントが入ってこられるはずないだろ」
そう言いながらも、バーナードの言葉は歯切れが悪い。
「でも練習場だけじゃなくて、あの一帯が立ち入り禁止になってるなんて、おかしいと思わないかい。それに、噂によると地響きを感じたっていう人もいるし……」
コリーンは、恐ろしかったトレントを思い出してぶるると震える。
トレントが大移動する時は、地響きが聞こえる。
実際にそれを聞いたことがあるコリーンとバーナードは、揃って青ざめた。
二人とも、未だにあの時のことを夢に見る。うなされて何度も真夜中に起きた。
そのたびに枕元に置いてある女神像を握りしめて心の平穏を保っているが、完全にトラウマになっている。
「僕は先生がお手本を見せた時にやりすぎたって聞いたよ。やっぱりマーカス先生かな」
土魔法の属性を持つドミニクが、憧れの眼差しで水の属性を持つセシル王子たちを見る。
魔法学園の一年生が基礎学問を学ぶクラス分けにおいて特別クラスの担任をしているマーカスは、属性別のクラスでは、最も強いと言われている水魔法クラスの担任も兼任している。
その実力は学園一で、レオナルド王太子とセシル王子が学園に在籍している間だけ、特別に教師を務めているのだろうと噂されていた。
「きっとそうじゃないかな。いいなぁ。僕も水魔法の素質があれば良かったんだけどなぁ。……って、痛い、痛いよ、ノーム。怒るなよ、ほんとのことだろ」
小さな石に見える土の精霊のノームが、怒ったようにロイスにぶつかる。
さすがに顔にはぶつかっていないが、何度もお腹に体当たりしているところを見ると、ノームは相当ロイスに怒っているらしい。
ドミニクに同意したロイスも土魔法の属性を持つ。
土魔法は水魔法や火魔法のように派手な魔法は使えないし、木魔法のように植物の育成を促して人々に喜ばれることもない。
種をまく前の農地を耕したり、魔物が襲ってこないように土壁を作ったりと、どちらかというと地味な魔法だ。
もっと地味な風魔法よりもマシだが、やはり水魔法への憧れは大きい。
それは特別クラスに所属する、土魔法の生徒たち全員の気持ちだった。
「……どう思う?」
そんなドミニクたちの会話を聞いていた、水魔法の属性を持つステファンが声を潜めて同じ水魔法属性のパスカルに聞く。
特別クラスには各属性の生徒たちが集まって基礎学問を学んでいるのだが、やはり属性クラスでも一緒に学ぶクラスメートたちと仲良くなることが多い。
今も、彼らはそれぞれの属性ごとに分かれて固まっていた。
「僕たちが練習をする前に封鎖されたってことは、風魔法クラスで何かがあったと考えるのが一番だけど……。風魔法クラスだろ? 何も起こりようがないと思う」
パスカルは、木魔法の属性のアジュールと楽しそうに話をしているレナリアを見る。
このクラスで風魔法の属性を持つのはレナリア・シェリダンだけだ。
入学した当初の地味な印象はどこに消えたのか、今では美男美女として名高いシェリダン侯爵夫妻の娘らしい絶世の美少女になっている。
特別クラスの中でも男子生徒のほとんどがレナリアと仲良くしたいと思っているが、当初の地味な姿の時にあまり良い態度を取らなかったため、まったく相手にされていない。
かろうじて従兄弟であるセシル王子と、いつの間にか仲が良くなった木魔法クラスの生徒たちとは普通に会話をしているが、それ以外の生徒たちとはあまり積極的に関わろうとは思っていないようだ。
「そうなんだよなぁ。風魔法なんてたいした魔法じゃないし、魔法紋を刻むか、ちょっと風をおこすかだろう? 練習場は防御の魔法陣を設置してあったはずだから、それを壊すなんてことは不可能だしね」
ステファンはたれ目がちの目をすがめて、レナリアを見る。
確かにシェリダン侯爵家の長子であるアーサーは素晴らしい魔力の持ち主だが、妹のレナリアは風魔法しか使えないできそこないだ。
そのレナリアが練習場を壊すほどの魔力を持っているはずがない。
だからこそ、原因が分からずモヤモヤするのだ。
「でも風魔法クラスの授業の時に何かあったのは確かなんだよなぁ」
パスカルもレナリアのほうをチラチラと見る。
何があったのか聞きたいが、今まで話したことがないから、話しかけられない。
パスカルはレナリアと仲良く話をしている木魔法クラスの生徒たちを、羨ましそうに眺めた。
そこへマーカスが現れた。
慌てて席に戻る生徒たちを見て、教卓を軽く叩く。
「授業を始めるぞ。各自、席につくように」
「先生、その前に質問をよろしいでしょうか?」
席についてすぐに、属性クラスでもマーカスに教えてもらっている、水属性のキャサリン・カルダーウッドが手を挙げた。
「なんだ」
「リッグルの練習場はどうして閉鎖されたんですか? 練習が再開できるのは、いつからですか?」
カルダーウッド伯爵家は王都でも大きな商会を経営している。
商会ではトラブルがあった際にはきちんと上司に報告をして、再発を防ぐようにしていると両親から教わった。
だからきちんとした説明をして欲しいと思ったのだ。
「風魔法クラスで精霊の暴走があったと聞いている。すぐに復旧できるように教師一同力をつくしているから心配しなくてもよかろう。リッグルの騎乗練習ができない間に、基礎学問の授業を進めておく。来週には試験をするので、しっかり勉強するように」
誰の精霊の暴走なのかという追及をする間もなく、いきなりの試験の発表に、特別クラスの生徒たちの悲鳴が響いた。
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