110話 レナリアは手を抜かない
もちろんレナリアもランスの奮闘に、一生懸命拍手をした。
風魔法クラスに来たばかりの頃はふてくされた態度を取っていたけれど、今のランスは守護精霊であるエアリアルとの仲も良く、クラスメートたちとも馴染んでいる。
レナリアに対しては今も距離を置いているが、それでも前に比べれば、ずいぶんと関係は改善されている。
「あーんな奴の応援なんてしなくていいのにー」
最初の頃にランスがレナリアにきつい言葉を投げかけたことを忘れていないフィルは、頭の後ろで腕を組んでつまらなそうにしている。
その横ではチャムが同じポーズを取ろうとしていたが、腕が短くてきちんと組めずにワタワタしている。
(そんなこと言わないで、フィル。あ、次はエリックくんですって)
「凄いね、ランスくん。ちゃんと的の真ん中に当たっているよ。それにエアリアルとの意思疎通もスムーズになってきた。この調子でがんばろう」
ポール先生にほめられたランスは、照れたように口元を緩ませ、ハッと気がついて口を引き締めた。
だがその足取りは軽く、嬉しさを隠しきれていない。
「じゃあ次はエリックくんにお願いしようか」
ランスの次にスタート地点に立つのはエリック・ハメットだ。
平民で漁村の出身ということもあり、学園にくるまでリッグルに騎乗したことはなかったが、元々運動神経がいいらしく危なげなく手綱を持っている。
「では、位置について。……3、2、1、スタート!」
ポール先生の合図で、エリックはランスに負けないくらいの好スタートを切る。
わあ、と歓声が上がる中、エリックは始めからエアリアルに助力を頼んだ。
「ゼファー、あの的にぶち当てろ!」
エリックの魔法杖は扱いやすいケヤキだ。
少し色の濃いケヤキは、浅黒いエリックの肌と同じ色でとてもよく似合っている。
その先端から風魔法が放たれ、的の外側に当たる。
「いいぞー、ゼファー。よし次だ!」
的の中心には当たらないものの、すべての的に当てたエリックは、ゴール地点で拳を上げて喜んでいる。
「うおー、やったぜぃ!」
大歓声が練習場に響き渡る。
レナリアも痛いほどに両手を叩いて「凄いわ、凄いわ」と興奮していた。
基礎学問クラスでは、風魔法クラスはエレメンティアードでまったく成績が取れないとレナリアに聞こえるような声で陰口を言われていたので、こんなにも簡単に的に当てることができて、驚いていた。
しかもまだ練習を始めたばかりだ。
これでもっと練習を重ねたら、すべての的に魔法を当てることができるのではないだろうか。
「エアリアルと契約できるのは魔力が多い人間だけだからね。ちゃんと心を通じ合わせることができたら、優秀なのは決まってるじゃないか」
喜んでいるレナリアに、フィルは何を当たり前のことを言っているんだろうと不思議そうな顔をする。
確かにレナリアはフィルからそんな話を聞いていた。
エアリアルは風の精霊だと言われているが、正しくは大気を司る精霊だ。
そして大気の中には水も火も、光さえも含まれているから、契約する人間に素質があれば、すべての魔法を操ることができる。
残念ながらレナリアのように闇属性を除くすべての魔法の素質を持つものはいないので、エアリアルの持つ能力を完全に引き出すことはできない。
だが風属性の魔法だけでも、精霊の力を完全に使いこなしたら、他の魔法に比べるとかなり強力だ。
ただ普通の人間にはエアリアルの姿を見ることができるほどの魔力がないから、今まではエアリアルの手助けを十分に得ることができなかった。
いくら契約したといっても、守護を与えている立場のエアリアルのことを馬鹿にしている人間に、手を貸そうと思うエアリアルなどいないからだ。
だが風魔法クラスのクラスメートたちは、レナリアの提案で自分たちを守護してくれているエアリアルに名前をつけて、姿が見えなくてもコミュニケーションを取ろうとしている。
そもそも精霊たちは、人間が好きで契約をするのだ。
だから寄り添ってくれる契約者の力になろうと、風魔法クラスのエアリアルたちは、かつてないほど張りきっていた。
少しくらいの軌道修正ならば、エアリアルの力でどうとでもできる。
だから練習さえ積めば、百発百中も夢ではないのだ。
(じゃあ私もそんなに手を抜かなくてもいいということ?)
「うん。そうだね。みんなが凄いんだから、レナリアが凄くても目立たないと思う」
(分かったわ、フィル。私、がんばる!)
レナリアだって手を抜くよりも全力でがんばってみたい。
その機会があるのならば、全力でがんばるのみだ。
「エリックくんも素晴らしいね。すべての的に魔法を当てている。もっと集中すれば真ん中に当てられるようになるよ」
「楽勝楽勝。先生、すぐにできるようになるからさ、期待してて」
「うん、そうだね」
大口を叩くエリックに、ポール先生は笑って返事をする。
エリックは、口は悪いが根は真面目で、勉強も一生懸命がんばっているのをポール先生はちゃんと分かっている。
きっとすべての的の真ん中に魔法を当てるまで、何度も練習を重ねるだろう。
そしてその努力を見たクラスメートたちも、がんばろうという気持ちになるのだ。
本当にいいクラスに恵まれたなと、ポール先生は嬉しくなった。
「じゃあ次は、レナリアさんかな」
「はい」
レナリアは久々に魔法を全力で撃てる喜びに、すっかり忘れていた。
「フィル、ラシェ、よろしくね」
「任せてー!」
「クルゥ!」
ポール先生の合図で飛び出したラシェに乗って、全力で魔法を放ったらどうなるか。
「フィル、お願い」
「おっけー!」
フィルと初めて出会った時に、森がどうなったのか。
「全力でいくぞー!」
さらにそれにフィルの力が加わったらどうなるのか。
練習場は、魔法を使うために周りには防御の魔法陣を設置している。
だがそれが……。
ドゴォォォォォォォン。
すさまじい音を立てて、的だけではなく、その背後の森までもが破壊されてしまった。
「えぇぇぇぇ……」
さすがにびっくりして止まったラシェに乗ったままのレナリアは、あまりの惨状に言葉を失った。
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