108話 霧の聖女の魔道具の完成
「魔石にちょっと光を当ててみて」
フィルにそう言われて、レナリアは魔石に窓から差しこむ光を当てる。
その光が魔石の中にあるインクルージョンに当たると、ぼうっと人の影のようなものが現れた。
「霧の聖女……!」
息を飲んだセシルが、小さく声を上げて驚く。
霧の中でゆらゆらと揺れる黒い影は、目を凝らすとドレスを着ている人のように見えた。
霧の聖女だと言われれば、信じてしまうだろう。
「凄いわ、フィル。本当に霧の聖女が現れたみたい」
レナリアが感動すると、フィルは「当然だよ」と言って羽を七色にきらめかせた。
レナリアは指先で霧の聖女の影をつつく。
すると霧の聖女の影は、レナリアの指の形の分だけ消えてしまった。
「魔石の中の影を映してるだけだから、間に何かあると姿が消えちゃうから気をつけてね」
「ええ」
フィルの説明に、レナリアは魔石をじっくりと見る。
魔石の中に含まれているインクルージョンは、特に人の姿をしているわけではなかった。
魔石を上下や裏表に動かしても、不思議なことに霧の聖女の影は変わらずそこにあった。
「不思議……。どうなっているのかしら」
思わず呟いたレナリアに、セシルが声をかける。
「もう一度、その魔石を貸してもらえるだろうか」
レナリアはセシルに頷くと再び魔石を渡す。
魔石を光に当てたセシルは、光が当たっているのと反対側に手をかざし、魔石に光が当たることによって霧の聖女が現れることを確認する。
「魔力を通してなくても霧の聖女が現れてしまうのだろうか」
そうすると魔石に光が当たらないように常に気を配らなくてはならない。
それにどうやって持ち歩くかという問題もある。
うかつに霧の聖女が現れないように袋に入れておくとなると、取り出すまでに時間がかかる可能性もある。
「ふふーん。見てるといいよ」
セシルの杞憂を、フィルは得意げに否定した。
霧の聖女をじっと見つめていると、じわじわとその輪郭が薄れ、やがてすっかり消え失せていった。
「消えたわ」
「本当だ」
驚くレナリアとセシルは、顔を見合わせた。
フィルはどうだと言わんばかりに胸を張っている。
「時間をおいて消えるようになってるんだよ。凄いでしょ!」
「さすがフィル! 完璧ね」
「ふふーん。もっと褒めていいんだよ」
「チャムもすごいもーん」
「フィルもチャムも凄いわ!」
「チャム……?」
怪訝そうなセシルに、レナリアはハッと口を押える。
レナリアがサラマンダーであるチャムとも契約をしているのは、家族とアンナたち以外には内緒にしている。
レナリアと従兄妹同士であるセシルには、フィルの姿は見えているが、チャムの姿は見えていない。
だから今ここでレナリアを手伝っているのも、セシルには内緒にしていた。
それなのに、うっかり名前を言ってしまった。
どうしようとオロオロ周りを見回すレナリアと、控えていたアンナの目が合う。
お嬢さまったら……と、呆れたような視線がアンナから返ってきた。
「そういえば、レナリアのエアリアルには配下がいるのだよね?」
「え、ええ。そうなんです」
レナリアが回復魔法を使えるのは、フィルの子分に光の精霊シャインがいるからだと思われている。
都合が良いのでレナリアたちは否定していない。
「じゃあシャインが様子を見にきたのかな」
「シャインじゃなくて、チャムでーす」
手を挙げてぴょんぴょんと飛んで自己主張するチャムの姿は、当然ながらセシルには見えない。
レナリアは、これ以上この話題を続けるとうっかり本当の事をポロッと言ってしまいそうだと思って、慌てて話題を変える。
「セシルさま、これでちゃんと霧を発生できるかどうか、試してもらえますか?」
「そうだね。やってみよう」
セシルはじっと魔石を見つめてから、ゆっくりと魔力を流していく。
すると白い霧が魔石から発生し、部屋の中を満たしていく。成功だ。
「できましたね!」
両手を叩いて喜ぶレナリアに、セシルも嬉しそうに頷く。
この魔石をセシルに持ってもらって、いざという時のカムフラージュにすればいい。
もちろんレナリアも自分用の霧の聖女発生魔道具を持つようにするが、セシルも持っていれば、何かあった時にレナリアが聖女であることをごまかせる。
よきよき、と思いながら、レナリアは満面の笑みを浮かべた。
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