会社を辞めるとき、企業型確定拠出年金に加入していた人はそれを手元に移す手続きをしなければならない。だが、その後、ほったらかしにすると……?(写真:C-geo /PIXTA)

「老後のためにお金を準備したいです」

相談に来られたのは48歳の陽子さん。筆者はファイナンシャルプランナーとして、ライフプランについてご相談を受けることが多いのですが、陽子さんは「子どもが大学生になって教育費のメドがついたので、自分の老後について考えたい」と言います。

陽子さんは老後のための資産形成をスタートされていました。ただ、残念なことに、自分ではそのことに気づいておらず、資産は大きく目減りしていたのです。

iDeCoを始めた自覚すらない「48歳の女性マネジャー」

陽子さんがすでにスタートしていた老後資金形成はiDeCo(個人型確定拠出年金)です。10年前、転職をきっかけにiDeCoを始めました。転職前の会社で企業型確定拠出年金に加入していたので、退職したときに企業型から個人型に資産を移換。

iDeCoの口座を開設したものの、積み立てはしておらず、今まで積み立てたお金を運用するだけの運用指図者となっていました。といっても、商品は元本確保型の定期預金を選択していたので、とくに何かをするわけでもなく、単にお金を預けているだけという状態です。

転職先の会社では即戦力として期待されていたため、仕事に邁進しました。マネジャー職で海外出張が多く、忙しい状況が続いてきたので、iDeCoのことを気にする暇はありませんでしたが、「コロナ禍で海外出張がなくなって時間ができ、教育費のゴールも見えてきた今、自分の老後を考えようと思い立った」と言います。でも、突然、こんな不思議な質問をされたのです。

「iDeCoに興味があるのですが、今から始めても遅くないですか?」

陽子さんはすでにiDeCoをしているのに、書類には「個人型確定拠出年金」と書かれてあって、iDeCoと個人型確定拠出年金が同じものであるという認識がありませんでした。そのため、「まだ老後対策を何もしていない」とすら思い込んでいたのです。

陽子さんに限らず、転職を機に企業型からiDeCoに資産を移換したものの、放置している人は珍しくありません。転職したばかりで仕事に慣れないうえ、iDeCoをどう扱えばよいのかわからないのです。定期的に取引状況のお知らせが届くので口座の存在自体は知っています。そんなふうに放置している人は、こう口をそろえます。

「年々、資産が減っているように感じます」

取引状況のお知らせには資産額や運用状況等の記載があり、陽子さんの評価損益を見てみると「マイナス5万円」になっています。確かに資産額が減っていました。「減っているように感じます」というのは正しく、放置し続けると、さらに損失は大きくなりそうです。

気にしていなかった「さほど大きくない月額費用」

陽子さんのようにiDeCoを放置し、その資産が減っているケースでは、その原因はほぼ手数料です。企業型確定拠出年金を導入している会社を退職する際、確定拠出年金をiDeCoに移換しなければいけないことを説明されます。そしてその移換先として企業型と同じ運営管理機関の個人型口座を紹介されます。

紹介された運営管理機関以外にも選択肢があり、運営管理機関によって取扱商品や手数料が違うことを知っていれば、紹介先の運営管理機関に移換するかどうか、いったん考えるでしょう。しかし、違いがあることを知らなければ、会社から紹介された方法で手続きをしてしまうでしょう。

陽子さんも運営管理機関が複数あることを知らなかったため、会社からいわれたとおり資産を移換しました。そして、移換する際、運用指図者となったのです。iDeCoをするには手数料がかかりますが、運用指図者であったとしても手数料は発生します。

手数料の額は運営管理機関によって異なりますが、陽子さんの場合は月約400円でした。大きな金額ではありませんから、それほど気にならないかもしれません。しかし、資産を食いつぶしている原因は、まさにこの月400円の手数料なのです。

手数料は月約400円ですから、年間だと400円×12カ月=4800円になります。陽子さんの確定拠出年金の残高は約30万円です。定期預金で運用していますから金利は0.02%。単純計算で、1年間で30万×0.02%=60円の利息がつくことになります。つまり、60円の利息をもらうために4800円の手数料を支払っているという状況です。

利益は60円-4800円=-4740円とマイナスになります。利回り換算すると、-4740円÷30万円×100%=-1.58%。つまり、マイナス1.58%の定期預金に預けているのと同じということです。

陽子さんとしても不本意な状態になっているということがわかりました。iDeCoは手数料がかかりますが、加入者として積み立てを行えば、積立金額を全額所得控除できる節税メリットを得られます。また、運用益が非課税、受け取り時にも税制優遇がありますし、何より積み立てによって資産を増やすことができます。

掛け金を納付しない「運用指図者」のデメリット

iDeCoは老後資産形成に効果的な制度です。しかし、放置してしまうと自分の資産を食いつぶす不本意な制度になってしまうのです。しかも、運用指図者になると、受取時の税制優遇の金額が小さくなってしまいます。運用指図者の期間は加入期間としてカウントされず、非課税上限額が小さくなるためです。

iDeCoの資産を一括で受け取る場合、加入期間が長ければ長いほど、退職所得控除という控除額が大きくなり、その結果、非課税上限額が大きくなる仕組みになっています。陽子さんの場合、運用指図者の期間が10年なので、10年分の退職所得控除がなくなったことになります。

今の状況を続けると、陽子さんにとってiDeCoはデメリットしかありません。しかしiDeCoは途中でやめることはできません。そこで、陽子さんはもう少し手数料が安い運営管理機関に資産を移し替えました。そのうえで運用指図者を辞めて加入者になる(積み立てを行う)ことにしました。

さらに、定期預金の比率を減らし、投資信託での運用も積極的に行っていくことにしました。最初に設定しておけば、後は自動で積み立てられますから難しいことはありません。陽子さんとしても、今気づくことができ、よかったといえるでしょう。

2020年9月時点で、iDeCoの加入者は約170万人、運用指図者は約67万人です。加入者、運用指図者とも年々、増加しています。運用指図者の中には、積み立てをするお金を捻出できない、あるいは国外に居住するなど運用指図者にならざるをえない理由の人もいることでしょう。

しかし、面倒だからとか、よくわからないからといった理由で放置している場合は、運用指図者のままでいるデメリットを知ったうえで、今の状況を続けるかどうか、判断されることをおすすめします。

自分の老後のお金のことです。ファイナンシャルプランナーとしてマイナス金利の口座にお金を預けることはおすすめしません。iDeCoをメリットのある制度として活用することを考えてみてはいかがでしょうか。