外堀から埋めてくる
運命という言葉が嫌いだ。そもそも運命なんて、人間が自分ではどうしようもない事象に阻まれた時に如何にかして理屈を付けて納得させようとする言い訳に過ぎない。それを運命と呼ぶのなら、俺には運命で片付けたく無い出来事がそれはもう、数えられないくらい存在する。
「……でもとの出会いは運命って呼んでもいい、とか言い出したら張っ倒すよ」
「え、すごい!なんで分かったの?」
辟易した面持ちで硝子は書類をまとめている。もう少し真面目に聞いて欲しいものだが仕事中に押しかけたのだから話を聞いてもらえるだけありがたい。というか、
「何で下の名前知ってんの、てか呼んでるの」
「やべ」
「吐け」
僕が伊地知に頼んでデータベースから検索してもらい知った名前を、なんで知ってるんだ。しかも親しげに下の名前呼び捨てにしているし。硝子は僕の圧に負けたのか、書類の束を置いて頬杖をつきながら話し始めた。
「前、京都に出張したときに一緒に仕事したんだよ」
「は、何それ聞いてないんだけど」
「言ってないからね」
「言えよ」
「何でアンタに逐一任務相手言わなきゃいけないんだよ」
正論である。正直、硝子についても他の呪術に対して取り立てて興味はないが、あの可愛い顔の可愛い呪術師なら話は別だ。昨日のはじめましての挨拶以降、姿も見ていないのだから、せめて一言一句逃さず話した言葉を教えて欲しい。
「あの子の後輩の子が怪我して治療したんだけど、次の日わざわざ菓子折り持ってお礼来たし、いい子だよね」
「僕も後輩になりたい。は?怪我は?」
「無傷だったよ。一級だけあって強いらしい」
「はぁ~~~あんな可愛いのに強いのかすごいな。すごくかわいい、ほしい」
「気持ち悪いな」
ほんとに心の底から思っている声色で貶されたが、他人からの意見は聞いてない。
一級であるなら、多分どこかで名前は聞いたことあるのだろうけど記憶にない。会っていたらあの可愛い可愛い存在を見逃すはずはない。データベースによると京都中心の西日本を活動範囲としているらしく、高専卒業後に東京方面の任務を請けた数は片手で足りる程度だった。つまり、今回東京の任務で出会えたのは運命に違いない。
「呪術師には珍しいタイプだよね。素直で愛嬌もある。歌姫先輩が気にいるわけだ」
「歌姫?」
「やべ」
「教えろ、歌姫がなんて?」
「先輩本人に聞きなよ」
「着拒&ブロックされてるから僕」
盲点だった。京都の呪術師で、しかも女となると歌姫が知らないわけがない。
だが、過去のあれこれで歌姫との連絡手段はほぼほぼ絶たれている。仕事の連絡も補助監督を通してが常である。硝子は可哀想に、と鼻で笑った。
「仲を取りもってよ」
「私がとアンタの?嫌だね。嫌われたくない。クズをオススメ知ったら歌姫先輩どころか京都総動員で押しかけるぞ。」
「なら歌姫に電話かメッセージしてよ」
「嫌だが?」
歌姫と硝子は仲がいいから、流石に仲介はして貰えなさそうだ。
スマホを取り出して、歌姫にかけたがすぐに機械的な案内音に変わる。やっぱり着拒されている。
「忠告しとくけど、歌姫先輩は本当にの事可愛がってるから下手にちょっかいかけると痛い目見るよ」
「それだけ可愛がってるなら、僕の知らないことたくさん知ってるんだろうね、いいなぁ」
「駄目だ聞いてないな」
まぁいいや、硝子以外にもツテはある。
今日は仕事が午後からあるので、とりあえず仕事が終わり次第、連絡してみよう。
条件次第なところではあるが、歌姫よりは確実性があるアプローチの仕方だと思う。
とりあえず仕事を終わらせないと始まらない、考えるとちょうどスマホが振動し、補助監督からのメッセージが表示された。
普通なら仕事の催促連絡には舌打ちを隠せないが、今日はその仕事の先に楽しみが待っている。あの可愛い可愛い存在とお近づきになれると考えると、面倒な仕事なんか一瞬で片付けようと思えた。補助監督からの連絡に、あのウサギのスタンプ(両手で丸を作っているウサギ)で返信した。
「あ~~~スタンプって自作できるよね?あ、でも写真は著作権とかあるか」
「シンプルにキモい」
皆まで言ってないが、硝子は意図を察したようだ。とりあえず硝子に聞きたいことは聞けたし、仕事に向かおうと立ち上がる。
硝子は目線を此方によこすと、ため息をついた。
「忠告はしたからね。これ以上先輩に嫌われたくなかったら加減しなよ」
「はーーーい」
歌姫にはもうマックスに嫌われてるからもうこれ以上はないけど、とは言わなかった。
ひらひらと手を振ってご機嫌に部屋を出た。今日の任務は頑張るぞ。
硝子は鼻歌まじりに去っていった同級生を椅子から立ち上がることなく見送ると、スマホを取り出してメッセージアプリを開き、簡潔に文字を起こした。
(あのクズが暴走してるのはいただけないな‥歌姫先輩に連絡だけでも入れよう)
実力も手段も権力も備えている同級生の毒牙にかかってしまうと、逃げられないような気がしてならない。
共に過ごしたのは数日程度と先輩からの話からしかの情報はない。
が、男性社会や歴史ある家柄を重視する風潮が根強く残っている京都で生きる呪術師だ。ここで潰すのはもったいない。それがあのクズに潰されるかもしれないなら尚更だ。
それに‥‥
(たしかに、可愛いしいい子だもんなぁ)
ピコンピコン、怒涛の通知が来ているスマホの電源を切り、コーヒーのお代わりをするためにマグカップを取り部屋を去った。
ーーーーーーーーーーーーー
その日、冥冥は自宅のソファで寛いでいた。特に予定はなかったため、弟の憂憂と洋画鑑賞をするという有意義な1日を過ごす予定だった、スマホが鳴るまでは。
「はぁ、もしもし」
「もしもし~?僕だけど」
「新手の詐欺ならお断りだが」
「五条悟だけど」
五条が直々に連絡することは珍しくはないが、声色がやけに弾んでいるのが気になった。ロクな案件ではないことが確定したが、彼は特級術師だ。持っているものが違う。
「要件は?」
「話が早くて助かるよ、さすが冥さん!」
「お世辞はいい。憂憂と映画鑑賞の日なんだ。簡潔に頼むよ」
「庵歌姫と連絡したい」
「は」
心からの声が出た。同校の先輩と連絡が取りたいなんて相談、この男からわざわざ電話でされるだなんて。
面倒くさい、という感情より面白さや興味が勝った。隣に座っている憂憂に目配せをし、洋画を止めさせた。
「着拒されててね。仕事外の話がしたいんだけど」
「仕事外?内容は?」
「可愛い可愛い呪術師のこと」
語尾にハートでも付くんじゃないかというくらいの声色。色々な情報が錯誤しているため、頭の中で五条君の言葉を整理する。庵歌姫、仕事外、可愛い可愛い呪術師。
「可愛い可愛い呪術師の情報を歌姫が持ってるのか」
「そ!」
「なるほど。私のアカウントでも売ればいいかな?」
「最高。言い値で買うよ」
「5」
「分かった。明日の昼頃に振り込んどくよ」
まいどあり、とほくそ笑む。アカウントを売るだけで一級任務相当のお金が入るならいくらでも売るが、もっと犯罪スレスレの依頼かと思ったので拍子抜けだった。
「その可愛い可愛い呪術師の生活とかを共有したいとかでもできるけど?」
まぁその手段だとお金は数倍に跳ね上がるし、犯罪だが。五条君には払えるお金もあるし、私には完璧に証拠を隠滅できる能力もある。
「流石に犯罪に手を染めるのはねぇ」
「‥‥本音は?」
「いくら冥さんとは言え、あの子の生活を知ってほしくない、かな」
「そう」
なかなかの執着ぶりだな、と思ったが首を突っ込む必要もない。回り回って何処からか情報は入ってくるだろうし、お金が貰えればそれでいい。
スマホでアカウントを五条君に送りながら、お礼の言葉を受け流す。
「結婚した暁には仲人お願いしちゃおうかな」
「謝礼次第かな」
ぶっ飛んだ発言だったが、突っ込まない。
絶対に面倒だと瞬間で悟った。
五条君は、送ったアカウントを確認したのか、キャッキャと楽しそうな声がする。
「ほんっとありがとう冥さん!じゃあね!」
ツーツーとスマホから音が聞こえる。用済み感が潔かった。終わりましたか?と憂憂が首を傾げている、愛い。
「あぁ、せっかくの紅茶が冷めてしまったね」
「入れ直しますね」
「ありがとう」
「姉様のためですから」
ソファから立ち上がり、ティーカップの乗ったトレイを持ってキッチンへ向かう憂憂。
その間に、スマホの電源を落とした。絶対に電話がかかってくるが、今日の業務は終了した。スマホの代わりにリモコンを手繰り寄せ、戻ってきた憂憂の頭を撫で、温かい紅茶に口付ける。
静かな休日の再開だ。
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