第六十八話:『虐げられた勇者はそれでも魔王に挑むことを決めたときの勇者の側に落ちていた物体X』
9月末に投稿しようと思ったら9月には三十一日がなかったよ、てへ。
今回はちょっと長めです。
「女神様、ご飯できましたよ」
『ありがとうございます。そこに置いといてください』
「最近の女神様、ゲームにハマっていますね」
『基本的には鑑賞系の娯楽派なのですが、時には自分で何かを操作することも楽しもうと思いまして』
「神様としてはスケール小さくないですかね。女神様のスペックでも楽しめるんですか?」
『人の作った遊びですからね。レギュレーションとして人間が可能な動きに絞っていますよ。女神の力を使えば光より速く動けてしまいますし』
「手間が神様的ですね。でも人間として遊ぶ分なら楽しめそうですね」
『まあ苛立つプレイヤーに遭遇した場合、神罰や呪いを与えたりはしていますがね』
「ゲーム外のイベントならセーフ、セーフ」
『ただ人間として最高峰の能力だと、慣れてしまえば基本的には最強プレイヤーになってしまいますから、その辺のさじ加減も愉しみ方の一つですね』
「なるほど?」
『そのゲーム内に存在する最高峰のプレイヤーを上限とし、その数割ほど低い能力でいかにして勝つかといった具合です』
「なるほど、楽しそうですね」
『生粋の人生縛りプレイヤーだけに、こういった話題には好感を示しますね』
「でも実際のところ、勝てるんです?」
『基本的には余裕ですね。定時メンテナンス以外常にプレイしていれば基礎能力の差くらいどうにでもなります』
「普通の人間は寝ますからね」
『たまに寝ないで競ってくる人間もいますよ』
「普通の人間じゃないですからね。まあご飯くらいは温かいうちに食べてください」
『もう食べ終わっていますよ』
「いつのまに」
『貴方と話をしている間に分身体を創り出し、いただきますとごちそうさまをした後、融合しました』
「ちょっと礼儀正しい」
『食事は味わいたい主義ですからね。作業で手が離せないのであれば、手を増やせば良いのです』
「神理論ですね。しかし女神様が美味しそうにご飯を食べる姿を見損ねてしまった」
『美味しくいただいてはいますが、リアクションを見せているつもりはないのですがね』
「俺くらいの女神様通にもなると、気配で分かりますからね」
『微塵も凄さを感じない』
「ところで俺も同じゲームはできますか?」
『貴方の場合、素で色々と人の域を超えていますからね。人なのに人としての制限を設けるのは面倒です』
「女神様の力を抑え込む以上にですか」
『予想外の箇所が飛び抜けたりしていて、把握が面倒なのですよ』
「ゲームするだけのことでそんなに特殊なことはしないと思うのですが」
『では試しにどうぞ。少しでも妙な真似をしたら止めます』
「わかりました。結構操作難易度の高そうなゲームですね。とりあえずマウス感度と動体視力を二倍くらいに――」
『はいストップ。オプションを弄るノリで自分の能力まで調節しない』
「え、ダメなんですか。強敵と戦う時とかってゾーンに入ったりとか、スイッチとか入れたりするじゃないですか」
『その状態での貴方のスペックが既に人外なのをお忘れですか』
「……わりと平均的だと思いますが」
『貴方の周りの存在も人外だらけですからね。見た目も中身も』
「そうなると対戦ゲームは難しいかぁ……恋愛ゲームでもやりますか」
『ゲームよりも新たな人生をプレイしてきなさい。時間ですよ』
「はぁーい。では目安箱をっと」
『邪気は取り払われていますが、妙な魔力を感じますね』
※66話参照。
「俺はあまり感じませんけど」
『多少は感じているんじゃないですか。散々邪気を払ったせいで、大人しくなったといったところでしょうか』
「ふむ。つまり付喪神的な感じで意思を持ったと?」
『可能性はありますかね。百年以上ゆうに経過しているわけですから』
「では今度名前でも考えておきましょうか。ガサゴソっと……コゼットさんより『虐げられた勇者はそれでも魔王に挑むことを決めたときの勇者の側に落ちていた物体X』」
『ちょっと読点、もとい息継ぎが欲しいですね』
「可哀想な話かぁ、どっちかと言えば明るい展開の方が好きですね。やっぱりハッピーエンドが一番ですよ」
『散々勇者や魔王を絶望の底に突き落としてきた人間の言葉とは思えませんね』
「やっぱりエックスの形をしていた方が良いんですかね」
『できればもう少しお題主の気持ちでも汲み取ってはどうでしょうか。知ったことではありませんが』
「お題主の気持ち……。なるほど、つまりそういうことか」
『真理に気づいたって顔をしていますが、多分間違いだと思いますよ』
◇
『この目安箱、なんとなく近くを吹き飛ばすと妙に反応を示しますね。やはり意思を持ってしまいましたか。数多の人間達の業が宿った箱の成れの果て、アンティークとしては下の下ですが……まあ放っておきますか』
「ただいま戻りました―。あれ、目安箱ちょっと焦げてません?」
『おかえりなさい。炙ったら良い感じに風格が出るかなと思いまして』
「確かにちょっと歴戦感出ましたね。でもただの箱なんですから、程々にしてくださいよ」
『分かっていますよ。貴方の留守中に貴方の物を壊すような真似はしません』
「俺の女神様グッズは――」
『私を不快にさせた場合は別です。それで『虐げられた勇者はそれでも魔王に挑むことを決めたときの勇者の側に落ちていた物体X』でしたっけ』
「はい。勇者カワートというプルプル系女勇者でしたね」
『スライムか何かですかね』
「いえ、普通の可愛い系勇者です。こちら写真です」
『小動物をイメージさせるような、涙目の愛らしい冒険者といった出で立ちですね』
「カワートですが、それはもう臆病で、ずっと震えていましたからね」
『勇者どころか、戦いに向いているようには見えませんからね』
「そうですね。戦えないわけではないですが、その臆病な性格が理由で勇者の力を持ちながらも、勇者としての資格なしと仲間や国に見限られちゃっていましたからね」
『見限られましたか。まあ確かにこの少女についていって生死を分かつ戦いには臨みたくありませんね』
「それどころか『カワートでは魔王は倒せない。いっそカワートを殺して新しい勇者が生まれることを期待しよう』と命まで狙われる始末でしたよ」
『発想がわりと残酷ですね。虐げられた勇者とありますので、貴方と出会うまでは生きていられたのでしょうが、よく無事でしたね』
「まあカワートは勇者でしたから。刺客の百や二百、難なく返り討ちにしていましたよ」
『わりと強い。そして刺客の数が多い』
「勇者の力に目覚めていますからね」
『なるほど。勇者の力そのものは世界にとって有益なものであると認識されているのですね。それで勇者に適性はなくとも、その力をそのままにしておけない的な』
「まあそんな感じです。俺とカワートが出会った日も、かつての仲間だった戦士レクレスという男を返り討ちにしていましたね。こちらその時の写真です」
『小動物系女勇者が、ゴリゴリの筋肉男の首根っこを掴み、引きずっていますね』
「刺客が返り討ちにあったことを国に知られないために、崖下に死体を捨てようとしているところですね」
『暗めの表情ですが、臆病と言うよりもなにか別の要素があるような気もしますね』
「レクレスの死体を処理したあと、カワートは崖の上で一人悩みます。『もう嫌だよ……こんな人達のために命を懸けて戦うなんて、無理だよぉ……。あ、手に血がついてる。汚いよぉ……』といった感じで」
『割とこの世界に適性があると思いますね』
「まあ結局は『でも魔王を放っておいたら人間が滅ぼされるし、そうなったら私も死んじゃうし……私がやるしかないよね……うぅ……』」といった感じで魔王討伐を心に決めましたね」
『それは諦めというのでは』
「そしてその横で蠢く俺」
『色んな意味で空気をぶち壊しましたね』
「衝撃的な出会いでしたね」
『出会いというよりエンカウントですかね』
「ちなみにその時の写真です。撮影主は創造主さん」
『たまにおかしな人脈経由で写真撮影していますよね、貴方。涙目な小動物系女勇者の横に謎の黒い物体がありますね。これ貴方ですか』
「はい。謎の物体Xです」
『確かに謎ですね。若干人型に見えるのがまたホラー感あります』
「うぞうぞと蠢いてましたよ。あと『オ……オォ……』って感じで呻いてました」
『完全にホラーじゃないですか。そりゃ勇者もプルプル震えますよ。どうしてこんな感じになったのですか』
「転生前に女神様が『お題主の気持ちを汲み取れ』と言っていましたので」
『なにをどう汲み取ったのか』
「固有名詞ではなく謎の物体Xと書いてあったことから、きっとこの人は『正体が分からない存在のまま、勇者の横に居続ける存在となれ』的な気持ちがあったのかなと」
『なるほど、人が分かり合えない理由の一端を再確認できましたね』
「なので会話といった分かりやすい意思疎通は行わず、カワートの側に居続けてやりましたよ」
『迷惑以外の何者でもないですね。しかし臆病で力のある勇者です。貴方を見たのであれば、逃げるなり攻撃するなりしようとしたのでは?』
「いえ、カワートは俺を見た瞬間、本能的に『勝てないし、逃げられない』と悟ったようです」
『そこまで絶望的でしたか。いや、貴方を見た感想がそれというのであれば、予想以上に優秀な勇者なのかもしれませんが』
「観察されて俺という中身が透けると困るので、俺を見た者は漠然とした所感しか抱けないようなオプションを付けておきましたからね」
『怖がらせにいっていますよね』
「仲良くしようとは思ったんですよ。常に側で蠢き続けて、いつも一緒だよって感じをアピールしたり」
『怖がらせていますよね』
「夜にカワートが寝ている姿を優しく見守ってあげていたり」
『怖がらせていますよね』
「カワートを狙った刺客の死体とかを、そっと吸収したり」
『怖がらせていますよね』
「でもこれは便利だって、ちょっと喜んでくれていましたよ」
『臆病なくせにしっかりものですね』
「最初はとにかく怖がっていたカワートでしたが、なんだかんだで敵意などを感じなかったので、諦め気味ではありましたが受け入れてくれていましたからね」
『常に側で蠢く謎の物体を受け入れざるをえない諦めの境地が、一体どれほどなのか理解できていないようですね』
「刺客が現れた時も、まるで自分が召喚した使い魔のように振る舞って、俺を襲わせたりしてましたし」
『処分しようとしていませんかね』
「魔物と戦う時とか、俺と協力しようとしていましたよ。前衛を俺に任せ、カワートが後衛で広範囲の魔法を使ったりとか」
『処分しようとしていませんかね』
「なんか頻繁によく『ここは任せます』って、大事そうな場面を任せてくれたりとか」
『処分しようとしていませんかね』
「バザーの処分市での買い出しとか任せてくれましたよ」
『それは役立たせていますね。というより意思疎通できていませんかね、それ』
「こちらからは語りかけませんでしたが、たまに可愛い声でお願いされたりした時はつい」
『ついって。ですが買い出しに貴方を送り出せば、街中パニックなのでは』
「黄色い歓声は聞こえましたね」
『悲鳴の間違いじゃないですかね』
「押さないでって、警備員の人まで付いてくれていました」
『住民を逃がす衛兵じゃないですかね』
「あとサインもせがまれました」
『うーん、他の内容が思いつかない。いたのですか、そんな奇特な人物が』
「よくわからない黒いローブの集団でしたね。ジェイスン=スウィンコウとか言っていたような」
『それ邪神信仰では』
「あー、普段聞き慣れない言葉って耳に入りにくいですよね」
『ジェイスンの方が聞き慣れないはずなのですがね』
「ちなみにサインしたら妙な感じで体の支配が奪われそうになりましたね」
『使役魔法とか契約魔法じゃないですかね』
「適度に力んで抗ったら、その人達物凄くテンションが上がって倒れちゃいましたけど」
『貴方の力に飲み込まれましたか』
「サインをもらって感極まったんじゃないんですね、残念です」
『邪神信仰の人からすれば、似たような感じではあると思いますよ』
「とりあえずカワートのところに戻ったら、いつものように涙目で震えていましたね」
『誰かに押し付けられないか試していたようですね。まあ邪神と間違われるような外見ですからね』
「伝説の武器とかを探してカワートと一緒に大精霊とかのところに行った時も、大精霊に『え、なにその邪神……怖っ』って呟かれてましたね」
『もはや世界に認定されかかっていますね』
「俺としてはゆるキャラ的なマスコットポジションとして頑張っていたのですが」
『どこにゆるキャラ要素があるか、説明してみなさい』
「動きがこう、ゆるっと近づいてくるというか」
『ゆるい姿のキャラクターを指すのであって、ゆるい動きのキャラクターを指すわけではありませんよ』
「あとこう、手製の応援旗とかを握って応援したりとか」
『ちょっとマスコットっぽい』
「足に抱きついて、上目使いで見つめたりとか」
『確かにやりますけど、その外見でやったら恐怖しかないですよ』
「商標登録したりとか」
『それはゆるキャラっぽい。というより、できたのですか商標登録』
「今回は字を覚えなかったんですけど、役所にそれっぽいことをしたいという意思を込めて蠢きに行ったら、各地にビラが貼られたりしましたね」
『それ討伐依頼のビラでは』
「下に書かれていた数字は商標番号じゃなかった……?」
『懸賞金ですね』
「なんだか妙だとは思っていたんですよね。横にカワートの似顔絵が描かれたビラが貼られていましたし」
『国から刺客とか送られていましたからね』
「てっきりカワートもゆるキャラとして自分を売り込んでいたのかと」
『ゆるキャラになろうとしたあまり、貴方の頭の中がゆるくなっていませんかね』
「本当なら冒険の助けでもと思ったのですが、カワートは臆病ながらも戦うことができれば普通に強かったですからね。不要な戦闘はどんどん避け、避けられない戦闘はサクっと勝っていました」
『数百人近い刺客との戦いは避けられなかったのですか』
「勇者であるカワートを殺そうとする刺客ですからね。相手もそれなりの覚悟があって挑んでいましたから。そういった相手からは愚痴を言いながらも逃げなかったんですよね」
『数十人も返り討ちにしていれば、通常の者達でも勇者の強さは理解できますか。ですがそこまで強さを認めているのならば、再び勇者として認めれば良かったでしょうに』
「意地でも張っていたんじゃないですかね」
『無駄な意地ですね』
「そしてカワートはついに一人で魔王城まで辿り着きました」
『安定の端折り』
「人間相手は言わずもがな、人見知りだったのでほとんどサブイベント的なものはなかったですから」
『最強キャラ単騎、戦闘を避けながら最短ルートの攻略ですか。確かに早そうですね』
「魔王は魔王で結構貫禄がありましたね。『勇者カワートよ。よもや一人でここまで辿り着くとは。だがその孤高の力が通用するのもここまで……世界を背負った我が宿業に……あの、その横の……なんだろう、それ、何?ちょっと、怖い……』と」
『普通に怯えているじゃないですか』
「対するカワートも『わからないの……なんかずっと横にいて……』とこれまでの旅を振り返るように」
『貴方への恐怖しかないじゃないですか』
「人間達は俺をカワートが召喚したりした使い魔や飼いならした魔物とか思っていたようですけど、魔王としては俺が使い魔や魔物でないことは一目瞭然でしたからね」
『完全に正体不明な異形の化物をみたら、魔王でも困惑くらいしますね』
「魔王は俺のことがかなり気になったようで、カワートと戦うことは止め、俺のことを調べ始めました」
『めちゃくちゃ興味持たれているじゃないですか』
「そしてそれを応援するカワート」
『めちゃくちゃどうにかしてほしそうですね』
「そしてそれに便乗して応援する俺」
『怖がられてそう』
「情けない声で叫んでましたね、魔王」
『もう少し威厳は見せられなかったのか』
「そして調査の結果、最終的に魔王はカワートを倒すことを諦め、和平の道を選ぶこととなりました」
『それ完全にお手上げで、勇者を倒したら自分が取り憑かれるとか思ったからでは』
「魔王と戦えば自分が死ぬかもしれないと考えていたカワートも、その提案を喜んで受け入れました」
『最強クラスの勇者がそこまでの覚悟を抱いていたということは、魔王もそれなりには強かったのですね』
「そうですね。俺の見立てですと、魔王の方が幾分か強かったと思います」
『しかし世界に命を狙われていた勇者が、魔王と手を組んだとなると他者はどう思ったのでしょうかね』
「それが思った以上にすんなりと和平の道を受け入れてくれましたね」
『おや、それは意外ですね。何か理由でもあったのでしょうか』
「そのへんは俺も不思議に思ったんですよね。まあ最後あたりは刺客もほとんど来ていませんでしたし、命を狙われてもなお世界のために冒険をしていたカワートを信用してくれたのかもしれません」
『そんな美談で終わりそうな世界ではないような気もしますが……』
「それで最期の方ですが、ある日創造主さんが『事情ができたので、申し訳ないが送り還させてもらう』と。ちょっと妙な感じでしたが、深刻そうな顔だったので了承しちゃいました」
『ふむ?最期を迎える展開としては確かに変ですね』
「あ、ちなみにお土産ですが商標登録した向こうの世界の俺のぬいぐるみです」
『貴方だと考えると不要感満載ですね。ふむ、多少デフォルメされていても実物を見ると何かしらの圧力を感じるような……』
「しかしこのビラ、賞金首的なやつだったのかぁ……キリ番とかだと思って喜んでいたのに」
『端数の金額などはそうそうないのですから、周囲のビラで気づくべきでしたね』
「キリ番の人達を掲載する掲示板とばかり思っていまして」
『逆にそれを思いつく方がレアケースなのですが……おや、他の賞金首のビラも持ち帰ってきたのですか』
「せっかくなので何枚かもらってきました」
『勇者の方は可愛い絵ですが、他のはイカツイ顔の犯罪者だらけですね。しかし流石は勇者、他の賞金首よりも懸賞金の桁が二桁近く違いますね』
「人間じゃどうやっても勝てないくらいには強かったですからねぇ」
『それ以上の魔王もいたわけですから、パワーバランスとしては……うん?貴方のビラを見せてもらってもよろしいでしょうか?』
「はいどうぞ。でも写真の方がいい角度ですよ」
『どうでもいいです。……ちょっと問い合わせしてみますか。ピポパと』
「女神様って他の神様と連絡するのにスマホ使うんですか」
『手段なんていくらでもありますよ。わざわざ女神っぽく連絡する手段を貴方に見せるのが嫌なだけです。あ、もしもし――』
「もしもしは言うんですね」
『――はい、やはりそうでしたか。一応叱っておきますが、多分反省しないと思います。――おや、殊勝な態度ですね。――はい、伝えておきましょう。それでは失礼します』
「なんか偉そうな感じでしたね」
『立場的には私の方が圧倒的に強いですからね。それで確認した結果ですが、色々と理由が分かりました』
「理由と言いますと」
『世界が思ったよりもあっさりと和平の道を選んだ理由ですよ。ざっくり言うと貴方のせいです』
「えっ」
『こちらのビラですが、勇者の賞金額と貴方の賞金額を見てください』
「同じ桁数ですね。数字的には俺の方が小さいですけど」
『勇者の方は金貨支払いで、貴方の方は白金貨支払いです。貴方の方が桁違いに多いですよ。はい辞書』
「本当だ。なかなか紛らわしいですね」
『簡単に説明しますが、貴方の転生した世界で勇者はかなり危険な存在として扱われていました。そしてそんな勇者の側に突如現れた貴方ですが、完全に邪神として見られていたようです。勇者と魔王と邪神が揃って手を組んだことで、世界は勝ち目がないと降伏した形となったそうです』
「結構愛着が出るように頑張ったんだけどなぁ」
『邪神信仰も拡大し、人間だけではなく精霊などの人外達もがそういった派閥を作ろうとしていたようで、創造主的に舵取りが難しいと判断して退場させる選択を取ったそうです』
「そこまで恐れられる要素あったかなぁ……」
『貴方を目撃した人間は軒並み気が触れてしまったそうですよ。謎の物体としてのオプションが想像以上に人々の心の調和を乱してしまったようですね』
「カワートは震えているだけでしたけど」
『勇者の加護を持っていても震えるほどだったのですよ。精霊王が恐怖したり、魔王が泣いたりした辺りで妙だとは思っていましたが……貴方が本気で謎の物体を演じたことで、随分と凄まじい結果になってしまったというわけですね』
「つまりゆるキャラの演技力がアカデミー賞並だったと……?」
『そんな感じです。貴方はそろそろ加減を覚える必要があるかもしれませんね』
◇
私は臆病な勇者だった。いや、勇者と呼ぶには臆病過ぎた。私は勇者の力に覚醒するのと同時に、倒すべき敵……魔王の強さをも直感的に理解してしまった。
私よりも遥かに強い魔王を倒すには並の慎重さでは足りない。だから本当に強くなるまでは決して魔王に狙われるような動きはするべきではないと決めていた。
だけど運命は私に進めと背中を押し続けてきた。勇者の力に目覚めた私を見つけ出し、共に世界を救おうと歩み寄ってきた仲間達。私を勇者として支え、世界平和のために尽力しようとする国。
私はそんな彼等の想いから逃げ続けた。まだ私は強くなっていない。どうやっても魔王には勝てない。結果は分かりきっているのに。
そんなことをいくら伝えても、誰も私の言葉を信用してはくれなかった。私の勇者の力に目が眩み、魔王の闇の深さを見失っていたんだ。
私は伝え続けたけども徒労に終わった。いや、徒労に終わるだけならばどれだけ良かったことか。
私の訴えは皆が私個人の人格を嫌う理由となり、皆の心はより一層私から離れていった。力を持ちながら、それを使おうとしない。勇者の力を曇らせる臆病者だと、蔑みの視線を向けるようになってきた。
関係が壊れるのは簡単だった。私の行いを見兼ねた国の王子が私に戦えと迫った。戦えないのならば、死んでしまえと、私を本気で殺そうとしてきた。
それが本心なのか、はっぱをかけるためだったのか、その答えを知る前に私は王子を殺してしまった。王子は、いや人々は、私が思っていた以上に弱かった。
王様は私を憎んだ。仲間達も私を侮蔑し、その溝はどうしようもない状態になってしまった。だから私は逃げ出した。
人々は私から勇者の力を取り返すため、刺客を送り続けた。その中にはかつての仲間も当然のようにいた。
彼等は私を人として扱わず、非人道的な手段を使うことを躊躇わなかった。無垢な子供に毒の入った食料を持たせ、私と一緒に食べるように命じた。理解者のフリをして、油断したところに寝込みを襲われた。力だけでは勝てないと、私の心を殺しにきた。
私は悩んだ。こんな人々のために、勇者としての役目を果たす必要があるのかと。使命の重さは理解していても、分の悪い戦いに命を懸けるなんて嫌だと。
いっそ死んで誰かにこの責務を押し付けてしまうのも悪くないとさえ思った。だけど、きっと新しい勇者も私と同じ境遇になる。魔王の強さを知り、慎重になろうとして、勇者の力に目が眩んだ人々に死を迫られる。こんな気持ち、人には押し付けたくなかった。
私の意思に関係なく魔王は人間を滅ぼそうとしている。私が何もしなければ世界は滅んで私も死ぬ。ならば勇者としての役目は私が果たそうと自分を誤魔化しながら進むことにした。
『オ……オォ……』
そんな時、それは私の側に落ちていた。黒く蠢く謎の物質。声を上げていたことから、生きていることは伝わったけど、他には何一つ理解を見出すことができなかった。ただあるのは漠然とした恐怖と絶望。私はアレに何もすることができない。倒すことも、逃げることも、何をしても無意味だと悟った。
体が無意識に震えだした。涙も出ただろうし、失禁もしていたかもしれない。自分を誤魔化してでも生きようと思った矢先、死が救いになるのではと考え直すほど、その存在は恐ろしかった。
だけどその存在は私に対して害のある行動はしてこなかった。
それは私が起きている時も、寝ている時も、変わらず私の側に居続け、心まで吸い込まれそうになる虚空の穴で私を見つめていた。
依然として体の震えは止まらなかったけど、冷静に考える余裕は生まれた私は色々とアレについて調べてみることにした。
魔物でもなく、使い魔の類でもない。死体を取り込むことから、食事はするのだろう。物を組み合わせ、道具を作る知恵がある。言葉は聞こえているようで、簡単な誘導ができる。あらゆる攻撃は通じない。
アレを見た者の反応には個人差があり、精神の弱い者は即座に心が壊れ、精神の強い者は狂気に魅入られた後に心が壊れた。私が無事だったのは勇者の力があったからなのだろう。
私は創造主から叡智を与えられたとされる妖精王の元を訪ねた。妖精王ならアレに何かを見出すことができるのかもしれないと考えたからだ。
しかし神をも知る妖精王ですらアレを前にしては恐れの感情以外抱くことができなかった。妖精王はアレを邪神と呼び、遠ざけて欲しいと懇願してきた。
アレは本当に邪神なのだろうかと私は考えた。確かに伝わってくる恐ろしさは邪神と呼ぶにふさわしいのだろうが、アレからは邪な感情すら伝わってこないのだ。
しかし恐ろしい存在であることは間違いなかった。アレは居るだけでも脅威なのだから。
物資の補給で立ち寄った街で、私は人々から数多の敵意を感じた。私には多大な賞金が掛けられている。街ぐるみで私を殺そうとしているのだと察した。
どうやって脱出しようかと考えていた矢先、街の外に誘導していたアレが騒ぎを起こしてしまった。
人気がいない場所に誘導しておけば大丈夫と思っていたが、アレが邪神ではないかという噂を聞きつけた邪神信仰の組織が接触を試みてしまったようだった。
アレは制御できるようなものではない。契約により支配しようとしていたようだが、結果は火を見るより明らかだった。
騒ぎは騒ぎを呼び、騒ぎに反応したアレは街の中に入ってしまった。私が街から離れたことで、すぐに私の元へと戻ってきたが、アレを目撃した者達の末路によってアレの存在が世界へと周知される結果となってしまった。
元々私に刺客を送りつけていた国はアレの存在を知らされていた。だから最近では刺客を向けることを控えていたが、今回のことで本格的に対策を練ろうと動くようになった。
国々は魔王以上にアレの存在を危惧していた。このままではアレをどうにかするために軍が動き、より悲惨な結果が生まれる。私はこれまで避けてきた最終手段を選ぶことにした。
それは魔王にアレの対処の方法を尋ねることだった。敵である魔王に頼る事が無茶な行為であると自覚はしていたが、これ以外の方法は思いつけなかった。
魔王もまたアレの存在を知らず、初めてアレを目の前にして私と同じように震え、涙を流した。
魔王すらも恐怖する謎の存在、それが勇者である私の側に居続けている。この異様な問題を前にして魔王はアレについて調べることを約束してくれた。
勇者の力を持っている私と違い、魔王はアレに対する耐性が弱かった。強さだけならば私以上の力を持っているにもかかわらず、アレを前にした時の震えは私の比ではなかった。
だがそれでも魔王は魔王だった。震えながらも、涙を流しながらも、目の前に存在する物質が世界に与える影響を考え、全身全霊で向き合っていた。
魔王は無理な開拓を進める人間を滅ぼし、世界を救おうとしていた。世界に対する思いの強さを、アレを通して知ることができた。
結果として魔王はアレに対して有効な手段を見つけることはできなかった。どれほど観察しようとも、漠然とした感覚に襲われてしまい、その先に進むことができなかったからだ。
しかしアレが私の側に居続けることに何かしらの意味があると結論づけ、魔王は私と敵になる道は選ばないと誓った。
「創造主は何かしらの意図があって、アレをお前に与えたのだ。ならばアレをどのように扱うかが、お前に与えられた勇者としての役割に違いない」
その魔王の言葉に、私は考えに考えた。勇者も魔王も恐れる存在をどうしてこの世界に生み出したのか。そして過去にアレに関わった者達の姿を思い浮かべながら、私は魔王へと提案した。
私の結論はこうだった。勇者も魔王も世界を救うために生み出された存在。そしてアレは世界が私に与えた抑止力なのだと。ならば私がすべきことは、抑止力によって世界の争いを止めることだと。
私は魔王と共に和平の道を選ぶことにした。長い歴史を憎しみ合った者達が突然手を取り合うなんて、夢物語だと誰もが笑い耳を貸そうともしないだろう。
アレはその夢物語を実現させるための存在。創造主がこの世界に与えた最後の恩恵なのだと。
その後、世界は順調に平和の道を歩み始めた。人間界が世界に負担を強いれば魔界がそれを阻止しようとする。人間界と魔界が争えばアレが現れる。その仕組みは互いの摩耗を減らすのに十分過ぎる効果をもたらしていた。
アレの恐ろしさを知った人間達は魔界の言葉にも耳を傾けるようになった。魔界は耳を傾ける人間を力で支配しようとは思わなくなった。
世界が平和になり始めると、アレは突然にいなくなった。誰もが安堵する中、精霊王は皆にこう忠告した。
「我々は創造主によって異なる存在として生み出された。創造主は互いに違いを認め、補い合うことを望んでいたのだ。だが異なるものは争いを生む。我々は争ってしまった。アレは我々に対する創造主の怒りだったのだろう。我々は忘れてはならない。我々は世界に生きると同時に世界を生かす役目もあるのだ」
創造主が関わる物語、それは神話。私達の生きた時代は神話として語られることになるのだろう。それほどまでにアレは全ての者達に隔たりのない恐怖を残していった。
だけど私はふとした時に夢を見る。アレが側に居続ける夢。アレが居る時は常に体が震えていたのだ。夢に出ることは当然のことなのだろう。
しかし私はこの夢を悪夢とは思えなかった。夢の中で私は震えているのに、どういうわけか怖さを感じなかった。むしろアレが私の側にいる理由が、ただ懐いているだけのような、そんな可愛らしさまで感じていた。
◇
――あの転生者のネタが面白くて、悪ノリしていたらなんかえらいことになっちゃったんだよね。
『神々でも案外何も考えていないこともありますからね。精々今後の舵取りを頑張ってください』
――がんばりゅ。ところであのぬいぐるみ、神界で結構ウケが良いよ。
『ゲテモノ好きですからね、神々は』
たまにはこういうのも。長くなりがちなので頻繁にはやりませんが。