あて馬じゃないわっ!! ふざけないでっ!!
「リリアナ、すまないが婚約を破棄したい。」
「分かりましたわ。 そのようにお父様にも伝えておきます。」
もう何度目かも分からないけど、決まった言葉を言って私は、去る。
「待ってくれ、君は何故、そんなに冷静なんだ? 普通戸惑ったり泣いたりするところじゃないのか?」
はぁ?なに言ってるんだ?この人って目で目の前の男を見る。
ルーランド=ハイゼン、それがこの男の名前だ。
ハイゼン公爵家の長男であり、我がイルシュガルド伯爵家と懇意にしている家の者である。
「ルーランド様、少し書物の読みすぎですわ。 早々涙など殿方の前で見せたり致しませんわ。 それに我が家との縁談は終わってないのでしょう? 姉をよろしくお願いしますわ。 では」
私がそう言って去っていく。
後ろの方で何で知ってるんだ!?みたいな顔をしているルーランド。
そんなの分かりきっている。
毎回同じようなことだから。
ちょっとした身の上話をしよう。
自慢じゃないが私の姉は、とても美しい。
見た目だけじゃなく、性格から何から全てだ。
親ですら妹である私を放って姉に構う。
蝶よ花よと育てられた姉とほぼ側付きのメイドや乳母と一緒にいた私。
姉は全てを持っていて全てにおいて姉が勝る。
競っているのは、勉学のみだ。
両親達は、姉ばかり見る。
一つ上の姉は天使や女神を見ているかのように愛おしそうに皆から見られる。
なので私は、いつもあて馬扱いになる。
縁談だって何度も致しましたが皆姉へ愛を向ける。
ルーランドには、ああ言いましたが1回目、2回目の縁談の時は、本人を前にして泣いてます。
3回目となるともう泣きもしませんでしたが。
家に帰ると父が此度の縁談も残念だったな、また探してくるから休んでいなさいと言われ、母からは大丈夫よ、心配要らないわ、しっかりと前を見なさいと私の方を見もしない状態で慰めの言葉をもらった。
「疲れたわ、マリッサお茶を入れてくれない? 出来るだけ濃いのを」
「言われると思いまして先に準備させて頂きました。」
部屋に入り私が言ってすぐに準備するマリッサ。
彼女はずっと側付きのメイドである。
「本日もお疲れさまでした。」
「ええ、ホントに疲れましたわ。 お父様たちも私を追い出したいなら平民にでも落としてくれればさっさと出ていきますのに。」
マリッサの労いの言葉につい愚痴を言ってしまう。
これもいつもの事だ。
トントンと軽いノックの音が聞こえる。
マリッサが扉を開けると姉であるアリシアが来ていた。
「ねぇ! リリアナ聞いて! 私、今度は公爵様の御子息と縁談だそうよ! ルーランドってお方少し見たけどとても格好いい方よね」
「ええ、そうですわね。 お姉様とお似合いだわ。それでお姉様はどうしたいんですの?」
「まだ、決めてないけどこれから楽しみだわ! じゃあ、お休みなさいリリアナ」
そう言って去る。
両親は、姉に私との縁談のことは最初から黙っている。
もはや、ホントにあて馬なのだ。
「最近、お父様たちは、私を自殺に追い込みたいのかしらと本気で考えてしまうわ」
「…………」
「……っ、ごめんなさいね。 こんなこと言って。 マリッサたち使用人たちは私のことを愛してくれているのは分かっているわ。 だからそんな悲しそうな顔をしないで」
失言だったと思い謝罪する。
そう両親からの愛は感じないが側付きの使用人にはとても大切にされている。
そう思いながら、私は狂ってるんだなと感じた。
親の愛など知らないし、誰かを好きになったこともない。
姉は、親からも他人からも愛し、愛されている。
姉と比べられるのが苦だ。
生まれる場所を神様が決めたのなら、祈りなど捧げたくもない。
それが私の本心だ。
「言い忘れたけど、今回のも美味しいわ。 濃くしてるのに普通に飲めるなんて、やっぱりマリッサは紅茶を入れるのが上手いのね」
でも、本心は誰にも言わない。
だって、そうしないと気をしっかり保てなくなるもの。
因みに使用人達が私側なのは、姉の我が儘に付き合いたくないからが大半で、特に私に対して良い感情があるわけではないの。
さて、話を一旦終えてじゃあ、準備を始めていきましょうか。
色々と……そう色々とね。
月日が経ちました。
「マリッサ。 お姉様は何を考えていらっしゃったのかしら? 私には、理解が追いつかないわ」
「私にも、到底理解できませんが何かあるのでしょう」
私の愚痴にマリッサが冷静に答える。
私がこんな愚痴を吐くのには理由がある。
先日、ルーランド=ハイゼン公爵子息との婚約を姉から破棄したのだ。
理由も何となくこの人は運命の殿方じゃないとかなんとかで。
我が家は名門とはいえ伯爵家、公爵家の方が敷居が高くそんな相手との婚約を此方側から破棄など出来るわけがないのだ。
そんなこんなで我が家は大混乱。
公爵家からは、どういうつもりだ!? と言う抗議文が来ているし、あの恥知らずな令嬢は何処の者かしらと諸貴族から揶揄される。
そして一昨日、姉が書き置きを残して居なくなった。
真実の愛を見つけたけど、遠くて届かないからそちらに行くわ、さようなら みたいなことを書いていたらしい。
姉と共に側付きの護衛が居なくなっており、その者と駆け落ちしたのだろう。
もう、父と母は、どうしようもないほどの慌てよう。
私が誘拐されてもあんなことになるかしら?
……ならないわね、絶対。
結果この日父と母は捜査線を張ったが見つかりませんでした。
さて、私も支度していきましょうかしら。
それから一週間ほど経ち
姉は、未だに行方知れず。
父や母ももう姉を極力諦めたそう。
ドアをノックする音が聞こえてすぐ父が入ってきた。
父が埋め合わせに、また私との縁談をさせようとして公爵家に取り次ごうとしたのを阻止しましたわ。
「なんのつもりだっ!! また、お前に公爵様との縁談を進めてやろうとしているのにっ!!」
「そうよ、リリアナ!! お父様が貴女のためを思ってやっているのに何てことをするのです!!」
夫婦揃って何を言っているのだろう?
そう思うくらいに訳のわからない発言に戸惑う。
まぁ、答えは変わらないんですが。
「前に終わってしまった縁談を掘り起こすことが私のため? そんなことありえませんわ。 縁談の掘り起こしがどう言うことかお父様もお母様もわからない訳じゃないですわよね?」
縁談の掘り起こしとは、婚約破棄の後どちらも好い人と巡り会わず、また意中の方がいない状態で、緊急を要したときに行われてることが多数なのだ。
通称───腫れ物同盟───なんて不名誉極まりない扱いとなる。
「そんなこと、気にしなくて良い!! だから、この愛しい父や母のために了承してくれないか?」
そんな父の言葉に涙が流れる。
「……っお父様っ!」
「私のことを馬鹿にしないでくださいましっ!!」
「へっ?」
私の言葉に間の抜けた返事をする父に本心をぶつける。
「私を愛している? 嘘ですわっ!! 私の事など一回も見たこともないくせにっ!! ずっとお姉様ばかり見ていたわ!! 習い事だって、お姉様には一流の家庭教師が付いてたのに、私には、乳母と側付きのメイド一人よ? 他にもお姉様の誕生日は盛大に祝うくらい覚えているのに私の誕生日なんて、毎度仕事じゃないっ!! プレゼントすらもらったこともないしドレスだってお姉様のお古の一つ流行の遅れたものばかり。 お姉様には毎回新しい流行のドレスを送るのにっ!! 私が陰でどう呼ばれているかも知っていますよね? 『一人遅れの時の人』よっ!! 何で伯爵令嬢である私が男爵や子爵クラスの令嬢にまで、貶されないとならないの? それはどれもこれも私を蔑ろにしてお姉様にかまけていたお父様やお母様のせいよっ!! 婚約者だって何度取られたら良いのよっ!! 実は血も繋がってないんじゃないかってずっと思ってましたわっ!! それくらい差別されてましたもの!! なのに突然なんですか? お姉様が居なくなって家が危機的状況になったら愛してる? 貴女のため? ふざけないでくださいっ!! 私は、貴方達のオモチャじゃないっ!! それにもう私は決めてますから」
「なっ……なに……をっ?」
私は怒濤の攻撃である、今までの恨み辛みを吐き出してスッキリした。
そして、父から出た言葉はこれだけ。
唖然としてるのは分かりますけど、此方としては謝罪の一つ位あると思っていた分、やはり私に対してはこんなもんだと再認識した。
もう、完璧に未練はない。
「私、修道院に入ります。 セント=ルイ=シアナ女性修道院ですわ。 今までの縁談が成立しなかったのも、敬虔な信者じゃなかったからでしょう。 なので、家から出ます。 今まで住みかと食事をありがとうございました。 後、私に付いていた侍女達は、皆違うところへ斡旋しておいたので、大丈夫ですわ。 馬車の手配も終わっていますし幸い、貴金属や宝石類は私だけ持っていなかったのでドレスだけ返しておきますわ。では。」
「待てっ!! 何を勝手にっ!! そんなもの認めんっ!!認めんぞぉっ!!」
「そうよっ!! ダメよっ!! 出ていくなんて許されないわっ!! 親への恩も返さずなんてこの親不孝者っ!!」
父と母が捲し立てて来るが関係ないのだ。
「あら? 知りませんの? 教会や修道院への入信は、自由で親の許可など必要では有りませんが? それに宗教に口出しなんて出来もしないのですから。 あら、もう迎えのシスターが来ましたので出立させて頂きますわ」
「まっ待ちなさいっ!! 待つんだっ!! リリアナっ!!」
「待って!! お願いよぉぉぉっ!! リリアナぁぁぁっ!!」
後ろから、父や母が叫んでいるが無視だ。
「お待ちしておりました。 すぐに向かいます」
そう言うと恭しく礼をしたシスターと共に馬車へ乗る。
さらば、王都そしてイルシュガルド家。
そう思いながら馬車に揺られて行くのだった。
一応ですが、後日談を少々。
まず、イルシュガルド家ですが、公爵家の逆鱗に触れたため
処刑とまで至らなかったものの、子爵まで爵位が落ちた。
そして、諸貴族の笑い者にされながら、親戚の家中に養子を求めているらしい。
二人の子を持ちながら、片や甘やかし、片や放置していたのだから、そんなことになってってもおかしくはないと思いますわ。
次に公爵家子息ルーランド=ハイゼンですが伯爵令嬢にフラれた者と陰で囁かれ、それを大きく見た現当主 レイモンド=ハイゼン公爵から次期当主の座を弟に据え変えられた。
姉妹で二股するような最低野郎にはお似合いだと思いましたわ。
最後に姉ですが、実は近所にいたらしく、最初の頃は護衛の彼と仲睦まじく暮らしていたそうですが、ここでも姉の我が儘がでて、次第に口論することが多くなり、結局別れ、実家であるイルシュガルド家に戻ろうとしたが、何でも上位貴族を貶めた罪は重いらしく、そのまま牢へ。
最近では、お父様やお母様やリリアナに会いたいと言っているそう。
私は、会いたくない。
今思うと、やはり私の人生は姉や婚約者、イルシュガルドの家に振り回されていることばかりだった。
だが、今はそれから解放されて幸せだ。
修道院で修行した私は回復魔法の才がとてもあり、人一倍回復魔法が上手い。
正直死んでいなければ治せる。
その力を使って世のために現在働いている。
そのお陰かトントン拍子に出世し現在大司祭級の権威を持つ聖女という役目を果たしている。
マリッサたち私と仲の良かったメイド達は聖女の世話係になった。
「いってらっしゃいませ。お嬢様」
「ええ、いってくるわ」
こんな生活だけど毎日が楽しく感じますの。
全てうまくいってる。
恋とか愛とかはまだわからないがこれから知っていけば良い。
さぁ、仕事だわ。
困ってる人の手助けを。
これからも必死にやって幸せを噛み締めていく。
読んでいただきありがとうございました。