150話 教皇の登場
「おや、いつからエルトリアの王家が聖女の認定をするようになったのでしょうか」
張り詰めたような空気の中、柔らかな声がかかり、その場の緊迫した様子が霧散する。
一同がその声の主を振り返ると、そこにいるのは白地に金の縁取りをした司祭服を着た男だった。
レナリアはその顔を見てぎょっとした。
きらめく日のように豪奢な金の髪の下に、銀色の仮面がある。
あまりにも異様な姿に、一体誰だろうと思っていると、扇で口元を隠した王太后が、わざとらしく驚いた。
「まあ
教皇の仮面の奥の表情は隠されていて見えない。
だがその声は落ち着いていて、王太后の挑発的な言葉にも動じていない。
「それは教会が決めることです。ただその娘が聖女となるには、とても多くの祈りを必要とするでしょう」
教皇の言葉は、暗にアンジェには聖女となる資格はないと言ったのと同じだったが、言われたアンジェと、そして教皇の後ろに控えていたロイド・クラフトにも、その意味は通じていなかった。
ロイドもアンジェも学園内で無許可の攻撃魔法を使ったということで停学措置を受けており、本来ならばここにいてはいけないはずだ。
だが教皇がエレメンティアードに合わせて学園の視察を行うと聞いて、無理を言って同行してきたのだ。
エレメンティアードに参加できなかったのは残念だが、どのみち光魔法クラスは競技には参加せず、怪我をしたものの回復を手伝うことになっている。
だからロイドは、停学中のほうが教皇の隣でゆっくり観戦できて良かったのではないかとすら思っていた。
「少し、見せてもらっても?」
教皇はそうセシルに尋ねる。
セシルが頷くと、教皇はその手を取ってセシルの顔をじっと見つめた。
間近で見ると、仮面の奥の瞳は鮮やかな紫色をしている。
なぜだか、セシルはその色に不思議な懐かしさを覚えた。
「なるほど……」
教皇がじっとセシルの顔を見つめる。
仮面に隠されてその表情は見えない。
だが触れられたセシルは教皇から驚いているような気配を感じた。
「どこにも怪我はないようだ。……ああ、魔力の残滓を感じるね。これは……」
押し黙った教皇は、セシルの手を取ったまま何事か考えているようだ。
「エルトリアの女性王族にしかその存在を伝えられていない霧の聖女、ですか……」
やがて手を離した教皇は、セシルの背後にいるレナリアに視線を向ける。
銀の仮面を向けられたレナリアは、すぐに視線を逸らした。
なんだかじっと見られているような気がしたからだ。
「どうしたの、レナリア」
フィルが心配そうにレナリアの顔の前に飛んできた。
(なんでもないわ)
レナリアが見たことがないほど光っているシャインが教皇の周りを飛んでいるせいか、精霊が見えるものの目には、まるで教皇自身が光輝いて見える。
教皇ともなると、かなり高位の精霊を守護としているのだろう。
「……あれほど力のある精霊が人間と契約してるなんて、ボクも知らなかったよ。チャムなんて驚きすぎて隠れちゃった」
そういえばあれだけ怒っていたチャムの姿が見えないのに、レナリアは今気がついた。
よく見れば、レナリアの髪の毛の中に潜りこんでいる。
ラヴィは、と探すと、レナリアの足元に小さな穴を掘って頭だけ隠れている。
小さな丸いしっぽが、ふるふると震えていた。
「確かに聖女の力がセシル王子を癒したようです。ただしそれが誰によるものかは、まだ判断できませんね」
教皇の言葉に、アンジェが片手を胸に当てて主張する。
「きっとあたしです。だってセシル様がリッグルから落ちた時、とっさにシャインに助けてあげてってお願いしたんです」
「君の、シャインに……」
教皇は、じっとアンジェのシャインを見る。
チカチカと瞬くシャインは、まるで何事かを伝えているようだった。
だが基本的に精霊は自分の守護するものとしか会話ができない。
フィルだけが例外なのだ。
だからきっと気のせいだろうとレナリアは思った。
「確かに君のシャインの魔力は強いけれど」
教皇は爪の先まで整えられた右手の人差し指をアンジェの額に当てた。
「これでいい」
「なんですか?」
きょとんとするアンジェの耳に、教皇は優しくささやく。
「祝福だよ。これで君も自在に魔法を使えるようになるだろう」
「ホントですかっ」
「私は嘘は言わないよ。可哀そうに、きっとシャインの力が強すぎて力が使えなかったのだろう。これで大丈夫」
「やった! 教皇様、ありがとうございます!」
大喜びするアンジェは、教皇の後ろにいるロイドに走り寄って、内緒話をするようにロイドの耳に手を当てる。
話を聞いたロイドも、感極まったかのように、教皇を見上げる。
それに気づいた教皇は、
(フィル。今、教皇様は何をしたの?)
教皇がアンジェになにかをした。
それは確かだが、レナリアには何をしたのか分からなかった。
「なんだか魔力の流れが変になった気がするけど……。ちょっと確信がないから、分かったら教えるね」
言葉を濁すフィルの姿に、レナリアはほんの少し不安を覚えた。
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