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■ 秋は木の実の季節
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クロガネモチ
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サクランボは初夏の味覚とされるとおり、サクラの仲間の果実は夏に熟します。私たちの身近な林でもよく見かけるタブノキの実も夏に熟します。一方、神様にお供えするサカキの果実や、一般にシバとよばれ仏様にお供えするヒサカキの果実は、秋になると成熟し濃紺に変わります。街路樹に用いられるクロガネモチ、生け垣に用いられるネズミモチやイボタノキなど、さらにはコナラやアラカシなどのドングリも秋に熟します。このように、日本では秋に果実を成熟させる樹種の方が圧倒的に多いのですが、これは単なる偶然でしょうか?
果実の中にはタネが入っており、果実はタネを乾燥から守る働きなどをしています。タネは成熟しないと次世代を残せませんが、果実はなぜ成熟する必要があるのでしょうか?そもそも果実の成熟とはどのようなコトなのでしょうか?これらの話題を書きだすと長くなりますので、今回は簡単に。
タネのまわりにみずみずしい(いわゆるフルーティーな)部分をもつ果実をつける樹木の多くは、鳥類に果実を食べてもらい、タネを糞と一緒に排出してもらうことで、タネを新しい場所に運んでもらっています。すなわち、このようなタイプの果実は鳥類に食べてもらう必要があるわけです。
さて、秋になると、たくさんの渡り鳥が日本にやってきます。果実を食べる(=タネを散布してくれる)鳥類の数は、秋になると急増するのです。北米やヨーロッパの温帯地域でも、秋になると渡り鳥がたくさんやってきますし、秋に果実を成熟させる樹種が多いそうです。このような観察結果から、「鳥類の増加にあわせて多くの植物は秋に果実を成熟させている」とする説が唱えられています。
この説の真偽はいろいろ議論されていますが、鳥類に果実を食べてもらうために、果実はいろいろな性質を進化させてきたことは事実のようです。それでは、どのような性質が進化したと考えられているのでしょうか?また、機会があればご紹介します。
(自然史課学芸員 真鍋 徹)
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■ 東アジア交流コーナーで開催中「九州と韓国の菓子文化」
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松露饅頭と胡桃菓子
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日本の菓子は、古くから海外の菓子文化の影響を受けながら発展していきました。奈良時代には中国から「唐菓子」とよばれる揚菓子が伝えられ、鎌倉時代には禅宗とともに饅頭や羊羹などの「点心」が伝えられました。安土・桃山時代には、ポルトガルやスペインから卵や砂糖を使用する菓子が伝えられ、「南蛮菓子」と呼ばれていました。
現在、博物館2階の東アジア交流コーナーに、美味しそうなお菓子を展示しています。これは、北九州市立大学文学部八百ゼミの学生たちが仁川広域市立博物館で行った「日本九州と韓国の菓子文化」の一部です。学生たちが日本と韓国の菓子について調べた成果を、菓子見本とともに紹介しています。
今回展示しているのは、「唐菓子」と「薬菓(ヤッファ)」、「白玉饅頭」と「松餅(ソンビョン)」、「松露饅頭」と「胡桃菓子(ホドグァジャ)」の3組で、それぞれ形や製法がとても似ており、中には互いに影響を与えたと考えられるものもあるそうです。例えば、松露饅頭は、文禄・慶長の役(1592-1598)の後、朝鮮から様々な文化とともに伝わった「焼き饅頭」の製法が、ポルトガルから伝わったカステラの製法と結びついて誕生したそうです。その後、1920年代に日本人が朝鮮半島に松露饅頭を持ち込んだことがきっかけで、「胡桃菓子」が誕生したといわれています。
いのちのたび博物館は、姉妹都市の韓国・仁川広域市の仁川広域市立博物館と、友好都市の中国・大連市の旅順博物館と、2010年に「東アジア友好博物館に関する合意書」を結び、友好交流を進めています。博物館の2階には、「東アジア交流コーナー」があり、ここでは、両市の歴史と文化、両博物館の活動などについて紹介しています。
身近なお菓子にも、誕生秘話や受け継がれてきた歴史があり、それぞれの国の交流の一端を垣間見せてくれます。このお菓子の展示を通して、お互いの国の歴史や文化の交流を知るきっかけとなることを願っています。
(歴史課学芸員 上野 晶子)
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