76話 おっさん、ファンレターの山を渡される
ケットシーから教えられたとおり、六階で魔法階段を降りて、その先の編集部へ向かう。
扉の前に立って少し中の様子を覗いてみると、 編集部内では忙しそうな様子の記者たちが、バタバタと飛び回っていた。
デスクの間をちょこちょこと歩いているケットシーたちも、ギルドで見かけるときより機敏に動いている。
「夕方のかわら版、まだ差し替え間に合うか!?」
「印刷部に問い合わせてみます!」
「大至急頼む!」
鬼気迫る声が飛び交うのを聞いて、思わず圧倒されてしまった。
いやいや、そんなことではだめだ。
俺はグッと拳を握って、忙しそうな記者たちの邪魔にならないよう編集部の中へ入っていった。
「……む? ……なっ!? 英雄ダグラス!?」
「本当だ!! なぜ彼がここに!?」
俺に気づいた記者たちがざわつきはじめて、非常に気まずい。
構わず仕事に集中していてくれ……。
そんなことを内心で思っていると、俺の記事を担当している例の記者が駆け寄ってきた。
「ダグラスさん! まさか編集部にお越し下さるなんて。いやぁ、びっくりしましたよ」
「ああ。あんたに少し話があってな」
記者は満面の笑みを浮かべて握手を求めてきた。
拒むのはさすがにどうかと思ったので、差し出された手を握り返すと、今度はうれしそうに肩を揉まれた。
「どんな話でも大歓迎ですよ! ――ていうかスクープの持ち込みだったりします?」
記者の表情が仕事モードに切り替わり、抜け目がなさそうな目で見つめられた。
俺はため息を吐いて「そんなんじゃない」と伝えた。
「まあ、とにかくここではなんなんで、会議室へどうぞ!」
気づけば俺たちの周囲を他の記者やケットシーたちが取り囲んでいる。
たしかにこの状況では落ち着いて話をできない。
俺は会議室で話し合うことを承諾した。
会議室に移動して、出されたお茶に礼を言っていると、やり手そうなお団子頭の女性が部屋に入ってきた。
俺より少し年上ぐらいの彼女から差し出された名刺には、『カシマシ魔法印刷商会かわら版編集部編集長』と書いてあった。
「ようこそいらっしゃいました。お会いできて光栄です! わざわざお越しくださるなんて、スクープをご提供いただけるのかしら!?」
編集長まで前のめりだ。
俺はたじろぎつつも、なるべく失礼にならないよう言った。
「そうじゃない。俺の取材を今後控えてほしいんだ」
「え……!?」
「バルザックでは正直、変装をしたりコソコソ顔を隠さなければ、まともに生活できないような状態だ。それに他の街でも、かわら版に載ったことを理由にかなり注目を浴びてしまった」
「うちの記事でそんなことに……」
編集長が目を丸くしながら、隣に座る記者を見た。
記者は気まずげに身を縮ませている。
「今回の件で娘まで変装しなくてはいけなくなった。まだほんの子供なのに、そんなことはさせたくない。静かな環境でのびのびと育ててやりたいんだ」
俺は編集長と記者を交互に見て、きっぱりと言った。
「だから、俺たちの記事を載せるのはやめてもらいたい」
俺の意思が固いことは伝わっているのだろう。
記者は「そんな……」と呟き、がっかりした感じで肩を落とした。
それでもやはり、完全には納得してくれず、記者はすぐに食らいついてきた。
「……ダグラスさんの記事って、とっても人気で反響も大きいんですよ。それにうちが載せなくても、他の新聞社がきっと――」
「こら、ミラー! そういうことじゃないでしょ」
編集長はミラーと呼んだ記者をたしなめると、改めて俺に向き直った。
「ダグラスさん、まずはうちの記事がご迷惑をおかけしたこと、謝罪させてください。申し訳ありませんでした。娘さんのことも、あまりに配慮が足りませんでした」
編集長は深々と頭を下げてきた。
慌てて記者もそれに倣う。
「いや、頭を上げてくれ。俺は謝罪を求めてきたわけじゃないんだ。ただもう俺たちのことを記事にしないと約束してくれれば――」
「ま、待ってくださいダグラスさん!」
「確かに最初は、話題になるから飛びつきました! でも、いまはそれだけじゃないんです!」
記者は真剣な目で言い募る。
「ダグラスさん、あなたの生き様を、伝えなくちゃいけないって強く思ったんです。うちの新聞社のためだけじゃない。たくさんの人のために!」
「しかし……」
「そうだ! 見せたいものがあるんです!」
慌てた様子で一度引っ込んだ記者は、大きな木箱を抱えて戻ってきた。
「これを見てください! 今週届いたファンレターです。奥にまだまだあります!」
ローテーブルの上に置かれた箱には、大量の手紙が入っていた。
一通を手に取って、促されるまま開けてみる。
『カシマシ魔法商会かわら版の記者様。いつも英雄ダグラスさんの記事を載せてくれてありがとうございます。ダグラスさん本人にファンレターを送る方法がわからないので、こちらに送りました。どうかダグラスさんにお伝えください』
その続きに書かれていたのは、俺へのメッセージだった。
『私は足を怪我して引退した冒険者です。毎日空しい日々を送っていたのですが、ダグラスさんの冒険譚がかわら版に載るようになってから、それを読むのが楽しみで仕方ありません。昔のように自分も冒険をしているような気持ちになるのです。ありがとう。これからも素敵な冒険譚を待っています』
「どうか、他の手紙も読んでみてください」
編集長が熱っぽい目で勧めてくる。
俺は戸惑いつつ、他の手紙にも手を伸ばした。
『ダグラスさんがモンスターを倒したときの方法を参考にして、うちの傭兵団は強くなりました!』
『だぐらすさん、かっこいいです。ぼくも、おおきくなったら、ぼうけんしゃになります』
『ダグラスさんの記事が載るたび、彼とラビちゃんが元気に旅を続けているとわかって安心します。ふたりに迷惑をかけない程度に、これからも記事を載せてくれたらありがたいです。マッスルパワー!』
『冒険一筋で子育てに一切かかわってくれなかった夫が、ダグラスさんの記事を読んで、謝ってきてくれたんです。かっこいいということをはき違えていたと言って……! 最近は休みの日に三人の子供たちといっぱい遊んでくれています。ダグラスさんが子育てしている様子、是非もっと載せてください!』
「これは……」
さすがに言葉が出てこなかった。
……というか「マッスルパワー」ってもしかして彼らだろうか。
正直なところ、俺は見せ物のように面白がられているだけだと思っていた。
しかし木箱に山盛り一杯詰まれていた他の手紙も全部、応援やお礼を伝えるものだった。
「みんなダグラスさんの記事に励まされて、勇気をもらっているんです」
記者が勢いよく頭を下げる。
ゴンッと彼の額が木のローテーブルにぶつかる音がした。
おいおい、大丈夫か……。
「絶対に迷惑にならないようにします! ラビちゃんの生活も必ず守ります! だからどうか時々でいいので、ダグラスさんのことを取材させていただけないでしょうか?」
「……」
俺は無言のまま考えを巡らせた。
記事の向こう側にいる人々の存在や、その気持ちはありがたい。
けれど――。
「やはり取材は勘弁してほしい。騒ぎになってしまうと、俺たちの滞在先にも迷惑が掛かる」
「……どうしても……?」
がっくりとうなだれた記者に、俺は悩みながらも告げた。
「……時々は俺から購読者の役に立ちそうな情報を提供する。それでどうだ」
「え!?」
「本当ですか、ダグラスさん!?」
記者と編集長は、同時にガッと身を乗り出してきた。
「ラビのことは絶対に書かないでほしい。それから居場所や関係者の名前なんかもぼかすぞ。それでもいいか?」
「ええ……ええ、もちろんです!」
「やったー!! 編集長やりました!」
ふたりはわっと声を上げて、ガッツポーズをしている。
喜び過ぎじゃないだろうかと、俺はたじたじした。
「あのな……そんなにすごい情報じゃないと思うぞ?」
「なんだって結構です!! ダグラスさんのことなら日々の些細なことでも、それこそ日記を載せたってみんな大喜びですよ!」
「に、日記? いや、さすがにそんなものを読みたい人なんていないのでは……」
「とんでもないです!! 『英雄ダグラスの冒険譚』っていうコラム名で、ダグラスさんの提供してくれる日記をそのまま載せるなんてどうですか!?」
「冒険譚いいじゃない!」
ふたりは大盛り上がりで、あれこれと今後の記事について相談しはじめた。
過剰に期待されている気がして、俺は胃が痛くなってきた。
でもとりあえず、これでみんなが納得できる形になったのではないだろうか。
「予約したよー」の報告ありがとうございます!
めちゃくちゃうれしいです!。゜(゜´Д`゜)゜。