78話 おっさん、かつての仲間と対峙する
『コッチ! コッチ!』
俺を誘導するクック鳥が、アンテナのようにピンと伸びた鶏冠を真っ赤に光らせて叫ぶ。
やがて辿り着いたのは、バルザックの北にある朽ちかけた神殿だった。
俺はサッと視線を動かし、周囲の様子を瞬時に観察した。
白い壁には森アケビの蔦が絡みつき、建物全体を埋め尽くしている。
ドーム型の天井には穴が開き、梁が剥き出しになっていた。
もともとエドモンドが落ち合う場所として指定してきた空家もこの近くにある。
『ソコ! 魔法 ノ 罠 アリマス! 注意デス! 罠――……』
些細なことに構っていられるか!
クックが言葉を伝え終えるより先に、扉に仕掛けられていた罠魔法を、スキルで強制解除した。
「ラビはこの先だな!」
『ソウ! ラビ ココデス!』
クックの鶏冠が一際明るく光りを放った。
両手を扉に向かって伸ばし、ふたつのスキルをまとめて詠唱する。
《静寂を守りし番人、扉を閉ざしたまえ――サイレント》
《漲る力湧き上がれ――筋力増強マッスルパワー!!!》
強化させた握り拳を、全力で叩き込む。
扉は、派手な音を立てて扉が勢いよく吹き飛んだ。
ただしサイレントのスキルも発動させているから、中にいる者は気づきようもない。
『ラビ コノ建物ノ 一番奥デス!』
「ああ!」
今度は足の筋肉にバフ効果を発動させて、ラビのいる場所を目指す。
石造りの長い廊下を駆け抜けた先に、また扉が現れた。
「ラビ!!」
ラビの名を叫びながら駆け込むと――。
「……!」
遺跡の祭壇にもたれかかっていたエドモンドが、息を呑んで目を見張った。
「馬鹿な……なぜここが分かった……!?」
「エドモンド……!! 見つけたぞ!!」
エドモンドは一瞬焦ってしまった自分を恥じるように、余裕ぶった態度で腕を広げてみせた。
「ふん……。待ち合わせの指定日は今日ではありませんよ。それに、場所も間違えているようだ。わざわざ置手紙を差し上げたというのに」
この男のことなどどうでもいい。
俺は急いで視線を動かして、がらんとした神殿内を見回した。
……どういうことだ。
ラビの姿がない。
クックはこの場所を示したというのに……!
「クック、どうなってる? ラビはどこだ!?」
『ラビ ココニイマス!』
となれば――。
エドモンドをギンッと睨みつける。
「エドモンド! スキルを使ってうちの娘の姿を消しているのか!」
エドモンドの頬はすっかりとこけていて、唇もひび割れている。
着ているコートの裾がぼろぼろで、袖が黒ずんでいた。
潔癖で少しでも汚れると新しいものを新調していたというのに、満足に洗うことも出来ていないのだろう。
「さっさと答えろ。気長に待っているつもりはない」
「どうやら勘違いをしているようだ。この状況において、優位なのはあなたではなく私のほうですよ。そう大きな態度を取っていいものなのでしょうか? さあ、考えてみてください」
「ラビはどこだ」
「やれやれ、あなたそんなにせっかちな人ではなかったでしょう? それに偉く強気な態度ですねえ」
「ラビはどこだと訊いている!」
「振る舞いを改められるべきでは? あの少女は無事ですけれど、それもあなたの態度次第ですよ」
俺はちらりとクック鳥に目をやった。
クック鳥は隅に置かれた長椅子を見つめたまま、これまででもっとも強い光を放っている。
「……わかった。話を聞こう」
真っ直ぐに顔を上げると、エドモンドはククッと笑って歪んだ笑みを浮かべた。
「やっと交渉ができそうな流れになってきましたね。単刀直入に言えば、アランに跳ね返した呪いを、もう一度あなたに引き受けていただきたいのです」
「跳ね返した呪い……? なんのことだ」
「はは、とぼけないでください! アランに呪詛返しをしたでしょう? そのせいで彼は弱体化してしまった。まったくいい迷惑ですよ!」
……なるほど、そういうことか。
アランが衰弱し、クエストに失敗しているという噂。その原因が理解できた。
俺が呪いを跳ね返したせいで、発動者であるアランに呪いが戻ってしまったのだ。
さんざん苦しめられたあの呪いを、今はアランがその身に引き受けているのか。
「弱体化したアランが何度もクエストに失敗したせいで、我々は特別ライセンスを剥奪されてしまったんですよ! これではもう一介の冒険者と何も変わらない! 冗談じゃありません! 報酬ははした金に激減し、様々な恩恵も取り上げられてしまった。魔王を倒した暁には爵位が授与される予定だったのに……!」
エドモンドは目を見開き、唾をまき散らして必死に訴えかけてくる。
「王にもう一度援助を求めるにしても、アランが出向かなくてはいけません。それなのに彼は今、バルザックの宿屋で寝たきりです。起きることもままならない。ですから早く、あなたが呪いを再び引き受けるのです!」
この男の心の中には、仲間を心配する気持ちなど微塵もない。
俺はエドモンドの貧しい心を哀れに思った。
「呪いを受け取った後、あなたがまた落ちぶれたとしてもそれは自業自得。パーティーの仲間に呪われるほど疎まれていたんですから。身から出た錆というところでしょう。というわけで、今すぐ呪いを引き取って下さい。勇者が元に戻れば、すぐに少女を返してあげますよ」
「……」
「どうしたのですか? まさか迷っているわけではないでしょう?」
眼鏡のフレームをクイッと上げて、エドモンドが嘲笑う。
「あなたは娘を見捨てられない。自分が死んでも娘を護るような人ですからねえ」
俺は両手を強く握り締めた。
エドモンドの言うとおり。
俺は決してラビを見捨てたりしない。
ラビのために、この命を差し出すことに躊躇いなどない。
――だがな。
「さあどうしました。呪いを引き受けると誓約しますか? 早く決断しないと子供の安全は保障できませんよ」
「悪いが断る」
「な!?」
「……なぜです。子供を見捨てるつもりですか……!?」
エドモンドが驚きを隠さずに、問いかけてきた。
「ふざけたことを言うな」
ラビを残して俺が死ぬ。
それだってあの子を見捨てるのと何も変わらない。
「身寄りのない小さなあの子を、たった一人置き去りにして死ねるわけがないだろう!」
だから。
「おまえを倒して、ラビを救い出す!!」
≪大気に宿る聖なる力、吹き抜けよ! 風魔法ウィンド!!≫
「な……くあッ……! うああああああッ……!?」
俺の両手から放たれた風魔法は、容赦のない勢いで、エドモンドを壁際まで吹っ飛ばした。