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【WEB版】冒険者ライセンスを剥奪されたおっさんだけど、愛娘ができたのでのんびり人生を謳歌する 作者:斧名田マニマニ

2章 慈善の街アディントン編

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12話 おっさんと少女、「うちの子」と「お父さん」

 翌日。

 ざわざわとした宿屋の食堂で、俺とラビは窓際の席に着いた。

 窓から差し込んだ朝日があたたかい。


「おはようございます。今日の朝の卵はどうします?」


 宿の女将がエプロンで手を拭いながら、卵の焼き方を聞きにやってくる。

 ふたりして目玉焼きを注文してから、これから数日間の過ごし方についてラビに説明した。


「おそらくあと四、五日はアディントンに滞在することになる。その間に大きな町でしか手に入らない品を買ったり、日雇いの仕事をして路銀を稼ぐつもりだ」


 滞在が長引いたのは、マットロックの事件に関して呼び出される可能性があるからだ。

 憲兵隊からは数日間、この街に留まるよう指示されている。

 急ぐ旅ではなくてよかった。


 そんなことを考えていると、ふわっといい匂いが漂って朝食のプレートが運ばれてきた。


「さあ食べよう」

「うん……!」


 手を合わせて祈りの言葉を小声で唱えて食事をはじめる。


「それからセオ爺の元へも行かなくては。ラビのネックレスの件もあるしな」


 ラビはフォークを握ったまま、俺の説明を真剣な顔で聞いている。


「飯を食べながらでいいぞ。冷めてしまうからな」

「わ、わかった……」


 今朝の朝食は目玉焼きとベーコン、マッシュルームのソテーだ。

 半分に割ったパンの上にそれらを挟み込んで、サンドイッチのように食べる。

 俺の豪快な食べ方を見て、「わあ」と呟いたラビがせっせと真似しはじめる。


「半熟の卵が横から溢れるから気をつけろ」

「はーい」


 うれしそうにかぶりつくラビ。


「あっ……!」


 さっそく卵がこぼれてラビの手にポタポタと垂れた。


「ははは。まあ小さい口で食べるとなかなかうまくいかんだろう」

「ご、ごめんなさい……」

「いいんだ。気にするな」


 青ざめた顔で謝ってくるラビの頭を軽くなでてから、腰にたらしていた手ぬぐいで拭ってやる。


(マクファーデンで1枚買い足したが、まだ心もとないな)


 子供がいると日用品の出番が多くなることを、俺は初めて学んだ。


(子供と言えば……)


「ラビ、ひとつ提案があるのだが――」


 今後も旅をしている間は『親子』という関係を貫いたほうがいいと俺は思っている。

 ただ俺たちはその芝居が全然できていない。

 まだ出会って数日だからと自分に言い訳をしてきたが、今回のような事件に巻き込まれることを避けるためにも、できるだけ自然な親子に見えるよう努力はしたい。


 昨晩、眠る前にそんなことを思った俺が考えついたのは呼び方を変える案だ。


「俺はこれから人前ではできるだけラビのことを『うちの子』と呼ぶようにする。『うちの子がお世話になりました』どうだろう。お父さんっぽい感じは出てるか?」

「う、うん……。出てる気がする……」

「そうか。よかった。それじゃあラビは俺を『お父さん』と呼んでくれ」

「……!」


 息を呑んだままラビが固まってしまった。


(あれ……)


「すまない。嫌だったか……?」

「い、嫌じゃない……。……呼んでいいの……?」

「もちろんだ」


(よかった。遠慮だったのか……)


 俺はホッと胸を撫で下ろした。


「それじゃあちょっと試してみるか。さあ、ラビ言ってみてくれ」

「い、いま……?」

「ああ」


 ラビの眉が下がり、オロオロと視線が泳ぐ。

 頬がピンク色に染まってすごく照れくさそうにしている。


「うぁ……。……は、恥ずかしくて……」

「大丈夫だ。こういうのは一回目をクリアすれば意外と気が楽になるものだ。多分。さあ、がんばれ」

「う、うん……。……お…………………………お父さん……?」

「……!」


 食堂の喧騒にかき消されそうなほど小さい声で呼ばれた『お父さん』。

 だが俺の心に強烈な何かを突き刺してきた。


(こ、これは……照れる……!)


 顔がカアッと熱くなっていくのを感じた俺は、慌てて口元を手で覆った。


(全世界のお父さんは娘に呼びかけられる時、いつもこんな想いをしてるのか……!?)


 ラビには『一回目をクリアすれば意外と気が楽になるものだ』などと言ってしまったが、全然慣れることなどできなそうだ。


 ◇◇◇


 朝食を食べ終えたあと。

 商業地区の店が開く時間になったので、俺はラビを連れて『セオの雑貨店』を再び訪れた。


(昨日は挨拶もろくにせず飛び出してしまったからな……)


 非礼の詫びがしたい。

 それから何よりラビを取り戻したことをセオ爺さんに伝えたかった。


 商業地区は今日もまた様々な人で賑わっている。

 ラビは人の流れを縫って歩くのが上手くない。


「迷子にならないよう手を繋いでおくか」

「う、うんっ……」


 差し出した手をラビがキュッと握ってくる。

 子供の手のあたたかさに驚かされた。

 それに俺のごつい手と違って、ラビの小さな手はふわふわのパンのように柔らかい。

 力の加減をして、できるだけそっと握り返した。



『セオの雑貨店』。

 頭上に掲げられた木の看板を見てから扉を開ける。

 店内に入った途端、興奮した調子の話し声が聞こえてきた。


(この店はいつも騒がしいな)


 苦笑しながら中へ入っていく。

 またセオ爺たちが親子ゲンカをしているのかと思いきや……。


(先客がいたのか)


 店内奥、レジカウンター付近には五、六人の男たちでごった返していた。

 その真ん中にはセオ爺さんと息子の姿がある。

 買い物客というより砕けた感じの雰囲気で、あーでもないこーでもないと盛り上がっている。

 どうやら顔見知りが集まって雑談をしているようだ。


(なにをそんな熱心に話しているんだろうな)


 苦笑しながら挨拶をしようとしたとき、セオ爺さんが声を上げた。


「あ! ほれ皆の衆! こやつが例の旅人じゃ!」

「おおおおお!!! あんたがあのッ!?」


 セオ爺さんが俺を指さした途端、男たちの視線が俺にそそがれた。


「あんた、よく見抜けたな……!」

「あの院長が人売りだったなんて、俺たち未だに信じられねえよ……!」

「街中あんたの噂でもちきりなんだぜ!!」

「俺、他の連中にも知らせてくる!」


 口々にそう叫んで俺を取り囲む。

 最後のやつは謎の言葉を残し、表へと飛び出して行った。

 それ以外の男たちはすげえすげえと繰り返しながら、ペタペタと腕や肩を触れてきた。


(な、なんだいったい……!?)


 俺はわけがわからずに慌ててラビを後ろに隠した。

 悪意は感じないものの、皆やたらと興奮している。


「ま、待ってくれ……。いったいどうなってるんだ? 『あんたがあの』って……?」


 人の垣根の向こうで背の高い椅子に座っているセオ爺さんを見やる。

 セオ爺さんはにやりと笑った。


「昨日の逮捕劇が噂になってるんじゃよ」

「噂って……」

「あんたがマットロックの罪を暴いてくれてよかった。街中で十何年もの間、あの大悪党に騙されていたとは……。しかもワシなんぞあやつが最初から好かんかったのに、見て見ぬふりをしておったからなおさら悪い……。そのせいで多くの子供たちが犠牲になったと思うと情けなくてしょうがないわい……」


 セオ爺さんが呟くと、興奮していた男たちも悔しそうに俯いた。


「俺なんてあの野郎のことを神様ぐらいの気持ちで崇めちまってたしな……」

「それはみんな同じだよ。俺たちは本当に馬鹿だった……」

「だからあんたに心底感謝しているんだ。あんたがアディントンを訪れてくれなければ、もっと多くの犠牲者が出ていただろう」

「本当に……本当にありがとう……!」

「あんたはアディントンの英雄だよ!」

「な……」


 予想外の言葉に絶句する。


(俺が英雄……!?)


 年嵩の男がそう言って俺の手を握った。

 強い力を込めた握手から彼の感情が流れ込んでくるようだった。

 他の者たちも次々感謝の言葉を伝えてくる。

 かぶっていた帽子を慌てて脱いだ者もいる。


「俺は自分にできることをしただけだ。そんなに気にしないでくれ」


 頭を掻きながらそう伝えると、「謙虚なところも素晴らしい!」などと言われてしまった。


(参ったな……)


 もう自分の能力に自惚れて驕っているような年でもない。


(それに孤児院の問題だって、まだすべて解決したわけではないんだしな……)


 と、そのとき――。


「おい! この店に英雄さんが来てるってのは本当かい!?」


 突然、店の扉が勢いよく開かれ、とんでもない数の人々がわらわらと押し寄せてきた。


「あああ……とんでもない数の人が……! 棚卸中の商品がめちゃくちゃになっちゃいますよ、お父さん!」

「なんじゃ情けない。こんなことでもなければ満員御礼を喜ばんか」

「お父さん!!!」


 セオ爺と息子がいつもの調子でワーワーと揉めはじめる。

 その間にも詰めかける人の数は増すばかりだ。


(うわ、こ、これは……)


「ラビ! 俺の後ろにちゃんと隠れてるんだぞ」

「う、うん……!」


 ラビをもみくちゃにされるわけにはいかない。


(どうにかして店から逃げ出すか……)


 俺が考えを巡らせていると――。


「おい、あんた! 大勢に囲まれてちやほやされるのは苦手なんだな?」

「ああ……」


 さっき手を握ってきた男の言葉に、頬を引きつらせて頷き返す。


「よし、おまえら。この英雄さんを俺らで守るぞ!」

「おう! 任せとけ!」

「英雄と話したのは俺たちだけだってあとで自慢もできるしな!」

「みんな! ほら帰った帰った! 街を救ってくれた英雄様への恩を仇で返すつもりじゃねえだろ? ほらほら撤収!」


 さっきの男たちが声を上げて、大挙した街の人たちを店の外へと追い出していく。

 ぶーぶーと文句を言う街の人たち。

 おまえらだけずるいぞとか、サインが欲しいとか、あら色男ねなんて声まで聞こえてきて固まった。


(まさかこんな事態になるなんて……)


 俺は店の外に追い出されていく人々を見つめたまま、ごくりと息を呑んだのだった。

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『幼馴染彼女のモラハラがひどいんで絶縁宣言してやった』
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【あらすじ】
一個下の幼馴染で彼女の花火は、とにかくモラハラがひどい。

毎日えげつない言葉で俺を貶し、尊厳を奪い、精神的に追い詰めてきた花火。
身も心もボロボロにされた俺は、ついに彼女との絶縁を決意した。

「颯馬先輩、ほーんと使えないですよねえ。それで私の彼氏とかありえないんですけどぉ」
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俺の人生を我が物顔で支配していた花火もいなくなったし、これからは自由気ままに生きよう。

そう決意した途端、何もかも上手くいくようになり、気づけば俺は周囲の生徒から賞賛を浴びて、学園一の人気者になっていた。
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