79話 おっさん、賢者エドモンドを成敗する
今回の話は前のものとだいたい一緒です
次話からガラッと展開が変わります
強い風に吹き飛ばされたエドモンドは、壁に激突したあと、呻き声をあげながら床の上に落下した。
「ぐぁっ……」
「エドモンド。さっさとラビにかけている魔法を解除しろ」
「……ふっ……解除ですって……?」
床に倒れたままのエドモンドが、顔を歪めつつも挑発的な眼差しを向けてくる。
「お断り、しますよッ……≪煉獄に繋がれし聖魂よ、穢れた大地を燃やし尽くせ――蛇爆連鎖!!≫」
大蛇の形に吹き上がった炎が、猛烈な勢いで飛びかかってくる。
「この技を喰らえばひとたまりもないでしょう! 覚悟しなさい!」
意思を持つ炎か……!
エドモンドが最も得意とする最高位火魔法が容赦なく迫りくる。
さすがは勇者パーティーの賢者だ。
最高位魔法を使えるだけでも特別だというのに、エドモンドは暴れる蛇を見事にコントロールしている。
ならば、こちらも相応の――!
≪凍土を守護せし孤高の翼、この世のすべてを凍らせよ――羅刹氷鷹!≫
顕現したのは、氷をまとう巨大な鷹だ。
その鋭い鍵爪が、暴れ狂う炎の蛇を鷲掴みにした。
『ギャおおおおッ!!』
炎の大蛇が咆哮し、牙を剥いて抗う。
しかし冷徹な鷹は、抵抗を許さなかった。
二つの爪でしっかりと蛇を捕えたまま、命を奪う氷のブレスを吐きかけ続ける。
『アアアアッ!!』
もがく炎の息の根を止めるように、鷹は両翼を広げて甲高く鳴いた。
蛇にとって鷹は天敵である。
そう時間もかからずに、大蛇は凍りついた。
酸素が得られなくなった炎が消滅するのと同時に、役割を果たした鷹もスウウッと姿を消した。
あとに残ったのは気味が悪いほどの静寂だけだ。
「……そ、そんな……。私の蛇が消滅させられただと……!?」
信じられないというように目を見開いたエドモンドが呟く。
「どんな魔法を唱えても無駄だ。俺はそれ以上の力でおまえを止める」
「くっ……。あんなものはまぐれですよ……!」
再びエドモンドが最高位火魔法を詠唱した。
「無駄だ」
エドモンドは何度も火魔法を放ってきたが、そのたびに俺は氷魔法で消滅させた。
どんどんエドモンドの焦りが増していく。
冷静さを欠けば、戦闘で必ず不利になる。
俺は、五回目の火魔法を放とうとしたエドモンドに向かって、淡々と宣告した。
「終わりだ。エドモンド。おまえの魔力はもう空になっている」
「……!?」
髪を振り乱すほど慌てたエドモンドが、自身のステータスを確認する。
その顔色がサーッと青ざめた。
魔力の枯渇に気づかないなど、素人同然のミスを犯してしまったのだから当然だ。
「魔力回復薬を飲ませるつもりは当然ない。何度繰り返しても結果は同じだからな。諦めて魔法解除をしろ」
「くっ……」
俺はエドモンドの前にかがみ込むと、奴の胸倉を掴んで目線を合わせた。
「何度も言わせるな。さっさとラビを返せ」
「う、うぐっ……。わ、私があなたに従うとでもッ……?」
「聞き入れる気がないのなら、強引に言うことを聞かせるだけだぞ」
「……ははっ! あなたが? はははっ……まったく笑わせないでください。先ほどあなたのせいで打ち付けた肋骨に響いて仕方がないんですよ……!」
「笑っていられるうちに、早くするんだ」
エドモンドの右腕をねじり上げると、彼は顔を苦痛のあまり醜く歪めた。
噛みしめられた唇の端に泡がたまっている。
それでもエドモンドは、まだ無理やり余裕の笑みを浮かべようとした。
「あなたにそんなことできっこありません! 他人を傷つけることが怖い腰抜けなんですよ、あなたは! 今もどうせ内心ビクビクしているんでしょう……!?」
「……エドモンド。早くしてくれ」
さすがにこれ以上、くだらない挑発に付き合ってはいられない。
それでもエドモンドは、俺のことを煽り続けた。
「相手が敵であっても、傷を負わせることを躊躇してしまう。あなたはそういう性分です。善人のつもりでしょうが、たんに勇気がないだけなんですよ! そのせいで何度も痛い目に遭って来たのに。一向に直らないのですから、筋金入りの甘ちゃんです」
「おまえが知っているのは、かつての俺だ」
「かつて、ですって? 人間はそう容易く変われませんよ」
「そんなことはない」
エドモンドの腕を握っていた指に、グッと力を込める。
「ぐあッ……!?」
人生には時々かけがえのない奇跡が訪れる。
俺にラビという宝物がもたらされたように。
そんな時、人はきっといくらでも変われる。
年齢や過去や立場、境遇なんて関係ない。
奇跡を大切にして、変わりたいと願う気持ちさえあれば――。
「俺はもう以前の俺ではない。何を差し置いても護りたいものを手に入れた。娘のためなら、どんなことだってできる」
「で、できるものなら……!」
俺は無表情で、エドモンドの肩を真上に捻った。
ゴリッという鈍くて嫌な音が響いた直後――。
「ウグアアアアッッ……!!」
エドモンドが雄叫びに近い絶叫を上げた。
エドモンドの右腕は不自然にぶらぶらと揺れている。
強制的に肩を脱臼させたのだから、筆舌に尽くしがたい痛みを感じているはずだ。
「ぐああっ……い、痛い……ッッ……」
「次は左腕だ。こっちは折るぞ」
「ま、待ってくれッ……! や、やめろ……やめてくれッ!」
「やめて欲しければ魔法を解除しろと言っているんだ」
「わ、わかっ……わかったから離してくれッ……!」
「魔法解除が先だ」
「うぐああっ……」
今度は左腕をねじり上げる。
「あぐっ、ひッ……解除する! するからッ……!」
エドモンドは叫び声の合間に、魔法解除の呪文を唱えた。
解除が行われると、部屋の隅の長椅子の上に、ラビの姿がすーっと現れた。
体を見えなくするだけではなく、魔法の力で椅子に拘束されている。
エドモンドは俺がひと睨みすると、ラビを縛りつけていた魔法の縄も消滅させた。
「お父さん……?」
身動きがとれるようになったラビが、戸惑いながら俺のことを呼ぶ。
「ラビ!」
俺はエドモンドを突き飛ばし、ラビのもとへ駆け寄った。
「ああ、ラビ!!」
「お父さん……!」
勢いのままラビを抱き上げる。
ラビは、両手両足を俺に回して、ぎゅうっと力いっぱい抱きついてきた。
ほんの数時間、離れていただけなのに、この体温が随分と懐かしいような気がした。
「怪我は!? 痛いところはないか!?」
「大丈夫……」
俺にしがみついたままラビが答える。
その体がかすかに震えていた。
一人ぼっち、攫われた恐怖に耐えていたのだろうと思ったら、涙が込み上げてきた。
「すまない、ラビ……! 怖かっただろう……!?」
「大丈夫だよ……。お父さん……来てくれるって、信じてたから……」
「ラビッ……!」
俺はたまらない気持ちで、ラビをきつく抱きしめた。
もうこの腕の中に閉じ込めたまま、離したくないぐらいの気持ちだ。