17話 おっさん、雷雨の中で活躍する
ラビはかれこれ2時間も光魔法の練習を続けている。
俺たちもそれに付き合って、励ましたりアドバイスをしたり。
ただ、残念ながら成果は見られず、その小さな手に光が灯ることはまだ一度もなかった。
それでもラビは練習をやめない。
何かを決意したような顔で黙々と。
初めて見る一面に、俺は驚かされた。
(どうしてもスキルを覚えたいんだな……)
なぜそういう気持ちになったのかはわからないが、ラビが望む以上はサポートしてやりたい。
(ただあまり根を詰め過ぎるのもよくないだろう……)
今日はそろそろ寝ようとラビに声をかけようとしたそのとき……。
――ピカッ。
「……!?」
窓の外が突然、白く光った。
「まあ、ダグラスさんの放った光ぐらい明るい雷……!」
ルーイの嫁さんがそう声を上げた。
直後。
――ピシャッ……ドーンッッツ!!!
「キャアアッ……!!!」
家が揺れるほどの雷鳴が轟き、嫁さんや子供たちが悲鳴を上げる。
(すさまじい音だったな……)
何かがガラガラと瓦解するような、聞いたこともないぐらいの爆音だった。
怯えて縋りついてきたラビを抱き寄せる。
子供たちだけでなく、その場にいた大人たちも青ざめていた。
「今の雷、落ちたんじゃ……」
「ああ、おそらくは」
不安そうなルーイとともに立ち上がり、窓辺へ近づくと――。
「あれは……!」
集落の西側のほうで赤黒い煙が立ち上っている。
家に雷が落ちて燃え上がったのだ。
「そんな……。誰かの家に落ちたんだ……」
ルーイが呆然と呟く。
「家に落ちたって……避雷針を置いてないのか?」
「いえ、そういうものを我々は使いません。ですが毎年、春のはじめに雷除けの祭りを行っているので……」
「……」
俺は複雑な気持ちで唇を引き結んだ。
この種族の決まりに余所者が口を挟むべきではない。
気持ちを切り替えて、起こった出来事のほうへ意識を向ける。
「……何かできるかもしれない。助太刀に行ってくる」
「……! 私もついていきます!」
「ラビはどうする」
急いで尋ねるとラビは慌てて首を横に振った。
(……火が怖いのか?)
ついてくるはずだと思っていたので意外だった。
しかし今はそのことを確認している余裕がない。
「それじゃあ行ってくる。いい子で待っていてくれ」
「う、うん……。お父さん、気をつけて……」
心配そうな表情でラビが俺を見上げてくる。
ラビの両手が俺のコートを掴んでなかなか離さない。
大丈夫だと言い聞かせるように、俺は苦笑したまま頷き返した。
「ああ、ありがとう」
ラビの頭をくしゃっと撫でてから、俺はルーイとともに雨の中へ飛び出した。
「大変だ! 火が出ているらしいぞ!」
「おい、みんな急げ……!」
そこかしこの家からも俺たちと同じように男衆たちが集まって来る。
警戒心の強いエルフたちは俺を見てギョッとした表情を浮かべた。
しかし現場へ駆けつけることを最優先とした。
空気の中に嫌な熱が混ざりはじめる。
ひどく煙臭い。
俺は走りながら腰にたらしていた手ぬぐいを抜き、口元に巻いた。
黒い空が赤く染まっていく。
バシャバシャと水の跳ねる音が響く。
集落の西側に辿り着くと、目を疑うような光景が広がっていた。
「……ああ、そんな……。なんてことだ……」
真っ二つに貫かれた大木。
そこから燃え上がる化け物のような炎。
家だったものの残骸が、地面の上にうず高く積み上がっている。
今にも炎はそちらへ燃え広がりそうだ。
「た、助けてくれええッッッ……!! 妻と子供が下敷きになっているんだッッ……!!」
羽交い絞めにされた若いエルフが、死に物狂いで両腕を伸ばしている。
耳に痛い悲痛な叫び声だ。
俺たちより早く到着した者たちも、なんとか残骸をどかそうとはしていた。
しかし燃え盛る火のせいで、救助がままならないのだ。
「どうして雨が降ってるのに火が消えないんだよ!?」
誰かが絶望をにじませた声で怒鳴る。
(……この勢いだ。雨だけで鎮火させるのは難しいだろう)
「俺が消火する。少し道を開けてくれ!」
そう名乗り出ると、エルフたちは怯えた顔で黙り込んだ。
お互いに目線を合わせて、どうするべきか伺い合っている。
しかし一刻を争う状況だ。
俺がざくざくと歩いていくと、エルフたちは蜘蛛の子を散らすように後退した。
俺はすぐに水魔法を詠唱した。
《空白の魂に愛求める水の聖霊よ、恵みの水を授けたまえ――水魔法ウンディーネ!!!》
最大威力で俺が放った水は覆いかぶさるようにして、メラメラと燃え立つ炎へ襲い掛かった。
さすがに一瞬で消えるということはない。
それでもじわじわと燃える範囲が狭まっていく。
「す、すごい……」
「……が、がんばれ……!」
「そうだ! がんばれ! がんばってくれ……!!」
ほとんどのエルフは不安そうに遠目から眺めているけれど。
ルーイをはじめとした数人が、声を上げて応援してくれている。
俺はその声援に励まされながら、小さくなっていく炎に近づいていった。
(よし、もう少しだ……!)
そして最後の抵抗のようにブワッと一度膨れ上がったあと、よくやく火は鎮火したのだった。
「はやく救助を……!」
「……! わ、わかった……!」
俺が声をかけると、エルフたちは慌てて残骸の中へ駆け寄っていった。
もう怯んでいる者はいない。
「そっち側を持っていてくれ!」
「せーので上げるぞ! せーの!!」
雨に打たれながら、みんな一丸となって救助にあたる。
しかしすぐに新たな問題が発生した。
「くそ……この巨大な木が重くて動かない……!」
真っ二つに割れた木の片方が、はまり込んでまったく動かない状態だ。
てこの原理をつかってがんばっても持ち上がらない。
「た、たすけ……て……」
その下から微かな声が聞こえてきた。
「畜生! あとちょっとだってのに!」
「わかった。それは俺に任せろ」
今度は筋力のバフを詠唱する。
《漲る力湧き上がれ――筋力増強マッスルパワー!!!》
ムキムキムキッ。
筋肉が盛り上がり、俺の腕が見る間に巨大化していく。
「ひっ……ば、ばばば化け物……!!!!!」
エルフたちが俺の姿を見た瞬間、悲鳴を上げて腰を抜かす。
これを見るのは二度目のルーイまで真っ青な顔で固まっている。
「ふんっ!!!!」
ムキムキに膨らんだ腕なら大木ぐらい片手で持ち上げられる。
「さあ、俺が支えてる間に助け出してくれ!」
「あ……あああ……」
しまった。
怯えきっていて動いてくれない。
「頼む。早く助けてやろう」
「あ、は、はい……。ほら、みなさん! 救助を……!」
膨れ上がった腕だと細かい作業がままならない。
助けるつもりでひねり潰してしまったなんてことになりかねないので、その部分はエルフたちに頼んだ。
それからすぐに、母と子は救い出された。
母親は腕と背中に傷を負っていたが、子供は母親が庇うように抱きしめていたため、かすり傷ですんだようだ。
薬師の元へ運ばれていく親子を見送っていると……。
「母親のほうも命に別状はないとのことです」
ルーイが俺の傍へ来て知らせてくれる。
俺は片づけ作業の邪魔にならない場所へ大木を動かしてから頷き返した。
(ふたりが無事でよかった……)
ホッとして肩の力を抜く。
スキルも解除すると、申し訳なさそうな顔でエルフたちが俺の元へ集まってきた。
「本当にありがとう……。あなたのおかげで助かりました……」
「あなたがいなければモロの嫁さんと子供はきっと助けられなかった……」
「ああ……。それから嫌な態度を取ってしまって申し訳なかった……」
「このとおりです……」
皆で一斉に深々と頭を下げてきた。
俺は困ってしまい、慌てふためきながら顔を上げてくれるよう頼んだのだった。