81話 おっさん、娘にとって恥ずかしくない父親でありたいと思う
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あわせてよろしくお願い致します!(*´`*)
アランの居所は、情報屋のドワーフ・ハムが調べてくれることになった。
「話は聞いた。1時間、いや30分くれ。すぐに居場所を見つけ出してやる」
たった30分でと思ったが、ハムはそれから20分でアランを見つけ出してきた。
ハムがどこまで情報を得ているかはわからない。
でも何よりこの件を優先させてくれたのだろう。
感謝してもしきれない気持ちで頭を下げると、ハムはポンポンと俺の腕を叩き、一言「解決させてこい」と言った。
「ああ、わかった。ありがとう」
俺はしっかり頷き返すと、ラビの手を引いてエイハブの店を出た。
ハムから渡されたメモを頼りに向かった先。
アランの滞在しているという宿は、スラムの入口にある傾きかけた安宿だった。
他の宿泊客がぎょろぎょろとした目でこちらを値踏みしている。
無数に亀裂が走った壁や、ひび割れた柱。
めくれかかった屋根の板。
それに周囲には、果実が腐ったような嫌な臭いが漂っている。
埃まみれの看板は、風が吹くたびキィキィと耳障りな音をたてた。
かつて落ちぶれた俺が一人旅をしているときだって、ここまでオンボロな宿に泊まったことはないぞ……。
こんなところにいるアランを、俺は想像することができなかった。
心の奥の方で気持ちが怯むのを感じる。
俺は、正直怖かったのだ。
かつての自分以上に悲惨な状況となったアランを見ることが……。
それにこんなところにラビを連れていくのは……。
しかし、ラビは俺が言葉を発する前に、俺の目を真っ直ぐに見てから、しっかりと首を横に振った。
「私も一緒に行く」
この子がこんなふうに、きっぱりとものを言うのは初めてかもしれない。
ラビ……。
俺を守ってあげたいと言ってくれた。
そのために、共にあることを望んでくれているのだろう。
こんな小さな娘に心配をかけるなんて、俺はだめな父親だな。
もっとしっかりしなければ。
アランがなんだ。
彼が今、どんな状況に晒されていようと、目を逸らさず、受け止め、通りすぎた過去のひとつとして、見送ればいいだけだ。
「ありがとう。ラビ」
よし。行くぞ。
ラビと手を繋いだまま、安宿の扉をくぐる。
軋む床を踏んで、受付カウンターへ向かう。
ぼろぼろの椅子に座って、ぼーっと天井を眺めていた老婆がじろりとこちらを見た。
「3号室の客に用がある。部屋へ向かっていいか?」
老婆は声を出すのも億劫なのか、興味なさそうに視線を階段のほうへ向けた。
「知り合いが来てくれて良かった。明日までの分の金はもらってるけど、どうせ持たないだろうからね」
俺がどうしたいかなんてどうでもいい。
アランのためでもない。
俺が導き出す答えは、いつもラビのために。
この子がまっすぐに成長し、幸福な人生を歩めるように。
俺は娘に対して恥ずかしくない行いをしたい。
かつての仲間。
俺に呪いをかけて、ひどい目に遭わせた男。
弟のように想い、その成長を喜んでいた時期も確かにあった相手。
そいつの命が、消えかけている。
この瞬間。
俺が、ラビのために選ぶ道は――。
「ラビ、俺はこの男、アランに呪いをかけられたんだ」
ラビが大きな目を見開く。
「呪い……私と同じように……?」
「ああ、そうだ。なんでそんなことをしたんだと、心の中でこいつを責めた日もあった。裏切られたんだと悲しくなったりもした」
目の前に死にそうな人がいて、自分はその命を救えるかもしれない。
たとえばそれが憎んでいる相手であったとして、その相手を見捨ててしまったら?
きっと一生、見捨てたことへの罪悪感を抱えながら生きていくことになる。
もしラビがそんな状況に立たされたとき、その後の人生に闇を背負うような選択はして欲しくない。
「ラビ。下がっていてくれ」
「うん……!」
俺は、アランに向けて手を翳した。
試しに回復魔法をかけてみたが、効果はまったくでなかった。
アランのHPは1のまま。
呪詛返しにかかっている体をなんとかしなければ、HPを回復するのは不可能なのだろう。
この衰弱も、恐らく呪い返しによるものだ。
ただの解呪でどこまで通用するかは賭けだな……。
それでも、やれるだけのことはしよう。
俺は短く深呼吸をすると、スキルを詠唱した。
《瞬く希望の粒子ここに集え、いま我が命じる――呪詛解除!!!!》
その瞬間、火花のはじけるような音とともに、俺の手から光の粒が溢れ出した。
粒子はやがて光の筋となり、アランに向かって伸びていった。
しかし、アランの体に辿り着いたところで、弾かれるように空中に分散し、弱々しく瞬いたあと消え失せた。
「くそ……」
やはり、弾かれたか。
呪詛返しによって跳ね返った呪いは、通常の呪いより、ずっと手ごわい。
……この調子では、解呪には至らないな。
そのとき――。
「おっ……さ、ん……?」
か細い声が聞こえてきた。
もはや眼球くらいしかまともに動かせないらしいアランが、俺を見上げる。
「どう……し、て……ここに……」
その目から涙が一筋流れ落ちた。
「喋らなくていい」
「お父さん……! 頑張って。負けないで……!」
ああ、そうだなラビ。
俺はおまえの父として、決して屈したくはない。
呪いにも、情けなかった過去にも……!
「解除スキル1つでどうにもならないのなら――この方法でどうだ……!」
ごり押しだとわかっている。
それでも試してみる価値はある!
《瞬く希望の粒子ここに集え、いま我が命じる――呪詛解除!!!!》
再び生み出された光の粒子。
そこにさらなる解除スキルを重ねがけする。
スキルの二重遣いだ!
ふたつの光が合わさった瞬間、目を開けていられないほどのまばゆい輝きが部屋中に溢れ出した。
「わあ……!」
俺の後ろにいたラビが、眩しさから逃げるように抱きついてくる。
解き放たれた光に包まれたアランは、ベッドの上で絞り出したような悲鳴を上げ始めた。
魂にまで沁みこんだ呪いに、解呪が干渉しているのだろう。
「あっ……ぐぁあ……ああ……」
弱っているせいで、ほとんど音にはなっていない。
それでも彼の苦しみは伝わってきた。
「あっ……ああっぐ……」
やつれた顔を横に何度も振って、アランが落ちくぼんだ目を見開く。
堪えろアラン。
「アアアア!! アッ、ウワアアアアアアッ!!」
一際強い閃光が弾けて、アランの体が跳ねた。
その瞬間、この部屋を覆っていた嫌な空気が消え失せ、肩の辺りが軽くなった。
俺はすかさず回復魔法を発動させた。
目を閉じ、意識を失っているアランの顔色は、つい先ほどに比べてもだいぶマシになっているようだ。
「お父さん……! 魔法成功したの……!」
ラビの安堵したような声に、頷き返す。
そのままステータスを確認した。
***************
名前:アラン
職業:無職
レベル:1
HP:100
MP:100
魔法:-
スキル:-
***************
「!? これは……」
レベルが1に戻り、ステータスもすべてそれに合わせたものに変化している。
呪いがかかっているときでさえ、レベルが初期値に戻ることなどなかったのに。
これが呪詛返しの代償か……。
「お兄さん……どうなったの……?」
「勇者として培ったステータスはすべて失って、スキルを使うことも出来なくなったようだ。――だが、命は助かった」
「……!」
恐らく、アランは一度死んだようなものなのではないか。
しかし、呪いが解けたことにより、間一髪で魂が戻ってきた。
力を全て失いはしたが、命だけは残り、生まれ変わったような状態になっているのかもしれない。
「じゃあ……元気に、なる?」
「瀕死だったから、目を覚ますまでには時間がかかるかもしれない。でも、きっと大丈夫だろう」
……それでも。
アランはすべての力を失ってしまった。
勇者として生きていくのは、難しいかもしれない。
目覚めたとき、アランはその事実をどう思うだろうか。
少しずつ気持ちが沈んでいくのを感じていると……。
「よかったあ」
胸に手をあてたラビが、ほっとしたように息を吐き出すのが見えた。
「ラビ……?」
「勇者さんが大変って聞いてから、お父さん、ずっとすごく辛そうな顔をしてたから。勇者さんも死ななくて、お父さんの辛いこともなくなって……本当に、よかった」
ラビ……。
「……ありがとう、ラビ」
ラビの笑顔、ラビの優しい言葉に救われるのはもう何度目だろう。
難しく考えたってしょうがない。
アランがこの先どうなるか。
それはアラン自身の問題だ。
「ひとまず安心とはいえ……アランは当面眠ったままだ。目覚めるまで、毎日回復魔法をかける必要があるな」
「じゃあ……私たちも、ここに泊まる?」
「ここじゃあ衛生状態が心配だ。そうだな……」
俺は眠っているアランの体を抱え上げた。
すっかり痩せて、軽い体だ。
マッスルパワーを使うまでもなく、軽々と持ち上げられた。
「――さて。行くか、ラビ」
アランを背負ったまま、ラビに笑いかける。
「うん! 私、扉を開けてあげる……!」
そうして俺たちは、宿を後にした。