15話 おっさんと少女、旅立ちと新しい出会い
目を覚ますと窓の外から爽やかな朝日が差し込んでいた。
昨日は一日雨。
おかげで出発をさらに遅らせることになったため、晴れてくれて助かった。
憲兵隊からは昨日の朝、旅立ちの許可が下りた。
マットロックと部下たちは近いうちに、王都の監獄へ移送されるという。
孤児院は『アディントン孤児院』と名前を変え、街の人々が支えていくことになったらしい。
(さてと……)
着替えを済ませて身支度を整え、リュックの中に旅用の荷物をしまっていく。
昨日、商業地区で仕入れてきた品々も詰め込む。
そういえば懐具合を気にせず買い出しをしたのは何年振りかわからない。
買ったのは手ぬぐいなどの日用品と保存食。
料理の幅を増やしたくて香辛料。
それからラビに持たせる斜めがけの布製カバン。
ラビ用の水筒。
あとは雨風をしのぐための子供用のコートだ。
ラビはさっそくワンピースの上にコートを羽織っている。
俺が着ているものとそっくりのベージュ色の地味なコートだ。
俺としてはリボンなどがついている何やらふりふりしたもののほうがいいのではと思ったが、「お父さんみたいなのがいい……」と言われてしまったのだ。
(思い出すだけでも心が温かくなるな)
……いかん。
おっさんがデレデレしていては気持ち悪いだけだ。
頬を叩いて気を引き締める。
(む……!)
バチンと音がしたせいで、ラビが怯えた顔をしている。
「いや、なんでもない。気合いを入れただけだ」
「……! じゃあ私も……」
「あっ」
止めるより先にラビが両手で自分の頬をペチンと叩いた。
白い頬が赤くなっている。
それを見ただけで痛ましくってたまらないのに、ラビはうれしそうに笑いかけてきた。
子供はなんでも真似をするのだから、言動には気をつけねばいけない。
ところでラビのネックレスは実はまだ俺の懐にある。
日用品をセオ爺さんの店で購入したあと、改めてネックレスを取り出した時に「いったいこんな珍しい装飾品をどうやって手に入れたんじゃ」と尋ねられた。
ラビの話には触れず、呪詛に用いられていたものだと説明したら「そんなもん買い取れるか」と怒られてしまった。
呪詛解除を行ってあるから装飾品を持っていても何ら問題はない。
だが普通はそれでも、なんとなく嫌な気持ちになるものだとセオ爺さんに説明された。
まったく気にせずに持ち歩いていた俺は果たして……。
セオ爺さんには「おまえさんはいいやつじゃが、デリカシーに欠けるところが問題だ」とため息をつかれてしまった。
ぶつくさ文句を言いつつも、セオ爺さんはとある男爵の名前と住んでいる街を教えてくれた。
「ミルトンに住むちょっとした知り合いなんじゃが、呪術にまつわる品を集めてるコレクターじゃよ。モリス男爵ならいくらでも積むじゃろう。訪ねてみるといい」
男爵に知り合いがいるなんて、やっぱりあの爺さん只者ではない。
海よりのルートを通れば『歓楽の都市ミルトン』に、途中で寄っていくことができる。
俺はセオ爺さんに礼を言い、男爵の名前をしっかりと記憶した。
荷物はまとめ終えた。
ラビもカバンを斜めに背負って準備万端だ。
その手のひらには水色のリボンが大事そうに握られている。
あれから毎朝、部屋を出る前に俺が結わうのが日課になっていた。
手櫛でラビの髪をとかし、サイドの毛を後ろで束ねてリボンでしばる。
さすがに日々続けてきたこともあり、コツが掴めてきた。
「よし。できたぞ」
「うん……ありがとう……」
目じりを下げてラビがうれしそうに笑う。
毎朝のことなのに、いつも何度でもこうやって心から幸せそうな笑顔を見せてくれるのだ。
女将に礼を言って、数日間過ごした宿を出る。
街を貫いている大通りを抜けて、街道への合流ポイントへ向かうと……。
「……!」
なんとそこには顔見知りとなった者たちの姿があった。
「おお、来おったか」
「セオ爺さん……。それにみんなも一体どうして……」
「どうしてってキミたちの見送りに決まってるじゃない」
相変わらず派手な服装をしたギルドマスターがバチッと片目をつぶる。
他にもセオ爺さんの店で出会った街の人、髭のリーダーとその仲間たち、セオ爺さんの息子に憲兵隊のメンバー、役場の担当官。
人集りの後ろのほうでは孤児院の子供たちがじゃれ合っている。
「……」
まさか見送りに来てくれるなどとは思ってもいなかったので驚いた。
「色々とありがとう!」
「達者でな!」
「またいつかこの街にも訪ねてこいよ!」
温かい言葉と笑顔をもらい胸の奥が熱くなる。
俺はひとりひとりの顔を見て、その笑顔を心に刻み込んでいった。
こんな旅立ちは初めてだ。
一人旅をしている間は深く人と関わらず、それゆえとても孤独だった。
その頃の静かな出発とは何もかもが違う。
寂しさを感じるが晴れやかな気分でもあった。
(みんないい人たちだったな。この街で彼らと知り合えて本当によかった……)
心の底からそう感じた。
再び会えるかはわからない。
それでも俺はこの先もずっと彼らのことを忘れないだろう。
「世話になった。みんなも元気で!」
ラビと一緒にお辞儀をしてから歩き出す。
アディントンの街の人々は俺たちの姿が遠く小さくなっても、まだ手を振り続けてくれていた。
◇◇◇
アディントンを出て2日目の午後。
森にさしかかったところで、天候が悪化した。
雲の流れが速いのでなんとなく嫌な予感はしていたが、次の村まで泊まれるところはない。
(到着するまでまだ半日以上はかかるな……)
できるだけ急いだが、やはり森の中で雷雨になってしまった。
顔に当たるのは大粒の雨だ。
「この辺は大木がない。ラビ、もう少し頑張って道を進もう」
ラビの頭にフードをかぶせてやりながら、雨宿りのできそうな木を探す。
そのとき――。
(あれは……)
行く手に立ち往生している荷馬車が見えてきた。
どうやら車輪が土に嵌ってしまったらしい。
若いエルフの男が懸命に馬車を持ち上げようとしている。
隣にはラビぐらいの年頃の少年の姿があり、男を手伝おうとがんばっていた。
金髪の下の耳は長く尖っている。
少年もやはりエルフだった。
少し吊り目がちな瞳が男とよく似ているので、きっと親子なのだろう。
「手助けをしてくるから、その木の下で待っていてくれ」
「う、うん……」
痩せた木でもラビ一人ならなんとかなるだろう。
ラビが木の下に駈け込むのを見てから、俺はエルフたちの元へ歩み寄っていった。
俺の足音に気づいて顔を上げたエルフが、サッと肩に背負っていた弓矢に手を当てた。
エルフはかなり警戒心の強い種族だ。
俺は敵意がないことを示したくて、手のひらを掲げてみせた。
「何か手伝えるか?」
「あ、いや……」
「困ったときはお互い様だろう。それに俺も子連れだ。頼ってくれ」
そう伝えたら少しだけ男の表情が穏やかになった。
「……ありがとうございます。でも積んでいる荷物がかなり重くて……。ふたりでも到底持ち上がらないと思います。せっかく声をかけてくれたのに申し訳ないのですが」
エルフの男は眉を下げながら積み荷を見上げた。
たしかに相当な量だ。
屈強な男が数人集まらなければ、持ち上げられそうにはない。
(それならば……)
「少し下がっていてくれ」
俺の言葉に男が戸惑いの表情を浮かべる。
「……父さん、この人信じて大丈夫なのかよ」
「よしなさい。ほら」
やはり父親だった男が息子の手を引いて、荷馬車から数歩後退る。
彼らの安全を確認した俺は、さっそく呪文を詠唱した。
《漲る力湧き上がれ――筋力増強マッスルパワー!!!》
両腕の筋肉がムキムキと膨れ上がる。
背丈の倍以上に巨大化した腕を見て、エルフの親子はぎょっとした顔で俺を見上げてきた。
「な……!?!」
「すげえええええ!!! なにあれッッ!?!!」
少年のほうは興奮した様子で身を乗り出している。
俺は苦笑しながら、軽々と荷馬車を持ち上げ、平らな道の上に戻した。
それからバフを解除して親子に向き直ると……。
「ありがとうございます……! 助かりました……! 村まで一旦徒歩で戻って、応援を呼んで来なければいけないかと思っていたので……。しかしずぶ濡れにさせてしまいましたね」
「気にしないでくれ。役に立てたならよかった」
「どうかうちの村で雨宿りをしていってください。馬車で行けばほんの数分の距離です」
父親の言葉に驚く。
エルフたちの村は同種族の者以外と懇意にしないと聞いていた。
だから最初から寄ることを諦めていたのだが……。
「寄らせてもらって大丈夫なのか?」
「ええ、もちろんです。エルフは警戒心が強いだけで、恩知らずというわけではありません」
俺が躊躇っていた理由に気づいたのだろう。
そんなことを言って男が苦笑する。
(ラビも連れているし、休ませてもらえるなら助かる)
「すまないが厄介になろう」
俺は軽く頭を下げてから、手招きをしてラビを呼び寄せた。
「ラビ、少しこの人たちの村で休ませてもらうことにしたぞ」
「うん……」
恥ずかしそうにエルフの親子を見つめて、ラビが頭を下げる。
「お、お願いします……」
「ええ、こちらこそ。――かわいい娘さんですね」
ラビのことを褒められると俺もすごくうれしい。
「さあ、どうぞ馬車に乗って下さい」
「……なあ、おい。子供は後ろだから、おまえはこっち来いよ」
少年がぎこちない仕草でラビの手を握った。
ラビは突然触れられたことで驚いたらしく、パッと反射的に腕を引いてしまった。
少年はまさか跳ね除けられるなんて思っていなかったのだろう。
目を丸くした後、顔を真っ赤にした。
「べ、別にいいし! ただちょっと手を貸してやろうと思っただけなんだからな!」
なにが別にいいのか。
彼の顔が途端に真っ赤になった理由も、ムキになって言い放たれた言葉の理由も俺にはいまいちわからなかった。