14話 おっさん、アディントンのギルドマスターに詰め寄られる
魔黒竜を討伐した翌日。
俺は報酬を受け取るため、ラビを連れて役場を訪れた。
「右手奥の広間でお待ちください。すぐに担当官がやって参りますので」
眼鏡をかけた受付係の女性に案内され、言われた場所へ向かう。
重厚な扉を開けると中にはすでに他のクエスト参加者たちの姿があった。
「よお、昨日ぶりだな」
「ああ、おはよう」
「おはようございます……」
俺と一緒にラビも挨拶をする。
人見知りなのは相変わらずで、それだけ告げるとすぐに俺の後ろに隠れてしまった。
髭のリーダーとも目が合う。
少し離れた場所にいた彼は厳しい顔をしたまま無言でていねいに頭を下げてきた。
俺も同じようにする。
ラビは俺と髭のリーダーを見比べてオロオロしたあと、足に隠れたまま手を振った。
髭のリーダーはハッと目を見開き、それから困り顔で髭を撫でた。
(あの人も俺と同じ独り身男だな)
自分と似たものを感じて苦笑する。
ちょうどその時、部屋の扉が開いて担当官らしき男が2名、室内へと入ってきた。
やたら立派な鷲鼻をした男が前に進み出る。
五十代後半くらいだろうか。
少し神経質そうな顔をしている。
「今回の討伐ご苦労だった。まさか魔黒竜が現れるとは……。君たちが仕留めてくれなかったら街ごと消されていたかもしれない。礼を言う。――では報酬を渡そう。自衛団長」
呼ばれた髭のリーダーが前に出ていく。
渡されたのはズッシリとして重そうな袋だ。
促され中身を確認したリーダーの目が見開かれる。
「おい、やけに多いぞ」
「赤眼ドラゴンの討伐報酬に加えて、魔黒竜緊急討伐分の報酬も入れてある。本来ならばもっと報酬を出したいぐらいなのだが……。悪いな、緊急討伐用資金の予算を、私が勝手に変えるわけにはいかないのでな……」
「いや、そんなことしたらあんた首になっちまうじゃないですか!」
のっぽがツッコミを入れて、みんながガハハと笑う。
担当官も目を細めて表情を緩ませた。
髭のリーダーは受け取った袋を手にしたまま、確認するような視線を仲間たちに送った。
仲間たちが笑顔で頷き返す。
(なんだ……?)
不思議に思っていると髭のリーダーが俺の前までやってきた。
「これはすべてあんたのものだ。魔黒竜を倒したのはあんただからな。さあ受け取ってくれ」
そう言って金の入った袋を差し出してくる。
俺は驚きのあまり返事をするのが遅れてしまった。
周りの仲間たちもうんうん頷いている。
どうやら俺のいないところで話し合って、そう決めてきたようだ。
しかしもちろん受け取れるわけがない。
「そんなことはだめだ。みんなで参加したクエストなのだから」
目立って活躍したものだけが報酬を受け取れる。
それではせっかくのパーティーというシステムが崩壊してしまう。
それに俺はパーティーで活躍できなかった時のやるせなさを十分知っている。
もちろんあの時の自分を肯定するわけではない。
だが少し立場が変わった今、俺はそういう仲間を受け入れ、励ませる者でありたかった。
「攻撃役がたまたま俺だっただけだ。それだって、あんたたちがタンク役を担ってくれたから果たせたんだしな」
『タンク』とは、もっとも危険なポジションで味方を守ったり、敵の気を逸らしたりする壁役のことを言う。
冒険者たちの間で使われる用語のひとつだ。
「いやいや、タンクなんてかっこいいもんじゃねえって!!」
「そうだよ! 俺ら襲われてただけだからな!!」
「俺なんて腰抜かしてちょっとちびったわ……!」
「おまえそれはないぞ……」
「ああ、それはない」
「え」
なぜだかみんなに火がついてしまい『自分たちがどれだけ足手まといだったか力説合戦』になってしまった。
とりあえず一旦、みんなが落ち着くのを待って、俺は再び説得を試みた。
「俺は魔黒竜に向かっていくとき、ひとりきりで戦っているつもりで作戦を練ったわけじゃない。あんたたちがあの場にいてくれた。そこからあの倒し方を思いついたんだ。だからこれは山分けしよう。みんなで掴んだ勝利だ」
俺は頑張って主張し、なんとか報酬をみんなと等分することができた。
「むはははは! キミやっぱり聞いていたとおり底なしのお人よしみたいねえ!」
素っ頓狂な笑い声を立てたのは担当官の背後にいた巻き毛の男だ。
やけに派手な真っ青のコートを着ている。
年齢は不詳。
若くも見えるし、年嵩にも見える。
男はアディントンの冒険者ギルドで、ギルドマスターをしている者だと名乗った。
(ギルド……)
その単語を聞いただけで胃の辺りが痛くなった。
あれから何ヶ月も経つのに我ながら情けない。
(それにしてもどうしてギルドマスターが……?)
今回の討伐は街からの依頼だからギルドは一切関係がない。
緊張しながら次の言葉を待っていると……。
「ちょっとね、単純な興味で調べさせてもらったの! 孤児院の一件の直後に。ギルドにもやっぱりそういう連絡って入ってくるから。ふーんどんなランクのどんな冒険者かなーって。そしたらダグラス・フォードさん。キミ、ライセンス剥奪されちゃってるんだね!」
「……っ」
まるで世間話でもするかのように男が言う。
そのとおりだ。
隠しているわけではない。
だが俺はなんと答えたらいいのかわからなかった。
(このギルドマスターは俺をからかっているのだろうか?)
全然、真意が掴めない。
俺が黙り込んでいるとギルドマスターは、きょとんとした表情を浮かべた。
「あ! 待って待って。勘違いしないで。まったく人情味のない喋り方は単なる癖だから! キミのことおちょくってるわけじゃないからね!」
「はあ……」
小指を立てた両手を前に突き出して、必死に主張してくる。
「むしろ私的に意味がわからなくて! 『はあ!? どういうこと!?』ってなったからさらに問い合わせてみたわけ。キミからライセンスを剥奪したバルザックのギルドは理由を『実力不足のため』って書いてあったけど、ありえないでしょ! それは昨日、魔黒竜を討伐したことでも証明されているし、証人だってこのとおり!」
クエストに参加したものたちが親指をビシッと突き立てる。
「戦闘で活躍しただけでなく、この男が振る舞ってくれたスープのおかげでみんなの士気もあがった。ソロで戦う実力はもちろん、クエストやパーティーのリーダーになる資質も、俺などよりよっぽどある」
髭の男が力強い口調でそう言い切る。
俺はまだ事態を把握できないまま、ギルドマスターに視線を戻した。
「つまり言いたいのはこういうこと。アディントンのギルドから、ライセンス再発行の申請書を出してあげる。登録前に試験を受けてもらうことにはなるけど、キミほどの実力だったら問題ないだろうし」
「……!」
「魔黒竜を倒すほどの猛者からライセンスを剥奪するなんて、バルザックのギルドは何を考えているのか理解できないよ。ほんと意味不明。いったいどんな事情があったの? なんだったらギルドの査問委員会に調査依頼を出してもいいよ?」
「いやいや、待ってくれ!」
やっと思考が追いついてきた。
彼らは善意から、俺にライセンスを取り戻させようとしてくれているのだ。
しかし色々誤解があるようなので急いで訂正する。
「バルザックの判断は間違っていない。俺は確かにその時クエストもクリアできない役立たずだったんだ」
「でもキミ、元々はギルドのトップランカーだったよね?」
「お、落ちぶれたんだ……」
「落ちぶれた冒険者がSS級のドラゴンを退治したっていうの?」
ギルドマスターが怪訝そうに細い眉を寄せる。
「俺はその……当時、病のようなものを患っていて……」
「それでもやはり不自然だよ。回復の見込みのある病なら、ライセンス機能を停止させるだけで済ますべきなんだから」
(……やはり話さなければだめか)
「当時は病と肉体の衰えが原因だと思っていたが、あとになって調子が悪いのは呪詛のせいだと判明したんだ。俺が力を取り戻せるなんて、その当時は誰も思っていなかった」
「呪詛って……」
俺の話を聞いてギルドマスターが絶句する。
「その辺はいろいろ複雑な事情があるから聞かないでくれ」
「そ、そう……。まあ人それぞれいろいろあるよね……。でもそういうことおいといても、ライセンスの再発行には協力するから安心して!」
「それは……」
ライセンスを再取得する。
そんなことまったく考えていなかった。
(……俺はどうしたいんだ?)
またライセンスを手にして冒険者に戻る。
きっとかつてのように苦労をすることはないはずだ。
(だが……)
不思議なことにライセンスを取り戻したいという気持ちが湧き上がらない。
(あんなに執着していたはずなのにな)
最前線で活躍していた頃の目まぐるしい日々、必死にすがりついていた頃の情けない日々。
そのどちらと比べても、今の生活のほうが俺には向いているような気がするのだ。
それにいま俺はラビを送り届ける最中だ。
ライセンス獲得のための試験もそうだし、受かった時にはそのギルドでしばらくの間、講義や訓練を受けなければならない。
「さあ、ほら遠慮しないで!」
また小指の立った両手を突き出して、ギルドマスターが急かしてくる。
俺は苦笑しながら首を横に振った。
「いや、やはりやめておこう」
「ええ!?」
「断っちゃうのかよ!? 冒険者ライセンスがあったら相当境遇変わるだろ!?」
その場にいた面々が驚きの声を上げる。
彼らの勢いに思わず飲まれかけるが、やはり気持ちは変わらない。
「今の境遇も悪くないと思い始めたばかりなんだ。だが、あんたたちの気遣い痛み入る」
俺が頭を下げて断ると、みんな多少がっかりした表情を浮かべた。
それでも最終的には俺の気持ちを汲んでくれたようだ。
「お世話になりっぱなしだから、アディントンの街としても何か恩返しがしたかったんだけど……。でもギルドに属さない最強の旅人ってのもかっこいいよ」
「しかも子連れのな」
髭のリーダーがにやりと口元を歪めて言葉を付け足す。
みんなもそのとおりだと明るい笑い声をたてる。
俺とラビも顔見合わせて笑った。
見知らぬ街で誰かと知り合って、こんなふうに笑い合えるなんて。
ライセンスにしがみついていた冒険者だった頃には、想像もつかなかったような現実だ。
(でもとてもいいものだ)
俺は心の中でそんなことを思ったのだった。