88話 おっさんと少女、エルフの宴に招待される
植林作業が早く終わったので、浮いた時間で雑用も手伝わせてもらった。
そうこうしているうちに、夏の長い日も暮れていき――。
やはり今回もルーイの家に泊めてもらうことになった。
「やったー! 泊まってくんなら、まくら投げしようぜ、ラビ!」
「しない……。ニキ、おうちの中でそんなことしたらだめだよ……?」
「こ、断られた……」
ニキがガクリと項垂れる。
それでも一緒に作業をするうち、ラビは成長したニキへの警戒心を解いたようで、ふたりは以前のような距離感に近づいていた。
じゃあかくれんぼしようと誘い直したニキは、また即座に断られているが……。
そんな子供たちの横では、カトリがそわそわと室内を見回している。
「エルフの家に泊めてもらえるなんて……。感動です……! しかもとっても素敵なおうちですねえ!」
「ああ、そうだな。しかもルーイの奥さんの料理は絶品だぞ」
「まあ、ダグラスさんったら。褒めても何も出ませんよ」
「料理と言えばダグラスさん。今日は村のみんなで宴でもしないかってことになったんですが、どうですか?」
「おお。ご相伴にあずかれるなら有り難い」
宴会と聞いた途端、ニキとカトリが歓声をあげた。
ラビはきっとおいしい食べ物を想像したのだろう。
大きな目がキラキラと輝いている。
◇◇◇
共同浴場を借りて汗を流させてもらったあと、着替えを済ませて涼んでからは、ルーイの家で宴がはじまった。
顔見知りのエルフたちがどんどん料理や酒を持って現れ、時間が経つとともに参加者の数は一人また一人と増えていった。
「いやあー! 本当に、今日のあんたも見事だったよ!」
「俺たちも鍛えてみたんだが、まだまだダグラスさんには敵わないなあ」
「ラビちゃん、少し日焼けしたか? この村を出たあとどんなところに行ったんだ?」
「んと……ミルトンとバルザックと……トイ・ベリーと、あとねヒスコックもいったよ」
あぐらをかいた俺の前にちょこんと座っているラビは、もぐもぐ口を動かしながら答えた。
以前よくしてくれたエルフたちということもあって、人見知りのラビも、普段よりリラックスして見える。
というより、ちょっとはしゃいでいるかもしれないな。
そういえば俺も子供の頃、酒の席に混ぜてもらって大人と話したりするとき、やけにわくわくしたものだ。
大人の世界を垣間見させてもらっている感じが楽しかったのだ。
宴席というのは、子供にとってかなり特別な場だからなあ。
「トイ・ベリーってのは、海に面した避暑地でしたよね?」
「そう……お父さんがね、海の中に道を作って、トイ・ベリーの伝説になったの」
「海の中に道!?」
「生きる伝説になったってことか!?」
「さすがダグラスさんだな……!!」
「うん、お父さんすごいの……」
ラビが誇らしそうに俺を振り返ってくる。
生きる伝説などと言われて居たたまれないのに、ラビの誇りになれていることはうれしい。
「はーい、みなさん。とろろ芋とアカツキ豆の香草焼きができましたよ!」
新しく運ばれてきた料理を見て、ラビがはっと息を呑む。
「わあ……!! これとっても美味しかったやつだ……!」
「ラビちゃん、このあいだ来たときにこれを美味しそうに食べてくれたでしょう? おばさん張りきっちゃったわ」
「すまないな、奥さん」
「いいのいいの。うちのニキも大好物なのよ」
「そっちのウサギさんや、このサラダを食べてみてくれ。人参とニンニクで作ったドレッシングが美味いぞう」
「人参とニンニク……! 神がかった組み合わせですね!? 是非、いただきますっ」
ルーイのところの爺さんに勧められて、カトリが耳をピンッと立たせる。
こんなに大人数が集まってきて大丈夫なのかと一瞬思ったものの、ルーイの家族たちも楽しそうなのでホッとする。
そういえば以前も、火事場の片付け作業の後には大宴会が催された。
あのときも楽しかったな。
そんなふうに思い出していると、取り皿によそった料理が横からすっと差し出された。
「どうぞ、召し上がってください」
「ありがとう。……む、君は……ローズじゃないか」
俺と目があった瞬間、ローズが少し恥ずかしそうに瞳を細めた。
彼女は俺が以前この村に来たとき、思いを告げてくれた女性だ。
「げ、元気だったか?」
「はい。ダグラスさんも、お元気そうで安心しました」
あんなことがあったというのに、彼女は穏やかな様子で俺に微笑みかけてくれた。
「旅先でのご無事をずっとお祈りしていました。本当によかった」
「あ、ありがとう……」
参ったな。
気恥ずかしくて、どういう顔をしたらいいかわからないぞ。
「ふふ。どうぞお気になさらず、料理とお酒を楽しんでいってくださいね」
「ああ……」
見つめられていることに緊張しながら、渡された料理を口にすると――。
「うまい!」
「よかった。それはうちの家に代々伝わる煮物なんですよ」
「そうなのか。優しい甘みが染み込んでいて本当に美味いよ」
パクパク食べていると、今度は反対側の隣から酒を勧められた。
「良い食いっぷりだね! ダグラスさん、酒のお代わりはどうだい?」
「こっちの料理も食べてくれよ。前はダグラスさんに食べてもらえなかったからな」
「ラビちゃん、このおさかな、骨がなくて食べやすいよ」
方々から声をかけられ、てんやわんやしつつも食事を楽しんだ。
みんなこころから再会を喜んでくれているようで、本当にありがたい。
俺たちは進められるがままに食事を楽しんだ。
「なあ、ルーイ。そう言えば避雷針はどうなった?」
「あ、あー……えっと、行動を起こそうとは思っているんですが、なかなか……はは……」
「……?」
一瞬ルーイが気まずそうな顔をした気がした。
あまり上手くいっていないのだろうか?
「あの、ダグラスさん。今回の木材はバルザックに運ぶんですよね……」
「ああ」
「その……もしご迷惑でなければ、同行させてもらえないでしょうか……」
ルーイの思わぬ言葉に俺は驚いた。
「それはもちろん問題ないが……」
「実は私たちエルフも、そろそろ変わらなければいけないと思っていたんです。だけど長年閉ざされた環境で生きてきて、どうやって人間との交流を深めればいいかわからなくて」
「そうだったのか」
「材木関係で付き合いはあったものの、そちらも長年ビジネスライクな間柄でしたから……。歩み寄る意思表示として、試しに値下げを提案してみたんですが、なぜか断られてしまったんです」
「断られた? なぜだろうな」
「大工と材木店の間で交わされている約束などもあるから、突然値段を変えられても……ということらしくて。でも単に警戒されたのかもしれません……はは……」
なかなか上手くいかないものだ。
「それでこの件は一旦暗礁に乗り上げていたんです。でも今日、ダグラスさんに再会して改めて思いました。やっぱりこのままではいけないって」
「そうか」
「まずは人間の知り合いを増やしていきたいと思います。だからしばらく人間の暮らす街に滞在してみようかなって」
半月かけて行うはずだった作業を、今日俺がすべて終わらせてしまったため、時間にだいぶ余裕ができたのだという。
もともとエルフたちも真夏の盛りは、作業を休んでめいめい夏の休暇をのんびり過ごすそうだ。
「2ヶ月半は自由にしていられます。その間、バルザックで過ごしたいんです」
「だったら俺の知り合いを紹介しよう。皆、気のいい奴らだからきっと仲良くなれるだろう」
「本当ですか! あの、それじゃあお礼と言ってはなんですが、もしよければご友人の宿再建、私にも手伝わせてください」
ルーイは飲み食いの手を止めて、俺に深々と頭を下げた。
「おい、ルーイ……! 顔を上げてくれ。手伝ってくれるというのなら、こちらとしてもこんなにありがたいことはない。これからよろしく頼むよ」
「はい! ありがとうございます……!」
俺がルーイに向かって盃を掲げてみせると、彼も笑顔で返してくれた。