90話 おっさんと少女、材木店見学をする
翌朝も快晴。
俺たちは早起きに付き合ってくれたエルフたちに見送られながら、フローリアを旅立った。
質のいい酒のおかげで二日酔いが残ることもなく、すがすがしい気分だ。
ルーイは宴の席で話した通り、俺たちの旅に同行することになった。
それからもう一人。
父の旅を知ったニキがどうしてもついていきたがり、なんとか許可を得たのだった。
原木を積み込んだ幌馬車で、フローリアを出発して12日。
帰りの道程も、行きと同じぐらい順調に進めた。
途中、雨に降られて2日ほど足止めを食ったものの、おおよそ当初の予定通り、バルザックへ戻ってこられた。
「ここがバルザックかあ! うわーっ、人間がたくさんだ!!」
「ニキ、うろちょろするんじゃないぞ。しかし、大きな町だなあ……」
ルーイたち親子は辺りを物珍しそうに眺めている。
聞けば、バルザックに木材を持ち込む役目は決まった者の仕事らしく、ニキだけでなくルーイすらこの街を訪れるのは初めてだという。
数ヶ月に一度、人間の暮らす街で買い物をするときも、近くの小さな村で済ませていたらしい。
それに比べたら、たしかにバルザックは大都会だ。
見るものすべてが驚きに満ちているのだろう。
大工仕事を手伝ってくれることになっているルーイたちには、俺たちと同じ宿屋『丸い四角亭』に泊まってもらう手筈を整えた。
『丸い四角亭』はエイハブの知人が営んでいる。小さな二階建ての居心地のいい宿だ。
俺とラビもこの宿を気に入っていた。
とくにこの店の朝食はレパートリーが多くて、毎朝のちょっとした楽しみを与えてくれるのだ。
バルザックに到着した翌日は、カトリを連れて早速病院へと向かった。
俺たちが材料集めの旅に出ている間に、エイハブのリハビリはかなり進んだらしい。
病棟の看護師から、もうとっくに退院したと聞かされ、うれしい驚きを覚えた。
その後、エイハブ一家の仮宿に会いに行けば、なんともうほとんど杖も使わなくなっていた。
「ラビちゃん! 久しぶり!」
「ダイアナちゃん……!」
手を取り合って再会を喜び合う少女たちの横で、俺はエイハブに調子を尋ねた。
「しばらく見ない間にかなり元気になったようだな」
「言っただろ、俺は大した怪我じゃないって。ただ、向こうのほうは……会ってきたか?」
エイハブが言わんとしたことを察して、俺は頷いた。
「ああ、病室に少し顔を出してきたよ」
アランの話だ。
彼は相変わらず目覚めないまま、眠り続けている。
治療のおかげで体力は回復し、どこも悪いところは見られないというのに。
医者の話では、「目覚めたくない、現実に戻りたくない」と強く思っている場合、こういうことも稀にあるらしい。
アランの心が現実を拒絶しているのか。
そう思うとやりきれない気持ちになる。
同情心とも罪悪感とも違う。
あんなに真っ直ぐだった青年が、そこまでの闇を抱えてしまったという事実が、重くのしかかってくる。
運命の気まぐれな側面を見せつけられているような気がして、自然とため息が零れた。
それも到底他人事とは思えない。
俺は今、ありえないぐらい幸せだ。
でもこんな喜びを抱いているなんて、1年前には想像もつかなかった。
突然、ふって湧いた幸福は、またいつの日か突然、ふっと消えてしまうのではないか。
それもやはり運命の女神の気まぐれなイタズラによって。
ぞっとして、ごくりと息を呑む。
馬鹿だな俺は。
起こってもいないことを想像して不安になるなんて……。
「ダグラス? どうした?」
「あ、いや……なんでもない」
「そうか? ――それで、そちらのお嬢ちゃんは?」
「お、すまない。紹介が遅れたな。彼女が職人ギルドで出会った大工なんだ」
エイハブの怪我も直っていなかったので、カトリの紹介は今日まで見送っていたのだ。
「え!? 大工って……女の子だよな!?」
エイハブが驚いたのを見て、カトリが少したじろいだ。
「エイハブ。彼女は――」
俺が庇おうとしたのを察したのか、大丈夫というように首を振ってから、カトリが一歩進み出た。
「あのっ……私、大工のカトリといいます」
勇気を振り絞るように、手をぎゅっと握りしめて自己紹介をしたあと、彼女は書き溜めていた図面を取り出して、エイハブに差し出した。
「ダグラスさんから色々とお話を聞いて、私なりに考えさせてもらいました。ご自身の意見を最優先しますが、そのためにもこういうものがあったほうがいいかと思いまして」
「こ、これは……!」
エイハブは目を真ん丸にして、図面を食い入るように眺めている。
「……すごく丁寧な図面だな。最初に宿屋を立てたときとは大違いだ……」
「そうなのか、エイハブ?」
「ああ。その時の大工は『建てる人間に分かればいいんだ』と言って、ろくに図面も見せてくれなかったぞ」
「俺たちのような素人にも分かるよう、色々と用語を解説してくれているんだ。分かりやすいだろう?」
「ああ本当だな! ……ん? この台所。流し台が高いよな?」
俺と同じポイントに気づいて、エイハブがうれしそうな声を上げる。
「この図面もいいし、こっちもいい。ああ、迷っちまうよ!」
「……! き、気に入っていただけたんですか……?」
「もちろんだ! どれにするかは決めかねるが、ぜひあんたにお願いしたい。待ってくれ、妻や娘とも相談して、どの案がいいか決めるから! ああ、夢が膨らむなあ……」
嬉しそうなエイハブを前に、カトリは動揺しているようだった。
どうしたらいいかわからないという目で俺を振り返る。
俺は何も言わず、ゆっくり頷いた。
「……!」
カトリが、はっと目を見開く。
自信を持てという気持ちが伝わったのだろう。
エイハブに再び向き直ったカトリは、自分の胸に手を当てると、ぐっと顎を上げた。
「素敵な宿を立てられるよう頑張ります!」
溌剌とした彼女の宣言に対しに、エイハブは「期待している」と力強い答えを返した。
「あ! でも、費用のことはいいのか?」
「それに関しても、お任せください」
少し自信のついたらしいカトリが、胸をポンっと叩いてみせた。
「木材は破格で入手できましたし、建築自体はダグラスさんや、有志の方々が手伝ってくれるそうです」
「なんと……」
「だから十分予算内で建てられますよ!」
カトリの言葉に、エイハブは心底安堵したらしく、はあっと大きなため息をついた。
「ありがとう。みんな、本当にありがとう」
エイハブの喜ぶ顔を眺めながら、俺とカトリは、この先も頑張ろうと決意を新たにしたのだった。
◇◇◇
それから何度かの打ち合わせの末に外装と内装が決定した。
必要な材料が具体的に割りだせたので、次は原木の加工に入るのだとカトリが教えてくれた。
これは素人でどうこうできるものではないので、材木店に依頼して用途別に加工してもらった。
「お父さん、カコウって何をするの?」
「この丸太を綺麗にして、すべすべにするんだ」
「すべすべになるの……!?」
ラビは目を輝かせている。
どうやら興味があるようなので、カトリと一緒に加工を見学させてもらうことにした。
原木はまず皮むきしてから、角材にしていくようだ。
カンナをかけたり、抜け節を埋めたり。
丸の木から、様々な工程を経て、どんどん形が変わっていく。
最終的に、つやつやになった木を触らせてもらったラビは、面白がってきゃっきゃと声を上げた。
「わあ、ツルツルだあ!」
目を輝かせるラビに、材木店の職人たちが笑顔を向ける。
全員屈強なおっさんたちなのに、目じりが垂れまくっていた。
俺もだいたいあんな感じなんだろうな……。
「お父さん、すごいね。あっという間に木が四角くなったね!」
「ああ。まさに職人技だな」
「ラビちゃん、職人さんを応援しようか」
「うん……が、がんばってください……!」
カトリに言われて恥ずかしがりながらもガッツポーズを作るラビは、天使のような可愛さだ。
「ダグラスさん、あんたの娘は可愛いなあ」
そうだろう、そうだろう。
「こんなかわいい応援団がいたら、はりきっちゃうぞ!」
「ラビちゃん、おじさんにも頑張れって言ってくれるか」
む!?
ちょっと待った!
「お、おいおい! ラビは俺の娘だぞ! そういう依頼は俺を通してからにしてくれ!!」
「お父さん……」
俺が慌てると、職人たちはげらげらと笑った。
ラビは目を白黒させている。
「英雄ダグラスも、娘には弱いんだな!」
過保護と言われようが構わないぞと開き直る俺を見て、職人たちが明るい笑い声を上げた。
結局、ラビの応援の甲斐もあり、木材の加工は手早く終わったのだった。