8話 おっさん、希少アイテムを鑑定する
川を渡ってしばらく進むと街道の風景が変わる。
畑や農場が見えてきて、人の気配もしはじめた。
「もうすぐ村に着くぞ」
俺は背中におぶっているラビに声をかけた。
壊されてしまった靴は修繕不可能な状態だったし、さすがにもう空にできるズタ袋は持っていなかった。
ハンターを起こして馬を借りるという手段も考えてみたが、ラビはすぐにその場を離れたがった。
相手はラビがフェンリルだった頃、彼女を傷つけた者だ。
怯えるのも当然の話だろう。
(かといって失神している男から拝借していくのは泥棒と変わらんしな……)
そんなこんなで俺は青白い顔をして震えているラビを背負って、移動することになったわけだ。
俺の肩に添えられたラビの力は遠慮がちで、たびたびしっかり掴むよう諭さなければならなかった。
ラビは不安になるほど軽い。
下手したら手に持っているリュックより軽く感じるぐらいだ。
(子供の重さってこんなものなのか)
脆く弱い生き物に思えて、しっかり守ってやらなければという気持ちが膨らんだ。
それから一刻ほど歩いて辿り着いた村の名はマクファーデン。
一昨日、俺が一泊した小さな村だ。
飲み屋兼宿屋が一軒と雑貨屋が一軒。
村の北側に古い教会が立っている。
あとはすべて民家だ。
住人たちは農業と狩りで生計をたてており、家々の壁には農具や狩猟の道具が立てかけてあった。
忙しない都市とは違い、長閑な雰囲気に包まれた田舎の村である。
(この町で入用のものをすべて集めるのは難しいな)
ここからさらに数日かけて南下すると、アディントンという名のそこそこ大きな町がある。
旅の道具を買い足すのはそちらに移動してからでも問題ない。
この村ではとにかくラビの服をそろえてやれればいい。
俺はラビを背負ったまま雑貨屋へと向かった。
ちょうど行商人が商いに来ていたところらしく、店の中には店主の他に大荷物を背負った男がいた。
「いらっしゃいませ」
太った赤ら顔の店主が愛想よく言う。
行商人の男も荷物を下ろしてから、こちらを振り返った。
顔を見て驚く。
俺よりずっと年配の老人だったのだ。
背丈は子供ぐらいしかない。
あの大荷物を背負って町と村を行き来しているなんて立派な人だ。
目が合うとニコニコと笑いかけられた。
店主も行商人も商売をしているだけあって人当たりがいい。
「なにかお探しですか?」
「ああ。この子に服と靴、それから下着を2枚ずつもらいたいんだが」
「はいはい、お子さんの服ですね」
(お子さん……)
どうやら店主は俺とラビを親子だと勘違いしているらしい。
(親子ではないんだがな)
だからといって否定したところで、どういう関係か説明ができない。
下手したら人さらいだと勘違いされそうなので、俺は曖昧に笑い返した。
これから先だってこういう話題が出る可能性は十分ある。
あとでラビと話しを合わせておいたほうがいいだろう。
「下着はこれとこれだね。子供は成長が早いし、少しだけ大きめのものにしておいたほうがいいから。次は服か。サイズからしてこの辺りかな」
店主が持ってきた古着は、麻でできた簡素な無地のワンピースだった。
ラビを背から下ろして肩に当ててみると、若干丈が長い。
しかし文句は言っていられない。
目だったほつれもないので、これをもらっていくことにした。
「靴はいまちょうど木製と革製があるがどっちがいいかな。革靴のほうが見栄えはいいね。木靴なら安全性に優れている」
「木靴は長時間履いていても痛くならないのか?」
「もちろんさ。見た目で受ける印象よりずっと快適だよ。足を湿気から守ってくれるし、革靴に比べて水や冷えにも強い。職人なんかは好んで木靴を履くね」
「なるほど……」
たしかに店主の言うとおり、革靴のほうがおしゃれに見える。
自分の服を選ぶとき、見た目など一切気にしない俺なのに今回は迷った。
(おしゃれなほうがよろこぶよな……。だが、うーむ……)
長い旅になることはわかっている。
やはりここはどうしても、安全性を取りたい。
「ラビ、悪いが木靴にしてもいいか?」
こくこくと頷き返してくる。
前髪のせいでラビの表情が見られず、どう思っているのかわからなかった。
木靴を履くには靴下も必要だと言われたので、それも2足もらう。
あとはズタ袋を3枚ほど補充。
石鹸と手ぬぐいも買った。
革袋水筒は在庫が切れているというので、残念ながら諦めた。
「それじゃあ水筒はアディントンの町で探してみるよ」
「ん? 旅の人。次はアディントンに行くのかね?」
それまで隣でやり取りを見守っていた行商人の爺さんが話しかけてきた。
「アディントンの雑貨屋はワシの店じゃから、向こうでもまた会うかもしれんな」
「え?」
(ワシの店?)
聞けばこの爺さん、行商をしているのは趣味のようなもので、アディントンで店を営む商人だという。
「普段は持ち込まれる商品をスキルで鑑定しているんじゃが、店にこもっているだけでは足腰が弱るのでな。売り子は息子夫婦に任せて、月に数回、行商をしているのじゃよ。息子夫婦はワシをさっさと隠居させて、店の実権を握りたいみたいじゃがな。そう簡単にくたばる爺ではないのだ。ふぉっふぉっふぉっ」
両目を垂らしてニコニコと笑っているわりに、後半の発言が黒い。
案外、やり手の爺さんなのかもしれない。
(鑑定スキルを持っているぐらいだしな)
交易関係のスキルであっても、すべての商人が習得しているわけではない。
スキル保持者の商人は、商人ギルドに所属している大商人がほとんどだ。
(そうだ、あのネックレス)
ラビに呪詛をかけた呪術師が用いたネックレスのことを思い出す。
もともとは大きい街で売るつもりだったため、まだ自分でも鑑定していないのだが……。
(ちょっと相場を聞いてみよう)
俺は持ち主であるラビに確認してから、爺さんにネックレスを見せた。
何人かに鑑定してもらい相場を理解したうえで、ラビが損をしないよう売ってやりたかったのだ。
「このネックレスなんだが、だいたいいくらぐらいの値がつく?」
「ふむ。どれちょっと拝見」
皺だらけの手がズイッと差し出される。
俺はその手に黒いネックレスを渡した。
爺さんがしゃがれた声で鑑定スキルの呪文を詠唱する。
「……ふむふむ、なるほど」
爺さんが鑑定結果を説明するより先に店主が話に入ってきた。
「そりゃあ黒真珠だな。だいたい銀貨20枚ぐらいが相場じゃないかね。うちで買い取ってもいいよ。こんな田舎の村でもたまに貴金属を扱ったりするんだ。誕生日なんかの日に若い夫婦が贈りあったりするからな」
銀貨20枚か。悪くはない値だ。
それだけあれば一ヶ月は食える。
黒真珠ならそのぐらいの価値が妥当だろう。
ただしこれは『禁忌の呪詛』に使われていた装飾具なのだ。
ありふれた宝石よりも特別な逸品のほうが、呪詛の効果を高める。
そんなことは呪術使いであれば誰だって知っている。
つまりこの宝石の価値はもっと高いはずだ。
呪術に使われる装飾具は、希少な石が選ばれるのだから。
「不快な思いをさせたら申し訳ないが……」
俺は店主に断りを入れたあと、自分で鑑定スキルを発動してみた。
《全知全能の神、知識の本のページをめくり我に英知を与えたまえ――
『アイテム名:黒曜真珠』
(ああ。やっぱりな)
黒真珠は貝の中からとれる宝石だ。
それにたいして黒曜真珠は、珍獣ブラックタイガーの目玉から取れる希少アイテムだ。
名前や形は似ていても価値は別格。
「これは黒真珠ではなく黒曜真珠だ」
「な、なんだって……!? 黒曜真珠って……あの希少な!?」
店主が目を真ん丸くして声を上げる。
「……おぬし、単なる旅人かと思いきや鑑定スキルが使えるのか……。商人じゃったのかね?」
鑑定した爺さんは黒曜真珠の価値をしっかり見抜いていたのだろう。
店主とは違い、俺の鑑定スキルに食いついてきた。
「いや。たんなる流れ者だが、鑑定スキルはこのとおり持っているんだ」
「スキルがあったって希少アイテムを鑑定するには相当なレベルが必要なんだろ……!? じ、爺さんどうなんだ!?」
「そうじゃな。よっぽどレベルの高いスキル使いということになる」
ごくりと唾を呑んだ店主が、爺さんと俺を交互に見やる。
「だいたい商人じゃないのに鑑定スキルを持っているなんて……。セオ爺さん、そんなことってあるのか?」
セオ爺さんと呼ばれた行商人は、うーむと低く唸った。
「まあいなくはないが……高レベルの冒険者がいくつかのスキルを習得していて、そのうちのひとつというパターンがほとんどじゃな」
「たしかにガタイはいいが……あんた、そんなすごい冒険者だったのかい……? 腰が低いからまったく気づかなかったな」
まったく、ずいぶん好き勝手なことを言ってくれる。
まあ「大きいだけで強そうに見えない」「表情に威厳がない」というのはこれまでもよく言われてきたが……。
「ほっほっほっ。その身なりにすっかり騙されたわい。鑑定スキル持ちとはな。商人でなくてもお仲間のようなもんじゃ。ほっほっほっ」
セオ爺さんは俺を認めてくれたようで、今は持ち合わせがないが、アディントンの町にある彼の店にネックレスを持ち込めば、相場以上の値で買い取ると約束したのだった。
おかげさまで週間総合1位をいただくことができました……!
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