7話 おっさんと少女、ふたり料理~川原で魚の塩焼き~
川岸に近づき水の中を眺める。
透きとおっていてきれいな水だ。
魚が泳ぐ姿も確認できた。
結構大振りなのが何匹も泳いでいる。
これなら食材には困らなそうだ。
川下のほうまで行った後、手をじゃぶじゃぶと洗って汚れを落とす。
水を掬い上げて、一口舐めてみると……。
(うむ、問題ないな)
ひんやりとしていて、とても美味い。
「ラビも飲め。歩きどおしで喉が渇いているだろう」
「うん」
俺の横にちょこんとしゃがんだラビが、同じように手を洗って水を掬う。
こちらに倣って物を覚えていく姿を見ていると、子育てをしているような錯覚を覚えて胸の奥がくすぐったくなった。
(もし俺に子供がいたらこんな感じだったのだろうか?)
ラビはコクコクと喉を鳴らして水を飲んでから、口元を手の甲で拭った。
革袋水筒に入った水を分け合ってここまで来たが、二人分としては到底足りていなかった。
町に着いたらラビに用意するものリストの中に水筒も入れる。
「ラビ、魚は食えるか?」
「お魚すき……」
「そうか、魚は好きか。じゃあさっそく昼飯を捕まえよう」
「どうやって捕まえるの……?」
「釣竿を作ってもいいが、今日は漁にしておくか」
魚が多く生息している小さな川だから、玉網を利用するのがいいだろう。
「ちょっと待っていろ。枝を集めてくる」
「あ……」
「どうした?」
「ううん……。なんでもない……」
「そうか? 荷物を置いていくから一応見ておいてくれ」
「うん……」
俺は街道の反対側にある林の入口で、乾燥して丈夫そうな枝をいくつか集めた。
ちょうど近くの木にアケビの蔦が絡みついていたので、ナイフでそれも切る。
(よし。こんなところか)
材料を手に川へ戻る。
水辺で遊んでいるかと思ったのに、ラビは所在なさげに佇んだまま、ものすごく心細そうな顔をしていた。
(すぐ済む用事だから遊ばせておいてやるつもりだったんだがな)
どうやら逆効果だったらしい。
さっき呼び止めたのは一緒についてきたかったからだと今さら理解した。
もっと気を使ってやらなくてはだめだな。
反省をしながら、努めて明るい声でラビを呼び寄せる。
「これから網を作って魚を獲る。ラビも手伝ってくれるか?」
「……! うん。お手伝いする……」
うれしそうに傍へ駆け寄ってくる。
ふーむ……。
俺が全部やってあげるより、一緒にするほうがよろこぶものなんだな。
覚えておこう。
「それじゃあさっそく作りはじめるぞ。使うのは木の枝と、アケビの蔦、それからこれ……」
ゴソゴソとリュックを漁って取り出したのは例のズタ袋だ。
ただしラビの靴にした袋よりサイズはだいぶでかい。
この袋は立ち寄った村で採集依頼を請け負ったときに、集めた品物を入れるために使っている。
畳んでしまっておいたそれを広げて地面に置く。
ズタ袋を使うのは仕上げの段階。
最初に俺が手にしたのは枯れ枝だ。
拾ってきた枯れ枝の中からまずは1本目を吟味する。
こいつは軸の部分なので、しっかりしているものを選ばなければいけない。
しなやかで太めの枝があった。
これにしよう。
次に同じような太さの枝を2本手に取る。
最初の枝にその2本をくくりつけ、二股に開いた状態にしたい。
「ラビ、枝をこのまま持っていてくれ」
小さな手を一生懸命使って、ラビが枝を支えてくれる。
その間に俺はアケビの蔦を巻き付け、枝同士を固定した。
「ありがとう。これでできたぞ。次はズタ袋の番だ」
ズタ袋の上部に2箇所、ナイフで小さい穴を開ける。
左の穴は二股に開いた枝の左側に、右の穴は右側に通して固定。
ズタ袋で作った玉網の完成だ。
ラビは玉網をどうやって使うかわからないらしく、不思議そうに小首を傾げている。
「俺が川下で網を持っているから、ラビは川上で魚を追い立ててくれ」
「やってみる……」
ちょっと不安そうだが、まあなんとかなるだろう。
靴を脱ぎ捨て川の中に入る。
歩きどおしで熱くなっていた足が、ひんやりとした水に冷やされ心地いい。
真ん中にいって玉網を仕掛けてみると、ちょうど川の幅と同じぐらいの大きさだ。
よし、いいぞ。
これなら魚に逃げられづらい。
「ラビ、はじめてくれ。足で水を蹴りながら、俺のほうへ少しずつ近づいてくる感じだ」
離れた場所にいるラビがコクコクと頷く。
それから足を動かしはじめたものの、まだ全然動きが甘い。
「もっと豪快に蹴って大丈夫だぞ!」
「わ、わかった……。がんばる……」
一生懸命に細い足を動かして奮闘している。
ぎこちない暴れ方がなんだかかわいくって笑ってしまった。
「よしよし、その調子だぞ」
「う、うん……!」
(って、あ! 水をかぶってしまったな)
それでもラビは楽しそうだ。
初めて声を出して笑ったりもしていたので、俺はそのまま好きにさせておいた。
濡れた服や髪はあとで風魔法で乾かしてやればいい。
最初は魚が散り散りに逃げてしまいなかなか網にかからなかった。
けれど何度か試しているうちに、ラビもコツを得てきたようだ。
(いいぞ、魚が集まってきた)
余計な声を上げて邪魔にならないよう心の中で褒めていると……。
(よし!)
ラビに追い立てられた魚が玉網の中に逃げ込んできた。
腕にグッと力を込めて、すぐさま網を持ち上げる。
ザバァッと水音が上がり、たしかな重みが手ごたえとなった。
「ラビよくやったな」
「ちゃんとお手伝いできてた……?」
「ああ、もちろん」
ふたりで川から上がり、さっそく中身を確認する。
手ごろな岩を並べて囲いを作り、ズタ袋の水を流し込むと2匹の魚が出てきた。
岩の中でピチピチと跳ねているのは、ふっくらとした銀桜マスだ。
「わあ……! おっきいお魚……!」
「これは美味いぞ。春が旬の魚だからな」
大きさは20センチほどか。
食べ応えがありそうだ。
なんて思った途端、激しく腹が減ってきた。
乾いた場所に火を起こして、急いで調理をはじめる。
最初は内臓の処理からだ。
これを怠ると生臭くなって、新鮮な魚の味を楽しめない。
平たくて大きい石を水ですすいで俎板代わりにしたら、魚の腹にナイフを入れて内臓を取り出す。
きれいな水で腹の中を洗うことも忘れない。
美味しく食べられるよう風魔法を使って軽く乾かしたら、拾ってきた枝を利用し串打ちをする。
さて次は味付けだ。
これはもういたってシンプルに。
持ち歩いている荷物の中から塩を取り出し、魚の表面に振りかけていく。
銀色に光る表面が塩で白くなるぐらい、しっかりかけることで焦げを防ぐことができる。
ここで火を確認する。
火力は十分なようだ。
岩を使ってうまいこと串を固定したら、皮のほうを火に向けて焼きはじめる。
パチパチと火のはぜる音を聞きながら慎重に待つ。
皮がこんがりと焼き上がってきたら、今度は腹のほうを向ける。
白い煙がモクモクとあがり、風に運ばれて上空へと舞い上がっていく。
何度か串を回しているうちに、魚から水が落ちなくなってきた。
完全に水気がなくなれば出来上がり。
両面こんがりと焼けて実に美味そうだ。
「さあ、ラビ。食べよう」
「うん……!」
「食べ方はこうだ」
俺はラビに魚を渡したあと、見本を見せるようにして焼き魚の背にかぶりついた。
串の端を両手で支えて豪快にむしゃむしゃと。
癖のないまろやかな味が口内に広がっていく。
皮はパリパリ。実はふわふわと柔らかい。
うむ。美味い。
ラビも俺の動きを真似して、カブッと魚に食いついた。
「はふっはふっ……おいしい……」
ふうふうと息を吐きつつ、ほっぺたを丸く膨らませるラビ。
本当に美味しそうに食べてくれる子だ。
ラビの仕草に和みながら焼き魚を食べ終わったとき――。
不意に街道のほうから蹄の音が聞こえてきた。
馬に乗ったならず者のような男がこちらに向かって駆けてくる。
傍らには2頭の猟犬を連れていた。
男は川の手前で馬を降りると、俺たちを睨みながら近づいてきた。
ずいぶんな態度だ。
「やあ。お昼時かい?」
そんなふうに声をかけてくるが視線は不躾なままだ。
俺は男を警戒しながら、静かに立ち上がった。
さりげなく前に出てラビを隠す。
ずんぐりむっくりとした体型のガタイのいい男で、弓矢を背負っている。
男が穿いているのは森歩きに適したブーツだ。
(こいつ……ハンターか)
「あんたにちょいと尋ねたいことがある。さっき森に入ったら、俺が狙っていた獲物が見当たらねえんだ。昨日の夕方、矢を射ておいたから、そう遠くへは逃げられないはずだってのに。犬たちは困ったようにクンクン鳴くばかりでな」
俺の前に立った男が敵意をむき出しにして睨みつけてくる。
「おかしいと思ったら、獣の血が残っていた辺りに男物の靴跡が残っていたんだ。じめじめした森の中で助かったよ。おかげで誰かが俺の獲物を盗みやがったって気づけたんだからな」
(こいつがラビを傷つけたハンター……!)
理解した瞬間、血が煮えたぎるような怒りが込み上げてきた。
しかし俺はいまラビを連れている。
怒りに任せて暴力を振るうようなところを子供には見せられない。
拳を強く握りしめ必死に堪えた。
「おい、犬ども。においをかいで来い」
男が犬に呼びかけると、命じられた犬が俺の脱ぎ捨てていたブーツを嗅ぎまわりはじめた。
これだと訴えるように、すぐ吠えはじめる。
「やっぱりおまえか。町から離れたこんな場所でうろうろしている人間なんて他にはいねえしな。俺の獲物を返してもらおうか!」
「なにを言っているんだかさっぱりわからんな」
「てめえ、しらばっくれる気か!」
男がドンッと俺の肩を叩いてくる。
そのぐらいでは効かない。
それがわかると男は忌々しそうに舌打ちをして、勝手に俺たちの荷物を漁りはじめた。
「さっさと殺して金になる部位だけ持ってきやがったのか。牙や爪は装飾品として高値がつくしな。どこだ。どこにしまってやがる!」
喚き散らして俺のリュックをひっくり返す。
だがそこから出てきたのは鍋や保存食だけだ。
「あんたが探しているものなどここにはない。諦めて去ってくれないか」
「うるせえ!」
怒鳴り返してきた男の目がハッと見開かれた。
厚ぼったい唇にニヤリと笑みが浮かぶ。
「まだこっちにも袋があるじゃねえか」
そう言って拾い上げたのは俺がラビに作ってやった即席靴だ。
「あ……。だ、だめ……」
俺の影に隠れて怯えていたラビが震えた声を上げる。
「おい、やめろ! それには何も入っていない!」
俺が思わず叫ぶと、男の歪んだ笑みは色濃くなった。
その直後。
ザクッ――。
無情な音とともに男はラビの靴をナイフで切り裂いた。
「あ……」
ラビの唇から傷ついた声が零れ落ちた。
その瞬間――。
「あがッッ……!?」
男の頬に重い拳を叩き込む。
魔法スキルなんていらない。
こんな男、拳ひとつで十分だ。
鈍い音とともに手ごたえが。
俺のワンパンを食らって男が川の中へ吹っ飛ぶ。
バシャン!
激しく上がった水しぶき。
川辺へ近づいて見下ろすと、男は気絶したまま水中にぷかぷかと浮かんでいた。
このまま放っておけば死んでしまう。
気絶している男の体を川辺へ引っ張り上げ、彼が握っていたズタ袋を奪い返した。
「……これはこの子の靴だ」
俺は気絶している男に向けて静かに告げた。