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【WEB版】冒険者ライセンスを剥奪されたおっさんだけど、愛娘ができたのでのんびり人生を謳歌する 作者:斧名田マニマニ

1章 ふたりの出会い編

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6話 おっさんと少女、旅のはじまり

 その後は獣や魔物の襲来を受けることもなく朝を迎えられた。

 木々の間から覗く太陽に向かい、両手を上げてグーッと体を伸ばす。

 寝ずの番をしていたというのに、体の節々が痛むこともない。


 昨日までの俺とは全然違う。

 まるで生まれ変わったみたいだ。


 目を覚ましたラビは小さな口を大きく開けて、くあっと欠伸をしている。


「よく眠れたか?」


 少し恥ずかしそうにラビが頷いた。


「うん。でも、あ、あの……ごめんなさい……」

「ん? なにが?」

「見張りで眠れなかったのに……。私ばっかり寝ちゃったから……」

「ははっ。何を言ってるんだ。寝る子は育つものなんだぞ。だからそんなことは気にしなくていい」


 俺だって安心して寝てもらえたほうが、見張っていた甲斐もあるというものだ。


「さてと」


 旅立つ前にラビの靴を何とかしなければいけないな。

 町に着いたら服と一緒に買ってやるとしても、半日歩くのに素足ではまずい。

 かといって俺の馬鹿でかいブーツじゃあ用を足さないだろう。


 俺はごそごそとリュックの中を漁って、小さめのズタ袋をふたつ取り出した。

 中に入れていた乾燥豆などは別の袋の入れ替え中身を空ける。

 試しにラビにそれを履かせて、口の部分を紐で縛ってみた。

 旅をしていると途中で靴が壊れてしまうことが時々あるので、こうやって即席の靴を作り急場をしのぐのだ。


(ただな……)


 見た目が残念なのは否めない。

 貧乏臭すぎるかな。

 女の子だし嫌だよな……。

 自分の足元をじっと見つめていたラビは、遠慮がちな仕草で数回足踏みをした。


「わあ……。すごい……。靴になった……!」


 声は小さいままだけれど、よろこんでいるような気がする。

 恐る恐るそーっと動くのがおかしい。


「普通に歩いても壊れないぞ」


 そう教えてやっても、雑には歩かない。

 ズタ袋で作った靴なのに大事にしてくれているようだ。

 口元に自然と微笑みが浮かんだ。


 とにかく靴の問題が解決して良かった。

 そう思いながら俺が荷物をまとめていると、小首を傾げたラビが木の幹の傍へ歩み寄っていった。


(どうしたんだ?)


 屈み込んで何かを拾ったらしい。


「ラビ?」

「これ……。キラって光ったから……」


 手を出して差し出されたものを受け取る。

 小さな指が俺のごつごつした手のひらに乗せたのは、見覚えのある指輪だった。


 ぎくりと心臓の辺りが痛んだ。

 すうっと血の気が引いていく。


(この指輪は……アランの……?)


 俺が冒険者ライセンスを剥奪されたあの日。

 街中で出会った勇者アランの顔が脳裏を過った。


『おい、もういいよ! いつまでも馬鹿話してんなって』


 そう声をあげて俺を庇ってくれたアラン。

 彼は数年間一緒にパーティーを組んでいた仲間だ。

 もっとずっと若い頃は俺が彼に戦い方を教えたこともあった。

 親しくしていた時期があるからこそ気づいてしまったのだ。


 勘違い、ではない。

 確信を持って言える。

 この指輪はやはりアランのものだ。


 アランの両親は彼が子供の頃、魔物の襲来を受け、彼の目の前で惨殺された。

 初めて両親のことを聞かせてくれた時、アランは親の形見である指輪を俺に見せて言った。

「絶対に両親の敵を取ってみせる。母が残してくれたこの指輪にそう誓ったんだ」と。


 震えていたアランの声。

 怒りでギラギラと光った瞳。

 そのときにアランが見せてくれた指輪には、柘榴色をした珍しい宝石『ドラゴンの紅玉』がはめられていた。

 今でもあのときのやりとりを鮮明に思い出せる。


 だから確信を持てるのだ。

 俺が手のひらに乗せている指輪と、アランがはめていた指輪。

 それは間違いなく同じものである。


(どうしてアランの指輪が今この場所に落ちていたのか)


 アランから指輪を預かった覚えはない。

 荷物に混ざっていたとも考えられない。

 俺が勇者パーティーを離れてから1年近くが経っているのだから。


「……」


 いいや、俺は理由をわかっている。

 ただそれを信じたくないだけだ。


 偶然、呪詛解除を食らったことで以前の強さを取り戻した体。

 ラビの足元に落ちていた装飾具。

 似たような状況で拾われたアランの指輪。


(……俺に呪いをかけたのはアランだったんだな)


 目の前が真っ暗になる。

 変な笑いが込み上げてくる。

 それほどショックだった。


 俺は呪いによって力を奪われ、パーティーを追い出され、冒険者ライセンスを失い、死を待つばかりの存在となっていた。

 そうなるよう仕向けたのが、かつての仲間だったのだ。


(俺はアランにそこまで嫌われていたのか……)


 憎いんじゃない。

 ただ心底、悲しい。


 パーティーを離れたとはいえ、俺たちは親しかった時期だってあったのだ。

 背中を預けて戦いあった日々や、熱い想いのたけを語った夜。

 そして誓いを明かしてくれたあの日。


 アランは気のいい青年だ。


(その彼が呪詛をかけるなんて……)


 呪詛のために親の形見を使ったアラン。

 軽い気持ちでかけた呪いではないことを物語っている。


 俺の何かが彼をそこまで怒らせてしまったのだろう。

 思い当たる節がまったくない。

 それが問題だな。

 人に恨まれても気づけない無神経な男だったというわけだ。


「……どうしたの……?」


 遠慮がちに問いかけられてハッとなる。

 顔を上げると、ラビが泣きそうな瞳で俺を見上げていた。

 いけない。

 またラビに心配をかけてしまった。


「大丈夫だ。なんでもない」


 ラビはゆるゆると首を横に振った。


「なんでもなく……ない。苦しい時の顔、してたもん……」

「……!」


 俺は嘘が下手くそすぎるし、ラビは鋭い子供だ。


「そうだな……」


 かなり気まずい気持ちになりながら認める。

 ラビの言うとおりだ。

 なんでもなくはない。

 俺は手のひらにのせた指輪へと視線を戻した。

 うやむやに誤魔化さず、目の前の事態と向き合うために。


 感情の折り合いをどうつけたものかわからない。

 それでもこの指輪をここで捨てていくという選択肢は、自分の中になかった。

 呪詛の道具として彼が手放したとしても、親の形見の指輪なのだ。


 これはアランに返す。

 そしてそのときなぜ俺に呪いをかけたのか尋ねよう。

 俺はグッと握った手のひらの中に指輪を閉じ込めると、改めて顔を上げた。


「俺の問題はとりあえず解決した。さあ出発しようか」


 今度は嘘ではなく、本心からそう伝えられた。


 ◇◇◇


 俺たちが今いるのはリース王国の北部。

 大都市バルザックは国の南西部に位置しているので、南を目指す道行になる。

 北部のこの近辺は未開の森や荒原ばかりで、交通網が発達していない。

 点在する小さな村々は独立したコミュニティを築いており、都市部のように近隣の街と特産品のやりとりをすることがあまりないのだ。

 行き来するのは日用品を運ぶ行商人ぐらい。

 街道を行く乗合馬車など皆無だった。

 ほとんど歩きの旅となってしまうから、まめに休憩を取り少しでもラビの負担を軽くしてやるつもりだ。


 森を抜け出すと視界が開けて、春の明るい日差しが降りそそいだ。

 輝きに慣れていない目に眩しさがしみる。


 俺は腕を掲げて日差しを遮りながら、空を見上げた。

 ゆっくりと流れていくのは、しらす雲だ。

 遥か上空でトンビが浮遊している。

 草木の香りを孕んだ風の流れは穏やかだし、古傷は痛まない。

 ふむ。


「これなら今日一日、天候には恵まれそうだな」

「それも……魔法のスキルでわかったの……?」


 思いもよらない質問を受け、目を丸くする。

 そうか、ラビには魔法のように見えたのか。

 この子は新鮮な驚きを俺に与えてくれる。

 俺は笑って否定した。


「いまのは魔法じゃない。天気を読んだんだ」

「天気を読む……? どうしてそんなことできるの……?」


 不思議そうに問いかけてくる。


「うーん、そうだな。旅の経験で得た知識というところだな」


 冒険者ライセンスを剥奪されて流れ者になってからだけでなく、若い頃も俺はよく旅をしたものだ。

 起点としていたのはバルザックの街だったが、そこから色々な場所へ何度も旅に出た。


 冒険者の生き方はざっくりと二種類に分けられる。

 ひとつはダンジョンのある街に住みつき、クエストをこなしながらひたすらダンジョン攻略に勤しむというもの。

 もうひとつは各地を巡りながら、腕を磨いたりレアアイテムを求めたりする生き方だ。

 もちろんレベリングをするには圧倒的に前者のほうが向いている。

 俺は冒険をしながら旅をする生活が好きだった。


 天気を読むための知識は旅をするうえでとても重要だ。

 雲や鳥や風、自然界の変化を見て予測した天気はおおむね外れない。


「雲を見てみろ。高い位置に薄く伸ばしたような雲が並んでいるだろう? あれはしらす雲と呼ばれるものだ。しらす雲が出ている間は晴れてくれる」

「スキルを使ってないのに……天気が分かるなんてすごい……」


 俺は照れながら頭をかいた。


「ただ数日後、天気が崩れる知らせでもあるから気をつけねばいけない」


 歩きながら雲を指さしてラビに教えてやる。

 ささやかな知識だけれど、いつかこの子の役に立つときがくるかもしれない。

 ラビは口を開けたまま空を見上げて、一生懸命言葉の意味をやきつけているようだ。

 俺はそんなラビを微笑ましい気持ちで見守った。


 まだ出会って間もないが、ひとりで目的もなく流れているときとは何かが違う。

 旅は道連れという言葉がふっと過った。

 連れがいるというのはいいものだ。


 それからも俺とラビは、緑が揺れる草原に挟まれた街道を歩きながらポツポツと会話を交わした。

 沈黙のままでは退屈かと思い、俺はいつも以上に饒舌にしゃべった。

 あまり語りは巧くない。

 なにせ口下手だ。

 それでもラビは真面目に聞いてくれた。

 ラビはどうやら過去に旅で経験した思い出話と旅の豆知識が好きらしい。


(勇者パーティーにいるときには、胡散臭いと言われて相手にされていなかったのに)


 喜んでもらえて正直うれしかった。


 午前中の間、てくてくと歩き続けて腹が空いてきた頃。

 俺たちは川辺に辿り着いた。


「ちょうどいい。ここで昼飯にしよう」


 俺が提案するとうれしそうにラビが頷く。

 美味い魚料理を作ってラビに食べさせてやりたい。

 俺はやる気を出して、両袖をまくりあげたのだった。

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『幼馴染彼女のモラハラがひどいんで絶縁宣言してやった』
https://ncode.syosetu.com/n0844gb/

【あらすじ】
一個下の幼馴染で彼女の花火は、とにかくモラハラがひどい。

毎日えげつない言葉で俺を貶し、尊厳を奪い、精神的に追い詰めてきた花火。
身も心もボロボロにされた俺は、ついに彼女との絶縁を決意した。

「颯馬先輩、ほーんと使えないですよねえ。それで私の彼氏とかありえないんですけどぉ」
「わかった。じゃあもう別れよう」
「ひあっ……?」

俺の人生を我が物顔で支配していた花火もいなくなったし、これからは自由気ままに生きよう。

そう決意した途端、何もかも上手くいくようになり、気づけば俺は周囲の生徒から賞賛を浴びて、学園一の人気者になっていた。
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