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【WEB版】冒険者ライセンスを剥奪されたおっさんだけど、愛娘ができたのでのんびり人生を謳歌する 作者:斧名田マニマニ

1章 ふたりの出会い編

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5話 おっさん、哀しき獣の咆哮を聞く

 すっかり空になった鍋とふくらんだ腹。

 俺はふうっと息を吐いて、隣の少女に視線を向けた。


「腹は満たされたか?」

「うん」

「そうかそうか」

「あ……あのね……」

「ん? なんだ?」


 俺が尋ねると黙ってしまう。

 なんだろう。

 何か言いたいことがあるんだよな?

そう思って待っていると、少女はコートの裾を両手でキュッと掴んだまま俯いてしまった。


「どうした?何か言いたいことがあったんじゃないのか?」

「……なんでもない」

「……?」


 俺は首を傾げながら少し困ってしまった。

 どうやってこの子とコミュニケーションを取ったらいいのか、まだいまいちわからない。


(あ!? もしかして本当はまずかったのか……!?)


「すまない。口に合わなかったか? それとも嫌いなものでも入っていたか?」

「ち、違う……。ごめんなさい……。おいしかったって言いたかっただけ……でも、なんて伝えたらいいかわからなくて……」


 少女がたどたどしい口調でそう伝えてきた。


「……! そ、そうか……」


 おいしいと言ってもらえるのはうれしい。

 一生懸命伝えられた言葉に励まされ、次の食事も美味いものを用意してやりたいと思った。


(この子が好きな食べ物はなんだろう)


 尋ねようとした俺はハッとした。

 そういえばまだ名前すら聞いていない。


「自己紹介がまだだったな。俺はダグラス。ダグラス・フォードだ。おまえの名を教えてくれるか?」

「……私はラビ」

「ラビか」


 うさぎのラビットからとった名なのだろうか。

 たしかに時折見える少女の瞳はクリッとしていて、ウサギに似ている。


 使った鍋や匙を水魔法で洗いながらそんなことを考えていたとき――。

 不意に闇の中から、地を這うような唸り声が聞こえてきた。


(……獣の鳴き声?)


 ラビが不安がって、俺にしがみついてくる。


『グルルル……』


 茂みの中、光る無数の目が現れた。

 それに気づいた瞬間、俺は小柄なラビを抱き上げた。


 辺りを取り囲まれているようだ。

 数は10匹といったところか。

 気配からして強い敵意を感じる。


(何よりもまずラビを守らねば……)


 それにしても獣除けのために火を焚いているのに、なぜこんな事態になったのか。

 何度も野宿をしてきたが、こんなことは初めてだ。


(獣10匹か)


 今の俺ならば難なく倒せるはずだ。

 とはいえむやみに生物を傷つけたくはない。

 だとすれば、ここは引くべきところだろうが……。

 いや、だめだ。

 夜の森の中、ラビを連れて逃げ回って怪我でもさせたらどうするんだ。


 迷う俺に向かって、茂みの中から犬が飛びかかってきた。


「……!」


 ラビを抱いたままサッと躱す。

 間髪を入れずに二頭目、三頭目が続いた。

 避けていては埒が明かない。


(動物相手に戦闘をするのは心が痛むが……)


 《絶対零度の聖域を守りし女神、我に凍てつく口づけを――氷魔法ヘル!》


 氷の刃が犬の腹を切りつける。

 致命傷にはならない程度の傷を与えて、撤退させるつもりだった。

 しかし犬たちは一瞬よろめいただけで、すぐにまた襲い掛かってきた。


 何かがおかしい。

 違和感を覚えたが、考えている暇はない。

 俺は再び氷魔法を詠唱し、犬の足を攻撃した。


(これで動きを封じることができれば)


 ラビを抱え直しながらそう願ったけれど、一瞬ぐらついたぐらいで足止めにもならなかった。

 しかも痛みを覚えている気配がなぜかない。

 やはりこの犬たちは何かおかしい。

 この状況で撤退をさせるのは不可能だ。


 戦闘を長引かせるとラビに危険が及んでしまう。


(仕方がない……)


 腹をくくった俺は犬たちを仕留めるため、心臓を狙い打った。

 せめて一息で仕留めてやりたい。

 照準はぶれず、氷の刃が突き刺さる。

 ところが……。


「な……!?」


 真っ赤な血をダラダラと垂れ流した犬は血だまりの中、立ち上がる。

 あれだけ血を流してまともに動けるわけがない。


(まさか……)


 嫌な予感を覚えながら、再度、氷魔法を放つ。

 矢のような氷が心臓を再び貫いて、犬たちがその場に倒れ込む。


 だが思ったとおり、数秒もしないですべての犬が体を起こした。

 氷魔法の貫通した心臓には、ぽっかりとした丸い穴が空いている。

 口からは涎と一緒に、ダラダラと赤い血が垂れ落ちた。

 こんな状態で生きていられるわけがない。


(やはりそうか。こいつらは……)


「……アンデッドだ」


 命を失ったあともひたすら獲物を求めてさまよう生ける屍。

 成仏することもできず、永遠に飢え続ける哀しき存在。

 アンデッドには恐怖心がない。

 だから火を焚いていても襲い掛かってきたのだ。


(しかし、いったいなぜ大量の野犬がアンデッドになったのか……)


 アンデッドが生まれる過程にはいくつかの条件が必要とされる。

 強制的に命を奪われ、鎮魂の祈りさえ捧げられず放置された亡骸。

 そこに殺されたものが持っていた「生きたい」という強い意志が強烈な想いとなって絡み合ったとき、アンデッドは誕生する。


 つまり何者かがこの森で犬たちを殺しまくり、それは理不尽な死であった可能性が高いわけだ。

 俺は思わず眉をひそめた。


 心臓をくりぬかれてもなお、飢えて涎を垂らす犬たちの苦しみは、当然、俺にはわからない。

 だが……。


「……」


 理由もわからないのに可哀想だと感じることは俺のエゴだろう。

 それでもなんとかしてやりたいと思ってしまった。


 アンデッドを救う方法はただひとつ。

 脳を破壊して死を与え、無限の渇きに終止符を打つしかない。


 俺はやるせない気持ちを抱えながら、ラビの顔を自分の肩に押しつけた。


「ラビ、少し目をつぶっていろ。俺がいいというまで開けるな」


 声から俺の気持ちを察したのか。

 ラビは体を強張らせて頷いた。


「……成仏してくれな」


 俺は独り言のように呟き、犬たちの頭をめがけて氷魔法を放った。

 その直後。


『キャンッ……キャイインッッ……!!!』


 いくつもの氷の刃が一斉に飛び出し、アンデッドの頭部を切り落とした。


 ボト、ボトと音を立て、首を失った獣の死骸が地面に倒れていく。


 突然ぽっかりと訪れる静寂。

 ムアッとした濃い臭気を嗅ぎながら、俺は拳を握りしめたのだった。


 ◇◇◇


「……――このものたちに安らかな眠りを与えたまえ」


 鎮魂の言葉を口の中で呟き目を閉じる。

 隣にしゃがんだラビも俺に倣って、胸の前で祈りのポーズを取った。


 これですべて終わったはずなのに。

 ゆっくりと立ち上がった俺は、目の前に並んだいくつもの墓を見ながらなかなか動けずにいた。


「……?」


 ラビが心配そうに見上げてくる。


「ああ、すまない。小さな子供の前で情けない顔を見せてしまったな……」


 頭をかきながら笑ってごまかそうとした。

 だが青い真っ直ぐな目は、じっと俺を見つめ続けている。

 適当に誤魔化そうとした自分が恥ずかしい。

 子供の純粋さの前では、大人の卑怯な逃げなど通用しないのだ。

 俺はその事実を思い知らされながら、ポツリポツリと胸の内を吐露した。


「……犬たちを救ってやりたいなんて思ったが、やはり俺の思い上がりだった気がしてな。命を奪って欲しいとあいつらが望んだわけじゃない。俺たちが逃げ出して、それで終わりにするべきだったのかもな」


 ラビは困ったように唇を噛んだ。

 当然だ。

 これは答えのない嘆きなのだから。


「いや、なんでもない。聞いてくれてありがとう」


 感謝の気持ちを伝えて会話を終わらせようとしたら、突然、クンとズボンの裾を引っ張られた。


「ラビ?」

「……」


 まだ唇を噛んだままだが、ラビが何かを言いたがっているのはわかった。


「あ、あの……助けてあげられたと思う、私は……。だって……おなかが空くのって、すごく苦しいから……」


 つっかえつっかえ、言葉を探して。

 消えそうな声でラビが言う。


「ラビ……」


(俺を励ましてくれてるんだな……)


 なんともいえない気持ちが胸をおおって、心が温かくなる。


「ありがとうな、ラビ」


 俺が微笑みながらお礼を伝えると、ラビはまた唇をキュッと結んだまま頷き返してくれた。


(まさかこんな小さな女の子に励まされるとは)


 少し驚いたけれど、でもラビに打ち明ける前よりずっと俺の心は軽くなっていた。

皆様の応援のおかげで日刊総合1位をいただくことができました。

本当にありがとうございます。

今後も楽しんでいただけるよう頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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【あらすじ】
一個下の幼馴染で彼女の花火は、とにかくモラハラがひどい。

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