94話 おっさん、架け橋となる
エイハブたちのもとに戻った俺たちは、みんなで今後の方針を話し合った。
「まずは、犯人を捜すべきだと思う」
俺の発言を聞き、エイハブが意外そうな顔をする。
「ダグラスがそんなふうにいうのは珍しいな」
たしかに俺一人の問題だったら、嫌がらせをした相手を突き止めることなどしなかっただろう。
今までもそういうふうにして生きてきた。
相手にしたって仕方がないと思ってしまうのだ。
でもそれで済む時と、済まない時があるというのは学んだ。
今回は後者だ。
うやむやにしていい事態ではないと考えている。
「もっとも犯人を捕まえることが目的じゃない。また同じことをやられるわけにはいかないからな。もう二度とこんなことをしないよう説得するためにも、野放しにはできないだろう」
「あのぉ……」
少し言いにくそうにカトリが手を上げる。
「ん? どうした、カトリ。何か気づいたことがあるのか」
「たぶんなんですが……。同じ職人の犯行だと思います……」
「なぜそう思うんだ?」
「昨日の夜はかなりの大雨でした。風も強かったです。そんな中、屋根の上に昇るなんて、普通の人には困難です」
確かにカトリの言うとおりだ。
「それにこのタイミングなのが……。屋根を付ける前か、晴れている日にイタズラされたのなら、ここまでの被害にはなりませんでした」
なるほど。
どこで仕掛けるとダメージを与えられるかわかったうえでの犯行なら、普請に詳しい者の可能性が高くなる。
「それならまずは職人ギルドに行って情報収集してみよう。他のみんなは撤去作業を進めていてくれないか」
「わかりました。屋根の片づけは必要ですしね」
「でも大丈夫でしょうか。ギルドで揉めてしまうのでは……」
「話せばわかってもらえると信じて出向くしかないだろう」
「わ、かりました……。ダグラスさんがそうおっしゃるなら……!」
カトリが信頼のこもった目で俺を見上げてくる。
この気持ちにはなんとか応えたいものだ。
俺は心の中で決意を固めて、カトリやラビとともに職人ギルドへと向かった。
◇◇◇
ギルドの中で昼休憩が始まるのを待っていると、やがて前回と同じように屈強な男たちがわらわらと現れた。
俺は顔を覚えている大工を捕まえて、事情を話し、何か知っていることはないかと尋ねてみた。
当然、相手は露骨に不機嫌そうな顔になり、俺の胸倉をグッと掴んできた。
そのうえ周りを大工たちに取り囲まれてしまった。
「お父さん……!?」
「ラビ、大丈夫だ。心配するな」
こうなることは想定内だったので、相手の苛立ちを甘んじて受けとめる。
「なあ、ダグラスさん。いくら英雄のあんたが相手だって許せねえこともあるぞ。……つまりあんたは、俺たちが嫌がらせをしたって言いたいのか?」
「違う。情報を集めたいから協力を求めているだけだ」
「怪しいと思ってるから、聞き込みにきたんじゃねえのか」
「さっきも言ったとおり、何の証拠も見つかっていないんだ。特定の誰かを疑ったりなどしていない。ただ職人の可能性が高いとは思っている」
その理由についても当然話して聞かせた。
俺を睨みつけている男は、相変わらず鋭い視線を逸らそうとはしない。
しかし、俺の胸倉にかけていた手だけは解いてくれた。
「犯人を見つけ出したらどうするつもりだ。糾弾して、憲兵に突き出すのか」
「そうじゃない。ただ二度と嫌がらせをしないように話をしたいんだ。もうこんなことは起きて欲しくない。皆で一生懸命作っている建物なんだ」
俺は職人たちを見回して、必死に訴えかけた。
「同じ職人仲間ならわかるだろう? あそこまで出来上がっていたものを、一夜にして台無しにされた彼女の気持ちが」
「……それは……」
「女も男も関係ない。ひとりの職人として、必死に作り出したものを、彼女は無残に壊されたんだ。それでもまた立ち上がり、立ち向かおうとしている。そんな彼女をこれ以上傷つけたくない」
「ダグラスさん……」
「それに、宿は俺の大事な友人のものなんだ」
大工たちは黙りこくっている。
どことなく気まずそうに。
ただ敵対心を剥き出しにしていた先ほどまでとは、明らかに態度が異なる。
響いているのだろうか? そう信じたい。
「……俺たちはなにもしらねえよ。休憩時間も終わりだ。これ以上話すことはない」
彼らは押し黙ったまま、逃げるように散っていってしまった。
……だめだったか。
これ以上、まとわりつくことはさすがにできない。
仕方なく、気持ちを切り替えて、材木店なども回ってみたものの、そちらではなんの成果を得られなかった。
◇◇◇
夜。
『豚の夜鳴き亭』再建予定地に戻ってきた俺は、ラビたちを二階に上がらせ、食堂の隅でエイハブとふたりで話し合った。
「エイハブ。頼む、今度こそ金銭面でも俺に協力させてほしい」
エイハブは予想していたらしく、黙って俺の話に耳を傾けている。
「カトリが責任を感じているし、物理的に不可能になってしまった。今回の分だけでも俺に出させてくれないだろうか」
「カトリちゃんのためなんて言い方をされちゃあな……しかし……」
エイハブが弱った顔で何かを言いかけたそのときーー。
「ダグラスさんはここにいるかい?」
わらわらと数人の男が近づいてくる。
「あんたたちは、職人ギルドの……」
「そっちが宿の主か? ちょうどいい。ちょっと来てくれないか」
不思議に思うが、危険な感じはない。
俺とエイハブは頷きあって彼らのあとに従った。
するとそこには、何故か木材を積んだ馬車が停まっていた。
「これは……」
「ほら、お前の口から説明しろ!」
ドンと肩を押されて、突き出されたのは、ひとりの若い男だ。
「一体どうしたんだ?」
「謝罪させに来たんだよ。ちゃんと自分の口で説明しろ」
すると若い男は、ふてくされた態度で渋々話しはじめた。
「……俺がやったんだよ」
「やったって……」
「だから屋根の件だよ」
「なんだって!?」
若者はそれきり黙り込んでしまった。
仕方ないというように、隣に立った中年の男が説明を引き継ぐ。
「こいつが酔って自慢してたのを聞いていた奴がいたんだ。問い詰めたら口を割った。女が英雄の仕事を引き受けたことが気に入らなかったから、後悔させてやろうとしたんだってよ」
唖然とする俺たちに向かって、若い男はふんと鼻を鳴らした。
「女の大工なんかに頼んだからこうなったんだ。思い知ったか、バーカ!」
「てめえ! バカヤロー!」
リーダー格の男が怒鳴り付ける。
「すまんな、ダグラスさん。こいつは今日限り、職人ギルドをクビになったから、勘弁してくれ」
「なんだって!?」
「見ての通り、まったく反省していないんだ。更正することは不可能だし、本人も……」
「女を庇うような職人たちと仕事するなんざ、こっちから願い下げだね」
若者は、襟首を掴んでいたリーダー格の手を振り払うと、大声を上げた。
「俺は別の街に移動するから問題ねえよ! 心配しなくたって、女が建てたものになんて二度と近づくか!」
若者はそう言って夜の街に消えて行った。
「仲間の一人に跡を追わせる。ちゃんと街を出たか見張るから」
「い、いや……なんだか、悪かったな」
「謝るのは俺たちの方だ」
職人たちは、俺とエイハブに頭を下げた。
「アンタに言われて、目が覚めた。俺たちは誇りをもって仕事に取り組んでいる。その気持ちは女のウサギも同じだって、わかっていなかった」
「男だけの輪の中に女って言う異質な存在が入ってくることが嫌だったんだ。それ以外に理由なんてない。ただなんとなく、守ってきたものを壊されるような気がしたんだ」
「なあ、ウサギの嬢ちゃん。本当に悪かった!」
え?
大工の男が見ているほうを振り返ると、いつの間にかカトリの姿があった。
どうやら騒ぎを聞きつけ、様子を見に来たらしい。
「カトリ……」
カトリはぐっと顔を上げると、勇気を出して前に出てきた。
「私は何かを壊そうなんて思っていません。ただ自分の夢を叶えて、立派な大工になりたいだけです。あなたたちも同じ気持ちじゃないですか? 私とあなたたちで何が違いますか?」
カトリの声が震えている。
これが彼女の心からの叫びなのだ。
職人たちも今はもう、彼女の本音にたいして、しっかり耳を傾けていた。
「……何も変わらないな。そうだ。何も変わらないんだ。……本当にすまなかった」
「あの男はたしかに悪い。でもあの男のああいう考えを作り出してしまった責任は俺たちにもあるんだ」
おそらくは、ひとりひとりの理由もあやふやな感情が、集団での正義のようになってしまったのだろう。
でも彼らは自分たちの過ちに気づけた。
「今回の件に関して、俺たちも正直責任を感じている。だから修復作業を手伝わせてくれないか。材料もこのとおり持ってきた」
あの馬車の材木はそういうつもりで持ってきたのか……。
「宿の旦那。受け取ってくれるか? ウサギの嬢ちゃん。俺たちに指示をしてほしい」
「……!」
カトリとエイハブが顔を見合わせる。
当然彼らは遠慮して、材料までは受け取れないと言ったが、職人グループのリーダーは、「もう買い取って来ちまったから断るって選択肢はないぞ」と豪快に笑った。
重く張りつめていた場の空気がようやく少し柔らかくなる。
「エイハブ、カトリ、彼らの気持ちをありがたく受け取ることにしたらどうだろうか?」
「ダグラス……」
俺の一言が最後の後押しになり、二人ともこくりと頷いてくれた。
「さあ、そうと決まれば善は急げ。さっそく修復作業に取り掛かるぞ!」
「おー!」
大工たちが一斉に逞しい拳を掲げる。
心強い味方ができたな。
浸水してしまった建物はやはり一度取り壊しになったものの、数十人の大工たちが協力してくれたおかげで、それから1日で建前後の状態まで戻せたのだった。