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Apple Watchに搭載された「血中酸素濃度センサー」は、新型コロナウイルス感染症を検知できるのか?

血液中の酸素濃度を測るセンサーを内蔵した「Apple Watch Series 6」をアップルが発売した。新型コロナウイルス感染症の患者の容態を測るためにも使われてきた血中酸素濃度(SpO2)センサーの搭載により、ある素朴な疑問がわく。Apple Watch Series 6を身につけていれば、新型コロナウイルス感染症の発症をいち早く検知できるのではないか?

Nature

アップルの「Apple Watch Series 6」には、血液中の酸素濃度を測定する新機能が搭載された。この血中酸素濃度(SpO2)センサーは、これまで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者の容態を測る際に役立ってきた。その機能がApple Watchに加わったことで、さらにヘルスケア端末としてのポテンシャルが高まることになる。

急浮上した健康のバロメーター

新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的大流行)の初期、米国では感染が疑われるすべての患者がPCR検査を受けるだけのキットの数量がなかった。そこで軽症の患者は追い返され、重症化しそうな患者だけがPCR検査を受けることになった。このとき治療を必要としない軽症患者か、診断を必要とし即入院の可能性がある重症患者かの決め手となった要素のひとつが、LEDの光を用いる血中酸素濃度センサー「パルスオキシメーター」で測定した血中酸素濃度の数値だった。

米国の有名な総合病院であるメイヨー・クリニックによると、標準とされる血中酸素濃度は95〜100パーセントで、90パーセントを下回ると低酸素状態だと診断されることになる。たいていの場合、低酸素状態に陥った患者はショック状態や精神的混乱があり、息苦しさにうなり声を上げたり、来院時に意識を失ったりしている場合もあるという。

ところが、新型コロナウイルス感染症による肺炎の患者においては、血中酸素濃度が50パーセントと著しく低くても、低酸素血症に特有の息苦しさを患者が感じない事例が報告されている。胸部レントゲンでは一見ひどい肺炎であっても、多くの患者は呼吸のペースが速い以外は苦しいと感じない様子で、スマートフォンをいじる余裕まであるという。息苦しさを感じるころにはすでに重度の肺炎に進行してしまっているというわけだ。

このような「無症候性低酸素症」の患者の容態を見極める上で役立ったデヴァイスが、指に装着するだけで簡単に血中酸素飽和度と心拍数を測定できる小型のパルスオキシメーターだったのである。

ウェアラブル端末に搭載された意味

Apple Watch Series 6が新たに搭載したパルスオキシメーターは、15秒で血中酸素濃度を測定する。まず、本体裏側に配置されたセンサーがLEDによる赤色、緑色、赤外線の光を手首に当て、反射光の量を測定する。この反射光に基づいてアルゴリズムが血液の色を判定し、血中の酸素濃度を算出する仕組みだ。

このセンサーによってApple Watch Series 6は、バックグラウンドでも血中酸素濃度をときに測定し、iPhoneのアプリ「ヘルスケア」に記録する。つまり、寝ているときなどにApple Watch Series 6を身につけているだけで、勝手に血中酸素濃度を測定してくれる。

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血中酸素濃度は、個人の呼吸と血流に関する重要なバロメーターとなる。これまでのApple Watchには心拍数の計測機能もあったが、これに加えてSeries 6で血中酸素濃度を測れるようになったことで、これらの数値の変化が各種の呼吸障害の早期発見のシグナルになる──というのが、アップルがパルスオキシメーターを搭載した意図と言える。

実際にアップルは大学や研究機関と共同で、Apple Watchで取得した血中酸素濃度の数値を健康管理に生かすための研究を開始すると発表している。そのひとつが、ブロットマン・ベイティ精密医療研究所(Brotman Baty Institute for Precision Medicine)でインフルエンザなどの感染症を研究しているSeattle Flu Studyとワシントン大学医学部との共同研究だ。心拍数や血中酸素濃度といったApple Watchで得られる指標が呼吸に及ぼす影響などを研究し、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症などの初期兆候としてどう役立つかを調査するという。

新型コロナウイルス感染症は検知できる?

だが現段階では、パルスオキシメーターを搭載したApple Watch Series 6だけでは新型コロナウイルス感染症の検知の決め手にはならない。理論上は低酸素血症を検出できるので、感染症による重症化の可能性や兆候を捉えることはできる。一方でこうした症状を引き起こす病気は、新型コロナウイルス感染症だけではないからだ。

新型コロナウイルス感染症による肺炎のほかにも、その他の肺感染症やぜんそく、慢性閉塞性肺疾患(COPD)で血中酸素濃度が低下することが知られている。新型コロナウイルス感染症への感染を診断するには、やはりPCR検査などが必要になる。

それでも、肺や心臓にまつわる重症化の兆候を15秒でキャッチできるツールとしては、おおいに役立つだろう。将来的には、新型コロナウイルスやインフルエンザなどの感染が疑われる患者の早期発見や隔離、治療などに役立つ可能性はゼロではない。今後、Apple Watchで取得できるその他の指標やユーザーの自覚症状と、新型コロナウイルス感染症との関連性についてのデータが蓄積されれば、感染をアルゴリズムによって判定できる日が訪れるかもしれない。

とはいえ、低酸素濃度の兆候を調べるにはApple Watchを腕に付け続けていなければならないが、バッテリーの持続時間は18時間と限界がある。このため、計測を続けるにはうまく充電する工夫が必要になるだろう。

ちなみに、小型の医療機器であるパルスオキシメーター単体であれば、おおむね6,000円ほどで購入できる。測定時間も数秒だ。

※『WIRED』によるアップルの関連記事はこちら

Business

健康志向を強めた「Apple Watch Series 6」と低価格モデルの「SE」、その機能は?

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「触れられない時代」のいまこそ考えたい“肌”のこと:触覚研究から考える美の移り変わり

コロナ禍で「触れられない時代」が到来したいま、自分や他者に触れる/触れられることの意味はどう変わっているのか。オンラインの時代に、肌の美しさはどんな意味をもつのか。 それを解き明かすべく、触覚研究者の仲谷正史と、スキンケア(=自分に触れること)の第一線に立つ資生堂の研究者、加治屋健太朗と細井純一が鼎談を実施した。そこから見えてきたのは「流れ」というキーワードと、資生堂が新たに打ち出した「Lifeblood Research™」という研究と触覚の意外なつながりだった。

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視覚や聴覚を刺激し、「触れる」を想起させる

加治屋 「資生堂グローバルイノベーションセンター」までお越しいただき、ありがとうございます。今日はコロナ禍における「触れる」ことについてお話できればと思っているのですが、2016年に『触楽入門』を書かれた仲谷さんは、いまどのような関心に則って研究されているのでしょうか?

仲谷 今日はお招きいただきありがとうございます。「触れる」をテーマにお話できるのが、とても楽しみでした。いまは慶應義塾大学環境情報学部にて、神経科学や心理学的な側面から「触覚」の位置づけや価値づけに関する研究をしています。研究テーマは主にふたつあり、ひとつは視覚情報がどのようにして「触りたい」という気持ちを想起させるのかという研究です。例えば、何か布があったとき、わたしたちは「触れたいかどうか」を見た目で判断すると思うのですが、その際の判断材料は何なのかを研究しています。

もうひとつは触感です。触れられない時代のいま、視覚や聴覚を通じて「触る感覚」をどのように想起させるのかを研究しています。ここ数年で流行っている「ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)」も研究対象のひとつです。加治屋さん、細井さんはどのような研究テーマを掲げられているのでしょうか?

仲谷正史|MASASHI NAKATANI
触覚研究者。慶應義塾大学環境情報学部 准教授。東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。教務や研究の傍ら、触れることを起点とする価値づくりやその社会展開・普及に携わる。共著書に『触楽入門』〈朝日出版社〉、『触感をつくる――《テクタイル》という考え方』〈岩波書店〉。

加治屋 わたしは皮膚科研究のなかでも「血管やリンパ管が肌においてどのような役割を果たしているのか」を研究しています。血管やリンパ管は身体の奥深くにあるものというイメージが強いと思うのですが、近年の可視化技術の進歩によって、肌の表層にまで毛細血管やリンパ管が通っていることがわかってきました。こうした血管やリンパ管にアプローチすることで、いかによりよい肌の状態を導けるかを研究しています。

加治屋健太朗| KENTARO KAJIYA
資生堂 みらい開発研究所 シーズ開発センター(肌美価値開発室)室長 兼 ホリスティック価値開発グループ マネージャー。東京大学新領域創成科学研究科先端生命科学専攻卒業(修士)後、資生堂入社。CBRC/ハーヴァード大付属皮膚科学研究所、スイス連邦工科大学客員研究員を経て、2016年1月より現職。農学博士。

細井 わたしは資生堂のホリスティック研究グループに属しています。研究としては、全身から皮膚を見るような領域です。また一時期は、皮膚の免疫細胞の研究をしていたのですが、その際に神経と免疫細胞が相互作用しており、皮膚が体全体や心とつながっていることがわかりました。血流がスムーズでないと皮膚も健康ではなくなり、皮膚が健康でないと免疫の機能も低下してしまいます。それが悪循環となり、肌のトラブルや老化につながっていくと考えています。

細井純一|JUNICHI HOSOI
資生堂 みらい開発研究所 シーズ開発センター(肌美価値開発室)ホリスティック価値開発グループ シニアサイエンティスト。東京大学医科学研究所で博士号を取得後、米国国立衛生研究所やハーヴァード大学への留学を経て資生堂入社。心理学的・生理学的・生化学的手法を用いて、主に皮膚の免疫機構の研究に従事。著書に『ランゲルハンス細胞の夕べ』〈文芸社〉。

「血流の恒常的な促進」で美を生み出す

仲谷 おふたりはいま、資生堂のグローバルプレステージブランドである「SHISEIDO」が打ち出した「Lifeblood Research™」という新たな研究に取り組まれていますよね。いま伺った研究内容とも関わると思うのですが、具体的にはどのような研究なのでしょうか?

加治屋 これまで肌へのアプローチは各トラブルにそれぞれ対処する局所的なものでした。しかし、お客さまの肌の悩みというのが複合的になるなかで、それに限界を感じていたんです。そこで、これまでの資生堂の血流研究の成果をまとめ、もっとホリスティックなアプローチとして血管の構造を丈夫にして恒常的に血流を促進することで肌本来の強さと美しさを引き出す方法を考えました。この血流サイエンスが「Lifeblood Research™」です。研究の応用により、血流を通して、肌に必要な栄養素だけではなく、加齢により減少する免疫細胞を肌のすみずみまで届けることを可能にしたいと考えています。この研究成果を、生活者へのソリューションとして応用していくとともに、1日も早く根本から美しい肌をかなえる商品開発につなげるよう、日々研究を進めています。

細井 皮膚が不健康だと、皮膚のバリア機能である免疫も低下します。そうすると、皮膚の状態がさらに悪くなり、免疫機能もさらに低下してしまうんです。それが悪循環のようになって、肌のトラブルや老化に繋がっていきます。こうした悪循環を断ち切り、皮膚を健康にするためには血流がスムーズであることが重要であると考えます。

加治屋 実は、血流改善を謳うものはたくさんあります。例えば、従来の化粧品技術では、マッサージや温熱効果などによって一時的に血流を促進することで肌の表面を整えていくという考え方が一般的でした。しかし「Lifeblood Research™」は、細く途切れていた毛細血管を丈夫に太くして血管の状態自体をよくすることで血流を恒常的に促進し、毛細血管のネットワークを再構築することを目指しています。

仲谷 一時的ではなく、血流を恒常的に促進することが重要なんですね。初めてこの血流サイエンスの名前を聞いたとき、頭に「Life」という単語が入っているところに先生方の決意を感じました。

加治屋 そうですね。資生堂は日本をオリジンとした会社で、東洋医学的な考え方をベースにして企業活動をしています。そのなかで、肌を東洋医学的視点、つまり俯瞰的に全身との関係から見るということが自然とできるようになっているのかもしれません。さらに、そこに西洋医学的な進歩が追いついて、血管と免疫と神経の関係性も明らかになってきました。そういうところも、「Lifeblood」という言葉につながっているかもしれません。

ミクロの視点とマクロの視点、西洋医学と東洋医学。「Lifeblood Research™」は、その両方に造詣が深い資生堂だからこそ生み出せた研究と言えるかもしれない。

育てる気持ちがスキンケアを変える

仲谷 ホリスティックというアプローチが非常に興味深いです。どのような視座で、この研究領域に取り組まれているのでしょうか?

加治屋 「ホリスティック」という言葉を用いるときに、全身から肌を見るという視点にとどまらず、そこに空間的な拡がりも見出したいんです。肌は、自分の周囲の環境に影響を受けるわけですよね。なので今日は、人と人のコミュニケーションのなかで、肌のあり方ってどのように変わるのか。「触れる」や触覚から肌を見ていくという視点について仲谷先生にぜひ話を伺ってみたかったんです。

仲谷 ありがとうございます。

細井 例えば、スキンケアという視点で、自分で自分の肌に触れることと、他者に肌に触れられることで、どのような違いがあるのでしょうか?

仲谷 まずわかりやすい例を挙げると、自分で自分をくすぐっても、その感覚をある程度予測できているのでくすぐったくないですよね。ただ、予想とズレが生じればある種のリスクになるため、そこに目が向きます。スキンケアの文脈において、他者にケアされる際と自分でケアする際には、皮膚というマテリアルをケアするという意味ではおそらく効果は同じですよね。ただ、自分のためにスキンケアする場合は、目的がありそれを達成することによる自信が重要です。一方、他者の場合は「ケアしてくれている」という解釈になると思うんです。

また、子どもの愛着形成の際に「ナーチャリングタッチ」というものがあります。これは触れることによってその子を励ましたり、安心感を伝えたりする行為です。これは、美しい肌を保つためにも大切なのかなと思います。ビューティサロンに行き、ケアしてもらう時間はすごく心地よいですし、他者にケアしてもらうということはナーチャリングタッチに近いのかもしれません。では、それを自分ではできないのかというとそうではなく、「わたしがわたしをナーチャリングする(育てる)」という意識があれば、ケアできるかもしれない。自分を整えたい、自分に「栄養を与えたい」と思って触れる場合は、その人にとっての意味も変わっていくと思うんです。

細井 他者の肌に触れることで、触れる/触れられた人間の幸福感が変わるといった研究もあったりするのでしょうか?

仲谷 ありますね。高齢者に向けたタッチケアという領域では、背中に触れるようなケアが推奨されています。手の温度を感じることで「ケアされている」「大事にされている」という感覚に本人も気づくし、タッチケアをしている雰囲気も和やかになると言われています。それによって、体内のコルチゾール量の変動に影響を与える可能性や、心理的なリラックス効果が報告されており、少しずつ知見は溜まってきています。ただ、自分の肌に触れるという領域の研究はまだ進んでいないので、むしろいまはチャンスかもしれません。

触れられない時代に「肌の美しさ」がもつ意味

仲谷 わたしから今日おふたりに伺ってみたかったのは、「美しさ」について、どのように解釈しているか、ということなんです。

細井 難しい質問ですね(笑)。先日、市場調査をした際に「スキンケア」に対するイメージとして、人工的という言葉が出てきたんです。これからの「美しさ」を考えたときに、むしろ自然的なもののほうがその美しさに紐づくのではないかと思いました。自然な美しさをつくるために、血色や肌の状態に関与する血管のあり方が重要になってくると思うんですよ。

加治屋 美に対する考え方として、ふたつの潮流があると思っています。これまでは、シワやシミ、たるみといった静的な形状の変化に注目した研究が多く、皆さんそこに悩みを感じていました。しかし、最近は表情などの動的なものに対する研究が進んでいます。おそらく美に対する感覚が、静的なものから動的なものに変化しているのではないかと思うのです。

もうひとつは、その人らしさだと思います。表情をつくるというときに口角が上がっていれば笑顔というわけではなく、その人らしい表情や佇まいが、美しさにつながっていくのではないかと思います。仲谷先生はどのようにお考えですか?

仲谷 そうですね。スキンケアやメイクをすることは自分のためでもあると思うのですが、よくよく考えると、人と同じ空間を共有し関わる方の「会ってみたい」「触れてみたい」という感情を喚起するための機能も果たしていますよね。なので、内面的な美しさというのは、人を介して自分に戻ってくるようなもの。人と人の間にある「触れる」という感情を喚起するものだと思います。

スキンケアやメイク、表情や佇まいといった内面の美しさの表出は人と人の間にある「触れる」という感情を喚起する──。これは、オンライン会議が主となった現在も変わらない。

「流れ」が健康な感覚と肌を促す

加治屋 いま、ソーシャルディスタンスをとらなければならず、他者に触れることが難しい時代ですよね。一方、スキンケアとは、自分に触れる行為です。だからこそ、スキンケアの重要性は高まってきていると捉えています。「触れる」という行為が、血流にも影響を与えると思うんです。「触れる」ことの効果のひとつとして、副交感神経系が活性化することでリラックスできるという点がありますよね。毛細血管が拡張することで、肌がぽかぽかしてくる。逆に言えば、人はすごく緊張している段階では手が冷たくなりますよね。だからこそ、触れることで血流の流れがよくなり、肌が健やかになっていく感覚を得ることもできるのではないかと。

仲谷 そうですね、実は、触れたものが何かを知る手がかりはふたつしかないんです。ひとつは当たっているかどうか。もうひとつは、流れです。皮膚の上を指でなぞっているとき、そこではものが相対的に動いているわけですよね。その流れを感じることで、何かに触れ、こういうものだというのが判断できる。触れるだけでも温度などはわかるのですが、流れていかなければ触れる感覚の具体的な解釈は難しいんです。だからこそ、流れるというのは人間にとって本質的なものなのだと思います。それは触覚という意味でもそうですし、血流でもそうですし、リンパでもそうです。

加治屋 先ほども申し上げましたが、「Lifeblood Research™」は血管・血流を一時的ではなく恒常的に改善させることを重視しています。いまの仲谷先生の「流れ」に対する視座は、とても共感するものがありました。

仲谷 ものが流れ続けていくことが、人間の健康な感覚を促しており、かつひとつの情報の「指標」になっていると言えます。人間は、ずっと流れを感じ続けている必要があるのかもしれないですね。

[ SHISEIDO | Lifeblood Research™ ]