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勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか? 作者:黒井へいほ

第一章

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3-3 捕虜となる屈辱

 刃物を突き付けられ、数人に囲まれながら歩くこと一時間ほど。

 辿り着いた洞窟の奥。ふかふかの椅子へ座り、両手両足を拘束された状態で、俺は屈辱を味わわされていた。

 山賊たちが、口々に聞いてくる。


「水はいるか」

「必要ない」

「腹は減ってないな」

「大丈夫だ」

「用を足したいときは早く言えよ? おっと、だからと言って逃げられるなどと考えるんじゃねぇぞ!」

「くっ、分かっている」


 実際は機会があれば逃げ出したいところではあるが、常時二人の見張りがついている状況。逃げ出すことは難しいだろう。

 しかし、なぜ勇者様では無く自分を捕まえたのか。もちろん勇者様を捕まえてほしかったわけではないが、疑問ではある。

 分からない答えに頭を悩ませていると、山賊の一人が薄く笑った。


「おいなんだ、縄でも緩めてほしいのか? オレたちがそんな甘ちゃんに見えるか!?」

「いや、縄は問題無い。ただ気になっていることがある」

「ほう、内容次第では答えてやるぜ」

「どうして俺を捕まえたんだ?」


 山賊たちは顔を見合わせ、なんとも楽し気に笑い出した。室内に響き渡る笑い声。俺を捕まえたのも予定通りだった、という感じだ。


「無駄に高そうな装備をした嬢ちゃんと一緒だったが、オレたちの目は節穴じゃない。誤魔化されないぜ」

「……?」

「あいつは護衛だ! 見すぼらしい格好をしているお前のほうこそが、どこぞの坊ちゃんだろ! あんな猿みたいに飛び跳ねている女が、お嬢様のはずがないからな! 騙されるとでも思ったか!」

「……」


 なにやら多大な勘違いをしているようだが、僥倖とも言える。これならば、勇者様に危害を加えられることもない。俺は無言で俯いておいた。


 後は、俺がどうにか脱出できれば……。

 周囲を見回すも、室内には扉が一つ。窓は無し。石壁に囲まれており、壊せそうもない。

 やはり催したとでも伝えて拘束を緩めさせ、奇襲を仕掛けて脱出を試みるか? ……勝算は低そうだ。


 頭を悩ませていると、肩をトントンと叩かれる。不思議に思いつつ振り向くと――壁の中に、勇者様の顔があった。


「ひぎゃああああああああああああああああああああああああああ!」

「ど、どうした!? Gでも出たのか!?」

「落ち着け! オレたちゃ山賊だぞ! Gの一匹や二匹で狼狽えるな! だが、ムカデは勘弁な!」


 騒々しくなる室内。俺よりも慌てている一同を見て、すぐに冷静さを取り戻した。


 後方へ目を向け直すと、そこには頭を下げるように動く手の平。恐らく魔法かなにかで、壁を抜けたのだろう。俺にはできないが、勇者様にはできるに違いない。

 そういことで納得をして、小声で勇者様へ話しかけてみた。


「あの、どうやってここへ?」

「……ラックスさんが攫われたのに気付いて、助けに来たのよ。これでも勇者よ。甘く見ないで」

「ゆ、勇者様!」


 さすがは勇者様。猿と見紛う動きで飛び回っていたが、あれは相手を油断させるためだったのだ。自分が捕まるのを見逃したのも、恐らくは相手の本陣を探るためだったのだろう。

 その手腕に感動していると、なぜか勇者様がとても気まずそうな声で話しかけて来た。


「と、ともかく脱出の方法を考えないといけないわね。……ところで、妙に好待遇に思えるのだけれど、拷問とかは受けていないのよね?」

「拷問!? 捕虜への攻撃は禁じられています! もし傷でもつければ、賞金首となり、世界中で狙われますからね」

「わたし、この世界の常識がいまだに分からないわ……」


 国に目を付けられたくないから、ほどほどの悪事を働く。それが山賊稼業だと思うのだが、勇者様の常識では違うらしい。


「ちなみに、勇者様的な山賊とはどんな感じでしょうか?」

「そうね。まず人質は強姦」

「ひぇっ」

「身代金を要求し、渋ったら指とか耳を送り付ける」

「うひぃっ」

「最終的に金を手に入れた後は、人質をどこぞの変態金持ちに売りつけておしまい、って感じかしら」

「極悪じゃないですか……」


 勇者様の世界は平和で安全。特にニホンという国は、他よりも危険が少ないと聞いていたのだが……。平和で安全、という言葉の格が違いすぎる。

 そんな地獄の底から這いあがってきたような山賊が闊歩している世界とか、魔族に襲われているこちらのほうがマシだろう。恐ろしい。


 だが地獄のような世界から来た勇者様が、殺すことを躊躇うのは面白い。きっと優しすぎるのだろう。勇者に選ばれるのも当然だ。

 はぁー、勇者様しゅごい、と思いながらも逃げ方を話し合う。


「ということで、脱出はしたいのですが、なにか方法はありますか?」

「拘束を解いて、外へ引きずり出せばいいんじゃない?」

「……はい?」


 確認してみると、なんだかよく分からないが勇者様は魔法で石を操作し、通り抜けられるようにしているらしい。自分以外も連れて行けるとか。

 土を泥にするのと変わらないわよ、と言っていたが、さっぱり分からない。


 しかし、簡単に脱出できるのなら悪いことなどないな。槍も剣も、ただの支給品。新しく買い直せばいい。鎧も脱がされておらず、マジックバッグも鎧の中だ。


「では、機を窺って声をかけます。そうしたら、縄を切って、外へ連れ出していただけますか?」

「オッケー!」


 ちょうど混乱も収まりつつあるし、見張りは健在。恐らくだが、夜まで待つことになるだろう。

 捕虜という屈辱的な状況ではあるが「ゆっくり休んでいるように見えるけど」、その時まで少しでも体力を温存しておかねばならない。


 後、勇者様の言葉は無視した。自分がどれほど精神的に追い詰められているかなど、勇者様には分からないことなのだ。この屈辱は、同じ世界の人間にしか共感できない。

 俺は張り詰めていた神経を緩ませ、全身の力を抜い――。


「敵襲うううううううううううう!」


 ――たりすることはできなかった。

 いきなり、脱出の好機である。もしかしたら山賊たちは、前から目を付けられており、兵士に取り囲まれているのかもしれない。


「勇者様、勇者様」

「えぇ、分かってるわ。今のうちに脱出しましょう」


 俺に構っている暇などなくなった山賊たちが、室内から姿を消す。

 その間に勇者様が侵入し、縛っている縄へ剣を当てた。


「くそっ! なんてことだ! おい、人質!」

「うっひょい!」

「面白い声を出してる場合じゃねぇ! 今、拘束を解いてやるから、すぐに逃げやがれ! モンスターの襲撃だ!」

「モンスター!?」

「分かったらさっさと逃げろ! いいか、あっちに抜け穴がある。オレたちも時間を稼いだら使うから、塞いだりするなよ!」


 男は拘束を解いた後、急ぎ立ち去った。

 隠れていた勇者様が姿を見せる。困惑していることが顔で分かった。


「あの、どういうことかしら?」

「山賊たちも捕虜に死なれたら困りますからね。仕方なく逃がした、ということです。お言葉に甘えて、逃げさせてもらいましょう。剣と槍も回収できましたし、ついていましたね」


 勇者様の広げた穴に触れてみると、弾力があり不思議な感じがした。スライムなどに近いかもしれない。

 こんなことができるのなら、どんな場所でも侵入し放題。彼女が勇者でなければ、歴史に名を刻む大泥棒になっていたかもしれない。

 だがそれでも、きっと義賊だな。などと想像して笑っていると、肩を強く掴まれた。


「お、っと。どうしました、勇者様」

「……わたし、これからおかしなことを言うわ」


 おかしいことを言うと宣言されたのは、産まれ落ちてから初めてだ。

 一体どんな変態なことを話すのかとドギマギしていると、勇者様が言った。


「山賊たちが逃げる手伝いをしたいと思っているわ」

「分かりました」


 真っ当な話だった。そりゃ勇者様が変態な発言をするはずもないか。

 しかし、勇者様の話はなぜか続いている。


「えぇ、そりゃそうよね。わたしだって同じことを言われたら反対するだろうし、頭がおかしくなったのかと思うわ。……でもね、わたしは山賊が悪い人たちだと分かっていても、死ぬほど悪いとは思えない。いえ、違うわね。死ぬかもしれないのに、見ないフリはしたくないのよ!」

「では、どうしますか?」

「そりゃ勇者らしくできたことなんてないわ。これからも、勇者らしくなんてなれるか分からない。でも、それでも! わたしは……って、あれ?」


 熱く語っていた勇者様が一度止まり、首を傾げたまま聞いた。


「反対もしないし、手伝ってもくれるの?」

「もちろんです。自分は勇者様の仲間ですからね。それに、悪人でも助けたいと言えるのは、勇者の特権です」


 さすがは勇者様だと感心していたのだが、彼女はそんな俺を見て、安心したような顔で笑った。


「ありがとう、ラックスさん」

「礼などいりません。自分は勇者様の力になるため、共に旅立ったんですからね」

「それでも、よ。感謝の気持ちを忘れてしまったら、勇者どころか人としてダメになるわ」


 素晴らしいお言葉だ。

 俺は胸に手を当て、感動で涙を流しかけていた。


「胸にジーンときました。メモしてもよろしいですか!? 旅が終わったら、勇者様の物語を執筆して本で残すのは――」

「さぁ、行きましょう! 決して本に残されるのが恥ずかしいとかじゃないけれど、犠牲が出る前に向かうべきよ!」


 全くもってその通りである。本についての話は、また後ですればいいのだ。

 俺たちは武器を手に、本来は救うべきではない山賊を救うため、争いの音が響く方へ足を向けた。

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