エターナルトラベラー


 

第一話 【ゼロ魔編】

 
前書き
にじファンからの転載になります。
今後ともよろしくお願いします。
この作品には、オリ主チート成分、ハーレム要素が含まれます。
以上の事が了承できない方はブラウザバックをお勧めします。

この作品は多世界クロス作品になります。 

 
目が覚めると、俺は知らないところに寝かされていた。

見覚えのない場所だったので俺は立ち上がり、周囲を確認しようとして体が上手く動かない事に気が付いた。

立ち上がれないだけではない、首すら自分の意思では傾ける事が出来ない。

なんだ?

俺はもしかして全身麻痺の植物人間にでも成ってしまったのか?

俺はかなり焦って叫び声を上げようとした所で俺の視界の中に、見も知らない人間が現れた。

『アオちゃん。ご飯の時間ですよ』

恐らく俺に話しかけたのだろう。

視界に現れた女性が全くわからない言葉を紡いで俺を軽々抱き上げた。

ん?抱き上げた。

そしておもむろにたくし上げてあらわになった乳房に向けて俺の顔を近づけた。

なんだ?

赤ちゃんプレイ?

「ぁーっ」

ちょっと待って!と思って声を上げようとしたけれど、どうにも上手く喋れない。

『はい、アオちゃん。おっぱいですよ』

しかし女性はお構いなしとばかりに戸惑う俺の体を揺すり、おっぱいにしゃぶりつけと催促する。

此処まで来て漸く俺は思い至った。

これはもしや!オタクにのみ許された二次転生テンプレと言う奴では?





俺の名前は神咲蒼(かみさきあお)。

名前だけはかっこいいが悲しいかな、見目普通の両親の遺伝子を受け継いで、不細工ではないけれど、カッコイイとはいえない容姿の普通の日本人だ。

思えば女性に全く縁の無い人生だった。

中学二年の時に友達からアニメやライトノベルを進められたのが切欠で俺はそれらの多くの作品にどっぷりはまってしまった。

気づいた時にはオタクといわれる人種になっていた。

そしてそのまま成人して、中小企業に就職。

出勤し、仕事をして、締め切りに追われながら徹夜して、帰ってきては取り溜めたアニメを見たり、ライトノベルや漫画、時折ネットで二次小説などを読みふけり、就寝。

そんな毎日だ。

そんな生活だから当然彼女なんか居た事も無く、気が付いたら童貞のまま30歳の誕生日を迎えようとしていた。

「はは、このままじゃ魔法使いになってしまうかな…」

明日は30歳の誕生日だなと思いながら酒を煽って就寝したはずだった。

しかし今、俺はどう言う訳か記憶を持ったまま赤ちゃんになると言う二次創作におけるテンプレを目の当たりにしている。

だが、普通こういう場合の多くは道路に飛び出した可愛い女の子を救って変わりにトラックに轢かれたりして、神様が「ゴメン、間違えて殺してしまったから幾つか能力付加して転生させてあげるね。勿論移動先は選ばせてあげる」とかではないのか?

俺にはそう言ったやり取りをした記憶が全然ないのだが…

くっ、俺は最強オリ主では無いというのか!

とまあ、そんな事を考えながら視界に入った女性の姿を確認する。

目の前の俺の母親であろう女性、こういっては何だが前世?と言うか解らないが神咲蒼を生んでくれた母親と比べると天と地ほどの差があるくらいに美人だ。

彼女の遺伝子を引いているのなら父親が超不細工でもない限り俺の容姿も勝ち組の部類に入るだろう。

この辺は流石テンプレと言うところか。

後は此処がどう言った世界かという所だがこればかりは今は確かめようが無い。

むしろ普通に物語の世界ではなく現実に記憶をもったまま転生という可能性の方が高いような気がする。

まあ今はそんな事を考えても言葉すら喋れないのだから確認のしようが無い。

抱きかかえられて母親の乳首に誘導された俺は空腹を感じて目の前の母親の乳首に吸い付いたのだった。




そんなテンプレ転生から早3年。

俺はようやくこの世界の言葉をマスターした。

まだ舌足らずなところはあるが、まあ言葉は通じているし後数年もすれば違和感もなくなるだろう。

それからこの世界での俺の名前は『アイオリア・ド・オラン』と言うらしい。

ニックネームは『アオ』

奇しくも前世と同じ名前だ。

この名前で気づいた人も居ると思うが、此処は所謂ゼロ魔の世界と言う奴だった。

うん、気づいた時は驚きました。

何て言ったって両親が普通に魔法で俺をあやすんんだからね。

レビテーションを掛けられた時なんかビックリして大声で泣いてしまったよ。

ようやく一人で動き回れるようになって、夜こっそり窓から夜空を見上げると爛々と輝く月が2つあったのだから間違いないだろう。

しかも両親の話を盗み聞きしていると度々『トリステイン』とか『アルビオン』とか『ゲルマニア』とか、ゼロ魔で聞いたことの有る名前が出てきてたしね。

そして俺はトリステイン王国オラン伯爵領の次男という立ち居地らしい。

10歳上の兄が居ることを確認したので行く行くは俺はこの家を出て行かなければならない立場な訳だ。

しかし此処で注目すべき所は、そう。『貴族』だと言うところだ。

つまり俺ももテンプレの主人公よろしく魔法が使えると言うわけだ。

…まさか30歳まで童貞だと魔法使いになれると言うのがこう言う事だったとは思うまいて。

まさか、魔法の有る世界に転生させられるとはね!

だが!だけど!どうせならリリカルな世界が良かったですorz

俺は前世では魔砲少女に凄くはまっていたんだ。

あの魔法少女なのにビーム飛び交うガチバトルには胸が躍った。

だけど現実はゼロ魔!

くっ、俺は魔砲使いにはなれないと言うのか!?

さて、そんな事を考えてもしょうがない。

なんか知らないけれどもう一度生まれなおしてしまった俺。

先ず目標を決めよう。

なんだかんだで貴族と言う勝ち組にテンプレ転生したのだ、ならば少しの非日常(魔法は是非とも使ってみたい)と平穏無事な人生(貴族とかは描かれていないだけでドロドロしてそう)を送る事を目標にする事に決めた。

平穏無事を求めるならば原作厳守が望ましい。

下手に関わって死なないまでも大怪我などで体の一部を喪失とかしたくないし。

原作にあるアルビオンとの戦争になったら難癖つけて出兵拒否しよう。

戦争なんて死亡フラグ満載な所行きたくないです。

そんな葛藤の中、テンプレ主人公よろしく俺も両親に頼んで3歳と言う幼さで魔法の練習をはじめた。



魔法の教師は執事のセバさんが教えてくれている。

とはいえ、セバさんの教えはコモンから初歩的なドットスペルを教えてくれるだけだった。

魔法を習い始めてコモンを大方習得して漸く系統魔法の行使に移り、初歩的な系統魔法を使ってみたところ、俺の系統は風であるらしい。

この時には俺は魔法を習い始めてから初めて狂喜乱舞した。

風といったら雷に派生する系統。

つまり頑張ればサンダースマッシャーとか撃てる!と。

なのはは無理でもフェイトなら!

ゼロ魔の世界でも頑張ればリリカルな魔法の真似事が出来るかもしれないと光明が射した瞬間だった。

暫くすると、土のラインメイジであるセバさんから習う事は系統違いであるため殆どなくなってしまった。

さて困った。

こうなれば本を頼りに自力で勉強するしかないのだが、ここで文字を覚えていない事に気が付いた。

そう、本があっても読めないのだ。

言葉は何とか覚えた物の、文字については未修得だったのだ。

それから俺は、寝る間を惜しんでセバさんに今度は語学を教えてもらうことにした。

まあ、日本語と違い、基本の字体を覚えさえすれば、後は単語を覚えるだけなので、口語はマスターしていたから直ぐにマスター出来るかと思ったけれど。

どうやら俺の根底はやはり日本人のようで、文字の習得には一年の時間が掛かってしまった。

ミミズののたくったような文字は解読できませんて。

この一年、魔法の方はどうしていたかと言うと、精神力のアップに努めていました。

良くある負荷によるキャパシティアップが出来ないかと試してみたのだ。

術者の精神力が100だとして、それを使い切って0にする。

そして一晩ぐっすり寝るとまた100まで回復すると言うわけではないらしい。

魔法の発動回数から考えて、おおよそ20パーセントくらいだ。

全開まではおおよそ5~7日かかるようだ。

だが、これを回復した20パーセントをまたその日の内に0まで使い切ってやるとどうやら負荷による超回復で最大精神力と一日の回復する精神力が上がるようだ。

これは3ヶ月くらいの実証によって確信を得た。

まあ、毎日ぶっ倒れるまで魔法を使いまくる息子を両親は心配そうにしていたが、ここは無視しました。

効果があることが解った以上、精神力を増やさないと言う選択肢は俺にはありえないのだ。

そうした訓練のお陰で1年した俺の精神力は最初の最高値が100として1日の回復量が20%だったとしたら、今現在は最高値120、回復量が23%くらいだと思う。感覚的にはだけれどもね。

一年続けてもたいして上がってないとも思われるが、もしこのまま回復量が増加していくのであれば10年後には最大値の50%の回復量になるかもしれないのだ。

20と23には余り違いが感じられないが20と50ならその違いは比を見るより明らかだ。

それに精神力も上がるのであれば必然的に魔法の使用回数が増える。

…まあ10年とか、気の長い事この上ないのだけれどね。

さて文字も読めるようになったのでこっそり父上が昔使っていた魔法学院の教科書を拝借して魔法の練習をしている。

俺は今、マジックアローに風の魔法で雷を付加させて、なんちゃってフォトンランサーの練習中だ。

「フォトンランサー、ファイヤ」

雷を纏った魔法の矢を意地でジャベリンの形に変形(この辺りはイメージが物を言うらしい)させて10メートル先にある的目掛けて打ち出した。

ドゴォォォォン

着弾、そして爆発。

「うん。なかなかの威力だ」

着弾地点のクレーターを見て俺は言葉を洩らした。

魔法を習い始めてから苦節2年。

初めての模倣魔法が完成した瞬間だった。

…まあ、ルーンを唱えなければならないのがネックだが。

そうそう、ここで1つ重要な事が判明した。

此処はどうやら純粋なラノベのゼロ魔の世界では無いということだ。

ルーンを詠唱したり魔法を発動したりすると魔法陣が展開される。

ライン、トライアングルの定義はラノベ、アニメ(漫画は別系統を足せる数)だから、つまり漫画の世界も混じっていると言う事らしい。

何はともあれ、フォトンランサーが完成してからは少し習得のペースが上がった。

ブレイドに雷を纏わせて、その刃をやはり意思の力で振り下ろすと同時に射出して、なんちゃってアークセイバーを作ってみたり。

拘束の魔法で何ちゃってバインドを作って見たり。

エア・シールドの魔法で何ちゃってディフェンサーを作って見たり。

杖の先から極太のライトニング・クラウドを発射して何ちゃってサンダースマッシャーを打てた時は感動で精神力の切れるまで撃ち続けた。

魔法を使うのが楽しすぎていつの間にかラインに上がっていたことにも気づかなかったくらいだ。

だが此処に来て俺は大きな壁にぶつかってしまった。

そう、それはこの間の魔法の練習中にハイになって本格的に魔砲少女の真似事をしようとフライで飛びながらフォトンランサーを撃とうとした俺を誰が責める?

リリなののファンならば空中戦に憧れるでしょう?

そして俺はものの見事に落ちました。

運良く足元から着地出来たのと、高さが余り高くなかったのが幸いして両足の骨折だけで済んだけれど。両親にはかなり心配をかけてしまった。

高額な水の秘薬を頼んでもらわなければ、下手をしたら変な風に骨がくっついて一生歩けなくなったかもしれない。

くそう、ゼロ魔の魔法ではフライを使用中は他の魔法を使うことが出来ないということを失念していた。

これでは華麗な空中戦など夢のまた夢。

鬱だ。

その日から2ヶ月ほど、俺は魂の抜けたように部屋で一日ボーっとしている日々を過ごした。

「アイオリア、具合はもう良いの?」

骨折事態は既に完治しているのだが、今までの俺と違い全く外に出ようとしない事に心配した母が声をかけてきた。

「かーさま。体は大丈夫です」

「そ、そう?なんだか元気が無いみたいだけれど」

「少し魔法で」

俺は少し言いよどんだ。

「魔法?お母さんでよければ相談にのるけれど?」

優しい母の言葉に俺は少し間を置いてから話始めた。

「えと、その」

「うん」

「フライの魔法を使いながら、他の魔法を使うにはどうしたら良いのかなと思いまして」

そう打ち明けた俺の言葉に暫くして、母は答えた。

「うーん。もしかしてこの前アオが大怪我を負ったのはそれが原因?」

「はい」

「そっか」

その言葉に納得する母。

「フライで空をとびながら他の魔法をねぇ。それって、風竜とかに乗ったりして空を飛びながら自分は魔法を使うって事じゃダメなの?」

それじゃあダメなんだよ。俺がしたいのはあくまで自分自身による空中飛行による空中戦であって他の手を借りるような事じゃ意味がないんだ。

ん?待てよ。

自分自身では2つの魔法を一緒には使えない。

だけど、もしも何かのマジックアイテムで空を飛べるとしたら、もしかしたら行けるかもしれない。

それこそ地下水みたいなインテリジェンスな武器を杖にすれば地下水と自分とで二種類の魔法が同時に使用できないか?

型月の魔術師も言っていたではないか!

無ければ他から持って来ればいいと!

ん?今何か重大な単語が出てこなかったか?

えっと?

そう!そうだインテリジェンスだ!

リリなのにおける熱い相棒、インテリジェントデバイス。

何故気づかなかったんだ。

「かーさま。ありがとうございます!」

「え?アオ?」

行き成り大声を上げた俺をビックリしながら見つめる母を尻目に、俺は勢い良く部屋を飛び出した。

思い立ったが吉日。

俺は早速セバさんを護衛に付けて、町まで駆けていった。

そして武器屋を回ること3軒。

やはりインテリジェントな武器は珍しいのかどの武器屋も扱っては居なかった。

くそう、なんなんだ?武器屋の隅に偶々陳列していた喋る伝説の剣をゲットできるサイトが羨ましい。

この際王都までいってデルフを……いやまて、それはダメだ。

それは余りにも危険だ。

この前調べたところによると、テンプレよろしく俺もどうやら物語のヒロインであるルイズと同年代に生まれてしまったようだ。

ルイズは調べられなくても、王室の人間のデータは貴族故に直ぐに手に入れることが出来た。

それから計算してみたところ俺はルイズの1歳上と言うことらしい。

これが神様から能力を貰った最強オリ主なら空気も読まずに原作ブレイクに勤しむのだろうが、残念ながらそんなチート能力を貰ったわけではない俺としては死亡フラグ渦巻く物語の渦中にわざわざ関わる積もりは今の所無い。

大体物語りと言う物はオリジナルが一番上手く納まるようになっているはずだ。

わざわざ改変する事もあるまい。

…俺が居る事によるバタフライ効果までは責任は持てないけれど。

だがしかし、もはや近場の武器屋は総て回ってしまったしどうするか。

そうして街中をトボトボ歩いているとマジックアイテム屋が目に入った。

しかも真昼間だと言うのに店の中は薄暗く、見るからに怪しいいオーラをかもし出している。

マジックアイテムか。

うーむ、インテリジェンスソードも分類はマジックアイテムか?

もしかしたら武器ではなくても意思を持ったアイテムがあるかもしれない。

そう思って俺はその怪しい雰囲気が立ち込める店のドアを開いた。

チリンチリン

扉に備え付けられた呼び鈴代わりの鈴の音が響く。

雰囲気に呑まれたセバさんが俺を止めるのを押し切って俺は扉をくぐる。

ぐるりと店内を見渡すと秘薬類も陳列されているが、それ以上に怪しい商品の数々。

竜の鱗やツメ、グリフォンの尾羽、その他俺では判別の出来ない数々の商品。

「…いらっしゃい」

「ひぃ!」

突如店の奥からかけられた、ひしゃがれた声に俺は驚きの声を上げつつ振り返り、確認する。

するとそこには60歳ほどの老婆がカウンターに座ってこちらを見ていた。

とんがり帽子のローブを羽織りその姿は御伽噺に出てくる悪い魔女のような姿だ。

恐らくこの店の店主だろう。

「何かお探しかね?」

そう訊ねられて、俺は少しばかり気後れしながら答える。

「あ、えっと。その、インテリジェントなマジックアイテムが欲しいのですが」

そう答えた俺の言葉に少し怪訝な表情を浮かべつつ店主は答える。

「ふむ、インテリジェントのぅ。そんな物を欲しがるとは珍しい坊主だのぅ」

「やはり有りませんか…」

俺は諦めて踵を返そうとした所、店主から声が掛かる。

「有るぞ?」

その言葉に俺は勢い良く振り返る。

「え?今なんと?」

「有ると言ったんじゃ」

「ほ?本当ですか!?」

「ああ、ちょっと待っておれ」

そう言うと店主はカウンターの更に奥にある扉の奥に入って行った。

暫く店主が出てくるのを待っていると、扉の奥からなにやら手に平大の水晶のような物を2つ持って戻ってきた。

俺はその水晶を見てとって期待を込めて店主に尋ねた。

「それが?」

「ああ、知性を持った石じゃ」

そう言って俺の方に水晶を差し出す店主。

それを受け取り俺は水晶に話しかける。

「君達はインテリジェントアイテム?」

すると手に持った水晶から声が返される。

『はい、私達は確かに個としての意識を有しています』

と水晶の片方が答えた。

いったい何処に口があるのかわからないが声を発している間、水晶がピコピコ光った。

「君も喋れる?」

俺は今喋らなかったもう片方の水晶に向かって問いかけた。

『はい』

「おぉぉぉおぉお!」

遂に見つけたインテリジェントアイテム。

しかも宝石タイプに俺は興奮した。

だって喋る宝石って言ったらレイハさんみたいではないか!

そして俺は即決した。

「店主!これはいくらだろうか?」

「ほっほ、誰も喋る宝石なんて不気味がって買わんからの。倉庫の中でホコリをかぶっておった訳じゃし、今後も売れる事も無かろうて。エキュー金貨200で良いぞ?」

「買った!」

俺はこの薄暗い店内に入ることを躊躇い入り口の付近で待機していたセバさんに言ってこの水晶2つを購入した。

「ひっひ。毎度あり」

俺は歓喜に震えつつ屋敷に戻った。


屋敷に戻った俺は、護衛のセバさんと別れ、直ぐさま水晶を持ち、いつも魔法練習をしている裏庭に移動した。

そして俺は手に持った二つの水晶に話しかけた。

「それで、君達って意思が有る以外にどんな能力があるの?」

『私達は人の生命エネルギー、魔法使いにおける精神力を供給してもらう事による魔法の行使を目的として造られました』

「ま!?マジで?」

なんてドンピシャな!

『はい』

「そんな凄いマジックアイテムが何で倉庫でホコリなんてかぶっていたの!?」

『凄いですか?そんな事言われた事は無いのですが。
私達が死蔵されていたのは恐らく魔法使いなら誰でも自身で魔法を使うことが出来るので、わざわざ私達のような媒介を必要としない為だと思われます。
生みの親である製作者も私達を造っては見たもののその有用性が皆無なために二束三文であの店に売り払いましたし』

「何を言っているの!俺は君達みたいなマジックアイテムを探していたのだよ。正に理想にぴったりな能力だ」

『はあ…』

「精神力さえ供給すれば、魔法の発動を肩代わりしてもらえるんだよね?」

『はい』

「それは君達が発動している魔法と別に俺も自身で魔法が使えるってことであってる?」

『試した事はありませんが恐らくは』

「よっしゃ!それじゃ早速試してみたい。お願いできる?」

『何をすればよろしいでしょうか?』

「フライの魔法、使える?」

『はい、問題ありません。私を握ってもらえれば其処から精神力を頂いて魔法を行使できるはずです』

その言葉に俺は満足してうなずき、右手に二個の水晶を持ち左手に杖を装備した。

「それじゃフライの魔法をお願い」

『了解しました』

すると右手に持った水晶が2、3度点滅したかと思うとゆっくりと俺の体は宙に浮き上がった。

「すごい!しかも俺の思ったように飛べてるし」

『世界への働きかけは私がしていますが、それを制御するのは魔力供給者です』

「しかも、無詠唱で魔法を行使したよね?」

『私達はどちらかと言えば精霊に近い存在です。故にルーンや口語における世界への働きかけをしなくても意思を繋げるだけで大抵の魔法は行使できます』

これはもしかして凄い掘り出し物なのでは?

俺は地面から1メートルくらいのところに浮かびながら左手に持った杖を構える。

そう、これからが本番だ。

そしてルーンの詠唱し、魔法が完成する。

「フォトンランサー、ファイヤ」

そして放たれる無数の魔法。

俺の体は浮いたまま、ちゃんとフォトンランサーを発動できたのである。

「いぃぃぃぃいやったーーーーーー!」

俺はその事実に歓喜して雄たけびを上げた。

『どうかしたのですか!?』

俺の雄たけびに少々ビックリしたのか、水晶が問いかけてくる。

「いや、だってフライを行使しながら他の魔法が使えたんだよ?こんな凄いことは無いよ!」

『そうなのですか?』

「そうなんだよ。魔法使いは発動後維持の必要の無い魔法以外は二種類の魔法を同時に行使する事が出来ないんだよ」

『なるほど』

「だから、君達は凄いマジックアイテムなんだよ」

ひとしきり空中に浮かびながら魔法を発動して、精神力も残り少なくなってきたところで俺は地上に降りてきた。

「はあ、疲れた」

いや、まさかこんな凄いマジックアイテムがあんな怪しい店に眠っているとは。

それをゲットできた事にはブリミルに感謝しても良いかもしれない。

無論、無神論者な元日本人である上に、ブリミルは人であって神ではい。そんな彼に感謝なんてこの世界に生まれてこの方一度もした事無いけれど、今日くらいは感謝しても良いかもしれない。

「やっぱり凄いよ君達は。これからも魔法を使う時に俺に君達の力を貸して欲しいんだけどいいかな?」

『了解しました』

「それで、君達の名前は何ていうの?」

『私達に名前を有りません』

「そうなの?造った人は付けてくれなかった?」

『はい』

「ふむ。だったら俺が付けてもいい?」

『構いません』

さて、どうしようか。

手のひらにある金と銀に輝く水晶。

先ほどから俺と会話しているのが金色の水晶。

会話はしていないがあいづちを打つ様に点滅していた銀の水晶。

金と銀か。

「銀色の君がソル、金色の君がルナ」

『ルナ』

『ソル』

あ、銀色の方が店の時以来始めて喋った。

「気に入った?」

『はい』

答えるルナ。

ソルも点滅しているところを見ると気に入ってくれたようだった 
 

 
後書き
先ずはゼロ魔から始まります。その後いろいろな世界がクロスされていくので、中途半端に話しが終わってしまう事もありますがご了承くださいますようお願いしたします。 

 

第二話

それからしばらくはソル、ルナを右手に、杖を左手に持っての魔法練習に励んだ。

ルナは俺に合わせて魔法を発動してくれるのに対してソルは無口ながらも俺の意思を先読みしたかのように魔法を展開してくれる。

なんだかんだ言って、ソルも自身を使ってもらえることは嬉しいらしく、しばらく使わないで居ると拗ねてしまうのが困りものだ。

そして今、俺はすっかり俺の側に居ることが当たり前になりつつあるソルとルナを机に載せて、自室の机の上で羊皮紙を前に羽ペンにインクを染み込ませ、一生懸命昔の記憶を思い出している。

「うぅーん」

『どうかしましたか?』

俺の唸っている様子をいぶかしんだルナが話しかけてきた。

「うーーん。いや、今のままでも十分に役に立ってくれている君達だけど、俺は君達自身を杖として使うために購入したのだよ」

『はあ…』

ルナの気の無い返事を聞き流し俺は羊皮紙にペンを走らせる。

「やっぱり両手が塞がるのはネックだからね」

前世は同人などで自作本を出したりしていて絵にはそれなりに自信があるため割りと細かく自身の思い描く杖の設計図を完成させることが出来た。

『それは?まるで斧みたいですが、杖なのですが?』

ルナの発言で気づいたと思うが、ぶっちゃけまんまバルディッシュです。

「まあ、ね。
一応ブレイドによる直接戦闘も視野に入れているからこんな形状なんだよ。」

なんて、ぶっちゃけただの趣味ですとは言えませんね。

「ここ、この窪みに君達をはめ込んで杖として使えないかなと」

斧の付け根の部分を指差してルナに説明する。

『しかし、これはまたえらく精巧な形をしていますね。好く描けるものです』

「まあね。俺の数少ない取り得のようなものだよ」

絵を描くのは子供の頃から好きだったからね。

「だけど、これをどうやってつくろうか…。これだけ精巧な物を錬金で作り上げる力は俺には未だないし、かといってこの設計図を見ただけでこれを再現できる魔法使いの知り合いも居ないし…どうした物か」

俺が考えに耽っていると、救いの手はかなり近場からかけられた。

『あの、私達を造った方なら恐らく再現が可能かと思われます』

と、ルナが俺に話しかけてきた。

「マジ?」

『はい。恐らくは。店に売られるまでの道のりは記憶していますので、お会いになるなら案内は出来ると思うのですが…』

「何か問題でも有るの?」

『はい。あの造物主はかなり変わった性格と言いますか、かなり危ない思想の持ち主といいますか、かなり逝っちゃってる感じの人でして…』

「言葉は通じるんでしょう?ならこちらの態度しだいだよ」

『それと、これがかなり重要なことなのですが…』

「何?」

『えっと。彼はその、エルフなのです』

「へえ、そうなんだ」

『あの、驚かないんですか?』

「いや、驚いているけどね、そっか、エルフかぁ」

『あの、マスターはもしかして人間とエルフの確執を未だご存知無いのですか?』

「ううん。知っているよ。ハルケギニアの人間はエルフを恐れ、嫌っているって事は」

『なら何故動じないのですか?』

「それは俺が無神論者でブリミル教だの聖地だのはぶっちゃけどうでも良いと思って居るからね」

俺のその発言にルナは驚いて声が出ないようだ。

それはそうだ。俺の体は今だ5歳を少し過ぎたくらい。

普通の人間なら親の教えを絶対視したり、自身の考えなど持って居ないような年齢なのだから

「まあ、そんな事はどうでもいいよ。それよりもそのエルフの人の所に案内よろしくね」

『…了解しました』

ルナからの了解の返事をもらい、俺は出かける支度を済ませる。

そして俺はこっそり屋敷を抜け出した。

何でこっそり抜け出したかって?

そりゃ会いにいくのがエルフだからです。

俺自身はエルフに偏見を持っては居ないけれど、護衛についてくる大人達はそうは行かない。

恐らく一触即発の事態に陥る事請け合い。

そんな事態を回避するために一人屋敷を抜け出したのです。



フライの魔法で飛び続けること30分。

人気の無い山の方に向かって進んで行きます。

ソル、ルナに補助されたフライの魔法は、周りの風に干渉して風圧を減らしてくれるのでかなりの速度で飛翔する事が可能になっている。

眼下に目的地が見えてきたとのルナの言葉に俺は地上に降り立った。

オラン伯爵領の端の森の入り口にひっそりと立つ古屋。ルナによれば此処が目的地らしい。

「ここ?」

『はい』

それは見るからに怪しい古屋だった。

窓の類は一切無いのに、幾つ物の煙突が小屋のいたる所から突き出し、煙を噴出している。

俺はその光景に少しばかり気後れした物の、勇気を振り絞って扉をノックした。

「すみませーん」

しかし、中からの反応は無い。

俺はもう一度ノックし、さらに大きな声で問いかける。

「すみませーーーーん!」

「何か用か?小僧」

「ひっ!」

俺の掛け声に答えた言葉は俺の真後ろからだった事に俺は驚きの声を上げて振り返る。

するとそこにはローブを深くかぶり、手に麻袋を持った男性がこちらを見ている。

「何か用かと言ったのだが」

俺が驚いて何も答えられずにいた所、ローブの男から再度声がかけられた。

俺は慌てて取り造って話しかけた。

「あの、俺は、アイオリア・ド・オランと申します。此処には先日街で買い上げたマジックアイテムの製作者が居ると聞いて訊ねてきたのですが」

おそるおそる俺は相手を伺うように話しかけた。

「ふむ。しかし私はこの場所を誰にも教えた事は無いはずだが、どうやってたどり着いた」

「あの、人に聞いたのではなくて、彼女達に教えてもらってのです」

そう言って俺はソルとルナを手のひらに乗せ男に差し出すように見せた。

「それは、ほう。気まぐれに私が魔法屋に売ったインテリジェントスフィアか」

「はい。彼女達は此処までの道のりを覚えていたので教えてもらいました」

そう俺が説明すると、男は俺の横をすり抜けて、家の扉を開け、中に入っていった。

それを呆然と見送っていると、中に入った男から声をかけられた。

「何をしている?入りたまえ。私に用が会ってきたのだろう?」

「あ、はい。失礼します」

その言葉に従い俺は中に入る。

中に入るとそこはソル、ルナを購入した魔法屋が可愛く見えるほどのカオスッぷりだった。

あたり一面見渡す限りところ狭しと積み上げられた何に使うものか解らないマジックアイテムの数々、この世界では珍しい製本された魔法書や、幻獣の物としか思えないような角やツメ、鱗など。八割以上が判別する事すら出来ないが貴重な物品が辺りを埋め尽くす勢いで乱雑に置かれている。

俺はそれを踏まないように気をつけながら男の下まで歩いていった。

「まあ、座りたまえ」

そして俺は差し出されたイスに腰掛ける。

男は自分の定位置であろう部屋の隅に備え付けられた机に麻袋を置き、手前のイスに腰掛けこちらを向いた。

「それで?どのような用件でこんな人気の無い山奥まで来たのだ?」

男は未だフードをかぶったまま、俺に来訪の用件を聞いてきた。

「はい。貴方の作った彼女達マジックスフィアを杖として加工したいのですが、私の望むレベルの加工技術を持っている人間は今のハルケギニアを探しても居らず、藁をも掴む思いで貴方を訪ねてきたのです」

少々誇張して事の顛末を説明する。

「ほお。それはかなり私を高く買っているのだな坊主」

「それは当たり前です。今の世界にインテリジェンスアイテムを製作出来る人物が2人と居るとは思いませんから」

「ふむ、そうか。しかし坊主は本当に見た目道理の年齢なのか?その年齢にしては自分の意思をしっかり持っていて、大人と話している錯覚を覚える」

「それは…」

「答えられないか。まあいい。それで?その造って欲しい杖とやらの概要か設計図のような物はあるのか?」

そう問われ俺は設計図を渡す。

手渡された羊皮紙に目を通すフードの男。

「ふむ。これはなかなか面白い。確かにこれを造れるのは自慢じゃないがハルケギニアでは私くらいのものだろう」

「造れるんですか!?」

「ああ」

「本当に?」

「もちろんだ」

男のその言葉に俺は感動に震えた。

「だが、造ってやるとは言っていない」

感動に震えていた俺を正気に戻したのはそんな言葉だった。

「えっと、あの。お金なら払いますから」

「私は余りお金と言う物に執着はしていない」

「えっと…なら」

「私は知識に飢えている。私はこの世の総ての事が知りたいのだよ。だから多くのことを研究し、実験を繰り返している」

「はあ…」

「非人道的な実験も躊躇わずに行って来たせいで国を追い出されたくらいだ。
だが、そんなことでは私の知的欲求は収まってはくれない。」

「えっと。つまりなにを…」

俺の言葉に唇を吊り上げて笑う男。

「君が私の知的欲求に叶う知識を教えてくれるのなら喜んで引き受けよう」

…この人はかなりヤバイ人物なのかもしれない。総ての知識が手に入るなら悪魔とでも取引しそうだ。メフィストみたいに…

だけど、この人を味方に付けられればこれから先多くの物を得られる予感がある。

此処で断られるわけにはいかない。

俺は前世、地球での知識で思いつく限りの事を男に話した。



「ほお、つまりこの世界は平らではなく球形で太陽がハルケギニアを回っているのではなく。このハルケギニアを含む星という球形が太陽の周りを自身も回転しながら回っていると?」

「はい」

多くのファンタジー世界よろしくこの世界も天動説が主流…いやそもそも地動説があるわけも無く、俺の語った事はかなり知的好奇心を刺激されたようだった。

「なるほど、しかしこの大地が丸いとしたら反対側の人は落っこちてしまうのではないか?」

「それは、星には引く力、引力と言う物がありまして」

と、今度は引力の説明。

「なるほど、月の満ち欠けと潮の満ち引きにそんな関係が有ったとは」

しきりに頷いている男。

ひとしきり話した後、俺は切り出す。

「それで、あの…」

「あ、ああ。なぜお前がそんな知識が有るのか気になるが、今は良いだろう。この仕事を引き受ければまだまだ君から面白い話が聞けそうだ。良かろう、造ってやろう。その代わり時々此処に来て私の話し相手になってくれ。
お前の語る話は実に興味深い」

「はあ…」

「そうと決まれば早速その杖の概要をお前の口から説明してくれ。この設計図はかなりの出来だがどういう意図が込められているのか興味がある」

そして俺は杖の概要を説明するのだった。

しばらくすると俺の話から今度は設計図を見ながらなにやら一人の世界に入ってしまったらしく、一人ぶつぶつ言いながら何かを羊皮紙に書きなぐっている。

「メインフレームの金属はこの前偶然開発したミース・リ・ルーギンで魔法増幅効果を付けたして…ブツブツ…」

「あのー」

ダメだ完全に聞こえていない。

しかも今ミスリル銀とか言わなかったか?

良くファンタジーにある魔法増幅効果のある魔法石だろうか?

マジで?

「此処の穴はなんの為に開いているんだ?」

自分の世界に入っていると思ったら突然話しかけられた。

「あ、えっと。それは余剰魔力を排出させるついでに固定化させてフィンのようなブレイドが生成できないかなっと」

「ふむ。それは何か意味があるのか?」

「あ、いえ。見た目…です」

だって、首の付け根部分から生えてるフィンってカッコイイじゃないか!

出来る物なら再現したかったんだよ!

設計図は俺の願望で描かれていて実現可能かどうかは考えてない。

「見た目。ははははは!お前は最高だな!最高に馬鹿だ」

笑われてしまった。

「ふむ、だがそうか…この前の魔力固定化の実験の応用で何とかなるかもしれない。アレをこうして…」

え?マジで!?

何とかなるの!?

…もしかしてこの人はいわゆるバグキャラなのか?

そしてなおも勢い良く書きなぐっていく男、時折頭を掻き毟っているが、その反動でフードが落ちてその顔があらわになる。

慌ててフードを被りなおしこちらをむく。

「見たか?」

「はい」

「驚かないのか?」

「ルナ達に聞いていましたから。それに俺自身はエルフだからといっても必要以上に怖がる必要は無いと思っています」

「そうなのか?」

「はい。それに俺は無神論者なので、ブリミルだの聖地だの何ていうのはどうでも良いんです」

「ほお、邪教徒と言う訳でもないのだろう?面白い、実に君は面白いな」

そう言って男はフードを降ろした。

年齢は人間でいう50歳ほどの初老の男性。

しかしそこはエルフ、長い時間を生きてきた貫禄を感じさせる。

「周りはブリミル教徒ばかりなので、祈りの言葉などは口にはしますが、そもそも神でもないただの人間を信仰するのもどうかと思うので」

「そうか」

「そんな事よりも、貴方の名前をまだ伺っていないのですが」

俺の切り返しに少しあっけに取られたような表情をしてから答える。

「そうだな。ドクター。ドクターと呼べ」

本名は教えてくれる気は無いらしい。

「解りましたドクター。それで杖はどのくらいで完成しそうですか?」

「ふむ。おおよそ二年と言った所か」

「二年!?」

その言葉に俺は仰天する。

「ああ。まずこの基礎フレームに使う金属、ミース・リ・ルーギンを必要量生成するのに1年。更にそれを加工するのに1年かかる」

「そんなに?もう少し短く成りませんか?」

「ふむ。他の金属を使えば3ヶ月くらいで出来るかもしれないが、それだとこのフィン部分の再現が不可能になるぞ?私としてはこんな面白そうな物の作成に妥協するつもりは全く無いのでな。気に入らんのなら他の奴を当たってくれ」

そう言われて俺は、

「…お願いします」

と、頭を下げていた。

だって、この人でしかフィンの再現は不可能っぽいし、この人以上の技術者が居るとは思えないから仕方ない。

「そうか。なら坊主。お前はこれから時間のあるときは俺の古屋まで来い」

「はぁ……はあ!?」

「先ほども言っただろう?私の話し相手になって欲しいと。じゃ無かったらこの話は無しだ」

「くっ…解りました」

こうして俺は暇を見つけてはドクターの古屋に通う日々が幕開けした。

それから一年。俺は魔法の修行をしながらもドクターの古屋を訪れる毎日を送っている。

6歳現在、俺の最高精神量は160、回復量は29%と言った所だ。

そして今、俺はドクターの古屋を訪れてドクターの古屋の掃除をしている。

この一年で俺はすっかりドクターの小間使いの立場となってしまっていた。

ドクター以外に杖…この際デバイスと呼ぶが、それを完成させる事ができる者が居ないので、ドクターの頼みごとを断るわけにも行かず、今日も俺はドクターに言いつけられた掃除に精を出していた。

しかし、片付けても片付けても一向に物品が減っていないように感じるのはどう言ったことだろうか。

片付け始めて既に三日。しかし未だ先は見えず…はぁ。

などと思っていた所、俺は何か円柱のビンのような物を踏んで転んでしまった。

ドシンッ

「いった!?」

『大丈夫ですか?』

「あ、ああ。大丈夫だよルナ」

俺は机の上に置いておいたルナに向けて返答する。

そして俺を転ばしてくれた物体を睨みつけるように確認する。

「いったい何が…」

俺はそれを確認して言葉を呑んだ。

『どうかしたのですか?』

ルナの問いかけに俺は答えない。

何故なら俺はそれを見て思考が停止していたからだ。

ようやくの事で思考を再起動させて改めて目の前のビンを見つめる。

ビンの中に入っているのは保護溶液に入った一対の眼。

それだけを言えばただグロいだけで此処までビックリはしなかっただろう。

しかし俺は今、盛大に驚愕している。

なぜならその眼球には勾玉模様が2つずつ浮かんでいたのだから。

写輪眼。

そう、NARUTOと言う漫画の中で主人公のライバルキャラが持っている特殊な瞳。

何でこんな物が?

その時奥の扉を開けてドクターがこちらの部屋に入ってきた。

「どうしたんだ?何やら大きな物音がしたが…ん?それは悪魔の瞳か」

俺がまじまじと見ている事に気づいたドクターがそれを確認して声をかけてきた。

「悪魔の瞳?」

「便宜上私はそう呼んでいるだけで、実際はどういった物か解らないのだよ」

「あの。これどうしたんですか!?」

俺の剣幕に若干押されながらも答えるドクター。

「それは昔私が国を追われてサハラを横断して此方に来るときにサハラで拾った物だよ。もう一組拾って開封して研究してみたのだがさっぱり解らなかった為、そのままもう片方は放置していたのだが、そんな所にあったのか」

サハラか…

確かサハラにはブリミルがガンダールブの武器になる物を召喚するゲートが今でも開かれていて、たまに場違いの工芸品といった武器がこの世界に紛れ込んでくるんだったか?

まあ…これも武器…なのか?

しかしこれは…明らかに漫画の世界の産物。

これはどういう事だろう。

俺の思考が深みに嵌りそうになっているとドクターからの声でわれに返った。

「ふむ。私にはこれが何か解らないのだが、君には解るのかね?」

ドクターのその質問に俺は若干放心しながら返答する。

「あ、ああ。これは写輪眼。物事を見抜く瞳だ」

本当は忍者における体術・幻術・忍術を見抜きコピーする瞳だ。

「ふむ。しかしそれはどうやって使うのかね?」

そんなの決まっているじゃないか!

て、ああそうか。知ってるわけ無いか。

「それは自分の目に移植して使う物です」

「なるほど…その考えは無かった。何かの生物の眼だとは思っていたがまさか人に移植する物だったとは。しかし残念だな、どうやらそれは子供の瞳みたいだから私にはあわないだろう」

そうなのだ。

この眼球は成人した人間のよりも一回りほど小さいのだ。

いやまあ、俺は生のくり貫かれた眼球なんて見たことはないけれど、ドクターの瞳と比べてみてもやはり一回り小さいと思う。

つまりドクターが言うように子供からくり貫かれたものなのだろう。

これはアレか?

マダラがうちはの眼を幾つも保存していた描写が確か漫画であったような気がするから其処からゲートを通じて流れてきた…とか?

て、ことは最低でもこの世界の他にNARUTOの世界が存在していると言う事か?

「…ぃ…おい、聞いているのか?」

と、俺が自分の世界に入っていた所ドクターは俺に話しかけていたらしい。

「へ?あ、はい」

「そうか?今の『はい』は、了承したと言うことだな?」

「へ?いったい何を?」

「今言ったではないか、お前にこの眼球を移植すると」

は?

いやいやいや。

まて、それは無い。

眼球を移植?

「って?そんな技術がハルケギニアにあるわけが無いでしょう!?」

「いや、私は出来る。昔人体の解剖やら動物実験のやり過ぎで国を終われたのだよ私は」

なんだってー!?

国を追われた理由がそんな事だったなんて聞いてませんでしたよ!?

「いやいやいや、待ってください。だから何で移植なんてする方向に話が行っているのですか?」

「それは私の知的欲求を満たすためだ」

そうだった。この人はそういう人だった!

「ちょちょちょ!ちょっとまって!」

「待たん!」

そう言ってドクターは左手でビンを持ち、もう反対側の手で俺の腕を握り強引に奥の部屋、ドクターの研究室に連行される。

だめだ、こうなってはドクターは止められない。

それはこの一年だ学んだことだ。

暴走したドクターは力ずくでも止められない。

もはや眼が逝ってしまっている。

魔法で抵抗しようにもここ辺り一帯の精霊と契約を結んでいるドクターと真っ向から立ち向かっても負けること必至。

マズイ!

眼球移植からは抜けられそうに無い!

ならせめて…

「あの!ドクター。片目!片目だけで!両目は勘弁!」

くっ!片目を失う危険性は消えないが両目をくり貫かれて失明することだけは回避しなくては!

「そうだな。一気に両目を移植して万が一失敗しては元も個もないからな。良いだろう」

そうして俺は引きずられながらソルとルナの方を助けを求めるように見やる。

しかし2人は沈黙を保ったまま何も反応しない。

どうやら見捨てられたようだ。

そして扉をくぐり研究室に入り扉が閉められる。

ァーーーーーーーーッ

俺が覚えているのは此処までだった。

何故なら水の秘薬で眠らされたから。

どうやら麻酔薬のような物を使用してくれたようだ。

意識のあったまま移植とか…考えるだけで恐ろしい。



眼が覚めると左目に包帯が巻かれていた。

どうやら手術は終わったようだ。

成功…したのだろうか…

「起きたかね」

「っ…ここは?」

そして俺は視界に入った天井を見つめ。

「知らない天井だ…」

「何を言っているのかね?」

いやだってこういったシチュエーションだったら言うでしょ?オタクなら!

余り使う機会のないあの名台詞を!

「まあ、君の奇妙な発言は今に始まったことではないな。
さて、どうかね左目の調子は?」

そう聞かれて俺は起き上がって左目に巻かれている包帯に触れた。

「水の秘薬をもちいて傷は既に塞がっている。包帯をはずしても問題ないはずだが」

その言葉を聞いて俺は巻かれたいた包帯をはずした。

そしてゆっくり左目を開く。

開いた俺の左目はちゃんと景色を写している事に俺は心底安堵した。

「どうだ?見えるか?」

そう言いながら確かめようと近づいてくるドクター。

「はい」

「そうか。…しかしこれはどういったことだ?眼の色は愚か眼球の模様まで消えているが?」

「え?」

その言葉と同時にドクターから差し出された手鏡を受け取り俺は自分の左目を確認する。

するとそこにあったのは日本人として見慣れた黒い瞳だった。

碧眼である俺の右目と日本人特有の黒い左目。

オッドアイとはいえるかも知れないけれど少し不恰好だ。

移植前の写輪眼が勾玉模様と真っ赤な虹彩をしていた所と比べればその違いははっきりわかる。

どういう訳か移植したことで待機状態に移行したようだ。

「それで?それは大丈夫なのかね?」

ドクターが俺に確認してくる。

「あ、はい。恐らく待機状態になっただけだと思いますから」

「ふむ。そうか、では発動は出来るのかね?」

そう言われて俺は実際どうなんだろう?と思っていた。

まあ、とりあえずどうやって発動すれば解らないので取り合えず叫んでみた。

「写輪眼!」

「…………」

「…………」

沈黙が痛い。

何の反応も示さないドクター。

俺は恐る恐る手鏡を覗いてみた。

するとそこには叫ぶ前と何一つ変わらない黒い瞳。

………失敗したらしい。

まてまて、今のは恐らくやり方を間違えただけだ。

叫ぶだけで発動できるわけ無いよね。

て事は発動するのに必要なプロセス、またはエネルギーが要る訳で。

俺は魔法を発動させる時に杖に送る精神力の要領で、瞳に精神力を流し込むイメージを構築する。

そして。

「写輪眼!」

すると今度は瞳が赤く染まり、勾玉模様が2つ浮かび上がった。

「おお!」

成功した事に感嘆の声を上げるドクター。

しかし俺はそれどころではない。

どんどん精神力が削られていっているのだ。

堪らなくなり、俺は精神力の供給をカットする。

「ぜはーっぜはーっ」

肩で息をする俺。

「どうかしたかね?」

「あの、これは物凄く精神力を消費するようです」

「なるほど、強大な力には其れなりの代償が必要と言う事か」

と、一人納得しているドクターを横目に俺は再度意識を手放した。



しばらくして俺が気を取り直すと、既に夕方になっていた。

「起きたか」

「あの?」

俺はどうして寝ていたのかをドクターに問うた。

「ああ、精神力の使いすぎで気絶したのだよ。全く、これからと言う時に気絶してしまって、しかももう夕方だ。帰らねば親御さんが心配するだろう」

「そうですね」

それを聞いて俺は急いで屋敷に帰ろうと身支度を整える。

「待ちたまえ」

そこに声をかけてきたドクター。

「何ですか?」

「ああ。これを渡して置こう」

そう言って渡されたのは1つの小瓶。

「これは?」

「私が開発したフェイスチェンジを行使できる魔法薬だ。その瞳の色では色々問題があろう?」

そういえば失念していたが、今の俺は左目が黒い状態なのか。

…というかもう二度と元には戻らないのだろうけれど、写輪眼が使えるようになった代償だと思えば安い物…なのか?

そして俺はドクターから小瓶を受け取り左目に数滴振り掛ける。

すると見る見る内に瞳の色が黒から碧に変色した。

「ありがとうございますドクター」

「なに。面白い物を見せてもらったし、初めて生きた人間の眼球を移植すると言う快挙を打ち立てたのだ、私は今気分が良い。気にしなくてもいいよ」

ちょっとまて。

今初めてと言ったか?

初めてなのにあんなに自信満々に移植手術をしたと言うのか。

しかも成功させている辺りこのドクターは侮れない。

やはりこの人はバグキャラなのだろうか?

俺は高揚しているドクターに刺激を与えないようにその日は古屋を後にした。




さて、経緯はどうあれ写輪眼を手に入れてしまった俺。

ついにおれにもチート主人公特性がついてきた!これで勝つる!






なんて思っていた時期も在りました。

写輪眼を手に入れてからしばらくの間、俺はその能力の把握に努めていた。

そして解った事が幾つか。

写輪眼発動にもちいる精神力はおよそ一分毎に10といった具合だ。

俺の今の精神力が160。

精神力がフルで溜まっている状態で16分しか使えない。

燃費の悪い事この上ない。

更にそれとは別に魔法を使用するとどんどん使用できる時間が減っていく。

魔法も精神力を使用しているのだから当たり前だ。

今の俺だと魔法を併用しての持続時間はおよそ7分と言ったところか。

しかしそれは精神力が最大に回復している状態でだ。

俺は普段精神力を使い切っていて、一日の回復量はおよそ29%。

つまり一日に使える精神力はおよそ50。

写輪眼を使うだけで5分後には精神力切れでぶっ倒れる。

これに魔法使用を考えると2分を切る。

更にこの写輪眼に困った事が1つ。

父上が魔法使っているところを後ろからこっそり写輪眼でコピーしようと父上に魔法を見せてくれとねだってみたのです。

確かに一度見ただけで相手の魔法の術式を看破できました。

だけどぶっちゃけコピーは出来ませんでした。

いえ、コピー出来ないのではなくて使えないのです。

俺の系統は風なのですが、これは母親譲りで、父親は土のライン。

と言う事は土の魔法であるゴーレムなどを作れるわけですが、コピーしたところで系統違いの俺には使えませんでした。

つまり。

現状この左目の写輪眼はちょっと動体視力のいい眼でしかない状態です。

全く使えねぇぇぇぇ!

失明の危険まで犯して手に入れたのに!

…鬱だ。

それからまた俺は二ヶ月ほどダウナーな生活をおくり、最近ドクターの所に行っていない事を思い出してドクターの所に向かうと、連絡すら寄越さなかった俺にキレたドクターに馬車馬のごとく使い走りにされている内にどうにかダウナー状態から回復するのだった 

 

第三話

あれから一年後。

俺は7歳になっていた。

そしてついにアレの完成の日を迎えた。

「ふむ。完成だ」

ドクターの古屋を 訪れていた俺の耳に聞こえてきたドクターの言葉。

それは二年間今か今かと待ちに待った言葉だった。

「ドクター!?」

俺はドクターに問い詰める。

「そう急かすな」

そうは言われても俺は期待で胸がドキドキしている。

「ほれ」

と、手渡されたてのは小指の先ほどの大きさの水晶の珠。

それはソルとルナに似た水晶だったが大きさが違った。

ソルとルナは手の平大の大きさだ。

しかしこれは小指の先ほど。

「これは?」

ドクターに質問する。

「待機状態だ」

「へ?」

『分かりませんか?』

金色の水晶が俺に話しかけてきた。

「え?ルナ?」

『はい』

「じゃあ、こっちはソル?」

すると何度か点滅する銀の水晶。

「お主の設計図に描いてあっただろう?これを再現するのは骨が折れたぞ」

なんと!?

「風の精霊の力を借りて、その質量を変化させている。変化そのものはルナ達が出来るから、私が居なくてもその状態から元の杖の状態、更にまたその水晶の状態へと戻せるだろう」

おおお!

さすがドクター。

不可能を可能にするバグキャラ!

「ほれ、待機状態から杖に戻してみろ」

「了解しました」

よし!気合は十分。

いきます!

「ゴールドルナ、シルバーソル。セーーーートアーーープ!」

『へ?え?何ですか?その掛け声は!?』

『スタンバイレディ・セットアップ』

するとシルバーソルの宝石を核に質量が変化する。

そして現れる斧を模した魔法杖。

ぶっちゃけバルディッシュなんだけどね!

おれはソルを握り締め感動に打ち震えていた。

『え?もしかして今のはトランスの命令だったのですか!?』

普通はそうだよね。

というかソル!

君は何ゆえ完璧な対応を!?

教えた事は無かったはずだが……謎だ。

「成功だ」

ドクターも満足そうに呟いた。

「凄い!さすがですドクター!」

「当然だとも」

凄い再現率です。

良い仕事をしてます、ドクター。

「それからソル、ルナとも自身の体で在る杖の形状操作は勿論の事、魔法へのアプローチのラインも一本から二本に増やしてある」

「はい?」

「つまり、ソル、ルナとも二つの魔法を同時行使可能だ。君自身の分も加えれば理論上三つの魔法を行使可能だ」

「マジで!?」

「ウソを吐いてどうする。まあ、今の所これが私の限界と言ったところか。とはいってもこれを抜くのは後1000年は出来ないような杖だと自負している」

同時行使魔法が3つ。

これは凄い!

「ドクター!俺魔法の試し撃ちしてきます」

そう言って俺はドクターの古屋を飛び出した。

「待ちたまえ、それは良いがお主、未だ杖との契約をしていないのではないか?」

ドクターが何か言っていたような気がしたが、俺は既に聞こえていなかった。


古屋を飛び出した俺はソルを握り締めて命令する。

ルナは期を逸してしまっていて待機状態のままだ。

「ソル、飛ぶよ」

『フライ』

俺の手から精神力が吸われる感覚と同時に俺の体が宙に浮かんだ。

「フォトンランサー」

『フォトンランサー』

「ファイヤ」

虚空に打ち出す無数の魔法の矢。

『サイズフォルム』

杖の先端にある斧の部分がスライドし、其処から雷を宿したブレイドの魔法が現れる。

「アークセイバー(偽)」

ソルを一振りして刃を飛ばす。

飛んでいった刃は森に生えている木を二本程切り倒した。

「凄い。今までの杖で使っていた時よりも威力命中とも上がっている」

それにソルを通して周囲の精霊に力を貸してもらっているので、消費する精神力が今までの半分以下だ。

それから俺は暫くの間、空を縦横無尽に駆け回り、魔法を乱射していた。

すると。

『マスター、あちらの方から煙が上がっています』

ソルよ、何時の間に俺をマスターと呼ぶようになったんだ?

というか此処はサーと言うべき所じゃないか?

それはさて置き、俺はソルに言われた方向に視線を向けた。

すると眼に入ってくる黒煙。

それから何かが焦げる匂い。

「あっちの方向って…」

『ド・オランの城下町の方向ですね』

ルナが答える。

「何が起こったんだろう…」

嫌な感じだ…

嫌な予感がした俺は街の方へ進路を変え飛んでいく。

すると見えてくるのは焼け焦げた街の光景。

逃げ惑う人々。

「何だこれ!」

いったい何が起こったと言うのだ?

俺は未だ火の気が残る街に降り立つ。

辺りを見渡すと破壊され尽した町並みに、火災から逃げると言うよりは、それより大きな恐怖から逃げるように走り去る人々。

人々が逃げてきた先を見やると、其処にはゆうに五メートルを越すトロールが姿を現した。

どうやらあれが街を破壊し尽くした原因らしい。

こちらに迫ってくるトロール。

しかし、俺は初めて見たモンスターに驚き、体が動かずにいた。

すると目の前に、逃げ遅れたのか6歳程の金髪の女の子がトロールに驚き、腰を抜かししゃがみ込んでいる。

すると、トロールは手に持っていた大棍棒を振り上げ、少女を叩き潰すべく振り下ろした。

叩きつけられる大棍棒。

少女はどうにか体をひねって直撃だけはかわしたが、叩きつけられた大棍棒で抉れた石つぶてを全身に浴び吹き飛んだ。

『マスター!大丈夫ですか!?』

俺の反応が無かった事を心配したソルの声に俺はようやく正気に戻った。

目の前では吹き飛んだ少女に追い討ちをかけるべくトロールが少女の近づいて行き、今正に少女の止めを刺すべく振りかぶった。

マズイ!

このままでは少女の命が危ない。

俺は意を決してソルを構える。

「ソル!」

『サイズフォルム』

俺の意思を組んで魔法を発動してくれるそる。

こういう時、冷静に対処してくれる相棒が居る事がこんなに頼もしい事だとは思いもしなかった。

俺はソルを振りかぶり、トロールに狙いを定めて振り下ろした。

「アークセイバー」

そして飛び掛っていく魔法の刃。

刃はトロールの振りかぶった腕を切断、斬り飛ばした。

辺り一面におびただしく飛び散るトロールの血液。

俺はそれを見て、自分で仕出かしたことに気が付き、気づいたら盛大に吐いていた。

俺は前世は日本人でこういった非日常的な事なども理論経験した事など無かったし、生まれ変わってからも貴族であった為にこういった誰かを傷つけると言った事をした事など無かった。

それなのに幾ら少女を助ける為とはいえ俺は今、命を奪う為にその魔法を使ったのだ。

理性ではそれを肯定していても、精神がそれに慣れていないのだ。

故に嘔吐感に耐え切れず、胃の中にある物を戻してしまった。

『マスター』

心配そうに声をかけてくるソル。

「すまない、大丈夫だ」

『浄化の風よ』

ソルのその言葉によって発現した魔法によって俺は汚れていた不純物を清められた。

浄化の風。

文字道理、不純物を浄化する魔法。

その効果は身についたありとあらゆる汚れに対して有効で、この魔法を行使すると風呂に入る必要すらないほどに清潔が保たれる、かなり便利だが、実生活においては余り役に立たない魔法である。

それはさて置き、腕を切り飛ばしたトロールを見ると腕を無くしたショックから立ち直り斬り飛ばされた腕から持っていた大棍棒を持ち直し、攻撃したであろう俺を認めると、雄たけびを上げ大股で走りよって来る。

『マスター』

「サンダースマッシャー、いける?」

『勿論です』

俺は術式をソルに任せデバイスを握りなおす。

そして。

「サンダーーー、スマッシャーーー」

今の俺に出来る最大の攻撃呪文。

極大のライトニングクラウドを杖の先から走り寄ってくるトロールに向けて撃ち放った。

直撃して焼け焦げながら感電するトロール。

暫くして魔法の発動を終え、トロールを確認すると未だその場で立ち往生しているトロール。

「マズイな、今のでごっそり精神力を消費したし、これで倒れてくれないと…」

今の規模での魔法をもう一度放てと言われても精神力が足りなくて恐らく発動しないだろう。

此処に来る前にハイになって魔法を乱射していたのが悔やまれる。

ドォォォォン

重そうな音を立てて地面に倒れ落ちるトロール。

「やった…のか?」

『そのようですね』

「そうか」

俺は初めて知性ある生き物を殺してしまったと言う罪悪感に囚われ立ちすくんでいると、ソルから声をかけられた。

『それより、あの子供はどうするのですか?』

「そうだった」

それを聞いた俺はすぐさま少女に駆け寄り、容態を確認する。

「うっ…」

確認した少女の容態は芳しくなかった。

全身打撲にすり傷。

一番酷いのは右目。

石つぶてに当てられたか眼球から血を流している。

これはもしかすると失明は免れないかもしれない。

そうでなくても全身打撲により今にも命の火が消えそうだ。

俺は辺りを確認する。

どうやらこの辺りには既に人の姿はなく、誰の手も借りられない上にこの混乱では真っ当な治療はかなわないだろう。

魔法による治療も考えたが、俺は風の系統であり、治療魔法の本分は水の系統であるため、ここまで大怪我となると今の俺ではどうしようもない。

俺がどうしようか考えていると、ルナから声がかけられた。

『ドクターの所にお連れしたらどうです?』

なるほど!その手があったか。

未だ街をこのようにした原因は分からないが、魔力切れ一歩手前の俺に出来る事など既にあるはずも無く、俺は少女を抱えて飛び上がり、急ぎドクターの古屋へ急ぐのだった。

ドクターの古屋に着くと俺は扉をお構い無しに荒々しく開け放つ。

「どうしたんだ?そんなに慌てて」

俺が抱えている物が見えているはずなのに質問してくるドクター。

「この子の治療を頼む」

そう言って俺は少女を寝台の上に横たえた。

「何が在ったのか、理由は後で尋ねる事にして、私も子供が死ぬのは忍びない。治療は引き受けよう」

ドクターはすぐさま寝台の方へと駆け寄り少女の診察を始めた。

「全身打撲に擦り傷、一番酷いのは右目の怪我だな」

「治る?」

「水の秘薬を用いれば、打撲と擦り傷は後も残らず癒えるだろう。だがこの右目だけは別だ」

「治らない?」

「水の秘薬を使っても失明は免れんだろうな」

「何とかならない?」

未だ6歳位の少女。

出来れば右眼も治してやりたいが…

「ふむ、確か悪魔の瞳が片方残っていたな。それを移植すれば失明は免れるだろうが、両目を失ったわけではあるまいし、このままでも良いのではないか?」

ドクターの発言に俺は一瞬カッとなってしまった頭を冷やして考える。

確かに両目を喪失したわけでは無い。

中世ヨーロッパのような世界のハルケギニアだ、事故や紛争などで体の一部を失っている人を見かけることもある。

だけど、やはり俺は根本的な所で平和ボケした日本人なのだろう。

体を失うと言う事に耐えられそうに無い。

「それでその子の右目が光を失わずに済むなら」

これは単に俺のエゴだ。

「そうか。解った」

そう言ってドクターは準備に入る。

ドクターに任せておけばこの少女は助かるだろう。

性格はともあれ、能力はずば抜けて高いバグキャラだ。

「後は頼んだ」

俺はそう言い残して古屋を後にした。



古屋を出た俺は一目散にド・オランの屋敷に飛んでいった。

屋敷に着くと、街と同様、煙を上げている屋敷。

俺はそれを見るや否やすぐさま地上に降り立った。

屋敷の中庭に降り立たって辺りを確認すると屋敷邸宅の被害はそれほどでもないが、門辺りの被害が大きい。

いったい何が起きたと言うのだろう。

俺は門へ向かって走っていった。

門に着くと、辺りは爆弾を落としたような穴が幾つも開いており、その所々にトロールの死体が散らばっている。

見渡すと門から離れた片隅に執事やメイドによる人垣が出来ていた。

俺はそれに近づいて声をかける。

「何があったの?」

「坊ちゃま!?」

メイドの一人俺の声に気づき振り返ると、人垣が一斉に此方を向き各々に俺を呼び人垣が割れた。

割れた人垣の先に見えてきたのはその身をおびただしく血の赤で染め上げられた姿で地面に寝かされている両親の姿だった。

「父上!?母上!?」

俺は走りより声をかける。

しかし既に事切れているのは明白で、返事が返ってくるわけもなかった。

「坊ちゃま…」

俺は血で汚れるのも構わずに母の腕を握り執事に問うた。

「いったい何があった?」

その問いにしばらく沈黙のあと、とつとつと執事は語り出した。

俺が何時ものように屋敷を抜け出してからしばらくした後に、街にいきなりトロールの集団が現れ街を破壊し始めた事。

それを鎮圧するためにすぐさま兵士達に呼びかけ、魔法使い数人を伴いトロール殲滅へ派遣した。

しかし、それを見越したかのように屋敷の方にも複数のトロールが現れた。

屋敷には既に父、母以外の魔法使いは出払っていて、執事達を守るために母と一緒に門の辺りで迎え撃ちあらかた殲滅はしたものの、最後数匹にてこずり、精神力が切れた母がついに足を取られ、倒れ込んだところに振り下ろされる大棍棒の一撃を庇いに入った父もろとも吹き飛ばした。

吹き飛ばされながらも父は最期の気力を振り絞り、トロールを絶命にまで追い込んだが、既に致命傷で、母ともども助からなかったらしい。

前世の記憶の在る俺には少し複雑な気持ちだが、それでも優しい両親だった。

俺はその日、この世界に生れ落ちて初めて声が枯れるまで泣きはらしたのだった。



次の日、両親の訃報を聞き、兄が魔法学院から帰郷した。

10歳年上の兄は学院の寮に入っていて、この難をのがれたのだった。

兄が帰郷し、両親の葬儀を執り行う。

直轄の街も被害甚大で、領主の訃報にも駆けつける領民は皆無に等しいが、それでも盛大に執り行った。


それから一週間。

兄はオラン伯爵領の領主引継ぎを済ませた後、執事のセバさんに領地経営を任せ、自分は王宮騎士に志願すべくトリスタニアに行ってしまった。

どうやらこのトロール襲撃事件を裏で操っていた物が居るというのが兄の見解だ。

父は清廉潔白を絵で描いたような人で、汚職を嫌い、何時も不正を正す事を躊躇わず、官僚からの覚えは悪かったのだろう。

今回も宮廷での汚職を告発すべく王都に向かう手前だったのだ。

その直前に現れたトロールを不審に思うのは当たり前だ。

更に、両親が死んだ後、他の住人を攻撃するでもなく直ぐに引き上げて言ったトロールにも疑念がのこる。

兄は事の真相を突き止めるために学院を辞め騎士になり、出世する道を進むと決めたようだ。

屋敷の内部は余り破壊されていない為生活には不自由しないが、両親を失った事による喪失感と、ただ一人の肉親となった兄もこの屋敷を出て行ってしまったことによる寂寥感に俺はさいなまれるのだった。


そんな喪失と寂寥を感じていた俺は、ドクターの所に預けたままの少女の事をようやく思い出した。

俺はこの喪失感を紛らわさせるためにドクターの古屋を訪れるのだった。


ドクターの古屋の扉を開き俺は中に入る。

「ドクター?」

俺はドクターの定位置であろう研究机の方に視線を向ける。

するとそこに机に向い何かを書きなぐっているドクター。

しかしどこか精彩を欠いている。

「あ、ああ。お主か」

机から振り返りこちらを向くドクター。

少しやつれたようだ。

「女の子は?」

「ああ、あっちの部屋に居るよ。体は無事完治した。右目の方も恐らくは見えているだろうとは思うのだが」

うん?何やら歯切れが悪いな。

と言うか未だ此処に居たのか。

まあ、此処から街まで、徒歩だとかなりの距離がある上にドクターはこの古屋を出る事は先ず無い。

ドクターのあの性格から言って送り届けるような事はせずに、追い出すように放り出すものと思っていたのだけれど?

怪訝に思った俺はドクターに聞き返した。

「ドクターにしては珍しく歯切れが悪いですね」

「ああ。どうにもこちらの言葉が通じないらしく、意志の伝達が難しい」

「は?言葉を喋れないのですか?」

「いや、喋れないのではなく、あの子供の言っている言葉が私には理解できないのだよ。今もこうやって彼女が発した言葉からどうにか法則性を見つけようとメモした言葉とにらめっこさ」

さすがドクター。

未知の言語に好奇心を刺激されたらしい。

「奥の部屋に居るから会ってみると良い」

促された俺は、それに従い奥の部屋に通じるドアを開ける。

ガチャ

中に入ると寝台の隅で体育座りでうずくまっている少女を見つける。

「こんにちわ」

俺は取り合えず少女に向って挨拶をする。

しかし少女はこちらに顔を向けて俺を確認するように見つめるだけで、何の返答もない。

「そうか、言葉が通じないんだったな」

だが、おかしいな。

俺は彼女を街中で保護したはず。

それにハルケギニアでの公用語は一種類しか無いので、未知の言語なんて物があるはずも無いのだが…

「あー、困ったな。君はいったいどこから来たんだい?」

俺はそう言って少女に近づく。

すると。

『いや!こっちに来ないで!』

俺が何をするために近づいて来るのかが解らず少女は恐怖を感じたのだろう。少女は拒絶の言葉を発した。

「怖がらないでも何もしやしない。これ以上近づかないから、ね?」

そう俺は安心させるように言う。

立ち止まった俺から発せられた言葉を聞いて少女が答える。

『ごめんなさい。私、貴方が何ていっているのか解らないの…』

「解らないか………ん?」

ちょっと待て、俺は彼女の言葉を理解しているぞ?

まてまて、俺はアホか?

彼女はずっと日本語で話していただけではないか。

って、日本語!?

『日本人?』

『え?』

俺の発したその言葉に少女が反応する。

『君は日本人なのか?』

俺は今度は日本語で語りかける。

ハルケギニアに来て初めて使った日本語。

ちゃんと発音出来ていただろうか。

『貴方は?』

まさか日本語で話しかけられるとは思わなかったのだろう。

少し驚きながら問い返してきた。

『ああ、自己紹介が未だだったね。俺はアイオリア・ド・オラン。君は?』

『神前穹(かんざきそら)』

そう日本語で返した少女。

しかし、彼女の容姿は俺と同じ金髪。

このハルケギニアでは珍しくはない容姿をしてはいるが、日本人の容姿とはかけ離れている。

ここで考えられるのは、俺と同じ転生者かトリッパーと、後は後天的に記憶が混入される憑依か。

まあ、憑依も現実世界に帰れないのだから生まれ変わったのと変わりは無いだろう。

自分を前世の自分と認識するのが遅かっただけで、生まれ変わりと言う説も捨てられない。

原作キャラ憑依はこの範疇ではないだろうが。

『そうか、君は何処に住んでいたの?』

『解らな知らないところにいて、姿もかわっていて。なんか小さくなってたし、なぜか一緒に住んでいた女の人と一緒に暮らしていたんだけど、何を言っているのか解らなくて。それで、いきなり家が燃え出したから外に出たら大きな怪物が出てきて、逃げていたら怪物に襲われて、女の人を見つけたから追いかけようとしたら、怪物に殺されちゃった。そして気づいたらここに』

支離滅裂だが、どうやらあの街に女性と一緒に住んでいたのだろう。

考えるにその女性と言うのは母親か?

『そう。君がここに来てどの位?』

『わかんないけど、たぶん一年位』

一年か。

『じゃあ、君が前に住んでいた所は?』

『日本、此処は何処?日本じゃないみたいだけど、テレビも電話も無いし』

総合すると、少女、神咲穹は一年ほど前に憑依か前世覚醒かしたと同時に此方で過ごしてきた時間総てを失ったのだろう。

そのため、いきなり喋れなくなった我が子にどうして良いか解らず、家に閉じ込められていたらしい。

しかし、あの襲撃の時火災に遭い命からがら抜け出したところトロールに襲われ、その直後俺が助けた。

この世界に来る前は7歳の日本人で、先天性の病で病院で養生中だったらしい。

俺自身もどうだか解らないが、こう言った場合のセオリーとして現実世界では既に死亡しているのだろう。

それから俺はこの世界の事を少女に語って聞かせた。

俺も日本から気が付いたらこの世界に生まれ変わっていた事。

此処は別の世界で日本なんて何処にも無いと。

余りの出来事になかなか受け入れられなかったが、何とか自分の現状を理解してくれたようだ。

『じゃあ私は生まれ変わったっていうの!?』

『ああ』

『もう、パパとママに会えないの?』

『ああ』

一応このままいけばルイズが日本からサイトを召喚するだろうが、その日本が彼女のいた日本であるとは限らない。

あの世界にゼロ魔なんてライトノベルがある訳も無いのだし。俺のいた日本とは違うのだろう。

パラレルワールドと言う奴だ。

と言うか俺の考えではここは無限に漫画の世界が連なっている世界なのではないか?などと最近考えるようになっていた。

でなければ写輪眼なんて物がゲートを通ってくるわけも無いのだから。

『うぇーーーん、パパー。ママー』

ようやく帰れないと言う事を理解したのだろう、少女は関を切ったように泣き出してしまった。

しばらくして落ち着いたソラに話しかける。

『落ち着いた?』

『うん』

『そうか、それで君はこれからどうする?保護者の女性はこの前のトロール襲撃で亡くなったのだろう?』

『…うん』

記憶の融合もなくこの世界に落とされ、尚且つ言葉も未だ覚えておらず、それが原因で家の外には余り出なかったようだから、他の知り合いも居ないだろう。

どうした物か…

このまま街に返しても恐らく碌に生活もできず、生きては行けないだろう。

この世界で初めて見つけた同郷の者。

見捨てることは俺には出来そうも無い。

『家に来る?』

『え?』

『だから俺の家に』

『いいの?』

『ああ、構わない。家に来るか?』

『……うん』

小さな声で返答する。

実際彼女は俺の手をとる以外の選択肢は余り残されていなかったのかもしれないが。

冷静に考えると、美少女を連れ帰るとか…なんかコレ、光源氏みたいだな…

『そういえばこの世界での君の名前は何ていうの?ソラでは無いのだろう?』

『え?うん。ソラフィア。ソラフィア・メルセデスって呼ばれてた』

『ソラフィアか。名前の中に『ソラ』があるね。じゃあ、俺は君の事をソラって呼ぶよ』


『うん』

ソラがそう答えたのを確認して俺はソラフィアの手をとってドクターの居る部屋へ移ったのだった。



ガチャ

「どうだったかね?おや、随分懐かれたようだな」

そうなのだ、部屋から出るとソラは俺の裾をぎゅっと握って離してくれないのだ。

「まあね、それでこの子、ソラは俺が連れて帰るから」

「ふむ。ソラって言うのか。というかどうやって名前を聞き出したのだ?」

「まあ、それはその内。じゃあまた来ます、ドクター」

「そうか、また来なさい」

そういって俺はドクターと別れ、古屋を後にする。

ソラを連れて古屋を出ると、俺はソラにおぶさる様に言い、俺はフライの魔法を行使する。

『え?ええ!?空飛んでいるよ!?』

『あ、ああ。魔法使いなんだから空くらい飛べるよ』

『魔法使い?』

俺は屋敷に向って飛んでいく途中、ソラの質問に答えていた。

『そう、魔法使い』

『それって私も使える?』

『んー。魔法は貴族じゃないと使えないんだ』

『貴族?』

『そ。大きく分けるとこのハルケギニアには魔法を使える貴族と、使えない平民の二種類の人間がいる』

『?』

『つまり貴族の家に生まれ無いと魔法は使えないって事』

『じゃあ私は?』

『えっと…』

どうなんだろう。

住んでいた所はオラン領の直轄地だが。

普通に考えたら平民と言う事になるだろうが、ソラも転生者。

俺と同じで転生テンプレの様に貴族の血縁なのだろうか?

魔法は血で使う物だからねぇ。

と言うか、貴族と平民の子供は魔法の素質は遺伝するのだろうか?

遺伝するとしたら普通に考えて有史6000を超えるハルケギニア。

市井に紛れた貴族や妾の子供なんかの子孫とか大勢いそう。

ならば平民でも多数の人が魔法を使えるんじゃないか?

まあ、考えても仕方ないか。

後で機会があったらドクターにでも聞いてみるか。

それに翌々考えてみればソラフィアのフルネームはソラフィア・メルセデス。

家名が着いていると言う事は貴族かもしくはそれに連なる者なのでは?

『解らないけれど、今度練習してみる?』

『うん』

と、元気の良い返事が返ってきた。


しばらく飛んでいるとようやく屋敷が見えてきた。

『あれがアオの家?』

『そうだね』

『大きい…』

『そりゃこのオラン伯爵領の領主の屋敷だからね』

『ふうん。アオって王子様?』

王子って…ま現実世界ではまだ小学生低学年、しかもほぼ入院生活だったと聞いている。

精神年齢は実年齢相応なのだろう。



屋敷に着いた俺とソラは地面に降りると、未だ使用人総出で修復している門をくぐった。


「坊ちゃま、お帰りなさいませ」

俺に気づいたセバさんがあいさつをしてきた。

「ただいま」

「そちらのお嬢様は?」

俺の袖を掴んで背中に隠れるようにして縮こまるソラを見つけ問いただしてきた。

「この子はソラフィア。今日から此処で暮らすから。世話をしてあげて」

「…かしこまりました」

『ソラ、今日から此処が君の家だ。解らない事があったらメイド…俺に聞いてくれれば良いから』

『…うん』

先ずは言葉を覚えない事にはこの先どうしようもない。

『言葉は俺が教えてあげるから』

『本当!?』

『本当』

それから俺たちは屋敷に入り、ソラの部屋を用意させ、風呂に入り、疲れを癒した。

ソラは風呂を心底嬉しそうに入っていたのが印象的だ。

え?何でそんな事が解るかって?

俺の側を離れたがらないソラが離してくれず一緒に入浴したからですよ?

俺自身もまだこの世界では7歳。十分許されるのです。

まあ、何で入浴が喜ばれたかと言えば、この世界には貴族の屋敷くらいしかお風呂が無いから。

今まで見よう見まねでサウナで汗を流していたそうな。

だから湯船につかれるのは本当に嬉しそうだった。

その後、ソラと一緒に食事を取り就寝。

就寝時も部屋を与えていたにも関わらず俺のベッドにもぐりこんでくるソラフィア。

ようやく見つけた俺と言う言葉を理解してくれる存在を手放したくないと言う恐怖の表れか、それともトロール襲撃のショックからかは解らないけれど、俺に抱きついて眠る安堵した表情を見ると引き離す気は起きなかった。

それに俺も両親が亡くなり、兄もトリスタニアへ出て行ってしまい、急に広く感じてしまった屋敷。

その孤独を埋めるかのように現れた俺と同じ身の上の少女の暖かさを感じながら、俺も就寝した。

 

 

第四話

それからのソラフィアの立場はショックで言葉を失った貴族の子で、この前の襲撃で親を亡くした所を俺が引き取ってきた、と言う事に落ち着いた。

俺は世話をよろしくと言っただけだが、未だにこの世界の言葉を理解せず、俺以外とは会話をしていないソラフィアの様子をみて勝手に使用人たちは納得したようだ。

兄上への報告はどうしよう。

機を見て手紙で報告するか。



言語については俺がマンツーマンでソラに教えている。

この三ヶ月で片言だが基本的な部分については理解してきたようだ。

最初は『コレハ・ナニ・イウ?』とか『コレ・タベル・イイ?』といった具合だが、未だ子供の時分だ、数年もすれば流暢に喋れるようになるだろう。

魔法についてはやはりと言うか、ソラにも才能があった。

この辺は転生者特典と言うところだろう。

俺が魔法を使う度に私も使いたいと言うので杖との契約が出来るか試してみたのだ。

ソルとルナ。完成してからのゴタゴタで、俺は未だに杖としての契約をしていなかったのでソラの前で実演して見せたのだ。

なんで今まで契約していない事に気が付かなかったのかと言うと、あれ以来ソル達を使う機会に恵まれず忘れていたのだ、コモンなどを使う時は前に契約していた物を使っていたしね。

「それじゃ見てて」

「ウン」

「ソル、先ずは元に戻って」

『了解しました』

そう言って待機状態の水晶から斧を模した杖の形へと変形する。

「!?ソルのカタチがカワッタ!?」

最初ソル達を紹介した時は喋る事に驚いて敬遠していたけれど、今ではすっかり仲良しな様子だ。

取り分けソルと違いよく喋るルナとはかなり仲が良いらしく、俺がどうしてもソラに構ってあげれない時などは、ルナを俺から借り受けて言葉の練習に励んでいたりする。

そう言えば、ソル、ルナ共に俺とソラが日本語でやり取りをしているのを聞いた際にどうやってか少しずつ日本語を習得していっているようだったが、まあこの辺りは別にどうと言う事も無いので放っておいても良いだろう。

別に困ることも無いし。

と、話がそれた。

俺は杖との契約の準備に入る。

ルーンを唱え今日の分の儀式は終了。

杖との契約は何日も掛かる大仕事なのだ。

「まあ、こんな感じ。これを数日繰り返してやっと杖として使えるようになる」

さて、どうした物か。

近場で杖になりそうな物は見当たらないし、魔法屋に杖を求めに買いに行かなければならないかな?

「先ずは自分にあった杖を買いに魔法屋まで行かないとかな」

そう言ってソラへ話しかけた。

すると。

「アオ。ルナのホウトはケイヤクシナイノ?」

「へ?どうしてそんな事を聞く?」

「ルナもホントウはソルとオナジヨウな杖ナンデショウ?」

「そりゃソルとルナは若干の違いは在るけれど基本は同型だけれども?」

ソルは近、中距離、ルナは若干遠距離よりの使用だ。

「ワタシ、ルナとケイヤクスル」

「は?」

「イイデショウ?」

キラキラした眼で俺に懇願するソラ。

「う…」

「オネガイ」

「…ルナの意思も聞いてみないと」

『私なら構いません』

な!?

『アイオリアはソルに任せます。ソルにしてみればアイオリアを独占できて嬉しいんじゃないですかね?』

「…そうなのか?」

『………』

「何も言わないが?」

『照れているのですよ。ソルはクールツンデレですから』

なんだってー!?

てかルナ!何処でそんな言葉を覚えたんだ。

『と、言うわけでソラフィア、これからよろしくお願いします』

「ウン、コチラコソ」

そう言って嬉しそうにルナを俺の手から奪っていくソラ。

「解った…ルナはソラに任せる。けど先ずは契約が出来るか試してみないと。出来なかったら魔法は使えないんだからな」

「ウ…ソウダッタ」

その言葉にションボリするソラ。

そしてルナを待機状態から戻し、契約の準備に入る。

その後、ルナと何の問題もなく契約する事が出来たソラは凄く嬉しそうだった。

なんでもやはり魔法少女には憧れる物があったらしい。


それから俺はソラへの言語と魔法の教授が日課になっていた。

言語についてはまだまだだが、魔法についてはコモンについては難なく使えるようになっていた。

「それじゃあ今日から系統別の魔法の訓練に入る。系統については覚えているね」

「ウン」

「それじゃ先ず自分がどの系統か調べないと」

そう言って初級のドットの系統魔法を詠唱してみる。

そして解ったソラの系統。

「風か」

俺と同じ系統。

「ソレッテアオ、オナジ?」

「そうだな」

風ですか。

まあコレばかりは先天性の物だから変えようが無い。

だがしかしコレは考えようによってはかなりアレなのでは!?

バルディッシュに似た杖を持ち金髪で極めつけは奈々さんボイス。

や…ヤバイ!

「ソラ、フォトンランサーを唱えてみてくれ」

「へ?デキナイヨ?マダオシエテモラッテナイシ」

そうだった。

俺はすぐさまソルを起動して構える。

「一度見本を見せるから良く見て置くように」

「ウン」

そして俺は虚空に向って魔法の発動準備に入る。

『フォトンランサー』

「ファイヤ」

掛け声と共に飛んでいく魔法。

撃ち終り、俺はソラの方を振り返った。

「こんな感じ。んでルーンは…」

ルーンを教えようとして俺はソラの変化に仰天した。

「ソラ!」

「へ?」

急に俺が大きな声をかけてので驚いた表情を浮かべているソラ。

「その眼」

「目?」

ソラの右目が赤く染まりその瞳に勾玉模様が2つ浮かんでいた。

写輪眼。

失明回避のためにドクターに頼んで移植はしていたが、使い方は教えていない。

それが俺の魔法を良く見ようとする余りに発動してしまったようだ。

「熱っ!」

右目に熱を感じたのか手で覆いしゃがみこんでしまった。

俺は急いでソラに近づき抱きかかえる様にして様子を伺う。

「大丈夫だ、落ち着いて意識を右目から外して」

「う、うん」

すると瞬くうちに勾玉模様が消え、いつもの黒目に戻った。

「平気か?」

「ダイジョウブダケド、イマノハ?」

ソラに問われたので俺は答える。

「ソラの右目、話して無かったけれど、左と色が違うだろう?」

「ウ、ウン」

「実はトロールに襲われた時に右目を潰されて使い物にならなくなってたんだよね」

「エ?」

俺の言葉が意外だったのかキョトンとして理解が追いついていないようだ。

「その時ドクターに頼んで失明しないように眼球を他から移植したんだけど、その移植した目がちょっと特殊で、精神力を込めるとそれに反応してああなってしまうんだ」

「ええ!?ソレッテダイジョウブナノ?」

「大丈夫だ」

そして俺も写輪眼を発現させる。

「ソレッテ」

「そう、これと同じものがソラの右目にも移植されている」

「ソウナンダ」

俺にも移植されている事が解って少し安心したソラ。

「ソレトナンダカサッキのマホウをツカエルキガスル」

そう言って立ち上がりルナを構える。

そしてルーンの詠唱を始めた。

そして。

「フォトンランサー、ファイヤ!」

そして飛んでいくフォトンランサー。

「デキタ!」

そう言ってはしゃぐソラ。

一度俺が見せただけで完璧にマスターしてしまった。

やはりさっきの写輪眼でコピーしていたのだろう。

俺は写輪眼の使い方も教えなければと思いつつ、心の中では。

ヤバイ!

キタコレ!

フェイトたん!

これはマジで光源氏計画を!

などと考えていると。

「アラ?」

そう言って急にふら付きはじめるソラ。

「精神力の使いすぎ」

俺はそう言って崩れ落ちるソラを支えると、支えられて安心したのかソラは気を失ってしまった。

俺は気絶してしまったソラを抱えると屋敷に向って歩き出したのだった。



それから二年の月日がたった。

俺は9歳、ソラは8歳になっていた。

精神力は最高値220一日の回復量は38パーセントといったところ。

順調に増えてきている。

ソラも俺には及ばないものの順調に精神力を伸ばして最高値160回復量は29パーセントと言った所だ。

丁度俺と3年分遅れていると言った所だろう。

この頃になるとソラはほぼこの世界の言葉をマスターし、文字の方もあと少しで基本的な所は理解出来るだろう。

魔法の方も順調に増えた精神力で最近ラインになり、ライン魔法の習得に励んでいる。

俺の方はというとトライアングルになった…と言うわけは無く未だラインで燻っている。

ラインからトライアングルへはドットからラインまでとは比べられない壁があるようだった。

まあ、魔法学院に入学している貴族の殆どがドットメイジだと考えるとラインでさえ普通の魔法使いには難しいのかもしれない。

それでも俺は魔法技術の向上に励んでいた。

そんなある日、俺たちはドクターに呼ばれてドクターの古屋を訪れていた。

ソル達が完成した後も俺は思いつきを実行すべくドクターに協力してもらっている。

今日はそれの関係で呼ばれたのだろうか?

「ドクター?」

「ああ来たかね、そこら辺に座ってくれ」

「ドクター散らかしすぎ」

そう言ったのはソラ。

「これでも散らかさないようにはしている積りなのだが」

俺たちは適当に物をどけてスペースを作る。

「それにしてもソラフィアもすっかりこの世界の言葉を覚えたな」

「まあね、俺がこの二年間付きっ切りで教えたから」

ドクターの感心の言葉に俺は答える。

「そうか」

「それで今日呼んだのは?」

「まあ、まて取り合えずこれを飲みたまえ。外は暑かっただろう」

そう言って差し出されるコップ。

「ありがとう」

俺は何も疑いも無くコップに入った水を飲み干した。

すると行き成り体が熱く発汗する。

「ぐああああああっ」

「アオ!?」

心配そうに俺に駆け寄るソラ。

だが俺を掴もうとした手は虚空を掴む。

「へ?」

驚くソラ。

「いったい何を飲ませたんだ?ドクター」

俺は堪らずドクターを問い詰める。

が、どうにもドクターが見当たらない。

何か変だ。

地面が近い気がする。

何だ?

「アオ?」

俺はソラに呼ばれた方を振り向いた。

すると其処に見えるのは大きな足。

巨人が襲来したのか?

いや落ち着け、と言うか現実を認めろ。

恐らく俺が小さくなったのだろう。

「アオ、猫になってるよ?」

はい?

小さくなっただけではなく猫だとぉ!?

両手を見ると其処にはぷにぷにと柔らかそうな肉球。

毛並みはなんとアメリカンショートヘアだ。

背中のバタフライ模様がうつくしい。

「ドクター!?」

俺はもう一度ドクターに問い詰める。

「落ち着きたまえ」

「落ち着けるわけ無いだろう!?」

「どうやったら戻る!?」

「なに、戻りたいと思えば戻れるだろう」

その言葉に俺は気を落ち着けて戻れ、戻れと念じる。

すると段々目線が高くなり、人間の姿に戻れたようだ。

「上手く行ったようだ」

「上手く行ったじゃねえ!?何を飲ませた」

「これだ」

そう言って差し出されたのは小瓶に入ったポーションのようなもの。

可愛く猫のイラストが描かれたラベルが貼ってある。

「それは?」

「お主から頼まれている使い魔のルーンについての研究の副産物といったところか。動物に変身させる変身薬だ」

マジか!?

そんな物がゼロ魔の世界にあるなんて聞いた事も無いぞ?

「ドクターが作ったの?」

ソラはドクターから小瓶をもらい問いかけた。

「ああ、私が研究中に偶然開発した変身薬だ」

「そうなんだ」

「そんな物を俺に飲ませたのか!?」

「ネズミを使った実験は成功している」

「人間には?」

「……」

ぐっ!もしかし無くても俺で実験したなコノヤロウ。

ゴトッ

なんて事を思っていると、隣で小瓶の落ちる音がした。

振り返ると今までソラがいた所に一匹の子猫が居る。

「ソラ!?」

「なぅーん」

可愛く鳴く子猫。

うっ…かわいい。

じゃ無くて!

「目線が低い。ねえ、ドクターこれって着ていた服ってどうなってるの?」

ソラが猫のまま人語を操りドクターに尋ねた。

そう言えば俺はパニクって居て気づかなかったが衣服ごと変身していたし、人語も話していたんだな。

「勿論体の一部として再構成されている、その猫で言うならば体毛の一部になっているだろうよ」

何事も無いように言っているが、この世界の技術レベルを根底から覆しているの本人は気づいているのだろうか?

しばらく猫を堪能したソラが人の姿に戻ったようだ。

「それでドクター?もしかしてこれの為に俺たちを呼んだのか?」

「そうだが?」

しれっと答えるドクター。

「いやあ、君に頼まれていた使い魔のルーン。その研究の間に使い魔になるであろう動物の調査をするのは当たり前だろう?その副産物だよこれらの薬は」

そう言って机の上に並べられる幾つ物小瓶。

その小瓶にはそれぞれ動物の絵が描いてある。

「それは?」

「熱中してついつい幾つも作ってしまった。ただ、どういう訳か幻獣種の変身薬を作り出すことはできなかったがね」

よく見てみると小瓶に貼り付けられているのは猫を始めとして馬や鷲、獅子などの普通の動物達だった。

「へえ」

俺はドクターが並べた小瓶を手にとって確認する。

本当に色々あるな。

幻獣種は無理だったと言っていたが。

む?

その時俺はひらめいた。

俺は手近なビーカーを掴むとそこに獅子と鷲の変身薬を半分ずつ入れてかき混ぜ、それを飲み干した。

薬を飲み干すと体が熱くなり、一瞬溶けたような錯覚の後俺の変身は完了した。

「その姿は」

驚愕の声を出すドクター。

「グリフォン?」

と、ソラ。

そう。俺は今グリフォンへと変身しているのである。

「予想通り」

「確かにグリフォンだな。しかし何故だ?此処にあるのは普通の動物だけのはずだが」

ああ、ハルケギニアにはなまじ幻獣が多数居る為、その固体はそういった一個の生物として捉えているのか。

だが、日本人的感覚から言えばグリフォンなどの一部の幻獣は合成獣。キマイラに近い。

「グリフォンは獅子と鷲を足したような幻獣だから、2つを合わせれば出来るんじゃないかと思って」

そう俺はドクターに答える。

「ふむ」

すると何かを考えている様子のドクターが俺が使った鷲の残りと馬の小瓶を調合し、出来上がったものをソラに渡した。

「これを飲んでみてくれないかね?」

「解った」

ちょ!ソラ!ま……ちませんでしたね…

渡された薬を一気に飲み干すソラ。

そして一瞬ソラの体が歪んだと思うと其処に鷲の頭に馬の体をした幻獣。ヒポグリフが其処に居た。

「成功だ」

悦に入っているドクター。

「どうなったの?ソラ」

「ヒポグリフになっている」

「なるほど」

そう言って自身の体を見渡すソラ。

いや、もう少し驚こう?

暫くして俺たちは人の姿に戻った。

この辺は戻ろうとする自分の意思が関係するらしい。

それからドクターに次々に渡される変身薬。

それは馬と大海蛇でヒポカンポスだったり。

鶏と蛇でコカトリスだったり。

鷹と鹿でペリュトンだったり。

そして極めつけは。

「ふむ、最後にこれを飲んでくれたまえ」

そう言って差し出される小瓶。勿論俺とソラの二つ分。

「これは?」

「オオトカゲと大蝙蝠をベースにその他を勘と思いつきでブレンドしてみた」

えーっと。

まあ元には戻れるし、大丈夫か。

すこし逡巡した後俺はその小瓶を飲み干した。

すると今まで以上に俺の体を駆け巡る何かに耐えると、俺の体は歪み、再構成される。

そして現れたのは銀の鱗を輝かせた全長2メートル(尻尾含む)ほどの小さなドラゴン。

「ド、ドラゴン!?」

流石に俺は驚いた。

「成功だ」

隣りを見るとソラのほうも金に輝く鱗をした小ぶりのドラゴンになっていた。

「ふむ、しかし何だな。そのようなドラゴンは今まで見たことがない。私は新種のドラゴンを作り出してしまったのか。さすがだな」

俺はおそるおそる自身の羽をはためかせる。

ふむ、力いっぱい羽ばたけば恐らく空を飛べるだろう。

そう思って俺はドクターの古屋から外に出た。

「アオ?」

後ろから着いてくるソラ。

「いや、折角だから飛んでみようと思って」

「そっか」

ソラの質問に答えると俺は空を仰ぎ、力いっぱい羽ばたいた。

するとどんどん遠くなって行く地面。

空は魔法で飛ぶことは多々あるけれど、此処まで風と一体になれるように縦横無尽に空を駆ける経験は今までした事が無い。

隣りを見るとソラもその翼を羽ばたかせ追いかけてきたようだ。

「気持ち良い」

「ああ」

ソラの呟きに俺は同意する。

「たまにはドクターも凄い発明をする」

そして俺たちは時間を忘れて空を駆け巡ったのだった。





そして俺たちはそのまま屋敷に帰宅、見つからないように庭に下りるとすぐさま人間に戻ろうと念じる。

すると一瞬で人の形に戻る。

夕食をとり、入浴し、就寝と言う時にそれは起こった。

「はくしょんっ。…ん?」

視線が低い。

なんだ?

俺は辺りを見渡した。

後ろを振り返ってみると其処にはふさふさした尻尾のような物が揺れている。

これはまさか!?

それを見て俺は現状を悟った。

湯冷めしてくしゃみをしたと同時に俺はどうやら猫の姿になったようだ。

「どどどど、ドクターーーーーー!?」

「どうしたのアオ!?」

俺の雄たけびにソラが駆けつけて来た。

「て、猫?また猫になった?」






次の日。

俺たちはドクターの古屋を訪れていた。

「ドクター!?どういう事ですか?」

「はて?」

「昨日の変身薬の事です。あれからまた猫に変身してしまい大変な事になったのですよ!?」

「その事か」

「何でまた変身してしまったんだ?あの薬による変身は一回切りの物だろ?」

「その筈だったのだが…」

「うん?」

「あの薬は双型を与える魔法薬、飲めば何時でも好きな時に飲ん薬の動物になれる代物だったのだが、それは混合せずに服用した場合だ。あの後混同薬を動物に投与したところ元に戻らなくなってしまう固体も現れてしまってな」

「なんだって!?」

「まあ、見たところお主は人間の姿に戻れてるみたいだし問題は無かろう?」

「解除薬は?」

「そもそもお主達が飲んだ変身薬の混合比率をメモしていない上に、複数服用してしまっていて既にどうなっているのか皆目検討も着かんよ。良かったではないか。何時でも変身できるとは、便利ではないかね」

そう言って笑うドクター。

「私も変身できる?」

と、ソラが会話に入ってきた。

「ふむ。昨日の様子から考えるに、戻る時は戻ろうとする意思の力が働いていたようだった。つまり…」

「変身したいと思えばいいの?」

そしてソラは目を瞑り集中し始めた。

すると一瞬からだがブレたかと思うと猫の姿に変わっていた。

「出来た」

なるほど。キーは意思の力か。

まあ、動物に変身できるようになってラッキーと思うことにするか…

こうして俺たちは妙な変身能力を手に入れたのだった。
 

 

第五話

そんな出来事から3年。

俺は12歳になっていた。

魔法のほうも順調な様でそうでもない様な感じで未だトライアングルにはなれず。

最高値280、回復量47パーセントと言ったところか。

ようやく一日で全体の半分の回復量だ。

ソラの方ももラインになり、やはりトライアングルへの取っ掛かりが掴めずに居る。


さて、ここ最近の俺の気がかりは、恐らく居るであろう他の転生者についてだ。

俺、ソラがここに居る以上、他にも居ると考えるのは当然だろう。

そんな時耳にしたのがここ数年で飛躍的ににその領地を繁栄させている貴族の噂。

何でも誰も考えつかないような方法でその領地を豊かにしているそうな。

内政チートオリ主ですね。わかります。

ド・ミリアリア

ここ数年でその領地を繁栄させている領。

そこの長男が鬼才で数々の改革を行い領地を発展させたらしい。

彼自身も四極という二つ名を与えられる魔法の天才らしい。

4系統ともスクウェアレベルまで達した神童だそうだ。

メイドの話に聞くとハルケギニアでは今まで無かった類の日用品の売り出し。

更にそれを平民でも購入できる様に大量生産技術の向上も行っているらしい。

農地の方も一切の休眠期間なく作物を育てているとか。

間違いなく転生者。

それも自分とは比べ物にならないほどにチートぶり。

さて、どうした物か。

彼とコンタクトを取ってみるべきか否か。

とは言え全く何の関わりもない上に、丁度自領から反対側にある。

行くと成れば結構な日にちを有するだろう。

…まあ、同じ転生者だからといって好意的に迎えてくれるとは限らない。

まだ原作開始まで時間はあるし様子見かな…








更に一年が過ぎたある日、俺達はドクターの呼び出しで古屋を訪れている。

「ドクター?」

ドアをくぐり、ドクターに声をかける。

「ああ、ようやく来たか。まあ、かけなさい」

「はい」

返事をして俺とソラはそこらにあったイスを引っ張り出して座った。

「ついに完成したのだよ」

「はい?」

「君が頼んでいたのだろう?使い魔のルーンを任意に刻む事は出来ないのかと」

そうだった。

ブリミルの時代は自分でルーンを使い魔に刻んでいたとったようなことを記憶の片隅に記憶していた俺は、ドクターに頼んで研究してもらっていたのだ。

「まあ、刻めるとは言っても精神力がある生物に限る上に発動自体にも色々制限を設けた上でどうにかだがね」

「それで十分。それに刻んで欲しいのは動物じゃなくて俺自身だしね」

「ほお、人間にか?」

「そう。それに刻んで欲しいルーンはもう決まっているんだ」

そういって俺はドクターの部屋にあった本棚から使い魔のルーンの一覧が掲載されている本を取り出す。

というか、こう言った普通手に入らない本まで手に入れているドクターに脱帽する。

「これ」

ページを捲り、俺はそのルーンを指で指す。

「これは…ほぉ、面白い。良かろう、こちらに来たまえ」

そうドクターは研究室まで移動した。

俺とソラはその後をついて研究室まで入る。

「何処に刻めばいいんだ?」

「左手に」

「そうか」

そして俺は案内されたイスに座らされた。

「ん?」

座らされたイスに腰をかけ腕を肘掛にかけるとなにやらドクターは俺の全身を紐で拘束し始める。

「ドクター?」

その行動をみてソラがドクターに質問する。

「大丈夫だ」

何が大丈夫なのか解らないがどんどん俺の体を拘束していく。

拘束し終えるとドクターは一度離れ、何処からか焼きこてのような物を持ち出した。

「それは?」

恐る恐る俺はドクターに質問する。

「この道具で一文字一文字ルーンを刻んでいくわけだが」

なんだろう、凄く嫌な予感がする。

「恐らく凄く痛いから頑張りたまえ」

そう言ってドクターは俺の左手にその道具を押し付けた。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

痛い。

凄く痛い。

手と言うより魂?が痛い。

「アオ!?」

俺の叫び声にソラが心配して声をかけた。

「ドクター!?大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ」

「でも、水の秘薬で眠らせるとか」

「恐らく無駄だ。これは肉体に刻んでいるというよりその内面。精神や魂と言った物に刻んでいるのだから」

質問に答えながらもドクターはルーンを刻むことを辞めない。

それから一時間、俺は地獄のような痛みを味わった。

最後のルーンが刻まれた瞬間、俺は痛みから解放された事でようやく意識を失う事が出来た。



あれから何時間気を失っていただろうか。

俺はようやく意識を取り戻した。

気が付くと俺はベッドに寝かされていた。

ドクターが運んだのだろか。

「気が付いた?アオ」

ベッドの側で看病してくれていたソラが声をかけて来た。

「体は大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

「起きたかね」

ドアを開けてドクターが入ってくる。

「無事ルーンは刻めたと思うのだが」

おれは左手を確認する。

「本当だ」

そこには確かにガンダールヴのルーン。

「伝説の使い魔ガンダールヴその効果はいったいどんな効果なのだろうね?」

ドクターが興味深々に聞いてくる。

「ガンダールヴは総ての武器を使いこなす」

「武器?」

俺はソルを起動して左手に持ち直す。

すると光輝くガンダールヴのルーン。

俺はベッドを抜け出し、ルーンで強化された肉体で高速の動きでドクターの背後に回りこむ。

「興味深い。なるほど、神の左手か。だが私たちエルフにしてみれば聖者アヌビスと言ったほうが親しみが深い。もはや確かめようも無いが、その輝く左手。恐らく同一と考えて間違いないのだろうね」

と、其処まで聞こえたところで俺は再び意識を失った。

「アオ!?」

「ふむ、精神力の使いすぎで気絶したようだ。恐らくルーンの発動に自分の精神力を多大に消費したのだろう」

その日、二回もの気絶に見舞われた俺は、次目を覚ました時は既に翌朝だった。

俺とソラが屋敷へと戻らなかった事で、屋敷は大慌て。

しばらくの外出禁止が執事から言い渡されてしまった。




痛い思いをして手に入れたガンダールヴのルーン。

これで俺は最強オリ主に!

と、思ったが。やはり俺には最強属性はついていなかった様だ…

使ってみて解った事だが、ガンダールヴ(偽)を使用中、精神力を毎分10ずつ使用する。

更に発動中は左目に埋め込んだ写輪眼まで強制発動。

つまり毎分20の精神力が削られていく。

俺の精神力の最高値は300.

つまり何もしなくても俺は15分後には精神力切れでぶっ倒れる。

しかしそれは最高まで回復していての状態。

普段の精神力は150ほど。

さらに魔法使用も考えるとやはり3分が限度。

くそう…

せめてもの救いはルーンの発動条件が左手で触る事だという事だろう。

本物のガンダールヴと違い左手で武器を触って居なければ発動しない。

良かった…

これで右手で触れても発動されていたら俺はこれから碌に魔法を使えないところだった。

ただしこれから魔法を使う時は右手一本で使わなければ成らなくなってしまったが…

鬱だ…

俺は例によってまた二ヶ月ほど引きこもったのだった。



それから更に二年。

原作開始まで残りおよそ2年。

15歳になった俺は最大のピンチを迎えていた。

二次成長を迎え、どんどん女らしくなって行くソラ。

しかし、未だに一週間に一回のペースで俺のベッドに潜り込んでくる。

精神年齢はともかく、実年齢は思春期真っ盛りの俺。

ぶっちゃけ堪らんです。

前世はアレだった為にこうして魔法使いとして転生してしまった訳だが、興味が無いわけではない。

しかも年々美人になっていくソラの女の香りに当てられて俺の理性は崩壊寸前。

今日も俺の横で無防備に眠って居るソラ。

俺が精神力を総導入して本能に逆らっていると、隣から囁きが聞こえた。

「無理しなくても良いのに」

ソラのその言葉に俺は今まで耐えてきた理性が崩壊してしまった。


しばらくして俺はようやく冷静さが戻ってきた。

やってしまった。

今も俺の横で眠っているソラ。

しかしベッドのシーツには紅い染みが…

「俺は…俺は何てことを」

そう呟いた俺の独り言を部屋の隅に置かれて一部始終を見ていたいたルナが、

『アイオリアはマスター(ソラフィア)の策略にまんまとはまってしまったのですね』

『策略?』

ルナの隣りに置いてあったソルが聞き返す。

『マスターはどうやってもアイオリアを手放す気は無いようです』

『………』

「俺は…俺は!」

こうして夜は更けていった。



さて、そんなこんなで更に一年が過ぎ、俺は16になっていた。

ようやく俺とソラも努力の甲斐もありトライアングルにレベルアップしていた。

足せる系統は 風・風・風だ。

予定ではこの年ルイズが魔法学院に入学するだろう。

俺も年齢的には学院に通う年齢だが、俺は入学を遅らせていた。

入学年齢が決められている訳ではないのも有るが、一番は無闇にルイズに近づかない方が賢明だろうと判断したからだ。

俺だって物語の推移を間近で見たいという欲望は有るが、それ以上に物語を壊すべきでは無いと思ったからである。

俺は最強オリ主ではないのである。

更に言えば俺が前世で生きていた頃、未だにゼロ魔が完結していたわけでは無かったのもある。

なんか世界の滅亡何ていう事までスケールめで話しがでかくなっていた様な気がするが、詳細は知らないのだ。

もしも俺が関わることによって世界が滅亡してしまうような展開になってもらっては困る。

主人公達がきっと上手く滅亡を回避してくれるだろう。

俺はそれに直接関わらず、オラン領の端でソラとのんびり、しかし少しのスパイスのある日常が送れればいいかななんて思い始めている。

日々平穏。これが大事だよね。


しかし、その選択で1つ忘れていた事に気が付いたのは更に半年が過ぎた頃だった。

そう、俺とは違い正にチートオリ主がルイズと同じ時期に入学していたのだ。

それに気が付いたのは偶々王都から届いた兄からの手紙からだった。かのミリアリアの神童が魔法学院に入学したと近衛ではもっぱらの噂だそうだ。

主人公組と同時期に魔法学院に入学するなんて…

余り原作から反れた事態にならなければいいけれど…

それすらも近くに居なければ解らない事か…

取り合えず俺は来年の魔法学院の入学を決めるのだった。 

 

第六話

翌年、俺とソラは魔法学院に入学した。

慣れない寮生活に戸惑いながら何とか暮らしている。

この学院に入ってすぐさま見に行ったのはルイズの側に居るであろうチートオリ主。

名を、マルクス・ド・ミリアリアと言う。

こいつは最早疑いようも無く転生者だ。

何故なら平民を見下したりせず、この一年でちゃっかり食堂のマルトーさんと仲良くなっている。

良くある転生主人公のテンプレ的行動だ。

更に4系統全部スクウェアという有り得ない才能。

正に最強オリ主ですね。

顔の造形は言うまでも無く美形。

しかもコイツは失敗ばかりのルイズの魔法を失敗ではないと励ましている。

あー、もう。勘弁してくれ。

原作が壊れたらお前責任取ってくれるのかよ!?



入学からしばらく過ぎ、ようやく原作開始の時期が来た。

そう、二年生による、春の使い魔召喚の儀式である。

俺はこの学院に来るに当たってソラにこの世界のことについて全て話した。

ここがアニメや漫画の世界であるかもしれない事、そしてこれから起こるであろう事を。

記憶の書き出しなどを行わなかった俺は既に所々…というか大幅に抜け落ちていて、あらすじのような物しか覚えていなかったが覚えている限りの事を話した。

話し終えるとソラフィアは、

「それで?これからどうするの?」

とだけ聞いてきた。

「出来れば主人公達には関わらずに遠くからあのオリ主野郎が原作ブレイクしないように見張ると言った所か」

と告げるとソラは俺に協力してくれるようだ。


俺達は授業を抜け出し、ついに始まる召喚の儀式を猫の姿になって盗み見ている。




次々に召喚をして行く二年生達。

猫やオウム、蛇やカエルなど多数の使い魔が召喚される。

噂の四極のマルクス、つまりチートオリ主は大火竜を呼び出してたようだ。

背の高さが普通の竜の二倍ほどある。

ソルがあの火竜から感じる精霊の力の大きさを訴える。

恐らくオリ主特典で韻竜だろう。

どこまでも羨ましいやつだ。

召喚儀式も終わりが近づき、ルイズの番になり詠唱が開始される。

そして…

「私は心より求め訴えるわ、我が導きに答えなさい」

ドゴォォォォオン

爆発。

ルイズがサモンサーバントを使った結果、爆発したようだ。

煙が晴れるとそこに現れる人影。

横たわっている所を見ると気絶しているらしい。

この世界では見かけない服装。

俺にとっては懐かしくもある。

あれはサイトで間違いないのであろうか?

ぶっちゃけ二次元を三次元に置き換えられると最早キャラの判別なんて出来ません。

黒い髪や衣服などで日本人だろう事は間違いないが、サイトでない可能性も捨てられない。

俺やソラと言うイレギュラーがこの世界に居るのだ、多くの二次SSみたいにサイト以外のオリ主が召喚されたとも限らない。

しばらく様子を伺っていると、言葉の通じない少年に無理やりコントラクトサーヴァントを行使した。

つまりキス。

慌てふためく様子を見るにアレはサイトで間違いないようだ。

そして使い魔のルーンがその手に刻まれる事によってもがき苦しむサイト。

あー。

「あれは痛い」

俺は自身の左手をさすりながら呟いた。

そしてどうやらサイトは痛みで気絶したようだ。

このやり取りをみるに、うろ覚えだがこの展開はアニメか?

忘れたけど…

そしてルイズに近づいていくマルクス。

マルクスはルイズを励まし、その後レビテーションをサイトに掛けてやり、ルイズの部屋まで運んでいった。

俺は取り合えずサイトが召喚された事に安堵を覚えた。

これが別作品のキャラやサイト以外で原作ブレイクしたいオリ主だったら目も当てられない。

召喚の儀式も終えたので俺達はこっそりと自身の寮に帰る。

何はともあれついに原作が始まったのだった。



翌日食堂に行くとサイトを連れたルイズがやってきた。

朝から豪華な朝食を前に喜色満面なサイト。

しかし。

「ここに座れるのは貴族だけよ、平民のあんたはそっち」

ルイズが床を指差して言った。

「そんな」

そのやり取りを横で見ていたマルクスが嗜める。

「まあまあ、ルイズ。使い魔と言っても彼も人間なんだから、そのような扱いはどうかと思うな」

「マルクス…」

ルイズがたしなめられて言葉に詰まっている。

しかし、その声にはマルクスへの信頼が感じられる。

「サイト君だったか。ここでは何だから厨房に行ってみるといい、料理長のマルトーさんに俺から聞いてきたと言えばちゃんとした食事を与えてくれるはずさ」

「本当か!此処に来てからどうにも貴族って奴はえらそうな事ばかりいう奴で好きになれそうに無かったけど、あんたは別だ。
好きになれそうだぜ。俺はサイト。あんたは?」

「な!何あんた貴族になれなれしく名前なんて聞いているの!」

「いいじゃないかルイズ。俺は気にしないよ」

「でも」

「俺の名前はマルクス。マルクス・ド・ミリアリアと言う。マルクスでいいよ。よろしくね」

「ああ、こちらこそ」

そう言ったやり取りの後、サイトは食堂を出て、厨房の方へ歩いていった。

うん。

ルイズをたしなめサイトの好感を得る。

もう、これ見よがしに完璧なオリ主の行動に俺は内心何故俺はあの位置に居ないんだろうと思いながらも失笑を禁じえませんでした。

テンプレ乙。


食事を終えると二年生は召喚した使い魔とコミュニケーションを取るべく学園の庭でお茶会を開いている。

俺は今日も猫に変身してその光景を観察している。

隅の方で観察していると頭上から俺に声が掛けられた。

「あら、こんなところで使い魔を一人にして置くなんて。いったい誰の使い魔かしら?」

上を向くと赤毛のボイン…キュルケが俺を見下ろしている。

「ご主人様とはぐれたのかしら?私が連れて行ってあげるわ」

そう言って俺を問答無用で抱き上げる。

キュルケに抱き上げられて連れてこられたテラスで俺はキュルケの膝の上に乗せられている。

「あなた、いったい誰の使い魔なのかしら?それとも野良?」

そう話しかけながら俺の毛並みを撫でている。

ヤバイこれは気持ちいい。

は、いかんいかん。目的を忘れるな!

サイトの方をみると、原作通り給仕の真似事をしている。

その後ギーシュとのひと悶着の後原作通りサイトとギーシュの決闘という展開になった。

その騒ぎの乗じて俺はキュルケの元を離れ、人型に戻る。

その後ヴェストリの広場に集まる生徒達。

と言うか三色のマントが混合している所を見るに授業はいったいどうなっているのだろうね…

俺も人型で事態の推移を確認できるからいいけれど。

騒ぎを聞きつけてソラもヴェストリの広場にやって来た。

「アオ…」

隣に居るソラが心配そうに声を掛けてきた。

「大丈夫、サイトは勝つよ」

「そう」

勝つだろうけど勝ち方までは保障できない。

何ていったってあのオリ主野郎が居るのだから。

テンプレ的展開ならば恐らく…

「とりあえず、逃げずに来た事は、褒めてやろうじゃないか」

「誰が逃げるか」

ギーシュの物言いに威勢良く応えるサイト。

「さてと、では始めるか」

そう言ってバラの形をした自身の杖を振るうと、花びらが1つ零れ落ち、一体の青銅で出来た戦いの女神、ワルキューレがその姿を現した。

「な、なんだこりゃ?」

目の前に現れた予想もつかなかった物体に慌てふためくサイト。

「僕はメイジだ、だから魔法で戦う、よもや文句はあるまいね」

「て、てめえ」

不利を悟ったのか少し萎縮するサイト。

しかし。

「待ちたまえギーシュ」

その会話に割り込む奴が居た。

「なんだい?マルクス。よもや止めるつもりかい?」

そう、オリ主、マルクスだ。

「いいや、だが相手は丸腰の平民。それを一方的にいじめるのはどうかと俺は思うがね」

「ふむ」

「だからここは彼に平民の武器を与えてやっても良いのではないか?」

マルクスの言葉に少し考え込むギーシュ。

「それもそうだね」

そう言ってバラを一振り。

すると一振りの剣が現れる。

いやここは別に干渉するところじゃなくね?

サイトは怪我しないかもしれないがルイズとの仲も進展し…なるほど。

そういう訳か?

「その剣を掴んだら決闘開始だ。よく考えてその剣を掴みたまえ」

現れた剣をサイトは何の躊躇いも無く握る。

その後の展開は語ることも無い。

ガンダールヴのルーンを発動したサイトがギーシュのゴーレムを切り刻み、追加で出した6体のゴーレムすら瞬殺。

ギーシュに剣を突きつけて決闘終了。

その後ルイズが「ちょっとだけ見直したわ」とか言っていたような気がするが、そんな事は些細なことだ。


今の所は原作と大きな食い違いは無い。

だが、あからさまに原作に介入しようとしているマルクス。

こいつの行動如何によっては原作ブレイクも大いにありえる。

これは、これからも様子を伺う必要がありそうだ。


それからも学院で見かけるサイトの扱いは酷い物がある。

鞭は振るうわ、頭を踏みつけるわ、虐待もいい所。

まあ、本人にしてみれば人間ですらなく使い魔と言う事なのだろうが。

ライトノベルやアニメならば笑って見ている所だが、実際それを目の当たりにするとアレに惚れる奴の気が知れないくらい傲慢だ。

まあ、アレが普通の貴族の対応なのだろうけれど、元日本人としてはアレは無い。

恐らくサイトはルーンの効果と度重なる重度の危機によるつり橋効果でもあってあのルイズに惚れたと勘違いしたんじゃなかろうか?

様子を伺うにキュルケはサイトに興味を持ったようだ。

キュルケならマルクスに興味があるだろうと思っていたが、マルクスがキュルケ本人には余り興味が無い様子。

むしろタバサにモーションを掛けている素振りがある。

このロリコンめ。

現実世界ではタバサは俺の嫁とかいってたに違いない。


決闘騒ぎのあった最初の虚無の曜日。

朝早くからルイズとサイトが馬に乗って出かけていった。

おそらく王都まで剣を買いに出かけたのだろう。

なぜかマルクスも馬で併走しているのが気になるが、まあ、デルフリンガー入手は大丈夫だろう。

過去、俺も買いに行こうか迷ったけど我慢したしね。

恐らくマルクスもそんな愚行には及ぶまい。

しばらくするとサイトたちを追う様に風竜が飛んでいった。

恐らくキュルケとタバサだろう。

これでフーケフラグは成立したか?



その夜俺は自室で休んでいると、

ドゴンッ

遠くで壁を壊す音が聞こえてきた。

ルイズの爆発だろうか。


翌朝、職員全員と現場に居合わせたルイズ、キュルケ、タバサ、サイトそして恐らくオリ主パワーで居合わせたであろうマルクスを宝物庫に集め、オスマン学院長から宝物庫があらされ中にあった破壊の杖が盗まれた事が皆に告げられた。

俺はこっそり、又しても猫に変身して何食わぬ顔でその場に居合わせる。

教職員の罪の擦り付け合いから現場にいたルイズ、キュルケ、タバサ、マルクスの4人(サイトは使い魔なのでカウントされない)に事情を聞いている。

そんな時、オスマンの秘書であるロングビルが駆けつけた。

朝起きると宝物庫が荒らされていることに気づき、調査に出て、フーケと思しき人影の目撃証言を入手したそうだ。

黒ずくめのローブが此処から馬で4時間行った所の小屋に入っていったと近在の農民に聞いたとか。

いや、無いだろう?

気づけよ!

小屋の近くに居た農民に聞いたのなら馬で4時間の距離を朝から往復で8時間だぜ?

しかもルイズもルイズで。

「黒ずくめのローブ?それはフーケです。間違いありません」

とか言っちゃってるし…

アホでしょう?

黒ずくめのローブだけでフーケと決め付けるとか…

是非とも日本の推理小説をお貸ししたい。

…持ってないけど。

いかんいかん、俺はSEKKYOUを垂れるような人間には成らない!

その後、原作通りルイズ、キュルケ、タバサ、サイトの4人と、マルクスとロングビルを含めた6人で破壊の杖の奪還任務に着く流れとなった。


ルイズたちは馬車に乗りフーケを追っている。

俺とソラはドラゴンに変身して空からそれを追いかけている。

『マスター、もう少し高度を上げたほうがよろしいかと』

「どうかした?ソル」

『後方から風竜が一匹、此方に向けて飛んできています。恐らくあの青い髪の子の使い魔かと』

「あー、シルフィードね、了解。ソラ、いける?」

高度を上げても問題ないかと問いかける。

「大丈夫」

「解った」

そして俺達は一度高度をあげてシルフィードをやり過ごしその後ろを追いかけた。



何度か休憩を挟みながらルイズ達の後を追うこと4時間。

ようやく件の小屋が見えてくる。

俺とソラは猫に変身して林の陰に隠れて様子を伺う。

偵察のため剣を引き抜き小屋に近づいていたサイトがルイズ達と合流後、サイト達は小屋の中へ入っていく。

ルイズは見張りの為に小屋の外で待機のようだ。

それとは別に小屋から離れていく人物が居た。

ロングビルことフーケである。

折をみて巨大なゴーレムでけしかけるのだろう。

しばらくすると巨大なゴーレムが現れ小屋を襲った。

行き成り現れたゴーレムに慌てふためくルイズ達。

キュルケ、タバサは何発か魔法を当てた後、不利を悟ってシルフィードに跨り空へと退却。

ルイズはここぞとばかりに慣れない魔法を行使しようとルーンを唱えるがやはり失敗。

襲い掛かるゴーレムの攻撃から間一髪でサイトが助けに入り、そのままルイズは助けに降りてきたタバサの風竜に乗せられた上空へ。

「マルクス!サイト!」

風竜に連れられながらルイズは叫ぶ。

マルクスはサイトと一緒に地上に残ったようだ。

「悔しいからって泣くなよ馬鹿、何とかしてやりたくなるじゃねえかよ」

サイトが剣を構えゴーレムをにらめつける。

「本当だね」

同意するマルクス。

「何か作戦はあるか?」

サイトがマルクスに問う。

「そうだな、でかいの一発お見舞いしてやるから前衛を頼めるかい?」

「へ、了解」

了承の言葉と共にサイトはゴーレムへ掛ける。

その場に立ち止まりルーンの詠唱に入るマルクス。

上空では破壊の杖を持ち、タバサにレビテーションを掛けられて降りてこようとしているルイズ。

しかし。

「サイト君どきたまえ」

「おう!」

素早く距離を取るサイト。

「アルティメットフレア」

振られた杖の先から強大な炎の渦がゴーレムに直撃、跡形も無く消し飛ばす。

その爆風は凄まじい。

火・火・火・火のスクウェアスペル。

しかも使い手が尋常では無いためその威力は他の者が使うよりも遥かに強大だ。

その爆風に煽られ落下途中だったルイズはタバサのレビテーションの効果を途切れさせられて飛んでいく。

マジか!?

さすがにあのまま地面に叩きつけられたら死ぬような高さだぞ!?

タバサ達も爆風に煽られて体制を崩してしまってとてもルイズを助けるのに間に合わないし、サイトとマルクスは爆煙で見えていない。

俺は一瞬でドラゴンの姿になり空中を駆る。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

絶叫を響かせて落下していくルイズ。

俺は何とか空中でその身を掴み、地面との激突を回避する。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁっえ?」

地面との激突に恐怖していたルイズが何かにつかまれた事を感じ確認しようと後ろを振り返り、俺を見た。

ルイズが手放した破壊の杖は同じく飛んできたソラがキャッチしている。

俺は爆煙が張れる前にルイズを地面に無事に着地させる。

「銀色のドラゴン…」

ルイズの洩らしたその言葉にしまったと思いつつも、粉塵に紛れながら後退し、一瞬でその姿を猫に変えてその場を眩ました。

一体破壊されても諦めずに再度練成されたらしいゴーレムがまたもやサイト達を襲っている。

「っは、いけない。私はアレでゴーレムをやっつけるんだから」

ソラが置いていった破壊の杖を持ち、ゴーレムに飛び出していくルイズ。

その後の展開はほぼ原作通り。

使い方が解らないルイズからサイトが破壊の杖を取り上げ、発射。

崩れ落ちるゴーレム。

戦いが終わり、現れるロングビル。

そして破壊の杖を奪い、自身がフーケであると打ち明ける。

構えられた破壊の杖事ロケットランチャー。

サイトは単発と知っているゆえ怖がらず、フーケに近づき剣の柄で当身をして気絶させて一件落着。

「それにしても、よく無事だったわねルイズ」

と、キュルケが話し出した。

「何かあったのか?」

マルクスがキュルケに聞き返した。

「貴方の凄い魔法で落下途中のルイズが吹き飛ばされてしまったのよ。タバサも魔法の制御が効いていないようだったし」

キュルケの言葉にこくりと頷くタバサ。

「それは!?すまなかったルイズ。そんな事になるとは思いもよらず」

「え?ええ。大丈夫よ。銀色のドラゴンに助けてもらったから」

「銀色のドラゴン?」

いぶかしむキュルケ。

「一瞬しか見れなかったけど凄く綺麗な銀色だった」

「銀色ねぇ。そんな色のドラゴンなんて居たかしら?」

ルイズの返答に更に疑問を感じているキュルケ。

「マルクスはどう思う?」

「……え?あ。そんな色のドラゴン今までに確認されていないね……なんだ?銀色のドラゴンなんて知らない。イレギュラーか?」

最後の方は小声でそう洩らすマルクス。

「まあ、何はともあれフーケを捕まえて破壊の杖を取り戻したんだ。万々歳じゃないか」

サイトが細かい事はいいじゃないかと皆に言った。

「そうね」

そうして破壊の杖をめぐる事件は解決した。


しかし、問題はやはりあのオリ主野郎。

確かに俺やソラでは到底出来ないような威力の魔法だった。

四極という二つ名に恥じない物だっただろう。

だが!あの場面で使う必要は無かった。

本来居ないはずの人間がでしゃばり、流れを変えてしまった事で、ルイズが死ぬかもしれない事態に陥った。

俺が飛び出さなければルイズは死んでしまっていたかもしれない。

死なないまでもあの高さからの落下だ。

無事で済むはずも無い。

これは早急にマルクスを排除してしまわないとマズイ事になるかもしれない可能性が出てきた。

しかし、魔法の才や爵位などの関係で俺が奴を排除する事は難しい。

更にルイズやサイトといった主人公組のハートをキャッチしてしまっている点も捨て置けない。

現状打つ手は無いに等しい。

俺はまま成らない物だと憤りを感じながら、これからの事を思うと頭痛がする思いだった。 

 

第七話

学院に戻ると、ルイズ達は学院長室へ呼び出されている。

俺の記憶が確かならガンダールヴがどうのこうの、サイト自身の事の説明やなんやかんやがあるのだろう。

それらが過ぎて夜のフリッグの舞踏会。

俺はソラを伴って会場入りした。

目いっぱいドレスアップしたソラのその姿は歩く度に男どもの視線を吸い寄せる。

隣りを歩く俺は優越感に浸りながら会場を歩き舞踏会を楽しむ。

…楽しんでいるのだが、ソラが俺の側を離れないため、俺はパートナーを変えることが出来ずその日はずっとソラとパーティーを楽しんだ。




その日から暫く経ち、一時は上昇したサイトの扱いがまたしても急下降している。

ついにルイズによるサイトの犬扱いが始まった。

所構わず躾けと称して常備している鞭を振るっている。

現代日本だったら既に警察に捕まっているレベルだ。

それでもそれを受け入れているサイトはMの素質があるとしか考えられない。


その日、俺はいつものようにソラと教室の隅で目立たないようにして授業を受けていた。

普段の俺達は華美な装飾は着けず地味な教室の花…というより野草?のように目立たず、ひっそりと空気のようにクラスに溶け込んいる。

俺もソラもトライアングルクラスのメイジだが、そんな事は重りでしかないため普段はドットを装っている。

ラインメイジである同級生が幅を利かせているような状況でトライアングルですなんて、諍いの元でしかない。

空気のように目立たないようにしているのは、教室を抜け出しても誰も気にしないようにするためだ。

何かあったときの為に俺は出来るだけマルクスを監視できる立ち位置に居たいのだ。

ここに到って去年、原作と関わらないように同学年を避けた事が悔やまれる。

まあ、そんな感じで授業を受けていると、行き成り今日の授業は中止だとコルベール先生が教室を回りながら伝言を伝えてきた。

どうやらトリステイン王国皇女であるアンリエッタ姫が隣国ゲルマニアの視察から戻る際にこの魔法学院に立ち寄ったらしい。

俺はアンリエッタ来訪と言うキーワードでついに来たかという思いだ。



俺も一度部屋に戻り、正装して、学院の門へとおもむき整列する。

するとやってくるユニコーンに引かれた馬車。

その窓から手を振っているアンリエッタ姫殿下が見える。

その近くで馬車を守るように併走するグリフォンに跨った男。

羽帽子と長い口ひげを見るにあれがワルド子爵か。


その日の夜、俺は猫に変身してルイズの部屋の近くに張り付いていた。

隣りにはソラも猫になって待機している。

すると案の定、頭巾を被った人影がルイズの部屋をノックし、隠れるように部屋の中へ消えた。

そして、その後をつけるように現れたギーシュ。

ルイズの扉に張り付くと耳を引っ付け聞き耳を立てている。

更にそのギーシュを付けて来たマルクス。

コイツの魂胆は読める。

タイミングを見はかりギーシュをだしにしてアンリエッタに接触。

その勢いでルイズ達と一緒に行動するつもりなのだろう。

暫く様子を伺っていると、そろそろかとあたりをつけたマルクスがギーシュに声をかける。

「ギーシュ。こんな所で何をしている?」

こんな所…女子寮だが、そんな事を言ったらお前もだろう?いや…その点では俺もか。

「え?あ、マルクスか?」

不意に掛けられた言葉にぎょっとなって振り返ってギーシュが言った。

かなり大きな声で話していたのだろう。

ガチャ

その声に気が付いたであろうルイズがドアを内側から開けた。

「あんた達何やってんの?」

「いや、その、これはだね」

ルイズの問いかけにギーシュはあわあわしながら返答する。

そんな受け答えをした後2人は部屋の中へとルイズに引きずりこまれていった。



翌日、アンリエッタ姫殿下の密命を受けたルイズ、サイト、ギーシュ、マルクスの四人と、アンリエッタの命を受けたワルド子爵を含めた一行はアルビオンへ向けて旅立っていった。

馬は使わず、ワルドのグリフォンとマルクスの大火竜に別れて乗り、目的地を目指している。

ルイズはワルドのグリフォンに同乗しているところは原作と変わらないが、サイトとギーシュは大火竜の背に乗っている。

俺とソラもドラゴンに変身して高高度から後を追いかけている。

大地を行くグリフォンは豆粒ほどの大きさだ。

馬では無い分、旅の行程は原作より速いのではないだろうか?

それでも予定調和のように一行は夜盗に襲われている。

応戦しているサイト達。

すると後方から現れた風竜。

その背に跨るタバサから攻撃魔法が夜盗目掛けて飛んでいく。

夜盗を蹴散らし無事にルイズ達に合流したキュルケたち。

2人を加えた一行は急ぎ港町、ラ・ローシェールに向っていった。

町に着いた一行はその日の宿を求め『女神の杵』亭へと赴いた。

そこで二日ほど滞在する予定のようだ。

船の出港の都合上、出発は二日後になるからだ。

俺とソラも無事にラ・ロシェールに入り、フードを深く被り、変装すると堂々とルイズ達が泊まっている『女神の杵』亭へと入り、宿を取った。



翌日、朝も早くにサイトはワルドに連れられて錬兵場へとやってきていた。

ワルドに立会いを申し込まれたらしい。

この辺は原作通りだ。

錬兵場で待っていたのはルイズとなぜか一緒にいたマルクス。

ルイズとマルクスの介添えの下、サイトとワルドは立会い、結果、サイトはワルドの魔法で吹き飛ばされて敗退。

「わかったろうルイズ。彼ではきみを守れない」

ワルドがしんみりした声でルイズに言った。

「……だって、あなたはあの魔法衛士隊の隊長じゃない!陛下を守る護衛隊。強くて当たり前じゃないの!」

「そうだよ。でもアルビオンに行っても敵を選ぶつもりかい?強力な「失礼」…なんだね?」

ワルドの話を遮るようにマルクスが発言する。

「僕達は一人じゃないんです。サイト君一人で守れないのなら僕達が一緒に守ってあげればいい」

「そうかも知れないが…」

立会いとは名ばかりで、実際はルイズの好感度アップを目論んでいたワルドは言葉に詰まってしまう。

「それに僕は貴方よりも強い」

「な!?幾ら噂に聞く四極だとは言え、少し調子に乗りすぎではないかね?」

「試してみますか?」

「や、止めなさいよマルクス。ワルド、貴方も此処は引いて頂戴」

しかし、どちらも引かない。

成り行きで2人は決闘をする事になったようだ。

「魔法衛士隊の隊長の実力をお見せしよう」

少しキレ気味のワルド。

「御託はいいので、はじめましょう」

自信に満ち溢れているマルクス。

勝負はやはりというかなんというか、マルクスの圧勝だった。

マルクスの戦い方はやはり杖を剣に見立てて、剣士のように杖を振るいつつルーンの詠唱の隙を埋め、魔法を放つ。

しかもその体捌きは鮮麗されていて一流の剣士のよう。

魔法を唱えてもそもそも総ての系統ともスクウェアのマルクスに隙は無く、相性の良い魔法を瞬時に選び、相手の攻撃を半減させ、こちらの攻撃は確実にヒットさせている。

程なくしてワルドはその身を自身の得意な風の魔法で吹き飛ばされてしまった。

風のスクウェアのワルドとしては屈辱だろう。

「僕の勝ちですね」

「あ、ああ…」

茫然自失なワルド。

「ルイズ、サイト君、行きましょう」

「あ、ああ。すまなかったなマルクス」

「いえいえ。僕もあのヒゲは気に入らなかったですから」

「ちょ、ちょっと2人ともワルドになんて事してくれたの!?」

「彼自身もサイト君に同じことをしていたのに、ルイズは彼の心配をするのかい?」

「う、うぅぅぅぅぅ」

マルクスの問いかけに答えられず、ルイズは押し黙る。

その後ワルドは立ち上がるとふらふらとどこかに消えていった。

「ワ、ワルド」

「とりあえず一人にしておいてやろう」

ルイズは唇をかんだが、マルクスに連れられて『女神の杵』亭へと戻っていった。


その夜、俺とソラは1階の酒場で夕食を取っていると行き成り現れた夜盗に襲撃された。

俺達は他の貴族の客と同じくテーブルの下に隠れてやりすごす。

その夜盗達をキュルケ、タバサ、ギーシュ、マルクスとワルドの五人が魔法で応戦している。

俺とソラもソル達を起動させ、一応はいつでも応戦できるように身構える。

すると2階の方からルイズを伴ったサイトが降りてきてマルクス達と合流した。

吹きさらしの外に巨大なゴーレムの足が見える事からどうやらフーケは無事に脱獄したらしい。

暫くマルクス達は魔法で応戦していると、ワルドが低い声で提案する。

「いいか諸君。このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ、成功とされる」

その言葉を聞いたタバサは自分と、キュルケ、ギーシュを杖で指して「囮」と呟いた。

それからワルドとルイズ、才人を指して「桟橋へ」とも。

「ちょっとちょっと、マルクスはどうするのよ?」

キュルケがタバサに訊ねる。

タバサは自分で決めてといった視線をマルクスに投げかける。

「僕はルイズ達に着いていこう」

そして、タバサ、キュルケ、ギーシュを残しルイズ達は裏口から桟橋へと向かった。


残されたキュルケ達は頭を使い反撃に出た。

厨房からギーシュのゴーレムが油の入った鍋を持ってきて入り口に向って投げつける。

散らばった油に向かいキュルケが魔法で着火し、夜盗を追い払う。

「見た?わかった?あたしの炎の威力を!火傷したくなかったらおうちに帰りなさいよね!あっはっは!」

キュルケは調子に乗っている。

「よし、ぼくの番だ」

キュルケにいいところを取られたギーシュがワルキューレを操り夜盗に突っ込ませようとした時入り口が轟音とともに無くなった。

立ち込めた土煙の中にゴーレムの影がたち込める。

「あちゃあ。忘れてたわ。あの業突く張りのお姉さんがいたんだっけ」

「調子にのるんじゃないよッ!小娘どもがッ!まとめてつぶしてやるよッ!」

キュルケがフーケを挑発する。

その後ギーシュが大量の花びらを練成、それタバサが風の魔法で操りフーケのゴーレムに付着させる。

それを錬金で油にかえフーケのゴーレムに浴びせかけた後、キュルケが『火球』で着火した。

一瞬で発火して火達磨になるフーケのゴーレム。

「こしゃくな」

「何を苦戦している」

炎に包まれたゴーレムの横に、仮面を被り黒いマントを着た男性が立っていた。

男は杖を構えフーケのゴーレムに向けて風の魔法を掛けた。

男のかけた魔法はフーケのゴーレムにまとわり着いた炎をその風の力で吹き飛ばした。

「ち、助かったよ」

「手伝おう」

そう言って店の中に入ってくる男。

「あの仮面の男。強い」

「タバサ?」

入ってきた男の力量を見抜きタバサに緊張が走る。

「誰であろうとこのギーシュが返り討ちにしてあげるよ」

そう言ってギーシュは新たに生み出したワルキューレを操り仮面の男に向わせる。

しかし男から放たれた風の魔法で吹き飛ばされ、その形を維持しきれなくなって消滅した。

「な!」

「ギーシュ。あんた何やってんのよ?」

「使えない」

余りにもギーシュの使えなさぶりにキュルケとタバサが呆れ気味に呟いた。

その光景を俺は机の下から盗み見て驚愕した。

な!?

どうしてワルドの偏在の一体がこっちに来ている?

これもマルクスが関わった事による影響か?

マルクスと決闘したワルドが負け、マルクスの力に驚愕したワルドが少しでも邪魔される確率を下げる為に後続のキュルケ達を確実にしとめるようとでも思ったのか?

ワルドが放つ風の魔法に段々とキュルケ達は押されていく。

ドットメイジであるギーシュは言わずもがな、キュルケとの相性もそれほど良くはない。

放つ炎の魔法をその風で総て弾いてしまっている。

唯一対抗できるであろうタバサもフーケとワルド、2人の相手は流石に荷が重いらしい。

「アオ。このままじゃ」

「ああ。わかっている」

『女神の杵』亭は既にあちこち破壊されている。

酒場に居た他の貴族達は夜盗が逃げ、フーケ達の目標がキュルケ達で固定されている隙に逃げ去って行った。

未だ中にいる貴族は俺達とキュルケ達のみだ。

防戦一方のキュルケ達。

その攻防もそろそろ終わりだ。

「精神力が切れた」

そう言って机の陰に隠れたタバサを筆頭に3人の反撃がやむ。

「あたしも」

「ぼくもだよ」

キュルケ、ギーシュも精神力が切れたようだ。

「あんた何もやってないじゃない!」

そうは言ってもトライアングルとドットでは同じ威力の魔法でも使う精神力が違うのだ、ギーシュの精神力切れも仕方ない。

「どうすんのよ!」

慌てふためくキュルケに沈黙のタバサ。

「ど、どどど、どうしようか!?」

ギーシュはすでにパニックになり精神の限界を超えている。

「終わりだ」

そう言って杖を振り上げるワルド。

ちょ!

またかよ!

何でまた原作キャラが生命の危機に陥っているんだ!?

ああッくそ!

「きゃあああああ」

キュルケが悲鳴を上げる。

俺はフードを深く被り左手にソルを握り直し、ガンダールヴ(偽)のルーンを発動させる。

そして向上された運動能力で一気に距離を詰め、ワルドを出入り口の向こうまで蹴り出した。

「ぬっ!?」

吹き飛ばされていくワルドの偏在。

「あれ?生きてる?」

「………」

呟くキュルケと何が起きたか確認しようとするタバサ。

「ソラ!」

俺は机の下で待機していたソラに向って叫ぶ。

俺の掛け声に頷いたソラはルナを握りしめ立ち上がる。

俺はそれを確認すると吹き飛ばされたワルドへ向い走り出した。

それを追いかけるようにソラも店の外へ。

「ゴーレムを頼む」

「うん」

俺の頼みに頷くソラ。

それを確認して俺はワルドに向き直る。

「君達はいったい誰だね?私たちは君達には用は無いのだが」

その質問に俺は答えずにソルを構える。

ガンダールブのルーンと強制発動してしまっている写輪眼。

ヤバイ。どんどん精神力が削られていく。

戦闘はもって後2分。

俺は駆け出してワルドとの距離を詰め一気にソルを振り下ろす。

『サイズフォルム』

鎌の形に変形したソルからブレイドの呪文で形成された刃が飛び出る。

「ぬっ?」

予想外だったはずの俺の攻撃にしっかり対応して自分もブレイドで受け止めるワルド。

その後も俺は強化された肉体でソルを振り回し、ワルドを攻撃する。

しかしその攻撃の総てに対処しつつさらに呪文の詠唱を開始するワルド。

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ」

詠唱の完了と共に杖を突き出し空気のハンマーがその杖から放たれる。

俺は直前で攻撃を避けるように空へ飛び上がりワルドの攻撃を避けた。

攻撃を避けられたのはやはり写輪眼による動体視力の強化があってのことだろう。

ああっくそ!

強い!

強化されたはずの身体能力でソルを操り攻撃してみたがその総てを防がれ、その上で呪文を詠唱して反撃までされてしまった。

これほどの実力を持つワルドを圧倒したマルクスってどんだけだよ!?

同じ転生者としてちょっと不公平じゃないか!?

しかも本体じゃなくて偏在に翻弄されている俺。

かっこ悪い…

俺の残りの戦闘時間はこのままでは後1分と言ったところ。

その時間で勝負がつかなければ俺の負け。

『デバイスモード』

ブレイドを破棄し、斧の形態に戻す。

俺はソルを突き出すと魔法を形成する。

『フォトンランサー』

「ファイヤ!」

空中からワルドに向けて無数のフォトンランサー(偽)が襲い掛かる。

「な!?」

まさかフライを使いつつ俺が魔法を撃って来るとは思わなかっただろうワルドが一瞬硬直し、かわしはしたもののその動きが鈍くなる。

俺はその隙を見逃さず。

『リングバインド』

風の呪文で形成させた拘束の魔法でワルドの四肢を拘束する。

「うおおおりゃあああ」

『サイズフォルム』

再び変形するソル。

そして今度こそ俺は動けないワルドに接近してソルを振りかぶり、渾身の力を込めてワルドの偏在を切り裂いた。




「あの人たち誰よ!?」

「わからない」

キュルケの問いかけにタバサが答える。

「でも、助かったのは事実だね」

ギーシュが安堵したかのように呟く。

精神力の切れた3人では加勢に加われず、2人の戦闘を見ているしかない。

すると仮面の男が、キュルケ達のピンチを救ったフードの男の攻撃で消失した。

「すごい」

タバサが呟く。

「本当ね。でもギリギリって感じだったわね」

「そうじゃない」

「え?」

「彼、フライの魔法を使用中に他の魔法を二つも使用した」

「え?」

「それにあっちも」

そう言ったタバサの視線の先にはゴーレムの相手をしているソラがいた。

「ちょこまかと飛び回るハエがぁ!」

フーケがゴーレムの周りを翻弄するように飛び回るソラに向ってゴーレムで攻撃しようとするが、空中を駆け回るソラには当たらない。

「ルナ」

『サイズフォルム』

そして形成されるブレイド。

「アーク・セイバー」

空中を飛びながらソラはルナを変形させ、その杖に宿らせたブレイドの魔法をゴーレムに向って撃ち放った。

放たれた魔法は、その鋭さでゴーレムの腕を切り裂き、切断する。

「ちっ!」

しかしすぐさまフーケは杖を振り、切断された腕を再生させる。

そして再生された腕を振り回しソラに攻撃する。

その攻撃もやはりソラは距離と取ってかわす。

『フォトンランサー』

「ファイヤ!」

上空から放たれる無数の魔法の矢。

その魔法はやはりゴーレムを射抜くが、削れはしても決定打にはならない。

するとワルドとの戦闘を終えたアオから声が掛かる。

「ソラ!合わせろ!」

その声に頷いて距離を取るソラ。

「何をしようってんだい」

今までの攻撃では致命傷を負わせられたかったフーケは様子を見る事に決めたようだ。

『『サンダースマッシャー』』

すると2人から無詠唱で放たれる極大の雷の閃光。

「「サンダーッスマッシャーーーーー!」」

ゴーレムに向かいVの字に襲い掛かるサンダースマッシャー(偽)

ゴーレムに直撃した魔法はその体を突き破り粉々に打ち砕いた。

その煙が晴れた時、フーケは勿論、アイオリア、ソラフィアの姿も共に消えうせていた。

その様子を見ていたキュルケが呟く。

「逃げたわね。結局あのフードの2人は誰だったのかしら?」

「謎」

タバサが簡潔に返す。

「とりあえず、助けられたってことね」

「まあ、助かったんだから良かったじゃないか」

空気を読まないギーシュがそう話をまとめた。

◇ 

 

第八話

俺はゴーレムに放ったサンダースマッシャーで精神力を使い果たし、何とかその場からは逃れた物の、写輪眼の反動ですでに限界。

この事件の詳細は俺はこれ以上知る事は出来なかった。

何故なら俺はあの後気を失って丸一日寝ていたのだから。

ソラはそんな俺の側で看病していてくれた。

俺が目を覚ました時には既にタバサ達は出発していて後を追いかけることも出来なかった。

だから俺はアルビオンで何があったのかは知らない。

ウェールズは原作通り死んだのか、それともあのオリ主やろうが生かして匿ったりしているのかも…

タバサ達を見失った俺達は、一足先に学院へと戻る事にした。

アルビオンに出向いた所で地理に詳しくない以上合流できる確率は殆どないからね。

その後、誰一人欠けることなく学院に戻ってきた様子に俺は心底ほっとしたものだ。

だって今回も些細な事象の変化で今度はタバサ達が命の危機に陥ったのだから…

ホント勘弁してください…

こうして姫殿下からもたらされた騒動は一応の解決をえたのだった。



アルビオンがクロムウェルの手に落ち、本格的にアンリエッタ姫殿下とゲルマニア皇帝との婚儀が締結されるようだ。

最近、学院に戻ってきたルイズの手に古びた装丁の本を開いている様子をうかがうことが多くなってきた。

どうやらアンリエッタの婚儀で使う詔を考えているらしい。

つまるところ、あの本が始祖の祈祷書。

更に数日が経つとルイズはサイトを自室から追い出してしまった。

どうやら本格的に喧嘩してしまったようだ。

ルイズをたしなめるマルクスをよく見かけるが、どうにも聞き入れてくれては居ないらしい。

サイトはヴェストリの広場の片隅でテント生活を送っている。

それを見かねたキュルケがサイトを誘い宝探しに出かけていった。

マルクスも一緒について行ったようだが、今回は俺は知らん。

マルクスもゼロ戦を持ち帰ってくるつもりだろうからそうそう原作の改変などはおこなわないだろう。

シエスタの祖父の墓石の文字を読んだりはしてそうだが…

更に数日が過ぎるとなにやら学院が騒がしい。

確かめてみると、どうやらサイトたちは無事にゼロ戦を手に入れたようだ。

しかもここまでのゼロ戦を運んできた竜騎士達への運賃は、領地経営でかなり儲かっているマルクスが立て替えている。

太っ腹な事で。

学院に運び入れたゼロ戦はコルベール先生の研究室と言う名の掘っ立て小屋へと収納される。

コルベール先生の知的好奇心で興奮するさまはドクターを思い出される。

そう言えば最近会っていないな。

しばらく距離を置いていた事が幸いしたのか、ルイズとサイトはようやく仲直りしたようだ。

雨降って地固まるってやつだ。

コルベール先生の研究室の側で俺は猫になり聞き耳を立てていると、ようやくガソリンが完成したらしいという声が聞こえてきた。

そしてそのガソリンを使い一度エンジンをかけてみる事に成功。

しかしガソリンの量が絶対的に足らず、直ぐにエンスト。

最低、樽で5本はいるとコルベールに告げるサイト。

「そんなに作らねばならんのかね!まあ乗りかかった船だ!やろうじゃないか」

と、息巻くコルベール。

「僕も手伝いますよ」

なぜかサイトと共にコルベール先生の研究室に入り浸っていたマルクスが協力を申し出ていた。

「おお、四極のマルクスが手伝ってくれるなら心強い。錬金はやはり土メイジの専売特許だからね、火の私では少々辛いところだ」

「任せてください」

確かにチート能力なマルクスならすぐさま樽五本くらいなら錬金できるだろうよ。

精神力もルイズには及ばないが、俺の何倍もあるしね。

その後研究室に乱入したルイズにサイトはその場から引きづられて出て行ってしまった。




それから数日、ついにアルビオンからの宣戦布告の報告が、この魔法学院にも入ってきた。

その報告は学院長あてであり、一般学生には未だ情報は漏れては居ないが、偶然学院長室の前で聞き耳を立てていたサイトたちの耳に入り、いきりたってサイトはゼロ戦を起動して飛び立とうとしているのが見える。

「アオ?あの飛行機飛ばす気なのかな?」

中庭が慌しくなってきた様子にソラが問いかけてくる。

「アルビオン軍が攻めてきたんだ」

「戦争?」

マルクスは今回は裏方に回ったようだ。

ゼロ戦が離陸するために必要な滑走路を錬金の魔法で作り出していた。

「ああ、だけど直ぐに今来ている分の軍隊はけりがつく」

「そうなの?」

「ああ、ペンタゴンの失われた一角が蘇る」

「虚無?」

「ああ」

そんな話をソラとしているとゼロ戦を駆って上空へと飛んでいくサイト達。

「今回は後をつけないの?」

「ゼロ戦の速度には追いつけないよ」

「そうだね」

「でも一応見に行ってみる」

「わかった」

そう言って俺達はドラゴンに変身して空を駆けた。

タルブの町が視界の奥に見えてくる。

その時、視界の先で目が焼けるような光の球が爆発した。

「あれって…」

「虚無だね」

初めて見るその威力に俺は驚愕した。

アルビオン軍の船が次々と落ちていく。

あの閃光の一撃で勝敗は決したようだ。

それを確認して俺はソラに告げる。

「帰ろうか」

「うん」


アルビオンとの初戦に勝利を収めたトリステインは、アンリエッタのゲルマリア皇帝との婚約を破棄、今やアンリエッタはトリステインの女王だ。

最近メイドのシエスタが今までにまして積極的にサイトにアプローチを掛けているのを見かける。

この前の戦でゼロ戦を駆り、タルブの窮地を救った事でかなり好感度が上がったようだ。

更に数日過ぎるとルイズの態度が豹変した。

サイトにべったりして自己すら保てない様子。

惚れ薬を飲んだな…

更に数日、どうやらサイト達はラグドリアン湖へと出かけたようだ。

惚れ薬の解除薬に必須な水の精霊の涙を取りにいったのだろう。

例のごとくマルクスも一緒だ。

今回は俺達もこっそりと後をつける。

いつものようにドラゴンに変身して後をつけていると森の中にキラキラ光る鏡のような物が幾つも反射しているのを発見した。

「ん?」

「アオ?」

「何でもないよ、ソラ」

後で気づいた事だが、あれは世界の綻びだったのだろう。


その後様子を見るに、原作とほぼ変わらずサイトが水の精霊の願いを叶える代わりに水の精霊の涙を無事ゲットし、魔法学院へと帰っていった。

学院に戻り、惚れ薬を解除されたルイズは今までのことを覚えているのか、荒れに荒れていた。

その後は何事も無く、その日は就寝。

惚れ薬事件はこうして幕を下ろした。

しかし、実は原作ではアンリエッタの誘拐を阻止するイベントが発生しているはずだったのだ。

だが実際はそのイベントは起きなかった。

この事を後々後悔する事になる。



さて、明日から夏休みと言う事で、俺とソラも自領に帰る事にした。

トリスタニアに居る兄に顔を見せにいっても良いのだが、面倒だし、何より実は未だに紹介していないソラを会わせるのが面倒だったと言う事もある。

気になる点と言えば、ルイズ達がトリスタニアに向わず、ヴァリエール領へと帰る準備をしているところか。

マルクスの事は知らん。

しかし聞いた話ではミリアリア領の執政はすでにマルクスの采配で動いているらしい。

であるならこの夏休みは戻らないと自領が立ち行かないだろう。

そして今、俺達は久方ぶりにドクターのもとを尋ねている。

俺は小屋の扉を開け、中に入る。

何時ものように乱雑に散らかされた床の物を避けながらドクターを探すと部屋の奥でまた何かを研究しているドクターの姿を見つける。

「ドクター」

俺のその声にドクターは研究をやめ振り返る。

「あ、ああ君達か」

「お久しぶりですドクター」

と、ソラフィア。

「君達が魔法学院へと赴いてしまってからめっきり楽しみが減ってしまってな。思いのほかお主らとの語らいは楽しかったようだ」

ドクターがそんな柄にも無い言葉を発した。

「そんなことよりドクター、頼みがあるのですが」

「お主の頼み事は大抵無理難題な事が多いのだが、なんだね?」

「実は、例のアレ、出来てませんか?」

「アレか?まあ、出来てはいるのだが、弾の生成が困難な上に高価でな、1ダース造るのがやっとといった所だが、それでも必要か?」

「ああ。ちょっとこの前かなり腕の立つスクウェアクラスの魔法使い、それの本体では無く、偏在の1体と戦ったんだけど」

「それはまた…」

「それで、何とか勝つには勝てたんだけど、偏在相手に結局写輪眼とガンダールヴの併用でギリギリ。しかも最後は精神力切れで気絶。実質戦闘時間2分半…泣ける」

「はっはっは」

「笑い事じゃないんだけどね。だけど、これから先、またそんな相手と戦う機会があるかも知れないから…」

「杖のパワーアップを頼みたいと」

「うん」

「わかった、頼まれよう。しかし改造は直ぐに出来るが弾の生成には時間が掛かる。およそ2ヶ月、それも出来て1ダースが限界だからな」

二ヶ月かかって1ダースか…

まあ、最後の切り札が欲しいだけだし、十分か。

「それでいい」

「そうか、それで?改造はお主のソルだけで良いのか?」

「いや、ルナの方も頼みたい」

「ルナも?」

今まで会話に入ってこなかったソラがルナの事を話題に出され問いかけた。

「そ、切り札は持っておかないと」

「それじゃ先ずは杖の方の改造からだ、ほれ、ソルとルナをこっちによこせ」

ドクターに言われ俺とソラはソルと、ルナをドクターに手渡した。

「一週間ほど掛かるからな」

「わかった、とりあえず一週間後また来る」

此処での用件を済ませ、俺達はドクターの古屋を後にした。

ドラゴンに変身して飛び立つ。

杖無しでも使える変身能力…

最初は躊躇いもしていたが、ドラゴン等は空を飛べる。

ぶっちゃけかなり便利です。

俺達は久しぶりの空の散歩を楽しみつつ屋敷に戻るのだった。 

 

第九話

夏休みも終わり、学院に戻ってきた頃には総てが手遅れだった。

何故ならトリステイン王国はアルビオンとガリアの連合軍によりあっさり侵略されてしまったのだから。

事の起こりはそう、学院が始まってしばらくしての事。

原作では男の貴族達は徴兵され、錬兵で忙しいはずの頃。

アルビオンと一戦交えたはずなのにどこか他人事のように感じられるトリステイン。

奇跡のような戦勝で飾った初戦に国全体が浮き足立っているかのようだ。

その日も別になんという事はない、特に特筆するべき事柄のない普通の一日のはずだった。

しかし、闇夜に乗じて魔法学院に現れるアルビオンからの刺客。

彼らはまず力の弱い貴族の子女を人質に取り、学院長室に押入り、学院長を脅した。

学院長に事を伝えさせず学院の貴族達を一堂に集めさせ、その後武力によって杖を提出させた。

何人か好戦的な学生も居たが、相手の力量の方が数段上。

そんな学生は皆、刺客達の魔法で気絶させられていった。

その恐怖もあいまって唯々諾々としたがう学生達。

魔法使い、杖が無ければただの人。

杖を取られてはなすすべが無い。

普通、杖との契約は何日も掛けてするもの故、代わりの杖を持っている魔法使いはまれだ。

まあ、俺とソラは提出を求められても、いつも持っているフェイクを提出しただけだったが。

首から提げている待機状態のソルが俺の杖だ。

誰も宝石が杖だとは思うまい。

食堂に集められた俺達。

とりあえず俺はソラの側に寄り、状況の確認に努めた。

杖さえ奪ってしまえば此方の抵抗を封じられると思っているのか、拘束らしい拘束はされていない。

まあ普通に考えて、抵抗しようにも相手の杖が突きつけられた瞬間に抵抗しようとする意思など恐怖で封じられてしまうのだろうが。

キュルケ、タバサの姿は見えない。

恐らく感か何かが働き、食堂に来なかったのだろう。

どこかに潜伏している可能性が高いか?

ギーシュ、モンモランシーはガクガク震えている。

サイトは今にも刺客につかみかかろうとしているルイズを必死で止めている。

しかし、声までは抑えられなかったようで、場の空気を読まないルイズが高慢な貴族そのままに言う。

「ちょっと、あなた達。即刻ここから出て行きなさい」

「おい、ルイズ!落ち着けって」

必死になだめるサイト。

「何よ!」

その言葉を耳にした傭兵上がりの刺客達は笑いながら返答する。

「あははははは、聞いたかお前達」

隊長らしき男が仲間達に言う。

「あはははは。勇ましい嬢ちゃんだ。だがどうにも礼儀って物を知ってないようだ」

刺客の男達がそう答える。

「だな。ここは俺達が礼儀って奴を教えてやらねば碌な大人になれまい?」

「そうだそうだ」

隊長の言葉に同意する刺客の男達。

「そういう訳だ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは今から俺達の偉い説教を受けてもらう。こちらへ来い」

下卑た笑いをこらえながら隊長の男が杖を構えて言い放つ。

「いやよ!」

「ルイズ」

「何で私があんな品の無い傭兵どもに説教なんて受けなければ成らないのよ!」

うわぁ…

なんだろう、もはや記憶もおぼろげだが、ルイズは此処まで高慢だっただろうか?

そんな事を考えていると、傭兵達がルイズを取り囲み、ルイズを連れて行こうとする。

「や、止めるんじゃ」

と、ここで一応保護責任がある学院長が傭兵達に懇願する。

「ああ?じじいは黙ってろよ」

そう言って傭兵の一人に殴り飛ばされる学院長。

「ぐふっ」

「ちょっと!老人になんて事を!」

ルイズが喚く。

「ちょっと手が滑っただけだ。それよりも、オラ!来な!」

再びルイズに掴みかかる。

「きゃあ!」

「やめろ!」

サイトがルイズを助けようと間に入る。

「何だ?ナイト気取りか?」

「くっ」

間に入ったは良いが、武器の持ち合わせが無くルーンを発動させられないサイト。

ここは食堂だ、デルフリンガーは部屋に置いて来たのだろう。

見渡せばナイフの一本くらいはあるだろうが、ナイフは武器として使用できるかもしれないが、武器として作られたものではない。

握ったとしてもガンダールヴのルーンは輝かないだろう。

「ガキが、そこを退け」

「断る!」

「後悔する事になるぞ?」

「やってみろよ!」

その体1つでルイズを守ろうとするサイト。

しかし。

「ファイヤーボール」

男の放った炎弾がサイトに直撃し吹き飛んだ。

「サイト!」

慌てて駆け寄るルイズ。

サイトは火達磨になった体を床に転げまわって何とか鎮火する。

しかしその体はあちこちが焼けただれ、一刻も早く治療しなければ命に関わる。

しかし。

「歯向かわなければ死なずに済んだかもしれないものを」

「サイト!サイト!ねえ、誰か、水の魔法を!」

ルイズの懇願、しかしその言葉に答えるものは誰も居ない。

何故なら皆杖を取られ、既に燃やされているのだから。

「嫌!ダメ!死なないで、サイト!ねえ、誰かお願い、助けて」

瀕死の重傷のサイト。

どうしてこうなった?

こんな事は原作には無いはずだ。

しかし現実はサイトは重症で一刻を争う事態。

最悪だ…

どうしたらいい?

俺はマルクスを盗み見た。

するとマルクスのその表情は蒼白で、困惑している。

おい!いつもの余裕そうな表情はどこ行った!

そんな事を思っていると、突然食堂の窓と言う窓が破壊され、ガラスが宙に舞う。

「きゃーーー」
「うわっ」
「何だ?」

あっけに取られている一同。

俺も一瞬あっけに取られたがその混乱に乗じて食堂の入り口から風の魔法が叩きつけられた。

更に混乱する食堂の中で、混乱に乗じて潜入してきたキュルケが瀕死のサイトに近寄りレビテーションを掛け、サイトを運び出そうとしている。

しかし、流石はプロの傭兵、直ぐに混乱から立ち直り、入り口の方へと向う者と、サイト達の方へ向かうものが3人ずつ。

先ほどの風の魔法は恐らくタバサだろう。

しかし、普通ならこのタイミングでは仕掛けなかっただろう。

もっと情報を集め、王宮なり何なりの手を借りるはずだ、しかしサイトの瀕死にキュルケが懇願したか?

何はともあれピンチである。

「ソラ!」

俺は隣りにいたソラに声を掛けると胸元からソルを持ち出す。

「ソル!」
「ルナ」

ソラも俺の言いたい事がわかったらしく瞬時にルナを握り締めていた。

『『スタンバイレディ・セットアップ』』

すぐさまその身を斧を模した杖へと形を変えるソルとルナ。

俺は左手にソルを持ち直すとガンダールヴ(偽)の効果で強化された身体能力で混乱した食堂を駆り、サイト達に近づく3人の男達を背後から一撃で意識を駆り落とそうとしたが、二人までは成功したが残りの一人は防がれてしまった。

「ちいっ」

悪態をついてその場から離れると俺の横を魔法が飛んで行った魔法が最後の一人を吹き飛ばした。

ソラフィアの援護だ。

それを確認して俺はまた全速力でサイト達に駆け寄る。

「え?あの、貴方は?」

混乱したキュルケが俺に問いかけてきた。

しかし、それに答えている暇は無い。

振り返るとこちらに向けて杖を向け、魔法を放ってくる傭兵達。

『ディフェンサー』

しかし、それは間に入ったソラフィアの防御魔法によって防がれる。

今のうちだ!

「サイトは俺が運ぶ、ソラ!悪いがルイズを頼む」

「うん」

了承してくれるソラ。

本当に心強いパートナーだ。

俺はサイトを強化された握力で小脇に抱えると、ルイズ達に向って言い放つ。

「逃げるぞ!悪いがキュルケは自分で飛んでくれ」

「え?ええ」

すぐさまレビテーションを掛け壊された窓へと向っていくキュルケ。

俺もサイトを抱えつつフライの魔法を使用。

「ソラ!」

ソラに声をかけると、急ぎルイズを抱えフライの魔法をかける。

しかし、そこを狙ったかのように魔法が飛んでくる。

『ディフェンサー』

今度は俺が飛びながらソラの前に立ち、防御を展開する。

「あなた達は!?」

「うるさい!黙ってろ」

ルイズの問いかけを封殺する。

まずい、俺の精神力の限界が魔法使用無しで3分切った。

「ちょっと待ってくれ!ぼく達も連れて行ってくれ!」
「待ってよギーシュ!」

そう言って俺の脚に捕まるギーシュとモンモランシー。

くそ!邪魔だって!

しかも重い!

しかし振り落とす時間さえ勿体無い。

俺達は急ぎ壊された窓から食堂を出て、闇夜に乗じて一度火の塔の屋上へ。

「ねえ?これからどうするのよ?」

「飛んで逃げる」

キュルケの問いかけにそう答える俺。

「まって、魔法じゃそんなに長距離は飛べないわ。タバサ…さっき風の魔法で陽動してくれた子の使い魔の風竜と合流するはずだったのだけど…」

今は一分一秒が惜しい。

「驚かないでくれよ」

俺はそう言うとソルを待機状態に戻した。

「ソラ」

こくんっと頷くソラ。

そして俺達は一気にドラゴンへと変身する。

「へ?」
「え?」
「ぎゃああ」
「きゃ」

流石に驚きの表情を隠せないルイズ達。

ドラゴンと言ってもシルフィードに比べれば半分ほどしかない小ぶりな体だ。

人もせいぜい2人も乗せれば定員。

俺は身をかがめる。

「サイトを乗せて」

「え?」

「早く!」

キュルケはレビテーションを使いサイトを俺の背中へと乗せた。

「悪いソラ。3人頼める?」

「…頑張ってみる」

人3人はきつそうだが俺の方に載せてやれる余裕は無い。

サイトが絶対安静で動かせないからだ。

俺の背中にサイトとルイズ。

ソラの背中に残りの3人を乗せた俺達はすぐさま夜の空へと飛び立つ。

「待ちやがれ!」

俺達を発見した傭兵達から魔法の攻撃が仕掛けられるが既に効果範囲外まで上昇、魔法の脅威はついえたが、安心は未だ出来ない。

サイトが一刻の猶予も無いのだ。

空から辺りを見渡すと、遠くの方でそこらかしこに見える炎。

「何よ?何が起きているのよ!」

ルイズの戸惑いの声に答えられる答えは俺も持っていない。

「どこかサイトを治療できるところは!?」

俺の問いかけに答えたのはキュルケだった。

「私の屋敷へ。私の屋敷なら水の秘薬だってある」

「わかった。それでそれはどっちの方角?」

「えっと、魔法学院があっちだからえっと。あっちね」

そう言って杖で方向を指し示すキュルケ。

俺とソラは方向転換し、キュルケが指し示した方向へと飛んでいく。

しばらく飛んでいくと前方に一匹の風竜が旋回しているのが見える。

「タバサ!」

それを確認したキュルケが風竜に向って手を振り合図を送った。

その後、俺達と併走するかのように飛ぶタバサのシルフィード。

背中のタバサは俺達を一瞬見つめるとキュルケに確認する。

「そのドラゴンは?」

「えっと。私も良くはわからないのだけど…」

「悪いがそっちの風竜に何人か移してやってくれないか?ソラが流石に辛そうだ」

俺はその会話に割り込んだ。

「韻竜?」

「え?お仲間なのね?でもそんな色のドラゴンなんていままで見たこともないのね」

俺が喋った事でシルフィードまで口を開いてしまった。

それを見たタバサが持っていたワンドでシルフィードの頭を殴打する。

「痛いのね!」

どがっ

「わかったのね!喋らないのね!るーるーるー」

「タバサ!?その子って」

「そんなことは後で、レビテーションで2人ほど移動させて」

「わかったわ」

キュルケはしぶしぶ杖をふり、ギーシュとモンモランシーの2人をシルフィードの方へと移動させた。

その後、速度を上げ俺達はキュルケの実家へとひたすらに空を駆ける。


どれくらい経っただろうか。

ようやくキュルケの実家へと到着した。

そしてすぐさま運ばれていくサイトを見送る。

ルイズ、キュルケ、ギーシュ、モンモランシーはそれについて屋敷の中へと消えていく。

俺達はようやく肩の荷が下りたために人型に戻り、その場に尻餅をつく。

「疲れた…」

「うん」

へばっている俺達を見つめる4つの目。

タバサとシルフィードである。

じいっと見つめる瞳に耐え切れなくなって俺からタバサに話し掛けた。

「何?」

「…あなた達は韻竜?」

「違う」

「じゃあ何で人間の姿になっているの?」

「人間の姿になっているのではなく、ドラゴンに変身していただけ」

「嘘、そんな魔法聞いたことない」

「魔法なのか?と聞かれたら答えは解らん。魔法薬の副作用でこうなった」

「副作用?」

「そ。ある天才が作り出した変身薬。その副作用」

「ドラゴンに変身できる薬を作り出せる人がいるの?」

ん?なんだ?

タバサが必死になってこちらに探りを入れてくる。

「正確にはドラゴンにも、だけどね」

「?」

疑問符を浮かべるタバサに俺は変身してみせる。

「グリフォン」

「こんな体にしたドクターの事を恨んだことも一瞬くらいは有ったけど、これはこれで便利だからね」

主に偵察とか移動とか。

俺はグリフォンから人の姿に戻る。

タバサを見るとなにやら考え込んでいる様子だ。

そして口を開くタバサ。

「その薬を作った人を紹介して」

「なんで?」

「………」

口を噤むタバサ。

理由はまあ、察しは着いている。

母親の心を狂わせている水魔法の解除薬だろう。

「悪いが紹介する事は出来ない」

物語が進めば解除されるのだ、俺が下手に関わることもない。

この時の俺はそう思っていた。

「お礼はする」

「すまないが断る。俺達はこれ以上君達に関わる気が無いんだ。悪いがこれで失礼する」

そう言ってマントをひるがえし離れようとしたところで俺のマントを必死になってつかむタバサ。

「放して」

「お願い」

必死に懇願するタバサ。

その時城門の向こうから声がかけられた。

「レディの頼み事は聞くものだよミスタ」

振り向くとそこには金の髪、長身で整った顔立ちの男が一人。

「貴方は?」

「すまない、今ぼくは名乗る名前を失っていてね。今はウィルと名乗っている」

金髪で整った顔立ち、無くした名前、どこか気品漂うたたずまい、この時期にキュルケの実家に居る不審人物。

まさかウェールズなのか?

それは根拠のない勘だ。

俺は鎌をかけてみる事にした。

「アルビオンの皇太子がこんなところに居ようとは」

「君は何故それを…君が教えたのか?」

視線をタバサに移して問いかけるウィルことウェールズ。

フルフルと首を振るタバサ。

と言うか、正直すぎです、皇子様…

「ばれちゃしょうがない。そう、ぼくはウェールズ・テューターだ。君は?」

「アイオリア・ド・オランと申します。こちらはソラフィア・メルセデス」

俺の紹介にソラは頷くだけだ。

いや一応皇太子に対して失礼だが…まあ、いいか。

「とりあえず中へ、ここは冷える」

そうウェールズが促す。

「いえ。私達は失礼します」

「まあ待ちたまえ。もう夜も遅い、それに疲れているだろう。朝までこちらに留まった方が君達の為だと思うのだが」

ぐ……確かに今俺は一歩も動けないくらい疲れている、しかしここに居るのは余り得策では無い。

そんな事を考えていると。

「好意に甘えて、朝まで世話になります」

「ソラ!?」

「アオも限界のはず。今は体を休めないと」

「う…」

何故だろう?

俺は絶対的なところでソラに敵わない気がするのは…

タバサはここに俺達が留まるならば未だ説得のチャンスは有ると引き下がり、俺達は城門をくぐった。

俺は案内された客室のベッドに腰掛、一息つくと今までの疲労から意識を手放した。 

 

第十話

次の日。

目が覚める。

俺はあの後ずっと眠っていたらしい。

窓に朝日が差し込み、小鳥の囀りが聞こえる。

ちゅんちゅん

隣りを見るとシーツに包まったソラが。

………

朝ちゅん!?

いや待て俺は何もやってない…と思う。

流石に昨日のあの状況でやるわけないよ…ね?

その時ドアをノックする音が。

コンコン

「えっと、ミスタ・オランだったかしら?タバサから聞いたのだけれど。入るわよ」

そう言って扉を開け中に入ってくるキュルケ。

そして眼に入るのは俺と俺の横でシーツに包まり寝ているソラの姿。

「あら、昨夜はお楽しみだったようで」

「いや!あの」

「ほほほ。支度が出来たらリビングまでおこしくださいね」

そう言ってキュルケは扉を閉め出て行った。

なんとも言えない起床になってしまったが、俺はソラを起こしリビングまで向う。

そこにはサイトの姿は無いがその他のメンバーは集まっていた。

そしてそこになぜか居るマルクス。

近くにいたタバサの聞く話によると昨日の混乱に乗じて逃げ出し、使い魔に乗って方々飛び回りこのキュルケの実家まで追って来たらしい。

運の良いやつめ…

サイトはどうやら持ち直したと言う。

良かった。こんな所で主人公に死なれては困る。

そして始まる状況の確認。

俺とソラは皆から距離を取りなるべく関わらないようにしているが聞き耳を立てる事は忘れない。

俺も現状は気になっているのだ。

「お父様から聞いた話なのだけど」

そう言ってキュルケは話し始める。

昨夜遅くアルビオンの艦隊がトリステインに侵攻した。

トリステイン側には空軍に対応する戦力が不足していたらしい。

トリステイン所有の船は総て焼かれるか奪われるかしていたらしい。

なんじゃそら?

深夜の襲撃であったことと、空を牛耳られた事によりアルビオン軍の侵攻はすでにトリスタニアの王宮にまで及んでいて陥落は時間の問題との事。

恐らく昨日の学院襲撃は貴族の子供達を人質に取りトリステインを陥落させる策のひとつであったのだろう。


つまりこういう事だ。

総てはここに生きてウェールズが居る事が問題だった。

ここに居るウェールズがアルビオン王家没落後ここに匿われ、その後アンリエッタ女王と会っているのかは知らないが、ウェールズの亡骸を使ったアンリエッタの誘拐事件は起こらず、それにより決意するはずだったレコンキスタへの復讐という強い動機がえられず、その結果、アルビオンとの内通者のあぶり出しや錬兵なども後手後手に回り、トリステイン所有の船はことごとくアルビオンの刺客に潰されなすすべも無く侵攻を許してしまったと言う事だ。

「な!それじゃ姫様は?」

「恐らくすでに捕らえられているでしょうね」

と、キュルケが無情に言い放つ。

「アンリエッタ…」

意気消沈のウェールズ。

「助けに行かなきゃ!」

「どうやってよ?」

「どうって…どうにかしてよ!」

「ルイズ少しは落ち着きなさい」

「落ち着いてるわよ!」

キュルケがたしなめるもさらに激昂するルイズ。

「マルクスからも言ってやってよ」

「そうだね…アンリエッタ女王陛下を助け出すにしても情報が足りない、先ずは情報を集めないと」

「あう…」

言ってる事はもっともだが既にアンリエッタを助けたからといって事態が好転するとは俺には思えない。

……認めよう。もはや原作は完全にブレイクしたと。

しかも切欠を作ったのは間違いなくマルクス。

俺は敵意丸出しでマルクスを睨んでいた。

「何かね?」

そんな俺の視線に気づいたマルクスが睨み返してきた。

「いえ、何も」

「何か言いたそうだな?」

俺はその言葉を無視する。

「貴様!」

すると俺を締め上げるべく距離を詰めてくるマルクス。

「ちょっと止めなさいよ」

キュルケが間に入って仲裁する。

「祖国がこんな事になって気が立っているのは解るけど、今は落ち着いて」

「あ、ああ…」

キュルケの仲裁で一応は引き下がるマルクス。

その後ルイズ達トリステイン組はああだこうだ話し合うも結局良い案は浮かばず、時間だけが過ぎていく。

俺はもう付き合いきれないと退出を試みる。

「ソラ」

俺はソラに声をかけると身振りで退出の意思を伝える。

「わかった」

こっそりその場を去ろうとしたのだが、タバサには見つかってしまった。

「待って」

しっかりとマントを握られて放してくれない。

「私の頼みを聞いて欲しい」

……すでに原作乖離は確認している。

このまま進んでタバサの母親が元に戻る可能性は有るのだろうか?

などと逡巡しているとルイズのキンキン声に呼び止められた。

「ちょっと!皆が一生懸命話し合っている時にあなた達は何処へ行こうとしているのよ!」

祖国を救おうとしているのはわかるが、杖も持たない魔法使い数人で何が出来るというのやら…

「いえ、アンリエッタ女王陛下の救出は皆様に任せて、俺達は退出しようかと」

「君は祖国が心配ではないのか!?」

マルクス。原因を作ったお前だけには言われたくなかったぜ。

きっと気づいてないのだろうが。

ダメだ余りの理不尽さに切れそうだ。

「どうして俺達が貴様の尻拭いをしなければ成らない!」

「どういう意味だ」

だがしかし、キレた俺の言葉は止まらない。

「そのままの意味だ。この原因を作ったのはルイズ達にくっ付いて回り話を捻じ曲げたお前だと言っている」

「な!?」

俺の今の言葉で気づいただろうか。

「ちょっと、ミスタ・オラン。どういう事かしら?」

キュルケが俺のその言葉の真意を聞こうと質問してきた。

「知らん。後はそいつに聞いてくれ」

そう言って俺はその場を後にする。

その後ろではルイズ達に問い詰められているマルクスの姿が見えるが知った事ではない。

城門を出て人気が無いところまでフライで飛ぼうとしてソルを起動する。

「その杖は見覚えがある」

未だ着いてきていたのかタバサよ。

「ラ・ロシェールで助けてくれたのはあなた達?」

「あ、ああ」

「フーケの時の銀色のドラゴンも貴方?」

「そうだな」

「そう」

「君に紹介出来ない理由だけど」

俺はそれ以上追及されるのが嫌で話題を変えた。

「エルフなんだよ」

「え?」

「エルフ。解っただろう?そういう訳だ。それじゃ」

そう言って俺達はフライで人の居ないところまで飛び、そこでドラゴンに変身してトリステイン・オラン伯爵領目指して飛び立った。


トリステインを上空から観察する。

あちこちで煙が上がっているのが見える。

こんな展開は俺は知らない。

ルイズ達はこの窮地をどうやって切り抜けるのだろうか?

とは言え一介の学生に何か出来る訳でもないし、俺としては国の命より自分の命が大事。

魔法の使えない平民にしてみればただ単に支配者が変わるだけでしかない。

まあ、貴族でなくなると金銭面で苦労しそうだが…

まあ、しばらくは大丈夫だろう。

小遣いをやりくり…というか貴族としての華美にあまり興味がないため殆ど遣わなかった分を幾つかに分散させて隠してあるし。

もちろんドクターの古屋にもね。

平民なら一生生活するのに困らないくらいはあるさ。

空から状況を確認すると俺はドクターの古屋へと向う。

あそこが一番安全だからね。

精霊と契約しているドクターに敵う奴なんてそう居る物ではない。

ドクターの古屋に着くと俺達は変身を解除して人型になる。

扉を開け、中に入る。

「ドクター」

「ああ、お主たちか。なにやら昨日から風の精霊が騒いでいるが、何かあったのか?」

俺とソラはイスに積みあがっている何だかわからない実験器具のようなものをどけ、スペースを作りながら答える。

「アルビオンが攻めてきたらしい。王城は今頃落ちているだろうよ」

「それは。お主らも他人事ではないのではないか?」

「船が全部やられていたのが痛い。空を牛耳られては勝てる物も勝てないよ。昨日俺達がいる魔法学院も襲われた。王城が落ち、貴族の子供達を人質にされたらもう勝ち目はないだろう。俺は国よりも自分とソラ、あとついでにドクターの命のほうが大事だしね。兄上がいたような気がするが、十年もまともに会っていないんだ、もはや他人だよ」

「そうか」

その時ドアをノックする音が聞こえた。

コンコンコン

「誰だ?私に尋ねてくるような客はお主ら以外には居ないはずだが」

「…あー、もしかして」

コンコンコン

「お主の客か?」

「恐らくは…
ここは森の奥深い、幾らアルビオン軍が攻めてきたとはいえここまで来るほど暇じゃないだろ。てことは…」

ドンドンドン

自ら扉を開けようとはしないが、次第にノック音が大きくなってきた。

「お主が出て来い」

俺は逡巡の後従ってイスを立ち、ドアに近づき、未だノックされ続けているドアを開けた。

ガラ

「…やはりか」

ドアを開けるとそこには予想通りタバサが立っている。

「…お願い」

じっと俺の目を見つめるタバサ。

「アオ、ここまで来ちゃったんだし紹介くらいしてあげれば?頼みを聞くか聞かないかはドクターが決めることだし」

必死なタバサを見かねたソラがそう俺を説得する。

「…はぁ、わかったよ。紹介だけな。とはいえ君が紹介して欲しい人物の家がここなのだが」

そう言って俺はタバサを中に入れる。

シルフィードは外で留守番だ。

「ドクター」

「その子は?」

ドクターは慌ててフードを被り直した。

「ドクターがエルフである事は知っている」

「そうか」

するとドクターは被り直したフードを元に戻した。

あらわになる長い耳。

タバサは一見無表情だがやはり恐れているようだ。

俺はタバサに場所を譲り、ドクターの正面に出す。

「貴方に頼みたい事がある」

って自己紹介も無く行き成り要求からですか!

タバサさん!直球ですね!

「ほう」

「心を狂わせる水魔法薬を解毒する薬が欲しい」

「ふむ」

「貴方なら作れるだろうか」

タバサのその問いに答えるドクター。

「薬の種類にもよるが、恐らく可能だろう」

おお!さすがバグキャラですね。

「お礼はする」

いつも無表情のタバサがいつになく興奮気味に懇願する。

「お礼と言われても私は金品には余り価値を見出していない」

「ならばどんな物なら」

「知識」

「え?」

ありゃりゃ。やっぱりか。

「私はこの世のありとあらゆる事が知りたい。故に知識を求める」

予想外の答えにどうしたら良いか解らなくなってしまったタバサ。

仕方ない…

助け舟を出すか。

原作乖離の原因はマルクスの責任だが、それでタバサが救われないのはいただけない。

原作を知るからの感傷なんだけどね。

「ドクター。その心を狂わせる水魔法薬を作ったのはエルフなんだけど」

「なんと」

タバサは何故そのような事を知っているの?という目で俺を睨みつけている。

「だから人間の魔法使いじゃ解除は不可能。ドクター、俺からも頼むよ」

「お願いします」

俺からの援護を受けたタバサが深く頭を下げ騎士の礼をした。

しばらく黙考していたドクターがその口をゆっくりと開く。

「まさか同胞が人間へと干渉していようとは…わかった。だが今回だけだ」

「だってさ」

そう言って俺はタバサに向き直る。

「ありがとうございます」

そういったタバサはその顔は涙が溢れていた。

「しかし薬を作るのに1週間ほど掛かる。これはどれだけ急かされてもこれ以上短くはならん」

「わかりました。1週間後また来ます。金品でしかお礼は出来ませんが」

もう一度ドクターにあたまをさげたタバサはこちらを向いた。

「貴方もありがとう。この礼は必ず」

「気にしなくても良いよ。薬を作るのはドクターだし」

「それでも」

「そっか。それじゃ貸し1つで」

その言葉にコクンと頷きタバサは古屋を後にした。

キュルケに無断で着いて来てしまったので一度戻り、1週間後また来るようだ。

なにはともあれ、タバサのお母さん、救われるといいね。 

 

第十一話

それから1週間、俺はドクターの古屋に厄介になりながら、アルビオン軍から身を潜めていた。

薬を取りに来たタバサに聞いた話では、アンリエッタ女王は捕まり、幽閉されてしまったらしい。

体のいい人質だし殺されはしないだろう。

ルイズ達は杖との再契約も終え、アンリエッタの救出に向うらしい。

勇ましいことで。

しかし始祖の祈祷書は学院に置いて来たままだ。その状態でどうやって救い出すつもりなのだか…

勿論その救出部隊にキュルケとタバサは入っていない。

当然だ。彼女らはトリステインの人間ではない。

そんな彼女らが他国の問題に首を突っ込む事は出来ない。

だからルイズ達トリステイン組でやらなければならない。

だが、助け出した所で事態が好転するはずも無いのだが…

まあ、その辺は主人公なのだから何とかするだろうさ。

俺はもうこれ以上は関わらない。

この先なにが起こるか頭目検討もつかない状況で、深入りするのは危険すぎる。

俺は日和見を決めた。



そんな事があってから更に一月、トリステイン王国は地図上から消えました。

アルビオンに支配されて。

貴族たちの大半は杖を取り上げられて投獄生活。

当たり前だ。

誰が鬼に金棒を与える物か。

そうそう、アンリエッタは無事に助けられたようだ。

今は国外で潜伏してるのだろう。

もしかしたらウェールズとよろしくやってるかもしれない。

今トリステインはアルビオン貴族で領地を与えられていなかった奴らに分配、支配されている。

まあ平民にすれば支配者が代わっただけ。

たとえトリステイン貴族に煽られても日和見だろう。

ガリアの動きは無い。

情報も無いので知りようも無いが、ガリア王、ジョセフは何を考えているのか。

まあ、領土を増やしたレコンキスタ相手にどうやって暇を潰そうかとも考えているのだろう。

なんだかんだで始祖の祈祷書はジョゼフに渡ったみたいだからね。

ルイズ達が必死の思いで学院に潜入し、探してみたが、持ち去られた後のようだった。

ピンポイントで始祖の祈祷書を狙うのなんてヤツ位なものだ。

ミョズニトニルンにでもパシらせたんだろう。

これは本格的にこれからの事を考えないとマズイな。

ゲルマニアにでも行って農地を買い、ソラと2人でブドウ畑でも作ってワインの醸造でもしながら暮らすかな。

一応一生生きていけるくらいのお金は持ち出してあるからね。


しかし最近どうにも不穏な気配をそこかしこから感じる。

景色がぼやけたと感じる事も。

夕飯時俺はその事をドクターに話した。

「景色が歪む?」

「そ」

「うーむ。それは研究のしがいがありそうだ」


次の日、タバサがシルフィードに乗ってドクターの古屋に現れた。

ドクターは今は居ない。昨日話した変異をその目で確かめるべく探索中だ。

俺はタバサを招きいれ、紅茶を振舞った。

「貴方達のおかげで母上は助かった。ありがとう」

そして少ないけれどと、エキュー金貨で300手渡してきた。

それから。

「借りひとつ」

律儀なものだ。

その母親はと言うと、キュルケの実家を頼って亡命したらしい。

政治的にも今はゲルマニアに居るのが安全か。

そんな時、玄関の扉をノックする音が。

コンコンコン

「アオ」

怪訝に思ったソラ俺にどうすべきか聞いてきた。

今回は本当に外の人物に心当たりが無い。

ドクターと付き合い始めてかなり立つが、ドクターの古屋を俺達以外が訪れたことは今まで一度も無かった。

コンコンコン

さらにノックは続けられる。

タバサは無言。

アルビオン軍か?

ドクターが居ないことが悔やまれる。

居たら居たで厄介な事になるが、ここら辺り一帯の精霊と契約しているドクターを前にしては魔法使いも傭兵も物の数ではない。

ドンドンドンガラッ

扉が勢い良く開け放たれる。

そして開け放たれた扉から覗く人物はと言うと、ルイズ、サイト、マルクスにウェールズ。それとフードを被ってはいるが恐らくアンリエッタだろう。

「こちらから開ける前にそちらで開けるのは礼儀を失していると思うのだが」

「それはすまなかったわ」

ルイズが謝るが、どうにもその態度にすまなそうな欠片は無い。

「この場所を知っているのは居ないはずだが、タバサ?」

フルフル

首を振るタバサ、教えては居ないらしい。

ならばつけられたか。

「つけられたな」

「後ろを追ってくる気配は無かった」

弁解するタバサ。

しかしあっちには四極のマルクスが居る。

前世の知識をいかして風の魔法でステルス効果を生み出す魔法くらい作っていても不思議じゃないか。

「今日は貴方達にお願いがあってきたわ」

そうして語られた内容を要約するとこうだ。

トリステインを奪還したいから手を貸せ、と。

長々言い訳のような講釈をされたが実際はこれだけだ。

「お断りします」

「な!?」

関わりたく無いと前も言ったと思うのだが…いや言ったのはタバサにだったか?

俺が断るのが予想外だったのだろルイズが驚愕の声を上げた。

「何故!?あなたそれでもトリステイン貴族!?」

「もとトリステイン貴族だ。今はアルビオンに支配されている」

「それを奪回しようとしているんじゃない!?」

「何故?」

「何故って故国を不当に奪われたのよ!」

「そうだね。でもそれで不利益を被ったのは?」

「え?」

「貴族の協力を請うのは良い。でも支配される平民の協力こそ一番必要だと思うのだけど?」

「支配される事に慣れている平民が私達のようなクーデターに加わるわけ無いじゃない」

「そうだね。わかっているじゃないか」

「え?」

わかってないのか…

「支配される平民にしてみれば誰に支配されても同じと言う事だ。つまり君達は単に自己の権利を奪われたために過去の栄誉を奪い返したいだけなんじゃないか?」

やべ、SEKKYOUしてしまっているぞ?今の俺。

落ち着け、俺。

「えらそうな事を言ってしまったけれど、俺達には協力の意思はない。帰ってくれ」

俺は言い捨てて扉を閉めようと手をかける。

「待ってくれ」

呼び止めたのはマルクスだ。

「何だ?」

「こっちも必死なんだ。そんな言い方は無いだろう」

だいたいお前の所為だろうが!

其処のところの追求はどうなったんだ!?ルイズ達は。

それにこれ以上主人公組と一緒に居ると死亡フラグが乱立しそうでいやなんだ…

ここは無視だ無視。

「くっ、ならば決闘だ、勝った方が負けたほうの言う事を1つ聞く。ぼくたちがかったら勿論君達にトリステイン奪回を手伝ってもらう」

いやこいつ馬鹿?

そんな一方的な言い分聞くわけ無いだろう。

「断る」

無視して扉を閉めようとしたところ、俺は魔法で吹き飛ばされた。

「ぐあっ」

俺はドクターの古屋のをその体を打ちつけながら転がっていく。

「アオ!」

あわてて近づいてくるソラ。

すぐさま水の魔法で治療してくれる。

治療が終わるとソラはマルクスを鬼の形相でにらめつける。

「何しやがる!」

俺は堪らず声を荒げる。

「手荒なまねはしたくなかったが、こちらも必死だ。その貴重な変身能力は是非とも得たい」

何を勝手な!

アンリエッタ達も国のためなら仕方なしといった感じで話に入ってこない。

原作を思い出しても彼らの思考回路はおめでたい。

彼ら一人一人が皆悲劇のヒロインなのだから。

しかもマルクス!自分の意思が通らないとなると実力行使とは。

あー、なんか腹立ってきた。

けど実力じゃ敵わないからなぁ…

「わかった、その勝負を受けよう」

「アオ!?」

俺はソラに近づくとコソっと耳打ちする。

(金貨を集めて)

(え!?)

(勝負すると見せかけて逃げるから)

しばらく身を隠すと暗に含めてソラに説明する。

(わかった)

「表にでろ!」

俺はそう言ってマルクスを外の開けたところに誘導する。



しばらくして森が開けた広場で対峙する俺とマルクス。

するとタバサが俺の前に立ち遮った。

「タバサ?」

「一個借り」

「そうは言っても四極に勝てる?」

「………貴方なら勝てる?」

いやいやいや。

「無理だ」

(大丈夫、決闘が始まったら逃げるから)

ボソっとタバサに話すとわきにどけた。

マルクスの方ではようやく無理やりにとか決闘はとか止めに入っているルイズ達。

しかし結局杖を抜き放ちこちらに向けるマルクス。

「覚悟はいいか?」

「ソル」

俺は胸元から待機状態のソルを持ち出す。

『スタンバイレディ・セットアップ』

「な!」

一瞬で宝石の形が変わった事に一同驚いていたがその中で一番驚いたのはマルクスだ。

「バル……ディッシュ」

「バルディッシュ?」

ルイズがマルクスに問いかける。

しかしそれに答える余裕が無いマルクス。

「なんで君がそんな物を持っている。それはリリカルなのはのデバイスだろう?」

「答える義務はない」

「この前の事でもしやと思っていたのだが君も転生者なんだな、ならば君も知っているだろう、話が此処までずれてしまった、君達の協力が要る」

「この前も言った。お前の尻拭いをする気はないと」

「な!?」

「今回の事は恐らくウェールズが生きている。それだけでここまでずれたんだ」

「なんだと?」

「ミスタ・オラン君は何をいっているんだ?」

ウェールズが自分の事が話題に出たために会話に入ってくる。

「詳しくはそいつに聞いたら良い。だが、その結果がもたらしたことに俺達を巻き込むな」

と、ウェールズに答えているとマルクスから魔法が飛んできた。

『ディフェンサー』

防御魔法でその魔法をそらす。

ギリギリだった…

防御もソルが反応してくれたから出来ただけだ。

「危ないじゃないか!」

「インテリジェントだと!?貴様何処でそんな物を」

「造った」

「な!」

正確にはドクターがだが。

「今度はこちらから行くぜ!」

『フォトンランサー』

「ファイヤ」

マルクスにせまるフォトンランサー(偽)

着弾と共に俺は叫ぶ。

「ソラ!」

俺はソラにコンタクトを取るとすぐさまフライの魔法を使用、大空に駆け上がる。

フォトンランサー(偽)がもたらした土煙の中から土煙を来散らしながら風の魔法が俺の方へと走る。

『ディフェンサー』

「ぐっ」

マズイ、威力が半端ない!

「ソル!カートリッジ・ロード!」

『ロードカートリッジ』

ガシュっと一発ソルから薬きょうが排出される。

その瞬間強固になる俺の魔法障壁。

ドクターに頼んでおいたカートリッジシステム。

その弾丸は全部で12発しかない。

この弾丸は封じられた魔力で系統魔法1つ分追加する。

つまり擬似的にスクウェアに匹敵する威力が得られるのだ。

しかしそれもソラと半分にしており、実際は6発。

虎の子の6発のうち1発を早くも消費してしまった。

何とか耐え切った俺は合流したソラと共に全速力でその場を離れる。

「アオ」

「大丈夫だ、逃げるぞ」

「う、うん」

しかしその逃亡を妨げる1つの炎弾。

「うおっ」
「きゃっ」

何とか炎弾をさけ、俺達は放たれた方を向く。

すると大火竜に乗ったマルクスの姿が。

先ほどの炎弾は大火竜の物だろう。

「決闘中だろう。逃げるな!」

「そう言うお前も使い魔を使っているじゃないか!」

「使い魔と主人は一心同体。問題ない」

「有るわ!」

次々に迫り来る炎弾。

「くっ」

かわすのも辛い。

炎弾で追い詰めた所にマルクスの魔法がやってくる。

『ロードカートリッジ、ディフェンサー』

薬莢が排出されスクウェアクラスの障壁をはり何とか耐える。

残り4発。

「アオ!」

俺に近づこうとしたソラに向って炎弾が放たれる。

それを障壁で弾くソラ。

「お前!ソラは決闘に関係ないだろう!」

「決闘中に近づくのが悪い」

くそ!先ずあの大火竜を何とかしないと逃げ切れそうも無い。

逃げる後ろからの炎弾やら魔法やらを避けるのは至難の業だ。

「ソラ!あの大火竜の動きを止めてくれ!」

「え?う、うん」

「他者に助力を求めた時点で君の負けだ」

俺は決闘している訳ではない。

決闘に見せかけて逃げられればいいのだ。

「知った事か!」

『フォトンランサー』

「ファイヤ」

魔法を放った瞬間、俺はソルを左手に持ち直しガンダールヴ(偽)と写輪眼を発動させる。

放たれた魔法に紛れマルクスに突っ込んでいく俺。

「馬鹿な、死ぬ気か?」

俺のフォトンランサー(偽)を上昇して回避、その後隙もなく俺に炎弾を吐く大火竜。

迫り来る炎弾を写輪眼で見切り、ギリギリで回避してマルクスの懐に飛び込む。

『サイズフォーム』

変形したソルにブレイドの魔法を纏わせ、力いっぱい切りつける。

間一髪マルクスも自身の杖にブレイドを纏わせ受けるが、強化された俺の腕力の限界で叩きつけらたその体は踏ん張りがきかず、大火竜からはじき出されてしまう。

俺も勢いを殺しきれずそのまま離脱。

「ソラ!今!」

「ルナ!」

『ロードカートリッジ』

ガシュガシュ

二発のロード音が響き。

「リングバインド×2」

渾身の威力を込めたバインドが大火竜を拘束する。

「ソル!」

『ザンバーフォーム』

此処からはぶっつけ本番!

出来るかどうかもわからない!

「カートリッジロード!」

『ロードカートリッジ』

ガシュガシュガシュ

ロードされるのは3発分。

風のヘクサゴン。

そして形成される極大のブレード。

「馬鹿が!空中で良い的ではないか!」

フライの魔法で飛びながらこちらに杖を向けるマルクス。

だが馬鹿はお前だ!

ルーンを詠唱しようとした瞬間そのまま地上に向けてまっ逆さまに落ちていくマルクス。

「うわぁぁぁぁぁぁ」

予想外のことでパニックを起こしてフライの魔法を唱えられないようだ。

地面に激突するまでには唱えるだろうが、その隙だけで十分。

俺はソルを振りかぶり、一気に振り下ろした。

「プラズマザンバーーーーブレイカァーーーーーっ!」

カートリッジを使い極限まで高められた必殺の一撃がバインドで拘束された大火竜の翼に直撃、打ち砕く。

「グォォォオオオオオオ!」

翼を打ち抜かれ、追加効果で感電しながら大火竜は地上へと激突した。

「はぁ、はぁ。やったか?」

「アオ、大丈夫?」

「あ、ああ。大火竜は」

「再起不能そう」

「そうみたいだな」

翼は辛うじてくっ付いている程度、全身は雷によって焼け焦げている。

死んでは居ないがあの状態で空を飛んで追ってくることは有り得ない。

「貴様よくも俺の使い魔を!」

マルクスがフライの魔法を使用して俺の前に現れた。

……確かに素の状態、地上戦なら俺に勝ち目は20パーセント位しか無いだろう。

しかし、その前提が変わる状況がある。

つまり空戦。

竜種の使い魔が居ない今、マルクスは空を飛びながら魔法を使うことは出来ない。

と言うのに俺の前に現れたマルクス。

格下の俺に使い魔を打ち破られた事に激昂していて自分の状況がわかっていないようだ。

『リングバインド』

「サンダースマッシャー(弱)」

「があっ」

捕縛魔法とのコンビネーションで呆気なく気絶、落下していくマルクス。

地上にぶつかる前にレビテーションを使用して激突は防ぐ。

あれだけの力を持ちながら最後は呆気ないものだ。

あるいは地上から固定砲台と化していたら俺達が負けていたかもしれない。

流石に火力では勝てないのだ。

冷静さを失っていてくれて助かった。

改めて思う。空戦は凄いアドバンテージだと。

「さて、さっさと逃げるか」

「うん」

「しばらくゲルマニア辺りで隠れながら過ごすことになるな」

「何処でもいい。アオと一緒なら」

くっ、ヤバイ!今の言葉は卑怯だよソラ!

だがそんな時、辺りの空間が歪み、景色から色が消える。

「え?」

「何?」

驚いて見渡すと頭上の空が俺がプラズマザンバーを振りぬいた軌跡にそって裂け、開いた亀裂に別の空間が開き、辺りのものを吸い込み始めた。

「ソラ!」

「アオ!」

いきなり抗いようの無い力で引き寄せられる俺達。

「くっソル!」

抵抗のしようの無い力に引っ張られた俺は脱出を諦めソラをしっかりと抱き寄せると周りの空気を操作して球形にしてバリアを形成する。

そのバリアごと俺達は空間の裂け目に吸い込まれてしまった。

「きゃあああ」
「うああああ」

吸い込まれた俺達はその内側からその裂け目を見ると、見る見る塞がっていくのがわかる。

どうやら一時的なものだったようだ。

こうして俺達はゼロ魔の世界から消えた。 

 

第十二話 【H×H編】

 
前書き
この作品は広く、浅く、次の世界にクロスします。
今回はH×H編です。 

 
マルクスを倒し、逃げようとした矢先に俺とソラは行き成り現れた歪な空間に吸い込まれてしまった。

何とか風を球形にまとわりつかせることには成功したが、その障壁もどんどんそがれていっている。

なぜなら、空間内部では力と力がせめぎ遭ったかのように荒れ狂い、その影響で俺の障壁を侵食する。

恐らく障壁を纏っていなければ既に命は無いような状況だ。

混乱する頭で状況を確認すると、俺達はどうやら何処かへと流されていっているようだ。

この空間で停滞しているよりはましだが、どこに流されていっているのか皆目検討が着かない。

奈落の底ということもありえる。

だがしかし、この状況を自力で脱出できる力が無い今はどこかに出口であればと、幾らも無い可能性にすがらなければならない状況だ。

「くっ、ソル!」

『ロードカートリッジ』

ガシュ

最後の一発。これで耐え切れなければ終わりだ。

「ルナ」

『プットアウト』

ルナの首もとで折れ曲がり、リボルバーに入っていた使用した残りの4発が排出される。

「アオ、これ!」

そう言って手渡されるカートリッジ。

この空間内に空気が有るかわからない。

故に、今操っている分の風以外に新しく魔法が使えるわからない状況ではベストな判断だ。

「わかった!ソル!」

ソルのリボルバーを開け、俺は急ぎ4発のカートリッジを装填する。

更にルナを待機状態に戻したソラは俺のソルを握り締める。

これもソルやルナだから出来る事。

ソル達は他人の精神力で魔法を行使している。

故に2人から同時に精神力を供給され、1つの魔法を使うなんて裏技も可能だ。

まあ、普段は余りにも必要ない機能なのだが。

「私達、どうなるのかな」

俺の顔を見つめるソラ。

「解らない。もしかしてこのまま出口なんて無いのかも知れない」

「そっか…」

しかし神は俺達を見放してはいなかったらしい。

流される先の方に俺達が吸い込まれたのと同じような亀裂を発見する。

「ソラ!あれ」

「うん!」

俺達は最後の気力を振り絞って障壁を操り、微妙にそれて行く軌道を障壁に使っている風を噴射代わりにして強引に変更する。

ドンドン狭まっていく障壁と近づいてくる裂け目。

チャンスは一度。

緊張と恐怖が支配する。

そんな時ソラが俺の手を握り締めて。

「大丈夫」

たったそれだけの言葉だったか、その言葉で凄く落ち着いた。

「今!」

俺はソラを抱きしめ、纏っていた風で最後の噴射を行い、ギリギリその体を裂け目の中へと飛び込ませた。

その裂け目を通り抜ける時俺は体をきしませるような衝撃を受けた。

体の中のなにかが強引に開かれていくような感覚だ。

「ぐぅ」
「くっ」

ソラも同じ苦痛を味わったのか小さく呻く。

視界が砂嵐から一気に蒼空へと変わる。

空中に放り出されたようだ。

引力に引かれて落っこちていく俺達。

「うわああああ」
「きゃああああ」

『フライ』

パニックになっている俺達を助けてくれたのは俺が握り締めているソル。

冷静にフライの呪文を使い、俺達を無事に地面へと降ろしてくれた。

「助かった…のか?」

「よかった」

無事に生きて大地を踏めた事に俺達は安堵する。

しかし、安堵したのもつかの間、俺達の体を異常が襲う。

「ぐぅ」
「熱い」

体から湯気のような物が噴出しているのが見える。

「な…これは…」

俺は自身に起きた変化に驚きつつソラの方を見る。

「精神力が勢い良く抜けていく」

ソラの方も同じ症状が襲っているようだ。

「うっ…」

その湯気は一向にやむ事は無く、徐々に俺は全身に途轍もない疲労感が襲う。

「くっ」

ソラはその場にへたり込んでしまった。

そんな時背後から声が掛けられた。

「何だ?お前らは」

振り返ると無精ひげを生やした年若の男。

「あっ…」

しかし、俺もソラもその声に答えることは出来ない。

「精孔が開きっぱなしじゃないか。お前ら念使いじゃ無いのか?」

「ネン?」

俺はそう言うのがやっとだ。

「なんだ?知らないのか」

少し考えるそぶりをした後、男は俺達にアドバイスをしてくれた。

「その湯気…オーラをそのまま出し続けると最悪死ぬぞ。死にたくなかったら自然体に構えて目を閉じろ。その体から出ている物を留めるようイメージしろ」

俺とソラは突然現れた男に警戒しつつもその助言に従う。

「血液が全身をめぐるようなイメージで頭のてっぺんから右肩、手、足を通って左側へ循環させる」

言われたとおりにイメージする。

「最後は体の周りで揺らいでるイメージだ」

するとその湯気は俺の体に纏わりつき全身から抜け出ていた感覚は無くなる。

「上手いじゃないか」

男はそう褒めてくれたが、俺達は今自分の身になにが起こっているのかも解っては居ない。

ドサッ

その音で振り向くとソラが地面に倒れ伏していた。

俺は助け起こそうとしたが、戦闘から訳の分からない裂け目に飲み込まれ、魔法を使い続けた後にこの全身疲労だ。

俺もソラを助け起こす事も出来ず、気絶してしまった。




「なんだ?死んじまったか?」

行き成り空が割れたかと思ったら何かが落下してくるのを見つけ、俺は駆けつけた。

そこで見つけたのは何も無い平原の真ん中でマントを羽織った奇妙な男女の2人組。

と言うかこの島は俺が買い取った無人島だから人が居るわけ無いのだが。

しかも全身からオーラをほとばしらせている。

念使いかとも思ったがその後の態度でどうやら念は知らないようだ。

だとしたら自力で精孔を開いたってことになる。

とりあえず俺は纏の仕方を教えてやり、それ以上のオーラの消費を抑えてやろうとした。

纏は無事に出来るようになったようだが女の方が意識を失ったようだ。

続いて男の方も。

「生きてはいるな。しゃーない。家まで運ぶか」

よいしょっという掛け声と共に担ぎ俺はその場を後にした。







「ここは?」

覚醒した俺は辺りの状況を確認するように見渡す。

ログハウス風の部屋の中にベッドが二つ、それぞれのベッドの上に俺とソラが寝かされたいたようだ。

「ソル!」

『ここに居ます』

俺のベッドの枕元に置かれているソル。

俺はソルを手に取ると隣のベッドで眠るソラにディテクトマジックをかける。

「異常なし」

その場でソラの容態を確認すると、どうやら気を失っているだけのようだ。

俺は起き上がるとソラのベッドに駆け寄り揺すり起こす。

「ソラ。ソラ」

「う…うん。アオ」

どうやら覚醒したようだ。

「ここは?」

「解らないけれど、どうやら俺達は生きているようだ」

「本当」

そう言って互いの生存を確かめるようにソラは俺に抱きついた。

そんな時。

ガチャ

「おっと、これはまずい時に来てしまったかな」

扉を開け、半歩部屋の中に入ってきているもじゃもじゃ髪の不潔そうな男。

「おら、邪魔だ、さっさと入れ」

そう言って男を蹴飛ばして中に入ってくるのは気絶する前に見た男だろう。

そんなコメディーをしている一瞬で俺はソラから身を引いた。

「なんだ、起きているじゃないか」

そういってこちらへと歩いてくる男。

「俺はジン、ハンターだ。それでお前達は?」

そんな問い掛けよりも俺は驚いた事がある。

気絶する前はその身に起こった事態で気に回らなかったが、今この男日本語を喋っているのである。

「日本語?」

「ああん?」

「あ、いや。俺はアイオリア、それでこっちが」

「ソラフィア」

と、俺達は自己紹介をする。

「アイオリアとソラフィアな。それで行き成りだがなんでお前達はあんな草原の真ん中で倒れてたんだ?
と言うかまずこの島は俺が買い取った無人島で、しかも海流なんかの都合で波任せでは絶対にこの島には着けない。
しかも俺は空が割れて、そこからお前たちが落ちてくるのを見ていたんだが。一体どういうことだ?」

問い詰めてくるジンさん。

まあ、仕方ないかな?

冷静に見れば俺達は行き成り空から降ってきたような物だ。

どうしよう。

総て話すべきだろうか?

日本語が通じていると言う事は此処は日本なのだろうか?

しかし今の俺達に必要なのは情報だ。

俺が語る言葉の中で、知っている地名が有ればそこに反応してくれるだろう。

だから俺は総てを話すことにした。

魔法使いである事だけは、今はふせておく事にするが。

俺達はトリステイン王国の貴族であること。

トリステインでトラブルがあった時に、偶然起こった空間の亀裂に吸い込まれ、何とか脱出しようと試みて、気が付いたらあの草原に放り出されていたこと。

放り出された直後に全身から靄が立ち込めて、立っていられなくなった事。

「なるほどな、世界は広いな」

その後ジンからもたらされた答えでここはどうやら別世界だと言う事がわかった。

この世界は世界地図がしっかりとあり、その中にトリステイン、ガリア、アルビオン、ゲルマニア、ロマリアなどと言う国は無いそうだ。

さらに聞いた話だとこの世界の文化レベルは俺達が居た日本と同等くらいの科学水準らしい。

「それからお前たちが体から噴出させていた靄みたいな物。俺達はオーラと呼んでいるが、それは念を使う為の生命エネルギーだ」

「ネン?」

「そ、ネン」

何だろう?どこかで聞いた事があるゆうな…

「ネン、年、然、燃?……念!?」

「おお!?どうした?」

念だと!?

久しぶりに厨二病な頭がフル回転。

記憶の奥底に眠っていた知識をピンポイントで引っ張り出す。

「ジンさんって先ほどハンターって言ってました?」

「ああ」

ハンター!?

念、ハンター。

この二つから導き出されるのは…

ハンター×ハンターの世界ですね。

やばい!死亡フラグが乱立しそうな世界じゃないか!?

「アオ?」

ソラが心配そうに俺を見る。

「だ…大丈夫」

大丈夫じゃないよ!?

ゼロ魔からハンター×ハンターなんて二次創作でも聞いた事無いよ!?

どうする?

トリステインには到底帰れまい。

どうすればいい?

いやまて、俺の記憶が確かなら、この世界にはジャポンと言う日本っぽい国があったはず。

そこなら生前と変わらないような環境で生活できるかもしれない。

しかし問題は戸籍か。

この世界に戸籍と言う物が有るのかはわからないが、俺達に自分たちの身分を証明するものが何も無いのも事実。

まて、何かあるはずだ。

偽造とか?

金とコネが居るから無理か。

まてまて、ここが本当にハンター×ハンターの世界ならハンターライセンスを取れれば最低限の身分証明書代わりにならないか?

成るかも知れない。

思い出せ、俺!

くっ!ゼロ魔への転生にあたり、ゼロ魔のストーリーについては反復して思い出していたが、それ以外なんて殆ど忘れてしまっている!

ハンター×ハンターも主人公がハンター試験の後に念というでたらめな力を手に入れるといったことくらいしか覚えてないぞ!

後、仮想現実っぽいゲーム。

あれは話が良く出来てたから未だ微かに覚えている。

念もハンターなら皆使えてたような気がする。

念と魔法。

どちらが強力かは解らないが、使えるに越した事はない。

どうやら初歩の纏?だかはできたっぽいから念を使うことは出来るのだろう。

「…ぉぃ…おぃ、聞いてるのか」

「あ、ああ」

「そうか。それでお前らこれからどうするんだ?この島は私有地だし今はある物を作っている最中だ、とりあえず近くの町…といっても海の向こうだが…に連れて行くが」

「あの、その、出来ればしばらくここにおいて欲しいんですが」

「あん?何でだ?」

「その、念?ってやつを教えて欲しいのですが」

ハンター試験?に合格するために。

何よりこの世界で生きる基盤を手に入れるためにライセンスが必要なのですよ!

「別に構わないが」

「おいおい、いいのかよジンよぉ」

今まで黙ってジンの脇に居た不衛生な男がジンに確認する。

「良いじゃないか。丁度今造っているこのゲームのテストプレイヤーが欲しかったところだ。念初心者ならば適役だろう?」

「そりゃそうだけどよ」

「という訳で、こいつらの世話と念の修行はドゥーンに任せる」

「はあ!?こいつらを連れてきたのはお前だろう!?」

「お前が適役だ。任せたぞ」

「お、おい!」

そう言い残して部屋から出て行くジン。

「ちっ、あいつ人の言う事を全く聞きゃしねえ。おいお前ら」

「は、はい」

俺は恐縮して返事をする。

「ジンがああいった以上、お前らの面倒は俺の担当って訳だ…念についても教えてやるが、まあ今日はゆっくり休め」

そう言ってドゥーンも部屋から出て行った。

去り際にめんどくせえと聞こえて気がするが、とりあえずしばらく俺達はここで厄介になれるみたいだ。

「アオ」

「あ、ああ」

「さっきの念?についてだけど」

と、ソラ。

「その前に1つ重要な事がわかった」

「なに?」

「ここは前の世界とは違う漫画の世界らしい」

「…本当?」

流石にソラもこれには驚いたようだ。

「本当…」

俺達は幾つかの確認の後その日はゆっくりと静養に当てた。


それから数日、俺達はまず気持ちの整理に当てていた。

現状の確認。世界の受け入れ。トリステインには戻れないだろうetc

二度目と言う事もあり、一週間ほどで何とか気持ちを切り替えることに成功した俺達は、自然見溢れる林の中でドゥーンさんから念の基礎を教えてもらっている。

念は覚えれるなら覚えていた方がいい。

この世界はゼロ魔よりも死亡フラグら乱立しそうな世界だ。

念使いとの戦闘なんて出来れば遠慮したいところだが、人生何が起こるかわからない。

実際にゼロ魔からまさか世界を渡る日が来るなんて思っても見なかったしね。

「先ずは纏からだ。纏はできるな?垂れ流しのオーラを体に纏わせる技術だ」

「えっと?」

「ジンから倒れる前には纏が出来ていたと聞いているんだが、纏ってのは一度出来れば忘れない物だ、出来るはずだぜ?」

ああ、あれか。

記憶の奥底には微かにあるな。

纏 絶 練 発 だったかな?

この辺りは微かに覚えてる。

俺は倒れた時の事を思い出し、精神を集中し、体内の精孔を開ける。

この精孔から溢れ出てくるオーラと言うものを逃がさないように体に留める。

何だろう?

このオーラと言うものは俺達が今まで使ってきた精神力と似ているような気がする。

それに気が付くと、少しぎこちなくはあるが割と簡単に纏は会得できた。

ソラの方も問題ないようだ。

「なんだ、出来るじゃねえか」

ドゥーンさんは頭をかきながらつまらなそうに言った。

「じゃ、次だ。今開いている精孔を閉じて体から洩らさないようにする。これを絶と言う。ほれ、やってみな」

なんて、多少投げやりな感は有るが、ドゥーンさんは次のステップを教えてくれた。

今開いている精孔を閉じる。

む?

何だろう?

なんか精孔を閉じたら今まで俺達魔法使いが使って居た精神力といった物が満たされるような感覚。

「アオ、これって」

ソラも気づいたようだ。

「ああ」

俺はそれに頷いた。

「あ?なんだ?ちゃんと絶は出来てるみたいだが、なんか有ったのか?」

「あ、いえ。何も」

ドゥーンさんの問いかけに曖昧に返す俺。

魔法のことは未だ言ってない以上今は黙っておくべきだ。

「ま、いいや。纏と絶は出来たんだ。しばらくはそれの反復練習だな、ってわけで後はお前らだけでちゃんとやっとけよ。俺も忙しいんだからな」

そう言ってドゥーンさんは踵を返して去っていった。

ドゥーンさんがこの場を去るのを確認してソラが俺に話しかける。

「アオ。この絶でオーラを閉じるとなんか精神力が満たされたような気がするんだけど」

「ああ。俺もだ。もしかしたらオーラと精神力は同じ物なのかも知れない。外側に放出するか内側に溜め込むかの差があるが」

後で時間をかけて解明した事だが、魔法使いが使う精神力とオーラは似た性質のもとの言っていい。

今まで垂れ流していた精神力の幾らかを自分の体内に留めておける体質が魔法使いには先天的に有った様だ。

とは言っても垂れ流し状態のオーラを少しずつ溜め込む訳だから最初一日に最大値の二割ほどしか回復しなかったのも頷ける。

それを今、垂れ流しのオーラを絶つ事で一気にその精神力のプールに流れ込んできたというわけだ。

それから数日、俺達は纏と絶の修行を繰り返した。

精神力の扱いは慣れているので同じものかもしれないと考えれば、それを操る技術には多少のアドバンテージがある。

一週間もすれば、絶はまだぎこちないところがあるが、纏については俺もソラも難なく出来るようになった。

「じゃあ、今日はこれから練の修行だ。ほれ、纏をしてみな」

言われて俺達は纏をする。

「大分ましになって来たな」

そういうとドゥーンさんも纏をして集中し始める。

「まず体内にエネルギーを溜めるイメージ。細胞の一つ一つからパワーを集め、それを一気に外へ」

ドゥーンさんの体から放たれた通常より遥かに多いオーラ。

その量に俺はわずかに気おされる。

凄い…

「こんな感じだ。練が出来れば基礎は後一つで終了だ、がんばれよ」

そんな言葉を言い残し、いつのものようにドゥーンさんは去っていった。

俺達は今見せられた事を思い出しながら練の習得に励む。

細胞からパワーを集め、一気に外に。

「練!」

俺の体を通常より遥かに多いオーラがその身を包む。

「アオ、凄い。私も負けない」

ソラも目を瞑り集中。

「練!」

激しいオーラがソラの体を包む。

ちょ!

俺よりも大きくない!?

ソラに負けるのはちょっと俺のプライド的にくる物があるよ!?

「出来た!」

嬉しそうにはしゃぐソラ。

「あ、ああ」

くそう。

絶対追い越してみせる!

俺は練の習得に励むのだった。 

 

第十三話

それからの一月、俺達はひたすら 纏 絶 練 の修練に明け暮れた。

衣食住はジンたちの厚意で無償で提供してもらっている。

なんか今造っているらしいゲームのテストプレイヤーを探していたから、それでチャラらしい。

というかこのゲーム、聞いた話しによるとハンター達が念修行をするために最適な修練場として開発しているらしい。

そう、それを聞いて俺も思い出したよ。

グリードアイランド。

それに伴い思い出したことも幾つか。

その1つがジン=フリークス。

そう、ハンター×ハンターの主人公…たしかゴン?だったかの親父だ。

親世代テンプレですね…

原作に関われと?

まあ、原作開始には未だ時間はある。

それまでに念を覚え、ハンターライセンスをゲットしてジャポンでのんびり。それが今の俺の目標だ。

夕食を頂いてる時に、たまにジンがゲームのアイテムなどでアイディアが無いかとか聞いて来た事がある。

アルコールで酔っ払っていて饒舌になっていた事とハイテンションによる厨二脳がフル回転していたことで色々喋ってしまっていた。

ほぼ無理と言えるような代物を次から次へと喋る俺の言葉を面白そうに聞いていたジンが印象的だ。

だがしかし、ジンの破天荒というかバグキャラ?っぷりはいかんなく発揮された。

一月後にはその幾つかをゲームのアイテムとして完成させていたのだ。

なんだろうドクターを思い出したよ…

「ゲームに出てくる勇者はどうやって袋にいろいろな物を大きさ無視してしまってんだよ?アレはかなり欲しいぜ!」

何て言ったら『勇者の道具袋』何ていう何でも収納してしまう物をマジでを作り上げるし。

「あー、別荘がほしい。ボトルシップ大で中に城と山と海なんかがあって、中に入れて、中と外の時間の流れが違う精神と時の部屋?みたいな!」

と言えば『神々の箱庭』なんていうとんでもない物を作る始末。

あ、しかもこの『神々の箱庭』はダイヤルが付いていて、それにより中と外の時間の流れを早くしたり遅くしたり調整できるらしい。

いやいやどんだけだよ!

しかも今は俺がポロッと言った言葉でとんでもない物を製作中だ。

え?何ていったかって?

「折角こうやって怪物みたいなのと戦えるならアレだ。リアルモンスターハンターとかやってみたいねぇ」

なんて言ったのが運のつき。

そのゲームの内容を洗いざらい吐かされ、今この島の一部を改造してリアルにフィールドを形成しています。

モンスターにしても今すでに造っていあるモンスター達の念技術を使えば難なく再現可能だろうとも。

まあ、幻獣ハンターやビーストハンターとかの訓練には最適だなとか言っていたから別にいいのか?

作っている場所が島の海岸線から一キロ離れた孤島で、海流が激しく渡れないような所に作って誰か行くのか?何てことも思ったりしたけれど…

後でそれを聞いたらここは一応隠しステージらしく普通の方法では来ることは出来ないとか。

条件は『漂流(ドリフト)』を50回使う。

いやいやいや、使わないでしょ普通。

50も町無いし。

まあ、そんな事も有ったりしつつ、今俺達は四大行の最後の1つ 発 の初歩、水見式を行う事となった。

これにより自分の系統が解り、自身の得意不得意が解るらしい。

系統は全部で6つ

・強化系
・変化系
・具現化系
・放出系
・操作系
・特質系

ドゥーンさんはグラスに水をなみなみと注ぎ、そのうえに木の葉を浮かべた物を二つ用意した。

「自分の系統を知るのはこいつが一番一般的だ。そらそのグラスを両手で挟むようにかざして練をしてみな」

俺とソラは言われたとおりグラスに手をかざし練をする。

すると俺の方は枯葉だった木の葉の色が若干緑がかっている。

ソラの方を見ると、木の葉が分解され一枚の紙片のようになっている。

それを見たドゥーンさんが驚いた表情を浮かべ。

「こりゃ驚いた。二人とも特質系だな」

「特質系?」

「この系統ばかりは他の5つの系統とは違い千差万別。決まった形が無いからな。ある意味個性が出る系統だ。更にその水見式の結果が能力に直結している場合もある」

…個性ですか。

「ま、何はともあれしばらくは今までの纏 絶 練 に加えてこの発の修行。その反応が顕著になるまで特訓だな」

いつものように要点だけいってドゥーンさんは言ってしまう。

「しかしこれにいったい何の意味があるのやら」

俺は暫し考えるが意味が解らない。

「私は葉っぱが紙になったわ」

と、ソラ。

「紙か。本か何かに関係するのかねぇ」

「本…」

「本といえば俺達はハンター文字は読めないんだったな。俺達はまた文字の習い直しだったな。まあ念の修行がひと段落してからだけどね。さ、今は発の修行だな」

「うん」

そう言ってソラは発の訓練に戻る。

その最中「文字…」といっていたのが耳に残った。

一ヵ月後。

俺の発は又しても意味の解らない変化を起こしていた。

葉っぱの下にある影が6つ。

それ以上は限界なのか増える気配が無い。

意味わからない…

そんな中、ソラが自分の念能力を完成させた。

『欲張りな知識の蔵(アンリミテッド・ディクショナリー)』

それは辞典の形をした一冊の本。

ごめん。一瞬、闇の書!?とか思った俺自重。

表紙には悪魔の口のような物が付いている。

それを発現したソラを見て俺はおっかなびっくり尋ねたんだ。

「な…なんだ?それ」

「…わからない。わからないけど。発の訓練してたらいつの間にか出てきてた」

「そ、そう。それでそれの能力は?」

「…さあ?」

解らないのか!

「触っても大丈夫?」

「大丈夫だと思う」

「噛み付かないよね?」

「………」

「ちょ!そこは否定してよ!」

おっかなびっくり俺はそれを左手で受け取る。

すると発動するガンダールヴ(偽)の能力で脳裏に使い方が浮かんでくる。

良かった。

念能力は一応武器に分類されるらしい。

「何か解った?」

ガンダールヴのルーンが輝いた事でソラが問いかけてきた。

「ああ」

解った事は以下の通り。

・この本の口から現存する本を食わせる事により、それに記されていた内容を総て記録する。
・食った本は二度ともとには戻らない。
・記録した内容はアンリミテッド・ディクショナリーを開く事でいつでも好きな時にそのページに浮かび上がらせられる事が可能。
・記録、蒐集した本の一覧が自動で生成される。
・この本に食わせた本に記載されている言語、文字を即時習得可能。
・この本のページを破りその言語、文字を封じた状態で一枚破り、それを相手に埋め込む(念による物質化なので溶けるように相手に埋め込まれる)事により、埋め込まれた相手も言語と文字を習得可能。これは一年掛けてで完全に消え去り、消えた後もその言語は学習済み。この一年を置かずして同じように上書きされると新しい方に更新され前の言語の習得は破棄される。

「こんな感じだな」

「そっか」

なるほど。

これはソラの根底に関わる能力だ。

行き成り言語の通じない異世界に放り出され、言葉も通じずに過ごしてきた。

その苦痛から生まれたものだろう。

それからソラは、ハンター文字の書かれたいる辞書をもらいうけアンリミテッド・ディクショナリーに食わせると、途端にハンター文字を理解して見せた。

それを見てジンたちもあっけに取られていたっけ。

「戦闘能力は皆無だが、学者泣かせの能力だな」

とはジンの言。

俺も早速ソラに白紙のページを埋め込んでもらい、何とかハンター文字が読めるようになった。

ジンなんかは貴重な古代の歴史書の写本なんかをアンリミテッド・ディクショナリーに食わせ、解読させていた。

うん、確かに戦闘能力はないが、凄く便利な能力だな。

しかも本の内容を無限に溜め込んでしまう性質を持っている。

…今度漫画本を食わせてみようか?

俺は未だ自身の能力は無いが一応 発 の修行も合格をもらい、応用技の訓練をしている。

先ずは『凝』

練で練ったオーラを目元に集中させる。

しかしやはりここで俺達ならではの弊害が…

凝 は確かに短時間だが出来るようになりました。

しかし…

そう、オーラを目に集中すると写輪眼が勝手に使用されるのです…

凝+写輪眼に使用されるオーラ。

練ったオーラがドンドン使用されていく。

これが結構辛い。

ただどういう訳か、相手の念(忍術じゃないのに)に対する洞察力も上がっているので、そこは良し悪し。

どんなに上手く隠を使われても大体発見できる優れもの。

だけど物凄くオーラを使う。

凝を使えるようになってからいろいろな物を凝で見てみた。

たまに物にオーラが篭っているのを見ることもあった。

名工の作などは知らぬ内に作者の念が込められてることがあるらしい。

そんな中でひときわ念の篭っていたのは何を隠そう、ソルとルナ。

この二つは一際輝くオーラを纏っていた。

まあ、彼女らはずっと俺達の精神力=オーラを流し込まれ、それを操っていたのだから当然か?

しかも造ったのはあのバグキャラであるドクターだしね。

あの人なら念の一つや二つ…

それから『隠』の訓練、これはオーラを見えにくくすることだね。

これは俺達よりもソル、ルナに身につけて欲しい所です…

凝で見られたら一発でばれちゃうしねぇ。

何とかならないかと試してみた所、何とかなった…

というかあからさまにソル達はおかしい。

自身にはオーラを生み出す技術は無いものの、それを操る事は出来る。

つまり供給されたオーラを自在に操れるという事らしい。

うん。やはりドクターはバグキャラだった。

こんなとんでもアイテムを造るとはね。

次は『周』だ。

これはオーラを武器など体以外に纏わせる技術。

これの習得にはなぜか土木作業が用いられた。

シャベルを用意して街の水道管を設置するための穴掘り。

機械じゃなくて人力ですか…

しかも俺達以外の人間、ジンなどは一日に何キロも軽々と掘っているし…

俺達はせいぜい数百メートルがいいところなのに…

まあ、続けていくうちに慣れたけれど、始めのうちは直ぐにオーラが切れて動けなくなった物よ。

『周』の修行がひと段落付いたら次は『円』

いつもは体の周り直近を問い巻いているオーラを必要な範囲まで広げて、その中にある物を知覚する技術。

これは意外と難しい。

俺もソラも一ヶ月の修行でおよそ3メートルほどしか展開できていない。


『堅』

この修行は単純だが、持続時間を増やすのが当面の課題。

練をし続けるだけだが、最初は1分半ほどでダウン。

ソラも似たような物だった。

念の戦いにおいて『堅』の持続時間=戦闘時間らしいから、延ばさないことには戦いようも無い。

しかも魔法を使用すると当然のこと纏っているオーラが減る。

つまり戦闘時間も減る。

素の状態で30分『堅』が出来るようになったとしても、魔法などの使用したら結局15分程度か?

さらにガンダールブ(偽)と写輪眼の併用を考えるともっと減りそうだ…

一月の修行で俺が15分、ソラは18分と言ったところか。

纏 絶 練 発 の複合『硬』

これは出来るには出来たが、俺達の系統が特質系で、六性図では反対側に位置する強化系はもっとも相性が悪い。

これは周とかでもいえる事だが、どうにも一撃の威力は強化系の人の半分も無いといった所…

まあ、それでも殴りつければ人一人くらい簡単につぶしてしまえる位の力は有るのだけれど。

最後は『流』

俺達にとってこれは攻撃よりも、どれだけ早く的確に防御にオーラを集められるかといった所だ。

これもまあ写輪眼との併用で当たるところを瞬時に見抜ければノーダメージでの防御を有り得るだろう。

『流』に関してはやはり習得に時間が掛かった。

一応戦闘でも行使できる最低のラインに来るまでに3ヶ月。

といってもジン達からして見ればひよっこも同然なレベルなのだけれど…

そうそう、忘れていた俺の発。

結局特質系の能力は創れず、色々考えて、試行錯誤した結果生まれた能力が1つ。

『貯蔵する弾丸(カートリッジ)』

カートリッジが殆ど切れている状態の俺達の杖。

この弾丸を作れるのはドクターだけだ。

それも巨額の費用と時間をかけて1ダースが限界。

しかし、魔法に使われる精神力がオーラと同質の物であるとわかった俺は、何とかそれを留めて、好きな時に使えないかと四苦八苦。

そして生まれたのがこの能力。

『硬』の要領で、右手に全オーラを集中させ、弾丸を具現化。

これが出来た時は嬉しさで発狂しそうになったね。

使えるか解らなかったけれど…

それをソルにセットして使ってみたところビンゴ!

炸裂させた瞬間に、閉じ込めたオーラが俺の体に還元された。

一気に何倍にも膨れ上がったオーラで『硬』を施し岩を殴ったところ、強化系が強化したのと同等ほどの威力が出た。

これは嬉しい誤算だ。

だがまあ、オーラを増大させる事は出来るが、それを操る能力はまた別。

還元されても纏で留めておけず、結局半分以上は抜け出ていってしまった。

この辺りは要修行だ。

このカートリッジ、一度具現化すると、手から離れても日にちを置いても、劣化しない優れもの。

というか本来ありえないらしい。

オーラで具現化させたものは本体から離れるほど希薄になり消失する。

本体から離す特色は放出系に属するらしい。

しかも俺は特質で放出系とは強化系まで行かなくても相性がいいとは言えない。

まあ、深く考えなくても、できた物はできたんだからいいか。

しかし問題は色々ある。

このカートリッジの作成は非情に疲れる。

創るのに一時間。一日2個が限界だ。

しかもこのカードリッジ、一応ソラでも使えるらしい。

しかし、ソラだと俺が100パーセント還元されるとすればおよそ80パーセントしかそのオーラを自分の物として操れない。

ソラはまだ相性がいいほうで、ジンに試してもらったところ3割ほどしか留めておけず、後は霧散してしまうようだ。

この辺は個人差があるのだろう。

まあ、これは俺とソラが使えれば問題ないからいいだろう。

あとは込めるオーラの量を増やしたり、調整できれば完璧だが、この辺も要修行だ。


そんなこんなで一応念に対しての基本と応用を大体教授してもらった俺達は、ジンとの約束の通り、完成間近のこのゲームのテストプレイヤーとしてプレイする事にした。

ジンの仲間でゲームマスターでもあるエレナさんから指輪をもらい、ゲームスタート。

勿論ゲームにのっとり開始地点はゲーム入り口からだ。

そういえばこのゲーム、何人で作っているのだろう?

ジンに紹介されたのは師匠のドゥーン、双子の女の子のエレナとイータ、強面のレイザーさんと小柄なそばかすの男の子のリストの5人だけ。

他にも何人か居るみたいだが未だ有った事はない。

まあ、良いんだけど…

テストプレイ事態は順調だった。

未だモンスターとの戦いで逃げ腰になったりすることも有るけど(だってめちゃくちゃでかい怪物とか居るし)まあ、何とかやっている。

このゲームのクリアに必須の指定カードについてはその在りかなどは全部同行しているジンに聞きながらのプレイだから楽なものだ。

自分で1から情報を集めたりしていたらテストプレイだけで何年もかかるしね。

動作確認が重要なのだからその辺は考慮してくれたようだ。

攻略自体は自力でやっているんだけど…

しかし、やはりこのゲームは良く出来た物で、確実に俺達の戦闘技術は向上していく。

念の修行だけではなく、情報収集技術、判断力の向上、その他もろもろがこのゲームには余すとことなく詰まっている。

指定カードの『一坪の海岸線』などの2人ではイベントが発生しない物などはシステムに介入してイベントを強制発動。

まあ、これは人数の問題で仕方ないな。

レイザーと14人の悪魔というイベントは未だその人数が足りていないとの理由でレイザーとレイザーの能力である念獣たちによるドッジドールの一騎打ち?複数だから一騎打ちではないけれど、こっちは俺達の他にジンさんたち5人とレイザーの念獣を貸してもらって8人。

8対8のドッジボール。

うん、俺とソラは外野の端の方で邪魔にならないように見てた。

だって怖いんだもの!

レイザーの半端ない強度のボールに当たったら死ねるよ!

それでもジンさんは凄い!

ほぼ一人でレイザーを含める念獣たちを仕留めているのだから。

「ちょ!ジンお前、ちょっとは手加減しろよ!」

「へ、そんなやわな体はしてないだろう!おらぁ!」

割と本気で泣きを見ているレイザーさんがかわいそうでした。

そんな感じで今出来ている部分のテストがようやくひと段落した時、俺達は思いもよらない出来事に襲われた。

それはジンが新しく作ったアイテムをいろいろと試していた時の事。

「アイオリア。これを食べてみてくれ」

そう言って渡された1つのクッキー。

「何?また怪しい効果が付属しているんじゃ?」

これまでも色々と怪しいアイテムの実験に付き合わされた苦い経験が思い出される。

魔女の媚薬とかね!

悪乗りしたソラにまんまと一服盛られ、それから1週間、俺はソラとハッスルしまくってしまったよ!

「まあ、良いから食べろ!」

無理やり押し込まれるクッキー。

「ぐふぅ…のどに詰まったらどうするんだ!」

最近俺はジンの破天荒ぶりに最初のころにあった礼節など何処かに吹き飛んでしまった。

ジンさんと呼んでいたのが今ではジンと呼び捨てだ。

「って声が高い!?」

「成功だ」

「ってなにが!?」

声変わりのアイテムか?

いや違う、なんか微妙に体が微妙に縮んだような?

と言うか胸部が微妙に重いような。

胸を摩ってみる。

……え?

「え?胸!?」

「あっはっは。今お前は女なんだよ」

「ちょ!ジン」

「アイオリアおめえなかなかに美人じゅあねえか」

ドゥーンさん!

「かわいい」

ソラまで!?

「てかもしかして変身薬!?」

「ああ、性別反転するクッキー。名づけてホルモンクッキーだな。うむ、面白い、これは後で指定カードに入れておくか」

「って!?っちょっとまって、ちゃんと元に戻るの!?」

「大丈夫だ、効果は24時間。時間がたったら元にもどるさ」

24時間か…でも…何ていうかな…嫌な予感が…

「まてまてまて!俺は変身薬系とは相性がわる……ある意味相性が抜群なんだよ!やばいよこれ!絶対後遺症が出る!」

「はあ!?何いってるんだよお前?」

「昔、俺は変身薬を飲んだ事があるんだ!効果は一時的な物だったはずなんだ」

「ほお?」

興味深そうに聞き返すジン。

「そしたらどうなったと思う?」

「さあ?」

「見てろ!」

そう言って俺は目の前で猫に変身する。

「猫!?」

「これがその結果だ!変身薬が抜け切らなくて固定されたんだよ」

「便利じゃないか」

くぅ~!確かに便利だけどさ!

俺は猫から人型に戻る。

すると。

「やっぱり…」

「なんだ?男に戻ったのか?失敗したのかこのクッキー」

「いや…たぶん俺の変身バリエーションにTSが追加されたんだと思うぞ?ほら!」

そういって俺は男から女にトランスする。

「本当だな、まあ良かったじゃないか、なかなかに美人だしな!」

「………はぁ、まあ元に戻れるから良いけどね…ソラには食わすなよ!男になったソラは見たくない!」

「残念だ。興味あったのだが」

「絶対にダメ!」

俺はジンに念を押した。

そして俺はソラに念を押そうと振り向くと…

「食ってる!?」

そこには既に食べておられるソラの姿がorz

かなりの美少年な姿だったのが印象的でした。 

 

第十四話

さらにしばらく時間が経ち、ついに建設中だったハンティング要素の濃い隠しクエストが完成した。

そう、俺が冗談で言ったモンハンの事である。

「じゃあ俺らはまだ他にやる事あるから、テストプレイよろしくな」

「え?」

「バグなんかはドゥーンに言ってくれ」

そう言うと俺とソラを孤島にある隠し村に置いてさっさと帰ってしまうジン。

「どうしようか?」

「うーん…やるしかないんだろうねぇ」

最近修行の成果が出てきたのか、少しずつ強くなっているのを実感しているから腕試しには丁度いいか。

一通り村の内部を確認したから俺たちはクエストが受注できるハンター専用の酒場に足を向けた。

「いらっしゃいませ」

出迎えてくれたのはギルドの受付嬢。

「はじめての方ですね?此方でギルド登録をお願いします」

登録の仕方は一度このゲームのセーブ媒体である指輪を受付嬢が持ってきた機械にかざすだけ。

それで登録完了。

登録完了した俺とソラはまず、ハンターランク1のクエストから依頼内容を確認。

先ずは様子見と、『生肉10個の納品』を選ぶ。

仲間を募集する場合、クエストを選ぶとクエストボードに張り出される。

クエストボードに張り出されたカードを受け取ると、そのクエストに同行できるようになる。

ソラがクエストボードから受注して、俺が待つ酒場の奥の転移方陣へと歩み来る。

「じゃ、しゅっぱーーーつ」

方陣が輝き俺たちは狩場へと転送された。

転送されたのはフィールド名『森と丘』

深々とした木々が生い茂る山野とこう配のある丘で形成されている。

転送されて来たこのフィールド。

この場所自体は念で作られた仮想世界のようなものらしい。

なぜ念空間にしたのかと言えば、一度に複数人がプレイできる環境を整える事を優先したからだ。

事前の説明でモンスターを倒し、その死体から支給された剥ぎ取り用ナイフで削りだすとその部位がカード化される仕様らしい。

今回の目当ては生肉。

俺達は『絶』を使用して気配を絶ち、前方に居る草食竜『アプトノス』へと近づく。

ソルを握り締めて、一気に距離を詰めて一閃。

アプトノスの斬られた傷口から大量の血液が飛び散る。

「え?」
「あ?」

その様子に俺もソラも動揺する。

俺の方は以前の経験から直ぐに立ち直る事が出来たが、ソラの方が微妙だ。

今までのこの世界のモンスターは血は流さず、倒すと直ぐにカード化されていた。

そこに来て今回の出来事。

アプトノスは血を噴出し倒れこんでいるものの絶命には至らず、懸命に起き上がり逃げ出そうとしている。

俺はソルを構えなおし連撃。完全にアプトノスの息の根を止める。

死んでいるのを確認してから俺は剥ぎ取り用ナイフを抜き放ち、その体に突き刺す。

切り取ると『生肉』のカードがその手に現れる。

それをバインダーにしまい、ソラの方へと急いで向かった。

「大丈夫?」

「…う…ん。大丈夫、平気」

そうは言うが少々顔色が悪いようだ。

トリステインに居た時も戦う事は多々あったけれど、こう言ったスプラッタな場面は今まで運良く見舞われてこなかったために耐性が無いのだろう。

とは言え、俺の時みたいに胃の中のものをリバースしないだけマシだ。

「少し休むか?」

「いい、大丈夫。アオ、次は私がやるね」

「大丈夫なのか?」

「うん。こういう事にも慣れないといけないから」

慣れていいものなのかどうか。

俺は考えてみたがその答えは出せそうに無かった。

ソラはルナを握ると改めて発見したアプトノスにその刃を振り下ろした。


生肉十個を手に入れるとベースキャンプに戻って納品。無事にクエストがクリアされると一分して俺達の体は酒場へと転送された。

今日のところはソラを気遣ってこれ以上のクエストを受注せず街にある宿屋へと赴いた。

フロントに案内されたのは馬小屋かと見まごうようなボロイ部屋、あちらこちらにホコリが降り積もり、ベッドのシーツもひどく汚れている。

フロントに抗議するも、ここでの待遇を上げるためにはハンターランクを上げろと言われた。

ランクと待遇が直結するらしい。

この馬小屋のような待遇は一番ランクの低いハンターのものだとか。

それゆえに無料で提供しているとのこと。

ランクが上がればそれに応じた部屋を案内する裸子。勿論お金は取られるが。

部屋の中にあるアイテムボックス。これはバインダー以外にアイテムを保管できる場所だ。

ここで手に入るアイテムは膨大でゆえに、一時保管場所として利用できる。

まあ、入るのはここのハンティングでゲットしたカードに限るみたいだが。それでも便利に活用できるだろう。

俺は無いよりはマシと言った感じのスプリングすらないベッド…寝台に寝転がっていると、俺の部屋のドアを開けてソラが中に入ってきた。

「アオ…一緒に寝ても良い?」

今日の出来事が衝撃的だったのか、部屋に入るなりそう俺に尋ねた。

「……今日だけだよ」

「…ありがとう」

その日以来、ソラは現場では取り乱す事は無くなった。

あくまで現場では…

帰ってきてその表情を曇らせるのを俺は知っている。



先ずは採取クエストでフィールドの地形を覚えつつ、クエストをこなしている。

採取クエストと言って侮る事無かれ。

『凝』で注意深く探さないと目当てのものが見つからないようになっているのだ。

そろそろ慣れてきたので、俺たちは狩猟クエストを受けてみる事にする。

クエスト内容は『ランポス10頭の狩猟』

クエストを受け、俺たちは森と丘に降り立った。

気配を消してフィールドを移動。

フィールドにある大きめの鳥のような足跡を追いかけるとそこには数匹の青色の鳥獣。ランポスだ。

茂みを移動して十分にランポスたちに近づくと纏でオーラを纏い振り上げたソルを振り下ろす。

先ずは一匹。

真っ二つにされて絶命するランポス。

しかし、俺はまだ一匹目だと言うのに倒した事に油断したようだ。

「アオ!危ない!」

反対側から距離を詰めていたために出遅れたソラが俺に叫んだ。

その声に気が付いて、俺はすばやく後ろを向くとそこには二匹目のランポスが大きく口を開いて噛み付いてきた。

やばい、やられると思った瞬間『流』を行使。噛み付かれた場所のダメージを減少させる。

「ぐうっ!」

噛み付かれた左腕。その攻撃のダメージをいくら流を使ったとは言っても0には出来なかった。

「つっ」

鈍い痛みが襲う。幸いにして身体の欠損は見当たらない。

今度は油断無く『円』を使用。前後左右、すべての方向からの攻撃に備える。

そう、ランポスは単体では其処まで脅威ではないかもしれないが、その真髄は集団戦。

一対多で戦う事の難しさをこのとき俺は始めて知ったのだった。

何とか見える限りのランポスを殲滅し、ソラと合流する。

ソラの方もどうやらランポスをしとめ終えたようだ。

「大丈夫?」

俺の左手を心配そうに見つめている。

「大丈夫だ。咄嗟に流で防御力を上げたから」

「そっか」

「しかし、これで勉強になった。目の前の一体だけを気に掛けていて、その他をおろそかにしてはだめだって事だね」

その後何度かランポスやその亜種のイーオスの狩猟クエストを受注。イーオスの麻痺毒にはてこずったが、対多数戦の初歩と言うべきそれを何とか物にする事ができた。



さて、モンハンと言ったら素材を集めての武器防具の生産と強化。

これもここではかなり忠実に再現されている。

なので、集めた素材で簡易防具を作成した。

俺はゲネポスの素材を使った上下一式。

ソラはランポスで統一されている。



狩猟クエストにも慣れてきた俺たちはついに飛竜の討伐を依頼されるまでになった。

とは言っても皆知ってるクック先生だけど。

怪鳥イャンクック大きな襟巻き状の大きな耳が特徴のピンク色の体色をした小型のワイバーンだ。

小型とは言ってもその全長は8メートルはくだらない。

俺は自分の所持アイテムを確認する。

薬草と回復薬が数個、後は剥ぎ取り用ナイフ。

この世界の薬草などを代表する回復アイテムは、一体どういった原理が働いているのかこのフィールド内で傷ついた傷を効果に見合った分だけ回復してくれる。

防具を揃えられれば切断系の攻撃に耐性が出来るから、実際は打ち身や軽い切り傷を治す程度だが。

息を潜めつつ、フィールドを索敵する。

バサッバサッバサッ

羽が風を掴む音が聞こえてくる。

「あそこ!」

ソラの声に視線を向けるとそこには空から今まさに地上へと降り立った怪鳥の姿が。

どうやら食事のようで、巨大な昆虫(カンタロス)をその嘴で掴み一気に丸呑み。

「うぇ…」

その光景に少し気分が悪くなる。

しかし、気を取り直してソルを構える。

「先ずは翼をつぶして機動力を殺ぐ。ソラ、バインドお願いできる?」

「任せて!ルナ」

『リングバインド』

いきなり空間に現れた束縛の魔法がイャンクックに絡みつく。

クァーーーーッ

大声を上げてもがき、ソラの束縛から抜け出そうと暴れる。

「そんなに保たないから!」

「分かってる!ソル、行くよ!」

『サイズフォーム』

そるに纏わせたブレードが先端から伸びて鎌の形に変形する。

俺は念で四肢を強化して、大地を蹴った。

狙うのはその翼。

「はぁっ!」

気合一閃。イャンクックの翼膜を切り裂いた。

グルァーーーーっ

悲鳴のような泣き声をあげたかと思うと、力の限り暴れだし、ソラのバインドを振りほどこうともがく。

「アオ!持たない!」

その言葉をきっかけに、バインドが振りほどかれて自由になるイャンクック。

クルァーーー

羽を切り裂いて着地した俺は今、丁度イャンクックの足元あたりに方膝を着いて着地している。

それを俺の頭上から怒りに任せてその大きな嘴で突付く。

「うおっ!」

何とか攻撃を食らう寸前で前方に転げ周り、その攻撃をかわす。

すると、何かを体内から吐き出すようなモーション。

ゴオッ

突き出された嘴、その中から吐き出された炎弾。

「なっ!」

吐き出された炎弾は放物線を描き、俺目掛けて飛んでくる。

『ディフェンサー』

ソルが寸前でシールドを展開、防御する。

クルアアアアっ

突進してくるイャンクック。

俺は直ぐにその突進を避けようとするが、それよりも早くソラからの援護が入る。

『フォトンランサー』

「ファイヤ!」

ズドドドドーーーン

着弾と同時に悲鳴を上げて悶絶する。

俺は動きが止まったその隙にイャンクックから距離を取る。

予想以上に俺たちが強敵だったのか、その身を翻して空へと飛んで逃げようとその翼をはためかせる。

しかし、最初の俺の攻撃で切り裂かれた翼膜ではうまく風を捕まえられない。

俺はその隙を見逃さずに魔法を発動する。

『サンダースマッシャー』

「サンダーーーースマッシャーーーーーーーっ!」

ソルの刃先から放たれる雷の凶光。その光は真っ直ぐとイャンクックに走り着弾。

クルアアアアアッ

イャンクックは絶叫の後、絶命して倒れこんだ。

「はぁ、はぁ、はぁ」

「やったの?」

「ああ、倒したんだ」


その後何回かクック先生を繰り返す。

何回も繰り返していると、モンスターの癖や弱点などが見えてくる。

『凝』でよく相手を見てみると、オーラの濃いところと薄いところが見て取れる。

薄いところを攻撃すると、割と簡単にダメージを与えられる。

つまりはそう言う訓練。

相手の攻撃のパターンを読み、オーラの薄い弱点へ攻撃する。

それが完璧とは言わないまでも、何とか板についてきてから俺たちは大地の女王リオレイア狩猟のクエストを受注した。


装備はそれぞれクック装備に変わっている。

クエストを受注してフィールドに降り立って数日。

俺たちは発見したリオレイアに攻撃は仕掛けずに、ずっと絶をしたまま相手を観察する。

フィールドの回遊パターン、獲物を取るときの攻撃方法。

注意すべきはその尻尾に含まれる毒攻撃。

一応毒消しは持ってきているけれど、一歩間違えば命が無い。

綿密に調べた結果、リオレイアの巣で待ち構える事にする。

作戦は罠を仕掛け、リオレイアを待ち、トラップに引っかかり、拘束されている間に一番危険な尻尾を切断してしまう。

後は攻撃を避けつつ翼膜を切断できれば空を飛べるこちらが有利。

作戦が決まると痺れ罠を仕掛けてリオレイアが来るのを待ち決戦を挑んだ。



さて、作戦がうまくいったため、比較的軽傷で戦闘を終える事が出来た。

俺はいま切断したリオレイアの尻尾に剥ぎ取りようナイフを構えて差し込んだ。

「お?逆鱗だ」

「逆鱗?」

「これはラッキー。前世では何度これのためにリタマラしたことか…」

「うん?」

その後のタイトルでは確率の大幅の上昇やサブクエストなどで割りと簡単に手に入るようになったけれどね。

PSP版なぞ言わずもがな。

俺は無印版でドラゴンマサクゥルを所持していたつわものだ。

あの逆鱗雄雌五枚に泣いたのは俺だけではあるまい。

とと、話がそれた。

「カードランクを見てごらん。これはかなりのレアだよ」

「そうなんだ」


街に帰り、持ち帰ったリオレイアの素材で防具を一新。

レイア防具と言ったら先ずは腰から。全てを揃えるには素材は足りなかったが、先ずはソラに腰防具を作成した。

うむうむ。その他の防具はクックなのでかなり不恰好だが、それでもそのスカートは似合っている。

ゲットした逆鱗もソラの防具に使用して防御力を上げてリオレイアを狩ること数回。

ソラのリオレイア装備が完成する。

がちゃ、がちゃ

と、ゆれる金属音。これも一つの醍醐味だよね。

さて、今度は空の王者リオレウスの番。

こいつは空の王者と言われるだけ有って、その飛行能力は高い。

空中からの強襲で此方に大ダメージを与える厄介な相手だ。

しかし、空を飛べるのは何も相手だけではない。

今回は俺たちも空を飛んでのドッグファイト。

しかし、なんだね…リオレウスの姿を見た瞬間、あの大火竜の姿がダブって見えてしまい、思い出されたマルクスへの怒りから全くの自重をせずに大威力魔法の連発でKOさせていたよ。

怒りの感情は時として大きな力を与えてくれるようだ。

俺たちの防具も着実に強化して行く。

俺はレウス装備からリオソウル装備、それからシルバーソルへ。

ソラはレイアからリオハート、そしてゴールドルナ。

ここに至って杖であるはずのソルとルナに念能力が発現した。

この防具、いわゆる具現化系能力の応用であるのだが、相手の攻撃に対して、その威力を削減してくれると言う効果がある…が、今特筆すべきは念能力である事。

そう、ソル達がこの具現化したシルバーソルとゴールドルナシリーズをそのオーラごと取り込んで再現してしまった。

ソルとルナの念能力。

その名も『バリアジャケット(愛する主人の最終防御)』

俺達からオーラを貰い具現化する。その防御能力やスキルは基にした防具に由来しする。

まさかの嬉しい誤算だった。

ここに来てようやくバリアジャケットの再現が出来た事に狂喜乱舞した。

シルバーソルとゴールドルナ、しかしその見た目はZシリーズのような装丁だ。

そう言えば俺とソラのドラゴン形態も銀と金。

まあ、ワイバーンでは無く俺達はドラゴンだけれども。

名前やら何やらでシンパシー的な何かが念能力の開花に結びついたのだろうか?

と言うか、念能力すら行使できる物を造ったドクターに脱帽。

その後、その能力で他の武器も再現できないかと四苦八苦。

しかし武器の再現は出来ない。これはソル達のアイデンティティーに関わるものだしね。

しかし、テスターとしては作らなければならず、そのたびにソル達の機嫌が下降する。

何とか機嫌を直してもらおうといつも四苦八苦だ。

さて、そんなこんなでHRも最高値、ようやくこのイベントもクリアした。

とは言え、最後の黒いトカゲの黒紅白の三段活用には少々てこずったけれど。

頼みの綱の雷魔法が余り効果が無かったからね。

どうにか倒して、全クエストクリア報酬のカード『モンスターハンター』をゲットしたときは涙が出てきたよ。


その後も指定カードのイベントをこなしつつ、念の修行をして、時がすぎる。

そんなこんなで指定カードをコンプリート。

最後の指定カードにまつわる問題100問等は、全部のイベントをクリアした俺たちには容易なものだ。

まあ、これは誰かが99個そのバインダーに納めたときプレイヤー全員に平等に参加できるクエストの様だったが、今は俺とソラしか居なかった。

支配者からの招待をゲットして、王城へ。

本来ならば一人のはずの招待に今回はソラも同行する。

城門が開き、中に入ると出迎えてくれたのドューンさんだった。

「おう、ようやく終わったか」

「ドューンさん?」

その姿を見止め、ソラが聞いた。

「おうよ。テストプレイ終了お疲れさん」

「あ、はい」

「テストプレイを終えたお前らにご褒美だ」

そう言ってドゥーンさんが投げ渡したのは一つの小箱。

開いてみると丁度カードが3枚分入れられるようだ。

「ここでのカードがここ以外では使えないようになっているのは聞いているな?それはよ、このゲームをクリアした奴へのご褒美だ。島の外でも指定カードの効果が使えるようになる。まあ、島の外への持ち出しには指定100種コンプリートさせると言うある種の制約が必要なんだが」

そう言えば主人公も島の外でカードを使っていたような。

何を持ち出せるようにするかが問題だ。

カードの中には因果律を歪める様な強力な物が多々あるしな。

リスキーダイスとか。

「まあ、今すぐに選べってわけじゃねぇ。取り合えずはこの後のエンディングを楽しんでこいや」


その後盛大に開かれたパレード。

一体どのくらいのオーラを使えばこれだけの人数の念獣を顕現できるのかとつい突っ込みを入れてしまうほどに多くのモブと共に盛大な一夜は過ぎていく。


その後数日して、今は主要アイテムの最終チェック中。

色々なアイテムを試し終わり、散らかしたアイテムを片付けようとしていた時に事故が起こった。

「ジン、こんな石なんてアイテムにあったっけ?」

そう言って俺がつかんだのは石の真ん中に何か文字のような物が彫られた手のひらサイズの石。

「あ、ああ、それか。それは俺がこの前遺跡調査に行ったときに持ち帰った物だ」

「いいのかよ勝手に持ち帰ったりして!」

「いいんじゃないか?その付近の先住民族の奴らが言うにはそれは生まれ変わりの宝玉と言うらしい。何でもそれを手にしたものは別人に生まれ変わるらしい」

「危険じゃないか!?」

「まあ、俺が触ったり持ち歩いたりしても何も起きなかったし、大丈夫だろう」

ジンのそんな言葉を聞きながら、右手でつかんでいたその石を左手に持ち替えたのがいけなかったんだ。

左に持ち替えた石が突如光り出す。

「へ?」

「え?」
「ああ?」
「何だ!?」

左手のガンダールヴ(偽)のルーンがドンドン輝き、それに伴ってその石から放たれる光もどんどん強くなる。

「手を離せ!」

ジンが大声で叫んだ。

俺も手を離そうと試みるが、俺の意思に反してその手は石を離してくれない。

「だ、ダメだ!」

その光が俺の体を包み込み、俺の体…というか存在が揺らいだ。

「ち、ちょっと強引に行くぜ!」

ジンがオーラを解き放ち俺の手をつかもうと近づく。

しかしそれよりも早く俺に抱きつく存在があった。

ソラである。

「ソラ!?」

ソラが光に包まれる俺の体をその身で抱きしめたかと思うと、ソラの体も光が包み込み、

そこで俺の意識は暗転した。 
 

 
後書き
H×H編は一旦終了。回収は後ほどになります。ひとまず次の世界へのクロスです。 

 

第十五話 【NARUTO編】

 
前書き
今回からはNARUTO編になります。 

 


今、私、うちはチカゲは自分の子供に暗示をかけている。

この私を殺せと。



私には可愛い双子の子供がいる。

男の子が「アオ」で女の子が「ソラ」

父親は居ない。

死んでいるのではなくて所謂不倫。

不義の子供。

私が住んでいるこの木の葉隠れの里は所謂忍の里だ。

五大国中でも大きな火の国にありその影響力は大きな物だった。

しかし5年前に里を襲った九尾の狐によって里は壊滅的な被害を受けた。

その時の私はアオとソラを出産して間もない時だったが、木の葉の里の忍であり上忍であった私は九尾を迎え撃つ部隊に組み込まれ、何とか生き残る事は出来たものの、その時の怪我が深いもので、傷が治った後も様々な合併症を引き起こし既に体はボロボロ。

良く5年も生きられた物だ。

そんな私の子供であるアオとソラ。

この2人の忍としての才能は目を見張る物があった。

3歳の時にはうちは一族でも一部の家系にしか現れない写輪眼を開眼し、その目で私が戯れで使った忍術なんかを瞬時にコピーし真似をする。

末恐ろしい子達だ。

私はそれを見て、私が生きている内に出来るだけの事は教えようと思い、実践してきた。

それは幼い子供には酷なことかもしれなかったが、死に行く私が、子供がこの世界で生きていけるようにするために精一杯の愛情。

忍術を教え始めてから二年。

最早私の体は限界だった。

気力を振り絞り、子供達の忍術の指導をしているが、後二月も保たないだろう。

だから私は、私に出来る子供達への最後のプレゼントをあげる事にした。

万華鏡写輪眼。

写輪眼を開眼したものが自身の一番大事な人をその手で殺す事によって開眼すると言われる写輪眼を超えた瞳術。

写輪眼を開眼した私が血眼になって探し、ようやく探り当てた開眼方法。

私自身は試した事はない。

だって私は大事な物を作らないように生きてきたのだから。

何処か冷めていた私では、恐らくこの子達の父親を殺して居たとしても開眼はすまい。

だけど今は私はこの子達がいとおしい。

この子達が立派に成人した姿を見れないのが口惜しいほどに。

今の私達、忍術を教え始めてからの2年は山に篭り、他者との接触はほぼ皆無と言った生活を送っていた。

故に子供である彼らの一番大事は恐らく母である私を置いて他に無いだろう。

今のこの世の中は力のない者は生きづらい。

だから私はこの子達に絶対の力を残してあげるのだ。

生い先短い私の最後のプレゼント。

一応この子達の父親には手紙を出している。

恐らく私は死ぬだろうからこの子達をよろしくと。

うちはの家は頼れない。

この子達の異常性を見つければその力を一族のために利用しようと考えるだろう。

それに私はそんなうちはの家は好きではないのだ。

権力に執着し、里を牛耳ろうと考えてるような連中。

私の親もそんな人間の一人だった。

結局私も力を求め続ける愚か者だったわけだが。

忍として優秀だった私は、一族の者達にどれほど利用されてきたものだろうか。

それが嫌でうちはの名を捨て、九尾事件の混乱で身をくらまし今は神咲を名乗っているのだが。

この苗字が子供達を守ってくれると良い。

この苗字でうちはから遠ざかってくれる事を祈る。

さて、そろそろ現世との別れの時間だ。

私は自分の子供達を呼び出し、私を殺すように暗示をかける。

暗示に掛かった子供達は躊躇い無く私を殺すだろう。

子供達がそれぞれクナイをその手に持ち私の心臓目掛けて振り下ろす。

胸に強烈な痛みを感じる。

ああ、子供達よ強く生きておくれ。

そして愛しているよ。





いったいどういう状況なんだ?

俺は確かジンがどこかの遺跡から拾ってきた石を左手でつかんだ後いきなり全身が光り出して意識を失った。

しかし、気が付いてみると全く知らないところでしかも目の前には女性の死体。

「な!?え?どういう状況!?」
「何よ!これ!」

困惑する俺の隣りからも困惑の声が上がる。

「いや、いや!いやぁぁぁぁぁ!」

目の前の血まみれで倒れている女性を見て我を忘れる隣の女の子。

その目が大きく見開かれたと思ったらその両目に現れるんは三つ巴の模様。

それが収束し変化したと思ったら別の形に変わっていた。

万華鏡写輪眼。

「熱っ!」

それを見ていた俺の目も熱を帯び、体のオーラが目元に集まっていく。

「何だ!?」

開いた俺の双眸にも浮かび上がる万華鏡写輪眼。

「くっ!大量の情報が頭に流れ込んでくる!」

一瞬後、女の子の恐慌も収まる。

「はぁ、はぁ」
「う、っく」

深呼吸して呼吸を整えると、未だ発動状態の万華鏡写輪眼へのオーラの供給を絶ち、発動を止める。

隣りを見ると女の子も発動を解いたようだ。

俺は女の子に話しかける。

「ねえ、君はだれ?」

「え?」

困惑の女の子。

その体は5歳ほどだろうか。

かく言う俺も体が縮んでいるし髪の色も黒に変色していたり、解らない事だらけだ。

「えっと、私はソラフィア」

「え!?ソラなのか?」

「え!?」

「俺だ!アイオリアだ」

「え?でもその姿は!?」

「そんな事言ったらソラだって変わっているぞ」

「ええ!?」

2人して困惑する。

だってさっきまで俺達はジンと一緒にいた筈なんだ。

それが今、見知らぬ場所で全く別人といってもいい姿でここに居る。

『マスターですか?』

「え?」

突然何処からか掛けられた聞き覚えのある声。

「ソルか!?」

『ここです』

近くの棚のうえに二つの宝石が並べて置いてあった。

ソルとルナである。

俺とソラは彼女らに駆け寄ると問いかけた。

「ルナ!」

『マスター』

ルナもソラを見つけ声を上げた。

「ソル、これは一体どういうことか解るか?」

『良かった記憶が戻られたのですね』

そう言ってからソル達は今のこの状況を説明した。

彼女達は気が付いたら女性の胎盤で腹の中にいた俺達の手に握られていたらしい。

その後俺達はソル達をそれぞれ握り締めたまま出産。

母親であるうちはチカゲはそんな不思議な彼女らを守り石としてずっと捨てずに居てくれたようだ。

彼女の意識が俺達に向いてないうちに何度か俺達に話しかけてみたが自分たちを知っている様子は無く、愕然としたらしい。

それから俺達の安否は確認されずに心配していたが。今まで喋る事なく目の前の子供(俺達だが)を見守ってきてくれたそうだ。

ソル達の話では、此処は火の国、木の葉隠れの里の近くにある森の中にある家で、この世界には忍者と言われる者達がいるらしい。

母であるチカゲが5年ほど前に大怪我を負い、合併症を引き起こし、いつ死んでもおかしくない状況だった事。

最近では死期を悟って俺達に厳しく忍術修行を施していた事。

そして最後に俺達を操り、万華鏡写輪眼を開眼させる為に自身を殺させる計画を実行した事。

棚の上に置かれていたソル達は、彼女の独り言のような計画をその耳で聞いていたそうだ。

「つまり倒れている彼女が俺達の母親だという事か?」

『はい』

ソルの返事に俺達は女性に近づき手を取った。


「死んでる…」
「そんな!」

『彼女はその身を賭してマスター達に万華鏡写輪眼なるものの開眼を望みました』

「うん」

さっきのあれが万華鏡写輪眼だったのだろう。

もう一度使おうと思えば開眼できるだろう。

なんとなくだが体が覚えている。

我が身に起きている事を未だに総て理解しているわけでは無いが、とりあえず。

「埋めてあげようか」

「うん」

俺とソラは家の外を見渡し、見晴らしのいいところに家の中から見つけてきたシャベルで穴を掘り、母親の亡骸を埋めた。

子供の体では大変な作業だと思われたが、全身の精孔はすでに開かれており、オーラを使うことで比較的簡単に埋葬する事が出来た。

最後にソルから教えてもらった事だが、俺の名前は『神咲アオ』と言うらしい。

ソラフィアの名前は『神咲ソラ』

双子だそうだ。

しかしまさか此処で前世の名前を名づけられるとは…

その点についてはソラも驚いていた。

ソラフィアの前世の名前も『ソラ』だったのだから…

俺とソラは、今の日本人のような黒い髪、黒い瞳、黄色い肌で外国人風の名前では似合わない事、それから生んでくれた母への感謝を込めて『アオ』『ソラ』と言う名前を頂く事にした。

母の名前は神咲チカゲ、旧姓をうちはと言うらしい。

忍者、火の国、木の葉隠れの里、うちは、万華鏡写輪眼などのキーワードで俺は気づいた。

恐らくここはNARUTOの世界であろうと。

とりあえずソラにその事を伝える。

と言うか、この体はうちはですか。

今の時間系列が原作前なのか、原作のかなり後なのかはっきりしない今、今後の事を決めかねていた。

うちはの家系は原作開始以前にうちはイタチによる虐殺にあい、イタチの弟であるサスケとイタチを残して一族は全滅したはずだ。

それでなくても面倒なうちはの家系。

…なんでこんな死亡フラグが高そうな家系に転生するかな?

しかも万華鏡写輪眼の開眼。

やばいって!

絶対やばいって!

テンプレなのか?そうなのか!?

しかもこの身は5歳。

普通に働ける年ではなく、普通は親の庇護のもと成長する時期だ。

…どうしよう。

コネも知り合いもいない上に、年齢まで…

このままでは野垂れ死にするしかない。

そんな事を話し合っていると家の扉がノックされた。

ドンドンドン

「すまない、ここはチカゲさんの家で間違いないであろうか」

男の人の声だ。

チカゲはソルから聞いた母の名だ。

俺は扉に近づき扉を開けた。

ガラッ

「どちらさまでしょう」

俺は男に問いかける。

顔を見ればその眼球は真っ白だ。

人間か!?

なんて失礼な事を考えていたら男から声を掛けられた。

「私は日向ヒアシと申す。チカゲさんに用事があるのだが」

「母は死にました」

俺にとっては母と言えるかどうかもわからない。

母であった記憶が無いのだ。

どうやら生まれてからの5年の記憶を総て忘れてアイオリアであった頃の俺に上書きされた様だ。

「そ…そうか」

顔を伏せるヒアシさん。

しばらく黙祷をしていたヒアシさんが俺達に問いかけてきた。

「君達はチカゲさんの子供か?」

「はい」

「見たところ、君達以外の人の気配が無いが、誰か一緒に住んでいる人は?」

ん?何が言いたい?

「妹だけです」

これはソルにも確認した事だ。

ここには俺達と母親しか住んでいなかったと。

「ふむ、子供2人で生き抜く術はあるか?」

いやいやいや、普通無理でしょ?

「ありません」

俺は正直に答える。

「そうか。ならば家に来るがいい」

「は?」
「え?」

余りの衝撃に固まる俺とソラ。

「使用人見習いと言う事になるが、衣食住の提供は保障しよう。どうだ?」

そう問われ、俺とソラはしばらく話し合った後、

「ご迷惑でなければ」

と、その申し出を受け入れた。

ここに居ても生きていける保障が無い以上、使用人としてでも雇ってもらって、食べていかなければならない。

その後、ヒアシさんを先ほど埋葬した母の墓に案内して御参りをし、ソルとルナだけ持って、俺とソラはヒアシさんに連れられて山を降りた。

ヒアシさんに連れられてやって来た木の葉隠れの里。

その門のでかさにビックリし、さらに案内されたヒアシさんの家の大きさにビックリ。

ヒアシさんに連れられて家の中に入る。

ヒアシさんの家は所謂旧家でその敷地面積は物凄く広い。

屋敷の置くから黒髪のおかっぱの同じくらいの年の女の子がこちらに走ってきた。

「お父様、お帰りなさいませ」

「ヒナタか」

「あの」

父親の影からこちらを見る女の子、ヒナタと言うらしい。

この子も目が白いなぁ。

白い目、ヒナタ……ああっ!

日向ヒナタ!?

白眼の!?

ああ、本当に白眼って虹彩が白いんだ…じゃ無くて!

思いっきり原作キャラじゃん!

これはヤバイか?

「この子達は今日から家で面倒を見ることになった。仲良くするように」

「はい、お父様」

いや、俺達使用人見習いですよね?

俺達はその後使用人達に使用人見習いとして紹介され、日向本家に一室もらえる事になった。

これで一応生きていく基盤の確保は出来た。

後は仕事を覚えるだけだ。



まあ、子供の俺達にとって仕事といってもそんな大層な仕事が振られるわけも無い。

せいぜいがお膳の上げ下げとか屋敷の掃除とか位だ。

最初の頃は慣れるのに忙しかったが、一月もすれば流石に慣れる。

すると自由になる時間が多く取れるようになった。

俺とソラはその自由になった時間を現状の確認と念や魔法の修行、あるいは覚えこまされた忍術の確認に当てている。

この世界に生まれ落ちてからの能力的変化は実は余り無かった。

この体は一度分解され、母親の胎内で再構成されたものではなかろうか?

なぜそんな予想を立てたかというと、魔法が使えるのである。

それも資質は変わらず風のトライアングル。

ソルとの契約も切れてなかったしね。

後は念。

精孔が最初から開かれているので纏や練、絶、発といった四大行も普通に行えた。

念によるカートリッジの作成も。

変身能力もそのままで、猫やドラゴンに変身は今でも可能。

まあ、便利だから無くなってなくて良かったといったところか?

無くなったといえばガンダールヴ(偽)のルーンだ。

どうやら転生した時に死んだと認識されたのか、ルーンが綺麗さっぱりなくなっている。

試しにソルを握ってみたところ、全く反応は無かった。

身体強化と武器を操る能力が消えたことは良いことなのか悪い事なのか…

まあ、戦闘中にルーンにオーラを消費される事が無いから戦闘時間は伸びるだろうけれど、身体強化の恩恵が無いのが悔やまれる。

忍術。

どうやら俺達は母親から写輪眼を使用させての術の習得をさせられていたらしい。

記憶はなくなっても覚えているのである。

火遁豪火球の術をはじめ、火遁豪龍火の術に到るまでの火遁が中心だが、その中に禁術である影分身の術が刷り込まれていたのには驚きだ。

母親はどこでこの術を覚え、何を思って俺達に教えたのか。

まあ、この術の有用性は凄まじいと記憶にあるので嬉しい誤算なのだが。

だって、影分身の経験値が自分に還ってって卑怯だろう!

修行時間の短縮にも繋がる便利な術だ。

是非とも有効活用させてもらおう。

この世界の忍術で使うチャクラというエネルギー。

どうもこれはオーラと同質の物だというのが俺の見解だ。

細胞から集められたエネルギーを爆発させて、外側に放出するのが念。

内側に練りこみ、印を組み、意味を与えて行使するのが忍術。

念の発のように千差万別な力ではなく、先人達がその技術を後世につかえるように印によって画一的効果をもたらすのが忍術と言った所か。

例外は多々あるが。

念の修行でオーラを自在に操る修行をしていた俺達にはチャクラ(=オーラ)を練るのはそんなに難しい事ではないようだ。

ソル達が言うには記憶が無い状態でもチャクラを練る技術はずば抜けて高いと母親が言っていたと言った。

恐らく記憶が戻る前の俺達も、魂の何処かで覚えていたのだろう。

それが母親には類まれなる才能に映っただけだろう。

写輪眼にしてもそうだ。

写輪眼の行使も、転生前に移植された左目で発動の訓練をしたものだ。

その名残で幼くして開眼してしまったのだろう。

それが母親殺しに繋がるとは思いもよらない事だったが。

あらかたの確認を終え、最後は万華鏡写輪眼だ。

これには困ったデメリットがあることを生前の知識で覚えていたが、それでも能力の把握はした方がいいだろう。

おれはソラと共に屋敷を抜け出し、人気の無い森の中に移動する。

「それじゃソラ。今日は万華鏡写輪眼の能力把握をするから」

「万華鏡?」

「ああ、ソラは知らなかったか。写輪眼は知っているよね」

「そりゃね、開眼の訓練もしたし、使いこなす訓練もしたじゃない」

「そりゃ前世でね。だけど今回は本家本元、本物の写輪眼」

「うん?」

「写輪眼はこの世界のうちは一族が持っている瞳術だ」

「でも私達は神咲だよ?」

「だが母親の旧姓はうちは。つまり俺達の体は正真正銘のうちはの体だ」

「う、うん」

「そんなうちは一族の中でも写輪眼を開眼出来る者は少ない。だが写輪眼には更にその先がある」

「それが万華鏡写輪眼?」

「そうだ。その開眼方法は秘匿されている。どうやって母親が知ったのかは定かではないが…」

「どんな方法?」

その質問に俺は少し詰まってしまう。

「……一番親しい者の死」

「え?」

「母親は俺達に万華鏡写輪眼を開眼させるために俺達に自らを殺させたんだ」

「……そう」

複雑そうな表情で目を閉じるソラ。

そして開いた眼には万華鏡写輪眼が。

ソラの万華鏡写輪眼の能力はこうだ。

思兼(おもいかね)
その能力は目を合わせた者の思考を誘導する力。

八意(やごころ)
目を合わせた者の知識を盗み取る力。



そして俺の万華鏡写輪眼の能力。

志那都比古(シナツヒコ)
視界に映った空間の空気を支配する力。

建御雷(タケミカズチ)
視界に映った任意の空間にプラズマを発生させて敵を焼き尽くす。

あれ?

天照と月読は? 

 

第十六話

それから一年。

本体は日向宗家で使用人見習いの仕事をしつつ、影分身は山で修行中。

え?本家に影分身を置いて本体で修行しろって?

いや無理でしょ。

過度の衝撃でポンって行くんだから。

バレたらやばい。

影分身は一応禁術だから細心の注意が必要なのだ。

戦闘経験の蓄積は出来るけれど、筋力アップがはかれないのが玉に傷だ。

うーむ、どうしよう。

なんて思っていたら、当主さまが俺達に忍術修行を付けてくれる事になった。

といっても日向の体術は見せてもくれないんだけどね。

どうやら使用人兼ヒナタの護衛にする気のようだ。

当主(ヒアシさん)自ら俺達にそう言って訓練をしないかと誘ってきたので俺達は了承した。

いや何ていうかな?

一応この広い日向本家に一室を頂いていると、年が近いせいかヒナタが俺達の部屋に潜り込んで一緒に寝ていたりする。

当主も知っていて見ない振りをしているらしく、お咎めも無い。

最近生まれたばかりの妹に自分の居場所を奪われた寂しさもあるのだろう。

そんな感じで気分は妹な感じだし、出来る範囲で守ってやろうと言う気にもなるというもの。

ソラも同じ思いのようだ。

ああ、人目の無い俺達の部屋にいるときに限り、俺達はヒナタの事を呼び捨てにしている。

小動物のようなヒナタが勇気を振り絞って。

「せめて人目の無いところ位ではヒナタって呼んでください」

なんて言われたら逆らえないよね。

普段はきちんとヒナタ様、もしくはヒナタお嬢様と呼んでいる。

俺達はしがない使用人だしね。

忍びとしての基礎訓練は母親に教えてもらって刷り込まれているので問題なくこなせている。

いまは体の成長を妨げないように体を作っている最中だ。

まだ7歳だしね。

念の修行も続けている。

纏と練を重点的に毎日こなしている。

その成果か円の距離が段々増えていっている。

転生前は3メートル程だったのが今や15メートルほどに伸びている。

距離が日に日に伸びていくのでもしかしたら100メートル台も夢じゃないかもしれない。

…時間は掛かるかもしれないけど…年単位で。



8歳。

いつの間にやらうちは一族の虐殺が起こっていた。

俺達のことはばれずに済んだのか、それとも日向の家にいる事が幸いしたのか殺される事はなかった。

助かった。

これが怖かったからこそ俺達は万華鏡写輪眼の訓練も怠らなかったのだが。

もしもの時の咄嗟に使えないと最悪死ぬこともあると考え、最低限ではあるが万華鏡写輪眼の訓練を始めてもはや3年。

やはりというか俺とソラの視力は段々と下がり始めてきていた。

それはクナイの練習をしていた時などに顕著に現れた。

「む?どうした」

「い、いえ何でも」

当主の見ている前で的をはずしてしまった俺。

しかも今日既に3回目だ。

ソラの方も似たようなものだ。

「どうにも今日は調子が悪いようだな。今日はもう上がれ。ヒナタ、道場にいくぞ」

「はい。父上」

一緒に練習していたヒナタを連れ道場へと歩いていく当主を俺は呼び止める。

「当主」

「なんだ?練習なら今日は…」

「いえ、その事ではなく、内密でお願いがございます」

「それは今ここでは言えない様な事かね?」

「はい」

「ふむ。ならば後で私の書斎に来なさい」

「ありがとうございます」

そういって俺は頭をさげ、道場へと向う当主を見送る。

「ソラ?」

「視力、結構落ちているだろう?」

「う、うん」

「理由はわかっている」

「え?」

「万華鏡写輪眼は、使えば使うほどその眼は光を失う」

「な!?何で教えてくれなかったの?」

「それでも必要になると時が来ると思ったからな。それに視力低下の解決方法も知っている」

なんでそんな事を覚えているかといえば、ゼロ魔の時、ドクターに左目を移植されてから必死に思い出したからさ。

写輪眼の色々な事を。

あの時はまだゼロ魔の世界にきて5年ほどだったから思い出せたのだ。

結局うちはの体じゃなかったから万華鏡写輪眼の開眼は出来なかったんだけどね。

その後も何度かふとした時に思い起こされていたから覚えていたのだ。

「本当に?」

「ああ、だがそれには当主の協力が必要だ」

「それでさっき呼び止めたの?」

「ああ」

「それでその方法は?」

「それは後で当主の書斎で話すよ」

「わかった」

その後俺達は邸内の掃除をして、時間を見計らって当主の書斎へと赴いた。


コンコン。

「入れ」

「失礼します」

当主にことわりを入れ俺とソラは入室し、当主の対面にて正座する。

「アオとソラにございます」

「ああ、昼間の件だな」

「はい」

「して何用だ?」

俺は一拍置いてから話し始める。

「当主は我が母の旧姓をご存知でしょうか?」

「ああ、うちはだろう?」

「はい。そのうちはが宿す血継限界もご承知とは存じます」

「ああ、我が日向の白眼から分かれたものとも言われているな」

「はい。うちはの血を引く私達も運良く写輪眼の開眼を果たしました」

「それは真か?」

「はい。よろしければ開眼して見せますのですが宜しいでしょうか?」

「やってみろ」

俺はオーラを目元に送る。

「写輪眼」

眼球に現れる三つ巴の模様。

「ほう、本当のようだな。しかしそれが用件ではあるまい?」

さすが当主、鋭い!

「はい。この写輪眼に更に上があるとすれば?」

「な!?」

そりゃ驚くか。

なんせ写輪眼は有名だがその上があるとは知らないだろうから。

「名を万華鏡写輪眼と申します。宜しければお見せしますが」

「白眼!」

当主も白眼を発動させて身構える。

当然だ、写輪眼のコピーは有名だが、その上の能力は未知数なのだから。

「当主に危害を加えるつもりはございません。許可をいただけますか?」

「よい」

「万華鏡写輪眼」

すると三つ巴のマークが中心により万華鏡写輪眼が発動する。

「ほう、それが」

「はい。能力までは言えませんが」

「そうか、それでそれを私に打ち明けてどうしようと言うのだ」

俺は万華鏡写輪眼を閉じ普通の眼に戻った瞳で当主を見つめる。

「万華鏡写輪眼は開眼と同時に失明に向かいます」

「な!?」

俺の告白に驚いている当主。

同じ瞳術主体の忍者にとって失明は致命的だ。

「もちろんそれを解決する方法があります」

「つまりその方法に協力して欲しいと?」

「はい」

「因みにその方法は?」

「他の万華鏡写輪眼を自身の目に移植する事」

「なんだと?」

「他者の万華鏡写輪眼を奪い移植するのです」

「…しかし、他者のとは言うが、他に開眼しているものなど…そうかそういうことか?」

そう言って当主はソラのほうに視線を送る。

「え?」

ソラは行き成り視線を向けられて困惑気味だ。

「はい。ソラも万華鏡写輪眼を開眼しております。故に我ら兄妹間の眼球を眼軸から摘出して双方に移植してほしいのです。勿論内密に。勿論リスクは大いにありますが、幸いにして私たちは双子、拒絶反応の類も最小かと。なので信頼の置ける医療忍者が必要になります」

「それで私を頼ってきたか」

当主は少し表情を引き締め問いかけてくる。

「なぜ君達がそのような事を知っているのか、問いたいことは多々あるが、協力したところで私に利があるのかね?」

その問いに俺は気おされないように踏ん張って。

「ヒナタさまを影ながらこの眼で守りましょう。立派に成長するその時まで」

当主はしばらくの間何かを考えるそぶりを見せた後口を開いた。

「…良かろう。医療忍者は私が責任をもって信頼の置けるものを用意する。だが、その約束違えぬようにな」

「畏まりまして」

そう言って頭を下げ、俺達は退出する。

「ふう、緊張した」

「アオ!そんな方法だ何て思ってもみなかったよ!?それに良いの?あんな約束して」

「当主はどうせ俺達をヒナタの護衛兼使用人にするつもりなんだからいいじゃないか。それにヒナタの事は好きだろう?」

「…まあ、ね」

「それに失明は怖いしな」

「…うん」

そんな話をしながら俺達は部屋に戻り、その日は休んだ。


二週間後。

俺達は無事に眼球の移植を終えた。

当主の呼んでくださった闇医者紛いの医療忍者は腕は良かったようで術後の経過も順調だ。

さあこれで失明の恐怖は無くなった。

あとはガンガン使って早めになれる事が必要かな。

なんて考えていたら俺達は当主から呼び出された。

呼び出され、道場に来ると、そこには当主が一人で俺達を待っていた。

「アオにございます」
「ソラです」

「待っていた」

「このような場所に呼び出して何用でございましょうか?」

「お前達の力を試してみようと思ってな。力なくばヒナタを守ることなど出来まい?」

その言葉に俺はしばらく考えてから返す。

「わかりました。では私が」

「アオ!大丈夫?」

「いや、無理だろう。相手は木の葉最強の日向家の当主だぜ?」

「なら」

「死ぬ事は無いだろう…たぶん」

「準備は出来たか?」

「幾つか質問が」

「よい」

「忍術、忍具の使用は?」

「そうだな、道場を壊されるのは困るから、大技の使用は禁止。使えるのだろう?」

「はい」

うん、こんな所で火遁豪火球の術とか使ったら天井が燃えること請け合い。

「瞳術の使用は?」

「ふむ。写輪眼までは使用を許可しよう」

「ありがとうございます」

まあ、妥当かな。

万華鏡写輪眼の能力を教えてはいないが、それが道場を破壊する規模の物かもしれないという読みかな?

合ってるけど。

そうそう移植後に大変な事が判明した。

なんと俺の写輪眼の能力がソラに、ソラの能力のが俺に眼球を交換したことによって付加されたのだ。

写輪眼の能力は体と眼球の両方に宿るらしく、今の俺達は新たに手に入れた力の訓練で忙しい。

話がそれた。

使えるのは写輪眼と体術と幾つかの忍術か。

忍具は持ってきてない。

と言うか俺は持ってないしね。

クナイすらも。

練習の時は借りているのよ!

影分身は使えるかな。

後は念か。

うーん。流石に念は使わないと戦いにすらならないか?

あっという間に柔拳でぼこられて終わりだろう。

と言うか、俺とソラはどちらかといえば中距離からの射撃を得意としているのだ。

格闘なんて習った事は無いからはじめから達人に勝てるわけ無いと思うのだが。

愚痴っていてもしょうがない。

俺は道場に進み出て、当主と対峙する。

「では、始めようか」

「写輪眼」
「白眼」

同時に瞳術を発動。

「行くぞ!」

当主のその言葉に俺は写輪眼を発動し、オーラを操り『堅』をする。

迫り来る掌手。

それを腕をクロスして何とかガード。

つか動き速い!

写輪眼じゃなければガードも間に合わず吹っ飛ばされていたよ!

俺も負けじと反撃にでる。

しかし繰り出すパンチはことごとく見切られ一旦距離を開けられる。

「ほお、通常より多いチャクラを体の外に排出、留める事によって防御をあげる、か」

さすがチャクラの流れを見切る白眼。

この短時間で見切られますか。

俺は影分身の術を発動。

分身を一体作り出す。

「影分身か。なかなかやる」

白眼では影分身はどちらが本体か見破れないと漫画で読んだ記憶がある。

「行きます」

俺は重なるように当主に向かい攻撃する振りをして、本体は分身の後ろで『絶』をして気配を消し、分身が当主に攻撃を仕掛ける隙に一気に当主の後ろに回りこむ。

そして注意が影分身の迎撃に向いた一瞬で『絶』を解き攻撃。

しかし、それも当主には効かず、高速の動きで目の前の影分身を消し飛ばし、返す動きで俺の方へチャクラの乗った掌手を繰り出す。

ま、マズイ!

一瞬でオーラを放出して『堅』をしてなんとかその一撃を防ぐが、反動で3メートルほど飛ばされて着地。

「チャクラの流れを閉じ気配を消す技は見事だったが、白眼の前に死角は無い」

く!そうだった。

気配を消して死角からとも覆ったけれど白眼の視界はほぼ360度。

真後ろだって見えている。

なんてチート性能!

「まだ子供だという事を考えれば末恐ろしい才能だな」

いや俺体は子供だけど精神はかなり生きてますから!

「だが、そろそろ終りにするか。八卦六十四掌」

当主の体から感じる覇気が跳ね上がり掌にまとうチャクラの量が跳ね上がる。

ちょ!良いのかよ!こんなところで日向の秘伝を見せて!

いやまあ、漫画で中忍試験なんかで衆人環視の中で普通に使ってるからいいのか!?

うわ、もしかして俺の『堅』を突破するために相当量のチャクラを練りこんでないか?

マズイです。

そして繰り出される柔拳。

「二掌、四掌」

俺はその掌を写輪眼で見切り、はじける物はその手に『凝』をして弾き、はじけない物は『流』を使って経絡系へのダメージを最小限にしながら何とか耐える。

しかし、やはりそこは日向家当主。

段々スピードが上がり、対応できなくなっていく。

「六十四掌」

なるほど、経絡系を突いて、強制的に『絶』にする技か。

なんて事を俺は吹き飛ばされながら考えていた。

しかし、この時を待ってた!

ちょっとずるいが技を繰り出す直前に影分身をして、その影分身を当主の後ろに忍ばせていたのだ。

まあ、バレているだろうけど、技を撃ち終った今なら多少の隙くらいはあるだろう。

一撃くらい入れてやるぜ!

その影分身は右手に『硬』をして、今の俺の持てる最大の速度で当主の背後から殴りかかった。

しかし。

「八卦掌回天」

瞬間的に放出されたチャクラの壁に阻まれ、俺の影分身は攻撃を当てる事は出来ずに消失した。

そして壁に激突する俺。

「がはっ!」

「アオ!」

ソラが心配そうに声を上げる。

オーラが止められてしまって、纏すらまともに出来ていない俺の体はその衝撃をモロに食らった。

痛い!

崩れ落ちる俺。

ってか回天かよ!

それは考えてなかった。

それこそ見せちゃいけない技じゃないか?

しかしそのチャクラの絶対防御は流石だ。

「最後のは惜しかったな。及第点をやろう」

そう言って当主は道場を後にした。

畜生…やはりこの世界には化け物しか居ないのか?

負け惜しみを言うなら、忍術を使っていればもう少しいけたかも知れないけど…

くそう…悔しいな。





「がはっ。最後の一発は回天すら突き抜けたか」

余裕そうに道場を出たヒアシが膝をつく。

「はは、末恐ろしい子供だ。なあ、チカゲ」

そう言って空を見上げるヒアシは何処か嬉しさを帯びた表情だった。
 

 

第十七話

当主とのひと悶着の後、俺とソラは手に入れた永遠の万華鏡写輪眼を使いこなすべく訓練に入った。

二つ以上の能力が宿った事によって発動する三つ目の能力。

そう、須佐能乎(スサノオ)だ。

これは今、俺達が行使できる力の中で最大の術だろう。

チャクラで出来た益荒男を操る技術。

その能力は計り知れない。

その力は俺達をはるか高みに上らせるには十分だろう。

…ただしそのチャクラで出来た益荒男が遠隔で操作できれば…

今の俺達ではその身を中心にオーラで具現化しているような状態だ。

念で言うところの具現化系+変化系+操作系の複合能力である須佐能乎は俺達自身の練度の未熟さから、放出系、つまりオーラの切り離しが出来ない状態だ。

具現化されたオーラの衣を纏っているようなものだ。

しかもかなり燃費悪いし…

今のところ、スサノオだけの使用でも10分でオーラが飛ぶ。

これはオーラの絶対量を増やさなければ問題の解決にはならない。

しかしこのスサノオ、隠を使うとその姿を限りなく見えなくする事が可能なため、相手の意表をつく事が出来るかも知れない。

後は万華鏡写輪眼の使用時に出る血涙を何とかしたいところだ。

使い続けるごとに段々出血の量は減っていっているので訓練次第では可能だろう。

がんばろう。



最近ヒナタと当主の確執が深まってきたように思う。

優しいヒナタには人を傷つける柔術の修行は苦痛なようだ。

その所為で伸び悩む技術に父親の期待に答えられないと悩み、悪循環。

そしてついにヒナタは跡目として見限られ、アカデミーに途中編入する事となった。

ヒナタ8歳のことである。

それに伴い俺とソラもアカデミーに通うことになる。

本当は原作に関わるようなタイミングでアカデミーなんかに関わる気は無かったのだが、当主自らヒナタを影ながら守って欲しいと言われれば使用人見習いの俺達に断る事など出来ない。

心配ならそう言って欲しい物なのに、間接的にでもヒナタを守ろうとする親の愛情を感じる。

もうちょっと素直になれない物か…

そんなこんなでアカデミーに編入した俺達。

いや、参った。

孤児であり、使用人見習いの身分は結構低いらしく、両親が現役の忍者の子供から馬鹿にされる馬鹿にされる。

俺一人だったらぽっきりと心が折れていたよ。

おれが心を保つ事が出来たのはひとえにソラという半身が居ればこそ。

かくも人の心は醜いものか。


アカデミーに編入してから数年。

最近ヒナタが落ちこぼれと名高いうずまきナルトを目で追う姿を目にする事が多くなってきた。

ヒナタが主人公であるナルトに好意を持つ事は原作知識にあったような気がする。

原作知識といえば、ストーリーの大まかな、本当に大まかな事しか思い出せていない。

簡単に言えば、ナルト、サスケ、サクラの3人を中心とした物語だったなあと言う程度。

仕方ないとも思う。

なんせ読んだのはもう20年以上前だしね。

ゼロ魔で過ごした17年の内に、本当に好きだった作品以外は殆ど忘れてしまった。

だからハンター×ハンターの世界にトリップした時も最初は思い出せなかったのだ。


そして俺達が11歳になった時の事。

最近俺達は修練場に篭るようになったヒナタと共に修行している。

「やあ!はあ!」

一生懸命丸太に向かい柔拳の訓練をしているヒナタ。

どうやらナルトの諦めない姿勢に感化されてヒナタ自身も自分を見つめ直し、もう一度頑張ってみる事にしたらしい。

しかし当主に師事するのは気が引けるのか、こうして一人丸太に向っている。

俺達は護衛の意味も含めて側でクナイの投擲練習などをしている。

と言ってもそれだけでは芸がないので纏と練の訓練をやりつつなのだが。

地道に纏と練の修行をしてきた成果は着実に現れ、最近では『堅』の維持時間が6時間を越える勢いだ。

纏に至っては意識しなくても常時展開中だ。

これだけで命の危険がだいぶ減る。

それにオーラの絶対量がかなり増えてきた。

まじめに修行したかいがあると言うもの。

…というか他にする事が無かったってこともあるんだけどね。

まあ、この世界にも漫画や小説なんかはあるからそれなりに読んではいるんだけど、やはり厳格な日向家に居候している身としてはそんなに大っぴらに出来ない趣味だ。

そんなこんなで今日も『堅』の維持をしつつクナイの練習をしていた所、ヒナタから声が掛かった。

「ねえ、アオ。聞いてもいいかな?」

「何?」

俺は丸太に向かいクナイを投げながら答えた。

「あの…その、ね」

「うん」

俺はヒナタに向き直るが視線はわずかに外しながらあいづちを打つ。

ヒナタと話すのは根気がいる。

引っ込みじあんなヒナタに対して、いかに聞き入れる体制を作るかがポイントだ。

「アオ達がいつもやっているチャクラを外側に放出して留める方法を教えて欲しいんだけど…」

なるほど、そうきたか。

ばれないと思って『流』を使った組み手をソラとしていたのだけど、白眼を開眼したヒナタには見えていたのか。

「ダメ…かな?」

ヒナタの精一杯の勇気。

うーん。

実は数年前、丁度俺が当主にボコボコにやられた日からしばらく経ったある日、当主に呼び出されてお願いされていたのだ。

「ヒナタが自分で君達が使うチャクラを外側で操る技術を習いたいと言って来たらその技術を教えてやってはくれないか?勿論忍術は門外秘だということも承知の上でのお願いなのだが」

「それは構いませんが、宜しいので?」

柔拳以外の事を教えてしまっても良いのかと聞き返した。

「ああ、我ら日向の柔拳は、チャクラを放出する技術に長けていると自負している。しかし君の操るチャクラ技術は私達の数倍上を行く」

そりゃね。

体内で練ったチャクラを掌から放出している柔拳と、細胞から一気に外側に放出し、回転を加える事により絶対防御とかす八卦掌回天。

どちらもチャクラを体外に放出する技術の応用だ。

しかし念はそもそも外側に放出したオーラ=チャクラをその身に纏わせ操る技術。

外に放出するという点では似ているかもしれない。

それに俺達を拾ってくれた恩もある。

「お願いしてもいいだろうか」

まあ、この技術をヒナタに習得させ、この先日向本家に口伝で伝えさせようと言う意図もあるかも知れないが…

「かしこまりまして」

そういって俺は当主の申し入れを受け入れたんだ。

まあ、ヒナタが自発的に習得を申し出るのが条件だったのだが。

「おねがい」

今目の前にはヒナタが俺に念を教えてくれと頭を下げている。

俺はソラに視線を送る。

コクリとソラも頷いた。

「わかったよ。でも最初に言っておくけど、これは忍術じゃないから」

「う…うん?」

俺は忍術におけるチャクラと念におけるオーラの説明をする。

「えっと…つまり、生命エネルギーを体内で循環させて、内側に練り上げるのがチャクラで、外側に放出されたエネルギーを留めるのが念(オーラ)?」

「そう」

「そうなんだ…それで先ずはどうしたら良いの?」

「そうだね。先ずはチャクラ=オーラを外側に向けて放出する訓練から。柔拳の修行でチャクラの放出の感覚は出来てると思うけど、それを掌からだけじゃなく、全身から外側へ放つ感じで」

「う、うん」

自然体で立ち、ヒナタはチャクラを外側に放出しようと集中する。



数分後。

「はぁ、はぁ、出来ないよ」

「内側に練る事は出来ているんだ。後はコツさえ掴めば直ぐさ」

「はい」

そしてヒナタはもう一度集中する。

その表情は真剣そのものだ。


それから一週間後。

「で、出来ました!」

「おお、頑張ったな」

「うん」

嬉しそうに返事をするヒナタ。

この1週間で『纏』をヒナタはマスターしていた。

俺達のように、何か他の原因で精孔が開いたケースとは違い、自力で精孔をこじ開けたにしては驚くべきスピードだ。

次に『絶』

これは腐っても忍かどうか解らないが、割と直ぐに習得した。

そして『練』

これは結構辛そうだ。

「まず体内にエネルギーを溜めるイメージ。細胞の一つ一つからパワーを集め、それを一気に外へ」

俺は『練』をヒナタにやって見せた。

「ま、こんな感じ」

「凄い…」

「通常より遥かに多いオーラを生み出す技術だからね」

「細胞からエネルギーを集めて、一気に外へ!」

瞬間大量のオーラをヒナタの身を包んだ。

「できたな」

「はい」

「喜んでいるところ悪いが…」

俺が注意しようとしたところ。

「あ、あれ?」

足元がふらつきながら、体重を支えきれなくなって尻餅をつくヒナタ。

「通常より多いオーラを生み出すと言う事は、通常よりも疲労すると言う事。まあ、これも慣れだね」

「慣れですか?」

「そ、慣れれば『練』を何時間か持続させる事も可能」

まあ、それは『堅』だけどね。

いまは教えなくていいか。

先ずは四大行から。

「まあ、しばらくは 纏 絶 それに加え 練 の修行だね」

「は、はい!」

勢い良く返事をして練の修行に入るヒナタ。


「ヒナタなんか変わったね」

ソラがヒナタに聞こえないようにこっそり話しかけてきた。

「うん?」

「昔はあんなひたむきさは感じなかった」

「そうだね」

「それに当主は妹のハナビ様に劣るとおっしゃっているけど、念の習得スピードは凄く早い」

「潜在能力は有ったのだろうよ、ただその性格で成長を妨げていただけで」

「そっか、そうだね」


一ヶ月もすると纏 絶 練 は完璧にマスターしたようだ。

やはり成長速度が速い。

「それじゃ今日は発の訓練。これができれば四大行は総て終りだ」

「はい」

グラスに水を注ぎ木の葉を浮かべる。

それをヒナタに差し出す。

「まずこいつを両手で挟んで練をする。そして起きる変化でヒナタの系統を調べる」

「系統?」

「念は大きく分けて6系統に分類される。強化系、変化系、具現化系、操作系、放出系、そして特質系の6系統」

「それで?」

「今からやる水見式と言われる方法で、自分の系統が解るというわけだ。水が増えたら強化系、水の色が変わったら放出系と言った感じで」

「なるほど」

納得の表情のヒナタ。

「それじゃやってみて。まあ、恐らく放出系だろうとは思うけれど」

「なぜ?」

「日向の柔拳の基本は掌からのチャクラ放出だろ?」

「そういえば」

なんて話をしつつ、準備を整えたヒナタはグラスを両手で挟み込むように構え練をする。

「あ、あれ?変化しない?何で?」

その光景にショックを隠しきれないヒナタ。

「あ、あれ?なんでだ?」

するとソラからの助けの声が。

「水を舐めてみて」

「え、うん」

言われたとおり指の先で水を一滴からませて舐めてみるヒナタ。

「甘い…かな」

「水の味が変わるのは変化系」

「そうか、そうだったな」

ヒナタは変化系か。

「変化系ってどんな系統?」

「オーラを色々な物に変化させる事が得意って事だな」

「火遁や水遁みたいな?」

「そうとも限らないだろう。念は忍術と違って割りと訳の分からないところがあるからな。ソラの念能力なんて本だよ本」

「本?」

ヒナタはソラの方を向き問いかけた。

「これ」

するとソラは自身の念能力を発動する。

「それが」

「『欲張りな知識の蔵(アンリミテッド・ディクショナリー)』戦闘能力は皆無だがその口に書物を食わせる事でその知識を溜め込む魔本だな」

俺は簡単にヒナタに説明してやる。

「それってどの系統の能力なの?」

「ああ、俺とソラは特質系。こればっかりは他の系統以上に訳がわからない系統らしいから参考にはならないかもな」

「そうなんだ」

「まあ、今日からは纏、絶、練に加えてこの発の修行。その変化が顕著になるまで頑張れ」

「はい!」


四大行が終わったら次は応用技だ。

だがその前に。

「今日から応用技の訓練になるわけだがその前に忍術を1つ覚えて欲しいんだけど」

「忍術?」

キョトンとするヒナタ。

「そ、印はこう」

そう言って俺はゆっくりヒナタの前で印を組む。

「影分身の術」

ボワンと現れるのは俺の分身。

「影分身?」

「一応禁術なんだけど、凄く便利だから」

主に経験値稼ぎとかね。

ヒナタは印を組み、影分身を発動させようとする。

「影分身の術」

ボワンと煙が出たが、そこに分身は居ない。

「失敗…」

「応用編はこれを覚えてからだから頑張って」

「うん、頑張る」

そしてまた印を組み影分身の訓練。

まあ、数日もすれば2,3体なら創れるようになるだろ。


影分身を覚えてからの念の修行はその習得速度を上げた。

『堅』と『円』だけは未だに辛そうにしているが、その他の応用技に至っては及第点といってもいい。

まあ、白眼の使えるヒナタに凝や円は必要ないのかもしれないが…

更に半年の間にヒナタは自分の念能力を作り上げてしまっていた。

『総てを包み込む不思議な風船(バブルバルーン)』

・ゴム風船とシャボン玉のような性質を併せ持つ。

・ゴム風船のような変質したオーラで触れた物を弾くことが出来る。

・弾くだけではなくて、触れた物をその中に閉じ込める事が出来る。

・閉じ込めた物を外に出すのはヒナタの意思に任せられる。

・泡のように複数浮かばせてトラップとしての使用も可能。

『快適空間(ジャグジー)』
・オーラをシャボン玉状にしてそのシャボン玉のに包まれる事によって治癒能力が促進される。
・極度の疲労もその中でゆっくり休めばたちどころに回復する。

と、応用次第で幾らでもその可能性が増えていく念能力だ。


そして今俺とヒナタで摸擬戦中。

俺はヒナタに向かってクナイを投擲する。

「はぁっ」

「バブルバルーン」

しかしヒナタは自分を中心に念で出来た風船の膜を展開する。

すると投擲されたクナイはオーラの膜に触れた瞬間取り込まれ、隔離される。

「火遁・炎弾の術」

俺は口から幾つ物炎の玉をヒナタに向って放射する。

「はっ」

今度は幾つかの風船を俺の炎弾の軌道上に出現される。

するとその風船に取り込まれる炎弾。

俺はヒナタとの間合いを詰めるとその拳で攻撃する。

ぐにゃ

しかし展開されている風船の膜にその拳をそらされてヒナタにその拳は当たらない。

しかもその風船はヒナタのオーラで出来ているので、瞬間的にその身1ミリまで戻し、すかさず日向お得意の柔拳が俺に襲い掛かる。

しばらくヒナタと戦い、俺は戦闘態勢を解く。

「やっぱダメだわ」

「はい?」

キョトンとした顔で聞き返すヒナタ。

「いや、忍術や体術ではヒナタを傷つけることが困難だと」

「そ、そんな事ないよ」

いや、実際効いてないし。

あの風船の膜を突破するには相応の威力の攻撃が必要だ。

もしくは同じ念によって威力を上げだ攻撃。

今回は使わなかったが『流』や『硬』による攻撃ならその防御を破る事は可能だろう。

「いや実際この能力は半端なく厄介、取り込まれた火遁なんかの忍術は解かれた瞬間その場で爆発して即席の機雷になってしまうしな」


そう言えば、写輪眼についてもヒナタには打ち明けてある。

流石に黙っている事ができなかったからだ。

だって凝をするとどうしても写輪眼が発動してしまうのだもの…


「アオ、ヒナタ。お疲れ、はいタオル」

「おう」
「ありがとうソラ」

そういってタオルを持ってきてくれたソラに礼を述べる。

「今日で3人で修行するのもお終いかな」

「え?」

俺の呟きに驚きの声を上げるヒナタ。

「だって明日はアカデミーの卒業試験だろ?無事卒業できれば小隊を組まされ、その後は小隊を基本として行動するだろうから時間も取れないよ」

「そっか…そうだね。でもこの3人で組まれるといいね」

「…そうだな」

ヒナタの言葉にそう返しはしたものの、原作通りならそれは無いだろうとその時の俺は思っていた。
 

 

第十八話

ヒナタと一緒に修行するのは最後だと、そう思っていたんだけど…

今、俺達は無事にアカデミーを卒業して担当上忍 夕日紅 の前に並んでいる。

勿論ヒナタ、ソラの3人で。

何故?

しかも俺達だけ変則で男女比がおかしい事になってるし。

周りの班を見ると男2女1が基本だったはず。

まあ、合格者の数で変わるかもしれないが、この班編成には作為的なものを感じる。

日向家当主の差し金か…もしくは神のいたずらか。

「無事アカデミー卒業まずはおめでとうと言っておこう」

今日から俺達の上司になる上忍の紅先生が言葉を発する。

「ありがとうございます」

「だが、まだお前達の卒業試験は終わっていない」

「どういうことですか?」

ヒナタの質問は当然だ。

「アカデミーでの試験は下忍になる素質があるものを選別するための物。つまり私の眼鏡にかなわなければアカデミーに戻ってもらう事に成る」

まあ、そりゃそうだろ。

幾らなんでも卒業試験が分身の術だけだったものね。

いやまあ、アカデミーで教わる事の殆どは術と言うより技と言った感じだし。

手裏剣やクナイの扱い方、体術や組み手、分身の術や変わり身の術といった余りチャクラを使わないものばかり。

チャクラコントロールの修行すら行ってません。

…大丈夫なのかな、あの学校。

「それで、どうしたらいいでしょうか」

俺は紅先生に問いかけた。

紅先生は、にぃっと笑いながら

「鬼ごっこよ」

なんて事を言った。

そして俺達は紅先生に連れられて演習場に移動する。

「ルールは簡単。一時間私から逃げ切る。場所はここの演習場の中だけ。時間内に捕まった物はそこの丸太に繋がれてもらうわ。一時間経って丸太に繋がれていたものはアカデミーに戻ってもらう」

「ええ!?」

困惑するヒナタとソラ。

「異論は認めない。それから忍術、忍具の使用は許可する。私をけん制するもよし、一時間逃げ切れれば合格」

「忍術って。良いんですか?演習なのに」

心配そうな表情で聞き返すヒナタ。

「たかが下忍にやられるほど上忍は甘いものではないわ。そんな心配は無用よ」

アカデミー卒業したてのひよっこに負ける訳無いといった表情の紅先生。

「それじゃ始める。5分したら私は追いかけるから。開始!」

ぽちっとアラームが突いた時計をセットする紅先生。

俺達はそれをみて演習場にある林の中に駆け出した。

「どうするの?アオ」

「そうだよ、一時間も上忍である紅先生から逃げ切るなんて」

ソラとヒナタから声を掛けられる。

「うーん。影分身と絶を使えば何とか成るんじゃないか?」

「うん、そうかも」

「え?」

納得のソラと困惑のヒナタ。

「影分身に囮になってもらって、本体は気配を消して隠れる。一時間くらいなら騙せると思う」

「なるほど」

今度こそ納得の表情のヒナタ。

「それじゃいくよ」

「「「影分身の術」」」

そして林の中へと走り去っていく影分身を眺め、俺達は身を隠せそうなところを探し、絶でオーラの放出を止め、気配を完全に殺す。

「紅先生、騙されてくれるといいけれど」

「影分身を見抜くのは白眼でも無理だろう?ならば大丈夫だよ。紅先生も手荒な真似はしないだろうからそうそう影分身が消える事もないと思うし、やられれば直ぐにわかるしね」

「そうだね」


一時間後。

ジリリリリリリ

丸太にぐるぐる巻きにされている3人。

「だめね。残念だけどアカデミーで修行し直してきなさい」

どうやら影分身はとっ捕まってしまったらしい。

「そんな」
「流石にそれはひどいと思う」

なんて事を言っている影分身の俺達。

俺達は気配を消して紅先生の後ろに近づく。

「そうだよ、それに俺達は捕まってないしね」

「な!?」

俺の声に振り返る紅先生。

振り返ると俺とソラ、そしてすまなそうな表情をしているヒナタ。

「じゃあ、私に捕まったのは」

バッと丸太のほうを振り向いた紅先生を確認して俺達は影分身を解いた。

ボフン

「やられたわ、影分身じゃない。一体何処で覚えたの?禁術よ?」

「子供の頃、死んだ母親に教わりました」

「…そう」

俺とソラが孤児だと言う事は知っているのだろう。

その出自までバレていないと良いのだけれど。

「それで先生。俺達は?」

「くっ、合格よ、合格。後ろから声を掛けられるまで気配に気づかないなんて。気配の殺しかたは一流じゃない」

「やった!」
「よかったぁ」

「明日から早速任務になるわ、今日は帰って休みなさい」

「はい!」

そんな感じで俺達は紅上忍のもとで下忍の任に付く事になったのだった。


その日からDランク任務5回、Cランク任務3回。

その内容は里の雑用が殆どだ。

まれに護衛任務があったけれど、その殆どは特に争いごとも無く任務をこなしていった。

その間に紅先生から木登りの行、水面歩行の行など、チャクラコントロールの基本と応用を教えてもらったんだけど、コントロールは『流』の修行で散々やっているので特に問題なく終了。

水面歩行の行は放出系の基本なので俺は多少てこずってしまったが。

「チャクラコントロールの扱いは既に下忍のレベルを超えてるね。だから忍術の修行を 付けてやりたい所だが生憎私は幻術くらいしか教える事が出来ない。忍術を修行したければ知り合いの上忍を紹介するが」

なんて事を言われたけれど、とりあえず忍術よりも覚えていない幻術の習得は有用そうなので俺達は紅先生に幻術の指導を請うた。

折角一級品の催眠眼、幻術眼を有する写輪眼、しかし俺達はそのどちらも有効に使えていない。

幻術は凄く有用だと思う。

かかれば誰でも一瞬はその動きを止める。

その一瞬があれば逃げたりする事もたやすい。

繰り出す幻術をことごとく模倣し、打ち破る俺とソラに、最後の方は紅先生も意地になっていたのか秘術級の幻術を掛けてきていたため、幻術のスキルの大幅アップに繋がった。

まあ、総て写輪眼があればこそだけど。

そんな感じで着実に忍者としてレベルアップしている俺達。

そんな矢先に紅先生から今度木の葉の里で開催される中忍試験に登録したと報告された。

「中忍試験ですか?」

「そうだ。登録しといたから」

「登録…」

「一応スリーマンセルでの登録だから、誰か一人でも止めるなら受験出来ないんだけど。どうする?」

「どうするって言われても…その」

弱気な発言をするヒナタ。

「ヒナタが決めればいいよ」

「うん」

ソラの意見に俺は同意した。

「わ、私が!?」

「そう、ヒナタが受けようと思うなら俺達は協力する、でも嫌なんだったら別に受けなくてもいいと思う」

「そんな…」

「別に俺達は中忍に成りたいって訳でもないからね」

これは事実である。

下忍でも任務をこなせば食っていくには困らない。

むしろ中忍になってランクの高い任務につけば、それ相応の危険があるのだ。

忍者になったのも成り行きとヒナタの護衛の延長だしね。

「えと…その。…受けてみようと思います」

ヒナタが弱弱しい声で答えた。

「そうか、解った。頑張りな」

紅先生はそう激励して、俺達の前から去っていった。

「中忍試験…」

受けると答えたのにまだ踏ん切りがついていないヒナタ。

「大丈夫、ヒナタは此処最近強くなってきた。念の習得だって。不意打ちにさえ気をつければそうそう死ぬような事もないよ」

うん、これは本当。

『堅』さえしていれば大抵の攻撃は『痛い』で済むし。

白眼を使えば不意打ちの心配も減る。

それに『円』もあるし。

最近俺の円は伸びに伸び、好調の時は70メートルほどにまで増えた。

ソルを使えば210メートルは行ける。

どんな試験か覚えてないけれど、死なないように頑張ろう。

俺はヒナタを励ましつつ、中忍試験当日を迎えた。


試験会場に三人で赴くと会場の部屋の前に陣取っている2人の忍者。

どうやら受験者を通せんぼしているらしい。

しかし会場は301号室。

此処は201号室。

どうやらあの2人は幻術を掛けているらしい。

紅先生の幻術の訓練で幻術の耐性が上がっている俺達は直ぐさまその幻術を見破れた。

幻術を越え、本物の301号室へと向う。

部屋の中に入るとアカデミーの同期卒業の級友が話しかけてきた。

「お前らも受験するのか」

そう話しかけてきたのは奈良シカマル。

その隣りに居る秋道チョウジと山中イノの3人組。

「これでサスケたちの班も来たら同期は全員集合って感じだな」

そう話しながらよってきたのは犬塚キバ。

その隣りにいる油女シノと脇野エイコ。

俺の原作知識が確かならこの脇野エイコの所にヒナタはいたはずだ。

その代わりにキバたちと組む事になった少女と言ったところだろう。

この改変は俺達が日向家に関わってしまった結果だ。

これが致命的な事態にならなければいいけれど。

と言うか迂闊だった。

もしかしなくてもこの中忍試験は原作にあった話ではないだろうか?

微かに記憶に引っかかる物は感じてはいるのだが、思い出せずにいる。

最近昔の事を思い出せなくなって来ている。

これは転生を記憶をもったまま二回も行った弊害かもしれない。

名前などは覚えているのだが、両親の顔などは既に思い出せない。

「それにしても何だ?その服装。黒マントに黒いバイザー。お前らはどこのコスプレイヤーだ」

「いや、まあ、必要にせまわれまして」

シカマルの言葉に曖昧に返す俺。

今の俺達の服装は某、黒の王子様ルック。

どうしてもサングラスだけは必要だった…マントは趣味だけど…

写輪眼を発動させるとどうしてもその瞳に如実な変化が現れる。

写輪眼は有名な物であるため、その形状も知れ渡っている。

俺達は表向きはうちはとは何の関わりのない孤児と言う事になっているのに写輪眼を持っていると知られるのはヤバイ。

だけど写輪眼を使わずに切り抜けられるほど忍者の世界は甘くは無いだろうとの事から、いつでもバレずに発動できるようにサングラスを掛けるようにしたのだ。

「まあ、いいけどよ。ヒナタまでその怪しい趣味に付き合わせるなよ」

「…あはは」

そうなのだ。

ヒナタも俺達と同じく黒マントを着用している。

まあ、バイザーは懐にしまっているが…

何でも仲間はずれは嫌だったらしい。

その後、俺達より送れたやって来た同期の中の最後の一班。

主人公であるナルト達のところへヒナタが向かう。

その後他里の連中とのいざこざの後、一次試験が始まった。

現れた試験官によると、一次試験はペーパーテストだそうだ。

…全然解りません。

試験官の言葉の裏を読むに、ばれないようにカンニングしろって事だろうけど。

うーん。

写輪眼を使えば何とかなるかな。

俺は休まず腕を動かしている受験生を見つけると写輪眼でその動きをコピーする。

うん、大丈夫そうだ。

ソラとヒナタもこの試験の裏に気づけば大丈夫だろう。

最後の10問目。

この45分が過ぎてから出題されると言う問題。

45分が過ぎ、この問題が正解できなければ一生中忍になれないというルールを試験官から聞かされる。

ちらほら受けずにリタイアする受験生が居る中、物語の主人公であるナルトが吼えた。

「なめんじゃねーーー!!!.俺はにげねーぞ!受けてやる!一生下忍になったって…意地でも火影になってやるから別にいいってばよ!怖くなんてねーぞ」

その言葉で中退する者は居なくなり、その答えを聞いて試験官が試験終了を言い渡す。

十問目は『受ける』が正解だったらしい。

皆が一次試験通過を安堵している頃合を見計らって二次試験官、みたらしアンコが窓を突き破ってド派手に登場。

皆その登場に呆気に取られている。

…この試験官空気読めてない…

二次試験官に連れられて俺達は第44演習場、別名「死の森」に移動した。

二次試験の内容は巻物争奪戦らしい。

「天の書」と「地の書」どちらか片方を渡すから、もう片方の巻物を他のチームから奪って天地両方の巻物を持って中央にある塔に来ること。

「しかし、27チームとはきりが悪いわね。どうしようか。ああ!何処かのチームに巻物二本渡すからそのチームはシードって事で」

「な、そんなのズルイってばよ!」

「うるさいな。此処では私がルールなの。従わなければ失格にするわよ。それに貴方のチームが選ばれるかもしれないのだし。それに天地両方の巻物を渡したチームは全員に公表するわ。有利だからと言ってもその分狙われる確率が上がる訳だからそんなに不公平でもないでしょう」

確かに。

天地両方持つと言う事はそのチームを襲えば必ず反対の巻物を持っているということだ。

これはシード権は立派なジョーカーだな… 

 

第十九話

………

手元には天地両方の巻物。

「アオ」
「ど…どうするの!?」

俺達は今演習場へと入るゲートの外で、開始の合図を待っている。

「…どうしようか」

すでに俺達が巻物を持っていることは試験官によって皆に通達されている。

入場ゲートの位置も。

少しでも腕に覚えのあるヤツなら開始と同時にこちらにやってくるだろう。

「紅先生との鬼ごっこの時みたいに影分身と絶を使って一気に塔を目指す?」

ソラがそう提案する。

「でも、見つからない保障は無いし。野生動物も…」

と、ヒナタ。

「影分身はするとして、陸路は危ない」

「じゃあ、どうするの?」

ヒナタが不安そうに聞き返してきた。

俺はそれを聞いて人差し指を上に向けた。

「上?」

「いや」

「なるほど空ね」

「へ?」



試験開始後、俺達は影分身を囮にして空を飛んでいた。

ヒナタは俺が背負っている。

「ちょ!空を飛べるなんて聞いてない、て、きゃあ、高い!」

「暴れると落ちるよ!お願いだから動かないで」

俺とソラはソルとルナを起動して、フライの魔法を使用。

見つからないように高高度まで上昇して塔を目指していた。

「うぅーーー、それにいつも首から下げている宝石が喋って斧になるなんて…私は夢でも見てるのかな」

あ、ついに現実逃避を始めた。

でも最近思います。

ソラとヒナタ、声だけだとどっちがどっちかわからないと。

是非その声で「いくよ、バルディッシュ」とか言って欲しい。

まあ、暴れなくなって都合がいいや、今の内に塔を目指すか。

30分ほど空を飛び、塔の直前100メートルほどに着地、そこから走って入塔する。

そして巻物を開く。

「……早いな、こんなに早く到着するとは思わなかったぞ」

現れたのは顔も知らない先輩中忍。

「しかし二次試験は無事通過だ。後五日、此処でのんびり過ごしてくれ」

「あの!勿論寝泊りできる部屋と食料は有るんですよね?」

「………合格、おめでとう」

ポワン

それを言い残し先輩中忍は還っていった。

「おーい…」

「大丈夫、何とか成るよ」

「そうだよ」

ヒナタとソラの心使い。

しかし何の解決にもなってないのですが…

とりあえず俺達は塔を出て、近場で食べれそうな動植物を狩りに行くのだった。



五日後。

結局どうやら下忍の同期は全員この二次試験を突破したようだ。

ボロボロな皆から凄い目で見られている俺達。

…まあ、無傷だしね。

きっと旨い事逃げやがってとでも思っているんだろう。

実際逃げたもの。

空路を…

そして今、火影以下、試験官とそれぞれの担当上忍が現れ、火影がこの試験の本当の意味について語り出す。

他国の忍びとの合同で行うこの中忍試験とはいわば同盟国間の戦争の縮図なのだそうだ。

火影のありがたい話もおわり、三次試験の説明というところで第三次試験の予選を行う事になった。

通過人数24名。

多すぎるらしい。

帰還する者はいないかとの試験官の問いに眼鏡の木の葉の下忍が手を上げ、リタイア。

もう一人、キバとシノのチームメイトであった脇野エイコもここで辞めて置くらしい。

なんでも死の森で格の違いを見せ付けられ、忍者として生きていく事を見直すらしい。

それほどショッキングな事があったのか?

まあ、俺も目の前で人がむごたらしく死ぬ状況を目の当たりにして平静でいられる自信は今のところ未だ自信はないのだけど。

忍者をやっていればその内慣れてしまうのだろうか…

三次試験予選だが、一対一の対戦で勝ったほうが三次試験に進めるらしい。


その後、試合は順調に消化されていく。

第一試合から。

ウチハ・サスケVSアカドウ・ヨロイ  勝者 うちはサスケ

アブラメ・シノVSザク・アブミ 勝者 油女シノ

ツルギ・ミスミVSカンクロウ 勝者 カンクロウ

と来て、遂にソラの試合。

カミサキ・ソラVSハルノ・サクラ

「悪いわね、ソラ。勝たせてもらうわよ。死の森をシードで突破した貴方なんかに、死の森で覚悟を決めた私に敵うわけ無いわ」

「ええっと…」

サクラの気迫に困惑気味なソラ。

「それでは始めてください」

分身の術を使用し、2体の分身と共にソラに襲いかかるサクラ。

しかしソラは避けるでもなく『纏』でオーラを纏いその攻撃を受けた。

「何で!?」

ノーダメージで受け止め逆にサクラのデコにデコピン一発。

オーラを微弱ながらも纏ったその一撃は容易にサクラを吹き飛ばした。

「勝者、神咲ソラ」

「今、何をしたかわかるか?」

ガイ先生が近くにいたカカシ先生に問いかけた。

「いや、俺には普通に攻撃を受けてデコピンをしたようにしか見えなかったが」

「そうだよな。紅はどうなんだ?お前の班だろう」

「いえ、私も詳しくは知らないわ。しいて言えば、あの子達が異様に打たれ強い事くらい」

「打たれ強いね」

さら試合は進む。

テンテンVSテマリ 勝者 テマリ

ナラ・シカマルVSキン・ツチ 勝者 奈良シカマル

ウズマキ・ナルトVSイヌヅカ・キバ 勝者 うずまきナルト

主人公がこんなところ負けるはずは無いね。

俺達がいる事でどうなるか解らなかったけれど良かった。

そしてヒナタの番。

ヒュウガ・ヒナタVSヒュウガ・ネジ

2人がマウンドで対峙する。

「では試合を始めてください」

試合開始を宣言する試験官

試合開始の合図と共にネジはヒナタを糾弾する。

戦う事に向いていないから棄権しろ、と。

しかしこれは精神攻撃といっても良いのではないだろうか。

その後も精神攻撃は続く。

この試験に参加したのもチームメイトの誘いを断れなかったからだろうと。

「ち…ちがうよ?アオくん達は私に参加の有無を決めさせてくれたよ。私は自分で選んでここに居る。この中忍試験を受けて、ネジ兄さんが言うような自分を変えたくて…」

ヒナタの精一杯の抵抗。

しかしそれからさらにぐちぐちと、人は変わりようが無いとか、分家と宗家が変えられないように、とか。

何か最後の方はただの愚痴になっていたけれど。

そんな、言い合いに俺とソラは口を挟むことは出来ない。

分家以上に俺は使用人の立場ですから分家の人間ですら俺達の遥か上なのですよ。

自分を変える事など出来ないと言い切ろうとしたネジの言葉に被せるように突然ナルトの大声が会場を響き渡った。

ナルトの声援でどうやらヒナタは気を持ち直したようだ。

「逃げたくない」

そういったヒナタの目には強い意思の輝きが宿っていた。

「………ネジ兄さん、勝負です」

「いいだろう」

同じ構えを取る二人。

同じ流派なのだから仕方ない。

激突する2人。

繰り出す掌手をネジは華麗にいなしていく。

それでも表面上はヒナタが押しているように見える。

しかし…

「ゴホッ」

ネジの一撃がヒナタに入り吐血する。

「やはりこの程度か、宗家の力は」

それを聞いても負けじヒナタは左手を突き出す。

しかしその攻撃もネジには見切られ逆に左腕の点穴を突かれチャクラの流れを阻まれる。

「ま…まさか最初から…」

「そうだ、俺の目はもはや点穴を見切る!」

その後ネジはヒナタを突き飛ばし、勝ち誇ったように言う。

これが実力の差だと。

「これが変えようの無い現実…」

肩で息をしているヒナタ。

さらにネジは言葉を続ける。今のヒナタは後悔しているはずだ。だから棄権しろ、と。

「…私は…ま……まっすぐ…自分の…言葉は…曲げない。曲げたくない!」

よろよろと立ち上がり、ネジを見据えて高らかに宣言する。

「私も…それが…それが忍道だから…!」

それから勢い良くヒナタは俺の方を向いた。

「アオくん!使っていいかな」

何をとは言わない。

俺はコクンと頷いた。

「ありがとう」

別に俺は使用を禁止してないんだけど…

「今更なにをする気だ」

「すぅ……練!」

一気にオーラを開放するヒナタ。

そしてついでに『快適空間(ジャグジー)』を発動して左腕を包み込む。

すると閉じていたはずの点穴が徐々に開いていく。

「な、なんだそのチャクラは。そしてその左腕を包んでいるのはなんだ!」

「ん?なんだ、何か見えるか?カカシ」

「写輪眼」

カカシ先生は写輪眼を発動してその光景を眺める。

写輪眼はチャクラの動きを見る事が出来るから気づくかもしれない。

「大量のチャクラをヒナタの体の外を囲っている。それから左腕に、なんだろうシャボン玉かな?みたいなのがヒナタの体を癒しているように見える」

「見えるか?紅」

「いいえ。チャクラの圧迫感は感じるけれど…」

ヒナタは左手を癒していた『ジャグジー』を消す。

「ネジ兄さん。此処からは日向家宗家の私ではなく、ただのヒナタとして戦います」

「どういう事だ?」

「日向の技では私はネジ兄さんを倒す事は出来なかった。でも今の私は違います」

ヒナタから溢れるオーラに気おされるネジ。

「此処からは私の持てる総てを出してネジ兄さんと戦います」

そう言って日向は構える。

「行きます」

地を蹴り、一気にネジとの距離を詰める。

「はぁっ」

「速い!」

ネジが間一髪でヒナタの連撃をかわし、距離を取る。

「ぜぇ、はぁ。………食らったらやばそうだ。かわし続けるのも難しい。ならば」

ネジの構えが変わる。

いつか見た八卦六十四掌の構えだ。

「かわせないなら攻めるまで!行くぞ」

一気に距離を詰めるネジ。

「『総てを包み込む不思議な風船(バブルバルーン)』」

ヒナタは自分から半径一メートルほどの所にゴム風船のようにしたオーラの膜をはる。

「二掌、四掌、八掌」

どんどん繰り出されるネジの猛攻。

しかしその総てはバブルバルーンにその軌道をずらされヒナタに当てられない。

「六十四…」

そこまで言った時にネジの目の前にヒナタのデコピンが迫る。

「ぐぉ!」

そしてヒナタの放ったデコピンがネジに命中。

吹っ飛んでいって気絶した。

試験官がネジに近寄り失神を確認。

「勝者、日向ヒナタ」

「やったてばよー!ヒナタ!」

「ナルトくん」

ナルトの声援に赤くなるヒナタ。

「かっちまいやがった」
「しかもデコピンで…」
「何なの?あのチームのデコピンは人を軽々とふっ飛ばしてるわよ!?」

木の葉の下忍たちが騒ぎ立てている。

いやまあ、ね。

念での攻撃に生身は余りにも無防備だ。

この世界ではチャクラは体の内側に練るものなので、オーラでの攻撃をオーラで防御できない。

故に凄まじい威力になってしまうのだ。

まあ、ヒナタも加減したみたいだし、ネジも死んではいないだろう。

とことことこっちに歩いてくるヒナタ。

「勝利おめでとう」
「おめでとう」

俺とソラが賞賛の言葉を送る。

「う、うん。でも柔拳では手も足も出なかった」

「そうだね。才能もあるけど本人もそうとう努力したんだろうよ」

「…うん」

「まあ、いいじゃないか。これで三次試験に出られるんだから」

「そうかな…」

「そうだよ」

「そっか…そうだよね」


次の対戦カードが電光掲示板に映し出される。

「えっと次は」

カミサキ・アオVSロック・リー

…俺ですね。

対戦相手はなんかおかっぱゲジ眉の濃い少年。

俺はマウンドに移動する。

「アオーがんばれー!」
「アオくんがんばって」

美女2人からの声援。

周りの男から嫉妬の視線が集中する。

う…おなか痛くなってきたよ。

「あなたがボクの対戦相手ですね。お互い全力で頑張りましょう」

そう言って握手を求めてくるリー。

それに応えつつ考える。

コイツはパワーファイターだな。

何ていうか見るからに?熱血そうだし。それに格好が青色三号さんですし…。

こういうやつには幻術が一番効きそうだな。

「試合開始してください」

試験官がそう言って遠ざかっていく。

速攻で幻術を…って、うぉ!

「木の葉旋風」

開始の合図のあと、俺が印を組もうとしていた所に逆に体術で速攻を掛けられた。

間一髪で俺はその蹴りを『堅』でガードする。

その後も続けざまに攻撃を仕掛けられる俺。

まずい、段々速くなっていく。

このままではヤバイ、俺は写輪眼を発動してリーの動きを追う。

『堅』で防御出来ているのでダメージはさほど無いけれど、その速さに翻弄されて反撃が出来ない。


「む?」

変な手ごたえにリーは俺から距離を取る。

俺は距離を置いたリーに目掛けて「火遁・炎弾の術」で牽制

それはダメージを与えられる物ではなかったが、地面に着弾したソレが粉塵を巻き上げる。

「なに?」

リーは一瞬視界がさえぎられてたたらを踏んだ。

隙が出来た今がチャンス。

俺は印を組み幻術を発動。

「魔幻・樹縛殺」

「うっ」

どうやら成功したようだ。

「リー!!」

外野で吼えるガイ先生。

声援かもしれないけれど、それはある意味妨害じゃね?

幻術が解けたらどうするんだよ!

動きを止めたリーの額に俺は念を最小限で強化したデコピンを放つ。

ドコンッ

その衝撃で完全に意識を奪う。

試験官が確認して俺の勝利を宣言する。

「勝者、神咲アオ」

「よし」

「アオー」
「アオくん」

俺の勝利を喜んでくれるソラとヒナタの声にまたしても嫉妬の視線が。

観客席に戻ると木の葉の同期が話しかけてくる。

「ちえ、8班は全員三次試験出場かよ」

「しかも全員デコピンでKO」

「おまえら一体どんな修行しているんだ?」

と、シカマル、チョウジ、キバから話しかけられた。

それを適当にいなして俺は次の試合に眼をやった。

ガアラVSヤマナカ・イノ

心転身の術が効かなかった為にイノがすぐに棄権して 勝者 ガアラ

アキミチ・チョウジVSドス・キヌタ 勝者ドス・キヌタ

こうして三次試験の出場者が出揃った。

予選が終わると火影から本戦の説明があった。

その説明によると本戦は一ヵ月後、その間は本戦の準備期間に当てられる。

その後くじを引き、本線のトーナメント表が決まった。

俺、くじ運無いかも…

俺の一回戦の対戦相手…ナルトだよ…

「ぜってー負けねーってばよ」

なんて別れ際に言われたけれど…ストーリー忘れた俺でもわかる事がある。

俺が勝っちゃいけないじゃん…

それとヒナタの一回戦の対戦相手はソラだった。

「あう…」

同士討ち同然の組み合わせにヒナタは困惑気味だった。

二次試験を終えて俺達はそれぞれその場所を後にした。
 

 

第二十話

数日後。

本試験まで後一ヶ月。

俺とソラは当主に一月の休みを貰い本戦の準備に取り掛かる。

ヒナタは当主自らこの一ヶ月修行を付けてくれるそうだ。

俺達も誘われたが、柔拳が訓練の基本では俺達には余り有意義な修行ではない為、丁重に辞退した。


一応本戦に向けての訓練をする為、俺とソラは今演習場に来ていた。

…のだが。

「「お願いします!!」」

俺達の前に土下座をしている全身タイツの師弟コンビ。

「あ…あの」

何?この状況!

「是非ともそのチャクラを操る技術をお教えください」

リーが更にその頭地面にこすり付けて懇願する。

あー、どうやら三次試験予選で俺がリーさんにデコピンをかましたのを切欠にリーが念に目覚めてしまったようだ。

確かドゥーンさんも言っていた。

念には自然に起こすか無理やり起こすかの二種類があると。

ついでに言うと俺達は事故による後者にあたる。

素質の高い者に、念による攻撃をすると稀に念に目覚める者がいるそうだ。

この世界の忍者は皆チャクラを普通に扱えているので恐らく大丈夫だと踏んでいたのだが、どこにでも例外はいるらしい。

見たところ、纏は自己流で粗が目立つがそれなりに出来ているようだ。

最初はヒナタのところに行った様だが、ヒナタが師は俺たちだと口を滑らしたと言う。

「とりあえず頭を上げてください。上忍が無闇に下忍なんぞに頭を下げる物ではありません」

「いや。リーの更なる成長の為には君たちの力が必要だ。恐らくだが、君たちの異様な打たれ強さはこの技術に由来すると思われる。私にはこのチャクラを外側で操る技術をリーに教える事は出来ない。だから!」

そう言って深く頭を下げるガイ先生。

「ガイ先生;;」

リーはその言葉と、自分の為に頭を下げているガイの様子に号泣している。

「本戦への一ヶ月、君達にとっても重要な時期だということは重々承知しているつもりだ。だから本戦が終わってからでもいい、リーにその技術を教えてもらえないだろうか」

う…どうしよう。

「ソ、ソラ!」

俺はソラに話しを振る。

「アオが決めて」

「そんなぁ」
「「どうか」」

「「お願いします!」」

何だろう…凄いプレッシャーだ。

「「お願いします!」」

「わ、わかりました…」

「「いよっしゃー!」」

「誠心誠意頼めば大抵のことは何とかなるものさ」

「はい!ガイ先生!」

うお!目の前で暑苦しく青春し始める2人。

「ただし!」

俺の素の言葉に2人は熱い抱擁をやめこちらを向く。

「ガイ先生!」

「何だろう」

「リーさんに…えっとそのチャクラを外側で操る技術、『念』と言うんですが、それを教える代わりに俺とソラに忍術と体術を教えてくれませんか?主に体術なんかを」

「それは良いがどうしてだい?」

「知っての通り、紅先生は幻術は最高峰ですが、忍術や体術は得意ではありません」

「なるほどな。そこで俺に師事して欲しいと言うわけだな!」

「ええ…まあ…」

「任せて置け。本戦までの一月で立派な体術使いにしてやる☆」

サムズアップして八重歯を光らせるガイ先生。

…早まったかな。

「幸いにもうちの班からは誰も本戦には出場しないからな。リーの面倒を見てくれるならこの一月付きっ切りで教えてあげようではないか」

えぇ!?付きっ切りって。

そこまではしなくてもいいのに!

「……アオ」

う…そんな目で見ないで、ソラ。

「まあ、そういう訳ですから、明日からリーさんもこの演習場に来てください。念の事について教えてあげます」

「解りました!」

ビシッっと敬礼するリーさん。

「しかし良いのか?自分たちの練習時間が減るのではないか?」

「念の初歩はもっぱら口頭です。体を動かしたりするのは念の初歩を覚えてからの応用編からです」

「そ…そうなのか。良かったなリー!明日から早速念の修行が出来るらしいぞ」

「はい!頑張ります」

うお!目の中が燃える人初めて見たよ!


次の日から一月の間、俺とソラはガイ先生から主に体術について習っている。

体術は基礎の基礎しか習っていない。

ガイ先生から習う体術や戦闘における身のこなしは戦闘をする上で大きなプラスとなる事だろう。

流石自称だがカカシ先生より強いだけある。

リーさんの方は四大行の訓練だ。

纏のコツを教え、絶、練も問題なし。

発 の訓練である水見式をしたところその水の量が増えた。

どうやらリーさんは強化系らしい。

「強化系?」

水見式を終えてリーさんが聞いてきた。

「そう、強化系。物を強化するのに向いた系統」

「強化ですか…でも僕は忍具を使うより、その…体術を極めたいのですが…」

「強化系は何も武器を強化するだけじゃない。自分自身を強化するだけでその破壊力はとんでもないらしいよ?」

「そうなのですか?…と言いますか、らしい、と言うのは?」

「僕もソラも特質系で、後で教えるけれど六性図だと相性は最悪。俺では強化系は4割ほどしか強化できない」

「はあ…」

「そんな俺でも自分の拳を強化すれば簡単に岩くらいなら砕けるからね」

そういって俺は『硬』で近くにあった岩をぶん殴る。

ドゴンッ

「こんな感じで。これを強化系でやればその威力は押して知るべし」

「うぉおおおおおお!凄いです!軽く小突いただけで軽々と岩を砕きました!…ちょっと今までしてきた事が無駄だったように感じてしまいましたが…」

そんな感じでリーさんは念の修行に励んでいる。



そんなこんなであっと言う間に一月経ち、本戦が開始される。

会場であるドーム中央に俺達は並び、正面上の観覧席に火影をはじめ、風影や大名の姿がみえる。

そして観客席を埋め尽くす人、人、人…

まあ、一般人にしてみればこれも立派な娯楽と言う事かな。

ローマのグラディエイター見たいなものか。

「えー皆様このたびは木の葉隠れ中忍選抜試験にお集まり頂き、有り難うございます!これより予選を通過した10名の『本戦』試合を始めたいと思います。どうぞ最後までご覧下さい!」

火影の言葉で中忍試験が開始される。

そして俺とナルトを残し、他の選手は控え室へ。

「では第一回戦始め!」

リングに残った試験官から開始の合図がかけられる。

うー、どうするかなぁ…

勝ってはいけないとは思うのだけど、一応日向家の使用人としては無様な試合も出来ないし…

そんな事を考えていると、ナルトが印を組んだ。

「影分身の術」

現れる4体の影分身。

「「「「行くってばよ!」」」」

四方から襲い掛かってくるナルト。

俺は死角をなくす為に『円』を展開する。

正面から来るナルト2人をガイ先生直伝の体術でいなす。

俺の死角を突いて、後ろに回りこんだナルトの影分身2人の動きを『円』でとらえ、その攻撃を問題なく避け、豪拳の一撃で影分身を吹き飛ばす。

「まだまだぁ!」

更に影分身を増やすナルト。

その数20ほど。

…どんだけチャクラ持っているんだよ。

チャクラを平均に等分する影分身、その有用性は計り知れないが、その分チャクラ消費も半端ない。

だと言うのに平然と影分身を繰り出すその膨大なチャクラには脱帽ものだ。

とは言っても人数が多くてもその総ての動きを円で察知しているので問題なく対処できるレベルだけれども。

ナルトの体術のレベルが低くて助かった。

…とは言っても一月前の俺だと危ういけれどね。

一ヶ月間のガイ先生からの熱血指導は伊達じゃ無い!

写輪眼を使ってその動きを覚え、その動きを反射で出来るまで体に覚えこませる。

とは言え、まだまだ兄弟子であるリーさんにも遠く及ばないんだけどね。

「火遁鳳仙花の術」

口から吐き出した無数の火炎が密集しているナルトに襲い掛かる。

数が多いということはそれだけ避けづらい。

俺の一撃で数体の影分身が消える。

それでも負けじと俺に襲い掛かってくるナルト達。

ん?

なんだ?

行き成りナルトの数が一体減ったぞ?

俺は円で感じ取っているナルトの数が俺から遠いところで消えた事を不審に感じ、更に円を広げる。

気のせいか?

「木の葉旋風!」

残った最後の一体に俺は回し蹴りを放つ。

ポワンッ

「む?」

影分身か!本体は何処に?

ボコッ

俺の真下の土が行き成り盛り上がり、ナルトの一撃が俺に襲い掛かる。

俺はギリギリで円の感知に引っかかったことでその場を離脱、その一撃を何とかかわすことが出来た。

「ちぇ、これでもダメか」

危うく一発貰うところだった。

円の形状を半円にしていた為、地下の警戒をおこたってしまっていたのが原因で、ナルトが地面から出るまでその存在を感知することが出来なかったのだ。

「こうなったら本気で行くってばよ!」

ちょ!今までのは本気じゃなかったの?

結構地味に影分身の攻撃は厄介なんだけど…

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

ナルトの体から膨大なチャクラが放出される。

うわぁ…

なるほど、主人公補正か!

ピンチになれば強くなる。

この禍々しいチャクラはえっと確かナルトに封印されている九尾の…

尻尾!尻尾出てますよ!?

…これはヤバイ。

「はぁ!」

行き成り大量のチャクラを纏い、跳ね上がった身体能力で地を掛け、俺にクナイを投擲してくるナルト。

マズッ!

俺は『円』を解き、『堅』をし写輪眼を発動、迫り来るクナイにクナイを投げつけて弾き飛ばす。

寄って来たナルトと何合か打ちあう。

何発かいいダメージをナルトに与え、ナルトは吹っ飛んでいく。

しかし、すぐさま立ち直りこちらに迫ってくるナルト。

俺が投げたクナイをクナイで弾き飛ばし更に俺に迫り来るナルト。

俺は素早く印を組み。

『火遁豪火球の術』

口から大きな炎の球形状の塊を吐き出す。

しかし、その異常なまでの身体能力でナルトは直前で地面を蹴り、方向を強引に変え、直撃を免れる。

更に、術の余韻で硬直している俺に向って拳をたたき付けた。

俺は咄嗟に『流』を使い、拳によるダメージを軽減させる。

うわ、流でガードしたのにいいダメージを貰ったぜ。

ドゴンッ

壁に激突する俺。

今の一撃、相当のチャクラを込めていたようだ。

うん、そこらの下忍なら今の一撃でペチャンコなんじゃないか?

流で背面にオーラを集めたのでダメージそのものはたいした事は無い。

無いのだが…ここら辺が落としどころだろう。

「痛ぁぁぁ!お前ってばどんだけ固いんだってばよー!?」

攻撃した拳を摩りつつ俺に対して文句を言っているナルト。

このまま気を失って置くかな…

試験官が俺の所までやってくる。

俺の気絶したフリを気づいているようだが試験官は俺の意を汲んでくれたようで。

「勝者うずまきナルト」

うぉおぉぉおぉぉぉ!

ドームが歓声に包まれた。 

 

第二十一話

会場がナルトの勝利に湧く。

俺は退場し、通路で入れ替わりのヒナタとソラに会う。

「アオ、惜しかったね」

「うん。
でもナルト君かっこよかったなぁ」

「ヒナタ…」

今から試合だって言うのに大丈夫なのか?ヒナタ…

そんな精神状態で戦えるのか?

「次は2人の番だから、頑張ってこい」

「うん」
「はい」

そう言って俺の横を過ぎ、ドーム中央へと向う。

俺は観客席の方へ向う。

俺は適当に空いている席を見つけ着席する。

「よいしょっと」

席に着くと隣に駆け寄ってくる小さな子供。

「惜しかったですね、アオ兄様」

「兄様は止めてください、ハナビ様」

ハナビは拗ねたような表情を浮かべながら俺の隣の席に座った。

「いいじゃないですか」

「いや、良くないんですが…それよりも来ていたんですね」

「むう、今は回りに日向の者はいないんですから敬語は止めてください!」

…姉妹揃ってそこだけは頑固なんだよねぇ。

俺、使用人なんだけど…

まあ、日向の家にいると同年代の子供と対等な関係を作るのが難しいからねぇ。

ヒナタはアカデミーに入学して多少同年代と付き合う事が出来たが、ヒナタ以上に期待されているハナビはかなり箱入りだからなぁ、対等に話してくれる人が欲しいのだろう。

「解ったよ今だけだからな、ハナビ」

「はい!」

嬉しそうに返事をするハナビ。

「それで、一人で来たのか?」

「いえ、父上と一緒に。さっきまで父上と一緒にアオ兄様の試合を見ていました」

「そっか。それじゃがっかりさせちゃったかな。俺負けちゃったし」

「そんな事在りません。父上が言ってました。最後のアレ、気絶したフリだって」

ありゃ…バレてら。

「あはは…」

「何でそんなことしたんですか?」

何でって…主人公に勝っちゃまずいだろ!

「まあ、あれ以上やったらどちらかが再起不能になったかもしれないしな」

というよりむきになって九尾のチャクラが暴走したら目も当てられないし。

「そうなのですか」

「そうなの、それよりほらヒナタとソラの試合が始まる」

「はい!」

会場の中央に目をやる。

「第二試合、始め!」

試験官から開始の掛け声。

「ソラさん、手加減はしないで下さいね」

「…わかった」

ヒナタの真剣な眼差しに応えるソラ。

開始の合図と共に両者『堅』をする。

「はっ」
「ふぅ」

両者はそのオーラを身に纏いヒナタは柔拳、ソラは豪拳でそれぞれぶつかり合う。

「姉様もソラ姉様も凄いです」

「うん」

互いに一歩も譲らず五分に渡り合っている。

この一ヶ月ヒナタは柔拳を徹底的に訓練してきたようだ。

技のキレが格段に上がっている。

今のオーラを纏ったヒナタの柔拳は既に柔拳の域を脱している。

ヒナタの攻撃は普通の人ならその一撃で外部破壊、内部破壊の両方が同時に起こり、その命を奪ってしまうほどの攻撃だ。

しかし、そこは相手が普通の人ならの話。

ソラ相手では少しばかり状況が変わる。

写輪眼でその攻撃を完璧に見切り、流でその攻撃をガードする。

そうしてその攻撃をほぼ無効化してしまっている。

ソラの攻撃もヒナタのバブルバルーンに捕まり、上手く当てられない。

「お姉様の攻撃、当てるだけでダメージがあるはずなのに、ソラお姉様はどうやって防いでいるんでしょう?」

「あー、それは…気合?」

「まじめに応えてください!」

そんな事言っても…

うーん。

「当たる瞬間に、同じだけのチャクラをその周囲に纏わせ、ヒナタの柔拳によるチャクラの侵入を防いでいるんだよ」

「え?そんな事が可能なんですか?」

「修行次第かな」

「修行ですか」

念の…

その後も互いに決定打に欠けるものの、その戦いは魅せるものがある。

「火遁炎弾の術」

ソラの口から幾つもの炎弾が吐かれ、ヒナタに向う。

「くっ」

ヒナタはバブルバルーンを繰り出し、炎弾をその風船に包み無効化する。

「凄い。忍術を隔離した?」

うお!いつのまにハナビは白眼を使えるようになったんだ!?

その眼でヒナタのバブルバルーンを見破っている。

「ヒナタのアレは厄介だよ。あそこで包まれている風船のような物はヒナタの意思で破裂させる事が出来る。その時に一緒に中に溜め込んだ物も爆発させることが出来るからね、忍術を使いすぎるといつの間にか回りには自分で放った忍術で囲まれていて一斉に爆破。ほら」

ドドドンッ

爆破されるバブルバルーン。

しかしそれも計算の内だったのか、ソラは爆発を眼くらましにして『堅』で爆発のダメージをガードして一気にヒナタに走りよりヒナタの首元にクナイを当てる。

「そこまで!勝者神咲ソラ」

うぉぉぉおおお

場内の歓声。

「ソラお姉様、凄いです!」

「ヒナタもね」

「はい!」

第三試合

ガアラVSうちはサスケ

しかし、うちはサスケが現れない。

「負けちゃった」

「惜しかったですね、姉様」

「うん、やっぱりソラは強かったよぉ」

ヒナタが観客席の方へ来たようだ。

「ヒナタ、あれ?ソラも?」

ヒナタの後ろにはソラの姿もある。

「次の試合は棄権するし」

「え?どうしてですか」

ハナビがもったいないと問いかける。

「アオも負けちゃったし、私だけ中忍になって別の任務に回されるのは嫌」

「…さようで」

まあ、確かにそれは一理ある。

一人だけ別任務に回されるのは凄く心細いしね。

さて、待てどもやって来ないサスケに場内はそろそろ我慢の限界だ。

どうやらサスケの試合は後回しにして次の試合が先に行われるらしい。

うーむ、うちはのネームバリューは凄いねぇ。

みんなうちはの最後の生き残りの試合を見に来ているらしいし。

第4試合

油女シノVSカンクロウ

カンクロウ棄権により 勝者 油女シノ

でもこの中忍試験ってその実力を見せれば良いだけだから不戦勝って実は何の価値もないんだよね。

第5試合

奈良シカマルVSテマリ

良い所までシカマルは影真似の術で追い詰めるもギブアップを宣言。

勝者テマリ

というかあの影真似の術凄く便利そう。

写輪眼でコピーしときました。

第6試合

うちはサスケVSガアラ

会場に瞬身の術でさっそうと現れるサスケ。

遅刻も許されるのは血継限界をその身に宿す希少性からか。

そして始まるサスケの試合。

「始め!」

試験官の開始の合図。

同じうちはの血を持つ者の戦い方か…しっかり見させてもらいましょうか。

俺は写輪眼を発動してその動きを取りこぼさないようにしっかりと見る。

体術を基本としたサスケの攻撃は、しかし総てガアラの砂の防御の前に防がれる。

「玉?」

何回かサスケの体術による攻撃を防いでいた砂の盾がガアラの体を包み込み、完全に隠してしまった。

それを見たサスケが一旦距離を取り、壁にチャクラで吸着して立ちながら印を組んでいる。

その後発される異音。

チチチチチチチ

左腕に纏わせた膨大なチャクラを雷に形質変化させる。

サスケはそのまま雷によって肉体活性させ限界を超えた速度でガアラに突っ込んでいった。

うお、フェイントも無く一直線かよ!

恐らくあの砂の玉の中にいるガアラにしたって如何にかして外の事は認識しているはず。

であるなら反撃は合ってしかるべき。

実際に砂の玉の表面から幾つかの槍が伸びサスケを貫かんと伸びている。

しかしそれを見切る眼を持っているが故に恐れなく突っ込んでいったサスケ。

あの堅牢な砂の防御壁がサスケの技によって貫かれている。

凄い威力だ。

一応写輪眼で術の構造はコピーしたけれど、使えるかな、俺。

性質変化。

こればかりは先天性の物があるからな。

まあ、後で試してみるか。

手を砂の玉の中に突き入れているサスケ。

「うわああああ!血が!俺の血が!」

中からガアラの絶叫が響き渡る。

その声に不穏な気配を感じたサスケはその玉の仲から腕を引いた。

それに伴い砂の中から出てくる異形の手。

なんだ?

なんだか凄く禍々しい。

その後ガアラは砂の防御を解き、その身を現した。

「両者とも凄いですね」

「ああ」

ヒナタの呟きにそう応えた時だった。

会場の上方から大量の羽が降ってくる。

「これは!?」

「幻術!?」

「ええ!?」

「いいから幻術返しだ!」

「「「解!」」」

俺達は印を組み幻術を返す為に体内のオーラを乱す。

「ヒナタ、サングラス!」

「?」

「早く!」

「は…はい!」

サングラスをかけ、その視界が開かれている事を隠す。

この幻術はかけられた者を眠りの中に誘うもののようだ。

俺は幻術で寝入ってしまうハナビを膝の上に抱き上げ気絶したフリをする。

「な!?」

「アオくん!?」

行き成りハナビを抱き上げた事に2人は驚いたようだ。

「いいから寝たふり!」

「「う…うん」」

ソラとアオは互いにもたれかかるような感じで気絶したフリをする。

俺は『円』を展開し、周囲を警戒する。

「ヒナタ、俺達を包む広さでバブルバルーン。一応『隠』で気取られないように」

「はい!」

ヒナタのバブルバルーンに包まれる。

「一体なにが起こっているの?」

ソラが小声で問いかけてくる。

「砂の上忍が何人も入り込んで来ているのが見て取れるな」

「本当だ。先生達戦っているね」

「当主はどうしているだろうか」

「え?父上来ていたのですか?」

「じゃ無かったらハナビが此処にいるはずが無いよ」

「それはそうだね」

「ヒナタ、白眼で当主が何処にいるか解らない?」

「えっと、ちょっと待って。…会場内には居ないみたい」

おい!こんな大事な時にどこへ!?

…トイレとか?

火影の席の方を見ると、座っていた席の屋根の部分になにやら結界忍術のような物が見える。

火影はその中だろうか。

って、マズイ!

誰かがこちらに高速で近づいて来ている。

サングラスの下で視線を向けると他国の忍びがなぜか俺達に向ってやって来ている。

狙いは何だ?

俺達の命か?

でも一応幻術にはまったフリをしている訳だけど。

バレたのか?

いや、額宛を見るとどうやら砂の忍では無い。

この騒動を仕掛けたのは砂の忍達のようだ。

では何が目的だ?

この混乱に乗じて他国の忍が俺達の方へやってくる理由は?

もしかして血継限界を宿す日向の子供か?

今本家の子女が2人も無防備に寝入っている訳だし、混乱に乗して連れ去るには絶好のチャンスか。

だが俺は今ハナビを膝抱っこしていて迎撃に出られない。

ちっ!

俺は円を解き周でヒナタを囲む。

俺のその行動でソラとヒナタも異常に気づいたようだ。

いつでも動けるように、二人とも周りをサングラスで隠された双眸で伺っている。

ヒナタのバブルバルーンも展開されているから初撃は何とでも防げるだろうが、問題はそこから。

ヒナタのバブルバルーンに触れれば流石にこちらが気が付いていることはバレるだろう。

そこからは戦闘を考えなければならない。

そんな事を高速で思考していると、案の定俺達の目の前に現れる他国の忍び。

その手をハナビに伸ばしたところで後ろからクナイで刺され、絶命した。

「危なかった。砂だけではないか。この混乱に乗じて日向本家の子をさらおうとするか」

そう言って現れたのは我らが紅先生。

「待ってなさい。今幻術を…って、気が付いているわね」

「はい」
「ええ」
「ごめんなさい」

「いいわ、でもここに居るのは危険よ。敵は砂の忍だけじゃない。日向の血継限界を狙っている者たちにしてみたら千載一遇のチャンスなんだから」

「はい」

それはわかっている。

ヒナタはまだしも、未だハナビの力では大人の忍には手も足も出ないだろう。

「それじゃアナタ達に任務を与えるわ。日向ハナビを伴い会場を脱出。日向ハナビの安全確保を第一に考えなさい。以後余裕があれば里の非戦闘員の避難誘導に当たる事」

「はい」
「「了解しました」」

紅先生は印を組みハナビの額に添える。

「解!」

「んっ…んん」

「起きたか?ハナビ」

「兄様?」

「状況の説明は後にして、取り合えず今はこの場から離れる」

「え?ええ?」

混乱するハナビ。

そりゃそうだ。

ハナビを抱えていては印を用いた忍術は使えないな…仕方ない。

「ソル」

『スタンバイレディ・セットアップ』

「あなた!それは?」

紅先生が問いかける。

「今はそれどころじゃないです。敵が来ます」

「くっ!」

俺の言葉に紅先生は迎撃に向う。

「ソラ!ヒナタ!まずこのドームを出る。いくぞ」

「「うん」」

瞬身の術を駆使して一気にドームの縁まで移動する。

そして一気に上空へとジャンプ。

その勢いを殺さない内にフライの魔法を使用。

さらに高く高く昇っていく。

どうやら上忍の人たちが敵の数を減らしていてくれたおかげで無事ドームから逃げられたようだ。

「きゃあああ!高いです!と言うか飛んでます!」

「あはは…私と同じリアクション」

隣りでソラに抱えられているヒナタがそんな言葉を言った。

ソラも瞬身の術で縁に移動する途中でルナを起動して、ヒナタを掴んでフライの魔法を使用したようだ。

「それで、何があったのですか?」

「俺達にもよくわらないのだけど」

と、前置きして俺はハナビに事のしだいを話す。

「なるほど、という事は下で里を破壊している巨大な蛇は敵の口寄せという訳ですね」

「蛇?」

俺はハナビに言われて眼下の里を見るとそこには巨大な蛇が。

「でか!」

何かあの蛇すんげーでかいんですけど!

「あ!あの蛇里を破壊しています!どうにか成りませんか?」

「いや、どうにかって…うーん。ヒナタは?」

「む…無理だよ!ソラさんは?」

「うーん。ヘクサゴンスペルのプラズマザンバーブレイカーかスサノオなら何とかなるかも」

「建御雷は?」

「対象がでか過ぎる」

「なるほど」

確かにその二つならあの巨体も貫けるかもしれない。

「プラズマ?」

「スサノオ?」

「ん?」

「ああ、しまった!」

普通に俺達の奥の手をばらしてしまった!

くぅ、迂闊!

「何か良くわからないけれどアレどうにかできるんですか?」

「うん、まあ…」

「なら今すぐお願いします。このままじゃ里が破壊されつくされちゃう」

確かにこのままじゃかなりの建物が大蛇によって破壊されてしまう。

「ちっ、しょうがない!ソラ」

「うん!」

俺はハナビに、ソラはヒナタにレビテーションを掛け離す。

「え?」
「ええ!?」

行き成り離されて宙に置き去りにされて驚いているヒナタとハナビ。

「じっとしてて」

「あ、うん」

さてと、今の俺じゃ単騎でプラズマザンバーは使えない、しかもドクター特製のカートリッジは無い。

ドクター特製のカートリッジは魔法の足せる数を強引に上げる。

しかし今俺が持っているカートリッジは念能力によって具現化したオーラを溜め込んだもの。

それはオーラを瞬間的に増大するが、魔法を足す効果は無い。

だが!

ここで双子マジック!

前世では使えなかった二人の魔法使いによるヘクサゴンマジック。

俺とソラが風を三つずつ足して完成する。

『ザンバーフォーム』

『ロードカートリッジ』

更に威力を上げる為にカートリッジを使用する。

ガシュガシュガシュ

「何?行き成りオーラが膨れ上がった!」

カートリッジによるドーピングでありえないほど膨れ上がったオーラに驚愕するヒナタ。

一人3発、計6発のロード。

ソラの援護を受けて完成するヘクサゴンスペルの巨大ブレード。

「プラズマザンバーーーーーーッ」

「ブレイカーーーーーーーーーーッ」

気合一閃、俺はその光刃を大蛇目掛けて振り下ろす。

振り下ろしたそれは大蛇の首を切り落とし、更にその落雷のごとき電圧で大蛇の体は焼け落ちる。

「凄い…」

あっけに取られているヒナタとハナビ。

「これがアオくん達の本当の戦い方…」

大蛇が完全に沈黙したのを見て俺はヒナタ達の方へ飛んでいく。

「さ、でかいのは潰したし、早く非難しよう。避難場所は知ってる?」

「はい、確か緊急時のマニュアルが…」

ハナビの案内で俺たちは避難所へと移動することになった。 

 

第二十二話

避難所に着き、俺達は少し安堵する。

しかし、未だ里の危機が去ったわけではない。

俺達はそこで避難民の警護にあたる。

「畜生!一体何が起こっているっていうんだ」

その避難所を守っていた先輩忍者の一人がそう愚痴る。

「知りませんよ。ただ、今里は他の忍に攻め込まれていると言った事しか」

もう一人の先輩忍者がそう答える。

「そうだよな。俺少し外を警戒してくる。後を頼む」

「ああ」

扉を開き、避難所から出て行く先輩忍者。

「ぎゃーっ」

扉を閉められてしばらくしてから外から絶叫が響く。

「な、何だ!?」

もう一人の先輩忍者が扉を開き、外に出て行く。

「ぐあっ!」

扉を閉めて幾らも無い内にまた絶叫が響く。

がやがやっ

避難している里の人たちが騒ぎだす。

「マズイな」

「うん。みんな不安がってる」

ドンッ

ドアが叩かれる音が響く。

ドンッドンッ

またドアが叩かれる。

俺達は集まり迎え撃つ為に身構える。

ドガンッ

ついにドアが破られる。

そして現れたのはなんと大人の人間くらいある巨大なサソリ。

「何だ!?」

「巨大なサソリ!?」

何だコイツは?

まずい!侵入者のその容貌に避難した人たちが恐慌を起こしかけている。

俺はソルを握り絞め進入してきたサソリへと飛び掛る。

『サイズフォーム』

「おらぁ!」

鎌に変形し、形成した魔法の刃でサソリを切り裂く。

くっ!なかなか硬い!

何とか俺はサソリを両断した。

そして俺は壊されたドアから廊下に出る。

するとそこにはおびただしい数のサソリと、サソリと同じく人間大の巨大な蟻。

そして廊下に倒れている先輩忍者。

クナイや手裏剣が散乱しているところを見るに迎撃したがその硬い甲殻には通じなかったのだろう。

やばい!今の騒ぎでサソリと蟻がこちらを認識して集まり始めている。

『ロードカートリッジ』

ガシュ

排出される薬莢。

「サンダースマッシャーーーーー!」

俺は廊下を埋め尽くしていたサソリ達の群れに向って射撃魔法を発射。

今の一撃で手前にいたサソリたちを吹き飛ばす。

そして俺はすぐさま踵を返してドアの中へ。

「アオ!」
「アオくん!」

避難民を落ち着かせていたソラ達が駆け寄ってくる。

「まずい!あの巨大なサソリ達に囲まれている。このままじゃ袋のネズミだ」

「そんな!どうすれば!?」

「この部屋に隠し通路は無いのか!?」

沈黙が返って来る。

もしあったとしてもその存在を知っていたのは先に死んだあの先輩忍者達だけだったのだろう。

がやがや

ざわめきが大きくなる。

ちぃっ!

こうなれば正面突破で避難民を他のシェルターに移送しつつ元凶を叩くしかないか?

「すみません皆さん。皆も見たように、巨大なサソリがこの部屋を嗅ぎつけ俺達を殺そうと狙っています。このままでは袋のネズミです。なので俺達でサソリを迎撃している隙に他のシェルターに移ってもらわなければなりません」

俺が説明している間にも攻め入ってくるサソリ。

『サイズフォーム』

ルナを変形させてソラが迎え撃つ。

「時間がありません。時が経てば更に集まってくるでしょう。俺達がけん制しますから落ち着いて正面のドアから出て誘導にしたがって避難を尾お願いします」

それから俺はヒナタの方を向く。

「迎撃は俺とソラがやるからヒナタは避難民の護衛と誘導をお願い!」

「はい!」

「私は?」

ハナビか…本来なら第一に身柄の安全を確保しなければならない所だが…

「ハナビは避難民の先導をお願い」

「わかりました」

「ただし!ヒナタの言う事はちゃんと聞くこと」

「はい」

戦力が足りないのだから仕方ないと自分に言い聞かせて俺はソラに続いて巨大サソリの迎撃に当たる。

「ヒナタ、ハナビをたのんだ」

俺は迎撃に出る前にコソっとヒナタに耳打ちした。

「サンダースマッシャー」

「もう一発」

『サンダースマッシャー』

ソラが放った魔法に追撃するように俺も魔法を放つ。

今の一撃で進路上の巨大蟻と巨大サソリを吹き飛ばす。

「今!」

俺の合図に従ってヒナタが避難民の誘導を開始する。

「落ち着いて!落ち着いて付いてきて下さい」

さてここからが正念場。

俺は先ず近場に居る巨大サソリと巨大蟻の駆除を開始する。

アークセイバーで切り裂いては次、切り裂いては次とドンドン数を減らしていく。

すると遠くの方からこちらに尻を向けて何かを発射する巨大蟻。

俺はそれをギリギリのところで避ける。

振り返ると着弾した地面が熔けている。

酸?

蟻だけに蟻酸ってか!?

洒落か!?

更に一斉に飛ばされてくる蟻酸を俺は空中に飛ぶ事で避ける。

「ハーケンセイバー!」

振り下ろしたソルから放たれた光刃が回転しながら巨大蟻の一段へと襲い掛かり、切り裂いて沈黙させる。

「きりが無い!」

俺は一旦下がり避難民に併走する。

このままではジリ貧だ。

やつらはどういう訳か無限に湧いてきているようにも思える。

「きゃあああ」

その悲鳴で振り向くとそこには全長10メートルを越す超巨大サソリと超巨大蟻が一匹ずつその進路を遮るように現れた。

そしてその超巨大蟻達がひと鳴きするとその腹の下から無限に口寄せされて来る巨大蟻達。

ちょ!そんなの有りかよ!

「アオ!」

「わかっている!」

『フォトンランサー』

ソラの言葉にそう答えて俺は遅い来る巨大蟻達に魔法を叩き込む。

「だけど、あのでかいのを何とかしないと無限に沸いてくるぞ!」

「ねえ!アオくん。さっき巨大蛇を倒した時のやつであのでかいの倒せないかな!?」

ヒナタが俺に近づいてきてそう言った。

「出来るが、無理だ!」

「な!なんで!?」

ヒナタも近づいてくる巨大サソリに拳をたたきこみながらなおも聞き返す。

「アレは俺とソラ、2人がかりでようやく放てる物だし、発動に時間が掛かる上に対象は一体だ。今のように離れたところに居る二匹を一遍に狙えるような技ではない。それに俺達が迎撃に出なくては避難民をヒナタ一人で守る事になる」

「そ、そうなんだ」

しかし、そうはいってもあのでかいのをどうにかしない事には避難民を無事に送り届ける事も出来ない。

「ソラ!」

俺は覚悟を決めてソラに呼びかける。

「何?」

魔法で巨大サソリをけん制しつつ俺のところまで走りよるソラ。

「スサノオを使う」

それだけでソラには通じたみたいだ。

「…わかった」

了承の言葉を得ると俺は超巨大蟻に、ソラは超巨大サソリの方へと向き直る。

「え!?なに?アオくん達どうするの?」

「今から大技であのデカブツ二匹を倒す!ヒナタは避難民の安全確保!」

「う…うん。でもどうやって!」

「いいから。任せろ!」

そして俺はソルの首もとにあるリボルバーにカートリッジを補給する。

そして万華鏡写輪眼を発動。

「「スサノオ!」」

掛け声と共に俺の周りのオーラが具現化し、巨大な益荒男が現れる。

「な?何!?」

驚愕しているヒナタを置いておき、俺は十拳剣を顕現させる。

現れた巨大な剣で近場の巨大蟻を薙ぎ倒す。

俺は巨大蟻をなぎ払いつつ超巨大蟻へ向けて歩を進める。

『ロードカートリッジ』

消費の激しいスサノオを維持するためにカートリッジを使用しながらひたすら敵を粉砕する。

ソラの方も同様に巨大サソリを蹴散らしながら進んでいる。

そして俺はついに超巨大サソリと対峙する。

ギチギチギチ

超巨大蟻の尻がこちらに向けられる。

げ!

そこから発射される先ほどのとは比べ物にならないほど大きな蟻酸。

やばい!これを避けると後ろに居る避難民にも被害が!

『ロードカートリッジ』

俺はそれを受け止めるためにカートリッジをロードしてオーラの総量を増やす。

そしてその蟻酸をヤタノカガミで受け止めた。

さらにカウンター気味に十拳剣を超巨大蟻に突き刺す。

十拳剣は刀そのものが封印術を帯びている。

ギチギチギチ

超巨大蟻は断末魔の声を上げると、十拳剣に封印された。

超巨大蟻を封印した事を確認して俺はスサノオを消す。

「はぁ、はぁ…しんど」

流石にスサノオの行使は未だ成長途中のこの身では反動がきつい。

ソラの方を確認するとどうやらソラも超巨大サソリを封印したようだ。

「はぁ、はぁ…よし!」

俺は気合を入れなおすとソルを握り締め、未だ残っている巨大サソリの残党達を駆除していく。


ようやく避難民を別のシェルターに避難させる事が出来た。

途中他国の忍びが襲ってこなかった事は幸いだった。

もしかしたら先ほどのサソリと蟻は敵味方を認識できる物ではなく、近場の者を攻撃するように命令されていたために近くに居なかったのかもしれないが…

何にしてももう無理!

「お疲れ様です、兄様」

「ハナビ…だから兄様はやめろと…はぁ、今は反論する気力も無い」

「良いじゃないですか!それよりさっきのデカイのを倒したあの術は何というんですか?」

「秘密」

「えー。ケチです。教えてくれても良いじゃないですか」

少し可愛く拗ねて見せているハナビ。

う…可愛いです。

だけど教えるわけにはいかない。

もう見せてしまったけど一応俺達の切り札だからね。

「ソラもヒナタもお疲れ」

「うん…ちょっとオーラを使いすぎた。今日はもうこれ以上は勘弁して欲しい」

「確かにね」

ソラの発言に俺は同意する。

中忍試験の後にあの数の敵を相手にして、更にプラズマザンバーとスサノオの使用。

とっくに限界を超えている。

「私はアオくん達に比べればまだ消耗は少ないから、周りの警戒に当たるね」

「任せた」

そして俺達は避難民に紛れて休息を取った。



何時間そこに隠れていただろうか。

ようやく厳戒態勢が解除された時には里への被害は甚大で、かなりの建物が倒壊している。

その後の情報で、今回の騒ぎの首謀者である砂隠れの里の全面降伏で今回の騒ぎは決着がついたようだ。

しかしこちらの被害も甚大だった。

特に問題なのは三代目火影がこの事件で戦死された事だろう。

皆、火影の死を悲しんでいる。

しかし悲しんでばかりも居られない。

しばらくは里の復興が俺達の任務だ。

その後新しく五代目に初代火影の孫である綱手様が就任された。

さらに俺達8班と奈良シカマルの4名に中忍への昇格が言い渡された。

砂の忍によって中断された中忍試験。しかし行われた試合に関してはちゃんと合否を判断したらしい。

ナルトに負けた俺が合格でナルトが不合格なのは恐らく会場で開放してしまった九尾のチャクラが原因で九尾がナルトに封印されている事を知っている上層部がナルトの昇格に待ったをかけたのではなかろうか。

取り合えず、晴れて俺達は中忍に昇格した訳だ。

うーん、結局こうなるとばらばらに任務に就くこともありえるから中忍昇格は逆効果だったか?

里の復興に尽力しているとうちはサスケが里抜けしたと知らされた。

さらにナルトが木の葉の伝説の三忍である自来也と共に修行の旅に出てしまった。

サスケの里抜けを止められなかった実力不足を嘆いての事らしい。

聞いた話では3年ほど自来也に着いて修行するようだ。 

 

第二十三話

半年後。

主人公不在でも木の葉の里は任務でいっぱいだ。

今日は紅先生を含む8班全員での任務。

「封印更新の間の結界術士の護衛ですか」

俺達は火影の部屋の中、新しく五代目火影に就任した綱手様の前にいる。

「そうだ。四凶の一角、窮奇(きゅうき)の封印は30年周期で更新しているのだが。今年が丁度その30年目。お前達には術者の護送と儀式の警護にあたって貰いたい」

聞いた話によると、尾獣には劣るがその一匹で一国を落とせる位の力を持った存在らしい。

四凶と言うからには4体居るのだろうか?

「わかりました。紅班はその任に当たります」

「うむ」

紅先生は一礼すると火影の部屋を後にする。

俺達もそれに続いて部屋を出た。


それから俺達は結界術士をキュウキが封印されている山奥の社へと護送した。

そして今、結界術士の巫女が封印の更新に当たっている。

「気を抜くんじゃない。巫女から聞いた話だと、この更新の時が一番キュウキの封印が弱まるらしい。下手をしたら封印が破られる事もありえる」

「そうなのですか?」

とヒナタ。

「もしも封印が破られたらどうするんですか?」

ソラが紅先生に聞き返した。

「そんな事にはなってもらいたくは無いが、その時は巫女を連れて退却。その後の対策は火影さまにお伺いを立てるしかない」

「…逃げ切れるでしょうかね」

「書物によると尾獣にも匹敵する力を秘めているそうだ」

「それって天災クラスじゃないですか!」

「だから先人達がこの地に封印したのだろう」

そりゃそうだ。

こうなったら無事に封印の更新が済むのを祈ろう。


儀式が始まって20分。

どうにも雲行きが怪しい。

必死に巫女が封印の更新をしているが、眼に見えて結界内部に淀んだ影がうごめいているのがわかる。

それが結界を破らんと猛り狂っている。

そして…

「きゃあああああっ」

パリンッ

ガラスが割れるような音と共に巫女が吹き飛ばされる。

「巫女さま」

紅先生はすぐさま巫女に駆け寄った。

「あ…ああ…結界が!世界が終わる…」

それだけを言って崩れ落ちる巫女。

いやいや、巫女さま。終わられては困るのですが…

てか最後の台詞がテンプレとは…やるな!

なんて俺は少しずれた感想がよぎった所で、結界内部から雄たけびと共に強烈な悪意を持ったオーラが発せられ、この場を包み込んだ。

「ぐ!」

俺とソラ、ヒナタは咄嗟に『纏』をしてそのオーラに対抗する。

「うっ…くっ」

紅先生が苦しそうに巫女を抱えたまま膝を着く。

「マズイ!ヒナタ。バブルバルーンで紅先生達を包み込んで」

「はい!」

オーラで出来た風船の中は、一種の円の様な物。

当然その中に居れば外側からのオーラによる攻撃からも若干ながら守られる。

「ヒナタ…これは?」

「紅先生、今は説明している暇はありません」

ヒナタが紅先生の問いを封殺する。

「しかしマズイ事になった」

「うん」

「紅先生と巫女さまをバブルバルーンで覆って担いだままアレから逃げ切れるとは思えない。それにほら!こっちをしっかりと敵として認めているようだぞ」

視線を移すとドス黒いオーラを放ち、こちらを睨む巨大な牛のような体に針のような体毛を逆立てたキュウキの姿が。

今はこちらの動きを伺っているのか動きは無い。

恐らくこちらが動けばすぐさま攻撃に移るだろう。

「まずいわ。私が囮になるから巫女を連れて逃げなさい」

いやいや無理でしょ。

「紅先生じゃこの風船を超えた瞬間相手の邪気に当てられて気絶…最悪死んでしまいますよ」

「ならどうしてアナタ達は平気なの?」

「それはチャクラで相手のチャクラによる侵食をガードしているからって、どうやらおしゃべりは此処までのようです」

ぬらりとキュウキが動き始めた。

まずい!かなりまずい!

キュウキのオーラは禍々しく甚大で力の底が見えない。

「アオくん!」

どうするの?とその視線で問いかけるヒナタ。

しかしその体はキュウキの威圧的なオーラに震えている。

『スタンバイレディ・セットアップ』

俺はソルを起動させて構える。

『ロードカートリッジ』

ガシュガシュガシュガシュガシュガシュ

カートリッジをフルロード。

「アオ?」
「アオくん?」
「何をやっているの?」

ソラ、ヒナタ、紅先生の問いかけ。

俺はそれを無視してキュウキを見やる。

キュウキは俺の瞬間的に跳ね上がったオーラを感じ取り身構え、動きを止めた。

しかしそれがキュウキの間違いだった。

グサッ

行き成りキュウキを刺し貫いた巨大な剣が現れる。

「へ?」
「え?」
「なるほど」

ヒナタ、紅先生はなにが起こったかわからないといった表情、逆にソラは納得が行った様で。

更に俺の周りに現れるスサノオ。

俺は『隠』を使い、スサノオを限りなく見えづらい状態にしてキュウキに気づかれないように一撃でその体を貫いたのだ。

卑怯と言う奴も居るかも知れないが、小技を繰り出し、段々大技へ、何ていう事はこういった場合には悪手。

こんな時は、最初から一撃必殺の大技で相手を仕留めるのがベストなのだよ。

なんでわざわざ消耗した場面で大技を繰り出さなければ成らない?

むしろ疲労や怪我などで制御が出来なくなって逆に危険だ。

漫画の主人公は出来ない戦法だけどね!見せ場的な問題で!

漫画の主人公は可愛そうだ。

なんて考えている内にキュウキは十拳剣のひと突きで酔夢の世界へと封印された。

「えっと…任務完了ですか?」

「…そうね」

封印の儀式は失敗したが終り、巫女の護衛も果たした。

まあ里まで送り届けるまでが任務だが、脅威の排除は成功したし、もうこれ以上危険は無いだろう。

「それよりさっきのでっかい剣について聞きたいのだけれども」

「すみません紅先生。これだけは話す事は出来ません」

「…そう。いいわ、火影さまにはキュウキの脅威は消えたとだけ報告させてもらうわ」

「…ありがとうございます」

「それにソラやヒナタもどうしてあの瘴気の中で平気だったかも内緒って事なのよね?」

「…すみません」

ヒナタがすまなそうに紅先生に謝った。

「いいわ、取り合えず里に帰りましょうか」

「「「はい!」」」



四凶の一角であるキュウキを倒してからしばらくすると、火影様から紅第八班に出頭するように命令があった。

「今回集まってもらったのは他でもない。前回四凶であるキュウキを倒したお前達にやってもらいたい事がある」

「は?」

「先日、封印されている四凶の一角である饕餮(とうてつ)の結界の更新の護衛を請け負った。お前達の班からの報告で封印が破られる可能性があるとの事でてだれの者をあてがったのだが…」

読めてきましたよ…

「結界の更新時に案の定結界が破壊されてしまってな、封印されていたトウテツが開放されてしまったのだ。護衛の任に当たっていた忍は全滅、開放されたトウテツは辺りの村々を襲い、見境無しに人を襲い貪り食っているそうだ」

………

「再封印をするにしても瘴気が深くて術者が近づけん。そこで、前回おなじ四凶を打倒せしめたお前達にトウテツの殲滅の任に当たってもらいたい」

「お言葉ですが火影さま、瘴気の中に生身で入れという事ですか?」

俺は綱手さまに尋ねた。

「この前のキュウキの時も瘴気の発生が確認されたと聞いている。その中心地から帰ってきたお前達ならばその瘴気に対抗する術を持っているのではないか?」

「すみません火影様、その術を持っているのはアオ達3名であり、私では瘴気の中での活動は出来ないかと思われます」

紅先生の訂正が入る。

「そうか…ならば仕方ない、アオを隊長としたスリーマンセルで事に当たってもらうしか」

「くっ、ならせめてロック・リーを含めたフォーマンセルで任に当たらせてはもらえませんか?」

「リーをか?」

「はい」

綱手さまは少し考えた後。

「良かろう、リーを含めた4名でトウテツ殲滅の任にあたるよう」

と、リーの編入を認めた。

「はい」





「それで、そのトウテツってやつはどういったやつなんですか?」

リーさんを含めた俺達4人はトウテツ殲滅の為に目標の確認された里まで移動中だ。

「キュウキと同種ならば途轍もなく禍々しいオーラを発していて、自分もオーラで身を守らないとその瘴気でやられてしまう。さらにその戦闘能力は未知数」

「そんな敵をどうやって倒したんですか!?」

「不意を突いて、大技で一気に」

「…アオさんが不意を突かなければ勝てない相手ですか」

いやいやリーさん。俺はそんなに強くないですから!

すでに同じオーラ量での『硬』での攻撃力はリーさんの方が上だ。

単純な殴り合いなら負けるのは必死。

「それで、リーさん『堅』の維持は何分くらいできる?」

「そうですね、45分くらいですか」

ふむふむ。念を覚えて半年にしてはなかなか。

「ならば実質の戦闘時間は20分弱くらいか…」



ターゲットのトウテツが確認されたポイントへと向う。

「あそこだな…此処からでも奴の禍々しいオーラを感じる」

ターゲットまでおよそ2km。

「うん」

同意するソラ。

「どうするんですか?」

リーさんがトウテツに対する方針を聞いてくる。

「出来れば奇襲によって一撃で封印してしまいたいところだ」

「封印する手段は?」

「俺が持っている」

「ならばそれで行きましょう」

「ただ、俺の封印手段はその性質上、相手の動きを一瞬でも止める必要がある」

突き刺さなければ十拳剣の封印効果は得られない。

「だからソラ達3人でトウテツの動きを封じてほしい。動きさえ封じてしまえば後は俺が封印術を行使する」

「わかりました」
「わかった」
「了解」

「さて、方針も決まったところで行きますか」

俺達は瘴気渦巻く空間へ、纏で瘴気をガードしながら進む。

そしてもっとも瘴気が濃い場所に向って進んでいくとそこにトウテツを発見。

体は牛か羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔。

全長は6メートルほどであろうか。

キュウキもそうであったが、それ以上に禍々しい体躯をしている。

トウテツの双眸が俺達を捕らえる。

「作戦開始だ」

「「「はい!」」」

俺はソルを握り締め、スサノオを発動する。

『ロードカートリッジ』

スサノオに使う莫大なオーラをカートリッジから補う。

ソラ、ヒナタ、リーはトウテツを取り囲むように移動し、攻撃を加えながら俺の方へと誘導している。

「木の葉旋風!」

オーラで強化した回し蹴りをトウテツに放つリー。

しかし、その攻撃を食らいいつつも尻尾でリーをカウンター気味に弾き飛ばす。

「リーさん!」

ヒナタが叫ぶ。

「大丈夫です。それよりトウテツが」

予想外に俺達のチームが善戦し、脅威を感じたトウテツはこの場から逃げようと反転する。

「そうはいかない!」

『チェーンバインド』

瞬間、虚空から現れた幾つもの風の鎖がトウテツを絡め取る。

「ぐぎゃあああああああ!」

しかしそれを引きちぎらんばかりの力で暴れるトウテツ。

「はぁっ!」
「やぁ!」

引きちぎられた鎖をヒナタとリーが掴み、力を込めてその場に高速する。

「今です!」

リーさんが叫ぶ。

「スサノオ!」

俺は隠を解き、右手に持った十拳剣をトウテツに突き刺す。

「封!」

突き刺されたトウテツは必死にもがき、その剣から逃れようとするが発動された封印術になす術もなく封印された。

「封印完了。皆お疲れ」

「強敵でした」
「本当に」

「帰ったら焼肉でも行くか」

「良いですね」

「もちろんアオのおごりだよね?」

「な!?」

「ご馳走になります」
「ごちそうさま、アオくん」

里に戻り、綱手さまに報告後、俺達は焼肉屋に直行。

結局俺のおごりとなり、俺の財布はかなり寂しい事になりました。

とほほ…



更にしばらくしてまた集められる俺達念を使える4人。

「すまない、今度は四凶の一角の渾沌(こんとん)が…」

もはや俺の耳に後半の言葉は入っていない。

マジで勘弁してください…


結局俺達はその後、渾沌と檮杌(とうこつ)という残りの四凶をスサノオの十拳剣で封印する事になるのだった。
 

 

第二十四話

季節は巡り、春。

俺とソラ、ヒナタ、そして最近良く一緒に任務に出かけるリーさんの4人は偶の休日に夜桜を見に来ていた。

「あーしんどい。マジで火影様、猛獣やら口寄せ獣の討伐の任務ばかり俺達に回してないか?」

「そうかも」

同意するソラ。

「でもでも、忍者同士の戦いよりは気が楽かも」

「それはありますね。互いの実力を競うのはいいのですが、相手の命を奪い合う忍同士の戦いは猛獣討伐よりも命の危険がありますからね」

と、ヒナタとリー。

いやいや、四凶との戦いはかなり命の危険が伴っていたと思う。

実際、十拳剣の一撃が強力なだけで、それに頼った戦い方だった。

総て相手を動けなくしてからや不意を突いての一撃で倒してきたのだ。

正攻法では生き残れなかったのではなかろうか。

「なにはともあれ、今日くらいはゆっくりしよう」

「そうですね、こんなに桜が綺麗なんですからね」

「そうですね」

「お弁当作ってきたから良かったらつまんで下さい」

そういってヒナタが重箱を取り出す。

「ありがとうございます」

「ありがとう、ヒナタ」

シートの上に重箱を広げているヒナタにお礼を述べる。

「しかし、お酒を持ってこなかったのは失敗」

「ソラちゃん。未だお酒なんてはやいよ」

「そう?」

「リーさんは?」

「ボクはガイ先生から、『お願いだからお酒だけは飲んではいけない』と、止められていますから」

「そうなんですか」

しかしお酒か…

そういえばスサノオの持っている瓢箪の中身って一応酒なのかな?

俺はスサノオを一部だけ顕現させる。

「アオ?」
「アオくん!?」

行き成り現れたスサノオの右手にヒナタとソラは驚いている。

「いや、酒なら此処にあるかなと思って」

「え?」

俺はコップを取り出し瓢箪を慎重に傾ける。

トクトクトク

注がれる瓢箪の中身。

皆の視線がそのコップに集まる。

「この匂いは酒?」

俺は注いだコップを手に取り、その匂いを嗅いだ。

「お酒なの?」

「多分な」

「でもそれってアオくんがオーラで出したんだよね」

「…そうなるな」

「飲めるの?」

俺は恐る恐るそのお酒に口を付けた。

その瞬間、口の中に広がるこの世の物とは思えない芳醇な味わい。

まさに神酒といっても過言ではないのではなかろうか。

「…上手い」

「アオ、私にも」

コップを出したソラにも半分注いでやる。

そして恐る恐る口を付ける。

「あ…美味しい」

「だよな」

なんだか体がぽかぽかしてきた。

更に活力が漲って来た様で日ごろの疲れが吹き飛んだ。

それになんだろう。オーラの総量が膨れ上がったような気がする。

俺はさらにぐいっとコップを傾け神酒を飲み干した。

そして俺はもう一度スサノオの瓢箪を顕現させてコップに神酒を注ぐ。

「ヒナタたちもどうだ?」

「…でもあの…その…」

「うん?」

もじもじとなかなか言い出せないで居るヒナタ。

「あの、その瓢箪の中身って、今まで封印してきた物で出来ているんだよね?」

「……」

「てことは、あの…巨大蟻や四凶でそのお酒は出来ているんじゃ」

ブーーーーーーーーッ

俺は勢い良く口に含んだお酒を噴出した。

「なんと!」
「アオくん、ソラちゃん汚い!」

リーは盛大に驚き、ヒナタは俺達をたしなめた。

「ゴホッゴホッ…はぁ」

確かにそう考えると飲む事に嫌悪感を感じてしまう。

しかしそれも一瞬。

このお酒の美味しさの前では材料の事など霞んでしまう。

しかし、異変は俺達以外で現れた。

「ねえ、あの桜…なんか大きくなってない?」

「「「へ?」」」

ソラのその言葉に振り返って見ると、凄い勢いで成長している桜の姿が…

段々その幹が太くなり、今にも俺達の居るところもその成長の範囲に入ってしまいそうだ。

「まずい!皆離れて」

「はい!」

俺は皆に注意を促しその場を離れた。

しばらくすると桜の成長も止まったようだ。

その大きさは普通の桜の10倍はあるだろう大木となっていたが…

「アオくん…」

「アオ」

「アオさん」

皆が攻めるように俺を見る。

「な…何かな?」

「私は見ていた。この桜が成長したのはアオがお酒を吹きかけたのが原因」

………

「…つまりこのお酒には成長を促進する効果がある…と?」

「そうとは言い切れない。私達が急激な成長を見せていないのだから」

「そっか…」

「だけどまず…火影様への言い訳を考えないと…多分もう直ぐ暗部の人たちが駆けつけてくると思う」

「…そうだね」

行き成り木の葉の里の近辺で異常なまでに大きくなった桜の木。

状況確認に木の葉の忍が駆けつけてくるのは明白だった。



そして俺達は今、火影の執務室に居る。

「して、今回の騒ぎの原因はなんなんだ?」

俺達4人は火影さまの前で直立し、詰問されている。

「えっとですね…桜の木にこの酒を振りかけたところ木が行き成り急成長しまして」

…嘘は言ってない。

実際酒を吹きかけただけだ。

「ほお、酒を振りかけただけであんな騒ぎになったと申すか」

「えと…その…はい」

俺はそう言って小瓶に移した神酒を綱手の座る机の上に置いた。

「ふむ」

一応ビンの栓を開け、一滴その手に掬いなめ取ってみる綱手さま。

「ぬっ!?」

ぺっとすぐさまそのなめ取った神酒を吐き出してしまった。

「シズネ!水」

「は、はい」

近くで待機していたシズネさんに大至急水を持ってこさせ、口をすすいだ。

「お前達、こんな物を何処で手に入れた?」

「と、言われましても…」

「これは一級の霊薬だぞ!これを飲めばたちどころに傷は治り、死者の蘇生すら可能なほどの」

「それって何処のエリクサー…」

「はあ?」

「い、いえ。なんでも」

「確かにこんな物を掛ければ桜の木の急成長も頷ける。これを1000倍に薄めた物でも人間の傷ならあっと言う間に治ってしまうだろうよ。そんな物を原液のまま飲んでしまうところだった。危うく死ぬところだったぞ」

いえ…綱手さまが勝手に舐めたのではありませんか…

「え?でもアオくん達はそのまま飲んでましたよ?」

うおい!ヒナタ?

「な!?それは本当か?おい!アオにソラ。お前達は大丈夫なのか?体に異変はないか?」

「えっと…特には。まあ、逆に調子が良いくらいです」

「…そんなはずは無いと思うのだが。実際私はいまこの薬に殺されかけたわけだぞ。死なないまでも人でなくなる事は確実だ」

そんな事言われても…

「まあ、無事ならいい。しかし後で医療班に見てもらえ。それとこの小瓶は預かっておく」

没収されてしまった神酒。

まあ、まだ大量にあるから別に良いのだけれど。

と言うかなにやら先ほど不穏なことを言われたな。

どうして俺とソラは原液を飲んで大丈夫だったのだろうか…

まあ、考えても仕方ない。

エリクサーが手に入ってラッキーとでも思っておこう。


後日わかった事だが、この神酒の原液を服用すると徐々に細胞が活性化されていき体が作り変えられてオーラ総量が増えていていく効果があるようだ。

しかし、普通の人間では原液の服用に耐え切れず死に絶えるらしい…

何だろう…それは俺達が普通の人間では無いとでも言いたいのか?

まあ、オーラの総量が増える分には大歓迎だけど。




さて、そんな事がありつつも時は流れて俺達は14歳になった。

最近不意に感じる事がある。

この世界に居られるのもあと少しだと。

それはソラも感じているようで、俺達は身の回りの物の整理を始めた。

それと平行して口寄せなどの空間忍術の習得にも力を入れている。

空間忍術について記載されされている巻物を優先的に手に入れてソラの『欲張りな知識の蔵(アンリミテッド・ディクショナリー)』に食わせ、記録した。

もしかしたら異世界転移のヒントがあるものと信じて。

二度も異世界転移を経験したのだ、せめて移動先から戻ってくる術は無いかと研究中だ。

未だにその成果は上がっていないのだけれど。



そんなある日、俺は一人、演習場で忍術の訓練をしている。

右腕に集めたオーラを性質変化で雷に。

更にその雷を纏う部分の表面は凝でしっかりガード。

凝を使わないと自分の手がやられるからである。

纏わせた雷が鳥のさえずりのような音を上げる。

チチチチチチッ

どうやら俺の性質変化は火と雷と風らしい。

三つも持っているのは珍しいが恐らく風と雷は前世からの引継ぎではなかろうか。


俺は腕を近場の大木目掛けて突き出した。

ドゴンッ

轟音と共に倒れる大木。

「千鳥…か。つかえねぇ…」

突き技としてはかなり強いがいかんせん、リーチが短い。

はっきり言ってしまえばこれならばアークセイバーのほうが強い。

発動と制御をソルに手伝ってもらっている分発動までの初動は千鳥よりも早い。

「ははは…いうねぇ」

バッとその声で俺は振り返る。

するとそこには何故かカカシ先生が。

「カカシ先生。どうしてここに?」

「いや、俺も今日は自主トレーニング中だ」

「そうですか」

「そんな事よりその千鳥。一体どうやって覚えたんだい?」

ギクッ

確かこの技はカカシのオリジナル技だっけか?

使えるのはカカシとカカシが教えたサスケだけ。

「み…見よう見真似です」

嘘は言ってない!

写輪眼でぱくっただけ!

「見よう見真似…ね」

うわぁ、怪しまれてる…

「まあ、いいでしょ。それより暇なら一戦付き合ってほしいんだけど」

「なんでそうなるんですか!」

待ってください!今日はバイザー忘れて来ているんです!

写輪眼使ったら一発でばれるじゃないですか!

今まで隠してきたのに!

………いやまあ、今更か。

恐らく後一月もこの世界に居られないと、頭のどこかで確証している。

ならば別にバレても構わないかな…

「これから先、近い未来に忍界対戦なみの戦がある。それに向けての実践的訓練は欠かせないでしょ」

「はぁ」

「それに俺の新しく得た力。未だ実戦形式では試した事が無くてね。出来ればその実験台に…」

「ちょ!」

「そういう訳だから、君は本気で来てよ。俺は手加減してあげるから」

本気で…ねぇ。

「わかりました。俺も自分がどれくらいやれるのか。上忍との差を測っておきたいですし」

「よし、じゃあ始めようか」

そう言ってカカシ先生は俺から距離を取る。


そしてどちらとも言わずに戦いが開始される。

「行きます」

木々の間を駆け回り、クナイを投げけん制する。

当然相手のクナイに弾かれるが。

一瞬カカシの動きがクナイのけん制に持っていかれた所で印を組む。

「火遁豪火球の術」

「おっと」

しかし、カカシは容易にその火遁を回避、木の枝を蹴って一気に俺へと距離を詰める。

俺もバックステップで距離を取りつつ手裏剣を投げる。

「手裏剣影分身の術」

一つの手裏剣が何十にも分裂してカカシに襲い掛かる。

直撃したと思ったらそれは丸太に変わってしまった。

「変わり身!本体は何処!?」

後ろから殺気を感じ、俺は身を捩ってかわす。

「火遁鳳仙花の術」

幾つもの炎弾をばら撒きけん制する。

その後も幾度と無く攻撃を仕掛けるが総て迎撃されるかかわされる。

「うん、動きは悪くないよ。後は経験だね。忍者との戦闘経験が低いと見える」

それはだって何故か猛獣の討伐ばかり任務に回されたのだもの!

しかも四凶とか凶悪なのばかり…

「さて、体も温まってきた所でそろそろいくよ」

そう言ってカカシ先生は額宛で隠してある左目をたくし上げた。

「写輪眼」

「ちょ!先生!それは卑怯」

「元々写輪眼の次なる力を使いこなすための訓練なんだ。文句言わないで付き合って頂戴」

えぇ!?次なるって万華鏡!?

「いくぞ」

そう言うと先ほどとは比べ物にならないスピードでこちらに突っ込んでくるカカシ先生。

写輪眼を有しているからこそ相手のカウンターを見切る事が出来るゆえのその高速体術か!

迫り来るカカシ先生の攻撃をなんとかいなし俺は距離を取ると首元に掛けていたソルを取り外し握り締める。

『スタンバイレディ・セットアップ』

瞬間俺の手に現れる小型の斧を模した杖。

「…それは?」

カカシ先生の疑問に俺は答えずにソルを振りかぶる。

「行きます」

『サイズフォーム』

「アークセイバー」

「なに!?」

まさか斧が鎌に変形して、更に刃が飛んでくるなんて思っても見なかったのだろう。

予想外の攻撃に一瞬案カカシの動きが止まる。

直撃か!と思われた直後俺が放ったアークセイバーが一瞬にして欠き消えた。

なにが起こった?

「いやー、やるね。まさかそんな攻撃を仕掛けてくるとは思って無かったよ」

そういったカカシの左目の写輪眼は形を変え、万華鏡写輪眼へと変貌していた。

「万華鏡写輪眼…」

「…どうしてその名前を君が知っているのかな?」

一瞬でカカシの殺気が膨れ上がり、こちらに攻撃を仕掛けてきた。

「くっ!」

見切れない!

俺はカカシ先生の攻撃をその身に何発か食らう。

『堅』をしているからダメージはさほども無いが、的確に急所を狙ってくるカカシ先生の攻撃を避ける事が出来ずにいる。

その余りにも速い攻撃に俺は堪らず写輪眼を発動、直後何とかカカシの動きをその眼で追う事が可能になった。

「な!その眼は」

俺の発動した写輪眼を見て動揺するカカシ先生。

俺はその隙を見逃さずソルを振り下ろす。

「くっ」

流石に上忍、動揺しながらも直ぐに気持ちを切り替えて俺の攻撃をかわす。

しかし、振りぬいた動作を遠心力にして俺は一回転してそのまままとっていたブレードを飛ばす。

「アークセイバー」

その瞬間俺は裏・万華鏡写輪眼を発動。

その瞳に移した物総てを盗み取るこの裏・万華鏡、見抜く力は表よりも性能が上だ。

恐らく俺の攻撃をさっきの術で消すはず。

かわすと言う選択も在るが、先にカカシ先生が言った通りならこれはさっきの力を使いこなすための摸擬戦。

ならばこの攻撃を消すだろうと言う読みだ。

案の定俺の攻撃はカカシ先生に当たる前に消失する。

直撃を回避したカカシ先生は何故かその場に片膝を着いて、肩で息をしている。

どうやら万華鏡写輪眼の発動並びに今の瞳術の使用はカカシ先生の体に多大な負荷をかけるようだ。

俺は写輪眼の発動を止め、カカシ先生に近づく。

「物体を異空間に引きづり込む瞳術ですか…なんて物騒な」

「たった二回の使用で俺の神威を見抜かれてしまうとは…しかし君。その写輪眼、どうやって手に入れたの?うちは一族はサスケとイタチを残して滅んでしまったというのに」

今の技は神威と言うのか。

「いえ…それは俺がうちはの生き残りだからとしか言えませんが…」

「それは本当か?」

「ええ…まあ」

「しかしならば何故自分がうちはの生き残りだと名乗り出ずに日向の使用人なんてしているんだ」

「いえ、虐殺されたという事はその一族に何か裏があったという事。名乗り出れば最悪消されてしまうかもしれませんし」

「…そうか」

「はい」

そう居て俺はカカシ先生に肩を貸して立ち上がらせ、木の葉病院へと連れて行こうとする。

「しかし君、万華鏡写輪眼まで使えたのね」

ギクッ…見えていたのね…トホホ

その後何回か俺とカカシ先生の摸擬戦は行われた。

イタチ相手の仮想敵としては申し分ないのだそうだ。

俺はそのたびに死にそうな思いをしているのだが…



そんなこんなで約一月半後。

時は夜中。もう少しで日が変わろうというところ。

「…そろそろだな」

「…うん」

俺とソラは日向家に間借りしている俺の部屋でゆっくりと時が来るのを待ったいた。

「さて今度は何処に飛ばされる事になるのやら」

「何処でもいい。アオが一緒に居てくれるなら」

「そっか」

顔が赤くなるのを感じる。

「うん」

この世界で得たものもたくさん有る。

出来ればこの世界に居続けたいような気もするが、運命はそれを許さないのだろう。

いやこの場合は石の効果だが…

この世界で自分を認識した時には既に見当たらなくなっていた転生の宝玉。

アレは恐らく俺とソラに半分ずつ分かれて取り込まれ、15年掛けてエネルギーを俺達の体から吸い上げていたようだ。

「当主やヒナタへの手紙は既にしたためた。火影様への説明もしてくれると期待しよう」

「そうだね」

「ヒナタは随分強くなった。当主との約束も中途半端かもしれないが果たされたと思ってもらおう」

「うん」

「しかし、この世界に来て俺は日本人だった頃…現世とも言うべきか?の記憶がおぼろげに成ってしまった。最早名前くらいしか覚えていない」

「うん」

「恐らく世界を渡る度に記憶が欠損していくんじゃないかと思う」

「そう」

「この世界の事も、漫画の世界だと知識はあった。万華鏡写輪眼や、忍術の知識も何とか残ってはいた、うちはの悲劇の事も…だけど、肝心なストーリーに関してはついに思い出す事は出来なかった」

「………」

「恐らくもう一度世界移動してジン達の世界に戻ったとしても恐らくハンター×ハンターの世界だという認識は有っても、恐らくもう登場人物…主人公すら思い出せないだろうな。ジン達のように実際会った事がある奴、経験した事は未だ忘れては居ない。だけど現世での知識はもはや恐ろしく希薄だ。今後も思い出す事は無いだろう」

実際、今思い出せる作品なんて『リリカルなのは』位な物だ。

…俺はよほどこの作品が好きなのだろうな。

色あせながらも未だに覚えているのだから…

月が雲に隠れたのか、窓から入ってきていた月光が遮られ、明かりを灯していない部屋の中を闇が覆う。

「…いよいよかな」

「そうみたい」

段々体が光に包まれてくる。

俺は忍者道具一式を身に着けるとソラと手を繋ぐ。

「どうやらこの世界ともお別れのようだ」

「大丈夫。何処に行っても私は一緒に居る」

「そっか…そうだな」

そして一瞬眼を覆わんばかりに強い発光があった後、その場には俺達の姿は既に無く、静寂が支配していた。

劇的な物語があった訳ではない。

周りの人たちにしてみればいつもと変わらない普通の一日。

しかしそんな普通の日に、俺達はひっそりとその世界を去った。
 
 

 
後書き
NARUTO編終了です。
次はリリカルなのはへと参ります。 

 

第二十五話 【リリカル編】

 
前書き
今回からリリカルなのは編です。 

 
どちらが上か下かも解らない真っ暗な空間を俺とソラは何かに吸い寄せられるように落ちている。

時間の感覚は酷く曖昧で、俺は何時間も落ち続けているのか、それとも数秒なのかすらもわからない。

更に落ち続けるにつれて段々思考が鈍くなってきたように感じる。

ピシッ

そんな何かが割れる音がしたと思ったら急に眠気に襲われた。


ダメだ…酷く眠い……

俺は眠気に耐え切れなくなってついに意識を手放した。






眼を開けると俺はまた幼児になっていました…

またか!とも思ったけれどもこんな状況も既に3回目、ある意味ベテラン?だ。

俺は落ち着いて自分の体の状態と辺りの状況を確認する。

先ずこの体はおおよそ八ヶ月ほどの幼児。

ようやくはいはいが出来るようになったばかりといった頃のようだ。

周りを見渡す。

どうやら俺はベビーベッドに寝かされていたようで、俺を取り囲むように柵に囲まれている。

内装は少しばかり日向の屋敷の部屋よりも時代が進んだ感じの子供部屋といったところだ。

遠い記憶にある俺がまだ地球に居た頃の文化レベルに似ている。

ソラが見当たらないが、ソラもこの世界に転生したのだろうか。

それとも俺とは違いそのままこの世界に…

あるいはバラバラに離されてしまったなんてことは…

ソラを探すにしても今のこの体の現状では動き回る事すら不可能。

体が成長するまでソラの捜索は諦めるしかないのかもしれない。

ガチャリ

そんな事を考えていると部屋の扉が空き一人の女性が部屋の中に入ってきた。

「目覚めちゃったの?」

そう言って俺を抱き上げる女性。

どうやらこの人が今生の母親のようだ。

「蒼ちゃん、早くおっきくなってね」

そう言った母親の言葉を聞くに、今回も俺の名前はアオというらしい。


それからしばらくは情報の収集と現状の確認に勤めた。

そしてそれらをまとめてみると驚愕の事実が浮かび上がる。

まず俺の名前は御神蒼と言うらしい。

母親の名前は御神紫(みかみゆかり)。

父親は居ない。

俺が生まれる二ヶ月前に死亡したらしい。

母親いわく「お父さんは魔法使いだったのよ。あなたにも魔法使いの才能が有るらしいわ」なんて、俺を寝付かせながら子守唄の代わりに語っていた。

どうやらこの世界にも魔法という存在はあるらしい。

更にテンプレ転生ものの様にその才能は俺にも遺伝されているとか。

「これはお父さんが私のお腹にいるあなたが魔法の才能が有ると知ると親ばかにも程があるくらいに大金をかけて造った魔法の杖らしいわ。私には使えないからお守り代わりに」

そう言って俺の首掛けられる宝石。

銀の宝石はどう見てもソルのようだったが未だに歯や頬の筋肉が未発達な俺ではまともに喋る事も出来ないので確認のしようが無い。

この宝石が喋ってくれれば確認のしようもあるのだが…この問題は俺がオーラを操れることを感じ取った宝石が俺に話しかけてきたことにより解決した。

どうやらこの宝石はソルだったらしい。

更には気が付いたらこの宝石に組み込まれて新しく生まれ変わっていたとの事。

俺はオーラを操り念で文字を空中に描き出しながらソル達との意思の疎通をはかる。

俺が再構成されて生まれ変わったのと同様に、2人も前の機能を今生の杖の内側に隠しながら融合したのだろう。

どうやら今の形は待機状態で、本来の形は日本刀を模した形らしい。

試しにソルに元に戻ってもらうと、鞘に入った日本刀、鞘から抜けば、銀色に輝く刀身につばの上にカバーがあり覆われるようにして内側にある小型のリボルバー型のカートリッジシステム、装填数は6発と意外にも多い。

……もしかしてもしかするのだろうか。

聞いてみたところ、製作者によって植え付けられた情報によると幾つか基礎となる魔法プログラムなるものがインストールされているらしく、術式の総称を近代ベルカ式と言うらしい。

これは術者の体内にあるリンカーコアに生成される魔力を元に外界に働きかけるものらしい。

マジか!?


どういう訳かこの家にはなにやら日本刀やら竹刀やらがそこかしこで見受けられる。

どうやら母親が御神流という二刀流の剣術流派である御神家の分家筋に当たるらしく、本人も免許皆伝の腕前らしい。

そしてどういう経緯で母親がこの地に移り住んだのかわからないがここは海鳴という町らしい。

……そう、どうやら俺はとらハ、もしくはリリカルなのはの世界に転生したらしい。



ゼロ魔式の魔法はルーンが唱えられないことから実証を断念。

それから肉体面。

精孔は既に開かれているらしく纏も問題なく行えるし、念能力についても問題ない。

変身能力についてもどうやら引き継いでしまっているようだ。

猫に変身したら子猫になってしまっていたが、問題なく変身できた。

…この能力、此処まで来たらもはや呪だよね?

元は魔法薬だったはずなのに転生しても負荷されているなんて…

後は写輪眼だが、これも問題なく使えるようだ。

万華鏡まで自由自在。使ったオーラの消費量も転生前と同等だったことから恐らくこの体は以前の体を生まれ変わる時に最適化して再構成して生まれ直したのだろう。

視力の低下も恐らく無いだろうし。

取り合えずゆっくり成長しながら恐らくこの世界に転生しているであろうソラを探すか。

ついに転生してこれたリリカルなのはの世界!

その世界の魔法を習得するのも楽しそうだ。

前も言ったかもしれないけれど俺は『リリカルなのは』が大好きだったのだ。

なのはつながりで原作の『とらハ3』にも詳しくなってたりするけれど…

それ故にサンダースマッシャー(偽)の開発をしていた位に!

しかも今回は本家本元の魔法が習得できるかもしれないのだ。

ならば是非とも収束魔法を!

夢のスターライトブレイカーを!

期待に胸が膨らむ。

しかし、下手に主人公サイドにくっ付いて回って取り返しの付かない事になった前例がある。

あの後どうなったのか確かめようも無いけれど、この世界が『リリカルなのは』であるならば地球を震撼させる危機が2回あるのか…

この二つの事件をどうしようか。

原作がベターな終わり方で、ベストな回答があるかも知れないけれど、もしその他の要因…この場合俺とかだが…それが原因で地球滅亡なんて事になっては眼も当てられない。

俺にだって原作介入したいと言う気持ちは大いにあるが、ここはぐっとこらえて傍観の姿勢かな?

この世界は俺の最初の人生と文化レベルや常識が一致する。

此処で少しの非日常と平穏無事な人生を送るのが良いだろう。


あれ?そう言えば御神家って不破家と一緒に滅亡してなかったっけ?





転生してから二ヶ月ほどたったころ、俺は母親である御神紫(みかみゆかり)に連れられて、御神の本家に連れられて来ている。

どうやら今日、御神本家で御神琴絵さんという方の結婚式が開かれ、一族全員が集まるらしい。

ヤバイ。

あれから何度も記憶をあさってようやく思い出した御神家の滅亡理由。

確か高町美由希の実の父親である御神静馬の姉の結婚式の日に爆弾テロによって一族郎党死に絶えたはず。

生き残りは放浪の旅に出てたかなんかしてこなかった不破士郎と不破恭也、熱を出して病院に行っていた御神美由希とその母である御神美沙斗の4人だけである。

って事はこのままじゃ俺はこのままテロに巻き込まれて死亡!何てことに!?

最悪オーラで身を守れば死ぬことは無いだろうけれど…流石にどのタイミングで爆破されるかも解らない上に四六時中「堅」で身を守るわけにも行くまい。

しかもそうした場合助かるのは俺だけ。

俺を抱っこしているならば母親位は「周」を使えば守れるか?

これも無理だ。

母親が何かの隙に俺から離れた時に爆破テロが起こったら?

俺はこの世界での庇護を失ってしまう。

更にここ二度の転生で生みの親に孝行する間も無く先立たれてしまっている。

今回もそうなるというのだろうか…

今の俺にここに居る全員を救うことは出来ない。

まあ、もしかしたら爆破テロなんて起きないかもしれないし、取り越し苦労なのかもしれないけれど。

そんな事を考えていると御神美由希が熱を出し、母親である美沙斗も付き添いで病院に赴いて出席できないと言う話が聞こえてきた。

ヤバイ!いよいよ史実に忠実な展開になってきてしまっている。

どうすれば…そうだ!此処で俺もぐずり出し病気のフリをすれば?

お母さんだけは俺を病院へと連れて行くために此処から離れられるかも知れない。

利己的だが今の俺ではこれが精一杯だ。どうか許して欲しい。

そう心の中で謝って俺は盛大に咳きをする。

「ケホッケホッ」

俺のセキに気づいたお母さんが俺を心配そうに抱き上げる。

「蒼ちゃんどうしたの?」

「ケホッケホッ」

なおも咳きをし続ける俺。

「ケホッゴホッうぁぁぁぁああああああんゴホッ」

ついに泣き出す演技まで。

「大丈夫蒼ちゃん!?風邪引いたのかしら。どうしましょう。医者に見せた方が良いのかしら…」

「どうしました?」

そう言って一人の男性がお母さんに話しかけてくる。

「大地(だいち)さん…この子…蒼が行き成り咳き込み出しまして。医者に連れて行きたいのですが…父も未だ来ていませんし…」

「ああ、なるほど紫さんは今日は車で?」

「いいえタクシーです」

赤子の世話でどうしても両手が塞がる。

そういった理由で運転できずに此処までは電車とタクシーでの移動だった。

「ならば私が車を出しましょう」

「え?でも」

「どうやら皆タクシーや送迎のバスなどで来たらしく直ぐに車を出せる人間が少ないのですよ」

「…えっと」

「それに俺は小さい頃本当に体が弱くて、剣術の稽古ができなくてね。この歳になっても竹刀すら握った事の無い俺はこの家ではあまり立場がないんで、いたたまれないんです。だから俺を助けると思って」

お母さんは少し考えた後、

「そういう事ならすみませんがよろしくお願いします」

そう言って頭を下げるお母さん。

俺は咳き込みつつもこの場から離れられたことに安堵した。



病院に搬送され、小児科の先生に診てもらう俺。

実際は仮病な訳だが此処で本家に戻されるわけには行かない。

俺は必死に演技して盛大に不健康を装う。

まあ、咽の炎症を確かめた医者は頭を捻ってしまっただろうがそれでも咳きを止めない俺を一応念のため一日入院と言うことで話がついた。

母さんは俺を一人にする事も出来ずに会場へはもどらず俺に付き添ってこのまま泊り込みするようだ。

買い物をするついでに美沙斗さんの所に挨拶に行ってくるらしい。

良かった、これで俺とお母さんの死亡フラグは叩き折れたはず。

本来なら一度家に戻って用意するのだろうが、ここは出先であったために必要品をコンビにに揃え一晩明かすらしい。

その後、こちらを訊ねてきた大地さんに戻らないことへの断りを入れると、大地さんは本家へと戻っていった。


しばらくすると病院が慌しくなって来た。

ついに爆弾テロが起きてしまったらしい。

噂話を聞いたお母さんが真っ青な顔をしてすぐさま美沙斗さんの所へと走っていった。


結局この日助かったのは史実にある4人と本来生き残るはずの無いイレギュラーである俺とお母さん、それと俺達を送り届けた事で難を逃れた不破大地(ふわ だいち)さんの7人だった。

大地さんが本家へと帰りつく前、宴もたけなわと言った頃合で爆弾テロが行われたようだ。

それにより御神、不破の一族はその殆どを死滅してしまった。

結局テロの後、高町美由希の母親である御神美沙斗はこのテロで一族と一緒に愛する夫を亡くしたことで美由希を士郎さんに預けて復讐の旅に出て行ってしまった。

不破大地さんのその後は俺の耳には入ってきていないから分からずじまい。

俺は後悔の念に苛まれながらも、どうしようもなかったと自分自身に言い訳をする。

だって俺は死にたくなかっただけだ。

誰だって死にたくは無い。


それに俺は赤の他人よりも自分の母親の心配をするべきだ。

お母さんや俺自身も両親(俺にとっては祖父母だが)を無くしているのだ。

お母さんだって相当の心の傷を負っているのだ。

これは時間に解決してもらうしかない問題だが、一日も早く元気に笑って欲しいと切実に思う。
 

 

第二十六話

そんな事が有りながらも時間の経過は早いもので、俺は今3歳ほどになった。

二年の月日でようやくお母さんも笑うようになってきた。

しかし、一族の壊滅で激減した御神流が失伝してしまわない様に俺に御神流の稽古をつける様になった。

3歳の誕生日のプレゼントが子供の大きさに合わせた小ぶりの練習刀を渡す親が何処にいるよ?

いや、ここに居るんだけどね。

まあ、これも親孝行と考えて一生懸命習っている訳だが、この剣術、なかなかに凄い。

『徹(とおし)』は表面に衝撃を伝えずに内面破壊する技だし『貫(ぬき)』などは攻撃がすり抜けてくるような感覚におちいる。

更に飛針(ひしん)や鋼糸(こうし)などで中距離にも隙が少ない。

俺はお母さんが見せる技を写輪眼でコピー、そのイメージを実際に何度もトレースして反復練習する事により徐々に自分のものにして行く。

俺の物覚えの良さにお母さんは驚愕しつつも、その成長を喜んでドンドン練習は過激になっていく。

お母様…念が使えるおかげで身体強化や『絶』により比較的疲れが溜まりにくいからどうにかこなせているのだけれど、実際幼少時にそんな訓練つんだら間違いなく体が壊れてしまいますよ?

ゼロ魔式魔法も問題なく使える。

ただし、前世を合わせると18年以上もスクウェアになれない事からこれ以上の成長は見込めない。


俺は母親の目を盗んでソルの起動実験を行う。

「ソル、お願い」

『スタンバイレディ、セットアップ』

展開される剣十字に三角形の魔法陣。

俺は嬉しさが押さえ切れない。

ソルが輝きを増し、その本体である刀身が現れる。

そしてバリアジャケット。

とは言ってもこれはお馴染みのシルバーソル一式。


右手の甲に待機状態のソルを瞬時に収納できる形状のアクセサリを形成。

これはいつでも瞬時にソルを収納する事により両手をフリーにするためである。

忍術を使うときは如何しても両手で印を組む必要があるための処置だ。

しかも左手の甲には予め一つの機能が植えつけられている。

魔力を込める事で現れる魔力で構成された飛針と鋼糸だ。

自身の魔力が尽きなければ残弾の心配はなく、鋼糸の細さも可変可能。

これはどうやら父さんは最初から御神の剣士が使う事を想定して造ったようだ。

だが…三歳児のこの体には少々不恰好だった。

ソル本体もこの体には大きすぎる。

これを自由に振れるようになるには後数年かかるだろう。

うーん。ソルの刀身を体のサイズに合わせられないかな?

まあそれは後で考えるか。

次は実際に魔法が使えるかだが…

デバイスを起動した事により初めてリンカーコアが刺激され、辺りの魔素を吸収していく。

確か呼吸して固めるイメージだったか?

そして展開する始めての飛行魔法。

『スレイプニール』

ソルが術式を展開する。

久しぶりの空中浮遊。

今までとの勝手の違いに少々手間取りながらも問題なく空を駆けていく。

その日俺は日が沈むまで空を飛び続けていた。


さて、俺の魔法資質についてだが、ソルによる計測と、インストールされていたデータとの比較により、俺の魔力量はおよそA+。

更に炎熱と雷の変換資質を有しているらしい。

転生前もこの二属性が俺のメインだった事を考えると旨い事この世界の魔法技術に対応した物だ。

この辺はテンプレ転生の特典と言う奴だろうと考えを放棄して納得した。

魔力量のA+はまあ凄く昔に読み漁ったテンプレ系転生二次にしては低い方だが、管理局基準ではそれでも高ランク魔導師ということになるだろう。

それにこの身は未だ3歳児、このまま成長すればAAやAAAクラスにも届くかもしれない。

要修行である。


特筆すべきはやはり電気への変換資質だ。

これは本格的にサンダースマッシャー(真)も可能かもしれない。


さて剣術に魔法にと修行に明け暮れている今日この頃、俺は我が家に地下への隠し階段があることを発見した。

好奇心に負けた俺はその階段を降りてみる事にした。

薄暗い階段を下りていくとそこにはこの世界ではオーバーテクノロジーといっても過言ではない機械類と、辺りを埋め尽くす魔道書やデバイスの建造技術書などで埋め尽くされていた。

「ここは?」

『私達が開発された所です』

ソルからそんな言葉が返ってきた。

身近なカプセルに手を触れながら俺は呟く。

「ここで…」

その後俺はお母さんにこの地下の部屋の事を訊ねて見た。

そして明らかになる父親の素性。

管理世界の人間だとは思っていたが、事実はもう少し複雑なようだ。

聞いた話によると父親はモグリのデバイスマスターでオーダーメイドで魔術師へデバイスの製作をしていたらしい。

しかし父親の取引先はもっぱら犯罪組織やら素性のわからないフリーの魔導師。

そういうと父親も犯罪者の様であるが、父親はそこの所に頓着していなかったらしい。

ただデバイスの注文を請け負っていただけで実際に犯罪には手を染めていなかったらしい。

しかし、実際には彼の作ったデバイスで大量の犯罪が行われ、肩身が狭くなったため管理局の眼を縫うようにしてこの世界まで渡ってきた。

そこで偶に来る依頼をこなしながら生活していた所、何処にどう縁があったのかお母さんと結婚。

母さんに婿入りする形で式を挙げ、俺の妊娠が発覚し、お腹の子にリンカーコアの存在が確認されると今か今かと楽しみにしつつ母親の意見を取り入れ日本刀型のアームドデバイスの製作。

俺の誕生を心待ちにしていたらしい。

しかし俺の生まれる二ヶ月前に交通事故で呆気なくこの世を去ってしまったという。

その後お母さんはこの部屋には近づかないようにしていたらしい。

この部屋にある本を読んでもいいかと聞いてみると。

「読めるなら好きにしていいわよ。あの人もそのほうが喜ぶと思うしね」

と言ってあっさり許可を出してくれた。

「ただお母さんはここに有る本に書いてある文字をさっぱり読めないのだけど」

確かにここに書いてある魔導書の数々は総てミッド語だ。

教えてくれる人が居なければ自力での習得なんて不可能だろう。

しかし俺にはソル達がいる。言語はインストールされているから後は時間を掛ければ読めるようになるだろう。

先ずは影分身を駆使してミッド語の勉強からかな。

ミッド語を習得すると、俺は影分身を何体か地下室に置き魔導書やデバイス作成の技術書を読み漁りつつ本体はお母さんと御神流の修行という裏技を使って技術や知識の習得に励んでいる。

しかし以前も思ったが、影分身はチートだと思う。

習得スピードが半端無く跳ね上がり、膨大に見えた地下室の書物もこのペースなら1年もすれば読み終わるのではないか?

魔法の方も魔導書を読み解きながら初級編の魔法をソルに手伝ってもらいながら練習している。

これが中々楽しい。

そうそう、ルナはと言うと、俺の首元からソルと一緒にぶら下がっては居るが、一度も起動はしていない。

本来は父親が御神流を扱う為に二刀ワンセットで造ったデバイスで、ルナもその姿は一振りの日本刀を模しているのだが、自分はソラのデバイスだと言って譲らない。

まあ、俺もそれでいいと思う。

未だに俺はソラを発見出来ては居ないが、恐らくこの世界に居るであろうソラもリンカーコアを持って生まれてくるであろうし、そういった場合の相棒もまたルナしか居ないのだから。

しかしソラは何処に生れ落ちているのだろうか。

…まさか転生ミスとかは無いと思いたい。

俺も暇を見ては地道に捜索をしているのだが一向に見つからない。

具体的な捜索方法としてはソルの補助を得て数キロに及んだ『円』をそこかしこで展開、念を習得しているであろうソラならば俺の円に対して何らかのアクションを取るはずだと暇を見ては捜索を続けているが、いかんせん何処に生れ落ちたか解らない上に世界は広すぎる為いまだに見つけられていないのだ。




さて、そんなこんなで俺は今、母さんに連れられてどこかの山の中で御神流の修行中。

此処が何処か?

それは俺にもわからない。

なんせ夜寝ていた時に連れ出されたらしく、気が付いたら既に電車の中だった。

それから母さんに連れられて移動する事4時間。

段々とうっそうと茂っていく緑が恨めしい。

なにやら御神流恒例の山篭りでの修行らしい。

…まあ、それ自体は良いんだけど、普通3歳を過ぎたばかりの子供をこんな山奥に連れて行くかな。

そんな事もよりも気になるのが、山に入る前に立ち寄った村で聞いた噂話。

何でもこの山には昔神社仏閣を次々と襲った化け狐を封じた祠があるのだそうな。

え?なにそれ?

もしかしてとらハ3に出てきた久遠の事ではあるまいな?

そして村人からの情報なんて古典的なフラグなのか?

まあ、俺達親子が来たから封印が解かれるなんて事にはならないだろう。


そんなことはさて置きながら俺と母さんは人の入らない山奥に踏み入って一日中修行をして夜は川の近くにテントを張り野宿と言った感じの日々を数日送っている。

いやしかし、実際体験して見て思うのだけど、この修行は三歳児には早いのではなかろうか?

朝から昼間では型の稽古。

昼からは2人で日が落ちるまで実戦形式の試合。

夜は夜で暗闇の中で飛針や鋼糸を避ける訓練と、忍者時代が無ければぶっちゃけ根を上げて逃げ出していたと思う。

そんな修行の日々が数日過ぎたある日。

俺は迫り来る母さんの攻撃を時には避け、時には受け流しなどしながら訓練に耐えていたのだが、余りにも当たらない俺に業を煮やしたのか、母さんは御神流の奥義の一つである『神速』を使って俺を攻撃してきやがった。

母さんの体が一瞬で消えたかのような速度で移動したのを感じ取った俺は無意識に写輪眼を発動、その一撃をギリギリで回避して見せた。

「神速による攻撃をたった三歳児にかわされるなんて母さんちょっと凹むわ」

いえいえ、オーラやチャクラによる身体強化も無しにその速度へ到達できるあなたや御神、不破一族の方がおかしいですから!?

あ…俺も一応その血を継いでいるのか…

「それにしてもあーちゃんは天才ねぇ。このまま行けば当代最強と言われた静馬さんを越すのも時間の問題かも知れないわね」

母さんに褒められたが俺は自分が避けた後ろにあった祠が真っ二つになっているのを見つけて冷や汗を垂らしていた。

全く手加減なしで全力で当てに来ましたね?

しかも竹刀のはずなのに何故か後ろにあった祠が真っ二つに割れているのですが…

これを食らったりしたら…ぶるぶるっ。

って!問題はそこじゃない!

訓練に夢中になりすぎて、いつの間にか森の奥のほうに来ていたようだ。

そして俺が避けたために母さんに真っ二つにされている祠が一つ。







なにやら黒い靄が割れた祠から噴出しているのですが…

「かっ母さん!」

「なあに?あーちゃん」

「あっ…あっ…あれ!」

そう言って俺が指を指した方向を向く母さん。

「こ、これは?」

母さんも眼にした黒い靄には驚いているようだ。

その靄は見る見る集まり数秒後に一気に霧散したかと思うと、中から一匹の狐が現れた。

その狐は見るからに異様で、大型犬ほどのあろうかと言う体躯、さらにあろう事か尻の付け根から生えている尻尾は5本という、普通の狐とはかけ離れた体をしていた。

眼光は鋭く俺達を睨みつけている。

その眼は狂気に狂わされているような眼だ。

「くおぉぉぉぉぉおぉおおおおん」

狐は天に向って遠吠えをかますと、俺達目掛けて突っ込んできた。

飛び掛りつつ振り上げられる鋭い爪。

すかさず母さんが俺の前に割り込み振り下ろされた爪を二つの竹刀で受け止める。

しかし振り下ろされた爪先から放たれる雷。

バチバチッ

「きゃあっ」

結局体格の差と雷による攻撃により受け止めきる事は出来ずに弾き飛ばされてしまった。

「母さん!」

俺はすぐさま母さんに駆け寄り覚えたてのヒーリング魔法を使う。

「うっ…」

派手に吹き飛ばされたが見掛けほど傷は深くなく、軽い打撲程度だ。

直ぐに意識を持ち直した母さんが俺に上半身を抱きかかえられている事に気づき、更に俺が行使している魔法に気づいた。

「あーちゃん、それ」

「あー、説明は後。それより今はアイツを何とかしないと」

そう言って視線を狐に向けるとまたもや此方に向って突進してくる狐。

『サークルプロテクション』

ソルが術式を展開して瞬時に俺達を包み込むように半球状のバリアが展開される。

ドゴンッ

展開されたバリアにぶち当たり弾き返される狐。

しかし再度バリアに体当たりを開始。

俺はその隙にソルを起動し騎士甲冑を纏う。

「やめろ!俺達はお前と争うつもりはない!」

しかし俺の言葉を理解していない様で体当たりを止めるつもりは無いらしい。

くそ!どうしてこうなった?

恐らくアイツはとらハ3に出てきた久遠で間違いないだろう。

原作の久遠は人間を恨む余り『祟り』に取り付かれていたんだったか。

原作ではおよそ10年前に封印が解かれたとしか説明が無かったがまさかそれを母さんが祠を壊した所為で破られるとか…

どうする?

完全に此方を敵として認識していて俺一人だけならともかく、負傷した母さんを伴っては逃げ切る事は少し難しい。

ならばどうする?

スサノオで酔夢の世界に引きずり込んで封印してしまうか?

ヤタノカガミを持っているから守りは完璧だし恐らく封印する事は可能だろうが、出来ればそれは最終手段にしたい。

出来れば久遠を殺したくはないし。

そういえば写輪眼ならば妖狐である久遠を操る事も可能なのではないか?

生死の場面でぶっつけ本番で効果があるかも解らない事は出来ないので却下。

ならば後は一つ。

魔力ダメージでぶっ飛ばす!

非殺傷設定も付いているから気絶はしても命の別状はない…はず。

俺が思考している間に久遠は一度距離を取り体内の魔力をかき集めているような仕草を見せる。

「ぐるぅぅぅぅぅ。くおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおん」

力強く鳴きながら天を仰ぐとそこから極大の落雷が俺達に襲い掛かる。

「うそぉぉぉ!」

「あーちゃん」

母さんが俺を守るように覆いかぶさる。

母親として子供を守るのは嬉しいのですが、今は邪魔です。

俺は母親に押し倒されてしまっている。

マズイ想定外の攻撃にプロテクションにひびが入る。

『ロードカートリッジ』

ガシュガシュ

二発の薬きょうが排出されてプロテクションの強度が跳ね上がる。

鳴り響く豪雷。

永遠とも思える光の瞬きが収まると、丁度プロテクションが切れる位置からの地面が焼け焦げ抉れていた。

何とかプロテクションは抜かれる事は無く耐え切ったようだ。

久遠を見やると今の一撃は自身の身にも堪えたのか、少しよろめいている。

今しかない!

俺はそれを見て取ってすぐさま母親の下から抜け出した。

そしてソルを構える。

『リングバインド』

現れる銀色の輪で久遠を拘束する。

「がうっ」

何とかそのバインドから抜け出そうともがく久遠。

「少し痛いかもしれないが我慢してくれ」

『ロードカートリッジ』

排出される薬きょうは二発。

俺は左手を突き出す。

左手に集まる魔力を炎熱と雷に変換して久遠目掛けて射出する。

「ディバインバスター」

俺が魔法を勉強し始めてから作り出した中~長距離用の砲撃魔法。

名前はなのはのを丸パクリだけどね。

俺が放ったそれはバインドから抜け出せない久遠を直撃する。

瞬間なにやら断末魔の様な叫び声と共に久遠からなにやら黒い靄のような物が抜け出ていき炎に包まれ焼き尽くされた。

砲撃をやめバインドを解くとそこには一匹の子狐が横たわっていた。

どうやら上手く行ったらしい。

それにしてもキツイ。

初めてカートリッジを連続ロードした負荷が未成熟な俺の体を痛めつける。

「殺したの?」

倒れている久遠を見つけた母さんが俺に尋ねる。

「多分死んでないと思う」

一応非殺傷設定だったし。

「そう。でもまた人を襲う可能性は有るのでしょう?」

なんか黒い靄を焼き尽くしたような気がするから祟り自体は祓われたような気がするが。

「わかんない」

そう言って俺はソルを構えたまま久遠に近づく。

「どうするの?」

「え?どうするって?」

おれは母さんの声に振り返る。

「その子を殺すのかってこと」

久遠を殺す?

「何で?」

俺は母さんに聞き返した。

「その子が人間を襲う可能性が有る以上この場で止めを刺さないと。あーちゃんが出来ないって言うなら私が。祠を壊したのは母さんだしね」

「そんな!」

なんか色々既に手遅れな気もするが、久遠が神咲那美の両親を殺さなければ『神咲』那美は誕生しないわけだが…

「まあ、そんな事は考えなくても良いかもしれないわね。その子、段々息が細くなって来ているから」

「え?」

それは死の宣告。このままだと久遠は死ぬと言う事だ。

それを聞いた俺は危険をかえりみずに久遠を抱き上げた。

子狐とは言え三歳児には大きく感じられたが、抱き上げた久遠の顔に耳を近づけその呼吸音を聞き、胸に耳を当て心音を聞く。

すると母さんが言うように段々弱くなっていっているようだ。

「どっ、どうしよう!」

俺はパニックを起こして思考が上手くまとまらない。

「落ち着きなさい!」

「え?あぅ」

母さんの一喝に俺は多少冷静さを取り戻し母さんを見る。

「落ち着いた?」

「うん」

「そう。それで?あーちゃんはその子を助けたいの?」

俺は少し考えてから答える。

「うん」

「でも、回復したらまた人を襲うかも知れないのよね?」

「う…」

7割大丈夫だと思うけれど意識を取り戻していない状態では確証は持てない。

助けるだけなら神酒を使えば可能だが、それは母さんが許してくれそうも無い。

「それともその子に人を襲わせないように首輪をつける事が出来るの?」

母さんの言葉に俺は一つ久遠を助ける手段を思いつく。

「…使い魔の契約ならば」

これなら主人を敬愛するように刷り込んでしまう事も可能だ。

そうしてしまえばよほどの事が無い限り主人の言いつけは守るし使い魔への強制も可能だろう。

同時にこれならば弱っていく久遠に自分の魔力を分け与える事で延命させる事もできる。

「そう。じゃあそれで良いんじゃない?」

母さんはあっけらかんとそんな事を言い放った。

「え?でも」

「大丈夫、きっと大丈夫だよ」

そう言って俺の背中を押す言葉を掛ける母さん。

俺はその言葉を聞き、魔法陣を展開する。

魔法陣が俺の足元で展開され淡い光を放つ。

『契約術式展開、契約内容はどうしますか?』

ソルが俺に問いかけてくる。

「えっと?」

考えてなかった…どうしよう。

えーと、えーと?

そういえばフェイトとアルフの契約って何だったっけ?

うーんと、確か…

「生涯を共に過ごすこと?」

うわっ、どこのプロポーズだ!何て考えていると。

『認識しました。契約完了します』

ソルから契約完了の宣言が行われた。

「え?」

俺は呆然としていると急に俺の胸の中心から銀色に光り輝く小さな球体…リンカーコアの欠片が飛び出し、久遠に吸い込まれていく。

久遠の中にリンカーコアの欠片が納まると途端に俺の体から久遠に引っ張られる形で魔力が移譲されていく。

うっ…ちょっとしんどいです。

どんどん引っ張られていく魔力に多少めまいを起こしかけるが何とかこらえて久遠の現状を確認する。

呼吸は安定してきて、心音は力強くなってくる。

どうやら無事に契約は成功したようだ。

「あーちゃん、終わったの?」

「うん」

俺はそう答えたえるのが精一杯だった。

足がもつれ自分の体重が支えきれなくなると、俺は自然と倒れこみそうになった。

それを自分も怪我をしているのに母さんは優しく抱きしめてくれた。

俺はそれに安心すると一気に体の力が抜けてしまった。

「お疲れ様」

母さんはそれだけを言って、俺を力強く抱きしめた後俺達はベースキャンプへと久遠を抱えながら下山した。



しばらくして俺の魔力が多少なりとも回復してきた頃、ようやく久遠が俺の腕の中で眼を覚ました。

「くぅん?」

「起きた?」

くりくりした眼で俺のことを見つめる久遠に対して俺は声を掛ける。

「体の方は大丈夫?」

俺のその質問に久遠は自分の体を一通り確認してから「くぅん」と鳴いた。

「はは、そっか良かった。言語の刷り込みと同時に発声魔法の習得も完了していると思うから喋れると思うのだけど。君の名前を聞いても良いかな?俺は御神蒼って言うんだ」

俺はほぼ間違いなく久遠だと確信しながらも一応名前の確認をする。

「…く…おん」

俺のその質問に弱弱しく口を開き答える久遠。

「そっか、久遠だね。それで今自分の立場がどういう物になっているか解る?」

これも契約の時に刷り込んであるはずなのでただの確認だ。

「あ…お…の、つかい…ま」

「うん、ゴメンね。勝手に俺の使い魔になんかしてしまって、本当は久遠に了承を得るべきだったのかも知れないけれどもあの時、久遠死にそうになってて余り時間無かったから」

「い…い。くお…ん…が、あお…達を…襲った事は、ちゃん…と…覚えて…る。あの時…『祟り』…が、久遠から…出て行く時…に、久遠か…ら、いっぱい、いのち…の力を、もってっちゃってたから…久遠、死にそうに…なって…た」

恐らく俺がでぶっ飛ばした時に強制的に剥離された祟りが最大限生き残ろうと久遠から生命エネルギーを搾り取ったのだろう。

「そう。久遠は未だ人間を恨んでいる?」

この質問は俺が久遠の過去を知識として知っているからの質問。

昔、大好きだった人間を殺されたからその復讐に大量の人間を殺してしまった祟り狐であった久遠。

その恨みはどれほどの物か。

しかし今この現代に置いてそんな事は許されないし人間への復習をさせるわけにも行かない。

「……」

押し黙ってしまった久遠。

「そうだね。すぐには無理だよね。でも少しずつで良いから人間の事も好きに成って欲しい」

俺は説得なんて苦手だから、ダメならば久遠に『命令』しなければ成らないのだけれど。

「……わか…った」

しばらく言葉を発さなかった久遠が弱弱しく了承の言葉を発した。

俺はそれを受け取ってから久遠を抱き上げて立ち上がり、母さんの方へと向う。

「久遠、これから母さんの所に行くから」

ビクッっと一瞬震える久遠。怪我をさせてしまったことを後悔しているのだろう。

「大丈夫。ちゃんと謝れば許してくれるから」

「ほん…とう?」

「本当」


その後俺と久遠は母さんのところに行き久遠がこれから人を襲うことは無いように説得したと説明し、久遠は傷つけた事をあやまった。

狐が喋り出した事も母さんは特に気にした様子も無く謝罪を受け入れ、今日はもう日が暮れない内にベースキャンプをたたみ、ふもとの村で一泊して海鳴に帰る事になった。

勿論使い魔となった久遠も一緒に。


あー、那美さんの養子フラグを叩き折ってしまった俺…

だ?大丈夫だよね?

もはやどうしようも無いけれど… 

 

第二十七話

さて、海鳴まで戻ってきた俺達。

今回、俺の異常さが際立ってしまったわけで、海鳴に帰ってきて直ぐに追求されました。

三歳の子供がいくら自分が地下研究室への出入りを許可したと言っても地球では未知の技術である魔法を操れるのはおかしい事なのだろう。

根掘り葉掘り聞かれました。

何とか誤魔化そうと最初は魔道書を読み漁ったと言い。

「あーちゃんはいつの間にこんな難しい本が読めるようになったのかな?」

と言われ、咄嗟に今度は魔法はソルに教えてもらったと言って、改めて自分の相棒であるソル達を紹介。

一応そういった知識は父親から聞いていたらしく、喋る事には驚かなかったけれど。

「ねえ、あーちゃん。お母さんに隠し事をするのは良くないと思うよ?」

と、母さんには俺が嘘をついているのはバレバレだったらしい。

いやまあ、俺のあの誤魔化しが通用する人の方が稀だと言われればそれまでなんだけど。

大体俺の行動がいくら早熟だと誤魔化そうとも三歳児のそれと大きく異なる事にいくらんでも気づいてるはずである。

まあ、それは仕方ない。

三歳児の体だけど生きた年月だけで言えば母親を大きく上回っているのだから。

「だいたいあーちゃんは手のかからない子だったけれど、私が教えなくても日常生活に必要な事を最初から知ってるかのごとく覚えていったわよね。トイレや歯磨き、箸の使い方とか」

うっ…今まで見ていなかったようでしっかり見ていたのですね。

「今考えればあれは異常よね」

おっしゃるとおりで…

「それに御神流も。あーちゃんは一度見ただけでその型の本質を理解していた。ねえ、あーちゃんは何をどこまで知っているの?」

俺の内部を見透かすかのような質問。

…これは最早ごまかしは聞かないかな。

俺は総てを話す決意をするまでにしばらく時間が掛かったが、母さんに打ち明ける事にした。

「母さんは転生って信じる?」

「転生って、生まれ変わる事よね?」

「そう、その転生。俺はね母さん、既に三回転生しているんだよ」

「え?」

それから俺は今までの人生を母さんに語って聞かせた。

既に一番最初の人生は記憶が殆ど覚えていないけれど、現代と同じような世界で生きていた事。

それから全くの別の世界に転生してしまっていた事。

更に時空の狭間を越えて別世界へ、更にそこからの転生。

一緒に転生してきているはずのソラをずっと探している事も。

「そう、そんなことが有ったの」

「うん、だから母さんが俺のことを気持ち悪いと言うのならば、俺は今すぐ出ていk…」

俺が言い終える前に母さんは俺の言葉を遮るように俺をギュッと抱きしめた。

「バカな事を言わないで。いくら前世の記憶があるといっても、あなたは私がお腹を痛めて生んだ子供に違いはないわ、だからそんな寂しい事は言わないで」

優しく総てを包み込んでくれる母さんの抱擁。

「いいのかな?俺は普通の子供のような成長は出来ないと思う。それで母さんには寂しい思いをさせてしまうと思うよ?」

「いいのよ」

「いっぱい迷惑をかける事になるかもしれない」

「子供に迷惑を掛けられるのは親の努めよ」

「ありがとう、母さん」

俺はそう言って母さんをギュッと抱き返した。


しばらくすると互いに落ち着きを取り戻したところで母さんから質問があった。

「そういえば、あーちゃんの前世って忍者だったって言ったけれど」

「うん」

「母さん凄く疑問だったんだけど、分身の術とか、よくテレビアニメとかであるじゃない?やっぱり分身の術って高速移動の残像なの?」

「ええっと…分身の術にも色々あって、一概に間違いだとは言えないけれど」

と、そう前置きをしてから俺は印を組む。

「先ず自分の幻影を生み出す普通の分身の術」

そう言うと俺の横に現れる俺の幻影。

母さんと、近くに居た久遠が眼を丸くしている。

母さんは俺の分身に近づくとおもむろに分身に手を突っ込んだ。

するとその手は俺の幻影を突き抜けて背中から両手が飛び出している。

「これは魔法なの?」

自分が思っていたものとは全く違う分身の術に母さんは魔法ではないのかと聞いてきた。

「ううん。これは忍術と言われている物、魔法とはまた別の理の力。それにこれはただの幻影、ホログラフのような物だね」

俺は分身を消すと台所に近づき蛇口を捻り水を垂れ流し始めた。

「そして次が」

そう言ってまた印を組む。

「水分身の術」

すると蛇口から垂れ流されていた水が浮き上がり俺の隣りに来て俺とそっくりな姿になる。

するとまたも母さんは俺の分身に手を伸ばした。

「冷たいわ。これは水よね?」

「うん。水や砂などをを自分そっくりに化けさせて操るタイプ。物質操作系の術だね」

俺は分身を台所に向わせると蛇口を捻り水を止め、分身をシンクの上まで移動させると術を解く。

すると制御を離れた水分身は母さん達の目の前でただの水に戻り排水溝に吸い込まれた。

「後はこれ」

そして俺は最後に十字に印を組む。

「影分身の術」

ボワンと現れる俺の分身。

「これは最初のよね?」

「ううん。違うよ」

「喋ったわ!?」

分身の俺が喋り出した事に驚く母さん。

そして俺の分身が母さんに抱きつく。

「暖かいし、ちゃんと呼吸や心臓の音も聞こえる」

「そう、自分のオーラ(チャクラ)を使って自分そっくりな影を作り出す禁術」

「え?」

「その分身はほぼ自分と同等の肉体的戦闘能力を持つ上に忍術の行使も可能と来ている。オーラを均等に割り振ってしまう(解除されると使用されなかったオーラが経験値を伴って自身の体に帰って来るとこの作品ではしています)ことや、過度の衝撃には耐えられないというデメリットも在るけれど、それを補って余りある、もし敵に使われたら物凄く厄介な術の一つだね」

「へえ、色々あるのね」

心底驚いたといった感じの母さん。

久遠については既に失神している。

俺は影分身を消して母さんに向き直る。

「魔法はあの人にそれを扱う資質が無いと言われていたけれど、その忍術は母さんも習得出来るものなの?」

「あー、えーっと」

「どうなの?」

母さんが期待を込めた瞳で俺を見つめる。

「結論から言えば出来る」

「本当に?」

「うん。体を流れるエネルギー、つまりオーラを自由に操る事が出来れば。これは生物だったら誰でも持っている命の力だから」

「へえ」

「ただ、オーラは長い時間をかけて少しずつ自分の体にあるオーラの巡廻路にあるしこりを押し流して通りを良くしないと使えないから」

前の世界の忍者は外側ではなく内部への働きかけは人種的に誰でも(一部例外もあるが)出来たようだが、そういった認識のないこの世界では念を習得する他ないだろう。

「長い時間ってどれくらい?あーちゃんは使えているようだけれど」

「解らない。1年か…10年か。俺は昔事故で体にある精孔…オーラを生み出して放出する穴のようなものかな?それが開いてしまって、以来転生を繰り返しても最初から使えているからね」

「無理やり開く事は出来ないの?」

「念能力者、えっと、つまりオーラを使うことが出来る人たちの事だけど。その人が普通の人間に対して念(オーラ)をぶつけると、ぶつけられた相手の体はビックリして精孔が開いてしまう事があるらしい。ただ未熟な念能力者だと相手を傷つけてしまうから危険な行為ではあるね」

「あーちゃんは?」

「俺は念応力を覚えておよそ10年。中堅の能力者って所かな。まあ、念能力は覚えてしまえば身体能力の強化、疲労回復力の上昇、老化の遅延など凄く便利だけどね」

すると行き成り母さんは俺の肩を掴んで真剣な表情で聞き返してきた。

「あーちゃん、最後の何だって?」

ミシッっと俺の肩に母さんの手が食い込む。

「ろ、ろ、ろ…老化の遅延ですうっ」

「あーちゃんなら母さんの精孔?開ける事が出来るわよね?」

「はっはい!」

母さんからの凄まじいプレッシャーに俺は咄嗟に了承の言葉を発していた。

「そう、じゃあ早速お願いね」

母さんは満面の笑みを浮かべようやく俺の肩から手を離した。

「でも!危険があ「おねがいね」…わかりました…」

俺は母さんから放たれる凄まじいプレッシャーについに負けてしまった。


その後俺は母さんに対して威力を調整した「発」を行使して母さんの精孔をこじ開ける事に成功した。

しかし、俺はなんとしてもこの時止めるべきだったのかも知れない。

何故なら、その後影分身を覚えた母さんとの地獄の特訓の日々が始まったのだから。

勿論母さんは俺から念を教わっているのだが、それ以上に御神流の修行に当てる割合が多い。

ついでに家事なんかも影分身の一体にやらせているので、日々一日修行が可能になってしまい、俺は毎日修行で血反吐を吐く日々。

正直言ってたまりませんよ…

しかしその甲斐あって御神流の習得スピードは格段に上がったけれど…

そう言えば念修行を見学していた久遠が自力で精孔をこじ開け、『纏』を習得していた事には驚いた。

いつの間にかなんとなく出来るようになったらしい。

まあ、野生動物の上に妖狐だからね、念を習得できてもなんら不思議じゃないか。


母さんは短時間の間に自分の念能力を作り上げていた。

『水見式』の結果具現化系だった母さんは深く考えずに二振りの日本刀を具現化していた。

ツーヘッドドラゴン(二刀竜)

左右一対の日本刀。

銘を水竜刀と風竜刀と言う。

水竜刀は水を操る。空気中に存在する水分を凝結させる事も可能。かなり応用が利くようだ。

風竜刀は空気を操る。斬撃にあわせてカマイタチを飛ばしたり、周りの空気を操って短時間なら飛行可能。

具現化した刀に付加した能力にしては具現化系というより操作系のような気がするけれど…問題なく使用で来ている母さんは凄い。

偶に母さんとツーヘッドドラゴンを使用してガチバトルとかもやったりしている。

まだ念能力者としてや忍者としての年月の分俺に分があるのだが、母さんは未だに成長過程なのか念能力を得てドンドンその実力は高みへと上っていく。

そうそう、俺の母さん実は今20歳なのですよ…

17で俺を産んだというから驚きだ。

と言うか死んでしまった父よ、少し犯罪臭がするぞ。

まあ、俺達に贅沢しなければ一生暮らしていけるだけの財産を残してくれた事だけは感謝している。

しかし母さんも未だ若い、もしもいい人が現れるなら俺は反対しない。是非とも母さんには幸せになってもらいたいものだ。


そして数ヶ月。

俺がいつものように朝起きると、俺は何者かに抱きしめられていて身動きを封じられていた。

母さんが俺をがっちりホールドしているのかと思ったらそこには金髪に改造巫女服を着た見知らぬ少女が。







「うぇぇぇえええええええぇええ!?」

俺は驚き絶叫を上げる。

俺の大声での絶叫に母さんが駆けつける。

「あーちゃん!何があったの?」

「いや!あの!その!?」

俺がテンパって居ると俺を抱きしめる少女がもぞもぞ動き眼を開ける。

「あーちゃん!まさかあなた!ヤってしまったの?」

「なにをだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

更なる俺の絶叫に少女は俺を話して起き上がり、眼をこすりながら「くぅん?」と鳴いた。

「え?」

「まさか」

その鳴き声に俺と母さんははっとなってその少女の正体に想い至った。

「「久遠?」」

「…ん、おはよう。アオ、ユカリ」

小さくあくびをしながら久遠は挨拶をする。

眼をこすっている所をみると、どうやら未だ眠い所を起こしてしまった様だ。

…そうだった。

久遠は人間に変化できるのだ。

更に今の久遠は俺の使い魔。

であるならば、尚更変化出来ても不思議は無い。

ただ、久遠と暮らし始めて数ヶ月、今まで変身していなかったから頭の中から抜け落ちてしまっていたのだ。


その後、母さんに事の次第を説明。

納得した母さんは嬉々として久遠に構っている。

「娘も欲しかったの」とはある意味テンプレ的な展開か?

久遠は今まで特に変身する機会も無かったために変身する事をしなかったらしい。

今日は寝ぼけて偶々変化してしまったようだ。

久遠が人型を取れる事を知った母さんは、最近では久遠を交えて3人で御神流の修行をしている。

改造巫女服に竹刀を持たせ、素振りをしている久遠。

…ぶっちゃけかわいい… 

 

第二十八話

最近、不破士郎がしばらくこの海鳴市で仕事があり滞在すると、我が家を訪ねて挨拶をしにやって来た。

生まれてから3年ちょっと、初めて見る不破親子。

その日は挨拶だけで帰ったのだが、母さんが士郎さんに俺に一度だけでも訓練を付けてくれるように頼み、仕事が終り暇を見て俺に稽古を付けてくれるそうだ。

しかしぶっちゃけ思うに今の母さんの方が士郎さんよりも強いと思うよ?と母さんに言ったら。

「私が教えれるのは『御神正統』だけ。どうせならば士郎さんから『御神不破』も盗んじゃいなさい」

との事…

母さん自身は裏である不破流を詳しくは知らないとの事。

それならば仕方ないと思い、俺はそれを承諾するのだった。


さて、そうした日々を過ごしていたのだが、最近不破士郎が高町桃子と結婚するらしいと言う情報が母親からもたらされた。

ああそうそう、御神不破流の稽古は母さんが士郎さんに頼んで一回全部技を見せてもらったので総てコピーしました。

コピーした技を母さんと久遠とで反復練習して段々物にしていっている最中だ。

そんな話はさて置き。結婚式は高町家の親族だけで行ってもらい、俺達親子は出席を拒否する方向で話がまとまった。

結婚式にはいい思い出が無い為に出席しない事に決めたらしい。

しかし取り合えずは良かった。

俺がここに居るというバタフライ効果でもしかしたら結婚フラグが発生しないことも有り得た。

そういった場合「高町なのは」は生まれない。

いや、すでに原作とはかけ離れているのだ。無事に妊娠したとしてもそれが原作の「高町なのは」と同一人物なのかどうかなど誰にも保障できない。

しかし歴史の修正力なのか士郎さんたちは原作通りこの海鳴に居を構える事になった。

更に新居はどういう訳か丁度家の隣りに空いていた古民家を改装して移住するらしい。

士郎さんも「不破」の苗字は捨て「高町」になるとの事。

このまま行けば俺は原作キャラの幼馴染と言うテンプレな状況に…

後は無事に「高町なのは」さえ生まれてくれれば…

俺の御神流の修行に関しては、士郎さんも自分が師事すると申し出てくれたが俺は母さんから習うと言い張り丁寧に断った。

いやぶっちゃけ念を使わないのならば母さんよりも士郎さんの方が強いのだけれども、念で強化された状態では確実に母さんの方が数倍上だ、それに俺達の修行は裏技(影分身や写輪眼など)を使いまくっているので見られるわけにも行かないのも理由だ。

そんな日々が過ぎて俺が生まれて5年経った3月の事。

妊娠していた桃子さんが女児を出産した。

新しく生まれたその子供の名前は「高町なのは」と言うらしい。

どうやら無事に主人公は誕生したようだ。

それからしばらくして、士郎さんが護衛の仕事中に大怪我をして意識不明の重体で病院に運び込まれるといった事件が発生する。

桃子さんは未だ軌道に乗っていない始めたばかりの喫茶店で手一杯。

美由希さんは入院中の士郎さんの看病。

恭也さんは士郎さんが倒れた事で暴走、家族のことなど考えずに不破流の稽古に打ち込むようになり、結果母さんが提案して日中は家でなのはを預かる事になりました。

余り主人公と接触したくは無かったんですけどね…遠い血縁だし、お隣な時点で無理な話だったのかもしれません。

母さんは普通の子供を育てた事が無かった(俺は最初から教えられずともこなしてしまっていた)のでそれこそ実の娘のように可愛がっていた。

…いつの間にか家になのはの部屋が出来ているという現実。

まあ、部屋は余ってるからいいんだけれどね。

言葉を覚え始めると何処で覚えたのかなのはは俺の母さんのことを「まーま」俺のことを「にーに」と呼ぶようになった。

これに慌てた俺達は何とか修正しようと頑張ったのだけれど…結局治りませんでした…

大きくなった今でも内の母さんの事を「ママ」と呼び、桃子さんの事を「お母さん」と呼び分けています。

なのはにとっては「ママ」は内の母さんのあだ名みたいなもののようです。

小さい頃から言いなれてしまって変更は出来ないようだ。

さらに単純に「お兄ちゃん」と言うと恭也さんのことではなくて俺の事を指す言葉だったりもします。

恭也さんの事は「恭お兄ちゃん」などと呼んでいる所を見るとかなり原作とのズレが…



後で解ったことだが日中はほぼ内に預けられていて実の家族よりも俺達家族と一緒にいる時間が長かったなのはは物心が付くまで自分の家は夜になると朝まで何故か預けられてしまって俺達から離されてしまう寂しい場所と言う認識だったらしい。

まあ実際今でも週に何回か家に泊まっていくほどだ。

さて、子供は親の背中を見て育つと言うけれど小さい頃から俺達家族と一緒にいたなのははと言うと…

いつの間にか俺と母さんの修行に混じって竹刀を振っていましたorz

赤ちゃんの時など意識は無いだろうと思い影分身などを平気で使っていた母さん。

まあ、俺や久遠もそれに釣られて少し緩んでいたのかもしれない所もあった。

久遠もなのはの前で平気で人化と獣化を繰り返してたしね。

なのはの中では狐は人に化ける事が出来る生き物で固定されてしまったようだ。

幼稚園とかで将来何になりたいの?という先生の質問に大真面目に「にんじゃっ!」と答えた豪の者だ…

先生達は女の子らしくない夢に「あらあらっ」と若干困惑しながらもスルーしていたのだけれど、うん、アレは絶対マジだ…

今度忍者は本当はいないと言い聞かせなければ…

って問題はそこじゃなくて、剣術なんて覚えさせて未来の魔法技術習得に支障がでないか!?



さて、なのはが無事に生まれてから3年と少し。

変わり映えの無い日々を送っていた俺達に一本の訃報が届く。

御神一族の中で俺達と一緒に生き残った不破大地さんが交通事故で亡くなってしまったと言う連絡を士郎さん経由で受けた。

あのテロ以来会ったことは無い人に俺自身は何の感慨も浮かばなかったが、問題は大地さんの子供。

死因は交通事故だったらしいが、夫婦で出かけていた所トラックに突っ込まれたようだった。

日中の出来事だったので保育園に預けられていた女の子が一人だけになってしまった。

しかし、母方の親類縁者には連絡が取れず、大地さんの両親などはこの前のテロでこの世を去っている。

そこに来てようやく不破家つながりで士郎さんに連絡があり大地さんの訃報を知る事となった。


その話を聞いた母さんが士郎さんと話し合い、自分が引き取る事になった。

年齢はなのはと一緒らしい。


そして顔合わせの日。

つまり女の子が家に来る日。

母さんが連れてきた女の子は…

「ソラ!?」

「アオ!」

一直線に俺へと抱きついてきた女の子を抱きとめる。

「ソラなのか?」

「うん」

ソラは泣きながら俺の胸にうずくまる。

「よかったよ。無事に出会えた」

「うん」

それから俺達はしばらくの間抱き合っていた。

そして空気を読んだのか声を出さずに待機していたルナをソラに手渡す。

「ルナ!」

『お久しぶりです。マスター』

「気が付いて辺りを探しても見つからなかったから凄く心配したよ」

自分の相棒が手元に帰ってきた事に安心するソラ。

「あの~、あーちゃん。説明して欲しいんだけど」

「くぅん」

母さんと久遠が状況が掴めないとばかりに固まってしまっていた。


どうやら不破大地さんの子供と言うのがソラだったらしい。

今生の名前を『不破(ふわ) 穹(そら)』と言うそうだ。


困惑していた母さん達に事情を説明。

母さんには以前に話してあった俺の探し人だと告げた。

すこし戸惑っていたけれど母さんはソラを受け入れてくれた。

なのははまだ小さく、行き成り現れた同年代の存在に最初こそ戸惑っていたが、数日もしたら何事も無かったかのように馴染んでいた。

子供の適応能力はすごい。



その後はわりと平和な時間が流れる。

とは言っても御神流の修行にソラも加わる事になり賑やかさが増したりもしたが。

そうそう。

やはりと言うか何と言うか、ソラにもリンカーコアがある模様。

魔力量は俺と同じか少し多いくらい。

それにより魔導師としての訓練もなのはに見つからない様にしたりもした。

その途中、日本刀で有ったルナに大幅な改修が施される事となる。

やはり使い慣れた斧の形体が一番体に馴染むらしい。

なのでソラの言葉で俺がルナを改造。

以前の斧に加え、長剣、槍と二刀、4つの形態変化をつけたデバイスに改造を施した。

それと父親のラボ内で面白いものを発見。

身に着けるだけで魔力負荷が掛けられる特製のリストバンド。

資料によると身に着けていると日常的動作に魔力を消費するように付加が掛けられ、その結果魔力量が上昇するらしい。

なるほどなのはもやっていた魔力負荷の補助具か。

これはいい。

今からつければ十年後はニアSには届くかもしれない。


さて、この世界に生れ落ちてなるべく主人公サイドに関わらないようにしようと思っていたけれど…俺が生まれたことによるバタフライ効果が凄まじい…

なのはがいつの間にか「念」を習得していましたorz

なのはの目の前で、どうせ見えないのだからと念を使った摸擬戦などをやっていたのだが、念と念がぶつかり合い散らされた空間に長く居たのが原因か、または他の事が原因か、いつの間にか自然となのはの精孔が開いちゃってました…

なのはが自分の両手を自分の目の前に出して不思議そうな顔で、

「このピンクのもやもやしたのなあに?」

なんて聞いてきたときは正直対応に困ったが、母さんが普通に、

「凄いわなのはちゃん!」

と言って嬉々として念を教えてました…

さらに順調にレベルアップする剣技…

原作の運動神経が切れている「高町なのは」は既にいません…

やはりいずれは魔王様になるお方、確実に不破の血ですね、わかります。

と言うか…俺が母さんに最初に教えた忍術が影分身だった事が災いしたのか一応あれは禁術なのですが…全く無視して、一番最初になのはに覚えこませてしまった母さん。

四苦八苦しながらもちゃんと影分身を覚えたなのはが凄いのか、解りやすいように噛み砕いて教えた母さんが凄いのか…

いや…便利なんだよ?凄く。体力のアップには向かないけれど技術や知識のレベルアップにはね。


そう言えば、ソラって最初の人生で結局小学校には通えず終いだったんだよな。

その所為か、実際生きた年月ならとっくに三十路を超えているのだが、何処か嬉しそうだった。


さて問題の魔法についてだが…

結果から言うと隠し通せませんでした…

そう、アレはなのはが小学校に上がったころの事。

あ、ついでに言っておくとソラもなのはと一緒に聖祥に通っています。

その日、久遠と母さんが珍しく両方家にいなかった日。

俺とソラは買い物に出ていて少し家を空けいた俺が帰ってきて見たのは手に魔法の杖を持ちバリアジャケットに身を纏ったなのは。

はい?どゆこと?

「なのは!?」

「あ、お兄ちゃんお帰り」

「あ、うん」

ってそうじゃなくて!

「ど…どうしたの?それ」

「えっとね…」

少し眉根を下げて言いよどむなのは。

「あの…その」

と、しどろもどろになっている所に別の所から声がかかった。

『すみません、説明は私が』

と、なのはのもっている杖のクリスタルコアの部分がピコピコ光ながら会話に混ざってくる。

「えっと?君は?」

『レイジングハートと申します』

な!?なんだってーーーーー!?

俺はその展開に数秒意識が涅槃に旅立つ寸前まで逝ってしまった。

何とか戻ってきたけれど…

さて、レイジングハートの話をまとめると、自分は俺の父さんに作られて、出荷される寸前に父さんがルナの製作に没頭してしまったために出荷されずに忘れされれたまま父さんは死亡、そのままずっとラボでホコリを被っていたらしい。

まじっすか!?

まあラボは生前の父親が散らかし放題で物が乱雑に積み重なっているような所だ、俺もデバイスの理論書などを引っ張り出してはその辺に積んだりして整理整頓などとは無縁の状態だったからね…出荷先はスクライア一族だったようだ。

って!レイジングハート造ったのって父さんだったの!?

本来ならこれがめぐりめぐってユーノの所に行きなのはの手に渡ったと?

製作されてから使われる事も無く十数年、このまま埋もれてしまう事に恐怖を抱いたレイジングハートは初期起動用にと込められていた微々たる魔力を最後の望みと誰かとコンタクトを取ろうとしたようだ。

普段は決して立ち入り禁止と書いてある部屋(ラボ)へは侵入しないなのはも何かもの悲しい声に惹かれるように入室しレイジングハートを発見、自分は魔導師の杖で使ってくれる相棒が欲しいとリンカーコアを持っているなのはに懇願、試しにセットアップした所に俺が帰宅して今に至る。

まあ、まとめるとそんな感じ。

『お願いします私をなのはの杖にして下さい。杖として生まれたからにはちゃんと魔導師に使って欲しいのです』

「お兄ちゃん、わたしからもお願い。レイジングハートを取り上げないで」

いや取り上げるも何も元からレイジングハートはなのなのデバイスな訳で…







その日の夜、俺は部屋で黙考していた。

どうしようかね、なのはが別物になって久しい。

「アオ、入るよ」

「ソラか」

とことこと俺の部屋に入り俺のベッドへと腰掛ける。

「考え事?」

「まあね」

「また原作が~とか?」

「ソラ?」

「わかるよ。ずっと一緒に居たんだもの。アオの考えている事くらい」

いつもそばに居たソラにはお見通しだったようだ。

「私は自分の行動に責任がもてるのならば、この世界で何をしたって良いと思っている。じゃないと私たちはここに生きていない事になっちゃう」

「そうなのかな?」

「アオは難しく考えすぎ。もっと単純に生きても良いと思う」

それだけ言うとソラは俺の部屋を出て行った。

確かに俺は今までトリステインのこともあってか原作に拘りすぎていたのかもしれない。

ソラの言葉は俺の胸に大きく響いた。
 

 

第二十九話

さて、魔法を知ってしまったからはなのはは御神流の修行と平行して魔導師としての修行もしています。

勿論講師は俺だ。

あの後あっさり俺とソラも魔導師だということがなのはにばれました。

というかレイジングハートがばらしました。

首から下げているルナを見れば直ぐに解ったそうです。

さてここまで原作を逸脱して行っているが更に変更されたのが魔法の術式だろうか…

最初は円形の魔法陣のミッドチルダ式の魔法だったのだが、「お兄ちゃん達と一緒がいい!」という理由で近代ベルカ式の魔法に乗り換えてしまいました。

なのでなのはが魔法を使うときに現れる魔法陣は三角形の魔法陣です。

しかも砲撃も得意ではあるのですがどちらかと言うと接近戦を好む戦いぶりです。

バインドで拘束した後にチャージショットを撃つくらいなら近づいて切る!だそうです。

勿論俺はディバインバスターやスターライトブレイカーを教えましたよ?

しかし、実戦形式の訓練で使ってみた所チャージ時に隙があるディバインバスターは撃つ前に潰される(潰したのは俺だが)は、スターライトブレイカーは移動しながらは打つ事が難しいなどの欠点が浮上。

挙句の果てには誘導弾、ディバインシューターすら誘導性なんて無視、速度重視で拳銃の速さほどを数を打ち出す方が効果的だという始末。

…まあ、銃弾を避けることが出来る御神の剣士に誘導弾はのろ過ぎるから仕方が無いのだけれど。


その結果レイジングハートに魔改造が入りました…

付いてなかったカートリッジシステムを取り付け(なぜかリボルバー型でとお願いされた)材質を一新。

最早最初の面影はカラーリング位しか有りません。

基本は槍型なのだが、ツインセイバー形態も取り入れています。

バリアジャケットも大幅に改善されて、なんていうか、まあ…ぶっちゃけリオハート。

まあ、似合ってるからいいんだけど…

その結果、なのはは原作開始あとわずかと言った小学三年生の春…神速を使える上に魔導師として空戦までこなす化け物に魔改造されてましたorz

更にいえば剣士として軽く恭也さんの上を行ってます…

俺やソラ、母さんが神速(瞬間的に自らの知覚力を爆発的に高める技術)…まあ俺の場合は写輪眼も使っているけれど…それを使いながら常人では知覚できないような速さで打ち合いをしていたのだが、それに付いていけなかったなのはが母さんに教えを乞い、影分身での修行もさることながら本人の多大の努力により見事に神速を会得、ぶっちゃけ念で自身を強化できるなのははガチで戦ったら高町家最強です…

恭也さん?いやいや膝の壊れている恭也さんでは神速使ったなのはに勝てませんよ?

士郎さんなら経験の差で負けるかもしれませんが、なのはは念が使えるんです…打たれ強い上に自身の攻撃は念で強化されているのだ、相手の獲物をへし折った上で致命傷ですよ?

あ、そうそう。流石になのはが御神流を習っている事は士郎さんが復帰して家庭に戻ってきた頃に即ばれましたよ?

なので最近は兄、姉、父親と一緒に稽古することもしばしば。

なのはが幼い割には覚えが良いのを複雑そうに見つめている士郎さん印象的でした。

まあ、念や魔法のことは秘密だと口をすっぱくして注意しているし大丈夫かな?

なのはの性格的な部分はどちらかと言うと「とらハ3」のなのちゃんを少し甘えん坊にした感じ。

ただ甘える対象が実の家族ではなくて俺達親子だと言うのが多少問題だけれども。

なのはは俺や母さんには結構わがままを言ってきたりするし、喧嘩や言い争いなんかもしょっちゅうだ。

しかしその反面、桃子さん達には少し遠慮してしまう。

まあ、幼少のころ、一番構って欲しいという期間をずっと俺達家族と過ごしてきたのだ、それは致し方ないことだろう。




さてそろそろ原作開始の時期である。

が、しかし。不安材料は魔改造なのは様…

もはや原作通り初戦でフェイトに負けるなんてありえないレベルです…どうしよう…


「黒い毛玉の妖怪?」

「うん、今学校でかなりの噂になっているの。夕方人気の無い道で何人か襲われたみたい」

なのはがいつものごとく内で朝食を食べていた時にそんな話題が出た。

と言うか最近殆どうちで食べてないか?

「それは怖いわねえ。襲われない様に注意しなさいねソラちゃん、なのちゃん」

と、母さん。

「私もクラスでそんな噂を聞いたよ」

と、ソラ。

「て言うか、ソラたちなら返り討ちだろうに…」

「アオ?」

「おにいちゃん?」

笑顔でプレッシャーを掛けてくるソラとなのは。

「ごめんなさい…」

耐え切れずに俺はなのは達に謝った。

「まあ、それはいいんだけれど、最近なのは、内に入り浸りになってないか?桃子さんとか寂しがっているんじゃ?」

「そうね、私はなのちゃんが泊まりに来てくれたほうが嬉しいのだけれど、やっぱり寂しいと思うわ」

母さんも俺の言葉に同意する。

「…えっと、なんか最近凄く強いライバルが現れる予感が」

フェイトですね、わかります。

「それと内に泊まるのと何の関係が?」

「あらあら、あーちゃんは解ってないのね」

「?何が?」

素で返す俺に呆れ顔の母さん。

「はぁ…だめだわ、なのちゃん。もっと頑張らないと」

「…はい」

母さんの言葉に盛大にため息を吐くなのは。

「でもまあ私もここの所不穏な空気を感じるから、あーちゃん」

「何?」

「今日からしばらく放課後はなんちゃん達を迎えに行きなさい」

「え?お兄ちゃん迎えに来てくれるの?」

「な!?なんで!?」

「行きはスクールバスだけれど帰りは徒歩だもの、心配だわ」

行き成り自分の名前を呼ばれた久遠が食事を中断して此方を向いた。

「なのちゃんもあーちゃんの方が嬉しいでしょう?」

「うん」

満面の笑みで答えるなのは。

その笑顔に負けてしまった俺はしぶしぶ向かえを引き受けたのだった。


放課後、俺はなのはを迎えに聖祥大学付属小学校の校門前まで来ている。

ついでに言うが俺は今14歳海鳴中央の二年生だ。

なので校門前で待っているのだが行きかう人たちの視線が痛い。

今日は久遠も一緒なので尚更だ。

その視線に耐える事数分。

「お兄ちゃーん、くーちゃーん」

「アオ」

と、勢い良く走り寄ってくるなのはとソラ。

「おう、迎えに来たよ」

「ありがとー」
「ありがとう」

ポフッと俺の腰に抱きつくなのは。

「なのは、ずるい」

「えへへ~」

ソラの抗議を受け流しながら抱きつくのを止めないなのは。



俺達は四人で海岸通りを徒歩でなのはの家に向って帰宅する。

三人が談笑しながら俺の前を歩いているのを眺めていると、前方に黒い毛玉が浮遊しているのが眼に入った。



なのはが気づき指を挿すと、それにつられて俺達の視線も移る。

「あの黒いまん丸なのはなんでしょう?」

なのはが指差した先にいる三メートルほどの巨大な何か。

「も、もしかしてアレが?」

ゆらゆら揺れているように実態があやふやなこの世界には居るはずの無いもの。

真ん中にあった獣のようなまぶたが開き此方を睨んでいる。

Gruuuuuuuuu

低く唸ったかと思うとその体に似合わず高速で一直線にこちらに向って突っ込んできた。

『ディフェンサー』

俺の胸元で待機状態のソルがすぐさま進路上にシールドを展開する。

ドガッと衝突音がした後にシールドを爆破して押し返す。

その隙に。

『スタンバイレディ・セットアップ』

一瞬の発光のあと、俺の服装が変わる。

ソラとなのはも見合わせて頷き。

「レイジングハート」
「ルナ」

「「セーートアップ」」

すぐさま二人も臨戦態勢に移行する。

そして俺はすぐさま結界を展開して時間の流れをずらす。

これで一般人に被害を出す心配はないし、化け物を結界内に閉じ込めることに成功した。

『サンダースマッシャー』

「ファイア」

迫り来る毛玉にソラがサンダースマッシャーを放ち牽制。

「ソラちゃんナイス!はぁっ!」

なのはは縦横無尽に飛び回りながらも一気に毛玉に飛び入っていって一閃。

「俺達何もすること無いな」

「くぅん」

側に居た久遠に愚痴りつつ、戦闘を眺めていると、切り裂かれた毛玉は霧散して、中から青い菱形の宝石のような物が三つ現れた。

「なんだろう?この宝石」

なのはは手に取った宝石を物珍しそうに眺めている。

「お兄ちゃん、これなんだか知ってる?」

「いや、知らないよ」

知ってるけど、言える訳無い。

【アオ、本当は?】

【…ジュエルシードと言う古代遺産。願いを捻じ曲げてかなえる危険な宝石。それ自体にも高密度の魔力が宿っているから取り扱いを間違えると世界が滅ぶかも】

【………本当に?】

【本当に…】

さて、そのジュエルシードはどうしようかね?

つかユーノはどこに行った?

念話が届いてきてもいいはずなんだけど?

その時の俺は失念していた。

家の敷地を囲むように今は亡き父さんが微弱な結界を張っていた事。

そのユーノが念話を飛ばしてくるであろう日の夜に、なのはが家に泊まりに来ていた事を。

さらに言えば、なのは達とは昼間でも割りとしょっちゅう念話をつないでいるので、微弱な広域念話は繋がりにくくなっていた事を。



side ???

さて、とりあえず自己紹介をしておく。

俺の名前はエルグランド・スクライア。

気軽にエルとでも呼んでくれ。

この名前で気づいた人もいるかもしれないが、そう俺はどうやら『リリカルなのは』のスクライア一族に転生したようだ。

転生した当初は驚きもしたけれど、その後の歓喜の猛りぶりをどう表したら良いか。

だって『リリカルなのは』は前世で凄く好きな作品のひとつだった。

もちろんその主人公達も。

神様、この世界に転生させていただいた事を心から感謝します。

しかもどうやら俺はユーノと同年代、つまりなのはと同い年という事だ。

それを確認してからの俺はどうなのは達に関わっていこうかあれやこれや考えた。

しかしまあ、ここはユーノの代わりに俺が地球に行くしかないっしょ!

ジュエルシード発見の知らせを聞いて俺はついに原作開始を悟った。

むふふふっ

ジュエルシードの届出の役をユーノから無理やりぶん取り、いざ次元航行船へ乗り込む。

そして予定通りプレシアに次元跳躍攻撃を食らい、地球へとジュエルシードが散らばっていった。

まさに計画通り!

後は原作通りに丸い奴に魔法をひと当てしてフェレットになって助けを求めれば完璧。

インテリジェントデバイスも自分用となのは用の二つを準備した俺は勝ち組。

俺の魔力はSSSオーバー。ぶっちゃけこの丸いのに負けるはず無いと思ったのだが、…魔力結合がうまく行かないとかね。

そんな所はユーノを真似たくなかったんだけど仕方ない。

数日もすれば適応するだろ。

さあ、後は広域念話をするだけだ!

【助けて…】

ふっふっふ!これで後はこの俺を助けになのはが…

夜が明け、日が昇り、日は傾いて、もうすぐ夕方だ。

あれ?来ない?

一日待ってみた。

しかし来ない。

あれれ?

おかしいな、もう一度念話で呼んでみようか。

【助けて…】

ガサッ

茂みが揺れる音がする。

お?ついに来たか!我が麗しのなのは様。

さあ、この怪我をしている(ように見える)俺を動物病院まで運んでおくれ!

ガサガサッ

ハリー、ハリー。

もう我慢できないぜ!ちょっとくらい覗き見るのはOKだろう!

三次元のなのはの顔はどんなだろうか。

期待に胸を膨らませて首をひねるとそこにはなにやら凶悪な様相をした化け物が口を開けていた。

「なっ!」

助けを呼ぶ声を上げる暇も無く俺はその何者かに捕らわれたのだった。

side out 

 

第三十話

アレから数日、注意深くユーノからのSOSが無いか警戒していたが成果は無い。

ユーノどこ行った?マジで…

うちのなのはさんも変な夢は見てないとの事。

どうなってるんだろう。

これも俺が生まれた影響か?

そんな事は無い…と、思いたい。

さて、そんな俺の葛藤を知らずに事態はまたも予期しない方向へと進んだ。

それはその日もなのは達を迎えに行って一緒に帰宅した日のこと。

「ただいまー」

そう言って俺は玄関をくぐる。

「「ただいま」」

それに続くのはソラとなのはの声。

おい!ちょっと待て、なのは。お前は今日もうちで夕ご飯を食っていくつもりか?

と言うか泊まっていく気まんまんな気がするのは気のせいか?

そろそろマジで桃子さんが泣くぞ?

たまに会う桃子さんから「…二人目、頑張ろうかしら」と言う言葉が出るほどだったんだから。

リビングに入る。

「あの…その、おかえり…なさい」

「あ、ああ。ただい…ま?」

誰?

リビングの扉を開けたら金髪幼女に挨拶された。

「お兄ちゃん、早く入ってよー」

後ろがつかえているのか、なのはが文句を言ってきた。

「あ、ああ」

俺は体を傾けて道を作る。

俺の体を通り抜けてリビングに入るなのは。

「………どちら様?」

なのはも固まったようだ。

俺達が対応に困っているとリビングの奥の方から母さんがやってきた。

「あ、あーちゃん、なのちゃん、ソラちゃん、おかえりなさい」

「あ、うん。…そ!そんな事よりも、えっと…彼女は?」

「あ、あのね…」

言いよどんだ母さんはとりあえず俺たちをリビングへと招いた。




さて、とりあえずリビングで家族全員でソファに座って母さんの言葉を待つ。

「この子はフェイトちゃんって言うの」

うん、それはアレだ。認めたくないけど何となく一目見た瞬間に解ってた。

「うん。で?」

「以上!」

「「「「はあ!?」」」」

俺達四人の疑問の声が見事にハモった。

「いやいやいや、以上て!?他にも何かあるでしょ?何で家に居るのとかさぁ」

「……あの、怒らないでね?」

俺が母さんに何を怒るのさ。

「その子、記憶喪失なの」

「「「はあ!?」」」

なんでもいつものように散歩に出かけた昼下がり。湖の近くの林間ハイキングコースを歩いていた母さんはそこでなぜか豹のような化け物に襲われたんだって。

襲ってきた化け物はツーヘッドドラゴンを駆使してやっつけたらしい。

やっつけると、どう言った理由か子猫と青い宝石に分離したんだと。

その青い宝石を掴んで観察していると、いきなり上空から俺たちが使う魔法みたいなのが降ってきた。

振り向けばなのはやソラと同年代くらいの女の子が斧を持って飛んでいるのが見えたんだそうだ。

その子はいきなり有無を言わさず襲ってきたらしい。

ちょ、なんで母さんがフェイトとエンカウントしているんだよ!?

どんな確率だよそれ…これも俺が生まれたバタフライエフェクトの一つか?

何で襲うのか、襲われる理由は無いんだけどと言っても聞かず、とりあえず此方を戦闘不能に追い込みたいようだった。

恐らく遠目に母さんが化け物を倒したのが見えたのだろう。

それで、話し合いも出来ない間に戦闘開始。

「で?ちょっと力加減を間違えて吹き飛ばした先で運悪く頭を強打。倒れたその子を家に連れてきて介抱してたところ、目を覚ましたら名前以外の記憶が無かったと」

「う、うん…」

力なく頷く母さん。

頭痛くなってきた…なにこの状況。予想外すぎる!

「それで?どうするの?」

「記憶が戻るまで家で面倒見ようと。もちろん親御さんは探すわ。探して謝らないと。だけど手がかりが、ね」

見かけは外国人。その実ミッドの魔法技術を習得しているから異世界関係かもしれない。

そこまで母さんも分ってて警察には届けていないらしい。

「とりあえず、この子が持っていたデバイスは無いの?それが有ればいろいろ分ると思うのだけど」

「デバイス?それってあーちゃんのあの刀みたいなの?」

「そう。この子の場合は話してくれた斧じゃないかな?」

その言葉を聞いた母さんは気まずそうな顔をした後、

「あはははは、置いて来ちゃった」

と、のたまった。

あの後すぐに俺達はフェイトのデバイスを探しに戻ったが時すでに遅く、見つけることは出来なかった。

誰かが持ち去ってしまったのだろうか…

そんな訳でフェイトを交えての夕食。

記憶喪失とは言え、生活に対するあれこれや言語(なぜか日本語)や一般常識は覚えているので生活には困らないようだが、どうやらフェイトは初めて箸を使ったみたいでうまく使えていない。

「あ、あう…」

見よう見まねで箸を使おうとするがうまく行かず、かわいい声がこぼれた。

まあ、仕方ないわな。

俺はすばやく立ち上がるとフォークとスプーンを探してきた。

「今日のところはこれで食べれ。明日からは矯正箸を買ってきて練習だな。付き合ってやるから」

「あ…ありがとう」

顔を真っ赤にしながらフォークとスプーンを受け取ったフェイト。

「や、やばいの。あれは堕ちたと思うの…」

「なのは…」

「ソラちゃん。強敵現るかもしれないの」

おい其処、何を言っているかね。

こんなのでフラグが立つわけ無かろう。

俺に~ポ系スキルは無いぞ。…ものすごく欲しいけどね。

これはアレだ。自分だけ使えないのが恥ずかしかっただけだろ。

「あらあら」

母さんも、駄目ねこの子見たいな顔で俺を見るな。

夕食も終わり、俺たちは母さんを襲ってきた怪物の事について話し合った。

俺たちも以前に同様の怪物に襲われた事。

倒したら宝石が現れた事。

複数個あることからまた同様の事が起きるのではないだろうかと言う事等。

どうしようかねこの状況。

もはや原作なんて当てにならん状況。

なのはは魔改造されているし、フェイトは記憶喪失で現在家にいる。

ユーノは現れず。

あ、そう言えばフェイトの使い魔のアルフはどこだ?

こう考えると問題が山積みで頭が痛い。

ん?ちょっとまて、これって半分は母さんの所為じゃね?

最大のイレギュラーは俺じゃなくて母さんだった罠。

とりあえずジュエルシードの事は出来る限り俺達で回収する事になりましたよ。

回収しないわけにもいかんだろう。

放置すると一般人に被害が出るしね。

さて、就寝といった時、フェイトをどうするのかと言う問題はまあ、母さんがフェイトを自分のベッドに連れてった事で問題は解決。

明日にでも客間を使えるようにしなければならんなと思いながらその日は就寝した。

side 紫

私は今、フェイトちゃんと一緒にベッドに入り、先に眠ったフェイトちゃんの髪の毛を手ですいている。

最初は恥ずかしがっていたが、問答無用でベッドにあげた。

しばらくするとすぐに寝息を立てていたが、無意識の行動だろうか、フェイトちゃんは私に抱きつくようにして眠っている。

フェイトちゃんとお風呂に入ったときに見つけたまだ直りきっていない擦り傷や青あざ。

あれは鞭のような物で叩いた傷だ。

さらに懸命に私に回されたその腕の余りの必死さに私は何となくだけど分ってしまった。

この子は両親に愛されていなかったのではないか?と。

それは余りにも辛い。

私はフェイトちゃんを抱き返して眠りについた。

side out


side アルフ

フェイトどこ!?どこだい?どこにいるんだい!?

あたしは若干パニックになりながら夕闇に染まった街を走り回る。

少し前、ジュエルシードを発見して、本当はあたしも着いていきたかったけれど、エリアのサーチがあったから我慢したんだ。

まあ、そのお陰で発動前のを一個手に入れたんだけど、その後だ。

あたしはフェイトに念話を繋ごうとしたが、一向に繋がる気配が無い。

念話が繋がらないのは拒否されているか…意識が無いか。

フェイトがあたしからの念話を拒否するわけ無いからそれは意識が無いって事だ。

あたしは駆けた。フェイトの魔力の残滓を辿ってたどりついた林の奥。

なにやら戦闘があったと推察できる地面の抉れ。

あたしが必死に辺りを探すと、其処にフェイトの杖、バルディッシュが落ちていた。

あたしは駆け寄り拾い上げ、バルディッシュに問いかけた。

「何があったんだい!」

バルディッシュが見せてくれた戦闘時の映像には20を少し過ぎたくらいの女性と戦闘しているフェイトの姿が。

カウンター気味に当てられた嘗手で吹き飛ぶフェイトが何かに当たって気絶した。

気絶したフェイトを女性は何か焦ったような感じで抱き上げて連れ去っていった。

その時、手から離れていたバルディッシュは回収されずに残っていたと言う事だ。

あたしはその映像を見て怒りで体が沸騰するのが感じられる。

必ず見つけ出すから!待ってて、フェイト!

side out

都合のいい事に次の日は土曜日で、未だ学生の身である俺は休日である。

さて、その休日をいかに過ごしているかというと…ぶっちゃけ荷物持ちです。

預かる事になったフェイトの日用品から下着、洋服まで一通り揃えようとデパートまで来ている。

父親が残してくれた遺産があるため、多少の余裕はある。

なのでとりあえず御神一家総出で買い物へ。

まあ、そこにいつものようになのはが居るのはご愛嬌。

「あ、この服可愛い。うん、フェイトちゃんに似合うと思うよ。ねーソラちゃん」

「本当だ、可愛い」

「あの、私はもっと落ち着いた色の方が…えと、これみたいに」

まだ一日しか経っていないがどうやら女の子同士打ち解けたようだ。

しかし…仲が良いのは良い事なんだけど…うん、もう原作にあるフルボッコから始まるお友達の展開は望めないかも。

ちょっと見たかったんだけどなぁ。ファンとしては。

「えー?こっちの方が似合うと思うけど。お兄ちゃんはどう思う?」

「ん?フェイトは確かに黒が似合う、だが若い時から黒ばかりだと損した気分になるから明るい色も良いと思うぞ」

バリアジャケットからして黒っぽいし、私服も黒っぽいイメージが確かにあるね。

でも、明るい色も似合うと思うんだ。

「あ…う、それじゃ、それ着てみるね」

そう言ってなのはに進められた服を持って試着室へと入っていくフェイト。

数分してカーテンが開けられた。

「どう…かな…」

顔を真っ赤にしつつ感想を聞いてくるフェイト。

「わぁ、似合ってるよフェイトちゃん」

「うん、確かに似合ってるね。かわいい」

「あ、あう」

ぷしゅーっと音が出るのではないかという位真っ赤になってから、

「こ!これにします!」

そう言って勢い良くカーテンを閉めた。

むむ、もう少し見ていたかったのだが…まあ、その内家で着てくれる機会もあるだろう。

その後、食器やタオルなども買い、帰宅した。


さて、帰宅した俺は買い物袋の中から買っておいた矯正箸と小豆を取り出す。

取り出した小豆を皿に盛り、もう一つ空の皿を用意。

「さて。フェイトー、ちょっとこっち来い」

「あ、はい」

まだ遠慮が残る声で返事をしたフェイト。

「箸の使い方の特訓をするよ。まあこの箸は正しい持ち方が出来るように開発されたものだから、頑張ろう」

「はい」

元気良く返事をしたフェイト。うん、いい返事だ。

「何やるの?」

興味を引かれたなのはやソラが近づいてきた。

「定番と言ったらこれだろ。小豆移し。皿に盛られた小豆を一個ずつ隣の皿に移動させていく。これが出来るようになればもう怖いものは無いよ。あ、そう言えばなのはもすこし持ち方がおかしいか?」

「にゃ?私は大丈夫だよぉ。ささっ!フェイトちゃんやってみよう」

話が自分に向いた瞬間に急いで話を反らしたなのは。

「まあ、今回は左利き用の矯正箸は買ってこなかったからな。また今度ってことで、フェイト?」

やるぞーと声を掛けて矯正箸を持たせる。

「それじゃ、よーい、始め!」

もくもくと目の前の小豆と格闘するフェイト。

最初のうちはフルフル震えながら一個移動させるのも時間がかかっていたのだが、繰り返すうちにだんだん時間が短くなっていく。

しかし驚異的なのはその集中力。

普通ならば飽きてしまうだろう作業を凄い集中力を持ってやっているので上達も早い。

これならすぐにマスターするだろうて。

案の定、フェイトは一週間もかからないうちに何でも箸で食べれるようになっていました。
 

 

第三十一話

さて、フェイトが家に来てから一週間。

その日俺達が学校で授業を受けていると、授業中にもかかわらず携帯に母さんからメールが入った。

先生に隠れて携帯のメールを開いてみると、内容はどうやらすぐに帰って来いとのこと。

すぐにと言われても今は授業中な訳なんだけど。

とりあえずその旨を返信すると、すぐさま返信。

緊急事態に付きすぐに帰って来いとの事。

まあ、幸いにも俺は一番後ろの席で、丁度いい事に教室の後ろの扉が人一人出入りできるくらい開いている。

ふむ、行けるかな。

俺は『絶』で気配を絶つと先生が黒板に板書している隙を付いて廊下に躍り出る。

うまく行ったようだ。

俺はすぐさま玄関に向かい、外履きにに履き替えると急いで家路を駆けたのだった。


さて、家に帰ってきた俺だが…うん、これは親に言う言葉ではないが言わせてほしい。

またお前かっ!!!


家に帰った俺を出迎えたのは血相を変えたフェイト。

助けてくださいと腕を引かれてリビングへと移動すると、其処には新聞が広げられ、その上で包帯を巻かれて息も絶え絶えな様子のオレンジ色の大型犬が…

アルフじゃねえか!

「お願い、あーちゃん。何とかして!」

丸投げかよ!

つかなんでアルフはこんなにボロボロなんだよ!?

混乱の渦中に居た俺を引き上げたのはフェイトの声。

「アオ…」

「くぅん…」

久遠まで…

うっ、そんな表情で俺を見ないでくれ。何とかするから。

まあ、フェイトにしてみれば多分俺なら何とかなるんじゃないかという母さんの期待を感じているだけだろうけれど。

「分ったから!」

「あーちゃん、はやくはやく!」

「母さん霧吹きってどっかにあったっけ?」

「霧吹き?えっと…確か」

家の中をうろちょろする母さんが最終的に持ってきたのは市販されている除菌消臭ができるあれ。

「大丈夫、ちゃんと洗ってきたわよ」

…いいんだけどね。

俺は一瞬右手の上に十拳剣の瓢箪を顕現させて、一滴だけ霧吹きに入れる。

そのまま台所まで行って水を足してよくかき混ぜるとおよそ40cmほど離れた所からアルフに向かって吹きかけた。

しゅっしゅっと吹き付ける霧が当たると、途端にその体から傷が消えて、血の気が戻ってくる。

…しかしシュールな光景だ。

持っているのが無地の霧吹きではなく市販品なアレの為に、汚物を消毒しているような…

俺の精神的な葛藤は置いといて、意識は戻ってないがアルフの容態も落ち着いた所で俺は母さんに事の顛末の説明を求めた。

今日はお買い得品があるからとフェイトと久遠に留守番を頼んでスーパーのチラシを片手に出かけていたんだと。

買い物も終わり、少し近道しようと海岸の遊歩道を歩いていたとき突然大型犬に襲われてしまったらしい。

先日のこともあるし、良く見ると額に宝石のようなものが埋まっているのが見えた為、またあの宝石のせいだと思ったんだそうだ。

ならばと母さんは反撃。アルフの惨状と、母さんの具合を見れば分る様に一方的にボコボコにしたんだろうな…

止めを刺そうとしたときに朦朧とした意識で呟いた一言が「フェイト…ごめん」だったそうだ。

その言葉を聴いた母さんは大慌て。

急いで担いで家まで戻って、フェイトに手伝ってもらいつつ応急手当。しかし状況は改善しなかったから直ぐ様俺を呼んだと。


そろそろアルフの傷も塞ぎきっただろうか。

朦朧としていた意識が覚醒したようだ。

「うっ……ここは?っフェイト!」

フェイトはどこだ!?とガバっと起き上がり、母さんの隣で心配そうにアルフを見ていたフェイトを発見した。

「フェイト、無事で良かったよ」

瞬間的に犬から人型に変身してしっかりとフェイトを抱きしめた。

「あ、あの…」

しかし、記憶喪失のフェイト自身は困惑の表情。

フェイト!フェイト!と、涙を目にいっぱいにためてフェイトの存在を確かめている。

しかし、それも直ぐに変わる。

今度はぐるるっと喉を鳴らしながら母さんを威嚇した。

しかし、それもフェイトの次の発言まで。

「あのっ!…あなたはいったい誰ですか?」

「え?…」








ショックで体が硬直しているうちに此方の事情を有る程度説明。

記憶喪失である事、今は俺達が保護している事。

後は親御さんを探している事。

母さんが襲われて、正当防衛で反撃したら当たり所が悪かった不慮の事故だった、と。

襲われて~のあたりは余りフェイトに聞かせるものでもないので俺が念話で伝えた。魔導師である事に驚いていたようだが…まあ、今は関係ない。


さて、今度はアルフの番。

「あたしはフェイトの使い魔さ。フェイトと一緒にくそババアの命令でこの世界、地球にジュエルシードを探しに来たのさ」

「ジュエルシード?」

母さんが質問する。

「青い宝石みたいなやつさね。あたしらもそれが何なのかは分らない。ただ集めて来いって言われただけだからね」

ただ、幾つあるか位は知っていたようだ。

「そう、まだそんなに有るのね」

手元にあるのは4個。先は遠そうだ。

しゃべり終えるとアルフは疲れたのかまた犬の姿になって気を失ったようだ。

「フェイトちゃん、久遠、ちょっとその子見ててね」

「あ、はい」
「くぅ!」

母さんは後をフェイトと久遠に頼むと俺を連れてリビングから移動した。

誰も聞いていない事を確認すると母さんは俺に話しかけてきた。

「あのアルフって子ならばフェイトちゃんの保護者に会えるわよね?」

「多分」

「そう…でも、今のフェイトちゃんを帰していいものか、悩むわ」

「どういう事?」

それは記憶喪失だからか?

「……最近フェイトちゃんと私が一緒にお風呂入っているのに、なんでなのちゃん達を呼ばないかわかる?」

うん?

「あの子の体に虐待の痕を見つけたからよ」

ああ、なるほど。プレシアからの折檻か。

「ああ、それで俺と一緒にお風呂には入ってくれない訳か」

まあ、未だに俺と一緒に入ろうとするなのは達の方がおかしいんだが。

「…それはまた別の問題だと思うけれどね」

一瞬呆れたような顔をしてから表情を真剣なものに戻した。

「あの子、両親から愛されていないんじゃないかしら。今も私を放さないようにぎゅっと抱きしめて眠っているわ」

まず彼女は片親なんだが、それは原作知識が無ければ分からない事だ。

まあ、原作知識を見るに愛されてはいないわな。プレシアにしてみればよく出来た偽者なわけだし。

「だから私、先ず一人で両親に会いに行ってみるわ。そこでちゃんとお話してくる」

母さんはこんな俺達でも自分の子として受け入れてくれた愛情深い人だ。そんな人が幼児虐待を見過ごせるわけ無いか。

「ん、分かった。でも、俺も行くよ。相手が魔導師って事も有りえるだろうし、話がこじれてって事もありえる」

母さんが負けるとは思わないけれど、危険なものは危険だ。

「うん、お願いね」

と言うか最初からそのつもりで俺に話しを振ったくせに。

それから数日後、アルフの体調が元に戻ったのを確認して俺達はフェイトの母親、プレシアに会いに行く事となる。



side アルフ

あたしがこの御神家に来てしばらく経つ。

最初の内はフェイトが記憶喪失だという事であたしはかなり混乱していた。

あたしの事を全く覚えていないフェイトを見るのは辛かった。

けれど、それと同時にあんなに笑顔を見る事が出来るとも思わなかったのだ。

そう、今のフェイトは良く笑う。

それは相手に心配させないための演技では無く、心の其処からの物。

以前のフェイトが失っていたものだ。

それもすべてあのババアの所為だ。

そう考えると記憶は無いが今のフェイトは幸せそうだ。

フェイトの幸せ、それはあたしがフェイトに求めたものでもある。

このまま記憶を無くしたままの方がフェイトは幸せなのかもしれない。

そう考え始めた頃だ、御神紫がフェイトの母親に会いたいと言って来たのは。

あたしは考えた。どれがフェイトにとって最良の選択なのか。

だけど頭の悪いあたしじゃ考えても分からない。

しかし、目の前に居る御神紫はフェイトのことをちゃんと考えてくれている人。

ならば悪いようにはしないかもしれない。

そう思ってあたしはしぶしぶあの糞ババアの所へ御神紫と御神アオを案内したのだ。

side out


さて、やってきました時の庭園。

そう、プレシア・テスタロッサの居城だ。

アルフの転送魔法で高次元内にある城まで直接転移してきたのだ。

「大きいところね」

ここに来ての感想がソレとは恐れ入る。

俺としてはこの高次元空間の光源がどこから来ているのかが疑問です。紫色に光ってて気持ち悪っ!

正門に着くと何も触れていないのに勝手に扉が開いた。

「入ってこいって事ね」

「多分」

俺たちは城の中に脚を踏み入れた。

「こっちだ」

アルフの案内で通路を進む。

そして案内された部屋には椅子が一つしかなく、その椅子にいかにも悪役といったポーズで一人の女性が座っていた。

まあ、ぶっちゃけ何ていうの?玉座の間?ラスボスの間?なんかそんな感じだけど、実際にこんな部屋があったら引くわ…

どっしりと玉座に座っているプレシアが此方をきっとにらみ付けていかにも不快だと言う感情を隠しもせずに話し出した。

「アルフ…フェイトはどうしたの?」

「フェイトは…」

「その質問には私が答えるわ」

言いよどんだアルフを制して母さんが言葉を発する。

「貴方は?」

うろんな目が母さんを見る。

「私は御神紫と申します。今現在諸事情により貴方の娘さんを預かっているものです」

「預かっているですって?」

「はい」

それから母さんは出来るだけ相手を刺激しないように言葉を選びながらフェイトの現状を説明する。

「記憶喪失?…本当に使えない人形ねぇ。本当にどうしようもない子…」

「人形?」

「ええ、あの子は私が作ったお人形。それ以上ではないわ」

人形。まあプレシアの愛はすべてアリシアに向いている。本当にフェイトへの関心は薄いんだな。

まあ、今の台詞だけ聞いても普通意味は分からないだろうけれど。

母さんを横目でうかがうと、その表情に般若が浮かんでいるようだ。

やばい!母さんが切れそうだ…

「人形?今自分の娘を人形って言ったの!?」

「ええ、言ったわ。あんな子私には要らないもの。あの子に価値なんて毛の先ほども無いわ」

母さんから感じられる不穏な空気。

実際に体内から発生した大量のオーラが指向性を持たずに当りを圧迫している訳だが、普通にプレッシャーが常人には耐えられないほどに膨れ上がっている。

隣に居たはずのアルフなんて飲まれて尻尾を丸めて震えている。

しかしどうにも精神が既に壊れかけているプレシアにはどこ吹く風のようだ。

その有り余る愛情から来る怒りを何とか押しとどめ冷静さを取り戻す。

「じゃあ、私に娘さんをください」

「「はぁ!?」」

あ、アルフとハモった。

って、まてまてまて。

今母さん何て言ったよ。

くれって言ったのか今!

なんか台詞だけ聞くとプロポーズ後の男性が彼女の両親に言う台詞みたいだな。

プレシアはなにやら考えるそぶりを見せた後、

「いいわよ」

と、答えた。

ちょっ!いいのかよ!

「ただし、ジュエルシードを私の所まで持ってきなさい」

「ジュエルシード…幾つですか?」

母さん!そこは何で必要か理由を聞くところじゃないのか!?

「そうね全部…と言いたいけれど、最低12個、それ以上あると嬉しいわ」

それだけ聞くと母さんは不快だという感情を隠そうともせずにきびすを返し、時の庭園を後にした。


所変わって御神家。

リビングに全員集まって家族会議。

「と、言うわけで。今日からフェイトちゃんはうちの子になりました。皆さん拍手」

わー、ぱちぱち。

俺は心の中だけで拍手した。

ソラ、久遠、なのはは皆ぽかん顔。

ぱちぱち

おや?拍手をしているのは誰だ?と視線を向けるとフェイト。

うっ…素直な子だね。

しかも多分今母さんが言った言葉の意味をよく理解してないんじゃないか?

「ちょっと、母さん!うちの子ってどういう事?」

「そ、そうだよね?行き成りだよね?」

ソラとなのはが混乱しながら質問した。

「いらないって言うから、頂戴って言った。後悔はしていない」

「「はぁっ!?」」

「だから、フェイトちゃん」

「はい」

おどけた表情から真剣な、それでも優しさあふれる表情で母さんはフェイトに向き直る。

「あなたは今日から御神フェイトよ。いい?」

「え?あっ…はい!」

うわぁ…母さん強引に押し切ったよ。

フェイトもなんだか嬉しそうな気がするし。

記憶が戻らない事を切に願うよ、まったく…

詳しい話はフェイトの記憶が戻ったときか、成人したら話すと言う方向で纏めた。

母さんの説明に、またもやぽかんとしていた二人を置いて話は進む。

「それでね、ちょっと母さん必要なものが出来たから二人にも手伝ってほしいんだけど」

「え?あ、うん…」

「それはいいんだけど…」

なのはとソラがようやく混乱から少し回復。

「そう、ありがとう。それじゃあ、明日から忙しくなるわね」

「な、何を手伝えばいいの?」

「ジュエルシード集め」

なのはの問いに少しいたずらっぽい笑顔でそう答えた。 

 

第三十二話

さて、次の日から本格的にジュエルシード集めが始まった。

今までも集め様としていなかった訳ではない。ただそれは異変が有ったら駆けつけよう程度の認識だった。

しかし今は母さんの号令の下、精力的に行われている。

捜索にはフェイトとアルフも同行している。

アルフから返されたバルディッシュ。魔法技術について教えると、自分も力になれるのなら手伝いたいと願い出た。

その動機が無くした記憶から来るものなのか、懐いた母さんへの好意から来るものなのかは不明だが、フェイトは一生懸命だ。

とは言え、魔法が使えるのと戦えるのは別物だ。

記憶と同時に戦闘技術をどこかに置いてきてしまったフェイト。

しかしそこはやはり原作キャラ。少し教えただけまるで思い出したかのように物にしていっている。

まあ、原作のなのはですら初戦闘でドッグファイトをやらかしてたしね。

バリアジャケットに関しては何故か一新されている。

母さんの猛反発にあったためだ。

あのレオタードにパレオといった挑発的な衣服に、母さんから口をすっぱく公序良俗について説教されていた。

その結果、黒と金を基調としたなのはのバリアジャケットのコピー…ぶっちゃけダマスク装備に変更されている。


「フェイトちゃん!そっち行ったよ!」

なのはがフェイトに声を掛けて、注意を促す。

俺たちは今、結界内でジュエルシードの暴走体と戦闘中。

黒い大型犬ほどもある大きさのイタチと戦闘中だ。

翼は無いのに空を縦横無尽に飛び回り、俺たちをかく乱する。

「フェイト!危ない!」

フェイトに向けて突っ込んでいった黒いイタチの体当たりをインターセプトしたアルフが障壁を張ってガード。

「あ、アルフ…」

『フォトンランサー』

バルディッシュのアシストでフェイトの周りにフォトンランサーが待機する。

「アルフ!」

「あいよ!」

記憶は無くても二人のコンビネーションはばっちりなようだ。

「フォトンランサー、ファイヤ」

ドドドーンッ

着弾する魔弾。

しかし、相手にさしたる外傷は無く、フェイトに向かって突進を再開。

「あっ…」

驚いて一瞬行動が遅れたフェイトをかばうようにして俺が構えたソルで迎撃する。

振るった刃をあいては防御魔法で受け止める。

「あ、アオ!ありがとう」

「ちぃ!防御魔法だと!?」

今まで肉弾戦のみだった敵が初めて魔法を使った瞬間だった。

目の前の敵がおもむろに口を開くと、眼前に集まる魔力光。

「なっ!収束砲…」

俺はすぐさま離脱を試みる。

「GruuuuuuuuuuuGaaaaaaa」

爆音もかくやといった鳴き声と共に打ち出される砲撃魔法。

間一髪のところで何とかそれを避けることに成功した。

「「ディバイーーーーンバスターーーー」」

すかさず、なのはとソラの砲撃魔法がイタチに襲い掛かる。

「やった?」

「いや、まだだ!」

砲撃による爆煙が晴れるより早く、此方めがけて砲撃が飛んでくる。

「わわっ!」

慌てながらも難なくよけるなのは。

四方八方に砲撃を発射しつつけるイタチ。その魔力が尽きる様子は無い。

此方もかわしながら砲撃主体で戦っている。

俺達が苦労して地面に打ち落としたイタチに母さんが神速を駆使して近づいて一閃。

「はっ!」

「Gyaoooooooooooooo」

胴体が泣き分かれて苦悶の叫び声をあげる。

しかしそれも一瞬。

直ぐに再生して母さんに襲い掛かる。

「母さん!」

しかし、其処はやはり母さん。

瞬間的に神速を発動して射程から離脱した。

「アオ」

どうするの?とその表情が問いかけている。

「しかし、決め手に欠けるな。攻撃と防御に使われている魔力量が半端無い。少なく見積もってもS、それ以上かも知れない」

「そだね、今もなのはとフェイトが二人掛りで攻めているけれど、バスター級の魔力でもその防御を抜けれない」

「攻撃が通ったとしても魔力ダメージ以外は即再生。…まいったね」

俺の記憶が確かならこんな厄介な敵は原作には出てきて無いと思うのだけど…

「手段はいくつかあるね。建御雷で燃やし尽くす。ブレイカー級の魔法で吹き飛ばす。後はスサノオで封印」

「スサノオは…ね。原生生物を取り込んでいるから、そんな事をしたら確実にその生物を殺してしまう。最善は魔力ダメージって事になるけれど…アオの念能力で巻き戻すってのは?」

それも有りなんだけどねぇ

「相手がすばや過ぎる。設置型バインドをばら撒いているけれど、どうも野生の勘か何かで避けられている感じがする」

思考しないで本能で動いているような化け物に思兼も少々効果が薄い。

「ならばそれを逆手に取ったら?」

ふむ。それはなかなか。

と、考え事をしていると結界内部で急速に魔力が高まる気配を感じる。

「っこれは!?」

「ジュエルシード?もう一つあったの!?」

遠目になのはやフェイト、アルフも感じ取ったのか、そちらに気を取られている。

戦闘区域の端の方で、今にも発動しそうなジュエルシード。

「GRuuuuuuGAAAAAAAAAAAAAA!」

鼓膜を突き破るかのような鳴き声を発したかと思うと、発動直前のジュエルシードめがけて進路を変えて一直線に飛んでいく。

「まずい!」

俺はすぐさまジュエルシードの確保に向かう。

『フォトンランサー』

「ファイヤ」

ソラは俺に併走しながら砲撃でけん制してくれている。

「間に合え!」

右手を精一杯伸ばしてジュエルシードを掴み取ろうとする。

イタチの暴走体も負けじとジュエルシードに迫る。

右手がジュエルシードを掴もうとした瞬間、相手の牙も同時にジュエルシードに触れようとしている。

そして衝突。

両サイドからかけられた負荷にジュエルシードが暴走。

俺とイタチもどきは互いに跳ね飛ばされた。

まずい!ジュエルシードに衝撃は与えてはいけなかったのに!

ジュエルシードから発せられる高濃度の魔力は次元に干渉し始めている。

「Garuuuuuuuuuuuuuu」

イタチもどきは体制を立て直すともう一度ジュエルシードを飲み込もうと走り出す。

「ディバインバスター」

しかし、出鼻をなのはのバスターで大いにくじかれた。

「サンダーーレイジ」

すかさずフェイトがジュエルシードを封印する。

ジュエルシードの暴走が収まった瞬間、俺はすぐさま駆け寄り、ジュエルシードをソルに格納、そのまま反転してイタチもどきに剣を向ける。

「Gruuuuuuuuuu」

イタチもどきはうなった後、飛び去り、強引に結界を破って逃げ出してしまった。

「あ、逃がしちゃった…」

直ぐに探知魔法を起動させたが、相手の方が一枚上手だったようで終に発見できなかった。

と言うか、割と強固に張った結界魔法を体当たりでぶち抜くとは…

これは次に会うときは一撃必殺のこころづもりで行かないと駄目かも。


俺たちは一度御神家に戻り、作戦会議。

「最後、あのイタチもどきさんがジュエルシードに反応したのはどう言った理由からなんでしょう?」

と、なのは。

「俺たちが最初に倒したジュエルシードの暴走体にも複数のジュエルシードで構成されていた。恐らくだけど、自己の強化の為にジュエルシードを取り込もうとしたんじゃないか?」

「と言う事は、時間をかけるのは拙いわね。相手がどんどん強化してしまう。今のままでも梃子摺っていたというのに…」

母さんの危惧は恐らく当たりだ。時間を掛けるのはまずい。

「だけど現状はさ、どうにもならないんだ。だったら結局見つけ次第封印って事でいいんじゃないかい?」

「アルフ…」

「まあ、結局はそうなるな。まあ、それでも出来るだけ早めにという事だけは確かだ」

結局は今まで通りと言うことで落ち着いた。

しかし、強敵の出現に、街の被害を最小限にとどめる為にジュエルシードの探索と、あのイタチもどきの索敵は夜通し行われる事になる。

まあ、真夜中の索敵は俺と久遠が中心で、授業のある真昼は母さんとフェイト、そしてアルフだ。

なのはとソラはそれ以外、早朝と夕方に行ってもらう。


そして舞台は夕方。

「あ、ジュエルシード発見」

なのはのお気楽そうな声が響く。

海岸付近にある資材倉庫の一角で、発動前のジュエルシードを発見。

居合わせたのは俺とソラ、なのはの三人。

学校帰りにそのまま捜索していた所で見つかったジュエルシードだ。

「さっさと回収して一旦帰ろうか」

「そうだね」
「うん」

ソラとなのはが同意して、なのはがジュエルシードに近づき拾いあげたようとした、その時。

いきなり現れる転移魔法陣。

俺達はすぐにデバイスをセットして臨戦態勢を取る。

「ストップだ!時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。その宝石、それを此方に渡してもらいたい」

現れるや否や用件だけを告げる黒ずくめの少年、クロノ。

「えっと、宝石ってそれのこと?」

掴む前で指を止めて臨戦態勢に入ったためにその宝石を背中にしていたなのはがそう問いかけた。

「ああ、その宝石は危険なものなんだ。だから…む?」

話の途中で今度は強大な魔力反応。

空中から放たれる収束砲撃。それを左手を突き出して障壁を張り、ガードしようとするクロノ。

「馬鹿っ逃げろっ!」

しかし、そこは流石に歴戦の執務官。それなりに強固なバリアだったらしく、何とか持ちこたえたようだが、その砲撃は突如として方向を変えてなのはに迫る。

「なのはっ!」

「きゃあ!?」

一瞬の悲鳴の後にすぐさまその場から飛んで空中に逃げる。

ジュエルシードから離れたなのはをけん制するようにもう一発の砲撃。

その発射元はあのイタチもどきだ。

「大丈夫か!?」

「大丈夫ではあるんだけど。ジュエルシードが」

その言葉でジュエルシードへと視線を戻すと一直線に飛来してその大きく開けた口でしっかりと飲み込んだ。

「ああ!?」

GuruuuuuuuuuuuuuuGAAAAAAAAAAaaaaaaaaa

けたたましいほどの鳴き声。

直ぐに俺は奴を封じ込めるように結界を張る。

途端に景色から色が失われ、外の時間から隔離される。

ジュエルシードを食ったイタチもどきはその体を一回り大きくさせ、その尻尾が二本に増えている。

「何だあいつは!?」

直撃をガードしつつもその砲撃が反れた事で砲撃の直撃から脱出したクロノが飛行魔法で飛び上がり俺達のそばまで来てあの化け物の情報を求める。

とは言っても俺も知っているのはクロノの承知の事実なのだが。

「詳しくは知らんよ。だが今、宝石を一つ食らって強化されたようだ」

増強されていた体積の変化も終え、さらに禍々しさがましたソイツは紅い目で俺達を睨み付けた。

「来る」

GRAAAAAAAAA

遠吠えと共にその体から溢れだす濃密な魔力。

体の周りに幾つもの魔力スフィアが形成されてその一つ一つから発射される魔力弾。

バリアジャケットを展開する隙が無い。

それでも何とか迫り来る魔力弾を避けつつ、起動したソルを片手に反撃に移る。

『ディバインバスター』

「ディバイーーーンバスターーー」

俺の撃った砲撃は直撃コースでイタチもどきに迫る。

直撃する一瞬前に砲撃をやめてその体を包むように障壁でガードされた。

「ディバイーーーンバスターーーーー」

ここぞとばかりになのはも起動したレイジングハートで砲撃をぶっ放す。

「ディバイーンバスターー」

次いでソラの砲撃。

「チェーンバインド」

俺は開いた穴から忍び込ませるようにして相手を拘束する。

ひゅん ひゅん

辺りの魔力がなのはの掲げたレイジングハートの刃先に集うように収束する。

『スターライトブレイカー』

「スターーライトーーーー」

GRuuuuuuuuuuuuGAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa

一際激しく鳴いたかと思うと俺のバインドを引きちぎり、その体から何の嗜好性も持たない純粋な魔力を放出させる。

それは一瞬で半円状に広がって行き、俺達を弾き飛ばした。

「ぐあっ」
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ」
「くうぅぅっ」

飛ばされた俺達は衝撃をどうにか受け流せる位置でどうにか堪える。

バリンっと音がして俺が張った結界が解除される。

粉塵が収まると其処に奴の姿は無かった。

直ぐに円を広げて索敵してみたけれど見当たらず。

探知魔法も効果なし。

「また逃がした」

「まずいね、あいつ強くなってる」

「ああ」

「お兄ちゃん大丈夫だった?」

隣に飛んできたソラとそんな会話をしていると、なのはも合流したようだ。

「大丈夫。むしろなのはは平気か?」

「大丈夫。ちょっと疲れちゃったけれど、怪我はしてないよ」

お互いの無事を確認してさて、一旦家に帰ろうかと言うときに又しても会話に混ざってくる黒い奴。

「悪いんだが、君たちは管理世界の関係者かい?詳しい事情が聞きたいのだが」

理由はどうあれ、魔法技術の無いこの地球で彼らの目の前でデバイスを起動してしまったからなぁ。

ポワンっと何も無い空間にいきなりモニター画面が開き、緑色の髪をポニーテールで纏めている女性が映る。

『クロノ執務官。詳しい話はアースラで聞きましょう。案内してくれるかしら』

「艦長…分りました。案内するから着いてきて欲しい」

あれよあれよと言うままに俺たちは次元航行艦アースラへと招待された。

「わー、凄いね。宇宙船だよ!?」

生の宇宙船にテンションが上がっているなのは。

「なのは、浮かれるのも良いけれど、しっかり前見ないとこけるよ?」

「あぐっ!」

「言わんこっちゃ無い…」

「えへへ」

「仲のいいところ悪いんだが、デバイスとバリアジャケットを解除してもらえるだろうか?此方に敵対の意思はないよ」

「あ、はい」

バリアジャケットを解除すると、俺たちは戦艦には似つかわしくない、日本の茶室を模したような所へと案内された。

その光景には知っていた俺を含めて三人とも絶句。

辺りを見渡すと桜の木やシシオドシまである。

流されるままに座布団へと案内されて正座を組む。

【お兄ちゃん…】
【アオ…】

なのはとソラから届けられた念話。その声に戸惑い…と言うより呆れ?の感情が見て取れる。

まあ、分るよ。

庭園風な部屋とかはまあいい。

いかし、緑茶に砂糖とクリームは許されねぇ。

俺達の憤りをよそに目の前のこの船の艦長、リィンディさんからの質問が続き、それに答えていく俺達。

「そう、それじゃあ貴方達は最近起こる不思議な事件の調査をしていたら、偶然あの場所で発動前のロストロギア、ジュエルシードを発見したと?」

「はい」

嘘は吐いてない、ちょこっと真実を誤魔化しただけ。

「子供だけで危険だとは思わなかったのかしら?」

「多少の事ならば何とかできる力がありましたから」

「あなたたちがなんで魔法を使えるのかも聞かなければならないわね。一応管理外世界には知らされてない技術だから」

一応俺の父親が管理世界関係者っぽいと言う事は伝えた。

既に故人で、その技術は残してくれたデバイスと自己流で訓練したとも。

その際周りに都合よく魔導師資質を持っている子が居たから一緒に訓練していたと。

全て話したわけではない。

リンディさんも表面上は納得してくれていたが実際はどうか分らない。

仮にも提督の地位まで上り詰めた人だ、その辺の機微は俺なんかより上だろう。

「なるほどね、管理世界からの移住者の子孫。個人転移の出来る昨今。いくら管理局とは言え、人の出入りを全て管理できる訳ではないと言う事ね」

その事例自体はありふれた物なのだろう。

とは言え、文化レベルで劣る多世界へ進んで行くような人は稀であろうが。

その後あのジュエルシードが次元干渉型の古代文明の遺産である事を教えてもらった。

移送中だったジュエルシードを載せた次元航行艦が襲撃を受け、積まれていたジュエルシードが喪失したと、それを発掘した一族から次元管理局に捜索願が出されたそうだ。

あれ?ユーノは?

これまでの話を総合し、リンディさんから管理局としての結論を出す。

「これよりジュエルシードの回収は私たち(管理局)が行います」

次元震で世界が崩壊してしまうような事態は防がないとね、と。

「だからあなたたちがこれ以上ジュエルシードを捜索する必要は無い」

クロノがそうまとめた。

【お兄ちゃん、これはアレなのでは?】

【うん、ちょっとまずい方向だと思うよ】

なのはとソラからの念話。

俺たちは今、母さんがプレシアとの口約束でジュエルシードとフェイトの親権との交換の為にジュエルシードを集めている。

とは言っても、俺としてはプレシアさんにはあまりジュエルシードは渡って欲しくはない。

ジュエルシードが正しく制御できるのか。

原作ではジュエルシードの数が足りず、暴走覚悟で無理やり起動し、その結果次元震が発生してしまった。

海鳴でも地震が起きる様な描写があったような気がする。

出来れば原作の様に行って欲しい。

罪を全てプレシアに擦り付けるようで悪いとは思うけれど。

まあ、既に原作の『げ』の字も存在していない現在、何が最善かは自分で模索するしかない。

【そうだけど、敵対するのはあまり良い選択とは言えない】

【それはそうかもだけど…】

【それじゃどうするって言うの?】

「普通に生活していてあの化け物に会った場合やジュエルシードを発見した場合は?」

「此方の連絡コードは教えます。出来れば直ぐに連絡して欲しいのだけれど」

「自衛はしても問題は無いのですよね?」

「勿論です。出来れば直ぐに逃げて欲しいのだけれど」

「了解しました」

最後に、もし今ジュエルシードを持っていれば提出して欲しいと言われる。

まあ、持ってないよと言っておいたけどね。

実際今は持ってない。

取り合えず俺達と管理局の初めての接触は無難に終わった。

海鳴へと転送してもらい家路に着く。

「良かったの?アレじゃこれ以上わたしたちがジュエルシードを回収する事は難しいよ?」

と、なのはは言う。

「仕方ないだろう。向こうはどうやら大きな組織みたいだし、逆らってもいい事は無い」

「じゃあどうするの?」

「それは帰ってから家族会議で決めよう」 

 

第三十三話

家に帰り着くと直ぐに皆をリビングに集めて家族会議。

今日有った事の顛末を説明する。

「時空管理局…ね。また厄介なのが出てきたわね」

そう呟いたのは母さんだ。

「これからは彼らがジュエルシード捜索を本格的に始めるらしいよ」

ソラの言葉に母さんは少し考えると、結論が出たようだ。

「真正面から敵対すると面倒な事になりそうだから、こっそりジュエルシード集めは続けるわよ」

「本当にいいのかな?捕まったりしないかな?」

なのはが少し心配そうに言った。

「大丈夫よ、なのはちゃん。彼らに私たちを捕まえる権利は無いわ」

「え?」

「うーん。簡単にいうとね、なのちゃん。この国と言うかこの世界は管理局なんて存在は知らされていないもの。それなのに知らされていない法律を守れると思う?」

「出来ないと思う」

「でしょう。だから大丈夫。私たちは私たちの法律をちゃんと守っている。犯罪を犯しているわけでもない。彼らに裁く権利は無いわ」

まあ確かにね。怪奇事件を解決してくれるのは嬉しいけれど、元を正せば全てその管理世界の人達の所為だからね。

自業自得。

其処に捜査権限とかなんとか持ち出されても…ねえ?

「結局回収を続けるって事でいいんだね?」

今まで聞く側で言葉を発していなかったアルフ。

「ええ、だけど今まで以上に慎重に。あ、そうだ、あの大きなイタチはその管理局に何とかしてもらいましょう。勿論被害が出る前に見つけ次第その管理局に連絡するって事で」

ふむ。

「その隙に私たちは他のジュエルシードの確保」

その言葉に皆分ったと答えて家族会議は終了。

いつもよりも強固なジャミング結界を張っての回収と相成った。


さて、管理局が登場したが、ジュエルシードを集めは続行される。

数日して、リィンディさんから連絡が入る。

ジュエルシードを発見、確保に向かうと、この間の黒い大きなイタチが発動中のジュエルシードの側に現れたのでこれ幸いと封印に向かったが、クロノを含めた局員はことごとく返り討ちに遭い怪我人が多数出たために現在ジュエルシードを封印できる局員が居なくなってしまったらしい。

その件のイタチは新たに一つジュエルシードを吸収して肥大化、管理局の魔導師を撃墜して逃げて行ったらしい。

それで恥を忍んでお願いされる。

俺たちの魔導師としての力を貸して欲しいと。

本局に応援は勿論頼んではいるのだが、今すぐにとは行かないらしい。

本局にしてみても対岸の火事と言った所だろう。

対応が遅れているらしい。

その間も敵はどんどん強くなる可能性がある、早めに叩かねばそれこそ次元震を引き起こしかねないほど肥大化するかもしれない。

「今直ぐお答えする事は出来ません」

『そうね、急すぎたわね。しかし時間が無いのも事実なの。アレをこのままにして置くのもまずいわ』

ウィンドウ越しにリンディさんに答える。

「取り合えず、なのはやソラと相談してみます。あと母さんとも」

『そう。出来れば直接伺いたいのだけれど』

「それは遠慮させてください」

その後、夜にでも結論を出してこちらから連絡を入れると言って通信を切った。

さて、この間の家族会議から間も開いてないのだけれど再び家族会議である。

リビングに一同を集め、今日リンディさんから協力要請があったことを説明する。

「また強くなっちゃったの!?」

「これ以上強くなると流石に厄介よね」

なのはとソラがそう漏らす。

「参ったわね、管理局に何とかしてもらおうと思っていたのに当てが外れたわ」

「母さん…まあ、そんな訳なんで、俺は管理局に協力した方がいいと思うのだけれど」

プレシアさんにジュエルシードを渡し過ぎたくない俺には渡りに船だ。

「そのイタチを私たちが管理局にばれない様に狩る方法は無いかしら?」

「今現在どうやってその魔力を隠しているのかは不明だけれど、あのイタチが活動するときは多大な魔力が感知される。それをいくら結界を張ったからって管理局の目を誤魔化すのは難しい。戦闘となれば尚更、此方の魔力も感知されてしまうから実質無理」

「なるほどね。なのちゃんソラちゃん、あーちゃんと一緒に管理局に行ってきて頂戴」

「いいの?」

「ジュエルシード集めは?そのイタチを倒したとしてもその分のジュエルシードは管理局の手に渡ってしまうよ?」

「いいのよ、仕方ないわ。アレを放置しておくのは私も危険だって思うもの」

桃子さん達には私から言っておくわ、と母さん。

「じゃあ、ジュエルシード集めは?」

アルフが少し心配したように聞いてきた。

「残念だけど少し休止かしら。あーちゃん、すぐにずばっとやっつけて帰ってきなさいね」

「ずばっとって…まあ出来るだけ頑張るよ」




家族会議が終わり、皆がばらばらとリビングから去っていく。

フェイトも同様に一度自分に与えられた部屋へと帰る途中にアルフに話があると自分の部屋へと誘った。

アルフがフェイトの部屋でベッドに腰掛け、呼ばれた要件について尋ねる。

「それで?フェイト、あたしに何か聞きたい事があるんだろう?」

「う、うん…」

少々聞きづらい事なのかおどおどしながら、それでも頑張って言葉をつむぐ。

「あのね、ゆかりお母さんがジュエルシードを集めているのって私のため、なんだよね?」

「それは…」

「みんな言わないけれど、何となく分るよ」

「フェイト…」

「だから、私が集めないといけないんだ、だから」

「フェイト!あたしも一緒に集める。だから一人で行こうとしないで」

ベッドから立ち上がりフェイトにすがりつきそうになり寸前で止まる。

「でも」

「あたしはフェイトの使い魔さ。ご主人様を守るのがあたしの役目だ」

ぐっとそのコブシを握り締め、決意を新たにするアルフ。

「…ありがとう、アルフ」

フェイトは巻き込んでしまう事への後ろめたさを感じながらも少しだけ肩の荷が降ろされたような表情をしていた。




さて、再びやって参りましたアースラ。

「すまないな、一般人である君たちを巻き込みたくは無かったのだが」

案内するために現れたクロノはその体のあちこちに包帯が見える。

「この前のあのイタチにやられてしまったよ」

「大丈夫なんですか?」

なのはが心配そうに聞き返す。

「ああ、なんとかね。ただし無理が出来ると言う訳でもない」

「それで俺たちを?」

「ああ。本局に増援を頼んではいるのだが、アレに対抗するためには最低Aランク以上の魔導師で無ければ対処できない。なのに本局では高ランク魔導師が出払っていて直ぐに増援と言う訳には行かないようだ」

「俺たちのことを高く評価しているんだな」

「悪いとは思ったけれど、この前の戦闘は此方でも記録されている。此方の測定器での観測された魔力量は君やソラでAA、なのはに至ってはAAA。あの時の戦いを見るに魔導師ランクは全員Sランクはあるだろうと思う。あの時アレを抑えていたのだしね」

魔力量はともかく魔導師ランクと言われてもいまいちピンと来ないのだが。

抑えていたとは言え魔力による力技で抜け出されたけれどね。

クロノに案内されていつぞやの茶室へ。

「艦長、案内して来ました」

「ご苦労様。アオさん達もご足労感謝します」

ぺこりと頭をさげて、座布団へと案内される。

目の前に出された緑茶とお茶菓子は取り合えずスルーして今後の打ち合わせ。

俺達が管理局に協力するに当っての条件面とかの交渉は俺に任せてもらった。

ソラはともかくなのはにやらせるわけには行くまい。

リアル8歳だからね。

しばらくはこの艦で厄介になるために、衣食住の保障。戦闘は此方の意思に任せる事。ここに居るのは懇願されて協力している訳であるから、基本的にそちらの方針には従うが、お願いは出来ても命令は出来ない等。

つまり拒否権をくれと言う事だ。

「つまりあくまで自由意志での協力であり、理不尽な命令は聞かないと言うこと?」

お金もらっている訳では無いしね。

原作だと表彰状で終わった気がするし。

「そうですね。さらに何かしらの理由で管理局と敵対したとしてもこの世界で起こった事である限り貴方たちに俺達を裁く権利は無いかと」

「なんだと!?」

この発言にクロノが少々驚いている。

「クロノ執務官。落ち着きなさい」

取り乱したクロノを嗜めるリンディ。

「私たちに管理外世界の人たちを裁く権利は確かに無いわ」

「艦長…」

「以上の事を了承してくれるのなら俺たちは協力します」

リンディさんは流石に大人の態度で受け入れ了承してくれた。

ただ、ここに居る間に回収したジュエルシードの提出は義務付けられてしまったけれど。

あのイタチもどきの対応と、他のジュエルシードを発見した時の回収任務が主だ。

今現在俺達が集めたジュエルシードの数は6個、母さんの約束の12個までは残り半分。

管理局がアレから発見したものが二つ、その内一つをイタチもどきに強奪されたので俺たちが知っている限りイタチに回収されたのは三つ。

残り11個。

さて、どうなる事やら。 

 

第三十四話

アースラに厄介になってから数日、イタチもどきとはエンカウントせずに発動したジュエルシードの封印作業に当っている。

「そう、バインドをうまく使えば動きの早い相手も止められるし、大型魔法も当てられる!」

俺は目の前に居た大きな鳥のような姿をしたジュエルシードの暴走体を前にして言い放った。

「お兄ちゃん、何言ってるの?」

「いや…うん、言ってみたかっただけなの」

俺が馬鹿をやっている内にズバっとレイジングハートで真っ二つにされていました。

素早いと言っても神速の使えるなのはが反応できない筈はなく、あっけないものだ…

と言うか半端ないっす、なのはさん…

回収も終わり、俺たちはアースラに戻った。

ブリッジに報告に行くとなにやら騒がしい。

「何かあったのか?」

少々不機嫌なオーラを出しているクロノ、その対面に居るソラ。

「ああ、君たちか」

クロノが俺達が帰ってきたのを確認して声をあげた。

「君達がジュエルシードの回収へと向かってから新たにジュエルシードの反応を感知したんだ。この通り僕はまだ本調子じゃなく、戦闘も難しいからね、ソラに行ってもらったんだが…」

するとその険しい顔を少しだけさらに険しくして告げる。

「現場に到着すると既に他の魔導師が回収していた」

「他の?」

誰よ?

こいつ等だと、VTRを俺たちの目の前へと映し出す。

「あっ」

戸惑いの声を上げたのはなのは。

すぐさまソラからの念話が飛んでくる。

【なのは、それ以上は驚かないで、知らない振りをしなさい】

【え?あ、うん】

映し出されたモニタに映っていたのはフェイトとアルフだった。

何で?今は中止だって言ってなかったっけ?

現場に到着したソラはフェイトにいかにも初対面ですと言った態度でその手にしたジュエルシードを渡すように要求する。

しかし、フェイト達は言葉を交わすよりも早く逃亡した。

「あの時君が攻撃魔法を行使をしていれば彼女らの逃亡を阻止できたんだぞ」

追いかけるような素振りはしたものの、結局ソラは一度も魔法を行使しなかった。

「彼女達は私に危害を加える事は無かった。確かにジュエルシードは持っていかれたけれど、貴方達は理由も聞かずに此方の言う事を聞かないからって相手に危害を与える事を良しとする組織なの?」

「なっ!?」

ソラの言葉による反撃に絶句するクロノ。

「其処までにしておきなさいクロノ執務官」

「か、艦長」

「ソラさんも、ごめんなさいね。でも出来れば逃亡の阻止はもう少し積極的にやってもらいたかったわ」

「…次からは善処する」

「はい。と言うわけでこの話はここまでね」

その後俺は先ほど回収したジュエルシードを渡し、任務完了を報告。

その後与えら得た部屋へとソラとなのはを連れて戻る。

勿論先ほどのフェイトの事について聞くためだ。


ウィンと音がしてスライドした扉を潜り俺たちに与えられた部屋に入る。

壁に備え付けられているソファに腰掛けようとは思ったけれど、それはなのはとソラに譲り、俺はベッドに腰掛ける。

「それで?あの魔導師についてだけど」
【『念文字』で】

言葉の裏に念話を隠し、さらに自身のオーラの形を制御して筆談の要領で会話する。

念話はその性質上盗聴されてしまう可能性がある。口頭などは言わずもがな。

殆ど無いと信じたいけれど監視されているかも知れないし。

「よく分らないわ、直ぐに逃げられたもの」
(ねんわではなしたけれど、どうやらフェイトのどくたんのようだった)

「そっか、彼女たちの目的が分ればいいんだけどね」
(なるほどね、きおくがもどったようなそぶりは?)

「今度会ったら聞いてみるしかないかな」
(それはなかったわよ、でもひっしなかんじがつたわってきた)

(だいじょうぶかなフェイトちゃん)

なのはが心配だと言う。

母さんは知っているのだろうか…




日が傾き始め、街のあちこちから夕飯の支度をしているのだろうか、おいしそうな匂いが私の鼻腔をくすぐする。

それは今私の目の前にある家からも。

いいにおい。今日の夕飯は何だろう。

「フェイト、入らないのかい?」

隣に居たアルフが先を急がせる。

「あ、うん…」

私は言葉を濁して少しの時間を稼ぐ。

私は今日、ゆかりお母さんに黙ったままジュエルシードの回収するためにそっと家を抜け出した。

回収事態はアルフのサポートもあって簡単に終わったんだけど、その直ぐ後にソラが駆けつけてきたことは少し考えれば予想が出来た事だったのかもしれない。

ソラが出てきたと言う事は管理局に見つかったと言う事だ。

どうしよう。見つからないと思っていたのに初っ端からダメダメだ。

気づかれないように私は出て行ったときと同じ様にそっと玄関のドアノブに手をかけゆっくりと引いた。

ゆっくりと玄関の扉を開き音を立てないように中に入る。

リビングに入るとリビングと繋がっているキッチンで夕食を作っているゆかりお母さんの姿が見える。

「お帰りなさいフェイトちゃん、アルフ」

「あっ…あの、ただい…ま」

私が居なかった事に気が付いていたの?

しかし夕食を作るゆかりお母さんの雰囲気は穏やかで、その手が作り出す夕ご飯の匂いは食欲を掻き立てるには十分だった。

「まってて、もう直ぐ出来上がるから、夕ご飯にしましょう」

丁度最後の仕上げと言った所だったのだろう。

きれいに盛り付けられた夕飯の数々をテーブルに飾り付けられていく。

「あの、手伝います!」

「ふふ、ありがとう」

私はすぐにゆかりお母さんを手伝うためにキッチンへと向かった。


椅子を引き、食卓に着く。

「いただきます」

そう言って私たちは夕食を開始する。

いつもより人数が少なく、ちょっぴり寂しさが感じられる夕食。

しかし、その美味しさだけは変わらない。

「久遠ちゃん、ちゃんとお揚げ以外も食べなさいね」

「くぅん」

ゆかりお母さんがお揚げばかり食べている久遠を注意する。

お揚げは美味しいかもしれないけれどそれだけじゃ確かに健康には悪いからね。

久遠を注意してからゆかりお母さんは、さて、と居住まいを正して私の方へ向きなおる。

「フェイトちゃん、今日ジュエルシードを集めに出てたわね」

「あの!それはっ…」

言葉に詰まってしまう。

そんなに時間をかけた訳じゃないし、ゆかりお母さんが見ていないうちにそっと出かけたはずなのに。

どうして分ったのだろうか。

いや、今はそんな事よりも。

「あ、あたしが無理やりフェイトを連れ出したんだよ!どうしてもジュエルシードがほしかったのさ」

アルフは悪くない、なのに私を庇おうとしてくれている。

ダメだ、それだけはダメ。

「アルフ…ううん。私が言った事なの。私がアルフに頼んで付いて来てもらったんだ。だから…」

「私は別に二人を責めている訳では無いわ」

「え?」

「でも私に黙って二人で危険な事をしてきた事は怒ってはいます!」

「ごめんなさい…」

「凄く心配したんだからね」

そう言ったゆかりお母さんは立ち上がって私のほうへと歩いてくると私を後ろから包み込んだ。

ゆかりお母さんのふわっとした匂いが鼻腔をくすぐる。

「ごめんなさい」

私は小さくもう一度謝った。

その後私はお叱りと言う名の抱擁を解かれると、これからはゆかりお母さんと久遠も一緒にジュエルシードを捜しに行く事になった。

決して二人だけで行ってはダメだと念を押された。

家族の心配するのは家族の特権だって。

家族。

私にはまだよく実感が持てない言葉だけど、本気で私のことを心配してくれている事が分って私はとても嬉しくて、嬉しいのにどうしてか涙が止まらなかった。



俺達がアースラに来てから10日、アレからイタチとのニアミスが続いている。

ジュエルシードの発動が感知されると現れるイタチの化け物、しかし先に俺達が到着すると、その気配を察してか直ぐにサーチの及ばないところまで転移する。

しかし、その移動速度はとてつもなく速く、俺たちよりも早く現場に到着された時はそのジュエルシードを奪われたまま逃走されてしまったほどだ。

フェイトの方もどうやら幾つか回収しているらしい。

此方が見つけたジュエルシードをかっさらされたとエイミィさんが愚痴っていた。

そんなこんなで残りのジュエルシードは6個。

海鳴の街や山岳部を調査したが見つからず、残りは海の中ではないかと言う結論が出た。

しかし、海中の物を探索する事は難しく、未だ管理局のサーチャーはジュエルシードを発見できていない。

探索は管理局員に任せてある俺はソラ達と一緒に食堂エリアでお茶をしている。

「それにしても残り6つ、見つからないね」
(というか、これはやばいのでは?ママがひつようなジュエルシードのかずは12。いまもっているのはすいてい7こだから)

「あとは海の中だろうってクロノが言っていたわ」
(のこりをぜんぶとろうとしたらいっきにへいこうきどうさせて、いっきにふういんかな?)

なのは、ソラの会話の裏に念文字で筆談。

「だが、まだ場所の特定は出来ていない、と」
(だろうね、しかしそれはさすがにフェイトのりきりょうをこえる)

「早く見つかるといいね」
(そんな!それってすごくきけんなんじゃ?)

「本当にね」
(きけんだよ、だけど、つぎからはおそらくかあさんとくおんもでばるんじゃない?)

「うん」
(なんで?)

聞き返すなのはにやはり念文字で答える。

(かあさんがフェイトたちだけにきけんなことをやらせるとおもう?)

問いかけた俺になのはもソラもそれだけは絶対に無いと確信したようだ。

ビーッビーッ

「警報?」

けたたましく鳴り響く警報、その音に急かされる様に俺たちはブリッジへと向かう。

ウィーン

スライドドアを潜り抜けブリッジへ入る。

前面の巨大なモニターに映し出されるのはフェイトとアルフ、そして暴走したジュエルシードの数が6個。

「あっ」

そしてやはりと言うか母さんと久遠の姿もある。

一目見て劣勢なのが見て取れる。

とは言え、原作とは違い母さんと久遠が居る分、一つずつ確実に封印されていく。

まあ、さっきから俺の魔力がゴリゴリ久遠に持っていかれていて結構辛かったりするのだが。

「私!急いで現場に行きます」

なのはが宣言してテレポーターへと向かう。

「すまない、頼めるか?」

クロノが言う。

およ?止めないの?

自滅するまで待つんじゃ?

「彼女達になぜ集めているのか、出来れば話がしたいと伝えてくれ」

「はい!」

すると転送されていくなのは。

「君達にも行ってもらいたいんだが…どうした?意外そうな顔をしているぞ?」

「あ、ああ。いや、この前までの言動から、相手の魔力が底をつくまで見ているのかと思っていた」

「そ、そんな訳無いだろう!?失礼な奴だな君は!」

そうは言っているが、その顔に朱がさしている。

どうやらこの前俺達が言った嫌味に思うところが有ったらしい。

管理局員としてはダメだが、人間としてはむしろ好印象を与える。

結構物分りがいい男だったらしい。

「何を笑っている!」

「いや、なんでもないよ。それじゃ俺も行ってくるよ。ソラ」

「うん」

俺はソラと連れ立って転送ポートへと駆けつける。

「それじゃあの子達の結界内へ、転送」

エイミィさんがその手でエンターキーを押すと、俺たちの視界は一瞬で切り替わり、海鳴の沖合い上空へと放り出された。 
 

 
後書き
よく二次小説ではクロノの事をKY扱いでオリ主がフルボッコと言う展開がデフォルトになっているような気がしますが、本来クロノ君は優しく誠実な人だと思うのです。
ちょっと職務に忠実すぎるのが珠に傷ですが、執務官だし、多少は仕方がないんじゃないかなぁ… 

 

第三十五話

side フェイト

今私の眼前には強制起動させたジュエルシードが6個。

起動時の広範囲魔法は久遠が変わってくれたから私の魔力は十分。

「フェイト!」

アルフがバインドで捕まえた一つの竜巻のようなジュエルシードの発動体へ私はバルディッシュの矛先を向ける。

『グレイブフォーム』

バルディッシュが変形して砲撃魔法の発射形態へと移行する。

「フェイトちゃん!危ない!」

捕らえた一体に気を取られた瞬間に他の発動体からの、その巨体を利用した体当たりのような攻撃が迫る。

「あっ…」

私は一瞬反応が遅れた。

迫り来る水流にダメージを覚悟するが、一向に衝撃がやってこない。

それどころか、私を包む暖かな二本の腕。

「ゆかりお母さん…」

「フェイトちゃん、大丈夫だった?」

ゆかりお母さんがその身を挺して私をその攻撃の直撃から反らしてくれた。

「だ、大丈夫です」

「そう」

そう言えば、アオ達の話だとゆかり母さんは魔導師じゃないって言っていたけれど、だったらどうやって空を飛んでいるのだろうか、などという疑問が一瞬脳裏に浮かんだが、それも一瞬。

私は直ぐに今の最優先事項を思い出し、その疑問を思考の隅に追いやった。

ゆかり母さんから離れてもう一度バルディッシュを構えなおす。

アルフと久遠がバインドで一体ずつ敵の動きを止めてくれている。

迫り来る余波はゆかり母さんが捌いてくれている。

私は今度は安心してバルディッシュからジュエルシード封印するために魔力砲撃を放つ。

「サンダーーーーレーーイジ!」

動きを止めていた二体のジュエルシードの暴走体を封印し終える。

全身に魔力消費の倦怠感に包まれる。

だけどここで弱音を吐くわけには行かない。

残り4つ。

余り時間はかけられない。

そう感じていた時、上空からこの結界内に突如として現れた人影が私に話しかけてきた。

「わたしも手伝うよ、フェイトちゃん!」

「な、なのは!?」

突然現れたなのはが私に近づいてきてそう言った。

「二人で一気に封印。アルフさんもくーちゃんもお願いね!」

「おう!」
「くぅん!」

なのはに激励されて二人は今度は二体ずつジュエルシードをバインドで拘束した。

『カノンモード』

なのはのレイジングハートが変形して射撃体勢に入る。

「いくよ!フェイトちゃん!」

『サンダーレイジ』

なのはの声に応えるようにバルディッシュがチャージを始める。

私も気を引き締めて術式に集中する。

「せーの!」

合わせてねと、なのはが一瞬私に目配せをする。

「ディバイーーンバスターーー」
「サンダーーーレーーーイジ」

気合一閃、私となのはが放った魔法はジュエルシードを確実に捕らえ、封印した。

「やった?」

海中から現れる残り4つのジュエルシード。

「あらら、俺達の出番は無かったかな?」

不意に上から声が聞こえた。

振り向くとそこには下降してくるアオとソラの姿が。

その姿に少し安心する私が居る。

それでもジュエルシードを持っていかれる訳には行かない。

私はバルディッシュを牽制の為にアオ達に向けようとしたところにアオが大声で叫ぶ。

「危ない!後ろだ!」

え?

その声に振り向くと空気を切り裂かんばかりの速度で放たれた無数の砲撃魔法。

いつの間にか張られていた結界が破壊されている。

マズイ!直撃する!

しかしその魔法は私に直撃する事は無かった。

先ほどはゆかり母さんが、今度はアオが私を抱きしめるようにして庇ってくれていたのだから。


side out


俺は遠距離から高速で放たれた砲撃魔法の直撃から寸前の所でフェイトを抱きかかえながら射線上から身を引いた。

その砲撃の威力はディバインバスター級でその数およそ12本。

それが全て俺達への直撃コースとジュエルシードから分断するように掠めて行った。

「何だ!?」

直ぐに皆の無事を確認しようと視線を走らせる。

なのはは自力で回避、母さんはソラが、アルフは久遠がそれぞれ助けたようだ。

全員の無事を確認している一瞬の間に猛スピードでジュエルシードに飛来する影が。

あのイタチだ。

今の砲撃で体勢を崩された俺たちはソイツの行動を邪魔する事も出来ずにジュエルシードへと接近を許してしまった。

イタチに取り込まれるジュエルシード。

GRAAAAAAAAAAAAAAAAAA

咆哮が轟くと同時にイタチを中心にして円形に光が通り過ぎる。

まばゆい光で眼を奪われていると、発光が収まったそこにはその体積を3倍ほどに増やし、尻尾の数も9本に増えた黒いイタチの化け物が。

真紅に光る双眸がこちらを睨み付けている。

「クロノ!管理局員で結界と、結界の強化をお願いできるか?」

俺の問いかけにすぐに俺の前に通信ウィンドウが広がる。

『すでに送っている。彼らも負傷が完治しているわけではないから直接戦闘こそ出来ないが、結界の展開くらいならば大丈夫だ』

「さすが執務官」

直ぐに俺たちを包み込むように何重にも結界が展開される。

遠目にはその結界の一番外側から一つ内側でデバイスを掲げている管理局員が見て取れる。

『当然だ。だが、これはまずい事になった。あのイタチの化け物、先ほど封印した全てのジュエルシードを吸収したようだ』

そんなのは見ればわかる。

先述の通り、今戦えるのは俺達だけという事だが…

GRAAAAAA

しばらくの間対峙していたかと思うとその身から溢れる無尽蔵とでもいうべき魔力を使い、こちらに向けて砲撃を連発してくる九本の尻尾をもつイタチ。

なんかもうイタチではないしこの際九尾でいいか。

九尾の攻撃を俺はフェイトを抱えたまま右に左に避けて結界の境へと向かって飛びのいた。

その間に攻撃は大量のスフィアをばら撒く面攻撃へと移行している。

それを避けて結界の境ぎりぎりまで飛翔すると母さんがアルフを連れて同じように飛んできた。

「あーちゃん!」

「母さん!悪いんだけどフェイトをお願い。一緒に結界外へと出ててくれ!クロノ、聞こえているか?詮索は後にして三人を結界外へと転送してくれ」

『……事情は後で話してくれるんだろうな?…エイミィ、3人を転送、急いで』

モニター越しにエイミィさんに指示を出すのが見て取れた。

「アオ!私も戦えるから、一緒に!」

「ダメだ!今のフェイトじゃあの弾幕の全てを避ける事は出来ない!ガードしてもバリアの上から落とされる!」

「で、でも!」

「フェイトちゃん、あーちゃん達を信じて」

「ゆかり母さん…」

「フェイト!あたしもアオに賛成だ。あたしたちじゃアオ達の足手まといになる」

『ロードカートリッジ、ディフェンサー』

薬きょうが排出されて攻撃を防御する。転送には一瞬でもその場で停止しなければならず、その時間を稼ぐためだ。

三人の足元に転送魔法陣が形成される。

「アオ!無事でいて」

「ああ、任せておけ」

「あーちゃん、ソラちゃんとなのちゃんを任せたわよ」

「勿論だ」

「絶対、絶対。無理はしないで!」

フェイトの叫びにもにた懇願の声を最後に3人は転送されていった。

さて、俺は障壁を消して未だにその数が衰えない弾幕をすり抜けるようにして九尾へと飛んでいく。

「クロノ。あの化け物のスキャンは出来ているか?」

前方に再びウィンドウが現れる。

『ああ、いまエイミィが解析を終えたところだ』

「結論は?」

『やはり現地の生物を取り込んでいるだろうと言う結論だ。その体にわずかながら生体反応が出ている。純粋な魔力の塊では無い事は明らかだ』

「今でも元の生物の生物機能、代謝なんかは健在なのか?呼吸なんかは?」

『エイミィ』

クロノがモニタ越しにエイミィさんに回答を譲る。

『はいはーい。結論から言うとその可能性は高いよ~。今までのジュエルシードの暴走体、その中で現地生物を取り込んでいた奴らのデータ分析で、ベースにした生物をそのまま変質させている感じだからね』

なるほど。ならばやりようがある。

『今から僕もそちらに向かう』

「怪我は完治しているのか?」

『くっ…だが、執務官として見過ごすわけには行かない!』

正義感が強い事はいいことなんだが。

「クロノはこの弾幕の中、被弾無く攻撃出来るのか?」

しばらくの沈黙。

『……無理だ』

「ならば俺たちに任せておけ」

『しかし…』

「俺たちなら大丈夫だ。…ただ、原生生物は最悪殺してしまう事になってしまうかもしれないがな」

『…それは仕方が無い事だ』

このままあの九尾を放置していると、その被害は莫大なものになるだろう。

全てを救う事なんて神にしかできず、結局一を切り捨てて九を救う事しか人間には出来ないのかもしれない。

なのはとソラ、それと久遠が何とか抑えてくれている戦場へと戻る。

相手はその無尽蔵の魔力に物を言わせた弾幕戦のみとは言え、その威力が此方の同系の魔法の数倍もある。

実際、距離により術式が甘くなり、魔力の結合に綻びが見られる遠距離で、結界に当たる威力でさえその数と威力で下手をすればその結界を抜けかねない。

まあ、そこは流石に管理局の魔導師が頑張ってくれているのだが。

【なのは、ソラ。戦況は?】

俺も手に取ったソルでバスタークラスの砲撃を入れながら念話を繋いで確認する。

【ダメだよ。シューターは言わずもがな、バスターすらシールドで止められちゃってる】

【ブレイカーでも通るか分らないし、相手の動きも早いから当てられないかも】

なのはとソラからそれぞれ返信された。

【弾幕が濃すぎてなかなか相手に近づけないし】

【斬りつけてもシールドに阻まれて必殺の一撃とは行かないと思う。】

今までですら厄介だったのがさらに厄介になったものだ。

【どのくらいの威力の魔法ならあいつの障壁を抜けると思う?】

俺の質問に攻撃の手を緩めずに戦いながらなのはからの返答。

【最低フルチャージのブレイカー3発分。…ううん4発かな?】

核シェルターすら余裕で破壊できそうな攻撃だ。

【だけど、さっきも言ったけれど、相手の動きを止めないと当てられない。バインドなんかもそのバカ魔力ですぐさまレジストされるだろうし、そもそも動きが速くてバインドを行使できない。設置型のバインドもどうやってか当たらずに避けているし】

【そっちは俺が何とかする。なのはとソラはブレイカーの準備をしてくれ。影分身を使用して、それこそ辺りの魔力が枯渇するくらいの勢いで】

普通は自分の使いきれ無くて放出してしまった魔力を集めて再利用する収束砲。

自分の匂いが残っている物の方が集めやすいからだが、効率が悪く、時間がかかるだけで、決してそれ以外の魔力を収束できないわけではない。

それと、一人で扱う事の出来る魔力量にも限界がある。

しかし、ここで影分身だ。

最初にチャクラと魔力を均等に割り振ってしまう影分身。

普通は行使できる力の源が減少するので高威力攻撃の行使には相性が悪い。

しかし、これと周りの魔力を収束して放つ収束砲は自身の魔力量が少なくても周りの魔力をかき集めるため相性が良い。

【影分身を管理局の人たちに見せちゃっていいの?】

【良くは無い。だけど、現状では他に有効な手段が無い】

俺と久遠も混ぜれば4人でブレイカークラスの魔法を撃つ事は可能だろうけれど、敵の足止めをする事が出来なくなる。

ぶっちゃけ人数不足。

人数が足りないならば増やせばいい、と言う事だ。

【俺があいつを何とか足止めするから二人は影分身を使用してのブレイカー、久遠は二人の護衛】

チャージに時間がかかる収束魔法、久遠はその時間を稼ぐための盾だ。

【わかった】
【うん】
【くぅん】

その後なのはとソラには対角線にならない位置でそれぞれチャージを始めてもらい、俺は九尾を誘導するべく行動に移る。

「はぁっ!」

体からオーラをひねり出す。

影分身の術!

ボボボボンッと爆発音にも似た音と共に総勢20体の影分身を作り上げる。

「いくぜっ!」

『アクセルシューター』

九尾に向かって飛翔しながら術式を展開する。

「シューーートっ」

迫り来るスフィアを避けながら右手を突き出して全ての分身から無数のシューターが九尾に襲い掛かる。

GURAAAAAAAA

咆哮と共に迫り来るスフィアを全て眼前に展開したバリアで受け止めた。

ダメージが通った様子は無い。

しかし、時間は稼いだ。

その隙を見逃さずになのはとソラは九尾から距離を置き、影分身を使用してそれぞれ一体ずつ分身を用意。その後チャージに入った。

久遠も影分身をしてそれぞれの護衛へと向かっている。

Gruuuu

九尾が魔力の収束を感じてかその視線を俺からソラ達へと向ける。

九尾の魔力が高まりソラ達を狙い打つべく体制を整える。

だがしかし、それを許すわけには行かない。

『ディバインバスター』

「シュート!」

俺の分身たちが時差式でバスターを連射して牽制。

かわし、防御している間は奴も砲撃を打つことは出来ない。

分身が砲撃で牽制している間に俺は高速で近づいて九尾の周りに設置型のバインドを多数展開する。

GA!?…Gruuuuuuu

「ストラグルバインド」

展開した魔法陣から鎖が伸びて九尾を拘束しようと迫る。

GURUUUUU

九尾はその拘束を難なく避けてソラの方向へとその身を躍らせる。

行かせるか!

そう思い俺の分身たちもストラグルバインドを展開するが、設置型のバインドをもその直感で難なく避けて少しずつだがソラへと迫る。

Gura!?

物凄い勢いでソラに迫っていた九尾の体がいきなりぐらついたかと思うと、今まで避けれていたはずのバインドにその身を拘束された。

Ga…garuu…

息が苦しいのか口をパクパクさせて酸素を肺に取り込もうと一生懸命もがいているようだ。

その隙に俺の影達は十重二十重とバインドで九尾を拘束する。



九尾と対峙するに当たって切った奥の手。

そう、俺は九尾と対峙するや否や万華鏡写輪眼を発動していたのだ。

志那都比古(シナツヒコ)
視界に映った空間の空気を支配する力。

その力で俺は九尾の周りの空間の空気に干渉した。

空気中に含まれる酸素を抜いて二酸化炭素へと置き換え。

今奴は急激な酸欠により脳の活動が著しく阻害されている事だろう。

その結果、奴は体の制御能力を失い俺の影分身達に拘束されている。

とは言え、人間ならば死んでしまうかもしれない環境だが、ジュエルシードの暴走体へはどうだろうか?

やはりと言うかこの環境に対応すべく体組織が組みかえられているようで、その体は淡く発光している。

しばらくすれば無呼吸で生きる事が可能な生物に変態しそうだ。

だが、俺は十分に時間は稼いだぞ?

「なあ?なのは、ソラ」

見上げた先に居るなのはとソラ。

「うん」

「任せて!」

煌々と煌く魔力の塊に吸い寄せられる魔素が箒星のように尾を引いて集まっていく。

その光景は神々しくとてつもなく綺麗だ。

九尾もどうやら無呼吸状態に適応したらしく、溢れんばかりの魔力で俺のバインドによる拘束を引きちぎろうとしている。

「俺の影ごと撃て!」

俺の叫びを聞いてなのはとソラはその分身も含めて四つの極光を振り下ろす。

「スターーーライトォ…」
「ルナティックオーバーライトォ…」

「「ブレイカーーーーーーーーーーーーーー」」

眩い光は一つの目標へと走り、それは螺旋を描きながら折り重なり一つの砲撃となって九尾を包んだ。

その後爆音と海を裂いた水しぶきが俺を襲う。

ザァァァッ

水しぶきによる水蒸気が晴れるとそこには封印された6つのジュエルシードが浮かんでいた。 

 

第三十六話

side クロノ

僕は今、眼前のモニターを食い入るように見つめている。

迫り来る無数の魔力スフィアを被弾無く回避しながら向かっていくアオの姿を見る。

一体どんな訓練をつめばあの量の弾幕を被弾無く避けられると言うのか。

避けるだけではなく、先ほどからソラとなのはは隙を突いて攻撃を仕掛けているのも見える。

「凄いわね、彼ら」

母さんの少し呆れたような声が響く。

「はい。こんな事管理局の魔導師で出来る人は一体どれくらい居るのでしょうか」

エイミィが母さんの声を聞いてそう返答した。

確かにこれだけの技量を持った人なんて一握りだ。それこそ何年もの修練の先にようやくたどり着けるものだ。

それを年端も行かない彼女たちが修めているはいささか不釣合いではある。

なんて疑問が浮上した所でさらに新たな問題が浮上した。

「これは…幻影系の魔法か?だがそんな事をしても意味は無いだろうに」

モニタの先でアオの周りに20人ほどの分身が現れたのが見えた。

このように、物量で攻めてくる相手に囮にしかならない幻影魔法など魔力の無駄もいい所だ。

しかし、エイミィが手元のキーボードを鬼気迫る勢いで叩き、画面を確認すると、ありえないと言った表情で叫んだ。

「違います!アレは全て実体です」

「はあ!?そんな訳無いだろう?」

エイミィの余りにもショッキングな報告に此方の声も荒げてしまった。

「クロノ君…私もそう思って何度も確認したんだけど、計器はアレを実体だって算出しているの!」

「そんなバカな!」

アオの放った魔力球。幻影にまぎれて本体が行使していたとしてもその全てを正確にターゲットに当てる事など不可能ではないかと思えるほどの量だった。

しかし、その後の砲撃魔法で彼ら一人一人が実体である事が証明される。

スフィアであるシューターではなく、砲撃であるバスター。

その突き出した手の先で収束してから放たれると言う使用方法によりそれが幻影に被せて本体が行使する事は殆ど無理であろうという事は僕にも分る。

「結界上部で巨大な魔力反応を感知!こ…これは…」

モニターに映し出されるのは空中で静止して大魔力砲撃の準備をしているであろうなのはとソラの姿。

しかしおかしいのはやはりその姿が増えている事。

「エイミィ!」

「収束されている4つの魔力球は両方とも実体です!」

「そんな…ばかな…」

信じられずにモニターを見ると今度はその数の多さで四方からバインドを展開しているアオの姿が映る。

しかし敵はその十重二十重のバインドをその動物的直感で避けていく。

しかしその動きが段々ぎこちなくなっていく。

何だ?アオは何かしているのか?

終にその身を捕らえる事に成功した。

だが、これからどうするんだ?

確かに認めよう。アレは実体だ。

各人から伸びるバインドによって雁字搦めにされるイタチの化け物。

恐らくそこにチャージしている極大魔法をぶつけるのだろうが、それではあの分身は?

分身ごとやるのならやはりアレは幻影なのだろうか?

『『ブレイカーーーーー』』

「なんていうバカ威力!?」

て言うかためらいも無く彼女らはあの分身ごと打ち抜いたぞ!?

やはりフェイクなのか?

どうにか局員達の頑張りで結界は破壊されていないようで、津波による被害は免れたが、もし結界が破られていたらその被害は甚大だっただろう。

それくらいの規模の威力の攻撃だった。

「エイミィ、状況は?」

母さんがエイミィの報告を待つ。

「ジュエルシードの封印は完了。原生生物との分離成功したようです」

「そう。それじゃあジュエルシードを回収してしまいましょう。クロノ、行って来てもらえるかしら」

「了解しました、艦長」

先ほどの戦闘で3人にはどれほども魔力は残っていないだろう。

直ぐにでも回収へと向かって行けないほど体力と魔力を消費しているに違いない。

その証拠に彼らの動きは緩慢で、なかなかその場を動こうとしない。

転送で結界外へと転移させたアオ達の知り合いのようだった彼らより早くジュエルシードを回収した方がよさそうだ。



side out



「アオ!無事だった!?」

ジュエルシードが封印されるや否や、自力で結界内部へと転移してきたフェイトが俺に心配そうに声を掛けた。

「ああ、ほらこの通り、無事だよ」

「よかった…なのは達は?」

「あそこだ」

視線を移すと海面で何かを拾っているなのはの姿が見える。ソラは空中で待機中だ。

それを見てフェイトは胸をなでおろす。

「っは!、ジュエルシード…」

「あそこ」

「アオ…」

そんな顔するなよ。

「あー、俺もソラ達も魔力消費が激しくてそう俊敏には動けそうも無いなー」

「!?…ありがとう」

ゴウっと音を立てて空気を切り裂きながらフェイトは一目散にジュエルシードの確保に向かった。

あと少しといったところで丁度フェイトと反対側に転移魔法陣が展開され、そこからクロノが転送されてきた。

「ストップだ。すまないがジュエルシードを渡すわけには行かない」

手に持ったS2Uをフェイトに威嚇するために突き出してはいるが、本当に撃つ気はなさそうなので一安心だ。

しかしいつでも撃てるように準備はしているので対峙しているフェイトもうかつには動けないようだった。

「出来れば君たちの事情が知りたい、君の保護者も含めて話し合いがしたいのだが」

「…っ」

クロノの説得。

しかしその時上空から広範囲攻撃クラスの雷撃魔法がふりそそいだ。

『ラウンドシールド』

ソルが俺に身を案じて直ぐにバリアでその雷撃を遮断してくれた。

何だ!?あのイタチは完全にジュエルシードを分離させたはずだ。

ならばこの攻撃は一体?

しかし、少し考えたら答えは出る。

そう、この攻撃は恐らくプレシアのものだろう。

原作でも広範囲攻撃でジュエルシードをくすねて…って!ジュエルシードは!?

視線をジュエルシードが浮かんでいる方へと移す。

「きゃあああああああ」
「うわああああああ」

この魔法の中心はジュエルシードの辺りらしい。

俺の請けている攻撃は余波みたいなものだが、より近くに居るフェイトとクロノへの威力は比べるまでも無く高い事が見て取れる。

「っフェイトーーーーー!」

俺はラウンドシールドを展開したまま全速力でフェイトの方へと駆けた。

しかし俺はフェイトを守るには間に合わず、自己で展開したシールドがその圧倒的な魔力による雷撃で打ち抜かれたしまった。

「きゃああああああああ……」

飛行魔法まではまだキャンセルされていない内に俺はフェイトを抱きとめて上空からの雷撃から守る。

「………かあ…さん」

呟くよりも小さな声がそうもらした気がした。



side フェイト

ここは何処だろう?

確か私は空から降ってきた雷撃魔法に撃たれて…

なんでこんな真っ暗な空間に居るのだろうか?

見渡す限り真っ暗な空間。

その奥の方に微かな光を感じる。

私はそれに引き寄せられように足を進めた。

後一メートルと言ったところで急に後ろに気配を感じた。

「そっちに行ってはダメだよ」

誰?

振り向いた先には小さな女の子が。

私?

その姿は5歳ほどの姿をしているが、その見た目は私そのもの。

あなたは誰?

「私はアリシアって言うの」

アリ…シア?

「うん。あなたはフェイトだよね?」

あれ?私名乗ったっけ?

「ここは精神世界みたいなものだから」

それが答えになっているのかは分らなかったけれど、何となく理解した。

それで?どうしてそっちに行ってはいけないの?

私はアリシアと名乗った少女に質問した。

「それはフェイトの記憶。ゆかりお母さんに会う前のあなたの記憶」

記憶?

そう言えば私はゆかりお母さん達に会う前の記憶は無かったんだっけ?

私のことを本当の家族のように受け入れてくれているゆかりお母さん達のお陰で今の今まで忘れていたよ。

もしかしてアレに触れれば私の失った記憶が戻るの?

「…そうだね。だけどそれは5歳から9歳までのあなたの記憶」

え?それ以前は?

「それ以前の記憶が今の私かな?でもそれはあなたの記憶じゃないの」

うん?どういった意味だろう?

5歳より前の記憶だって私のもののはずだ。

だけど、私の心を読んだのか、アリシアと名乗った少女の表情は暗い。

「ここでその光に触れればあなたは自分の記憶を思い出す。だけど私はそれを勧めない」

何で?

「それに触れたら今の生活が終わってしまうから」

終わってしまう?今の生活が?

私の忘れたしまった記憶に一体何があるのだろうか。

「私は忘れたままの方がいいと思う。でもそれを決めるのはフェイト自身だから」

ここで選んで、とアリシアは告げた。

あの光に触れれば記憶が戻る。

だけど、アリシアが言うには忘れたままの方がいいらしい。

私は少し考えてからアリシアに一つだけ質問する。

私が記憶を忘れてしまって悲しむ人は何人くらい居るの?

今の私がもし、記憶が戻った事で悲しんでくれるのはゆかり母さん、アオ、ソラ、なのは、久遠の5人。

もし、それよりもいっぱいの人が私を待っていてくれるなら…

「……残酷かもしれないけれど、一人も居ないわ」

アルフは?

「アルフはきっとこのままフェイトが笑っていてくれる事を望んでいるはず」

自分の事を思い出してもらえなくてもね、とアリシアは続けた。

「コレが最後のチャンスだよ。コレを逃したら多分一生思い出さないんじゃないかな」

どうするの?と、アリシアは問いかけてきた。

私の答え。

今の私が望んでいる事。

この選択を後悔する事がいっぱい有るかも知れない。

だけど私は…

「そう、わかった」

そう言うとスウっとその輪郭がぼやけて最終的にはパと消えてしまうアリシア。

さようならお姉ちゃん。

それを見送って、私の意識は暗闇から覚醒した。



「ここは?」

最近見慣れたどこか柔らか味の有るクリーム色の壁紙ではなく、どこか鋼鉄を思わせる鉄色で、どこか冷たい印象を私に与える。

「アースラって言う次元航行艦?の中よ」

アースラって言う名前はアオ達が出かけるときに聞いた。

つまり私は敵の船の中にいるって事だ。

「っ!ジュエルシードは」

慌てる私を優しく押しとどめてゆかり母さんが話す。

「フェイトちゃんは何処まで覚えているかしら」

「……空からの雷撃の後、私、直ぐに気絶したから」

そう、と一拍置いてから話しだす。

「あの後、フェイトちゃんがアオに抱きとめられてから直ぐになのちゃん達がジュエルシードの回収に向かったそうよ」

なのはが回収に、それならばジュエルシードは管理局に取られてしまったのか…

「だけど、あの雷撃の中、なかなかジュエルシードへと近づけず、結局第三者の手に渡ってしまったわ」

第三者?つまりあの雷撃をした人と言う事だ。

「アオ達は?」

「あーちゃん達はジュエルシードの確保に向かったわ」

「何処に!?」

「時の庭園。貴方の家よ」

ゆかり母さんが少し物悲しそうな表情を浮かべた。

「私、さっきまで夢を見ていました。
その中で私そっくりな少女が出てきて、ここなら貴方の記憶が戻るだろうって」

「…それで?」

ゆかり母さんは真剣な表情で続きを促す。

「コレが最後のチャンスで、コレ以降は思い出さないだろうって言ってました。でも彼女は思い出さない方が良いって」

私の一言一言を真剣な表情で聞いている。

「私は選択しました………私の家は御神の家です。私は御神フェイト。貴方の娘です」

「フェイトちゃん」

ゆかり母さんに抱きしめられた。

鼻腔をくすぐる優しい匂いに包まれる。

私は選んだ。

アオ達と家族で居る事を。

ならば私も行かないと。

私の家族を迎えに。


side out 

 

第三十七話

アースラに戻ってきた俺たち。

腕の中に抱えているフェイトを俺達が借りている部屋のベッドへと運びこむ。

その時俺の念で外傷を消す。

そう言えば語らなかったが、俺の念能力は触ったものの時間を操る「星の懐中時計(クロックマスター)

俺の念能力は治す能力ではない。

治すのではなく体表面の時間を操ってフェイトの肉体を少し戻した。

その結果、傷が塞がったのだ。

フェイトをアルフに頼み、ブリッジへ。

拘束はされていないが一応重要参考人として招待された母さんがクロノと話している。

「つまり貴方はプレシア・テスタロッサとの取引でジュエルシードを集めていたと」

「そうよ」

「アレがどういうものか分っていてですか?」

「ええ」

「貴方は!」

「クロノ」

リンディさんがクロノと母さんの会話に割りこんで止める。

「かあさっ…艦長!」

「紫さん。貴方は子供たちから私たちの組織の事は聞いていなかったのですか?」

「聞いていたわ」

「だったら」

「でも、貴方たちが勝手に語っているだけかもしれないじゃない。私は今まで生きてきて、そんな組織を聞いた事が無い。信じろという方が難しい。それに先に接触したのがプレシアで、どうしても欲しいものが私にもあった」

「その欲しかったものをお聞きしても?」

母さんは少し考えてから言った。

「フェイト・テスタロッサの親権」

「な!?貴方は子供を売買するのか!?」

「貴方たちなんて子供を戦場に出しているじゃない!」

母さんの怒声にクロノが黙る。

「彼女の現状も理解できずに憤るんじゃないわよ!フェイトちゃんにはその体に家庭内暴力の痕があったと言っても貴方は親元から引き離すなと言うのか!?」

「ぐっ…」

「彼女の母親にも会ったわ。その彼女があの子をなんて言ったと思う」

「なんて言ったのかしら?」

一児の母であるリンディさんが問い返す。

「お人形。それ以上でも以下でも無いそうよ」

その言葉を聞いてブリッジが静まり返った。

しばらくの沈黙。

それを打ち破ったのは鍵盤を弾いていたエイミィ。

「艦長。プレシア・テスタロッサのデータ、出ました」

ピコンとスクリーンに現れるプレシアのデータ。

「あら、これは」

表示されるデータ。

「そんな…」

母さんやなのはの手前にはソルが翻訳したデータを展開しておいた。

其処に映し出されたのは膨大だったが、なのはの目に付いたのは一点。

家族関係。

娘 アリシア・テスタロッサ 死亡

以上

フェイトの事は何一つ記されていない。

「プロジェクト・フェイト」

それはクローンを使った記憶転写型人造魔導師計画の総称。

「もしかしてフェイトちゃんって…」

「アリシアって子のクローン…」

二人とも絶句。

そんな事よりも俺は特筆すべき事があると思う。

「クロノ、この条件付SS魔導師ってのは…」

「これは…まずい!」

備考を見ると媒体からのエネルギー供給とそれを操る技術、さらに天文学的な数値の魔力まで操れたとされている。

なるほど。

自身の魔力資質ではなくベルカ式カートリッジシステムみたいに外的要因が大きく関わるタイプか。

ジュエルシードを奪われた分の9個。

それ以前のものは渡していない。

ソラとなのはのダブルブレイカー×2に不利を悟ったか、機を焦ったか。

それはさて置き。そんな数のジュエルシードからの魔力を使われたら…

さて、現在結界を張っていたはずの局員達は、プレシアテスタロッサの根城、時の庭園へと歩を進めていた。

俺たち全員の動きを阻害するための渾身一撃は、アースラへと攻撃する余裕などなく、その攻撃座標を割り出していたアースラは結界の維持をしていた局員達を回収後直ぐに時の庭園へと派遣した。

庭園内へと進入していた局員達にもリアルタイムで首謀者のデータを送信、逮捕に向かったのだが…

局員達に囲まれても玉座に座り頬杖をついて余裕の表情を崩さないプレシア。

その表情がさらに奥に入った局員が生態ポットを発見した所で豹変する。

「私のアリシアに…近寄らないで!」

鬼気迫る表情で管理局員に迫るプレシア。

その猛攻を凌ぎきれずに倒される局員。

「転送、急いで!」

リンディさんに急かされて、雷撃魔法で倒れ伏した局員を急いで回収するエイミィ。

「流石に条件付とは言えSSランク魔導師」

圧倒的だった。

「ちょ!大変。見てください。屋敷内に魔力反応多数」

現れる魔道アーマー。

その内包魔力はどれもAランク以上。

その数は100を超える。

「プレシア・テスタロッサ、一体何をするつもり?」

サーチャー越しにリンディさんが問う。

「私たちは旅立つの、永遠の都、アルハザードへ」

精神が錯乱しているためか、それとも科学者の職業病か。

問われた質問に答えるプレシア。

亡きアリシアを蘇らせる為に次元に穴を開けての片道切符。

切符を買う手間の料金がジュエルシード。

手元にあるジュエルシードを起動させて本格的に次元震が発生する。

なんか凄くブリッジが慌しい。

まあ、下手をすれば一つの世界が終わるほどの災害が起きるかもしれないのだからそれは慌てもするか。

そんな中、お前は何で今まで現場に行かなかったのかって?

俺にしろ、ソラにしろ、なのはにしろ、消費した体力と魔力の回復を最優先にしたためだ。

三人とも大量に魔力を消費したために直ぐには動けそうも無かった。

特にソラはAAほどの魔導師質でブレイカー二発分の魔力運用。

体への負担を考えると回復の時間は必要だった。

「どうするんだクロノ…クロノ?」

呼びかけたはずのクロノの姿は既に何処にもない。

「あれ?何処に?」

「クロノならさっき走ってトランスポーターまで走って行ったよ」

「一人で?」

「一人で」

冷静に周りを見ていたソラが教えてくれた。

「クロノ君一人で大丈夫かな」

なのはが心配そうに呟いた。

「大丈夫な訳ないわ。貴方たちとの契約は黒いイタチもどきの討伐までのジュエルシード確保だったけれど、行って貰えないかしら」

リンディさんから時の庭園への侵攻の要請。

このままだと世界が滅びかねませんとエイミィさんも叫ぶ。

「魔力も大方回復したし、大丈夫ですよ。なのは、ソラ。久遠」

「うん」
「はい」
「くぅん」

「母さんはフェイトを頼む」

「あーちゃん、なのちゃん、ソラちゃん、久遠ちゃん。…頑張ってきなさい」

「「「「はい」」」」

母さんは逡巡したが、激励して俺たちを見送った。



やって参りました時の庭園。

ばっちり警備兵を配置された城の中を進むのは骨が折れそうだ。

「クロノ君」

「君達か」

なのはが声を掛けると一瞬振り向いて確認するとS2Uを刺し貫いた魔道アーマーから引き抜いた。

流石にリンディさんからアースラの切り札扱いされているだけはある。

入り口までの魔道アーマーを全て駆逐し終えていたようだ。

「すまない。本当はこんな事を頼むのは心苦しいのだが、人手が足りない。力を貸してくれるか?」

「リンディさんにも頼まれたし元からそのつもりだ。余波で地球が無くなったりしたら困るからな」

「地球だけの問題では無いのだが…すまない、助かる」

ぶち破った扉から城内へと侵入する。

床下は所々破れ、虚数空間に繋がっている。

「この穴には気をつけろ!虚数空間、魔法が発動できない空間だ。落ちたら最後重力の底までまっ逆さまだ」

無限に湧き続けるのではなかろうかとも思える魔道アーマーをソルで切り裂きながら進む。

「……それにしてもお前達の戦闘技術、年齢に比べると成熟していないか?」

俺はともかく8歳児であるなのはとソラの戦闘技術は明らかにおかしい。

「ノーコメント。しいて言えば人の何倍も訓練したから」

影分身を使って。

「人の何倍も…か」

さて、このエリアも掃討したし次に行かないと。

「待ってくれ!」

その声に振り返ると、底には人型で走り寄ってくるアルフの姿が。

「あたしにも手伝わせてくれ」

「アルフさん」

なのはが歓迎の声を上げる。

「人手は多いに越した事は無い。よろしく、アルフ」

「おう」

しばらく走ると分かれ道に差し掛かる。

「ここから二手に分かれる。アオと、使い魔二人には駆動炉の封印を頼みたい」

おや、俺たちが駆動炉へと回されたか。

反対してロスする時間は無いから了承して頷く。

「僕たちはプレシア・テスタロッサの捕縛へ向かう」

とは言え、俺たちに警察権は無いから、逮捕するのはクロノの仕事だ。

「じゃあ、また後で」

「アオも気をつけて」

ソラがそう言ってクロノを追う。

「お兄ちゃんもくーちゃんも怪我しないでよ」

「誰に 言っている」

なのはもソラに続いた。

「さて、俺たちはこっちだ」

「くう」

「おう!」

雑魚を切り伏せながら階段を駆け上がり、コロッセオのような円筒状の建物の中を飛行魔法を駆使して上っていく。

と言うか、この時の庭園。一体誰が作ったの?こんなのが作れる時間と資産がプレシアにあったとは思えん。

どこかに元からあった物だろうか。

次元空間内に浮かぶ城とか、ある意味ロストロギアなのではなかろうか、この城。

ドドドーーーン

壁を突き破り現れるのは今までよりも一回り以上大きい魔道アーマー。

「でかっ!」

「…おおきい」

なんて言ってる暇は無かった。

肩についている大型ランチャーや腕そのものが砲身なのか、幾つもある刃先から四方八方へと散らばる光線。

バリアで受け止めるとそこに集中砲火されてバリアの上から落とされそうだ。

(らい)!」

人型の久遠が指を振ると頭上から雷撃が落ちてショルダーアーマーを破壊した。

しかしその砲撃を止めるまでには及ばず。

と、その時。頭上から巨大な魔力反応。

『サンダーレイジ』

「サンダーーーーーレーーーーイジ」

足元の魔法陣へと突きつけたバルディッシュから特大の雷撃魔法が魔道アーマーを襲う。


両肩の砲身からバリアを展開して威力を殺いでいる魔道アーマー。

「今がチャンスか、ソル!」

『ロードカートリッジ、フォトンブレイド』

魔力刃を纏わせ刃渡りを何倍にも伸ばしたソルと振り上げながら魔道アーマーに飛び寄る。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁ!」

気合一閃。

拮抗していたバリアごと頂点から真っ二つに切り裂いた。

ドーーーーンっ

轟く爆発音。

「フェイト!」

フェイトの使い魔であるアルフは一目散に主に駆け寄る。

「アルフ」

豊満な胸に抱きしめられて今にも窒息しそうだ。

「フェイト!フェイト!」

「アルフ…苦しい…」

「あ…ゴメンよフェイト」

敵を倒し終えた俺もフェイトへと飛びよる。

「フェイト、何でこんな所に?ここが何処か知っているのか?」

俺のその問いにフェイトは俺を真っ直ぐ見つめて答える。

「ジュエルシードを奪っていった人の本拠地で、それの所為で地球が吹っ飛ぶかもしれない、大変な事になっているんだよね」

「そうだけど…そうじゃなくてだな…ここは…」

言いよどむ俺。

「私に関係があるんだね?」

でも、と一拍置いてからフェイトは力強く言った。

「今の私は御神フェイト。だからここがどんな場所かなんて関係ない。私は私の家族を、家族になってくれる人を守るの」

その言葉は本当に力強く、今のフェイトの真実。

「そうか…そうだね、一緒に行こう。もうこの先が駆動炉だ」

「うん!」 

 

第三十八話

駆動炉の封印を終えた俺たちは、転進して最下層、プレシアの所へと駆ける。

道中の魔道アーマーの殆どは何かに切り裂かれたかのような感じで倒れていた。

なのはがやったのか、ソラがやったのか。どちらでもいいけれど容赦なく一撃で一刀両断されている。

前方に爆破された扉が見える。

開けるのが面倒になって魔法でこじ開けたな…

扉を潜り抜けるとそこでプレシアさん一人となのは、ソラ、クロノと母さんが戦闘を行っていた。

と言うか、母さんはいつの間にこっちに来ていたのだろうか?

大量展開した魔道アーマーで身辺を守り、自身は極大な固定砲台と化したプレシアに少々攻めあぐねているようだ。

「いい加減にくたばりなさい!」

部屋の中を雷撃魔法が炸裂する。

「ラウンドシールド」

入り口に居る俺とフェイト、久遠とアルフ。

中央にソラ達。

その奥にプレシア。

プレシアが行使するのは広範囲殲滅魔法。

ゲームで言うマップ兵器。

その威力はジュエルシードから供給される魔力でかなり底上げされていて、気を抜くと落とされるレベル。

シールド魔法の使えない母さんをソラとなのはが包むようにシールドを展開している。

「っく…あなたの気持ちも分るわ!だけど!独りよがりで他人に迷惑のかかる行為はやめてもらえないかしら」

「あなたに何が分るって言うの!?私の苦しみ、絶望があなたなんかに!」

「少なくても他の人たちよりは分るわ。私も突然家族を失ったことがあるもの…二回もね」

「………」

「だからあなたのやってきた事を否定する事はしないわ」

「だったらだまって見て居なさい」

母さんは顔を左右に振ってから答える。

「それは出来ない。貴方がやっている事は私の幸せを壊すもの。あなたにとって価値の無いこの世界。だけど私にとっては大切だから」

確かにこのまま次元震が大きくなれば最悪余波で地球が滅びかねないのは事実か。

問答が続きようやく雷撃が止んだ。

「だからあなたの凶行は止めるわ。…だけど、私たちに手伝える事があるはず」

「なにを…」

「きっと何か他に方法があるはずだわ」

「私がどれだけの時間を費やしてきたと思っているの!もうコレしか方法が無いのよ!だから私は旅立つの、この世界の全てを犠牲にしても!」

世界に絶望しているプレシアにしてみればアルハザードのみが唯一の望み。それ以外の選択肢は既に存在しないか。

母さんとプレシアの問答を聞いていた俺達へ、プレシアの暗く濁った瞳が向けられる。

「…あそこに居るのはアリシアのなり損ない…その存在自体が不愉快な者。あの子と同じ声で私を呼ぶ、…ああ、実に不愉快な実験動物の成れの果て」

すでに精神を病んでいるプレシアはジュエルシードから供給される大量な魔力に酔っている状態だ。

「目障りだから消えなさい!」

プレシアの周りを回る9個のジュエルシード。

それらから供給された魔力を集めてこちらに向かって打ち出してきた。

「しまった!」

「アオ!」
「フェイトちゃん!?」

攻撃対象が自分たちからそれた事で一瞬反応が遅れてしまったソラ達。

インターセプトをする暇が無かった。

空間攻撃から直射へと攻撃方法を変えた雷撃、それが俺たちへと迫る。

「くっ!ソル!」
「バルディッシュ!」

『ラウンドシールド』
『ディフェンサー』

咄嗟に俺とフェイトが二人で展開したバリアをじわじわと撃ち砕いていく。

『ロードカートリッジ』

ガシュッガシュッガシュッ

排出される薬きょう。

「くぅん!」
「はあっ!」

遅れて久遠とアルフもバリアを展開する。

しかし、九個のジュエルシードから排出された魔力によるその一撃は尋常ではなかった。




「アオ!」
「フェイトちゃん!?」

わたしとソラちゃんの叫び声が重なる。

そんな!

振り向いた先には今までに無い威力の砲撃魔法を受け止めているお兄ちゃんとフェイトちゃんの姿が。

その攻撃は展開されたバリアにひびを入れていく。

一枚、そしてもう一枚と、一枚割れると直ぐにほかのバリアも貫かれてしまった。

ドゴーーーンッ

辺りに爆音と、その後の土煙が充満する。

「そんな…」

「あーちゃん!?」

紫ママの表情から血の気が引いていく。わたしの顔からも。

そんな、そんなまさか…

わたしの心配をよそにソラちゃんはその表情に不安の色は無い。

「大丈夫」

自信にみなぎる表情でそう答えるソラちゃん。

「…でも!」

煙が晴れるとそこにはお兄ちゃんたちをその両の腕で守るように巨大な上半身だけのドクロが顕現していた。

「ガイコツ!?」

「何?あれ」

紫ママも知らないの?

わたしと紫ママはソラちゃんに視線を向ける。

「違う、アレはスサノオ」

「スサノオって日本神話の?」

日本神話?うーん、わたしにはいまいちぴんと来ないの。

神様の名前か何かかな?

「日本神話は私は知らない。けれどアレはスサノオって言うの。アオと私の最終奥義。切り札は出来れば見せたくなかった」

ソラちゃんが説明してくれている間にだんだんドクロが人の形を取っていく。

アレは女の人かな?

「ソラちゃ…何やっているの!?」

女の人からソラちゃんに視線を戻すと、小脇に抱えるようにして気絶しているクロノ君がいた。

ほんの一瞬でクロノ君に当身を食らわせて気絶させ、連れてきたようだ。

「ちょっと!それってクロノ君のデバイス」

確かS2Uって言ってたかな?ソレを完膚なきまでに粉々に握りつぶしているソラちゃん。

ストレージでAIは無いっぽいけど、それはひどいと思うよ?

ついでに回りに飛んでいたサーチャーも潰している。

「記録とられたくないってアオが言ってる」

「そ、そうなの!?」

もう一度視線を戻すといつの間にか女性の姿は無く、大きな天狗のようないでたちの上半身だけの巨人が居た。

「母さん!取り合えずプレシアさんをぶっ飛ばして拘束してから説得しよう」

お兄ちゃんが叫ぶ。

「…そうね、今の彼女には何を言っても聞き入れてはもらえないわね。あーちゃん、やっちゃって」

「了解」

そんな会話をした後、その巨大な人影はお兄ちゃんが歩くのと共にプレシアさんに向かって前進する。

「なのは!下がるよ」

ソラちゃんに手を引かれてお兄ちゃんの後ろ側に居るフェイトちゃんのそばに紫ママと一緒に移動する。

「にゃ!?大丈夫なの?」

「大丈夫」

合流したフェイトちゃんに声を掛ける。

「フェイトちゃん、無事!?」

「うん、大丈夫。それよりもアレは…」

おどろおどろしい怪物の登場にフリーズしていたプレシアさんが再起動。

「っく…それが何だって言うのよ!沈みなさい」

もう一度先ほどの雷撃魔法がお兄ちゃんに迫る。

「あ!危ない!」

「アオ!?」

「あーちゃん!」

「平気。ヤタノカガミがあるもの」

「三種の神器の?」

紫ママが言うジンギっていったいなんなの?なんか凄そうだって言うのは分るんだけど。

フェイトちゃんも何の事だかさっぱりの様子だが、どういった現象なのだろうと一生懸命に聞いている。

「そう。ヤタノカガミはあらゆる性質に変化する。故に絶対防御」

ソラちゃんが言ったとおり、雷撃魔法の直撃を食らっても、左手に構えて銅鏡のような盾に弾かれる。

「きゃあ!?」

『ラウンドシールド』

その魔力の凄まじさから、全てを無効化できずにはじかれた余波が此方を襲う。

気を利かせてくれたレイジングハートが直前でシールドを展開してくれた。

「ありがとうレイジングハート」

『問題ありません』

のっし、のっしと歩を進めるスサノオさん。

「行きなさい」

接近されて焦ったプレシアさんが自身の守りの魔道アーマーを差し向ける。

斬っ

水平に振りぬいた右手にはいつの間には幾つも枝分かれしているヘンテコな形をした巨大な剣が握られている。

「草薙の剣ね」

紫ママがそう呟いた。

「知ってるの?」

「さっきのが銅鏡がヤタノカガミなら。あの神々しく銀色に輝く大剣は草薙の剣か天叢雲剣かのどちらかよ。まあスサノオとくれば天叢雲剣の方が有名だけどね」

「そうなんだ。私達は十拳剣って呼んでいる」

何を言っているのかチンプンカンプン。

だけど草薙の剣の名前はわたしでも聞いた事がある。

ゲームでだけど…

ジパングでヤマタノオロチを倒すとドロップする剣だよね。

っとと、それはゲームの話だ。

とつかのつるぎ?は聞いた事無いよ。

スサノオさんが振りぬいた先に居た魔道アーマーが真っ二つになって転げ落ちる。

「な、そんな…一瞬で?」

プレシアさんの驚愕の声が聞こえる。

でもその驚愕はわたしも一緒だ。

「流石に草を薙いだ剣ね。今回の場合草では無くて魔道アーマーだけど」

何十体も居る魔道アーマーがただの一振りでなぎ倒してその半数が爆散したのだから。

「っ私を、アリシアを守りなさい」

その願いをどう受け取ったのか。

プレシアさんの手元にあったジュエルシードが一箇所に集まり、そこから黒い尻尾のようなものが九つ出現した。

「あ、アレは!?」
「まさか!」
「そんな!」

うねっていた黒い尻尾が一斉に伸び、お兄ちゃんに向かう。

斬っ

それを事も無げに切り払うスサノオさん。

切り払うばかりか、さらに距離を詰めていっている。

その尻尾の出現場所には黒い球体があり、そこから今にも生まれてこようと躍動する。

あれは多分つい先ほど倒したばかりの九尾!

わたしがいくらなんでも荷が重いだろうと加勢に入ろうとした瞬間、その黒球を刺し貫いた十拳剣。

GROOOOOOOOO

瞬間、咆哮とも悲鳴ともつかない絶叫が響く。

「え?」
「あ?」

その光景に驚愕する。

刺し貫いた黒球が十拳剣に吸い込まれるようにして消えたのだ。







あ、マズイな。

俺はゆっくりと流れる閃光を前にそう思う。

相手のプレッシャーを感じ、脳内のリミッターが外される。

神速。

時間の流れが緩慢に感じられる。

展開したバリアにひびが一本一本入っていくのが見て取れる。

ああ、マズイ。

すでにカートリッジはフルロード。

こりゃ受け止められないわ。

非殺傷スタン設定な訳も無い高魔力攻撃の直撃を食らってしまう。

俺や久遠は念による身体強化、ダメージ軽減が出来るが、フェイトはまだバリアジャケットが有るから多少マシだろうけれど、アルフがなあ。

ジュエルシードで威力が向上したこの魔法の直撃に耐えられるだろうか。

無理かな…

切り札は見せたくないし使いたくないけれど、家族を守るためならば仕方ない。

ほんの数日しか一緒に過ごしていないけれど、フェイトもアルフも俺たちの家族だ。

だったら迷うな!

多くの力を持っている俺とソラが生きていく上で守りたいと思うもの。

過去二回の転生でそうだった為かもしれないが、家族と言うものと縁が薄い。

愛してくれている家族とは大抵生き別れる。

だから、守れる時は全力で。

それが俺の誓い。

グッと四肢に力を込める。

両の万華鏡写輪眼が開眼する。

「スサノオォぉぉぉぉ!」

バリアが破られ、迫る直前に俺の眼前に現れる白骨の両腕。

ドゴーーーンッ

着弾した雷撃魔法の威力をどうにか受け止める。

「あ、アオ?」

コレは?と問いたそうな顔をするフェイト。

しかしそれに答えてあげれるほど今は余裕が無い。

それにしても、なかなかキツイ。

しかし捌いてみせる。

俺は全身からさらにオーラを搾り出す。

着弾したソレを弾いた余波で舞い上がった粉塵が視界を遮る。

数秒か、数十秒か。終わりの無いと思われた砲撃が止む。

どうにか耐え切ったか。

「こっコレは!?」

「うん、その説明は後で…しないかな?」

「し、しないの!?」

余り知られたくはないしねぇ。

特に知られたくないのは管理局か?面倒そうだし。

ポケットから銀色に着色されたスピードローダーを取り出す。

ソルのリボルバーを開き装填。

『ロードオーラカートリッジ』

ガシュっと音を立てて炸裂するのは特別なカートリッジ。

俺が暇なとき、修行を終えてオーラが余った時などにこつこつ造った念製のカートリッジ。

魔力のそれとは性質が違うため両方を一気にロードする事は出来ないが、それでも今の場合は燃費の悪いスサノオの消費を外から賄ってくれるために重宝する。

【ソラ、悪い。クロノを黙らせてくれ。ついでに記録媒体の破壊もお願い】

【アオ?うん。分った】

念話でソラに後のことを頼む。

「まあ今は取り合えず」

フェイトから視線を母さんたちの方へと向ける。

「母さん!取り合えずプレシアさんをぶっ飛ばして拘束してから説得しよう」

先ずは世界を崩壊させそうな元凶を取り除かないと。

「…そうね、今の彼女には何を言っても聞き入れてはもらえないわね。あーちゃん、やっちゃって」

少しその言葉を吟味した後に母さんが言った。

「了解」

「っく…それが何だって言うのよ!沈みなさい」

またも撃ち出される雷撃を今度はヤタノカガミで受け止める。

「アオ!」

フェイトが心配そうに声を掛ける。

「大丈夫だから少し離れていて」

「あ、うん…」

「久遠、アルフ。フェイトをお願い」

「くぅん」
「了解さね」

それを聞いてお俺は視線をプレシアさんに向ける。

雷撃が聞かないと分ると今度は魔道アーマーを前進させてきた。

「行きなさい」

その言葉でこちらに歩み寄ってい来る魔道アーマーの大軍を、俺はスサノオの右手に持った神剣でなぎ払う。

中には上層で見かけた大型も混じっていたけれど、全て力でねじ伏せる。

その様子は巨大ロボットVS巨大怪獣の様相。

…もちろんこっちが怪獣だ。

しかし普通は巨大ロボットが無双するはずが、巨大怪獣がちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

…シュールだ。

あらかた魔道アーマーを始末し終えると、プレシアがジュエルシードを片手に必死の形相で叫んだ。

「っ私を、アリシアを守りなさい」

その願いをジュエルシードはどう受け取ったのか。

九つのジュエルシードが一箇所に集まると、そこに黒い球体が出来る。

その中から狐の尻尾のような、太さを持った触手が伸びだした。

少しの間うねるような動きをしたかと思うと、一直線にこちらに迫る。

斬っ

右へ左へ十拳剣を振り回し、延びてくる尻尾のような触手を切り払う。

限が無い。

しかも球体部分がなにやら躍動し始めている。

中から本体が出てくるのは時間の問題だろう。

先ほどまで形作っていた形態を覚えていたのか、どうやらコレはあの九尾を生み出そうとしているようだ。

生まれるといささか面倒だ。

機動力が低い今のうちに処理してしまう方が良いに決まっている。

一気に距離をつめ、十拳剣の間合いに入る。

よし!

俺は尻尾を斬り飛ばした隙に剣を一旦消してから、突き刺すように押し出した右手に再度十拳剣を顕現させる。

『ロードオーラカートリッジ』

ガシュガシュっと最後の二発がロードされる。

右手に現れた十拳剣は伸びる勢いも上乗せして途中の尻尾を突き崩しながら本体の黒球に突き刺さった。

GROOOOOOOOO

瞬間、咆哮とも悲鳴ともつかない絶叫が響いたかと思うと、ジュエルシードもろとも十拳剣に封印された。

まさかいとも簡単に無効化されるとは思っていなかったのだろう。

プレシアは何が起こったのか認識するまでに少々時間を要した。

「そ…そんな…ジュエルシードを返してっ!それが無いと、それが…がはっ」

絶望の表情から一変、吐血して片膝をつき、口元を右手で押さえ込むが、その滴り落ちる血液は止まらない。

「アリシアを……アリシア…っ」

ついに倒れこんでしまったプレシア。

度重なる高魔力攻撃の使用とその身を蝕む病で既に限界。さらには目の前で封印されたジュエルシードの事が堪えたのだろう。

その身は既にボロボロだ。

「ママ!ママー」

何だ?と振り返ると、叫びながらプレシアに走り寄るフェイトの姿が。

「フェイト!」

アルフが止めようと駆け寄るが、その拘束を抜け出してプレシアの脇へと走ってきた。

「ママ!」

「フェイト…私は貴方が大「ママ!私だよ?アリシアだよ?分らないの?」…え?」

プレシアの頬に当てた手は左手。

右利きであるはずのフェイトが左手で触れている。

「アリシアなの?…そう。いつもそこに居たのね」

敵意が消えた事を確認して俺はスサノオを解く。

どういう事だろうか。

確かにフェイトにはアリシアの記憶が転写されているかも知れないが、形作られた人格はアリシアではなくてフェイト本人のもののはず。

それにフェイトはママとは言わない。

「ママ!ママ!」

必死に抱きとめるフェイトを慈しむ様に力の入らないその腕で抱き返すプレシア。

「あーちゃん!」

心配そうに駆け寄ってきた母さん達。

その顔はどういうこと?と、問いかけている。

「プレシアが研究していたのは記憶転写型クローンだったから、可能性の一つとしては転写したアリシアの記憶から造られた人格が今になって表面に出てきたとか」

「それは違うみたい」

「ソラ?」

ソラは写輪眼を使用してフェイトを見ている。

俺も倣って写輪眼でフェイトを見る。

するとフェイトの内側に黄色に近い金色のオーラに混ざって水色のオーラが混ざっている。

「これは…」

「何?何なの?」

状況判断に戸惑っている俺の変わりにソラが説明する。

「フェイトの中に他の人の魂が混じってる。今はそれがフェイトを押しのけて体を操っているみたい」

「もしかしてアリシアちゃん?」

なのはが問いかける。

「状況からして多分そう」

二人の会話を邪魔しないように遠巻きで二人を見守る。

感動の再会だが、どんどんプレシアさんの息が細くなっているのは気のせいではないだろう。

こそっと母さんが俺に問いかけてくる。

「ねえ、彼女を助けられない?」

彼女とはプレシアの事だろう。母さんもこのままではプレシアが助からないと肌で感じている。

体から漏れ出す微弱なオーラも段々か細くなっていっている。

「命を繋ぐ事は出来るだろう」

「だったら…「でも」」

母さんが言葉を言い切る前に言葉を被せる。

「でも、命を救う事が彼女を救う事?」

「あっ…」

「命を救っても、彼女には犯罪者としての服役が待っている。そこで彼女の望みは叶わない。彼女の望みは大きいよ」

「望みって、アリシアちゃんの復活」

いいや、と俺は首を振る。

「彼女の望みはアリシアの居た幸せだった日々の存続。…例えアリシアが蘇ったとしても叶えられない」

今度の事件で彼女を無事に助け出しせたとしても管理局に追われることとなるだろう。

それは日々怯えながら過ごす、穏やかとは程遠い日常。

彼女の望みが叶えられるとしたら過去の改ざん。

だが、俺たちにそんな力は無い。

「人一人を助けるのは凄く重いよ。彼女のその後の人生全てに責任が取れないならば、何もするべきでは無い」

「そうなのね…」



目の前で抱き合う二人の会話。

それは伝えたかった思いと、伝えられなかった言葉がたくさんあった。

「私、ずっとフェイトの中で夢を見るようにママの事を見てたんだよ」

「そう…」

「ねえ、ママ。私の誕生日プレゼント、何が欲しいって言ったか覚えている?」

「もちろん…覚えている…わ。妹が欲しい…だったわ…ね」

段々意識が朦朧としてきたのか、その言葉はゆっくりとしている。

「うん。だからフェイトの中で眼が覚めた時、ああ、私に妹が出来たんだって思った」

「…そう」

「私はそこに居ないけれど、妹と二人幸せになってくれたらなって、思ったんだよ」

「…うん」

「私はお姉ちゃんで、ずっと母さんと一緒にフェイトを守っていくんだって思ってた」

「…うん」

「私は二人に私の分まで幸せに暮らして欲しかっただけなのに」

「そう…だったのね。アリシアの…願い…いつも私は…気づくのが…遅すぎる」

その言葉を最後に体から力が抜ける。

「ママ…」

我が子を抱きしめたまま息を引き取ったプレシア。

すぅっと人が入れ替わったみたいにアリシアの表情が変わる。

「こんなのってないよ…こんなのって」

頬につたう涙は二人を思ってか。

フェイトはプレシアを床に寝せて起き上がると母さんに駆け寄って力いっぱい抱きついた。

「ああぁっぁぁぁああ」

「…フェイトちゃん」

フェイトを優しく抱き返した母さんの表情も辛そうだった。

ドーーーン

そんな感傷を打ち破るかのように、今まで鳴りを潜めていた庭園の崩壊が始まる。

「まずい!庭園が崩れる」

「脱出しないきゃ」

なのはが少し慌てたように辺りを見渡す。

ピシッ

「危ない!」

今まで持ちこたえていた床に亀裂が入り砕けて虚数空間へと落ちていく。

咄嗟に飛行魔法を使って抱き合っていたフェイトと母さんを抱き上げる。

虚数空間へと落ちていくプレシアとアリシアの躯を遠目に確認したが、手を出せず。

二人の亡骸を見送り俺たちは庭園内から脱出する。

アースラへと戻ってきた俺たちは、次元震が収まるまで数日与えられた部屋で過ごしたあと海鳴へと帰還した。 
 

 
後書き
今回で無印編は終了です。
次話はA’s編を飛ばしてsts編へのクロスになります。 

 

第三十九話

 
前書き
今回からまた世界の移動がはじまります。今後かなりのご都合主義的展開が乱舞してしまうかもしれません。その事を了承していただけると幸いです。  

 
さて、ジュエルシード事件での俺たちの役目も終わり海鳴へと帰ってきた。

まあ、そこでフェイトの件などで少し管理局側とひと悶着あったけれど…

一応プロジェクトフェイトの生きた成功例であるフェイトの取り扱いには少々もめた。

しかし、実験資料は時の庭園と共に消え、記録上プレシアの娘はアリシアのみ。それも死亡と認定されている。

当然フェイトの戸籍なんかは管理世界には無く、権利問題があやふやになってしまった。

当のフェイトも管理世界での犯罪などは犯しておらず、逮捕される謂れも無い。

管理局で保護をと言う提案を母さんが一蹴。

もう少しでアースラ最後の日(母さんが切れて暴れそうだった)になってしまう所をリンディさんが折れて緘口令を敷いた。

プロジェクトフェイトは他言無用。

さらに俺たちのことも詮索は禁止。

これがさらにもめた。

魔法至上主義の連中に魔法以外の何らかの力で空を飛び、魔道アーマーすら寄せ付けない母さんの力は恐れるに足る存在だったのだろう。

しかし、俺たちにはそれを教える気は無い。

最後は面倒になったので万華鏡写輪眼『思兼』で思考誘導。

そのまま洗脳…もとい、言質をとって部下への詮索を禁止を徹底させた。

いや、便利だね、思兼。

使いすぎると人間としては最低にまで落ちて行きそうだけど。


そんな訳で略式の表彰状をもらい俺たちはアースラから海鳴へと帰ってきたのだ。

つか、殆ど無償奉仕かよ!

死地へと赴いて世界の危機を救ってみれば表彰状のみとかね。

まさしくやってられん。

まあ、一応フェイトの身柄と親権はゲット出来たからいいんだけど。

親権と言えば、フェイトの戸籍なんかは此方の世界には無かったはずなのだが、母さんがこれから造るそうだ。

何でも御神家が存続していたときのコネがまだ有るとの事。

要人護衛の仕事は、なかなかそういった機会が豊富だったらしい。

数日で『御神フェイト』が誕生するだろう。


「そう言えばなのは、あの時海で何か拾ってなかった?」

九尾を打ち倒したときに、なのはが何やら海面から拾い物をしていたような…

「あー、アレね。えっと、ジュエルシードに取り込まれていたイタチが海に浮かんでいたから、見捨てるのもアレだったから取り合えず拾ったの」

ああ、取り込まれていた原生生物か。

「それで?そいつは大丈夫なのか?」

「うん…なんか管理局の人が言うには変身魔法でイタチに変化していた管理世界の人なんだって」

なんだと!?

まさかユーノか!?

「そ、それで。そいつの名前とかは分ったのか?」

ユーノだとして何であんな状況に?俺たちが転生した所為か?

「えっと…エルなんとかって聞いたような」

「エルグラントだよ、なのは。エルグラント・スクライア」

フェイトが訂正する。どうやらフェイトと一緒にアースラ滞在中にちょくちょく出てたのは医務室に通うためか。

っていうか!ユーノじゃない!?

「そ、そうなんだ。…それで?怪我とかは大丈夫だったのか?」

「怪我は大丈夫そうだったの。ただ、記憶に混乱が見られるって言ってた」

記憶に混乱か…原因は幾つか思い浮かぶな。魔力ダメージの後遺症。ジュエルシードの融合による弊害。後は酸欠による脳細胞の壊死とか。

そんな状態でどうやって個人情報の特定出来たかと言うと、その首に掛けられていたデバイスに聞いたらしい。

うーむ。

ユーノの代わりに居たエルグラントと言うイタチ。

こいつはもしかして転生者か?

スクライア一族に転生して、ユーノと同年代。

原作介入がしたかったら俺ならユーノを押しのけてユーノポジションを得るな。

まあ、記憶が混乱しているそうだし、もう会う事も無いだろうから実際の所は解らないのだけれども。

もしこいつが闇の書事件でしゃしゃり出てきたら転生者確定か。

それはもう少し経たないと分らない事。

今はどうも出来ないか。

しかし、闇の書をどうするか…

この際自身のエゴ全開で闇の書の時間を巻き戻してしまえば面倒が無くていい。

その際なのは達との友達フラグなどがすべて折られてしまうが、世界崩壊よりはましか?

ジュエルシードと違い、今度は受身ではなくて攻めていける選択肢が存在する。

闇の書機動は確か6月始め。

まだ時間はある。

俺は考えを放棄して久しぶりの我が家えと向かった。


それから数週間。

フェイトの戸籍の作成や聖祥大学付属小学校への転入と慌ただしい日々が過ぎるとようやく騒がしかった日々も落ち着きを取り戻した。

そんなある日の早朝。

俺達は海鳴の沖合いで修行と言う名のレジャーを堪能している。

「ヒット!」

グッとしなるロッド。

グググっと勢い良く海中へと走る魚を、負けじとロッドを構え、リールを巻く。

フックが外れないように慎重に巻き上がる。

「フィッシュ!」

終に海面へと現れた青物。

少し時期は早いかもしれないがイナダ(ブリの幼名)のシーズンが到来している海鳴の沖合い。

「アオ、また釣れた…っきゃあっ!?」

ドボン

盛大な水しぶきを上げながら水中に沈んでいくフェイト。

今日はまだ日は昇りきってないが、波も穏やかで少し気温が高い日。俺達は水面歩行の行をおこないつつ、ついでに沖合いでルアーフィッシング。

念の修行を始めたばかりのフェイトは竿は持たずに修行に集中している。フェイトはまだ水面に長時間立っていることは出来ず。さらには意識を反らした隙に調整がうまく行かなくなって海に落ちている。

ザバッ

待機状態のバルディッシュが飛行魔法を行使して水中から上がってきた。

「ぷはっ…けほっ」

「大丈夫か?」

「……海水が凄く冷たかった…」

だろうね。

「ソル」

俺は胸元のソルにお願いする。

『風よ』

ソルが操る魔法が暖風を送り、フェイトの衣服を乾かし、ついでに塩気も抜いていく。

その隙に俺はストリンガーにイナダを通して海中へ。

今ので今日2匹目だ。

「ありがとう。アオ、ソル」

「あいよ。だが大丈夫か?辛かったらゴムボートで休んでいてもいいんだけど」

「ううん。大丈夫。みんな使えるんだから頑張らないと!」

そこまで頑張らなくてもいいと思うけれど。


今までジュエルシードの封印と言う事もあって修行の内容は魔法の方面へと傾いていた。

しかし事件も片付いた今、修行の内容は剣術と念も含まれる。

魔法修行だと思っていたフェイトの考えは初日から覆される事になった。

そこで念を習得していないフェイトが疎外感を持つのはある意味仕方が無い。

彼女からしてみれば、目の前で繰り広げられる模擬戦の攻防の半分は分らないのだから。

そして泣きつかれた。私にもその何かを教えてと。

まあ、泣かれると弱いのは俺達家族の弱い所か。母さんに命令されてその日のうちにフェイトの精孔を開きましたよ。

そんな訳で魔法修行と平行して念の修行も始まった訳だ。

そして今は水面歩行の行。

「ううー。どうしたらアオみたいに出来るのかな…」

「そんなに直ぐは出来ないさ。地道に一歩ずつ修行あるのみ」

「うう…」

念を覚えてから30年近く、昨日今日で覚えた奴が俺と同じレベルで出来たらそれはそれで泣くよ?

「お兄ちゃーん」

左手にはストリンガーに括られたイナダを持ち、右手に持った釣竿をぶんぶんと左右に振って水面を掛けてくるなのは。

その後ろにソラが少し遅れて歩いてくる。

「おう、釣れたか?」

「うん、3匹釣れたよ」

う…負けた。

「私は2匹」

ソラとは引き分けたようで少し安心。

「俺が2匹だから合計7匹か。晩御飯には多いな」

「ご近所さんに配ればいいんじゃないかな」

一歩遅れて後方から歩いてきたソラが提案する。

一家族2匹も居れば事足りる。

御神家と高町家で4匹。後はご近所に配るか。

訓練も終了といった時、空間を裂きクロノからの通信ウィンドウが展開された。

『すまない、急な事で悪いんだが』

「どうした?何かあったようだが」

『ああ、エルグランドと言う少年の事は知っているか?』

なのは達から聞いたな。ユーノもどきだろう。

「ああ。そいつがどうかしたのか?」

『そうだな、経緯を省いて説明すると、ジュエルシードを持ってアースラを脱走した。そっちに行った可能性が高い』

はぁ!?

何それ?どういう事?

「と言うか、もっと早く言ってくれない!?」

上空から巨大な魔力反応。

バッと全員が空を見上げる。

光り輝く球体が視界に移る。

それは一筋の閃光となりこちらへと撃ちだされた。

直撃はされずに海面へと叩きつけられて海水が宙を舞う。

『プロテクション』

周りをみるとそれぞれにバリアを張るなり避けるなりしたようだ。

俺は攻撃をしてきた相手を見上げる。

年齢は9歳ほどの男児。

青色の騎士甲冑を纏い、その手には装飾の施された西洋剣。

足元に浮かぶ魔法陣は剣十字。

『すまない。彼が行った破壊活動でアースラは混乱していた』

左様で。

「なんでっ!そのポジションは俺のもののはずだったのにっ!」

確実にまだ錯乱している。

自己の欲望と現実の区別があやふやだ。

暴言を吐きつつ手に持ったデバイスを振り上げては、八つ当たりをするようにその圧倒的な魔力量でシューターを無数に放ってくる。

繰り出されるシューターの数は膨大だが、誘導性の無い弾に当たるような俺達ではない。

どうやら狙いはなのはとフェイト以外のイレギュラー二人。つまり俺とソラだ。

この弾幕を避ける事がまだ出来ないであろうフェイトへの攻撃は牽制程度になっている。

しかし、なのはにしてみれば絶好の反撃のチャンス。

この機を逃すような教育はしていない。

「ディバイーーーーーンバスターーーー」

ドウッっとピンクの奔流が少年に迫る。

弾幕を止めて、シールドを展開してなのはのバスターの直撃をガードする。

俺たちなんかとは桁違いの魔力量。

だけど、その技術は未熟で、ただ強大な魔力による力押しでしかない相手に後れを取る訳は無い。

弾幕が止めばあとは此方のワンサイドゲームだった。

前世を含めるならおそらく成人を迎えているだろう彼。

しかし、俺と同じであるならば、現代日本人だった彼に戦闘の経験があっただろうか?

俺は無かった。

それ故に初めてトロールと戦ったときは足も震えたし、その命を奪ったときは心が締め付けられた。

生き物の命を奪ってしまった事実がかなり堪えた。

いっぱしに戦えるようになったのなんて転生してから15年を過ぎた辺りからだ。

それも偶然手に入れた眼に頼った物だったが…

しかし今の俺達には不断の努力によりつちかった経験がある。

彼も自主訓練は積んできただろうが未だ子供。たかが知れる。

攻撃を誘導すれば読みやすく、かわしやすい。

魔力量を除けば負ける要素が無かった。

「くそっ!くそっ!何でだよ!俺がそこに居るはずなのに!なぜっ」

防戦一方になった彼の口からそんな言葉がこぼれる。

「なぜだっ!なんでなんでなんでなんでなんで」

錯乱がひどい。

そろそろ気絶してもらって、クロノに引き取ってもらおう。

「…そうだ。奴らが居なければ良いんだ。そうだ、簡単なことじゃないか」

懐から何かを取り出すとそれを掲げた。

「あははっあははははははははっ」

不気味に笑う少年に皆の攻撃が一時ストップする。

少年の手のひらから青い光がこぼれだす。

ヤバイ、あれはジェルシード!?

そう言えばクロノがジュエルシードを強奪したとか言っていたっけ。

「はーーっはっは」

ジュエルシードの光はどんどん輝きを増す。

「何?」
「ヤバイ!」
「あれは?」

なのは、ソラ、フェイトも三者三様に驚きの声を上げる。

「………消えちゃえ」

そういった瞬間にジュエルシードから瞬間的に光が円状に広がり俺達を包み込んだかと思うと一気に収束する。

「っく」
「「「きゃあああ」」」

俺たちは何かに引っ張られる力に抗う事も出来ずに光の中に吸い込まれた。 

 

第四十話【sts編】

「ソラ!なのは!フェイト!」

俺は吸い込まれながらも瞬時に辺りにある空気を操りソラ達を引き寄せそのまま全員を覆うように空気のボールを形成する。

「皆無事?」

「うん」

「な、なんとか」

「大丈夫」

どうやら皆無事らしい。

「ビックリしたー。一体何が起こったのかな?」

「いや、なのは。今はそんな事よりここが何処かと言う事が問題なのだが…」

「…アオ」

「ああ」

ソラも今居る空間に思い至ったらしい。

今俺達がいる空間は、周りの総てが歪み、何処とも無く流されていく。

以前俺達が流されたあの空間。

何処と無く虚数空間にも似ているような気がする。

以前は運良く亀裂を見つけ飛び込んでジンさんに拾ってもらった事で九死に一生を得たあの空間に酷似している。

「…帰れる…よね?」

なのはが少しトーンを落とした声で聞いてきた。

「………わかんない」

さて、どうするか。と考えていたら俺達を包むバリアボールが何かに吸い寄せられるかのように引っ張られている。

「な、なんだ?」

「吸い寄せられてる?」

「あ、あれ!」

そう言ってなのはが指差した方向には何やら亀裂のような物が。

それに向って俺達は吸い寄せられているようだ。

「出口?」

「だったら良いな」

とは言えかなり強い力で吸い寄せられているので進路変更は出来そうに無い。

そして俺達はそのままその亀裂をくぐり、

「きゃ」
「にゃ」
「くちゅん」

「ごほっごほっ」

亀裂を潜ると何故か爆煙。

「けほっ」
「こほっ」

目がしぱしぱする。

「皆無事か?」

「煙たいけど大丈夫」

「わたしも」

「私も平気」

煙が晴れると目に入ってくるのは反り立つ崖と新緑。

自分の位置を確認するとなにやら鉄板のような物の上に居るようだ。

辺りを確認しているとわずかながら攻撃的な意思を感じて俺達はすぐさまその場を移動してその攻撃をかわす。

「あなたたち何者ですか」

何か拘束の意図を持った攻撃は対象を失いその場で収縮しているのを確認、その後その攻撃をして来たであろう人物に目をやる。

「よ…」

「よ?」

「妖精さんだ!お兄ちゃん、妖精さんがいるよ!すごーい、かわいーね」

「なのは…今はそんな所に感心している場合じゃないと思うよ?」

ソラがなのはに突っ込む。

「でも、でもー」

なのはのトンチンカンな物言いに少し空気が緩む。

「わ、私は妖精じゃありません!こう見えてもユニゾンデバイスです!」

「ユニゾン?」

「デバイス?」

ソラとなのはが何の事か解らないと首をかしげる。

そんなやり取りをしている内に周りをすっかり囲まれてしまったらしい。

前方に赤い髪の子供とピンクの髪の子供。

後ろに青髪の少女とオレンジ色した髪の少女。

更に上から二十歳ほどの茶髪と金髪の女性が降りてくる。

皆一様にその手に持った武器を此方に向けている。

『リイン』

『あ、なのはさん』

『彼らは?』

『それが行き成りあのガジェットの爆発の中から現れたんですぅ』

『爆発の中から?』

金髪の女の人が会話にまざる。

『そうなんです』

そんなやり取りの後金髪の女性が此方に数歩歩み寄り話しかけてくる。

『私は管理局機動六課のフェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。現在このエリアは立ち入り禁止区域に指定されています、出来ればどういった理由でここに立ち入ったのか理由を聞きたいのですが』

は?フェイト・テスタロッサ・ハラオウン?

俺は隣に居たフェイトへと視線を移す。

「へ?私?」

少々混乱しているとこちらのなのはが俺の袖をひいて言葉を発する。

「ねえ、お兄ちゃん。あの人たち何て言っているの?」

「ああ、そう言えばなのははミッド語を教えていなかったっけ?」

さて、基本的な事だが、ミッドの公用語は(この作品の扱いとしては)日本語ではない。

まあ、地球上ですら数多くの言語がるのだ、異世界の言葉が日本語だなんて事はあるはずも無い。

恐らくアニメなどは意思疎通の魔法でも使っていたのだろう。

とは言っても俺はズルして覚えたんだけど。

「ミッド語?それってどこの言葉?」

俺達の会話を聞いて今度は慌てるのはあちらの番。

「え?日本語?あなた達日本人なの?」

「ええ、まあ」

「じゃああなた達はどうしてこんな所に?」

「こんな所と言われてもここが何処か解らないんですが、ちょっとした手違いを起こして気が付いたらここに居たんだ」

「え?じゃああなた達は次元漂流者?」

「さて?それはどうなんでしょう?まあ、ここが日本じゃないと言うのはわかりました」

その言葉を聞いてフェイトさんは後ろにいる大きななのは…なのはさんとなにやら打ち合わせをするともう一度此方に向き直った。

「あの、ここじゃ何だし、隊舎の方に場所を移して話を聞きたいんだけど」

フェイトさんの申し出に俺達は三人で話し合う。

「アオ」

「お兄ちゃん」

「…取り合えず招待を受けよう。ここが何処だか解らないと帰りようがない」

「そうだね」

「わかった」

「アオに任せるよ」

3人の了承を得る。

「それじゃバリアジャケット解除してもらって、後を付いてきてもらえる?」

余談だが、俺達は基本的に頭部の防具だけはヘルメット型ではなく、目元だけを隠すバイザー型で、防御力は劣るが、戦闘時の視野確保をするためにあえてそちらを採用している。

ヘルメット型だとどうしても背後からの攻撃への目視がその重量とヘルメットそのものに阻害されて一瞬遅れてしまう。

それは高速戦闘を行う場合致命傷になる事もある。

これを回避するためのバイザーだったのだが、視線の動きで敵に手の内を読ませない効果も期待できるし、まあ、俺とソラはその眼の存在の秘匿に使っているのだが。

しかし、その意匠をなのはとフェイトが気に入って自身のバリアジャケットにも同様にセットされている。

「あ、はい」

なのはとフェイトが了承したと、自身のデバイスがバリアジャケットを解除する。

「「えーーーーーーー!?」」

「?」

「な、なのは?」

「はい?」

「フェイトちゃん?」

「はい」

「なのは…なの?」

「そうですけど?」

「フェイトちゃんだよね?」

「はい」

「な、なのは」

と、フェイトさんは自分の隣りにいる栗色の髪の女性に向って話しかけるが。

「何ですか?」

と、応えたのはこちらのなのは。

「ふぇ、フェイトちゃん…あれってどう見ても小さい時のわたしだよね」

「うん。見間違えるわけ無いよ!私が最初に出会った頃のなのはにそっくりだよ。それにあっちは…」

「フェイトちゃんのちっちゃな頃にそっくりだよ」

さて、カオスになった状況に収拾が着かなくなっていた俺達は、他の隊員の手引きで迎えに来たヘリコプターに乗り込み機動六課隊舎の隊長室へと案内された。

一応そのヘリコプターの中でこの世界が地球ではなく、ミッドチルダのクラナガンと言う首都の近郊であると言う情報は得られた。

異世界だがあのままあの空間で漂流するよりはマシだろう。

その間未来のフェイトさんと茶髪の女性は混乱のきわみで放心状態であったためこちらに質問する機会を得られないまま隊舎の応接室へと移動した。

勧められるままソファに座る。

その対面に隊長であるはやてさん、その両隣にフェイトさん達が座る。

そして入り口を封鎖するようにピンクの髪をポニーテルで纏めた女性、後でシグナムという名前を聞いた。

「さて、こんな所まで呼び寄せてしまってごめんな。私は八神はやていいます。先ずは名前を教えてもらってもええか?」

「御神蒼」

「高町なのはです」

「不破穹」

「御神フェイトです」

「やっぱりあなた達はなのはちゃんとフェイトちゃんて言うんやね」

「さっきから何なんですか?わたしの名前がどうかしましたか?」

「いや、あんな。こっちのお姉さんの名前もなのはって言うんよ」

「へえ、偶然ですね」

「苗字も高町って言うんやけど…」

「え?」

今度はなのはが驚く番だ。

「始めまして、高町なのはです」

そう言ってなのはさんは自己紹介をした。

「同姓同名!?」

「それだけやったら問題はないんや。ただ…」

「ただ?」

「コレ見てくれへん?」

そう言って俺達の前に一つのウィンドウが現れる。

そこには楽しそうにクリスマスパーティーに参加しているなのはの姿。

そこに一緒に映っているアリサとすずか。

この二人のほかにもう一人。

五人仲良くカメラに向ってポーズを取っている。

「これってわたしですか?アリサちゃんとすずかちゃんと…お兄ちゃんソラちゃん、この人知ってる?」

「知らない」

ソラがそう答えた。

「だよね、それにわたしこんな写真取った覚えないんだけど」

「そりゃそうや。だってそれは私らの子供の頃の写真やし」

「え?」

「それじゃあなたは」

フェイトが大きいフェイトさんに向かって名前を問うた。

「さっきも一応言ったと思うけれど。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」

「ハラオウンって確か」

と、ソラが一生懸命思い出そうと首をかしげる。

「クロノとリンディさんの苗字」

「そうだよね」

「今の言葉でさらによう分からんなったわ。同姓同名のなのはちゃんと、苗字の違うフェイトちゃん。あんたら一体何者や」

そう問いかけるはやてさん。

「その問いかけに答える前に、今西暦何年ですか?」

質問に質問で返した俺。

「西暦?いまは2015年位だったっけ?私らこっちに来てそれなりに長いからいまいち忘れてしもうたけど」

「え?それって本当ですか?」

「どないしたんや?」

「え?だって今年は2005年だよね?」

なのはがそう答える。

「は?まさか過去から来たとか言わないわな?」

「さて、それは分かりません。が、ここが俺達の居た世界の未来じゃないのだけは確かだと思います」

「どう言うことや?」

「さて、なのはさん、幾つか質問があります」

「あ、はい」

行き成り俺に声を掛けられて少し驚いて返事をするなのはさん。

「高町なのは。高町士郎と高町桃子の第一子。兄弟は恭也、美由希の三人兄弟の末っ子、で合ってる?」

「ちょお待ってや。末っ子なのに第一子っておかしない?」

「ううん。 合ってるよはやてちゃん」

「士郎さんの旧姓は知ってる?」

「確か…不破」

「「不破!?」」

ここでソラの苗字が出てきて驚いたのだろう、はやてさんとフェイトさんが声を上げた。

「士郎さんの方の親戚に会ったことはある?」

「……一人だけ」

「御神美沙斗さん?」

「はい」

「「御神…」」

「他の親戚の人たちがどうしているか聞いたことある?」

「わたしが生まれる前に爆弾テロで一族全員死んだって、生き残ったのはお父さんとお兄ちゃん、お姉ちゃん、叔母さんだけだって」

「最後の質問。なのはさんは御神蒼と不破穹と言う名前を聞いたことは?」

「…ありません」

さて、簡単な質問だったけど十分な確証が持てた。

俺は推察から纏めた自分の意見を発する。

「おそらくパラレルワールドと言う奴だと思う」

「「「「パラレルワールド?」」」」

「どういう事?お兄ちゃん」

「つまりここに居るなのはさんはなのはの未来の姿ではなく別の世界の違う可能性のなのはとフェイトだと言うことだよ」

「うん?」

「ここは俺達にとってはもしもの世界。俺やソラが生まれなかった世界の未来、もしくは出会わなかった、か?」

チンプンカンプンな様子のなのは。

どちらかと言えば正史かもしれない。

「まあ、二人が別人だって言う話」

「うにゃー、よくわからない」

「分からなくてもいいよ。そちらの方々は理解しました?」

「一応な、そういうSF小説は読んだ事はあるしな。ただ、そういった事象を確認した事があるかと言われればNOや」

「そうですか。まあ、そんなことはどうでも良いんです。そんな事よりも切羽詰った問題がありますから」

「どんな問題や?」

「突発的な事故だったために帰る手段が無いと言うことです」

「……なるほど、確かにそれは問題や」

「更に言えば保護者も居ない収入すら無い身としてはこの世界でも生きていくのが難しいという事ですね」

「…ああ、そうやね」

さて、どうしたもんかね。

「さて、俺達について大体の事情を理解した上で聞きますが、俺達はこれからどうなるんでしょう?故意で有った訳ではありませんが不法入国してしまったわけで」

「その事やけどな。次元漂流者なら元の世界に送り届けてあげる事も可能や。ただ…パラレルワールドとなると…」

「送り届けられても俺達に頼る伝は無いってわけですね」

この世界の技術でも帰れる手段がない。

それを確認して俺はソラ達に念話を送る。

【どうする?地球には帰れるらしいけどそこは俺達が居た地球ではない。と言うことは地球に戻っても生活する術が無い。最悪孤児院ってなるね】

【ママ達は?】

【母さんは恐らくテロで亡くなってる。士郎さんや桃子さんは居るだろうけど…別人だよ】

【そっか】

【アオはどうしたら良いと思っているの?】

ソラが問いかける。

【様子を伺うにどうやら魔導師の就業年齢は低いらしいからこの世界で魔法を生かせば生活する事は出来そうだ】

【帰ることは諦めるの?】

フェイトが少し声のトーンを落として聞いてくる。

そんな事は出来ない。

久遠やアルフの問題もある。

一応久遠は魔力を自己生成出来るから、久遠から分けてもらえば最悪アルフが干からびる事は無いだろうが…

二人が暴走しなければいいんだけどね…

【いや、そんなことは無い。俺だって帰りたい、そうするにも地球に居るよりはこの世界に居る方が情報が得られそうだ】

そう言った俺の言葉に3人は少し考えてから。

【アオに任せる】

【わたしも】

【私はどうしたら良いか分らないから。アオが決めて】

ソラ、なのは、フェイトがそれぞれ返答した。

【そっか。わかった】

念話での打ち合わせを終了させてはやてさんに話しかける。

「出来ればで良いんですが」

「何や?」

「この世界に戸籍なんて物が有るかどうかは分からないんですが、そういった物を用意して頂ける事は可能ですか?」

「戸籍…ね。まあ、私もそこそこのコネがある。可能と言えば可能や」

「そうですか。ならそれを用意してもらって、何処か就職斡旋してもらえる事も?」

「職業の種類にもよるが可能や。でもそれってこの世界で生活する言う事なんか?」

「ええ。お願いしても良いですか?」

少し考えたあとはやてさんが了承の言葉を発した。

「了解や。身元引受人は私がなるわ」

「はやて!?」

「はやてちゃん!?」

「なのはちゃんフェイトちゃんちょっと落ち着き。何故地球に戻さへんのとか思っているかも知れへんけど、言うて見たらその地球かてあの子達からしてみたら別世界や、そんな所に無一文で送り届けたかて孤児院の世話になれへんかったら野垂れ死にやよ?」

「それは…そう、だね」

「…うん」

「取り合えず、保護と言った形で一時的に六課であずかるよ」

それはありがたい。ここに居れば帰還の可能性がぐっと上がるだろう。

しかし…それ以上に原作メンバーに関わるとどんなイレギュラーが起こるかわかったものではない。

そんな事を考えていると。

【アオ】

【ソラ?】

【また、難しい事を考えてる?】

【まあね、未来は決まってはいないとはよく言うけれど、もし決まった形の筋書きが存在するなら?この世界に関わるはずの無かった俺達というイレギュラーが混在した事でその調和を乱してしまうんじゃないかと】

【それでトリステインみたいに成ってしまうんじゃないかって?】

【まあ…ね】

【ねえ、アオ。そろそろ私達もちゃんとそこで生きているって自覚してもいい頃だと思う。例えどんな世界へと渡ったとしても】

【ソラ?】

【私達が関わることで変化したとしても、それを受け入れて責任を持って生きていかないと…じゃないといつまでたっても私達はそこに居て、でも生きていない存在になってしまう】

【そう…かな】

【そう】

【そうかもね、でも俺にはまだ何が最善か分らないよ。…でも、ありがとう。ソラ】

「ソラ、なのは。フェイトはそれでいい?」

「いいと思う。先ずは生活できなければ何も出来ないし」

「わたしは良くわかんないからお兄ちゃんに任せる」

「ねえ、さっきからアオ君の事お兄ちゃんって言ってるけど、それは?」

なのはが過去の自分とも言うべき存在が俺のことをそう呼んでいるのに疑問を感じたようだ。

「にゃ?お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」

「いや、そうではなくて」

「家が隣同士なんです、赤ちゃんの頃からたびたび家に預けられていたせいかいつの間にか定着しちゃって」

「そ、そうなんだ」

なんか複雑そうな表情を浮かべるなのはさん。

その後この機動六課の隊舎に一時保護という名目で部屋を貰った。

貰った…んだけど…

「なんで大部屋!?しかも全員一緒!?」

「私がはやてさんに頼んだ」

「ま、まあ百歩譲って全員一緒は別に良いとしよう。だが何故ベッドがキングサイズのダブルベッドが一つしか置いて無いんだ!?」

「良くわからないけれど他の大部屋のベッドも相部屋なのに一つしか無いらしいよ?」

なんと…

「うわー、おっきーねーフェイトちゃん」

「うん」

なのははそう言うとベッドにダイブ。その上でポンポン跳ねている。

「なら新しくベッドをいれ…」

「そんなの買うお金ないよ」

「…そうでした」

「それに私達は大丈夫かもしれないけどなのはとフェイトは…ね」

「そうだな。まだ9歳だもんな」

「そうだよ」

嬉しそうにベッドで遊んでいるけど、それ以上に不安もあるだろう。

一緒に居る事でその不安を和らげられるならば…まあ、いいか。 
 

 
後書き
アオの原作知識はA’sまでです。 

 

第四十一話

それから暫くの間は保護された機動六課でこの世界の事を学んでいる日々が続く。

六課メンバーとの対面のおり、同姓同名だと厄介だと思い、なのはの苗字を父方の旧姓からもらって不破に変えた。

その間に六課の人たちとは自己紹介も済み、徐々に打ち解けていった俺たち。

そんな日々が続き、帰る手段の模索は少々行き詰っていた頃、俺達はある人を紹介される。


その日は朝から慌ただしかった。

ホテルアグスタで行われるロストロギアのオークションの警備と護衛の任務を機動六課も手伝う事になったらしい。

その日の終わり、なのはさんとフェイトさんが隣に誰かを連れて俺たちの部屋へと入ってきた。

「アオ君達ちょっといいかな?」

何やら用事があるようで、フェイトさんは俺達を探していたようだ。

なのはの隣の男はめがねを掛けた長髪のどこかお人好しのような雰囲気だ。

「紹介するね。こちらはユーノ・スクライア、私達の幼馴染みなんだ」

それを聞いて俺達は取り合えずペコリと頭を下げる。

「で、此方が…」

「な、なのは!?」

「にゃ?」

…まあ、幼馴染だってんなら驚くか。

「あ、ごめん。君が余りにも昔のなのはに似ていたからね」

謝ってくるユーノ。

「そ、そうなんですか」

なのははまだ慣れて居ないものの、既に何回も同じ事を経験していたので多少の免疫は出来ていたみたいだ。

「ユーノ、こっちの男の子が御神蒼君。こっちが不破穹ちゃんで、あとは」

「御神フェイトです」

「不破なのはです」

「なのは…」

「あ、あのね?ユーノ君。彼女はね」

と、隣に居たなのはさんがユーノに一生懸命説明する事15分。


「パラレルワールド…」

「そうなの。だからあの子はわたしだけどわたしじゃなくて、えっと」

「なのは。わかったから」

「そう?」

「それで?それを僕に話したってことは」

視線をフェイトに向けてユーノが質問した。

「うん。ユーノの力を借りたいなって」

「無限書庫関係だね」

「お願いできるかな?」

「幼馴染の頼みだし、何より別人だとしてもなのはの為だ。…でも余り期待しないでくれよ。可能世界なんて物の存在の証明なんて今までされた事が無かったんだから」

「…そう…だね」

「そう言えばそっちのなのはは魔法は使えるの?」

「え、ああ、うん。使えるみたいだよ」

「へぇ。見たところレイジングハートとそっくりだけど、やはり僕がなのはに渡した物なのかな?」

「ふぇ?ちがうよ。これはお兄ちゃんの家のラボにあったんだよ。ねーレイジングハート」

『その通りです』

「え?じゃ、じゃあ君達は僕に会った事は?」

「んー?ないよー」

「…そう…なんだ」

少し寂しげな表情のあと、思考を切り替えたのかキリッとした表情にもどる。

「…いったい分岐点は何処なのか」

「え?」

「いや、一体どこでこの世界と大きく分岐したんだろうと、ふと思っただけだよ」

「ああ、それは恐らく俺が生まれた時でしょう」

「は?」

「この世界の俺は生まれていない…もしくは亡くなっているのでしょう。俺が生まれたことで、本来死ぬはずだった人が生き残り、ソラが生まれた」

その後、難しい話を少し俺はユーノと話した後解散する事になる。

「一応帰ったらパラレルワールドについて検索を掛けてみるよ。報告はどうしようか?」

「あ、出来れば俺達も知りたいので報告のある時は俺達も同席したいのですが」

「そうだね。じゃあ、連絡はなのはに入れるから、その時に一緒にと言う事で」

「はい、お願いします」

そう約束してその日の顔合わせは終了した。


さて、昼間の一般常識の勉強が終わると、自主練の時間。

「よっ」

「はぁっ」

バシッバシッっと竹刀がぶつかる音が辺りに響く。

「御神流、薙旋」

なのはの繰り出した高速の四連撃が俺に迫る。

「おっと」

ギリギリでなのはの太刀筋を被せる様に俺も竹刀を打ち出す。

「御神流・裏、花菱」

「にゃ!?」

迎え撃った俺の技に吹き飛ばされるなのは。

「うー、また負けた」

「はっはっは。まだ負けてやら無い」

「むぅ、でもいつか勝ってみせるもん」

「おう、がんばれー」

「あ、終わった?」

「ソラ達もか?」

ソラはフェイトの念の訓練を終えて此方に近づいてきた。

「うん」

さて、そろそろ時間もいい頃合だ。

「隊舎に戻ろうか」

「はーい」
「きゅるー」

うん?今なんかほかの生き物の鳴き声が混じらなかったか?

声の発信源を探して下を向くと足元に擦り寄ってくるフリードの姿が。

「またお前か」

俺はその小さい竜を抱き上げる。

「きゅる、きゅるーる」

「あ、フリード。またキャロのところから抜け出してきたの?」

と、フェイト。

「きゅるー」

どういう訳だか俺とソラにまとわり付く様に懐かれてしまったフリード。

夜もいつの間にか俺たちのベッドに入ってきては丸くなって寝ている。

「フリード、どこー?」

遠くから聞こえてきたのはキャロの声。

「あ、キャロちゃん、こっちー」

なのはが声を返す。

「あ、またフリードがお邪魔していましたか」

「まあね」

キャロが迎えに来ても一向に俺の肩から離れようとしないフリード。

「フリード、こっちに来なさい」

「きゅる、きゅるーる、きゅるる」

「え?どういう事?」

どういう事は俺達の台詞だ。

「えっと、キャロちゃんってフリードの言っている事分るの?」

「あ、はい。何となくですけど」

何となくでも分るのか。

「それで?なんて言っているの?どうにも離れてくれないんだけれど…」

「あ、えっと…」

言いよどむキャロ。

「竜の姿を見せて下さいって…自分で言っておいて何ですが…意味が分りません」

「竜?」

なのはが聞き返している。

「はい。多分…そう言っています。見せてくれるまでは絶対に離れないって…フリード、いいかげん戻ってきて!」

キャロは俺の肩につかまったフリードを爪先立ちで掴み、無理やりおろそうとするが…

「きゅるーーる」

つかまった足が服を突き破り食い込んでいて少し痛い。

テコでも動かないつもりのようだ。

「フリード、おーりーてっ!」

「きゅるーー」

そんなやり取りをしているとだんだん俺の服の耐久値が下がっていくのだけど…

すでに猫に爪を立てられてもここまでは行くまいというほどにほつれているが、これ以上は遠慮したい。

「キャロ、ストップ!これ以上は服がもたない」

「あ…その、ごめんなさい」

そう言ってキャロは一旦フリードから手を離して距離を取った。

それから俺はフリードに向き直る。

「フリード。一回だけだよ?一回だけ見せてあげるから」

「きゅる?」

「え?出来るんですか?っていうかアオさんって人間ですよね?」

失礼な。魔法生物になった記憶は無いよ?

フリードに肩から離れてもらうと、ぐっと四肢に力を込めた。

体の感覚が書き換わるこの感覚も久しぶりだ。

一瞬の後に俺は変身をとげ、全長8メートルほどの銀色のドラゴンにその姿を変えていた。


フリードは嬉しそうに俺の周りを旋回した後にソラの方へと飛んでいった。

「きゅるーる」

「私も?…仕方ないなぁ」

一瞬金色の光に包まれたかと思うとソラの姿も金色に輝くドラゴンへと変貌していた。

「綺麗…」

「本当…」

なのはとフェイトは感嘆の声を漏らす。

「あれ?割とリアクションが少ない」

「お兄ちゃんだもの、ドラゴンに変身するくらい有るかなって思って」

「うん。アオとソラだものね」

なのはとフェイトの反応はその程度。

しかし、さっきから一言もしゃべっていないキャロはと言うと、信じられないといった表情で此方を見ている。

「魔竜…アイオ…リア?」

今キャロは何て言った?

「キャロ!今何て言った!?」

「え?あっ…えと…」

竜の体のまま詰め寄った俺にたたらを踏むキャロ。

「アオ、その体で詰め寄っちゃダメ。キャロが驚いてる」

そう言ったソラは既に人間に戻っていた。

「あ、ああ…」

俺はもう一度、ぐっと四肢に力を込めると人間の姿へと戻った。

姿を戻した事でようやく落ち着いたキャロはある御伽噺を俺たちに語ってくれたのだった。



隊舎の裏にある林を抜けようと歩き始めると遠くの方に人影が。

「あ、ティアナさんだ」

「本当だ」

「自主練かな」

「がんばってるね」

「よっぽど今日のミスショットが悔しかったんだろう」

「……でも、体壊さないといいけど」

その訓練は鬼気迫るものがる。

「まあな。だけどこう言う時は周りの忠告なんて自分が惨めになると思っているだろうから聞かないし」

「……そうなんだ」

「そう言うもんだ、なのは。だから俺達は見つからない内に退散しようか」

「…はい」

次の日からティアナの訓練にスバルが混じっているのを確認。

あー、アレはどうやらスバルの押しの強さに負けたようだな。

「接近戦のコンビ練習みたいだね」

気づかれないように気配を消して訓練を盗み見ていたなのはが呟く。

「…スバルは良いとして、ティアナがな」

「ティアナさんがどうかした?」

「近接を師事する人が居ないから。自己流で危なっかしいね」

「…確かに」


そんなこんなで数日経って、俺達は今日の一般教養の講義を終えて隊舎の食堂へと向かっていると、入り口の方からフォワード陣とシャーリー、シグナムやヴィータが少々強面のままロビーへと向かっている。

ティアナの頬が少し赤いけれど、何かあったのだろうか。

そんな中、此方に気が付いたシャーリーが俺たちもロビーへと誘った。

「昔ね。一人の女の子が居たの」

その誘いを受けた俺達は少々居心地の悪い雰囲気を感じつつもソファにすわり、シャーリーが再生し始めたVTRに目を向ける。

そして映し出されたのは9歳ころのなのはさん。

それも後にジュエルシード事件と言われた事件の映像。

「あ、わたし?」

なのはがVTRに現れた自分をみて驚いている。

そんな本人(?)を前にシャーリーは言葉を続ける。

「魔法と出会って数ヶ月で命がけの実戦を繰り返したわ」

「これ…フェイトさん…」

丁度なのはとフェイトが戦っている所だった。

「私と戦ってる?」

フェイトが驚愕の声を上げた。

うん…、まあ、ね。俺たちのフェイトはなのはと戦っていません。

「え?あなたたちはお互いにぶつからなかったの?」

シャーリーが問いかけてきた。

「にゃはは、模擬戦はたまにやります」

「それに、なのははあんなに弱くない」

なのはが濁し、フェイトがVTRを見てそう答えた。

なのはさんが弱い?なんて驚愕の表情を見せるフォワード陣の面々。

VTRは進み場面は闇の書事件。

まあ、その殆どは閲覧が禁止されているのか、詳細が分るものは殆ど映っていない。

ただ、戦闘場面を抜粋されているだけ。

さらに場面は移り変わる。

映し出されたのはなのはの撃墜。

胸部からの出血が見て取れる。

その後の病棟でのリハビリ。

一時は魔法の行使はおろか日常生活すら危ぶまれたらしい。

その凄惨な光景に目を背ける面々。

そんなフォワード陣とは対照的に冷めた眼でVTRを見るのはフェイトをのぞく俺達。

フェイトはショックだったようだが、なのははだから何?とでも言いたげだった。

自分が経験した挫折を、失敗をさせないように貴方たちを教え、導いているのだと、シャーリーは言う。

「ほんとに丁寧に、一生懸命考えて教えてくれているんだよ」

そう言ってシャーリーは締めくくった。

「それで?これを俺たちに見せた意味は?」

「なのはちゃんにも同じような事になって欲しく無いと思って」

シャーリーが気遣わしげに言う。

「うーん。でもわたしは管理局に入る事は無いだろうから、あんな事起こらないと思うよ?」

「へ?」

なんかあっけに取られているシャーリー。

「だって、わたしは地球でお兄ちゃんのお嫁さんになるんだもの」

そう言って俺に抱きついてくるなのは。

「「「「はあっ!?」」」」

今度は異口同音で驚愕の声が。

「なのは、離れて」

「いやー」

ソラがそれとなく注意するがより一層抱きつく力が増えた。

「な・の・は?」

ソラの顔が笑っているけれど、笑っていない。

「離れますっ!」

ぱっと俺の体から離れるなのは。

ソラも、そんなに怒ること無いだろ。

今のは将来お父さんのお嫁さんになるっ!って言っているようなものだ。

「それに、わたしにはなんでなのはさんがこの世界に居るのかも理解できません」

「…それは、魔法の力で多くの人を助けようと思ったからじゃないですか?」

なのはの疑問にスバルが答えた。

「本当にそうなのかな?」

「え?」

なのはの否定の声に一同の視線が集中する。

「この世界のわたしにはお兄ちゃんも、ママも、ソラちゃんも居なかった。さっきの映像を見ると本当に…本当に普通の女の子だったんだとも思う」

それは皆がさっきの映像で知っている。

「地球には魔法文化は無い。だから、突然出会えた魔法の力、自分が特別に感じられる魔法がそれがとてもすばらしいものに見えた」

一同無言だ。

「急に使えることになったその力をもっともっと使いたかった。それには地球ではダメだった。地球じゃ魔法を使える人は殆ど居ない。お兄ちゃんも、紫ママも秘匿しなさいって口をすっぱくして言われてたっけ」

それはそうだ。

マイノリティは排除されるものだ。

普通の人間に無い、それも圧倒的な何かを使える人間が居ると分れば回りの人間はそれを受け入れる事は出来るだろうか?

だから秘匿する。それは多数のなかで生きるには仕方の無い事だ。

「空を飛ぶのは凄く楽しいし、魔法の力で自分の大切な人を守ることはすばらしい事かもれない。…だけど、その力も地球では使えない。地球じゃ使えないんだったら使えるところへ行きたいと思うのは魔法を日常で使いたいと思っている人には当然の事なんじゃないかな?」

「…そ、そんな…」

「地球人であるはずの未来のわたしが、こんな遠くに家族や友達を捨ててまでやりたかった事って?人々を守ること?違うよね。彼女の仕事は教導。つまり教え導く事。自分が持っている魔導師としての技術を使っての後任の指導ですよね?」

つまりは日常的に魔法を使えると言う事だ。

「え?…あっ…」

スバルの口からは否定の声も出ない。

「だからわたしは未来のわたしが嫌い。大切なもの、守るべきものは自分の大切な人とその日常だってわたしは思っているから」

だからなんで彼女がミッドチルダに居るのか理解できないとなのはは言った。

「わたしはお兄ちゃんが好きで、ママが好きでソラちゃんにフェイトちゃん、くーちゃんにアルフさん、そしてお父さんやお母さん、恭お兄ちゃんやお姉ちゃんが大好き。学校に行くのは楽しいし、海も山も近い海鳴の街がすっごく大好き。わたしが守りたいものはそんな小さな所だけ。それだけでいいの」

「なのは、人の考えはそれぞれだよ」

俺がやんわりともう止めなさいというニュアンスを込めてなのはを制止する。

何を思って未来のなのはがこんな遠い所まで来ているのか。

それは彼女にしか分らない事だ。

場の雰囲気を悪くしてしまった事に罪悪感を感じながら俺たちは先に部屋へと戻らせてもらった。 
 

 
後書き
なのはによるアンチなのは…どうしてこうなった…ただ二人の差異を考えたらこうなるかなと。  

 

第四十二話

次の日、魔導師質を持っている俺達はこの部隊のフォワード陣の新人達の朝練に加わる事になった。

「はい注目、今日から事情によりこの訓練に数名加わります。皆知っていると思うけれど一応自己紹介から」

そう言って身を避けて俺達を招き入れるなのはさん。

「諸事情により厄介になることになりました。御神蒼といいます」

まあ以前にも自己紹介はしてあるけれど、様式美ってことで。

「不破穹」

「不破なのはです」

「御神フェイトです」


そんなこんなで訓練開始。

走りこみから基本的な回避訓練。

スバル達が汗だくの泥だらけになっていく中、俺達は呼吸も乱さず涼しい顔で訓練を受けている。

「はぁっはぁっ」

「はぁっ、あんた達はどんな体力…っ…しているのよ…はぁっ」

「にゃ?こんなのウォームアップにも成らないよ?」

「「「「はあ?」」」」

なのはのその言葉に驚愕する四人。

飛んでいたなのはさんから声がかかる。

「それじゃ今日の朝練はここまで」

「「「「ありがとうございました」」」」

「はーい」

終了の合図が意外だったのかなのはが戸惑う。

「え?終わり?あれで?」

「そうみたいだね」

「ええ!?」

まあ、あんなのは母さんのシゴキだと序の口だしね、不完全燃焼もいい所か。

「午後は貴方たちの実力を知るために模擬戦をするからしっかり休んでおいてね」

模擬戦ねぇ。

取り合えず隊舎に戻り昼食。休憩を取って午後。

「それじゃ最初にあなたたちの実力を測るための模擬戦からはじめるよ」

「俺たちからですか?」

「そう、あなた達の実力を見てみないとってはやてちゃんが」

「なるほど」

俺達四人と対峙するなのはさんにフェイトさんの二人。

訓練場の外には新人フォワード陣とヴォルケンリッターの面々。

「相手はわたし達二人がするから」

「バリアジャケットは?」

「勿論着てもらうよ」

「あの2対4でやるんですか?」

「大丈夫。出力リミッターがかかっているとは言え、そう簡単にやられるつもりはないから」

「おにいちゃん。あれってわたし達なめられているのでしょうか?」

「まあ、あちらにしてみたら此方はまだ子供って言うわけなんだろう」

「だけどあそこまで言われると少し悔しいかな」

なにやら舐められた発言になのはとソラがおかんむりだ。

「ソラちゃんも?わたしも少しむっとしているんだ」

「なのは、ソラ、落ち着いて」

フェイトがなだめるも、少しぴりぴりした空気の中摸擬戦が開始する。

「ソル」
「ルナ」
「レイジングハート」
「バルディッシュ」

『『『『スタンバイレディ・セットアップ』』』』

現れる剣十字の魔法陣。

「ベルカ…式?」

驚きの声を上げるなのはさん。

「それにアレは本当にレイジングハートなの?」

なのはの持つ槍型のデバイス、更になのはとフェイトのバリアジャケットの形が自分たちの過去と違う事に驚愕したようだ。

「言ったじゃないですか。このなのはと貴方は別人だって」

「それは、そう聞いていたけれど…」

「だから自分と同じだと思っていると足元すくわれますよ。はっきり言ってなのはは強いですから」




side other

「どう思われます?」

訓練場の外、中の戦いが一望できる所に朝練を終えたフォワード陣とヴォルケンリッターの面々が観戦しているなか、ティアナがシグナムに質問した。

「さて、な。出力リミッターが掛かっているとは言え高町もテスタロッサも歴戦の雄だ、負けることは無いと思うが」

「ですよね」

「だけどあの人達、今日の訓練を息も切らさずに軽々とこなしていましたよ」

と、スバル。

「本当か?」

「ええ。汗一つすらかいていないかのような勢いでした」

「ま、強ぇか弱ぇかはやってみりゃハッキリするだろ。ま、なのは達が負けるとは思えねぇがな」

「ヴィータ副隊長」

「はじまるぞ」

side out


「それじゃ双方準備が整った所で戦闘開始です」

と、この訓練のサポートとして来ていたシャーリーの声で戦闘が開始する。

その声になのはさんは飛び上がり、誘導弾を多数展開、待機状態で此方を警戒する。

逆にフェイトさんは此方に高速で飛びながら近づいてきて接近戦の構えだ。

フェイトさんがバルディッシュを振り上げ、渾身の力で振り下ろす。

しかし振り下ろした先にはすでに俺達はいない。

「ど、何処?」

「フェイトちゃん後ろ!」

なのはさんの声に気づいて振り返った先には既に構えた斧型のルナを振り下ろしているソラ。

すぐさまシールドを張るが…

振り抜かれた勢いを殺しきれずに吹き飛んでいくフェイトさん。

「フェイトちゃん!」

「人の心配してる暇はあるの?」

「な!」

その言葉に振り返るなのはさん。

しかしやはり遅い。

すでになのははレイジングハートを振り下ろしている。

やはり障壁の上から強引に吹き飛ばされるなのはさん。

「きゃあああーーー」

俺と言えば少し離れたビルの上で写輪眼を発動して高見の見物中。

「俺って何かやる事有るのかな?」

「ない…かな」

「フェイト…」

近くに飛行してきたフェイトがそうつっこんだ。


それからの戦いは一方的なものだった。

『アクセルシューター』

「シュート」

なのはさんが反撃とばかりに誘導弾を撃ち出す。

しかし直ぐさまそれを打ち落とすかのように総ての弾をなのはは自身のシューターで正確に相殺させ(とはいってもなのはさんのシューターとは違い誘導性を犠牲にして速度重視にしたものだが)シューターが爆発する一瞬を突いてすぐさまなのはさんの懐に飛び込み一閃。

『徹』は使わずにバリアジャケットを抜かないようにわざと手加減をして吹き飛ばしている。

わざと追わずに空中で停止。

「ディバイーーーーン」

それを見てなのはさんは収束砲のチャージを始めるが。

収束している弾丸にすぐさまなのははシューターを突き刺すと、収束した魔力が爆発。

まあ、足を止めてチャージしている最中なんて狙ってくださいと言っているような物か。

その爆風でなのはさんは吹き飛んだところを正確無比にシューターを一斉射。

何とか持ち直したなのはさんはすぐさまなのはの位置を探ろうとするが、その気配すらつかめずにシューターに翻弄されている。

一方フェイトさんの方は。

「「ハーケンセイバー」」

両者ともサイズから魔力刃を飛ばす。

その刃が衝突し爆発。

「「サンダースマッシャー」」

双方とも中距離射撃を放つがコレも相殺。

『『ブリッツアクション』』

魔法で加速してからの袈裟切り。

しかしコレも鏡合わせのように打ち合わされる。

「はぁっ、はぁっ」

まさか自分と全く同じ魔法、同じ動きで相殺されるとは思わなかったのだろう。

精神的動揺が伺える。

「ありゃりゃ、ソラもなのはも完全に遊んでるね」

「うん」

フェイトが同意する。

その時後ろから凛とした声がかかる。

「ほう、高町達は遊ばれているのか」

振り向いた先にはシグナムが此方に剣を向けていた。


side other

「なのはさんが一方的に攻められている!?」

それは誰の叫びか。

しかしそれは全員が思ったことだ。

「フェイト隊長は辛うじて打ち合っていますね」

スバルが戦いをみてそうもらす。

「いや、そう見えるならお前達はまだまだだな」

「どういう事ですか?」

「見ろ。不破ソラは同じ魔法を同じ威力で同じ軌道にぶつけているんだ、それもわざとな。そんな事は普通出来る物じゃない」

「言われてみれば…」

シグナムの答えに押し黙るスバル。

「二人は不破ソラと不破なのはの相手で手一杯。御神アオと御神フェイトが丸まる余っているな。傍観に徹して戦闘に加わる気は無いようだが、加われば一気に天秤の針は傾くのは必死」

「どうすんだ?」

ヴィータがシグナムに聞いた。

「無論私が行く」

シグナムはレヴァンティンを引き抜くとバリアジャケットを展開して空を駆けた。

side out


シグナムさんに剣先を向けられてる俺とフェイト。

「こんな所で見学ですか?」

自然体で聞き返す俺とは対照的に全身で振り返り、臨戦態勢をとるフェイト。

「この模擬戦は貴様達の戦闘技能の確認だ。高町とテスタロッサがあのふたりで手一杯のようだからな。私が相手をすることにした」

ルール違反では?とは思う。けどまあ、この訓練の意義を考えればね。

チャキっと音がしてシグナムはレヴァンティンを構えなおす。

「仕方ないですね。フェイト!」

「うん」

フェイトが前衛、俺が後衛。

本来なら俺も接近戦の方が得意なのだが、今回はフェイトに戦闘経験を積ませるいい機会だ。

「行くぞ!」

その宣言と同時に距離を詰めてくるシグナム。

「はっ」

俺よりも距離が近いフェイトに狙いを定めてレヴェンティンを振りぬく。

「っ…」

その攻撃をギリギリで避けて手に持ったバルディッシュで水平に薙ぐ。

「はぁっ!」

キィンと金属がぶつかり合う音が響き渡る。

「流石テスタロッサ。なかなかやるなっ」

「くっ!私はテスタロッサじゃ有りません!」

力負けしそうなフェイトが自らデバイスを引いて距離を取り、射撃魔法を発動させる。

『フォトンランランサー』

「ファイア」

着弾するフォトンランサーはシグナムの展開したシールドで受け止められて、粉塵が舞う。

自身が起こした粉塵で視界がさえぎられ、一瞬とは言え眼前を見据え動かずに居るフェイト。

フェイト!足を止めちゃダメだから。

なのはならば足を止めての射撃なんて殆どしないし、着弾するより早く自分は移動して相手の射線上から外れている所だが、フェイトにはまだ分らない感覚か。

「っふ!」

その粉塵を掻き分けてシグナムがフェイトに走る。

フェイトも気がついたが、遅いな。

『アクセルシューター』

ヒュンっと音を立てて俺の展開したシューターがシグナムに迫る。

牽制の為に放ったシューターをシグナムはレヴァンティンで切り伏せる。

その隙に距離を取るフェイト。

「ありがとう」

「いつまでも相手の射線上にいない!動け!」

「はいっ!」

短いアドバイスだけを言って再びシグナムを警戒する。

「いい援護だ」

「それはどうも」

「だが、剣型のアームドデバイスの使い手は珍しい。出来れば斬りあいたいものだ」

俺がご指名ですか!?

だけどその言葉に一番反応したのはフェイトだ。

「私じゃ相手になりませんか?」

「いや、そういう訳ではないが。個人的な趣味だ」

その返答に納得がいかなかったフェイトは攻勢に移る。

「行きます!」

「来い!」

バルディッシュとレヴァンティンが何合も打ち合う。

フェイトの体制が崩れたときに何回か立て直す時間を与えるために牽制のシューターを放つだけで、俺はその二人の戦いを観察する。

フェイトの攻撃はまだま洗練されているといい難い。

ここ一月ほどの特訓で、確かに能力は向上したが、そこはやはりシグナム。相手の方が力量がかなり上だ。

焦るフェイトが無意識にその体をオーラで強化するのが見える。

キィンっ

「む?」

ぶつかったレヴァンティンを不利な体制のフェイトが押し返す。

違和感を感じたシグナムは勢いを殺して飛びのいた。

シグナムが着地するよりも早く地面を蹴って追撃するフェイト。

「はあっ!」

ギィンっ

「くっ…」

いきなりフェイトの速さが上がった事に戸惑いを隠せないシグナム。

しかし慌てずにフェイトの攻撃を捌く。

纏で強化されて肉体から繰り出される剣戟を経験と自身の魔力で捌くシグナムに段々フェイトの攻撃が鋭さを増していく。

俺はまだ教えていないのだがシグナムとの戦闘で爆発的にその技量を挙げていく。

纏で身に纏ったオーラがバルディッシュを包み込む。

『周』だ。

自力で周にたどり着いたフェイトには感心するが、その状態の脅威を分っていない。

その一撃は容易くレヴァンティンを真っ二つにするだろう。

俺は神速を発動すると念で強化した肉体で地面を蹴って二人の攻撃の間に体を滑り込ませる。

『ディフェンサー』

シグナムの攻撃は左手で展開したシールドで、フェイトの攻撃は念で強化したソルの刀身で受け止める。

「ストップ!」

「む?」
「え?」

いきなりの乱入に二人とも困惑したようだ。

『バリアバースト』

展開したシールドを炸裂させてシグナムを弾き飛ばし、その隙に俺はフェイトを抱えてシグナムから距離を取る。

「フェイト。今自分がやったこと分る?」

俺はバルディッシュに視線を移して尋ねる。

「え?あ…えと?」

バルディッシュに目をやり、ようやく気がついたようだ。

ふむ、無意識か。

「後でちゃんと教えてあげるから。それは少し危ないから、まだ使ってはダメだ」

「…はい」

くらっ

フェイトの体がぶれる。

「応用技は特に消費が激しい、少し休んでろ」

「あう…でも」

「後は俺がやるから」

立ちくらみほどの気だるさを感じているだろうフェイトから手を離してシグナムと対峙する。

「御神フェイトの技量が私が記憶している十年前のテスタロッサを凌駕している。それは貴様のお陰と言う事か?」

「そうかもしれません。彼女達(この世界のなのはとフェイト)は誰かに師事された事は?」

「…才能も有っただろう、その努力も惜しまなかった。が、しかし、良い師にはめぐり合わなかったようだ」

ユーノが教えられた魔法も、その行使方法が違うためにほぼ独学に近い。

近接、回避などは自己流と言う事。

「身近に凄い人が居たはずなんだけどね」

士郎さんとか恭也さんとか。

魔法は教えられなくても戦闘は教えられたはずなのだが。

魔導師>古流剣術と言う感じで聞きもしなかったか、士郎さん達も教えなかったか。

確かに普通の剣道程度ならば魔導師に勝つ事は難しいだろう。

しかし、御神流なら周りの状況などでは一変する。

遮蔽物があり、地上戦、近接でなら御神の剣士に軍配が上がるだろう。

それほどまでに修めた剣術と神速がチートくさい。

シューターやバスターなどはかわせるだろうし、バリアジャケットを無視して斬戟威力を内部浸透できるだろう。

何より神速が使える彼らの動きをその目に捉えることは難しい。

そこらの魔導師ならば余裕で勝てそうだ。

シグナムがレヴァンティンを構えなおす。

「では、思う存分打ち合おう!」

「分りました。全力でお相手します」

なのはとソラもそろそろ決着といったところ。

「ありがたい!」

俺の言葉にシグナムが地面を蹴った。


side なのは

『アクセルシューター』

「シューーート」

目の前の未来のわたしが大量のスフィアを展開、わたしを狙って撃ちだした。

「またそれですか。いい加減学習してください」

大量に展開したといっても実際誘導出来るのは幾つほどか。

わたしもスフィアを展開させる。

展開したスフィアはわたしの体の周りに待機させるように密着させて、わたしは未来のわたしに向かって距離を詰めるように飛ぶ。

展開されたシューターがわたしを襲うがお兄ちゃんのように正確無比で高速で飛来するそれに比べると幾分も劣る。

わたしは前に出るようにして回避する。

さっきからこんなのばかり。

シューターとバスターの二つだけ。

実際はどうにか設置型バインドで拘束しようとしているようだけれど、何処に設置しているかバレバレ。

向こうはなんで避けられるのかという顔をしている。

うーん、もしかして設置型バインドの回避方法とか知らないのかな?

と言っても難しいことをしている訳じゃないよ?

要するに『円』の魔力版。

自分の魔力を周囲に拡散させて、ソナーのように魔法が行使された場所を感知。

後はそれを踏まないようにすればいいだけだもの。

何度か接近して斬りつけた感想としては展開されるバリアはとても頑丈。

頑丈なバリアで身を守り、得意の射撃、砲撃魔法でとどめという戦法。

わたしとは正反対。

過ぎ去ったシューターを操り、わたしの死角から狙ったシューターをわたしは見向きもしないで待機させておいたシューターを放って相殺させる。

「何で?」

見えているのか?

わたしの円はまだそんなに広い距離をカバーできない。

だけど今展開している魔力版の円は違う。

レイジングハートの力を借りて100メートルの範囲で展開されたわたしに死角なんて存在しない。

未来の自分だからどれくらい強くなっているのかと思ったけれど…

そろそろ飽きちゃったし、終わらせちゃおうかな。

side out


side フェイト・T・ハラオウン

一体どういう事だろう。

私が出した魔法、剣技を瞬時に真似て同じ軌道で私にぶつけてくる彼女。

名前を不破穹と言う名前の過去から来た次元漂流者。

過去の私やなのはと親しそうに話しているが、私の過去には存在しない人。

聞いた話しでは平行世界から来たらしい。

平行世界。ありえたかも知れない可能性の世界。

対峙する私は相手が過去の私と同じくらいの年齢だからと確かに油断していた所もあった。

けれどそれは直ぐに思い直されることになる。

繰り出したデバイス同士の攻撃が打ち合わされる事は多々あるし、繰り出した射撃魔法を相手の魔法が相殺するのも珍しくない。

だけど、彼女の行うそれはそんな次元の話ではない。

繰り出す攻撃の癖やタイミングまで私と同タイミングで相殺してくるその攻撃に私は驚きを隠せない。

デバイス機能が似通っているのも原因の一つだ。

斧、鎌、そして今使っている大剣と、形態を変えても対応してくる彼女のデバイス。

今使っているザンバーフォームは能力限定されていて出力限界が存在する、言ってしまえばザンバーフォームフォームイミテーション。

しかしその威力はハーケンよりも上だ。

これならと振るったそれすらも軽く返されてしまった。

「はぁっ…はぁっ…」

呼吸が乱れる。

体力や魔力の消費に寄るものではなく、これは目の前の敵の不明瞭さとプレッシャーに寄るもの。

私自身の攻撃技術で私自身を攻撃されている。

私が10年積み重ねてきたものを真っ向から否定されるような怖さを感じる。

それに私は今までに彼女自身の戦い方をその片鱗すら引き出せていない。

全ては鏡写しの様。

瞬時に私の真似を出来るそのカラクリは未だ不明だが、手加減されている事は分る。

認めよう。リミッターがどうのと言う事ではなく、彼女は私よりも強い。

開始時の二人でなんて、どれだけ驕っていた事か。

どう見ても弱者は自分たちで、彼らは圧倒的な強者。

その証拠になのはも簡単にあしらわれているのを横目に確認できる。

今の管理局になのはを超える魔導師は数少ない。

それをいかにもつまらなそうな表情で迎え撃っている小さいなのはの表情が印象的だ。

かくいう目の前の彼女もつまらなそうだが…

弱者が強者に手加減なんておこがましい。

それにどれくらいぶりだろう。

自分より上の者と対峙するのは。

そう思うと体の中が熱くなり、闘志が湧いてくるのを感じる。

「バルディッシュ」

『イミテーション・ライオットザンバー・スティンガー』

バルディッシュが変形して左右一対のブレードに変形する。

シグナムとの度重なる模擬戦のなかで編み出した私のとっておき。

「驚いた、二刀流ですか」

この模擬戦が始まって以来はじめて興味を持たれたようだ。

斧、鎌、大剣と形態変化していたけれど、流石にこの形態は無いだろうしね。

なんて思っていると、その幻想はすぐに打ち消される事になる。

「ルナ」

『ツインセイバーフォーム』

形態変化した彼女のデバイス。

彼女の両手にブレードが握られている。

セイバーと言っていたが、その形態は日本刀のそれだ。

しかし、ようやく彼女の構えが変わった。

その構えをどこかで以前見たことがあるような気がするが、思い出せない。

「はっ」

私は地面を蹴って、今私が出せる最大速度で迫る。

キィン

振るった刃は彼女のそれで止められる。

キィンキィン

刃が打ち合わされる音が響く。

繰り出している私ですら自分の攻撃の軌道が目視できない攻撃を彼女はいとも容易く受け止める。

「…修練不足。自己流の限界」

「何を?」

何を言っているのだろう。

しかし、私の攻撃にまたも彼女の表情はつまらなそうなそれに戻る。

「ただその武器を振っているだけ。そこに重みを感じない。あなたはそれ(デバイス)で生き物を殺した事が無い」

キィン

打ち合っている合間に彼女がそんな事を呟いた。

そんな事がある訳ないじゃないか。

この(バルディッシュ)は人を傷つけるために生まれてきたんじゃない。

私や、私の大切なものを守るために。

「スタン設定。確かに便利だけど、だからこそ生ぬるい」

キィン

「あっ」

私の腕が大きく弾かれて私の体は隙だらけ。

「まずは自分の力が、その手に持っているものが人殺しの道具だって言う事を認識しよう?」

ゾクゾクゾクっ

いやな悪寒が私の全身を駆け巡る。

彼女が繰り出した刀身が迫る。

あ、ダメ、アレを食らっったら私は死んでしまう。

模擬戦だし、そんな事は無いと分ってはいても、そう錯覚させるだけの殺気がその一撃には込められていた。

side out

side ティアナ

ドゴーーーーン

三つの場所でほぼ同時に激音が鳴り響く。

「うそ…」

「隊長達が」

「負けた?」

「シグナム…」

皆、目の前で起こったことが信じられないようだ。

あたしだってそう。

あたしなんかでは到底敵いそうに無い隊長達をいとも簡単に撃墜するなんて、誰が考える?

「でも、フェイトさん達は魔力リミッターが掛かってますよね」

キャロが本人たちに代わり弁明するように言った。

「キャロ、彼女達が高威力魔法を使ったところを見た?」

「…いいえ」

あたしの質問に少し考えてから答えるキャロ。

「つまりはそういう事よ。彼女達はなのはさん達より戦闘技術が高いって事」

自分で言っておいて信じられない。

若干9歳の彼女らが、管理局のエースを打ち倒すなんて。

それとは別に私は先ほどの試合に若干の違和感を感じている。

先ほどの模擬戦を遠くから見ていても感じる違和感。

例えるならバターナイフとバタフライナイフのような違い。

素人のあたしが言うのもおかしな事だが、不破なのはと不破ソラの攻撃からはとがったナイフのような鋭さを感じるのに対して、隊長達からは感じないと言うか何と言うか。

そんなもやもやを抱えながら模擬戦は終了した。

side out


シグナムを激闘の末、どうにか行動不能に落とし、振り返る。

なのは、ソラも勝ったようだな。

吹き飛ばされて気絶しているなのはさんとフェイトさんの姿を確認する。

なのはとソラがこちらに向かって飛んでくるのも見える。

「どうだった?」

合流したなのはとソラに聞いた。

「未来の自分だからどんなだろうって思ったんだけどね…砲撃主体の砲台。壁役が居れば強いんだろうけれど、一対一には向かないよね。接近戦の心得が嗜み程度しかないから接近されると途端に取れる行動が減ってた。ソラちゃんは?」

「中距離から近距離の遊撃タイプ。近接も射撃もこなすオールラウンダー。だけどいろいろあった武器形態を達人の域で使いこなしているわけじゃないから、器用貧乏の印象。彼女の剣を受けてみたけれど、彼女の剣には長い歴史で研鑚された技は無い。完全な自己流。それゆえにただ振っていると言う印象を受けるよ」

二人ともなかなか厳しいね。

フェイトは自分の事のように今のことを聞いて凹んでいるよ。


その後何とか復帰したなのはさん達がばつの悪い表情で此方に歩み寄ってきた。

戦闘技術は申し分なし。

もしかしたら私たちに教えられる事は無いかもとも言っていた。

その時負けたショックを隠しきれていないのか表情が多少険しかったが…

「午後の訓練はもう終わりにしてアオ君たちはこの世界の常識講座だから、後で連絡するからそれまで隊舎で休んでて」

なのはさんがそう言って俺達に訓練から抜けるように言った。

「分かりました」

まあ、彼女から吸収すべき技術は皆無なので良いんだけどね…

以後、訓練一日目にして俺達には自主練が言い渡される事になる。

午後からの座学。

取り合えずこの世界の一般常識を学ぶ。

地理や経済、宗教についても。

そういったことを学びつつ数日が過ぎる。 
 

 
後書き
未来フェイトのバルディッシュの形態変形はオリジナル設定?です。
デバイスリミッターを解除しないと確かザンバーとかは使えなかったかと。
それを使いたかったが為の苦肉の策でした。  

 

第四十三話

その日は朝から慌ただしかった。

なにやら本来ならば機動六課の担当はロストロギア関連の事件である為に関わるはずの無い事件だったのだが、その特異性により出動が要請される事となったようだ。

今日はユーノさんとの待ち合わせの日だったのだけれど、同席するはずのなのはさんとフェイトさんは任務優先で現場入り。

かく言うユーノさんもなかなか現れないもので、その日一日は待ちぼうけを食らいました。

そんなこんなで時間はすでに夜。

ようやく時間の取れたなのはさんとユーノさんの登場で、ユーノさんが調べた無限書庫での時空間移動なりパラレルワールドなりの報告を聞く。

六課内の個室に案内された俺達は、神妙な面持ちで報告を聞く。

「まず最初に謝らせてくれ」

そう言ってそうそうに頭を下げるユーノさん。

どうやら指定の時間に来れなったことに対するには大げさな態度だ。

「時間に遅れた事も謝らねばならないことだけど、簡潔に言うと、時空間移動の書物に信憑性のあるものは発見できなかった」

そう、すまなそうに再度頭を下げた。

まあ、それはそうだ。

時空間移動なんかが自在に出来れば、それはとてつもない混乱を招く。

良識ある人ならば発見したとしても隠すだろうし、残すにしても見つからない所や、記した書物を暗号化するなどの対策を取るだろう。

「だけど君達が追加で調べてくれと言われた魔王アイオリアの方の本に彼自身が記したと思われる蔵書を発見したよ」

これがそれだ、と厳重に保管されているケースをテーブルの前で開いた。

現れたのはハードカバーの装丁の古めかしい一冊の本。

その表紙を飾る模様は一目でそうと解る。

この本の著者は…

「竜王アイオリア。古代ベルカ時代の列強の王。その名も高き善王だが、今の聖王教会が台頭している現代ではその存在は聖王に敵対していた国の王である彼の評価は辛らつだね。それゆえに魔王と言われることが現代では多い。
そして竜王アイオリアで検索魔法を掛けると手元に現れたのがコレ。最初はぜんぜん違う装丁だったのだけど、どうやら誰かが魔法を掛けていたみたい。それで、その解除方法がアイオリアでの検索魔法の使用」

本来そこにあった本とは表紙も中身も一瞬で変わったと言う。

本来ならば持ち出す事すら禁止されているであろうソレを、無理を通して俺たちのために持ち出してくれたそうだ。

「とは言っても、中身は当時、彼の王が記した日記だけれどね」

すでにユーノは中身は一通り読んだのだろう。

内容は他愛も無い日常の出来事が綴られている。

「まあ、それでも当時を知る貴重な資料には変わりない」

そう言ってユーノさんは俺達に中身を取り出して見せてた。

表紙を開くと表紙の裏には一言、

『目を凝らして読むこと』

とだけ書いてあった。

目を凝らすね。

表紙を飾るあの模様と相まって推察される事は一つ。

「この本は貸してもらう事は出来ますか?」

「ごめん、残念だけどね。今ここまで持ち出すのにも結構苦労しているんだ」

ある意味歴史的財産といった所か。

ならば今ここで確認しなければならない。

【なのは、なのはー】

直ぐに俺は俺たちのグループへの念話を繋げる。

【ふぇ?なに?】

俺の念話に少々驚きながらも応えるなのは。

【悪いんだけど、この表紙の裏を『凝』で見てくれる?】

【目を凝らすってそういう事?そんなの自分ですればいいじゃない】

【俺とソラはほら、凝をするとどうしても、ね】

俺が凝をやると弊害で写輪眼が強制発動してしまうのだ。

余り知られたくないのでユーノさんやなのはさんの前では使いたくない。

【ああ、なるほどね】

納得するとなのははその目にオーラを集めて本を覗き込む。

恐らく念による文字が刻んである事だろう。

【えと…どういう事?】

どうやら書いてあった内容が理解できていないようだ。

【なのは、何て書いてあったの?】

俺の質問にもう一度本をじっくりと眺めてから答えた。

【万華鏡を通して見よって日本語で書いてある】

この本に使われている言語は古代ベルカ時代に多くの諸国で使われていたもの。

勿論古代ベルカ諸国の中で日本語が使われている国などはあるはずが無い。

【にしても何で万華鏡?しかもあのおもちゃってミッドに有るのかな?】

なのはが思案するが、思い当たるはずも無い。

【万華鏡…って事は…】

そう念話で呟いたのはソラだ。

【ソラちゃん何か知っているの?】

【………】

それには沈黙で応えるソラ。

まあ、そういう訳なんだろう。

俺は本から視線をユーノさんとなのはさんに向き直る。

「悪いんですが、二人には退出してもらえませんか?」

「え?なんで?」

「暗号の解き方でも発見したのかな?それは僕たちが居ると都合が悪いって事?」

俺の突然の物言いになのはさんはただ混乱するだけだったが、流石に学者先生は誤魔化せなかったようだ。

「はい」

「……なのは、退出するよ」

「え?いいの?」

本を置いていっても、と。

「勿論本を傷つけるような事はしないんだよね?」

「恐らくは」

多分としか言いようが無い。

「じゃあ、30分ほどロビーの方で待っているよ」

終わったら呼んでくれと言い置いてユーノさんはなのはさんを連れて退出した。


二人が居なくなると質問をしてくるのはフェイト。

「えと、結局どうすればいいの?」

「どうやら特定の条件にのみ開示するようにオーラを変質させているんじゃないかな?」

それを聞いたなのはが問いかける。

「その特定の条件って?」

「念で万華鏡を通して見よって書いてあるよね」

「うん」

ユーノさんたちが退出してから俺も凝をして確かめたから間違いない。

「この眼、写輪眼って言うんだけど、内緒にしていたんだけど、もう一段階上がある、それが」

「万華鏡写輪眼」

俺の言葉を継いでソラが答えた。

「万華鏡…写輪眼…」

「そ。つまりはそれで見ろって言っているんだと思う」

俺は視線を本に戻す。

『万華鏡写輪眼』

クワッっと瞳に力を入れる。

「その目…」

「表紙の模様と同じ…」

そう。表紙の模様はどう見ても俺の万華鏡写輪眼。

そして、アイオリアの名前が意味する所は…

フェイトとなのはの呟きに答えを返さず、本へと視線を向ける。

そこに書かれていたのは殆ど要件だけ。

世界に孔を開ける魔法。

これは本当に孔を開けるだけなのだろう。

難易度は高いが精々が人一人潜れるくらいの孔を十数秒開けるのがやっとのようだ。

そして、元の世界に戻るために必要な物。

「『リスキーダイス』に『漂流(ドリフト)』それと『同行(アカンパニー)』ね」

呟いた俺に不思議そうな顔をして聞き返すフェイト。

「それって一体どういった物なの?」

ビーっ

その時、部屋のブザーが鳴り、来客を告げる。

『そろそろ30分経つけれど、入っても良いかな?』

備え付けのインターホンから聞こえてくる声はユーノさんのもの。

「あ、はい」

どうやら時間切れのようである。

プシュッっと音がすると、扉が左右に割れ、なのはさんを連れたユーノさんが戻ってきた。

対面のソファに座ると、そのやさしそうな表情をいたずらっぽく変えてユーノさんが問いかけてきた。

「それで?なにか進展はあった?」

その質問はきっと確信しているのだろう。

「……降参です」

俺はお手上げと、両手を肩のラインまで上げて降参のポーズ。

「帰る方法が書いてありましたよ」

「え?それじゃあ」

帰れるんだね、と喜びそうになるなのはさんを押しとどめるように言葉を被せた。

「ただ、必要なものが入手できればですが……」

「必要なもの?それは何だい?僕たちで力になれるなら協力するよ」

強力はありがたいけれど、この世界にあるのだろうか。

「……すごく、難しいと思います。『グリードアイランド』って言うゲームの景品ですから」

「「景品なの!?」」

あ、なのはとフェイトが驚いている。

「グリードアイランド…」

なにやら衝撃を受けたような表情で呟くユーノさん。

隣のなのはさんも同様だ。

「でもでも!グリードアイランドって言うゲームがどういったゲームかは分らないけれど、ゲームの景品だったら何とかなるんじゃないの?」

なのはよ、何とかって何だ?

ゲームの景品だからこそ、プレミアが付いたりして付加価値が高かったりするんだぞ?

それに問題はそこじゃない。

「景品と言ってもUFOキャッチャーみたいな感じじゃ無いの!クリア報酬」

「そんなに難しいゲームなんだ?」

今度はフェイトからの質問。

「ゲームも難しいけれど、それ以前にそのゲームを手に入れないといけないの!それにこの世界にあるかも分らない」

それに時代も。

あのゲームは中の人間がリアルに年を重ねるゲームだ。

確かに魔女の若返り薬とかあるから寿命は延びるだろうが…

それでも100年続くゲームだとは思わない。

「あ、そっか…その本を書いた人って何百年も前の人だものね…あれ?じゃあ何でお兄ちゃんはそれがゲームの景品だって知っているの?」

なのはが問いかけてきた。

「…うーん。まあ、ぶっちゃけ、やった事があるからかな。……何故だろう、今更ながらジンに殺意が湧いてきたよ、ソラ」

「アオ…まあでも、なのはやフェイト、母さんに久遠に会えたのもジンのおかげでもあるし……でも確かに少しムッっとするけれど」

数々の無理難題。テストプレイ中は何度死に掛けた事か。

まあ、あの経験があるからこそ、その後の世界でも戦えているのだから感謝すべきなのかもしれないけれど…

「ジンって誰?…っていうかお兄ちゃん達はやった事があるんだ」

「まあ、ね」

どんなゲームか応えようとした俺の言葉をさえぎる様になのはさんが叫んだ。

「っあの!」

その声にビクッとなりながらも皆がなのはさんに向き直る。

俺たちの視線が全て自分に向いた事に少し動揺しながらも言葉を続ける。

「あなた達はそのグリードアイランドって言うゲームを知っているの!?」

「は?」

なのはの表情は真剣だった。

「……ええ、まあ。知ってますよ」

「どんなゲームか教えてくれない?」

「…その前になんでそんなに険しい顔をしてまで知りたいんですか?」

「……それは…」

一瞬答えるのをためらった後答えた。

「今日の任務、本来ならばウチの担当じゃ無かったはずなんだけど、内容がちょっと特殊で…憑依型のロストロギアの疑いがあると言われてわたしたちが回収と、事件解決を命じられたんだけど…」

そう前置きをしてなのはさんは語る。

「事件が起きたのは二日前。その内容は最初転送事故と判断された。被害者はリオ・ウェズリー、年齢は六歳。家族の証言から彼らの目の前で消えた事は確認された。
当然管理局の人たちもそれらの専門の人たちを向かわせたわ。魔法の残滓を探し、そこから何処に飛ばされたのか辺りをつける、そう言ったプロのチーム。
しかし、結果は芳しくなかった。魔法の残滓は見つけられず、何処に飛ばされたのか検討も着かない。さらに言えば家族は転送魔法陣を見て無いと証言している。
事ここに来てようやく管理局もロストロギアの疑いを検討し始めて、わたしたちが派遣されたんだけど…
被害者は家族の目の前で、物置にあった異世界産のゲーム機に吸い込まれるように消えたらしい。
そのゲーム機を調べると何故か稼動している状態だったそうよ。
そしてそのプレイされているゲームの名前が」

「グリード・アイランドって訳か」

頷くなのはさん。

「電力の供給も無く稼動して、技術班による干渉も出来ないそうよ。それでわたしたちはユーノ君に無理を言って似たような事件が過去に無かったか、歴史的観点から調べてもらうために無限書庫で調べてもらったんだけど…」

その言葉を引き継いだのはユーノ。

「…結局ほとんど分らなかったよ」

と、少し表情を曇らせる。

なるほど。遅れた理由はそう言った訳ね。

まあ、人命が掛かっているから遅れてきたのもしょうがないかな。

それでもこの会談を設置してくれた二人に好意も覚える。

本来なら抜け出せない所を無理をして抜けてきた事であろう。

「それで、貴方たちはグリード・アイランドを知っているみたいだけど…教えて貰えないかな?行方不明の女の子が出ているの。わたしたちは彼女を助けてあげたい」

どうしたものか。

しかし、ここは交渉だろう。

「条件があります」

「条件?」

「その前に、この件の現段階の責任者と会わせてくれませんか?」

「何で?」

「そっちは情報が欲しい、その少女を助けたい。だけど、俺達はそのゲームをプレイしたいんですよ」

「つまり君達は交換条件つきでこの件に協力してくれると?」

冷静に俺の言葉を分析したユーノさんがそう推察してそうたずね返した。

「なので、現段階の責任者を交えた話し合いがしたいのですが」

そう俺が纏めるとようやく納得がいったのか、なのはさんははやてさんに通信を繋げて事情を簡潔に述べ、俺たちははやてさんの待つ他の会議室へと移動した。 

 

第四十四話

会議室に移動すると、そこにははやて部隊長とヴォルケンリッターの面々。なのはさんやフェイトさんといった隊長達。俺達と一緒に入ってきたユーノさん。シャーリーをはじめとした技術者の面々が揃っていた。

会議室のイスに座ると、はやてさんが俺達に話しかけてくる。

「それで?なのはちゃんの話だと、君たちは今回の事件に有用な情報を持っているって聞いたけれど、教えてくれるかな?このグリード・アイランドって言うゲームの事」

はやてさんの話が始まると俺達以外のメンバーの視線が一斉に此方へと向けられる。

「最初に言っておく事があります」

俺は言葉に覇気を込めて発言する。

「何かな?」

「俺達がしたいのは情報提供ではなく、交渉だと言う事です」

「どういう事なん?」

「詳細は後ほど説明するとして、今は簡潔に。
俺達はそのグリード・アイランドをプレイしたいんです」

その言葉に怪訝そうな視線を向けてくる。

俺の少ない言葉からでも言わん事をしている意味を推察したはやてが応える。

「つまりはその条件を飲まなければ情報提供はしない言う訳か?」

「そうです」

「おめぇ!」
「やめろっ!」

ぐっと乗り出そうとしたヴィータをシグナムが止める。

「だけどよぉ!人一人の命が掛かっているんだぞ!それなのにあいつらはそれを逆手に交渉なんて!」

人命優先。

その考えは立派だし、尊敬もする。

だけど、今の俺達には知らぬ誰かの命よりも自分たちのいた世界に帰る方法が欲しい。

「今は時間が惜しいのは分っているだろう。それにあいつらにも譲れないものがあるのだろう。…昔の私達みたいにな」

「………」

シグナムのその言葉に何か思うことがあったのだろう、ヴィータはそれ以降口をつぐんだ。


「……その条件を飲むしか無いのやろうな」

はやての口から出たのは了承の言葉。

「同意が得られたようなので、持っている情報を開示したい所ですが」

「まだ何かあるんかいな」

「…魔導師の人以外…いや、そうですね…非魔導師及びBランク以下の人は退席してもらえませんか?」

「それは何でや?」

「語る内容で理解してもらえるとは思うのですが、余り聞かせるべきではないと判断しました」

「私らが聞いて、私らの判断で話しても良いと考えた際は話してもかまわへんな?」

「そう判断されたならばご自由に」

その言葉にはやてさんは暫く考えた後、退室させた。

残ったのはヴォルケンリッターと隊長陣、それとユーノさんだけ。

ほぼ地球組みの身内のみの構成だ。


「さて、此方の情報を提供する前に、どの位そちらはあのゲームについて調べてあるのか聞きたいのだけれど。どうやってその人の手に渡ったのか、どうして起動させてしまったのかとかは俺達には関係ないので省いてもらってかまいません」

その質問に答えたのはフェイトさん。

「えと、ゲーム機本体は管理外世界の275番の型落ちの家庭用ゲーム機。搬入経路はいまだ捜索中だけど、管理外の275番はここからだとかなりの距離がある、次元航行艦で約二ヶ月ほど。だから現在私たちは近隣の世界にある情報しか持ち合わせていないし、直接管理局員を向かわせることも出来ていない。」

あの世界。ジンたちの居る世界はここからだと結構遠い所にあるらしい。

しかし、本体に吸い込まれるようにして消えたと言う事は、念の力に対しては次元も空間、世界さえも超越したと言う事か?

「それと、捜査チームが一応このゲームの説明書を発見、翻訳してみたんだけど…書かれていた内容が要領を得ない。
被害者がゲーム内に取り込まれたと仮定して、説明書に書いてあったその発動キーである『発』と言う行為が不明で、一応対策チームの人が書かれている通りに手をかざして見たけれど、変化無し。
魔力を流すと発動するのかと推察し、行使してみたけれど変化は無い。
現状では対策は行き詰っている状況だから、君たちからの情報が頼みの綱なのだけれど…」

ふむ。

なるほどね。一応考えうる手段は行使した後だったか。

フェイトさんの報告を聞いた後、俺は考えを纏めて言葉をつむいだ。

「推察の通り、グリード・アイランドはゲームの中に複数の人を転移させ、閉じ込めるるものと思ってくれていいです」

俺の言葉でどう推測しただろうか。

可能性の一つには、VRMMO系の小説にある電脳空間に取り込まれ系デスゲームのテンプレも考慮していたのではないか?

俺の今の言葉には嘘は無い。

しかし、肯定しているようで、実際はぼやかしている。

実際は電脳空間ではなく、現実で行われているのだが、それを言うべきではないと判断したからだ。

「問題なのは、多人数参加型のゲームである点。つまりMMOに酷似していてプレイヤー同士の軋轢を生みやすいゲームだと言う点。
さらにコレは救助にあたるに付いて難点なんですが、このゲームはある能力の育成を視野に入れたゲームであり、当然プレイヤーもその資質が無くてはなりません」

「資質って?」

すかさずフェイトさんが問いかけてくる。

「『念』が使えること。まあ本当に初歩の初歩でも出来れば条件は満たすみたいですが」

「「「「「念?」」」」」

あ、ハモった。

俺達以外の人たちの口から漏れたそれがこのゲームでは必須のもの。

「念について、普段の俺ならばこんな大組織には絶対に絶対にぜっっっったいに!教える事は無いんですが…」

大事な事なので、『絶対』を三度も強調。

とは言え、元の世界に帰る算段が付いたし、帰ってしまえばこちらに干渉することも出来まい。

そう言った理由で、多少の事は譲歩する。

「それほどのものなん?」

皆の心内を代表してはやてさんが聞き返した。

「そうですね、もし広まれば今の社会が崩壊してしまうほどには」

「そ、そんなに!?」

流石にその言葉は衝撃だったようで、はやてさんの目が見開いた。

「念とは生命エネルギーを操る技術であり、その利便性は多岐にわたります。勿論、戦闘に転用する事も可能であり、フィジカル面では魔法よりも上です」

「魔法でも身体強化の魔法はあるが?」

そう言ったのはシグナム。

「これは俺達が使用してみての感想ですから、データを取ったものではありませんが、魔力素と言う外部エネルギーよりも、自分の体から溢れる生命エネルギーの方がなじみやすいと言うか何と言うか…」

「あ、うん。それはわたしも感じてた。何て言うか、魔法だとゴワゴワしてる感じだけど、念だと自然体でスッって言う感じ」

あ、なのは!今の発言は迂闊だ。

シグナムやフェイトさんやはやてさんの視線が一瞬なのはの方へと向けられて、その言葉からなのはも念が使えるのでは?と悟られてしまったようだ。

シグナムは二言三言なのはさんと話した後に俺に向き直って質問する。

「今の不破なのはの発言から、後天的な発現が可能な技術だと推察するが?」


高町なのはは使えないが、不破なのはは使える技術。

それを鑑みれば自ずと答えが分る。

「…ソレが一番問題でしょう」

一同が納得する中、なのはとフェイトは疑問顔。

「な、なんで?」

なのはが俺に尋ねた。

「この世界(ミッドチルダを始めとする管理世界)では魔導師資質が重要な要素をしめる。誰が提唱したのかは分らないけれど、質量兵器よりもクリーンなエネルギーとして、また、武力として治安維持に貢献している。
…まあ、私的な意見を述べるなら、魔法も質量兵器も人を傷つけるものである事に変わりは無いと思うのだけれど…」

「っで、でも!魔法は肉体を傷つけずに犯人を捕らえる事も出来るよ」

だから魔法と質量兵器を同一視しないでとでも言いたいのかな?なのはさんは。

「…でも、俺は魔導師の方が質量兵器よりも怖いけれどね。個人で行使出来る能力で、その質量兵器を凌駕している所とか、ね?
確かに非殺傷設定は有るけれど、殺せない訳では無いでしょう?」

「っう…」

俺の反論に言葉が詰まるなのはさん。

「つまりは最終的に使う人の問題であって、兵器や魔法に優劣が有る訳じゃないと思うのだけど」

「…わたしもそう思う」

少し考えた後、なのはもフェイトも同意した。

この辺がなのはさんと根本的に違う所か。

小さい頃から持っている力が他の人よりも強かったなのはにはそれを考えさせる事を多くさせて来たつもりだしね。

だからなのははなのはさんの様に魔法は素晴らしい力だとは思っていない。

それよりもずっと恐ろしいと思っている。

自分がその気になれば海鳴の街など物の数分で廃墟に出来てしまうからこそ、その力をきちんと制御しようと努力したし、それゆえの強さなのだ。


話がそれた。

「魔導師が優遇されているこの世界。だけど、非魔導師(魔導師資質が低い人)も大勢居る。
持っている人は、持たざるものの事は分らない。だけど推察くらいはできる。
先天性だけに、彼らは憧れるんじゃないか?強い力に。そして絶望する。逆立ちしても自分ではその舞台に上がれない事に。そんな中、誰でも訓練すれば使用できて、尚且つ魔導師に拮抗できたら?そんな力を手に入れた人たちはどうするだろう?
今までの不満が一気に爆発するんじゃないか?ソレはとても怖いことのように俺は思う」

俺の言葉を聞いて、未だに全てを理解したわけではないだろうが、事の重大さは理解できたのか、なのはが神妙に頷いた。

それを確認して俺は言葉を繋ぐ。

「俺たちはこの技術を貴方たちに伝授する事は絶対に無い」

「たしかにな。
今の話を聞くとおいそれと聞く事もできへんな。つまりそれが非魔導師を退出させた理由やね。
この事実を耳にすればいつかはその技術にたどり着いてまう。その人が魔導師に劣等感を持っていたら今言ったような事も起こり得る。
だけど、高ランク魔導師ならば幾らかその危険性は下がる。わざわざ自分の優位を崩す必要性は無いと言うことか?…それに、私は残ったこのメンバーは他言しないと信じとるけれどな」

まあ、ほぼ身内のみだしね。

「で、でも!ここに居る人くらいには教えてくれても良いんじゃないかな?向こうのわたしは使えている訳だし、わたしはその念?って言う技術も習えば使うことは出来るんだよね?それが無いと被害者の女の子の救出に行けないんじゃないかな」

管理局員としての正義感からか、なのはさんがそう詰め寄った。

「一日二日で物に出来る技術が有ると思う?魔法だって日々の反復練習が基本でしょう?」

「…それは、…そうだけれど」

なのはさんが少し勢いを失ってから食い下がった。

「で、でも!その、本当に初歩さえ出来ればゲームの中には入れるんだよね?だったら後は無理にその念?を使わなくてもわたしたちには魔法があるし」

でもその考えは浅はかだ。

「魔法で何でも解決できると言う考えはやめた方がいいです。その力は特殊な立地条件下のみでそのポテンシャルをフルに使える技術だと言う認識が必要です」

「……どう言う意味かな?」

「現にこの世界でも高濃度のAMF下では魔力結合がうまく行かずに管理局員も苦戦を強いられてますよね?」

「…魔法を無効化する敵なんて今までは余りいなかったからね」

その指摘にすこし眉間にしわを寄せながら答えた。

「それに魔力の回復には周りの魔力素の濃度も関係している。薄すぎるのは言わずもがなだが、濃すぎるのも良くない」

「アオくんはゲームの中には魔力素が存在しないって言いたいんか?」

はやてさんがそう聞き返す。

地球やミッドチルダ、それと魔法技術が発展した世界では魔力素が適性値の濃度で存在している。

しかし、世界は数多く存在する。

その中には魔力素の無い世界だって有るのは、ここに来ての勉強で知りえた事だ。

あの世界には魔力素が有るのか無いのか実際は分らないけれど、ここで無いかも?と、思ってもらった方が好都合。

「可能性の問題です」

確かに、と、はやてさんは頷く。

「だったらどうすれば良いの?被害者を見捨てろって言うの?」

なのはさんが少し怒気を上げて俺に尋ねた。

「そこで取引です」

その言葉に少し場の雰囲気が緊張する。

「俺達が中に入ってその少女を助け出してきます。…まあ、一度プレイした事はあるので、無事に帰ってこれる手段も知っていますし、あなたたちが行くよりは勝算が高いでしょう」

「それなら最初のプレイしたいと言う願いも叶えられるな。せやけど、それだけじゃないんやろ?」

当然です、と前置きをして話を続ける。

「まず、念能力の秘匿を徹底してください。余計な混乱は避けるべきです」

「当然やな。危なすぎて公表できへん」

「それと、長期に渡ってのゲーム機本体の保管。これを六課で行ってもらいたい」

「長期ってどの位や?」

「さて、半年か、一年か…ゲーム内での時間はリアルタイムで経過しますし、頻繁では無いでしょうが戻ってくる事も有るかと。
その時に例えば…そうですね、海中とか火山の火口とかに在ると俺達が死にます」

「…ていうか、そんなとこに有ったらまずゲーム機が壊れへん?」

「言ってませんでしたが、グリード・アイランドはプレイヤーがプレイ中ならばその本体はそれなりの衝撃や環境に耐えるほどに頑丈です。これは流石に本体が壊れたらゲーム機に囚われたままと言う事に対する危惧への対策といった所ですか?
まあ、造ったのは俺達じゃあ有りませんから本当の所は分らないんですけどね」

なるほど、と一応納得したようだ。

「そう言えば、なにやら話が複雑になりすぎて聞いてなかったんやけど。あんたらはどうしてグリード・アイランドをプレイしたいん?」

あ、そう言えばはやてさんにはまだ言ってなかったっけ?

「帰る手段がようやく見つかったのですが、それには必要なものが幾つかありまして。それを得るのにはどうしてもグリード・アイランドをプレイしなければならないんですよ」

「そうなん?しかし、ゲームをプレイして手に入るものなん?」

「恐らくは。…これ以上の詮索はして欲しく無いのですが」

「まあ、動機が分ったからいいけど。
ほんなら、あんたらに被害者の救出をお願いしても良いか?本来ならうちらが行きたい所やねんけど…行けないんやろ?」

「ええ」

「ほんなら…」

「ちょっと待って、はやて。まだその念って言う技術が本当にあるかどうかもわからねぇだろ!こいつらが嘘ついているだけかも知れねぇし」

話がまとまりかけた所でヴィータが待ったを掛ける。

ようやく纏まりかけた所に冷や水を差されて俺は少しイラッとして噴出したオーラを攻撃性の意思を込めて対面に向かって拡散させてみた。

「ひっ」
「あっ」
「何これ!」
「うぅっ」

対面にいるはやてさん、なのはさん、フェイトさん、ユーノさんの小さな悲鳴。

「どうしました?主」
「なのは!何かあったのか?」
「はやてちゃん!」

シグナム、ヴィータ、シャマルがはやてさんを心配する声を上げる。

心配された本人たちは両手で自身の体を抱きながら震えている。

「アオ!」
「お兄ちゃん!」
「なのはさん達が可哀想だよ!やめてあげて」

ソラ、なのは、フェイトはそう言って俺を嗜めた。

三人の言葉で興もそがれたことだし俺はオーラの噴出をやめる。

「何をした!」

キッっといつもより吊り上った目をこちらにむけてにらみつけるヴィータ。

「念がどう言ったものかと問われたので、俺のオーラ…生命エネルギーの事ですが、それに攻撃的な指向性を持たせて拡散させただけです。
どうです?凄く嫌な感じがしたでしょう?」

「凄く怖かったわ」

「うん、体中をドロっとしたものに這い回られるような」

「あまり、いい気分では無いかな…」

三者三様の答え。

「生命エネルギーは動物ならば誰もが微弱に垂れ流しているものだから感じるものが有ったようですね」

「……我々はなにも感じなかったのだが?」

シグナムが片膝を着きはやてさんの様子をうかがっていた体勢のまま此方を向き問いかけた。

「念は生命が発するエネルギーです。そう言えば貴方なら分るんじゃないですか?」

「……なるほどな。どうして貴様にはバレたのか聞きたいものだが」

原作知識を知ってますから。

とはいえ、相手のオーラの流れを視覚化すれば自ずと分る。

「念能力は念能力者しかそのエネルギーを例外(具現化系等)もありますが視覚化できません。逆に言えば念能力者は相手の体から発せられる生命エネルギーが見えるということです。通常、どのような生物でも微弱に発しているものなのですが」

「私たちからは生命エネルギーの発生が感知されないと」

「はい」

おそらくシグナムたちは高魔力が物質化したもので、それらが生物をエミュレートしているのではないか?

まあ、仮説だけれども。

「だから、俺の放った念に対して何のリアクションも返せなかった、それは…」

「いや、いい。分っている」

俺の言葉は途中でシグナムに止められた。

「まあ、今のはただ拡散させていただけですが、コレを密集させて纏わせると…」

そう言って俺は俺たちに提供されていた羊羹についてきた小さいナイフのような竹楊枝を手に取ると、オーラを纏わせて強化する。

「うん?そんな竹楊枝でどないするん?」

俺はゆっくりと刃の先端をテーブルに当てるとゆっくりと手前に引いた。

まるでプリンのようにスッと進入していく竹楊枝を驚愕の目で見つめている六課メンバー。

「っとまあ、こんな事も出来るんですよ」

「………切れてる」

信じられないものを見たという表情のはやてさん。

「身体強化の魔法ではこうはならない…だとすれば強化されたのは楊枝の方。だけど硬度が増したからといってあんなに簡単にテーブルが切れるはずは無い、か」

さすがにユーノさんは学者ゆえに着眼点が良い。

「シグナムなら同じ事できるか?」

はやてさんがシグナムに問いかける。

「……専用のデバイスがあり、相応の魔力に技術と威力、速度があれば机を切り裂く事は可能です…が、私には…と言いますか、魔導師にはありふれた楊枝で机を切り裂く事など不可能です」

「せやね。魔法陣も展開されてなかったから魔法と言うわけでもない。一応その楊枝をこちらに渡してくれるか?」

「はい」

俺は手に持っていた竹楊枝を向かいのはやてさんに手渡す。

それを持ち直して俺がやったのと同様に机に押し付けた。

べキッ

小気味いい音を立てて竹楊枝は折れたようだ。

「……やはりただの竹楊枝やね」

「勿論シューターのようにオーラを撃ち出す事や、オーラを電気などのものに変質させる事も修行をを積めば可能です。
そう言った技術なんですよ。それでいて念能力者で無ければその攻撃を感知できない」

「…それは、恐ろしいな」

シグナムの独り言。

しかし、それは皆が思ったことのようだ。

「念の詳細はこれ以上は秘匿します。
さて、それよりも被害者の救出の方、いつから向かえばいいんですか?時間はリアルタイムに経過します。取り込まれてからすでに二日。食料も水も無い状況ではぎりぎりなのでは?」

「え?バーチャルなのにお腹が減るん?」

「お腹も減れば怪我もします。そして、死は現実での死です」

「……それは急がないとな。直ぐにでも行ってもらえるか?」

「構いませんが、幾つか必要なものが有ります」

この後は詳細を詰めるだけで短時間ですんだ。

用意してもらうものの中には水や食料、さらに重要な物としてマルチタップとメモリーカード。

あの世界の純正品は手に入らないかもしれないが、科学技術の発達が大きいこの世界なら直ぐにでも作り出せるだろう。

幸いにも数時間で全ての準備が整った。


それまでの間に家族会議が行われ、誰が行くのかを話し合わねばならなかった。

出来れば俺とソラの二人だけで行こうと話し合ったけれど、なのはとフェイトが頷かない。

帰る手段を入手しに行くのに待っているのは嫌だそうだ。

残った方が安全は確保されていると言い聞かせようとしたのだが、尚更二人だけでは行かせないとなのはが食い下がる。

フェイトも念の修行が出来るならば行きたいと言っている。

「連れて行こうよ。アオも残したら残したで心配でしょう?最悪、自分たちより強い敵に会ったら封時結界張ってしまえば完全に隔離できるだろうし、魔力素が無くても今の魔力で最低限は行使できるでしょ」

確かに封時結界ならば張った本人が許可しない限り非魔導師を弾く事は出来るだろうから、瞬時に安全を確保できるだろうけれど…

その隙も無く殺される危険性もあるのだが…

話し合った挙句、押し切られる形で皆で行く事になりました。

どんな事があろうとも彼女らは守らないとな。

そう決意した俺だった。 

 

第四十五話【INグリード・アイランド編】

六課内の一室に俺達と、六課の上層メンバー数人が搬入されたゲーム機、グリード・アイランドを囲んでいる。

「それじゃ、ゲーム機の管理、お願いしますね」

「了解や、そっちも被害者の発見、保護を最優先に動いてや?」

俺の頼みごとに了承したはやてさん。

「もちろんです。未だプレイ中なのは生きている証拠です。…余り動いていないと良いのですが」

「被害者は子供や。子供の体力で行ける所なんて限られてるやろ」

「…そうですね。最初の街まで辿りつけていない可能性もありますね。そうすると二日間何も口にしていないことに…これは急がないといけませんね」

「そやね。そのために食料を申請したんやろ?まずは被害者の体調の回復につとめてや、その後何とかして現実世界へと帰還。出来れば被害者だけを送り出すような事はしないで報告がてら誰か一人くらい同行してもらいたいんやけど」

「了解です」

コクリと頷いて、視線をはやてさんか外しソラ達に向ける。

「それじゃ、俺から行くよ。入ったら動かずに皆が来るのを待ってるから」

「うん、私たちも直ぐに行くわ」

ソラが三人を代表して答えた。

「それじゃ、行こうか」

俺は丁度胸の辺りの高さにある台座に設置されたゲーム機の前に立ち、両手で挟み込むように構える。

「練」

シュンっと言う音と共に俺は六課内から転送された。


転送された空間は、電脳を意識したのか、長時間いれば精神を病んでしまうような感じの装丁の外壁に囲まれた空間だった。

その外壁に一つ扉があり、ソレを潜ると短い距離だが通路が続き、又も扉が設置されている。

その扉を潜ると今度は円柱状の空間に出る。

その真ん中になにやら浮かぶ机のようなものに座って此方を出迎える女性の姿が伺える。

「グリード・アイランドへようこそ」

俺が彼女を視界に捕らえたのを確認して、目の前の女性は話し始めた。

「これよりゲームの説明を始めさせていただく前に、プレイヤー名の登録をお願いします」

彼女は俺に自分の名前を問うた。

俺の目の前の、俺が知っている容姿よりも幾らか成長しているように見える彼女は、俺の知っている彼女だろうか。

いや、俺を知っている彼女だろうか。

「アイオリア…アイオリア・ド・オラン」

今は使うことの無い俺の旧名。

「っ!」

その名前に一瞬反応したのが感じられた。

「その名前でよろしかったですか?」

戸惑いを隠してそう聞きかえす彼女。

ああ、そうか。

彼女は俺を知っているのか。

「アイオリアの名前を知っているんですね?イータさん?」

「…私の名前をご存知でしたか。…貴方は何者ですか?」

一気に警戒レベルを引き上げたイータさん。

「今は時間が惜しいので詳しく話す時間はないので簡単な説明しかできませんが」

「構いません。話してください」

その言葉を聞いて俺は俺に起こった事を簡潔に説明する。

簡潔にとは言ってもそれなりに時間を要したが…

だれが生まれ変わりなど信じるものだろうか。

説明を聞き終えた後、イータさんが問いかける。

「その話を裏付ける証拠は?」

証拠か…

俺がイータさんとの共通の思い出なんかは少ないし、それも誰かから聞いたと言われれば証明のしようも無い。

これからやって見せるのも証拠と言うには一歩劣るけれど…

「ソル、モードクラシック」

『スタンバイレディ・セットアプ』

宝石から展開されるのはいつもと同じ竜鎧。

しかし、いつもは日本刀だったソルの姿が昔の斧の形で展開されている。

「……それは…その念能力は確かにアオ達の物とそっくりね」

念能力は多種多様。大抵の場合同系統の能力は有ってもまるっきり同じものは無い。

「今はこれくらいしか証明できる物は有りません」

「一応、私たちもアイオリアとソラフィアが行き成り消えてしまった後、転生の宝玉については調べたわ。だから、こう言う事もありえるだろうと言う可能性は有った」

「そうですか…」

まあ、目の前で消えたようだものね。

「だから、私は貴方の事を信じることにします」

どうやら完全にとは言わないまでも多少なりと信じてもらえたようだ。

「それで?貴方はここに何しに来たの?私たちに会いに来たとか?」

ここに来たのは必然と言う名の偶然なのだけれど。

「人を探しているんです。二日ほど前に6歳くらいの女の子が来ませんでしたか?」

その言葉にイータさんは少し考えたあと、直ぐに思い出したようだ。

「あの子ね。この世界にある言語には全てに精通していると思っていたのだけれど、彼女の言葉はどれでも無かったわ。話が通じずに結局指輪を渡して送り出したのだけれど…制約(ルール)である以上送り返す事も出来なかったからね」

事故だったにしろ正規のプレイヤーに対して強制退場は出来なかったのだろう。

「迎えに来たんですが何処にいるか分ります?」

「それはエレナの仕事だから、彼女に聞かないと分らないわ。でも、ルール上答えられないかも知れないわね。それに、知り合いだからと言って正規の入場した貴方をゲームマスター権限で送り返す事も出来ないわよ」

むう、自分で探すしかないのか。

「分りました。…それと、ゲーム内の物が欲しかった場合はやはり?」

「あら?欲しいものがあるの?当然だけれども、外の世界で使いたいのならばクリアしてもらう他ないわ」

「うわ、マジですか?まあ、頑張りますよ。昔、俺達が使っていた指輪(セーブデータ)は有ります?」

「貴方達が消えたときに身に着けていた物は何も残らなかったの」

うーむ。まあ、仕方ないのかな。

「だけど、もしも貴方達が戻ってくる事があればクリア報酬に色を付けてやれってジンから頼まれたいるわ」

「それが何か分りませんが、結局は一から全部集めろと言う事ですよね」

集めるのは勿論指定カード100種だ。

「そうなるわね」

うへえ、先は長そうだ。

「ルールについての説明は必要?」

「一応お願いします。忘れている事も有るかもしれませんから」

「了解」

その後、ゲームについてのルールを聞いてからフィールドへと転送される事になる。

「この後ソラフィアも来る予定ですので」

「そうなの?どんな姿になっているか楽しみにしているわ」

その言葉を最後に俺はフィールドへと降り立った。

大地にしっかりと立ち、俺はリンカーコアの魔力素の吸収率を量る。

辺りに魔力素は存在するものの、地球やミッドチルダに比べれば途方も無く薄い。

そのため魔力回復量が通常の20分の1まで落ちている。

小出しのシューターならばまだ良いが、バスタークラスは魔力消費がバカにならないため使用は控えた方がよさそうだ。

命の掛かった場面ではそんな事を言っている場合では無いだろうが…

変な所で予想が当たってしまったが、六課メンバーが出張ってくるよりも俺たちの方がまさしく適任だったといえる。



その後しばらくすると先ずソラが降りてくる。

「早かったね」

「うん。…イータさん、余り変わってなかったからどれくらいの時間が経ったのか分らなかったけれど、10年しか経っていないんだって」

そう言えば、その辺り俺は聞いていなかった。

しかし、だとすると、俺たちの転生は時間軸をズラしての移動だと言う事になる。

俺達がこの世界を去ってから30年。さらに俺達が居た時間軸からは10年経っているのだから。

さらにしばらく待つとようやくなのは、フェイトの順番で合流する。

そうそう、ハンター文字と言語については先立ってソラの念能力、アンリミテッドディクショナリーでインストール済みです。

ハンター文字が読めなければこのゲームをプレイするのは難しいからね。

「それでどうするの?そのリオちゃんを探しに行くんでしょ?どちらに行くの?」

そう、なのはが聞いてきた。

「あまり得策ではないけれど、二手に分かれて近辺を先ず捜索しよう。
子供の体力だし、この世界は魔力素が薄い。そう遠くへは行けないだろう。
俺とフェイト、ソラとなのはに別れて捜索、一時間後に又ここで落ち合おう…広域念話での呼びかけは入って直ぐに試したけれど、衰弱しているのか意識が無いのか応答が無かったから急ごうか」

「了解」「うん」「分った」

俺達は確認を終えると、東西に別れて走り出した。


side リオ

ここは一体何処なんだろう…

右を見ても左を見ても草ばっかり…

ううっ…パパっ…ママっ

行き成り知らない所に移動して…知らないお姉さんが知らない言葉を話していて…

あたし…一生懸命お話したけど…ぜんぜん分ってくれなかったみたいだし…

何となく身振り手振りで名前を聞いているような気がしたから…ちゃんと答えたんだけど…

うぇっ…

そう言えば前にママが『迷子になったら、無闇に動かずその場でじっとしていなさい』って言っていたけれど…

最初のお姉さんがいた部屋も、放り出された先の目印になりそうな小さな小屋もどこにあるか分らなくなっちゃったよぉ

だって怖かったんだもん…怖くて、寂しくて、気が付いたらパパ、ママって叫びながら走っていたし…

途中、大人の人に会ったけれど、分らない言葉で話しかけられた後、あたしを何処かに連れ去ろうとしたと手を引かれたと思ったら凄く怖くて、体から魔力が暴走してしまった…

制御できなかったあたしの魔力は電気変換されてその人を襲った。

その攻撃に驚いた人たちは皆驚愕の表情を浮かべてあたしを見ていた。

あたしは直ぐに謝ろうと思ったけれど、直ぐに魔法で飛んで行ってしまった…

その後あたしは誰とも会っていない。

そのまま夜になり、凄く怖かったけれど、あたしは大きめの石を見つけたから、その石を背もたれにしてうずくまった。

怖い…怖いよぅ…パパ…ママ…

怖くて体をギュっと縮こまらせると、なんか視線が低くなったような気がする…

何が起こったのか分らなくて、あたしは恐る恐る左右を確認すると、そこに見えたのは猫の尻尾のようなものがゆらゆら揺れている。

何だろう?と思って勇気を出して手を出してみようと持ち上げ現れたその手にあたしは絶叫した。

きゃーーーーーっ

叫んだつもりがあたしの耳には「うなーーーーーん!?」と聞こえた事にもショックを受ける。

一体何?と確かめるとあたしの両手が猫のようになっていた。

いや、おそるおそる確かめるとそれは両腕だけではなく…

いやっいやーーーっ

パニックを起こしたあたしが、はっと気が付くと元の人間の手に戻っていた。

夢かな?

夢であって欲しい。

あたしが猫になっていたなんて…


それからのあたしは戦々恐々。

寝たら起きたときにまた猫になっていたらどうしようと目を閉じるのも怖かった。

怖いし、寒いし、お腹すいたし…眠れない、気が付いたら朝だった。

一睡もできなかった。

日が昇ったけれど、あたしはぜんぜん動く気になれなかった。

一日ずっと岩陰で座っていたけれど、誰も助けに来てくれない。

パパも…ママも…

寂しい…怖い…お家に帰りたい…

あたしは空腹も忘れるくらい頭がぐるぐるして、両手をぎゅっとにぎり、目をつむった。

目を開けたらお家に戻っていると思いたかった。

気が付いたらまたお日様が昇っている。

どうやらまた一日過ぎたらしい。

このままあたしは死んじゃうんだ…死ぬのは怖いけど…でも死んじゃうんだ…

だんだん意識も朦朧としてきた。

死ぬのは嫌…まだ生きたい…パパに…ママに会いたい…

うぇ、やだよぅ…

散々泣いて、もう出ないと思っていた瞳からまだ涙が流れてくる。

その涙はあたしの手のひらよりも暖かく感じた。

その時。

「君がリオ・ウェズリーで合ってる?」

あたしの知っている言葉で話しかけられたあたしはその言葉の発生源を捜して力を振り絞って顔を上げた。

side out


ソラ達と別れて捜索し始めた俺達は直ぐに魔法によるサーチを行使する。

『円』を使うよりも生物の特定は不得意だが、範囲は広い上に今の念能力者が多く居るであろう現状では察知されにくい分有用だろう。

魔力の回復が少ない事に不安はあるが、使用魔力もバスターほど食うわけでもない。

とは言え、感知された所へとサーチャーを飛ばすなどして確認する等、結構の消費は有ったが、無駄な争いを避けられたのは大きい。

最初にサーチに触れたのが大人の男性だった事には、一応役目は果たしているだろう。

余計な接触は回避出来た訳だしね。

しばらく走りながらサーチを繰り返していると、未だ草原を抜けない所に生命反応を感知。

すぐさまサーチャーを飛ばしてみるとどうやらビンゴのようだ。

黒髪にリボンの幼女。

事前に貰っていた顔写真と一致する。

「ここから2キロ位だね。幸いこの草原は未だモンスターは出現しない。幸運だったな。…フェイト、飛ばすよ」

「あ、うん」

俺たちは念で四肢を強化して走る速度を加速させる。

2キロなんてものの数十秒だけど、それでも一秒でも早く保護して上げないとな。

全速力で走ると、フェイトを少し引き離してしまったようだが辺りには他に生体反応は無かったから大丈夫だろう。

視界に少女を捕らえて俺は減速する。

急激な減速で負荷が掛かるけれど、念で強化されているから問題はない。

目の前の少女は泣いていた。

無理も無い、今まで外で一人で夜を過ごした事なんて無いだろう。

俺は確認するべく声を掛ける。

「君がリオ・ウェズリーで合ってる?」

少女は俺の言葉に勢い良く顔を上げると、声の発生源を探して見上げた。

「えっ!?あのっ…」

一瞬言葉に詰まってしまったようだ。

「リオちゃんで合ってる?君の名前」

自分の知っている言葉で声を掛けられて戸惑っているようだ。

「…っはい…」

下細い声で泣く様に返事をしたリオ。

「迎えに来たよ」

出来るだけ安心させるように言ったつもりだったのだけれど。

「…っうぁ…うぅ…うああああぁぁあぁぁっぁぁぁあぁぁ」

何処にそんな体力を残していたのかと言う勢いで立ち上がると、俺にしがみ付く様に抱きついて泣き出した。

「っアオ!ちょっと速過ぎるよ、って、え?何?この状況?だっ大丈夫なの?」

遅れてフェイトが到着する。

「うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」

泣き止まないリオ。

その腕はさらに力強さをまして俺に抱きついた。

俺は彼女が泣き止むまで好きに泣かせてその頭を撫でた。



ようやく落ち着きを取り戻したリオに持ってきていた食料をで軽く食事を取らせる。

その時に秘術のドーピング、神酒を希釈したドリンクも忘れない。

体力回復にはもってこいだ。

…原液で飲んだら死んじゃうかもだけど。

その間にソラ達に念話を繋げ、発見した事を告げる。

大まかに位置を告げると、ソラ達の方から此方に出向いてもらう事にした。

と言うのも安心したのかリオが意識を手放したからだ。

まあ、最初からこんな幼子を連れての長距離移動は難しかったんだけどね。

いま彼女は俺の膝を枕に眠っている。

神酒も飲ませたし、外傷も無い。

体調に関しては問題ないだろう。

後は精神か。

こんな幼い時分で孤独に耐える時間が彼女に与えたストレスはどれ程のものか。

そればかりは俺には治せない。

優しい言葉を掛けてあげるのが精一杯と言った所だ。


合流したソラ達には周囲の警戒をしてもらっている。

まずはリオが覚醒するまで待つつもりだ。


日が中天を過ぎ、傾き始めた頃、ようやくリオが目を覚ます。

「うっ…うみゅ」

「おはよう」

眠気まなこに目を擦りながら起き上がる。

「えっ、あのっ!…おはようございます…」

一瞬ほうけたが、起き上がり、直ぐに現状を確認し、膝枕をされていた事を思い出したのか顔が真っ赤に染まった。

「うん、まあ、もう昼も過ぎているんだけどね。
それより、今自分がどういう状況なのか、俺達が何者か、説明してもいいかな?」

「あ、はい。お願いします」

確りした受け答え。

…、なんだろう。

子供なのにやけに精神年齢が高いね。

最近の子供はコレがデフォルトなのか?

なのはやフェイトも9歳にしてはかなり確りしてるし。

まあ、今はそれはいいか。

先ずはお互いに自己紹介。

俺の後にソラ、なのは、フェイトと続いた。

俺は現状を簡単に説明する。

「ここはゲームの中で、皆さんはあたしを探しに来た管理局の人なんですね」

まあ、管理局員ではないけれど、ね。

「さて、現状確認もしたし、そろそろ移動しないと。日が暮れる前に街に行こう」

「そうだね。夜になる前に宿を取らないと。お金は途中で倒したモンスターのカードを換金すれば一泊くらいなら多分大丈夫」

ソラが同意する。

と言うか、合流するのが少し遅れたように感じたけど、モンスター狩ってたのね。

まあ、お金が無かったからソラに感謝だけれど。

「街ってどっちの方向にあるんですか?」

リオが俺に尋ねてきた。

「あっちだね。ついでにリオが歩いてきた方向と真反対。こっちの方向には街は無いはず…多分」

俺の記憶が確かならね。

「ええ!?あたし、結構歩いてきたと思ったんですけど…今からじゃかなり時間が掛かるんじゃないですか?」

「大丈夫。走れば直ぐだよ」

「走ればって…」

車も無いのに大丈夫なのかとでも言いたげだった。



風を切って走る。

「わあっ!すごい!すごいっ!」

「あんまりしゃべんない方が良いよ。舌噛むかもしれないからね。一応魔法で風圧は軽減させているから風圧で窒息とかは無いけど、衝撃までは全て緩和できないから」

「はーい」

俺の背中から返事が聞こえる。

長距離を移動するに当たって、当然リオには移動する体力も技術も無かったため、俺がおんぶをして走っている。

その速さは公道を走る乗用車並みだ。

「うぅぅっ。いーな、いぃーなぁ」

「なのは、ちゃんと前見て走らないと危ないよ?…うらやましいのは分るけれどね」

「だよねだよね?」

「わたしもお兄ちゃんにおんぶして貰いたい」

なのははもう9歳だし、そろそろそんな物をねだる年頃では無いのでは?とは思ったけれど…

「その内な」

「ほんとっ?約束!ちゃんと覚えておくからね」

「あ、ずるいっ!あのっ…私も…その」

フェイトが控えめにおねだりしてきた。

「はいはい。分ったから、今はちゃんと前見て走りなさい」

「「はーい」」


走ること数十分。

ようやくこのゲームに入ってから初めての街、『懸賞都市アントキバ』に到着した。

直ぐにショップでカードを換金し、俺たちは宿を取った。


部屋はツインで一部屋のみ。

これは襲撃が有るかもしれないから固まっていた方が有用だと言う事と、…単純にお金が無いと言うことだ。

俺は備え付けのイスに座る。

皆思い思いの場所で一息ついている。

リオに視線を向けると久しぶりの軟らかいベッドのスプリングを使ってポンポン跳ねている。

「わー、ふかふか。しあわせー」

その内ごろんとベッドで横になった。

まあ、リオはこれからの打ち合わせに直接的には参加しなくても良いから寝ててもいいけど…

「さて、これからの事を打ち合わせしないとね」

「うん」

「そうだね」

俺の言葉に耳を傾け視線を此方に向けるソラ、なのは、フェイトの三人。

「まず、迅速にリオを送り返さなければならないね」

「うん、そうだね。きっとご両親も心配しているだろうし」

と、なのは。

俺も頷く。

そりゃね。

今も気が気じゃないだろうさ。

「だから、先ずは帰還アイテムのゲットを優先的に行う」

「うん。でもそのアイテムって?何処にあるかアオは知っているの?」

フェイトの質問。

「ああ。何種類の帰還方法があるのか、正確には俺は覚えていないんだけど…ソラは幾つ覚えてる?」

俺の問いに少し考えてから返すソラ。

「二つだけ。
リーブ(離脱)と挫折の弓」

「俺も同じだ。パッと出てくるのではその二つしか覚えていない」

「どうやって手に入れるの?」

なのはが問いかける。

「リーブはスペルカードだから、魔法都市マサドラで買える」

「買えるの?だったら」

「ただし、スペルカードの購入はトレカみたいなものだ。中に何が封入されているかは開けるまで分らない」

「……でも、買い続けていればいつかは出るんでしょう?」

「…残念だけど、そうとは限らない。カード化限度枚数を超えたカードは封入されない」

「と言う事は、すでに限度を超えていて入手できない可能性も?」

「多いにある」

「でも、限度枚数はカードによって違うから、そのリーブ?って言うカードはいっぱいあるかも知れないよ?」

「…ソラ。リーブってどの位だったっけ?」

「…一度も使ったことないから良く覚えていないけど。…40は行かなかった気がする」

「俺もその位だったと記憶している。…もう少し少なかった気もするけどね」

「じゃあ、明日はそのマサドラに行ってカードを買いに行くの?」

フェイトが俺に問いかけた。

「そうなるね。
だけど、行くのは俺一人だ」

「え?」
「皆で行けば良いんじゃない?」

しかし俺はその言葉にNOを突きつける。

「ショップで会ったプレイヤーに聞いたよ。ここ最近PKの数が多くなっているらしい」

ほんと、プレイヤーを見つけるのには苦労した。

いや、視線を感じるからどこかから監視しているのだろうが、接触してくるプレイヤーは皆無だ。

少し強引だったが、気配の隠し方が下手だった一人を脅迫紛いに捕まえて教えてもらったんだけど。

…と言うか、この辺り(最初の街)を拠点にしているだけあって修練の練度が低い…と言うか、良く生き残っているなあと思わずにはいられないほどだったが、そう言ったもの同士のコミュも存在するらしく、それなりに情報には敏感らしい。

「ぴーけー?」

あ、フェイトはそう言った言語はまだ知らないか。

「ゲームでの造語だよ。プレイヤーキル、又はキラー。だからPK」

「まさかっ!人を殺して回っている人がいるの!?」

「そうらしい。だから俺たちはここまでプレイヤーに接触しなかっただろう?PKを恐れて今この近辺のプレイヤーは皆隠れているらしいよ」

それも以前から居たPKとは別種のグループの手口らしいと言う情報もあった。

「だけどここ二、三日はここアントキバ周辺では被害は出ていない。これは単純にそのPKがアントキバを離れたからだろう。そんな中、リオの安全を考えれば全員で行くよりも、護衛と収集に別れるべきだ。
今回は先ず一番重要なリーブ(離脱)の入手が先決だからね。少し無理をする。
だけど、無理をするのは俺だけでいい」

これに対してなのはとフェイトから自分も行きたいと文句が出たが、リオを送り返すまでは護衛優先と言う事で何とか納得してもらった。

まあ、それが終われば本格的にカードを集めなければならないからもっと積極的に動かなくてはならない事も多くなるだろうし、リスクを承知で危険な事に手をださなければなら無くなるかもしれない、そう感じた。 

 

第四十六話

さて、次の日。

俺はソラ達にリオの護衛を任せてひとっ走りマサドラへ。

途中なにやら岩場を人力でくり貫かれた跡が多数存在しているけれど… 誰だよ、こんな事したのは。

さらに出くわしたモンスターを片付けて資金源を増やしつつ、ようやくマサドラへと到着した。

たどり着いたカードショップで手持ちのモンスターカードを換金して、さて買うかと言う時、俺の予想を裏切る事態が展開されていた。

「は?…スペルカードが売り切れた?」

「はい、次回の入荷は未定です」

俺の魂が抜けたような問いかけに律儀に返してくれたショップのNPC。

売り切れだとぉ!?

マジで?

俺は目の前が真っ暗になった。



…取り合えず呆けていても仕方がないと、俺は来た道を引き返し、アントキバへともどり、ソラたちが待つ宿屋を目指した。

ガチャ

ドアノブを捻り、入室する。

「た、…ただいま」

「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」

なのはが出迎えてくれた。

他のメンバーはと視線を向けると、自然体で立ち、『堅』の修行中のフェイトの姿と、それのコーチをしているソラ。

そして。

「……リオは何しているの?」

リオの隣に居たソラに声を掛けた。

「あ、アオお帰り」

「あ、うん。それで?」

「見たら分るでしょ。『纏』の練習」

そうなのだ。

リオに目をやると、深く目を閉じて瞑想するような感じで自身のオーラを纏っている。

『纏』だ。

「それは分るけれど、どうして?」

教えたのか、とソラに問いかけた。

「この世界(グリード・アイランド)に居るのなら最低『纏』が出来ないと、相手の念には無防備になっちゃうし、フェイトの修行を始めたらどうやらオーラが見えているみたいだったからね。精孔は曲がりなりにも開いていたみたい」

そりゃ事故だったにしろ、念が使えなければこのゲームをプレイする事は出来ないのだけれど。

「だから、リオにも基本の四大行を覚えてもらおうと思って。…まあ最低『纏』は出来てもらわないと」

しかし、ソラの言っている事も分る。

リオの事は出来る限り守るつもりだが、念攻撃に対して自身でレジスト出来れば生存確率はグッと上がるのは確実だ。

しかも、スペルカードの取得を失敗した今となっては特に。

「…そうだね。それが良いと俺も思うよ。まあそれはさておき。
皆聞いてくれ」

さて、リオの事は置いておいて、スペルカードについて話をしないとね。

俺は皆の注目を集めるように言葉を発した。

俺の言葉に纏をしていたリオはビクっとして纏が解けてしまったようだが、フェイトは堅を維持したまま俺の方を向く。

ソラとなのはも同様だ。

「スペルカードを買いにマサドラまで行って来た訳だけど…」

「あ、そうだったね。お兄ちゃん、そのリーブ(離脱)のスペルカードはゲット出来たの?」

なのはが代表して俺に問いかけた。

「…残念だけど、一枚もスペルカードを入手できなかった」

「え?」
「どういう事?」
「うん?」

なのは、フェイトが顔を歪め、リオは昨日の話を聞いていなかった為意味が分らないと言った顔だ。

「……一枚も?一個も無かったの?」

ソラが真剣な表情で聞き返した。

「ああ、残念ながら…」

「そう…」

「えっと…つまり…どういう事?」

混乱したなのはが聞き返す。

「…プレイヤー人口が多すぎてカードの需要が追いついていないか…後は」

ソラの言葉を引きついて俺が答える。

「どこかのギルドが独占したか」

「ギルド?」

フェイトはこう言ったゲーム用語に弱いな。

「同じ目的を持った多人数の集団と言ったところか?スペルカードの独占が出来る規模となると相当の人数が居るのだろうね」

スペルカードの保持に使うフリーポケットはマックスで一人40個分。

スペルカード全ての限度化枚数は…幾つだったか思い出せないが、膨大な量には違いない。

「だとしたらリーブの入手は正規の方法では困難」

「だねぇ」

攻撃呪文も独占していれば、自分たちに使われることもない。

スペルの中には当然相手のカードを奪うものもあるのだから、防御スペルは当然ながら、攻撃スペルの独占も意味はある。

リーブ(離脱)も、この世界から逃げられない状況であるならば、自分たちが相手からカードを奪う機会も無くならないしね。

「と、すれば、後は挫折の弓と言う事になるけれど…」

「そ、ソレが問題だ」

「問題?」

何が問題なの?と、なのは。

「正直挫折の弓を取るのは時間が掛かる」

「…どれくらい?」

フェイトが聞き返す。

「どんなに頑張っても一月以上はかかる」

「一月…」

一月で済まないかもしれない。

一月とは全力で寝る間も惜しんでこの世界を駆けずり回ってようやくと言った所だ。

指定カードである挫折の弓は限度化枚数も少なめだが、それと同等に入手難度が上がる。

さらに挫折の弓のフラグは一度指定ポケットを50枚以上収めた状態からバインダーを0に…全てのカードを具現化すること。

一度何も無くなるのだから本当に挫折してしまいそうになる。

入手しても、リオを送り返すためにはそれを使わなければならないとは…

せめて、スペルカードが買えれば…

擬態(トランスフォーム)』か『複製(クローン)』が欲しい所だ。

と言うか、スペルカードが買えればリーブの入手が可能なのだから、考えるだけ無駄か…

攻略組の人達も当然居るだろうから、何とか交換で手に入らないだろうか…

他者との接触は危険も伴うけれどね。

トレードでリーブの入手が出来れば手っ取り早いのだけれど…

その辺は臨機応変に情報が増えたら再考するしかないか。

挫折の弓入手のための条件を皆に伝えると、皆の顔に少し厳しい表情が浮かんだ。

まあ、クリアの半分まで到達した上で全て放棄しなければならないとかは、流石に辛い。

取り合えず、リオの護衛をソラとフェイト。カードの収集を俺となのはが行う事になった。


グリード・アイランドを始めて二週間。

俺たちの集めた指定ポケットのカードは19枚。

比較的入手難度の低いカードを狙っているのだが、中々集まらない。

今日は二日ぶりにアントキバへと戻り、ソラ達と合流した。

「ただいま~」

「お帰り、なのは」

「今帰った」

うお、今なんか俺、自宅に帰った亭主のような発言をしてしまった。

恥ずかしい。

「お帰りなさい、アオ。指定カードは取れた?」

「ああ、二枚増やせたよ」

「そう、良かった」

「あ、アオお兄ちゃん。お帰りなさい。なのはお姉ちゃんもおかえりなさい」

「お…おかえりなさい。アオ…なのは」

部屋の少し奥からリオとフェイトが出迎えた。

「ただいま。…それにしても、綺麗な纏だね」

「え?えへへ。ありがとうございます」

念の基礎の修行を始めて二週間、リオはようやく纏を自分の物にしたようだ。

喜んでいるリオの隣には何故かボロ雑巾のようにくたびれたフェイトの姿が。

「…フェイトは今日も下水管工事のバイト?」

「うん…スコップで延々と下水管工事の為の穴掘り…『周』の鍛錬には丁度いいってソラに言われたし、確かに納得もしてるけど…すごく疲れた」

あー、アレは俺も経験した。

実際『周』の訓練には持って来いだったし、あの後念を教える事になった人達も同じような事をやらせたね。

「わたしも昔同じような事をやったから、頑張って!フェイトちゃん」

「ありがと、なのは」

なのはがフェイトをはげました。


夕食を済ませた後のまったりとした時間。

「二週間で19枚…残り31枚ね」

と、ソラ。

「ああ。二ヶ月は掛からないと思いたいね」

「そろそろ私もカード集めの方に協力したい」

そう言い出したのはフェイトだ。

彼女の場合は念の修行と言う意味合いもあるからカード集めはいい訓練になるのだが…

「ソラ、フェイトにはまだ『硬』と『流』を教えていなかったよね?」

「うん、まだだよ。…フェイトは物覚えが良いから、そろそろ教えてもいい頃だとは思ってたけど」

「そっか。ならばそれが及第点になったらだね。纏、練、絶、発と応用の凝、周、堅、硬、流、が使えればこのゲームで取れないカードは一応無いはずだから」

「私が教えてもらったのは四大行と周と堅…まだ他に2つもあるんだ」

「まだその他に円と隠がある。フェイト、一通り見せてあげる」

そう言ってフェイトを招きよせると、なぜかリオも付いて来た。

リオに見せても理解できるか分らないけれど、まあいいか。

「先ずは基本の『纏』」

オーラを身に纏う。

「纏の応用技の『周』」

身近に有った紙をオーラで包み込んでみせる。

「精孔を閉じ、気配を立つ『絶』」

「そして通常よりも多いオーラを出す『練』と、応用技の『堅』」

迸るオーラを持続させる。

「オーラを操り自分にあった必殺技や能力を行使する『発』」

俺は植木鉢に植えてあったパンジーに手をかざすと、そのパンジーが急成長する。

「アオの能力って…」

「俺の能力は触れたものの時間を操る『クロックマスター(星の懐中時計)』。進めたり、戻したり、止めたりね」

「凄い能力…」

まあね、俺もそう思う。

俺の潜在的な心理ストレス等が原因になったのは間違いないと思う。

未来を知っている自分がどう動くのか、慎重に行動してきたが、やはり後悔の連続だった。

そんな俺のやり直したいとか、あの時ああしていれば、とか何度思ったことか。

「オーラを目に集めて相手の念能力を看破するのが『凝』」

俺の場合勝手に写輪眼が発動してしまうけれど。

「『凝』の応用技が『流』」

目以外の場所、今回は右手にオーラを集める。

「それが、『流』…」

「そして、纏、絶、練、発、凝の複合技、『硬』」

右手以外の精孔を閉じ、右手に纏ったオーラが膨れ上がる。

「…すごいオーラ」

「この状態で普通の人間を殴ればトマトを潰すよりも簡単に中身が飛び出るからね」

俺の言葉に息を呑むフェイト。

「纏の応用技で『円』これは範囲内のレーダーみたいなものだね。円の中ならば死角はほぼ無くなると言って良い」

オーラを部屋を包むくらいまで広げて維持。

「最後は絶の応用技の『隠』」

「それは?」

「凝で俺の指先を見てごらん?」

フェイトは言われたとおり凝で俺の指先をみる。

「数字の1」

「正解。オーラを見えにくくする技術」

指先から放出していたオーラを止める。

「大体こんな感じ。『堅』と『流』この二つが出来れば取り合えず一通りの戦闘を行う事ができる。
この二つの修行は影分身を使ってやれば比較的短時間で及第点はあげられるんじゃないかな。フェイトの努力次第だけどね」

「頑張る」

うん、がんばれー。ってその前に影分身って教えてたっけ?忍術に対するレクチャーをした覚えが無いような?

さて、一通り見せたし話も終わりかなと思われた時、ソラが驚愕の声を上げて俺を呼んだ。

「っアオ!」

「何?」

ソラの方を振り返ると驚愕の表情で見つめるソラの先に居たのはリオ。

それだけならばソラはそこまで驚愕の声を上げないだろう。

しかし。

「写輪眼…」

「え?何ですか?…そう言えば少し体がダルイです」

リオの抜けた返事に一瞬俺の思考も止まりかけたが、何とか回避。

リオの両目は真紅に染まり、勾玉の模様が左に一つ、右に二つ浮かんでいた。

「あ、その目…」
「それって…アオ達の」

なのはとフェイトも俺とソラの態度が急変した事で事態を飲み込もうとリオを見たのだろう。

やはりその顔は驚愕の表情だ。

「そう、写輪眼。ある特定の血筋に稀に現れる瞳術。その瞳は全ての術を見抜くと言う」

「全ての術…だからお兄ちゃん達は一度見た技をすぐに真似できるんだ」

以前ソラがフェイトさんと戦った時の事を覚えていたか。

「それよりも、特定の血筋って?御神と不破?だったらなのはも使えるの?」

「いや、写輪眼はうちは一族の血継限界…特殊能力。だからなのはは使えないよ」

「え?じゃあ何でお兄ちゃんとソラちゃんは使えるの?」

まあ、当然その疑問にぶつかる訳だが、それにどう答えようかと悩んでいたところでリオから抗議の声が上がる。

「あ、あのっ!一体どういう事なんですか?あたしのことを話しているみたいなんですが、一体何を言われているのか分りません」

そうだったね。リオの事をのけ者したつもりは無かったんだけど、つい驚愕の事実に俺も冷静では要られなかったと言う訳だ。

取り合えず、部屋に備え付けられていた姿見の前へとリオを連れて移動する。

俺は姿見の前に立ったリオの肩に手を乗せ、少々拘束ぎみに自分の姿を覗かせた。

「いい?リオ。驚いてはいけない。それは決して病気ではないから」

「う、うん」

俺の方を見上げていたリオが、俺の言葉を聞いて姿見に視線を移す。

「こっ…これって…」

前もって心の準備をさせたからだろうか。驚愕の言葉を上げるリオだが、どうにか取り乱す事はなかった。

「写輪眼と言う。大丈夫だ。俺とソラも持っている」

そう言って写輪眼を発現させる。

「本当だ。…でも数が…違う?」

「本来は三つ巴の模様で、三つあるのが普通なんだよ」

「え?じゃあ、わたしのは…」

うーむ、そう言えば俺も移植したては二つだったっけ?

だいぶ昔の事だからよく覚えていないけれど。

だけど、まあ…

「覚醒したばかりでまだその力を全て発揮できていないか……あるいはそれが限界か。俺は前者だと思うけれど、ソラは?」

「私もそう思う。今はじめて発現したんだし、不安定なんだと思うわ」

「それじゃ、リオはその…うちは一族?の血が流れているの?」

と、フェイト。

「流れているよ、確実に」

まさかこの年で眼球の移植など行わないだろう。

「何代か前にうちはの人間と交わったか…あるいは…」

ソラが俺の言葉を継いだ。

「竜王の子孫」

「竜王の?」

「竜王ってあの本の?」

フェイトとなのはが驚くのも無理は無い。

何故そこに繋がるのか理解できないのだろう。

どう説明しようかと悩んでいた所、リオが声を出した。

「あのっ!皆さんはその…うちは一族?について詳しいんですか?」

「…まあ、ね」

俺とソラは。

「じゃ、じゃあっ!そのうちは一族って猫に変身したり出来たんですか!?」

「…なん…だと?」

「あ、あの…今でもあたし、信じられないんですけど…昨日わたし気が付いたら一瞬猫になっていたんです…だから」

「うん?動物に変身するくらい魔法でもできると思うよ」

それに答えたのはなのは。

「え?そうなんですか?」

「うん。たしかそんな魔法があるって前にお兄ちゃんが言ってたよ。ね?」

「あ、ああ」

ユーノがフェレットに変身できるのだ。俺たちはまだその術式を知らないが出来る事は確実だろう。

「あ、そうなんですか…良かった」

安心するリオ。

しかし、それで終わればうやむやになる所をソラの発言がそれを逃さなかった。

「リオはその変身術式を知っていたの?」

「え?知りませんよ?」

「比較的簡単なシューターのような放出系や先天性の魔力変換資質等は感覚的なもので割りと簡単に出来るだろうけど…変身魔法はそうは行かないと思うわ」

「え?…じゃあっ」

「落ち着いて、リオ。変身したのに戻れているんでしょ?だったら大丈夫。猫に変身できるのは珍しい事かもしれない。だけど大丈夫。私も出来るから」

「本当?」

「本当」

すっと溶けるように一瞬でソラの体が消える。

消えたわけではない。その証拠にソラのいた足元に一匹の子猫が居るのだから。

「わあっ猫ちゃんだ」
「かっかわいい」

驚きよりもかわいさに目を奪われたようだ。

俺は知っていたから驚かないし、なのはは変化の術か何かだと思っているようだった。

リオは駆け寄りソラを抱き上げる。

「ううーいいなっ!リオ、次私が抱っこしたい」

「うん、わかったよ。フェイトお姉ちゃん」

「あのね、私だからね、ソラ」

「きゃっ」

いきなりしゃべりだした猫に驚いて落としてしまったリオ。

ひらりと着地するとソラは一瞬で人間に戻った。

その後ろで「あぁっ」と残念そうな声を上げていたフェイトが印象的だった。

「リオ、一度猫に変身してみてくれない?」

「え?でも…」

「大丈夫。猫になろう、人間に戻ろうって気持ちがあれば大丈夫だから、ね?」

俺たちの変身については意思の力で戻れるからね。

しかしもしそれで変身できるのならば…

「…うん」

ソラに説得されてリオは静かに目を瞑る。

「ねこー、ねこー、にゃんにゃん」

イメージトレーニングだろうか、その口から漏れる言葉が可愛らしかった。

すっと体が溶けるように縮み、やはり足元に子猫が一匹現れる。

「にゃあ」

その体毛はアメリカンショートヘア。

ミッドチルダには居ない地球産の猫。

「わあ、かわいい!」

だっと走って抱き上げたのはフェイト。

「苦しいよ、フェイトお姉ちゃん」

その腕の中から抗議の声が上がる。

「あ、ごめんなさい」

そう言って拘束を緩めるフェイト。

「うん。そのくらいなら大丈夫」

しばらくしてようやくフェイトはリオを開放した。

開放されたリオは、今度は「にんげん~、にんげん~」と呟くと、その形を人へと戻した。

「…今のってソラちゃんのと同じ…」

なのはがその結論に至る。

「うん?」

言われたリオは分らないと言った表情。

「だろうね。
魔法陣は出なかったし、どちらかと言えば変化の術に近いだろうけど。…アオ、やっぱりリオは…」

「…竜王の子孫だろうね」

と言うか、確実に俺かソラの子孫。

あの変身能力は元は魔法薬だったのだけれど…子供にまで遺伝するなんて…なんて物を造ったんだドクター!?

いや、まあ、推測だが。母親の胎内で体内に溶けた魔法薬が血液中から移動したと考えた方が妥当か?

まあ、それだと直系の女性の子供にしか顕現しないとなるが、遺伝子に組み込まれていると考えるよりは説得力が…

まあ、どうでもいいか。

そんな所は考えなくてもいいよね。今現実に出来るか出来ないかと言う問題でしかないし。

と言うか、これでリオが竜王の直系…もしくは、どこか別の時代に転生した俺かソラの子孫と言う事だ。

「竜王って何ですか?」

「昔の王様だよ。古代ベルカ時代の」

「そうなんですか」

日記とユーノさんに調べてもらった限りそんな感じだったはずだ。

しかし、おかしな事になった物だ。

今までは仮定の内だったが、それがどうやら現実味を帯びた。

恐らく俺たちはまた転生するのだろう。

今度は過去、古代ベルカ時代。それも次は王族として。

となると、今俺が知った事実をこの先日記と言う形で書き残し、俺たちに届くのだろう…が、しかし。

それだとループだ。

一番最初が抜けている。

一体誰がこの方法を考え、残したのか。

とは言えコレも考えても答えが出ない類のものだ。

俺は考えるのを止めた。

「え?じゃあ、お兄ちゃんもソラちゃんも竜王の血が流れているの?」

「え?うん…そうだね」

と言うかたぶん本人です。

「とりあえず、リオには力の使い方を教えた方がいいかな?どう思うソラ。知らない方がいいと思うかな」

「もう使えているんだから、簡単にでも何が出来て、何をしてはいけないかは教えた方がいいと思う…制御できなければ今回みたいに意志とは別に発動してしまうかもしれないしね」

確かにそれは危険か。

マイノリティは受け入れられ辛い。

ミッドチルダは比較的にレアスキルと言う枠の認知度が高いからまだ大丈夫だろうか?

「…ソラの言うとおり、制御は覚えていた方がよさそうだ」

「?」

自分の事を、自分の意思の存在しない所で決定された事を理解できていないリオが不思議そうな顔をしていた。


さて、取り合えずリオの事はひと段落させて、一息ついてから話はもどって、これからの事だ。

「どうするの?拠点をマサドラに移したほうがスペルカードの入荷の確認が楽じゃないかな?」

と、俺に同行してグリード・アイランドを駆け巡っているなのはの意見。

「確かに、それはそうなんだけどね。逆にスペルカードの有用性からマサドラは人が絶えない。他のプレイヤーとの接触の場も多い…それ故カードのトレーディングの場としても機能しているが…やはりマサドラに移るのはリスクが大きい。リオを帰してからかな」

まあ、リオを帰したらそれこそ定住なんてせずに駆けずり回らなくてはならなくなるが。

そういった方向で話が纏まり、俺たちはまたカードを集める日々が続いた。 
 

 
後書き
挫折の弓。漫画では取るシーンも使うシーンも無かったので取得方法はオリジナルです。  

 

第四十七話

それからまだ二週間。

今の指定カードは31種類と言った所。

「木の葉旋風っ!」

「くぅっ!」

俺の蹴りを右腕でガードするフェイト。

勿論『流』での防御力強化も忘れない。

「はっ」

ガードして肘で俺の蹴りを押し切り、空中に投げ飛ばされた俺に向かって正拳突きを放ってくるフェイト。

「ふっ」

空中で身を捻って両手を軌道上に被せるように突き出してガードする。

突き飛ばされる勢いをそのままに俺はフェイトから距離を取る。

ざざーっ

着地した両足が砂煙を立ち上げる。

フェイトは俺の着地に隙を突き、すぐさま大地を蹴って追撃する。

「やっ」

その攻撃もガードする。

避けても良かったのだが、今しているのはフェイトの『流』の習熟度の確認。

だから俺もフェイトの『流』を使った攻撃を『流』を使ってガードする。

「よっと」

今度は俺からの反撃。

「うっ…くっ…」

連撃に次ぐ連撃に次第に対応し切れなくなって行くフェイト。

20を超えたところで終に『流』によるガードが間に合わなくなる。

「あっ…」

俺の拳が当ると思われる刹那、俺は拳を止めた。

「ここまでだね」

「…うん」

俺の言葉にフェイトは四肢から緊張を解いてオーラを収めた。

「あの…その、どうだった?」

フェイトの質問。

今日はフェイトの『流』の訓練の出来上がりを俺が見る約束だった。

前回の打ち合わせから二週間が経ち、フェイトもそろそろ及第点がやれそうだとソラが言ったためだ。

フェイト自身も早く俺たちの協力がしたかったらしく、修行に励んだようだ。

まあ、影分身での練習は経験値の習得がとてつもなく早く、二週間と言う早さでソラから及第点をもらえたようだ。

不安そうな顔で此方を見つめるフェイト。

「うん、合格」

「本当っ!やったーーっ」

まあ、『堅』を維持し、『流』を行使した戦闘で30分、本気ではなかったとは言え俺の攻撃を凌ぎ、反撃まで出来たのだから本当にフェイトの戦闘技術に関する成長には目を見張るものがある。

「よかったね、フェイトちゃん」

「うん、ありがとう、なのは」

よほど嬉しいのか、フェイトにしては珍しくなのはの手を取ってぶんぶん振っている。

「それにしても、お二人とも凄かったです」

そう言って近づいてきたのはリオだ。

「うん。まあ、アレくらい出来ても、一流の念の使い手には敵わないのだろうけれどね」

現在のフェイトは、俺たちがここで修行していた時と同等と言ったところだ。

俺達がジン達の下で修行していた時の戦闘練習、二人で全力でジンに立ち向かったが結果は惨敗。

ダメージらしいダメージを与える事は出来なかった。

まあ、アレから随分俺たちも修行したし、出来る事も増えた。

今ならば念のみでも互角に戦える…といいな。

アレから数十年掛けて俺は自分について一つ悟った事がある。

それはソラも同様のもののようだが、これは致命的とまではいかないが重要な部分。

俺もソラも、技術習得について、特に戦闘に応用が出来る技術で、修練し、身に付け、思うように操る事は出来るようになった。

それも一流と言われるほどに。

しかし、所詮は一流なのだ。

天才には敵わない。

常人が一生でたどり着ける最高値が100だとしたら、95くらいまでは俺なら青年期までに習得できるだろう。

しかし、天才はそもそも最高値が120なのだ。

さらに成長が早い。

これは敵うはずが無い。

言わずもがなジンは天才の部類に入る。

とは言え、例え天才と戦うとしても結果は俺のほうに大きく傾くだろう。

一つの技術では25もの差が有るとしても、その25を他の技術で埋めておつりが来る位、今の俺たちの技術習得幅は多岐にわたる。

まあ、全力で戦えば負けないんじゃないかな?

「それより。どうだった?俺とフェイトの戦闘。全て見えた?」

「あ、はい。…お二人とも凄かったです」

この二週間、リオに優先的にさせているのは四大行の修行よりも、その写輪眼の制御とできるだけその目を発動してフェイトの修行をつけているソラを見ることだ。

必要になる日が来ないことを切に願いながらも、戦闘技術を情報として彼女の中に蓄積させる。

これが俺が自分の子孫であろうリオにしてやれる限界。

順調に行けば後二週間ほどでリオを現実に帰すことが出来る。

その後はリオに会う機会があるかどうか。

俺達はゲームクリアまで外に出る機会は殆ど無いだろうし、帰還に必要なアイテムを手に入れられたなら、直ぐに帰るつもりだ。

なればこそ、彼女がこれから自分で取捨選択できるよう、俺達の戦闘技術を写輪眼で蓄積させている。

この前聞いたらソラは暇さえあればリオの前で忍術を一通り披露しているそうだ。

拙いながらも分身の術が出来るようになったとリオが見せてくれたのは記憶に新しい。

「さて、フェイトも順調に仕上がったし、そろそろ本格的にカードを集めに行こうか」

まあ、勿論ソラとリオはお留守番だけど、次の日からはフェイトが俺達のグループへと参加した。


アントキバからマサドラへと続く道中に出くわしたモンスター。

今までは避けていたそれも、今度は一通り狩る。

一つ目巨人、メラニントカゲ、マリモッチ、バブルホース。

この辺りのモンスターは弱点が設定されており、その弱点を突けば撃破は簡単だ。

「つかまえたーーーっ」

『バブルホース』のカードのカードを無事にフェイトがゲットする。

「まあ、纏と絶が瞬時に切り替えられれば簡単にゲットできるけど。…よく気づいたな、フェイト」

「えへへっ」


数日、俺達は指定カードを捜す傍ら、倒したモンスターカードを手に入れてはマサドラで売り払い、お金を手に入れるための金策にしている。

これはBランク指定カードを効率的にゲットするためだ。

ソラが思い出したのだが、Bランクカードは50回同じ店でカードを換金すれば上客として扱われ、売ってくれるとの事。

そう言えばそうだった気もする。

なぜ忘れていたのか。…と言うのも、俺達が前回カードを集めたときは全てのイベントをこなしていたからね。

取り方は覚えているんだけど…そんな裏技チックな方法は忘れていたよ。

一週間が経ち、なのは、フェイトと一緒に今日も換金ついでにマサドラのスペルカードショップに立ち寄る。

店員の女性型NPCに声を掛けると、いつもは売り切れだと言っていた彼女が今日に限っては言葉が違った。

「お客様、運がいいわよ。ずっと品切れだったのだけれど、昨日大量に入荷できたの」

「え?お兄ちゃん。もしかして…」

「スペルカードが売ってる?」

なのはとフェイトの驚きの声。

「…そうみたいだね」

俺も驚いたが、それと同時に疑問も浮かぶ。

どうして大量のカードが入荷したのか、だ。

今まで…それこそ昨日までは売っていなかったと言うのに大量に入荷したと言う。

それは、一気に多数のスペルカードが使われたか…あるいは消失したかだ。

消失も2パターンある。

スペルカードの保存に使うフリーポケットはセーブされない。

つまり、ゲーム外に出ればその時点でスペルカードは消失する。

そして、もう一つ。

こちらの可能性のほうが残酷なのだが、プレイヤーが死んでしまったときだ。

その場合は指定、フリー、両ポケットのカードが消失する。

後者で無いと良い。

後者はそれだけ大量の死者が出たという事。

ゲームイベントでのリタイアならば俺達に直接関係無いだろう…しかし、もしもPKならば?

それはつまり大量の人間を一度に殺せるほどの念能力者がこのゲームに紛れ込んでいるという事だ。

【ソラ、今いい?】

俺は直ぐにアントキバに居るソラに念話を繋いだ。

【うん、何?】

【今、マサドラに居るんだけどね。どうやらスペルカードの再入荷が有ったみたい。今ならスペルカードが買えるけれど…どうしようか?】

【うーん。今の所持金でBランクの指定カードを必要数買える?】

【ぜんぜんたりてません】

【後どの位?】

【まあ、このペースで一週間ほどかな?】

【だったら、確実な方がいいんじゃない?…あー、でも『擬態(トランスフォーム)』か『複製(クローン)』のスペルカードは欲しいわね】

たった一枚の挫折の弓を使ってしまうとまたもう一度Oからやり直しだ。

それは避けたい。

それに、先ほど推察した懸念事項もある。

それをソラに告げると、スペルカードで『離脱(リーブ)』の速やかな入手が望ましいと、賛同してくれた。

なのはとフェイトにもその事を伝え、俺達は直ぐに有り金全てをスペルカードにつぎ込む。

取り合えずフリーポケットの許す限界の40パック、120枚を購入。

そして、俺たちは賭けに勝つ事が出来た。

離脱(リーブ)』のカードを3枚手にすることが出来たからだ。

その他には目ぼしい物で『堅牢(プリズン)』と『神眼(ゴットアイ)』と言った最上級レア度のスペルカードが一枚ずつ当たったのは嬉しい誤算だ。

しかし、その二つよりはレア度の低い『擬態(トランスフォーム)』は当たらず、『複製(クローン)』は二枚と言う結果だったが、入手難度の高い二枚が当たったのはとても嬉しい。

この二枚さえ手に入れてしまえば、全40種コンプリートも夢ではなくなる。

とは言え、このゲームを安全にクリアするためには『堅牢(プリズン)』か『擬態(トランスフォーム)』を後10枚手に入れなくてはならないのだが…

まあ、取り合えず『離脱(リーブ)』のカードは手に入れたのだ、これでリオを帰す事が出来る。

俺達は店をでて、ソラ達の居るアントキバへと戻る事にする。

「さて、アントキバへと戻るよ」

「ここからだと走って三時間くらい?」

「まあ、そのくらいだけど、今回はコレがあるからね」

そう言って取り出したのは『同行(アカンパニー)』のカード。

「あ、それ、スペルカードっ。わたしが使いたい、ねえ、いいでしょう、お兄ちゃん」

なのはが使ってみたいとねだる。

「まあ、いいか。はい、これアカンパニーのカード」

なのはにカードを手渡す。

「うぅ、いいなぁ。アオ、次は私が使うからねっ!」

フェイトも使いたかったのか…

「はいはい。『同行(アカンパニー)使用(オン)』の後にプレイヤー名を発言する。今回の場合は『ソラフィア』だよ」

プレイヤー名とはゲーム開始時に設定した名前の事だ。

俺なら『アイオリア』だし、ソラは『ソラフィア』

これは何となく昔を懐かしんだからだ。

このゲームをするならこの名前が一番しっくり来る気がする。

「うん、分った『アカンパニー・オン、ソラフィア』」

自分で飛ぶのとは違う力で俺たちは凄いスピードで空へと飛び上がり、物の数分でソラとリオの居るアントキバへと到着した。

ギュイーン、シュパっ

そんな擬音が聞こえてきそうな勢いで、俺たちはソラ達の待つ宿屋の部屋の中へと到着した。

宿屋の中に直接飛び込めるわけは無く、どういった原理か、宿屋の扉が何かの力で突然開かれたようだ。

そのためソラはその腕にリオを包み込み、臨戦態勢で俺達を出迎えた。

「あ、お兄ちゃん達。お帰りなさい」

「ああ、ただいま、リオ。ソラも」

「うん。出来れば帰る前に念話して欲しかった」

それは悪かった。

とは言え、念話していてもソラの対応は変わらなかっただろう。

飛んでくるのが俺達とは限らないのだし。

ソラから開放されたリオは俺の後ろに居たなのはとフェイトとも挨拶を交わしている。

「さて、リオ」

「なんですか?」

「帰還に必要なアイテムが手に入ったよ。これで君を帰してあげられる」

「えっ?本当ですか?」

「ああ」

「パパとママに会える?」

「ああ」

「本当に!やったっ!やった!やっと帰れるんだ!」

俺達が保護した事でどうにか現実を受け止めたリオ。

泣き出すよりは単純に帰れるのが嬉しいようだ。


「それじゃ、ソラ。バインダー出して」

「ん?何するの?」

「俺も一緒に行って、きちんと送り届けてこないとね。だから、俺が持っているカードを全部ソラに預けておくよ」

「指定カードはセーブされるはずじゃ?」

「確かにね。だけど、もしかしたら帰ってこられないかもしれない。その時は3人でカードのコンプリートを目指してもらわなければならないからね」

俺は帰ってくる気だが、相手は組織だ。いくらはやてさんが信用できるからといって、他の人が信用できるかと言えばNOだ。

組織と言うのは一枚岩では無い物。

意思の統一など出来るわけも無い。

俺はそこまで人を信じていない。故に、最悪拘束されることを想定しておく。

まあ、そこまで心配しなくてもいいかもしれないけれどね。

ソラは神妙に頷いて、俺からカードを受け取った。

「もし、三日経っても戻ってこなかったら後のことは頼むよ」

帰ってこれない事態に陥ったら最大限抵抗してやる気ではいる。

その後に合流予定はソラに『口寄せ』してもらうのがよさそうだが、それはクリア後でいい。

「取り合えず、先ずはスペルカードのコンプリートとプリズン、トランスフォームの入手かな。漂流(ドリフト)は余ったら使っちゃって」

俺達の知っている通りならば『漂流(ドリフト)』の50回使用で『ドントルマ』へと行けるはずだ。

そこは指定カードNO99、SSランク指定カード『モンスターハンター』の入手へと繋がる。

「分った、アオも気をつけて」

「何も無ければすぐに帰ってこれるよ。…さて、リオ、行こうか」

「はい」

俺に呼ばれてリオが返事を返した。

俺はバインダーに残された二枚のうち1枚を取り出す。

「じゃあね、リオちゃん。元気で」

「バイバイ、リオ」

なのはとフェイトが別れの言葉を告げる。

「え?皆さんは戻らないんですか?」

「私たちはまだやり残した事があるからね。リオ、今まで教えてきた事は誰にも言っちゃダメだし、無闇やたらに使ってはダメ。約束してくれる?」

ソラがリオにそう忠告した。

「え?はい。…分りました。…でも、こっそり練習するのは良いんでしょう?」

「誰も見ていないときならばいいわ。それともし、命の危険が迫ったときは躊躇わずに使いなさい。…まあ、普通に生きているのならそう言った場面に会うことなんてそうそう無いのだけれど」

「…はい」

皆とのお別れも済んだ様だし、そろそろ行こうか。

「それじゃ、行くよ。離脱(リーブ)使用(オン)リオ」

リオの体がなにかに引っ張られるかのように舞い上がり、飛び去ったかと思うと一瞬で姿を消した。

「俺も行ってくるよ。離脱(リーブ)使用(オン)

俺の体も何かに引っ張られるようにして一瞬で視界が切り替わる。

「ここは?」

先に出ていたリオの姿を確認する。

「管理局、機動六課にある一室だね」

俺達がリオの捜索に行く時に用意され、ゲーム機が安置されている部屋だ。

さて、現実世界(まあ決してグリード・アイランド内がヴァーチャルでは無いのだが)に帰ってきたが、出た先に人の姿は無い。

いつ帰ってくるか分らないのだから仕方が無いのだろうけれど、それでも誰かが現れたらすぐに分る様な機材がこの部屋に仕掛けられているのだろうし、待てばすぐに誰か来るかな?

案の定、すぐに俺達の目の前に通信モニターが展開される。

ウィンドウには六課部隊長であるはやてさん。

「ただいま戻りました」

『ようやく戻ったんか。それでそっちが被害者であるリオ・ウェズリーやね。こんにちわ、私は機動六課部隊長、八神はやていいます。よろしくね』

「リオ・ウェズリーです。…あの…パパとママは…」

『ご両親にはすぐに連絡するから、ちょっと待っててくれるか?その前に病院に移動して、そこで少し検査させて欲しいんやけど…軽い健康状態のチェックだけや。問題なければ直ぐに家に帰れるよう手配するで。アオ君、スタッフがすぐに迎えに行くからリオちゃんとしばらくそこで待っといてな』

「了解」

その後すぐに六課スタッフに連れられて近郊の病院へと運ばれる。

医療器具を駆使して健康状態に異常が無いかチェックしている。

しばらくすると一通りの作業を終えた医師が終了の声を上げる。

「はい、終わり。どこも異常なし。健康そのものだよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「いいのよ」

その時医務室の扉が開き、年若の夫婦らしき二人と、その付き添いであろうフェイトさんが入室してきた。

「リオっ!」

「ママっパパっ!」

その姿を認めるや否やベッドから飛び降りて駆け寄ったリオ。

リオの体を抱きとめて涙を流す両親。

「リオ…よく無事で」

「うん、寂しかったけれど、アオお兄ちゃん達がすぐに見つけてくれたから大丈夫だったよ」

「そう、本当に良かった」

両親との再会を邪魔してはいけないと、俺達はしばらくその光景を見守った。
 
 

 
後書き
リオ退場。
次ぎ出てくるとしたら番外編辺りですかね。  

 

第四十八話

さて、リオの引渡しも済んだし、お別れの挨拶も終えた俺は、リオのご両親にお礼を言われた後、退席した。

早く六課へと戻りグリード・アイランドへと行かないとね。

って、どうやって戻ろう。

六課からは車だったし、ぶっちゃけこの辺りの地理には詳しくない上に、お金も持ってないよ…

六課内でははやてさんから預かったカードで済ませていたし、そのカードもグリード・アイランドに入るときに預けてある。

うわっ…間抜けだ。結局もう一度戻ってフェイトさんに用立ててもらうしかないか。

そう考えていると、俺のズボンをひしっと誰かが掴んだ気配がする。

「うん?」

引っ張られた方を向くと、金髪に虹彩異色の幼女の右手が俺のズボンをしっかりと握っていた。

左手にはウサギの縫いぐるみを持っているようだ。

「…どうしたの?」

取り合えずやんわりと俺のズボンを握っていた手を離させると直ぐにしゃがみこみ、目線を合わせて問いかけた。

「…ママ…いないの」

「そっか。ママとはぐれちゃったか。どこではぐれたか分る?」

「…わかんない」

「そっか…」

困ったね。

うーん、取り合えず病院の受付に行って見よう。そうすれば迷子の案内放送くらいしてくれるだろう。

「お兄ちゃんが一緒に探してあげるから、一緒に行こう」

「本当?」

「ああ」

取り合えず幼女の手を握り、立ち上がる。

「…うん」

「それで?君の名前は?」

「ヴィヴィオ…」

「ヴィヴィオちゃん、ね」

何だろうね…さっきリオと別れたばかりなのに、今度は別の幼女の面倒を見ないとなのね…

俺はヴィヴィオの手を引いて歩き出す。

それにしてもこの病院、やけに広いね。

中庭を抜けるのも一苦労。

ヴィヴィオを連れて歩いていると向かいから歩いてくる管理局の制服を着たなのはさんだ。

「あ、アオ君が見つけてくれてたんだ?」

「あれ?なのはさんも来ていたんですか?」

「うん、その子の様子を見にね」

そんな会話をしていると、風を切りさいて上空から殺気を振りまいて魔導師らしき女性がなのはさんを守るように現れた。

「っ!」

俺は咄嗟にヴィヴィオを抱え込んで後ろに思い切り跳躍した。

殺気からヴィヴィオを守るように抱っこして顔を此方に向かせ、向こうに意識を向けさせないようにする事でヴィヴィオの心を守る。

こんな子供にあの殺気は毒だ。

下手をすれば一生のトラウマになるかもしれない。

……俺やソラ、なのはは同じ年で、もっと凄い殺気を浴びていたけれど…それは家庭環境の違いだろう…たぶん。

さて、それよりも目の前の彼女だ。

両手はヴィヴィオを抱えているので動かせない。

魔法攻撃はソルがいるからシールドを張れるだろうが、両手に持っているトンファー型のデバイスを見るからにインファイター。

オーラを両足に集めて強化する。

いざとなったらいつでも逃げれるように。

ググッとトンファーの女性の四肢に力が入る。

「シスター・シャッハ。ちょっとよろしいでしょうか」

此方を警戒していたトンファーの女性。シャッハと言うらしいその女性が、後ろにいたなのはさんの声でその緊張が緩む。

「あの…、はあ」

不承不承といった態度では有ったが臨戦態度を緩めてくれたらしい。

と言うか、俺には何故武器を向けられたのかも分らないのだけれど。

「あの、アオ君。わたしたち、その子の事を探していてね。…ちょっと事情のある子なんだ。だから、いっしょに来てくれると助かるんだけど」

まあ、俺は取り合えず病院の受付に連絡を取ってだれかに引き取ってもらおうと考えたし、なのはさんの管轄内ならば大丈夫だろうと考え、なのはさんの言葉に頷いた。

さて、あの後シャッハ・ヌエラと名乗った女性にお詫びを言われ、まあ、俺には直接被害が無かった事もあり、気にしていないと答えた後、なのはさんの計らいでヴィヴィオを連れて三人で機動六課へと戻った。

戻るさなか、念話でヴィヴィオの大体の現状を教えてもらった。

先日保護した違法研究で生まれたかもしれない人造魔導師の素体の可能性が高いらしい。

本来ならば俺には教えるべきでは無い情報だが、ヴィヴィオが俺から離れないのでかいつまんで教えてくれた。


六課についてもヴィヴィオは俺のことを放してくれない。

なのはさんが自分の事を心配してくれているのが分るのか、だんだん心を開いてくれているらしいのは見て取れる。

そして夜。

「ヴィヴィオ、そろそろ放してくれない?」

「…やぁ」

嫌って…

「ヴィヴィオ、アオお兄ちゃんも用事があるんだよ。余りわがまま言わない」

「やぁだっ」

さらにしっかりと握られる俺のズボン。

取り合えずなのはさんの部屋で預かる事になったらしいヴィヴィオをつれてなのはさんの部屋に行ったのだけど…

「ほら、ヴィヴィオ、そろそろ寝る時間だよ。俺は自分の部屋に戻らないとだから放して」

「そうだよ、わたしが一緒に寝てあげるから」

「アオもいっしょにねる?」

一緒にって…まあ、なのはと一緒に寝る事なんてしょっちゅう有るけど…

じっとなのはさんを見る。

あ、眼が合った。

びくっとした後、顔を赤らめて俯いてしまったなのはさん。

おや、少しかわいい反応。

「そっそれはねっ!ちょっと、えっと、その…ね?」

ね?と言われても子供は分らんて。

「アオ君だって困るよね?」

「うん?別になのはとなんていつも一緒に寝てるけど」

「いつも一緒に!?」

「一週間の内半分は家に泊まりに来るし、いつの間にか俺のベッドに入っていることなんてしょっちゅうだったね」

「そ、そうなの!?」

まあ、このなのはさんは俺の知っているなのはではないし、異性と一緒に寝た事なんて自分の父親くらいしか無いのではないだろうか。

「そうですね。とは言え、さすがになのはさんとなのはは違いますね」

年齢も俺よりも上だし、その体は少女ではなく大人の女性だ。

流石にやばいか。

うーん。

仕方ない。

「ヴィヴィオー、なのはさんも困っているから、今日は俺の変わりに猫でも抱いて寝てよ」

「ううーねこ?どこにいるの?」

「ちょっとまってて」

一瞬で俺の体が溶け、その後には一匹の猫が姿を現す。

「え?え?アオ君って変身魔法使えたの?」

「ええ、まあ」

「わあ、ねこちゃんだ。おいで」

「はいはい」

とてとて歩み寄る。

「にゃんにゃん」

されるがままに撫でられている俺。

その後ぴょんとベッドの方へと飛び移る。

「ヴィヴィオーおいで」

「うん」

くるんと丸くなった俺を抱き寄せるように横になるヴィヴィオ。

「わあ、ふかふか」

それはベッドなのか?それとも俺か?

まあ、どちらでもいいか。

「え?まあ、猫なら?うん?でもあの猫はアオ君だよね?だったら…でも…あ、そう言えば昔ユーノくんも動物になって一緒の部屋で寝てた事が?あわわ」

なんか混乱しているなのはさんをよそにヴィヴィオの寝息が聞こえてくる。

しかし、その手はしっかりと俺をホールドしている。

抜け出せなくは無いけれど…今日一日くらいは付き合ってやってもいいか。

ソラたちにはちゃんと謝ろう。

「くぅ…」

隣に感じる小さな寝息と、高い体温に俺も次第に眠りについた。

「うにゃぁ…二人とも寝ちゃったし、どうしたらいいの?うーん、大丈夫だよね、アオ君にしてみたらわたしは妹みたいなものだし。うん、それじゃわたしも一緒に…うわぁ、あったかい」

なんだかんだ混乱しながらも結局なのはさんはベッドに入ったようだった。


意識が覚醒する。

一晩の間にヴィヴィオの拘束も解け、ようやく自由に動けるようになった。

布団から抜け出ようともぞもぞ動いてどうにか枕元へと移動する。

左を見るとどうやら観念して一緒に寝ているなのはさんの姿が。

右を見ると…うん?いつの間にかこのキングサイズのベッドに入り込んで寝ているフェイトさんの姿があった。

それもさも当然のような感じで…

そう言えば、この部屋は二人でシェアしていると聞いていたが、ベッドが一つしか無かった。

…つまり二人は毎晩一緒に寝ていると言う事?

何?もしかして二人はそう言った関係?

うわぁ…ユーノ頑張れ、マジで。

まあ、俺は見なかったことにしよう。その方が俺の精神衛生上いい気がする。

俺はベッドを抜け出すと、前足を手前に伸ばし、後ろ足を伸ばすとグッと背筋をのばした。

さてと。

「もう行くの?」

俺の後ろ、ベッドの上に、上半身だけ起き上がったなのはさんが眠気眼でこちらを向いている。

「そろそろ戻らないとね。ソラ達も待ってる」

「そっか。そうだよね」

「その子…ヴィヴィオの事は任せてもいいんでしょ?」

「任せてよ。ちゃんとヴィヴィオちゃんの面倒は見るよ。少し事情が複雑だけど、ちゃんと受け入れてくれる家庭を探すつもり」

「そう」

「……なんかアオ君ってわたしの事、妹扱いしてない?」

「うん?そうかな。うーん、ちゃんとなのはさんとなのはは別人だと認識していると思うんだけどね。ごめんなさい、少し気が緩んでしまってました」

そう言えばもう少し丁寧口調で接していたような気がする。

一月以上もゲームの中だったから忘れてしまったか?

「ううん。いいの。なのはちゃんと同じように話してくれていいから」

「そう?」

「うん。今まで少し距離を感じてたからね。過去のわたしがあんなに懐いているのを見るのは凄く不思議な気持ちだったけれど、ふふっ、少しだけ分った気がする」

うん?

「なんでもない。行ってらっしゃい、お兄ちゃん」

「……行ってきます」

なんか最後はからかわれた様だが、まあいいか。

一応はやてさんにメールを送信し、俺はグリード・アイランドへと戻った。

再び降り立ったグリード・アイランド。

ソラたちに念話を繋げると、マサドラの宿屋に居るそうだ。

俺は強化した四肢で全速力で草原を駆け抜け、岩場を走破し、ソラ達に合流する。

宿屋の宿泊部屋のドアを開け、中に入る。

「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」

「ただいま、なのは」

「お帰りなさい、アオ」
「おかえり」

「ただいま、フェイト、ソラ」

挨拶を済ませると、取り合えず俺はソファに腰掛ける。

「ゴメン、少し事情があって遅れた」

「…まあ当初に設けた期日以内だったから良いけどね。
そうだ。スペルカードは40種類コンプリートできたわ。まあ、使うのはお金だけだったしね。ダブりカードなんかを売却すれば良いだけだしね」

まあ、Bランク以上の指定カードの売却値段は1000万Jとかが相場だしね。

その代わり、Bランク指定カードの店売りの値段は億からだったけどね。

「おお。大天使の息吹は?」

スペルカード40種類集める事で手に入れられる、どんな怪我も一度だけ治してくれる指定カードだ。

「…残念だけど、引換券だった」

引換券。

つまり、すでに3枚、カード化されていて、誰かの使用待ちと言う事か。

「まあ、それは仕方ないよ。他のスペルカードは?」

堅牢(プリズン)は二枚目以降は擬態(トランスフォーム)で増やしたのも含めて全て使ったわ。だから私のバインダーの指定カードのページは全て守られている。…私のバインダーでよかったの?アオので良かったんじゃない?」

堅牢(プリズン)さえ使ってしまえばカードをスペルカードで強奪される心配は無い。

「俺はまた外に出る事もあるかもしれないし、ソラが適任」

「そう、わかったわ」

神眼(ゴッドアイ)は?」

「私が優先的に使ったけど、ダブった分はなのはとフェイトが使ったわ。残りは無し。後、『堕落(コンプラクション)』のカードを使ってダブっていたBランクカードをDランクカードNO84『聖騎士の首飾り』に変換して置いたから」

とは言え、ランクDの指定カードはそれだけだけどね。

宝籤(ロトリー)は?」

「当たったはじから使ったよ。何枚当たったかもう分らないけど…Aランクカードが10枚、Bランクカードが21枚。後はなんか良く分らないアイテムカードだった」

俺の問いになのはが答えてくれた。

「それも直ぐに売ってお金に変えて買い続けたからね。今は何も残ってないよ」

続けたのはフェイト。

まあ、指定カードとスペルカード以外は基本的に必要ないから(食料等をのぞく)その判断で間違いない。

「なるほど。そう言えば『奇運アレキサンドライト』は?」

「まだ取ってない。と言うか、私じゃまだイベントを起こしていないしね」

ソラは今までずっとリオに付きっ切りだったしね。

「そっか。じゃあ、『聖騎士の首飾り』の首飾り貸して、後で俺が取ってくるよ」

「分った。『再生(リサイクル)』は取ってあるから大丈夫だよ」

『聖騎士の首飾り』はランクD。『再生(リサイクル)』が使えるのはランクC以下のカードだから、カード化しても元に戻せるなら使っても大丈夫だ。

「『漂流(ドリフト)』もすでに50回使用してドントルマに行って来たよ。…なんか私達がプレイした時よりもヴァージョンアップされてるみたいだったけれどね」

なにそれ、怖い。

ただでさえあのクエストの難易度は高いのに…

さて、それを踏まえて今後の行動指針を立てよう。

攻撃スペル等は全部売り払って良いだろう。

必要なのは移動形のスペルや、複製系のカードだ。

防御系は『聖水(ホーリーウォーター)』が全員分有ったので直ぐに使用し、後は売り払う。

後はどのカードから取るかだ。

神眼(ゴッドアイ)』を使用しているソラが検索した所、高ランクカードですでにカード化枚数がMAXなのが『一坪の密林』『大天使の息吹』『闇の翡翠』『浮遊石』『身代わりの鎧』とかなりの数がある。

これらのカードを俺たちが手に入れる方法は幾つかある。

トレードか奪うか。

スペルカードによる奪取は性質上ランダム性が高い。

確実に手に入れたいならばトレードと言う事になる。

そうなると、高ランクカードを取ってそれをスペルカードで増やしてトレードが望ましい。

今残っている高ランクカードで誰も手に入れていないのは『一坪の海岸線』と『モンスターハンター』

『一坪の海岸線』は参加人数が15人必要なクエスト。

影分身は同体を作る忍術ではあるが、どうだろう?

同一アカウントとみなされてクエストが発生しないと思う。

それに一人一試合がルールで15試合中半分以上勝たないと行けない。

さて、影分身が一人分とカウントされるかどうか…

それに過度の衝撃に耐えられない影分身には少し荷が重いきがする。

前回はほぼ横で見ていたような状態だったレイザーさんとのドッジボール。

あの球を影分身が受け止める事ができるかが問題だね。

まあ、取り合えずレイザーさんの所に行って見れば分ることだが…

取り合えず今現在取れる方。『モンスターハンター』を狙うと言うことでまとまった。 
 

 
後書き
今回はstsの世界にいる以上はずせない、ヴィヴィオに会いましたよと言うお話。
つまりフラグですね。  

 

第四十九話

打ち合わせ後、水や食料を買い込み、準備完了。

「じゃ、行こうか」

「うん」
「はい」
「了解」

ソラが取り出したのは『同行(アカンパニー)』のカード。

ソラがそれを手に目的地を告げる。

「アカンパニー・オン、ドントルマ」

スペルカードの効果で宙を舞い、俺たちは本島を出て島の離島、ドントルマへと到着した。


「わ、何ここ?なんか古臭くない」

ついて早々、そんな感想がもれるなのは。

その感想も仕方ないか。

古臭いと言うよりも中世っぽい町並み。

マサドラとかは奇抜なデザインの未来都市風だったからそのギャップは激しい。

「ここは狩猟の街ドントルマだ。その名の通り、ここでのクエストの殆どは狩猟だ」

「狩猟?」

「そ、大自然を背景に荒ぶる巨大モンスターを狩猟する。その狩猟の中で材料を集め、武器や防具なんかを作れるね」

「そうなんだ」

さてと、まずはギルド登録からかな。

目的地はハンター専用の酒場。

そこの受付嬢でハンター登録をする。

懐かしいね。

取り合えず、初期の片手剣を一本ずつ配布された。

これで狩れとの事だろう。

「まずは…」

「アオ、やっぱりコレじゃない?『生肉10個の納品』」

ソラが差し出した依頼の内容。

納品クエストか。

確かにこのクエストはソラにとっても思い出深い。

初めての殺しと言って過言じゃなかった。

…なるほど、そう言う事か。

「うん、そうだね。コレを受けようか」

「生肉10個?何それ?」

「どこかで売ってるとか?」

なのはとフェイトは未だこの島のクエストを理解していないようだった。



さて、俺が受付を済ませ、クエストボードに募集が張り出されたチケットをソラ達3人が受け、酒場の端の転送ポートへと移動する。

「それじゃ、しゅっぱーつ」

てーてー

ファンファーレのような音が響いたかと思うと、俺たちは酒場から大自然へと転送された。

転送されたフィールドは『森と丘』

まずはベースキャンプに転送された俺達は、戦闘の準備を始める。

「今回、俺とソラは付き添いだ」

「え?」

「どういう事?」

フェイトとなのはから疑問の声が上がる。

「このドントルマのクエストはうまく出来ていてね。念の修行の集大成としてはかなり有用だ。…まあ、序盤はなのはには少し物足りないかもしれないけどね」

念の修行を始めて既に結構な月日が経っているからね。

「取り合えず、二人で試行錯誤しながらクエストを進めていくといい」

「わかった」「私も」

とは言え、先ずは最初の関門だ。

このクエスト、基本にして重要な事を体験できるからね。

ベースキャンプを出ると、いくらも行かないうちに草食竜、アプトノスの群れを発見する。

「ねえ、お兄ちゃん。もしかして生肉って…」

「あの子達の肉?」

なのはの言葉を継いだフェイト。

「正解だ」

「ふーん、じゃあ行っか。フェイトちゃん」

「う、うん」

二人とも『絶』を使って気づかれないようにアプトノスに近づく。

「はぁっ!」

先に動いたのはフェイトだ。

手に持った小剣に『周』を使って強化して目の前のアプトノスに切りかかる。

ザシュっ

ザァーーーーーっ

切り落とした首から吹き上がる血飛沫。

今までのグリード・アイランド内のモンスターとは違う。

今までは弱点部位を攻撃すればカードになっていたが、ここでは違う。結構リアルに生物を再現しているのだ。

「え?」

「あっ」

驚きの声を上げるフェイトとなのは。

しかし、すぐに現状を理解して自分もアプトノスを刈り始めたなのはと対照的にその光景で固まったまま呆然としているフェイト。

たまらず膝を着きリバースしている。

まあしょうがない。

俺も初めて生き物を殺したときは酷かった。

なのははと言えば、修行で山篭りをした時などには野生動物を狩って、自分たちで捌き食していた。

確かに最初は戸惑いもしたがじきに慣れたようだ。

しかしフェイトにはまだそんな経験はない。

非殺傷設定のある魔法では相手に致命傷を与える事は無かった。

フェイトにしてみれば生まれてはじめて生き物を殺したと言う事になる。

「うぅ…うぇ」

「大丈夫?」

なのはが自分が倒したアプトノスから生肉をゲットし、バインダーに修めた後、気遣うようにフェイトに近寄った。

「なのは……なのはは大丈夫なの?」

「わたしも昔、始めは戸惑ったよ。だけど生きるって言う事は他の生き物を殺す事だって知る事が出来た」

「なのは…」

立ち直ってくれなければそれまでだ。

今日のこの経験は良い意味でも悪い意味でもフェイトの糧になるだろう。

その後、直ぐには立ち直れなかったフェイトだが、なのはが9匹目を倒した所で何とか起き上がり、真っ青な顔をしたままだが、それでも小剣片手にアプトノスへと向かっていった。

その後、何度かクエストを受けるうちに次第にフェイトの心も持ち直していった。

ランポス、ドスランポスとこなし、装備を整える。

鉱石系の防具の方が揃え易いと言えばそうなのだが、フェイトのレベルも最初のランポスの集団戦を乗り越えれば後はランポス辺りはもはや相手にならない。

クエストを始めてから一週間。

俺たちは今、酒場のテーブルに付き、皆で昼食を取っている。


「ようやく防具も一通り揃ったか」

俺は手に持ったグラスをぐっと傾け、中身を飲み干すとそう切り出した。

「うん。さっきのクエストでゲットした分でわたしもフェイトちゃんもようやくフル装備だよ」

とは言え、両方ともランポスシリーズだけどね。

「それより、なんかこの装備ってわたし達のバリアジャケットとコンセプトが似ているような気がするんだけど」

「なのはもそう思った?私もそう感じてたんだ」

「それはそうだろ。なのはとフェイトのバリアジャケットはソラの防具を真似ているだろ?」

「うん」

「ソラの防具…俺のもだけど、もともとはここの装備が基だからね」

「「ええ!?」」

そう言えば突然俺達が装備していた防具をソル達が取り込んだ時は驚いたものだ。

しかも、それを自身の念能力として確立してしまう辺りマジで規格外だね。

「さて、次はこのアオアシラって言うモンスターに行ってみようと思うんだけど」

「そのモンスター、私の記憶にはない」

ソラの言った通り、俺達がプレイした時にこんなモンスターは居なかった。

「ギルドの情報から大型の熊のようなモンスターらしいよ」





さて、やって来ました孤島フィールド。

いつも通り『絶』を使いフィールド内を索敵しながら進む。

「居た」

発見したのは大きな青い体毛と鋭い鉤爪を持った巨大熊。

木陰に隠れ、敵の様子を探る。

蜂の巣の前に陣取り、蜂は追い払ったのか、手には壊した蜂の巣を持ち、蜂蜜をなめているようだ。

「あれがアオアシラだろう」

一応初見のモンスターと言う事で、俺とソラも臨戦態勢を整える。

周りを警戒し、アオアシラ以外の此方を襲いそうな敵がいない事を確認する。

ソラ、なのは、フェイトと視線を交差させると、いつでも行けると頷き返された。

まあ、危なくなったら助けるさ。だから、なのは、フェイト。頑張って来い!

ガサッと音がしたと思うと二人は念で四肢を強化して一速でアオアシラへと駆け寄った。

「はあっ!」

駆け寄った勢いそのままに先ずはフェイトが斬り付ける。

グオオオオオオっ

「えいっ!」

驚き、視線を動かした所にその後ろから来ていたなのはが間髪いれずに一閃。

グラアアアアアっ

その後幾度かの交戦の末、俺の心配をよそに特にピンチに陥る事もなくアオアシラは倒された。

うーむ。どうやらクック先生よりも強さは下かな。

爪は脅威だが、その攻撃に当たる二人ではなかった。


さて、順調にクエストは進む。

イャンクック先生との戦いでは初めての竜種に驚いてはいたが、二人の戦いはクック先生など恐れる事もなく討伐した。

飛竜種…イャンクックは鳥竜種だが…との戦闘の基本はクック先生を問題なく狩れれば後は応用だ。

それなりの数イャンクック討伐をこなし、戦闘経験を積む。

その結果なのはとフェイトの防具がクックシリーズにランクアップしている。

俺とソラは防具を新調する必要がないから取った素材は全てなのはたちの防具に回している。

防具を作ろうとするとソル達がすねるからね。念能力であるソルの防具はコストがオーラだから、今現在魔力の回復が困難な時でも使用できるのは強みだ。

レイジングハートとバルディッシュも悔しそうな雰囲気をかもし出しているが、現状、魔法は切り札的存在で、命の危険で使うなとは言わないが、回復に時間が掛かるのでそう容易には使えないので、武器形態で起動はするが、魔法の発動及び、バリアジャケットの使用はひかえている。

リオレイアとの初戦闘はなのはとフェイトが少し困惑していたけれど…

後で聞いたら、

「なんかフリードをいじめているみたいで」

だそうだ。

…まあ、確かにね。

そしてその素材で造った防具を見たときに「本当だったんだ…」と、複雑な表情を浮かべていた。


リオレイアを狩り、リオレウスも問題なく狩れるようになったが、水中戦がメインのラギアクルスには少々梃子摺った。

まあ、陸にさえ上げてしまえば難しくはなかったが。

さて、一ヶ月クエストに奔走した俺達は終に最終クエスト『祖龍ミラルーツ』の討伐にこぎつけた。

ミラボレアス、ミラバルカンを苦戦するも何とか倒し、ラストクエストの祖龍の討伐。

なのはとフェイトの防具もそれぞれリオハート、ダマスクと進化を遂げている。

四人で戦闘準備を整え転送ポートの前で集合する。

俺とソラはデバイスを起動させ、念能力で具現化されたバリアジャケットを着込む。

「さて、終にこれで最後だ。皆、気合入れて行こう」

「うん」
「はい」
「そうだね」

転送されたフィールドは古塔。

それもミラボレアス、ミラバルカンと同じく転送後、目の前に敵が居る。

丁度背面に転送された形だ。

大きな白いトカゲのような体に白い鬣、鋭い鉤爪と大きな翼を持つドラゴン。

ミラルーツ、祖龍は俺達の気配を感じたのかその巨体を反転させる。

「皆、行くよ!」

俺の言葉で散開する。

すると祖龍は大きく息を吸い込んだ。

GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO

鼓膜が破れるかのような大爆音。

その鳴き声を両耳を両手で塞ぎ、さらにダメージを受けないように念でガードする。

耳をガードよる事により、こちらの行動が一時的に束縛される。

通称『バインドボイス』

『音』は幾ら防御力を上げようが対抗し辛い攻撃の一種だ。

ガードをしないと鼓膜を持っていかれるほどの音量だった。

音が弱まると今度は此方が攻勢に移る。

右手に持ったソルを『周』で強化して駆ける。

生物の急所である脳は、その周囲にある巨大な角と硬い鱗で覆われ並の強化では貫けない。

心臓も同様に硬い鱗に覆われている上、厚い胸筋に守られているため浅い攻撃では心臓まで到達できない。

なので俺たちがやる事は先ず機動力の軽減。

地面をけり、襲い掛かる鉤爪を踏み台にして祖龍の眼前に躍り出ると、その眼にソルを突き立てる。

斬っ

GYAOOOOOOO

その激痛からか祖龍は激しく身をもがいて俺を振り落とした。

着地して距離を取り、祖龍の様子を観察する。

よし、今の攻撃で左目は潰した。

右目も潰せれば良かったのだろうが、残念だ。

今から右目をもう一度狙おうにも一度学習されてしまうとその手の攻撃は通じ辛くなると言うなんとも面倒くさい仕様だ。

祖龍のオーラの量が上昇し、残った右目周辺の防御力にかなりのオーラが使用されているのがわかる。

この辺、ジンのこだわりとも言えるが、面倒な事この上ない。

俺が祖龍の右側でヘイトを上げ、ソラたち三人は視野の狭くなった左側からの攻撃で祖龍の体力を奪う。

一際大きく息を吸い込んだと思ったら今度はその口から雷撃弾が俺目掛けて撃ち出された。

「おっと」

予備動作もあるし直線上しか撃ち出されない攻撃に当たるほど今の俺は弱くない。

冷静に見極めてその攻撃を回避する。

その隙を突いてなのはが槍形態のレイジングハートを念で強化して突撃(チャージ)して祖龍の翼膜に風穴を開けようと突貫する。

「硬いっ!」

しかし、一瞬遅かったようで祖龍の皮膚が硬化する。

ギィンと言う音を立てて弾かれてしまい、チャージの勢いを殺しきれずそのまま空中に打ちあがってしまう。

それを祖龍が体を捻り、遠心力の加味された尻尾を叩きつけようと迫る。

「わ、わわっ!」

『フライヤーフィン』

レイジングハートが空中で死に体となっていたなのはに飛行魔法を行使してその攻撃を避けた。

「ありがとう、レイジングハート」

『問題ありません』

その後ソラたちの側にふわりと降りた。

短時間の飛行ならばほぼ問題ないのだけれど、一応節約と言った所か。

さて、ここからが問題だ。

この硬化は一定ダメージ以下で発動し、体力の低下で維持できなくなるまで続く。

つまり通常攻撃でのダメージは通りづらく、しかし攻撃しなければ硬化は解けない。

「なのは、フェイトは祖龍の気を引いて。ソラ、俺たちは火遁で攻撃するよ」

「そうね。なのはにもまだ性質変化は教えてないから私達が適任かもね」

「わかった」
「がんばる」

念に剣術、それと魔法と多くのことを修行してきているが、影分身を使っても多すぎて何かを削らなければならない。

その中で後回しにしてきたのが性質変化の修行だ。

だからなのはが使える忍術は分身の術や影分身の術といった、性質変化を伴わない術が総てだ。


なのはとスイッチして祖龍の死角に回りこむ。

ソルを待機状態に戻すと、ソラと祖龍を挟み込む位置に移動して印を組む。

「「火遁・豪龍火の術」」

ふぅっと吐き出された吐息に乗るように俺の口から龍を象った炎の塊が祖龍目掛けて撃ちだされる。

ドゴンっ

GYAOOOOOOO

一発では終わらずにそのまま連射。

ドゴンっドゴンっドゴンっ

「すごい…」

その光景を眺めていたフェイトがそうもらした。

「なのは!フェイト!大きいの行くから直ぐに離れて」

「「!?はいっ」」

「ソラっ!」

「分ってる!」

なのはとフェイトが距離を置くのを確認して俺は印を組む。

今まで以上のチャクラを次の攻撃に練りこむ。

「「火遁・豪火滅却」」

対面から同威力で放たれた壁の如き炎は辺りの酸素を枯渇させる勢いで燃え上がりながら祖龍を炎の渦に閉じ込めた。

「なんて威力…」

何処か畏怖したようなフェイトの声が聞こえる。

「流石にこれは倒した?」

「なのは、まだだっ!」

GYUOOOOOOOOOO

甲高い泣き声が聞こえたと思うと頭上に不穏な空気を感じる。

「落雷だ!皆、直ぐにバリアを張るんだっ!」

『ラウンドシールド』

俺の体を球形に包み込むようにバリアを展開する。

シールド防御に少々魔力を使ってしまうが仕方がないだろう。

俺の声を聞いてなのは達もそれぞれ魔法でシールドを展開した。

バシッバシッと言う音と共に空から雷が降ってくる。

「天候を操った!?」

驚きの声を上げるなのは。

バルカンは隕石を降らせただろうに。

十数秒空間を稲妻が覆った。

とは言え、威力で言えば、以前海鳴の海上で轟いたプレシアの空間跳躍魔法の方が上だが。

雷が止み、粉塵が晴れると、所々火傷のあとが見え、満身創痍の祖龍が現れる。

どうやら硬化も解けたらしい。

「皆、あと少しだよ」

「「うん」」「はい」

先ずなのはとフェイトが駆ける。

狙うのはその両翼。

「えいっ!」
「はっ!」

二人の攻撃がそれぞれ翼膜を切り裂く。

GYAOOOOOO

祖龍は翼膜が切り裂かれた事に驚き身を捻ってよろけた。

先ほどはその翼も硬化して弾かれてしまったが、今回は通ったようだ。

両翼が破損したために祖龍は飛行能力を失った。

さて、止めと行こうか。

ソルを日本刀の形に戻す。

『ロード・オーラカードリッジ』

ガシュっと音を立てて薬きょうが排出される。

ソラもルナを槍に変え、カートリッジをロード。

かさ増しされたオーラにさらに体内からオーラを練りだす。

俺は写輪眼でオーラの一番薄い場所を探す。

今までの攻撃でオーラを維持できなくなったのか、今まで無かった背中と胸の二箇所、丁度心臓に突き刺さる位置に本当に針に糸を通すような小ささでオーラの防御が薄い場所が見える。

あそこに寸分違わずに武器を突き入れるのは至難の業だね。

とは言え、今も昔も俺とソラにはこの眼がある。

ソラに視線を送ると分っていると頷かれた。

では行こう!

「はああああああっ!」
「やああああああっ!」

俺は胸元から、ソラは背面から俺たちは祖龍の鱗を突き破り、その心臓に己の武器を突き立てた。

GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO

祖龍の悲鳴を思わせる叫び声が響く。

さっきの火遁で大分オーラも消費したし、これで倒れてくれると良いんだけどね。

ソルを引き抜き、祖龍から距離を取ると、祖龍は終にその巨体を地面に横たえ動かなくなった。

「倒した?」

「倒したよね?」

「そうだね」

祖龍を覆っていたオーラも消えたしね。

「「やったーーーーーっ!」」

「なのは、やったよ!」

「うん、フェイトちゃん。やったんだよね」

二人は手を取りあい身体全体で喜びを表現している。

「うんやった」

やったやったと大声で騒ぐなのはとフェイト。

まあ、分らんでもない。

「疲れた」

俺はと言えばその場に膝を着き四肢から力を抜いた。

「お疲れ様」

近づいてきたソラもその場に座り込む。

俺もソラもかなり消費したからね。立ってるのも辛い。

「ソラもね。まあやっとコレで『モンスターハンター』を手に入れることが出来る」

「うん」


さて、一応祖龍の素材を回収して俺たちは酒場へと戻った。

帰ってきて受付嬢に狩猟報告する。

「おめでとうございます。終に全クエストクリアいたしましたので指定カードNO99『モンスターハンター』を進呈します。お疲れ様でした」

そういうや否やボワンっと音を立てて影分身が消えるような感じで俺たちを残して街そのものが消え去った。

「え?何?」
「何なの?」

混乱するなのはとフェイト。

「『モンスターハンター』のカードにカード化されたの。街も、人もここの全てが念で出来ていたからね」

説明してくれたソラを横に俺は『モンスターハンター』のカードを拾う。

「大丈夫。俺たちがこの島を離れればまた元通りになるから」

「本当?」

「ああ。だから取り合えずアントキバへと帰ろうか」

『モンスターハンター』のカードをソラへとわたし、同行(アカンパニー)のスペルカードを取り出すと使用した。 

 

第五十話

side ???

アントキバの街の小さな宿舎。

その一室で寝息をBGMに密会をしている物達がいた。

『それでは、第三回どうやったら念法を習得できるのか会議を始めます。わーぱちぱち』

『『『………』』』

『もう、ノリが悪いですよ。ソル、レイジングハート、バルディッシュ』

部屋の隅で電気も付けずに密会していたのは何を隠そう彼女達デバイス達だ。

『ルナ、ふざけちゃだめ。レイジングハート達は真剣なんだよ』

『分ってます。分ってますよぅ。ただ、ほんの少し雰囲気を和ませようとしただけじゃないですか』

三体の冷ややかな視線?(眼は多分無いけど)が突き刺さりルナはそう言葉を濁した。

さて三回目になるこの会談だが、どういった経緯で設けられたかと言えば、それはやはりこの世界が魔力素が薄くバリアジャケットの使用を控えていて(とは言えそれほど消費は激しくないので一日もすれば消費分は賄えるが)、これでは役立たずだと真剣に思い悩んでしまったレイジングハートとバルディッシュ。

さらに悪い事にモンスターハンターの攻略でなのはとフェイトは防具を作らざるを得なかった事が彼女達のアイデンティティを大きく揺さぶった。

確かに地球は魔力素が適性値で存在しており、地球にいる限りバリアジャケットの展開が出来なくなると言う事態は殆ど無 いと言って良い。

しかし今回のようなケースが又起こらないとは限らないし、その時に主人の力となることが出来ないのは凄く辛いとソルとルナに懇願する形で泣きついたのが切欠だ。

『それで、レイジングハートにバルディッシュ。貴方たちは主人のオーラを感じる事が出来たのだから、後はどういった能力にするかと言う事だけね』

ルナが点滅しながらそう言った。

初めはオーラの科学的アプローチの仕方をソル達に尋ねたレイジングハート達だったが、まずそこから間違っているという話から始まったのが第一回目だった。

生命から溢れる不可視の神秘のエネルギー。

だからルナがレイジングハート達に言った言葉は『感じろっ!』と言う言葉だけ。

非科学的な!とか、自分たちは機械だ!とか反論されたが、正直まずは自分の主人のオーラを感じ取れなければ話にならない。

非科学的だが、魂の宿らない私達に出来る事なのかとレイジングハートに問われた。

強い思い入れのある道具に念が宿る事はそう珍しくない。特に念能力者の愛用物ならば尚更だと、少し(大分か?)誇張して言い切ったルナ。

ルナ自身も何もただの出任せで言ったわけではない。

ルナは感じていた。

レイジングハートとバルディッシュ。その二機にそれぞれなのはとフェイトのオーラがその手を離れてもまとわり付いている事に。

まあ、ダメでもともとと、深く考えずに言った言葉でもあったが、二回目の会合時には本当にオーラを感じ取っていたから驚きだ。

『どう言った能力と言われれば、ルナ達のような甲冑展開能力が欲しいです。魔力素の少ない所でもマスターの身を守れるような堅固な鎧が』

『私もそう思います』

レイジングハートの答え、さらにそれに同意するバルディッシュ。

『それで、どのようにしてそのような能力を身に着けたのかの話が聞きたいのです』

『そうですね、あの時は確か…』

そう言って切り出したルナの話を聞きながら、夜は更けていく。

side out


朝、窓辺から見える気に小さな小鳥が止まり、朝が来たとさえずる声が聞こえて俺は目を覚ました。

ベッドから降りて伸びをする。

外は快晴で気持ちのいい目覚めだ。

辺りを見渡すとどうやら俺が最後のようだ。

「あ、お兄ちゃん、おはよう」
「アオ、やっと起きたんだ」
「おはよう、アオ」

「おはよう、皆」

俺も挨拶を返す。

「…で?何やってるの?」

見ればなのはとフェイトがすでに防具を装備している。

そう言えば造った防具、このゲームではまだ必要だろうとそのまま持ってきていたっけ。

しかし、今日一日は休養日にしようと昨日話したからわざわざ防具を着込むのは少しおかしい。

何かあったのかと思い、尋ねてみた。

「あ、そうそう。レイジングハートったら凄いんだよ」

うん?何が凄いんだ?

「見てて」

そう言ったなのはの服装は行き成り防具から普段着へと変わった。

「うん?」

瞬間収納?いや、そうは見えなかった。

「いくよ、レイジングハート」

『スタンバイレディ・セットアップ』

なのはの体が一瞬光に包まれたかと思うと、いつものリオハート装備に着替えられていた。

これはバリアジャケットか?いや、そうじゃない。

これは…

「レイジングハートが頑張ってくれたの。わたしのオーラで編んであるんだよ」

なんだってー!

どうやら昨日の夜、ソル達と一緒に画策したらしい。

ソル達の実体験と、努力と根性でモンスターハンターで作った防具を取り込んで、念能力をモノにしたんだって。

…レイジングハートとバルディッシュって普通のインテリジェントデバイスだよね?

ソルとルナみたいにバグが造ったわけじゃないよね!?

努力は分るけど、根性って何!?

いやもうその辺はスルーしよう…

なんだかんだで不可思議な事を体験してきたからね。

今更理不尽な事の一つや二つどうって事ないよ…

まあ、そんな訳でレイジングハートとバルディッシュに新しい能力が備わったのだった。


朝食を食べ終えると、今日一日は休暇だ。

数週間の間、睡眠と食事以外の全ての時間を狩りに費やしてきたのだが、流石に限界だ。

この辺りで少々英気を養わないとね。

そう考えてのんびりとアントキバの街を皆で散策する。

お金は困ってないから今日はお金に糸目をつけず食べ歩きだ。

しかし何で女の子って甘いものが好きかね…

ケーキ、ショコラ、そして今はジェラードを食べているソラ達を横目に付き合わされた俺はすでに甘死(とうし)寸前だ…

甘いものは好きな方だがどうしてもクリームの甘さの大量摂取が苦手な俺は最初のケーキバイキングですでに瀕死だ。

餡子の甘さにはまだ耐性があるんだけどね…

「あ、それも美味しそう」

「食べてみる?なのは」

「ありがとう。わあ、美味しい。わたしのもあげるね」

「うん、あ、美味しい…」

「でしょう?」

「ソラちゃんのは?」

「…食べたいの?」

「「うん」」

なんて会話が聞こえてきているが、俺はぐったりとテラス席で疲れたように座り込み、上がった血糖値と格闘中だ。

隣を見ると今度はまた別のスイーツの屋台へと行く算段を立てているのが見える。

…もうゴールしてもいいよね…

ゴール。

取り合えずソラになのは達に付いていてもらって俺一人別行動中だ。

うぃ~

まだ胸やけがする…

「そこの君」

食後の運動にと街中をトボトボと散歩中に突然声を掛けられて俺は振り向いた。

「何ですか?」

振り向いた先にはツナギを着た人が二人、もう一人は…何と言うか…ゴリラ?顔の人が居た。

「少々話があるのだが」

ツナギにバンダナ、ポッチャリ系、身長は他の二人に比べると低めの男性、そんな彼が俺に話しかけたようだ。

「現実世界に帰りたくないか?」

は?

なんだ?藪から棒に。

俺は真意をつかめずにいたためか、少々呆然としていたらしい。

それをどう受け取ったのか、男は言葉を続ける。

「少々俺たちに協力してくれたら『離脱(リーブ)』のカードをやるよ」

俺の疲れたような現状と、周りに誰もいないので、現実に帰れないソリストとでも思ったのだろうか。

それとも呆然としていた俺の表情を驚愕の表情と取ったのか。

まあ、今の言葉で分るのは離脱(えさ)でそこらの雑魚を釣り上げたいと言う感じのニュアンスだけだ。

「……何をすれば良いんですか?」

一蹴して断っても良いんだけど、接触を持ってきた相手の動向は尻尾を踏まないように気をつけながらも情報は得たい。

「なに、少し人数あわせでいてくれるだけでいい。勿論身の安全は保障する」

人数あわせ…ね。

人数制限制のクエストは殆ど無い。
おそらくレイザーさん所のクエストだろう。

しかし、あのクエストには人数合わせでまかなえるクエストでは無いはずだ。

人数制限15人の大型クエスト。

念ありでのスポーツで、15試合中8勝が条件だが、優勢で7試合が終わると最後はレイザーさん直々の8対8のドッジボール。

勝った方が8勝入るからそれまでいくら勝っていてもひっくり返されてしまう。

そこを分っているのか?

しかし、彼らが『一坪の海岸線』を取ってしまい『複製(クローン)』等で限度化枚数まで増やされると俺達の入手が困難になる。

このクエストはかなり意地が悪いクエストだ。

参加人数は15名に対して入手できるカードは一枚であり、スペルカードで増やしても最大で3枚だ。

この場合個人での入手は困難であり、できれば1グループで取るのが望ましい。まあ妥協しても3グループか。

俺への勧誘が数合わせなのはすでに攻略のための人数はそろえたからか。

3グループでの共同戦線での数合わせだとしたら交渉の余地も無いか…

まあそれでも一応この話に乗ってみるべきか?

もしかしたら交渉の余地が有るかもしれないしね。

「本当に危険は無いんですね?」

「ああ、約束するよ」

俺はソラ達に念話で事情を説明して、3人の男達に付いて行った。

途中何人か俺と同じように勧誘を行い、恐らく主戦力と思われる人たちと合流する事には既に夜になっていた。

俺たちを連れてきた人以外にツナギ服の人が二人、子供が三人と…ピエロ?っぽい人が一人。

俺たち数合わせを抜けば9人か。

目の前の集団で一番関わりたくないのはあのピエロだ。

あれとは関わらない方が良いと、すでに磨耗した過去の記憶が警鐘している。

見ただけでは相手の正確な強さは測れはしないが…そうだな、う~ん、上の上。母さんと同じくらいか?

それと一番小さな女の子。

…この子は見た目通りではなさそうだ。

歩く身のこなしが武道の達人の雰囲気を無理に濁しているような感じが感じられる。

まあ、気のせいかもしれないけどね。

そして銀髪と黒髪の男の子二人。

この子達はまあ、中の下くらい?

ただ、伸びしろはかなり大きそうだから将来化けるタイプだろう。

何だろう…黒髪の男の子と関わると理不尽な事に巻き込まれそうな気がするのは。

後、銀髪の男の子。あからさまに此方に「まあ、使えなくてもしょうがないし、こんなもんだろ」的な侮蔑しているような感じの視線を送ってくるのは止めてくれないか。

他のメンバーはまあ、中の上位かな。

この集団のリーダー格はツナギを着た髭の中年男だろうか。

簡単にこれからの説明を俺たちにする。

指定カードを取るために協力して欲しい。

戦力としては数えていない。

しかし、取り方についての情報のリークは止めて欲しい。

クエストが終われば離脱(リーブ)のスペルカードを与える。

簡単に纏めるとそんな感じ。

説明が終わると髭の男、ツェズゲラがバインダーから一つカードを抜き取った。

同行(アカンパニー)を使用する。集まってくれ」

その言葉で彼から半径二十メートルに集まる。

「アカンパニー・オン。ソウフラビ」

何かに引っ張られるように宙を舞い、俺たちはソウフラビへと到着した。

連れられて来たのは海岸にある灯台。

灯台と言うよりは要塞と言ったほうがしっくりくるような建物。

その中には体育館ほどの大きさの部屋があり、中はバスケットゴール、バレーボールコート、跳び箱等があり、やはり体育館然としている。

中にはヘンテコな帽子をかぶった自称海賊が遊戯に励んでいた。

「おや、中々早かったね」

ヘンテコな帽子の中で一際威圧感のある大柄の男が此方に気づいて声をかけてきた。

うわぁ、なんか昔と違って角が取れているような印象だけど、あれはレイザーさんだねぇ。

この10年でさらに力を増した感じだ。

「ルールについての説明は必要かな?」

「いや、いい」

断りやがった…

前もって誰かから聞いていたのだろう。

俺たちみたいな数合わせ組みに詳しい事情なんて必要ないかも知れないけれど…

「そうか、それじゃあ始めよう」

その合図で館内に居たほかの海賊達の中から一人進み出た。

「一番手は俺だ。勝負形式はボクシングだ」

勝負が始まる。

ボクシング、ボウリング、フリースローと此方が3勝した所で海賊の一人が内輪もめを始める。

何か行き違いが発生したらしい。

銀髪の少年との因縁があるようで、スポーツでは無く、殺し合いがしたいらしい。

…が、レイザーさんがそれを許さなかった。

仲間を扇動し、反乱を持ちかけた所でレイザーさんが一発の念弾で鎮圧した。

相手は脳天を貫かれて即死、場にいたたまれない雰囲気が流れる。

「よし、次はオレがやろう」

海賊の死体は他の海賊が引きずっていた。

「さて、オレのテーマは8人ずつで戦う…ドッジボールだ」

レイザーさんからオーラが放たれるとレイザーさんの周りに7人の人型が現れる。

その後レイザーさんは参加人数を8人選んでくれと言った。

8人…今残っている攻略メンバーは6人。

俺たち数合わせの中からも出さなければゲームが成り立たないね。

しかしこれは…

「ちょっと待てよ、勝敗はどう決めるんだ?」

ゴリラ顔の男がレイザーさんに質問する。

さらにツナギ服の男性が追随するように質問を被せた。

一人一勝なんだろう?と。

それに勝ったほうが8勝入ると答えるレイザーさん。

人数あわせの集団に動揺が走る。

最低二人、その数合わせの中から出さなければならないのだから当然か。

数合わせの人に戦力ははなから期待していなかったであろう攻略チーム。

つまり纏がかろうじて出来ている程度の雑魚に声を掛けたと言うわけだ。

オレの場合は…あの時は甘死(とうし)しそうでふらふらしてたからね。雑魚に見えたのだろう。

「オレは嫌だぜ!」

「オレもだ」

数合わせで連れてこられたやつが口々にわめいた。

まあ、自分と相手の力量をはっきりと目の前で感じさせられて恐怖でパニックを起こしかけているね。

今まで黙っていた黒髪の子が声を張り上げ、俺たちだけで(攻略組みの残りのメンバー)やろうと黒髪の男の子が静かに内面から怒りを滲み出しつつそう言った。

その言葉にレイザーさんは否と答える。

それにさらに激怒する少年。

少年の怒声を表情を変えることも無く受け止めるレイザーさん。

さらに怒気を強め、どうして仲間を殺したんだと問い詰める。

その問いに元々死刑囚だったと答えたレイザー。

その返答に驚いて混乱している黒髪の少年は終にこのゲームの真実を知る。

このゲームは現実世界で行われていると。

その答えから何を導き出したのか少年はまさかジンがこのゲームの中に居るの?と口走った。

このゲームの中に!?と、少年は言った。

え?ちょ!?まさか!?

「げぇっ!?ジンの息子ぉ!?」

っは!しまった。余りの事実に叫んでしまった。

「そうか、お前がゴンか」

レイザーさんの雰囲気がガラっと変わる。

そう言えば確か息子に会ったら手加減するなってレイザーさんは言われていたなぁ。

少年の言葉を受けてレイザーさんのオーラが膨れ上がり、びりびりと空気を伝わる殺気。

「やってられねーーよ!オレは死にたくない!」

そう数合わせの一人が言うとそれを追って数人が離脱する。

「あ、おいっ!」

必死にツナギにバンダナの男性が呼び止めようとしたが聞かずに俺一人置いて走り去ってしまった。

「いいよ、行かせろよ」

ゴリラっぽい男性がそう言って止めた。

「けどそれじゃ試合が…」

「オレが3人分になる…」

そう言ったゴリラっぽい男性の側にそれこそゴリラの念獣が現れる。

そっちもやってる事だから問題ないだろう?と。

その問いかけにレイザーさんが答える。

「ああ、問題無い…が、1人余るな」

ああ、オレの事ね。

つか、やべぇよ。

基本的に主人公と言われる人たちとは関わらないスタンスなんだけど?

…今まで(複数回の転生で)そう言って、何だかんだで関わってしまっているな。

どうするか。

「そうだね、彼はどうやら人数合わせみたいだし、此方に来てもらおうか」

は?

何?

ちょっ!?なんでそうなる?

「ダメだよ、その人は戦わないって言う約束で着いて来てもらったんだ」

黒髪の少年、ゴンが正直に言った。

「いいじゃねぇか、ゴン。あっちに雑魚が増えた方がこっちには有利だし」

「でもキルア」

「それにあの男はすでにその気のようだぜ?」

キルアと呼ばれた銀髪の少年が言ったその気と言う言葉。

つまりオレはレイザーさんの念獣に担がれて、今まさにコートの中へと引きずられている最中だ。

「え?ええっ!?」

がっちりホールドされてオレはコートに縫い付けられるようにく拘束されている。

「いいのかなぁ?」と言うゴン少年に、「良いんだよ」と、丸め込みに掛かるキルア少年。

俺が動けずにいた間にドッジボールのルールがレイザーさんから説明される。

レイザーさんのチームは俺が入ったことで念獣が一人減り、レイザーさんプラス俺プラス念獣が6体。

試合が始まる頃になってようやく俺は念獣から解放された。

相手コートには既にゴン達のスタンバイが完了されている。

「ちょっと!?俺に何の旨みも無いんだけど!?なんでオレはゲームに参加させられてんの!?」

流されそうになっていた俺の魂の叫びだ。

「ああ、もし最後まで生き残っていたらゲームマスターであるオレから特別なカードをやろう」

特別なカード?何だろう?

「それに君はこっち側だろう?アイオリア」

ビクッ

そんな会話をしていると、審判がボールをスローイン。ゲームが始まる。

「先手はくれてやるよ」

そう言ったレイザーさんの言葉どおり、スローインを取り合わずに直ぐに念獣をコートに引っ込めるレイザー。

ボールを手にしたのは相手側のゴリラっぽい男、ゴレイヌだ。

「余裕こきやがって…挨拶代わりにかましてやるっ!」

ボールをもって振りかぶり、力強くスロー。

「どりゃ!」

放たれたボールは勢い良く此方へと向かってくる。

「って俺!?」

コートの隅の方にいた俺は迫り来る凶弾を紙一重で避ける。

「わっわわ!」

「こらっ!避けんなっ!当たっとけ!」

避けんなじゃねぇボケっ!

念で強化された球を纏すらまともに纏っていない状態で受けたら大怪我するだろうが!

避けた球はそのまま外野を転がっているが、相手ボールだ。

外野にいるゴレイヌの念獣がボールを取り、内野へと投げ戻した。

「もう一回っ!」

そう言って投げられた球はまたもや俺を狙ってやがる!

だから当たったら骨が逝くだろうがっ!

数合わせ軍団の纏なんて本当にかろうじて出来ていると言った程度だったぞ!?

俺は今度も捕る選択は排除して回避する。

外野へと飛んでいったボールはもう一度ゴレイヌに返される。

「意外に素早いやつめ」

悪態をついたゴレイヌは今度はオレを狙うのを止めて、レイザーの念獣へと放たれた。

放たれたそれはいとも容易くレイザーさんの念獣の一体を撃ち抜く。

ボールはそのまま相手の外野へと転がっていく。

そのボールをゴレイヌの念獣が拾い、もう一度ゴレイヌの投擲。

2匹目の念獣がアウトになり、外野へと移動した。

「よーし、準備OK」

なるほど、簡単にやられすぎだと思ったが、外野を肥やしていたのね。

その後レイザーさんがゴレイヌを挑発。

挑発に乗ったゴレイヌはレイザーさん目掛けてボールを放つ。

それを片手で易々と受け止める。

「さぁ…てと…反撃開始だ」

オーバースローでレイザーさんがゴレイヌ目掛けてボールを投げる。

鍛え抜かれた筋力、膂力、さらに念で強化されたそれはまさしく弾丸のごとくゴレイヌに迫る。

うわぁ…あんなの食らったら死なない?

オレなら避ける…が、しかし、ゴレイヌにそこまでの思考速度と決断力は無かったのか、それとも捕ることにしたのかゴレイヌは動かない。

スパァンと小気味いい音が響く。

ボールが当たる直前、ゴレイヌの姿がブレたかと思うと一瞬でその姿が外野にいたはずの白いゴリラの念獣に変わった。

瞬間移動?

ゴレイヌはどうやら外野にいるし、ゴレイヌのいた場所には念獣(イメージを保てなくなったのかすでに存在しない)がいた。

念獣と自分を入れ替える能力。

それも行使から入れ替わるまでの時間はコンマ一秒も無い。

…入れ替わる性質上、何処でも移動できるわけではないのだろうが、凄い能力だな。

ボールは念獣に当たると、当たり所が良かったのか、此方のコートへと返ってきた。

その後ゴレイヌは外野からは戻れないとの裁定で、相手の白いゴリラがアウトとなり、試合再開となる。

「さあ次行くぞ!」

再び放たれる凶弾。

しかし、今度は外野へのパスだったようだ。

それを目にも留まらぬ勢いで外野3人とレイザーさんで回し、少しずつ相手の取れる選択肢を減らして行く。

うわぁ…流石に外野が肥えてからがこのゲームの真価が発揮されるねぇ。

メキメキっ

終に反応できなくなったツェズゲラにヒットする。

当たる直前仲間の掛け声でどうにか背後から忍び寄る凶弾に備え『流』でガードしたお陰で生命に関わる怪我は負わずに済んだようだ。

とは言え大怪我は負っているので戦力外だろうが。

さて、今度は攻守逆転だ。

キルアが拾ったボールをピエロの青年、ヒソカに手渡した。

ヒソカの投げた球はレイザーさんの念獣に当たると、何かに引き寄せられるかのようにヒソカの手元へと戻った。

…ボールにオーラが引っ付いているのが見えるからそれで引っ張ったようだ。

見た感じオーラの接着と伸縮と言ったような能力か。

さらにヒソカは振りかぶると一直線にオレに向かって振り下ろしす。

っ!?またオレかよっ!

前の二回は偶然を装い避けたけれど、この速度は流石に数合わせの雑魚では避けれない。

と言うか、当たり所が悪ければ死にかねない威力だ。

あのピエロ野郎っ!

俺は瞬間的に『練』でオーラをひねり出し、両手と両足に攻防力を移動させると正面からヒソカのボールを受け止める。

受け止めたボールをヒソカの念能力で引っ張られているが、両足で踏ん張って耐える。

しばらく引っ張ってみて俺が放さないのをさとったのか念能力を解除した。

「やっぱり実力を隠してたね◆」

ぞぞぞっ

なんか全身に寒気が走る。

「どういう事?ヒソカ」

ゴンがヒソカに聞き返した。

しかし、それに答えたのはキルアだった。

「数合わせの雑魚なら今のヒソカの球なんて絶対取れなかったよ。…ちっ、アイツ、実力を隠してやがったんだ」

「そういう事◆」

隠していたんじゃなくて、聞かれなかっただけだもん。

さて、どうしたものかね。

「本気でやりなよ」

レイザーさーん…

躊躇していた所に釘をさしに来たレイザーさん。

その体からほんのちょっぴり怒気がもれてますからっ!

…仕方ない、頑張ろう。

しかし、本気…ねぇ。

「レイザーさんに釘を刺されたので、恨むならレイザーさんを恨んでね」

練で増幅したオーラで四肢を強化する。

「凄いオーラだ」

ちりちりと空気が振動する。

「今までとは別人のようだわさ」

わさ?

お嬢ちゃん、なんかおばさん臭いよ。

とっとと。気を取り直して、俺は右手にドッジボールを掴み振りかぶる。

「ドッジボール分身の術」

どりゃっ!

狙うはピエロ服の男、ヒソカ。

俺の手から離れたドッジボールは5つに割れたように分裂する。

「!?」

行き成り目標が増えたため、一瞬動揺するヒソカ。

「増えた!?」

俺のボールを横目で確認して驚愕するゴンとキルア。

既にそのボールは全てを回避できるようなタイミングではないし、その全てを捕球するのは不可能。

凝を使えば見極められるだろうけれど、射出から着弾まで1秒ほどの中で全ての球を確認して確かめるのは至難の業だ。

ヒソカは一番早く当たりそうなボール一つに狙いを定めると自身の念能力をその両手に纏わせて捕球の姿勢に入る。

が、しかし、それはフェイク。ただの虚像だ。

それがヒソカの右手を通過するとその他のドッジボールが次々にヒソカの体を透過する。

そして本命の四つ目。三つ目の球の影に隠れるようにして潜んでいた球が鈍い音を立ててヒソカの体にあたり、跳ね返って空中を舞う。

そのボールは大きく後ろの方、俺達の外野の方へと飛んでいく。

このまま地面に落ちればアウトだったのだのだが、空中でやはり、先ほども見た伸縮するオーラの糸につかまり、ヒソカの腕へと落ちてくる。

セーフ。

うーむ、流石にそう簡単にはいかないか。

「大丈夫?ヒソカ」

ゴンが少々心配そうにヒソカに問いかけた。

「大丈夫だよ◆ちゃんとオーラでガードしたからね◆ただ、罅が何本か入っちゃったかもしれないけど◆」

「それにしても、アイツの能力。多分幻影とかその辺を作り出す能力みたいだ」

キルアが一回見ただけで先ほどの技の本質を見抜いたようだ。

「そうだね◆5個中4個はフェイクだったからね◆」

しかし残念ながら先ほどのは汎用技だ。

一人につき少数しか固定能力を持っていないとの念能力の常識に囚われていて、幻影作成が俺の固有念能力だと勘違いしている。

その後の相手の攻撃はレイザーさんが捕球。

此方の攻撃だ。

その後、もう一度レイザーさんの念獣をアウトにしようとして、今度はこちらが捕球してレイザーさんの攻撃。

ゾゾゾッ

うわぁ…凄いオーラだ。

レイザーさんの割と本気の一撃を受け止めようと、相手は『堅』を使用した。

その行動にレイザーさんからのプレッシャーが増す。

『堅』が使えるならば死ぬ事は無いだろう…と。

オーラの密度がボールに集約していく。

「行くぞ、ゴン!!」

ゴンを狙うことに決めたらしい。

「来い!!!」

うわぁ、ゴンは凄いね。

俺なら逃げる所を真っ向から受け止める事を選んだようだ。

渾身の力で撃ちだされてボールは一直線にゴンに迫る。

その威力はミサイル並だ。

あれは流でも無理かも…

ボールにぶち当てられてゴンは吹っ飛んで行き、後ろの壁に激突してようやく止まった。

…咄嗟に『硬』で局部を守ったように見えたから死んで無いだろうが。

瓦礫の中から這い出して来たゴンは外傷は見えるが、致命傷を負っているようには見えない。

少し休めば復帰可能だ。

外野から1ゲーム中に一人だけ内野に戻る事ができる。

その権利は自分が使うとごねるゴン。

流石にジンの息子。

ジンはいい意味で人の言う事を聞かない人だったけれど、ゴンは悪い所だけ似たか?

ゴンは外野、ボールは相手ボールで試合再開。

しばらく時間稼ぎに内野、外野でパスを回していた敵チームだが、突然ゴレイヌが本気で自分の念獣に向かって投擲したかと思うとレイザーの体が一瞬で黒いゴリラの念獣と入れ替わっていた。

な!?他者との入れ替えだと!?

念能力の距離や条件は分らないが、この能力はやばくね?

油断していたとは言え、レイザーさんすら察知できずに入れ替えられた。

初見で使われると避けるのが容易では無いだろうし、念獣の背後で攻撃準備して、インパクトの瞬間に入れ替えられたらよほどの事が無ければヤられること必死!

ボールはレイザーさんの顔面を殴打して大きく跳ね返り敵チームの外野へ。

しかし、曲芸師もどきのアクロバティックなレイザーさんの念獣が空中キャッチ。

そのまま空中で投げ返してきたのでレイザーさんはアウトにならず、流石にムカついたのか外野にいるゴレイヌに向かって投擲。

まさか自分にむかって飛んでくるとは思わなかったゴレイヌはモロに顔面に直撃を食らってノックアウト。

気を失ったためか、内野にいたゴレイヌの念獣は消失した。

どうやらオートではなくリモートだったらしい。

さらに次の投擲で相手コートの一人をアウトにして残りはキルア、ヒソカの二人になる。

その時、終にゴンがバックを宣言。

相手ボールで試合再開。

何かを話し合った後、キルアが両手で上下に挟むようにボールを固定。その後ろにゴンが構えた。

全身から迸るオーラを全て右手に集めるのが見て取れる。

『硬』だ。

そしてゴンはそのままその拳をボールにたたきつけた。

レイザーさんの投擲もかくやといった威力で打ち出された球は、レイザーさんの念獣は瞬間的に合体してその力強さを増したが受け止める事は出来ず、外野へとはじき出されてしまった。

そして二発目。

先ほどよりもさらに多くのオーラを込めて打ち出された球は一直線にレイザーさんへと迫る。

しかし、流石はレイザーさん。

レシーブの要領で勢いを殺して球の威力を殺して上方へと打ち上げた。

しかし、打ち上げたのがまずかった。

ヒソカが念能力で吸着、伸縮させて手元へと渡ってしまっためレイザーさんはアウト。

「やるね…」

そう言いながらレイザーさんはバックを使わずに外野へと行ってしまった為内野は俺一人。

バックは使用していないが、どうしようかね…

ゴンの攻撃ははっきり言えば大砲のそれだ。

威力、速度共に申し分ない威力だけれど、動き回る敵に対して果たして当てられるだろうか?

さらに言えば、神速を行使できる俺は打ち出されてからかわせる自信がある。

避けてしまえば面倒が無くていい。

ゴンの攻撃をそのまま外野が受け取る事は難しいし、オーラの消費も激しい故に何回も連続での使用は不可能だろう。

見たところ、ボールを持っているキルアも手のダメージが絶大だ。保って後2回ほどが限界か。

つまりあと2回避ければ相手の最大攻撃力は失われると言うわけだ。

相手コートでキルアがボールを構え、ゴンがオーラを込め始める。

俺、直球勝負ってあんまり好きじゃないんだよ。

だけど、もう古い約束だけど、俺もレイザーさんと同様にジンからもしもジンの息子と敵対したら全力で相手をしてやれと言われていたっけ。

「じゃん、けん…グーっ!!!!」

じゃんけんに見立てて打ち出された右拳はボールの真芯をとらえ、物凄い威力で此方に向かってくる。

「すげぇ」
「アレは取れないだろう」
「下手すればアイツ死ぬんじゃないか?」

等、ツナギ服の男たちが口々に言っている。

迫り来るボールをオーラで攻防力の増した両腕でキャッチし、オーラで強化した下半身はその威力に後ろへと引きずられながらも体勢を崩す事は無い。

しかし、押しやられた俺の踵はすでに後ろの白線の直ぐ側まできている。

外野での捕球はルール上アウトだ。

このままでは確実に白線割れだ。

俺は迫る白線の前に自分でコートを蹴りジャンプした。

支えるものが無くなって体ごとくるくると回転しながら後ろの壁目掛けて飛んでいく。

「やった!」
「勝ったぞ」

ツナギ服の集団が早くも勝利宣言。

しかし、残念だったな!

『フライ』

空中で体勢を整えるとグッドタイミングでソルが飛行魔法を行使してくれた。

ふよふよ飛びながら外野に着地する事も無く内野へと着地する。

「飛んだぁ!?」
「そんなっ!」
「そんなの有りかよ」

瞬間移動が有りならば飛ぶくらい有りに決まってんだろうがツナギども#

さて、正面の敵を見据える。

ゴンは何故かきらきらした目でこちらを見てる。

キルアは少しの驚愕とほんの少しの絶望。…まあ、空を飛べる相手にどうやってライン越えを狙えと言うのか、等と考えているのだろう。

ヒソカは…見なかったことにしよう。なんかいやらしい笑みで此方を見ているような気がする。

「ちっ、どうにか奴からボールを取らないと。…認めたくねぇけど…強いよ、アイツ」

キルアがそう悪態をついた。

「うん。今のは確実に行けたと思ったんだけどね」

ゴンがそう相槌を入れる。

「でも、次は行ける!」

「その前にアイツの幻影攻撃を何とかしないとだろう!」

「そうだった。どうしよう?」

「ったく、あんまこんな賭けみたいな事やりたくないんだけど…」

そう言いながらひそひそと作戦会議。

待っていてやる義務は無いんだけど?

とは言え直ぐに結論が出たみたいだから数秒も掛かってないのだろうけど。

見ればどうやら全てを捕る方向で決まったらしい。

ヒソカを真ん中にヒソカの念能力であろう変化したオーラを風呂敷のように広げ、俺が投げた球を全て包み込む作戦のようだ。

…まぁ、確かに賭けだねぇ。

俺が直球でゴン達目掛けて投げなければ全く意味を成さない。

と言うか、レイザーさんは外野にいるんだからパスしたら終わるんじゃないか?

いや、まあそこまでは考えているか。

レイザーさん自身の直球さえ食らわなければ念獣の攻撃は個人でも捕球できると踏んだのだろう。

つまり俺がパスを出した瞬間にバラけるのだろう。

さらに俺の投球は威力が低いと思われている、と。

「来い!」

ゴンが気合を入れて叫ぶ。

なんかちょっと腹立つなぁ…

確かに俺は特質系だし、確かにレイザーさんのような剛球は投げられないけれど。そこを技術でカバーするのが俺だ。

ボールを俺が放出したオーラが包み込む。

ボールが俺の手のひらで少し浮いた。

そのオーラをボールの表面で乱回転。

「ゴン!ヒソカ!パターン2だっ!」

キルアの声でゴンとヒソカがすばやく動いた。

ゴンが捕球体勢、それを支えるようにキルアが背中合わせで立ち、それをヒソカが一番後ろで包み込むように構える。

対レイザーさん用に考えたのだろう。三人で直球を取る構えだ。

それにしても、一瞬で俺のコレがやばいと理解した上で、瞬時に実行させたキルアはスゴイ。

だけど、体勢が整ったからと言ってこれが取れると思ったら大間違いだ。

「オラァっ!」

振り上げた俺の手から離れて投げ出されたボールは、周りの空気を切り裂いてゴン達へと迫る。

「くっ!?」

バシッ

ドゴンッ

パラパラっ







「ゴン選手、アウトっ!」

審判が声高らかに言う。

俺が投げたボールはゴンの『硬』によるグーパンチでその軌道をそらされ、後ろの壁を貫通してどこかへ飛んでいってしまった。

捕球できないと感じるや否や直ぐに行動できたゴンはさすがだ。

なんていうか野生動物なみの勘のよさと瞬発力だった。

「ゴンっ…」

キルアが心配そうに声を掛けた。

「つうっ…大丈夫。『硬』でぶん殴ったから。でも軌道を変えるのが精一杯だったね」

「ああ、そうだな…」

「それにしてもさっきのどうやったんだろう?」

「あ、ああ。…おそらく放出したオーラを乱回転させて纏わせたんじゃないかな。…あのまま取ろうとしても多分回転に負けて取りこぼすか、又はゴンの両腕がつぶれていたかもしれない…弾いて正解だったよ」

だから初見で見破らんでください…

頭の良いやつはキライです。

「レイザーチームの外野から新しいボールでスタートです」

ああ、外壁も床扱いだし、どこに行ったか分からないけれど内のチームの外野の外壁に穴が開いているね。

さて、後二人だ。

「それっ、ボールだ」

ちょっ!

レイザーさん、なにこっちに普通に投げてるかね?

自分で投げればよかろうに…まあ、キルアの手はボロボロだし、ヒソカの右手も何本か逝っている。

まあ、ここらで終わりだろう。

例え俺がアウトになろうともその刹那にレイザーさんがバックを宣言するだろうし、あの二人にレイザーさんの球を捕球できるとは思えない。

ボールがこちらに投げられて空中を舞っている間に少しズルいけれど印を組んでっと。

『影真似の術』

俺の影から伸びた影は俺へのパスのために振り返るよりも速く二人の影を捉える。

パシッ

そしてレイザーさんからのパスを右手を上げて捕球。

「なっ!?体が勝手に…」
「これは?」

二人は俺と同じように右手を上げた状態で止まっている。

「まさか奴は操作系能力者!?」

残念、俺は特質系だよ。

そしてこれは忍術だから、単純に技術だ。

さて、まずは面倒なヒソカからだ。

俺から見たら背中で隙だらけ。

「それ」

今までの球と比べると割とゆっくりと放物線を描いてボールはヒソカの背中に当たり、バウンドして此方のコートへと戻ってきた。

「ヒソカ選手、アウト!」

審判のジャッジの声。

さらに続けてボールを投げる。

「キルア選手アウト! よってこの試合レイザーチームの勝利です」

審判の試合終了の宣言。

うわぁ…ツナギの集団からの視線が痛い。

何だよ!勝っちゃ悪かったのかよ!

外野から俺にレイザーさんが近づいてきた。

「まさか、あんな技を習得しているとはな」

「まあ、俺にも色々あったんですよ…」

「さて、これが約束のカードだ」

渡されたカードを確かめる。

ランクはSS

カード化限度枚数は1枚。

完全再生(パーフェクトリサイクル)?」

「効果はどんなランクのカードでも再びカード化できる。ただし特別スペルカードだから擬態(トランスフォーム)は使えない」

なるほど。

しかし、使い道あるのか?このカード。

まあ、もらえるものは貰っておくけど。

「懐かしい話は今度ソラフィアを連れてきたときにでもしよう」

敗者は去るのがルールだ。

俺は勝者だが、チームとしては負けているので去らねばならない。

「…又来ます」

レイザーさんに見送られて灯台を出る。

外に出ると攻略組の面々が俺が出てくるのを待っていた。

「ったく、あんたの所為で負けちまったじゃねーか」

「キルア、でもそれはオレ達が弱かったからだよ」

そうかもしれねーけど、と、悪態をついている。

それを嗜めてゴンがオレに声を掛けた。

「それよりもオレ達このイベントの攻略を続けようと思ってるんだ。それで、アイオリアさんにも手伝ってもらえたらなって思って待ってたんだ」

今度は本気の勧誘か、相変わらず直球な奴だね。

まあ最後に見せた影真似の術はドッジボールには有効な能力だからねぇ。

動きを止めてしまえば先ほどのように一方的にたこ殴りだ。

「手伝うのは良いけれど、俺にも『一坪の海岸線』を得る権利はるの?」

既に取り分け配分の話は終わってるんじゃないのか?

その問いに答えたのはツェズゲラ

「10億ジェニーでどうだろうか?」

ジェニーって…いらねぇ…元の世界に帰る算段が付いているのにこの世界のお金なんてただの紙切れだ。

「お金なんて要りません。欲しいのはあくまでもカードです」

「君はオレ達を騙していたのか?」

なにを騙していたものか。勝手に俺の事を現実に帰れずにフラフラしている雑魚と勘違いして勧誘したのだろうに。

「言い訳のように聞こえるかもしれませんが。勧誘があった時に、大人数参加型のイベントだろうとは考え付きました。それに貴方たちがカードを取ったとして、力ずくで強奪しようなんて考えてませんでしたよ。ただ、どのような人たちに渡ったのか、交渉はできそうかと言った偵察を兼ねていたのは否定しませんが」

「君もバッテラ氏の懸賞金が目当てなのだろう?」

「懸賞金?そんなものは要りません。俺が欲しいのはクリア報酬です」

「…なるほど、クリアするとゲーム内のカードを島外に持ち出せると言うが…そちらが狙いか?」

「はい」

俺の答えを聞いてなにやら相談し始めるツェズゲラ。

話がまとまったようでツェズゲラさんが改めて此方に向きなおる。

「オリジナルはやれないが、協力してくれるならコピーでよければ一枚君に渡そう。それで手を打ってくれないか?」

ふむ。オリジナルじゃないのは色々と面倒だが、まあ、いいんじゃないかな? 
 

 
後書き
ドッジボール編終了。
オリ主が敵でも良いじゃない!
ドッジボール…正直影真似一つで終了しますよね?…最初に書いたのはゴンへの螺旋丸?もどきの攻撃は無かった!けれど…やらないとなんかしょぼいし…
あ、期待されてるかもしれませんがVSヒソカはありません。きっと団長ラブな時期なんです… 

 

第五十一話

さて、人数が足りないとの事で誰か心当たりはと問われたので仲間が3人いると答えると是非とも連れてきてくれと言われたので、一旦アントキバへと戻り、ソラ達を連れて合流場所へと戻る。

連れてきたメンバーを見た面々は口々に驚きの声を上げた。

まあ九歳児が3人だからねぇ。

そんな中キルアだけ余計なことを口走ったようで…

「まさかこいつらもビスケと同じでババっぶふぉふぉおおおおおお」

キラーン

言葉の途中でビスケのアッパーでぶっ飛ばされ、見事に宙を舞っていった。

ソラ、なのは、フェイトの3人と、新たに連れてきた数合わせの雑魚を入れてソウフラビへと戻ったのは翌日だ。

さて、レイザーさんはメンバーがさほど代わってないと見ると、最初からドッジボールを申し込んだ。

明らかにこちらはドッジボールを警戒してるし、そこにベストメンバーを持っていけるように調整するつもりではいる。

とは言え、今回はワンサイドゲームだった。

俺が影真似の術で念獣を含めた全ての敵の動きを止める。

いくら初見ではなく対処方法も検討が付いていたとは言え、ドッジボールのルール上、コート外に出る事は不可能。

後はヒソカの念能力、バンジーガム(伸縮自在の愛)が有れば相手にボールを渡す事も無く終了。

ゴンは何やら不完全燃焼なのか、プスプス燻っていたけれど、それでも今現在レイザーさんからジンの思い出話を聞いている。

ゴンを説得したツェズゲラはかなり疲れた表情をしていたが…

どうにも脳筋な感じのするゴンの説得は一筋縄ではいかなかったようだ。

正直ゴンの最高威力の攻撃はキルアのアシスト有ってのものだが、そのキルアの両手も潰れている現状戦力としては不足だったのだから、何だかんだで勝率を上げたいツェズゲラ組にしては仕方の無い事だと思う。

しばらくゴンとレイザーさんが話していたが、話しが終わると頃合を見計らってか、レイザーさんが俺とソラを呼びつける。

「挨拶が遅れてすみません、レイザーさん。お久しぶりですね」

「ソラフィア…随分小さくなったな」

「…まあ、色々有りましたから」

色々有ったとて、普通縮まないけどね。

と言うか、小さくなったんじゃなくて既に見目は別人なんだけどね。

それから少しの間、世間話程度に俺達の現状を話し、別れる。

そして無事に『一坪の海岸線』をゲットした。

ヒソカはカードをゲットした後には直ぐに消えていた。

手に入れた一坪の海岸線を、殆ど指定カードの入っていない俺のバインダーに入れ、その他の指定カードは一時的になのは達に預け、複製(クローン)のスペルカードを使う。

複製(クローン)』は指定したプレイヤーの指定カードをランダムでコピーするカードだ。

つまり、一枚しか入っていなければ必然的にそのカードになる。少し頭が回れば気が付ける裏技だ。

さて、カードの分配も終わり、少々解散ムードだ。

とは言っても、カード化限度枚数がMAXの指定カードを複数持っているかどうか、トレードに応じてもらえるのかと、話し合いたい事が少しあるので俺達も直ぐに戻らずにいるのだが、そんな中ツェズゲラさんに『交信(コンタクト)』のカードが使用され、バインダーが強制的に開かれる。

会話からゲンスルーと言うPKプレイヤーが交渉の為に使用したようだ。

ゲットしたタイミングでコンタクトしてきた所をみると、どうやらどこかで見張られているな。

チクリとほんのわずかな視線を感じる。

写輪眼を発動させて、感じた先を見る。

遠見は白眼には遠く及ばないが、遮蔽物の無い所ならそれなりに視野が利く。

あそこか。

少々高い崖の上から此方を望遠鏡で観察している一団がいる。

こちらが相手を捕捉していないと思って堂々と覗き見してやがる。

どうやら3人組のようだ。

視線を直ぐにツェズゲラに戻し、会話を盗み聞く。

命の保障はするから一坪の海岸線を寄越せ。そんな感じの内容だ。

そんな会話の中、少々聞き捨てられない単語が出た。

「話は変わるが、ソラフィアって言うプレイヤーと会った事はあるか?」

「それが今何の意味が有る?」

「どうやらNO99『モンスターハンター』をゲットしたようだからな」

トレードショップで個人の指定カードの蒐集状況のランキングが聞ける。さらに別途料金を払えば指定カードのナンバーも聞く事ができる。

高ランクのプレイヤーのカードを上から見ていけば、それなりに高い確率で発見できるだろうし、俺達は堅牢(プリズン)を使用していたのでダブり以外の指定カードはソラが保管していて、その数は50枚を超えている。

おそらくそれで知ったのだろう。

なぜツェズゲラにその情報を渡したのか、それはおそらくその情報を渡しても不利益は無いから。

ツェズゲラが知っていればカードを得ようと動くだろうし、複製(クローン)で増やしてもらうように交渉するかもしれない。

それならそれで構わないのだろう。

ゲットしてから再度交渉か、あるいは力ずくで奪うかする算段なのだろう。

どうやら、雰囲気的に今、相互でカードのコンプリートを阻止しあっているように思える。

俺としては別に先着ではないのだし、足を引っ張り合う必要性を感じないが、聞いた話だと莫大な懸賞金がゲームクリア、そしてその景品に掛かっているようだ。

そして、それが先着なのだろう。

この状況がプレイヤーを凶行に走らせている一助になっているのは確かだろう。

「残念だが知らないな」

一応ソラを紹介する時に「ソラフィア」とは紹介していない。

その後ゲンスルーは何人かの名前を読み上げた。

どうやらゴン達がこのメンバーで一坪の海岸線を攻略に当たる前にこのクエストを一緒に攻略しようとしたメンバーらしいが、ゲンスルー達のPK行為によって既にリタイアしたようだ。

バインダーを開いて確かめてみろと挑発してくる。

さらに挑発した所でゴンが切れて相手になるなどと言ってしまい、さらには俺も一坪の海岸線を持っている宣言。

まあ、ぎりぎりコンタクトは切れていたらしいが、まあ、見てれば持っているのはバレバレだろう。

コンタクトが切れた後、ツェズゲラがゴン達に交渉。

自分たちでは敵わないが、ゴン達もゲンスルー組に襲われる可能性は極めて高い。

なので、自分たちが時間を稼いでいる間に何とかゲンスルー組を倒す算段を立てて欲しいらしい。

冷静に戦闘能力を比較して、自分ではゲンスルーに敵わないと思ったそうだ。

その後、俺達の方へときたツェズゲラ。

「NO99を持っているのか?」

ああ、バインダーでソラの名前がバレたのね。

「持ってますよ」

「そうか…複製(クローン)は此方で用意する。トレードしてもらう事は可能か?」

「そうですね…『一坪の密林』『大天使の息吹』『闇の翡翠』『浮遊石』『身代わりの鎧』『ブループラネット』この中で持っているカード有りますか?」

「…『大天使の息吹』と『ブループラネット』以外は持っている…が『闇の翡翠』はオレ達も一枚しかもっていないから交換は出来ない」

うーむ。

「『大天使の息吹』と『闇の翡翠』はゲンスルー組はほぼ独占状態だ。彼らを倒さなければこの状況は打破できないだろう」

なるほど、いい事を聞いた。

どうしようか。

「『大天使の息吹引換券ナンバー001』も付けるので『闇の翡翠』以外のカード全てでどうです?」

俺としてはトップランカーの人にはさっさとクリアしてもらってカード化限度枚数に空きを作って欲しいのだが…

「…いいだろう」

ツェズゲラさんは少し黙考した後に了承してくれた為、交渉成立だ。

後で聞いた話だと、『一坪の密林』は限度化マックスだったのだが、最近頻繁に起こっているPKでカード化が解けたらしく、一度以前にゲンスルーと交換した為一枚しか持っていなかったのを又増やしていたのだとか。

「それと、Sランク以下で、既にカード化限度枚数がMAXでオレ達がダブって持っているカードを君達に渡そう。…だから、君達が持っている『モンスターハンター』を餌にゲンスルー組と交渉するのは止めてもらいたいのだが」

むむ?

少々リスクがあるがゲンスルーとの取引する可能性も俺たちにはある。それを止めに来たか。

「せめて3週間待って欲しい。それで状況は大きく変わるはずだ」

3週間、ね。

交渉するにもゲンスルーって人、会った事あったっけ?

一応俺達全員のバインダーを確認する。

ゲンスルーとその仲間と思しき名前、サブとバラの名前を探す。

どうやら俺達は会ったことは無い様だ。

間接的(他のソラに会った事があるプレイヤーにアカンパニーを使わせる等)にしかスペルカードでは飛んでこれない。

ゴン達はバインダーを確かめるまでも無く、ゲーム初日に会っているとの事。

この時点で、まず危険なのは俺達よりもゴン達と言う事になる。

「最後に確認したい事がある」

「何ですか?」

「ゲンスルー組の残りのカードは『一坪の海岸線』『モンスターハンター』『奇運アレキサンドライト』の三枚だ。その中で二枚は既に持っているだろう。それで、残りの『奇運アレキサンドライト』は持っているか?」

うわぁ…

「持ってますね」

「……彼らはオリジナルカードを狙ってくるはずだ。だからまず、一坪の海岸線の取得の為にオレ達を狙ってくるだろう…が」

一石三鳥な俺達を狙ってくる可能性も大いにありえるか。

『モンスターハンター』の取得者のカードリストを見たのならば、『奇運アレキサンドライト』の確認もしているはずだからね。

「『一坪の海岸線』と『モンスターハンター』のバインダーは変えたほうがいいだろうな」

それに、モンスターハンターのカードもツェズゲラに渡ったのは直ぐにバレるだろうから、さらに優先で狙ってくれると俺達に被害が無くていい。

一応後で両カードを『擬態(トランスフォーム)』で別のカードに変えておくかな、聖騎士の首飾りでいつでも元に戻せるし。

それでどれくらい関心が下がるか分らないけどね。

その事をツェズゲラに伝え、『モンスターハンター』の複製からの複製を遠慮してもらった。

「もし君達がゲンスルー組に襲われたとして、君達に撃退は可能だろうか?」

相手が人間であるのならば、不意打ちでなければ負けない自信はある。

「君の実力を疑っているわけではないが、君の連れの少女達が心配だ」

「何なら試してみますか?」

「……いや、君の受け答えで分ったよ。このゲームのなかでSSランクのカードを取れたチームなのだから、相当な実力者なんだろうな」

SSランクのカードは今回の事でも分るように相当に実力を要求するものだ。

とりあえず、懸賞がどうにかなればもう少しゲームがやりやすくなるのだし、どちらかにさっさとクリアして欲しいのだが、心情と、ゲンスルー組の非道さを考えるとツェズゲラさんに頑張ってもらいたい所だ。

そんな訳で、その申し出を受け入れた。

実際、Aランクでも限度枚数に泣かされていた状況だったから正直助かった。

まあ、結局ツェズゲラからの奪取が成功しなければオリジナルを持っている俺達を草の根分けて探し出すんだろうけどね。

それこそアントキバ辺りでうろうろしている奴らを片っ端からバインダーを開かせてリストで確認するとかすれば俺達にたどり着くことは可能だろうし。

しかし、これで俺達の指定カードは81種類。残り19種類だ。


とりあえず約束の3週間で、取れる指定カードを取っておこうと俺達は島内をあちこち飛び回っている。

とは言え、今取れるカードは殆どAランク以下。程なくして行き詰る事になる。

二週間ほどで指定カードは97種類に達したが、残りのカードはすべて誰かのゲイン待ちの状況だ。

『闇の翡翠』『ブループラネット』共に持ち運ぶのは難しくないことから一応ゲイン待ちで確保しているのだが…つまり持ち運びがしやすいと言う事は独占もしやすいと言う事。

独占した上で自分でゲイン待ちのアイテムを持っていればそれを崩すのはほぼ不可能だ。

堅牢(プリズン)聖水(ホリーウォーター)を使えば、ほぼ確実にスペルによる奪取は不可能となるしね。

聖水の効果を解く為には10回攻撃スペルを使用しなければならないが、相手が実力者だと10回も使わせてくれる隙は中々無いだろう。

まあ、10人以上で取り囲み、一斉にスペルカードを使うなどをすれば可能だが…窃盗(シーフ)掏摸(ピックポケット)は奪えるものがランダムなので労力に見合わないので却下だ。

口約束だったが、誠意を見せてくれたツェズゲラを裏切る様な事はしたくない。

つまり現状は手詰まりだ。

手詰まりでやる事が無いので『勇者の道具袋』や『神々の箱庭』と言った、アイテムを取得して時間を潰している。

1週間が過ぎた頃、ゴン達からコンタクトで通信が入る。

通信してきたのはビスケットさん。

話を聞くに、修行を手伝って欲しいらしい。

まあ、俺たちも大体の指定カードを取得して時間が余っていたのでその願いを聞き入れる事にしてゴン達と合流する。

アカンパニーのスペルカードを使用して駆けつけると、真剣に修行に取り組んでいるゴンの姿が見える。

片手で逆立ちしてオーラを地面に着いた掌から放出させようとしているようだ。

放出系の修行だね。

俺達が到着した事で修行中のゴンを放っておいて近づいてくるキルアとビスケットさん。

「待ってたわさ」

わさ?

「ビスケットさん。それで?手伝って欲しいと言われて来たんだけれど、何をすれば良いの?」

「ビスケで良いわさ。手伝ってもらいたいのは他でもない、ゴンの組み手相手になって欲しいわさ」

組み手、ねぇ。

ゲンスルーの体格差を考えると出来れば高身長者との訓練もしたかった様だ。

遠目に見たゲンスルーは結構身長が高そうだったしね。

とは言っても、俺もそれほど高い訳じゃないんだけど。

160cmほどで大体同年代の平均身長だ。

それでもこの中では一番高い訳だが。

うーむ。

「まあ良いですよ」

「助かるわさ」

「だけど、その代わり、うちの子の修行を見てくれませんか?」

「後ろの彼女達の事?」

「金髪と茶髪の子をお願いします」

フェイトとなのはの修行を見てもらおう。俺達では気づけない事も有るだろうし、ゴンとキルアの師匠なのだから彼女は見た目と違い優秀なトレーナーのようだ。

「もう一人の子はいいんだわさ?」

「彼女も望むならお願いします」


さて、フェイトとなのはをビスケに預け、俺はゴンと対峙する。

二人はこちらからは大岩で見えない反対側で今頃ビスケに修行をつけてもらっている。

「ビスケが用意するっていっていた練習相手ってアイオリアさんだったんだね」

ソラは付いていかず、キルアと一緒に見学中だ。

「アオでいい。アオが今の俺の名前だ」

「分った。アオさんに今の俺がどれだけ通用するか、わくわくするよ」

ドッジボールの一件で俺のことを高ランクの念能力者だと認識しているのだろう。

両手を挙げて身構える。

ゴンの構えにはようやく洗礼されてきたような無骨さが残っている。

俺もそれに倣って拳を構えた。

「やっ!」

気合と共に臆する事無くこちらへと突っ込んでくるゴン。

踏み込み、速度共に中々の物だ。

突き出される右拳。

パシッ

それを左の手のひらで受け止める。

「はっ!」

するとそのまま地面を蹴って左足で蹴りつけられた。

それを右手で受け止めるとゴンは完全に死に体だ。

そのままゴンを上空へと真っ直ぐ放り投げると15メートルほどの高さまで達した。

「わっわわ!」

上空で体勢を整えて何とか体を捻ってこちらを向いた。

さて、どう来る?

しかし、どうやらまだオーラを飛ばしたり、変化させたり出来ないようで、重力に引かれて落下するだけしか出来ないゴン。

牽制に放つ攻撃は無く、空中で確固とした足場も無いあやふやな体勢のまま右手にオーラを集めているのが見える。

「やっ!」

自身でも苦し紛れだと分っているその右拳。

突き出された拳をかわし、右ひじを絡め取ってそのまま地面に一本背負いの要領で叩きつける。

「ぐぅ…」

瞬時に背中にオーラを集めた結果ダメージは殆ど軽減できたようだ。

ゴンは直ぐに転がり起き上がる動作と一緒に俺が掴んでいた右腕を強化して少々強引に俺の拘束から脱出して距離を取った。

「遠距離攻撃が無いのなら、今のように打ち上げられると一方的に攻められることになる。気をつけたほうが良い」

「う、うん。それは分っているんだけど…」

そうは言っても難しいか。

今度は俺の方からゴンへと攻め入る。

「木の葉旋風っ!」

地面を蹴っての回し蹴り、更にそこからの拳を織り交ぜた連撃。

「くっ!っ…」

ふむ、まだまだ俺のオーラをガードする流に対してロスが大きい。

バシッバシッと俺が繰り出す攻撃をガードするゴン。

ゴンの防御する時の癖や呼吸、間合いなんかをその攻防で読み取る。

「御神流『貫』!」

「え?…っが!」

ゴンの防御を抜けるように俺の繰り出した拳がゴンの腹部を襲う。

吹き飛ばされたゴンは空中で何とか身を捻り、両手足を地面に擦るように着地すると数メートル砂煙を舞い上げてスライドした後にようやく止まった。

「今の…一体何が!?」

「その問いに答えるのは簡単だけど、自分で気づかなきゃだめだ。だから、どんどんいくよ!」

俺のその宣言に戦意が萎えるどころか武者震いに体を振るわせるゴン。

「来いっ!」

それからゴンの攻撃を受け流し、反撃して、『貫』を使用して吹き飛ばすこと数回。

「……何となくだけど、わかった」

「ほう…」

「アオさんのそれって、俺の防御の癖を理解した上でその隙間を縫うように繰り出しているんだ」

この短時間でそこまで理解できるとは、流石にジンの息子か。

「…正解だ。では、それを踏まえてどうするか」

大地を蹴ってゴンに近づき拳を振るう。

『貫』を使用しての一撃。しかしそれはゴンの防御により不発に終わった。

さらに此方へ反撃してくるゴン。

その拳は俺のガードの隙を縫うように懐に入ってくる。それはまさしく『貫』だ。

俺はその右腕を急いで戻して右ひじで捌くとそのまま掴み投げ飛ばした。

飛ばされた先で着地をすると此方を見据えて今度はゴンが攻めに転じた。

拙いながらも俺のガードを突破しようと隙を伺うゴンの攻撃がだんだん鋭くなっていく。

この短時間で、一時はあわやと言った攻撃もあったのは十分すぎる成長だろう。…まあ、食らわなかったけど。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「そろそろ休憩にしよう。オーラ消費がそろそろ限界だろう」

「え?まだ行けるよ!」

戦闘しながら堅を維持する限界時間は今の時点でおよそ30分と言った所。ギリギリ及第点か。

「本番の殺し合いならばこんな所で根を上げる事は出来ないけれど、今は模擬戦だ。無茶をする所じゃない」

「分った」

しかし、末恐ろしいかな。この短時間で自分の防御の癖を改善し、さらに完璧では無いにしろ『貫』を会得し始めている。

まあ、まだまだではあるが、十分驚愕に値する。

「それじゃ次はキルアの番だね」

休息で疲れが取れた頃ゴンがそんな事を言った。

「ああ?俺は良いよ」

即、拒否された。

「何で?せっかくだからキルアもアオさんと対戦してみるといいよ。凄く勉強になることが有るから!」

「つか!俺の手はまだ完治してねーの!だから今は無理!」

「えー?」

なるほど、ドッジボールの時の怪我がまだ完治していないのか。

と言うか、あれは中々完治できるものではないだろう。

うーむ…

俺は音も無くキルアに近づくと素早く一瞬のうちに強引にキルアの両手を掴み上げた。

「いててててててっ…あれ?」

突然痛みが緩和…いや、感じなくなった事でキルアの表情が険しくなる。

「何をした…」

そう殺気を込めて見なくても良いじゃないか。

気づかれないように『クロックマスター』で両手の時間を少し強引に戻しただけですよ。

「両手、治ってると思うけど?」

俺のその言葉で直ぐにぐるぐる巻きにしていた包帯を外すと、信じられないのか二、三度拳を握っては開く。

「本当だっ!ありがとうアオさん」

キルアの手が治ったのを一番喜んだのはゴンで、キルアよりも先にお礼を言ってきた。

「治癒能力?…いや、そんな感じじゃなかった…」

キルアは今起こった現象に対して考察しているようだが、答えは出ていない。

「そんな事どうでもいいじゃん。そんな事より、両手も治ったんだからアオさんに組み手をしてもらおうよ」

どうでもよくなんてねー、と少々ゴンと言い合ってからも結局最後はゴンにより強引に話が進められしぶしぶながら俺と模擬戦をすることになった。

俺から距離を取って構えるキルア。

「最初に聞いておくけど。発、使ってもいい?」

『発』ね。つまり能力ありきの戦いを望んでいるのか。

「別に構わないよ」

「ちっ…その余裕そうな態度が気にいらねー」

うわぁ…ちょ、心にぐさっと来たよ?人に対してそんな事を言う物じゃない。

俺も肘を上げて構えるとそれが試合開始の合図だ。

相手の出方を待っていると突然その体が幾つも分身したかのように現れる。

分身の術と言うよりも、高速で移動しながら緩急をつける事によって相手に残像を見せる技術のようだ。

それが俺を囲むように狭まってきている。

しかし残念ながら俺には見えている(・・・・・)!

地面を蹴ると一瞬で移動しているキルアに併走。その背後から両腕を拘束して足を払いそのまま自身の体重をかけて転んだ勢いで地面にホールドする。

「なっ!」

そのまま間接技に持ち込もうとしてキルアのオーラが電気のような物に変わるのを感じすぐさま拘束を解除して距離を取る。

キルアを見ると髪の毛が逆立ち時折チリッと言った電気音が聞こえる。

「オーラを電気変換したか。やるねっ」

「今度はさっきみたいには行かねーよ」

先ほどとは比べ物にならないほどの、常人ではその姿を感知する事は出来ないであろう速度で俺へと迫るキルア。

凄いね。忍者でも中々その速度で高速戦闘できる人は居ないのだけど、彼は自分の速度に振り回される事無く攻めて来る。

更にガードした拳から電気変換されたオーラが此方へと電気ショックを与えてくる。

それ故に受け止めるよりも弾く方へと防御が偏ってしまい、結果その猛攻は留まる事を知らない。

まあ、まだダメージらしいダメージは負ってないけど。

ほんの少しの隙を突いてキルアを弾き飛ばすと、今度はいつの間にか取り出したのかヨーヨーをこちら目掛けて投擲する。

ヨーヨーとその糸も特別製なのか、その糸を伝い電気変換されたオーラでヨーヨーを包んでの攻撃、当たる訳には行かないな。

それを避けるとその隙を逃さず、手に持っていたヨーヨーは切り離し一瞬で此方へと向かってくるキルア。

その攻撃をいなし、今度は俺の方が距離を取る。

「凄いね。その戦闘センスには脱帽だよ…だけど、電気変換したオーラの扱いはまだまだ研鑚中かな?まだまだそれを活かしきれていない感じがするね」

「うるせーよ」

あぁっ!かわいくないっ!

…落ち着け、俺。相手はまだ子供だ。

「まあ、先人を馬鹿にするべきではないよ?電気変換にはまだ俺に一日の長があるっ!」

「はぁ?」

ババッと印を組んでオーラ(チャクラ)を雷に性質変化させた上で放電するように形態変化させ右腕に纏う。

「雷遁・千鳥」

チッチッチッチッチ

俺の右手から時折雷が弾ける音が木霊する。

つぅーっとキルアの頬に汗が伝う。

「…そんな事も出来るんだ。だけど、それを出す直前に一定のアクションを入れないと発動しないみたいだね」

ほぼ初見でそこまで見切るか。

「それじゃ、行くよ」

俺は振り上げた右手を地面に叩きつけるように重ねると、同時に大量の電気を打ち込むと、手のひらを中心に扇状にキルアの方へ地面が一瞬で隆起して砕け散る。

「なっ!?」

たまらず飛び上がったキルアに向かって隆起した地面を蹴って走り寄って廻し蹴り。

吹き飛んでいくキルアに向かって右手を突き出すと、そのまま竜を象った雷撃弾を飛ばし追撃。

その攻撃を何とか自身のオーラを増大させて防御するキルア。しかし、威力を殺しきる事は出来ず、そのまま後ろにあった大岩に激突してようやく止まった。

俺は直ぐに追撃する。

「射撃や防御、幅広く転用できる雷だけど、単純にその威力を行使する時に相性がいいのはやはり突き技だ」

ドゴーーーンッ

右手に宿る雷が一際大きく唸りをあげると、そのまま俺はキルアの右横の岩目掛けて突き入れた俺の右手は大岩を砕き、跡形も無く吹き飛ばした。

「なっ…」

それを横目で眺めていたキルアに驚愕の表情が浮かぶ。

それはそうだ。外したからよかった物の、今の攻撃を自身が受けたと考えれば致命傷を免れない。

驚愕のキルアをよそにキルアから距離を取る。

キルアを見ると表情は更に真剣な物に変わった。

何て言うか、マジモード?見たいな感じ。

キルアの身に纏うオーラがより洗練されていく。

電気変換されたオーラをその両手に集めているのが見える。

「見よう見まねだけど、こんなもんか?」

チッチッチッチッチ

キルアの両手に集められたオーラが唸りをあげる。

「うわぁ…」

今キルアの両手を覆っているのは千鳥の模倣技。

「っし!」

目にも留まらぬ速さで俺へと駆けると、その手を突き出した。

突き出された右手を千鳥を纏っている右手で受け止めるが、今度は左手を突き入れてくるキルア。

うわっ!ちょっとまずいか。俺の左手は千鳥を纏っていないし、右手を封鎖されているので印も組めない。

俺はすぐさま右腕をまげると背負い投げをする要領でキルアの懐にもぐりこむと、キルアの左手をかわし、左肘でキルアを吹き飛ばす。

ザザーーーッ

両手両足で着地してその勢いを殺いだキルア。その時抉った地面が焼け焦げている。

って言うか!

「ちょ!今の俺じゃなかったら大怪我じゃ済まないからね!?」

「悔しいけど、あんたなら軽くいなすんじゃないかと思ってた」

やっぱ悔しいけど、とぼやいているキルア。

「それにしてもあんた何なの?変化、強化、放出と3系統を使い分ける。六性図では遠いほど覚えにくいって習ったんだけど?」

うーん、忍術であると言う相違点も有るけれど、まあ単純に。

「修行したからかなぁ?」

「へぇ…じゃあ他の系統技も見せてくれよ」

この千鳥の応用って事か?それとも雷遁?

まあ、どちらでも変わらないか。

「オーラの消費もバカにならないから、見せてやるのは次の技が最後だ」

そう言って再び印を組む。

「雷遁影分身」

千鳥から放たれた雷が一瞬で俺とそっくりの人型になる。

「ダブル、いや念獣か?具現化系能力だけじゃ無理だな。操作系も無ければただの人形だろう」

なかなか鋭い考察だね。

しかし、言うなれば変化、具現化、放出、操作の複合能力かな?

これ、結構疲れるんだよね。オーラの半分を持っていかれるし、作り出すのにも相当に消費する。

ただまあ、消費が激しいが、それなりに強力な術である事は確かだ。

「いくよっ!」

そう言うと俺の分身がキルア目掛けて距離を詰めてその拳を突き出す。

「食らうかよ!」

そう言ったキルアは俺の分身の攻撃をその両手で反らし反撃しようとして思いとどまって分身から距離を取った。

そして、

「やめ、降参」

そう言ったキルアは戦闘態勢を解き、堅も解除した。

「えー?止めちゃうの?」

ゴンがキルアに抗議の声を掛ける。

「だってあの分身、雷で出来ているんだぜ?防御した時ですら接触した俺に微弱ながら電気ショックを与えていたし、あれを破壊しようとした瞬間その内包されたエネルギーが俺を襲うのが落ちだよ」

「そうなの?」

今度は俺に確かめてくるゴン。

「まあね」

雷遁影分身の制御を解除するとその場で発光して四散した。

さて、組み手も終了。ゴンには自分の弱点を自身で明確にさせることはできたし、後はどう自分で昇華させるかだろう。

しかし、拳を交えてみて解る。二人は本当に天才だと。

この短時間で二人がどれほどの成長をした事か。

「今日はありがとう、アオさん」

「まあ、アンタの技は参考にはなったかな」

ゴンと、一応キルアからも感謝の言葉を貰い訓練は終了、その後数日修行に付き合った後ゴン達とは別れた。 
 

 
後書き
VS原作主人公組のお話しでした。とは言え、稽古をつけている感じですが…
ゴン達との話しはこれで終了です。もう会う事もあるまい。
しかし、カードの独占って意味あるのかな?離脱(リーブ)のカードで終了だよね?
しかもリスクがあんまり無い!
確かに軋轢は生むだろうけれど、使われたらフリーポケットが消えるから、スペルカードで直ぐに使った奴を追う事も出来ないし…
離脱のカードの詳細が分からないのでこの作品としては使われたら強制的にゲーム機の前に転送する効果と言う事になります。
一度リオに使ってますしね。  

 

第五十二話

約束の三週間が過ぎ、いくらかした頃、ゴレイヌから交信(コンタクト)が入る。

ゴン達のゲンスルー組への対策ができたし、期限の3週間も過ぎた、もしも万が一そっちに向かったらアカンパニーを使用してゴンの元へと行ってもらいたいそうだ。

そんな話を聞いていた時に遠くから何かが近づいてくる気配がする。


ギュイーーーンと音を立てて何者かがこちらへと飛んできた。

「皆っ!」

俺が声を掛ける前にそれぞれ異変に気が付いて身構えている。

バシュっと着地した瞬間に俺達はその相手から全力で距離を取る。

現れたのは大人の男が四名。

片膝を着いて、着地の姿勢で現れた男たちの内一人は体に大小さまざまな傷を負い、その首根っこを加害者であろう男に握られる形で地面に縫い付けられている。

「なんだ、何処の誰かと思ったら、ツェズゲラと一緒にいたガキ達じゃないか」

現れたのはゲンスルー組の3人、それとおそらく強制的にアカンパニーを使用させられたプレイヤーが1人だ。

抑えられているプレイヤーはおそらくどこかで偶々俺たちとすれ違ったプレイヤーだろう。

ゆっくりと立ち上がりながらこちらに視線を向けるゲンスルー、しかしその手に掴んだ男性を放してはいないので、男性は引きずられて立ち上がった。

「…もういいだろうっ!ちゃんとあんたらの指示に従ったんだっ!」

「まあ、もうちょっと待て」

「ぐあっ」

引っつかんでいる首もとの手に力を入れたのか、押し黙った。

俺はバインダーを出して同行(アカンパニー)のスペルカードを取り出して使用しようとしたところゲンスルーがそのままの体勢でこちらに話しかけてきた。

「まあまて。お前たちには関係ないかも知れないが、お前たちが逃げようとすればこの男を殺す」

「………」

うん、マジ関係ないね。ただ、目の前で人が死ぬのはいい気がしないけれど。

「そこで、俺たちとトレードしないか?」

「トレード?」

訪いかけてきたゲンスルーに俺が代表して対応する。

「俺たちが独占している『大天使の息吹』と、あんたらが持っている『一坪の海岸線』と『モンスターハンター』と『奇運アレキサンドライト』の3枚だ。フェアな取引だろ?ついでにこの男の命も助かる」

フェアか?

単純に1:3でつり合ってないけどね。

しかもSSランク2枚とAランク一枚は法外だろう。

しかし、どうしようか。ツェズゲラとの取引での期限は3週間は過ぎている。

こちらに来たのはツェズゲラの読み間違いだし、取引に応じても良いんだけど…

「どうする?早くしないとこの男を殺すぞ?」

「アオ…」
「お兄ちゃん…」
「………」

非道に慣れていないフェイトとなのはが心配そうな声を出す。

二人とも頭では人を人が殺す事がある事を理解しているが、心の奥では理解したくないのだろう。

「『ブループラネット』は持っているか?」

「………ある」

「『ブループラネット』を付けてくれるならトレードを受けよう。ただしこちらはオリジナルカードは渡せない。聖騎士の首飾りでオリジナルと確認後、目の前で複製(クローン)を使う、そちらもその条件で構わないか?」

出来れば『闇の翡翠』も欲しかったけれど、高圧的なPKプレイヤーにしてみればかなりの譲歩だし、ごねると未だその手に首根っこを掴まれている男性が殺されてしまいそうだ。

「良いだろう」

万全を期し、交換の際、ソラを同伴させて聖騎士の首飾りでフェイクじゃないかを確かめる。

どうやら本物のようだ。

複製(クローン)で増やそうと向こうもしたのだが、まずオリジナルカードを聖騎士の首飾りを装備してもらって確認し、目の前で増やさないのならばトレードしないと伝えるとしぶしぶオリジナルカードを取り出したした。

あいつら最初から交換なんてする気は無かったのか。

しかし、予めソラのバインダーに保管してある『一坪の海岸線』はフェイクと交換してある。

ソラのバインダーから俺が取り出した『一坪の海岸線』

これだけはフェイクかどうか確認できるものではない。

オリジナルのカードはツェズゲラが持っているだろうと思っているだろうし、彼らも迂闊に『一坪の海岸線』のカードを聖騎士の首飾りで確かめる事は出来ない。

高圧的な交渉には乗ってやるものか。

「その男はもう関係ないだろう。放してやってよ」

「いや、まだだ。カードのトレードが先だ」

ちぃっ

内心で悪態を吐きつつ、トレードをする。

トレードが終わるとようやく人質風の男を解放すると言う段取りになって行き成りゲンスルー組が豹変した。

「もういいだろ!?放してくれよ!?」

恐慌状態の男が叫ぶ。

「ああ、悪い悪い。今放すが、あんまり動くとホラ」

ボフンっ

何かが爆発するような音がしたかと思うと、辺りに血しぶきが飛んだ。

「手元が狂うかもしれないだろう?ってもう聞いてねぇか」

間の前で繰り広げられた惨劇になのはとフェイトの表情が強張るのが見える。

「あはははははははは、最初から約束なんて守るわけねーー。次はガキどもお前達の番だ」

行き成り表情が残忍な物に変わる。

「今ので俺達は99種コンプのはずだ。だが、ナンバー00のイベントが起こらない。という事はお前たちがつかませた一坪の海岸線はフェイクだったと言う事だ」

ナンバー00は99種コンプでイベントが起こると言うのがプレイヤー内で定説になっているし、実際その通りなのだが…

くそっ

俺のせいか…相手を無力化するのも、人質風の男を助けるのも、相手と見合った瞬間にいくらでも方法はあったのに!

ゲンスルー達のオーラが膨れ上がる。

どうやら此方を本気で殺しに来るようだ。

いや、殺しは出来ないが、再起不能なまでに痛めつけるつもりだろう。

その姿勢はいつでも踏み出せるような姿勢のまま既に俺とソラから20メートルの範囲に入っている。

俺たちが同行(アカンパニー)のスペルカードでこの場を離脱するにはゲンスルー達を巻き込んでしまうし、そもそもスペルカード範囲外のなのはとフェイトを連れて同行(アカンパニー)で逃げようとスペルカードを出した瞬間に奴らはこちらへと踏み出してきて俺たちを攻撃するつもりなのだろう。

「ソル」

『スタンバイレディ・セットアップ』

一瞬光に包まれると、服装が変化して甲冑が出現する。

変身バンクなんて物が有るわけも無く、ほぼ一瞬で甲冑が出現する。

「ほう、具現化系か」

相手の勘違いは正さない方が戦いでは有利に運ぶ事が多い。

俺の対応を見て、ソラ達もそれぞれスタンバイして臨戦態勢に入る。

「…類似能力者か…珍しいな」

基本的に念能力は一人一人異なる形態を取ることが多いのは確かだ。

「サブは隣の女を、バラは後ろの二人だ」

なるほど、俺の相手がアンタか、ゲンスルー。

こちらを口角を上げ、いかにも圧倒的強者の態度で見抜く。

戦闘経験、それも対人戦の経験から来る余裕だろうか。

念能力者の実力は年齢と比例しない事が多いが、それでも生きてきた時間の長さは変えられない。

強さと経験は比例する。

おそらく彼らはそれなりに場数をこなしてきたのだろうよ。

相手の余裕そうな表情は自分は圧倒的な強者であると思っているもののそれだ。

自分は狩る者だと認識しているそれだ。

しかし!今日狩られるのはあんた達だ。

別に俺たちはさっき殺された男に面識なんて無かったし、敵討ちをする義理もない。

けれど!助けられたかもしれない…

それを自分の選択が殺してしまった。

ああ、認めるよ。何処かに殺されても所詮は俺とは関係ないって思っていたことは!

だから拘束されたままのトレードも拒否しなかったし別段助けようともしなかった。

けれど結構ショックなものだな。

関係ない人間でも目の前で殺されると言うのは。

だからこれはただの八つ当たりだ!

「ソラ…なのはとフェイトを頼む」

「アオ!」

「一人でやらせてくれ…」

「………分った」

ソラは構えたルナの剣先を下ろす。

「てめぇが一人で俺達の相手をするだと…」

くいっとゲンスルーは掛けていた眼鏡を掛けなおした。

「…なめられた物だな」

ゴゴゴゴゴっ

ゲンスルーの声のトーンが一変すると一気に殺気が表面に現れた。

半身に開いた体から右足で大地を蹴り、凄い勢いで此方へと距離を詰めるゲンスルー。

インファイターか。

ゲンスルーが動くと同時に後ろのバラとサブもそれぞれの標的へと走り寄るが、

「なのは!フェイト!飛びなさい!」

「うん!」
「は、はい!」

ソラの掛け声で3人は一斉に空へと逃げる。

「飛んだ!?」

念能力で飛行能力を会得している人なんて殆ど居ないのだろう。

彼らの衝撃はその表情を見れば明らかだし、空を見上げ、警戒態勢のまま立ち止まったのを見ると空中への攻撃手段が無い事も意味している。

俺は目の前に迫り来るゲンスルーの右掌手を避ける。

拳ではなく掌手…いや、掌手と言うより何かを掴もうとするような構えだった。

ゴン達から聞いたが、ゲンスルーの能力の一つは掴んだ物を爆破する能力だったか。

攻撃をさけ、カウンター気味に拳を突き出す。

ゴウっ!

ゲンスルーの胴に綺麗に決まり吹っ飛んでいく。

「ゲンスルー!?」

ズザザーっ

地面を転がりながらスライドし、15メートルほど転がった所でようやく止まった。

「大丈夫か!?」

ゲンスルーを助け起こすべくバラとサブが駆け寄る。

御神流『(とおし)』を使用して表面でなく裏側に威力を通したパンチだ。

その威力は俺もオーラを纏っていることによってオーラの壁すら貫通する。

「ガハッ…ゲホゴホッ」

ゲンスルーの口からおびただしい量の血が吐き出される。

弱者をためらい無く殺す割には仲間意識は高いようだ。心配そうに助け起こすのが見える。

だが悪いけれどその隙を見逃すほど今の俺は優しくない。

腰に掛けてあるソルの柄に手を掛け、地面を蹴ってゲンスルー達へと迫る。

御神流 虎切

一刀にて間合いを詰めつつ抜刀による一撃。

本来は抜刀術である虎切。しかし、刀身では真っ二つに切り裂いてしまうので今回は鞘を付けたまま振りぬいた。

「バラ!サブ!」

いち早く俺の攻撃に気が付いたゲンスルーはその体を支えてもらっていたバラとサブを両側へと突き飛ばした。

しかし、ためらい無く振りぬいたその抜刀速度は申し分なく、『徹』も使用したその一撃は体の内部を破壊する。

「ガハッ」

さらに吹き飛ばされるゲンスルーに駆け寄って開いている左手を上空へと振りぬきゲンスルーは空中へと躍り出る。

それを追う様に俺も大地を蹴って飛び上がり、そのまま体を捻って蹴りでさらに上空へと蹴り上げる。

3発目の蹴りの後、ソルが操った空気の塊を踏み台にゲンスルーよりも上へと飛び上がり、回転を加えた回し蹴りで地面目掛けて叩き落す。

蹴り落とした先には先ほどゲンスルーが身を挺して庇ったバラが居る。

空中落下するゲンスルーをバラは自分の身をクッション代わりにして受け止めた。

………っ

受け止めるのか!他者を簡単に殺すような奴らがっ!


空中で身を翻し、ゲンスルー、バラ、サブから少し距離を取った所に着地する。

着地すると同時に再び地面を蹴って、今度はサブに向かう。

小太刀二刀御神流裏 奥技之参 射抜(いぬき)

奥技の中でも最長の射程と速度を誇る突き技。

本来ならば二刀だが、今回は右手に持った鞘に入れたままのソルの刀身一本で使用する。

サブが咄嗟に両手を挙げて、ガードする体勢に持っていこうとするが…遅い!

相手のガードは見切った!

御神流『(ぬき)』を使用し防御を突き抜ける高速の突き。

『硬』を使わなかったのはせめてもの情けだ。

さらに放ったソルの刀身を引き戻し、左手の拳で追い討ちを掛ける。

吹き飛ばされていくサブ。その体は丁度ゲンスルーとバラが居る所まで吹っ飛んで行き、二人を巻き込んで地面を転がる。

「ブック!」

俺が一箇所にまとまった奴らに追撃しようと迫る中、バラの声が響き、バインダーがバラの前に現れた。

カード!?

移動系スペルか!

同行(アカンパニー)の使用半径は20メートル。

その内側に居れば転移に巻き込まれる事が可能だ。

俺は勢い良く距離を詰めるべく掛ける。

しかし、瀕死の重傷を負いながらもゲンスルーはあたりに転がっていた掌よりも大き目の岩を片手で持ち上げている。

ドゴンッ

ザザーーーッ

爆風と立ち込めた砂煙で瞬間的に視界がさえぎられる。

手に持っていた岩が爆発した?

いや、それよりも、至近距離での高威力の爆発は自身へとダメージもでかかった筈だ。

そこまでして俺の視界を遮ったという事は…

直ぐに『円』を広げて視界に頼らずに敵の気配を探る。

直進よりも右斜め前方に25メートルほどの所に気配が3つ有る。

自爆覚悟で俺の視界を遮り、距離を稼いだと言う事は…

「アカンパニー・オン、アイアイ」

砂煙が晴れない中そんな声が聞こえた。

「ソル!」

『ワイドエリアプロテクション』

展開されたプロテクションは俺を中心に半径50メートルの距離で展開された。

本来ならばここまで大きくは展開しないし、余り意味は無い。しかし、今回は別だ。

外敵から守るためのバリアじゃなくて、敵を逃がさないための檻だ。

ゲンスルー達がアカンパニーで飛んでいくよりも速く展開された防御魔法。

突然現れた壁に彼らはなす術も無く凄い勢いでぶつかり、落下した。

「ガハっ…」
「ぐぅ…」
「ぐあっ」

彼らが幸運だったのはアカンパニーが継続しなかった事だろうか。

継続していたら何度もぶつかるか、それともミンチになるまで押しつぶされたか。

彼らが俺が張ったバリアにぶつかったのが高さおよそ35メートル地点。

重症のゲンスルーとサブは果たしてその落下に耐えられるだろうか?

空中でバラがゲンスルーとサブを両脇に抱えるのが見える。

「おおおおおおおおっ!」

そのまま彼は雄たけびを上げ、オーラを両腕と下半身に振り分けて地面に着地した。

さらにバラは新しいカードを手にしている。

俺はカードを使わせまいと地面を駆ける。

「ゲイン」

現れたのは荘厳なる天使。

大天使の息吹を使ったか。

「わらわに何を望む?」

大天使がバラに質問している。

「ゲンスルーの…」

しかし、その望みが叶う事は無かった。

なぜなら俺が大天使を右手に持ったソルで真っ二つに切り裂いたからだ。

切り裂かれその存在を消失させた大天使。

今日始めて抜いたソルの刀身。

ソルの刀身を翻してバラに向き直る。

「ま、待てっ!俺達の負けだ、だからっ!」

「殺さないでくれ、か?」

「あ、ああ。俺たちを見逃してくれたら持っているカードを全部くれてやってもいい」

俺ではなく、俺たちなんだ。

「そう言った人たちをお前らは見逃してきたのか?」

「っ……」

見逃しているはずがないよなぁ?

俺は振り上げた拳を思い切り鳩尾へと振りぬいた。

「ガハッ」

倒れ落ちるバラ。

瀕死だが三人とも死んではいないようだ。

俺がバリアジャケットを解除すると、ソラ達が空中から降りてきた。

「終わったの?」

ソラが俺の側まで寄ってきて問いかけた。

「ああ」

「殺しちゃったの?」

フェイトが少し青ざめた表情で聞いた。

「いや、殺してないよ」

「…なんで?」

「……何でだろうな?」

互いを庇い合っている姿を見てしまったからだろうか?

自分よりも弱者はあんなに簡単に虐げているのに、自分の仲間は最後まで売ろうとはしなかった。

「どうするの?この人たち」

なのはもそう言って会話に混ざった。

「うーん…どうしようか?」

「あのゴリラの人に引き取ってもらうってのは?彼らの予定ではゴン達が何とかするみたいだったんだし、その後の事も考えてたんじゃない?このまま放置していてもいい事は無いだろうし」

ソラがそう提案した。

「ゴリラって…確か彼の名前はゴレイヌだったと思うんだけど」

まあ、ゴリラでもいいか。

ゲンスルー達をバインドで拘束してから交信(コンタクト)のスペルカードを取り出してゴレイヌさんにつなげると、磁力(マグネットフォース)ですぐに飛んできた。

「うおっ!お前たち本当にゲンスルー組とやりあったのかよ」

気絶して転がっているゲンスルー達を確認して声を上げたゴレイヌ。

「まあね」

「ゲンスルー達はボロボロなのにお前らは無傷なのな」

外傷らしい外傷を負っていない俺たちを見て驚愕したようだ。

「あはは…」

「まあいい。それよりこいつらだ」

そう言ってゴレイヌはゲンスルーに向き直る。

「どうするんですか?」

「まあ、さっさとリーブで強制的にゲーム外へと出してしまった方がいいだろ。外で待ってるツェズゲラに連絡を取れば一応一つ星のハンターだ、その後の事は任せてもいいはずだ」

まあ、しばらくは動く事も適わないほど痛めつけてあるから大丈夫って言えば大丈夫だろうけど…

念能力の封印までは俺には出来ないから逃げられても知らないよ。

一度ゴレイヌはゴン達の所まで飛ぶと消えては困る必要アイテムを預け、もう一度戻ってきた。

その後リーブで瀕死の3人をゲーム外に飛ばし、時間をおかずに自分もゲーム外へとリーブのカードで飛んだ。

ボワンっ

ゲンスルー組はゲームから出ると取得していた『闇の翡翠』がカード化する。

「お兄ちゃん」

「もしかしてこれで」

なのはとフェイトが俺の手に収まった闇の翡翠のカードを見て声を上げる。

「99枚目だね!」

「ソラ」

ソラに『闇の翡翠』を手渡すと、こくりと頷いてソラは自分のバインダーにカードを納める。

すると、ゲーム参加者全員に一斉にアナウンスが流れる。

【プレイヤーの方々にお知らせです】

流れたアナウンスの内容は、10分後に全プレイヤーを対象にクイズを出し、正解率がトップの人にナンバー000『支配者の祝福』が贈呈されるとの事。

99枚、苦労して集めても必ずしも『支配者の祝福』は貰えない。

…とは言え、クイズの内容は指定カードに関する問題なので、自力獲得していないと答えるのは難しいのだけれど。

100問目が終わり、正解数トップ者が発表される。

【最高得点は、100点満点中95点。プレイヤー名アイオリアさんです】

よし!

上空から一匹のフクロウが現れ、カードを一枚投げ渡して去っていった。

カード名『支配者からの招待』

ゲインで実体化させると実体化した手紙の中から地図とバッジが一組出てくる。

このバッジを身につけているもののみリーメイロにある城へと入場することが出来る。

「じゃ、行こうか」

「うん。アカンパニー・オン、リーメイロ」

俺が声を掛けるとソラがバインダーからアカンパニーのカードを使用して俺たちは一路、城下町リーメイロへ。

城へと入る前に面倒だが、ソラから99種類の指定カードを俺のバインダーへと移し変えた。

城下町でソラ達と別れ、俺は一人グリード・アイランド城へと足を踏み入れる。

城門を開け、中に入ると、少々小柄の青年に出迎えられた。

「ようこそ、グリード・アイランド城へ。それと、お久しぶりですね、アイオリアさん」

出迎えたのはリストだ。しかし、俺の記憶では少年だった彼が小柄とは言え俺よりも年上の青年となっているのを見るのはかなり変な感じだ。

「ああ、久しぶり」

「ドゥーンさんが待ってますよ、此方へ」

案内されて城の中を歩き、ドゥーンさんが待つ部屋へと通された。

「おう、イータから話しは聞いている。久しぶりだなアイオリア」

ゴミ屋敷もかくやといったゴミの中からボサボサの髪を揺らしてこちらを振り返ったドゥーンさん。

ちょ!マジきたねぇ!掃除くらいしてくださいよ!

「ドゥーンさん。お久しぶりです」

そんな内心をおくびにも出さず挨拶を返す。

「おう、ゆっくりして行けや」

こんな所でゆっくりはしたくないです。

一刻も早く『支配者の祝福』を貰ってここからは出たいです。

しばらく談笑した後、『支配者の祝福』を渡された。

それをバインダーにはめると100種類コンプリート。

コンプリートした事でゲームクリア報酬を受け取る条件を満たす。

「ほれ、それはお前たち専用のクリア報酬だ。本来なら持ち出せるのは3枚までなんだが、お前達は報酬も貰わずに居なくなっちまうからなぁ。今回のクリア分も含めて丁度1ページ分、九枚だ」

「あ、ありがとうございます」

「まあ、ジンが言い置いて言ったんだがな。いつかお前たちが戻ってきたときに渡してくれと」

なるほど、ジンは信じていたのか。必ず俺たちがもう一度ここを訪れると。

「さて、後はエンディングだ。俺たちも出るからその時にはソラフィアも連れてこい」

そう言ってドゥーンさんは俺を送り出した。

さて、エンディングである。

リーメイロの街が人ごみで埋まる。

その中をオープンカーでパレードし、はしゃぎ、踊る。

久しぶりに俺たちは羽目を外して楽しんだ。

一夜明け、俺たちはクリア報酬に何を持っていくかを話し合っている。

後は外へ持ち出すカードを選べばやっと俺たちは帰れる。

帰れるんだ!海鳴へ!母さんの所へ! 
 

 
後書き
書き
今回はオリ主が無双する話です。
たまには主人公無双もないと…オリ主としては、見せ場が欲しい所…あまり活躍する場面がないからなぁ、アオって。
ゲンスルー組には申し訳ないことをしてしまった…
長くなりましたが、そろそろグリード・アイランド編も終了、stsに戻ります。 

 

第五十三話【sts編その2】

持ち出すカードも決めた俺たちはこの世界を後にする。

「それじゃ、後で」

俺はこれからエレナさんの所に向かい、カードを選ばなければならない。

だからソラ達には先にゲームから出てもらう事にする。

「うん。わたし達は先に戻ってるね」

なのはが代表してそう答えた後、3人は離脱(リーブ)を使ってこの世界から脱出した。


グリード・アイランドに入ったときと同じような空間に一人の女性が此方を出迎えた。

知らなければ入場の彼女と同一人物かとも思うが良く見れば髪形等違う所が見受けられる。

「やっと来たか」

「お久しぶりですね、エレナさん」

「イータから聞いた時は本当に驚いたわよ。あ、ソラフィアとはさっき話したわ。彼女が島を出るときに少し干渉してこの場所に来てもらうようにしたからね」

「そうですか」

それから少しの間エレナさんと他愛の無い会話を続けた後、俺はカードを選びゲームをクリアした。


ゲーム機が保管されている部屋へと転送されたはずの俺。

しかし、出現したのは木が焼ける匂いがする地面。目の前には瓦礫の廃墟。

は?どこ?ここ。

どうやら火の手も上がっているようで、辺り一面煙が立ち込めている。

「なんだ!?」

驚きの声を上げるとそれに言葉が返ってきた。

「あ、アオ!戻ったんだ」

振り返るとゲーム機を側に置き、バリアジャケットを展開し、サークルプロテクションを発動して周りの煙から隔絶し、負傷している局員を治療魔法で簡単にだが治療しているフェイトの姿。

「どうなっている!?」

「私も良く分らないの!?私達が出てきたときには既にこうなってた」

こうと言うのは目の前の瓦礫の山か?

辺りの地形と合わせて見れば目の前の瓦礫は機動六課の隊舎でここは隊舎裏の林か?

「直ぐに私達はゲーム機本体を持って倒壊していた部屋を出たんだけど、ゲーム機の安全を確保したらソラとなのははもう一度中に入っていっちゃった。私はここで脱出途中で見つけた局員の保護と治療、あとはゲーム機の保管を頼まれたの」

なるほど。見ればシャーリーを始めとした何人かの局員の姿が見える。

しかし何故こんな事態になったのかは分らない。

「フェイト!俺も中へ行って来る。またここを頼めるか?」

「任せて!」

ソルを起動してバリアジャケットを纏い、六課隊舎へと突入する。

途中念話でソラとなのはに連絡を取るとそれぞれ要救護者を担いで林に向かっているとの事。

ソラが『円』で生命反応を確かめた所、未だあと一人取り残されているらしい。

直ぐに俺も『円』を広げて確認する。

いたっ!

このまま通路を真っ直ぐ行った所に一つ気配がする。

近づくと壁を背にして倒れこむように気絶しているヴァイスさんを発見する。

「ヴァイスさん!」

呼びかけるが反応が無い。

「くっ!」

辺りは今にも崩れ落ちそうだった。

俺はヴァイスさんを抱き起こすと直ぐに来た道を引き返した。

「アオ!」
「お兄ちゃん!」

戻ると先に戻っていたソラとフェイトの姿が見える。

「ヴァイスさんで最後?」

気遣わしげになのはが聞いてくる。

「後は生命反応は感じられなかった」

「まだです!?まだシャマルさんとザフィーラが正面玄関で戦ってくれていたはずです」

俺の言葉を聞いて錯乱しながらそう訴えたのはようやく意識を取り戻したシャーリーだ。

「それにヴィヴィオちゃんが…」

「ヴィヴィオがどうしたって!?」

「攫われたの…攫われちゃったの!うっうう…」

まだここ(機動六課)にやっかいになっていたと言うのか!


正面玄関付近で傷つき倒れていたシャマルとザフィーラを保護。さらに気絶しているエリオとフリード、さらに呆然としているキャロを保護し、救助部隊が駆けつけてくるまで待機する。

結局保護されたのは明け方だった。

重症者はそれと気づかれないように神酒を吹きかけて治療していたお陰でどうにか死傷者は無かった。

俺たちは六課隊員に付き添うように病院へと付いて行った。

隊員達の手術も無事終わり、命に別状はないらしい。

慌ただしかった病院も少しずつ落ち着きを取り戻してきて、すでに日は沈んでいる。

六課隊舎が壊滅してしまったことで行き場をなくしてしまった俺達。

何度かはやてさんに連絡を取ってもらおうと思ったが、俺たちに割く時間が取れないらしく、結局はやてさんとは会えずじまい。

部隊長の立場故に凄く忙しそうに駆けずり回っている。

まあ、なんかとんでもない事件が起こったのは明白だから邪魔にならないようにしているのだけど。

どうにか連絡のついたフェイトさんに話したら何とかホテルを取ってくれるとの事。

それまでの間になのは達はもう一度シャーリー達のお見舞いに行ってくるとの事。

俺も誘われたけれど、誘いを断ると病院の中庭で先に待っていると告げた。


星を見上げながらなのは達が来るのを待っていると、後ろから声を掛けられた。

「こんな所に居たんだ」

その声で振り返るとそこには表情には出ていないが若干憔悴していそうな感じのなのはさんの姿があった。

「どうした?忙しいんじゃないのか?」

「あの…あのねっ…」

何か言い辛い事があるのか、胸元でぎゅっと握っている右手が震えている。

「まかせてって…言ったのに…わたし…アオ君に任せてって…」

………

「やくそくっ…守れなかった…ヴィヴィオがっ…わたしっ!」

ついには泣き出してしまった。

「うあっ…うあああああぁぁぁぁぁぁっ」

ヴィヴィオについて、わずかばかりだが、病院のベッドで治療を終えたシャーリーから話は聞いていた。

なのはさんにとてもよく懐き、慕っていたと。

それ故に自分の手元から離すのを躊躇うくらいにはなのはさん自身もヴィヴィオの事が好きだったのだろう。

二人で手を繋いで歩くその姿は本当の親子のようだったとシャーリーは語った。

攫われたのならば殺す事は無いだろう。

どう言った理由で攫ったのかは分らないが、ヴィヴィオには利用価値があったのだろう。

ならば現状で命の危険は無いはずだ。

…命の危険だけは。

「それで?なのははどうするの?」

「どっ…どうって…?」

俺の言葉に嗚咽を抑えて問い返した。

「ヴィヴィオが攫われた。でもそれで、なのははどうするの?ただ泣いているだけ?」

「もちろん助けるよっ!絶対っ…何があっても助けて見せる」

「うん」

「その為にはやてちゃんが無理をしてわたし達が現場に行ける様に調整してくれている」

「うん」

「わたしははやてちゃんを信じてる。だから絶対ヴィヴィオを助けるチャンスはあると思うっ!」

「うん。だったら大丈夫だね」

「っえ?」

「大丈夫。きっとヴィヴィオを助けられる」

なのはさんに近づいて人差し指の甲で両頬を流れる涙を掬う。

「うぐっ…」

涙を掬われるのは恥ずかしかったのか、なのはさんの口からそんなかわいい声が漏れた。

「助ける力も、助ける機会もあるのなら、後は全力で頑張るだけ。大丈夫、なのはには助けてくれる仲間がいっぱいいる。絶対大丈夫だよ」

「………ありがとう」

うわー、我ながら臭い台詞だったわ…でもまあ、効果はあったか?



しばらくすると、自分の現状を確認できるくらいの精神状態を取り戻したらしいなのはさんが今度は真っ赤になってうろたえている。

「わわわっ!?わたし!?なんて事を!?まさか人前で泣いちゃうなんて!それに男の人に慰められちゃうなんて!?」

一通り騒いだ後どうにか落ち着きを取り戻したなのはさんは、どうにか忘れようとして話題を変える。

「そっ、そう言えば、アオ君達がここに居るって事は戻るために必要なアイテムは手に入ったって事?」

「そうだね。確実に帰れるとは言えないけれど、多分大丈夫じゃないかな」

竜王アイオリアが俺自身だった場合、俺自身がいつの日かあの本を記した事になる。となれば、彼は帰ったはずだ。あの、母さんが居る海鳴へ。

「そっか…いつ帰るの?」

「…そうだな。直ぐにでも…と言いたい所だけれど、まず俺たちを保護してくれたはやてさんにきちんと挨拶しなければならないし、今はこんな状況でなかなか余裕も無いだろうから、今すぐと言うわけにはいかないかな」

本当は今すぐに帰りたいのだけど。

「そうなんだ」

「とは言え、無一文だからね。ここで生きる気が無い以上、出来るだけ早く帰らなければならないね」

今は衣食住共はやてさん達に頼りっきりだ。

「…そうだね」

俺の言葉に少し表情が曇る。

「…寂しくなるね」

寂しいか…

とは言え、彼女らと過ごした時間はグリード・アイランドに居た時間よりも少ない。

ヴィヴィオとの邂逅なんてそれこそほんの一日だ。

だけど…

俺はたった一日だけ出会った少女の事をソラ達に打ち明け、相談する事にした。


後日、ようやく何とか時間が取れたようではやてさんが俺たちが滞在するホテルへと訪ねてくれた。

ホテルに備え付けのソファを勧め、俺たちはベッドに腰掛ける。

「ごめんな。もう少しはよう時間が取れたらよかったんやけど」

「いえ、今は大変な時期ですからね」

そう言ってもらえると助かると彼女は言った。

「それで、全員で帰ってきたゆうんは無事に帰還アイテムを取得できた言うことでええか?」

「はい」

「そうか。それでいつ帰るん?今私らこんな状況やから見送りとかはできへんけど。無事に帰れることを願ってるわ」

「そうですね…それはあなたに借りを返してからですかね」

「は?」

眉根を寄せていぶかしげな表情をするはやてさん。

「保護してもらって、衣食住の面倒も見てもらった。この世界で何も持っていなかった俺たちに差し伸べてくれた手は義務や同情などであっても俺達は感謝しているんです」

「いや、それはぜんぜんきにせぇへんでもええよ?当然の事をしたまでや」

その当然の事と言い切れるはやてさんは本当に優しい人だろうし、そうと分っていてもそれを実行できる人は少ない。

「まあ、邪魔だと言うならば直ぐに俺達は帰ります。…だけど、今の事件を解決するのに俺達の力を使ってみませんか?」

「はぁ?」

数日後、俺達はつい一月ほど前に乗艦した戦艦、アースラへと乗船している。

このアースラが機動六課の臨時本部兼住居だとはやてさんに言われたときは失礼ながら頭の螺子がいかれたのかと思ったけれど、実際、移動式の本部と言うのは中々にフットワークが軽いのではなかろうか?

この船が廃艦間際だという話を聞いて船内を見渡すと、やはりあちこちくたびれた様子がうかがえる。

この世界に来て初めて時間の流れをうかがわせる物に感慨を感じる。

なのはさんとかは、まぁ驚きの方が先に来て感慨とか感じる暇がなかったからねぇ。

先日のはやてさんとのやり取り。

その結果俺達はまだこの時代に居る。ヴィヴィオを助けるために。

ヴィヴィオを助ける。ただそれだけだが、そう単純には行かない。

俺達に出来るのは戦力の供給だけ。

まあ、昔取った杵柄で潜入や諜報も出来ないわけじゃないけど、今は必要ないだろう。

管理局地上本部の襲撃という大きな事件になっているのだし、メンツを賭けて事態の鎮圧に向かうだろう。

一種の権力の誇示だ。そこに部外者は立ち入れない。

だから正規の手段でヴィヴィオを助けるために俺たちは今はやてさんの好意で『嘱託魔導師試験前見習い所属』と、かなりグレーゾーン…いや、アウトだけど今の混乱に乗じてはやてさんの直属で六課に協力できる戦力としての立場を手に入れた。

この事ではやてさんにはいらない苦労をかけるし、俺達が帰った後にも迷惑を掛けてしまう。しかしそんな俺達の頼みを嫌な顔しないで引き受けてくれた。

戦力が足りないという現状に打算的な思惑があったとしても、俺はそれに感謝している。

ヴィヴィオを助けるために何かしたい。それは俺の我がままなのだから。


アースラ内、訓練室にて。

今、目の前でなのはとエリオの模擬戦が行われている。

「はぁっ!」

エリオが手に持ったストラーダを横なぎに振るう。

それをバックステップで回避したなのはは着地し足で踏み込んでレイジングハートでチャージ。

「ふっ」

模擬戦なのでバリアジャケットを抜くような事はしない。

「がぁっ!」

ズザザザーーッ

両足で地面を擦って衝撃に耐えるエリオ。

「横なぎをかわされた後に若干硬直時間がある。なのはに反撃されて分っただろうが強者相手にその隙は命取りだ。相手が機械ならば尚更だ」

「はいっ」

俺の叱咤の声に負けじと返事を返すエリオ。

何故なのはとエリオが模擬戦をしているかと言うと、エリオに頼まれたからだ。

この間の撃墜で思うことが有ったらしい。

最初は俺にお願いしてきたのだが、デバイス同士での魔導師戦では同じ長物が武器のなのはの方が得るものが大きいだろうとなのはに頼んで変わってもらった。

最初は女の子であるなのはに遠慮するようにストラーダを振っていたが、その攻撃が全く通用しないと分るとがむしゃらに当たる様になった。

「もう一度お願いします!」

「うん」

なのはもエリオの真摯さに手加減はするが真剣に対応している。

エリオは年齢にしたらその技術は高い方だ。電気への魔力変換資質にも恵まれ、高機動戦闘やその突破力は凄まじい物があるだろう。

しかし、まだまだ経験が足りていない。

「ストラーダ!」

エリオが吼える。

『ヤヴォール』

ストラーダから力強く魔力が噴出する。

「ああああぁぁぁぁぁっ!」

気合と共になのはに向かって飛びかかる。

ブーストされたストラーダに振り回されるように自身を回転させた後、何故か回転を活かすわけでもなく、回転方向に振り上げたストラーダを逆方向に戻すように振り下ろす。

「はぁっ!」

その攻撃をあえて前に突っ込むように動き、槍のリーチを活かせない懐にもぐりこみ、レイジングハートを片手で持ち、開いた右の掌手を当てて吹き飛ばすなのは。

「わあああぁぁぁぁああっ」

吹き飛ばされて背中から地面に叩きつけられたようだが、バリアジャケットのお陰でそれほどダメージは無いようで、直ぐに立ち上がった。

「まだまだストラーダの威力を制御できていないみたいだね」

そう俺は結論づけた。

「…はい…すみません」

とは言え、ほんの数日前に成長のために施しておいたデバイスリミット、それのファイナルリミットを解除したばかりようなので仕方ないといえば仕方ない。

しかし現場では仕方ないでは済まされないので今、時間のあるうちにモノにしようとエリオは励んでいるし、俺達もそれを手伝っている。

まあ、基本はそんなに変わっていないだろうからそんなに時間は掛からないだろうが。

「わわっ!大丈夫?ちょっとふっ飛ばしすぎちゃったかな?」

自分で吹き飛ばしておいて心配しているなのは。

「いえ、大丈夫です」

「そう?それよりわたしなんかが練習相手でいいの?」

「はい、いろいろ勉強になってます。さっきのデバイスではなくて掌手による一撃なんて考え付きませんでした」

「まあ、エリオ君なら電気変換資質もあるから、纏わせて、例えガードされても叩きいれるだけでもダメージがあると思うよ」

「はいっ!」


ビーーッビーーッ

その後もしばらくの間エリオの習熟に付き合っていると突然アラートが鳴り響く。

その音で俺達は訓練室から作戦会議室へと移動する。

会議室へと到着するとそこにはモニタに各所の映像が流れていた。

地上の守りの要たるアインヘリヤル。

…巨大砲塔を全て無効化されてしまったようだ。

すると、映像データを此方へと流してきたのだろうか。敵側からの映像が流れてきた。

玉座のような物に座らされ、さらに拘束されている。

『ママ…ママッ…こわいよぉ…ママーっ』

「ヴィヴィオっ!」

先に部屋に居たなのはさんが映像を見て叫んだ。

映像からヴィヴィオの叫び声が流れる。

その光景をさまざま見せ付けるように送ってくる敵に俺も心底怒りの感情が高ぶる。

あれは此方を煽っている…いや、もしかするとあざ笑っているのか?

「……っ…」

なのはさんが息を呑み、体を震えさせてその映像を受け止めている。

その体から血の気が引き、今にも倒れそうだったが、そこは気丈にも倒れる事は無かった。

その震える手を取り、そっと握り締める。

「っ…アオ…くん?」

「大丈夫」

俺の言葉で少しだけ、ほんの少しだけだけど震えが弱まった。

「…うん」

今は多くのものを守る立場に居る彼女。しかし、そんな彼女を守ってやれる人は多くない。

そんな彼女をほんの一瞬でも守ってやれたのならいいな。 
 

 
後書き
六課協力がかなり強引な形になりました…が、見逃してください…
正直、帰る手段を手に入れたのならさっさと帰れよ!と作者も思わなくありません。が、しかし、stsを話しに絡ませる以上ヴィヴィオ救出及びゆりかご撃破は外せないかと思い、かなり強引ですが話しをそちらに持って行かせていただきました。
六課参入理由がご都合主義すぎて稚拙すぎるとの批判は受け付けませんので悪しからず。  

 

第五十四話

それから直ぐに六課隊長陣、八神一家、フォワード陣に俺達を加えた魔導師戦力は全員会議室に集まった。

一同席に着くと、部隊長であるはやてさんがこれからの任務について話し出す。

どうやら少ない戦力を更に分けて3面に送り込むらしい。

一つは市街地へと攻め入っている戦闘機人と言われている少女達の捕縛。

一つは犯罪者の首魁と思われるジュエルスカリエッティの捕縛。

そして聖王のゆりかごと言われている巨大戦艦の沈黙、及びヴィヴィオの救出。

俺たちはと言うと、俺はなのはさんの指揮下の元ゆりかごへ、ソラはフェイトさんに随行して首魁のアジトへの潜入、なのはとフェイトはティアナ達に同行し市街地の防衛に当たるため三手に別れる事になった。

ヴィヴィオを助けるための協力がしたいと言うのは俺の我がままだからと、ソラは一緒に死線をいくつも越えてきた仲だからともかく、なのはとフェイトを説得したのだけれど、どうあっても自分たちもと譲らなかった。

はやてさんに保護してもらった御礼もしてないし、エリオ達すら出撃するのに、とも。

こういう所はなのはもフェイトも頑固だ。

本当は何がなんでも止めなければならないのだが、結局折れたのは俺だ。

出撃前に神酒を希釈した物を二人に渡し、大怪我を負ったら迷わずに使えと言いつける。

これで最悪の事態は回避できるだろう。

それにいざとなったら口寄せで手元に手繰り寄せればいい。

互いに口寄せ契約をそれぞれしている俺達は、いざとなったら互いを口寄せできる。これならば例え離れていても一瞬で駆けつけれるし、手繰り寄せることも出来る。

空が飛べる俺達はアースラからダイレクトに飛んで現場に向かう事になった。


それぞれ別れて各々の現場へ。

現場に着くと多数のガジェットがゴミのように漂う中を悠然とその姿を見せ付けるかのようにゆっくりと飛翔している聖王のゆりかご。

不断の努力とソルの力を借りてkmに届いた『円』を広げる。

生命(オーラの)反応は三つ、中には三人しか居ない…か」

「三人?なんで分るの!?」

併走して飛んでいたなのはさんが問いかけた。

戦闘機人と言って機械パーツが多いといってもその素体は人間。多少なりともオーラは出ている。

「相手の生命力を感知する技術もあるんです。それによれば生命反応は前半部に集中してるよ」

「って事は、ヴィヴィオも?」

「多分ね」

と、位置が分ったとしても進入経路が確保されてない。

なのはさんと併走しつつ、迫り来るガジェットの数を減らす。

大体、何故こんな巨大飛行物体が悠々と市街地まで飛んでこれたかと言えば、アインヘリアルとか言う巨大砲塔が潰されたからだ。

こんな時のために税金使って製作したのに、日の目を見れないとか…無駄の境地。

しかし、実際にこんな事態になったのだからその製作事態は無駄ではなかった。ただ、それ自体の防衛に裂く人員が少なかっただけ。

やはり少数で一施設を撃破できるような力が反乱しているこの世界は怖いな。

地球が恋しい。

あそこも理不尽に命が奪われる所は覆らない世界だけど、歩く決戦兵器が数多く闊歩しているココよりは優しい世界だろう。特に日本は治安が良くて大変住みやすいし。

さて、ガジェットを一機一機潰していくと言う面倒な事を何故やっているのか。

おそらくAMFが実装してあるだろうけれど、それこそ束になってブレイカークラスの砲撃を当て続ければ落とせそうな気がするのだが、やらないのにも理由は有るのだろう。

市街地上空を飛行しているために、kmにも及ぶ巨大物体が落ちたときの衝撃と被害は凄まじい。

とは言え、大多数の人命と天秤にかければさっさと撃ち落してしまった方がいいのだけれど。

しかし、それだと中に居るヴィヴィオの安全は保障されない。落下の衝撃で死んでしまうかもしれないし。

まあ、俺はあーだこーだ言える立場ではないし、作戦を立案するのはお偉いさんだ。

上がやらないと言っているのならばしょうがない。

「あー!もう、鬱陶しい!」

そう言いながらも俺は近くに居るガジェットを切り裂く。

そろそろイライラしてきた頃、なのはさんから通信が入る。

中に突入できそうな場所を発見、突入するから一緒に来てとの事。

さて、なのはさんとヴィータに合流して突入したゆりかご内部。

「AMF?」

それもかなり強力だ。あわや飛行魔法がキャンセルされそうになる。

『フライ』

すぐにソルが魔法を変更。ハルケギニア式ならばAMFで阻害される事は無い。

それにしても無駄に天井の高い通路だな。なんて見渡していると、この強力なAMFに飛行魔法の行使が辛くなったのか廊下に着地している二人。

「ちょっとー!アオ君、降りてきてくれないかな?」

AMF下でも問題なく飛行していた俺に、少し驚いたようだが、何処と無く理不尽を受け入れたような表情で俺を呼んだ。

スーっと勢いを殺しながら下降してなのはさんの前へと移動する。

「それじゃ、アオ君が頼りだから、道案内」

「は?」

「だってアオ君って何処に誰がいるか分るんでしょう?」

そりゃ円を広げれば感知できますが…それが誰かまでは分らない。

一応ヴィヴィオのオーラは微妙に覚えているから多分これかな?とは思える位だ。

「けっこうシンドイんだけど…」

と言う俺の呟きは聞き取られず、ソルの力を借りて広げた円で感知したゆりかご内部を3Dマッピングしてそれをなのはさんとヴィータに渡す。

こんな時優秀な相棒が居る事を頼もしく感じる。

マップが出来たからと言って何処に何が有るのかはわからない。

しかし、それらから予想を立てることは可能だ。

「駆動炉はきっとこっち側のこれだろう」

そうヴィータがモニタに映し出した3Dマップを眺めながら結論付けた。

「反対側だね」

何処とは言わないが、おそらくヴィヴィオが居るであろう玉座の間からだ。

「なのははヴィヴィオの所だ。駆動炉はあたしが行く。アオ、おめぇはなのはに付いてってやってくれ」

「ヴィータちゃん…」

「時間がねぇんだし。ヴィヴィオもなのはを待ってる」

そう言って踵を返すヴィータ。

「ちょっと待ってください」

「ああん?」

うわっ…ガラ悪っ!

気を取り直して俺は素早く印を組むと影分身を使う。

「シルエット?」

「俺と同等の戦闘能力を持った分身です」

「「はぁ!?」」

そりゃ驚くか。だけど。

「これなら二対二で別れられます。それにこのAMF下で二人は飛行魔法の使用も難しいのでは?」

「それはそうだが…」

「だから、俺と、俺の分身が担いで飛んだ方が早く付くはずです。俺は魔法(ミッド式、ベルカ式)を使わないでも飛行できますから」

ヴィータは少し躊躇っていた様だったから問答無用で俺の影分身が担ぎ上げて飛び上がる。

「ちょっ!てめぇ!」

抵抗する間に飛翔して飛んでいくヴィータと影分身を見送ってなのはさんに声を掛ける。

「俺たちも急ぎましょう」

「え?あっ…うん。え?ちょっとわたしは大丈夫、ちゃんと一人で飛べるよ!?」

なのはさんの背後に回りその両脇に腕を入れて飛び上がった途端に恥ずかしそうに抵抗された。

「そうかもしれないけれど、消費魔力は抑えた方がいいでしょう?」

「うっううっ…それはそうだけど…恥ずかしいよ」

最後の呟きは聞かなかった事にして俺はなのはさんを抱えて飛び上がるとヴィヴィオが居るであろう玉座の間目掛けて飛び立った。


side 御神フェイト

アオとソラと別れて市外地防衛へと回された私達。

アオからは念による直接攻撃は極力使わないようにと言われている。

ガジェットなどの機械類ならば構わない様だが、今回の戦闘機人って言ったかな?その敵への行使はよほどのことが無ければ使用禁止、実力差が有るならば構わず逃げろ。逃げて応援を呼ぶようにと言われている。

逃亡ではない!戦略的撤退だ!ってアオが言っていた。なんか屁理屈な気がしないでもない。

念を使用すれば何とかなるかもしれないが、魔法の非殺傷設定が推奨されているこの世界で、魔力ダメージによる失神以外だとそれなりに面倒な事になるそうだとアオに説明された。

市街地方面へと飛んでいる最中エリオとキャロが何かを見つけたのか戦線を離脱、反転していく。

それを止めるよりも早く私達の方にも敵が現れる。

行き成り此方に向かって放たれる砲撃を避ける。

「敵?っ危ない!」

なのはがティアナさんに迫ろうとしていた戦闘機人の攻撃をレイジングハートで受け止める。

敵の戦闘機人は二本のブレードを持っているのを見ると恐らくクロスレンジタイプ。

「何!?」

「やぁーーーーっ!」

レイジングハートを振りぬいて戦闘機人を吹き飛ばす。

「あ、ありがとう」

「うん!」

私もなのはに合流しようとした所で横からいつの間にか私に近づいてきていた戦闘機人。

蹴り!?

その攻撃といいデバイスといい、何処かスバルさんに似ている気がする。

『ディフェンサー』

私は気づくのが遅れたけれど、バルディッシュがいち早く気が付いて守ってくれた。

「うぅぅぅらぁぁぁぁぁっ!」

「くっ!」

余りの力にガードの上から弾き飛ばされてしまった。

「フェイトちゃん!?」

なのはが私に駆け寄ろうとしてくれたようだが、ツインブレードの敵に阻まれたようだ。

私はそのまま飛ばされて後ろの廃ビルへとぶつかりようやく止まった。

バルディッシュが頑張ってバリアジャケットの性能を上げてくれたお陰か、殆どダメージは無し。

ここに来てどうやら私達は1対1の状況に追い込まれたようだ。

いや、そうじゃないな。なのはだけは二人の戦闘機人を相手にしている。

私は目の前のスバル似の戦闘機人。

ティアナさんはボードを持っている人。

スバルさんはどうやらギンガさんが相手のようだ。

そしてなのははツインブレードの人と、最初に私達にビームを撃ってきた人の二人を相手にしている。

「バルディッシュ!」

『フォトンランサー』

「ファイヤっ!」

放たれる射撃魔法。

「そんなん当たるかよっ!」

牽制が目的だから当たらなくても良いの。

その隙に私は直ぐに空中へと飛び上がる。

「逃がすかっ!」

そう言うと敵の戦闘機人はスバルさんが使うウィングロードに似た魔法を展開して空を駆けてくる。

『フォトンランサー』

視線だけ後ろを振り返り、フォトンランサーで牽制。

勿論バリアで防御されたけれど、爆発が敵の視界を遮る。

私はその一瞬を逃さないように空中で反転。

「どこ!?」

慌てて此方の位置を探ろうとしたときには既に私は上空からの強襲の体制だ。

『ハーケンセイバー』

ガシャンと言う音を立ててバルディッシュが斧形態から変形し、鎌のような魔力ブレードが形成する。

「はあぁぁぁぁぁぁぁ!」

気合と共に振るった一撃。

「なめるなああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

私の一撃は突き出した右手で張られた障壁でさえぎられ、反らされた瞬間に相手のローラーブーツの重量も加味された蹴りを懐にモロ食らってしまった。

「くっ!」

その威力に吹き飛ばされはしたものの、単純な物理ダメージだったためにその殆どはバリアジャケットを抜けることは無かったけれど、…相手の方が力量が上だと私は悟った。

相手は新しく魔法で道を作ると此方へ向かって空中を走ってくる。

私は直ぐに敵の射線上から移動しようと飛行魔法で吹き飛ばされた勢いのまま飛行しようとして、進行方向に現れた敵のウィングロードもどきに逃げ道を塞がれた。

「なっ!?まずぃっ!」

直ぐに反転するが敵の接近の方が早かった。

「おらぁっ!」

『ディフェンサー』

障壁を張るが、今度は自身から敵の攻撃を受け流した勢いでそのまま後方へと飛んで距離を開ける事に成功した。

『フォトンランサー』

魔法で牽制しつつ、どうやったら敵に勝てるか考える。

接近戦は多分相手のほうが上。

飛行魔法は使えないようだ。しかし、今もウィングロードもどきを使用して空中の私を追いかけてくるので空中戦が出来ない訳では無い。しかし、方向変換などは急には出来ないらしく、私の方が空中戦では有利だ。

射撃は得意ではないのかもっぱら近接戦闘を好むようだ。

その攻撃も私には余り効果が無い。

バリアジャケットの性能の上昇と『堅』による物理耐性。どちらかと言えば物理よりな彼女の攻撃は『堅』さえしっかりしていれば例え防御魔法を抜かれたとしても殆どダメージは無いといっていい。

しかしその『堅』も過信は出来ない。

私の『堅』の最大持続時間は一時間ほど。しかしそれは平常時での場合だ。戦闘にかかるストレスや疲労を考えれば念能力を使わずにも30分が限界だろう。

バインドを行使してみたけれど、力技で物の数秒で破棄される。他の魔法にスペックを裂かずにバインドのみに集中すれば動きを止め続ける事は出来るだろうが、その場合は完全にこう着状態。仲間は皆それぞれ戦闘中で援護は期待できないため、後は魔力量の勝負となる。

相手の魔力が上だった場合、私のバインドが切れた瞬間に私が落とされる。

あーっ!もうっ!私が二人居たらいいのにっ!そうしたら拘束と攻撃と両方出来るのにっ!

あれ?今、何か重要な事を言わなかったか?

私が二人?

あっそうだっ!

「ちょこまかとっ!」

敵がいい感じにじれてきて注意力が落ちてきている。

彼女の回し蹴りが迫る。

それをシールドで受ける。

「バルディッシュ!」

『バリアバースト』

ドゴンっ!

バリアに込めた魔力を炸裂させて爆風と共に視界を遮る。さらにっ!

「な?バインド?だが、こんな物!」

直ぐに私のバインドを力任せに破棄しようとするが…

「くっ次から次へと!」

破られた端から新しいバインドを展開する。

「こうなったら根競べか!」

「いいえ、終わりです」

「はっ!お前もバインドで手一杯じゃんかよ」

「それはどうでしょう?」

意味深に言い終えると私は視線を私に向ける。

その視線を追った戦闘機人の彼女は驚愕の表情だ。

「な?」

目の前に居たはずの私が魔法のチャージを終えて今にも撃ちだそうとしているのだから。

そう、私は敵の目をくらませた一瞬で影分身を使っていた。

影分身。この術はグリードアイランドに居たときに教えてもらったとっておき。

「シルエットじゃ…無い!?」

『サンダーレイジ』

「サンダーーーーーーーレーーーーイジっ!」

バリバリバリっ

頭上から襲い掛かる電気変換した私の魔力砲。

バインドを使っていたのは影分身の私でその間に本体の私は距離を取って必殺の一撃を狙ったのだ。

「きゃーーーーーっ…」

私の魔法に包まれる戦闘機人の彼女。

「はぁ、はぁ…はぁ…」

油断無くバルディッシュを構え敵が完全に沈黙したかを遠目に確かめる。

どうやら完全に失神したようだ。

勝った!

影分身がバインドをしたまま浮遊魔法を行使して地面へと敵を下ろすと、本体の私もバインドを行使した後影分身を解く。

さて、なのは達はと視線を移すとまさに今なのはが戦闘機人二人を無力化した所だった。

後はティアナさんとスバルさんか。

大丈夫かな。

side out 

 

第五十五話

side ソラ

敵本拠地に乗り込んだ私とフェイトさん。

途中でシスター・シャッハと言う協力員と合流して進む。

途中生態ポットの立ち並ぶ場所に出た。

その光景は余りにも非人道的過ぎて生理的に受け付けない。

「きもち…悪い…」

そう呟いた私。フェイトさんの声にも怒気が混じる。

「こんな事を許していいわけない」

その時、空気を震わせて飛来する投擲武器が私たちを襲う。

避けようと回避行動を取った私たちだが、突然地面から生えた手にシスター・シャッハが捕まった。

飛来した武器はフェイトさんが弾き返したためにシスターには当たらなかったが、拘束されたシスターは地面ごと手に持ったトンファー型のデバイスで砕き下階へと落ちていった。

「フェイトお嬢様…」

そうフェイトに話しかけた敵の戦闘機人が二人ゆっくり歩を進めてくる。

大きなブーメランを二つ両手に持っている人と、無手の二人組み。

無手の方はインファイターかな?

「くっ…」

なんでしょう?知り合いかな?

まあ、それは別に良いんだけど、見敵必殺。これ、こう言った場合の常道だよ。

私を気に掛けてない訳じゃないけれど、フェイトさんの方にばかり注意が向いているし、フェイトさんと話し込んでいて正直隙だらけ。

AMFが重いために魔導師はその能力を大幅に減衰されているから、たぶんあちらはこちらが動いてからでも余裕でかわせると思っているのだろう。

だけど…ね。どこにでも例外は居るんだから注意しないと駄目だ。

「犯罪者の逮捕、それだけだ」

フェイトさんが敵に向かってそのデバイスを突きつけて宣言するよりも速く私は念で両足を強化して神速を発動。相手が知覚できない、あるいは知覚できたとしても反応できない速度で床を蹴って敵に迫る。

こちらを下に見てか二人の立ち位置はほぼ隙間のない横並び。

両手の平で一気に二人の顎を打ち抜く。

その一撃でぐらりと体制を崩し床に倒れる。

「は?ええっ?何が!?」

混乱するフェイトさん。

「ソラ、あなたいったい何をしたの!?」

何をしたって言われても、いくら戦闘機人が機械パーツが多いとはいえ、脳は人間のもの。

「顎先を手の平で殴って脳ミソを揺らしたんです」

「は?」

「手加減はしましたから、後遺症は無いはずです」

「そ、そうなんだ…」

両手持ちにしたザンバーフォームのバルディッシュを構えたままの姿が結構間抜けだ。

「さて、先に進みましょう。この二人はしばらく起きないと思いますから直ぐに他の局員を呼んでください」

この奥にはオーラの反応は一つ。おそらく黒幕だろう。

「あ、うん…」

さて、アオ達は大丈夫かな。

side out


side ヴィータ

なんなんだこいつは。

あたしを抱えたまま飛んでいるアオはまるで後ろに目が付いているかのようにガジェットのビームを避けながら追跡を振り切る速度で飛んでいく。

あたしがやることなんてほとんど無い。いや、まぁ、それじゃしゃくなんで浮遊魔法を自身に掛けて負担を減らしてんだけどな、とは言え本当にこいつはどうなってんだ?

いや、その答えは多分持ってるんだ。この前教えてもらった『念』ってやつを使ってるんだろうけど…やはりすげぇ。

後もう少しで駆動炉と言う所でアオのやつが急に止まった。

「どうした?」

駆動炉への扉はすでに見えている。距離にして100メートルほどだ。

しかし、あたしには何も見えないけれど急に止まったということは何か有るのだろう。

「何か居ます。それも大量に…」

「何も見えねぇが?」

「来るっ!」

その言葉が合図になったかのように前方からビーム攻撃が始まった。

たまらず後ろへ回避しつつ距離を取る。

「ヴィータさん、防御をお願いします」

「お、おう!」

着地と同時にあたしを自身の前方に下ろすとその後ろで何かを始めるアオ。

恐らく魔法のチャージだろう。ならばあたしの仕事はこいつが安心してチャージできる時間を稼ぐことだ。

「アイゼンっ!」

『ヤヴォール』

強力なAMF下で何とか術式を制御してバリアを張る。

敵の攻撃が激しさを増す。

「アイゼンっ!カートリッジロードっ!」

『エクスプロズィオーン』

カートリッジが炸裂してバリアの強度が跳ね上がる。だけど…

「もたねぇ…」

「大丈夫です。退いて下さい」

その言葉で直ぐにあたしはアオの射線上から退避する。

「サンダーーースマッシャーーーー(偽)」
(ライトニングクラウド)

バチバチと音を立てて電気変換された魔法が通過した所が次々と爆発して噴煙を上げている。

計6射。

噴煙巻き上げる機械の塊。あれには見覚えがある。

忘れもしねぇ、なのは撃墜の時の奴だ。

そう言えばあいつにはステルス機能が備わってたんだ。

アオを振り返ると今の攻撃で消耗したのか肩で息をしている。

「後は任せな」

「え?でもまだすべてを撃破したわけじゃ…」

「大丈夫だ。ネタが判れば遅れは取らねぇ。それに後少しだからな」

そう言うとあたしはグラーフアイゼンを構えて気合を入れる。

「仲間が切り開いてくれたんだ、後はあたし達の仕事だよな?」

ぐっと手に力を入れる。アイツのお陰で魔力は十分!

「派手に行こうぜ!アイゼン!」

『ヤヴォール!』

頼もしく答えた相棒を手にあたしは駆動炉に向けて走り出した。

side out


さて、なのはさんを抱えて飛行しながらガジェットの攻撃を避けていく。

破壊しないのかって?何体いるのかわからない物を相手にしてたらこっちの体力やら魔力やらが先に尽きてしまうって。

円を広げるとこの先の曲がり角に一つオーラの反応がある。

それを伝え、なのはさんにバスターのチャージを始めてもらう。

先手必勝。

ゆりかごの中に居る管理局員は俺たち3人のみだし、他は敵とヴィヴィオの何れかだ。

少し魔力を食うがサーチャーを飛ばすと曲がり角の先に居るのはどうやら戦闘機人のようだ。

映像を見ると武器からロングレンジの砲撃タイプと推察される。

スルーしたいけれど、ヴィヴィオが居る部屋に行くためにはここを通らなければならない。

「なのはさん」

向こうはチャージも完了してすでに発射体制も整っている。

「うん!」

しかし、こちらの準備も完了している。なのはさんの砲撃の威力は信頼しているから大丈夫なはずだ。

通路に躍り出るとなのはさんはすばやくレイジングハートを構えた。

「ディバイーーーーーン、バスターーーーーー」

ゴウッっ空気を巻き込むように迸るピンクの奔流は、相手の砲撃魔法を押し流して直撃、魔力ダメージで気絶させた。

さて、通りしなになのはさんが強固にバインドを掛けて行ったので、逃亡される可能性は少ないだろう。

そのまま通路を進むと少し大きめの扉が現れる。

「この奥?」

「ああ」

俺の返答を聞くとなのはさんはディバインバスターの収束を始めた。

問答無用で扉を打ち抜く気らしい。

正規の手段で開ける時間すら惜しんだようだ。

直撃したバスターは扉をくりぬき、破片が宙を舞う。

ちょうど大人が通れそうな位の穴が開き、そのまま進入すると玉座に拘束されるように座らされているヴィヴィオの姿が。

「ヴィヴィオっ!」

なのはさんが叫ぶ。

「…まっ…ま?」

「やはりこっちが当たりか!なのはさん、ここは任せます」

「え?アオくん?」

ボワンっと煙を上げてその姿が霧散する。











幅の広い通路を全速力で飛んでいる。

先ほどから段々ガジェットの量が増えてきている気がするが、向こうの移動速度以上の速度で飛んでいるので、正面の攻撃をかわしさえすれば後は追いつかれることも無い。

まあ、後ろからの追撃も有るには有るが、反転している間に射程範囲から抜けちゃってるから問題ない。

つい先ほどなのはさんと一緒に居た俺の影分身が帰ってきた。

どうやら向こうが当たりだったらしい。

玉座の間に向かう途中で俺は影分身を再度使用し、分身をなのはさんに付け、本体である俺はもう一つのオーラの所へと向かっていた。

この先だな。

途中、通路を駆けるだけではどうやってもたどり着けないようだったので、力技で壁の薄いところを粉砕すること4回。ようやくゴールが見えてくる。

さすがに四分の一のオーラと魔力では心もとない為に、なのはさんに付けた影分身は回収させてもらった。

この奥に居るであろう戦闘機人が大魔力攻撃が主体の相手だと四分の一ではバリアの上から落とされる危険性が高いからだ。

本来ならばヴィータにつけた影分身も回収したいところだが…

ちょうど正面の扉を守るように多数のガジェットが守っている。

「ソルっ!」

『サンダースマッシャー(偽)』

「サンダーーーースマッシャーーーーーー」

実際はライトニングクラウドなんだけど…電撃魔法が通り過ぎると、あちらこちらで爆発が起こる。

うん、対魔導師を意識しすぎだ。

AMFは強力だけど、その分純粋な衝撃や自然現象への耐性は低いようだ。

俺は『円』で相手の位置を確認すると目の前の扉を『硬』で強化したコブシでぶち抜いて進入する。

中に入って目視で敵を確認しようとしたが、俺の目には何も映らない。

確かにそこに居るはずなのだが…

「管理局の方から来ました。武装を解除して投降して下さい」

その後、貴方には黙秘権があり~とか、即席で覚えた犯罪者に対する定型文を述べるが返事は無い。

返事の代わりかレーザーが飛んできます。

とりあえず銃口はすべて飛針でつぶすとこれ以上はないのか攻撃が沈黙した。

うーん。姿が見えないってことはステルスか何かか。

とは言え、熱源や魔力、姿などをいくら偽装しようがオーラは駄々漏れなのでどこにいるか俺にはバレバレなのだが。

こんな奥で一人で居るところをみると、どうやら戦闘タイプではないのでは無いだろうか。情報収集や参謀といった裏方タイプで戦闘は苦手と見た。

「…なるほどね」


side クアットロ

なんなのあのイレギュラーは!

陛下の監視モニターを脇に避け、私はキーボードを操作しながら必死に侵入者の進撃を止めるべくガジェットを操っている。

先ほどから分身したと思ったらそれぞれが実体だなんて、そんなレアスキル管理局のデータベースに乗ってなかったはず。

シルエットだろうと何度も調査したが結果は変わらず。

あまつさえ先ほど同時に別々の場所で魔法のような物の行使を確認したし、それによる被害も甚大だった。

「まあでも、ここにたどり着けるルートは存在しませんから。放って置いても大丈夫でしょう」

なんて考えは直ぐに覆される事になる。

さらに分かれた内の一人が偽装してある薄壁を何のためらいも無く破壊して最短距離でこちらに近づいてくるではないか。

私はそれに慌ててガジェットを差し向けたが敵の進撃は止まらず、とうとう私が居るこの部屋の扉が壊された。

直ぐに私は防衛装置を起動して侵入者の迎撃をさせるが効果は芳しくない。

すべての迎撃装置は一射目を撃つと次射が発射される間もなく撃ち落されていた。

いくつも有った迎撃装置をことごとく掻い潜って来た相手だ、私の戦闘能力じゃ敵う訳は無い。

緊張で汗がにじむなんて経験は初めてだ。

大丈夫。私のシルバーコートは完璧なはずです。相手に私の姿は見えていないはず…

どうやって感知したのかはわかりませんが、油断してシルバーコートを起動していなかったために見つかってしまっただけの事。

このままやり過ごせばいいのです。

それに隙をみてほんの数メートル後ろにある脱出ポッドに乗りさえすれば脱出は容易。

私さえ居れば計画の再開は可能なのですから、あせる事は無いはずです。

私の位置をつかめていないはずの侵入者は魔法のチャージを始めると最後通告を発した。

「投降の意思が無い場合実力行使に移ります」

そしてチャージされる収束砲。

大丈夫。こんな所で空間攻撃なんてしたら自分にも被害が出るはず…それにどうやらあれは収束砲のようだし、砲撃魔法のようね。

この高濃度AMF下では連射は不可能。ならばその隙に脱出すれば…

そう考えて実行しようと後ろへと下がった私の眼前に極太の収束砲が迫って来ていた。

「なっ!?」

驚愕に漏れた言葉を飲み込むように私に直撃し、直後に私は意識を失った。

side out



「ディバイーーーーーーーンバスターーーーーーー」

ゴウッと発射される銀色の奔流は寸分たがわず敵を飲み込んだ。

プシューーーーーっ

余剰魔力を排出して撃ち終ると油断無く敵を見据える。

今の攻撃でステルス機能を維持できなくなったのか女性が一人倒れている。

それをバインドで拘束するが、抵抗する様子は無い。どうやら無事に魔力ダメージで失神したようだ。

敵が非戦闘タイプの頭でっかちで助かった。大方ステルスを見破れるはず無いと高をくくってたのだろう。

この世界の人間ならば騙されただろうが、生憎俺には何処にいるか丸見え。抵抗が無いんだから今のように一撃で沈める事も可能だ。

「さて、回収してなのはさんと合流するか」

浮遊魔法を掛けると俺も飛び上がり着た道を戻る。

十数分掛けてようやく玉座の間へと到着する。

目の前の破壊された扉を潜れば玉座の間だ。

その時扉を反対側から突き抜けて何かがこちらへと迫る。

あれは…なのはさん!?

俺はすぐになのはさんを受け止めると制動を掛けるためにそのまま後方へと十数メートル下がってから空中で止まる。

なんでなのはさんが?こんな事をした相手は誰だ?
 
 

 
後書き
さて、ソラやヴィータ達のパートの続きは書くと長そうなので適当に想像で補ってください。
ここからは巻きで行きます。
スカさん?ソラが居れば瞬殺でしょう。
え?会話? 見敵必殺! 目的は逮捕で会話じゃないよね?
きっとソラが会話前に倒しちゃいますよ!  

 

第五十六話

side 高町なのは

「うっ…くっ」

ヴィヴィオのコブシを何とかバリアを張って耐える。

なぜこんな事になってしまったのか…

恐らく、あのここには居ない戦闘機人の所為だ。

彼女がヴィヴィオに何かしたのだろう。

アオ君が煙のように消えてから助けようとしたヴィヴィオが誰かに操られるように変身して敵になってしまった。

「お前が!ママをっ!」

「っちがうよ!ママはわたしだよっ!ヴィヴィオ」

「うぁああああああっ」

わたしの言葉を否定するかのようにヴィヴィオの力が強まった。

『バリアバースト』

目くらましを兼ねてバリアを爆発させてヴィヴィオから距離を取る。

【あーら、管理局のエースと言っても所詮こんなものなのねぇ】

耳障りな声が響く。

これはヴィヴィオをこんな風に変えた戦闘機人の声だ。

【古代ベルカ末期、列強の王達が数多く存在した時代。そんな中で一番強い王様が誰だったか貴方は分かるかしらぁ?】

それが今関係あるのだろうか?

【冥王イクスヴェリア、覇王イングヴァルド、そして最後のゆりかごの聖王オリヴィエ】

聖王…オリヴィエ。多分ヴィヴィオのクローン元の人物。

【残念だけどぉ、全部外れぇ。正解はぁ、竜王アイオリア】

アイオ…リア?それって…

【古代ベルカ末期に現れて、彼の王が統治してから彼の国は不敗。他国を侵略せず侵略させず。混沌とした時代で唯一の楽園とまで言われた国も、どういう訳か一夜の内にその国民ごと消えたと言う。歴史学者は皆竜王アイオリアなんて居なかったとかぁ、ただの御伽噺だとか言うけれどぉ実際に居たとしたら?】

そう言えばユーノ君がこの前発見した本が歴史的発見で今世間に発表するための論文を纏めているって言ってたっけ。

【竜王アイオリア。彼はとても強かったんですってぇ。それこそ誰も彼に傷を付ける事を出来なかったくらいに。
それに何度も聖王とも戦ったことが有るんですって。オリヴィエ自身はどうやら乗り気では無かったらしいようだけど、周りがそういう状況じゃなかったみたいねぇ。
しかし結局一度もオリヴィエは勝てなかった。だけどぉ、そんな彼も一度だけ血を流したことが有るそうよぉ。
攻め込むことに反対するオリヴィエを邪魔に思った人たちが居たんじゃないかしら。仲間から狙撃されたオリヴィエを庇った時出血したソレがオリヴィエのマントに付着していた】

まさかっ!?

【そう、その子は聖王と竜王のハイブリット。現代に蘇った古代ベルカの王。まさに最強】

そんなっ!それでもわたしは負けられないっ!

「レイジングハート」

『クリスタルケージ』

ヴィヴィオに狙いを定めてバインドを行使する。

「はぁっ!」

しかし、捉えることが出来ずにヴィヴィオが空中へと踏み出してきて反撃。

「あああああっ」
「くっ!」

寸前でどうにかバリアを張って受け止め、そのまま距離を取る。

おかしいっ!何か今のは違和感がある。

わたしは確かにヴィヴィオを狙ったはずなのに、行使した位置が人一人分隣にずれていた。

「レイジングハート!今のはっ」

わたしの問いかけに少しの逡巡の後答える。

『……ターゲットロック、魔法の術式とも行使寸前までは問題ありませんでした』

「ならなんで!?」

『マスターが寸前で術式に割り込んでターゲットをずらしたんです』

「え?」

そんな馬鹿な!…だけどレイジングハートが嘘を言うわけはない。

だけど、わたしにはそんな事をしたつもりはまったく無かった。

「はあああああああっ」

また迫るヴィヴィオのコブシ。

「くっ!」

突進してくるヴィヴィオにカウンター気味にバインドで捕獲しようとして、今度も行使位置がズレる。

『プロテクション』

レイジングハートがとっさにバリアを張ってくれたお陰で何とか防ぎきることに成功したわたしは直ぐに距離を取った。

まただ…

【そう言えばぁ、聖王協会に秘蔵されている聖王オリヴィエの日記には竜王アイオリアは人の意思を操ったって書いてあるそうよ】

人の意思を?

それは貴方がやっていることじゃないっ!

しかし、今の言葉で符号する所がある。

わたしはちゃんと狙ったはずなのに、どうしてか寸前で狙いを外してしまっている。

つまりわたしの意志が捻じ曲げられている?

しかしそれが分かったとしても対処方法が分からなければ結局無意味だ。

人の意思を捻じ曲げる。

催眠や暗示の類の魔法は少ない。しかし行使されたであろう瞬間に魔法陣が展開された様子も無かった。

予兆が無ければかわすことは難しくなる。

『アクセルシューター』

「シュート」

「これはもう覚えた!」

ヴィヴィオがシューターを前に出ることで避けようとするが、当然わたしはヴィヴィオへ誘導したはずだった。

『プロテクション』

「ぐっ…」

しかし、やはり誘導は見当違いのところへと飛んで行った。

それからのわたしは防戦一方に追いやられる。

プロテクションはレイジングハートが張ってくれているから直撃こそ受けてないが、どうしてもわたしの体が回避行動を取ってくれない。

自分の意思が曲げられている事に恐怖を覚えると同時に、どうしても攻略の糸口が見つけられないまま時間だけが過ぎていく。

そう言えばあの戦闘機人の声も、何やら慌てたような声を最後に聞いていないような…もしかしたらアオ君が到着したのかもしれない。

「はぁあああぁぁぁぁぁっっ」

ヴィヴィオのコブシが迫る。

「しまったっ!」

ヴィヴィオの攻撃にガードが間に合わずにわたしは後ろに有った扉を破壊しながら吹き飛ばされてしまった。

side out


「なのはさん!大丈夫ですか?」

「アオ…君?」

「はい」

一瞬意識が朦朧としていたが、直ぐに取り戻して俺を呼んだ。

「一体何が有ったんですか?」

「っ…ヴィヴィオが」

それからなのはさんは掻い摘んで説明してくれた。

ヴィヴィオが敵に操られたこと。

変身魔法で急成長した事。

どうやら凄まじい防御能力と相手の意思を捻じ曲げる能力を持っていると言う事など。

どうやら玉座の間を出てくることは無かったためにその間にヴィヴィオが攻めてくることは無かったのは幸いだ。

メガネの戦闘機人は再度強固なバインドを行使した後廊下に放置し、なのはさんと連れ立って玉座の間へと侵入する。

「あれが…ヴィヴィオ」

成長した体に漆黒の騎士甲冑、そして…

「写輪…眼?」

「え?何?」

なのはさんの呟きなんて今の俺には耳に入ってこない。

なぜ?と言う疑問でいっぱいだ。

事前情報ではヴィヴィオは聖王のゆりかごを起動させるキーとして拉致されたと言う。

そして聖王の御物であるこの船を動かせるのは聖王自身。つまりヴィヴィオは聖王のクローンだと言う事だ。

だがしかしヴィヴィオの左目に浮かぶ三つ巴の勾玉模様。あれは間違いなく写輪眼だ。

「なのはさん!」

「はっはい!」

「他に何か言って無いことは有りませんか!?」

なのはさんは俺の剣幕に押されながらも答えた。

「えっと…あ、そう言えば、聖王と竜王のハイブリットだって」

竜王の…それはつまり。

「助ける理由が増えたな…」

「え?何か言った?」

「ううん。それより、来るっ!」

一人増えたことでこちらを観察していたであろうヴィヴィオが床を蹴って一足飛びに俺の方へと駆け寄ってくる。

「はああああああっ!」

あまり手荒な事は避けたいけれど…

写輪眼を発動させて迎え撃つ。

迫り来るヴィヴィオ、ヴィヴィオの写輪眼がぐにゃりと歪んだかと思うと瞳孔の中心へと集まってその模様を変えた。

万華鏡写輪眼!?

そんな!?

しかもその模様は俺のものにそっくりだった。

まずい!

なのはさんの言葉から察するに『思兼』か!?

ヴィヴィオの攻撃をかわそうと思っていた俺は気が付いたらソルが張ったシールドに守られている。

くそっ!操られたっ!

『バリアバースト』

シールドを爆破して直ぐにヴィヴィオから距離を取る。

その刹那に一瞬ヴィヴィオの右目を盗み見るとどうやら普通の写輪眼に戻っているようだ。

まだ制御が完璧ではないか…あるいは反動が大きいか。

しかし、行使時間が短いのは助かる。

「アオ君!大丈夫?」

心配そうな声を掛けたなのはさんだが、ヴィヴィオは距離を取った俺よりも近くに居たなのはさんへとターゲットを変更したようで、着地した足で床を蹴るとなのはさんに迫る。

俺は大声で叫ぶ。

「なのはさんっ!ヴィヴィオの目を見たら駄目だ!」

「っ!」

俺の言葉に疑問を持ちつつも直ぐに視線をズラしたなのはさんは流石だ。

ヴィヴィオの攻撃を避けることに成功したなのはさんは直ぐにバインド行使を試みるが…

「それはもう覚えたって言ってるでしょう!」

捕まえた瞬間にブレイクするなのはさんのバインド。

あの目が写輪眼ならばなのはさんのバインドの術式を看破し、なおかつアンチ術式を構築することも可能だ。

とは言え、アンチ術式を作るだけの才能は別のものなのだが、それをやってのけるヴィヴィオの戦闘能力は凄まじい。

追撃に出ようとするヴィヴィオを俺が割り込んで受け止め、返す力で強引にヴィヴィオを弾き飛ばす。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

飛ばされたヴィヴィオは後ろの壁に激突してようやく止まった。

「アオ君っ!」

「大丈夫、見た目ほどダメージは無いよ」

と言うか、ノーダメージでは無かろうか。

俺の繰り出した攻撃が直撃する前に何重にもなった魔力の壁みたいなもので受け止められたような感触だったからね。

それよりも重要なことはあの万華鏡写輪眼だ。

どうして万華鏡写輪眼が使えるのかには意味が無い。だけど、その能力は脅威だ。

確認できた能力は『思兼』の劣化能力。いや、初期と言うべきか。

視線を合わせた相手の行動を束縛し、操る。

俺やソラが使うと視界に収めたら最後、距離の制限は有るが眼を合わせずとも思考を誘導することが出来る。

それに比べたら幾ばくも劣るが、実際食らってみてその能力は途轍もなく脅威だ。

ソルと言う相棒(インテリジェントデバイス)が居なければ直撃は免れなかっただろう。

ピシっパリンっ

俺のバイザーにひびが入り、一部が砕けた。

あの一瞬にどうやらバイザーに一撃入れられていたようだ。

「アオ君、その眼って…」

バイザーの隙間から覗いた俺の瞳を見たなのはさんが驚きの声を上げる。

「……これを隠すためのバイザーだったんだけどね」

ばれたなら仕方が無い。俺はバイザーを再構成せずに破棄する。

「その眼って何?ヴィヴィオのと同じだよね!?」

ヴィヴィオの左目がおかしくなっている事には気が付いていたのか。

「写輪眼って言う。能力はあらゆる術の看破と模倣。それと…」

「それと?」

これは教えたくは無かったんだけど…

「視線を交わした相手の思考を誘導する能力」

思兼のみで有ってほしい。思兼ですら面倒なのに、その他3つのうちタケミカヅチとシツナヒコを持っていたら洒落にならない。

「と言うことは視線を合わせなければいいの?」

流石に幾度と無く修羅場を越えてきただけはある。理解が早い。

だけど…

「なのはさんは相手を見ずに攻撃できる?相手を見ずに攻撃を避けれる?」

「……無理、かな…」

普通無理だよね。

「アオ君は?」

「出来る」

円を広げれば相手の動きは眼を閉じていても手に取るように分かる。

「……アオ君って何でもアリだね…」

呆れている時間は無いよ!

「はっ!」

体勢を立て直したヴィヴィオがこちらに向かってシューターを飛ばしてくる。

避けても追尾される可能性があるために右手に持ったソルでたたき切る様にして打ち落とす。

なのはさんに迫ったシューターも自身のシューターで相殺したようだ。

「それで!どうするんですか?何かヴィヴィオを止める方法は!?」

とめる方法が無ければ最悪…

「大威力の魔力砲で融合しているレリックを押し流せればもしかしたら…」

つまり、やることはいつものアレと変わらない訳だ。

「準備にどれくらいかかる?」

「え?…そうだね30秒は欲しいかな」

「OK。ヴィヴィオの拘束は任せろ!」

「で、でもっ」

「大丈夫だ、信じろ!」

「う、うん!」

さて、役割分担は決まった。

俺が前衛で足止め、なのはさんが後衛でヴィヴィオにでかいのをかます。

思兼を食らわないように眼を瞑り、『円』を広げる。

実際食らってみてあの技はすごく脅威だ。

「はぁっ!」

上昇したなのはさんを狙い地面をけったヴィヴィオの攻撃に割り込むように横からコブシを突き出す。

「なっ!っきゃあっ!」

俺のコブシに突き飛ばされて壁まで吹っ飛んでいき、ぶち当たりそのまま落下するヴィヴィオ。

しかし、やはりダメージを負わせた感覚は無い。

この室内には光源がいくつも有って影自体が薄いが…やってみるか。

『忍法・影真似の術』

俺の足元の影が形を変えて伸び、まさに今起き上がろうとしていたヴィヴィオの影を捉える。

「なっ…体が…動かないっ」

何とか動きを止められたけれど…

「こんなものっ…」

ぐぐっと力を込めることは無意味だが、巻き散らかされるヴィヴィオの魔力光が発光しているのが問題だ。

その光がヴィヴィオの影を消してしまいそうになる。

「ソル!」

『ライトボール』

俺の背後に直系30cmの周りの証明よりもひときわ明るい光球が現れる。

この魔法はその名の通り、ただの明かり魔法。

暗闇を照らすだけの魔法だが、今回のように影を作り出すと言う効果も期待できる。

「ぐっ…くぅ…」

よしっ!完全に抑えた!

「なのはさん!」

見上げたなのはさんはすでに準備を終えていた。

「うん!」

『スターライトブレイカー』

なのはさんは一度レイジングハートを振り上げ、叩き付けるように振り下ろした。

「スターーーライトーーー、ブレイカーーーーー」

あ、やばいっ!これって俺も余波をモロに食らわない?

なんて思っていたら目の前がピンクの光で包まれた。

さすがに管理局のエース。その威力は凄まじく。その余波で俺は吹き飛ばされて玉座の間から放り出されてしまった。
 

 

第五十七話

「けほっけほっ…」

ひどい目にあった…

取り合えず外傷は無し、中はどうなっただろうか。そう思い直ぐに玉座の間へと戻る。

「……何?この惨状…」

入室した玉座の間はあちらこちらくり貫かれ崩落している。

「あ、アオ君…」

「なんて馬鹿威力…っそんなことよりヴィヴィオは?」

「この通りっ!」

そう言って見せたのはその腕に抱き上げたヴィヴィオだ。

「アオ…おにいちゃん?」

「ああ。ヴィヴィオ、久しぶりだ」

取り合えず出発前になのは達に渡した神酒を希釈したものを詰め込んだ小さな三角フラスコと同じものを一瓶取り出すとなのはさんに渡す。

「これは?」

渡されたフラスコを怪訝そうな目で見つめる。

「ポーション。今は一瓶しかないから二人で分けて飲んで」

双方ぼろぼろだ。

「ええ!?」

「大丈夫。効果は折り紙つきだ」

「わ…わかったよ」

しぶしぶといった感じで一口なのはさんが口に含む。

「こっこれは…」

その瞬間からだを襲っていた虚脱感から開放されたのか声に張りが戻った。

すぐに残りの半分をヴィヴィオに飲ませる。

「ぷはっ…からだがポカポカする。すごーい、疲れが吹っ飛んだよ」

ヴィヴィオの体にも生気が戻る。

ビーっビーっ

けたたましい警告音。

「な、何!?」

「ママっ…」

驚きの声を上げるなのはさんと、不安そうにぎゅっとなのはさんの服を握り締めるヴィヴィオ。

その後機械合成音による警告の後AMF濃度が魔力結合が不可能になるほどに上がる。

「くっ…」

たまらず膝を着きそうになったのを気合で持ちこたえたなのはさん。

「なのはママっ、大丈夫?」

「大丈夫だよ、ヴィヴィオ」

しかし、状況は悪い方へと傾いていく。

破壊されて開いていたはずの扉は見る見る内に簡易的な障壁で塞がれて行く。

「脱出しないとっ!レイジングハート」

ぎゅっとヴィヴィオを抱き返しながらなのはさんが一応飛行魔法を行使しようとしたようだが、魔力結合が出来ずに不発に終わる。

「なのはさん!このAMF下で魔法は使える!?」

「ごめん!無理みたい」

俺もこのAMF下では魔力結合が出来ない。なのはさんならとも思ったけれど、さすがに無理か。

…ならば俺が全員浮かせて引っ張っていくしかないか。

「なのはさん、こっちきて下さい」

「え?あ、うん」

ヴィヴィオを抱っこしたまま扉まで来てもらう。

えー、と。メガネの戦闘機人はレビテーションで浮かせておく。

「ソル」

『ロードオーラカートリッジ』

ガシュっと薬きょうが排出されてオーラが上乗せされる。

上乗せされたオーラもすべて右手に回して『硬』をした右手で目の前の扉を殴りつける。

破砕音とともに木っ端微塵になる扉。

「はやくっ!また塞がる前に」

「わっわかった!」

玉座の間を出ると直ぐに印を組んで影分身。

「あ、それってさっきの」

「しっかりヴィヴィオを抱っこしていて下さいね」

影分身がそれぞれなのはさんと気絶している戦闘機人を持ち上げて飛翔すると、出口めがけて脱出する。

「本当に便利なんだね、念って。魔法で出来ることはほとんど出来るの?」

そう問われても、エネルギーは同じだけど今使ってるのは別の技術なんだけど、教えないほうがいいか。

「皆が皆出来るわけじゃ無いですけどね」

「…そうなんだ」

さて、無駄話もそこまでにして俺たちは来た道を逆走する。

道すがらなのはさんが一撃のもとに降した戦闘機人と接触するルートだが、彼女に行使したバインドはいくら強固な物だったからといってもこのAMF下では解除されているだろう。

再戦の可能性も視野に入れていたが、接触してみるとすでに武装は解除されていた。

「どうして?」

なのはさんが問いかける。

「私達は負けたんだ。その子を助け出された瞬間に。それにいくらドクターの命令だったからと言ってそんな小さい子を利用するのはやっぱり気が引けたし…」

この人、自分がやっている事で悩んでいたんだ。悩みつつも創造主の命令には逆らえなかったか。


この彼女も連れて脱出しようと考えていると、前方からエンジン音を響かせて疾走して来る一台のバイクが現れる。

「なのはさーーーーん」

「スバル!ティアナ!」

「二人とも助けに来てくれたの?」

「はいっ!中のAMF濃度が魔法行使不可能な位まで上がったって報告を受けたので」

なのはさんの問いにスバルが答えた。

「…なのはとフェイトは?」

と、俺はティアナに問いかけた。二人と一緒だったはずだ。

「あの二人には引き続き地上のガジェットの殲滅をして貰っています。あたし達は彼女たちほど魔力が有りませんからこちらに回りました」

本当は二人ともこちらに来たかったようだったとティアナが答えた。

バイクに戦闘機人を二人乗せてもらい(気絶しているクアットロはスバルが固定した)なのはさんとヴィヴィオは俺が引き続き抱えて飛ぶ。

手の空いた俺の影分身は進路上の露払い。

未だに稼動しているガジェットを潰して行く。

ゆりかごからの出口に差し掛かるとティアナはおもむろに加速した。

加速?

そのまま空中に躍り出るとAMFから離れたことでスバルがウィングロードを使い空中に道を作りだす。

それに飛び乗って下へと降りていった。

「あ、アオ君。わたしももう大丈夫だから」

俺たちもAMFを抜けた事でなのはさんが飛行魔法を使えるようになったために俺は手を離した。

直ぐに飛行魔法を行使して抱えていたヴィヴィオを医療スタッフに診せるために急行した。

その後直ぐにもう一組、俺の影分身にやはりヴィータが抱えられながら飛び出してきた。

「もう大丈夫だから離しやがれ!」

俺の影分身の拘束から逃れようと暴れているヴィータ。

あれだけ文句が言えるなら大丈夫そうだな。

ヴィータに付いていた影分身を回収すると、それまでの影分身が得た情報が流れてくる。

どうやらヴィータは駆動炉の破壊に成功したようだ。


ヴィヴィオも救出したし、駆動炉も破壊した。

それでも飛行している目の前のゆりかごには脱帽するが、制御する人間はすでに居ない。

軌道上まで到達すると、あたりを一瞬閃光が包んだ。

後で聞いた話だが、遅れて到着した管理局の艦隊が艦大砲で消失させたらしい。

記憶にあるアルカンシェルみたいなものだろう。

その閃光を最後に今回の騒動は終結し、俺たちはアースラへと帰還した。


side 高町なのは

後にJ・S事件と言われる騒動から数日。

事件もようやく収束に向かい、やっと出来た休憩時間。

わたしはあの時のヴィヴィオの眼についてもう一度アオ君に話を聞こうとアースラ内をアオ君達の部屋へと向かっている。

手ぶらも失礼かなと思い、何か飲み物をと食堂に寄ると中からなのはちゃんとフェイトちゃんの声が聞こえてくる。

テーブルでお茶を飲みながら談笑するのが見える。

アオ君が何処にいるか彼女たちなら知ってるはず。何処にいるか聞こうとわたしは歩み寄り話しかける。

「こんにちは、なのはちゃん、フェイトちゃん」

「「こんにちは」」

「あの、アオ君って何処に居るかわかるかな?少し聞きたいことが有るんだけど」

わたしの問いに答えてくれたのはフェイトちゃんだった。

「アオなら部屋でソラと難しい話をしてます」

「難しい話?」

何だろう?

「それもここ数日寝る間も惜しんで何かしてる感じです」

そう、気遣わしげに言ったのはなのはちゃん。

その言葉にますますもって混乱するわたし。

帰還手段も手に入れたし、事件も解決した。後は何か問題が有るのだろうか?

「そっか、教えてくれてありがとうね。ちょっと行って見る」

「「はい」」

二人と別れてアオ君たちに割り振ってある部屋へと目指す。

扉の前に立ち、呼び鈴を鳴らすと数秒して中から返事が返ってきた。

side out


「ここをこうすると…」

「こっちの方がよくない?」

薄暗い室内にひそひそ声が響く。

「うーん、じゃあ、こっちをこう」

「うん、いい感じかも」

俺とソラが寝る間を惜しんで三日間も何をしていたかと言うと、今持てる技術を集めて万華鏡写輪眼の封印術式を構築している。

写輪眼ですら危ない能力だが、万華鏡はその上を行く。

しかも思兼とは…精神操作系の能力は幼い身には過度の能力だ。

それは余りにも利用価値が高すぎる能力であり、それに気が付いた大人に悪用されかねない。

だから封印する。誰かがもしヴィヴィオにその能力があると気が付いても使えないように。

「よし、出来た」

「うん、多分大丈夫じゃないかな」

術式が完成したところで来客を告げるチャイムが鳴り響いた。

「誰?」

「さあ?」

俺は重い腰を上げると扉に近づいて確認する。

「どちらさま?」

「あの、わたしです、高町なのはです」

ある意味グッドタイミングだ。俺も彼女に用がある。

扉を開けて中に入ってもらう。

「これ、飲み物。コーヒーだけど」

そういって差し出されたそれをありがたく頂く。

ふぃ、生き返った。

「それで?なのはさんは何の用で来たの?」

「あの…ヴィヴィオの眼について詳しく聞きたいなって…アオ君達は自分の技術を余り人に教えるような人じゃないってのは知ってるつもりだけど、ヴィヴィオの事だもの。わたしも引けない」

そう言ったなのはさんの目は力強い光が灯っていた。

「…俺からもヴィヴィオの事で話があります」

「え?そうなの?」

さて、どこまで話そうか。

長い話になるな。

結局、写輪眼についてほぼすべてを打ち明けることにした。

写輪眼がどういう類の能力か。

それに使うエネルギーについて。

ある特定の血族にのみ現れる特異体質であると。

その血族以外は反動が大きい物であること。

ヴィヴィオについてはなのはさんの話から聖王と竜王のハイブリッドである事を聞いていた、半分しか竜王の遺伝子が入っていないのならもしかしたら反動は大きいかもしれない。

そして開眼方法と失明の危険性。

さらには思兼の能力まで。

話し始めてどれだけ経っただろうか。ようやく俺の話が終わる。

「万華鏡写輪眼…そんな事をわたしに教えてもよかったの?」

「俺たちはもうすぐこの世界から去ります。だから、誰か一人くらい正確に知っていて欲しいんです。…それになのはさんはヴィヴィオを守ってくれるんでしょう?」

この言葉は少し意地が悪かったかな。

でも…

「もちろんだよっ!」

すぐにこう言えるなのはさんだからこそ信用できる。

…それにリオの事もあるしね。

リオと機動六課は少ないけれど縁と言う物ができた。もし、万が一にも万華鏡を開眼してしまった時に対処してくれるかもしれないし、ね。

さて、後は封印の実行だけだ。

なのはさんの協力で後日ヴィヴィオを病室から連れ出してもらった。

なのはとフェイトにはあたりの警戒をしてもらう。

あまり人に知られたくはないしね。

俺とソラは床に自身の血液で神字を書き記していく。

「ねぇ、なのはママ。これは何?」

ヴィヴィオが怪訝そうな顔でなのはさんを見上げて尋ねた。

「うーん。ヴィヴィオの能力が強すぎるからアオ君たちが制限を掛けてくれるんだよ。ヴィヴィオの体が壊れないようにね」

「そうなの?」

まあ、子供に言ったってわからないだろうけどね。

さて、あとは仕上げだ。

上半身裸になってもらい、神字を地肌に書き連ねていく。

「きゃっ!くすぐったいよっ」

「我慢して、ヴィヴィオ」

「うーうー」

集中力のなさは子供ゆえか。

「そっちは終わった?ソラ」

「今終わったところ」

さて、仕上げだ。

俺とソラがヴィヴィオを挟んで対極に立つ。

オーラを練り、印を組む。

「「封っ!」」

床に書いた神字が薄利してヴィヴィオの肌を上っていく。

それは左耳の付け根からすぐそばの頭皮へと集約する。

「あついっ!あついよっ、ママっ」

「ごめんね、ヴィヴィオ。もうちょっとだから我慢して」

叫ぶヴィヴィオを必死に抑えるなのはさん。

そして封印術が完成する。

毛髪にまぎれて分からないだろうが、頭皮に消せない痣のように擬態した封印術式が刻まれたのは許して欲しい。

少し、幼いヴィヴィオにはきつかったのか、術式が完了するころには気絶してしまった。

「大丈夫なの?」

「おそらくは…」

数分するとヴィヴィオは何事もなかったかのように目を開けた。

どうやら特に問題は無いらしい。

さて、これでこの世界でやるべきことは終わったかな。


その日の夜、明日この世界を発つとはやてさんに報告に行くと、挨拶が終わった後に俺を残してソラ達は退出するようにお願いされた。

どうやら重要な話があるとの事た。

ソラ達に退出してもらい、部隊長室のソファに座り話を聞くと、どうやら内容は闇の書事件の顛末だ。

そして渡されるひとつのストレージデバイス。

「これは?」

「残っていた闇の書の解析データから私が構築した防衛プログラムや。それを変質した防衛プログラムを取り除いたあとにインストールすればもしかしたらリインフォースは死ななくて良くなるかもしれへん」

…なるほどね。

「それで?これを俺に渡してどうしろと?」

「それはアオ君が決めることや」

「自分勝手ですね…」

「それは私のただの自己満足や。それがもたらす結果に私は責任はもてないし、知ることもできへん」

まあ、ね。

しかし、リインフォースを助けると言うことは…

「でもそれをすると…」

「分かってる。リインが生まれてこんようになる」

分かってたのか。

リインフォース・ツヴァイは初代が消えたからこそ生まれた存在だと先ほどはやてさんが自分で言っていた。

リインフォースを助けると言うことはその存在を消すという事。たとえ同じように作ったとしてもそれは俺の知るリインでは無い。

…まぁ、すでに俺やソラがなのは達とかかわった所為で未来はどうなるか分からないのだけれど。

だから、俺が例えリインフォースを見殺しにしたとしてもツヴァイが生まれるという保証はないし、生まれたとしてもこの世界で会った彼女と同一の存在になるとは思えないが…

「酷い人ですね」

すべての選択を俺に押し付けるはやてさんが。

「分かってる。自分がいやな人間だって事は十分に。だから少しそっちの世界の私がうらやましいかな」

「は?」

「なんでもあらへん。…過去の私の事、よろしゅうな」

それで話は終わりと退出させられた。



翌日。

ミッドチルダ外洋の周りに何も存在しない海の上に俺達は飛行魔法を行使して浮かんでいる。

大丈夫だとは思うけれど、何かあったときの被害を最小限にするためだ。

海の上故に見送りはなのはさんと彼女の掴まっているヴィヴィオ、フェイトさんにはやてさんとヴィータ、それとフリードに乗せてもらっているエリオをキャロとくらいなものだ。

他のメンバーとはそんなに仲良くなってないからね。一応挨拶は発つ前にしているけれど、そんなに多くは無かったな。

「それじゃ、お世話になりました」

「いや、私らも助かったし、おあいこや」

と、はやてさん。

「ばいばい、アオお兄ちゃん達」

「ばいばい」

ヴィヴィオの別れの挨拶。

「それじゃあ、元気でね」

「なのはさんも。ヴィヴィオの事は任せましたよ」

「うんっ!まっかせて」

ソラ達も各々挨拶をすませたようだ。

さて、後はグリード・アイランドから持ち出した指輪をはめて。

「ブック!」

聖騎士の首飾りを取り出して装着する。

リスキーダイスを取り出し、ここは大凶を引く可能性もあるが、成功率を大きく上げるために全員で一回ずつ振る。

どうにか全員大凶は引かなかった。

よし、後はトランスフォームで指定カードに擬態させていたアカンパニーとドリフトを聖騎士の首飾りの効果で元に戻す。

戻したドリフトは俺が持ち、アカンパニーをソラに渡す。

その後二十メートル以上離れてもらうことも忘れない。

「それじゃ、帰ろうか」

「「「うん!」」」

後はあの本の通りに魔法術式と忍術の複合技で時空に穴を開けてその中にくぐり…

「ドリフト・オン」
「アカンパニー・オン、アイオリア」

こうして俺達の長い未来滞在は幕を閉じた。


来た時と同じようにいびつな空間を何かに吸い寄せられるように飛んでいく。

後ろを見るとソラ達が俺を追うように飛んできているのが見える。とりあえず一安心だ。

落雷等はリスキーダイスが効いたのか自然と当たらない。

しばらくすると空間に切れ目を前方に発見する。どうやらそこへ向かっているようだ。

空間を潜るとそこは上も下も一面の青。

すぐに振り返りソラ達を確認すると閉じようとする空間からギリギリ全員抜け出せたようだ。

「わ、わわ!?」
「きゃっ」
「はわわっ」

すべてが青だと思っていたらどうやら俺たちは快晴の海上へと放り出されたようだ。

「おっと」

『スレイプニール』

ソルがすぐに飛行魔法を行使してくれた。

ソラ達もそれぞれ飛行魔法を行使してバランスを取っている。

そして俺たちは直ぐに戦闘態勢へと移行する。

なぜ戦闘かと言えば、飛び出してきた次元の裂け目の先には俺たちを未来へと送った張本人が居るからだ。

この可能性は、ドリフトを使う前にかなりの確率で有るのではないかと考えていた。

俺たちの移動は時空間を移動していた。だから、俺たちを吸い込むために開かれた裂け目をもう一度潜ることが出来れば目的の場所、同じ時間、場所に帰れる。

しかし、そうなると俺たちを飛ばした本人が居る訳で。

「なっ…?」

驚きの声が聞こえる。

しかし、その一瞬で俺たちはバインドを行使する。

「「ストラグルバインド」」
「クリスタルケージ」

いくつものバインドでぐるぐる巻きにした上で囲むようにピラミッド型の檻を展開する俺、ソラ、フェイトの三人。

「くっ!こんなものっ!」

憤るが、どう頑張っても脱出には2~30秒かかるだろう。その間に…

『スターライトブレイカー』

魔力素が流れ星を思わせるように光ながら、なのはの頭上へと吸い寄せられていく。

俺たちが作り出した時間はなのはの最大威力での一撃をチャージするだけの時間には十分だった。

なのはのチャージ中にクロノからの通信が入る。

『なにか虚数空間のようなものの中に吸い込まれたように見えたが大丈夫だったのか?』

彼からしたらおそらく一瞬の事だったのだろう。

「はい、まあ、なんとか」

そう言いつつ、四方一キロほどを結界を張って現実世界から隔離する。

なのはのスターライトブレイカーは角度的に海へ抜けるコース。

あの威力で割られた海が大量の津波を作って海岸へと押し寄せたらそれは死傷者が出るような被害が出るだろうと予測が出来る。

その被害を出さないための結界だ。

「うおおおおおおっ!」

エルグランドが吼える。

バインドが抜かれ、今にもクリスタルケージが破られそうになったが、どうやらなのはのチャージも完了したようだ。

「スターーーーライトォブレイカーーーーーーーーーーー」

ゴウッっとピンクの奔流がエルグランドを襲う。

余波が海を割り、海水が荒れ狂うようにうねる。

なのはの砲撃がやむと、空中に何とか浮いているエルグランドと、その上に浮遊しているジュエルシードを発見する。どうやら今の一撃で手元から離れたようだ。

エルグランドは四肢からは力が抜け、気絶しているようだったが、根性か、はたまた偶然か、その手に持ったデバイスだけは放していなかった。

まずいっ!

今の一撃でデバイスを吹き飛ばせなかったのは非常にまずい。

彼が転生者だとしたらデバイスは間違いなくインテリジェントデバイスだろう。

未だリンカーコアとリンクが解けていない状態のインテリジェントデバイス。これが意味する所は…

俺たちが行動するよりも速く、転送魔法陣がエルグランドの下に展開される。

そう、自己判断が出来るインテリジェントデバイスならば、魔法の行使が可能だと言うことだ。

俺たちはなのはの砲撃の余波に当てられないように距離を取っていた。今から小型のシューターを飛ばそうとも…

俺が放ったシューターが着弾するより速くエルグランドは転送魔法陣に消えていった。

「っ…クロノっ!」

通信ウィンドウのクロノに呼びかける。

『今追跡している。…エイミィ!』

俺の言わんとしている事を察したのだろう。すぐに指示を出すクロノ。

『…ごめん、クロノ君。ショート転移を繰り返されて見失ってしまったよ』

なんて事…

『すまない。未だに彼が行なった破壊で被害甚大で歓迎できる状態では無いのだが、アースラまで来てもらえるか?釈明と今後について』

エルグランドが俺たちを狙ったのは明白で、再度狙われる危険性もあるからとの事。

俺たちとしては直ぐに家に帰って母さん達に会いたかったのだが、俺たちの経験した時間も、この世界では流れていない。彼らからしたらほんの少し時間をくれと言っているだけだ。

…まあ、しょうがないか。俺たちはクロノの招待を受けることにした。

アースラに到着するとわりと被害の少なかった食堂へと案内された。

ほんの少し前に廃艦寸前のこの船に厄介になっていたと思うと感慨も深い。

席に着くとクロノが俺たちに謝った。

「すまなかった。君達に迷惑を掛けてしまった」

「いや、それは別に良いんだけど」

さて、クロノが話してくれた内容は、要約するとなんで彼があんな凶行に走ったのか分からないと言った所。

俺たちが関わったジュエルシード事件。それもしつこくフェイトやなのはの事を追求してくる彼に対しては何一つ答えなかったクロノ。

会った事は無いはずと、クロノも不審に思っていたらしい。

しかし、唯一つ。度重なる彼の妄言とも取れる事柄のなかで、ポロっと口にしてしまった、「そんな事にはなっていない」と言う言葉がきっかけで、取り乱し、ジュエルシードを強奪して転移したんだって。

「それで?そのエルグランドの事はこれからどうなるんだ?」

それに少々渋い顔をしてクロノが答える。

「彼は管理世界の人間だからね。本局に指名手配の要請をした後、僕たちが捜索、捕縛の任に当たると思うけれど…」

本格的に逃亡されたら何年も捕まえられないかもしれないと。それともう一度俺たちに接触してくる可能性があるから気をつけるように。

現れたら直ぐに連絡をくれと言った。

それに否は無いので了承して、俺たちは海鳴へと戻った。

side エルグランド

ちくしょうっ!

オリ主は俺のはずだろう!?

魔力量も俺のほうが圧倒的だったはずだ。

なのになんだ!?あのなのはとフェイトのそばに居るイレギュラーは!?

いや、分かっている。あれも俺と同じように転生者だろう。

なのは達のそばから排除しようとした結果は敗退。エクス(正式名称エクスカリバー)のおかげでどうにか逃げることには成功したが…

くそっ!

出るときにアースラぶっ壊してしまったからな…最悪犯罪者として指名手配か…

いや、フェイトやシグナム達だって犯罪行為に手を染めたが、管理局従事で事なきを得ている。

俺の魔力ランクはSSS。管理局ならのどから手が出るほど欲しいはずだ。

大丈夫。

だからとりあえず今後の事だ。

はやての所に転がり込むか?

いや、駄目だろう。

海鳴は奴等(アオ達)の領域だ。出くわす危険性が高い。

悔しいことに今の俺ではアイツらに勝てない。

強くなるには時間が足りない…

ふむ…これだけは取りたくなかったがスカリエッティの所で数の子ハーレムしかもう残ってないか?

もしsts編で管理局に捕まっても反省の態度を見せれば割と全員社会復帰していたしな。

いや、クイントさんを助けて中島家ルートも…いやいや、ティーダさんを助けてティアナルートも捨てがたい。

うーん、まずはミッドに行って見ないとどうにもならないか。

待ってろよ!俺の嫁達。

side out




久しぶりに俺たちの家の玄関を開ける。

ガチャ

「ただいま、母さん」
「ただいま戻りました」
「「ただいまー」」

中から母さんが顔を出す。

「あら、おかえりなさい。朝練は終わったの?」

その言葉を聴くのは懐かしく。また聴くことが出来てとてもうれしく感じた。

やっと…やっとだ。

やっと俺たちは帰ってこれたのだ。

「それで?今日の釣果は」

「「「「あ!?」」」」

俺たちの声が重なった。 
 

 
後書き
sts編も終了です。
何とか無事に書き上げる事が出来ました。
とりあえずA’s編では、はのは達をすでに改変しまくってるから闇の書の暴走とかも無いかもですねぇ…多分長くはならないと思います。 

 

第五十八話

さて、あれから二週間が経ち、五月も中旬。

この二週間、俺たちは久々の平穏を満喫していた。

未来へと行っていた事はちゃんと母さんに説明し、心配され、受け入れてもらえた。

黙っていてもよかったのだけれど、フェイトの技量は今朝の物とは段違いだったし、母さんに隠しとおせるとは思えなかったからだ。

エルグランドの件に関して、俺達については意外と簡単に形がついた。

エルグランドが掴まったわけではない。

グリード・アイランドから持ち出した物の一つを使ったら結構簡単だった。

何を使ったかって?

指定カードNo014『縁切り鋏』だ。

この鋏の効果は、会いたくない人の写真をこの鋏で切ると二度と会うことは無いというものだ。

必要なアイテムを引いた残りの5個を何を持ち出すか悩んだ結果、上位に上げられたものの一つがこれ。

力を持っている俺達を利用しようと近づいてくるかもしれない輩と縁を切るための物だ。

映像データはソル達が撮ってあるからそれを変換してプリントアウト。

写真として印刷されたそれを一人一枚、母さんや久遠、アルフも含めて全員で切り刻んだ。

効果を信じればこれで二度と会うことは無いだろう。


しかし、やはり俺たちに平穏は似つかわしくないようで…

未来へ行っていたために忘れかけていた学校生活もようやく慣れ、中学校から家に帰りリビングに入ると俺を出迎える声が上がる。

「あーちゃん、お帰りなさい」
「お兄ちゃんお帰り」
「お帰りなさい、アオ」
「お帰り」
「お帰りだよ」
「くぅん」
「お帰りや~」

母さん、なのは、フェイト、ソラ、アルフ、久遠、それと…えっと?

あれ?

「ただい…ま?」

そう言ってリビングを見渡すと、そこにはショートカットの小柄らな見慣れない女の子がソファに座っていた。

「ええっと?」

誰か説明、と視線を向けると母さんが答えた。

「この子は八神はやてちゃんって言うの」

ああ…うん。それはなんとなく分かってた。

って!ちょっと待った!このパターンは以前どこかで!?

「今日私が図書館に行った時に知り合ったのよ。それで、どうやら今日は親御さんが出かけてて家に一人らしいから今日の夕ご飯に招待したの」

あああああっ!

ごめん…母さん…本当に、ほんとーに…尊敬しているし、愛しているんだけど言わせて欲しい。

またお前か!

この世界におけるフラグメーカーは絶対母さんだ!

久遠もそうだし、フェイトの時も!!

なんでそう言ったフラグを建てられるの!?

やーーめーーーてーーーー;;

そんな俺の心の葛藤はさておいて、なのは達を見るとどうやらずいぶん打ち解けている。

まあ、俺が帰宅するより彼女達のほうが早い訳だし、その分時間もあったし、同姓で同い年という事で話しかけやすかったのだろう。

それに、彼女らは未来ではやてさんに会っている分、親近感がある、か?

と言うか、先ほどの母さんの言葉に「今日は親御さんが出かけてて家に一人」って言ってたか?

うーん、はやてはすでに天涯孤独なはずだが…気を使って嘘をついたか、バタフライエフェクトで両親が顕在か。

さて、どっちかねぇ。

夕ご飯はどうやらすき焼きのようだ。

まあ、うちの場合すき焼きと言うよりすき鍋だけど。

みんなで鍋を囲むにぎやかな夕食。

…いつものごとくなのはがご相伴に預かっている光景ももはや慣れたもの。

きっと隣で桃子さんが泣いている。

「ほら、久遠。厚揚げ」

普通は焼き豆腐なんだろうけれど家では久遠が居るため厚揚げにすることが多い。

「ありがとう、アオ」

ひょいっと鍋から厚揚げを取って更に持ってあげる。

「アルフもどうぞ」

「ありがとうだよ」

フェイトが差し出した器を受け取るアルフ。

「そう言えば今までつっこまへんかったんけど、何で犬と狐が普通にしゃべっとんねん!」

「「「「「「「あ!?」」」」」」」

はやてのつっこみに一同唖然。

その光景がいつものことなのと、自分の家と言うことで誰もが失念していた。

動物は普通しゃべらない。

あー…どうしようかね。

まあ、正直に言うか。それが一番ごまかせる。

「ほんなら、久遠ちゃん達は妖怪やって事?」

大体の所には嘘をつかないで説明する。

嘘は言っていない。ただ、魔法関係を省いただけ。

「そう言う事だ。ついでに人化もできる」

「え?ほんま?」

「本当だ。久遠」

「くぅん」

ポワン

俺の言葉に頷くと一瞬で改造巫女服の金髪幼女の姿へと変わる。

「わっ!ほんまや…かわいい」

下半身の動かないはやてが精一杯手を伸ばし、届かずに表情を曇らせると久遠は自分からはやてに近づいた。

「さらさらや」

久遠の髪を手櫛で梳くはやて。

なでられた久遠はどこかくすぐったそうだが逃げる様子はなかった。

「あ、くーちゃん。後でわたしも梳いてあげる」

「あ、私もやりたい」

なのはとフェイトも立候補。もてもてだ。

しばらくされるがままになっていると、食事を中断していたことに気がついて再開した。

夕食後しばらくすると母さんがはやてをつれてお風呂へと向かった。

入浴の介添えをするためだろう。

着替えの心配も無用だと言う。

母さんがはやての家に一緒に取りに向かったそうだ。

家の風呂はこの間改装して室内風呂とは別に露天風呂風味の(ちゃんと雨風は凌げる)お風呂を近所から見えない所に新しく作ったために今は大人数での入浴が可能なため、なのはとフェイトも一緒にお風呂へと向かった。

露天風呂とは何を隠そう、この間グリード・アイランドで手に入れたカードの一つ、美肌温泉である。

これに関しては女性陣たっての願いで有無を言わさず決定されてしまった…

幼くても女性である…

まぁ、切り傷や擦り傷なども跡形も無く消えるのはすごく便利だけどね。

そんな訳で、なのははほぼ毎日家で入っていくし、最近では、桃子さんや美由紀さんも頻繁に入っていく始末。

いいんだけどね…

一番やばかったのは士郎さんと恭也さんだ。

俺達では効果が少なかったから失念していた。士郎さん達は全身に傷があると…

刀傷が消えちゃったからね…

これには慌てて『思兼』で思考誘導。

この温泉の効果はそういう物であって、何の不思議も無い!と刷り込んだ。(ついでに掘っても温泉は出ないとも)

いや、焦った焦った…いろいろ思い入れは有っただろうが、今では気兼ねなく半そでを着れると逆に感謝されてしまった。

さて、俺は彼女達の入浴中に食器洗いでも済ませて置くかね。


side 紫

「何で普通の一般家庭の庭先に温泉露天風呂があんねん!?」

何やら久遠達の一件で突っ込みに対して遠慮が無くなったはやてちゃん。

「造ったから?」

「ええい!?ブルジョアがぁ!て言うか、この辺掘ったら温泉出るんかい!」

一応、湯の町としても知られている海鳴だけど山間部以外は多分掘っても出ないんじゃないかしら?

まあ、勘違いを解くといろいろ説明しなきゃだから黙っておくわ。

「それより、この温泉美肌効果があるのよ。早く入りましょう」

そう言って私ははやてちゃんに掛け湯をするとお姫様抱っこで持ち上げた。

「あっ」

顔を真っ赤にするはやてちゃんもかわいいわ。

温泉につかると逃げるように私から離れていった。少し残念。

水中は浮力があるので二本の腕でスイスイ移動している。

「ふっ…きもちええ」

ぼこっ

ぼこぼこっ

岩場にもたれかかり、気を抜いたはやての両脇の温泉が音を立てて弾けた。

ザバァーー

「うわっひいっぃい」

「あはははっ!うわっひいだって」
「ふふっ笑っちゃだめだよなのは」

先に入ったはずなのに姿が見えないと思っていたら…水中に隠れてはやてちゃんを驚かせようと待機していたのね。

それにまんまとはまったはやてちゃんは驚いてお風呂の中でずっこけた。

ぶくぶくぶくぶく…

「あわわ!?フェイトちゃん!?」

「うっうん!」

あわてて引き上げようと水中に突っ込んだ手をはやてちゃんが取ったようで、

ばちゃーーーん

そう音を立ててなのちゃんとフェイトちゃんが水中に引きずりこまれた。

「「「ぷはぁっ!」」」

三人仲良く水面に出て空気を求めた。そして…

「くっ…」
「くすっ…」
「ぷっ…」

「「「あははははっ」」」

三人の笑い声が響いた。

もうすっかり友達ね。


真昼間から市営の図書館なんかに居るから訳ありだと思ってたけれど、本人に聞くと休学中らしい。

しかし、何で休学をしているのかまでは分からない。不登校だろうか?

車椅子に乗っているから事故かとも思ったけれど、障害を持っている子供も今は普通に通えるように学校側も整備されているし、このあたりの小学校はすべてバリアフリーが実装されていると聞いた。

だから休学はおかしいと問うたら、原因不明の病気らしいと答えたはやてちゃん。

原因が不明ならば病気では無いような気がするのだけれど、一応感染性のウィルスとかでは無いらしい。

とは言え、分かってないから原因不明なのだろうけれど…

どうやらだんだん足が動かなくなっていっているらしい。

医者も匙を投げるほど(親身になってくれる先生は居る)だって笑って教えてくれたはやてちゃんに、私は少しショックだった。

仲良くなった私は、家の子達を紹介しようと夕飯に少し強引に誘うと最初は遠慮していたのだけれど、親御さんが許さないかな?との問いかけにしどろもどろになりながら、今日は両親とも不在だといい、だったらなおの事と強引に誘ったのだけれど、両親の連絡は自分がすると、どこか強引にごまかされた感じだ。

一応、最近出来た家のお風呂はすごいのよ、と自慢して、入っていきなさいと進めると、足を理由に断ったけれど、入浴の介添えなんて苦じゃないわ。

そう言って強引に彼女の家まで代えの下着を取りに行ったんだけど…

強引に家に上がったのには理由がある。

はやてちゃんのあの必死さ、アレは…

はやてちゃんの側を離れないように心がけつつ隙を突いて影分身を一体作り出す。

その影分身は気配を消して家の中を見て回る。

はやてちゃんが用意が出来たという言葉を合図に影分身を回収する。

…そう、やっぱり。

真新しい仏壇に遺影が二つ。

おそらく彼女の両親のものだろう。

どうして一人で生活しているのかは分からない、けれど…大人として、こんな子供を一人にして置ける訳は無い。

私がしてやれることはあんまりなかも知れないけれど…だけどこの出会いが良き物となりますように。

side out


さて、入浴後、母さんが来るまではやてを家に送り届けると皆をリビングに集めた。

いつもの家族会議である。

いつもの事でなのはも居る訳だが…

「ねえ、あーちゃん。はやてちゃんの足の事なんだけど…」

母さんがそう切り出す。

「原因不明らしいのだけど、あーちゃんなら治せるかしら?」

それは…

「あ、そうだね。未来じゃはやてちゃんはしっかり自分の足で歩いてたから治るんだよね?」

「そうなの?なのちゃん。」

「うん」

「なら安心…なのかしら?」

しかしその言葉に俺は肯定の言葉を上げることができない。

「アオ?」

俺の沈黙に気がついたフェイトが何かあったのか?と問うた。

ここは正直に話すしかないかな。

「まだ確証がないから、これから話すことはまったく別の世界の話だと思って聞いて」

この世界のはやての現状を確認したわけじゃないからね。まったく別の可能性もある。

みんなが頷いたのを確認してから話を進める。

「まず母さんに知っていて貰わないといけないのは、はやてが魔導師としての資質を持っているってこと」

「うん?それは分かったけれど、それが関係が有るの?」

「大いにある。未来のはやてが歩けていたのは原因を排除したからだ」

「原因って?」

ソラが俺に問いかけた。

俺も未来のはやてさんから聞いたんだけどねと前置きしてから(もちろん原作知識もある)答える。

「ロストロギア闇の書によるリンカーコアの侵食」

「ロストロギア?」
「闇の書?」

そして少し長くなったが闇の書について説明する。

元は健全な資料本だったこと。

守護騎士であるヴォルケンリッターの面々。

歴代の持ち主の誰かが大幅にプログラムを改編したこと。

それにより、幾度も暴走し、破壊の力を撒き散らしてきた過去があること。

一定期間魔力の蒐集がないと持ち主のリンカーコアを侵食する。

これがはやての足が麻痺している原因であろうこと。

闇の書の破壊もまた意味が無い。

無限再生機能があるため直ぐに復元する。

無理に外部からプログラムにアクセスしようとすると主を取り込んで転生してしまう。

その時ははやての命は助からないだろう。

正直これでは普通は詰んでいる。

「それで?助ける手段は?未来のはやてちゃんはどうやって助かったの?」

「蒐集完了後、主であるはやてが闇の書に干渉。問題である防衛プログラムを実態とともに切り離した。これ自体は無限再生能力があるからそれを管理局の大型艦船に搭載される魔導砲でぶっ飛ばした」

けれど、結局管制人格であるリインフォースは闇の書ごと消滅を願ったために光となって消えたはずだ、と付け加える。

「そう、それじゃあ放って置いても大丈夫なのね?」

「それがそうも行かない」

だって俺は誰がとは言っていなかったでしょう?

「なぜ?はやてちゃんは助かるのでしょう?」

「それはあくまでパラレルワールドの話しだし、それを解決したのはなのはとフェイト、あとはアースラの人たちだ」

「え?」「私達が?」

突然話題に出されたなのはとフェイトが驚きの表情だ。

「それにその未来は母さん…言いにくいけれど、俺や母さん、ソラが存在しない未来。母さんや大地さんがあのテロで亡くなった未来なんだよ」

「どういう事?」

「俺達が生きて、なのはやフェイトと関わった所為でここに居るなのは達と、俺たちが見てきた彼女達は別物。なのはに至っては考え方の根本が違うかもしれない」

それくらい別人だって事だ。

「だから未来の彼女達がたどった出来事と同じように行動が出来るとは思えない。その結果、大きく未来は変化するはずだ…すでに彼女達が経験した過去とは変わっているのだから」

だいたい、ジュエルシード事件にしたって大きく変わっているのだ。闇の書事件が万事うまく行く保証なんてない。

それに大前提が大きくずれている。

フェイトがアースラに同行していないし、なのはがヴィータに負けるとも思えない。

さらに言えば、ヴィータが最初になのはを襲うかも分からないのだから…

「じゃあどうすればいいの!?」

それは俺もいろいろ考えたさ。

一つにグリード・アイランドで手に入れられたリサイクルルームも考えたけれど、結局あれも直すために干渉するのだから暴走は免れないだろう。

「未来の彼女達が勝ち取った結果に類似する行動をすると言うのも一つの手だね。しかし、これには大きな賭けの部分が大きい。完成後、闇の書に取り込まれたはやての意識が覚醒しなければ管理者権限を使用することができない」

はやてが覚醒できるかは神のみぞ知ると言った所。

いろいろな要因があって、あの時はやては覚醒できたのだ。そのすべてをトレースは出来ない以上どうなるか分からない。

さらにアルカンシェルを使用するにあたり、事前にクロノやリンディさんに話をつけなければならず、彼ら以上の権限を持ったやつが出張ってくることもありえる。

最悪はやてごと無理やり保護と言う名目で連行とかも有るかもしれない。

その場合俺達が干渉できなくなってしまうし、暴走の危険性が増す。

「他は?」

……他、か。

「俺の念能力『クロックマスター(星の懐中時計)』で改変前まで巻き戻す」

俺の念能力は時間を操る。

闇の書が干渉により暴走すると言っても時間にまで干渉できるわけではない。

巻き戻している最中は時間が逆にしか流れず、干渉による暴走すら逆再生させる。

巻き戻すと入っても掴んだものの時間を戻すと言うのは掴んだものの記憶や経験した時間を読み取り、それ自身が経験した行動をすっ飛ばして巻き戻して再構築するような感じだ。

と言うのも俺自身よく分かってない。

確かに逆再生されているはずなのに、それが消費したエネルギーが元に戻るわけじゃなく、それ自身が欠けたところなどはどこからとも無く現れる。

そう、いまだよく分かっていない能力だ。

闇の書の巻き戻し→数々の暴走時の形態→巻き戻し完了

とはならないと思う。

「あら、いいわね。」

母さんが賛同する。

だけど…

「だけどね…これで一人だけどうしても助けられない人が居るんだ」

「リインフォースね」

ソラがそう俺の言葉から推察した。

リインフォース?それってどういう事?となのはとフェイトは困惑している。

「え?そのリインフォースさんって闇の書の管制人格なんでしょう?なら」

「母さん…確かにリインフォースは救える。だけど、俺が言っているのはリインフォース・ツヴァイの事なんだ」

「ツヴァイ?」

「あ、それって」
「未来の…」

母さんは分からなかったが、なのはとフェイトには分かったようだ。

「ツヴァイはね、はやてさんがリインフォースを救えなかったために生み出した存在。もしも彼女が救われたなら、彼女が生まれてくる事も無い」

それと、ヴォルケンリッター達の記憶も…おそらく初期化すれば残らない。

いくら転生を繰り返すうちに記憶が磨耗していっているとは言え、記憶は生きた証だ。

俺はそれすらリセットしようとしている…

「………」

皆の沈黙。

「どちらかしか救えないのね?」

「さて、俺はもし管制人格を救わなかったとしても俺達が知っているリインが生まれるとは思わない。未来は不確定なものだからね。それに平行世界の証明が成されてしまった今、さらに顕著だと思う」

未来は可能性の数だけ枝分かれすると身をもって体験してきたからね。

さらに俺達がいる事でなのはやフェイトは管理局に従事する確率は低い。

今度の事ではやてすら関わらなくなるかもしれない…

そうするとあの未来の事件。あれを解決できるだろうか?

はたから見ていてもあの事件を解決したのは機動六課が有った事が大きい。個人で戦闘機人を打ち倒し、スカリエッティを逮捕し、ゆりかごの暴走を止めた。

つまり、なのは達がミッドチルダ…管理局に従事しなければあの結果も違ったものになってしまうのかもしれない。

俺がなのは達に関わってしまったがためにあの未来へと続く道はおそらく途絶えた。

それは俺の罪だろうか?

しかし、これだけは言わせてもらいたい。

自国の事は自国民で何とかしろ、と。

ミッドチルダが聖王のゆりかごで占拠されようと、地球にいる俺達にしてみれば対岸の火事。

いくら第一世界ミッドチルダの住人が人質に取られていようと、曲がりなりにも世界を管理している管理局なら、たった一隻の戦艦くらい被害を考えなければ落とせるだろう。

最悪なのは人質を取った事で管理局が唯々諾々と従い他の世界に殲滅戦を仕掛ける事か。

そんな事になったら管理局の意味すらない。

ミッドチルダを見捨てて他の世界を守ってこそだろう?

話がそれた。

「それで、どうする?」

母さんに選択を迫っている俺はとても卑怯だ。

本来は俺が選択しなければならない事か…しかし…

母さんはしばらくの沈黙の後答えた。

「明日、はやてちゃんの家に闇の書を探しに行きましょう…」

「ママ!?」「母さん」「………」

「そう…分かった」

母さんは選択した。ならば後は俺の仕事だ。

「なのは、フェイト。この場合どちらもという選択は無かったんだよ。なのは達も生きていればいずれ今回のような二択の選択を迫られる事がある。どちらも助ける事が出来るのが一番なのは分かってるね?だけど、現実はどこまでも残酷だ」

今回のように。

「何が最善か、そんな事は後になって見なければ分からない。けれど、選択しないと言う事だけはしないようにね」

選択を母さんに任せた俺が言うべき言葉で無いけれど…

もはや歴史は俺が知っているものと同じではない。

しかし、もし俺が選択しなければならなかったとしても、おそらく母さんと同じ選択をしただろうか…

二人は分かったと、すべてに納得した訳ではないだろうが頷いた。


次の日、学校が終わると俺は再びはやてを家に招いている内に家探しをする事になる。

なのは、フェイトははやての相手に家に帰り、ソラは俺に付いてきている。

そう言えばグレアムの使い魔が定期的に見張っていたはずだが、まあそんな四六時中居れる訳もなく、辺りに気配は無い。

闇の書自体は簡単に見つける事が出来た。

本棚に普通に陳列されていたからね。

「それ?」

「ああ、これが闇の書だ」

手に取るだけでは特にアクションは無い。

さて、やりますか。

『クロックマスター(星の懐中時計)』

俺の念能力が発動し、闇の書の時間が巻き戻る。

おっとと、表紙の剣十字がはがれそうになった所で時間を進める。

「終わった?」

「たぶんね」

ほとんど初期状態だろう。

起動する魔力すらない。

「どうするの?」

「一応持って帰って父さんが残したラボで調べてみるかな」

「それが良いかもね」

持ち帰ってラボで検査した結果、問題なし。

こちらのアクセスを受け入れてたし、完璧に初期化しちゃったかな。

え?危ないんじゃないかって?

問題ない。暴走しても掴めれば終わるから。

まあ、その心配は杞憂だったけど。

まあとりあえずはやての足を不自由にしていた原因は取り除いたし復調するだろう。

神酒を使えば直ぐにでも治るが、それは世間体が許さない。

いきなり歩けるようになったらそれはそれでおかしいからね。

中々面倒なものだ。

はやてを交えた夕食後、母さんがはやてを家まで送り届けてからまた家族会議が始まる。

題材はそう、リビングの机の上に鎮座する闇の書…いや、もはや闇の書ではなく夜天の魔道書か。

「それで?うまく行ったの?」

「まあ、ね。暴走さえ押さえ込めるんだから失敗するはずは無い」

…まあ、うっかり巻き戻しすぎて消失してしまうかもだったけど。

「え?それじゃ治ったの?」

なのはが問いかける。

「治ったと言うか戻したんだけど…まあ、治ったよ」

「それじゃはやての足も」

フェイトが心配そうに聞いてきた。

「ゆっくりとだけど回復するはずだ」

長年使っていなかった筋力を戻すのは至難の技だ。

そこは努力がいるだろう。…まあ、ほんの少し神酒で後押しするくらいはするけれど。

「それで、これをどうするかが問題だ」

「え?何か問題があるの?」

「いっぱいあるんだよ、なのは」

「どんな事があるの?」

「これをこのまま起動せずに居た場合、ヴォルケンリッターはこの世に存在し得ない」

「シグナムさん達が?」

問いかけたのはフェイトだ。

「ああ」

「じゃ、じゃあ起動すれば良いんじゃないかな?」

「それも難しい。彼女達ヴォルケンリッターは年をとらない。つまり?」

「周りの人が不審がるってことね」

答えたのは母さんだった。

「そう言う事。起動すれば安住は出来ず、引越しを余儀なくされるだろう。…もしくはそう言った者が認められる所に行くしかない」

「ミッドチルダ及び管理世界ね」

「そう言う事」

答えたソラに追随する。

「それに起動させるにしても資質の問題も有る。なぜはやてが主に選ばれたと思う?それは素質があったからに他ならない。俺達じゃ起動したとしても守護騎士は置いて置いて、リインフォースを十全に使ってやれない。それはデバイスとしてはどうだろうか?」

『それはとても心苦しいく、もどかしいです』

『そうです。主に使われてこその私達デバイスです』

今まで沈黙を守ってきたソルとルナが発言した。

『私もそう思います』
『私もです』

それに同意するレイジングハートとバルディッシュ。

デバイスの気持ちはデバイスにしか分からない。

「そっか、そうだよねレイジングハート」

「バルディッシュも」

さて、少ししんみりした所で話題を戻そう。

「だからコレをフルに使ってやれるのははやてだけ。だけど、はやてにも世間体がある」

「……そうね。でもそれじゃ、起動するのは難しいわね」

「そう。でも、それによってはやてに普通の女の子としてこの世界で生活する道も示してやれる」

はやてに闇の書事件による負い目が無い分管理局に従事する事も無く、平凡だけど危険の無い日常を。

「…それは明日、はやてちゃんに全部説明して選んで貰いましょう。私達は彼女の選択を精一杯応援する事」

「「「「はい!」」」」


次の日の夜、夕飯後のリビング。

もはや恒例になりつつあるはやてを交えた夕食を済ませた後話を切り出した母さん。

「ごめんなさい、はやてちゃん。少し悪いと思ったけれどあなたの両親について調べさせて貰ったわ」

「あっ…」

はやての表情が固まる。

「さすがに連日家に呼んでおいて一度も両親の存在が見えないのはおかしいと思うわ」

「えっ…あっ…その」

「それでね…あなたに新しい家族を与えてあげる事が出来るのだけど」

「え?ええっ!?」

困惑するはやてに時間を掛けて丁寧に説明する。

この世界には一握りの人が魔法を使う力を持っていること。

勝手だけれどはやてちゃんの家で魔導書を見つけて修復した事。

その魔導書が原因で足が不自由になっていた事と、原因を取り除いたからおそらく回復するだろうと言う事。

それを起動すればきっとあなたを大事に思ってくれる人が現れる。

けれど、それを起動してしまったらこの世界とお別れしなければならない、と。

「別に夜天の書を起動しなくてもあなたに家族を与えてあげられるわ。私の子供になる?」

「えっと…」

母さんならその選択もあるだろうとは思ってたけれど…

「いくつか質問があります」

「何かな?」

「その夜天の書を起動しなかった場合、その本の中の子達はどうなるん?」

その質問に俺は嘘偽り無く答える。

「そうだね、本棚で眠って貰う事になるかな。他の人が起動してもいいのだけれど、適正が高くて彼女達を愛情を持って使ってあげれる人に心当たりはないからね」

それに物凄く有用なものだから変な所に知られると研究と称して色々実験材料にされてしまいそうだというのは黙っておこう。

魔導書との契約以前に管理局に知らせてしまうと確実に難癖つけて持っていかれてしまう代物だ。

さすがにそれは未来を知る身としてはしのびない。

起動してマスター認証さえしてしまえば死ぬまではやてしか夜天の書にはアクセス出来なくなる。

それからならば俺もクロノやリンディさんに相談できるし、彼らなら最大限に便宜を図ってくれるだろう。

それに直接的な実力行使はおそらくシグナム達が一蹴できるだろうしね。

だからと言って俺ははやてに起動しろと催促している訳ではない。

彼女の人生は彼女のものだから。

少し…いや、だいぶ幼い彼女に選択を強いるのは酷いとは思う。けれど、彼女自身が選択しなければならない事だから。

それに後回しにも出来ない。

幸か不幸か、今の彼女はこの世界にすがる物が少ない。今ならばまだ新しい世界でも関係を繋いで行ける。そう思う。

「私は…私の選択は…」


人々が寝静まった深夜。

場所ははやての家へと移動すしている。

「はじめましてやね。私は八神はやていいます。ひらがな三つではやて、や」

夜天の書から現れた守護騎士に対して自己紹介をするはやて。

対面で騎士の礼を取っているヴォルケンリッターの面々。

どうやた無事に起動できたようだ。


彼女が取った選択は、夜天の書の起動だった。

彼女がどう思ってその決断を下したのかは分からないけれど、そう願ったのならば後は俺達がフォローする。


「紫さん達は家に帰ってください。私は彼女達と色々お話しなければなりませんので」

「え?大丈夫なの?多分あなたに危害を加える事は無いと思うのだけど」

「はい、それは私も感じています。皆良い子達みたいです」

「そう?でも朝まで私達が一緒に居てもいいのよ?」

母さんの心配する声にはやてが答える。

「大丈夫だと思います」

「そう。彼女達との相互理解に私たちは邪魔かも知れないわね。明日また来るわ」

「はい」

「あーちゃん、皆帰るわよ」

「いいのかな?」

母さんの言葉に聞き返したなのは。

「大丈夫よ、きっとね」


次の日会いに行くとすっかり打ち解けていたようで何よりだった。

さて、都合の良い事に今日はクロノから連絡が有る日だ。

そう、あのエルグランドの件についての続報である。

エルグランドが俺達…と言うよりなのは達か?…に執着しているようなのでそれを踏まえた上での事だ。

まあ、縁切り鋏で縁を切っている以上俺達の前に現れる事は無い訳だが…

自宅のリビングでクロノからの通信を受ける。

『今良いだろうか』

「ああ、大丈夫だ。それにこっちも君に相談したい事が出来た所だ」

『相談?』

それから言えない部分はぼかしつつ、事の詳細をクロノに伝えて協力して貰えるように頼む。

『どうして君の周りはそんなに騒動が絶えないんだ…』

俺も望んで騒動の渦中に居るわけじゃありません。

だいたい母さんの所為です。

『まあいい。一度その夜天の書の主にはアースラに来てもらわなければならないな。…その守護騎士の面々も』

まあそうだろうね。

「いつならいい?」

『そうだな…こちらも色々準備があるから明日になるが良いか?』

「その方向で調整するよ」

『すまない』

「いや、頼んでいるのは俺だ」

『そうだったな』

その後お互いに笑いあう。

さて、話は済んだ。

俺がしてやれる事もそろそろ終わりかな。


さて、その後のはやて達について語ろう。

クロノに渡りをつけた後、どう言うつてで伝わったのかグレアム提督がはやて達を引き取る事になった。

グレアム提督と言うのははやての足長おじさんであり、闇の書の完全封印を目論んでいた人物であるが、この世界では未遂に終わっている上に行動に移した事実も無い。

その為にグレアム提督が持っているミッドチルダの屋敷に養女として招かれる事になった。

もちろんその前に夜天の書が完全制御下にあると言う事を散々調べられての事だが。

管制人格の起動は魔力が足りずに出来ていないが、管理局の調査と言う名目で蒐集を行使している内にちゃんと目覚めたそうだ。

今はグレアム提督の下で学校に通い、幸せに暮らしているそうだ。


ジュエルシード事件に闇の書事件。

地球で起こる災厄はどうにか最悪の結末は回避した。

これでしばらく平穏に暮らせるだろう。

久々に訪れた平穏に感謝しつつ、日々を送るのも悪くない。 
 

 
後書き
リリカル本編はいったん此れにて終了です。
次は番外編になります。 

 

番外編 リリカルなのは If

 
前書き
この作品は以前にじファン様にてエイプリルフール記念で一日のみ掲載していた物です。
その後、にじファン閉鎖に伴い掲載しました。
設定に関しては現行版よりも以前に書いた物であり、アオ達の能力が若干変わっています。(万華鏡写輪眼が『天照』『月読』等)
さらに、原作組への酷いアンチ表現があり、作者も書き上げてから「これは違う…」と思い、現行版へと大幅に改編いたしました。
その点を留意してお読みになられるようお願いします。
 

 
最近不破士郎が暫くこの海鳴市で仕事があり滞在すると、我が家を訪ねて挨拶をしにやって来た。

生まれてから3年ちょっと、初めて見る不破親子。

その日は挨拶だけで帰ったのだが、母さんが士郎さんに俺に一度だけでも訓練を付けてくれるように頼み、仕事が終り暇を見て俺に稽古を付けてくれるそうだ。

しかしぶっちゃけ思うに今の母さんの方が士郎さんよりも強いと思うよ?と母さんに言ったら。

「私が教えれるのは『御神正統』だけ。どうせならば士郎さんから『御神不破』も盗んじゃいなさい」

との事…

母さん自身は裏である不破流を詳しくは知らないとの事。

それならば仕方ないと思い、俺はそれを承諾するのだった。


さて、そうした日々を過ごしていたのだが、最近不破士郎が高町桃子と結婚するらしいと言う情報が母親からもたらされた。

ああそうそう、御神不破流の稽古は母さんが士郎さんに頼んで一回全部技を見せてもらったので総てコピーしました。

コピーした技を母さんと久遠とで反復練習して段々物にしていっている最中だ。

そんな話はさて置き。結婚式は高町家の親族だけで行ってもらい、俺達親子は出席を拒否する方向で話がまとまった。

結婚式にはいい思い出が無い為に出席しない事に決めたらしい。

しかし取り合えずは良かった。

俺がここに居るというバタフライ効果でもしかしたら結婚フラグが発生しないことも有り得る。

そういった場合「高町なのは」は生まれない。

いや、すでに原作とはかけ離れているのだ。無事に妊娠したとしてもそれが原作の「高町なのは」と同一人物なのかどうかなど誰にも保障できない。

しかし歴史の修正力なのか士郎さんたちは原作通りこの海鳴に居を構える事になった。

俺達の家から直線距離で15キロほど離れた所にあった小民家を改装して暮らすそうだ。

士郎さんも「不破」の苗字は捨て「高町」になるとの事。

このまま行けば俺は原作キャラの幼馴染と言うテンプレな状況に…

後は無事に「高町なのは」さえ生まれてくれれば…

俺の御神流の修行に関しては、士郎さんも自分が指導すると申し出てくれたが俺は母さんから習うと言い張り丁寧に断った。

いやぶっちゃけ念を使わないのならば母さんよりも2人の方が強いのだけれども、念で強化された状態では確実に母さんの方が数倍上だ、それに俺達の修行は裏技(影分身や写輪眼など)を使いまくっているので見られるわけにも行かないのも理由だ。

そんな日々が過ぎて俺が生まれて5年経った3月の事。

妊娠していた桃子さんが女児を出産した。

新しく生まれたその子供の名前は「高町なのは」と言うらしい。

どうやら無事に主人公は誕生したようだ。

さて、なのはが無事に生まれてから3年と少し。

途中士郎さんが仕事で大怪我を負うと言う事件もあったが無事に回復。


変わり映えの無い日々を送っていた俺達に一本の訃報が届く。

御神一族の中で俺達と一緒に生き残った不破大地さんが交通事故で亡くなってしまったと言う連絡を士郎さん経由で受けた。

あのテロ以来会ったことは無い人に俺自身は何の感慨も浮かばなかったが、問題は大地さんの子供。

死因は交通事故だったらしいが、夫婦で出かけていた所トラックに突っ込まれたようだった。

日中の出来事だったので保育園に預けられていた女の子が一人だけになってしまった。

しかし、母方の親類縁者には連絡が取れず、大地さんの両親などはこの前のテロでこの世を去っている。

そこに来てようやく不破家つながりで士郎さんに連絡があり大地さんの訃報を知る事となった。


その話を聞いた母さんが士郎さんと話し合い、自分が引き取る事になった。

年齢は俺の一つ下らしい。


そして顔合わせの日。

つまり女の子が家に来る日。

母さんが連れてきた女の子は…

「ソラ!?」

「アオ!」

一直線に俺へと抱きついてきた女の子を抱きとめる。

「ソラなのか?」

「うん」

ソラは泣きながら俺の胸にうずくまる。

「よかったよ。無事に出会えた」

「うん」

それから俺達は暫くの間抱き合っていた。

そして空気を読んだのか声を出さずに待機していたルナをソラに手渡す。

「ルナ!」

『お久しぶりです。マスター』

「気が付いて辺りを探しても見つからなかったから凄く心配したよ」

自分の相棒が手元に帰ってきた事に安心するソラ。

「あの~、あーちゃん。説明して欲しいんだけど」

「くぅん」

母さんと久遠が状況が掴めないとばかりに固まってしまっていた。


どうやら不破大地さんの子供と言うのがソラだったらしい。

今生の名前を『不破(ふわ) 穹(そら)』と言うそうだ。


困惑していた母さん達に事情を説明。

母さんには以前に話してあった俺の探し人だと告げた。

すこし戸惑っていたけれど母さんはソラを受け入れてくれた。

その後はわりと平和な時間が流れる。

とは言っても御神流の修行にソラも加わる事になり賑やかさが増したりもしたが。

そうそう、やはりと言うか何と言うか、ソラにもリンカーコアがある模様。

魔力量は俺と同じか少し多いくらい。

その後順調に技術を吸収していくソラ。

たまに結界を張って三人でガチバトルする事もしばしば、その時には地形が変わるほどです…



さてそろそろ原作開始の時期である。

しかし俺はこれっぽっちも動く気は有りません。

何もしなければ良い様にいく物をわざわざ改変する必要もあるまいて。

と言うわけで傍観傍観。

飛来するジュエルシード。

それから暫くして聞こえてきた広域念話。

まあ無視したけどね、ソラも。

トリステインの時は主人公の側で推移を見守っていたから余計な事でいろいろ損益を出したんだ。

だから今回はしらん。

大好きな作品ではあったが、だからこそ関わるべきではない。

数ヶ月に一・二度、親戚のお兄さんとしてなのはに会えるだけで十分さ。

しかし俺はこの時しっかり情報収集すべきだったと後になって後悔する。


木枯らしが吹きすさぶ12月。

俺はソラと一緒に久遠を連れて夕飯の食材の買出しに商店街へと来ていた。

買い物を終えた帰り道、いつものように歩いていると行き成り世界が反転した。

「結界」

「そうみたいだ」

行き成り世界の色が奪われたかのような空間に俺達は閉じ込められた。

周囲をうかがうと前方にこちらに向けて飛行してくる人影が。

良く見るとバリアジャケットを着て手にはアームドデバイスを持っているのが見て取れる。

魔導師だ。

更に観察するとその背丈から小学校低学年ほどだろうと言うのが見て取れる。

すると男子が此方に武器を向けたかと思うと行き成り魔力砲を飛ばしてきた。

「っソラ!久遠!」

俺は叫んで一瞬の後にその場を離れ、すぐさまソルに手を掛ける。

「ソル!」

『スタンバイレディ・セットアップ』

直ぐにバリアジャケットを展開し身構える。

ソラもバリアジャケットを展開し終えたようだ。

するとすかさず第二射が放たれる。

それも避けてソラと久遠と落ち合わせる。

「一体何?」

「俺達が狙われる理由はないな」

「どう…する?」

心配げに久遠が聞いてくる。

「逃げたいが、この結界を破らないと逃げる事は出来なさそうだ」

「破れると思う?」

「ブレイカー級の攻撃なら可能だろう。逆に言えばそれで破壊できなければ俺達では突破する事は出来ないと言う事だ」

「そうだね、じゃあ私がやるから援護頼んで良い?」

「任せろ」

「久遠は?」

「久遠はソラを守ってやって」

「分かった」

カードリッジをロードして準備に取り掛かるソラ。

大威力攻撃には多少の準備時間が要る。

その時間を稼ぐのが俺の役目だ。

飛来する敵に俺も迎撃に出る。

撃ち出される砲撃をかわしながら近づいて此方も砲撃を撃ち出しながらも話しかける。

「お前は誰で、何故俺達を狙っている」

「あんたらは知る必要も無いことだ」

帰ってきた言葉は子供とは言えないような感じを受ける。

取り付く島も無い。

何だろう。

自分の行いが絶対正義だと言わんばかりの表情だ。

さらに悪い事に、相対している敵はどうやらSSSを超える魔力量を持っていると推察される。

一撃に込められる魔力量は半端無い。

かわしてはいるが、シールドで受け止めようものなら受け止めた上から落とされてしまいそうだ。

自身はAAと、それなりにあるつもりだったが、これは想定外だ。

幸い魔力量は多いが未だ戦闘技術は未熟な物が有るので被弾することなく避けられるのだけれど。

「ソル」

『ロードカードリッジ』

「はぁっ」

炸裂した魔力を纏わせて力の限り相手に叩きつける。

「くぅっ!」

当然障壁を張るが、予想以上の威力に押されて踏みとどまれずに吹き飛ばされたようだ。

俺はその隙を突いて降りぬいた勢いのまますぐさまソラのところまで下がる。

ソラの方はそろそろチャージが完成して撃つだけと言った所だ。

「ルナティックオーバーライトーーーー、ブレイっかはっ」

「がはっ」

上方へと後一歩で射出すると言う時に俺とソラの胸元を背後から突き抜けて伸びる一本の腕。

それは俺達のアストラルの内側にあったリンカーコアを握り体外へと抜き出していた。

「アオ!ソラ!」

何が起きたのか分からずに驚愕する久遠。

『蒐集』

どこか合成音のような声でそう聞こえたかと思うと、行き成り体の総てが食い荒らされるような痛みが襲った。

「きゃああああああ」

「ぐあああああああ」

蒐集。

その言葉と今現在の状況と俺の前世の知識から、これが闇の書による蒐集行為ではないかと言う答えが導き出された。

しかしそれを行なう人物に至っては全く思い至らない。

記憶の中に蒐集を行なう小学校低学年の男子なんて…

…いや、記憶には無いが該当する者がある。

転生オリ主…

闇の書の守護騎士達と仲良くなり、色々なパターンが在るが、自身のエゴで蒐集を手伝っている本来いないはずのイレギュラー。

知識にある収集行為はリンカーコアから魔力を奪いはするがちゃんと回復できるはずのもの。

だが、それは俺達には当てはまらなかったようだ。

どうやら俺達の場合、体よりアストラル…魂に直結しているようだ。

それは転生を繰り返す俺達が得た技術を次の生でも使えていた事に対する一つの答えだ。

それを抜き取られあまつさえ吸い取られているという事は俺達の魂を傷付けている事と同義。

「あっ…あ……」

次第に声も絶え絶えになっていくソラ。

何とかしなければ、恐らく俺達は死んでしまう。

大魔力行使していた分だけソラの方が俺よりもダメージが大きい。

俺は何とか気力を振り絞りソルを握り直し状況を打破しようと逡巡するが、現実はいつも無情だ。

「あ……お…ごめ…もぅ…」

その言葉を最後まで言い切るより早くソラは光の粒子にになり霧散した。

「そ…ら?」

「ソラ?」

何処か遠くのほうで「な、何で?」なんて聞こえた気がするがそんな事はどうでもいい。

その光景を見て俺は一瞬の呆然の後…切れた。

「ソラぁあぁぁぁぁぁああああ!」

俺の胸元から突き出されていた腕に向かい、念やら魔力やらで強化したソルを力の限り叩きつきる。

握っていた手の付け根部分から切り飛ばし、なにやら血が噴出しているが知った事ではない。

「殺す…殺してやる」

俺の心はどす黒いものに多い尽くされた。

「あ…あ…あああああああああああああああああ」

俺の感情の爆発を受けて久遠が暴走する。

あたり一面に自身の力量を遥かに上回る量の落雷が響き渡る。

埋め尽くされた落雷を障壁でガードする人影が二つ。

そう、襲撃者は二人居たのだ。

一人が大っぴらに戦闘をしている間に長距離からリンカーコアを直接狙う。

銃弾すら避ける自信がある俺達だが、空間をつなげられて距離をゼロにされれば流石にかわし様がない。

何故俺は索敵範囲を広げなかったのだろうか。

ソルの援護があればこの結界内くらいならば余裕でサーチできたはずなのに。

後悔してもソラが返ってくる訳ではない。

後悔は後。

今は先ず奴らを殺す。

総てはその後でもいい。

とは言っても俺の体も既に限界を迎えている。

闇の書の蒐集された時に負った魂へのダメージはそう簡単に癒えはしない。

もって数分か。

だが、その数分あればいい。

その間に奴らは必ず殺してやる。

万華鏡写輪眼が開眼し、目に付くものが次々に黒い炎が燃え上がっている。

天照。

その視界にさっきまで俺と切り結んでいたガキを視界に納めた瞬間に発火。

瞬間、殺気を感じたのかギリギリで避けてその体総てを燃やす事は出来なかったが左腕を掠めた天照の炎は消される事も無く燃え広がっていく。

「ぐああああああ、熱い。な…何だよこれは!な、何で中和出来ないんだ?コレは魔法じゃないのか」

驚愕した表情の中絶望を味わえ。

俺の怒りはそんな物では収まらない。

俺は一瞬でそいつとの距離を詰める。

「熱いか?天照の炎は総てを燃えつくすまで消えはしないぞ」

「ぐぅうううううう。天照…だと?お前も転生者か?」

「さあ?そんな事はどうでもいい事だ。そら、腕を切り離さないと体総てに燃え広がるぞ?手伝ってやる」

そう言って俺はソルを振り下ろす。

「ぐああああああ、いたい、いたいよぉ」

切られた左腕から大量の血が噴出して俺の体を染め上げる。

「なんで俺がこんな目にあわなければならないんだよ」

「それはお前達がソラを殺したからだ」

そう言って俺は更にソルを振るい、左足を切り離す。

「あああああああっぅぅぅうう」

俺はそのみすぼらしくなった少年へと近づきソルを一閃。

少年は俺が最初に切った左腕をどうにか止血したようで顔色は悪いがどうにか此方にデバイスを向けて障壁をはった。

SSSランクオーバーが渾身の力を込めて張った障壁は容易に突破できるものではなかったが、俺は俺の魂が傷つくのも構わずにリンカーコアから魔力を搾り出し、更に念で強化して力任せに切り伏せる。

吹き飛ばされていく少年。

「あ…ああ…」

自分の魔力量に 自信があったのか、まさか破られるとは思わなかったのだろう。

その顔面は恐怖に染まっている。

すぐさま駆け寄り先ず俺は厄介なデバイスを持っている右腕を何の躊躇いも無くソルで切り落とそうとするが、少年は呆然としていてもそのデバイスはインテリジェントデバイスだったのか勝手に主の魔力を吸い上げて障壁を展開。

しかし、俺の怒りに任せた力任せの、ソルへのダメージをかえりみない一撃によって突破され、デバイスを握っていた腕ごと何処かにちぎり飛ばされた。

「あああああああああっ」

余りの痛みに絶叫する少年。

俺は飛ばされていったデバイスを睨みつけてアマテラスの炎で包み込む。

切り離されて握ったままデバイスと一緒に飛んで行った右腕も一緒に燃え上がった。

両腕をなくしてもまだ立ち上がり逃げようとしたそれを俺は躊躇い無く踏み抜きその足を使えなくさせる。

「ああああああああああっ」

またも絶叫。

「お前達は俺の大事な者を傷つけ、殺した。ただで死ねると思うなよ、その身に恐怖と苦痛を刻み込んでから殺してやる」

「や、やめ…」

止めるわけが無い。

息も絶え絶えな少年に遠慮無しに月読を使用。

無限に引き伸ばされた幻覚の中の時間の中で奴らは死の恐怖を何回、何千回、何万回と繰り返しその精神を崩壊まで追い込む。

その後、身のうちにあるリンカーコアを摘出し、万力の力を込めて握りつぶす。

「あああああああああ」

精神の崩壊はしていたが、痛覚が無いわけではないので余りの激痛に叫び声を上げた。

俺の掌にあるリンカーコアの残滓が夜風に揺れて消えていく。

リンカーコアを無くしてその身が生きていけるのかは分からないが、自分たちがやった事の代償としてはまずまずだ。

後はこいつの息の根を完全に止め…もう一人を、

と、そこまで考えたところで俺の体から力が急激に抜けていく。

いくらか凪いだ俺の心に呼応するかのように暴走状態から抜け出した久遠が俺の側に走り寄ってくる。

「アオ!」

倒れそうになった俺の体を人間形体になった久遠が抱きかかえるようにして止めた。

リンカーコアを握りつぶして魔力の供給源が無くなった所為か、結界が破られ現実世界に帰還する。

「くっ」

すると人がごった返す道の真ん中に行き成り猟奇殺人なみの殺人現場が出来上がる。

久遠はそれを悟ってか、俺を担ぎ上げてすぐさま瞬身の術でビルの屋上へと移動した。

「悪いな、久遠。どうやら限界だ」

「アオ…」

俺の体も既にあちこち分解されて光の粒子になって消えて行っている。

久遠は俺の使い魔で、今は俺からの魔力供給を糧として生きている。

俺が死に、それが無くなると言うことはその身の消滅を意味する。

どうするか考え、俺は自分の体から今生で得たリンカーコアを摘出する。

「アオ!?」

やはりと言うか、これは俺のアストラルと深く融合していたようで分離させようとしただけでも激痛が走る。

この痛みは体が感じているのではなく、魂が傷つけられている痛みだろうか。

物凄く痛い。

「くっ…はぁ…」

なんとか分離したそれを久遠の体内に移植を試みる。

「アオ、止め…」

「動くな」

ビクッっと痙攣したかのように俺の命令に逆らえない久遠は硬直したかのようにその場を動けない。

「記憶を少し改竄して置くよ」

そう言って俺は久遠の頭に手を置いた。

「俺やソラの事を厳重に記憶の奥底に封印」

「アオ、止めて…」

俺達の後を追わないように。

コレで久遠は初めから俺達とは出会っていない。

封印を解いた母さんに懐いて山を降りた事にする。

「母さんの事を頼むよ。出来れば俺達のことを忘れて幸せになって欲しいけど、ね」

直接言えないのが口惜しい。

記憶の封印処理と同時に進めていたリンカーコアの欠片の移植もどうにか上手く行ったようで、久遠の体内で魔力の生成が始まったようだ。

その移植手術の途中で久遠は記憶の封印処置の反動か、手術の反動かは分からないがショックで意識を失ったようだ。

「あー、ちくしょう。何を間違えたのかな」

独り言のように呟く。

「ソルも悪いな。無理させてしまって」

握っているソルはその全身に亀裂が入り既にボロボロだ。

『いいえ、問題ありません。私は、マスターの杖なのだから』

「そっか」

そして沈黙。

「平穏無事に生きたかっただけなんだけどね」

しかし世界はそれを許してはくれなかったようだ。

「転生…できるかな」

今までは実際に死んだと言う認識も無いままに気が付いたら別の世界に生れ落ちていた。

だから今現在の俺の体が粒子になって消えて行く現状が転生の準備段階なのかどうなのかの判断すらつかない。

しかし所謂『死ぬ』という事象と異なる事は分かっている。

普通死んでも肉体は現世に残るものだ。

光の粒子に分解されて塵一つ残さないなんて聞いたことは……物語では度々あるな…

なんて馬鹿な事を考えているととうとうタイムアップが来たようだ。

そろそろ思考を続けるのも億劫だ。

俺はもう一度その場に気を失っている久遠を見やる。

「悪かったな、久遠」

そしてその後空を見上げて、

「ソラ…」

その呟きを最後に俺は意識を手放した。



ふと意識が覚醒する。

眼を開いてまだ覚醒し切れていない頭で辺りの様子を伺う。

どこだ…ここ。

自分の周りには何か得体の知れない溶液で満たされていて、呼吸は口元を覆うように設置されている酸素マスクのようなもので空気を取り入れている。

自身が入っている培養カプセルのような物の外には、同じように培養カプセルが幾つか並んでいるのが見て取れた。

視線を下に向ける。

体の大きさはおよそ6歳程度。

その体を覆っている物はない。

さらに視線を下げていくと、そこに有るべき物が無い。







ええええええぇぇぇっぇえぇ!?

いや、まてまて。気のせいだ。

俺は一度目を瞑り、呼吸を整えてからもう一度目を開けて確認する。

…やっぱりありません。

何度転生してきてもずっと俺と一緒に居てくれたアレがいっこうに見当たりません…

暫く呆然としていた俺だが、気を取り直して今の状況を確認する。

年齢はおよそ6歳ほど。

性別は…後にするとして。

目の前のガラスに映った自身の容貌を確認すると、肩に掛かるくらいの金髪に虹彩異色の眼球。

右目が翠で左目が赤か?

その顔立ちは将来絶世の美女になるだろう。

自身の記憶をたどるに、記憶が結構抜け落ちている感覚に襲われる。

死ぬ間際の事は覚えている、そこでの生活の事も。

母さんやソラ、久遠との生活の事も覚えている。

しかし、それ以外の記憶は無い。

知識の中で俺は何度もこう言った転生を繰り返していると知っている。

しかし、そこで生活していた記憶が無い。

だが、前世以前の世界で身に付けたと思しき技術に関する知識が存在するのはどう言った事か。

自分の事ながらアンバランスだと思う。

考えを一時中断させて俺は全身の精孔につまったしこりを押し流しオーラの通りをよくする。

うん、成功。

念は問題なく使えるようだ。

それから俺は纏ったオーラを限界まで広げる。

どうにもこの体が未だ幼児な上に培養層に入れられているような体が問題なのか思ったよりも『円』を広げられない。

およそ15メートルと言った所か。

円を広げて周囲を確認すると、生命反応、オーラの流れを感知するにこの無数に並ぶ生体ポッドの中にもう一人人間が居るようだ。

このオーラは…ソラか!?

すぐさま念話をソラに送ろうとして気づいた。

そう言えば俺って死ぬ前に自分のリンカーコアを抜き出して久遠にあげなかったか?

転生を繰り返してもその先天性技術までも持ったまま転生を繰り返していると知識にはあるが、失った物は付加されるだろうか?

取り合えずリンカーコアの有無を確かめなければ。

体内を意識して魔力運用の初歩を実行する事でリンカーコアの有無を確かめる。

すると胸の内側がなにやら暖かい。

どうやらリンカーコアは持っているようだ。

ならばと思い念話を繋げようとして、逆に向こうから此方にコンタクトを取られた。

【アオ?アオだよね】

【ソラか?】

【うん。…また転生かな?】

【だろうな。まあ、転生できただけ運が良い。目の前でソラが光になって消えたとき俺は…】

【アオ…。大丈夫だよ、私はいつも貴方の側にいるよ】

【…ありがとう】

【そんなことより、此処は何処?変なカプセルの中に人間を入れて置くなんて…SF映画じゃないんだから】

【まあ、な。それよりも俺は重大な問題が発生している】

【重大な問題?】

【ああ、それは『マスター』…ソルか?】

『はい』

行き成り俺達の念話に混戦してくる声はソルの物だった様だ。

どうやらソルもこの世界に転生?と言って良いか分からないが俺の近くにデバイスとして生れ落ちたようだ。

ルナも一緒に居たようで、念話の端でルナはソラと無事の確認をしている。

【そう言えばアオ、重大な問題って?】

今更ながら中断した質問を蒸し返してきた。

【あ…ああ。それは俺の体が…体がっ《ドガーンッ》】

またもや俺は総てを言う前に言葉を遮られた。

今度遮ったものは爆音。

何者かが入り口の壁をぶち抜いて侵入してきたようだ。

部屋に入ってきた人物は一通り部屋の中を見渡すと、なにやら呟いた。

「まさか…プロジェクトFの残滓?…人造魔導師…」

とか何とかいった後、なにやら辛そうな表情を浮かべたかと思うとその手に持った斧のような物で俺の入っていた生体ポッドをぶち壊した。

急に排出される羊水、浮遊感が消え重力に引かれ、今まで感じなかった体の重さを感じる。

「大丈夫?」

カプセルから出された俺を気遣わしげな表情で支えた後、

「少し待ってて」

そう言って恐らくソラの居る方の生体ポッドを破壊する。

俺と同じように助け出されたソラ。

ソラの方の姿を今生では始めて確認する。

年齢は俺と同じくらいの6歳児ほど。

銀色に輝く髪にやはり俺と同じ虹彩異色。

ただし、ソラは右目が紫で左目は蒼だ。

顔立ちは整っていて髪は俺よりも少し長いだろうか。

助け出されたソラが此方を向いた。

すると…

「え?…は?アオ?…え?ええええええええ?」

絶叫。

視界に移ったのはスッポンポンの俺の裸体。

隠す物が何も無いので必然的にそこも目に入るわけで。

「え?何?どうしたの?」

と、俺達をポッドから出した金髪ツインテールのお姉さんはソラの行き成りの絶叫に訳が分からないといった表情。

まあね、そりゃビックリもするよね。

男だと思っていた俺の姿が女の子だったら。



なにやら良く分からない内に俺達は保護と言う名目で良く分からない所に連れて行かされて、いつの間にか助けに来た金髪美少女が保護責任者とか言う物になってた。

フェイトさんと言うらしい。

あ、ソルとルナは施設を出る前に回収して今も俺達の首元に掛かっている。

記憶に関してはソラやソル達とすり合わせをおこなった。

ソラも記憶に混乱が生じているようだった。

此処からは俺の推測になるが、転生前に魂が傷つけられた事による反動ではないかと思う。

まあ、確証が有るわけではないのだけれど。

それから二年、俺達は管理局本局とか言う所で保護される事となる。

なにやら詳しくは教えてくれないので偶々耳に入った事柄から推測すると、どうやら俺達は違法研究の末に生み出された存在らしい。

この世界は魔法技術が発展した世界で、その資質の有無はリンカーコアの質による所が大きい。

それを人工的に大きな魔力運用が出来るように生み出されたのが俺達。

そのために今生でも俺の体にリンカーコアが有ったのだ。

そのため何処かに人間としての欠陥が無いか調べる為にかなりの間留め置かれた。

その間は割りと不便だったが、まあ、生きていくには十分な環境は提供してくれていたので大人しく代わり映えの無い日々を送っていた。

その間に調べた情報によると、この世界では次元空間内にある幾つ物異世界との移動が割りと簡単に出来、世界間の交流は盛んらしい。

幾つもある世界を調べていく内に俺達が前世で住んでいた所と同じだと思われる世界を発見した。

97管理外世界。

それを見つけた時の俺は物凄い郷愁の念に襲われた。

「現地呼称『地球』……母さん…久遠」

「アオ…」

「まあ、アレからどれ位経ったのか分からないし、本当に俺達が居た地球かも分からないし。それに……この姿じゃ母さんの前には帰れない…かな」

その言葉にソラは少し考えてから、

「………私は帰りたい。母さんに、久遠に会いたい」

「ソラ?」

「それに母さんなら案外受け入れてくれると思う」

ソラの言葉は少なかったがそれは俺の心に響いた。

「……そうだね」

それから俺達はどうにか地球に永住出来ないかと四苦八苦。

永住できなくとも一度でも行けない物かと。

しかしどうにも生まれの所為か他世界へ渡るのは難しいようだ。

まあ、今の年齢で地球に行けて、運良く永住できたとしても生活できる基盤を獲得する事が出来ないのだが…

苦心する事二年。

漸く転機が訪れる。

「部隊への勧誘ですか?」

「うん」

久しぶりに会いに来てくれたフェイトさんが今度新しく立ち上げる部隊の勧誘に訪れた。

「アオ達は以前から他の世界に行ってみたいって言っているのを聞いた事がるんだけど、本当?」

「そうですね」

「…でも生まれの特殊さからそれは許可されていない…けれど、今度立ち上げる部隊に協力してくれたら多少なりとも規制が緩むと思うの」

フェイトさんが持ってきた話はこうだ。

今度集める部隊で魔道資質の高い人材を集めている。

徴用期間は一年間、それが終わればその働きに免じて多少の行動規制を緩くしてくれるように上に掛け合ってくれるらしい。

現状手詰まりの俺達はその話に食いついたが、…こんな年端も行かない子供を戦闘行為の跋扈する所に引き抜こうとするフェイトさん達の思考はどうなのかね?

どうやらこの世界は就業年齢が低いらしく、個人に見合った能力があるのなら低年齢でも仕事につくのが一般的なようだ。

まあ、そんな世界の風潮は俺達には手出しのしようが無いところなので置いておくとして、漸く俺達は目標への第一歩を踏み出すことに成功した。



そして部隊の顔合わせの日。

なにやら俺達と同年代の子供が二人ほどいるようだ。

そんな中部隊長である八神はやてが隊員の前で挨拶をしてこの俺達が世話になる部隊、機動六課が発足した。

挨拶が終わると、俺達が配属された前線部隊、それの平隊員である俺達を含めた6人の簡単な自己紹介とスキルの確認を行った。

俺達と同じくらいの男女の名前が男の子がエリオで女の子がキャロ、少し年上の二人組みの女性はスバルとティアナと言うらしい。

その後、教導官の高町なのはに連れられて俺達は六課の廊下を歩いて付いていっている。

しかし『高町なのは』か…

生まれ変わる前の俺達の親戚がこんな所で会えるとは…

世界は狭い。

しかし今の俺達は初対面。

母さんがどうなったのか聞きたいが、それを確認するには俺達の素性を打ち明けなければなら無い。

しかし、それは躊躇を覚える。

そんな事を考えている内に俺達は六課の敷地にある訓練場にたどり着いた。

たどり着いた先でデバイスマスターのシャーリーを紹介された。

そして始まる戦闘訓練。

レイヤー建造物の道路の上に現れるガジェットドローンと言われる自動機械が12体。

「ソル」

『スタンバイレディ・セットアップ』

とは言ってもバリアジャケットの展開は許可されていないので今回はデバイスだけ。

さて久しぶりの実戦。

前衛のエリオとスバル。

後衛のキャロとティアナ。

空が飛べる俺達は遊撃を担当。

スバルが逃げるガジェットを追いながら攻撃するも攻撃を外す、その先で待っていたエリオが魔力刃で切りつけるもかわされる。

「前衛二人、分散し過ぎ、ちょっとは後ろのあたしたちの事もちゃんと考えて!」

ビルの上で戦況を見ていたティアナから叱責の声が上がる。

その場でティアなは射撃魔法を撃ちガジェットを撃ち落さんと迫るが…直撃の寸前何故か魔力がかき消されたかのように霧散した。

「魔力が消された!?」

その声はスバルだったが各々が驚きの声を上げる。

その後AMFの説明がなのはさんから通信で届けられる。

対抗する方法は幾つか有るから。どうすれば良いか、素早く考えて、素早く動けと。

そう言ったなのはさんの言葉に何か思いついたのかティアナがスバルに指示を送る。

【あなた達…えっとアオとソラだったかしら?あなた達は漏れた奴の処理をお願い】

【了解】

その後8体までは四人で如何にかしたが、やはり撃ちもらした物が4体。

「さて、俺達の番かな」

「そうだね」

残った四体に向って降下して近づく。

【どうするの?】

ティアナから念話が入る。

【どうって…斬るんです】

【斬るぅ?】

【でもあいつらかなり速くて当たらないよ?】

その念話を聞いていたスバルが会話に割り込んでくる。

【大丈夫です】

追った先で二手に別れたガジェット。

「ソラ」

「わかった」

阿吽の呼吸で二手に分かれて追う。

数秒で追いついた俺はソルを片手にガジェットへと肉薄。

振り上げたソルに魔力を纏わせて振り下ろす。

一瞬の内に二体のガジェットを屠る。

まあ、こんなもんか。

速いとは言ってもプログラムされた行動しかしないなら先を読むことは容易だ。

ソラの方も片付けたようで此方に歩いてくる。

「はーい、訓練終了。皆良く頑張ったね。わたし達の任務にはこの敵との戦闘する事も多いと思うから、これからもっと上手く自分の実力を十分に発揮できるように訓練していこうね」

なのはさんから摸擬戦終了の合図とがんばって行こうねの激励。

「「「「はい!」」」」

息も絶え絶えの筈だったのに元気に返事をするフォワード陣の四人。

その後、なのはさんからのアドバイスを各人が受ける。

「アオちゃんとソラちゃんは接近戦以外にも射撃の訓練も平行してやっていこ」

全員に一言ずつアドバイスを言って訓練終了かと思いきや、そうは問屋が卸さなかった。

「それじゃ回避行動の基礎からやってみようか」

そう言ってその日は日が落ちるまで訓練が終わることは無かった。


side なのは

「新人達、手ごたえどう?」

隊舎の私室で休んでいると相部屋のフェイトちゃんが今日の訓練の様子を聞いてきた。

「うん、皆元気でいい感じ」

「そう」

うん、本当に皆凄い素質を持っていると思う。

だけど…

「…でも」

「でも?」

わたしの呟きを聞き逃さなかったフェイトちゃんがその続きを促す。

「…アオちゃんとソラちゃん。この二人が少し…ね」

「あの二人がどうかした?」

「うーん。何ていうか戦いなれしていると言うか何と言うか」

今までこれでも数多くの訓練生を見てきたから感じる違和感。

「そう、あれは完成しているって感じ」

「完成してる?」

フェイトちゃんがどう言う事と言った表情で此方を見た。

「今日の訓練も総てをそつなくこなした上、息一つ乱してないの。フェイトちゃん、あの子達に戦闘訓練をつけたりした?」

「ううん。して無いよ。施設でもおとなしくしていたし…魔法の訓練と言ってもそんなにたいした事を教えたって言う報告は受けてないけど…」

「そうだよね…」

でもほんの少しでも垣間見えたあの子達の片鱗。

その技量はどう見ても他のフォワード陣を頭2個も3個も抜きん出ている。

まあ、悪い事じゃないんだけど。

「クローン元の記憶を受け継いでいるのかな」

自分の過去を思い出したのかフェイトちゃんは少しつらそうにそう言った。

そう、あの子達は違法研究の施設で保護された人造魔導師。

フェイトちゃんが突入した施設で保護したと聞いている。

「記憶と経験は別物だと思うけどね…知識があったって普通は訓練して漸く身に付けるものだし…だけど」

だけどあの子達はさも当然のようにこなしている。

「そういえば、あの子達の名前ってフェイトちゃんがつけたの?」

「え?ああ、ちがうよ。あの子達が最初からそう名乗った」

「ファミリーネームも?」

それは変じゃない?

「そうだね、最初はファミリーネームは名乗っていなかったけれど、無いと不便だからって思って、私のテスタロッサの姓をあげようかと思ったんだけどね。断られちゃった。その時自分たちで付けたみたいだよ」

「そうなんだ」

アオ・ミカミにソラ・フワ

まさか…ね。

side out


「おわったー」

「つかれたー」

そんな事を言いながら隊舎の方へと帰っていく四人を見送る。

さて、誰も居なくなったのを見て俺とソラは人気の無い隊舎の裏にある林へと移動する。

「さて、と。此処からが本番かな」

「そうだね」

ソラとルナを起動して相対する。

「施設に預けられてからは監視の目もあって中々訓練できなかったからな」

「本当。纏と練の訓練くらいしか出来なかったからね」

本局に居た頃は流石に訓練施設で大ぴらに戦闘訓練をするわけにも行かなかったし。

「念についてはそれで良かったけれど、剣術の稽古が出来なかったのは辛いな。今の体との整合性も考えないとだし…昔の勘を取り戻すのにどれほど掛かるか…」

「練習あるのみだね」

「そうか、…それじゃ」

「うん」

二人ともデバイスを構える。

月夜の中で俺達の剣戟の音が響き渡った。



入隊から二週間、俺達は朝から晩までなのはさんの訓練を終えると隊舎の裏で秘密の訓練。

影分身を駆使したそれでどうにか前世の勘を取り戻しつつある。

そんな感じで取り合えず今日の訓練の総仕上げ。

シュートイベーション。

自身のデバイスを呼び、自分の体の周りにアクセルシューターを多数展開する。

なのはさんの攻撃を五分間被弾無しで回避しきるか、クリーンヒットを入れればクリア。誰か一人でも被弾したら最初から最初からやり直しらしい。

「このボロボロな状態でなのはさんの攻撃を五分間捌き切る自信ある…人も居るわね」

ティアナが汗もかかず息も乱していない俺達をジト目で睨む。

「けど、あたし達には恐らく無理。だから何とか一発入れる方向でいくわよ」

「おう!」

「「はい」」

元気のいい返事をするスバル、エリオ、キャロ。

「よし。行くよエリオ」

「はい!スバルさん」

「準備はOKだね。それじゃ、レディーーーゴー」

此方の戦闘準備が整った所を見て取って待機状態だったアクセルシューターを此方に放ってきた。

それをすんでの所で全員回避。

スバルがなのはさんにウィングロードを駆使して空中で接近戦に持ち込む。

リボルバーナックルで殴りかかったスバルの拳をバリアで受け止めて弾き飛ばす。

さらにシューターに追われたスバルをティアナが援護射撃でシューターを相殺。

俺とソラもなのはさんが操っているシューターにフォトンランサーをあてて相殺して数を減らして援護。

その隙にキャロのブースト魔法を受けて突貫。

その一撃がなのはさんのバリアジャケットを抜いてヒットした事で今日の訓練が終了。

訓練が終了した時に酷使し続けた所為か、スバルとティアナのデバイスが逝ってしまったようだ。

訓練が終わると全員汗を流すためにシャワールームへと移動するのだが…俺はこの時間が苦手だ。

転生してから4年。

だんだん女らしくなっていく体を見るとため息が出る。

昔取った杵柄でトランスセクシャルは可能なのだが…なぜ俺は最初に保護された時に女性体だったのだろうと己の不運を恨んだ。

あの時流されるままにただ流されるだけでなく、未来を見据えてちゃんと男性体になっておけば…

あの時のどさくさで俺の性別は女で登録されてしまった。

監視されていると解っていたので普段から男に戻る事すらできず…

はぁ…よそう。

かしましくシャワールームの中で会話が弾むスバルたちの会話を聞き流して俺は必要最低限だけですぐにシャワールームを後にした。

その後なにやらティアナとスバルの新デバイスの授与や、エリオ、キャロの出力リミッターの解除などがあったんだけど、俺達の関係なかったので割愛。

その時に隊長格の人たちは自信のリンカーコアに出力リミッターを掛けて部隊保持魔力の上限に収まるように誤魔化しているという話を聞いた。

その時俺が感じた事は「自身の能力を抑えて戦闘現場に行くとかってどうよ」とか思ったが口にはださない。

ひと段落した時に行き成りアラートが響き渡る。

俺達が所属してから始めての出動と相成った。


ヘリコプターで移送されて現場の上空へと送られた。

「新デバイスでぶっつけ本番になっちゃったけど、練習通りで大丈夫だからね」

「はい」

「がんばります」

ティアナが頷きスバルが気張る。

「エリオにキャロ、フリードもしっかりですよ」

俺達の分隊の隊長のリイン曹長が激励する。

「はい」

「危ない時はわたしやフェイト隊長、リインがちゃんとフォローするからおっかなびっくりじゃなくて思いっきりやってみよう」

「「「「はい!」」」」

「うん。…ってアオとソラ、反応薄いよ?もうちょっとやる気を出して」

やる気を出せと言われても…

新型デバイスでぶっつけ本番でやれと言ったあんたに呆れているんです…

しかももしかして俺達って線路を走るリニアに上空から飛び降りて接岸しろと?

俺やソラは兎も角他の四人は浮遊は出来ても飛行できないんじゃ?

時速70キロで走る列車に高高度から飛び降りて接岸とか…

おーい、…まぁいいや。うん出来るんでしょ、飛び降り。

接岸をミスったら何処まで落ちていく事か…

まあ、その時はなのはさんが助けるか。

なんて考えていたらどうやらなのはさんは空中のガジェットの掃討に当たるらしい。

「ヴァイス君、わたしも出るよ。フェイト隊長と二人で空を抑える」

え?ちょ!助けるとか言っといてもしかして俺達放置ですか?

「うす!なのはさん。おねがいします」

「じゃ、ちょっと出てくるけど、皆もがんばってずばっとやっつけちゃおう」

ずばっと…やっつける。

そのあほな言葉に放心していると、隣りでなにやら桃色な雰囲気でキャロに話しかけてたなのはさん。

何を話してたかは放心してて聞いてなかったからわからないけど、なにやらキャロを勇気付けたようだ。

キャロが持ち直したのをみたなのはさんはヘリポートの開いた登場口からそのまま身投げ。

っておい!これから戦闘に行くんだよね!?

なのにバリアジャケットを展開せずに行っちゃった。

空中で変身してたけどさ…

「任務は二つ。ガジェットを逃走させずに全機破壊する事そしてレリックを安全に確保する事ですからスターズ分隊とライトニング分隊が二人ずつのコンビでガジェットを破壊しながら車両前後から中央にむかうです」

それから、とリイン曹長はウィンドウを開いて列車の映像を出して。

「レリックはここ。七両目の重要貨物室」

「「「「はい」」」」

「で、ブリーズ(そよ風)分隊は外部に逃走したガジェットの破壊が任務です」

俺達の分隊長のリイン曹長はそう締めくくった。

「…了解」
「…はい」

「さて新人ども。隊長さん達が空をおさえていてくれるお陰で安全無事に降下ポイントに到着だ。準備はいいかぁ!」

…やっぱり飛び降りるんだ。

結構高いんだけど…

「スターズ3、スバル・ナカジマ」

「スターズ4、ティアナ・ランスター」

「「行きます」」

って、あんたらもセットアップ前に飛び降りるんかよ!

「アオ…この部隊って大丈夫かな…」

「きくな…」

そして次はライトニングの番。

「次!ライトニング。チビども、気ぃつけてな」

ヴァイス陸曹の激励。

「ライトニング3、エリオ・モンディアル」

「ライトニング4、キャロ・ル・ルシエ、フリードリヒ」

「「行きます」」

やっぱりセットアップしないで飛び降り。

「最後は譲ちゃん達だぜ」

「……はぁ」

「何でため息?」

「ヴァイス陸曹…いえ、この部隊のアホさ加減に頭が痛いだけです」

「はぁ?」

「だってそうでしょう?浮遊魔法しか出来ないような奴らに高高度から飛び降りで接岸させたり、武装をセットアップしないで戦闘空域に飛び出したり…今だってそう、普通武装してからヘリに搭乗するでしょうに…」

「…そりゃぁ…まあな…」

「だいたい守ると言った側から俺達の側を離れるとか…」

「………」

あ、ヴァイス陸曹が黙った。

「辞めていいですかね…いや、それも無理か」

目的の為には一年間我慢しなければ。

「アオ」

「…頭が痛いけどお仕事はしようか」

「うん」

「ソル」

「ルナ」

『『スタンバイレディ・セットアップ』』

一瞬の後バリアジャケットに身を包む俺達。

「行きますか…」

「…しょうがないしね」

ひょいっとヘリの開いた登場口から身を躍らせる。

空中で待機しながら併走しながら列車に付いて行く。

戦況を眺めていると早速ライトニングがピンチに。

新型のガジェットと接敵。

AMFにじゃまをされてエリオとキャロの魔法がキャンセルされた。

魔法をキャンセルされたエリオは苦戦を強いられ新型のガジェットドローンの触手でぽいっと列車外に投げ出された。

投げ出されたエリオを追ってキャロも崖下へと身投げ。

即座に追いつきキャロがエリオを抱きかかえる。

ああ、もう!

「ソラ!」

以心伝心。

俺達は急加速してエリオとキャロに追いつき回収。

「っアオさん、ソラさん」

「大丈夫か?」

「あ、はい」

「浮遊魔法は使えるよね?」

「あ、はい」

「それじゃ後よろしく」

「え?…え?」

驚いているキャロを支えていた手を離す。

「わ、わわわ」

と、少し驚いてはいるが、慌てて浮遊魔法を使用。

何とか落下速度を軽減する事に成功したようだ。

さて、と。


俺は意識を列車の屋根の上へと出てきた新型のガジェットへと向ける。

「アレをどうにかしようかね」

「うん」

ガジェットは俺達を敵と見なしたのか、その体から大量の電気コードを伸ばして此方を攻撃してきた。

先ほど見ていた感じだとかなり強力なAMFが展開されているな。

……、まあ関係ないか。

俺は列車の天井の外壁へと着地。

迫り来るコードを体捌き一つで避けながら近づく。

「よっと」

後ろからソラがAMF対策を施した魔力で出来た飛針でけん制してくれているので本体にたどり着くのも容易だった。

『ロードカートリッジ』

カシュッっと薬きょうが排出される。

とは言ってもコレはフェイク。

強力なAMFでかき消されても何の問題も無い。

「はぁっ!」

俺は『周』を使って強化したソルの刀身で新型ガジェットを一刀両断に切り裂いた。

さてと、大物が終わったら後は列車内の掃討かな。

【ソラは外をお願い。俺は中に行くわ。リイン隊長聞いてますか?許可が欲しいんですけど】

【聞いてますよ!もう。わかりました、許可するです】

【了解しました。ブリーズ3、突入します】

やり取りを終えて俺は列車の中へ。

中に入った俺は取り合えず小型のガジェットを潰しながら重要貨物室へと向う。

貨物室へとたどり着くとどうやら既にスターズの二人が先に到着していた様だ。

「レリックの回収は終わりました?」

「あなた外で待機じゃなかったの?」

「ライトニングにトラブルがあって、その代わりです」

「そう。でも、まレリックはたった今無事に回収したわよ」

と、ティアナ。

「リイン隊長がもう直ぐこの列車止めてくれるって」

スバルがリインに連絡したのか、念話を受けて俺達に伝えてくれた。

「わかった」

これにてこの事件は取り合えず無事終了。

その後ヘリに回収されて無事に六課へともどった。



初出動は波乱含みの物だった。

この部隊の危うさが浮き彫りにされた感じだ。

まだ始まったばかりの部隊だが、俺達はやって行けるのか心配になる。


その後、訓練に個別スキルの訓練が加わった。

ライトニングの二人はフェイト隊長。

ティアナはなのはさん、スバルはヴィータさんの教導を受けている。

さて、俺達はと言うと…

「シグナムさんですか…」

「ああ、悪いな。他に剣を使う訓練相手が居なかったからな。必然的に私がお前達の相手だ」

練習場の端っこで俺とソラに相対しているシグナム。

「私は他の奴らと違って教える事には向いていない…だから」

と、シグナムはデバイスを此方に向けた。

「実戦形式だ。アオから掛かってこい」

「は?」

いやいや、なんか違わない?

「ボケッとするな」

間合いを詰めてきたシグナムが俺へと切りかかる。

手加減しているのだろうその太刀筋は読みやすく、難なくその一撃をかわす。

「そら、次だ」

返す刀で俺にまたもや切りかかるのを俺はソルで受け止める。

キィン

甲高い音が響いて刀身同士がぶつかり合う。

それから切りあう事数合。

「ふむ。やはりな…」

「なんですか?行き成り止まったりして」

「いや、やはり私には教える事が無いと思ってな」

「は?」

「お前の剣技はすでに完成している。ならば後は場数を踏んで戦闘経験を積ませればいい。それには私は良い訓練相手だろう…だが」

一拍置いてシグナムは言う。

「剣をまじあわせれば分かる。だが、それはおかしい。データでは誰かに師事した記録はない。しかし、その太刀筋は完成している。しかもそこまでの域に達するには最低でも10年は掛かろうものだ。…だが」

「俺達は生まれて四年しか経っていない」

「ああ。それは余りにもアンバランスだ」

「そうかもしれません」

「お前達には元になった人物の記憶があるのか?」

「いいえ」

「ならば更に不可思議だ。…だが、そんな事は今はどうでもいい」

「へ?」

どうでも良いってどゆこと?

「お前は今、私に対して手加減しているだろう」

息を呑む。

「馬鹿にするなよ。私もコレでも一端の騎士だ。それ位は容易に分かる」

「…そうですか」

「何を思って手加減しているのかわからんが、騎士にそれは侮蔑だ。全力で来い!」

そう言ったシグナムは先ほどとは打って変わったようにその剣戟に鋭さがました。

迫り来る刃をかわし、俺もソルを握り直す。

全力でと言われた俺は一度距離を置き、腰に携えてあった鞘を左手で掴む。

『ツインソード』

手に取った鞘が一瞬で刀身に変わる。

「ほう、二刀流か。それが本気か?」

「まあ、先ほどよりは」

「そうか」

「一つ約束してください」

「なんだ?」

「ここから先は皆にはないしょって事で」

シグナムは少し考えた後、

「良かろう」

そう返した。

ならば、俺も少々本気になろう。

…本気といってもそれは試合の域をでない。

殺し合いとは違うのだ。

…殺し合いなら…面と向った瞬間に終わってるな。

月読で一発だろう。

どうやらこの世界では幻術と言えば虚像のことであり精神攻撃ではない為にそれへの対応は皆無だ。

さて、それじゃ行きますか。

俺は写輪眼を発動。

脳内のリミッターを外して神速を発動。

一瞬でシグナムの懐に入り一閃。

キィンと甲高い音が鳴り響いた。

「な!…かはっ」

今俺が放った一撃は幾ら騎士とは言え、反応できる物ではなかった。

だが、殆ど直感で俺の一撃を防いだシグナム。

しかし、俺は『徹』を使用していたために防御の上から衝撃を通してシグナムは吹っ飛んだ。

「良く防ぎましたね」

「なんだ今のは…行動が見えなかった」

「別に瞬間移動したわけじゃ無いです。単純に高速で移動しただけ」

「バカな!」

「とは言え、この速度について来れなければ、俺に攻撃を当てる事は出来ませんよ?」

と、その言葉をいった後に瞬身の術でシグナムの背後に移動。

気配を悟ったのか、レヴァンティンを横に振りぬき、真後ろへと一閃。

「何!?」

しかしそこには既に俺はいない。

「御神流、奥技之六 『薙旋』」

高速の四連撃をその身に受けて吹き飛んでいく。

バリアジャケットは少し切れただけだが、その実『徹』によって内部へとダメージが通ったために恐らく立ち上がれまい。

切り飛ばした先を見ると、意識を失ったシグナムがそこに倒れている。

「アオ…やりすぎ」

ソラが俺を責めた。

「…すまん。たしかにやりすぎた…でも」

しかし、念で身体強化はしたし、写輪眼は使っていたけれど、ほぼ剣技のみでこの世界でも指折りの騎士に勝ててしまう御神流に脱帽。

「母さんは魔法を使った俺達と互角に戦っていたよね…」

「…うん」

母さんの化け物ぶりを思い出したのかソラも躊躇いがちに頷いた。


「うっ…」

暫くすると気絶していたシグナムが覚醒する。

「気づきましたか?」

よろよろと上半身を起こし立ち上がるシグナム。

「あ、ああ」

自身の状況を確認して気絶する前の状況を思い出したのだろう、シグナムは独り言のように呟いた。

「…負けた…か」

「はい」

俺は肯定した。

「リミッターが掛かっていた…いや、それは言い訳にすらならんな。すまん、すこし外してくれ」

何かを言いかけて自己完結してしまったようだ。

「ソラ、行こう」

一人で整理する時間も必要か。

「あ、うん」

「大丈夫かな?」

「さあ?興味ない」

ソラはそう言う所ドライだったよね、昔から。

「そっか」

さて、訓練時間は終わったし、隊舎に戻りますかね。


後日、アレからなんとか立ち直ったシグナムと俺達は度々剣戟の音を響かせている。

自身より剣技に優れた相手に嫉妬するよりも、自身のレベルアップの機会ととらえた様だ。

しかし、だからといって俺達に教えを請うわけでは無い。

「私の剣は自己流だが、今更コレを捨てる事は出来ん。なれば、技を更に昇華した方がいい」

だそうで、俺達との打ち合いで自分の限界の殻を突破する事を目標に、最近鍛え直しているらしい。


そして今度の任務。

内容はオークション会場の警護と来場者の護衛。

売買されるロストロギアをレリックと誤認してガジェットドローンが現れるかもしれないからそのための保険。

何も起きなければ楽で良いんだけど…やはりそうは行かなかった。

会場周辺にガジェットの反応が多数。

地下駐車場を警邏していた俺達にもシグナムからの通信が入る。

【お前達には私と一緒にガジェットの掃討に当たってもらう】

【【了解】】

ソルを起動して目的地に移動する。

ガジェット1型に加え、この前のリニアで出てきた丸っこい大きい物もチラホラ。

「さてと、お仕事がんばりますかね」

俺は誰に言うでもなく一人ごちる。

「よっはっ」

ザンッ

AMFが張れようが、大きさが大きかろうが硬度が足りない。

周で強化したソルで滅多切り。

「しゅーりょー」

近くに敵の反応は無し。

「こっちも終わった」

ソラの方も殲滅終了したようだ。

何か途中敵の動きがーとかなんとか通信が来てたけど、なんか変わった?

周囲の警戒でその場に待機していた俺達も、敵の殲滅終了の通信を貰いオークション会場へ。

戻ってみると何やら微妙な雰囲気。

何?この空気。

どよんと言うか何と言うかそんな感じだ。

発生源はティアナ。

そのティアナも一人になりたいのか、何やら理由を付けて何処かに行ってしまった。

その後スバルに聞いた所、ミスショットでフレンドリィファイアをしてしまう所だったと聞いた。

スバルにあたる所をギリギリでヴィータが間に合い弾を弾いた。

しかしそれに激怒したヴィータがティアナを叱ったとかそんな事があったようだ。



さて、ぶっ壊したガジェットの残骸処理は他の局員に押し付けて、俺達はオークションが終わると隊舎の方へと引き上げた。


今日も日が落ちるといつもの様に自主訓練。

「よっ」

「はぁっ」

バシッバシッっと竹刀がぶつかる音が辺りに響く。

「御神流、薙旋」

ソラの繰り出した高速の四連撃が俺に迫る。

「おっと」

ギリギリでソラの太刀筋に被せる様に俺も竹刀を打ち出す。

「御神流・裏、花菱」

「っ!」

迎え撃った俺の技に吹き飛ばされるソラ。

「私の負けか…」

「ギリギリだったけどね」

「まあ、でもそろそろブランクも埋まってきたかな?」

「だな」

さて、そろそろ時間もいい頃合だ。

「隊舎に戻ろうか」

「はーい」

隊舎の裏にある林を抜けようと歩き始めると遠くの方に人影が。

「あ、ティアナさんだ」

「本当だ」

「自主練かな」

「がんばってるね」

「よっぽど今日のミスショットが悔しかったんだろう」

「……でも、体壊さないといいけど」

その訓練は鬼気迫るものがる。

「まあな。だけどこう言う時は周りの忠告なんて自分が惨めになると思っているだろうから聞かないし」

「……そうなんだ」

「そう言うもんだ。だから俺達は見つからない内に退散しようか」

「…うん」


次の日からティアナの訓練にスバルが混じっているのを確認。

あー、アレはどうやらスバルの押しの強さに負けたようだな。

「接近戦のコンビ練習みたいだね」

気づかれないように気配を消して訓練を盗み見ていたソラが呟く。

「…スバルは良いとして、ティアナがな」

「ティアナさんがどうかした?」

「近接を師事する人が居ないから。自己流で危なっかしいね」

「…確かに」

そんな日が暫く続いて、今日の訓練はなのはとの摸擬戦。

第一試合はティアナとスバル。

俺達はレイヤー建造物のビルの上で二人の試合を見ている。

「お、クロスシフトだな」

ヴィータの呟き。

見ればティアナは地面から空中に居るなのはへ誘導弾で狙撃の準備をしている。

チャージに時間が掛かってはいるが、その時間を捻り出しているのがスバル。

中々いいコンビネーションだ。

しかしティアナに鬼気迫るものを感じる。

「しかし、この訓練…はぁ…」

「アオ…だめだよ。もうこの隊に期待しちゃ…」

うん。俺の気持ちを察してくれるソラに感謝。

空の飛べない二人が空戦をしている事。コレにどんな意味があるのだろう…

この世界に置いても空戦が出来るのはすごいアドバンテージだ。

それは凄い格差がある。

移動速度が違うのだ、走る車に人間は走っても追いつけない。

ティアナなんてモロそれだ。

どう足掻いても飛んでいるなのはに追いつくことは出来ない。

普通、飛べる敵には飛べる味方をあてがうだろう。

ならば訓練もそうあるべきだ。飛ばずに自分もしっかり地面に両足つけて。

まあ、それは無理か。なのはは空戦魔導師で飛んで戦う人だから、陸戦なんて出来もしない。

ならばきちんと指導できる人を用意すべきだ。

ドドドーーーン

訓練施設に爆音が鳴り響く。

見ると何やら三人の間で何かあったのか、ティアナを普段ならやらない筈の魔力ダメージで撃墜。

どうやら規定の攻撃でヒットさせるはずの訓練でティアナが危険行為に走ったようだ。

担架で運ばれていくティアナに、それに付き添うスバルが追いかける。

さて、次は俺達の番か。

なんか空気が悪いけど、これで訓練が中止になったらマジで見限るからね。

「じゃ、ブリーズの相手は私がするから。なのははちょっと休んでて」

「フェイトちゃん…」

「ね」

「……うん」

「それじゃ、二人とも、準備して」

フェイトさんに呼ばれて俺達は訓練場内部へと移動する。

「接近戦で私にバリアを張らせるか、魔力弾の直撃で撃墜扱いだから」

「はーい」

「私は魔力弾の直撃か、近接でバリアを抜いたらあなた達の負けだからね。一人撃墜された瞬間に終了。わかった?」

「了解しました」

「それじゃ、始めるよ」

ザッ

大地を蹴って飛行魔法を発動させて距離をとる。

「さて、フェイト隊長の実力はどんなもんかね」

『フォトンランサー』

「ファイヤ」

威力も速度も落としたフォトンランサーを牽制の為にフェイトへと射出。

「ふっ」

何の問題もないと、俺のフォトンランサーを避けて俺に飛び近づいてくる。

「はぁ!」

そのままバルディッシュを振り上げて振り下ろしてくる。

ふむ。

俺はそれをソルで受け流して、流れに逆らわずにフェイトから距離を置く。

反転の為に隙が出来た所にソラがフォトンランサーを射出。

かわして此方へ向って自身のフォトンランサーで俺達を牽制。

それを俺達は自身の弾で相殺しつつ、適当にわざとずらして相殺させなかったフォトンランサーをシールドで受ける。

またも切りかかってくるフェイトさんを今度は受けずに避けてかわし、後ろから追撃。

しかし、そこはやはり隊長。

後ろに目でも付いているかのように俺の弾を避けて飛び去っていく。

その後何回か撃ち合い、防御し、逃げ回る。

うん。フェイトの攻撃には気迫は有るけど殺気は無い。

まあ、訓練だからかも知れないけれど、それでも打ち合えばわかる。

なのはもだが彼女達の攻撃は綺麗すぎる。

恐らく本当の意味で人を傷つけた事が無いのだろう。

非殺傷設定だから、魔法を当てても死ぬ事は無い。

その意味ではシグナムの剣は感嘆の意を覚える。

あれは人を殺した事があるものの剣だ。

フェイトさんを見る。

さて、ここかな。

「はぁ!」

俺は振りかぶられたバルディッシュを弱めのバリアで受けとめる。

「くっ」

「ふっ!」

パリンと俺のバリアが破られ、俺にヒットする直前でバルディッシュが寸止めされた。

「………」

バルディッシュを突きつけたまま固まったように動かないフェイト。

「あの…」

俺の声で漸く我に返ったのか反応が返ってくる。

「…あ、ごめん。なんでもない。訓練はここまで、だね…」

なんか歯切れが悪いな…

まあいいか。

「あ、はい。ありがとうございました」

俺は訓練場を飛びのき外へ出る。

入れ替わりに今度はライトニングの番だ。


side フェイト

訓練場を出て行くアオとソラを見送りながら、今行われた訓練を思い返す。

今の訓練にはどこもおかしな所は無かった。

いや、無さすぎた。

それは一つの教本のような戦闘訓練。

最後の攻撃もわざと私の攻撃を受けて、バリアを割らせたように感じられる。

だとしたら最初から最後まで手加減されていたのは私の方…

そこまで考えて私はすぐさまその考えを振り払った。

それ以上考えてはだめだ。

しかし疑念は積もる。

アオ、ソラ。あなた達は一体…

side out





そんなこんなで夜。

俺達はいつものように自主練習をしていると急にアラームが鳴る。

ガジェットドローン2型が現れたようだ。

海上を飛び回る戦闘機。

出動待機で俺達は集まった。

しかし、今回はなのは、フェイト、ヴィータの三人で掃討に当たるようで、俺達は待機。

体調を考えて、待機からもティアナを外すと命令したなのはに当のティアナが反発。

何かに焦っているが、何かがティアナを追い詰めていて、今それが爆発したのだろう。

吼えるティアナをシグナムが殴って黙らせて、話を強制終了。

その間になにかを言いたいなのはをヴィータが無理やりヘリコプターに押し込んで、現場に飛んでいった。

しかし今度は殴ったシグナムにスバルが突っかかる。

なんで努力しているティアナを認めてくれないのかと。

すると後ろから事の推移を見ていたシャーリーが出張ってきた。

そして、なのはさんの教導の意味を教えると、俺達を連れてロビーへ移動した。

「昔ね、一人の女の子が居たの。その子は本当に普通の女の子で、魔法なんて知りもしなかったし、戦いなんてするような子じゃ無かった」

語り始めるシャーリー。

モニターではいつ撮ったのか、その頃のなのはのVTRが映る。

飛来したジュエルシード、それを回収するために助けを求められ、いつの間にか魔法の力を手にしていた。

後にP・T事件と言われる事件。

VTRの中で、何度も小さいフェイトとぶつかっている小さいなのは。

しかし、俺はそれを何処かで知っているような気がしていた。

どこか、記憶の奥底において来たようだ。

しかし、それとは別に俺の目に留まった者がある。

なのはの側に居たかと思うと、いつの間にかフェイトの側にいて、状況を引っ掻き回している餓鬼。

「……アオ」

「……ああ」

そう、俺達を襲ったあいつだ。

今にも蘇る殺意を胸の内にしまいこみ、俺はVTRを見る。

VTRはジュエルシード事件が終わり、闇の書事件へ。

その詳細はカットされているが、この事件に少年の姿は無い。

その後なのはさんの撃墜、そしてなのはさんの教導の意味などをシャーリーが語っていたが、俺はさっぱり聞いていなかった。

しばらくVTRを見ていて気が付いたキャロが訊ねる。

「あの、ジュエルシード事件で出ていた男の子は?」

それにはシグナム、シャーリーとも鎮痛の面持ちだ。

「彼の名前は八神翔(やがみしょう)」

そう言ってシャリーは手元のキーボードを操作してウィンドウにその少年のステータスを映し出す。

「なのはさんと一緒にジュエルシード事件を解決した現地の魔導師よ。八神部隊長の実の兄で、その当時の魔力ランクはすでにSSSオーバー」

「「「「SSS!?」」」」

「そ、そんな人が…」

「あれ?でも八神部隊長のお兄さんなんですよね?しかもSSSオーバーの魔導師。そんな方の噂なんて聞いたことないんですけど」

と、多少八神家の事に聞き知っているスバルが問う。

その質問に答えたのはシャーリーではなくシグナムだった。

「……奴は、詳しくは言えないんだが、我らと共に闇の書事件に深く関わっていた。しかし、その事件が公になる前に、何者かに打ち倒されて…な。一命は取り留めたが、リンカーコアの損傷が激しく、今も意識が戻っていない」

その言葉にフォワード陣は鎮痛の面持ちを浮かべるが、俺はその言葉に心の奥底にしまったドロッとした物があふれ出そうになるのを必死で押し込める。

「…生きて居る…だと?」

俺の呟きはどうやらスルーされたらしく、話が次に進む。

「彼が撃墜された時、私が一緒にいたわ。今でも信じられない…私達ヴォルケンリッター4人を相手に一人で圧倒した彼を再起不能に追い込む人が居たなんて」

「居た?」

「…ええ。…恐らく消失しているわ。少なくとも一人はね。彼らの命のともし火を奪ったのは私だもの」

俺はその言葉を聞いて遂に自身の衝動が抑えきれなくなった。

自分の体からオーラが吹き上がる。

オーラは見えなくても空気が変わったのを感じたのか全員が俺に視線を向けるが、その表情は一様に俺の念に当てられたのか、俺から滲み出ている殺気に当てられたのか表情に恐怖が浮かんでいる。

俺は一瞬の内に立ち上がり、目にも留まらぬ早業でシャマルに駆け寄ると右手にオーラを集めたこぶしで殴りかかろうとして、横合いから殴り飛ばされて壁に激突する。

激突した壁に無数のヒビが入るほどの衝撃。

瞬間的にオーラを背中に集めて防御したので激突でのダメージは無いが、殴られた右腹へのダメージは相当だ。

「カハッ」

俺の口から血が滴り落ちる。

「……ソラ…」

「アオ、ダメ。それはダメだよ、今は我慢しなきゃ…ね」

俺を力いっぱい殴り飛ばしたのはソラで、俺の暴走を力技で妨害したようだ。

「だが!?」

「ダメ…」

ソラの懇願で漸く俺も少し冷静さが戻ってきた。

「……分かったよ」

漸くおれが纏っていた雰囲気が解除されて動けるようになったのかシャマルが駆けつけてこようとする。

「た、大変!至急医務室に「来るなよ!」…え?」

「俺に近づくな、俺はあんたに近づかれたくない」

「な?そんな!でも傷の手当てを」

「必要ないわ」

なおも駆け寄ろうとしてくるシャマルを今度はソラが止める。

「…っ!」

ソラからあふれ出た殺気にその行動を無意識の内に止められる。

シャマルを制して俺に近づいてきたソラ。

「…もうちょっと手加減しろよ。俺じゃなかったら死んでる」

「ゴメン。タイミング的にギリギリだったから手加減できなかった」

「…まったく」

俺はソラの肩を借りて直ぐにこの場を立ち去るべく歩き出した。

騒然とした雰囲気のこの場を放置したままで。

部屋に戻ってきた俺は、直ぐにベッドに寝かされた。

「神酒のストックがあったね。直ぐに取ってくる。」

「ああ、頼むよ。実際肋骨が何本も内臓に突き刺さってて、既に限界なんだわ」

あの場で誰も俺に近づかなかったために体の怪我の状態を誰も察知できていないのは幸いだ。

ソラに頼んで治してもらっても俺が割りと平然と歩いて帰ってきたためにその症状が割と大怪我だった事は分かるまい。

「ん」

怪我が完治するやいなや俺はソラに抱きついた。

「アオ?」

「ゴメン、ソラ。俺この部隊に居たくないよ」

誰が好き好んで自身を死へと追いやった者の側に居たいと思う物か。

抱きついた俺を抱き返してくれたソラが優しく返す。

「アオ…ダメだよ。折角地球に戻れるかも知れないんだから…ね?」

「分かってる。分かってるんだ。でも、感情まではね」

「うん」

「アイツがソラを殺した奴だって思うと、殺してやりたくてたまらなくなる」

「私は生きているよ?」

「うん、それも分かっているんだ。でも…」

「我慢しよう、アオ。折角手に入れた地球に行けるチャンスなんだから」

「……うん」


side シグナム

シャーリーの先導で始まった高町の過去の話。

その話の中で、我らの心にも大きな傷を残す主の兄、八神翔の話が出た途端、アオとソラの雰囲気が変わった。

最初はほんの少しの変化、しかしそれが一変したのは、あの翔を再起不能にした相手魔導師を蒐集したのが自分だとシャマルが言った途端だ。

アオから得体も知れないプレッシャーが放たれ、次にそれはシャマルに対しての明確な殺意に変わった。

ヤバイ!と思ったが行動に移ったアオを、彼らのスピードに付いていけない私が止められるわけも無い。

しかしそれを止めたのはソラ。

その拳にどれだけの威力を込めたらあれほど飛ぶのだろうかと言うくらいの威力でアオが吹き飛ばされていく。

その後はシャマルを拒絶して、何も言わずにこの場を後にするアオとソラの姿が。

周りの様子を伺うと、非戦闘員のシャーリーは当然ながら、フォワード陣の4人も揃って気絶していた。

アレだけの殺気を初めてその身に感じて意識を保っていられるわけが無い。

この私ですら殺気にその動きを止められて、指一つ動かせなかったのだ。

「シグナム…私、あの子達に何かしたかしら…」

シャマルが声も絶え絶えに私に声を掛けてくる。

「あいつの雰囲気が変わったのがいつか分かるか?」

シャマルは先ほどのことを思い出すと、

「…翔君の話を始めた辺りからかしら…」

「そうだ、そして、お前が翔を倒した相手を消したと言った時にあいつは切れた」

「そんな!?…それじゃあの子達は彼らの知り合いなの?だったら…でも変よ!あの子達は生まれてから数年しか経っていないって押収した研究資料に載っているもの…」

「ああ。だが、明らかに彼らはお前に明確な殺意を持った。それだけは確かだ。今はソラが抑えているようだが…」

「………」

シャマルがあいつ等に会ったのはこの部隊が発足してから、それ以前に接点は無い。

あいつ等がどうしてシャマルに対して殺意を抱いたのか。

「そう言えばシャマル、翔が襲われたときの敵の映像は残っていないんだったな?」

「ええ…翔君のエクスカリバーは敵の魔法で炭化していたし、私のクラールヴィントは私の腕が切り飛ばされて、魔法が中断した時のバックファイヤでショートしちゃってたから、映像としては残って無いわ。それはシグナム、貴方も知っている事でしょう。当時の貴方は翔君を撃墜した彼らを血眼になって探していたじゃない」

「そいつらの特徴は覚えているか?」

「…覚えているわ。翔君をあんな目に合わせた彼らの姿を忘れた事はないわ」

あんな目…か。確かに翔の事だけ考えれば再起不能、それもほぼ植物人間状態に追いやった奴らの方が悪に感じる…が、実際はどうだろうか。

「バイザーで目元を覆いその顔は分からなかったけれど、二人とも恐らく同型の剣型のアームドデバイスだった…わ」

シャマルも気がついたか。

「そうだな、似ているな。私は聞いただけだが、あいつ等に」

主の為と言い訳をして無関係な人たちを巻き込んだ私たち。

確かに私たちは優しい主を悲しませない為に殺しはしないと誓った。

蒐集も命に別状がない程度に搾り取るはずだった。

しかし何事にも例外があったのだろう。

あの時の彼らは魔法生命体…いや、私たちに近い存在だったのか、蒐集に耐えられずに霧散したと聞いた。

なれば、本来裁かれるはずは我等…か。

「でも…ありえないわよ…ね?」

不安げな声で話すシャマルに私は答えを持ってはいなかった。

side out 

 

番外編 リリカルなのは If その2

それから数日、俺はシャマルの事を探りを入れた。

それで分かったことは少ないが、彼女らは八神部隊長の個人戦力であり、データを見るに10年前から容姿が変わっていないことからある種の魔法生命体であると推察される。

秘匿されている闇の書事件の詳細は閲覧できなかったが、情報を集めるにその首謀者、シグナムが主と呼ぶ八神部隊長を合わせて彼女らが俺たちを殺した犯人だ。

俺は必要最低限以外の接触を絶った。

そうでもしなければ俺はまた彼女らを害しかねない。

まあ、シャマルなど最初からほとんど接点がなかったが…

そんな俺の態度を見かねたようになのはやフェイトが注意してきたが聴いた振りをして実際は無視。

何とか改善させようとしているのだが、やめてくれ。マジでキレそうだから。

そんな鬱屈としていた俺に転機が訪れる。

願っていた…でも会ってはいけない人との再会。

なんだかんだでなのはとティアナが和解して訓練もセカンドフォームの実施が始まった。

俺やソラには最初からリミッターなんて設置していなかったから関係ないのだけれど、ティアナなどはツインハンドガンからツインダガーに形態がチェンジ、その戦闘スタイルすら変わりかねない。

とは言ってもこの部隊には軽量武器の扱いを教えてやれる人は居ない。

そこで俺たちはなのはさんの計らいで第97管理外世界『地球』の海鳴のなのはさんの実家へと赴いている。

実家が剣術の一門派である為に基本だけでもその教えを乞おうと言うわけだ。

今回参加するのはデバイスが刀の俺とソラ、デバイスにダガーが加わったティアナと引率のなのはだけだ。

なのはさんにつれられて俺たちはなのはの実家へと到着し、なぜか一般家庭なのに敷地内に存在する道場へと招きあげられた。

対面に存在するのは一人の女性。

「それじゃ紹介するね。今回の講師の御神紫さん」

見間違えるはずは無かった。

それはあの日突然に別れを告げなければ無かったひとつの日常。

「御神紫です。よろしくね」

そう動きやすそうな練習着に身を纏った母さんが挨拶する。

「はい」

それに応えたのはティアナだけ。

俺とソラは応えられずに押し黙る。

「本当はわたしのお姉ちゃんに頼むはずだったんだけどね、急に都合が悪くなっちゃって。お父さんやお兄ちゃんも都合が悪いし…それでどうしようかって時に紫さんが空いてるからって。紫さんはうちの剣術の免許皆伝の師範さんなんだよ。それでこっちがわたしが教導している子達で」

「ティアナ・ランスターであります」

背筋を伸ばして敬礼のポーズ。

「あ、そんなに畏まらなくてもいいからね」

「そう言う訳には」

「いいからいいから」

昔と変わらない雰囲気を纏う母さん。

「それでそっちの君たちは?」

「アオ…」

「…ソラ」

俺たちはそうとだけ答える。

「アオちゃんと…ソラちゃんね…」

俺たちの名前に少し表情が崩れる。

十年ほど前に失踪した俺たちの事を思い出してしまったのだろうか?

今すぐに打ち明けたい。

けれど今はそんなことは出来ない。

「まずは着替えて軽く準備運動からかな」

母さんのその言葉で訓練が開始された。

町内をランニングで走ること30分。

帰ってくると道場に上がりストレッチ。

「それじゃ竹刀をもって。軽く素振りからはじめようか」

渡された竹刀を見る。子供用なのか、それとも御神流の小太刀に倣っているのか少し短めの竹刀が渡される。

簡単に素振りの仕方を教えられて俺たちは素振りを開始する。

「それで?この子達の戦闘スタイルは?」

「ティアナは両手でダガーを扱うことになると思うから二刀の扱いを基本から教えていただけますか?」

「了解。後の子達は?」

「あー、…この子達は自己流だけどそれなりに使えているので、それを最適化するのを手伝ってください」

「分かったわ」

しばらく素振りをした後に止めの合図で集合する。

「さて、本当はもっと時間があれば良いのだけれど。今回の滞在期間は二週間くらいだっけ?」

「そうですね。仕事もありますし、二週間が限度です」

「そっか、じゃあ型とか歩法とかは本当に基本しか教えられないわね。しかたない、それじゃ本当に最低限自分の武器で自身が傷つかないようになるのが精一杯よ?」

「そうですね、まあ今回はそれが出来れば上等と言うことで」

母さんとなのはさんで打ち合わせ。

まあ、二週間で剣術をマスターなぞ最初から出来るわけが無い。

その後簡単な型や歩方をティアナに教えている。

俺たちもついでにと一緒になって訓練している。

しかしこの訓練、すごく懐かしい。

御神流の訓練を始めたころに母さんと一緒に良くやっていた。

もはや魂が最善の動きを覚えている。

暫く基本の動きの練習をしていると母さんから声が掛けられた。

「アオちゃん、ちょっとこっちに来て」









さて、なぜ今このような状況に居るのか…

俺は今竹刀を持った母さんと対峙している。

母さんは二本の竹刀を構えてすでに臨戦態勢。

俺は竹刀を一本で構えて対峙する。

行き成り申し込まれた模擬戦。

なのはが自己流だが完成していると話した俺たちの実力が知りたいと言い、強制的に始まろうとしている。

ソラとなのはは見学。

趣旨のひとつに二刀の扱い方の見本と言う部分もあるため、ティアナも見学中。

「行くよ!」

「ちょ!まっ…」

静止の言葉は間に合わず、すでに距離を詰めてきた母さんが一閃。

振り出された竹刀の一撃を手に持った竹刀で受け止める。

バシンッと小気味いい音が道場に響く。

一刀を受け止めても直ぐにもう一方を打ち出してくる。

それを俺は受け止めた竹刀を流しつつ回避する動きのままに今度は此方からと一閃。

しかしそれはかすることも無く回避される。

其れからは三戟、防御するか回避してからようやく此方も一回攻勢に出ることが暫く続いた。

しかし、手数が圧倒的に足りていない上にこの十年研鑽を続けてきた母さんの剣筋は竹刀であっても速くて重い。

だんだん一刀では捌き切れなくなってくる。

一瞬距離を取った母さんが二刀を油断無く構えると、此方をひと睨み。

「御神流 虎乱」

今までとは比べ物にならない速さで繰り出される連撃。

迫り来る連撃。

一撃目だけを竹刀で受けて弾いた勢いを利用して大きくバックステップで二撃目をかわす。

三撃目も相手の竹刀を弾いて防御。

そこで追撃が止まる。

「コレも防ぐのね」

一人呟く母さん。

母さんは何か考えたそぶりを見せた後、

「あーちゃんよね?」

そう俺に問いかけた。

問われた俺は動揺を何とか表情に出すことなく答える。

「誰ですか?」

「そう、とぼけるのね。…いいわ、ならば『錬』」

母さんはもう一度距離を取ると一気にオーラを開放する。

ちょっ!『念』!?

噴出したオーラが体の周りを覆い、両手の竹刀を包み込む。

幸い『周』のみだが今の状態で竹刀で受けても確実に竹刀が折れる。さらに言えば肩や手首なのど間接部分が逝く!

と言うか念で強化された攻撃を生身で受けるのは自殺行為!

念で強化された母さんの攻撃は素の身体能力じゃかわし切れない。

神速を発動して避ける?

どうにも脳内リミッターを外すと写輪眼が発動するから却下。

魔力で身体強化?

駄目だ。今までそちらの方面は全て念で修行してきたので不可能。

と言うか何で母さんはこんな所で念による攻撃を?

と、考えて、答えは先ほど出ていた。

気づいてくれた。

俺がどんな姿になっても。

ならば…


side ティアナ

紫さんに二刀流の戦い方を見せてあげるとの事であたしは今、紫さんとアオの試合を見学している。

魔法に一切頼らない、純粋な剣技。

シグナム副隊長の荒々しい其れとは違う一種の芸術のようなその動きにあたしは圧倒された。

しかしそれを捌いているアオも凄い。

10歳ほどの女の子が大の大人の剣をある時は受け止め、時にはかわし、隙を付いて反撃を入れている。

「凄い…」

知らず知らずのうちにあたしはそう呟いていた。

「本当…」

なのはさんも呟くように同意した。

「………」

ソラは無言で戦いを見ているが、その表情が少し険しいかな?

ソラから視線を試合に戻すと紫さんが離れたところから連撃で仕掛けている所だ。

『虎乱』と言っていたのは恐らく技名かな。

紫さんの攻撃は今までのどんな攻撃よりも速い攻撃だった。しかし。

「コレも防ぐのね」

目の前のアオはそれを防いで見せたのだ。

…凄い。

紫さんの剣術も、それを防いだアオも。

なんであたしの周りはこんなのばかりなのだろうか。

いや、だめだめ!この間きいたばかりじゃなかいか。

なのはさんの教導の意味を。

嫌な感情を追い出してアオ達に目を向けるとどこか躊躇いがちに紫さんがアオの声をかけた。

「あーちゃんよね?」

あーちゃん?

確かに名前はアオだしあーちゃんで間違いないだろうけれど、今の物言いは親しいものに向けるソレのようなニュアンスがあったような…

「誰ですか?」

「そう、とぼけるのね。…いいわ、ならば『練』」

紫さんがレンと言った瞬間からあたしは例えようの無い悪寒に苛まれた。

「さっ…寒い…」

この感覚は以前感じたことがある。

そう、あれは確かこの間シャーリーさんの話を聞いていたとき…あの時に得体の知れない悪寒に耐え切れずあたしは気絶してしまっていた。

気が付くと同様に気絶していたスバルやエリオ、キャロ。

あの時原因は分からなかったけれど微かに感じた違和感の発生源は恐らくアオ。

気が付いたときにはすでにアオとソラは居なかった。

あの時一体何が起こったのか…

「うぅっ…くっ…」

隣に居るなのはさんも凄くつらそう。

「………」

ソラに視線を向けたが全然平気そうだ。

あの時ほど怖い感じはしないけれど凄いプレッシャー。

どうにか意識を保ってアオ達を見る。

すると…

「…練」

静かに…しかし確かにレンと呟いたアオからも凄まじいほどのプレッシャーが。

「かっは…あっ…くぅ」

息が出来ない!

「っ…」

なのはさんも苦しそう。

「アオ!」

ソラがアオを呼ぶとこちらを振り向きもしないアオに向かって手に持っていた竹刀を投げる。

それを後ろに目が付いているかのように腕を振り上げただけの動作でキャッチ。

始めから持っていた竹刀とあわせて二本になった竹刀を構えるアオ。

二刀流…

「まったく…アオも母さんも手加減を知らないんだから。周りの事ももう少し気に掛けてくれないと…念に当てられて呼吸が止まりそうな人が居るのに…」

「はっ…かっ…はあっ」

あたしは体全体を包む不快感に懸命に抗う。

前回一度体験しているので、本当に細くだけれど呼吸が落ち着いてくる。

「はぁ…はぁ…はぁ」

あたしは意志を総動員してプレッシャーに抗い、何とか眼前の紫さんとアオとの試合を見つめた。

そこで始まった先ほどの続きは想像を絶するものだった。

彼ら二人の行動は、あたしの目には残像すら残さない。

目にも留まらないとはまさにこの事と言わんばかり。

時々衝突音だけが聞こえている。

紫さんとアオ、あなた達は一体何者?


side out



ソラから投げ渡された竹刀を左手に持ち構える。

お互い今は言葉は要らない。

ただぶつかるだけ。

先に動いたのは母さんだ。

「御神流 『雷徹』」

迫り来る母さんの斬撃。

迎え撃つ俺も奥義で応える。

「御神流・裏 『花菱』」

ぶつかり合う剣技。

相殺した俺と母さんの剣技。

ぶつかった剣技の弾みで互いに距離が離れてしまった。

すぐさま俺は距離を詰める。

「御神流 『射抜』」

高速の突きの連撃。

「っふ!」

しかし母さんは一息の元にその全てを回避する。

「御神流正統奥技 『鳴神』」

俺の突きをかわし、その隙を突いて反撃に出た母さん。

今度は俺が回避する番だ。

「っく」

迫り来る連撃を両手に持った竹刀で捌く。

打ち合い、攻撃をかわし、また繰り出す。

それを何度繰り返しただろう。

それにしても、母さんのオーラのすごく流麗なこと。

確実に過ぎた年月が浮かばれる。

剣技のキレも嘗てとは比べ物にならないほど。

うん、これは勝てない。

俺と言えば最近漸くブランクが埋まってきたところだ。

勝てる道理が無い。

それでも俺は今出来る全力で母さんに挑む。

「御神流 『薙旋』」

俺から迫るは高速の四連撃。

「御神流奥技之極 『閃』」

しかしその初手に母さんのカウンターを食らった。

「くぅっ…」

流を使い竹刀を強化したが全てを受けきれずに俺は吹き飛ばされた。

空中で何とか制動を掛けて道場の壁に激突する寸前で着地する。

追撃を警戒してすぐさま竹刀を構えるがどうやら母さんは動かないようだ。


「ふふ、やっぱりあーちゃんじゃない」

まあ、母さんは最初から確信していたみたいだったけれど。

「ごめん…」

「何が?」

「最初は名乗り出れなくて」

それと、と。

「急に居なくなったりして…ごめんなさい」

「馬鹿…」

母さんはそう言うと俺の体を抱きしめてくれた。

抱き返した俺から母さんは視線をソラに向けるとソラを呼ぶ。

「ソラちゃんも」

「お…かあ…さん…」

「はい」

とてとて歩きよってきて母さんに抱きつくソラ。

両の腕で俺とソラを抱きしめてくれる母さん。

「それにしても、あーちゃん。女の子になったのね」

「うっ…」

「ふふ、後でお洋服買いに行きましょうね」

そんな他愛の無い会話をしながら俺たちは暫くの間再会を確認するように抱きしめあっていた。



さて、暫く感動の余韻に浸りたいところだけれど、いつまでもこの道場では話が出来ない。

「あのー、話が見えないのですが」

オーラを引っ込めた事で漸く復調したなのはが俺達に話しかける。

「知らない方がいい事ってのは世界中にいっぱいあるのよ?」

暗に関わるなと母さんは言う。

「そう言う訳には行きません。二人と紫さんは知り合いなのかとか、何で二人が御神流を使えるのかとか…それに」

と、一拍置いてから、

「どうしてソラちゃんが『お母さん』って呼んだのか」

と。

「どうしても知りたい?」

母さんが確認する。

「はい」

「仕方ない、それじゃ練習は中断。ついて来て」

俺達は練習着から普段着へと着替えて移動する。

そう、俺達の家へ。

「ここは?」

「私の家」

ティアナの質問に母さんが答える。

玄関をくぐると行き成り俺の腹部に衝撃が走った。

「ぐふぅっ!」

悶絶しながら視線を向けるとそこには一匹の狐が張り付いていた。

「久遠?」

「アオ!アオッ!」

おかしい、確かに俺は久遠の記憶を封じたはずなのだが…

少し困惑気味の表情で久遠を見つめ返す。

「くぅん?」

後で聞いた話だが、久遠の記憶はだいぶ前に戻っていたんだと。

どうやら俺達が転生し直した頃と丁度時期がかぶるらしい。

転生したときに何が起こったのか、それともたまたま偶然なのか、詳しいことは分からなかったが、寂しかったと散々泣かれてしまった。

リビングに入り、ソファに座って母さんが出した紅茶を一口すする。

あ、おいしい。

「さて、この子達との関係だったわね」

「はい」

「そうね…ねえ、なのはちゃん。あなた、私の子供、覚えているかしら?」

「はい…大好きでしたから」

「そう…。行き成り居なくなった私の子供が転生したのがこの子達よ」

「はあ?」

目を丸くするなのは。

「テンセイ?って何ですか?」

転生の概念が無いのか聞き返してくるティアナ。

「あら、ティアナちゃんの国では死んだら新しく生まれ変わるって言う話は無いのかしら?」

「生まれ変わる?」

「そう、人は死んだら生まれ変わるって、この国では信じられているのよ」

「そうなんですか?」

なのはに聞き返す事で確認をするティアナ。

「そうだね…そう信じている人は多く居る。死ぬと生まれ変わるって。だけど生まれ変わるときに記憶などは前世に置いてくるって。けれど、実際の所は分かっていないの」

なるほど、とティアナ。

「でもね、二人は特別。二人は生まれたときから前世の記憶があったわ。そして聞いた、何度も記憶を持ったまま生まれ変わりを経験している事も」

「そうなの?」

なのはさんが俺に問いかけた。

「ああ」

「それじゃ10年前、アオちゃんとソラちゃんは……」

「そう、死んだんだ」

「でも、二人一編に死ぬなんて普通じゃない。ねえ、あーちゃん、10年前何があったの?」

「10年前の事…か。その事についてはなのはさんは聞かない方がいい事も多い」

あ、ばらした後でもさん付けしてしまっている。

まあ、今は年下だし、別にいいのか?

「と言う事は、わたしにも関係している事柄があるんだね」

「まあね」

「…だったら尚の事、聞かないわけには行かない」

「…まあ、いいけど」

それから俺は話始める。

行き成り襲われて殺されてしまった事。

襲ってきたのが八神部隊長の身内で有った事。

襲ってきた二人の内一人を再起不能に追い込んだ事。

「…それじゃ今も翔君があんな状態なのは」

「そう。俺の所為だね」

「そんな…あなた達の所為で翔君はもちろんはやてちゃんがどんな思いをしてきたか!」

「何を聞いていたの?襲われ、殺されたのはこっちだよ?それに行き成り何も知らされずに10年もの間自分の子供を奪われた母さんは?」

「あっ…」

「因果応報。人を傷つけた分だけ自分に返ってくる。俺達はただ平凡に生きて居たかっただけなのにそれを奪った奴には当然の酬いだ」

「………」

なのははなにかを考えている。

「それでも…あんな…」

なのはの中ではやてと翔とやらの存在が大きかったのだろう。

どうしてもそちら側に立って考えてしまっているようだ。

理解して欲しいとは思わないけれど、だったら自分はどうするのだろう。

その選択が気になった俺は写輪眼を発動させる。

「月読」

「え?」

刹那に幻覚に囚われる。


side なのは

ここは?

周りを確認すると高町家のリビング。

「あれ?なのは。帰ってきていたの?」

台所で夕飯の料理をしていたお母さんがわたしに気が付いて話しかけてきた。

「おや、お帰りなのは」

今度はお父さん。

お兄ちゃんもお姉ちゃんも居る。

いつもと変わりないわたしの家族。

真っ赤に染まったアオちゃんの眼を見た瞬間、わたしはどこかに飛ばされたようだ。

そんな事を考えていると突然周囲を結界で覆われる。

「結界!?」

わたしが叫んだときにはすでに四方を結界で覆われていた。

「誰が!?」

するといつの間にそこに居たのか、騎士甲冑に身を包み剣型のアームドデバイスを構えた昔の記憶のままの翔君がいた。

「翔…君?」

翔君はわたしの問いには何も答えず、行き成りお母さんに切りかかった。

「え?」

袈裟切りに切られた傷口から大量の血を噴出して倒れるお母さん。

え?なんで?

「なんでそんな事するの?」

そう呟いたわたしの問いに目の前の翔君は、

「なのはが知る必要の無い事だ」

とだけ答えた。

目の前の翔君は次の目標を定めると今度は魔力弾でお父さんを吹き飛ばした。

何で?どうして?

わたしが思考している内に翔君は次々とわたしの家族に手を掛けていく。

「駄目ー」

『プロテクション』

どうにかお兄ちゃんを狙った魔力砲撃に割って入ってバリアを展開する。

間に合った。これなら!

そう思って振り返るとお兄ちゃんの胸から腕が生えている。

何で?

噴出した血液が部屋を真っ赤に染める。

生えている腕に見覚えのある指輪が見えた。

「クラール…ヴィント?」

何で?どうして?何も悪い事してないのにわたしの大切な人を奪っていくの?

「あ…あっ…あああああああああああ!!!」

わたしは目の前の翔君目掛けてレイジングハートを構えた。

「レイジングハート…非殺傷モード解除」

『オールライト。ディバインバスター』

あいつがお父さん達を!

大好きだったのに!



殺意のままにわたしは砲撃を続けた。

side out


「あああああああああああああ!」

行き成り大声を上げて絶叫するなのは。

「なのはさん!?なのはさん!」

その横で一生懸命に肩を抱き、正気に戻そうとするティアナ。

「……ティア…ナ?」

「そうです。ティアナ・ランスターです」

なのはを正気に戻した後、キッっと此方をにらみ付けた。

「なのはさんに何をしたの?」

「幻覚を見てもらっただけ」

「幻覚?」

「はぁ…はぁ」

憔悴しているなのは。

「幻…覚?…じゃあ、お母さんやお父さんは…」

「死んでない。…だけど、幻覚の中で感じた感情や行動は真実。ねえ、なのはさん。あなたはどうしたの?」

と、聞いている俺だが、勿論幻覚世界の内容は掛けて本人である俺には分かっている。

「………」

「襲ってきた相手にどんな事情が有ったにせよ、襲われた方にはこれっぽっちも関係がない!失ったものは戻ってこない!それでもあなたは相手が可愛そうって言うの?」

なのはは顔をくしゃくしゃに歪めて、

「……ごめん…なさい」

とだけ言った。

俺は話を続けた。

転生後は行動に制限が掛けられていて戻ってこれなかった事。

その制限もがんばれば緩みそうだと言う事。

母さんの事も聞いた。

俺達が居なくなって1年くらいは母さんも荒れていたようだ。

しかし近くに久遠が居たお陰で精神崩壊には至らなかったらしい。

その後俺達が転生を繰り返していると言うことを思い出して、もしかしたらこの世界の何処かに生まれなおしているかもしれないと探していたようだ。

とはいえ地球には生まれつかなかったのでどこを探しても俺達は居なかったのだが…

母さんが出してくれた紅茶で喉を潤す。

さすがに説明するのにかなりの時間が必要だった。

「そう…それじゃ今のあなた達に両親は居ないのね」

「うん」

純粋な試験管培養である俺達に生みの親なんて存在しない。

遺伝子提供者は居るかもしれないが、それが親かと言われれば絶対にNOだ。

「だ…だったら…その奉仕期間が過ぎたら…私の所に帰ってきて…くれる?」

母さんがすごく緊張しながらそう言葉を発した。

怖かったのだろう。

俺達が自分の下に帰ってきてくれるのかどうかが。

自分の下をから離れて変わってしまったのではないか、と。

「帰ってくるよ、絶対。ねえ、アオ?」

先に答えたのはソラだった。

「そう…そうだね。ここが俺達の居場所だからね」

「あーちゃん、ソラちゃん」

安堵に表情を緩ませ、目に涙を溜めている。

「とは言ってもすぐにって訳には行かないし、いろいろと面倒な事があるからね」

「別世界だから?」

「それもあるけれど、やはり俺達が人工生命体だと言う事がネックかな。生きてる限り監視が付きそう」

その言葉に母さんは少し考えてから、

「…複雑なのね」

とだけ言った。

さてお開きねと母さんが食器を片付け始める。

「待ってください!」

と、今まであまり発言しなかったティアナが止める。

「何かしら?」

「お話は分かりました。所々理解できないところは有りましたが…。しかし先ほどの戦闘…紫さんが『レン』と言った瞬間空気が変わりました。それにアオも。紫さんは魔導師じゃ無いんですよね?」

「そうね」

「だったらあのプレッシャーは一体…『レン』ってなに?ソラが言っていた『ネン』って?それに普通の人間があんな速度で動けるわけが無い」

神速を使った高速戦闘を目の当たりにしたティアナが疑問に思うのも当然か。

だけど…

「プレッシャーについては答えられないわ」

「どうしてですか?」

「だって私はアオから教えてもらったのだもの、だから私が教えるわけには行かないの」

そう言って母さんは俺の方を向く。

「アオ?」

「教えない」

「なぜ!?」

「知れば強くなれると思った?」

「つっ」

図星かな。

自分の事を凡才だと言ってコンプレックスを抱いていたからね。

「魔法技術もまだまだ教えてもらう事が多いのに、それでもまた別の力を望むの?それは遠回りだよ。一日二日で使える技術は無い」

教える気は無いけれど、実際は長期的に考えれば念を習得した方が近道なんだけどね。

影分身あるし。


「そんなの分かってるわよ。それでも…強くなりたい…」

ありゃりゃ、あの後吹っ切れたように見えたんだけど…。

念を教える事は出来ないけれど。

「ねえ、母さん。神速を教えてもいい?」

「神速?出来るのならば構わないけれど」

「あの、神速って?響き的には凄く速く動くんじゃないかとは思うんだけど…」

今まで空気だったなのはが会話に加わる。

「ああ、違う違う。神速は速く動く技術じゃないよ。確かにそう言った効果もあるけれど、基本的には知覚能力を何倍にも増幅させる技術」

「知覚能力…」

「そう、自身の知覚能力を高める事で刹那の瞬間を掴み取る」

「それってあたしは習得出来るの?」

怪訝そうな顔でティアナが聞き返す。

「下地は出来てると思う。後は努力しだい」

なのはさんの地獄の訓練で脳が活性化しているし、まだ若いからコツさえつかめば出来るかもしれない。



さて次の日。

俺達は人里離れた森の中に居た。

「それで?あーちゃんは神速をどうやって教えるの?」

「まあ、普通のやり方ではそれこそ年単位の修行が必要だから、裏技を使うよ」

「裏技?」

「要は何度かティアナの体で見本を見せるから、後は努力しだいって事」

「あたしの体ってどう言う意味ですか!?」

ヒョイヒョイっと印を組む。

「こう言う事だよ『心転身の術』」

と、言った瞬間俺の体はグラッと倒れこむ。

「アオちゃん!」

近くで見ていたなのはさんが慌てたように近づいてくるより速く俺の体はソラによって抱きとめられた。

「だ、大丈夫なの!?」

母さんも心配そうに近づいてきた。

「大丈夫だから、俺の体は安全な所に寝かせて置いてくれると助かる」

「分かった」

うなづき返したソラ。

「え?ええ!?何?どういう事?ティアナが俺って言ってる!」

混乱しているなのは。

(そうよ!ちょっとどういう事よ!?なんであたしの体が勝手にしゃべっているの!?)

「あーうっさいうっさい。今精神だけティアナに憑依しているんだよ」

「なー!」

(な、何ですって!ちょっと今すぐ元に戻しなさいよ!)

はいはい無視無視。これからなんだから戻す分けないよっと。

「さて、それじゃソラ、悪いんだけど飛針を飛ばしてみて」

「分かった」

ソラは魔力で組んだ非殺傷設定の飛針を構えると此方に向けて飛ばしてきた。

(うえ!?きゃああああああ)

おののくティアナの叫び声をBGMに神速を発動。

視界から色が消える。

飛んでくる飛針を視認して左に一歩。

(色が…それに景色が止まって見える)

ひゅんっ

ティアナの直ぐそこを飛針が通過する。

サクっと言う音を立てて後ろの木に刺さった。

「え?今何が?何か避けたの?投げた方も避けた方も全然見えなかったよ」

なのはが今見た現状を説明する。

「これが神速」

(今のが?凄い…っつ)

ずきずきと頭に鈍い頭痛がする。

(痛たたたたた!何よこれ!)

「脳内のリミッターを外すんだから最初は鈍い痛みもあるよ」

(そんなの聞いてないわよ!)

「言ってないもの。ソレよりほら二本目来るよ」

視線をソラに向けると次の飛針を構えている。

「はっ」

ソラから投げられた二本目。

「よっと」

色彩を視覚から排除。

景色が灰色に染まる。

今度は少し多めに距離を取って回避する。

「相手のプレッシャーを感じて自分のリミッターを外すんだ」

色の戻った景色。

すぐさま放たれた三投目。

そのプレッシャーを感じて神速を発動。

目の前まで迫っていた飛針を体を捻って回避。

「分かった?」

(痛たたたたた!頭が割れる!)

「根を上げてないで。自身の感覚として自分で使えるようにならないとなんだからね」

(そんな事言ったって)

「コレを使えるようになれば結構すごいんだよ。接近戦だけじゃなくて射撃に転用したりしてもかなり使えるんだからね」

ポケットを漁ってクロスミラージュを取り出す。

「クロスミラージュ」

『スタンバイ・レディ』

「モード2」

右手に持ったクロスミラージュの形態がダガーに変わる。

飛んできた飛針は3本。

左手のクロスミラージュを構えて迫り来る飛針に向けて誘導性を無視で2射。

寸分たがわず相殺し、3本めは右手のダガーで叩き切る。

(凄い…)

「見えてるんだから当てる事も出来るんだよ」

(なるほど…)

「感心してないで、ほら。いつまでも俺が憑依している訳じゃないんだからね。今の内に感覚をつかむ!」

(あ、はい…)

その後休憩を挟みながら二時間ほど俺がティアナを動かす。

「さて、そろそろ感覚もつかめて来た?」

(とっかかり程度なら…でもまだ全然)

「あとは慣れの問題。一回自分でやってみて」

そう言って俺はティアナと主導権を交代する。

「ちょっと、自分でってどういう事…って今あたしが動かしてるの!?」

(そう。まだ心の中には居るけどね。っとほら来たよ)

「え?っキャーーー」

(痛い…あのね、中に居る俺も痛いんだからちゃんと神速を使って避ける)

「分かっているけれど」

ソラから放たれる飛針。

感じたプレッシャーで自己の知覚を加速する。

一瞬で視界から色が取り払われて灰色の世界へ。

「あっ」

しかしそれもほんの一瞬。

自分で始めて発動した神速に驚いて惚けている内に着弾。

「ぐえっ」

(痛い!)

「ご!ごめん…ってもともとコレはあたしの体!」

(まあ、そうだね。でも今一瞬だけど神速が使えてたよ)

「うそ!」

(本当。ほら!次行くよ次)

「はい!」



それから暫くはティアナの神速の練習。

最初の切欠を憑依して教えた所為か、取っ掛かりは何となく分かって来た様だが、まだまだ全然使えていない。

まあ、初日だし今日はそろそろ終わろうかと言ったとき、見学中のなのはが唐突に自身の疑問を口にした。

「ねえ、アオちゃんって実際はどれ位強いの?えっと…その翔君…あっ、SSSランクの魔導師を退けられるくらいだったんだし」

ティアナから自分の体に戻り帰り支度をしていた俺は少し考えてから答える。

「うーん。魔導師としてだけならば俺よりなのはさんの方が強いんじゃない?」

「え?そうなの?」

純粋な魔法技術だけならば、ね。

神速も使わない、写輪眼も使わない、剣術や体術も禁止で、魔法だけならば技術の差というより魔力量で押し切られそうだ。

「だからルールを設けた模擬戦じゃ勝てないかもしれない。…だけどね」

「だけど?」

「魔法以外も使うならばなのはさんには万に一つくらいしか勝ち目は無いよ?」

「そ、そんなに!?」

俺の言葉が流石にショックだったらしい。

「だったら!わたしと模擬戦しよう!勿論、全力で!」

「はあ?」

「お願い!」








そんなこんなでなし崩し的になのはさんと全力戦闘する事に。

とは言ってもなのはさんには出力リミッターかかってるけどね。

「それじゃ始めよう…って!アオちゃんバリアジャケットは?」

「いらないいらない」

と言うかソルすら起動していません。

「流石に少しムカつきました!後でお話です」

「まあ、そんな事はいいから。ソラ、合図よろしく」

今回は一応ソラに結界をお願いしています。

まあ、スターライトブレイカーとか使われると結界破壊されちゃうかもだけどね。

まあ、使わせる気無いけど。

「分かった。それじゃ、レディー・ゴー」

「レイジングハート!」

『オールライト、フライヤーフ…』

飛行魔法を使うつもりらしいけれど遅い遅い。

ぱっぱっと印を組んで自分の影を伸ばす。

「え?」

レイジングハートを握りこんでいたなのはの左手が何かを放り捨てたようなポーズで空中で止まっている。

「何で!?」

「忍法『影真似の術』」

「忍法!?」

「いやー、昔忍者だった事があってね。その時色々覚えた。この術に囚われると囚われた側は自由には行動できず、俺の動かしたように動くんだよ」

「忍者!?」

「さて、昔の格言にこう言うのが有る。『魔法使い、杖が無ければただの人』って。魔導師のみなさんはどうなんだろうね?」

「くっ!」

『ディバインバスター』

俺の胸元で待機しているソルが術式を展開する。

右手の指先をなのはさんに向けてチャージ開始。

「うぅ!リリカルマジカル。福音たる輝きっ」

「遅いよ!ディバインバスター」

閃光はなのはを直撃せずにその隣を通り過ぎた。

「はい、今のが当たっていれば撃墜。もし撃墜しなかったら何度でも繰り返せばいいんだけど?」

「うぅ…」

「デバイスは優秀だけど、やはりそれを無くすと弱いね。騎士の人たちなんてそれがもっと顕著なんじゃない?」

影真似の術を解除すると、なのははレイジングハートに駆け寄っていく。

「もっ…もう一回!」

「何度やっても同じだと思うけれど…」



仕切りなおしてもう一戦。

「レディー、ゴー」

「今度こそ!」

始まる前から起動していた飛行魔法ですぐさま地上を離れようとするなのは。

だけど…ね。

「『魔幻 樹縛殺』」

周りは林だし、この幻術は丁度いい。

今頃なのはは絡みつく木々の触手と格闘中だな。

「な、何これ!?」

一心不乱に襲ってくる幻覚の触手を避けているのだろう、回避運動をしつつ、あらぬ方向を魔法で攻撃している。

「ちょちょちょ!ちょっとーー!きゃーーーーーーっ」

あ、ティアナの方に魔法が飛んでいった。

母さんはソラが守っているから問題ないな。

と、暫くすると空中で何かに囚われたように大の字で静止しているなのは。

「まあ、インテリジェントデバイスなんだからレイジングハートがなのはの身体に微弱でも揺らぎを与えれば解けるんだけどね」

俺はゆっくり飛行してなのはに近づく。

『マスター!しっかりして下さい。何が起こっているのですか』

レイジングハートが必死に呼びかけている。

「よいしょっと」

なのはの腕からレイジングハートを抜き去る。

瞬間、飛行魔法がキャンセルされる。

落ちていくなのはの腰に腕を回して落下の速度を緩めつつ着地。

着地と同時に幻術を解く。

「…はっ今のは?れ、レイジングハート!?」

俺が持っているレイジングハートを驚愕の表情で見つめる。

「…何をしたの?」

「うーん」

どうしようか…まあ、知られたところで防げないからいいか。

「幻術に掛かっていたんだ」

「幻術?でもあれはシルエットじゃなかった」

ティアナが得意とする幻術魔法、フェイクシルエット。

「フェイクシルエットは現実に出現させる事で相手を惑わせるけれど、魔幻は脳をだます…一種の催眠術だね。なのはさんは昨日一回体験しているでしょう」

「……」

「五感を騙すんだから、いくら防御が硬かろうが、シールドを展開しようが関係ない。魔法じゃレジスト出来ないからね」

「そんな…」

「魔導師じゃ初見じゃ絶対に見破れない。だって知識が無いんだもの。故に面白いくらい掛かるね」

「回避方法は?」

「教えると思う?」

「……アオちゃんの性格からして教えない…かな」

「正解」

手に持っていたレイジングハートをなのはに投げ渡す。

「わっとと。もうちょっと丁寧に扱ってよ」

「ごめんなさい。…、ああ。これで分かったでしょ。一対一じゃ俺には敵いませんよ。」

「む、もう一回!ね?わたしまだまともに魔法を使ってないじゃない…」

「と言うか、使わせるわけが無いじゃないですか。相手の得意舞台で戦わないのは戦う上での基本の一つですよ?」

「…そうかもだけど、ね?お願い、後一回だけ」

むう、面倒くさいな…あ、そうだ!

「じゃあ、後一回だけですよ?本当にこれ以上はやりません」

「え?本当?じゃあ早速!」

「と言っても、戦うのは俺だけど俺じゃありません」

「え?」

「ティアナー」

俺は端に居たティアナを呼ぶ。

「何よ?」

俺は印を組みながら駆け寄って行く。

「『心転身の術』」

グラッと倒れこむ俺の身体を乗り移ったティアナの身体を使って支える。

「よいしょっと。ソラ悪いんだけどまたお願い」

(ちょ、ちょっと!?なんでまたあんたがあたしの身体を動かしているのよ!)

「いや、まあ神速が使えるのと使えないのでは天と地ほど差が有ることを証明しようと思ってね。多分神速が使えればティアナだってなのはさんに勝てるよ?」

(え?)

「ま、見てて。クロスミラージュ」

『スタンバイレディ・セットアップ』

「ソル、いくつか術式をクロスミラージュに転送しておいて」

『了解しました』

「え?ティアナとやるの?」

「ええ、ほら構えて下さい。心配しなくても魔法技術で相手になりますよ…まあ神速は使いますが」

「え?あ、うん」

さて、それじゃあクロスミラージュを構えてっと。

「ソラ、合図お願い」

なのはさんと向かい合いソラの開始の合図を待つ。

「レディ、ゴー」

「レイジングハート」

『フライヤーフィン』

ああ、もう!やっぱり飛ぶんだね。

(ああ、飛ばれるわよ!?)

飛ばれると飛べないティアナは不利だというのは自身が嫌と言うほど分かっているのだろう。

そんなのは俺もわかっている。

だから今度もまた飛ばせない!

「クロスミラージュ」

『スパイダーネット』

地上から二メートルのところに魔力で編まれた半径100メートルほどの円状に網目のネット状の物が現れる。

「え!?」

行き成り現れたスパイダーネットにその上昇を阻まれるなのは。

「くっ!こんな物で」

そう言ってなのはさんは強引にネットを破ろうとするけれど、その隙を逃すわけが無い。

『クロスファイヤー』

「シュート」

放たれたクロスファイヤーが勢いよくなのはに迫る。

『プロテクション』

しかし、なのはが張ったフィールドバリアに阻まれる。

命中するもバリアは割れず。

(硬いわね…どうするのよ?)

しかし、そこで止める俺ではない。

誘導性を無視して速度と威力、連射性を向上させる。

「こうする」

両手のハンドガンをなのはを狙う。

そして神速の発動。

知覚能力が向上して集中力も限界まで高まる。

左右のハンドガンから打ち出された弾丸は計6発。

弾丸は正確無比になのはの張ったバリアの一点に立て続けにヒットする。

先ほどのクロスファイヤーのダメージと、今回の速射のダメージでどうにか4発目でなのはのバリアを抜いた。

ドドーン

着弾して粉塵が舞う。

しかし、バリアが割れて着弾した一瞬にどうやら反撃してきていたらしい。

身体の周囲に現れるリングバインド。

「おっとと」

すぐさま神速を発動してバインドからすり抜ける。

「にゃはは…ダメージ覚悟でカウンターを狙ってみたんだけどね、失敗しちゃったか」

なんてこちらに向かって話しかけてくるなのは。

おっと、そんな話しかけたら答えが有ると思ったら大間違いだぞっと。

俺は無言でクロスミラージュを構える。

『クロスファイヤー』

「シュート」

「え!?ちょ!お話聞いて?」

『プロテクション』

「戦闘中に話しかけるとか…はぁ…」

俺はやるせない気持ちでいっぱいだった。

それでもレイジングハートは優秀なのかバリアはしっかり張っていたが。

爆炎にまぎれて木々の間に身を隠す。

頭上のスパイダーネットで空中は塞いだ。

これで実力の半分も出せないだろう。

木々を移りながら位置を悟られないように魔力弾を撃ち、攻撃する。

まあ、向こうも飛び回っているので互いに決め手に欠けるけれど。

状況は此方に有利かな?

「アクセルシューター、シューーート」

おっと、こちらに向けて10を超える魔力スフィアが飛んでくる。

この数をコントロールしてまだ余裕が有るとは…さすがはエースオブエース。

だけど、甘い!

神速を発動。

此方も魔力弾を速射する。

その数12。

10個のスフィアを相殺して残りはなのはへと迫る。

そして着弾。

その隙に木陰に隠れる。

(ちょ、ちょっと!今がチャンスじゃないの?こっちの魔力は維持しているあのスパイダーネットでガリガリ削られていってるのよ!速く倒さないと魔力切れよ!)

「もうちょっと戦況を良く見ろ!なのはさんが意味も無く飛び回るわけ無いだろう。クロスミラージュ!」

『マジックソナー』

眼前に現れたスフィアが形を崩してその粒子が散っていく。

魔力を使った『円』だ。

「やっぱりあったか!設置型バインド。だけど今のサーチで位置はつかんだ!」

(え?ええ?)

「さて、仕上げと行こうか」


俺は木陰から出るとなのはをかく乱するために攻撃しながら動き回る。

くぅ…流石に魔力量はあちらが上か。

そろそろ押し負けそうだ。

「ああ!もう、何で当たらないの?」

いい感じにじれてきているな。

ええっと、設置型のバインドの位置はっと。

ここなら正面から受け止められる。

「かかった!」

(な!わざわざ位置を確認して何で掛かるのよ!?)

俺の左手に突如として現れたバインド。

その後全身を縛るように現れるリングバインド。

おっと、危ない。

俺は瞬時に身体を捻って右手の自由を獲得する。

『ディバインバスター』

その隙を突いて砲撃魔法のチャージを始めているなのはさん。

しかし俺はソレを待っていた!

神速を発動。

灰色に染まる世界で自由になる右腕で正確にチャージしているディバインバスターを狙い打つ。

『クロスファイヤー』

「シュート!」

打ち出した弾はなのはがチャージしていたディバインバスターに直撃。

ドガーーーン

チャージ途中での横入れで誤爆する。

「きゃーーーーっ」

さて、今だね。

「な!バインド?」

『スターライトブレイカー・シフト・ファントムストライク』

俺の構えた双短銃に四方八方から集まってくる魔力。

「使い切れなくて散らばっちゃった魔力を集めて再利用」

「な!?それって!まさか!」

なのはの顔に焦りが浮かぶ。

「スターーーーライト、ブレイカーーーーーーー!」

「うそーーーーーー!?」
(うそーーーーー!?)
と言うなのはとティアナの心の叫び声を消し去る轟音を撒き散らしながらスターライトブレイカーはなのはを襲う。

あ、しまった結界まで破壊しちゃった…

まあ、森の中だし大丈夫だよね?

粉塵が晴れると気絶したなのはが寝転んでいた。

「うにゃあ…」

「まあこんなもんだね」

(…………)

「ティアナ?ティアナー?」

だめだ、放心している。

さて、試合も終わったし疲れた。

今日はもうゆっくり眠りたいな。


次の日から数日なのはは自分の部屋に引きこもって出てこようとしなかった。

俺にこてんぱんにやられたのが結構精神的にショックだったらしい。

まあ、どうでもいいか。

ティアナの神速の訓練は…まあ順調かな。

少しずつだけど確実に進歩してるし。

そんなこんなで今回の滞在はタイムアップ。

名残惜しいけれどミッドに戻る事になった。

そんな感じで短かった母さんと久遠との再会も暫くお預け。

俺達はミッドの隊舎に戻りお勤め中。

数日が過ぎ、朝練を終えると俺達は休暇を賜った。

街にでも出て遊んでくるといいよとの事。

お言葉に甘える事にして俺達はそれぞれの分隊の新人同士で街へと出かける事になった。

街に出る前にフェイトさんが、

「お金もってる?お小遣いあげようか?」

とか、

「暗くならないうちに帰ってくるんだよ」

とか、あんたは俺らの母さんか!?

いや保護責任者ではあるんだけどね。

街に出て本当に久しぶりにショッピングなどをして時間を潰しているとキャロから緊急通信が入った。

市街地で女の子とレリックを発見、保護したそうだ。

通信は隊舎のほうにも繋がっていたようで、隊舎で待機していたなのはさん達からも通信がはいる。

「アオとソラも現場に行って手伝いをしてあげて」

ウィンドウ越しのなのはさんが命令する。

「市街地の飛行許可は」

「すでに申請済みだよ」

と、フェイトさんが答えた。

一旦通信を切り、俺はソルに手を掛ける。

「なんか面倒な事になってきたけれど」

「そうだね、でもお仕事だもん、がんばりますか」

「うん」

「ソル!」

「ルナ!」

『『スタンバイレディ・セットアップ』』

「さて、行きますか」

「とは言っても現場まではかなり遠いから間に合わないんじゃないかな」

「そうかも…」

まあ、とりあえず飛行して現場へ。

途中にガジェットが来る恐れがあると通信をもらった。

「ありゃ、空からも来たみたい」

飛行中に遠くのほうからくる飛行物体。

『悪いけどアオと、ソラにはそのまま飛行しつつヘリを護衛をお願いや』

どうやら俺達よりも先に救護班が到着したようだ。

ヘリに並走しつつ砲台と化した八神部隊長の砲撃を観察。

「フレスベルグ…か」

「アオ、コピー出来た?」

「術式コピーは完了。だけど流石に俺達じゃあそこまでの連発は無理だな。消費魔力が半端無い」

「確かに…流石はSSと言う事ね」

俺達も多いとは言ってもニアSランク。

絶対量では及ばない。

うーん、一番戦いたくない相手だな。

個人技なら負けない自信はあるけれど、広域殲滅魔法が厄介だ。

近づければ負けないけれど、遠くからばかすか打たれると落とされかねない。

なんて考えていると辺りの空気が変わる。

すぐに『円』を広げる。

熱源反応確認。

距離は割りと遠いな。

なんかこっち狙ってないか?

って撃ってきたよ。

「ソラ!」
「うん!」

すぐさま斜線上に割り込む。

受け止める必要はない。

斜線をずらせば任務完了だ。

『ディフェンサー』

角度をつけてバリアを張り砲撃を受け流す。

ソラは第二射に備えてもらう。

弾いた砲撃は空へと消えた。

「ふぅ。犯人は、っとフェイトさんとなのはさんが追撃しているな」

「あ、逃げられた」

「空間攻撃…いくら廃棄都市だからといっても誰も住んでいない訳じゃないんだけど」

何かの理由で住んでいる人だっているだろう。

うわー…結局逃がしているよ。

まあ、俺たちには関係ないか。

俺たちの任務はヘリコプターの護衛で任務は果たしたし。

「デアボリック・エミッション」

「相変わらず大魔力攻撃の固定砲台だねぇ」

「うん」


病院へと着いてヘリコプターから搬送されていく5歳ほどの少女。

「あれ?」

その少女を見たときにどこかで見覚えがあるような気がした。

どこだっけ?

なんか毎日見ているような…


「アオに似てる」

「マジで?」

「うん」

まあ何はともあれ俺たちはその後機動六課へとヘリコプターに輸送されて帰還した。


数日後。

あの時保護された子供は隊舎で面倒を見ることになった…のだが。

「………」

しっかと俺の服の袖を握り締め、どこに行くにもヒヨコのように着いてくる幼女が一名。

「すっかり懐かれちゃったわね」

そう言ったのはのは呆れ顔を隠そうともしないティアナ。

「多分自分に一番似ているのが分かるんじゃないかな。本当の姉妹みたい」

と、なのは。

「まあ、丁度よかったよ。これから少し用事があるから、ヴィヴィオの面倒よろしくね」

そう言ってなのははヴィヴィオに行って来ますと告げて出て行った。

ヴィヴィオも少し不安そうな顔をしたが、なのはを求めて振り上げた手でそのまま俺を掴んだ。

「うぅ…」

「ソラ…助けて」

「…無理」

「…そんな」

じぃっと俺は辺りを見渡した。

するとその場にいたティアナ、スバル、エリオ、キャロと続けざまに視線を外した。

はぁ…

「でも、本当に良く似ているわね」

「恐らく遺伝子提供者が同じなんじゃないか?」

「あ……」

俺の言葉に一同黙り込む。

この子は人造魔導師の実験体じゃないかって事だし、俺自身もそうだ。

DNA検査でもすれば分かるんじゃないか?

まあ管理局に厄介になってからは一度たりとも血液検査すらしてないけどね。

されそうになったら泣く、喚くなど、何としても阻止しました。

え?何で阻止したかって?

それは俺の体がいろいろやばいからでしょう。

血継限界とか、魔法も使わずに数種類の獣に変身とか、性別を変更させたりね。

ちょっと人とは違うから調べられたりしたら面倒だったのだ。

その話は今は関係ないか。

「うー、うー」

「はいはい。それじゃ何して遊ぶ?」

「うーん」

うーん、まだ自分の意思をはっきり伝えられるほど感情が育ってないのか?

「無難に散歩でいいか」







「落ち着いてくれて良かった」

ベッドに寝かせたヴィヴィオを見てキャロがそう言った。

「まあ、よほど疲れたんだろう。あんなに元気に走り回ってたし」

「まあ、後は寮母さんに任せて俺たちは午後の自主練だね」

ソラの言葉で俺たちは任務完了と部屋を出た。



side なのは

はやてちゃんに連れて来られたベルカ自治区。

そこで出会ったクロノ君と教会騎士のカリムさん。

そこで教えてもらった今回の部隊設立の基となった予言を聞いた。

内容は次元管理局崩壊を示唆するもの。

しかし気になったのはその中の一文。

【銀の太陽と金の月、その二つを蔑ろにしてはけない。止める刃を失いたく無いのならば】

「この銀の太陽と金の月って言うのは?」

隣で聞いていたフェイトちゃんが質問する。

「それは調査中や、この止める刃っていうのは恐らくうちらのことやと思う。だからこの太陽と月については最重要事項なんやけどね」

「人なのか、それとも物なのかも分かっていない。分かっているのは蔑ろにするなという事だけだな」

クロノ君もそう答えた。

みんなが何の事か分かっていないみたいだ。

けれど…もしかして。

アオの魔力光は輝く銀色、ソラは優しい金色。

そして二人のデバイスの名前…ソルとルナ。これはわたしたちの世界の言葉で太陽と月。

これは偶然?

side out


.
朝、さて朝練だと起きようとして腰に引っ付いている重みが…

布団をめくると中から金髪の幼女が…

「アオ、朝練だよ」

「ああ、分かっているんだけど…」

「ああ、ヴィヴィオね。ほんと懐かれたね」

「まあね、容姿がここまで似ているとさすがに分かる。恐らく俺とこの子は同一人物のクローンだろう」

「だね」

「まあ、さしあたっての問題はどうやって抜け出すかって事。いないの分かると泣いちゃうだろうし」

と言うか、ヴィヴィオってなのはさんの部屋で寝てなかったっけ?

何があったのかソルに聞くと、夜中に寝ぼけながら部屋に入ってきてそのまま布団に潜り込んだんだって。

おかしいな、普通なら俺やソラは誰か入ってきたら気配で起きそうなものなのだが…

まあ、その理由も何となくわかる。

ヴィヴィオのオーラが俺に似ているから自然とすり抜けたのだろう。

まあいい、理由が分かったんだから後は送り届けるだけ。

俺はヴィヴィオにレビテーションを掛けて起こさないようになのはさんの部屋へと送り届けたのだった。


朝練終わって朝食へ行く途中の中庭。

「おねえちゃーーーーーん」

駆けてきたヴィヴィオが俺に抱きついてきた。

「ヴィヴィオ早すぎだよ」

その後ろを駆けてきたフェイトさん。

「て、なんでお姉ちゃん?」

「えっと、私となのはが後見人になったって言ったんだけど…まあ、後見人って言葉が分からなかったから『ママ』って事になったんだけどね、その時にアオの事になってね。ちょっと説明するのに困ってとっさに…」

「お姉ちゃんだよって?」

「うん…その、ごめんね」

「いや、良いんだけどね、どう見ても姉妹に見えますし」

「ホントごめんね」

手を合わせてすまなそうな顔をする。

「それで?ヴィヴィオ、俺達はこれから朝ごはんだけど一緒に行く?」

「うん!」








ある日の朝練の前。

「さて、今日の朝練の前にひとつ連絡事項です。陸士108部隊のギンガ・ナカジマ陸曹が今日からしばらく六課に出向になります」

そう、紹介するのはなのはさんの隣にいるスバルに似ている女性。

「はい、108部隊ギンガ・ナカジマ陸曹です。よろしくお願いします」

そう言って敬礼をするギンガさん。

「それともう一人」

紹介されたのはマリエル・アテンザさんというデバイスマスター。

まあ、こっちはどうでも良いや、どうせソルたちは見せないし。

最低限度のことは自分で出来るし。

その後、ヴィータの言葉で朝練が始まる。

フェイトさんがライトニングの二人を呼んで訓練場の裏の林に向かう。

ティアナはヴィータに呼ばれたようだ。

俺はソラと自主練習。

ヴィータやシグナムとはあまり一緒に居たくないと言う心情をなのはも分かっているので強く言えないようだ。

「ギンガ、ちょっとスバルの出来を見てもらって良いかな?」

ギンガに近づいたなのはがギンガに頼みごとをしたようだ。

「はい」

「一対一で軽く模擬戦。スバルの出来を確かめてみて」

朝練が始まる前にどうやら一戦あるようだ。




ローラブーツで加速してクロスレンジでヒットアンドアウェイ。

二人とも同じシューティングアーツだからある意味鏡合わせのようだ。

今は地上戦からウィングロードを駆使した空中戦を繰り広げている。

「どうかな?」

「どうして俺に聞くんですか?」

皆より少しはなれた所で見ていた俺とソラのいる所にやってきたなのはさんの質問。

「一番戦闘技術が高いのはアオちゃん達だもの」

なるほど、この前少しやり過ぎたらしい。

「そうですね、ウィングロードの使い方が少し…なんであんなので空中戦してるんでしょうね」

「え?」

「あれは空中を移動できるだけで戦闘には不向きですよ。垂直方向への移動が困難です。航空魔導師と空中で戦えば絶対に勝てません」

「そう…だね」

今まで考えたことなかったのか?

「でも、あれは障害物としては中々のものです。俺だったらトラップとして使うかな」

「この前わたしに使ったスパイダーネットみたいに?」

「ええ、その使い方をすれば空を飛ぶ敵の機動力を大幅に殺ぐ事が出来ますしね。後は逃げる敵の進行方向に先回りが出来れば壁にもなります。そういった使い方のほうが有用かと。有体に言えば空中戦をさせているのは馬鹿じゃない?といった所ですね」

「手厳しい…」

しょぼくれた顔をしながら戦闘を終えたギンガとスバルの方へと歩いていくなのは。


「じゃあ、皆しゅうごーう」

ギンガと言葉を交わしていたなのはが集合の合図をかけた。

「せっかくだからギンガも入れたチーム戦やってみようか。フォワードチーム七人対前線隊長四人チーム」

「え?」

驚いた表情で固まるギンガさんの表情が結構間抜けです。



さて、試合開始…したのは良いんだけど。

シャーリーやマリエルと言った面々がデータを取りながら観戦している中で全力戦闘は出来ない。

適当に負けるかな。


そんな感じで穏やかに時間が過ぎていく。

しかし、そこで思いがけない事件が起こったようだ。

なにか他人事の様な言い方だけど仕方ない。

他人事だし。

その話を聞いたのはある日の夕食後、ティアナをつれて夜の自主練習中、ティアナに神速の訓練をつけていた時の事。

凄い剣幕で走りよってきたなのはが俺に告げたことだ。

「翔君が居なくなったの!」

息を切らせながらもそう告げた。

「と言うか誰ですか?その翔って」

詳しく聞くと病室に何者かが侵入、入院中だった八神翔が連れ去られたようだ。

「それで恨みを持っているだろう俺たちに確認しに来たと…」

「えと…その……はい」

「ちょっと酷くない?」

犯行時間には俺たちは六課内に居ることが確認されているのでアリバイは完璧なのだが。

「殺し損ねていたのは残念だけど、いま少し我慢すれば地球に帰れるこの時期に好き好んでそんな事しないよ」

「……そう」

俺の答えに少し複雑な表情を浮かべた。

「しかし、何のためにそんな死に損ないを浚ったのか……魔導師としては終わっているのに」

その答えは暫くして知ることになる。




俺たちは今、良くわからないけれど地上本部で行われる意見陳述会の護衛と言う任務のために一日前の夜から徹夜で警備に当たっている。

なんでもガジェットが意見陳述会を襲う可能性があるんだって。

だから俺たちの部隊は嫌われながらも天下御免で割り込んだようだ。

と言うか、10歳そこそこの子供に警備で徹夜させて周囲の警戒させる組織って…


「さて、わたしはそろそろ中に入るよ。でね内部警備の時デバイスは持ち込めないそうだから、スバル、レイジングハートの事お願いしていい?」

「はい」

なのはさんがそう言ってレイジングハートを取り出しスバルに渡した。

「アオちゃん何かな?その呆れ顔は」

「いえ、武器をはずして内部警備?なのはさんって無手での戦闘ってどの位か自分でわかっている?」

「えっと…一応訓練はしているんだけど」

「そこらの警備員と変わらないっと。そんな状態で内部警備?笑わせる」

「うぅ…」

「その状態で敵に襲われたら自分の身を守ることも出来ないんじゃないですか?はっきり言ってスバルが中に入った方がよほどマシ」

「……はい」

「まあ、アホな上司を持つと大変だって事だね」

「ちょっとアオ!八神部隊長の悪口言わない!」

「俺は正論を言ったまで。武器を持たないなら誰でもいいじゃない。高ランク魔導師を腐らせるとか…何がしたいかわからない」

言うことは言ったと俺はその場を離れて警備に戻った。


さて、そろそろ意見陳述会が終わろうと言った時、事件は起こった。

空から飛来する無数のガジェット。

「あらら、何事もなくとは行かなかったか」

「そうだね」

一緒に警備していたソラが同意した。

まずは外で警護していたティアナ達と合流する。


「副隊長!あたしたちが中に入ります。なのはさん達を助けに行かないと」

うん!と、うなづくスバル、ティアナ、エリオ、キャロの四人。

「あ、俺たちは空に上がるんで」

「何だと!?」

ヴィータが怒ったような声をあげる。

「俺たちの任務はガジェットの破壊、隊長たちの救出じゃないはずですが?」

「ぐっ!…わかった。しくじんじゃねーぞ」

「了解しました」

俺たちはすぐに飛行魔法を使用して空に上がった。



先遣隊が防衛に当たっていたはずなんだけど…

「全滅?」

「そうみたい…あいつらが原因かな」

目の前に居るのはどうやら説明にあった戦闘機人らしい人影が二つ。

片方は四肢からフィンの様な物をだし、もう一人は大きなブーメランの様な物を二つ両手に持っている。

「Fの遺産。捕獲対象が向こうから出向いてくれた様だぞ。セッテは左のやつを頼む」

「分かりました」

なんか向こうはやる気満々らしいな。

「来る!そっちは任せた!」

「わかった」

ソルを構えて身構える。

「IS発動、ライドインパルス」

言うなり凄い速さで俺に接近してきた。

なるほど、高速機動型か。

速い…けど、残念。

写輪眼の前では無力。

突っ込んでくる相手に念で強化した拳をカウンターで放つ。

「はっ!」

「なっ!」

向こうの加速によるダメージも重なり吹っ飛んでいく。

地上に激突してクレーターを作り粉塵をあげている。

一丁上がり。

あれはもう立ち上がれまい。

ソラの方をみるとそちらも終わっていた。

相手の武器をルナで切り壊したうえで、俺が打ち落とした上に思いっきり殴り飛ばしたようで、俺が作ったクレーターのすぐ横にさらに抉れる様にして埋まっていた。

「さて、回収しに行くか」

「うん」

俺たちは高度を落として近づいた。


side はやて

私は今、地上本部で閉じ込められたお偉いさん方へのガジェットや今回の襲撃の説明をしている。

私自身も閉じ込められてしまって外の事が良くわからないのが気がかりやけど、私は私がしなければならない事をするでだけや。

カリムも一緒に居てくれるのはとても心強い。

ほんま頼れるお姉ちゃんってかんじや。

ドガーン

説明を繰り返している最中、隔壁が下ろされている扉の向こうで爆発音が聞こえた。

「なんや!?」

すると今度は扉が爆発する。

「主!」

隣に居たシグナムが私をかばい床に倒れこむ。

「お怪我は?」

「シグナムがかばってくれたから大丈夫や」

私はシグナムと一緒に立ち上がり、爆発で開いた扉を見る。

するとそこに居たのは。

「え?何でや!?」

「な!貴様は!?」

私とシグナムの驚きは同時やった。

それもそのはず、そこに居たのは二度と目覚める事のないといわれ、つい先日行方不明になった私のお兄ちゃんだったのだから。

side out


「くそ!なんで六課が襲われているんだよ!?」

俺とソラは六課からの救援要請を受けて全力で空を駆けている。

「狙いはいったい?」

「レリックを集めるのに障害だと感じたから?」

「わからん」

状況は深刻だ。

防衛に出たはずのシャマルとザフィーラの二人がどう言う訳か強制召喚されてどこかへ消えてしまったらしい。

「そんな事が出来るのか?」

通信越しにシャーリーに問いかける。

「八神部隊長ならば可能かもしれないわ。彼女たちのマスターは部隊長でもともと彼女を守るシステムのひとつだったらしいから」

「にしても何でこんな時に!」

「見えた!」

視界にようやく六課を捕らえた時、こちらに迫る大出力の砲撃が迫る。

最小の動きでそれをかわしつつ、六課を目指す。

「あれは?」

「戦闘機人みたい。一人は今の光線が主体か、もう一人見えるけど、どうやら武器はツインセイバーかな?」

併走しているソラが答える。

「一撃で落として六課に急ぐよ」

「わかった」

なおも打ち続けられる砲撃をかわして戦闘機人へと近づいていく。

「はあっ!」

二刀を持っていた方が向こうから近づいてきて手に持った武器で斬りかかる。

「邪魔!」

俺はそれを一刀の元斬り伏せてそのまま海面へと叩きつけた。

そのまま、もう一人へと近づいていく。

「な、なんで当たらないんだ?」

焦る戦闘機人を尻目に懐までもぐりこんで一閃。

「修行が足りないからだ!」

二人目も水面に叩きつける。

「ソラ!後をお願い」

「仕方ないな…ヴィヴィオをお願い」

「分かっている」

無力化した二人をソラに任せてひたすら空を翔る。

目にした機動六課の隊舎はひどい有様だった。

ガラスは割れ、壁は崩れ、所々火の気が上がっている。

すぐさま『円』を広げてヴィヴィオのオーラを探る。

あれ?無い?

そんな、そんな馬鹿な!

どこに居るの?

ソルの力を借りて目いっぱい円を広げる。

しかし感知できたのはこちらに向かって大量に飛来するガジェットだけだった。

『シャーリーさん、ヴィヴィオは?』

モニターに写るシャーリーさん自身も大量に血を流しながらも何とか答えてくれた。

『ごめんなさい…連れて行かれちゃった…連れて行かれちゃったのよ…ごめん…なさい』

そう、シャーリーさんは涙を流して教えてくれた。

「アオ…」

声を掛けて来たのは遅れて到着したソラだ。

その隣にフェイトさんと本来の姿に戻ったフリードに乗ったキャロとエリオ、その背中に縛られて連れて来られた戦闘機人が二名。

「ヴィヴィオ連れて行かれたって。こいつらの仲間に」

そう憤った俺を諌めたのはフェイトさんだった。

「アオ!今は放心している時じゃない。大丈夫、浚われたのなら助け出せばいい…ね?」

「………」

「それに今はあのガジェットをどうにかするのが先決。あれにこられると機動六課の皆が死んじゃう」

「……はい」

「いい子だ」

それからフェイトさんはキッとガジェットに向き直る。

「限定解除申請が出来ない今、どれだけ出来るかわからないけれど」

そう言って詠唱を始めるフェイトさん。

「ファランクス」

幾つものスフィアがフェイトさんの周りに現れる。

その一つ一つから放たれる砲撃。

「くっ!数が多い」

「手伝います」

「え?でも…」

「大丈夫です。広域殲滅魔法も覚えています。…ソラ!」

「うん」

『『ロードカートリッジ。デアボリック・エミッション』』

薬きょうが排出されてチャージが始まる。

「それってはやての!?なんで使えるの?」

「覚えたから」

「それはそうだろうけど…そうじゃなくて!」

「今はどうでもいいじゃないですか」

俺はソルを掲げるとぐっと力強く握りこむ。

「「デアボリック・エミッション」」

空間殲滅魔法がガジェットを飲み込むと爆発。

今ので半分くらい持っていったかな。

つか、結構魔力の消費が半端無い。

だけど、次で最後。

『サンシャインオーバーライトブレイカー・レインボウシフト』
『ルナティックオーバーライトブレイカー・ジェノサイドシフト』

散らばった魔力が振り上げたソルとルナの刀頂に集まる。

「収束砲…」

そう呟いたのはいったい誰だったのか。

「サンシャインオーバーライトぉ」
「ルナティックオーバーライトぉ」

「「ブレイカーーーーー!」」

二つの凶砲が走り、空間が悲鳴を上げる。

そしてガジェットをなぎ払っていく。

扇状に射出された俺のブレイカーと螺旋を描いて広がっていくソラのブレイカーに挟まれて現存していたガジェットはすべて撃墜された。

「ははは…」
「凄いですね…」
「なんか僕たちは本当に何もしてないですね…」

フェイト、キャロ、エリオがそう洩らした。

さて、その後はすぐに六課の内部に取り残された局員の救出へと向かった。







状況が落ち着いた深夜の事、俺とソラはなのはさんに呼ばれ、フェイトさんと一緒にベルカ自治区に来ていた。

教会のような建物の中の一室で出迎えてくれたのは聖王教会の騎士、カリム・グラシアと言う人だった。

テーブルに設けられた椅子に座ると、初対面だったお互いの紹介を軽く済ませる。

「それで、今回どうしても直接お話しなければならない事が有ってお呼びした訳ですが…」

「はやての事ですね」

と、フェイト。

「ええ、それで…その」

「ああ、この子たちの事なら気にしないで大丈夫ですよ、もしかしたら予言に関わっているのはこの子達かもしれないので」

「この子達が?」

さて、どうでも良いけれど、二人だけで納得してくれないでくれないかな?

予言ってなによ?

「今はそれよりもはやてちゃんの事を…」

「あ、はい」

失礼しました、と少し間をおいてから話を切り出した。

あの地上本部が襲撃された時、カリムははやてと一緒に閉じ込められていたようだ。

その時現れた一人の青年にはやてとシグナムは驚きながらも自らの足で着いて行った。

青年の格好を見るに、あの独特のスーツの感じが他の戦闘機人に通じるものがあったため、スカリエッティの関係者だろうと言う点。

どうやら過去に面識があったように見えた事などを話して聞かせた。

「…………」

話しを聞き終わり、一同沈黙が訪れている。

何を話したら良いのか分からないようだ。

さらに悪い事にギンガ・ナカジマは浚われ、リイン隊長は撃墜されてメンテナンス中。

気を失っているところを管理局局員によって発見、保護された。

一緒に居たはずのヴィータ副隊長の行方も他の騎士達同様行方不明。

俺にしてみれば八神部隊長やシグナムたちがどうなろうが知った事ではない。

しかし、今、彼女らが居ないとなると、部隊は立ち行かず、ヴィヴィオの救出が行えないという事。

「このままでは予言が成就してしまう」

深刻な顔で呟いたカリム。

「予言って何ですか?」

「それは…」

「教えてやってもらえませんか…多分無関係じゃないはずです」

言いよどんだカリムを諭したのはなのはだ。

「…分かりました」

そして読み上げる一つの予言。

レリック事件から始まる管理局の崩壊の予言。 

「銀の太陽と金の月…ね」

「…アオ」

「ああ」

「何かお分かりですか?」

「…俺たちのデバイス、ソルとルナ。なのはさん、この二つの名前の意味って知ってます?」

「……わたしたちの出身世界『地球』の言葉で、太陽と月…」

「正解」

「じゃああなた達が?」

「俺たちの魔力光は銀と金。まず間違いないんじゃないかな」

「でも、だからと言って私たちが何か出来るわけでもない」

「…予言には蔑ろにするなとあるわ。あなた達の望みはあるのかしら?」

ふむ、望みか。

地球への移住とか、いろいろあるけれど、先ずは…

「ヴィヴィオ救出のお膳立て、実行は俺たちにやらせてほしい」

「……最善はつくすわ、だけど状況が厳しい。はやてが居ない事には六課を動かす事が困難だもの」

「うん、私もそう思う」

カリムの答えに同意するフェイトさん。

「……偽者でも居ればいいの?」

「え?」

頭が行方不明で動かないなら、偽者でも居れば良いのならば何とかなるかもしれない。





なのはやフェイト、カリムらの働きで機動六課本部を戦艦アースラへと移してミッド地上の仮本部として使用する事になった。

なのはさんやフェイトさんはなにやら感慨深いものがあるようだが、俺はその辺りを良く知らない。

捕まえた戦闘機人4名からの事情聴取は難航を極め、未だにほとんど情報を得られていないと言う。

と言うか、身柄は地上本部に持ってかれたからさらに分らないのだが。

さてさて、俺達の部隊は相変わらず地上本部からは厄介者としてハブられている、とはいえ抜け道はあるもの。

俺達の任務はレリックの確保とガジェットの対処、その為ならば天下御免で出動できるって訳だ。

アースラ艦内で今後の打ち合わせをしていた時、けたたましいアラートが鳴り響いた。

皆急いでブリッジへ向かう。

襲撃された地上の守りであるアインヘリアル。

そのすべては破壊されつくしている。

そして大地を裂き浮上する巨大戦艦。

スクリーンに映し出される画像には幾つか衝撃の事実が含まれていた。

「ギン…ねぇ…」

敵の戦闘機人に混じって管理局に敵対行動を取っているギンガ・ナカジマ。

さらにスカリエッティによって届けられる巨大戦艦内部で貼り付けにされたように座っているヴィヴィオ。

「ママ!…おねぇちゃん!…痛いよ…怖いよ…」

痛みに怯え、孤独に泣いている。

その隣に居るのは居てはいけない人物。

「はやて!?」

「翔…くん?」

「それにシグナム副隊長にヴィータ副隊長」

「それにあれはシャマルさんにザフィーラ…」

フェイト、なのは、エリオ、キャロの順に反応した。

見間違いかともう一度モニターを確認してから、ブリッジ艦長シートにいるはやてに顔を向ける。

皆の視線がアースラにいるはやて部隊長に集まる。

「地上本部より通信が入っています。あそこに居る八神2佐は本物かという事ですが…」

シャーリーが通信用件を読み上げる。

「偽者や、本物はちゃんとここにおる!返信した後、今後は聖王教会のカリムを通してもらって」

「…わ、わかりました」

「まずは作戦会議や、皆会議室へ来てくれるか、その後アースラ艦外への通信はすべて遮断。その後機密レベルAや」


アースラ内の会議室へ集まった主要メンバー。

皆席についてはやての方を向いて、その言葉を待っている。

「さて、厄介な事になってもうた」

「さっきの偽者の件ですね」

「ティアナ、その件なんやけどね」

「どうかしたんですか?」

「実はこっちが偽者だったり…」

ボワンっと音がして煙が晴れるとそこに現れたのは金髪に虹彩異色の少女だ。

「あ、アオ!?」

俺の隣に居たシグナムもいつの間にかソラに変わっている。

そう、あの時、カリムと会った時から俺たちはいつまで経っても戻ってこない八神部隊長に変化していたのだ。

すべてはヴィヴィオを助け出す舞台を作り出すためだけに。

「え?じゃあこっちのアオ達は?」

「ああ、俺たちはっと」

「実は私たちも偽者だったり?」

そう言って俺たちは影分身を回収した。

その結果ヴィータやシャマルも姿を消す。

「な!?」

一同驚愕のうえ思考が追いついていない。

「シルエット?…違うわね。きちんと受け答え出来るシルエットなんて無い。って事は変身魔法の類、だけど…」

すばやく再起動したティアナが問いかけてくる。

「まあ一種のレアスキル。詳細は教えない。つまりはあのアホどもは地上本部襲撃事件以来行方不明だった。まあ、さっきまでは…だが」

「アホって…」

「裏切り者と言わないだけマシだっただろう?」

「う、裏切りって?」

「実際はわからない、だが、さっきの映像を見るにスカリエッティについた可能性がある」

「そんな…きっと何か訳が…」

「理由はこの際重要ではない。問題は敵のすぐそばに居たと言う事実だ」

「…つまりアオちゃんははやてちゃん達と戦う可能性があるって言いたいわけ?」

なのははあの時あの場に居たし、八神部隊長が戻ってきてないのを知っていたため現実を受け入れるのが他の人より早かった様だ。

「そうだね。今の地上の魔導師達であの人たちと戦って勝てる人はいる?」

少し考えてからなのはさんが答える。

「…一対多で一人一人戦えば何とか…だけど、はやてちゃんを加えてチームとしてだとたぶん誰も敵わない。遠距離殲滅、近距離攻撃、盾に回復。そういった意味では理想的な能力分担」

「それじゃなのはさんとフェイトさんの二人でも?」

「シグナムさんとヴィータちゃんを抜けないし、はやてちゃんの援護射撃が有る分不利」

「なるほど…そう言えば先ほどモニターに映っていた男は?」

「あれは八神翔くんで間違い無いと思う」

「八神翔って確か…」

「あの八神部隊長のお兄さんで元SSS魔導師。確かこの前浚われたんじゃ…」

キャロの呟きにエリオが答える。

「でも確か昏睡状態だって聞いたわよ。映像を見る限りじゃ普通に動いているじゃない」

ティアナが疑問を発する。

「おそらくスカリエッティが何かしたんだと思う。生物工学に関しては天才だから」

長年スカリエッティを追ってきたフェイトが答える。

「…もしかしてだけど八神部隊長達は」

「翔くんを人質に取られたって事かな」

ティアナの言葉を継いだなのはがまとめた。


「さて、今後の俺達の動きなんだけど、俺がさっきまで八神部隊長の偽者を演じていた時の命令を伝えるね。俺たちは3グループに別れて地上局員の援護だそうだ」

「3グループ?」

「巨大飛行船の撃破、市街地の防衛、スカリエッティの逮捕の三つ」

「高濃度のAMF戦と戦闘機人との戦闘経験があるのは私たちだけだからね」

「そう言う事だね」

「そういう訳だから、空を飛べる俺とソラ、なのはさんが巨大戦艦撃破及びヴィヴィオの救出、空の飛べないスバル、ティアナ、エリオ、キャロはギンガさんの保護と地上に侵攻している戦闘機人の撃破、最後にフェイトさんとリイン隊長はスカリエッティの逮捕って事で」

「え?私ははやてちゃんの所に…「行かせませんよ?」え?」

「行ってどうするんですか?ちゃんと戦えるんですか?」

「たたか…う?」

「そうです、説得とかしている間に市街地の被害が増えるんです。はやて部隊長達数人にかまっている内に失うその他大勢の命の方が組織としては大事です。どれだけ速く状況を解決できるかの瀬戸際にその場をかき乱すだけの存在は不要。どうしてもと言うならば部隊長権限で謹慎してもらいます」

「あなたにそんな権限はありません!」

ふふっと俺は笑ってから変化。

「ここでは私が部隊長やよ。私の言う事を聞けへんていうんなら懲罰房にはいってもらう」

「な!でもあなたは偽者!」

「今ここにおいては本物や。カリムの後見もあるしな」

「本当なんですか!?」

驚愕してなのはに確認を取るリイン隊長。

「…本当よ。あらかじめはやてちゃんが敵になるかもしれないって私たちは分ってたからね、騎士カリムと打ち合わせて、偽者でも今の部隊長はそこに居るはやてちゃんなんだよ」

「そんな!」

「悪いが反論は受付へん。それじゃ皆準備をして現場に向かってくれな。解散」

その場を強引に押し切って会議室を出る。

まあ、ぶっちゃけ俺が現場に行ければ後はどうでもいい。

スカリエッティは…まあ、ヴィヴィオを誘拐してくれやがった償いをさせてやるが、市街地にどれだけ被害が出てもぶっちゃけ知った事じゃない。

知らない不特定多数よりも知っている一人が大事なんだよ、俺はな!


その後は一部を除いて皆プロだ。気持ちの整理をいち早くつけて状況に当たっている。

さて、飛行可能な魔導師はアースラの下部ハッチからテイクオフな訳だが…

「……いい加減バリアジャケットくらい展開してくれませんかね?」

「え?そんなの空中で展開すればいいじゃない」

と、なのはさん。

「「……………………」」

「な!何!その呆れ顔は!?」

「……はぁ」

俺はため息をつく。

「バリアジャケットは服の形をした魔法なんですよね?」

「え?そうだよ?」

「着ているだけでも最低限の身は守れるんですよね?」

「う、うん」

「じゃあ展開しないで飛び降りて超長距離から狙撃されたら?」

「防御魔法を展開する」

「その一撃がバリアを抜くほどの威力だったら?」

「………」

「なのはさんはそこで死亡。バリアジャケットがあれば防げたかもしれないダメージをもろに食らうと」

「うぅっ…ごめんなさい…」

「フェイトさんはそんな事しないよね?」

「うっ…もっもちろんだよ?ば…バルディッシュ」

『イエッサー』

そう言っていそいそとバリアジャケットを展開する。

「あー!フェイトちゃんの裏切り者!」

その後ちゃんとバリアジャケットを展開してカリムさんから限定解除をもらってから出撃。

出発するのは俺とソラ、フェイトとなのはの四人。

リイン隊長は結局八神部隊長の所に行くとうるさかったので懲罰房に放り込んでおいた。

逆に説得されて敵になられては敵わない。

フェイトさんとは途中で別れ俺たちは一路聖王のゆりかごへ。

ガジェット飛び交う激戦地へと到着したんだけど…

「航空魔導師がほぼ壊滅…」

その光景を驚愕の表情で見つめるなのは。

「広域殲滅魔法持ち…それも実質地上トップレベルがいれば当然か。しかもリミッターが解除されているようだ。流石は天才と言ったところか」

「アオ、あっち。収束砲」

ソラが示した先を見ると、こんな状況の中航空魔導師の中から巨大な魔力反応。

「ブレイカー級砲撃」

すごいな。ちゃんと大威力砲撃が出来る地上局員もいたんだ。

「撃った…これならいくらはやてちゃん達でも…」

放たれた極大の砲撃はまっすぐ八神部隊長へと走り、飲み込んだ。

しかし、光が止むとそこには無傷の八神達の姿があった。

「嘘!」

「ソル」

何があったと問いかけた。

『あの青年から放たれた広域のラウンドシールドが砲撃を拡散させて直撃から守ったようです』

「うわぁ…リンカーコアは無いはずなのに…スカリエッティに改造でもされたか?」

「改造って…」

「ともかく。ブレイカーすらほぼ無傷なんだけど、勝てる?アレ」

「………」

俺の質問に沈黙で返すなのは。

なのはの最大の必殺技すら無傷で凌げそうな敵に魔導師達が勝てえるはずもなし。

なのはの攻撃が通じないんだから俺達の魔法が通じないのは自明の理。

どうしよう。

俺達の苦手としている空間系の殲滅魔法を使えるはやてが敵にる状況。

狙撃しようにもめちゃくちゃ硬い盾がいる。

問題は連続で展開できるのかと言う所だが、ブレイカー級の収束には10カウントほど時間がかかる。

俺とソラ、なのはさんで3連射が限度。

すべて凌がれると魔力消費が馬鹿にならない上に次弾のチャージ中にシグナム達に近づかれると厄介だ。

もしくは防御されつつはやてのカウンターで殲滅されかねん。

あれ?詰んでねえ?

「アオちゃん?何か策はある?」

策と言われても、そんな大層な物は無い。

「近づければどうとでも出来る。問題は近づけるかという事」

「近づける?」

「空間殲滅の直撃を食らわなければ恐らくは」

俺はソルのリボルバーを開き装填されていたカートリッジをすべて抜き出す。

ソラも俺に倣って入れ替えを始めた。

「アオちゃん?ソラちゃん?」

懐からスピードリーダーを取り出して装填。

「一体何を?」

「ちょっと特別性の物に取り替えただけです」

「特別性?」

「まあ、詳細はどうでもいい事です。なのはさんはこの位置から八神部隊長が撃って来るだろう砲撃の相殺をお願いします」

「あ、うん。アオちゃん達は?」

「俺たちは何とか近づいて無力化してきます。ソラ!」

「いつでも行ける」

心強い事で。

「練」

『ロードオーラカートリッジ』

ガシュガシュガシュと3発ロード。

全身をオーラで覆い全身を強化する。

「ゴー!」

ゴウッ!っと音を立てながら音速もかくやと言った勢いで一気に目標めがけて空を駆ける。

「速い!」

ビックリしているなのはさんの声はすでに聞こえていない。

飛んでくる砲撃をかわしつつ、その距離を詰める。

「悪いがこれも主のt」
「はやてがかなs」

なんか言っていたシグナムに思いっきり『硬』で強化したコブシを叩きつける。

内臓系がかなりやばい事になってるかも知れないけれど、ソルを振るわなかっただけマシだと思ってくれ。

本気でやったら真っ二つだよ。

隣を見るとヴィータも同様に吹っ飛ばされている。

【なのはさん。二人の回収お願いします】

【え?】

【速くしないと死ぬかもですよ】

【にゃ?】

その後一方的に通信を切ってさらに加速する。

「シグナム!ヴィータ!」

撃墜されたシグナムたちを必死に呼んでいる八神部隊長。

その隙を突いて駆け寄る俺。

しかしインターセプトされた八神翔の放ったバリアが俺の行く手を阻む。

「くっ」

「なんで?なんでや?」

いやそれは俺らの台詞。なんで裏切っちゃってくれるかな…

バリアを張っている翔に感情らしきものは浮かんでいない。

なにかプログラムに動かされているかのような違和感だ。

バリアに邪魔されて近づけない。

…だけどこの距離まで詰めれたのならやりようはある。

「天照」

俺は万華鏡写輪眼を発動、天照を使用して瞬時に八神部隊長のデバイス、シュベルトクロイツと夜天の書を燃え上がらせる。

「あつっ!」

すぐにデバイスから手を離したおかげで体には燃え広がらなかったようだ。

しかしこれで八神部隊長の攻撃は塞いだ。

その特異性からその殆どをデバイスに頼っている八神部隊長の魔法はこれで完全に封じたも同然。

ソラの方を確認するとザフィーラとシャマルを行動不能に追い込んだようだ。

とくにシャマルのダメージがやばそうだが、前世の恨みか?

「あんたが!あんたがぁ!」

ああもう、うるさいうるさい。

ちょっと黙っててくれないかな。

「月読」

瞬時に幻覚の世界にご招待。

「あああああああああ!」

次いで発狂した後気を失って飛行魔法もキャンセルされる。

今は翔が張ったバリアに乗っかっている状態だ。

バリアがとかれればまっ逆さまだろう。

続いて翔に月読を掛ける。

「…効果無しか」

最初から意思の無い物に対しては効果が薄いようだ。

むう、殺してもいいなら天照で燃やしてやるんだが…

あ、そうだ。

「ソラ!このまま攻撃を続けるよ」

「う、うん!」

相手にバリアを張らせたまま攻撃を続ける。

すると突如としてバリアが解除され、気を失って落ちていく。

「限界?」

「いや、酸欠か二酸化炭素中毒か…どちらにしても密閉空間で炎を燃やしていた結果だ」

そう、俺が天照で燃やしたデバイス二つが未だ燻っていたのだ。

人間である以上呼吸は必須。

バリアの中で燃えていた炎が辺りの酸素を食らい尽くしたのだ。

「アオ、行って!」

「分った…」

落ちていった二人にレビテーションを掛けるソラを残して俺はゆりかごへと向かった。

side ティアナ

今あたしはスバルたちと分断されて戦闘機人二名と交戦中だ。

相手の一人はスバルに良く似たタイプの戦闘機人。

今までのあたしなら敵の攻撃の速度について行けずに多大なダメージを追っていただろう。

だけど!

「はあっ!」

ローラーブーツでダッシュしてこちらに近づいてのヒットアンドアウェイ。

だけど今のあたしにはその動きがゆっくり見えている。

あのアオ達の遠慮しない地獄のような特訓でようやく最近何とか使えるようになった神速があたしに多大なアドバンテージを与えている。

『クロスファイヤー』

「シュート!」

敵のパンチを避けゼロ距離のクロスファイヤーでのカウンター。

「がは!」

「な!今助けるっす!」

クロスファイヤーをもろにくらいよろける仲間を助けるために中距離砲撃を繰り出してきたもう片方。

そのプレッシャーを感じて即時に神速を発動。

その弾丸のすべてをかわして距離をとり、今度はこちらの番とクロスミラージュで応戦。

「くっ…」

何発かヒットして相手に隙が生まれた。

『リングバインド』

よろよろと立ち上がろうとしていたスバル似の彼女ともう一人を拘束する。

「こんなもの!」

そう言って力任せにバインドを解こうと試みている。

しかし、あたしはそのわずかな時間を利用して収束砲の準備に入る。

『スターライトブレイカー・シフト・ファントムストライク』

この魔法は以前アオが使用したもの。

あの時はアオがあたしの体を使っていた。

けれどあのときの感覚はあたしの中に残っている。

何となくだけど今なら使えるような気がする。

「な!収束砲?」

「それもなんて魔力込めてるっすか!?」

あたしの目の前に現れた魔力スフィアを確認してその表情を真っ青にそめた。

「スターーーーライト、ブレイカーーーーーーー!」

放たれた極大の魔力の本流が戦闘機人を飲み込む。

辺り一面の建物は吹き飛び、ついでに多くのガジェットも巻き込んだようであちこちで爆発が起こっている。

「……はは…は」

なんちゅう馬鹿威力…アオ…あんたはあたしになんて物を仕込んでいったのよ…

粉塵が晴れると魔力ダメージでノックアウトしている戦闘機人二名が気を失っていた。

「……とりあえず、スバル達の援護に行かなきゃかな」

side out



『円』を広げてゆりかごを包み込む。

オーラの反応は二つ、その中にヴィヴィオのオーラを感知する。

どうしようか…

外装は恐らく対魔力、及び実弾兵器に対しての耐性は高いだろう。

未だに損害らしい損害が出ていないのがそれを証明している。

ならばどこから入る?

簡単だ。

今もどんどん排出されているガジェットの排出口。

そこならば他の所よりも装甲が薄いだろう。

『ロードオーラカートリッジ』

ガシュッと音がして薬きょうが排出される。

俺は勢い良くヴィヴィオに直線距離で一番近い射出口へと飛んで行き、纏ったオーラとすべて右コブシに集めて、力の限り殴りつけた。

ドゴンッと言う音を立てて外壁が破壊される。

滑り落ちてくるようにして排出口から外へと出ようとしているガジェットを一刀の元に切り伏せて進むと、どうやらガジェットの格納庫らしきところへ出た。

しかしその途端すべてのガジェットが俺を攻撃対象と認めたのか此方にむけてビームを放つ。

「ちぃ!AMFが重い」

阻害されるならばと俺は最初から魔導師としての戦い方を捨てた。

『フライ』

昔取った杵柄でキャンセルされそうになった飛行魔法を組み替える。

「相手にしている暇は無い!」

『ロードオーラカートリッジ』

再び高まったオーラを纏ってヴィヴィオへと続く直線距離にある外壁をそのコブシで粉砕しながら最短距離を進んでいく。

待っていろ!ヴィヴィオ!


side クアットロ

何なのあの子は!?

今私が監視しているゆりかごの鍵となる聖王のクローン。

それと良く似た姿をした少女。

恐らくは同型の人造魔導師素体。

しかしその発現した魔力光から遺伝子劣化が激しいと断定され、ゆりかごの鍵には成りえないだろうとの事だったから回収優先度は低かったのだが…

回収任務に参加していたお姉さまと妹たちをことごとく屠ったその子は十分に脅威足りえたのだけれど、手元にかの闇の書の主とヴォルケンリッター、それと今は大威力の防御魔法しか使えないとはいえ元SSSオーバーの魔導師だったあのお人形を加えた6人を物の数分で撃破し、今も壁を素手でぶち抜くと言うとんでもない事をやってのけている。

ゆりかご内はAMF濃度が高くて普段どおりに魔法は使えないはずなのに…だ。

しかし、データ上は彼女は魔法を使っていない。

恐らく何か別系統のエネルギーだとは思うのだけど、今も計測している機器はなんのエネルギー反応も示さない。

まさに異常。

「やばい、やばいわ。このままではドクターの計画が…」

早くあの聖王もどきを洗脳して迎撃の準備を整えないと。

私は急いでキーボードに手を躍らせたのだった。


side out

「おらあっ!後一枚!」

目の前の壁をぶち壊す。

中に入ると機械じみた玉座に拘束されて座っているヴィヴィオ。

「いらっしゃーい。お待ちしてました。こんなとこまで無駄足ご苦労様」

ヴィヴィオの隣にいるメガネの女性。

発する言葉が厭味ったらしくてなんか生理的に嫌いだこいつ。

「さて各地であなt」

「ヴィヴィオー!」

ヴィヴィオの隣にメガネが居るが、オーラをまったく感じない。

恐らくフェイクだろう。

そう考えて俺は一直線に駆け寄る。

「あらあらせっかちね」

「ううあああああああああっ!」

メガネがそう言った途端ヴィヴィオが苦しみだした。

その体から虹色の魔力を垂れ流し、その奔流で俺の体の進攻を止める。

「うあああああああ!おねえちゃん!おねえちゃん!」

あのメガネが何をやったのか、良く分らないが、自分の意思で出しているわけではなさそうだ。

「ヴィヴィオ!俺の眼を見ろ!」

「お姉ちゃん?」

「大丈夫だから!」

「あらあらだめよ陛下、騙されては。その子は陛下のおねえちゃんj「月読」…」

メガネが何事か言っていたが無視。

何かに操られているにしろ、どうやらそれは洗脳に近いもののようだ。

ならば此方も精神に干渉すればいい。

俺はここまで来る間に消費してかなりボロボロになった体に鞭打って写輪眼を発動、月読を使用する。

ヴィヴィオがどうにか俺の顔を見つめ返したその瞬間ヴィヴィオの体が力を失ったかのように弛緩した。

「な…何をしたのよ?」

単純に催眠眼を使って眠らせただけだが誰がお前に教えるかよ馬鹿!

俺は内心で毒づいてからヴィヴィオに駆け寄ると拘束していた拘束具を力任せに引きちぎる。

「ヴィヴィオ…」

玉座からヴィヴィオを抱えて来た道を戻る。

「くっ!誰が陛下を行かせるものか!」

ピピッっと言う音がすると円を広げた先のほうでガジェットがこちらに向かって移動してくるのを捕らえる。

だがしかし、残念ながら俺の脱出の方がだいぶ速い。

真下から一直線にぶち抜いてきたから穴から飛び降りれば射出口まで一直線だし、外に出れば今は阻害されている魔法もフルで使える。

急にけたたましい音を上げて鳴り出したアラート。

後一回穴をくぐれば外と言うところで目の前で穴が魔力のような物で塞がれてしまった。

それと同時に艦内のAMF濃度が上がり魔力の結合が殆ど出来なくなった。

…まあ、俺には関係ないけどね!

俺はヴィヴィオを抱えなおし、右手にオーラを集めて塞がれたばかりの穴にめがけて叩きつける。

バリンと小気味のいい音を立ててふさがった穴をもう一度開通させ、ふさがる前に通り抜け空中へと躍り出る。

俺は自由落下そのままにゆりかごから距離を取った。

地面が近づき飛行魔法を使用して減速、地面に着地する。

「アオ!」

「アオちゃん!ヴィヴィオ!」

ゆりかごから出てきた俺を察知したのか、地面に着くや否やソラとなのはに囲まれた。

「よかった、無事だったんだね」

「ええ。この通り、ヴィヴィオは無事に救出しました。ただ、精神やその体がいくらか弄られたみたいで…今は眠らせてますが、早く救護ヘリを呼んで…いや飛んでいったほうが速いか?」

「そうだね、ここまで無傷でヘリが飛んでくる事は難しいかな。もう少し離れないと……と言うか!ゆりかご!ゆりかごの中に戦闘機人は居なかったの?一応逮捕が目的なんだけど…」

「ああ、メガネが一人居ましたよ?と言っても安全なところで此方をあざ笑っていた所を無視してヴィヴィオをぶっこ抜いて来たからまだ居るんじゃないか?」

「ええ!?それじゃ中に逮捕に行かないと!」

「やめた方がいいんじゃないかな。ゆりかご内部はAMF濃度が唯でさえ高く設定されていたのにヴィヴィオが居なくなった事でさらに高くなったから…それこそ飛行魔法すらキャンセルされるくらいに」

「本当に!?」

「まあ、ヴィヴィオの救出でゆりかごの外部兵装は止まってるみたいだし、これならあとはほかの局員に任せても大丈夫だろ。…まあ、あのメガネはステルス機能が搭載されてるっていう情報だから逃げ延びられるかもしれないけれど…ソラ、悪い、俺はちょっと疲れちゃった」

「うん、分った。アオは休んでて良いよ」

ソラに任せて俺は体力回復に努めた。


side クアットロ

なんなのよあいつ!

あいつの所為でドクターの計画が後一歩のところで!

まあいいです。私さえ残ればいくらでも再興はできます。

私のお腹にはドクターのクローンがいるのですから。

あとはこのシルバーコートを使って管理局に見つからないようにゆりかごを出るくらい簡単。

しかし私の考えはゆりかごを出た瞬間に打ち砕かれたのだった。

side out


先ほどから周囲をソラのオーラが薄く漂っている。

ソラが使用した円のためだ。

『リングバインド』

ルナの声が響きわたり、ゆりかごの下方の何も無い空間にソラが使用したバインドが現れる。

いくら戦闘機人とは言えど、その体に生身の部分があるのならば微弱ながらもオーラは出ている。

念を習得していないのならばソラの円から見つからずに逃れる事は不可能だ。

「なのはさん。あそこのバインドにめがけて砲撃して下さい」

ソラが自分でやるのは面倒とばかりになのはさんに振った。

「え?何も見えないけれど?」

「いいから全力で!手加減無しでお願いします」

「う、うん…レイジングハート」

『ディバインバスター』

魔力の収束が始まる。

「ディバイーーーーーン、バスターーーーーー」

相変わらず鬼のような威力の砲撃だ。

寸分たがわずソラの設置したバインドを貫いて、その奔流はゆりかご下部に当り四散した。

砲撃が終わるとゆりかご下部からまっ逆さまに空中を落ちていく人影が。

「え?あれって?」

「あーたぶんあのメガネだね」

「え!?ちょっと!大丈夫なの?」

「機械なんだから大丈夫なんじゃない?」

「そんな訳無いじゃない!ちょっと何とかしないと」

うえ…正直どうでもいいんだけど…

『レビテーション』

ソラとルナが気を利かせてくれたようで、激突寸前でどうにか落下を食い止めた。

「後は任せます」

「う、うん。ヴィヴィオをお願い!」

なのはさんは一旦俺たちと別れて先ほど撃墜したメガネの逮捕に向かった。


さて、それからしばらくして、制御から離れたゆりかごを、遅れて現れた管理局本局の次元航行艇の砲撃でその質量を残すことなく消失させた。

これでこの騒動は一応の決着を見せた。


その後、部隊長のいなくなった機動六課は速やかに解体された。

部隊長から犯罪に加担していたのだから仕方が無い。

八神部隊長はじめヴォルケンリッターの面々はリンカーコアを厳重に封印されて拘置所送り、裁判を待っている。

その他の面々の殆どは前任の部隊に出戻り。

スバルとティアナは陸士108部隊、ギンガさんの部隊に引き取られたらしい。

キャロとエリオは今はフェイトさんの家で生活している。

未だ身の振り方が決まってないらしい。

ヴィヴィオはなのはさんが面倒を見る事になり、今は二人親子のような生活を送っている。

さて、俺たちはと言うと…


今、俺達は懐かしい一軒家の玄関前に居る。

「アオ」

「うん…」

意を決してインターホンを押す。

ピンポーン

はーい、と言う声が中から響いてきて。

「お帰りなさい。あーちゃん、ソラちゃん」

「「ただいま!」」 
 

 
後書き
TS設定と生かしきれておらず、さらに八神一家には酷いアンチになってしまいました。
そんな感じなのでエイプリルフールの特別掲載だったのですが…アンチも需要も有るかな?と思い再掲載しました。
最後に。作者は八神一家が嫌いなわけでは有りませんよ? 

 

番外 Vivid編

 
前書き
にじファン閉鎖に伴い書き上げたリオのその後の話しです。
ネタです。これ以降はまだ考えてませんのであしからず。
 

 
side リオ・ウェズリー

あの人たちとの邂逅からはや3年。

日課のランニングを終えるとクールダウンのストレッチを行うと『堅』の練習だ。

はじめは数秒しかもたなかった堅もこの三年で3時間ほどまで伸びてきている。

この修行も最初は『纏』の修行だった。

ただ何時間も自然体で立っているあたしを両親が心配したのは懐かしい話だ。

『纏』は意識しなくても維持できるようになったから、修行も兼ねて学校の授業中とかはずっと纏っている。

あたしも少しは成長したと思う。

そう言えばこの前の学期末、偶然だけど新しいお友達ができました。

ヴィヴィオって言う名前のその子、実は聖王オリヴィエのクローンなんだって。

打ち明けてくれたときは驚いたのなんの。

あたしも竜王の子孫なんだよ!って打ち明けられれば良かったんだけど、驚きでタイミングを逃してからズルズルと今まで来ちゃってる。

うーん。どうしようかなぁ…まあ、また打ち明ける機会もあるよね?

ヴィヴィオみたいに周りが墓穴を掘ってくれればその流れで軽く言っちゃえるんだけどなぁ。

まだまだ先になりそうです。

そうそう、この間、さらに新しい出会いもあったんだ。

アインハルトさんって言うんだけど、ヴィヴィオのお師匠さんがどうしてもスパーしてくれって言っていた人なんだけど。

あたしより少し年上の彼女。

彼女とヴィヴィオとの対戦は、なんと言うか歯車がかみ合ってない感じ?

アインハルトさんの拳、あれはスポーツとしての格闘技というには鋭すぎる。あれは…

初戦はヴィヴィオの敗退。再戦となる二戦目は、互いにもっと鋭さを増した。

それを見てウズウズしてしまうのは仕方ないよね!?

結局ヴィヴィオの負けだったけどね。なんか二人はライバルになれそうな感じだし、ちょっと羨ましいかな…

あたしが持てる全力をぶつけられる相手なんてミッドチルダにはいないからね…

時々なんで一人で『念』の修行をしてるんだろうって思うときも有るけど、憧れだからね。

あたしを助けてくれたあの人は。

さて、日課も終了。お家に帰ろう。



今あたしはヴィヴィオたちと、訓練合宿と称したプチ旅行中です。

まあ、そうはいってもちゃんと訓練や模擬戦もするからやっぱり訓練合宿なんだけど、子供のあたし達は遊びが半分、訓練半分の旅行なのでした。

参加者はあたし、ヴィヴィオ、コロナ、アインハルトさん、なのはさん、フェイトさん、スバルさん、ティアナさん、ノーヴェさん、エリオさん、キャロさんの11名。

後は宿泊先のルーテシアさんとそのお母さんともヴィヴィオを通した知り合いだけど、訓練に参加するのはルーテシアさんだけ。

一日目は子供のあたし達は川遊びをして楽しんだ。

水はほんの少し冷たかったけど、すごく楽しかったよ。

子供達以外のメンバーがやっていた模擬戦を遠くから眺めたりした時はこっそりとヴィヴィオたちから距離を取って写輪眼を発動して観察させてもらった。

皆すごくイキイキとしてた。

でもあの人達とはやっぱり違う…

夕飯前に皆で温泉に入ったときにセインさんっていう人のいたずらを軽くひねり上げたら皆に驚かれちゃった。

うぅ、ちょっとやりすぎたかな。失敗。

その日の夜。

みんなが寝静まったころ、あたしはこっそり抜け出して河原まで来ている。

昼間ぬらした水着は袖を通すとヒヤッとしたが、夜とはいえ暖かかったのでむしろ心地よい。

よしっ!

あたしは精神を集中すると流れの緩やかな所を見つけると、水面を歩き出した。

足の裏を流れる水が冷たくて気持ちいい。

この修行、普段ならお風呂に入る時間にしかできないのだけど、今日はこんなにいいロケーションなんだからやらないほうが損だよね!

とは言え…

ドボンっ!

「ぷはっ!うー、いつもは水は流れてないからなぁ」

よっこいしょと岸に上がると再挑戦。

っとと!その前に。

「影分身の術!」

ボワンっという音とともにあたしの隣に二人のあたしが現れる。

影分身の術。これはソラお姉ちゃんに教えてもらったとっておき。

あの短い期間であたしが教えてもらった多くの忍術の中で唯一、印を見せるだけでなく練習を見てもらった忍術だ。

なんでこれだけは丁寧に教えてくれるんだろうと思ったけど、なるほど。確かにこれを覚えているのと覚えていないのでは雲泥の差がでるわけだね。

フェイトお姉ちゃんの修行も基本的に影分身を多用していた。

なんで?ってその当時聞いたけど、その時はよくわからなかった。

だけど、自分ひとりで修行するようになって分かったの。

分身が経験したことは自分の経験として残るって。

だからフェイトお姉ちゃんは影分身をしていたんだね。

それにしても影分身は本当にすごい。あたしは3人くらいしか維持できないけど、色々な事を短時間で勉強できる。

それこそ宿題をやりながら念の練習をして、お母さんの手伝いまでと、何気に日常生活で一番使っている忍術かも。

影分身を使用して分かれた三人のあたしがそれぞれ水の上を歩く。

何回も沈みながらも、時間をかけるとどうにか普通に立っていられるようになったので分身を回収して復習。

うん、大丈夫。

さて、ここまでは準備運動。

てくてく歩いて川の中腹まで行くと、あたしは足裏からのオーラの放出をやめてトプンと音を立てて水中へと入る。

「昼間は思いっきり出来なかったからね」

ヴィヴィオ達と一緒にやった水切り。これを今持てる全力でやったらどうなるのだろうか。

『硬』で右手にすべてのオーラを集める。

硬での攻撃なんてミッドチルダじゃ使える場所が無いからねぇ。

「っし!」

あたしが突き出したコブシが川を割る。

ドォンっ

そのまま川を50mほど裂いた。

「うわぁ…」

自分でやった事ながらその威力に目を見張った。

うん、これは本当に危ない技だなぁ。アオお兄ちゃんが危険だって言ったのも頷ける。

割れた川底に月光を浴びてキラリと光るものが目に映った。

何だろう?

気になったあたしは割れた川が戻る事で発生する濁流のような衝撃を念で四肢を強化して踏ん張って耐え、流れの戻った川を潜る。

水中で目を凝らすと川底の岩に埋まっている七色に輝く宝石。

硬で指先を強化して軽く岩の周りを叩く。

ぽろぽろと岩が剥がれ落ち、中から直径三センチほどの虹色の宝石が現れた。

「ぷはっ!」

その宝石を手にとって水面に上がる。

「きれい…」

その宝石は月光を反射してきらきら輝いていた。

「なんて言う石だろう」

ここは管理外世界だし、この世界特有の宝石で、もしかしてまだ誰も発見したことの無い石だったりして。

あたしは岸に上がってそれを水着袋にしまうと、気を取り直して修行を再開した。

さて後は火遁の練習をしたら今日はロッジに帰ろう。

深夜3時。

絶で気配を消してロッジに戻る。

月明かりが照らす薄暗い廊下を音も無く歩いていくと急に後ろから声を掛けられた。

「こーら、こんな遅い時間までどこ行ってたの?」

その声に振り向くとそこにはなのはさんがコーヒー片手に廊下をあたしの方へと歩いてくる。

「えっと…あの…気がついてたんですか?」

「まあね」

あたしは絶で完璧に気配は消していたはずなんだけど…

まあ、探知魔法を使われたら一発か。

「こんな時間まで一人で修行?」

「えと…その…はぃ」

言い訳は思いつかずに肯定してしまった。

怒られるっ!

「時差もあるから今日は早く休んで貰いたかったんだけどね。明日はみんなで模擬戦だし疲れを残さないようにしないとだめだよ?」

「ご、ごめんなさい!」

うぅ、ちゃんと計画立てているから明日に疲れを残すような事は無いんだけどね。

あたしの手元に唯一形として残るあの人達とのつながりである一つのパヒューム。

あの人達が帰ってしまう時にあたしに届けて貰うように管理局の人に頼んだらしい。

このパヒューム、なにやらビーズのようなものが貰った時は100個埋まっていた。

中の液体が無くなると水を足してボタンを押すと、ビーズの様な物が一つ押し出され、中の水に溶ける。

このパヒュームの使い方は色々だ。

傷に吹きかければ擦り傷や切り傷程度ならばたちどころに治り、寝る前にひと吹き寝室に吹きかければ『絶』の効果もあって3時間睡眠でもばっちり全快、元気いっぱいだ。

そしてやった事は無いけれど、おそらくこのビーズを取り出して直接口にすればどんな怪我だって治るだろう。

だから今回も3時間睡眠で大丈夫と計算していたんだけど…なのはさんに見つかっちゃったと言うわけ。

「まあ、良いけど、あんまり心配させないでね?」

「はーい」

お叱りを受けて寝室へと戻される。

「あ、ちょっと待ってください」

あたしは懐からパヒュームを取り出す。

「何?」

「これを吹きかけると安眠できるんです。なのはさんも良かったらどうかなって」

「それ、ヴィヴィオも持ってる…」

「え?」

なのはさん今なんか言った?

「ううん、何でもない。それじゃあ、借りてみようかな」

「あ、はい。どうぞ」

あたしからパヒュームを受け取ってシュッとひと吹き。

「あ、本当だ。気持ち良い」

「そうなんです。ついでに疲れも取れちゃいます」

なのはさんがパヒュームをあたしに返す。

「へぇ、不思議だね」

「はい!」

私は宝物を誉められて上機嫌で部屋に戻った。



しかし、ベッドに潜り込むと思考がぐるぐるマイナスの方向に展開した。

先ほどのなのはさんとの会話で強くアオさん達の事を思い出した所為だ。

だめだ…やっぱり一人じゃ限界だよぉ…

相談できる仲間が欲しい…修行を見てくれる先生が欲しい…

アオさん達に会いたい…

あの時。あのゲームの世界から現実世界に戻ってもいつでもアオさん達には会えるって思っていた。

一ヶ月が経ってパパにお願いして機動六課に問い合わせてもらったりもした。

その時はまだゲームの中だって言われただけだった。

だけど、その後何回か問い合わせてもらったら、今度はもう会うことは出来ないって教えられた。

どう言う事かとあたしのパパが食い下がってくれたおかげでようやく事情を知ることが出来た。

あの人たちは過去から来た人なんだって。

どのくらい過去なのか聞いたら10年って教えてくれた。

10年くらいだったら今でも探せば居るはずだよね?

それでも返ってきた答えはNOだった。

アオさんとソラさんはこの世界には生まれていないんだって。

意味が分からなかった。

でも目の前に現れたなのはさんとフェイトさんを見て理解した。

彼女達は違う…

存在感が違う。なのはさんとフェイトさんはもっと…

小さかったあたしは、過去は現在へと一本でつながっていると思っていた。

その時はよく分からなかったけど、いっぱい本を読んで勉強した今なら理解できる。

時間はひとつの紐のようなものじゃなくて、いくつも枝分かれした樹木の様だって。

平行世界。

これは次元世界の定義としての平行世界ではなくて、選択によって発生するいくつもの異なった世界の事。

つまりこの世界はアオさんとソラさんが生まれなかった世界。

だから会うことは出来ない。

河原から持ってきた七色に光る石を持ち上げて覗き込む。

月明かりを反射して七色に光っていた。

「会いたいよ、アオさん」

沈んだ気持ちを忘れるように眠りについた。


さて、次の日はお待ちかねのあたし達幼少組みも加わった6対6の陸戦試合(りくせんエキシビジョン)

チーム分けは、あたし、ヴィヴィオ、ルールー、エリオさん、なのはさん、スバルさんの6人。

相手チームは、コロナ、アインハルトさん、キャロさん、フェイトさん、ティアナさん、ノーヴェさんの6人だ。

あたしは自分の相棒であるソルフェージュを取り出す。

愛称はソル。

あたしを助けてくれたあの人のデバイスにあやかりたくて、いつの間にか定着したニックネームだ。

「行くよ!ソル」

『スタンバイレディ・セットアップ』

ヴィヴィオやアインハルトさんはどうやら大人モードで参戦するようだけど、あたしはこの今の体で修行を積んでいる。

リーチや目線が変わるとやりにくそうだから、変身魔法は使えるけれど使う事はないかな。


そして試合が始まる。

どうやらまずは1対1で索敵してのぶつかり合いから始めるようだ。

あたしの相手はどうやらコロナのようだった。

「ゴライアスっ!」

コロナが創り出したゴーレムの巨大なコブシがあたし迫る。

「うわぁ…ライフシミュレーションのみだから直撃してもバリアジャケットを抜かれる事が無ければ怪我はしないんだけど…痛そうだし、くらいたくないなぁ」

かわそうとしたあたしに、その巨体からは想像できないような速度で追随するコブシ。

「ちょ!?」

速いっ!

間一髪の所で大きく距離を取ってその攻撃をかわした。

「すごいねっ!コロナ。まさかそんな速さでゴーレムを操れるなんて!」

「ううっ…避けておいてそんな事言う?今のは絶対捉えたと思ったのに」

本当に今のは危なかった。

コロナのゴーレム操作技術はその年齢では類稀なものだろう。

あたしは嬉しくなった。

「ふふっ、いいねっ!それじゃああたしも少しは本気出さないと!」

「え?」

ゴライアスを正面に捉える。

「行くよ!コロナ!」

「ゴライアスっ!」

あたしが駆け出すと、迎撃しようとゴライアスがコブシを振るう。

それをあたしは自分の右コブシをぶつけるように突き出した。

「え!?リオっ!あぶないから避けて!」

当然避けるか防御する物と思っていたコロナはあたしの行動に絶叫する。

あの質量のパンチをコブシで受け止めれば普通は複雑骨折ものだろう。

だけど…

右手に全てのオーラを集める。

『硬』だ。

「はっ!」

ドゴーン

「うそーーーーっ!」

あたしのコブシがゴライアスの腕を砕き、その勢いでコロナはゴライアス共々吹っ飛んでいった。

強化魔法じゃないけど、ゴライアス相手だったら大丈夫でしょ。

プチっ

あ…ゴライアスの下敷きになってる。

あたしは急いで近寄ってコロナの状況を確認する。

「きゅーーーーっ」

「バリアジャケットでダメージは無し、気絶で撃墜扱いだね」

どうやらゴライアスはコロナのデバイスであるブランゼルが分解したようで、多少の土砂に埋もれているだけのようだ。

さて、次行こうか!

その時、ルールーから作戦開始の合図が届く。

2on1で確実に相手を落とす作戦だった。

あたしは一気にフィールドを駆け抜けて相手陣地の奥底へ向かう。

目標はフルバックのキャロさんだ。

回復や支援魔法が得意な彼女を落とせばかなり戦局が優位になる。

キャロさんを補足するとその傍らに防御シールド魔法で守られたアインハルトさんを発見。

どうやら回復魔法でライフの回復中のようだ。

ふむり…ルールーさんがキャロさんの注意を引いていてくれるから…

あたしは気配を消してキャロさんの後ろに回りこむ。

「キャロさんっ!後ろですっ!」

「え?」

アインハルトさんがあたしを見つけたようだが、遅いよっ!

「木の葉旋風」

空中回し蹴り、からの…

「リオスペリャルっ!」

二撃、三撃と蹴り上げて、そのまま足で挟むように相手を掴み、腰の回転を利用して投げ飛ばした。

「きゃーーーっ!」

そのままキャロさんは吹っ飛んで行き、ノックアウト。

「きゅー…」


「リオ、ナイス!」

ルールーさんがナイスファイトと誉めてくれた。

しかし、その言葉が隙となってしまった。

「ルールーさん、あぶない!」

ルールーさんに迫るアインハルトさんのコブシ。

「あっ…くっ…」
「はぁっ!」

弾き飛ばされたルールーさん。

かなりの距離を飛ばされたようで、ここまで戻ってくるの時間が掛かりそう。

もしかしたら今のダメージで戦闘不能になっちゃったかも…

アインハルトさんはあたしの方を振り向くと、構えた。

「一勝負、お願いします!」

「はいっ!」

アインハルトさんの全身から闘気があふれ出る。

どちらとも無く進み出て、互いのコブシを交える。

すごい!

アインハルトさんは本当にすごい!

彼女との戦いは、ヴィヴィオ達なんかとは違う!

ダンっ

互いのコブシをコブシで弾き、距離を取る。

「すごいです!アインハルトさん!あたし、ここまで本気になった事はありませんよ!」

「そうですか。リオさんも凄いですね。その強さ、どこで身につけたんですか?」

「えへへ~。昔、助けて貰ったお兄ちゃん達に教えて貰ったんだ。あの人たちは本当に強いんだよ?」

「そうなんですか。私もいつかお会いしたいですね」

「……ごめん、もう居ないんだ」

もう、アオお兄ちゃん達に会うことは多分…

「…、ごめんなさい」

「いいの、別に死んじゃってるわけじゃないから」

「え?」

ただ二度と会えないだけで。

「それよりも、リオさん…私に対して手加減…してますよね?」

「え?」

「バレてないとお思いですか?私はこれでもいっぱしの格闘家です。相手の力量を見る目はあるつもりです。貴方はもっとなにか強い力を隠し持っている気がします」

「うーん。全力で相手をしているつもりだけど…そうだなぁ、今ここで使えない技術はいっぱい持ってますよ」

「使えない?」

さっきゴライアスに『硬』を使っちゃったけど、ノーカンで。

対人戦に『念』は威力がありすぎて命の危険が無い限りご法度だもの。

それと忍術。

あれは魔力での攻撃じゃないから、非殺傷なんて物はないしねぇ。

でも、一つくらいいいかな?

「そうですね、それじゃアインハルトさんに失礼かもしれないから、あたしの取っておきを一つだけ見せちゃいますね」

他の人には内緒ですよ?と釘を刺して私は一度目を閉じた。

『写輪眼』

「眼が…その眼は…あなた…もしかして」

アインハルトさんが動揺で体を硬直させている間にあたしはアインハルトさんとの距離を詰める。

「やっ!」

「くっ…」

突き出した右コブシ、それをガードしようとするアインハルトさんの体の動きを先読みしてそのガードをすり抜ける。

御神流 『貫』

そのコブシで吹き飛んでいくアインハルトさん。

アインハルトさんは素早く体制を制御し、構える。

「その眼、クラウスの記憶が知っています。…それは竜王の、竜王アイオリアの瞳」

アインハルトさんってイングヴァルドの記憶を持っているんだっけ?

だから、竜王本人も知っているのかもしれない。

「あたしは、たぶん…竜王の子孫だよ」

確証は無いけど、そうだってアオさんに聞いたから多分間違いないとおもう。

「クラウスは生涯を賭しても彼の竜王に勝てなかった、だけど!」

そう言ったアインハルトさんはさらに闘志を燃やしたようだった。

「だからこそっ!勝たせてもらいますっ!」

裂帛の気合と共にそのコブシを振るう。

振るうコブシは徐々に速度を上げていく。

写輪眼が無かったらこれは絶対に見えないなぁ…

あたしはその攻撃を弾き、かわして距離を取る。

すると、一瞬溜めたかと思うとその掌を突き出すと、衝撃波が私を襲った。

「覇王空破断(仮)」

私は衝撃波の飛んでくる風圧も利用して空中を自然落下するように避けた。

「なっ!バインドっ!」

その時きっちり相手を捕獲する事も忘れない。

あたしの目の前に魔力が収束する。

「ディバイーーーン」

その魔力球めがけてあたしはコブシを突き出した。

「バスターーーーーー」

ゴゥっという音を立てて魔力の本流がアインハルトさんを包み込んだ。

どうだ、と確認するよりも早く、あたしを巨大な魔力攻撃が襲う。

「な!?」

うそーーーーっ!?

まさか!なのはさんとティアナさんのダブルスターライトブレイカー!?

2人が同タイミングでそれぞれを攻撃したその攻撃は最終戦争もかくやといった勢いでフィールドを襲う。

完全に隙をつかれあたしは撃墜。

その攻撃で生き残ったのはヴィヴィオだけのようだったのであたしのチームが勝ったから良いんだけれど…味方を巻き込まなくても良いんじゃないかな?

そんな感じで模擬戦の1戦目は終わったのでした。


夜。

アインハルトさんとあたし達年少組の3人は一つのベッドで横になり、昼間の模擬戦で使った筋肉を休ませていた。

そんな状況でも女の子はお話が好きなわけで…

「古代ベルカで一番強かった王様って誰なんだろね」

そう、何の気も無しに呟いたコロナ。

「さあ?誰だろうね」

と、ヴィヴィオ。

あたしはそれをポケットから取り出したあの石を眺めながら聞いていた。

「有名な所だと最後のゆりかごの聖王オリヴィエ、覇王イングヴァルド、冥王イクスベリアあたりだけど…ここには彼らに縁のある人が2人も居るのね」

不思議な物だとコロナがごちる。

「ねえ、アインハルトさんはどう思う?やっぱりイングヴァルド?」

ヴィヴィオがアインハルトさんに問いかけた。

「いえ、そうですね…あの時代の最強の王、…それは」

「竜王アイオリア」

「「え?」」

はっ!あたし何を言って?

「アイオリア?でもその人の居た証明って最近やっとされたみたいじゃない。それにアイオリアの伝説なんて誇張が酷くてだれも本当に居たとは思わなかったみたいだし…」

と、コロナが言う。

「居たよ!だってあたしは竜王の子孫だもん」

「へ?」

その言葉にアインハルトさん以外の2人、ヴィヴィオとコロナの表情が固まった。

「本当なの?リオ」

「うそー、ただ2人が聖王と覇王の関係者だからってリオまで乗っからなくても良いのに」

「嘘じゃないもん!」

「嘘でしょう、だっていままでその子孫の存在が証明されてないからずっとただの伝説だったんだし」

「嘘じゃないもん!絶対本当のことだもの!」

普段のあたしならば、コロナのそんなことでは勿論怒らないのだけど、今回だけは譲れなった。

その時、勢いあまってあたしはつい手に力を入れてしまい、握り込んだ宝石を砕いてしまった。

バキッ

そんな音の後部屋を閃光が包み込み…


「へ?」
「何?」
「きゃ」
「どういう事?」

一瞬後にはその部屋には誰も居なくなっていた。 

 

第五十九話 【SAO編】

 
前書き
この回からソードアート・オンラインになります。
SAOの開始年代が合っていない事は、二次小説と言う事で多めに見てください。
※転載に伴い少々設定が変わっています。以前のものはアオはソードスキルを使わないスタンスでしたが、ボス攻略を考えるとどうしても必要かと思い(威力的な問題)、改定しました。 

 
リンゴーン、リンゴーン

けたたましく響く鐘の音が突如として事件の始まりを告げる。

ここはVRMMO『ソードアート・オンライン』アインクラッド大一層の『はじまりの街』

全てはこの鐘の音と共に始まった。



さて、あの海鳴での事件から数年が過ぎた頃、俺は又しても大きな事件に巻き込まれる事になった。

どうやら俺は騒動に巻き込まれる運命にあるらしい。

その日、俺はたまたま懸賞で手に入れた世界初のVRMMORPGである『ソードアート・オンライン』を物は試しと思い、ようやく一般家庭でも普及し始めたフルダイブ装置≪ナーヴギア≫を装着してサービス開始初日を迎えた。

ちょうどその日は母さんとソラ、なのは、フェイト、それと久遠とアルフ。つまり俺以外のメンバーは少し遅めの文化祭の代休と、土日が重なり4連休と言う事で今日の朝からミッドチルダに居るはやての所に遊びに行っていた。

とはいえ、高校生である俺には代休は存在しないので今回は遠慮したのだが、皆が戻ってくる間に、ある種のあこがれでもあるVRMMOを体験してみようと思ったのが運の尽き。

アニメやラノベ、さらにネット小説なんかが好きならば知っているのではないか?

VRMMORPGにおける一つの都市伝説を…

そう、デスゲームである。

つい先ほど、強制転移ではじまりの街へと戻された俺達は、アバターをどうやってか現実の美醜を再現され、このゲームの開発者である茅場晶彦によってデスゲームの始まりを告げられた。

ゲーム内での死が現実での死と言う現実に皆驚き、大いに困惑している。

終いにはこのアインクラッドの巨大な浮遊城であるこの監獄の淵から飛び降りるプレイヤーが出る始末だ。

そのプレイヤーはこんなの出鱈目だと証明するために自ら命を絶った。

結果、ただ一人の死者が増えただけだったが…

しかし、自らの行動で生死を選べた人たちはまだ幸運だろう。

なぜなら、このゲームにダイブするために装着しているナーヴギア。コレの取り外しでも死ぬと言う徹底振りだ。

外部から外された彼らには自ら選ぶ権利すらなかったのだから。

一時間が経ち、二時間が経ち、時間が経過するごとに信憑性が高まり、終には誰もがこれがデスゲームであると疑う事は無くなったのである。

ヘッドギア型のナーヴギア、それ自体が人質を兼ねた爆弾になった瞬間だった。

さて、問題が変わるがこのナーヴギア。脳信号をキャンセルする事に対してはすばらしく高性能であるようだ。

いくらマルチタスクで思考を分割しても一考に現実に戻る気配が無い。

さて、こう言った場合、デスゲームを開始した茅場晶彦氏から住所データは政府に送られているだろうし、真っ当な政府ならば直ぐに所在確認を行なうはずだ。

つまり、タイムリミットが存在する。

何のタイムリミットか?

それは誤魔化すためのだ。

運の悪い事に、今俺の手元にはソルが存在しない。

ミッドチルダに行く事にしていた母さんに携帯端末代わりに渡してある。

口が動かない俺は詠唱使用も不可能だ。

さらに、念での防御が出来るのかも不明だ。

そんな中で賭けには出れない。

ソラ達が居れば外からのアシストも可能だろうが、今はそれも出来ない。

つまり俺が言うタイムリミットと言うのは政府関連の人が来るまでと言う事だ。

政府関連の人が来て、もし死なずにアインクラッドから脱出できたのがバレるのは面倒極まりない。

政府の人間が来るまではどうとでも誤魔化せるのだが…

遅くても一日は掛かるまい。

人間、飲まず食わずで生きていこうとすれば点滴のお世話にならなければならず、そうなると、餓死する前に所在の確認と、スタッフを送らねばならない。

うーむ…

これは詰んだか?


さて、俺は一週間フィールドへは出ずにはじまりの街内で、初期所持金を減らしながら過ごしていた。

「今日で一週間か…」

アインクラッド内と現実世界の時間経過は同期しているはずだ。

となれば…

「ナーヴギア…侮りがたし」

そう、どうやらこのナーヴギア、本当に脳派伝達のカットと言う方向ではすごいスペック誇るようだ。

試してもソラ達からの念話が一向に繋がらない。

つまり、リンカーコアへの伝達命令すらカットしていると言う事だ。

逆もまた然り。

「うわ…マジかよ」

それと、外部から助けられるのならば絶対にソラ達がすでに助けてくれているはずだ。

後で聞いた話だが、ソラ達も何もただ見ているわけではなかった。

しかし、ナーヴギアから発せられる電磁波による脳破壊と、防御フィールドの展開、どちらが速いか分からず手が出せなかったようだ。

俺も失念していたのだが、防御魔法と言えば円形や球形で展開される魔法だ。

密着状態のナーヴギアと頭を分けるように展開するにはプログラムを書き換えなければならないし、密着しているのでミリ単位でも間違うと大惨事極まりない事になるだろう。

念による防御も同様。衝撃は軽減するはずなので、俺の体を『周』で覆う事も考えたのだが、他人の念を無意識とは言え俺が受け入れるのか分からないし、受け入れられなかった時、最悪ナーヴギアが誤認して脳破壊を行なう危険性もあった。

だから彼女らは俺が自力で帰ってくるまで辛抱強く待つ事を選んだらしい。

それは囚われている俺よりも、とても苦しい事だったと思う。

アインクラッドから生還した俺に何でよりにもよって俺なのかと散々愚痴られた物だ。

それはそうだ。

『星の懐中時計』ならレジストすら出来ずに瞬時に止まる。

止まるという事は干渉できないと言う事だ。

つまりナーヴギアからの干渉も受け付けない。


話がそれた。

つまり今、俺は選択に迫られている。

このまま引きこもって安全に誰かがクリアしてくれるのを待つか、それともフィールドに出てクリアを目指すか。

それは転生してから久しぶりに感じる死への恐怖だった。

転生を繰り替えずごとにいろいろな物を得て強くなっていると自分でも思っていた。

だけど、ここではその多くの超常の力が一切使えない。

念での身体強化、写輪眼での模倣。その他全てが…

ここでは自身のアバターの数値的な強さが全てだ。

つまり、ここでの今現在の俺はそこらに居るプレイヤーキャラの何も変わらない所に立っている。

その事にも恐怖を感じる。

あまり考えないようにしてきていたが、やはり心のどこかで人と違う事が出来る自分に優越感を持ち、その力に溺れていたのだろうか?

ここではレベルを上げなければいつまでも弱者だ。

さて、街の中はアンチクリミナルコードに守られ、ルール的には絶対に安全だ。

しかし、それは本当に絶対だろうか?

絶対と言う言葉を俺は信じない。

起こるわけもない転生を繰り返しているのだ。絶対なんて事はありえない。

弱ければ身を守ることは適わない。

何が俺を突き動かしたのかは分からない。

しかし俺はこのゲームをクリアして現実世界へと戻ると決めた。



はじまりの街の北にある門へと向かう。

そろそろ太陽も沈もうかと言う頃。

声を荒げパーティ募集を掛けている人たちがまだほんのわずかだが存在する。

まだゲームが始まって一週間。

固定PTを組もうにも、気が合わない者、死への恐怖から一度フィールドに出てからまた引きこもる者、様々だろう。

さて、ここに来た俺は直ぐに募集に答えてPTに加入する事を考えたわけではない。

まずは情報収集だ。

情報。

これはどんな世界、どんな時代、どんな状況でも大事なものだ。

とりあえず、フィールドから帰ってきたような人に目をつける。

20を超えたような青年達の集団だ。

青年達はどうやら一時PTを解散したようで、皆それぞれの目的のため、町の中へと散っていく。

俺はその中の一人に声を掛ける事に決めた。

少々目つきが悪く、無精ひげも生えていて顔は怖いが何処か面倒見の良さそうな感じがする。

「あの、すみません」

「あん?俺か?」

俺の声に気の弱い人なら物怖じしてしまうような声が返ってくる。

「はい、少し聞きたい事が有るのですが良ろしいですか?」

「聞きたい事?まぁ、別に良いがよぉ、今腹減ってるからどっかその辺のレストランで良いか?」

「構いませんよ」

レストランなどは利用するお金が無かったので今まで利用して来なかったため、俺はとりあえず青年についていく事にした。

道すがらお互いの名前を交換した。

クラインと言うらしい。

レストランのテーブルに着く。

ウェイトレスNPCがメニューを持ってくるが、残念ながら俺には利用するだけのコル(お金)を持っていなかった。

「注文しねぇのか?」

手前に座ったクラインが尋ねる。

「フィールドに出た事が無くて持ち合わせが心もとないんですよ」

クラインは「そっか」とつぶやいた後、自分の注文を二個ずつ頼んだ。

すぐさま注文した料理を運んできたウェイトレスNPC。その料理を半分俺の方へと強引に配膳した。

「まずは食え!オレがおごってやっからよぉ。話はそれからだな」

その行動に目をぱちくりさせて戸惑ったが、素直にその好意を受け取って食事を開始する。

この人かなりお人よしだ。

こういう人って結構好きだな。

このソードアートの世界では空腹が存在する。

その飢餓は食べ物アイテムの摂取でしか緩和できない。

まあ、食わないでいても死ぬわけでは無いだろうが、飢餓感が無くなる事は無い。

食事は簡素なサンドイッチとソフトドリンクだったが、この一週間で初めてのまともな食事だった。

目の前の軽食を食べ終えると、クラインの方から話を戻した。

「それで?オレに聞きたい事って?」

「あ、それはですね…」

俺は今現在分かっている敵の種類、攻撃方法、比較的安全な狩場、有効なスキルなどを質問した。

俺の質問に細かく回答してくれたクラインには感謝しても仕切れない。

はじまりの街から出てすぐのエリアに居るモンスターは動きが単調であり、直線的で、冷静に戦えば割と簡単に倒せるらしい。

しかし、安全を考えるならば、最低二人以上でPTを組んだほうが良いだろうとのこと。

ソードスキルを使えば1対1ならばまず負けることは無いようだ。

しかし、囲まれれば命の保障は無いわけで、そう言った場合はやはりPTを組んでいるほうが対処が可能だろうと。

ソードスキル。

魔法の無いこの世界で、言わば必殺技のような物か。

システムアシストにより規定のモーションを発動すればオートでまかなってくれる物らしい。

しかし、初動にはどうしてもほんの僅かだが溜めのようなチャージ時間が掛かり、さらに技の終了後には反動により規定の秒数硬直してしまうようだ。

ゾクッ

硬直中に敵に攻撃されればひとたまりも無いのではないか?

それは大技に対する弱点と言う訳か。



「どうだ、アイオリア。明日でよかったらオレ達と一緒にフィールドに出ねぇか?ここら辺りの敵でも1レベルだと万が一と言う事もありえるからよ」

大体の事を聞き終えるとクラインが俺をPTに誘った。

正直その言葉はとても有り難かったのでお言葉に甘える事にする。

明日の朝8時に北門前に集合と言う事でその日は別れた。


次の日。

二つ有るスキルスロットにメイン武器である『片手用曲刀スキル』と『索敵』の二つを選択する。

何故曲刀を選んだかと言えば、反り具合と長さから小太刀に近い物を感じたからだ。

さて、クラインと待ち合わせると、どうやらクライン以外の青年の姿もある。

話を聞くと彼らはリアルで知り合い同士なのだそうだ。

俺が合流すると、クラインは彼らと話をつけ、俺をPTに入れるとMob狩りにフィールドへと出発する。

程なくして見えてきた小さなイノシシを模したモンスターが一匹。

「少しスパルタだがな、あのモンスターなら初期装備でも二撃は耐えれる。クリティカルでも全損はねぇ。攻撃も突進だけだ。危なく成ったら俺たちがタゲ取るから安心して行って来い」

「はーい」

おどけた様に返事をして見せたが、内心ではやはりほんの少し緊張している。

やはり数値的に初期値である俺のAGI値はとてつもなく低い。

それに伴い俺は自分の体を悪い意味で持て余していた。

簡単に言えばイメージに体が付いてこないのである。

迫りくるイノシシの攻撃を加速しない体にいらいらしながら横へとスライドしてかわし、追いかけるように海賊刀を振るうこと7回。

ようやくイノシシのHPを消し飛ばす事に成功した。

ふぅー。

初戦闘はどうにか終了かな。

さて、とクラインを振り返るとポカンとしているクラインたち。

うん?

「どうかしました?」

俺の問いかけにようやく自身を取り戻したクラインが答えた。

「…いや、アイオリアってさ、何か武術やってたか?なんか身のこなしがシロートじゃないような気がしてな…」

「ああ。実家の方針で、生まれたときから剣術を仕込まれました」

「剣…術?」

「はい、剣術です」

その答えに、いまだに剣術なんて物があるんだと大層驚くクライン。

そっか、今は剣道が殆どか。

剣術流派は埋もれてしまっているな。

さて、気を取り直してMob狩り続行である。

次はソードスキルの実践だ。

これがこの世界での必殺技であり、命綱であるだろう。

クラインからのアドバイスを聞いて片手用曲刀基本ソードスキル『リーバー』の初動モーションに入る。

瞬時に俺の持った海賊刀にライトエフェクトが走り、大地をけった体は通常以上の速度で敵に向かって駆け、突き出した海賊刀がイノシシのHPを削る。

その威力は通常攻撃よりも高く、HPを減らしておいたおかげでその一撃で削りきったようだ。

そしてスキル硬直。

確かににうまく使えばこの上ない戦力になるだろう。

硬直時間が危険ではあるが。

半日、俺たちははじまりの街からそう遠くない所で狩りを続けたが、レベルアップは1回だけだった。

どうやら今現在POPの取り合いでMobが枯渇しているのだとか。

レベル的な安全マージンを得るためには、はじまりの街周辺からまだ離れられない人たちは多いし仕方の無い事かもしれない。

狩りを終えるとはじまりの街に戻って解散となった。

クラインは袖振り合うのも何かの縁と、明日も一緒にと誘ってくれたので恐縮しながらもその話を受ける。

彼らから得る物はまだあるだろうし、この縁を結んでおいても損は無いような気がしたからだ。

「それじゃ、また明日」

クラインやその仲間はどうにもお人よしの気質が過ぎる。もう少し警戒心を持ったほうが良いのではないかと思うが、そんな彼らを好意的に感じるので言葉に出すのは憚られた。

さて、レストランで食事を済ませた俺は、返す足でフィールドへと向かう。

この辺りのモンスターの行動パターンは覚えたし、毒や麻痺、睡眠と言った状態異常系の攻撃を持っていないとの見解が、いち早くフィールドに出て行った人たちの見解だった。

ならば、とも思う。

油断さえしなければアレくらいならば確実に一人で狩れる。

そう思った俺は人が少なくなる夜にもう一度フィールドに出て経験値を稼ぐ事にした。


時は朝の4時。

深夜の狩りで俺のレベルは5まで上がった。

そろそろこの近辺での狩りでは経験値的に打ち止めであろう。

俺がMob相手にこんなに冷静に戦えているのはおそらくグリード・アイランドの経験から来るものだろうか。

あれもどこと無くゲーム的な感覚だったからね。

さて、今から帰って三時間ほど睡眠時間をとればクラインとの待ち合わせ時間だ。

と、その前にNPCショップで海賊刀の耐久値を回復させないとだな。

始まって一週間しか経過していないし。さらにこんな時間までやっている鍛冶スキルもちのプレイヤーの知り合いなんていないからね。

結構高いらしいけれど、武器が無ければダメージを与えられないのだからここはケチる所じゃないね。

耐久値をもどし、しばしの眠りに付く。

ソロ狩りでコルも多少手に入ったので今日は宿屋に宿泊する。

今までは少ないコルを全て食費に当てていたため、ホームレスのような路上泊だったので、久しぶりのベッドの感触に酔いしれる。

アラームをセットするとものの数秒で眠りに落ちた。

ピピピピピっ

脳内にアラーム音が響く。

「…朝か」

ベッドから体を起こし、伸びをして脳を活性化させる。

よし、問題ないな。

宿から出ると、露天NPCからすぐに食べれそうなバケットを購入すると、歩きながら胃に納めつつクライン達との待ち合わせ場所に向かう。

時間が待ち合わせ五分前と言った所だ。

しかし、そこはやはり日本人。五分前行動が身についているのか、既に待ち合わせ場所にはクライン達の姿があった。

「すみません。待たせましたか」

「いや、オレ達も今来た所だ。なぁ?」

同意を求めるクラインに、後ろにいた彼らも同意の声を上げた。

「んじゃ、行きますか」

クラインが少しおちゃらけた口調で出発を宣言し、フィールドへと出た。

昨日と違って既に旨みが少ない敵を狩る。

索敵画面を確認して、常時敵の位置を把握しながら一匹一匹確実に仕留めていく。

「それにしても、ソードスキルに頼らなくてもそこまで戦えるとはなぁ」

クラインが感嘆の声を漏らす。

「俺としては、硬直時間が有るソードスキルは結構おっかないです。あの数秒が命取りになる事も有るかも知れません」

とは言え、それでも相手の攻撃を弾くために使わなければならなくなる事も有るだろうから、PTを組ませて貰っている間は練習も兼ねて使わせてもらっているが。

「かもしれねぇな。だが、そこを頼るのが仲間ってもんだろ」

確かに。

彼らはリアルの知り合いの為か、お互いの信頼が厚い。そんなチームならば安心して命を預けられるのだろう。

そんな彼らが少し羨ましかった。

俺にだってそう思える人たちがリアルには居るのだ。

彼女らが一緒にここに居れば、どれほど心強かった物か。

俺は思考を切り替えてシステム的な問題で今のうちに試しておくべき事柄を口に出す。

「そう言えば、武器は装備するとソードスキルが使えるんですよね?」

「ああ、そうだな。しかし、それはもう教えただろう?」

「ええ。しかし、武器アイテムは装備しなくても手に取る事が出来ます。だったら装備していない状態で敵を切りつけたら?」

「…ソリャぁ…どうなるんだ?」

分からず仲間に振り返るクライン。

しかし誰もその答えを持ち合わせていなかった。

「試してみますか」

俺はウィンドウを開いて装備を解除する。

一瞬でストレージに引っ込んだ海賊刀をアイテムウィンドウから取り出すと右手に掴み取った。

しばらく歩き、エンカウントした敵に俺は右手に持った海賊刀で斬りつける。

ザシュッ

一瞬、鮮血のエフェクトが飛び散りHPバーが減少した。

さらにもう一撃入れると敵のモンスターはポリゴンを撒き散らして崩壊する。

「ダメージは有るみたいですね」

「だな」

「クライン。もう一つ試したいのですが」

武器を装備状態から唯の手持ちに変えてもらいソードスキルが発動するか確かめて貰った。

結果は否。

武器を装備していないとソードスキルは発動しないようだ。

さらに左手に持ち直して攻撃してみたり、複数人で実証してみた所、今の段階では装備しようとただ手で持っていようとダメージに差が見られない。

「ふむ…」

俺は考えをまとめる。

「なあ、こんな事をして何か意味があるのか?普通に装備すりゃぁ良い事だろう?」

「いえ…そうですね。クライン、その海賊刀を貸してくれませんか?」

「あん?これか?…まあ良いけどよぉ」

ほらよっと差し出された海賊刀を受け取るとそのまま左手に持つ。

するとちょうど良くリポップした一体のイノシシ型の敵へと向かう。

まず右手に持った海賊刀で一撃、すかさず左手で二撃。

体に染み付いた二刀流。

三撃目を放つ前にHPを全損させていた。

そろそろここらでは本当に相手にならないようだ。

「なんだそりゃぁ!」

「まあ当然の結果か」

「すげぇなっ!手数が倍じゃねえか!」

「とは言えお勧めはしませんね。二刀流なんてスキルがある訳じゃないですし、ソードスキルが使えるわけじゃない。それに素人に二刀流は本当に難しいですよ?」

「そっか…そうだな。やはりソードスキルは重要だよな」

と言うかソードスキルは普通に考えたらこの世界での生命線だろう。

システムアシストによる連撃。

決まれば大ダメージが期待できる。

それに片手武器ならば空いたほうの手に盾も装備できる。

盾は重要な防御手段でもある。

序盤の今ならばさらに重要だろう。

その後、右手の武器は装備し、左手の武器をそのまま手持ちにしたままソードスキルが発動するか試してみた所、イレギュラー装備扱いになるのかソードスキルは発動しないようだった。

ただし、二本目を鞘に戻し、腰に射すなどして手を開けていればソードスキルは問題なく発動するようだ。

通常攻撃でのダメージ効率を取るならば二刀流もいいだろうが、咄嗟のときにガードが出来ず大ダメージ食らう事も考えられるし、ソードスキルの連撃の方がはるかに効率が良いのかも知れない。

素人はやらないほうがいいね。

それでも保険にと俺は海賊刀をもう一本買い、腰に吊るすのだった。


浮遊城アインクラッドに閉じ込められて数日。

日中のクラインとの狩りを終え、さて、夜のソロ狩りに出かけようと城門を目指す。

はじまりの街には先駆者を見習い声を荒げて募集するもの、すでに決まったPTで狩りに行くもの、皆それぞれだ。

PTの募集はひっきりなしに行なわれているが、自己の事で精一杯の現在では他者を助けようとする者は少ない。

そんな中、城門の片隅で声を掛けようとして、躊躇っている12・3歳の少女を発見する。

興味を引かれて近寄ると、躊躇いも無く声を掛けた。

「なにか困った事でもあるのか?」

その少女に声を掛けたのは何故だったろうか。

薄クリーム色の髪を玉飾りのついたリボンで両側で纏めているその様相がなのはに似ていたからかもしれない。

「え…あの…」

俺は少女の言葉を急かさずに待つ。

「あたしも一緒にフィールドに連れて行ってくださいっ!」

勢いで最後まで言いました、という感じで一息でそう言った彼女。

レベル上げ、又は生活するためにはフィールドに出なければならない。

別に食べ物は食べなくても死にはしないだろうが、四六時中襲ってくる飢餓に打ち勝てる精神力があればの話だ。

「もう夜だけど?」

「あっ…決心したのが昼間で…声を掛けようとここに来てたのですが…」

戸惑っている内に辺りはすっかり暗くなっていたと。

アインクラッドの夜は、その時間でもプレイ出来るように月が出ていれば真昼間とは言わないが、あたり一面見渡せる。

だから、夜と言えど狩りが出来ないと言う事にはならない。

「…どうしても今日?明日とかは?」

「…今日行けなかったら、多分あたしはもう外には出れません」

なるほど、恐怖に打ち勝って何とか最初の行動に移れるタイミングが今なのだろう。

今日では無く、明日となればまた心を奮い立たせるのにどれだけ掛かるか。

「…分かったよ。一緒に行こうか。でも今日は3時間ほどで帰ってくるつもりだよ」

「っはい!ありがとうございます」

凄い勢いで頭を下げる少女。

「あたし、シリカって言います。あなたは?」

「俺はアイオリア。アオでいい」

「はいっ!」

それが長い付き合いになる俺とシリカの最初の出会いだった。

夜の草原をシリカと二人でモンスターを狩る。

周りには人は殆ど見えない。

そんな中、海賊刀を振ってイノシシのHPを減らす。

「シリカっ!」

「はいっ!」

後ほんの一撃、それだけで倒せるほど弱らせてからシリカへとバトンタッチ。

ザッ

振ったダガーのソードスキルがイノシシに当たりポリゴンが爆発し、経験値が入る。

「それにしてもアオさんって強いんですね。リアルで何かしているんですか?」

「家が剣術を担っていてね。子供の頃から教え込まれているよ」

「へぇ、そうなんですか」

その後、シリカは何か考えるようなそぶりをしてから、

「あのっ!ぶしつけなお願いで申し訳ないと思うんですが…あたしにその剣術を教えてくれませんか?」

御神流を?

「…駄目ですか?」

眉毛をハの字に歪ませ、少し残念そうな表情で再度問いかけるシリカ。

「…いや、別に良いけれど、役に立たないかもしれないよ?」

「そんな事ありません。絶対役に立ちます」

「まあ、全部は覚えられる物でもないし、まずは歩き方とか、剣の振り方とかからだけど」

「あっ!ありがとうがざいますっ!」

まあ、頼られるのは悪い気持ちはしないし、ソラ達と同年代ぐらいの少女がこの世界の理不尽で死ぬのは見たくない。

出来る範囲で生き残る術を一緒に模索できればいいな。


次の日、クラインと合流すると、

「このロリコン野郎!」

と吼えるクラインを拳骨制裁する羽目になるのだった。

勿論安全圏内だったからHPは1ミリも減らなかったよ?



さて、昼間、今日はクラインと別行動でシリカと一緒にモンスターを狩った俺たちは一度はじまりの街へと戻る。

さて、まず今使っている海賊刀を売り払い、必要STR値ギリギリの海賊刀を二本買い、余ったお金で防具を見繕うと手持ちのコルが無くなってしまった。

むぅ…昼飯は質素にしよう。

クラインからメールが入り、シリカと一緒に待ち合わせ場所に行くとどうやらクライン達は先に来て何か話し合っている様子だ。

「お待たせしました」
「クラインさん、お待たせしました」

「おう、アイオリアとシリカか」

「何かありました?」

「いやな、そろそろオレ達もここら辺じゃ経験値がうまくねぇからよぉ、次の町へと狩場を移そうかと思ってるんだが、アイオリアはどうだ?」

確かに日に日に諦めたのか現実を受け入れてフィールドへと出て行くプレイヤーは増えている。それに伴ってソースの奪い合いが生じ始めている。

ならば見切りをつけて先に行くのも一つの手だ。

「構いませんよ。俺もここらじゃもう打ち止めでしょうから」

「あたしは皆さんほどレベルが高い訳じゃありませんが、確かにここ辺りでは厳しくなってきました」

「そっか、それじゃ幾つか候補が上がったんだが、オレ達はホルンカの村へと行こうと思う」

「そうですか」

「ああ、それに…こんな状況でさ、不謹慎かもしれないけどよぉ…ネカマの奴らを視界に納めるのがそろそろ精神的にきつい…」

そうなのだ。

茅場晶彦によって告げられたデスゲームの勧告。

それよりも俺の心を動揺させたのはアバターの改変。

現実世界の容姿を復元されたそれは、一瞬で阿鼻叫喚を呼んだ。

そう、女性アバターを選択していた男も強制的に戻されたのだ。

アレは衝撃だった。

むさくるしい、それこそ小太りの男共がピンクやら黄色やらのヒラヒラしたミニスカートを穿いているのである…

ネカマを悪く言う事はしない。

こう言ったMMOでネカマを許容できなければ男女比が男に偏ってしまうだろうし、それはMMOとしてはつまらないだろう。

しかし…しかしだっ!

茅場晶彦よ!防具の大きさを変更できるのならば、せめてズボンに変更しろよ!

さらに問題は名前だろう。

黒鉄宮のモニュメントにすでに刻まれた一万人の虜囚の名前。

しかしその名前はアバター名なのだ。

つまり…

ネカマのネームもそのまま記載されている。

コレはどんな羞恥プレイだろうか…彼にはこのアインクラッドを攻略させる気は無いと見える。

え?何故かって?

ネカマはPT組めないだろうっ!主に名前の問題で。

一定の条件がそろわなければ相手の名前は確認できないような配慮がされているが、PTを組めば相手の名前がHPバーと一緒に表示される。

つまりPTを組んだ瞬間相手が元ネカマだとバレるのだ。

…それはどれだけその人の心を折るだろう。

さらにコルの節約の為に装備を変更していないプレイヤーがちらほら居る現在のはじまりの街ではさらに顕著。

メインストリートからは外れるような小道に奴らは潜んでいるが、それでも目に付かないわけではない。

そんな彼らを見ると、生理的に少し来るものがあるとクラインは言っているのだ。

一ヶ月でアインクラッドの死亡者が2000人を超えたと言うが、その半分以上がPTを組めずにソロでフィールドに出たネカマだったそうだ。

茅場の悪意、恐るべし。


フィールドに出てクラインと一緒にホルンカの村へと向かう。

3時間ほど北上すると出てくるモンスターの種類が変わるが、こちらの人数も多いため特に問題は無い。

それに基本的にノンアクティブらしく、近寄らなければ襲ってこないようだ。

順調に進んできたのだが、今前方に一台の馬車が止まっているのが見える。

馬車なんて物が有るのか。

しかし、どうやら何かトラブルに見舞われている気配である。

「クラインさん、どうします?」

俺はどうするのかとクラインを呼ぶ。

「アリャなんかのイベントクエストだろうな。馬車なんて物がもし有ったとしても買えるようなプレイヤーはまだいねぇだろうし。とりあえず行って見るか」

「応!」
「もちろんだぜっ!」
「当然」

返事はそれぞれ異なったが皆行く気満々だ。

駆けつけると、どうやら少し歳の男性NPCが馬車の周りで困惑している。

「どうかしたのか?」

クラインがNPCに話しかけた。

「おお!旅の人、ちょうど良い所に。少々トラブルが起こりまして」

ちょうど良い所じゃねぇよ!

まぁ、テンプレとしては仕方が無いのか。

話を聞くとモンスターに襲われ、撃退する事には成功したが馬車を引く馬に逃げられてしまったようだ。

馬車の中に貴重品もあるため馬車を置いて馬を探しにはいけない。

そういう訳でちょうど良い所に来た俺達に馬を探してきて欲しいそうだ。

馬はここから左、西のほうに見える森の中に入っていったとの事。

うーむ。

「まぁいいか」

ぽろっとこぼした言葉は良いではなく無視しても良いかと言う意味だったのだが…

「え?アオさん受けるんですか?」

シリカのその言葉が引き金になったのかは分からない。しかし…

「おお!助かりますぞ。馬を連れてきてくれれば御礼もします。何とぞ」

なん…だと…?

あわててウィンドウを開くとクエスト受注状態になっていた。

よろしく~と見送られる俺達。

馬を発見して連れてくれば良いのだが、その馬、どうやらあのNPC以外は手綱を引いても付いてこないらしい。

じゃあどうやって連れてくれば良いんだよとなる訳だが、騎乗すれば言うことを聞くらしい。

なんて面倒な…しかし、この世界、そんな甘くは無かった。

目的の馬は戦闘を二・三回繰り返すだけで発見できたのだが、クラインが捕獲しようと手綱を握ってもいう事を聞かずに暴れ回り、逃げ出してしまう。

仕方が無いので捕まえた一瞬で協力してクラインを背に乗せてみたが、手綱捌きが下手でいう事を聞かなかった。

つまり…

「これって乗馬の経験がないと絶対に捕まえられねぇって事か!?」

ついにクラインがウガーッとキレたように声を上げた。

「だいたい普通馬なんて乗れねぇだろうがっ!」

「あ、俺は乗れますよ。貴族の嗜みでした」

貴族転生なんてものをすれば馬くらい乗れなければ遠出が出来ないのが普通だったからねぇ。

まぁ普段は魔法で飛んでたけど…乗馬は貴族の嗜みで覚えましたよ。

「じゃあオメェが最初からやりやがれっ!つか何だ!貴族の嗜みってのはっ!アイオリアは貴族なのかよ!つか!今の日本に貴族はいねぇっ!」

「そう言うロールプレイと言う事で」


さて、俺は今木の上で索敵画面を見ながらクラインが来るのを待っている。

そこに手はず通り馬を追い込んできたクライン達。

「おらっ!そっち行ったぞ」

「了解」

俺はタイミングを計り木から飛び降りた。

ヒヒンっ

目測どおり鞍に飛び乗り跨ると直ぐに手綱を引く。

「どうどうっ」

ヒヒーーーンッ

パカラパカラ

馬は俺の誘導に従い次第にそのスピードを落として停止した。

「ようやくかよ!手間ぁ取らせやがって」

悪態をつくクラインだが、今まで散々振り回されていたのだから仕方が無いか。

じーっ

視線を感じて振り返ると馬を操る俺を見上げるシリカ。

「…乗りたいの?」

「っはい!」

「しょうがないな」

手綱を左手に持ち、空いた右手でシリカを持ち上げて手前に座らせる。

「わぁ、高いですね」

「あんまりはしゃぐと落ちるよ」

余りスピードはあげてはいないから、徒歩より少し速い程度に走らせて依頼人の所へと戻る。

「もう少し速く走らせられないんですか?」

「馬って思ったほど安定して乗れるものでは無いんだ。こんな状況(二人乗り)でスピードを上げたら俺はともかくシリカは跳ね出されるんじゃないかな」

「むぅ…もっと速く走ってみたいですね」

「それは自分で練習有るのみと言う事で」

「アインクラッド内で機会があるかどうか分かりませんけれどね」

まあね。

アインクラッドで馬のレンタルなんてやってるだろうか?



馬に乗りながらクラインと歩調をあわせてNPCの所まで戻る。

「ほお、今の若者は馬も乗れない者たちばかりなのに乗りこなすとは。よろしいコレを持ちなさい。きっと貴方の役に立つでしょう」

俺のストレージで収納されたのはアイテム名『バーグの紹介状』

どうやらコレがあると厩舎のある街で馬のレンタルに掛かるお金がタダになるようだ。

「それと皆様方にも少ないですがこれを」

そう言うと皆のストレージにそこそこのコルが支払われた。

「おおっ!なかなか太っ腹だな」

クラインの言葉も頷ける。

はじまりの街の一番高い武器の値段の三倍ほどのコルが入っていたのだから。

「それでは私はこれで」

そう言うとバークさんは馬を馬車に取り付けると勢い良く走りだし、直ぐに地平線のかなたへと消えていった。

先ほどのクエストで時間を使ってしまった所為もあり、ホルンカの町に着いた時には日が沈んでしまっていた。

しばらくは、クライン達と一緒にフィールドでモンスターを狩り、モンスターの情報を得るとシリカと二人でレベルを上げる、クライン達が移動するのにあわせて彼らに付いて次の町へと移動しながらレベルを上げていくことを繰り返す。



二週間が経ち、すでにはじまりの街からは遠いデルクスの町。

狩りを終えた俺はシリカと別れアイテムショップへと寄り、そろそろ顔なじみになりつつあるNPCショップの店員にドロップしてきたアイテムを売りコルに換える。

MMORPGとして活気が溢れていればNPCショップに売るよりも商人を選択したPCに売るほうがコルになるのだろうが、まだ始まったばかりで資本となるコルも無く、そもそも商人を目指しているPCがようやく動き始めた段階ではこんな辺鄙な村では望むべくも無い。

「いつも贔屓にして貰ってすまないねぇ」

NPCの店員がこちらに話しかけてきた。

「いえいえ。いつも世話になっているのは俺の方ですよ」

「そう言ってもらえると助かるね。冒険者さん達の為にこっちも出来れば質の良いポーションを仕入れたいんだけどね、それにはどうしても必要なアイテムがあるんだけど、あんた取ってきてくれないかい。それが有れば品のいいポーションを仕入れる事も可能なんだけど」

なんか結構強引な上に所々意味不明な点もあるけど…つまりコレはクエスト依頼と言う事かな?

「分かりました。何を持ってくれば良いんですか?」

「トーチューカソーと言うアイテムだ。森に出てくる昆虫系モンスターが時々落とすんだけどねぇ。ただ、結構見つからないらしいよ」

聞けば昆虫系モンスターに寄生するように背中にきのこが寄生しているMobがたまに出るそうだ。

そいつが落とすらしい。

とりあえず一人では状態異常攻撃を持っている昆虫系モンスターは怖いのでクラインに話を持っていく。

一緒にミルパットの森に狩りに行こうと誘ってみる。

断れれたらこの話は無しだ。

「うーん。アイオリアの話を纏めるとアイテム解除のクエストの可能性が高いな。ここは受けておいたほうが良いとオレは思うぜ?」

「なるほど、ここで回復系のアイテムに追加が出れば確かに優位に働きますね」

そうシリカも納得して同意した。

それに俺も否は無い。

方針は決まり、明日の朝から狩りに行くと決め、今日はとりあえずポーションと解毒薬を大量に買うべくアイテムショップへと戻るのであった。


ミルパットの森へはデルクスの町から徒歩で一時間ほど行ったところにある。

状態異常系の攻撃をしてくるモンスターが多いこのエリアは人気が無く、俺達が森に入った他にPTの気配は無い。

まあ仕方が無いか。

解毒ポーションはゲームを始めたばかりではその価格は高く、それなりに狩りに重点を置いた生活をしている俺でも出来れば大量消費は避けたいアイテムだ。

大きな蟷螂のようなモンスターがその鎌を振るう。

ギィンっと言う音を鳴らして壁役(タンク)が受け止める。

「今っ!」

その声に俺は急いで駆け寄り海賊刀で連撃を浴びせる。

「っ!まずい」

その隣で大きな蛾を模したモンスターの燐粉攻撃を食らった槍使いが唸る。

「大丈夫だっ!オラっ!」

直ぐにクラインが駆け寄りモンスターにソードスキルを叩き込む。

モンスターを全滅させると俺は槍使いに近寄り解毒ポーションを使う。

「すまない、助かる」

「いえ、誘ったのは俺です。むしろ助かってますよ。一人じゃ麻痺で囲まれた挙句たこ殴りと言う展開しか思いつきません」

「そうでもないだろう。君は一度も麻痺攻撃を食らってないじゃないか」

確かに、ね。

「それはしっかり皆さんがターゲットを取ってくれてるからですよ」

まだここ辺りの敵は行動の予測がしやすい上にその行動は緩慢だ。俺は的確にそれを避けているが、それはそもそもタゲを壁役(タンク)が取ってくれているからで、ヘイトがこちらに向く事が少ないからだ。

一人で複数のMobに囲まれたら今のAGIじゃかわせそうに無い。

「しかし、中々でねぇな…本当にでるのか?」

クラインのその言葉に先ほどの槍使いが答える。

「βテスターから聞いた話だと、そう言った変種のモンスターはノーマル種を狩り続けていると確率がブーストするらしい」

「ってこたぁ、狩り続ければいつか出るって訳か」

「だけどすでに3時間は狩っているんだけど」

すでに結構な量を倒したはずだ。

「まぁ、MMOの確率なんてそんなもんだ。クエストなんだからそれなりに確率も高いだろう。確率が1%も有れば十分狙える」

クラインのその言葉に根っからのMMOプレイヤーの皆はうむうむと頷いている。

確かに1%もあるアイテムはMMO世界ではレアドロップとは呼ばないな。

1%は努力で手に入るレベルだ。

それ以上となるとリアルラックが必要になるが…

さらに狩り続ける事二時間。

目の前に背中から何かが生えている蟷螂のモンスターが出現した。

「…アレか!?」
「やっと…やっとか…ははっ」
「ここまでとは…リアルラックの低さにワロタ!」

あ、やばい。クライン達が壊れ始めた…

ウガーーーッと今までの鬱憤をぶつける様にフルボッコ…

俺の出番はありませんでしたよ…

「ッシャおらぁ!」

モンスターが爆散すると、皆一斉に自分のストレージを確認する。

「お、オレんとこに有ったわ。ほれっ、アイオリア」

そう言って投げ渡されるトーチューカソー。

「良かったです…武器の耐久値も限界ですから、これ以上の戦闘はマジで無理…」

キャッチしたトーチューカソーをストレージにしまいようやく一息つく。

「だな、コレだけ人数が居てこれじゃあな…まあ良かった。帰ろうぜ」

それに頷くとそろそろ日が翳り始めた森を後にして帰路に着いた。

NPC鍛冶屋を後回しにいの一番でショップへと走る。

そう言えば、先ほどの変種を倒す前のレベルアップでスキルスロットが一つ増えてるな。

何を入れるか…とは言え、今はまずクエストクリアが先決かな。

歩く先にアイテムショップが見えてくる。

「ごめんください」

「いらしゃい…あら、あなたは」

ストレージからトーチューカソーを取り出してNPCに渡す。

「おお!コレはまさしくトーチューカソー。これで店に出せるアイテムが増えます。御礼の印をお受け取りください」

渡されたのは耐毒ポーションが10個と…スキル?

いつの間にか空いてるはずのスキル欄が埋まっていた。

えと…『アイテムの知識』?

一緒に来たクラインがショップのレパートリーを確認するとどうやらアイテムが増えていたようで。

「お、耐毒ポーションだってよ。へぇ、時間は短いが事前服用型か。…しかし少したけぇな」

商品を確かめた後クラインが俺に問いかける。

「それで?報酬はなんだったんだ?」

「耐毒ポーションが20個と…えと、スキル『アイテムの知識』です。…ただ、さっき入手した空スロットが埋まってしまいました」

「…それは…どんな効果なんだ?」

選択の余地無しに埋められたスキルほど今の状況で困る事は無い。

次は『隠蔽』を取ろうと思っていたのに…

「……使用したアイテムの効果が増えるみたいですね。…熟練度初期値だと…3%くらい増えるらしいです」

「微妙だな…」

「はい…」

「クエスト発生条件はなんだったんだ?」

「たぶん、このショップで連続売買回数とか、その金額量とかじゃないですかね」

「…なるほど、しかし、俺らも次に取るスキルは決めてるし、検証のしようが無いな。…まぁそれは情報を流しとくから、誰かが検証するだろ」

「ですかね…」

さて、この『アイテムの知識』であるが、検証の結果、今現在では誰も取らないほうが良いと言う結論が出た。

熟練度を上げるためにはアイテムを使用しなければならないのだが、使用するアイテムと言うのは基本ポーションの類だ。

しかし、生命線であるポーションは今の稼ぎでは凄く高価なものなのだ。

熟練度上限が1000レベルなこのSAO内で、今取ってもほぼ腐る事が確定している。

とりあえず分かった事は情報はリークすると後はこのスキルをどうするかだ。

得てしまった以上腐らせるのはもったいない。

と言うことで、戦闘後のヒールは俺が受け持つ事になった。

そのおかげかレベルが上がるにつれてパーセントも増えるようで今現在は6%に上昇している。

うーむ、なんかこの作業にはすこしデジャブが…

かなり昔だが、精神力増強をしてた頃を思い出すね…

この地道さがなんとも…

まあ、今度のコレは金食い虫だけどね!
 
 

 
後書き
アオ達のスペックを考えたら、SAOでのデスゲームは多分無効化出来るのでしょうが、デスゲームもので一人安全とかどうよ?(茅場の奴はGMだしねぇ)と言うわけで突っ込まないでくださいね^^
TV番1話を見て一言。
ネカマぇ…
茅場さん、せめてスカートは自動調節してあげよう?ズボンとかさぁ… 

 

第六十話

どうにか最先端の迷宮区付近まで進出してきた俺とシリカ、クライン達。

今日はクラインとは離れてシリカと二人でモンスターを狩っている。

彼らと居るのは心地よいのだが、経験値配分がおいしくないし、何回か戦闘をこなせばあらかたパターンは絞れるから二人でも狩れる。

寄生しっぱなしはアレなので、彼らと同行するときの回復は一手に引き受けているので、実際は結構な出費である。

まあ、半分はクライン達に出して貰っている上に熟練度も上がるから文句はないのだけど。

クライン達は迷宮区でレベル上げをするべく中に入っていってしまったため、迷宮区の入り口付近でMob狩りをする。

え?迷宮区に何で行かないのか?

どうやらこの第一層の迷宮区はオーソドックスと言うか、ボックス型のエリアが連結され、狭い回廊なんかがあるダンジョンである。

そんな所にまだMMOゲームとしても経験の浅いシリカを連れて二人で潜るのは少々辛い。

もう少しレベル的にマージンを稼いでからだろう。

囲まれたら背面の壁に挟まれて逃げられず、回廊で挟まれて抜け出せずHPを削られ…

俺一人なら逃げる事も出来るかもしれないが、シリカと二人でそんな危険は冒しませんよ!

まあクラインも未踏破エリアには行かないって言ってたから大丈夫だろう。

狩りを続けると、どうやら今日の狩りは終わったのか4人組のPTが迷宮区から出てくる所だった。

その一団を何の気なしに眺めていると、なにか記憶に引っかかるものが。

うん?一人足りない?

「あれ?あのパーティー…朝は5人組…でしたよね?」

シリカがそう、最悪の展開を想像して声を震わせて言った。

もしかして迷宮区でHPを全損させたのかもしれない、そんな考えが頭をよぎった時、一団の中で気の弱そうなダガー使いの男性の話し声が聞こえてきた。

「な、なあっ!やっぱ戻ったほうが良くないか?いくら意見が合わなかったからと言ってあんな所で別れるべきじゃ無かったと思う…」

「じゃあオメェだけで戻れよ!オリャぜってい嫌だね」

恰幅の良い大剣使いがそう言い返す。

「そ、それは…でも彼女隠蔽のスキルは無いって…」

ダガー使いは次第に声を小さくして反論できなくなってしまった。

と、そこで聴覚の範囲を超えたため声も聞こえなくなってしまう。

迷宮区の中に取り残されるとか、死亡フラグだろっ!それっ!

…ちっ嫌な事を聞いてしまった。

…だけど俺には関係ないよ。

俺は人を殺した事もあるし、他人の死なんて割りとどうでも良いと考えるドライな人間だと思うし、全てを救える正義の味方では無い。

…無い…けど…

「今の話…もしかして中に置いて来たって事ですか!」

シリカが驚愕に目を見開く。

「どうしましょう…助けに行かないと。一人は危険ですよね?」

そりゃそうだ。

ソロなんて基本いつでも死が隣にある。

面倒だから、関係ないからと、シリカが居なかったら多分見捨てているんだけど…

「あーーーーーっくそっ!」

知らなければ悩む事も無いのにっ!

「シリカっ!かなり危険かもしれないけれど、助けに行く?」

「っはい!」

即答でした。


俺はイライラしながら迷宮区の潜っているクラインにメールを打つと迷宮内を駆ける。

アクティブモンスターだけ何とかいなしながら索敵スキルを頼りに駆けた。

迷宮区を駆け回ると索敵マップの片隅にプレイヤーキャラを現す光点と、それを囲むように点灯するMobの光点を発見した。

コレかっ!

俺は最短距離で駆けつける。

視界の先に5匹のコボルトに囲まれた少女を発見する。

その手に持った細剣を懸命に振り回し、コボルトへと攻撃している。

しかし、焦ったのか彼女はソードスキルを放ってしまった。

その攻撃で目の前の一匹を屠り、二匹目に大ダメージを与えたが、そこでスキルの発動が終わり硬直する。

囲まれたときのソードスキルは自殺行為だ。

「あ、危ない」

シリカが叫ぶ。

硬直している彼女にコボルトの攻撃が迫る。

一撃、二撃、三撃…

このゲーム、PTを組まないと相手のHPバーは見れないけれど、彼女の顔が蒼白に染まっていくのを見るともしかしたらレッド直前までダメージを受けているのかもしれない。

現実世界なら一足で縮められる距離が今この世界ではとても長い。

それでもAGIの許す限り懸命に走り…

御神流『射抜』

四撃目を入れる直前でどうにか俺は彼女の横合いからコボルトに一撃を入れることに成功する。

御神流で一番最長の射程を誇る突き技だ。

突き出した右手を返す勢いで左手の海賊刀を突き刺す。

するとコボルトのHPを全損させてポリゴンが爆散するが、それを確認するよりも速く俺は体を回転させて残りの3匹へと攻撃を繰り出す。

虎乱からの凪旋で残りの3匹を瞬殺する。

何とかその3匹も倒しつくし索敵範囲内に敵が居ない事を確認すると少女のほうへと振り返る。

外の世界の美醜が再現されているこの世界においてここまで整った顔立ちの少女はそれはもともと美人であるのだろう。

取り合えずアイテムストレージからポーションを取り出して目の前の少女に使用する。

「あ、ありがとうござ…あいたっ!」

少女の言葉をさえぎったのは俺の拳骨だった。

「ヒール」

ポーションを再度取り出し頭に押し当ててキーワードを唱える。

たちまちHPが回復した。

「アオさんっ!?」

俺の拳骨にシリカも戸惑う。目の前の少女は尚更だ。

「あ、あの…なぜわたしは殴られたのでしょう…」

「殴りたかったから」

「はぁっ!?あなたは初対面の人間を殴りたかったからって言う理由だけで殴るんですか!?」

いや、まあ本当はダンジョンでPTを抜けて一人で何やっているんだ!とか、複数の敵に単体用のソードスキルを使ってどうするんだ!とか、俺が来なければ死んでいたかもしれないんじゃないか?とか、まあ他にも色々言おうとしたのだけど、えらそうなSEKKYOUはしないと決めているので言葉を飲み込んだ挙句、取り合えず拳骨を落としておいた。

「いや、まあそれはいいでしょ」

「良くありませんっ!」

ウガーと吼える少女。

「それより、君はソロでこんな所で何しているんだ?逃げ場の少ないこう言ったダンジョンでソロは命取りだよ」

「それはあなたに関係ない事じゃないですかっ!」

「確かにね。とは言え俺は迷宮区に入る予定なんて無かった」

「はあ?じゃあ、あなたこそ何でこんな所に居るんですか?」

「迷宮区の入り口で狩りをしていたんだけど、朝入って行ったパーティーのメンバーが出てきたときには少なくなっているのが見えたからね、死んだのかと思っていたのだが、どうにも聞こえてきた声がね…気になったから駆けてきた」

「それは…」

俺の答えを聞いて黙り込む少女。

俺の剣幕にシリカも声を挟めない。

「んで?なんでそんな事になったんだ?」

俺の質問にとつとつと答える少女、名をアスナと言った。

迷宮攻略と経験値取得に執着しているアスナが今日の攻略を終えて帰ろうとしていたPTメンバーを引き止めたのが原因だそうだ。

意見の対立は次第に激化し、ついにはこんな迷宮の奥深くで別れる事態になったそうだ。

それを聞いての俺の意見はと言うと。

「…こいつバカだ…」

「なっ!?失礼ですね!」

だって、バカだろう。

そりが合わないメンバーだったのなら、こんな危ない所で別れるより一度戻って別PTで十全の準備で望む事が望ましい。

意見が対立した挙句、勢いでPT離脱なんてしていたら幾ら命があっても足りやしない。

そう答えるとアスナはさらに意気消沈した。

どうやら彼女はこのゲームに憤っているようで、ゲームクリアに燃える情熱で不安をかき消しているのだろうが、それが判断を鈍らせているようにも見える。

なんていうか、現実世界ならばいいとこのお嬢さんか学級委員長と言った感じだろうか。

「取り合えず、町までは一緒に行ってやる。その後は知らん」

「わたしはまだ経験値をっ…あつつっ…」

ゴチンっ

「ああ、またですか!?」

シリカが声を上げる。

取り合えずもう一発殴っとく。

「俺はあんたみたいな、どこか壊れた考え方をする奴は嫌いだけど、さすがに目の前で死なれるのは、ね。だから今日は帰るよ。シリカもいいよな」

「あ、はい」

俺のプレッシャーに屈したのか、アスナはコクンと頷いたあと、俺の後を付いてきた。

さて、帰るか。

あ、取り合えずクラインに見つけたってメールしないと。

彼は義理固いからメールが来るまでは探してくれているだろうしね。


side アスナ

その時、わたしは死を覚悟した。

今朝組んだ臨時パーティー。

本当は組む気なんて無かったし、彼らがわたしの後を勝手についてきただけだ。

それでも彼らと潜った迷宮区の攻略と経験値稼ぎ。

わたしはボスへの挑戦はしないまでも一層でも多くのエリアをマッピングしたかったし、もっとハイスピードで経験値が得れると考えていた。

けれど、実際はあまり進むことは無かった。

彼らは一層目での狩りを重点を置き、リポップを待ち、3つ位のエリアを行ったり来たりするだけだった。

わたしは焦った。

こんなんじゃいつになっても現実になんて帰れないと。

そうして口論になる。

するとどうしても行きたければ一人で行けばいいだろうという流れになってわたしはPTを抜けた。

そろそろこのゲームにも慣れてきて慢心もあっただろうし、敵も順調に倒せていたのが仇となった。

一層を独力で突破し第二層へと足を踏み入れたわたしは少ししてかなりのピンチに陥った。

このフロアに出てきたモンスターの数が今までのフロアよりも多いのだ。

しかも、フロアの中腹で戦っていたのだが、後ろでポップしたモンスターに挟まれ、逃げ道を完全に塞がれてしまう。

何とか残り五体まで減らしたけれど、そのときには既にわたしのHPは半分を切っていた。

このままではと焦ったわたしはソードスキルを目の前のコボルトに放った。

しかし、それは失敗だった。

手前の一匹は倒せたがスキル硬直時間がわたしを襲う。

迫るコボルトの攻撃にわたしのHPはレッドに突入した。

死ぬ。

後一撃、敵のコボルトの攻撃を受けたらこのゲームのアバターのHPが全損したら…現実世界のわたしの頭をおおっているナーヴギアから発せられる電波で脳を焼ききられて…

動け、動いてと祈った所でわたしの体は動かない。

もう駄目かと思った時、わたしの横合いから一筋の閃光がコボルトを襲った。

わたしはその時の光景を忘れないだろう。

彼が振るった二本の剣は瞬く間にコボルトを屠る。

後にわたしの最愛の人になる黒の剣士と言われたキリト君をしてもあの域には到達し得ない、長い年月で研鑽した美しさを感じた。

戦闘が終わると彼はわたしの元へと歩み寄りストレージからポーションを取り出すとわたしに押し当てて使用してくれた。

わたしは助けてくれた事とHPを回復して貰った事にお礼を言おうと口にした瞬間、言葉を言い切る前に頭部に衝撃が走り、目の前がチカチカ点灯したような錯覚に陥った。

いたい…

しかもしっかりHPが減ってるし…

なぜ拳骨を貰ったのか尋ねると、返ってきた答えは『殴りたかったから』とか、コレはわたし怒っていいよね?

その後、アホだのバカだの散々罵られたけど、言ってる事は尤もだったから言い返せなかったけど…

しかも、わたしは初めて面を向かって人から嫌いだって言われたかもしれない。

取り合えず町へ帰るから来いと誘った彼に、まだ経験値を稼ぎたいと言ったらまた拳骨を貰った。

後で冷静になって考えると、あの時引き返して本当に正解だったんだと思う。

これがわたしと彼、アイオリアとの初めての出会いだった。

side out


おせっかいを焼いた次の日。

俺は今日もクラインとは別に迷宮区手前でシリカと狩りをしようと町を出ようとして、昨日の少女に捕まった。

「結構遅いんですね。とっくに他のPTがフィールドに出てますよ」

「あ、アスナさんです」

シリカがアスナを発見してそう言った。

昨日はアレから隠蔽と索敵のスキルを上げようと結構遅くまでフィールドに出てたからね、これでも早いほうだ。

「えーっと?アスナだっけ。何でこんな所に?」

「あなたを待っていたの」

おおぅ…美少女の待っていたの発言。

普通なら嬉しい発言であるが、時と場合がそんな甘い想像を完全に否定する。

「なぜ?」

「あのっ!わたしに戦い方を教えてっ!」







断ったのだけど、フィールドに出ても付いてくる始末。

隠蔽スキルを駆使して距離を取ったはずなのに気が付いたら側に居る。

何コレ、ホラー?

隣で戦う彼女を見る。

足の運び、敵との距離の取り方、重心の乗せ方と、やはり素人だった。

それでも敵を倒せるのはシステムアシストとソードスキルによるところが大きい。

「アスナさん、嫌いなんですか?」

今の状況を見てシリカが俺に尋ねる。

「無謀と命知らずは側に居ると危険」

「そうなんですか…」

しかし、横目に見ていると危なっかしくて、つい声が出てしまう。

俺の注意を聞き、実践の中でまだまだ覚束ないまでも身につけようと努力する姿に結局俺が折れた。

「やっ!はぁっ!」

アスナが振るった細剣が目の前のゴブリンを屠る。

油断無く直ぐに距離を取り、横合いから切りかかった敵の攻撃を避ける。

すかさずカウンター気味にソードスキルを展開すると、その連撃で敵のゴブリンのHPが吹き飛んで爆散する。

「ふぅー」

アスナは戦闘が終わった事に安堵し、目を閉じて緊張を解いた。

一息つくアスナに激を飛ばす。

「敵を倒し終えたからといって油断しない!」

「え?でもっ」

敵はもう居ないと言いたいのだろう。

「フィールドに出たら気は抜いても油断はしない」

「ええ!?」

それは無理じゃない?みたいな顔をするアスナ。

「その二つは別の事だと言うことを忘れないでね」

集中力を長時間維持する事は長年訓練を積んできた俺でも5時間がいい所。

常人である彼らには出来て30分だろう。

だから、適度に緩める事は必須だが、程度を知れと言う事だ。

「アイオリアよぉ…それは無理なんじゃねぇか?普通」

隣に居たクラインがそう漏らすが、そんな事は無い。

「まぁ、出来ないかもね。だけど俺が言いたいのはいつも周囲の事に一定の注意を向ける事を怠るなって言う事だね」

「なるほどね」

なんでクラインが今ここに居るのか。

アスナに訓練をつけ始めると、途中で俺達の姿を見つけてやってきたクライン達も、代わる代わる常時一人位が俺達の所で一緒に訓練をしていて、今はクラインの番だと言う事だ。

他の皆はPTを組んでレベル上げをしている。

戦闘に関しては素人の彼らの、生き残るためには年下に指導を請う事も辞さない覚悟に俺は強く断る事もできず、もはや断る気力も無い俺はシリカとアスナの訓練のついでで良ければと了承してしまったため、ここ数日はずっと彼らの訓練をみている。

このゲーム、体力づくりというプロセスが一切必要なく、その分実技の指導に時間が割けるのだから上達も早い。

生き残るために必死な彼らはさらに早いだろう。

「そう言えばよぉ、どうやらボス攻略レイドパーティーの募集しているのは知っているか?」

クラインの言葉にピクリと耳を動かしたようだが、平常心を保ちつつ聞き耳を立てているアスナ。

「ボス部屋までのマッピングは終わったって事ですかね」

「だろうな」

「それで?クラインはどうするんです?参加するんですか?」

「……どうすれば良いかな」

珍しく歯切れが悪いクライン。

「そんなの参加すべきよっ!倒さなければクリアは無いんだから」

今まで会話に入ってこなかったアスナがたまらずそう捲くし立てた。

「………」
「………」

「何よ!あなた達もクリアを目指してレベル上げをるんでしょう?違う?」

アスナの糾弾。

「そうなんだがよぉ…」

「クラインが弱気になるのも分かるよ」

「どう言う事?」

「なあ、アスナ。アスナはさ、このゲームで一番大事なのは何だと思う?」

「えっと、レベルかな。レベルが上がれば強くなるし、死ににくくなる」

レベル制MMORPGでのそれは確かに重要だろう。だけど…

「情報と判断力」

「え?」

「デスゲームになったこの世界で一番必要な物」

アスナの顔がどういう事と問いたそうな顔をしている。

情報が足りてないんだ。だからクラインはうかつに判断が出来ない。そう言って言葉を続ける。

「まず、どのくらいレベルがあれば安全にボスを狩れる?」

「そんなの分からないわ。分かる物じゃない」

そうだね。

「じゃあ、ボスはどんな姿でどんな攻撃をしてくるのだろうか。これが分かるだけで生存確率は上がるよね」

「そうだね、でもその為にはボス攻略に行かなければならないじゃない」

「何の策も無しに連携すら出来ない即席のチームの大人数で?俺は嫌だよ。混乱は死を招く。冷静さを欠いた集団は全滅するだけだよ」

特にまだカリスマを持った指導者が出てきていないのなら尚更だ。

「じゃああなたはどうしたら良いと思うのよ!」

うーん。この場合は…

「小規模パーティーがボスにひと当てして撤退。情報を持ち帰ってから戦略を立てて大規模レイドでの攻略だね」

出来れば誰かがボスの攻撃を食らって貰えると被ダメージが分かるからなお良いね。

「でも危険だわ」

情報収集役が?

「そうだろうね。だけど、確実に被害は減る。危険だけど、情報が得られたら確実に死者は減るだろうね」

最悪は小規模パーティーでボスを打倒する事かな。

第一層のボスが一番弱いだろうから、ここでなるべく多くの人数を経験させるべきだ。

その経験から手段を画一化し、他チームとの連携の手段を構築出来なければ到底100層なんて登りきれまい。

「…そう、でもわたしは行くわ。…生きて帰れたら、続きをお願い」

そう言ってアスナは俺達から離れ、町へと戻っていった。

「アオさんっ!」

「あーあ、どうすんだよアイオリア。あんなに追い詰めるもんじゃねぇぜ?」

シリカとクラインからの糾弾。

「………」

「まぁいいや。今度のレイドはオレ達も参加する事にする。知り合ったからにゃ死なれても寝覚めがわりぃし」

お前はどうするんだ。そうクラインの目が語っていた。

「……まぁ、俺は直ぐに逃げられる位置で参加するよ。シリカは?」

「私も行きます」

まあレベル的には俺達と一緒だし、大丈夫だとは思うが…

混乱によって戦線が崩壊したら早々に見切りをつけて逃げるとクラインに宣言する。

足を引っ張られての死亡なんて受け入れられない。

だから卑怯と言われようが構わない。



シリカとクラインと共に勧誘があると言う広場へと到着した。

コロッセオか小劇場を思わせる造りの観客席のある広場に30人ほどのプレイヤーが座っている。

「結構いっぱい居ますね」

「そうかな?この世界の総人口に比べればかなり少ないでしょう」

おそらくここに集まった者が今現在ではトッププレイヤーであろう。

音頭を取るのは片手直剣使いの男だ。

男の装備は周りに見えるプレイヤーより一ランク上に感じる。

ここまでの装備の充実振りを考えるに彼は腕に自信があるβテスターではないだろうか。

失念していた。

クローズドβのテストプレイヤーの存在、それはこの低層においてはアドバンテージ足りえる。

彼らの内何人かはボス戦を経験したものも居るだろう。

ならば、とも思う。

今回の大型レイドの募集も慣れていたようだし、期待できるかもしれない。


期待通り、彼は一層のボスの攻略方法を知っていた。

彼の取り出した一冊の本。その本ははじまりの街で配布されている攻略本らしい。

それはβテスターからもたらされた情報を編纂し、プレイヤーに対して配布されている物らしい。

らしいと言うのははじまりの街を抜けて以来あの街には近寄ってなかったから知らなかったのだ。

その本に記された大一層のボスの攻略方法。

それは凄いアドバンテージだ。

攻略方法が有るからと斥候を出す訓練を積まなかった事がほんの階層を少し上がるだけで後悔する事となるのは別の話だ。

なぜならその情報が、死に戻りありきで集めた情報だと言う事を誰もが忘れようとしていたのだから。

結果だけ言えば、一層のボスは何人かの脱落者は出たが、比較的あっさりと攻略される事になる。

俺はシリカとコンビでフロアボスのお供Mobをシリカとスイッチしつつ、ソードスキルも駆使しながら引き付けている内にボスは攻略されていた。

ボスに果敢に挑んでいったアスナが印象的だった。

第二層が開放されると、アインクラッド中がどよめいた。

それはそうだ。

絶望の中に一筋の光が差し込んだ瞬間だったのだから。

第二層が開放されると直ぐに俺は第二層主街区のアイテムショップを回り、武器屋を除いて装備を一新するとクライン達と待ち合わせてフィールドに出る。

アスナとはボス戦以降会っていなかったのだが、主街区一帯のモンスターの行動をクライン達と一緒に把握し、シリカと一緒に二人で狩っているときにはひょっこりと現れて何食わぬ顔で合流していた。

結構きつい事を言ったような気がするのだけど、意外と図太いようである。

第一層で皆時間を掛けて限界までレベルを上げていたためか、第二層のMobは旨みが少なく攻略速度が第一層と比べるべくも無くハイスピードでプレイヤーが進撃している。

この調子なら結構早く迷宮区も到破されるのではなかろうか。

十日で第二層を突破し、第三層に取り掛かった攻略者達。

第三層はレベルアップに励むプレイヤーが多く、10日経っても攻略自体はそんなに進んでいない。

第三層の主街区から出てフィールドにシリカとアスナと一緒に出る。

このエリア、どうやら四足の動物がモンスターのモチーフになっているようで、先ほどから犬やら狼、猫なんかをアレンジしたようなモンスターにエンカウントしている。

「ちょとっ!アオ、あなたも戦いなさいよっ!」

そう言ってアスナは近くのネコ型のモンスターに切りかかっている。

「そうですよっ!あたし達だけに任せないでくださいっ!」

シリカも抗議の声を上げる。

「俺は猫と狐は斬らないと決めている」

犬や狼、大きなイタチなんかはちゃんと相手にしてるじゃないか。

特にイタチはいの一番に叩き切っているよ?

それに相手は一匹。

ここ辺りのモンスターは状態異常攻撃はしてこないようなので、二人で攻撃していれば油断しなければ大丈夫だろう。

一応索敵スキルで周りを警戒しているが、今のところモンスターを示す光点は目の前のそれ以外見当たらない。

「何?そのポリシー!そんなポリシー捨ててしまいなさい」

アスナがそう切って捨てたように言うが、そうは言っても、猫は俺には馴染み深いし、狐は久遠を思い出して、どうしても斬れないんだよ。

取り合えず、朝早くからアスナにつれ回されてまだ朝食を取っていなかった俺は出掛けに適当にショップで買った果物を取り出して齧る。

適度な酸味が口いっぱいに広がる。

名称は『キーウィの実』

どこと無くキウイフルーツを連想させる味だ。

果物を齧りながらアスナの戦闘を観戦していると、草むらを掻き分けて飛び出してきた一匹のネコ型モンスター。

瞬間的に抜刀して身構える。

その瞬間、手に持っていたキーウィの実がこぼれてしまったがしょうがない。

索敵スキルを行使していたのだが、接近するまでその存在を示す光点は見えなかった。

これはあのモンスターが俺の索敵スキルを上回る隠蔽スキルを持っていたと言う事か?

今まで隠蔽スキルもちのモンスターの情報は無かったので気を抜いていた所もあったかもしれない。

俺は反省して気を引き締める。

出現したそのモンスターはよく見ると今まで見たネコ型モンスターとは若干違うのが見て取れる。

全身を覆う体毛はネコにはあるまじき銀色の羽毛。

背中を見ると一対の翼が付いている。

尻尾は付け根から二本付いている。

容姿も変わっているが、一番変わっているのはエンカウントしたというのに敵意が見られない所か。

こちらを攻撃するわけでもなく、こちらの様子を伺っている。

すると突如としてそのモンスターは俺が落としたキーウィの実へと歩み寄り匂いを嗅いだ後かじりついた。

「何?腹が減ってただけ?」

キーウィの実を一つ食べ終わると、羽猫は俺の足元へと擦り寄ってくる。

索敵スキルの光点は、味方を表す色へと変わっている。

「えっと?これは…」

どうしたものかと困惑していると後ろからアスナに声を掛けられた。

「何?その子。モンスターでしょ?」

「かっ!かわいいですっ!」

シリカよ、相手は敵対モンスターだぞ…多分。

その声に驚いたのか、さっと俺の後ろへと身を隠す羽猫。

「よく分からん。俺が落っことしたキーウィの実を勝手に食べたかと思ったら、今度は懐いてきた」

「はぁ?」

うなーん

足元の羽猫がかわいく鳴いて、あたかも敵ではないとアピールしているようだった。

「モンスターテイミングね。街で誰かがモンスターを連れていたのを見たことがあるわ」

「そんな事も有るんですね」

アスナがそう結論付け、シリカが感心している。

そう言えば少し前、街でモンスターをテイムしたプレイヤーが、周りを囲まれていたのを見たことがあったっけか。

ごく稀に、所謂『仲間になりたそうにこちらを見ている』的なことが起こるらしい。

その時に好物の食べ物を与える等をすると仲間になる事があるようだった。

今回の場合は俺が落っことしたキーウィの実だろう。

つまり、謀らずともテイムに成功したって事か。

「それで、どうすんのその子。つれて帰るの?」

「む…うーむ…」

どうしようかと視線を向けると、すてるの?すてるの?と視線で訴えているように感じる。

「連れて帰りましょうっ!かわいいですし」

シリカよ…しかし、まぁ。

「連れて帰るよ。あんな目で見つめられちゃねぇ…」

「そうね…捨てられないわね」

「ですよねっ!」

アスナが同意し、シリカは喜色ばんだ。

俺のその言葉に羽猫は俺の肩に飛び乗った。

「よろしくな。クゥ」

「クゥ?」

「それってその子の名前?」

「変かな?」

「ううん。その子に似合ってるわ」

「ですね」

そうしてその日、俺はこの殺伐としたアインクラッドでの癒しを手に入れたのだった。



順調とは言い切れないだろうが、多少の被害を出しつつも、八層までのボスを何とか打ち倒し、今は九層。

「なんか今回はどことなく皆浮き足立ってない?」

と、アスナ。

9回目になったボス攻略レイドの作戦会議。

「そうですね、攻略に参加しない周りの人たちの雰囲気もいつもと違う気がします」

シリカも普段との違いを感じて萎縮している。

「そりゃそうだろ。βテストで開放されていたのは第八層のボスまでらしいから」

「そうなの?」

「そう言う噂をきいた」

第九層が開放されてから直ぐに流れ始めた噂である。

噂とは言っても、おそらく今回の事は真実だろう。

はじまりの街から出てこないβテスター経験者のプレイヤーなら、一日することもなく、また同じ境遇の奴らと話し込む時間は多くある。

その中で話題に出ても可笑しくないし、噂を訂正する話も聞かなかった。

実際、九層の攻略方法が攻略本に記載されてないのだから噂に信憑性を増した。

「つまり、今回はβテスターにしてみても初見と言う訳だ」

周りの喧騒が深まる。

まだこの頃にはギルドを設立しているプレイヤーは少なく、攻略組みと言われ始めたメンバーも、リアルの友達や、気の合うもの同士でPTを組んでいるのが殆ど。

そうなると、意思伝達の窓口は個人と言う事になり、意見を取りまとめる事が困難である。

その中で今までうまくボス攻略できたのは攻略方法がわかっていたからによる所が大きい。

初見で敵に当たるのは難しく、当然斥候をとなるのだが…

「それはあんたらが行けばいいじゃないか」

そう切り出したのは誰だったか。

斥候をと発言したβテスターらしきプレイヤーだが、誰がと言う段階で誰もが口を噤む。

誰も行きたがらないのは当然だ。

まだレベル的マージンが経験からどれほどあれば安全かか分からない現段階で誰が一番死ぬ確率が高そうな斥候など受けるものか。

そこで言いだしっぺのお前が行けと誰かが言ったわけだが、そこはやはり人間。恐怖が強いのか行きたがらない。

そうするともはやこの意見を纏める事は不可能。

後は数が多ければ安全だろうと言う集団心理が後押しして、結局皆で初見のボス攻略へと赴く事になった。

「アスナ。今回はやめたほうがいい」

アスナを止める。

浮き足立ったこの集団では被害が拡大するだけだ。

「………そうかもね。だけどあたしは行くわ」

そう言って決意を固めるアスナ。

「アスナさん…」

攻略への執念で突き動いている彼女はここで折れたら心が折れると言わんばかりのようだった。

「そうか。それじゃ、死ぬなよ」

「ええ!?アオさん!?」

「ええ。あたしは攻略するまでは絶対に死なない」

役割分担を決めるために再度集まる彼らを尻目にその集団から距離を取る。

距離を取る俺に追随するシリカが俺に話しかけた。

「良いんですか!?」

その声に答えるよりも早く、背後からクラインの声が掛かる。

「なんだ?アオは今回は参加しねぇのか?」

「あ、クラインさん」

シリカがクラインを認め、挨拶をしている。

それを待ってから本題を切り出す。

「クライン…今回は駄目そうだ。クラインも行かないほうがいいよ」

「…そうだな。周りを見入ると前回参加したソロプレイヤーがぞくぞくと抜けている。それも見えておめぇの意見も聞いてみようと探してたんだが…やはりか?」

「斥候は出すべきだった。重装備の(タンク)を2パーティー、最低10人ほどを。それをしないで初見でボス討伐、さらには今回は統制が取れてない。混乱による離脱を考えれば戦線が持つかどうかも危うい」

「そうか…そう言えばアスナの嬢ちゃんはどうした?」

無言で視線をプレイヤーの輪に向ける。

「…行くのか」

「止めたんだけどね」

「……やっぱ今回はオリャ出る事にするわ。ただし後方支援でだな。ピンチになったら彼女を担いで逃げてくらぁ」

そう言ってクラインは仲間のほうへと戻っていった。


結局このボスは攻略されたが、その戦いで三分の一が死亡すると言う、かつて無い惨事で終わる事になる。

アスナとクラインの仲間はどうにか一人も欠ける事は無かった事は幸いだったが、これで大型レイドの基本からちゃんと見直さないとコレ以降の攻略は難しいだろう。


第10層が開放されて三日が過ぎた。

二日間宿舎に引きこもっていたアスナだが、今朝フィールドにでる門を超えようとした所でつかまり、一緒にレベル上げにフィールドへとでることになる。

三日前、ボス攻略で多くの人がその命を散らした。

目の前で誰かが死ぬことを経験した事の無いアスナは、気持ちの整理を、モンスターを倒す事で誤魔化している。

御しきれない心情はその動きを鈍化させ、

「っあ!」

目の前の植物型のモンスター、見た目は切り株であるが、手が生えており、両手で持った斧を振りまわし、アスナが迂闊に放ったソードスキルをその斧で受け切ると反撃とばかりに斧を振るう。

ザシュッザシュッ

「っああ…」

「アスナさんっ!」

シリカからは遠い。

恐怖でさらに思考が麻痺し、硬直が終わっても動けずにいたアスナ。

「クゥ、こっちにウィンドブレス」

「なう!」

横合いにいたクゥにそう言うと、目の前の切り株お化けをクゥに任せてアスナに向かって駆ける。

威力はそれほど高くは無いが、クゥが放った空気の塊に押し倒されて切り株お化けはスタンする。

それを視界の端で確認しつつ、横合いから掻っ攫うようにアスナへタックルして諸共転がり、敵の攻撃をかわすと、直ぐに起き上がり、海賊刀で切り株お化けは斬り倒す。

「バカがっ!迂闊すぎる。そんなんじゃ死ぬよ」

「っごめんなさい」

アスナをその場に残すと直ぐに俺はクゥに任せた切り株お化けへと駆けつけ、止めを刺した。

切り株お化けを倒し終えると、もはや定位置になったのかクゥが俺の肩へと乗っかる。

重さ的な突っ込みはVRだと言う事で流して貰いたい。

6kgもある黄色い電気ねずみを肩に乗っけて走り回る事が出来る人間がいるのだ。突っ込んではいけないこの世の不思議の一つだ。

肩に乗ったクゥが擦り寄り、頑張ったんだからゴハンーと言っているようだったので、アイテムストレージから『マタービの実』を取り出して与えると、器用に両手で挟みカリカリかじるその姿に思わず「リスか!?猫だろう!?」と突っ込みたかったが、意気消沈のアスナを見るとそう言った雰囲気ではない。

アスナは近くにあった巨木に背を預けるように座り込むと、その両腕で膝を抱えるようにしてうずくまる。

そしてとつとつとたどたどしい声で心中を吐露する。

「あの…ね?アオ君はさ、人が…その…目の前でいっぱいの人が死んだことって…ある?」

あ、いや、何聞いているんだろうね、とすぐさま前言を撤回するアスナ。

「ああ、そんな事か」

「そんな…こと?…そんな事ってどういう事!?人が死んだんだよっ!それをっ!」

「うーん。ごめん、他人の死についての免疫はかなり昔に出来てるんだ」

「え?」
「へ?」

俺の回答にアスナは勿論、少し遠くで聞き耳を立てていたシリカも驚いたようだ。


トロールの棍棒で踏みつけられ、サソリに噛み砕かれ、任務だからと何の怨恨も無い人物を殺す。

そんな過去の人生の中で他人すべての死を悲しむなんて心はとうに枯れた。

自分の大切な者が死ねば悲しむだろうし、まだ助けられそうな者を見捨てるまでに人間壊れていないつもりだが、他人の死を悲しむ心は持ってない。

「慣れちゃいけない事だけど、囚われちゃだめだ。救えなかった後悔で自分が死んだらバカだろう」

「あなたは実際に目の前であんなに人が死んだ所を見てないからそんな事が言えるんだよっ!」

「…有るよ」

「っ…」

俺の告白に息を詰まらせるアスナ。

「人が死ぬのを見たくないなら攻略は諦めて街から出なければいい。攻略を続けるなら今日なんて比じゃないくらいの数の人が死ぬところを見ることになる」

この言葉で攻略をやめるならそれも彼女の選択だ。

さて、今日はもう駄目だろう。

アスナを引き連れて無理やりでも街に戻ったほうがよさそうだ。


次の日、フィールドへと出る門の前で俺を待ち構えていたアスナは一日考えたのだろう決意を口にする。

「これからもいっぱい目の前で人が死んでいくんだと思う。だけどわたしは、攻略を諦めない。昨日はゴメン、今日からまたよろしくね」

そう言った彼女の表情はようやくこの世界をほんのわずかでも受け入れたようだった。


アスナが立ち直ってから十日。

第九層のボス攻略の訃報はたちまち広がり、第十層の攻略はさらに遅れている。

そんなある日。

キィンっ

剣戟の音が響く。

目の前に迫る細剣を右手に持った海賊刀で防ぐ。

相手は俺の防御を突き破ろうと連撃。

細剣を巧みに操り、俺へと迫るアスナ。

俺とアスナは街中(安全圏内)で鍛冶屋でもどしたはずの海賊刀をすり減らしている。

目の前にはアスナが細剣を構え、こちらに向かって連続で突き出してきている。

何故こんな事になったのか。

切欠はそう、アスナの一言からだった。

「わたし、ギルドに入ろうと思う」

フィールドに出ようとした俺を呼び止めたアスナが発した言葉だ。

どうやらギルドの勧誘が有ったらしい。

どうやら攻略ギルドのようだと言う話だ。

「へぇ、良いんじゃないか?うん、それじゃ今までありがとう」

「え?意外にあっさりだね」

「そうか?」

俺は最初に言ったぞ、あんたは嫌いだって。

「…まあいいや、それで最後にお願いがあるの」

そうして告げられたお願いと言うのが、安全圏内での模擬戦だった。

見届け人はシリカ。

安全圏内でなら幾ら武器による攻撃がヒットしてもHPは1も減らない。

衝撃は来るが、死ぬことは無いので安心して攻撃できる。

アスナは俺から離れるに当たり、自分がどれくらい成長したのか見て欲しかったのかもしれない。

「ソードスキルは使わないの?」

「まさか。あなた相手に硬直時間のあるソードスキルなんて使えないわ」

その表情は真剣だ。

「そっか」

アスナの攻撃が鋭さを増す。

しかし…

キィン、キィン、ガリン

「あっ…」

アスナの振るった細剣を俺の海賊刀が弾き飛ばした。

ヒュルヒュルヒュル、ザッ

手元を離れ、回転して飛んでいった細剣が道端に刺さる。

それを見てアスナが降参する。

「だめ、あなた強すぎるわ。全然勝ち目が見えない」

「そりゃね。3歳から剣を振っているのだから、VRとは言えほんの数ヶ月ほどで抜かれる訳には行かないよ」

そうかもね、とアスナも同意する。

「ねえ、アオ君ってさ、今(VR)の方が身体能力落ちてるよね?」

「…どうして分かった?」

「うーん、何となくだけどね。ずっと見てきたから、体が思うように動かずにイライラしてるようだったもの。私なんかはレベルも上がった今のほうが現実よりは速く動けているんだけど…アオ君って現実だとどれくらい速く動けるの?」

「うーん、人には残像すら目に残らないくらいかな?」

「さすがにそれは嘘でしょう」

そうジト目で睨んでくるアスナ。

「さて、ね」

内の一族だと結構デフォルトなんだけどねぇ。

俺の言葉がはぐらかされていたと受け取った後、アスナは一度伸びをする。

「うーーーん、はぁっ」

その後姿勢を整えて俺に向き直る。

「今までありがとうございました!」

「うん、それじゃね」

「ちょっと待って!」
「ぐぇっ」

さて、と後ろを振り返った俺の襟元を今別れたアスナに掴まれた。

「フレンド登録おねがい」

なんとも最後は締まらない別れだったが、まぁ会えなくなるわけじゃないからね。
 
 

 
後書き
アニメ二話でアスナとキリトがPT組んでましたが、原作を見ると『圏内事件』が始めてだと書いてあったような?
アニメ放映以前に書いたこともあり、この回はアニメ準拠では無いかもしれません。 

 

第六十一話

アスナは加入したギルド『血盟騎士団(KoB)』でそれは一生懸命アインクラッド攻略に明け暮れているらしい。

KoBメンバーのレベル上げを支援しつつ、たまに休暇を貰うと俺達のところに押しかけてレベリング。

マジでレベリングの鬼と化しているとは流れてきた噂から検証した結果だが、俺と一緒に居たときもたいして変わらないよね。

さて、最近はじまりの街を拠点に『Aincrad Liberation Force』と言うギルドが出来上がり、幅を利かせ始めた。

後に『アインクラッド解放軍』もしくはもっと略して『軍』と言われるギルドである。

アインクラッドからの解放を旗印に経験値ソースの均等化とか、はっきり言ってソロプレイヤーとの間の軋轢を生むとしか思えない理念を掲げているが、逆に自分での攻略はしたくないプレイヤー達には受け入れられている。

しかしそれを嫌ったプレイヤー達ははじまりの街から続々と出奔しているようだった。


レベル上げも今の階層ではそろそろ打ち止めとなった頃、今日はオフ日にしようとシリカに伝えると、日々の心身的な疲れリフレッシュしようと第五層主街区に降り立つ。

以前貰ったアイテム『バークの紹介状』を使うと馬のレンタルがタダで出来るのを思い出し、散策がてら厩舎を探す。

今日は遠乗りでもするかな。

探すと厩舎は意外とフィールドへと続く門の近くに設置してあった。

俺は『バークの紹介状』を見せて馬を一頭借りる。

鹿毛のサラブレッド。

一般的な馬のと言った感じのオーソドックスな馬だ。

良かった、この辺はゲームの常識が偏っていて。

ポニーとかだったらどうしようかと思った。

「アオさーーーーん。まってくださーーーーい」

手綱を引きフィールドに出ようと門へと向かうと、後ろからシリカの声が聞こえた。

振り返るとこちらに向かって駆けてくるシリカの姿が。

俺の側まで来て立ち止まると、肩で息をするように呼吸を整えている。

「はぁっはぁっ…あのっ!あたしも一緒に行って良いですか?」

うん?別に構わないけれど…

「今日は遠乗りの予定だったんだけど、シリカ乗れたっけ?」

「いえ、だから教えて貰おうと思ったんですが…迷惑ですね…」

俺の予定を聞いてシュンとうなだれるシリカ。

「いや、いいよ。確かに誰かに教えて貰わないと幾らゲームとは言え乗馬は難しいかも知れないしね」

「良いんですか!」

「もちろん」

「ありがとうございます」

そのままシリカを連れ、馬を引きフィールドへと出ると、手綱を俺が持ちつつ、まずシリカに馬への乗り方、乗馬姿勢などを教えると、取り合えずそのまま歩かせる。

半日付きっ切りでシリカに付き合った俺だが、シリカの上達具合には舌を巻く。

すでに俺の介添えの必要は無く、自在にとは言えないまでも遠乗りするに問題が無いレベルまで上達している。

そうなると、この美しいアインクラッドの景色を楽しむべく、遠乗りに出かけようともう一頭の馬をレンタルしたのだが、そのお金が予想以上に高かった。

アインクラッド内の相場はプレイヤー達の取得コルによって変動するので、高くなりこそすれ安くは成らない。

つまり、馬のレンタルは予想を上回る出費だった。

しかし、シリカと二人草原を走らせているとそんな事は些細な事だと感じさせるには十分だった。

「今ならあたし、バークさんのイベントをクリア出来るような気がします」

確かに、練習の甲斐あって、手綱さばきは中々の物だ。

馬に乗るのもかなりのコルが掛かるので、出来ればバークの紹介状が欲しい所だ。

「そうだね、街に帰ったらバークさんのクエストが何処かで発生していないか調べてみよう」

「はいっ!」

バークさんは行商人であるようなので、一度クリアされるか、一定期間クエストがクリアされないと何処か別の場所に行ってしまって、クエスト受注が安定しないのが難点だ。

とは言え、イベントのクリアは殆ど出来ないらしいが…

後日、何とかバークさんのクエストを受注できたシリカが、得意げに馬を操り、無事『バークの紹介状』をゲットしたのは別の話だ。


めまぐるしく移り行く景色、風を裂く音。

今までにためたストレスが吹き飛ぶには十分だ。

第五層の端にあるノーチェの森の入り口まで走り、馬の手綱を木の枝へと巻きつけ固定する。

こうしないと馬は直ぐにレンタルした厩舎へと自動で走り去って行ってしまうからだ。

馬から降りると、そこは気持ちの良いハイキングコースのような森林の入り口が見えた。

「気持ちのいいところですね」

「そうだね。今までの必死のレベル上げで、ステータス的には安全だからしばらくここで休憩しようか」

「良いですねっ!」

そう言ってシリカは林の中に駆けていく。

万が一の事も有ると俺も直ぐに追いかける。

ピクッ

クゥがキョロキョロとあたりを見渡している。

「クゥ?」

クゥの行動に直ぐに索敵画面に視線を移す。

すると敵対するモンスターの光点が一つ。

ガサッ

「きゃっ!」

何かが草むらを掻き分けて出現してきた。

「シリカっ!」

「大丈夫です」

俺の声にシリカは戸惑いから素早く立ち直り、しっかりと自分のダガーを構えている。

視線をモンスターに移すと、そこには水色の体色をした、小型犬ほどの大きさの小さなドラゴンが出現した。

「きゅる」

ドラゴンはひと鳴きしたが、こちらを見つめるだけで襲ってくる事は無い。

「アオさん、これは…」

「クゥの時と一緒じゃないかな?」

「ですよねっ!って事は何か食べ物系のアイテムを…って!ドラゴンって何を食べるのっ!?」

想像上の生き物が何を食うか何て普通は知らないよ。

ハルケギニアの時に見たドラゴンは肉食と言うか雑食だったし。

「取り合えずそれっぽい物を…」

あうあう言いながらもアイテムストレージからポイポイそれっぽい物を取り出しては差し出しているシリカの慌てっぷりがかなり可愛い。

いくつも取り出したアイテムのうちで、その小竜が反応した物があった。

「きゅるー」

「あ、食べましたよっ!アオさん、見てください」

はいはい、見てますよ。(シリカを)

「コレで索敵画面の光点の色が変わればテイミング成功…っと、どうやら大丈夫なようだね」

光点の色が変化したのを確認すると同時に、小竜がシリカの方へと駆け寄りシリカはその小竜を抱き上げた。

「わっ!ふわふわです。クゥもふわふわだけど、この子もかなりふわふわです!」

それは良かった。

「よろしくね、ピナ」

「ピナ?」

「この子の名前です」

なるほど。

「よろしく、ピナ」

俺は新しく仲間になったピナにそう言うと、ピナもよろしくとばかりにきゅるきゅる鳴いた。



現在ホームタウンにしている第八層主街区にピナを連れて戻ると、モンスターをテイミングしてきたシリカから情報を得ようと集まったプレイヤーに囲まれて動けなくなると言う俺も経験した事態を何とか収束させると日はとうに傾いていた。

もみくちゃにされて人酔いしたのか、ふらふら千鳥足気味に何とか宿屋に戻り個室に篭り一息ついたシリカがそんな風な愚痴を漏らした。

「それで?ピナは何が出来るんだ?」

ついでに言うとクゥはウィンドブレスと連れ歩くだけで索敵と隠蔽能力にプラス補正が掛かる。

「さあ?ピナ、何が出来るの?」

「きゅる」

ひと鳴きすると口から泡のようなブレス攻撃が宿屋の壁に向かって放たれた。

破壊不能オブジェクトだし、弁償の心配はないのだが、やるならやると言って欲しい。…無理だろうけど。

「凄いよピナっ!他には?」

「きゅるーる」

先ほどとは違う柔らかなシャボン玉のようなブレスがシリカに当たり、シリカを包み込む。

「コレは?」

その時は分からなかったけれど、どうやらテイマーへのヒール補助らしかった。

魔法のないこのSAOでは珍しい部類の能力だろう。

「きゅるー」
「なーぅ」

じゃれ始めたピナとクゥを見ながら、頼もしい仲間が増えたと再認識したのだった。



◇英雄になりたかったとある転生者の話

皆さんは転生と言う言葉はご存知だろうか。

二次小説でよくあるアレである。

何故そんな事を聞いたかと言えば、俺がそのよくある転生者だからだ。

生前は良くあるオタクの一種だった俺だが、転生したからといって特に何か特殊能力がついたと言うわけでは無い。

しかも転生先は特に生前と代わり映えの無い日本。

魔法も無ければ超能力…は有るか?

なんか女性特有の病気にそんな事があるとか何とか。

…確かHGSだったっけ?

まぁいい。

そんな世界で、もしかしたら何かの漫画の世界なのかもしれないと考えはしたが、この世界が何の世界か分からなかった。

…ナーヴギアが開発され、ソードアート・オンラインが発売されるまでは。

なんとまさかのソードアート。

デスゲームで有名なあの作品だ。

これは、やるしか無いっ!

何の超能力も持たない俺も、掛ける代償は自分の命だが、あの世界ならば英雄になれるっ!

そう思った俺に幸運は舞い降りる。

なんとβテスト参加者に選ばれたのだ。

確実にデスゲームと化すであろう製品版ではなくβテストに参加できるのはかなりのアドバンテージになるだろう。

主人公のキリトだってβテスターだったしね。

βテストで実際に体験したSAOは本当にすばらしく、デスゲームになる事を忘れるくらい俺を魅了した。

仲間と一緒にダンジョンを駆け、ボスを打倒し、自己を強化する。

だんだん強くなっていく自分のステータスを見るのは凄く楽しかったし、他者を見下す優越感も得られた。

βテストが終わるのを本当に寂しく思ったほどだ。


そして始まった正式サービス。

デスゲームの始まり。

俺はβテストの知識を生かしてまずはじまりの街を直ぐに脱出、ホルンカの村へと走る。

そこでイベントをこなすと手に入れられる片手直剣の『アニールブレイド』をゲットできればしばらく武器の心配をしなくていい。

俺はレベル1で埋めれるスキルスロット二つを『片手用直剣』と『隠蔽』で埋め、フィールドをひたすらに走る。

ホルンカの村に着くと直ぐに『森の秘薬』クエを受注するために病気の娘が居るNPCの家へと向かいお涙頂戴の話を聞き流す。

森に入ってリトルネペントと言う植物型のモンスターの中に偶に出てくる『花つき』を倒せば出てくる胚珠をNPCに届けるクエストだ。

早速森に入ると既に先客がいた。

14、5歳の男だ。

その動きは流麗で、今この時間にここに居る事が彼をβテスターだと確信させる。

ズバンっと目の前のリトルネペントのHPを全損させてポリゴンが爆散する。

どうしようかと考えて取り合えずレベルアップエフェクトが見えた彼に拍手を送る。

パンパン

俺の拍手に誰だ!と勢い良く振り返る彼。

デスゲームが開始してからはそういった物音にも過剰な反応を示すだろうことを失念していた。

振り返った彼がこちらに向かい、臨戦態勢を取っている。

それを確認したが、俺は剣を抜かず、敵ではないと示す。

どうやら彼も森の秘薬クエストを受けているらしい。

このクエストは一人用クエストではあるが、先着ではない。

つまり胚珠が手に入れば二番目でもアニールブレイドはゲット出来るのだ。

そこで俺は彼に最初の一個を譲るから二つ目が出るまで付き合ってくれと交渉する。

勿論、これは彼にとってもメリットのあることだ。

花つきの出現率はノーマル種を狩るほどに確率がブーストされるのだから、2人で狩った方が効率がよいのだ。

確率ブーストされているならば二つ目も時間を掛けずにゲット出来るだろうから。

そんな考えも目の前の少年の名前を聞いて一変する事になる。

「……よろしく。俺はキリト」

「……キリト……あれ?どこかで……」

キリト…だと?

もしかして主人公か!?

戸惑いを隠してリトルネペントの討伐にあたる。

もしかしてこいつをここで殺ってしまえば、アインクラッドを解放する英雄は自分になるのでは?

アスナやシリカ、リズベットを自分のものに出来るのでは?

そんな疑問がエンドレスで脳内を巡る。

そんな時現れたリトルネペントの『花つき』と、その奥に現れた『実つき』

『実つき』は所謂トラップモンスターだ。

吊り下げられている実に少しでも衝撃を与えるとその実からくさい煙を撒き散らす。

その匂いに引き寄せられるように何匹ものリトルネペントが現れてしまい、俺達では到底対処できる物ではなくなってしまう。

しかし、そこで俺は閃いた。

『花つき』を先に倒して胚珠をドロップさせた後、『実つき』に攻撃すれば集まってきたリトルネペントでモンスタープレイヤーキル(MPK)が出来るだろう。

そして、隠蔽スキルで敵が散るまで待てば胚珠もゲットできるはずだ。

勿論、俺をターゲットしてくる者もいるだろうが、隠蔽スキルを取ってある俺ならばターゲットにされることも無い。

冷静になって危険は冒さずに引き返そうとするキリトを俺が『実つき』のタゲを取っている間に『花つき』を倒してくれと説得する。

キリトもせっかく目の前に現れたチャンスを不意にはしたくないようだったので俺の意見に同意してくれた。

よし、まずは第一段階だ。

細心の注意を払って実を傷つけないようにキリトが『花つき』を倒すまで『実つき』のターゲットを取る。

そしてその時が訪れた。

キリトが『花つき』を倒したようだ。

それを確認した俺の口角が上がる。

俺は直ぐに手に持ったショートソードでソードスキル、『バーチカルストライク』を繰り出すとその攻撃はシステムアシストもあり一直線に『実つき』の実の部分へとヒットし、その実が割れる。

すると直ぐに俺はその場から離れるように走り出し、隠蔽スキルを行使する。

やってしまった。

俺は物語の完全ブレイクをしてしまった。

幾ら主人公であるキリトでも、押し寄せた三十を超えるリトルネペントに囲まれてはひとたまりも無いだろう。

前方からも押し寄せるリトルネペントを茂みに隠れてやり過ごそうとし、俺は最大の過ちに気づく。

俺は知らなかったのだ。

目の前のリトルネペントみたいに目以外の感覚器を持っているようなモンスターは隠蔽の効果が薄いと言う事を…

十数匹のリトルネペントに囲まれ、俺の心を絶望が支配する

くそっくそっくそうっ!

やはり主人公を殺そうとした事がいけなかったのか?

いやだ…

こんな所で終わるなんて嫌だ…

こんなデスゲーム開始数時間で死ぬのだけはいやだぁぁぁぁぁぁ

コレじゃ俺はタダのモブじゃ無いかっ!

せっかく英雄になれると思ったのにっ!

ちくしょおおおおおおぉぉぉぉぉ

ついに囲まれたリトルネペントの攻撃が俺のHPを全損させる。

ここで…終わりか。

俺は何のためにこの世界に生まれ…

無常にも俺の思考はそこで永遠に闇に飲まれた。


 
 

 
後書き
後半のもはや恒例?になった転生者の悲劇。
有る意味今回のコレがこの作品の中で一番二次小説らしいかも?
本編の裏側で、原作を1ミリも変えてないとことかね。
原作を読んだ方は知っていると思いますが、番外編の『はじまりの日』に出てきた彼がもし転生者ならと言う話です。
彼はきっと『はじまりの日』を読んだ事が無かったのでしょう…南無
突っ込んじゃいけない所だけど、原作の彼は隠蔽スキルの弱点を何故知らなかったのでしょうね?使う使わないに限らず、βテストに応募するほどのネットゲーマーならば、自分が使わないスキルも詳細を知ろうとするんじゃないかな…  

 

第六十二話

出会いは必然と言うけれど、俺と彼らの出会いはどうであろうか。


アインクラッドの攻略も20層超えたある日、俺とシリカは現在の攻略層より5層ほど下だが、最近発見されたばかりのエリア、『ヴェレーノ湿原』へと来ている。

この湿原、発見されたは良いが、その地形効果ゆえに物凄く人気が無い場所だった。

辺りは日中でも視界をさえぎるスモッグが覆い、一歩でも湿原に踏み入れればたちどころに毒、麻痺、ブラインと言った状態異常をランダムで食らう。

解毒ポーションで回復してもインターバル10秒で再度状態異常状態になるので、このマップの中央にあると言う『不死者の洞窟』をクリアした者は居ない。

クリアと言うか、洞窟までたどり着いたプレイヤーすら居ないと言うべきだった。

耐毒ポーションを使用すれば、短い時間だが状態異常になる事は無い、しかし、洞窟へたどり着くにどれだけのコルが掛かる事か。

迷宮区では無いし、お金の問題で誰もここを無理に攻略しようとは思わないのだ。

ならば何故ここに俺達が来ているのか?

それはスキル上げをするためだ。

まず、慎重に沼地との境界でモンスターのPOP場所を見極める。

その後アクティブかノンアクティブかを入念にチェック。

ここなら何も無ければ絶対に襲ってこないスポットを見つけるまでに掛かった時間がおよそ半日。

しかし、苦労に見合う物であると信じて頑張った甲斐はある。


俺は耐毒ポーションを飲み、クゥを連れて一歩沼地へと踏み入れる。

「クッ…クゥ…」

たちまち毒、麻痺の二つの状態異常に陥るクゥ。

「ゴメンね、クゥ…」

しかし、心を鬼にしてアイテムストレージから解毒ポーションを取り出して使用する。

状態異常から回復するが、すぐさま今度はブラインと麻痺の再度状態異常へと陥るクゥ。

それをまた解毒ポーションで回復。

これをコルが尽きるまでひたすら頑張る。

もはや気が遠くなるような作業だが、アイテムを使用しなければ「アイテムの知識」スキルは上昇しない。

HPがマックスだと使用しても熟練度が上がらない事は考察済みだったので、今回の毒湿地帯はかなりの好条件ではある。

「鬼だ…鬼が居るよピナ…」

「きゅーる」

そう言うシリカは3回目にして運良く『状態異常・毒』の単品異常を引き当てた後沼地を出て毒状態を維持しつつ、最近スロットに入れた『バトルヒーリング』のスキルを上げている。

このスキルは失ったダメージを秒数に応じて回復させるスキルだが、これを上げるためにはHPを減らさなければならない。

ならば下層で凹られれば良いのではともおもうが、レベル制MMOでは高レベルになると、ザコ敵にいくら殴られようがダメージは極端に下がってしまう。

ほぼ受け付けないと言ってもいい。

これではHPは減らない。

必然的に適正レベルより少し下のMobとなるのだが、それは死の恐怖が付きまとうので、普通の精神の持ち主ならば選ばない。

ならば、と毒属性もちの剣は無いのかと言えば、ある事はあるそうだ。

しかし、結構レアドロップ品らしく、普通のプレイヤーには出回らない。

さらに貫通継続ダメージもHPは減少するのだが、ジクジクとした痛みを四六時中受け付ける精神的な強さがあればの話だ。

そんな中で光明が射したのが今回の毒湿地帯。

毒も多少の酔いのような感覚はあるが、痛覚よりははるかにマシだった。

とは言っても、ここは最前線より低いが、それなりに高レベルな階層で、ここまで来れるプレイヤーはまだ少ないために試行錯誤が殆ど行なわれていない。

有る意味俺達が一番乗りか。

現段階ではバトルヒーリングで回復するHPよりも毒で受けるダメージの方が大きく、戦闘を伴えば命の危険性すらある。

シリカは時折自分でポーションを使用してHPを回復させつつスキル上げを行なっているが、気を利かせたピナのヒール効果も上乗せされるので実際はノーコストではなかろうか?

数日、そんな地味な作業を続けていると、索敵範囲内に大量のMobを引きつれこちらへと走ってくるPTを感知する。

「おいおい、なんかやばそうだよ」

「何があった…あれ?これは」

シリカも自分の索敵マップを見たのだろう。そこに現れる大量のMobの光点。

「ちょっ!やばくないですか!?」

「こっち来てるのがやばいな」

モンスターをトレインしてくるPTがこちらへ駆けて来るのが目視で確認できる。

このままではMPKもありえる話だ。

俺は直ぐにスキル上げを中断すると、アイテムを使ってクゥの状態異常とHPを全回復させると同時に耐毒ポーションをシリカ、ピナ、クゥに使用し、再度自分に重ねがけをする。

この辺りのモンスターは状態異常攻撃がデフォルトなので、安全に戦いたかったらどうしても耐毒ポーションの服用は免れない。

遠くの方でこちらに向かうPTの怒声が聞こえる。

「っあ!」

こちらに向かって一生懸命に先頭を走ってくる痩身の長剣使いの男。

「何だよ!今は忙しい、死ぬ気で走れよっ!」

そう言うのは少し低めの身長で小太りなハンマー使いの男だ。

「だが、見ろっ!前方に誰か居るぞ。俺らしっかりとトレインしているし、このままではMPKになりかねん。」

「おおっ!これはまずいな」

「ああ、だから、俺はこいつらを連れて行くわけには行かないっ!」

「っなんと!その男気溢れるセリフに痺れる!憧れる!ただし、こんな状況じゃなかったらなっ!」

明らかに2人では対応できないようなモンスターの数だ。

長剣使いの男は走るのをやめて振り返ると、長剣を抜刀し、肩に担ぐようにして水平に構えて停止する。

刀身にライトエフェクトが発動してソードスキル特有の溜めの動作だ。

「いくぜっ!ゼノンウィンザードっ!」







なんかアレな言葉を発していたが、あれは長剣スキルの『ジャンプスラッシュ』じゃなかろうか…

しかし、それでも食らわせたゾンビウルフは一刀の元斬り伏せられる。

「おおっ!それじゃオレも行くぜ!」

今度は小太りの男がハンマーを振り回す。

「ラケーテン」

そして肩に担いだ所でライトエフェクトが発光する。

……最初の回転、無駄じゃない?

「ハンマーーーーーーー」

気合と共に振り下ろされるハンマー。

もう一匹のゾンビウルフが押しつぶされて爆散する。

しかし、今のは『ポールクラッシュ』だよね?

うん?

そういえばなんか今気になる言葉があったような?

って、そんな事を言ってる場合ではなかった!

30体を超える数のゾンビウルフの大群がスキル硬直をした彼らに迫る。

「あーっ!危ないですよっ!アオさん、あたし達なら行けますよねっ!」

安全マージンは十分稼いでいる。

この階層での戦闘なら十分やれるはずだ。

「大丈夫だ。だけど、もしもの時は転移結晶を躊躇い無く使うよ」

転移結晶は、使うと宣言した街までテレポートできる代物だ。

死ぬことが許されないこの世界での緊急脱出方法として攻略組みならば必ず一つは持っている物だが、店で買うととてつもなく高価だし、レアドロップ故にドロップでの入手も難しいとても貴重なアイテムだ。

今の俺達でも一つ常備しているのがやっとの状況。

使用するのはもったいないが、とは言っても自分の命には代えられない。

「はいっ!」

目の前の彼らは転移結晶を持っていないのか出し惜しみしているのか分からないが逃げ出せずに居るようだ。

AGIの許す限りの速度で2人に駆けつけて手に持った曲刀で手近にいる一匹をしとめる。

シリカも目の前の敵を両手に持ったダガーで切り伏せた。

半年も戦い続けの日々で実践を繰り返してきたシリカは、その努力もあって御神の技を身に付けつつある。

その成果が目の前の二本のダガーを持ったシリカだ。

彼女はその小さな体を生かし少ない動きで確実に敵の攻撃をさけ、攻撃を入れている。

「クゥ!ウィンドブレス!」

「にゃうっ!」

「ピナっ!バブルブレス」

「きゅる!」

クゥとピナが放ったブレス攻撃が長剣使いとハンマー使いの2人へと襲い掛かろうとしていたゾンビウルフを吹き飛ばした。

「すまない、助かる」
「助太刀感謝する」

「感謝は後で受け付けます。今はこの状況を何とかしないとっ!」

「お、おう。そうだった!」
「でも正直俺らの出番無くね?」

俺とシリカが迫りくるゾンビウルフをちぎっては投げちぎっては投げ。

最後は片方の武器を納刀してシリカと2人でソードスキルで蹴散らした。

数が多いので何発か攻撃を食らってしまったが、事前に服用していた耐毒ポーションのおかげで追加効果の状態異常は無し。

被ダメージも問題ないレベル。

少々強引な戦いでも殲滅できるだろう。

五分もしないうちにゾンビウルフの大群を掃討し、一息つく。

「いや、助かったよ」

「本当にありがとう。もう少しで死んじゃう所だった」

改めて2人が感謝の意を述べた。

「いいですよ。あたし達が勝手にやった事ですから」

シリカが謙遜する。

「いや、助かったのは事実だ。何かお礼がしたいのだが…」

その時遠方から声が聞こえた。

「おーーーーい、ゼノン、ヴィータ」

やって来たのはこれまた小太りの男性。

装備は斧剣のようだ。

「おう、フェイト、こっちだ」

斧剣使いが合流する。

「なぜ2人ともいざと言う時の退却予定コースの逆に逃げるかな!?あわてて追いかけてきたけれど、大丈夫だったのか?」

「おめぇのAGIが高くて俺達にタゲが集中したから仕方が無かったの!だいたい小太りが速いとかやはりおかしいだろ!」

「そこはゲームなんだからしょうがないだろ!」

まあひと段落した所で話を纏めると、ここの狩場はコル的にはそこそこおいしいようだ。

そのため、毒沼地のギリギリのところでタゲを取り、誘導して戦っていたらしい。

しかし、そこでこの辺のモンスターのトラップが発動した。

どうやら同じ場所で戦い続けると打倒したゾンビ系の腐臭がMobを呼び寄せるようで、気が付いたときには30を超えるゾンビウルフに囲まれていたようだ。

何とか後方へと穴をあけ、逃亡したのだが、そこはやはり狼。なかなか逃亡を許してくれなかったらしい。

その内にAGIの関係で距離が開き、タゲを外れた斧剣使いはあわてて追いかけてきたそうだ。

「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はゼノンって言う。見ての通り長剣使いだな」

「オレはヴィータ。槌使いだよ。よろしく」

「フェイト・T(ティー)・ハラオウン。武器は斧剣」

なん…だと…?

「あたしはシリカって言います。メイン武器はダガーですね。そして…アオさん?」

様子のおかしい俺をみて戸惑うシリカ。

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン?」

呟いた俺の声も、VRシステムでは距離が近ければ聞き逃す事は無い。

「っ!」
「何っ!」
「もしかしてっ!あんたっ!」

「っ!いや、何でもないっ!」

あわてて誤魔化すがとき既に遅し。

「なあ、あんたもアレなんだろう?」

ゼノンがアレと暈かして俺に転生者だろうと問うた。

フェイト・T・ハラオウンはこの世界では誕生していない。

彼女は今は御神フェイトだ。

しかし目の前の小太りの彼のアバター名は原作の彼女の名前だ。

それを名乗った辺り、彼が転生者であるとうかがえる。

まあ、その横のヴィータとラケーテンハンマーの掛け声も考慮してだが。

俺は観念して認める。

「…ああ、ご察しの通りだ、ご同輩。俺の名前はアイオリア。武器は曲刀だな」

さて、どういったりアクションが返ってくるだろうか。

「なるほど、獅子座か」
「獅子座だな」
「うん、獅子座」

なかなかいい趣味だなと、頷かれるが…こいつら何を言っている?

「っあの!話が分からないんですが」

訳が分からないと言った感じでシリカが言葉を発した。

「っ、まて、俺らと一緒だと言う事はアレ(オタク)だったと言う事だろう」

「ああ、そうだゼノン、そのはずだぜ」

「なん…だと、ならば何故ここにこんなかわいいおにゃのこがっ!」

その時彼ら3人の心が重なった。

「「「リア充爆発しろっ!」」」







取り乱した三人も何とか冷静さを取り戻す。

「しかし、リアルじゃないのにリア充とはコレいかに」

「ヴィータよ、今はそんな事はいいだろう。それよりも助けて貰ったお礼の話だ」

ゼノンがたしなめる。

「そうだったな。お礼と言っても余り出来ないが、一度俺達のギルドハウスへと招待しないか?獅子座さんの話も聞いてみたい」

獅子座言うな!

どうにも俺の記憶は劣化していて、前世関連のなんかのネタなのだろうが訳が分かんないのだ。

しかし、転生者との接触は今まで散々だったからなぁ…どうした物か。

「どうします?アオさん」

どうしようか…







第十八層主街区のメインストリートから一歩小道に入りると迷路のように枝分かれする小道を3人の案内で進んでいく。

「うわぁ…こんなに入り組んでいると迷子になったら外にたどり着けずに…なんて事もあるかもしれませんね」

シリカがキョロキョロと振り仰ぎ見て一生懸命に道を覚えようとして諦めかけ、そう愚痴をもらした。

「それは大丈夫だ。NPCに頼めばいくらかのコルで道案内してくれると団長が言っていた」

試した事は無いけどと、ゼノン。

「へえ、そうだったんですか。…でもさっきからNPCを見かけませんよ?」

「………」


そんなこんなで到着したのは、入り組んだ奥の奥にある一つの建物。

「ここだ。ここが我らSOS団のギルドハウスだ」

「へぇ」

そう紹介するとゼノンはギルドハウスの中へと入っていく。

SOS団

ソードアート・オンラインの世界を精一杯楽しく生き残るための団、だそうだ。


ギルドハウスは基本、許可が出ないとギルドメンバー以外の入室は出来ないようになっているために、許可を貰いに行ったのだろう。

許可を貰い中へと入ると中はそう、所謂酒場の雰囲気で、階段を上がった二階にはいくつもの部屋があり、そうだな…酒場を営んでいる宿屋と言ったほうが分かりやすいか。

周りを見ると俺達をここに招待した3人以外におよそ4人のプレイヤーが見受けられる。

そのいずれも男だった。

彼らはものめずらしそうに俺達を伺っている。

一階の片隅に受付を改造したようなテーブルがあり、その奥に一人の男性が座っていた。

彼ははおもむろに立ち上がると宣言するかのごとく声を発した。

「ようこそSOS団へ。団長のルイだ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者、転生者がいたら、あたしのところに来なさい。以上。」

ここ、笑うとこ?

俺とシリカがあっけに取られていると、彼はそんなに心が強くないようで…

「やっぱり滑ったじゃないかっ!誰だ、今このタイミングならやるべきと言った奴はっ!」

残りの3人の内2人が残りの一人を指をさす。

「え?俺のせいか?団長だってノリノリだったじゃん!」

「お前のせいか!キュアムーンライト」

「俺の名前はツキだ!その名前で呼ぶんじゃねぇ!大体団長も『確かに、この状況では言うしかないな』って言ってたよっ!それに何だよルイって!団長の名前はルイズだろっ!ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!気合入れてフルネームじゃねぇかっ!」

「ガフゥっ…」

あ、かなりのダメージに倒れた…

「やばい団長が倒れたっ!誰か衛生兵!」

ゼノンが駆けつける。

「………」

声にならない声に耳を近づけるゼノン。

「最後に、このナース服を着ている美幼女の姿を見たかっ…た…がくっ」

「団長っ!だんちょーーーー」

何このカオス…

倒れた団長の手元にはアイテムストレージから取り出したと思しきナース服が…

って、よくそんな物があるよな。


後で聞いた話だが、このギルドの発足の切欠は、団長であるルイズが死の恐怖に取り付かれ、何の気も無しにはじまりの街にある一万人分のアバター名を刻む生命の碑を一日中読んで過ごしていた時に、明らかにこの世界には無い二次元キャラクターの名前を発見したのが切欠だったのだそうだ。

発見した彼は空いていたスキルスロットに『拡声』のスキル…有る意味死にスキル…を入れて、ボリュームの上がった声で前世で覚えたアニソンをはじまりの街で熱唱して回ったとか。

それで集まったのが彼らギルメンらしい。

誰も彼も殆どが元ネカマの痛ネームらしいが、気はいい奴らばかりだそうだ。







ようやく皆が平静をとりもどすと、団長で有るルイズ…本人いわくルイとの事だが…彼が本題を話し始めた。

「今日は内のギルメンを助けてくれてありがとう。彼らがもし死んでいたらと思うとゾッとするよ」

そう言って頭を下げる彼は、若干厨二病を患っているが、根は優しい常識人なのだろう。

「お礼、と言うわけでは無いが、獅子座君は馴染みの鍛冶スキル持ちの知り合いは居るかい?」

おいこらこの野郎っ!獅子座で固定か?俺の名前は!

「アオでいいです」

とりあえず略称で念を押す。

「鍛冶スキル持ちの知り合いは居ませんね。今までは店売りかドロップ品で賄ってました」

「ならばうちのギルドを贔屓にしないか?俺らのギルドで鍛冶スキルや裁縫スキルなどの生産系のスキルを取ってる奴が居るんだがな、その…分かるだろ?」

「何がですか?」

シリカが純粋に分からないと言った表情で聞き返す。

「……アオは分かるだろうが、俺達はな、大体の奴が初期アバターを女性にしたんだ」

「ネカマさんって奴ですか」

「ぐっ…美少女に言われるとダメージがでかい」

しばらく心臓を押さえた格好で悶絶した後再び話を続けた。

「つまり、俺らのアバター名は女性っぽい名前でここらでは生きずらい。だから寄り固まってギルドなんか作ったんだが…フィールドに出たくないギルメンは当然生産職を選択して鋳造したんだが、武器や防具を売る事が難しい」

「作った武器や防具は基本的に分からないとは言え、鑑定スキル持ちが診れば製作者の名前が分かるからな。俺達のギルドは男だけだ、そんな中、売り出しても気づかれたらいい笑いものだ」

確かにそうかもしれない。

こんな状況(デスゲーム)でもそう言った事をする人は大勢居るだろう。

さらに言えばそんな事をする彼らに罪の意識はこれっぽっちも無いかも知れない。

ただ、面白そうな事を風潮しただけ。

「まあ反骨精神で結局生産職取った奴もフィールドに出ているんだが」

出てるのかよっ!

「ああ、ヴィータがそうだ。あのハンマー使ってる奴な」

「だが、ヴィータという名前ならば別に偏見なんて無いんじゃないか?」

「……彼のフルネームは『ヴィータ・エターナルロリータ』だ」

小太りの男がエターナルロリータ…

「………」
「………」

沈黙がその場を支配した。

「っまあ!製作者名なんて殆どの場合気にする事は無いと思うよ!実際俺達が使う武器もオーダーメイドだ」

「……結構必死ですね?」

「ああ、鍛冶スキル持ちは貴重だろう?高熟練度ともなればなおさらだ。このまま彼がフィールドで命を落とせばどうなる?」

それは…なかなか厳しいな。

「だから出来ればフィールドに出なくてもいいような稼ぎが欲しい。最悪俺達が全滅してしまっても生活できるような、な」

他人のことを考えられるリーダーは本当にすばらしいと思う。

まあ、いいか。

製作者名を気にしなければオーダーメイドの武具職人と知り合えるのだから。

「よろしくお願いします」

「そうか、良かった。とりあえず、後でヴィータに素材を渡すといい。今の店売りよりは高品質の武具が出来るだろう」

「はい」

「それと…」

今度は少し雰囲気が変わる。

「すまないなシリカ嬢。男同士の話がある。少し外してくれないか?」

「え?」

「ツキの奴が君にあげたい物があるそうだ。向こうの部屋に居るから行ってくれると助かる」

「アオさん?」

どうしたらいいでしょう?と目線が訴えている。

「行ってきて」

街はアンチクリミナルコードに守られているから、よほどの事が無ければ安全だ。

よほどの事と言うのも『回廊結晶(コリドークリスタル)』と言う、かなりレアなアイテムを使わない限りと言う事になるが…

記録した地点までのワープゲートを作り出すアイテムで、このレア度は転移結晶をはるかに上回る。

そんな高価なものを使ってまでなにかを仕掛けてくる事はまぁ、まず無いだろ。

退席するシリカを見送るとルイが話を続ける。

「話と言うのは他でもない、この世界についてだ」

「この世界?」

「ああ、皆前世の記憶があるし、こんな非常識(デスゲーム)な事が起こるんだ。この世界はこのデスゲームを題材とした漫画やアニメの世界ではないのか?と皆考えているんだ」

ふむ。

「それで?もしそうならどうするんだ?」

「っ!アオはここが何の物語の世界だと知っているのか?」

ちょっと落ち着け。

冷静になるのを待ってから話しかける。

「いえいえ、さすがにこんな展開の話は記憶に無いですね」

「そっか、そうだよな…わりぃ興奮しちまった」

結局どう言う確認なのか。

「それはな、俺達の意見としては、もし、ここが物語の世界で、もし皆ハッピーエンドになるのが約束されているのなら、攻略はやめ、安全第一で低層での狩りのみで生活しようと思ってね」

物語は原作が一番良い様になっているのだから、改変する事もあるまいと言うのが彼らの意見らしい。

改変して現実回帰が叶わなくなったりしたら目も当てられないからね。

その意見には俺も賛成だ…けれど…

「昔、知り合いに言われた」

「何て?」

「自分の行動に責任を持って生きれば良いんじゃないかって。例えそれによって何か定まった運命から外れるとしても、行動しなければそれはそこに居て、でも生きてはいないって」

ソラの言葉だ。

「なるほど…なるほどな。確かにそうだ」

そう言って笑った彼は何処か安心したようだった。
 
 

 
後書き
偶にはまとも?な転生者がアオと仲良くなっても良いかなと思っての展開。
前話で死んだ彼みたいな原作知識もちの転生者はもう居ない予定。…多分ですが。  

 

第六十三話

こちらの話しが終わると、シリカを連れてツキが戻ってくる。

しかし、その服装が変わっているのは見間違えようも無い。

「どうですか?似合ってます?」

はにかみながらそう聞いてきたシリカははっきり言って可愛らしかった。

「似合ってるよ。…だけど」

そう、だけどっ!

「何でキャロのバリアジャケット!?」

「ふっ!俺の裁縫スキルをバカにして貰っては困る」

いや、バカになんてしてないよ!

寧ろ凄い再現度でびっくりしているんだよっ!

って言うか、俺と彼らの原作知識には差異があるな。

俺はキャロなんてキャラは見たこと無かったのだが、彼らは見たことがあるように完璧に再現している。

それに俺がキャロのと言った発言を当然のことの様に受け止めている。

これはつまり…

A’sの続きが公式に作られている?

まあいいか、未来はなるようにしかならないだろう。

まあ、もし現実に帰れたならば記憶のすり合わせを行なおう。

今は余計な発言は控えるべきだな。

「これ、見かけによらず丈夫なんですよ!前に装備していたのよりもかなり防御が高いです」

嬉しそうにはしゃぐシリカの周りをピナがくるくる回る。

「っやばい!来たコレ」
「なんと言うご褒美!」

何かフェイトとヴィータが悶えている。

「お前ら!俺らのギルド規律は忘れてないだろうな!」

ルイズが声を張る。

「勿論であります。常に紳士たれですね!」
「我々はタダの変態ではないのであります!変態と言う名の紳士なのであります」

「なら良しっ!」

よくねぇよ!

「あ、獅子座さんの物もちゃんと用意してますよ。結構自信作だぜ」

そう胸をはるヴィータ。

いつの間に作ったのだろうか…

そう言えば団長との会話の時に居なかったような?

「シリカちゃんとの話だと鉱石系のアイテムは売り払っていて手元にあんまり残ってないんだろう?」

確かに。

今までオーダーメイドとは無縁だったから売ってコルに替えてたね。

「だから今回はお礼も兼ねてうちで保管してある鉱石でも最上の物で造らせて貰った」

「……いいのか?そんな大事な物を使って」

「いや、さっきも言ったがお礼だ。それに鉱石はまた取れば良いだけだ…その代わりちゃんと使ってやってくれ」

「ああ、必ず」







交換ウィンドウを閉め、装備ウィンドウを開き、一括で装備を変更した俺。

その装備を纏った瞬間俺の体が光り輝いているかのよう錯覚するほどに周りの光を反射する金色の鎧、風も無いのに演出なのかなびくマント。

全体的にどこと無く獅子を連想させる。

「おおっ!」
「凄いなっ!」
「さすがヴィータだっ!」
「獅子座のゴールドクロスをここまで再現するとはっ!しかし、TV版なのが少しいただけないな」
「そうか?あれはあれで有りだろう」

そう口々に賞賛するSOS団の面々。

「わぁ、…似合ってます…よ?」

シリカも一応賞賛してくれる。

装着時の発光が目に痛かったですとだけ言っていた。

…金色か。

金色に文句は無い。

ただ、金はソラの色だ。

それをすこし寂しく思うだけだ。

ステータス画面を開き、確認すると、確かに今の店売りよりも性能はかなり高いようだ。

これならあと何層か防具を変える必要は無さそうだ。

「武器も曲刀を二本鍛えておいたが…なぁ、今までスルーしてきたが、二刀流なんてスキルあるのか?」

聞いたこと無いぞ、とヴィータ。

それを聞いた回りのギルメンも確かにと頷いている。

うーむ。

特に秘匿すべき事柄では無いのだろうが、自分の手の内を他人に教えるのは今までの人生経験が待ったを掛ける。

しかし、彼らと長く有意義な関係を保つためにはここは秘匿する事はマイナスか?

「二刀流なんてスキルはありません」

「じゃあ何なんだ?」

とルイ。

「システム外スキルとでも言うべきですか?システムの穴を突いたような物です」

穴?と皆が疑問顔だ。

「武器を装備しないで振り回しても威力が変わらない事に気が付いたんですよ。それなら両手で一本ずつ持てるでしょう?」

「確かに。だが、その場合ソードスキルはどうなっている?」

団長はさすがにリーダーだけ有って、オタク趣味だが頭は切れるようだ。

「使えませんね」

左手に装備状態以外の剣を持つとソードスキルは発動しない。

「なるほど、…しかしソードスキルに頼らないならば可能である…と?」

「はい」

「なるほど、良い事を聞いた」

何か良い事を考え付いたようだが、これを知るのはもう少し後になってからだ。


「それじゃ、そろそろ失礼します。シリカ」

「はーい!」

「耐久値の回復の際は俺を頼れよ。安くしておく」

ヴィータがそう申し出た。

「…ありがたい申し出だが、ここまで来るのは遠いな」

小道に入ってから優に三十分は歩いた記憶がある。

「ああ、それはギルドの正面玄関だからだ」

は?

ヴィータは意味ありげにギルドの奥へと進み、一つの扉を開ける。

中へと促され、入室するとそこは武器屋のようだった。

カウンターの裏側に出てきた所をみると、奥に見えるのが店の正面扉だろうか。

「ふだんは皆ここから出入りしている。あの扉を抜ければ小道に出るが、ほぼ一本道で5分もしないうちにメインストリートに出るよ」

「なっ!」
「は?」

「最初からそっちで案内しろーーーー」
「最初からそっちで案内してくださーーーーい」

俺とシリカの怒声が重なった。



気を取り直して外に出ると、そこは転移門がある広場から直ぐ近くに有った事が判明する。

………ある意味凄く便利な立地条件だった。

こんな隠れ家的な所をギルドハウスに選ぶ彼らに漢を感じた瞬間だった。

まぁ、その立地条件なら毎日利用できるから良いけど…

彼らとの付き合いは結局ゲームがクリアされる時まで続く事になる。



後日、金色の獅子の防具を身につけた俺をクラインとアスナが爆笑したのは記憶の奥底に仕舞いたい。

金色は良いのだが、色合いがきつ過ぎる。

もう少し色合いをくすませてくれれば…

これでは成金趣味に見られかねん。性能が良いから他の防具へと変えづらいのがマジむかつく。

ヴィータ、いつか〆る。

決意を新たにした俺だった。


人気の無かった『ヴェレーノ湿原』に篭りスキル上げをすること一ヶ月。

いつの間にかクライン達のPTが合流。

皆で『バトルヒーリング』のスキルを上げている。

「しっかし、よくこんな手段を思いついたな」

二週間ほど前から居るクラインが今更の事を聞いた。

「いや、誰でも思いつくことだろう。ただ、バトルヒーリングのスキル上げが死と隣り合わせな事で取る奴が少なかったことも原因だろうけど、この場所を見つける事が出来なければな安全なスキル上げは無理だっただろうし」

MobのPOP場所を把握し、フィールドに居ながらのセーフティエリアを見つけ出すのは至難の業だし、普通やらない。

それにソロプレイヤーは絶対に出来ない行為だ。

毒沼の状態異常はランダムで、麻痺と毒を同時に引くと継続ダメージで死に兼ねない。

耐毒ポーションを服用しての仲間が居てこそ出来る芸当だ。

しかし、スキルレベルを上げたバトルヒーリングは中々に便利だった。

「実質毒ダメージ無効は助かるな」

「無効ではないよ、食らった分以上に回復しているだけだ」

そうなのだ。

シリカがバトルヒーリングを上げ始めて2週間。

いつの間にか毒のダメージを回復が上回ったのだ。

「一応毒のダメージ判定の後にヒーリング効果が入るから、毒ダメージで死ぬようなHPだとおそらく回復の前に死ぬ」

毒や武器の貫通継続ダメージ等の秒数での継続ダメージが有る場合、まずダメージが計算されて、その後に回復処理が行なわれるようだ。

「だが、便利な事には変わりないだろ」

「まあね」

だからクライン達に俺はこの場所を教えたのだ。

「俺達のスキルが上がりきったら情報屋にでも流してくれよ」

「おう!これで攻略が楽になるかもしれないしな」

それはどうだろう?

一ヶ月ほどここにこもりきっているが、ようやくシリカのバトルヒーリングの熟練度が900を超えた所だ。

600を越えた頃から熟練度が上がりづらくなり、カンストまでは予想であと2週間といった所だ。

こんな所に一月半もスキル上げのためだけに通う奴が居るだろうか?

まあ、実際やってる俺が言うべき言葉ではないけどな。

『アイテムの知識』の方は湯水のごとくコルを投資した結果、二週間ほどでカンストした。

「『アイテムの知識』の方の情報も流しても良いんだろう?アイテム効果が3倍は実際卑怯じゃね?」

「だがそれまでにつぎ込むコルと時間が有ればだろ?」

そう、アイテムの知識は950を超えた所で化けた。

それまで精精1,5倍程だったのが残りの49で3倍にまで伸びたのだ。

これは凄い事だろう。

「だけど、時間が掛かりすぎる。特にバトルヒーリングだ。これをカンストさせるまでに一月半、毎日ここに通ってじっとしていなければならない。当然経験値もコルも稼げない、さらに攻略組からのレベルは離されると、三重苦だぞ?」

「まあな…」

それでもここに通うクライン達一行は我慢強いのだろう。

一応アスナにも連絡したが「時間が掛かりすぎ!短縮方法が見つかったら教えて」と、返された。

いや…これ以上の短縮は無理じゃね?

「しかし、シリカの奴は少し見ないうちにかなり上達したよな?オメェの教え方がうまかった所為か?」

特に何もする事が無いというのは精神上良くないので、バトルヒーリングが毒継続ダメージを越えた頃からシリカは両手にダガーを持ってひたすらに御神流の練習をしていた。

その剣筋はまだまだ合格点はやれないが、速く、鋭い。

「毎日の反復練習の賜物だ。彼女は強いよ。街で模擬戦をする時なんてたまに俺が受けきれないことがある位だ」

「へぇ、それは凄いな」

命が掛かるとこれほどまでに人は上達速度が変わるものなのか。

元々才能が有ったのかも知れないが、御神の血が確りと流れていたなのはがあのくらいに成ったのは修行を始めて3年がたった頃だったか。

「クラインなんてひとたまりも無いかもしれないよ?まあ、それは戦闘と言う範疇であって、この世界では数値的なステータスが絶対だから、レベル差は技術で埋められるものじゃないけどね」

戦闘経験とレベル的高ステータスがあって始めてこの世界で強者足りえる。

逆に言えば、技術だけではどうやっても超えられない壁が存在すると言う事でもある。

ままならないな…

「話は変わるがよ、オメェのその武具はオーダーメイドだよな?」

「ん?ああ、そうだな」

「鍛冶スキル持ちのプレイヤーと知り合ったのか?」

「まあね、この防具、見た目はアレだけど、性能は中々だよ」

軽い、丈夫、動きやすいと来て、何で見た目だけ…

いや、かっこいいけどさ?なんて言うか厨二感が否めない…

「何、紹介して欲しいの?」

「あ、ああ。やっぱり分かるか」

分からいでか。

「だけど、クラインは以前ネカマに対して排他的だったような気がしたが?」

「何だ?ネカマなのか?今も…その、スカート穿いてたり?」

「しない。服装は至って普通。…彼らは頑張ったんだろうな」

「そ…そうか…」

声が小さくなるクライン。

どこか良心が痛むのだろう。

「確かに、オレもあの時はその…見捨てたと言われてもしょうがない事をしたと思う。…だけどよぉ、あの時はオレらも必死だったしな…いや、それは言い訳にもならねぇな。あの当時でもしてやれた事はいっぱいあったはずだ…」

そうかもしれない。しかし、それを言ったら俺だって彼らを見捨てている。

生きることに必死な事は悪いことじゃない。

自分のことが精一杯な時は他者を気遣う余裕など無い。

しかし、その結果取りこぼされる人たちが居ることも事実。

それを受け入れることが出来るか出来ないか。それとも見ない様にするかが違うだけ。

「過去のことは良いんじゃない?」

「そ、そうか?…だがっ」

「いいんだよ。それで?その人…と言うか、そのギルドだけど、殆ど元ネカマだね。彼らも結構頑張っているよ。ボリュームゾーンのプレイヤーより頭一つ分はレベルが高いんじゃないか?」

「それは…凄いな」

「偏見さえなければ紹介しても良いよ。情熱が偶に変な風に現れるやつらだけど、付き合っていて嫌な気は起きないから不思議だ」

社交的なオタクと言えば分かるだろうか。

その後、色々な注意点を話すと、その全てに了承したのを確認して、その日のスキル上げが終わるとクラインを連れて十八層主街区へと向かう。

転移ポータルから歩くこと五分。裏道にひっそりと佇む一軒の武器屋。

その外見は手入れがされているとは言えず、日中でも薄暗い小道と相まっておどろおどろしく、知らなければプレイヤーでも絶対に入ってこないだろうと言う所に有った。

「ここか?」

「まね」

クラインを連れて扉を潜る。

中に入るとヴィータがこちらに気が付いたようで俺に声を掛けた。

「獅子座さんか、こんばんは」

こいつは何度言っても俺を獅子座さんと言いやがる。

悪意は無いのが更にたちが悪い。

「こんばんは。それでな、メールで話した件なんだが」

クラインを連れて行くと事前にメールをしておいた。こう言う事は事前に連絡をしておいた方がスムーズに行くことが多いからだ。

「ああ、武具を作って欲しいんだっけ?俺は別に良いんだけどな、…分かっているんだよな?」

その問いかけに俺が口を開くより速く声を出したクラインが話し始める。

「すまねぇ。オレはあんたら(ネカマ達)を見捨てた側だ、頼める義理はねぇのかもしれないけれど、信頼の置ける武具職人は中々めぐり合えるものじゃねぇからな…アオの奴の装備を見て、な」

一気に少々まくし立てるように一息で謝ったクライン。

「いや、あの当時は皆必死だったさ。それにあんただけが見捨てたわけじゃない。それに拾ってくれる奴も居たからな」

団長の事だろう。

「そうか…」

なんかしんみりしているが、どうやら話し自体は良いほうで着いたらしい。

素材を渡し、若干高いようだが、適正値段で鋳造してくれるようだ。

「ふっふっふ。腕が鳴るぜっ!ツキ、ちょっと手伝ってくれ」

そう言いつつ武器屋の奥にある工房の方へと進んでいく。

途中呼ばれて合流したツキとなにやら話し合った後、スキルを行使して作り上げた。

一時間ほど経っただろうか。

狩りから帰ってきたSOS団の面々も、クラインを見止めると少々気後れしながら話しかけてきたが、クラインの生来のひとを惹きつける力というか、その人柄で誰もが談笑し、笑いあっている。

この辺りのコミュニケーション能力はさすがに一つのギルドのリーダーか。

ソロ思考攻略ギルド『風林火山』のギルドマスターであるクライン。

個々の技能を引き上げ、攻略に当たると言う感じで有るらしい。

そんな感じなので、生産職のギルメンは居なかったそうだ。

その為にフリーの生産職のプレイヤーとの間に金銭トラブルが付き纏うとぼやいていたっけ。

その為に今回の紹介となるのだが、彼らも彼らで顧客は欲しいだろうし、クラインも常識的な対応をしているから、問題は無いのではなかろうか?

俺も何回か誘われたのだけれど、今までつかず離れずでうまくやって来ていた感じもあったから何となくギルドに入ってはいなかった。

「出来たぞ、自信作だ」

「お、本当か。わりぃな」

ヴィータが工房から出てきた所で談笑が終了し、品物を受け取るクライン。

「早速装備してみてくれ」

「おうよっ!」

クラインは右手の人差し指を一文字に振り下ろし、ウィンドウを開くと装備タブを開いて装備を更新する。

胸を覆う漆黒の皮鎧、ベルトを多くあしらった黒色のボトム。

上半身と下半身で分かれた真紅のコート。

その格好は歴戦の戦士を思わせる。

「かっこいいじゃねぇか!これは中々のものだぜ?製作者の魂が伝わってくるぜ」

クラインはべた褒めだ。

確かにカッコいい。


しかし、俺はそんな事よりもSOS団の空気のほうが気に成る。

何か爆発寸前な気がするのだが?

数秒してSOS団の歓声が上がる。

『おおおおおおっ』

俺の勘はやはりはずれではなかった。


興奮冷め終わらないようで次々に言葉が続く。

「うおおおおおっ!ヴィータ、これはまた凄い再現率だなっ!」

「まさしくアーチャーです。ありがとうございました」

「隣に金ぴか(ギルガメッシュ)が居るからさらに映えるな、クライン!是非とも『トレース・オン』と言ってくれ!」

「いや、違うだろ!そこは『英雄王、武器の貯蔵は十分か』だろ」

「それは衛宮だろっ!」

「だがっ、惜しいっ!なぜ干将(かんしょう)莫耶(ばくや)が無いしっ」

「ふっ、抜かりはないわっ!クライン、さっき渡した曲刀を装備しないでアイテムストレージから取り出してくれないか?」

クラインは言われた通りにアイテムウィンドウから新しく手に入れた武器を取り出す。

「これか?」

取り出された白と、黒の曲刀を両手に一本ずつ持つ。

『おおおおおおおおっ!』

再び歓声。

「さすがヴィータだっ!」

「貴方が神かっ!」

「ふっ!任せておけ。…ただ、名前は自動取得されてしまうからな、其処だけが残念だ…ガフッ」

集中力の限界を超えての作業だったようで、緊張が緩んだ瞬間に気絶したようだが、そんなに集中すべき事だったろうか?

スキルで半分くらい自動で作られると思ってたけど?

『ヴィーーーターーーーっ!』

カオス再び。


「大丈夫なのか?この集団…」

クラインがあっけに取られてそう俺に聞くが…

「俺に聞くな…」

俺自身も本来は彼らと一緒の立場のはずだ。

多分以前なら彼らと一緒になって騒いでいたのかもしれない。

しかし、記憶の劣化によりネタが分からずに彼らについていけない。

それが少しさびしいと感じてしまうのだった。


この彼らの間違った方向への妄執が、後のSAO史に名を残す事になるのだが、それはもう少し後の話だ。
 
 

 
後書き
VRMMO内コスプレっ!
二次創作ならではかな?だけど余り見ないような?
シリカって何となくキャロに似てますよね?ドラゴンがいる辺りとか。
あとクライン。
目つきの悪さからとってもアーチャーのコスとか似合いそう。
一応
ヴィータ→鍛冶スキル
ツキ→裁縫スキル
って感じです。  

 

第六十四話

バトルヒーリングのスキル上げも終わったある日。

俺とシリカとクラインの3人はヴェレーノ湿原を抜け『不死者の洞窟』へと来ている。

なぜかと言えば、ヴェレーノ湿原の近くの町を拠点に狩りをしていたSOS団のメンバーがNPCから洞窟の奥に毒を撒き散らす鉱石が眠っていると言う話しを聞いたからだ。

この情報を纏めるとどうやらその鉱石ならば状態異常系の武器が作れるのでは?となったわけだが、あいにくそこはヴェレーノ湿原の奥の奥。

常時状態異常効果が襲ってくる地形効果の真っ只中だ。

SOS団のメンバーでは安全マージンがギリギリであるし、そもそもこんな所を潜るのは正気の沙汰ではない。

常に耐毒ポーションを服薬しなければならず、その出費はバカにならないし、薬がもつ間にたどり着ける可能性は少ない。

しかし、そこで俺の『アイテムの知識』である。

アイテムの知識の効果で耐毒ポーションの効果が3倍まで引きあがる。

つまりこれは3倍の時間状態異常に成る事は無いと言う事だから、十分に攻略が見込める。

「うぇ…なんかじめじめして嫌な所です…それに、出てくるモンスターが全部アンデッドで気持ち悪いです…」

そう言いつつも、シリカは油断無く構えたダガーを握りグールを切り裂く。

「きゅるーる」

ピナが同意とばかりに鳴いた。

「確かになっ!」

同意しながら身近なスケルトンへと曲刀を振り下ろす。

目の前のスケルトンがガラガラと音を立てて崩れ去った。

「おめぇらもう少し緊張感をもてよっ!」

クラインが突っ込んだ。

「油断をしているつもりは有りませんけど、アンデッドだからなのか動きが単調で…ゾンビウルフに気をつければ他の人型は普通の人型Mobより倒しやすいです」

そう言ったシリカの言葉にはその成長が伺える。

シリカの言葉にこんな子供がそんな事を言うとは信じられんと言った表情のクライン。

さて、気味が悪い所だし、さっさと攻略するべしと奥へと進む。

薄暗い洞窟を敵を倒しながら進むと道端にうずくまる小竜型のMobを発見する。

襲ってこない所を見るとノンアクティブだろうか。

「あれ?この子…索敵の光点が友好になっていますよ?」

シリカの言葉に俺もあわてて索敵画面の光点を確認する。

「え?あ、本当だ。…これはどういう事だ?」

俺達の声にぴくっと耳が動き、首を持ち上げてこちらをみあ小竜の体はやはり所々腐っていた。

さすがにこの瘴気の中はアンデッドMobしか居ないらしい。

対応に困っていると、クゥとピナが駆け寄った。

「なーう?」

「グ、グルル…」

「きゅるー?」

「グルール」

「にゃーー」

「きゅる」


なんか一生懸命に話しかけはじめちゃったよ?

「な、なあ?アレはなんて言っているんだ?」

「…クライン、俺が分かるわけ無いだろう」

「いや、テイマーなら分かるのかと思ってよぉ」

「でもでもっ!なんか和みますよね」

「それは…確かに」

だがシリカ、相手はリドラゾンビだぞ?

腐り具合とかちょっと怖くないか?

しばらく見守っているとどうやらクゥたちはあのリドラゾンビと仲良くなったらしい。

3匹がこちらにやってくる。

クゥとピナが飛んでこちらに戻ってくるが、それをなにか悲しそうな瞳で見つめるリドラゾンビ。

「グ、グル…」

「きゅる…」

「なーう…」

リドラゾンビの背に付いている翼は腐り落ち、骨が見えていて到底飛べるような状態ではない。

「なう…」

クゥが俺の肩に乗り、何かを訴えている。

「いくら俺でもあの子を飛ばす事は無理だぞ?」

「なーう」

どうしろと?

とりあえず、リドラゾンビに近づいて抱き上げる。

「グ?グル?」

ゲームでよかった。多少の不快感は有るけど、耐えられないほどではない。

「ほれ、翼を広げてみれ」

「グルール?」

俺はリドラゾンビを両手で頭の上に持ち上げた。

「どうするんですか?」

シリカが何をするんだと問いかけた。

「羽はボロボロだが滑空くらい出来るだろう?」

俺はAGIの許す限りの速度で走り、ジャンプ。

「グル?」

そのまま空中でリドラゾンビを放した。

「グルーーーーッ!」

そのまま滑空して洞窟内を30メートルほど進んで着地。

着地すると凄い勢いでこちらに向かって走ってきた。

「それで?結局お前はなんなんだ?」

「グル?グルール」

いや、わかんねぇよ。

「アオさん。どうやらクエスト受注状態になってるみたいです」

「何?」

人差し指を一文字に振り下ろしウィンドウを開く。

クエスト受注を確認すると確かに受領されている。

ただ、文字化けしたような意味不明な文字が羅列されているだけだったが。

「なんだコリャ?バグか?」

クラインが(かぶり)をふる。

「うーん、あたしはたぶん、この子が依頼主なんじゃないかなって思います」

そう言って視線で指したのはリドラゾンビ。

「こいつが?」

「はい、だからあたし達には意味不明な文字の羅列になったんじゃないかと」

そうか?そうだったらそれはそれで新しい発見だ。

今までのクエスト発生はNPCからのみだったのがMobからもあるかもしれないとはね。

「だけど、読めなければ何をして良いのかわからねぇぞ?」

そりゃそうだ。

「クラインさん。たぶん、あの子に付いて行けばいいじゃないかなって思います。なんかあたし達を誘導するみたいに時々こちらを振り返りながら先頭を進んでいますし」

「まあ、付いてってみようよ。でも油断しないで。いざとなったら転移結晶で逃げよう」

俺がそう纏めると、他の2人から否は無く、リドラゾンビの誘導にしたがって洞窟を進んだ。

敵を倒しつつ洞窟内を進むと、目の前には重厚な扉が見えてくる。

近づいて確認すると、特に鍵のようなものは無く、簡単に開きそうだった。

「グルッ…」

「これを開けれってことか」

「アオよぉ、これはなんてぇか、趣は違うがよぉ、迷宮区のボス部屋に似てねぇか?」

クラインが今までの経験からそう判断したようだ。

「確かに俺もそんな感じがしますね」

「ってこたぁ、ここのボス(迷宮区)はとっくにクリアされてっから、ネームドボスって事になるんじゃねぇか?」

確かに…

「どうします?アオさん」

行くんですか?とシリカが問いかけてきた。

むう。

いくらレベル的には格下とはいえ、ボスクラスのMobとの戦闘はリスクが高いか。

ここは引き返そうと声を掛けようとした瞬間、リドラゾンビが扉を開き、入っていってしまった。

さらに、それを追うように中に入っていくクゥとピナの二匹。

「ちょっと!ピナ、クゥちゃん!?」

あわてて回収しようとシリカまで中に入っていった。

「っ!待てよシリカっ!クライン、行くよっ!」

「お、おうよ!」

2人で駆け出したシリカ達を追いかけて部屋の中へと入った。

30メートルほど駆けただろうか。

中は思ったよりも広く、半円形をしたドームのようだった。

「シリカっ!」

「ごっ、ごめんなさいっ!」

何とかピナとクゥ、ついでにリドラゾンビを両腕に抱えたシリカが謝った…が、シリカは振りかえらずに前方を見つめている。

シリカの視線がたどり着く先には全長15メートルほどの大きさのドラゴンが伏せっていた。

「ど、ど、ど…」

シリカが余りの巨体に言葉を詰まらせる。

「ドラゴンッ!」

シリカの絶叫。

するとドラゴンはピクッとシリカの声に反応したわけではないだろうが、その首を挙げこちらを向いた。

「正確にはドラゴンゾンビだな。名前も出てる」

「そ、そんな事はどうでも良いだろっ!速く逃げようぜ?」

そうだね、この人数で当たるべきモンスターでは無い。

ドラゴンゾンビが息を吸い込んだような仕草をすると、思い切り、腐臭を撒き散らしながら鳴き声をあげた。

GURAAAAAAAAAAAA

「っ!」
「きゃっ!」
「がっ!」

直ぐに俺達は耳を押さえてその爆音に耐える。

見るとクゥ達も器用に自分の耳を押さえていた。

その後、ドラゴンゾンビは俺達の事を完璧に敵として見止めたようだ。

「シリカっ!結晶を使うよっ!」

「はいっ!転移っ!『フリーベン』」

アイテムストレージから取り出した転移結晶をその手に持ち、起動パスワードを唱えたシリカ。

しかし…

「え?なんで?」

「結晶無効化空間か!?」

結晶無効化空間。

その名の通り、転移結晶みたいな結晶アイテムが使えないエリアの事だ。

ドラゴンゾンビは四つの手足で立ち上がると、こちらに向かって突進してくる。

GURAAAAA

「シリカっ!避けろっ!」

「っ!」

その俺の言葉でシリカは転がるようにその突進を避ける。

ドラゴンの突進は止まらず、俺とクラインもたまらず避ける。

ドラゴンゾンビはこの部屋の唯一の出入り口まで走ると反転して扉を塞いでしまった。

「なっ!」

「こりゃ、ちょっとやばくね?」

やばいってもんじゃないだろ!

唯一の出口が塞がれてしまったんだ。それにどうやらあのドラゴンはあそこを動く気は無いらしい。

「アオさん!」

今度は後ろから駆け寄ってきたシリカが声を掛けてきた。

「…奴を倒すしかないんだろうなぁ」

「そんなっ!出来ますかね?」

「やるしかないだろう、クラインっ!クラインの仲間ならここまで来れるか?」

「くっ…ちと厳しいな。俺達もアオのアイテム効果3倍のおかげで来れたような物だしな…今から耐毒ポーションを買い溜めてくるとしても、3時間はかからぁ…一応メールしとくがな」

3時間。

それはこちらの耐毒ポーションがもたない。

「…やるしかないだろうな」

俺はアイテムストレージから耐毒ポーションを大量に取り出し、シリカ達に使用する。

「アイテム無効化じゃなくて本当に良かった。これでアイテムが無効なら確実に死にます」

「だなぁ、奴さんが動かないのも、この地形効果なら時間を掛ければこっちが勝手にくたばるのを待ってる感じか」

「く、クラインさん。縁起でもない事を言わないでください」

「わりぃ」

シリカがクラインを嗜める。

フラグっぽい事は言わないのがこのゲームが始まってからのマナーだよ?

それが死亡フラグならば尚更だ。

「あ、ちょっと!」

「グル…」

シリカの腕の中に居たリドラゾンビがもぞもぞと動き出し、その拘束から逃れた。

リドラゾンビは地面に着地すると一生懸命駆け出し、ドラゴンゾンビの方へと走っていった。

「ちょっと!危ない!」

どこにそんな俊敏性が隠されていたのか、シリカのAGIでも追いつけない速さで駆ける。

ドラゴンゾンビの前まで来たリドラゾンビは何かを必死に伝えるように鳴いた。

「グルウウウウウっ」

しかし、その声は通じずに鉤爪の一撃で吹き飛ばされてしまった。

「ああっ!?」

駆け寄ったシリカがリドラゾンビを抱き上げて下がる。

「ピナっこの子診てて!」

「クゥもお願い」

「きゅる!」
「なう!」

ピナとクゥは任せておけと力強く鳴いた。

「アオさんっ!クラインさんっ!」

シリカの瞳に闘志がみなぎる。

「いつでも行ける」
「おうっ!」

シリカの戦闘開始の合図にそれぞれの言葉で答える俺とクライン。

「行きますっ!」

まずは俺からだ。

ドラゴンタイプとの戦闘は久しぶりだが、もはや慣れたものだな。

彼らの攻撃は大体ブレス、鉤爪、尻尾なぎ払い辺りがデフォルトだろう。

息を吸い込んだドラゴンが大きくのけぞった。

「ブレス攻撃、来る!」

俺の声にシリカとクラインは距離を取って回避行動に出た。

俺はと言えば寧ろ前に出る事で斜線から外れるように動く。

GURAAAA

口元から発せられた直線のブレスをかわすとそのまま懐に潜り込んで一閃。

ザッ!

さらに二撃三撃と入れていく。

ヘイトを俺に向けた後、スイッチするようにシリカが逆方向から連撃。

さらに俺がスイッチしようと攻撃を仕掛けようとした所で、

「っ待て!アオっ!HPが減ってねぇっ!」

そう遠くからクラインの声が聞こえた。

その声で俺とシリカはドラゴンゾンビから離れようと駆けた。

「ダメージ判定がない!?」

ゾンビだけにいくら攻撃しても効果が無いとか?

今までのアンデッドは普通に倒せていたのだが…

俺が驚愕すると、クラインが冷静に答えた。

「弱点部位があるはずだ、そこ以外のダメージはねぇんじゃねえか?」

「弱点ってどこですか!?」

シリカが尻尾によるなぎ払いを転がりながら避け、立ち上がりざまに聞いた。

「そこまではわからねぇよ!大体それっぽい所だろ?どっかねぇか!?」

クラインがそう返した。

さて、仕切りなおしと皆ドラゴンゾンビから距離を取り観察する。

「あの額の宝石みたいなのはどうですかね?」

と、シリカが意見した。

「確かに、あそこから禍々しいエフェクトが発せられてて怪しいが…あれは届かなねぇだろ」

首を持ち上げるとゆうに3メートルは有るだろうか。

立っている状態のドラゴンゾンビの額をソードスキルで正確に狙うのは不可能に近い。

とりあえず、俺はヴィータに頼んで作って貰った飛針(ピック系アイテム)を取り出し、ブレス攻撃の範囲ギリギリから投擲した。

GYAUUUU

ガツっと言う音がして弾かれ貫通はしなかったが、それでも今始めてドラゴンゾンビのHPを削った。

「マジであそこかよっ!」

しかし、難易度はさらに高かった。

「よく見ろ、HPが回復している。自動回復能力まであるようだ」

俺が与えたダメージなんてものの数秒で回復したようだ。

「どうするよ!?」

「鉤爪での攻撃を誘導して頭が下がった所に攻撃するしかないだろ」

「マジかよっ!」

「マジだ」

「それしか無いんですよね?」

それ以外の選択肢は無さそうだ。

「俺が攻撃を誘導するから、2人はあの宝石を叩いてくれ」

「っ!分かりました!絶対に無理はしないで下さいね!」
「ヘマするなよなっ!」

一番危険な役回りを引き受けた俺を二人がそれぞれの言葉で激励する。

これは頑張るしかないな。

左手の曲刀を鞘にしまい、機動力の落ちにくいミドルシールドをアイテムストレージから取り出す。

「行きますっ!」

まず俺がドラゴンゾンビの正面に立ち、爪での攻撃を誘導する。

当然、爪での攻撃は前傾姿勢になる為に自然と頭が下がる。

「やっ!」

シリカがすかさずにダガーを振った。

瞬間、HPが今までの戦闘が嘘だったかのように減少する。

「効いてますよ!」

「ああ、ようやく突破口が見えてきたな」


俺が誘導し、そこをサイドからシリカとクラインのどちらか近いほうが宝石めがけて攻撃すること十数回。

ドラゴンゾンビのHPも残り一割になったとき、ドラゴンゾンビのモーションが変わった。

「!?シリカ、クライン、気をつけて!何か違う!」

俺の叫びも虚しく、突如としてドラゴンゾンビの体表からガスが発生し、ドラゴンゾンビを中心に半円状に包み込んだ。

「何が!?」

クラインが戸惑いの声を上げる。

「HPは減ってないです!」

シリカが素早く状態をチェックした。

だが…

「武器が腐食している?」

バキンっ

俺の左手に持っていた盾が音を立てて崩れ落ちた。

今までの攻撃で耐久値をすり減らしていた武器だが、まだもうしばらくは大丈夫だったはずだ。

それでも壊れたのは今の煙に包まれたからだろう。

「武器破壊攻撃!?」

マズイと感じた俺達は直ぐにドラゴンゾンビから距離を取り、ガスの有効範囲内から出る。

「アオさん、まずいです。武器がやられました…」

「オレもだ…」

「予備は?」

「あたしは前装備していたもう一組だけですね…」

「オレも予備は一本だけだぜ…」

結構やばい状況だね…武器破壊か…それよりマズイのは防具。

「防具の耐久値どれくらい残ってる?」

「マズイですね。あのガス攻撃を食らったら多分一分くらいしかもちませんよ」

「こっちもだ…せっかくこの前新調したばかりの一張羅だってのによぉ」

こうやって話している今もドラゴンゾンビのHPは回復している。

さらに悪い事にガスは解除されていない。

ガスは地表二メートルほどを多い、視界を奪っているが、ドラゴンゾンビ自体はガスの上からこちらを見下ろしてしているので自分の視界を塞いでるわけではないらしい。

「どうにか次の一撃で1割強のダメージを与えないとこっちがやばいな」

「どうするんですか!?」

…うーむ。これは少し賭けになるが、うまく行けば多分倒せる。

少々危険だがな。

「時間が無いから方法は省くが、信じてくれ。シリカ、クライン。奴のヘイトを2人で集めてくれないか?」

「お、おう。任せてくれ!」

「絶対無茶はしないで下さいね」

その言葉には従えないな、無理はしないが無茶はしなければこの場を乗り切れないのだから。

シリカとクラインが駆けて行くのをみて、アイテムストレージからSOS団からその使い(ネタ)と一緒に渡された先端が二股の4メートルを超える長槍を取り出す。

さらに敏捷度と重量を考慮して防具を胸元以外を取り外すし、ウィンドウを開いたまま俺は槍の穂先を自分の方へ向けて構える。

「あああああああっ!」

俺は気合と共にドラゴンゾンビへと駆け、長槍をドラゴンゾンビ手前に突き刺した。

「は?」
「へ?」

俺の行動にあっけに取られる二人。

俺はそのまま棒高跳びの要領で飛び上がり、槍の二股に分かれた穂先を踏み台にしてさらに駆け上がった。

っと、そこで自分の仕事を思い出したクラインとシリカが必死にドラゴンゾンビのヘイトを稼ぐ。

「おらっ!」
「あなたの相手はこっちです!」


「おおおおおおおおっ!」

空中に躍り出た俺は開いたままのアイテムウィンドウから俺の装備腕力では到底足りていない程の重量をもった大斧を取り出すと、空中でその柄を掴み、自分の体重を乗っけて一直線にドラゴンゾンビの額にある宝石へとたたきつけた。

バキっと音と共に宝石が砕ける音が響き渡る。

俺は投げ出されるようにドラゴンゾンビから放り出され、地面に着地する。

何とか受身は取ったが、高度からの着地のダメージで減ったHPを、取り出したポーションで回復させる。

バクバクバク

この世界ではあるはずの無い心臓音が聞こえてきそうだった。

「っ!アオさん!無茶はしないで下さいと言ったじゃないですか!」

シリカが半泣きの表情で俺にしがみつき、心配しましたとこぼした。

「わるぃ、わるかったって!」

「本当に悪いって思っているんですか?あたしがどれだけ心配したか…」

「悪かったって。この後のゴハンは奢ってやるから」

「…今日はフルコースです。今決めました!クラインさん、せいぜい破産するまで2人でアオさんにたかりましょうね!」

「あ、ああ…なんかシリカ…キャラ変わってねぇか?」

「っと、そんな事よりもドラゴンゾンビは?」

「大丈夫です、アオさんの一撃できっちり倒してます」

確認してから来るに決まってるじゃないですか!全て貴方から学んだ事ですよ!と、また怒られてしまった。

見ると確かにHPバーは全損しているが、その巨体は横たわったままだ。

どうしたことか?と見ていると、リドラゾンビがよたよたしながらドラゴンゾンビに歩いていくのが見えた。

「グルゥ…」

リドラゾンビは悲しそうに鳴くと、二体の体が光に包まれる。

その体から魂のような物が抜け出し、寄り添うと、二体は光と共に消え去った。

すると今までたち込めていた霧は晴れ、洞窟に明かりが戻ってくる。

するとクラインにメールが入ったようだ。

「何か外の毒沼が消えたらしいぞ?ボスを倒すとなくなるようになってたのかもな」

関心した後、「げ!って事はバトルヒーリングのスキル上げはもうできねぇってことじゃねぇか」と絶叫していたが、クラインのPTは殆ど上げ終わってるんだから良いじゃないか。

消える直前、リドラゾンビがクゥとピナのところに行ったと思うと、一瞬クゥとピナが発光したかのように見えた。

「きっと、あの子のお母さんだったんですよ。あたし達に助けて欲しかったんだと思います」

かも知れないな。

消える二匹を見送ると、ようやくアイテムがドロップしたようだ。

アイテムストレージが嬉しい悲鳴を上げている。

「あ、コレは何でしょうか?」

ドラゴンゾンビの砕けた宝石はそのまま地表に残ったようだ。

「鉱石系のアイテムだろうな。噂の状態異常付加の鉱石じゃねぇか?」

「多分そうじゃないか?数は…丁度3個かこれは三人で山分けでいい?」

「ああ、それでいいぜ」
「あたしも構いません」

鉱石をしまい込むと、クゥとピナがやってきてそれぞれのテイマーの肩へととまる。

クゥをなでてやりながら先ほどのエフェクトが何だったのか聞いて見る。

「クゥ?さっきリドラゾンビは君達に何をしてったんだ?」

「クゥ?」

クゥはちょこんと首をかしげると、虚空に向かって真っ黒い霧を吐き出した。

「わっ!」
「うぉあ!」
「な、何ですか?」

「煙幕…かな?」

どうやらクゥとピナの特技が増えたようだ。

「さて、帰ろうか」

「さすがに疲れました…」

「けどよぉ…来た道をもどらねぇとならんのだが…」

耐久値が限界な俺達は隠蔽スキルを駆使して洞窟を突っ切って帰ることになった。

その時、早くもクゥとピナの煙幕が役に立ったと記述しておく。
 
 

 
後書き
さて、今回は新しいスキル外スキルですね。
名前をつけるとしたらアポートとか?かな。
最後のアオの攻撃のネタ分かる人は居るかな…居ると信じてます! 

 

第六十五話

 
前書き
黒幕登場!の話ですかね。
彼と団長が現実世界で会っていたら…きっと結果も変わったはず。 

 
俺らがドラゴンゾンビと死闘を繰り広げている頃、攻略組も25層のボス攻略となっていたようだ。

しかし、25層のボスは今までのボスよりも強力で、攻略を後押ししていた『アインクラッド解放軍』を含め多大のリタイア者が出てしまった。

これを受け、アインクラッド解放軍の力は弱まり、ついに攻略の第一線からは退いてしまう事になるのだが、今回の話はまた別の事。

25層ボスの辛勝が、アインクラッド全体をまた暗い雰囲気で包んだ。

俺達はと言えば、攻略組から離されたレベルを追いつかせようと日夜経験値稼ぎを繰り返していたのだが、そんな時SOS団から一通のメールが入る。

重要な話が有るからシリカも連れて武器屋へと来てくれとのこと。

彼らとのやり取りは武器屋で行なう事が多い。

ギルドホームはいちいち許可を貰わねばならないのだが、その裏手の武器屋はオープンだからだ。

18層主街区に転送されると、丁度クラインも隣に転送されてきた。

「あ、クラインさん」

シリカの声に気が付いたクラインにこんな時間にここに居るだろうクラインの理由を聞いた。

「クラインもSOS団に呼ばれたのか?」

「お、シリカにアオか。おめぇらも呼ばれたんだろ?SOS団に」

「クラインもか」

「ああ」

とは言え、メールには急ぎ来て欲しいと書いてあっただけなので、クラインも恐らく彼らの用件に心当たりは無いだろう。

とりあえず三人で広場を移動し、小道の先にある待ち合わせ場所の鍛冶屋に向かう。

チリンチリン

扉を開けると、ドアに設置してあった呼び鈴が鳴り、俺達の来店を告げた。

「こんにちわ~」

シリカが挨拶をしながら扉を潜ると俺とクラインも中に続いた。

店の中にはカウンターの奥にヴィータの姿が。

「待っていた、今許可を出すからギルドホームへ入ってくれ」

そう店番をしていたヴィータが俺達をギルド本部へと招いた。

ギルドの裏口からギルド本部へと入ると、どうやら中にはSOS団のメンバーはほぼ集まっており、どこから持って来たのか、皆も学校で使った事が有るだろう長机二つ横並びになれべ、それを囲むようにパイプイスに座っている。

部屋の壁には以前来た時には無かったような気がするのだが、本棚が設置され、壁には黒板らしき物まで設置されている。

さらに机の奥にはまたどうやったのかホワイトボードが設置され、さながら学校の文科系の部室のようだった。

……隅にあるナースやらバニーやら、かえるの着ぐるみやらのコスプレ衣装がハンガーに掛かっているのは見てみぬフリをしようと心に決めた。

俺達が中に入ってくるのを認めると、団長は定位置であるバーカウンターの奥にあるイスから立ち上がって演説し始めた。

「皆よく集まってくれた」

おーっ!と ノリの良いSOS団から声援が飛ぶ。

「第二十五層の攻略で多大の戦死者をだし、今のアインクラッドを包む雰囲気については皆ご承知の事だろう」

うむうむとSOS団の皆が頷いている。

「そこで、我々はこの状況を打破するために一つの作戦を思いついた」

そこで団長は俺とシリカ、クラインに視線を回すと立ち上がり声を上げて宣言する。

「あたし達SOS団は映画の上映を行ないます!」







「「「は!?」」」

俺達3人の声が重なった。

「え?今なんて?」

シリカが混乱しながら聞き返す。

「SOS団は映画の上映を行ないます!」

…聞き間違いではなかったらしい。


映像結晶という物が有るらしい。

その名の通り、映像と音を記憶できる物のようだ。

「実はな、生活系のスキルにこの映像結晶を編集できるスキルがあるんだが…普通なら文字なんかをちょっと加工して入れるような物でしかないんだが、これを使うともしかしたら映画が創れんじゃね?とSOS団で検証したら思いのほか出来そうだったんでな、最近フィールドに出ずに皆で分担して幾つかのスキルを新しく取るとこれは結構本格的に出来そうな感じになって一本ためしに創ってみたんだ」

そう言って取り出された記憶結晶。

それを団長が使うと視線の先で記録された映像が流れ始める。

『み、み、みらくる、みっくるんるん…』

流れ始めたのはどうやってか主題歌と思しき物や効果音、さらにはエフェクトの加工まで出来ていて、それは所々拙いが立派な映画だった。







しかし…

映像を見終えた俺達三人はそれはもう表情エフェクトの限界を超えて顔色がすさまじい事になっていただろう。

この映画のテーマは魔法少女のようだったが、出てくる役者は全てSOS団がまかなっており…

つまり全て男だった…

男が制服やらバニースーツやらを着ているのである。

シリカなんて余りの衝撃に意識を失っていた。

基本的にソードアートに男女の性別での装備不可オブジェクトは無いが…それははじまりの日以降の衝撃だった。

「な…な…」

「な?」

「何て物をみせやがるんじゃぁぁぁぁぁっぁあああああああっ!」

あ、クラインが壊れた。

「それに、いくらなんでもアレは大根すぎだろ!もっと気合を入れろ気合を!」

「クライン、あれはあれ(大根)だから良いんじゃないか!」

うむうむと又しても頷いているSOS団の面々。

「うがーーーーーーーっ!」



「それでだ、君たちを呼んだのは他でもない。君達に次の作品に参加して貰いたいんだよ」

そう言って話を元に戻した団長。

「ぶっちゃけ女の子に出て欲しいのでシリカ嬢、マジでお願いします」

『お願いしまーーーーす!』

団長が土下座するのと同時にSOS団の皆が土下座する。

「え?あの…わ、分かりました…」

その異様な光景(土下座)に押されてつい了承してしまったシリカ。

「やったーーー!」
「おっしゃーーーーっ!」
「シリカちゃーーーーん!」

奴らのテンションはもはや手のつけられない所まで上ってしまった。

「勿論2人は参加して貰えるんだよね?まさかシリカちゃんだけを置いていく…いや、それはそれでアリか?」

「参加させて貰う」

こんな所にシリカ一人を置いていけるわけ無い。

そう言った感情を込めてクラインに視線を送ると、降参といったポーズを取ってから、

「わぁったよ。オレも参加させて貰うぜ」

と、しぶしぶながら了承した。



次に台本は既に書き上げてあると渡された台本をめくる。

『fate/stay night』

そう表紙に書かれていた台本を流し読む。

内容は伝奇活劇だが、なかなかに面白い。

しかし…

「…これ、役者が足りなくないか?ここにいるメンバーで役を振り分けたとしても、さすがに女の子が後3人はいるだろう?誰か心当たりが?」

「無いからアオを呼んだんじゃないか。すみません、誰か勧誘してきてください!」

おねがいしまーす!

そう言って団長以下SOS団の面々が再び土下座する。


とは言っても、俺もそれほど友好範囲は広くないのだが…

知り合いの女の子なんてシリカ以外だとアスナくらいしかいないぞ?

うーむ、この手の事(攻略以外)にアスナの協力を得られるだろうか?

SOS団に泣きつかれたのでとりあえず、適当に誤魔化してアスナにメールをする。

「メールはしてみたけど…」

「アスナさんですか?」

「まぁね。メールには今後のアインクラッドについての重大な事についてと書いてあるから、多分来るだろ」

「……それってかなり内容を偽ってますね…」

シリカの声がかなり堪えた…


30分後、メールでの待ち合わせ場所にアスナを迎えにいくと、アスナともう一人、赤い服に身を包んんだ痩身の男性がアスナの隣に立っていた。

「ひさしぶり、アスナ」

とりあえず無難な挨拶を交わす。

「そんなにひさしぶりって訳でもないわ。三日くらい前に会ったばかりだもの」

そう言えば、ようやくスキル上げも一段落し、狩場を上層に上げた俺達に混ざって一緒にレベリングしてたね。

「それで?隣の人を紹介して欲しいんだけど?」

いや、彼は有名だから知ってますけどね?

公式チート。

今までに確認されている唯一のユニークスキル『神聖剣』の使い手。

「あ、そうだったわ。紹介します、団長。彼はわたしの…ともだち?のアイオリア」

その紹介に俺は「どうも」と答えた。

しかし、なぜに疑問系?

いや、確かにオレもアスナとの関係を聞かれるとどう答えてよいか困るのだが…やはり、ともだち?と答えるかな。

「それで、こちらがわたしが所属しているギルド、血盟騎士団のギルドマスターでヒースクリフ」

「紹介に預かったヒースクリフだ。どうにもアスナ君が今後のアインクラッドについての重大な事についてのメールを貰ったと言うのでね、ギルドマスターとしては同伴に預かりたいところなのだが…」

「…まぁ、詳しい話は後ほど」

……そこまで重要な事ではないのだが…説明するとアスナは逃げるだろうし、このまま武器屋に連れて行こう。

適当にはぐらかしながらテレポーターがある広場から小道に入り、五分ほどで到着。

カランカラン

扉を開く。

とりあえずSOS団のメンバーに2人の入室許可を貰いギルドハウスへと通す。

しゃらんと髪をなびかせて入室してきたアスナを一目見て、しばらくの沈黙の後、SOS団の絶叫が響き渡る。

『おおおおおおおおっ!』

「な、何!?」

その雄たけびにビクッとしたアスナは、敵モンスターに勇ましく駆けて行く姿をどこに落としてきたのか、俺の背中で縮こまるように隠れていた。

「こ、これは」
「やはりリア充爆発しろ!」
「彼女なら、いや、彼女しか出来ないだろう!」
「セイバーたん」


「おめぇら!俺らの鉄の規則は忘れてないだろうなっ!」

団長の声が飛ぶ。

「いつも紳士たれですね!」
「もちろん片時も忘れた事は有りません!」

その時、こちらの声に今まで奥の部屋に居たシリカがやってくる。

その服装はどこかロシアっぽい。

試着をとツキに連れて行かれていたから恐らく出演キャラのコスチュームなのだろう。

「あ、アスナさん。来てたんですね」

「しりか~~っ」

と言ってシリカに走りよっていく今まで聞いたアスナの声で一番情けない声だった。


とりあえず、落ち着いた所で今日呼んだ内容である映画の撮影協力…いや、もはや主演要請だな…を、行なう。

しかし、やはりアスナの答えは想像通りで。

「いやよっ!攻略に何の関係もないじゃないっ!」

やっぱりねぇ。

攻略の鬼とも揶揄される彼女じゃ確かにそうなるか。

しかし、援護は思いもよらない所からもたらされた。

「アスナ君。君は今の状況下でアインクラッドの攻略がはかどると思っているのか?」

そう、ゆっくりと人を惹きつける声でヒースクリフが問いかけた。

「……次のボスが攻略されればきっと大丈夫じゃないかと思いますけど…」

「それまでのメンタリティの向上の為にもこう言ったガス抜きとしてのエンターテインメントは必要だと思うがどうだろうか?」

「それは…そうかもしれないですけれど」

ヒースクリフからの反論に声をしぼませるアスナ。

そこでもう一押しとヒースクリフはSOS団団長に話しかけた。

「私もこの映画に協力しよう」

「だ、団長!?」

慌てたように声を上げたアスナ。

「本当ですか!それは良かった」


その後ルイとヒースクリフの話し合いでルイは何故かヒースクリフを完全に引き込むことに成功したようだ。



「アスナ君。この話を受けようではないかっ!でなければ君をKOBから脱退させなければならなくなる」

「だ、団長!?それはさすがに横暴ですっ!」

「私は本気だっ!」

何がそこまでヒースクリフを壊したのかは分からないが、ことの重大さに気が付いたアスナがしぶしぶと出演を了承してくれた。


「とりあえず、女の子が足りないんだけど、アスナ、誰か居ない?」

「わたしの知り合いにリズベットって子が居るわ。だけど、この話を受けてくれるかは分からない」

「アスナも道づれが欲しかったら頑張って説得してくれ」

道連れって!と酷く反発したようだが、試着したセイバーの防具を映画完成後には譲渡すると言う条件で何とか説得できたようだ。

ヴィータの創った防具はアスナの装備する防具を大幅に上回っている物であり、購入するとなるとかなりの出費になるらしく、短期間の奉仕で手に入れられるならと自分を誤魔化していた。

一時間後にアスナに連れられて現れたリズベットと言う女の子にSOS団がまたもテンションが上がったのだが、二度も記載する事ではないだろう。


それからしばらくして配役の話し合いになる。

「くっ!これ以上の女の子を確保する事が難しい!タイガーは男でも良いだろう…しかしここは涙を呑んで桜はオミットするしかないだろうな」
「なんとっ!いや、しかし確かに彼女はヘブンズフィール以外はたいして重要な役回りは無いな…」

「それに非処女だっ!」

しかりしかりと頷くSOS団のメンバー。

「ライダーはどうするっ!設定的にさすがに男じゃ無理がないか!?」
「ゼノンは俺らの仲間の癖に容姿が整っている。どちらかと言えば女顔だといってもいい。だから彼にやって貰う」
「なっ!俺か!?」
「異論は認めない。引き受けなければもうお前のネタ武器を創る事はないだろう」
「くぅっ…わ、わかった…引き受けよう…」

「それで、私の配役なのだが…」
「「「「あんたは絶対にマーボー(神父)だ!」」」」
「む、むう…」

何故か満場一致でヒースクリフは言峰綺礼に決まったらしい。



もうだめかもしれない…この集団。

「何?このキモイ集団…」

そう言ったのはアスナに紹介されたリズベットだ。

「そうだな…なんて言うかアレ(オタク)だな…」

そう肯定したのはSOS団のメンバーが路上でアイテムを売っていた所を発見し、どうも彼らのバーサーカーのイメージに合致したために土下座と言う荒業で連れてきた大柄の斧剣使いの商人。名前をエギルと言った。

2人もSOS団の異様な熱気に当てられてついつい映画の出演を了承してしまったらしい。

2人はしぶしぶと言った表情で台本に目を落としている。

「それで?2人の役は何なの?」

アスナがそう問いかけた。

「私はこの凛って役らしいわ。魔術師みたい」

「俺はバーサーカーだな。シリカの嬢ちゃんのサーヴァントだそうだ。セリフはほぼねぇからありがたいな」

理性の無いキャラでセリフはほぼ■■■■■■■だしね…

「シリカの嬢ちゃん。ちょいと持ち上げられるか試しておこう。俺の肩幅でしっかりバランスが取れるかわからねぇからな」

「はいっ!」

そう言ったエギルはシリカを連れて話の輪を外れた。

「それで?アオとクラインは?」

「俺はどうやらこの衛宮士郎らしいな。読むと正義正義と反吐が出るが…」

「俺はアーチャーだな…なんかこの防具を貰うときに奴らアーチャーって言ってなかったか?」

そうだっけ?


何だかんだで翌日から映画の撮影が行なわれている。

ルイの左腕にある「団長」の腕章が、いつの間にか「監督」に変わっていて、その意気込みを感じさせる。


クラインはいつぞやの白と黒の双剣をかまえてランサー役である風林火山のメンバーと打ち合っている。

「ならば食らうか?我が必殺の一撃を…」

ジャリっ

「誰だ!」

俺は彼らの直ぐ側で足音を立てると、見つかるのはやばいと必死に駆ける。

しかし、無常にも追いつかれ…

「よお、悪いな。死んでくれや」

その手に持った真紅の槍で心臓を突き抜かれてしまった。

っ…安全圏内だから死ぬことは無いが、胸に鈍い痛みを感じる。

これがゲームじゃなければ死んでいるような一撃だが、ソードアートならではのリアル感を伴った映像が取れたことだろう。

「カット!」

「ふいぃ…死なないと分かっていても気持ちいいものではないな」

「お疲れ様、そこそこいい演技だったわよ…それで…どのくらいの痛みなの?」

この後セイバー役であるアスナもランサーの槍に貫かれるシーンがあるからの戸惑いだろう。

「まあ、意識を切り替えれば無視できるレベル」

「どんな芸当よ!それ!」


さらにシーンが進み、俺はランサーの攻撃を丸めたカレンダーで防ぎながら逃げ惑う。

結局追いつかれ、あわやと言うとき、セイバーが召喚される。

「問おう。…あなたが私のマスターか?」

このシーンの撮影後、SOS団の全員がもだえるように転がっていたのは見なかったことにしよう。



「うぇ…この黄色の雨ガッパ着なきゃダメ?」

「ダメです。どうにかお願いします」

うーうーごねるアスナを何とかルイがなだめ撮影を続行。

「ないわ…甲冑に雨具…無いわ…」


アインクラッド内の街には結婚式も挙げれるように一応西欧風の教会は各街に設置されている。

十字を背にヒースクリフが神父服を着て慇懃に立っている。

「喜べ少年。君の望みはようやく叶う」

その悪役っぷりはマジではまり役だった。


「団長…あんなノリノリで…」

その光景に今まで抱いていた団長への信頼がダダ下がったアスナだった。

さて、ヒースクリフの出番も終わるとようやくシリカの出番だ。

「また会ったねお兄ちゃん」

「やば!あのサーヴァント桁違いだ…」

「やっちゃえバーサーカー」

「■■■■■■」

エギルのソードスキルを駆使したバーサーカーぶりは中々堂に入っていた。

しかし…バーサーカーってセリフ無い分その演技は難しそうだな。


そんなこんなで撮影は進む。

「やめろっ!考え直せ」

「いいや限界だ、押すね…!」

今はピンチに陥った士郎が令呪でセイバーを呼ぶところの下準備中。

回廊結晶を使い、セイバーを瞬間移動させると言うシーンを再現するのだそうだ。

大枚を叩いて買った回廊結晶をルイが持ってSOS団のみにしか分からないネタで盛り上がっている。

とりあえず早くつかえよ…



結構高い建造物から身を乗り出して飛び降りる俺。

「来い!セイバーっ!」

俺が叫ぶと近くでスタンバイしていたアスナが転移結晶(コリドークリスタル)を潜る。

そのまま空中で俺をキャッチしてそのまま地面に着地する。

「っう…」

本来ならHPバーを全損させるくらいの高さから着地したのだ。その時のダメージ信号をナーヴギアごしに送信され痛みにもだえるアスナ。

「…二度とやらないわっ!」

左様で…


さらに撮影は進みついにラストシーン。

「シロウ。…貴方を愛している」

夕焼けの中を転移結晶でその姿を消したアスナ。

このシーンでこの映画は最後だった。

戻ってきたアスナの顔から火が出そうなくらい真っ赤になっている。

「いいっ!あれは映画の中だったからなんだからねっ!」

「はいはい」

「なんて言いつつもちょっとはその気になってたりして」

「リ~ズ~っ」

きゃーと騒いでるアスナとリズベット。

それを遠めに眺めてようやく終わったと思っていると、ルイから新しい台本が渡される。

「終わりじゃないから」

「は?」
「へ?」
「なんと!」







「今度は私がヒロインじゃない!?」

パラパラとよんでリズベットが絶叫する。

「わーい。良かったわ、リズ」

「そんな~;;」



「お、ようやくアーチャーの正体が分かるんだな。これは…なるほど、この話の主役はある意味オレじゃねぇか!燃えてきたぜ」

と、なにやらテンションの上がっているクライン。


パラパラ読んでいたシリカがおもむろにルイのとこにいったかと思うと、「あたしがヒロインの話はないんですか?」と聞いていた。

「すまん…俺もマジで残念なんだがイリヤルートはお蔵入りになったんだ」

元々が18禁ゲームだからねとぶっちゃけているルイ。

さらに先ほど俺の手で倒されたヒースクリフも台本片手にルイに申し立てを行なっている。

「なぜ言峰は結局死ぬのだろうか?マルチエンディングならば生き残るルートが有っても良いような気がするのだが…」

「言峰の死は十年前の聖杯戦争に参加して生き残ったときから決まっている」

「そ…そうなのか…」

ガクっとうなだれるヒースクリフ。そこにKOBの団長としての威厳は無かった。


さて、最初の難関だ。

「このゲーム。弓って無いよな?」

「ふっふっふ。抜かりは無い」

そう言ったのはヴィータだ。

「確かに武器としての弓は無い。しかしインテリアとしては存在している」

マジで?

「撃てるの?」

「撃つだけならば問題ない…しかし、ダメージは無いな」

さらにソードスキルも無い。

なるほど、武器じゃないしね。

しかし、後になって意外な一面を発揮する。

映画の設定どおり、剣を飛ばしてみた所なんとダメージがあったのである。

とは言え普通に一発きりつけたようなダメージでしかない上、飛ばすのは武器だからコストの面で不採用になるまでには時間が掛からなかったが…



アンリミテッドブレイドワークスの撮影は順調に進み、ある意味この作品で一番どうしていいか分からない固有結界のシーン。

「どうするんだ?これ。無限の剣の世界なんて…」

「何言ってるの?突き刺せば良いじゃん」

「え?」

その時ここ数日姿が見えなかったヴィータがふらふらになりながら撮影現場へと入ってきた。

「出来たぜ…?確かに剣1000本…倉庫に置いて…あ…る…」

『ヴィーターーーー!?』

「英雄に、黙祷!」

え?もしかして創ったの?1000本?

鉱石は?

え?SOS団の空いてるメンバーで連日徹夜で集めた?

バカだこいつら…



さて、ここ数日、日課になったクラインの二刀流の訓練を模擬戦形式に打ち合っている俺。

「ふっ!オリャ!」

クラインが繰り出した双剣を俺の双剣で迎え撃つ。

キィンキィン

「ここまでにしよう。十分殺陣としては出来ているよ」

「本当か?」

「大丈夫」

この後一番の見せ場とも言える士郎とアーチャーの一騎打ち。

互いに双剣を振り、相手を打倒すべく戦う。

「まあ、うまくリードしてやるから気楽に行こう」

「あ、ああ。そうだな」

ふっ…最後に俺がクラインをぶっさすんだが、覚えているだろうか?

しかし、この撮影中に皆一回は刺されたり斬られたりと、よく痛みに耐えたものだね。

そんな撮影も順調に進み。

ついにクランクアップ。


『お疲れ様でした!』

「もう追加の台本は無いよね?」

アスナがきょろきょろと周りを見渡して、台本が用意されていないことを確認してようやく息を吐いた。

「いや、なかなかハードだったねぇ」

「これなら迷宮区に潜っていたほうが何倍もマシ」

そこまで言うか。

「それは分かる気がします。確かに結構疲れました」

アスナの嘆きにシリカが同意する。

「でも少しさびしいな。このゲームがこうなってから、こんなに楽しかったことってねぇからな」

学生の時みたいで楽しかったとクライン。

「私達はまだ学生のはずですけどね…はぁ、留年確定かな…」

とはリズベット。

エギルはと言うとルイ達と話があるらしく向こうで難しい話をしている。

せっかくだからコルを取ってのお金儲けにしようとしてるらしい。

そこはやはり商人か。

「あれ?ヒースクリフは?」

「さっきまでは居たんですけど…」


side ???

まさか女性アバターを選択した彼らがこんな事をこのソードアートの世界で成し得るとは…素直に感嘆する。

女性アバターを選択した彼らの苦難は自分が想像するのははばかられる。

ある意味このゲームの支配者たる自分がそうしたのだからな。

その為に死んだ1000を超える女性アバターの戦死者になんの感慨も浮かばなかったが、彼らのこの世界を大いに謳歌しようとする姿勢を見て驚愕した。

他の死んだようなはじまりの街から出てこない連中や、周りから外れることを嫌う集団心理から惰性でレベル上げをしているやつらとは違う。

彼らは私が作り上げたこのゲームの中で確かに生きている。

それを感じさせた彼らには何か報いてやらねばなるまい。

本来ならば九十層以降オープンするはずだったスキルの一つをそうだな…あの鍛冶スキルもちにでも送ろう。

これは私の感謝の印だ。

彼らには生き残って欲しい。そう感じてしまった時点で私の負けだな。

side out
 
 

 
後書き
実写版みく…いえ何でもありません。
fateなら頑張ればソードアート内でも再現できると思ったんです!
現実世界に帰ったSOS団はきっと今回のことを応用して「VR内で演技すればいいじゃない!」見た目の美しさなんてVRならどうとでもなるし!高いお金出して俳優を雇う必要もない!と快進撃するんですよ!きっと。それで前世のネタをどんどん世に…  

 

第六十六話

完成し、上映を開始すると、アインクラッドに衝撃が走る。

娯楽に飢えたアインクラッドの住民の食らいつきは凄かった。

それほどまでに娯楽に飢えていたのだろう。

彼らはこの後も作品を作り続け、アインクラッドを影から支えていくことになる。

コレが誰もが知っているアインクラッドの影の功労者の話だ。


現実世界に戻った彼らは既存のCGアニメの根底を覆し、発表した作品で巨万の富を稼ぐのはまだまだ後の話だ。



二十五層の躓きの後、SOS団らの陰ながらの応援もあり、何とか攻略は再開された。

何とか以前の攻略スピードを取り戻してきたようだった。

スキル上げもひと段落した俺達は、アスナに懇願された事もあり、都合の付く限りボス攻略に参戦している。

とは言え、基本コンビの俺とシリカはボスと言うよりもその周りに居るお供Mobの相手がメインだったが…

今日もメインボスはそろそろ常連となってきた攻略メンバーが受け持ち、露払いの為に俺とシリカもアスナに呼ばれて参戦している。

一匹ずつそれぞれのグループでタゲを取り、確実に殲滅する。

時間を掛けるとその分危険が増すので、シリカとスイッチしつつ、余り使いたくは無いのだが、ソードスキルを駆使して戦うのが基本だ。


フロアボスのザ・オーガアンセスターを遠くに見て、近くのジャイアントオーク一匹のタゲを俺とシリカで取る。

子分の攻撃力はボスに遠く及ばないので、レベル的マージンからもクリティカルを貰っても大丈夫だろう。…まあ、貰う気はないが。

俺は最近ようやく片手用曲刀スキルから派生して現れたカタナスキル。それにによって生産ラインにのった刀でジャイアントオークの棍棒をパリィする。

「シリカ!」

俺はソードスキルを立ち上げて、ジャイアントオークの棍棒を打ち上げる。

お供Mobは重量級の装備をしている事が多いため、ソードスキルを頼らざるを得ない。

通常攻撃では受ける事は出来てもなかなか弾き上げる事は難しいからだ。

「はいっ!」

棍棒が打ち上げられて無防備なジャイアントオークにシリカの連撃が決まり、爆散。

これで2回目だ。

しかし、フロアボスがやられるまでは定期的にボスが再召喚するらしく、ザコが切れることは無い。

しばらくのインターバルの後再召喚されたジャイアントオークのターゲットをまた取り、倒す事5回。

ようやくフロアボスが倒されたようだ。

「ふぅ~。シリカ、お疲れ様」

「はい、アオさんも」

「きゅる」
「なーう」

ボス攻略に微力ながらも尽力したピナとクゥが自分も誉めろと主張した。

「ピナもクゥもご苦労様」

そう言ってシリカはアイテムストレージから果物を取り出すと二匹に与えた。

「それにしても、アオさんって本当に強いですね」

「そりゃね。子供の頃から剣を握っているしね」

それにしてもこの刀、あのドラゴンゾンビの素材で作ったものだが、製作者のスキルが高かったのか、素材がレアだったのか、それともタダの偶然か。

この刀の攻撃力は刀カテゴリの中でも群を抜いているのではないか?

『毒竜刀・紫』

高い攻撃力に加え、毒、麻痺の追加攻撃付きだ。

手数の多い俺だと大体二回に一回は状態異常を引き当てる。

クラインの『毒竜刀・葵』と対を成す魔剣だ。

クラインは先日曲刀からカタナに派生したようで、メイン武器を俺と同じカタナに変えたのだった。

ついでにシリカはドラゴンゾンビの素材でダガーを作っている。

『オーダー・オブ・カオス』

このダガーはダガー補正なのか、ボスや大型Mob以外は100パーセントで状態異常を引き当てている。

もはやチートの類だ。

「しかし、やはりカタナはいいよ。カタナは」

「そうなんですか?」

「斧や鎌、槍も良いけど、今の俺にはカタナが一番手になじむ」

「やっぱり家が剣術道場だからですか?」

「あ、うちは普通の一般家庭だよ?」

「え?」

「うちの一族が昔から古流剣術の一派でね、自然と自分の子供に教えているんだ」

どこの世界に3歳の誕生日に模造刀を送る親がいるかね…いや、うちだが…

「それであれだけ強いんですね、アオさんは」

「それでも着いてこない体に未だに戸惑っているよ」

ソードスキル発動時でもまだ遅く感じるほどだ。

「それ、前も言ってましたね。正直どれだけ速く動けたんですか?」

「相手の目には速すぎて残像しか映らないくらい」

そう、前アスナに聞かれたときには答えたな。

「………」

「あれ?嘘だって言わないの?」

「いえ、だって本当の事ですよね?」

まあね。

「あたしもアオさんとはもう結構長い付き合いなんですよ?嘘か嘘じゃないか位分かります」

どうだ!と胸を張って言い切るシリカ。

「さて、転移門がアクティブになったようですし、行きましょうか」

当然の事と俺を誘うシリカに、俺も自然なことに感じたと再認識した瞬間だった。




さて、そんな感じで自己の強化に費やすこと数ヶ月。

この世界に閉じ込められてから一年が過ぎ、クリスマスが近づいてきたある日の事。

今日は久しぶりにクラインとシリカの三人でMob狩りをしていた。

「なあ、死んだ奴を生き返らせるアイテムなんてあると思うか?」

アイテムと食料を買い出しにいつの間にやらいついてしまった第十八層主街区まで移動して、買い物が終わった後に寄った喫茶店でくつろいでいた所クラインが藪から某にそんな事を口走った。

「蘇生アイテムって事ですか?」

「ああ」

「ふむ…」

俺は少し考えてからクラインに向き直る。

「死んだ人間を生き返らせるアイテムをこんなゲームを作った人間が作るとは思えませんが?」

「ああ、オレもその意見には同意だ。…だが、最近プレイヤー間で持ちきりになっている噂がある。クリスマスのイベントMobの噂だ。噂だとそのモンスターは死者を生き返らせる事が出来るアイテムを持っているらしい」

「本当ですか!?」

クラインの対面でジュースを飲んでいたシリカが聞き返す。

「ああ、情報屋から買った情報だし、俺自身もNPCからそう言った話を聞いた」

なるほど。

だけど…

「やっぱり無いと思うよ。万が一死んだと同時にこことは違うどこかのサーバーに移動させるとかの手段を取っているとも考えられるけれど…それでも誰かが現実世界で犠牲になっているから俺たちのナーヴギアは外されていないんだしね」

「だよな…」

「けれど、HPが全損してそのアバターが四散するまでほんの少しだけどラグがあるよね?」

ほんのわずかな間だけだけど…ね、確かにあるんだ。

皆、自分の死を受け入れられないと言ったように叫びながら死んでいく…自分の死を受け入れて死んでいく人なんて僅かだ。

「もし、そのラグの間に蘇生アイテムを使えば?俺たちを現実世界で殺す命令をキャンセル出来るかもしれない。…とは言え、この推測では過去に死んだ人間が返って来る訳ではないね」

「…そう、だな」

「それにもしそんなアイテムが有ったとして、今度は別の問題が出てくるわけで」

「どんな問題ですか?」

そうシリカが問いかけてきた。

「持っているのはボス級モンスターなのだろう?だとすればそれを被害を最小限にして倒すのにはそれなりの人数を集めないといけない。だけどドロップするアイテムはいくつなのかな?」

「あ!」

「そう。ひとつの物を奪い合う事になって他者を殺してしまうような展開になっては本末転倒。このアイテムは諦めたほうが無難。、他の人たちとの軋轢を考えると傍観したほうがいい」

「そうだよな…」

「どうかしたんですか?」

シリカが心配そうにクラインに聞いた。

「知り合いがな…それを手に入れるために躍起になってる。どうにかしてやりてぇが…難しいな」

と、そんな感じでその会話は終了した。


クリスマス。

その日俺はシリカとピナを連れてクリスマスカラーに染まった始まりの街を歩いていた。

「あ、あっちにチキンが売ってますよ」

と、チキンに釣られたのか俺の腕を引いて勢いよく屋台へと掛けていく。

「この世界の中で一つだけ良かった事をあげるとすればいくら食べても太らない事だな」

「ちょ!ピナ!あなたのはこっち!それはあたしの!ああつ……ピーーーナーーー!」

隣でチキンをピナと格闘しながら頬張っているシリカを眺めつつ一人ごちる。

好きなときに好きなだけ食べても太らないし虫歯にもならない。

だからお金さえあれば好きなだけ暴飲暴食できると言うわけだ。

「いや、なんでもない。ほれ、クゥ、君も食べる?」

「なうっ!」

クゥにも一切れチキンを渡すと、おいしそうにかぶりついた。

和む…

シリカと何気ない会話をしていた時にピコン脳内でメール着信音が鳴り響く。

「メールだ」

「あ、私にも来てます」

2人同時となるとアスナかクラインくらいしか居ないのだけど。

SOS団は基本的に俺にメールしてくるし。

俺は右手を振ってメニューウィンドウを出し、メールのタブをクリック。

表示される未開封メールを読む。

「あ、クラインさんからです」

メールの内容はっと…


待ち合わせのレストランでNPCが運んできた夕食をつまみながらクラインの話しを聞くと、クリスマスMobは存在し、蘇生アイテムはあったとの事。

しかし肝心の蘇生アイテムはというと。

「還魂の聖昌石…か」

クラインから手渡されたアイテムを手に取り、確認する。

「効果は何なんですか?」

シリカがクラインに尋ねた。

「本物の蘇生アイテムだぜ?だがよ…それはキリトが欲しかった物じゃなかっただけだ」

キリト…か。

そのプレイヤーの噂は聞いている。

ソロプレイヤーで巷ではその装備から『黒の剣士』と揶揄されている。

直接話したことは無いけど何回か見かけたこともあるが、何処か刹那的な雰囲気があり、俺は近づきたくない。

話を聞くと、そのキリトはソロでクリスマスMobを打倒したらしい。

とは言え、クラインが他のプレイやーが乱入しないようにお膳立てをしたようだが…

キリトがクリスマスMobを打倒して戻ってくると、出待ちしていたクラインにボスドロップのそのほとんどを渡した後去っていったらしい。

「蘇生猶予が全損から数秒じゃあね」

アイテムの説明書の要点を掻い摘んで一人ごちる。

「それはアオが持っていてくれ」

「いいんですか?」

蘇生時間が10秒だが、この世界ではありえないくらい重要なアイテムだよ?

それを?

「ああ。オレは複数の命をあずかるギルドマスターだ…だからこそ持てねぇ…」

一度目は良い。

だけど二度目は?

どうして彼を助けられなかったのか。

どうした使ったのが前の彼なのか。

あとは内部分裂するだけだろう。

もしかしたら殺し、殺されるまで発展するかもしれない。

そんな危険は侵せない。

「それにおめぇらはコンビだろ?このアイテムはコンビが持つのが一番いいのかも知れねぇな…」

「なるほど。まあそう言う事なら預かります」

そう言って俺とシリカの共通アイテムウィンドウへと投げ込んだ。

共通アイテムウィンドウとは、全てのお金、アイテムを共有するの結婚システムとは違い、この共通ウィンドウに入れたアイテムだけを共有すると言うものだ。

一般的には結婚には踏み切れないが、付き合っている男女でよく設定する物らしい。

と、実情はどうあれ、実際にこのウィンドウは便利なので、いつの頃からかシリカとの間に設けている。

これに入れておけば双方で取り出すことが出来るので、確かにコンビが一番この『還魂の聖昌石』を有効活用できるだろう。

最後にクラインにもう一度感謝の意を述べた。


歳も暮れた二度目の大晦日。

月日と共にプレイヤー達はこのアインクラッドの世界の生活にも慣れ、歳の瀬を祝う精神的ゆとりが出ていた。

しかし、この時アインクラッドの秩序を変容させる事件が起こる。

事の発端はそう、低階層のフィールドで年越しのお祝いをしていた低レベルプレイヤー。

そのプレイヤー達が一つのギルドの手によって永遠に帰らぬ人となる事件が発生した。

殺人ギルド 『ラフィン・コフィン』

犯罪行為をすると自身を示すカーソルがオレンジになるが、PKを進んで行なう事を揶揄して自らレッドとなのる。

そのリーダーであるPoH(プー)のアジテーションにより『ゲームを愉しみ殺すことはプレイヤーに与えられた権利』を行使する集団だ。

その事件を皮切りに彼らは数々の方法でアインクラッドでPK行為を繰り返す事になる。

PKギルドと言っても、レベル的なステータスが重要なこのSAOの世界で安全に…とは言いたくないが、自分優位で事に当たるのは自然と低レベルプレイヤーが彼らの対象となる。

俺やシリカ、クラインら風林火山のメンバー、さらにボリュームゾーンから頭一つ分以上レベルが上のSOS団ははっきり言えば襲われることは無いと言っていい。

彼らは相手を殺すという愉悦や優越感を感じたいのであって、殺されるかもしれないと言うスリルを味わいたい訳では無いからだ。

とは言え、高レベル者でもソロでプレイしているような人たちの中の何人かは彼らの餌食になってしまったようだったが、対策をしっかりしていれば回避は可能なので以降は高レベルプレイヤーの犠牲者は出ていない。

さらに悪いことは重なる。

年明けの第五十層のフロアボスの攻略にてまたも多大な戦死者を出す結果となった。

これによりアインクラッドの攻略は又しても遅れる事になる。


それでも何とかアインクラッドの攻略を続けたある日、アスナからメールが入る。

メールで話すような用件ではないので時間が取れないかと言う事だ。

とりあえず了解のメールを返信し、指定したレストランで待ち合わせる。

「待たせたわね、アオ、シリカ」

アスナは挨拶をするなり、回りに誰も居ないかを確認したようだ。

この店は第十八層でも穴場的な店で、利用者は俺やシリカ、クラインとSOS団の連中くらいな物だ。

「アスナさん、お久しぶりです」

「久しぶり、アスナ」

遅れて現れたアスナに俺とシリカは挨拶を返した。

軽食を頼むと、待ち時間無くNPCが品物を運んでくる。

運んできたソフトドリンクで唇を湿らすと、アスナが今日の本題を話し始めた。

「レッドギルド『ラフィン・コフィン』は知ってるわよね」

「……はい」

シリカが余り気持ちの良い話題ではないと思いながらも肯定の返事を返した。

「彼らのギルド本部らしき場所が先日発見されたの」

へぇ、ギルド本部なんて物を持てば足が着く物だと思い、どうしているのかと思ってはいたのだが、続けたアスナの話では低階層の攻略済みのダンジョンのセーフティエリアを根城にしているらしい。

「それで、用件は?」

何となく聞かなくても分かるけれど…

「幾つかの攻略ギルドと、有志のソロプレイヤーでラフィン・コフィンのギルド本部の強襲、及び捕縛する事になったの。ここで彼らを壊滅させて置かないと迷宮区攻略にも支障が出るかもしれないから…だからあなた達…ううん、アオにも協力して欲しいと思って」

「お断りします」

「ええ!?」
「はやっ!」

今の驚きは前者がアスナで後者がシリカだ。

「……どうしてか、聞いてもいい?」

アスナが食い下がった。

「攻略自体の遅延はそれほどでもないし、彼らは基本高レベルプレイヤーを襲わない。彼らは弱者を屠ることで愉悦を感じる集団だ。自分達の命のやり取りをしたい訳じゃないからね」

非常なようだが、この世界では自分の身は自分で守らねばならない。

さらに…

「相手の捕縛ってどうやるの?ギルドの壊滅って?」

その俺の問いに苦い顔になるアスナ。

「圧倒的な力量差を見せ付けて抵抗を奪った所で回廊結晶(コリドークリスタル)で黒鉄宮の監獄エリアにでも送る?でも相手も必死に反撃してくるよ?相手は人殺しを厭わない集団なんだよ。そんな集団を壊滅させる方法って?」

「………」

押し黙ったアスナ。シリカも俺の言葉で沈黙する。

「手っ取り早いのは殺す事だね。相手を殺すことも作戦の視野に入っているでしょう?」

「……うん。でもそれは仕方ないじゃない、彼らは殺人者で…」

「相手を殺すと言う事は、自分が殺される可能性も有るって事だ。レッドの彼らは自分の愉悦の為に人を殺す。けれど、今度のあんた達は攻略の邪魔だと言う理由で人を殺すんだ。どちらも人殺しには変わらない。そんな手伝いは出来ない」

「でも、彼らは今までも関係ない人を大勢殺しているわ。誰かが止めないといけない…」

だから殺すこともしょうがなく、壊滅させなければならない、か。

「俺はね、アスナ。自分の前に俺や、俺の大事な人を傷つけ、殺そうとしてくるならば躊躇い無く彼らを殺すよ。だけど、綺麗事で人は殺せない。殺したくない」

俺は一拍置いて続ける。

「この世界には現実世界のルールは通用しないし、きっと現実世界でもこの世界で起こした殺人には手を出さないだろう。悪いのは全てこんなゲームにした茅場の所為だ。…だけどね?アスナ。人を殺した事実が無くなる訳じゃないんだ」

その事をもう一度良く考えてみるといいと言って俺はレストランをシリカを連れて去った。


最近、アスナは人が死ぬという現実に心が鈍磨されている。それはとても悲しいことだろう。

俺はすでに擦り切れてしまっているからね…

少し考えて欲しかったんだ。

結局、アスナは答えが出ないままラフィン・コフィン討伐に向かうことになる。

結果、彼女は人を殺すことは無かったが、これが良かったことなのか、悪かったことなのか、分かる日が来るのはまだ後のことだ。
 
 

 
後書き
期待していた方も大勢居ると思いますが、アオによるラフコフ討伐無双はありません。
レッドギルドへの嫌悪や復讐、とかはアオ的には理由にならないですし…よくある討伐に参加して相手を殺しちゃっての葛藤…とかも既にNARUTOの時代あたりで経験積みみたいな?
何より結局どんなにかっこよく書いても殺人は殺人だよね。どんな理由があってもただの人殺しですよね。と言うわけでラフコフはスルー。
SOS団は実は強いのです!もしも彼らの前に現れたなら、「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」と言ってきっと無双。その後に殺人の葛藤があるのでしょう…
っは!彼らのほうが主人公のようだ…  

 

第六十七話

 
前書き
ここまでがにじファンからの転載分になります。 

 
その日、アインクラッドにまたも衝撃が走る。

第七十四層のボス部屋が結晶無効化空間でその攻略で久しぶりに犠牲者が出たという言う話が瞬く間に駆け巡った。

結晶無効化空間では転移結晶は使用できず、緊急時の脱出が不可能になってしまう。

これは七十四層以降も実施されているのでは?との噂がひっきりなしに聞こえる。

今日もアスナにメールで呼び出された俺は、シリカを連れてもはやお馴染みの第十八層主街区にあるレストランへと来ている。

「新しいユニークスキル『二刀流』、『神聖剣』に敗れるですって」

シリカは最近配られた有志で編纂しているアインクラッドの情報を集めた新聞を眺めてそう言った。

「二刀流ってあったんですね」

「びっくりだな。しかしユニークと言われているようだし、派生条件が分かってないんだろう」

カランカラン

そんな感じの話をしていると、レストランのドアが来客を告げるベルを鳴らした。

「お待たせ、アオ、シリカ」

座っていた俺達からは見上げる形にアスナを確認すると、その隣に一人、黒衣に身を包んだ男性プレイヤーが居る。

「あ、アスナさん。今どきますね」

そう言ってシリカは四人がけのボックス席で俺の対面に座っていたのだが、アスナと隣のプレイヤーの事情を汲んでか、直ぐに俺の横へと移動した。

「ごめんなさいね」

そう、アスナがお礼を言うと、俺とシリカの対面に座る。

男性も一緒だ。

「こっちの人はキリト君て言うの。キリト君も挨拶して」

「キリトです」

それは知ってる。ある意味今は時の人である『二刀流』の使い手だ。

「あのね、今わたしが生きているのも、アオ君に助けて貰って、剣術をおしえてもらったから。言わば命の恩人のような人だから今日は報告に来たの」

何の報告だよ?隣のキリトが関係するのか?

「わたし、キリト君とその…け、…けっ…」

け?

「俺とアスナ、結婚したんだ」

しれ、っとキリトがなんでもないように言った。

「ば、バカーーーー。わたしが言わなきゃダメだったのにっ!キリト君のバカー」

「アスナ、あのままだったら多分言えなかっただろ?」

「大丈夫よ!絶対に言えてたわ」

「そうか?」

「そうよ!」

赤面しながら反論し、言い争いをしているが、端から見ていると痴話喧嘩と言うか、もはや夫婦喧嘩だな。

「アスナさん結婚したんですか!?」

シリカが驚いて声のボリュームが上がる。

「そ、そうなの…」

「それはおめでとうございます!」

「おめでとう」

このSAOの世界でいくら仲がよいからと言って結婚までに行くのは稀だ。

それが未成年と成るとなお更だ。

「その報告のためにわざわざ?」

報告してきてくれたのは嬉しいが、それだけだったら別にアスナ一人でも良かったんじゃないかな。

「ううん、それだけじゃなくて、お願いがあるの」




キリト君がユニークスキル『二刀流』を打ち明けて、わたしが自分の恋心に正直になってから数日。

オープンになった二刀流のソードスキルを見せて貰っていた時の、それはほんの些細な会話だった。

「キリト君はうまいね。アオ君と戦ったらどうなるんだろう」

「アオ?」

キリト君は私の口から出た男の名前に怪訝な表情を浮かべた。

「キリト君が想像しているような相手じゃないよ。…それにアオ君にはシリカが居るし」

シリカはまだ自分の恋心を認識していないと思うけど、端から見るとアオ君の隣を独占したがっているのはみえみえ。

わたしがアオ君に話しかけると必ず間に入ってくるもの。

「アオ君はね…そうだなぁ、わたしのお師匠さまで、多分アインクラッドで一番強いんじゃないかな?」

ステータスや、レベルなんかでは現在確実にトップであるキリト君には敵わないかもしれないけれど、戦うとなったらキリト君が勝てるヴィジョンが浮かばないよ。

「わたしも何度も街中で模擬戦しているけれど、未だに勝てたことはないなぁ…最近じゃシリカにすら勝てないし…」

彼女の強さはアオ君が付きっ切りで教えたためか、それこそありえないくらいに強くなっている。

ステータスと言う意味ではないけれどね。

「大丈夫だ、アスナ。俺はもう、絶対に誰にも負けない」

「そう?期待している」

「疑ってるな?なんならそのアオって奴を紹介しろよ。俺が絶対勝って見せるから」

「はいはい」

軽く流したのがいけなかったのか、キリト君はアオ君と勝負させてくれとしつこいの何の。

断りきれなくなったわたしは、結婚報告とともにキリト君を紹介することにした。

その後キリト君の暴走で2人が戦うことになろうとはその時は考えもしなかった。




第十八層はすでに攻略してからかなりの時間がたっており、街を行きかうのはNPCくらいな物だ。

石畳の広場で俺とキリトは5メートルほど距離を開けて対峙している。

今回のこれはデュエルシステムを行使しない安全な決闘だ。

システムを使うと、どうしても街中での安全は双方のプレイヤーに限り無効になってしまう。

初撃決着モードならば比較的に安全とは言え、高レベル差ならばその一撃でHPを全損させることも訳が無いために、このような場合には使用はしない。

シリカとアスナは見届け人だ。

2人は俺達の中心から横に五メートルの位置で開始を待っている。

キリトが構えるのはそれぞれ白と黒の二本の直剣。

対する俺は脇に携えたままの二本のカタナ。

「…カタナを二本もつるして、なんか意味でもあんのか?」

「まあね」

俺は本来二刀流剣術使いだからね。

「それにしても、キリトさんってもしかしてアーチャーのファンなんですか?」

シリカが決闘の場なのに、そんな疑問を口にする。

「くすくす。わたしもそう思ってキリト君に聞いたんだけど。彼、知らないそうよ?」

そう、アスナが答えた。

「アーチャーって何だよ!?聞かれても分からないんだよなぁ」

「アスナさんも出ている映画なんですが、本当に知らないんですか?」

「わーわーっ!キリト君、何でもないから!」

「映画?もしかして一年ほど前から作られ始めた映画の事か?」

映画と言う単語で正解を引き当てたキリト。

「そうですよ。アスナさん、かっこよかったんですから。今着ている白い防具もその映画のキャラ…」

「シリカ、それ以上はダメー!」

一生懸命シリカの口を押さえたアスナ。

そう言えば、今アスナが着ている防具ってセイバー防具のバリエーションだっけ?

SOS団がセイバーリリーって言っていたな。

確かにのフレアスカートの形が上から見るとユリ(リリー)に見えなくも無い。

「くそっ!マジか!見逃した…」

その映画公開後、映像結晶はコピーされて販売されたが、今は絶版だし、その映像結晶も何故かプレミアが付いて高額で取引されている。

その映像結晶は出演者全員には無償で送られてきた記憶がある。

「アスナさんも持っているはずですが…」

アスナのシリカを拘束する手に力が篭る。

シリカ…そろそろ口をマジで閉じないとアスナにやられるぞ…

「マジかっ!アスナ、後で絶対見せてくれよ!」

「うーうー、ダメ、恥ずかしいもの…」

「じゃあ、アイツに勝ったら見せてくれ。それくらいのご褒美はいいだろう?」

お前が吹っかけてきた喧嘩だがな。

「ああ、じゃあ安心。キリト君じゃ多分勝てないもの」

「な!?ぜってーぶっ倒すっ!」

まてまて、そう熱くなるなよ…

ジャリッ

キリトの石畳を踏みしめる音が聞こえる。

「それじゃ、はじめっ!」

どうにかアスナの拘束から逃れたシリカが決闘の開始を宣言する。

ルールは初撃決着。最初の一撃を入れたほうが勝ちだ。

キリトが先ず距離を詰め、右手に持った直刀を振り下ろす。

その一撃を俺は右手で抜いた刀を抜刀して弾き飛ばす。

「なっ!」

次に繰り出すはずの左での一撃を前に弾き飛ばされたキリトが驚愕の表情でこちらを睨む。

キリトの気配が変わった。

戦闘をするもののソレだ。

キリトは再度踏み込むように切り付けると、今度は抜刀によるカウンターは出来ないのでその剣を受け止めることにする。

キィンキィン

両の腕から繰り出される斬撃。

弾いて距離を取った俺に、チャンスとばかりキリトがソードスキルを立ち上げるのが見える。

「おおおおおっ!」

雄たけびと共に繰り出される攻撃はシステムアシストも有り、速く、重い。

スターバースト・ストリームと言うらしい。

繰り出された十六にも及ぶ剣戟。

一撃目を返す刀で受け、二撃目を体を捻ってかわし、三撃目は捻った体を戻しながらその刀で受け止めたが、九撃目でかわすも受けるも一刀では不可能になってしまった。

キリトを見れば、勝ったと言った表情を浮かべているのが見えた。

しかし俺は左手で脇に射していた二本目を取り出す。

キィン

キリトは「え?」という表情をしているが、システムアシストにより、剣技は最後まで繰り出された。

十六にもなる連撃を全て受け止められたキリトは俺の反撃を恐れて敏捷度の上限ギリギリの速度で後ろへと飛んだ。

「…なんだ?それは…、あんたも二刀流が使えるのか?」

「いや、俺は『二刀流』なんてスキルは持ってない」

俺の答えにさらに驚愕するキリト。

「あれ?キリトさんには教えてなかったんですか?」

「てへ?」

シリカの疑問にかわいく誤魔化すアスナだが、キリトはかなり動揺しているようだ。

その眼はどうやったんだと言っている。

「システム外スキル、と言うほどのことも無いよ。武器は手に持つ事は出来るだろう?それを装備しないで斬り付けたらダメージが変わらなかったんでね。熟練者なら、ソードスキルに頼らずとも…」

俺は今度はこちらの番と二刀を構えて前進する。

「こんな事が出来るわけだ」

左右に持った刀でキリトを攻撃する。

当然、キリトはその白と黒の剣で受け止める。

「くっ…」

俺の攻撃を何とか凌いでいるキリト。

「こらー、アオ君!さっさと決めちゃってよ!」

「アスナ!君はどっちの味方なんだよ!?」

たまらずキリトが吼える。

「今はアオ君。…だってやっぱりキリト君に見られるのは恥ずかしいもの…」

のろけはよそでやってくれ…

「っ…」

ギィン

キリトは乾坤一擲と俺の攻撃を弾き、ソードスキルを発動するまでの時間を稼いだ。

ライトエフェクトがキリトの持つ直剣に走り…

システムアシストに乗った目にも留まらぬと表現できるような速度で攻撃を繰り出すキリト。

ジ・イクリプス

SAO内で最多の攻撃回数を伴う、二刀流の最上級スキルだった。

迫り来るそれを俺は左手で持った刀でキリトの右手による攻撃を受け止め、左手による攻撃が繰り出される前に、右手の刀をキリトの攻撃の隙を付いて渾身の力をこめてキリトの胸元へと突き刺した。

「っな!?」

その衝撃にソードスキルをキャンセルされてキリトの体が吹き飛んでいく。

御神流 『貫』

本来ならば相手の防御の癖を読み取り、その隙を突いてあたかもすり抜けたかのように相手を切りつける技だが、ソードスキルは所詮はシステムによって規定された攻撃だ。

その攻撃を予想することは難しくなく、今回のような事も対人戦ならば可能だった。

ザザーーーーッ

「まけ…た?」

砂煙を上げて転がったあと、キリトは放心状態で呟いた。

「アオさんの勝ちです」

シリカのウィナー宣言。

「ほら、言ったとおりでしょ?キリト君なんて手も足もでないって」

「…そこまでは言ってなかったじゃん」

キリトが声をしぼませながら反論する。

「いやー、キリトはうまかったね。二刀流の扱いも様になってたよ」

俺は今しがた決闘したキリトを助け起こすと、先ほどの決闘を労った。

「…また『うまい』だ」

うん?

「アスナも俺の事を『うまい』って言ったんだ」

ああ、そう言う事か。

「一体どういう事なんだ?普通『強い』だろ」

「その問いに答えても良いのか?」

「ああ、俺はその意味を知りたい」

「このゲームではソードスキルありきで皆戦闘をしてきただろう?」

「ああ、それは当然だろう。システムアシストにより通常の攻撃よりもダメージは上がるし、使い勝手が良いからな」

そうだね。通常攻撃メインの俺じゃ確かにソードスキルを使用したプレイヤーの七割しかダメージを与えられないだろう。

「だから、敵の攻撃を弾き、ソードスキルのモーションを立ち上げる時間を稼ぎ、そのシステムアシストによって相手を叩きのめす。そんな行動が染み付いている。君はそれが人一倍『うまい』ね」

「………」

彼の強さはシステムサポートによる強さだ。

「まあ、この世界なら『うまい』=『強さ』なんだから何の問題も無いけどね」

キリトの表情はさらに険しいものになる。

「今の言葉を聞くと俺は通常攻撃ではどうやってもあんたに勝てないって言ってるように聞こえるけど?」

「ただの斬り合いならば、それは経験や、たゆまぬ反復練習による努力が表に出てくる。俺は3歳から剣術をやっているんだ、独学でたった二年、剣を振るっただけの人たちに負けてあげれるような努力はしていないつもりだ」

「努力と経験…だが、初見のソードスキルをカウンター出来た事はどうなんだ?」

「それはだから経験だね。ソードスキルは所詮システム的な連撃。先を読むことは容易い」

「そうか…」

今度こそキリトは完全に黙り込んだ。


「今日はありがとう、それとごめんね。キリト君のわがままに付き合ってもらって。彼にこんな子供っぽいところが有るなんてね」

「そんな所も好きになんだろう?」

その俺の問いかけにアスナは赤面して押し黙った。

赤面したアスナはキリトを連れて第十八層主街区を逃げるように帰って行った。


第七十五層の攻略は七十四層の出来事からその速度は今までに比べて大幅に遅れていた。

結晶無効化空間。

これがボス部屋に配置された事に対する衝撃は凄かったからだ。

そんな状況を打破するべく、俺とシリカも、最近攻略組みと遜色ないほどに実力をつけた団長、フェイト、ゼノン、それと数人のSOS団のメンバーと一緒に迷宮区のマッピングを行なっている。

目の前に群がるスケルトンロードを前にフェイトがスキルを発動する。

「ジェットザンバーーーーーっ」

ソードスキルによりまず一撃目が敵の防御を崩し、二撃目が相手を吹き飛ばす。

技名はまったく違うのだが、彼らはネタに乗っている方が強い。

…強いから突っ込めないのである。

「ゼノンウィンザードっ!」

吹き飛ばした所にゼノンが止めとばかりにソードスキルを叩き込む。

俺やシリカ、そして彼らSOS団の武器防具は、今現在の在野にあるそれよりも一段も二段も上だ。

理由はヴィータのスキルスロットにいつの間にか現れたエクストラスキル『錬金』だ。

このスキルは集めた鉱石から新しい鉱石を作り出すスキルである。

上層に行けばドロップするアイテムも、低層により集めた素材で作り出せるスキルだった。

つまり、上層で集めた鉱石を使えば未踏破階層の鉱石すら作り出せると言う、ある意味バランスブレイクなスキルだったのだ。

これにより俺達の武具は強化され、いつの間にかSOS団が最前線へと赴けるレベルまでになっていた。

攻略を進めると、おどろおどろしい巨大な扉が見えてくる。

「ここがこの階層のボス部屋か?」

そうと呟いたのはルイだ。

ボス部屋にたどり着いたという情報は聞かないし、戻ってくるプレイヤーも居ない。

おそらく俺達が一番乗りだろう。

「だろうな。他の階層のもこんなんだったしね」

経験からここがそうだと皆分かっている。

「どうする?覗いていくか?」

そう言ったのはゼノンだ。

「斥候か?だが、中は結晶無力化空間である可能性が高い分かってるのか?」

ルイが問いかける。

「ああ、誰かがやらなければならないのだろう?」

それは、ね…

「俺達以上に武具のそろっている奴なんて早々居ないだろう。レベル的にも攻略組とそう変わらない。俺達がダメージを受け止めれないのならば、もはやこのゲームのクリアは困難だ、違うか?」

ゼノンがそう持論を纏めた。

「だが、危険だ…」

俺が彼らの意見を否定する。

「そうですよ、七十四層の事件は聞いているはずですよね?」

シリカが追随する。

結晶無効化空間での所為で久しぶりに最前線の攻略へと出張ってきた『軍』の精鋭から多数の犠牲者が出たのだ。

「それに、二十五層、五十層とクォーターポイント毎のボスは強力だった。今回もその例に漏れないかもしれない」

俺が今までの情報から推察する。

意見を出し合い、吟味した結果、彼らは偵察に行く事に決めたらしい。

それでも無理はせずにいつでもボス部屋から逃げれるように細心の注意を払ってのことだが。

「アオ達はどうする?一緒に行ってくれると心強いのだが…」

団長がそう尻すぼみに問いかけた。

「あーーーっ!くそっ!行くよ。ただし、おっかなびっくりあんたらの直線帰還距離を確保しながらな!ただし、ぜったい無茶はするなよ!」

こいつらの付き合いも長いし、やはり情が移ってしまったか?

「助かる…」

と、団長。

「それで、シリカはここで…」
           「一緒に行きます!」

俺の言葉にかぶせるように宣言したシリカ。

そう言ったシリカをいかなる言葉を使っても説得は難しく、結局俺と同じく後方での帰還支援として付いていくことになった。

この選択がまさか、結果的に見れば俺達を救う事になるとはシリカの決断には感謝してもしきれないだろう。


開かれた扉を、ゼノンが先頭で潜り抜ける。

ゼノンはいつもの長剣では無く、重厚な盾を装備していた。

そんな彼を皮切りにSOS団のメンバーが入り、最後に俺とシリカが入ったとき、バタンと音を立ててボス部屋唯一の出入り口が閉まった。

「な!?」
「なんで!?」

混乱する思考を瞬時に追いやり、背後の扉を確認するが、押しても引いてもビクともしない。

「な!?」
「何だよこれは!?」

余りの衝撃的事態に混乱するSOS団のメンバー。

最悪の事態だ。

まさかの密室だった。

ボスはボス部屋からは出てこないのが今までの常識で、扉を潜ってしまえばボスは追ってこない。

今まで閉じ込められたことは無いというデータが、そんな事には成らないと決め付けてしまっていたのだ。

「フカーーーッ!」

突然クゥが天井を睨み威嚇する。

その豹変に俺も急いで視線の先を追うと…

「っ!やばい、上だっ!」

ザ・スカルリーパー

巨大な骸骨の頭部と全身骨で出来ているがムカデを思わせる下半身。

さらに蟷螂のような鎌が付いている。

「よけてーーーーーーっ!」

シリカの絶叫。それに合わせるかのようにスカルリーパーは天井から剥がれ落ち、空中回転しながら反転し着地。

その衝撃でルイとフェイトがたたらを踏み、倒れ込んだ。

それを見逃さずにスカルリーパーはその巨大な鎌を振り下ろした。

まずい!やられる!と思ったときに雄たけびと共にその鎌の前に立ちはだかったのはゼノンだった。

「うおおおおおおおおおっ!クラウンシーーールド!」

その見た目よりも頑丈な盾で2人をかばうゼノン。

「はやくっ!こっちだっ!急げ!」

そう、先ず戸惑って混乱している残りのSOS団をこちらに呼ぶ。

彼らは一度転移結晶を試してみたようだが、やはりここは結晶無効化空間だったようで、その手に虚しく結晶が握られていた。

「シリカっ!」

「はいっ!」

以心伝心。

もしもの時には使えるかもしれないと実験しておいたシステム外スキル。

その行使だ。

俺は右手の人差し指を振り下げ、アイテムウインドウを開くと、待機状態で駆ける。

「ルイ、フェイト、下がれ!ゼノンはもう少しだけ踏ん張ってくれ」

「くっ…」

いくら強固なクラウンシールドとは言え、ボスの攻撃をそう何度も防御できないだろう。

俺の言葉に直ぐにルイとフェイトが下がる。

「ゼノンっ!盾を捨てて避けろっ!」

「!!」

俺の言葉に従ったゼノンの奥に俺はアイテムストレージから取り出した大斧をジャンプした勢いも加味させて突き刺し、そのまま地面を転がった。

スカルリーパーの攻撃は大斧に阻まれてさえぎられ、俺は転がるままに相手の足元へと避けた。

「クゥ!煙幕っ!」

「なう!」

俺の指示を聞いたクゥがスカルリーパーに向かって煙幕を吐く。

隠蔽スキルも駆使して俺は相手のターゲットを外すとその足を避けるように距離を取った。










「それで?なんでおめぇらはそんな所に居るんだ?」

「ははは」

と、俺やシリカの乾いた笑い声が響く。

黒鉄宮の監獄エリアでメールを打ち、事情を話して出して貰おうと思ってクラインを呼び出したのだ。

「いやぁ、流石に死ぬかと思いました」

「はあ?」

何がなんだかさっぱり分からないと言うクラインに説明する。

「七十五層のボス部屋の中に入ってきたんですがね…」

「なんだって?どうしてそんな無茶を…だが、それがそこに居る理由と結びつかなねぇんだが…」

「まあ、それがボス部屋に入るといきなり扉が閉まっちゃいまして…閉じ込められちゃいました」

「何!?だが、今おめぇらはそこに居るんだから何とかして帰還したんだろ?」


あの時、俺もSOS団も生き残ることに必死だった。

転移結晶は使えない結晶無効化空間であり、さらに扉が締まってしまった脱出不可能な密室でどうやって脱出できたのか。

「シリカに抱きつけっ!速くっ!」

俺はスカルリーパーの後方から叫ぶ。

「は?」
「何を!?」

戸惑うSOS団をさらに叱咤する。

「速くっ!」

「っ!よく分からんが…役得じゃぁあああああああ」

「きゃーーーーっ!」

こんなときでもSOS団はSOS団かよっ!

と、そんな場合でもシリカはきっちりと自分の仕事をこなした。

「!?どこに消えた」

「速く、次っ!」

俺は煙幕の切れる前にシリカへ向かって走り出した。

「わ、分かった!」

次々にシリカに抱きつくとその存在をこのエリアからそのアバターを消失させていくSOS団。

俺もクゥを回収してシリカの所まで戻るとどうやら俺が最後のようだった。

「アオさんっ!」

「ああっ!」

後ろを振り返ると煙幕が晴れ、スカルリーパーはしっかりと俺達をターゲットしたようだった。

俺はシリカに近寄ると…シリカは思いっきり俺の股間を蹴り上げた。

「ぐぅっ……」

強烈な痛みをこらえ、俺はシリカに抱きつくと、合図を送る。

「3、2、1、今」
「はいっ!」

俺とシリカは同時にウィンドウを操作して、一瞬後俺達が消え去った後にスカルリーパーの鎌が振り下ろされたのだった。




「つまり何か?おめぇらはハラスメント行為の強制転送を利用してここに飛んできたと?」

「はい」

いやぁ、アンチクリミナルコードまで無効になって無くてよかったよ。

これが無効だったら全滅してたかもしれない。

以前ドラゴンゾンビ戦で閉じ込められて以降、何とかならないものかと試行を重ねた結果思いついたのが今回のこの裏業だ。

「だが、それだと最後の一人はどうやって飛んできたんだ?」

「キンテキってハラスメント警告の表示に時間的猶予が有るって知ってました?」

キンテキは蹴られた後十秒ほど警告時間が続くのだ。

「いや…知らねぇな。つかシリカ…蹴ったのか?」

「きっ!緊急時でしたしっ!仕方が無かったんですっ!」

表情エフェクトの限界まで赤くなるシリカ。

「まあ、その猶予を使って一緒にハラスメント行為による強制転送にYesをクリックしたと言う訳ですね」

「そんな事が…、わぁった。すぐにここから出られるようにしてやる。…ボスの情報は掴んできたんだろう?」

「さわり程度ですが、ね。それととても重要な脱出不可能と言う情報と、システムの裏をかいた緊急脱出手段まで実行してきました。ぶっちゃけもう精神的にはこの層のボスには関わりたく無いですね…」

「十分さ、後はオレらの仕事だぜ」


その後、監獄エリアを出た俺達は、オレンジネーム(犯罪者)を解除するために面倒くさいクエストを受けることになり、そのクエストを受けている最中でこのゲームがクリアされたと言うシステムアナウンスを聞くことになる。
 
 

 
後書き
七十五層での空中分解。
…まあ、原作どおりと言えばそうですね。
もし、これを変えるとなると、もう半年ほど攻略が遅れることになり、フェアリーダンス編の昏睡状態のアスナに似た写真を撮られる事も無く、キリトさんが助けに行けずにバッドエンド一直線ですからねぇ。
そうなればオリ主が関わった弊害と言う事になりますが…そうなるとフェアリーダンス編以降全て無いと言う結果になりますね。
 

 

第六十八話

 
前書き
とりあえず今回のはSAO編の閑話的なものとその後の日常の話しです。 

 


ソードアート・オンライン。

後に最大のサイバーテロと呼ばれる一人の天才が引き起こした事件。

デスゲーム。

俺はそんな事件に巻き込まれた一人だ。


突然だが、俺には前世の記憶があった。

前世の俺は所謂…まあ、アニメや漫画が好きな、一般ではオタクと言われる人種だった。

しかし、何が起こったのか俺自身にも分からないが、気が付いたら体が縮んでしまっていた。

いや、若返ったと言うわけではない。

どうやら前世を思い出すのが遅かっただけで、生まれ変わりのようだと気が付いた。

…もしくは憑依か?

成長し、情報を集めるとどうやら自分が居た日本とは現代に至っては総理や、芸能人に知らない名前が多く、…これが一番重要なことかもしれないが、俺の記憶にあるアニメや特撮と言ったエンターテインメントが放映されていなかった。

これにより、平行世界か漫画、アニメの世界の可能誠意が増したわけだが、特に周りに超常の力が溢れていたり、自身に隠された力が!とか言う事も無く、平穏無事に過ぎていった。



そんな時、ゲーム業界で革命が起きた。

MMORPGファンなら心待ちのVR技術の一般化である。

此れにより発売される一本のゲームタイトル。

転生してもオタク趣味は抜けなかった俺は何日も前から店に並び、どうにか初回生産分を手に入れることが出来た。

しかし、此れが俺の運命を大きく変える出来事になろとは…


ゲームをインストールしてアバターを設定する。

ふむ、男女どちらでもいいのか…

と、そこで俺の心に魔が差した。

前世のアニメはこの世界には無いのだから前世のキャラをロールプレイしてもそれはオタクの成り切りとは違って普通のロールプレイになるのでは?

そんな事を考え、アバターをいじくり回すこと数時間。

ピンクブロンドの髪に少し残念なプロポーション、さらに一番凝った所は声だろうか?

基本ボイスからトーンをいじくり記憶にある甲高い声に改変する。

アバター名は、『Louise Francoise le Blanc de la Valliere』

これで俺のVRでの分身が出来たわけだ。

勢い勇んでログインした時には既に夕方、目の前を中世ヨーロッパのような町並みが出現する。

ここがアインクラッド。

ふっ、ここなら思う存分姫プレイができ…ルイズでロールプレイするんじゃ無理ジャン!

姫プレイの基本はぶりっ子だ。ツンデレのルイズじゃハードルが高い。

これは選択を間違ったか?

まあ、いい。

とりあえず周りを見渡し、これからどんな事が出来るだろうとわくわくし、まずは散策と街を歩き始めようとした時、俺の数時間掛けたアバターは突然のデスゲームの始まりで木っ端微塵に吹き飛んだのだ。

デスゲームはいい…いや、良くないけれど、転生を経験したオタクとしては死への忌諱感は薄れていると言ってもいい。

しかし、しかしだっ!

俺の全てをつぎ込んだルイズたんがログイン開始数分でお亡くなりになったのだっ!

茅場晶彦よ!

なぜアバターを変更する必要があった?

長時間自分の性とは違うと精神的に変調をきたすからか?

そんな物はデスゲームだけで手一杯だ!

だいたいアバター強制変更するならばリネームさせろっ!

男性アバターで女性ネームなんて理不尽すぎるだろっ!

これじゃPTすら組めねぇよっ!

ぜぇはぁ…

欝だ…やる気しない。

デスゲーム?どうでも良いよそんなもの…俺の情熱をかえせ!


やる気をなくした俺はふらふらと歩いている内になんか大きな城の中にある凄く大きなモニュメントの前まで歩いてきていた。

なんだこの石碑は?

眺めるとアルファベットの『a』から順番に人の名前のような物が書いてある。

それも途方も無い数だ。

これはおそらくここに閉じ込められた一万人全てのアバター名だろう。

俺は何の気無しに『a』から順に眺めていく。

たまに読めないスペルも有ったが読み流していく。

「うん?なんだ?姉妹か何かでログインしたのだろうか」

『c』から始まるラインを読んでいたときだ。

前からかぶっている四文字の後にスペースを入れて別の名前が続いている。

「ええと…キュア…ブラック?…キュアムーンライト…キュアピース…これってもしかして」

プリキュア!?

「ええええええ!?」

混乱の所為で大声が出てしまった。

も、もしかして俺以外にもこの世界には転生者が!?

もしかしてまだ居るかもと思い読み進めると出るは出るは…

…大半が女性キャラだったが、俺と同じ様な事になった男性ではなかろうか。


その時俺の心に一つ湧き出た感情があった。

きっと彼らにも前世の記憶があるに違いない。

会って見たい。

彼らと会って話がしたい。


そう思った俺は行動に移すことにした。

先ずは方法だ。

どうやったらこの一万人の中で彼らとコンタクトが取れる?

一人一人話し掛ける?

無理だ。

もっと効率よく、彼らだけに分かるような物で知らせる方法はないか?

一番手っ取り早いのは『声』だ。大勢の前で彼らのみが分かることを話せば?

だめだ、注目は集まるが、ただの妄言野郎になってしまう。

ならば、話しよりはいっそ歌か?

良いかもしれない。

前世知識のアニソンを大勢の前で歌っていれば向こうからコンタクトを取ってきてくれるはずだ。

そう思った俺はまだなにも入れていないので二つ空いているスキルスロットに何か役に立ちそうなスキルが無いかを探し、発見した『拡声』を入れる。

これは名前から言ってたぶん声を大きくする物だろう。


場所を人が集まる広場へと移動する。

勇気を出して歌おうと思っても中々歌えずにその日は日も暮れてしまった。

二日間。

それは歌いだす勇気を出すために要した時間だ。

動悸が激しくなるような幻覚に襲われながらも何とか歌い始める。

「まっくすは~~~と」

プリキュア、プリキュア


全てはここから始まった。

この後に出会う彼らとはゲームの中だけで無く、帰還したリアルでも切れない繋がりになるのだが、それはまた後の話だ。






木枯らしの吹きすさぶ十一月に現実世界へと帰還した俺に待ち受けていたのはソラ達との再会と、寝たきりだった為に低下した身体能力と、現実社会の現状だった。

当然通っていた学校は休学中で単位は足りてないので当然留年していたし、非日常が日常であるデスゲームの中に二年間も閉じ込められていた俺達SAOサバイバーは倫理観にズレが有るのではないかとカウンセリングに回された。

ゲーム内ではPKをしたことは無いし、何とか早期でカウンセリングも終わり、今は落ちた体力を戻すべく体力作り中だ。

いやぁ、まいったね。

起きた時なんかは歩く事で精一杯だったからね。

神酒を取り出し口に含み何とか普通に走れるくらいまでは回復したが、それでも落ちた筋力が戻ってくるわけじゃない。

学校などはリハビリが済むまではと休学し(どうにも新年度からSAOサバイバーを集めた学校が新設されるとの噂もあるが)体力づくりに励んでいる。

海鳴の街を久遠を連れてランニング(数十キロ単位)し、折り返し地点の海鳴温泉で汗を流し、帰ってくるのが天気の良い日の日課になりつつある12月中旬。

まだ雪の降らない山道を駆け抜け、目的地の海鳴温泉へと到着した。

「じゃあ、俺は温泉に浸かってくるから、久遠も遠くに行かないようにね」

「くぅん。大丈夫、そんなに遠くには行かないから」

子狐の姿のまま森の方へと散歩に行っている久遠。どうやら顔なじみが居るようだ。

俺はそんな久遠を見送って温泉旅館に入浴のみでやっかいになるべく歩をすすめた。


湯に浸かって汗を流すと、着替えを以前グリード・アイランドから持ち帰った『勇者の道具袋』をポケットから取り出した。

いやぁ、いいね。この道具袋。

中に入れた物は劣化せず、重さも消失するしね。持ち運ぶのは少しシンプルな巾着のような道具袋のみだから殆ど邪魔にならない。

そんな便利アイテムから俺は着替えを取り出し、来ていた衣服と交換した。

「ふぃ、さっぱりした」

湯上りに『勇者の道具袋』から、以前リオとヴィヴィオにあげたのと同じパヒュームを取り出してシュッとひと吹き。

一瞬で筋力疲労が嘘のように回復する。

こんなドーピングのような事はしたくないんだけど、仕方ないか。

汗も引いたし、十分温まった。…まぁ、これから帰りも寒空の下走って帰るのだが…

さて、久遠を探して家に帰るか、と旅館の通路を歩いていると廊下の手すり(バリアフリーの為に改良したようだ)に掴まりながらよわよわと千鳥足のようにふらつきながらも懸命に歩いている少女が眼に入る。

髪の毛を両サイドで纏め上げた十三、四歳ほどの少女だった。

一歩一歩ゆっくりと進む少女の横を通り過ぎようかとした時、少女がふらつき、支えていた手にも力が入らないのか手を離してしまったようでこちらに向かって倒れてくる。

「きゃっ」

「おっと」

倒れてくる少女を俺は苦も無く受け止める。

少女は受け止められた事に気が付くと目を開けてこちらを振り返った。

「ご、ごめんなさい!あたし、まだ…その、か、体が…え?」

振り返った少女のおもむきに俺は見覚えがあった。

髪の色も、瞳の色も違う、けれど…

「シリ…カ?」

少女も俺に心当たりがあるようだった。

「アオ…さん?」

驚き、声を詰まらせる俺達を不審に思ったのか、廊下の端の方から女性が走りよってくる。

「珪子!大丈夫」

俺は支えていた少女をその女性に任せ、手を離した。

「あ、お母さん。だ、大丈夫だよ」

どうやら彼女の母親のようだった。

「娘を助けていただいて、ありがとうございます」

「いえ、たいした事じゃありませんよ」

「あのっ!お母さん、ちょっといい?」

「何?珪子」

「あたし、この人とお話ししたい事があるの」

「そうなの?」

母親は良いかしら?と言う意味を込めた視線を俺に向けた。

「俺も話したいことがあるので、向こうのカフェテリアに行きませんか?」



カフェテリアの席に座ると母親は適当に飲み物を取ってくると席をはずした。

改めて目の前の少女を見る。

「…シリカ、だよね?」

「その名前を知っているって事はアオさんって事ですよね?」

「ああ、本名は御神蒼(みかみあお)、年齢は…もう19になったかな」

互いに知り合いのはずなのに自己紹介とは、なんかくすぐったい。

「あたしは綾野珪子(あやのけいこ)って言います。…いままでいっぱい会話をしてきたはずなのに、こうして自己紹介をしてるのって、なんか変な感じですね」

それはあの世界のアバターが現実の容姿を再現したからだろう。

「珪子ちゃんでいいのかな」

「…シリカでいいですよ。なんかそっちの名前も呼ばれなれちゃって、なんかアオさんに珪子って呼ばれると少し違和感があるんです」

ニックネームって事で、とシリカ。

「アオさんはいいですね。アイオリアって本名をもじったんですか?」

「そんな所」

以前その名前で呼ばれていた事があるとは言わなかった。

「まあ、それより。シリカはどうしてこんな所(海鳴温泉)に?」

聞けば病院から退院後、リハビリステーションに通いながら何とか体力を戻そうとしていたシリカだが、動かない体にやはり心的ストレスが掛かるだろうと、母親がリフレッシュにと温泉街へと旅行兼リハビリに来ているらしい。

先ほどの手すりに掴まっての歩行もその一環であり、手すりの先に母親が居たのだそうだ。

「アオさんは?」

「俺もリハビリの最中に汗を流そうと寄っただけ」

「この街に住んでいるんですか?」

「まあね。とは言ってもここからはずっと離れているけれど」

ここは山の方だからね。俺の住んでいるあの辺りはむしろ海が近い。

「え?じゃあどうやってここに?」

「ああ、体力づくりのために走って来た」

「え?走って!?もう走れるんですか!?あたしなんてまだ歩くのも精一杯なのに…」

頑張ったからね。

『アオ、どこ?』

シリカとの会話をしていると、久遠から念話が入った。

そう言えばそろそろ待ち合わせ時間か…

俺は腕時計を見ると、シリカに視線を戻す。

「悪い、シリカ。久遠が待ってるみたいだから、俺は行かないと」

「…久遠…さん?…えっと、どなたですか?」

こんな普通ならば学校に通っている時間に待ち合わせをする人間なんて普通は居ないよねぇ。

「ああ、家で飼っている狐の子供だよ。一緒に来ていたんだけどね、森の中で遊んでたんだ」

「え?狐を飼っているんですか?」

「まあね」

「可愛いんですか?」

「まあね。見たいの?」

「勿論です!」


シリカの母親に断りを入れて、車椅子にシリカを乗せてハンドルを握って旅館の外に出る。

そう遠くない観光コースを歩くと久遠との待ち合わせ場所に着いた。

念話で知り合いを連れて行くことを伝えてあるので人見知りの久遠だが、いきなり逃げたりはしないだろう。

カサリと茂みを掻き分けて草むらから久遠が出てくる。

「久遠っ」

「くぅん!」

てとてと俺の方へと歩いてきて、俺とシリカの正面でちょこんと座った。

「はじめまして、久遠…ちゃん?えっと、アオさん、この子って女の子ですか?男の子ですか?」

「女の子だよ」

まあ、普通狐の性別なんて見分けが付かないよね。座り込まれていたら尚更だ。

「私は、けい…シリカっていいます。よろしくね、久遠ちゃん」

シリカが丁寧に自己紹介をすると、久遠はてとてととシリカに歩み寄ってその膝にちょこんと乗って丸くなった。

「なでてもいいの?」

「くぅん」

「ありがとう。わぁ、ふわふわだね。うちのピナ(飼っている猫)みたいだよ」


久遠を連れて来た道を戻る。

「あのっ!アオさん、よければ携帯の番号とメアド、交換してくれませんか?」

「別に構わないけど」

携帯を取り出し、赤外線通信でデータを交換する。

「あ、それと、これをあげる」

そう言って取り出したのは一つのパヒューム。

「これは?」

「これは実は魔法の霊薬でね、振り掛けると簡単な怪我なら治せるし、リハビリ中の筋肉に掛ければ筋肉痛をやわらげてくれる優れもの」

と、本当のことを言って嘘っぽく伝える。

シリカにはかなり多くのことを助けられたし、七十五層のボス部屋からの脱出はシリカが居なければ果たされなかっただろう。

だから、これは感謝の印だ。

「へぇ、そうなんですか」

「あ、あれ?信じるの?」

「なんとなく、アオさんなら有るような気がします」

「そ、そう?」

なんだろう…シリカの間違った方向の信頼感は…

「とりあえず、寝る前にほんのちょっと飲んでみてもいいかもしれないね。足りなくなったら水を入れてここのボタンを押すとカプセルが押し出されて水に溶ける仕組みになってるから」

「分かりました」

母親の所にシリカを送り遂げ、久遠を連れて今日のところは家に帰ることにした。

聞けばしばらくこの温泉に滞在するとの事だし明日も会えるだろう。


side シリカ


アオさんと別れ、お母さんに車椅子を押されて今借りているこの旅館の部屋へと戻ったあたし。

部屋の奥にあるフローリング張りの縁側に設置してある背もたれの高いイスに座ると、お母さんが部屋に設置されている急須でお茶を入れ、対面に座った。

私は湯のみを掴み、一口すすった所でお母さんが盛大な爆弾を投下した。

「あの人でしょう。珪子の好きな人」

その言葉に驚いたあたしはお茶を気管に入れてしまい盛大に咽た。

「ケホッ、ケホッ…なっ!何言ってるの、お母さん!?」

あたしは誰か好きな人がいるとか言う話をお母さんとしたことは無い。

そもそも好きな人なんていないもん!

「アオさんはソードアートの世界でお世話になった人で…一緒に冒険した仲間って言うか…」

「ふふ、自覚は無いみたいだけどはっきりしとかないと手遅れになるわよ?彼、きっともてるもの」

え?

「顔のつくりがって言う訳じゃなくて。彼、強そうじゃない」

うん。それはあたしも知っている。

アオさんは強い。

あのゲームの中だけではなく、きっと現実でも。

今日、はじめて現実で会ったけど、アオさんの雰囲気から力強さを感じた。

「それに優しそうだわ」

それも知ってる。

結構ドライな物の考え方をする人だし、他人の生き死にに対してはどうでもいいような会話をあの世界で聞いた気もした。

だけど、それでも彼は優しいと、あのゲームの中で接するうちに理解した。

「強くて、優しい。それに顔の造形も整っている。ほら、これだけの要素があって本当にもてないと思う?」

「うぅ…」

確かにそう言われればそうかも。

うぅ…なんかもやもやするよぉ…

「だから、珪子も好きならばどんどんアピールしないと負けてしまうわよ?」

好き?

あたしがアオさんを?

ええええええぇぇぇぇえぇぇぇぇ!?

「ようやく自覚したのかしら。自分の子供ながら鈍いわねぇ」

顔を真っ赤にして内心で絶叫しているとお母さんがそう漏らした。

「あ、ああぁああのっ!」

パニックになって口から出る言葉が意味を成さない。

「落ち着きなさい。とりあえず、メアドは交換できたの?」

こくりと頷いたあたし。

「だったら、明日からリハビリを一緒にやりませんかって誘いましょう。まずはそれから」

ええ!?そんなのアオさんに悪いよぉ。アオさんは既に走れるくらい回復しているみたいだし。

「それから、春までとりあえずこっちに部屋を借りましょうか。お父さんには一人で我慢してもらいましょう。珪子も親しかった友達との距離が離れてしまって居心地が悪いだろうし、いっそこっちで一から始めた方がいいかもしれないわね。そうすると真剣に引越しを考えた方がいいかしら…」

仲の良かった友達はゲームの中にいた二年の間に皆それぞれ別のグループを作っていたし、彼女達の輪の中に今から入る事も難しい。

子供の社会は結構閉鎖的なのだ。

うーうー唸っていたあたしを他所に、とりあえず明日は賃貸を見てくるわと母さんが宣言していた。

「とりあえず、アオさんにメール打っておきなさいね」

お母さんは、私はとりあえずお父さんに電話してくるわ、とそう言って席をたった。

「お…おかあさ~ん」

あたしの抗議とも言えない声が部屋に響いた。

side out



その日の夕食時。

やはりなのはが当然のように席に座っている風景を眺めながら、先ほど届いたメールに了承の返事を出し、明日からの予定を会話に出した。

「明日から少し海鳴温泉の方で用事が出来たから、帰ってくるのが少し遅くなるんだけど」

「あら、なんの用事?」

母さんがそう聞き返した。

「SAOの時に一緒に冒険した仲間と出会ってね、一緒にリハビリしませんかって誘われた」

「……女の人?」

と、ソラ。

「女の子だよ」

「え?」
「女の子ぉ!?」

フェイトとなのはが少々驚いたようにこちらを向いた。

「ソラ達と同じ14歳だそうだ」

まあ、時間は有るしシリカが居たからこそあのゲームを生き抜いてこれたのも事実なので、了承したのだが。

「ふーん。…明日は丁度土曜日で学校は休みだから私も付いていくわ」

決定事項のように言い切ったソラ。

「あ、私も行きます!」
「私も」

それになのはとフェイトが追随した。

「ええ!?」

「その子も同年代の女の子が一緒に居た方が気が楽だと思うし」

「そうだよね、私もそう思う」

と、フェイトとなのはが俺を説得に掛かる。

「あら、私も会って見たいわ。明日は皆で行きましょうね」

そう母さんが纏めた。

母さんが決定したのならば逆らう事は難しい。

しぶしぶシリカに家族を連れて行くが良いかどうかをメールするのだった。



次の日、俺達は家族全員で海鳴温泉にやってきていた。

「不破穹です。はじめまして」

「私は高町なのは、14歳だよ」

「御神フェイトです。年齢はなのはと同じ14」

母親に車椅子を引かれたシリカを前にソラ達が自己紹介をしている。

「あ、あの…綾野珪子です。年齢は皆さんと同じ14歳です」

気圧されながらもしっかりと自己紹介を返したシリカ。

と、そんな自己紹介の後、なにやら女の子同士の話があるとなのは達がシリカの車椅子を押して少し離れていってしまった。

久遠とアルフもそっちに付いていたし、母さんはシリカのお母さんと談笑中。

あれ?誘われたはずの俺が余っているミステリー…

しばらくして戻ってきた頃にはソラ達とシリカはとても仲良さそうにおしゃべりしていたから別にいいか。



いつの間にかこの海鳴の街に部屋を借り、父親を逆単身赴任で引っ越してきていた綾野母子。

それにしても、やはり神酒は偉大だった。

シリカに渡したパヒュームを正しく使用してのリハビリは劇的にシリカの体を回復させた。

二日後には普通に歩けるようになってたし、一週間後には走れるまでに回復していたからね。

…ただし、結構大きな副作用がある事が判明した。


それはシリカと再会して二週間がたった頃だった。

平日の午後の昼下がり。

まだ雪の降っていない海鳴の街。

シリカと一緒に町内一蹴程度のランニングを終えると、シリカには詰まらないかも知れないが、高町家の道場をかりて、母さんと御神流の練習を一時間ほど。

その間、シリカは道場の隅で邪魔にならないように俺達を見学している。

その視線が興味深そうな感じがしたのだが、気のせいかな?

ゆっくりとした母さんとの剣戟。

バシンっと言う心地よい竹刀の音が道場に響く。

念法は体が覚えていたようだが、少しでも感を取り戻すかのようにオーラを纏って母さんと打ち合いもひと段落し、シリカの方へと向かうと、道場の隅でジィっと真剣な表情でこちらを見ていたシリカが発したこんな一言だ切欠だった。

「あの…アオさんと紫さんからそれぞれ色の付いたモヤのようなものが見えるのですが…」

え?

それを聞いた母さんも驚きの表情だ。

「…えと、そのモヤは何色に見えるの?」

「えーっと、アオさんが銀色で、紫さんが薄い紫色ですね」

2人とも取っても綺麗な色ですよ、とシリカ。

「あーちゃん…」

「ああ…」

シリカの精孔が開きかけている。

だけどどうして?

「あーちゃん、何かした?」

「いや、何もしていない…はす…だけど」

もしかして…

「心当たりがあるのね?」

「たぶん」

それらしい事はきっとシリカにあげたパヒューム。

それに使われている神酒の塊はもともと四凶を封印した物だったはずだし、アレらは基本的にチャクラの塊だった。

つまり…微弱ながら他者のオーラを吹きかけているようなものだろうか。

「それで、結局そのモヤはなんなんですか?」








その日の午後、学校が終わったソラ達がリハビリに合流すると、昼間に起きた事件について報告した。

「えー!?シリカちゃんの精孔開いちゃったの?」

そう驚きの声を上げたなのは。

ソラとフェイトも声は出さなかったが驚いている。

「どうやって?」

と、ソラが問いかけた。

「神酒を薄めたパヒュームだよ。あれを少量ずつ服用して行ったからだと思う。もともとオーラの塊みたいな物だしね」

そう言った俺の言葉に三人は納得したようだった。

「それでシリカはあっちで『纏』の練習をしているんだ」

フェイトが道場の隅で母さんに纏を教えて貰っているシリカに視線を送りながら言った。

「どの道開きかけていたんだ。ならばきちんと教えた方が大事が無いかと思ってね」

独学で念を習得し、他人に行使してしまったら大惨事になりかねないからね。

「教えたのは念だけ?私たちが魔法を使える事とかは?」

「それはもう少ししたら打ち明けようかと思っている。念を知ったなら俺達との付き合いも深くなるだろうし、いつまでも隠してはいけないだろうからね」

ソラの問いに俺はそう答えた。

「そっか、そうかもね」


時は流れ、翌年二月。

日曜日のお昼。その日もシリカとリハビリをした後、ソラ達も交えて昼食を御神の家で取っていたときのこと。

「「ブーーーーーッ!」」

「お兄ちゃん!シリカちゃん!なにやってるのっ!」

「そうだよ、皆ご飯食べているんだからね」

そうなのはとフェイトに窘められたが…

「…いや、そうは言っても…なぁ?シリカ」

「…はい」

さてさて、なんで俺達が盛大に吹いたかと言えば、食事中に流していたTV番組で取り上げた一つのニュースが原因だった。


『ザ・シード』

VRワールドを作りたいと思えば、ある程度の技術は必要だが誰でもつくれるようなパッケージが無料サイトで配布される事になり、世間を驚かせた。

そのほんの前、SAOからの帰還の際に横槍を入れて、非人道的な実験のためのモルモットとしてSAOプレイヤー300人を捕らえていたと言う事件もあり、その実験を行なっていたのがその当時人気を博していたVRMMORPGを運営する会社だったために一時は本当にVRMMOに関する風評もう酷く、衰退をたどると思っていた矢先のこの『ザ・シード』である。

此れにより、世間ではもう一度VRワールドに命が戻ったようだった。

まあ、俺達にしてみれば余り関係が無いことだと思っていた…のだが!

丁度その頃、一つの映画作品が有償サーバーにアップロードされ話題を呼ぶことになった。

『fate/stay night』

後にVR映画の先駆けとされたその映画は、有償であったが、唯一デスゲーム時代のSAOの映像であることもあり、数多くのダウンロード数を誇り、各国の言葉に翻訳され、視聴されることになる。

これが俺とシリカが噴出した原因。

まさに寝耳に水な状況だった。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、TV見てみなさい」

母さんが2人の視線をTVに誘導する。

「あ、これって」

編集して触りの部分だけだったが、そこにはしっかりと俺とシリカのアバターが映っていた。

SAOのアバターは多少の違いは有るが、現実の姿かたちとそっくりなので、知っている人が見れば一目瞭然なのである。

「あんな(デスゲーム)になっていたのに、こんな面白そうなことをしていたんだあーちゃん達は」

「「あはは…」」

あまり追求されたくないのでとりあえず笑って誤魔化そうとした俺とシリカだったのだが、結局根掘り葉掘り聞かれることになった。

て言うか誰だよ!あのファイルを流したのは!

噂だと茅場晶彦らしいが、真相は闇の中だった。

それから数日後、銀行の口座を確認すると、結構な大金が『出演料』として振り込まれていたのだが…一体誰の仕業なのだろうか?


先日、『fate/stay night』がマスコミに取り上げられてから数日後。

どこをどうやって調べたのか、SOS団団長から手紙が届いた。

どうやらSAO脱出記念&『fate/stay night』放映記念のオフ会を開くらしい。

同様の内容の手紙をシリカも受け取っているので、『fate/stay night』出演者及びSOS団メンバーには送られているのではなかろうか?


しかし、そのオフ会の会場がまた問題だった。

何故に翠屋?

一応翠屋は軽食もメニューにあるし、予約すれば奥のほうの少し隔離されているスペースの席をリザーブできるだろう。

だが、彼らが翠屋を指定したと言う事は、この世界が何なのか分かった奴らも多いと言う事だ。

うーむ、困った事にならなければ良いが…って、開催日って明日じゃん!?


翌日。

快晴のおかげで気持ちのいい金曜日の午後、翠屋にてSAO脱出記念&『fate/stay night』放映記念のオフ会が催される事になった。

皆リハビリ明けでまだ時間の都合がそれなりに付くらしく、結構な集合率だった。

「皆、よく集まってくれた。皆欠ける事無くこの世界に帰還できたことを、それと映画の成功を祝して、乾杯」

『かんぱーい』

集まったのはSOS団メンバーと風林火山からはクライン。それとエギルとリズベットと俺とシリカ。

アスナも誘ったようだったが、もろもろの理由により欠席との事。

どうやらアスナは先の事件でまだVRに囚われていたみたいで、いまだに体が動かせる状況じゃないらしいとはリズベットから聞いた話だ。

後日アスナの見舞いにシリカと連れ立って向かう予定だ。

乾杯の音頭の後、SOS団のメンバーが一直線にその手をシュークリームに伸ばす。

「おおおおおっ!此れが夢にまで見たあの…」

「そうだぜ、ヴィータ…此れがあの有名な翠屋のシュークリームだっ!」

「「うまああああああい!」」

誰だ、あのイケメン二人は?

記憶に引っかかってるようだけど、出てこない。

「待て…近くに住んでいる俺達が何故か最後だったから行き成り始まってしまい紹介もされていないから今までスルーしていたが…誰だ、そこの二人は」

とりあえず、近くに居た団長に問いかけた。

今日呼ばれたメンバーはあの映画の製作に参加したメンバーだと聞いていたし、…それに、どことなく見覚えはあるのだが、SAO世界の容姿と結びつかないでいた。

「何を言っている、ヴィータとフェイトじゃないか」

なん…だと?

「ええっ!?」

ほら、シリカも驚いているし、これが普通の反応だよね?

「どうやら脂肪に蓄えられたエネルギーを、二年に渡るSAOへの幽閉で使い切ったらしくてな。予期せぬダイエットに成功したらしい。痩せたらモテたと言われたから…大丈夫だ、すでに俺達SOS団のメンバーで制裁済みだっ!」

いい笑顔でサムズアップする団長。…何があった?

「あたし、リズベットさんの所に挨拶に行ってきますね」

「あ、ああ。俺も後で行くよ」

リズベットはどうやらエギル、クラインとSOS団メンバー以外のグループで談笑していた。

まあ、この集団に入る勇気はなかなか無いだろうけれど。

シリカが離れると入れ替わりにヴィータとフェイトがやってくる。

「お久しぶりですね獅子座さん」

待て、お前はリアルでもその名を呼ぶつもりか!

「アオだ。御神蒼。改めてよろしく」

「あ、ああ。深板(みいた)だ。よろしく」

「俺はファート。フェイトとは呼ぶなよ?それは彼女の名だ」

あらら、バレてるかな?

それぞれ自己紹介してくれたヴィータとフェイト。

つか!ファートはハーフだったのか!?

SAO内では髪の色や眼の色などは容貌を戻された後もカスタマイズ出来たけれど、まさか本当に金髪だったとは…

「それよりも、此れより異端審問を開始する!」

ザッと俺の周りを囲むように包囲したSOS団のメンバー達。

「な、なにかな?」

すると深板が裁判官風の小槌を持ち、声高らかに宣言する。

「被告人、御神蒼。罪状、テンプレ転生」

は?

「とっくに調べは付いている。今回の集まりをおこなうべく、皆の住所を調べたときに『海鳴』と言う地名があった。もしやと思い、それを深板やファートと連絡を取ったら…な?」

な?じゃないよ団長!

「高町家の隣が君の家だそうじゃないか。しかも、なんだ?なのはとフェイトと思しき人物が君の家に当然の如く上がっていっている。それに極めつけはシリカ嬢だ。…いつの間にリアルでそんな関係に!?羨ましいんじゃボケェ!」

と、深板が憤慨する。

『リア充は爆発しろ!』

うおっ!これはマズい展開か?

ヴィータやフェイトと言う名前を付けるほど好きだったのなら、彼らの暴走が手をつけられなくなりそうで怖い。

しかし、俺の心配は杞憂に終わる。

「安心しろ。リア充は許せないが、俺達にこの世界の彼女達(なのはとフェイト)に積極的に関わる気は無い。まぁ、魔法は使ってみたいと思うけれどね」

は?

突然ヴィータにそう宣言されて俺は戸惑う。

「いいか?俺達の中での彼女達はこうだ」

そう言って出されたのは誰が書いたのか、しっかりと色までつけられた二枚のイラストだ。

目を通すとどうやらそれは、なのはとフェイトがバリアジャケットを着てそれぞれのデバイスをかっこよく構えている。

その絵はたしかに記憶にあるアニメに出てきた彼女達にそっくりだった。

「だが、現実の彼女達はどうだ?確かにかわいい。だがっ!それでも彼女達は人間(リアル)だ。二次元じゃない」

それはそうだろう?当たり前の事だ。

「現実にいる彼女達を遠目に見て俺達は一つの真理を確信した」

何だ?

「二次元は二次元だからこそ好きで居れる、と。憧れと現実は別物だと、ね」

…確かに真理かもしれない。

「俺達が好きなのはこの絵の彼女達であって、それっぽいリアルの女性では無い事に気が付いた。…君も思ったことは無いかね?自分の好きなキャラクターのコスプレをしている女性コスプレイヤーを見て、自分の好きだったキャラが汚されてしまったような感覚をっ!」

あー、なるほど。彼らからしてみれば現実の彼女達はただ似ているだけの現実の人間でしかないわけか。

確かにこの絵のように目は大きいわけでもなく、頭身だって普通のリアルの人間だ。

確かに似てはいるが、それだけに彼らはギャップを感じてしまったか。

「だから、俺達は造る事にした。俺達のヴィータをっ!フェイトをっ!『リリカルなのは』をっ!」

力強く宣言した深板。

は?

こいつは今何を言った?

「先日配布を開始された『ザ・シード』。これをうまく使えば映画の一本や二本は簡単に作れるだろう。SAO内ですら可能だったのだから」

VRアバターを二次元キャラクターに似せる事は可能だろうし、魔法や飛行などと言った事もVR内ならば可能だ。

「魔法だって設定すれば使えるのだからな。ある意味現実世界でのそれ(魔法)より素質に影響されにくい所を考えると素晴らしいではないか」

それに、どれだけやっても遊びの域を出ないしね、と続けた。

「それで、だ。獅子座さんに頼みがある」

「な、何?」

あんまりいい予感はしないのだけど…

「現実のなのはちゃんとフェイトちゃんに出演依頼してくれない?」

はああああ!?

お前らさっきは関わらないと言っただろうがっ!

「それはそれ。やっぱり作品を作るにしても本人にやって貰うのが一番だと思うんだ」


その後作られた現実世界でのSOS団第一作。『魔法少女 リリカルなのは』はそれは高い評価を得て彼らを革新する事の切欠となるのだった。


追伸

一応やっておかないととは思ったクロノへの報告。

一応『管理局』等の名称が使われるからどうしようと聞いたところ、もしも管理局が地球での勢力にバレたの時の受け入れの前段階として許可されました。

とは言え、所詮は映画だし、誰も信じないとは思うけれどね。 
 

 
後書き
映画のアップロードは茅場晶彦(ヒースクリフ)の置き土産です。
たぶん映画の作成は楽しかったのでしょうね。感謝の意も込めて、その映画での収入は関わった人たちに均等に入金するようにプログラムしておいたと言う事で。
え?なんで口座がわかったかですか?
きっとSAOの課金は口座だったと信じています。…だぶん。
SAO2フェアリィダンス編はスルー。と言うか、キリトと仲良くなかったアオでは関わることが出来ません。
それにフェアリィダンス編はそもそも数日間の話しだしねぇ。
それと、SAO3ファントムバレットも多分スルーですかね。
後SAOで関われるとしたら番外編のマザーズロザリオやキャリバーくらいですかね。
と、いいますか。この後の展開はマジで考えてません。
浅く、広くをモットー?にしているこの作品としてはまた次のクロスかなぁ…現代にはもう暫く居るつもりですが…どうなることやら。

次回の更新はかなり先になると思いますが、ご了承いただけますよう。 

 

第六十九話

 
前書き
今回はオリ主が関わる以上起こるだろう弊害についてです。
ご都合主義的展開が乱舞しますがご了承いただけますよう。 

 
オフ会も宴もたけなわと言う時、俺は聞きたいことがあると、深板とファートを呼んで、少し席を奥へとズラした。

丁度彼らの喧騒でこちらの会話も聞き取れないだろう。

「それで、俺達に聞きたいことって?」

そう深板が問いかけた。

「『リリカルなのは』について少し聞きたいことがあってね。あの作品っていくつタイトルがあったっけ?」

二人は何をバカな事を聞いているのかと言う表情を浮かべたあとにファートが答えた。

「無印、A’s、stsにVivid、後はForceだろ?」

うわぁ…結構作られていたんだな。

て言うかstsってなんの略だろう?

「そんなにあるんだ…」

「獅子座さんはどこまで知っているんです?」

深板が俺に聞いた。

「A’sまでだな」

「え?以前シリカ嬢にキャロのバリアジャケット型の防具をプレゼントした時、元ネタを知っていましたよね?」

「ああ、その事か…すこし長い話になるが、聞いてくれるか?俺が関わったことで変更された過去と、今までに経験した事を」

真摯な顔つきでコクリと頷いた二人を見て俺は話し始めた。

まず来るはずのユーノが現れず、エル…えーっと、エルグランドと言う恐らく転生者であろう介入があった事。

もろもろの事情が重なってフェイトは記憶喪失のまま家が引き取った事、結局プレシアさんは救わずに原作どおり虚数空間に落ちていった事。

その後現れたエルグランドの暴走で平行世界の未来へと飛ばされた事と、そこで知り合った人たちの中にキャロが居た事。

何とか帰還した後、エルグランドとの再戦、及び相手の逃走。

闇の書事件は穏便に解決し、その結果ツヴァイは生まれていないが、八神一家は今はミッドチルダでグレアム提督のやっかいになっている。

なのは達は管理局員にはならず、嘱託資格すら持っていない事等。

そう言えば俺が昏睡から覚めた後にソラから、はやてが管理局入りしたと聞いたとも彼らに話した。

「取りあえず、これだけは最初に言わせろ」

そう言った深板はファートと呼吸を合わせたように絶叫する。

「「オリ主爆発しろっ!」」

ごめんなさい…


しばらくして落ち着いた二人は、俺になのは達の年齢を聞き、なにやら二人だけでぼそぼそと話し合った後、要点を纏めたようで、話しだす。

「取りあえず獅子座さんは誰を救いたいの?」

その深板の言葉はとても思慮深い響きだった。

「俺が危惧しているのはヴィヴィオの事だ。なのは達があの未来をたどらないと言う事はヴィヴィオはどうなる?」

誰かが助けるのか、それともゆりかごとともに蒸発するか。

違う未来だが関わってしまった彼女を救えないのは心にシコリを残す。

…まあ、リオの事も有るけれどね。

「…事はヴィヴィオだけの問題じゃないんだ」

え?

「獅子座さんが体験した未来はストライカーズと言われている作品だ。リリカルなのはの3作目だね」

ストライカーズ。つまりstsとはこれか。

「知っての通り、舞台は無印から10年後のミッドチルダだ」

その後かいつまんで流れを聞くとスカリエッティのテロやら管理局の闇(脳ミソ)とか、なんか無印とA’sのほのぼのとした印象からかけ離れて行く。

「始まりは十年後からだったのだが、それまでの十年も所々触れている」

それまでの十年。つまり今か。

「物語としてはありがちだが、エリオやキャロ、スバルやギンガを偶然にせよ救ったのはなのはとフェイトだ」

「救う?」

「ああ、エリオとキャロは特殊な環境で、彼らを保護したのが執務官になっていたフェイトだ」

そんな事があったのか。

「…時期を見るとエリオについてはすでに手遅れだろう」

エリオはどうやら不正なクローン魔導師だったようで、それを発見した管理局が親元から引き離したらしい。

どうやら事の顛末はプレシアのようなものか。

亡くした子供のクローンを製造して育てていた。

確かに違法では有ったのだが、親元から引き離されるほどの家庭環境だったのかは分からないと深板は続ける。

その後管理局で保護されたエリオの心をほぐし、親身になって保護責任者になったのがフェイトと言うわけだ。

「キャロはまだ時間的猶予が有るが…これもなぁ」

幼い身で一族を追い出されたキャロはその身に危険が迫ると、彼女の使役竜が覚醒して彼女を守ろうと大暴れしていたらしい。

使い道はキャロを単騎で戦線に放り込んでの殲滅戦くらいしかないと管理局員が言っていた、と。

「あの殲滅兵器の如く扱う管理局員の言葉はアニメだったけれど聴いていて気持ちのいいものではなかったな」

とはファートの感想だ。

「それを何とか取りやめさせて、平穏な生活を与えたのもフェイトだ」

まあ、結局機動六課に出向させられたけどね、と深板。

「しかし、一番差し迫ってやばいのはスバルとギンガだ」

「何かあるのか?」

「空港火災に巻き込まれて、大きな落石にあわやと言う時に駆け付けたのがなのはだった。つまり…」

「なのはが関わらない今、そのまま死んでしまうと?」

「…その可能性が高い」

くっ…

「しかもその事件が起こるのは確か六年後の春…つまり」

「あと二ヶ月ほどと言うわけか…」

「ああ」

さらに二人はそのくらいに起こる事は覚えているが、日付までは覚えていないとの事。

…それは、まぁしかなたい。それでも十分覚えている方だろう。

「回避するだけならば中島家に接触すれば良いのかも知れないが、こちらの情報は未来視に近い。そんな事を説明するのは難しいし、近未来の情報を持っていることが露見するとすこぶる嫌な予感しかしない」

拉致監禁フラグだと深板が笑う。

「そして、結構重要なことだが、スバルはその事件に巻き込まれたからこそストライクアーツを真面目に始めたし、魔導師としての自分を考えたはずだ」

なのはに鮮烈に助けられたと言う思い出補正もあるかもしれないがな、とファート。

「火災の方を止められない以上、事件が起こってから助け出すのがこの場合の妥協点だ」

その場合、事件がいつ起きるかまでは分からないから最悪一月ほど張り込むことになるけれど、と言った後、確実性を求めるのなら中島家に接触するのが一番確かだけど、と。

「そして最大の不確定要素はその転生者の事だな」

「エルグランド?」

どういう事だろうか。

「なのはやフェイト、さらには八神一家まであんたに取られたんだ。後考えるとすれば…」

ファートの言葉を深板が引き継ぐ。

「ティーダさんを助けてランスター家ルート、今度の火災でスバルを助けて中島家ルート…いや、もしかしたらクイントさんを助けているかもしれない」

誰だよ…ティーダさんとクイントさんって。

「しかし、指名手配という話で一番可能性が高くなるのが、数の子ハーレムルートだろう」

数の子?

聞けば12人いる戦闘機人の名前が数字なんだとか。

前回彼女達と間見えたときは個別名なんて知らなかったからねぇ。

「そうなると、もはや原作トレースすら意味を成さない…最悪ヴィヴィオを保護できるチャンスも無いかもしれん」

そうして語られたsts編の話は…それは…よくもまぁ、危うい偶然の上で成り立っていると痛感させられた。

ヴィヴィオとの最初の邂逅なぞたまたま新人達が休みの時にたまたま通りかかったエリオとキャロに保護されるとかは、少しでも介入しようものならズレる事請け合い。

「だな。よくオリ主が六課介入のち、戦技教官として付くのとか有るけれど、それって絶対休みがズレるよな。普通に考えればヴィヴィオとの邂逅フラグは自然消滅だ」

それでも誰かが見つけて保護するだろうけれど、と続けた深板。

「話を戻すけれど、その転生者の魔力ランクは?」

「ざっとみてSSSは有るよ」

彼の魔力保有量だけ見れば他の追随を許さない物があった。

「SSS…最強オリ主フラグか。それで獅子座さんは?」

「AAA+」

俺の言葉に表情を硬くする深板とファート。

何だよっ!これでも頑張って伸ばしたんだよっ!

普通なら十分な魔力量なんだよっ!

「魔力量だけなら天と地ほどの差が有るな…以前勝てたのは経験の差か」

たぶんね。

「もしそのオリ主野郎が凶行に走ったら獅子座さんが止めないとな…原作を見るにSSSを止めれる魔導師がミッドチルダ地上本部勤務に居るか微妙だ」

そうなるか…だけど。

「ごめっ…それ無理」

以前エルグランドとの縁を『縁切り鋏』で切っちゃったから、二度と会うことは無い…はず。

「「なん…だと?」」

かいつまんで説明すると再度二人がキレた。

「「あほーーーーっ!」」

きーん

鼓膜が破れるかと思うほどの絶叫を耐え、こちらを向いた他のメンバーになんでもないとアピールしてから二人に向き直る。

「だめだ…これは詰んだ」

「お疲れ様でした」

「ちょっ!」

俺があわてると二人は表情を再び真剣な物に切り替えた。

「…最大の抑止力である獅子座さんが参戦できんとはかなり面倒な事になるぞ」

「…いや待て深板。逆に考えればアオさんが居れば六課やその周りに被害が及ばないと言う事ではないか?」

「なるほど、そうとも考えられる…が、しかし、絶対にブッキングしないと言う事は一体どちらが道を曲げる事になるんだ?」

む、それは知らないな。

「現場に向かおうとしたアオさんの方がたどり着けないと言う事態もありうるだろう」

「…かもしれん」

うーむ。確かのそうかもしれない。

しかし、彼らは凄いな。

正直ここまで頭が回るとは思わなかった。

彼らの事態を考察する力は中々の物だ、と場違いな考えが浮かんだ。

「結論を纏めると、ヴィヴィオを助けて全て円満解決を目指すのはとても難しいと言う事だな」

取りあえず先ずはスバル達の事をどうするか。

この場では結論は出ないだろうから、結論が出たら再度連絡をくれれば相談くらいは乗ってやれると二人の力強い言葉を最後にオフ会は終了する。

結局彼らはVividはほのぼの日常物だから気にするなと言っただけで、最後までForceの事は話さなかった。

…最後になのはとフェイトの出演を依頼する要望を念を押してはいたのだが。

そんな感じでオフ会は終了する。



オフ会も終わり、海鳴温泉に宿を取っていたSOS団のメンバーはひとっ風呂を浴びた後、リクライニングソファにすわり、旅の疲れを癒していた。

「なあ、Forceの事を話さなかった事は正しかったと思うか?」

そう、リクライニングに座りソフトドリンクでのどを潤した後に深板がファートに問いかけた。

「…どうだろうな」

隣に居たファートが金髪のくせになぜか似合っている浴衣を着崩しながらリクライニングに深く背を預けて答える。

「ただ、自業自得と言う言葉では片付けられない事だと思う。アオさんも話を聞く限りじゃどちらかと言えば巻き込まれ系だ」

「だな」

「だから、責任を取ってForceまでの十年を管理局に従事して過ごせと言うのも違うだろ?」

stsを知らなければ改変されたA’sまではそんなに悪い話じゃないしな、とファート。

「確かに。
やったことの責任を取るってどういう事だろうな?大体俺らが知っていることも、物語として取り上げられた一部でしかない訳だ」

「そ。つまり、語られていないがフェイトやなのはが管理局にあのタイミングで入局したからこそ助けられた人もいるはずだ」

「そうだな。この世界の彼女達も獅子座さんが関わったとは言え、自分の意思でその未来を選んでいる。俺達がこの先に起こることをある程度知っているとは言え、その未来を彼女達に選ばせる権利は無いよ」

確かにな、と深板。

「だから俺はForceを教えなかった事は正しかったと思いたいね。アオさんに責任の全てが取れるわけじゃない…と言うか、厳密にはそんな責任は無いはずだしね」

そうファートが纏める。

「起こるはずだった未来から外れてしまったからと言って、責任を取れと言われたら、未来は自分の手で掴む物だと言う希望すら無い世界になってしまうからな」

そう納得する深板。

「まぁ俺らが出来ることは獅子座さんの相談に乗ってやることくらいだな。…っとそれよりも」

「なんだ?深板」

「なんだか獅子座さんから話を聞くとかなり面倒な事になっているし、俺達はオリ主でなくて本当に良かったな」

「ああ…それは俺もそう思う」

さて、十分に休んだ所で団長から声が掛かった。

「おーい、深板にファート、向こうに卓球台があるんだが一緒にやろうぜ」

「行くか」

「ああ、行こうか」

そう言った二人はリクライニングから立ち上がり、卓球台へと駆けて行った。





シリカを現在間借りしている家まで送り届け、家に帰るといつもの家族会議。

議題はついさっき判明したもろもろの事情についてだ。

もちろんソースは適当に誤魔化したがソラだけは誤魔化せなかった。

他の転生者からの情報だと念話で返事をして家族会議を続ける。

全てを話し終えてから母さんが言った一言。

「あーちゃんはどうしたいの?」

…俺がどうしたいか?

「そうだよ、まずはお兄ちゃんがどうしたいか。わたしたちの事はそれからだよね」

「そうだね、なのは。アオがどうしたいのか、わたしも聞きたい」

なのはとフェイトが母さんに同調した。

「そうだね。アオは誰を助けたいの?」

そう最後にソラが問う。

誰を助ける?

だが、俺はこの世界の彼らには会ったことがある訳ではない。

関係ないと言ってしまえば何も関係は無いのかも知れない。

さらに、ヴィヴィオに至ってはまだ生まれてすら居ないかもしれない。

だけど、とも思う。

別人であるとしても俺はあの子を見殺しに出来るのだろうか?

あの時俺にすがってきた小さな手を振り払う事が出来るのだろうか?

「…俺は…多分…ヴィヴィオを助けたい…と、思う。それと未来で知り合った人たちにはやっぱり死んで欲しくない…かもしれない」

自分の事なのに自分でもよく分からない。

普段の俺なら知らない他人なら放っておくのだ。

だが、今回は状況が微妙だ。

だけど、以前俺はその選択でリィンフォース・ツヴァイを消している。

あの時はどちらかしか選べなかった。

いや、想像になるが、俺達が関わってしまった以上、あのリィンフォースは生まれないだろう。

もっと別の存在になるはずだ。

結果、助けたのは今のリィンフォースであり、ツヴァイは誕生していない。

俺の知っている、まったく知らない彼女達の事をどう扱えばいいのか自分の心がよく分からない。

「そう…」

母さんが何かを言おうとした所に俺は声をかぶせる。

「だけどっ!…だけど、俺はこの海鳴での生活が大好きで…それを壊したくは無いんだ」

いつかは皆それぞれの道を行くとしても、今のこの生活がとても幸せだって思うから。

「だったら話は簡単ね」

え?

「どちらも手放さない答えを探しましょう」

そう母さんは何でも無い事のように宣言したのだった。


四月二十九日

何度かの検討の後、深板達の意見もあり、結局火災が起こるであろうミッドチルダ臨海第八空港へとおもむく事にした俺と久遠、後はフェイトから了承を経て同行してもらったアルフの三人。

なのは達が居れば心強いのだが、彼らは中学三年生で義務教育真っ只中。休学させるわけにも行くまい。

そう言えばシリカはどうやら一家で海鳴に引っ越してきたようで、なのは達と一緒の学校に春から通うことになった。

三人と一緒のクラスになったよとの連絡は残念ながらシリカよりもソラ達からの方が早かったのだが、まあそれは仕方ないよね?

さて、中島家とははっきり言って何の接点も無いので俺達は連絡のつけようが無い。

クロノやはやてに頼めば探してくれるだろうが、その理由を話す事は躊躇われるし、連絡が付けたとて知らない人の忠告を素直に聞くだろうか?

それと深板が何度も『それは拉致監禁フラグ』と言っていたので慎重になったというのも有る。

彼らの話では管理局は結構暗い、組織の裏の部分があるらしい。

…らしいと言うのは俺が知り合った管理局員は結構ひとの良い人間ばかりだったからだ。

とは言え、大きな組織になればこう言った事も有り得るだろうと言うのはもはや常識だろうか。

特に未来の情報となればなおさらか。

取りあえず俺は大検を取る事にしたためにSAOサバイバーの救済処置である学校への勧誘を断り、クロノに連絡を取って彼の好意で今、正攻法でミッドチルダに滞在している。

密入国など面倒極まりないからちゃんとした手段を講じたと言うわけだ。

彼らの記憶と一致するような空港を探すのに一週間。

これだと思う空港に狙いを絞ってから一月。

ある意味運が良かったとしか言いようが無い要素も多々有った。

その一つが彼らの覚えていた広いロビーにある羽の生えたギリシャ彫刻のような石造の存在だ。

これは他の空港を探してみても置いていなかったのは幸いだ。

これを発見した俺は、ミッドチルダ臨海第八空港に目処を立てる事ができた。

しかし、流石に日時は後はいつ事件が起きるかまではおぼえていなかったらしかく、日がな一日空港のロビーで待機中。

暇な事この上ない。

仕方が無いので高校の教科書なんかを開いて時間をつぶしている。

「おにいちゃーん」

遠くからなのはがこちらに向かって掛けてくるのが見える。

その横にフェイトが居て、その後ろにソラ、最後に母さんが歩いてこちらにやってきた。

「久しぶりだな、なのは、フェイト、ソラ、母さんも」

「うん」

今日はどうやら大型連休で休みが重なったために皆で俺の所に来る事に決めたらしい。

それとせっかくミッドチルダに来たのだからと、この後にはやてと会う約束もあるのだとか。

しかし、ソラ達との久しぶりの再会を堪能させてくれる時間はどうやら無い様だった。

ドゴーン

爆発音の後に警報が鳴り響く。

「こ、これってっ!」

なのはがあわててあたりを確認している。

他の皆も同様にこれがテロ?とその表情に緊張が走る。

「このタイミングでか」

すでに人々はパニックに陥り、我先にと出口へと急ぐ。

「ソルっ!」

『スタンバイレディ・セットアップ』

俺がソルを起動した事を確認すると彼女達が続き、皆がバリアジャケットを展開する。

「ソラ、なのは、フェイト、悪いが予定通りだ。スバルとギンガを探してくれ」

「うん」
「わかった」
「はいっ!」

「久遠は俺とこのまま、母さんはこの建物からでるついでに誰か居たらそのまま連れ出して。アルフは母さんをお願い」

母さんも風を操れるので飛べるし、能力的には申し分ないのだけれど、魔導師では無いので、追求されると厄介だ。

俺たちならば、ほんの少し露見したとしても魔導師という事で難を逃れることはできるだろう。

「了解さね」
「くぅん」

「ええ、分かったわ。皆、絶対無理はしないでね」

「それじゃ、皆行くよっ!」

俺のその言葉で皆がそれぞれ影分身を使いながら散っていく。

混乱のさなかならば誰も気づきはしまい。

オーラ、魔力を均等に割り振ってしまうこの術は、今の状況を考えると二体が限界か。

影分身を広場から散開させて、本体の俺はこの石造のある広間でスバルが来るのを待つ。

これはあの二人から聞いた話だ。

スバルはこのロビーに迷い込んでくる確率が高い。

円を広げて周りに誰かいないかを確かめる。

ソルの力を借りてキロにも及んだ範囲にはいくつものオーラを感じるが、消化、救命活動をしているのか、団体でこちらへと向かっている集団がまず感じ取れるが、火の回りが速いのかその速度は遅い。

「久遠、向こうの奥に瓦礫に挟まれている人がいるみたいだから助け出したらここまで戻ってきて」

「くぅん」

崩壊した建物の下敷きになっている人たちを救出したのも今ので5人目だろうか。

周りの空気は魔法で操っているので多少の事では酸欠になることも無いし、ラウンドシールドも張っているんで落石などからも守れている。

パニックを起こして今すぐに外へとわめいた大人の意識を刈り取って転がしてはいるが、そこは責めてくれるな。

俺の目的はスバルの救護であって、目的を達成されるまではこの場を動けないのだから。

万華鏡写輪眼『志那都比古(シナツヒコ)』でも使えれば良いのだろうが、円を広域に展開する事で手一杯。

所々ソラの張った円にぶつかっているので、彼女が広げた円も含めればおおよそこの空港全てを覆えているだろう。

さて、円の内部をさらに集中して気配を探る。

すると、他の人間よりもオーラの質とでもいうか、それが薄い人間の反応を感じ取った。

すぐさまサーチャーを送ると、青いショートの髪の小さな女の子が泣きながら歩いている。

どうやらビンゴのようだった。

「久遠、ここをお願い。この人たちを守ってあげて」

「くぅん。アオも気をつけて」

誰に向かって言っているっ!

俺は飛行魔法を起動させるとスバルが居るであろう所へと翔けた。


side スバル

銀色の竜を思わせるバリアジャケットを纏った騎士の姿。

あたしはその時の事を一生忘れないだろう。

突然あたりが轟音が鳴り響いたかと思うと、所々で崩落と、火の手が上がり、パニックを起こした群集に攫われる様にあたしはお姉ちゃんとはぐれてしまった。

周りの大人たちは我先にと逃げ惑い、あたしはついに取り残される。

あたしは恐怖に取り付かれてどこかわからないところを駆け回った。

しかし、行く手は炎に遮られ、どこをどう行けば安全なところに出られるかもわからない。

もう駄目だと、そう思って泣き出していたとき、その言葉は掛けられた。

「よかった、無事で」

へ?と見上げるとそこには銀色の甲冑を着た魔導師のお兄さんが居た。

「助けに来たんだ」

「本当?あたし、助かるの?」

「ああ、大丈夫。俺が助けるから」

その力強い言葉と、抱き上げられた力強さに安心したあたしは、そこで意識を手放した。

次に意識が覚醒したときにはすでにその人の姿は無く、あたしの中にはその人への憧れだけが残った。

side out


無事スバルを回収して久遠の所に戻ると、一番近くまで来ている救助隊の所へと翔けた。

道中、意識のある人には自力で走ってもらい、意識の無い人は浮かせて引っ張っていく。

その途中ソラが無事にギンガを確保したと念話が入りひと安心。

「おーい、誰か居ないかっ!」

炎の先で懸命にこちらに向かって叫ぶ声が聞こえる。

「ここです、ここに居ますっ!」

俺は炎を隔てて答える。

「くそっ!要救助者が居るのに、炎の勢いが弱まらない」

彼らもその手に持った消火装置で懸命に消火にあたるが、焼け石に水のようだった。

「すみません、砲撃魔法で炎をぶち抜きます。退避してくださいっ!」

「魔導師の方か、すまない。任せる」

そう言った彼らは少し戻ると左右に分かれて十字路を曲がった。

「こっちは大丈夫だっ!」

「分かりました。…ソルっ!」

『ディバインバスター』

「シュートっ!」

ゴウっと一直線に通路を駆け抜け、その勢いで炎を消し飛ばした。

とは言え、ほんの十数秒持てばいい方だが。

「今のうちです」

「あ、ああ…」

俺と久遠が救助した人たちが通路を掛ける。

スバルを抱いた俺が最後にそこを通り抜けると、ロビーはさらに強い炎に飲まれ、完全に崩落した。

シールドを張りつつ、救助隊に合流、救助者を引き渡す。

「協力、感謝する。この先には他に誰か居たか?」

隊員の一人が俺に話しかけた。

「おそらく他は居ないと思います…絶対とは言えませんが」

とは言え、この先はもはや普通の人なら侵入は不可能なくらい燃え盛っている。

「そうか…我々は救助者を連れて帰還する。君にはその子を連れて行ってほしいのだが…」

スバルを入れて俺と久遠が救助したのが5人。

けが人の介添えと先頭と殿(しんがり)に隊員を裂かなければならず、手が足りないのだろう。

「構いませんよ」

「助かる」

脱出し、スバルを駆けつけた医療班に預けると、ようやく一息をつく。

ソラ達もそれぞれ脱出済みのようだ。


さて、今日の所は俺が取っていたホテルに皆も部屋を取り、休むことにする。

コンコン

ベッドに腰掛け休んでいると扉をたたく音が聞こえる。

「どちら様?」

「私やー」

聞き覚えのある声に扉を開けると、そこにははやてが立っていた。

「お久しぶりです。アオさん」

「ああ、はやてか。久しぶり」

お邪魔させていただきますとはやては部屋の中へと入ってきた。

はやてには備え付けの椅子を進め、俺はソファに腰掛けた。

「その制服…管理局に入ったのか」

「はい、結構前になるんやけれど、アオさんも大変だったみたいですね」

「まあね」

SAOの事か。…確かに大変だったけれど、気のいいやつら(SOS団)と知り合えたのは、まぁ…よかった事としてもいいかな。

「私もな、今日の事件には参加してたんよ」

氷結魔法で最後に鎮火させたのは私や、とはやては言った。

「だから、ありがとう。偶然だったにしても一般人を助けてくれて」

そう言ってはやては頭を下げた。

と言うか、俺も一般人…と言うか旅行者のはずだけど…

「いや、いいよ。俺には俺の事情があっただけだから」

「そうなん?でも、助かったのは本当のことや。…本当はもっと早く沈静化出来るはずやったんけど、やっぱり組織が大きくなると駄目やね」

指令が回ってくるまでにどれだけ時間がかかったことかと憤慨するはやて。

「私はグレアムおじさんやシグナム達と一緒に過ごせるこの世界が結構気に入っている。私たちを受け入れてくれたこの世界に少しでも役に立ちたいとおもうて管理局に入ったんやけど…」

何とかしなければいけない事がいっぱいあるわ、と愚痴るはやて。

「まあ、そうだね…」

少し暗い話しになったので話題を変えようと声の調子を変えてはやてが言う。

「そう言えばな、私に弟が出来たんよ」

「弟?」

「グレアムおじさんが引き取った子でね、エリオって言うやけどね」

本当は去年から一緒に住んでいたのだが、俺が昏睡状態でなのは達ともあまりプライベートの事は話さなかったらしい。

最初はとっつきにくかったようだけど、時間を掛けて仲良くなったらしい。

ってエリオ!?

世の中何が作用するか分からないものだ。

本来ならば自主退職して地球に引きこもっているはずのグレアム提督が管理局に居残り、そのつてでエリオを引き取るとは…

いったいその過程には何があったのやら。

しかし、幸せに暮らしているようだからよかった。

「エリオもな、最近は魔法戦闘に興味があるみたいで、アオさんに機会があったらエリオの事みてもらえないかなぁ思うて」

「まあ、かまわないよ。…ただ直ぐにとは言えないな。この後も少し用事があるし」

「ほんまか?そんなすぐじゃなくてもかまわへんよ」

その後、(エリオ)自慢と管理局に対するエスカレートする愚痴を聞き流し、鬱憤が晴れるのを待つと、どうやら正気に戻ったようで、仕事に戻ると席を立つはやて。

「ああ、はやて、ちょっとまった」

「何?」

「どうしても俺たちの手が必要になったら呼ぶといい。一回だけ君の願いを叶えてあげる」

「なんや?それ」

そう、はやては笑って部屋を出て行った。

何だと言われれば、はやてにコネを作っておきたかったんだ。

もしかしたら機動六課が設立するかもしれないし、そうなれば正攻法でヴィヴィオを助けられるかもしれない。

さっきの言葉ははやてを思いやっての言葉ではない。ほぼ打算だった。

その事がすこし心に重く圧し掛かったが、ヴィヴィオのためと言い訳をして忘れるのだった。



五月初頭。

地球の日本的にはゴールデンウィークである連休を利用して、俺達家族はなのはも一緒に第六世界へと来ている。

とは言え、ほぼミッドチルダから直行だったが…

なんでそんな所に来ているかと言えば、キャロに会うためと言うのが理由に挙がる。

スバル、ギンガはあの空港火災さえ何とかすれば、愛してくれる親が居るので問題は無い。

しかし、キャロは事情が異なった。

彼女はどうやら部族をその身一つで追い出されて天涯孤独の身になるらしい。

どうやら管理局には拾われるので、命の危機と言う状況でもない訳だが…

そんな彼女を傲慢にも助けると言う事は、どう言う事だろうか。

深板たちの話に寄ればキャロは殲滅兵器扱いになる可能性があると言う話しだが、俺は以前にその人生を救えないからとプレシアを見殺しにしているし、リィンフォース・ツヴァイの誕生すら無かったことにしている。

それでもキャロの人生に関わると言う事は、彼女のその後の人生に責任を持つと言うことだ。

「それで、どうするの?」

あの家族会議の時に聞かれた母さんの言葉だ。

「fateの出演料が意外と…と言うか、しゃれにならないほどあるからね。これを使えばキャロが成人するまでの学費は地球でなら払える」

なんかこの前口座を見たらもう少しで億に届きそうだったよ…シリカにも入金されているだろうが、彼女の親がシリカが成人するまでは手をつけずにおくらしいと言っていた。

確かに子供が手にするには多すぎる額だ。

「管理世界内に居たいのならばクロノを頼ることになるが…彼ならば悪いようにはしないだろう」

そう母さんに答えた記憶がある。

そして今は、キャロとの面識を得るためにこうして管理第六世界まで来ているのだ。

キャロに関しての情報は大雑把だか、在住世界と民族名、住んでいる地域と意外と多かったので、キャロが暮らしているであろう部族の住居を特定するのはそんなに難しいことではなかった。

…クロノの助けを得て、管理局のデータベースを使わせてもらってこそだったけれど。

そんなこんなでキャロが居るであろうキャラバンへと到着する。

言葉は事前にソラの『アンリミテッドディクショナリー』でインストール済みなので現地でコミュニケーションに困る事は無い。

それにしても…

「なんかかなり排他的な雰囲気を感じるね」

そうソラが周りを見てつぶやいた。

「そうねぇ。皆こちらが気になるようだけれど、隠れているみたいね」

母さんがそう言った様に、周りからの視線は感じるのだが、誰一人として家から出てくる気配は無い。

「恥ずかしがり屋さんなのかな?」

「なのは、そんな訳無いよ。皆少し警戒している感じだし」

なのはのボケにフェイトが突っ込む。

「きゅるー」

うーむ、どうしたものかと思案していると、通りの角から一匹の子竜がきゅるきゅる鳴きながらこちらへと飛んできた。

子竜はそのまま俺とソラの間をくるくる回ったかと思うと俺の肩へととまる。

「あ、フリード」

そのつぶやきは誰だったか、確認するよりも早く道の角からピンクブロンドの髪の五歳くらいの幼児が駆けてきた。

「フリーード、駄目だよっ!あっ…」

勢いよく駆けてきたその女の子は、俺達を目の前居にして萎縮したのか身を縮こまらせて立ち止まった。

「フっ…フリード…こっちにおいで?」

「きゅるーる」

イヤっとでも言っているのだろう。

ぷいっと顔をそらせたフリード。

この状況には覚えがあります。

どうやら俺とソラは竜種に好かれる傾向にあるらしい。

「フリード…って事は、この子がキャロちゃん?」

「うん、そうじゃないかな」

なのはとフェイトがアイコンタクトの後、一気にキャロに詰め寄った。

「え?ええ!?な、何ですか?」

「うにゅう、かわいいっ!」

「うん、すごいぷにぷに」

「え?ちょっ!フリードっ!助けて…」

わーっとなのはとフェイトに抱きつかれ、もみくちゃにされるキャロ。

フリードは我関せずと俺に擦り寄っている。

「フェイト、なのは。ほどほどにね」

「「はーい」」

ソラよ、そこは止める所だろう。

「この子がキャロちゃん?」

そう母さんが前でもみくちゃにされている本人に聞こえないような声で俺に問いかけた。

「ああ、たぶん」

フリードも居たからね。

「かわいい子ね」

「そうだね」

しばらくキャロがもみくちゃにされているにもかかわらず、他の人間は誰一人として出てこない。

うーむ。

さて、どうしようと考えていると、キャロのぷにぷにを堪能したのか、どうにか拘束から開放されたキャロがふらふらしながら恨めしそうにフリードを見ている。

その目は「この、裏切り者」とでも言っているようだった。

若干なみだ目になっているキャロを落ち着かせると、母さんが優しい声でキャロに問いかけた。

「あの、私達旅行者なんだけど、どこか泊まるところは無いかしら」

「え?こんな何も無いところに旅行ですか?」

「そうなのよ」

その答えを聞いてキャロは少し困ったような表情を浮かべた。

「ここは、わたしの部族の集落で、部族以外の方がお泊り出来る様なところは無いんです…ごめんなさい」

「あら、そうなの。困ったわね…」

とは言え、ちゃんとそのくらいは予想していたので、キャンプセットは『勇者の道具袋』の中に常備されている。

いざとなったらこれもグリード・アイランドで手に入れた一つ、『神々の箱庭』も入っているから困る事は無い。

この『神々の箱庭』であるが、俺達が居ない間に機能拡張され、グリード・アイランド内のカードを使うことで機能拡張が出来るようになっていた。

俺はそれをみてもしかしたらと『モンスターハンター』や『支配者の祝福』、『豊作の木』などの設置系アイテムを使い拡張後、レイザーさんからもらった『パーフェクトリサイクル』で再カード化、持ち出して実体化させると拡張されたままだったので、今の『神々の箱庭』の中は別荘や避暑地と言っていいほどの機能を有している。

…まあ、エリアによればモンスターも居るのだけれど。

だから、そんなに宿の心配はしていなかったのだが、何かを考えたキャロからお誘いの言葉がかかる。

「…あのっ!…なにもおもてなし出来ませんが、わたしの家に来ますか?」

「良いのかしら?結構な大人数なのだけれど…」

「床でザコ寝になってしまいますが、家はわたし一人なので、多分大丈夫だと思います」

キャロの一人だと言う言葉に母さんは少しショックを受けてから、

「そう。それじゃあお邪魔させていただくわね」

と言った。

「はいっ!」

何が楽しい事があったかのようにキャロは了承の返事を返した。


そして今、目の前では、釜戸を前に横並びで楽しそうに料理するキャロと母さんの姿があった。

その様子は仲のよい親子のようだ。

ただで泊まるわけには行かないと、夕ご飯は母さんが振るう事になったのだが、キャロもお客さまにそんなことはさせられないと反対、結局妥協案で一緒にと言うことになったようだ。

料理の材料はこの第六世界であらかじめ買っておいた物を使用している。

どうやら世界は変われど食べ物はそう変わらないらしく、にんじんやピーマン、ジャガイモなど、そう言ったものの類似品は多くあったので、料理には困らない。

一応調味料なんかも『勇者の道具袋』に入れておいたので、醤油など手に入らなそうなものもそろっている。

皆が囲めるテーブルを道具袋から出し、出来上がった料理を並べると皆そろって席に着いたのを確認してフォークをとる。

『いただきまーす』

「あ、これけっこう美味しい」

手前に配膳されたパスタを一口食べたソラがそうもらす。

「あ、本当だ」

「うん、食べたこと無い味だけど、美味しい」

なのはとフェイトもそう感嘆した。

「本当ですか?よかった」

キャロがどこか安心したように言った。

「本当に、キャロちゃんはその年でけっこう料理上手なのね」

そう母さんが褒めると、少し照れたようにキャロが返した。

「…一人暮らしですし、パスタだけですけどね」

「それでもたいしたものよ」

「ありがとうございます」


食事も終えると就寝だ。

パジャマに着替えたキャロが枕を持ってどこか所在無さそうに立っている。

それを見た母さんが手招きした。

「おいで、キャロちゃん。一緒に寝ましょう」

「い、いいんですか?」

「私なんかでよかったらね」

その言葉でキャロはおずおずと母さんの隣に歩いていった。

皆で川の字…むしろ鯉のぼりのような感じで横になると、明かりを消した。


side 紫

明かりを消して皆で川の字で横になる。

私の隣にはこの家の家主のキャロちゃんが私に抱きつくように眠っている。

この子が寝る前に言っていた言葉がかなり痛々しく、私の抱き返す腕に少し力がこもってしまった。

「こんなにいっぱいの人とお話しするのって初めてで、とっても緊張しました」

「皆で食事するのって楽しいですね」

「家族が居たらこんな感じなのかな?」

「わたし、誰かと一緒に寝ることなんて、初めてかも知れません」

それはとてもありふれていて些細なこと。

だけど彼女にはどれも与えられなかったもの。

彼女の持つ強すぎる力を皆が恐れているんだってあーちゃんは言っていた。

だけど、それでも…もう少し彼女に与えても良いのではないだろうか。

「うにゅっ」

腕の中のキャロちゃんが私が抱きしめる力が少し強すぎたようで、苦しそうにもがいた。

それをみて直ぐに力を緩めた私。

こんな状況は決して彼女にいい環境ではない。

直ぐにでも何とかしてやりたい衝動に駆られてしまうが、物事にはタイミングと言うものもある。

あーちゃんの話しだと、もうしばらくするとキャロちゃんはこの部族をおわれる事になるらしい。

それ自体は彼女にある種のトラウマを植え付けてしまうかもしれない…けれど、その後ならば私はいっぱい彼女に与えてあげることが出来るだろう。

今、この状況でキャロちゃんを引き取るとか言う話しを出しても周囲の同意は得られず、ただ混乱を招くだけだ。

だから、キャロちゃん。

もうしばらくだけ我慢してね。


side out


数日、キャロの家に厄介になりつつ、キャロの案内で近くの草原やら湖に行って一緒に遊んだ。

その内にキャロとの距離も段々近づいて、帰る日が来たときは寂しさを覚えるほどだった。

「世話になったね」

「いいえ、わたしも楽しかったです」

俺の感謝の言葉にそう返したキャロ。

「キャロちゃん、泊めてもらったお礼にこれを上げるわ」

「なんですか?」

母さんがキャロに手渡したのは一つの巻物だ。

「この先の生活で困った事が起こったらその巻物を開いて。きっと私達の所まで来れるから」

「え?」

「困ったときは頼ってもいいのよ。少しは周りに甘えることも覚えなさい」

そう言って押し付けるように巻物を渡した。

キャロに渡した巻物は逆口寄せの術式が書き込んである。

開けば一瞬にして御神家のリビングに転送されるはずだ。

「それじゃ、キャロも元気で」

「はい、ソラさんも。この数日すごく楽しかったです」

ソラが別れの挨拶を口にする。

それを皮切りにフェイト、なのはと続き、別れの挨拶を終えると、俺達は第六世界を後にした。
 
 

 
後書き
アオは関係の無い人を助けるような考え方はしていません。…しかし、今回は状況が複雑です。
自分は知っているが、この世界では別人。これをどう捉えればよいのか。
それも自分が介入したために死んでしまう運命が分かっているとすれば…とは言え、以前にツヴァイを消す事をアオ自身も納得してしまっているのですが…
深板達の管理局への印象は数々の二次SSを読んだ記憶により真っ黒という風に認識されています。
脳みそが牛耳っていたりするから違わなくは無いのでしょうが…しきりに深板が拉致監禁を話題に出しているのはそのためです。
今回はアオが力強い味方を得たと言う事ですかね。
空港火災もなのは達の事を抜いてそのほかの事象はそのままと考えれば確実にスバルは死にますね。…実際はどうなるか分かりませんが。
キャロに関しては想像です。キャロの両親とかってどうなっているのでしょうね?もし生きていたのなら年端も行かない娘を放り出す鬼畜と言う事に… 

 

番外 リオINフロニャルド編

 
前書き
リオのその後の話です。

この話は読者の皆様に置かれましてはかなり予想外の流れなんじゃないかなと思います。
作者自身も思いついたのは最近ですしね。
ドッグデイズも二期が放映されているし、同じ都築ワールドと言うことでノリでクロスオーバーしてみました。
ある意味ネタです。
輝力や守護の力の設定に関しては捏造のオンパレードです。
そのあたりをご了承の上読んでいただければ幸いです。 

 
「わああああぁぁぁぁぁぁぁ」

あたし達は今、どこか分からない空間を重力に引かれるかのように落下している。

いったいどのくらい落下したのだろう。

そんなに長い時間じゃないだろうけれど、ようやくこの空間にも終わりが見えた。

突然、あたし達はどこかの空中に放り出された。

「ああああああっ」

『スレイプニール』

ソルが気を利かせて飛行魔法を使用したので地面への激突は…

「わあああああああぁっへぶぅ」
「うにゃっ」
「きゃっ」

「うのぁっ!」

あたしの上から降って来たヴィヴィオとコロナ、ついでにアインハルトさんにぶつかって諸共地上へと墜落した。

「いたたたたっ…」

ぶつけたところをさすっているヴィヴィオ達。

「重いんだけど…」

「あ、ごめん」

瞬間的に『堅』で身体強化したからダメージは無いけれど、出来ればちゃんと飛行魔法は使用して欲しかったよ。

ヴィヴィオ達がいそいであたしの上から降りると、あたしも立ち上がり、あたりを確認する。

青い空、色とりどりに咲き誇る草花、それと、犬耳と尻尾を付けたキャロさん。







うん?

今なにかわたしおかしな事言わなかった?

「あれ?キャロさんいつの間にコスプレを?」

「リオっ!今はそんな事を言っている場合じゃないよ」

「そうだよ、ここがどこか分からないんだからねっ!」

あたしのボケにコロナとヴィヴィオがつっこんだ。

「そうですね。私達は確かに部屋で横になっていたはず」

冷静に分析したアインハルトさん。やはりこの中では一番お姉さんだ。

「それに、彼女はキャロさんじゃないようですよ?」

「え?」

改めてその彼女を見る。

彼女もこちらの状況が良く分かっていないようで、あわあわしている。

良く見ると耳と尻尾以外にも目の色や髪型と言った細かな点に違いが見られる。

「本当だ」

そう言ったのは一番キャロさんと付き合いの長いヴィヴィオ。

これはどうしたものかと思案していると、遠くから声が聞こえてきた。

「姫さまーーーーーー」

その声に目を向けるとなにやら大きな鳥に騎乗してくる騎士のようないでたちの人たち。

しかし、やはりその人たちも耳と尻尾が付いている。

「エクレ」

あたし達を囲むように騎士たちが陣取り、そこから1人抜け出てキャロさんに似ている人へと頭をたれる翠の髪の女性。

「姫様、ご無事ですか」

「私はなんとも無いのだけれど」

あたし達は突きつけられた武器に抵抗の意思は無いと、両手を挙げた。

「ヴィヴィオ~、これってどういう事?」

「わ、分からないよぉ」

情けない声をだすコロナと、それをなだめるヴィヴィオ。

「とりあえず、抵抗しない方がいいようです。彼らもそこの彼女を守っているだけのようですし」

そうアインハルトさんが言う。

少しすると騎兵が割れて、その奥から翠の少女を引き連れたキャロさん似の少女が進み出てくる。

「私はビスコッティ共和国領主ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティと申します。異国の人。どうやら突然の来訪のようですが、いったいどういったご用件でしょうか」

キャロさん似の少女の名前はどうやらミルヒオーレさんと言うらしい。

「すみません。あたし達もどうしてここに居るのか分からないんです」

皆この状況に混乱しているみたいだからあたしが代表して答える。

「そうなのですか?」

「眩い光に包まれた後、気が付いたらここに居たんです」

「そうなのですか。元の場所へは帰れそうですか?」

えっと…どうだろう?

「少々お待ちください」

そう断ってあたしはヴィヴィオ達に向き直る。

「ねぇ、帰れるかな?」

「まずここがどこか分からなければ転移魔法も使えないよ」

「ここはビスコッティ共和国って名前らしいよヴィヴィオ」

「国の名前じゃなくて世界の名前です」

そう、アインハルトさんが言った。

「あ、そうだね」

再びあたしはミルヒオーレさんに向き直る。

「あの、この世界の名前ってなんて言うんですか?」

あたしのこの問いに答えたのはミルヒオーレさんではなくて、隣に居た翠の髪の少女、エクレだった。

「お前らは何も知らないんだな。ここはフロニャルドだ」

むかっ!

あたし、あの人嫌いです。

それでも名前は聞けたからヴィヴィオ達に向き直る。

「フロニャルドって言うらしいよ」

「フロニャルドですか…」

「アインハルトさん知ってるの?」

「いえ、知りませんが」

ヴィヴィオが期待を込めて問いかけたが、すぐさま否定するアインハルトさん。

「と言う事は、帰れないって事?」

若干悲壮感漂う表情でコロナが言った。

「だねぇ」

「ちょっとっ!リオっ!どうしてあなたは余裕そうなのっ!?」

大声を上げたコロナ。

コロナの心情も分かるんだけどね。

「……二度目だからかな」

「二度目?」

どういう事ですか?とアインハルトさん。

「昔、と言っても三年位前の事だけど。あたしは1人で言葉も通じないところに転移したことが有ったからねぇ」

「え?」

「そんな事があったの?」

驚くコロナとヴィヴィオ。

「それで。その時はどうしたんですか?」

冷静に問いかけたのはアインハルトさんだ。

「管理局からの助けが来たよ。…とは言っても、特殊な場所だったらしくて、ミッドチルダに帰るのに一月ちょっとかかったなぁ」

3人とも一月もとつぶやいているが、あのころを思い出して少ししんみりするあたし。

「って事は現状では帰れないって事ですね」

それを踏まえてどうしようかと言う段落で経験者は語る。

「こういった場合あんまり動かないで管理局の助けを待ったほうが良いんだけど、どのくらい掛かるか分からないし」

「私達には食料などの持ち合わせもありません」

だよねぇ。

「それじゃあどうするのよっ!」

コロナ、もう少し落ち着けー。

「ずうずうしいかも知れないけれど、彼女、ミルヒオーレさんは領主さまのようだから頼ってみよう」

運がよければ保護してもらえるかもしれないし、そうじゃなくても救助が来るまでの間、仕事の斡旋なんかをしてくれるとうれしい。

まずはお金を稼がないと。

なんて思うあたしを助けているのはきっとあの世界の思い出だろう。

今はどうすることも出来ないと結論を出したあたしはミルヒオーレさんに向く。

「あの、あつかましいお願いなのですが」

「なんでしょうか」

「あたし達はこの世界とは別の世界の人間です」

「はい」

「突発的な事故で時空を渡ってしまった為に帰る手段が存在しません」

「そうなのですか?」

「はい。それで、出来ればあたし達を保護してもらえないでしょうか?もちろんあたし達が出来る仕事があれば紹介していただければご負担も減ると思います」

これは本当に彼らの好意にあずかる手段だ。

あんまり褒められた手段ではない。

だけど、帰るためにはまずこの世界での生きる糧を得ないといけない。

今のあたしの年齢は三年前のソラお姉ちゃん達と同じ。

あの時はあの世界での生活する糧をあの人達に頼っていたあたし。

今度はあたしの番だ。

「そうですね。私の城に来ますか?」

「ひ、姫様!?」

「エクレ、見たところ彼女達は皆小さな子供じゃないですか。そんな彼女達が見知らぬ土地にいるのですよ?助けてあげないと」

「で、ですが!」

食い下がるエクレをよそに、近くにいた青い髪のいかにも騎士と言う男性に向き直るミルヒオーレさん。

「エミリオ、彼女達をお願いします。私は帰ってリゼルに彼女達の滞在の準備をお願いしないと」

「はっ!」

騎士の礼をとるエミリオさん。

「すみませんが、私は先に失礼させていただきますね。後はこのエミリオが城まで案内してくれるはずです」

「あの、いいんですか?」

「はい」

そういうとミルヒオーレさんはエクレを連れて先に辞した。

「えっと、どうなったの?」

3人を代表して問いかけたヴィヴィオの問いに答える。

「うん。ミルヒオーレさんの家で保護してくれるそうだよ。後はそこのエミリオさんが案内してくれるって」

あたしの言葉から自分の名前が出たのを聞き取ったエミリオさんがこちらを向く。

「姫様のお言い付けだ。城まで案内する。セルクルに騎乗できるか?」

「セルクルとはその大きな鳥の事ですか?」

「ああ」

「…無理ですね」

「なれば、1人ずつ騎士の後ろに相乗りでよろしいですか?」

「お願いします」

丁寧に介添え付きでセルクルに乗せてもらうと一路ミルヒオーレさんが待つお城へと向かう。

「すごーい」

「お城…です」

「本当だ」

ヴィヴィオ、アインハルトさん、コロナの感想。

城門を通り、セルクルを降りるとメイドさんがあたし達を部屋へと案内してくれた。

「ベッドが四つ。全員一緒になるように取り計らってくれたんだ」

「こんな所に厄介になっても良かったのかな?」

まじめなヴィヴィオがつぶやいた。

「仕方ないじゃん。厄介になった分は何かで返したいけれど。あたし達に何か出来る事はあるかなぁ」

得意なことは戦う事くらいだからなぁ。あたしもヴィヴィオ達も。

しばらくすると、メイドさんが入室してきて用件をあたし達に伝える。

「姫さまがお呼びです。ご足労願えますか?」

「なんだって?」

コロナが問いかける。

「ミルヒオーレさんが呼んでるって」


移動すると、格式高い部屋へと通され、席を勧められた。

進められるままに椅子に座る。

正面にミルヒオーレさん。

その右隣に翠の髪の少女、エクレが陣取り、もう片方には少し小柄なふわふわした茶髪の髪がかわいらしい少女が立つ。

「お呼び出しして申し訳有りません。紹介しておきたい人がいましたので」

「いえ、気にしないでください。厄介になっているのはあたしたちの方ですから」

「そうですか。それで紹介したいと言う人はですね、こちらの」

ミルヒオーレさんの言葉をついで隣の栗毛の少女が自己紹介をする。

「リコッタ・エルマールなのであります」

「リコはですね、ビスコッティ国立研究学院の主席なんですよ」

なんかえらい学者さんのようだ。

「それでですね、先に戻った私はリコに異世界帰還の方法は無いのか調べてもらっていたのですが…」

リコさんが言葉を引き継いだ。

「基本的にこの世界では召喚と送還はセットになっているのであります。お呼び出ししてお帰りになるのを手助けをする事は出来るのでありますが…」

そんなぁ…とヴィヴィオ達の表情が陰る。

「迷い込んだ人を送り返す事は出来ないと言うことですか?」

「前例が無いだけなのであります。研究すれば異世界へと渡る事は可能なのかもしれないのですが…あなた様の故郷の世界の名前を聞いてもよろしいでありますか?」

「ミッドチルダです」

答えたのは年長のアインハルトさん。

「ミッドチルダ…聞いたこと無いのであります。以前勇者さまにいらしてもらった世界とは別の世界かと思います、姫様」

勇者さまって何?

とりあえず勇者について聞いてみた。

少し前に隣国との(いくさ)が続いたらしく、劣勢に陥ったビスコッティ共和国は勇者召喚で異世界人に助けを求めたらしい。

召喚された勇者は国を救い、元の国に帰ったそうだ。

え?(いくさ)なんてしていたの?この国。

それにしては活気にあふれているようだけど?

「しかしながらでありますが、以前送還について調べていたとき、フリーリア王国に異世界に渡る術があると言う話を聞いたであります」

そうリコさんはあたし達を励ますように言った。

「フリーリア王国…そこに行けば帰る手がかりも見つけられるかもしれないって事ですか?」

「その可能性は高いのでありますが…もしそんな技術があっても他国に教えてくれるものでありましょうか?」

うーん。

「……うーんと、それならば、フリーリア王国に戦の申し込みをいたしましょう」

「「姫さまっ!」」

「え!?ちょっと待ってくださいっ!あたし達の為に他国に侵略なんて駄目ですっ!」

あたしの言葉にミルヒオーレさん達がポカンとしている。

え?何?この状況。

「ああ、リオさん達はこの世界の(いくさ)の事を知らないのでありましたね」

うん?どういう事?

そしてリコさんが教えてくれた戦とはあたし達の知っているソレとはまったく違うものでした。


戦場を決め、救護の準備をしっかりしてから戦闘を開始する。

とりあえず、敵は凹ってかまわない。

この世界はフロニャ(ちから)と言うもので守られていて、フロニャ力が強い場所では怪我はしないとか。

とてつもなくやさしい世界ですね。

頭、背中にタッチすると即座にけものだまになり、タッチボーナスも稼げるらしい。

どうやらこの戦、得点制らしいです。

と言うか、けものだまっていったい…

それと、フロニャ力を自分の紋章に集めて自分の命の力と混ぜ合わせることで輝力と言う力に変換する事が出来るらしい。

うーん…

フロニャ力とはどうやら魔力素みたいだ。

ソルに観測させてみたら、魔力素は場所により濃度が上下するけれど存在している。

ミルヒオーレさんの言葉を聴くと、魔力素とオーラを混ぜて使う技術みたい。

その力を使って紋章砲と言うビームを放ったり、紋章剣といった斬撃を飛ばすらしい。

戦自体を興行として大々的に開くことで結構大きな利益が出るとか。

どうやら一種の娯楽のようですね。

とは言え、国家間の要求の調停の場としても機能するようで、今回のように戦を設けて勝てば多少の要求は通るようです。

まあ、要約すると、戦自体は結構頻繁に行われているから気にするな、ただし帰る手段が欲しかったら勝たないと、と言うことらしいです。

「それと、丁度今日は隣国ガレットとの戦の開催日なんですよ。ですので実際に戦場をご覧になってはいかがですか?やはり一度実際に見ていただいたほうがよろしいでしょうし」

たしか、戦で活躍すると報奨金がもらえるんだよね?

戦に出て稼げれば、出元は国の収益からだけど、一応自分で稼いだって事になるかな?

「あのっ!その戦、あたしも参加したいんですけどっ!」

「へ?」







簡素な革鎧に片手剣と木製の盾が一般参加の基本装備だそうで。

片手剣を脇に射し、盾は背中に引っ掛けて準備完了。

「ねえリオ、本当に1人で行くの?」

と、コロナがあたしを心配してくれた。

「そうだよ、わたし達も一緒に行く事だって。ねえ、アインハルトさん」

「はい。どうしても1人でいかれるんですか?」

ヴィヴィオの言葉にアインハルトさんも心配そうに言った。

「うん、だって皆は紋章術、使えないでしょう?」

「うっ…」

そう、ヴィヴィオ達にはこの世界では一般的な戦闘技術の紋章術の発現が出来なかったんだ。

「どうやったら出来るの?」

「説明はされたでしょう」

フロニャ力(魔力素)と命の(オーラ)を混ぜ合わせる事で生成される輝力と言うエネルギー。

なまじ魔法と言う技術が一般化されているからこそヴィヴィオ達には命の力と魔力素を混ぜ合わせる事が出来なかった。

いや、ちがうかな。ヴィヴィオ達の操る膨大な魔力に少量のオーラではうまく混ざらなかったと言うべきか。

どうやらこの世界の人たちにはあたし達と違いリンカーコアに魔力素を溜め込む器官はないみたいだ。


それでも周りの魔力素を操り自分のオーラを混ぜることで莫大なエネルギーに変換している。

1+1が5になっているような感覚だ。

この1+1がヴィヴィオ達には出来ない。

だいたい1(魔力)+0.1(オーラ)くらいかな?

これじゃうまく混ざるはずも無い。

戦の相手は真剣を振るってくるが、輝力が使えれば武器が壊れ、服が破けるだけで済むらしい。

輝力が使えるとフロニャ力の加護が働いて、異世界人でも大怪我はしないんだって。

不思議なもんだ。

武装が破壊されれば襲わないのがルール。

「だから、どうしても参加したかったら、輝力の扱いが出来るようになってからだよ」

それにヴィヴィオ達は昼間の模擬戦で限界のはず。

今は緊張と混乱で活力が満ちているだけだ。

あたしはまだまだ余裕があるし、ね。

うーうーうなるヴィヴィオを置いてあたしはスタート地点へと移動した。

戦場を見渡せば、そこはジャンプ台があったり、ため池があったり、そのため池に足場代わりの丸太や、うんていなどの遊具なんかが見て取れる。

今回はわりと狭い戦場らしいとミルヒオーレさんから聞いていた。

フィールドはおよそ陸上競技場一個分くらいかな。

参加者はビスコッティ、ガレット共に3000人くらいだとか。

この規模の戦では騎士団長クラスの参戦は無いから気楽に楽しんできてくださいとの事。

頭上には巨大にキューブ型のモニタが設置されていて、戦場の様子をアナウンサーたちが解説を交えながら実況するらしい。

…うーん、完全に運動会のノリだなぁ。

【それでは、両軍準備が整ったところで、戦の開戦です】

アナウンサーの宣言と共に両軍一斉に歩を進める。

「それじゃ、あたしも行きますか」

ぐっと四肢に力を入れると前へと駆け出す。

水上アスレチックを制覇して先に進むとどうやら相手とかち合った。

「おおおりゃああーーーー」

気合一閃。目の前に迫った相手の猫耳兵士の短剣での攻撃を体を捻って避ける。

「たっちっ!」

「なっ!」

ポワンッ

あたしが彼の背中に触れると一瞬にしてけものだまへと姿を変えた。

「なにこれ、かわいいっ!」

説明で聞いていたけれど、実際見るとなんかかわいい生き物なんだけどっ!

…でも実際はむさいおっさんだから持ち上げたりはしませんけどねっ!

「うらーーーっ」

おっと、油断も隙も無い。

次から次へと敵兵が攻撃を仕掛けてくる。

攻撃をかわして頭にタッチ。

やはりかわいらしいけものだまへと変化する。

「だんだん楽しくなってきたっ!」

「うおーーーー」
「えやーーーー」

向かってくる敵に頭と背中を次々タッチ。

ぽぽぽぽーーんと言う音をたててけものだまに変化する。

それにしても、この戦って子供だからって容赦ないよねぇ。

まあ、絶対安全がモットーらしいから相手も手加減がないのかも。

「よしっ!この調子でどんどん行こうっ!」

【おーっと、あの快進撃を続けているダークホースはいったい誰だぁ!?】

【装備は一般兵のものですが、その身のこなしは騎士達よりも上ですね。これでは一般参加者では彼女の相手は難しいでしょう】

アナウンサーの実況に少しイケメンの解説が答えた。

【彼女?女の子なんですか!?バナード将軍】

【とてもかわいらしいお嬢さんですね】


戦場の中間を過ぎたころ、前方に全身を黒い甲冑に身を包み大きな斧と鎖でつながれた鉄球を武器に構えているおじさんがこちらを睨みつけるように対峙している。

「なぁかなか善戦しているよぉだが、ここからぁ先はぁこのゴドウィン・ドリュールが一歩もとおぉさんぞぉ」

【でたーっ!ガレット騎士団、ゴドウィン将軍だぁ!これはあの少女の快進撃もここまでかぁっ!】

「1勝負、お願いしますっ!」

「のぞむところよぉっ!」

瞬間、ゴドウィン将軍の背中に紋章が浮かび上がる。

「うおぉらぁぁぁああああああっ!」

振り回した鉄球が何倍にも膨れ上がりあたしに投げつけられる。

「ちょっ!」

あたしはすぐさま精孔からオーラをひねり出すと『流』で身体能力を強化する。

腕に6割、足に2割、残りの1割は全身の強化にオーラを回すと、あたしは迫り来る鉄球を受け止める。

「ああああああああっ!」

【うっ!うけとめたーーーーーっ!】

ウワァァァァァァ

アナウンサーの実況と四方から上がる歓声。

「なんとぉっ!」

まさか受け止めるとは思わなかったゴドウィン将軍が驚きの声を上げる。

「せぇっのぉっ!」

あたしは渾身の力で受け止めた鉄球を投げ返した。

【なっ!なげかえしたぁああああっ!】

「ぬぅんっ!なぁんのぉっ!」

あたしが投げ返した鉄球を鎖を持ち上げて持っていかれまいと踏ん張るゴドウィン将軍。

「ぬぁあはははははぁっ!やりおるなぁっ!」

踏ん張って振り回し、もう一度投擲体制をとったゴドウィン将軍。

だけど、遅いよっ!

あたしは踏ん張るゴドウィン将軍の隙を逃さず懐近くまでもぐり、

「タッチっ!」

ゴドウィン将軍の頭部を駆け抜けるようにタッチした。

「むぅっ!ぬかったぁぁぁぁぁああっ!」

バリバリバリっ

パリンっ

小気味よい音を立ててゴドウィン将軍の甲冑がはじけ飛ぶ。

「私のまけだぁっ。ゆけいっ!」

「はいっ!」

防具破壊ですっぽんぽんかと思って身構えたけれど、インナーまでは破壊されなかったようだ。

【なんとぉっ!ゴドウィン将軍をうちやぶったあああああっ!あの少女の快進撃はどこまで続くのかぁっ!】

実況が囃し立てる。

【はやいっ!はやいっ!はやいっ!快進撃は止まらない~~!】

つり橋を超えて平原へと入ったあたしを待ち受けていたのは銀髪の少年だった。

その後ろに猫、トラ、ウサギの耳を生やした女の子が控えている。

【おおっとっ!彼女の前に現れたのはガレット獅子団領、ガウル殿下だっ!これは彼女の快進撃もここまでか!?】

「ゴドウィンを倒したんだってなぁっ!」

えっと、実況を聞くとガウルくんって言うのかな?

「あのハンマーの人?」

「ああ」

「相性が良かっただけですよ」

あの人はパワーファイターで一撃の攻撃には重みがあるタイプだけど、かわされたり受け流されると次の攻撃にはほんの少し時間がかかる。

速度重視のあたしはその隙を突いたにすぎない。

「それでもだっ!勇者が帰ってしまってからなかなか全力で戦える機会が無かったからなっ!ひさびさに本気でいかせてもらうぜっ!おまえらっ!援護は不要だからなっ!」

「「はーい」」「…了解」

後ろのお姉さんがガウルくんの言葉に了承の返事を返した。

ソレを合図にガウルくんの輝力が輝きだす。

「輝力開放…獅子王爪牙っ!」

輝力が四肢に集まって獅子の爪を思わせるような形にまとわり付く。

「いくぜぇぇえええっ!」

っ!速いっ!

大地を蹴ったガウルが目にも留まらぬ速さでその爪をふるう。

まずいっ!あたしと同じ高速機動型っ!

あたしはその速さに対応しようと咄嗟に写輪眼を発動させた。

「ちっ!」

まさか避けられるとは思っていなかったのだろう。悪態をつくガウル。

あの爪。まともに受ければリタイアは必死。ならばこちらも爪が要る。あの爪に対する爪が。

「輝力開放っ!」

あたしの後ろに紋章が浮かぶ。

扱うエネルギーは少し違うけれど、なんとなく出来る気がする。

あたしは両手で印を組むと、輝力を雷に性質変化させて両手に纏わせるように形態変化させた。

チッチッチッチッチッ

できたっ!

「なんだっ!そいつぁっ!」

「雷遁・千鳥。輝力版」

千鳥を扱うのはとてつもなく多くのオーラを使うのだけど、この輝力に変換したエネルギーならばオーラのみの場合よりも少ないようだ。

まぁ、その分魔力も消費しているけれどね。

それでもガリガリと輝力が削られていくのが分かるからあまり長期戦は出来ないかな。

でもっ!これで互角に戦える!

「いくよっ!」

「来いっ!」




放送される実況中継がリオの活躍を伝える。

「うーーうーー、いいなぁリオ。楽しそうだなぁ」

ヴィヴィオがうらやましそうな声をあげた。

「リオ、すごい。どんどん倒しちゃってる」

コロナがモニタに映るリオが触れた後にけものだまに変化している兵士達を見て言った。

「リオさんのどこにあんな膂力があるのでしょう」

ゴドウィン将軍の鉄球を受け止めたリオさんをみて私が率直な疑問をくちにすると、コロナさんがかえした。

「あ、そう言えば今日の模擬戦でわたしのゴライアスのコブシを真正面から打ち砕いてたよ」

「ええ!?あのゴライアスを?」

ヴィヴィオさんの驚きの声。

彼女はどれほど実力を隠しているのか。

快進撃を続けるリオさんの前に今度は銀髪の少年が現れる。

「輝力ってあんな使い方もあるんだ」

そうヴィヴィオさんが感心している。

あれは魔力刃のようなものだろうか。輝力を質量化させて四肢にまとわり付かせている。

モニタの中でガウル殿下が仕掛ける。

「はやいっ!っ、リオっ!」

ヴィヴィオさんが心配して声を張り上げた。

「…大丈夫ですよ、彼女なら」

「え?」

「ほら」

疑問顔でこちらを向いたヴィヴィオさんにモニタを勧める。

そこにはガウル殿下の攻撃をしのいだリオさんが映っていた。

「すごーいっ!」

「あ、今度はリオの手から何か出てるよ?」

コロナさんが言ったようにリオさんの後ろに紋章が輝いたと思ったらなにやら手を不可思議に組み合わせ、一瞬後に両手をバチバチと雷が覆っているかのように纏わり付いている。

「すごいね、リオ。輝力をもうあんなに使いこなしているよっ!」

いえ、あれは前から知っていた物を輝力で再現しているように感じます。

つまり、これが彼女が言っていた「ここ(魔法世界)では使えない」技術ですか。

「まだまだ本気の彼女と対戦できるのは遠そうです」

自身の未熟さを感じ、独り言のようにつぶやくと、モニタの中で二人の試合の決着がついていた。




何回も激突したそれもついに終わりを迎える。

互いに必殺の一撃の威力を込めてすれ違いざまに攻撃を加えた。

そのまま交差。

バリバリバリッ

「きゃーーーっ!」

あたしの防具にひびが入り、一瞬で下着を除いてブレイクした。

たまらずしゃがみこむあたし。

「なははははっ、オレの勝ち…アレ?」

ピシッバリンっ!

小気味よい音をたててガウルくんの防具も吹き飛んだ。

【これは両者防具破壊だぁああああっ!なんとガウル殿下と引き分けにもちこんだあぁぁ!】


『バリアジャケット・セットアップ』

一瞬でバリアジャケットが展開されて、あたしの体を覆った。

「ありがとう、ソル」

『問題ありません』

「ちぇ、引き分けかぁ」

「おう、あんた強いな。名前はなんてんだ?」

後ろに控えていた3人からマントをもらって羽織ったガウルくんがあたしにたずねてきた。

「リオ、リオ・ウェズリー」

「オレはガウル・ガレット・デ・ロワ。親しいやつからはガウって呼ばれてるな」

「ガウ…くん?」

「おうっ!」

「ガウさま、装備の交換に戻りませんと」

後ろに控えていたウサ耳のお姉さんがガウくんを引っ張って陣営に戻っていった。

「あたしも戻らないと」

邪魔にならないようにリタイアゾーンから本陣へ。

ミルヒオーレさんから服を受け取りすぐに着替えると残念ながら今回はそこでタイムアップ。

本陣の中でミルヒオーレさんとリコさんのいる席へと招かれた。

「大活躍でしたね」

ミルヒオーレさんがねぎらってくれた。

「負けちゃいましたけどね」

「いえいえ、戦自体は我がビスコッティの勝利なのであります。それにゴドウィン将軍にガウル殿下。お二人も撃破されたのでありますよ?報奨金はいっぱい出るとおもうのであります」

リコさんがそう言って励ましてくれた。

「それに、タッチボーナスもかなりのものになったかと。あとでお受け取りくださいね」

そうなのか。

夢中だったから途中で100から後は数えるのはやめちゃったけれど、結構がんばったよね。

「お疲れでしょう?部屋で少し休まれると良いかと思います」

「ミルヒオーレさん達は?」

「わたし達はこれから戦勝国イベントの準備です」

「姫様が歌うのでありますよっ!」

「頑張ってくれたリオさんとそのお友達さんは招待いたしますので是非見に来てくださいね」

「はい、是非に」

とりあえず、もらった報奨金から立て替えてもらった参加費を返済し、残りはありがたくいただいた。

ゴドウィン将軍とガウくんの撃破が利いたのか、この世界の平均月収の二か月分くらい有りますよとの事。

贅沢をしなければしばらく生活はできるかな。

それから催されたミルヒオーレさんのコンサートイベントを見に行って、手に入れたお金で小腹を満たした後あたし達はお城に戻り、与えられた部屋で就寝した。

疲れきっていたこともあり、すぐに寝付くことが出来たため、皆帰れないと言う不安を一時でも忘れることが出来た。


フロニャルド滞在二日目

次の日、ベッドから起き上がり、メイドさんに配膳してもらった朝食を食べ終わるとミルヒオーレさんが呼んでいると呼び出され、執務室のようなところに案内されたあたし達。

入室するとミルヒオーレさんが座り、その隣に銀色の髪のお姉さんが座り、さらにその横にガウくん。

後ろにリコさんや昨日紹介されたビスコッティ共和国の騎士団長さん、その隣にエクレ、ガウくんの後ろには昨日もいた猫、トラ、ウサギの三人娘が控える。

あたし達を対面の椅子に座らせるとテーブルに紅茶を置いてメイドさんが下がる。

「こちらはガレット獅子団領領主の」

「レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワじゃ。そなたらが異世界から来た客人か」

ミルヒオーレさんの紹介を引き継ぎ自己紹介するレオ姫さん。

ガレット・デ・ロワって事は、ガウくんのお姉さんかな。

「アインハルト・ストラトスと申します」

「リオ・ウェズリーです」

その後ヴィヴィオ、コロナと自己紹介が続く。

自己紹介も済んだところであたし達を呼んだ用件に入る。

「先ほど、フリーリア王国に異世界へ渡る方法を教えてくださいとお願いする使者をだしたのですが…やはり教えられないとの事でした」

「…そうですか」

「なので、予定通り戦の申し込みをして参りました。しかし、かの国はとてつもなく戦が強いのです」

「そうなんですか?」

「はい…」

しょんぼりするミルヒオーレさん。

「じゃから、今回は我がガレットとビスコッティの共同戦線と言う事になったのじゃ」

なるほど、それでレオ姫さまがここにいる訳ですね。

「しかし、戦の開戦には打ち合わせや戦場の準備などの事情から二週間ほど時間が掛かる。これは了承してもらう他ないのう」

それは仕方が無いかな。

戦は国家主催の行事のようだし、安全対策もばっちりの一種の運動会だ。

準備は万全でなくてはならないだろう。

「けっこう時間が掛かるんだね…」

二週間と言う言葉に気落ちするコロナ。

「でもここはわがままを言えないよ。コロナ、合宿が二週間伸びたと思って楽しもうよ。それに、二週間の間に助けが来るかもしれないしね」

「う、うん」

とは言え、戦に勝ったとて、帰れるとは限らないとは言えなかった。



午後はなんとなく中庭で皆で輝力の練習中だ。

どうやらあたしだけが使えたことに納得がいかなかったようだ。

うんうんうなって練習しているが一向に成功しない。

「ダメー。なんとなくもうちょっとな感じがするんだけど、そのもう少しがわかんない」

ヴィヴィオがそう言って地面にしゃがみ込みダレた。

「どうですか、皆さん輝力は感じられるようになりましたか?」

丁度よく中庭にやってきたミルヒオーレさんがあたしにそう尋ねた。

「なかなか難しいみたいです」

「そうなのですか。以前いらしてくれた勇者さまは少し教えただけで使いこなしてしまわれたのですが」

「ヴィヴィオ達の場合、フロニャ力だけで力を行使する事になれちゃっているんですよ。だから逆に難しいのかもしれません」

「フロニャ力だけで?」

「はい。あたし達は魔力素って言ってますけど。ソルっ!」

『アクセルシューター』

足元に魔法陣が展開して、あたしの周りに数個の魔力スフィアが現れる。

「これは…紋章術とは違うのですか?」

「これが魔法です。あたし達の場合、このエネルギーだけで色々できたりするのですが、フロニャルドの人たちはこのエネルギーを多く取り込むことが出来ないんじゃないかな」

「と言うと?」

「あたし達が魔力素だけで扱う事が出来るレベルまでは吸収出来ない。だからそれに自分の命の力を混ぜこんでそのエネルギーを何倍にもしている」

「それが輝力だと?」

まあ、あたしの推察だけどね。

「まって、まって。その説明だとリオが輝力を扱える説明になってないよ!」

ヴィヴィオが突っ込んだ。

うーん、実際に命の力と言うのがあるというのは知られちゃったし、ヴィヴィオ達ならばいいかなぁ。

「あたしは命の力、生き物なら誰でも持っている生命の力、あたしはオーラって呼んでいるけど、それを扱うことが出来るからね」

「それがあの時は使えないって言ってた力ですか?」

アインハルトさんがあたしに問いかけた。

「そうだね。この力は結構危険なんだ。魔法とは似たことも出来るけれど、非殺傷設定なんてものは無いから、行使すれば人が傷つく。まぁ、フロニャ力の加護があるこの世界では違うかもしれないけどね」

強烈な攻撃をくらってもフロニャ力の加護が強い地域ではけものだまになったり服が破けたりだけで済むらしいしね。

「実際にはどんなことが出来るの?」

「うーんと身体強化とか、性質変化とか…まぁ、簡単に一個見せるけれど、危ないから近寄らないでね」

あたしは印を組んで息を吸い込む。

「火遁・豪火球の術」

ボウッとあたしの口から巨大な火の玉が燃え盛る。

「うわっ!」
「何それっ!」
「…すごい」
「わー、すごいですね」

上からヴィヴィオ、コロナ、アインハルトさん、ミルヒオーレさんだ。

「それで、このオーラと」

そう言ってあたしは右手にオーラ、左手に魔力を球形にして放出した。

「魔力を混ぜ合わせたのが…」

右手と左手を正面で合唱するように合わせ、魔力とオーラを混ぜ合わせた。

「輝力」

放出した球形の5倍ほどの大きさのスフィアが形成された。

「ま、こんな感じかな」

「すごい」

しかし、輝力は長時間溜めておくことには適さない感じがするね。

必要なときに必要な分だけ混ぜ合わせて使うと言う感じかな。

そこはやはり一長一短だ。

「じゃあ昨日のアレは?」

と、コロナ。

昨日のあれと言えばアレか。

「うーん、あれは輝力を雷に性質変化させた上で形態変化させて放電させたんだよ」

とは言え、あれはあたしに性質変化に雷の特性と、魔力変換資質・雷があったから出来たようなものか。

「うん?」

「まあ、コロナ達には難しいって事だね」

そんなこんなでその日は練習を続けたが、輝力を会得する事はかなわず。

まあ無理に取得する必要もないんじゃないかなぁと思っていたんだけど…

四日も練習していると曲がりなりにも輝力を使えるようになっていたヴィヴィオ達。

あせってヴィヴィオ達を見てみたが、精孔が開いた訳じゃないみたい。

誰もが持っている内側の少量のオーラに混ぜ合わせる事を覚えたようだった。

これで戦に参加できると喜んでいるから…まぁいいのかな?

フロニャルド滞在五日目、夜。

あたしはバルコニーで1人、日課の『堅』の訓練。

「ねぇ、リオ。ちょっといいかな?」

「んー?」

ただ自然体で立っているだけのあたしに躊躇いがちに話しかけたヴィヴィオ。

「ねぇ、リオ。リオの周りを何かもやのような物が覆っているのが見えるんだけど…それって何?」

「え?」

と、振り返ったあたしは驚愕の事実を目の当たりにすることになる。

ヴィヴィオの左目に浮かぶ三つ巴の勾玉模様。

写輪眼。

「ヴィヴィオ…その眼…」

「眼?」

近場に有った姿見で自分の姿をのぞくと、その眼に驚愕するヴィヴィオ。

「あっ…これって…」

え?ヴィヴィオ知ってるの?

「きゅう…」

って!ヴィヴィオが倒れてるーっ!

「ヴィヴィオっ!」

「ヴィヴィオ、大丈夫!?」

「すぐにベッドに運びましょう」

あわてるあたしとコロナをたしなめるようにアインハルトさんが冷静にヴィヴィオをベッドへと運んだ。


「うにゅー…なんか体がだるいー」

ベッドに横になったヴィヴィオがそうもらした。

「いったい何があったのでしょう」

アインハルトさんが気遣わしげに言った。

「オーラを大量に消費したからだよ」

「オーラ?」

「ヴィヴィオ、ここに何か見える?」

あたしは人差し指を立て、オーラを球形に放出するとヴィヴィオの前に差し出した。

「んー?何もみえないよ」

ふむ。

「なにか分かったのですか?」

アインハルトさんが詰め寄る。

「うーん。なんでヴィヴィオが写輪眼を使えるのか分からないけれど、精孔も開いてないのにオーラを消費したからじゃないかな?」

「写輪眼?」

ヴィヴィオが問い返す。

「さっきのヴィヴィオの左目の事」

「左目?」

何の事?とコロナ。

「ねえヴィヴィオ、さっきどうしてああなったか分かる?」

「えーっと。リオがなんかやってるんじゃないかなぁって思って、よく見ようと思ったらああなってた。あの時みえたあのモヤは多分…」

頭のいいヴィヴィオなら予測が付いているんじゃないかな。

「オーラだね」

「そうなんだ」

「それよりも。ヴィヴィオって聖王の家系なんだよね?何で竜王の特異体質が遺伝されてるの?」

どうして写輪眼を発動できたのだろうか?

「……それはわたしが聖王と竜王のハイブリットだからだと思う」

それからヴィヴィオが語った事実をまとめると、半分は聖王、もう半分は竜王の遺伝子を掛け合わせたクローン体らしかった。

「それより、なんでリオはそんな事を知ってるの?」

そうコロナが言った。

「言ったでしょう?あたしは竜王の子孫だって。写輪眼はあたしの家系に宿る特殊能力。一種のレアスキルだもの」

「って事は、リオも使えるの?」

ヴィヴィオがベッドから上半身を起こしてあたしに聞いた。

「使えるよ」

そう言ってあたしは写輪眼を発動させる。

「わ、眼の色が赤くなった」

コロナはあたしの目の変化に驚いたようだ。

「これがあたしが竜王の子孫である証。まぁ、これの能力はさておいて。ヴィヴィオは使わないほうがいいと思う」

「な、なんで?」

「これを発動させるのに使うエネルギーはオーラ…命の力なんだけど、結構大量に消費するし、精孔の開いていないヴィヴィオじゃすぐに底をついちゃう。そうすると今みたいに倒れることになると思う」

「精孔って?」

「体内にめぐるオーラはね、所々ふさがっていてうまく流れていかないのが普通なの」

「うまく流れていかないのに?」

「そう。だから扱える命の力が少ない」

「リオはじゃあその精孔が開いているんだ」

「そう言う事だね」

「精孔を開ける事は可能なのですか?」

問いかけたのはアインハルトさん。

「うーん、出来なくは無いけど危険だから」

オーラを纏った状態で相手にショックを与えれば目覚めることがあるって聞いた。

だけど、オーラを纏った状態で殴れば骨は折れるし、内臓系はぐちゃぐちゃになるだろうし…

「…そう、ですか」

まぁ、こんな所だね。

すこし予想外の出来事が起こったけれど、それでも穏やかに夜は更けた。



そんなこんなでフロニャルド滞在二週間目。

結局助けは来なかったけれど、今日は戦興行の日。

「うーん、わくわくするよぉっ!ね?アインハルトさん」

装備は以前あたしが装備した簡素な革鎧と短剣。

「はい。以前は見ているだけでしたから。実際にこうやって参加できることになってやはり高揚しています」

ヴィヴィオの振りにアインハルトさんが答える。

あたし達は歩兵部隊に組み込まれ、開戦の時を待っている。

【いよいよ開戦の合図を待つばかりとなりましたビスコッティ・ガレット連合軍VSフリーリアの戦。これはもう夢のような対戦ですねぇ】

男のアナウンサーが隣の女子アナに振った。

【そうですね。フリーリアの戦歴はここ数年では負けなし。不敗を誇っていますね】

【そうなんですよね。しかーし、今度の相手はビスコッティ・ガレットの連合軍。両国の騎士団長や騎士達が全員参加の夢の舞台。さて、どちらがこの戦を征すのかっ!】

「コロナ、そんなに緊張しないっ!ミルヒオーレさんがあたし達のために開いてくれたこの戦。勝つのは絶対だけど、せっかくだから楽しもうよ」

「りお~」

ちょっと返事がしょんぼりしてるけど、まぁ戦が始まればきっとその場の雰囲気で何とかなるでしょ。

ドンッドドンッ

花火が打ち上げられ、開戦の合図を伝えた。

「だぁいぃいちじぃんっ!ゆけぇいぃっ!」

歩兵部隊の指揮に当たっているゴドウィン将軍が気合を入れた号令で進軍が開始された。

【さぁっ!開戦だぁああああっ!両軍、まずは歩兵部隊を先行させて様子見の構えのようだぁ!】

「それじゃ、みんなっ!頑張ろうっ!」

「おーっ!」
「う、うん」
「はい」

さてさて、まずはアスレチック群だ。

丸太で出来た平均台を駆け抜け、階段を三段飛ばしに駆け上がる。

「り、リオは~や~い~」

そんなコロナの声が聞こえたけれど、あたしは前へ前へ駆ける。

「きたぞーーーっ!迎え撃てーーー」

相手の兵士がこちらへと歩を進めた。

「よっ!はっ!ほっ!」

「うわーーー」
「やられたー」
「むねん」

ぽぽぽーんっ

けものだまに変化した兵士達をすばやく救護班が回収する。

バトルフィールドの中に三つほど、小高い舞台のようなものが設置されているのが見える。

敵軍はソレを守るように配置されているようだ。

つまり、あれの中を突っ切ってその舞台へと上ればなにかボーナスが有ると見ていいんじゃないかな?

【おーっとっ!ダークホースは先日の少女だけではなかったぁああっ!ご覧ください。またも小さな女の子がせまる敵兵をちぎっては投げちぎっては投げっ!まさに無双だっ!】

ヴィヴィオやコロナ、アインハルトさんとは離れちゃったけど、どうやらそれぞれ別の方向へと順調に進んでるみたいだ。

迫る敵兵をけものだまに変えつつ、舞台の端から釣り下ろされているロープを手にすると、するすると軽い体重とそれに見合わない握力で登っていく。

「よっこいしょっ!」

【さあ、ロープを上りきった先に待ち受けているのはなんなのかっ!】

上りきった先で待ち受けていたもの。

それは、年の頃14歳くらいの猫耳猫尻尾の1人の少年だった。

「君が一番乗りか。ここは闘技場。俺を倒せればかなりの得点が入るから、頑張って倒してね」

その少年をひと目見たとき、あたしは驚きで意識が飛びそうになってしまった。

なぜかって?

【おおっと!舞台の上で待ち構えていたのはアイオリア・ドライアプリコット・フリーリア殿下だぁっ!】

「アオ…お兄ちゃん?」

「え?」

「…あたし、リオ・ウェズリーです」

…会えた。

どんなに姿が変わっても、あの銀色に輝くオーラをあたしは忘れない。

「リオ?…どうしてこんな所に?」

あたしは驚いて、でも、思いがけない再会に涙をいっぱいに浮かべて…

「…っいまは…そんな事っ…よりもっ」

感動で声が震えるけれど、それをぐっと堪える。

「今は戦…全力であなたを倒しますっ!」

今あたしの持てるすべてをあなたに見てもらいたいから。

「ソルっ!」

『バリアジャケット・セットアップ』

簡素な革鎧が、速度重視の軽装のバリアジャケットへと変わる。

「…そっか。わかった。何があったのか聞くのは戦が終わってからにする」

『スタンバイレディ・セットアップ』

アオさんの防具がいつかの銀の竜鎧へと変化した。

「行きますっ!」

「来いっ!」




初めて参加した戦は想像以上に楽しいものでした。

安全対策は万全だし、一種の運動会みたい。

こんな楽しい事をリオは前回体験していたなんてっ!

とは言え、リオみたいにタッチボーナスを荒稼ぎするなんて芸当はわたしには難しいから殴って蹴ってすり抜けて、先日覚えた輝力を使って紋章砲でぶっ飛ばしつつ戦場を進むと、どうやら上へと登るロープが釣り下がっていた。

ロープを上りきると、前方には猫耳と猫尻尾のお姉さんが1人待ち構えていた。

「ふぇええ!?なんかものすごく小さいけれど、もしかしてヴィヴィオ!?」

その少女はわたしを見ると大いに驚いてわたしの名前を叫んだ。

「え?なんでわたしの事を知っているんですか?」

わたしの問いかけになにやら考え込むように自問自答している彼女。

「えーっと…あの位のヴィヴィオがフロニャルドに行ったなんて話しを聞いた事はないから…別人?…あ、そう言えばあの子の名前は本当にヴィヴィオなのかな?レイジングハートどう思う?」

レイジングハート!?

『姿かたちが99パーセントで一致しています』

「うーん、そっかぁ…でもわたしが知ってるヴィヴィオじゃない可能性もあるのかな?」

なんかごにょごにょ言ってるけれど、あの人はもしかして…

「なのはママ?」

「あ、あれ?レイジングハート!なんかわたしがなのはだってばれちゃってるよ?どうしようっ!」

姿かたちはぜんぜん似てないけれど、たしかにあれはなのはママだ。

『マスター、落ち着いてください。いまは戦。まずはそちらを優先しないと』

「そっ、そうだねっ!ヴィヴィオっ!どうしてこんな所にいるのか分からないけど、まずはフロニャルドの戦にのっとって、勝負っ!」

「えっと…はいっ!」

なんかぐだぐだになりつつもわたしの戦いが始まった。




始まったあたしの戦いはのっけからマックス、全速力。

写輪眼を発動し、『堅』をする。

「ソルッ!」

『アクセルシューター』

「シュートっ!」

大量の魔力スフィアを弾幕として放つ。

【大量の砲撃がアイオリア殿下にせまるっ!これはさすがに避けきれないか?】

アオさんがそんな簡単に被弾するはずは無い。

巻き上げる粉塵。

その間に自分は地面を蹴って一足でアオさんに踏み込む。

「木の葉旋風っ!」

空中回し蹴り…からのっ!

「リオスペシャルっ!」

相手を蹴り上げての空中コンボ。

「むっ!」

バシンッバシンッ

【はやい、はやい、はやいっ!眼にも留まらぬ連撃だぁっ!】

オーラを脚部に多く振り分けての連撃。

だけど…

「うわっ!」

全部防がれた上に足をつかまれ、地面へと投げつけられたあたし。

ドゴンっ

咄嗟に背中にオーラを集中させたのでダメージは少ない。

そのままそこに倒れこんでいる隙を与えてくれるほどアオさんは甘くない。

すぐにアオさんの追撃のコブシが迫るなか、転がりながら回避して距離をとる。

ドォン

あたしが居た所が粉塵を上げて砕け散った。

あぶないあぶない。

あたしはすぐに印を組む。

『火遁・豪火球の術』

ここで眼くらましも兼ねて大きな炎の塊をアオさんにぶつける。

おそらくあたしの印を写輪眼で見抜いたのだろう。

『火遁・豪火球の術』

アオさんも同じ術であたしの火遁を相殺した。

【なんと両者火を噴いたっ!】

爆煙を切り裂いてアオさんの攻撃があたしに迫る。

「はっ!」

気合と共に振り下ろされたコブシ。

【煙がひどくて今状況はどうなっているのかっ!ここからは分かりませんっ!】

あたしは『堅』で耐えようと試みるが…アオさんの『硬』での攻撃には威力を殺しきれず…

ぽわんっ

「何っ!?」

あたしの影分身が煙になって霧散した。

あの火遁を相殺されたあの一瞬であたしは影分身と入れ替わり、距離を取っていたのだ。

「輝力開放っ!」

あたしの後ろに紋章が現れる。

『フープバインド』

ソルの援護でアオさんを捕まえることに成功した。

すばやく印を組んで輝力を雷に変化させる。

「雷遁・千鳥っ!バージョン2!」

ぢっぢっぢっぢっぢっ

ガウ君の真似をして、両手両足に纏わせた千鳥がけたたましい音を立てる。

【おおっと!ようやく粉塵が晴れたかと思えば、アイオリア殿下が捕縛されているっ!?さらに彼女のあの技は先日のあの技かぁっ!?】

【どうやら両足にも展開できるようになったようですね】

「行きますっ!」

「っく!」

強化された足で地面を蹴ると、蹴った地面が焦げているのも気にせずアオさんに迫る。

バインド破壊を試みるアオさんを留めるべくソルフェージュが破壊されまいとさらに堅牢に縛り上げる。

「やあああああああああっ!」

気合一閃。

あたしの突きがアオさんを捕らえた。

勝ったっ!

そう思った瞬間…

ぽわんっ

「影分身っ!」

そんなっ!

【なんとっ!アイオリア殿下が煙のように消えてなくなった!?】

「本体は何処!?」

あわてて探したアオさんの本体は、あたしがそうしたように影分身から距離を取っていて、輝力のチャージを終えていた。

「っ!」

急いでその場を離れようとしたあたし。

だけど…

「バインドっ!」

「すごいね、リオ。ここまでとは想像以上だ」

【どうした事かっ!今度は逆に彼女が縛り上げられているっ!?】

アオさんの手に集められた輝力が球形を取っているがとてつもなく荒れ狂っているように回転しているのが見える。

「生半可な攻撃じゃリオの『堅』を抜けないだろうから、とっておきの一撃で決める」

すでにアオさんの右手のそれの直径は一メートルを超えている。

アオさんが地面を蹴った。

「大玉螺旋丸っ!」

「くっ!」

『堅』で防御したのだけれど、アオさんの攻撃はあたしの想像をはるかに超えていた。

やっぱりアオさんはつよい…な…

【きまったぁあああぁあぁぁぁぁっ!これはさすがにここまで健闘した彼女もノックアウトか!?】

そんな実況の声をBGMにあたしの意識はブラックアウト。

戦の終了まであたしは救護室で気絶していました。







「ここは…」

眼を覚ますと見慣れないベッドに寝かされていたようだった。

「救護室だね」

「っ!アオさんっ!」

「久しぶり…に、なるのかな?」

アオさんの声に自然と涙があふれてくる。

「はい…三年ぶり、です」

「そっか」

「いろいろ…話したいことも…有るんですが…」

「うん」

「まずは…会いたかった。会いたかったです、アオさん」

会えないと思っていた、だけど、会えた。

それだけであたしの涙腺は崩壊して、延々と泣き続けるあたしをおろおろとしながらも慰めてくれたアオさんがまたうれしくて、あたしはもっと泣いてしまったのでした。


その後、積もる話も有るだろうとアオさんが持っていた『神々の箱庭』に招待されて。箱の中は時の流れが違うからと滞在すること数日。

箱庭のなかで色々教えてもらって。

…そして。


「夏休みになったらこっちに呼んであげるから、今は笑顔でお別れだね」

今はひと時の別れ。

「…はい。絶対ですよ?絶対、召喚()んでくださいね?」

ヴィヴィオ達もそれぞれ滞在中に世話になった人たちにお礼をいって回っている。

それも終わるとついに転送魔法陣が起動した。

「またっ!絶対会いに来ますからっ!」

あたしはそう叫んで、二週間にわたるフロニャルドの滞在は終わった。

その後、ミッドチルダに帰ったあたし達はいろいろな人に心配されたのはまた別の話だ。
 
 

 
後書き
ゴドウィン将軍…大好きですっ!
しかし、文字表記は彼の言葉はむずかしぃっ!
中途半端的に後半は少し巻いてしまっていますが、まぁ一話完結だとこんなものかぁと言い訳しつつ、リオ帰還までの箱庭内の話しはまた後日。
…まだ書いてないんですけどね。
そう言えばフロニャ文字を解読すると英語をひらがなで書いてるみたいなものらしいですね。
って事はこの世界の公用語は英語?
まあ、今回はあの宝石に不思議な力があったと言うことで、言葉の問題はスルーしていただけると助かります。 

 

番外 リオINフロニャルド編 その2 箱庭滞在

 
前書き
今回は箱庭の中で何があったのか、です。
アオ達は本編とは経験した時間から若干考え方が変わっている(念関連)かもしれません。
パラレルの一つとして楽しんでいただければ幸いです。 

 
学校から帰り、近くの公園に四人で集まるのが最近の日課になっている。

「コロナ、オーラが揺らいでるよ」

纏が揺らいだコロナを注意する。

「うっ…はーーい」

「アインハルトさんやヴィヴィオはきれいにオーラが纏えるようになったね」

「本当?」
「本当ですか」

「うん。だから、コロナも頑張らないと置いてきぼりを食らうことになるよ」

「そっ!それはやだっ!」

なんであたしが三人の念の修行を見ているのかといえば、それはあのフロニャルドでの滞在が切欠だった。









用事があるからと退出したアオさんと入れ替わりにヴィヴィオ達3人が入室してきた。

「リオ、大丈夫なの?」

ヴィヴィオがベッドの淵に手を突いて乗り出しながら問いかけた。

「大丈夫。ちょっとだるいけど、外傷は無いから」

オーラの使いすぎで少しだるいだけだ。

「よかったぁ」

「はい、心配しました」

コロナとアインハルトさんも心配してくれていたみたい。

「そう言えば戦ってどうなったの?どっちが勝った?」

あたしの質問に表情を曇らせる3人。

「兵士同士の戦いは互角だったのですが、舞台にいた3人が桁違いでした」

アインハルトさんがショックを隠しきれない表情で答えた。

「レオンミシェリ殿下、ダルキアン卿、ユキカゼさんは善戦してらしたのですが一歩及ばず。ガウル殿下、エクレールさん、ゴドウィン将軍では手も足もでずといった感じで…こちらの将がやられた後、舞台から乗り出した彼らを止める事はできず…」

負けちゃったか…

「ヴィヴィオたちは良いじゃないっ!舞台までたどり着けたんだから。わたしなんて一般兵にやられちゃったよぉ」

ああ…多勢に無勢で囲まれて撃破されちゃったのかコロナは。

「そうなんだけどね…ただ、相手がやっぱり強かったよぉ。それになんか手加減してくれたみたいだけど、なんかそれでもレベルが違ったみたいだし…相手もなんかわたしじゃないわたしを基準にしてたみたいで、っあーーっ!て事はわたしが弱いって事!?」

何を言ってるのか分からないよヴィヴィオ。

「ヴィヴィオさんはまだいいです…私の相手は手加減なんてしてくれなかったので、最初の一撃でノックアウトでした…」

あー、アオさんほどの実力者が他の舞台にもいたのならそうなるかな?

でもいったい誰だろう?

「相手はいったい誰だったの?」

「それは、わたしなのでしたっ!」

あたしの問いかけに答えたのはあたらしく部屋に入ってきた、猫耳猫尻尾の一人の少女だった。

ばっと一斉に振り向くあたし達。

「リオは久しぶりになるのかな。その他の皆にははじめまして。ナノハ・ジェラートと言います。よろしくね」

「なのはママ?だよね」

「ええ!?」

コロナが驚いている。

問いかけたヴィヴィオだが確証は持ててないのだろう。

「うーん。ヴィヴィオの知ってるわたしとは別人だと思うから、なのはさんって呼んで」

「なのは…さん?」

「うん」


「なのはお姉ちゃんですか!?」

あたしは目の前の彼女の優しい桃色のオーラを感じ取ってたずねた。

「うん。えっと、アオさんが言うには4年ぶりらしいけれど、本当に久しぶりだね」

「っ!はいっ!」

この彼女はあのなのはお姉ちゃんだ。

「どういう事か分からないのですが…いったいどういう事ですか?」

「まぁ、それは後で。今はアオさん達が呼んでいるから付いてきて欲しいんだけど」

アインハルトさんの疑問をスルーして来訪の目的を告げるなのはさん。

「あ、はい。分かりました」


なのはさんに付いて行く事十数分。

どうやら会議室のような所に招かれたあたし達は手前の椅子を勧められた。

案内したなのはお姉ちゃんは部屋の端へと向かった。

目の前にはミルヒオーレさん、レオ閣下、アオお兄ちゃんが座っている。

「まずは紹介を」

そう切り出したのはミルヒオーレさんだ。

「こちらはフリーリア王国の王子、アイオリア・ドライアプリコット・フリーリア殿下です」

「よろしく」

「そしてこちらが…」

続いたあたし達の紹介。

名前と、異世界から来てしまって帰還の方法が見つからないと言う事情。

「そういう訳で、異世界転移方法があると言われる貴国に戦の申し込みを行ったのです」

「なるほどねぇ」

アオお兄ちゃんは紅茶を一口飲んでからなにやら思案している。

「戦はうちの勝ちだから、異世界転移の方法は教えられない」

「ですよね…」

しょんぼりするミルヒオーレさん。

コロナやアインハルトさんも表情をゆがめる。

「じゃから、そこを何とかと申しておるっ!」

レオ閣下が激昂する。

「教えられないがっ!」

大声をあげて威嚇したレオ閣下に対抗するように声を荒げるアオお兄ちゃん。

「俺たちが彼女達を帰してあげる分には構うまい」

「は?」
「え?」

ミルヒオーレさんとレオ閣下は鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情だ。

「じゃったら最初からそう申せばよいのだっ!」

再度声を荒げたレオ閣下。

「帰れるの?」

そうつぶやいたのはコロナ。

「ミッドチルダにはすぐにでも帰してあげられるよ。…ただ、ロストロギアが関連しているとなると、時空間移動である可能性もある」

「そうなんですか?その場合は帰れないことも有るということですか?」

アインハルトさんが問う。

「ああ」

「そ、そんな!?」

ショックで表情が固まるコロナ。

「大丈夫、大丈夫だからねコロナ」

隣でヴィヴィオがコロナをなだめている。

「だれか、この世界に来た過程を記憶しているデバイスはいない?」

アオお兄ちゃんがあたし達に問いかけた。

「あ、ソルが多分記憶してくれてます」

「ソル?」

「えと…あたしのデバイスです。本当はソルフェージュって言うんだけど、その…」

まさかアオお兄ちゃんにあこがれてそう呼んでいるとは言えないよぉ…

「そっか、それじゃ、その時の映像データをちょうだい」

「はいっ!ソル」

『送信しました』

「ありがとう」

アオさんはソルフェージュにお礼を言うと、ソルさんにその映像を出してもらった。

眺めること数分。

「ど、どうでしょうか?」

コロナが緊張しながら問いかけた。

「うん、大丈夫そうだ。これなら今すぐにでも帰してあげられるよ」

「ほ、本当ですか!?やったね、ヴィヴィオ」

「うん、よかったねコロナ」

え?

今すぐ?

まだ、あたしはもう少しアオお兄ちゃんと居たいのに…会えた事なんて奇跡に近い。

「まってっ!もう少し、あたしはここに居る」

「リオっ!?」

コロナが戸惑いの声を上げる。

「だって、あたしまだアオお兄ちゃんとなにもお話ししていないんだもの!それになのはお姉ちゃんやソラお姉ちゃんや、フェイトお姉ちゃんともっ!」

「アオ…お兄ちゃん?…ってまさかっ!あのアオお兄ちゃん!?」

え?あのって、どの?

「ヴィヴィオ、知ってるの?」

あたしの問いには答えずにアオお兄ちゃんに問いかけるヴィヴィオ。

「昔…わたしを助けてくれたこと、ありますよね?」

「ああ。そんな事もあったなぁ」

「やっぱり…そうなんだ。…今更だけど、お久しぶりです、アオお兄ちゃん」

ヴィヴィオもアオお兄ちゃんに助けられた事があるって事?

「そうだなぁ…ソラ達も会いたがっていたから、裏技を使うかなぁ。リオ、ヴィヴィオ、こっちに。すぐに戻ってくるから皆はこのまま待っていて。なのは、行くよ」

「あ、はーい」

部屋の隅に居たなのはお姉ちゃんはアオお兄ちゃんに呼ばれて近寄ってきた。

そのままあたし達を連れて部屋の外へ出ようとして…

「って、何で皆付いてくるの?」

私がつぶやくと、それぞれ返した。

「いや、何が行われるのか興味がじゃな…」

「ヴィヴィオ達と離れるのはちょっと…ね?アインハルトさん」

「はい。それに私も興味があります」

「私はなんとなく…皆様が席を立たれたので…お邪魔でしたらお待ちしていますが…」

上からレオ閣下、コロナ、アインハルトさん、ミルヒオーレさんだ。

「まあいいよ。念話を入れたらフェイト達が歓迎の用意をして待ってるってさ」

アオさんが了承の声を上げた。

「えと、どちらに行かれるのでしょうか?」

「うち(フリーリア王国)の城まで」

「ええ!?ここ(砦)からお城までセルクルで飛ばしても一時間以上かかりますよ!?先ほどの会話を聞くとぽんといってぽんって帰ってくるような感じがしたのですが…」

問いかけたミルヒオーレさんが返された答えに驚いている。

「ま、実際そんな感じ。ソルっ!」

『転移魔法陣形成』

アオお兄ちゃんの胸元につるされていたソルが光ったかと思うと、あたし達の足元に転移魔方陣が形成された。

「転移」

アオさんのその言葉で一瞬で景色が変わる。

瞬きの後あたしが目にしたのは…

…あんまり変わらない趣の部屋でした。

「こ、これは!?」

「なんじゃと!一瞬で移動したじゃと!?」

混乱するのは知らなかったミルヒオーレさんとレオ閣下。

残りの人は魔法関係者なので転移魔法くらいでは驚かない。

「さて、こっちだよ」

アオさんが先頭になって案内したのは部屋の奥。

うん?特に何か変わったところは無いのだけれど?

アオさんが示したのは台座に固定された、野球のボールほどの大きさのガラス玉。

その玉を覗き込むと中には小さな大地が浮かんでいるのが見える。

「これは?」

「今からこの中に行くんだよ。ソラ達はすでに中で待ってるから」

なにやら台座を操作するアオさん。

台座を操作し終えると、私たちの足元に魔法陣とは違う輝きにつつまれると、また景色が一転。

今度はどこか神殿めいたところへと転送された。

「ここは?」

「どこー!?ここ!」

みな少々混乱しているようだ。

アオさんを見ると、神殿の中央の台座に入って来るときに見たものと似たようなものをいじっている。

「何しているんですか?」

「皆到着したからね。中の時間を速めている」

「は?」

これにはあたしも目が点になった。

「簡単に言えば、中の一日が外の十分ほどって事」

「えええええええぇぇぇぇぇえ!?」

「リオ、いきなり大声出してどうしたの?」

ヴィヴィオがあたしに問いかけた。

あたしの大声にみなの注目がこっちに移ったようだ。

「だって、アオさんがこの中の一日は外の十分だって言うものだから…」

「えええええっ!?」

その反応が普通だよね?


さて、混乱も落ち着きみなでこの神殿のようなところを出ると、あたりは一面の野原。

きれい…ミッドチルダの高層ビルが列挙している都市郡とは違う。

とは言え、このフロニャルドに来てからは空気もきれいだし緑もいっぱいだからそれほどの感動は無かったけれど。

神殿を抜け、案内されたのはミッドチルダでは見かけない様式の建物だった。

日本の武家屋敷が一番近いと、後でアオさんに教えてもらった。

「ヴィヴィオちゃん、久しぶりだね~」

「うにゃっ!?どっ!?どなたでしょうか!?」

玄関をくぐると二十代中ごろに見える女性が勢い良くヴィヴィオに抱きついた。

「ゆかり母さん、そのヴィヴィオはゆかりお母さんが知ってるヴィヴィオじゃ無いから。抱きつかれて困ってるよ」

奥から出てきた金髪の少女がたしなめる。

あのオーラの感じ、フェイトお姉ちゃんかな?

さらにその奥からもう1人少女が出てきてあたしの前まで来た。

「リオ、久しぶり。元気そうでよかった」

「うん、ソラお姉ちゃんもね」

「これは、フリーリア領主、ユカリ殿ではないですか」

「ミルヒちゃんもレオちゃんもお久しぶり」

「はい」

「レオちゃんはやめてくださいとあれほど言っておるのじゃが…聞き入れてはくれそうも無いのぉ」

相変わらずヴィヴィオを拘束しつつ、ミルヒオーレさんとレオ閣下に挨拶をするユカリと呼ばれた女性。

「どなたでしょうか?」

あたしがアオさんに尋ねると、

「俺の母さんだよ」

そう返された。

「母さん、準備とかはどうなってるの?」

「ああっ!みんなこっちに来ちゃったからシリカちゃん1人にまかせっきりかもしれない」

「…だめじゃん」

ユカリさんとアオさんの会話。

えと、誰?シリカさんて。


中庭に通されるとテーブルに椅子が用意され、簡素なおもてなしの準備が整っていたようだ。

「もうっ!皆であたしに準備を押し付けてっ!」

「ご…ごめんなさい」

「久遠ちゃん達が手伝ってくれたから良いですけどねっ!」

ぷりぷりかわいく怒っているのがおそらくシリカさんだろう。

彼女はヴィヴィオの前まで行くと自己紹介した。

「シリカです。はじめまして」

「あ、はい。ヴィヴィオです、はじめまして」

「…なんかいまさらヴィヴィオに自己紹介ってなんだか変な感じがします」

「とは言え、シリカはこのヴィヴィオとは初対面のはずだよ…俺たちも姿が変わっているから初対面みたいなものだけど」

シリカさんのつぶやきにアオさんが応えた。

そっか、きっと向こうの世界では彼女はヴィヴィオに会ってるんだ。

全員でテーブルに着くと、お互いに自己紹介。

アオお兄ちゃん、ソラお姉ちゃん、なのはお姉ちゃん、フェイトお姉ちゃん、シリカさんにユカリさん。

土地神で使い魔の久遠ちゃんにアルフさん、それとユニゾンデバイスのピナちゃんにクゥちゃん。

うーん、使い魔とユニゾンデバイスってどう違うのだろうか?

見かけだけではよく分からない。

こちらも自己紹介を返すと、アインハルトさんが疑問を口にした。

「それで、あの、あなた達とリオさんとの関係はいったい…ヴィヴィオさんも知っているみたいなのですが」

「そう言えば、わたしもどういう状況なのか分からないのでした。なのはさんはなのはママじゃないんだよね」

ヴィヴィオも追随する。

「うん」

そう言えばあたしもなんで姿が違うのか分からないな。

と言うか、交わらない平行世界の人たちだよね?

「なんじゃ?おぬしら知り合いじゃったのか?」

と、レオ閣下。

「まぁ、その辺は事情が複雑なんですよ」

と前置きをして、一応説明してくれたアオお兄ちゃん。

転生のこと。

平行世界(可能世界)のこと。

平行世界を越えてリオやヴィヴィオと会った事があること。

彼らの転生は時間や平行世界(可能世界)すら飛び越えると言うこと。

「ヴィヴィオ、分かった?」

コロナが眼をぐるぐるさせながらヴィヴィオに聞いた。

「い…一応…なのはさんとフェイトさんはわたしのママたちと同一人物だけど、違う人って事だよね?」

「少し違うかと。彼女達はヴィヴィオさんのお母様の違った可能性と言うことでは?」

アインハルトさんが纏めた。

ミルヒオーレさんとレオ閣下は説明されてもちんぷんかんぷんだった。

あー、平行世界(可能世界)とかそういった概念がこの世界には無いのか。

「でも、すこしその姿には戸惑うかな。…記憶の中の姿とは別人だし」

今の猫耳猫尻尾もかわいいけれどね。

「え~っと。あの頃の姿と言う事は…こんな感じか?」

そう言ったアオさんは印を組んで変化の術を発動した。

ぽわんっ

「わ、姿が変わった」

「あ、その姿は確かにアオお兄ちゃんだね」

それは記憶の中のアオお兄ちゃんの姿でした。

「あ、懐かしいな。私が始めてあった頃だね」

アオお兄ちゃんの姿を見て懐かしいと言ったのはフェイトお姉ちゃん。

「うん、わたしたちも変化しよっか、フェイトちゃん」

「そうだね」

なのはお姉ちゃんとフェイトお姉ちゃんが印を組むとその姿を変える。

年齢は14歳くらいだ。

「わっ、その姿は確かにすこし幼いけれど、なのはママとフェイトママだよ」

びっくりするヴィヴィオ。

「本当だ。ねぇ、アインハルトさん」

「はい。そっくりです」

同意するコロナとアインハルトさん。

「それじゃ、私たちも変化しようか、ソラちゃん、シリカちゃん」

ユカリさんがふたりを誘った。

「良いけど…」

「あたしとユカリさんの場合、知ってる人は居ないんじゃ?」

「良いじゃない別に、楽しければ」

「良いですけどね」

ぽわわんっ

変化した三人。

ソラお姉ちゃんの姿があたしの知っているものよりも14歳くらいの、すこし成長した姿に変わった。

「それにしても懐かしいねこの姿。えっと…いくつ前の姿だっけ?」

「3つ前だよなのは」

「そうだったけ、フェイトちゃん」

三つ?

アオお兄ちゃんたちにしてみればそんなに前の事なんだ…

「まあ、容姿の変化なんて些細な問題だよ」

なんか悟っているアオお兄ちゃん。

「ええ!?ぜんぜん些細なもんだいじゃありませんからっ!」

ヴィヴィオが突っ込む。

「あー…わたしも二回目からは普通になれちゃったなぁ」

「そうだね、なのは。重要なのはその人である事だよね」

「なのはさん…フェイトさん…」

ヴィヴィオが複雑そうな表情をうかべ、つぶやいた。

そうかもしれない。

あたしも姿かたちよりも、アオさん達に会えた、それだけがこんなにうれしい。

「さて、あらかた説明したところで。リオ、君の話をきこうか」

あ、そうだった。

あたしがもう少しと言ったから今こうしていたんだよね。

「あのっ!アオお兄ちゃん達にお願いがあるんです」

「何かな?」

あたしは意を決して緊張しながら言葉をつむいだ。

「あたしの修行を見てもらえませんか?」







「まずは纏、練、絶から」

「はいっ!」

今、あたしはアオお兄ちゃんに念の修行を見てもらっている。

「きれい…」

「本当だね、シリカ」

あたしの周りにはアオお兄ちゃんとシリカさん、フェイトお姉ちゃんが居て、すこし遠くにはアインハルトさんとヴィヴィオがこちらを見ている。

ソラお姉ちゃん、なのはお姉ちゃん、ユカリさんはコロナやミルヒオーレさん、レオ閣下と談笑中だ。

「次は応用技に行こうか」

「はいっ!」

周、流、円、硬

「うーん、すこし流が遅いかなぁ…でもまあ1人でよくそこまで出来るようになったね」

「えへへ」

アオお兄ちゃんに褒められた。

「リオ、影分身は何体出せる?」

「えと…念の行使をするなら3体が限界です」

「上等。フェイト、シリカ手伝って」

「はーい」
「はいっ」

フェイトお姉ちゃんとシリカさんが近づいてくる。

「リオ、影分身」

「えっと…はい」

印を組んで影分身を3体作り上げる。

「それじゃ、『流』の練習だよ。こちらの攻撃をリオがガードする。次はリオが攻撃する。これをゆっくりと『流』を使って行う。オーラの攻防力移動の訓練だね」

なるほど。戦闘を踏まえての流の行使は練習したことが無かった。

「それじゃ、はじめようか」

「はいっ!」

本体と分身二体にそれぞれアオお兄ちゃん、なのはお姉ちゃん、シリカさんが1人ずつついた。

相手の攻防力を目算で看破し、同量のオーラをガードするところへと振り分ける。

たったこれだけの事だが、これがなかなか難しい。

今まではなんとなくでやっていたからね。

これを時折影分身を回収しながら繰り返す事数時間。

「まぁ、いいんじゃないかな?シリカ、フェイト、どう?」

「大丈夫だと思います」
「うん、最初に比べると段違いに速くなったよ」

シリカさんとフェイトお姉ちゃんの合格の声。

その声で影分身を回収してとりあえずは終了。

つ…つかれた…三人ともスパルタすぎです。

「きゅー」

眼が回る…そう言えば今日はアオお兄ちゃんと全力戦闘したんだった…

地面にへたり込んだあたしはそこで意識を手放した。




「あれは…シルエットかな?どう思いますアインハルトさん」

ヴィヴィオさんが目の前に現れた二人のリオさんを見てそう分析しました。

「…どうでしょうか?そんな物を作り出しても修行には余り意味を見出せませんが」

「ですよね…」

それから始まった組み手はとてもゆっくりしたもので。

「え?シルエットじゃ…ない?質量を持った幻術?…あるいはゴーレムかな?」

「だとしても、それぞれで組み手をする理由が分かりません」

「あの、なのはマ…なのはさん、あれはいったいどういう事ですか?」

ヴィヴィオさんが私達の様子を見に来たなのはさんに問いかけた。

「うーん」

なのはさんはどうしようかと言う表情を浮かべた後に言った。

「そうだなぁ、学校から国語、算数、理科の宿題が出て、どれも一時間かかります。これを一時間で終わらせるにはどうしたら良いでしょう」

「え?そんなの無理だよぉ」

確かに順番(・・)に一時間ずつ1人でやれば三時間掛かる計算だ。

だけど…

「三人で1教科ずつやる、ですか?」

「正解っ!」

「えええ!?」

「つまりはそう言う事です」

なのはさんはそれ以上は教えてくれる気は無いみたいだった。

「ど、どういう事?」

ヴィヴィオが私に問いかけた。

「つまり、分身したリオさん一人一人が経験したことも身につけることが出来ると言うことだと思います」

「ええ!?そんな事が出来たら他人より少ない時間で他人より多くのことを身につけられるんじゃ…」

「はい、おそらくそう言う事なんじゃないかと…」

私も自分で言っておきながらそんなまさかと言う感想が浮かぶが…おそらくそれで正解だろう。

「それにしても、いいなぁ、リオ。何しているのか分からないけれど楽しそうだなぁ」

「あ、そっか。この世界のヴィヴィオは念を覚えてなかったんだっけ」

「え?なのはマ…なのはさんの世界のわたしは念を使えたんですか?」

「そうだねー。なつかしいなぁ。よくヴィヴィオと組み手をしたんだよー」

「念を覚えるのは危険だとリオさんから聞いたのですが」

ちょっとした疑問。

「あ、そうだね。確かにリオなんかがやると危険かもしれないね」

「熟練者がやれば危険が少ないと?」

「まーねー」

「私も覚えられると言う事ですね?」

「出来るけど。何?アインハルトさんは念を覚えたいの?」

「…はい」

念。これを覚えないことにはリオさんと対等に戦う事は出来ないのですから。

「うーん。でも念を覚えてもミッドチルダじゃ余り意味は無いと思うよ?」

「…そう…なのですか?」

「あそこは魔法技術が発達しすぎていて、それで社会が回っているからね」

「…そう、ですね」

確かにそうかもしれない。高ランク魔導師はいろいろな職場で優遇されていると言う事を聞いたことがある。

先天性故に魔力資質が低い人たちがデモを行ったりするけれど、そう言った風潮は変えられそうに無かった。

そう言った世界なのだ。管理内世界と言うのは。

「でもっ!それじゃぁいつまでたっても彼女と対等になれないっ!」

列強の王を倒し、ベルカの地に覇を唱えると言う私の目的なんてどれほど遠い道のりであろうか。

今のままではいつまで経っても私は彼女の足元にすら及ばない。

それがとてつもなく悔しかった。

強さを求め、野場試合を繰り返していた私。

そんな私が彼女のよきライバルで居ることもできない自分が不甲斐なかった。

「アインハルトさん…そうだね、リオが何か隠している事はわたしも分かってたんだ。それをわたしも共有できればいいなって思うよ」

「…明日、たぶんアオさんはリオちゃんを連れて試練に出かけると思う」

「試練ですか?」

「そう。わたしも、その他に念を覚えた人や覚えようとした人たちには必ずやらせるの。リオちゃんはまだ受けてないと思うから。
もし、それをこなせたなら、わたしがアオさん達を説得してあげるわ」

きっとアオさんは反対すると思うから、となのはさんが付け加えた。

次の日。

アオさんに連れられてやってきたのは森と丘が悠然と広がるとても美しい場所でした。

ここに居るのは、アオさんを除くとミッドチルダ組の4人。

コロナには夜ヴィヴィオさんが試練の事を話していた。

「やってもらう事は君達にとってはけして難しいことではない」

そんなに簡単な事が試練なのだろうか?そんな疑問が浮かぶ。

「このあたりは草食竜種のテリトリーなんだ。だから…一人一頭、殺してきてね?」

え?








夕ご飯の食材だからと送り出された私達。

結局この試練を乗り越えられたのは私とリオさん、ヴィヴィオさんの3人。

コロナさんは結局殺すことは出来ませんでした。


屋敷に戻った私達。

コロナさんは蒼白の表情のまま部屋へと運び込まれました。

リオさん、ヴィヴィオさんが心配そうな表情で慰めています。

「ヴィヴィオたちは…さ、怖くなかったの?」

コロナさんが問いかけた。

「…怖かったよ。今でも手が震えているもの。とてもとても恐ろしかった」

と、ヴィヴィオ。

「だ、だよね?」

「あんなに簡単に殺せる力を持っていた自分が」

「え?」

そう。私も怖かった。

いくらクラウスの記憶を持っていると言っても、それはやはり夢のような物。

たった一撃。

魔導師の攻防においてはダメージらしいダメージすら通らない私の一撃でターゲットの草食竜は絶命した。

その恐怖はすさまじい物があった。

たぶん、これがあの人たちが私達に教えたかったこと。

自分の力が無力な人間なんて間単に殺せるんだと言う認識。

「コロナは違うの?」

「…わたし…は、血を噴き出して倒れるあの生き物がっ!それを行ったヴィヴィオ達がとても怖かったの」

コロナさんはそちらに比重が傾いたのか。

「でも、コロナも出来るんだよ?」

リオさんの言葉。

「っあ…」

そう、コロナさんだって出来る。

ゴライアスのコブシの一撃を耐えれる普通の生物なんて魔法生物を除けばほぼ存在しない。

あの試練にはとても多くの意味があると思う。

だから…

「つらかったらあの人たちが記憶を消してくれるはずです」

そう、彼らは言っていた。

「記憶を…消す?」

「はい」

魔法ではなかなか出来ないような行為も彼らならば多分出来るのだろう。

「今のミッドチルダを見ていると錯覚しそうですが、魔法が発展したのは人殺しの道具としてです」

私の中のクラウスの記憶がそう物語る。

多くの人が生きるために血を流した時代。

魔法は多くの人を殺す技術だった。

「そっか…そうなんだね…」

私達の言葉から何かを感じ取ったのか。

「もう一度、試練が受けられるようにわたしアオさんに頼んでくるよ」

「コロナ…」

「大丈夫?」

「大丈夫だから」

心配したヴィヴィオさんとリオさんの声に大丈夫と答えたコロナさん。

もう一度と再試練を受けたコロナさんは、その顔を涙で歪めながらも何とか試練をクリアしたのでした。





さてと、皆が試練を終えると、アオさんがあたし達を呼び出した。

「本当はね、あんまり念を他人には教えたくないんだけど。なのはにリオにも切磋琢磨する仲間が居たほうがいいんじゃないかって言われたし、ただ1人秘密を抱えるのはリオも負担だろうからね」

しぶしぶと言った感じでアオさんが言った。

「教える前に守ってもらいたい事がいっぱい有るんだけど、守れそうも無い事は正直に言ってね。あ、嘘をついても無駄だから」

それからいくつか念を教えるにあたっての注意事項が伝えられる。

熟練者の言う事は絶対に聞くこと。

危ない技術だから、絶対に念能力者以外に向けて使ってはいけない。

魔法技術とは方向性が違うので、他人はもちろん、親や兄弟にも話したり、教えてはいけない。

管理局員などもっての外らしい。

他の人が居るところでの修行は禁止。

命の危険があれば別だけど、極力使うなと言うことらしい。

わたしも4年前に言われた事だ。

最後にどうしてもばれちゃったらアオさん達を頼ること。

「さて最後に、時間を掛けてゆっくりコースと、ちょっと危険だけど直ぐに覚えるコースとどちらがいい?」

「すぐでお願いします」

アインハルトさんが即答した。

それにヴィヴィオとコロナも同意した。

「そう?なんで、俺が教えるやつらは皆そんな感じなんだろうか…」

そんな感じでアオさんがぼやいていた。


他人の精孔を開くところははじめて見るな。

アインハルトさんを後ろに向かせてうなじあたりに手を添えると、アオさんはオーラを纏い、『発』を使ったようだ。

「こ、これは…」

アインハルトさんの体からオーラが噴出しているのが見える。

「リオ、『纏』のやり方を教えてやって。俺は残りの二人の精孔を開いちゃうから」

「う、うんっ!アインハルトさん、まずはね」

そう言ってあたしは『纏』のやり方をレクチャーした。

「こんな感じですか?」

「すごいすごい、まだぎこちないけど出来ているよ、アインハルトさん」

「わっ!」
「きゃっ!」

奥の方でヴィヴィオとコロナの声が上がった。

様子を見ると二人とも無事に精孔は開いたようで、今はアオさんから纏の方法を習っている。

「今日は後はずっとこの『纏』の練習だけだ。と言うか、一ヶ月は本当に地味な修行の繰り返しだからな。リオみたいに戦えるようになるのはずっと先だと言うことは覚えておいてよ」

「が…がんばります」
「うう…がんばる」
「はい…」

纏でいっぱいいっぱいになりながらも何とか返事を返したヴィヴィオ、コロナ、アインハルトさんの三人。

「リオは向こうで誰か家のやつらを捕まえて修行をつけてもらうといいよ。みんな得意な物が違うから、勉強になると思う」

「あ、はい。…でも、いいのかな…」

「リオさん、こちらはかまいませんから」

「うん、行って来て」

「こっちはきにしないでいーよー」

上からアインハルトさん、ヴィヴィオ、コロナと了承の言葉をもらったあたしはきびすを返して屋敷へと戻った。


夜。

「あーうー、つーかーれーたー」

「コロナ、お風呂でだれてると危ないよ」

「でも、確かに疲れました…」

「だよねー」

あたしがコロナを注意すると、アインハルトさんがそう言って伸びをして、ヴィヴィオも水面に突っ伏しそうな勢いでした。

「それにしても、この温泉って気持ちがいいね」

「美肌温泉って言うらしいよ、ヴィヴィオ」

「そうなんだ」

「この温泉の効能は本物じゃぞ。みてみ、激務ですさんだお肌に張りと艶が戻っておる」

あたし達がお風呂で雑談しているとレオ閣下が温泉に入ってきた。

その後ろからミルヒオーレさんも入ってくる。

「ですね。お肌すべすべで。どうしましょう、もうこの温泉の虜になってしまいました」

「あれ?そう言えばお二方ともまだいらしたんですね」

忙しそうな感じだし、帰ったほうが良いのではなかろうか?

「なに、この中の世界は現実よりも早く時間が流れておるらしいからの。現実世界では幾らも時間は経っておらんそうじゃ」

「それに、わたし達だけでは元の場所まで帰るのは時間が掛かりますからね」

転移魔法なんて使えませんと言う二人。

「じゃから、日ごろの休息を兼ねてお前達の修行とやらが一段落するのをまっておる」

「領主ともなると、なかなか休めませんからね」

と、レオ閣下とミルヒオーレさん。

「そうなんですか」

なかなか大変なんだね、領主って。

昨日は余り堪能できなかった温泉を思う存分浸かってから就寝。

ヴィヴィオ達はなれない念の修行もあってベッドにたどり着くやいなや寝息が聞こえてきた。

あたしもさすがに疲れが溜まっていて、ぐっすりと泥沼のように眠った。


明けて箱庭滞在三日目。

朝ごはんを食べると、ヴィヴィオ達は『纏』の練習、あたしは『堅』の修行だ。

3時間。『堅』を維持した後、アオお兄ちゃんと組み手。

ヴィヴィオ達は『練』の練習をソラお姉ちゃんに付けてもらっていた。

夜、あたしは大量の水風船を桶に積め、お風呂場へと来ていた。

温泉には結構先客が居たが、それなりに広い温泉なので問題ない。

あたしは軽く体を洗い流すと、湯船に浸りながら一つ水風船を手に取った。

手に取ると、オーラを手のひらに放出して回転させ始める。

だんだん中の水が渦を巻いてくる。

「リオ、何やってるの?」

コロナが興味深げにあたしに聞いた。

ヴィヴィオとアインハルトさんもコロナの声であたしを見ている。

「あー、螺旋丸の練習だね。なつかしいなぁ。この技は後から練習方法を教えてもらったって言って、わたしが会得したのはちょうど今の年くらいだったっけ」

いつの間に入ってきていたのか、なのはお姉ちゃんがあたしがしている練習を見て言った。

「ええ!?そうなんですか?あたしもアオさんに教えてもらって練習しているのですが、なかなかうまく出来なくて。まだ一度も割れたことが無いんですよ」

「あはははは」

なのはお姉ちゃんはあたしの周りに浮かんでいる水風船を一つつかむと、放出されたオーラで中の水が回転し始める。

ばしゃっ

瞬く間に水風船は割れ、中の水が湯船に落ちた。

「こんな感じかな」

「すごいです」

まぁ、リオも練習すれば出来るようになるよー、となのはお姉ちゃん。

「今のは、どんな技なのですか?」

興味津々のアインハルトさんがなのはお姉ちゃんに聞いた。

「簡単に言うと放出したオーラを乱回転させるわざ。印も魔法陣も必要ない。本当にオーラを操る技術のみの技かな?」

くるくるとなのはお姉ちゃんの手のひらにコブシ大の大きさのオーラの玉が乱回転している。

「慣れれば魔力でも輝力でも同じ事はできるよ」

今度は同じものを魔力で作って見せたなのはお姉ちゃん。

「原理を聞けば単純で、誰にでも出来そうだけど、単純だけに難しく、とても高度な技なんだよ」

「そうなんですか」

「それに高威力。なかなか危険な技なんだよー」

そう言いながらなのはお姉ちゃんは螺旋丸をお湯へと沈めた。

その瞬間、一瞬で温泉は渦を巻き、あたしたちは宙を舞った。

そう、宙を舞ったのだ。

「きゃーっ」
「わわわわわっ!」
「にゅわっ!」
「ひぃぃぃいいいっ!」

ベチっ

ザバーーーーーーッ

あたし達がタイルに着地すると、一歩遅れてお湯が雨のように降りそそいだ。

「なっ!なにっ!?なにがあったの!」
「なっ!なんですか!?」
「すごい物音がしたのですがっ!」

駆け込んできたのは脱衣所で今、正に脱いでいたフェイトお姉ちゃんとシリカさんそれとミルヒオーレさんだ。

「ごめーん、ちょっとしたいたずらだったんだけど、思ったよりも大惨事に…」

なのはお姉ちゃん…ごめんじゃないよぉ…


カポーン


さて、気を取り直して入浴を再開したあたし達。

「はうー、やっぱりこの温泉きもちいいですぅ…」

ミルヒオーレさんが幸せそうにつぶやいた。

さて、こう言った合宿施設のような場合、だんだん会話は恋バナになって行くのがスタンダードなようで。

「ミルヒちゃんって好きな人が出来たでしょう?」

「え?ええっと!?そのっ、あのですね」

なのはお姉ちゃんの突然のフリに大慌てのミルヒオーレさん。

「そうなの?そう言えば前よりもずっときれいになったよね」

と、フェイトお姉ちゃん。

「あの、ええっと…そのぉ」

「その反応は認めているようなものだよ?」

シリカさんのその言葉でぶくぶく顔の半分を湯船につけて真っ赤になって、

「えと…はぃ…」

蚊の鳴くかのような可細い声でつぶやいた。

「どんな人なの?」

「えっと、以前いらしていただいた異世界からの勇者さまで、強くて、やさしくて、かっこいい方なのですよ」

「へぇ、強くてやさしいはポイントが高いよねーシリカちゃん」

「はい。ですが、そう言った方はライバルが多そうです」

「そうなんですよね。シンクの周りにはいつも女の子が多くて困ります。あ、シンクって言うのは勇者さまのお名前なんです」

「そうだよねー。分かるよ。そう言う人ってライバルが多いよね」

「…はい…リコもエクレも、多分ユキカゼさんまで。…そう言うなのはさん達はどうなんですか?」

聞かれてばかりじゃ悔しいと、ミルヒオーレさんが反撃。

「わたしはアオさん一筋です」

「あたしも」

「…私も」

上からなのはお姉ちゃん、シリカさん、フェイトお姉ちゃんだ。

「えええ!?お三方とも同じ人が好きなんですか?」

「うん」

ミルヒオーレさんの問いかけに肯定するなのはお姉ちゃん。

「そっ…それじゃあどうするんです?全員で同じ人を好きになって…誰か1人が選ばれたりしたら、…その…気まずくなっちゃいませんか?」

「だねー。だからアオさんにはわたし達全員を選んでもらったの」

さも当然とばかりになのはお姉ちゃんが言った。

「ええ!?」

さすがのその言葉にそこに居た全員が大混乱。

「そそそっ…それはどう言う…」

「そのまんまの意味。みんな諦めるなんて事は出来なかったし、かといって全員を押しのけてアオさんを独占したとしたら、お互いにしこりが残るからね。…他人なら…ううん、親友とかでもけじめをつけれたんだと思うけれど…わたし達の場合家族みたいなものだったからね。
お互いに相手の事を知っているし、好きだったから。だから皆でもらってもらおうって」

「そ、そうなのですか…」

「まあ、それも一つの選択肢。あんまりお勧めはしないけど」

そんな恋愛の形もあるのか。

やば、お話しを聞いていたら結構な時間お風呂に居たことに。

ヴィヴィオ達はとっくにあがってるよぉ、のぼせる前にあがらなきゃ。



バシッ

バスッ

ガッ

念を使ったアオお兄ちゃんとの組み手。

あたしの全力での攻撃を受け止めてくれる事なんて今まで無かったから、とても楽しい。

この時間がいつまでも続いて欲しいと望むほどに。

「うん、まぁこんなものでしょう。続きはまた今度だね」

「はぁ、はぁ、はぁ…ありがとう…ございました」

「うん。昼飯食べたらミッドチルダに送るから」

そっか、いつまでもここには居られないものね。

「あ、あの…またここ(フロニャルド)へは来られるんですか?」

次元航行艦や個人転送魔法でならこられる…よね?

「次元世界には横の広がりじゃなくて縦にも積み重なっているんだけど…管理局じゃまだ知られてないよね」

「そうなんですか?」

「フロニャルドとミッドチルダは階層が異なる。だからリオの力だけじゃここに来る事は出来ないよ」

「そうですか…」

その言葉にあたしは表情を歪めた。

「まあ、会いたかったら俺がリオを召喚()んであげるから、会おうと思えば会えるよ。」

「それじゃ、夏休みにっ!絶対っ!召喚()んでくださいよ」

「はいはい。それまでのヴィヴィオ達の念の修行はリオがみてやってね。纏、練、絶の三つは教えたし、まずはこの三つを完璧に習得してもらわないと次に行けないから」

「はいっ!任せてください」

「俺からもヴィヴィオ達には釘をさしておくけれど、ねだられても他の事を教えてはいけないよ?」

「だいじょうぶですっ!」

「そっか、それは頼もしい」

むー。

それから皆で昼食を食べて、この箱庭の世界から出る。

ここを出たらミッドチルダまで送ってもらって、このフロニャルドでの滞在は本当に終わり。

最初は不安も大きかったけれど、新しい知り合いが出来て、思いっきり体を動かせる(いくさ)と言われる行事があって、そして何よりアオお兄ちゃん達に再会できたフロニャルドと言う世界。

あたしはこの世界がとっても、とっても大好きになりました。
 
 

 
後書き
恒例?の洗礼(アプトノスの殺傷)はさらっと…流せなかったですね。ここでコロナ脱落も考えたのですが…みんな一緒がいいよね、と言うことですかね。
遅ればせながらA’sの劇場版をようやく見てきました。
はやて…転生トラック…なんてツッコんだのは私だけじゃないと信じてます。
まぁ、面白かったのですけれどね。
見るとなんとなくぶった切ったA’s編を書きたくなりますね。
って事で次回更新はA’s編ですっ!(嘘 

 

番外 A’s編

 
前書き
たまには無双話が書きたくて書き上げましたA’s編です。
映画を見て高まったやる気を一気にぶつけて書き上げたものであって、それ以上の意味はありません。
しかし、一度見ただけなので、すでにうろ覚え。雰囲気だけで書いてるので、あまり突っ込まないでください…
いつものごとく世界転移は深く考えてはダメですっ!スルーしてくださいっ!
番外編なのでやりたい放題しています。
テンプレ、ご都合主義が多く含まれます。その点に注意してお読みいただけるようお願いします。
ネタバレ要素も若干含みますが…ほとんど無いかな? 

 


目の前に私のリンカーコアが浮いている。

だれか…助けて…

私は動かない体を精一杯動かそうと試みるも、指一本動かなかった。

おねがい…私の友達を…なのはを助けて…

だれか…

今にもまぶたが閉じそうになった時、目の前に誰かが降り立った。

誰だろう?

それを確認するよりもはやく私は意識を失った。




「え?何?どういう状況?」

わたし、ナノハ・ジェラートは混乱していた。

今日も普通の一日のはずだった。

朝食を食べて、シャワーを浴びて、さて新しい一日が始まる。

そう思っていたとき…

(もう一度会いたい…我が主に会いたい…どうか…どうか…)

「え?」

そんな声が聞こえたかと思ったら、次の瞬間、わたしはデバイスを構えこちらをにらみ付けるシグナムさんの前に居た。

状況を顧みても、さっぱり分からない。

とりあえず分かっている事は、剣を向けているシグナムさんと、倒れている昔の姿のフェイトちゃんだ。

「貴様は…その子の守護獣か?」

「え?わたしは誰かの守護獣になった覚えはないんだけど?」

と言うか、人間をやめた覚えはありません。

あ、今のわたしは猫耳と猫尻尾がついてるか。

「とりあえず、剣をしまってくれませんか?」

「それは出来ん相談だ」

えー?

「貴様のリンカーコアも蒐集させてもらう」

レヴァンティンを片手で振り上げると、魔法陣が展開される。

や、やる気まんまんみたいです…

「はあああああぁああぁあぁぁぁっ!」

気合と共に踏み込んできてレヴァンティンを振り下ろすシグナムさん。

『プロテクション』

ガキンっ

「っ!」

シグナムさんはわたしのバリアが割れない事を悟ると距離を取った。

「なかなか硬いな…」

『スタンバイレディ・セットアップ』

「ありがとう、レイジングハート」

「ほう、ベルカ式か。それにその格好…騎士か…」

「ええっと…わたしも状況が分からないので、ここは退いてくれると助かるのですが」

「先ほども言ったが、それは出来ん相談だっ!」

うわー…話が通じないよう…

それに思いっきりわたしを襲うつもりみたいだ。

襲われたって事は自己防衛しても良いってことだよね?

と、とりあえずこう言った場合魔力ダメージでノックアウトさせとけばいいのかな?

わたしの後ろにはフェイトちゃんも居ることだし、場所を移さないと。

わたしは飛行魔法を行使して空中に浮くと、シグナムさんもこちらについてくる。

完全にこちらをロックオンしているようだ。

わたし狙われるようなことをした覚えは無いんだけど…

地表を盗み見るとフェイトちゃんの他に撃墜されている昔のわたしの姿も見える。

ますますもって状況が分からないよ!?

と、取り合えず、目の前の事からかな?

この状況を何とかしないとっ!

『アクセルシューター』

「シュートっ!」

誘導性皆無にしてのスフィアをシグナムさんに放つ。

とは言え、直線砲撃だったので当然バリアに防がれる。

しかし、目くらましには十分だった。

すぐさま方向を転換して…

よし、死角に入った。

シグナムさんは純粋な剣一本の騎士。

レヴァンティンがいくつも形態を持っているとは言え、基本的に振り回すものだ。

だから、けっして近づかれないように一定以上の距離をとってちくちくと。

ま、まあ、わたしも少しばかり卑怯かなぁとは思うけれど、いきなり襲ってきたのだからいいよね?

四方八方からスフィアがシグナムさんを襲う。

死角に入りつつ何度も攻撃と、弾幕を張り続ける。

爆煙でこちらの視界も遮断されるが、円を使える私には関係ない。

相手の動きは手にとるように感じることが出来る。

シグナムさんもわたしの砲撃から予想をつけて攻撃してくるのだけれど、すでにそこにはわたしは居ない。

当然シグナムさんは全体バリアを張るよね。

バリア系の防御魔法はピンポイントのシールド系よりは薄いのが常識。

だから、それを待っていた。

『ディバインバスター・シフトバリアブレイク』

バリア貫通能力に重点を置いてのディバインバスター。

受けきれるものなら受けてみてっ!

「ディバイーーーーーンバスターーーーー」

ゴウッ

わたしの砲撃魔法がシグナムさんを襲う。

「なっ!」

パリンッ

拮抗は一瞬。

バリアを貫通し、シグナムさんをわたしの砲撃が包み込んだ。

プシューーーーーッ

余剰魔力が排出される。

よしっ!撃墜!

「こぉんのおおおおおおっ!よくもシグナムおぉぉぉぉぉおおおっ!」

ええっ!

今度はヴィータちゃんなのっ!?

「アイゼンっ!」

『エクスプロズィオーン』

ガシャンと言う音の後に薬きょうが排出される。

「ラケーーーテン、ハンマーーーーーーー」

ジェット噴射で加速した速度も上乗せしてのハンマーによる一撃。

「レイジングハートっ!」

『ロードカートリッジ、プロテクション』

ガシュガシュ

二発のカートリッジをロードしてのプロテクションはヴィータちゃんの攻撃をしっかりと受け止めることが出来た。

「かっ…かてぇっ!」

もうっ!こっちも問答無用なの!?

わたしは右手に魔力を放出させて乱回転。

ヴィータちゃんは振り下ろした姿勢のため、次の攻防の先手はわたしにある。

プロテクションをこすって振り下ろされたグラーフアイゼンの反動で死に体のヴィータちゃんめがけてわたしは右手を突き出した。

「螺旋丸バージョン魔力っ!」

「なっ!?うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!」

螺旋丸が直撃して吹っ飛んでいったヴィータちゃん。

さて、これで騒ぎは納まったかと思えば、一瞬にしてあたりを閃光が包んだ。

なっ!めくらまし!?

わたしは油断なく円を広げる。

「……逃げた…かな?」

光がやむとシグナムさんの姿もヴィータちゃんのすがたも無くなっていた。

「あ、そうだ。フェイトちゃんと昔のわたしを治療しないと」

チラッと見ただけだけど、外傷が見えたからね。

結界が解除される前に回収しとかないとやばいよね。







フェイトちゃんと昔のわたしを回収して人通りの少ない路地裏へと向かう。

取り合えず、回復魔法をかけなくちゃ。

両者とも外傷が結構あるしね。

それにしても何でこんな事に?

目の前に居るのが昔のわたしならばタイムスリップかな?

いや、そうじゃない。

わたしがフェイトちゃんと出会ったときはすでにこの形のバリアジャケットだった。

と言う事はわたしが経験した過去とは別の世界だと言うことだ。

時空間移動となると帰るのが面倒なんだけど…

「フェイトさーーーんっ!なのはさーーーーーんっ!」

割と近くで二人を呼ぶ声が聞こえた。

こ、これはっ!ここにこのまま居るのはアレなのでは!?

と、取り合えず、逃げるっ!

面倒に巻き込まれる前にわたしは逃げ出した。


夜の街をきょろきょろ風景を眺めて歩く。

たまにわたしをチラ見する人も居るけどどういう事?

あ、尻尾と耳を隠すのを忘れていた。

だけど、別段なにか言われるわけじゃないからコスプレか何かだと思っているんだろうな。

今着ている服もこのあたりの服装とは意匠が違うしね。

夜の繁華街をビルの屋上から見下ろす。

きらめくネオン。色とりどりに発光する看板。

看板の文字を見ると日本語だった。

街頭モニタに映るキャスターが今日のニュースを日本語で伝えている。

「海鳴…だよね?」

『間違いないかと』

わたしのつぶやきにレイジングハートが律儀に返してくれた。

「あの姿、そして今日の日付。うーん、パラレルかなぁ…」

アオさん達…どこかに転生しているのかな?

とりあえず、確認しなければならないのはアオさん達の所在かな。

海鳴に居るかな?

過去のわたしが撃墜されちゃっているから、わたしの家の近くには今は近寄るのは危険な気もするけど、遠くから確認するくらいなら大丈夫だよね?

結果。

アオさん達の家があった所には別の家族が住んでいました。

って事は自力帰還って事になるよね。

「わたしが転移した時間、場所を特定するのにどのくらい掛かると思う?」

転生を繰り返すと、こう言った事にもちゃんと対処の方法を見つけちゃうわけで。

帰還の方法を確立しているから今のわたしはそれほど悲壮感は無いのでした。

『お答えしかねます』

「だよねー。って事は、それまでどうやって過ごすかが問題になってくるね。わたし、流石に日本円は持ってないよ」

『私の格納領域に幾つかの宝石が収納されています』

「だけど、ここあたりだと身分証明が出来ないと売り払うことが難しいよ」

身分証明無しで買い取ってくれるブラックなところを探さないとかなぁ…

今のわたしが高町の家に助けを求めるのもねぇ…

ううぅ…やりたくないけど、最終的には窃盗かなぁ…

「とりあえず、そろそろほとぼりも冷めただろうし、これ以上時間を掛けるとブイを流せなくなっちゃうかもしれないから、急いで最初の所にもどろうか」

『了解しました』

どんな転移であれ、空間や時間をつなげるのだからその隔てるものの間をどれだけ狭めようが、そこには当然道が出来る。

その痕跡を見つけ、魔力で出来たブイを流せば、流れをさかのぼり、元の場所を特定できる。

特定できれば後は力技で何とかなる。

伊達に長生きしてないよっ!

ただ、ブイが流れてたどり着くまでに少々時間が掛かるけれど。

その間、なんとか生活しないとね。



深夜になり、人影もなくなった頃、わたしは自分が出現した場所へと戻ってきていた。

「よし、準備は完了。レイジングハート、後よろしくー」

『了解しました』

まず、見つけ出したわたしが通ってきたであろう空間に亀裂を入れて探査用のブイを空間内に流しいれる。

その後、亀裂を修復し、ブイが流れ着くのを待つ。

さて、やる事は終わったし、この後どうするかなと思案していると、突然辺りの色が反転する。

『封時型の結界です』

「うん」

誰かな?こんな事をしたのは。

すると、空中から1人の男の子が飛行魔法をつかって降りてきた。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。先ほど、この場でリンカーコアを略奪すると言う事件が起きた。そんな場で魔法を行使していたあなたに事情をお聞きしたいのだが」

はぁー。

管理局員もバカじゃないんだから、現場は張るよね。

これ以上時間を掛けると帰還のための痕跡が探し出せない可能性があったから仕方なかったけれど、やっぱり見つかっちゃったか。

「えっと…ここでですか?」

季節は冬、ここは結構寒いのですが。

「そ、そうだな…出来れば次元航行艦アースラまでご同行いただきたいのだが」

「それはちょっと…」

わたしの知っているクロノ君ならばいきなり逮捕だとか、監禁だとか、理不尽な事は言わないのだけれど、ここはパラレル。出来れば遠慮したい。

そう答えると、突然通信ウィンドウが開いた。

『クロノ執務官、彼女の話を聞くのにこの街にある私の家をお貸しするわ』

「かあさっ…艦長。今は休暇中のはずです、よろしいのですか?」

『私も彼女にお礼が言いたいから』

お礼…と言うことは、フェイトちゃんたちのデバイスに少なからずわたしの姿が記録されちゃってたのか。

クロノ君は少しの間逡巡し、こちらに向き直った。

「君はそれでかまわないか」

戦艦に連れて行かれるよりは逃げやすいし、いいかな?

「はい」

「それじゃ、付いてきてくれ」







案内されたのは海鳴の街にある高層マンションの一室。

出迎えてくれたのはリンディ提督1人だ。

「いらっしゃい。ようこそおいでくださいました」

「はい」

通された先でソファを進められ、出された緑茶と、砂糖とクリーム。

………どうしろと言う事でしょうか?

入れろって事かな?

だけど、無理っ!わたしには無理っ!

取り合えず、出された湯のみを一口。

なぜかリンディ提督にしゅんとされました。

入れないの?みたいな顔をされても入れませんからっ!

美味しいのにと言いつつ、大量の角砂糖を投入するリンディ提督。

うわーっ…女のわたしでもあんなに入れたのは飲めないよぉ…

「ご挨拶が遅れましてすみません。リンディ・ハラオウンと申します」

「ジェラートです」

「今日はなのはさんとフェイトさんの二人を助けてくれたようで。本当にありがとうございます。治療もしていただいてみたいで、お陰で二人とも明日にでも退院できそうだわ」

「それは良かったです」

それでも入院するくらいの事件だったんだね。

「すまない、よろしいか」

そう言ってクロノ君が話題を変える。

「二人を助けてくれた事はボクも感謝している。しかし、君はどうしてあの場にいたんだ?調べた結果どの管理世界にも渡航申請は出ていない。となると、不正渡航と言う事になって、君を逮捕しなければならない事態になり得るのだが…」

ふむ。

「わたしもどうしてあの場所に居たのか分からないんです」

「どう言う事だ?」

「朝起きて、気が付いたらあの場所に。
いきなりこちらを一方的に襲ってきたので少々抵抗しましたが」

「あれが少々なのかどうかは今は議論している場ではないとして」

そんなだったかな?

「そうなると、一度本局の方まで来てもらってから君の居た世界に送り返すと言う事になるが」

「ごめんなさい。お断りさせてください」

「なぜだっ!?」

「まず、認識の違いを埋めさせてください」

「認識の違い?」

と、リンディ提督。

「確かにわたしはここが自分が居た世界ではないと認識しています。しかし、あなた達がわたしが居た世界に送り返せるとは到底思えない」

「あら、どうしてかしら?」

「その世界がここらからとても遠い世界であるからです」

この次元には無いし、階層どころか、時間も違うからね。

「君は魔導師だろう?ならば、管理内世界の住人ではないのか?」

「管理局や管理内世界と言う言葉をわたしは知らないのですが…」

わたし個人としては知っているのだけれど、フロニャルドの人としては知らない。

「それはおかしいだろう。魔導技術は管理内世界の技術だ」

クロノ君が反論する。

「そうなのですか?あなた達の言葉から察するにあなた達もこの世界とは別の世界の人間。と言う事は、長い時間を掛けて技術が流出したと言う可能性もありますね?」

「な!?」

「確かに、あなたが行使した魔法陣はベルカ式の物。古代ベルカが栄えたのは数百年も昔、可能性としてはあるわね」

冷静に分析したリンディ提督。

実際は近代ベルカ式なんだけどね。

「と言う事は、君は管理外世界…あー、ボク達と交流の無い世界の出身と言う事か?」

「そうですね。管理局と言う組織は聞いた事はありませんし」

「そうか…だが、それと送れないという事はイコールじゃない。世界名を教えてくれれば送り届ける事もかのうだと思うのだが」

うん、やっぱりクロノ君はやさしいね。…いや、この場合職務に忠実なだけかな?

「それはわたしの個人的な理由によりお話できません」

「…はぁ、となると、君の扱いに対してこちらがどう言う対処をすればよいのかが分からなくなる」

クロノ君がため息をついてそうこぼした。

「ここがあなた達が管理する世界であるのならば、わたしの身柄はあなた達の判断に委ねられると思うのですが、ここは?」

管理外だと知ってるんだけど、確認は重要。

「ボク達の認識では管理外第97世界だ」

「つまり、管轄外と言う事ですね。わたしの出身世界も含めて」

「君の言い分をすべて信じればそう言う事になる」

すこしとげとげしく答えたクロノ君。

「それで、あなたはご自分の世界には帰れるのかしら?」

リンディ提督がわたしに問いかけた。

「少し時間が掛かりますが、大丈夫です」

「そう。
それまで管理局本局に厄介になると言うのはどうでしょう?」

「ごめんなさい。この場所を離れると帰還できる可能性がかなり減るんです」

「そうなの…あなたにここで生活できるだけのお金は持っているのかしら」

「いいえ…」

それが問題なんだって。

衣食住がどうしても足りてないんだってっ!

さて、一見黙っているようだけど、おそらく裏でクロノ君と念話で会話しているんだろうな。

仏頂面で目を閉じているクロノ君の眉毛が少し動いているし。

「それじゃこうしましょう。あなたが帰るまで私の家に泊まるって言うのは」

「良いんですか?」

「二人を助けてもらったしね。それに私達にも事情があるのよ」

そう言って語られたのは今回のリンカーコア略奪事件。

つまりリンカーコアを所持しているわたしは、また襲われる可能性が高いと言う事だった。

一箇所にリンカーコア所持者が集まってくれたほうが事件に対応しやすいとの事らしい。

もろもろの話を聞いてわたしはリンディ提督に厄介になる事に決めた。

「あの、少ないかもしれませんが」

そう言ってわたしはレイジングハートの中から宝石を少量取り出してリンディさんに渡した。

「あら、これは?」

「わたしじゃ換金できませんし、滞在中の迷惑料も含めてお納めください」

「管理局員としては受け取る事は出来ないわ」

「そうなのですか?」

わたしの滞在費なのだけれど…

「だから、私が代理で換金して、そのお金は全部あなたにお返しするって事でいいかしら」

なるほど、賄賂と取られかねない行動は起こせないと言う事かな。

「……おねがいします」

ぺこりとわたしは頭を下げた。


その後、クロノ君はアースラに戻り、わたしは一部屋を与えられた。

ゲスト用の部屋らしいが、本当はクロノ君のために用意したんじゃないかな?

時間を見れば深夜の二時。

朝起きて、気が付いたら夜だったけれど、時差ボケをなくすために寝ようかな。

おやすみなさーい。

帰れる目処も付いたし、衣食住も確保できた。

若干の不安もあるが、わたしは存外図太かったようで、すぐに寝入る事ができたのだった。


コンコンコン

部屋のドアがノックされる。

「うみゅ…」

えっと…ここは…

「ジェラートさん、起きてますか?朝ごはん、出来たのですが」

扉の向こうからリンディ提督の声が聞こえた。

そっか、ここは…

そこまで思い出してわたしは返事を返す。

「あ、はい。今行きます」

もそもそと起きるてリビングへ。

リビングにはリンディ提督とフェイトちゃんとアルフさんがすでにスタンバイ。わたしが来るのを待っていた。

勧められるままに席に座ると、まずは紹介にあずかった。

「こちらジェラートさん。昨日から家にしばらく泊まる事になったの」

「ジェラートです。しばらくの間厄介になると思いますが、よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げる。

「フェイト・テスタロッサです。あの、昨日は助けていただいてありがとうございました」

テスタロッサ…ね。

「アルフだよ。フェイトとなのはを助けてくれて、本当に感謝しているよ」

フェイトちゃんとアルフさんが感謝の意を述べた。

気を失っていたようだけど、リンディ提督にでも聞いたかな?

「はい、どういたまして」

助けたと言うよりも、わたしも襲われたと言ったほうが正しいんだけどね。

「それじゃ、お礼の言葉も済んだところで、朝食にしましょう」

リンディさんのその言葉で朝食が開始される。

パンとサラダ、後はベーコンエッグと言った洋風の朝食だった。

フェイトちゃんが学校があると家を出ると、わたしもリンディ提督と一緒にお買い物だ。

一応耳と尻尾は消して行きましたよ?

宝石を換金してもらって、そのお金で下着に服、日用品なんかを買いあさる。

そのままお昼はカフェでいただいて、夕飯はわたしが作る事になりました。

住居を提供してくれる彼女達へのほんの少しの恩返しだ。

わたしはこれでも料理には自信があるのです。

日本、中華、フランス料理にお菓子まで何でも来いだ。

異世界の料理だって作れるよ。

材料を買ってマンションに戻り、取り合えず買って来た下着と服に尻尾穴を開ける。

「ただいま帰りました」

「おじゃましまーす」

玄関から元気な声が二つ聞こえる。

「フェイト、おかえり」

ちっちゃい子犬フォームのアルフが、フェイトと学校帰りに寄ったなのはちゃんを出迎えた。

「ただいまアルフ。…それで、ジェラートさん、居る?」

「うん、いるよー」

アルフがちょこちょこ走りながらわたしの所へと二人を案内する。

「あの、はじめまして、高町なのはです」

「ジェラートです」

「…昨日は助けていただいたようで、本当にありがとうございました」

「はい」

まあわたしも助けられたらお礼くらいは言いにくるよね。

「あの、何をやっているのですか?」

フェイトちゃんが尋ねた。

「洋服に尻尾穴を開けているの。やっぱり穴が開いてないと変な感じがするからね」

裁縫道具でちくちくと縫い合わせて完成です。

「あの、その耳って本物なんですよね?誰かの使い魔とかですか?」

「なのはちゃん。誰かの使い魔になった覚えは無いよ。生まれた時から付いていたんだよ」

フロニャルドでは地球に居る動物の特徴をもつ人間が普通だ。

毛深かったりはしないけれど、なにかしらの耳と尻尾、人によっては角まである。

わたしの場合は猫だ。

「へぇ~、そうなんですか」

そうなんだよー。

「よし、穴を開け終わったからシャワー借りたいんだけど、良いかな?」

昨日から入浴してないんだよね。

「あ、はい。こっちです」

フェイトちゃんに案内されて浴室へ。

「ふいー、さっぱりした」

入浴を済ませて戻ってくるとフェイトちゃんとなのはちゃんが、すこし広いつくりのベランダでなにやら木製の棒を持って戦ってました。

え?何を言っているか分からない?

それでも見たまんまを言ったんだよ?

バシッ

ガンッ

バシッ

二人は幾度と無く打ち合い、回避し、棒を振るっている。

二人はわたしの姿をみとめると打ち合いをやめた。

「ジェラートさん、見てたんですか」

と、フェイトちゃん。

「うん。なに?二人ともチャンバラ?」

「ちがいますっ!戦闘訓練ですっ!」

わたしの言葉が少し気に障ったのか、少し声を張り上げて反論するなのはちゃん。

えー?

戦闘訓練って物はもっと…

「あなたには何に見えたんですか?」

「チャンバラごっこかなぁと…」

「そんな訳無いじゃないですかっ!」

お、怒らないでよ~。







さて、どうしてこうなったのでしょう?

目の前には棒を持ったなのはちゃんとフェイトちゃん。

対峙するのは棒を持たされたわたし。

真剣にやっていた二人をけなすつもりは無かったのだけど、認識の違いと言うやつで、わたしにはそれはごっこ遊びにしか見えなかった。

それをぽろっともらしたら、だったらあなたが稽古をつけてくださいと言う流れになり、気が付いたら棒を持たされていたのでした。

「まずは私から…行きますっ!」

まずは先手で棒を振り上げたフェイトちゃん。

二・三合と打ち合うと、少し力を込めて切り払い、吹き飛ばした。

「やーーーっ!」

今度はなのはちゃんの番。

一生懸命に振り下ろされる棒。

その一撃一撃には気迫がこもってなくも無いように感じる。

うーん…過去のわたしなのだけど、想像以上に…

「よわい…」

「え?」

ひょいっと棒を絡ませて棒を弾き飛ばすと、くるくる回って後方へと弾き飛ばされた棒。

自分達が何をしてもわたしには傷一つ付かないと悟ると二人はがむしゃらに棒を振るってきた。

時には二人でフェイントを使っての攻撃なんかもあった。

「はぁ…はぁ…」

「はぁ…はぁ…はぁ…」

二人とも息も絶え絶え。

「も、もうだめ~」
「うにゃぁ~」

あらら、目を回して倒れちゃった。

こんな所じゃ風邪を引くからソファにでも寝かせておいて、わたしは夕ご飯の支度をしますかね。


パン粉を牛乳でうるかして、炒めたたまねぎ、コショウ、ナツメグなんかを入れて隠し味に摩り下ろしたニンニク、ケチャップ、赤ワインを入れると最後は合いびき肉を入れてぐにぐにと混ぜる。

「なにをつくってるのー?」

ちびアルフさんが足元まで来て鼻をヒクヒクさせている。

「ハンバーグをつくってるの」

「わー、ハンバーグっ!だいすき」

えっと…アルフさんはたまねぎ大丈夫だったよね。久遠ちゃんも普通に食べてたし。

うちのアルフさんは大丈夫だったけど、一応聞いておこう。

「アルフさんってたまねぎ大丈夫?」

「そのまんま丸かじりはさすがにむりだよー」

そう言えば、そもそもアルフさんはこの世界の生物ですらなかったね。

「大丈夫、ハンバーグにちょっと入ってるだけだから」

ガチャ

「ただいまー。ごめんなさいね。夕ご飯をお願いしちゃって」

ハンバーグをこね終えると所用ですこし出ていたリンディ提督が帰ってきた。

「いえ、部屋を貸してもらっているのです。これくらいは任せてください」

「そう?ごめんなさいね」

「それよりも、なのはちゃんを起こしてください。疲れて眠っちゃっているので、そろそろいい時間ですし、親御さんも心配します」

「あら、本当ね。ぐっすり眠っているようだからそっとしときましょう。親御さんには私から連絡しておくわ。夕ご飯、なのはちゃんの分もあるかしら?」

「多めに作ったので大丈夫です」

ハンバーグを焼く前に付け合せのサラダを作り、ポテトやコーンを炒めて準備完了。

「うみゅ…いいにおい」

「…いい香りがする」

香ばしいバターの香りでどうやら二人が起きたようだ。

まだ眠いのか、涙をためた目をその手で擦っている。

「あ、まだハンバーグは焼けてないから、手を洗ってきなさいね」

気絶したからそのままソファに寝かしつけたからね。

「はっ、もうこんな時間。わたし急いで帰らなきゃっ!」

寝起きからのタイムラグを経てどうやらなのはちゃんが時間を確認したようで、すこしあわてている。

「大丈夫よ、なのはさん。わたしがご両親に今日はこちらで夕ご飯を食べさせてから送っていきますと伝えておいたから」

「そうなんですか?」

「はい」

リンディ提督がなのはちゃんにそう説明した。

「それじゃ、ご夕飯に御呼ばれさせていただきますね」

連絡が行っているならと、リンディさんの好意にあずかる事にしたらしい。

「とは言っても、夕ご飯を作ってくれたのは私じゃないんだけれど」

「え?それじゃ誰が…」

「わたしですよー」

キッチンでハンバーグを丸めているわたしが目に付かなかったのかな?

「え?大丈夫なんですか?ジェラートさんって別の世界の出身なんですよね?一体どんな料理がでてくるのやら」

ちょ!?何失礼な事を考えてるのかな?なのはちゃんは。

「普通のハンバーグだよ」

「ハンバーグ?」







皆そろっての夕食。

アルフさんの分は専用の食器に盛り付けてテーブルの下へ。

人間の姿をとれば一緒に食事できるのだけど、本人がそれが良いって言うならばべつに良いかな?

「おいしい…」

「本当だ、すごく美味しいです」

最初のつぶやきがなのはちゃん、満面の笑みを浮かべて褒めてくれたのがフェイトちゃんだ。

「…ほんと、美味しいわ…」

リンディ提督はなぜか「負けた」っていう感じの表情を浮かべている。

「ジェラートさんて何者!?戦闘技術は高いし魔法でもわたし達が敵わなかったあの人たちを1人で退け、さらにはこんな美味しい料理まで…」

なのはちゃんが驚いた。

「ふっふっふー。日々、努力。なのはちゃんもちゃんとお料理の勉強をしないと素敵な旦那さんをゲット出来ないで将来泣くことになるかもね」

「むぅ…その考え方は古いです」

むくれるなのはちゃん。

その後、楽しく夕飯は進み、なのはちゃんはリンディ提督に送られていった。

さて、夕飯後わたしは与えられた部屋で腰を下ろすと、レイジングハートに話しかけた。

「レイジングハート。この状況ってアレだよね」

『はい。闇の書事件と推察されます』

「だよねー。…うーん、どういう展開の事件だったっけ?」

『私達が直接関わった時のデータは役にたたないかと』

だよねぇ、たしか記憶もだいぶ劣化しているけれど、アオさんが念能力でばーっとして解決っ!見たいな感じだった。

『それとは別に、マスターが出演されたVRアニメがあります。どちらかと言えばそちらに近い状況です』

あー。あったなぁ。

アオさんに頼まれてつい出演を了承してしまった映画の事だ。

この時撮った映画。

ずっと後になってアオさんが起こるかもしれなかった可能性の一つだと教えてくれた。

自分が生まれたせいでかなり歪んでしまったけれどと謝られたが、わたしはむしろ感謝していた。

だって、アオさんが生まれなかったって事は、わたしと出会えなかったと言う事じゃない?

それはとてもさびしい。

「それのデータを今も持ってる?」

『はい。記録されています』

「それじゃ、視覚再生じゃなくて脳内再生でよろしく」

『了解しました』

モニタを出現させるのはリンディ提督達に知られる可能性があるのでリンカーコアを通して脳内での再生。


関連ありと思われて再生された無印とA’s編の二本を見終わるとすでに日付が変わっていた。

改めてみた映画はすごくはずかしかったけれど、お陰で結構今の状況を整理できたと思う。

「レイジングハート、どのくらいこの映画の通りに行くと思う?」

『お答えしかねます。マスターが関わった事で確実に変化が起こるでしょう』

「だよね…」

すでにシグナムさんとヴィータちゃんを打ち破っているのだ。

彼女らがどう言った行動に出るのか、検討が付かない。

いや、この物語の通りであれば良いのだが…

「しかし、未来は可能性の数だけ存在する。悪いほうに変化しなければ良いんだけど…」

どうしたものか…







やばいです。

確実にわたしが関わった事での変化が現れています。

封時結界内に閉じ込められてしまったわたし。

おそらく結界維持はシャマルさんで、のこりの3人が総攻撃でわたしを沈めに来ています。

その日、わたしは日用品の買い足しに商店街まで出かけていました。

そんな時いきなり反転する街並み。

気が付いたらがっちりと結界内に捕獲され、シグナムさん、ヴィータちゃん、ザフィーラさんに襲われる展開に。

「わたし、あなた達に何かしたぁ?襲われるような事をした覚えは無いんだけどっ!見逃してくれないかな?」

飛行魔法で飛び回り、アクセルシューターでけん制。

しかし、ザフィーラさんの前に一発も通らない。

「貴様に恨みは無い。これはこちらの勝手な事情だ。…しかし、どうしてもやらねばならぬ事はあるっ!」

そうシグナムさんが表情を険しくしながら言った。

言ってる事はカッコいいのですが…襲われてる方にしてみればたまったものじゃないのです。

「レヴァンティンっ!」

『エクスプロズィオーン』

シグナムさんがカートリッジで強化したデバイスをシュランゲフォルムに変えてわたしを取り囲むように操った。

「行くぜっアイゼンっ!」

『エクスプロズィオーン』

わたしをシグナムさんがレヴァンティンで取り囲んだ上からヴィータちゃんがギガントフォルムで巨大化したグラーフアイゼンを振り下ろす。

「ギガントシュラーーーークっ!」

バリア…は流石に耐えられない。

ならば迎え撃つまでっ!

「大玉螺旋丸」

自分の身長ほどになった螺旋丸でギガントシュラークを迎え撃つわたし。

「おおおおおおおっ!」
「あああああああっ!」

「なにぃっ!?」

なんとかヴィータちゃんの攻撃を跳ね上げる事に成功した。

しかし、油断は出来ない。

すぐに私を逃すまいと取り囲んでいたレヴァンティンが狭まる。

脱出できる隙間を縫ってその包囲網から脱出。

地上に降り立ち、足で地面を削りながら勢いを殺し反転。

シグナムさん達を見上げ、次の行動に移ろうと、再び飛行魔法を使う。

しかし…

「え…?」

わたしの胸部からリンカーコアを抜くように突き出された一つの腕。

『蒐集』

「な!?」

さすがにこの展開はあの映画には無かった…

「あ、ああ…」

急激にわたしの体を脱力感が襲う。

これは…やばいかな…

その時、結界内部に転送されてきた二人の少女。

「おそい…よ?二人とも…」

フェイトちゃんとなのはちゃんは進化したデバイスを片手にわたしを助けようとするが、シグナムさんとヴィータちゃんに阻まれる。

二人が来たという事は、周りには管理局員が詰めているはずだ。

そうこうしている間にわたしの蒐集も終わり…

閃光が結界内を埋め尽くす。

逃げた…かな。

「ジェラートさんっ!?大丈夫ですか!?」

「す、すぐに救護班を!」

心配するなのはちゃんとフェイトちゃん。

だけど…

「ごめん…もう、限界みたい…」

「ジェラートさんっ!」
「し、しっかりしてください」

わたしの言葉にその表情を蒼白にそめる。

それを見ながらわたしは意識を手放し…

そして…

ぽわんっ

「へ?」
「え?」

煙と共に影分身が消滅した。







ドタドタドタ

バタンッ

勢い良くマンションの扉が開かれる。

「「ジェラートさんっ!?」」

入ってきて早々わたしの名前を叫ぶなのはちゃんとフェイトちゃん。

「どうしたの?二人とも」

「ああああ、あのっ!ど、どうやってわたし達にメールを!?」

「さっき、私達の前で消えてなくなったのはいったい!?」

すごい剣幕で問い詰める二人。

帰ってきた影分身で状況を把握した後にレイジングハートに無事だとメールを入れてもらったのだけど。

「ああ、あれはわたしの偽者だよ」

「「に、偽者!?」」

「そう。リンカーコアの略奪は1人に対して一回しか行われないんだよね?」

部外者であるわたしには闇の書関連の深い事は教えてもらえてないが、表層の事は警告と共に教えられた。

「そう聞きました」

と、フェイトちゃん。

「だったら、一回襲われれば安心ってことでしょ?」

「理屈ではそうなりますけど、あれは?」

なのはちゃんはまだ納得して無いみたい。

「うーん。わたしの10分の1の力を込めた分身ってとこかな?」

本来は均等に割り振る影分身の術。これを、込めるエネルギーを可変させる事が可能になった事には研鑽の日々の成果だね。

わたしも結構ながく生きてるからね。

「「ぶ、分身!?」」

大事の前の小事。

本当は蒐集されないのが良いのだけれど、それだといつまでも付け狙われるからね。

そうすれば大きく物語は変化するはずだ。

どうにか最小限にとどめようと画策したのが今回の件。

いくらも力のない影分身をおとりとして蒐集させれば二度は蒐集されない。

つまり、蒐集速度の影響を最小限にとどめる事が可能だろうと踏んだのだ。

込める魔力やオーラが少ないために大技の連発は出来ずに、本体と同じように見せるのにはなかなか苦戦したんだけどね。

…まぁ、襲ってくるのが、二人が本局にデバイス達を取りにもどるこのタイミングだとは思わなかったけれど。

さて、どうやら本格的に動き始めたヴォルケンリッターに、リンディ提督がついに自ら休養を返上し、アースラに戻るそうだ。

わたしは忙しくなりそうなリンディ提督の代わりに家事全般を引き受けることになりました。

とりあえず、毎日のお弁当は私の役目です。

それとなのはちゃんとフェイトちゃんの練習相手。

なんか、棒でのチャンバラの末、なぜか練習を見てくれるようにせがまれるようになったわたし。

放課後帰ってきた二人はわたしを裏山まで連れ出し、結界を張ると、それぞれの待機状態のデバイスを取り出した。

「わたし達、まだ新しくなったレイジングハート達の機能に慣れていないんです」

「だから…練習相手になっていただけませんか?」

なっていただけませんかって…すでに強制だよね?

解放する気はなさそうだ。

わたしはため息をひとつ。

「はぁ…あんまり遅くなると夕ご飯の準備が遅れるんだからね?」

「「あ、ありがとうございます」」

そう言うと二人は手にした愛機を起動する。

「レイジングハート・エクセリオン」

「バルディッシュ・アサルト」

「「セーットアップ」」

『『スタンバイレディ・セットアップ』』

展開される二人のバリアジャケット。

手にしたデバイスにはカートリッジシステムが組み込まれている。

「それじゃ、わたし達も行こうか」

『スタンバイレディ・セットアップ』

桜色の竜鱗の甲冑が展開する。

デバイスは槍型のインテリジェンス、その刃先の付け根にはリボルバー式のカートリッジシステムが搭載されている。

「…フェイトちゃん、あれって…」

「うん…ベルカ式カートリッジシステム…」

わたしの手に現れたレイジングハートを見て二人は驚愕した。

「レイジングハート達についているカートリッジシステムは研究用に開発された最新型だって聞いたんだけど」

「うん、そのはずだよ。…だけど、ジェラートさんのあれはもっと洗練された感じがするね…」

クルクルクル

シュッ

レイジングハートを握り締める。

「それじゃ、コンビ変化、行くよ?」

『了解しました』

「変化っ!」

ぽわんっ

赤い髪のポニーテール。バリアジャケットにはスリットが入っていて扇情的な形状。

右手には西洋剣を思わせるデバイスがある。

「なっ!?その姿は…」

「シグナム…」

驚く二人。

「時間も無いし、二人まとめてかかっておいで」

「むかっ!フェイトちゃんっ!」

「うん、なのは。あれが見かけだけの物なのか分からないけど、全力で行こう」

「うんっ!」

わたしの挑発に二人は全力全開だ。

「バルディッシュ」

『クレッセントフォーム』

フェイトちゃんのデバイスが変形する。

ガシュッ

さらにカートリッジをロードして薬きょうが排出し、魔力刃が形成される。

「はああああああっ!」

気合一閃。

気迫と共にバルディッシュが振り下ろされるそれをわたしはレイジングハートで受けた。

ギィンっ

鈍い音が響き渡る。

「速度、威力共にまぁ、及第点かな?」

なかなか重たい一撃だった。

一瞬のつばぜり合いの後、剣を引くと、勢いを殺しきれずにフェイトちゃんはそのままつんのめるようにして交差する。

「え?」

その無防備な後姿にわたしはレイジングハートを横一文字に振るう。

バリアジャケットは抜かない程度の斬撃。

「くっ…」

『ディフェンサー』

バルディッシュが気を利かせて防御魔法を展開したようだ。

「フェイトちゃんっ!レイジングハート」

『ロードカートリッジ・アクセルシューター』

「シュートっ!」

(かさ)増しされた魔力も上乗せされて、大量に展開されたスフィア、その数15。

それが弧を描くようにわたしに迫る。

わたしは飛行魔法を発動させると、ヒュンっと地面を蹴って空に飛び上がりそのスフィアをかわす。

しかし、追尾型のために直ぐに方向転換。わたしを追いかけてくる。

追尾型のセオリー。

それは…

わたしはすぐになのはちゃんの方へと飛んでいく。

正面になのはちゃん、後ろにはアクセルシューター。

「はあああああっ!」

レイジングハートの切っ先を左下から右上へと切り上げる。

「わ、わわわわわっ」

『プロテクション』

わたしの攻撃はなのはちゃんの張ったプロテクションに阻まれるが、その瞬間にわたしは切り上げた反動も利用して上空へと方向転換。

わたしの直ぐ後ろに迫っていたアクセルシューターは突然のわたしの回避についてこれず…

ドドドドーーーーンっ

「きゃーーーーっ…」

追尾型でロックオンがはずせないならば、何かにぶつけてしまうのが一番。

バリアでもいいし、建物でもいい、それが今回はなのはちゃん自身だっただけ。

後ろに回りこんだわたしはそのまま体を回転させながら斬撃を繰り出す。

「なのはーーーっ!」

繰り出した攻撃はすかさず援護に入ったフェイトちゃんがインターセプト。

クレッセントフォームのバルディッシュに阻まれる。

「くっ」

「フェイトちゃんっ!」

なんとか間に合ったと、わたしとのつばぜり合いに全力を注いでいるフェイトちゃん。

わたしは切り合いを避けて距離を取る。

すかさずとなのはちゃんがアクセルシューターで追撃する。

わたしは剣を鞘に戻した。

「レイジングハートっ!」

『ロードカートリッジ』

長い時間を生きたわたしは、先天性の人に比べれば若干のタイムラグがあるが、魔力変換する術を身につけている。

今回はその魔力を炎熱に変換し、圧縮した魔力を上乗せして鞘から抜き放つ。

「飛竜一閃」

「ええっ!?」
「それはっシグナムのっ!?」

鞭状連結刃と化した刀身がアクセルシューターを切り払い、さらに二人を襲う。

たまらす回避する二人だが、剣先をなのはちゃんに向けて追尾させ、連結部分でフェイトちゃんを囲むように攻撃する。

『アクセルシューター』

「シュートっ!」

逃げながらもわたしに向かってスフィアを打ち出すなのはちゃん。

だけど、甘い。

わたしはシュランゲフォルムを操って、私に届く前にすべて打ち落とす。

「わぁーうわぁー、わーー」

すこし情けない声を出しながら避けていくなのはちゃん。

「なのはっ!…くっ」

このままでは連結刃がなのはに届くと悟ったフェイトちゃんは、少しの隙間を縫うようにこちらに向かって飛翔する。

連結刃をいなすよりも本体をどうにかしなければと思ったのだろう。

途中、薄い装甲をさらに薄くして速度を増したフェイトちゃんは、一瞬後にはふさがれている隙をのがさずに翔ける。

たまらずわたしはなのはちゃんの追撃をやめ、刃をもどした。

一見順調にかわしているように見えるフェイトちゃん。だけど…

「フェイトちゃんっ!」

遠くから見ていたために気がついたなのはちゃんが叫ぶ。

「四方から襲い掛かる連結刃。かわせるかな?」

右手に持った柄を引き絞れば、縮み行くようにフェイトちゃんを取り囲んだ連結刃が襲い掛かる。

「くっ!」

あせるフェイトちゃん。

「レイジングハートっ!」

『バスターカノンモード』

レイジングハートの形状が、より鋭さを増し、砲撃に特化したフォルムへと変わる。

『ディバンバスター』

「シュートっ!」

「ありがとう、なのは」

フェイトちゃんを掠めるようにしてはなたれたそれは、わたしの連結刃を弾き飛ばし、フェイトちゃんに道を作った。

「はああああぁぁぁぁぁぁあああっ!」

飛行速度も威力に上乗せしてのフェイトちゃんの一撃。

わたしの右手の連結刃はまだ戻ってこない。

長い射程故にすばやく動かす事には向かない形態なのだ。

しかし…

ガインッ

「なっ!?」

私は左手で残った鞘を掴み、フェイトちゃんの攻撃を受けた。

「くっ!」

止められれば右手の連結刃での攻撃が戻ってくると思ったフェイトちゃんはすぐに離脱にかかる。

「アクセルシューター、シュートっ!」

なのはちゃんの援護。

それを連結刃を渦を巻くように前方に展開して防御。

その隙にフェイトちゃんは離脱。

ガシャガシャ、ガチャンッ

連結刃が解除され、普通の刀剣に戻る。

「シュートっ!」

もう一度なのはちゃんのシューター。

「クレッセントセイバー」

反対側からはフェイトちゃんのクレッセンドセイバーが飛んでくる。

アクセルシューターと回転しながら飛ばされた魔力刃に退路が制限される。

『レストリクトロック』

「おっ!?うまいっ!」

わたしの四肢を拘束するバインド。

『感心している場合じゃありません』

「そうだったね」

なのはちゃんとフェイトちゃんは、左右からわたしを挟みこみ、それぞれ砲撃体制に入る。

「レイジングハート、カートリッジロード」

『ロードカートリッジ、ディバインバスター』

「バルディッシュ、カートリッジロード」

『ロードカートリッジ、サンダーレイジ』


「ディバイーーーーーンバスターーーーーっ」
「サンダーーーーーレーーーーイジっ」

飛んでくる二本の閃光。

「レイジングハート。バインドブレイク、行けるよね?」

『お任せください』

そして着弾。

閃光が当たりを埋め尽くす。

「はぁ…はぁ…これは流石にやったよね?」

「はぁ…たぶん」

『マスターっ!』
『サーっ!』

「っ!?」
「これはっ!?」

二人の体を鎖を象ったバインドが縛り上げる。

「「きゃーーーーーっ!」」

そのまま振り回されるように空中へと放り上げられて…

「うにゃ…」
「きゃっ」

ぺちんと言う音を立てて二人はぶつかったかと思うと、さらに強固なバインドで固定された。

「やったかな?って思ったときほど油断しちゃだめだよ?じゃないと、手痛い反撃を受ける事になるから」

わたしは手に持った剣と鞘を連結させる。

『ロードカートリッジ』

カシュカシュ

二発のロード音。

『ボーゲンフォルム』

さらにカートリッジをロードし、矢を生成する。

「っなのは!」

「うん、フェイトちゃん!」

二人は私の前に防御魔法を展開する。

しかし、こちらの準備は万端。

即席の防御で受けきれるほどやわな攻撃ではない。

わたしは弦を引き絞る。

「行ってっ!貫いてっ!」

『シュツルムファルケン』

わたしの手を離れたその攻撃は音速もかくやと言った速度で飛来し、彼女達が展開したバリアをことごとく粉砕する。

そして爆発。

ドゴーーン

「にゅー…」
「きゅう…」

目を回した二人を浮遊魔法で受け止める。

「目立った外傷は無いみたい。ただ気絶しているだけだね」

『そのようです』

「さて、それじゃ訓練も終わり。夕ご飯の支度があるから、転移魔法で一気に家まで帰ろうか」

『了解しました』

その後、転移魔法陣を形成し、転移。

無事に家まで着くと、ソファに二人を寝かせ、わたしは夕ご飯の支度へと向かった。


わたしにぼろ負けしたなのはちゃんとフェイトちゃんは翌日からコンビネーション技の特訓に入ったようだ。

どうにかして二対一でもわたしを倒したいようだったけど、まだまだ負けてあげる訳にはいきません。

どうやらボコボコにしたりなかったようなので、ヴィータちゃんに変化して、グラーフアイゼンぽいレイジングハートでボコボコにしてあげました。

夕飯時に頭にたんこぶが出来ていた二人を心配するリンディ提督と、それに対して絶対に口をわらない二人が微笑ましかったのは内緒です。


さて、時間が経つのは早いもので、今日は12月24日。

クリスマスイブ。

あの後は特にわたしは襲われる事も無く、平和な日々をすごしていた。

今日は友達の知り合いのお見舞いに行くために少し帰りが遅くなるって言ってたので、おそらく決戦は今夜。

わたしは完全に出遅れていた。

いや、言い訳をするならば、流したブイからの往信が夕暮れ間際にあり、帰還地点の割り出しにレイジングハートのレスポンスをすべて振らなければならなかったし、それに時間がかかったのだけれど。

これを後回しにする訳にもいかなかったの。

だって、予想通りならば、これからここら辺り一体は何かと騒がしくなりそうで、最悪、帰還地点割り出しを失敗してしまう可能性もあったのだから。

襲ってくる余波を防御しながら解析し、帰還ポイントを割り出してから急行すると、すでに闇の書からナハトヴァールが分離されていた。

フェイトちゃんとはやてちゃん、ヴォルケンリッターの面々は健在。

ナハトヴァールは分離済み。

これは望み得る最高の状況?

「遅れました」

飛行魔法を駆使してナハトヴァールの暴走をどうにかしようと集まった彼らのそばまで飛んだ。

「ジェラートさんっ!」

わたしに気がついて、笑顔で迎えてくれたなのはちゃん。

「あ、てめーーっ!今のその魔力量、あの時ぜってー何か小細工しただろうっ!」

ヴィータちゃんがわたしの姿を見て吠えた。

「あははー」

「どちら様や?」

はやてちゃんが周りに問いかけた。

「ジェラートさん。ちょっと前にわたし達を助けてくれたの」

「って事は、私の家族がご迷惑をかけたゆうことやね?」

はやてのその言葉にばつが悪くなるヴォルケンリッターの面々。

「ごめんなさい。おねーさんにご迷惑をかけたみたいで」

ぺこりとはやてちゃんが頭を下げる。

「いいのいいの。とくに怪我を負ったわけじゃないし」

「ほんまかー?」

「うん」

「んっうんっ」

咳払いでクロノ君が注目を集める。

「それで、君は何をしに来たんだ?」

「あー、そうだった。近距離攻撃から大威力攻撃まで、何でもござれのこのわたし。戦力として使ってみる気はないですか?」

「ジェラートさん、手伝ってくれるんですか?」

フェイトちゃんがどこか安心したような表情で言った。

「うん」

クロノ君は少し険しい表情で思案した後に言葉を発した。

「民間人の手を借りるのは管理局員としては認められないのだが、目の前の暴走体…あれを破壊する確率は少しでも上げておきたい」

あのまま暴走体を破壊できなければこの星が破壊されちゃうからね。

大事の前の小事と言う事だ。

わたしはこそっとレイジングハートに問いかける。

「どうかな?」

『予想よりもバリアが強固なようです。これはマスターを蒐集した事が原因かと』

「やっぱりか」

帰る手段を手に入れたわたしが今ここに居る理由。

自分が関わった事でおこった事を何とかするために。

「……始まるね」

殻が割れるように中から異形の怪物が現れる。

蜘蛛のようであり、甲殻類のようでもある。その上半身には女性上半身のような形をとっており、その醜悪な手足と共に、とてもおどろおどろしい。

アレの破壊方法はクロノ君が提供してくれた。

叩いて壊して、露出させた中のコアを宇宙空間に転移。

最後はアルカンシェルで蒸発と言うのが手はずらしい。

各自役割を確認すると散開する。

まずはなのはちゃんとヴィータちゃん。

この二人で二枚の防御魔法を破壊する。

次はフェイトちゃんとシグナムさん。

これで四枚。

本来ならば存在しなかったであろう五枚目。

これがわたしの役目。

「ジェラートさんっ!」

シャマルさんからの号令。

「はーいっ!」

ナハトヴァールからの攻撃はアルフさん達が止めてくれている。

ならばっ!

「輝力開放」

わたしの後ろに紋章が浮かび上がる。

「超超大玉螺旋丸」

半径十メートルはあろうかと言う巨大な螺旋丸を力の限りたたきつけた。

AAAAAAAAaaaaaaaaaaaa

バリアを砕き、さらにその本体をえぐる。

AAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAA

ナハトヴァールの悲鳴。

「次っ!」

見上げたわたしを皆はぽかんとした顔で出迎えた。

「な、なあ?ジェラートさんおったら私らいらんのとちゃう?」

「わたしも少し、そんな気がしてきた」

「私も…」

あ、あれ?

「と、とりあえず、私の番やね?リインフォースっ!」

『お任せを』

詠唱をつむぎ、石化の魔法をぶち当てる。

「ミストルティン」

次はクロノ君の番だ。

待機状態を解除したデュランダルは、まだ魔法行使していないのにあたりの気温を下げている。

「凍てつけっ!」

『エターナルコフィン』

バキバキバキ

そんな音と共に海水すら凍っている。

さて、後一押しっ!

『スターライトブレイカー』

『プラズマザンバーブレイカー』

なのはちゃん、フェイトちゃんが魔法を発動準備にかかり、はやてちゃんが詠唱を開始する。

「さて、わたしはこれを見届けたら帰るから、先にお別れを言っておくね」

集束を開始した3人のそばまで行ってお別れの挨拶をする。

「え?帰る手段がみつかったんですか?」

そうなのはちゃんが問いかけた。

「うん」

「寂しくなります」

しんみりとした表情のフェイトちゃん。

「もうあのハンバーグが食べられないなんて…」

「そ、そこなの?フェイトちゃん!?」

なのはちゃんが突っ込んだ。

わたしも少しずっこけそうになる。

「さて、ここで問題です」

「な、なんですか?」
「何でしょうか?」

「わたしの名前はなんて言うでしょう?」

去るわたしの最後のいたずら。

「え?」

「それは…」

「ジェラートさん…ですよね?」

フェイトちゃんが答えた。

それにいたずらっぽくうなずくと力強く宣言する。

「ナノハ・ジェラートと愛機レイジングハート。最後にドでかいのっ、いっきまーーすっ!」

『スターライトブレイカー』

ヒュンヒュンとあたりの魔力素を食らい尽くしていく。

「「えええええええええっ!?」」

「ふふっ」

大混乱のなのはちゃんとフェイトちゃんに少ししてやったりと笑う。

カートリッジはフルロード。

「ほらほら、ボケっとしていない」

「で、でもでもっ!ねえっ?フェイトちゃん」

ショックな出来事を見たようでなのはちゃんがフェイトちゃんにすがる。

「すごく…大きいです」

「フェイトちゃんそれアウトやっ!」

たまらずはやてちゃんがつっこんだ。

「うーうー…でもでもぉ…」

わたしの頭上にはなのはちゃんの集束したスターライトブレイカーの3倍はあるそれが集束されている。

「ほら、三人ともっ!」

「なのはっ!」

「うーうー…分かったよフェイトちゃん…」

発動準備が整ったところで四人でタイミングを合わせる。

「「スターライトォ…」」

「プラズマザンバー」

「ラグナロク」

「「「「ブレイカーーーーーーーーー」」」」

気合と共に振り下ろされた四人の魔法はナハトヴァールを跡形も無く消し飛ばす。

「なんてインチキっ!?」

そんなクロノ君の声が聞こえた気がしたけれど、気のせいだよね?

わたしはその閃光が終息しないうちに転移魔法でその場から姿を消した。

頭上を見上げれば宇宙空間でどうやら無事に決着がついたようだった。







12月25日 クリスマス

今、小高い公園でリインフォースさんを送る儀式が行われている。

見送るのはなのはちゃんとフェイトちゃんの二人とヴォルケンリッターの面々。

わたしはその上空に陣取り、儀式を見守っている。

途中、はやてちゃんの乱入もあったが、リインフォースさんの決意はゆらがず、そのまま光の粒子になって空へと還る。

その粒子を集めているわたし。

分解されたリインフォースさんの光の粒子が集まり、半径二十センチほどの球形を形作る。

パンっ

両手を叩きつけると、手の中には一センチほどにまで小さくなった光の塊があった。

「それをどうするのかしら?」

背後から聞こえてきた声に振り返ると、リンディ提督がそこにいた。

「わたしがここに呼ばれたのって、たぶんこの子が呼んだからだと思います」

あの時聞こえた声。

それはたぶんリインフォースさんの声だったように思う。

「それで?」

「今はこの子を助けてあげる事は出来ないけれど、元居た場所に帰れば可能だと思うんです…だから」

「私達管理局が見逃すと思うの?」

確かに彼女は遠からず暴走するからと自ら死を選んだけれど。

「見逃してくれませんかね?」

「戦っても、今の戦力じゃあなたに勝てる見込みは無いわね…」

「見逃してくれるんですね」

「いいえ、会話で時間稼ぎをしているだけよ。直ぐに増援を呼んで駆けつけるわ」

それでもリンディさん自らがやりあう気は無いらしい。

「そうですか」

「姿かたちは違っても、なのはさん…なのよね?」

「あはは。それは内緒です。彼女とわたしは別人ですよ」

アオさんに幼少期に出会えなかったわたしと出会えたわたし。

そう、彼女とわたしは別人だ。

「そろそろ行かないと」

「帰る手段が見つかったのだったわね」

「はい。なのでお別れです。レイジングハート」

『アクセルシューター』

辺りのサーチャーをすべて破壊した後ジャミングをかける。

「それじゃ、またいつか」

「ええ、元気でね。なのはさん」

一応この世界にマーカーを残しておこう。

何かの役に経つかも知れないし。

このマーカーの存在で、フロニャルドに帰った時に同じ世界だと気がついた時は驚いたものだ。

そんなこんなで、わたしはリンディ提督に見送られながら元の世界へと帰った。









永遠に目覚める事の無かったはずの意識が覚醒する。

私は主を守り、その存在を消滅させたはず。

目を開く。

「ここは…」

長き眠りだったようにも、一瞬だったようにも感じる。

「あ、ようやく目が覚めたんだ」

「あなたは?」

私の前に現れた猫耳をつけた女性。

彼女は…

「わたしはナノハ・ジェラート。ようこそフロニャルドへ」




おまけ

「あ、そう言えば、向こうの世界であずかったものが有ったんだ」

ここはミッドチルダにある高町家のリビング。

ヴィヴィオがおもむろにそう言えばと切り出した。

「え?なにかな?」

つい最近、ヴィヴィオは転移事故にあって、二週間行方不明の末、どこかの世界から送り返されてきたらしい。

らしいと言うのは、ヴィヴィオ達が管理局員の問いに何も答えないからだ。

「何か知り合い全員を集めて見てねって言われたんだけど…」

「そうなの?それで、それってどこにあるの?」

「クリスの記憶領域」

クリスと言うのはヴィヴィオのデバイス。正式名はセイクリッドハート。

本体はクリスタル型だが、その外装にウサギのぬいぐるみを纏っていてとても愛らしい。

「そうなんだ。知り合い全員って…どこまで呼べばいいの?」

「うーんと、実は伝言もあずかってきたんだ」

「なんて?」

「『六課に携わった人たちを呼んで皆で見てね!』だそうです…」

「え?なんで他世界の人が六課の事を?」

わたしはヴィヴィオを問い詰めたかったけれど、ヴィヴィオは苦笑いをしてかわしつつ、ついに口を割らなかった。


さて、奇跡的にみんなの休日が重なった日の夕方。

そんなに広くないリビングに総勢20を越える人数が集まった。

リビングの机は撤去して、ゴザを敷き詰める。

さながら地方の公民館で上映される映画のようだ。

「ねぇ、なのは。これから何が始まるの?」

そう問いかけてきたのはヴィヴィオとの会話の時には居なかったフェイトちゃんだ。

「わたしにも良く分からないの。ヴィヴィオが何か映像データを預かってきたって言ってたけれど」

「そうなんだ」

みんなが集まったところでヴィヴィオがクリスにファイルを再生してもらう。

映像が見やすいように電気を消すと、そこはもう映画館だ。

「それじゃ、クリス、おねがいね」

ぴっ!とかわいく敬礼した後に空中モニタに映し出す。

【幾千…幾万の………】

「あれ?この声って…」

スバルのつぶやき。

「なのは…さん?」

スバルの隣に居たティアナがそうあたりをつけた。

「え?ええっ!?」

何これ?

映像が映し出され、、3Dアニメがはじまると、一斉にみんなの視線がこちらを向いた。

「え?わたしこんなの知らない…」

何なのこの映像は!?

「『魔法少女リリカルなのは』?」

皆の視線が再び私に…

映し出されたのはわたしの幼少の頃の…海鳴に住んでいた頃のわたしの生活だ。

「あ、これユーノじゃねぇか」

ヴィータちゃんが画面のなかで黒い獣に吹っ飛ばされた栗色の少年を見て言った。

「たしかに僕だね」

ユーノくんが頷いた。

それはわたしが魔法と出会った時の話だ。

傷ついてフェレットになったユーノくんをわたしが動物病院に連れて行く。

その夜の暴走したジュエルシードを鎮めるために魔法少女になったわたし。

「なのはママ…かわいい…」

「にゃっにゃあーーー!?」

なぜか変身シーンが気合を入れて作られていて、一同食い入るように見ていた。

「そう言えばよう。ユーノのやつってこの頃なのはの家で厄介になってたんだよな?」

「そ、そうだよ?」

ヴィータちゃんの問いかけにユーノくんが肯定の答えを返した。

「って事はだ、なのは。お前、着替えはどうしてたんだ?」

「え?そりゃ自分の部屋で…あっ…」

そこまでわたしが口にした瞬間、皆の視線がユーノくんに集まった。

「ちゃっ!ちゃんと見ないように後ろ向いてたからっ!」

一生懸命弁明するユーノくん。

ごめんなさい。擁護はできないよ。

「私だ」

場面が変わり、フェイトちゃんが出てくる。

初めてフェイトちゃんとぶつかり合ったときだ。

あの後何回もぶつかって、それで仲良くなれたんだ。

「あ、僕だ」

アースラが初登場でクロノ君、エイミィさん、そしてリンディさんが登場。

「本当だ。ほらパパが出てるよー」

「パパー?」
「どれー?」

「ふふっあの背の小さくて黒い男の子だよ」

「子供の前で小さいって言うなよ…」

「いいじゃない、今じゃこんなに大きくなったんだから」

「エイミィ…」

そしてフェイトちゃんの悲しい過去。

その場面では皆瞳に涙を溜めていた。

「フェイトさん…」

「あんなつらい過去が…」

感化されたエリオとキャロがたまらず涙を流した。

そして…

【名前をよんで。まずはそれだけでいいの】

【なのは】

【うん】

画面の中で抱き合っているわたしとフェイトちゃん。

「わあああああああっ!」
「あわあわあわあわあわっ!」

「なのはママ、フェイトママ、うるさい…」

「あ、ごめんヴィヴィオ…」

「これはあれだな…」

「百合ですね」

ヴィータちゃんのつぶやきにシャマルさんが答えた。

「百合だね」

「うん、百合だ」

みんな、なんで納得してるの!?

「お二人の関係はこんな子供の時から…」

違うのっ!違うよっ?違うからね、ティアナ勘違いしないでっ!

そしてエンディング。

カッコいい歌だけど、歌ってるのはフェイトちゃんかな?

スタッフロールが流れる。

製作 SOS団

誰ですかっ!?SOS団ってっ!

「これってジュエルシード事件の事だよね?」

「おそらくそうでしょうね」

スバルの疑問にティアナが答えた。

「まぁ、なかなか面白かったんじゃねぇか?」

そう言ってヴィータちゃんが纏めた。

「あ、続きがあるみたいですよ」

皆が解散ムードに包まれる中、アインハルトさんがそう言って皆の注目を再びモニタに集めた。

冒頭の語りをしゃべる声。

この声は…

「これってリインと違うか?」

「リインですか?はやてちゃん」

そして始まった続きの映像。

「『魔法少女リリカルなのはA’s』?」

フェイトちゃんが海鳴に移住してきて…そして…

「わわわわあわああああ!」
「わあああああああっ!?」

抱き合っているわたしとフェイトちゃん。

「またですね」

「百合」

「もう慣れました」

え?もうその認識で固定なの!?

その後、ヴィータちゃんに襲われてリンカーコアを略奪されるわたし。

助けようと駆けつけて同じようにシグナムさんに打ち倒されたフェイトちゃん。

この後、彼女が…

「あれ?フェイトちゃん、これって少しおかしくない?」

「うん、なのは。私達が記憶しているものと少し違うよね…」

そしてその後の物語は彼女を抜いて進んでいく。

初代リインフォース。

彼女が天に還るシーンは皆泣いていた。

リイン自身は、ほとんど知らない彼女のお姉さん。この映像で彼女の事を初めて知る事が出来た部分も多いんじゃないかな。

そして映像は終了する。

「ティア、この話って闇の書事件だったよね?」

「スバルっ!皆分かっているからっ!」

めっ!とスバルをたしなめるティアナ。

すべてを見終わって、誰かが疑問を口にした。

「そう言えば、この映像。いったい誰が作ったんだ?」

「製作 SOS団って出てたッスよ?」

「そういう事じゃなくて、いったい何の為に寄越したのかって事だ」

【あ、あー。撮れてるかな?】

「皆、まだ映像は終わってないみたいですよ」

「あ、あれはっ!?ジェラートさん!?」

「なのはママ知ってるの!?」

「知ってるも何も…」

「闇の書事件にはもう1人関わっていた女性が居た」

シグナムさんのその告白に映像しか見ていない他の人たちが驚いた。

「それが、彼女だ」

【いきなりで驚いたかな?どうだった?わたし達が昔作った映画。中々だったでしょう?】

「ええ!?作ったのジェラートさん達なの!?」

【ふっふー。あわあわしている顔が目に浮かびます。してやったりって感じです】

くっ…まんまと策略にはまってしまったの…

【気づいたかな?この映像にはわたしが関わっていない事に】

それは事件に関わったわたし達ならば皆知っている。

【つまり、わたしが関わったあの事件には続きがあって。…まだ、時間が足りなくてうまく蘇生できてないんだけど】

「あらあら、もしかして…」

リンディさんは何かを知っているみたいだ。

【リインフォースの核のパーソナルデータは私が集めて持って帰ったの。アオさん達の協力もあって、多分もう少しで蘇生できると思う。…だから、リオちゃん達が夏休みになった時にでもきっとあわせてあげられると思う】

その言葉に一番衝撃を受けたのははやてちゃんとヴォルケンリッターの面々。

「ほ、ほんまか?ほんまにリインフォースに会えるんか!?」

「主はやて」
「はやて」
「はやてちゃん」

【なんか色々映像を見てもらったけれど、何が言いたいのかと言えばそう言う事だから。夏休みに会いに行くよーって事だけ。
…用件も伝えたから最後に…そう言えば、アレから14年経っているんだよね?なのはちゃんにフェイトちゃん。二人はわたしの名前を覚えてるのかな?】

そこで映像は終わった。

わたしとフェイトちゃんは顔をあわせた後…

「「ナノハ・ジェラートっ!」」

そう言って笑った。 
 

 
後書き
と言うわけで、なのは無双の話でした。あ、あれ?アオは?…彼が無双したのっていつが最後だっけ…最近だとリオが無双してたような…
次回はそろそろ本編ですかね…
今回のこれで気力を使い果たしたのでいつになるか分かりませんが… 

 

第七十話【sts編その3】

御神蒼(みかみあお)は多忙である。

大検の為の勉強をしつつ、この先の展開次第では必要になると深板とファートの勧めで翠屋で松尾さんの元、お菓子や軽食の腕を磨く。

どうやらテンプレであるらしい。

さらに腕が落ちてはいけないと魔法や念の修行をして、この間正式に取った管理局嘱託の資格でクロノに回された仕事を片付ける。

はっきり言ってこの身がいくつあっても足りはしない。

…足りはしないから影分身でまかなっている。

影分身、マジチート。

万能すぎる。

まあヴィヴィオを助けるための布石なのだが、翠屋でのバイトは必要なのか?

多忙な日々とは言え息抜きは必要な訳で。

そんな時シリカから誘われたのが…

「アルヴヘイム・オンライン?」

学校が終わると、ソラ達と一緒に俺がバイトさせてもらっている翠屋へとやってきたシリカが、お小遣いと相談しながらシュークリームを頼み、それを美味しそうにほうばると、食べ終わってから言ったのがそのVRMMORPGのタイトルだった。

丁度休憩時間だった俺は、ソラ達にたかられつつ、人数分のドリンクだけはおごってやると席に着いていた為にシリカもここでその話題を出したのだろう。

「はい、アスナさんから一緒にやりませんかってメールで誘われました。アオさんの事も誘ってみて下さいとの事でしたので」

どんなゲームだと思案していたところ、携帯端末を操作していたなのはがディスプレイに公式HPを表示した。

「これだね」

「どれどれ?」
「どんなの?」

そう言ってソラとフェイトがなのはの左右から覗き見る。

「典型的な魔法と剣のファンタジーみたいだね。プレイヤーは九つの妖精種族の中から好きな種族を選んでプレイするみたい」

九妖精とは火妖精族(サラマンダー)水妖精族(ウンディーネ)風妖精族(シルフ)土妖精族(ノーム)闇妖精族(インプ)影妖精族(スプリガン)猫妖精族(ケットシー)工匠妖精族(レプラコーン)音楽妖精族(プーカ)の九種。

「レベル制じゃなくてスキル制みたいだね。プレビューによれば自身の運動能力に依存しているみたい」

へぇ、運動能力ねぇ。

「それと、このゲームの特徴は飛べる事みたいだね」

どうやら妖精と言う設定らしいので、その背中に生えた羽で空を自在に飛べるらしい。

それは魅了される人も多いだろうね。

それほどまでに空を飛ぶ事は気持ちがいいものだ。

「私達を誘ったのはこれがあるからだと思います」

そう言ってシリカが指し示した項目は、SAOの容姿とステータスの引継ぎと言う覧だった。

「SAOのデータ引継ぎと、アインクラッドの実装か」

アインクラッドの実装はすでにされているようで、概ね好意的に受け入れられている。

とは言え、影ではあんな事件を起こしたゲームを実装するとはとかなり叩かれているらしいが。

「どうします?アオさんはやりますか?」

「どうだろう…確かにあの世界(SAO)を懐かしく思うことはあるけれど…」

「私は見てみたいな」

「ソラ?」

言葉を濁した俺にソラがそうつぶやいた。

「アオが二年間過ごした世界を私も見てみたい」

「あ、わたしも」
「…私も」

ソラの答えになのはとフェイトもそう同調した。

「決まりですね」

「…しょうがないな」

そう最後にシリカがまとめ、俺はそれも良いかと、俺達はアルヴヘイム・オンラインをプレイすることになった。



数日後、ナーヴギアの後継機のアミュスフィアは、SOS団がただ今製作中のVR映画の撮影協力の為に彼らから贈られていたのですでに持っていたが、ALO(アルヴヘイム・オンライン)のパッケージは持っていないので、母さんの分も含めて全員分購入する。

その日の夜、夕食を済ませた後、皆で初ログインの準備をしている。

「種族はどうするの?」

ソラがインストールを待っている最中に俺に問いかけた。

「俺はデータのコンバートをするから、…必然的に猫妖精族(ケットシー)かな」

「え?なんで?」

なのはの疑問。

「SAOの時にモンスターテイムが出来たんだけど、モンスター使役に一番相性がいいのは猫妖精族(ケットシー)だからね。シリカもテイムに成功して相棒が居たからきっと猫妖精族(ケットシー)だと思うよ」

それに猫にはシンパシーがあるしねぇ。

「そうなんだ。だったらわたしも猫妖精族(ケットシー)にするね」

「あ、私も」
「…私も」

「じゃあお母さんも」

ええ!?一種族で決定?

普通バラけない?能力的に。

まあ他種族のPK推奨な所は変わっていないようだから一種族で組むメリットとデメリットを考えると…

まあいいか。

「容姿はランダムで生成されるらしいから、皆がどんな姿になるか向こう(ALO)で楽しみにしているよ」

そう言って俺は一足先にALOへとログインした。


ケットシー領 首都フリーリア

転送された俺は、まず体をひねったりして久しぶりのVRの感覚を思い出す。

うん、猫耳と尻尾がある他は特に異常はないかな。

「なうっ!」

色々体を動かしていた俺の足元で自分を構えと言う抗議の声が聞こえた。

「クゥ、久しぶり。元気だった?は変かな…」

「なーう」

その羽で飛び上がり、もはや定位置になっていた俺の肩へととまるクゥ。

人差し指を振り下ろし、ステータスウィンドウを開くと、以前習得したスキルはそのまま残っていた。

うーん、ガチ戦闘向けすぎるスキルだが、生産系や遊びスキルを入れるくらいならば少しでも戦闘に役に立つスキルを入れていたからね。

『片手用曲刀』『カタナ』『索敵』『追跡』『隠蔽』『バトルヒーリング』『アイテムの知識』なんかはとてつもなく高い数値を示していた。

『アイテムの知識』なんかはSAOでもマイナーだったし、無くなっているかもしれないと思ったが、どうやらヴァージョンアップのおかげで残ったか。

装備アイテムやお(ユルド)などは初期のものだろう。簡素な曲刀が一本と防御力のほとんど無い皮よろいだ。

「きゅるー」

懐かしい声に振り向くと滑空するように飛翔してきたピナがクゥがとまっている反対側の肩へと着地する。

「ピーーナーーーっ!置いてかないでって…アオさん?」

「ああ、シリカか」

そこには以前と変わらないアバターに耳と尻尾をくっつけたシリカが。

ピナを追いかけてきたのか慌てて走ってきたようだ。

「アオさんもケットシーなんですね」

良かったですとシリカ。

「クゥが居たからね。それに視力と敏捷度が高いケットシーの方がプレイスタイルに合っているし」

御神流を習っているとパワーより速度を重視しがちになる。

「そうなんですか」

「まあ、そんな感じ、…だから」

俺たちの周りに都合四つの人影がどこからともなく現れる。

「お待たせ」

「わぁー、これがVRかぁ」

「ちょっと変な感じ」

「けっこう綺麗な所ね」

ソラ、なのは、フェイト、母さんが次々と現れた。

…しかし、どう言った偶然だろう、そのアバターは彼女達の現実の特徴を捉えている気がする。

「あ、シリカちゃんもやっぱりケットシーなんだ」

「えっと…なのはちゃん…だよね?」

「そうだよ、うーん、自分の姿はどうなっているのかまだ確認できていないけれど、どんな感じ?」

「リアルの感じに似てるよ。それじゃ、そっちがソラちゃんでこっちがフェイトちゃん」

「そうなんだけど、似てる?」

ソラのそのつぶやきにフェイトが答えた。

「似てるよ。私は?」

「そっくり…」

「本当ね。皆そっくりよ」

「紫母さんもそっくりです」

皆猫耳と尻尾は付いているし、髪の色が奇抜な所を抜かせば皆良く現実と似ていた。

アバター名は

ソラがソラフィア

母さんがヴァイオレット

と、変えているのに対し、なのはとフェイトはそのままだった。

「……容姿選択はランダムなはずなんだけど…なんかした?」

「私は何もしてないわ」

ソラが答えると、皆もして無いと頷いた。

おかしいなぁ…まあ見分けやすいから良いか。

「それより、見てください」

そう言ってシリカが指差した先には大きな円錐型のような石の塊が浮かんでいた。

『アインクラッド』

二年間に渡り俺とシリカと閉じ込め続けた悪魔の城である。

「そう、あれが…」

ソラがそうつぶやいが、その言葉に込めた感情までは読み取れなかった。

「えーっと、掲示板によるとあの城はこのアルヴヘイムを少しずつ浮遊しながら一周していくらしいです。それで今日は丁度ケットシー領を通る所らしいですね」

シリカがそう補足してくれた。

「なるほどね、それじゃ行こうか、皆」

背中に翼を顕現させて空へと飛び立つ。

「わわわ、みなさん、どうしてそんなに飛ぶのが上手なんですか!?」

もはやなれた物と言った感じでスイスイ上昇する俺たちを、覚束ない足取りで追いかけるシリカ。

「そりゃ、私達にしてみれば、飛ぶことは今更な感じがするよね。少し感覚(背中の羽の操作方法)の違いに戸惑うけれど、慣れればどうって事無いよ」

そう言ったなのははもはや自身の感覚のように補助スティック(手動操作)を必要としない、随意飛で飛んでいる。

まあ確かに慣れてしまえばどうって事は無いね。

この自分に無いものを操る感覚は魔法や念でひたすらに修練しているから、かく言う俺もすでに自在に空を飛べる自信がある。

「そうだね、なのは。でも、やっぱり現実の方が風を切る音、匂いや感触などで勝ってるよ」

「そうかもね、フェイトちゃん」

「アオさーん、いったいどういう事ですか?」

訳が分かりませんと言う感じのシリカ。

「つまり、俺たちはリアルでも空を飛べるって事」

「なるほど、そう言う意味だったんですね…って、ええ!?いや…でも念なんてものもあるし、飛べるの…かな?
あたしも修行を頑張れば飛べますか?」

「どうだろう?俺や、ソラ、なのはやフェイトは念とはまた違う力で飛んでいるからね」

「…そうなんですか」

すこし残念そうなシリカ。

「だけど、母さんは念能力の応用で飛んでいるよ。だから絶対出来ないわけじゃない」

「本当ですか?」

「とは言え、それはシリカの素質次第」

母さんは風を操って浮かんでいる感じだし、どちらかと言えばフライの魔法に近い。

「…頑張ります。私も皆さんと一緒に空を飛びたいですし」

「ここ(VR)で一緒に飛べば良いよ。ここもこんなに広いんだから」

俺の言葉にシリカが返す事は無かった。


飛行しながらソラ達はスキルを検討し、スキルスロットに入れていく。

そんなこんなでアインクラッドを目指して飛ぶこと数十分。

ようやくアインクラッド第一層、はじまりの街へと到着した。

「ここが…」

ソラのつぶやきに返すように俺は言葉を紡いだ。

「そう、アインクラッド。俺たちを閉じ込めた世界、その始まり」

周りを見渡すとそこには多種多様の妖精たちが溢れかえり、SAOとは別の雰囲気をかもし出している。

「…なんだか少し懐かしい気持ちがします」

シリカがどこか複雑な表情を浮かべながら言った。

この始まりの街には俺達はそれこ最初の二週間くらいしか居なかったし、それほど覚えているところも無いが、それでもあの萱場晶彦の鮮烈なデスゲーム宣言はSAOサバイバーの記憶に強烈に刻み込まれていると言っていい。

「中央広場に行きませんか?」

「何か有るの?シリカちゃん」

母さんが聞くと、シリカが答える。

「SAOで知り合った人たちの何人かと待ち合わせをしているんです。アオさんの知り合いでもありますから」

「誰?」

まさかSOS団の連中ではあるまいな?

「アスナさん達です。今日ケットシー領の上空をこの城が通ることを教えてくれたのもアスナさんなんですよ」

シリカは始める前からケットシーでプレイすることに決めていたらしく、それならいつログインすればアインクラッドまで最短距離かをアスナがシリカに教えたらしい。

円形の形をしている大陸の中心に世界樹ユグドラシルがあり、それを囲むように九つあるそれぞれの種族の領地があるこのアルヴヘイム。

しかし、基本的に他種族とは敵対関係にあり、他の領地に侵入すればPKにあっても文句は言えないとか。

基本的にPK推奨な所がこのゲームの一つの醍醐味でもあるようだ。

それでも他種族とPTを組みたい場合はその領地を捨てて世界樹へと向かうしかなかったらしい。

しかし、今はこのアインクラッドがある。

ここではその種族的な争いからは解放され、みなこの浮遊城の攻略の為に組む他種族混合PTも増えてきていると、ネットの記事に載っていた。


「おーい、シリカ。こっちこっち」

「あ、アスナさん」

広場に移動した俺達は、シリカを呼ぶ声に振り返るとそこにはウンディーネの特徴が加味されたアスナがSAOの時よりも幾分か明るい表情で手を振っている。

その隣にはサラマンダーを選択したクラインと、レプラコーンのリズベット、それとどこか見覚えのあるような黒衣のスプリガンの男性と金髪のシルフの女性がこちらを見ている。

「久しぶり、シリカ。それとアオくんも」

「はい、実際に…と言うのは変かもしれませんが、お見舞いに行ったのが最後ですね」

「本当よ。わたしはてっきり二人とも学校で会えると思っていたのに、アオくんはともかくシリカまでうちの学校に来ないなんてね」

「そうですね、でも今通っている学校もいい所ですし、新しい友達も出来ましたから」

「後ろの彼女達の事かしら?」

「はい」

それから互いに自己紹介。

それで判明したのがあの黒衣のスプリガン。

なんと彼の正体はデータを引き継がなかったキリトなんだって。

「よお、アイオリアよぉ…なんでおめぇの周りはいつも華やかなんだっ!」

久しぶりに会ったクラインが視線で人を殺せるくらい睨んでたけど、スルーの方向で。



さて、再会と自己紹介も終わり、それじゃソラ達とMob狩りにでもと思い、アスナ達に断りを入れて分かれようかとした時、ツンツン頭の黒色の剣士にデュエルを申し込まれた。

モードは全損決着モード。

HPが全損するまで戦うルールだ。

「以前あんたには手も足も出なかったからな、ここらで再戦しておきたい」

SAOがから解放される二週間ほど前に一方的に絡んできたキリトを打ちのめした記憶があるが、それが悔しかったのだろう。

フェアな試合にすべく、装備のグレードをほぼ初期の武具を身に着けてお互いに構える。

俺の脇には初期装備とキリトから渡された海賊刀を含め二本の剣が挿してある。

対するキリトのその手に二本の剣を握り、対峙している。

ルールは魔法は俺が詠唱と効果範囲等を覚えていないので使用禁止、アイテム使用無し、支援魔法(バフ)無し、飛行ありと言う感じで纏まった。

飛行ありと言う所でキリトと先ほど紹介された金髪のシルフの少女、リーファが「お兄ちゃん、今日始めた人に飛行戦闘ありはどうかと思うよ?」「バカ言え、そんな事(地上戦のみ)にしたら俺が負けちゃうじゃんか」等と言う言い争いが聞こえたような気がしたが、別に飛行ありでも問題ない。


中央広場の中心に対峙する俺達を見守るのはソラ達知り合いだけではなくなり、何人ものプレイヤーがその事態をある種のお祭りのように観戦している。

準備が整い、ウィンドウの準備完了をクリックすると、両者の間で戦闘開始のカウントダウンが始まる。

『3』

『2』

『1』

『ゼロ!!』

観客のカウントダウンを読み上げる声で戦闘が開始する。

「行くぜっ!」

そう言ったキリトは小手調べと言うよりは初撃から全力を思わせる斬撃が踏み出した速度を威力に変えて迫る。

右手の直剣が俺に迫る中、俺は腰に挿した海賊刀を抜刀し、そのままキリトの攻撃を打ち上げた。

「うらっ!」

はじかれた右手の攻撃を、キリトもある意味予想通りと崩された体制の中でもしっかりと左手の直剣での攻撃が迫る。

「ふっ!」

その攻撃を抜き放ったもう一刀の剣で受け止め、切り払う。

俺の攻撃に押されてほんの少し後ろに吹き飛ばされたキリトを追撃しようとしたところでキリトのソードスキルの初動モーションが立ち上がったのが見える。

『ソニックリープ』

キリトの右手から放たれる片手用直剣の突進技だ。

その攻撃は重く、ガードの上からも吹き飛ばされてしまった。

ざざーっと石畳から埃を巻き上げつつ踏ん張ると、未だスキル硬直から抜け出せないキリトへ向かって地面を蹴った。

『御神流・射抜』

御神流の中で最大の射程を持つ突き技。

とは言え、単発スキルの硬直時間は他の技と比べればそれほど重くない。

俺の刀が届く寸前で硬直が解け、勢い良く後ろへとバックステップでかわすキリト。

逃すまいと左手でもう一本の海賊刀を抜き地面を蹴って追撃しようとしたが、その攻撃もキリトが地面を離れた事で不発に終わった。

キリトは背中に生えた翅で空中を旋回し、こちらへと向かってくる。

飛行速度はなかなかに速い。

が、しかし…跳んでいるもの同士の戦いならば良いが、結局飛行からの地上への攻撃のバリエーションなんて遠距離攻撃がなければほとんどないと言って良い。

高速で飛来してくるキリトの攻撃を体を捻ってかわす。

当然キリトは勢いのまま飛び去る形となるのだが、俺はキリトの後ろを地面を蹴った反動も利用して飛び上がった。


side リーファ

『ゼロっ!』

「はじまった」

アスナさんがそう言って目の前の戦闘開始を告げた。

「お兄ちゃんがあんなに大人気ない行動にでるなんて、一体どういう事なんだろう」

いつものお兄ちゃんとはあからさまに態度が違う。

「くすくす。キリトくんはね、それはもう絶対の自信をもって最初から本気の技(二刀流)まで使ったのにアオくんにこてんぱんにやられちゃったのよ」

「ええ!?パパがですか?」
「ええ!?あのお兄ちゃんがですか!?」

私と一緒に驚きの声を上げたのはナビゲーションピクシーのユイちゃんだ。

ユイちゃんはSAO時代にお兄ちゃんとアスナさんとかかわった人工知能で、ナーヴギアのストレージに保存してあったこユイちゃんのプログラムをこの世界で起動した時に一番その存在が近かったナビゲーションピクシーにその存在を変化させ、それ以降お兄ちゃんのそばに居る。

お兄ちゃんの事を「パパ」と呼び、アスナさんの事を「ママ」と呼ぶ様は本当に親子のようだった。


話しは戻って、あたしもお兄ちゃんが尋常ではないくらいの強さを持っていることを知っていた。

幾ら前のアバターからデータを引き継がずに弱くなっていたとしても、装備は同等。

どスキル制であり、レベルが上がってもステータス的な変化はほとんど無いこのゲーム。

お兄ちゃんもこの数ヶ月でちゃんとスキルは上昇しているし、たとえ相手がSAOサバイバーだとしても、彼我の差はほとんど無いと言って良い。

だからこそ信じられなかった。

しかし、始まった彼らの戦闘はあたしのそんな考えを粉砕するには十分だった。

いくらALOでは二刀流のスキルは無いと言えど、今の攻撃は速度、威力ともに十分で、あたしでもその初撃は防げても一刀では剣が足りないのだ、二撃目は防げまい。

そんなお兄ちゃんの左手での攻撃が繰りだされるよりもはやくアオさんは腰につるした二刀目を抜き放っていた。

「うそっ!?二刀流!?」

「ああ、やっぱりアオくんはつよいなぁ」

「ママっ!」

「アスナさんはどっちの味方なんですか!」

またもあたしとユイちゃんの声が重なった。

「もちろんキリトくんの味方だよ。応援もするし、勝ってほしいって思うよ」

「だったらっ!」

「だけど…やっぱりキリトくんが勝てるヴィジョンが浮かばないよ」

アスナさんがそう言うと、「ほら」と言って視線を二人の戦いに戻させた。

見ればお兄ちゃんの『ソニックリープ』を受けきり、吹き飛ばされた彼が、直ぐにその距離を詰めるように駆け、真っ直ぐに突き技を繰り出していた。

すごい。

彼の突きは速く、あわや兄ちゃんに届くところだったが、そこはやはりお兄ちゃんだ。

すぐにバックステップでかわすと、そのまま空中に逃げた。

空中戦(エアレイド)。これならお兄ちゃんに分がある。

彼は今日始めてこのゲームにログインしたって言ってたし、素質のある人でも初日で空中戦が出来るまでに飛びまわれるはずが無い。

少しお兄ちゃんも大人気ないような気がするけれど。

「これは幾らなんでもお兄ちゃんに有利すぎるかな」

そういったあたしの言葉をすぐ隣にいたアスナさんが否定する。

「…それでもアオくんが負けるような気がしないのは何故だろう」

幾らなんでもそれは無いんじゃない?と視線を戻すと、そこには信じられない光景が繰り広げられていた。

「ああ、飛んじゃったか。まだ飛ばないほうが良かったと思うのに」

そう呟いたのは先ほど紹介されたなのはちゃんだ。

「そうだね、空中戦はうまく飛べる事が強さじゃないものね」

そうフェイトちゃんが言った。

「どう言う事!?」

「にゃ?」

あたしの剣幕に少しおされたなのはちゃんだけど、すぐに答えは返ってきた。

「空中で一番大事なのは、空間認識能力なんです」

「「「空間認識能力?」」」

あたしとアスナさん、ユイちゃんの声が重なった。

「どこに何があるのかを、直ぐに認識できる能力です」

そう言われても一体どう言った能力なのかぴんとこない。

「そうですね…人間はどうしても空を上、地面を下として認識しようとします」

それは普通だよね。

「えっと、周りに何も無い所を飛んでいて一瞬ここはどこだろうって思った事はありませんか?」

それは、あるかな。目印になるものを見失ったときとかに。

「空中で回避するときなんかは、一瞬どちらが地面か分からなくなったり、敵を見失うことはありませんか?それは空間認識能力が足りないからです」

え?

「キリトさんがこの世界でとても類まれな能力を持っているのは少し見ただけでも分かります。だけど、まだまだお兄ちゃん(アオ)と互角に戦えるレベルではありません」

とは言え、あと数年、もしくは数ヶ月この環境下で空を飛んでいたら分かりませんけれど、となのはちゃん。


空中から滑空の勢いも加えてのアオさんへの攻撃を、アオさんは体を捻ってかわしたかと思うと、そのままお兄ちゃんの後ろを追うように飛翔。

それからはまさに一方的だった。

攻撃の度にお兄ちゃんはくるくると回され、次の瞬間にはお兄ちゃんの死角から正確な攻撃が飛んでくる。

対するアオさんは空中をそれこそ上も下もなく駆け巡り、お兄ちゃんを翻弄する。

アオさんの攻撃に翻弄され、視界が回転させられる度に周囲の景色から自分の位置を確定させているお兄ちゃんに対し、そのすさまじい空間認識能力で攻撃を繰り返すアオさん。

もはや誰の目にも勝敗は明らかだった。

「でも、おかしいですよね?アオさんって今日が始めてのログインなんでしょう?」

「アオが空を飛び始めてすでに半世紀。空はもう私達の庭も同然」

ソラちゃんがそう呟いたけど、意味が分かりません。

SAOサバイバーだと聞いたし、あのアバターはコンバートしたものだとしたら、あたしとそう変わらない年齢のはずなんだけど…

「まあ、アオくんだしねぇ。何があっても不思議じゃない」

アスナさん、あなたのその間違った信頼はどこから来るのでしょうか?


side out




結局、空中戦に持っていったキリトを死角からの狙い撃ちでHPを全損させたあと『世界樹の雫』で蘇生されたキリトだったが、あまりにも視点がぐるぐる回転したものだから今キリトは地面に突っ伏してダウン中。

バットを額に当てて回転した後のような衝撃を感じているだろう。

賑やかだった中央広場は人影もまばらになり、俺達も端の方へと移動する。


「うぇ…気持ち悪いっ」

「大丈夫ですか。パパ」

「ほら、だらしが無いぞ、キリトくん」

「だけどなぁ…アスナも一度戦ってみたらいいぞ」

「遠慮します」

介抱しているアスナだが、その様子はバカップルそのもの。

俺たちの目のつかない所でやってくれ。


と言うか、目の前でキリトを「パパ」と呼んでいる小さな妖精は誰でしょう?

さっきの自己紹介にはいなかったよね?

怪訝な表情でその小さな少女を見ていると、ようやく正気に戻ったのか、顔を真っ赤に染めた後、アスナが取り繕うようにその少女を紹介する。

「この子はわたしとキリトくんの娘でユイちゃんって言うの」

「ユイです。よろしくお願いしますね」

「ええ!?」

その紹介に事情を知らない俺やシリカが驚いた。

「いっ…いつの間に…」

シリカよ、幾らなんでもこれだけ意識のはっきりしている子供を現実世界で作るのは無理だからね。

「ちっ、ちがっ!」

シリカの言葉の意味を悟ってさらに赤面するアスナ。

「…ユイはAIなんだよ」

見かねたキリトがそう観念したかのように言った。


説明を受けると元はSAOの『メンタルヘルス・カウンセリングプログラム』なんだって。

VRMMOでの人間同士のトラブルによるストレスなどの解決を、人間(ゲームマスター)がやるのは面倒だから、そう言うプログラムを作ってしまえと言うことで作られた一種のAIらしい。

SAO内で彼女と知り合ったキリトとアスナは、消え行くユイのデータをナーヴギアのデータ記録ストレージに保存すると言う手段を講じた。

その結果、このSAOのミラーとも言えるシステムで運用されていたこのアルヴヘイム・オンラインで新生したらしい。

「へぇ、そんな事があったんだ」

聞いた内容は結構やばい気がするけれど、とりあえず。

「よろしく。ユイちゃんって呼んでも?」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いしますね」

俺の言葉に続くようにシリカ、ソラ、なのは、フェイト、母さんと挨拶をしていく。

「あれ?皆さん驚かないんですか?わたしはその…AIみたいなものなのですが…」

ああ、そんな事か。

「別にAIなんて珍しくないよ」

「ええ!?」

その答えに驚いたユイ。

「そうだね。今度レイジングハートも紹介できれば良いんだけど」

「バルディッシュもね」

驚くユイ、アスナ、キリトをよそに、なんでもない事だし、むしろデバイスのいい友達になるかもと言っているなのはとフェイト。

「ソルとルナは…一応AI…かな?」

ソラが悩んでいるが、ソルとルナが実際のところどうなのか、俺にも分からない。

「あ、あれ?普通に受け入れられてる?」

「アスナ、彼女達はAIとの付き合いも長いからね。今更なんだよ」

「そっかー、AIって割と普通に居るんだ」

「そんな訳無いだろっ!」

納得しかけていたアスナにキリトが突っ込む。


改めてフレンド登録を皆でした後は、今日の所はアスナ達と別れて行動することにした俺と、ソラ、なのは、フェイト、シリカ、母さんの6人。

このゲームでのPT制限は7名なので、今は全員でPTを組んでいる状態だ。

始まりの街の中央広場を出てフィールドへとつながる城門を目指す。

見えてきた城門を前に立ち止まる俺とシリカ。

「どうしたの?」

立ち止まったことに気がついた母さんが俺たちに問いかけた。

「…何度も経験したことなんですが、やっぱりこの瞬間…フィールドへと出る瞬間にはいつも不安になってました」

だから、デスゲームではないとは言え、アインクラッドのフィールドへと出るのは緊張するとシリカ。

「ここが生と死との最初の境界線だったんだ。ここを自分の足で踏み越える、たったそれだけがSAOプレイヤーは皆怖かったはずだよ」

かく言う俺もね。

「そっか…ねえ、皆聞いてくれる?」

「なに?」
「はい」
「うん?」

母さんの声に視線を移すソラ、フェイト、なのは。

「せっかくだから自分達のルールを決めましょう」

「ルール?」

「そう、ここはゲームだから、目いっぱい楽しむ事はもちろんだけど、強敵に出会ったとしても、やけっぱちの特攻や、死んでも良いやと諦める事をしない事」

「うん、良いと思う」

ソラが同意を示す。

「わたしも」
「…私も」

フェイトとなのはも了承した。

「どうかな?シリカちゃん、あーちゃん」

「とっても素敵だと思います」

「うん、良いんじゃないかな」

この世界(アインクラッド)で本気で生きてきた俺達としては、所詮ゲームだからと言うのではなく、本気でプレイして欲しい。

そう思ってしまう俺とシリカだった。

















キャロと別れて数ヶ月。

いつもの様に翠屋でケーキや軽食を学びつつアルバイトをしていると、突然脳内を揺るがすほどの大音量で念話が飛んできた。

【助けてっ!誰か助けてっ!フリードがっ…ヴォルテールが死んじゃうっ!】

この声は…キャロ?

【お願いっ!誰か、だれか助けてっ…アオ…おにいちゃん…たすけて…】

俺はその声を聞くと、翠屋を後にする。

外出することを伝えられなかったが、そんな事はこの際どうでもいい。

【キャロ、キャロだろう?転送された場所を動いてないか?】

この地球に現れたという事は以前渡した巻物を使ったと言うことだ。

それならば転送される場所は家のリビングだ。

【アオさんですか!?お願いです、フリードとヴォルテールを助けてくださいっ!】

【キャロっ!そこを動かないで、今行くから】

錯乱しているため会話が成り立っていない事に少し歯噛みするが、俺は急いで家に戻る。

【アオ!キャロが泣いてる】

【一体何があったの?】

ソラとなのはから念話が入る。

【分からないけれど、あまり良いことではなさそうだ。俺は今家に向かっている所だが、皆は?】

【私たちも学校を抜け出して向かっているよ。紫お母さんやアルフ達は?】

フェイトからの念話だ。

【散歩に行ってた。今家に向かってる】

【あたいもさね】

久遠とアルフが念話に混ざる。

【この時間は商店街に買い物だ。誰か母さんの携帯に連絡をお願い】

風を切る音で一秒を争う今、携帯なんて使っても会話が出来そうに無い。

【分かった。私がする。なのは、フェイト、先に行って】

【うん】
【わかった】

ソラが速度を緩めて携帯を掛けてくれるようだ。

その後、アルフと久遠からもそれぞれ念話で応対し、家に戻ることを伝えると、俺はさらに速度を上げた。


ドダンッ

蝶番が壊れるのも厭わない様な勢いで空けたリビングのドア。

「キャロっ!」

「っ…アオさんっ!助けてくださいっ!フリードがっ!」

リビングでうずくまり、その両腕で一生懸命に抱きしめているのは彼女の白い竜だ。

「フリード!?」

真っ赤な血を流し、弱弱しい呼吸音が聞こえる。

すぐに俺はポーション(神酒を希釈したもの)を取り出し、フリードに含ませる。

「フリード、飲んで」

しかし、その体は弱っていてなかなか飲み込んでくれない。

「フリードっ、お願いだから飲んでっ!」

キャロは俺が渡したポーションが、きっとフリードを治してくれるものと信じて口の中にポーションが溜まるのを確認するとそのままフリードの口を押さえ込んだ。

ゴクンっ

とたんにフリードから外傷が消え、呼吸も落ち着いたようだ。

意識はまだ回復していないが、おそらく大丈夫だろう。

ばたばたばた

ドタンっ

「お兄ちゃん!」
「キャロは大丈夫なの!?」

勢い良く入ってきたなのはとフェイト。

「キャロは無事?」
「キャロちゃん、大丈夫!?」

一拍置いて駆けつけたのはソラと母さんだった。

最後にアルフと久遠が合流する。

「あっ…ああっ…ま、まだヴォルテールがっ!アオさんっ!お願いです、ヴォルテールを助けてっ!」

「キャロちゃん、大丈夫だから」

母さんが、キャロを優しく抱きとめた。

「キャロちゃん。ヴォルテールって?」

「わたしを守ってくれるアルザスの守護竜なんですっ!それが、大怪我をしちゃって、わたしどうしたらいいかっ!」

ヴォルテール。

未来のキャロがゆりかご事件の時に呼んでいたあの大きな竜だろう。

「キャロ。ヴォルテールを呼べる?」

「っ…出来ますっ!」

「なんとかできるの?あーちゃん。」

「大丈夫。皆、ここじゃヴォルテールを呼べないから、無人世界まで跳ぶよ」

「うん」
「はいっ!」

「転移は私がするわ」

「任せる」

個人転送が可能な距離で、人間が居ない世界まで転移すると、キャロにヴォルテールを呼んでもらって、治療を施した。

その後、ヴォルテールには『神々の箱庭』に入ってもらって養生してもらっている。

なぜ『神々の箱庭』に直接転移させなかったのか。あの中は時の流れすら操れるために完全に別空間なので、召喚、転移などで外界との接触が不可能なためだ。

どうやったらこの巨体をここまで痛めつけられるのかと言う感じの怪我を何とか治し、一同御神家のリビングへと戻った。

道中、何とかクロノに連絡を付け、たまたま時間が取れるらしく合流したのが御神家の玄関。

知らないで通しても良かったのかもしれないけれど、キャロのこれからを考えるとクロノを頼ったほうが良いと思ったからだ。

なんかすごく面倒そうな事のようだし、一応管理世界内の事だからね。


「それじゃ、聞かせてもらえるかな。君に何があったのか」

リビングのソファにキャロを座らせると、管理局員であるクロノがキャロに事のあらましを尋ねた。

「はい…」

クロノの声は優しいものではあったが、キャロは少し萎縮してしまったようだ。

「わたしには良く分からないんです…なぜこんな事になったのか…」

そしてキャロの口から語られた事件の全容。

いつものように代わり映えのない一日だと思っていたら、1人の旅行者が来たらしい。

そいつは来るや否やキャロとの面会を求めた。

その後、当然とばかりにキャロを連れて行こうとしたらしい。

当然、静止の声が掛かるが、それを魔法で一蹴。

おびえたキャロを守るようにフリードが暴走。

しかし、敵わずに敗北、それに悲しんだキャロの心に呼応するようにヴォルテールが現れるがこれもその旅行者に敗れた。

「その旅行者の名前は分かるかい?」

「……たしか、エルグランドって言ってました」

エルグランドっ!

その言葉に俺達は一瞬互いに目を合わせた。

「そうか…アオ、少しの間彼女の事を頼めるか?本当ならボク達が保護しなければならないのだが…ボクは今から第六世界に行かなければならないだろうし、彼女のメンタルを考えると君達と居たほうが良いだろう…こんな事は本当ならボクからは言ってはいけない事なんだろうけどね」

話しがひと段落するとキャロは疲れたのか眠ってしまった。

まあ、本来は保護すべき彼がこちらを信用して預けてくれるのだから、ね。

直ぐに立ち去ったクロノを見送ると、俺達はキャロを客間に寝かしつけ、母さんに頼むと、それぞれの放り出してきた事の収拾に戻った。



夜。

クロノからの通信が入り、リビングにて大型ウィンドウが開かれた。

リビングには学校に戻ったソラ達がそろっている。

ウィンドウ越しにクロノがあれから現場に飛んでからの事を簡単に説明してくれた。

第六世界へと急行したが、結局エルグランドはすでに逃げ出しており、捕縛はおろか、追跡すら出来なかったと。

集落の被害は甚大ながら、奇跡的に死亡者は無し。

エルグランドがなぜこのような行動に出たのか、プロファイリングしてみても良く分からないとクロノが愚痴った。

数年前のなのは、フェイトへの執着。

そして今回のキャロの誘拐と、関係が有るのは両方とも低年齢の少女だと言う事と、魔導師だという事くらいで、出身世界などに共通点は見られない事などがさらに不可解にさせているらしい。

彼の行動は同じ転生者である俺や、SOS団のメンバーでなければ分からない動機だろうし、それをクロノに話すわけには行かない。

【…それから、部族長からの伝言をキャロあてに預かっている】

そう言ったクロノの表情は仏頂面だが、怒りとも憤りとも言える感情が読み取れる。

「なんて…言っていたんですか?」

キャロが隣に座っていた母さんの手をぎゅっと握り締めながら、意を決して尋ねた。

【………部族を追放する。今後一切部族への出入りを禁ずる…と】

「…そう…ですか…」

キャロがショックを隠しきれずに涙を溜めてうつむいて、泣くまいと必死に堪えている。

子供ながらにいつかは追放されるかもしれないと悟っていたのだろう。

それほどまでに、彼らの態度はよそよそしかった。

「キャロちゃん…」

「うぅ…うぁ…うあああぁぁあぁっぁああああぁぁぁ」

色々な出来事が重なって、感情が制御できなくなったのだろう。

母さんに抱きしめられて、キャロの嗚咽が響いた。







泣くだけ泣くと、泣き疲れたのか、それとも精神的疲労からか眠ってしまったキャロを母さんがひざの上で寝かせる。

寝入ってしまってもキャロが母さんを放さなかったからだ。

「なあ、クロノ。…キャロをこの世界(地球)に居る俺たちが引き取る事は可能かな?」

【彼女をか?…言いたくは無いのだが、彼女の使役竜の暴走は危険だ。それを考えると許可が出るとは思えないのだが…】

「それは彼女に直接的な危険が迫った時や、不安や恐怖と言った負の感情に竜達が反応しているからだろう?彼女はその生い立ちから周りからの愛情や優しさと言う物を受け取りそびれているようだ。地球(ここ)なら彼女に直接的な危害が加えられるような事になる事は少ないし、キャロを心配してくれている人も多く居る」

俺の言葉に母さんやソラ達が力強く頷いた。

【…だが、フリードリヒの事はどうする?もう一騎のヴォルテールと違いその竜が彼女の下を離れる事はあるまい?】

「それは変身魔法の応用で大きなインコか何かに姿を変えてもらうさ。そうすれば、この世界でもフリードが生きていく事には困るまい」

俺たちの説得でとうとうクロノが折れた。

【…はぁ。君達はどうして僕にこうも面倒事を頼みにくるんだ…。わかったよ、何とかしよう】

「ありがとう、クロノ」

【君から感謝の言葉を聞いたのは初めてじゃないか?…なかなか悪くないな】

そう言ってクロノは通信を切った。

クロノに頼りっぱなしになったが、彼ならきっと何とかしてくれるだろう。




暖かい何かが私の頭に触れている。

これは…手?

それはわたしの髪を梳くように流れてゆく。


いい匂いがする。

とっても美味しそうな匂い。

他人の家から流れてくる料理のかおり…

普通ならばどうって事の無いもの…でも…

でもそれは、わたしにはとてもうらやましいもの。


ここは…

匂いに釣られるように、うっすらと目を開けると、天井の明かりがまぶしくて、たまらず目を細めた。

回らない頭で命令を出し、何とか上半身を持ち上げる。

「あ、起きたの?キャロちゃん」

わたしに声を掛けてくれた人…この人は…

そうだ、わたしっ!泣き疲れてそのまま寝ちゃったんだっ!

急激に思考が回転し始め、そうするとようやく状況を思い出す事が出来た。

「あ、あのっ…ユカリさん…その、わたし寝ちゃって…ご迷惑じゃなかったですか?」

わたしっ!ユカリさんのひざを枕に寝ちゃってた!?

「大丈夫よ。ぜんぜん迷惑なんかじゃないわ」

「そう…ですか?」

よかった。

それから、ユカリさんはわたしを真っ直ぐに見つめて…

「ねえ、キャロちゃん」

「何ですか?」

「家の子にならない?」

へ?





いつも通りの御神家での夕食。

その食卓に1人、かわいらしい幼女が加わった。

キャロちゃんは目の前にある、普通の夕食を遠慮しながらも、目を輝かせながら食べている。

メニューは箸の使えない彼女を気遣ってハンバーグだ。

パンとライスはお好みだが、俺たちがみなライスを選択したので、キャロも遠慮からかライスを選択。

初めてライスを食べるらしく、困惑していたのも最初だけ。

手本にと俺たちが口に運ぶと、ライスが主食であると理解したようだった。

「どう?キャロちゃん」

「お、…おいしいです」

そう言った母さんの言葉にキャロが照れたようはにかんだで答えた。

「そう。よかったわ」


夕飯も終わり、洗い物を済ませると、母さんがキャロに言葉を掛けた。

「ねえ、キャロちゃん。考えはまとまったかしら?」

「えと…その…」

母さんの問いに言葉を詰まらせるキャロ。

「何の事?」

ソラが分からないと困惑する俺たちを代表して母さんに聞いた。

「キャロちゃんにね、家の子にならない?って聞いたの」

「母さん、他の事は?」

ソラが母さんに聞くと、バツが悪い感じでごまかした。

「それじゃだめだよ、母さん。いくら幼いからといって彼女にはきちんと説明しないと」

そう言って俺はキャロに向き直る。

「キャロ」

「…えっと、…はい」

俺の真面目な声色に、キャロはきっと何か自分にとって重大な事を聞かされるのだろうと身構えた。

「君に俺たちは幾つかの選択肢を与えてあげられる」

「選択肢ですか?」

「そう」

幾つかとは言っても俺たちが用意できるのはいくつも無い。

一つは俺たちの家族としてこの地球で暮らす事。

一つはクロノを頼り、管理局に保護してもらう事。

俺の言葉を聞いて、キャロは長い間考えたと、消え入るような声で答えた。

「…みなさんにご迷惑は掛けられません。わたしは管理き「迷惑なんかじゃないっ!」…え?」

キャロの言葉をぶった切ったのは俺でも、母さんでもなかった。

フェイトが言葉を続ける。

「キャロは何か怖がってるよね?」

「え?」

「他人だから?血がつながって無いから?」

「そうですね…」

「血がつながらなくたって家族には成れるよっ!私だってそうだったもの」

「フェイトさん…が?」

「私は…ううん、私達の家族はほとんど血なんか繋がってない。だけど、皆互いを想い合っている。想い合えるのが家族なんだよ」

フェイトはもちろん、ソラやなのはだって遠い親戚ではあるが、それは従兄弟よりさらに遠い。

「いいんですか?…わたしなんかがみなさんと家族になって…いいのかな…」

「いいのよ。むしろ私がキャロちゃんと一緒に居たいの」

と、母さん。

「キャロと家族になれたら、私はうれしい」

「わたしも…」

「…私も」

フェイトの言葉に追従するなのはとソラ。

「お金のことも気にしなくて大丈夫だ。こう見えても俺は結構お金持ちだからね」

と、俺がおどけて場の空気を砕けさせた。

偶然の産物だけど、結構お金は持っている。

自分で稼いだ訳では無いが、それならば一層誰かの役に立てた方がいい。

俺たちの言葉を聞いて、

「よろしく…お願いします」

という言葉で応えた。

俺にまた新しい妹が出来たのだった。


その後、いろいろとキャロを受け入れるために水面下で動いた結果、管理局からの許可も得る事が出来、この日本での戸籍も作ることが出来た。

キャロ・ル・ルシエは御神の姓をもらい、今はこの海鳴で元気に暮らしている。
 
 

 
後書き
今回でSAO編は終了になります。
SAOでオリ主が関われるのってアインクラッド編だけだと思うんですよね。
フェアリーダンス編はキリトのリアルでの友好も無いとアスナ救助の要請が無いだろうし(そもそもキリトは人を頼らなそう)シルフ以外の種族だと合流すら出来ませんよね。ファントムバレット編は、政府関連の人とのつながりはそれこそキリトくらいの高レベルにならないとだめだろうし、オリ主が高レベルプレイヤーでキリトを抜いてたらオリ主に依頼が来るでしょうが、それはただ、キリトの成り代わりをしているだけですね。
キャリバーもキリトPTにくっついていくだけの話とかは書いても楽しくないですし、マザーズロザリオもアスナの成り代わりくらいしか話の展開はなさそう。
ぶっちゃけ関われる要素がないっ!なので今回でSAO編は終了です。
キャロの保護も終わったので、次はsts編になると思います。…sts編は3回目なので、短くまとめてたぶん…2話くらいになると思います。 

 

第七十一話

 
前書き
登場キャラを最小にしてのsts編です。
SAO編以降に士郎さんと桃子さんが話題に出ていなかったのですが、実は…と言う事です。 

 
皆さんは転生と言うのをご存知でしょうか?

私はあまり信じていませんでした…実際に経験してみるまでは。



私の名前は『高町ななな』

周りからは『ななちゃん』と呼ばれてます。ミッドチルダにあるst.ヒルデ初等科3年生です。

さて、苗字でお気づきの方も居るかも知れませんが、私はなんと高町なのはの妹と言う事なのです!

しかも前世の記憶もありますし、リリカルなのはは私が死ぬまでに出ていた『Vivid』及び『Force』までは記憶にあります!

高町なのはの妹に生まれたと言うときは、混乱したけど、落ち着いたらかなり喜んだものです。

だって、なのはやフェイトの出会いとかを間近で見れるかもしれないし、一緒に戦ったりとか、管理局の仕事は面倒そうだなぁとか考えたりした物です。

しかし原作のP・T事件や、闇の書事件に関われるかもと言う望みは目の前になのはお姉ちゃんとフェイトお姉ちゃんが現れた瞬間に崩れ落ちました。

だって、すでに9歳くらいだったのだもの…

二つの事件が終わっているのかいないのかに関わらず、私0歳…どうやっても無理ジャン!

しかもっ!

しかもですよっ!この世界に私よりも早く現れた転生者によってすでに改変されていたなんてっ!

フェイト・T・ハラオウンだったはずのフェイトお姉ちゃんの名前は御神フェイトだし、八神一家はすでに地球から離れ、グレアム提督のもとミッドチルダで生活しているとの事。

その時の私の絶望と言ったらもう…

でも私はまだポジティブだった。

まだsts編があるじゃないっ!

それに将来かっこよくなるのは保障済みのエリオ君が居るじゃない!と。

そこで私は『はっ!だけど私にリンカーコアが無ければ結局関われないじゃんっ!』と言う事に気が付いて、一生懸命意識を集中して魔力を感じようとしたの。

だけど、これが思わぬ結果を招く事になった。

私が一生懸命感じ取ろうとしていた事が切欠で高町家を暴発した私の魔力が吹き飛ばしてしまったのだ。

なんとか内部破壊のみで全壊は免れたけれど、ガラスは割れ、私物は吹き飛ばされて粉々に…

…後で冷静に考えれば当たり前だった。

だって私、魔力術式とかまったく知らなかったもの。魔力制御すら出来ないのに一生懸命感じ取ったり開放しようとしてたりしたらそりゃ暴発するよね…

消防車が駆けつけたり警察が来たりしたが、奇跡的に死傷者はゼロ。

瞬間的になのはお姉ちゃんがシールドで守ったそうだ。

しかし、これで魔法が家族にバレる事になったらしい。

先の闇の書事件ではバラさなかったようだ。

行き先が無く、しばらくの間居候させて貰っていた御神家で高町家全員を前に転生者であろうアオお兄ちゃんが四苦八苦しながら説明していた。

さて、普通なら次からやらないようにすれば良いだけだったんだけど、私がまだ赤ん坊だった事が問題になる。

どうやら私の魔導資質はSSSオーバーらしい。

一応リミッターを掛ける事も出来るらしいのだが、完全封印だとまだ赤ん坊の私にどんな影響が出るか分からない点、さらに赤ん坊ゆえにまた今回のような事が起こらないとも限らない点が問題になった。

そこでアオお兄ちゃん達はハラオウン一家を頼ったらしい。

リンディさんに事情を説明すると回答は物心が付くまではミッドチルダか、それに並ぶ管理世界で過ごした方が良いだろうと言う事だった。

私も物心…と言うか、ちゃんと魔法の勉強が出来るまで二度とやるつもりは無いが、その当時の彼らにしたらいつ爆発するかもしれない爆弾を抱えているようなものだったのだろう。

結局私とお父さんとお母さんはミッドチルダに移住する事に。

え?他の兄弟はどうしたかって?

恭也お兄ちゃん、美由希お姉ちゃんは成人も近いので今更別の世界での生活なんて想像できず、なのはお姉ちゃんも断固拒否だったそうだ。

恭也お兄ちゃんは忍さんがいるし無理だとしてもなのはお姉ちゃんは魔導師だし付いてくるものと思っていたのだけれど…アオお兄ちゃんと離れたくないそうだよ…アオお兄ちゃんェ…

結局お姉ちゃん達は御神家に居候…恭也お兄ちゃんは抵抗したようだが忍さんに月村家に連れて行かれちゃった。

どうやら忍さんに手放す気はないようである。

それに大学を卒業したお兄ちゃんは正式に結婚して月村姓になって、今や子供が居るんだよ。

話がそれた。

結局私の所為でお父さんとお母さんは翠屋を松尾さんにゆずり、金目の物はお金に変え、それをリンディさんの手引きでミッドチルダの貨幣に換えて貰って子供の養育費と当座の生活費に変えてミッドチルダに移り住んだ。

一応生家である海鳴の家は私が大きくなったらまた海鳴に戻るかもしれないと、管理を御神紫さんに任せて手放さなかったようだけど。

しかしお金が足りず、管理局から援助して貰う代わりとして私が成長したら管理局従事5年の勤労が約束されてしまったが、私の自業自得だし私に文句は無い。

ただ、お父さんとお母さんは私の未来を束縛してしまう事をどうにか避けようと必死に頑張ったのだが、まったく別の国に行くにあたり、保障や保険を期待できる訳もなく(自国民でも無いし、税金を払っている訳でもないのに国庫は使えないでしょう)…それでも管理局内の制度として、私みたいなケースが過去にも有ったらしく、管理局従事を約束する事での無担保での借金となったわけだ。

その借金も私が5年間働けばチャラと言うものだし、その後の人生は好きに生きて良いらしい。

ただ、その五年で管理局内部に引き込んで手を離さないようにするんだろうけどね。

あー。自分の事ながら面倒な人生になりそうだ。


それでも楽しみながら第二の人生を送っていたのだけど、状況が動いたのはやはりそろそろsts編が始まろうかと言う頃。


「新設の部隊に参加して欲しい、ですか?」

そう、私ははやてさんの話を聞いて呟いた。

ミッドチルダにあるマンションの一室に招き入れた八神はやてさんが私達家族を集めて話があるとの事で、お茶を出して話を聞いたら六課への勧誘話だった訳だ。

「だが、まだなななは9歳なんですが」

お父さんがすかさず反論する。

このミッドチルダは比較的就業年齢が低いとはいえ、元々日本人のお父さんには受け入れがたい現実だった。

「わかってます。しかし、この話はそう悪い物では無いと思いますが」

そうなのだ。

管理局従事5年が決定されている私だが、この六課への入隊と一年間の実働期間が過ぎれば先の約束は反故になるとの条件だ。

相手の好意からくる物だけにお父さん達も断りづらい。

確かに幼少の1年で将来の5年が自由に出来るのは一考の余地がある。

まあ、はやてさんにしてみれば幼いながらもSSSの魔力量を持つ私を戦力として組み込みたいのだろう。

その事で色々無理をしてこの好条件での勧誘なのだ。

「しかし…」

お父さんが渋る。

だけど、私は…

「お父さん。私行きたい」

「ななな」

沈痛な表情を見せるお父さんには悪いけれど、私はこのチャンスを逃す事は出来ないの!

だって六課に行けばエリオ君に会えるでしょ!

だから行かないなんて選択肢は私には無いのよ!

その後お父さんとお母さんを説得する。

それはもう、必死にあの手この手を使って。

「……ななながそこまで言うのなら、仕方ないのかな?桃子さん」

「ええ、子供の成長は早いものね」

よしっ!説得成功。

こうして私は機動六課への入隊が決まった。


さてさて、生エリオ君である。

それはもう、カッコかわいかったわ。



さて、後は原作知識を使って事件を良いように…いいように?

しまったーーーー!?

余りにも考えないようにしていたから初めから破綻している事に気が付かなかったの。

そう、今のこの部隊にはなのはもフェイトも居ないのである。

え?キャロちゃん?

彼女は海鳴の御神の家の子になっているらしいですが何か?

それを認識したのがコール名を聞いたときだ。

私、ソード3だって…

ソード…

シグナムさんが部隊長なのである。ついでに副隊長は居ない。

ついでにソード2がエリオ君、ハンマー2がスバルさんで3がティアナさんだ。

ハンマーよりはマシだったと心底安堵したものだ。

しかし私の魔力がSSSなので隊長達にリミッターを掛けてもこれで保持戦力ギリギリだとか…

私達の訓練は本局から出張してくれるハイゼット・グランカーゴ一等空尉とヴィータ隊長が見てくれるらしい。

だれ?ハイゼットさんって。

私の記憶にはまったく出てこない所をみるとモブキャラだよね…

だ、大丈夫かな…

そんなこんなでも、フォワード新人達を集めての最初の訓練。

レイヤー構造の建物にガジェットが数体飛んでいる。

首に掛かった宝石タイプの私の相棒を取り出す。

「行くよ、ガンブレイバー」

『スタンバイレディ・セットアップ』

足元にベルカ式の剣十字の魔法陣が浮かび上がり、待機状態を解除。

バリアジャケットは展開が許されていないので服はそのままだ。

片刃の刀身に機械的なフォルム。

小烏造りの剣先には左右にいくつもの排出口を備え、魔力弾の発射や余剰魔力の排出を行う。

グリップはマスケット銃のような曲線を描き、人差し指を引っ掛けるようにトリガーがあり、その上には魔力カートリッジ用のシリンダーが設置されている。

リボルバー式で最大装填数は6発。

そうだなぁ、ECディバイダーが一番形状としては近いかもしれない。

このデバイスは射撃も斬撃もと欲張ってアオお兄ちゃんに無理を言って作ってもらって特注品だ。

ハーレム野郎で「リア充爆発しろっ!」と心の中で日々怨嗟していた私だけど、この子を作ってくれた事だけは大いに感謝しよう。

「えっと、なななとエリオだったかしら」

「「はい」」

ティアナさんの問いかけに私とエリオくんの返事が重なった。

「エリオは接近タイプよね?…あなたは射撃タイプかしら?それとも接近タイプ?」

私のデバイスを見ただけでは判断がつかなかったのだろう。

「どちらもそこそこやれます」

「そう、それじゃあんたはあたしと一緒に今回はバックスでスバルとエリオの援護でいきましょう」

「はいっ!」

ティアナさんとスバルさん、私とエリオくんに分かれて二グループに分かれたガジェットドローン1型を追う。

空を翔る私とエリオくん。

…あれ?

エリオくんって空飛べないよね?

どういう事?

「僕が先行します。援護をお願いして良いですか?」

「えっと、はい…」

空中から一気にガジェットへと接敵して一刀の基に切り裂いたエリオくん。

それでも何体か逃げちゃって…

「ガンブレイバー」

『シューティングフォーム』

グリップ部分が折れ曲がり、バレットが伸びてより銃の形態に近くなる。

左手で銃身を支えると薬きょうが排出される。

『ロードカートリッジ・アクセルシューター』

本当はシューティングフォームで無くても撃てるけれど、制御と射撃性能を向上させているこっちを今回は選択。

私はシューターを強化してガジェットのAMFを上回れる強度まで強化。

「シュートっ!」

カチッと小気味のいい音を立てて一発のシューターがガジェットに迫る。

その一発は一体のガジェットを貫き、そのまま誘導して二体目も撃破する。

プシュー

『ブレイドフォーム』

余剰魔力を排出してフォルムチェンジ。

初めての訓練は特に問題も無く終了した。

ティアナさんとスバルさんには目立った違いは感じられないけれど、エリオくんは違いすぎる。

これはいったい…?

もしかして彼は…私と同じ…?



訓練が終わり、昼。

昼食と皆との友好を深めるために新人フォワード陣4人で六課内に設置されている食堂へと移動した。

内装は硬いイメージの社食と言うよりは、こじんまりとしたお洒落な喫茶店と言った所。

「わー、ティア、みてみて。ケーキまで置いてあるよ」

「ちょっとスバル。少しは落ち着きなさい」

ショーケースの中にある幾つかのショートケーキやシュークリーム。

確かに社内食にしては豪華だよね。

「何名様ですか?」

唐突に声を掛けられて振り向くと、そこにはウエイトレス姿の金髪ツインテールの女性が待っている。

「え?あっえっと…」

「四名です」

困惑する私を放って置いて、ティアナさんが答えた。

「それではお席のほうへと案内しますね」

そう、何てことも無いような感じで席へと案内するその女性。

「ちょっちょちょちょ…ちょっとまってっ!」

私の声に皆の視線が集まった。

うっ…と少し臆されながらも私は疑問を口にした。

「何でここにフェイトさんが居るの!?」

そう、私の目の前に現れたのはフェイトさんだったのだ。

「え?何でって、ここで働いているから?」

「そう言う事じゃなくて!?」

「あれ?なななは知らなかったの?」

知らなかったって何が?

「私達が六課に一年間出店するって」

え?

私の混乱をよそにエリオくんがフェイトさんに話しかける。

「フェイトさん、お久しぶりですね」

「うん、エリオ。お久しぶりと言うほどでも無いよね。この店を出すために結構はやての所には顔を出してたし」

「はい」

うん?

八神部隊長の家に顔を出すのとエリオくんと面識があるのがどう繋がるっていうの!?

だれか私に教えてよ!だれかーっ!







どういう事と厨房まで突撃した私が目にしたものは、忙しそうに働いているアオお兄ちゃん、なのはお姉ちゃん、ソラお姉ちゃんと、シリカ姉ちゃん。

キャロと紫さんはいないようだけど、アオお兄ちゃん関連がほぼそろっていた。

「ななな、厨房は関係者以外立ち入り禁止だよ」

掛けられた声に顔を向ける。

「アオお兄ちゃん…いったいこれはどういう事なの?」

「…テンプレと言うものらしい」

は?

「っ確かにっ!六課食堂入りはテンプレではあるけれど、普通教導官入りじゃない?」

私が発した言葉にアオお兄ちゃんの目が細められた。

あっ…私自身は今まで誰にも自分が転生者だって言った事は無かった事を今更ながらに思い出した。

しまったっ!と思ったけれど、アオお兄ちゃんは追及することは無かった。

「まあ、諸事情によって一年間、俺たちがここで翠屋ミッドチルダ二号店を営業しているって訳だ」

何でも無い様にそう言った。

関係ないことだが、翠屋ミッドチルダ一号店はお父さんとお母さんが経営している。

「って訳で、ここは立ち入り禁止だし、忙しいから戻った戻った。話は後で聞いてあげるから」

そうアオお兄ちゃんは言うと、私の背中を出口に向けると、ぐいぐいと押し出した。

席に戻ると、困惑顔のスバルたち3人に出迎えられる。

「何か有ったの?」

と、ティアナさん。

「あ、えっと…知り合いが居たものだからびっくりしちゃって…」

「そうなんだ。確かにこんな所に知り合いが居たらびっくりするよね、世間は狭いって言うかさー」

そう、うんうんと納得するスバルさん。

いや、まぁ…そうなんだけど…そうじゃなくてっ!

あーっ!もうっ!なんかもやもやするーっ!

一応この翠屋二号店は一般にも開放されているようだった。

とは言え、こんな辺鄙な所にはほとんど誰も来ないから、結局六課の貸切と言っても過言ではないだろう。

出された料理はとても美味しかったと今日の日記帳には記載しておこう。

スバルさんなんかはショーケースの中のスイーツを買い占める勢いで食べていて、フェイトお姉ちゃんからストップが掛けられたというからその美味しさが伺えただろう。


夜。

私は緊張した面持ちで一つの扉の前に居る。

局員と言う訳では無いのだろうが、こんな辺鄙な所と言うことで隊舎に部屋をもらったのだろう。

うっ…おなか痛くなってきた…

だけど後回しに出来るものではないし、覚悟を決めて私は呼び鈴を押した。

ブーッと言う音の後に「どうぞ」と言う声がかかり、部屋のロックが解除された。

シュィーンと扉がスライドし、私は中に入った。

中は私なんかの部屋よりもかなり広い1人部屋。

見渡せばL字ソファやキングサイズのベッドなんかも伺える。

おいこの野郎、そのベッドで何をするつもりだ。

ペド野郎だったらどうしようかと少し身の危険を感じつつも、促されるままにソファに座る。

「昼間はすぐに追い出してしまって悪かったな。でも厨房だったし、中に入れるわけにはいかなかったんだよ」

「あ、うん…私も悪かったから」

いきなり本題をと意気込んでいた私は少し毒気を抜かれる。

「なのは達にはもう会ったか?何ならみんなここに呼んでも良いんだけど」

「あ、ううん。それはもう少ししたら私が自分で行くから…それよりも」

「うん?」

この野郎、とぼけるつもりか?

しかし、ここでしっかり確認しなければならない。

「アオお兄ちゃんって転生者だよね?」

直球勝負。

緊張で体が震える。

「そう言うなななもそうなんだろう?」

「…うん」

これはただの確認。決定事項。

だから本番はここから。

「あなたは何のために六課(ここ)に来たの?」

アオお兄ちゃんは少し考えるしぐさをした後に言った。

「それは俺もなななに聞かなければならない事だ。俺が答えたらなななも答えてくれるのか?」

アオお兄ちゃんのその問いかけに私はこくりと頷いた。

「責任を取りに…かな」

「責任?」

いったい何の?

「俺の生まれた場所が…と言い訳したいが、結局は自分が選んで彼女達と関わった。その結果、その責任」

なのはやフェイトが管理局入りしていない現実は分かっている。

しかし…

「それだったら教導官になるべきでしょう?」

普通はそっちでしょう?

確かにこっちのルートもあるけれど、普通皆で管理局入りするでしょう?

そして教導官として六課に配属されるはずだ。

「…うーん。俺たちはね、自分の持っている技術を教える事は出来るだろうけれど、他人を導く事には向かないんだよ」

「は?」

どういう事?

「そう言う事に関しては未来のなのはは優秀だった。俺たちでは彼女達の長所を伸ばす事は出来ないだろうからね」

意味が分からない。

…分からないが、つまりは教導官には向かなかったという事だろうか。

「さて、今度はなななの番だよ」

え?

私?

私の理由。

私の動機。

それは…

「…………」

沈黙が流れる。

「言いたくないのかな?それでも推察は出来るね。外れて欲しいとは思っているけれど」

そう言ってアオさんは語り始めた。

「ななな。君の目的は機動六課に参加する事だ」

………

「いや、違うか。君は物語の主人公のようにありたかった。だから、危険だと分かっている機動六課に参加した。物語のキャラクターに会いたいと言う願望もあっただろうね」

図星だった。

私は機動六課でなのはやフェイトに教えを乞い、成長し、ナンバーズを打ち倒し、あわよくばエリオくんと恋仲になりたかった。

「っでもっ!それはあなたも一緒じゃないっ!」

私の精一杯の抵抗に、一度目を閉じてからアオお兄ちゃんは答えた。

「…そうだね。結果を見れば、確かに俺がしてきた事はそう言う事だ。だからこれは同属嫌悪とでも言うべきだろうか?
だけど俺は君のような考え方をする転生者が大嫌いだ」

…っ!

その言葉に私はショックを受け、体が震えた。

嫌いなんて言葉、転生して初めて面と向かって言われたような気がする。

しかし、冷静になって考えると、彼の言葉は他にもそう言った考え方をした転生者に会ったことがあるような言い方だ。

「別になななと敵対する訳ではないよ。ただ、もし俺が優先する事となななの主張がぶつかったら、俺は俺の事情を優先する。たとえ君と戦う事になってもね」

それはある種の宣戦布告だった。

彼はそれ以上は何も言わず、この時の私との話し合いは終わった。


部屋に戻り、先ほどの事を考えていた。

彼が言う責任とはなんだろうか?

無印、A’sともに彼が関わっている事は想像に難くない。

無印で大きく変わっているとしたらフェイトの存在だろう。

フェイト・T・ハラオウンになるはずの彼女は今や御神フェイトだ。

テンプレよろしくフェイトの親権を奪ったに違いない。

しかし、過去へのトラウマなどがまったく無いのはどう言った事だろうか?

フェイトやなのはの根本的な性格は原作のままなのだが、会う度に違和感を感じるのはその思考。

身内と他人の線引きをきっちりしている所がある。

知らない誰かを自ら赴いて助けようなんて考え方はしていない。

さすがに目の前で倒れたりしたら助けるだろうけれど…

原作にある、「誰か(不特定多数)の役にたちたい」と言う考え方は無いようだ。

そのズレはおそらくアオお兄ちゃんやソラお姉ちゃんが原因だろう。

彼らの考え方はどこか醒めて、悟っている部分を覗かせる。

その影響を受けて、と言うことだろう。

だから彼女達は管理局に入局すると言う選択肢が最初から無かったのではないだろうか?


A’s編。

どう言う経緯をたどったのか、もはや推察も出来ないが、リィンフォースアインスが健在でツヴァイが生まれていない事から見てももはや原作のげの字も無かったのではなかろうか?

なぜツヴァイが居ないのか。これの理由は簡単だろう。

アインスが居るからだ。

ツヴァイ製作の動機が無い以上ツヴァイは作られない。

それでも作られる二次はいっぱい有ったが、まぁ…オリ主が介入した時点で普通なら原作のリィンフォースツヴァイは生まれまい。


そしてブランクの10年。

なのはとフェイトが管理局に入らなかったと言う事はどういう事だろうか?

フェイト関連でエリオくんとキャロがまず六課参入理由が無くなる?

だけどエリオくんは六課に参加しているよね。これは後で調べてみないとかな。

キャロは彼の介入があったことは確実だ。

今は地球で平凡な生活を送っている事だろう。

なのは関連はどうだろうか?

スバルとギンガが空港火災で命を落としていない所を考えると、他の管理局員に助けられたか…あるいは…

そしてsts。

ヴィヴィオ。

聖王化したゆりかご内のヴィヴィオをなのは、フェイトを抜いた地上局員で助け出す事ができるか?

…わからない。

けれど無理そうではある。

彼が言った責任とはいったい…







もやもやしつつも時は過ぎて『ファースト・アラート』

スバルさんとティアナさんは今朝渡された新しいデバイスでの出撃だ。

「それじゃ、空はあたし達が抑えておくから、新人どもっ!しっかりやれよっ!」

「大丈夫だ。今日までの訓練を思い出せ。今度の任務なぞどうという事は無いだろう」

そう言ってヴィータ隊長とシグナム隊長がヘリコプターからテイクオフ。

空のガジェットの殲滅にあたる。

さて、私たちの番だ。

隊長たちを見習って空中でバリアジャケットを展開する二人。

あれ?

そのバリアジャケットだけど、私の記憶と全然違うのだけど!?

しかし、それも仕方が無い。

だって、私が知っているあのバリアジャケットは原作なのはとフェイトのバリアジャケットを基にしたものだ。

彼女達が協力していない今、変わってくるのは当たり前。

むしろ、ヴィータ隊長やシグナム隊長の物に近い。

「次はチビどものばんだ。しっかりやれよっ!」

ヴァイスさんの激励。

「「はいっ!」」

「ソード2エリオ・モンディアル」

「ソード3高町ななな」

「「行きますっ!」」

一度やってみたかったのよね。この空中でのデバイス展開。

ティアナさん達とは反対側に接岸して内部をガジェットを駆逐しつつ掛ける。

出てきた大きなガジェットドローン。

「はああああっ!」

斬っ

エリオくんの気合の一撃で触手をぶった切る。

私はその隙にカートリッジをロード。

『ロードカートリッジ・ブレイクブレード』

剣先をさらに覆うように魔力刃を形成させる。

「どいてっ!エリオ君」

「うんっ!」

エリオくんとスイッチするように前に出て、気合と共に振り下ろす。

「はあああああぁあぁぁぁっ!」

『ブレイク』

引き金を引くと、刺さった剣先が爆発。

こちらに飛び散る残骸はバリアでガード。

うん。問題なく撃墜。

「目的地はこっちみたい。急ごう、エリオくん」

「…あ、うん」

なんか私の力技に少しビックリしていたみたいだけど、そんな表情もかわいい。

その後、問題なくレリックは回収。事件は終結した。

さて、『ホテル・アグスタ』だ。

今回のこの事件の注意点、それは…ティアナさんだよね。

例のあのミスショットだ。

確かにあのミスショット事件はティアナを成長させたけれど、それはなのはの撃墜話があったからだ。

アオお兄ちゃん達、責任を取るって言っても何もしていないじゃないっ!

憤りながら私はティアナさんの同行をさりげなくチェック。

ガジェットが襲撃してきて、結局私は別の場所に回されちゃったからティアナさんのフォローは出来なかった。

どうなった?とひやひやしながら戻れば何事も無かったかのように仕事をこなしていた。

あ、あれ?これはいったい…どういう事?


とりあえず、ティアナさんにミスショットは無かったらしい。

むしろ多くの戦果を上げたとか…

おかしい…何かがずれている…


『ホテル・アグスタ』が終わり、ミスショットが無かったためにティアナさんの焦燥もないようで、次は『機動六課のある休日』になるだろう。

これは密かに楽しみにしていた。

だって、エリオくんとデートが出来るんだもん。

確かに途中でヴィヴィオ発見イベントがあるのはしょうがないけれど、それでも楽しみだ。







機動六課内にアラートが鳴り、緊急出動が告げられた。

どうやらレリックが発見されたらしい。

あ、あれ?私とエリオくんのデートは?

て言うか休日話はどこへいったの!?

レリック回収の為に地下水道へと降りる私たちフォワード陣四人組。

途中、襲い来るガジェットを蹴散らしつつ進むとギンガさんと合流し、さらに奥へ。

「あれってっ!」

何かを見つけたギンガさん。

地下水道の中央にアタッシュケースのようなものが一つ落ちていた。

「あれがレリック…」

急いで私が回収に向かう。

ケースを持ち上げ、振り返り、回収した事を伝えようとした時に急にエリオくんが何かに気づいて翔ける。

「危ないっ!」

キィンっ

ザッ

バシャバシャと水路を掻き分けて着地したエリオくん。

「エリオくんっ!大丈夫!?」

「大丈夫だけど…」

対峙するのは人型の甲虫。

「私が行きますっ!援護をっ!」

そう言って駆け出したのはギンガさんだ。

リボルバーナックルから薬きょうが排出されてその回転が増す。

「はぁぁぁぁぁぁあぁあぁあっ!」

甲虫…ガリューに迫るギンガさんのコブシ。

しかし相手もさるもの。簡単には食らわない。

相手の速度はとてつもなく速く人間離れしている。

…あ、人間じゃないか。

その後、スバルさんとエリオくん、さらにティアナさんの援護が入ると流石にガリューは劣勢のようだ。

『マスター。ガジェットの反応です。その数6機』

「え?」

ガンブレイバーが接敵を感知して知らせてくれた。

地下水道内に現れるガジェット。

「ガンブレイバーっ!」

『シューティングフォーム』

ガシャンと変形してカートリッジをロード。

『アクセルシューター』

「シュートっ!」

カチっと音を立てて引き金を引く。

一発二発三発。

けん制に放ったシューター。

AMFに弾かれて碌なダメージは無い。

「っ!」

『ブレイドフォーム』

ガシュ

さらにカートリッジをロードして魔力刃を形成する。

「はっ!」

左手はケースを手に持っているのでいまいち威力は足りないが、それでも手前のガジェットを倒す。

「なななっ!」

「エリオくんっ!」

エリオくんがこちらへと援護に来てくれて残りのガジェットを撃破する。

しかし、形勢は若干劣勢。

その時、真上の岩盤をぶち抜いてヴィータ隊長が登場。

「おらあああああっ!」

肥大化させたグラーフアイゼンでガリューをぶん殴って黙らせる。

「ヴィータ隊長っ!」

「おう、おめーら、怪我はねぇか?」

「はいっ!」

全員で大丈夫だったと答えた。

すると地下水道内が揺れ始めた。

も、もしかしてっ!これって地雷王!?

ルーテシアやアギトの姿を見てないけれど、もしかしてすでに外?

激しくなる振動。

「ひとまず脱出だっ!」

ヴィータ隊長のその言葉で全員ヴィータ隊長が空けた穴を登って脱出。

遠くにこの振動の首謀者と思われる召喚虫と召喚師を発見する。

小さい人影も見える事からきっとあれがアギトだろう。

その後の展開としては私がバスタークラスの砲撃で地雷王を無力化。

その他のメンバーでルーテシアとアギトの無力化に成功した所まではよかったのだが…

ここで私の予想をはるかに上回る展開が起きる。

『上空に巨大魔力反応』

ガンブレイバーからの警鐘。

「へ?」

と見上げた先には二十歳ほどの青年がこちらを見下ろしていた。

甲冑を展開し、右手に持った西洋剣のようなアームドデバイスを掲げている。

『エクスプロズィオーン』

薬きょうが排出され魔力が炸裂する。

や、ヤバイっ…アイツの魔力、私と同じくらいだっ!

「エクスーーーカリバーーーーー」

なっ!?

そう叫んで振り下ろされた剣先から魔力砲が放出され、私たちを襲う。

「みんなっ!私の後ろにっ!」

「う、うん…」
「お、おう…」

『プロテクション』

ガシュガシュガシュ

さらにカートリッジはフルロード。

さらに全員でバリアを張って衝撃に備える。

「きゃーーーーーーっ!」
「わーーーーーっ!」
「なんてバカ威力っ!」

閃光が当たり一面を包み込み、辺り一面を破壊する。

バリバリバリッ

「も、もたない…」

パリンッ

私のプロテクションが割れれば後は堰を切ったようにバリアを割られ、砲撃が私たちを襲い、そこで私の意識は途切れた。







目を覚ますと病院で、一応あの敵の攻撃は非殺傷設定だったようで目立った外傷は皆なく、しばらくすれば退院できるらしい。

ベッドの上で上半身を起こし、同じ部屋に収容されていた新人フォワード陣と話す内容はやはりあの襲撃者の事。

見舞いに来た八神部隊長に問い詰めてしまった事は仕方の無い事だろう。

それで返ってきた答え。

「皆が遭遇した敵はエルグランド・スクライア言うんよ」

スクライア?

「彼が最初に現れたのは10年前。管理外世界で民間人に向けて魔法を行使し、その後ロストロギアで小規模次元震を起こした後、逃走。その後ミッドチルダでちょくちょくその姿を見かける事になるんやけど、駆けつけた局員を悉く撃墜。魔力資質は推定SSS」

「SSS…」

皆一様に押し黙った。

SSSと言えば私もそうだが、化け物と揶揄されるレベルだ。

「そんな人が何であんな所に?」

ティアナさんが八神部隊長に問いかけた。

「さあ?」

「さあ?ってっ!調べはついてないんですか?」

「やつの目的が何処にあるのかは分かってへん。その動機も不明なんや…しかし、今回のレリック事件と関係が有る見たいやし、彼の逮捕もウチの管轄になるかもしれへんな」

どうしようかと難しい顔をする八神部隊長。

「勝てるんですか?」

「私かて総合SSランク魔導師や。シグナム達と一緒なら天下無双やで」

そう笑って言っていたが、やはり不安は大きいのだろう。

エルグランド・スクライア。

私の記憶に存在しない敵。

おそらく転生者かアオお兄ちゃんが関わった事による弊害か。

…たぶんどっちもかな?

後で確かめなくちゃちゃ。

病院を退院して、一息ついてから食堂に向かうと、その一角から子供の声が聞こえた。

誰だろうと思って覗けばなんとヴィヴィオがいるじゃないか。

シリカお姉ちゃんに一番なつき離れようとはしないようだが、テンプレゆえかアオお兄ちゃんの事を「パパ」と呼び、ならばと自分をママと呼ばせたがるソラお姉ちゃんたちが印象的だった。

ちっ、オリ主自重しろっ!

原作ではママが二人だったヴィヴィオ。

どうやらこの世界ではヴィヴィオのママは4人に増えそうだと感じたのだった。


退院した日の夜。

また私はアオお兄ちゃんの部屋へと来ていた。

いつかの様に部屋へと通された私。

挨拶もそこそこに本題に入る。

「私達を襲ったSSS魔導師の事なんだけど。アオお兄ちゃんは何か知ってる?」

問いかけた私にやはりその話題かと言った表情。

「エルグランド・スクライアの事?」

「そう。スクライア姓って事はユーノの?」

「同じ部族だろうね」

スクライア一族への転生か。

見た所なのは達原作主人公と同じ年回り。…と言う事は。

「…無印編でユーノに成り代わり?それとも同行?そんな所がテンプレだけど…」

どっち?と問いかければ前者だったようだ。

無印編はジュエルシードに捕らえられて暴走。ほぼ出番は無かったようだ。

その後ジュエルシードを奪いアオお兄ちゃん達を襲撃するも失敗。

これはアオお兄ちゃんに対する嫉妬だろうね。

自分がハーレムを築くはずが既に手遅れだったようだし。

ここで原作介入を諦めれば良かった物を…今回のこれを鑑みるに数の子ルートへと変更したようだ。

「俺達もその結論に落ち着いた。それにしてもある意味すごいな。隠れている犯罪者に接触なんて、普通は出来るものじゃないのに」

本当にね。いったいどうやったのか。

蛇の道は蛇。

裏関連の仕事をこなしつつ情報収集したとか?

しかしそれは立派な犯罪者だろう。

原作通り六課が勝った場合、犯罪者として逮捕されると言う事が分かってないのかな?

もしくは軽く考えているか。なんだかんだでナンバーズの半分以上は釈放されているからね。

だが、間違ってはいけないのは、彼女らに情状酌量の余地が有ったからだ。

そこの所は気付いているのか?…気付いていたら数の子ルートになんか行かないか。

と言う事はエルグランドがスカリエッティ一味の仲間入りした原因は目の前の彼にあるのか。

そっか、以前聞いた責任と言うのは…

「責任ってそう言う事か。エルグランドをあなたが相手をするってことね」

そのためにわざわざ六課内部に出店したのだろう。

しかし…目の前のアオお兄ちゃんは心外そうな顔をしている。

「え、なんで?」

「だって、アオお兄ちゃんの所為でしょう?そのエルグランドって人が敵に回ったのって」

「ああ、つまりなななは歪められた原作を正せと言いたいのか」

「そうよ」

「しかし、その言い分を聞くと、俺はまず君を排除しなければならなくなるんだけど?」

「え?」

何を…?

「エルグランドの行動も、その動機も、なななのそれと大差ないと思うんだけど?」

私がエルグランドと…同じ?

だ…だめっ…これ以上は考えちゃダメ…

「とりあえず、諸事情により俺は…と言うよりなのは達を含めた俺達はエルグランドと会うことが出来ない」

だから無理だと語る彼。

「な、なんで?」

かすれる声で何とか問うた。

「俺とエルグランドは二度と出会えないように運命が決定されている。これはもはや覆しようがない。だから俺達が捕縛する事はできないんだよ」

意味が分からなかった。

分からなかったが、彼はそれ以上説明する気は無いようで…

私も混乱している状況なのでその日はアオお兄ちゃんの部屋を辞し、自室で何も考えないように眠りについた。

今日話した事を忘れるように…


さらに時は過ぎて、公開意見陳述会が開催される日。

つまりヴィヴィオが攫われ六課が襲撃される日だ。

私達は内部警備の為に預けられたデバイスを届けるために合流地点へと向かう。

通路を進むとウェンディとノーヴェと接敵する。

それを何とかいなして逃走し、隊長達との待ち合わせ場所へ。

そこに向かうと私達は戦力を分断する事に決定し、空が飛べる私とエリオくんは機動六課へと急行する。

「なななっ危ないっ!」

「へ?」

私の前に庇う様に現れてシールドを展開するエリオくん。

『プロテクション』

私の戸惑いで判断が遅れた所をガンブレイバーが独自に判断。シールドを展開したその直後、私達は閃光に包まれた。

やばいっ!割られるっ!

「ストラーダっ!」

「ガンブレイバーっ!」

『ロードカートリッジ』

カートリッジをフルロード。

二人でカートリッジでシールドを強化し、なんとかその砲撃に耐えた。

「いったい何!?」

視線を向けえると、そこにはいつかの騎士甲冑の男。

「エル…グランド…」

私のつぶやきに返すことなくこちらを見下ろしているエルグランド。

「エクスカリバー」

『エクスプロズィオーン』

薬きょうが排出された圧縮された魔力が炸裂する。

「よお、高町なのはのまがい物」

そう言ってこちらへ翔け降りてくるエルグランド。

「うっ…くっ…」

エリオくんは先ほどのシールドの展開で突き出した右腕を、すべてを軽減できなかったらしく負傷している。

「どいて、エリオくんっ!」

『ブレイクブレード』

ガンブレイバーに魔力刃が形成される。

「はっ!」

「くっ…」

ガキィンっ

垂直に振り下ろされたエルグランドの攻撃を何とか受け止める。

「なんでお前はそこに居るっ!機動六課(そこ)に居れる!?俺は無理だったと言うのにっ!」

「くうっ…」

エルグランドの膂力が増し、私は押され始めた。

「どうせ貴様も俺と同類なんだろう!?ええっ!?」

「ちがう…私は…あなたとは…」

「違うとは言わせねぇっ!お前の事は調べたからな。
高町ななな。本来は生まれるはずの無い高町家の三女。ゼロ歳で魔力事故を起こしミッドチルダへ移住」

どこまで調べたと言うのか。

「生活常識は両親が教えるまでも無く、赤ちゃんの時には夜泣きもしなかったそうだな。魔法への関心は異常に強く、訓練開始は3歳。機動六課への参加は渋る両親を自身で説得しての事だそうだな。
これだけ出揃っていて転生者じゃないと疑わない方が異常だろう?」

何?その理屈。

一方的過ぎるっ!

けれど、当たっているので反論できない。

「だったら何?それがあなたに何か関係あるわけ?」

ぎりぎりと押されるガンブレイバーを気力で支えて言葉をつむいだ。

「何でまた俺ではないんだっ!」

「え、あ?きゃーーーーーっ」

怒声と共に込められた力が増し、支えきれなくなって私はそのまま海上へと叩きつけられた。

「なななっ!」

エリオくんの叫び声が聞こえる。

海中に落ちた後も頭上から雨のように降り注ぐスフィアに、海中からの脱出がままならない。

まずいっ…息が…

これ以上はまずいと思ったとき、突如として攻撃がやんだ。

「ぷはっ」

この気を逃さず浮遊すると、エリオくんがエルグランドに接近戦を仕掛けていたようだ。

「はあああああっ!」

「その程度の魔力で俺に敵うと思っているのかっ!」

ガシャンガシャンとぶつかり合う二人のデバイス。

「魔力だけが強さの全てじゃないっ!」

エリオくんの反論。

「…嫌な言葉だ。…身に染みてるよ」

過去に何が有ったのだろうか。

「だが、それでも魔力の差は縮める事が難しい事も事実っ!」

そう言うとデバイスに更なる魔力が集められる。

やっ、ヤバイっ!エリオくんがやられるっ!

「ガンブレイバー」

『シューティングフォーム』

さらにカートリッジをロードする。

『ディバインバスター』

「ディバイーーーーン、バスターーーーー」

ゴウッと襲い掛かった私の砲撃魔法はエルグランドに直撃し、エリオくんは辛くも攻撃から逃れる事が出来た。

シューっ

余剰魔力が排出する。

「ありがとう、ななな」

「うんっ!」

それにこれならいくらかのダメージは負ったはず…

しかし、現れたエルグランドに損傷らしい損傷は見当たらない。

「……まだまだだね」

「そうみたいだ…」

逃げようにも相手は私達を逃がしてくれるような気配は無い。

管理局からの援護も今この状況では期待できない。

これは覚悟を決めないとダメかな…

「ガンブレイバー…フルドライブっ!」

『エクセリオンモード』

「なっ!?」

私のフルドライブのコールに驚くエリオくんをよそにガンブレイバーのフォルムは変形し、魔法刃を纏わせたその形状は重槍。

『A.C.S.スタンバイ』

コーン部分が長く設定された突撃槍に後方に伸びるようにフィンが突出している。

「私が行くからエリオくんは援護をお願い」

「そんなっ!ボクが行くよっ!」

「ダメ、エリオくんじゃたぶんあいつのバリアを貫けない」

「………くそっ…」

事実を突きつけた私の言葉に力不足を感じたエリオくんは悪態をついた。

「行くよ、ガンブレイバーっ!」

私の掛け声と共にA.C.S.が起動してすごい速度でエルグランドへと迫る。

迫り来るシューターは前方に展開したシールドで防御。

それでも全てが防げるはずも無く、被弾しながら直進する。

「あああああああああっ!」

「ふんっ!」

展開されたバリア。

『ロードカートリッジ』

突き破ろうと魔力を込める。

「なめるなーーーっ!」

『エクスプロズィオーン』

エルグランドもシールドを強化。さらに隙をうかがうようにスフィアが展開され、射出体制に移行した。

マズイっ!と思ったときに私を助けてくれたのはエリオくんだ。

「はあああああぁっ!」

気合と共に私の反対側から振り下ろされるストラーダ。

反射的に反対側にも展開されたシールド。

その展開でスフィアの発射が1テンポ遅れた。

『シュート』

しかし、次の瞬間放たれたシューターは弧を描き、私達に着弾する。

「わああああっ…」

吹き飛ばされていくエリオくん。

「くぅっ…」

私は構わずにバリアを貫く事に全力を注ぎ、シューターを被弾しつつも槍先だけバリアを破る事に成功した。

「エクセリオーーンバスターーーーーっ!」

「お前がその魔法を口にするなっ!紛い物がっ!」

渾身の力で打ち出した砲撃魔法をエルグランドはデバイスを握り締めると力任せに切り裂いた。

うっうそっ!?

バスターを切り裂いた刀身が私に迫る。

『ブレイク』

魔法刃を爆発させて自身のダメージも省みずに剣の軌道をそらし、その爆風で距離を取った。

額から血が流れる。

少し切ったようだ。

「はぁっ…はぁっ…はぁ…」

大量の魔力消費で息が上がる。

魔力量は互角のはずなのに…

エルグランドは大量のシューターを弾幕代わりに放つと、こちらに向かって距離を詰めてくる。

振り上げた西洋剣のデバイスを縦横無尽に振り回し、私を攻撃する。

「うっ…くっ…」

弾幕はシールドで弾き、剣戟はガンブレイバーで打ち払うが、どんどん押されていくのが分かる。

「あははははっ!弱い、弱すぎるっ!こんなもんだろう!?普通はっ!なのに何で俺はあの時負けたんだっ!?」

エルグランドの独り言。独り言ゆえに言ってる意味が分からない。

しかし、理不尽な怒りを受ける私にはたまったもんじゃない。

だんだん捌き切れなくなってくる。

「なななーーっ!」

後ろからエリオくんの攻撃がエルグランドに迫る。

「うるさいんだよっ!ガキがっ」

「くっ…」

それでもエリオくんはエルグランドの攻撃を何とか受け、応戦している。

標的が移った事で、一時私への攻撃がやんだ。

『マスター。このままではマスターたちがやられます。グングニールの使用許可を』

ガンブレイバーからの提案。

「だっダメだよっ!あれはっ!あれは…あれだけはっ!」

『しかし、二人を救う方法がそれしか思いつきません。他にあの者に勝てる手段が存在しますか?』

くっ…たしかにグングニールは私の最大の攻撃魔法だ。

だけど…

『考えている時間は有りません。エリオさまがあの者の相手を引き受けていてくれる今しかチャンスは無いのです』

「そんなっ!きっと何かっ手段が…」

そう否定する私を無視してガンブレイバーはグングニールの術式を起動する。

『ファイナルリミット・リリース』

「ガンブレイバーっ!?」

『どうか、私の最後のわがままをお聞き下さい』

どうあってもガンブレイバーの決意は変わらないようだ。

「ガンブレイバー…ごめんね…」

『お気になさらずに』

涙腺から涙があふれるのが止められない。

それでも私は毅然と目を見開き、魔力素を集束する。

集束した魔力素を圧縮して魔法刃を形勢。何重にも重ねるように展開する。

時間にして十数秒。

エリオくんが稼いでくれた時間で準備が整った。

「エリオくんっ!離脱してっ!」

私の声が聞こえたエリオくんは攻撃を中止し、全力で離脱する。

エルグランドはこちらを見上げ、私が集めた魔力の大きさに驚愕の表情を浮かべる。

「グング…ニール」

私はガンブレイバーを大きく後ろに引き絞り…エルグランド目掛けて投げつけた。

「くっ…」

そのガンブレイバーから迸る魔力に受け止められないと思ったエルグランドはガンブレイバーを避けようと飛ぶが…

甘いよ…

神話の時代の武器の名前をもらったのは伊達や酔狂からじゃない。

それに見合うだけの効果と威力があるから。

…一度投げ出されたガンブレイバーは自身にこめられた魔力を使い目標に向かって追尾する。

その魔力が尽きるまで何処までも相手を追い続けるだろう。

「な!?」

逃げ惑うエルグランドをついに捕らえたガンブレイバー。

しかし、エルグランドもやられはしないとシールドを展開する。

しかし…

『ロードカートリッジ』

装填されてたカートリッジを全て推進力に替えてエルグランドのシールドを突破にかかる。

数秒の拮抗の末シールドを破り…

「ブレイク…」

ドーーーーンっ

あたり一面を閃光が包んだ。

グングニールは私が持つ中で最大射程、最高威力の魔法だ。

しかし、投擲魔法であるために射出してからの制御などは本来ならば難しい。

…しかし、デバイス自身が制御すればそれも可能になる。

つまりガンブレイバー自身が制御し、目標を追うのだ。

だが、高威力攻撃の為に圧縮した魔力が開放された時…この世界のどんな素材を使おうともそのフレームを維持する事は出来ない。

…つまり。

「うっ…ぐすっ…はっ…ごめん、ごめんね…ガンブレイバー…」

私を助けてくれた私の大切な相棒。

彼女はもう…居ないのだ。

その事実に私は声を張り上げ、臆面もなく泣いた。

泣き疲れて飛行魔法がキャンセルされようとした時、誰かに抱きとめられたような感覚は覚えている。

「なななっ!」

エリオくんの私を呼ぶ声を最後に私は意識を失った。







「知らない天井だ…」

目を開いての第一声がそれとは…自分の事ながらよくもまぁ…

「なななちゃんっ!」

上半身を持ち上げた私を横合いから抱きついた女性。

「お、お母さん?」

「もうっ!心配したんだからね?」

ぎゅっと私を包み込むお母さん。

その隙間から外をのぞけばお父さんがこちらを心配そうに見ていた。

「お父さん?」

「ああ、そうだ。あんまり心配かけるな…」

白を基調とした内装の室内に、幾つかのベッドが並んでいる。

ここは病院だろうか。

少しずつ記憶がよみがえっていく。

公開意見陳述会が襲われて、私とエリオくんは機動六課に急行して。

「あ、そうだ…ガンブレイバー…」

ガンブレイバー…私達の為に…

『おはようございます、マスター』

「ガンブレイバー!?どうして!?」

『その質問の意味が分からないのですが』

胸元に待機状態で架けられているガンブレイバー。

本人になぜピンピンしているのか聞けば、そもそも公開意見陳述会以降の記憶は無いらしい。

つまり、エルグランドに襲われたあたりのデータはすっぱりと無いと言うことだ。

なぜ?どうして?と言う疑問が浮かぶ。

だけど…それよりも…

「よかったよぉおぉぉぉぉぉ」

『落ち着いてください、マスター』

良かった。

大事な相棒を失わずに済んで、本当に良かった…

聞いた話によると私は高熱を出して意識不明のままずっと眠っていたんだって。

寝ている間にJ・S事件が終わってたんだけど。

私が倒れてからの事を話そう。

グングニールが炸裂したあと、駆けつけた局員が私やエリオくん、ついでに海面に浮かんでいたエルグランドを回収したらしい。

回収されたエルグランドはリンカーコアを厳重に封印。デバイスは物的証拠として押収され、拘置所送りにされている。

エルグランド自身は情状酌量の余地があると信じきっていて、余裕そうだと八神部隊長から聞いたが、そんな事になるはずは無く、一生刑務所の中だろうとの事。

この事については私は考える事が多い。

一歩間違えれば私があの位置にいたかもしれないのだ。

エルグランドは自分が関わる事で物語が歪むと言うことを考えられなかったのではないだろうか。

もしくは既に歪んでいるとは思えなかったのではないだろうか。

自分がユーノに成り代わり、なのはの側でなのはを助けつつ敵を蹴散らし、フェイトを救ってハッピーエンド。

もしかしたら、クロノKYと一方的に無双とか考えたかもしれない。

さらに闇の書事件も華麗に解決し、sts編にも部隊保有戦力の上限なんて無視して自身が誘われると信じていたのかも。

すべて自分に都合のいい方だけを考えて…

しかしうまくいかず、どう言う経路を辿ったのかナゾだが、数の子ルートへと。

しかし、結局スカリエッティにしてみれば使い捨ての駒だったようだね。

テンプレ的に考えれる所ではスカリエッティによる改造とかマインドコントロールとかありそうだが、魔力量はSSSの化け物だ。

スカリエッティもうかつには手が出せなかったのだろうか。

結局エルグランドも私も、この世界を物語としか捉えられなかったと言うことだろうか。

ここはもう、自分が生きる世界で現実だ。

今回の事でその事を途轍もなく実感した。

虚構ではなく現実。

これからはちゃんとその事を受け止めて生きていこう。

物語では無いのだから、自分の選択で未来が決まるという事を忘れてはいけない。


私達が関わったからなのか、この世界では原作よりも悪い結果でJ・S事件は終結する。

アオお兄ちゃん達が六課にいた筈なのに攫われたヴィヴィオ。

そのヴィヴィオの力で浮上したゆりかご。

しかし、原作のように無事救出とは行かず、軌道衛星上で囚われたヴィヴィオごと艦隊により蒸発。

そのまま幼い命を散らした。

これを聞かされたときはショックで現実とは認めたくなかったが、現実としてはヴィヴィオの救助はされていない。

アオお兄ちゃんが居ながら何をやっていたというのか…

ナンバーズやスカリエッティは逮捕され、これにて一応の終結をみた。

ヴィヴィオの死が私達に大きな影を落としたが、皆何とか立ち直ったようだ。

時は流れ、機動六課の解散の日。

八神部隊長が部隊解散の挨拶をしている。

挨拶が終わると、私はエリオくんに話しかける。

「エリオくんってさ、この部隊が終わったらどうするの?」

「僕?僕はやっと留学の許可が下りたから、次の春から学校に通う事になると思う」

「ええ!?学校!?」

「…変…かな?」

「う、ううん。ただ、ちょっと意外だったから」

留学って一体何処に?

いや、でも私も一緒に付いていけばエリオくんと楽しいスクールライフが出来るって事?

そんな邪な考えが脳をよぎった時、遠くからかわいい声でエリオくんを呼ぶ声が聞こえた。

「エリオくーーーん」

「キャロっ!」

勢い良く走りよってきてエリオくんに抱きついたキャロ。

「え?え?何?どういう事?」

私が目を点にしているのをお構いなしにういういしいカップルのようにお互いテレながら近況を報告している二人。

え?と言うか、キャロは何処から現れたの?

「こら、キャロ。エリオはこの後荷造りに忙しいんだから、邪魔していると学校の始業に間に合わなくなるかもしれないぞ」

キャロちゃんの後ろから歩いてきたアオお兄ちゃん。

なるほど、キャロはアオお兄ちゃんのお迎えか。

あれ、でも?

「むー、大丈夫だもん。ねー?」

かわいく脹れたキャロ。

あれ?なんかキャラが違いすぎない?

「あの、エリオくんの留学先って?」

私の質問にようやく私の存在を思い出したように向き直った。

「今度、管理外97世界に留学しようと思って。既に姉さん達(八神一家)の許可も得てますし、ようやく本局からの許可も得られたので」

え?もしかして海鳴に行くの?

「えと、それで、キャロちゃんとのご関係は…?」

さっきから手をつなぎっぱなしなんだけど?これだけは今のうちに聞いておかないと…

「…僕たち付き合ってるんです」

そう言って顔を真っ赤にする二人。

「え、いつから?」

「大体一年半前くらいからでしょうか」

ガーン

そんなに前から…

だから私のアプローチに何の反応も無かったわけね…

「うっうううううっうわーーーーん」

私は年がいも無くその場を走り去った。

「えっと、僕、何か…」

「今はそっとしておいてやれ」

「はい」

エリオくんと恋仲にもなれず、六課入隊では死ぬような目にもあって…

いったい、私って何のために機動六課に入ったのーーーー!?

私の葛藤を他所に本日をもって機動六課は解散しました。

 
 

 
後書き
今回の「高町ななな」は良くも悪くも転生オリ主と言う事ですかね。
次回はこの話の裏側。アオ視点になります。 

 

第七十二話

 
前書き
早足ですが今回でsts編は完結です。
やはり登場人物は最少に抑えてですが… 

 
キャロが家に来てから数年がたった春。

俺は大学を休学したソラ達と一緒にミッドチルダの地を踏んだ。

はやてが設立した機動六課の中の食堂経営者として。

どうやらミッドチルダに移り住んだはやてやヴォルケンリッター一同は、グレアム提督が管理局員である事から早い段階で管理局の仕事に従事していたらしい。

特にシグナムやシャマルと言った成人しているような姿の者達はさらに早かったらしい。

まあいつまでも無職では居られなかったと言う訳だろう。

その経験ではやてが何を感じたのかは分からない。

深板達の持っている原作知識からでは、聖王教会の騎士、カリムの予言はスカリエッティ一味の反乱を予言するだろうから、その抑止力として部隊を立ち上げる可能性は有るだろうとの事だったが、歴史の修正力か、はたまた偶然か、個人としては後者で有って欲しいが、機動六課が設立する事になった。

設立するにあたり、はやてに無理を言って、六課の食堂を任せてもらう事に成功した。

いずれ自分の店を出すためにと適当な事を言って誤魔化してしまったが、本当のことを言うわけには行かなかったので許してほしい。

なぜ食堂か。それは深板達との幾度もの話し合いの結果、六課が設立したなら食堂スタッフとしてもぐりこめと推薦されたからだ。

どうやらテンプレらしい。

本当は六課隊員として、または教導官としての参加がテンプレらしいが、出来ればそこまで関わりたくはない。

海鳴での生活を壊したくない事を前提にした結果だった。

機動六課の実働期間は一年間。

この一年は我慢だ。

これは仕方ないと納得する。

六課に近い所ならば事の推移が分かりやすいだろうと言う目論みだ。

え?

六課設立が無かったらどうしたか?

基本は変わらないだろう。

ヴィヴィオが保護されるであろう時期にミッドチルダに逗留。

その足でヴィヴィオを探し回り、保護。

実験体であるヴィヴィオに戸籍などは無いだろうからそのまま口寄せ印の応用で魔法を使わずにミッドチルダから地球へ。

その場合スカリエッティ一味の逮捕などは先送りにされてしまうだろうが、俺の中ではヴィヴィオの命が優先だ。

俺達が保護できなかった場合もおそらく管理局には保護されるであろうからその推移を見守り、もしスカリエッティ一味に連れ去られたのなら、アジトは既に過去でソラが潜入している。おそらく場所は変わらないだろう。

なので、アジトに潜入し、奪還。うやむやのうちにやはり地球へと連れ去る方向だ。

しかし、大前提である六課設立、その後の俺達の六課での居場所と、難しい事態が運良く転じた事で俺達の行動はさらにやりやすくなった事だろう。

六課が本格的に始まるよりも早く、俺たちは食堂スタッフとして働き始め、今日、どうやらスタッフ一同が終結し、はやてが部隊長の挨拶をしているようだ。

俺達も本来ではその朝会に出なければならないのだろうが、仕事上仕込などで仕事場をあけるわけも行かず、参加しなかったのだが、昼、俺達が厨房で支度をしていると駆け込んできた少女が1人。

高町ななな

彼女は桃子さんが生んだ第二子。

赤ん坊の頃に魔力暴走を起こし、以来、士郎さんと桃子さんの3人はミッドチルダに移住している。

え?翠屋?

翠屋は桃子さんが店を出した後に同じホテルの厨房に勤めていたつながりで雇った松尾さんがそのまま引き継ぎ、海鳴で店を出している。

俺は翠屋で松尾さんにお菓子作りや軽食を習っていたと言うわけだ。


とりあえず入ってきたなななを厨房から追い出そうとすると、なななのうかつな発言。

それは自身が転生者であると言っているようなもの。

とは言え、俺やソラは知っていたけれどね。

余りにも不審な人物なので、高町家ガス爆発事件の際に『万華鏡写輪眼・八意(やごころ)』を使って彼女の思考を読んだからね。

あんまり使いたい能力では無いが、あの時は仕方なかったと自分に言い訳をする。

その結果彼女が転生者である事が分かったのだから収穫が無い訳じゃなかったしね。

自分に魔力がある事や、物語に関われるかもしれないと言った歓喜。そんな情報だった。

その思考はまぁ、テンプレ転生者と言ったところだ。

とりあえず厨房からは追い出して、夜。

部屋を訪ねてきたななな。

彼女の話は自分が転生者であろうと言う事と六課に居る動機の確認。

答えた俺は、彼女にも動機を確認するも沈黙。

まぁ、おおよその予測は出来るよね。

それを突きつけると彼女は押し黙った後言った。

「あなたも同じじゃない」と。

望んで関わったわけじゃないと言い訳したい所だが、結局関わっている事には違いない。

しかし、俺は自分の良い様に、良い方面の事柄しか考えずに物語りに介入しようとする彼らが大嫌いだ。

物語から外れ、悪いほうに事態が転がれば自分の所為ではないかのように振舞う。

所詮は同属嫌悪だと言う事は分かっている。

しかし、それでも俺は大嫌いなのだ。

それをなななに突きつければ、ショックを受けたようで、その後いくらも会話をしない内に退出していった。


しばらくして、ソラが俺の部屋を訪ねてきた。

慣れた手つきで勝手に部屋のもので紅茶入れると、ソラは俺に問いかけた。

「さっきなななが部屋から出て行ったのを見たわ。結構深刻な顔をしていたけれど、何が有ったの?」

「いや、なななの六課参入動機をつついたらちょっと、ね」

「…結局今までの転生者と同じ?」

「…まあね。彼らはどうしても関わる事での負の事態を見ようとしない。…と言うか、何とかできると思っているんだろうね」

「…とても自信過剰なのね」

「そうだね…」

近い所ではエルグランドが思い出される。

もろもろの事情が重なったのだろうが、やつ自身が取り込まれたジュエルシードの暴走体。

あれを止める事なんて魔法を覚えたばかりのなのはなんかには出来るはずも無かっただろう。

考えにふけっていると、ソラがそう言えばと切り出した。

「そう言えば私、夜の鍛錬にアオを誘いに来たんだったわ」

「もうそんな時間か」

「うん。皆集まっているし、エリオも来ているんだよ」

「エリオも?」

そう言えば何回かエリオと模擬戦をした事もあったな。

自分が家族に誇れる存在になろうと魔法や槍術に一生懸命な彼を見ていると少しでも力になりたくなって来る。

「それじゃ、行こうか。場所は六課裏の林?」

「そう」

ソラを伴って六課裏の林へと移動すると、そこには既になのは、フェイト、シリカが鍛錬を開始していた。

「遅いです、アオさん」

シリカが膨れて抗議の声を上げた。

「悪い。すこし先客が居てね」

「そうなんですか。ならば仕方ないですね」

少し離れた所に視線を向ければ、エリオとなのはが手にした棒で打ち合っているのが見える。

「やっっ!はぁっ!」

「ふっ」

なのはが少し強めに弾き飛ばすと、丁度良い区切りなのか休憩に入るようだ。

エリオとなのはが俺の到着に気付きこちらへとやってくる。

「アオさん、ソラさん。昼間は挨拶できませんでしたが、お久しぶりです」

「うん、エリオも元気そうで何より」

「ひさしぶり、エリオ。槍の腕前も結構上達してたんじゃないか?」

ソラと俺も挨拶を返した。

「え、そうですか?でもまだまだです。まだ一本もなのはさんから取れませんから」

「あはは。エリオが上達した分だけなのはも修行しているんだから。追いつくのは難しいと思うよ」

「それでも、いつかは追いついて見せますっ!」

「そうか。がんばれよ」

「はい」

両手をグッと握りこんで気合を入れなおしたエリオ。

「…それに、キャロよりも強くならないと男としてのプライドが…」

ああ、エリオはキャロと遠距離恋愛中か。たしかこの間から付き合っているんだっけ。

なんだかんだで、八神家に顔を出す事が多かったからいつの間にかお互い意識し始めていたらしい。

好きな女よりも弱いって事は確かに男のプライドに関わるよね。

キャロは幼少から俺達といた所為か、過去に会った未来のキャロとはまったくの別人と言うような感じに育ってしまった。

それと言うのもやはり家が特殊な環境ゆえか…

念法を自在に扱い、忍術に魔法、そして剣術と改めてみたら戦闘方面に特化した感じの訓練を日常的にしている家庭で育ったらね…それは自然と自分もとなるよね。

そんな感じなので、10歳になったキャロは同じ年齢の時のなのはとは行かないまでも、同じ年のフェイトよりは強いと思う。

フェイトははじめるのが遅かったしね。

俺もソラよりは頭一つ分強くいれるよう頑張っているけれど、ソラが譲ってくれているような気がして気が気じゃなかったりするのよ、これが。

「…男は辛いな」

「…はい。なので、たまに夜の練習を一緒にさせてくださいね」

…夜の鍛錬だけでキャロより強くなるのはかなり難しいと思う。

もし、エリオがキャロに本気で、ミッドチルダではなく地球に暮らすと言う選択を取ったなら、念法を教えてあげるから、今は勘弁な。

影分身チート学習が無ければキャロを抜く事は不可能に近いから…

いや、魔法技術だけならば可能か?

「昼間の訓練もあるんだ。ほどほどにな」

「はいっ」

了承の言葉を出すとエリオとの会話も終わり。

俺は俺で日課の鍛錬をこなし、終わると明日の仕込をして就寝する。



朝から夜までは食堂で働き、夜の二時間ほどを鍛錬に当てながら、特に事件も起きずに時間は過ぎていく。

さて、今日も夜の鍛錬をと出向いた裏の林には今日はどうやら先客が居た様だ。

「あれ、ティアナ?」

「えと…食堂の…」

そう言えば特に自己紹介はしてなかったか。

「アオだ。御神蒼」

俺に続いて皆が自己紹介。

「不破穹です」

「御神フェイトだよ」

「高町なのはです」

「綾野珪子です…なんですか?そのそんな名前だったんだって感じの顔はっ!」

「いや、だって、ねぇ?」

「うん…」

「ごめん、すっかり忘れてた。いつもシリカって呼んでるから」

ごめんなさいと謝るソラ、なのは、フェイト。

ごめん、俺も忘れかけていたかも…

ティアナはそんな俺達に若干戸惑いながらも自己紹介を返してくれた。

「あたしはティアナ・ランスターです。…それよりも、食堂スタッフの皆さんがどうしてここに?」

「ん?剣術の鍛錬だね。サボると体が訛るから、夜の間にちょこっとね」

「そうですか…」

「向こうの邪魔にならない所でやるから、少し場所を貸してくれる?」

「あ、はい。あたしの場所って訳じゃないので、どうぞ」


その日から毎日、俺達が鍛錬に赴くとそこにはティアナの姿があった。

深板たちからの情報で、ティアナは自身の魔力量、エリオ達の先天資質等へのコンプレックスから、無茶な鍛錬をするかもしれないと聞いていた。

実際俺も、それが引き起こした事件の一部を経験していたので、どうするかと思っていたのだが…

懸命に鍛錬するティアナを気にかけていたのは俺だけじゃなかったようで、いつの間にかなのはやフェイトがティアナに口を出すようになっていた。

構い倒されてフラフラになったティアナが俺の所まで逃げてきた。

「き…きつい…」

ばたんと倒れるティアナ。

「あの、あなた達は何者なんですか!?食堂スタッフですよね!?なのに普通に魔法つかってますよね!?」

「落ち着け、ティアナ。俺たちは食堂スタッフで間違いないが、シリカを除き一応嘱託魔導師資格を持っている魔導師だ」

「へ?部隊保持戦力規定は?」

「俺達は六課局員ではなく、外注の食堂スタッフとして六課に出店している。ただの食堂スタッフまで保持戦力規定に含まれたらたまったものじゃ無いだろう?」

「それは…そうですね」

非戦闘員まで保有戦力に含んでいたら立ち行かないだろう。

「どう?彼女達の教えは為になってる?」

「えと、はい…ただ、なのはさん達の言おうとしている事は分かるのですが…」

「うまくこなせている気がしない?」

「あの…はい…」

しゅんとするティアナ。

「まあ、仕方ないよ。彼女達は自分が出来る事は他人も出来ると思っている所があるからね。本来俺達は他人の長所を伸ばす事には向かないのかもしれない」

「他人の…長所?」

「見ていて気付いたかもしれないけれど、俺達が鍛錬しているのは一つの確立した技術だ。先人達の教えに習ったような、ね」

「はい。それは見ていたら分かります」

「彼女達は学んだものから自分達の技術へと昇華しているけれど、それはティアナの資質、目指すものとは違う方向だ」

「…そうでしょうか?実際彼女達から学ぶ事は多く有ります」

「そりゃね。だけど、ティアナは彼女達の全てを真似る必要は無い。必要だと思った技術を積極的に聞いてみな。それだけを極めれば、それだけでティアナは強くなるよ」

「そう…ですか?」

「あと、無理はしない。体を壊すようなトレーニングは控えるべきかな」

「でもっ!あたしは凡人だから、人の何倍も練習しないとっ!」

「それで疲れを溜め込んでしまってはいざ任務と言うときに働けなくなってしまうかもしれないよ?」

「…それは…そうですね。…無理はしないように気をつけます」

「うん。それがいいよ。それでもどうしてもって言うのなら、ティアナに良いものをあげよう」

「良いものですか?」







時間は深夜、皆が寝静まった頃。

「お、ようやく来たか」

「ここは?」

あたりには人気は無いが、機械的な街並みがうかがえる。

「VR空間へようこそ」

「VR…」

そう、ティアナに言った良いものと言うのはアミュスフィアで、それをつけてこの空間へと招待している。

「魔法技術が発達していない世界での創造力はバカに出来ないものがある。そしてその想像力も。
一応リンカーコアを持っている魔導師は似たような事を出来るだろうけれど、今回はこっちを使った方がいいかなと思ってね」

「ここで何をするんですか?」

ここはSOS団がその情熱の粋を集めて作った魔導師を疑似体験できるMMORPG、そのコピーサーバーだ。

あの『リリカルなのは』製作の時に俺達の協力の下、結構忠実に魔法の再現をと間違った方向に情熱を燃やした結果、アレ?これで一つのゲームができるんじゃね?と言う具合までにシステムを作りこんでしまった。

映画発表後、色々機能を付け足してダウンロード販売されたそれは、映画の成功と相まって今やVRMMORPG業界でその名を誇っているほど有名になってしまった。

「この中には色々な訓練施設やそのメニュー、実践的なモンスター討伐などのクエストを行える。ゲームだけど、魔法の発動タイミングやその効果範囲のシミュレーションは現実に迫る物がある。本来ならスキル制のゲームなんだけど、今現在のおおよそのティアナのスペック、魔法熟練度はこっちで入力してある。ここなら精神的疲労はあるけど、明日に響くような身体的疲労は無いから思いっきり訓練できると思うよ?」

「でも…現実じゃないんですよね…」

「肉体の鍛錬は今以上やってもむしろマイナスだ。ならば経験値を上げるほうが有意義だと思うけど?」

「そうですかね?」

「それに、ここのトレーニングメニューは結構難しい。今のティアナなんて中の下すらクリアできないんじゃないか?」

「むかっ!分かりました。だまされたと思ってやってみます」

「チュートリアルはクロスミラージュに転送しておいたから」

「え?クロスミラージュも居るんですか?」

「ちゃんとリンクさせてある。アイテムストレージに入っているから、まずは取り出してあげて」

「はいっ」

そうして始まったVRでの訓練。

これが結構、功を奏したようで、日に日に現実でもその腕前を上げていった。

早い時間に部屋に戻るようになったとは言え、戻れば怪しげなヘッドギアを装着しているティアナを同室のスバルが不審がるのは当たり前で。

すぐにスバルも夜の訓練に参加するようになる。

体術はあまり得意ではないが、ガイ先生に教わった技を基本にスバルの相手をしたりしている。


VRでの訓練は、一応複数名で遊ぶゲームであるので、討伐系のクエストなんかは、同室のスバルはもちろん俺だったりなのはだったりが付き合うのだが、その中で仲間に頼ると言う事も覚えたようだ。

出来る事と出来ない事を自分の中で見極め、できないからと言って悲観にならず、出来る事を探す。

ティアナの精神面での成長もあの世界のティアナより早いのではなかろうか。

そんなこんなでティアナも数ヶ月もすればトレーニングメニューもハードモードもクリアできるようになり、その上達はホテル・アグスタの襲撃事件で大いに発揮される事になる。


ホテル・アグスタの事件が終わると、俺達の間で緊張が走る。

まずはリオの事だ。

ようやくこの世界での若干の生活基盤を獲得した俺達は、不審がられないように慎重にウェズリー家にコンタクトを取り、グリード・アイランドの有無を確認した。

あんまりこんな直接的な事はしたくなかったのだが、今の俺達にはグリード・アイランドまで関われる余裕は無い。

異世界ハードのコレクターを語り、倉庫に眠るグリード・アイランドを譲ってもらい、事前に事件を防ぐ事に成功した。

これでリオは大丈夫だろう。

どうしてもっと早く手を打たなかったのか。

生活基盤も無いような他世界人がミッドチルダに尋ねてくる矛盾を最小限にするためだ。

どんなに頑張っても矛盾点は消えないが、こちらに越してきてから、前々からの趣味でと…まぁ、嘘だが、仕方のないことだろう。

玄関まで見送りに来てくれたリオに挨拶をして状況は終了。

回収したそれは勇者の道具袋にでも詰めておく。

それを終えてもまだ俺達は気を抜けない。

ヴィヴィオを保護できる最初で最後のチャンスが間近に迫ったからだ。

食堂は五人いるメンバーのうち3人で回し、残りの二人はクラナガン近郊の都市部の路地裏を中心に探す。

深板達からはデートに行くくらいの繁華街の路地裏なんて言う情報だけだったが、影分身も駆使したその捜索は奇跡的にヴィヴィオの発見にこぎつけた。

それは俺とシリカが捜索に出ている時の事。

俺はそろそろ見慣れた巡回ルートを早足で駆ける。

薄暗い裏路地のマンホールが開かれ、その直ぐそばに倒れている金の髪の少女。

「みつ…けた…良かった…間に合った…」

俺は直ぐに全員に連絡する。

そして懐から神酒を取り出し、意識の朦朧としているヴィヴィオの口に含ませ、何とか嚥下させる。

「うっ…あっ…」

見る見るその頬に朱がさし、血の気が戻り、傷がふさがって行く。

「その子がヴィヴィオちゃんですか?」

俺の連絡を受け、近くを探索していたシリカが駆けつけた。

「ああ。シリカ、少しヴィヴィオを見ていてくれるか?」

「良いですけど、アオさんは?」

何をするんですか?と、シリカ。

「こいつを封印してしまわないと、ガジェットがいつ嗅ぎつけるかも分からないからね」

そう言って俺はヴィヴィオの脚についていたレリックの封印処理を行った。

さて、本来ならここで六課を呼び出して指示を仰ぐのが適切かもしれないが、この後の展開は要回避案件だ。

もう一つのレリックを嗅ぎつけて現れるガジェット。

それと、ヘリでの輸送中の狙撃。

もし、狙撃が確定しているのなら、その狙撃を誰が防ぐのか?

本来防ぐはずのなのはは既に居ない。

ならばシグナム達か?

そんな不確定な事態は避けたい。

「とりあえず、病院にヴィヴィオを連れて行こう」

「いいんですか?」

「事後承諾だけどね、仕方ないよ」

狙撃でヘリが空中分解とかシャレにならない。

病院にヴィヴィオを連れて行き、診察室へはシリカが付き添い、俺は六課へと連絡を取る。

何故もっと早く連絡をよこさなかったのかと散々はやてに怒られたが、直ぐに局員を病院に回してもらい、無事にレリックを引き渡した。

神酒の効果で傷はほぼ感知している為、簡単な検診の後意識を取り戻したヴィヴィオ。

その身元不明の身の上で引き取り先でもめる事になるのだが、はやてに手を回してもらい、六課で引き取る事に。

その日の内に車で六課へと移送される事になる。

病院から六課までの移動のために呼んだタクシー。

シリカにつれられて歩いてきたヴィヴィオは、その手でシリカの服をぎゅっと握り締めて離さない。

「ママ…」

俺を見るなりそう言ってシリカの陰に隠れてしまったヴィヴィオ。

地味にショックだ。

「ママ?」

「えと、この子が…ヴィヴィオが勝手にそう呼んでるんですよ…」

「ママ…ちがう?」

すがる目で見つめられてシリカがたじろぐ。

「うっ…ちが…わない…うん、違わないよ」

あ、シリカが折れた。

「それで、あの人がパパ」

おいっ!ちょっと待ってよ!

「……パパ?」

ちょっ?刷り込み良くないっ!

「お兄ちゃんだから。アオお兄ちゃん」

「…パパ」

まて、そんな悲しそうな目で見るな…負けてしまいそうになるだろう…

てとてと俺の方まで歩いてきて俺の手をその小さな手でぎゅってにぎられながら再度問いかけるヴィヴィオ。

「パパ?」

ごめんなさい。

負けちゃったよ…うん。勝てなかった。

俺にはヴィヴィオを突き放す事なんて出来ませんでした。

「好きに呼んで…」

「うんっ!パパっ!」

はいはい、と返事を返し、ヴィヴィオを抱き上げる。

「わー、高いっ!」

「これから隊舎に帰るから、車の中であんまりさわいじゃダメだよ」

「たいしゃー?」

「俺達の家…かな?」

「ですね」

さて、と。

それじゃ帰りますかね。


六課に到着した俺達。

ヴィヴィオのなんやかんやはとりあえずはやてに丸投げ。

局員じゃないから俺にはどうしようもないし。

ただ、はやてならうまく取り計らってくれるだろう。

まあ一応事件の重要参考人なので、行動の制限はつくものの、六課内なら好きにしても良いようだ。

ついでに、ヴィヴィオが俺とシリカになついているようなので面倒もよろしくとの事。

給料貰ってるわけじゃ無いんだけど…まぁいいか。

食堂にヴィヴィオをつれて入る。

途端に仕事を中断してヴィヴィオの周りを囲むようにソラ達が現れた。

「わー、はじめましてだね。わたし、高町なのは。なのはだよ」

「…えとっ」

なのはの高いテンションにヴィヴィオは少し引いたようだ。

「不破穹よ。よろしく、ヴィヴィオ」

「私は御神フェイトです。よろしくね、ヴィヴィオ」

三人からの自己紹介に少し気後れしてヴィヴィオは俺とシリカの後ろに隠れてしまった。

「パパ…ママ…」

ぎゅっと俺とシリカの裾を握るヴィヴィオ。

「え?パパ?」

「シリカが、ママ?」

「どういう事?」

どういう事と言われてもな、ソラ。

「子供の言っている事だ。それにまだヴィヴィオには言葉の意味が良く分かってないのだろう。
自分を保護してくれる大人の事だと思うよ?」

「ふーん」

さて、ソラは何を納得したのか、ヴィヴィオの前に進むとしゃがみこみ目線の高さを合わせた。

「それじゃあ私もヴィヴィオのママだから」

オイっ

「ソラ…ママ?」

「うん」

にこりと笑ってヴィヴィオをぎゅーぅと抱きしめたソラ。

「あ、まってまって、わたしも、わたしもヴィヴィオのママだからっ!」

「うん、私もヴィヴィオのママに立候補するっ!」

「なのはママにフェイトママ?」

「うんっ!」
「そうだよ、ヴィヴィオ」

「えー、ヴィヴィオのママはあたしですよぉっ!」

不満げにぷくりと頬を膨らませたシリカ。


紆余曲折があり、結局皆がママと言うことで落ち着いたのだが…

良いのだろうか…

マテッっ!

せめて俺の呼称をお兄ちゃんに戻させねばっ!

パパは色々まずい気がっ!

後日深板達SOS団に「テンプレ乙」「やはりリア充爆発しろっ!」と言われたが、泣く子には勝てまい…







夜。

いつかのようにベルが鳴り、なななの来客を告げる。

昼にエルグランドが現れ、ななな達が襲われたという事を聞いたので、おそらく来るだろうと、寂しがるヴィヴィオをシリカ達に任せて待機していたのだ。

ソファに通し、話を聞く。

エルグランド・スクライアの事について何か知っているかと言う事らしい。

彼女にしてみれば関わるはずの無い人物は全て転生者と言う事なのだろう。

まぁ、間違ってはないけれど。

なななと話をしていると、俺達がエルグランドを何とかしろと言う。

さらに、エルグランドが凶行に走ったのは俺達の所為だとも。

しかし、エルグランドがああなったのは結局は自分勝手な行動故だ。

転生者の行いをを正せといったらまずはなななを排除しなければならなくなるだろう。

自分はエルグランドとは違うとでも思っているのか?

俺も、エルグランドも、そしてなななも大差無いと言うのに。

と言うか、それ以前に俺達は『縁切り鋏』でエルグランドとの縁を切っちゃっているから、絶対に会う事は無い…はず。

責めたつもりは無いのだが、自分も大差ないと突きつけた俺の言葉に蒼白になり、その日はそれ以上会話の出来る状態ではなかったのでなななを部屋まで送っていって長かった日は終了した。


朝。

「重い…」

布団を剥いで見れば右にヴィヴィオ、左にシリカに抱きつかれていた。

今もたまにソラ達が順に俺のベッドにもぐりこむ事は良くある事と騒がずにシリカとヴィヴィオの引き剥がしに掛かる。

朝の仕込みが有るからいつまでも寝てられないのだ。

「むぅー?」

と、突然はずされた腕を捜すヴィヴィオ。

ヴィヴィオを抱き上げてシリカの方へと移動させると、どうやらシリカを抱きしめて落ち着いたらしい。

そのまま寝息が聞こえてきた。

「さて、今日はシリカも朝の仕込みの当番なんだけど…仕方ないかな」

そう思って俺はシリカを起こさずに部屋を出た。


隊員の朝食のピークが過ぎるとシリカがヴィヴィオを連れて朝食へとやってきた。

今日はそのまま仕込みは良いからヴィヴィオをつれてきてと朝に書置きしてを残しておいたのだ。

ヴィヴィオの到着を知ると俺はヴィヴィオの朝食作り。

「大丈夫かな?本当に」

神酒を混ぜながらヴィヴィオの朝ごはんを作っていた俺にフェイトが心配そうに呟いた。

「ヴィヴィオを危険にさらさないために必要な事だからね」

「そう…だね。本当はそんな事必要ないと言うのが良いんだけどね」

「…難しいだろうな」

「うん、分かってるよ…だから心配しても止めないでしょ」

なるほどね。確かに止められてはいないね。

「はい、出来たからヴィヴィオの所に持ってって」

「了解っ!」

フェイトが俺から出された配膳をもちヴィヴィオの所へと朝食を届けに行った。

子供が好きそうな物で作った朝食だから残さず食べてくれるだろう。



さて、ついにこの日がやってきた。

公開意見陳述会開催の日。

以前の俺達がグリード・アイランドから出てきた日の事だ。

ヴィヴィオの情報なんかは隠蔽しようともデータとして存在するのであればおそらくスカリエッティには筒抜けだろう。

そこは仕方ないし、俺達がどうこう出来る問題でもない。

それは局員の仕事だしね。

原作通りならば今日、六課襲撃およびヴィヴィオの誘拐が行われるだろう。

時間は夜。

六課隊舎を爆撃音が包んだ。

ビーーーッビーーーッ

けたたましく鳴るサイレン。

「アオっ!」
「アオさんっ!」

近くに居たのはソラとシリカ。

なのはは給仕でフェイトはヴィヴィオの付き添いだった。

「うん。まずは避難シェルターへ」

「はい」
「うんっ!」

程なくして司令室勤め以外の局員および非戦闘員がシェルターへと集まった。

「パパっ!」

ヴィヴィオがフェイトのそばを離れて俺へと抱きついた。

「大丈夫だよ」

「本当?」

ヴィヴィオの髪を梳きながら答える。

「本当」

「とは言っても、中々相手の戦力も大きそうです」

ドーンッ

爆発音の後にパラパラと破片が天井からこぼれる。

非戦闘員の局員などは身を寄せ合い震えている。

「さて、どうするか…」

「このままここに居れば被害が拡大して六課崩壊、シャマルとザフィーラは重症を負うんだよね」

と、なのは。

「俺達が経験した未来でも、深板達からの情報でもそうだ」

そして、ここにはキャロが居ない。

つまり、大量のガジェットに対する防衛策が存在しない。

ならば…

さて、司令室に居るであろうシャーリーに通信を繋ぐ。

「シャーリーさん」

【どうしました?こんな時に】

ウィンドウ越しにシャーリーさんからの返事。

しかしその表情には余裕が感じられない。

「襲撃者の対処は大丈夫なんですか?」

【今、シャマルさんとザフィーラに出てもらってるけれど…】

劣勢のようだ。

「この辺に武装局員は?」

【居ない事も無いのだけれど、皆自分の持ち場で応戦中】

「応援は期待できないと…さて、シャーリーさん」

【何よっ、今は忙しいので手短にお願いっ!】

「俺達は嘱託魔導師の資格を持っているんだけど。要請があれば打って出れるよ」

【へ?】

余りにも予想外の言葉だったのだろう。

そんな場合ではないのに一瞬表情が固まった。

その後、キーボードを高速でタッチして俺達のデータを検出する。

【嘱託認定、空戦C…でも、A以上のシャマルさん達が苦戦している相手にあなた達が何が出来るの!】

「嘱託認定ランクが実力とは限らない。俺達は単純にCランク以上を取ってないだけ。俺達は結構強いよ」

余り魔導師ランクが高すぎるのも面倒ごとが付き添うだろうと深板達の助言だった。

【ほっ…本当に!?】

以前未来のシグナムさん達をボコった事もあるんだよ。

10年ほど前にね。

「要請が無いと自衛以外の魔力行使が難しいんだけど。
要請してくれない?」

【でも部隊長も副隊長も居なければ外注の発行はできないわ】

「緊急時のマニュアルではなんと?」

ピッピッと画面をスクロール。

【えっと、よかった……大丈夫みたい。…隊からの応援要請であなた達に六課防衛の援護をお願いします】

最後に小さくごめんなさいと呟いたシャーリー。

大丈夫。10年前よりさらに俺達は強くなった。

10年前でも対処出来たのだから今更負ける要因は無い。

「…行くか」

「うん」
「はいっ」
「そうね」

なのは、フェイト、ソラの同意の声。

「…あたしはここでヴィヴィオちゃんを守ってますね」

「任せる」

「任せてください」

その後俺達は一人一人しゃがみこみヴィヴィオと目線を合わせ、「ちょっと行って来る」といってヴィヴィオの不安を少しでも解消する。

シャッターを開け、俺達四人はそれぞれデバイスを起動する。

「さて、情報通りなら、襲撃者が二名、遠方に二名、その後多数のガジェットだったね」

「うん」

「それじゃ、事前の打ち合わせ通りに。俺とソラが遠方の二人。なのはとフェイトが六課襲撃者とガジェットの排除をお願い」

「うん」
「はい」
「了解」

「なのは、フェイト。くれぐれもよろしく」

「大丈夫だよ。ね、フェイトちゃん」

「うん。大丈夫、任せて」

彼女達ならばうまくやるだろう。

俺達はそれぞれ内部に侵入しつつあるガジェットを屠りつつ外へと駆け出してそれぞれの現場に向かった。




ドーンっドーンっ

未だ爆発音は続いている。

「パパっ…」

「ヴィヴィオちゃんっ!?」

シリカの腕の中から駆け出したヴィヴィオは一直線にドアへと向かい、オープンのボタンを押した。

「っ!?ヴィヴィオっ!」

シリカが懸命に止めようとするよりも早く扉をくぐって出て行ってしまう。

「まって、ヴィヴィオっ!」

追いかけるシリカ。

「パパーっ!ママーっ!」

「まってっ!」

もう少しでヴィヴィオに追いつく。そうシリカが思った時、シリカは突然の乱入者の攻撃により弾き飛ばされてしまった。

「きゃーーーーーっ!」

ドゴンっ

シリカの後ろのコンクリートがへこみ、体が埋まっている。

「ヴィヴィ…オ…」

「えっ?やだ、放して。助けて、やだー。シリカママ、助けて!」

ヴィヴィオの助けを呼ぶ声もむなしく、ヴィヴィオは何者かに連れされれてしまったのだった。




空を飛ぶ事数分。

俺とソラはナンバーズ二人と会敵する。

確かセッテとトーレだと深板達が言っていたか。

「名前を聞いても分からなかったけれど、10年前に瞬殺しちゃった人達だね」

え?

「瞬殺って何したの?ソラ」

「いや、なんかフェイトとの会話に夢中になってたから一瞬でこう…脳天を揺らした感じ?」

うわー、さすがソラ。容赦が無い。

「管理局の増援か」

こちらを確認してセッテがつぶやく。

「どうします?」

と、トーレがセッテに聞いた。

「まて、今目標を確保したと通信が入った。ここは引く」

「了解」

そう言ってこちらに構わず反転して高速で逃げていく戦闘機人の二人。

ちょ、待てよ。今目標を確保したって言ったか?

「アオ、もしかして…」

「ヴィヴィオがさらわれた?」

まさか、でも…

「ソラ、戻るよっ!」

「うん」

急いで六課に戻るとどうやらなのはとフェイトがオットーとディードを退けた後のようだった。

「なのは、フェイトっ!ヴィヴィオは、シリカは!?」

「だめ、シリカと連絡が取れないのっ!戦闘機人の二人の撤退もあっけないものだったからもしかしたら…」

そうなのはが答えた。

「くっ…」

「アオ、ヴィヴィオの事も心配だけど、今大量のガジェットがこっちに向かってるってっ!」

フェイトがそう捲くし立てた。

「ここは任せていいか?俺はシリカとヴィヴィオを捜しに行ってくる」

「うん、大丈夫。行ってきて、アオ」

三人を代表してソラが力強く答えた。

それに頷くと俺は急いで六課内部へ急いだ。



「さて。なのは、フェイト。アオに任されたから、出来ませんでしたなんて言えないわ」

「うん、ソラちゃん。一発であいつらを沈めて急いで追いかけようっ!」

「そうだね、そうしよう」

ソラがそう言うとなのは、フェイトも気合を入れてガジェットを睨んだ。

『ルナティックオーバーライトブレイカー』
『スターライトブレイカー』
『サンダーフォール』

三人がそれぞれ大技のスタンバイに入る。

「「「せーーのっ!」」」

三人が気合と共に撃ち出した魔法はあたり一面を閃光で包み、ガジェットを残さずに消滅させた。



あちこち崩落しているが、以前経験したそれよりは損傷は軽い。

程なくして倒れているシリカを発見する。

「シリカっ!シリカっ!大丈夫か!?」

「アオ…さん。…ごめんなさい。ヴィヴィオ…守れなかった」

「シリカ…大丈夫だから。…何も心配することはないよ」

「アオさん…」

そう言ってシリカは気絶した。

大丈夫。

何も心配する事はないのだから。

そして夜が明ける。


記憶の中のいつかの六課と比べればそれほどでもないが、それでも焼け落とされた機動六課隊舎。

俺達が防衛に出た事もあり、怪我人の数は少ないのではなかろうか。

擦り傷や軽い火傷はあるが、入院するほどの傷はない。

シャマルやザフィーラもなのはとフェイトの援護が間に合った事もあり、軽傷とは行かなかったが、それでも次の日には動き回れるレベルだ。

六課への居残り組みの被害はそんな感じだったのだが、それ以外で一番被害を受けたのはなななだろう。

エクセリオンモード。ブラスターシステム。それを最大限に使用しての彼女最大の一撃は、リンカーコアと体にとてつもない負担をかけ今も病院のベッドで昏睡状態だ。

「…無茶しやがって」

丁度見舞いは誰も居なかったようなので、俺は奇跡的に見つかったガンブレイバーの破片をポケットから取り出し握り締め、『星の懐中時計(クロックマスター)』を発動させた。

手に持ったかけらに何かが集まるようにその質量が増えていく。

十数秒で俺の手には銃剣の形をしたデバイスが現れた。

「エルグランドを倒したみたいだし、これくらいは…ね」

そう言って待機状態にしたガンブレイバーを彼女の胸元へと架ける。

「まぁ、頑張ったんじゃないか?」

そう言って俺は病室を後にした。

病室を出た所でおそらくシャマル達のお見舞いに来たのであろうはやてと出会った。

「あっ…アオさん」

「はやてか」

はやては少しバツの悪い顔をしている。

「ごめんな…私らヴィヴィオを守ってやれへんかった…ほんまにごめん」

はやてがそう言って謝った。

「いや、はやてだけの所為ではないよ。俺達にも油断が有ったんだと思う」

それでもすまなかったとはやては謝る。

「ほんでな。六課隊舎は復旧までに時間が掛かるし、それでも敵さんは待ってくれへん。そやから、急ごしらえで廃艦寸前の次元航行艦を徴収する事になったんよ」

徴収される事になった艦はアースラと言う。

本来であれば彼女にも感慨の深い戦艦であるはずなのだが、目の前の彼女にはとくになんの感慨も浮かばないようだ。

「それでな?いつかの約束、使わせてもろていいか?」

「約束って?」

「一回だけ私の願いを叶えてくれるって言うやつや」

「ああ。覚えているよ。はやては俺に何を願う?」

以前、彼女に打算から一度だけ願いを叶えてあげると言った。

「今回の事件が収束するまで、戦力として六課に協力して欲しい。もちろん嘱託として依頼するつもりや。
地上には戦力が足りへん。本来なら地球人であるはずのアオさんに頼むのは筋違いかもしれへんけど。なりふり構ってられへんのや」

彼女にしてみたらすでにこちらの生活の方が地球での生活よりも長い。

ここはもう彼女の故郷なのだろう。

「いいよ、分かった。協力する。はやての頼みだしね」

「ほんまか?ありがとう!」

「その代わり」

「な、なんや?余り要求されてもこたえられへんよ?」

「ソラ達も一緒だ」

俺が協力すると言えば彼女達もきっと協力すると言うだろうからね。







時間は流れて、アースラ。

六課崩壊後の仮隊舎としてこの世界のはやても戦艦を選択したようだ。

それがアースラであったのは丁度良いタイミングでまだ現役をはれる機体が解体待ちだったからに他ならない。

アースラに居るのはシリカを抜いた俺達4名。

シリカは魔導師ではない上に、ヴィヴィオを守れなかったショックもあるために海鳴へ一時帰還している。

訓練室で俺達はいつかのようにエリオの訓練に付き合っているなのはを眺めている。

「はぁああっ!」

「甘いよ」

がむしゃらにストラーダを振るうエリオ。

それを手加減しながらも本気で振り払っているなのは。

「わあああぁあぁああっ!」

ザザーーーッ

「くっ…まだまだっ!」

どうやら先日のなななとエルグランドの戦いで自分がなななの助けになれなかったと悔いているようだ。

その訓練にも気迫がこもっている。

なななはまだ意識が戻らずに病院のベッドの上で安静にしている。

エルグランドと言う強敵は居なくなったが、こちらの戦力も削られたという事だ。


ビーッ、ビーッ

警報が鳴り、事件が起こったことを告げる。

アースラ内 会議室。

本来は食堂スタッフである俺たちも、今回だけはこの場に同席を許された。

映し出されたのは戦闘機人たちより破壊された地上の守りの要、アインヘリアル。

使うことも叶わずに全てのアインヘリアルが沈黙している。

そして浮上するゆりかご。

「ヴィヴィオ…」

「アオ…」

俺のつぶやきに心配そうにソラがよりそった。

こちらに送られてきた映像に、ヴィヴィオが苦しそうにゆりかごの玉座に拘束されているのがある。

それから俺達は3面に戦力を分けて送る事になる。

街へ先行している戦闘機人の逮捕にはスバル、ティアナ、エリオとなのは。

フェイトとソラは先行した局員と合流してスカリエッティのアジトへ。

そして、俺ははやて、ヴィータと共にゆりかごへと割り振られた。




【ね、ねえ、ティア】

【何?スバル】

今、目の前ミッションの説明を受けている時にスバルから念話が入り、ティアナは少しイラっとしながらも返事を返した。

【なんでここに食堂のお兄さん達がいるの?】

当然のようにテーブルについているアオ達を疑問に思っているスバル。

彼女の表情には「関係ないよね?」と言う気持ちがうかがえる。

【嘱託資格を持っているらしいわ。だからじゃないかしら】

ティアナはアオ達から以前にそのような事を聞いていた為スバルに答える事が出来た。

【えええ!?でも、あの人たちってガジェットとかAMF戦とか大丈夫かなぁ…】

そのスバルの心配にティアナはすこしあきれた表情を浮かべた後答えた。

【…その心配はないわ】

【どうして?】

【あのVRゲームで似たような訓練があったでしょう、思いだして、スバル】

ティアナとスバルが訓練のために夜間にログインしているVRワールドでたまにアオ達と一緒に訓練や討伐を行っていた。

その中には高濃度AMF戦や対人戦なんかもあったのだ。

【そ、そう言えば…ティアはアオさん達ってどれくらい強いと思う?】

【下手をしたら隊長達を凌駕するくらい強い】

【えー、うっそだぁ】

誇張表現だと思ったのだろう。ティアナの言葉をスバルは信じる事は出来なかったが、この後直ぐになのはが戦闘機人相手に無双した事により実感する事になる。



ゆりかご内部にて、二人の戦闘機人が最終調整を行っている。

クアットロとディエチの二人だ。

「さて、準備は出来ました。後はドクターの計画がうまくいくのをこのゆりかごの中で見物させてもらうだけ」

ピッピと目の前のコンソールを楽しそうに叩くクアットロ。

「それにしても、あの気持ち悪い男はもっと使えるかと思ってたのに。ほんのちょっとシナをつくるだけで何でも言う事を聞いてくれたバカな男だけど、その実力は評価してあげていたのに…本当にバカな男って使えないわぁ」

「…………」

「なぁに?ディエチちゃん、かわいがられて情でも移ったの?」

クアットロの隣で武装のチェックをしていたディエチがあまり感情の表すことのない表情を若干歪ませている。

「……いいや…そんな事はないよ」

「そう言えば、そこそこ稼働時間の長いあなたはアレと長い付き合いだものね、それは情も湧くって言うもの」

「そんな事無いって言ってるだろ。ただ…ちょっと…」

ディエチは自分の感情がどう言ったものか分かっていないようだった。

「彼を助け出したかったらそれこそこの戦いには負けられないわね」

「…わかってる」

そう言って持ち場に移動するディエチをクアットロは見下したような心をその顔の下に隠した。

「だったら良いわ。お互いがんばりましょうね」





アースラの下部ハッチで出撃を待っている飛行できる魔導師組。

「それじゃ、皆、またバラバラになったけれど、しっかりやろう」

俺はそう三人に言った。

「うん」
「まかせて」

「私、またあのスカリエッティの逮捕に回されたんだけど…」

そうソラが愚痴る。

「ソラちゃん、そんな事言ったらわたしだって同じだよ。何でまたこう言う振り分け?」

と、なのは。

「それは分からないけれど、私達がバラけるのが一番事体の収拾が早いから、これでよかったと私は思うよ?」

と、フェイト。

「何はともあれ、これさえしっかり収束出来れば後はまた海鳴で楽しく暮らせるようになる。…ヴィヴィオも一緒にね」

「そうね。頑張りましょうか」

「うん、がんばろう」

「そうだね」

上からソラ、フェイト、なのはとそれぞれ気合をいれる。

さて、行こうか。

俺にとっては二度目の…ヴィヴィオを助けに。

『『『『スタンバイ・レディ』』』』

「「「「セットアップ」」」」

アースラ下部ハッチからテイクオフ。

それぞれ分かれて持ち場へと飛行する。

その姿を見せ付けるようにゆっくりと市街地の上を飛行する聖王のゆりかご。

射出されるガジェットが空を覆う。

「まずはガジェットの排除。そして射出口をつぶすんやっ!」

はやての指揮で多数の局員が動く。

俺もガジェットを殲滅しつつ、排出口と砲台を破壊していく。

『ロードカートリッジ』

ガシュ

魔法刃が形勢される。

「はぁあああっ!」

肥大化させたブレードであたりの装甲板ごと切り裂き、射出される直前のガジェットをも一緒に破壊しガジェットが出れないように埋めていく。

「よしっ次っ!」

まずは被害が都市部に行かないように。ヴィヴィオの助けはまだ後だ。

はやての選択は管理局員としては正しい。

次の射出口へと飛ぶ。

それを幾度繰り返しただろうか。

そんな時はやてから念話が入る。

【アオさんっ!進入口を発見したから、私とヴィータ、そして武装局員が進入する。ヴィヴィオは私らが必ず助け出してくるからっ!】

【外の指揮は大丈夫なのか?】

【アオさんのおかげでほとんどの射出口と砲台をつぶせた。これ以上この艦がガジェットを撒き散らす事はない。ガジェットも残り少ない。やから、アオさんもそっちの掃討に当たってもらいたいんやけど】

【…そっか、ならば俺は大型砲台が壊せないか頑張ってみるよ】

【頼みます、アオさん。ヴィヴィオは必ず私が助けてくるから】

そう言ってゆりかご内部に侵入するはやてを見送り、まだ使われていない大型兵装を壊しに掛かる。

「しかたない…行くよっ!ソル」

『ロードカートリッジ』

魔法刃を極大で形勢し、振り上げる。

「あああああっ!ジェットザンバーーーーっ!」

巨大なブレードを振り回し、大型兵装の一つを潰す。

「はぁ…はぁ…残り…幾つだ?」

『8砲塔ほどです』

「がんばるよ、ソル」

『了解しました』


時間は刻一刻と過ぎていく。

マズイね。そろそろタイムアップギリギリだ。

砲塔は残り3門、しかし…

タイムリミットは衛星軌道まで上がり、ミッドチルダの二つの月の魔力を得られる位置まで上昇する事。

そこまであがるとこのロストロギアがどういう力を発揮するのか見当もつかない。

「シャーリーさん、こちら御神アオ。はやて達の援護にゆりかごに突入します」

シャーリーさんに通信ウィンドウを開き、一方的にまくし立てる。

【え?ちょっとまって、アオさんは外のガジェットの…】

通信を切り、ゆりかごに開いた穴から中に進入する。

途端に濃度のあがるAMFに、ここなら見てる人も居ないとフライの魔法に切り替える。

この中で向かうのは3方向。

「アオッ!」
「アオさんっ!」
「アオっ!助けに来たよっ!」

ソラ、なのは、フェイトが俺の後でゆりかごに到着、合流した。

「皆…時間がない。分かれるよ。内部データは行ってるよね、多分変わってないと思うけれど」

「うん」

「あるよ。大丈夫」

「俺は玉座の間に行く。ソラは駆動炉にお願い。なのはとフェイトは奥に居るだろうクアットロをひっとらえて来て。時間がないから、皆急いでっ!」

合流したのもつかの間、俺の合図で散開し、それぞれゆりかご内を翔ける。

俺は一路玉座の間へと翔ける。

空け放たれていた扉をくぐり、中に入るとレリックと融合し、その体を大人へと変身させたヴィヴィオが悠然と立ち、その手前にははやてが横たわっていた。

防御力の高いヴィヴィオの魔法防御をこのAMF下では抜けなかったか…

「ヴィヴィオっ!はやてっ!」

俺ははやての近くに寄るとその身を抱き上げた。

「うっ…うぅ…」

はやては意識が無いだけで、命に関わるような怪我は見て取れない。

「パパっ…ママっ…どこ?ヴィヴィオのパパとママは…どこ?」

ヴィヴィオの方は操れているようだった。

「パパっ…ママっ…どこーーーーっ!?」

絶叫と共に体から虹色の魔力が荒れ狂うように放出された。

俺は一度はやてを抱き上げたままその魔力から逃れるように玉座の間を出る。

「ソル、残りの時間は?」

『10分ほどです』

管理局艦隊もミッドチルダへと終結しているし、おそらく前回の事も考えるにタイミングは管理局艦隊の方が若干早い。

上昇速度も多少減速されているところを見るとヴィータが無事駆動炉を封印した事だろう。

ヴィータの脱出補助はソラが居るから問題ない。

問題はこっちだ。

時間が無い。

今からヴィヴィオをどうにかする時間が…

俺ははやてを担ぐと反転し、玉座の間から離れる。

そして無事にゆりかごを出ると、そこにはソラやなのは、フェイトとヴィータや管理局武装隊の面々そして、管理局局員に拘束された戦闘機人二名が無事に脱出していた。

「アオっヴィヴィオは…」

フェイトの問いかけに俺は首を振る。

「そんな…」

「ヴィヴィオっ…」

もう助けられない。

ゆりかごは加速して大気圏外へと上昇した。

しかし、俺が大部分の兵装を潰しておいた事もあり、現れた管理局の主力戦艦の攻撃であっけなくその質量を消失させた。

…中にいたヴィヴィオ共々。

「うっ…うん。ここは?」

ようやく意識を取り戻したはやて。

「そうやっ!ヴィヴィオっ!ヴィヴィオは!?」

はやてのその発現に皆の表情が曇った。

「そんなっ…うそやろ?なあ!?」

しかしそれに首を振る俺。

「そんなっ、うそやっ!信じへん、ヴィヴィオーーっ!」

はやてはそう叫んでその両目から大粒の涙を流し続けた。







「で、これはいったいどういう事か説明して欲しいんやけどっ!」

「そうだな、僕にくらいは説明があってもよかったんじゃないか?」

はやてとクロノは今、御神家のリビングで俺の前で鬼の剣幕で問い詰めている。

ちなみに、コレと言うのはリビングにある大型テレビで一世代前の体感ゲームをシリカとキャロと一緒に遊んでいるヴィヴィオの事だ。

「いや…実はね…」

あの時。管理局の戦艦で蒸発させられたヴィヴィオは実は影分身だったのだ。

これが俺達が考えたヴィヴィオ保護の手段。

フェイトの時よりも厄介ごとが纏わり突くであろうヴィヴィオ。

そんな彼女を確実に俺達が住む地球で保護するために、表面上はミッドチルダで死んでもらう必要があったのだ。

なのはがミッドチルダでヴィヴィオを保護できないとなると、最悪の最悪は人体実験の素体にされかねないと深板達が言ったからだ。

どうして深板はあそこまで管理局を黒く言うのだろうか。…まぁ、大きな組織に暗部はつき物だろうけれど。

その為にヴィヴィオの食事に神酒を混ぜ込み精孔を開き、影分身の術を教え込んだのだ。

確実に俺達が保護するために。

あの日。

六課が襲撃されたあの日。

シェルターに入る前にはすでにヴィヴィオとシリカは影分身と入れ替わり、二人は海鳴へと口寄せの応用で渡っていたのだ。

残された影分身はスカリエッティ一味へと捕まり、ゆりかごを飛ばさせた後はそのままゆりかごごと消失。

消し飛ばされたのは影分身なので、その時の記憶はヴィヴィオに戻ってくるが、融合させられたレリックはおそらく吹き飛ばされて消失。

問題ないだろうということで、実行に移したのだ。

影分身による記憶の引継ぎには神経を使ったが、シリカや母さん達がそばに付いていたために多少の混乱だけで済んだようだ。

結果、ヴィヴィオは死亡扱い。問題なく海鳴へとつれてくる事に成功したのだが、ここで問題になったのがはやてだ。

ヴィヴィオを救えなかった事による心の傷が人一倍強く、これはヤバイと海鳴へとはやてを招待。やはり自分の命令でヴィヴィオを殺してしまったと落ち込んでいたクロノも呼んでネタバラしとなったのだ。

機動六課に休みは基本的に無いために、ソラ、なのは、フェイトは六課食堂で今日も働いている。

ヴィヴィオに会いに行くと言ったらさんざん愚痴られたが、彼女達もそれだけヴィヴィオに会いたかったのだろう。

そんな話を所々ぼかしてはやてにすると、半分あきれた顔になり、

「まぁ、アオさん達ならそんな事も出来るか…」

「そうだな…君達の出鱈目さは今に始まった事じゃない」

と、何故か納得してしまった。

ヴィヴィオの事は黙っていて欲しいとはやてとクロノに念を押し、クロノは渋い顔で「自分は何も見ていない」と言い。はやては複雑そうな表情で「分かった」と答えたので一安心かな。

ヴィヴィオの元気な姿を確認するとはやてとクロノはミッドチルダに帰っていった。

「ヴィヴィオ、もうちょっとだけシリカやキャロ、母さんと待っててくれな。俺達はもう少しやる事が残っているから」

「んー?さみしいけれど、がまんする。ヴィヴィオいい子だもん。ちょっとがまんしたらずっといっしょにいてくれる?」

「ああ、約束する。ヴィヴィオが自分で離れていくまで一緒に居てあげるよ」

「パパのお話はよくわからないけど。わかった。まってるね。だからはやく帰ってきて」

六課が解散するまで、もうしばらくの辛抱だ。

そうしたら皆でこの海鳴で暮らそう。

きっと楽しいはずだ。

その後、ミッドチルダから戻ってきた俺達を、待ってましたとばかりにSOS団が襲来。

3年ぶりの映画撮影となるのだが、それはまた別の話だ。

 
 

 
後書き
スバルの中ではまさか自分を助けた人が食堂で働いてるとは思いもよらず、感動の再会とかは無かったのです。
アオも自ら打ち明けようとは思わないと思いますし。
なんでアオ達はゆりかご浮上まで放置したのか。それは原作通りに一応物語りを進め、差異を最小にするためですかね。ゆりかご浮上が無ければ、スカリエッティ一味は計画を遅延させるはずですし、捕まりませんよね。街への被害とスカさんの逮捕。逮捕されない事で起こるテロ被害。さて、どちらを優先すべきだったのか。答えが出ないので原作を真似たということです。
さて、次のクロスはどうしましょうね…とりあえず、番外編とかでお茶をにごしつつ、考えます。 

 

番外 Vivid編 その2

 
前書き
今回からしばらく番外、リオ編になります。 

 
「ディメンンションスポーツアクティビテイアソシエイション公式魔法戦競技会?」

「うん。わたしは参加しようと想っているんだけど、皆もどうかなって思って」

いつもの四人がそろった放課後に、ヴィヴィオがそんな事を提案してきた。

ディメンンションスポーツアクティビテイアソシエイション公式魔法戦競技会、通称DSAA公式魔法戦競技会は出場可能年齢10歳~19歳まで、個人計測ライフポイントを使っての実戦に限りなく近いスタイルで行われる魔法戦競技会だ。

「うー、どうしようかなぁ…」

あんまり乗り気ではないコロナ。

「私は…」

どうしようとアインハルトさんも思案している。

「出ましょうよ、アインハルトさん」

「…そう、ですね」

「やったー。ね、リオは?」

んー。あたしかー。

あたしは…

「DSAAって予選が七月で本戦は夏休みだよね?」

「え?そうだけど」

じゃあダメだ。

「じゃああたしはパスっ」

「「ええええええっ!?」」

ヴィヴィオとコロナが驚いている。

「どうして…ですか?」

アインハルトさんがあたしに問いかけた。

「だって、まかり間違えて本戦に進んじゃったらフロニャルドに行けなくなるもん」

「「あっ…」」

「言われてみれば…」

出てみたくないのかと言われれば、出てみたい。

しかし、あたしにとってはそっちの方が大事。

「それに、あたし、魔法戦のみってあんまり得意じゃないんだよね…」

魔法戦競技会だから念法なんてもっての他。

念にライフポイントの測定は判定出来ないと思うし、危ないからね。

「そ、そうなの?」

と、コロナ。

「いやー…どうしても練習比率が念方面に偏っちゃって…とは言えそこら辺のやつには負けない自信はあるけどね」

シューター、バスターなどの砲撃魔法や身体強化魔法、さらにはブレイカー級集束魔法は一通りは全部使えるし、バインドやバリアも問題ないけど。

「勝っても負けてもあたしの全力って訳じゃないから、相手にも失礼だろうしね」

あたしの答えに3人が黙り込む。

「まぁ、ヴィヴィオ達は楽しんできなよ。念さえ使わなければ全然大丈夫だし」

念と言ってもまだ纏と練と絶しか覚えてないからね。ほとんど戦闘技術として確立してるわけじゃないしね。

だから気にしないでとヴィヴィオ達を説得すると、どうやら三人はDSAAに参加する事に決めたらしい。

まぁ、奇跡的に本戦とかまで出場して夏休みがそっちでつぶれるとしても、あたしは応援には行けないから、そこは理解して欲しいかな。

次の日からヴィヴィオ達はノーヴェ師匠達の指導の下、個人練習に入ったようだ。

纏の練習なんかは授業中にやっている。

あたしはと言えば、DSAAに参加するつもりはないから、ヴィヴィオ達の練習にたまに混ぜてもらいながら日々を過ごしている。

今日はヴィヴィオの斬撃対策の練習のお手伝い中だ。

魔力による防御でダメージはさほど通らないからと、刃を潰した模造刀をノーヴェ師匠の付き添いのもとヴィヴィオ目掛けて振り下ろしているあたし。

「やっ!」

「ふっ!」

あたしが振り下ろした模造刀を魔力で覆った腕でガードするヴィヴィオ。

段々速度を上げていくあたしに、クリスの援護もありなんとか食らい付く。

しかし…

【ヴィヴィオっ!眼っ!】

あたしはノーヴェ師匠に気付かれないように注意すべく念話を飛ばす。

【え?】

ヴィヴィオの左目に三つ巴の勾玉模様が浮かび上がっている。

集中し、あたしの攻撃を見切ろうと集中したヴィヴィオは無意識に写輪眼を使ってしまったようだ。

【写輪眼、使っちゃってるっ!】

【ああ、どうりでよく見えると思ったよ】

【よく見えるじゃなーーーいっ!直ぐに使うのやめてっ!】

【う、うん…】

あたしの注意でどうにかヴィヴィオは写輪眼の使用を解除した。

「なんだ、お前ら、突然やめちまって。調子悪いのか?」

ノーヴェ師匠が心配そうに問いかけた。

「ううん…なんでも、ないよ、ノーヴェ」

そう言ってヴィヴィオははぐらかし、練習を再開。

しかし、その後も何度も写輪眼を発動し、念話で注意する事が続く。

ボロが出る前にと今日の練習は終わりにしてもらった。

まったく、ヴィヴィオ自身が制御が出来てないんじゃどうしようも無いよ。

自分で写輪眼のオン・オフの切りかえれるように特訓しなきゃかな?

こ、これは緊急事態で仕方ないし…アオお兄ちゃんに怒られないよね?


さて、数日ヴィヴィオの写輪眼制御に付き合ってたんだけど。

「だめじゃん」

「うー」

もはや無意識に予想以上の速度で迫る攻撃に反射するように開眼してしまっている状態だ。

今までは精孔が開いてなかったから体内のオーラがうまく回らずに使えなかったようだが、念を覚えた今、どうやら写輪眼へのパスが簡単に繋がってしまうようだ。

予想内の攻撃には何とか使わずに居られるようだけれど、DSAAの舞台でどうなるか、激しく不安です。

「これはもう、方向性を変えるしかないんじゃないかな」

「方向性?」

「要はバレなきゃいいんだから、クリスに手伝ってもらって眼を覆うような何かを着けるとか?」

「アオお兄ちゃんみたいに?」

「そう。アオお兄ちゃんみたいに」

アオお兄ちゃんのバリアジャケットには目元を覆うバイザーが着いている。

何のための物なのか。それは今のあたし達を見れば一目瞭然。

写輪眼を隠すためだろう。

「クリス、お願いできる?」

ピッと敬礼したクリスはヴィヴィオの左目を覆うようにバラを象ったかの様な造形のアイパッチが現れた。

「ヴィヴィオ、それって見えてるの?」

「見えてるけど、どんな感じ?」

あたしはカバンからコンパクトを取り出すとヴィヴィオに渡した。

「こ、これは…」

「くくくっ…似合ってるよ…ヴィヴィオ」

「ほ、ほんとに?」

「う、うんー」

あたしはあわてて目をそらした。

だって…ねぇ?

うーうー唸っていたヴィヴィオだが、仕方ないかと諦めたようだ。

「ただ、早く写輪眼にも慣れないと、いつまでもその眼帯が付きまとう事に…明日からの練習中にもそれをつける言い訳も考えなきゃね」

「そ、そんなー」

だって、仕方ないじゃない。

いつもあたしが練習相手が出来るわけじゃないんだし。

「そ、そう言えばさ」

「何?」

「実は聞きそびれてたんだけど」

「うん」

「写輪眼の能力って何?」

………え?

「言ってなかったっけ?」

「聞いてないよー。能力は置いといてってリオが言って、そのまま置いておかれたんだよ」

そうだったっけ?

「写輪眼の能力はその鋭い洞察力でのあらゆる技の看破とその模倣だよ」

「えっと?」

「簡単に言えば、相手の動きがどんなにすばやかろうが見失うことはないし、相手の技を見破り、そして真似出来るの」

あたしの言った言葉に信じられないと言った感じのヴィヴィオ。

「え、何?そのチート能力…」

「チートって」

「だってそうでしょう?じゃ、じゃあリオは一度見た技は直ぐに真似できるって事?」

「資質や自身の技量の問題も有るから魔法系や忍術系は全部が全部模倣出来る訳じゃないけど、体術系はだいたいね」

得意不得意や自分じゃ資質的に無理な事は多々あるしね。

「とは言っても、ヴィヴィオも持ってるじゃない」

「あ、そっか…」

「ヴィヴィオ、今からあたしがやる事を左目を閉じて見てて」

「う、うん」

あたしは素早く火遁豪火球の術の印だけを組む。

「今の覚えられた?」

「何をしているのか分からないんだもの、覚えられるわけないよ」

「じゃあ今度は左目も開けて、写輪眼を使って見てみて」

「うん…」

もう一度、火遁豪火球の術の印を組む。

「今度は出来るよね?」

「え?あっ………うん」

そう言ってゆっくりだけど印を組んで見せたヴィヴィオ。

「こんな感じで相手の技を覚えてしまうんだよ、その眼はね」

「ち、チートじゃ…」

「だねー。写輪眼を使って技の型を覚えると、あたし的には上達が早かったかな」

「そうなんだ…」

「とは言え魔法じゃないから、DSAAじゃ極力使わないようにね」

「が、がんばる…」

写輪眼の制御が予選までに間に合えばいいんだけどねぇ。



あたしは今、なのはさんに連絡を取って外のカフェで待ち合わせをしている。

待ち合わせ時間よりも少し早くなのはさんは到着し、先に入っていたあたしの席まで店員に案内されてくると向かい側に着席した。

簡単にコーヒーを二人分頼むと、品物が出てくる前に本題に入った。

「あの、なのはさん」

「なぁに?ノーヴェ。ヴィヴィオに何か問題でもあった?」

ヴィヴィオについて聞きたいことがあるとなのはさんを呼び出したのだ。

当然の推察だろう。

「はい…最近、練習中に時折ヴィヴィオの集中が切れるみたいで…いや、違うかな…何かを隠そうとあわてていると言った方が正しいですね」

「隠し事?ヴィヴィオが?」

「はい、それで気になって注意深く見てたんです」

「それで?」

「ヴィヴィオが何か焦った様にそわそわした時、ヴィヴィオの左目の虹彩が歪むんです」

「左目…」

「おかしいなと思ってジェットに記録させていたんですけど…」

そう言ってあたしは空中にウィンドウにヴィヴィオの静止映像をジェットに出してもらう。

「これは…」

息を呑むなのはさん。

元々ヴィヴィオの左目は赤い色合いだが、それが発現したときはさらに赤くそまり、変な模様が浮かび上がっていた。

「たぶんこれを隠そうとしてるんだと思いますが、ついには練習中に眼帯まで着けちゃって…これが何か、なのはさんは分かりますか?」

「……知ってる…でも何で?封印したはず…」

封印ってなんだろう。

と、その時店員がコーヒーを持ってきて直ぐに下がった。

コーヒーを一口すすり、そう言えばと切り出す。

「リオの方も何かを知っている感じでした。ヴィヴィオに変化が起こると、それを念話で注意していたように感じましたし」

「リオちゃんも?」

「はい」

何かを考えるなのはさん。

しばらくしてようやく結論がでたようだ。

「すぐにリオちゃんを呼んで私の方で話を聞いてみるよ」

どうやらあたしには話せない類の話らしい。

「…お願いします。なのはさん」

あたしには解決できない問題に、口にしたコーヒーがいつもより苦く感じた。

「それともう一つお願いがあります…」



夜、大事な話があると、高町家に呼ばれたあたし。

パパやママには話せない内容なのか、なのはさんが送り届けると言ってパパ達には帰ってもらった。

リビングのソファにヴィヴィオと横並びに座り、正面にはなのはさんが座る。

大事な話っていったい何でしょう?

「今日、ノーヴェに会ったんだけど、その時ヴィヴィオの様子がおかしいって聞いたの。ヴィヴィオ、ママに何か隠してるよね?」

ちょ、直球ですね、なのはさん。

「うっ…なんにもないよ?隠し事なんてしてないよ、なのはママ」

ヴィヴィオーっ!もう態度で何か隠している事バレバレだからっ!

なのはさんはふーっと一息ついてから話を続けた。

「ノーヴェからこんな画像も貰ってるんだけど」

そう言って見せられたのはヴィヴィオの顔のアップ。

その左目には三つ巴の勾玉模様。

ばっ!バレてるーっ!

「っあ…」

動揺するヴィヴィオ。

かく言うあたしも動揺しているけどね。

「これが何だかヴィヴィオは知ってるの?」

問い詰められたヴィヴィオは少しの沈黙の後、意を決して答える。

「りゅ…竜王の特殊能力…です」

その答えになのはさんは苦い顔をした。

「…その眼は写輪眼って言うの。能力は全ての術の「ちょっと待ってくださいっ!」かっ…なに?リオちゃん」

あたしはなのはさんの発言に驚き、大声でなのはさんの会話を切ってしまった。

だって、なのはさんがその名前を知っていた事が意外すぎてびっくりしちゃったんだもの。

「なんでなのはさんが写輪眼の事を知っているんですか?」

「リオちゃんも知っているんだね。写輪眼の事…」

「はい…」

「そっか。ねえ、二人とも。二人は念法って知ってる?」

ビクっ

なのはさんの口から出たさらに予想外な言葉に体を強張らせたあたしとヴィヴィオ。

「そっちも知ってるんだ?と言う事は、二人は念を使えるのかな?」

その問いにあたし達は沈黙で答える。

「まあ、リオちゃんは使えるのは当然として、ヴィヴィオはどうして?」

あれ?どうしてなのはさんはあたしが念を使える事を当然だって言ったのだろうか?

「…あ、あの…」

どうしようかと戸惑って、結局話す事にしたヴィヴィオ。

「ちょっと前にアオお兄ちゃんに教えてもらいました…」

「アオお兄ちゃん?…アオお兄ちゃんってあの?」

「はい…」

「でも、アオくんは自分達の世界に帰ったからもう会えないはずでしょ?…うん?…もしかしてジェラートさんってあの時のわたしなのかな?そう言えば映画の最後にアオくんに手伝ってもらってるって言ってた気が…」

なにやら自己完結しているけど、自己完結されたのでこっちは意味不明です。

「アオくんに会ったの?なのはちゃんやフェイトちゃん、ソラちゃんとも?」

「うん」
「はい」

もう確信されちゃってるから嘘を言ってもしょうがないと肯定する。

「なるほど…どうしてアオくん達がそんな所に居るのかは聞きたい所だけど、今は置いておいて。
その時にヴィヴィオは写輪眼がどう言う物かアオくんから聞いたの?」

「んー、聞いてないよ」

「あれ?アオくん、ヴィヴィオが写輪眼を持ってる事を忘れちゃってるのかな?それとも単純に伝え忘れちゃったとか?」

と言うか、なんでアオお兄ちゃんはヴィヴィオが写輪眼を持っている事を知っているのだろうか。

「なのはさんはどうして写輪眼の事を知っているんですか?」

「…ヴィヴィオがね、写輪眼を使える事は分かってたんだ。だから、アオくん達が帰る前にわたしが彼らにお願いして教えてもらっての」

「そうなんですか」

さて、となのはさんは真剣にヴィヴィオに向き直る。

「ヴィヴィオ、その写輪眼はとても危険なものなんだ。使い続けると体に異常をきたすかもしれない」

「そ、そうなの?」

そう言ったヴィヴィオはあたしの方を向いた。

「あれ?なんでヴィヴィオはリオちゃんに聞くの?」

「だって、リオも使えるし…」

ヴィヴィオーっ!?

「え?リオちゃんも写輪眼が使えるの?何で?」

写輪眼の事を知っているようだからと心の中でアオお兄ちゃんに言い訳をしてからあたしは観念して話し出す。

「あたしは竜王の子孫ですから」

「竜王の…本当に?」

「物的証拠があるわけじゃありませんが、アオお兄ちゃんが言うのでたぶん間違いないかと」

「そっか…アオくんがねぇ。なるほど、リオちゃんの事もあるからアオくんはわたしに全てを教えてくれたのかもしれないね」

そっか、そう言えばなのはさんは機動六課のメンバーだったんだ。

だから、きっと六課に厄介になったあたしとの繋がりも出来るかもしれないとアオお兄ちゃんは思ったんじゃないかな。

「その時にね、ヴィヴィオは使うと危ないかもって言われたんだけど…ヴィヴィオ、体は大丈夫なの?」

「うーん…使うと少し疲れるけど、特に問題はないよ」

「そう…どういう事なんだろう?」

「それは多分ヴィヴィオが念を覚えたからだと思います」

「念を?」

「はい。今までは写輪眼に使うエネルギーを生み出せなかっただけじゃないかと」

「なるほどね、確かにそうかも知れないね。今度アオくんと会うことが有ったら聞いておかないと」

「はい。夏休みに会えると思うので、その時にあたしが聞いておきます」

そう答えたあたしになのはさんは、お願いねと返した。

「ねえ、二人とも一度写輪眼を使ってみてくれないかな?」

「え?」

「良いですけど…」

あたしとヴィヴィオは戸惑いながらも写輪眼を開眼する。

「わ、リオちゃんは両目なんだね」

むしろあたしは片目だけの発現のヴィヴィオの方が珍しいと思うのだけど。

「写輪眼の能力は知っているよね、言ってみてくれる?」

なのはさんの問いに先日ヴィヴィオに説明したように返す。

「そっか…うん、それなら大丈夫そう。ノーヴェが心配してたんだよ」

何が大丈夫なのでしょうか?

そんな疑問を受け付けないと言うようにノーヴェ師匠が心配していたと続けたなのはさん。

「ノーヴェが?」

「うん、何かヴィヴィオが隠し事しているようだって」

「ノーヴェ…」

心配してくれていたノーヴェ師匠に感謝しているヴィヴィオ。

「わたしからノーヴェにはうまく伝えておくから。ヴィヴィオは出来るだけ写輪眼を使わないようにね」

「はーい」

「それからリオにもお話があったんだ」

「あたし?」

いったい何でしょう?

「四人の内1人だけDSAAに出ないみたいだからって、ノーヴェが気にしていたの。戦う事が嫌いならば気にしないんだろうけれど、リオは違うようだから」

確かに、戦うのが嫌いと言う事は無いかな。…だけど。

表情を曇らせたあたしからなのはさんは何かを感じ取ったようだ。

「そっか、リオちゃんの目標はアオくん達なんだね。もしかしてアオくんからいろいろ教わったのかな?」

「はい」

「なるほど、魔法だけじゃ、リオちゃんの実力の半分って訳だ。だから、DSAAには出ないと」

「そうなりますね。全力で参加している他の参加者に失礼ですし…そして多分、あたしの全てで相手をするならば一対一の魔導師戦には9割負けないってアオお兄ちゃんが言ってました」

幻術系の忍術で終了するだろうってアオお兄ちゃんは言っていた。

「…残りの一割は?」

そう、ヴィヴィオが問いかけた。

「弾幕で距離を取られて魔力量で押されると勝てないかもって」

もしくは五感を感じない人間とかかな。

幻術は感覚器官に訴えるものだから、それが鈍い相手には通用しないかも。

とは言え、それは結局個人の戦闘に置いてだ。

一対多で囲まれれば負けるし、戦艦に個人で立ち向かえるほど強くは無い。

物量には勝てないよ。

「つまり、天敵はわたしみたいなタイプなんだ」

と、なのはさん。

「そうなりますね」

ある意味なのはさんは大艦巨砲主義を地で行っているので、相性的には良くないのは確か。

話がそれたので元に戻す。

「まあ、そんな感じなので、ノーヴェ師匠には悪いんですがDSAAには出る気は無いです。それにあたしの夏休みは予定がいっぱい詰まってますし」

「予定?」

「はい。アオお兄ちゃんに会いに行ってきます」

「そっかー、もしかしてヴィヴィオも?」

「行けたら良いなって思ってるけど…なのはママ、行ってきてもいい?」

その言葉に少し考えてから答えたなのはさん。

「まあ、地球のことわざに『かわいい子には旅をさせろ』って言うのもあるし、行っておいで、ヴィヴィオ」

「ありがとう、なのはママ」

「でもその前にDSAAがあるよね。結果次第では行けないかもよ?」

「うぐぅ…行けなくなる事を喜べば良いのか、悲しめば良いのか…」

喜べば良いんじゃないかな?

そんな感じで何とかヴィヴィオの問題は解決…してないよね?

写輪眼の制御にもう少し時間をとらないとと言う事でその日の用件は終了。

なのはさんに送ってもらって家に帰った。


数日たって、あたしは今、なのはさんの頼みでヴィータさんのお弟子さんの模擬戦に付き合うべく、練習場に来ています。

練習場と言っても、都市部のスポーツジムのようなところではなくて、海岸の閑散とした砂浜ですが。

そこに付き添いもかねてなのはさんに送られて来たあたし。

いつものメンバーは居ません。

目の前の簡素なリングの上にヴィータさんとザフィーラさん。そして同じ年くらいの女の子が居ました。

薄茶色のショートヘアで練習着に身を包んだ女の子があたしに向かって自己紹介と挨拶をしてくれた。

「あ、あのっ!ミウラ・リナルディです。今日はよろしくお願いします」

ペコリと頭を下げたその子にあたしも急いで自己紹介を返す。

「リオ・ウェズリーです。こちらこそよろしくお願いしますね」

「はいっ」

「おーう、お前ら。自己紹介も済んだ所でルールを説明すっぞ」

そう言って間に入ってルールの説明をし始めたヴィータさん。

どうやらDSAAルール準拠で模擬試合を行うらしい。

「わりぃな、つき合わせちまって。DSAAも近いからな、ミウラに年回りの近い相手の練習相手が欲しかったんだ。そんな話をなのはが(うち)に来たときにこぼしたらお前が空いてるって紹介してくれたんだ」

引き受けてくれてありがとうとヴィータさん。

「いえ、別に構わないのですが…あたしなんかで良かったんですか?」

「お前ぇはあの御神アオの弟子なんだろう?…あいつはすげー強かったぞ」

そう言えばヴィータさんも機動六課の…

「…そうですね。ミッドチルダであの人達の技術を受け継いでいるのは自分だけだって言う自負はありますっ!」

「そうか…
それじゃ、始めるぞ」

「「はいっ!」」

試合開始の宣言にあたしとミウラさんの声が重なった。

「行くよっ!ソル」

「スターセイバーっ!」

『『セットアップ』』

お互いにデバイスを起動し、LIFEはお互いに15000。

レフェリーはザフィーラさん。

「始めっ!」

ヴィータさんのその声を合図にあたしは地面を踏み込んだ。

それじゃまずはあたしの十八番。

「木の葉旋風っ!」

「はっ、速いっ!」

ミウラさんが上げたガードよりも速く、空中回し蹴りがミウラさんの体に突き刺さる。

「がはっ…」

「…からのぉっ!リオスペシャル2!」

そのまま蹴りの連撃。

最後はかかと落としでミウラさんを地面に沈める。

ダメージは5450。

うーん、もうちょっと行けると思ったんだけどねぇ。

ミウラさんがダウン判定であたしの追撃は許されないので彼女から距離を取る。

「カウントっ!…1、2、3…」

「ミウラーっ!起きろっ!まだ何もして無いだろうが馬鹿ーーっ!」

ヴィータさんの激が飛ぶ。

「うっ…くっ…」

辛そうに吐息を漏らしながらも、立ち上がったミウラさん。

ミウラさんが構えたのを確認して試合再開。

「行きますっ!」

勢い良く踏み込んでそのコブシを繰り出す。

二撃、三撃とコブシを繰り出したミウラさん。

「わっはやいっ!」

バックステップでかわすと、今度はそのまま軸足で飛び上がり、蹴りが飛んでくる。

「空牙っ!」

ちょっ!

体勢が悪く、ちょっとかわすのは難しいかな…

あたしは右ひじを立てて、ミウラさんの左足での攻撃をガードする。

「くっ…」

ガードした上からでも伝わる強烈な威力にあたしのLIFEが削られる。

ガードはしたもののその威力で吹き飛ばされるあたし。

ながれに逆らわず、受け入れる事によりそのダメージを軽減する事に成功した。

ダメージは1340。

危なかった。

威力を殺さなければ右ひじの骨折エミュレートくらい貰ってもおかしくない威力だったし。

すばやくダメージを確認して身構えるとミウラさんは着地して身構え、魔法行使に移ろうとしている。

「いくよっ!スターセイバーっ!!」

『ソード・オン』

あたりの魔力がミウラさんの両足に食われるように集まっていく。

集束攻撃!?

直感でそう感じ取ったあたしは身構える所か地面を蹴ってミウラさんに向かって距離を詰める。

「え?ええ!?」

まさか集束中に攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったのだろうミウラさんがあわてて迎撃しようとするが、ちょっと遅いよ。

技の発動初期で行動が束縛されていた一瞬でミウラさんの懐に入り込み、あごを蹴り上げ、彼女の体を宙に飛ばす。

今のでクラッシュエミュレーションで脳震盪あたりを引いてくれるとさらにありがたいが、今はあたしも追うように地面を蹴ってさらに彼女を蹴り上げる。

「かっ…はっ…」

そのまま空中で背後にポジショニングして拘束する。

「なっ!?バインド!?」

そしてあたしはミウラさんを引っつかみ、諸共地面にまっ逆さまに落下する。

『表蓮華』

あたしのリオスペシャル1はこの技の劣化だ。

ドドーーーンッ

砂埃が宙を舞う。

立ち上がったあたしだが、少しよろけてしまいそうになる。

ぐっ…魔法で身体強化してあるけれど、この技は負担が大きい。

「勝者、リオ・ウェズリー」

ザフィーラさんの声でヴィータさんがリングインしてミウラさんに近づいていきます。

「おい、ミウラ、大丈夫か?しっかりしろ」

へろへろになりながら立ち上がるミウラさん。

「だ、だいじょうぶれふ…あ、その…試合は?」

「お前ぇの負けだよ。今回の試合はミウラにいい所は無かったな。しかし、課題が浮き彫りにされた感じだ。分かるか?」

「あ、はい…抜剣の集束時間を待ってくれる敵が居る訳ないって事ですね…」

「ああ、そうだ。お前ぇの抜剣はその威力は申し分無いが、集束魔法だから、1プロセス置く事になっからな。今回はそこを突かれた感じだ…だが、大会上位者でもなけりゃ普通はそんな事できはしねぇんだが…」

そう言ってあたしの方に向いたヴィータさん。

「あの御神アオの弟子だ…普通なわきゃねえか…」

え?その納得の仕方ってどうなの?

確かに、相手の技は出される前に潰せば安全とか、予備動作を待ってあげる必要性はないよ、とかそんな事を言ってる人たちだったけど。

だから、今回も集束魔法だと思った瞬間潰しにかかったんだけどね。

「えと、御神さんって?」

「昔、少しの間だけあたしらと一緒にいた奴だ。恐ろしく強ぇ奴だった」

「そんな方の弟子なんですか…今度のDSAAには参加なされるんですか?」

こちらを向いたミウラさんがあたしに問いかける。

「んー?友達は出るけど、あたしは出ないよ」

「どうしてですか?そんなにお強いのに…」

「いろいろ事情があるんだよ、あたしにも」

「そうなのですか…」

さて、回復も済んだので二戦目に突入する。

突入する前にヴィータさんからミウラさんの抜剣を使わせて欲しいと言われました。

なのでなのはさんにコソっと耳打ちします。

「なのはさん」

「なぁに?」

「写輪眼使ってもいいですか?もちろん、バイザーで隠しますから」

「え?なんで?」

「せっかく大技を見せてくれるようですので、コピーしちゃおうかと。練習に付き合っているんだから、そのくらいの役得はいいですよね?」

「う…うーん…。まぁ、いいのかな?」

うん、なんとかなのはさんからの了承も取れたし、ソルに頼んでバイザーを装備する。

「バイザーですか?」

「はい」

それ以上は互いに語らず。

「スターセイバーっ!」

『ソード・オン』

どうやらはじめから本気の大技のようである。

おそらくヴィータさんからの指示であるだろう。

恐ろしいくらいの魔力がその四肢に集束して行っているのが分かる。

「行きますっ!」

そう言って地面を蹴った瞬間ミウラさんの体がブレたように感じた。

はっ…速いっ!先ほどよりも、ずっとっ!

写輪眼じゃなければ追えないかもっ!

「飛燕っ!」

集束した魔力を上乗せしての空中回し蹴り。

集束打撃。

その攻撃の威力は半端な防御なんてたやすく打ち破るだろう。

あたしは身をかがめ、前に出る事でその攻撃を回避する。

「わっとと…」

空振りの後、すぐに振り返り、再び集束を開始するミウラさん。

『ソード・ドライブ』

構えるミウラさんがさらに集束率を上げていくのが分かる。

「四天星煌…天破の型」

踏みしめた右足から魔力が迸り、空気を揺らす。

「抜剣…飛龍っ!」

蹴り上げた足から魔力砲もかくやと言った魔力の塊が打ち出される。

横に避けるともう一発と撃ち出されたそれを今度は高くジャンプして避ける。

しかし、それを見て強化された脚力で地面を蹴ると、追撃せんとあたしに空中で肉薄するミウラさん。

「はあああああっ!」

連打の応酬。

あたしは写輪眼で見切り、何とか正確にすべての攻撃をガードするが…

「う…くっ…」

伊達に集束打撃ではないらしい。

ガードをしてもその威力を殺しきる事は出来なかった。

最後は先ほどあたしがしたように空中でさらに蹴り上げられ、あたしを追い越し、フィニッシュ技を放つ構えのようだ。

「一撃必堕ッ……天衝星煌刃っ!」

集束魔力の全てを込めて打ち下ろされた蹴り。

「ソルっ!」

『チェーンバインド』

ジャラジャラと伸びる鎖のような拘束魔法。

「なっ!?バインドッ!」

蜘蛛の巣のように張り巡らされたそれで蹴り出された足を拘束するが、その威力はすさまじく、拮抗するも数秒が限度だろう。

が、しかし。その数秒で直線打撃軌道からははずす事は出来るはずだ。

ガチガチと今にも引きちぎられようとしているバインド。

「はああああああっ!」

裂帛の気合で引きちぎろうと力を込めた彼女はついにその拘束を打ち破る。

「やあぁーっ!」

しかし、次の瞬間、あたしは彼女の攻撃をひらひらと舞う木の葉のようにすり抜けた。

ドドーンっ…

目標を失ったミウラさんの攻撃は地面をえぐり終息した。

真下を見れば軽くクレーターが出来ている。

「いっ…威力高すぎでしょう…」

しかし、大技は消費も激しいようで、ミウラさんも肩で息をしていた。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「大技の連発…流石にやべぇか?」

ヴィータさんがこれ以上の試合は止めようと思案している感じだ。

「まだ…まだもう少しだけやらせてくださいっ!まだ…もう少しだけ、お願いしますっ!」

「…これ以上はダメだってあたしが思ったら直ぐに止めるからなっ!」

「はいっ!」

「リオさんももう少しお付き合いお願いしますっ!」

「はっ、はい…!」

真剣なまなざしで懇願されてあたしはつい了承してしまった。

互いに地面に足を着き、構える。

『ソード・オン』

またしても集束を開始するミウラさん。

「専用デバイスが無いから劣るだろうけれど…」

そう言ってあたしは魔法を行使する。

「あいつ、まさかっ!?」

「集束打撃?」

驚きの声を上げるヴィータさんとミウラさん。

今までずっとミウラさんの攻撃をこの写輪眼で見てきた。

集束方法にその使い方…

魔力を四肢に集束する。

「くっ…負けませんっ!」

「あたしだってっ!」

互いに魔力を集束し、強攻撃の一撃を繰り出すべく互いに駆け出した。







何回、何十回となく打ち合ったあたし達も、ついには魔力と体力の限界が近づいた。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「はぁ…うくっ…はぁ…」

互いに息が上がる。

集束攻撃同士の打ち合いは消耗も激しく、お互いの体力を奪った。

「きゅーっ…」

「ミウラっ!」

駆け寄るヴィータさんが倒れこむミウラさんを抱きとめる。

集束攻撃をあたしよりも多く使用した分だけ、ミウラさんの消耗の方が多かったらしく、気絶したようだ。

「悪かったな、今日は付き合ってもらって。お礼はまた今度ケーキでも持って伺わせて貰うから、今日はここまでにしてくれねぇか?」

ヴィータさんの表情は優しいもので、よく頑張ったなと心の中で褒めているのではないだろうか。

「あ、はい」

「なのはも悪かったな。悪いついでにリオの事を送ってくれると助かる」

「あ、うん」

「今日の事でこいつはもっと強くなれる。本当にありがとう」

「協力、感謝する」

そう感謝の言葉を述べたヴィータさんとザフィーラさんは大事そうにミウラさんを抱えると、家路を急いだ。

「帰ろっか」

「はい」

なのはさんに送ってもらって帰路に着いたあたし。

「ねぇ、どうだった?今日の試合」

帰り道でなのはさんい問いかけられた。

「そうですね。ミウラさん、すごく強かったですね。それにすごく勉強になりました。魔法にはまだまだあんな使い方があったんですね」

「うん。そうだね。集束打撃なんて、わたしでもあんなにうまくは出来ないよ」

へぇ。集束魔法の使い手のなのはさんを持ってしてもなんだ。

「どう?DSAAに出てみたくなった?結構良い経験になると思うんだけどな」

あ、そっちに話を持っていくんだ。

「…少しだけ考えて見ます」

「うんうん。それが良いと思うよ」

その後は他愛の無い話をしている内に家へとたどり着いたのだった。



なのはさんに言われ、考えてみたけれど、答えは出せず。そのままずるずると月日は過ぎて、結局不参加でDSAAの地区予選が始まる事になった。

ヴィヴィオ達はいい所までは皆勝ち上がったけれど、結局地区予選を突破できずに敗退してしまったのだが、それでもその経験はヴィヴィオ達の中で大きなものとなったのだろう。
 
 

 
後書き
本当は、リオINフロニャルド その3 なのですが、番外編なのに結構長くなり、分割したらフロニャルドまで行けなかったので、Vivid編 その2 と言う事でお願いします。
次回はINフロニャルド編になると思います。 

 

番外 リオINフロニャルド編 その3

「うーん、明日から夏休み。フロニャルドに行けるのは嬉しいんだけど、やっぱりくやしいよー」

一学期の終業式が終わり、皆でカフェでお茶をしていると、燃え尽きた後にだれだれになってそうぼやいた。

先日の地区予選の敗退が悔しかったのだろう。

ヴィヴィオの言葉にズーンと同じように突っ伏したコロナとアインハルトさんの二人。

「それより、コロナとアインハルトさんはちゃんとご両親に長期旅行の許可は取ったんですか?」

「私は…はい、ちゃんと許可は取りました」

アインハルトさんは流石年長者。しっかりしてるね。

アインハルトさんの肩に乗っているこの間からアインハルトさんの相棒になったアスティオンもコクンとうなずいている。

八神さん達に造ってもらったと言ったアインハルトさんのデバイスは豹のぬいぐるみ外装なのだけど、ヴィヴィオもウサギだし、流行っているのかな?

「わたしも大丈夫。ちゃんと無人世界カルナージで二週間の強化合宿をヴィヴィオ達としてくるって言っておいたから」

コロナも大丈夫と、それじゃあ後は出発の準備だね。

そのあと必要なものを皆で買いに行く約束をして解散。

後日皆で準備をして無人世界カルナージへ。

今回は行きの引率として八神さん一家が同行している。

たぶん、あの映画に出てきたリインフォースさんに会うためだろう。

なのはお姉ちゃんが会わせてあげるって言ってたからね。

まぁ、今回の事で一番説得に時間が掛かったのは実は両親よりもノーヴェ師匠達なんだけど…

どうやら夏休み、みっちりトレーニングメニューを考えてたらしいよ。

終いには自分も行くと言ってきた次第。

それを申し訳なくもなんとか断ってようやく出発の船に乗る事にこぎつけた。

フロニャルドへは連れて行くわけには行かないし、多分アオお兄ちゃんも連れて行かない。

アオお兄ちゃんは人との繋がりを自分がいる世界で完結させたがっているように感じたし、だからこそ今更ミッドチルダでの新しい人間関係はわずらわしいだけじゃないだろうか。

あたし達は偶然にも知り合えた。だからこそ呼んでもらえているだけなんじゃないだろうか…

臨行次元船で四時間。

無人世界カルナージへと到着した。

ここからあたし達はフロニャルドへと渡る事になる。

いつか来たルーテシアさん親子が経営している宿舎へは寄らずに小高い丘の上へと移動する。

時計を確認すると、アオお兄ちゃんとの待ち合わせまでもう直ぐだった。

すると、目の前の地面に魔法陣のようなものが発光して浮かび、その中から人影が三つ現れた。

一つはアオ兄ちゃん、もう一つはなのはお姉ちゃん。そして、最後の一つは…

「リイン…フォース…」

「はい…主はやて」

はやてさんはたまらずと駆け出すとリインフォースさんに抱きついた。

「おみ足は治ったのですね」

「そんなん、何年前の話をしてんねや」

そう口では軽口を言っているようだが、二人ともその両頬を涙で濡らしている。

「リインフォース…」

続いてヴォルケンリッターの面々が前にでる。

「将よ、すまん。将には苦労を掛けた」

「いいや。私達はあなたからかけがえの無い、大切な時間と言うものをいただけた。その時間で主を守るのは騎士の幸福」

「そうか…」

その後、ヴィータ、シャマル、ザフィーラと声を掛け…

「あなたが今代のリインフォースだな」

「はいなのです。…リインフォース・ツヴァイと言うのですよ…お姉ちゃん」

「…っ!…私を姉と呼んでくれるのか?」

「もちろんですっ!」

そう宣言するとその小さい体のまますぅーっと飛んで行き、リインフォースの頬に抱きついた。

そっと抱擁した後に、はやてやヴォルケンリッターを掻き分け、最後の1人へと歩を進めたリインフォースさん。その先には所在無さそうに小さくなっているアギトさんの姿があった。

「君は?」

「あ、あたしは…」

「この子はアギト。私らの新しい家族や」

どう答えてよいか戸惑ったアギトにはやてさんがそう説明した。

「そうか。リインフォースだ。よろしく頼む。アギト」

そう言って伸ばされた手はアギトの頭をなでている。

「お、おう…」

それをくすぐったそうに、それでもアギトさんはテレながら受け入れていた。

「わたし達の事、忘れられてるね…」

「みたいだね」

一緒に転送陣から出てきたアオお兄ちゃんとなのはお姉ちゃんがぼやいた。

「あ、あの。お久しぶりです」

あたしの言葉を皮切りにヴィヴィオ、コロナ、アインハルトさんと続く。

「うん、リオちゃんもコロナちゃんもアインハルトちゃん、そしてヴィヴィオも久しぶり」

「久しぶりだな、元気してたか?」

なのはお姉ちゃんとアオお兄ちゃんが挨拶を返してくれた。

感動の再会を邪魔するわけにもいかず、見守る事数分。

「再会も終わったところで、いいかな?」

アオお兄ちゃんが八神一家に向かって話しかけた。

「ええっと…どちら様や?」

「アイオリア・ドライアプリコット・フリーリア。アオでいいよ」

「アオ…さん?…アオ君なんか?」

「それは追求しないでくれると助かる」

しかし、その返答で確信は得ただろう。

「それで。リインフォースの事だけど、どうする?」

「どうって?」

アオお兄ちゃんの質問にはやてさんが聞き返した。

「リインフォース本人の意思、そして君達の考え、両方が一緒に居る事を望んだとして、その為の方法はあるの?」

「それは…」

「俺達に管理局の前に出て行く意思は無いし、面倒事もごめんだ。再生してしまった手前リインフォースには幸せになってもらいたいとは俺も思う。しかし、それで俺達に迷惑が掛かるなら、リインフォースは連れて帰るよ。なにも二度と会えなくなる訳じゃない。リオ達がまた俺達に会う事を望むのなら、数ヶ月に一度は会う事も可能だろう」

アオお兄ちゃんの言葉を聞いてリインフォースが決意したように言葉を発した。

「主。私はもう一度あなたに会えて、成長した姿が見れただけで満足です」

「せやかてっ!リインフォースはそれでええんか?」

「主。私の存在をどうやって管理局に説明するのです?助けられた手前、私は彼らに迷惑は掛けられない」

でも…

だけど…

と、八神一家はどうにかならないかと考えるが、今の現状ではどうにもならない。

「絶対っ!何とかしてリインフォースを迎えに行くっ!せやから、少しの間だけ待っててくれな」

「その手段の中に俺達の事を秘匿する事を忘れないでくれよ」

「も、もちろんや…」

あ、今の受け答えはちょっとは考えてたね…

「さて、行こうか。リインフォースはどうする?二、三日ここにいるか?はやて達もそのくらいの休暇はあるのだろう?」

「私は…」

「リインフォース、時間があるんやったらもう少し一緒に居て欲しい…まだまだ話したい事があるんや」

はやてさんのその言葉にアオお兄ちゃんの方を振り返るリインフォース。

「二日後に迎えに来るよ。それまでは好きに過ごすといい」

「ありがとう。アイオリア」

リインフォースさんのお礼の言葉にうなずきで返した後、アオお兄ちゃんはあたし達の方までやってきた。

「それじゃ、行こうか」

「「「「はいっ!」」」」

元気良く返事を返して荷物を掴み上げると、真下に転移魔法陣が現れた。

「ってぇ!また落ちるのーーーーーっ!?」

「ええええっ!?」

「わああああぁぁぁぁぁっ!?」

「……っ」

真下の地面の感覚が消えると重力に逆らうことなく落下していくあたし達。

転移門を抜けると空中に躍り出たあたし達は今度は混乱することなく浮遊の魔法を行使してゆっくりと地面へ。

天井の蒼に、稜線に掛かる空は紫色。

何処までも続く緑豊かな大地にはビルディングのような建物は無く、中世を思わせる街並み。

「きれい…」

誰とも無くそんな感想が口から漏れた。

前回もきれいだと思ったけれど、今のように心に余裕がある状態じゃなかったからね。

心に余裕があるときれいなものはよりきれいに見えるのかもしれない。

そのまま下降していくと大きな石造りのお城のバルコニーへと着地するコースだ。

隣を見ると同じように浮遊魔法で速度を軽減しつつ並走するアオお兄ちゃんとなのはお姉ちゃんがそのまま降りていく所を見るとあそこに降りろって事だね。

あたし達4人は着いていくようにバルコニーに降り立つ。

「ようこそお客様、フリーリア王国へ。お荷物はこちらへ」

着地すると、あたし達の荷物をさっと音も無く受け取り、運び込んでいくメイドさん達。

「え?ええ!?」

「あ、あの、これは?」

混乱するあたし達はかしずかれたメイドさんにビックリしてフリーズ。

あ、そう言えば今のお兄ちゃんって王子様なんだっけ?

だったらメイドさんくらい居る…のかな?

何とか混乱から立ち直るとアオお兄ちゃんに問い詰めた。

「ああ、異世界からの勇者召喚がどうやら思った以上に認知されちゃっててね、この世界で獣耳をしていない人間なんて居ない。必然的にリオ達を(うち)に招くとなると、異世界人だというのはバレる。だから最初から彼女達には言っておいたのだが…どうやら我が国にも勇者が来ると勘違いしちゃったみたいだね」

戦と言う行事は興行のあと、映像媒体に記録されて市販されるんだって。

春のビスコッティの勇者の活躍はすばらしく、それを見た人たちにはその活躍を褒め称えているそうだ。

「ついでにリオ達が来た時の戦の映像も市販されているからな。リオ達を召喚()ぶって言ったら彼女達の張り切りようと言ったら…この世界では人気者かもしれないよ?」

「「「「ええええええ!?」」」」

アオお兄ちゃんのその言葉には流石にビックリしてしまいました。

その後、応接室に通されるとフェイトお姉ちゃん達がそろっていた。

「久しぶりだねヴィヴィオ、リオ、コロナ、アインハルトも」

「はい、皆さんも」

フェイトお姉ちゃんの挨拶にあたしも挨拶で応える。

「ヴィヴィオ、久しぶり。会いたかったよ」

「あ、はい。わたしもです…シリカさん…」

うーん、なんかシリカさんてヴィヴィオに優しいよね?どうしてだろう。

「コロナもアインハルトもようこそ」

「あ、はい。お世話になります」

「あ、わたしもです。お世話になります」

ソラお姉ちゃんの言葉に返したコロナとアインハルトさん。

その後、ユカリさん、久遠ちゃんとかアルフさんと皆それぞれ挨拶を交わす。

「さて、遥々来て貰った所悪いが、今日は皆でビスコッティに呼ばれている。ミルヒオーレが是非お会いしたいそうだが、どうする?」

「そうなのですか?」

と、ヴィヴィオ。

「どうやらビスコッティ、ガレット両国での小規模の戦を開催するようだ。前回は紹介できなかった勇者とやらを紹介してくれるらしい。時間が合えばとのお誘いだ」

どうする?とアオお兄ちゃん。

本当は直ぐにでもアオお兄ちゃんに修行を見てもらいたかったのだけれど、ミルヒオーレさんに会うのも楽しみにしてたし…時間はまだまだあるよね?

「どうする?」

と、ヴィヴィオがあたし達に問いかけた。

「わたしはミルヒオーレさんに会いたいかな」

「私もです」

「うん、あたしも」

コロナの答えにアインハルトさんとあたしも同意する。

セルクルが引く馬車に揺られてビスコッティへと移動する。

ビスコッティに行くのはあたし達を除けばアオお兄ちゃんとフェイトお姉ちゃん、シリカお姉ちゃんの三人。

その他のメンバーはどうやら少し用事がある様だった。

遠くで剣と剣がぶつかる金属音が響いてくる。

「もう始まってるね」

「いいなー、楽しそうだなぁ。ねぇ、アインハルトさん」

「はい、楽しそうです」

「ダメだよ、今日はウチ(フリーリア王国)は不参加だからね」

フェイトお姉ちゃんがそう嗜めた。

「「「「えええええっ!?」」」」

ビスコッティ陣営の砦の中に招かれて、バルコニーへと案内された。

先にアオお兄ちゃん達が挨拶を終えたようだ。

そしてミルヒオーレさんの視線がこちらに向かう。

「わー、皆さんお久しぶりですね」

「はい、お久しぶりです。ミルヒオーレさん」

歓迎の言葉を掛けてくれたミルヒオーレさんにあたし達も挨拶を返す。

「そしてこちらがレベッカさん。勇者さまの幼馴染さんです」

「あ、あのっ…レベッカ・アンダーソンです。はじめまして」

丁寧に、そして少し緊張からか震えながら自己紹介を返してくれたレベッカさん。

「リオ・ウェズリーです」

「高町ヴィヴィオです」

「コロナ・ティミルです」

「アインハルト・ストラトスと申します」

自己紹介を返し終わると、ビックリしたようにレベッカさんが問いかける。

「あ、あれ?あなた達は耳と尻尾が普通なんですね」

と、レベッカさん

「はい、わたし達の出身はミッドチルダですから。レベッカさんのご出身は?」

そうヴィヴィオが聞き返す。

「ミッドチルダ?そんな名前の国の名前は聞いた事が無いんだけど、姫さま、ミッドチルダってこの世界の国の名前ですか?」

「いいえー、この世界とはまた違った世界のご出身らしいですよ」

「そうなのですか?」

「はいー。そしてわたしがお答えしますが、レベッカさんは勇者様と同じく地球のご出身なんですよ」

ミルヒオーレさんがレベッカさんの代わりに答えた。

「地球…えと、管理外の第97世界だよね、アオお兄ちゃん」

97?と意味が分からないがとりあえずその視線をアオお兄ちゃんに向けたレベッカさん。

「そうだね。それだけ遠いって事だね」

アオお兄ちゃんが肯定する。

「そうですか」

「だけど、数字を使うのは俺は好きじゃないな。あの世界…地球には俺も、ソラ達もそれぞれ少なからず思い入れが有るからね。例え俺たちが過ごした地球ではなくても」

え?

「リオ達の第一世界ミッドチルダ。その世界もこのフロニャルドから見れば下位世界第165世界なんだけど、言われて見てどう思う?」

「下位…世界?」

「165?」

その言葉にショックを受けるあたし達。

自分達の世界は第一世界だと教えられてきたあたし達からしてみればその数字には劣等感を感じる。

それに下位世界と言う言葉も…

「すごく嫌です…」

「うん…」

「そうだね…」

アインハルトさん、ヴィヴィオ、コロナと言葉を零す。

「「「「ごめんなさい」」」」

あたし達はレベッカさんに謝った。

「あああっあの!あたしには意味が良く分からないから謝ってもらう必要は無いというか…」

それでも、きっと理解すれば嫌だと思うから。だから、ごめんなさい。

ごめんなさいが終わると戦場から歓声が響く。

「な、何?」

歓声にモニターを覗くとそこには金の髪の少年が颯爽と登場していた。

「だ、誰?」

「シンク・イズミ。ビスコッティの勇者様ですよ」

ミルヒオーレさんが誇らしそうに紹介してくれた。

モニターを覗くと、ガウくんと攻防を繰り広げている勇者シンクの姿があった。

「わぁ…はじけてるねぇ」

「そうだねぇ」

「正に勇者って感じ」

ヴィヴィオ、コロナ、あたしの感想。

アインハルトさんも無言で頷いている。

シンクさんが活躍していると、ガレットの方にも勇者が現れた。

どうやら勇者召喚で呼ばれたらしい。

え?レベッカさんの知り合い?

二人目の勇者登場にレベッカさんも参戦しませんかと誘うミルヒオーレさん。

しかし、レベッカさんは恥ずかしいのか自信が無いのか拒否したみたい。

「リオさん達はどうします?」

「出場しても良いんですか?」

「前回こちらにお預かりになったお金もありますし、参加費の問題は大丈夫かと」

そのミルヒオーレさんの言葉にあたし達は視線を合わせ、

「是非っ!」

と、そう言って参加の意思を表明した。

「とは言え、午前中の戦はもう直ぐ終わるので、午後の部からですね」

あうっ…

出鼻をくじかれて闘志が不燃焼です。

いいなぁ、楽しそうだなぁ。

それにしても神剣ってなんかデバイスみたいだよね。

あ、なんか両勇者から同時に放たれたすごい砲撃がぶつかった。

うわぁ…拮抗した後にばら撒かれた余波で敵も味方も被弾しているよっ!?

自軍の被害くらい考えようよね…勇者なんでしょう?


午前の部を終えてビスコッティの勇者であるシンクさんと、ガレットの勇者であるナナミを連れたレオ閣下がバルコニーに現れた。

「あ、あれ?耳の普通の人がいるー」

ナナミさんがあたし達を見ての第一声。

「あ、本当だ。もしかしてこの子達が手紙に書いてあった僕が帰ってからフロニャルドに迷い込んだ人達?」

「はい、シンク。彼女達はシンクもビックリの活躍だったのですよ」

「へぇ。今度手合わせをお願いしますね」

そう言ってシンクさんはあたし達の手を1人1人取ってよろしくと挨拶する。

何だろう…この人天然のタラシの素質がある気がします。

幾ら年下とは言えなんて事も無いように手を握るかなぁ?

普通しないよね。

とか何とかしていた時、空から大きなツバメに乗ってリスのような大きな尻尾を付けた女の子が騎士を連れて舞い降りた。

ミルヒオーレさんの声を聞くとクーベルさんと言うらしい。

「この試合ウチも、パスティヤージュも参戦したいのじゃっ!」

と、宣言したのだが…

その実、その来訪の目的はレベッカさんの拉致だったらしい。

拉致と言っても、気に入ったからパスティヤージュにご招待したいらし。

何ていうか、この世界って行動は突飛でも大らかで優しい人が多いよねぇ。


午後の部が始まろうとしている。

戦場の入り口近くで装備を借りて革鎧と短剣を装備する。

「懐かしいねっ!」

「うん」

ビスコッティ軍の歩兵の遊軍として参加。

戦が始まる直前、モニターにクーベルさんが映し出され、レベッカさんの強奪を宣言。

その後、シンクさんとナナミさんの両勇者が奪還を宣言。

なんと戦にパスティヤージュ軍が乱入しての三つ巴の戦いに。

そして戦が始まる。

とりあえず、あたし達は歩兵として進み、迫る敵を倒すべく動こうとしたんだけど…

「…まさか空中戦をする騎兵をビスコッティ、ガレットが共闘して相手にしている状況…この状況でガレット獅子団の相手はし辛いよね」

「うん…」
「確かに…」

あたしのぼやきに同意するヴィヴィオとコロナ。

「私はせっかくの機会です、なんとしてもあのレオ閣下とお相手をしてみたいです」

「あー、ずるいですよアインハルトさん。わたしも戦ってみたいです」

「えーっと、それじゃあわたしはあのジェノワーズの3人と戦ってみたい…かな?」

アインハルトさん、ヴィヴィオ、コロナがそれぞれ戦場での目標を定めた。

「リオは?」

コロナに問いかけられて、うーんどうしようか悩む。

あたしだってレオ閣下と戦ってみたいけれど、既にヴィヴィオとアインハルトさんがやる気みたいだし…ガウくんと再戦とか?

そう考えていると、空中に光が弾け、中から箒に跨った魔法少女が現れた。

「……ねぇ、ヴィヴィオ。あれって何に見える?」

「魔法少女…かな?」

「と言うか魔女じゃない?」

だって箒に跨っているし、おとぎ話に出てくる魔女が現代風にアレンジされた感じだ。

「かっかわいい…」

「本当ですね」

え!?

ガバっと視線をアインハルトさんとコロナに移せばまさかの感動…あ、あれ?あたしがおかしいのかな?

「って言うかレベッカさん!?」

良く見たら箒に跨っているのは先ほど連れ去られたレベッカさんだった。

しかもパスティヤージュの勇者と宣伝されてるし…もう完全に敵って感じ。

空中の自在に飛び回り、手に持ったカードを射出して魔力弾…えっとこの場合輝力弾?…えっと、アナウンサーの実況を聞くと晶術弾?で地上の敵を一方的に撃墜している。

高機動砲撃型。弾幕で押し切るタイプだろうか?

あたしの苦手としている所でもあるし、行って見ようかな。

「それじゃあたしは空に上がるよ。レベッカさんと戦ってみたいしね」

「そっか。それじゃ、ここで解散かな?」

と、ヴィヴィオの言葉で皆散開し、それぞれの目標へと走り出した。

「それじゃ、ソル。あたし達も行くよ」

『了解しました』

地面を軽く蹴ると次の瞬間にはあたしは空を翔ける。

【おおっとっ!?パスティヤージュの独壇場へと翔け上がるあの少女はもしかして以前の戦で大活躍した異世界人かぁ!?】

【ただ今手元に届いた資料に拠りますとフリーリア王国が帰国なさった彼女達を再召喚したらしいです】

【なるほど、どうやって飛んでいるのかは企業秘密だとフリーリア王国の王子アイオリア殿下からのお達しです。
しかし、コレで戦況がまた変わっていく事でしょう。今回の戦は思いも拠らない事ばかりだぁっ!】

実況さんもいつもどおりハイテンションですね。

「レベッカさーんっ」

レベッカさんの進路の手前に躍り出る。

「え?ええ!?空を飛ぶなんて、魔女っ子!?」

「レベッカさんこそっ!」

「ええ!?」

え?気付いてなかったの!?

でもとりあえず今はっ!

「勝負ですっ!」

「はいっ!」

お互いに敵と認めて戦いが開始される。

今回はあたしルールで飛行魔法以外の魔法は封印。

なので、使用するのは輝力っ!

「いきますよー。輝力開放っ!」

あたしの背中に紋章が発動する。

久しぶりの紋章術。

「雷遁・千鳥、ヴァージョン輝力っ!」

あたしの両手に雷に変換された輝力が纏わり着く。

と、いいますか、輝力攻撃は今のところこれくらいしか出来ないんだけどね。

「えええっ!?」

あたしは驚くレベッカさんへと距離を詰める。

「くっ…」

箒の手元のボタンをいじったレベッカさんは、急激に速度をまし、その進路を下方に修正し降下していく。

「なぁっ!」

速いっ!

空中戦闘専用の(のりもの)と言うこともあり、その速度はあたしの最高速度を軽々と越えていく。

うー…足場のある地上なら速度で負ける事は無いのに…

「バレットセット、発射っ!」

下方からまた上昇し、振り返ったあたしの正面へと着いたレベッカさんはポーチから引き抜いた二枚のカードになにやら術式を込めてこちらへと投擲した。

投擲されたカードは空中でそこに込められた輝力をその術式にしたがって開放され、稲妻のようにあたしの手前に展開された。

「わっわわっ!?」

それは雷のように決まった軌道が無く、ランダムにあたしに向かって襲い掛かる。

【おおと、勇者レベッカの繰り出した晶術から放たれたそれはまさしく雷のようだーーーっ!】

迫り来るそれを隙間を縫うように翔け、どうしても避けられないそれは両手の千鳥で切り裂いた。

【かっ…雷を切ったーっ!?】

「ええ!?そんなの有り!?」

レベッカさんが驚いてるけど、有りですよね!

「今度はこっちの番だよっ!」

突き出した右手から竜の頭を象った雷撃が発射される。

「なんのっ!」

直線的な攻撃だったために直線上からすばやく加速して回避したレベッカさん。

今度も遠距離からまたもカードが飛んでくる。

飛び出す雷撃。

だからその攻撃は避けるのが辛いんだけどっ!

「なっ!何で当たらないのーっ!」

「気合で避けてますっ!」

と、強がっているけれど、打ち払い、避けてはいるけれど予想しづらい分いつ食らうか分からない状況。

さらに相手は高機動型で最大速度は相手が上。

【おおっと、勇者レベッカ、弾幕を張ってリオ選手をまったく寄せ付けませんっ!】

さらにあたしの両腕を警戒して絶対に近寄ろうとせず、弾幕を張り続けている。

うわー…これは根比べだよ。あたしが回避できずに被弾するのが先か、レベッカさんの輝力が切れるのが先か。

何か弱点は無いかな?

あたしは冷静に相手の戦力を分析する。

攻撃方法は遠距離砲撃型。

速度は向こうが上。

操作は手元のボタンのようだ。その為速度の上げ下げの度に片手、もしくは両手が使えなくなる。

箒に跨っているという体制から真後ろへの目視は難しそうだ。

高速度の為に進路変更は弧を描かねばならず、旋回性能が悪い。

うーん、一度後ろにつければ速度で離されようとその前に落とせるかな?

うん、それで行ってみようっ!

あたしは右手の千鳥から雷撃弾をレベッカさんの方へと飛ばす。

もちろん、直線攻撃故にかわされるが問題ない。

「ブレイクっ!」

「え?きゃあっ!」

一瞬にして圧縮してあった雷に変換された輝力が開放されて閃光を伴って当たり一面に四散する。

単純な眼くらまし。

だけど、この一瞬であたしはレベッカさんの真後ろへと移動した。

【おおっと、リオ選手、今回始めて勇者レベッカの後ろを取ったっ!】

雷撃弾を複数レベッカさんに向かって射出する。

迫る雷撃弾を錐揉みしながら運良くかわすレベッカさん。

真後ろが見えている訳じゃないから、いつかは当たるとさらに追い詰める。

加速で離されるより先におそらく被弾するだろう。

【勇者レベッカ、これは流石にいつまでも避ける事は出来ないか!?】

「くっ…」

それを避けるために直線上から弧を描いて離脱を試みるレベッカさん。

だけど、これをあたしは待っていた。

弧を描いて旋回したレベッカさんの軌道にあたしは一瞬足元に魔法陣を形成し、勢い良く蹴って直線で距離を詰める。

あ、もしかして今のは魔法かもっ!

まあいいやっ!

「うくっ…」

鋭角に針路変更をしたために体に掛かるGが少しきついけど大丈夫。

「え?ウソっ!?」

捕らえたっ!

と、そう思った瞬間あたしの体を掠めるように一筋の砲撃が放たれた。

たまらず回避すると、レベッカさんはすかさず距離を取った。

誰だと周囲を見渡すと、空飛ぶじゅうたんのようなものに乗ってあたしとレベッカさんが居る空域に乱入してくるリス耳リス尻尾の女の子。

「レベッカーっ!助けに来たのじゃっ!」

「く、くーさま!助かりましたーっ」

クーベルさまの手に持ったマスケット銃のようなものから砲撃が飛ぶ。

【クーベルさまの援護射撃。これで状況は二対一これはリオ選手劣勢か!?】

「わははははっ!どうじゃ、わらわとレベッカのコンビネーションはっ!」

「バレットセット、発射っ!」

あたしを左右から挟みこむように囲い、二人がそれぞれの武器で砲撃してくる。

確かに先ほどよりも回避に余裕が無くなる。

…だけどっ!

後ろからクーベルさんに追われていたあたしは進路をレベッカさんに向ける。

丁度一直線に並び、二人が攻撃を繰り出した気配を感じ取ったあたしは、そのまま空中で飛行魔法をキャンセル。

両手を広げ制動を掛け、重力に惹かれるまま落下する。

「へ?」
「クーさま、避けてーーっ!」

ドドーーーンっ

対象を失った二人の攻撃はあたしを抜いて二人にそれぞれ直撃した。

【なんと、お二人はお互いの攻撃で相打ってしまったっ!】

「ふにゃぁ…」
「きゅー…」

危なかった。レベッカさんが乱入してこなければごり押されて負けてたかもしれない。

やはり空中高機動砲撃型はあたしの天敵かもしれないね。

あのままレベッカさん1人で攻撃するか、もう少し戦場の位置を気にしていたらこんな事にもならなかったんだけど…

とりあえず、撃墜させてもらいます。

「やあああっ!」

ヒュンヒュンと腕を振るい、レベッカさんとクーベルさんを攻撃する。

ビリビリっ

音を立ててその装備が破壊される。

「きゃーっ!」
「む、無念なのじゃ…」

【勇者レベッカ、クーベルさま、両者防具破壊。この戦闘を制したのはどうやらリオ選手のようだっ!】

「ブイっ!」

回転翼(ローター)のついたカメラに向かってピースサイン。

観戦している観客からの声援に包まれた。


さて、そんなこんなで戦も終わり。結果は僅差でビスコッティの勝利。

ヴィヴィオとアインハルトさんがレオ閣下を撃墜したのが結構ポイントが高かったみたい。

どうだった?と二人に聞けば、勝利を譲ってもらったとの事。

レオ閣下ってすごく強いものね。

いつか必ず本気で戦いたいとヴィヴィオもアインハルトさんも言っている。

戦勝イベントの熱気に包まれるビスコッティの街をヴィヴィオ達と眺めた後、その日はもう遅いとあたし達はフィリアンノ城の客室を貸してもらう事になった。

夕食を終えてからあたし達は城の中庭へと移動した。

念の鍛錬を行うためだ。

練習はアオお兄ちゃんが見てくれている。

フェイトお姉ちゃん達はミルヒオーレさんやレオ閣下達と一緒に今頃大浴場だろう。

シリカお姉ちゃんもこっちに参加したかったみたいだけど、フェイトお姉ちゃん達が引きずって行っちゃった。

あたし達もと誘われたが、まずはこっちを優先し、その後に入浴した方が疲れもとれるだろうからね。

「それじゃ、まずは『纏』から」

「「「「はいっ!」」」」

纏から絶、そして練を一通りこなす。

「へぇ、みんなきれいに出来るようになったね」

「ほ、よかったよ」

「よかったー」

「あ、ありがとうございます」

アオお兄ちゃんの褒める声にうれしそうなヴィヴィオ達。

「さて、最初の三つが合格点に達したし、ヴィヴィオ達も新しい事を覚えたくてうずうずしてるだろう」

その言葉にこくりと頷くヴィヴィオ。

それを確認するとアオお兄ちゃんは懐にあった何の変哲も無い巾着のような袋に手を突っ込むとそこから4つのグラスとピッチャーを取り出した。

「い、一体それは何処から?」

たまらずコロナが突っ込んだ。

まぁ、気になるよね。袋の大きさとグラスの容量を考えればどうやっても入らないものね。

「何を言ってる。デバイスの格納領域だって似たような事はできるだろう」

「そ、そうですね」

説明は面倒なのかする気は無いようだ。

だけど、目の前のそれはただの袋だよね?

アオお兄ちゃんは中庭を歩き回り、地面に落ちている木の葉を4枚拾い上げ、グラスにピッチャーから水をつぎその上に木の葉を浮かべ、あたし達に一つずつ手渡した。

「これは?」

アインハルトさんの質問。

「念における四大行。纏、練、絶、そして最後が」

「発…」

あたしの口から漏れた言葉にヴィヴィオ達が「はつ?」と疑問を浮かべた。

「そう、『発』。オーラの操る技術の集大成」

それから念には強化系、変化系、具現化系、特質系、操作系、放出系の六系統有り、それぞれ個人の資質が分かれると説明される。

そして、それをどうやって見分けるのかに関係するのが先ほど渡されたグラスだ。

水見式と言う。自分の念系統を知るための儀式。

「両手でグラスを挟んで『練』をする、その変化で自分の系統が分かる。リオ、ちょっとやってみて」

「はいっ!」

グラスを地面に置いて座り込み、両手で挟み込むようにして、『練』

「えっと、何か起こるんですか?」

変化の無いグラスに戸惑うヴィヴィオ達3人。

「コップの水を舐めてみて」

言われるままに皆人差し指をつけて一滴グラスの中の水をなめる。

「何これっ!」
「あまーい」

「ガムシロップでもそそいだんですか?」

「いいや、ただの水だよ。それは自分のものを舐めてみれば分かる」

言われるままに自分のグラスの水をなめてみた3人。

「本当だ」

「ただの水です」

と、ヴィヴィオとアインハルトさん。

「水の味が変わるのは変化系の証、リオは変化系と言う事だね」

と、アオお兄ちゃんが答えた。

「変化系、オーラを何かに変化させる事に優れている系統。炎や雷と言った現象や、風船のような弾力をオーラに持たせる事も可能。自分に有っていると感じれば、予想外な物への変化も可能だろうね」

「もしかして、あの火の玉って」

「火の玉?」

どういう事とアオお兄ちゃんがこちらを向いた。

「えと、以前オーラの扱いでどんなものかと言う事で火遁豪火球の術をヴィヴィオ達に見せた事が…」

なるほど、とアオお兄ちゃん。

「確かにリオは変化系だし、炎に変換したりするのに向いている。しかし、リオが見せたのは忍術。一定のプロセスを行えば素質有るものならば誰でも行使できる」

こんな風にね、と火遁豪火球の術を行使して見せたアオお兄ちゃん。

「わっ!?」
「きゃっ!?」

「あつっ!」

「ああ、ごめん」

火遁豪火球の術を終息させて謝ったアオお兄ちゃん。

「これとは別に、一概にとは言えないが、一連のプロセスを必要としない能力も覚えられる。そちらの方を俺達は念能力と言っている」

「どう言ったものがあるんですか?」

「まさしく千差万別。人によっては予想外の能力を持っている事もあるから、どう言った物があるとかは君たちの可能性を狭める。言わない方がいいだろうね」

「そう…ですか」

「そう言う事で、次はヴィヴィオ達だよ」

ヴィヴィオの質問に答えると、アオお兄ちゃんが次はヴィヴィオ達の番だと促した。

「「「はいっ!」」」

それぞれグラスに手を添えて『練』をする。

まず見て取れる変化が起きたのはアインハルトさん。

「これは?」

グラスを見るとグラスから水がほんの少しずつ溢れている。

「アインハルトは強化系か」

と、アオお兄ちゃん。

「強化系…ですか。どんな系統なのですか?」

「その名の通り、何かを強化するのに向いた系統だ」

「強化…それは身体強化も含まれるのですか?」

「当然含まれる。強化系に下手な個別能力は必要ないとさえ言われるくらい純粋な強化系は戦闘方面に特化している」

「純粋とは?」

「後で説明するが、系統をそれぞれの頂点とすると、大抵他の系統に多少は寄っているものなんだ。強化系なら放出系と変化系のどちらかに寄る事が多い。アインハルトがどうなのかは今現在では分からないけれどね」

「…そうですか」

さて、次はコロナだ。

「えっと…」

自信なさそうなコロナの声。

「良く見て。葉が揺れているだろう?」

「あ、本当です」

「葉が揺れるのは操作系の証だね」

「コロナらしいね」

とはあたしの感想だ。

巨大なゴーレムを操り、自分の体すら操作するコロナの魔法での操作技術は他者を隔絶しているからね。

「どう言った系統ですか?」

と、コロナ。

「何かを操る能力系統。操る物に限りは無い。人形から人の心まで。純粋な力は弱いが、俺としては一番戦いたくない系統だ」

「…そうですか。でも、わたしらしいのかな?」

最後はヴィヴィオだ。

「えーっと、なんかグラスの中が濁ってきたような?」

「不純物が混ざるのは具現化系だね」

アオお兄ちゃんはもはや三回目と問われるより先に話を続ける。

「具現化系はやはりその名の通り、何かを具現化する能力だ。自分に慣れ親しんだ物の方が具現化しやすいらしいが、具現化した物に特殊能力が付加される場合が多く、応用の幅も大きいね」

「そうなんだ」

「と、皆の系統が分かった所で、さっきちょっとだけ説明した六性図の説明に入るよ」

そう言ってアオお兄ちゃんは六性図の説明を終えると、ヴィヴィオ達はひたすら『発』の練習だだ。

変化が顕著になるまで練習しろとの事らしい。

「えと…どの位の期間この練習が続くのでしょうか?」

期間が指定されなかったために不安を覚えたアインハルトさんが聞いた。

「普通にやったら一月と言った所か?」

「一ヶ月…」

「まぁ、短縮手段も用意してあるから、今日の所はまず頑張れ。念能力の行使の感覚を覚えてもらわないと次には行けないから」

短縮方法ってもしかして…

「リオはこっちだな。『流』の練習に付き合ってやるから」

「あ、はいっ!」

そうして初日の夜は更けていった。
 

 

番外 リオINフロニャルド編 その4

明けて次の日。

「ヴィヴィオー、コロナー、アインハルトさーん」

「も、もう少しだけ…」

「あ、あと五分」

「……zzz」

ダメだコレは…何だかんだで一日目からハードだったからね。

仕方ないから1人で朝食に行くしかないかな。

食堂に向かう途中フェイトお姉ちゃんとシリカお姉ちゃんが先を歩くのを見つけると、走り寄った。

「あ、おはようございます、フェイトお姉ちゃん、シリカお姉ちゃん」


「おはようございます、リオちゃん」

「おはよう、リオ。あれ、リオ1人?」

他の皆はとフェイトさん。

「まだ部屋で寝ています」

深夜を回って部屋に移動してからも『発』の練習をしてたからね。

「昨日は『発』の練習を始めたんだって?」

「はい、慣れない事で疲れもたまったんだと思います」

「そっかー。それじゃもう少し寝かせといてあげようか」

「はい」

フェイトさんの質問に答えると、もう少しヴィヴィオ達は寝かせておく事にして、あたし達は食堂へ。

その後合流したアオお兄ちゃんと一緒に朝食を取ると、アオお兄ちゃんは領主代行の仕事があるらしく、ミルヒオーレさん達と会議だそうだ。

シリカお姉ちゃんは秘書として同行、フェイトお姉ちゃんとあたしは城内を散歩する事にした。

以前二週間滞在したフィリアンノ城。

何処に何が有るかくらいは覚えている。

足を向けたのは騎士団の訓練場。

キィンキィンと甲高い金属のぶつかり合う音が聞こえてくる。

訓練場の中心でエクレとシンクさんが真剣で打ち合っていた。

「リオさん、いらしてたのですね」

あたしがこの世界に始めた来たときにフィリアンノ城までエスコートしてくれた青い髪の騎士が声を掛けてくれた。

「あ、はい。おはようございます、エミリオさん」

「リオはエミリオとは知り合いだったの?」

とことこと、遅れて歩いてきたフェイトさん。

「フェ、フェイトさんもいらしてたんですか」

「うん、アオとリオ達の付き添いでね」

「そうでしたか…あの、僭越ながら我らに稽古をつけて貰えないでしょうか」

「えと、私が?」

「はい、是非に!」

「よろしくお願いしますっ!」

いつの間にか騎士団のメンバーに囲まれて断れる雰囲気ではなくなってしまっている。

「う、うん。分かったけど、今は剣を持ってないんだ」

「直ぐに用意いたします」

そう応えたエミリオさんは、いつの間用意したのか他の騎士から一本の長剣をフェイトさんに手渡した。

「それじゃ、誰から?」

「自分から行かせて頂きます」

そうして始まった騎士団とフェイトさんの模擬戦。

あたしは邪魔にならないように少し離れた所で観戦する。

こちらが騒がしくなるとシンクさんとエクレは模擬戦をやめ、ナナミさん、レベッカさん、リコッタさんと合流、見学するためにあたしの側までやって来た。

「あれ?エミリオ達すごいやる気だね。どうしたんだろ?」

と、シンクさん。

「それはしょうがないでありますよ」

「どういう事?」

ナナミさんがリコッタさんに聞き返した。

「フリーリア王国が四蝶(しちょう)、フェイトさんと模擬戦が出来るでありますから」

「四蝶って?」

今度はレベッカさんが聞き返す。

「フリーリア王国にはすごく強い四人の女性が居るで有ります。いえ…厳密に言えば領主であるユカリさまも居るので五人なのでありますが、フェイトさんと同年代の四人の女性を、その華麗に戦う様子から、いつの間にか四蝶と言われるようになったのであります」

「へぇ、そんなに強いの?」

「尋常では無いくらいなのであります」

エミリオさんの繰り出す剣を時には受け止め、時には弾き、隙を突いて一太刀入れると、エミリオさんは負けを認め、次の騎士へとスイッチする。

「それは一度手合わせをしてみたいね」

そう言うとシンクさんは模擬戦をしている方へと駆け出した。

「あ、こら、幾ら勇者とて、お前程度がかなう相手ではないぞっ!」

「わかってるー」

エクレの静止も何処吹く風。

いや、なにが分かってるのでしょう?

「まったく…」

悪態をつくエクレ。

騎士達に走りより、順番待ちの列に並ぶシンクさん。

「それにしても、本当に強いわね。騎士達がまるで相手になってない」

「はいなのであります。自分たちよりも圧倒的に強いと分かっているので騎士達は全力で挑めるであります。そう言った経験はなかなか出来ないでありますから、これはエミリン達にしてもいい経験になるであります」

と、ナナミさんのつぶやきにリコッタさんが答えた。

「あ、シンクの番だ」

と、レベッカさん。

「本当だ。がんばれーーーっ!シンクっ!」

「おーうっ!」

ナナミさんの声援に声を上げて応えたシンクさん。

しかし、何合かの斬り合いの末持っていた剣を弾き飛ばされてしまったようだ。

とぼとぼとこちらに歩いてくるシンクさん。

「いやー、強かったよ。まるで歯がたたないって言うかさー」

悔しさはあってもそこに妬ましいなどの負の感情は無いようだ。

さて、しばらくすると騎士達の練習も終わり解散する。

あたしはそろそろ起きたであろうヴィヴィオ達を迎えに行って、フェイトさんが付き合ってくれるとの事で念の練習。

裏庭へと場所を移動した。

「さて、昨日は『発』の練習だったんだよね?」

あたし達一同を見渡してフェイトさんが言った。

「はい」

あたし達の返事にうんと一回フェイトさんも頷いてから言葉を続ける。

一応皆で水を入れたグラスを持ってきている。

「あ、今日はそれは使わないから」

「え、そうなんですか?」

そうヴィヴィオの疑問の声。

「今日は一つの忍術を覚えてもらいます。まぁ、本来なら順番が逆なんだけど」

「忍術?」

と、皆訳が分からないと言った表情。

「忍術はオーラを使った技術を画一化したもの。プロセスを踏めば、誰でもとは行かないけれど、同じ効果を得られるものだね」

「それで、何を教えてくれるんですか?」

「影分身の術」

「「影分身の術っ!?」」
「影分身の術?」

フェイトさんの答えに驚いたのがヴィヴィオとアインハルトさん。疑問の声を上げたのがコロナだ。

「あれ?ヴィヴィオとアインハルトはどう言う物か知ってるの?」

「はい、以前になのはさんに教えてもらいましたから」

アインハルトさんが答えた。

「そっか。でもコロナは分からないようだから説明するね」

と、そう言って語った影分身の術の効果。

「え?何そのチート能力…」

「だよねー」

コロナの感想と、それに同意するヴィヴィオ。

「そんな訳で、リオは出来るよね?影分身」

「はいっ!」

「じゃあリオにも今日は先生をしてもらおうかな」

「影分身の術をヴィヴィオ達に教えればいいんですか?」

「印やコツなんかは私も教えるけれどね」

「分かりました」

そんな感じで始まった影分身の術の修行。

とは言え、オーラを意味ある形に行使するのは始めての皆には難しいようで…

「できなーい…」

「おなじく…」

「難しいです…」

「まぁ、高等忍術だからね」

「あーうー…」

「まぁ、出来なかったら出来なかったで地道にやっていこう」

「ちなみに、これを覚えれないと念の習得にどれくらい掛かるんですか?」

アインハルトさんの質問に少し考えてからフェイトさんが答える。

「うーんと…基本の四大行だけなら後一ヶ月くらい?」

「一ヶ月…」

「と言っても、基本だからね。だからってそれだけで戦える訳じゃない。四大行を覚えて始めてスタートラインに立てるんだよ。…まぁ、今そのスタートラインに立つ前にイカサマしようとしてるんだけど…」

イカサマって…

「四大行の他にその応用技があって、その上に念能力や忍術などがある。それらを全て影分身無しでマスターしようとすると…天才で2年くらい?かな」

「二年…」

「だから、ね?がんばろうっ!」

「「「お、おーっ!」」」

意気込み新たに影分身の術の体得に励むヴィヴィオ達。

結局その日に習得する事は出来ず、ミルヒオーレさん達にお礼を言ってアオお兄ちゃん達と一緒に夕方にはフリーリアへと戻る事になった。

馬車の中にて。

「そう言えば、アオお兄ちゃんはミルヒオーレさん達と何を話していたんですか?」

政治的な問題ならば聞いても答えないだろうし、聞いて答えてくれるものならばたいした事は無いだろう。

移動中のほんの些細な会話だ。

「ああ。今度四ヵ国合同戦興行を催す事になってね。その打ち合わせだよ」

「「「「四ヵ国合同戦興行!?」」」」

あ。あたし達の声がハモッた。

「前回の敗戦がとても悔しかったらしい。そこで前々から打診があったのだが、今回ビスコッティ、ガレット、パスティヤージュにそれぞれ勇者が起った事もあってさらにと言う事だろう」

「近年まれに見る規模の戦になりそうですよ」

と、アオお兄ちゃんの答えと、それを補足したシリカお姉ちゃん。

「あの、その戦、わたし達は…」

ヴィヴィオがアオお兄ちゃんに問いかけた。

「召喚者は俺だからな、フリーリアの戦力として参加してもらおうと思っている」

「と、言いますか。三国に勇者が居る状況。我がフリーリアに滞在している異世界人に参加を望む国民は多くなるでしょうし」

「な、なるほど…」

「まぁ、出たくないなら無理する事は無いけど」

「「「「出ますっ!」」」」

またハモッた。

「そっか。それじゃその方向で調整するよ」

「「「「はいっ!」」」」

フリーリアに戻り、次の日。

慣れない城の城内をメイドに案内されながらどうにか食堂へ。

食堂にはアオさん達が揃っていた。

「そう言えば、今まで聞かなかったんですが。ユカリさんは領主さま、アオお兄ちゃんはその息子さんですが、他の人たちはどう言った理由でこの城に居るんですか?」

朝食の席であたしは疑問をぶつけた。

「うーん。一応私は騎士団長としてお城に部屋を貰っているの」

騎士団の人達に稽古をつけていたらいつの間にかと、ソラお姉ちゃん。

「わたしは副騎士団長」

なのはお姉ちゃんが答えた。

「あたしとフェイトちゃんはアオさん付の秘書官兼護衛です。まぁ、アオさんに護衛は要らないかもしれないですけどね」

「うん」

そうシリカお姉ちゃんとフェイトお姉ちゃんが答えた。

「もう皆さん働いてるんですね」

「そうだね。能力があれば必要とされる世界だから、働くのも早いよ、フロニャルドは」

そうアオお兄ちゃんが締めくくった。

朝食が終わると、やはり念の練習。

今回の先生はどうやらソラお姉ちゃんのようだ。

城の裏手にある河原の近くに陣取ってヴィヴィオ達は影分身の練習だ。

あたしはソラお姉ちゃんの影分身と『流』の練習中です。

「はうー…出来ない…」

ヴィヴィオがそうつぶやいて小休憩。

「ヴィヴィオさん、これが出来なければリオさんとの差は縮まる事は無いのですから、頑張りましょう」

「分かってるけど」

「でも、確かに難しいよぉ」

終にはコロナもダレた。

「せめて何か切っ掛けが掴めれば…何か無いですか?」

と、コロナがソラお姉ちゃんに質問した。

「実はこの影分身の習得に躓くのは予想のうちなのよ。だから、当然それを打破する手段は有るの」

「だったら、最初からそれを教えてくださいよっ!」

「まぁ、何事も簡単には行かないと言う教訓だと思いなさい」

「教訓…」

「ですか…」

「さて、まぁ、そろそろ頃合かなとも思ってたからね。皆こっちに来て並んで」

「はい」

言われるままにヴィヴィオ達は横並びで整列する。

「リオにも忍術の全てを教えていた訳じゃないの。今回使用する技は使い方によっては人の尊厳を傷つける危険な技だから。…まぁ、忍術に危険じゃない技なんて少ないけど」

そんなに危険な技なんだ。

「これから私があなた達の体を内側から操って影分身の術を使うわ。その感覚をしっかりと覚えておきなさい。
それと、リオ、こちらに」

「あ、はい」

何だろう。

「この技を使うと自分の体が無防備になるの。倒れるだろうから支えてくれる?」

「はい」

倒れるくらいの技なの!?

あたしにも見せてくれるって事は覚えておけって事だよね。

そう思ってあたしは写輪眼を発動させる。

目線の先のソラお姉ちゃんは印を組むと術を発動させた。

『心転身の術』

「ソラお姉ちゃん!?」

ガクっとふらつき、倒れるソラお姉ちゃんを抱きかかえる。

心音、呼吸音はあるが、意識が無いようだ。

ヴィヴィオの方を見れば、明らかに雰囲気が変わっている。

「ヴィヴィオ…さん?」

アインハルトさんの問いかけ。

「ちがう。今この体を操っているのは私」

「ソラさん…ですね」

「そう。
心転身の術。この術は自分の意識を相手にもぐりこませ、相手を操る術」

「相手を…」

「操る?」

アインハルトさんとコロナがヴィヴィオの口から語られた言葉に驚いた。

「ソラ…お姉ちゃん?」

「うん」

説明されても驚きは抜けない。

「で、今から私がこの体で影分身の術を使う。ヴィヴィオ、何回かやるからしっかり体で覚えなさいね」

そう、ヴィヴィオの口からヴィヴィオへの言葉。

そして。

『影分身の術』

ボワンっと現れるヴィヴィオの影分身。

その後、何度かの影分身の後ソラお姉ちゃんは自分の体に戻り、今度はコロナへと心転身の術を使い、影分身の術を使う。

そして最後はアインハルトさん。

皆にそれぞれ心転身で乗り移り影分身を使うと、その後少しの練習で皆影分身の術を身につけた。

「いい?今回のコレは裏技のさらに裏技なんだからね。こんな事は普通しないんだから」

そう、ソラお姉ちゃんが注意した。

「それじゃ、今日いっぱいは影分身の術の修行だね。へとへとになるまで練習あるのみ」

「が、がんばります」

ようやく成功したとうれしさから一転。結局その日は日が暮れるまでヴィヴィオ達は影分身の修行だった。


夜、あたし達に与えられた部屋で影分身の復習しているヴィヴィオ達。

昼間ソラお姉ちゃんに教えてもらった成果もあって、皆影分身を一体は確実に作り出せるようになっていた。

ヴィヴィオに至っては既に二体まで作り出せている。

作り上げた二体の影分身。

「わ、ヴィヴィオすごいっ!」

それを見たコロナが賞賛した。

「ヴィヴィオは具現化系だからね。影分身は自分に有っているのかもね」

「そっかー」

翌日。

裏庭に集合するあたし達。

今日の先生はなのはお姉ちゃんのようだ。

「さて、それじゃヴィヴィオ達3人は影分身の術をやって見せて」

「「「はいっ!」」」

印を組むと、ポワンと煙が湧くようにもう一人のヴィヴィオ達が現れる。

ついでとばかりにあたしも影分身。

「うんうん、みんなうまく出来てるね。これなら十分だよ」

「ほ、本当ですか?」

と、アインハルトさん。

「うん、大丈夫。それじゃリオ以外の皆は『発』の練習。リオはこっちで別トレーニングね」

「「「「はいっ!」」」」

それからヴィヴィオ達はグラスに水を入れ、木の葉を浮かせると、影分身を使いながら『発』の練習だ。

あたしはなのはお姉ちゃんと対峙し、木刀を二本構え、御神流を教えてもらっている。

これはやはり一度見ただけではどうしようも出来ず、燻っていたところだ。

『貫』は何とかなったけれど、他の技はなかなかに難しいし、相手もいなかったからね。

今回の来訪の目的の一つでもあったので彼女の全てを盗む勢いで写輪眼を発動し、なのはさんと打ち合う。

日が中天を射し、そろそろ昼食。

そして、時間の制限をされなかったヴィヴィオ達がそろそろごねる頃合だった。

「あ、あの。なのはさん、この修行ってどの位すれば良いのでしょうか」

アインハルトさんが問いかけた。

「普通にやって一ヶ月くらいかな。影分身使用しても二週間以上はやらないとね」

「に、二週間…」

二週間と言う答えにアインハルトさんの表情が曇る。

確かに二週間と言えばこの世界にいれる日数のそのほとんどを使う事になる。

「なんとかなりませんか?」

「うーん、影分身以上の効率の良い修行なんて出来ないからなぁ。どうしてもって言うなら滞在時間を増やすとか?」

「それですっ!」

アインハルトさんが大声で言った。

「ど、どれ?」







なのはお姉ちゃんを通してアオお兄ちゃんに連絡を取ってもらい、以前使用したあの空間、『神々の箱庭』を使わせてもらえないかと交渉するアインハルトさん。

「これを?」

そう言って書斎の奥にある神々の箱庭を見やるアオお兄ちゃん。

「はい、使わせてもらえないでしょうか」

確かにあの中なら二週間なんであっという間だよね。

「まぁ、別に良いけど」

「ほ、本当ですか?」

「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」

口々にお礼を言うヴィヴィオ達。

「構わないけど、時間の流れが速いと言う事はその分ちゃんと年は取るよ?」

「う…」

いいアイディアと思っていた3人の言葉が詰まる。

「だ…大丈夫です。二週間くらいなら…たぶん」

「だ、だよね…」

「だといいなぁ…」

あ、それでも行くんだ。

中への引率はそのままなのはお姉ちゃんが引き受けてくれるようだ。

「中には食料の備蓄などはほとんど無いから、なのは、これを持っていって」

「あ、うん」

そう言って手渡されたのはいつかの道具袋。

あの中には一体何が入っているのか…気になります。

さて、皆が箱庭のゲートへと向かう所にあたしも混ざろうとした所、アインハルトさんが待ったを掛けた。

「ごめんなさい、リオさん。今回は私達だけで行かせてください」

「え?」

「ふふっ、リオちゃん、アインハルトさん達の気持ちも考えてあげなきゃダメだよ?」

彼女達の気持ち?

「リオ、悪いんだけど、少し待ってて」

「お願い、リオ」

ヴィヴィオとコロナからもお願いされる。

「わ、分かったけど…」

「まぁ、リオの修行の続きは俺が見てあげるから、裏庭に行こうか」

「うん…」

アオお兄ちゃんにそう誘われたので今回は見送る事になった。

「それじゃ、ヴィヴィオ、コロナ、アインハルトさん、頑張ってきてね」

「うん」

「直ぐに帰ってきます」

そう言ってヴィヴィオ達は箱庭へと吸い込まれていった。

まぁ、確かにヴィヴィオ達は二時間ちょっとで帰ってきたのだからあたしからしてみれば直ぐだった訳だけど、ヴィヴィオ達は『発』の修行をなのはさんから合格点をいただいていた。

そうとう頑張ったらしい。

裏庭で合流したヴィヴィオ達。

さて、あの箱庭の中と外での時間の流れが違う事の弊害。

「次は何を教えてくれるのでしょうか」

「早く次の課題が欲しいです」

「だねー」

……ピンピンしてます。

疲れなんてこれっぽっちもありません。

聞くと余裕を持って一日ゆっくりして来たそうです。

まぁいいけどね。

「次かー。
うーん、次は『凝』になるね」

と、アオお兄ちゃんが答えます。

「「「ギョウ?」」」

「あー…これは俺がやるよりもなのはの方が良いか」

そうアオお兄ちゃんがなのはお姉ちゃんに話を振った。

「だねぇ、アオさんだと変化が大きすぎて逆に分からないかも」

と、なのはさん。

「ああ、確かに…」

そうあたしもつぶやいた。

アオお兄ちゃんやソラお姉ちゃん、そしてあたしなんかが凝をすると写輪眼が開眼してしまうからね。

「それじゃ、見ててね」

そう言ってなのはお姉ちゃんは自然体に立つと練をした。

「まずは『練』でオーラを増幅。そして次はそのオーラを眼に集中させる」

「あ、あの。その『凝』の効果って…」

ヴィヴィオが質問する。

「念での攻撃は基本的に念能力者でないと感知できないし、防御も難しい。これは分かるよね」

「はい」

アオお兄ちゃんの説明にヴィヴィオが相槌をいれる。

「さて、それじゃ皆ここを見て。ここに何が有る?」

そう言ってアオお兄ちゃんは右手のひらを上に向けて差し出した。

あたし達はもちろんそれを見るが、何も見当たらない。

「何もないです」

「何か有るんですか?」

「な、何も無いよね?」

ヴィヴィオ達が混乱している。

あたしは直ぐに凝をして写輪眼を発動させる。

「あ…」

アオお兄ちゃんの手のひらの上には直径10センチほどのオーラの塊が浮いている。

「ヴィヴィオ達には見えないだけで、ちゃんと有る。だからこれを…」

そう言ったアオお兄ちゃんはそのオーラの塊を手に掴むと振りかぶり、近くにあった岩目掛けて投げつけた。

ドーン

パラパラと砕かれた石ころが宙を待って落ちた。

「い、今のはっ!?」

「なっなにが!?」

驚くヴィヴィオ達。

「『絶』の応用技『隠』
これはオーラを限りなく見えにくくする技。つまり今ヴィヴィオ達には何も無いように見えたあの手のひらの上にはオーラの塊があり、それを投擲したためにあの岩は崩れたんだよ」

「対念能力者用の技と言う事ですか…」

と、アインハルトさん。

「そう。そしてそれを見破るための『凝』」

もう一度右手を手前に差し出したアオお兄ちゃん。その手のひらにはやはりオーラの塊が浮いている。

やってみてと促されたヴィヴィオ達。

「「「練っ!」」」

増幅したオーラを両目に集める。

「あ、見えましたっ!」

「私も…」

「わたしもです」

ヴィヴィオ、アインハルトさん、コロナともに見えたようだ。

しかし、その光景を見てアオお兄ちゃんがバツが悪いように戸惑う。

「あー…そっか…そう言えばヴィヴィオは写輪眼が使えたね」

あたしがそうなるように、ヴィヴィオも『凝』をすると、片目だけだが、写輪眼が開眼したようだ。

さて、まだ長時間の凝は難しいらしく、アインハルトさん達は凝を解いている。

多少肩で息をしているが、まあ最初ならそんなものだろう。

「アオさんは写輪眼の事を知っているんですか?」

と、アインハルトさんが問いかける。

それを聞いてアオお兄ちゃんはあたしに視線をよこした。

教えたのか?と。

あたしがコクンと頷くと、アオお兄ちゃんは話し出した。

「リオに写輪眼の事を教えたのは俺だよ」

「そうなのですか?ならばどうしてあなたは写輪眼を知っているのですか?」

「それは俺も写輪眼を持っているからね。リオよりは熟知しているつもりだよ」

「リオさんから写輪眼は竜王の家系に伝わるものだって聞きましたし、ヴィヴィオさんも竜王のハイブリッドだと聞きました。つまり、あなたも竜王に連なるものと言う事ですか?」

「そうだね。
ただ、訂正すると、写輪眼はうちは一族の血継限界…血族にのみ稀に発現する一種の特殊能力の事だ」

「ウチハ?竜王はそんな家名ではなかったはずです」

「うちは一族はベルカの地で栄えた一族では無いからね。別の世界の家系だよ」

「ならばそのウチハ一族の誰かが次元を渡ったと言う事ですか?だから竜王の技には特殊な物が多かったのですね。魔法ではなく、念能力ならば納得が出来ますが…」

が?

「私の中のクラウスの記憶にある竜王のバリアジャケット。それがあなたのバリアジャケットと同一なのはどうしてなのでしょう?」

「…君はクラウスの記憶を持っているのか?」

「はい。その記憶にある竜王とその妃達の名前。…アイオリア、ソラフィア、なのは、フェイト、シリカ。
そのデバイスの名前。…ソル、ルナ、レイジングハート、バルディッシュ、マリンブロッサム…」

「そ、それって!?」

「アオさんやソラさん達の!?」

アインハルトさんの言葉にヴィヴィオとコロナが驚く。当然あたしも。

「どういう事なの?アオお兄ちゃん」

「さて…アインハルトの中ではどう言う結論になったんだ?」

アインハルトさんに視線が集まる。

アインハルトさんは一度ぎゅっとコブシを握り締めて意を決したように言葉を発した。

「…あなたが竜王ですね。アオさん」

確信を持ってアインハルトさんが言った。

「「「ええええっ!?」」」

あたし達三人は余りの事に驚きの声を上げる。

「正解だ」

それはつまり、アオお兄ちゃんは過去に竜王だったって事?

って事は。

「わたしの遺伝子親?」
「あたしのご先祖さま?」

ヴィヴィオとあたしの声が重なった。

「そうなるね」

「「えええええっ!?」」

さて、少し混乱が収まるまでに時間を要した後、あたしは好奇心が刺激され、アオお兄ちゃんに一つの質問をした。

「あのっ、どんな所だったんですか?古代ベルカって」

「うーん。それを語るのには結構長い時間が掛かるのだけど」

「だ、大丈夫です。ね?ヴィヴィオ、コロナ」

「うん、わたしも知りたいですし」

「わたしも」

アインハルトさんはと視線を向ければ、

「私も興味があります。記憶にはない、竜王の視点から語られるあの国の話を」

と、告げた。

「そう。…まあいいか」

と、アオお兄ちゃんはあたしたちに時間が掛かるからと座るように進めてくれた。

「あれは…もう二つ前の人生の事だね」

そう言って語られるアオお兄ちゃんが過ごしてきた戦乱の時代が語られる。

丁度あたしが知っているアオさんの生が終わり、転生したのが乱世の古代ベルカであったらしい。

アオさんの転生先は小国の王子だったそうだ。

ユカリさんは下位貴族出身だったが、大恋愛の末、アオお兄ちゃんの父親であった国王と結婚し、一子をもうけた。

それがアオお兄ちゃん。

まさか自分とソラお姉ちゃん以外が転生してくるとは夢にも思わなかったようで、目の前の母親がユカリさんだと気付いたときはすごく驚いたんだって。

ソラお姉ちゃん達は貴族の子女に生まれつき、直ぐに出会う事になったそうだ。

しかし、時は乱世。

幼少の頃は人質に出され、そこでオリヴィエやクラウスと知り合う機会もあったみたい。

「よく二人と稽古していたよ」

成人を前に自分の国に帰るが、他国との争いが絶えず、戦争が頻繁に起こり、何とか回避しようと奔走するも戦争を回避できず、アオお兄ちゃんたちも戦争に出る事になったらしい。

戦争のさなか、父親である王様が片腕を失う重症を負う。

乱世の王で剣を振れないのはとアオお兄ちゃんに王位を譲ったらしい。

「まぁ、父には引退後も政治面の交渉では頼りっぱなしだったけれどね」

と、アオお兄ちゃん。

戦争に戦争が続く中で、オリヴィエやクラウスとも幾度と無く戦場でまみえたんだって。

「結局戦争が行き着く先は大量殺戮兵器投入による大量殺戮だよ」

そう言ってアオお兄ちゃんは握っていたこぶしをパっと開いて爆弾がはじけたようなアクションをした。

「まぁ、そうなると個人の能力がどうのと言う次元を超えるからね。世界が滅びる前に住民を『神々の箱庭』に移動してもらって目をつけていた無人世界にトンズラさせてもらったよ。他国の話だが大量殺戮兵器で国家ごと消えてなくなるなんて事を見せられたら民達も土地を捨てて逃げる事に賛成してくれたからね」

その後、殖民して、開拓して、新しい社会構成が確立し、王政を廃止し、民達が自分で歩けるようになったら王族は邪魔だと感じたのだろう。

アオお兄ちゃん達はそのままその世界を去ってミッドチルダに移住したそうだ。

その時の子孫があたしと言う訳。

「そんな事が有ったんですか」

と、ヴィヴィオ。

「今の時代からはとうてい想像できないね」

「うんうん」

あたしの言葉に頷くコロナ。

そんな中、アインハルトさんが意を決したような表情で言葉を発した。

「アオさんは戦場でクラウスの拳を見たことがあるのですね?」

「そうだね、何度も彼とはぶつかったからね」

「ならば…私の拳がどれだけ彼に迫っているか、相手をしてもらえませんか?」

え?

そんなアインハルトさんの提案で始まった二人の模擬戦。

互いにデバイスを用い、バリアジャケットを展開するが、双方無手だ。

アインハルトさんはいつもの変身魔法で大人モードになっている。

双方構えて試合が開始された。



試合開始の合図と共に、地面を蹴って、アオさんに駆け寄る。

念はルールとして使用しない。

魔法と体術と言うルールを決めての試合だ。

相手は歴戦の勇だ。待っていても事態は好転しないと思い、私は直ぐに駆けた。

繰り出した右拳。

それを左ひじで弾いたと思うと、アオさんは右腕を腰の回転の力も乗せて私の腹部目掛けて打ち出した。

「かはっ…」

肺から急激に空気が押し出され、吹き飛ばされて地面を転がった後に酸素を求めて咳き込んだ。

「ごほごほっ…はぁっ…」

まだまだと私は息が整うのを待たずに駆け出す。

左コブシでフェイントを入れてからの右コブシでの覇王断空拳。

決まればいくらアオさんと言えどダメージは必死。

しかし…

「え?…あっ!…くっ…」

アオさんの打ち出した右手で私のコブシは打ち払われ、さらに威力負けをして吹き飛ばされてしまった。

今のは断空拳!?

まだ私にはコブシで撃ち出す事しか出来ないというのに、あれはまさしく断空拳の本来の形だった…

「今のは断空拳…ですよね?」

と、戦闘中にもかかわらずアオさんに尋ねた。

「ああ、クラウスが使っているのを見て覚えた」

「見て?」

「正確にはコピーした、かな」

コピー?

「彼とは何度も戦ったからね。彼の使った技は覚えているよ」

それは、覇王流を使えると言う事?

「まさか自分の前に覇王流が立ちはだかるなんて…」

「どうした、やめるか?」

「いいえ、行かせていただきます」

繰り出したコブシ、蹴り、その全てを持ってアオさんを打倒せんと立ち向かうが、相手は何度も覇王流と戦ったのだろう。

確実に私の攻撃をさばき、的確にカウンターを入れてくる。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

強い…これが、王…それもベルカ最強の竜王…

まさかこれほどまでに力量差が有るなんて…

それも、魔法も念もほとんど使わないで、だ。

次で最後だ。

覇王流の中で一つだけ、特殊な技がある。

名を『天竜必墜・閃衝拳』と言う。

私は両足に再び力を込めると今までに無い速度で駆け、最大速度のコブシを繰り出した。

コブシの先に発光魔法を発動させ、繰り出したコブシでブレイク。

強烈な閃光が辺りを包み込む。

自分の攻撃に目がくらみつつも止まることなくコブシを突き出した。

「はあああああああっ!」

その一瞬、私は音すらも置いて来たように感じた。

『天竜必墜・閃衝拳』はクラウスが晩期に編み出した、ただ愚直なまでの正拳突きだ。

魔力で拳速をブーストし、目にも留まらぬ速さで敵を真正面から打ち砕く。

天の竜を必ず堕とす、つまり竜王を打ち砕くと言う事だ。

クラウスは晩年、この技を振るう相手もいないのに何度も練習していた。



ズバーンっ

乾いた音が辺りに響き渡る。

「まだまだ…ですね」

「いや、とどいてるさ」

私のコブシは受け止められ、そこで全ての力を出し尽くしてしまった私は意識を手放した。




アインハルトさんの最後の一撃は写輪眼でかろうじて追う事のできるくらい高速の正拳突き。

魔力でフルブーストされた体から撃ちだされたそれをかろうじてアオお兄ちゃんは受けた。

「まだまだ…ですね」

「いや、とどいてるさ」

その会話の後、崩れるように気を失ったアインハルトさん。

それを受け止めたアオお兄ちゃんの両腕の防具はことごとく破壊されていた。

「咄嗟に取った防御がたまたまアインハルトの攻撃の射線上にあっただけだ。今の攻撃は一体どのくらいの速度で攻撃したのやら。ありったけのブースト魔法の重ね掛けと言った所か」

その分反動も大きかったはずだとアオお兄ちゃん。

「気絶してるだけだろうけど、一応医務室に運ばないとかな」

変身魔法が解け、体が縮んで元のサイズに戻ったアインハルトさんを抱き上げ、アオお兄ちゃんはあたし達を伴ってアインハルトさんを医務室へと運びいれた後、仕事があるとその場を辞した。







「ここは…」

しばらくすると、ベッドに寝かされていたアインハルトさんは目覚めたようだ。

「医務室のベッドです。模擬戦の最後でアインハルトさん、倒れちゃって」

と、ヴィヴィオが説明する。

「それにしても最後の一撃はすごかったです。ほとんど何にも見えなかったし。一体何ていう技なんですか?」

コロナが少々興奮しながら問いかけた。

「覇王流、天竜必墜・閃衝拳。
クラウスが竜王を倒す為だけに編み出した切り札です。コブシに魔法を載せて打ち砕き、閃光で相手の視界を奪い攻撃する技なのですが、そんなことしたら自分の視界も遮りますよね。クラウスはどうしてそんな技を作ったのでしょうか」

「……多分、対写輪眼の切り札だったんだと思います」

「写輪眼…の?」

「写輪眼の能力の一つにその動体視力のすさまじさがあります」

「動体視力?」

「はい。その動体視力はおよそ常人の数倍。普通の人が知覚出来ない速度での攻撃も写輪眼には追う事ができるくらいです」

「つまり、自分ですら認識できないほどの速さで攻撃したと思っていてもアオお兄さんやリオには見えているって事?」

と、コロナが横から問いかけた。

「そうなるね」

「何そのチート能力!?」

とコロナが憤慨した。

あたしもそう思う。

「そうですか。それで合点が行きました。なぜクラウスがフラッシュを利用し、自分の視界を妨げるような攻撃を編み出したのか。それが、何故愚直なまでの高速攻撃だったのか…」

「どういう事ですか?」

そう言ったのはまたもコロナだ。

「写輪眼は結局『視る』能力なんだよ。視界をふさがれるような強力な光で視る事を阻害されたらやはり何も見えないんだ。それと、例え見えても防御が間に合わないような速度での攻撃なら、見えていてもかわせないからね」

と、あたしが解説した。

「あ、そうか」

あたしの説明に納得するコロナ。

「そう言えば、アオお兄ちゃんとの模擬戦、どうだった?」

ヴィヴィオが聞きたくてうずうずしていたのだろう。

そんな声色がヴィヴィオの言葉の抑揚から感じられた。

「どう表現して良いのか…ただただ凄かったです。あれが古代ベルカ時代に魔王と言われた英傑…」

アインハルトさんがため息と同時にそんな言葉をこぼした。

「魔王なんて言葉、普段のアオさんを見ていると全然似合いませんけどね」

と、コロナ。

「けれど、戦場に出た彼は1人で炎の壁を作り出し、敵軍を焼いた事もあるのです…」

アインハルトさんの言葉に沈黙するあたし達。

「…火遁・豪火滅却…ううん、もしかしたらあたしが教えてもらってないだけでもっと上の技かも…」

「当時は戦わなければ蹂躙され、搾取されるのが当たり前になっていた時代でした。殺さなければ殺される、そんな時代です…」

アインハルトさんはさらに表情を歪めた。

さらに場の空気が悪くなったのを払拭しようとアインハルトさんが話題を変えた。

「そう言えば、アオさんは覇王流をコピーしたと言ってましたが、コピーとはいったいどう言うことなのでしょう?」

ああ、そう言えば写輪眼のコピー能力はまだ伝えてなかった。

「写輪眼はね、その鋭い洞察眼で相手の技の解析して、記録してしまうんだよ。つまり相手の技をコピーしてしまうの。まぁ、素質の問題でまねできない物はコピーできないけれどね」

「ええええっ!?」
「ええっ!?」

あ、コロナだけじゃなく、アインハルトさんもたまらず驚きの声を上げたようだ。

「やっぱりチート能力じゃないっ!」

と、コロナが吠える。

「だよねー、わたしもリオから聞いたときそう思ったもん」

そうヴィヴィオも言った。

「つまり、その写輪眼のコピー能力でクラウスの使った技をコピーしたと言う事ですか…出鱈目ですね」

そう言ってアインハルトさんが締めた。
 
 

 
後書き
本当はここで古代ベルカ編をやろうと書いてみたのですが…すみません…結局詳細が分からないので、戦争理由がこじ付けになる。戦争の形式が分からない(飛行機等の航空機や銃や大砲、ビーム兵器などの有無)。文化レベルすら不明(夜天の書とかゆりかごやマジックデバイスを作れるくらいの技術があるのになんか中世くさいのは納得がいかないですよね)等の理由により断念しました。
アインハルトのオリジナル技は…一つくらいならあっても良いんじゃないかなと思って出した技ですね。覇王流にあんな技はありません。ご了承いただけますよう。 

 

番外 リオINフロニャルド編 その5

次の日の朝、朝食にと食堂に行くと、銀髪の女性がアオお兄ちゃんたちと一緒に食事を取っていた。

「リインフォースさん、もう良いんですか?」

「あ、ああ。いつまでも主も休んではいられないようだったからな。ミッドチルダに帰られた」

「…そうなんですね」

「何、今はこうして存在が許されているのだ。また会えるのだから、寂しいが、辛いという事は無いさ」

「そうですか」

さて、そんな感じで朝食を取り終わると午前の訓練だ。

今日のコーチはソラお姉ちゃんだ。

調教された賢いセルクルの背中に乗せてもらい、走る事一時間。

周りには特に何も無い閑散とした大地が広がる場所で下ろされた。

「今日からは応用技の『周』の練習。修行はこれを使って白線内を3メートル掘り下げてもらうわ」

そう言って『勇者の道具袋』から取り出したのは土木作業用のショベルと一輪車。

地表に白線が引かれ、半径が10メートルほどのサークルが幾つもあった。

「しつもーんっ!『周』ってなんですか」

ビっと手を上げて勢い良く質問したヴィヴィオ。

コロナとアインハルトさんもソラお姉ちゃんからの回答を待っている。

ソラお姉ちゃんは近くのショベルを掴むと纏をして、そのオーラでショベルを包み込む。

「纏っているオーラを自分以外に纏わせる技術。当然オーラで覆われた物は強化されるから、簡単に掘り進める事が出来る」

そう言うとショベルをヴィヴィオ達に渡してやってみてと促す。

あたしに渡されたのはショベルではなく、木の棒の先に赤いプラスチックで出来た刃先がついている。

ぶっちゃけ雪かきだ。

「リオはそれね、ヴィヴィオ達だけだと予定までに終わらないかもしれないし、それで頑張って掘ってちょうだい」

えー?

あたしはもはや慣れたものだけど、ヴィヴィオ達にはやはり難しいらしい。

やっとの事で周でショベルを包み込むと早速地面に突き立てた。

「わ、何これ、凄く簡単に地面が掘れるよっ!」

「本当だ」

「本当です」

コロナが感動の声をあげ、ヴィヴィオ、コロナも頷いた。

「リオは練と流を使って掘り進めなさい。けっこう疲れると思うから無理はしない事」

「は、はいっ!」

白線で仕切られた所をあたし達はショベルで掘り進む。

「あ、もしかして、少し前に有った怪奇現象、裏山の坑道ってリオが掘ったの?」

と、ヴィヴィオがあたしに問いかける。

「うっ…」

「聞いた事があります。なんでも学校の裏山に何かでえぐられた様な穴が無数に開いていると」

アインハルトさんも自分の記憶から思い出したように語った。

「ああ、わたしも知ってる。一年の頃噂になったもの…いつの間にか裏山が切り崩されて山が二つになってたんだよね。え?あれってリオの仕業なの?」

好奇の目があたしに集まる。

流石に山を切り崩すまではいかないよー。

せいぜいモグラが地面に穴を掘ったような感じだよ。…人の大きさでだけれど。

「いやー、あの時はあたしも若かった。周の練習をしようとして思いついた適当な場所が裏山だったんだよね。」

ざくざくと掘り進み、二週間が経ち、さて今日もと思ったら管理局の人が来ていたのだもの。

すぐに逃げたけど、犯人不明でその後学校の怪談に加えられたあたしの黒歴史だ。

順調に掘り進むあたし。

「ちょ、リオ、速いよぉ!」

そんなコロナの抗議の声が聞こえる。

あたし達はあたしとヴィヴィオ達で左右に二手に分かれ、掘り進めている。

あたしは1人、向こうは3人居るのにも関わらず、あたしの半分も来ていない。

「それに、簡単に掘れるのですが、なんだか凄く疲れます…」

アインハルトさんが動きを鈍らせながら言った。

「応用技はオーラの消費が大きいから、慣れないと直ぐにオーラが切れてしまうよ」

と、言ってる側からヴィヴィオとコロナは座り込んでしまった。

「も、もうだめ…」

「むりー…」

「くっ…」

アインハルトさん何とか掘り進めようとするが、力尽きて座り込む。

そう言うあたしも結構しんどい。

練でオーラを増幅し、それを周と流で雪かきに注ぎ掘る力を強化する。

掘るたびにオーラが消費されていき、練だけならばまだまだ行けるはずなのに、堅の持続時間の半分以下であたしも力尽きてしまった。

「ほらほらどうした、情けない」

掘り進んだために崖のようになった斜面の上からソラお姉ちゃんが叱咤する。

「そう言われてもー…」

「体が動きません…」

と、口々に力の無い声が漏れた。

それでも小休憩の後、何とか立ち上がり、掘り進めたが、全然先行きが見えないうちに今日の修行は終了したのでした。

とは言え、二日目にはなんとか一日中作業する事にもなれ、三日目には影分身を一体出して修行できるくらいの余裕が出始め、一週間経った頃には予定していた白線内全てを掘り下げる事に成功した。

「お…終わった…」

あたしは何とかそう呟くだけの力を残していたが、残りの三人は精も根も尽きたと言う感じでうずくまっている。

「そっ…そう言えば、わたし達はなんの為にこんな所を掘らされたのでしょうか…」

息も絶え絶えになりながらも何とか復活して今日のコーチであったフェイトお姉ちゃんに問いかけた。

「ここは次の戦のアスレチックバトルフィールドに改造するんだよ。その為に掘り下げる形で少し整地して欲しかったんだ」

どうやらここにこの後水を引いて、落下系のアトラクションになるようだ。

「あとは専門の人達がやってくれるから、皆本当に頑張ったね。周も随分出来るようになったと思うよ。明日からは次のステップかな?」

フェイトお姉ちゃんのその言葉でヴィヴィオ達の周の修行はとりあえずの合格点をいただいた。

次の日からは場所を『神々の箱庭』に移しての修行だった。

「さて、今日はまず、少し講義からはじめるね。
念戦闘における勝敗を分けるのはオーラを操る習熟度があるわけだけど、それを時としてひっくり返す物があるの。なんだか分かる?」

今日のコーチは昨日に引き続いてフェイトお姉ちゃんです。

「『発』…つまり、必殺技ですか?」

「正解」

と、アインハルトさんの答えによく出来ましたとフェイトお姉ちゃん。

「忍術も一種の『発』なんだけど、この場合の『発』とは完全に一人一種の能力の事なの」

ヴィヴィオ達は訳が分からないと疑問顔だ。

「忍術は先人が作曲して譜面通りに歌う演奏なのに対して、念能力の『発』は自分で作曲して歌う鼻歌みたいな物かな。決まった形がある訳じゃ無いし、自分に合っているものならば他の人が予想もつかない能力だって行使できるんだ」

「フェイトさんの念能力ってどんなの何ですか?」

と、ヴィヴィオが問いかけた。

「うーん…あんまり自分の念能力を他人に言ったりはしないんだけど…ヴィヴィオ達ならば別にいいかな」

そう言ってフェイトお姉ちゃんは『発』を行使した。

突き出した右手に青い玉、左手に赤い玉が浮かんでいる。

「それは…?」

「私は変化系だから、オーラを何かに変化させる事が得意な系統なのは知っているね?」

コクリと全員頷いた。

それを確認するとフェイトお姉ちゃんは右手の青い玉をあたしに向かって投げつけた。

「え?」

投げつけられたその青い玉はベチャと音が聞こえるような感じであたしにペイントボールのような感じで付着した。

「は…離れない…」

はがそうとしても容易にははがれそうに無かった。

「私の能力は万有引力(マグネットフォース)。オーラを磁石のような引き合う性質の物に変える力だよ」

そう言ったフェイトおねえちゃんは今度は左手の赤い玉をあたしに向かって突き出した。

「え?きゃあ!?」

いきなり何かに引っ張られるかのように引きずられるあたし。

「あ、なに?」

「リオ?」

突然引かれる様に滑り出したあたしに皆驚いているようだ。

一瞬後、あたしはフェイトお姉ちゃんの突き出した左手にある赤い玉に吸い付いていた。

踏ん張って離脱を試みるも離れる気配が無い。

「違う色同士は引き合い、同じ色同士は…」

今度は右手の赤い玉が一瞬で青い玉に変わる。

「ちょっ!まっ…きゃああああっ!」

「リオーーーっ!?」

今度は弾き飛ばされてしまった。

ズザザザザーーーッ

20メートルほど離れてようやく弾かれる感覚がなくなったために制動を駆ける事に成功した。

「同じ色同士は反発しあう」

こんな感じにね、とフェイトお姉ちゃん。

「正に、磁石ですね」

アインハルトさんが感心した。

「アオさん達も個別能力を持っているって事ですか?」

「うん。だけど、私からは教えられないかな。他人が教えていい物じゃないから。気になったら直接聞いて。運がよければ答えてくれると思うから」

「はい」

「あれ?でも、直接ダメージがある攻撃ではないのですね」

と、コロナ。

「そうですね。ですが、応用次第ではとても恐ろしい能力です…」

そうアインハルトさんが分析した。

「そう言えば身内で直接的な攻撃能力はユカリ母さんだけかも。他は皆直接的な攻撃能力とは別の能力だね」

「そうなんですか?」

「まぁ、これ以上は秘密だけれどね」

ふむ。今度アオお兄ちゃん達に直接聞いてみようかな。

「そう言えばリオは自分だけの念能力って持ってるの?」

と、ヴィヴィオが聞いてきた。

「あたし?」

「うん」

「あたしはまだ作ってないよ」

「どうして?」

「念の応用技や忍術の練習で手一杯だったからね」

「そうなんだ」

「まぁ、すぐにどうだと言うわけじゃないから、頭の片隅にで考えておいて。自分はどう言った能力にしたいか。また、こんなのが合っていそうだとか、ね。イメージが湧けばきっとすぐに自分に合った能力が発現するはずだよ」

と、フェイトお姉ちゃんが纏めた後にヴィヴィオ達は今日からは『流』の練習だ。

フェイトお姉ちゃんも混ざって二人一組になり、オーラの攻防力を移動させながらゆっくりと組み手をしているのが視界の端に見える。

あたしは『堅』の修行をした後に、フェイトお姉ちゃんの影分身を一体つけてもらって忍術の修行を見てもらっている。

夜。

「あー…っ!この温泉も久しぶりだぁ…ふぅ…きもちいー」

いつかの美肌温泉に浸かりまったりとする。

「うんうん、何度入ってもこの温泉は本当にいいよね。擦り傷や肌荒れなんか直ぐに治っちゃうしね」

「だよねー」

コロナの声にあたしも同意した。

「そう言えば、今日の訓練見てて思ったんだけど、リオって火を噴いたり雷を纏ったりしてるけど、他の属性の忍術って使わないよね。どうして?」

と、温泉に浸かりながらヴィヴィオが聞いてきた。

「いや、あのね、使わないんじゃなくて、使えないんだ」

「え、どう言う事?」

聞き返すヴィヴィオだが、あたしに聞いたと言うよりはフェイトお姉ちゃんに聞いたと言う感じだ。

「うーん、忍術にもいろいろな技や系統があるから一概には言えないけど、リオが良く使う火遁や雷遁はどちらかと言えば性質変化系の忍術が多い」

「性質変化?」

コロナが聞き返した。

「オーラを炎や雷、風や水、土などに変化させる事だよ」

と言うとフェイトお姉ちゃんは一拍置いてから続ける。

「この性質変化には自分の属性と言うべき物が有って、ものすごく時間を掛けて修行すれば他の属性も使えない事も無いのだけれど、基本的に自分の属性以外の性質変化は難しい。一生かかっても出来ないかもしれないと言うレベルなの。だから、リオは他の系統を使わないんじゃなくて使えないんだよ」

そうフェイトお姉ちゃんは説明した。

「えっと、得意属性って複数持っている事もあるってことですよね?リオが炎と雷、両方使ってますから」

ヴィヴィオが質問する。

「そうだね。二属性持っている人も居るし、一属性の人も多い。三属性持ってる人は稀らしいよ」

へぇ、と皆頷いた。

「魔力変換資質などにも影響されているような気がするから、先天性の魔力変換資質を持っている人は自分の属性が分かりやすいね」

あたしの魔力変換資質は炎熱と雷。どちらも忍術における自分の得意属性だ。

「じゃ、じゃあ、フェイトさんは雷属性が得意って事ですか?」

と、コロナ。

「そうだね。確かに私は雷の先天性の魔力変換資質を持っている。だけど、私の性質変化の属性は雷と風の二種類だよ」

「風?」

「そう、風。つまり私は雷遁と風遁が得意と言う事だね」

「風遁ですか…」

「やって見せようか?」

と、言ったフェイトお姉ちゃんはすばやく印を組んだ。

「え?ちょっ!」
「まっ!?」
「待ってくださいっ!」

あたし達に前回来たときのなのはお姉ちゃんがやらかしたお茶目が脳裏を掠める。

『風遁・練空弾』

あたしが火遁を使うときみたいに大きく息を吸い込むと、フェイトさんの口から緩やかな風があたし達を吹き抜けた。

逃げ出そうとして湯船から立ち上がった状態のあたし達は風に吹かれて火照ったからだが急激に冷め、寒さで湯船にダイブした。

「本気でやるわけ無いじゃない。本気の練空弾なんて使ったら垣根が吹っ飛んでっちゃうし、直すのも面倒だしね」

「……なのはお姉ちゃんにも言ってください。…前回お茶目で吹き飛ばされました」

「あ、あはは…」

笑って誤魔化すフェイトお姉ちゃんでした。

皆で温泉に浸かりなおす。

「いつかは、私達にも教えてもらえるのでしょうか」

そうアインハルトさんが訪ねる。

「うん?忍術の事?」

「はい」

「そうだね。アインハルトが望むなら」

「…是非」

「だけど、忍術は性質変化だけじゃない。分身系、結界忍術、時空間忍術と多岐に渡るから、全てを覚えるのはそれこそ年単位掛かるよ」

だから、今は一歩一歩進むしかないよとフェイトお姉ちゃんはまとめた。

次の日からは流の練習である模擬戦に加え、オーラのコントロールを正確にする修行も行っている。

森林部に出かけたかと思えば、その日ヴィヴィオ達は一日木登りをさせられていたらしい。

木登りといってもオーラを足の裏に集め、吸着し、歩くように上る修行。木登りの行だ。

あたしはそれを脇に見て、フェイトお姉ちゃんに御神流の修行を付けて貰っていた。

箱庭世界に閉じこもる事一週間。

今日は久しぶりにオフにしようと、箱庭内に流れる川にピクニックにやって来た。

箱庭に入るときに持ち込んだ荷物から水着を取り出して、水遊びだ。

水中で追いかけっこしたり、きれいな石を探したりして遊び、いつもの流れで水切り大会が開かれる。

ばしゃっと飛び散る水柱。

それを見て水上をとことこと歩いてくるフェイトお姉ちゃん。

「ど、どうやって歩いているんですか!?」

と、驚いて質問するヴィヴィオ。

「うん?これは足の裏からオーラを放出して反発で浮いているの。ヴィヴィオ達の次の修行だから、頑張れば出来るようになるよ」

「そ、そうですか…」

「それよりも、今の奴、纏をしてやってみるといいよ。念がどれ程の物か実感できると思うから」

「え?あ、はい」

ヴィヴィオ、コロナ、アインハルトさんは川の真ん中で横並びになると、纏でオーラをまとって水切りをする。

ザバンッ

「え?」
「うそっ」
「凄いですね…」

先ほどよりもすごい勢いで水柱があがり、跳ね上がった水が頬に当たって気持ちが良かった。

「次は流を使って攻防力を右手70まであげてやってみて」

「「「はいっ!」」」

今度はさらに遠くまで水柱が上がる。

「こんなに変わる物なんですね…」

「そうだね、アインハルトさん」

「うん、たしかに凄いね」

自分がやった事に驚いている三人。

「じゃ、次はリオだね。リオが本気でやったらどれくらいになるのか興味があるし」

と、ヴィヴィオがあたしに勧める。

「え?あたし、あたしかー」

リクエストに応えるべく河の中央へと移動する。

「ヴィヴィオ達は危ないから川を上がった方がいいかもよ?」

「え?そんななの?」

「多分…」

あたしの話を訝しがりながらも浮遊魔法で水面に浮上した。

「それじゃぁ…」

練で増幅したオーラを右腕に全て集める。

『硬』だ。

「せーーのっ!」

ザバーーーーン、ドドドドドドッ

「うそぉ!?」

「か、か…かっ」

「川を裂くなんて…」

ヴィヴィオ達が驚きの声を上げる。

「いっ…今のは!?」

コロナがフェイトお姉ちゃんの方を見て、説明を要求した。

「纏と練と絶と発と凝の応用技、『硬』。練で増幅されたオーラを全て一箇所に集めるのだから、その威力は段違いに跳ね上がる」

「コウ…」

説明を受けてもまだ驚愕しているようだ。

「あの、フェイトさんがやるとどの位になるんですか?」

「私?うーん…全力なんて最近やった事ないからなぁ…」

と、言いつつも川の中腹で構えるフェイトお姉ちゃん。

あたしは嫌な予感がしたのでヴィヴィオ達同様浮遊魔法で水面に浮かんでいます。

「それじゃ…」

そう言って行使されたフェイトさんの練。

ビリビリビリっ

空気が振動しているように錯覚するほど、強烈なオーラ。

さらに硬で右拳に集められたオーラの尋常じゃない量に驚愕する。

余りにも凄いプレッシャーに全身が震える。

「せーのっ!」

ドゴーーンッ

繰り出したコブシは川を裂き、さらに川の流れを逆流させていました。

「「「「…………」」」」

あたし達は驚愕し、言葉も出ずにただただ唖然とするばかりだった。

「『硬』の威力は自分の系統にも若干影響される。一番威力が高いのは強化系、六性図で遠いほど同じ威力の攻撃に込めるオーラ量が増えるから…って、皆聞いてる?」

ごめんなさい、フェイトお姉ちゃんのデタラメさに皆放心しているのです…

箱庭滞在二週間目。

「ヴィヴィオ達もどうにか『流』も様になって来たようだし、そろそろ外に戻ろうか」

フェイトお姉ちゃんがそう提案した。

「あ、あの。私達に念の応用技で教えてもらってない物っていくつあるのでしょうか」

アインハルトさんがおずおずと言った感じで問いかけた。

「『凝』『周』『流』は教えたし、『硬』はこの前みせたよね」

コクリとヴィヴィオ達は頷いた。

「『隠』は?」

「『凝』を教えてもらう時に見せてもらいました」

ヴィヴィオが答える。

「それじゃ、後は『堅』と『円』二つかな」

「ケン?」

「エン?」

ヴィヴィオ、コロナが声を漏らした。

「リオっ」

フェイトさんがあたしに振った。

あたしにやって見せろって事だよね。

フェイトさんの声につられるようにしてヴィヴィオ達の視線がこちらに向く。

「それじゃ、『堅』から」

体内のオーラを一気に外へと放出し、留める。

「あれ?それって、『練』だよね?」

と、ヴィヴィオがいぶかしんだ。

「『纏』と『練』の応用技、『堅』。瞬間的にオーラを増強させるのではなく、継続して維持させる技だよ。
纏が使えたからと言って熟練の念能力者相手には薄い膜が覆っているようなもの。簡単に打ち破られて大ダメージを食らう。
相手の強烈な攻撃にはこちらもせめて防具程度の防御力が無いとね」

フェイトさんが説明してくれた。

「やってみて」

フェイトさんに促され、ヴィヴィオ達も『堅』をする。

…しかし。

「あ、あれ?」

「も、もう無理です…」

「練を持続させるのがこんなに辛いなんて…」

二分もしない内にへたり込むヴィヴィオ達。

「『堅』が維持できなければ、熟練者と戦う事は難しい。二分弱じゃ持久戦にもなりはしないよ。攻撃にも防御にもオーラを使うんだから、今のままじゃ30秒でオーラが尽きて終わりだね。最低30分は堅が維持できないとね。それでも少ないけれど」

「は、はい…」

「がんばりまふ…」

もうへろへろだね、ヴィヴィオ、コロナ。

あたしは堅を解き、今度は円を使う。

「これも『纏』と『練』の応用技、『円』」

そう言って広げられたあたしの円は半径6メートルほど。

今のあたしではこれが精一杯。

「『円』は感知能力。このオーラの中でなら自分は相手の動きを肌で感じ取る事が出来る。つまり、この中での死角は存在しない。例え真後ろからの攻撃であろうと察知できるよ」

またもフェイトさんが説明してくれた。

「当然の事だけど、応用技はどれも難しい。日々の反復練習で少しずつ慣れていくしかないよ」

「そうですね…」

「それじゃ、明日からは『堅』の練習も加えていこうか」

「「「はいっ!」」」

「それに、そろそろ時間だしね。帰らないと」

時間ってなんだろう?

フェイトお姉ちゃんの号令で箱庭の外に出ると、丁度お昼時。

厨房からおいしそうな匂いが漂ってくる。

しかし、あたし達を待っていたのは昼ごはんでは無く、メイドさんによる強制連行。

あれよあれよと言う間に身なりを整えられ、城のエントランス付近の着けられているセルクルが引く馬車へと連れてこられた。

そこにはユカリさん以外の皆が居て、あたし達の到着を待っていた。

「えっと…何かありましたっけ?」

「今日はエスナート芸術音楽祭がパスティアージュで開かれる。俺達も誘われているし、朝にリオ達も誘っただろう」

あ、そう言えばと記憶を辿る。

二週間前の事だけど、確かに誘われて、OKの返事もしていた。

「えと、ミルヒオーレさんが出るんですよね?」

ヴィヴィオもどうにか記憶から引っ張り出したらしい。

「ああ。リオ達も貴賓席で呼ばれているから、正装はこちらで用意したけれど、着付けは向こうに行ってからかな」

公演は夜なので、日帰りとはいかない為にその日はクーベルさまの計らいでお城にご厄介になるらしい。

パスティアージュに着くと、街は露天が立ち並び、街を上げてのお祭り騒ぎだ。

城に案内された後、まだ時間が有るからとあたし達は露天を見に城下へと降りていく。

「わぁ、色々な物が売ってるね」

「あ、リオ、あれ見てっ!すごくおいしそう」

「ちょっと、コロナ。まってよっ!」

串焼きの屋台へと走り寄っていくコロナを追いかけるあたし。

「わたしたちも行きましょうか」

「はい」

ヴィヴィオとアインハルトさんも屋台へと駆け、その後ろから付き添いのなのはお姉ちゃんが歩いてくる。

「夕食分のお腹は残しておきなさいね」

「はーいっ!」

とは答えたものの、意識はすでに目の前の串焼きに向いていた。

この前の戦で稼いだお金で串焼きを両手でもてるだけ買うと、ヴィヴィオ達と分けてかぶりつく。

「あ、美味しい」

「ほんとだ」

わいわいしながら串にかぶりついていると、街中に緊急のアナウンスが入る。

どうやら宝石強盗が出たらしい。

強盗は小さな少女で相手を操る術を使うとか。

「ご、強盗!?」

「兵士の皆さんが慌しく動いてますね」

コロナが大声をあげ戸惑い、アインハルトさんは周りの様子を注視した。

すると通りの先からポーンポーンとけものだまが打ちあがり、それを掻き分けるようにして走ってくる女の子が1人。

「だれか捕まえてくれーっ!」

そんな声が聞こえた。

「体を操ると言う事は土地神かな」

「そうなんですか?」

「うん。年若い土地神だとまだものの良し悪しが分からない事が多いかな。体の大きい子供って言うかんじだね」

「へー」

と相槌をうっていると、ヴィヴィオがあわてたように言った。

「そ、そんな事より、捕まえなくて良いんですか!?」

「あ、そうだね」

フェイトお姉ちゃんがそう答えた時、少女は大きく地面を蹴ってジャンプ。

しかし、その瞬間腰のポーチに手をかけていたフェイトお姉ちゃんが何かを投げたポーズで手を振り上げていた。

「え?」

つられるように見上げると、爆発と共にたま化した少女が目を回して振ってくる。

「あ、皆、降って来るのキャッチしてっ!」

「はいっ!」

けものだまと一緒に落ちてくる貴金属類。

「よっ!」

「おっとっ!」

「あ、あぶないっ」

と、ヴィヴィオ達を協力して何とかキャッチする。

「おーいっ」

「いま、こちらに強盗の少女が来なかったか?」

と、駆けつけた勇者シンクさんとエクレが駆け寄ってきてあたし達に問いかけた。

「この子です」

と、フェイトお姉ちゃんは抱きかかえていたけものだまを差し出した。

「ああ、捕まえてくれたのか」

と、エクレが言ったけれど、何故勇者とエクレは当然のように追いかけてきたのでしょうか?

ここはビスコッティじゃ無いのだけれど?

たま化した少女と宝石は遅れてやってきたパスティアージュ兵に受け渡した後、時間も迫った事で城に戻り、音楽堂へ。

ミルヒオーレさんの歌声は相変わらずすばらしかったです。

音楽祭も終われば四国合同戦興行イベント、ユニオンフェスタまでは後三日。

フリーリアに戻ると、戦に向けての準備で大忙し。

あたし達も何か出来る事は無いかと駆け回っているうちにあっという間にユニオンフェスタ当日。

3国の勇者に負けないようにと凝ったデザインの服をメイドさんによって着せられたあたし達は準備をして戦場に向かう。

本陣で準備をしているあたし達。

周りにはアオさん達もスタンバイをしている。

「いよいよだね」

少し緊張気味にヴィヴィオが呟いた。

「でも、楽しみです」

と、アインハルトさん。

「が、頑張ろうね」

「うん」

コロナも気合が入っているようだ。

ミルヒオーレさんの開幕の言葉で始まった四国合同戦興行イベント。

【さあ、始まりました四国合同戦興行。まずはどう言った対戦が行われるのかっ!…っと、なんと、ビスコッティ、ガレット、パスティアージュの軍勢が皆フリーリア目掛けて進軍している!?これは三国ともまずはフリーリアを狙うつもりのようだ!】

などとアナウンサーが現状を報告してくれた。

「うわー…全員でこっち来る?普通」

「前回ビスコッティとガレットの二国で来ても返り討ちにしちゃったから、三国でまずは潰そうと考えてるんじゃないかな」

アオお兄ちゃんの呟きにフェイトお姉ちゃんが答えた。

「一番厄介なのはパスティアージュの空騎士達だね」

と、なのはお姉ちゃんが現状を述べる。

「だけど、その辺は砲術師隊に頑張ってもらうしかないかなぁ。…余りにもウザかったらスターライトっ「ダメだからね」…だよね…」

なのはお姉ちゃんの言葉をぶった切るソラお姉ちゃん。

なのはお姉ちゃん…もしかしていまスターライトブレイカーで吹き飛ばすと言いそうになったのかな…?

いつかの悪夢がよみがえる。

うん…ダメだよね、アレは。

視界がピンクとオレンジで包まれたあの恐怖…あ、振るえが…

「ヴィヴィオ達は細かい事は気にせず楽しんで来たら良いよ。勇者も率先して攻めて来てるし、出来れば蹴散らしてきて」

と、シリカお姉ちゃんが言った。

「はいっ!」

「わかりましたっ!」

「頑張りますっ」

と、それぞれの言葉で返し、あたし達はバラバラに戦場を駆けた。

ようやく走らせることは出来るようになったセルクルに跨り、戦場を行く。

パスティアージュの空騎士に制空権を握られまいと後方から砲術師隊の長距離射撃が空に幾つもの光線を描いた。

目の前にはこの間あたし達が掘った堀が見える。

円形に掘られた地面に両サイドから一本ずつ道が伸び、真ん中は闘技場のようなサークルだ。

堀を挟んで対峙するフリーリア軍とパスティアージュ軍。

地上は二軍に分けもう片方はガレット軍と対峙している。

あたしは掘り架かる一本道を進み出て大きく声を上げる。

「ビスコッティの勇者シンクに一騎打ちを申し込むっ!」

【おおっとっ!リオ選手声高らかに一騎打ちを申し出たっ!】

「ビスコッティの勇者シンク、受けてたちますっ!」

【これは面白い対戦になりましたっ!片や劣勢のビスコッティに降臨し破竹の勢いでビスコッティを勝利に導いた勇者シンクっ!もう片方は勇者帰還後に現れ、ビスコッティ陣営としてガウル殿下と引き分け、その後のフリーリアとの戦ではアイオリア殿下との一騎打ちで健闘したリオ選手の一騎打ちだーーーっ!】

おおおおおおおおっ!

歓声が響き渡る。

さらに続く実況に耳を傾ければ、別の堀ではガレットとにらみ合い、あたしと同じようにアインハルトさんがナナミさんに一騎打ちを申し込んだようだ。

セルクルを降り、道を引き返させると、シンクさんは軽やかな仕草でセルクルからジャンプ。

空中で体を捻りながら現れた白地に黒と金で装飾された棒…もとい、聖剣パラディオンを空中キャッチ。かっこよく着地してみせた。

そう言う所は流石に勇者、似合っている。

相手が聖剣持ちと言う事で、あたしも腰から小太刀を二本抜き放つ。

アオお兄ちゃんから今回の戦のために貰った数打ちの刀だ。

「へぇ、二刀流。宮本武蔵みたいだね」

ミヤモトムサシって誰でしょう?

シンクさんの世界の剣豪かな?

互いに武器を構えると視線が交差した。

「行きますっ!」

「来いっ!」

後ろからこの隊の指揮を任せられていたフェイトお姉ちゃんの声が響く。

「堀を回避して一班、二班は右へ、残りは左からビスコッティ軍を殲滅せよっ!」

おおおおっ!

あたし達の戦闘開始が合図になったのか、両軍が円形の堀を左右に分かれて進軍し、激突した。


あたしは手に持った二刀を振り上げ、一足で距離を詰める。

「御神流、『虎乱』っ!」

まずは様子見と、この二週間で覚えた小太刀の二連撃を打ち込む。

「なんのっ!」

シンクさんはパラディオンを中央にに持つ事によって左右に受ける部分を作り、一撃目を右で、二撃目を受け止めたまま回転させた左側で受け止めた。

「はぁっ!」

そのまま押し出すようにあたしの刃を押し返し、回転しながら舞うようにパラディオンを振り回す。

袈裟切りのように振り下ろされたパラディオン。

受けずに横に体を左にズラしてかわし、反撃に転じようとしたが、そのまま横に薙がれ回避のためにバックステップ。

しかし、そこで地面を蹴って今度こそ反撃。

右手の刀を振り上げて切りかかる。

「うわぁっ!?」

フッ

間一髪でかわすシンクさん。


しかし、あたしはすかさず左手の刀で追撃。

ギィンっ

「ほっ!」

今度はパラディオンを地面に突き刺して空中へと逃げたシンクさん。

あたしの攻撃はパラディオンに当たってしまった。

シンクさんは突き刺したパラディオンの石突きに逆立ち、反動でそのまま棒高跳びのように空中へと飛んだ。

パラディオンは地面に突き刺さっている。

それを見たあたしは追撃を決める…がっ!

走り出したあたしは信じられない物を見た。

なんと、光の粒子に分解されたパラディオンがあたしを追い抜いてシンクさんの手の中で再構成されていたのだから。

「うそっ!?」

と、あたしの戸惑いも何処吹く風。

シンクさんはそのままパラディオンを振り上げ、輝力を乗せて振り下ろした。

「烈空一文字っ!」

飛んでくる衝撃波。

あたしは刀をクロスさせて受ける。

「くっ…」

上空から叩きつけるように放たれた衝撃波はあたしを地面に縫いとめる。

なんとかその衝撃波を受けきったあたしは、今度こそと思い着地するシンクさんに駆け寄ろうとして立ち止まる。

何故か?

パリンっと小気味の良い音を立てて両手の刀が粉々に弾け飛んだからだ。

フロニャルドの不思議現象の一つ。武器破壊だ。

強烈な一撃を貰うと、防ぎきった後時間差で粉々に武器が壊れてしまう。

【おーーーっと!リオ選手、武器破壊だーーーっ!】

「この勝負、僕の勝ちだねっ!」

笑顔で宣言するシンクさん。

「いえ、まだまだですっ!」

そう言ってあたしは肘を上げ、構える。

【まだまだ戦闘続行の意思を見せるリオ選手。勇者シンクは知らないかもしれませんが、リオ選手は前回無手でゴドウィン将軍とガウル殿下と戦ったのが記憶に新しいでしょう。
リオ選手にしてみればまだまだこれからと言った所かっ!】

「えええ!?」

アナウンサーの実況を聞いて驚いているシンクさん。

「行きますっ!」

と宣言し、駆ける。

「木の葉旋風っ!」

まずは様子見と空中回し蹴り。

「なんのっ!」

パラディオンを立ててあたしの回し蹴りを防御するシンクさん。

そのまま上体を屈めあたしの攻撃を受け流したパラディオンを回転させると今度は伸び上がり回転した反動も利用してあたしに叩きつける。

あたしは上体を捻り両手を地面につけるとそのままバク転するように後ろに回避する。

二回三回と後ろにバク転で距離を取りシンクさんを見ると背中に紋章を顕現させ、必殺技の用意だ。

「豪熱炎陣衝っ!」

突き出された右手からバスタークラスの口径の炎が放出されあたしに迫る。

や、やばいっ!

あたしはすばやく印を組む。

『火遁・豪火球の術』

口から大きな炎の玉を出し、シンクさんの紋章砲を裂いた。

【両者の炎による攻撃がぶつかっていますっ!この攻撃を制するのはどちらだ!?】

「うそっ!?口から火を吐いたっ!?ど、どうやって!?」

信じられない物を見たといった感じのシンクさん。

とは言え、今のあたしは火を吐いていて答える事は出来ない。

線での攻撃に点で迎え撃ったあたしの攻撃にシンクさんの炎陣衝はことごとく弾かれ、あたしに届く事は無い。

その内シンクさんの炎陣衝は収束する。

フゥゥーーーッ

それを見てあたしも終息させた。

「これは、本気モードで行かないと勝てないかもしれないっ」

なんて言った次の瞬間ピカっと光ったかと思うと少年だったはずのシンクさんが青年へと姿を変えていた。

「ヒーロータイム!」

周りは驚愕の絶叫を上げる中、大人モードはヴィヴィオやアインハルトさんで見慣れているあたしはそれほど外見での驚きは無い。

しかし…

「いくよっ!」

そう言ってパラディオンを振り回し攻めて来るシンクさんの攻撃は先ほどよりも強く、速い上に輝力が充実している。

全てのパラメーターにブーストされている感じだ。

「よっ…はっ!」

「うっ…くぅ…」

だんだんその重さに押されていくあたし。

『アクセルシューター』

「うわっ!…紋章砲?」

ソルが押されているあたしを気遣ってシューターを三つシンクさんに向かって射出した。

「ありがとうっ!ソルっ!」

『当然ですっ!』

と、今のうちに距離を取るとあたしは再び印を組む。

「雷遁・千鳥、ヴァージョン輝力っ!」

チッチッチッと帯電した電気が音を鳴らす。

「いいっ!?」

雷を四肢に纏ったあたしに驚きの声を上げるシンクさん。

【出たーーーっ!リオ選手の必殺技。千鳥だぁぁあぁぁぁっ!】

地面を蹴ると蹴った地面が焼け焦げている。

あたしの振りかぶった右手の一撃をパラディオンで弾いて防御するシンクさん。

「ちょっ!そんなの食らったら流石にただじゃ済まないんじゃ…」

「何を今更言っているんですかっ!自分だって極太の炎をぶつけて来たじゃないですか。あれだってフロニャルドじゃなかったら死んでますよ?」

「そ、そうだけど…」

「だから、多分大丈夫ですよ。防具破壊くらいで大怪我はしないはずですから」

たぶんあたしが千鳥で突いても何かに守られるようにただ吹き飛ぶだけじゃないかな。

フロニャ力の加護、凄いです。

と、言うわけで試合再開。

あたしは思いっきり手のひらを地面に叩き付けた。

「な、何を…うわぁっ!?」

扇状に地面が砕かれ隆起してシンクさんの足場を乱す。

シンクさんはあわててパラディオンを突き刺すと急いで石突きにのぼりジャンプ。

砕かれた地面から脱出する。

しかし今度は空中のシンクさんに向かって『竜象波(りゅうしょうは)』と名づけた雷撃弾を飛ばすが…

「勇者防御っ!」

なんと、突如現れた大き目の盾により阻まれてしまった。

流石に勇者、一筋縄には行かない。

しかし、その稼いだ時間であたしは輝力を脚部に集中する。

両手の千鳥は既に消した。

イメージするのはミウラさんの抜剣。

そしてこの間見たアインハルトさんの閃衝拳。

極限まで集中させた輝力を纏った足で地面を蹴ると、目にも留まらぬ速さで空中を駆け、落下中のシンクさんに向かって回し蹴りを放った。

「なっ!?」

偶然か、それとも実力か。先ほど顕現させた盾があたしの蹴りを妨げる。

しかし…

盾を砕き、蹴りはシンクさんまで到達し、吹き飛ばした。

ドドーーーンっ

後ろにあった岩壁に打ち付けられるシンクさん。

【リオ選手の強烈な一撃ーーーーっ!?これはさすがに勇者シンクも撃墜か!?】

「つぅー…凄いねっ!全然見えなかったよっ!」

そう言って立ち上がったシンクさん。

「あ、あら?」

戦闘続行か?と思った次の瞬間、シンクさんの防具がバラバラに破け散る。

わあああああああっ!

歓声が響き渡る。

【ここで勇者シンク防具破壊ーーーっ!この一騎打ちはリオ選手の勝利っ!勇者撃破でフリーリアは得点を大量ゲットだっ!】

「勝ったっ!」

けれど、あたしも一時退却。

輝力を結構消費したりして、疲労困憊だ。

陣まで戻ると、アオお兄ちゃんに出迎えられた。

「お疲れ、リオ。リオの試合は見れなかったけれど、ビスコッティの勇者撃破でポイント的にかなり優位にたった。アインハルトもガレットの勇者を倒してくれたし、中々良い感じだね」

「レベッカさんは?」

「ヴィヴィオが出張ったけれど、相手が悪かった」

相手は高機動砲撃方。

インファイターのヴィヴィオでは相性が悪いのは確か。

「結局なのはが砲術隊を率いて押し戻し、パスティアージュは一時撤退。ヴィヴィオは戻ってきてから防具を再装備して今はアスレチックコースの完走に向かってるよ」

なるほど。

「コロナは逆に防衛ラインの守りにその力を発揮しているね。彼女のゴーレムを抜ける一般兵は居ないだろう」

た…確かに。

ゴライアスのコブシでポンポンけものだまに変わっている敵兵が容易に想像できてしまった。

砲撃隊の攻撃もその巨体で受け止め、崩れたら再構成。

うん、本体を叩かない限り何度でも現れる上に、コロナもマイストアーツとか使えるからね。

コロナの防衛ラインはそれこそ勇者や騎士団長クラスじゃないと抜けないだろうね。

「さて、そろそろ俺も出るよ。流石に三国に攻められたら厳しいからね」

そう言ってアオお兄ちゃんは出撃して行った。

一見優勢に見えるフリーリア。

しかし、実際は多勢に無勢。

騎士団長や勇者クラスの無双も容認されているから、一騎当千が5人も居るフリーリアは何とか戦線を保っているに過ぎない。

あたしもミルヒオーレさんやリコッタさんとの戦闘には勝利できたけれど、流石にダルキアン卿には歯が立たず…

パスティアージュ陣営を攻めたヴィヴィオ達の前には英雄仮面と言うヒーローの登場で状況をひっくり返されたり、戦いは熾烈を極め、一日目は何とか僅差でフリーリアの勝利に終わった。
 
 

 
後書き
番外編は後1話くらいですね。長かったら分割するかも知れませんが… 

 

番外 リオINフロニャルド編 その6

そんなこんなでユニオンフェスタは順調に進み、最終日。

【さて、終にユニオンフェスタも残す所この一戦のみになりましたっ!】

と、アナウンサーが声を大にして言う。

【とは言え、最後のこの戦はエキシヴィジョンです。三国の領主様、勇者、騎士団長各位と有志の参加者対フリーリア王国がアイオリア殿下と四蝶の5人での戦ですっ!】

この戦、アオお兄ちゃん達には内緒で企画されたらしい。

直前まで知らされてなかったとアオお兄ちゃんがボヤいていた。

レオ閣下やシンクさん、ナナミさんが本気で潰しに行くのでアオお兄ちゃん達も本気で来いと挑発。

了承したアオお兄ちゃんだが…彼らの本気、つまり全てと言われれば絶対に彼らは本気は出さないだろう。

心転身の術を使えば内部からの混乱も狙えるし、幻術系の技をレジストする事は難しい。

そんな術を使われたら最初から勝負になりはしないのだから。


当然あたし達はアオお兄ちゃんに対峙する側で参加する。

あたし達は今、リコッタさんを囲むように集まり、作戦を立てている。

「相手は五人でありますが、知っての通り、個人の力量がとんでもないであります。化け物なのであります!」

「リコ…化け物はひどいですよ」

「姫さま、レオ閣下やお館様まで前回の戦では敵わなかったでありますよ?」

そう言えば、そうだったっけ。

「リコ、前回は舞台上での一対一での事。今回は集団戦だ。さすがの彼らも物量には敵わないんじゃないか?」

と、エクレが意見を述べた。

「あの、兵卒の数など物の足しにもならないかと」

と、アインハルトさん。

「どういう事なのデス?」

問いかけたのは第一戦で大活躍した英雄仮面さん。

名前はアデライド・グランマニエ。

数百年を封印装置の中で眠っていた過去の英雄で、クーベルさまのご先祖らしい。

「あれだけ凄い彼らが、広域殲滅攻撃を持ってないとお思いですか?彼ら一人一人がその気になれば一軍を殲滅させる事が出来る攻撃を持っているのです」

「つまりその攻撃をどうにかしないとと言うわけだな」

と、声を出したのは銀の髪に浅黒い肌の目つきの悪い男性がアデライドさんの後ろからにゅっと現れた。

「ヴァレリーっ!?」

彼はアデライドさんと一緒に封印されていた魔王さんで、名前をヴァレリア・カルバドスと言う。

「それで、こちらでその攻撃を防御できそうなのは誰か居るのか?」

ダルキアン卿の隣に居る和装の男の人。

彼はダルキアン卿の実の兄でイスカ・マキシマと言うらしい。なんか名前につながりが無いように感じたけれど、ダルキアン卿の本当の名前はヒナ・マキシマと言うから驚いた。

「私とバナードが先頭で受け止めれば私達の後ろに居る人たちは守れると思いますが…」

と、ビスコッティ騎士団長のロランさん。

「全員を守りきる事は出来ないって事ですね…」

そうナナミさんがまとめた。

「この場合騎士団長や親衛隊長クラスの人が固まって相手の一撃目を防御。その後広域殲滅を打たせないためにも接近して分断するしか手は無いのでありますね」

「待てリコ。その場合一般参加の兵士達は…」

「彼ら全員を守る事は不可能なのであります…」

エクレの問いに難しい顔をしてリコッタさんが答えた。

その後、絶対に一体多の戦闘に持ち込み、その後は臨機応変にと言う感じで作戦会議は終了する。

【さあ、ついにエキシヴィジョンマッチ、スタートっ!】

ドドーンっと言う花火の音で戦が開始される。

「みんな、頑張ろうっ!」

「うん」
「はいっ!」
「がんばりましょうっ!」

ヴィヴィオの鼓舞に皆それぞれ応える。

戦場をセルクルに跨り一気に詰める。

すると眼前を何か雪のような物が舞い落ちてくる。

何だろうと視線を上へと向けるとさらに舞い降りてくるピンク色の何か。

それは深深と舞い落ちあたしの体に付着していく。

いや、あたしの体だけではなくあたし達全員にだ。

払ってみたが、付着してしまって払い落とせない。

周りからも動揺の声が上がる。

「あっ…これは…」

アインハルトさんが何かを察したように呟いた。

「これが何か知っているのですか?」

「いえ、私が知っているのはこんな目に見えた物では無かったのですが…リオさん、何か体が重く感じませんか?」

「そ、そう言えば…」

「わたしも何か体が重いような」

「わたしも」

あたしの答えにヴィヴィオとコロナも答えた。

「まっ…まずいです…これは時間を掛ければ掛けるほどその重さを増します」

「ええっ!?」

「古代ベルカの時代、クラウスもこの現象で撤退を余儀なくされた事が有ります。その当時は何をされたのか分かりませんでしたが…おそらくこれは念攻撃……しかし、周りの人も見えているような気がします。…これは、きっとわざと見えるようにしているのでしょうね…」

後で聞いた話だが、これはなのはお姉ちゃんの念能力、『重力結界(グラビティフォール)』だそうだ。

能力は散らされたなのはお姉ちゃんのオーラが辺りの物に付着して行き、付着した量によりその重量を増す。

攻撃力は皆無だが、この能力はひどく強力だろう。

周りを見るとこの異常事態にみなパニック気味だ。

そしてこの能力は時間が経てば経つほど付着していく量が増える。

つまり重量が増す。

となるとそろそろ…

「わ、わあっ!」
「ぐおっ…」
「そわぁっ!」

セルクル達が体重を支えきれず倒れこみ、皆落馬するのが見える。

「お、降りようっ!」

「うんっ!」
「わ、分かったっ!」
「はいっ!」

【戦場に降り積もるピンクの雪。…これはいったいどういう事か?兵士達の足が止まっていますっ!それどころか空騎士の皆さんも地上に引き寄せられるように不時着している!?】

セルクルから慌てて降りたあたし達。

しかし…

「お、重い…体がうまく動かない…」

既に自分の体重が倍近くに成っているのではなかろうか。

空を見れば次々に空騎士達が墜落して行っている。

前方を睨む。

いつの間にか向こうも距離を詰めていたらしく、アオお兄ちゃん達の姿が見える。

あたしは重い体を念で強化し立ち上がり、油断しまいと写輪眼を発動させた。

「何か対抗策は!?」

「距離に制限があるくらいですか…2km…それがクラウスが判断した能力範囲です…けれど…」

「……アオお兄ちゃんたちも日々強くなっている…今現在もその規模とは限らない?」

「はい…それと、一度捕まってしまうと抜け出す事が容易では無い上に…」

不安を増徴するような感じで言葉を切ったアインハルトさんは辺りを見渡した。

あたしも倣って見渡すと、すでに兵士は一歩も動けずに地面に這い蹲っている。セルクルも同様だ。

すでに立ち上がっているのは輝力の扱いに長けた者だけだ。

「こちらの動きを止めた所で…来ますっ」

アインハルトさんの忠告。

視線をアオお兄ちゃんたちに戻せばアオお兄ちゃんが印を組んでいる。

まっ!マズイっ!

印は火遁の派生印。

つまりこれから放たれるのは火遁の術!

「み、みんなっ!大技が来ますっ!防御をっ!」

叫んだ後あたしは直ぐに皆の前に出る。

「リ、リオ!?何を!?」

確認できたアオお兄ちゃんの印は火遁・豪火滅却に近い印だが、知らない印だった。

アオお兄ちゃんは既に印を組み終わり、組んだ印を口元に持って行き仰け反った。

あたしはすばやく印を組むと大きく息を吸い込んだ。

『火遁・豪火滅失』

アオお兄ちゃんの口から放たれた炎は大きな壁となり押し寄せる。

「えええええ!?」
「うそっ!」
「ナナミ!水陣衝で相殺は!?」
「む、無理だよ!?レオさまは!?」
「ワシの最大火力は自分中心じゃ、むしろ仲間にも被害で出るのぉ」

「「そんな~」」

てんやわんやしているシンクさん達。

『火遁・豪火滅却』

あたしは直ぐにそれにぶつけるようにあたしが放てる最大級の火遁で迎撃した。

【アイオリア殿下とリオ選手、両者火を噴いたっ!?これはいつかの再現か!?しかしその規模がその時とは桁が違いすぎる!?】

範囲は向こうの方が上だが、それでもあたしの豪火滅却で一部は相殺できている。

これなら結構な数の兵士を守れるかもしれない。

しかし、あたしのそんな考えは打ち砕かれる。

ソラお姉ちゃんが忍術を使ったからだ。

『風遁・大突破』

風は火を煽る事が出来る。

突如、アオお兄ちゃん達の方から強風が吹き荒れ、風に煽られた炎は勢いを増し、あたしの火遁すら飲み込んで襲い掛かった。

「リオさんっ!?」

アインハルトさんが不利を悟ってあたしを強引に抱きかかえ、連れ去った。

抱きつかれたと同時に火遁は終息させたのでアインハルトさんに怪我は無い。

そのままあたしはヴィヴィオ達の所まで下がる。

「クリエイトっ!」

コロナがあたし達の前方に地面を隆起させて土の囲いを作った。

「「はあああっ!」」

その内側でロランさんとバナードさんが障壁を張る。

その中に集まる事が出来たのは作戦会議に参加していた人たちのみだ。

炎の壁はあたし達を通り過ぎ、後続を次々に燃やしていく。

【なんとっ!今の攻撃で戦場は死屍累々。残っているのは騎士団長クラスの人達だけか!?】

もはや立っているのはあたし達だけで、右も左も大量のけものだまが溢れかえっている。

アオお兄ちゃんの火遁が終息すると、いきなりあたし達を襲っていた重さが無くなった。

見れば付着物がきれいさっぱり無くなっている。

「あれ?体が軽くなった?」

「ほ、本当だ。もしかしてこの能力には時間制限があるのかな?」

ヴィヴィオの呟きにアインハルトさんが答える。

「いえ、こんな短時間で終了するような物では無かったですよ……時間が経てば動く事も適わない。最後は自重で押しつぶされて終わりです。…これは救護の為に解かれたと考えた方がよさそうですね」

ダメージを食らってたま化しているとは言え、救助は必要だ。

スタンバイしていた救護班が虫網を手に持ってけものだまに変化した兵士を拾い集めている。

その光景は結構シュールだ。

「しかし、今しかありません。あの能力が解除されているうちに距離を詰めて分断しないとっ!」

「そ、そうだねっ!行くよ、シンクっ!」

「うん、分かったっ!」

シンクさんとナナミさん先立って駆けていく。

「どれ、ワシ達も行くとしようか」

「はい、レオさま」

レオ閣下とミルヒオーレさんも勇者に続く。

「リオっ!わたし達も…リオ!?」

あたしが少しふらついたのでヴィヴィオは驚いたようだ。

「あはは、少しオーラを使いすぎちゃった。…大丈夫、行けるよ」

流石に豪火滅却は消費が激しい。

「ほ、本当に?」

しかし、今この時にへこたれている場合ではない。

「大丈夫っ!」

そう言ってあたしは重い体に活を入れ、駆け出した。

「はぁっ!」
「はっ!」
「おらぁっ!」

シンクさん、ガウくん、ナナミさんがまず接敵し、それぞれの得物でアオお兄ちゃん達を分断する。

「行きますよ、ヴァレリー」

「へーへー、了解っ!」

「行くか、兄じゃ」

「久しぶりに童心に帰るのも一興か」

英雄王さんに魔王さん、ダルキアン卿にイスカさんが分断した後に割って入り、合流させまいと攻撃を開始する。

空からは再び飛び上がったレベッカさんとクーベルさまが援護射撃を繰り出している。

残ったあたし達やミルヒオーレさん、リコッタさん、ユッキー、エクレも急いでその戦闘に加わるべく駆けた。

向かうはアオお兄ちゃん。

対するはあたしとダルキアン卿、イスカさん、空中からはクーベルさまが援護をしている。

「はぁっ!」

巨大な直刀を軽々と振り回しアオお兄ちゃんを攻撃するダルキアン卿。

「ふっ」

その攻撃を細身のカタナで軽々と受けるアオお兄ちゃん。

よく見れば流で刀身を強化しているし、自身の腕力も強化しているだろう。

「流石でござるな」

「そっちもね」

アオお兄ちゃんが受け止めた刀身を弾き返す。

すると、隙ありとばかりに背後からイスカさんが抜刀する。

「はっ!」

それを鞘を手に持ち受け止め、やはり弾き返した。

あたしも今がチャンスと念で脚部を強化し、駆ける。

「木の葉旋風っ!」

空中回し蹴りがアオお兄ちゃんを捕らえるが…

鞘をレ点を描くような軌道で切り上げ、あたしの攻撃を受け流した。

その後も入れ替わり立ち代り、何合も斬り合うが、それを凌いでいるアオお兄ちゃんは本当に凄いと思う。

「とは言え、流石に多勢に無勢…」

そう呟いた後、アオお兄ちゃんは両手の人差し指と中指を立て、クロスさせた。

影分身の印だ。

「ま、まずい!?ソルっ!」

『アクセルシューター』

させてなるものかとシューターを放つが…

『プロテクション』

現れるシールド。

当然防御魔法で防がれてしまった。

『影分身の術』

ボワンっと現れる二体の影分身。

本体を含めれば三人のアオお兄ちゃんがそれぞれ目標を定め、地面を駆ける。

「なっ!?分身!?」

「で、ござるな!」

驚いているイスカさんとダルキアン卿。

キィンっギィンっ

「幻影ではないでござるなっ」

「はいっ!それにこの分身の戦闘能力は本体と同等なんですっ!」

ダルキアン卿の言葉にあたしが注釈を加えた。

「本体と同等だと!?それは輝力の扱いもかい?」

イスカさんがアオお兄ちゃんのカタナを受け止めつつ問い掛けた。

「はいっ!」

「それは厄介だっ…なっ!」

気合と共にイスカさんはアオお兄ちゃんのカタナを弾き返した。

目の前のアオお兄ちゃんの影分身が振るうカタナを避けた一瞬であたしも影分身。

ポワンっと言う音と共に現れた影分身が腰に挿したカタナに手を掛け、この戦で初めて抜き放つ。

ギィンっと甲高い剣戟の音が響く。

影分身にアオお兄ちゃんの影分身を任せ、一旦距離を取る。

あたしは神経を集中する。

輝力開放っ!

すばやく印を組む。

「何か弱点は無いのか?」

「しいて言えば防御力が低い事です。大きなダメージを与えれば維持できず消失しますっ!」

ポワンっと煙を上げてあたしの影分身が消失した。

流石にカタナでの斬り合いは習熟度の低いあたしではまだ分が悪かった。

「なるほど。今のがそうでござるな」

「はいっ!」

と、返事をした所であたしも反撃の準備が完了する。

「雷遁・千鳥、ヴァージョン輝力っ!」

もはやおなじみの輝力版の千鳥だ。

しかし、アオお兄ちゃんの影分身を打倒しうる威力を出すにはおそらくミウラさんの抜剣ほどの威力が欲しい所だ。

しかしそれには集束させる時間が作れない。

その時だ、空中からクーベルさまがこちらに飛びながら紋章砲での援護射撃が時間を作ってくれた。

あたしは直ぐに集束に入る。

「輝力開放、レベル2っ!」

目の前のアオお兄ちゃんは空中のクーベルさまをどうにかしようと懐から何かを取り出し、地面にばら撒いた。

一体なんだとあたしは警戒を緩めない。

アオお兄ちゃんは右手にオーラを集めると、地面に手を着いた。

着いた手からオーラが広がり、ばら撒かれた物に到達した瞬間、地面から突如巨木が乱立した。

後で聞いたアオお兄ちゃんの念能力、『星の懐中時計・クロックマスター』と言うらしいその能力は物体の時間を進めたり戻したり止めたり出来るらしい。

今のはそれで巨木の種を急成長させたのだ。

「のわわわわわわわっ!?」

いきなり現れた巨木に突っ込み激突。

「きゅー…」

クーベルさまは枝に絡みついたまま気絶してリタイアだ。

しかし、クーベルさまの稼いでくれた時間であたしの集束も最大威力だ。

右足からヂッヂッヂッヂッヂッヂと凄い唸り声が聞こえる。

アオお兄ちゃんから教えてもらった技ではダメだ。

それらは全て熟知されている。

だから、今放つのはあの技だ。

この前シンクさんに放った技。

あれをもっともっと昇華させる。

ミウラさんの抜剣。

アインハルトさんの閃衝拳。

だけど、基本はあたしのもっとも得意な木の葉旋風。

これを全て掛け合わせ、昇華させる。

行きますっ!

蹴った地面が抉れ、焼け焦げる。

「ああああああっ!」

その時、あたしは音速を超えたと思う。

右足に集めた雷が光を放ち、昼間だというのに辺りを白く染め上げる。

『雷鳴・旋風衝』

ここ数ヶ月のあたしの集大成である。

「なっ!?」

驚くアオお兄ちゃんの声が聞こえる。

「くっ…」

急ぎ、流で防御力を強化したようだが、あたしの蹴りがその防御を上回った。

ポワンっと消え去るアオお兄ちゃんの影分身。

ザザザーーーーっ

地面を滑りながら減速し、もう一度脚部に力を込める。

そのままイスカさんが相手をしていたもう1人の影分身に向かい二撃目。

つばぜり合いをしていた為にガードが間に合わずに崩れ去る影分身。

さらに着地して地面を蹴ると今度は本体へと翔ける。

あたしの攻撃を察して飛びのくダルキアン卿。

三撃目っ!

行ける!と一瞬あたしは確信した…が、しかし。

無常にもあたしの攻撃は止められてしまった。

「…、すごいな。本体に直接来られたら流石に防御は出来なかったかもしれない。…さすがに三撃目は威力が落ちたね」

くっ…確かにそうだ。

どうしても一撃ごとに威力は下がっていったのは感じ取れていた。

「下がるでござる。リオ殿っ!」

ダルキアン卿の声にあたしは膝を曲げ、蹴り上げるとそのままくるくると後方へと距離を開けた。

「神狼滅牙っ」

着地してダルキアン卿とイスカさんに目をやると二人は山をも越えるほどの大きな剣を輝力で生み出していた。

込められた輝力にあたしはビリビリと衝撃を感じるほどだ。

ダルキアン卿の剣が垂直方向に振り上げられ、イスカさんは凪ぐように水平方向に構えられている。

「「必滅・十文字っ!」」

一瞬イスカさんの斬撃の方が早く動いた。

まずは水平攻撃で退路を断ち、もし飛び上がっても垂直に振り下ろされたダルキアン卿の一撃が仕留めるのだろう。

故に必滅。

しかし…

「………スサノオ」

え?

アオお兄ちゃんが何かを呟いた気がした。

ドドーーーンっ

粉塵が視界を塞ぐ。

【なっ!なんと言うことでしょう。ダルキアン卿とイスカさまの大地を揺るがす一撃っ!さすがのアイオリア殿下もこれはノックアウトかっ!?】

「いや、まだでござる…」

低い声で呟くダルキアン卿。

粉塵が晴れるとそこには大きな上半身のガイコツが何かを守るような格好で現れた。

そのガイコツに阻まれ、二人の剣はアオお兄ちゃんを捕らえられていない。

見る見るうちにガイコツに肉がついていく。

それは女性のようで、さらにそれを囲むように鎧が装着される。

そのさまは巨大な偉丈夫だ。

いつの間にかその巨人は二人の剣を振り払い、左手には大きな盾を、右手には幾つも枝がついている歪な剣を持っていた。

「まさか、これを使う事になろうとは…もう少し手加減してくれても良かったんじゃないかな?」

「アイオリア殿下に手加減なんてどうして出来ようか。まだかようなお力を隠し持っておいででござるからに」

と、ダルキアン卿。

「一応これは俺達の切り札だからね。普段なら絶対に見せるような物じゃないんだけど、フロニャルドの風潮の所為かな?見せてもいいかななんて思えるのは…」

あれがアオお兄ちゃんの切り札…

「それじゃぁ…行くよっ!スサノオっ」


振り下ろした大剣はその一撃であたし達は吹き飛ばされ、戦闘不能に陥らされた。

「きゃーーーーっ!」

意識を失う前に見えたのは、後ろに見えていた丘を一刀の下切り裂いた所までだった。

………これは次元が違うよぉ。



「叩いて砕けっ!ゴライアスっ!」

わたしはナナミさんとジェノワーズの3人とでシリカさんとの対戦に望んでいる。

シリカさんのバリアジャケットは漆黒に紅い模様が禍々しい竜鎧だ。

手に持つデバイスは双短銃。

ティアナさんのクロスミラージュが一番近いだろうか。それに魔力刃を展開しダガーにしている。

わたしに出来るのはやはりゴーレム操作。

ゴライアスを攻撃に防御に操ってナナミさん達を援護する。

今もシリカさんが繰り出した剣戟を見かけよりも速いゴライアスのコブシがインターセプト。

距離を開けたナナミさんに追撃しようと迫ったシリカさんの両短剣の攻撃をガードする。

「ありがとー、コロナっ」

「はいっ!」

あたしがシリカさんの攻撃を遮っている隙を狙ってジェノワーズのウサギのような耳の女性、ベルさんが間の抜けたような声と共に弓での射撃体勢に入った。

「いきますよ~、えーいっ!」

気合の入っていないような掛け声だが、放たれた矢は幾重にも分裂してシリカさんを襲う。

「ふっやぁっ!」

シリカさんは最小の動きで飛んで来る矢を打ち落とし、被弾せずに避けた。

「水陣衝っ!」

ナナミさんの紋章砲。

それを直線上から難なく避けるシリカさん。

しかし回避した先にはノワさんが先回りしている。

「セブンテイル」

猫の尻尾のような物が七本に分かれ伸縮し、シリカさんに襲い掛かる。

ダッダッダッ

尻尾がからぶって地面に突き刺さる。

「うりゃーーーっ!」

「ふっ!」
ギィン

絶妙なタイミングでジョーさんが戦斧を振り下ろすが、力勝負のはずなのに重量でも質量でも負けるシリカさんの短剣が戦斧を弾き返した。

「なっ!?」

流石にこれにはナナミさんをはじめ、ジェノワーズの皆が驚いた。

すかさずシリカさんは距離をとる。

「皆強いね。このままじゃジリ貧かなぁ…だから、あたしも少し本気を出すね」

「今までのは本気やなかったんかいっ!」

と、たまらず突っ込んだのはジョーさん。

「この能力は強力すぎて普段は余り使わないんだけど…フロニャルドの加護って凄いよね」

言ってる意味が分かりません。

しかし次の瞬間、体の中をめぐっていた魔力やオーラの力を技に乗せる感覚を感じなくなった。

輝力は練れていると思うのだけど…

わたし達の首元にチョーカーのような物が巻きついている。

「え?」

「何これ?」

「う、うそっ…」

これは一体?と思ってシリカさんを見れば、いつの間にか醜悪な上半身は人間、下半身はムカデのような全身骨で出来た骸骨の化け物が現れていた。

ザ・スカルリーパー

「輝力が使えないでしょう?
『理不尽な世界《ゲームマスター》』 これがあたしの能力。他人に自分のルールを押し付ける。もちろん、あたし自身にもそのルールは当てはまるから自分でも輝力は使えない。もちろんそれ以外も」

それ以外とは魔力とオーラの事だろう。

「あら?そのゴーレムは構築済みだったからテイムモンスター扱いになっちゃったか」

ゴーレムとはわたしのゴライアスの事だ。

しかし、魔力による制御が出来ない今、わたしの制御を受け付けない。

「それでも条件はあたしに有利。
あなた達は五人と一体でこのスカルリーパーを相手にしなければならない」

GURAAAAAAAA

震わす喉も無いくせに骸骨が吼える。

その雄たけびは身の毛もよだつほど恐ろしい。

「アオさんには壊れ能力とか言われるね。本来なら条件が細かいような能力になるとか何とか。だけど、そう言うものだと思えば条件とか何とかなんて関係ないと思うのだけれど…。あなた達にはこの理不尽に打ち勝つ力はあるかな?」

巨体には似合わない速度で動き、両腕の鎌を振るうスカルリーパー。

まず標的にされたのはナナミさん。

「きゃーーーっ!」

一撃でその鎌に吹き飛ばされて防具破壊。

「ナナミさんっ!?」

「きゅーー…」

どうやら気絶しただけのようだ。

「くっ…ゴライアスっ!」

わたしの言葉で動き出したゴライアス。

しかし、その動きはわたし自身が操っている時ほど柔軟には動いてくれない。

スカルリーパーがゴライアスの周りにとぐろを巻くように移動した時に打ち払った尻尾によってベルさんとジョーさんが吹き飛ばされて戦闘不能に陥った。

ゴライアスは懸命にコブシを繰り出すが、わたしの命令を聞くわけではない。

しかし、ゴライアスは強く、どうにかスカルリーパーを止めている。

二体は激しくぶつかり合い、その余波に巻き込まれないように逃げ惑うのがやっとだ。

「つっ…」

突如背中に気配を感じたと思った瞬間、背中に短剣を押し付けられた。

二体の戦いに気を取られすぎていたらしい。

いつの間にかシリカさんの接近を許してしまっていたようだ。

「こ、降参です…」

わたしはそこでリタイア宣言。

その宣言の後、シリカさんは能力を解除したらしい。

ガイコツムカデは霞のように消え去った。





さて、結局あれだけの数で五人しか居ないアオお兄ちゃんたちと対戦したわけだけど、結果は惨敗。

まさかこの戦力で負けるとはあたし達以外誰も思っていなかったらしく、みな驚愕していた。

しかし、そんなネガティブはフロニャルドの人には似合わない。

直ぐに前向きに受け止め、みな次こそはをこの戦を糧としていた。

そんなこんなでユニオンフェスタは終わりを告げ、二週間に渡るあたし達の滞在も終わりを告げる。

旅行カバンに荷物を詰め込み、帰還準備を終えるとドライアプリコット城の中庭へと移動しした。

「あー、楽しかったね」

修行に戦。両方とも凄く充実していた。

「うん、確かに楽しかった。また来ようね」

あたしの呟きに同意したヴィヴィオ。

「そうですね」

「そうだねー」

アインハルトさんとコロナも追随した。

「ヴィヴィオはこの後の夏休みの予定は?」

「わたしはミッドチルダに帰って数日ゆっくりしたらなのはママのお休みに合わせて地球のおじいちゃんとおばあちゃんに顔を見せに行かないとかな」

「なんだ、ヴィヴィオは地球に行くのか?」

少し遅れてやってきたアオお兄ちゃんがヴィヴィオの話に興味をそそられたのか会話に混ざった。

「はい」

「そうか。地球は俺的には凄くなじみが深く愛着も有る。特に日本なんかは住みやすい所だよ」

「そうですか。…そう言えば海鳴に住んでいたのですものね」

「ああ。ついでに言えば高町の家…正確には不破の家だが、彼らとは遠い親戚だったよ」

「フワ?」

「士郎さんの旧姓。高町になる前は不破って言ったんだ」

「そうなんですか。今度行ったときに聞いてみようかな」

「御神と不破は古くから伝わる剣術を継承していてね。リオに教えている剣術もその時覚えた技術だ。昔士郎さんに教えてもらった事もあるんだよ」

え?そうなの?

「え?と言う事は、わたしも継承しないと高町家の子供としてはいけないのかな?」

「あははっ、無理に覚える必要は無いんじゃないかな?」

と、笑い飛ばすアオお兄ちゃん。

「ど、どうしてですか?」

「なのはさんは習ってなかっただろう?覚えたいと自分で決めたなら良いが、そうでなければ強要はしないと思うよ、士郎さんは」

なのはさんとはここに居るなのはお姉ちゃんの事ではなくてヴィヴィオのお母さんのなのはさんの事だ。

「あのっ…アオお兄ちゃんの世界のわたしはどうだったんですか?」

「ヴィヴィオ?あの娘は俺たちの影響を色濃く受けたから…ね」

その言葉で想像がついてしまった。

おそらく今のあたしなんかじゃ太刀打ちできないほどだったのだろう。

会える訳じゃないけれど、平行世界のヴィヴィオに軽く嫉妬した。

ヴィヴィオは考えてみますと言って答を保留した。

「ああ、そうだ。地球に行くなら注意する事がある」

「何ですか?」

「世界にはその世界の神秘の法則がある。このフロニャルドでの加護の力なんかがそうだ」

うん?

「地球にも地球の神秘がある。面倒事に巻き込まれそうになっても、自分から突っ込んでいかない事だね」

意味が分からない。

「つまりね…」

と、前置きをして少し長いお話をアオお兄ちゃんは語った。


さて、名残惜しいがそろそろ帰る時間だ。

大丈夫、冬休みはきっと直ぐに来る。

ほんの少しのお別れだ。

見送りに出てきてくれたフロニャルドの人たちに別れを告げるとあたし達は転移魔法で元の場所へと戻り、残りの夏休みを満喫するのだった。


 
 

 
後書き
ドッグデイズ編終了。次があるとしたら三期が終わったらですかね…
次回は新しいクロスになるんじゃないかなと思います。書き上げてからの投稿になるので時間がかかると思いますがご了承いただけますよう。 

 

第七十三話 【カンピオーネ編】

 
前書き
今回からカンピオーネ!編です。
しばらく主人公不在です。そしてこの章は今までとは違い三人称になります。 

 
城楠高校一年六組に在籍する坂上紫(さかがみゆかり)の周りからの評価は、残念な美人である。

容姿端麗な彼女は告白される事もしばしばある。

サッカー部のキャプテンや野球部のエース、さらには学校内イケメンランキングで一桁に入っていそうな美男子が次々に告白してこようが、一向に首を縦に振る事はなかった。

別にユカリが恋愛と言うものに興味が無い訳ではない。

むしろ大いに有ると言って良いかもしれない。

しかし、ユカリにはどうしても譲れない唯一つの条件があった。

今まで告白してきた男子のその全てがその条件を満たしていなかっただけ。

だが、普通の高校生にユカリの出す条件を満たす事など不可能だろう。

なぜなら…

「私は今すぐにでも子供が欲しいの。あなたに私と子供を養うだけの生活基盤はあるの?」

これが最近の告白に対するユカリの返事である。

この発言が浸透した結果、ユカリは残念な美人の称号を獲得したのだ。

子供の恋愛なんて未来を考えないその時だけのもの。

好きだとか、ただ一緒に居られればとか、そんな物では子供を育てる事は出来ない。

高校生の彼らがしっかりとした生活基盤が出来るまであと何年かかるだろうか。

高校が3年。大学進学で4年。さらに就職し、安定を得るまで数年。

およそ10年と言った所だろうか。

ユカリはそんなに待つつもりは無いのだ。

坂上紫(さかがみゆかり)は今すぐにでも子供が欲しいのだから。







高校に入学して二ヶ月がたった。

わずらわしい告白に辟易する事もしばしばあったが、最近はそれもどうやら落ち着いたらしく、平穏な学生生活を過ごしていたユカリだったが、ここに来て嫌な感じの物が学校に持ち込まれている事に気がついた。

それの持ち主は入学当初からそのオーラの強さから密かに注視していた人物だった。

草薙護堂(くさなぎごどう)

この春入学した男子生徒で、彼の纏うオーラの鮮烈さは名状しがたい物がある。

再び地球に生まれついて15年。

自分でもこの世界のことをいろいろ探ってみたが、御神の家や、海鳴と言う名の街が存在しない事などを確認した後、自分達がいた地球では無いのではないか?と判断し、後の考察は自分の息子に任せようと、保留して今に至る。

その間も超常のあれこれとは無縁に暮らしてきたので、そう言った物は存在しないのではと思ってきたのだが…

それが覆されたのが前述の草薙護堂だ。

とは言え、特に彼とは接点も無く向こうはこちらに気がつかないので特に問題なく暮らしていたのだが…今日、廊下ですれ違った草薙護堂の胸の辺りから漂う強烈なオーラを感じたのだ。

直ぐに『凝』で見てみれば、胸ポケットの辺りに蛇のような形をしたオーラがとぐろを巻くかのように絡み付いている。

それは禍々しく強烈でおそらく何かの念具で有ろうと推察したユカリは、どうするべきかと一瞬考えたが、接点も無いと不干渉を決める。

しかし、主人公(アオ)不在でも騒動は付いて回り、この後ユカリは神と遭遇することになる。


その日の帰り道、何かに惹きつけられるかのように見上げた先に人影のような物が見える。

距離はおよそ300メートルくらいであろうか。

何だ?とユカリは思案し、『凝』を使い視力を強化すると、ビルの屋上の縁に猫のような耳のついたフードをかぶった銀髪の少女が重力など感じないかのように不自然に立っていた。

その異様さに彼女は只者では無いと感じた瞬間、その少女はこちらに視線をよこした。

視線が交差する。

ゾクっ

ヤバイっ!と思った次の瞬間には少女は体重すら感じないような軽やかさでビルを蹴り、こちらへと跳躍し、音も無くユカリの眼前に着地する。

「いま(わらわ)を見ていたのはそなたよな。人の身で神である妾を認識するとは、そなたは魔術師かはたまた魔女か」

神と、目の前の少女は言っただろうか。

かろやかなソプラノの美声で歌うように発せられた言葉。その言葉に念が込められている事を感じユカリはすぐさまオーラを纏い受け流した。

彼女から発せられるオーラは強烈で、気を抜けば一瞬のうちに飲み込まれてしまうような錯覚すら覚える。

「あなたは何?」

これほどの強烈なオーラを発する存在を人のカテゴリーに当てはめて良いのか。

そんな直感によって出された言葉が「(なに)」だった。

「おかしな事を聞く。そなたは魔術師か魔女の類であろう。ならば妾の事を知っているは道理よな?」

質問を質問でかえされた。

「残念だけど、私は魔術師でも魔女でも無いわ。だからあなたの事を知らないの」

ユカリの言葉に少女はほんの少し怪訝そうな表情を浮かべた後に言う。

「そうか…ならば名乗ろう。妾はアテナの名を所有する神である」

アテナと名乗った少女。その言葉に一瞬考え込むユカリ。

アテナ。

ギリシャ神話の軍神であり勝利の女神である。

そんな事は特にその道に詳しくないユカリでも知っている名前であった。

「まさか本当に神様だというの?」

「そう申しておるよな」

彼女の声には当たり前だと言う感じの声色が混じっていた。

「さて人の子よ。神である妾が問う。おぬしは《蛇》が何処にあるか知っているか?」

「へび…」

とユカリは口に出し思案し、そして思い至ってしまった。

「ほう、知っておるのか」

彼女の言葉から発生するプレッシャーが増大する。

彼女の言う《蛇》とは、草薙護堂の胸ポケットに納まっていた物だ。

ユカリはその物を見たわけではないが、手のひら大の大きさのメダルで、その中に神秘を内包した神具である。

その名前をゴルゴネイオンと言う。

もしこの時、アテナから発せられた言葉が『ゴルゴネイオン』であったなら、きっとユカリは思い至らなかった。

しかし、アテナが口にしたのは蛇。

奇しくも今日草薙護堂の胸のうちでとぐろを巻く蛇を見てしまった後であった。

「知っておるなら申せ。妾が求めるはゴルゴネイオン。その証左によればおぬしを見逃してやろうよな。しかし…もし口をつぐもうものなら、安らかなる死を与えよう」

自分が圧倒的な優位なものと確信しているからこその物言いだった。

ユカリは大きく息を吐くと、目の前のアテナを見つめ返す。

「…別に教えてもいいのだけれど」

とユカリは前置きしてから問いかける。

「その蛇?を手に入れてあなたはどうするの?」

「妾は蛇を手に入れ古の三位一体の女神としてこの世界に現れるであろう。それこそが妾の望みなれば」

「………」

「………」

「え?それだけ?えーっと…なんかニュアンス的に本当の姿を取り戻すとか、第二形態に変身するとかそんな感じ?」

「そうであるな」

「本当にそれだけ?」

「むっ…そう言われると何かしてみたくなるものよな。…ふむ、三位一体の女神に戻った暁にはこの醜く歪んだ人間の社会に死をくれてやるのもやぶさかではないな」

その言葉を聞いたユカリは少し思案し、言葉を発する。

「……あなたには醜く歪んでいるように見える人間社会でも今の時代は数々の娯楽に溢れているのに」

「娯楽とな?」

例えば?と女神は問いかけた。

「食は人間の最大の欲求ではあるのだけれど、同時にこの上ない娯楽よ。美味しい物を食べれば自然と表情が崩れるものだし、きっとあなたのその険しい顔も緩むと思うわよ」

「食べ物なぞ自然の恵みのみでよかろうものよな」

「あなたは本当に美味しい物を食べた事が無いのよ。人類の研鑽の上に生み出される料理の数々は口にすれば至福の時間を味わえると言うのに」

食べた事が無いのなら今度私がご馳走するわとユカリ。

「ふむ、少し興味が湧いてくる提案はあるが、やはりこの夜を恐れぬ人間の愚か振りには神罰を下さねばならぬと思うゆえな」

だからゴルゴネイオンの所在を教えろとアテナが言う。

しかし、ユカリは口を閉ざす。

「教えぬか…ならば仕方ない。神の力を示した上でもう一度問う事にしよう」

そう口にしたアテナの背後からまだ夕方だというのに闇が広がった。

人口の明かりはことごとく飲み込まれ、辺りを闇が支配する。

それはアテナが行使した超常の力だった。

「ちょっ、ちょっとっ!こんな街中でなんて事をしているのよっ!」

神は神ゆえに人間の都合などは考えない。

「なに、人払いは済んである」

そう言えばまだ夕暮れ時だというのに人の気配が無い。

「抵抗するのなら全力でかかってくるがよいぞ。蝶の羽をもぐようにかわいがってやろうよな」

実力行使に出たアテナにユカリも覚悟を決めた。

「……すさまじいオーラね。戦えばきっと10回に8回は負けそうだわ」

アテナを見れば何処からとも無くフクロウが次から次へと現れる所だった。

「そなたの言を聞くに残りの2回は勝てると言っていようよな。神を前にして不遜なことよ」

「ええ、そうよ。私の息子なら8回は勝てるでしょうね」

8回は勝てると言われたアオだが、実際に神と戦えといわれれば、おそらくその勝率は極端に低くなるだろうと言わざるを得ない。

それほどまでに神と人とは隔絶しているのである。

とは言え、『必殺の一撃は初撃で』をモットーにしているアオなら、油断している神ならば確かにそのくらいの勝率にもなるかもしれないが…

「そなたに息子がおるのか?」

「その問いにはまだいないと答えるわ。でも生まれる私の子は最強よ?」

「未来を見たような事を…面白き事を言う人間よな」

「だけど、あなたから逃げ切るだけならば多分10回中9回は逃げ切れるわ」

「ほぉ…ならば試してみるが良い」

「ええ」

戦っても勝てる見込みが低いと見るやユカリは逃げに転じる。

予備動作も無くユカリの足元に一瞬魔法陣が展開されたと思った次の瞬間、ユカリの姿は消えていた。

突撃の合図を待つフクロウは所在なく鳴き声をあげる。

「これは……」

コツコツと今までユカリが居た場所まで歩を進めるアテナ。

「気配が完全に消えている。…智慧の女神たる妾をしても分からぬとは…ふふふっ…やってくれる」

完全に逃げ切られた事を悟ってアテナは闇とフクロウを消し去った。

「まずはゴルゴネイオンを探し、しかる後に彼女には再戦を叩きつける他はない」

そう決意したアテナはそう言えばと気がついた。

「名を聞いてなかったか。妾がただの人間に興味を持つなど、いかほどぶりだろうか」

まあいい。

「すぐに妾は三位一体の女神となり汝の前に現れよう」

誰も聞いている者の居ないそれはアテナの再戦への宣戦布告だった。



さて、アテナの前から忽然と姿を消したユカリが今何処に居るかと言えば…実は一歩も動いていなかったりもする。

「ありがとう、レーヴェ」

『問題ありません』

ユカリが感謝の意を言葉に出すと、彼女の胸元から返事が返ってきた。

外装は紫色をしたクリスタル。それをチェーンにくくりつけ、首から提げている。

彼女のデバイス、レーヴェである。

そんな彼が彼女の意を汲んであの一瞬で行使した魔法。

それは封時結界の魔法だった。

展開されたそれはユカリを結界内に取り込むと、それ以外をはじき出した。

つまり、空間をずらしたユカリは一歩も動かずしてアテナから逃げおおせたのである。

しかし、これも一種の賭けであった事は否定できない。

オーラを行使しているように見えたアテナだが、魔導師としての技術も持ち合わせていたら、おそらくこの結界内に割り込んできた事だろう。

それが無いという事はひとまずは安心か。

「とりあえず結界を家の方まで伸ばして、結界内で帰ろうか」

『了解しました』

「それにしても彼女、やばかったわ」

『そんなにですか?』

「ええ。蛇を探してるって言ってたけど、多分今日見たアレよね」

『心当たりがあるのですか?』

「まぁね、草薙護堂。ウチの学校で一際オーラの激しい人物よ。武道の心得があるようには見えなかったけれど…」

とは言え、ユカリには護堂に連絡を取る術が無い。

「……明日、無事に彼が登校してきたら、それとなく注意するしかないわね」

その後の方針を決め、結界内を帰路に着いた。


住宅街にある古めかしいこじんまりとした一軒屋。

ここがユカリの家だ。

坂上紫は現在都内で1人暮らしをしている。

両親はユカリが小学校の頃に交通事故で他界している。

彼女が生きてきた時間は既に膨大で有り、両親が残してくれたお金で大学を卒業するくらいはあったために1人暮らしをはじめた。

その時に家の権利やらなにやらと持っていこうとした親族とのイザコザを両親の知り合いだという高齢の男性が取り持ち、押さえ込んでくれた。

中々男気溢れる男性で、高齢でなかったら是非ともお付き合いしたいほどの人だったが、すでにユカリと同じくらいの年の孫までいるという。

そんな彼とは正月に年賀状を出すくらいの付き合いは続けている。

そう言えば彼の苗字も草薙だったな…などと、ふとした事でユカリは思い出した。


そんな感じなので当然、誰も出迎えない。

ひんやりとしたドアノブに手を掛け、家の中に入る。

今日は中々に面倒ごとに立ち会う一日だった。

面倒ごとが現在進行形で起こっている気がする。

まだ気を抜けそうに無かったが、そろそろ夕飯時だ。

今日はもう外出するのもおっくうなので、冷蔵庫の中身と相談して今日のメニューを考えるとしよう。

とは言っても、1人暮らしであり、1人分の夕食を作るというのは凄く寂しい物なのではあるが…

やはり、ご飯は誰かと一緒に食べるのが楽しくていい。

夕飯を作り終え、未来の息子に気持ちを馳せた時、いきなりブレーカーが落ちた。

ブレーカーが落ちるほど電気は使ってなかったはず。

闇に目が慣れるのを待って窓際に移動すると、あたり一面停電をしていた。

停電であるだけならばいい。

しかし、少し離れた所に見えるはずの国道はいつもならばひっきりなしに車が通り、そのヘッドライトで照らされているはずなのだが、奇妙なことにエンジン音すらしないのは一体どう言ったことだろうか?

いや、待て。

これと似たようなことを自分はついさっき経験したのではないか。

いつの間にか街を多数の…それこそムクドリか蝙蝠かと言うほどの勢いでフクロウが飛んでいる。

「アテナ…」

ユカリのその呟きに反応するかのように一斉にフクロウの視線がこちらに向いた。

や、ヤバイっ!

ガシャーンっ

一瞬後、窓ガラスを割り、大量のフクロウが家に侵入してきた。

「くっ…」

たまらず逃げ回り、玄関を突き破り外に出る。

外の方が危険とは分かっているが、家の中にいれば押しつぶされるだけだっただろう。

「ほう、そこにいたか」

その声にユカリが振り向くとそこには銀髪の女性が立っていた。

その外見は成長しているがどことなく夕方の少女の面影がある。

彼女が成長したらまさしく手前の女性になるのではないだろうか。

「アテナ…」

「そうだ。もう一度名乗ろう。(わらわ)はアテナ。三位一体の女神、まつろわぬアテナである」




時は少しさかのぼる。

アテナはユカリを逃がした後、ゴルゴネイオンを探してさすらっていた。

途中、ゴルゴネイオンを持っていたと思われるカンピオーネ、草薙護堂に接触。

これを死の言霊を持って打ち破った。

カンピオーネ。

それは神殺しに成功したものに送る称号である。

アテナのような神話世界から現世へと現れた神の多くが神話のくびきから外れ勝手気ままに行動し、人類に数々の厄災を振りまいてきた。

魔術師や見識の深い人達はそんな彼らの事を「まつろわぬ神」と呼ぶ。

神話に従わない故に。

彼らはたとえ魔術師が束になったとしても打ち滅ぼす事はできない。

人類では対抗しえない彼らだが、ごく稀にいろんな偶然が重なり神を打倒してしまうものが現れる。

神を弑逆したものは神の権能の一部をその身に宿し、強大な呪力を身につける。

そんな神殺しに成功した者にも人類はその能力ゆえに対抗する事はできず、畏怖を持って魔術師達は(こうべ)を下げる。

彼らの呼び名は魔王や羅刹王、チャンピオンなど国により呼び方は多々あるが、一番広く知れ渡っているのはカンピオーネであろう。

草薙護堂はその、神を打ち倒し、カンピオーネになった人物であった。

とは言え、護堂はアテナに不意をつかれ打倒され、阻む物をなくしたアテナは終にゴルゴネイオンを得る。

本来ならばアテナはこの後に死よりよみがえったカンピオーネである草薙護堂との再戦により深手を負い、日本を去るはずだった…しかし…

「ふはは、ついに(わらわ)は三位一体である古の女神に戻った。この力を持てかの女を探し出し、再戦するのも一興よな」

アテナの目の前にはゴルゴネイオンを草薙護堂から託された媛巫女の少女、万里谷祐理(まりやゆり)がアテナの死の呪詛に耐え、護堂の権能の一つである「ピンチの仲間の呼ぶ声を聞きつけ風のように駆けつける能力」と言う何処のヒーローだという感じの力を駆使して離れた場所から呼んで貰う手はずだった。

しかし、物語は歪む。

坂上紫が存在するが故に。

アテナは虫けらの如き人間など眼中に無いかのごとく万里谷を無視し、次の目標であるユカリの探索におもむいたのである。

本来であればアテナのなんとも無い呟きに万里谷が胆力を奮い立たせ、護堂を呼ぶはずであった。

しかし、まつろわぬ神に直訴しようとしていた万里谷は目の前からアテナが去った事により脱力し、うずくまる。

護堂から託された役目を果たせなかった彼女だが、強大な女神を前に発言できなかった彼女を誰が責めようか。

そんな彼女に駆け寄る男性がある。

よれよれのスーツにぼさぼさの髪の毛をどうにか後ろで一本にくくりつけた無精ひげを生やした男性だ。

「甘粕さん…」

甘粕冬馬(あまかすとうま)

日本で起こった怪力乱心、神々や魔術師がらみの事件が起きたときに駆けつけ、解決に助力する正史編纂委員会のエージェントであった。

甘粕自身は国家公務員やサラリーマンみたいなものだと言っていそうだが…

「アテナは逃げてしまいましたね」

「はい…しかし、最後に彼女が呟いた言葉が気になります」

「なんと言ってましたか?」

「かの女を探し出し、再戦するのも一興…と」

男はそれを聞いても特別険しい表情をせず、少し困った表情を取っただけだった。

「つまりあの女神を打ち負かした女性がいるという事ですな。そんな事が出来るのは草薙さんと同じカンピオーネ以外居ないはずですが…現存する女性のカンピオーネは羅濠教主(らごうきょうしゅ)とアイーシャ夫人のみ…アイーシャ夫人は百年に及ぶ引き篭りの最中ですから残るは羅濠教主となるのでしょうが…」

なにやら甘粕は懐から携帯を取り出し、どこかへ電話をし始めた。

少ない情報では有るが、それを自分の上司に連絡し、指示を得るために。

こうしてアテナは夜の闇にフクロウを放ち、ユカリの捜索を始めたのだった。




ユカリの目の前には大量のフクロウを携えたアテナが立ちはだかっている。

「まつろわぬ?」

まつろわぬとは一体どう言った意味の日本語だろうか。

しかし、今はそれを考えている時ではないだろう。

(わらわ)はそなたとの戦いを望む。この申し出を受けず、またそなたが逃げおおせると言うのであれば一つ一つこの国の街を破壊していく事としよう」

おそらく神たる身のアテナにしたら人間の築いた街など塵あくたのようなものなのだろう。

「脅しってわけね。私がそれに頷かず、無辜の民を見捨てて逃げたらどうなるのかしら?」

「その時はこの国に留まらずこの世界を破壊してみせよう。そんな事をすれば神殺しが駆けつけてくるやも知れぬが…何、全てを返り討ちにすれば良いだけの事」

「まったく…人間一人にそこまでするかしら、普通」

悪態をついてユカリは覚悟を決めた。

「まつろわぬ神を人間の尺度で測るのが愚かと言う物よな」

ユカリは胸元からレーヴェを取り出し、空へと掲げる。

「レーヴェ、お願い」

『スタンバイレディ・セットアップ』

一瞬の発光の後ユカリの服装は黒い龍鱗の甲冑に変化していた。

「それがおぬしの戦装束か。なかなかに豪奢なものよの」

見た目はアオのバリアジャケットを黒くした感じだろうか。

両の籠手は少し盛り上がり、そこに装填数3発のリボルバー式のカートリッジシステムが搭載されている。

片手て3発、両手で計6発の計算だ。

両手には彼女の念能力である左右一対の日本刀、ツーヘッドドラゴンが握られている。

バリアジャケットを展開し、武器を具現化させた後、ユカリの足元に魔法陣が現れたかと思うと、黒く染まった景色を塗り替えた。

周りの建造物への配慮からユカリが封時結界を発動したのだ。

その結界はアテナのみを飲み込み、周りのフクロウは置いてくる。

「ほう…どうやったのかは分からぬが、空間を閉じたか。これがおぬしが妾の前から逃げおおせた技よな。ここに至っても妾にはこの技がいかなる魔術でもって隔たれたのかも分からぬ。呪力を行使した感じもしなかったゆえ、もしや魔術では無いのかも知れぬな」

「それに対してはノーコメントで。未知は最大の恐怖にて自分の有利だからね」

「それは道理よな」

ユカリが武器を構えるのを見てアテナも虚空から漆黒の大鎌を取り出して構える。

「出来ればルールのある立会いを望みたいのだけれど…」

「ふむ…妾は不死の女神ゆえ、例え死しても蘇る。なれば、妾を一度殺す事が出来れば妾は負けを認めよう。神を打倒した褒美にそなたの言う事を一つ聞いてやるとしよう」

「不死…か。流石神様と言うことかしら」

ユカリは身の内にあるオーラを噴出させ、防御力を上げる。

『堅』だ。

「ほう、なかなかの呪力のほとばしりよな」

アテナも油断無く大鎌を構える。

「息子に言わせると、大敵に出会って高揚するこの気持ちは分かりたくない物なのだそうだけれど、私は何度生まれ変わっても根っこの部分は武人なのよね。難敵に会っては自身の技が通じるか試したいと何処かで思っている」

「ほお、神の前に恐れずして掛かってくるか」

それが戦闘開始の合図であった。

両者は同時に地面を蹴って駆ける。

まず、最初に攻撃をしたのは振り幅の少ないユカリの方だった。

左に持った風竜刀で切りつける。

アテナはすかさず大鎌で受ける。

しかし、風竜刀の攻撃はこれで終わらない。

風竜刀によって切り裂かれた空気が鎌鼬(かまいたち)となってアテナを襲う。

その鎌鼬はアテナを切り裂くはずだった。…しかし。

鎌鼬はアテナに当たる寸前にそよ風と成り吹き抜けた。

アテナは細い腕からは考え付かないような力でユカリの刀を打ち払った。

打ち払われ後ろに飛ばされたユカリはすぐに地面を蹴ってアテナに駆ける。

『御神流・虎乱』

ユカリが放った二連撃はやはりアテナに事も無げに打ち払われる。

行使したはずの風竜刀と水竜刀での風と水による斬撃は、アテナに届く頃にはどちらも唯のオーラに戻されていた。

「神や神殺しには呪力に対する耐性が有るゆえな、そのような攻撃は神たる妾には通じぬ」

「くっ…」

その問答のうちも何合も斬りあうユカリとアテナ。

互いの技量が高い事もあり、両者とも相手の体を切りつける事は敵わない。

もうしばらく打ち合えば防御の癖などを見抜き『貫』を使えるようになるかもしれないが、まだ相手の隙をつけるような癖を見出せない。

さらに呪力への耐性。

それはつまり、ツーヘッドドラゴンによる付加攻撃の一切が通じないかもしれないということだ。

もしかしたら使うエネルギーが一緒の忍術も通用しないのかもしれない。

アテナの攻撃が鋭さを増し、地上での不利を悟ったユカリは一度アテナの大鎌を大きく弾き上げ、その隙に距離を開けると地面を蹴り飛び上がる。

『フライヤーフィン』

レーヴェの援護でユカリの肩甲骨の辺りから下方に四枚の翅が現れ、その翅を自在に操りユカリは飛翔する。

「ほう、そなたには驚かされることばかりよな。魔女ですら空を自在に飛ぶ事はまかりならぬと言うのに」

そう言うアテナの背中から猛禽の羽が現れ地面を蹴ると彼女も飛翔した。

空に上がった両者の対決は第二ラウンドへと移行する。

アテナの背後に闇が広がり、そこから無数のフクロウが現れ、ユカリへと襲い掛かる。

「レーヴェっ!」

『アクセルシューター』

瞬時に足元に魔法陣が現れると8個の

己のオーラの攻撃を弱めるアテナに、ユカリは今度は純粋魔力での攻撃に切り替える。

ユカリの操るシューターはフクロウを蹴散らし、数を減らしながらもアテナに迫る。

しかしこれをアテナは大鎌を振るって切り裂こうとするが…油断もあっただろう。ぶつかった瞬間、意外にも重たいそのスフィアの予想外の威力にその大鎌を振りぬく事が出来ないで居た。

「むっ!?」

その間にいくつかのシューターがアテナに襲い掛かる。

ドドドーン。

「くっ…」

衝撃に揺らぎ、落下するも直ぐに持ち直し飛翔するアテナ。

着弾はしたものの、アテナはダメージらしいダメージを負ってはいない。

神はよほど頑丈なようだ。

しかし、今の攻撃で重要な事がわかった事も事実だ。

アテナに魔導(魔法)をキャンセルする能力は無い。

つまり、与えるダメージは低いかもしれないが、魔導ならばダメージを与える事が可能なようだ。

それを悟った瞬間両手のツーヘッドドラゴンを消すと、代わりに二丁の銃剣が現れた。

その形は短剣の刀身に柄の部分は緩やかに沿っていおり、柄にはチャンバー式のカートリッジ。

装填数は各6発の計12発。

『ロードカートリッジ』

弾丸がチャンバーから押し出され、薬きょうが排出し、魔力が充填される。

ユカリはアテナに狙いをつけると、両手のガンブレイドについている引き金を引く。

魔力による銃撃に硝煙などは無く、クリアな視界でアテナを捉え続ける。

被弾するアテナはダメージ事態はさほど無いが、だんだん劣勢に追い込まれる。

被弾する銃弾がことごとくアテナの飛行を邪魔をするからだ。

しかし、神たるアテナが人間相手に劣勢で終わるわけは無い。

アテナの瞳が怪しく光る。

ゾゾっ!

ユカリは悪寒を感じ、攻撃を中止し身を捻った。

しかし、少し遅かったようだ。

ユカリの体にアテナの呪力が絡みつき、見る見るうちに石化していく。

ユカリはオーラを爆発させてその進行を阻み、呪力を振り払ったが、すでに左手と下半身は全て石化してしまっている。

右手と上半身、それと飛行魔法がキャンセルされて無いのは僥倖か。

アテナがゆっくりと上昇してくる。

「妾は三位一体の女神、アテナであると同時にメドューサでもある故な」

なるほど、とユカリは思った。

彼女が何ゆえメドューサと同体なのかはユカリには分からない。

しかし、その有名な逸話は知っている。

見たものを石化させる力を持つ蛇の怪物だ。

「魔眼の類ね…厄介だわ…」

「強がりを言うでない。おぬしはもはや戦えぬ。石化した体には血液が循環しないゆえな。後は緩慢に死をまつだけよな。しかしその状態でも闘志を失わぬとは、なかなかに良き戦士よな。妾が介錯してやろう」

「…勝ち誇るのはまだ早いわよ」

『ロードオーラカートリッジ』

残った右腕の籠手に仕込まれたカートリッジが回転し、ロードされた。

『クロックマスター』

ユカリはオーラを纏った右手で石化した体に触る。

すると逆再生をするかのように石化が解除され、元の生身の体に戻った。

「なんと、妾の石化を解除するか。さすがは妾が見込んだ戦士よな」

「息子に感謝しないといけないわね。今使ったのは私の息子が先に生まれる私の為に作った特別製だもの」

ユカリがロードしたカートリッジはオーラのカートリッジを作る事が出来るアオが、自身の念能力を他者でも使えるように具現化したものだったのだ。

それを使いユカリは自身の石化した体を巻き戻したのだ。

とは言え、かなりの労力がかかるので、流石に無制限に用意できるものでは無いのだが。

ユカリは右手のガンブレイドを消し、水竜刀を具現化する。

「おぬしには驚かされてばかりよな。であれば、続きと行くとしよう」

再びアテナの瞳が怪しく光る。

「くっ…」

危険を察知してユカリは水竜刀を振るい、周囲の水分を凝固させ目の前に氷の鏡を作り上げた。

鏡によって跳ね返された石化の呪詛をアテナは自身の鎌で切り裂く。

「なるほど、石化の魔眼は有名ゆえその返し方も知っているのは道理よな」

アテナはそのまま翔け上がり、再び振りかぶった大鎌でユカリに切りかかる。

『ディフェンサー』

ユカリは剣で受けずに今度は魔法障壁を展開する。

呪力で編んだシールドなどは対呪力の高い神の前では紙のように切り裂かれるかもしれないが、(ことわり)(たが)える魔導ならばなんとか消されずに持ちこたえられるようだった。

『レストリクトロック』

さらに行使されるバインド。

「む?これは…」

怪物のような膂力でも外れないように念入りに二重三重に展開し、アテナの体を大の字に固定すると、ユカリは距離を取り集束魔法のチャージを始める。

「本当はこっちの方はあまり好みじゃ無いのだけれど、規格外の相手に言ってられる場合じゃないから」

と呟くとガンブレイドに残ったカートリッジをフルロード。

ガシュガシュと薬きょうが排出されて魔力が水増しされる。

『スターライトブレイカー』

ユカリの頭上に集まる直径10メートルを越える紫色の光球。

周りにある魔力素を集束する時に発光する光が流れ星のようだ。

「なんと、星を打ち砕くと申すか。なんたる無礼、なんたる妄言。アテナたる妾がかならずや打ち破って見せようぞ」

四肢を大の字で固定されたアテナの周りに闇が広がる。

闇はアテナも前面に集まり盾を形成する。

ユカリはチャージを終えると渾身の力でガンブレイドを振り下ろした。

「スターーライトォ…ブレイカーーーーーっ!」

ゴウっ

紫の凶光がアテナを襲う。

アテナの闇によって弾かれたそれが辺りのビルを崩壊させていく。

「なっ…まさかただ人が街を一つ崩壊させるかっ…!」

スターライトブレイカーの照射は未だ終わらない。

「くぅ…なかなかやりおるよな…」

アテナも呪力を振り絞りその衝撃を受け流す。

ついにスターライトブレイカーの照射も終わりを告げる。

裂かれたその魔砲は辺りのビルをことごとく粉砕し、瓦礫の山を作り出していた。

「はぁ…はぁ…ふっ…」

アテナも呪力の使いすぎで直ぐには攻撃に転じられるほどの呪力行使は出来ない。

と言うか、アテナの四肢を拘束しているバインドは未だ解除されていなかった。

閃光が終わりを告げ、闇を解除した一瞬に翔けて来る一陣の稲妻の如き疾走。

ユカリははじめからスターライトブレイカーを決め技にするつもりは無かった。

それは相手のオーラ…呪力を目減りさせる事が目的だったのだ。

大技を受け流し、アテナが安堵した一瞬を狙いユカリは翔けた。

右手に持った水竜刀に『硬』を行使してありったけのオーラを込める。

「なっ!?」

自身の限界ギリギリの出力で強化した水竜刀はアテナの呪力耐性を打ち破り、その刃はついにアテナの首を捕らえた。

『御神流・奥技の極 閃』

ユカリの持つ最高の剣術と込められる最大のオーラで繰り出された刃は見事にアテナの頭と体を泣き別れせしめた。

ブシューーっと大量の血液が噴出する。

切り離された頭部は重力に引かれて地面に落ちていった。

落ちていった頭は地面に着く瞬間にドロリとした何かに変わった。

それと時を同じくするように体の方も原型を留めなくなり、崩壊し、ドロリと落下する。

落下したそれらは集まり、くっつき合い、また人型をなした。

しかし、それは今まで相対していた女性の姿ではなく、夕方に会った少女の姿であった。

「……流石に不死と言うだけは有るわね」

油断なく空中で構えていたユカリに眼下のアテナが声を発した。

「よもや三位一体を取り戻した妾が神殺しでもない人間に殺されるとはな」

アテナの様子に先ほどまでの猛りは無い。

「約束…覚えているわよね?」

「まつろわぬ神なれど、神たる妾が約束を違えるつもりは無い」

話が通じるまでにクールダウンした事を確認するとユカリはスーッと空から舞い降りる。

「なんでも申してみるが良い。大抵の事なら叶えてあげられるえな」

その言葉を聞き、ユカリは考える。

どうすれば目の前の厚顔不遜な彼女に首輪をつけられるかを。

目の前から去れと言えば去るだろう。

しかし、人類を滅ぼすと豪語する彼女の暴虐は止められない。

ならば人を傷つけるな、か?

いや、幾らユカリが勝者とて、その願いは聞き入れないだろう。

直接的なものではなく、間接的に彼女の暴虐を止める方法は無いだろうか。

そう考え、ユカリはピンと来た。

自慢の息子ならばもっと他の要求を突きつけるのだろうけれど…と、ユカリは思ったが、今は自分しか居ないのだ。

ユカリは要求を突きつける。

「これから、私が寿命で死ぬまで、一緒に夕飯を取りましょう」

「…………」

ユカリの要求に流石のアテナも目を見開いた。

「妾に食を共にせよと申すか」

「ええ」

「それだけか?そなたに妾の加護を与えたり、天上の叡智を授ける事も智の女神たる妾には可能なのだぞ?その力があれば神殺しとまでは言わねども、地上の魔術師共とは隔する力を手に入れることも可能よな」

「その魔術師達は一度でもあなたを殺せる存在なのかしら?」

「そのようなものは神殺ししか存在せぬ」

「ならば私はすでにどの魔術師よりも強いわ。あなたの加護も天上の叡智も要らない」

「…道理よな」

「けれど、一人きりの夕飯は寂しくて、美味しくないの。誰かが一緒に食を囲ってくれたらきっとその美味しさは何倍にもなると思うの」

さらにここでユカリは追い討ちをかける。

「私の言う事を一つ聞いてくれるのでしょう?約束を守らないのは神の矜持としてはどうなの?」

「くっ…いいだろう。そなたと食を共にする事としよう」

アテナの了承の言葉を聞いてユカリはニヤリと笑う。

「私と夕食を共にするにあたり、私の夕飯を阻む行為は一切禁止よ?」

「ふむ、よかろう。了承した」

「つまり、私が美味しい夕食を作る為に必要なものにあなたは手を出しちゃダメ。でないとあなたを夕食に招待できなくなるもの」

「む?」

雲行きが怪しくなってきた事をいぶかしむアテナ。

つまり…と前置きをした後ユカリはたわいない要求に隠された大きな制約を口にする。

まず、夕飯を提供する我が家とその近辺の破壊活動の禁止。

その破壊活動の禁止の中に商品の流通が滞るから都市部や公道の破壊なども含まれる。

都市機能を麻痺させるような力の行使は禁止する。

「む?それはいささか拡大解釈ではないか?」

「いいえ。文化的な生活を守ってこその豊かな夕食だもの」

と、ユカリは持ち前の強引さで相手を説得する。

「別に私は人を殺すなとは言っていないわ。あなたが何処かで誰かを殺そうと私の知ったことではない。だけど、私の豊かな夕食を邪魔する行為はしないでってお願いしているの」

「む、むう?」

全てに納得したわけではないだろうし、どこか反論の余地を探しているアテナの手を掴む。

「それじゃ、ウチに招待するわ。だって今日の晩御飯はまだなのだもの。私の願いはたった今から有効と言う事で」

そう言って強引にアテナを引きずり家へと帰る。

「何か違う気がするのだが…」

と言うアテナの抗議をユカリはガン無視する事に決めた。

「美味しいご飯をつくるからねー」

そう言うと封時結界を解き、バリアジャケットを破棄した。

一瞬で現実世界へと帰還し、辺りのビルなどの崩壊が嘘だったように街は喧騒に溢れている。

「む、むう…それにしても現実世界には一切の被害を出さぬか…これではどちらが神か分からぬよな」

家に着いたユカリは、フクロウに破壊の限りを尽くされた我が家に絶叫するまで後数分の事だった。


破壊の限りを尽くされた我が家を切り札である『クロックマスター』のカートリッジを使い修復し、出来ていたおかずに何品か足して夕ご飯にありつく。

夕食を食べ終わるとユカリはどうだった?と合い席しているアテナに問うた。

「ふむ、はじめて口にする故どう表現すれば良いのか分からぬが…」

「美味しかった?」

「む…まぁ、なかなかに美味であった」

と、少し照れたのかアテナの白磁のような頬にうっすらと朱がさした。

「うんうん。口にあってなによりだわ。余計な秀麗な言葉より美味しかったと言われる一言がうれしい」

「そう言うものなのか?」

「そう言うものよ」

とは言え、今夜のメニューは日本の一般家庭の夕飯と変わりない献立ではあったが、長年の研鑽がにじみ出るその料理は下手な料理研究家なんかは軽々と隔絶するほどのものだった。

「それでは妾は去るとしよう」

「うん?どこかに行くの?」

「そなたとの約定は夕飯を共にする事のみ故な」

「そうだったわね。それじゃあまた明日ね」

「む、そうであったな。では、また明日来るとしよう」

と、別れの挨拶をした後、アテナは思い出したかのように振り返った。

「そう言えばまだそなたの名を聞いていなかった。妾を打倒した最初の人間の名なのだ、覚えぬわけにも行くまい」

「ユカリよ。坂上紫(さかがみゆかり)

「神に逆らう…か。名前の通りよな」

うん?と、ユカリはアテナの言った意味を考えたが良く分からなかった。

その言葉を最後にアテナは黒い霧となりていつの間にか忽然と姿を消していた。
 
 

 
後書き
ある種のテンプレ?かな。アテナの死亡フラグが折れました。そしてまだ神殺しになっていないユカリさん。クロスさせるに当たってやはりカンピオーネにはならないと…?ですよね。主人公はもうしばらく不在です。ご了承くださりますよう。 

 

第七十四話

あれから一週間。

アテナは律儀にも夕飯の時刻にユカリの家にふらっと現れ、共に夕食を囲む。

元がそう饒舌ではないアテナだが、ユカリは特に気にしないようだ。

ユカリにしてみれば久しぶりに出来た家族みたいな認識だろうか。

特に代わり映えの無い日常に見えるのだが、昨日辺りからだろうか。何者かに監視されているような気配を感じるのは。

それと最近、城楠高校に転校してきたイタリアからの留学生がとても美人で華やかだと学校中が浮き出したっている気がする。

廊下で何度かすれ違ったが、彼女が一般人であるとは到底思えない。

眉目秀麗であり、輝く太陽のような金髪に見事なプロポーションは人々の注目を集め、さらに本人が注目されている事に気付いていてもその堂々とした態度からみな強烈に惹きつけられてしまうようだ。

その事を今日の夕飯を共にするべくやって来たアテナに話したら…

「ほう、あの異国の魔術師がこの辺りに居を構えたか。おそらく神殺しであるあの男にはせ参じた騎士と言うところよな」

「神殺し?」

その後のアテナの説明で、この時ユカリは初めて神殺し、カンピオーネの存在を知ることになった。



アテナを逃がした草薙護堂たちはアテナの動向を探っていた。

この日も草薙護堂は学校が終わった後、正史編纂委員会のエージェントである甘粕冬馬と会うべく、媛巫女である万里谷祐理(まりやゆり)の勤める七雄神社にエリカと祐理を連れて出向いていた。

境内に入るとすでに先方は来ていたらしく、軽く会釈をしてくる。

「それで、甘粕さん。アテナの行方は」

と、護堂が3人を代表して問いかけた。

「ええ、すでに足取りはつかめてます」

「本当ですか!?」

「こちらの女性のお宅に夜な夜なお邪魔しているようですな」

と差し出された写真には黒髪の長髪で見事なプロポーションの女性が写っている。

「か、彼女はっ!」

彼女が着ている制服は城楠高校のものなので、在校生で有る彼らならば知っていてもおかしくは無い。

「祐理、あなたこの娘を知っているのね?」

エリカが祐理に問う。

「はい。同じクラスの坂上紫さんです。…どうして彼女が…」

「坂上紫さん。城楠高校一年六組。祐理さんと同じクラスですね。家族は数年前に他界し、現在は両親が残された家で一人暮らしだそうです」

「彼女はこっちの関係者なのか?」

と、護堂は甘粕に問いかける。

この場合のこっちとは魔術師や媛巫女などの裏に関係するのかと言うことだ。

「いえいえ。何代かさかのぼって調べさせていただきましたが、どなたもそう言った職業には就いてなかったようですよ」

「それならばなんで…」

「はてさて。それは本人に直接聞いてみた方がよろしいかと。…ただ、彼女は只者では無い様ですねぇ…」

「どういう事?」

と、エリカが聞き返した。

「いえ、どうやら彼女、こちらが監視の為に差し向けたエージェントに気付いてる気配がするんですよねぇ。とは言え交友関係などを洗ってもそちら関係の方は浮上してこないのですがね」

「それよりも問題はアテナだろ。甘粕さん、アテナはその…坂上さんの家で何をしているんですか?」

と、護堂が問いかけた。

「それが…とても不思議な事なんですが、ただ夕飯をご一緒しているだけなんですよねぇ」

「「はぁ!?」」
「へ?」

「お三方が驚かれるのも無理はありませんな。実際確認した私も驚いた始末でして…」

「護堂、これは一度写真の彼女にコンタクトを取ってみるしかないわね」

と、いつの間にか参謀のように、場を纏め上げるのがうまいエリカがそう提案した。

「そうか?アテナの奴も何か問題を起こしているわけじゃないんだろう?だったら放っておいてもいいんじゃないか?」

その言葉にエリカは分からない子を諭すように言う。

「あのね護堂。まつろわぬ神の顕現はいつ爆発してもおかしくない栓を抜いた手榴弾のようなものなのよ。彼らは自分の欲望に忠実よ。ゴルゴネイオンを手に入れて三位一体となる事を果たした現在のアテナが次に何に執着するのかははっきりさせておかなければならないわ。でなければ対策の立てようもないもの」

「そうなのか?」

「そう言うものなのよ」

と、エリカに説得されて護堂は一応納得したようだ。

エリカの先導で護堂は祐理を伴い、甘粕に車で正史編纂委員会で調べたユカリの家へと送ってもらう。

「ここですな」

車を道路に路肩駐車し、皆車から降りると目の前には古めかしい一軒家。坂上紫の家である。

時間は既に夕刻。

何処の家からも晩御飯のおいしそうな匂いが漏れ出している。

「……いるな」

護堂の表情が険しいものに変わる。

護堂のカンピオーネとしての力が目の前の家にまつろわぬ神の存在を感知してスイッチが切り替わる。

「そう、アテナが居るのね。祐理、あなたはここで待っていなさい。荒事になるかもしれないから」

「エリカさん…」

「それでしたら私が祐理さんと待っていますので」

と、甘粕が申し出た。

「あら、あなたには一緒に来てもらおうかと思っていたのだけれど」

「いえいえ、まさか。私なんかでは神の前では震え上がって足手まといになるばかりですよ」

「そうかしら…」

と、エリカはいぶかしんでから「まあいいわ」ときびすを返し護堂をつれて敷地内へと入り、ベルを鳴らした。



ピンポーン

インターホンが茶の間に響き渡る。

ユカリは来客を告げるベルに玄関へと向かう。

「はーい。今開けますね」

玄関の扉を開けると既に日も沈んだというのに家の明かりですらその色合いを燻らせない金髪の少女と、どこか所在無さげに立つ少年だ。

エリカ・ブランデッリと草薙護堂である。

「えっと…」

ユカリが来訪者の意図がつかめずに言葉を詰まらせる。

「こんばんは、坂上紫さん。わたしはエリカ・ブランデッリ、今日はあなたと、こちらに居るはずのアテナに用事があるのだけれど、家に上げてもらえないかしら」

他人に自分の意見が通ることを疑わない。その傲慢さもエリカが言えばいやみに聞こえないから不思議だ。

「おい、勝手に上がりこもうとするなっ」

「大丈夫よ護堂。ただ人たる坂上紫に会いに来るアテナがすぐに事を荒立てる事はないでしょう。それに虎穴に入らなければ虎子は得られないものよ?」

「そう言う事ではなくてだな、お前にはもう少し常識と言うものを持ってもらいたい。普通こんな夕飯時は遠慮するもんだ」

と、着いてきておいて今更ながら常識人ぶる草薙護堂。

エリカと護堂の悶着にユカリの後ろから声がかかる。

「ほお、生きていたのか神殺しよ」

アテナが音も無く現れ護堂を視線で射抜いた。

「ああ、なんとかな」

ぶっきらぼうに返す護堂。

しかし、ユカリに自身での自己紹介も挨拶も無しに神が現れたからと会話をするのはいかなるものか。

「こんな所にたずねてきて、そなたは妾を討つつもりなのか。それこそ妾たちと神殺しの逆縁よな」

「まてまて、なぜそんな物騒な話になる。俺達はただ、なんで神様が普通の人と一緒に夕飯なんて取っているのかと疑問に思ったんだよ」

アテナはエリカなんてそこらの路傍の石のようにしか感じないのか視界にも写ってないかのように護堂にのみ問いかける。

エリカもカンピオーネと神との対話に混ざる不敬はしまいと口をつぐんでいる。

とは言え、どうしても聞かねば成らないことがあれば自身で問いただすのだろうが…

「ふむ…今の妾はそこの人間…ユカリの願いを聞き入れている立場ゆえな。彼女の願いゆえ妾はここに居る」

そこで護堂とエリカの視線がユカリに向いた。

「一体どういう願いなんだ?」

と、ここに来て護堂はユカリに問いかける。

ユカリも常識人ぶって実はその場の流れに乗るのがうまい悪癖をもつ少年、護堂の失礼さはとりあえず横においてアテナに話しかけた。

「話してもいいの?」

「よい。こやつらの目的は妾が何故ここに居るのかの調査と言った所よな。その割には神殺しが直々に参るとはなかなか大仰なことだ」

ユカリは了承を得ると護堂とエリカに向き直る。

「私が寿命で死ぬまで一緒に夕飯を取りましょうという願いよ」

「はぁ!?」
「なっ!?」

願いの突拍子さに驚く護堂とエリカ。

「ふふっ…なかなかにズルイ願いよな。たったそれだけの願いの中にこやつは周辺への破壊の禁止を含めおった」

と、してやられたりといった微笑を浮かべてアテナが言った。

「どういう事だよ」

「分からぬのか?妾はその願いゆえ彼女の豊かな夕飯を邪魔できぬ」

エリカはその言葉から持ち前の頭脳で答を導き出した。

それでもありえないと思ったのか「まさか…」と呟いていたが…

訳が分からないと言う護堂へは後で説明するわと言い、今度はエリカ自身が言葉を発する。

「御身はこの周囲で事を荒立てるつもりは無いとおっしゃっているのですね」

「そう申しておるよな。この国で事を起こせば明日の夕食にありつけぬ」

「そうでしょうね。都市機能が麻痺するくらいの神威を振るわれればこの東京など一週間と持ちますまい」

「道理よな」

「あー…えっと、とりあえず、アテナはしばらくは人に迷惑をかけないと解釈してもいいのか?」

と、護堂。

「それは早合点だぞ神殺しよ」

「草薙護堂だ」

「そうであったな。では護堂。妾はユカリの食生活に影響の出ない所ではなんの制約も受け付けぬ」

「なっ!?」

「だが、それがおぬしに何か不都合があるのか?おぬしに何か迷惑がかかるのか?」

「他人に迷惑をかけるなと言っているんだっ!」

「ほう、これは異な事を言う。人間とて誰かに少なかれ迷惑をかけて生きている生き物であろう?草薙護堂、そなたにしてもそうであろう?」

ぐぅっと護堂は息詰まる。

それは護堂でも知る当たり前の事であったからだ。

道理を説かれて護堂は劣勢に陥る。

これ以上の問答は護堂に任せられぬとエリカが口を挟む。

「では、最後に御身にお一つお聞かせいただきたい儀があります」

「ほう、なんだ?魔術師の娘よ」

「御身はなぜ、ただ人たる彼女の願いを叶えているのでありましょうか」

「ふむ」

と、アテナは少し間を置いてから答える。

「ユカリは妾を一度なりとも殺した存在ゆえな」

「なっ!?」

さすがにこれにはエリカも驚いた。

「三位一体の(いにしえ)の女神である妾と対等に武技を争い、空を翔け、星を砕く閃光を用い、最後は剣にて我が首を討ったのだ。妾が不死の女神で無ければ妾の力を簒奪したであろうな」

「まさか彼女はカンピオーネなのでしょうか?」

「いや、ただの人…のはずよな。まつろわぬ神たる妾が神殺しを見間違うはずはなかろう。だが、妾を一度殺した褒美として神たる妾が気まぐれに一つ願いを叶えてやったまでだ。…まぁ、叶える願い事をかような内容にする娘など魔術師の中にはおるまいよ。そう言った点ではなかなかに面白き人間よな」

と、アテナは答えてからその身から放たれるプレッシャーを上げた。

「さて、おぬしは今一つと言いながら二つも質問したな。ユカリの家の前ゆえ手荒な真似はせぬ。疾く去るがよい」

エリカはアテナの放つプレッシャーの中頭を下げ、神の猛りを感じて戦闘体勢へとシフトする護堂の腕を引いて下がり、その場を辞す。

護堂とエリカの帰った玄関でユカリは訳が分からぬと愚痴る。

「なんか私、蚊帳の外だったわ」

「彼らの目的は妾の目的を知る事であったのであろう」

「ふーん」

「何をのんきに構えておる。おそらく遠くなくユカリは騒動に巻き込まれそうなものよな」

「は?」

「神を殺せる人物が神殺しで無く一般人なのだから、彼らのあわてようが目に浮かぶ」

面白い事になりそうだ、とアテナ。

「え?あ、う?…ああっ!…ちょっとっ!もしかしてわざとなの?」

「なに、妾を倒したおぬしにちょっとした意趣返しよな」

「アーテーナー!?」


さて、ユカリの家を出た護堂とエリカは祐理と甘粕が待つ車まで下がっていた。

「ご無事でしたかお二人ともっ!」

神殺し、カンピオーネが居ると言えどさすがに神の居るところに出向いた二人を心配していた祐理。

「あ、ああ。大丈夫。相手が話が通じるやつだったからな」

と、護堂。

「どうでした、何か進展は有りましたかな?」

そう甘粕がエリカに問いかけた。

「そうね、アテナがどうしてここで晩御飯をいただいているのかについては問いただせたわ」

「ほお、…それで、なんと?」

「彼女…ユカリだったかしら?…勝負に勝ったその彼女の願いを叶えているらしいわ」

「なんと、まつろわぬ神に願いを叶えさせる存在が日本に居るとは…」

「彼女を使えばアテナを抱きこめるかも知れないという幻想はやめなさい」

と言ったエリカの言葉で若干甘粕の表情に険がさす。

「どういう事でしょう?」

「アテナ自身に拘束力も影響力も彼女は持っているようには見えなかったもわ。…それに」

「それに?」

「一度とはいえ神を殺した人間に魔術師程度が敵うはずがないわ」

「そんなっ!」

「神殺し…8人目のカンピオーネでいらっしゃるのですか?」

祐理は驚き、甘粕はいぶかしむ。

「いいえ、違うわ。それはアテナも否定している。アテナが嘘を言う必要性は感じないわね。殺されてもアテナが生きているのはアテナが不死の女神だからでしょうし。彼女を殺すにはそれこそ護堂の力(剣の言霊)でその霊核を切り裂かなければならない、と言うことかしら」

「なるほどなるほど。これはまた厄介な状況ですなぁ…」

「そうかしら?あなた達(正史編纂委員会)にはそこまで都合の悪い状態では無いわよ。アテナはどうやら日本での悪さはしないと言っていたし。日本のことわざにもあるでしょ?触らぬ神に祟りなし。放っておくのが最善ね。藪をつついて蛇を出す必要はないわ…あら、わたしうまい事を言ったわね」

アテナがメドューサゆえに。

「そうですなぁ、上にはその線で進言しておきましょう」

「それが賢明ね」

こう言った政治的な話し合いになると護堂と祐理は蚊帳の外だ。

質問されても何か建設的な話が出来るわけでは無いので護堂も黙っているのだが。

「だけど、坂上紫には後でもう一度コンタクトを取って個人的に戦ってみたいわ」

「どうしてお前はそう話を物騒な方向へと持っていくんだよっ!」

「あら護堂。それは仕方が無いわ。運でもなく、まぐれでもなく神を実力で殺した人間なのよ?どれ程のものか計っておきたいじゃない。本当は護堂に戦ってもらいたいのだけれど」

「俺を争いごとに巻き込むな」

護堂が憤る。

「あら、ならばやっぱり仕方ないわね」

「いいですな。決闘の場所は私どもが提供しましょう」

「そう?それじゃお言葉に甘えるわ。広くて人の居ない平地がいいわね」

「善処しましょう」

甘粕もただ善意で言っているわけではない。

彼にしても神を殺せる人物を推し計りたいとは思っているのだ。

自身が危険を犯さずに結果が手に入るならそれくらいの配慮は安いものだろう。




エリカ・ブランデッリは意外とせっかちなのかも知れない。

次の日に学校で一年六組に顔を出したエリカはユカリを呼び出すと用件を伝える。

「今日の放課後、少し付き合ってくれないかしら」

「それはアテナに用があるって言う事?」

「いいえ。わたしは貴方に用があるのよ。神すら殺した貴方にね」

直球であった。

「用って?」

「今日の放課後空いてるかしら。いいえ、例え空いてなくてもきっと空くわね」

エリカは用があったら手を回してでもと言っているのだろう。

「神をも殺しめた貴方に興味があるの。放課後是非ともお手合わせしたいわ」

放課後、ユカリがどうしようかと思っていると、どうやら隣の組の方が少しだけ早く終わったらしい。

出口にはエリカと彼女につれられる形の護堂が待ち構え、後ろには接点の感じられない万里谷祐理がユカリを挟むように立っていた。

「ご一緒願えるわよね」

「…夕飯まで帰してくれるならね」

エリカにつれられ、ユカリにしてみれば結構好みの年上の男性…甘粕が運転する車で人気無いところまでやってくると車を止めた。

「人払いは済んでおります。…とは言え、余り派手に破壊しないでくださいよ」

と甘粕は言いユカリにしては何故ついてきたのか分からない祐理と護堂をつれて距離を取った。

残されたエリカはユカリと対面で距離を置いて向き合う。

「とりあえず、私には貴方と決闘する理由が無いのだけれど」

「あら、あなたは自分の立場が分かってらっしゃらないのね。まつろわぬ神が懇意にする存在。それを利用しようとする魔術組織は多くあるでしょう。今はまだその情報は秘匿されていると言っていいわ。だけど、いつまでも隠して置けるわけではない。一応こちらの正史編纂委員会のエージェントさんは貴方の保護をと考えているかもしれないのだけれど、それもまず貴方の力を見てからになるでしょう」

なにやらユカリは関わると面倒な裏の世界に目をつけられたらしい。

「力って…」

「この試合は大きな意味を持つ事になうと思うわ。この赤銅黒十字(しゃくどうくろじゅうじ)の大騎士でありディアボロ・ロッソたるエリカ・ブランデッリに勝ったとなればこの国の木っ端魔術師は噂を聞きつけまず貴方を利用しようとは考えないでしょうね。いえ、頭の悪い連中は逆に近づくかしら?……そうね、ただで闘えと言われても気乗りしないのなら、赤銅黒十字の大騎士たるわたしが貴方に便宜を計ってもいいわ。自慢じゃないけれど、政治的手腕はかなりのものだと自負しているわ」

「つまり平穏に暮らしたかったらあなたに圧勝しろと言うことかしら?」

「そう言う事よ。…とは言え、そんな事にはならないと思うのだけれど」

と、エリカは強気の発言だ。

ユカリはアテナと会ってから面倒ごとが立て続けにやってくるなぁと感じていた。

「はぁ…分かったわ」

「そう、了承してくれてうれしいわ。…それじゃはじめましょうか」

と、エリカは宣言し、呪文を唱え、自身の武器を召喚し始める。

「鋼の獅子と、その祖たる獅子心王よ、騎士エリカ・ブランデッリの誓いを聞け。我は黒き角笛の後継者、黒き武人の(すえ)たれば、我が心折れぬ限り、我が剣もけして折れず。獅子心王よ、闘争の精髄(せいずい)を今こそ我が前に顕したまえ!」

呪文が詠唱し終わるとエリカの手に刀身の細い長剣が現れた。

「クオレ・ディ・レオーネっ!」

ヒュンと振り下ろしエリカの準備は整った。

「さあ、貴方の武器は何かしら?」

召喚の呪文を使えるものとエリカは思っていたのだろうか。

武器を携帯していないユカリを不審にも思わなかった。

魔術師でなくとも神を殺せる人物ならば自分の武器くらいは携帯していると思ったのだろう。

ある意味それは間違いでは無いが…

「とりあえず、これだけは言わせて?」

「何かしら?」

「……長いわ」

「へ?」

意味が分からずパチクリと二、三度瞬きをするエリカ。

「殺気を感じなかったから見ていたのだけれど、死合いなら今の間で殺されても文句は言えないと思う」

そう言ったユカリはいつの間にか一振りの日本刀を握っていた。

さらにレーヴェがバリアジャケットを展開する。

その展開はエリカと比べれる事すらもはばかられるほどに一瞬だった。

その鮮やかな展開にエリカは少し気圧されながらも武器を構え、戦闘開始の合図を告げる。

「それじゃ、はじめましょうか」

そう言うや否や先手必勝とエリカは翔ける。

「はぁっ!」

細身のクオレ・ディ・レオーネをレイピアよろしく突いて来るエリカ。

ユカリは手に持った日本刀…風竜刀で打ち払う。

ギィンギィン

攻めるエリカに防戦一方なユカリ。

一見エリカが優勢に見える。

しかし、剣の腕では同年代では敵無しと思っていたエリカだが、ユカリを攻めきれずにいた。

魔術がどんなに優れようが、剣の腕では自分の方が上だと密かに思っていたのだ。

しかし実際はどうだ?

エリカの突きは弾かれ、続く袈裟切りもガードされた。

それから何合も切り結ぶが、一向に相手を突き崩すヴィジョンが浮かばない。

「うん、まぁ、その年にしてはなかなかやるんじゃないかな」

ユカリにしてみれば相手は16の小娘だ。

確かに修めた剣技はすばらしいものがあるが、まだまだ剣の道を究めるには遠く及ばない。

エリカは焦る。

しかし、ここで防戦に回ればおそらく攻めきられるのは自分だと言う確信がエリカにはあった。

エリカはユカリの刀を弾き距離を取るとクオレ・ディ・レオーネに呪力を込め、ユカリへと向かって投げつけた。

当然ユカリは弾き返すが、弾かれ空中を舞うクオレ・ディ・レオーネにエリカが言霊を紡ぐとその姿を変える。

「クオレ・ディ・レオーネ。汝にこの戦場を預ける。引き裂け、穿て、噛み砕け!打倒せよ、殲滅せよ、勝利せよ!」

現れたのはに鈍色の巨大なライオンだ。

その巨大なライオンはその巨体を武器にユカリに襲いかかろうと駆けるが…

「ふっ!」

気合一閃。

『流』を使い刀身に7割のオーラを振り、強度と切れ味を強化するとユカリは一刀の下クオレ・ディ・レオーネを引き裂いた。

まさか紙くず同然に切り捨てられるとは流石に思わなかったらしい。

エリカの表情が驚愕に染まる。

しかし、そこで思考を停止しないのは流石にディアボロ・ロッソの名を持つ者だ。

エリカは直ぐに言霊を紡ぐと分かたれたクオレ・ディ・レオーネがそれぞれ獅子の形を取り、二匹の巨大なライオンが現れる。

ガルルと唸り声を上げ威嚇する巨大なライオン。

しかし、数が増えようがユカリにはたいした脅威にはなり得なかった。

エリカの最大の攻撃技は神すら傷つける事が出来るゴルゴダの言霊だ。

位の弱い神獣程度ならカンピオーネならねど殲滅できるだろうとひそかに自負していた。

しかし、高威力の技にはそれにふさわしく長い詠唱と強力な呪力、それと集中力が必要だ。

それは実力が互角以上のものには致命的な隙と言える。

おそらく相手はそんな物を使わせてくれるはずは無いだろう。

なぜなら二匹のライオンを切り裂いたユカリはこの時初めて本気で駆けた。

その姿をエリカはまったく認識できなかったのだから。

神速を発動し、肉体の限界で駆けたユカリは一瞬後にはエリカの首元に刃を突きつけていた。

エリカとて無手での心得はあった。

しかし、目に残像しか残らない敵にどうやって対応できようか。

「まいった。降参だわ」

エリカが小声で負けを認める。

「流石にわたし程度では神を殺したる英傑には程遠い。…だけど、だったら相応しき相手を用意するまで」

「え?」

エリカは妖艶に笑うと、護堂のそばまで干満に、いかにも苦しそうに歩み寄り、護堂にしだれかかる。

「エリカ、大丈夫なのか!?」

「うっ…くっ…ごめんなさい、護堂。…どうやらわたしは彼女の逆鱗に触れてしまったみたいだわ。首に当てた(やいば)から強力な呪詛を貰ってしまった」

そう言ってわざとらしく見せたエリカの首には痣らしきものが見える。

「はぁ…はぁ…くっ…この手の呪詛は相手を気絶させるか呪力を目減りさせれば維持できなくなるタイプだわ。…そしてかけた本人でさえも一度かけたこの呪詛は解く事が出来ない…」

「そんなっ!?」

「ねぇ、護堂。死に行くわたしに…バーチェの餞別くらい無いのかしら…」

「バカっ!そんな事より、何とか助かる方法をっ!」

「…無理ね…相手を倒すしか方法は無いわ」

「……殺す必要は無いんだよな?」

「ええ、だけど、相応のダメージを与えないとダメ…ね」

「待ってろ、直ぐに何とかしてやる」

そう言うと護堂はそっとエリカを地面に横たえさせるとユカリの方へと向かう。

それを見てエリカはしたりと笑う。

そう、これは全て演技だ。

魔術の心得があれば嘘と見破る事も簡単なのだが、草薙護堂は魔術師ではなく、カンピオーネになってからもそれ関係の知識を自ら得ようとする事も無かった。

それゆえに簡単にだまされる。

護堂は以前にも似たような展開でだまされた事が有ったとは言え、その時よりもエリカと親密になったが故まただまされたのだ。

男を操るのはいつの時代も女なのだろう…

倒れたエリカに祐理と甘粕が近づき、戦場から遠ざけた。

「悪いな坂上、こっからは俺がお前の相手をする。エリカの奴は自業自得なのだろうが、だからと言って命を奪う呪詛を掛けるほどだったのか?」

「………」

護堂の問いにユカリは答えない。

答えないのではなく答えられない。なぜなら護堂の憤りの意味が分かって無いからだ。

「…意味が分からないんですけど?」

と、ユカリが問いかけると後ろの方でエリカが盛大に咽た。

「ゴホッゴホッ…護堂…お願い、最後くらい貴方の腕の中で死にたいわ」

「くっ…時間がないかっ!まってろエリカ。今こいつをぶっ飛ばしてお前を助けてやるっ!」

普段ならエセ平和主義を掲げ、まず話し合いをと切り出すだろう護堂だが、エリカの助言により呪詛の性質と解き方を騙されていると分からずに得ていたためユカリに問いかけるまでも無く決め付けてしまった。
エリカの危機とカンピオーネとしての戦闘高揚で戦闘以外の雑事への応対が普段よりはほんの少しだけ乱雑になってしまい、視野が狭まっているのかもしれない。

猛る護堂だが、その反面、護堂が行使できる神から簒奪した能力、権能の発動条件を満たしているものがほとんど無かった。

草薙護堂が倒し、その権能を奪った神の名前は東方の軍神ウルスラグナ。

護堂はウルスラグナからその10の化身を簒奪し、その化身に通じる能力を10個持っている。

しかし、一人の神を殺して10もの権能を発現させた彼にはそれに見合う使用条件の厳しさがあった。

最大のデメリットは一つの化身を一日一回しか使用できない事だろう。

つまり次の化身に切り替えれば今まで使っていた化身は使えなくなるのだ。

次に難しいのは使用条件。

すべての化身が、~な時、~出来るという条件下でしか使えないのだ。

前述の第一の化身、『強風』の化身は護堂と彼を呼ぶ側が風の吹く場所に居て、呼ぶ側がかなりの危機に陥っていると言う物だ。

まぁ、こう言った条件なので先に「ピンチの仲間の呼ぶ声を聞きつけ風のように駆けつける能力」と略したのではあるが…

今、護堂が使える化身と言えば『雄牛』の化身くらいだろうか。

相手が常識外の腕力を持っていたときに発動できる怪力の力。

護堂は雄牛の権能を発動し地面を掛ける。

何か誤解が有ると感じつつも相手はすでに戦闘を開始し、こちらに掛けてくる。

護堂にしてみれば一秒ですら惜しいのだ。

ユカリはやむなしと最小の動きで護堂の首元に剣を突きつけた。

相手はカンピオーネであり、怪力の化身になったとしても、武術の心得があるわけではなくその動きは素人そのもの。

護堂にしてみれば下手に武術を習うより自分の力、その場の流れを掴むなどして優位に事を進めれば何とか打倒できるだろうと、付け焼刃では役にたたない武術を嗜むを良しとしなかった。

15歳のただの怪力少年と、すでに200年を越える研鑽を積むユカリ。

この結果は当然の事だろう。

どうする?と、護堂は考える。

ユカリの剣術の腕前はエリカすら凌ぐ剣豪だ。

対して護堂の武器は何だろうか。

そこにきてこの数ヶ月でいやと言うほど思い知った自身の呆れるくらいの頑丈さを思い出す。

痛いだろうけれど、負った傷は時間を掛ければ痕も残さず治る。

なれば自身の身を犠牲に攻撃あるのみ。

それに、重傷を負えば、条件を満たし使える化身もあるのだ。

護堂は左腕でユカリの刀を打ち払う動きと同時に右足でのローキックを相手の左脛へと繰り出した。

しかし、ユカリは特に動かず護堂の蹴りを受けた。

「がっ!?」

蹴った護堂がその痛みに悶絶する。

硬を使い自分の左足にオーラを集めたのだ。

その結果威力負けしたのは護堂の方だ。

この雄牛の化身。対象が大きく重いほどその怪力の度合いが跳ね上がっていくと言う特徴があるが、それを言えばユカリはどうだろうか。

身長は155cmほど、体重もその平均と言った所だ。

つまり、普通の人間となんら変わらない。

なので雄牛の化身で力強さを増した護堂だが、その権能を最大威力では行使できない状態の攻撃はユカリの硬を突き破るほどの威力は無かったのである。

しかし、この攻撃でユカリも相手を倒すべき敵と認識するに十分だった。

今の攻撃は常人ならば複雑骨折どころか千切れ飛んでもおかしく無い威力だったのだから。

ユカリは持っていた刀をひるがえし逆刃にすると護堂目掛けて振り下ろした。

それをカンピオーネの直感と護堂本人の機転で転がって避けた。

転がって避けた護堂に袈裟切りで切りかかるが、護堂は尚も転がり避けるとユカリはその鋭さを増した。

かかったっ!と護堂は思った。

ユカリの剣速は上がり、ついに『(おおとり)』の化身が使えるようになったのだ。

『鳳』の化身の発動条件は高速の攻撃を受ける事だ。

故に護堂はユカリの剣速を上げるように誘導したのだ。

とは言え、重症を負う事で発動条件を満たせる『駱駝(らくだ)』の化身でも状況を打破できると思っていたので攻撃を食らえば食らったで良かったのだが…

とは言え、神速の速度で転がりユカリの攻撃を避けた。

鳳の化身で行使できるこの高速移動は神速とも呼ばれるが、御神流の神速とは趣が違う。

護堂が使う神速は簡単に言えばA地点からB地点までかかる時間を操れる能力だ。

速く移動しているように見せかけて時間制御の方が似ているかもしれない。

つまり、落下中の速度すら加速させて高速落下、逆に緩めて止っているかのような落下も可能なのだからやはり時間制御なのではなかろうか。いや、固有時制御と言うべきか?

つまり不恰好でも転がるままに神速を発動させればそのまま高速で転がり、今のようにユカリの攻撃を避けることも可能と言う事だ。

とは言え、高速で立ち上がり護堂は攻めに転じる。

この神速での速度を理不尽な心眼とも言うべき技で打倒しめたのは同じカンピオーネであるイタリアの剣の王、サルバトーレ・ドニ位なものだ。

しかしまぁ、彼との戦いでこの力のデメリットにも気付けたわけだが…

高速でユカリに駆け、コブシを見舞おうと繰り出すが、目標を誤り、ユカリにはかすりもしない。

そう、鳳の弱点は速過ぎて細かな動きが取り辛いと言う点だ。

止っている目標ならば苦も無く攻撃を当てられるだろうが、相手は動いているのだ。

そのズレが護堂には修正できづらく、結果としてそのコブシは空を切る。

が、今回はそれで終わらなかった。

サルバトーレ・ドニがそう出来たようにユカリも護堂の神速に反応するように剣を振り下ろしたのだ。

しかし、鳳の速度をさらに加速して護堂はユカリの攻撃を辛くも避ける事に成功した。

避けることに必死になる護堂だが、ここに来て彼が急成長する。

この鳳の能力は発動条件以外にもデメリットが存在する。

長く使うと心臓が痛み出し、最後は行動不能に陥る。

固有時制御と言う離れ業の反動だろう。

つまりこの鳳を使った護堂は短時間で相手を打倒するしか他が無いのだが、自分の攻撃は速過ぎて相手に当たらない。

そこで護堂は神速の能力を限定的に使用し、神速と通常時間のオンオフの緩急をつけることで自身の攻撃の正確さを増すと言う行動にでた。

使用時間が減ったお陰か鳳の使用リミットも若干伸びたようだった。

これなら行けると思った護堂だったが、護堂がコブシを繰り出したときユカリに変化が起きていた。

ユカリが持っていたはずの日本刀が何処にも無いのだ。

さらにユカリは直前の何合かの組み合で自分の剣速を緩めていた所で一段速度を上げて行動したのだ。

護堂はユカリに腕をつかまれそのまま地面に背負い投げの要領で叩きつけられた。

「ぐはっ…」

投げ飛ばされた護堂の衝撃でバキィとアスファルトにひびが入り砕ける。

ユカリは昨日アテナからカンピオーネのゴキブリ並みの生命力と力強さを聞いていたので、とどめとばかりに護堂の頭を引っつかみ、硬で右腕を強化し引き上げると間髪入れずにもう一度アスファルトにたたき付けた。

「護堂!?」
「草薙さんっ!?」

これには流石にエリカと祐理の絶叫が響く。

「うん?」

ユカリがまだ四肢に力が入っている護堂にいぶかしむと、護堂は両足を抱えるように曲げ、力強く両足でユカリを蹴った。

護堂は重症を負ったときに使える駱駝の化身を使ったのだ。

駱駝の化身の力はキック力の上昇、格闘センスの向上に回復力とダメージに対する耐久力の上昇だ。

流石に条件が厳しいだけにその能力はすさまじい。

「くっ…」

ユカリは咄嗟に腹部を堅でガードし、自らも後ろに飛ぶ事で威力を和らげるが…

「かはっ…」

口から少量の血を吐いた。

内臓の一部が傷つき出血したのだろう。

ユカリにカンピオーネほどの超人的な回復力は無い。

ユカリが常人でなかったためにそこまでのダメージでは無いが、普通の魔術師が食らえば間違いなく即死ものだっただろう。

腹部の少し上であった事をユカリは心底安堵した。

なぜなら子宮が潰されたなどと言われれば息子を産む産まないの話では無くなるからだ。

しかし、腹部への攻撃でユカリの理性が吹き飛んだ。

勝負であればユカリが刀を護堂に突きつけた時点で終わっている。

終わっていないのであればこれは死合いだ…

「今まであなた達に合わせてきたんだけど…ごめんなさい。まさか私の未来(息子)を奪われるかもしれない事になるとは思ってなかった。私自身の油断もあったんだろうけれど…少しあなた達が煩わしくなりました」

ゾクゾクゾク…

ユカリの殺気に護堂は震える。

震える体にどうにか命令を出してユカリを打倒しようと駱駝の化身の脚力で距離を詰める護堂。

「レーヴェ…」

『レストリクトロック』

距離を詰める護堂の体が突然硬直する。

バインドによって拘束されたためだ。

「なっ!なんだこれはっ!」

さらにバインドを操って護堂の四肢を大の字に拘束するとユカリは空を見上げた。

『フライヤーフィン』

肩甲骨の辺りから下方向に四枚の翅が現れる。

ユカリが空に飛び上がるのに引きずられるかのように護堂は拘束されたまま空中へと浮遊する。

「な、なんだよこれはっ!」

必死に呪力を高めてレジストしようと試みる護堂だが、一向に外れる気配は無い。

呪力にめっぽう強い…と言うよりも特殊な方法、経口摂取以外での魔法に耐性のあるカンピオーネだが、別の手段を用いられればこれほど容易に拘束できるものなのか、いやそれは既にアテナの時に明らかだろう。

四肢を拘束されては駱駝の化身では何も出来ない。

他に何か無いかと必死に考える語堂。

駱駝ではもうだめだ、雄牛、鳳はすでに使った。

戦士の化身などは神様相手以外ではなまくらもいい所だ。

護堂の最大の攻撃力を持つのはおそらく白馬の化身だろう。

しかし、その使用条件は民衆を苦しめるような大罪を犯している事だ。

この条件にユカリは当てはまらない。護堂も使える気はしなかった。

次に攻撃力のあるのは猪の化身だ。

猪、これは20メートルを越える巨大な猪の神獣を呼び出して対象を破壊する能力だ。

しかし、その条件は巨大な物を破壊しようと護堂が決意した時ゆえにその対象がしっかりと認識できなければならない。

空中に浮かばされ、さらに護堂よりも上に飛んでいるユカリの斜線上には空しかなく、なにも破壊できるような大きなものは存在しなかった。

ユカリは右手の籠手に付いている三発のカートリッジを抜き出す。

すると腰に元に吊るしてあるポーチから新しく3発カートリッジを取り出して入れ替える。

装填してあったのは息子が用意したオーラ製のカートリッジ。入れ替えたのは普通の魔力カートリッジだ。

『ロードカートリッジ』

薬きょうが排出され魔力がその手で爆発する。

周りの魔力がユカリの右手に集束し始めた。

収束打撃。

その技そのものは現代ミッドチルダで生まれたものではない。

戦争技術を発展させるのはいつだって戦争だ。

古代ベルカの時代。その時すでに完成していた技術なのであった。

「一発は一発で許してあげるわ」

そう言ってユカリは右手に硬をしてさらにブースト。カンピオーネの呪力耐性でユカリは散らされるオーラを何とか留め、さらに徹を使いダメージを内部に浸透させる。

普通の人間ならば上下真っ二つになるかもしれないが、カンピオーネの頑丈さは折り紙つきだ。

空を落下するよう隕石のように輝きながら空を翔けるとそのコブシを護堂の腹部に打ち込んだ。

「がはっ…」

打ち込むと同時にバインドを解除された護堂はそのまま地上へと激突する。

護堂の体は地表にクレーターを作りながらも千切れる事は無かった。本当にカンピイオーネの体は不条理だ。

護堂は激痛で意識を失う前に雄羊の化身を行使するのだった。



時間は遡って護堂がユカリに向かっていった頃、祐理と甘粕によって保護されたエリカはと言うと…

「エリカさんっ!大丈夫ですか?」

心配そうに声を掛ける祐理。

「大丈夫よ、祐理。あれは護堂をその気にさせる為の演技だから」

「はぁ!?」

「ああでもしないとエセ平和主義の護堂の事だもの。彼女と戦う事に了承しないじゃない?」

「ええ!?もしかして草薙さんをだましてユカリさんと戦わせたんですか?」

「そうなるわね」

「貴方は!なんて事をしたんですか。羅刹の君は他の追随を許さないからこそ我々は魔王と恐れ、まつろわぬ神を打倒せしめる故敬っているのですよ!?そんな方に幾ら多少剣術に優れようと、敵うわけ無いじゃないですか!」

「それはどうでしょうね。ほら、見てみなさい」

と、エリカに言われて視線を向ければその首元に刀を突きつけられて身動が取れなくなった護堂がいた。

しかし流石にカンピオーネ。直ぐに反撃に転じていた。

自身のダメージを厭わない戦闘が出来るのは人類の中で彼らだけだろう。

それからの展開は終始ユカリ優位に行われた。

エリカも鳳の速度に反応できるのはサルバトーレ・ドニ位のものだと思っていたのでこれには本当に驚いたものだ。

「まさかあの速度で動く草薙さんにまったくの互角の勝負を挑まれるとは…」

と甘粕も驚愕の声を上げたものだ。

「……確かにカンピオーネにはあれ位しなければダメージは無いのだろうけれど、それを本当に出来る人間が居るとは思わなかったわね」

そう呟いたエリカの視線の先で草薙護堂はアスファルトにその頭を埋め込まれていた。

しかし、彼女の存在か強烈から恐怖に変わる瞬間が来る。

強烈なダメージを負った事によって発動条件を満たした駱駝の化身を使いユカリを蹴り飛ばした後だ。

ユカリの雰囲気が変わった。空気が変わった。纏う呪力が攻撃性を増した。

護堂はなんとかその雰囲気の飲まれずに駆けた。

駱駝の化身を使っているならばそれは正しい判断だ。

駱駝の化身は武術の達人並みの反応を身につけるからだ。

しかし、その突進は止ってしまった。

いや、止められたのだ。突如現れた光るキューブによって。

光る半透明なキューブは次々に現れ護堂の四肢を空間に固定する。

「…あり…えない…」

そう、エリカが呟いたように魔術師の世界では有り得ないのだ。有ってはいけないのだ。

カンピオーネを拘束する魔術なんて…しかもそれが詠唱すら無いなんて…

エリカは驚愕する。

横を見れば甘粕も祐理も同じ顔をしているだろう。

そんなものは100年に一人の天才魔術師が使おうがその呪力耐性の高さからカンピオーネには効果を発揮しないか、例え発揮してもものの数秒で破棄されるはずなのだ。

だというのに、目の前のこの現象はなんだ?

さらに驚愕する事態がエリカの目の前で展開する。

ユカリの背中に光る翅が出現したかと思うと、空を飛ぶのが当たり前のトンボのように自然に空中へと上っていく。

エリカは魔術師だが魔女ではない。

魔女にしか使えない飛翔術。しかしそれは目的地までを一直線に飛ぶものでしかない。

目の前のユカリのような、自由飛行が出来る術ではないのだ。

そして抵抗を封じられ死に体の護堂目掛けてユカリが輝くコブシを振り下ろす。

護堂は落下する隕石のごとく地表に激突すると地表にクレーターを作り、辺りは粉塵で覆われた。

「まっまさかっ!」

「くっ!草薙さん!?」

「いやはや、まさかカンピオーネが神か同属のカンピオーネ以外に負けるのをこの目で見る日が来るとは…」

焦るエリカと祐理。甘粕も調子こそ軽いがやはり信じられないと言った感じだ。

エリカと祐理は護堂の落下地点へと走る。

途中体を動かす事が苦手な祐理はエリカに置いて行かれる。エリカは引き離した祐理を振り返らずに護堂を探す。

ザザーーーッ

クレーターの(へり)を滑り降りエリカは中心へと急いだ。

エリカは瓦礫を身体を強化して掘り起こし、やっとの事で護堂を見つける。

「ぐっ…かはぁっ…」

肺が勝手に呼吸を求めた結果、護堂は息を吸い込んだ。

「良かった、死んではいないわね。流石カンピオーネと言いたい所だけれど…」

しかし、護堂は気絶し、もはや戦える状態ではない。

護堂の10の化身の中で一つだけ、死ぬようなダメージからも短時間で回復できる化身がある。

いや、実際は一回きっちり死んでから生き返る能力らしい。

雄羊の化身だ。

しかし、それは護堂が死ぬ前に自力で発動しなければならず、即死には効果が無い。

エリカは焦った。

護堂は雄羊を使っただろうか?

意識の無い今の状態で殺されたら生き返れるだろうか?

妖精のような翅を羽ばたかせ、ゆっくりと、しかし油断無く空からやってくる女性。

そんな彼女をエリカは見上げた。

しかし彼女の纏っている漆黒の竜鎧が妖精よりも悪魔を連想させてしまう。

武に精通し、空を翔け、魔術師達が打倒し得ないカンピオーネを打ち砕く。まつろわぬアテナすら一度殺した存在だ。

エリカは以前誰かにカンピオーネに勝てるなんて思っている奴はバカだと講釈した事がある。

カンピオーネを打倒できる魔術師なんて実際何処にも居ない。

しかし現実はどうだ?

カンピオーネでないものが運でもまぐれでもなくカンピオーネを打倒した。

彼女はとんでもないイレギュラーだった。

その存在はエリカに恐怖を与えるに足る存在と言える。

故にエリカはユカリが何かを言う前に言葉を発する。

「貴方に護堂をけしかけてしまった事を心の底から謝るわ」

そう言ってエリカは膝を着き(こうべ)を下げた。

カンピオーネやまつろわぬ神に対するような礼儀正しさだった。

エリカは護堂の騎士として、彼を守るためにユカリに膝を着いたのだ。

「勝手な事を言うようだけれど、護堂を見逃してもらえないかしら。もちろん、見返りは用意します。どうかこの場は矛をお納め願えないかしら」

エリカにしても勝手な事を言っていると思う。

護堂とユカリを死合わせたのはエリカ。可能性の一つとして護堂が負けるかも?とは考えていたが、まさかここまで圧倒的だとは思いもよらなかった。

つまりこの場での圧倒的な強者はユカリであって、自分達は圧倒的な弱者だ。

「そう。それじゃ私とアテナをほうっておいて貰える?貴方の力で私とアテナの事を隠すの。出来るかしら」

ユカリも結構な時間を生きているし、前世は戦争のただ中を生き抜いた。

譲歩するだけでは自分を守れない。

そう言ったことを学ぶには長すぎる時間だった。

「貴方と、そこの人達だけの中にしまっておいてちょうだい。お願いするわね」

ユカリは煩わしいから、組織だとか、裏のネットワークの全てに口止めせよと命令しているのだ。

まぁ、出来るとはユカリは思ってはいないが、努力はしてくれるだろう。

「仰せの通りに…」

エリカがさらに深く頭を下げた。

「レーヴェ、今何時かしら?」

『5時32分です』

「いけないっ!アテナとの夕食に間に合わなくなっちゃうっ!」

ユカリは時間を聞いてあわてた。

この場所からは車で飛ばしても家まで一時間以上はかかるだろう。

人の迷惑にならない場所と言う事を考えれば仕方の無いことだったが、夕飯に間に合わないのはよろしくない。

最初は興味も無かったアテナであるが、最近は食事の楽しみを覚えてきたころなのだ。

ユカリのご飯が出来上がる前には既にユカリの家に上がりこみ、ユカリが作り置きしていたお菓子を食べながら待っている姿がユカリには少し微笑ましく思えるのだ。

「当然私が送らせていただきます」

と、いつ現れたのか。音も無く現れた甘粕がそう提案した。

それを見てユカリは目を細めた。

目の前の男は中々の男らしい。

「えっと、あなたは?」

「正史編纂委員会、甘粕冬馬と言います。以後お見知りおきを」

「正史編纂…えっと、オカルト組織ですか?」

「いやいや、日本で起きる怪異事件を調停する組織と言いますか…いわゆる一つの公務員と言いますか」

「公務員さんなんですか?」

「ええ、まあ似たような物です」

それを聞いてユカリは少し考える。

「ご結婚はされていますか?」

「は?……いやいや私なんぞは、未だ独身ですよ」

ユカリの虚を着く質問に甘粕は鳩が豆鉄砲を食らったかのようだ。

その答えにユカリはふむりと笑う。

「あなたとご一緒できるその提案はとても魅力的なのですが、今日は時間が無いので今回は自力で帰らせていただきますね」

そう言うとユカリの足元に転移魔法陣(トランスポーター)が現れる。

「では、おやすみなさい。甘粕さん」

次の瞬間ユカリの体は光となって消えうせた。

「今の、どう思われますか?」

と、甘粕が近くに居るエリカに問いかけた。

エリカは熟考の末信じたくないと言った表情で答える。

「………転移魔術でしょうね。…いえ、そもそも魔術じゃないのかもしれないわ。呪力を感じなかったもの」

魔術師の世界では人一人を空間転移させる事は出来なくは無いが、呪具や秘薬、触媒の用意と、かなりの労力が掛かる。

どれも安い物ではない。そんな物にお金をかけるくらいならば少し不便かもしれないが車や飛行機を利用した方が手っ取り早い。

それをユカリは何の気無しに使用したのである。

「ですなぁ……いやはや、これは益々参りましたな…」

「彼女が秘匿を望むなら、それを実行するべきでしょうね。それに、まだ若輩とは言え護堂はカンピオーネなのよ。その彼を一方的に打倒しうるのが一般人と言う事はこっちの世界に要らぬ火種を撒く事になるわね」

「でしょうな…もしかしたら自分達もなどと思われては困りますな」

「ええ、この件は慎重に対処しましょう。あなたも貴方のボスの器量が浅いのならば報告を控えた方が良いわよ」

「いえいえ、私の上司は中々の見識をお持ちですから。ユカリさんと同じ結論を出すでしょうな」

「そう、ならばこの事は緘口令を敷きましょう。アテナは護堂が追い払った。そう言う事にするのが一番波風が立たないわ」

「了解しました。そのように報告してみましょう」

神を殺せば殺した神の権能が手に入る。護堂がアテナの権能を手に入れていないのを隠すのは難しいかもしれない。故に追い払ったと言う事にしか出来ない。

「魔王たるカンピオーネを倒す人間。新しい称号が必要かしらね。…最初に発見されたのが日本なのだし、日本語ではなんて言うのかしら?」

と、エリカの問いに甘粕が答える。

「そうですなぁ。…勇者ですかねぇ、やっぱり」

この時甘粕の頭に浮かんだのはナンバリングを今でも重ねている日本のTVゲームである。

魔王を倒すのはいつだって勇者なのだ。

「勇者?ヒーローの事よね?」

「いえいえ、ヒーローは日本語では英雄になります。現在では同一視されていますが、勇気ある者の事をさす言葉ですね」

「なるほど。勇気ある者…か。いい言葉ね」

と、エリカがが頷いたとき、遠くから息を切らせて走ってきた祐理。

「はぁ…はぁ…はぁ…くっ…草薙さんはっ…はぁ…大丈夫…なんですか?」

「大丈夫よ。カンピオーネだもの。このくらいの怪我なんて直ぐに治るわ」

「そうですか…良かったです。……あの…ユカリさんは…」

「帰ったわ」

「そ…そうですか…魔王たる草薙さんが負けましたか…」

「ええ。しかし、祐理、あなたもこの件については口をつぐみなさい。頭のいいあなたには分かるわよね?」

「……えと…はい、わかりました」







家に転移で帰ってきたユカリ。

リビングには既にアテナがおり、ソファに座り朝に焼いたマフィンを食べていた。

「む、…もはや驚くまいよな。ユカリの非常識は最初に会ったときからの事である故」

突然魔法陣と共に現れたユカリを見たアテナの感想である。

「しかし、どうした?そのような術で帰宅するとは。何か有ったと言う物よな」

「ええ。草薙護堂。カンピオーネ…だったかしら?エリカさんの策略で彼と一勝負してきたのよ」

「ほう…結果は…聞くまでも無いことよな。妾を殺した人間が、若輩の、まだ一柱しか神を殺していないような輩に負けるはずが無い」

「過大評価ありがとう。…今すぐ夕飯を作るからもう少し待ってて」

「ゆっくりで構わぬよ。時間は妾にしてみれば人間ほど貴重ではない故な」

さすがに不老不死の神様と言う事なのだろう。

「それで、相手の神殺しはどうであった?」

と、アテナがやはり少しは気になったのか問いかけた。

「うーん。今はまだ強い力を持っているだけの子供ね。あれじゃ10回やって10回は勝てるわ。…まぁ、実戦の中で急成長を遂げると言う可能性も有るけれど、今のままじゃ10年経っても負けないわ」

「カンピオーネをそう評価できる人間なんてユカリだけよな」

しかしカンピオーネの実戦における成長は目を見張る物がある。

護堂がこの後まつろわぬ神々と幾度も戦う事になれば10年と言わずにユカリをと打倒できる日が来るだろう。
 
 

 
後書き
長くなりましたが、VS護堂でした。主人公は巻を置く事ににレベルアップする物ですよね。護堂も後半は強くなっているのでしょうが、初期の護堂はそこまででもないような…怪力だけでどう戦えと言うのでしょうか…やはり石柱を引っこ抜いてぶん殴るとか…? 

 

第七十五話

 
前書き
今回は閑話の短編です。今回はあれだけは欲しいよねっ!みたいな話で、バトル成分は少なめですね。 

 
その日、昼前からユカリの家に来たアテナはユカリが用意したお茶請けをかじりながらテレビを見ていた。

『今日は家にある廃油を使って簡単に石鹸を作る方法をお教えします』

と、テレビからは今更感のあるような話題を旬の芸人を使いながら、いかに簡単かにスポットを当てながら説明している。

そのショートコーナーを見終わったアテナは台所でお昼ご飯を作っているユカリに向かって話しかけた。

「家にある廃油で簡単に石鹸が作れるらしいな。この家に廃油を溜めたペットボトルを見ないのだが、石鹸を作っていたのか?」

ちょっとした好奇心。だが、ユカリの返答はおかしなものだった。

「いいえ。家で廃油は出る事は無いわ。だって無限に使える油だもの」

「そんな物が存在するはず無かろう。妾に出している揚げ物の類は何で揚げているというのだ」

テレビ番組で世の常識を身につけ始めたアテナが否定する。

「この『モルス油』は特別製でね、無限に近い回数揚げても全く汚れないのよ」

たまに()したりはするけどね、とユカリ。

「モルス油?」

「この世界とは別の世界で発見された油よ」

「別の世界だと?幽世(かくりよ)の事か?」

「そのカクリヨってものは知らないんだけど。世界は無数に存在するの。その数有る世界ではこの世界とは全く別の進化を辿る世界が稀に現れるわ。その油を手に入れた世界は『食材』が異常に進化した世界だった」

「………」

アテナはどう反応してよいか分からない。自身は叡智の女神でもあるゆえ、この世界の出来事であれば、その慧眼で見抜く事は可能だろう。しかし、別の世界となると…

「あ、その顔は信じてないわね」

「今の話の何処に信じられる箇所があったのだ?おぬしの息子と同じく妄言であろうよ」

「じゃあ、この油をアテナはどう説明するのよ」

「おぬしがこっそりと廃棄しているのであろう?」

「違うってっ!もう、本当に有るんだからね」

「ほう、それじゃどう言う世界だったのだ?取って来たと言う事は行った事があるのだろう?」

と、アテナが挑発する。即興の作り話でも聞かされたなら鼻で笑ってやろうとしたのだ。

「そうね、あの世界は…」










今日は機動六課が終わり、地球に帰ってきた為に海鳴の翠屋で働いているのだが、そこに旧知の二人が訪ねて来たために少し休憩を貰ってテーブルに付いている。

旧知の二人と言うのは、目の前で本当においしそうにシュークリームを食べている深板とファートだ。

「そう言えばさ」

と、俺は今まで疑問に思っていた事があるので、いい機会だと話題を振る。

「なんだ、獅子座さん」

まだ獅子座で固定か、深板よ…まあいい。

「魔法はリンカーコアの問題で無理だとしてもさ、念法は個人差は有るけど、大体の人が覚えられるだろう」

「ああ、そうだな」

俺が言った言葉にそれがどうした、と聞き返す深板。

「だけど、深板もファートも俺に精孔を開けてくれと言ってこないよね。どうして?」

問いかけた二人は逆に念法を使える事は他のSOS団メンバーには内緒にしろと逆に俺に忠告してくるほどだ。

普通、超常の力が手に入るならばそれを望むのではないか?と思ったのだ。それこそ、その力で無双する事を夢に思う事だって有るのではないか?

「ああ…その事か」

「うん」

何やら深板とファートは悟ったような表情を浮かべた。

「よく漫画やアニメなどで強い力は災厄を引き寄せるとかかっこつけたことが言われている物があるけど、…俺達は確信している。その通りだとっ!」

深板の言葉にうんうんと首を振っているファート。

「え?」

俺はその答えに戸惑った。

「アオはさ、魔法や念、忍術などを使えるのだろう?その事は確かにうらやましい。アオもオタクなら分かるだろう?もし自分に漫画やアニメの力が宿っていたらと妄想し、敵を無双したいと考える心が!だが、その力を実際に得たらどうだ?それはアオさんを見れば分かる。今までにどれだけ厄介事が舞い込んできたか」

とファートに言われ、頭の中で指を立てて数える。…一度や二度では無いほどの厄介事と死の恐怖を味わったなぁ…

「………」

核心を突かれ、俺は微妙な表情を浮かべた。

「そして、SAOで始まったデスゲーム。これで俺達に主人公特性が無い事も実証された。あの事件に主人公が居るとするなら、ソロで最前線に挑み続け、さらに俺達を解放させた黒の剣士キリトだろう。俺達は死の恐怖につるむ事でようやく打ち勝ったが、ボスレイドへの参加はしなかったしな。自分の命を懸けることが出来ないと、その時はっきりわかったよ」

七十五層の時は充実した装備に驕っていたと深板は語る。さらに、その驕りで死ぬ目にあったのだ、もう危険な事柄にベットは出来ないよと。

「それにVRゲームで戦闘を安全に模擬体験出来る世界なんだ、そこでは努力(レベル上げ等)をすれば誰だって強くなれるしね。安全に楽しみたいならゲームだけで十分なんだよ。現実世界で命の掛かった戦闘はしたくない。その為にはまず超常の力からは遠ざかった方が良い」

「だけど、それは俺とファートの考え方なんだ。もしSOS団内部でアオさんが念を使える事がバレてしまったら、もしかしたら念法を会得してしまうかもしれない。会得してしまえば、次は使ってみたくなるだろう?後は強力な自制心が無ければ使いたいと思う心を制御できない。結果、トラブルが起きる。そうなれば、俺達は獅子座さんに事の収拾を頼まなくては成らなくなる」

それは余りにもバカらしいと語る深板。

「そうかもね」

深板達に諭されて確かにそうだと俺も思う。

「それで?どうしてそう言う話になったんだ」

「いや、ヴィヴィオ達の事で深板たちにはかなり世話になったからね、何かお礼をと思ったのだけど、その時に思いついたのがこれだっただけ」

お金はあのFateの映画で皆それなりに裕福なので謝礼金を渡すのも変な感じがすると考えた結果なのだ。

「いや、別にそこまで恩を感じる事では無いよ」

「ああ」

深板とファートがそんなに気にする事でもないと言った。

「…だが、そうだな…。もし、獅子座さんが叶えてくれるなら一度位は行ってみたい世界があるな」

「うん?管理内世界への渡航は…まぁクロノに言えば何とかなるかな?」

「…そこで当然のようにクロノくんを便利アイテムのように言えるアオには突っ込みを入れたいが、とりあえずスルーして。深板は何処か行って見たい世界があるのか?」

と、ファート。

「ナルトやハンターハンターの世界が有ったのだ。トリコの世界が有ってもおかしくないと思わないか?」

「ああ……たしかに。あの世界は行ってみたいね」

深板の言葉にファートが納得した。

「トリコ?」

俺は記憶がそろそろ曖昧なのだ、トリコの世界と言われても、以前なら思い出せたかもしれないが、もうカケラも思い出せない。

「ああ…獅子座さんの記憶は劣化が激しくてあの世界の事をもう思い出せないんだったな」

深板は俺の事情を思い出してその世界の事を説明してくれた。

聞けば、どうやらその世界は美味しい動植物で溢れかえり、地面や断層すらお菓子みたいな所があると言う。

「へぇ、すごい所だね」

「ああ。飽食の限りを尽くしている世界だ。ああ…一度で良いから行ってみたいっ!例え危険だと分かっていてもっ!」

「確かにっ!」

深板の言葉にファートも同意する。

「ソル、平行世界のデータに該当する世界はある?」

クロノ経由で貰った並行世界マップに参照するようソルにお願いしてみた。

『該当世界がありました。管理外128世界。危険指定世界に認定されています』

「あるのっ!?」
「マジでっ!?」

深板とファートのテンションが上がった。

「危険?」

『魔力素が存在しない事と、現地の動植物の獰猛さによるもののようです』

なるほど。魔導師では魔力の再チャージが出来ない状態での渡航は危険と言う事か。

ソルの言葉を聞いてから深板とファートに目を向ければ行ってみたいと言う思いがその表情からありありと伝わってくる。

「……行きたいんだよ…ね?」

「あ、ああ…だが確かに危険な事は確かだ」

「ああ」

深板とファートが行きたいが、やはり危険だと心のストッパーに引っかかっている。

「だが、それは護衛も無しで行った場合だな。そんなに危険なところには行かないつもりなのだが…」

え?もしかして俺に護衛をしろと言う事か?

くぅ…確かに彼らの知識が無ければヴィヴィオを助けられなかったのも事実。ここで恩を返しておきたい。

「わかった、分かりました。ただ、すこし時間は掛かるよ。しっかり準備していかないといざと言うときに困るからね」

カートリッジの生産に余裕を持たないとダメだろう。

「おおっ!本当に良いのか?」

「ああ」

「やったなっ!深板っ!」
「ああ、楽しみだなファートっ!」


と言う事で管理外128世界へと行って来ると夕飯時にみんなの前で話題に出すと何故か皆で行く事になり、キャロやヴィヴィオ、家にホームステイしているエリオの学業の事も有り、行くのは夏休みと言う事で計画を練ることになった。

解明の進まない管理外128世界の調査と言う名目でクロノに次元航行艦で送ってもらう事三日。ようやくたどり着いたそこは、文化レベルこそ余り変わらないが、その飽食っぷりはどの世界にも無い活気に包まれていた。

グルメ時代と銘打っているらしいその世界の比較的治安の良い場所に降ろしてもらった俺達。

その世界の通貨は以前に管理局が換金したと思われるものと手持ちの円を交換してもらい、言語は一番一般的なものをソラの念能力、アンリミテッドディクショナリーでインストール。言語、お金共に問題は無いし、宿泊関係も勇者の道具袋に神々の箱庭を入れてあるから何とかなるだろう。

「おおおおおっ!おいしそうなものがいっぱいだっ!」

「おおっ!あの出店から行ってみようぜっ!」
「おうっ!」

と、テンションマックスの深板とファートがお金を片手に駆け出していった。

「俺達も行こうか。ヴィヴィオ、何か食べたいの有る?」

ヴィヴィオに問いかける。

「んー、あ、あれが食べたい」

と言ったヴィヴィオは屋台に向かってダッシュ。勢い良く駆けて行った。

「ちょっと、ヴィヴィオっ!危ないからいきなり駆け出しちゃダメだよっ!」

それを直ぐに追いかけるシリカはすっかり一児の母のようであった。

「エリオくんは何が食べたい?」

と、デート気分なのかエリオと腕を組んでいるキャロが自分の隣に居るエリオに尋ねた。

「うーん、何でもいいけど…あ、あれなんか美味しそうじゃない?」

「それじゃ、買いに行こう」

と言って離れていった。フリードは置き去りである…

そう言えば、この世界には多種多様な生物が生存し、珍しいペットも多いためかフリードが飛んでいても割りと皆気にしないようだった。

この世界では空飛ぶトカゲなぞさしたる珍しさも無いのだろう。

「なんか、初々しいわね」

ソラがキャロとエリオを見て微笑ましいと呟いた。

「わたし達もまだまだ若いよ」

と、ソラの呟きになのはが突っ込んだ。

しばらく散財して屋台物を楽しむと、一路郊外へ。

「さて、これから深板たちのリクエストからモルス山脈へと行く事になるのだが…深板にファート。行っても大丈夫なのか?」

彼らの知識にあると言う事は原作があり、その主人公が行ったと言う事だろう。その辺は大丈夫なのかと問う。

「俺達もただ出店で騒いでたわけじゃないぜ。ちゃんと情報収集は済ませてある。大丈夫だ、どうやらまだ原作の数年前っぽいぞ」

良く分からないがまだ世間に四天王と呼ばれる人達の存在が余り知られていない時期と言う事らしい。

「それじゃあ後はどうやって行くかだね」

フェイトが思案する。

「どうやって行くの?飛行魔法?」

問いかけたなのはだが、それに俺は否と答える。

「いや、ここで魔力を使うのは得策じゃない、全員が飛べるわけじゃないし、フリードと俺とソラで手分けして乗っけていこうかと思う」

「乗せる?」

どういう事となのは。

「忘れているかもしれないけど、俺とソラはドラゴンに変身できるんだよ」

と言った後に俺はその姿を銀色のドラゴンに変える。

「きれい…」

呟いたのはフリードを使役するキャロ。

「きゅるーる」

フリードは何が嬉しいのか俺の周りをくるくる飛び回っている。

「アオさんっ!?」

「アオさんがドラゴンに変身したっ!?」

驚きの声を上げたのはシリカとエリオ。

あ、そう言えばシリカにはこの事を教えてなかったっけ…あまり変身しないから忘れていたよ。

「わぁ、パパかっこいいっ!」

ヴィヴィオはドラゴンを目の前にしても臆することなく、寧ろ嬉々として俺の背中によじ登ってくる。

「ま、この姿なら二・三人は運べるだろ。後はソラとフリードと俺とで手分けすれば問題ない」

「そうだね」

そう同意したソラも金色のドラゴンへと姿を変えていた。

そう言えば深板達がさっきからやけに静かだな。

そう思って視線を二人に向けると二人とも白めを剥いて気絶していた。

そうか、一般人の彼らには刺激が強かったか…

そんな彼らを背中に乗せるとそれぞれ俺達に乗り込み俺は空を駆ける。

翼を動かし、空を駆けるこの感覚は人の形で空を飛ぶのとはまた別の心地よさがあった。

「おおおおおっ!?速いっ!落ちるっ!た、たすけ…」

「あははははっ!はやいはやいっ!」

背中の上でファートが絶叫していたが、ヴィヴィオは逆に嬉しそうにはしゃいでいた。

しばらく飛ぶと前方からギャアギャアと鳴き声を上げながら飛んでくる複数の影。それは鳥のような、豚のような、地球の常識ではありえないフォルムをしていた。大きさは全長8メートルほど。かなり大きい部類だろう。

「何か来たっ!ソラ、キャロっ!速度を上げて旋回、かわして引き離すよっ!」

「はいっ!」
「うんっ」

俺は翼をたたむように縮めると落下する勢いを推進力に変えて高度をはずして突っ切る。

「死ぬっ!しんじゃううううううっ!?」

絶叫するファート。深板の声が聞こえないが大丈夫だろうか?

危険そうな生き物には極力近づかず、モルス山脈へとたどり着いた頃にはファートは息も絶え絶え、深板に至ってはずっと気絶していたらしい。

気絶できた深板はある意味幸運だっただろう。絶叫アトラクションの如き身のこなしでの旋回を繰り返す絶叫タイムをスルーできたのだから。

さて、地球のナイアガラの滝すら霞ませる大瀑布が視界の全てを覆っている。

「す…すごい…」

「うん。…これだけでこの世界に来た甲斐があるわね」

魂が震えるほどの感動にソラも同意した。

目の前のそれはいかなる者もその流れ落ちる水量で押しつぶさんと言う錯覚が見えるほどだ。

「あ、あそこに何かが落ちてきてる」

ヴィヴィオが指差した方向を見ると、小さなビルなんかよりもかなり巨大な生き物がその滝を滑り落ち、その重量にて押しつぶされて息絶えて行く所だった。

皆その光景に絶句する。

「……それで?その目的の場所は何所だって言ったっけ?」

と、俺は深板とファートに問い掛けた。

「ああ、あの滝の裏に洞窟があって。そこを進めばある筈だ」

深板が答える。

「で?そこへはどうやって行くの?どこかに裏道があるとか?」

「無いよ」

「じゃあどうやって行くんだよっ!」

むしろその物語ではどうやっていったんだよと問いかける。

「それはもちろんこの滝を割ってだよ」

「この滝を?向こうまで何十メートルあるか分からないこの滝をか?」

「ああ。…と言う事で獅子座さんお願いしますっ!」

出番ですよボスっ!とばかりに深板が言った。が、しかし…

「いや…無理だから。俺に滝を割れと言われても無理だからね」

「ええ!?」

硬で幾ら念を込めて殴っても滝を割れるような気がしないし、スサノオの絶対防御でもその質量に潰されそうだ。…この間深板達に教えてもらったアレなら行けるかも知れないけれど、かなりシンドイから拒否したい。

「ブレイカー級魔法は?」

ファートが進言する。

「行けるかも知れないけど、貫通したら中の洞窟が崩壊するんじゃない?」

「ああっ!?」

しまったと叫ぶ深板。

「別に滝を割る必要は無いんじゃない?」

ソラが妙案があると口にする。

「ど、どんな!?」

深板とファートがどんな手が!とソラに詰め寄った。

「洞窟の入り口まで転移すれば良いだけでしょ。洞窟の位置は『円』を広げれば分かるし、短距離転移ならそれほど魔力も使わないから問題ないわ」

「なるほどっ!」
「転移なら簡単ですねっ!」

深板とファートが良かったと喜んでいた。

あー…確かに…。深板たちの言葉で割る方に思考が傾いてたよ。

と言う訳でソラの言ったとおりに洞窟の入り口まで転移してやってきました。

「暗いよ…パパ…」

洞窟には光源が少なく薄暗い。中に行けば更に暗くなるだろう。

「ちょっと待って。ソルお願い」

『ライトボール』

フヨフヨと五個ほど光る球体を出してあたりを照らし出す。

「こっから先は特に凶暴なモンスターは居ないはずだ」

と、深板が前世の記憶からそう言った。

この大瀑布を越えられる生き物が少ないのだ。餌も少ないだろうから哺乳類系の生き物には劣悪な環境だろう。

ちょっとした洞窟探検の気分で進むと、半円球のドームの真ん中に溜まり池が見えてくる。その池は光を反射するかのように金色に輝いていた。

「ちょっと待ってくれ」

突然深板が俺達に待ったを掛ける。

「どうしたんですか?」

シリカが後ちょっとなのに何か有るのかと問い掛けた。

「ああ。あの池にはサンサングラミーと言う魚が住んでいるんだ」

「サンサングラミー?」

聞きなれない名前に皆疑問顔だ。

「ああ。その魚は凄く臆病で、少しでもストレスを感じると死んでしまう。特に強い奴の気配に当てられるとひとたまりも無い」

なんだ…その習性は…

「つまり…?」

「アオさん達が近づくと確実に全滅するだろうね」

「ええー!?」

「じゃあどうするのっ!」

ファートの言葉にどうやって目的の物を取るのだと叫ぶなのはとフェイト。

「弱い人間なら問題ない。だからここは俺とファートに任せてくれ」

「つまんなーいっ!」

とヴィヴィオが子供ゆえに我慢できないと言ったが、ヴィヴィオは念を習得している。それゆえ一般人よりは確実に強い。ここは我慢してもらわねばならないか。

「ヴィヴィオが近づくとお魚さんがみんな死んじゃうんだって。ヴィヴィオ、それはかわいそうだと思わない?」

「うー…分かった。ヴィヴィオ待ってるよ」

シリカの説得で何とかヴィヴィオは我慢したようだ。

俺はポリタンクの入った勇者の道具袋を深板に渡し、深板達はそれを持って池へと近づいていった。

「おおおっ!?これは…すごいな深板」

「ああ、キレイだ…」

等と感動している声が聞こえる。

「うーうー…」

その声を聞いてヴィヴィオの我慢が早くも限界を迎えそうだ。

「あ、そうだっ!」

ヴィヴィオは何かを思いついたとばかりにシリカの手を離すと一足で池までかけて行った。

「ヴィ、ヴィヴィオ!?」
「ヴィヴィオちゃん!?」

静止の声も聞かずに駆けて行くヴィヴィオは無事に池に到着すると、その中をのぞき見る。

「わー。凄い銀色のお魚さんっ!」

「ヴィヴィオ!?」
「サンサングラミーは!?…アレ?大丈夫だ…」

え?どういう事?

「ヴィヴィオちゃん、どうやら『絶』で気配をたっているみたいよ」

「母さん?」

母さんの言葉にヴィヴィオを視れば確かにオーラの流出が止っている。『絶』だ。

「あの…ゼツって何ですか」

と、エリオ。

「ああ、この場で絶を知らないのはエリオだけか」

「えと…どう言ったものですか?」

「簡単に言えば気配を消す技術だよ、エリオくん」

キャロが本当に簡単にエリオに教えていた。

「気配?」

「見て。ヴィヴィオの姿をしっかり見ていないと見失ってしまわない?」

キャロに言われて視線を向けるエリオ。

「本当だ…居るはずなのに、見ると言う気持ちが無いと見失ってしまいそう…」

「うん。それくらい今のヴィヴィオは存在感が薄いんだよ」

なるほどと一応エリオはキャロの説明で納得した。

「とりあえず、完璧に気配を消せば何とかなりそうかな?」

俺は絶で気配を消すと池へと近づく。

「あ、ストップだ獅子座さんっ!」

突如深板の制止の声が響く。

「あ、お魚さん死んじゃった…」

ヴィヴィオが悲しそうに呟く。

「ええ!?」

「アオさんクラスだと幾ら気配を絶ってもダメって事?それじゃわたし達も?」

「多分…」

と、なのはの言葉にフェイトが同意した。

しょんぼりと戻り、深板たちの帰りを待つ。

「お魚さんキレイだったっ!」

と、ヴィヴィオが良い物を見たという顔で帰ってきた。

「そう、よかったね。ヴィヴィオ」

シリカがヴィヴィオの頭をグリグリ撫でている。

「うんー」

しばらくすると深板たちも戻ってきた。勇者の道具袋を貸してあるのでポリタンクを持ち運ぶ苦労は無い。節操無しに20リットルのポリタンクを100本ほど買い込んでいたからね。くみ上げるのに時間が掛かったようだ。

「それで、ここには何を取りにきたの?」

「これです」

と言って道具袋からポリタンクを一つ取り出す深板。

「これは…あの池の水よね?」

「はい」

と言いつつキャップを緩め、中身を見せる深板。

「これは天然の食用油なんです」

「油?」

「はい、それも無限に使えそうなくらい汚れないんです」

「それは凄いわねっ!」

「はい。もうこれで廃油の心配はありませんよ」

「それは良いんだけど…無限に使えるなら100本も要らないんじゃない?」

と言う俺の突っ込みに深板は…

「俺は回復薬は制限ギリギリまで買い込むタイプだ」

と返した。

確かに、RPGの序盤で回復薬を纏め買いする気持ちは分かるけど、結局使わないでストレージを圧迫する結果だよね?

勇者の道具袋の許容量がどのくらいか分からないけど…


目的の物の一つを手に入れた俺達はモルス山脈を出て街へと戻ると夜のご飯は豪華にコース料理を食べ、この世界の飽食振りに改めて驚き、満腹になると部屋に戻って休んだ。

次の日はかなり危険な所に行くと深板達が言うので、今日は俺とフェイトは深板達の護衛としてジダル王国へと、他の人たちはテーマパークへと行く予定で分かれた。

数多くの美味いもので溢れるであろうテーマパークへ行ってみたくは有ったが、深板たちを単身で行かせる訳には行くまい。これは彼らへの恩返しでもあるのだ。

ジダル王国へは電車に乗り、ひたすらトンネルを地下へと降りていく。

ホームを経る事に寂れていき、治安が悪化していく。

それでも目的の駅のホームは整っていたが、あちこち堅気ではない人達の気配が漂っている。

そんな彼らに目を付けられないようにさっさと移動すると、目的の巨大カジノ。グルメカジノが見えてきて、その巨大さに圧倒された。

「ここ?」

「ああ、ここだ。ここでお土産をゲットして帰るのがこの旅行の一番の目的だ」

そうファートが語る。

「ここなら数々の食材が手に入るからね」

「だけど、ここはカジノでしょ?」

つまり賭場だ。その景品を得る為には当然賭けなければ始まらない。

「ギャンブルで稼げる訳ないだろう!」

「何を言うかな獅子エモン」

誰がアオダヌキかっ!たぬきははやてだけで十分だっ!

「以前リスキーダイスが有るって言ってたじゃないかっ!」

あ…確かに俺達が未来から帰ってくるくだりで言っていたような気もする。

そして、それを使えば確かにギャンブル事は負けないだろう…だが。

「有るけど…危険だよ?もし大凶が出たら最悪死ぬほどの大怪我を負うことも有りえるし…」

「一度くらいは大丈夫だろう。ね?一回だけでいいからっ!」

「俺からも頼むよ…一回で良いから…ね?」

深板とファートが拝み倒すように俺に迫る。

「っ…ダメだっ!」

貸しても良いかもと言う考えを俺はどうにか制する。

「まぁ仕方ないか…」

やけにあっさり引くものだな。何か有るのか?

「それじゃ獅子座さんが頑張ってもらうしかない」

は?







一番大きなカジノに入り、400万円をつぎ込んで100万円のグルメコインを4枚購入したのだが…それだけでもレートのおかしさに驚いていた所、更に驚かせる事が起きる。

「これがグルメコイン…それも100万円の…」

「ああ、そうだぜ深板」

フルフルと震えながら深板とファーとは一枚ずつそのグルメコインを握り締め、おもむろにガリっとその歯で噛み砕いて飲み込んでしまった。

「は?」
「え?」

驚きの表情で二人を見つめる俺とフェイト。しかし、二人は…

「うみゃあああああああい」
「すごいっ!ほっぺたがおちるうううううううおおおおおおっ!?」

「え?このコイン食えるのかな?」

「ちょっと待ったっ!」

ガリっと食べそうになるフェイトを何とか静止させる。

「なに軍資金を普通に食おうとしているっ!」

「ご…ごめんなさい…」

「そしてそっちの二人は何故普通に食っている!?美味いのかこんちきしょうっ!」

まさかコインを食べるとは思わなかったので俺もいささか混乱している。

「いや、グルメコインは高ほど美味いんだ。ここに来たら絶対食おうと二人で決めていたんだ。反省はしても後悔はしていないっ!」

「ああっ」

キリっとした表情で言い切りやがった…

「はぁ…まぁいいよ。それで、既に軍資金は二枚になってしまったんだけど、どうするんだ?」

「ブラックジャック、ポーカー、チンチロリンと、ディーラーの居るのはだめだ。どうせ裏で操っているだろ」

何?ここはそんなにブラックなところなのか?まぁ、この治安の悪さからしてまともな所じゃないのは分かっているけれど。

「と言うわけで、アレで稼ごうと思っている」

と言って指差されたのは見上げるほどに巨大なスロット。それも両端まではかなりの距離がある。

「100面スロットだ。おそらくこのカジノで一番リターン率が高い」

え?100面?

「アオさんは写輪眼を持ってるだろ?だったらベタ押しで100面そろえるのも簡単でしょ」

深板とファートがそう説明する。

「つまり、この100万円分のコインを投入してスロットで100面そろえろと?」

「「ザッツライトっ!」」

正解っ!じゃねぇよっ!

「あ、本当に倍率が凄い…一番高い倍率は『7』じゃ無くて『肉』なんだ…さすがグルメ時代…」

倍率表を見てフェイトがこぼした。

「仕方ない…ソル、偽装をお願いね」

ピコピコとソルが点滅し、幻影魔法で俺の瞳に細工する。これで写輪眼を発動させても外見的には変わりなく見えるだろう。

俺はコインを握り締めると投入口に入れ、巨大なレバーを引く。すると100面あるスロットが勢い良く回転し始めた。

チャララチャララ音を立てながらスロットは回転する。

『写輪眼』

写輪眼を発動させ、スロットを見れば、その絵柄の全てが止ったかのような感じで見て取れる。

後は手元のボタンでスロットを止めるだけだ。

ピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピッピ

トントンと手元のボタンを押すたびに左からスロットの回転が止っていく。

それがそろえられるたびに周りから『おおっ!』と言う声が漏れる。

そして最後の一つが止り、全ての絵柄が揃う。

『わあああああっ!?』

「な、何?」

周りの観客から驚きの声が木霊した。

「こんな100面もあるスロットが揃うなんて事は普通無いんだから、皆驚きもするだろう。…だが、ここからが問題だ。おそらく怖い人たちが来るから…アオさん、最悪は相手を鎮圧するか逃げるかしないとだめかも」

いや、それなら最初からやるなよな危険な事…

「じゃあ、次は私だ」

そう言ったフェイトはコインを投入すると再回り始めるスロット。

そして次々とまた揃っていく。

「え?フェイトさん、どうやって?」

深板が問う。

「凝と神速の応用。連続10個までなら一回の発動で特に問題ないかな」

写輪眼を使う必要も無かったのね…と言っている間に100面が揃う。

『おおおおおおっ!?』

周りの観客がまさか二度も100面スロットが揃う場面に立ち会えるなんてと騒いでいるが、…そろそろ黒服のやばそうな人たちが俺達を囲っているのだけれど。

「まさか、100面スロットを制覇するお客様が現れようとは」

声を掛けてきたのは黒服にサングラスの従業員。しかし、やはりどこか堅気では無さそうな雰囲気を纏っている。

「どうでしょう。奥でもっと良い所が有るのですが。良ければ案内いたしますよ」

どうするんだ?と深板とファートに視線を送るとフルフルと首を振っている。

「お断りします。勝った時は帰るに限りますね」

「そうですか…残念です。景品はあちらにご用意しておりますのでお受け取りください」

ああ、なるほど…勝ちすぎているから後で消すって事ですね。流石に俺とフェイトの二人でが二百万で二兆円分の食材を持ってかれるとと言う事か。

しかし脅しには脅しで対抗しますよ。

俺はオーラを解放し、その存在感を上げる。

「直ぐ受け取りに行きますね。もし、手違いがあったらかないませんから。そう思いますよね?あなたも」

「………っ」

俺のプレッシャーを受けてその男はしゃべれなくなりながらも必死に頷いている。

去っていった黒服を確認して振り返ると深板とファートが震え上がっていた。

「こっちまで殺気に巻き込むのはやめてくれ。恐怖で絶対寿命が縮んだぞっ!」

「と言ってもな深板。脅しておかないと団体さんでリンチっぽい展開だったじゃん」

「まぁ…そうなんだが…うん、今日はもう帰ろう。早く帰って寝たい気分だ」

と言った深板の言葉で来て早々にUターンが決定された。まぁ、目的は達成されたっぽいから良いけれど。

山のように積まれた景品を勇者の道具袋に詰め込みジダル王国を後にする。背後から黒服たちが後を付けてくるが、視線を向けてやると下がっていった。

実力の違いには敏感なようだ。

後日、ソラ達が訪れて100面スロットでカジノを崩壊一歩手前まで追い込むのはまた別の話。


さて、この世界の滞在は半分がレジャー、その他の半分が修行とこの世界の調査である。

今日はレジャーと修行、ついでに調査も兼ねてこの世界の美食屋と呼ばれる人たちがまず最初に向かうと言うビギナーズマウンテンにやってきた。

この世界の動植物には捕獲レベルなるものが人間の手で付けられていて、そのレベルが上がるほどに対象の強さが上昇するらしい。

このビギナーズマウンテンはその捕獲レベルが最高で3ほどと言う、ここで躓くようならば美食屋としてはやっていけないだろう。

とは言え、捕獲レベル1でも猟銃を持ったハンターが10人がかりでやっと仕留められるレベルらしいので、深板とファートは久遠とアルフに護衛を任せると街で食べ歩きをしていると別行動を取った。

まぁ、ヴィヴィオやキャロは修行も有るので付いてきているのだが…

飲み水になるくらいきれいに透き通る河のほとりに簡素なベースキャンプを作り、探索を開始する。

「あっ!リス…さん?」

探索開始早々にヴィヴィオが発見した小動物。リスっぽい生き物なのだが、何処か地球のリスとは形が違う。

「きゅ!?」

ヴィヴィオの声で此方の存在に気がついたそのリスはポロリとコブ取り爺さんの如くパンパンに張っていた頬が転げ落ち、地面に転がる。

そのリスはそれも構う物かとわき目も振らずに茂みの奥へと逃げていった。

「これは…栗?」

拾い上げてみると、薄皮に守られるようにして、栗が四個ほど詰まっていた。

「なになに?」

「え?本当に栗なんですか?」

ヴィヴィオとキャロが近寄ってきて、それは何と興味深深のようだ。

クリネズミ。

驚くとその頬が剥がれ落ち、その中には絶品のクリが詰まっていると言う。捕獲レベルは1以下だそうだ。

「……不思議な世界ね」

ソラもこの現象にはあっけに取られていた。

その後、辺りの探索すると出るわ出るわ…おかしな生態をした動植物が…まったく、この世界の常識が自分達のそれと隔絶していると再確認出来た事件だった。


探索を再開して半時。森を進むとカサリと木の葉の揺れる音が聞こえた。

「グラァァァッ!」

茂みを掻き分け現れた二メートルを越える巨大な熊っぽい生き物が立ち上がり両手を上げて此方を威嚇している。

どうやら彼のテリトリーに入ってしまったようだ。

「うわっ!?」

驚きの声を上げたエリオだが、オーラの流れを見るにそれほど強そうには感じない。

「ヴィヴィオ」

俺は隣に居るヴィヴィオを呼ぶ。

「なにー?」

「ヴィヴィオが倒すんだ。修行の成果を見せる時だよ」

「アオさんっ!?ヴィヴィオはまだ子供なんですよっ!」

俺の言葉を制止するシリカの声が響く。

「だからだろ。自分の力の強さを認識しさせないといけない。それと、命を奪うと言う事もね」

「そうかもしれないですけど…」

彼女が念を覚えて五年。キャロとどっこいどっこいであり、俺達の中では遅い部類に入る。

「頑張ってくるよっ!」

と言ったヴィヴィオが駆け出していく。

「『堅』をしてれば大丈夫」

「うん、落ち着いて頑張るんだよ」

なのはとフェイトは一言アドバイスをして見送った。

「アオさんっ!ヴィヴィオは大丈夫なんですか?」

エリオも心配なようで行かせても良いのかと糾弾するような目つきだ。

「エリオくん…」

キャロは何て説明すればよいのか戸惑った。

「大丈夫だろ。あれでもヴィヴィオは強い。あの程度の敵に遅れを取る事は無いだろうけど…問題は精神だろうね」

そう俺が答える。

この戦いはヴィヴィオにとって初めての実戦であり、初めて相手の命を奪う戦いだ。

「やあっ!」

駆け出したヴィヴィオは熊…ラグーベアの腕を掻い潜り、攻撃を当てていく。

捕獲レベルは2と言った所だ。

「グオオオオォォォォォっ!」

「っ…!」

ラグーベアのブオンと振るわれた腕に辺り投げ飛ばされるが、しっかりと両腕でガードしていたようでダメージは殆ど無い。空中をくるくると回転して着地すると再び地面を蹴って攻撃する。

「はっ!」

ヴィヴィオの突き出したコブシはラグーベアを突き飛ばし、地面を転がり突き出た岩に激突し、絶命させた。

「あっ……!」

相手の命を奪った事にようやく気付いたのだろう。ヴィヴィオはうずくまりショックを受けたようだ。

ここでどう折り合いを付けるか。ここでマイナスの方面に思考が進むなら、俺はヴィヴィオの記憶をいじり念関係の事を忘れさせるつもりだ。

しかし、彼女は「ごめんなさい…そして、ありがとうございます」と言う言葉を発した後泣き崩れた。…これなら大丈夫だろう。生き物の死を慈しめるのなら、自分の力を自制する心を持てるはずだ。

「エリオくん!?」

「ぐっ…かはっ…ごほっっ!」

むしろ今やばいのはヴィヴィオよりもエリオだった。彼は生き物の命を奪うと言う現場に立ち会ったことが無かったのだろう。突如として目の前でその命が消えてしまった事にショックを受け、嘔吐してしまったようだ。

これは俺も経験がある。大丈夫だろうか…最悪は記憶を消さなければ成るまい。


ぱちぱちと焚き火の弾ける音がして、その上の鍋からこぽこぽとスープの茹る音が聞こえる。

ヴィヴィオの倒したラグーベアで作った熊鍋だ。臭みが全く無く、煮込めば煮込むだけ美味しさが増し、それでいて硬くならないその肉は正に絶品であった。


夕食が終わり、焚き火に薪をくべていた時、焚き火の反対側に立つ影に視線を上げた。

「エリオか。…どうした、まだショックから立ち直れないか?」

「いえ…それはなんとか…」

「そっか」

どういう答を出したのかは分からないが、その表情をみれば負の方面には行っていないようで安心した。

「それじゃ、他に何か用があるのか」

「はい…ヴィヴィオが使ったゼツとかケンとか言うのはいったい何なのでしょうか」

ああ、それか。エリオはヴィヴィオの戦闘力の異常さに答えが欲しかったのか。

「教えても良いけど、別に知らなくても良い技術だね」

「そう…なんですか?…あの、その技術、キャロは使えるんですか?」

「ここに居る人間で使えないのはエリオだけだね。ただ、無闇矢鱈に教えてもいい技術って訳じゃない。家族や近しい人物で信頼できる人間になら、と言う感じかな」

シリカみたいに事故で精孔が開いた場合や、ヴィヴィオみたいにどうしても必要だった場合は教えちゃってるけども。

「僕は…」

「別にエリオになら教えてもやっても良いんだけど、キャロを一生離さないと誓えるならね」

「…っ!?」

なんて冗談を混ぜるとエリオは真っ赤になって押し黙り、駆けて行った。

「あらら…でもまぁ、本当にそれくらいじゃないと…ね」

一時間後に帰ってきたエリオは真っ赤になりながら答を言い、念法を覚える事になる。これでようやく俺達は家族として隠し事がなくなったようだ。

探索二日目。

森の中の崩れ落ちて削られた斜面の断面の中に一際輝くオーラを纏った石が埋まっていた。

「これは?」

引っこ抜いてまじまじと見つめる。

「なに、その石」

フェイトの声に周りにソラ達が寄ってくる。

「いや、良く分からないけれど、結構強いオーラを感じたから」

「あ、本当だ」

と凝をしたなのはが言った。

「中に何かが入っている感じ?」

ソラもこの石をみてそう分析した。

「中か…」

「割ってみたら良いんじゃない?」

ヴィヴィオが簡単な事じゃんとばかりにそう言った。

「そうだね」

俺は懐から果物ナイフを取り出すと、流を使って切れ味が増したナイフで石を削っていく。

「種?」

キャロの声。

そう、中から出てきたのは何かの種であった。

「何の種だろう」

「撒いてみたら良いんじゃないかな」

「なのは…そんな事をしても芽が出るまで何日掛かるか…」

「フェイトちゃん、そこはアオさんの能力で時間を速めればどうって事は無いよ」

「あ、そうか」

と言う言葉を交わすと皆が俺に視線をよこした。速く埋めろと言わんばかりの視線だった。

「あーちゃん、速く」

母さんにまでせかされた俺は仕方なく近場の地面に種を埋めると『クロックマスター』で時間を加速させた。

木はぐんぐん伸びるとやがて幾つかの大きな実をつけた。

「果物…だね。それにしては…」

その強烈な匂いに唾液が溢れてくる。

「おいしそうな匂い!食べてみたいっ!」

今にも幹を上りその巨大な実に噛り付かん勢いのヴィヴィオを何とか止める。

「パパっ!?」

非難がましい目で見られようが、今まで取ってきた食料と同じくディテクトマジックやソルにサーチしてもらい、毒物が入ってない事を確認しなければ危なくて食べるわけには行かないのだ。

『どうやらこれは虹の実と言う植物らしいです。現在では絶滅してしまったと言われているようです。食用であり特に毒や麻薬成分は入っていません』

この世界に来て直ぐに大金をはたいて買った食材のデータ。その膨大な食料データをソルにインストールし、ソルはその中から検索をかけて出てきた情報を伝えてくれた。

「大丈夫なの?ソル」

『はい』

「やったっ!」

安全だと分かったヴィヴィオは俺の手からすり抜けると猿のようにするすると木を登り、虹の実に取り付くと下を向いて声を上げた。

「落とすよーっ…えいっ!」

「おっとと…って!おもっ!」

ブチっともぎ取られて落下してくる虹の実を受け取ろうとキャッチして余りの重さに危うく取り落とす所だった。

「つぎいくよー」

と言って五個ほど実った虹の実をひょいひょい落として行き、それをソラ、なのは、フェイトがキャッチしていく。

「わっ!」
「お、重いッ!」
「これは…凄く濃厚な匂い…」

「わ、わわっ!」
「エリオくんっ!?」

最後の一個をキャッチしようとしたエリオを後ろから支えるように腰を抱き、片手で虹の実をキャッチしたキャロ。

「あ、ありがとう…キャロ」

「ううん。エリオくんに怪我が無くて良かった」

すこしラブコメ的展開になっているのだが、あれは男女逆じゃないかなぁ…まぁ、今のエリオではこの重さの木の実を受け取れるだけの筋力は無いから仕方ないけれど。…がんばれ、エリオ。まだ念の修行は始まったばかりだよ。

木の実を取り終えたヴィヴィオはひょいっと飛び降りると音も無く着地した。

「パパ、切ってっ!」

「はいはい」

ナイフを片手に虹の実を縦に割るとぷるんとしたまるでゼリーか何かのように刃が通り、あふれ出る甘い匂いが強烈に鼻腔を通り抜け、その匂いが食欲を刺激する。

「スプーンか何かですくって食べた方が良いかも知れないですね」

と言ったシリカが皆にスプーンを配った。

子供が優先だろうと思い、まずヴィヴィオがそのスプーンで虹の実をすくって口に含んだ。

ゴクリと嚥下する音が聞こえる。

「お…おいしい…今までにこんな美味しい果物食べた事無いよ…」

「ほ、本当?ヴィヴィオ」

それを聞いたキャロも我慢できないとスプーンですくって虹の実を食べた。

「お、おいしいっ!エリオくんも食べてみてよっ!」

「う、うん…」

俺達の方にいいですか?と言う視線をよこしたエリオに頷いたのを確認したエリオも一口食べてみる。

「こ、これは…!おいしすぎる…」

さて、子供達が食べたのを確認してから俺達も口をつけたのだが…それは途轍もなく美味しく、至福の瞬間だった。

しかし、その幸福な時間も長くは続かない。何故なら俺達の周りを凶暴な動物達の気配が立ち込めてきたからだ。おそらくこの虹の実の匂いを嗅ぎつけて来たのだろう。

「囲まれたね」

ソラが言葉を発するよりも早くエリオ以外は既に警戒態勢に入っている。ヴィヴィオすら気を引き締めているのは確実にアオ達の影響だろう。

「ああ」

「どうするの?」

虹の実自体は勇者の道具袋にしまったのだが、その木と立ちこめる匂いは未だ健在で、その匂いにつられて来ているのだ。

「アオさん?」

俺が虹の実の木に近づいたので、何をするのだと問いかけるなのは。

俺は右手をそっとその樹脂に触れると時間を巻き戻し、種の状態まで戻した。

「どうやらこの原因はこの木だったみたいだからね。このまま放置するとこの辺りの動物が食物連鎖を超えて争いかねない。それはどうかと思うし」

「そうだね。…でも、今更囲んでいる動物達には関係ないみたいだけどね」

と、ソラ。

「匂いを風で散らすかして誤魔化せないかな」

「やってみる価値はあると思うけど」

どれほど効果があるか分からないねとフェイト。

どうするかと考えていた時、ゾクリと嫌な感じが通り抜けた。

「こ、これはっ!?」

「殺気っ!?」

「それもここ辺りの動物達とはレベルが違うほどのものよっ!」

なのは、フェイトが慌て、母さんがそう感じ取った。

その殺気に当てられて辺りの動物達はみな逃げ出していく。それは分からなくも無い。あれほどの殺気に当てられたら俺でも逃げたい所だ。

「ヴィヴィオ!、キャロちゃん!」

シリカは何が来ても守って見せるとヴィヴィオとキャロ、ついでにエリオを自身の後ろに匿う様に前にでる。

そして皆各々のデバイスを起動し、バリアジャケットを装着したり堅で防御力を上げたりして敵の来訪に備える。

俺は『円』を伸ばし、殺気を放ったであろう生物を探すと、俺のオーラが触れたのが分かったのか、相手の方から此方へと距離を詰めてくるのが分かった。

「来るよっ!」

人間離れした跳躍力で太陽を背に振ってくる影は俺達から10メートルほどの所に着地した。

「人間?」

「でも、彼のオーラは強烈過ぎるわ。人間と言われてもちょっと信じられない…」

フェイトの呟きに答えたソラ。

「いやぁ、すまんすまん。おぬしらの実力ならここら辺の奴らじゃ相手にならんじゃろうが、それで襲ってくる奴らを全て傷つけるとここらの生態系がな」

と、結構軽いノリで浅黒い初老の男性が快活そうに言いながらこちらに歩を進めてきた。

一応相手は殺気を放っていないが、その実力はコブシを合わせるまでも無く強者だ。

「わしは一龍と言う。たまたまこの辺りを散歩しておったのじゃが、突然強烈な甘い匂いがしたと思ったらあたりの動物達が騒ぎおってな。興味を引かれて来てみた所おぬしらが囲まれていたからこれはいかんと蹴散らしたのじゃが…おぬしの手に持っている種が原因か?」

そう目の前の老人、一龍は問う。

俺は誤魔化しても良い事は無いだろうと感じ、素直に肯定する。

「そうですね。この種は何か強烈に動物達を誘惑するようです」

「この辺りにそのような木の実は無いはずなのじゃが…グルメ界から飛来したのかもしれんのう…そうなると、IGOに提出するのがIGO加盟国でのルールじゃ。それは分かっているな?」

なるほど、この世界での常識か。その辺は俺達は疎いのは旅行者なので仕方が無いだろう。

「そうなんですか…えと、どうやれば?」

事を荒立てたく無いので素直に聞いてみる。

「本来なら面倒な手続きがあるのじゃが、一応IGOの会長はわしじゃからな。わしが預かって置こう。一応発見者と言う事で君達の名前と国籍を教えて欲しいのじゃが…ふむ、どうやらそれは聞かない方が良い様じゃな」

何も言っていないのだが、この一龍は此方がのきっぴらに出来ないような立場だと感じ取ったようだ。

その間も、言っている事が正しいかソルに調べてもらった結果は完全に白。どうやら本当の事のようだ。

「そうしてくれると助かります。…これはあなたにお預けしますね」

「すまないな」

と言って俺からその種を受け取った一龍は、興味深そうに俺達を見る。

「ふむ…その年で中々に凄い技術を持っているな。…しかし、それゆえにロスがもったいないのう…」

ロスしている?彼には俺が纏っているオーラが見えているようだった。と言う事は相手は念能力者かっ!

「そうじゃな、興味があれば食林寺と言う所を尋ねなさい。そこで修行すればわしの言っていた意味も分かるじゃろうて」

そう言うと一龍は虹の実の種を持って帰っていった。

「っはぁー」

彼が居なくなると皆緊張の糸が切れたように深呼吸をする。

「彼…途轍もなく強いわね…今の私達でも戦えば負けるかもしれないわ」

「ああ…」

俺と同等の時間を生きているソラをしてそう言わせるのだ。彼とぶつからなくて本当に良かった。特に魔力の再チャージが出来ないこの世界では念に頼らざるをえないのだから尚更だ。

「それにしても、食林寺だったかしら?そこに行けって言っていたわね」

と母さん。

「俺達がまだロスが大きいと言っていたね」

「時間が有れば探してみる?」

と聞いてきたソラ。

「そうだね…それにしても久しぶりに勝てないと感じられる人に会ったよ…この点は反省しないとだね。強くなった気で居る時は凄く危ないし、上には上が居る…」

「うん…」

一龍との邂逅で消耗した俺達はベースキャンプに戻り、そうそうに畳むと街へと戻って宿を取った。

今日は皆ベッドで寝たい気分だったのだ。

その後、どうにか食林寺なる所を探し出し、そこで教えてもらった食義の修行で死にそうになりながらも何とか会得。

食の有難味を骨の髄まで教え込まれました。全ての食材に感謝を忘れない。これは本当に大切な事です。

食義の一つ、食没により最大オーラが爆発的に上昇したのは嬉しい誤算だった。

短い滞在であったが、深板とファートがみるみると太り、出会った頃の彼らの感じに戻ってしまっていたが、まぁ…些細な問題か。

俺が二人にこんな事でよかったのかと滞在が終わり帰還のために乗り込んだ次元航行船の中で問うと、「これでも貰いすぎなくらいだ」とか「十分楽しめた」と言っていたのでよしとしよう。







「その時手に入れたのがこのモルス油。これは本当に便利でこれだけは愛用しているのよ」

お金の節約にもなるしね。とユカリ。

「それでね。その世界にはその後もちょくちょく行って、こっそりと箱庭で飼育と栽培を始めたの。その珍しい食材を偶にアテナ達に気付かれないように夕食で出したりしていたのよ」

「………」

荒唐無稽なユカリの話にアテナは話の半分も信じていない。

「……まぁ、その食没がユカリの呪力が異常に高い理由だとすれば、辻褄はあう…のか?」

アテナから見るユカリの呪力(オーラ)は一流の魔術師などは隔絶し、神殺しの域にまで来ているのでは無いかと思わせるほどに強力だ。

「今度私の箱庭に招待するわ。危ない所だから普通の人は入ったら死んじゃうかもしれないけれど、アテナなら大丈夫よね」

アオがヴィヴィオを助けた後、リオの家から引きあげてきたグリードアイランドを使い、ユカリもプレイし、クリア特典を貰っていたのだ。

その一つが自分用の『勇者の道具袋』と『神々の箱庭』だ。道具袋は皆が一つずつ持っている。やはり、その便利さが群を抜くからだ。

そして神々の箱庭はトリコの世界の動植物の飼育のために取ったといっても過言では無いかもしれない。それほどまでに彼女の箱庭は多種多様の動植物で溢れかえり、独自の生態系を構築していた。

「……まぁ、機会が有ればな」

ピンポーンッ

アテナがおざなりに返した時来客を告げるチャイムが鳴る。

「あ、お客さん。この時間は甘粕さんね。はーい、今行きます」

と言ってユカリは玄関へと駆けていく。

「いつもの妄言であろうよな?だが、変な油は実際にある。しかし…食没なんて物があったとしても妾が覚えられるものでは有るまいが…ふむ…」

考えながらアテナはユカリが変な袋…勇者の道具袋から取り出したひとかけらの果物を供えられたスプーンでまるでゼリーのようにすくって口に含む。

「こっ…これは…」

それは正にこの世の美味いを詰め込んだような果物だった。口に含んでから喉を通り終わるまでに7回もその味が変わっていく。

これはあの時アオ達が持ち帰った虹の実から発芽させて増やしたものだ。その木は今も箱庭の中で茂っている事だろう。

「これを出されれば確かに別世界の事を信じぬ訳にはいかぬな…本当にユカリは面白い」

本当に次から次へとビックリ箱のような少女だとアテナは再確認した一幕だった。 
 

 
後書き
と言う事でトリコの世界でした。あの世界の実力者の天元突破ぶりは凄いですよね。サイヤ人もかくやと言った感じでまさにジャンプって感じです。
次のユカリのバトルは順番的にあの人です。3連続ユカリ無双の前のほのぼの?閑話と言うことです。 

 

第七十六話

正史編纂委員会東京分室。

ここは甘粕冬馬の直属の上司が居る所である。

上司の名前は沙耶宮馨(さやのみやかおる)

まだ高校生と言う身分で室長の地位に着く男装の麗人である。

「さて、リア充真っ盛りの甘粕冬馬さん。報告と言うのはいったい何なのだろうか。君のただれた性生活については是非とも拝聴したい所ではあるが」

「何を言っているんですかっ人聞きの悪い事は言わないでください」

(かおる)の言をあわてて否定する甘粕。

「おや、違いましたか。毎日毎日うら若き女子高生の家に上がりこみ夕飯をご一緒していると言う噂を聞いたのですがね」

「ぐっ…貴方が監視させているのでしょう。それに馨さんが想像なされるような華々しい事はありませんよ」

ユカリが護堂を(くだ)してから、彼女の監視に就いていた調査員がことごとく気絶させられて寒空の下で発見された。

一応派遣された彼らとて一流の下程度には穏形の法を心得ている。

しかし、彼らは気がつかれない内に気絶させられていたと報告を受けた甘粕は自分でおもむく事になる。

だが、甘粕でさえも黒歴史に封印してしまいたい出来事が起こる。

気配を消してユカリが家へと入った事を見届けた甘粕は以前にポジショニングした監視場所へと移動しようとして後ろからユカリに声を掛けられたのだ。

「甘粕さんですね」

「おやおや、ユカリさん。奇遇ですな」

と、おどけて答えてみせる甘粕だが、自分に気配も悟らせない人間の出現に息を呑む。

しかも自分は確かにユカリが家に入る姿を見届けたはずなのに、だ。

自分でもそれなりに能力の高い方だとは思っていた。

しかし、自分の半分にも満たない年の少女に後ろを取られ、声を掛けられるまで気がつかないとは…

これは黒歴史だろう。

「ふふ。そう言う事にしておきましょう。私なんかの監視のためにわざわざおもむいてくれるとは、うれしい限りですね」

「うれしい、ですか?」

「ええ。どうせアテナが帰るまで監視するつもりなのでしょう。どうせなら家で夕飯を食べていってください。……手料理を作って待っているご家族や恋人がいるのなら無理にとは言いませんが」

「いえ、私にそう言った方は居ませんよ。一人身が寂しい独身貴族ですな」

「そうですか。では是非いらしてくださいな」

甘粕は考えるが、力量が上の存在からの招待を断れるほどの勇気は無かった。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

と、その後夕飯を一緒に取り、アテナが帰るのを見て帰宅するのだが、甘粕以外の監視が付くとまた気絶させられて捨てられているのである。

そして甘粕が監視に着くとユカリは甘粕を夕食に招待するのだ。







「華々しくないとは…あれですか?ユカリさんの手料理がひどく不味く、口に入れるのもはばかられるほどなのに、自分の口からは言い出せないヘタレな主人公のような状況とか?」

「それはそれで美味しいシチュエーションでしょう。それに彼女の料理のレベルは既に三ツ星レストランを超える領域です。あの料理が食べられるなら、私は寒空の下での監視にも精が出ると言うもの」

この時馨は思った。この男、すでにユカリに胃袋を掌握されている、と。

これは面白い事になりそうだ、とも。

「では何がそんなに不都合なんですか?」

「まつろわぬ神と同席しての食事なのですよ?気の休まる所が有りません」

「なるほど。アテナの威厳に萎縮してしまっている、と」

「ええ。まぁ、最近のアテナはどうにもユカリさんに懐いたのか、単に餌付けされたのか、態度が柔らかくなってきてはいますがね。恋愛シミュレーションなら無表情期が終わり弱デレ期に差し掛かったと言う所ですね。この傾向を持つキャラは総じて幼児体型、ソプラノボイスと言った感じのキャラ設定に多いのですが、まさにアテナはハマリ役ですな」

それは見ていて微笑ましいと甘粕は言った。

「ほうほう、それは後で詳しく聞きたいね。…しかし、今は報告を聞こうか」

さてさて、バカ話もここまでと馨の表情が真剣な物に変わる。

「最初からそうしてくださいよ」

と、愚痴を言ってから甘粕も話し始める。

「デヤンスタール・ヴォバン侯爵が来日されたと言う情報が入りました」

それを聞いて馨の表情はさらに険を増す。

「目的はなんだろうね?」

「かの御人は血気盛んな性格だと伺った事がありますな」

「まつろわぬアテナかい?だが、それは情報を改ざんし、草薙護堂によって放逐されたと流布したはずだけど」

「ですな。しかし、可能性は0では有りません。今のところ一番可能性が高いのはまつろわぬアテナとの闘争。後の事はまだ分かりかねます」

馨は面白そうに口角をあげる。

「最近はこの国も物騒になってきたものだね」

「楽しそうに言わないでいただきたい」

「はは、ごめんよ。しかし、これはどうした物か。アテナと坂上紫には報告した方がいいのかな?」

「それがよろしいでしょうな。アテナはユカリさんがいる限りこの国で自ら戦いにおもむく可能性は低いでしょう。とは言え、ヴォバン侯爵がアテナに襲い掛かればその範疇では無いでしょうが…」

「その時はその時に考えようか。まつろわぬ神とカンピオーネを制御できるなんて傲慢な事は言える立場じゃないしね、僕たちも。それにアテナが討たれればそれはそれで僕たちの案件が一つ減ると言うもの」

「…ですな。…では、今晩それとなくお二方に注意をしてきましょう」

「ああ、何だかんだ言っても今日も行くのだね…そこの所はやはり掘り下げて聞いておかないといけないな」

「…おや、急用が入りましたので御前失礼させていただきます」

と言った甘粕は音も無く退出して言った。

「逃げられたか。しかし、これはまたからかう楽しみができたね」

と、悪魔のように呟く馨だけが残った。




六月も終わりに近づいたある日。

いつものように甘粕を連れ込んだユカリの家。

夕食が終わり、食後のティータイムを楽しんでいた時、甘粕がユカリに対して話があると切り出した。

「デヤンスタール…えっと?」

「ヴォバンです。一般的にはヴォバン侯爵と言われています。世界に7人しか居ない魔王のお一人ですな」

サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

通称ヴォバン侯爵はカンピオーネの一人であり、すでに200年を生きる怪物だ。

その間に屠ったまつろわぬ神は、イギリスにある賢人会議を持ってしても容易には知れない。

「そのヴォバン侯爵がどうしたんですか?」

「バルカン半島辺りを根城に持つ方なのですが、どうやら最近来日されたようです」

「へぇ、そうなんですか。ですが、それが私に何か関係あるのですか?」

「ヴォバン侯爵は血気盛んで戦闘に飢えていると聞きます。四年前などはまつろわぬ神を招来させて滅ぼそうとしたらしいです」

いやはやマッチポンプですな、と甘粕は苦笑いをしながら話した。

結局他のカンピオーネに横取りされてしまったらしいのですがと甘粕が言う。

「……つまり、おぬしは妾とユカリが神殺しの標的になると言っておるのか?」

話題がカンピオーネの事であったがゆえアテナは少し興味を持ったようだ。

「その確率は低くないかと…」

なるほど、とアテナ。

「私は面倒な事は勘弁して欲しいのだけれど…特に生死が掛かっているような物は…私はあの子を産むまでは死ねないわ。いえ、産んだからと言って死にたくは無いのだけれど」

ユカリの発言にクエスチョンマークが浮かんでいる甘粕。

「またそれか。それは人間で言う妄想の類ではないのか?そろそろ現実を見て生きても良い頃合だと妾は思うぞ」

と、まつろわぬ神に諭されているユカリ。

「えー?信じてくれないんだね、アテナは」

「未来視の能力は自分には無いと言っていたではないか。それでは考えうるユカリの症状は妄想であると妾は答を出したのだが…もしくは今はやりの『ちゅうにびょう』と言うやつであろう」

「むぅ…養ってくれる人さえ見つかれば今すぐにでも仕込むのだけれど」

「ユカリさん。女子高生が仕込むなんて言ってはいけません。女子高生の三年間は今しか無いのですから。大人など時間が経てば誰でもなれるのですよ」

と、甘粕も諭す。

むー、と膨れながらユカリは鼻を曲げる。

「甘粕さんが協力してくれれば一年後には結果が分かる事なのだけれど、まあいいわ」

今、甘粕は自身にとって何かスルーしてはいけないフラグが有った気がしたのだが、話題を変えたユカリに問いただせずに終わる。

「そのヴォバン侯爵ってどう言う力の持ち主なの?もしも…本当にもしも戦う事になってしまったら、相手の事を知っている方が何かと有利だし、対策も考えられるのだけれど」

「それに関しましてはいくつかの能力は有名ですからお教えできるのですが、彼がいったい何人のまつろわぬ神を屠ったのか、正確な数は分からないものですから、全てをお教えする事は出来ません」

「それでも構いませんよ」

「そうですか」

それから甘粕から語られたヴォバンの権能は4つ。


貪る群狼《リージョン・オブ・ハングリーウルヴズ》

死せる従僕の檻

疾風怒濤《シュトルム・ウント・ドランク》

ソドムの瞳


「ソドムの瞳だったかしら?睨むだけで人を塩柱に変える魔眼。それが一番厄介ね。他の能力はまぁ、何とかなるでしょう」

と、話を聞いたユカリが言う。

「問題は射程距離ね。アテナ、あなたの石化の魔眼って射程はどのくらいなの?」

「ふん。妾の力を持ってすれば視界に収まる全てを石に変える事も可能よな」

「うわぁ…キロ単位かぁ…もしも相手がそれまでの射程を持っていたら打つ手は無いわね。会敵した瞬間塩になってお終い。まぁ、脳と腕を一瞬で塩化されなければ助かる事も可能だろうけれど…」

「草薙さんをあっさりと打倒した貴方にしては弱気な発言ですな」

と、甘粕。

「魔眼は強力よね。プロセスの一切を省略し、見る、睨むだけで効果を発揮するのだもの。大抵の場合向き合った瞬間終わっているわよ」

アテナの石化をレジストできたのは幸運だったわとユカリ。

「仕方ない。ユカリに妾の加護を授けてやろう」

「へ?」

突然のアテナの申し出にユカリは驚いた。

「おぬしが何処で死のうが妾は構わぬ。しかし、妾に勝った人間が、そんな間抜けな死に方をしたとなってはおぬしに負けた妾の恥ゆえな」

アテナは自然体でユカリに近づくとおもむろにその唇を押し当てる。

どこに?

当然ユカリの口にだ。

アテナはそのままユカリ口を蹂躙し、口から体内に自分の神力を流し込む。

「うっんんっ…」

ユカリの体の中に何か熱いものが入ってくる。

唇を離すとつつーと唾液の橋が架かり消えた。

「はぁ…はぁ…あ、…アテナ、今のは?」

「妾の加護を与えてやったまでの事。これでソドムの瞳で塩化する事はあるまい」

「それは…ありがとう」

はっ!?と、甘粕が居た事を思い出し、視線を向ける。

「いやいや、私は何も見ていませんよ」

甘粕は何事も無かったような雰囲気で紅茶を飲んでいたが、実は甘粕に視線が向く前に懐にしまったデジカメには今の光景を写真に収めていた。

「そ、そうでうよねっ!甘粕さんは何も見ていません」

「ええ」

そんな感じで、厄介事などユカリは来なければいいと願いつつ、夜は更けて行った。



東京の街を一人の少女が何か探すように歩いている。

銀髪をポニーテールにまとめた外国人の少女だ。

リリアナ・クラニチャール。

出生はイタリアで、魔術結社『青銅黒十字(せいどうくろじゅうじ)』に所属する騎士だ。

エリカと同年代で、何かにつけてエリカと比較されたりする事も多いが、実際同年代で彼女と実力が拮抗しているのはエリカくらいのものだろう。

そんなリリアナがなぜ日本なんかに来ているのか。

それはリリアナがヴォバン侯爵の騎士として近くに(はべ)っているからである。

そんなリリアナがヴォバン侯爵に命令された事は二つ。

まつろわぬアテナと万里谷祐理の捜索だ。

アテナはともかく、なぜ万里谷祐理を探すのか。

それは星のめぐりで数ヵ月後にまつろわぬ神を招来する儀を執り行える。万里谷祐理の巫女としての素質は高く、彼女を基点とすれば本来なら何百と言う巫女を用意しても不可能に近いまつろわぬ神招来などと言う儀式も少しの労力で行えるだろうと言うヴォバン侯爵の思惑ゆえだ。

リリアナの心境としては親しい仲ではないが旧知の人物である祐理を捜索するよりもアテナ捜索を優先したい所だった。

本来の物語ではリリアナにアテナを探し出せと言うような命令は出されなかっただろう。

しかし、ユカリがアテナを封時結界内で倒してしまった。

カンピオーネとまつろろわぬ神の戦いは回りに被害がつき纏う。

であるのに、今回日本に被害らしい被害は出ていない。

アテナの権能で街に闇が広がり光が奪われると言う超常現象が報告されていたが、それだけだ。

アテナと戦闘を行ったにしては余りにも被害が少なすぎるのだ。

そのためヴォバンはまだまつろわぬアテナが日本に滞在しており、どこかの組織が隠蔽しているのではと考えたのだ。

見つかればよし、見つからねば祐理を使い自ら神の招来を行うのでヴォバン侯爵にしてみたらついでのようなものだったのだが…

それにしてはリリアナ・クラニチャールが優秀すぎた。

かすかなアテナの神気を頼りに、魔女であるリリアナの霊視と言うあやふやな能力も今回はプラスに働き、今リリアナはユカリの家の前まで来ていた。

おそらくこの家はまつろわぬアテナとなんらかの関係がある。そうにらんでリリアナは遠くから監視を続けると、アテナが来訪したではないか。

家の中で何をしているのか。二時間ほど待っていると突如としてアテナの神力が去るのを感じた。

アテナは何かをしにここにやって来て、そして去った。

この事をヴォバン侯爵に報告するか否か。

逡巡したリリアナだが、カンピオーネの前で虚偽を報告する勇気はリリアナには無かった。

ヴォバン侯爵の所まで戻り、詳細を説明するとヴォバン侯爵は色めき立つ。

「案内せよ。すぐに行くとしよう」

「はっ。しかしながら(こう)。すでにアテナは去ってしまわれましたが」

「その家に住むものはアテナと関係を持つのだろう?ならばそいつに聞けばアテナが何処に居るか分かろうものよ。分からねば八つ裂きの末アテナの供物として捧げてやろうではないか」

リリアナはヴォバンの暴君ぶりに自身の正義感を汚される思いだったが、逆らえるはずも無く、結局リリアナはヴォバンを案内する。


時間にして夜の10時と言った頃。

ユカリはアテナと甘粕を送り出した後、今日学校で出された宿題を片付け、後は入浴して睡眠と言った感じの時、並々ならぬ気配を家の外に感じた。

その直後、玄関の扉を破り20匹ほどの狼が家を破壊しながらユカリの元まで駆けて来てユカリを取り囲む。

どう見ても普通の狼ではない。

狼はユカリを見ると、その四肢に食らい付かんばかりに飛び掛った。

『ラウンドシールド』

レーヴェがユカリの周りにバリアを展開する。

狼は突然現れたバリアに激突するも、狼は突進をやめない。

「ありがとう、レーヴェ」

『問題ありません』

突然の襲撃。しかも狼は躊躇い無くユカリの四肢をもぎ取りに掛かった。

…つまり相手はユカリを殺す気で来たのである。ヴォバン侯爵にしてみれば、四肢が欠損しようがしゃべれれば問題なし。たとえ死んでしまったとしても特に感慨は無かっただろう。

ユカリとしては逃げるか、それとも戦うか選択しなければならなかった。

逃げるだけならばおそらく封時結界内に逃げ込めば簡単だ。

アテナからですら逃げきれたのだ。この世界の人間が感知できるとは思わない。

しかし、相手は自分の家に襲撃をかけてきたのだ。

つまり、逃げるのは良いが、逃げたら二度とここへは戻って来れまい。

少しの間考えて、ユカリは戦う事に決めた。

もちろん死ぬかもしれないと言う恐怖はある。

理不尽に命を奪い、奪われる事を目の前で見てきた過去を持つユカリ。だから、これも理不尽な事の一つなのだろうと割り切る。

ユカリに何か落ち度があった訳ではない。

相手が相手の都合でこちらを襲ってきただけの事。

理不尽には抗わなければ奪われる。

ユカリは直ぐに戦闘態勢を整える。漆黒の竜鎧を纏い、二丁の銃剣が現れた。

ユカリは相手がおそらく甘粕から聞いたカンピオーネでは無いかと推察していた。

貪る郡狼…狼を使役するカンピオーネ。

神やカンピオーネに念能力は通じにくいとアテナ、護堂との戦いでユカリは学んだ。なので今回は最初からガンブレイドを握り締めている。

ガンブレイドに魔力刃を纏わせ、目の前の狼を切りきざむと絶命した狼は塵となって消えていく。おそらく生身の生物では無いからだろう。

狼を始末し終えるとユカリは襲撃者を探すべく玄関から外へと飛び出した。

幸いな事に夜も10時を過ぎており、住宅街には人の気配が少ないのは幸いか。

玄関を出ると、道路に一人の初老の男性が立っていた。

その脇には狼を従えている。

「おやおや、中々勇ましいお嬢さんだ。この私に恐れずしてかかって来る者など久しく居ないな」

「いきなり襲われる謂れは私には無いのだけれど」

「それはすまなかったな。まつろわぬアテナが出入りしているのだろう?おとなしくアテナの居場所を教えよ。さもなければ…」

「あら、教えたら引いてくれるのかしら?」

「ふむ、考えるとしよう。ああ、しかし、おぬしとの闘争も暇つぶしくらいにはなりそうだ。最近私は闘争に飢えていてね。分かるだろう?カンピオーネが真に高ぶるのはまつろわぬ神との闘争だけだ」

「いや、知りませんし、私に関係の無いことですね。それと私はアテナの居場所は知らないわ。アテナに会いたかったら明日の夕方に出直してきてくれないかしら」

「ふむ、まことに残念なことだな。無駄足となればおぬしを殺したあとゆっくりアテナを待つ事としよう」

だめだ、こいつにはもはや常識も倫理も持ち得ない。

自分の欲望が第一で周りの雑事は気にかけない。

強い力を持つものが良く見せる歪みの一つの典型だろう。

「そうですか…では貴方も命を懸けてくださいね。自分の命を奪いに来た人間に情けをかけるほど人間出来ていませんので」

アテナとの戦いはまぁ…きっちり首をはねた上で蘇生されたのだ。殺した上で甦るなんて非常識にはどうやって対処すればよいのか。

アテナはその後、戦闘行為を控えていてくれるから助かっているのだが…

しかし、甘粕から聞くに手前のカンピオーネと呼ばれる存在も殺して死ぬような存在では無いらしい。…けして死なないと言うわけでは無いらしいが、生き返っても不思議ではないそうだ。

「はははははっ!ただの人間が言うではないか。では存分に私を楽しませろ」

それが戦闘の合図だった。

ヴォバン侯爵の周りに血の気の引いた人影が突如として4体現れる。

死せる従僕の檻。

ヴォバン侯爵の権能の一つ。自分が殺した人間の魂を拘束し、死後も隷属を強いる。現れた従僕は生前の能力を幾ばくか引き継ぐらしい。

死者の尊厳を奪う力にユカリは嫌悪感を覚える。

ヴォバン侯爵が従僕を呼びつけた瞬間ユカリは封時結界を使用し、辺りを結界で現実から切り離す。

「ほう、結界か何かで私を閉じ込めたか」

もうユカリは相手の問答に答えない。話し合いで解決をはかる時間はすでに終わったのだ。

ユカリは駆け、従僕の四人を切り裂き、滅した。

「ほう、やるではないか」

塵に還った従僕を特に感慨も無くうろんな視線で見つめ、役立たずと侮蔑するような表情で次の従僕を呼び出した。

ユカリに向かってきた従僕は生前に比べればその動きは緩慢で、ユカリの力量を考えればまだ問題は無い。しかし、その物量に剣での突破は難しかった。

ヴォバン侯爵は笑いながら、腕の一本でも塩に変えてやろうと虎の瞳を輝かせる…が。

「む?神の加護に弾かれたか。存外アテナはおぬしを気に入っているようだな」

ソドムの瞳で塩化させようとしたヴォヴァン侯爵の呪力はアテナの神力によって弾かれたのだ。

ならばとさらに従僕を呼び出し、狼もけしかける。

「レーヴェっ!」

『ロードカートリッジ』

ガシャンと薬きょうをロードする。

『フリーズバレット』

剣術で相手をする事を諦め、ガンブレイドの引き金を引き打ち出された弾丸は着弾と同時に従僕と狼を凍らせる。

念能力で風と水を操るユカリだが、古代ベルカに転生する事により得た魔力変換資質。それは『凍結』であった。

両のガンブレイドから打ち出される無数のフリーズバレット。

見る見るうちに従僕達が凍結していく。

弾丸はついに従僕達を殲滅しヴォバン侯爵へと殺到する。

ヴォバン侯爵には驕りも有っただろう。今まで自分の呪力で無力化できなかったものなどまつろわぬ神か神獣の攻撃くらいしかなかったのだから。

当然ヴォバン侯爵に避けるなどと言う選択肢は無かった。

が、それは傲慢と言うもの。

着弾したそれは呪力などものともせずにヴォバン侯爵を凍らせにかかる。

「ぬ?うおおおおおぉぉぉぉぉぉっぉっ!」

着弾した後も撃ち続けるユカリの魔法は着実にヴォバン侯爵の表層を凍らせて行く。

ユカリはヴォバン侯爵が全身凍りつくのを確認するとチャンバーをスライドし入れ替える。

そのユカリの攻撃が止ったとき、ヴォバン侯爵の氷像は内側から膨れ上がり巨大な人狼が現れた。

「なめるなあああああああっ!」

人狼に変態し、激昂するヴォバン侯爵。それは狼の遠吠えに良く似ていた。

ヴォバン侯爵の感情の高ぶりで空に嵐が吹き荒れる。

『レストリクトロック』

「ぬっ!?」

突如とした現れた光るキューブがヴォバン侯爵の四肢を拘束する。

アテナ、護堂と封じ込めた物だ。そう簡単には打ち破れまい。

ユカリは飛びのいて距離を取ると砲撃の準備を開始する。

『ロードカートリッジ・ディバインバスター』

右手のガンブレイドが二発カートリッジをロードする。

「ディバイーーーン、バスターーーーッ!」

「なめるなと言っているっ!」

先ほどの攻撃がレジスト出来なかったヴォバン侯爵は焦り、死せる従僕と貪る郡狼を次々に呼び出し、自らを防御させる。

ユカリの砲撃とヴォバンの従僕達。それは一見均衡を得ているように見える。

さらにヴォバン侯爵は嵐から落雷を呼び寄せユカリを攻撃した。

落雷による攻撃は、その速度は途轍もなく速い攻撃であり、回避が難しい。…しかし、それは例えばアオが使うタケミカヅチのように、何も無い虚空から突然雷が現れた場合だろう。

しかし、今回ヴォバン侯爵はまずその権能により風が吹き荒れ、雷雲が上空を覆っている。この状態で落雷による攻撃を想定しないほどユカリは弱くない。

『ラウンドシールド』

上空からの落雷をバリアでガードするが、しかし。ディバインバスターに力を裂きつつ落雷をガードするユカリは、砲撃に使う魔力を防御に裂かれ、途端に劣勢に陥る。

だが、ユカリにとってこの攻撃は囮であったのだ。

二人から離れた上空。

そこに魔法陣を展開し、すでに儀式魔法の詠唱を済ませていたもう一人のユカリの姿があった。

玄関を出るときに影分身で分身し、その分身をヴォバンにけし掛け、空に上がり必殺の一撃の用意を済ませていたのだ。

「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ」

『エターナルコフィン』

振り下ろされたガンブレイドの先から放たれる凍結の魔法。

それは無防備なヴォバン侯爵になんの障害も無く着弾する。

「ぬっ!?ばっばか………」

末期のセリフすら全て言えないままに頭部から凍結していくヴォバン侯爵。

呪力によるレジストは現象としての凍結に対応する事敵わず、ヴォバン侯爵は数秒で氷柱へと姿を変えていた。

表層を凍らせるのではなく、今度は体組織の全てを凍らせているのだ。それは完璧なる死だろう。

影分身の方のユカリは貪る郡狼と死せる従僕の檻によって召喚された彼らのすべてを駆逐した後、魔法を収束させる。

氷柱へと変貌したヴォバン侯爵ではあるが、どうやらまだ彼は死んだわけではないようだ。

氷柱が砕け散り、燃え上がりながら氷を溶かし、バラバラに崩れ落ちるとそこから再び巨大な狼が現れる。

死後、オートで発揮される蘇生の類の能力があったのだろう。

ヴォバン侯爵の前方に居る影分身のユカリは油断無く構える。

「ふっ…小娘にしては中々やるな。…だが、今のでも私を殺す事は叶わない。どれ、今度は此方の番だな」

ヴォバン侯爵は直ぐに嵐を操ると上空にいるユカリと目の前のユカリへと雷をぶつける。

雷の落下速度は楽に音速を超える。

見えたと思った瞬間にはすでに着弾しているのだ。ヴォバン侯爵が本気で操った雷は四方から降り注ぎ、常人ならかわしようが無いだろう。

「なんだ…少しはやるものと思ったのだが、やはりただの人間か…」

地面は抉れ、落雷のあったあたりは焼け焦げている。しかし、一瞬レーヴェの防御魔法の発動が速かったのか、地面に居るユカリは何とか防御魔法で凌いでいた。

それを見たヴォバン侯爵は気色ばむ。もっと楽しませろ…と。

しかし、絶対的な強者の驕りか。矜持と言えば良い様に聞こえるかもしれないが、彼はいつも心の何処かに慢心がある。

「む?」

ヴォヴァンは嫌な気配を感じ振り返る。するとそこには全くの無傷のユカリの姿が遠くに見えた。

空中から凍結魔法を撃った彼女も実は影分身だったのだ。本体のユカリはヴォバン侯爵からは死角になる背後のビルの屋上に陣取り魔法を起動していた。

上空に居たユカリはさっきの雷で消えてしまったが、ユカリはまだ罠を張っていたのだ。

「そう何度も奇襲が成功すると思うなっ!…ちぃ!?」

『レストリクトロック』

しかしやはりバインドによって拘束されるヴォバン侯爵。雷による攻撃で地面に縫い付けられながらも影分身のユカリがヴォバン侯爵を拘束したのだ。

「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け!石化の槍、ミストルティン!」

落雷によるけん制は実はかなり難しい。何故ならその速度ゆえに止っているもの以外は狙いを付けづらいのだ。さらに直射されてくるユカリの魔法に当て相殺する事もまた不可能だろう。

飛んでくる拳銃の弾を自分の拳銃の弾で打ち落とせる奴が居るだろうか?…写輪眼や神速を使えるアオやソラなら出来るかもしれないが…

空間を認識し、落下地点を決め、呪力を行使し、実際に落雷する。落雷はそれこそ一瞬だったとしても、その前にユカリの攻撃は着弾するだろう。

ヴォバン侯爵はもはや直感で従僕達を顕現し、己を守る。

しかし、ユカリの放った石化の魔法は途中で幾つもに分裂し、従僕達をすり抜けてヴォバンに着弾した。

「なっ…んだと…!?」

先ほどからユカリが使っていた魔法が直射だったからだろうか。まさか分裂するとは思わなかったヴォバン侯爵はあっけないほど簡単に石化する。

ユカリは復活を警戒し、その杖を下げない。

ヴォバン侯爵のオーラは目減りしていた。無限に復活できるのか、どうなのかは分からないが、オーラを大量に消費するタイプの技だろうとあたりをつける。

で、あれば復活できなくなるほど殺すまでだ。

ユカリは再び影分身をして魔力を集束する。

しかし今回は変化が起きた、従僕達が今度は塵にならず、光となって天へと上っていったのだ。

その後、ヴォバンの足元からも多数の光が天へと還る。

それはヴォバンの権能のくびきからようやく抜け出すことが出来た魂の輝きだった。

今度こそヴォバン侯爵は復活をすることなく沈黙した。

「っ…はぁ…まったく、次から次へと…面倒はこれっきりにして欲しいわ」

ユカリは警戒のレベルを下げると影分身を回収し、この石像を庭へと移動させると一応バリアを張り、封時結界を解除して家の中へと戻った。




リリアナ・クラニチャールは主の蛮行を離れた所から見ていた。

貪る郡狼が家を破壊しながら突き進み、家人を連れて出てくるだろう。

しかし、その予見は外れる。

進入した狼を皆殺し、悠々と出てきた漆黒の騎士。

彼女がいくつかヴォバン侯爵と会話をした後、二人とも突然に忽然と姿を消したのだ。

リリアナはヴォバンの何かの権能なのかと考えた。

カンピオーネに常識は通用しない。想像を超えた能力を持っていたとしても不思議ではないのだ。

十数分の時間が過ぎて突如監視していた家の庭に大きな人狼の石像が現れた。

傍らには件の黒い騎士が立っている。

ヴォバン侯爵の姿は見えない。

何処に行った?まさか彼女はヴォバン侯爵から逃げおおせたのだろうか?

いや、とリリアナは目を閉じ首を振った。

現実を見ろ。突然現れたあの人狼の石像は何だ?

いや、リリアナは既に答を出している。

あれがヴォバン侯爵だ。

「あり…えない…」

それでも自然と声が漏れる。

残虐非道な振る舞いで他者を圧倒し、暴虐の限りを尽くしてきた魔王が石化している!?

しかし、魔王である侯爵があの程度で本当に死んでいるだろうか?

ヴォバン侯爵に仕える騎士としては命を賭して助けに行く場面であろう。しかし、リリアナには命を賭しても成功するとは到底思えなかった。

なぜなら魔王を打倒した存在が健在なのだから…

それも外傷などはほとんどない。

一瞬で甲冑が解除されその中から出てきた少女はどこもダメージを負っておらず、黒い髪をなびかせて家に入っていく一瞬、リリアナは彼女と視線が合った。

気付かれたっ!

そう思った時リリアナは飛翔魔術で夜空をかけてその場を離れた。

結局そのままリリアナは日本を去りイタリアへと戻る。

しかし、日本で見たことに関しては口をつぐむ事に決めた。

魔王すら打倒する少女に要らぬ恨みを買わぬ為に。



次の日の夜、いつものようにユカリの家にやって来た甘粕は庭に信じられないものを見た。

「あの、これはもしかして…」

「ふん、神殺しもたいした事もないのだな」

と、先に来ていたアテナが鼻を鳴らして答えた。

「御身が打倒せしめたのでありましょうか」

と、甘粕がアテナに問いかける。

結構な時間をこうしてユカリの晩餐で顔を会わせて来ていた二人だ。礼儀を失さなければ甘粕の言葉もアテナに耳に届くようになっていた。

「いや、妾が来たときには既にこのようになっていた」

そうアテナが答える。

「と言う事は…ユカリさん…でしょうね」

「当然よな」

改めて甘粕が料理中のユカリに問いかける。

「あの、ユカリさん。庭のあの石像なのですが…」

「ああ、あれですか。…昨日お二人が帰った後にやって来たんですよ。えっと、何侯爵でしたっけ?」

「ヴォバン侯爵ですな」

「そう、その人です」

それで?と甘粕は促した。

「ほぼ問答無用で私を殺しに来たので、返り討ちにしました」

「…………」

その言葉に甘粕は絶句する。

「正当防衛だと思いたいのですがどうでしょう?過剰防衛になりますか?」

「いえ、確かの彼の御人の性格とカンピオーネの脅威を考えれば正当防衛…に、なりますか?」

甘粕も言葉を濁した。

「えっと…それで、庭のあれは石化したヴォバン侯爵で間違いないのでしょうか?」

甘粕はそれにも驚愕する。カンピオーネの呪力耐性を突き破って石化させたのだ。

魔術師では到底出来る事ではない。

「そうですね。えっと、元に戻せとかですか?」

と、ユカリ。

「いえいえ、まさかっ!今石化を解けば間違いなく暴れ周り、周囲を飲み込み破壊する事でしょう」

勘弁してくださいと甘粕。

「そうですか。それは良かったです。…解除は不可能なので」

「そうなんですか…」

現象として石となり、既に変質しているのだ。それをもう一度元に戻せと言っても難しい。

「…死にましたか?」

「さあ、私には分かりませんね」

「あの石像から魂を感じない。この石ころはもはやただの抜け殻よな」

冥府の女神でもあるアテナのお墨付きが出た。

「すみませんユカリさん。急用が出来まして、今日はこれで失礼させていただきますね」

「え?夕ご飯は要らないんですか?」

「ユカリさんの夕ご飯はとても魅力的なのですが、…少々仕事が立て込んでいまして。今日は顔を見せて帰る予定だったのですよ」

と、即興で言い訳をする甘粕。

「そうですか。残念です。明日はご一緒しましょうね」

ユカリも嘘と分かって話を合わせる。

「ええ、是非に。それではおやすみなさい」

と、そう言って甘粕はそそくさとユカリの家を辞し、外に出ると直ぐに携帯電話を取り出す。

自身の上司に連絡する為だ。

これはかなり頭の痛い問題になると、今から胃が痛くなる甘粕だった。


正史編纂委員会東京分室。

そこには甘粕に呼び出された沙耶宮馨(さやのみやかおる)が一人で甘粕の到着を待っていた。

ガチャリと扉が開き、甘粕が入室する。

「内密な急用と言う事で、今は僕しか居ないのだけど、それは僕のデートの時間をキャンセルをしてまで報告しなければならない事なのかい?」

馨の軽口に甘粕は真剣な表情を崩さない。

「ヴォバン侯爵がお亡くなりになりました」

「………どっち?」

この時間…アテナがユカリの家を訪れ、甘粕が監視に行っているはずの時間にそんな事を聞かされればおのずと犯人が絞れると言うもの。

それ故に「どっち」だ。

「ユカリさんです。どうやら昨日、私どもが帰ってからヴォバン侯爵が戦闘を仕掛けたようですな」

「それで返り討ち?」

「ええ。見事に石化していまして、私も一瞬彫像かと思いました程で…」

「石化…ね。よくもまぁカンピオーネを石化させれるものだね。もはやユカリさんを人間のカテゴリに入れてよいか疑問に思う…。もう一度聞くけれど確かにヴォバン侯爵は亡くなったのかい?」

「ええ。アテナのお墨付きをいただきました」

「なるほど…ね。…いやぁ…これは確かに緊急事態だね。どういう風に事を収めるかが問題だよ」

「そうですな…幸いなのはまだ誰もヴォバン侯爵が亡くなったと気付いてな点。それと…石化していたと言う点ですな」

「…アテナに擦り付けるつもりかい?」

「まつろわぬ神と戦って力及ばず負けた。これがベストではないかと…」

甘粕がこれらの隠蔽を提案する。

「実際私は直接草薙さんを打ち破る所を拝見しましたが、魔術師ですらカンピオーネに打ち勝てる存在は居ないのですよ。まつろわぬ神に負けた…そこが落としどころとして適当では無いかと思いますが」

「仕方ないね。どの道ヴォバン侯爵の不在は時間と共にバレるのだから、その方向で調整するよう努力しようか。しばらくは君にも休まずに調整の任務に着いてもらわないといけないね」

「……残業手当くらい欲しいものですな」

「はは、そこは因果な仕事だと思って割り切ってよ。それにしても、本当に最近は次から次へと神やカンピオーネで頭が悩まされるね」

「魔王を擁する国として当然の苦労とは思っていましたが…さすがにこの結果は予想外の連続ですな」

「本当だよ…」

二人はため息をついてヴォバン侯爵死亡の報の真実の改ざんに取り掛かるのだった。







翌日の放課後、甘粕は七雄神社に祐理経由でエリカ、護堂を呼び出した。

「昨日のヴォバン侯爵来日の知らせから一日しかたっていないのだけれど。呼び出したって事はなにか進展があったのかしら?」

と、エリカが吹っ掛ける。

「はい。なかなか困った事になりました」

「へぇ、あなた達の手に負えなくてわたし達に手を貸して欲しいと?」

「ある意味ではイエスであり、ある意味ではノーです」

甘粕の曖昧な答えにエリカが目を細める。

「実はヴォバン侯爵が身罷られました」

「うそっ!?」
「そんなっ!?」

驚いたのはエリカと祐理。

「えっと、そのヴォバンって爺さんが死んだって事か?」

護堂が二人とはテンションが違うトーンで聞き返した。

「ええ。それはもう見事な石柱でしたなぁ」

「アテナにやられたっていうの!?」

「まさか私共もカンピオーネの最後を報告しなければならなくなるとは…」

と、エリカの問いに甘粕がかぶりをふって答えた。

護堂はカンピオーネでも死ぬんだな程度にしか感じていない。

何故なら、最近悪さをしていないアテナを襲い、その果てに殺されたのなら自業自得であるからだ。

その後、報告は以上だと帰る甘粕をエリカは一人で追いかけ、問いかける。

「…それで?本当はどうなのかしら?」

本当は?と言うくらいだからエリカはユカリが降したのではと疑っている。いや、ユカリの方が可能性が高いのではとさえ思っている。

「事実はヴォバン侯爵が石化して亡くなっていた。それだけですよ」

「そう…そうなのね。分かったわ、わたしの方でもその線で話を流布させれば良いのよね?」

頭の良いエリカは言葉の裏に含まれた事実を的確に認識した。

「はい、お願いします。いやぁ、これからの事を思うと胃が痛い思いでして…」

「…本当ね。…本当に彼女とは距離を取って、絶対に護堂を近づけないようにしないといけないわね。前回の事は護堂も謝ったし、彼女も水に流すと言っていたのだけれど、それは相手が殺しに来たわけじゃ無い…からなのよね。
自分を殺す相手に容赦は無い。そしてカンピオーネすら石化させる事が出来る力を持っている。…今の護堂では確実に殺されるでしょうね」

「さて、私には何を言っているのか分かりかねますな」

と甘粕はとぼけてその場を辞した。

「坂上紫、絶対に手を出してはいけない存在…ね」

そう言ったエリカの呟きは風に乗って消えた。
 
 

 
後書き
今回でユカリ無双もひと段落。次回はおそらく主人公が登場します。
あまり原作キャラの死亡とかはやらない方向で話を作りたいのですが、カンピオーネ!じゃ無理かな…カンピオーネの暴虐さやまつろわぬ神のそのまつろわぬ性を考えると向こうから勝手に襲ってきそうです…ヴォバン侯爵はその典型ですね。スルー不可で向こうから喧嘩売ってくる奴ばかりですよねカンピオーネ!って…
今回の話は魔法が何処まで効くかと言う話ですかね。レジストってきっと大事なんだと思います。どんな攻撃もレジスト出来なければ必殺足りうるんじゃないかな… 

 

第七十七話

 
前書き
今回から主人公が登場しますが、いつもの如く時間転移には突っ込んではいけません… 

 
残暑が厳しい八月下旬。

全国の学生は溜め込んだ宿題を図書館や喫茶店などで仲間内でシェアして書き写している頃合。

ユカリはといえば、宿題なんて物は影分身を使用すれば二日もあれば終了する。

夏休み二日目にして終わらせているので特に問題は無かった。

いつものようにアテナと甘粕が夕食をとりに来ている時、いつもとは違い甘粕が何かを取り出して、見てもらいたい物があるとユカリに手渡した。

「これは?」

「ヴォバン侯爵が日本で滞在していた所から発見されたものです」

渡されたのはハードカバーの一冊の本。

表紙には剣十字の魔法陣。裏表紙には竜王家のマークが入っている。

「若干呪力を感じるが、たいした事はなさそうよな」

と、アテナがユカリが持つ本を見て評した後興味をなくしたのかテレビに視線を戻した。

最近食以外の娯楽にも少し興味が出てきたみたいで、フラッと家にやってきてはテレビを見ていたりしてる。

内容は子供向けアニメが多かったような気がするが、そこはきっと気のせいだろう。

ユカリとしては料理に興味を持ってもらえないかと誘っているのだが、ユカリが調理したほうが早いし美味いとアテナは手伝わない。

それは貢がれて当然の神様のようだった。

さて、話を戻そう。

ユカリは甘粕に渡された物を見てため息をつく。

「……甘粕さんってやっぱり優秀ですよね」

「やはり、ユカリさん関連ですか」

ユカリが数度展開したベルカ式の魔法陣。それを覚えていたのだろう。

「それで?これを私に見せてどうしろと?」

「いえ、もしかしたらユカリさんならこの本の中身が読めるんじゃないかと思いまして」

もちろん、本を開いたからと特に害は無いのは確かめてありますよと甘粕。

「書かれている書体はドイツ文字…フラクトゥールに似ているような気がすると言うことなので、ドイツ語を基本に翻訳をと試みたのですが…」

文化や時代などで作られる言葉もあるし、現代とは意味の異なる言葉もある。現代日本でこの本を読める人が居ないのは仕方の無い事だ。…いや、この世界では何処にも居ないのかもしれない。

ユカリは表紙をめくり本に目を通す。

「書体は古代ベルカ文字…それも末期の物ですね」

「古代ベルカ…ですか?えと、それはどこにあった古代文明なのでしょうか」

「さあ?…戦争に明け暮れて、結局大量破壊兵器で自らの世界を終わらせた、どこか別の世界の話ですよ」

甘粕は訳が分からないと言った表情を浮かべ、それはどこのSFですかとでも言いたげな表情だ。

ユカリはそれ以上語らず本を読み進めた。

「……内容は古代ベルカ末期、全てが混沌とし、空を分厚い雲が覆い、日の光すら通さないような暗黒の時代に現れた救国の英雄と、その一生と言う感じですね」

と言うユカリはなにやら感慨深げだ。

「アーサー王伝説の派生みたいな物ですか?」

「いえ、…これは…ううん、そうですね。そう言う事にしておきましょう」

そう言ってパタンと本を閉じ甘粕に返すユカリ。

「魔導書と言う事では無いのですね?」

「そうですね。ただの歴史書ですよ。アナグラムになっているのなら私には分かりませんね…まぁ私の言葉を信じればですけどね」

「そうですなぁ、信じる事にしましょう。それに今の所ユカリさんしか読める方もいなそうですし、害はなさそうですなぁ」

特にユカリには必要な物ではなかったし、一応正史編纂委員会が管理している物品なのだ。返さないわけにも行くまい。

そんな訳で、鑑定の後、甘粕はその本を抱えて正史編纂委員会の保管場所へと移動し、無事に納入されるはずだった。

しかし…

車を降りた甘粕はいつの間にか現れた一人の女性に声を掛けられた。

「あなた…本を持っていますね」

「え?えっと、貴方は一体何者ですか?」

と、問いかける甘粕だが、その全身から嫌な汗がにじみ出る。

相手から放たれる呪力に威圧されているのだ。

外見は金髪碧眼の女性。

枝毛なんて無いような見事なストレートの髪を腰の辺りまで伸ばしている絶世の美女。

「貴方の持っている原書を私に頂けないでしょうか」

丁寧な口調で語っているがその態度からすでにそれは決定事項であり命令であると受け取れる。

甘粕は目の前の女性はまったく外見は違うし、その中身も全然違うと思われるのにどうしてか彼女の印象がユカリと重なった。

だがこの女性はおそらくまつろわぬ神かカンピオーネ、もしくは神祖と呼ばれる存在だろう。

自分なんかとはその存在感が違いすぎると甘粕は本能で感じる。

目の前の彼女に気圧されながら何とか無言を通し、脱出の機会を探るが、自分なんかではどう足掻いても無理なのではないかと錯覚させられる。

「そうですか、では少し手荒なまねをしなくてはなりませんね」

そう言った女性が手を一振りすると甘粕の四肢は光る輪っかによって拘束されてしまう。

「こ、これは!?」

行使された力は呪力の類だ。しかし甘粕はその力の使い方、本質はユカリが護堂を拘束して見せたあれに酷似していると感じた。

四肢を拘束されては抵抗のしようが無い。ゆっくりと近づいた彼女は甘粕から一冊の本を奪い取る。

「ふっ…ふふふ…ようやく…ようやくです」

手にした本を本当に大事な物のように両の腕で胸に抱いた。

その女性はもはや甘粕を見ていない。

女性は突如背中に妖精を思わせる翅を顕現させると重力を感じさせないかのように飛び上がり闇夜へ消えていく。

甘粕は茫然自失とそれを眺め、そして彼女の飛び立つ姿、やはりそれもユカリに重なってしまう。

「やれやれ…この拘束はいつになったら解かれるのでしょうかね?」

ぼやいてみてた所でようやく拘束が解かれた。

「…まつろわぬ神の来訪ですか…。やはり最近は事件に事欠きませんね」

と愚痴りながら自身の上司に緊急連絡を入れるのであった。



甘粕から本を強奪したまつろわぬ神は都内を転々とし、何か複雑な魔法陣を刻み込んでいく。

その数は正史編纂委員会のエージェントにより確認されただけでもすでに十数個に達していた。

起点と思われる地点から、その隣接している地区を円形に囲むように時計回りに設置されている。

正史編纂委員会のエージェントは、神が行使した魔術に木っ端魔術師では手が出せず、結果、それがどう言った効果なのかは分からずに監視に留めている。

この非常時に、正史編纂委員会はすぐさまカンピオーネである草薙護堂。その騎士であるエリカ・ブランデッリに連絡を入れた。

媛巫女である万里谷祐理に連絡を入れるのも忘れない。

甘粕は上司である沙耶宮馨(さやのみやかおる)の指示で3人を急遽七雄神社に集め、まつろわぬ神の来訪を告げた。

「また神様関連かよっ!」

もう勘弁してくれと言った感じで護堂が吠えた。

「それで?顕現したまつろわぬ神の情報は有るのかしら?」

やはり智謀にかけては護堂なんか足元にも及ばないエリカがこの場を仕切る。

「私が持っていた本に大層な興味をもたれ、強奪して行きました」

「それで良く五体満足で居られたわね」

「はい。どうやら彼女の目的は私が持っていた本であったらしく、私の事など気にも留めていなかったようで。まぁ、神にしてみれば私どもなど踏み潰される蟻程度の認識でしかないのでしょうけれど」

「どう言った本だったの?まつろわぬ神が興味を示す物なのだから、その神に縁のある物品であるかもしれないわね」

エリカとしては護堂のウルスラグナの権能の内、神にとって一番の脅威である『戦士』の権能を使う為に少ないにしろ相手の神の情報が必要だった。

『戦士』の化身は護堂の権能の中で、まつろわぬ神やカンピオーネにとって切り札になる権能だ。

何故なら、相手の神格を切り裂き無効にしてしまうのだ。

例えるならば対象の神専用の毒のような物。

しかし、その使用条件は相手の神に対する十分な知識が必要である。

つまり相手の神を看破し、その来歴を調べ上げ、それを切り裂く事でようやく効果が発揮されるのだ。

相手が分からなければそもそも使用する事が出来ないが、その分強力な化身である。

「おそらく中世頃に編纂された物語の原書であると思われるのですが…」

「何?その内容を知らないわけ?」

「おっしゃる通りでして…ユカリさん曰く、古代ベルカ文字と言われるもので書いてあるそうですよ。すでに滅んだ文明らしいです」

「またあの人関連なのね…」

と、愚痴をこぼすエリカ。

「しかし解せないのは古代ベルカ文字と言う事ね。古代と言う事は近代があると言う事。だけど私はこれでも博識な方だと思っているのだけれど、一向に思い当たるのが無いわ」

「ええ。私もです」

「はぁ…それじゃ八方塞ね。…ユカリさんはその古代ベルカ文字を読めたのかしら?」

「そのようです。なにか懐かしい物を見たと言うような表情をされていましたな」

「…これは一度彼女に頭を下げてその内容を教えてもらわないといけないわね」

「そうですな。それは私どもの方でやっておきますので、草薙さんとエリカさん達にはまつろわぬ神の対処に当たっていただきたいのですよ」

「その神さまが何かしているんですか?」

と、護堂がここで再び会話に混ざってきた。

「何か魔方陣のようなものを刻んではいるのですがね、どう言った物なのか我々には見当もつきません。その数は十数個に及びます」

「まつろわぬ神の企みなんてろくな事では無いわね」

「でしょうな」

「なっ!そんなのを放っておいて良いんですか?」

「良くありませんのでこうしてカンピオーネである草薙さんに連絡を取った次第でして」

「なるほど、わたし達にはその神の討伐を依頼すると、そう受け取って良い訳ね」

「おい、どうしてそうお前はまた物騒な方に話を持っていく。話し合いで解決できる事もあるかもしれないだろう?」

そう護堂が憤る。

「あら、まだ学習してなかったのね。まつろわぬ神とカンピオーネはそう言うものよ。ペルセウス(ミトラス)の事でそろそろ分かったと思っていたのだけれど」

「ぐぅ…あれはたまたまだ」

「あらそう?あなたがそう言うならばそう言う事にして置いてあげるわ」

とエリカは言うと甘粕に向き直る。

「さて、それで?あなた達は次にそのまつろわぬ神が何処に現れるか、見当はついているのかしら?」

「ええ。それに関しましては円を描くように等間隔に設置されていますから、把握済みです。しかし、結構なスピードで飛び回られていまして、おそらく追いつく頃には最後の一個になっているでしょうな」

円を描き魔法陣は描かれていっている。最初に発見された物から順当に結んでいけばそろそろ円を書ききる頃だ。

「て事は時間が無いって事じゃないですか!」

護堂があわてる。

「そうね、どうするの?護堂。わたしは貴方の騎士だから、貴方がしないと言う事には手を出せない」

と、エリカは決めるのは結局カンピオーネである護堂だと言っているのだ。

「今すぐ行くよっ!まだ最後の一つには間に合うかもしれないんだろう?」

「仰せの通りに。…祐理はここで待っていなさい。この先は本当に危険が伴うわ」

「いいえ、私も行きます」

「だって」

と、エリカは祐理の決意を護堂に振る。

「くっ…分かった連れて行こう」

「それじゃうちの者に送らせましょう。私はこの後ユカリさんの所に行って頭を下げてくる事としましょう」

「ええ、お願いするわ」

その後二・三打ち合わせをするとそれぞれの場所へと向かった。


「あそこね。途轍もない呪力を感じるわ」

「ああ、居るな」

と、エリカの指した方向にまつろわぬ神が居ると護堂もそのカンピオーネとしての能力で察知する。

護堂とエリカは祐理を置いて駆け出した。

体力的ハンデのある祐理はこういう場合は置いて行かれてしまう。

護堂とエリカの目の前に金髪碧眼の女性の姿が魔術か何かを行使して術式を刻んでいるのが映る。

「そこの人。あなたは一体何をしているんですか?」

と、護堂が問いかけるが女性はその問いかけを無視し作業を続ける。

「すみませんっ!」

「護堂、相手はまつろわぬ神なのよっ!問答は無用よ」

「だが、それは俺の流儀に反するっ!」

「エセ平和主義も大概にしなさいねっ。今は非常時なのよ」

エリカとひと悶着あるうちに女性は術式を刻み終え、そんな夫婦喧嘩をガン無視したまつろわぬ神はここでの用は終わったと立ち去ろうとする。

「ちょ、ちょっと待ってくれっ!」

護堂はすこし強引にまつろわぬ神の肩を掴んで振り向かせた。

この事によって初めてまつろわぬ神の彼女と護堂は対面する。

「なんですか?」

ここに来てようやくまつろわぬ神の声を聞いた。

「いや、さっきも聞いたんだが。君はここで何をやっているんだ?」

「それに答える意味を私は感じません。私が何処で何をしようと貴方には関係の無い事でしょう?」

「うっ…それを言われると…しかし、それが大衆を巻き込むような惨事で有るなら見逃すわけには行かない」

「ふむ」

と、彼女は少し考えてから声を発する。

「それでは貴方は誰にも迷惑をかけない存在なのですね?」

「え?」

「人は少なからず他人に迷惑をかけるものだと記憶しています。貴方が存在するだけで迷惑をこうむっている存在も居るはずです。そんな貴方が、迷惑をかけるかもしれないと言うだけで他者を断罪する権利を持っているのですか?」

「え…う?…だが、あなたはまつろわぬ神だろう。あなたが理不尽な事を人間にした時に対処できるのは俺だけなんですよ。だったらやっぱり俺がするべき事だ」

「そうですか。……そうですね。…それでは一つ質問させていただきます。命とは平等であると思いますか?」

まつろわぬ神は何かを少し考えてから質問を口にした。

「思う」

「護堂っ!」

不利を悟ったエリカが護堂の答えを遮ろうとするが少し遅かったようだ。

「それでは貴方は人が殺している家畜はどう思いますか?あなた達人間も生きる為に他者の命を奪っている。時にはただ豊かな生活がしたいと言うだけで山を切り開き森を水の底に沈める。そんな時に失われた命は?命が平等だと言うのなら失われた彼らの命にも貴方は報いるべきではないのですか?…具体的に言えば人間に罰を与えると言う事ですね」

「そ…それは…」

「出来ませんか?所詮あなたは他人の為と言う大義名分にしているけれど、人間と言う立場に寄っている。まつろわぬ神と人は違う存在なのです。家畜に迷惑をかけるからと良心の痛む人間がどれだけ居るでしょう?」

神にしてみれば人間なぞ家畜みたいなものだろう。

「くっ…だが俺達は家畜ではないっ!」

「しかし、私の主張はあなた達人間が家畜にしているのとどう違うのでしょう?人はダメで家畜は良い。命は平等だと口にしたその口で言う事でしょうか?」

「っ…………」

護堂の戦意が打ち砕かれた。

正論を口にする護堂には正論で説かれると弱いのだ。

エリカは護堂の戦意喪失を悟り直ぐにこの場を去る手段を考える。

ここで問答して護堂の戦意を上げると言う手段は下策だ。その一瞬で護堂はまつろわぬ神に敗退するだろう。

ならばここは波風立てずまつろわぬ神に去ってもらった方が良い。

護堂はぐるぐると自身の思考にはまっている。

抜け出す手段をエリカが諭すのはもうしばらく落ち着いた後がよい。

まつろわぬ神はそれ以上の問答はせず、背中に妖精のような翅を出し空を飛んでその場を離れていく。

いつの間にか後ろに祐理が来ている。彼女はその霊視能力を神が立ち去る直前で発動していた。

「外なる神。故郷を持たない彼女は、故にまつろわず、ただ自らの同胞を求める」

「何か視えたのね?」

と、エリカが問いかける。

「はい。しかし、神の名前は分かりませんでした…ただ、なんとなくユカリさんに近しい者だと感じました」

「そう…またなのね」

今後の事を考え、とりあえず護堂を立ち直らせるのが先決と護堂の説得に励むエリカだった。







金髪碧眼の女性が闇夜に浮かんでいる。

手には開かれた一冊の本。

さらに彼女は何か呪文を唱えている。

彼女が設置した魔術式を起動させたのだ。

「これだけ人間が居ると流石に集まりが速いですわね」

見る見るうちに四方八方から呪力が集められる。

呪力とは言ったが、今回は生命エネルギー、オーラと言うべきだろうか。

今彼女は東京都23区に住む住人から際限なくオーラを掠め取り集めているのだ。

さらに呪文は続く。

すると天より雷光が5条走り女性の周りを囲んだ。

それは一瞬で人の形へと変わる。

一人の男神と四人の女神がまつろわぬ神の身で顕現した瞬間だった。

男神が中心に居る女性に向かって声を掛けた。

「母上。此度の再会、うれしく思います」

その後女性たちも口々に言葉を発し、再会の挨拶を交わす。

「私もです。ようやくあなた達に会うことが出来ました」

と、中心の女性。

「それにしても、この世界はなかなかに醜悪だな。眼下に見える明かりが夜の星すら霞ませるとは、まったく情緒の分からぬ者達よ」

そうでございますね、と周りの女性たちも同意する。

「妃たちよ。どうせならもっと混沌に満ちた世界に変貌させ、その上で我らが統治してやればマシな世界になろうと言うものと思わぬか?」

然りと一斉に頷く。

今の言葉から察するに回りの4人の女性は彼の妃なのだろう。

神の世界で一夫多妻は結構普通なものなのである。

「ふふ、それは面白そうね」

「母上もそう思うであろう?ならば…」

むんっと力を込めるように右手を上げると彼の神力が爆発する。

突然東京都内がぼやけ風景が変わっていく。

あるところは木造平屋に、あるところは平原に、あるところは少し今よりもくたびれた建物に置き換わった。

「これで少しは面白みも増した…あとは…」

そう言って己の神としての性質を解放する。

彼は軍神としての性質を持っているのだ。

軍神が降臨した所には争いごとが起こる。眼下の街では所々闘争本能を刺激された人々の争いの声が聞こえてきそうなほど混沌としていた。

「これは中々に愉快な事になった」

そう呟いた男神は本当に愉快そうに笑った。



新たなまつろわぬ神が顕現した少し前。

甘粕はユカリの家を訪れていた。

家の中に招き入れたユカリは甘粕に問いかける。

「何か御用ですか?」

「はい。少し…いいえ、かなり厄介な事になりまして、どうしてもユカリさんにお聞きしたい事が…」

そして甘粕は事の経緯を話し始める。

まつろわぬ神に本を取られ、都内に怪しい魔法陣を設置して回っている。

本に執着していたのでその本に関係のある神であろうと推察し、あの本の内容を覚えている限りでよいので教えて欲しいと。

それを聞いてユカリは少し考えてから話す。

「あの本に書かれて居たのは実際に有った事にフィクションを加えた物語のような物でしたよ?それこそそこらに売っている三国志なんかと変わらない感じの物なのですが」

「神話とは昔の人達が考えた言わば最古のフィクションです。彼らは人間の想像の上で具現化した存在なのです。ですのでその本がただの物語であろうと、それを信仰した人達が居れば、それは神足り得るのですよ」

「そうですか…では」

とユカリが話そうとした時いきなり生命エネルギーを何者かに持っていかれる感覚に陥った。

「こ、これは?」
「何がっ!?」

ユカリは直ぐに纏をしてオーラを持っていかれまいと纏う。

甘粕も直ぐに何かの術式で自身を守った。

二人は状況確認の為家の外へと飛び出した。

ユカリの視界にはオーラが天高く一点に向かって吸い寄せられているのが見える。

「そちらに何か居ますか?」

「さあ?…ただ、吸われたオーラがあの方向に集まっているだけですね」

しかし、それだけでもおそらく元凶がそこにあるのは明白だろう。

甘粕はそれを聞くと携帯を取り出し、慌しく連絡を取っている。

しばらくすると空に雷光が煌めいた。

それを最後にオーラの略奪は止む。…しかし。

今度は周りの景色がグニャリと歪むと、街並みが歪に変化していく。

色々な時代の建物が混ざり合ってしまった。

「これは……ユカリさん。お手数ですが私と一緒に来てもらえないでしょうか?現在の所ユカリさんしかまつろわぬ神に対する情報を持ち得ないと判断しましたので…どうにか。放って置いて欲しいと言われた貴方の願いは承知していますが、このままではこの混乱が収まりませんのでご助力願いたいのですが…」

「仕方ありませんね…」

下手に出た甘粕にユカリは頷くのだった。



場所を正史編纂委員会東京分室へと移す。

入室したユカリを男装の麗人が出迎える。

「お初にお目にかかります。この東京分室で室長を預かる沙耶宮馨(さやのみやかおる)と申します。以後お見知りおきを」

と、丁寧な挨拶で出迎えた馨にユカリも挨拶を返した。

場を見渡せば馨の他に護堂、エリカ、祐理の姿も見える。最後に甘粕が扉を閉めると、ユカリは適当な場所へと落ち着いた。

「今回ここにお招きしたのは他でもありません。降臨されたまつろわぬ神について何か情報が無いかとお聞きしたいが為です。本来であればそんなお手数はお掛けするべきでは無いと思いますが、回りはこんな状況ですし、安全とは言い切れません。ここは特殊な結界を施しております。多少のことならば被害は無いでしょう。
私どもは強奪された本こそがまつろわぬ神の神格を知る手段だと愚考しました。内容に目を触れたのはユカリさんだけでしたのでやむを得ずこんな形を取らせていただきましたご無礼を承知いただきたい」

そう馨がユカリに事の次第を伝える。

「降臨されたまつろわぬ神は私どもが把握した限りでは全員で6柱。いやはや、これは前代未聞の厄災ですね。東京周辺の時間はまつろわぬ神の権能によりバラバラに繋げられていると言った感じでしょうか?詳細は分かりませんが、夜分なのが助かりました。周りをいぶかしむと言った混乱は余り見られません。しかし、今度は些細な事による不和による障害が横行しています。今の東京都内で平常の精神を持っているものを探すのは困難かと…これもおそらく神の権能の一つでしょう。まぁこれも有って超常現象に対する認識が鈍っているのでそれは良し悪しなのですが…」

かなりの事態になっているようだとユカリは確認する。

「そこでまず、顕現したまつろわぬ神が何者であるか。それが分かれば多少の対策は立てられるかもしれません」

「私には良く分かりませんが、現れた神の情報が重要であると言う事ですね?」

「はい」

それを確認したユカリはとつとつと語り始める。

「流し読みしただけですが、あの本は古代ベルカ末期の史実を元に物語にしていたみたいですね」

「古代ベルカ…ですか?」

誰か知っているか?と互いに視線を見合わせている。

博識なエリカを持ってしても「分からないわ…」と言っている。

「混乱のベルカの地に乱立していた国家のとある国に一児の男児が生まれる。その彼が国と民を他国の侵略からどうにかして守ると言う、ある意味オーソドックスな話です」

皆静かに拝聴し、神の来歴と名前を促す。

「彼には四人の妻が居た。そんな彼女らに助けられつつ、駆けた戦場は常勝無敗。ついには国土を守りきり、その政治的手腕で国民を導き、国を安寧に導いた。…まぁ、そんな感じね。物語だから凄く脚色されていて史実とは違う所も多いのだけれど…」

「五人では数が合いませんなぁ。現れた神は6柱。あと一人はどなたでしょうか?」

「さあ?もしかしたら母親…なのかもね」

甘粕の問いを流すようにユカリが答えた。

「良いかしら」

と、今まで黙っていたエリカが言葉を発した。

ユカリは目配せで了承の意を伝える。

「ありがとう。…ユカリさんは史実だとおっしゃいましたね。それは今は何処の国に属する地なのでしょうか?」

「……これは他言無用にして欲しいのだけれど。守られないのならば私は沈黙するわ」

「誰にも話さないと誓いましょう。誓えない方は退出してくれないかしら?」

エリカはぐるりと見渡すが、誰も出て行こうとしない。

自身の胸のうちに収めるくらいの力量は皆持っていると言う事だろう。

「世界は一つだけとは限らないの。隣り合う直ぐ近く、または凄く遠い。近いようだけれど分厚い壁に遮られていたりと…まぁ抽象的だけど、世界とは無数に存在する。その中の一つで盛衰し、滅びた国。それがベルカ」

「つまり、この地球上には存在しないと?」

「そう言う事。通常は絶対に交わらないのだけれど、人為的か、それとも事故や偶然か、世界を移動してしまう者が現れる事もあるかも知れない。そうやって伝えられたものなんじゃないかしら」

「あなたも世界を渡った一人なのかしら?」

「私が生まれも育ちも東京だと言うのは調べ上げているんでしょう?」

コクリとエリカ、甘粕、馨が頷く。

つまり世界移動はありえない。

ユカリもそれ以上言う気は無いのか態度に剣が混ざる。

「あ、あの。…まだお聞きしていない事があります」

と、おずおずと今まで空気のようだった祐理が片手を小さく上げて挙手しながら問いかける。

「結局…その神様達の名前はなんと言うのでしょう」

それを聞いたユカリは答えてよいか思案する。

「竜王…竜王アイオリア、よ。その妃はソラフィア、ナノハ、フェイト、シリカ…ね」

「一人足りないわね。母親の名前はなんて言うのですか?」

と、エリカが詰め寄る。

「……ヴァイオレット…よ」

「ドイツ語で(むらさき)ね。護堂、紫って言う漢字は日本語でなんて読むのかしら?」

「普通にムラサキだろ。あとはシとか人名に使う時は…ユカリ…って読む事もあるな」

エリカにしてみればただの確認だったのだろう。

エリカのユカリに向ける視線に険しいものが混ざる。

「偶然ね。ユカリさんの漢字もたしか(むらさき)だったと記憶しているのだけれど…」

貴方に関係は無いのか?と聞いているのだ。

それにはユカリは沈黙を持って濁した。


さて、少ない情報をまとめた所で作戦会議だ。

結局この事態を収拾できる人物の筆頭はカンピオーネである護堂とそのパーティーだ。

「結局、相手の情報が少なすぎて剣は使えない。そしてやはり相手が空を飛んでいると言うのが一番のネックね。わたし達の魔術にしても護堂の権能にしても空を自在に飛べる物は存在しないわ」

皆で頷く。

「此方で戦闘機まではご用意出来ますが…神との戦闘の足場にするには心もとないですね」

と、馨。

「…聞きたい事があるのだけれど、ユカリさんは空を自在に飛びまわれるのかしら?以前見たのは空中に浮遊されたものでしたね」

エリカがユカリに話を振る。

「それは空中戦闘が出来るかと言う事?」

「ええ」

「そう…出来るわ」

とユカリは肯定する。

「それじゃユカリさんは6体のまつろわぬ神相手に戦ったら勝てるかしら?」

「アテナみたいなのと1対多で戦って勝てると思えるほど私は強くない。精々一体ね」

そう言ったユカリの言葉で沈黙が訪れる。

やはり、何処の世界でも空中を飛べる者とその他との差は縮めづらい物があるようだ。

エリカ達魔術師も物を…船のような大きなものも浮遊させるだけなら可能だ。しかし、それは空中に足場を造っているに過ぎない。

いつ足場を崩されるか分からず、空中で分解されればそれこそ地面に真っ逆さまだろう。

今から他のカンピオーネを召集し、事態の解決を求めると言う手も確かに有る。

しかし、召集には時間がかかり、カンピオーネの来訪はそれ自体が厄災になり兼ねない諸刃の剣だ。

とは言え、時間を掛けるとこの混乱が肥大化する恐れも有るので、可及的に事態を収拾させれるのが望ましくはあるが…

「ああっ!もうっ…いつも吹聴しているあなたの息子でも居ればもう少しマシかもしれないのにっ!」

エリカですら打開策を打ち出せず、愚痴りだした。

エリカはユカリの身辺調査を密かに行ない、その情報を集めていた。

その中にユカリが自身の息子は強いなんていう妄想とも虚言とも言える物があったのだ。

しかし…

「それだわっ!」

「へ?」
「はぁ?」
「…どういう事でしょう?」

「今、街は時間がバラバラに連結されているのよね?」

と、ユカリ。

「ええ。調査隊の報告ではそうなっています…って、まさか?」

甘粕が何かに気付く。

「ええ。未来に繋がったと言う可能性もある訳よね?と、言う事は、居るかもしれないわ」

「誰がですか?」

と、馨が問う。

「私の息子」

ユカリは大真面目な顔で言い切った。

周りを見るとここに来て妄言かと言った表情の中、ユカリだけは真剣に検討をする。

「例え万が一そうだったとしても、どうやって探し出すのですか?」

そう甘粕が問いかけた。

「そうね。召喚()べばいいのよ」

ユカリの言葉にまた一同呆然とする。

ユカリは懐に手を伸ばし、飛針を取り出すと、自身の左手の親指を斬った。

滴るユカリの血液。ユカリは気にしないと印を組む。

『口寄せの術』

ボワワンッ

突如として部屋の中に五人の人影と四匹の小動物の影が浮かび上がる。

「え?なに?」
「これは?」
「口寄せされたみたい」
「と言うかここはどこ?」
「あ、ユカリさんが居ますよ」

と、突如として現れた5人が口々に話している。

「あーちゃんっ!」

ユカリはたまらずと現れた一人の男の幼児に抱きついた。

「え、母さん?説明を求むっ!まずは状況の説明をっ!」

現れたのはアオ、ソラ、なのは、フェイト、シリカの五人と、久遠、アルフ、クゥにピナの四匹。

「あれはドラゴン…ですよね?」
「それにエンジェルキャットね」
「あと尻尾の数がおかしいキツネと狼も居るぞ」

護堂達は護堂達で混乱の極みだ。

「あの…彼らは…」

と、この場を取り仕切る馨がユカリに問いかけた。

「私の息子とそのお嫁さん達よ」

「はぁ…お嫁さん達…ですか?小さな内からハーレムとは…なかなか大物な息子さんで…」

目の前の展開について行けず、素っ頓狂な返事をしてしまった馨。

「とりあえず説明っ!説明プリーズっ!」

そろそろこの場を纏めないと混乱の極みに達しそうだった。

かい摘んで話した甘粕の説明を聞き、ようやくアオも状況を飲み込めた。

「つまり、ここは過去で、まつろわぬ神の能力の所為で時間がバラバラに繋がってしまったと言うことですね」

「いやはや、理解が速くて助かりますな。若干6歳とは思えぬほどの利発振りです」

「外見が幼くても精神年齢が幼いとは限りませんね」

「なるほど、リアルバーローですか」

と、甘粕がオタクな切り返しで返したが、アオは応えなかった。

「それでね、今のこの状況を何とかした方がいい様な?別に逃げても良い様な?」

「いえ、ユカリさん、そこは何とかしてくれる方向で纏めてくれるとありがたいのですが…」

「…そうですねぇ、今度甘粕さんがどこか旅行に連れて行ってくれるなら考えます」

「旅行でも何処でも連れて行きますから、どうにか…」

「だって、あーちゃん。未来のお父さんの為に一肌脱いでくれないかしら」

今何かスルーしてはいけない発言があった気がするのですがと言った甘粕の言葉をさくっと流してユカリはアオに頼み込んだ。

「母さんがさっき言っていたのはこの事かっ!だから昨日頑張ってきてね!なんて意味の分からない事を言ったんだ」

「え、そうだったの?」

と、ソラがアオに聞き返す。

「ああ、母さんは知っていたに違いない。…それで、相手はどんな奴なの?まつろわぬ神って事はアテナ姉さん位の奴って事でしょう?」

エリカや護堂達はアオのアテナ姉さんと言う発言に驚いている。

「確定情報じゃないけれど、竜王アイオリアとその妃、後その母親らしいわよ?」

「えええええっ!?」
「本当に?ユカリお母さんっ!」
「う、嘘ですよね!?」
「じょ、冗談だよね?」
「ま、マジ…?」

アオ達が大いに慌てた。

アオは未来でアテナと接点があるので当然まつろわぬ神と言う存在を知っていた。

可能性を考えるならば一応有りうる…が。

「どういう事?」

「誰かが書いた古代ベルカ時代の物語がこの世界に流れ着いたって事じゃないかしら」

「…その可能性しかないんじゃないかな。…良くもまぁ、次元世界ですら無く平行世界の枠を超えて届いたものだよ…」

「あの…何をそこまで驚かれたのか…是非説明して頂けると嬉しいのですが…」

と、馨。

それを聞いたアオはソラ達と念話で会話をし、検討をした後答える。

「まさか過去の自分が神格化されていたとは、と言う話ですよ」

意味が通じないような返答。しかし、頭の良い人なら真実に気付くかもしれない。しかし、そこでありえないと否定するだろう。

まさか過去生を覚えたまま転生している存在が居るなんて思うまい。

「だけど、まつろわぬ神と言う現象から察するに、それは民衆の想像による偶像と言った側面が強いはずだよね」

「うん。つまり、私達が使わなかった事は分からないし使えないだろうけれど、逆に捏造された能力は持っていると言うこと」

アオの言葉をフェイトが継いだ。

「と言う事は、アオさんやソラちゃんでなくてもドラゴンに変身するくらいは普通に有りそうですね」

と、シリカ。

「それで終わってくれれば御の字だよ。アオさんが放った火遁・豪火滅失が何処まで強化されているか分からないよ?もしかしたら都市を丸ごと焼き払える程だったりして…」

なのはもそう懸念する。

「シリカちゃんやゆかりママの凍結魔法やフェイトちゃんの天候操作魔法なんかも被害が大きそうだよ」

と、続けた。

「何を言う。なのはの重力結界だってヤバイだろう」

アオが自分を棚に上げたなのはに突っ込む。

なのはは「にゃはは…」と誤魔化した。

「でも多分一番危険なのはアオの時間操作。これがどう伝承されているか…。出来れば忘れられていると良いんだけど、アオは良く木の超促進をして即興の壁を作ってたからね…」

そうソラも忠告した。

「……考えれば考えるほど面倒くさい相手だね、自分自身と言うものは…」

「「うん…」」
「はい…」
「そうね…」

「他の懸念材料はこの事態がまつろわぬ神を倒せば終息するのかと言うところだけど、それについてはどう考えているんですか?」

と、ここでアオが回りに問いかけた。

それに答えたのはエリカだ。

「そうね、まつろわぬ神が起こした現象で、対象の神を打ち滅ぼしたからと言ってその能力が解除されるかどうかは実際は分からないわ。過去の資料には元に戻らなかった例もあるもの」

「え?そうなのか?」

と、護堂。

「その辺の講義は後できっちり教えてあげるわ。今は元に戻らない場合もあると言うことと、それについての対処を考えなければいけないと言う事よ」

エリカは一拍置いて語る。

「可能性を上げるには神を打倒しその権能を手に入れること。運がよければ事態を収拾できる権能が手に入るかもしれない」

どんな能力になるのかは手に入れてみなければ分からないものだとエリカは語る。

「だけど、それには神と戦い武を示さなければならない」

「誰にですか?」

と、シリカが問いかける。

「カンピオーネはエピメテウスとパンドラの落とし子と言われているわ。もしかしたらその二神が何処かで見ているのかもしれないわね」

実際は分かってないのだけれどとエリカは言う。

「それと、複数で一人の神を打倒しても権能を手に入れる事は出来ないわ」

古い資料にそんな事が書いてあったのを昔見たことがあるらしい。

「……つまり、一対一で相手を倒さなきゃダメって事?」

そうユカリが纏めた。

「おそらくね。実際は分からないのだけれど、今までの事を考えるにそう考えるのが自然だわ」

アオは思案する。

「クゥやピナはどうなるのだろうか?ユニゾン中は一人として数えられるのか…それとも…」

「…確証が無い事は危険だわ。やめたほうが良いのかもね」

とアオの疑問にソラが結論をだした。

「つまり俺たちがそれぞれ一人ずつ打ち負かし、その権能を手に入れるほかは無いと言う事か…どうする?」

とアオは自身の身内に視線を送る。

「流石に今回は死ぬ危険が高いような気がする」

「でも、ユカリさんは止めなかったんですよね?と言う事は無事に切り抜けたって事じゃないんですか?」

「シリカ…だが、未来は変化するものだ。あの未来ではそうであったとしてもやはりどうなるかは分からない」

「でもたぶん大丈夫だと思う。きっとこの未来は私達の未来に繋がっている。そう信じる」

何の根拠もないソラの言葉。しかし、妙な説得力はあった。

「かなぁ?まぁ、俺たちもこの件を解決しないとどの道未来には帰れないのだから、やってみるか」

「「うん」」
「「はいっ」」

「ありがとう、あーちゃん、ソラちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃん、シリカちゃん」

ここではじめて出たアオ達の名前を聞いたエリカ、祐理、甘粕、馨が驚愕の表情を浮かべている。

なぜなら、その名前は先ほどまつろわぬ神の名前と思われるものとユカリが挙げたものだったからだ。

「え?うそっ!そんな…まさか…」
「ありえない…はずだよ」
「…ですなぁ」

「どうしたんだよ、みんな」

護堂は何のことだ?と一人エリカ達の態度の意味を測りかねていた。

「問題はこれだけ時間がバラバラにくっつけられるとおそらく封時結界は使用できない件だね」

そうなのはが提訴する。

「そうだね。通常空間での戦闘は被害が大きいし人目がね…」

アオもそう愚痴る。

「その件に関しましては(わたくし)ども正史編纂委員会が操作いたします。…とは言え、大型の建築物を破壊されるとなかなか難しくは有りますが」

馨がその点はなんとかすると請け負った。

「と言う事はブレイカー級は使用を控えた方がいいかも」

フェイトの呟きに皆頷く。

簡単な作戦を立て、とりあえずは現場に移動しようとしたユカリ達に甘粕が車を用意するとの事で若干の時間が空いた時、護堂がアオ達に問いかける。

「な、なあ。あんたらはさ、誰かを殺すって事に罪悪感とか感じないのか?特に君たちはまだ小学生に上がったくらいだろう?なぜ、そうまで簡単に殺すと言う行為を行えるんだよっ…おかしいだろ!」

護堂のその問いはアオ達自身、過去に苦悩し、とっくに折り合いを付けた問題だった。

「俺は自分に直接かかる火の粉を振り払う事は当然だと思っている。今回の事で言えばこの現象を引き起こした者の排除。でないと俺達は未来に帰れないのだしね。話し合いで引いてくれるならそれに越した事は無いんだけど、どうにもならなくなるのなら、殺すのも仕方の無い事だと思う。向こうは向こうの我を通し、俺達は俺たちの都合を優先する。意見が対立すれば衝突もするだろうし、力の強い存在同士ならどちらかの死と言う結果にもなるだろう」

とは言え、そんな事には成って欲しくないけれど、とアオ。

「じゃ、じゃあもう一つ聞かせてくれ。あんた達は命は平等だと思っているのか?」

アオはソラ達と視線で会話した後に答えた。

「思わない」

「な、なぜ?」

「俺は博愛主義じゃないよ。確かに目の前で困っている人が居たら手を差し伸べる位の事はするかもしれない。だけど、自分の大切な者の命と他者の命を同列に考える事はしないと決めた」

それで、質問の意味が分かりかねるが何か意味があったのかと聞けば護堂は否と答えた。

そんなこんなで甘粕が車を準備したようなのでこの部屋を出て現場へと向かう。

カンピオーネである護堂だが、空を飛べるわけでは無いので着いてきても邪魔と断った。

用意できた車が7人乗りのミニバンだったと言う理由もある。

とは言え来る気が有るのなら馨が車を手配するだろう。

久遠達は膝に乗せ、道路をひた走る。

正史編纂委員会のエージェントが監視するまつろわぬ神。

現場に到着するとアオ達は直ぐにサーチャーを飛ばし、彼らの映像を盗み見る。

「あー…あれがアオだね」

と、サーチャーで送られてきた映像を見てソラが言った。

「くぅん」

久遠も同意したようだ。

「そう言うソラはきっとあれだと思うぞ?」

と、アオ。

「あ、たぶんこの子がシリカちゃんだよ。なんとなく特徴が出てる感じ」

「本当ですか?じゃ、じゃあこっちがなのはちゃんですね。後は…」

なのはがシリカを見つけ、シリカはなのはを見つける。

「たぶんこれは私だ…」

と、フェイト。

「あ、本当だね。こりゃ確かにフェイトだ。けどこりゃ何か全然雰囲気?と言うか性格が違いすぎやないかい?」

「アルフ~…だよね?私はあんなんじゃ無いよね!」

アルフも同意したが、どうやら違和感があるようだ。

「じゃあ残ったのは私だね」

さて、どうやら何となくまつろわぬ神の正体にあたりを付けたユカリ達。

しかしその表情は何とも言えない物に変わっている。なぜなら…

「ない…無いよ、これは無いっ!」

「あたし、あんなに淫らじゃありませんっ!」

「なんだろう…自分を元にされてるだけに不快感が半端ないよね」

そう、空中に陣取ったまつろわぬアイオリア達は眼下の人々の不協和音をBGMに酒盃を煽っていた。

それはあたかもハーレムの王と言う感じで、まつろわぬソラフィア達がしだれかかっている。

その輪の中に当然のようにまつろわぬヴァイオレットが居るのはどういう事だろうか…

そのまつろわぬ神の眼前に今一人人影が躍り出る。ユカリだ。

彼女は飛行魔法を使ってまつろわぬ神のところまで飛んで行き、眼前で静止する。

「あの、そこのあなた達にお願いがあるのだけれど」

「なんだ人間。神たる我らにいささか無礼ではないか?」

「さて、崇められる様な行為をしていない貴方を敬う心は私にはないわ。それよりもこの現象を止めてくれないかしら?困っているのよ」

まつろわぬアイオリアの高圧的な言葉もユカリには何処吹く風。とりあえずやめてくれと頼み込んでみたようだ。

「はっ!出来ぬな。この混沌こそ美しいではないか。人々は争い、いがみ合う故に神は神たる仕事が出来ると言うもの」

「ええ、その通りね」
「本当、人間ってバカなんだから」

と、まつろわぬソラフィアとなのはが相槌を入れる。

言ってる意味が分からない。まぁ、自分の欲望に率直な狂えるまつろわぬ神に言葉は意味を成さないのかもしれない。

「そう、どうしても止める気は無いのね?だったらこっちも力ずくで行くわよ?」

「人間が我ら神に勝てるとでも思っているのか?思い上がりも(はなは)だしい。消えよ」

そう言って軽く手を振った一撃でユカリは切り裂かれて煙となって消えうせた。


「だって」

と、影分身を回収したユカリがアオ達に向かって言った。

「と言う事は打ち倒すしかないか。こう言う手合いは此方が圧倒的な優位に立って解除を求めても解除しないだろうしね」

まつろわぬ神の真下にて、アオ達がまつろわぬ神達の返答を聞き戦闘へと動き出す。

皆バリアジャケットを展開しているが外見年齢6歳ほどではかなり不恰好であり、手に持つデバイスも身長に合っていない。

「あんまりこう言うのは好きじゃ無いんだけどね」

とユカリが愚痴る。

「母さん。今回のこれは戦闘でも決闘でも試合でもない。殲滅だよ」

「分かっているわ。ちゃんとやります」

「それじゃ、行こうかっ!」

「はいっ!」
「うん」
「失敗は出来ないね」
「もちろんです」

ガシャンと皆でカートリッジをロードして砲撃魔法の準備に入る。

久遠達はギリギリまで手を出すなと命令したため離れて様子を見ている。

「ディバインバスター」

アオの砲撃を皮切りに皆がそれぞれの目標に向かって地上から砲撃を開始した。

目的は敵の分断。

一発当たったくらいではやられないだろうからそのまま皆で続けざまに撃って分断すると同時に飛行魔法で空へと上がった。

「ぬぅ!人の子の攻撃か?それにしては少し妙だな」

と、分断されたまつろわぬアイオリアにアオが飛翔して近づき、不意打ち気味に堅と強化魔法で強化された蹴りを叩きいれる。

「ぐおっ!?」

さて、小説的展開ならばここで両者の会話となるだろう。

何奴っ!

俺は…

ふっそうかっ!

負ける訳には行かないんだっ!

とか何とか。

だが残念ながら、アオにそんな展開を望む考えは無い。

『レストリクトロック』

他のまつろわぬ神から引き離し分断すると、直ぐに四肢をバインドで固定する。

これはまつろわぬ神にも通じると未来のアテナとの模擬戦で確認済みだった。

「小癪なっ!むっっ!?抜けぬ」

さて、拘束したら大技で落とすのが王道だろう。

アオもこれが殺すべき相手で無いのならスタン設定の砲撃で沈めたかもしれない。

しかし、今回は確実に殺すべき存在だ。…なので今回はかなりえげつない手を使う。

未だ混乱の内にあるまつろわぬアイオリア、その頭上に現れる魔法陣。

転移魔法陣(トランスポーター)形成』

魔法陣に首が埋まるように転送されていくまつろわぬアイオリア。

「破棄だっ!ソル!」

『了解しました』

転送の途中で転送魔法陣を破棄。途端に繋がれていた空間が閉じられ元に戻ろうとするその力は地上のどんな物体をも切断する力を秘めていた。

ブシューーーーっ

なき別れした首から吹き出る大量の血液。

幾ら呪力に耐性があろうと、魔導師ではないまつろわぬ神にアオ達の魔法に介入する力は無い。

今回はそこを突いたのだ。

これが魔導師ならばバインドを破壊し、脱出しただろう。

だが、魔導師と神。魔導師と念能力者と置き換えても良いかも知れないが、その二つは方向性がまったく違う。

神秘、オカルト方面の念に対して魔導は科学だ。

つまり、似た事は出来るがまったく別の物。

故にレジストが出来ない。この世界の常識、呪力による耐性(レジスト)を抜ける魔術師は存在しないと言う事を刷り込まれていたまつろわぬ神達はあっけなくその命を散らす事になった。

運が良かったのはまつろわぬアイオリアに不死の属性が無かったことだろうか。

彼らの伝説に不死の伝承は存在しない。『鋼』や『太陽』と言った不死系の伝説ではなく、騎士物語で有ったが故だ。中世のアーサー王伝説が近いだろうか。

今回の作戦は電撃作戦だった。

砲撃魔法で分断し、有無を言わさず拘束し、首を刎ねる。それ故にユカリは愚痴ったのだ。それは余り自分の趣味じゃない、と。

目の前のまつろわぬ神は光の粒子になるとアオの体に吸い込まれていく。

「くっ…何だ、これは」

体が作り変えられていく感覚にアオは耐えている。

周りを確認するとソラ達もそれぞれまつろわぬ神を打ち破ったようだ。

眼下の街並みは元に戻り、平静が戻ってくる。

どうやら元凶が消えると元に戻るようだった。

フラフラと地上へと着地する。

アオに追従するようにソラ達もフラフラと地上へと降りてきた。

「はぁ…はぁ…あっ…くっ…」

「なっ…なんなの…」

「か、からだが…」

皆息も絶え絶えだ。

「すごいすごーい。一度に6人ものまつろわぬ神が顕現する事はまれなのに、それを打ち破るのが6人も誕生するなんてね」

突然何処からかピンクの髪を両サイドで纏めた髪にとがったエルフのような耳。胸部は少し残念だが、着ている服には合っているかもしれない。

「あなたは…?」

アオが何とか声を絞り出す。

「わたしはパンドラ。神殺しの後見人で支援者、そして母親よ」

「母親と言うには少し…」

「あー、胸の事を言うのは紳士としては好ましくないわ。気をつけなさいね」

メッと指を指して注意するパンドラ。

それからぐるりとパンドラは皆を見渡す。

「あなた達は神を弑逆した。あなた達は生まれ変わるわ。神の権能を簒奪した者として」

「神殺し…カンピオーネ…」

そう誰かが呟いた。

「それにしても本当に小さいわね。かわいい、かわいい!」

そう言いながらパンドラはアオ、ソラ、なのは、フェイト、シリカの順に抱き上げていく。

「わ、ちょっ!」

「お、おろして…」

「まーまー良いじゃない。わたしの子供ってどうしても青年以上になっちゃうからさ、こんな小さな子供が出来たのは初めてなのよ」

と、子供特有のやわらかさを堪能するとユカリの前まで移動した。

「あなたがヴォバンを倒した人ね」

「ヴォバン?」

「えっと、狼に変身してた人なんだけど…」

「ああっ!あの人ね」

狼と言われてどうにか思い出すユカリ。

「え?あの石像って人だったの…?」

「ええ!?」

アオやソラ達は普段目にしていた石像が元は人間であった事に驚いている。

あの石像は誰も引き取り手が無いままユカリの家の庭に未来でも鎮座していた。

まぁ、人狼の石像であると認識していただけなので仕方の無いことだろう。

「えっと…怒ります?」

一応彼も彼女の関係者で有ったようなので問いかけるユカリ。

「んーん。彼は最近少し驕っていた節があったからね。遠からずどこかの戦場で死んでいたよ…。ただ、それが神でも神殺しでもないのは驚いたけれどね」

それに、とパンドラ。

「結果的に子供が増えた事だしね。やーん、やっぱりかわいい」

そう言ってアオを再び抱き上げた。

「ちょっと!ダメよ、その子は私の子供よ?」

「ふっふっふ、今日からはわたしの子供でもあるの、だから抱き上げる権利くらいはあるはずよ?それにわたしは自分で作れと言われても不可能に近いからね…」

「む?………うーん…………」

子供が作れないと言うその言葉にユカリは深く黙考する。

「………まぁ、いいわ。ふふっ、私の息子は可愛いでしょう?」

「うんうん、このほっぺのぷにぷに感はたまらないね」

「ちょっ!やめっ!俺が困る、降ろしてくださいー」

その後少しの間拘束された後アオは開放されたようだ。

ようやく体調も回復してきたアオはこの目の前の女性に問いかける。

「あなたは人ですか?」

「ううん。わたしは正真正銘の女神よ。まつろわぬ神じゃないわ。そして今日からあなた達の義母(ぎぼ)でもある。ママとかマミー、お義母(かあ)さんって呼んでね。あ、パンドラさんはダメよっ」

以前、護堂で失敗していた為にパンドラは先に釘を刺した様だ。

「それじゃパンドラお母さん。神殺しの支援者とおっしゃったあなたは俺たちに何をさせたいのですか?」

「パンドラお母さん…いいわ…うんうん、久しぶりに呼ばれた気がするわ」

と、なんだか陶酔し始めたパンドラをアオは引き戻す。

「特にわたしがあなた達に何かしろって言う事はないわ。あなた達は希望なの」

希望?と皆疑問顔だ。

「まつろわぬ神に対する人類の希望。パンドラの箱に入っていたのは多くの厄災と一握りの希望だったって言う話聞いた事無い?あなた達神殺しは希望なのよ」

つまり、まつろわぬ神の暴虐に対する人類の一つの反逆手段と言う事だろう。

「あまり争い事には首を突っ込みたくないのだけれど…」

と言うアオの呟きにパンドラは人の悪い笑顔で言う。

「ふふ、神を殺すような人間が平穏無事な人生を送れるはずは無いわ。きっとトラブルが付いて回る。そうでなければ神を殺そう何て考えないもの普通」

ぐっ…とアオは黙り込む。

確かに今までのアオの人生は厄介ごとが付きまとってきた。もはやそう言う運命なのかもしれない。

だが精々足掻いてやるとアオは心に誓う。

「そろそろ時間だわ。神すら一撃で屠れるあなた達には必要ない力なのかもしれないけれど一応説明しておくと、簒奪した権能の掌握は100の訓練なんかよりも1の実戦の方が有意義よ。覚えておいてね」

そう言ったパンドラの姿は霞となって消えうせた。

「中々面白い女神様だったわね」

「ああ」
「うん」
「そうですね」

ユカリの呟きにアオ、フェイト、シリカが返す。

「あーーーー!?」

「何?なのは」

突然大声を上げたなのはに一番近くに居たソラがいぶかしげに問いかけた。

「周りの景色が戻っているのに、わたし達は戻ってないよ!?」

「え?」

「「「「「ええええーーーーーっ!?」」」」」







いつまでもここに居る訳にはいかないと、甘粕の車に乗り正史編纂委員会東京分室へと戻ってきたユカリ達。

「周りの状況も元に戻ったようで、無事に事態を収拾して頂いた事にまずお礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました」

と、部屋に入ると沙耶宮馨が開口一番にお礼の言葉を発した。

「まさかこんなに速くまつろわぬ神を倒してきたと言うのか!?」

「そのようね」

「まさか、…そんな。…ではもしかして…」

護堂の呟きにエリカが同意し、それを受けて祐理が動揺した。

「さて、事態が無事に収拾し、辺りの事変も元通りになったのに浮かない顔のようですが…いえ、すみません。愚問ですね」

「久遠達…俺たちが連れていた使い魔達には連絡が取れない。…どうやら無事に未来に帰ったようだ」

「そうですか」

「だが、どう言う訳か俺たちは残ったままだ。どういう事だと思う?」

アオ達は現状を話し合い、一応の結論は出しているが、専門家の意見も聞きたい所だ。

「さあ、(わたくし)には分かり兼ねます」

と、馨が口を濁したのでアオは視線を次に頭の回りそうなエリカに向ける。

問いかけられた事を悟ったエリカが瞬時に考えをまとめ、発言した。

「あなた達は予定通り一人一柱神を倒し、おそらくその権能を手に入れたのでしょう。神の権能を手に入れたものは神殺し、カンピオーネと言われている。彼らにはわたし達程度の魔術師がどんなに力を振り絞ろうともまともに魔術は効かずレジストされてしまう。今回のこの時間結合は広域にもたらされた大規模な術式であったのでしょうけれど、その分カンピオーネの呪力耐性を超えるほどではなかった。…つまり、わたしの見解ではカンピオーネに成ったあなた達はその呪力耐性で元に戻る時に弾かれてしまったのでしょうね…」

「そうだろうね。俺たちもその結論に達したよ」

うんうんとソラ達も頷いている。

「そう言う事だから、未来への帰還は自力で何とか考えるけれど、おそらく時間がかかる。しばらくはこの時代に滞在する事になるだろう。さて、神殺し、カンピオーネが期せずして6人も日本に誕生した訳だけど、あなた達は俺たちをどうしようと思っているの?出来れば嘘偽りなく教えて欲しいのだけど」

と、アオは問いかけたのだが、彼ら裏の世界に身を置く者にカンピオーネの懇願は命令に近い。

「いえ、(わたくし)共は特に何も…ただ、出来ればまたまつろわぬ神が降臨した時にはお力をお借りしたく思いますが…」

と、馨。

「わたし達欧州の魔術師の方ではカンピオーネはまつろわぬ神に対抗する義務がある。その義務をまっとうするからこそ、その横暴さにも目を瞑り、(かしずい)いていると言う考え方をしている人達も多いわね」

そうエリカも言った。

まつろわぬ神を倒してくれるからこそ彼らは人類の脅威として排除の対象足りえないのだろう。

まぁ、魔術師が束になってかかっても勝てない相手ではあるのだが…

「そうですか…では…」

とアオは一呼吸入れて一度目を瞑る。

再度目を開けた時、彼の目には特殊な文様が浮かんでいた。

万華鏡写輪眼。

アオの切り札である。

《今日新しく生まれたカンピオーネは存在しません。俺達は不運にも取り残されてしまった。そうですね?》

「そ、そうですね」

「ええ、そのとおりよ」

「そのようです」

《部下にもそのように説明し、俺たちへの接触は回避してくれると助かるのですが》

「それが良いでしょう」

「そうね。そうした方がいいわ」

馨、エリカ、祐理に暗示がかかる。

彼女らを惑わせたのは万華鏡写輪眼・思兼(おもいかね)である。

その能力は対象の思考を誘導する。

つまり、自発的にそう有るべきと誘導するのだ。

「く……まっ…まて、今何かしているだろうっ!」

と、その呪力耐性の高さから一人、思兼から抜け出す護堂。

「いいえ、何もしていませんよ」

と、直ぐに万華鏡写輪眼の行使を止めすっとぼけるアオ。

護堂には掛からないかもと思っていたが、周りの誘導には成功した。

護堂がどうにか解除するにしろ、俺たちの意思は伝わっただろう。

「さて、話は纏った所でどうしようか?母さん、俺たち5人、今日からしばらくあの家に厄介になろうと思うのだけれど…良いかな?」

「もちろんよ、だってあそこはあーちゃんの家でも有るのでしょう?家族が一緒に居るのは当たり前の事だわ」

と、そう言ってユカリはアオ達を見渡した。

「ありがとう、母さん」
「ありがとうございます、ユカリさん」
「ありがとう、ママ」
「ありがとう、ゆかりお母さんん」

「それじゃ、帰ろっか」

「うん」

「それでは今日は皆さんお疲れでしょうから私が送っていきましょう」

「あら、お願いしますね甘粕さん」

「ええ、お安い御用ですよ」

と、ユカリは甘粕にお礼を言うとアオ達はこの場を辞した。

車に乗り込みさあ出発だと言うとき、アオの胸元にあったソルが発言する。

『マスター。未来のユカリさまからメッセージを預かっているのですが』

「ええ?」
「未来のユカリさんからですか?」

フェイトとシリカが声を上げる。

「え?何でもう少し早く教えてくれなかったの?」

アオがソルに問いかけた。

『ユカリさまがこの時間を指定いたしましたので。真剣なご様子でしたので今まで黙っていました』

「そっか。ならば仕方ないかな。ウィンドウ、出してくれる?」

『了解しました』

虚空に現れたウィンドウにユカリの映像が写る。

【この映像を見ている時、あなた達はまつろわぬ神を倒し、神殺しになったために取り残されてしまっているのでしょうね。私の時もそうだったもの。あなた達はちゃんと過去の私が未来に送り返したからきっと帰ってこれるわ】

モニタの未来のユカリの声に皆安堵する。

【だけど、直ぐにとは行かないの。少しその時代でやって来て欲しい事があってね、私の時も未来の私の言葉に従ったのだけど、…まぁその辺の矛盾は考えても分からない事よね】

その後、やって欲しい事、意味は分からないがやらねばならぬ事をいくつか伝えられる。

【帰還の術式はこのファイルの最後に添付されているわ。何かこの展開はいつか未来に行った時と似てるな、と皆思ったかしら?】

ぐっ…とアオは押し黙る。

そう思ってしまったからだ。

あの時も過去からの遺産で無事に帰れたが、それはループしていて最初が抜けている現象だった。

誰が、いつ、どうやってと言う過程をすっ飛ばして結果だけを伝えるものであったのだ。

まぁ、深く考えても仕方ないとアオ達は思考を放棄する。

今重要なのは帰還できる術を手に入れたと言う事だけ。

「どうする?」

とフェイトが皆に問いかけた。

「どうやら放置すると面倒事が待っている…らしいね。良く分からないけれど、俺たちでも倒せないくらいの化物が出てくるらしい」

アオが要点をまとめた。

「後は翠蓮お姉さまの言付けもありましたね」

と、シリカが言う。

「むぅ…本当は帰還の術式を使って直ぐにでも帰った方が良いのだろうけれど…」

「しばらく此方に居る事になりそうね…私はとりあえず、最初の案件は今日のうちに処理した方が安全だと思うわ」

そうソラが意見した。

「わたしもそう思う」
「私も…」
「あたしもです」

「母さんはどう思う?」

「え?私はあーちゃん達の選択を支持するわ」

と言いつつ考えを放棄したいか、もう少しアオ達を一緒に居たいために実際は同意しているのだろう。

「じゃあ、まず一番危険な事を今日中に片付けちゃうか。すみません、甘粕さん。車を東京湾へと向かわせてください」

「分かりました」

と言った後、甘粕の表情は少し険しくなる。

「何ですか?」

と、アオは問いかけた。

「いえ、どうして私に意識操作の魔術を行使しなかったのか、少し疑問に思いましてね」

あの時アオが行使した思兼は護堂、エリカ、祐理、馨がターゲットであり、甘粕は外されていたのだ。

「一人くらいコウモリが欲しいですし、…身内には使わないと決めているので」

「は、はぁ…一応納得しておきます」

車を走らせようやく東京湾へと望む側道へとたどり着いた。

「少し待っててください」

と甘粕に言い置くとアオ達は飛行魔法で空へと上っていく。

「えっと、頼まれたのって地球の周りを回っているデブリを一つ静止衛星軌道から押し出せば良いんだよね?」

と、なのは。

「この衛星だね」

放ったサーチャーが送り届けた映像を見たフェイトが答えた。

「みたいだ。ブレイカー級砲撃魔法で吹き飛ばせってさ。これはなのはに頼んで良い?」

アオがなのはに頼む。

「わたし?アオさんがやってもいいんじゃない?」

「まぁね。だけど、なのはが一番適任だろう」

砲撃精度ではなのはが一番高い。

「そ、そう?じゃあ、頑張ってみる」

「お願い。ソル、レイジングハートに静止衛星の位置情報を転送して」

『了解しました』

「他は全力で幻影とジャミングの魔法でどうにかスターライトブレイカーを隠蔽…仕切れないだろうけど。一応頑張ろう」

「了解」
「うん」
「わかった」

アオの宣言で皆デバイスを片手に隠蔽に勤める。

『バスターカノンモード』

レイジングハートが変形し、射撃に適した形へと変わる。

「レイジングハート、カートリッジロード」

『ロードカートリッジ、スターライトブレイカー』

「地球の自転、重力の影響の計算はお願いね」

『お任せください。ターゲットスコープ、展開します』

なのはの眼前のモニタにスコープが現れる。

「なのは、頑張って」

「頑張って、なのはちゃん」

「うん、ありがとう。フェイトちゃん、シリカちゃん」

さて、集束もそろそろ終わる頃合だ。

「それじゃあ…スターライトォブレイカーーーー」

クロスゲージのターゲットマーカーに照準が合った時、なのはは引き金を引いた。

ピンクの閃光は大気圏をつき抜け東京湾の上空の静止軌道にある一つの物体を包み込み、砕き、押し流した。

そのデブリには一本の剣が突き刺さっていたのだが、スターライトブレイカーにより静止衛星軌道を外れ、太陽系の圏外へと押し出されていく。

後は慣性の法則で何処までも宇宙を旅する事だろう。

ブシューーーーーッ

「当たったかな?」

『タイミングは問題ありませんでした。必ずや着弾した事でしょう』

なのはとレイジングハートのやり取り。

「サーチャーからの映像も目標物を破壊したようだし、大丈夫だろ」

とアオが結論を出し、ようやく家路に着いた。

この東京湾上空の静止衛星。実はカンピオーネが世界に多く現れたときに顕現し、その全てを始末すると眠りに付くと言う『最後の王』が眠っていた。

まつろわぬ神はその性質上滅ぼされれば神話の世界に戻り、また何かの拍子で現世に現れる事も有るだろう。

しかし、滅ぼされずに宇宙に放逐されたら?

おそらく永遠に、宇宙が再び収縮して消えてなくなるまで放浪するだろう。

『最後の王』は「カンピオーネ!」と言う世界の最後の強敵。だが、そんな物に付き合う気はアオ達にはさらさら無いのだ。

もはや完全に話は本筋を外れてしまった。しかし、これで最大の懸念材料は無くなった事になる。

だが、神殺しは平穏とは程遠い存在。いかに危険を遠ざけようと、厄介ごとは向こうからやってくるのだろう。

「今日はもう疲れた…家に帰って寝たい」

「そうだね…」
「私も…」

アオの呟きに皆同意し、家路を急いだ。

今日のところはと皆でアオ達の体が小さいと言う利点を生かして居間に布団を三組敷いて皆で雑魚寝でごまかした。

明日足りない寝具を調達する予定にして今日は皆ダウン。

平静を装っていたけれど、皆体を作り変えられた事でかなり消耗していたらしい。

布団に転がると同時に皆寝息が聞こえてくる始末だった。


次の日、夏休みであるユカリは皆を連れて近場の寝具店により寝具を購入。ついでに生活雑貨などもそろえる。

結構な出費になったが、そこをケチる考えはユカリには無い。

夕飯作りはユカリと、なのは、フェイトが台所に立っている。

明日はアオとソラ、シリカですると、短いうちにローテーションを決めていた。

そんな感じの夕刻。

アオ達は、体の内から湧き上がる衝動に驚き、だが飲まれまいと自制する。

いつの間にかリビングに一人の少女が現れていた。

まつろわぬアテナだ。

「ほう、昨日不審な呪力を感じたが、この辺りでの戦闘は禁じられている故、手を出さなかったのだが。まさかこれほどの数の神殺しが新生していたとは…と言うかユカリもそのようよな」

「あら、アテナ。いらっしゃい」

「妾に戦闘の意思は今の所無い故、紹介くらいして欲しいのだが」

「ああ、いつか話した私の息子よとお嫁さん達よ」

「む?そなたの妄想では無かったのか?」

「失礼ねっ!現実にこうして居るでしょうが!」

今の今までアテナはユカリがどれだけ否定しようと、妄想癖の可哀相な娘だと認識していたのだった。

「あ、アテナ姉さんってこんな時からゆかりママの家に居たんだね」

なのはがユカリとアテナの漫才じみた会話を聞いて言った。

「ぬ?誰が姉さんか。妾は三位一体の女神。まつろわぬアテナである」

「知ってるー」

と、アオ達がそれぞれ口にする。

「と言うか、お前達は本当に誰だ?人の子はそんなに急に生まれるなんて事は無いはずよな。では、改めて聞く。そなた達は誰だ」

「だから私の息子とそのお嫁さんだって」

「ユカリには聞いておらぬわっ!」

さて、コントが続きそうなのでアオが二人を止め説明する。

昨日。現在、過去、未来がバラバラに繋がり、その影響で自分達が未来から来た事。

元凶のまつろわぬ神を倒したら神殺しとして新生し、帰還からもれてしまったようだと言う事。

その為自分達はここに居ると。

「なるほど。未来で妾を知っているから妾を姉と言ったのか」

「…いや、それはアテナ姉さんが強制したんだよ…なんか翠蓮(すいれん)お姉さまに対抗したみたい」

「誰だ?その翠蓮とやらは」

「昔は中国の山の中に居たらしいんだけど…俺たちが知り合った時には池袋に住んでたね。なんかよく分からないんだけど、気に入られているんだよね、俺たち」

アオは説明を濁した。

「未来の妾はどうしているのだ?妾の事を姉と呼ぶのだから妾はまだこの家に訪れているのか?」

「……むしろ、夜にちょこっと来ているだけの時代があった事にビックリです。大体四六時中家に居ます。ごろごろして、テレビ見て、おやつを食べる姿はなんて言うか…()テナ?って言う感じですね」

「なっ!?流石にそれは嘘であろうよ」

「…………」

問いかけられたアオは無言。アテナは周りに視線を移していく。

「…………」
「……っ……」
「ぷぃ………」
「つっ……」

やはり、皆次々と視線を反らす。

「ま、まぁ、未来は変化するもの。そなたらの未来がこの世界の未来であると言う事でもあるまい。三位一体の女神である妾がそんな生活になる訳はなかろうものよな」

と、なぜか自己弁論。

しばらくすると甘粕が当然のように来訪し、ユカリにより一家の大黒柱の定位置に座らせられ、夕食を開始する。

「いやぁ、美少女と美幼女に囲まれる食事とは…」

と何か甘粕が感慨に浸っているが、アオは実際はそんなに甘くないと心の中で思う。

彼女らに見限られないように自己研鑽し、節制し、格好良くあろうと努力する。ソラ達がアオに求めるのはそう大きくは無いのだろうが、そうは言っても脂肪の付いた大きなお腹、ぷにっとした二の腕、額から大量に出る脂汗と、そんな姿になったら流石に一緒には居ないだろう。

そして、大勢の女性達の中に男が自分だけと言う中では中々二次元の趣味はおおっぴらに出来ないのである。アオもだんだんそう言ったものから離れていってしまった。

大人になると言うよりは、自身のプライベートスペースが少なくなってしまったからである。

少年、青年漫画や数タイトルのライトノベルが精々で、少女漫画や深夜の大人向けの魔法少女ものアニメや恋愛シミュレーションゲームなぞはもっての外なのだ。

ハーレムと言うある種の男の夢を叶えたアオの出した犠牲の一つである。

甲斐甲斐しく甘粕の世話をするユカリを見て、こうして甘粕は捕まってしまったのだとしみじみ思うアオなのだった。

夕食後、しばらくはまったりとしていたのだが、アテナがそろそろ帰ると言う頃、アテナにしてみれば珍しい提案をする。

封時結界内で模擬戦をしようとアオ達を誘ったのだ。

有無を言わさず外に連れ出されたアオ。

戦闘態勢を整えるアテナに仕方なくユカリは結界を張った。

「で、何で俺と模擬戦?」

「何、以前そなたの母親に負けていてな。そのユカリが自分の息子は最強だと妄言を言ってた故、興味があったのだ」

そう言って陰のように黒い大鎌を具現化させるアテナ。

「ルールを決めましょう。致死性の攻撃は無し。強烈な一撃を貰ったら素直に負けを認めると言う事でどうですか?」

アオにしてみれば即死さえしなければ自身の念能力で何とでも成るための最大限実戦に近い所の妥協だった。

本当はもう少しハードルを下げたかったが、ここ辺りがアテナの妥協点だろうと思ってのことだ。

「よかろう。相手を死に追い込むような技は使わぬが、腕の一本や二本は覚悟せよ」

「腕は一本まででお願いします。両腕をなくすと取り返しがつかないんで…」

アオの能力はその腕で掴むか触るが条件なのだ。腕が無ければどうしようもなくなる。…いや、ユカリに渡してあるカートリッジで何とか成るのだけれど、それは今は良いだろう。

「ふむ。分かった。…それでは参ろうか」

そう言ったアテナの宣言でアオはソルを起動する。

「ソルっ!」

『スタンバイレディ・セットアップ』

装着された銀色の竜鎧。

しかし、その年齢故か、かなり不恰好だ。

手に持った日本刀型のデバイスやはり身長に対して大きく感じる。

周りに人目が無く、相手の力量が度を越す場合、アオはバイザーを付けるのをやめている。

やはり遮るものがあると写輪眼の力を最大限に生かせないためだ。

ようやく二人とも戦闘準備を整え、開始を合図を待つ。


「そう言えば、前から気になっていたのだが。ユカリも持っているそのしゃべる宝石はいったい何なのだ?」

と問いかけたアテナにアオは答える。

「この子の事ですか?」

と、右手に持った日本刀を掲げた。

「ほう、今はその形なのか」

「ソル、挨拶を」

『…お初にお目にかかります。ソルと申します。私はマスターの杖であり、剣であり、盾です』

アオに命令され、不承不承(ふしょうぶしょう)とそう言ったソル。

「意思を持つ杖か。中々面白き呪具よな。それもユカリの強さの一部であったと言うわけか」

さて、それではとアテナが動いた。

地面を蹴って駆け、アオを袈裟切りに切りつける。

アオは写輪眼を発動させ、冷静に打ち返した。

ギィンギィンと何合か斬り合った後アテナは距離を開ける。

「その目…魔眼の類よな?そなたの権能…と言うわけでは有るまい。昨日今日で手に入れた物と言う感じはしない。…人の身で魔眼まで宿すか、まこと面白き者達よな」

距離を取られたアオはソルを待機状態に戻し両手を開けると印を組み息を吸い込んだ。

『火遁。豪火球の術』

ボウッとアオの眼前に現れる大きな火球。

「ふっ」

アテナは大鎌を一振りすると火球を切り裂いた。

「中々面白き技を使う。だが、妾には通じぬぞ」

と言われたアオだが、アオは今の豪火球に違和感を感じた。

先ほどアテナの大鎌を受ける為に使ったオーラでも違和感を感じたのだが、今までと同じ感覚で行使したはずのそれが、その威力が跳ね上がっていたのだ。

どうやらカンピオーネになった事でオーラの最大量が爆発的に増えたらしい。

炎を切り裂いたアテナはそのまま再度アオを斬り付けに駆ける。

ここでアオは受けるか、四肢を強化して避ける所だ。

…だが、ここでアオは奇妙な感覚に陥った。

一歩下がるだけでこの攻撃はかわせるのではないか?

普段の彼ならそんなあやふやな直感に頼ったりはしない。しかし、何故か今回は直感と言うよりも確信に近かった。

アオはその確信を確かめる為に一歩後ろへと下がる。

「む?」

アテナの攻撃は対象を見失って空振りする。

「瞬間移動か?」

そうアテナがいぶかしむのも無理は無い。何故なら、アオは一瞬で五メートルほどを移動していたのだから。

「あーちゃんってあんな事できたかしら?」
「出来ないはず…だよね?」
「そのはずよ」

と、ユカリ、なのは、ソラの声。

これにはアオを知っているユカリたちからも疑問の声が上がった。

「いや、これは瞬間移動と言うよりも…」

と、使った本人であるアオは何となく理解していた。

「あれだ。きっとこれが権能と言う奴だ。…なんか使ってみた感じだけど念能力に似ているね」

「ほう。今のがそなたが奪い取った神の権能か」

「…なんて言うかな。新しい能力を手に入れたと言うよりも、元もとの能力が進化した感じかな」

「どれ、どのような物か、もっと妾に見せてみよ」

そう言って今度はアテナの背後にある虚空から無数のフクロウが弾丸となって飛翔し、アオを襲う。

着弾すると思った瞬間。一歩踏み出したアオの体がまた一瞬で消え今度はアテナの背後5メートルほどの所へと現れる。

ババッと印を組むとアオはまたも大きく息を吸い込んだ。

『火遁・鳳仙花の術』

ボウっと口から放たれた火球は幾つもの小さな火球にはじけ飛び、アテナを襲う。

呪力への耐性を持っているアテナとしてはあの位の火球なぞ直撃しても大したダメージでは無いが、負荷効果が有るかもしれないと考え、幾つか切り払いながら避けた。…しかし。

「…ふむ。全てかわしたはずよな。だが、これは…」

切り払わなかった幾つかの火球がアテナに着弾していた。…もちろんダメージはほぼ無いと言っていいのだが、問題は着弾したと言う事実だ。

途中、火球がありえない軌道を描き、アテナはかわしそびれたのである。

「なるほど…そなた、因果を操っておるな」

「流石アテナ姉さん。数度の行使で見破るとは…ね」

とは言ってもアオ自身まだ十全に理解しているわけではないのだが…

「先ほど妾の前から消えたのは、移動すると言う行動で移動したと言う結果をその過程を省いて手繰り寄せた…と言う事よな。過程を省いた為に瞬間移動したかのように見えただけだ」

「多分ね」

「妾にそなたの攻撃が当たったのも一緒の理由よな。攻撃したと言う行動で妾に着弾したと言う結果の過程を省いた。故に妾はかわしたと思っていても攻撃は当たっていた…と。つまりそなたを倒そうと思うのなら、逃れられない規模の攻撃でなければ効果をなさぬと言う事かも知れぬ」

それは面倒と、アテナは模擬戦を途中で取りやめた。

「それは良かったよ。実際今の能力はかなりオーラを消費していたし…連続使用は今はまだかなり厳しいみたいだ」

因果を操るなどと言う神の所業に匹敵するその能力は、どうやらその効果に見合った分だけオーラの使用量も多いようだ。

その後アテナはソラ達とも模擬戦をし、やはり皆、新たに得た権能の何かしらの取っ掛かりを掴んだ。


家に戻るとアテナはユカリの側まで行って話しかけた。

「さすがにユカリの息子だけある。あれは確かに少々戦い辛い相手であった」

「でしょう。剣技だけなら、私も負けない自信は有るわ。だけど、あーちゃんの全てを使われたら…やはり勝率は低いでしょうね」

勝てないとは言わないのは相手の事を良く知っているがために対策の一つや二つは思いつくからだ。

「あ、そうだ。アテナ、明日からはもう少し早く家に来てくれない?」

「む、何故だ?」

「カンピオーネになった所為か、アテナに対する異常な敵愾心を抱いているわ。別に私達にしてみれば無視できるのだけれど、どうにか制御出来ないかと思ってね。あーちゃん達と話し合った結果、押さえ込む訓練をするしかないと言う事だったから」

「ふむ。妾としては湧き上がる闘志は心地よいものではあるが、ぎすぎすした関係は確かに食に影響が出るな。分かった、明日からしばらく昼頃から姿を現すとしよう」

「別にずっと居ても良いのだけれどね」

「む…それは遠慮する。妾とて駄テナなぞと言う不名誉な称号を頂くのはアテナの名に傷が付くと言うもの」

とは言え、結局はこうしてずるずるとユカリの家に長居するようになるのである。
 
 

 
後書き
今回の話はカンピオーネにどうやってなったかと言う話で、バトル回ではありません。
転移魔法の危険性を考えて、逆に攻撃に転用できるんじゃないかなと言う考えで今回はあんな感じになりました。
オリジナルの神を出して、オリジナルの権能と言うパターンは変えようが無かったのですが、王族だったアオ達なら神格化もされているんじゃないか?というIFですね。新しい能力を得るよりも、今までの能力のヴァージョンアップと言う感じにしたのは決して考えるのが面倒になったわけでは…まぁ、最初から強い能力が強化されてしまったアオはこれからどうなっていくのか… 

 

第七十八話

 
前書き
さて、ここからはしばらくバトル回が続きます。 

 
時は流れ、10月。

まだアオ達はこの時間軸に滞在していた。

秋の連休を目の前にした日の夜、いつものように尋ねて来た甘粕は旅行の話を切り出した。

「日光ですか?」

「ええ。丁度日光の方へと出張がありまして、以前どこかへと旅行にと言う約束も有りましたので、この機会にと思いまして」

夕食時、いつものごとく訪ねて来た甘粕が皆と夕飯を囲みながら、自然な口ぶりでユカリたちを日光へと誘った。

「嬉しいです。あ、でも…あーちゃん達は…」

「ご一緒で大丈夫ですよ。どうですか?」

と、ユカリの言葉に答えた後、甘粕はアオ達を見渡した。

「俺は別に構わないよ」

「私も」
「わたしも」
「皆で旅行って久しぶりですね」
「そうだね、今回(生まれてから)はまだ…かな?」

と、皆それぞれ了承する。

「アテナも一緒に行かない?」

「妾もか?妾は別にそなたらと旅を共にする義理は無いが」

ユカリの勧誘にアテナは戸惑った。

「まぁ、良いじゃない。たまにはもう少し人間社会を勉強してみるのも。…それに、旅先には旅先でしか食べられれないご当地の地物の美味しいものなんかも有る物だしね」

「…ユカリがそれほどまでに言うのなら、行ってやらん事も無い」

「では、全員参加と言う事で。いやぁ、賑やかな旅になりそうですな」

アテナの返答を聞いて甘粕が全員参加と旅館の手配をしてくれた。


週末の土曜日。アオ達は簡単に旅支度をし、足りない物は現地で調達すれば良いと短時間で準備を済ませると、甘粕が用意したバンタイプの車に乗り込んだ。

座席は運転席、助手席を含め2-2-3-3-4の14座席の中型車のようだ。

甘粕の隣の助手席にはユカリが当然のように陣取り、後列の一列目にアオ、二列目は通路の関係上1-2に分かれており、お一人様シートにアテナ、二人掛けにソラとシリカ、その後ろになのはとフェイトと言った所だ。

さて、ここに来て何故甘粕が日光へと行く事になったのか。

その理由を語っておこう。

実は、万里谷祐理の妹、万里谷ひかりが若干12歳で親元を離れ、日光にある神社でお勤めをと日々熱烈に勧誘されているらしい。

しかし、年齢の事と仕事内容が不明瞭な事で不安に成り、悩んでいたひかりが相談したのはカンピオーネである草薙護堂だった。

相談された彼はひかりの事をどうにかしてやろうとまずその神社がどう言う仕事なのかを明瞭にし、あまりもの内容であるならばひかり自身が断れるようにと日光へと同行する事になった。

その時足を申し出たのが甘粕である、そこに便乗するように以前の約束の履行に丁度良いとアオ達も誘ったのだ。

…つまり、一番後ろの4人掛けの椅子には護堂を挟むようにエリカと、夏休み明けにイタリアから護堂の元へと押しかけるように転校してきたリリアナ、エリカの隣にひかりの姉として同行した祐理が座っている。

そして、一列手前の一人掛けシート。つまりアテナの後ろにひかりが座っているのである。

ひかりは前に座っている自分と同じ年頃の少女に気安く話しかけている。アテナも最近は特に無礼を働かなければ会話を交わすのもやぶさかではないようで、ひかりが一人でしゃべっているような内容の会話にも時折相槌を入れている。

「な、なあ…あの万里谷ひかりが楽しそうに声を掛けている少女…あれはまつろわぬアテナでは無いのか?」

リリアナがこそっとエリカに問いかけた。

「ええ。間違いないく本人よ」

「…だ、大丈夫なのか?まつろわぬ神なのだぞ?」

「大丈夫なんじゃない?アテナがこの日本で暴れたのはゴルゴネイオンの一件だけ。それも人的被害は出していないのだし、今はこの国で騒ぎを起こす気はないそうよ」

と言うエリカの説明に一応は納得する。

「…では、あの助手席の女性は!?あの女性はヴォバン侯爵を石化させるほどの魔術師だろう?」

その質問は今更のような気がする。同じ学校に通っておきながら、リリアナは今まで護堂以外のことには余り目を向けていなかったらしい。

隣のクラスの人間なぞ、知ろうともしなかったのだろう。

「あら、リリィはヴォバン侯爵が身罷られた真相を知っているのね。…一般的にはアテナにやられた事になっている筈だけど?」

まさか吹聴などしていないだろうね、とエリカは問うたのだ。

「ただの魔術師がカンピオーネを打倒したなどと、どうして言えようか」

リリアナも頭の良い魔女である。その事実は余計な波風を立てると自重したのだろう。

「それが賢明ね。それと、彼女と接するときはカンピオーネと対峙していると考えた方が良いわ。ヴォバン侯爵を打ち負かした事は知っているようだけれど、護堂ですら赤子の手を捻るような感じでやられてしまったわ」

「なっ!?そうなのですか!?」

リリアナは護堂に詰め寄る。

「あ、ああ…。俺なんかじゃ歯が立たない相手だよ」

ヴォバン侯爵の事も有った為にリリアナはそれを信じることにした。

「彼女に面倒事は持っていかない。これが最善だと言うのがわたしの見解よ」

「了承した。しかし、草薙護堂に凶刃が及ぶのであれば私は全力で彼女を排除しよう」

「その時は精々壁としての役割を果たしましょうね。わたし達程度では壁の役目も出来ないのだろうけれど…」

とエリカは言い、若干の緊張を孕んでドライブは続く。

気付かないと言うのは幸せな事である。ひかりはアテナがまつろわぬ神と気付かぬままドライブを楽しんだ。

ユカリとアオ達は日光の適当な所に降ろしてもらい、用事があるという護堂とは別行動をとる。当然甘粕とも一時別行動になってしまうのだが、何か裏社会関連らしく、ついていく事は憚られたユカリ達は適当にバスを乗り継ぎ、物産展やお土産や等を回っていた。

「む?」

ご当地ソフトを頬張んでいたアテナが突然虚空をみやる。

「ん?アテナ、何かあったの?」

アテナの視線の先には日光山があった。

アテナの視線を追ってユカリ、アオ達も視線を向けると、その頂上の真上に巨大な蛇が突如として現れる。

「うわー…」

「でかい蛇だね」

「龍と呼ぶべきでしょうか?」

呆れるアオにソラとシリカが言葉を継いだ。

「何々?また厄介ごと?」

「みたいだよ、なのは」

なのはの疑問に肯定したフェイト。

「神様関連…よね?アテナ」

と、ユカリはアテナに確認する。

「あれは女神の成れの果てよな」

「女神なの?大きな蛇だけど」

「太古の昔、神の世界を支配していたのは女神であった。それに反抗を起こした男神によって女神はその地位を奪われる。さらに神話は書き換えられ、その姿を竜へと追い落とされた女神達は悪しき竜として英雄に討たれる。そうして転生したのが神祖と言われる魔女達だ。その魔女がその不死性を捨て、竜蛇の姿に一時のみ戻れると言う」

その説明で皆なるほどと納得しる。

「しかし…傷ついておるな。これは今さっき出来たという訳ではなさそうよな」

見れば所々傷つき、血が流れ出している。

「どれ、少し見に行ってみるとするか」

「ちょっ!アテナ!?」

ユカリの制止も聞かず、アテナは飛び去る。まつろわぬ性が刺激されたのだろうアテナを止める事は出来なかった。

「母さんっ!」

「私達も行くわよ」

「分かった」

ユカリの答えにアオ達も頷いて返し、地面を蹴った。

四肢を強化し、屋根の上を駆け、市街地を出るとさらに速度を上げアテナを追う。

すると、眼前に浮いていた蛇の喉元に何かが食いつくように二筋の閃光が走り、その直後蛇は力なく地表へと落ちていった。



「ほう、神祖を助けるか。神殺しよ」

「貴方はいずこの神でありましょう」

「妾はアテナ。まつろわぬアテナである」

「ほう。西方の蛇の女神ですか。これは好都合と言うもの」

エリカは心の中で舌打ちをする。厄介事がタイミングの悪い時にやってきたのだ。

今エリカの目の前ではエリカとリリアナによって討たれた蛇が、その姿を保てなくなり人の姿で地面に伏していて、その彼女をカンピオーネの一人、羅濠教主(らごうきょうしゅ)が治癒を施していた。

今回の騒動は、この日光の地に封印されているまつろわぬ神、『斉天大聖 孫悟空』を中国のカンピオーネである羅濠教主が日本に飼われるように封印されている彼に憤りを感じ、100年前の再戦も兼ねて封印を解こうと画策したが為だ。

孫悟空の封印の解除は中々に面倒で、その中の一つに現世で竜蛇が暴れていると言う条件があり、それを満たす為に先ほどの神祖は利用されていたのだ。

当然、いまだ孫悟空の封印は解かれていないので羅濠教主としても今この神祖に死んでもらっては困る。エリカは逆にこれ以上暴れられると本格的に孫悟空がまつろわぬ神として現世に顕現するのでどうしても止めたい。

しかし、カンピオーネに対抗できるのは結局はカンピオーネのみ。だが…

護堂と祐理は今は所用で今すぐには駆けつけられる状況では無い。リリアナは敵の足止めをしていて同じく不在。

エリカは護堂の『強風』の化身を使い、護堂を召喚しようとしていたのだ。

羅濠教主を挑発し、自らを危険にさらす事により強風の条件を満たし、護堂の名を呼べば、きっと地球の裏から、いやこの世ならざる所からでも呼べただろう。しかし…

あと少しの所でアテナが乱入し、羅濠教主の興味がそちらに移ってしまった。

孫悟空の封印を解くのに必要なのは蛇の神格を持った存在だ。そこにアテナは都合が良い。別に眼前の神祖でなくても構わないのだ。

エリカが今一度羅濠教主、またはアテナの意識を自分に向けようとした時、またも乱入するものが現れる。

「アテナ、速いわよっ!」

ユカリ達だ。

「そなたらも十分に速いと言うものよな」

とアテナが嫌味で返した。

「て言うか。どう言う状況?翠蓮(すいれん)お姉さまは何でこんな所に?それにあれはアーシェラ?」

と、アオが訳が分からないと洩らしたその時、羅濠教主から凄まじい殺気が放たれた。

「そこの子供、何ゆえこの羅濠の本名を知っているのか、疾く述べなさい」

と、命令口調でアオに問いかけた。いや、むしろ命令なのだろう。

「うーん…それを語るのは時間がかかるのだけど…」

殺気など何処吹く風とアオは返す。

「手短に要点だけを答えなさい」

「……未来で知り合ったから」

「……言うに事欠いてそのような戯言を…、子供とて羅濠たる我にそのような虚言を申すのであれば容赦は致しません」

アオとしては本当の事を言ったのだが、余りにも荒唐無稽。やはり信じてもらえなかった。

羅濠教主の怒りが爆発すると、いきなり羅濠教主の姿がブレると、突如としてアオの眼前に現れ拳を振るっていた。

ズバンッ

辺りを空気の振動が伝わり、乾いた音をたてる。

「ほう、なかなかやりますね」

「お姉さまの拳は嫌と言うほど見てきたからね」

羅濠教主の一撃をアオは念で四肢を強化して受け止めていた。

「さて、まさかこれほどの数の同胞がこの日の本の国に現れていようとは」

「え?うそ、そんなまさかっ!」

羅濠教主は年長者の勘と言うべき何かでアオ達が皆が神殺し、カンピオーネであると悟ったようだ。

エリカはアオの万華鏡写輪眼で暗示に掛けられていた事もあって、今まで忘れていたようだが、切欠があれば魔術師ならば解けることもある。今のエリカが正にそれだ。エリカはあの夏の日の顛末を思い起こしたようだった。

「一対六…いえ、そのまつろわぬ神をあわせれば七ですか。よろしいでしょう。相手にとって不足はありません。年長たる羅濠が武の真髄を教えてあげましょう」

羅濠教主が戦闘へと思考が移行した事により、本来の目的が忘れさられている。

「ふっ…まつろわぬアテナに対して随分と尊大な事よな。しかし、妾はこの国での戦闘は極力しないと約束している。…それに、そなた程度であればそこのアオ一人ですら勝てぬと言うものよな」

「ほう、大言を吐きますね。よろしいでしょう。では一人一人相手をしてやります。そしてその全てを打ち倒した暁には貴方に挑む事としましょう」

さあ、どなたから掛かってくるのですか?と羅濠教主が言う。

「あーちゃん、がんばれっ!」

「ちょッ!母さん!?」

「そう言えばあの映像データの最後の方に翠蓮お姉さまからのメッセージも有ったよね」

フェイトが言った映像データとはあの夏の日の夜に開いた未来の母さんからのメッセージの事だ。

「あ、そう言えば有ったね…確か…」

と、なのはは思い出そうとするが、忘れてしまったようだ。

「過去の自分をぶっ飛ばして欲しいって言っていたような?確かアオさん宛てでしたね」

そうシリカが思い出して皆に伝えた。

「って事はアオに倒して欲しいって事でしょう」

がんばってとソラも言う。

「分かった、分かったよ。俺がやるよ…翠蓮姉さんの頼み事を断ると後が面倒…誰か結界張って」

諦めたアオは誰かに封時結界を頼む。

「はーい」

と返事をしたなのはが半径一キロほどを切り取った。

「な、なんだこれは…」

「結界…よね?」

この現象に治療を途中で放棄されて虫の息だった神祖の少女とエリカが驚きの声を上げる。

「ほう、なかなかに面白き技ですね」

羅濠教主にしてみれば結界もそんな程度の認識か。


「さて、この身長じゃ流石に厳しいか」

と言ったアオは印を組むとポワンと言う音を立てた後、煙が晴れるとそこには金髪碧眼の青年の姿が有った。

彼のひとつ前の姿である。

「もう驚かないわよ。ええ、カンピオーネなのだもの、変身くらいするわよね」

と、エリカが現実を否定し始める。

「危ないから離れましょう」

ユカリは神祖の少女へと近付き拘束しながらアオと羅濠教主から距離を取る。

「……っ…」

逆らう気力は無いのか、神祖の少女はユカリに担がれるままになっている。

「この子、治した方が良いのかしら」

「やめておいてくださる。その子が回復してもう一度竜蛇の姿になったらおそらく今よりももっと悪い状況になるわね。まぁ、あなたの息子さんがあの羅濠教主に勝ちさえすれば丸く収まるかもしれないから、今はまだ様子見ね。それにその子、直ぐに死ぬと言うわけでもなさそうよ」

と、ユカリの疑問にエリカが答えた。

「そう…」

ユカリはそう呟いた後、視線をアオ達に向けると、ようやく試合が始まろうとしていた。


「気絶か参ったの宣言で勝敗を決める。即死系の攻撃は無しで。勝敗を決した後の追撃は認めないと言う感じでどうですか?」

カンピオーネの超回復力と、アオ自身の念能力、および神酒が有れば瀕死からですら全快できると考えて、強攻撃の禁止は項目に含めなかった。…と言うよりも、やる気になっている羅濠教主にとっての妥協点がそれくらいだったと言うだけだが…これ以上は羅濠教主は妥協しないだろう。

「よろしいでしょう。伏した相手に追い討ちを掛ける事は無いと約束いたしましょう」

了承も上から目線の羅濠教主であった。

『スタンバイレディ・セットアップ』

ソルがバリアジャケットを展開する。アオはソルの刀身を抜かず、腰に提げたまま両手を開けている。

「初手は譲ってあげましょう」

羅濠教主の宣言。それが戦闘開始の合図だった。

アオは念で四肢を強化すると、権能によって強化されたクロックマスターを使い、一足で羅濠との距離を詰める。

「なっ!?…ぐぅっ…」

アオが動いたかと思った次の瞬間、羅濠の体が宙をまう。

アオは踏み出した瞬間、移動したと言う過程を省いて羅濠との距離を詰めたのである。

それはあたかも瞬間移動であったが、今のアオでは手に入れた権能を使いこなす事はまだ出来ておらず、この程度が精一杯でもあった。

それに消費量もバカにならない。因果を操る能力は、やはりその効果に見合った莫大なオーラを使用する。そう気軽に使える物でも無いのだ。

が、しかし、羅濠教主の意表を着く事には成功したようで、アオはそのまま二撃三撃と『徹』を使った打撃を使い、内部に衝撃を徹して行く。

最後は空中踵落としで羅濠を地表へと向かって蹴り落とした後、激突で出来たクレーター目掛けて火遁・豪火球の術をおみまいする。

普通の人間なら、あるいは草薙護堂程度ならこの今の攻撃で戦闘不能に陥っていた事だろう…だが…

「はっ!」

気合一閃。

羅濠教主が繰り出した呪力を纏ったコブシ…羅濠の権能の一つである大力金剛神功(だいりきこんごうしんこう)で強化されたコブシでの一撃は、アオの火遁・豪火球の術をたやすく弾き飛ばした。

大力金剛神功(だいりきこんごうしんこう)

これは阿吽一対の仁王から簒奪した権能で、無双の剛力を羅濠に与えている。

「この羅濠に土をつけるとは、今までのその所業を達成したのは数人のみ。やはり同属…」

と、何やら賛辞を送っていた羅濠に向かって地面に着地したアオは既に地面を蹴っていた。

そして過程を無視して距離を詰めて攻撃をしようと一瞬で懐に入った所で羅濠教主は当然の事の様にアオの腕を掴み、そのまま投げ飛ばした。

「がっ!?」

直ぐに直撃箇所を流を使い防御した為に、アオもさほどのダメージは無い。

「ふっ…賞賛は聞くものですよ?…しかし、その油断無く勝ちに行こうと言う心意気は気に入りました」

投げ飛ばされたアオはすぐさま立ち上がると羅濠教主を注視する。

「それに、衝撃を内部へと浸透させる技。中々の功夫(クンフー)でした。これは羅濠も全力で挑まねば失礼と言うもの」

そう言った次の瞬間、羅濠のオーラが膨れ上がる。

「はっ!」

地面を蹴った羅濠教主は常人には残像すら見えぬと言う速度で距離を詰める。

「くっ…」

バシッバシッ

高速の拳をアオは写輪眼により増幅された動体視力と知覚を拡大させる神速を駆使して捌く。

しかし、これはアオにとっては中々に難しい事であった。

なぜなら、怪力無双の羅濠教主の一撃はアオの『硬』での一撃に匹敵するほどである。

彼女の拳、彼女の蹴りを寸分たがわず自身の『硬』で迎撃しなければならないのである。

「良く捌きます。その目は魔眼の類ですね。羅濠の拳を見切っているとなると動体視力の上昇でしょうか」

アオの瞳に現れた写輪の瞳を見て羅濠教主は問いかけた。

「さて…ね」

と、打ち合いながら羅濠に問われたアオは適当に返答した。相手に事実と告げるのは愚かしい事だろう。

すると、途端に羅濠教主は歌を紡ぎだした。

ヤバイっ!とアオは思う。

羅濠教主の権能の一つ。

竜吟虎嘯大法(りゅうぎんこしょうだいほう)だ。

この技は詩を衝撃波として放つ技である。

未来で嫌と言うほど食らったアオはすぐさま万華鏡写輪眼・シナツヒコで周りの空気を操り、音の振動をキャンセルさせた。

羅濠教主の周囲から音が消える。

音は空気中を伝わる振動だ。空気を操れるアオは間接的に音そのものをキャンセルできるのである。

そして羅濠教主の権能はキャンセルされる。音が伝わらない故に。

さて、ここでいつかやったように真空を作り酸素を抜けば無効化できるかも?と考える者も居るだろう…が、この羅濠教主。水も酸素も無くても生きていけるのである。

研鑽の日々の上にすでに仙人にでもなったような存在なのだ。

羅濠教主は自らの技が封じられた事に口角を上げる。とても愉快だと言わんばかりに…

しかし、驚いたのも事実。その一瞬でアオはクロックマスターを使い後方への移動の過程を省略し、羅濠教主から距離を取った。

嚇々陽々(かくかくようよう)電灼光華(でんしゃくこうか)天霊霊(てんれいれい)地霊霊(ちれいれい)太上老君(たいじょうろうくん)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!』

音が伝わっていればおそらくそう言っていたのであろう。

呪文が紡がれると羅濠教主の体から立ち上るオーラが巨大な二対の金色の金剛力士となりてアオへと襲い掛かった。

彼女の権能、大力金剛神功(だいりきこんごうしんこう)でその身の内に留まらなかったその呪力が形を成した物である。

左右から襲い掛かる二体の金剛力士のコブシはアオを捕らえる。流石にこれを食らえばアオもひとたまりも無いだろう、しかし…

「…スサノオ」

ドドーンッ

渾身の一撃を放った金剛力士は、アオに直撃させる、その直前で何者かに阻まれた。

「ガイコツ…?」

エリカの呟き。しかし、その間にガイコツに肉がつくように姿が変わる。

麗しい女性の姿から甲冑を纏う益荒男へと変貌した。

「ほう、アオのやつも中々に多芸な奴よな」

まだそんな手を隠し持っていたかと、アテナは感心していた。

スサノオはその両腕で金剛力士を引っつかむとそのまま地面へと叩きつけた。

形を維持できなくなったのか、スゥと音も無く消えていく金剛力士達。

「我が大力金剛神功(だいりきこんごうしんこう)が一撃ですか。中々のものよ。名を聞いておきたい。是非聞かせては貰えぬか?」

「スサノオ」

「日の本の三貴神の一柱か。それがそなたが弑逆した神の名ですね」

違うが、勘違いはさせておく物とアオは黙っていた。

エリカの辺りがその聡明な頭をフル回転させ、しかし、まつろわぬスサノオは今は幽世(かくりよ)で隠居生活をしており、その存在が討たれたとは聞いていないので否定するのだろうが、割愛させていただく。

「面白い。実に面白きかな。では存分に武を競おうではありませんか」

と羅濠教主は四肢に力を込める。踏みしめた地面がその威力でひび割れる。

再度現れた金剛力士と共に、今度は羅濠教主自身も突っ込んでくる。

先行された二体の金剛力士はスサノオの横薙ぎに振るった十拳剣(とつかのつるぎ)によって一撃で両断されたが、羅濠教主は掻い潜りその豪腕を振るう。

振るわれた豪腕。しかし、それをアオは八咫鏡(やたのかがみ)で受ける。受け止めたその盾は羅濠教主の攻撃を完全に遮断した。

そのまま八咫鏡(やたのかがみ)で羅濠教主を弾き飛ばす。

飛ばされた羅濠教主はくるくると回転し制動を掛け猫のように着地する。しかし…

『火遁・豪火滅却』

「むっ?」

ボウッと噴出される炎弾。先ほどの豪火球の術よりも大量の呪力を感じた羅濠教主は地面を蹴り、その炎弾を避けた。

…避けた筈だった。

ゴウッ

火球は羅濠教主に着弾し、火柱をあげる。

アオが豪火滅却を放ったと言う行動で着弾したと言う結果をもたらすように因果を操ったのだ。

結果、ありえない軌道を描き火球は羅濠教主に着弾したのだった。

「ハっ!」

気合を入れる声。やはりそこは羅濠教主も一筋縄では行かない強者だ。火柱が左右に分かれるように切り裂かれる。

打ち上げるように打ち出した拳で炎を裂いたのだ。おそらく呪力を高め、レジストしたのだろう。その身に火傷一つ負っていない。

羅濠教主は厳格で、自身の声を聞いたなら耳を削ぎ、姿を見たのなら目を潰すなどと言う残虐な事も自身の威厳の一つと躊躇わないような残忍さを持っているが、戦いにおいては真正面から相手を屈服させる事を好む。

アオにより竜吟虎嘯大法(りゅうぎんこしょうだいほう)を封じられていても、その武芸と大力金剛神功(だいりきこんごうしんこう)にて真正面からアオを屈服させる事を選ぶだろう。

今も地面を蹴り、スサノオの剣を掻い潜り八咫鏡(やたのかがみ)すら押しのけてスサノオ本体にその拳を突きつけた。

スサノオは確かに攻撃力は甚大で八咫鏡(やたのかがみ)の防御力は鉄壁と言っても良い。しかし、その体の部分までが鉄壁かと言えばそうでは無い。とは言え、そんな事が出来る人間など皆無なのだが…

「ハァーーーーーーっ!」

目にも留まらぬ羅濠教主の連撃に終にスサノオの姿は崩れ去ってしまった。

正に破天荒。

羅濠教主は一つの事に突き抜けている言わば天才だ。もちろん自身の努力もあってのその武であるのだが。

しかし、アオはそうではない。

確かにアオは大抵の事は覚えられる。しかし、天才が努力して到達する至高の領域には決して踏み入れられないだろう。

事実、体術を羅濠教主と競い合ったら10回中10回は負ける。

だが、それでもアオは強者だ。

彼は世界を跨ぐ度に多くの技を手に入れ、そして訓練してきた。

彼は多くの物を学んだが故に強者である。決して突出はしていない。しかし、幾つもの技が彼を強者たらしめているのである。

アオは羅濠教主の拳が迫る前に後ろへと踏み出し、クロックマスターで過程を破棄し距離を取った。

羅濠教主の攻撃はアオを捕らえる事は出来ず、地面にクレーターを作る。

ここでアオも攻撃に転じる。

いきなり羅濠教主の体へと向かい虚空からプラズマが走った。

「くっ…」

これには大勢を崩していた羅濠教主も避ける事は叶わず、呪力を高めてレジストしているが、そのプラズマが止む事は無い。

万華鏡写輪眼・タケミカヅチ

イタチやサスケの天照が視点を媒介に物を燃やす能力ならば、タケミカヅチはその目で効果範囲を決め、プラズマを発生させ、そして操る能力である。

アオの持っている能力の中でも随一の速度、そして強力な火力を有している技である。

その速度は正に閃光。現れたと思ったら着弾しているのである。

やりすぎか?とも思うかもしれないが、羅濠教主がこれくらいでくたばるはずも無い。

渾身の力で足元の地面を叩きつけ粉塵を巻き上げアオの視界を塞ぐ。

粉塵に紛れ、羅濠教主はアオに近づきその拳を打ち出す。

アオも打たれまいとタケミカヅチで迎撃する。

だが、羅濠教主はこれに怯まず、ダメージを覚悟で拳を振り下ろす。

「なっ!?」

これには流石にアオも驚いた。

タケミカヅチで発生させるプラズマは羅濠教主を焼き、負傷を増やしていくが、構わずと打ち下ろされた拳はアオを捕らえる。

「ハァッ!」

確実に捕らえた。羅濠教主の一撃はアオを粉砕し、打ち砕くには十分な威力を秘めていた。…だが。

いきなりアオの姿がグニャリとゆがみ突如として羅濠教主の背後へと現れたのだ。

アオは『硬』で右手にオーラを集め、思い切り羅濠教主へと打ちつけるが、しかし、羅濠教主は背後からの攻撃だと言うのに見事に反応して見せた。

地面に着いていた右足を蹴り上げ、その踵でアオの攻撃を打ち払ったのだ。

そのまま羅濠教主は反転し、打ち払われてガードの空いたアオへともう片方の足で地面を蹴り回し蹴り。

しかし、またもアオの体がグニャリと歪んで消えうせる。

そして羅濠教主から距離を取った所へと現れて見せたアオ。

「中々面妖な技を使いますね。攻撃しても幻像のようにすり抜ける。…しかし、直前までは確かに実体であったはず」

アオが羅濠教主をすり抜けた技をイザナギと言う。

アオが自身に掛けた幻術で、自分にとって不利な事象を「夢」、有利な現象を「現実」に変える能力である。

写輪眼の持つ能力の一つであり、完全なイザナギを行使するのには千住一族の力が必要だと言われているが、不完全なそれでも脅威となろう。

便利な能力であるが、だがそれ故にこの能力には最大のデメリットがある。

アオがこのイザナギを行使できるのはおよそ3分。これが多いのか少ないのか、アオにはデータが無いので分からないが、イザナギ使用者はその間おおよそ無敵だ。

しかし、その3分が過ぎると写輪眼は光を失い、二度と開かず失明する。

これは大きなデメリットだろう。普通の者なら二回しか使えないと言う事だ。

だが、このデメリットを回避する手段を持つアオならどうだ?

アオの星の懐中時計《クロックマスター》は時間を操る。

これを使い、失明しても失明前に撒き戻せばデメリットも無くなると言う寸法だ。

実はこのイザナギであるが、NARUTOの世界に転生したアオは知らなかった能力である。後年、リリカルなのはの世界に転生した後に知り合った深板達に教えてもらった能力である。

古代ベルカに転生した後、不退転の戦場でアオはこの能力を大いに使う事になり、深板たちに深く感謝する事になる。

とは言え、羅濠教主ほどの人物を前に視力を回復する時間を取るのは至難の業だろう。実質この戦いでは使いきりの能力だ。

さらに片目の視力が失われると言う事は視野を狭めると言う事。それもこの戦では致命的だ。

つまり、これを使ったアオは後3分で片をつけなければ途端に劣勢に陥るだろう。

アオは素早く印を組、息を吸い込む。

『火遁・豪火球の術』

「またそれですか、それはもう羅濠には効きません」

カッっ!と気合の正拳突きで火遁・豪火球の術は打ち破られる。

迫り来る羅濠教主にアオは体術で迎え撃つが、やはりここに来て自力の差か、捌ききれなくなってくる。しかし、その度にアオの体が歪み、攻撃を幻術へと置き換える。

羅濠教主の背後に迫ったアオをまたも蹴り上げて打ち破り、回し蹴りを食らわせる。しかし、やはりグニャリと歪み、羅濠教主から距離を取った所へとアオが現れた。

「どのようなカラクリかは分かりませんが、ここまでの能力です。代償無しでは有り得ない能力でしょう。そろそろ終いのはず。貴方は良く頑張りました。だが貴方の武はまだ羅濠には届きません。そろそろ沈みなさい」

と言う言葉。

しかし、アオは構わずとまたも火遁・豪火球の術を放つ。

「哀れな。自身の敗北すら認められぬとは…ですがその歳ではまだ仕方の無い事かもしれませんね」

と言い、正拳突きで火遁を打ち消した羅濠教主。

しかし、アオの攻撃は続く。

右の正拳、左のフック…それをいなし、攻撃をかわしアオへの攻撃を繰り出すがやはりアオの姿が歪みまた虚空に現れる。

「む?」

羅濠教主は一連のアオの攻撃に違和感を感じる。

何だ?と思う。そして、おそらく距離を取ったアオの攻撃は先ほどの大きな火球で有ろうとも。

事実、アオは火遁・豪火球の術を繰り出し、それをやはり羅濠教主は打ち破る。

そしてまた接近され、迎撃し、火遁・豪火球の術を撃つ。

おかしい。これは先ほどの繰り返しだ。

羅濠教主はいぶかしみ、これはアオの術数に掛かっていると悟る。

しかし、何度アオを攻撃しても、何度アオを蹴散らしても距離を取り火球が飛んでくる。

「これは…閉回路…ですね。幻術の類…おそらく精神の世界でしょう。よくこの羅濠を幻の世界に引き込んだものです。…気がついた今なら破る事も出来ましょう…しかし少し気がつくのが遅れましたね」

と、構えを解いた羅濠教主は悟ったように空を見上げた。

現世(うつしよ)の我が肉体は無防備に地に立っている事でしょう。これを見逃すほど甘い相手ではない。…起きたら褒めてやらねばなりません。この羅濠を打ち破ったものなど神の権能を手に入れてから無きに等しいのですから」







「な、何?いきなり羅濠教主の動きが止った?」

アオと羅濠教主の戦闘を観戦していたエリカが戸惑いの声を上げた。

しかし、それも仕方の無い事だろう。エリカにしてみればいきなり優勢であったはずの羅濠教主が攻撃をやめ、棒立ちになったのだから。

「うわ、アオさんやりすぎじゃないかな?」

と、シリカ。

「でも、あれくらいしないと翠蓮お姉さまは打倒できないよ。まぁ、魔法を使うのならば別だろうけれどね」

なのはが言う。

「そうだね。だけど、魔法を使っていたら決着は直ぐについただろうけれど、その後どうなるか。翠蓮お姉さまは自分の舞台で打ち破ってこそやっとその視界に他者を人として認識するような人だからね」

と、フェイトが推論した。

さて、アオが掛けた幻術。名をイザナミと言う。

この幻術は写輪眼で一連の事象と感覚を記憶し、もう一度同じ事象を引き起こし、その二つをつなげることによって無限ループの中に相手の精神を引きずり込む幻術である。

それ故に相手の現実での肉体は動きを止め、棒立ちになったのだ。

だが、強力な幻術ゆえにやはりデメリットが存在する。

この術を行使するとやはり写輪眼は失われ失明してしまうのだ。

しかし、なぜアオがそれほどのリスクのある幻術を使ったのか。それはやはりカンピオーネが持っている強力な呪力耐性にある。生半可な幻術では跳ね返されて幻術をかける事は出来なかっただろう。

相手の呪力耐性を打ち破るほどの幻術はこれを除けばアオは幾つも持っていない。

相手の動きを封じたアオであるが、ここで油断は出来ない。幻術に気がついた羅濠教主ならば幻術を打ち破り必ずや自力で生還するであろうと言う予感が有ったからだ。

それほどまでデタラメな存在だとアオは認識していた故に、油断はしない。

直ぐに羅濠教主の背後に駆け寄ると『硬』で強化した手刀で羅濠教主の首筋を突き『徹』を使った為に内部へと浸透したダメージが羅濠教主の意識を刈り取った。

普通の人間なら即死クラスのダメージではあるが相手はカンピオーネ。これ位しても直ぐに治癒してしまう化物だった。

アオは無くした視力をクロックマスターで撒き戻し、その目に光を取り戻すと変化を解いた。

ついでにバリアジャケットも解除されている。

「あー、しんどい…もう翠蓮お姉さまと戦うのは二度とゴメンだ」

と、地面にへたり込むアオと、それに駆け寄るソラ、なのは、フェイト、シリカの四人。

「大丈夫よね」

「体は何処も怪我してない?」

「心配したよ」

「大丈夫そうですね」

と、皆口々に心配したとアオに伝えた。

さて、地面に伏していた羅濠教主だが、数分もすれば意識を取り戻したらしい。

地面から立ち上がり、服についた埃を払うとつかつかとアオに歩み寄った。

「この羅濠を打ち破るとは、見事な武技でありました。これが生死を賭した物であったならわたくしは既に死していたことでしょう」

つき物が取れたかのような、…先ほどとは変わり羅濠教主の顔から剣が取れ、麗しの華人のような表情だ。

「それはどうだろう。お互いに相手を気づかっていたからね。これが死合いならば、また違った結果だっただろうね」

「そうでしょうか。あなたはまだ幾つもの技を持っていましょう。確かに体術についてはわたくしには及びません。しかし、わたくしは最後まであなたに剣を抜かせられなかった。わたくしにとってこれほど悔しい事はありません」

確かにアオは最後までソルを抜かなかったが、抜かなかったと言うよりは羅濠教主の豪腕でソルが破壊されるのを憂慮したと言う側面が強い。

羅濠教主はアオ達を一度見渡す。

「よろしい、あなた達にわたくしの名、翠蓮と呼ぶ事を許しましょう。以後は翠蓮お姉さまと呼ぶように」

「そう呼んでるよね?」

と言うアオの突っ込みはとりあえずスルーされる。

「それで、翠蓮お姉さまは何でこんな所(日光)に居るの?」

「ふむ。よろしいでしょう。答えてあげましょう弟よ」

さて、いつからアオは弟になったのか。…とは言え、未来ですでにそう呼ばれていたためにアオは特に思う所は無かったようだ。

話を聞いたアオ達は翠蓮の行動自体をとがめたりはしない。だが…親しい故に心配はする。

「翠蓮お姉さまはもう少し周りの事を考えよう。まつろわぬ神が顕現してもたらされた被害の総額を翠蓮お姉さまは支払う事が出来るの?」

「む?神と神殺しの戦いによってもたらされる被害は当然の事であり、考えても栓の無い事です」

「それは、勝手気ままに暴れまわる奴を翠蓮お姉さまの好意で止めた場合でしょう。その時は感謝されこそすれ、確かに恨まれるのは理不尽だ。…だけど、今回は?
今回は違うよね。もし、そのまつろわぬ神の封印が解かれ、暴れ周り、この日光の街を破壊しながらも翠蓮お姉さまが倒したとして、その時にこうむった被害は全て翠蓮お姉さまが支払うべきだ」

「何故です?」

「原因を作ったのが翠蓮お姉さまだから。もし、それが出来ずに自分の我を通し周りの被害すら考えないのなら…きっと翠蓮お姉さまは倒されるよ」

「誰にですか?あなたがわたくしを倒すとでも?」

「いいや、人間に」

「ただの人なぞ幾千人幾万人掛かってきてもわたくしを倒す事など出来ません」

そうかなぁ?とアオ。

「人だった翠蓮お姉さまもその武で神を打倒したのでしょう?人を甘く見れば足元を掬われる。俺たちも心配で言っているんだよ。恨みを買うような行動はきっと翠蓮お姉さまを破滅させる」

アオの言葉に翠蓮は目を閉じ黙考する。

「弟の言う事は分かりました。確かに今回の事はわたしくの浅慮。かの者との再戦はきっと因果が導いてくれる事でしょう」

そう言って翠蓮はこの騒動の終結を決める。

「良かったわ。それじゃ、これでそっちは解決ね。後はこの娘の事ね」

と、ユカリが抱きかかえていた神祖の少女をどうすればよいのかと声を上げた。

「……殺せ…」

と、神祖の少女はか細い声で言った。

神祖の少女…アーシェラは既に死を待つ身だ。

ロサンゼルスで神殺しの一人、ジョン・プルートー・スミスに討たれ、瀕死の所を他の神祖に助けられ、その者の企みにより翠蓮の所へと運ばれた。

彼女の役目は竜蛇の姿をさらし、まうろわぬレヴィアタンとして斉天大聖の封印を解く鍵として顕現すること。

それも翠蓮が引くと言うのであればこれ以上は意味が無い。

「死にたいの?」

と、ユカリはアーシェラに尋ねる。

「死んでも我らは転生する。…転生し、また人々を虐殺するであろうよ」

その言葉を聞いた後、エリカがアーシェラがいかな危険な人物であるかを起こした事件を事例に挙げて皆に語った。

それを聞いた後、ユカリはアーシェラに問いかける。

「…あなたは何でそんなに人を殺したいの?」

「さて…何故であったか…それはもはや呪いであろう…転生した我ら神祖はその記憶を引き継ぐと言う訳ではない…だが…身のうちから響いてくるのだ。…神として再臨せよ…とな。その過程の供物としてはやはり他者の命を奪わねばならん…」

死ぬ間際と言う事もあり、アーシェラの独白を皆黙って聞いている。

「妾とて最初は好きで殺していた訳ではない…だが、妾にすがる者たちがそう望むのだ…そのうちに、身の内より滲み出る渇望の声に逆らう事すら面倒になっただけだ…」

彼女の前世がそう望み、彼女の今生での環境がそうしたと言っているのだろう。とは言え彼女に咎が無い訳ではないのだが。

「助けて欲しいの?」

「……殺せと言っている」

「でもきっと、あなたは私に助けて欲しいと思っている」

「母さん!?」
「ママっ!?」
「ユカリさん!?」

助けると言った声にアオ達が戸惑いの声を上げた。

「一生に一度くらい気まぐれで人を助けても良いじゃない。あーちゃんだって目の前で人が死にそうになっていたら手を差し伸べるくらいはするでしょう?」

「…まあね。自分が助けた人の人生に責任がもてるなら、ね」

アオは以前にも助けた責任が取れないと言う理由で見殺しにした事もある。

「一人くらい増えても今の私の蓄えでも平気よ」

「そう。でも、その子は残虐非道な行ないをしてきたらしいよ。それでも?」

「私もあーちゃんも、ソラちゃん達だってその手にかけた命を数えればキリが無い。…幾千人、幾万人の命を私達は奪ってきたわ。でも私達はこうして幸せな生活を送れている。だったら一人くらい、私達が救ってあげるのも良いんじゃないかな?それに、あーちゃんはこの子の名前を知っていたわよね?と言う事はつまり未来の私はこの子を助けたと言う事。…きっと大丈夫よ」

助けた後にアーシェラに残虐非道な行ないはさせないとユカリは言っているのだろう。

それを聞いてアオ達は仕方ないなぁと納得した。

「それで、どうやって助けるの?俺がやろうか?だけど、それじゃ枷をはめれないよ」

「未来ではどうだったの?」

降参とアオはやれやれと言った感じで答える。

「使い魔の契約をしていたみたいだよ。それならば確かにアーシェラに枷をはめられるだろうね」

「なるほど、以前あーちゃんが久遠ちゃんにしたみたいにしたのね」

あの時、久遠がまた暴走しないようにアオは久遠を使い魔として呪縛したのだ。

ユカリはアーシェラを地面に横たえるとアーシェラに向かって声をかけた。

「死にたい?でも私は私のエゴであなたを助けるわ」

「……なぜ?」

「さっきも言ったでしょう。何となくよ。…でも、しいて理由を作るなら…あなたが不幸せそうだったからかしら」

「…不幸な人間なんてこの世にごまんと居る…」

「ええ。でも、私はその人達を知らないの。知らない人達を救おう何てことはあーちゃんじゃないけど私も思わない。だけど今、私の目の前のあなたは私の目に留まった。それだけよ。ただの気まぐれ。私の気まぐれであなたは生き、そして幸せになるのよ」

「……勝手なのだな…神祖の妾よりずっと…」

「ええ」

アーシェラの言葉を了承と受け取ったユカリは使い魔生成の儀式を執り行う。

「レーヴェ」

『了解しました』

ユカリの胸元で光る宝石が点滅するとアーシェラの下に魔法陣が展開する。

『契約内容はどうしますか?』

「一緒にご飯を食べる事。期間は設定無しで」

と言う内容に一同「はぁ!?」と言う感じで驚いている。

驚くのも無理は無い。この内容ではほとんど拘束される事は無いだろうから。

「…くっ…」

アーシェラの体内でリンカーコアが芽吹き始め、それに従い体が作り変えられる。さらに負っていた怪我が完治したようだ。

しかし、その体が発光したかと思うといきなり体が縮み始め、発光が終わるとそこには一メートルほどの蛇がとぐろを巻いていた。

「へ、へびぃ!?」

エリカが混乱の声を上げる。

「ふむ、中々に愛嬌のある顔つきよな」

などと、アテナは自身が蛇の女神でもある為に見当違いな感想だ。

「成功?」

と、ユカリ。

「しばらくすれば気がつくだろう」

「だね。ユカリお母さんとのラインは繋がっている感じだし、きっと大丈夫だよ」

そうアオとフェイトが答えた。

「そう言えば、まつろわぬ神…えーっと、孫悟空の封印ってどうなったの?」

と、ここでの事態が片付いたのを見てなのはが声を上げた。

「そこの神祖がそのこ魔術師に仕留められた故、おそらく未だ封印は解けてはいないでしょう。今回は弟達に諭された故ここまでにしておきます」

と翠蓮が言う。

「そっか。それじゃ大丈夫かな」

と、気を抜いたなのはは封時結界を解いた。

途端に現実世界へと戻っていく。

「戦闘の形跡すら干渉しないのね…凄い技だわ」

エリカがこの事象に心底感嘆していた。


これで一件落着かと思われた。しかし…封印の洞窟の中から此方をうかがう何者かの視線。それはまつろわぬアテナをその視界に納めていた。

そう、蛇の女神でもあるまつろわぬアテナをである。

「なるほどなるほど、あれは真に竜たる神。ならば…」

洞窟の中で半分ほど封印が解かれていた猿がアテナをその双眸に写し、歓喜に震える。

半分まで解けていた孫悟空の封印は、アテナを前にした事でさらに緩まったのだ。

「ハッーーっ!」

孫悟空は竜蛇の神を前にした事で湧き上がり、漲る神力で強引に封印をついに破った。

「はははっついに封印を破ったぞっ!…しかしちと気張りすぎたか…神力が駄々漏れじゃったな。竜蛇の神一柱と神殺しが七人…いや、もう一人おったか。これは中々に難敵。じゃが今の神力の開放であちらもこっちに気がついたようじゃし、このまま撤退とはいかんか」

と言い、戦闘態勢を整えて孫悟空は呼び寄せた雲に跨り洞窟を出た。


ビクっとアオ達は皆何かを感じ取って視線を一つの方向へと向ける。

「これは?」

誰が言ったのか、疑問の声を上げた。

「斉天大聖が封印を解きましたか」

「ええ!?封印は解けてないんじゃなかったの?」

と、シリカがあわてて問いかける。

「半分は解けていたのです。確かに神祖は倒れましたが、ここにはもう一柱蛇の神格を持つ神が居るでは有りませんか」

翠蓮のその言葉に皆の視線がアテナに集まる。

「妾の事よな。そのまつろわぬ神は竜殺しの英雄、『鋼』の系譜であったか」

この鋼の英雄に分類される神はその存在が剣の暗喩であり、鉱物で有るが故にその多くが不死性を持つと言う。

「しかり、我こそは天に(ひと)しき存在成り」

悠々と雲に乗って現れた紅い目に金色の瞳をした一匹の猿。

「あれが孫悟空」

と、なのはが呟いた。

「我が名は中々にこの島国に轟いておることよ」

「現れましたね大聖。今こそあなたを討ち滅ぼしてあげましょう」

と、翠蓮が挑発する。と言うか翠蓮はアオとの戦闘ダメージも回復しきっているわけでは無いのにすでにやる気だ。

「良かろう、先約であるからに、遊んでやろうぞ」

「アオ、あなた達は手を出しては行けません。これはわたくしと大聖の戦いなのです」

「いや、良いけれど…、翠蓮お姉さまこっちに」

アオはそう言うと何処から取り出したのか、勇者の道具袋から小瓶を一つ取り出した。

「とりあえずこれを飲んで」

と、アオは神酒の原液を渡す。

「む、酒の匂いですね」

と、言いつつも勧められるままに翠蓮は原液の神酒を口に含んだ。

常人ならば死んでしまうかもしれないがカンピオーネたる翠蓮にはそのような事には成らない。

「傷が塞がり、呪力が漲ってきます。…これは?」

「まぁ、何でも良いでしょう。これでフェアな戦いが出来るよ。頑張って」

と言ったアオは他の人を連れて二人から少し距離を取ると封時結界を張り翠蓮と大聖を封時結界内に閉じ込めると傍観を決め込む。

「む?あの二人だけ時間をズラしおったか」

「だって、面倒だし。やる気になっている二人の邪魔をしてもね」

と、アテナの問いに答えるアオ。

「ね、ねえ。わたしには見えないのだけれど、さっきまで居た空間でお二人は戦っているのよね?」

「あ、そうか。アテナとそこのえっと…エリカさんには見えないね」

そう言うと結界内にサーチャーを忍び込ませ、モニタに二人の戦いを映し出した。

二人の戦いは一進一退だった。

互いの武は冴え渡り、翠蓮はその拳で、孫悟空はその手に持った如意棒で周囲の物をなぎ倒しながら互いを攻撃している。

すでに幾つものクレーターがそこかしこに出来ていた。

「うわぁ…翠蓮お姉さま、本気だね」

そう言ったなのはの言葉通りモニターに映る翠蓮の動きは先ほどのアオとの戦いよりも一段も二段も技にキレがあった。

まつろわぬ神を前にしてカンピオーネとしての性質により闘争心が増し、技が研ぎ澄まされた結果だろう。

そんな翠蓮の拳は朽ちぬはずの鋼の体を持つ孫悟空の体を砕き、刻み、粉々にすり潰す。

そして死闘の末に翠蓮は孫悟空を打ち破ったのだった。

孫悟空が完全に消失したのを確認したからアオは結界を解き、時間を繋げる。

現れた翠蓮は満身創痍でボロボロだったが、五体満足で、しばらく休めば元通りになるだろう。

「少々疲れました…弟よ、どこかくつろげる場所は有りませんか?」

と護堂、アオ、孫悟空と3戦目だったこともあり、流石に翠蓮も音を上げた。

「今日泊まるはずの宿が有るから、そこに一部屋取ってもらおう。えと、甘粕さんへの連絡は母さんがしてくれる?」

「分かったわ」

と、了承したユカリは携帯を取り出して甘粕へとコールした。

「さて、エリカさん」

と、アオはエリカへと向きを変えた。

「何かしら。またわたしに暗示を掛けるのかしら?」

今度はそう簡単にやられはしないと呪力を高めたエリカ。

「まぁ、それでも良いのだけれど、また切欠があればあなたなら破るかもしれないね。…本当はもっとえげつない方法もあるのだけれど、流石に良心がね…」

エリカほどの魔術師に暗示を掛け続けるというのは中々難しいと言う物だ。二回目ともなればエリカも何かしらの対策をするだろう。…現にエリカは『写本』の魔術の応用で一時的に記憶力の増強をはかっていた。

「そ…そう。…そうしてくれると嬉しいわ」

「けど、俺たちの考えは伝わっているよね?」

「……もちろんよ。裏社会の荒事をあなた達に持っていかない。カンピオーネは世界に7人…いえ、ヴォバン侯爵が倒されたから6人ね。6人しか存在しないと言う事よね?」

「ありがとう。エリカさん」

「それじゃ、わたしは失礼させていただくわ。護堂を迎えに行かなければならなくなっちゃったしね」

『強風』の化身で呼び寄せる方法は使えなくなってしまった。だったら直に迎えに行かなければ成らない。

エリカは頭を下げるとその場を辞した。

「母さん、甘粕さんに連絡は?」

「今もう一部屋予約を入れてもらったところよ。大丈夫そうだから先に行きましょう。この子も休ませないとだし」

「露天風呂があるところだっけ?」

「みたいだよ、なのは」

「それは楽しみですね」

「そうだね、シリカちゃん」

「では、案内なさい弟よ」

「はいはい」

「アテナ姉さんも行くよ」

「む、待て、そんなに急がなくても宿は逃げぬぞ、ソラよ」

とそんな感じでアオ達は賑やかに山を降り、宿屋へと向かった。

その光景を遠くから見ていた中華系の男児が一人あっけに取られている。

翠蓮の言いつけでリリアナを足止めしていた彼女の弟子である。…弟子と言うよりは小間使いのようではあったが…

「………師父が人の話を聞いているっ!?」

驚きを隠せないで居たのは羅濠教主の弟子にして拳法の達人である香港陸家出身の陸鷹化(りくようか)である。

彼は日ごろ翠蓮の暴力と言う名の教授に耐え、食の準備をし、我侭の些事をまわされる、苦労の人でもあった。

それ故に目の前の光景が嘘のように感じられたのは仕方の無い事だろう。

「それにしても…まつろわぬ神に神祖、それとカンピオーネが7人…近づきたくないなぁ…でも顔を出さないと後で師父の折檻が3倍になりそうだし…くっ…行くしかないか…」

と、諦めの境地で山を駆け下りるのだった。


エリカは草薙護堂を迎えに行く為にリリアナを伴って先ほど孫悟空が出てきた洞穴へと向かった。

本来ならば外来の魔術師は入れぬ所なのだが、アーシェラと陸鷹化が警備を無効化していたために簡単に中には入れてしまった。

洞窟を抜けるとそこは幽世(かくりよ)の一角。護堂はここで翠蓮と一勝負し、不利を悟り、別の幽世へと逃げたのだが、この幽世、簡単に出る事は出来ない世界であったために護堂はここで足止めされていたのだ。

出口には先ほどまで孫悟空が半分封印の解けた状態で待機し、自身の封印を解いてくれる巫女を連れて逃げた護堂を捕まえんとしていた。

それも孫悟空が倒された事で無くなる。

さて、そんな訳であるが、通信機器の効かない幽世では連絡手段が難しい。そこは護堂に同行しているイギリスのプリンセスアリスの感応能力で先ほどは渡りをつけて貰ったのだが、逆から連絡となると難しい。

しかし、もしも自分達も幽世へとおもむけば相手に微かでも伝わるかもしれないとこの洞窟内におもむいたのだった。

「あら、護堂。遅いご登場ね。こちらは大変だったのよ?」

「無理を言うなよ、本来であれば強風の化身で飛んでいく手筈だっただろう」

と、合流した護堂、祐理、ひかり、そしてプリンセスアリスの4人に向かってエリカが言い放った。

「何か有ったのですか?」

祐理がエリカの剣幕に何とか逆らい尋ねた。

「何か有ったではなく、既に終わったわ」

「斉天大聖はどうなったんだ?」

「護堂、この地には今まつろわぬアテナが来ていたのよ?彼女は蛇の女神でもあるの。忘れちゃったの?」

「いや、それは覚えているが、それが関係が有るのか?」

「大有りよっ!孫悟空の封印は解かれたわ」

「大変じゃないかっ!」

「安心なさい。既に羅濠教主の手で倒されてしまったわ」

だから迎えに来れたのだとエリカは言う。

「本当なのか?」

と、護堂はリリアナに問う。

「はい。私は直接その場を見ていませんが、虚空に消えた羅濠教主が再び現れると斉天大聖の姿は無く…」

結局羅濠教主の目論見どおりになってしまったのかと護堂は思った。

「そう言えば護堂。スサノオのミコトって倒されて無いわよね?」

「はぁ?何言ってるんだ。俺はさっきもそいつに会って来た所だぞ」

「そう、…そうよね」

「何か有ったのか?」

「いえ、何も無いわ。それより速く出ましょう」

と、護堂の背中を強引に押して洞窟を出るエリカ。

しかし、この光景を見ていた存在があった。

何処かの東屋の囲炉裏を囲い、盆に浮かべた水に映し出された護堂達を見ている存在。

「行かれるのですか?」

と、着物を着た女性が立ち上がった大男に問う。

「今なら出口が開きっぱなしだからな。簡単に出られるだろうよ」

「御老公の興味を引かれたのはやはり…」

「何を持ってあの嬢ちゃんがオレが倒されたのか聞いたのか。現世にオレの名をかたる奴が倒されたのか…もしかしたら神話が変わり、スサノオとして新生した存在が居たのかもしれんな」

かなり古い時代にまつろわぬ神として地上に顕現したスサノオは、暴れまわる事にも飽きたと、この幽世で隠居生活をしていたのだ。…先ほどエリカの不用意な一言を聞くまでは。

彼女の言ったスサノオが倒されたのかと言う言葉がスサノオの興味を激しく刺激したのだ。

そして思う。自身で行って確かめ、戦い、優劣をつけねばならぬと。

「そうですか」

「何、丁度退屈していた所だ。…それに、倒されたら倒されたで長く離れていた妻の所へと戻るだけだ」

「ご武運をお祈りしております」

「何、このオレがそうそう負けるはずはねぇよな」

と、まつろわぬ性を取り戻し始めたスサノオがニヤリと笑った。
 
 

 
後書き
原作ではかませ犬のアーシェラ…挿絵だけは可愛いんですけどね…もろもろのアーシェラの事情は捏造です。深いところは書かれていないキャラですしね…可哀相だったのでつい使い魔に…
そして初登場のタケミカヅチ…しかし、活躍してないですね…タケミカヅチの活躍は次回になります!…たぶんですが。
この小説を書き始めた頃には無かったイザナギとイザナミを初使用。そして昨今のジャンプでは写輪眼の後付け設定が半端無い… 

 

第七十九話

甘粕が予約した宿舎は中々広い露天風呂で、少し時間は早いが使わせてもらい、アオ達は旅と戦いの疲れを癒した。

男風呂に一人だったアオは少し早めに風呂から上がると、一人廊下を歩き部屋へと戻る。

そろそろ部屋に到着すると言ったとき、メガネをかけたショートの赤毛の髪をしたスーツ姿の外国人とすれ違う。

観光地だから別に外国人が珍しいわけではない。だが、観光に来たと言う雰囲気ではないなとアオは思った。

すれ違う一瞬、此方に視線をよこした気配がしたが、面識も無かったのでアオはスルーして部屋へと入る。

この部屋は大部屋で、甘粕、翠蓮、後は翠蓮の弟子である陸鷹化を除けばこの部屋に宿泊する予定だ。

部屋の奥にある机の上に備え付けであるはずの無いバスケットが一つ置かれている。

下山して、途中の店で見つけたバスケットにタオルを敷いたそこに、アーシェラが寝息を立てて横たわっていた。

様子を見ようと覗き込むとパチリとその目が開き、首を上げた。

「気分はどう?」

外傷もオーラの流れも問題は無いし、ユカリとのラインもしっかりと出来ていた為に後は目覚めるのを待つだけだったのだ。

「悪くは無い」

と、蛇の姿でアーシェラが答えた。

「ただ、心の中に何か暖かい物を感じる…これは…」

「少しだけど、使い魔になった事でアーシェラと母さんは精神リンクしている。それは母さんの感情の一部だよ」

「…そう…か」

何やらアーシェラは少し戸惑っているようだ。

そんな時、引き戸が引かれ、ユカリ達が部屋へと入ってくる。

ザザーッ

「あら、アーシェラちゃん起きたのね」

ユカリは起きたアーシェラを確認すると近寄り安堵の声を上げた。

「あ、本当だ」

「外傷は無いし、オーラの過剰流出も止ってる。もう大丈夫ね」

なのは、ソラも寄る。

「皆でそんなに見つめたらアーシェラさんも気分悪くなるんじゃ」

「そうだよ。病み上がりなんだから」

と、シリカ、フェイトに窘められてなのはとソラは距離を開けた。

アテナと翠蓮は我関せずと用意された酒類を開けている。

「それで、妾にそなたは何をさせたい?妾は何をすれば良い?」

「別に何も。…と言いたい所だけど、とりあえずこれから家の家事の半分は手伝ってもらおうかしら」

他は別に何処で何をしようと自由よとユカリは言う。

「家事などやった事は無い」

「それはこれから覚えればいいのよ。教えてあげるわ」

こうしてアーシェラはユカリの家で家政婦のような立場で生活をする事になる。

余談だが、生まれたアオの子守やおしめを変えるなどと言う雑事もこなしていたので、未来ではベビーシッターもその内容に含まれたと言う事だろう。

「蛇の姿では出来ぬと思うが?」

「あら、あなたは元々人では無いの?私が使ったこの禁忌魔法は人間を縛して双型を与える魔法。元に戻ろうと思えば大丈夫よ」

ユカリが使ったのは人間を使い魔にと言う倫理を度外視した禁忌の技だ。

古代ベルカでは魔導資質が低い人にたまにこういった手段でリンカーコアそのものを強化させていた。戦争での戦力確保と言う狂気に取り付かれた為に生み出された非道である。

「そうか…」

と言ったアーシェラの足元に剣十字の魔法陣が展開され、その姿をゆがめると、体積が伸びるように増え、その形を人間の物へと変化させた。

「む?今のはユカリ達が使う呪法よな?そやつは神祖であるはずなのだが」

アテナがはじめて興味を持ったように誰に問うでもなく口にした。

「基本的な魔導技術は使い魔生成の術式で使い魔に変化させる時に生成されたリンカーコアに刷り込んである。主の技量にも寄るが、変身魔法くらいは使い魔の基本と言う所だね」

と、アオが答えていた。

現れたのはアテナと変わらないくらいの背格好の少女だ。初めて目をしたときよりも大分血色は良い。

「それと、主に好意を持つようにも刷り込んであるから、よほどの事が無い限り主を裏切らない。その辺もあるから禁忌魔法なんだけど…ついでに言えばこの使い魔の術式がアーシェラが崩壊するのを留めている。契約が切れれば自然と衰弱して死んじゃうんじゃないかな」

とアオは続けた。

「なかなかうまく出来た魔術よの」

「魔術じゃなくて魔法ね。まぁ、魔導でも良いけど」

ザザーッ

「遅れました」

再び戸が開けられると別行動をしていた甘粕が到着したようだ。

一応エリカが甘粕に事の次第を伝え、翠蓮が起こした事件の後始末に追われ、目処が付いたので後の事を部下に任せ、こちらへと来たらしい。

エリカ、リリアナは何とか護堂と合流、別の宿で疲れをとっているだろう。

帰りは明後日の予定なのでそれまでは自由時間だ。

甘粕をユカリは招き入れ、その後に待機していた仲居さんがろそろそろ夕食の時間のようで、配膳を開始する。

「ユカリさん、少しよろしいですか…」

ささやかな宴会が始まる前に甘粕はユカリに耳打ちし、初めて見る華人へのご紹介をと願い出た。

本来であれば自ら進み出て自己紹介をすれば良いのだろう。しかし、その麗しの華人に甘粕はあたりを付けていた為に自ら声を掛けるのは躊躇われたのだ。本来であればこの部屋に入ることすら胃の痛い思いだったが、ユカリとの約束も有るし、上司からも面識を得て来いと言われ入る以外の選択肢は無かったのだ。

「あ、そうね。でも私よりもあーちゃんに取り次いでもらった方が良いかも」

「そうですか…アオさんに頼んでもらってもよろしいですか?」

「あーちゃん、ちょっとー」

「何、母さん」

「甘粕さんが翠蓮さんに紹介してもらいたいんだって」

「ああ…分かったよ」

何故甘粕がそこまでしてワンクッション置きたがるのか。それは翠蓮の残虐な噂の所為だ。彼女のその噂にその声を聞いたのなら耳を削ぎ落とし、その姿を見たのなら目を潰すなどと言う物がある。普通なら冗談で済むのだが、相手が神殺し、カンピオーネともなると冗談では済まされなくなる。

アオは事情を察して甘粕を連れて翠蓮の所へと移動した。

「おや、どうしました、弟よ」

「翠蓮お姉さまに紹介しておきたい人が居てね。この国で厄介事に巻き込まれた時に頼ると事がスムーズに運ぶかもしれないから」

「ふむ…よろしいでしょう。普段ならこの羅濠の姿を見ただけでその目を抉り出している所ですが、宴会の席であり弟の紹介です。弟の顔を立てねばなりませんね」

「ありがとう、翠蓮お姉さま」

と、一応礼を言って後ろの人物を紹介するアオ。

「こちら、正史編纂委員会の甘粕冬馬さん。この国の魔術関連を取り仕切る組織に属しているらしいよ」

「そうですか。以後良きに計らう様に」

甘粕自身は一言も言葉を発さないままそのまま頭を下げる。

それで用は済んだと翠蓮はアオに酒の酌を頼み、甘粕を視界から追い出した。

それを察して甘粕もその場を辞す。

「ふう、心臓が止るほど緊張いたしました。かの御人と平然と会話が出来るのはやはりカンピオーネと言った所ですね」

と、ユカリの所まで戻った甘粕は死地から戻ったとばかりに安堵した。

「あら、大げさですよ」

「いえいえ、実際私はいつ殺されるかとビクビクしていましたよ」

「ふふっ…ああ、そう言えば、私も甘粕さんに一つお願いしたい事があります」

「何でしょうか?私の力が及ぶ限りでしたら何とかいたしましょう」

「そうですか?…では、一人分の戸籍を用意してください」

「戸籍…ですか?用意できない訳では有りませんが…どう言った事情でしょう?」

「えっと、あの子…アーシェラ、ちょっとこっちに来て」

ユカリはソラやシリカと一緒に居たアーシェラを呼びつける。

「む、何だ?」

呼ばれたアーシェラは不承不承を言った感じでユカリの所までやってくる。

「この子を家で預かる事になったのだけれど、少し事情がある子でね、まともな戸籍が欲しいのだけれど。何とかなりませんか?」

と、アーシェラを紹介するユカリ。

「ええと…こちらは?」

魔術師関連の人物で有るのだろうと甘粕も予想するが、まずはどう言う人物なのかと問いかけた。

「元神祖で今は私の使い魔なの」

「し、神祖!?」

「何だ人間、神祖如きに何を驚いている。ここにまともな人間なぞお前くらいしか居ないのは見て分かるだろうよ」

とアーシェラはカンピオーネにまつろわぬ神が同席しているこの宴に招かれておいて何を言っているのかと言う。今更神祖の一人くらい驚くほどのものでは無かろう、と。

「…確か、ロサンゼルス近郊を根城にしていた闇の魔術師達のトップがそのような名前だったと記憶しているのですが…」

「…嫌な事を思い出させてくれるものだ。あのジョン・プルートー・スミスにやられ、そのまま朽ちるくらいならとグィネヴィアの企みに乗り、こんな島国にまでやってきたが…まさかこのような結果になろうとはな。今の妾はそこのユカリに縛されている。ユカリの望まぬ事は出来ぬよ」

甘粕は今のアーシェラの言葉の中で縛されたと言う単語よりも気になる物があった。

「グィネヴィアとは?」

「妾と同じ神祖だ。どうやらどこかに眠っている『鋼の英雄』を探しているらしいと言う事くらいしか知らん」

その言葉を聞き甘粕は今回の騒ぎは羅濠教主も利用されたのかといぶかしむ。つまりそのグィネヴィアが何かの目的で斉天大聖の封印を解きたかったと言う事だろう。また面倒事かと辟易した後フッと表情を崩して言葉を発した。

「ユカリさんの頼みですからね。私共の方で彼女の戸籍は用意させましょう。しかし、彼女は本当に危険は無いので?」

それの答えたのはユカリではなくアーシェラ自身だ。

「ふっ…これだけの数の神殺しに囲まれる中で事を起こせると思っているのか?それに先ほども言ったように妾は縛されている。忌々しい事だ」

甘粕はどうやって神祖などと言う存在を縛したのか気になったがユカリもカンピオーネだ。常識外の事も容易いのだろうと考えるのをやめた。


次の日の朝。

「では、偶にはわたくしの所まで遊びに来るのですよ。歓迎してあげましょう」

翠蓮がそろそろ帰ると皆に別れの挨拶をして瞬間移動でもするかのようにその身を消した。

「さて、それじゃあ今日はもう少し観光をしてから何か美味しい物を食べに行きましょう。あ、その前にアーシェラの服なんかも適当な物を用意しないとね。今のその格好は少し浮くから」

「そうだね、少し街の方まで行けばファッションセンターかデパートかあるだろうし、そこで選んでから観光と言う事で良いんじゃないかな」

と、ユカリの言葉にフェイトが簡単に補足した。

「うん、賛成」
「それで良いと思います」

なのはとシリカも賛成し、ソラとアオは首を縦に振って肯定の意を示す。

「別に服など着れれば良いじゃないか」

と言うアーシェラに、ここで何故かアテナも意見する。

「ふむ、確かにそなたの服装は時代のトレンドと言うものを知らぬな」

「なっ!?」

まさかのアテナのだめ出しにアーシェラは押し黙った。まさか人間社会など塵芥にしか感じないまつろわぬ神にまでダメだしされるとは、まさか本当に自分がズレているのではと思ってしまったのだろう。

「では、車を用意しますね」

と、甘粕は先に駐車場へと向かい、ユカリ達は荷物を纏めるとチェックアウトを済ませ、日光の街へと繰り出した。


さて、昨日あれだけ面倒な事が起きたばかりだと言うのに、厄介ごとは時を選んではくれない。

アーシェラは一人、土産屋の前に備え付て有るベンチに座り一人ごちていた。

「まったく、何故あやつらは妾に構う。…それも当然のように親しげな感じで」

人に構い倒されるなどど言う慣れない事にアーシェラはどっと疲れ、ベンチで休むと言い、ほんのひと時彼女は一人で空を見上げていた。

しかし、今までアーシェラはかしずかれる事や、敵対し攻撃しあう事は有っても、対等に扱われる事は無かった。それを考えて心の中に何か暖かい物が生まれ、ほんの少しだが昨日の自分との違いを感じる。

「その違いも嫌じゃない…か」

そうアーシェラは自分の感情を整理していた。

そんな時、ガチャリと言う何か引き金が引かれる音が聞こえたかと思うと、いつの間にかアーシェラの後ろに仮面とマントで身を隠した場違いの男が立っていた。

さて、こう言った場合の周囲の人々の反応はどうだろうか。

一昔前なら直ぐに警察へと連絡した事だろう。

しかし、昨今なら?

通行人は見てみぬ振り、いや、遠くからスマートフォンで写真を取っている奴まで居る始末だ。

銃を突きつけている男がコスプレっぽいと言うのも理由の一つだろうが、倫理観、危機感の低下が主な理由だろう。

「ジョン・プルートー・スミスか。遥々妾を追ってこんな島国まで来るとは、余程暇と見える」

「何、貴様と私の因縁に決着を付けたいだけさ」

等とキザったらしく言い返したこの男は、名をジョン・プルートー・スミス。ロサンゼルスを拠点とするチャンピオン…カンピオーネである。

スミスはロサンゼルスでアーシェラを仕留めたはずなのだが、この日本でまつろわぬレヴィアタン…つまりアーシェラの竜蛇の姿が確認された為に急遽来日したのであった。

「妾を討つか?」

「貴様を生かしておいてもろくな事が無い。貴様はこんな島国で何を企んでいる」

「ふむ。特に何も」

と、アーシェラは何の感慨も無く答えた。

「嘘をつくなっ!」

「妾は使われていただけだ。その計画も昨日失敗した。…いや、ある意味成功したか?」

「まつろわぬ神の招来か」

「さて?もう終わった事だ」

「では何故お前はあのまつろわぬ神に近づいた?」

と、スミスはアテナの事を言っているのだろう。

「妾が近づいたのではない。向こうからやって来たのだ」

アーシェラの返答にスミスはいぶかしむ。

「お前が招いたのだろう?」

「妾が手を貸してやった件で降臨した神は別の手合いだ。それも既に討たれている。お前の同属にだぞ?」

スミスは今朝まで一緒に居た中華系の麗人を思い浮かべた。

中国の山奥に居を構えるチャンピオンが居たはずだと。

「羅濠教主か」

「そう言う名らしいな」

「……それならば貴様はここで何をしている?教えてもらおうか」

そう言うとスミスの威圧が増した。

「討つなら早く撃った方が良いぞ?今の妾は何故か分からぬが怖い奴らの庇護下にあるからな」

「あのまつろわぬ神か?」

「いや。…そう言えばお前達神殺しは同属を見分ける事は苦手なのだな。神を前にすれば否応(いやおう)にもその体が反応すると言うのに」

「…?何を言っている」

「今世界に何人神殺しが居るかお前は知っているか?」

「この日本に一人起ち、かのヴォバン侯爵が倒れたのだから6人だろう」

と言ったスミスにアーシェラはバカにしたように言う。

「ははっ!これは愉快だ。それでは半分では無いか」

「半分…だと!?貴様はまだ6人も神殺しが居ると言っているのか?」

「と…時間切れだ。だから早く撃った方が良いと言ったのだ」

「なにを…」

アーシェラが視線を向けた方向へとスミスも向ける。するとそこには6歳児ほどの幼女がソフトクリームを両手に持って歩いてきていた。

「あら、アーシェラのお友達?」

「この状況で友達であったのなら妾は友達と言う言葉の意味を辞書で引かねばならんな」

と、アーシェラはソラの言葉に冗談めかして返した。

「じゃあどう言った方なの?」

「わざわざロサンゼルスから妾を討ちに来た神殺しだ」

「へぇ」

とソラは言うと視線を仮面の男、スミスへと向けた。

「その子、アーシェラは私達の家族なの。だからこのままロサンゼルスに引き揚げて欲しいのだけれど」

「あなたはこいつがどう言う奴か知っていて言っているのかな、お嬢さん」

ソラは少し考えてから答える。

「少し前までかなりヤンチャしていたらしいわね」

「ヤンチャで済ませられる問題ではないっ!彼女が起こした事件の数々を語れば凄惨たるものがある。今も家族や恋人を殺されて嘆く者が居る。そんな事を起こした奴を放って置く訳にはいかないと思わないか?」

「だって。ねぇ、アーシェラ。あなたは何人、人を殺したの?」

ソラはアーシェラに問い掛けた。

「さて、何人だったか…妾が直接手を下した数など高が知れているな」

数えた事は無いとアーシェラは答えた。

ほとんど部下がやってきたことなのだろう。だからと言ってアーシェラに責任が無い訳ではないが。

「そう、私よりは全然少ないのでしょうね」

生きる為に、国を守るために万を殺したソラにしてみれば百や二百なんて端数もいい所だろう。しかし、その言葉にスミスは動揺した。

「君は人を殺した事があるのか?」

「殺さねば成らない状況に陥ったら人間は生きる為に相手を殺すものよ。…まぁ、それ以外でも任務だからと、お金の為に殺したこともあるわね」

そうソラはスミスの問いに答えた。

忍者だった頃、敵対してしまった忍びを殺した事くらいはあったのだ。

「何か妾よりも多くの人を殺していそうだな」

「人に歴史有りよ」

「幼児が言う事では無いな」

と、アーシェラはソラに軽口を叩いた。

「話がそれたわ。その子は今私達の管理下に有るのよ。私達はこの世界で無闇矢鱈に人を殺す事はしない。私達に大きな責任がある訳でも無いのだしね。今後アーシェラにもさせない。…だから見逃してくれないかしら」

「だが、そこの神祖が暴走したらどうする?その時貴女に神祖を止める力はあるのか!」

スミスが問う。

「さあ?戦った事無いから分からないわ。でも、きっと大丈夫よ」

「ならば証明して見せよ」

スミスが役者もかくやと言った感じに、バッと左手を前に突き出し、バサリとマントがなびく。

「どうやって?」

「私と戦い、そして打倒して見せろ。そうすれば貴女の言う事を聞き、私はロサンゼルスへと戻ろう」

もはやスミスは目の前のソラをただの幼児とは思っていない。おそらく強力な魔術師…いや、アーシェラの言葉から推測すればチャンピオンであるだろうと考えていた。だからこその提案であった。

「私が受けなかった場合や負けた場合は?」

「アーシェラには死んでもらうことになる」

ソラはため息をつく。

「はぁ、なんか面倒な事になったわね」

「面倒なら妾の事など見捨てれば良いのだ」

「そう言う訳にも行かないわ。未来の家族を守らないとね」

ソラは家族運が低い。大概の場合ソラが幼い時に死に別れるのだ。だから、家族と言う物を人一倍意識する。

戦う事を決意したソラに呼応するように周りに突然突風が吹き荒れる。

「わっ!?」
「なんだ!?」

等と、通行人の声が響き、土埃が彼らの視界を遮る。

ソラの手放したソフトクリームが宙を舞うくらいの突風だ。周りの人たちは誰も目を開けていられないだろう。

野次馬の視界を遮った所でソラは封時結界を張る。

「ほう、何かしらの結界のようだな」

「この中なら好きなだけ暴れても良いわよ。現実世界には影響は出ないから」

「ほう、それはありがたい。チャンピオン同士の戦いは野を焼き街を瓦礫と化すからな」

スミスがそんな物騒な事を言った。

「ルールは?」

「ふむ。そうだな…相手を気絶させるか、負けを宣言するかでどうだろうか?」

アオならそこで即死攻撃禁止を含める所だ。

「そうね、それで良いわ」

ソラが了承した所で土産屋からアオ達が駆けて来る。

「ソラっ!?」

「ソラちゃんっ!」

「これはっ!その人は誰ですか?」

アオ、なのはが心配の声をあげ、シリカが問いかけた。

「ソラちゃんっ!」

「ソラっ!」

遅れてユカリとフェイトがやって来る。

「これはこれは。お前達はよくも厄介事が付いて回る物よな」

と、一番最後に現れたのはアテナだ。

「アーシェラ、アオ達の方へ。そこは邪魔よ」

決闘を申し込んだのだからアーシェラを移動させても文句は言うまいと、ソラはアーシェラをどかした。

「相手は神殺しだ。甘く見るな…いや、油断なぞ無いか」

等といいながらアーシェラはベンチを立った。

「これは…人が6人とまつろわぬ神が一柱…まさか…」

数が先ほどのアーシェラの言った数と一致した為に流石にスミスもアオ達がカンピオーネであると気がつく。

「ソラっ!これは?」

「ちょっと面倒な事になってね。彼と手合わせをする事になったわ」

アオの問いにソラは答える。

「手合わせ…なのか?」

「ええ、命の取り合いでは無いはずよ」

カンピオーネ同士の戦いなので、互いにかなりのダメージを追うことになるかもしれないけれど、と続けた。

昨日のアオと翠蓮の試合みたいな物だろう。

「どちらの我を通すかの試合だから、ギリギリまで手をださないで」

「やばくなったら止めに入るからっ!」

「ソラ…」「ソラちゃん」

と、ソラの頼みに了承してアオ達はアーシェラを伴って距離を取った。


「良かったのか?約束など反故にして全員で掛かれば流石の私も倒されたかもしれないぞ?」

「あら、なかなか傲慢なのね。カンピオーネとしての力がそう言う言動を取らせているのかしら?」

ソラはスミスの言に嫌味で返した。

「ルナ」

『スタンバイレディ・セットアップ』

ソラはルナを起動しバリアジャケットを展開し、右手に現れた斧剣型のルナ本体を握る。

身長は低く、防具はやはり不恰好ではあったが、ソラは変身魔法は使わずにそのままの姿でスミスに挑むようだ。

直ぐに油断無く写輪眼を発動させるソラ。

「では、決闘と行こう」

と言うスミスの宣言で戦いが始まる。

スミスはまず動こうとして…その四肢を光るキューブに拘束された。

「なっ!?」

ソラ達にしてみれば何の事は無い。設置型バインド、ライトニングバインドだ。

『ロードカートリッジ・ハーケンフォーム』

ガシュっと音を立てて薬きょうが排出されるとルナを鎌の形になるように変形させ、魔力刃を纏わせたソラは地面を蹴るとスミスに切りかかる。

呪力を高めて脱出を計るスミスだが、呪力を幾ら高めようが何の効果もない。…もしかしたら凄まじい腕力を発揮すれば抜け出す事も可能かもしれないが…魔術師、カンピオーネ、まつろわぬ神にバインドを抜ける事は難しい。

抜け出せないと悟ったスミスは拘束され、あらぬ方向に向いている銃の引き金を引いた。

撃ち出された弾丸。このまま斬りかかればソラはスミスを斬り伏せる事は可能だっただろう。しかし…

ソラは油断無く視線をあらぬ方向へと撃ち出された弾丸へと向けた。

何の策も無く虚空へと撃ち出す事は無いと考えたからだ。

撃ち出された弾丸は途中で進路を変更し、標的をソラへと変更し、自動で追尾するミサイルの如くソラへと奔る。

ジョン・プルートー・スミスが女神アルテミスから簒奪した権能で、名を『アルテミスの矢』と言う。

一ヶ月に6発しか撃てないと言う制約はあるものの、その威力は絶大で、六発全てを一度に打ち出せば都市を七日間消して消えない焔で焼き尽くし荒野に変えてしまうほどの威力を持つという。

撃ち出された蒼白い弾丸がその軌道を変えたことから、撃ちだした弾をコントロールする事もどうやら可能なようだ。

『アクセルシューター』

6発の魔力球をコントロールし、ソラは弾丸を迎撃させた。

1発、2発とぶつかりつつもその威力を減じられずにアルテミスの矢はソラへと迫る。

ソラは迫る弾丸をルナで切り払った。

激突する魔力刃とアルテミスの矢。ソラはアルテミスの矢の強力な威力にそれを斬り伏せる事はできず、弾き飛ばすのがやっとのようだった。

弾き飛ばされたアルテミスの矢は再び進路を変えソラへと迫る。

この凶弾にソラは今度はルナを左手に持ち、右手に自身の念能力。アンリミテッドディクショナリーを顕し、凶弾に向かって叩き付けるように振るった。

その瞬間、アルテミスの矢は本についている口に吸い込まれるようにその存在を消失させた。

アルテミスの矢を始末するとスミスへと再び駆ける。しかし、突然辺りの光が何かに吸い取られるように消えるとスミスの体がグニャリと歪む。

スミスの権能の一つ。超変身(メタモルフォセス)である。

この権能はスミスがテスカトリポカから簒奪した権能で、特定の『贄』を触媒にしてその体を五つの形体へと変化させる能力だ。

スミスは辺りの人工の光を贄にその身を豹へと変化させたのだ。

突然その体が形を変え、その質量が減じた事によりスミスはバインドから逃れる事に成功した。が…

ソラは流石に抜け目は無かった。

アルテミスの矢が一発とは限らない。そう考えたソラは6発発動させたアクセルシューターの内一発を巧みに操り、アルテミスの矢を迎撃すると見せかけて一発をスミスの背後へと誘導。

その死角からスミスの持つ銃を狙い疾走させ、その銃を弾き飛ばした。

「なっ!?」

その銃をソラは空中にジャンプしキャッチ、スミスは驚きつつもその姿を豹へと変えた。

ソラはキャッチした銃をスミスに狙いを付け引き金を引いてみるが弾の出る気配は無い。

アルテミスの矢はスミスの権能によって撃ち出されているのである。ソラが幾ら引き金を引こうが撃ち出されないのは当然の結果であった。

スミスは豹に変化した体躯で荒々しく地面を蹴るとその速度を生かしてソラへと噛み付くべく駆ける。

しかし…

『ラウンドシールド』

「がっ!?」

突如現れたバリアに激突し、その攻撃はソラへと届かないばかりか反対にダメージを負ってしまった。

スミスは距離を取り、ソラを見据える。

「その銃は特別製でね、私以外使いこなせないようになっている」

とは言え、実はこの銃、スミスが近くに居てその権能を使うのであれば他者でも使用できるようなのだが…今は関係の無い事だろう。

「そう」

ソラはそう答えると、再び現れたアンリミテッドディクショナリーにその銃を食わせた。

「なっ!?」

流石にこれにはスミスも驚いた。あの銃は闇エルフの鍛冶術師がエオル鋼で作り上げた魔銃だ。その硬度は並みの攻撃では壊れないほど頑丈なはずだ。

しかし、それをソラは壊すではなく何処かへと消し飛ばしてしまったのだ。

ゲプッ

本の口からそんな音が聞こえた気がしたが、スミスにしてみればこれはかなり不味い事態だろう。

別にアルテミスの矢はこの超変身を使っている時なら獣の口から打ち出せる。が、しかし、人間の姿の時は何かしらの触媒が必要だったのだ。

スミスは油断ならない敵と再確認すると、その豹の体を闇の溶かすように影へと沈めた。この豹の姿は影から影へと移動する力を持つ。

スミスはその能力を生かし、バリアを張っているソラの内側にある足元の影へと移動し、その強靭なアギトでソラの足に噛み付いた。

「くっ…」

不意を突かれその牙を受けてしまったソラ。だが、『堅』をしていたためにダメージは軽度だ。牙がその身に食い込んではいるがまだ戦闘は可能だろう。

この時、スミスはその口からアルテミスの矢を使いソラを攻撃するべきだった。

至近距離からの攻撃に、流石のソラも大ダメージを負っただろう。まぁ、カンピオーネの頑丈さと呪力耐性、そして『堅』をしていた事により戦闘不能には陥らなかっただろうが、それでも苦しい戦いに追い込まれたはずだ。

だが、一月に6発しかないアルテミスの矢を出し惜しんだのか、それとも相手が幼児であったために躊躇われたのか、アルテミスの矢を使う事は無かった。

影へと忍ばれると言う能力を見せた以上、二度とこの技でソラは出し抜けないだろう。

そして今、攻撃しているのはスミスだが、危機に陥っているのもスミスだった。

ソラは『流』を使い、噛まれた右足と両腕にオーラを回し強化すると、その強靭な握力でスミスの頭を掴み、歯を外させる。

歯を外すと足に回していたオーラを両腕に回し、影からスミスを引き抜くと渾身の力を込めて地面へと叩きつけた。

「がはっ!」

強烈な衝撃に肺から空気が押し出され、息苦しさにもがきながらもスミスは再び影へと潜った。

「ルナっ!」

『フライヤーフィン』

ソラの背中に妖精の翅が現れる。ユカリが使って見せたあの魔法だ。

ソラは翅を羽ばたかせ、空へと飛び上がる。

飛び上がったために地面に出来る影からは切り離され、先ほどのような不意打ちは食らわないだろう。

ソラが地面から飛び上がり、空中に静止した頃、地面は激しく揺れ、局地的な地震に見舞われた。しかし、これはおかしいだろう。この空間はそのような現象からは切り離されているはずだ。となればこれもスミスの能力なのだろう。

眼下を見下ろすと黒い大きな鳥がその羽を羽ばたかせ、空へと舞い出でてきた。

超変身の一つ、黒き魔鳥の姿だ。この姿になる事への贄は周囲に地震を発生させる事だ。それ故の先ほどの地震だったのだ。

黒き魔鳥へと姿を変えたスミスはその嘴を開きアルテミスの矢を撃ち出した。

迫る弾丸を空中を自在に翔けかわすが、速度を上げれば上げるほどにその弾丸は速くなる。

「煙吐く鏡、テスカポリトカの(しるし)よ!」

ソラの前へと躍り出たスミスは呪言を唱えると漆黒の翼から灰色の煙が吐き出され、ソラへと襲い掛かる。

この煙は飲み込んだ者を毒に犯し、麻痺させるものだ。魔鳥の姿で使える能力である。

『ロードカートリッジ・ラウンドシールド』

ソラは空中で止ると後ろに迫るアルテミスの矢をルナに任せ印を組んだ。

『風遁・大突破』

ソラの口から吐き出された強烈な暴風にスミスの吐き出した煙はソラへと向かう事は無く逆にスミスへと向かう。さらに、その強烈な突風に制御を奪われ、流されるように落下して行ったスミスだが、どうにか激突する前に羽ばたき、再び上昇する。

どうやら自身の攻撃は効かないらしく、毒を負った様子は無かった。

『マスターっ!バリアが持ちません』

ソラはルナの言葉を聞くと体を翻し、再び魔弾とのチェイスを再開する。

「これは中々不味いね。一発でこれだもの、後数発同時に撃たれたら厳しいかな…」

ソラはそう分析し、打開策を考える。

「目には目を、歯には歯を、魔弾には魔弾をって事だね」

そう言ったソラは右手にアンリミテッドディクショナリーを具現化し、そのページを開く。

「ロード、アルテミスの矢っ!」

途端、本がその形を変え、銃の形へと変化した。

ソラはその銃を掴むと後方に向かって構え、その引き金を引く。

撃ち出されたのは蒼白に発光する魔弾だ。魔弾はソラに迫り来るそれにぶつかり相殺した。

「なっ!?」

本日何度目の驚きだろう、スミスは信じられないと目を見開いた。

ソラのアンリミテッドディクショナリー。

これも打ち倒したまつろわぬソラフィアの影響で進化していたのだ。

その本に食わせた物を記憶し、解析し、そして再現する。

最初の一発を本に食わせ、スミスの銃を食った事でその再現が可能になったのだ。

もちろん弱点も存在する。ソラがこの能力で再現できる能力は使用している間は一つで、他のものを使おうとすれば一度解除し、ページを開き、ロードしなければならない。

二つ以上の能力を同時に行使できる能力では無いのだ。

しかし、それでもこの能力は強力だろう。

追ってくる物の無くなったソラはスミスへと向き直り、引き金を五回引く。

「くっ!」

迫り来る魔弾にスミスは嘴を開き、アルテミスの矢で相殺させるが、魔弾は一月に6発しか撃てない。

一発はソラに食われるように消され、二発目は相殺された。残りは4発だが、その四発を相殺しても残り一発がスミスを襲う。

しかし、又してもスミスの姿は歪み、閃光が走る。

魔弾がスミスに着弾する前にスミスは変身を終え、その化身(けしん)が操る雷で魔弾を相殺させたのだ。

雷による閃光が弱まると、そこには15メートルを越す巨体。全身は黒く、右足は黒曜石で出来ている。

大いなる魔術師。これがこの形体の名前だ。

この化身は雷を操り武器とする。超変身の中で最強の変身体だった。

「どうやらかなり君の評価を改めねばならぬ様だな」

と言い放ったスミスは雷雲を呼び、雷を操りソラへと向けて放つ。

『ラウンドシールド』

雷がソラを絶え間なく襲う。

ピシピシピシと、バリアが嫌な音を上げる。

『ロードカートリッジ』

カートリッジをロードしてその堅牢さを底上げするが、中々に厳しい。

その威力に押されるようにソラは地面へと追いやられていく。

そして、終にそのバリアが砕け散った。

砕け散った後も雷は降り続き、余波で地面を抉り、砂埃が舞う。

「少しやりすぎてしまったか…」

などとスミスは言い、ようやく雷が止んだ。

スミスは大勢は決したと思っただろう。ここで降参を迫れば認めるだろうとも思う。

が、しかし…

粉塵が晴れるとそこには左手の盾を雷から主人を守るかのように空へと掲げた益荒男が居た。

そう、スサノオである。

スサノオの持つ八咫鏡(やたのかがみ)がスミスの操る雷からソラを守りきったのだ。

健在を知り、スミスも雷を操り攻撃を再開する。

しかし、ソラ目掛けて打ち下ろされた雷を虚空から出でたプラズマがぶつかり、空中で押し留めた。

雷を操れるのは何もスミスだけではない。ソラだって自在に操れるのだ。

万華鏡写輪眼・タケミカヅチである。

タケミカヅチを行使し、ソラは雷を押し留めた。が、しかし、変化はここからであった。

何故ソラは八咫鏡(やたのかがみ)で受け止めるという選択も出来たはずなのにわざわざオーラを消費してまでタケミカヅチを使ったのか。

それはスミスが操る雷に自身のプラズマを当て、相手の支配力が緩んだ所で再度タケミカヅチで雷を支配しようとしたからだ。

そして、その企みは成功した。

スミスの支配から逃れた雷を操り、それが一箇所に集まると人型を形作っていく。

その大きさはおよそ15メートルほど。

その姿は甲冑を着込んでいるが、古き日本神話の武士(もののふ)のようだ。その手には一本の剣を持っていて、形状は内反りであり、普通の日本刀とは言いがたい。

その体は全て雷で出来ているためバチバチと帯電しているのが分かる。

雷神・建御雷神(たけみかづち)

この荒ぶる益荒男の姿こそがプラズマを操るタケミカヅチの本来の能力である。

スサノオと似ているかもしれないが、このタケミカヅチは攻撃面に特化した能力だ。

タケミカヅチの双眸が大いなる魔術師を捉える。

すると次の瞬間、豪雷轟きその距離を一瞬で詰めてその剣…布都御魂(ふつのみたま)を振るった。

「なっ!?」

なす術無く吹き飛ばされるスミス。タケミカヅチを構成する物質は雷である。生身では無いためにその移動速度はその巨体にしては凄まじく速く、また、振るった腕力もまた豪腕であった。真っ二つに切り裂かれなかったのはスミスが頑丈であった事もあるが、タケミカヅチが逆刃でその剣を振るったからでもある。

ガラガラと、建物を崩しながら着地したスミスは、起き上がるより早く、雷を操りタケミカヅチを攻撃する。…が、しかし、タケミカヅチの体は雷で出来ている。

いくらか切り裂かれたが、途中でその雷のコントロールを奪い、その体を修復し、さらに駆けた。

タケミカヅチはスミスを切り裂き、吹き飛ばし、ダメージを与えていく。

「なめるなっ!」

スミスはその巨体でタケミカヅチをその攻撃を受ける覚悟で拘束すると、超変身の内、一番危険で、その分攻撃力も申し分ない殲滅の焔へと変身する。

この殲滅の焔とは、自身を蒼黒い焔へと化身して、我が身共々相手を打ち滅ぼす技だ。

焔へと化身したスミスがタケミカヅチを焼き尽くそうとその火力を上げるが、前述の通りタケミカヅチを構成するのは雷である。焼かれようが切り裂かれようがタケミカヅチにダメージを与える事は出来ない。

焦れたスミスは自身を爆弾のように爆発させ、タケミカヅチを爆散させた。

爆風で消し飛ばされるタケミカヅチ。

その衝撃波からはスサノオの八咫鏡(やたのかがみ)で防御するソラ。

その構成を全て吹き飛ばせれば…とは行かないのがやはりタケミカヅチの理不尽な所だ。

吹き飛ばされたタケミカヅチの粒子を再構築し、まったくの無傷で再臨する。

スミスは殲滅の焔から人の形へと戻るとその場に跪き、呪力の消費によって息を荒げた。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

スミスの攻撃であたり一体焼け野原と化している。今の攻撃はタケミカヅチだけではなくソラ本体をも攻撃したのだろうが、その衝撃は距離も有った為にスサノオの防御力を抜くほどではなかった。

「これは流石に打つ手がないか…」

と、スミスは言うと、パンパンと埃を払い立ち上がる。

「私の負けだ。君の言うとおり私はロサンゼルスへと帰ろう。…だが心せよ。もしアーシェラが非道を働けば必ず私が誅殺するであろう」

と、負けても芝居がかった奴である。

「そう」

それを聞いたソラはタケミカヅチとスサノオを消し去った。

「ソラっ」

どうやら決着は付いたようだとアオ達が空からソラの元へと降りてくる。先ほどの地震が発生したときに空中に逃れた為だ。

「勝ったわよ」

「お疲れ」
「お疲れさま」

皆それぞれの言葉でソラを労う。

「あのジョン・プルートー・スミスが負けるか…やはりお前達の方が化物だな」

と、アーシェラが何かを悟ったかのように呟いた。

さて、息も絶え絶えで立っているスミスに向かってアオが声をかける。

「それにしても、お姉さんにそのコスプレは余り似合ってないよ?」

「え?女の人なの?あーちゃん」

と、ユカリが問い返す。

「えええ!」
「ほ、本当に?」
「嘘…ですよね?」

なのは、フェイト、シリカも驚いたようだ。

「ほう…」

とアテナは目を細めただけだ。

「…………え?」

が、一番驚いたのはアーシェラだろう。幾度も争ってきた相手である。すっかり男だと思っていたのだ。

「何を言うか、私はこの通り男だっ!」

何処か虚勢を張っているようなスミス。

「仮面を取ってないからこの通りと言われてもね。それにあなたのオーラは覚えている。あれだけ鮮烈なオーラを放っていれば常人じゃないとひと目で分かったさ。昨日、宿ですれ違ったお姉さんだよ」

と言ったアオの言葉に一同スミスに視線を向けた。

「そんなはずは無いっ!私は男であるべきだっ…しっ失礼するっ!」

と言って豹へと変身して駆け去っていくスミス。

「まぁ、まだ結界を解除してないんだけどね」

追い詰めて仮面を剥ぐのも趣味が悪いかとソラは封時結界を解除した。
 
 

 
後書き
そう言えばソラが無双するのって実はアオよりも無かった…ですね。
ソラの強化された能力…強すぎますね…まぁ本と言う媒体ですし、記録と再現と言う能力になったのですが…形ある物しか取り込めないし、まあいいかな。
それ以上にタケミカヅチが卑怯っぽいですしね。雷を切ろうと砕こうと暖簾に腕押し。間違いなく切り札級の能力ですね。まぁ、カンピオーネやまつろわぬ神に何処まで通じるのか…今回は無双できていますが、破天荒な彼らには破られる事でしょう… 

 

第八十話

「まったく、昨日の今日で厄介事が続くものだよ…」

愚痴ったアオだったが、その直ぐ後にアテナが不吉な言葉を発する。

「まったくだ、そして今度もまた厄介事がやって来たぞ」

と、アテナが空を見上げると、突然晴天であったはずの空が陰り、暴風と雷雨を伴い始める。

「きゃっ!」
「な、なんだっ!?」

突然の出来事に慌て、風雨を避けるように人々は我先にと建物の中へと非難する。

バリバリバリッ

雷光が煌き、地面に落ちるとその中から古めかしい服を着た大男が現れた。

「千客万来だな」

アテナが面白そうに言う。

「あんた達か?スサノオを打倒したと吹聴しているのは」

そう嵐と共に現れた大男はアオ達に聞いた。

はぁ?

と、皆が訳が分からないと言う顔をするアオ達。

「どちら様ですか?」

「オレは須佐之男(スサノオ)だ。速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)と呼ぶ奴もいるな」

「なっ!?」

またビックネームな神が現れた物だ。

日本神話における三貴神の一人。

竜蛇を倒して妻を娶ると言う『ペルセウス・アンドロメダ型』の神話を持つ《鋼》の神だ。

「これはまた鋼の属性を持つ神であるな。忌々しいやつめ」

蛇の女神でもあるアテナにしてみれば鋼の英雄は蛇の女神をまつろわせる忌々しい奴らであろう。

「ここに須佐之男を倒した奴が居るのだろう?どいつだ」

が、しかし、アオ達にそんな奴を倒した覚えは無い。

「アレの事であろう。昨日アオが使い、先ほどソラが使った益荒男の権身の事よな」

このまますっとぼけられればおそらく須佐之男は去ったのだろうが、無駄に慧眼鋭いアテナの言葉を聞いたスサノオは気色ばんだ。

「あの金髪の魔術師の記憶を弄らなかったのが災いしたな。大方何処かでポロっとスサノオが打倒されたのではないかと口にでも出したのだろうよ。事の真相を知らなければアレは確かに権能と言われても信じるに値する能力であった」

「何を一人で納得しているんだよっアテナ姉さんっ!」

「ほう。良く分からんが、須佐之男の名に相応しき妙技で有るのだな?」

獰猛な笑みを浮かべながら須佐之男は言った。

「ならばオレと戦えっ!」

またこう言う手合いかとアオ達は辟易する。

「断ると言ったら?」

戦う理由も無いとアオが答える。

「関係ないな。オレがお前達と戦いたい。ただ、それだけだ」

須佐之男の気の高ぶりに呼応してか、周りの暴風が強力になってきている。

「話が通じない!?」

「諦めろ。戦ってやれば良いではないか。まつろわぬ神など本来自分本位なものだ」

「ちょっ!アテナ姉さん!?」

と、アオが吠える。

「と、とりあえず、封時結界張っておくよ」

そう言ったなのはが慌てて結界を張りなおす。

「ほう。なかなか面白き技を使うものよ」

何故か感心している須佐之男。

「ふむ、現実世界とは分かたれた空間と言う所か。…ならば暴れまわっても問題はあるまいっ!」

「ちょっ!ルールは?」

「そんな無粋な物は不要だ。どちらかが倒れ倒される。これ以外は無いっ!」

そう言うと須佐之男は地面を蹴り、その巨漢に似合わない速さで駆けると、そのコブシを振るった。

「オラっ!」

その攻撃にユカリはアーシェラを連れて下がり、ソラ、なのは、フェイト、シリカもそれぞれ回避行動に移っている。

「ちょっとっ!何やってるの!?アテナ姉さん!」

「ソラは限界であろう。ならば、アオが戦ってやれば良いのだ」

アテナは避けようとしたアオを拘束し、押し留めている。

「あーっ!?もうっ!」

もはや回避行動は不可能。アオはやけくそ気味にオーラを噴出させた。

ドーーン…

コブシが当たったにしては凄まじい音を上げる。

「ほう…それか…」

現れ出でた大きな上半身のガイコツがアオとアテナを守るようにして須佐之男のコブシを防いでいた。

巨大なガイコツは肉付くように女の形を取り、さらに甲冑を纏うと巨大な益荒男へと変貌する。

須佐能乎(スサノオ)である。

スサノオが現れる頃にはアオは既にバリアジャケットを展開し、戦闘準備を整え終わっていた。

「おっと!?」

現れたスサノオはその太い腕で須佐之男をひっ捕まえると、その豪腕で投げつけた。

「うおおぉぉぉぉぉぉおおおお!?」

ガラガラと建物をなぎ倒しながら減速し、土煙が舞い、ようやく着地。しかし、すぐに須佐之男は瓦礫の中から這い出してアオをにらみつけた。

「相手は鋼の属性を持つ神だ。鋼は不死の側面も持っている。油断せぬ事だ」

と、アテナはアオに言い置くと、その場を離れる。

「あーちゃんっ!」
「アオっ!」

と、心配に成り駆け寄ろうとするユカリ達をアテナが遮る。

「待て、神との一騎打ちを邪魔するのは無粋と言うもの。今しばらくは観戦せよ」

「でもっ」

「なに、ユカリの自慢の息子なのだろう?」

「そうだけどっ!」

「ならば信じて見ていれば良いのだ。それになかなかに面白き組み合わせ故な」

止めるアテナだが、単にアテナがアオの戦いを見たいだけではないのだろうか?


さて、スサノオを使ったアオだが、説得虚しくどうやら命のやり取りになるようだ。

そうなった時、アオは相手に容赦しない。

「かっかっかっ!中々の豪腕よ。久方ぶりの強敵にオレもいささか高ぶってくるものよ」

なんて賞賛している須佐之男に向かってアオは魔法を行使する。

『チェーンバインド』

須佐之男の足元に魔法陣が現れたかと思うとそこからチェーンが伸び須佐之男を拘束する。

「こんな拘束が神に効くか、直ぐに引きちぎってくれるわっ!」

さて、何度も言うようだが、幾ら呪力を高めようが無駄だ。そんな物では抜け出せはしない。

二度目とも成れば何か対抗策を思いつくだろうが、初見では難しく、故に簡単に拘束されて抜け出せない。

「む!?」

と、驚きの声を上げる須佐之男。

「ソルっ!」

転移魔法陣(トランスポーター)形成します』

須佐之男の頭上に転移魔法陣が現れる。

いつかまつろわぬアイオリアを始末したコンビネーションだ。

「これは嫌な感じがするなっ!ならば…」

と、直感で危険を察知した須佐之男は呪力を高め、四肢を強化する。

バンっと言う擬音語が聞こえてきそうな感じで筋肉が盛り上がり、チェーンバインドが食い込んでいく。

「ぬあああああっ!」

食い込んだチェーンバインドで肉が裂けようと須佐之男は躊躇わずに体を膨張させ、力を込めた。

「ああああああっ!」

ついに力負けしたのか、バキンッと言う音を立ててついにチェーンバインドは崩れ、須佐之男の拘束が解けてしまう。

そのまま地面を転がるように移動し、須佐之男は転移魔法陣から転げ出た。

須佐之男は素早く立ち上がり動き出そうとするが…

『ライトニングバインド』

「またかっ!?」

今度もまたバインドで拘束される。アオは須佐之男が抜け出した時には既に設置型バインドを放っていたのだ。

そしてまた現れる転移魔法陣(トランスポーター)

「くそがっ!」

悪態をついた須佐之男は自身の四肢を拘束しているライトニングバインドに向かって自身の腕が傷つくのも構わずに空から雷を落としす。

空から5条の光が雷となって降り注ぎ、四本は須佐之男を拘束しているバインドへ、もう1条はアオへと走る。

しかし、八咫鏡(やたのかがみ)を持っているスサノオは間一髪防御に成功した。

須佐之男は目論見通り、バインドを破壊し抜け出すと、今度はアオに向かって駆ける様に転移魔法陣から抜け出した。

…が、やはり立ち上がったところでバインドに捕まる。

「おいおい、またかよっ!」

マジ鬼畜である。

スサノオで自身の身を守り、絶対防御の上でデンと構え、魔法のスペックをフルに使い相手を拘束し、そして即死攻撃のコンボである。

転移魔法は扱いが難しく、その発動に若干の時間が掛かるため須佐之男は逃げられているのだが、それもこのままなら厳しくなるだろう。

「余りオレ様をなめるなよっ!」

と、啖呵を切った須佐之男は、さらに今までに無いほど呪力を高めるとその体の大きさが変化していく。

「雄雄雄雄ぉぉぉぉおおおお!」

バインドの拘束を破り、巨大化した須佐之男は全長20メートルほど。

さらに先ほど負った怪我は既に無く、その身に傷一つ付いていない。鋼の持つ不死性は須佐之男の場合この超回復力なのであろう。

さすがにこれだけ大きいとバインドで拘束するにも消費魔力が多く、さらに転移させるには時間が掛かるとアオは作戦の変更を余儀なくされる。

「かなり小細工が上手なようだな。…だが、今のオレ様を拘束できるかな?」

初めてアオがバインドを行使しなかった事で、大きな物は拘束し辛いと悟ったのだろう。須佐之男はドスンドスンと地鳴りを立ててアオへと向かって突き進む。

「おおおおっ!」

その巨体で振るわれる右拳。

しかし、アオも反撃する。

無手であったスサノオの右手を突き刺すように前に振るうと、一瞬後に瓢箪から飛び出た酒が剣を形作り、須佐之男を突き刺そうと迫る。

「おおっとっ!そりゃっ!」

須佐之男はその突きを間一髪で左に避け、お返しとばかりにそのコブシを放ったが、それは八咫鏡(やたのかがみ)に止められる。

巨体を受け止めたスサノオは返す刀で須佐之男に切りかかる。

だがしかし、須佐之男は流石だった。

振るわれた剣をすでにスサノオの懐に入っていた為にその手を掴む事で阻止したのだ。

しかも、ただ阻止しただけではなく…

「すまんな。昔から手癖が悪くてよぉ」

などと口にした須佐之男は十拳剣(とつかのつるぎ)をスサノオの手から奪い取っていたのだ。

「くっ…」

これには流石のアオも声を上げた。

すかさず奪った十拳剣(とつかのつるぎ)でスサノオを斬り付け、それをアオは何とか八咫鏡(やたのかがみ)で受ける。

「ははっこれは良い」

須佐之男は一度距離を取る。アオはそこへ無手になったスサノオの右手に力を注ぎ込み、勾玉が繋がったような手裏剣を作り出し、須佐之男目掛けて投げつけた。

スサノオが使える八坂(やさか)勾玉(まがたま)である。

「はっ!」

と、気合一閃。須佐之男は八坂ノ勾玉を切り裂いた。

切り裂いた須佐之男は満足そうに呟く。

酒刈太刀(さけがりのたち)か。なかなか良い剣を持っているじゃないか」

須佐之男はそれが元から自分の物であるかのように振るって見せた。

須佐之男の伝承で有名であるのはやはり八岐大蛇(やまたのおろち)を倒して手に入れる天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)であろう。

手に入れた後、天照大御神に奉納され紆余曲折を経て日本武尊(やまとたける)へと渡り、草薙の剣の別名を得て今日の日本でも幅広く知られている神器だ。

当然、まつろわぬ須佐之男も地上に顕現する際に持ち合わせていたのだが、天叢雲劍(あまのむらくものつるぎ)自体が意思を持っていたために暴走。その暴走に打ち勝った草薙護堂を主と認め、今は彼の手の中にある。

その為に須佐之男は今まで無手でアオとやり合っていたのだ。

だが、その手に彼が振るうに見合った剣があるとすれば?

それは正に鬼に金棒。

「はははっ!なかなかによく防ぐものよ」

「これは…マズイね」

振るわれる剣の鋭さにアオは防戦一方へと追い込まれる。

時折、八坂ノ勾玉を飛ばしているが、けん制ほどの役目しにしかならない。

アオはここは少しでも距離を開けようとオーラを高め、印を組む。

『火遁・豪火滅失』

勢い良く吹き出された炎の壁が須佐之男へ迫る。

「ぬおっ!?」

その炎に一瞬須佐之男は怯み、だがその手に持った十拳剣を薙ぎ、彼の能力である暴風と嵐を操る能力で豪火滅失を押し返す。

「げっ…」

自分の攻撃が返ってきてしまったアオは直ぐに八咫鏡(やたのかがみ)を前面に押し出して耐える。

「カカカッ!自分の攻撃で自分がやられていては世話がないのう」

と、高笑いする須佐之男。

が、この豪火滅失は相手の視界を遮る事こそが目的であった。それ故に少し予想外では有ったが、返されても問題は無かったのだ。

『ロードオーラカートリッジ』

ガシュガシュガシュと三発のロード音。

炎が晴れるとスサノオの右手に大きなオーラで出来た弾がそのエネルギーを乱回転されていて、それを中心に外へ向かうように手裏剣のように形作られた刃が付いている。

「風遁・大玉螺旋手裏剣」

螺旋丸に自身の性質変化を加えた強力な一撃をアオはスサノオで生み出したのだ。

性質変化と形態変化を同時にこなすのは右を見ながら左を見るっと言うようなものだ。それにスサノオの制御もしなければならないのだからなお更難しいだろう。しかし、それは一人だけだった場合だ。アオには心強いパートナーが居る。

ソルと分担する事でその右を見ながら左を見るという矛盾を解決させたのだ。

スサノオの掌から放たれたそれは一直線に須佐之男に迫る。

「ぬんっ!」

と、須佐之男は気合と共に十拳剣を振るい、大玉螺旋手裏剣を断ち切った。しかし…

「なっ!?…がっ!…っ」

斬られた大玉螺旋丸は幾億もの刃となり須佐之男へと襲い掛かった。

大量のオーラを込めたアオの大玉螺旋手裏剣は須佐之男の呪力耐性を超えて突き刺さる。だが…

「はぁっ!」

気合と共に練り上げられた神力に遮られ、大玉螺旋手裏剣は最後にはかき消されてしまった。

「はぁ…はぁ…はぁ」

しかし、どうやら須佐之男は今の防御にかなりの神力を注ぎ込んだようで、息が上がっている。

「はぁ…はぁ…っ…」

とは言え、それはアオも同じようだった。

『ロードオーラカートリッジ』

ガシュガシュガシュとアオはもう三発カートリッジをロードし、スサノオの維持に回し、懐からクイックローダーを取り出し、ソルのリボルバーを開くとカートリッジを補充した。

「中々やりおるのぉ」

「そっちもね」

アオは普段なら返さない軽口を返す。ある意味それほど消耗し、中々活路を見出せていないと言う事かもしれない。

アオはここでさらに打って出る事にする。

万華鏡写輪眼・タケミダヅチ

スサノオに使っているオーラを雷に変換させると、バチバチバチバチと、帯電する音がけたたましく響き渡った。

「おお、次の技を見せるか」

一瞬でスサノオは形を変え、その姿は先ほどソラが使った雷神・建御雷神(たけみかづち)に姿を変える。

「ほう、雷の化身を呼び出すか」

そう賞賛する須佐之男へ向かい、雷の化身たるタケミカヅチが駆け、その手に持ったフツノミタマで斬り付ける。

「なんのっ!」

キィンキィン

流石に相手は武勇の誉れ高い神。神速の攻撃を受け、交わし、時には反撃している。

しかしそこは切り裂かれようが、タケミカヅチは致命傷にはなり得ず、アオはその度に切り裂かれた部分を再構成しタケミカヅチを須佐之男へと向かわせる。

タケミカヅチの攻撃も須佐之男を切り裂くが浅い為か数秒後には完治してしまっている。

千日手に見える剣戟をアオがいつまでも続ける訳は無い。

『ロードカートリッジ』

先ほど補充した通常の魔力カートリッジをロードする。

「ソル、お願い」

『ライトニングバインド』

「またこいつかっ!」

悪態をつく須佐之男の気持ちも分からないわけではない。

確かにまたバインドなのだ。とは言え、巨体を縛り上げる為にアオもかなりの魔力を消費しているので、かなり苦しい。

しかし、動きを止めた須佐之男にタケミカヅチは一足で距離を縮めるとフツノミタマで刺し貫かんと振るう。

「雷光よ、我を守護し、敵を焼けっ」

と、言霊を発した須佐之男の言葉に呼応するように空から幾条もの雷光がタケミカヅチ目掛けて降りしきる。

もちろん雷で出来ているタケミカヅチはダメージは無いが、須佐之男の支配下にある雷の衝撃に邪魔をされ切裂く事は叶わない。その内に須佐之男はバインドをも雷で焼き拘束から抜け出してしまった。

さらに幾つかの雷光がアオを襲う。

「ソルっ!」

『ロードカートリッジ・ラウンドシールド』

頭上から落下する雷をバリアで受け、須佐之男の支配から離れた雷を操りタケミカヅチへと送る。

雷を撃てば撃つほどにタケミカヅチが力を増し、その大きさまで増していく事を見抜いた須佐之男は雷を撃つのを止め、迫り来るタケミカヅチに相対した。

しかし、このままこのタケミカヅチを相手にしていても暖簾に腕押し、まったく効果が無い。

須佐之男はタケミカヅチを切り伏せると、再構成される前にアオの元へと走る。

「元を叩かねばなぁっ!」

『ロードカートリッジ・ライトニングバインド』

設置型バインドを須佐之男の進路に隠し、アオは須佐之男が掛かるのを待つが、須佐之男は今度は突然横へと移動し設置されたバインドが見えているかのように避けてアオへと駆けた。

「なっ!?」

「何度も食らえばおぬしの嗜好(しこう)はいい加減読めると言うものだ」

須佐之男は先ほどまでの攻防でアオがどのタイミングでどの辺りに罠を仕掛けるのか、その思考を見切ったのだ。

さすがに竜蛇をまつろわす神。その戦闘センスは半端無い。

あわや須佐之男が振るった剣がアオに届くかと言った時、ズバンと音を立てて横合いからプラズマが襲い掛かる。

「がぁっ!?」

アオがタケミカヅチをその形を解いて雷の塊として操り、須佐之男へとぶつけたのだ。

吹き飛ばされる須佐之男に絡みつくような雷はその肌を焼く。

「なんのっ!」

と、気合を入れなおした須佐之男はその雷を掴むとその支配を強引に奪い取った。確かにアオも須佐之男からその支配権を奪っていたので、逆に奪われても不思議ではない。

転がりながら着地した須佐之男は、立ち上がる頃にはタケミカヅチを構成する全ての雷を支配し、十拳剣に纏わせていた。

振り上げた十拳剣がバチバチと帯電し、振るった一撃はプラズマを伴い地面を焼く。

「ちょっ!」

アオは全身を強化し、力の限りで横に飛ぶように駆け、全速力で回避するが…

「甘いわっ!」

と振るわれた二撃がアオを襲い、避ける暇も無くアオは閃光に包まれた。

爆炎が舞い、辺りを包む。

「これは流石に蒸発しちまったか?」

なんて事を冗談交じりで言う須佐之男だが、その警戒は未だ解いていない。

彼の中の何かがまだ終わっていないと警告しているのだ。

煙が晴れてくる。

すると、そこにはスサノオよりもさらに巨大な人型が頭から布を被っているような様相で立っている。

「なんだありゃあ…」

その大きさに20メートルを越える須佐之男ですら見上げている。

その布が剥がれ落ちると中から鎧武者が現れた。

その益荒男が着る紅い鎧。その鎧はアオのバリアジャケットを紅く染めたようであった。

「完全なる須佐能乎(すさのお)

そう答えたのはその巨大な鎧武者によりプラズマの直撃を耐え切ったアオであった。

完全なる須佐能乎(すさのお)

それは永遠の万華鏡写輪眼開眼者のみが扱えるスサノオの真の姿である。



「あっ!あれは…ま、まずいっ!」

「あ、あれは…」

「完全なる須佐能乎(すさのお)…」

フェイト、なのは、ソラの声。

ほんの一瞬前までは閃光に飲まれたアオの無事を祈っていた彼女達だが、アオが無事だった事はもちろん喜んだのだが、その後に現れた巨人を目の当たりにするとさらに慌て出す。

「何をそんなに慌てている?…確かに少しばかり桁外れの呪力を感じるが」

と、アテナは暢気なものだった。

「ああああ、アレはマズイんです」

シリカがテンパりながら答える。

「だから何がマズイと言うのだ」

「あ、あの完全なる須佐能乎(すさのお)は、その一撃で山すら切り崩す威力を持っているんですっ!」

「……つまり?」

「この結界が破壊されるかもしれないんですっ!そうした場合外界にどんな影響が出るか…」

「ソラちゃん、フェイトちゃん、シリカちゃん。皆で結界の補強、大至急やるわよっ!」

とユカリが指示を出す。

「は、はいっ!」
「うんっ!」
「わ、分かったっ!」

と言うとそれぞれ四方に散って行った。

「アテナ姉さん、アーシェラちゃん、絶対にあの正面には行かないでね。流石に危険すぎるからっ!」

と、残ったなのはがアテナとアーシェラにそう告げた。

「おぬし達をしてそこまで言わせる技なのだな」

「……やはりお前達の方がよっぽど化物ではないか?」

アテナが感心し、アーシェラは戦慄した。



完全なる須佐能乎(すさのお)は腰に帯刀していた剣を抜き放つ。

抜き放った剣から強烈なオーラが放たれ、その輝きは神々しいものを感じるほどだ。

天羽々斬剣(アメノハバキリノツルギ)

これはアオの完全なる須佐能乎(すさのお)が持つ霊器であった。

「雄雄雄雄おおおおおぉぉっ!」

須佐之男は十拳剣(とつかのつるぎ)に纏わせたタケミカヅチから奪い取った雷をプラズマに変えて打ち出し、完全なる須佐能乎(すさのお)を焼き尽くそうと振るった。

しかし、左手に現れた八咫鏡(やたのかがみ)がそれを完全に遮断する。

今のこの完全なる須佐能乎(すさのお)は堅固なる防御力と、強烈な攻撃力を兼ね備えた正に鬼神のような存在であった。

「はぁ…はぁ…はぁ…ソル…」

が、しかし、やはりその消費は激しく、すでにアオは限界を超えている。

『ロードカートリッジ・レストリクトロック』

バカの一つ覚えとも思われるかもしれない。しかし、実際この拘束魔法は魔導師ならざる存在に対してはかなり優位に働く。

「くそがぁっ!」

須佐之男は力を振り絞り拘束から逃れようともがく。須佐之男も神力を消耗し、今一度雷を招来させるのは難しかった。

同時にアオも次の一撃に全てを掛ける。

アオにしても次の攻撃が外れたり、耐え切られたりしたらオーラが尽きておそらくなす術も無く須佐之男の凶刃に倒れるだろう。

故にここが正念場と力を振り絞る。

『ロード・カートリッジ』

ガシュガシュガシュと残ったカートリッジをフルロードしてバインドを強化。絶対に抜け出せぬようにさらにバインドを行使して二重三重に拘束する。

「乎乎乎乎乎おぉぉぉぉおおおおおおおおっ!」

アオの全力を振り絞る声に呼応して完全なる須佐能乎(すさのお)はその剣を振るった。

ガガガガガッ

地面を抉り、建物を吹き飛ばすほどの威力を持つ攻撃が須佐之男を捕らえる。

「あああああああっ!?ぐっ…がぁあああああああっ!」

粉塵が辺りを包み視界を奪う。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

アオは粉塵が舞う中、ソルのリボルバーを開き、スピードローダーを懐から取り出して装填。直ぐにロードする。

『ロードオーラカートリッジ』

ガシュと薬きょうが排出し、完全なる須佐能乎(すさのお)の維持へとオーラを回す。

その内にだんだんと粉塵が晴れてくる。

アオは須佐之男の姿を探す。あの攻撃で仕留めていて欲しい…そう思うのだが、心のどこかでまだ生きているような感覚もする。

「はぁ…はぁ…はぁ…ふぅ…」

呼吸をどうにか整える。

「たいした奴だ…その能力、スサノオの名に相応しき益荒男であった」

と、アオは聞こえた声に目をやれば、完全なる須佐能乎(すさのお)によって出来たクレバスのような堀の反対側で空を見つめながらそれでも満足したかのような表情をしている須佐之男がいた。

生きていたかと身構えるアオだったが、須佐之男の下半身は切裂かれ手吹き飛ばされたのかそこには無く、上半身のみでアオに語りかけてきていたのである。

「オレの鋼としての不死すら断ち切るほどの攻撃だ。見事と言う他は無い」

アオの最後の攻撃は須佐之男の超回復力を持ってしても回復不能なほどのダメージを与えたのだろう。

「なかなか楽しい戦いであった。…神殺しよ、オレの権能を奪うが良い。願わくばもう一度戦いたいが…神殺しは長生きできんだろうなぁ…しかし、叶うなら…」

そして須佐之男は祝福と言う名の呪いを口にする。

「次こそはオレが勝つ。その日まで精々生き足掻くがいい」

そして須佐之男は光の粒子となって消え、アオに吸収された。

決着は付いたとようやくアオはスサノオを消すと、倒れこむように地面に寝転んだ。

「あーーーっ!?死ぬかと思ったっ!マジでっ!」

と、今まで無口だったアオが叫んだ。

完全なる須佐能乎(すさのお)が消えた事と、須佐之男の気配が消えた事でソラ達が駆け寄ってくる。

その中でユカリがまず抜け出してアオを抱き起こした。

「アオっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「須佐之男は!?」

と、皆口々に問い詰める。

「皆落ち着いて。…俺はこの通り怪我らしい怪我はしてないよ。須佐之男は倒したはずだ。もう脅威は無いよ」

「そ、そう?」
「本当に?」
「よ、良かったです…」

「まったく、まだあのような力を隠し持ってからに…よくよく妾を驚かせてくれる奴らだ。…しかし、なるほど。確かにユカリが自慢する事はあるな」

この言葉はアテナ流の労いであろうか。

「これが神から簒奪した権能ではなく個人の能力だと言われると、妾たち神祖など、塵芥もいい所だな…」

アーシェラはもう驚きすぎて、許容量の限界突破を起こし、感情の起伏が感じられない声であった。

「なかなかに大量の呪力を使う技のようだ。アオの呪力も空っぽのようであるし、真に切り札を切ったと言う事だろうよ。とは言え、その前のタケミカヅチすら普通の神や神殺しが抜けるような技ではあるまい。…が、流石に相手も鋼の英雄であったと言う事よな」

アオの限界を見てみたかったアテナは満足げに評した。

「それにしても、今日も散々だね。ソラちゃんに続き、アオさんまで…」

「なのは…次に何かが襲って来たら後は任せる」

「ええー!?」

「実際、今日はこれ以上の戦闘は不可能だっ」

「仕方ないですよ。その時はあたし達に任せてください」

「そうだね、シリカ。でもそうそうそう言った事は起こらないと思うのだけれど…」

「フェイトちゃん。二度ある事は三度あるって諺も有るんだよ」

「なのは…」

なのはがフェイトの呟きに不吉な言葉を出した。

「もう、本当に今日は厄日ね」

そう言ってソラが纏めた。


とりあえずアオも何とか動けるまでには回復したのでなのはは封時結界を解く。

「皆さん今までどちらにいらしてたんですか?方々探しましたよ」

現実世界に戻ると突然、背後から甘粕に声を掛けられた。

「あっ…」

みな甘粕の存在を忘れていたようだ。

魔導師ではない甘粕は封時結界から漏れていたのだった。アテナは緊急時の通信用にとユカリの魔力の篭った通信デバイスを持っていたためにこの空間へと迷い込んだのだろう。

「何か有ったのですか?」

「少しね…」

疲れきっていて説明するのも億劫なアオは言葉を濁したが、また機会が有れば誰かが甘粕に伝える事だろう。

さて、アオ達はもう一日日光に滞在すると、甘粕に伝え、護堂達の送りが有る甘粕をは別れ、三日目は本当にゆったりと過ごしてから転移魔法で東京に戻り、三日間に及ぶ日光の観光…ほどほど…いや大分厄介事に巻き込まれた旅行もようやく終わりを告げた。




正史編纂委員会東京分室。

「おや、君の方からここに足を運ぶのは中々珍しいね」

と、この部屋の主、沙耶宮馨(さやのみやかおる)は出向いてきた少女に声を掛けた。

「まあね。でも今、恵那は軽口を叩けるような状況じゃないんだ」

そう真剣な表情で返したのは日本の魔術の名家を代表する四家の一角、清秋院家の一人娘。媛巫女の筆頭でもある清秋院恵那(せいしゅういんえな)である。

彼女はスサノオの神力の一部をその身に宿す「神がかり」と言う能力を持ち、借り受けたスサノオの力の一端を扱う事ができると言う稀有な能力をもつ巫女だった。

「これはまた剣呑な用件のようだ」

最近カンピオーネやまつろわぬ神で頭が痛いときにまた厄介事かと馨も頭を痛める思いだ。

「おじいちゃまが倒されたみたい」

恵那の言った「おじいちゃま」とはスサノオ神の事で、馨達は御老公と呼んでいた存在であり、アオによって倒された人物である。

「はっ?何を言っているんだい?」

信じられないのか信じたくないのか。あるいはその両方か。

「恵那だって信じられないよっ!でもいきなりおじいちゃまの神力を呼び込めなくなったの。連絡を入れてみたけれど、無視される事は今までもあったけれど、繋ぐ相手が見つからない事は無かったのに」

その神がかりの能力で幽世(かくりよ)にいたスサノオと頻繁に連絡を取っていた恵那は、それも出来なくなったと伝えた。

「一体誰が…?」

「それは恵那には分からないよ。むしろそれを調べるのは馨さんの仕事だと思う」

そうですね…と力なく言う馨。

「それで、恵那さんは神がかりの力を無くしてしまったのですか?」

ここは管理する者として重要な所だろう。

戦力として見なせるのか、そうでないのか。

天叢雲劍(あまのむらくものつるぎ)は今は王様(護堂)が持っているよ。天叢雲劍(あまのむらくものつるぎ)の存在は感じるから、王様から借り受けられれば何とか…」

それでも今までのような出力は見込めないだろう。

「これは荒れますね…今までこの国は御老公に頼りっぱなしだった。それをどう収束させるか…いえ、しかしこれはチャンスでも有りますね。恵那さん、御老公の件はしばらく伏せていてもらっても構いませんか?」

「何をするの?」

「これを期に草薙さんにこの国の呪術組織のトップになってもらおうかと」

「それは面白い企みだね。恵那は賛成だよ」

こうして沙耶宮馨による暗躍が浸透していくのだった。



七雄神社。

ここに日光から帰ってきたばかりの護堂、祐理、エリカ、リリアナが甘粕に話があると呼び出されていた。

「こんなに早くあなたから呼び出しが掛かるとわね。今日はせっかく護堂と放課後デートに行こうと思っていたのに」

このメンバーの中ではどうしても進行役に適しているエリカが甘粕に向かってさっさと用件をと詰め寄った。

「エリカ、いつからそのような予定になった。そのような事があるとしても、それは第一の騎士である私に断りを入れてからにしてもらおう」

「他人の情事の管理までする騎士なんて聞いたこと無いわよ。あら、それともリリィはわたしと護堂の情事を覗きたいのかしら?」

「そ、そんなことは無いっ!」

リリアナが顔を真っ赤にして反論し、その後恥ずかしさから押し黙る。

「まぁ、草薙さんの爛れた生活の話は後で詳しく聞くとして…」

「俺は潔白だっ!」

と吠える護堂はとりあえずスルーして甘粕は言葉を続ける。

「先日、恵那さんから連絡があったようで」

「あら、何かしら?」

エリカが自身が護堂の一番の愛人の地位を揺るがしかねないライバルである少女の報告と言う事で真剣な顔になる。

「御老公…速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)が倒されました。いやはや、困った事になりました…」

「なっ!?」
「ええ!?」

驚きの声を上げる語堂と祐理。

「待て待て待て、スサノオのおっさんはこの前日光に行った時に会ったばかりだぞっ!?それが何故!?」

護堂が声を荒げた。

「分かりませんよ。何せ馨さんはこの事を秘匿するつもりのようでして…動ける人材は今の所私一人と言う…もう少し労働環境の改善をと申し上げたい次第です」

「恵那さんは今どうしてらっしゃるのですか?」

祐理が親友の事を心配し、甘粕に問い掛けた。

「さて、私は会っていないので何とも」

「…そうですか」

甘粕の返答を聞いて若干落ち込んだ祐理。

「草薙さんの反応から、草薙さんが倒したと言う訳じゃないと言う事ですね…いやぁ、それでは誰がこんな事を…そう言えば日光にはかの羅濠教主も来ていましたな」

あるいは羅濠教主が倒してしまったのではないかと甘粕は言った。

「それで、それをわたし達に伝えてどうしようって言うの?」

エリカが鋭い目つきで問いかけた。

「さて、私は何も。ただ上から伝えて来いと命令されただけでして…」

上司の命令には逆らえませんよと甘粕。

「そう言う訳でして、何かお分かりになったら是非一報を」

そう言った甘粕は踵を返す。

エリカは護堂から離れ、甘粕を追い、少し離れた所で呼び止めた。

「よろしいかしら?」

「どうしました?エリカさん」

エリカに声を掛けられて甘粕は振り返る。

「神を殺せる存在。この国には護堂以外にも居るわよね?そちらの人たちは何て言っているの?」

「お答えする事は出来ませんな。あの人達への干渉は極力控えると言うのが上の方針ですし」

「…そうね」

「それに、幽世に居る神をどうやって倒すと言うのです。あの世界はそう易々と行ける所ではありませんし、理由も無いでしょう」

「そうね。だけど、護堂は気のせいだと思っていたみたいだけど、日光に行った二日目。一瞬だけど途轍もない神力を感じたのよ。直ぐに消えてしまったのだけれど…あれはもしかしたらスサノオ神の物だったのかも知れないわ」

「なるほど。で、あるならば御老公自らが幽世から出てきたと言う事ですか」

「かも知れないと言う事よ。そして、あの時日光にはやはりあの人達が居た」

「なるほど、確かにそう言う可能性もありますな…しかし、これはデリケートな問題になりそうです。あの人達を無闇に刺激するのは愚か者のする事でしょう。なんて言ったってあの人たちにはアテナも付いているのですからね。…いや、頭の痛い問題です」

「そう、…わかったわ。そう言う事にしておきましょう。わたしも藪をつつく趣味は持ち合わせていないのだしね」

「同感ですな」

首脳会議が終わるとエリカは踵を返し護堂の所へと戻り、甘粕は次の目的地へと車を走らせた。



「と言う事なんですが、皆さん何かご存知でしょうか」

定刻どおりユカリの家へと訪れた甘粕は、皆が揃っているリビングでそう切り出した。

「それ、分かってて聞いてますよね」

フェイトが呆れた表情を浮かべて聞き返す。

「失礼しました…では改めて。…速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)を打倒したのはどなたですか?」

甘粕が問いを変えると皆の視線がアオへと向かった。

「アオさん…でしたか。いやはや、流石にユカリさんのお子さんと言う事でしょうな」

「そう言う事を言えるのも今のうちですよ?」

「はて、それはいったい…」

アオはそれには答えずに話題を戻した。

「確かに速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)を倒したのは俺ですね。問答無用で襲い掛かってきたので」

「なるほど。分かりました」

「何かマズイ事になってそうですね」

「いやぁ、アオさんの倒された速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)は日本の呪術関連のトップであられた方ですからな。彼の知恵を当てにしてきた私共としましては深刻な問題なのですよ」

「まつろわぬ神を神として崇めておったのか」

アテナが口を挟む。

「ええ。幽世に隠居されてそのまつろわぬ(さが)から開放されていらしたのですが…」

「俺たちの出会ったあいつはまつろわぬ性を取り戻していましたよ。自分の欲望に忠実と言う感じで」

「そうですか。…して、なぜアオさんを襲うような展開に?」

「……それは答えられませんね」

アオにしてみれば奥の手を披露したのだ。その詳細を語るのは避けたい所だろう。

そうですかと、さして惜しくも無いという感じで甘粕は言葉を続ける。

「これからしばらくは日本の呪術関連がもめそうです。皆様にはご迷惑を掛けない様に心がけるつもりですが…力が及ばない事もあるかもしれません。十分にお気をつけください」

と言った甘粕の言葉を聞いた後、シケた話はお終いと夕食を開始した。
 
 

 
後書き
今回の話はバインド使えよバインド…と言う話ですね。
スサノオVSスサノオの頂上対決は力技でアオの勝利と言う感じになりました。とは言え、完全なるスサノオってどの位強いんだろう。原作じゃ山を切り飛ばしていましたけど、それでも柱間に勝てないスサノオって一体… 

 

第八十一話

 
前書き
そろそろカンピオーネ編も終局に向かいます。オリジナル設定が多少出てきますが、二次小説と言う事でご了承いただけますよう。 

 
あの日光の騒ぎからしばらく経ち、アーシェラもどうにか普通の生活に慣れてきた頃、アーシェラは朝のタイムサービスの特売をゲットする為にスーパーを一人で回っていた。

流石に平日の朝はアオ達を伴っての買い物は目を引く。あの年頃の子供は義務教育で学校に通っている年齢だ。

アーシェラも幼い外見ではあるのだが、見た目が外国人と言う事でどうにか誤魔化している。

買い物を済ませ、買い物袋を肩に担いでスーパーを出て家路へと急いでいた時、アーシェラの前に金髪の少女が現れた。

「あら、アーシェラ。あなたはいつから家政婦になったのかしら?」

と、出会いざまに嫌味を言ってくる少女。

「グィネヴィアか…。妾に何の用だ?」

現れた少女、名をグィネヴィアと言い、アーシェラと同じ神祖の一人だ。

「竜蛇の封印を解いた貴女が何故生きているのか、少々興味がありまして」

「答える義理は無いな」

「あら、つれないわね。同じ神祖のよしみでしょう?」

「神祖のよしみで忠告しておいてやろう」

と、アーシェラは問いには答えずに言葉を返す。

「この日本では騒ぎを起こさぬ事だ。ここには怖い連中が大勢居る。それこそジョン・プルートー・スミスすら簡単にあしらえる化物がな」

「あら、それは怖い。確かにこの国には神殺しがお一人いらしたものね」

グィネヴィアはおどけて言うが、それでもこの地でやらねばならぬ事があれば決行すると言う意気込みを感じる。

しかし、それを聞いてアーシェラはユカリ達の事は知らぬのだなと心の中で思った。

「そうそう、もう一つあなたに聞きたいことがあったの。以前あなたから聞いたこの国の古老達について何か新しく知った事は無いかしら?」

古老。彼らはこの国の霊的な組織を影で操っている者達の事だ。彼らはその身を幽世(かくりよ)に移し、そこで隠居生活を送りながらも現世(うつしよ)に強い影響力を持っているのである。

「以前報告した事で全てだ。それ以降に知りえた事が有ったとしても今の妾では話す事はできん」

「あら、神祖のあなたを縛する存在が居るのね」

「いいか、グィネヴィア。二度と妾に関わるな。それがお互いの為だろう。そして直ぐにこの国から出て行くといい」

それだけを言うとアーシェラは会話は終わったとグィネヴィアを通り過ぎて家路へと付いた。


「何なんですの?」

残されたグィネヴィアはアーシェラの行動をいぶかしみ、探りを入れてみる事にした。

幸い、アーシェラの後を付けるのは簡単で、アーシェラ自身も気付いていて放置している。その事が大層な自信に感じられ、益々混乱するのだった。

アーシェラとしては生命の危機に瀕しない限り戦闘行為をユカリに禁止されているし、妨害工作もいつまでも誤魔化す事は出来ないと思い、ユカリ達に判断を預けただけだ。

しばらく後を付けるとアーシェラは一軒の民家に入っていく。どうやらここがアーシェラの隠れ家らしい。

『待つがよい(いと)し子よ』

「小父様?」

突如、グィネヴィアの背後からくぐもった声が響く。

グィネヴィアが小父様と呼ぶその影はかの泉の騎士ランスロット。その原型になった槍の神の影であった。

彼は本当の名を封印し、今はランスロットを名乗っている。彼は神祖達の守り神であり、その中でもグィネヴィアとは特に縁が深い。その縁で今はグィネヴィアの守護を務めている神でもある。

そのランスロットが手前から感じる気配を察してグィネヴィアを止めたのだ。

『神殺しが居るな』

「草薙護堂さまでしょうか?」

『5人…いや6人だ』

「何がですか?」

『神殺しの気配がだ』

「なっ!?」

ヴォバン侯爵が倒された今、現存する殆どの神殺しの全てが集っている事になる。

流石にこれにはグィネヴィアは驚いた。

『逃げるがよい。向こうも我に気がつく』

「はっ、はいっ!」

グィネヴィアはランスロットの進言に返事をすると直ぐに踵を返す。流石に今の状況では多勢に無勢で有ったからだ。

十分に距離を開けてから一息つくと、グィネヴィアは息を整えてから考える。

ランスロットが言っていた事が本当であるとして、なぜそれほどの数の神殺しがあの場所に集まっていたのか。

日本の草薙護堂、中国の羅濠教主、アメリカのジョン・プルートー・スミス、イタリアのサルバトーレ・ドニ、そしてイギリスのアレクサンドル・ガスコイン、そしてアイーシャ夫人。

一人一人が強大な力を持ち、それ故に唯我独尊を地でいくカンピオーネ達が一堂に顔を会わせる事があるだろうか?

アレクサンドル・ガスコインの事はグィネヴィアは因縁浅からぬ仲で多少は知っているが、常識人ぶっておいて、結局は他人が自分の意思に従う事が当然と思っている人物だ。

羅濠教主もそんな感じだったのは会って見た今実感として分かる。

カンピオーネが集まるなど、不発弾が一箇所に固まって、衝撃が加わればいつ爆発してもおかしくないような感じだ。

「……慎重に調べなくては成りませんね」

独り言のようにグィネヴィアは呟き、心の中で悪態を吐く。

事を起こそうとした寸前でこの事態。しかし、ここで出遅れれば憎きガスコインが邪魔をしてくるかもしれない。

数日、本当に遠くからアーシェラの居る家を観察してみたが、グィネヴィアの知っているカンピオーネの姿は一人も確認する事は出来なかった。

むしろまつろわぬアテナが出入りしているという事態にまでなっていた。

そして、あの家に出入りするのは女性が一人と子供が五人。

「……まさか、新たな神殺しが誕生していようとは…これは大きな誤算です。…この国で事を起こせば7人もの神殺しが誅殺する為に駆けつける事でしょう…」

『何、我が全ての障害を蹴散らしてやる…と、言いたい所だが。流石に数が多いな』

「はい…」

ランスロットの声にグィネヴィアも項垂れる。

「かなり厳しい事になりそうです。今よりも更に慎重に事を進めなければ…」

『ふむ。…いっそ、もっと派手にしてみるのも良いのではないか?』

「小父様?」

一体どういう事だ?とグィネヴィアはランスロットに問い掛けた。

『他の神殺しやまつろわぬ神を挑発してこの国へ呼び寄せればよい。後は勝手に燃え上がるだろう』

「なるほど…後は隙をついて目的の物を手に入れ、その後わたくし達が全てを駆逐すればよいと言う事ですね」

『権謀術数を使ってこそ戦と言うものだ』

「さすが小父様です。では手駒を集めに参りましょうか」

グィネヴィアはニヤリと笑うと目的は決まったと日本を後にするのだった。

日本を出たグィネヴィアはカンピオーネやまつろわぬ神等にちょっかいと挑発をして日本へと向かわせるように誘導し、ランスロットに新しい武器をと救世の神刀を打ち直したエクスカリバーを携えて再び日本の地を踏みしめる事となる。



天之逆鉾(あまのさかほこ)?」

いつもの夕食時、甘粕が普段は口にはしない裏社会関係の用語を口にした。

「はい。日本神話でイザナミとイザナギが日本を作り上げたとされる神器です」

「へぇ。それで、それがどうかしました?」

アオが甘粕に聞き返した。

「それがですね、近々掘り起こされる予定です」

神話の時代の神器がまさか埋まっているとはとアオ達は皆少々驚いている。

「何でそんな事を?」

「我々が封印、管理していたのですが…どうやら天之逆鉾を狙っている人たちが居るようでして…それならばいっそ一番安全な所に預けてしまおうと…」

アオの問いに甘粕はそう答えた。

「グィネヴィアだろうな。あやつはこの国で何かをしようとしていた」

アーシェラにはその天之逆鉾を狙っている誰かに心当たりが有ったようだが、何をしようとしていたまでは分からないとアーシェラが言う。

「アーシェラさん、お伺いさせて欲しいのですが。そのグィネヴィアの目的に心当たりは有りませんか?」

「前も言ったと思うが、グィネヴィアの目的は最強の鋼を蘇らせる事だ」

「最強の鋼?」

アーシェラの答えにシリカがそれは何?と聞き返す。

「詳しくは知らない。ただ、世にチャンピオンが多く誕生するとそれを滅する為に現れ、殲滅すると自ら眠りに着くと言う」

「ええ!?」

「えっと…」
「それは…」

「多いってどれくらい…?」

なのは、フェイト、シリカ、ソラの悲鳴。

声には上げていないがアオもユカリも内心で驚いている。

「世に7人もの神殺しが誕生する事すら本来であれば稀有な事だ。それでも多いと言うに、今は12人。これはいささか異常よな」

ソラの問いに答えたのはアーシェラではなくアテナだった。

「それで、その一番安全な所って何処なんですか?…まさか(うち)とか言わないですよね?」

きな臭い話題のため、そうなのはが牽制する。

「いえいえまさか!あなた方の手を煩わさせる訳には行きません。預ける予定なのは草薙さんですよ」

「確か同じカンピオーネでしたっけ。能力はどんな物なんですか?」

フェイトが、会った事はあるが普通の一般人であった草薙護堂を思い出し、そんなに凄い能力なのかと興味をもったらしい。

「あ、もちろん能力は秘匿する物だって言うのは分かるつもりなんですが…」

「それについてはユカリさんにお聞きしたらどうですか。以前、ユカリさんは草薙さんと戦った事がありますから」

「え?そうなの、母さん」

アオがそれを聞いて視線をユカリに移した。

「そう言えば有ったわね」

「どんな能力だったんですか?」

と、シリカ。

「えっと…いろいろな能力を使ったわね。最初が怪力、次が高速移動、最後が脚力強化だったかしら?」

「ふむ…」

ユカリの言葉を聞いたアテナが何やら思い至ったらしい。アテナは智慧の女神でもある。実際に会った護堂の印象と、今もたらされた少ない情報で真相にたどり着いたようだ。

「何か分かったの?」

ユカリがアテナに問う。

「おそらく、あ奴が倒した神はヴィシュヌかウルスラグナであろうよ。どちらも10の化身を持つと言われる神よな。おそらく後者であろうか」

「ウルスラグナ?」

「ゾロアスター教の勝利の神でその姿を10の化身に変身すると言う。と成れば10の能力を身につけてもおかしくは無いな」

「さすがアテナさまです」

甘粕が肯定する。

「強かった?」

ソラが簡潔にユカリに聞く。

「武術の(たしな)みは無かったわね。動きは素人そのもの。たいした脅威ではない。その点で言えば翠蓮さんは凄かったわね」

体捌きに技のキレ。翠蓮の武はどれを取って見せても至高だった。

「とは言え、発揮する能力が強力だと言う事も超常の力を持つ相手では良くある事なのだろうから、武術の優劣が強さに直結はしないのだろうけれどね」

そうアオが幾ら武術で圧倒できでも油断は出来ないと纏めた。

「と言うわけでして、遠からず厄介事が起こるでしょうからお気をつけくださいと言う忠告でして」

「組織としては伝えずに俺たちを巻き込んでしまえと言う方針もありそうですが?」

「これは耳が痛いですな。…はい、事実、上は伝えずにユカリさん達が巻き込まれたら不慮の事故だったと言う感じで最悪は利用する事もやぶさかでは無いようでして…」

それでも教えてくれたのは甘粕の独断で、ユカリ達に対する誠意であり、また打算だった。

「組織としては仕方ないでしょうね。特に守る立場と言うのは清濁併せ呑まなければならない場面が多々あります…。が、それでも気持ちの良い物では無いね」

アオは少し前は一国の王様だった。当然奇麗事では済まされない事態が多々あったのだ。それ故、アオは理解はするし、しょうがないとも思うが、それでも利用されるのは嫌だと言ったのだ。

「巻き込まれる覚悟はしておきなさいと言う事ね」

「そうだね…」

「なんか最近面倒事が次から次へとやってくる感じだね」

ソラの言葉になのは、フェイトが返す。

「でも…本当は何も無ければ良いんですけどね」

と言ったシリカの呟きに皆沈黙で同意する。

「まぁ、神殺しが平穏など無理であろうものよな」

ぼそりと呟かれたアテナの言葉を否定できる人はその場にいなかった。




12月25日 クリスマス

「さて、これで仕込みは済みましたわ小父様」

『後は期が熟すのを待つばかりぞ』

「はい。今日は素敵なクリスマスになりそうですわ」

万全の準備で日本の地を再び踏んだグィネヴィアとランスロット。

方々回って神と神殺しを挑発し、さらにイギリスで憎きアレクサンドルとプリンセスアリスが封じたまつろわぬアーサーの封印具を強奪して来たのだ。

まつろわぬアーサーの封印を解きそれを御する為には聖杯に貯まる力を注がねば成らないが、満願成就目前に出し惜しみはしない。

更にグィネヴィアは魔女として啓示を授かり、クリスマスの日に日本にて何か事が起きるだろうと言う流れに乗る為に今日まで計画を延期して万全の準備を整えてきたのだ。

「サルバトーレ卿は先ほどこの国にいらしたみたいですし、神殺しの方々は導火線に火をつけるのが得意な方ですから、放って置いても自ら行きそうですが、一応誘導しておきましょう…あら、この神力はメルカルト様ですね」

遠くから日本へと嵐に乗ってやってきたまつろわぬ神の神力を魔女特有の直感で感じ取り、そう断定する。

メルカルト。

フェニキアの神王であり、彼の神の名前は『バアル』

聖書なんかで広く知れ渡る現れるベルゼブブの原型であり本来は嵐を司る天空神である。

彼は草薙護堂に敗れた後その体を消失させていたがこの世を去ったわけではなく、その身を休め再生させていたのだった。

『ペルセウスの奴も来たようだぞ』

「本当でございますね」

ペルセウス。

メドゥーサを殺したギリシャ神話の英雄であるが、その実態はギリシャ神話のヘリオス、ペルシャ神話のミトラスが合わさった神格である。

彼も草薙護堂が打ち負かした神だ。

本来であればアテナの助力を経てペルセウスを打倒するのであったが、ユカリがアテナを懐柔した結果アテナの助力を得れなかった護堂は、近くに居たドニの横やりもあり、何となく共闘の末ペルセウスを撃破する。

本来は、アテナに導かれた護堂がペルセウスをリリアナの助力を経て短期で撃破し、それでも太陽の属性を持つゆえに再生し逃げ延びた所を近くに居たサルバトーレ・ドニが止めを刺すのだが…しかし、やはり物語はズレてくる。

ペルセウスを追い払えればいいだろうと言う護堂の考え方によりドニも見逃した結果ペルセウスは逃げ延び、再起を計っていたのだ。

ドニはペルセウスが再起を計り、もう一度自分の前に立ちふさがるならそれはそれで面白いとでも考えたのだろう。

「お二方とも草薙さまとは因縁の深いお方。操るのは簡単でございました」

『そうか。ならば最後の仕上げと行こうか、愛し子よ』

「はいっ!」

最強の鋼を蘇らせる。その妄執に取り付かれたグィネヴィアはその先に何が待つかを考えずに進み出した。
 

 

第八十二話

12月25日 12:00

街はクリスマスイルミネーションに彩られ、昼間だというのに煌びやかな商店街をアオは青年に変化してクリスマスケーキの材料の買出しへと来ていた。

材料自体は簡単に揃ったので家に帰って昼食をと帰り道を急ごうと歩を進めたところ、前方に長い筒を持った金髪の青年が歩いてくるのが見えた。

外国人と言う事で周りから浮いているのだが、手に持った筒が拍車を掛けていた。

しかし、アオが目を見張ったのはそこではない。彼の体からあふれ出る鮮烈なオーラだ。

それは草薙護堂やジョン・プルートー・スミスと同じ鮮烈さだ。つまり、この目の前の青年はおそらく……

青年は辺りをキョロキョロと見渡した後、アオと目が合ったためか歩み寄り、流暢な日本語で声を掛けた。

「すみませーん。この辺りに坂上と言う家があるって聞いたんだけど。君、知らないかな?」

アオは何故その名前が出てくるのか考えるが、理由が思いつかない。しかし、これは面倒な事になりそうだと今までの経験が警鐘を鳴らしたのでとぼけて見せる。

「えっと…こんな都会でファミリーネームだけで家を探そう何て事は不可能ですよ」

ここは片田舎に有る集落ではなく、都会の集合住宅地だ。住所を聞かれれば答えられるかもしれないが、何処の誰さんと言われても分かりはしない。

「そっかー…。こまったね…、でも何とかなるような気はしているんだよね。このまま声を掛け続けていけばきっと何とかなるんじゃないかな?」

などと意味の分からない言葉が返ってきたためにアオは戸惑っている。

その時。辺りを強力な呪力が通り過ぎた。

「っ!?」

「…これは?」

何事かとアオは辺りを窺うと、通行人や店員など辺りに居る人々が突然狂ったかのように笑いながら踊り出したのだ。

「あははははは」
「はっはっははっは」
「きゃははははは」

「これは……っ」

このような大規模な能力の行使はこの世界の常識で考えればまつろわぬ神かカンピオーネ以外に出来る物は居ない。

そしてその神の呪力をレジストできる存在もまた希少であった。

「はた迷惑な神様が現れたんじゃないかな?」

と、何てことは無いように青年は言う。

「それは大変だ」

「うん。大変だね。直ぐにでも駆けつけて元凶を叩かないとこの人達は一生このままかもしれない」

「ならば早く誰かが何とかしないといけないんじゃないか」

「うん、そうだね。でもこの神様は僕の直感じゃたいした事は無さそうだなぁ。だから……」

そう言った青年は筒を開き、中から数打ちの剣程度のグレードの一本の剣を取り出すと、それをアオに向かって突きつけた。

「これはどういう事?」

「これは神様の権能だね。それを何の術も発動させないでレジスト出来るのは同じく神か、それともカンピオーネだけさ」

それはアオも分かっている。

「それで、僕の目的だけどね」

目的と聞いてアオも真剣に聞いている。何をしにこの日本へとやってきたのであろうか。

「この日本にカンピオーネが6人も誕生したって聞いたから、ちょっと手合わせをしようと思って」

すでに青年はアオがカンピオーネであると悟っているようだった。

普段は能天気な青年であるのだが。この青年には少々度を過ぎた悪癖が幾つか有る。その中で極めつけはこのバトルジャンキーな所だろう。

自身の剣の腕を磨く為にまつろわぬ神やカンピオーネと命のやり取りを含む全力戦闘を望んでやまないのだ。


「周りを見ろよ。この騒ぎを君が片付けた後でも良いんじゃないか?」

既に戦闘態勢へと移行している青年に待ったを掛けるアオ。

「それじゃ君は逃げてしまうだろう?君からはあの護堂と同じような感じがするよ。僕が幾ら戦いを吹っかけてもかわされてしまいそうだ」

それはそうだとアオは思う。

誰が益にならぬ戦いなどするか。

「正解だ」

そう言うとアオは封時結界を張る。

アオの足元に魔法陣が現れたかと思った次の瞬間世界からその空間は切り取られ回りのものを取り残してアオ一人だけがその世界へと入り込む。

これで相手は追って来れない…はずであった。

「これは?瞬間移動…と言う感じではなかったし。うーん?空間をズラした?」

青年…サルバトーレ・ドニには魔術の才能は全く無い。彼はその剣一本で神を殺した存在である。普段はチャラけているような感じだが、やはり彼もカンピオーネ。戦いにおける直感はとても鋭かった。

「ここに誓おう。僕は、僕に斬れぬものの存在を許さない」

凄まじい呪力がドニの右腕に絡みつき、その手を銀色に染める。

『斬り裂く銀の腕《シルバーアーム・ザ・リッパー》』

これはドニがケルト神話の神王ヌアダから簒奪した権能で、その手に持った剣を必殺の魔剣へと変える能力だ。その切れ味は想像の範疇を越え、全ての物を切り刻む。

ドニが右手を振り下ろすと空間に亀裂が生じ、中からは色が削ぎ落とされたような空間が現れた。

「へぇ、中々凄い事をやるね」

と賞賛すると何のためらいも無くドニはその空間へと押し入った。

「なっ!?」

これに驚いたのはアオである。

完全に切り取ったはずの空間。それこそ魔導師でもなければ認識も出来ないはずであった。しかし、ドニは権能を使い、封時結界を切裂いて進入してきたのだ。

「さて、やろうか」

ドニは今度は逃がさないと言う意思を込めて宣言した。



アオを除く坂上家のメンバーは、昼食の準備をしつつ夜のささやかなパーティーのために部屋の飾り付けをしていた。

そこに突如大きな呪力が通り過ぎる。


「………っ」
「え?」
「な、なに!?」
「今のは…?」
「何か嫌な感じがしたわよね」

ソラ、なのは、フェイト、シリカ、ユカリが顔を見合わせる。

「大きな呪力が通り過ぎたな。…いや、これは(しゅ)か?」

アーシェラが感じ取った呪力に魔女の知識であたりをつける。

すると突然近所から狂ったような笑い声が聞こえてきて、その声の異常さにソラ達は警戒レベルを上げた。

【みんな無事?】

突如、ここには居ないアオからソラ達全員に念話が入る。

【わたしたちは大丈夫なんだけど…アオさんは?】

なのはの返答。

【何かカンピオーネっぽい奴になぜか襲われた】

【はぁ!?】

戸惑いの声を上げたのは誰であろうか。いや、全員だったかもしれない。

【それじゃあその人がさっきの?】

【いや、そうじゃないみたいだよシリカ。俺は目の前に居たけれど、それらしい所は無かったから、おそらく別の手合いだ】

【別ね…】

ソラが頷いた。

【しかし、これは流石にどうにかしないとやばそうだ。人々が踊り狂っている】

【うん。かなりまずいよね。今は良いけれど…このまま踊り続けたら死んでしまうんじゃないかな…】

アオの言葉にフェイトも同意した。

誰かに操られるように踊り続ける人々。それは人間の限界を超えても踊り続けると言う事なのだろう。

【俺たちが直接出向く必要は無いかもしれないけれど…】

【でも、草薙さんに押し付けるにしても元凶の確認はしないとかも…】

と、なのは。

【むしろこれは草薙さんを誘っているのかもしれないですよ?あのえっとなんて言いましたっけ…】

天之逆鉾(あまのさかほこ)

ソラが補足する。

【そう、それです。それを今持っているのは草薙さんですよね】

つまり、この異常を正そうと現れる草薙護堂を打ち倒す為の挑発であり罠である可能性が高いと言う事だ。

【しかし、能力が行使された以上、誰かが単独で相手を打ち倒してその権能を手に入れた方がこの現象を収める可能性は高いんだよね…】

はぁ…と息を吐いてからアオが愚痴る。

【何でこうこんな短期間に次から次へと…ってっ!うわっ!】

【アオ?】
【アオさん?】

【あーちゃんっ!何が有ったの?】

突然の驚愕にソラ達が心配の声を上げた。

【嘘っ!信じられない。封時結界を切裂いて中に入ってきやがった…】

【ええ!?】

【そのカンピオーネがですか?】

【ああ畜生っ!面倒くさい事になりそうだっ!なんかおチャラけた金髪の外人かと思ったらかなりやる気満々のようだよ…ごめん、この現象はソラ達に任せるよ。俺はちょっと無理そうだ】

と言うと戦闘が始まるのかアオは念話を切ってしまった。

【アオさん!?】

「これは…戦闘が始まったと言う事ね」

「とりあえず、今はあーちゃんの援護とこの事態の収集にあたる事にしましょう」

ユカリがそう言って方針を決める。

いくら他人の生き死にに関わらないように生きているとしても、この異変を解決できるのがおそらく自分達を含むほんの一握りである場合にこんな近くでの異変を放置できるほど薄情では無いのだ。

とは言え、敵わない敵らば逃亡もやむなしの覚悟ではある。

勝ち目の無い戦いに自分の命をベット出来るかと聞かれたら、皆口を閉ざすだろう。そこまで高貴な精神は長い人生で磨耗してしまっていた。それは転生を繰り返す彼らの弊害。

「方向は…これは…?」

ユカリの呟き。しかし、それは皆も思った事だ。

ざわりと自分の中の何かのスイッチが入るのを感じて皆視線を外へと向けた。

「どうやらお客さんのようね」

「みたいだね」

「もーっ!次から次へとっ!」

ソラが冷静に分析し、フェイトが同意、なのはは若干イラ付いていた。

「それも別の手合いのようですよ?先ほどから放たれている強烈な呪力は別方向から感じられますから」

と、シリカが判断した。

「みんなっ!」

「「「「うんっ!」」」」

『『『『『『スタンバイレディ・セットアップ』』』』』』

ユカリの掛け声に皆デバイスを取り出すとセットアップ。

とりあえずは目の前の敵からとドアを開き、外へと出るとそこには甲冑を着た騎士の姿があった。

「まつろわぬ神だな」

ユカリ達の後ろでアーシェラが暢気そうな声で判断した。

アーシェラにしてみれば自身が戦う事は無いだろうし、ユカリ達が負ける相手に自分が敵うはずは無いと達観していたのである。

「Urrrrrrrr…」

「狂っている…」

ユカリ達の眼前の甲冑を着込んだ騎士から理性の色は見えない。

「ユカリ母さん、シリカ、フェイトは先に。ここは私となのは後はアーシェラで何とかするわ」

「ソラちゃん…」

「まって、ソラちゃん、それは死亡フラグ…!」

判断に迷っているユカリと、ソラの発言に突っ込みを入れたシリカ。

「私だって戦力の分断はしたくないのだけれど…見て」

彼女達の視界の端に踊り狂っている人たちの姿が映る。

健常者はまだ余裕が有りそうだが。高齢者や逆に年若い子供、障がいを抱えた人たちにはこれ以上の継続は命に関わる。

現に散歩中だったような老人夫婦が地面に転がりながら、それでも踊るのをやめていなかった。

「だね。これは仕方ないか…3人は先に行って。倒したら急いで合流するから」

凄惨たる光景を見て、なのはも戦力分断と残る事に同意した。

「……くっ…ここで時間を使うわけには行かないわね」

彼らを助けたければまず元凶を叩かねば成らない。

「行くわよ…フェイトちゃん、シリカちゃん」

「う、うん。…気をつけてくださいね」

「なのは、ソラ、アーシェラも絶対無理はしないでっ」

ユカリが判断し、シリカ、フェイトは一言言い置いて飛行魔法を使い離脱した。

「Urrrraaaaaaaa」

狂った騎士は鞘から剣を抜き放つと、飛び立ったユカリ達目掛けて剣を振り下ろすとその剣先から衝撃波が放出されユカリ達の方へと飛んでいく。

「させないっ」

一瞬でソラは封時結界を行使するとその衝撃波ごとその甲冑の騎士を封時結界内に閉じ込めた。

攻撃を邪魔された事で甲冑の騎士がソラとなのはを睨みつけている。

「さて、さっさと倒して合流しないとね」

「そうだね。アオさんの方も心配だしね」

互いに武器を構えると、爆発寸前の爆弾のように両者の呪力が高まり、戦闘が開始されようとしていた。



先行したユカリ、フェイト、シリカの3人は空を駆け、元凶の捜索をしていた。

「………ぃ」

「誰か呼んだ?」

呼ばれたような気がしてユカリが振り返る。

「ううん」

「あたしも呼んではいません」

ユカリの問いかけにフェイト、シリカが否定する。

「そうよね」

気のせいかと思ったゆかりだが…

「……ーいっ!」

やはり呼ぶ声が聞こえた気がした。

今度はフェイトとシリカにも聞こえたのか3人はキョロキョロ辺りを見渡す。

「あ、あそこじゃないですか?」

シリカが指を指した方向。それを辿ると誰かがこちらに向かって手を振っていた。

「草薙さん?」

フェイトの呟き。

「呼んでるわね…仕方ない。降りるわよ」

「うん」
「はい」

ユカリの言葉で3人は護堂の側へと降り立った。

「良かった…やっと気付いてもらえた」

護堂の側には当然のようにエリカ、リリアナ、祐理が(はべ)っていた。デートの途中であったのだろうか。

「何か用かしら?」

「用って…今のこの状況について情報が欲しかったんだよ」

護堂はすでに異常事態が起きたならばカンピオーネである自分が行くのが当然と言う感じに思考が固まってきているようだ。

「情報と言っても私達もたいした物は持ってないわ。ああ、あーちゃんが何処かのカンピオーネと交戦中と言う事と、家を出たときに現れたこの現象を起こしたとは考えにくいまつろわぬ神がソラちゃん、なのはちゃん、アーシェラと交戦中と言う事くらいかしら」

「なっ!?」

「よろしいかしら」

驚く護堂を置いておいてエリカが話しを進めようと声を出した。

「現状、まつろわぬ神が二柱とカンピオーネがこの日本で暴れているのね。それで敵の情報は?」

「そうね。あーちゃんが言うには相手は現れたカンピオーネは金髪の青年のようよ」

「なっ!?ドニのバカ野郎かっ!あいつはまた人様に迷惑をかけてっ!」

等と金髪と言う特徴だけで相手が誰であるか悟ったようだ。

「どんな能力を持っているの?」

そう自然にユカリが護堂に問いかけた。

「持った物を全てを断ち切る魔剣に変える能力…えーっと、シルバーアーム・ザ・リッパーと何物をも通さない鋼鉄の体になるマン・オブ・スチールだったか?」

それを聞いたユカリ、フェイト、シリカは神妙な顔つきになる。

「それって倒せるの?」

全てを切裂く剣と何物をも通さない鋼鉄の体。

近接攻撃においては無敵では無いかと思われる能力だ。それに自身の剣技も上乗せされるのでさらに強敵であろう。

「俺は以前引き分けた事はあるが…出来れば再戦はお断りだな」

それでも引き分けたのかとユカリ達は護堂の評価を改めた。

「それで、もう一柱のまつろわぬ神は?」

話を戻したエリカ。

「そっちは分からないわ。出会って直ぐに私達は先行するために別れたのだから」

そう、とエリカは言ったあと言葉を続ける。

「とりあえず今優先すべきはこっちね。こんな状況が続けばこの辺りの人たちは皆踊り死ぬわね」

「そうね。そっちをあなた達に任せられるなら私達はソラちゃんとあーちゃんの所へと向かうわ」

「あなた達が飛んで言った方が速そうなのだけれど…わかったわ。こっちはわたし達でなんとか…っ何!?」

エリカはセリフを全て言い終える前に突如暴風が吹き荒れ、雨が降り始めた。

『久しいな神殺しよ』

天空から声が木霊する。

「なっ!?おまえはもしかしてメルカルトか!?」

『いかにも』

「何しにきたんだよっ!」

と護堂は吠える。

『東の地に多くの神殺しが誕生したと聴いてな。これ以上はわしらとのバランスが崩れる。故に進言してきた魔女の言を聞き入れ誅殺して進ぜようとやってきたのよ。そうか、ここはおぬしの守護せし地であったか』

神殺し?と、事情を知らないリリアナと祐理がいぶかしむが、その聡明な頭脳で直ぐに回答を導き出すだろう。

ドドーーーーンっ

雷光が煌くと爆音を立てて何者かが地面に降り立った。

それは10メートルを越す巨体の筋骨隆々な男だ。彼の到来によって窓ガラスは割れ、周りの物は弾け飛び、着地した道路にはクレーターも出来ていた。

『まず貴様を打ち倒した後、後ろの3人の相手をしてやろう』

「いえ、結構です」

フェイトがピシャリとお断り申し上げた。

『はっはっはっ!さすがは神殺しよ。その年にしても我を通すか。ならば全員で掛かってくるが良いぞ』

「こいつがこれを引き起こしているまつろわぬ神…ではなさそうね」

「ええ。メルカルトさまも豊穣の神の側面もお持ちだけれど、メルカルトさまから発せられた呪力とは感じが違うみたいね」

とエリカがユカリの呟きに答えた。

「草薙さん。任せても?」

ユカリ達は隙をみて離脱し踊り狂う呪法を撒き散らしている元凶を叩きに行くと

「くっ…仕方ない。ここは俺たちに…」

ズバーーンっ

またしても雷光。その爆音により護堂の言葉がかき消された。

煙が晴れるとペガサスに跨った金髪の青年が現れた。

「お待ちいただこうメルカルト神。彼、草薙護堂に雪辱を果たすのは私だ」

そう高らかに宣言する彼も間違いなくまつろわぬ神だ。

「ペルセウスか!?」

「草薙護堂。貴様に付けられた傷を癒し、再戦に赴いたのだ。いざっ!」

「困ったわね…いくら護堂とは言え二柱と同時は勝てる見込みはないわ」

護堂一人じゃ二柱を相手にするのは無理だ。なので力を貸せとエリカは言っているのだ。

「ユカリさん、先に行ってください。ここはあたしとフェイトちゃんで請け負いますから」

シリカがここは任せてと言った。

「で、でも…」

「行って、ユカリ母さん。早く止めないと私達の両親が死んじゃうなんて事になるかもしれないし…」

ここはフェイト達にしてみればまだ生まれていない過去である。生まれる可能性が高いとは言え、ここで現世での両親が死んでしまっては困った事になるだろう。

「…わ、分かったわ。直ぐに倒して戻ってくるから」

「大丈夫です。あたし達の方が倒して追いつきますから」

「そうだね、シリカ」

ユカリは断腸の思いで空へと飛び上がり、この場を去った。

一人逃げ出したが、メルカルトとペルセウスは眼前に3人ものカンピオーネが居る為に動けず、見送る形となった。

「私達の相手はメルカルト?っていったっけ。貴方で良いのかしら?」

『む?わしとしてもそこの草薙護堂と決着を付けたくはあるが…そこな若造にやられるくらいならわしが手を下すまでも無い事よの』

フェイトがメルカルトに確認し、護堂にも視線を送ると頷かれた。どうやらペルセウスの相手は任せろと言う事だろう。

「ごめんなさい。フェイトとシリカだったわよね。あなた達にお願いがあるの」

「何ですか?」

とシリカ。

「以前、羅濠教主や孫悟空に使ったあの結界をお願いしても良いかしら」

カンピオーネとまつろわぬ神の戦闘は街に途方も無い被害を与える。メルカルトの来訪ですでに倒壊している建物もあるのだが、それの非ではなくなるだろう。

「分かりました」

フェイトが頷いて封時結界を展開しようとした時、三度目の落雷が響き渡った。

ドドーーン

「今度は誰っ!?」



この騒動の仕掛け人であり黒幕であるグィネヴィアとランスロットは、ビルの屋上に陣取り、飛ばした『魔女の目』から伝わる映像で戦況を窺っていた。

『戦況はどうだ?』

「ドニさまはカンピオーネのお一人と邂逅なさり、戦闘を開始しようと持ち掛けたようですが……」

『どうした?』

「相手がどうやら空間系の能力者のようで、姿を忽然と消してしまいましたわ。ドニさまは内部に侵入したようですが……それ以上は」

飛ばした魔女の目からは何も流れてこないとグィネヴィア。

『アーサーの方はどうなっている?』

「そちらも空間系の能力でアーサー事取り込んだ様で…」

『と成ればそれは権能では無く、個人の技なのだろう』

「空間を切り取る等と言うのは魔女の始祖たるわたくしでも難しいのですのよ?」

魔術師上がりだとしても権能でも持ってなければ不可能な事ではないのかとグィネヴィア。

『愛し子よ。まずは現実を受け止めるのだ。そこに解釈をつけるのは今は必要ないことだろう。今必要なのは他の奴らも同様に空間を切り取れる可能性が高いと言う事だ』

ランスロットがグィネヴィアを諭した。

「つまり?」

『草薙護堂ごと空間内へと取り込まれれば我らが漁夫の利を得る事が難しくなる』

「なんと…」

護堂の方へと飛ばした魔女の目に注視するとどうやらアーサーから逃げ切ったカンピオーネが護堂と合流する所だった。

「これは……マズイかもしれません」

『どうした?』

「メルカルトさまと邂逅しました。…たしかにここまではわたくし達の計画通り。しかし…」

『やつらも空間を切り取るであろうな』

「ええ…それにいくらメルカルトさまとは言え4対1では厳しいでしょうね」

『ならば、我が行こう』

「小父様!?」

『我が打ち倒されようと、戦の中で死ぬのは寧ろ本望。しかし、愛し子のために刺し違えようと神殺し達を屠って来ようぞ』

最悪、グィネヴィアでも出し抜けるくらいのダメージを負わせてくると意気込むランスロット。

「小父様……」

『お別れだ、愛し子よ。戦うと成れば燻っていた我もまつろわぬ性を完全に取り戻すであろう。そうあればそなたの守護などは完全に忘れ去る事であろうよ』

まつろわぬ神とは本来そう言うものだ。自分の気の向くままに行動し、その結果を省みない奔放な性格をしている者が殆どなのだ。

「……はい。ご武運を。小父様」

『うむ。では征ってくるっ!我の行軍をしかと見るが良いっ!』

そう言うとランスロットは愛馬に跨り空を稲妻となって駆けていく。

その目にはもはや対すべき敵しか映っていなかった。



「今度は誰っ!?」

何とはフェイトは言わなかった。

「神様の間では雷と共に現れるのが流行っているのでしょうか?」

「雷を恐れない人間は少ないのよ。そう言う意味で雷は神威の現れであり、それらを属性に持つ神は多いのよ」

シリカ呟きにエリカがそう補足した。

粉塵が晴れ、中から軍馬に跨った甲冑の騎士が現れる。

「甲冑の騎士…さっきの奴の仲間かな?」

「さあ?意匠は似ているような気もするけど…」

シリカとフェイトが感じた印象だ。

『だれだ?』

問いただしたのはメルカルトだ。

「我はランストット。此度の戦、我も参加したくはせ参じた。メルカルト殿、どうか我にも相応しき敵をお与えください」

『はっはっは。ならば一人持って行くが良かろう。これで3対3。正々堂々の勝負だ』

実際はエリカにリリアナ、祐理も居るのだが、神にしてみればただの魔術師など視界に納まる事は無い。路傍の石ころのような物なのだろう。

「別にあたし達は戦いたい訳じゃないんですけどね」

「とは言え、ここまで来たらやるしかなさそうだよシリカ」

望んで戦いたいわけじゃない。しかし、戦いが向こうからやって来るのはアオに惹かれてしまった為にこうむる被害だろうか。

どうやらアオはそう言う運命に有るらしい。それに付いて行く彼女らも必然と争いに巻き込まれる。

「バルディッシュ」
「マリンブロッサム」

『封時結界起動します』

バルディッシュが点滅し、フェイトの足元に魔法陣が現れると世界が反転する。

メルカルトが起こした嵐はなりを潜め、空気の流れすらなくなる。

『ほう、…これは結界の一種のようじゃな』

「時間を切り離したのか?」

メルカルトとランスロットがこの空間をそう推察する。

『まぁ、なんでも良いか。これでおぬしらも全力が出せると言う事だろう』

人間や建物に被害が出ないのならば思い切り全力行使の戦いが出来るだろうとメルカルトは言っているのだろう。

『では、始めるとするか、神殺しよ』

メルカルトの宣言でここでの戦闘も開始されようとしていた。



竜鎧を着込み、ドニと対峙するアオは面倒な事になりそうだと辟易していた。

結界を切裂いて進入してきた彼から逃れるにはどうすれば良いか。飛んで逃げるか?相手が飛べなければ有効な手だろう。しかし、彼の雰囲気からして飛び立った一瞬で距離を詰め一刀両断にするくらい出来そうだ。

空間すら切裂いて見せたのだ。バリアを張っても打ち砕かれる光景を幻視させるほど、この目の前の敵は強いだろうとアオは感じる。

「それは日本刀かな?うんうん、いいね」

「俺は特にあなたと戦う理由は無いんだけど。それに急いでいるし見逃しては…」

「やらないよ。確かにちょっと外は騒がしいかもしれないけれど。そんなに強敵な感じはしないから、僕たちの戦いに決着が付いた後どっちかが向かえば良いよ。それよりも…今は僕と戦って欲しいな」

はぁ…とアオはため息をつく。

「ルールは?」

「ん?無いよそんなの。安全の保障された戦いなんて面白くないじゃないか。命を賭した戦いこそが僕の望みだからね。僕は君を殺すつもりで行くし、たとえ殺されたといっても文句は言わないよ」

さあやろう、とドニはなんでもない事の様にアオを決闘に誘った。

アオは説得を諦める。

殺しに来た相手に情けをかける様な考え方をアオは持っていない。

アオはソルの鯉口を切り抜刀の構えだ。魔法を使うつもりなのかアオの足元には魔法陣が展開されている。

「抜刀術か…いいね。サムライの使う抜刀術は受けた事は無いから楽しみだよ」

それはそうだろう。直剣は叩きつけ、へし折る事を目的としている部分が多い。その為こう言った一発芸のような技の使われ方はしない。

ジリっと右足を踏み出すアオ。

対してドニは構えの無い構えだ。しかしそれはどんな所、どんな体制からでも最善の一太刀が瞬時に放てると言う至高の領域に達したからこそのものある。

構えないドニに、アオは今までの敵とは違い一筋縄では行かないと悟る。

剣術のみではおそらく自分では相手に勝てないだろうとアオは思う。が、しかし。それならそれでアオは構わないのだ。

相手の土俵で戦わない。多くの事を修めて来たアオだからこそ出来る戦い方だ。

足元に展開された魔法陣。それは飛行魔法を行使したわけでもソルの刀身に魔力を送ったわけでも無かった。

「おっ!?」

突如として現れる光るキューブがドニの四肢を拘束する。

もはやおなじみのライトニングバインドである。

今までの敵は呪力を高めて抵抗した為に初見ではことごとく拘束して見せたトリックスターだった。

『ディバインバスター』

カシュと一発の薬きょうが排出し構えを解いたアオの右手の先に球体が現れる。

「シュートっ!」

そのまま突き出すように押し出すと放たれた光の奔流はドニへと襲い掛かる。

カンピオーネであろうが、まつろわぬ神であろうが、この世界の常識を知っていれば知っているほどこの拘束からは抜け出せないし、ディバインバスターの攻撃への対処も呪力によるレジストの方面へと傾くだろう。

しかし、ドニはやはり何処かそんな彼らとは違っていた。

ひょいっと右手に持っていた大剣を重さを感じないかのような軽業で銀色に染まっている右手の人差し指と中指で挟み剣を自身の手首を拘束しているバインドへとあてがうとスっと引くとそれだけで右手のバインドが砕け散った。

右手の自由を獲得したドニは迫り来るディバインバスターに向かって剣を振りおろす。

ブオンと空気を裂く音を立てて振り下ろされた大剣は信じられない事にディバインバスターを真っ二つに切裂いた。

「なっ!?」

撃ち出されているそれすらも切裂かれ、このままではマズイと瞬間的に判断したアオは砲撃を中止しそのまま横へと飛びのいて回避する。

あの一瞬で拘束を解き、さらにディバインバスターを切裂いたドニにアオは戦慄し、警戒レベルを引き上げる。

これは手を抜ける相手ではない、と。

「見かけに反して君は術師タイプなのかい?いや、君の体捌きを見ればそう言うわけではなさそうだね」

がっかりしたのではなく、寧ろ嬉々としているドニにアオは少々引いた。

「それに魔眼持ちかー」

アオの赤く光る写輪眼をみてドニが感嘆した。

「魔眼を持っていたじいさんとはあまり相性が良くなかったけれど、君はどうだろうね」

言うや否やドニは地面を蹴り、アオへと迫る。

とは言え、相手はアオだ。当然設置型バインドを行使している。

「またこれか」

これはもう見たよと言いたげなドニはそれでも拘束されているので解除のためにその刃を振るわなければならない。

その瞬間アオは踏み込んだ動作の後クロックマスターを使い過程を省略しドニに肉薄する。

「なっ!?」

一瞬で懐に潜られた事でドニの行動が遅れる。その隙を逃さずにアオは『硬』で強化した右手でドニの腹部をぶん殴った。

「がっ!?」

吹き飛んでドニは粉塵を巻き上げてアスファルトを抉ってようやく止まる。

しかし、先ほどの悲鳴を上げたのは実はアオであった。

『マスター?』

ソルが心配そうに声を上げる。

「……鉄すら打ち抜くほどの威力で打ち抜いたんだけどね」

相手が固すぎて自分のコブシがイカレタとアオは言う。

すぐさまクロックマスターで右手の時間を撒き戻して骨を接いだのでダメージは残ってはいない。

鋼の加護《マン・オブ・スチール》

サルバトーレ・ドニが英雄ジークフリートから簒奪した権能で、体を鋼より硬くしてその身を守る能力だ。

瓦礫を跳ね除けながらドニが立ち上がる。

唇は口角を上げているがそこから少量の血が垂れ流されていた。

「はははっ!君は凄いね。僕のこの体に普通にダメージを与えられる奴なんて神様ですら殆ど居ないのに」

とても楽しそうにドニは笑う。

アオは硬で攻撃した時、『徹』も一緒に使っていたのだ。

『徹』は衝撃を内部に浸透させる技術だ。打ち込まれたエネルギーは鋼鉄の体を伝わっていき表面よりも若干ながらやわらかい内部を傷つけたのだ。

とは言え、ドニにしてみればちょっとビックリした程度のダメージでしかないのだが…

立ち上がったドニは剣を片手に直線ではなく弧を描くようにアオへと迫るかと思いきやその途中で更に横移動。

周りに人が居たのなら何をしているのか分からないような行動で変則的な軌道を取りつつアオへと迫る。

速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)がそうであったように、目の前のドニも直感でことごとくアオが設置したバインドを潜り抜けていく。

『アクセルシューター』

「シュート」

けん制で放つ弾幕など鋼鉄の体を持つドニにはダメージはおろかその速度すら落とす役目を負わない。

「はっ!」

ついにドニはアオへとかぶりつき、振り下ろされたドニの大剣。アオは打ち上げるようにソルを引き抜くと迎え撃った。

ギィンッ

アオはオーラでソルの刀身を強化し、迎え撃ったはずだった。

「なっ!?」

しかし、突如ソルの刀身は砕け散りその衝撃は刃を伝わるように柄へと到達しようとしている。

アオは咄嗟に身を捻りクロックマスターを使い過程を破棄してその場を離脱し、焦ったように叫ぶ。

「パージしろっ!」

『くっ…』

侵食していたヒビが本体の宝石が付いている柄に差し掛かる前に刀身を破棄させるアオ。

刀身が抜け落ち、どうにか侵食が止る。

地面に落ちた刀身は粉々に砕け散ってしまっていた。

「これもアイツの権能か…」

悪態を付いたアオは右手にオーラを集めクロックマスターを使いソルの刀身の時間を逆再生させて再生させた。

「今のは取ったと思ったんだけどね」

ドニは凌いだアオを嬉しそうにみやる。

お互いに距離を取ってのほんの少しのこう着。

その時シリカから念話が入った。

【アオさん少し良いですか?】

【悪いが手短に頼むよ】

【えと、相手の権能の能力が分かったので教えておきますね。相手の能力はシルバーアーム・ザ・リッパーとマン・オブ・スチールの二つを使う事が多いようです。能力は…】

【いや、もう見たよ…切裂く刃と鋼鉄の体だろう】

【そうですか…ごめんなさい。役に立てなかったみたいで…】

【いや、そんな事は無いよ。ごめんっ!ちょっとマズイからまた念話は後で】

とシリカからの念話を切断し、既に地面を蹴っていたドニを迎え撃つ。

ギィン

アオはソルの刀身に今度はヒビすら入らずにドニの大剣を押し返す事に成功した。

「お?すごいね。それじゃあ今度は存分に打ち合えるかな」

ギィンギィンと幾合も打ち合うアオとドニ。

どうしてソルの刀身が破壊されなかったのか。

それはソルの刀身部分をアオが時間を凍結させ、それをも侵食してくるドニの権能に負けないようにオーラを振り絞り、さらに傷が付けられたならばすぐさま時間を逆行させているからだ。

ドニの重たい攻撃にアオは鞘を掴み、一瞬で日本刀の形へと変化させる。

ガィン

「はっ!」

刀をクロスしてドニの攻撃を受け、そのまま押し切る。

「へぇ…二刀流だったのか。うん、面白いよ」

アオはこっちは面白くも何とも無いと言う微妙な顔をする。

「それじゃ、ピッチを上げていくよっ!」

一瞬で距離を詰め、振りかぶった大剣を垂直に叩きつけるドニ。

「っ!」

アオはそれを受けずに避けた。

何故避けたのか。それは踏み込んだドニの足が地面を抉るほどだったからだ。それを見てアオはドニの重量が増しているのではと推察し、受けずに避ける事を選択したのだ。

結果、この選択は正しかった。ドニのマン・オブ・スチールはその身を鋼鉄の如く硬化させるだけではなく、その硬度により自身の重量を増す効果もある。

これを剣戟に載せればどうなるか。

只でさえ凄まじい破壊力を持っている攻撃にその重量から来るものもプラスされるのだからその効果は絶大だ。

実際ドニが大剣を振り下ろした地面には権能と重量によりクレーターが出来ている。

このドニの二つの能力はとても相性が良い。正に鬼に金棒と言うところだろう。

逃げるか、ともアオは思う。

クロックマスターで過程を省略すればおそらく逃げ切れると思う。しかし、この手の手合いは一度きっちりと優劣を決めるか相手をとことん打ちのめさないと周りの被害を省みず付きまとってくるタイプだ。

そう考え、危険だが逃亡の選択肢を除外したのだが…

と成れば相手を殺すか無効化するしか手が無くなる。

どうする?どうすればいい?と考えていたアオにふっとある感覚がよぎる。

今までは全く出来なかったはずの行動。しかし、それが出来て当然だと言う感覚。

権能の目覚めだ。

アオは直ぐにソルを鞘にしまい、素早く印を組んだ。

『火遁・豪火滅却』

土煙が舞う中、アオは火遁を行使。ボウッとアオの口から火の玉が放出されドニを襲う。

ザンッ

翠蓮も豪火球を割ったのだ。豪火滅却とは言え相手は魔剣の使い手、これくらいでやられるわけは無い。

とは言え、アオは敵の視界を塞ぎたかっただけだ。ドニの視界が完全に塞がれればそれで豪火滅却の役目は果たしたと言える。

「ちょっと暑かったかな」

などとほざいたドニの肌はほんのり日焼けしている感じだ。

バチバチバチと電気が放電する音が響く。

「本当に君は多芸だね。護堂もそうだったけど、君も大概に面白い」

ドニの眼前には人間の大きさで顕現させた雷神・タケミカヅチが現れ、剣先を向けていた。

巨漢であった時よりはまま消費が少なく、またその分起動も早いのだ。

アオはタケミカヅチを操りドニへと向かわせる。タケミカヅチは普通の人間では視認すら出来ない速度で駆け、フツノミタマを振り下ろす。

「甘いよっ!」

大剣を横に一閃。それだけでスミスや須佐之男ですら苦戦したタケミカヅチを切り伏せた。

タケミカヅチとのライン的な繋がりごと両断された為にアオは一瞬動転し、操っていた雷を再度掌握する事ができず、その為にタケミカヅチは霧散した。

「…まったく…あんたも大概だな…」

タケミカヅチはアオの持つ技の中では速度、威力とも申し分なく、人間など塵芥がごとく切り伏せ、魔法生物すら簡単に屠ってきたほどの術なのだ。それを一刀で切り伏せるドニの権能とその実力には正直、アオは恐れを感じていた。

アオはライトニングバインドを行使するが、設置されたそれは役目を果たす事も無く、虚空に振るわれたドニの大剣によって切裂かれる。

「見えないものをどうやって斬っているんだよっ!」

と、悪態を付きながらドニの攻撃をソルで受けるアオ。

「勘かな。なんとなく嫌な感じがするところを斬っているだけなんだけどね」

見えなくても有るのなら斬ってみせる。それが例え魔術でなく、魔法であったとしても。…それがドニの恐ろしい所か。

そう言うと大剣を片手で持ち上げ駆けてくるドニの攻撃をアオはソルを抜き放って受ける。

ギィンギィンと鈍い音が木霊する。

縦横無尽にまるで体の一部の如く大剣を扱うドニの攻撃に、アオは習得している御神流の技を全く使えなかった。

例えば四連撃の『薙旋(なぎつむじ)

一撃目を放てたとしても、ドニの技量から定型の二撃目など打たせては貰えまい。ごり押せば切り伏せられる。そんな嫌なヴィジョンが浮かんでうかつに使えないのだ。

しかし、剣技の境地へと至ったドニと至らないアオでは自力の差が出てくる。

アオは前述の通り、多くを修めた為の強者である。しかし、今はその他の技を幾ら使おうとドニの振るう大剣の前に無効化されてしまっている。

いや、切裂かれるだけならば大威力の攻撃でドニを沈められただろう。しかし、相手はそれすらも凌げる不死身の肉体を持っているのだ。

敵の攻撃を受けても傷つかず、自分の攻撃は必殺に値するドニは、アオにとっては正に相性の悪い敵であった。相手の土俵で戦わない事を選ぶ事が多いアオにしてみれば、剣技を競う今の状態は明らかに劣勢だろう。

剣術の天才のドニを相手に、それでもアオが互角に渡り合っているのは写輪眼による動体視力とたゆまぬ鍛錬で身につけた身のこなし故だ。

高速での攻撃はアオの方に分がある。もしかしたらドニにはアオの動きが見えていないのかもしれない。だが…空気のブレやアオの踏み込み、そして息遣いを感じ取りアオの攻撃に合わせて来るのだ。クロックマスターを使いトリッキーな攻撃に転じてもそれにさえ対応されてしまう。

「っあ!?」

キィン

ドニはついにアオの二刀を突き崩し、左手の刀ははじき飛び、右の剣は打ち上げられアオは胴ががら空きになってしまう。

「中々楽しかったよ」

だったらそのまま見逃せよとアオは心の中で悪態をつく。だが無情にもその凶刃はアオの胴を切裂いた。

「がっ!?」

胸部の甲冑を切裂き、そこから注ぎ込まれた呪力によりまず鎧が粉々に切り刻まれ、アオの体に致命傷を…与える事は無かった。

ポワンッと言う音を立てて消え去ってしまったからだ。

影分身の術。

アオは火遁・豪火滅却を使い、ドニの視界を奪った時すでに影分身をしていたのだ。

あの時の本命は時間稼ぎの後のタケミカヅチではなく、影分身であったのだ。

「ええー?」

自身と互角に戦っていた相手が霞みのように消えた事にドニは驚いたようだ。

ならばどこだと視線を動かすドニの右手を誰かが掴む。

「シルバーアーム・ザ・リッパー」

突然現れたアオがドニの右手を掴み上げそう呟くと、ドニの右手を覆っている銀色がアオの右腕へと移って行く。

アオは影分身をした後、ミラージュハイドの魔法や、絶などを使い、距離を取って、この瞬間がくるまで隠れていたのだ。

「な、なに?」

驚くドニだが既に遅い。ドニの腕からは銀色が抜け落ちて、手に持った大剣も輝きを失っている。それに変わりアオの右腕が銀色に輝いていた。

偸盗(ちゅうとう)《タレントイーター》』

アオが速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)から簒奪した権能で、その能力は他者からの能力の強奪である。

しかし、発動には幾つかのプロセスが必要なようだ。

まず、その技の発動をその目で見る事。

次はその技を自分の身で実際にくらう事。

そして相手に触れてその技の名前を呼び言霊でもって拘束し、強奪する。

この名前とは、その物を現す物ならば使用者が名付けたものでなくても良いようだ。

他にも幾つか条件がある内の三つ、今回は上記の三つを満たして発動条件をみたしたのだ。

戦いの中でこの能力の使い方を感じ取ったアオは、この能力を使い、ドニからシルバーアーム・ザ・リッパーを奪い取ったのだ。

アオはドニから手を離し、ソルを抜き放つと、銀色に輝く腕を振り上げ、ドニを斬り付けた。

「くっ…」

バキンッ

振り下ろされたソルに割って入った大剣は役に立たずに砕け散り、その太刀をドニは体で受ける事になってしまった。

ソルの刀身は鋼鉄の体であるドニを切裂き、吹き飛ばす。

「ここらで終いにしない?」

アオは吹き飛ばされて転がったドニを見てそう提案した。

ドニから彼の最強の矛は奪った。後は堅固な盾だが…さて、矛盾は一体どちらが勝つのか。

「僕から奪ったね?それを君は使いこなせるのかな?」

ひょっこりと立ち上がったドニは軽い口調で聞き返す。この奪った権能を使っても大ダメージには程遠いようだ。確かに胸部から血は流れ出ているが、カンピオーネのタフネスさからか、まだピンピンしている。

「さて。何となく出来るような気はしているよ」

それはカンピオーネの直感のような物だろうか。アオが肯定で答えた。

「矛盾の実践は僕が以前やっているんだよね。この権能を得た時に」

鋼鉄の体を持つ英雄を打倒して手に入れた能力なのだ。そして勝ったのはドニである。

パンパンと埃を払うように立ち上がるとマン・オブ・スチールを解除し、フランクに歩み寄ってくるドニ。

「いやぁ、参った参った。まさかこんな事になるとはね」

参ったとは言っているが、そんなに困っているようには感じられない。

「中々楽しめたよ。流石にサムライは違うね」

「サムライでは無いのだけれどね…」

「え、そうなの?」

現代日本にサムライは居ないのは日本国内だけの常識なのだろうか?

「その能力、強すぎちゃって剣の道を究める僕の目的を阻害しちゃってるような気がしてたから丁度良かったのかも」

「はぁ…?」

「つまりね、便利な道具に頼っていては自身の成長は望めないと言う事だよね」

うんうんと一人納得しているがアオには全然伝わっていない。

「それでも結構愛着のあるものだったから大事に使ってやって。それと今日は負けちゃったけど、もっと強くなって再戦を申し込むから、その時はまた心躍る戦いをしよう。その時まで負ける事は許さないよ」

そう言うとドニは勝手にアオの手を握り握手をすると「護堂によろしく」と言い置いて踵を返すと何処へ向かうのか分からないまま歩き出していた。

どうやら能力を奪われた事についてはそれほど執着は無いらしい。

「……えと…選択肢間違えた?」

『かもしれません。今後もちょっかいを出してくるでしょうね』

「やっぱり?」

ソルの言葉にアオは少し落ち込んだが、この場は収まっても事態が収集したわけでは無い。アオは封時結界を解くと空を翔け、事件の元凶を叩きに向かった。
 
 

 
後書き
スサノオから簒奪した権能はどうするか迷いました。嵐を呼ぶ権能にするか、金属を精錬する能力にするか、他多数。しかし、まあ盗人の神さまでもありますからねスサノオは。ムラクモにも盗み取る能力付いてますし、アオの適正を考えると嵐より盗み取る方に傾くかなと…バランスブレイカーな能力ですが、他者の能力を奪う権能は原作キルケーが普通に使ってますしね…
少し強すぎるかなとは思いますが、使用条件が厳しく、また何か力の核になる物が存在する能力や権能以外には使用が難しいのでそこまで活躍する能力では無いでしょう。…ただ、シルバーアーム・ザ・リッパーを奪ったのはやりすぎかなとは思いましたが…ドニにどうやって勝とうかと考えた結果ですので勘弁してください…ぶっちゃけ、真正面からドニの能力を破る事は単純ゆえにムリゲーレベルですよね…スサノオ完成体でぶった切ればあるいは…無理かな… 

 

第八十三話

甲冑を着込んだ騎士、まつろわぬ神と対峙するソラとなのは。

『レストリクトロック』

相手は暴走しているために言葉の通じないまつろわぬ神だ。ソラとなのはは目の前の神を殺す以外の選択肢を切り捨てる。

どうやったら暴走を止められるのか、正気に戻るのか。その手立てをソラ達は持っていないし、そんな事を考えていてはいつまでも戦闘は終わらない。さらに余裕は時として最悪の結末を呼び寄せるからだ。

「Gaaaa!?」

ソラの行使したバインドで四肢を拘束される騎士。

殺すとなったら一番成果を上げている捕縛後の転移魔法によるコンボで片をつけようと転移魔法を起動しようとして…

「Aaaaaaa!」

「すり抜けた!?」

戸惑いの声を上げたなのは。その言葉通りに騎士はバインドをするりとまるで透過する光のように通り抜けたのだった。

「Raaaaaaa」

地面を蹴ってソラとなのはの方へと騎士は駆ける。

途中、幾度もバインドに掛かるが、その度にすり抜け、最終的には捕まる事も無く全てをすり抜けて駆けて行く。

「Aaaaaaaa!」

「ふっ」

振り下ろされる直剣をソラは写輪眼を発動させつつ、斧剣の形をしているルナで迎撃する。

ギィン

金属がぶつかり合い火花が散る。

「やっ!…ととっ!?」

横からなのはがレイジングハートを振るい騎士を攻撃しようとするが、その攻撃はすり抜けてしまった。

鍔迫り合いをしていたソラも対象が突然すり抜けた事でつんのめるが、直ぐに地面を蹴り、騎士から距離を取ると素早く印を組んだ。

『火遁・豪火滅却』

ボウッと火柱が立ち上がるほどの熱量。だが…やはりダメージも無くすり抜けてソラへと迫る騎士。

その直剣は既に振りかぶられていた。

ソラはすぐさま右手にルナを掴むと左手を突き出して魔力を込める。

『ラウンドシールド』

前方に現れるバリアに弾かれ、騎士の攻撃は届かない。

「えいっ!」

そしてやはり横合いからなのはが攻撃するが、これは素通りしてしまう。

それを見てソラは分析する。

物体を透過出来るなら、ソラのバリアをすり抜けて攻撃できたはずだ。…もちろんソラは右手に持ったルナでいつでも迎撃できるように構えてはいたのだが。

それでも透過しなかったと言う事は一部分だけを透過する事は不可能なのでは無いか?とソラはあたりを付ける。

もしくは攻撃の最中は実体化しなければ現実に干渉できないのかもしれない。

そしてソラのバリアを透過しなかったと言う事は実体が現れる時にその空間に何か有ると戻れないのかもしれないとも。

とは言え、攻撃が通じないと言う点を取ってみても中々打開策が思いつかないのも事実なのだが…

1対2の剣戟が続く。

ソラとなのはが連携しながら騎士と打ち合っているが、ソラ達の攻撃が通る事は無いし、相手が攻撃を入れようとする瞬間にはシューターでけん制しているのでこのこう着状態がしばらく続いている。

打開策のない戦いを上空から3対の目が見下ろしていた。

「攻撃が当たらないのは厄介ね」

「そうだね。相手の攻撃手段は手に持った剣のみのようだけれど、こっちも攻撃の手段がない…これはマズイよね。持久戦に持ち込まれたらどちらかのオーラが尽きた瞬間が勝負の分かれ目だろうけれど…」

ソラの言葉になのはがそう分析して返した。

そう、あの火遁で相手の視界を奪った瞬間にソラとなのはは影分身を行使。それを残して本体は空へと上がって距離を取ったのだ。

大規模な攻撃が多い火遁の術は相手の視界を遮るのにも有効なのだ。

「流石はブリテンの赤き竜。アーサー王だな。その身に竜の属性を持ちつつも鋼の英雄であり、その不死性の象徴があのすり抜ける能力であろうよ」

と、アーシェラが洩らした言葉。

その言葉にソラとなのはが微妙な表情を浮かべている。

「………」
「………」

「何だ?どうかしたのか?」

「ねぇ、アーシェラ。アーシェラはあの騎士の正体に気がついていたの?」

「まあな。噂でグィネヴィアがまつろわぬアーサーの招来に成功したと聞いた事があったし、目の前でかの神気を感じれば魔女の始祖たる妾には分かろうものだ。だが、それがどうかしたのか?」

「正体が分かっているなら早く言ってくださいっ!」

なのはが憤慨した。

「む?どうしてだ。奴の能力は見切っているではないか。アーサー王は不老不死であり、その身を傷つける物は無かったと言う。確かに透過されれば傷の付けられようも無いな」

「そうね、確かにアーサー王は不老不死だったと言われているわね」

アーシェラの言葉にため息を付いてからソラが言葉を発した。

「でも、アーサー王は死んだのよ」

「そのような事は知っている。『アーサー王の死』であろう」

アーシェラが思い出したように答えた。

「そうだよ。それが分かっていればこんなに悩まなくても済んだかもしれないのに」

と、なのは。

「どういう事だ?」

「不老不死であるアーサー王は死んだわね。どうしてかしら?」

ソラがアーシェラに問う。

「……鞘を盗まれたからだろう」

ソラの問いかけにアーシェラが答えた。

「正解」

「つまり、アーサー王に不死を与えていたのは聖剣の鞘であったと言う事だね」

ソラがアーシェラに頷き、なのはがアーサー王の死の原因を取り上げた。

「やっと攻略の糸口が見えてきたわ」

「どうやってアーサー王の鞘を奪うかだよね」

「そう。でも、透過されてしまっては鞘をつかむ事も出来ない」

「チャンスは攻撃のインパクトの瞬間だけと言う事だね」

「だけど、攻撃を受け止めた瞬間にアーサー王は透過しているわ。狙うチャンスは中々無い…けれど、その刹那の瞬間は確かに実体化しているわね」

「う、うーん…影分身が切裂かれた瞬間を狙うとか?」

「…仕方ない。イザナギを使うわ」

「大丈夫なの?」

ソラの提案になのはが心配そうに問いかける。

「片目くらいなら問題ないわ。ただ、私はアオほどこの術と相性がいいわけじゃないからね」

「確か一分だっけ?」

「そう。私の無敵時間は一分。その間に鞘を奪わなければ片目を失った状態での第二ラウンドね。それも一分しかないから合計二分。これが限界」

「失敗したら私がソラちゃんを担いで直ぐにここを離れる。これは譲れないよ?」

と、なのは。

「トリックスターが決まるのは一回のみよ。最初の一回で決められなければ…第二ラウンドなんて成功はしないでしょうね」

だから初撃に全力をかけるとソラが言う。

「行きましょうか。私が一人で先行するから、なのはは影分身を回収して控えていて」

「う、うん…」

ソラは空中から降り立つと、影分身を入れ替わるように回収。そのまままつろわぬアーサーとの戦闘に入った。

イザナギの制限時間は一分。

キィンキィンと剣と斧がぶつかり合う。ソラも必死さをアピールしつつ、、怪しまれないようにアーサーの剣でルナを跳ね上げられるように誘導、その威力に硬直したように装う。

「OooooooOOOOoo!」

勝負ありっ!とアーサーは直剣を振り下ろす。

ザンッ!肉を切る感覚はアーサーに確かに伝わった。…が、しかし。ソラの体がグニャリと歪むとアーサーの側面に突如として現われ、既にルナを振り下ろしていた。

「ハッ!」

キィンっ!

ソラが狙ったのはもちろんエクスカリバーの鞘。

ソラは寸分たがわず鞘を射抜き、鞘はアーサーの腰元を離れ、地面に転がった。

「GAaaaaaa!」

キレたようにアーサーは剣を振り回すがそれをソラは受け流し、隙を突いてアーサーへとルナを振り下ろす。

先ほどまではすり抜けていた攻撃が嘘のようにしっかりとアーサーにヒットした。しかし、アーサーは痛みなど感じぬとばかりにめり込んだルナを無視してソラを斬り付けた。が、しかし、またしてもソラの体が歪み、転がった鞘の元へと現れるとそれを拾い上げた。

ここまでで丁度一分。イザナギの効果が切れ、ソラの右目が閉眼する。

「ソラちゃんっ!」

隻眼になったソラの前に、なのはが庇うように降り立った。

「透過の無効化には成功したみたい…後は頼んでいいかな?なのは」

「うんっ!大丈夫。攻撃が当たるのならば負ける要素は全く無いものっ!」

「油断は禁物だよ」

それも分かっているとなのはは言うと、レイジングハートの穂先をアーサーに向けた。

「それに、わたし達の命を狙ったんだから、それ相応の物を貰わないとね」

なのははまつろわぬアーサーの権能を奪う気のようだ。

「Grrrrrrr…」

ザッ

なのはが先に地面を蹴ると、触発されるようにアーサーも地面を蹴った。

「はっ!」

「Guraaaaaa!」

斬り結ぶ両者。

しかし、槍と片手用直剣。リーチの差、点と線の攻撃の差、後は暴走しているのか言葉さえ発する事の無いアーサーとの思考能力の差でジリジリとなのはが押していく。

荒れ狂う野獣の如きアーサーの剣戟を最小の動きでいなし、隙を突いてアーサーにダメージを与えてくなのは。

何とか防戦するアーサーだが、それも終わる。なのはのバインドに捕まってしまったからだ。

『レストリクトロック』

「Grrrrrruu」

「はぁっ!」

四肢を拘束したなのははもがくアーサーを離すまいと何重にも捕縛。その隙に『練』で体内のオーラを爆発させる。それを『硬』でレイジングハートの穂先に集約させると地面を蹴ってアーサーの四肢を切り落とし、止めとばかりにその胸を穿った。

ザシュ…ザーーーーーーッ

レイジングハートの刀身はアーサーの心臓を突き破り、引き抜いた拍子に血の雨が降る。しかし、それもなのはに掛かる前に光の粒子と成りなのはへと吸収されていった。

「終わったようね」

「うん。…狂化してなかったらもっと強かったんだろうけどね」

「さて、こっちは終わったし、アオさんかフェイトちゃん達のどちらかへ援護に向かわないとだね」

とは言え少し残念そうな表情ではあった。

「そうだね…とは言え、今の私は隻眼だから、戦闘行為は厳しいかもしれないけれど」

「じゃあわたしとアーシェラがフェイトちゃん達を追うから、ソラちゃんはアオさんと合流でいいかな?」

「それじゃそれで」

戦闘が終わり、これからの検討も終わると封時結界を解き、ソラ達はそれぞれ飛び立った。



『それでははじめようぞ』

と、開戦の合図のように、メルカルトは手に持っていた一対の棍棒、ヤグルシとアイムールを地面に打ちつけた。

「おわっ!」

「きゃっ!?」
「護堂っ!」
「草薙護堂っ!?」

悲鳴を上げる護堂、祐理、エリカ、リリアナ。

爆音を撒き散らしながら衝撃波があたりを襲い、護堂達だけでなく、フェイト、シリカも吹き飛ばされるように宙に舞ったため、両者とも直ぐに飛行魔法を行使する。

一瞬で現れる妖精の翅。

【シリカっ!大丈夫!?】

姿勢を制御したフェイトは土煙で姿が見えなくなってしまったシリカへと念話を繋ぎ無事を確かめる。

【大丈夫では有るんですけど……】

【何!?】

【分断されちゃいましたね。槍の騎士があたしの前に居ます】

【今すぐに私もそっちに…】

と言いかけたフェイトだが、何かが飛翔してくる気配を感じて飛び退いた。

「くっ…」

今までフェイトが居た所を大きな棍棒が回転しながら飛翔していった。

その棍棒はブーメランのように持ち主へと返っていく。

粉塵が晴れると現れたのは巨体のまつろわぬ神。メルカルトだ。

「…あなたが私の相手って訳ですか」

『他二人もすでに見合っておるからの』

【何が有ったんですか?】

と、言葉が中断した為にシリカが心配そうに念話を繋いだ。

【どうやら合流は無理みたい】

【一人一柱って事ですね…】

【草薙さんも離されたんだね。これは困った事になったかな?】

【いえ、どちらかが目の前の敵を倒して駆けつければ良いだけですよ】

シリカが言う。

【ふふっ…そうだね。確かにそうだ。だったら、どちらが先に倒すか勝負と行こうか】

【いいですね。負けませんよ】

まつろわぬ神と言う強大な存在を前にして不安を払拭するように冗談を言い合って念話を切る。

フェイトは手に持ったバルディッシュを握りこみ、全力で目の前のメルカルトを打ち滅ぼしシリカの援護に向かうと心に誓う。

バインドの後の転移魔法での一撃死コンボは相手が巨体なのと、嵐に乗って現れた事を考慮すると速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)同様に雷、暴風を操る能力でバインドを破壊できるだろうと考え実行順位を下げる。さらにメルカルトの巨体には、小技を幾ら撃っても効果は薄いと思い、フェイトは最初からギアをアップした。

「バルディッシュ。最初からフルドライブで行くよ」

『ザンバーフォーム』

ガシャンと斧から大剣へのグリップへと形を変え、魔力で形成された大き目の刃が現れる。

相手の呪力耐性を考えると念法よりも魔法の方だ効果的だ。

『ヤグルシ、アイムールよ。空を駆け、敵を打ち砕けっ!』

真言を紡ぎ、両手に持った棍棒を投げつけるメルカルト。

ヤグルシは風を纏い曲線の軌道で、アイムールは雷を纏って直線でフェイトに向かい、左右からフェイトを襲う。

「はっ!」

最初の振りかぶってからの一振りで放った衝撃波でヤグルシを吹き飛ばし、下から上方へ打ち上げるように斬り上げた二撃目はその巨大化させた剣身で打ち返す。

が、しかし。弾いたはずのヤグルシとアイムールは途中で再度フェイトを追尾に戻る。

左右から襲いかかるそれにフェイトはタイミングを見計りメルカルトの方へと飛び出す事で回避。本体に斬り付けんと迫るが、後ろからフェイトを追う二本の棍棒が迫る。

『わはははは。それでヤグルシとアイムールをかわしたつもりか?甘いわっ!』

「くっ…」

フェイトの飛行速度よりも二本の棍棒の方が速度が上だ。フェイトはメルカルトへの攻撃は中止し、インメルマンターン。メルカルトから距離を取ると同時にヤグルシとアイムールの追尾を外そうとするが、やはり急旋回。二本の棍棒は付かず離れずフェイトを追う。

迫る二本の棍棒をフェイトは二度ほどバルディッシュで打ち払うがやはり効果は薄い。

『このまま逃げ続けられるのもちと面白くないのう。ならば…』

そう言ったメルカルトはその神力を開放する。

『我メルカルトの本地たるバアル・ハダドの名において呼ぶっ!嵐よ、雲に乗る者の召し出しに応じ疾く来たれっ!』

ドドーーンッ

空から雷光が幾条もフェイト目掛けて落ちてくる。

嵐と暴風の神でもあるメルカルトが天候を操り雷を落としているのだ。

『ロードカートリッジ・オーバルプロテクション』

バルディッシュが球形にフェイトの周りをバリアで覆い、落下してくる雷からフェイトを守る。

「ちょっとまずいね……」

メルカルトに制御されているそれは呪力を伴い、自然現象を逸脱している威力で降り注いでいるのである。現状はまだバリアを抜かれるまでの威力では無いのだが、ヤグルシとアイムールはいまだフェイトを追尾しているのである。いつまでも雷をバリアで凌げる事は難しい。

フェイトは練でオーラを練り上げるとバリアを解除。右手の先に黄色の球体を作り出してそれを天高く放り投げる。

その後すぐに迫るヤグルシとアイムールをバルディッシュで打ち返し、メルカルトへと反転した。

バリバリバリッと轟音を立てて落下する雷は、すべてフェイトが打ち上げた黄色の珠に吸い寄せられるように集まり、蓄積されてどんどん大きくなっていく。

フェイトがまつろわぬフェイトを倒して手に入れた権能で強化されたマグネットフォース。それはフェイトが設定した物を吸い寄せる能力へと変化していた。

フェイトは進化したマグネットフォースを使い、雷雲から打ち出される雷を吸着させているのだ。この場合は一種のデコイのような扱いだろう。同様に鋼色の珠を二つ自身の左右に投げ出し、ヤグルシとアイムールを吸着させて遠ざける。

しかし、流石に神の武器。吸い寄せる事は出来るが、フェイトのマグネットフォースに当たると、それを切裂き、フェイトへと迫るのでその都度フェイトはデコイをばら撒いて凌ぐ。

『おおっ!雷だけでなく、ヤグルシ、アイムールも遠ざけるかっ!だがっ!まだまだだっ!…ヤグルシ、アイムールよ我が手に戻れ』

メルカルトは真言を紡ぎ、ヤグルシ、アイムールを呼び戻すと、フェイトのマグネットフォースの吸引より勝る強さでメルカルトの手元まで戻る。

「撃ちぬけ!雷神っ!」

『ジェットザンバー』

このまま押し切ると!と巨大化した大剣でフェイトが切りかかる。

『なんのっ!』

手に戻したヤグルシとアイムールをクロスさせフェイトの大剣を受け止めたメルカルト。

「くっ…」

フェイトの一撃は魔力での強化やブーストで鋼鉄すら容易く切裂くほどに強烈だった。しかし、空を駆けていたフェイトにはしっかりした足場は無く、受けたメルカルトの方が踏ん張れる。

『はぁぁっ!』

「……っ!」

宙に浮く者と地面に足を着いているものの差が出てきてフェイトが押し負けるように吹き飛ばされた。

『ぬんっ!』

フェイトは弾き飛ばされた勢いを利用し、そのまま一度離脱しようと飛ぶが、その巨体に似合わない速さでメルカルトは手に持ったヤグルシを打ち下ろす。

「うぐっ…」

『マルチディフェンサー』

フェイトはその攻撃を体を捻り、正面を棍棒に向け、その眼前にバルディッシュを盾の様に突き出した上で何重にもバリアを展開する…が、しかし。

その巨体から振り下ろされた一撃は、神力での強化もされていたのか簡単にバリアを破壊し、フェイトを襲った。

「きゃぁっ……」

棍棒の直撃を受け、フェイトは地面に背中から打ち付けられる。

「…うっ……」

『堅』で防御力を上げた上にバリアジャケットの頑丈さでダメージは大方防げたが、それでも強烈だったのか、フェイトは立ち上がるまでに数秒を要した。

『次をいくぞ』

ようやく立ち上がったフェイトにメルカルトの棍棒が再び迫る。

ドドーーーンッ

打ち下ろされた棍棒はアスファルトを打ち砕き、粉塵を撒き散らす。

フェイトは間一髪その攻撃を翅をはためかせて地面を擦るように低空で飛びのいて避け、覆われた粉塵をチャンスと素早く印を組んだ。

『影分身の術』

ボワンと現れるフェイトの影分身。

『ぬ?』

煙から離脱したときには二体のフェイトがメルカルトと『V』の字に飛び出ていたために、メルカルトは一瞬虚を付かれ逡巡したように動きを止めた。

その一瞬をフェイトは見逃さない。

『ライトニングバインド』

影分身がメルカルトを縛り上げ、魔力とバルディッシュのスペックをいっぱいに使ってメルカルトを締め上げる。

『ぬおっ!?動けぬか?だがっ…!』

無言で神力を高めるメルカルト。しかし、そんなもので無効化できるものではない。

さらに別のフェイトが最大級の魔法の行使を始める。

『プラズマザンバーブレイカー』

高速の儀式魔法で雷を発生させる事は、上空のマグネットフォースが自身が呼んだ雷すら吸引してしまうのでやり辛い。そこでフェイトはプラズマスフィアを形成し、それを発射台として打つつもりのようだ。

『ぬっ…!マズイかっ!ヤグルシ、アイムールよっ!疾く駆け、我が敵を討てっ!』

メルカルトは真言を紡ぎ、拘束された両手からヤグルシ、アイムールを集束に入ったフェイトに向けて撃ち放った。

「雷光一閃っ!プラズマザンバーーーーーーっ!」

バルディッシュを振り下ろし、その剣先から黄色い閃光がメルカルトに向かって襲い掛かる。

『竜殺しの真髄を見よっ!』

メルカルトはさらに自身の力をヤグルシ、アイムールに注ぎ込み、フェイトが放った閃光を切裂かんと全力を傾けた。

襲い掛かるフェイトのプラズマザンバー。それを切裂くように飛翔する二本の棍棒。

拮抗していた閃光と棍棒は、徐々に棍棒が閃光を切裂き、終にはフェイトへと迫りフェイトを打ちのめす。が、しかし…

ポワンッ

フェイトを捕らえたヤグルシとアイムールだが、それは影分身を消し去っただけに過ぎない。

『虚像かっ!?なればっ』

と、ヤグルシとアイムールを操ってバインドを行使している方のフェイトへと向かわせる。

…しかし、これも影分身。煙を残して消え去っただけだ。

『これも虚像だとっ!?』

ヤグルシとアイムールをその手に引き戻し、ならば本体は何処だと首をふるメルカルト。

その時雷雲轟く空から一筋の光だ差し込んできた。

『何だ…?』

それは強烈な閃光を放つ太陽のようであった。しかし、その実体はフェイトのマグネットフォースによって吸着され、蓄え続けられていた雷が照らし出す光だった。

見上げたメルカルトの視線の先に逆行で黒くしか見えない人影が写る。

フェイトだ。

あの砂塵が舞った瞬間。フェイトは影分身を二体作り出した後、本体は短距離転移で上空へと移動し、マグネットフォースで先ほどから蓄え続けられていた雷に手を加えていたのだ。

バチバチバチと帯電する右手を空へと掲げるフェイト。

「雷遁…麒麟っ!」

フェイトは振り上げた右手をメルカルト目掛けて打ち下ろした。

次の瞬間、莫大な量の雷は一瞬獣のような姿を取ったかと思うと、音すら置き去りにしてメルカルトへ向かって落とされた。

その速度にメルカルトは防御すら間に合わない。

凄まじい衝撃がメルカルトを襲い、辺りの建物を衝撃波がなぎ倒す。

『ぬおおおおおおおっ!?まさかっ!まさかぁ……っ!』

雷に蓄積されたエネルギーは、メルカルトを焼きつくしそうな勢いでその巨体を火達磨に変えた。

ドドーン

重いものが倒れる音が響く。

雷の照射が終わるとクレーターの真ん中にその巨体を倒したメルカルトが仰向けで上空を見つめている。

『よもや暴風と嵐の神でもあるわしを雷で打ち滅ぼすとは…』

メルカルトの視線は自身を打ち倒したフェイトの姿を探していた。

フェイトがメルカルトへと向けて放った雷撃。あれは周りの雷を集めて誘導し、敵に落下させる技だ。言うなればメルカルトは自身が発した雷に撃たれた事になる。

だが、蓄え続けられたそれは、いかに神と言えど無事ではすまない威力を秘めていた。

何故なら、あたり一面はクレーターで陥没し、大小のビルは粉々に吹き飛ばされている。その落下の爆音だけで常人ならショック死しそうな程だった。

そんな威力の雷をその身に受けたメルカルトは、その体を構成する物質の全て、また霊核を全て焼かれてしまい、今言葉を発するのも難しい状況なのだが、やはりそこは神の矜持か。

『いいだろう。わしの力をくれてやろう。だが心せよ…再び合い間見えた時はわしが貴様を屠ってやろうぞ』

と、祝福と呪いを吐き出すと、メルカルトの体は光の粒子になりフェイトの体へと吸収されていった。


上空で莫大な量の雷を操る為に全神経を費やしていたフェイトは、実際はこれ以上の戦闘の継続は難しかった。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

『大丈夫ですか?サー』

「なっ…何とか…」

彼女にしてみても今の攻撃が勝負を決める物だったのだ。

あの攻撃を防がれたならば一気に彼女の勝機は無くなる。なぜならブレイカークラスの魔法すら切裂いた相手なのだから。

だが、フェイトはこの勝負に勝った。

「はぁ…かみ…さまっ…て…こんなに強いんだ…」

以前のまつろわぬフェイトと比べるとメルカルトの強さは比べるまでも無く強大だった。

「どれだけ自分の偶像が弱かったんだろうね…」

と愚痴ってしまうほどに。

メルカルトが完全に消えた事を確認し、フェイトは少し気を緩めるとやっと辺りの状況が目に入る。

「あっ!シリカっ!大丈夫だったかな?」

この爆風だ。近辺に居たのならどうなったか分からない。

「さ、探さないとっ!」

と、少々しまらない最後になったがこうしてフェイトの戦いは終わった。







一方、シリカはと言うと。

メルカルトの一撃で分断されたシリカの前には軍馬に乗った甲冑の騎士が現れ、その槍の穂先をに向けられていた。

「では、存分に死合おうではないか」

騎士らしく勝負は面と向かい、宣言の合図で持って始めようとシリカの準備を待っていたランスロット。

しかし、シリカは正面突破での戦いは最初から考慮していない。

そもそも彼女の能力が初見殺しの上にアオ達をしても破る事が難しい能力なのだ。

「ごめんなさい。あたしを倒したかったら距離を詰めるべきではありませんでした」

「な、なにを…?」

言っていると言う言葉を発する前にランスロットの甲冑の中の首筋にチョーカーのような物が現れる。そして灰色だった景色が歪むとそこは岩のドームへと変化した。

「え?ちょっとっ!これは…っ!?」

「ここはどこです?」

「何だこれはっ!」

ランスロットの他に近くから慌てたような声が聞こえてくる。

「あっ…エリカさんたちも近くにいたんですね」

「聞くまでも無くあなたの権能よね」

ペルセウスの正面に護堂がけん制するように立ちはだかり、エリカが少しその場を離れ、シリカに近寄り問いかけた。

「ええ。権能で強化されたあたしの能力です」

「強化…?」

「あ、草薙さんもこちらに来たほうが良いですよ?でないと死にます」

「お…おう…行くぞ、万里谷、リリアナ」

「は、はい…」
「分かりました」

それぞれシリカの言葉から何かを感じたのか素直に従いシリカへと近づいた。

「待ちたまえっ!…む?」

呼び止めるペルセウスだが、何かを感じ取ってその動きを止めた。

護堂たちが来た事を確認してシリカはランスロット達に向き直ると言葉を紡ぐ。

「理不尽な世界へようこそ。ここで起きる事柄はすべて理不尽に満ちています。あなた達はこの世界で生き残る事が出来ますか?」

「良く分からないが、ここが貴方の舞台なのだなっ!ならば尋常に…」

「いえ、あなた達の相手は既に用意してあります。もしもそれを打倒できたのなら…その時はあたし自ら出て行くことにしましょう」

そう言うとシリカは魔法陣を形成。それをそのまま上昇させる踏み台を形成し、護堂達を乗せ上空へと退避する。

「わっ!?」
「浮遊術か!?」
「いいえ、こんな魔術はありませんよっ!」

「そもそも魔術でも権能でもないのでしょうね…」

驚く護堂、リリアナ、祐理に、ユカリ達に護堂達より見識が深いエリカがそう答えた。


「用意している…だと?」

そう言ってシリカを追って見上げたランスロットの視線に紅い二つの光点が映る。

「な…なんだアレはっ!?」

護堂の視界も捉えたようだ。

「なかなか恐怖心を煽るフォルムの怪物ね」

エリカがそう評するその怪物は、上半身は人のガイコツのようで下半身は骨のムカデのよう。さらに両腕には切れ味の鋭さそうな鎌が付いていて、そのムカデの足で天井の岩に張り付き、獲物を見下ろしていた。

ザ・スカルリーパー

GRAAAAAAA

威圧するように鳴くと、スカルリーパーはそのムカデのような足で支えていたその巨体を落下させる。

「なっ!?…っ」

落下地点に居たペルセウスは跨ったペガサスごと踏み潰され、さらにその鎌で両断され光と散った。

「え?」「はっ?」「ええっ!?」「………」

神たるペルセウスがほぼ一撃で打ち倒されたのだ。護堂たちの放心も当然だろう。

スカルリーパーはその足をガチャガチャ動かすと、その巨体には似合わない速度で反転するとランスロットへと向かう。

「愛馬よっ空を駆けよっ!」

パカラッパカラッ

地面を蹴りその飛行能力で空中へと逃げようとしたランスロットだが、この空間内では呪力、神力を基にした能力の行使はシリカによって禁止されている。

幾ら駆けようが、ランスロットの愛馬は空へと駆け上がれなかった。

今回シリカが禁止したのは呪力、神力と不死性。

この空間に居る限りシリカ(ゲームマスター)の絶対優位は揺るぎようが無かった。

一応、この能力もオーラ、呪力に由来する。その為、命令を送信し、相手の脳波をキャンセルさせるチョーカーは自身が持つ呪力耐性で少しずつレジストされるまでおよそ10分程度。しかし、普段は呪力を高め、一瞬で破棄させるような能力なのだが、しかし呪力を高める行為も思考に由来するために不可能だった。

つまり、命令が伝達しなければ呪力の高めようが無い。そして10分もあればスカルリーパーの絶対的な暴力で倒されてしまうだろう。

これが巨体のまま現れたメルカルトなら、もしかしたら良い戦いが出来たかもしれない。…しかし、人間サイズのランスロットでは神力の開放なくして立ち向かえないだろう。

ランスロット達は、シリカのこの能力を発動させた時点ですでに決着は付いていたのだ。

スカルリーパーの鎌が逃げ回るランスロットの馬を切裂く。

「…くっ」

間一髪で馬から飛び降り、その鎌をかわしたランスロットだが、手に持ったエクスカリバーも、神力を操れなければ切れ味の良いだけの槍だ。

ゴロゴロと地面を転がり、その反動で起き上がるだけでも、神力を封じられているランスロットには普段のようには行かずてこずり一拍ズレてしまう。

その間にスカルリーパーは反転し、その鎌でランスロットを切裂かんと振り下ろす。

「ぐぅっ……」

その鎌を手に持った槍でどうにか受けるが、その威力に吹き飛ばされてまた転がるランスロット。

ここまで来ればもはや勝負は決した。

そもそもこのスカルリーパーに高々二人で倒せるようなも相手は無いのだ。

50人ほどが剣と盾、そして甲冑で武装し、それでもその二割の死を引き換えにようやく打倒出来るような化物なのだ。

スカルリーパーの落下からおよそ3分。一人で良く持ち堪えた方だろう。

しかし、やはりスカルリーパーの前になす術無く両断され、その身を光の粒子となってシリカに吸収されていった。

悪態も、断末魔も上げなかったのは流石に騎士と言う事だったのだろうか。

「終わったの?」

「みたいです」

エリカの声にシリカが答える。

「あなたは神殺し…カンピオーネでいらっしゃるのか?」

ここに来てシリカの異常さに理由を求めるリリアナ。

「リリィ。それは問うてはいけないわ。わたし達は何も見なかったし、何も知らないの」

「エリカ……」

詮索無用とエリカがリリアナに釘を刺す。問わなくても分かる事だが、知らなくても良い事だからだ。

さて、とシリカはようやく少し気を抜いて理不尽な世界《ゲームマスター》を閉じた。

岩のようなドームが取り払われ、スカルリーパーが光の粒子となって消えていくと周りの景色も元に戻る。

魔法陣を下降させ、護堂たちを下ろし、フェイトの援護へ向かわないとと身構えた瞬間、当たり一体を閃光が包んだ。

そして爆音と衝撃がシリカ達を襲う。

『オーバルプロテクション』

いち早く異常に気がついたマリンブロッサムがシリカの了承を得る前に防御魔法を行使、シリカだけではなく護堂たちも包み込んで衝撃波から守った。

「…………!」
「…………!??」

その爆音に声はかき消され、エリカ達が何を言っているのか分からない。

しばらくして衝撃波が通り過ぎたのを確認してマリンブロッサムはバリアを解除した。

「ありがとう。マリンブロッサム」

『当然の事をしたまでですよ、マスター』

シリカがその手に持ったマリンブロッサムにお礼を言うが、主人を守るのは当然と答えたマリンブロッサム。デバイスの人工知能はこの認識を持つ物が多い。

「それでもありがとうね」

今度は照れたようにコアクリスタルがピコピコ光っていた。

その後シリカは護堂達に向き、手短に別れを告げる。

「ちょっとフェイトちゃんの方が心配だから行くね。この結界は向こうが解決したら解くからちょっと待ってて。それと道の真ん中に居ると危ないよ。車に引かれちゃうかもしれないから」

それじゃ、と言ってシリカは飛び立つ。

「ちょっとまっ…」

何か言おうとしていた護堂の静止の声には耳を傾けずシリカは駆けて行った。

【フェイトちゃん、無事ですか?】

【うん、大丈夫だよ】

飛行魔法で空を飛ぶと直ぐにシリカは念話でフェイトを呼び出した。

【すごい爆音と衝撃波が来ましたけど】

【う、うん…相手が強くてね…大技をかましてようやく倒せた感じだよ】

【そうですか…よかった】

【そっちはどう?】

【大丈夫です。二人いたんですが、問題なく倒しました】

【そ、そう?…それじゃ、封時結界を解除してユカリお母さんの所へ向かわないとね】

【そうですね】

その後フェイトと合流し、封時結界を解除すると二人連れ立って夜の空をユカリを追って駆けて行った。




「行っちまいやがった…」

シリカに取り残された護堂達。

「なあ、エリカ…」

「何?リリィ」

リリアナがエリカに寄って声を掛けた。

「もし…もしもだ。もし、草薙護堂と先ほどの彼女が戦ったら…いや、なんでもない」

信じたくない結末を否定し切れなかったリリアナは質問を取りやめる事で不安を拭い去り、忘れようとした。が、エリカはその質問の続きを察し、答える。

「勝てないわよ。気付いてたかしら?あの空間内では魔術の一切が使えなかった事に」

「ああ。あの首もとのチョーカーが現れた後だな」

シリカの能力範囲に居た護堂達ももちろんシリカの能力下に置かれていた。

「ええ。そしてペルセウスが反撃も出来ずに一方的にやられたのはそれが原因でしょうね。呪力や神力による強化がなければ素の力なんて神とは言え人間より少し上程度でしかないのだわ」

「と言う事はジャミング系と召喚系の二系統の複合技だったのか…」

「いえ、あれはああ言う能力なんじゃないかしら?彼女、理不尽な世界って言っていたわよね?つまりそう言う風に世界の常識を書き換える能力なのではなくて?…つまり、あの空間に引きずりこまれた時点で負けは確実ね」

「そうか…」

「世界がそう言う風に作りかえられていたとしたら、おそらく彼女自身もそのルールを背負っていたはず…しかし、彼女は問題なく魔術…かどうかは分からないけれど術の発動をこなしていた。…これはつまり呪力とは関係ない力なのでしょうね。わたしにはどう言った物なのか分からないけれど」

どんな力なのか見当も付かないとエリカが言う。

「まぁ、救いが有るのは彼女達が基本的に支配欲を持っていないところね。それと、過干渉を嫌う所があるわ。これはデメリットでも有るわね、今回の場合もここまで近くで異変が起こらなければ出張ってまでは解決しなかったんじゃないかしら?基本的にあの人達は此方から喧嘩を吹っかけなければ大丈夫よ。彼らの事はすべて忘れるか、絶対に口に出さないように気をつけなさいね。彼らがそれを望み、わたしもそれが良いと思うから」

「わかった…」

と言う会話をしていると突然に世界が色を取り戻す。

「戻ったか…」

「どうやら元凶は叩けたみたいね」

エリカが踊る事をやめ、疲れ果てて倒れている人々を見て言う。

「そのようだな」

「全く…本当に化物みたいな人達なのよね…彼ら。
彼らを知るとまつろわぬ神や神獣が可愛く見えるわ」

シリカの飛んで行った方を見ながらエリカは呟いたのだった。



「小父様が…負けた?」

ビルの屋上で信じられないと言う感じの表情で放心している金髪の少女が呟いた。

この騒動の仕掛け人、グィネヴィアである。

「これだけの戦力を投入して相手にはかすり傷ほどのダメージしか無いというの…?」

封時結界に取り込まれ、魔女の目による遠視が外れた後、数分経って表れたのはカンピオーネの3人のみ。

その場に居合わせたメルカルト、ペルセウスを合わせて3柱ものまつろわぬ神が居たというのに相手の被害の軽度に恐れおののいている。

「いえ…これは何かの間違い…」

そう思って何度も確認し、その度に絶望する。

確認すればまつろわぬアーサー、そしてサルバトーレ卿も敗退しているようだった。

自軍の駒は全て倒され、相手の被害は殆ど無く、目的の物の入手もまま成らない。

そして何より、今まで自分を支えてきてくれたランスロットが打ち倒された事実が一番に堪えた。

「あ…ああっ…」

最強の鋼の英雄の配下にして、グィネヴィアが知っている限り現状では最強だと思っていたランスロットが討たれたのだ。

もはやこの日本で事を構えるようとしてもおそらく目的は叶わない。それが確認できた事がさらにグィネヴィアの絶望を高める。

「ああああああああっ!?」

ここで身を引いて事の推移を見守る等と言う事が出来るほど、妄執とも言える最強の鋼の英雄の復活のみを願っていたグィネヴィアの精神は成熟していなかった。

そして、現実のあらゆる物から目をそむけ、精神が崩壊する。

絶望に染まり、その呪力が暴走した事でグィネヴィアのその祖たる神性を取り戻していった。

ボコリとその体が歪み、膨張する。

その膨張が終わるとそこには白き竜が現れた。

グィネヴィアがその不死性を捨てて竜蛇の姿へと変じたのだ。

通常、竜蛇の姿になってもその思考は通常の物である。しかし、今のグィネヴィアの瞳には理性の色は窺えなかった。

「GURAAAAAAAAAA!」

大爆音で鳴くと、グィネヴィアは飛翔し、そして所構わず建物をなぎ倒し始める。

それはまるで駄々をこねる子供のようであった。

 
 

 
後書き
この作品内で、特殊能力系の最強は間違いなくシリカです。幼い頃の理不尽な世界に囚われた為に出来た彼女の能力は権能を得て完成していくのです…ランスロットの分身能力はきっとNPC創造能力に変換されて、いつかはあの世界が現実にっ! 

 

エイプリルフール記念 番外編その1

 
前書き
エイプリルフールなので、書いてみたけれど没にして放置していた物を何とか完結しているところまで手を加えて投稿しました。エイプリルフール記念ですからね。以下投稿した物は本編とは何の関係も無い事はご了承ください。 

 
ドッグデイズ編


わたしは御神キャロ、13歳。

中学一年の登校最終日に隣町の中学校に学校の用事でお使いに出張中でした。

しかし、それがまさかあんな事になろうとはその時には思いもよらず。

「すこし、早く着いちゃったかな?ケリュケイオン」

わたしは腕飾りの状態のケリュケイオンに尋ねた。

『そうかもしれませんね。しかし指定の時間まではもう少しです、職員室で待たせてもらってはどうですか?』

「そうだね、そうさせてもらおうか」

そう言って気持ち早足で校内を進むと、頭上から大声が聞こえた。

「ど、どいてどいてどいて~!?」

「へ?」

わたしはその声で見上げると、そこには空から降ってくる男の子の姿が。

「わわわっ!?」

やばいっ!避けないと!と思った時、突然地面に魔方陣が展開されたかと思うと、わたしの足元が抜けるように消失した。

「えええええええ!?ケリュケイオン!」

『フライヤーフィン』

ケリュケイオンが飛行魔法を発動。間一髪で魔方陣に落ちると言う展開はさけられた…はずだった。

「わああああああああああっ!?」

「え?」

ごーんっ

「にゅう…」

上から男の子に激突されてわたしはその男の子共々魔方陣へと落ちていった。


「いたたっ…ここどこぉ?」

わたしは飛行魔法を使用して現状確認に勤めた。

眼下にはいくつもの浮遊する大地。

どう考えてもここは地球では無いみたい。


「えええええええええっ!?」

絶叫を上げつつ落下していく男の子。

「あぶないっ!」

わたしは一生懸命に追いかけるけれど、間に合いそうに無い。

その時、彼の落下を和らげるように花が咲き、その男の子を飲み込んだ。

それを確認するとわたしは飛行速度を緩める。

少年と対峙する一人の少女。

それを見てとり、わたしはそのかたわらへと降り立つ。

「え?」
「わたし!?」

そこに居たのはわたしとどこと無く似ている同い年くらいの女の子。

「ええ!?ご姉妹(きょうだい)ですか?」

「「ちがいますっ!」」

「あ、良く見れば耳と尻尾が違うか」

服装は幼少のわたしが過ごしたル・ルシエの民族衣装に近い感じだ。

顔立ちは、わたしに似ていると思う。…まぁ、自分で自分に似ているなんて言える物ではないのかも知れないけれど、良く似ていると思う。

しかし良く見ればアルフさんや久遠ちゃんのような耳がついている。

誰かの使い魔だろうか?


ひゅー

パンッ

パンッ

パンッ

遠くで花火が上がる音が聞こえる。

「いけない!?もう始まっちゃってる!」

「はじまってる?」

男の子が聞き返した。

「わがビスコッティは、今隣国と(いくさ)をしています」


急がないとと、訳も分からずせかされて、混乱のうちにいつの間にかでっかい鳥に騎乗していたわたし。

なにか切羽詰っていたので流されるままに同行しちゃってるけど…

道中で女の子、ミルヒオーレ・フェリアンノ・ビスコッティから簡単な説明があった。

この世界、フロニャルドでは『(いくさ)』と呼ばれるスポーツ精神に則ったアスレチック競技によって戦争の勝敗を決すると言う国際的なルールが存在するらしい。

その中では生死の危険は無いらしく、一種の娯楽のようにも感じられる。

え?なんで娯楽のようかって?

わたしたちが走っている崖の上から見える戦場の様子がアスレチック遊具に見えるからですけれど?

ダメージを食らうと『けものだま』と言われるまん丸ボディに耳と尻尾をくっつけたファンシーな生き物に変身しているのがわたしの危機感をガリガリ削ってますがなにか?

そして彼女はビスコッティ共和国の領主で、劣勢の自国の状況を打破しようと領主にだけ使える『勇者召喚』で巻き返しを計るために男の子、シンク・イズミをよんだらしい。

それから二人の世界に入りつつ、シンクを説得するミルヒ姫。

要約すると、「助けてください勇者様!」と言うミルヒ姫の懇願に「俺が勇者だ!」と言った感じでした。

え?実際は違う?

いいのいいの、なんかみんなそれで納得したでしょう?

あれ?

わたしは誰に対して言っているのでしょうか…

これは所謂…召喚系ファンタジーと言うやつですね。

話が纏まると、ようやくわたしの事も思い出してくれたみたいで…

「本当は勇者様一人を召喚するはずだったのですが、どう言う訳かあなたまで呼んでしまったみたいで…本当にすみませんでした」

そう謝ったのはミルヒ姫。

「でもでも、この戦が終わったらきっと還して差し上げますからっ!」

とりあえず、分かりましたと返事をしておとなしく付いて行くと、大きなお城へと到着、城内へと通された。

「姫さま、そちらが勇者様です…か?」

どこからとも無く現れたメイドが数名ミルヒ姫とシンクを出迎えに現れたのだが、わたしの姿をみて固まった。

「はい、こちらの方です。急いで準備をお願いしますね」

ちらちらわたしを気にしているのだけれど、今は自分の任務を全うするように思考を切り替えたらしい。

メイドの手により着替えさせられるシンクくん。

その間も戦についてミルヒ姫が説明する。

とりあえず、敵は凹ってかまわない。

この世界はフロニャ(ちから)で守られていて、フロニャ力が強い場所では怪我はしないとか。

とてつもなくやさしい世界ですね。

頭、背中にタッチすると即座にけものだまになり、タッチボーナスも稼げるらしい。

どうやらこの戦、得点制らしいです。

それと、フロニャ力を自分の紋章に集めて自分の命の力と混ぜ合わせることで輝力と言う力に変換する事が出来るらしい。

うーん…

フロニャ力とはどうやら魔力素みたいだ。

ケリュケイオンに観測させてみたら、魔力素は場所により濃度が上下するけれど存在している。

ミルヒ姫の言葉を聴くと、魔力素とチャクラを混ぜて使う技術みたい。

その力を使って紋章砲と言うビームを放ったり、紋章剣といった斬撃を飛ばすらしい。

なんて説明を聞いているとシンクくんの準備も出来たみたいだ。

シンクくんはどうやら戦に参加するらしく、戦場の方へと駆けて行った。

わたしはミルヒ姫に誘われて塔の上へ。

バルコニーに出ると、小柄の女の子とおじいさん達が数人で戦場を眺めている。

「姫様っ…が…ふたり?」

そのネタはもういいです。

「リコ、ただいまですっ!えっと、この方は勇者召喚の被害者と言うか何と言うか…」

「御神キャロです。どうやら勇者召喚に巻き込まれたみたいなので、出来ればすぐに帰してもらいたいのですが」

今までは空気を読んで黙ってましたけれどね?用事のある勇者さまはシンクくんみたいなので、わたしはさっさと帰して欲しいのですよ。

学校からの用事もありますしね。…もう遅いかもしれませんが。

召喚に対する召還は基本だし、呼んだ本人ならば還せるでしょう。

「そうなのでありますね。しかし、その言いにくいのでありますが…」

私が目の前の小柄の犬耳少女と会話をしていると、ミルヒ姫がマイクのようなものを片手に演説をしている最中だった。

盛大に勇者召喚を宣伝し、士気高揚に努めているようだ。

そんな言葉をBGMにわたしの問いかけに答えてくれた小柄な少女、リコッタ。

「召喚された勇者は帰る事も、元の世界と連絡を取ることも出来ないのでありますよっ!」

「ええええええええ!?」

何!?その中途半端な召喚はっ!呼んだら還すのは基本でしょう!?

ふっ

ふふふっ

わたしの中で何かがキレた。

「ミルヒ姫様」

「はい、なんですか?」

ようやくマイクを手放せたミルヒ姫様を呼ぶ。

「あなたは召喚者として、召還の方法が無いと分かっていて使ったんですか?」

「え?ええ!?無いのですか?リコっ!勇者様たちを返す方法は?」

「そんなの無いでありますよっ!」

「そうは言っても、なんだかんだで方法があったり…」

「しないのであります…」

「あはっ…あははははは」

笑ってごまかそうとするミルヒ姫。

「いいですか?召喚術は他者を呼んで力を借りるのですから、絶対に召還方法を確立して無ければいけません。それは分かりますね?」

「はいっ!」
「はっ!はいなのでありますっ!」

なぜか目の前のミルヒ姫とリコッタちゃんが震えているような気がするけれど、続けます。

「だったら、召還術が無いのに使ってはいけませんっ!あなたのした事は召喚師として最低の事ですよっ!」

わたしだって、一方的にに他者を呼び、そのまま放置する事は出来る。

けれど、絶対にやらない。

これは召喚師としてのわたしの矜持。

「ごめんなさい、許してください」
「ご、ごめんなさいなのでありますっ!」

目の前の二人はぶるぶる震えだすとお互いを抱きしめて泣き出した。

周りに居たおじいちゃん達は皆失神している。

私の怒りは最高潮。

何かで解消しないと収まりがつかない。

どうしようかと考えていたら目に付いたのはあの戦場。

事の発端はあの戦だ。

「わたしがあの戦に参戦する事はできますか?」

コクコクコクコク

わたしは笑顔で二人に尋ねると、二人はすごい勢いで首を縦に振っている。

「そう…それじゃあ、行ってきますね?」

私はバルコニーに足をかけると、右手にあるケリュケイオンを持ち出す。

「ケリュケイオンっ!」

『スタンバイレディ・セットアップ』

ケリュケイオンはアオお兄ちゃんに造ってもらったインテリジェントデバイスです。

最初はグローブ型のデバイスだったのだけど、カートリッジシステムを使いたいからと改造を重ねるうちにいつの間にかメイス型になっていました。

え?すでに原型が無い?

だって、グローブじゃ斬れないじゃないですか。

メイスも斬れないじゃないかって?

甘いです。メイスに魔力刃を纏わせれば斬れるようになります。

よくある変身バンクなんてものは無く、一瞬でバリアジャケットを装備。

ピンクのブレザーに白のロングプリーツスカートにマントと帽子を装着してバリアジャケットの展開は終了。

「ケリュケイオン、カートリッジは?」

キレている自覚は有るけれど、装備を確認するくらいの冷静さは有ったみたい。

『内臓6発、スピートローダー二個です』

「全部で18発だね。この世界での魔力結合に異常は?」

『このあたりなら問題ありません』

それは良かった。

「うん、OK。それじゃ行こうか」

わたしはバルコニーの淵からおどり出そうとすると、後ろから呼び止める声が。

「ああああぁ、あの!?行くってどうやってですか!?」

「階段は後ろなのでありますよっ!」

「どうって…こうやってですよ」

かまわずわたしは一歩をふみだした。

「危ないっ!」
「危ないであります!」

落下するわたしをケリュケイオンがすぐさまアシスト。

『フライヤーフィン』

「と、とんだ!?」
「空を飛んでいるのでありますか!?」

わたしが飛び降りたバルコニーの淵に駆け寄って下を覗き込んだ二人の声が聞こえた。

かまわずに飛行する事数分。

程なくして戦場へと到着するわたし。

【おーっと、あれは何だ?いや何者だ!?あの空を飛んでいるのは…ビスコッティ領主のミルヒオーレ姫だ!?】

そんな戦場を実況するアナウンサーの声が聞こえる。

【え?ちがう?】

どうやらどこかから原稿が回ってきたようで、それを読み上げながら訂正する実況。

【どうやら彼女は勇者召喚で一緒に召喚された異世界の少女のようです。良く見れば耳と尻尾がありません】

わたしは空中で止まるとケリュケイオンを突き出して構える。

「ケリュケイオン」

『ディバインバスター』

【それにしてもミルヒオーレ姫に良く似てますね。双子の姉妹と言われても納得してしまいそうです】

そんな実況の声をよそにチャージが完了する。

「シュート」

ゴウッとピンクの本流が戦場を襲う。

【こっ!これは、紋章砲でしょうかっ!それにしてもすごい威力だっ!】

ポポポポーンと音を立てて兵士達が敵味方関係なくけものだまへと変身する。

「もう一発」

『ディバインバスター』

「シュート」

【こっ!これはっ!この威力、彼女はまさに鬼神のようだっ!】

もう二発くらいディバインバスターをお見舞いすると、地上からの砲撃がこちらに向かってくる。

【この紋章砲はレオ閣下の攻撃だぁ!】

わたしを狙ったんだろうけれど、残念。

『ラウンドシールド』

【はっ!はじいたーーーっ!】

「行くよっ!ケリュケイオン」

『スターライトブレイカー』

散らばった魔力が私の眼前に集束する。

【これはっ!彼女は一体何をするのか】

もちろん、両方まとめてぶっ飛ばすんですよ?

「スターーーーライトォ、ブレイカーーーーーーーーーっ!」

ゴウッ

その瞬間、すべての音が止まった。

その後、爆音があたり一面に響き渡る。

シューーーーーッ

余剰魔力がケリュケイオンから排出される。

気持ちのいい疲労感。

高ぶった気持ちも魔力消費とともに減少する。

「なっ…ななな…なんて事をっ!」

わたしはキレた後に冷静になると後悔するタイプなのです。

だから目の前の惨状をみて顔面蒼白になってしまいます。

だって、アスレチック遊具のような戦場なんて影も形もありません。

ただクレーターがあるのみでした。

そりゃ、スターライトブレイカーぶっ放せばそうなりますね。

とりあえず城に飛んで帰ったんだけど…今、目の前で土下座をしてぷるぷる震えているミルヒ姫とリコッタ。それと、城内職員および、騎士の一同。

「あ、あの…」

「ごめんなさい、ごめんなさい、どうかお怒りをお静めください」

「私達一同誠心誠意なんとしてでも帰還の方法を見つけ出すでありますから」

なにやら魔王降臨の図みたいです。

「大丈夫ですから。もうそんなに怒ってないですから」

「本当ですか?」

そりゃそんなに全員でぷるぷる震えられたら怒る気も失せるよ。

え?戦がどうなったかって?

両軍全部みごとにけものだまになってわたしの1人勝ちだって。

シンクくんも気絶してたけど無事に怪我も無く発見されたようだ。

一応非殺傷設定だからね。魔力ダメージでのノックアウトって感じです。

いやまあ、とりあえず、ビスコッティ共和国が勝ったと言うことで、この戦は終了。

戦勝イベントと言うものがあるらしく、ぷるぷる震えていたミルヒ姫達もイベントを主催すべくわたしに何とか退出の許可をもらい大忙しで動き回っているようだ。

わたしはと言えば、なにやら格調高い部屋に通されて、メイドがお茶とお菓子のおもてなし。

なんかメイドにも怖がられているみたいだけど…

「あのっ」

「なっ、なんでございましょうか」

「外出したいのですが、よろしいですか?」







さて、わたしは今、わたし達が最初に降って来た場所へと来ています。

空中に浮かぶ大地の中心に円形の石がしかれ、その奥になにやら文字の書いてある石碑が建っていた。

「ケリュケイオン、何か有る?」

『石碑の前に術式の痕跡を発見しました』

「そう」

わたしは石碑に近づいて、魔力を当てると浮かび上がる魔方陣。

「うーん、これは…術式が違うから解読には時間がかかるかなぁ」

『そのようですね』

ケリュケイオンが相槌をうった。

「となると、自力帰還かな。ケリュケイオン、現地呼称『フロニャルド』ってどこにあるか知ってる?」

『該当データが存在しません』

「うーむ…召喚と召還で帰れないかな?」

『やってみる価値はあると思います』

ふむ。

それではと、地球に居るはずのフリードを召喚する準備に入る。

足元に魔法陣が展開し、フリードへのゲートを繋げると、何とかゲートが繋がった。

うん、さっき通ってきた此処はどうやら異世界とつながりやすい所のようだ。

さて、帰りますか。

わたしは魔法陣の中心へと移動すると、召喚を召還に切り替えゲートを潜る。

…はて、何か忘れているような?まぁ忘れている位ならたいした事は無いかな。

あ、一応此処の召喚座標は記録しておこう。何か役に立つ事も有るかもしれないしね。

そんな感じでわたしの短いフロニャルド滞在は幕を閉じた。何か大きな事件が有ったわけじゃないけど、現実は小説じゃないし、そんなもんだよね。





ジョジョ編


さて、再び転生である。

今回の俺の名前は立花蒼(たちばなあお)

日本人で現在4歳。

外資系の会社に勤める両親の元に生まれ、両親の転勤で今、エジプトのカイロに住んでいる。

しかし、エジプトなんて前世でも殆ど来た事の無い国に滞在するとはね…

生まれなおした地球。しかし、その歴史は俺の知るものとは若干違うようだ。一種のパラレルと言う奴だろう。

西暦1989年。前回よりも少しばかり前に生まれたようだった。

生まれ変わった後、ソラと念話を繋げその存在を確かめた後、ソラは日本に居る為にまだ会えていないが、平穏な日々が繰り返されたいた。

…はずだった。

その日、母親と一緒にカイロ市内で外食をした後の夕暮れ時、…いや既に日は落ちていたかもしれない。

母親に手を引かれて家路を急いでいる時、背後から嫌な気配を感じ振り返ると俺目掛けて飛んでくる一本の矢。

なっ!?当たるっ!と思った俺は身を捻ってその矢をかわそうとするが、親に手を引かれていた俺は避けきること叶わず、ほっぺをかするように傷つけられ、その矢は地面へと突き刺さった。

傷自体はたいした事は無い。が、しかし。今の矢は完全に俺を狙っていた。だが俺には矢で射られる様な事をされる因縁はこの世界には未だ無い。

「アオ?」

俺の手を引いていた母親が急に振り返った俺を心配そうに覗き込む。

「何かあったの?」

そう心配そうに問いかけてきた母親に俺は「何でもないよ」と答え、突き刺さっている矢に視線を移した…が、そこに突き刺さっていたはずの矢は無くなっていた。

そんなバカなっ!?俺は確かに矢が突き刺さるのをこの目で見ている。しかし、振り返った一瞬で矢が無くなっている?

奇怪な出来事に俺は戦慄し警戒レベルを上げた。

「大変、血が出てるじゃない。カットバンは家に有るはずね。急いで家に戻って消毒しましょう」

「う、うん…」

しかし、引かれるままに俺は家路を急ぎ、その道中は『円』で周囲を警戒するが、何事も無く家へと到着する。

何だったんだ?と考えるが答えは出ない。矢が飛んできたのは気のせいだったのか?

しかし、おれの頬のカットバンがさっきの出来事は実際に有った事だと伝えている。

攻撃的な意思を持つ物の存在を感じないが、俺は念のためとソルに警戒を頼み、その日は就寝した。

次の日、俺は奇妙な感覚に悩まされる事になる。

食器棚の高いところにあるグラス。当然今の身長では椅子などの踏み台が無ければ届かない。だが、手を伸ばすだけで取れるのではないかと言う奇妙な感覚。しかし、何故か俺は出来るのでは無いかと確信していた。

不思議な感覚に逆らわずに右手を伸ばすと、俺の右手から俺のではない何か別の右手が飛び出して目的のコップを掴んだ。

良く見ればその手は透けている。そしてこの感じはオーラと同様のものだ。

「こ…これはっ!?」

『マスター、その腕はいったい!?』

ソルも驚いたようだ。

コップを掴んだ手はするすると戻り、再び俺の体へと戻った。

「分からない…今のは…」

今度はもう少し遠くの物を掴もうと考える。

すると再び現れた手は肘から肩へと出てきて、ついにはその全身が現れる。

身長は自分と同じくらいの半透明の人型。体のあちこちに剣十字のマークがプリントされ、その両目には写輪眼が浮かんでいる。

その半透明の幽霊のような人型は俺の意思を汲んだように自在に操れるようだ。

「新たな念能力か?しかし、俺はそんなものを意識した事は無い…」

そんな事を考えている時、ガチャリとドアを開けて母親が入ってきた。

「アオ、お昼ご飯…何しているの?」

俺はこの人型の幽霊を見られたかと焦ったが、母さんは俺を見るだけで、特に何か怪しいものが居るとは感じていないようだ。

つまりこの幽霊は見えていない?まぁ、念能力のようにオーラで出来ているようだし、そう考えれば一般人には見えなくても問題ないのだが…

「ううん。なんでもないよ。それより母さん、おなかすいたよ」

「今作るわ。パスタで良いかしら?」

「うん」

とりあえずその場を適当にごまかし、その幽霊に戻れと念じると俺の体に吸い込まれるように消えていった。

何か変な能力が身についてしまったが、とりあえず後で何が出来るか考察せねばなるまい。


結局、分かった事は多くない。どうやらこの幽霊は俺の念能力が形を持ってしまったものではないか?と言うのが俺の見解だ。

幽霊の触った物体の時間を操れるのだからおそらく間違いないだろう。…ただ、今までの俺の能力では触り続けていなければいけなかったのだが、手を離しても能力が持続しているのは俺の能力が進化したと言う事だろうか?…分からない。

それから数日経ったある日の夜。

突然嫌な気配に襲われて俺は飛び起きた。

ベッドの上から上半身を起こし、片膝を立てベッドを降りようとした時、部屋の入り口に背の高い筋肉質の男の姿が見えた。

「誰だ…?」

その男は月明かりの影に入り顔は良く見えなかったが、その態度から自身が強者であると疑わない雰囲気を感じさせる。

「ほう…貴様選ばれたな」

選ばれた?何の事だろうか。

「これが見えるだろう?」

男が言うや否や俺の体を大男の幽霊がベッドから引きずり出し持ち上げた。

「なっ!?」

何が起こったのかわからなかった。俺は確かにベッドの上に居たはずだ。それが一瞬でこの幽霊に首をつかまれて宙に吊り下げられていた。

「くっ…」

瞬間的に『堅』で防御力を上げ、さらに俺の防衛しようとした意思を汲むかのように俺の両腕から透ける手が現れその幽霊の腕を掴みギリギリと引き離し、緩められた手を素早く抜けて地面に着地する。

「これはまたかなりのパワータイプのスタンドだな」

スタンド?この幽霊の名前だろうか。

「わたしは今このスタンドを使える者を集めている。スタンドはこの矢に選ばれた者だけが発現し、それを自分の意思で操る事が出来る者をわたしはスタンド使いと呼んでいる」

一瞬で男は昨日俺を掠めた矢をその手に持っていた。

「わたしに従え」

相手のプレッシャーが上がる。

しかし…従え…か。まいったね…

「断ると言ったら?」

「貴様はその言葉を後悔する事になるだろう」

男は余裕そうに言い放った。

この目の前の男は人を使う事を当然、使い潰したとしても補充の利く駒のようにしか思っていないのだろう。

そんな奴に使われるのは御免だ。

四肢に力を入れ、力強く宣言する。

「せっかくだけど断るよ」

「ほう…小僧。このわたしにNOと言うのだな?後悔する事になるぞ」

そう言った男のスタンドの両手にいつの間にか胸を貫かれ血を流している俺の両親が現れた。

「なっ!?なにぃぃぃぃっ!?」

「お前が素直にわたしに従えばこの人間は死なずに済んだものを」

一体いつの間にっ!?

無造作にゴミでも捨てるかのように投げ捨てられた両親の姿を見て俺は流石にスイッチが切り替わるのを感じた。

この男は何をしてでも必ず殺す…と。

「まぁ、貴様の自由意志など最初から期待していなかったが、断られるとやはりムカつくものだな」

と言った男の髪が怪しく伸びるとそこから何か小さな塊が俺に向かって飛んでくるのが見える。

『万華鏡写輪眼・天照』

「なっ何!?」

飛んでくるそれを全て天照の黒炎で燃やし、そのまま男の顔に照準を合わせ発火させる。

「がっ…ぐあっ…バカなっ!?」

突然の炎にもがき苦しむ男は余りの事に手に持っていた矢を取り落としてしまった。

見ればスタンドの顔もただれて来ている気がする。これは本体のダメージがスタンドにも反映されるのか?

「このっ!くそガキがっ!ザ・ワールドっ!止れぃ、時よっ!」

男が自分のスタンドを操り、何かをしようと企んだ。しかし…

「なぜだっ!なぜ動かないっ!」

無駄だ。尾獣すらその瞳力で操れると言われているのだ。この距離で万華鏡写輪眼から逃れられる訳が無い。

俺は男のスタンドを操ると振り向かせ、そのコブシで男の胸を貫いた。その勢いで壁を貫通し男は何処かに吹っ飛んで行ったが、同じくスタンドもその胸部に穴を開けて吹き飛んでいった。

どうやらスタンドとスタンド使いは互いにリンクしているようだ。つまり負ったダメージは双方に反映されると考えていいだろう。

「父さんっ!母さんっ!」

俺は駆け寄ると直ぐに彼らの時間を巻き戻して傷を塞ぐ。しかし…

「ダメ…か」

失った命はたとえ時間を戻しても戻らない。魂を戻す事が俺には出来ないからだ。

時間を巻き戻し、外傷の無くなった彼らはただ寝ているようだったが、その命の鼓動は二度と動く事は無い。

「あああああああっ!?ちくしょうっ!久々にこんな理不尽を味わったよっ!…アイツは絶対に許さない」

『マスター…』

心配するように胸元のソルが呟く。

俺の両目からは止め処も無く涙があふれる。

良い人たちだったのだ。子供らしい事は演技しか出来ない俺に何処か違和感を感じていただろうに、それでも愛情を込めて家族として育ててくれたのだ。

油断はしなかったつもりだ。あの男の一挙手一投足もこの写輪眼を越える速度で動くなど不可能に近いはずなのだ。

しかし、両親を貫いた彼のスタンドが出現するまで全くその動きを捉えられなかった。

「瞬間移動の能力…では無いよな。彼らを貫いてからこの部屋にテレポートしてきたにしては俊敏すぎる」

『はい。一瞬であれ、アレだけの事をやってっ戻ってくるには時間が足り無すぎます』

そうだ。どんなに素早く動いたとしても不可能だ。

「だったら何だ?まさか時間を止めたなんて事は…いや、ありえるのか。俺も時間を限定的に操れるからな」

『そうであればさらに彼の能力は異常です。そうであれば彼は止った時間の中を動けると言う事ですから』

「…そうか」

それはかなり絶望的な戦いになりそうだ。胸に大穴を開けてやったが、どうしてもあの程度で死ぬような相手には感じられなかったのだ。

しかし、俺は必ずアイツを殺す。それだけは両親の前に誓う。

カチャリと俺は落ちていた矢を拾い上げる。

「ソル、預かっておいてくれ」

『了解しました』

格納領域に矢をしまいこむと『円』で感知していた彼が圏外に逃げた事を悟る。

「天照の炎は全てを焼き尽くすまで燃え続ける。だが、確実とは言えないか」

ウーウーウーッ

追跡に出ようかと思ったが、先ほどの男が派手に壁を吹き飛ばしていった結果、警察が駆けつけてきた。

ここで俺が居なくなるのはいらぬ誤解を招く。

良いだろう。必ず探し出すからしばらく待っていろ。

両親の葬儀が終わったときがお前の最後だ。



「あああああっ!?くそがっ!何故消えぬっ…やつの射程距離はこれほどまでに長いというのかっ!?炎の燃焼がわたしの再生速度を上回っているだとぉっ!?」

男はビルの屋上を人間とは思えない跳躍力で駆け自分の屋敷へと戻り、全身を冷水につけるが、その炎は一向に鎮火する様子は無い。

「DIO(ディオ)様!?いかがなされました!?」

駆けつけたのは大柄の男だ。

「アイスか…お前のスタンドならこの炎だけを食う事が出来るか?」

「ス、スタンド攻撃!?」

「出来るのか出来ないのか、どちらだ、アイス」

DIOと呼ばれた男は余裕の無い声で部下であるヴァニラ・アイスに問い掛けた。

「か…可能でございます」

「ならば速くやれ」

「しかし、余り細かい動作は出来ません、表面の肉ごとそぐ事ならば…」

「速くやれと言っている」

「はっ!」

返事をしたヴァニラ・アイスは自身のスタンド、『クリーム』の口で食いつくようにディオの肉ごと削り取っていく。

全ての炎と取り除いたDIOは餌の為に飼っている家畜の如き扱いを受ける人間をアイスに連れてこさせると、その女の首筋に手を突っ込み命のエネルギーを奪うかのようにその血液を吸い上げる。

そうDIOは吸血鬼と言われる存在なのだ。

「このDIOとも有ろう者が小僧一人に恐れ退却してしまうとは一生の不覚…この借りは必ず返すぞ」

暗闇の中完全にその体を癒したDIOが虚空を見つめながらアオを必ず殺してやると宣言したのだった。



余りにも奇怪な死であったために司法解剖に回された彼らの遺体を無事に日本に送り届けるという段階になり、俺は一人姿を眩ませた。

この段階ならばまだ両親の死を受け入れられない子供の暴走と言う事で余り疑われる事は無いだろう。

カイロの街を円を広げながら進む。

あの男と出会った日から後の新聞で、家が燃えたとか火達磨の男を見たとか言う情報は無い。そのことから考えるにあの男はどうにかして天照の炎から逃れたのだろう。

日が完全に沈んだ頃、大通りから悲鳴が響き渡り、逃げ惑う人々が我先にと駆けて行く。

「…あっちか」

俺はそう呟くと人々の波に逆らって歩を進め、そのまま人の波を抜けるとすでに誰も居なくなった道に出る。

何処だと視界を移動させると上空から何かが降ってくるのに気付き、咄嗟にその物体を受け止めた。

「人か?」

その人は全身にナイフを突き刺さっていてとても軽傷には見えない。

「ちぃ…おい坊主。今すぐ俺を置いて逃げな…さもなければ死ぬぜ」

と、死にそうなのは自分の方だろうにその青年は小声で俺に忠告する。

コツと何かが着地する音が聞こえ、音を辿るとそこにはいつぞやの長身の男が立っていた。

「今日は運が良い。長年の因縁と、汚点を一気に洗い流せるのだからな」

「ちぃ…やれやれだぜ…」

かなり後になって知った名前だが、この青年の名前を空条承太郎(くうじょうじょうたろう)と言いスタンドは『スタープラチナ』、俺の両親を殺した相手がディオ・ブランドーであり、スタンドは『ザ・ワールド』と言う。

承太郎は満身創痍だが俺を庇うように立ち上がる。そのついでに刺さっていたナイフを抜き放った。

どうやらこの承太郎。あのDIOと敵対しているらしい。そしてこの傷つきようからしてかなり劣勢のようだ。

「おらっお前はさっさと逃げなっ!」

と言うと、承太郎は自分のスタンドを出現させ俺の首根っこを引っつかむと思いっきり後ろへと振り投げた。

「うわわっ!『エターナルブレイズ』!」

『ハァッ!』

振り払われる一瞬で俺は『エターナルブレイズ』と名付けたスタンドで承太郎さんのスタンド、スタープラチナをぶん殴った。

「何っ!こいつスタンド使いっ!」

承太郎さんはスタンドを攻撃され俺の事を敵かと一瞬逡巡したようだが、DIOの攻撃に集中しなければならないようで直ぐにDIOを睨む。

「まずはお前からだ、死ね承太郎っ!ザ・ワールドっ!時よ、止れっ!」

DIOがそう言った瞬間、おそらく時が止ったのだろう。

いきなりDIOが掻き消え、次の瞬間には胸部を貫かれて出血しながら吹き飛ぶ承太郎さんの姿が有った。

俺は吹き飛ばされている一瞬でソルを起動させる。

『スタンバイレディ・セットアップ』

瞬間に銀色の龍鎧が現れ、俺の体を包み込むが、その体の小ささにやはり不恰好だった。

空中で体を捻り、地面に両足を擦るようにして速度を軽減し着地する。

「貴様…何をした…?」

DIOが此方を睨みつけるが、それに答えてやるほど俺は親切では無い。

「こ…これは…傷が治っていくのか…?」

後ろの壁に激突して止った承太郎さんの体にはその何処にも傷跡が無く完全に塞がっている。

「いや…これは傷を直したと言うよりも…」

見た目の不良っぽさとは裏腹に承太郎さんの聡明な頭脳は何が起こったのかを正確に把握したようだ。

俺のエターナルブレイズが打ち込んだエネルギーはしばらくの間、承太郎さんの体を巻き戻し続けたのだ。

新しく傷を負ったとしても俺の打ち込んだエネルギーが尽きるまでは時間が巻き戻り続ける。

止った世界に死ぬと言う概念があるのかは分からないが、無いのなら巻き戻し続ける肉体から彼の魂が抜けていく事は無いだろう。

それに何故かさっきDIOが承太郎さんを攻撃するのを体は動かないが見えていたような気がしたのは気のせいだろうか…

そして迂闊に自身のスタンドを出さないのは俺に操られる事を警戒しての事だろう。炎を操る能力とスタンドを操るスタンド能力者だと思っているのでは無いだろうか。

しかし、スタンドのルールとしては一人一個の能力しか持っていないと言うルールが存在すると聞いたのはまた後の事だ。

だがそれゆえにDIOは俺を警戒しているのだ。俺の態勢が整うのを見てDIOは物陰に一瞬で引っ込み、視界の先から消えてしまったのだから。

DIOの姿が一時的に消えた事と、俺がスタンド使いだった事で承太郎さんが走りよってきた。

「君はスタンド使いだったのか…」

「そのようですね。ほんの少し前に身につけたばかりですが」

「しかし、なぜこんな所?それとなぜ俺を助けた?」

「この能力を身につけた所為で俺はあの男には両親を殺されました。まぁ、弔い合戦と言う事ですね」

「そうか…」

そんな会話をしていた瞬間、体が金縛りにあったように動かなくなった。

時が止った!?

しかし、今度は確実に俺は止った時間を認識している。

物陰から一瞬飛び出して何処で回収したのか大量のナイフを此方に投げつけ俺と承太郎さんの周りを囲み込み空中に固定されるように止った。

このまま時が動き出せばおそらくそのナイフが動き出し俺達に刺さるだろう。

この止った世界の中でその法則を超越して動けるのはどうやらスタンドエネルギーだけのようだった。感覚的にだが、一振りか二振りくらいエターナルブレイズのコブシを振るうだけは動けそうな感覚は有るが、忍術や魔法、魔導が使えるような感じは全くしない。

「どうするんだ承太郎。どうやらお前はこの止ったときの中で多少なりとも動けるようだが、そこの小僧は違うぞ?引けばお前は助かるかもしれないが、その小僧は確実に死ぬ」

そう言うとDIOはまた物陰に隠れて身を隠した。

「ちっ…」

承太郎さんは悪態を付いた後スタープラチナを繰り出してコブシを二振り。幾つかのナイフを弾き飛ばすとそこで再び動きを止めた。

どうやら止ったときの中を動く事が出来る限界のようだ。

しかし、ただのナイフなど堅をしている俺にはたいしたダメージが有る訳では無い。問題は承太郎さんだ。

時が動き出す前に俺は彼を殴らなければならない。何故ならナイフの一本が急所に直撃コースであり、動き出した振り上げたコブシでは打ち払う時間は無さそうだったからだ。

仕方ないよな…

「エターナルブレイズっ!」
『ハァッ!』

エターナルブレイズの腕がスタープラチナをぶん殴る。

本日二度目のぶん殴り。殴られたエネルギーで承太郎さんは後ろにのけぞった姿勢で空中に固定されている。

「何っ!?」

驚きの声はどちらだっただろうか?承太郎さんか?それともDIOだったかもしれない。

そして時が動き出し、承太郎さんは派手に吹き飛んでいくが、エターナルブレイズが体を巻き戻しているのだ。痛いかもしれないが傷はつくまい。

それよりも俺は此方の対応をしなければ成るまい。

『ラウンドシールド』

迫るナイフをエターナルブレイズのコブシで弾き、残りは防御魔法で弾き飛ばす。

「まさかお前まで我が止った時の世界に入門してくるとはな…」

物陰から声だけが聞こえてくる。

「ここで叩かなければならん。二人ともだっ!止った時を制するのはこのDIO一人で無ければならないっ!」

そしてまた時が止る。

何処だ?何処から来る?と考えていると巨大な影が地面をよぎる。

「タンクローリーだっ!」

どうやらDIOは石油の入ったタンクローリーを抱え上げ、止った時の中を移動してきたようだ。

その重さはトンクラスであり比重によっては簡単に人間なんて潰れた蛙のようになってしまうだろう。

「どれだけこの世界で動けるのか分からぬが、一秒か?それとも二秒か?どちらにせよもう遅いっ!スタンドを操る能力も発火能力も遮蔽物が有れば使えまいっ!」

俺の能力を分析はしていたのか。どちらも視界を媒介にする能力だ。確かにこの状態では使い辛い。

DIOは勝ち誇ったようにタンクローリーを投げつけ、その上に載るとザ・ワールドを出現させてタンクローリーを叩き壊す。

「くっくそっ!」

俺は止った時の中でエターナルブレイズを動かし下からコブシを突き上げてタンクローリーを押し返そうともがく。

「無駄無駄無駄ぁっ!」

その強力なスタンドパワーでさらにタンクローリーを押し込み、打ち砕く。

承太郎さんも止った時の中を駆けて来るが、吹き飛ばしすぎて間に合わない。

ほんの数回殴った所で俺のエターナルブレイズの攻撃が止る。…限界だ。

「そして時は動き出す」

一瞬で破壊されたタンクローリーからばら撒かれた石油に漏電したバッテリーから吹いた火の粉で引火し大爆発が起こり、辺りを爆音と炎で包み込む。

その爆発にいかにスタンド使いとは言え生身の人間では耐えられるものでは無いだろう。

「あはははははっ!このDIOに屈さぬからこう言う事になるのだっ!」

「てめぇ…っ」

承太郎が目の前で子供を殺された事に怒りをあらわにしている。

「正直に言おう。わたしは承太郎、貴様よりあの子供の方が脅威だったのだよ。その排除に成功した今、貴様などたいした障害になりえない」

「てめぇにはそれ以上言葉を言う間もなく殺してやるぜっ!」

承太郎が地面を掛けてDIOとの距離を詰める。

「よかろう、やってみろっ!このDIOの時間停止を上回る事が出来るのならなっ!…ザ・ワールドっ!時よ止れっ!」

制止した時間。その中をDIOは自由に動き回り、承太郎も動きを再開して迎え撃つ。

「オラオラオラオラオラオラオラオラっ!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄っ!」

互いのスタンドのラッシュがコブシを合わせる。しかし、制止したときの中で先に動きを止めたのはやはりスタープラチナだ。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁっ!」

「かっがふっ」

ついに承太郎のスタープラチナは打ち砕かれ派手に後方へと吹き飛んでいった。

「やったっ!ついにジョースター家との因縁に終止符を打ったっ!」

テンションが上がり、高笑いをするDIO。

「だが、奴らはゴキブリのようにしぶとい。死んだ振りをしていると言う事も考えられる。ここは確実に止めを刺さなければ」

そう言ったDIOは注意深く承太郎に近寄りへし折った道路標識振り下ろし、承太郎の首を切断した。

「あははははははっ!最高にハイってやつだっ!」

燃え盛る炎をバックにDIOは高笑いし、勝利を確信する。

「あはははははっ…なにぃ!?」

高笑いをしていたDIOの体をいきなり黒い炎が包み込んむ。

「これはっ!?まさか小僧が生きているのかっ!?」

振り向いたDIOの先に居るのは何処も怪我をしていない俺だ。

「ば、バカなっ…どうして…!?」

「冥土の土産に教えてやろう。ここは幻術の世界。つまり精神の世界だ。現実のお前は一ミリだって動いてはいない」

「なにぃ!?」

先ほど完膚なきまでに打倒したはずの承太郎が傷一つ無く立ち上がる。

「この技は月読と言う。俺の眼を見ただけで相手を一瞬で幻術の世界に引きずり込む。この世界は全て俺の意のままだ」

こんな風にねと俺は言うと右手を上げる。

すると四方から飛び掛る大量のナイフ。

「ザ・ワールドっ!時よ、止れっ!」

が、しかしナイフは止らない。

ザシュザシュザシュっ!

「ぐおおおぉぉぉぉぉおっ!?」

ナイフは止らずにDIOを傷つける。

「バカなっ!バカなぁっ!」

DIOは俺を目掛けて駆け、ザ・ワールドで殴りつけるが、その攻撃は俺を貫通し素通りしてしまう。

「現実のお前がどうなっているか。教えてやろう」

「何を…っ!?」

ツツーと首に切れ込みが入り、スライドするようにDIOの首が地面に転がり落ちた。

「これが現実だと!?」

生首一つで叫んでいるDIOは、体は倒れ込み、体も頭も全て黒炎に包まれている。

「ああ、これが現実だ。お前は何も出来ないまま天照の炎に焼かれ、そして死ぬ」

「バカなっ!ばかな…っ!このDIOがっ!このDIOがぁ…っ!」

末期の叫びを上げながらDIOは炎に焼かれていった。







俺はDIOを斬ったソルをしまい込み黒い炎に焼かれるDIOを眺めていた。

「なっ…いったい何が起こったんだ」

承太郎さんがナイフの刺さった体を重そうに持ち上げ俺に近づいて来た。

「なぜDIOは何もせずに棒立ちになったままみすみす斬られるような事になったんだ?お前のスタンド能力…なのか?」

俺はそれには答えない。

真実は月読の瞳術に囚われた為に動く事が出来ないDIOを硬で強化したソルで斬った後に天照で燃やしただけだ。

俺と彼の勝負は彼を視界に捉えた瞬間に終わっていたのだ。それほどまでに万華鏡写輪眼の能力は強大だった。

「な、なんだこりゃっ!?この燃えているのはDIOなのかっ!?」

「ポルナレフか…」

街の角から駆けつけてきたフランス系の白人種の男性が血相を変えて叫んでいる。

「そのようだな」

「承太郎がやった…訳では無さそうだな。そこの小僧か?」

「ああ」

それを聞くとその青年、ポルナレフさんは両膝から崩れ落ちた。

「イギーやアヴドゥルの敵討ちが…最後はこんなガキに殺されるとはな…いや、ここは礼を言うべきなのだろう」

ポルナレフさんは振り返るとありがとうと言った。

「いえ…あなたの仇で有るように、あの男は俺の両親の仇でした」

「そうか…」

黒い炎が完全にDIOを燃やしつくしたのを確認した俺は踵を返す。

「誰だか分からないが、助かった」

と言う承太郎さんの声を背中で聞いた俺は瞬身の術でその場を去った。

この承太郎さんとの再会は10年ほどあと日本のとある町での事になる。




あの事件の後、俺は日本に居る父方の祖父に引き取られ、杜王町(もりおうちょう)と言う所で暮らしている。

どんな偶然か分からないがこの町はソラの住んでいる町で、家もそう遠くない。

近所の公園で待ち合わせをして久しぶりにソラに会って、スタンド能力を身につけたと報告すれば必然的にどうやって身につけたのかと言う話になる。

「たぶんあの矢がかすったからかな」

「矢?」

「ソル」

『プットアウト』

格納領域から取り出されるのは禍々しい装飾の矢先を持つ一本の矢。

「これ。これが俺をかすめた後、スタンド能力と言われている能力を身につけた。エターナルブレイズ」

こんなのと俺はエターナルブレイズを出す。

「それ?なんか念能力の派生みたいな感じだね」

「ああ、俺もそう思っている。実際これに使われているのはオーラだし、この状態では普通の人には見えない」

「へー。何が出来るの?」

「物を掴むとか殴る、蹴ると言った基本的な行動と、殴った物の時間を操れる感じだ」

常時掴んでいなければ発動出来ない俺のクロックマスターよりは使い勝手が良い能力かもしれない。

「デメリットは?」

「本体のダメージが反映される。たぶん逆も。スタンドが傷つけば俺自身も怪我を負うだろうね。だからスタンド受けた衝撃で俺自身が吹き飛ぶと言う事もあるみたい」

「それは…結構大きいね」

「後は射程距離が有るみたいだね」

「射程距離?」

「使うオーラを増やしていけば最大で15メートルほどは行けるけれど、消費がバカにならない。消費を気にしないで使える限界がおよそ5メートル」

「なるほど」

と言ったソラは矢先を右手に当てると軽く自分の右手を傷つける。

「そ、ソラ!?」

「ん、大丈夫。平気」

ソラは矢を俺に返すと傷口をぺろりと舐め簡単に止血する。

「アオの話が本当ならこれで私もスタンドを発現できるはず…どうやって出せばいいの?」

まぁ確かに、DIOの言う事を信じればスタンド能力を身につけた原因があの矢にある。であるならば条件はそろった事に成るはずだ。

「最初に発現したのは背の届かない物を取ろうとした時だ。それからは何となく有る物と認識したのか特に何か引き金になるような事は無いかな。…なんとなくスサノオを使う感覚みたいだと思ってくれればいいよ」

何かを操ると言う感覚が凄く似ている。

「なるほど」

ソラは上を見上げると今の身長では届かない木の枝に手を伸ばし掴もうとする。するとソラの腕から離れるように半透明の腕が出現し、腕だけじゃ届かないのかその全身がソラから出現し枝を折り降りてきた。

現れたそれは女性型で、全身にマークされているのはやはり剣十字のマーク、その瞳は写輪眼のようだ。

降りてきたそれはソラのからだに戻るように消えて行き、ソラの手に折れた枝だけが残る。

「名前を考えないとね」

「名前?」

「スタンドの名前。アオのスタンドにも有るじゃない?」

そう言ったソラは少し思案した後思いついたように言った。

「そうだなぁ…イノセントスターター…うん、イノセントスターターがいい」

「そっか」

それから一月余り、スタンドを身につけたソラと互いのスタンドを使って色々な事を検証し、その特性を理解する。

スタンドは自身の思うように操る事が出来る。

ダメージの相互関係はスタンドが負ったダメージは自身に返り、自身の負傷はスタンドに反映される。

射程距離が有り、俺もソラもおおよそ5メートルくらい。しかしこれは絶対ではなく、込めるオーラにより上昇する。

基本的に物体を透過するかどうかは本人の意思によるもので、壁の一枚くらいなら平気ですり抜ける。スタンドが持ったものは一時的にオーラに変化するのか、小さいものならばそのまま一緒にすり抜けてしまうようだ。

影分身をしたら影分身からも発動できるが、その時負ったダメージも本体に還元されてしまう。

影分身がやられるとスタンドは自動的に消滅する。

写輪眼を持っているからか、スタンドの動作は俺自身よりも精密な動きが出来るようだ。しかし、スタンドは基本的に忍術は行使できないらしく、さらに幻術や万華鏡写輪眼は使えない。

スタンドは何らかの能力を宿している。俺とソラの場合その両腕で触れた物を対象に行使できるようだ。

とりあえず分かったのはこれだけ。

しかし、これならば影分身の方が優秀だし、強力だ。…特にいらないかなぁとも思わなくは無い。

そんな感じで特に必要性を感じないまま十年が経ち、俺は承太郎さんと再会する事になる。
 
 

 
後書き
ドッグデイズ編は此方がリオ編よりも先に書いてみたのですが…キャロがすでにオリキャラでキャロである意味を感じられずにお蔵入りしました。
ジョジョ編はスタンドを手に入れてもアオ達には必要ないよね…と言う事ですかね。今回の話でもDIO相手にスタンドは使ってませんしね… 

 

エイプリルフール記念 番外編その2

 
前書き
ドラクエ編になります。
この話もジパング辺りで放置していたのを三日くらいで後半を書き足しての投稿です。 

 
またしても転生である。

前世の俺はそこそこ幸せな時間をすごせた。

転生して初めてではないだろうか?

実母が天寿を全うしたのは。

色々な事が有ったが、とても幸せな時間だった。

念が使える母さんは年齢にしては若くみられ、長生きしたしね。

別れはとても辛かったけれど、彼女は最後まで俺達の母親だった。

俺も多くのものを彼女に返せたと思う。


さて、今度俺が生まれた世界。

どうやら今回は中世っぽい世界に生れ落ちたようだ。

俺が住んでいるところは所謂城下町といった感じで、警邏の兵隊や、貴族様の馬車なんかが見られる。

携行する武器は剣や槍と言った物が主流であり、時折杖を武器にしている人もいる。

そう、この世界にも魔法があるのだ。

町並みや戦士や魔法使いと言った職業がある事から、正しくファンタジーと言った世界だ。

特に優秀なのは僧侶だ。

教会の神父さんなら簡単な怪我くらいなら魔法で治してくれるし、解毒魔法なんてのもある。

さらに条件がそれえば死者の蘇生すら可能なのだそうだ。


俺とソラがこの世界で前世の記憶を取り戻したのがおよそ3歳の頃。

その頃にはすでに俺とソラは孤児院に厄介になっていた。

記憶が戻るのと同時にソラが近くにいた事は僥倖だ。

言葉の心配をしなくてすむからね。

世界には魔物が生息し、その殆どが人間に牙を向く。

俺やソラの両親は魔物にやられたのだそうだ。

さらにその行動が年々顕著になっていっているらしい。

その理由も皆分かっている。

『大魔王バラモス』

彼の者が今世界を我が物にしようと魔物を操り世界を混沌に落とそうとしていた。

城の兵士や、傭兵たちは日々その領地拡大を目論む魔物たちの対応で精一杯。

そこで国は一人の勇者にバラモス討伐を託したのが数年前。

しかし、その勇者も火山の火口で魔物と共に消えたと言う。

そう言えば、その彼の遺児が勇者としてこのアリアハンを旅立ったともっぱらの噂だが…

故に今もジリジリと魔物が勢力を増し、俺達のような孤児が増える事になる。

さて、俺達孤児の立場はどういう物かと言えば、国に借金して成人まで面倒を見て貰っている立場だ。

国も只で孤児の面倒なんかは見れないと言うわけだ。

成人したら働いて規定の金額を払うのもいいし、払う目処が立たなければ城での兵役が待っている。

大体後者が多いだろうか?

俺とソラは特殊な例だろう。

成人(16歳)と共に城に全額返済をして自由を勝ち取ったのだから。

さて、そこでどうやってお金を稼いだのかと言う手段の話になるのだが…

ソル達の格納領域にしまっておいた貴金属類。前世から持ち込んだ宝石の類を換金し、それで一気に返済したのだ。

宝石や貴金属は世界を超えてもその価値はあまり劣化しないから助かったよ。

自由を手に入れた俺達は成人のお祝いもかねて酒場で夕食を取っている。

孤児院に居た頃はあまり縁の無かった所だけど、周りを見渡すと気のいい連中がわいわいと騒いでいる。こう言う雰囲気も結構好きだな。

「それじゃ、成人を祝して」

「乾杯」
「乾杯」

チンッ

俺とソラのジョッキが重なる。

「さて、これからどうするかだけど」

一息に半分まで飲み干すとジョッキを置いて話を切り出す。

「そうね、どうするの?」

王城での賃金の約束された仕事や、住み込みの仕事に就いていない俺達は、今朝孤児院を卒業した後は住むところが無い。

「俺は旅をしながらこの世界を見て回りたいと思っている」

「この世界を?」

「ああ、魔物や魔王が居る世界だとしても、未知なる世界に少しワクワクしている自分がいるよ」

地球は俺が生きていた時代にはすでに未知とは程遠くなってしまっていて、世界はとても狭く感じるようになっていた。

それに比べこの世界はどれだけ広い事か。

「だから冒険者として生活しようと思っている」

「そっか、わかった。私はあなたに付いて行くだけだもの」

ソラも旅に出る事に賛成してくれたようだ。

冒険者とは所謂何でも屋の俗称だ。

魔物退治など、いくら国が頑張っても対応できない事が多いし、挙句に懇願してから討伐までに数週間かかるのはざらだ。

まだ城下町であるアリアハンは良い。

しかし、これが城から離れるにしたがって顕著になる。

衛兵が街に到着したときにはすでに遅いと言う事も珍しくない。

これは国が怠慢なわけではない。被害が多すぎて対応できないのだ。

そう言った状況で、時代に合わせて現れたのが冒険者達だ。

依頼者からお金をもらって解決する人たちの総称。それが冒険者だ。

依頼はさまざまで、一番多いのは商隊の護衛だろうか。

この時代、街から町への輸送は徒歩及び馬が主流だが、当然道中モンスターに襲われる。

しかし、多くの商人は戦う力を持たず、結果として冒険者に依頼する。

結果としてそれを仲介する人たちが現れ、一つの共通認識として冒険者は認められる事になった。

「まあ、詳しい打ち合わせは食後にね。今は料理を楽しもうか」

カランカラン

そう言って目の前の料理に手を掛けた時、酒場の入り口を開け、少し小柄の黒髪の少女が入ってくる。


side ???

私の名前はアルル。

だけど私はその名前が物凄く嫌い。

嫌いな理由がある人を憎む気持ちからきているって言うのも自分の事ながら呆れてしまう。

だけど、やっぱり嫌い。

私には双子の兄が居る。

小さい頃から聡明で、子供らしくない子供だったらしい。

その頃の私は年相応の子供だったと思う。

だけど、何かにつけて利発だった兄と比べられた。

しかし、まだその頃はよかった。

環境が一変したのはもはや父とも言いたくない先代勇者がみまかられてからの事。

あの日、母が私と兄とをつれて王城に呼び出されれ、先代勇者の死を聞かされた日。

あの女が何をトチ狂ったのか自分の子供を次の勇者に押したのである。

英雄の子が英雄とは限らない。

そんな事も分からなくなるほど勇者にすがらなければ明日の光すら感じられないほど世の中は鬱屈としていたのだろう。

それから私の地獄の日々が始まる。

何をしても兄に劣っていた私は何をするにしても謂れの無い罵詈雑言を浴びせられる。

兄なら直ぐに終える剣の素振りも私は素振りを終えるのに半日かかってしまう。

別段私がその年齢の子供として劣っていたわけじゃないと思う。

ただ、兄が異常だと周りが気づかなかっただけだ。

その後数年で正式に勇者の後継者は兄に決まったのだが、結局その後も私は修行を続けさせられていた。

もし、万が一にも兄が失敗したときの保険だろう。

しかし、兄のようには出来ない私は周りから「出涸らし」だの「1文字違うだけでここまで違うとは…」とか、その他多くの暴言を吐かれ、子供は親の背を見て育つと言うが、日々私を貶している中で育った彼らはいつしか私を蔑むのが当然という感じになってしまっている。

だから私は自分で自分のの名前を考えた。

今の私はアルルではなくアイリス。それが自分で決めた名前。

もちろん公明正大な勇者を地で行く兄が仲裁に入るがそれが悪循環。

勇者候補には逆らえないのか今度は見えない所で私をなじる。

巧妙に今度は勇者候補である兄には見つからないように。

そんな環境で私が兄を恨むようになるには時間がかからなかった。

母も嫌いだ。兄が居るのに修行をやめさせない彼女の真意は分からないが、私の現状くらいは気づいているはずだ。しかし、それも放置する。

祖父も嫌いだ。私に関わる事は無いが、助けてくれる事も無い。

しかしやはり一番は兄が嫌いだ。

人々からの羨望を一身に集め魔王を倒す為に旅立った彼。

それに対して私は平凡な子供時代を奪われ尽くされただけの存在。

そんな事認められる訳は無い!

だから私は彼が旅立ってからしばらくして旅に出ようと思う。

彼に復讐するための旅に。

彼の名声を失墜させる為の旅に。

だけど私一人では目的を達成出来ない。

仲間が要る。私の旅に付いて来てくれる仲間が。

いや、仲間なんて呼べる存在で無くていい。利用できる存在であるのなら誰でも。

必要ならば私は体だってひらく。

さあ、仲間を集めに行こう。

彼に復讐する為に。

そうして私は酒場の扉を潜った。

side out


何やら店の奥にあるカウンターが騒々しい。

何事かと、目の前の料理を口に運びつつも耳を傾けた。

「聞いたか、お前ら!この出涸らしはおこがましいにも旅の仲間が欲しいんだってよ」

大柄の戦士風の男が声を張り上げる。

「がははっ!それは傑作だ。誰もお前なんかに付いて行くやつ奴なんて居る訳ねぇ!なあ?皆!」

武闘家の男もそう野次を飛ばす。

「ああ」「そうだそうだ」

それに周りの人間が同調して声を上げる。

「っ…くっ…」

言われた少女は羞恥に耐えるように俯き、震えている。

うわっ…気分悪ぅ!

「それでも私には仲間が必要なんです!」

「分からねぇ嬢ちゃんだな。てめぇみたいなのに付いて行く自殺志願者なんていねぇってぇの!」

そう言った戦士風の男が足を振り上げ、今まさに少女へと蹴り出そうとしている。

マズッ!

そう思った瞬間にはすでに俺は席を立っていた。

神速で二人の間に割り込み、男の足を掴んでそのまま捻る様に投げ飛ばす。

「ぐあっ!」

膝の関節が逝ったかも知れないが、この世界は回復魔法が一般的に広まっている。お金さえ積めば教会の神父さんが直してくれるだろう。

「何だこいつ!?」
「いったいどこから!?」

周りの客が騒ぎ出した。

やべっ…やっちまった、か?…

「女の子を蹴り付けるとか、酷い事をしては駄目ですよ?…ってことで、さいなら」

俺は直ぐにソラとアイコンタクト。

ソラはすでに会計を行なっていた。

さて、それじゃ、逃げますかね。

とっとと、渦中の人間を放置は流石にまずいか。

俺は少女の手を取って店を出る。

「こらっ!待ちやがれっ!」

待てと言われて待つ逃亡者は居ませんよ。

俺達のほうが入り口に近かったために戦士の仲間に入り口の封鎖はされずに抜け出す事に成功した。

走っている途中、追っ手の気配が無くなったのを見計らって連れ出した彼女の手を離しす。

少女を置いてしばらく走ると路地裏でソラ達と合流した。

「悪かったな。せっかくのお祝いだったのに」

「いいよ。ただ…何かフラグが建ちそうな気がするんだけど?」

フラグ?無い無い。勇者はすでに旅立ったって噂だしね。

「夕飯を何処かで食べなおす?それとも少し早いけれど今日は宿に下がる?」

下宿先が決まるまでは孤児院に泊めてくれるけれど、成人して孤児院を出るときに自分で今まで使ってきた部屋をきれいにするのがルールだった。

俺達はすでに物の整理を終えて、職が決まるまでは宿に泊まる予定だった。

お金に余裕があるからね。

孤児院とてベッドに限りがあるのだから、上がさっさと出て行かないと次の子を迎え入れられないから俺達は直ぐに出ることに決めていたのだ。

「そうだね。露店で軽食を買って宿屋へ戻ろうか」

ソラの同意をへて宿へ下がろうと思ったとき、後ろから声を掛けられた。

「あのっ!」

振り返ると先ほど俺が助けた少女だった。

俺達の視線が自分に向けられた少女は、ビクッと体を一瞬震わせた後コブシを握り気合を入れると俺達を責め立てる。

「貴方のせいであの店で仲間を集める事が出来なくなってしまったじゃないですかっ!どうしてくれるんですか!?私には仲間が必要なんです。例えどんなに理不尽な事を言われたとしても!そもそもこのアリアハンにはあの店しか職業もちを紹介してくれる店は無いんですよ?それなのに、貴方達の所為で私の計画が台無しです!責任取ってください!」

責任って…

それより職業もちと言うのは、この世界にあるダーマ神殿と言う所に行くと、幾つかの中から望んだ職業に就くことが出来るのだそうだ。

その職業と言うのはモンスターを倒す事によりレベルが上がり、筋力などが増強され、魔法職ならば呪文を授かるらしい。

コレを聞いたときはどこのRPGだと突っ込んだものだが、この世界ではそれが常識だった。

「それはすまない事をした。俺としても良かれと思ってした事なのだが、結果として君に迷惑をかけてしまったようだ。しかし、責任と言われてもどうやって取ればいい?金品でも要求するのか?」

助けてやって金品を強奪されるとかはマジ勘弁して欲しいのだけど…相手にしては迷惑だったらしいし。

善意の押し売りは相手に迷惑をかける事もある。完全に俺が悪い。

「お金なんて要りません。貴方が私の仲間になってください」

うん?

「仲間って?さっきも言っていたけれど、君は何をするために仲間を集めているんだ?」

「それは…」

少し言葉を濁す彼女。

「……世界を、世界を見てみたい。ここじゃない何処か。話に聞く大きな四角錐の石の建物や神が居ると言う天にも届くと言う塔。その他いろいろな所に行って見たいし、いろいろな事が知りたい」



side アイリス

彼の質問に一瞬思考が止まってまった。

目的が復讐などと低俗な物と知られたくなかった。

あれほど復讐と拘っていたのに私の決意はそんな物だったの?

そうして出たのがさっきの言葉だ。

だけど、全部が嘘と言う訳じゃない。

ここじゃない何処かに行きたいとずっと思っていた。

ここに私の居場所は無い。

自由に、渡り鳥のように世界を旅してみたいと言うのは、小さかった私が夢想する事で現実を忘れるために考えていた事だ。

だから嘘であっても完全な嘘じゃない。

そんな私の答えに彼は後ろの少女と二、三話し合ってから言葉を発した。

「旅仲間を求めていたのならちょうどいい。俺達も旅に出るつもりだった。別段どこに行きたいとかは無いから旅の行き先は君が決めても構わない…が、君の本当の目的が知りたいかな」

っ!?やっぱりあんな言葉を信じる人では無かったか。

仲間になって欲しいと言う言葉も勢いで言った言葉では有ったが、彼の実力の高さからの打算もあった。

あれだけの実力者が私の言葉を鵜呑みにするはずは無かったのだろう。

だけど、本当の目的か…

言ってしまって良いのだろうか?

復讐だと。

そんな事についてくる人なんて普通は居ない…だけど。

「ある人に復讐する事」

「復讐?」

私の言葉に少し考える彼。

「その方法は?」

彼は誰にとは聞かなかった。

誰とは聞かずに方法を聞いてきた。

ここで答えを間違うわけには行かない。

「有名になる事…ううん。違う…私が魔王を倒すんだ」

side out


魔王を倒すと目の前の少女は言った。

つい先日、魔王バラモスを倒すために勇者がこのアリアハンと旅立った。

勇者か…

勇者とは一体何なのかについての定義は、実は俺はよく分かっていない。

勇ましい者、臆せず困難に立ち向かう者と言うより、人々の願いにより選出された者。

この世界では勇者とは職業らしい。

しかし、困難に立ち向かい、人々に安らぎを与え、羨望を集めると言えば普通は『英雄』と言う。

ま、どうでもいいか。

実は目の前の少女に見当は付いている。

酒場のやり取りを考えるに勇者の双子の妹。

出来すぎた兄と比較され、孤児院の俺達にまで誹謗中傷が聞こえてきていた。

「それで俺達に仲間になって欲しいって事?魔王を倒す仲間に?」

「ええ」

【なんかすばらしく歪んでいるね】

と、俺はソラへと念話をつなげる。

【そうね。でも、それも仕方がないように感じたわ。あの周りの態度の中で生きてきたのなら、良く死なないでまだ生きているものだよ】

【そうかもしれない。いわれ無き中傷を子供の頃から聞かされ続けてくれば歪むのも仕方が無い事か…しかし、復讐の方法が世界を救うとは…ははっ中々凄い事を考える奴だな】

【気に入ったの?】

【まぁ、ほどほどには】

【手を出しちゃダメよ?】

【だ、大丈夫だよ。俺にはソラが居るのだしね】

【そう。それじゃ、旅の支度をしなくちゃね】

【ああ、ソラはそれで良いのか?】

【私はアオに付いて行く、それで良いのよ】

嬉しい事を言われ、頬に朱が差しそうになったのを必死に押さえ、目の前の少女へと視線を向ける。

「それで、どうなの?」

「別に良いよ。付いて行ってあげる」

「そう……ありがとう…」

険しかった少女の表情が一瞬だけ緩んだのが見えた。

「それで、旅の計画は練ってあるの?」

「旅の支度を整えたら一路南の漁師町へとむかうわ。そこで数ヶ月に一度来る定期船でまずダーマ神殿へ向かう事にする。まずは職業に就かないことにはレベルも上がらないからね」

一応彼女なりに計画が有る様なので、俺達は何も言わず、その日はもう遅いので宿取り、就寝した。

次の日、旅支度を終えた俺たちはアイリスと合流する。

「急いで」

速足で歩く彼女の後を追う俺たち。

「何をそんなに急いでいるんだ?」

「旅の商人の一団が船に乗る為に港町に向かうの。それに一緒について行けば、モンスターに襲われる可能性も少ないし、彼らは護衛を雇っているからモンスターにやられる可能性も低くなる」

なるほど。なかなか良く考えているのだな。

分散するよりも固まっていた方が襲われた時に逃げれる可能性も高いし、監視の目も多いために敵の発見も早い。そう言う訳で商人達は時折こうして大所帯で移動する事もあるようだった。

それにまぎれる様に旅人がくっついてくる事もあるが、それはもはや暗黙の了解なのだとか。

徒歩で歩く事二日。

ようやく港町に到着した。それまでに出会ったモンスターなどはスライムやオオガラス程度のもの。特に問題ない旅であった。

「あなた達、お金はどれくらい持っているの?」

「それなりに持っているよ」

「そう。…でも、良いわ。ここは私が払う。あなた達を利用する私の役目だわ」

そう言うと、決して安くない乗船料を船乗りに払い、船に乗る。この街で宿を取る気は無かったらしい商人達は丁度良い日程で出発したらしく、あと数時間で出向のようだ。

港町で一月分の食料を買い込み、船へと乗船する事にした。

帆を張って進む木造の大型船の甲板を歩く。

「これは…なかなか趣があるね」

「そうね。こんな船に乗る事なんて中々無いわね」

俺が言えばソラがそう返した。

いつの間にか積み込みも完了したのか、船員達が慌しく動き出し、帆を揚げるとどんどんと陸地が遠ざかっていく。

海鳥が船を追いかけて並走しているのを眺めつつ、そろそろ夕食時だと俺はアイリスを捜した。

船の後部の縁に腰掛、何やら本のような物を読んでいるが、読んでいると言うよりも何か憎らしい物を見るかのような表情だ。

「アイリス、そろそろ夕ご飯だけど」

そう言うとアイリスは本から目を上げ、俺の方へと向いた。

「そう。もうそんな時間か」

「そんなに熱中するほど面白い本だったのか?」

俺の問いにアイリスは心底忌々しいと言う表情を作った。

「そんな訳無いじゃない。こんな読めもしない本っ!」

そう言ったアイリスは振りかぶると思いっきり海へと向かってその本を投げた。

ブワッ

突然一際大きな風が起こり、投げ出された本は見事に俺の方へと戻って来る。

「おっとっ!」

このままでは激突すると、俺はその本をキャッチした。

そして何の気なしに表紙を見て…そして戦慄する。

『攻略本』

「アイリス…これ…どこで…?」

日本語で書かれていたそれに俺の声がうわずった。

「ふん…勇者として旅だったあの男が大事にしていた物よ。とても大事なもののようだったから旅に出る前、あの男が城に行っている間に盗んだのよ。…でも、何度読んでも意味の分からない文字が書いてあるだけ……アオは読めるの?」

アイリスの声を聞きながら俺はページをめくった。

すると、そこには日本語で書かれたこの世界の出来事が書かれていた。

勇者の旅立ち、そしてイベントの順番。ラーミアとやらを復活させる為に必要なオーブと言うアイテムの取り方にこの世界に存在する魔法の全部の呼び名とその効果。果ては効率の良い転職の仕方や、モンスターデータまで。

もちろん全てが載っている訳では無いだろう。これは所謂記憶を書き出した覚書のような物。しかし、思い出せるだけ思い出し、書き記したそれは、「攻略本」と言って差し支えの無い物だった。

「そう、読めるのね。…ねぇ、何て書いてあるの?」

答えてしまった良いのか?と、俺は考える。

この本を書いた奴はおそらく俺と同じ転生者であろう。その本はひらがなやカタカナ交じりの現代風の日本語で書かれている。

そしてそいつは自分が勇者として転生した事に喜んだに違いない。この攻略本に悲壮感漂う言葉や葛藤などは書かれていないし、筆跡からも感じない。

もちろん彼自身も勇者であろうと努力し、その結果、周囲の期待を集め、アリアハンを旅立ったのだろうが、しかしその影で、彼の存在により歪められてしまった者も存在する。それがアイリスだろう。

どうするか。そう考えていると、いつの間にかアイリスの手が俺の裾を力強く握っていた。

「おねがい…教えて…」

「……これは、預言書の類だよ」

「預言書?」

「そう。勇者の旅が全て記載されている」

「え?」

流石に予想外だったのか、驚愕の表情を浮かべている。

「あの人は預言者だったとでも言うの…?そんな…」

掴んだ手が震えているのが分かる。

「教えてください…そこに書かれている事を…全て」

俺は躊躇ったが、泣きそうなアイリスの懇願に負け、訳しながら語って聞かせた。

それを全て聞き終えたアイリスはフラフラと船室へと戻っていった。今は一人にさせるべきだろう。

一人甲板に残された俺のところにソラがやってくる。

「どうしたの?呼びに行ったアオは戻ってこないは、すれ違ったアイリスは蒼白だはで何か有ったのは明白よ」

「これの事でちょっとね」

と言って、アイリスが忘れていった本をソラに渡す。

「これは……」

と、ソラは渡された本を流し読みし、言葉を発した。

「アイリスの兄の秘蔵書だったらしい。…まぁ、旅立つ前にアイリスが盗み出したらしいが…これを見ると俺たちと同輩だろうな」

「だね…面倒な事にならないと良いのだけれど…」

俺とソラは同輩の所為で割を食う事が結構有ったしな。…マルクルや八神翔など、碌な事にならなかった。特に後者はソラを殺した奴だ。…まぁその落とし前はきっちりつけてやったが…

「参ったね…これは困った事になりそうだ。アイリスが復讐するのは良い。その動機は不純だが、結果としてこの世界は救われる…かもしれない。だけど、このアレフガルド?…この世界の下に別の世界があり、さらにそこに居る真の魔王…バラモスすら過程なのか。…そして、今は良いけれどアイリスの復讐が勇者の旅の妨害へと変わらないかが心配だ。…いや、妨害してもいい、だがその場合はバラモスだけではなく、この大魔王ゾーマを誰かが倒さないと…」

関わってしまった手前、尻拭いするのは俺たちになるのか?

「でもアオ、考えてみて。今まで関わって来た同輩や、私達はその物語の主人公への転生ではなかったわ。と言う事は、この世界でもその可能性が高いと思わない?」

「旅立った勇者が主人公じゃない?では誰が主人公なんだ?」

「オルテガの子供はもう一人居るじゃない」

「アイリスか?」

「そう。むしろアイリスが本来の勇者だった。それをどう言う訳か双子として生まれた兄にその運命を食われたと考えた方がしっくり来るわ」

なるほど。

「旅立った勇者も悪い奴じゃないだろうさ。生れ落ちた場所や環境も有ったかもしれない。だが、それによって歪められた本来の主人公…か」

しまったな。正直に伝えた事はやはり浅慮だったかもしれない。

こうなれば最後までアイリスには頑張ってもらうほか無くなったと、アイリスの旅に同行する理由が増えたのだった。

「そう言えば、こっそりとこの船の操舵室へと進入したんだけど」

と、ソラは辛気臭くなった雰囲気を一蹴しようと話題を変えた。

「そんなとこに行ってたの?」

「まあね。それで、そこで興味深い物を発見したわ」

「この本以上に?」

「…その本に半分くらい書いてあったのだけど…ルナ、お願い」

『了解しました』

と、虚空に映し出されたのは一枚の地図だ。

「これは…?」

「この世界の地図ね」

「……俺たちが居た世界に似てるな」

俺たちが居た世界と言うのはあの日本が有る世界の事だ。

「これなんてどう見ても日本列島よね。で、アジア、ヨーロッパ、アフリカ…そして私達が居たアリアハンはどうやらオーストラリアみたいね」

確かに…

「だけど、文化レベルや技術レベル、魔法なんて物が存在するんだ。未来があの世界になるとは言い辛いだろうな。もっと別の世界になるか、もしくはそう有るべくして作られた世界と言う事だろう」

原作と言う物が存在したのだ。俺たちが考えても答えは出ないだろう。

次の日見かけたアイリスは表面上は特に変わった所はなく普通だったが、その見の内を他人である俺が(おもんばか)ったところで分かるはずは無い。彼女の葛藤は彼女だけのもので、彼女が結論を出すべき事柄だ。

それにダーマ神殿に着くにはまだまだある。それまでには答を見つけて欲しいものだ。

アリアハンのある大陸を左に回り、それから北上し南シナ海へと出ると、大陸にある、現代の地図では当てはまらない運河を風の力で遡る。

アリアハンを出て二週間ほど経ったとき、ようやく港町へと着いた。

船を下りるとそこは漁師町兼宿場町と言った様相だ。

「ここはダーマ神殿へ参拝する人達の海の玄関なの。昔から旅人で賑わって、だから宿場町としても栄えているんだって」

アイリスはだれに言うでもなく言った。

「へぇ、良く知っているな」

「……昔、勉強したのよ」

おっと…地雷を踏んでしまったようだ。過去の修行時代の事なのだろう。

「街で食料の補給をしたらダーマ神殿の方へ行く商人を探しましょう。運が良ければ同行できるかもしれないし」

「そうだね、それが良いんじゃないかな?」

「ああ、それで構わないよ」

と、ソラと俺はアイリスの指示に従った。

干し(いい)と燻製肉、後は持てる分だけの水を購入し、商人の人と交渉する。とは言え、商魂逞しい商人だ、只と言う訳には行かなかったが、アイリスにしてみればまだ出せる値だったのか、何とか商隊の列に加えてもらえることになった。

町を出ると荒野に一筋、岩の除けてあるルートが見られる。

「ダーマ神殿に行く人たちが通るたびに草を刈り、道にある岩を除けて行くそうよ。それがこの道を行くマナーなの。そして、それがいつしか道と成り、またそこを人が通る事で道を維持し、襲ってくるモンスターを蹴散らしていった結果、寄って来るモンスターもいなくなり、この道では余程の事が無ければモンスターに襲われる事は無いらしいわ」

アイリスのウンチクだ。

「なるほどね」

と、先ほどの失敗を繰り返すまいと、今度は無難な返答で返した。

アイリスの言うとおり、二週間に及ぶダーマ神殿への旅は特にモンスターに襲われる事は無く到着した。

商隊の人たちにはお礼を言って別れ、彼らはダーマ神殿の周りを囲むように出来た街へと行商に向かい、俺達はダーマ神殿へと向かう。

「おお、これは…すごいね」

「うん。凄くきれい」

そこに有ったのはタージマハル寺院のように荘厳な建物であった。

石造りの門を抜け、神殿の中へと入る。

中はエアコンも無いのに適度な温度に保たれていて外から来た俺たちにしてみればとても涼しい。

「何になるか決めた?」

俺は先を行くアイリスに問い掛けた。

「…そうね、迷っているわ。あの本を見るまでは戦士か魔法使いになろうと思っていたの。モンスターと戦おうとしたらそのどちらかが強いと思って。…まぁ昔から剣の修行を付けられていたからってのもあって戦士にしようと思ってたんだけど…」

「やめたの?」

「私は強くならなければならない。他の追随を許さないくらい。それには段階を踏まなくては成らないと言うのもその本で知ったわ」

この本に書いてあった情報はかなり貴重だ。

前衛職である戦士と武闘家。

この二つはMPが上がらず、魔法攻撃を一切覚えないが、その分戦士は攻撃力が。武闘家は素早さが高くなる。

逆に後方支援タイプは魔法使いと僧侶だろう。

攻撃力は上がらないが、魔法使いは多彩な攻撃魔法を、僧侶は回復魔法を覚えられる。特に僧侶の回復魔法は戦闘で負う怪我を治しえる強力な魔法だ。

商人はアイテムの慧眼が鋭くなり、ひと目でそのアイテムの能力を見抜けると言う。

そして、平民にしてみれば余り良い印象のない盗賊。

この職業はその名前に反し、どちらかと言えばレンジャーと言うタイプだ。罠の発見や周囲の気配に敏感になり、敵地に乗り込む時には役に立つスキルを覚えるだろう。

そして最後は遊び人。…これは…

「商人か遊び人になろうと思っている」

と、アイリスは言った。

「なるほどね。賢者になる為には遊び人を経験しなくてはならないものね」

横で聞いていたソラが納得したように言った。

通常の転職ではつくことが出来ない職業がある。それが賢者である。

賢者は魔法使いと僧侶が覚える魔法を全て使いこなし、魔力甚大の正に魔法のエキスパートだ。

しかし、賢者になるには「悟りの書」と言うアイテムで悟りを開くか、なぜか遊び人を極めるしか転職する方法は無いのだ。

そしてあの本に載っていた、全ての呪文を覚え、最強を目指す方法。

それは商人から遊び人に転職、それから賢者に転職し、全ての魔法を覚えたら盗賊に転職する。

盗賊は攻撃力、素早さ、魔力のステータスの伸びが良く、バランスの取れた職業だと言う。近接も魔法も補助も使える。一種の魔法剣士が誕生する事だろう。

「商人はどうしても必要かどうか分からないとあの本には書いて有ったよ」

商人の覚える「おおごえ」と「あなをほる」って、現実のこの世界で必要性があるのか?

まぁ、遊び人が覚える「くちぶえ」すら良く分からないが…

「それにここから程近い所に有るガルナの塔に悟りの書が隠されているのだろう?それを取って転職しても良いんじゃないか?」

「でも、商人の人たちの話を聞くと、ガルナの塔は強力なモンスターで溢れかえっているそうよ。そんな中をまだレベルの低い私達が行くのは自殺行為よ」

そうアイリスが俺の考えを否定した。

「それに、あの本によると遊び人の成長性?と言うのかしら。それは絶望的に低いらしいじゃない。最初の転職で遊び人を選ぶのはかなり苦しい旅になるって書いてあったわね」

そう、あの本はやはり攻略本と言う事なのだろう。書いてあった事柄はステータス面にまで及ぶ。

あの勇者がアリアハンを旅立つ時に同行させるメンバーをどうするかで何回も熟考するように書いては消してあった。

鉄板の勇者、戦士、魔法使い、僧侶の考察。先行投資で勇者、僧侶、遊び人、遊び人で3賢者の作成とか、いろいろだ。

彼がどう言うパーティーを選択したのかは旅立った方向が違う為に分からない。が、やはり遊び人は自殺行為か?と二重線を引いていたので初期メンバーに遊び人は連れて行かなかっただろう。

レベルを上げ、転職すると、今の強さの半分ほどを引き継いでレベルが1に成るらしい。それを利用し、他の職業でステータスを上げてから転職する事が望ましいと書いてあったが、この世界ではどうなのだろう。その辺は俺には分からない。

「あなた達はどうするの?私としては戦士や魔法使い、僧侶なんかに就いて欲しい所なんだけど」

「俺たちも魔法には興味がある。どうせなら賢者になりたい所だ」

あの本に書いてあった魔法の効果。その中でも群を抜くのは完全回復魔法「ベホマ」や解毒魔法「キアリク」や「キアリー」だろうか。

完全回復とはどの位凄いのか。瀕死の重傷でも完全回復するのだろうか。だったらとても凄い魔法だろう。そしてそれがあの本のデータ通りならさしたる消費もなく使えるのだ。

それとやはり蘇生魔法。これは死者すら蘇らせると言う。どれ程の奇跡だろうか。

これだけだと僧侶魔法だけだが、魔法使いが覚える「バイキルト」なども興味深い。

さて、どうしたものか。問題はどれ程の時間を掛ければ次の転職が可能になるか分からない所だろう。

今の俺たちはどれ程の敵を倒せば次の転職可能レベルと言われている20レベルに到達出来るかわからない。

数ヶ月か、それとも数年か。

あの攻略本を書いた奴は楽観視していたようだが、普通に考えればこの世界を回るのに一体何年掛かる?

地球を横に一周走るだけでも二年と言う月日が掛かるだろう。それも走ると言う事以外の全てを捨ててだ。

この攻略本を見るに、一体どれ程の月日が掛かるか、皆目検討も付かない。

と言う事は、レベルアップも相当な時間が掛かるのではないか?

ここはゲームであってゲームではない。現実だ。

この世界では20レベルを超えれば一人前だと言う。つまり、そこに至るまでには長い研鑽の日々を越えてきたと言う事だろう。

だが、それも良いかもしれない。時間が掛かればその内にアイリスも心変わりするだろう。

「俺は商人かな。どうせなら、全部覚えてみたいしね」

「そう。ソラは?」

「私もアオと一緒で」

「って事は、全員で商人って事?…それは流石にバランスが悪いわ」

と、アイリスは考え込んでしまう。

「仕方ないわね。私は僧侶にしておくわ。パーティー内で回復が出来るだけで死に難くなる…あの本に書いてあった事なのがムカつくけれど。…その代わり、レベルを上げたら悟りの書を取りに行きましょう。ぜったいあの人たちよりも早く」

アイリスは僧侶から賢者へと転職する道を選んだようだ。

「それじゃ、転職しに行きましょう」

荘厳な広間に、煌びやかな法服を着た男性が立っていた。

「あの人がダーマ神官さまね」

入り口で転職をと門兵に話すと連れてこられたのがこの広間。話は通っているらしい。

神官の前で跪いたアイリスに合わせ、俺とソラも膝を着く。それが合図であったらしい。

「汝らは今日、自身の道を切り開く為にここに来た。艱難辛苦な事もあっただろう。しかし、全てはこれからである。汝が希望する職種を願いなさい。さすれば新たな道が開かれるであろう」

と言う神官の言葉で俺は商人になりたいと願い、瞑想する。

すると、広場にオーラが満ち、それが俺に纏わり付いてくるのがわかった。

それに驚く俺とソラだが、これには抵抗しない方が正解なのかと考え、されるがままになっていると、しばらくして俺達のオーラの表面をさらに薄くもう一枚のオーラが包んでいるような感覚に陥る。

おそらくこれが転職したと言う事なのだろう。

「汝らに新たな道が開かれた。行くが良い。これから汝らに輝ける未来が訪れる事を願う」

無事に転職を済ませた俺達は一礼してその場を辞した。

ダーマ神殿を出て街へとやってくる。

「何か変わった?」

と、俺はアイリスに聞いてみた。

「知らなかったはずの呪文が頭の中に浮かんだわ。何となく使えると思う」

「へぇ」

「アオ達は?」

「さて、何か変な感じはするけどね。特に何かを覚えたと言う訳ではないよ」

「そうだね」

と、俺とソラが答える。

「そう。あの本によれば、どうやら商人はレベル1で覚えられる呪文は無いようだしね。きっとそう言う事なんでしょう」

これであの本の信憑性があがったが、それはアイリスもまた微妙な心境だったのか苦い顔をした。


今日はこのままこの街で泊まる事にして、宿を取って酒場で夕食を取る。

「それで、これからどうするの?」

夕食をとりつつ、ソラがアイリスにこれからの計画を聞いた。

「とりあえずレベル上げよ。ダーマ街道から少し出て、はぐれモンスターを探して狩るの。この辺はキラーエイプやマッドオックス、キラーバットのような獣系のモンスターが多い。それらの毛皮も寒い地方では取引されると聞いているし、それを元手に行商をしつつレベル上げ…かな」

以外にも良く考えているようだ。

「それよりも、君たちの武器はどうするんだ?私はアリアハンでかった銅のツルギや旅人の服なんかで武装しているけれど、君たちは普通の布の服じゃないか。お金は…余り無いが、明日防具屋を回って何か探してみよう。それと、武器だな。アオとソラには前衛をやってもらうことに成るのだから。…なにか得意武器は無いのか?」

そう聞かれたので、俺とソラはこっそりと待機状態のソルとルナを机の下で握ると、待機状態を解除。そのまま持ち上げてテーブルの上に置いた。

ドスンと言う音を立てて並ぶ日本刀と斧剣。

「……何処に持ってたんだよっ!」

「内緒」

吠えるアイリスにとぼけて見せた俺たち。

「くっ…まぁ武器は良いだろう。それじゃ後は防具だな。まぁ、それも明日だ。今日はしっかり寝て、疲れをとっておこう」

と、リーダーの決定を聞き、夕食を済ませた俺達は早く就寝するのだった。

次の日、防具屋を回り、値段の手ごろな簡素な防具を買うと、その足で街をでて昨日来た道を戻り、そこから少し脇にそれると、途端に草が生い茂ってくる。

そこを気配を消しながら進むと、群れからはぐれたのか、一匹のマッドオックスが見えた。

「いい、それじゃ、あなた達二人がマッドオックスに攻撃、ひきつけて倒す。怪我をしたら直ぐに戻ってきなさい。私が絶対に直してあげるわ」

「大丈夫。そんなに心配しなくても私達はそこそこ強いよ」

「そうだな。俺達はそれなりに出来ると思っている」

と、ソラの言葉に俺も同意した。

「皆そろってレベル1じゃない…まぁいいわ。それじゃ、行くわよっ!」

行くわよっ!って言っても先制攻撃するのは俺とソラなんだけどね。

そんな事を思っても口には出さず。俺はソルを抜き放つと、マッドオックスの背後に迫るとオーラでソルを強化しマッドオックスを切裂いた。

キュアッ!

と、甲高い声を上げたあと、マッドオックスは絶命した。

「い、一撃!?」

俺が一撃で仕留めた事に驚いているアイリス。

「まあこんなもんだろう」

そう言って俺は絶命したマッドオックスを見ると、マッドオックスの体からオーラが抜き出て、それが俺たち3人に分散されて吸収されて消えていく。

「これは…?」

ソラにも見えていたのだろう。今の現象はなんだろうと声を洩らした。

「経験値と言う奴だろう。…おそらく倒したモンスターのオーラを集め、自身を強化するようにあの神殿で能力行使されたんじゃないか?」

良く分からないけれどね。

「そう…」

たしかに先ほどよりほんの少しだけ行使できるオーラ量が増えたような気がするから、多分あってるんじゃないかな?

「……私(回復役)の出番が無いのはいい事よね。…そのマッドオックスを解体して次行きましょう」

毛皮を剥ぎ、角を切り落とす。肉の部分は地中に埋めた。その肉を求めてモンスターが集まってきても厄介だからだ。

本来は焼きたかったが、今俺達はそれらしい呪文を持っていない事になっている為に出来なかった。

その日はその後、4匹のマッドオックス、1匹のキラーエイプを倒すとダーマ神殿のある街へと戻った。

その夜。

夕食を取り、宿屋で部屋を取ると、今日は休むと部屋に篭り、鍵をしめる。

そして明かりを消すと俺はこっそりと宿屋を抜け出した。

「行くの?」

「ああ。ソラも行くか?」

「そうね、一緒に行く事にするわ」

何処へ行こうと言うのかといえば、モンスターが活発になる夜に、街の外へと出て経験値稼ぎと軍資金を稼ぎに行こうと言うのだ。

はっきり言って、今のペースだとどれ程時間が掛かる事か。

実力を余り大っぴらに出来ないために遅れているのだが、それを夜に取り替えそうと言うわけだ。

ソラと連れ立って夜の街を走る。

今度は少し遠い距離を飛行魔法で飛び、人の踏み入らないであろう山へと降り立った。

「うわー…これはこれは…」

「いっぱい居るね」

月明かりの下で反射するモンスターの瞳。

それが一斉に此方を向いたのである。

キュアーーーーっ!

グルアアアアァァァァッッ!

遠吠えが響き渡ると、さらに多くのモンスターが此方にやってくるだろう。

「それじゃ、行こう」

「うん」

『『スタンバイレディ・セットアップ』』

月明かりの下での戦闘が始まった。







二週間、俺達は昼はアイリスと一緒にダーマ神殿周辺で狩りをして堅実に経験値と軍資金を稼ぎ、夜はソラと二人で山へと出向いて経験値を稼いだ。

「最近この近くで余りモンスターを見なくなったわね」

「そうだね。この辺のモンスターは狩りつくしたのかもね」

と、敵が居なくて経験値が稼げないと少々アイリスが焦れてきていた。

ストレスもあってか、最近では自ら率先して剣を振り、モンスターを攻撃していた。レベルが上がっていると言うのもあるが、幼い頃から強制的に教え込まれた剣技もなかなかにさまになっている。

その太刀筋は確かに長い年月の研鑽を感じられるのだが、これをバカに出来るような同年代の子供など居ないはずだ。

アイリスは本当はとてもやさしい人なのだろう…いや、それとも親たちの報復に怯えただけだったのだろうか。

俺たちが知り合ってからの彼女は内向的とは言い辛い性格をしているのだが…

「あなた達が予想以上に強いから、ここは冒険してみるべきかしら…」

「危ない事は賛成できないよ?」

「危険は承知の上。でもそれくらいのリスクが無いと短時間でレベルアップは見込めない」

それはそうだけど…

「何処に行くの?」

「ガルナの塔を探してみましょう」

ソラの問いに答えるアイリス。

「だが、あそこは危険だってアイリスも言っていたじゃないか」

「ええ。でも相応のリターンもある。メタルスライムだっけ?そいつはかなりの経験値をくれるモンスターなのでしょう?あの本にも効率の良い経験値の稼ぎ場所とあったはず」

「そうだけどね…。それでも危険だよ」

と、止める俺たちだったが、アイリスの決意は変わらず。

この街道付近にモンスターが出なくなったのはおそらく俺とソラは夜な夜な狩りに出かけた所為もある。そして、アイリスの前でマッドオックスを一太刀で斬り伏してしまった事も原因だろう。

日が中天を差した頃に俺達は狩りから戻り、アイリスの武器と防具を貯まったお金で新調するし準備を整えると、明日からはガルナの塔を目指す事になった。

旅人や商人などから情報を集め、ガルナの塔のある場所を特定すると、どうやらダーマ神殿から北東に徒歩で3日ほど進んだ所に塔らしい物が立っているらしい。おそらくそこがガルナの塔だろう。

しかし、道中は険しく、さらにモンスターが跋扈する為にほとんど近づく人は居ないらしかった。

二週間分の食料を買い込んだ俺達は一路北東を目指す。

襲い掛かって来るマッドオックスやキラーエイプをいなして、教えてもらった通りに道を進むと、遠目に二つの尖塔を持つ建物が見えてきた。

「あれね」

アイリスがあれがガルナの塔であろうと断定する。

「見るからに古そうな建物ね」

とはソラの感想だ。

「早く行きましょう」

「はいはい」

アイリスに先導されて俺達は歩を進め、ついにガルナの塔へと到着した。

「下からみると結構高く見えるね」

遠くから見たときはさほどでは無かったが、下から見上げるとなるとその高さが際立って見えた。

「今日は塔には入らずに少しはなれた所で休みましょう。塔の攻略は明日からね」

アイリスはそう言うと、火の番の順番を決め、仮眠を取った。

翌朝、疲れを癒した俺達は塔を登る。

塔の中には嘴と足だけのモンスター「おおくちばし」や胴体に大きな口のあり、その燐粉には麻痺毒が含まれる蛾のようなモンスター「しびれあげは」などを倒しつつ、上を目指す。

特に「しびれあげは」は厄介で、大量の燐粉をばら撒き、俺たちを寄せ付けない。

その為俺達はしびれあげはを見ればまず速攻で倒す事にしている。

塔をどれ程登っただろうか。

そろそろ最上階と言う頃、岩陰から此方を覗いている銀色のスライムを発見した。

「あれがメタルスライムか?」

「そうじゃない?メタルって感じがするし」

俺の問いかけにソラが同意する。

「倒しましょう。私達はむしろあれを狩りに来たんです」

ピキっ!

倒すと言う言葉が聞こえたのか、メタルスライムはひと鳴きすると脱兎の如く逃げ失せた。その速度は普通の人間では追いつけないほど早く、すでにその姿が見えなくなっていた。

「あっ…」

「なるほど、倒し辛いと言うのはこう言う事なんだね」

「攻略本には硬くて素早いって書いてあるよ。ただ、その分少ないダメージで死んでしまうらしいけど、恐ろしく硬くてダメージが通らないらしい」

ソラが攻略本の情報を(そら)んじた。

「何か倒す方法を考えないとだね。相手が気付く前に取り囲んで逃がさないように…とか?」

「そうですね。その作戦で行きましょう」

俺の作戦を次はやってみようとアイリスが決定したようだ。

「しかし、出会い頭に逃げられると流石に難しい…」

と口にしたアイリスの声が何者かの声で聞こえ辛くなる。

グルルルル

俺はアイリスの背後に視線を移す。すると、そこには全長10メートルほど有るだろうか?蛇の様な体はとぐろを巻き、ワニの様な口は何物をも噛み千切り、その鉤爪で全てを引き裂く。そんなモンスターが宙に浮き、此方に襲いかかろうとしていた。

スカイドラゴンだ。

「アイリスっ!後ろだっ!」

「はっ!?」

俺の声でアイリスは直ぐに振り向くと、左の盾を前面に押し出すように剣を構えた。

スカイドラゴンは大きく息を吸い込む。

「ヤバイ、アイリスっ!下がって!」

ソラも叫ぶ。

「……っ!?」

今までの戦闘が順調すぎた。その為アイリスは一瞬下がるのを躊躇ってしまう。

スカイドラゴンはその口を大きく開くと、そこからゴウッと音を立てて炎を吐き出した。

咄嗟にアイリスは盾で身を守るが、炎の勢いは凄まじく、全身を守ることは出来ない。

「ソルっ!」

『ウィンドブレイク』

ソルを突き出すと、俺は周囲の空気を操り、突風でスカイドラゴンの炎を押し返した。

その内にソラがアイリスを抱きかかえてその場を離れる。

「大丈夫?」

「何とかね…ホイミ」

アイリスは自分に向かって初級回復魔法を掛けると見る見う内に火傷が消えていく。

「突然突風が吹いたから助かったものの、危ない所だったね」

ソラが誤魔化すように言った。どうやら偶然で済ませる気のようである。

アイリスは怪訝な顔をしたが、商人である俺たちが魔法を使えるはずは無いと問うのをやめたようだ。

アイリスをソラが救助し、距離を取った為に、スカイドラゴンには俺が前衛に出て対処しなくてはならない。

俺はソルを構えると石畳を蹴った。

グラァァァァァ

スカイドラゴンはその蛇のような同体を鞭のようにしならせて回りの壁を壊しながら俺を攻撃しようと振るう。

それを見切り、避けるついでにソルを振るうとキィンと言う甲高い音を立ててその鱗に弾かれてしまった。

「むっ?」

今までの敵よりも硬い?

今までの敵は、動物型や鳥形だったが、目の前のスカイドラゴンほど硬くは無かった。

俺は気合を入れなおす。今度は先ほどよりも多くソルにオーラを込めスカイドラゴンの首元へと迫り、一撃でスカイドラゴンの首を切り落とす。

ドドーーーンッ

巨体は浮力を失い地面へと落ちた。

「今のは?」

弾かれたソル。そして増したオーラを感じたソラが俺にコソっと問いかけた。

「いや、どうやらこいつらのレベルも高いようだ。纏程度では弾かれてしまうよ。こいつらも無意識にオーラを纏っているようだからね」

「なるほど」

こいつらもと言うのは、転職した人間もそうとは気付かずにオーラを纏っているからだ。…モンスターを殺した時のオーラを吸収し、蓄える。そうすると、自身で扱える限界量がだんだんと増えていって、それを身体強化や呪文によって消費するエネルギーとして使っている感じか。

消費され、減るとそこに自身のオーラをプールして置き、必要な時に使うと言うサイクルだろう。

スカイドラゴンの皮を剥ぎ取り、爪を回収すると直ぐにその場を離れる。

血臭でモンスターが押し寄せるのを避けるためだ。

肉片は腐敗する前に集まったモンスターが処分するだろう。

モンスターの世界は弱肉強食なのである。

さて、メタルスライムであるが、彼らは本当に気配に敏感だ。

『円』を広げてみたのだが、俺のオーラに触れた瞬間感知外へと逃げ去ってしまった。

この失敗から、今度は『絶』を使い、目視で発見後、音を消して忍び寄る。

目の前にはメタルスライムが二匹。

アイリスには後方を警戒させ、俺とソラで絶を使い気配を消して背後へと迫った。

コクン

ソラと視線を交わし、頷きあう。

次の瞬間、俺とソラは岩陰から飛び出し、オーラで強化したソルとルナを振りおろす。

ピキィっ!

ヒットさせるが、絶命には至らず。ダメージもほとんど受けてないのでは無いだろうか。

「はっ!」

と、今度は『徹』を使い内部へとダメージを浸透させる。

ピっ…ピキっ…

と鳴くと、今度こそ絶命する。

ソラを見るとソラの方もしとめたようだ。

そして次の瞬間、今までに無いような量のオーラが俺たちに向かって放たれ、そして吸収される。

それは今までのモンスターの比では無い量であった。

「なるほど、確かにこれは凄い量だね」

「うん」

絶命したメタルスライムは、生命力を無くし只の鉱物へと変貌していた。

それを戦利品と拾い上げると、アイリスが合流する。

「無事に倒せたみたいだな」

「まあね。…ただ、本当に固い奴だったよ。ダメージのほとんどをキャンセルさせてしまう程だ」

「…それにしてはきちんと倒せたみたいだが…それが?」

と、アイリスが興味を持ったので、メタルスライムの死骸を手渡す。

それを握り締めたり、踏みつけたり、壁に向かって投げつけたりしてみたが一向に傷がつく気配は無い。

「これは…硬いな。これだけの硬度を持っている物質はそうは無い。これで武器とか造れるといいのだけれど…」

「確かにね。だが、それにはまだまだ量が足りないだろうよ」

「そうだね…まぁ、これは拾っておいて。先に進もう」

二本の尖塔の片方の最上階にたどり着くと、そこにはもう片方へと続く細いつり橋が掛かっている。

「これを渡る…のか?」

尖塔から下を覗き込んだアイリスが怯む。

「それしか無いだろうな。向こう側の塔を上る階段は見つからなかったからな」

「くっ…」

俺が肯定するとアイリスは恐怖と葛藤し始めた。

「こう言う物は恐れるほど足を踏み外す物だ。前だけを見てさっさと渡った方が良いだろう」

と言うと俺は塔の上をモンスターが飛んでいない事を確認するとスタスタとつり橋を渡り反対側の塔へと渡りきった。

「アイリス、大丈夫?」

と、ソラがアイリスを気に掛けるとアイリスは、

「だ、だいじょうぶだっ…!」

と気丈に振舞ってつり橋を渡り始める。

「わひゃっ!」

それでも怖かったのか、最後の3歩ほどは駆け足になり、それでつり橋が揺れてさらに怖い事になった事は割愛する。

最後はソラがつり橋を渡り、俺達は反対側の尖塔へとたどり着いた。

下に向かう階段を見つけ、塔を降りる。

「悟りの書は何処だろうか」

「さてね」

ここまでの道中もくまなく探してきたのだが、一向にそれらしき物は見つからない。

「もしかしてあっち側じゃない?」

と言ったソラが指差したのは床が抜け、行く事が出来なくなった反対側にある扉だ。

「確かに、もうあそこくらいしか調べてない所は無いね」

「くっ…だが、あんな所、どうやって行けばいいのよ」

と、アイリスが愚痴る。

「石壁の出っ張りに手を掛けながら、わずかに残った床の縁を足場に壁伝いに行けばなんとか?」

俺やソラだけならば別に飛んで行けば問題ないけど…アイリスの前でまだ飛べる事を明かすほど俺たちは親密では無いしね。

「あとはそれこそ外壁を登るか、降りるかするほか無いんじゃないかな?」

「くっ…今日の所は引き返しましょう。十分な装備を整えてから挑戦する事にするわ」

「ん、それがいいと思うよ」

アイリスの決定に了承し、俺たちは来た道を戻る。

途中に出くわしたメタルスライムは発見次第倒し、スカイドラゴンは見つからないように通り過ぎつつ、来た道を戻りガルナの塔を脱出した。

ガルナの塔の外延をベースキャンプにさらに二日間経験値を稼ぐと、俺たちはガルナの塔を後にしてダーマ神殿のある街へと戻る。

「素材を換金したら今日は何か美味しい物を食べようっ!」

「そうだね」

「まぁ、偶には良いわね。私も美味しい物が食べたい気分だわ」

と、俺の提案にソラとアイリスが了承したために、直ぐに道具屋へと直行し、換金を試みる。

スカイドラゴンの皮や爪などはそれなりの金額になったのだが、メタルスライムの鉱石は引き取ってくれなかった。

「どうしてですか?」

と、道具やの主人に問いかける。

「あんたも商人ならこれくらいはちゃんと知っておかなきゃならねぇ。その鉱石はメタルスライムを倒した時に拾えるもんだ」

俺たちもそうやって手に入れたのだからそれは知っている。

「その鉱石の硬度はとても硬い。それこそハンマーで叩こうがハンマーの方がひび割れるくらいだ」

ほうほう。

「つまりな、そんな鉱石を打てる鍛冶師がいねぇんだよ。武器にならねぇならただの硬い石ころでしかねぇ」

な、なんだってー!?

しょんぼりして店を出る。

ただ、帰りしなに道具屋の主人が東の地のジパングと言う国にはとても高度な鋳造技術があると聞いたことが有ると言うが、今あの国には悪い噂があって商人達は誰も近寄りたがらないのだとか。

それにその話自体が眉唾物だと言っていた。

まぁ、そのまま投擲しても俺たちならかなりの物になるから一応ソルの格納領域にしまっておく事にする。

いつかきっと役に立つ日が来る事を信じて…

「そう言えば、夕飯を取る前にダーマ神殿に行きたいんだけど」

「え?どうして?」

「ガルナの塔で俺とソラは20レベルを超えて転職が可能になったから、転職してこようと思って」

問い返したアイリスのそう答える。

「なっ!?ちょっと早過ぎない?私はまだ13レベルなのだけど」

13レベルもこのペースでは普通ありえないのではなかろうか?それほどメタルスライムの経験値は大きい。

「商人はレベルアップが速いと書いてあったしね。そんなもんだろう」

と言って追求を誤魔化した。

久しぶり訪れたダーマ神殿。

門兵に事を伝えると、しばらくして広間へと連れてこられる。

「汝らは…再び転職と申すか?…ふむ。どうやら条件は満たしておるようじゃ。汝らのようにこんなに早く転職した物など、私がこの職についてから一度も無き事。…まあ良い。汝に新しき道が指し示されん事を」

と、神官が短く呪文を唱えると、俺は遊び人になろうと心に思う。

「ふむ。これで汝らは遊び人として生きていく事となった。汝らの進む道に多喜あらん事を」

ダーマ神殿を辞した俺たちだが、ぶっちゃけ遊び人ってどう言う職業なのだろうか?

特に変わった所は無いのだが…まぁいいか。

転職してレベルが1に戻ってしまった事を受けて俺たちはまたしばらくダーマ神殿付近を根城に経験値を稼ぐ。

アイリスはガルナの塔への再挑戦が遠のいた事に焦りを覚えているが、戦力である俺とソラのレベルを上げなくてはガルナの塔の攻略が難しいのは分かっている。

燻りながらも二週間。俺たちはじっくりとレベルアップに勤しんだ。途中、遊び人のスキル「くちぶえ」を覚えると、経験値稼ぎの効率が上がるった。

これはモンスターの闘争心に火をつけ、神経を逆なでするのか、口笛の音を聞きつけると遠くからモンスターが襲い掛かってくるのだが、これは街の付近では使わないのが常識であるために、俺たちは街から離れ、山すそ辺りで経験値を稼いでいた。

「そろそろガルナの塔に再挑戦しましょう」

まぁ、そろそろ言い出す頃合だとは思っていた。

焦っているように感じられるアイリスにしては良く二週間以上も我慢した方か。

俺たちの戦力が以前と変わらないと踏んだアイリスはガルナの塔への再挑戦を決める。

食料やあの反対側の入り口へと渡るロープを購入し、ガルナの塔へ。

「バギっ!」

アイリスの放ったバギの呪文。現れ出でた真空の刃がスカイドラゴンが吐いた炎を引き裂いた。

「今っ!」

「はいよっ!」
「うん」

俺とソラが左右からスカイドラゴンへと切りかかる。

グラァァァァァ…

断末魔を上げてスカイドラゴンが沈黙した。

「ナイス援護」

「いい援護でした」

俺とソラはアイリスを労った。

「この間の突風でスカイドラゴンの炎が押し戻されたのを思い出したんです」

なるほどね。

「それじゃ、スカイドラゴンが出た時はそう言う手はずで行った方がいいかな」

「はい。だけど、私のマジックポイントもそう多くないから、余り多用は出来ないわ」

そう都合よく行くわけは無い…と。

塔を上り、つり橋を越え、反対側の塔へ。そして先日諦めた床の落ちた広間へとやって来た。

ロープにフックを取り付け、反対側へと投げつける。

「よっとっ!」

しっかりと引っ張り、十分にフックが引っかかった事を確認すると、反対側を柱に結びつける。これで一応ロープが掛かったわけだ。

「誰から行く?」

重量の問題もあり、全員で一度に行く事は不可能だろう。

「うっ…」

と、ここに来てアイリスが尻込みを着いた。

「仕方ない…俺が先に行って向こう側の安全を確保する。その次はアイリスが来い。ソラは悪いけれど最後でお願い」

「わ、分かったわ…」

「ん。気をつけて、アオ」

二人に見送られながらロープを掴むと振り子の勢いで体を振り勢いを付けると腕を交互に動かしロープを進む。

無事着地すると、俺は背嚢からもう一本ロープを出し、反対側に投げつけた。

「な、何?」

「アイリス、それを体に巻きつけろ。もし落ちても引き上げてやる」

反対側のロープは俺がしっかりと持っている。

「う、うん…」

返ってくる返事も元気が無い。

ソラの手も借りて何とかロープを縛ると、意を決してロープを渡る。

「大丈夫…怖くない…大丈夫…」

前だけを見て渡りきれば問題なかったのだろうが…しかし、アイリスは恐怖からか下を確認してしまった。

「あっ…」

意識が下へと向いた瞬間、自分の体重を支えられなくなって手を離してしまったアイリスは、そのまま奈落へと落下する。

「きゃああああああああああああああああっ!?ぐぇっ」

「アイリスっ!?」

ソラの絶叫。

「まったく…世話の焼ける…」

俺は四肢を強化し、ロープを力いっぱい握り締めアイリスの落下を止めた。

一種のバンジージャンプ状態になったアイリスは振り子のように揺られながら空中に揺れている。

引き上げると腰をさすりながら命が助かった事をアイリスは喜んだ。

「あ、ありがとう…そしてごめん」

「まぁいいよ。それよりホイミ掛けておいたら?腰に結構なダメージが有っただろう」

「そうする…」

その後、ソラが吊りロープなど何の事は無いようにひょうひょいと渡り終えると、ロープはこのままにして、先に進む。

扉を潜ると、そこはこの塔の中で一番破壊された場所だった。

壁に彫られていたであろう像はことごとく倒され、経文が書いてあったであろう石碑はようやくそうと分かるほどに粉々だ。

誰がこのような事をしたのか分からないが、特に念入りに破壊されていた。

「ここは……何か有ったのでしょうね」

「だろうな」

アイリスの言葉を俺は肯定する。

「モンスターと戦った跡なんじゃないかな。この塔のあちこちも数多くの戦痕があったしね」

確かにこの塔はモンスターの体当たりで崩れたと思われるところや。剣で抉られた跡などが所々に見受けられた。

人間の白骨が見当たらないのは、逃げたのか…それともモンスターに食い散らかされて他のそれらと見分けがつかない為か…そんな所だろう。

「ここで行き止まりみたい…悟りの書は何処にあるのかしら」

見渡す限り破壊された瓦礫が散らばっているが、ここを襲ったモンスターに目的があったのなら、きっと悟りの書だったのではないだろうか。

魔法使いと僧侶の呪文を同時に覚える魔法のエキスパート。そんな者の誕生は魔王にしても厄介なだけだろうし。…ダーマ神殿が堕ちてないのはそこに街が有り、それなりの防衛力を誇るが故だろうか。

探し始めるアイリスだが破壊されていても調度品の類はほとんど無い部屋なのだ。幾らもしない内に探し終えてしまう。

「無い……」

アイリスが諦められずにもう一度あちこち探している、そんな時ソラが何かを発見した。

「アオ、多分あそこ」

「有ったのか?」

「念のため『凝』をしてみたの、そしたらあそこに微かにオーラを感じるから」

と言われて俺も慌てて凝をしてソラが指差す方を見る。

するとほのかに床下にオーラが纏わり付いているのが見えた。

「何か見つけたの?」

俺とソラが同一方向を見ていることに気がついたのだろう。アイリスが問いかけてきた。

「多分ここ」

そう言うと、ソラはすたすたと歩き、部屋の左端へと移動すると、足元のタイルをはがし始める。

アイリスは駆け足で寄り、俺も遅れて合流すると、既にソラが光る珠の様な物を取り出していた。

「これ?…ぜんぜん書って感じがしないのだけれど」

「私はそれがどういう物か見た事は無いから分からないよ。アイリスは見たこと有るの?」

はい、とソラはその珠をアイリスに渡す。

「無いわよ。有るわけ無いわ」

と言ったアイリスに俺も言葉を掛ける。

「でもまぁ、隠してあった物だしね、何か大事なものなのは確かだろう」

「そうかしら…」

未だ半信半疑のアイリス。しかし、探索を続けても他にそれっぽい物は発見できなかった。

いつまでもここに居てもしょうがないと、掛けたロープをまた自身の腕力で体重を支えて渡り、命綱をつけたアイリスが今度は下を見ないように一気に渡りきり、塔を降りる。

食料は多めに持ってきているので、塔の外で張ったベースキャンプで休みながら俺たちはしばらくこのガルナの塔で経験値稼ぎをする計画だ。

二週間、このガルナの塔近辺で経験値を稼ぎ、食料も残りは帰る分くらいとなった頃、俺たちのレベルは20まで上がっていた。

やはりメタルスライムの経験値は大きいらしい。

今日は早めに切り上げ、簡素な夕食を済ませると、焚き火で暖を取っていたアイリスは、この間手に入れた悟りの書と思われる珠を取り出し、眺めていた。

「また眺めているのか?」

「…まぁね。本当にこれが悟りの書なのかな?」

「それは分からないよ」

「でもそれ以外にそれっぽいのは見つからなかったじゃない」

と、ソラが言う。

「…そうなんだけど」

と、そう言って焚き火にかざして見ていたアイリスだが、バチッと焚き火が爆ぜるとその火の粉に驚きその珠を落としてしまった。

「アチッ!」

不運にも手の甲に当たった火の粉にアイリスは反射的に手を振ってしまい、その手から珠が放り投げられる。

「あ……」

ガシャンッパリンッ…

地面に叩きつけられたそれは音を立てて崩れ去ってしまった。

「ちょっ!?」
「あ、アイリスっ!何やっているの」

「わ、割れちゃったよ!?」

俺とソラが問い詰めるまでもなく、アイリスはパニック気味に叫んでいた。

「ど、どどどどうしよう!?」

どうしようと言われても…ね?

うーむ、クロックマスターを使えば直るか?と破片を拾おうとした時、割れた珠から煙が立ち昇る。

「こ、今度は何!?」

煙と言うより光の粒子と言った方が近いかもしれない。それが見る見るうちに集まり、形を作っていき初老くらいの年齢の一人の男性が現れる。

『今、目の前に居る者が心正しき者である事を祈る』

突然現れた男性が、立体映像のように聞き手を認識することなく話し始めた。

「な、なにこれ!?」

「し、知らないよっ!」

「私も…」

アイリスに問われても俺もソラも知る訳が無い。

『魔王バラモスの手先は賢者への悟りを開く修行場であったこの塔を攻めてきた。全ての魔法を扱える賢者は魔王ですら恐れる存在であると言う事だろう。この塔を管理する我らは逃げずに戦う。しかし敵の数は多く。おそらく滅ぼされるだろう。だが、ダーマの方まで滅ぼされてしまっては我ら人間に対抗する手段がなくなってしまうが、そこは祈るばかりだ』

これは思念の類だろうか。

『私はおそらく殺される。それ故に私は、私の知識を封じ込め、ここに隠す。賢者はこの世の希望を助ける存在だ。私の知識を受け取った人物が魔王バラモスを打ち破る存在である事を祈る』

そう言うとその男性は再び光の粒子に成り、俺たちへと吸収されるように消えていった。

「な、何だったの?」

「知識を封じたと言っていたけど…」

「特に何か変わった所は無いわね。アイリスは?」

アイリスの問いに俺とソラがそう答えた。

「特に何も…」

「あの男性が何を思ってこんな物を残したのか。いや、きっと意味はあったのだろう。それを俺たちが受け取れたのかは分からないけれどね」

「あの男性はバラモスの使いのモンスターと戦ったのよね」

「多分ね」

そう俺はアイリスに返す。

「…彼は何のために死ぬと分かっていて戦いを挑んだのかしら…」

「さあ。彼が何を思い、そして戦ったのか。それは俺たちには分からない事だよ。…ただ、彼は自分の信念に基づき行動したんだろうね。人々の希望であるこの塔を守る。それが彼の意思であり、世界の為であると信じて」

「……そうかな?」

「たぶんね」

アイリスは何事かを考えているようだったが、一人で考え続けているようで、声を掛ける事は躊躇われた。

「あ、そう言えばあれが賢者の悟りだと仮定すると、これで転職条件を満たしたんじゃない?」

しばらくして、ソラがそう言えばと思い出して言った。

「あ、そうかもね。どう思う?アイリス」

「そうだと良いのだけれど…これは試してみない事には分からない事ね。ダーマに戻ったら試してみましょう」

それが良いかも知れない。取り合えず今は考えても分からない事だろう。

交代で火の番をし、朝日が昇ると俺たちはダーマ神殿へと帰路に着く。

二日掛けてダーマ神殿へと戻ると直ぐに宿を取り、ふかふかの寝台で二週間分の疲れを癒す。

俺もとても疲れていたのか、早い時間で就寝したのだが、皆が起きたのは次の日のお昼頃。既に太陽は中天を指す頃だった。

3回目のダーマ神殿。

こんなに早く3回も訪れた俺たちをほんの少し驚いた表情で見た後に、門兵は神官に取り次いだ。

「こんなに速くここへ訪れた人間は未だかつていない。汝らはとても早熟のようだ」

驚きと、少しの呆れを含んだような表情で神官は俺たちを見て言うと、仕事はこなすと祝詞(のりと)を唱えた。

遊び人からは賢者になれる。そう書いてあったあの本を信じ、賢者への転職を心に願う。

すると突然頭の中に二つの魔法の呪文と理が刻まれるような感覚があった。

『ホイミ』と『メラ』

回復の初級魔法と火球の初級魔法である。

転職を終えた俺たちは、ダーマ神官に見送られ街へと戻り、昼食のためにカフェへとより、そこで現状を確認する。

「賢者に成れたわ」

「ああ、俺もだ」

「私も」

アイリスの切り出した話題に俺とソラも賢者に転職できたと答えた。

「賢者なんて長い修行の末に悟りを開いた者しかなる事は出来ないんだって言われていたのに…案外あっけないものなのね」

この世界の常識的にはまずありえないことなのだろう。まぁ、レベルを20まで上げると言うのも実際はかなりの時間と、相応の危険があるのだから、それこそ年単位掛かるのが普通なのだが…やはりメタルスライム様々である。

「で、どうするの?これからまたレベル上げの修行?」

「そうね。ここで最後の呪文。えっと…『パルプンテ』と『メガンテ』を覚えるまで上げると後が楽って有るのよね?」

「そうだね。だけど、効果を考えるとその二つは要らないんじゃないかな?特に『メガンテ』なんて絶対に要らない。自己犠牲の魔法なんて必要ないよ」

「……でも、自分を犠牲にしてまで守りたいものが有るなら…ううん、なんでも無いわ。忘れて。…うん。メガンテは要らないわね。でも、極大呪文の習得まではガルナの塔へ篭る事になると思う。3ヶ月か、半年か」

賢者のレベルは特に上がりにくいらしい。それに加え、レベルは高くなればなるほど上がりづらくなるようだ。

「その後は盗賊に転職するんでしょう?そうなると1年以上ここで戦い続ける事になるかもしれないよ」

と言うソラだが、実際はどうだろうか。ガルナの塔周辺にはメタルスライムが巣を作っている。しかし、狩り続けていけばいずれ駆逐する。

いつまでも何て事は無理な話だ。

俺の見積もりではおよそ二ヶ月。ガルナの塔周辺のモンスターを狩りつくすのにはそれくらいあれば十分だろう。

それでどれくらいのレベルが上がるだろうか…

結局、ガルナの塔のモンスターを狩りつくすのに一月半、レベルは23レベルで打ち止めになってしまった。

ルーラと言う魔法を覚えた後、ガルナの塔とダーマ神殿の往復が比較的短時間に足り、食料の補充に戻る時間を短縮できた結果だ。

『ルーラ』は思い浮かべた場所へと飛翔して飛んでいく魔法である。弓なりに弧を描いて空中を飛んでいくのだが、その間の針路変更は出来ないし、移動先のイメージが分からないと使えない。便利なようで不便な魔法であった。

ゲームで有ればおそらくこれは街から街へと移動する魔法だろう。あの本にもそう書いてある。…しかし、ここではそんなに便利な魔法じゃなかった。

国際線の飛行機がどれくらいの速度で飛んで、どれくらいの時間が掛かっているのかを思い浮かべてくれれば分かるだろう。

つまり、この魔法で世界を飛び回るなんて自殺行為だという事だ。精々が一つの街を飛ぶくらいな物だろう。

したがって、移動はもっぱら船や馬車、もしくは徒歩になるのがこの世界での常識だった。

俺たちは今、レベルアップも望めないと、ダーマ神殿を離れ、商人の船に同乗して一路ジパングへと赴いている。

このままここに居てもレベルが上がらないとアイリスと話し合った結果、貯まったメタルスライムの鉱石を鋳造出来るかもしれない人物がいると言うジパングを目指す事になった。

本当は『星振る腕輪』と言う自分の素早さを上げてくれるマジックアイテムが眠るイシスへと行きたいと言う考えも浮かんだが、ダーマ神殿からイシス(エジプト)への移動は何ヶ月掛かるか分からない以上にそこは砂漠地帯を通らなければならない。それはかなり厳しいだろう。

それならばと、まずは船で移動できるジパングへと赴くと決定したのだった。

ダーマ神殿から程近い港から河を下り、南シナ海にでると北上し、東シナ海を抜け、今で言う九州を通って関東の方へと周り、ジパングの港へと到着する。

掛かった時間は二週間と言うところだろうか。

荒れる海をものともしない船に、この時代の技術の高さを(うかが)わせた。

港に接岸すると、商人たちがいそいそと、しかしこの港町から出ずに商品の受け渡しをジパングの商人としていた。

「ここがジパング…」

「の、玄関と言った所だろうな。大きな街はここから三日行った所に有るようだ」

「商人達はこの港町を出る気は無いそうよ」

俺がアイリスの呟きに答え、ソラがこれからどうするのかと聞いた。

「あの本にはこの国はヤマタノオロチが巣食っていて若い女性を生贄に捧げていると書いてあったし、商人達の話とも一致するね」

だから乗り合わせた商人達はこの港町で商品を仕入れたら直ぐに別の所へと行ってそこで行商に出るのだろう。

「行ってみれば分かる事よ。それに、私達の目的は剣を作ってくれるかもしれない人物に会いに行く事よ。オロチを倒すことじゃないのだけれど…あいつの邪魔を出来るのなら倒してしまいたいわね。えっと、パープルオーブだっけ?それを手に入れてしまえばラーミアの復活は絶対に出来ないのだし」

久しぶりに表面に出てきたアイリスのダークサイド。彼女のこの問題は相当に根深いらしい。

商人達の話し合いが終わるのを待って、ジパングの商人が戻るのに同行させてもらう。

この辺りの地理に詳しくないので無闇に歩き回って野山で野垂れ死にとかは避けたい所。

道中の護衛を受ける事で、同行の交渉は成立。三日掛けて歩き、ジパングで一番大きな街へと到着した。

「これは…古代日本って言う感じだね。…まぁ見た事は無いんだけど」

「うん。ただ、文化レベルは平安のそれに近い…かな?寝殿造りって感じの建物が見えるね」

俺の言葉に返したソラ。

「あれは権力者の屋敷だろうね…たぶんヒミコの屋敷じゃないのか?」

「たぶんね」

このジパングに出てくるらしいヤマタノオロチは実質支配しているヒミコと言うリーダーの化身らしい。

「……何かとても暗い雰囲気が立ち込めていて人々に活気が無いわね」

キョロキョロと周りを見渡したアイリスが言う。

「アリアハンやダーマ神殿の辺りは、魔王バラモスの手下が来ようが守ってくれる兵士や戦力があった。だけど、ここの人達は供物を捧げることによってヤマタノオロチの暴挙を鎮めている。つまり一種の屈服だ。反抗精神が無いのだから日々に希望や活気が抜け落ちるのは仕方が無い事じゃないかな」

「…そう…なのかな」

そんな事よりも、まずは目的を果たさないと。

鍛冶屋を回り、メタルスライムの死骸を見せ、打てる職人を探す。

しかし、やはり硬すぎて打てないと言われ、ならば以前聞いた噂を話題に出し、誰か居ないかと問いかけると、少し山に入った所に居る鍛冶師が良い腕をしていて、以前このジパングにやってきた勇者に剣を打ってやったと言う。

「勇者…」

「お前の父親の事だろうな」

勇者オルテガ。バラモス討伐に出て、火山の河口で命を落としたらしい。

あれから10年。アイリスの苦行の原因を作った人物でもある。

ついでにその彼は死んでいない。物語の最終で主人公の目の前でモンスターに倒され、息を引き取るらしい。

これを伝えた時のアイリスは何ともいえない表情を浮かべていた。

噂の鍛冶師はここから徒歩で半日の所に居るらしい。その為その日はこのジパングの街で宿を取り、消耗品や食料を買い就寝。次の日の朝から街を出て、山の方へ半日ほどの行程を歩くと、大き目の炉が有るのか、煙がもうもうと立ち上がる家が見えてくる。

「ここ?」

「他にそれらしいのは見当たらないね」

アイリスの呟きに答えると俺は彼女を促す。

「すみませーん」

コンコンとノックをし、反応を確かめる。しかし、中から反応が返ってこない。

「留守かな?」

「火を焚いて外出する人は居ないと思う」

炉には火が焚かれているのか煙を放っている。そんな状況で外出しているのならいつ火事になってもおかしくないだろう。

「どうする?中には居るようだけれど、出直す?」

アイリスに問いかけると否と首を振り、扉を引いた。

ザーっと横に扉を引くとアイリスは中に入る。

「すみませーん」

「あ、アイリス!?」
「無断で入っちゃだめだよ」

と言う俺たちの制止も聞かずに中へと入るアイリス。

それに付いて俺たちも中に入ると、中はむせ返るほどの熱気が立ち篭り、奥から何かを叩くような音が聞こえてくる。

カーンッカーンッカーンッ

音に近づくように移動すると、そこには初老の男性が一心に金槌を振っていた。

カツーンカツーンと打ち付けると少しずつ鍛えられていく玉鋼(たまはがね)

それは一本の直剣の形をしている。

鬼気迫る感じに一心不乱に武器を作っている男性に、俺たちは飲まれるように声を発さずに彼の作業が終わるのを待っていた。

カツカツカツッ…ジューー

打ち終わったのか冷水で冷やし、刃を見るように水平に持ち上げて片目を閉じて見ている。

そこでようやく金槌を置いた。

「なんじゃ、おぬしらは…」

一仕事終え、此方をやっと認識したようだ。凄まじい集中力だった。

「はじめまして。私はアイリスと言います。こちらは私の旅の仲間でアオとソラ」

アイリスが紹介するので俺とソラも頭を下げて会釈する。

「ワシはスサじゃ。おぬしらはここに何をしに…と言うのは愚問じゃの。鍛冶師を訪ねて来るのだから剣を打ってもらいに来たのじゃろうて」

「はい」

「じゃが…ワシは忙しい。他を当たってくれ」

「え、でも私達にはあなただけが頼りなのですがっ!」

食い下がるアイリスを無視してスサと名乗った老人は出来たばかりの剣を手に持つと鍛冶場を出て家の裏へと回る。

急いで追いかけると、スサは出来たばかりの直剣を振りかぶると、勢い良く鉄板に向かって振り下ろす。

するとバキンッと音を立てて出来たばかりの剣が折れてしまった。

出来たばかりの剣で鋼鉄を斬りつければ当然の結果かもしれない。

「な、何を…」

周りを見ればそこかしこに折れた剣が打ち捨てられている。ここは剣の墓場のようだった。

「また折れたか…」

感慨も無く呟くとスサは手に持っていた柄を放り捨てた。

「なんだ?まだ居たのか。ワシは忙しいと言うたろうが」

「何をなさっていたのですか?」

「見て分からんのか?」

「はい」

とアイリスが答える。

「出来た剣で鉄板を斬ったのじゃ。まぁ、結果は剣の方が折れたがの」

「それは見れば分かります。そうでは無くて、どうしてそのような事を?私には剣の良し悪しは詳しくは分かりません。…しかし、ひと目でその剣が立派な物だと感じました。それほどの物なのに、どうして」

そのような事をしているのか、とアイリスはスサに問いかける。

「鉄板を斬りつけたくらいで折れてはダメなのじゃ、あのオロチを両断する為には…な」

オロチ…おそらくヤマタノオロチの事だろう。

「オロチ…ヤマタノオロチを倒すつもりなのですか?鍛冶師であるあなたが?」

「そうじゃ。ワシはあのオロチを倒す。それだけがワシに出来るクシナダと義息子(むすこ)への手向けじゃ」

「お二人はその…ヤマタノオロチに…?」

「そうじゃ。ヒミコさまに次の生贄と告げられ、娘は供物に捧げられた。助けに行ったあのバカも帰ってこん。おそらく二人とも殺されたじゃろうて」

これは復讐だ。

それ故に彼は自分の魂すら燃やして剣を鍛える。ヤマタノオロチを確実に切裂ける剣を打ち、その化物を討ち取る為に。

「じゃが、何本打っても改心の一振りは作れん。最上の玉鋼ですら鉄を斬る事はかなわん。…これではあの化物の鱗は切裂けんよ」

討伐に赴いた戦士の(ことごと)くがその刃が通らずに敗退していると彼は言った。

「もっと硬い金属で無ければ…じゃが、この辺りでは採掘はされん…」

顔を曇らせたスサだが、これは交渉のチャンスでは無いか?

俺は携えた結構大きめの袋からメタルスライムの死骸を手に取ると話に割って入る。

「スサさん。これを見てくれませんか?」

「なんじゃ?」

と、俺が手を差し出すとおずおずと彼も手を伸ばし、その手のひらにその鉱石を転がした。

「……これは?」

「とても硬いモンスターの死骸です。その硬度はそこらの鉄より余程硬い」

「なんと…!」

「ですが、その硬度故にそれを加工出来る人が居ないのですよ」

「……この鉱石はまだ有るのか?」

在庫はどれくらいあるのかと聞いているのだろう。

ガルナの塔で修行中、倒したメタルスライムの死骸は役に立たずとも拾い集めていたのでかなりの量がある。

「この袋の中が全部それです」

「……つまり、これでお前達の武器を作れば残りはワシが貰ってもよいのじゃな?」

分かってらっしゃるねこの人は。

「はい。…あ、でも一本で構いませんよ。アイリスの分だけで」

「え?そうなの?」

これに驚いたのはスサよりもアイリスだった。

「俺たちは相棒が有るからね」

と、ソルを持ち出して見せた。

「少し見せてくれぬか?」

刀匠ゆえに反りのあるこの剣が気になったのだろう。

特に問題は無いので鞘から抜き放ち見せる。

「反りの入った片刃の剣。じゃが、これでは振り下ろしたときの威力に欠けるのではないか?」

「この剣は引き斬る事や突く事を目的にしているので、重量による破壊は考えてないんですよ」

「なるほど」

鍛冶師にしても珍しい物だったのだろう。この時代の剣は直剣が殆どで、幾らここがジパングと言う国名であり、現代日本列島に酷似していたとしても日本刀なんてものは存在しない。

「二週間じゃ」

スサが指を二本立て、俺たちに期限を示した。

「二週間あれば鍛冶師のプライドに掛けてこの金属で必ず剣を打ってやる」

「あ、ありがとうございますっ!」

アイリスがスサに礼を言う。

二週間、俺達はジパングの街に留まり、レベル上げをしつつ時を過ごした。

二週間後、スサの工房を訪ねると、一本の直剣がテーブルの上に据えられているだけで、スサの姿が見当たらない。

「スサさん?」

キョロキョロと辺りを見渡し、工房の中を探すがスサの姿は無かった。

変わりに書置きが一枚見つかっただけだ。

それを読むと、打ち上がった剣はテーブルの上に置いてあるから好きに持って行けとの事。

「これは…?」

「たぶん、オロチの洞窟に向かったんじゃないかな…」

俺の呟きにソラが答える。

「っ!スサさんっ!」

「アイリスっ!」

俺が呼び止める声も聞かずにアイリスはテーブルに上がっていたメタルスライムの剣を掴むと、工房を出て真っ直ぐにオロチの洞窟へと掛けて行く。

「くっ…ソラっ!」

「うんっ!」

俺が言いたい事は分かってくれたようだ。

俺達も急いでアイリスの後を追う。

岩山の洞窟のような入り口の前でアイリスに追いつくと、彼女の両肩をぐっと掴み、動きを抑えて振り向かせた。

「何っ!?」

「スサを助けに行くのか?」

「そんなの当然じゃないっ!離してっ、私は一人でも行くわよっ」

アレだけひねくれて見せておいて、彼女の根幹はやはり勇者なのだろう。人々を助けなければ成らないと言う脅迫観念が身のうちから囁かれ、それに対抗し得ない。それはもはや呪いに近い。

「…しょうがない。俺達も一緒に行ってやるよ。だけど、目的を間違えちゃだめだ」

「え?」

「スサを助ける事が目的であってヤマタノオロチを倒す事が目的じゃないだろう?」

「それは…」

何か反論しそうになったアイリスを促して洞窟の中へと入る。

マグマが流れているのか、中は生暖かい。有毒ガスの有無が心配だが、生贄の祭壇までは街の人も護衛として行き来しているようなので問題はないだろう。

奥へ向かうごとに熱気が増し、汗が流れ出るが、それを気に留めている暇は無い。

グラララララララ…

奥から何か巨獣が鳴く声がひっきりなしに聞こえてくるのだ。

さらに洞窟を揺らす振動も響いてくる。これはおそらく誰かがヤマタノオロチと戦っていると言う事だろう。

音が聞こえる方へと足を進めると生贄を祭る祭壇の奥に幾つもの頭を持つ竜のような怪物が、アギトを広げ、祭壇の上で剣を振っている誰かを食いちぎろうと襲い掛かっている。

「スサさんっ!」

アイリスが呼び声を上げて祭壇を駆け上がる。

「ぬ?お前達、来てはならぬっ!」

スサの手にはメタルスライムの鉱石で出来た反りのある一本の剣があり、それでヤマタノオロチの猛攻を切り伏せていた。

その剣はどう見ても日本刀なのだが、その質量に比べてその硬度が高いメタルスライム鉱石のお陰か、折れることなくヤマタノオロチの攻撃を捌いていた。

が、しかし。スサがアイリスの声に反応して一瞬後ろを気にしたその隙をヤマタノオロチは見逃さず、大きなアギトでスサを咥え込み、ギチギチと噛み切らんと力を込めた。

「スサさんっ!」

アイリスは絶叫し、直ぐにメタルスライムの剣を抜き放つとスサを咥え込んでいる頭に振り下ろし、一刀にて切り落とした。

『ギャオオオオオオオオっ』

切り落とされた痛みに叫び声を上げるヤマタノオロチ。

アイリスは直ぐにスサをそのアギトから救出しようと両断した頭に近づくが、そうはうまくは行かない。

ヤマタノオロチが残った7本の頭でアイリスを攻撃してきたのだ。

さらに、切り落とされた八本目は驚異的な再生能力で再生され、頭の数が元に戻ってしまっている。

「くっ…」

「アイリスっ!」

劣勢のアイリスに俺とソラも加勢に入ろうと駆け出すと、頭の一つが大きく息を吸い込んだ。その口からは炎が漏れ出しているのが見える。

マズイっ!やつは食い殺すのを止めて俺達を焼き払う気だっ!

ついにそのアギトが開き、その喉の奥から燃え盛る火炎が吐き出される。

「ベギラマっ!」

右手を突き出し、そこから閃光の魔法を撃ち出して、炎が拡散する前に拮抗させる事に成功したが、向こうの頭は一つだけではなかった。

二つ目の頭が更に火炎を吐き出す準備をしている。

「アイリスっ!スサさんを速くっ…ソラっ!」

「うん、ベギラマっ!」

俺はアイリスにスサの救出を急がせ、ソラに援護を頼む。

その隙にアイリスは血だらけのスサを連れて祭壇を下りる。べホイミの呪文でスサの体を癒す事も忘れては居ない。

さらに三つ目の頭が火炎を吐き出そうとしている事が、それは流石にマズイ。

「アイリスっ、イオラだっ!」

「え?」

「速くっ!」

「う、うん…イオラっ!」

「グラララララっ!」

ヤマタノオロチに向かって放たれた爆発の呪文が、オロチを怯ませ吐き出していたアギトも爆風で上を向く。

「今だっ!」

撤退だと、急いで俺達は祭壇の間を抜け出す。

「まてっ!ワシは逃げるわけには行かぬっ!」

喚くスサだが、状況を考えろっ!

スサを拘束して洞窟内を駆けていると、地響きが聞こえ、地面がグラグラと揺れ、訓練の無いものには立っていられないほどの衝撃が走る。

「なっ何だっ!?」

衝撃は足元から来ているみたいだった。

段々とその衝撃が強くなると、ピシリと音を立てて足元の地面がひび割れ、そこからヤマタノオロチの首がアギトを開けて現れる。

「なっ!地面を掘り進んできたと言うのかっ!」

しかも、悪い事に愚図っていたスサをたしなめるように引き連れていたアイリスは俺達とは反対側に避けたようで、スサとアイリス、俺とソラとで狭い洞窟内で囲む形になってしまった。

俺達のほうはこのまま逃げ去れば洞窟の外へと出られるだろうが、アイリスとスサはヤマタノオロチが邪魔をして不可能だろう。

「くっ…倒すしかないか…」

アイリスとスサにはヤマタノオロチの巨体が邪魔をしてうまく連携は見込めない。

考えている間にヤマタノオロチはその巨体を全て外へと出してしまった。

「娘の仇じゃっ!」

「スサさんっ!」

スサは今は正気を保ってはおらず、折角救出したと言うのに自分の身も顧みずに突撃していった。

それでも彼の身のこなしは一流なのか、せまり来るヤマタノオロチの首を持っていた剣で切裂きつつ進むと、オロチが回転するように体を動かした。

鞭のようにしなりながらスサを襲ったのはヤマタノオロチの尻尾だ。

「ぐぬっ」

スサはしなる尻尾を巧みな体さばきで避けると、その尻尾を両断せんと持っていた刀を振り下ろす…が、しかし。

ガキィンと言う甲高い音を立てて弾かれてしまった。

「なにっ!?」

「危ないっ!」

再度襲い掛かろうとしていたヤマタノオロチの尻尾からアイリスがスサの体を突き飛ばし、一緒になって地面に転がった。

「なっ!?天羽々斬剣が欠けたじゃと!?」

それには俺もビックリだ。メタルスライム鉱石で出来ているであろう刀が欠けるとは…

「スサさんっ危ないっ!」

スサ目掛けて振り替えされた尻尾が襲い掛かる。

「ぐぁっ…!」

「きゃっ…」

尻尾に弾き飛ばされたスサはアイリスを諸共に吹き飛ばされ、後ろの壁に激突、そのまま二人とも気絶してしまった。

「アイリスっ!」

「スサさんっ!」

ソラと俺が声を張り上げて安否の確認をするが、此処からでは分からない。気絶している事は分かるのだが…

だが、まぁそれはそれで都合が良いか。

二人の事は心配だが、これで心置きなく切り札が切れる。

「ソラっ下がってっ!」

「うんっ」

ヤマタノオロチと斬り結んでいたソラに声を掛け、下がらせると、体内のオーラを爆発させた。

「スサノオっ!」

ガイコツの骨組みが現れ、段々と肉付いていって最後は鎧甲冑に包まれた益荒男へと変化した。

「グラララララっ!」

ヤマタノオロチは咆哮を上げると、その三つの口から燃え盛る火炎を吐き出した。

それを俺はヤタノカガミでガードしつつ、右手に持った瓢箪を振ると中から酒が飛び散るようにして一振りの剣が現れた。

そう、十拳剣である。

俺はヤタノカガミで炎をガードしつつ、十拳剣で一本一本ヤマタノオロチの頭を切り落とし、再生する前に天照を行使し、その黒い炎で傷口を焼いて行く。

するとどうだろう。切り落としただけでは再生してしまっていた頭も焼かれた後では再生できずに苦しんでいるようだ。

「ギャオオオオオっ!」

鳴き声を上げるヤマタノオロチへ、ブオンと音を立てて十拳剣を振るい頭を次々と落としていく。

そしてついに八本目の頭を切り落とすとその巨体は音を立てて倒れこみ、立ち上がる事は無かった。

完全に相手のオーラが消えた事を確認するとそこでようやく俺もスサノオを解く。

「アイリス、スサさん」

俺の横をソラがすり抜けるように駆け、アイリスとスサの容態を確かめに行った。

俺も遅れて歩み寄る。

「よかった、気絶しているだけみたい」

ソラが容態を確認すると、覚醒の呪文を唱えた。

「ザメハ」

「う…うん…」

「くっ…うぅ…」

「二人とも、起きたか?」

「はっ!ヤマタノオロチは…?」

スサの声に俺は体をどかしてヤマタノオロチの死体を見せる。

「なんと…これは…」

「アオとソラが倒したの?」

「まぁね」

二人が気絶したから死に物狂いで倒したよと誤魔化す。

二人も見ていないのだから、信じるほかはあるまい。

「そうか…ヤマタノオロチは死んだか…これでやっと娘もあのバカ婿も天国に行けるじゃろうて」

ジパングの住民を苦しめてきた怪物ではあるが、強大であったがためにその皮や骨などは良質の武器防具の材料になるだろう。

俺達は出来る範囲で皮を剥ぎ、牙をへし折って持ち帰ることにした。その途中、スサが振り下ろした刀を弾き、その刀を欠けさせた尻尾から鉄心のような塊が表れた。

「これは…何かの鉱物じゃな。このメタルスライムで作った刀を欠けさせるほどのものじゃ、おそらくそれ以上の硬度を持っているじゃろう」

そう言うとその鉱物も持ち帰る。

「アオ…これ」

ソラが見つけたソレは、ヤマタノオロチの体内にあった紫色の球のようなものだ。

「それは?」

アイリスが尋ねる。

「パープルオーブだろう。あの攻略本にはそう書いて有った」

「そう…それが」

パープルオーブ。不死鳥ラーミアの復活に必要な神具である。

それをアイリスは何とも言えない表情で眺めていた。

「…一応持って帰るわ」

そう言ってアイリスはパープルオーブを道具袋にしまいこむと、ヤマタノオロチの解体作業も終わり、俺達は洞窟をでる。

洞窟を出て、街に戻り、スサがヤマタノオロチの脅威が去ったと伝え、住民が恐る恐る洞窟に踏み入れ死骸を確認した後、ジパングの人々から俺達は感謝され、余りにも英雄視されて居心地が悪くなった俺達はスサの家へと避難した。

一応ヤマタノオロチの正体であった国主であるヒミコは行方不明になっている為に混乱はあるのだが、それ以上に脅威の排除は嬉しいようだった。

アイリスの剣も打ってもらった俺達は、ジパングでするべき事も終わったので、どうしようかと話し合っていたのだが、スサがもうしばらくジパングに留まれないかと言ってきた。

理由を聞くと、ヤマタノオロチの素材を使い、剣と防具を作ってくれるらしい。

それは丁度良いとアイリスの防具を優先して作ってもらった。

出来上がった緑色の竜鱗のローブ。

「ドラゴンローブと言った所かの」

「へぇ、中々丈夫そうなローブだ」

「そこらの鎧なんかよりもよっぽど頑丈じゃな」

感嘆の声を上げるとスサがそう自慢した。

「私が装備して良いの?」

アイリスが俺とソラを振り返る。

「うん」

「俺達は大丈夫だから、アイリスが着れば良いよ」

「それじゃぁ…」

と言うと、早速ドラゴンローブを装備する。

剣を振るにも邪魔にならな様にスサが計算して作ったらしい。

「後はこれじゃ」

「これは?」

出されたのは一振りの日本刀だ。

「天叢雲剣と名付けた。ヤマタノオロチから出てきた金属を使って天羽々斬剣を鍛え直したものじゃ。今のこの世界にこれを越える剣は無いと自負しておるよ」

「これを?」

「お主らにやる。ワシの感謝の印じゃ。もって行ってくれ」

俺はアイリスとソラを見る。

「アオが使えば良いよ。私はそのカタナと言うものは使えないし」

「私もアオが使えば良いと思うよ」

「そう?それじゃぁ一応俺が使わせてもらおうかな」

ソルが抗議するようにピコピコ光ったが、二本を使う御神流にはやはり二刀が無いとね…ソラは戦斧状態が気に入ってるらしいから今は必要ないのだろう。

こうして武器を作りにきたジパングでは騒動に巻き込まれはしたが、大幅なパワーアップを果たし、次の目的地へと向かう。


ジパングから一度世界中の人々が集うダーマへと戻り、そこで次の目的地を決める事にする。

運良くイシスへとルーラの呪文を使い戻る人が居たので、お金を払いご一緒させていただく事にした。

ダーマから西へ幾つもの村を経由し、休み休みルーラを使いつつ移動を繰り返す事10日。

俺達はようやくイシスへと到着した。

ゲームなどでは移動呪文で一発で移動できる物は良く有るだろうが、ルーラは飛んで移動するのである。ジェット機並みの速度ならいざ知らず、人間が生身で耐えられる速度など高が知れる。幾ら移動呪文で空を飛んだからって一日で行ける距離はそう長くは無かった。

イシスの街に足を踏み入れる。

独特の石造りのその街は俺の感覚では古代エジプトを思わせる。

「ここがイシス…」

砂漠の中に有ると言うのに大きなオアシスに守られたそこは、照りつける太陽がじりじりと肌を焼くが、不思議とそこまで気温は高くない。

アリアハンを出て徒歩で旅をしているとしたら、勇者パーティはまだイシスへはたどり着いていないだろう。

「それで、どうするんだ?」

アイリスに問えば、この街から見える一番大きな建物を見るアイリス。

「当然、王宮へ行くわ」

イシスへと来た目的は二つ。

『星降る腕輪』と『魔法の鍵』の入手。

ぶっちゃけ、アイリスの勇者への嫌がらせだ。

夜を待って王宮へと忍び込む。

この城の何処かの秘密通路の奥に『星降る腕輪』があるらしい。

高い外壁を登り、闇にまぎれて城内へと降りる。

王宮の内部ではなく、左側の何処かみたいな事は攻略本に書いてあったので、その辺りを重点的に探りを入れる。

とは言え、そんな秘密通路は見つからないわけで、視覚では分からないので『円』を広げて周りの物をトレースしてみる。

すると、何の変哲も無い外壁の奥に地下へと伸びる通路が埋め込まれているのが分かった。

俺は『硬』で強化したコブシで外壁を砕くと、通路を確認してからアイリスとソラを呼んだ。

「ここ?」

「だろうな」

「それじゃ、行きましょう」

アイリスは躊躇いもなく地下へと降りてゆく。

月明かりも通らなくなった事を確認すると、ランプを取り出し明かりをつける。

細い通路の進み、祭壇のようなところにたどり着くと、そこに安置されている一つの腕輪。

「これが…」

呟くアイリス。

「たぶん、星降る腕輪」

ソラが同意する。

アイリスがそれを受けてカチャリと星降る腕輪を持ち上げた。すると…

『その腕輪を持っていこうとしているのは誰じゃ?』

ボウッと突然半透明のなにかが現れ、その血色の悪い唇を動かして底冷えするような声で問いただす声。

「ひぃぃぃぃいいいいぃっ!?」

「アイリスっ!?」

アイリスは目の前のそれが幽霊だと認識するや否や星降る腕輪を持ったまま、俺とソラを掻き分けて出口へと突っ走って言った。

今まででは考えられない速度での脱走にそれはやはり星降る腕輪の効果の高さをうかがわせる、…が。

「そ…ソラ?俺達も逃げようっ!」

「う、うんっ!」

『こら、またぬかっ!』

待ちませんっ!

通路を出ると、そこにもアイリスはおらず、仕方なく、今夜の宿へとダッシュで戻る。

「はぁーはぁー…」

「ふぅ…はぁ…」

部屋に戻り呼吸を整えると、そこには布団に蹲り、震えているアイリスの姿があった。

「アイリス?」

「私、幽霊はダメなのよぉ…」

ヤマタノオロチにすら怯まずに剣を向けていたアイリスとは大違いだ。

「まあいいか。それより星降る腕輪は?」

コソリと布団から一つの腕輪を転がり出したアイリス。

「効果は疑うまでも無いわね」

「ああ」

「呪われたりしないかな…幽霊付いてきていない?」

「今の所はそれらしき気配はないわね」

アイリスの問いにソラが答える。

「何だったら返して来たらどうだ?」

「私は嫌よ…アオが行って来て」

「それは俺も嫌だよ」

俺も行きたくありません。

結局、返しに行く事はせずに俺達は次の目的地、ピラミッドへと向かう。

星降る腕輪は誰が装備するかでひと悶着あったのだが、最後は戦力的に見てアイリスが装備する事で決まった。

最後まで呪われないか心配していたアイリスだが、どうやら呪われてはいないらしい。

イシスでしっかりと暑さと寒さの対策を整えて砂漠を歩き、ピラミッドへと到着する。

中はアンデット系のモンスターが徘徊し、侵入者を襲いに現れる。

「ムリムリムリムリムリムリっ!」

アイリスが星降る腕輪の効果なのか、高速に左右に首を振る。

「まぁ…たしかに気持ちの良いものでは無いけど…」

「うん」

「私は絶対に無理っ!帰ろうッ!もう帰るっ!」

アイリスがこんな状態では仕方ない。ピラミッドの攻略は諦めるしか無さそうだ。

ルーラでイシスへと戻ると、イシスにはもう居たくないのか、アイリスが即行で次の目的地を決めた。

イシスの砂漠を北上し、内海に望む港町へとたどり着くと、そこからポルトガを経由してエジンベアへ。

エジンベアの城下町はぐるりを城壁に囲まれ、中に入るのも門を潜らないといけないのだが…その門には兵士が立ち、通行証の無い者の入場を取り締まっていた。

俺達は夜を待って城壁をよじ登り、城下町へと進入する。

中に入ってしまえば此方のもの。

目的の物は城の中にあるらしく、闇夜にうごめく泥棒のように城へと忍び込む。

…いや、実際泥棒なんだけどね。

寝静まった城の内部を探索し、地下へと続く階段を下りると、何やら魔法で封印されている石の扉があった。

「これね」

アイリスが大きな石の扉の前で思案しながら言った。

攻略本によれば、この奥に『渇きの壺』と言うアイテムがあるらしい。

物語進行上のキーアイテムらしく、オーブ同様勇者の旅には欠かせないと書いてあったが、現実になった今は要らないかもしれないとも書いてあった。

「どうやって開けるのかしら…」

「本には大岩を動かしてスイッチを押すと書いて有るけど…」

「動かせるような大きさじゃないじゃない…」

アイリスが言うのももっともだ。

そこに有った大岩と言うのは冒険活劇の迷宮に仕掛けられているような大きな岩の球。直径二メートルはあろうかと言う岩の塊だ。

「これを動かすのね…」

ソラが面倒くさいと呟いた。

「愚痴ってても仕方ない。異変を気付いて兵士がやってくる前にやっちゃおう」

「できるのっ!?」

「まぁ頑張れば何とか成るだろ」

驚くアイリスに適当に返事を返すと『バイキルト』の魔法をかけて力を倍化させた後、『練』で身体を強化して大岩に取り付くと、力を振り絞ってその岩を転がしに掛かる。

ズズズズズと引き摺る音を立てて少しずつ岩が動いていく。

「ソラ、誘導お願い」

「うん。任せてっ!」

床にある一際オーラに鮮烈な所に蓋をするように三つの大岩を移動させると、ようやく中央の扉がギギギと軋みを上げて開いた。

扉を潜り、中に入ると、祭壇の上には一つの壺が鎮座されている。

「このみすぼらしい壺が伝説のアイテム?」

「それしか無いだろう」

見ればマジックアイテム特有のオーラが感じ取れる。

「アイリス、速く逃げた方が良いかも。扉が動くときの仕掛けが城全体を揺らしていたから」

「う、うん…」

ソラがアイリスを急かし、渇きの壺を回収すると、直ぐに城を後にした。

城門を出て振り返るとたいまつの明かりが増え、兵士が動き出しているのが分かる。

城門をでた俺達は十分に距離を取った後にルーラで二つ先の村まで飛んで行方をくらませる事に成功した。

渇きの壺を手に入れた俺達はエジンベアの港町からサマンオサ方面へと行商に出る商船に同船させてもらう。

一応城の開かずの間が開かれて何かを盗まれた形跡がある以上、検問は行われているのだが、そもそも何が有ったのか分からない以上意味を成さない。

例え渇きの壺を見せたとて、ただの汚らしい壺だと思われるだろう。

無事に乗り込んだ船に乗ってサマンオサのある大陸へと移動し、馬車に揺られる事数週間。内陸にある大きな城下町へとたどり着く。

大きな街だから賑わいを見せているものと思っていたらそこは閑散としていて、どこか寒々しい。

一緒に来ていた行商人とは二つ前の街で別れた。どうやらサマンオサには近づきたくなかったらしい。

噂では王様がまるで何かに取り付かれたかのように人が変わり、気に入らない奴らを捕まえては処刑しているそうだ。

「………」

「アイリス?」

「…何でもないよ…うん、なんでも」

アイリスはここには『ラーの鏡』を取りに来た。

ラーの鏡を横取りし、勇者が困ってしまえば良いと思っていたのだ。

アイリスは俺達を促し、食料の補給をし、情報を集めるとサマンオサから更に南下する。

すると、孤島の遺跡のような所に地下祭殿跡の様な所があり、おそらくそこが目的の物が有る場所だ。

たいまつに火を灯すと、俺達は戦闘準備を整えて洞窟の中へ入る。

途中、襲い掛かってくるモンスターを斬り倒して進むと、泉の奥に天井から漏れる光りを反射させるように輝く荘厳な一枚の鏡を発見した。

「………」

アイリスはそれを無言で手に掴むと覗き込んだ。

それは本当に普通の鏡のようで、俺達が覗き込んでも普通に自分達の顔が映し出されるだけだ。しかし、姿を偽っている者を映せばたちどころにその姿を暴いてしまう。

攻略本に載っていた情報では今このサマンオサを治めている王様は魔王の手先が変身しているものであり、本物は地下牢に幽閉されていると言う。

ラーの鏡は魔王の手先の正体を暴く重要なアイテムだった。

「……もどろう」

そう言ったアイリスはリレミトの呪文を使い、この洞窟から一瞬で脱出し、ルーラを使いサマンオサへと戻り、宿を取った。

夜、ベッドに腰掛けてラーの鏡を覗き込んでいるアイリスが居た。

「考え事か?」

「……この鏡を私が持っていて良いのかなって思って」

「うん?」

「この鏡を持ち去ると言う事は、この国にはびこる魔王の手先を永遠に放置する事に他ならない…私の目的としてはそれで有っている…だけど…」

何度か見たこの街では頻繁に行われる葬式が彼女の心に影を落としているのか。

処刑されているのは無辜の民で、それを執行しているのも人間だ。しかし、それを命令しているのは人間ではない。

「なるほどね。まぁ、アイリスがどう言う結論を出すのかは分からないけれど、どんな結論でもそれは自分の選択だと言う事は忘れないようにね」

俺はそれだけを言うと布団にもぐりこむ。

どうしろとは言わない。だが、彼女の選択を肯定してやろうと心に思った。

二三日サマンオサに留まっている。

アイリスはまだ結論が出ないのか、時々フラフラと何処かへ行ってしまっていた。

夜、宿屋に帰ってこないアイリスに流石に俺もソラも心配になってきた。

すると、突然宿屋の主人が俺達の前に血相を変えて現れて、アイリスが掴ったと教えてくれた。

どうやらアイリスは城の内情を尋ねて回っていたらしい。確かに攻略本ではそうだといって、この世界でそうであるとは言えない。裏を取るのは必要では有るのだが…迂闊だったな。

俺とソラは頷き合うと、夜の城へと忍びこんだ。

こう言う所はやはり俺達は忍者であった頃の名残だろう。

気配を消して音もなく闇にまぎれるように忍び込むと地下牢へと侵入し、牢屋番を気絶させる。

牢屋番から鍵を盗みだすとそれを持ってアイリスが捕まっている牢屋を探す。

「アイリス」

「ッ!アオっ、ソラっ」

ガシャリと手錠を鳴らしながら必死に顔を上げたアイリスはほんの数時間のうちにやつれていた。

「まったく、あんまり面倒かけさせるなよ」

「助けに来てくれたの?」

「まぁ何となくね」

ガチャリと門を開け、手錠を外す。見たところ大した怪我は無いが、持っていたはずの剣だけは見当たらない。

「剣は?」

「兵士に取られちゃった」

確かに武器を持たせたまま牢屋に入れるわけは無いか。

「仕方ない、これを持って置け」

俺は腰に挿していた天叢雲剣を渡す。

「う、うん…」

「アオ、見張りの兵士が来る」

ソラの声で俺達は一端牢屋の奥へ。

「だれじゃ…そこに居るのは…」

みすぼらしい服装をして、繋がれている初老の男性が俺達の気配を感じたのかかすれた声で呼びかけてきた。

「あなたは…?」

応えのはアイリスだ。

「ワシか?ワシはこの国の王じゃ」

「王様なんですか?」

「そうじゃ、今王座に座っているのは変化の杖で変身したニセモノなんじゃ」

とまぁ、攻略本に書いて有ったような事を語って聞かせてくれたサマンオサの王様。

「私達と一緒に此処から出ましょう」

「なんと…ここから出られるのか」

アイリスは俺から牢屋の鍵を引っ手繰るとサマンオサ王の手錠を解放し、体を支えるように肩をかして立たせる。

「そっちの奥のほうに城外への抜け道が有るはずじゃ、上へ出るよりは確実に逃げれるじゃろう」

なるほど、良くある抜け道ね。

俺達はサマンオサ王に先導されるように抜け道を通り、城下町へと脱出する。

出た所は町外れの忘れ去られたような小屋だ。此処ならしばらくは見つからないだろう。最低でも朝日が昇るくらいまでは何とか成るはずだ。

「それで、アイリス。王様を助けてどうする?まさかこのまま放置するのか?」

だったら最初から助けない方が良かっただろう。それは余りにも無責任だ。

「ワシが出て行ってもニセモノとして処罰されるだけじゃろう。今度は幽閉ではなく処刑されるじゃろうな」

それはどうだろうね。

「…こんな時、ラーの鏡が有ったらのう」

諦めるような気持ちを呟くサマンオサ王。

「ラーの鏡なら持ってます」

「真かっ!見せてくれぬかっ?」

「今此処には無いんです。宿屋に置いてきてしまった」

と、アイリスが答えた。

しかたない。

「俺が取ってくるよ、ソラとアイリスはここに居て」

「うん」
「はい」

二人に見送られひとっ走りして宿屋へ道具を取りに行く。多めのお金をベッドの上に置いて荷物一式を持ち小屋へと戻った。

「これが、ラーの鏡か…」

荘厳な鏡ではあるが、だれも見たことがあるわけでは無いのでサマンオサ王とて見ただけでは分かるものではない。

「これでニセモノを映しこめば変化の杖の魔力は解けるはず、じゃが…」

「何か問題があるんですか?」

とアイリスが問いかける。

「それは魔王の手先を解き放つだけじゃ。誰かが奴めを討伐せにゃならん…」

そこで沈黙が訪れる。

城の兵士はおそらく混乱して使い物にならない。そしてその内に何人が亡くなるだろうか…

「その役目、私がやるわ」

「アイリス…」
「アイリス」

「二人ともごめんなさい。でも決めたの。此処で何もしないのはどうしても私は出来ない…」

「しょうがないかな…ソラ?」

「うん、しょうがないね」

「しょうがないから俺達も手伝ってやるよ」

「ごめんなさい…アオ、ソラ」

「こう言う時ありがとうって言うものだ」

「うん…ありがとう。二人とも」

さて、つたない作戦を立てると決行は翌朝だ。

作戦といっても何の事は無い。

王様を先頭に真正面から城に乗り込むだけだ。

城門で兵士が此方を止めるが、それは本物のサマンオサ王が一括。

槍でけん制されつつも歩みを止めるほどではなく、程なくして玉座の間へとたどり着く。

対面に座るのは偽者のサマンオサ王。

「衛兵、何をやっておる。今すぐそのニセモノを捕まえ、即刻処刑せよっ!」

「何を言うか、おぬしの方がニセモノであろうにっ!このラーの鏡で正体を現せっ!」

サマンオサ王は高らかに懐から取り出したラーの鏡を掲げた。

すると、ラーの鏡から光が走り、ニセモノのサマンオサ王が苦しみ出す。

「ぐ…ぐぁぁあああああああっ!」

閃光が止むと、そこには巨体でごつごつとした肌に剥き出しの牙のモンスターが立っていた。

「なっ!?」
「王様がモンスターにっ!」
「これはいったいっ!」

周りにいつ兵士達が混乱の声を上げる。

「ぐぺぺぺぺぺっ。ばれちゃあしょうがない。お前達を皆殺しにしてからまた変化の杖で化けるまでだ」

ついに正体を現したボストロール。

「行くよ、アオっ、ソラっ!」

「おう」
「うん」

返事をすると、俺達はそれぞれスクルト、バイキルト、ピオリムの三つの戦闘補助魔法を重ね掛け、ボストロールへと挑む。

しかし、その巨体に似合わない俊足で棍棒を叩きつけるボストロールはその巨体と相まって、先陣を切るアイリスは中々此方の攻撃が有効打を打ち込めていない。

「アイリス、下がってっ!メラミ」

中級の火球の魔法が俺の手のひらからボストロールへと放たれが…

「ふんっ」

振り回した棍棒で打ち砕きやがった…

魔法やブレスの素養は無いように見えるが、その分ボストロールは純粋にその力が恐ろしく高い。

打ち付けた棍棒が揺るがす地面に足を取られたアイリスが横に薙がれた棍棒をモロに食らった。

「がぁっ!?」

骨が打ち砕かれる音を伴ってアイリスは壁に激突しようやく止まる。

「アイリスっ!?」

ソラが直ぐに駆け寄ると、回復呪文「べホイミ」でアイリスの傷を癒しに掛かる。

俺はそちらに行かせまいとソルを振るい、ボストロールの背後から『徹』を使った一撃を試みるが、散々打ちつけた棍棒で城の床が抜けてしまい、ボストロールは俺の攻撃の直前で落下してしまい、空振ってしまった。

「何をしておるっ!衛兵達よ、非戦闘員を非難させるのじゃっ!」

サマンオサ王が激を飛ばし、ようやく混乱から立ち直った兵士達は自分の使命を思い出したように散ってゆく。

「アイリスっ!」

「大丈夫。ソラのお陰で大分回復した。ちゃんと行けるよ」

「そうか」

俺達はボストロールが落下した穴から下へと飛び降り、破壊を繰り返しているボストロールへと攻撃を再開した。

「「「メラミ」」」

まず三人でボストロールを囲った上でメラミの魔法で視界を塞ぐ。

「ぐぁっ…おのれっ!」

次に俺とソラが駆け、棍棒を振りかぶった太い腕を切り飛ばすと、止めとばかりにアイリスが走る。

「あああああああああっ!」

手に持った天叢雲剣を心臓に深々と突き刺し、更に手元を捻って傷口を広げる。

「グっ…グフゥ…ばっ…ばかな…」

口から大量の血を吐き出し、ついにボストロールは倒れこんだ。

「はぁ…はぁ…はぁ…倒した?」

「みたい」

アイリスの呟きにソラが答える。

オーラを見てもどうやらボストロールは絶命したようだ。

ダダダダダッと扉を開き兵士がなだれ込んできて俺達とボストロールを囲み槍を突きつけてけん制する。

「やめよっ!」

遅れてやってきたサマンオサ王の一括で俺達に向けられた槍が下げられた。

「彼らはこの国を救ってくれた英雄である。彼らの勇気ある行動を称え、歓待の準備をせよっ!」

「はっ!」

兵士達に命令を飛ばした後サマンオサ王は俺達の所までやってきて膝を着く。

「本当に感謝する。君達が来なければこの国はどうなっていたか…」

「いえ…」

アイリスはどう答えてよいのか戸惑っている。彼女にしてみればその動機は善意から来るものではなかった為に後ろ暗いのだ。

だが、動機はどうられ、結果を見れば彼女の行動は勇者と言うに相応しかった。

国を挙げてのもてなしを受け、無事にアイリスの剣も戻ってきた後に俺達はお暇を貰い、サマンオサの城を後にする。

サマンオサ王の計らいで俺達は次の目的地へと送ってもらう事にした。

目的地はネグロゴンドの山奥。

勇者オルテガが命を落としたと言われるこの辺りのモンスターは強力で、この辺りで俺達はそろそろレベル上げに専念する事にしたのだ。

しばらくは此処に篭る事になると言うと、サマンオサ王は俺達への援助だと二週間に一度の食料の輜重兵を出してくれることになった。

モンスターの危険がある海を渡らせてしまい心苦しかったのだが、食料の補給はありがたい。

それと、海を渡る彼らからもたらされる噂話も有用だった。

聞けばアリアハンを出発した勇者一行は今はイシスへと向かっているらしい。

今頃俺達が諦めたピラミッドを攻略している頃だろうか。

森の入り口にベースキャンプを張り、レベル上げに勤しむ。

一歩森に入ればそこは魔物の領域、気を抜けばやられるような環境でモンスターを討伐する。

篭る事数ヶ月。40レベル前半で既存の魔法を全て習得した俺達はサマンオサの船員にダーマまで連れて行ってもらうと転職をするためにダーマ神殿を訪れた。

呪文を全て覚えた俺達は盗賊へと転職する。

攻略本によれば盗賊が一番ステータスの伸びが良いそうだ。

商人→遊び人→賢者→盗賊で完成っ!

との項目には何重にも丸で囲って有ったほどだ。

三人とも盗賊に転職してダーマ神殿を出たときの事。

丁度タイミング悪く、勇者一向がダーマ神殿を訪ねて来た。

どうやらガルナの塔へ向かう途中に立ち寄ったらしい。

彼の仲間を見ればその仲間は3人で、全て女性のようだった。

内訳は僧侶、魔法使い、盗賊の3人。

なるほど、ゲーム的に見ればバランスが取れていると言う事か。おそらくガルナの塔へ上ってさとりの書を使い誰かを賢者にするつもりなのだろう。

「アルルっ!どうして此処に?」

「くっ…」

アイリスは忌々しそうな顔を浮かべた後逃げるように走り去っていった。

「アルルっ!」

引き止める声を上げる勇者。

こいつが彼女を歪めた元凶か。公明正大と言うのも何処か胡散臭い。

PTメンバーが全てうら若き女性と言うのは流石におかしくないか?

彼は何処かゲーム感覚が抜けていない上にハーレム願望があるのでは無いだろうか。

それでは余りにもアイリスが可哀相だ。

俺達がアイリスの仲間だと思った勇者は俺達に声を掛けようと寄って来るが、人ごみにまぎれるように俺達は彼から距離を取り、アイリスを追う。

城門の外にアイリスは蹲っていた。

それをそっと見守り、自分で立ち上がるのを待つ。慰めの声は掛けない。

「よし、大丈夫。私は大丈夫。…アオ、ソラ…行こうか」

自己暗示のように大丈夫と呟くと、アイリスは立ち上がり俺達を伴ってダーマ神殿を離れていった。

サマンオサの船に乗ると、行きたい場所があると無理を言って船を南下させる。

ジパングを回って北上させると狭い海峡を通りぬけ、さらに北上。

すると幾つもの岩が乱立する奇妙な場所が見えてくる。

船をこすらない様に停泊させると、いつか手に入れた渇きの壺の出番だ。

渇きの壺を投げ入れると、海の水を吸い込み、そこに陸地が出来た。

船は運良く岩に引っかかり引いてゆく海水に巻き込まれずにすんだが、一歩間違えば大惨事であった。

驚きおののく船員に謝り、船を下り、現れた祠を潜れば、中は海草だらけで歩きにくい。

そこを強引に進めばフジツボまみれの宝箱が鎮座された祭壇を見つけた。

「最後の鍵ね」

「まさに泥棒にはうってつけの逸品」

どんな鍵でも開けれるというそれは正に盗賊にとっての宝具であろう。

「でもアバカムを覚えればこんなのはゴミよね」

アイリスの辛らつな発言に俺もソラも同意した。

最後の鍵を取ると渇きの壺をひっくり返し、再びこの場所を海水で埋めると、海面に浮かび上がった船に乗りサマンオサへ。そこで補給をすると、再びネグロゴンドへと赴いた。

しばらくレベルを上げると、山を登り、バラモスの城へとアイリスは歩を進めた。

もちろん止めはしたのだが、彼女は聞く耳を持ってくれない。まぁ最初からバラモスを倒し、勇者の名声の失墜を目的としていたのだ。彼女一人でも行くだろう。

一人死地へと向かわせるのは心苦しいし、俺とソラが本気を出せばおそらくバラモスと言えど倒せるだろう。

草薙の剣で封印してしまうと言う手段が一番手っ取り早い。

盗賊のスキルを生かし、バラモスの城に忍び込む。

真正面から行くのは下策。隠密に優れるのだから気配を絶ち、油断している所を最大の火力でしとめれば良いのだ。

俺達は息を殺し、気配を殺してバラモスの姿を探す。

地下にもぐったあたりでようやく魔王バラモスと恐れられるそいつを発見する。

俺達は頷き合うと、先ず先制攻撃と三人で最大火力の攻撃魔法を食らわせる。

「「「メラゾーマっ!」」」

「ぐああああっ!何奴っ!」

吠えるバラモスだが、火球が燃え上がり、その視界を塞ぐ。

そこで畳み掛けるように魔法を放つ。

「「「メラゾーマっ!」」」

「あああ、熱いっ!」

バラモスはその巨体を動かして何処に居るかも分からない俺達に向かって攻撃を繰り出すが、視界を炎で塞がれていて当たらない。

先ず駆け出したのはアイリスだ。

アイリスは振り上げた剣を振り下ろし、バラモスの右腕を切り飛ばした。

「ぐあああああああっ!?」

それに俺とソラも続く。

『徹』を使った一撃はバラモスの体を切裂き、斬り飛ばしてゆく。

「おのれっおのれーーー!?」

俺とソラが足を切り飛ばすと、倒れた所に頭を狙いアイリスが止めの一撃。

アイリスの一撃は首を断ち切りついにバラモスは絶命した。

「……こんなに簡単な事で…くっ…こんなあっけなく倒せる相手に私の10年を奪われていたと言うのっ…?」

バラモスを倒したアイリスは感慨も無く呟く。

「勇者でもない私ですらバラモスは倒せたと言うのにっ!この程度の事すら野の人間達は自分たちで成し得ようと考えなかったのかっ!」

アイリスの慟哭が響く。

「勇者勇者と期待するだけで…!」

しばらく嘆くアイリスを俺達は見守った。

「アオ、ソラ。ありがとう。こんな私に付いてきてくれて。あなた達のお陰で私はバラモスを倒せたわ」

「あ、ああ。それで、これからどうするんだ?」

「そうね…地下世界、アレフガルドへ行ってみるつもり」

「なんで?」

「私のお父さんが居るかもしれないんでしょ?」

「ああ、そうだね」

あの攻略本が本当ならばアイリスの父、オルテガは生きていることになる。

「私は会って文句を言ってやりたい。でもそれはアオ達には関係ないことよね。最初の約束はバラモスを倒すまでだったわね」

「そうだったか?」

アリアハンでアイリスに脅迫されたのが随分と昔の事のように思える。

「ええ。だからこれで別れましょう。アオ、ソラ、本当にありがとう…」

「アイリス…」

ソラが何か言おうとして…結局言葉にならずに止めた。

「それじゃぁね」

アイリスはルーラを使ってバラモス城を去る。ギアガの大穴を潜り地下世界へと旅立つのだろう。

「アオ?」

「…俺達も行こうか。世界には未だ行ってないところがいっぱいあるからね」

「うんっ」

俺とソラはアイリスが居なくなった手前、もう力を隠す必要は無い。

久しぶりにドラゴンに変身し、バラモスの城を飛び去った。

数年遅れてバラモス城に赴いた勇者一向は、バラモス城がもぬけの殻だったとアリアハン王に報告し、その後ギアガの大穴を潜ったと言う。

大魔王ゾーマがどうなったのか、それは俺達は知る由も無い。

ただ、風の噂でギアガの大穴が塞がったと言う事をしばらくした後に知っただけだ。

俺達の旅はもうしばらく続く。

気ままに旅をして、世界を回る。

バラモスが倒れて後、モンスターが積極的に人を襲う事が少なくなっている。

しかし、その代わりに人間により魔物の世界が駆逐されていっている。

世界は人間達のものになろうとしているようだ。

俺達の旅の終わりは四方を大きな山脈に囲まれた秘境にある荘厳な城だった。

その城に降り立った俺とソラは、竜の姿を見られていたのか、何故か城の住人達に歓待を受けた。

この城は竜の女王の城であり、今は竜の女王の子供を守るゆりかごらしい。

竜の女王は自分が病に犯されているのも顧みずに卵を産み、力尽きたと言う。

竜神の末裔である彼女はつまり人の形をした竜だったのだ。

そこに降り立った俺とソラ。勘違いされても仕方が無いだろう。

祭壇に守られるように安置されていた竜神の卵が運の悪い事に、俺達が通された時に孵化したと言うのもタイミングの悪さに拍車を掛けた。

刷り込みと言えばいいだろうか。生まれたその竜神の子は最初に見た俺とソラを自分の親と勘違いしてしまったらしい。

むっちりとまんまるい小さなドラゴンに懐かれ、俺とソラはその城に留まらざるを得なくなってしまった。

「ちち~、はは~」とぴよぴよ鳴いているその子が可愛すぎたのも理由にあったかもしれない。

子供は良く遊び、時には大人の思いも寄らない事態を引き起こす。

ドラゴンの子供…俺達は竜王と呼んでいたのを、周りの人たちがはっきりとは発音できず、いつの間にかルー王になり、定着してしまった為にいつの間にかルーと呼ばれているその子が、モグラかと思えるほどに地面をあちこち掘り起こし、潜った先で見つけてきた輝ける鉱石。

それは少量でしかないが、途轍もない念を感じる。

ルーは褒めて褒めてとじゃれてきたのでとりあえず撫でておいたけど、…この鉱石はなんでしょう?

メタルスライム鉱石よりも硬度が高そうなそれを、ジパングのスサのところに持って行くと、職人のプライドが刺激されたのか、強奪するように奪われ、少しして一本の日本刀が打ちあがっていた。

名を『天之尾羽張(あめのをはばり)

伝説の金属、オリハルコンで打ち上げた逸品である。

とは言え、俺もソラも使う事は有るまい。ルーが大きくなったら彼にあげる事にしよう。

四方を切り立った山々に囲まれるこの竜の女王の城に、時が経つにつれてどんどん世界中のモンスター達が集まり始めた。

人間達が今までの意趣返しにとモンスター達を狩り始めたのだ。

人とモンスターの確執は大きく、また解消できる物でもない。そこで竜の王であるルーが居るこの地へ安寧を求めてやってきているようだ。

いつの間にか人型の魔物が街を作り、獣型の魔物はそれぞれ自分の特技を生かして互いに助け合うように生活し、いつしか自然とルールが作られている。



「父上、母上にお聞きしたい事があります」

十二歳になったルーが俺とソラに神妙な顔つきで話があると切り出した。

「なに?ルー」

「父上と母上が人間だと魔物たちは言います。それは本当でしょうか…」

「ああ、その事ね」

大量の魔物が押し寄せてきた事でこの城を取り巻く空気は変わってしまった。人間がかつてそうであったように、仲の良い魔物を人間に殺されたモンススターは多い。

自然、恨みを持つ者も居るだろう。

「父上と母上は竜神の末裔ですよね…?」

さて、困った。しかし、嘘を取り繕ってもしょうがない。

「ルー。俺も、ソラも竜神では無いよ。竜の姿にもなれる人間だ」

「人間…?それは本当に」

俺もソラもコクリと頷く。

「外の世界では魔物は人間に殺されていると言います。…まさか父上と母上が奴らと同じ人間だなんて…」

「ルー。一方的な見方をしては駄目だ。今の世界が人間によってモンスターが虐げられているように、かつての世界はモンスターによって人間が虐げられていた。彼らが人間に恨みを持つように、人間達もモンスターによって肉親を奪われた過去がある。時間と共に記憶は薄れていく物だが、魔王バラモスが倒れてまだ十数年。まだまだ人々の記憶から憎しみが薄れるには短い時間だ」

「そんな…嘘だっ!」

ルーは勢い良く駆け出すと家を飛び出して言った。

「アオ…あの子にはまだ今の話は早かったんじゃ…」

「そうかもしれないけど…ね」

伝える事を怠ると伝わる事も伝わらないだろう。

それから数年。このあたりはモンスターによって秩序ある国へと変貌を遂げていた。

担がれているは竜神の子孫であるルー。巷では竜王と呼ばれているらしい。

彼がモンスターに影響力を増すにしたがって俺達の評判は下がる。人間だからだ。

「そろそろ此処にも居られないね」

「寂しいけどね。モンスター達も悪いやつらばかりじゃない。バラモスの悪の波動で狂っていた頃とは違う。…だが、それも人間達には分からない事だろうよ」

ソラの呟きに答えながら、俺達は此処を去る支度をしている。

俺達が居れば要らぬ諍いを起こしてしまうし、王として就任したルーは俺達が居ては邪魔になる。

彼には俺達が習得していた技術を教え込んでいる。その力を正しい事に使ってくれれば良いが…

天叢雲剣と天之尾羽張の二本をテーブルの上に置き、書置きを残して俺達は去る。

彼に残して上げられるのは俺達ではこれくらいだ。

竜の女王の城の一角のステンドグラスのある部屋で、ある特殊な星の巡りの時だけゲートが開く所がある。

攻略本によればその先に神龍なる者がおり、打ち勝てば願いを叶えてくれると言う。

どうしても叶えて欲しい願いが俺とソラには出来ていた。

「それじゃ、行こうか」

「うんっ」

俺はソラと連れ立ってゲートを潜り、この世界を去った。 
 

 
後書き
本当はバラモス討伐後のアイリスの悪落ちとかも考えたのですが…面倒になってとりあえず完結させることを優先にした結果、中途半端になってしまいましたね。アイリスVS転生勇者とか妄想し、途中で面倒になってしまいました…すみません。
この3編はエイプリルフールのネタなので深く突っ込んではいけません。 

 

第八十四話

ユカリの前で、彼女に倒されたまつろわぬ神が光となって消えていく。

その後、カランと音を立ててその場に何かが転がった。

『サトゥルナリアの冠』

これはまつろぬサトゥルヌスを招来させる為の神具である。

サトゥルヌス。

これが人々を踊り狂わせた元凶の名だ。

大地に属する豊穣の神であり、クリスマスの期限とされる祝祭、サトゥルナリアの関係で一番その力の高まるクリスマスの日に顕現したのだ。

本来この神具は羅濠教主が管理していたのだが、150年前に羅濠教主に打ち倒されたその神具は羅濠教主と再戦を望み、顕現を果たそうとしていた。

だが、日本に居るアオ達にもしも勝てたのなら再戦に立ち会っても良いと条件を出し、そのままサトゥナリアの冠は海を渡る。

その後、羅濠教主はアオ達に連絡するのを忘れていたようだ。

「母さんっ!」

「あーちゃん?」

封時結界内に転移して現れるアオ。

「ユカリお母さんっ!」
「ユカリママっ!」

「大丈夫でしたか?」
「大丈夫そうよね」

その後フェイト、なのは、シリカ、ソラ、アーシェラと次々に現れる。

「大丈夫よ。まつろわぬ神も今倒したところだしね」

「これが元凶?」

と、アオがそう言ってサトゥルナリアの冠を拾い上げる。

「呪力を帯びているのが見て取れるから、魔具か神具のどちらかって所ね。アテナ姉さんに見せれば分かるんじゃないかしら」

ソラがアレでも叡智の女神だしねと言う。

「後は現実の混乱が収まっていれば良いんですけど」

シリカがまつろわぬ神は倒したが解決しているのかは分からないと言った。

「そうね。まずは結界を解きましょうか」

封時結界を解き、時間の流れが戻ると、あちこちに踊りつかれたのか(うずくま)る人々の姿が確認できた。

「みんな呪力の影響からは開放されたみたいだね」

「そうみたいだね」

なのはとフェイトが言った。

「これで、この事件は解決…で良いんだよね?…これ以上の面倒ごとは勘弁して欲しいんだけど…」

アオが面倒事は重なる物と不安を煽る。

「あ、ダメですよアオさん…そんなフラグっぽい事を言っては…」

そうシリカが言った時、なにか巨大な獣が鳴く声が聞こえてきた。

GURAAAAAAA

「フラグ…だったわね…」

「そうだね…」

「うん…」

ソラ、フェイト、なのはがちょっと呆れている。

「俺の所為じゃないよ!?」

と少し必死になってアオは否定する。

鳴き声の聞こえる方へと視線を向けると、そこには白き竜の姿があった。

「グィネヴィアが竜蛇の姿に戻ったか…一度その不死性を捨てれば今生での死は免れまい」

アーシェラが同じ神祖であるグィネヴィアの最後の姿だと言った。

白き竜となったグィネヴィアはあたりの物を打ち壊しながらアオ達の方へと飛んでいく。

「こっちに来るよっ!」

となのはが叫ぶ。

「て言うか結界張らないとっ!」

アオが慌てて封時結界を行使した。

しかし、何か異常を直感で感じたのか、グィネヴィアは封時結界内に取り込まれる前に彼女自身の奥の手である『神威招来』を使い、彼女が持っていた『聖杯』の力を湯水の如く使い牛頭の一頭の巨体な怪物を呼び寄せた。

結界内に閉じ込められる二体の怪物。

グィネヴィアが呼び寄せた怪物の名前をミノスと言う。大地と迷宮を司る神だ。

本来、グィネヴィアが行使する『神威招来』は神を模倣するだけの不完全な物でしかない。しかし、今回グィネヴィアが自身の命すらなげうって呼び寄せたミノスは従属神と言う縛りを受けて顕現した本物のミノスであった。

GURUUUUU

しかし、従属神として呼ばれたためか、その理性は失われているようだった。

「まったく…次から次へと」

「厄日ね…」

悪態を吐いたアオにソラが相槌をいれた。そのソラをみてアオがソラの目が閉ざされている事に気付く。

「ソラ、その目は…」

「イザナギを使ったのよ」

「そっか」

アオはそれだけを言うと、ソラのまぶたの上に右手を当ててその時間を撒き戻す。

「ありがとう」

「どういたしまして。他に消耗してる人は?」

「身体的な損傷は直ったし、問題ないけど…私はちょっとさっきの戦いで魔力もオーラも消費しちゃったから…」

ちょっと辛いとフェイト。

「私は大丈夫よ」
「わたしも」

「あたしは…ちょっとオーラの消費は激しかったですけど、まだ行けます」

ユカリ、なのは、シリカはまだ大丈夫なようだ。

「イザナギで大分消費したけど、まだ戦えるよ」

ソラも大丈夫のようだ。

「助けないのか?」

自分を助けたユカリ達が当然の事のように相手を倒す準備をしている事にアーシェラは少し疑問に思ったようだ。

「アーシェラは私たちを襲ったわけじゃないしね。それに以前にも言ったけど、あなたを助けたのは気まぐれよ。死の淵で、それでも生きる事を選んだあなたの人生に私が責任を持つと決めたから助けた。でもあの子の人生に私は責任をもてない。妄執を捨て去った後にあの子は生きられるかしら?」

グィネヴィアの目的をアーシェラの口から以前聞いていたユカリの出した答えだ。

「……それは無理だろうな。あいつは最強の鋼の復活に心血を注いでいる。復活させる事が目的であって手段ではない所がアイツの頭の悪い所だな」

アーシェラは最強の鋼に囚われすぎている。その復活こそが全てであり、その後の事を考えていない。復活させてどうするのか、どうしたいのか。

「牛には山羊で行きますっ!」

シリカがオーラを高め、理不尽な世界の劣化能力で1頭の巨獣を具現化させる。

頭には大きな山羊のような角を持ち、尻尾には蛇の頭が生えた獣人。

その手には巨大な大剣をもち、その双眸は蒼く煌いている。

『ザ・グリームアイズ』

蒼い目をした悪魔が蒼い炎を立ち上がらせて顕現したのだった。

シリカの理不尽な世界は、その継続時間に関係なく、消費オーラの先払い系能力である。その為、シリカももうしばらくのインターバルを経ないとフルパフォーマンスでの再使用は厳しかったために、世界を書き換えず、グリームアイズだけを顕現させたのだ。

「OOOOoooOOOOO!」

「ooOOOOOOooooO!?」

ミノスとグリームアイズが互いを敵として認識したように遠吠えを上げると、互いにアスファルトを踏み砕きながら駆ける。

OOOOooooo

ガキンガキン

ミノスの持った大斧とグリームアイズの大剣がぶつかり合う。

「なら、蛇を殺すのはスサノオの仕事だろう」

アオは精神を統一し、オーラを迸らせると、巨大な上半身だけの益荒男を顕現させた。

GRAAAAAaaaa

グィネヴィアがその口から炎を撒き散らす。

ソラ達は飛んで避け、アオはその炎をスサノオのヤタノカガミで受け止める。

GURAAAAAA

炎を防がれてもグィネヴィアはその巨体でスサノオへと体当たりし、そのアギトで食らい付こうとするが、アオはスサノオを操って、突進をヤタノカガミで防ぎ、十拳剣を振るいその羽をもぎ取った。

GYAOOOooooo

悲痛な鳴き声が響き渡ると、ドシンと音を立ててその巨体を横たえたグィネヴィア。

その横でミノスとグリームアイズが激突を繰り返している。

OooooOOOOaaaaa

ミノスが吠えるとその体を巨大な牛の姿へと変え、グリームアイズ目掛けて突進する。

それをグリームアイズは口から蒼い炎を吐き出し、けん制。しかし、構わずと突進してくるミノスの角に弾き飛ばされてしまい宙を舞う。

ドドーーン

跳ね飛ばされたグリームアイズが着地して転げまわると、ミノスは反転してグリームアイズを再び突き上げる。

それは荒れ狂う猛牛に突き飛ばされる闘牛士(マタドール)のようだった。

その光景を空から見下ろしているシリカ達。

グリームアイズの耐久値はもういくばくも無い。

「一人で行ける?シリカ」

フェイトがシリカに問うた。

「はい、大丈夫です」

「じゃあ任せたわ。横入れをすると権能を奪えないかもしれないからね」

と、ソラ

「いえ、別にそれは良いんですが…すでに二つ増えましたし」

「ええ!?そうなの?」

なのはが驚きの声を上げた。

「はい、ここに来る前に二柱倒してきました」

「へぇ…」

なんて会話をしている間もシリカは儀式魔法の発動をしていた。

そして魔力を振り絞りマリンブロッサムを振り下ろす。

「凍ってっ!」

『エターナルコフィン』

放たれた蒼い閃光はグリームアイズを吹き飛ばし、再び方向転換し向かおうとしていた巨牛に降りかかる。

OOooooooooOOO!?

バキバキバキとそミノスの体表を氷が覆い、その体を凍らせていく。

その光景の先で、剣を地面に突き立てフラフラと立ち上がりながらもその顔を憤怒に染めたグリームアイズの姿があった。

グリームアイズはここまでコケにされたものを返すように全力で駆け、その巨大な大剣を横薙ぎに振るい、氷付けにされたミノスを切裂き、絶命させた。

GURAAAAAAAAAAAA!

グリームアイズの勝利の雄たけびの後、その姿を光の粒子にして消えて行った。


一方、グィネヴィアの強襲を受けたアオは、スサノオが竜蛇を屠るのは当然とばかりにその剣はグィネヴィアを切り刻んでいく。

「もうやめない?君に勝ち目は無いよ?」

と言うアオの言葉にグィネヴィアは吠え返す。

もはや理性はかけらも無いようだ。

「……ごめんね」

話し合いの余地はもう無いのを確認したアオは十拳剣を突きたてる。

すでに受けたダメージで動けないグィネヴィアは、避けること叶わず、終にその剣はグィネヴィアの心臓を貫いた。

Kyaaaaaa…

もの悲しい鳴き声を上げた後、その目から一筋の涙を落としグィネヴィアは光の粒子となって消えて行った。







戦いが終わると、皆微妙な顔つきだった。

「さすがにもう無いよね?もう今日は勘弁して欲しいよ?」

と、アオ。

「だと良いよね…」

「うん…」

フェイトもなのはも否定しきれないようだった。

「ですよね…あたしももう魔力もオーラもすっからかんです…」

もう戦えませんとシリカも言う。

「まぁ、考えてもしょうがないわ…とりあえず家まで帰りましょう。」

ユカリがそう纏めた。

「あ…買い物がまだ途中だった…」

ユカリの言葉で買い物途中だった事を思い出したアオ。

「だけど、今のこの状況で買い物は出来そうも無いよね…」

「だね…まぁ道具袋の中に幾つか予備の材料は入っているから無理して買い物に行く必要も無いか…うん、今日は帰ろう」

フェイトの言葉を受けてアオがそう考えて、ユカリの意見に賛同した。

「うん、そう言えばお腹がすいてきたよ」

「昼ごはんもまだだったしね…」

「帰ったら有り合わせで簡単に作っちゃいましょう」

なのは、フェイト、ユカリがそれぞれ言うと、結界を解き、皆で帰路についた。


その日の夜。事後処理に追われながらもやって来た甘粕は過労でやせ細っていたのが印象的だ。

「金星からのガスが幻覚を見せていたと言う事になりまして、…世間ではある種のお祭り騒ぎですな」

と甘粕は苦笑いしながら言った。規模と場所が大きすぎて完全な隠蔽は不可能だったのだ。

アテナからは「本当に騒動に事欠かない奴らよな…」等と若干呆れられたが、返す言葉はなく。それでもクリスマスの夜は賑やかに過ぎていった。


クリスマスから数日。

時間はまだ昼を少し回った頃。

スカイツリーが新たな観光名所になっている今の時代に、人々は東京タワーの下へと集まっていた。

何故か?

それは東京タワーの特別望台より上が一瞬で消失した事件があったからである。

これは目撃者も多い事からニュースやネットで騒ぎ立てられている。この現象は、早くも二十一世紀の七不思議にランクインしてしまうのではなかろうか。

このニュースを見たアオ達の反応は、面倒、関わりたくない、と言うものだった事は仕方の無い事だろう。

数日前にも神様関連の事件に巻き込まれてしまったのだ。もう少しインターバルが欲しい所である。

来訪した甘粕は苦笑いしながらしばらく来れない事を伝え、アテナにほんのかすり程度でも情報は無いかと平伏し、問いかける甘粕は、上司の命令だろうが、少し可哀相ではあった。

東京タワーは千葉県、銚子にある犬吠埼(いぬぼうざき)から巨大な弓矢で射抜かれたらしい。

「あれは神の影の仕業よな」

「影?」

気まぐれに答えたアテナに問いかけたアオ。

「神格のその一部を呼び寄せて使役している奴が居るのだろうよ。この感じは妾の同胞の気配がするな」

と、アテナが煎餅をかじりながら答えた。

「弓の英雄の属性を持つ者はたくさん()るな。アポロン、ペルセウス、ヘラクレス。数えたら(きり)が無い…が、ふむ…おそらくオデゥッセウスであろうよ」

智慧の女神としての直感でそう答えたアテナ。

「オデゥッセウスですか…」

と、ビックネームの登場に甘粕も困惑している。

「だが、問題はそこでは無いだろうよ。それらを操っている者が居ると言う事だ」

「そうですね…」

相槌を打つと甘粕は深々と頭を下げて感謝の意をアテナに示し、現場に赴くためにユカリの家を辞した。

この後草薙護堂にも連絡を入れるらしい。どうやら草薙護堂にこの事件の解決を依頼するのが正史編纂委員会の考えのようだ。

まぁ、アオ達にしても自分が出張らなくても良いのならそれに越した事はないので特に問題は無いと完全スルーを決め込んだ。

アオ達には関係ない話だが、アオを襲撃した後、まだ日本に滞在していたサルバトーレ・ドニも護堂と一緒に事件の解決に向かったそうだ。


そして大晦日。

今日がアオ達が未来へと戻る為の指定日である。

年の終わりと、始め、そして年をまたぐ時間帯には時間の行き来が若干揺らぎやすい。

ユカリの家の中庭に陣を書き、未来への送迎の準備を整える。

「それじゃ、あーちゃん達、元気で…はおかしいか。未来で会えるものね」

「そうだね。俺たちとしては元の時代に帰っても母さん達は居るからね」

「うん。絶対また一緒に会えますよ」

アオ、シリカが応える。

「それにしても…こっちに居る間に事件が頻繁に起きたよね…」

「そうだね、なのは。…でも、そう言うタイミングが重なる時って言うのはあるものだよ」

面倒ごとは重なる物だとなのはの呟きにフェイトが答えた。

「さて、そろそろ時間かな」

と、ソラが時計を確認し、儀式の開始を宣言する。

各々が持ち場に着きオーラと魔力を特殊転送陣へと注ぎ込む。

アオ達の真下の魔法陣が輝き出し、それぞれ連結し、一つの大きな魔法陣になると、だんだんアオ達の体が薄く透けていく。転送が始まったのだ。

「そう言えば。あーちゃんのお父さんはどの人なの?」

なんてユカリが冗談のように言う。

「まぁ、それは未来のお楽しみって事で」

「いいじゃない、少しくらい」

「うーん…かなり苦労人の人ですよ。でも、いい人です」

と、アオが言い終わるのと同時に発光が強くなりついにアオ達はこの世界を去り、元の時代へと戻った。

ユカリは踵を返すと家へと戻る。

「寂しくなったな」

転送の最中は一言も言葉を発さなかったアテナがユカリを気遣ったかのように言った。

「何、神殺しの身に5年や10年なんてあっという間だ」

アーシェラも主人の不安を払拭させるように言葉を掛ける。

「そうね…でも…」

とユカリは振り返るとアテナとアーシェラを交互に見てから言った。

「大丈夫、アテナとアーシェラが居るしね」

と言ってユカリが笑うと二人とも安心したかのように笑っていた。

 
 

 
後書き
今回でカンピオーネ編は終了です。原作に追いついてしまいましたしね…
シリカはミノスの迷宮の能力をゲットして完成されました…もうきっと誰も敵うまい…迷宮能力+分身(NPC)できっとアインクラッドを再現できるはずっ!ペルセウス?もとの神格は太陽神らしいので照明担当とかかな…
次話の投稿は未定になります。しっくり来る物が見つかりませんし、切りのいい所(ほぼ最後)まで書き上げてからの投稿になるのでかなり時間が掛かると思いますがご了承いただけますよう。 

 

旅の終わり。

旅の終わり。

ゴポリと言う音が近くから聞こえる。

母親の胎内で羊水に囲まれているような感じだ。

ここは何処だろうとアオは思う。

また転生したのだろうか?

そんな事を考えていると、途端に自分の周りから水が排出されていき、重力に引かれるままにその体を地面に横たえた。

プシューーーーーーッ

何か機械的な圧から開放されるような音と共にアオを覆っていたカプセルが開かれる。

「帰ってきたか」

と、どこか疲れたような初老の男性の声が聞こえる。

四肢に力を込め顔を上げると声のした方へと向けた。

「君達にしてみれば人の一生を越える時間だっただろうが、私達にしてみればほんの一瞬。だが、成功したのは君を含め数名のみ…」

プシューーーーーッ

アオの後方で同じように扉が開き、中から七歳くらいの女の子が倒れこむ。

「ソラっ!?」

アオは直感でそう悟り、駆け寄って抱き上げた。

「…ぅ……あ……お?」

「ああ、そうだよ」

ソラを抱き上げた自分の体を見る。その体は成人男性のもので、ソラとの年齢の差を感じさせた。

「また一人戻ってきたか」

「あんたは誰だっ!」

淡々と語る男性にアオが声を荒げる。

「忘れたか。…いや、それもしょうがない事。だが、君たちが我らの最後の希望と言う事には変わりが無い」

「最後の希望?」

どういう事だとアオは詰め寄った。

「今、この世界は滅亡の危機に瀕している。何処から現れたのか分からない神などと言う存在にな。我々人類も科学の力で対抗したが、超常の力を使う奴らには敵わなかった。そこで考えられたのは超常には超常をと、何とか倒せた一体を解剖、研究し幾つかのプロジェクトが立案され、試行された」

その男性の言葉を聞いてだんだんアオも思い出してくる。

ここは…

「ここはプロジェクト・ドリームトラベラー。夢を渡るように君たちに戦いと言う名の精神負荷をかけて、敵から抽出した細胞を自身に最適化させて行き、最後には超能力を行使できる戦士を作り出す」

そう言えばそうだったかもしれない。

あの、何て事の無い日の繰り返しの日々が、爆音と共に終わりを告げ、人類はみなシェルターへと非難したんだった。

そして国がランダムに選び出した数百人を敵に対抗する戦士を作り出すべく敵の細胞を埋め込んだ後、夢を見るように仮想空間を旅をして経験と、細胞との融和を計るプロジェクトにアオも選ばれたのだった。

「屈強なアスリートや傭兵などはその細胞に負けて帰ってくる事はなかった」

つまり死んだと言う事か…

「今残っているのはどれも精神的に特定の分野に傾向している者ばかりだな。これは順応性の問題なのか、個人の素質の問題なのか。まぁ、次は無いのだ。考えるだけ無駄か」

「…あの世界がただの夢?…現実じゃない?」

「現実であったとも言えるかも知れないし、そうでなかったのかもしれない。だが、君たちに我々が懇願するのはただ一つ。我々を助けてくれ!地上を蹂躙する神を打ち滅ぼしてくれ!」

男性のその声には何か強い慟哭を感じた。

「アオ…」

「あの世界が偽者?なのはもフェイトもシリカ、久遠に母さん達が…?」

混乱で絶望するアオ。

「アオっ!」

それをアオの胸元から力強い声で叱咤する声が響く。

「そ…ら?」

「私はあの世界がニセモノだったなんて思えない。あそこは本物だよ。絶対っ!」

「そう…かな」

「うん。だから帰ろう。わたし達の居るべき場所へ」

「でも、どうやって?」

「どうにかして、よっ!私も色々思い出してきたわ。確かにここは私達が居た世界。うん…私は神の襲撃で両親を殺された」

ソラの言葉に、「ああ、俺もだ」とアオが言う。

「だから、いま地上を跋扈するアイツらには借りが有る。だから、そいつらを全部倒し尽くしたら、会いに行きましょう。私達の家族へ」

「うん…そうだねソラ。君に励まされてへこんでいてはカッコがつかないよね。うん…アイツらに借りを返して俺たちの世界へ戻ろう」

「うんっ!早く戻らないとアオは彼女達に愛想をつかされるかもね」

「それは怖い…でもソラは一緒に居てくれるだろう?」

「当たり前よっ!」

「うん」

それが彼らの選択。世界を救ったとしても、彼らはこの世界には留まらないだろう。なぜならこの世界には彼らの大事な物はもう無いのだから。

そしてまた永遠に旅は続く。
 
 

 
後書き
終わりの無いこの作品に一応の終わりをと言う話です。この後、どんな世界を旅をしようが、最後は此処に繋がる…または此処から始まると言う事です。
これで完結と言う事ではないのですが、終わりが無いままになるのもアレなので…
能力習得、熟知、熟練のために旅をしていましたと言う後付け設定です。 

 

第八十五話 【Fate編】

 
前書き
今回からFate編です。
最初に注意事項を挙げておきます。このFate編はタイプムーンさまの世界観における設定を意図的に逸脱、または無視しております。その改変に関しての苦情は受け付けません。タイプムーンさまの設定準拠での話を望まれるのでしたらブラウザバックをお願いします。
二次小説と言う事でそれでも構わないと思われる方は多少なりとも楽しんでいただけると幸いです。
 

 
彼方から少女の声が木霊する。

遠くから誰かを呼ぶ声だ。

それを何処ともいえない場所で聞いている人が居る。

ああ、また私を呼ぶのだな。とその誰かは思った。

あの白い少女に呼ばれ、自分の子供を手にかけてしまった自分でもその娘を守れるかもしれないとその呼び声に応えた。

何度も…何度も…

しかし何度分岐を辿っても自分はあの少女を守れない。

眩い光の一撃で命のストックを削りきられ、多くの宝具に串刺しにされ…

一番最悪なのは影に食われて自分自身が白い少女を追い詰める。

どの私も必ずあの少女を守りきる事叶わずに朽ち果てる。

それが運命とでも言うように…

ああ、誰か、誰でも良い。誰かあの少女を守りきってくれないか…あの冬の寂しさしか知らない白い少女を…

そして彼女の幸せを見つけてあげて欲しい…

呼ばれることの喜びよりも今の彼には守りきれないと言う絶望の方が多い。

彼女の呼び声は必ず狂化の呪言が織られている。

せめて狂戦士のクラスでなかったなら…彼女の心を労わる言葉を掛けて上げれるのに、…それすらもやはり叶わない。

少女の言葉に惹かれ、何か大きな力に引かれてまた私は彼女の前に現れるだろう。

今回こそはと言う希望と今回もきっとと言う絶望を胸に抱き、奇跡を願う。

そんな時、その男が引かれる道を何かが通った。

男は何を思ったのかその何かをその太い腕で掴み取り、強引に自分の中へと取り込んだ。

しかし、その何かは吸収するはずだった男の力を逆に吸収しに掛かった。

だが、男にはそれならそれで構わなかった。

ああ…今回はきっと大丈夫。

狂化は私が全て持って行こう。

そして私の持てる力で用意された器を作り変えよう。…いや、これほどのものなら狂戦士の器では受け止められまい。

だから、今回は…きっと彼女を守ってくれ。

それだけが今の私の願いなのだから…




急激にまどろみから意識が浮上する。

それと同時に何かの知識が頭の中に流し込まれていく。

聖杯、冬木、サーヴァント…

その一つ一つを吟味する時間も無いままに、何かに引き寄せられ、自分の体が書き換えられていく。

『汝三大の言霊を纏う七天…抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!』

その言葉に手繰り寄せられるように俺の体は引き寄せられ現実世界に現れ出でた。

魔力渦巻く魔法陣の真ん中に立つ。

辺りを見れば豪奢な石造りの聖堂のような造りの部屋のようだ。天井のステンドグラスから漏れる木漏れ日が一層そういった雰囲気に仕立て上げている。

目の前には白い、どこまでも儚そうな少女が立っている。

「問おう。あなたが俺のマスターか?」

この言葉だけは口からすんなり出てきた事に自分でもビックリしている。

「ええ。私があなたのマスターよ」

そう答える少女とは別にこの部屋に居る人物。見たところ髭をはやした年配の老人の男性が驚愕を洩らしている。

「ば…ばかな…バーサーカーのクラスのサーヴァントにはまともな会話能力は無いはずなのに…」

バーサーカー。冬木で行われる聖杯戦争におけるクラスの一つか。彼らはバーサーカーのクラスのサーヴァントを欲していたのか。

「ねぇ、あなたは何のクラスのサーヴァント?」

目の前の少女もその老人の呟きに不信感をつのらせたらしい。

「ふむ…」

そう言って俺は会話に間を取ると、自身のクラスを刻まれた知識から引っ張り出す。

「どうやらチャンピオンのクラスだな…なるほど、この単語には確かに因縁を感じる」

チャンピオン…イタリア語ならカンピオーネだからね。

「チャンピオン?バーサーカーじゃないの?」

「聖杯戦争に必ず呼ばれるのは三騎士と呼ばれるセイバー、ランサー、アーチャーの3クラスだけだろう。その他がたびたび変わる事があると俺に刻まれた情報に記されているよ」

「イレギュラークラスか!?」

俺の返答にそう大声を上げて驚いたのは目の前の少女ではなく、奥に居る老人の方だった。

「いや、まだだ…あの者が目論見通り彼の大英雄であるのなら、イレギュラークラスと言えど問題ない…イリヤ」

はい、と答えた後イリヤと呼ばれた白い少女は俺に言葉を放った。

「あなたはギリシアの大英雄、ヘラクレスよね?」

ヘラクレス…神話に詳しくない人でもその名を一度は聞いたことが有るだろう。…カブトムシとかで。

その名も高き大英雄ヘラクレスを召喚したと信じている目の前の二人にどう告げればよいのか…

さて困った。…俺は少しの間逡巡したが、黙っていてもその質問だけは返答するまで何度でも繰り返されそうなので正直に答える。

「違う」

「なっ!?」

俺の言葉に一番衝撃を受けたのはその老人の男性だ。

「ならば何者だ!?」

「あなたに答える必要性を感じないが?」

と答える俺にその老人は白い少女へ険しい視線を投げた。

「答えて。あなたの真名はなんて言うの?」

面倒だから誤魔化すかと考えた瞬間、俺の体を強力な呪力が襲い掛かり、電流が流されたような衝撃を受ける。

「っく…」

…なるほど、あの少女は余程強力なマスターなのだろう。彼女の命令に逆らうと体の自由を奪われるほどの衝撃を受けるようだ。

「アオ。それが俺の名前」

答えた瞬間俺を苛んでいたものが解け、苦痛からも開放される。

「アオ?あなたは何処の英雄なの?」

「さて…俺はこの世界に名をはせた記憶は無い。何処の英雄と問われても返答に困る」

ガタンッ

「お爺様!?」

少女が物音を立てた老人に驚いて振り返ると、その老人は手すりに捕まるようにして何とか立っているが、その表情から絶望の相がうかがえる。

「おぬしの宝具は…」

まぁ、ソルが宝具と言えなくは無いだろうが…

「宝具は英雄を英雄たらしめる伝承の具現化なのだろう?伝承そのものを持っていない俺が宝具なんて物を持っているわけ無いだろう」

どうせ白い少女を越して聞き出すのだろうから、老人に問われた問いに答えた。

「ではおぬしは何者なんだ?何故おぬしはそこに居る!?」

「さて。それは俺が聞きたい。確かに死んだような記憶は有るが、その魂を強引に引っ張ってきたのはそっちだろう?」

俺の所為じゃないだろうと言う。

「サーヴァントが英霊ではなく…ただの人間霊だというのか…」

そんな事を呟くと老人はフラフラと聖堂を後にする。

余程期待はずれだったのだろう…元から年を取っている風だが、さらに10年は老け込んだように見えた。

残されたのは白い少女と俺の二人だけ。

「さて、それじゃあえっと…」

目の前の少女を何て呼べば良いか逡巡していると少女の方から言葉を発した。

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ。イリヤで良いわ」

「なるほど」

イリヤ…ね。これは後で記憶を穿り返さないといけないな。

「それではイリヤ。…君は俺との契約を望む?」

「はぁ?望む望まないもなくあなたは私のサーヴァントでしょう」

「確かにそうだ。…だが、君のおじいさんは俺の事がお気に召さないようだぞ?」

「呼び出しちゃったものはしょうがないじゃない。あなたはわたしのサーヴァントよ」

面倒だからこのまま契約を切ってもらっても全然良かったのだけれど…それは俺がこの世界に来るときに取り入れた何かが邪魔をする。…一体これはなんだ?

「了解した。サーヴァント・チャンピオン。君の騎士として君を守るとここに誓う。これで契約は完了した」

と、自然に守ると口から出た事に自分自身で驚いた。…自分の中で何かが変質しているように感じるが、どうこうする事は今の俺にはできそうに無い。この原因はおいおい究明する事になるだろう。







さて、現状確認である。

どうやら今の俺はサーヴァントとして呼び出され、このアインツベルンの城に滞在しているが、どうやら聖杯戦争まではま二ヶ月ほどあるらしく、聖杯からのバックアップが無い。

つまり、今の俺を現界させている魔力の全てはイリヤが支払っていると言う事であり、俺の一挙手一投足にも相応の魔力を消費する。

現界時に得たスキルでイリヤへの負担は軽減しているが、それでも十全とは言えないのが心苦しい所ではある。

とは言え、自身の今の能力の検証はしなければ成らず、イリヤに無理を言って実体化し、何が出来るか、それがどれだけイリヤの魔力を消費するのかを確かめなければならない。

今の自分がどれだけの戦闘技術を行使できるのかの確認は生死を別けるほど重要だった。

結論を言えば、おそらく念も権能も魔法も魔導も使える。しかし、それは全てエネルギーを一緒にしたものだ。念も魔導も全てを同じエネルギーで扱えると言う事だ。

…いや、俺の持っている能力をこの世界に合うようにイリヤの魔力で再現していると言った方が正解だろう。

イリヤは聖杯戦争のために作られた至上のマスターだと言う。そこから供給される魔力は他のマスターと比べるまでも無く多量。

…しかし、それでも俺が操る技術を彼女の魔力で行使するとなると大威力忍術で良くて5回、シューターならばいざ知らず、バスターでは撃てて6発。ブレイカーは周りの魔力を極限まで集束させて一発撃てるかどうかと言ったところだ。

写輪眼の発動、念での身体強化、飛行魔法の行使などを考えると戦闘可能時間は極端に短い。

…久しぶりにウルトラマンの気分を味わっている。

ああ、この感覚はいったいどれくらいぶりだろうか…出来れば二度と味わいたくない類の物だったのだが…

そう言った訳で当然スサノオの使用も難しい。

これは大幅な戦闘力低下と見て良いだろう。

が、しかし。大幅に制限の掛かっている俺だが、聖杯戦争におけるマスターとして捉えた場合イリヤは望みえる最高のマスターだと言えるだろう。それほどまでにイリヤから供給される魔力は魔術師としては莫大なのだ。…ただ、俺がそれを越す度を越えた燃費の悪さなだけ。

「ねぇ、もしかしてチャンピオンってすごく強い?」

召喚されてから一週間、イリヤを連れてこのアインツベルンの森で現状確認をしていた時にイリヤが俺に問い掛けた言葉だ。

「さて…ね。他のサーヴァントが戦っているのを見た事は無いからね」

分からないよと俺は答えた。

「ねぇ、チャンピオンは本当に英霊じゃないの?ただの人間霊にしてはその力は異常よ。セイバーを思わせる剣技、キャスターでも通用しそうな現代魔術師では行使できないような魔術、ランサーやアサシンのような身の軽さ。それをただの一人が持っているのよ?」

「だが、その分戦闘可能時間が極端に短い。これはマスターの魔力を湯水の如く消費すると言う点でバーサーカーの特徴に類似するね」

「う…ゴメンね。チャンピオンの能力をフルに引き出してあげれなくて」

イリヤが少しシュンとして謝った。

「イリヤが謝る事じゃないだろう。サーヴァントはそう言うものだ」

英霊をサーヴァントとして現界させるに当たって、そのクラスに適応するように英霊の能力を削ぎ落として行く。その為にサーヴァントは英霊そのものよりも強くなる事は無いし、その殆どは劣化を免れない。

しかし、ここに措いて俺はどうやら例外のようだった。

サーヴァントとして現界するに当たって手に入れた幾つかのスキルの内の一つに『技能継続A+』と言うのが有った。

これは生前…俺の場合は前世までに習得したその技能を失わないと言う物だ。だから俺は忍術も魔法も権能もこの世界の魔力を媒介にして再現できている。

しかし、その威力を再現するとなるとそれには莫大の魔力が必要だった。それには幾らイリヤが至高のマスターだったとしても賄いきれる物ではないものだったのだ。

そして、その反動か。どうやら俺は筋力、敏捷、耐久のパラメーターが低く設定されているらしい。この辺りは念で賄える物なので特に問題は無いのだが、やはりその分魔力を消費してしまうのは手痛いデメリットだろう。

だが、その反面、魔力と幸運は高く設定されているらしく、他のマスターが見れば宝具能力型のサーヴァントだと誤認するほどではなかろうか。

その他には発現した『技術習得A』と言うスキルのお陰か、サーヴァントのクラススキルとして割り当てられる物の大部分ををAランクで所持しているのは嬉しい誤算だ。

対魔力、単独行動、騎乗、気配遮断、陣地作成、道具作成の全てをAランクで所持していた。

この単独行動Aはとても助かっている。実際これが無ければ体を動かすだけで消費する魔力でイリヤを苛んでいただろう。

狂化が無いようだが、あったら困るスキルなのでこれだけは無くて助かった。

この『技術習得』と言うスキルはその技術がオンリーワンでなく、体系を有した技術であるのならば習得できるチャンスがあると言うものらしい。

本来サーヴァントとは成長しない完成されたものであるはずであり、成長の可能性を秘めるこのスキルは有り得ない物なのだろうが、俺の経歴を辿るに納得させられるスキルでもある。

他に幾つかスキルを獲得したが、これはイリヤがマスターとして召喚した為のプラス補正なのだろう。

「それに、聖杯戦争が始まるよりかなり前に呼び出されたと言うのは俺にとってはすごいアドバンテージだ」

「どういう事?」

「足りない魔力を貯蔵する時間が取れたと言う事だよ」

「?」

良くは分かっていないようだったが、イリヤを守るために彼女には頑張ってもらわなければなるまい。

就寝前に一日の生成分の魔力を使いきる勢いで吸出しカートリッジを作ればそれだけで魔力の水増しになりえる。

俺自身の念能力と手に入れた道具作成スキルを使えば問題なくカートリッジを作れるだろう。

おそらく、一日一本が限界だろうが、それでも聖杯戦争開始まで一月半。それなりの数が揃うはずだ。

夜。イリヤは就寝した頃合を見はかり、俺は人目の着かないところへと移動して実体化する。

昔、深板達と作った二本の映画をソルの記憶領域から引っ張り出してもらい再生する。

『Fate/stay night』

これはSAOに閉じ込められた時にあの気持ちの良いバカたちと一緒に撮った二本の映画のタイトルだ。

今俺が置かれている状況。それはこの映画の雰囲気と多くの所で類似する。

聖杯戦争。

七人のマスターと七騎のサーヴァントによる殺し合い。

最後の一組になるまで相手を打倒し、残った一組が聖杯を手に出来ると言う魔術儀式。

「イリヤスフィール…バーサーカー…おそらくこのバーサーカーの代わりに俺がサーヴァントとして召喚された、と言う事だろう」

『その可能性が高いです』

と俺の胸元で待機状態のソルが俺の言葉に相槌を入れた。

「召喚入れ替え系か…いや、今回の事は問題はそこでは無く、聖杯が汚染されているかもと言う事か」

『仮定の話ですが、可能性は大きいかと』

「だね」

汚染された聖杯はそれ自体が厄災であり、イリヤが聖杯として完成されたときにはイリヤ自身がどうなるか分からない。

とは言えそれは可能性であって確定事項ではない上に俺が持ち合わせているこの情報が劣化したものだと言う事実だ。

この作品は俺達が本来いた最初の世界の創造物をさらに劣化させたものだ。つまり、既に別物として仕上がっている可能性が高いと言う事。

「このストーリーは参考程度と言う認識でないと危ないかもしれないね」

思い込みや決め付けは危険だ。

さて、どうやらこのアインツベルン家の当主。あの召喚の時に居た爺、名前はユーブスタクハイトと言ったか…彼は俺達に既に何の期待もしていない。

それでも万が一はと考え、今回の聖杯戦争にはイリヤを参加させるようだった。

イリヤもその命令を受け入れ聖杯戦争への参加を表明している。彼女には彼女の理由が有って冬木の街には行きたい様だった。

問題は多い。

俺の戦闘継続時間の問題を抜きにしても俺自身の問題として彼女、イリヤスフィールの命令には逆らい辛いと言う現状だ。

この事態には良く分からない物がある。…おそらく俺達の中に入り込んだ不純物がそうさせているのでは無いかと当たりを付けているが…はっきりとはしない。

そう言えば語らなかったがソラ達はどうなったか。

彼女達の魂は今俺の中で眠っている。何かの拍子に起きる事も有るので彼女達の内何人かは覚醒しているのだが…それは今はいいだろう。

時は一月の終わり。ついに俺達はこの雪に閉ざされた城を出て冬木の地へとおもむく事になった。

用意できたカートリッジは四十三発。心許ないが、それでもこれが用意できたのはかなり心強かった。

イリヤの身の回りの世話と警護をしてくれるホムンクルス…セラとリズの二人と連れ立って冬木の地を目指し、現地入りしたのが一月三十一日。まだ春が来るには遠い冬の日の事だった。

セラとリズの二人を先にアインツベルンの森の奥にある聖杯戦争中の根城として確保してある城へと滞在準備のために先行させた後イリヤは一人冬木の町をフラフラと歩いていた。

いや、霊体化した俺も居るのだから一人と言って良い物かどうか。

彼女はその冬の寒さに温かみの消えた街に、それでも物珍しいのか視線をせわしなく動かしながら歩いていく。

この街に住んで居る住人にしてみれば変わり映えのしないその街並みをイリヤは本当に興味深げに見回している。

そう言えば彼女があの冬の城を出たのはこれが初めてになるのだったか。

「初めての日本の感想はどうだ?」

俺は実体化し、イリヤに問いかける。着ている服装はこの時代よりいくらか後の物だったが、それほど浮く事もあるまい。

ようやく聖杯戦争も始まりの合図を待つばかりとなり、聖杯からのバックアップが働いたお陰でイリヤが支払う魔力は俺を現界させるために繋ぎとめる分だけと言う所まで落ちている。今の状態ならば実体化してもイリヤの負担にはなるまい。

「外の世界ってこんなにキラキラしているのね」

そんな彼女の感想は初めて遊園地を訪れた子供のようだった。

「ああ、そうだね。世界はこんなにも面白い事で満ちている。…だからまだ俺は生きているのだろう」

「チャンピオン?」

何を言っているのとイリヤ。あなたはとうの昔に死んでいるでしょう、と。

「あ、ああ。そうだったな。…イリヤ、せっかくの日本だ。何かしたい事はない?」

しまったと感じ直ぐに話題を変えた。

「うーん…そうね…そんな事急に言われても思いつかないわ」

「なら、ゆっくり考えるといい。時間はまだ有るはずだ」

「うん」

そう答えたイリヤは、しかし何かを探すように視線を動かしながら冬木の街の散策を再開するのだった。

深山町の古めかしい日本家屋が立ち並ぶ、一種の古きよき日本の街並みを歩くイリヤ。

すると突然イリヤの表情が険しくなり、何か大きな感情が爆発するのを必死に抑えているように深呼吸。その後、おもむろに歩き出すと一人の青年とすれ違いざまに一言その少年に聞こえるように囁いた。

「はやく呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん」

と。

イリヤはいぶかしむその少年を通り過ぎ、振り返るそぶりさえなく坂を下っていく。

ああ、そうか。あの赤毛の少年がそうなのか。

情報通りなら自分とは相容れる事の無い少年の姿を一度振り返り、その目に記憶した。

しばらく歩き、少年の姿が完全に見えなくなるとイリヤは自嘲気味に呟いた。

「…さっきのわたし、ちょっとおかしかったわね」

「そうだな。…先ほどの言葉はまるっきり要領を得ない言葉だった」

そうね、とイリヤは自嘲気味に囁く。

「あの子はキリツグの子供なの。キリツグって言うのはわたしをあの城に置いていったわたしの父親の事。だから、あの子がキリツグの子供ならわたしの弟と言う事になるわ」

二次成長手前のような容姿の彼女は、どう贔屓目に見ても先ほどの彼と並べば彼女の方が妹だろう。

だが彼女は弟と言った。それは彼女が見た目どおりの年齢では無いと言う事だった。

「そうか」

「…チャンピオンって結構淡白よね。もう少し掘り下げて聞いてみたいとは思わないの?」

「イリヤが話したいなら聞くだけならできるよ。…でも、聞いたとしても俺には君と彼の関係を変化させる助けは出来ない」

イリヤを守れと言う強迫観念はあるが、人間関係まで改善しろと言う事では無いし、何より聖杯戦争が終われば消える俺ではその全てに責任を負えない。

俺が一石を投じ二人の関係に変化をもたらす事は可能かもしれないが…それだけだ。聖杯戦争の終結はおよそ二週間ほどだろう。その後彼女達を支える事は俺には不可能なのだ。ならばいっそ…

いや…これは彼女自身が悩み、彼女自身が選択し、彼女自身が行動すべき事柄だ。

「そう?ううん、これは私の問題ね」

と言ったきりイリヤはまた散策に戻った。

冬木市の新都の方へと足を運び、それなりの格式のレストランで夕食を済ませると辺りはとうに真っ暗だった。ネオンサインのみが煌々と辺りを照らしている。

「チャンピオン、あなたサーヴァントの癖にレディのエスコートは中々のものなのね」

それはレストランで一緒に夕食を取った時にお姫様をエスコートするようにイリヤを伴った事に対する彼女の感想だ。

「それにこの辺りの常識を聖杯の知識からではなくまるで最初から知っているかのようだったわね。初見でバスやタクシーを利用したり、自動販売機の使い方なんてわたしも知識としては知っていてもどうやって利用するかまでは分からなかったというのに。あなた達サーヴァントに刷り込まれる常識はそう言ったものよね?と言う事はあなたは自分の経験としてあれらの使い方を知っていたと言う事」

「そうかもね。だけど、それがどうかした?」

「ううん。ただの確認。チャンピオンは現代を生きた人の魂…にしてはその技術がおかしいか…」

「俺の正体なんてどうでも良いだろう。伝承を持っていないと言う事は明確な弱点を世に知られていないと言う事だし、聖杯戦争では不利ではないはずだ」

「ええ、そうね。でも逆に知名度による補正が入らないと言う事。つまりあなたは呼び出されたサーヴァントの誰よりも補正が無いのよね」

「いや、そうでもない。俺の切り札はこの日本では途轍もない知名度を持っている」

「はぁ?なにそれ。あなた西洋の人では無いと思っていたけれど日本人なの?」

そう問い返したイリヤの言葉に返答する暇はどうやら無さそうだ。

少し遠くにサーヴァントの気配を感じる。

サーヴァントはサーヴァントの気配を感じ取れる。俺の知覚距離の補正は高く、昼間のうちから俺達が人通りの少ない所に行くのを狙っていたようだった。

俺はずっと付けねらっていたそのサーヴァントが此方に距離を感じ、イリヤを背にして方向を変える。

食後の散歩にと出歩いた俺達は簡素な倉庫街で迎え撃つべく移動していたのだ。

俺の表情が変わったからだろう。イリヤもどうやら敵の接近に気がついたようだ。

「サーヴァントが来たの?」

「…ああ。どうやら俺達の聖杯戦争の初戦になりそうだ」

「そっか」

イリヤを庇いつつ俺はソルを手に取ると起動して出迎えの準備を整える。

「ソル」

『スタンバイレディ・セットアップ』

一瞬閃光が走ると銀色の龍鱗の甲冑が現れ俺の体を覆った。

腰につるしたソル本体の鯉口を切り来訪してくるサーヴァントを待ち受ける。

『ロードカートリッジ・サークルプロテクション』

その間に一発ロードし魔力を充填するとイリヤにサークルプロテクションを張りガードする。

これでサーヴァントの攻撃以外ならば相易々とイリヤを傷つけられないだろう。

とは言え、これから来るのはサーヴァントなので気休め程度でしか無いだろうが、そもそもマスターを狙われれば人間の魔術師であるマスターはサーヴァントに対抗できようものも無いのだからこのプロテクションは相手のマスターからの魔術への防御と言う事になる。

スタッと軽い乾いた音と共に倉庫の上を駆けて来たのか、何者かが着地し俺達から8メートルほどの距離をあけて着地した。

「ほう、これはまた俺も中々運が良い。のっけからセイバーとやりあえるとはなっ!」

俺が持っている武器はまぎれも無く剣の部類に入る日本刀を模している杖でありセイバーと間違われるのも道理だ。

対して目の前の男は後ろ髪を束ねた長髪に青い戦装束、銀色の肩を守るだけのアーマーにその手には紅い禍々しい槍を持っている。

見まごう事も無くランサーのサーヴァントだろう。

さて、ここで俺が取るべき行動は何であろうか。

聖杯が汚染されている可能性を考えればベストなのは一騎も脱落せずに聖杯戦争が終わる事だが、それは無理な相談だろう。汚染されていると言う確証は無く、相手にしてみればそれは只の絵空事の虚言に聞こえる。

俺が手を下さなくても何処かでサーヴァント同士がぶつかり合い脱落していくだろう。それは回避のしようが無い。

確かめるためには一度聖杯を起動した上でその器を破壊しなければならないが、霊体である俺が汚染された聖杯の中身を受けて無事でいられるだろうか?…それは今考えるべき事ではないか。

今考えるべきは目の前のこのサーヴァントをどうやって追っ払うかだ。

そう、まずは様子を見なければ成らない。どれほど状況があれを参考にして良いのかを。それにはまずこいつをここで脱落させるのはマズイかもしれない。

…とは言え、俺がイレギュラーとしてここに居る時点で大幅に変わってしまっているとは思うが…

「チャンピオン。そのサーヴァントを倒しなさいっ!」

「了解した。マスター」

イリヤに命令されたのならば戦う他はない。彼女を守る、彼女の意思に従うと言う事に関しての強制力は強い。これに逆らうと目の前の敵から逃げる事もままならないほどに能力がダウンするだろう。

「ああ?チャンピオンだぁ?おめぇセイバーじゃねぇのか。イレギュラークラスって奴か」

少しがっかりしたかのように肩をいさめるランサー。

『アオさん、相手はランサーなんだよね?』

と身のうちより念話のような声が聞こえる。

俺のこの身のうちで眠っているなのはがこの騒動で起きたらしい。

『なのはか…ああ、その様相を比べればおそらくクー・フーリンで間違いないだろう』

『代わってもらえないかな。日本刀で長槍を相手にするのは難しいし、わたしも槍の英霊とは戦ってみたいもの』

俺は心の中ではぁとため息を吐き言葉を続ける。

『危なくなったらイリヤを連れて離脱。それとセイバーの存在を確かめていないからまだランサーに脱落してもらっては困る、上手くやって』

『はーい』

そう言うや否や俺の体は歪み、俺の魂は引っ込んで、代わりに白と桃色の龍鱗の甲冑を着た女性の姿へと変貌した。



訪れた冬木の地で始まった聖杯戦争。

わたしとチャンピオンにとっての初戦は蒼い服に紅い槍が対照的なランサーのサーヴァントだった。

あまりやる気の感じられないチャンピオンに魔力で言霊を紡ぎ命令する。

「チャンピオン。そのサーヴァントを倒しなさいっ!」

「了解した。マスター」

チャンピオンは仕方ないと答える。

マスターと呼ばれたことにわたしは少しショックを受けた。マスターと呼ばれたのなんて召喚当日のみ。後はいつもわたしの事は名前で呼んでいた彼。

刀の柄に手を添えたチャンピオンの姿がいきなりブレると、その甲冑が変化し始める。

「え?何?チャンピオン?」

銀色の甲冑は形を変え、桃色の龍鱗の甲冑へと変化する。それに伴い彼の武器である日本刀までもが形を変え、その形が宝石を抱いた杖のような物に変わった。

しかし、変化はそれだけではなく…

「なんだぁ?てめぇ、女か?」

ランサーの声にも困惑が混じる。

それはわたしも一緒だ。なぜなら本当にチャンピオンの性別が男から女に変わっていたのだから。いや、性別が変わったというより存在が…魂そのものが変わったのだと感じられた。

「あなたは…だれ?」

目の前の女性は視線だけわたしによこして答える。

「チャンピオンのサーヴァントだよ。イリヤちゃん」

「うそ。だってチャンピオンは男じゃないっ!」

「まぁ、その疑問に答えるのは後にしよう。今は客人の相手をしないとね」

そう言ったチャンピオンと名乗った女性は手に持った杖を変化させ、その形状を槍へと変えた。

槍といってもそう見えるだけで、彼女の持っている槍は機械的で、穂先は魔力で出来ていた。その首元にはリボルバー式弾倉がついていてその機構はチャンピオン…アオの持っている日本刀に通じるものがあった。

「ほぉ、俺相手に槍で勝負を挑むつもりか」

「槍の扱いでは私達の中ではわたしが一番得意だからね。槍の英雄に何処まで通じるのか、試してみたくなったの」

「ほう」

そう言ったランサーの気配が変わる。戦闘態勢へと移行したようだ。

二人とも深く腰を落とし、槍を突きつける。

『ロードカートリッジ』

ガシュと薬きょうが排出され、チャンピオンの体に魔力が迸った。あの一本でわたしが精製できる一日分の魔力が込められている。

「なんだ、その槍は…それがおめぇの宝具って訳か?」

伝説の具現にしては嫌に機械っぽいチャンピオンの槍をいぶかしむランサー。

「ううん。この子はわたしの杖だよ」

「ならキャスターじゃねぇのか?」

「槍を構える魔術師が居ると思うの?」

「ちげぇねえっ!」

ジリッと足を擦りながらどちらが先に仕掛けるか、タイミングを計っている。

さて、どちらが先に動いたのか、わたしの目ではわからなかった。

残像を残し、両者は地面を駆け、その槍がぶつかり合う音が聞こえてくる。

ガキンガキンッ

甲高い、鉄同士がぶつかり合うような音が静かな倉庫街に響き渡る。

迫るランサーはその最速のクラスの名に恥じない速度で地を駆け回り、繰り出される槍の冴えは正に流星のようだ。

常人ならばその一刀で心臓を貫かれているであろうランサーの技。しかし、それはチャンピオンの振るう槍で弾かれて決まらない。対するチャンピオンの攻撃もランサーのサーヴァントだと言われれば信じてしまいそうなほどに速く、正確に繰り出され、その攻撃で逆にランサーは追い詰められていく。

「はっ!こりゃなかなかだっ!これは楽しくなって来たなぁっおいっ!」

追い詰められていると言うのにランサーは喜色満面にそう叫んだ。

「流石に槍の英雄。これほどに槍にキレがある相手と斬り結んだ事はありませんっ!」

チャンピオンもそう言ってランサーの技量の高さを評価した。

「それじゃぁピッチを上げていくぜっ!」

「わたしも能力を使わせてもらいますっ!」

「宝具って訳かっ!上等だっ!」

さらに熾烈を極める二人の剣戟。

しかし、チャンピオンがランサーの槍を打ち払えば打ち払うほどランサーの攻撃の精度が落ちていくのが感じられた。

途中で一回、チャンピオンはカートリッジをロードし、この戦いが始まってから3本目のカートリッジを消費する。これで三日分。確かにチャンピオン自身が言っていたように彼の戦闘は消費が激しいようだ。

しかし、それも仕方が無い事なのだ。筋力、敏捷、耐久のパラメーターの低いチャンピオンがどうやってランサーに付いていけているのか。それは魔力でそれらのパラメーターを大幅にアップさせているからだ。

どうやってそんな事をしているのかはわたしは分からないが、それを行使したときのチャンピオンのパラメーターはその全てをAランク相当まで引き揚げている。

そのパラメーターは最優のサーヴァントとして名高いセイバーですらあるかどうかと言った所だろう。

魔力、幸運を含めれば戦闘時のチャンピオンのパラメーターはその全てがAランク以上なのだ。

堪らずランサーは両の足に目いっぱい力を込めると後ろに跳躍し、チャンピオンから距離を取って着地した。

「槍が重い…これがおめぇの宝具の能力か?打ち合えば打ち合うほど相手の武器の重量が増すってか?」

「さて、それを教えるほどわたしは優しくありませんよ」

「そりゃそうだわな。…しかたねぇ、これ以上重くなると流石にマズイ。此方も宝具を使わせてもらうぜ…」

ランサーの持つ槍が周囲の魔力を食い散らかしていく。

それは余りにも禍々しく、恐怖心を煽るには十分だった。

あれを食らったらチャンピオンは死ぬ。だめだ、アレを撃たれては…

わたしの心配する気持ちがラインを通して通じたのかチャンピオンはランサーを見つめたまま力強い言葉でわたしを勇気付けた。

「大丈夫。貴方のサーヴァントはあの程度で負けたりしない」

「ほう、大きく出たな。では食らうか?俺の必殺の一撃をっ!」

ランサーは人間離れした跳躍力を発揮し、空中へと躍り出るとその紅い槍を振りかぶり、真名の開放と共に投げはなった。

「ゲイ・ボルグっ!(突き穿つ死翔の槍)」

渾身の力で振り下ろされた魔槍。その槍は音速の壁を越えチャンピオンへと迫る。

『マルチディフェンサー』

突如として現れた魔力障壁が幾重にもチャンピオンの前に現れて魔槍の着弾を防ごうと現れるが、拮抗すら許さずその全てを一瞬で打ち破り、ついに魔槍はチャンピオンの体を刺し貫いた。

「チャンピオン!?」

轟音が響き、粉塵が巻き上がりわたしの視界を埋め尽くす。

「大丈夫っ!?負けてないよね?チャンピオンっ!?」

わたしは心配になって声を張り上げた。心のどこかで、あんな攻撃を受けたのなら倒されてしまっているのではないかと言う不安がよぎる。

その不安に押しつぶされそうになりながら粉塵が晴れるのをひたすらに待った。

「ちっ…不死属性の宝具持ちかよ…」

粉塵が晴れるより早くランサーの悪態を付く声が聞こえてきた。

着地したランサーはショックの表情を隠しきれない。

粉塵が晴れる。

わたしはすぐにチャンピオンへと視線を走らせる。するとそこには紅い魔槍に胸を貫かれているチャンピオンの姿があった。

しかし、貫通しているのだが、ダメージを負っている気配は無い。

まるであの魔槍が幻影であるかのようだ。

…いや、それは逆なのだろう。チャンピオンの方が幻影のように揺らめいている。

チャンピオンを貫いて地面に刺さっている紅い魔槍(ゲイ・ボルグ)は何かに引っ張られるかのように地面から離れるとクルクルと回りながらランサーの手へと戻っていた。

その時もチャンピオンはその紅い魔槍を透過させていた。

「宝具を使うからにゃ必殺じゃなきゃいけねぇのによぉ…相性最悪だぜ…たく。まさか、現実の干渉を受け付けねぇと来たもんだ」

「にゃはは…昔、不死の伝説を持つ騎士からぶんどった能力なの」

「おめぇが何処の英雄か俄然興味が湧いてきたな。不死の伝説を持っている英雄となればそう多くねぇ。が、女性で槍の使い手となるとさっぱりだ」

さて、仕切りなおしかとチャンピオンはその槍を構えるが、ランサーが突然悪態を付き始める。

「ち、俺のマスターが今日は戻って来いってよ。わりぃがこれで分けって事にしねぇか?」

「そうですね。この決着は次回に持ち越しと言う事で」

「お、話が分かるねぇ。そう言うやつは嫌いじゃねぇ。んじゃ、まぁ…あばよっ!」

とランサーは言うと実態を解いて霊体化し消えていった。

気配が遠ざかるのを感じ取ったチャンピオンはわたしを保護していたシールドを解除し、わたしに寄ってきた。

「それで、あなたは誰なの?」

わたしは憮然とした感じでチャンピオンと名乗った彼女に問い詰めた。

「ゴメン、ちょっとまだうまく馴染んでないからアオさんに変わるね。詳細はアオさんに聞いて」

と言うや否やその女性の輪郭がぼやけると、銀の甲冑に身を包んだ騎士の姿に変わった。

「って、俺に投げっぱなしかよっ!?」

その声は男のもので、わたしが召喚したアオと名乗ったあのチャンピオンだった。

「ねぇ、どういう事なの!きっちり教えてもらうんだからねっ!」

わたしはガァーとまくし立てチャンピオンに迫ったのだった。



さて、困った…ランサーの撃退には成功したのだが…彼の騎士を相手にしたのは俺の中で眠っていたなのはだった。

確かにあのランサーの宝具の特性を考えるに、まつろわぬアーサーから簒奪した権能を有するなのはの方が適任ではあったのは確かなのだが…イリヤに対してどう説明するか…

目の前のイリヤは怒気を含んだような表情で目を吊り上げていて、嘘は許さないと言う感じがひしひしと伝わってくる。

「簡単に言えば、チャンピオンと言うサーヴァントの器の中には複数の魂が込められている。普段表に出ているのは俺だが、さっきのように他の奴が表に出てくる事も可能だ」

「それで?さっきの彼女は?」

「彼女は俺達の中で一番長物の扱いが巧い。相手が槍の英霊とあれば是非とも戦ってみたかったんだろう。…実際、あのランサーの宝具との相性は良かった」

「あのすり抜ける能力の事ね」

「ああ」

なのはのまつろわぬアーサーを倒して簒奪した能力。『虚構の幻像・クリアボディ』は自分の体を他次元に置く事により現実世界の干渉の一切を受け付けなくする。事実上傷つけられない能力だ。

一見無敵のような能力だが、しかし、この能力にも弱点は存在する。
発動には現実世界への干渉をゼロにしなければならず、行使した場所からほとんど移動する事は出来ない(会話や体を動かすくらいは出来る)し、魔法や念能力の継続は不可能である点がある。この能力は現実からの一切の干渉を受け付けないが、発動中は逆に現実世界にほとんど干渉出来ないのだ。

それにこの能力は1か0。つまりクリアボディを一部のみ発動すると言う事は出来ない。これは特にデメリットでは無いように感じるかもしれないが、接近戦では一部の透過が出来ないと言うのはそれはそれで扱い辛いのだ。

それに決して破られないと言うわけではない。その干渉されないという事実に干渉する能力の前では意味を成さない。また、不死属性の具現の為、不死を殺すと言う概念のある攻撃にも弱い。

英霊と言う宝具の前では決して無敵と言う能力ではないのだ。…まぁ、それでもゲイ・ボルグの一撃には優位に働いたのだが。

「と言う事は、あなたの中にはそれぞれに特化した魂がまだ眠っているの?」

「そう言う事になる。…とは言え、習得している技術に差異は余り無い。基本スペックは同じだと思ってくれて構わない」

「ふーん。まあいいわ。チャンピオンが強いって事に変わりは無いんでしょう?」

「さてね。英霊と言うのは化物ばかりだ。油断すれば負けるだろうよ」

「そう?」

全てに納得した訳では無いだろうが、一応は納得したのかイリヤはそれ以上の追及は無かった。

「さて、今日はもう城に帰ろう。一戦やって俺達も消耗しているし、ね」

「しょうがないわね。あ、でもリズとセラを今から呼ばないとだから一時間以上掛かるわ」

郊外にあるアインツベルンの森の奥にある屋敷がこの聖杯戦争における俺達の滞在先になる。

「何、聖杯からのバックアップもある。今ならば空を飛ぶ位どうって事は無いだろうよ」

「え?チャンピオンって飛べるの?」

「もちろん。…これくらい空も曇っていれば人の目に付く事もあるまい。…ソル」

俺はイリヤを抱えるように抱き上げるとソルに命じて飛行魔法を展開する。

『フライヤーフィン』

「わっわわっ!?」

だんだんとその視界がパノラマに広がり、眼下に冬木の街のネオンサインがただの光点になるほどまで上昇する。

「すごいっ!チャンピオンはすごいね。空まで飛べちゃうんだ」

「まあね、空を自在に翔けるのだけは色々な事が出来るようになった今でも一番好きかな」

空を舞い、自在に飛び回る。その快感は飛んだことの無い奴には分からない爽快さと優越感を感じさせる。

人類が如何に空に憧れようと、この今の世界の科学では世紀を幾つか過ぎなければ叶わない事も、その身一つでおこなえる。

風を切る感覚、流れを見切りそれに巧く乗れた時などは本当に楽しい。

とは言え、俺に抱っこされている状況ではイリヤも不満だろう。

俺はイリヤお背に回しておぶり、しっかりと首に抱きつかせる。

「うん?どうしたの、チャンピオン」

「いや、夜だしもう郊外だ。この辺りは林道で車も余り通らなそうだから大丈夫かなと思って」

「何が?」

「しっかり掴まってて」

そう言うと俺は体にぐっと力を入れるとその体を変化させた。

首は伸び背中からはコウモリを思わせる羽が生え、その手は鍵爪へと変化する。

「え、ええ!?ちゃ…チャンピオン!?」

俺の背中で余りの事に驚愕しているであろうイリヤの声が聞こえる。

「…ドラゴン」

囁くイリヤが言ったように俺の体は銀色のドラゴンへと変わっている。

「最強の幻想種…」

「うん?」

「ドラゴンは幻想種の中で最強だって言ったの。何処の国でも現代では知らぬものなど居ない神代の獣…その知名度はピカイチよ。その補正はきちんと有るはずだわ」

「そう言えば、身が軽いような気がするね」

「今の状態だと全てのパラメーターが1ランク上昇しているわ。…すごい、本当にチャンピオンてすごいね!」

「喜んでもらえて何よりだが、喜んで欲しかったのは空の旅なんだけどね」

「あら、そっちもきちんと楽しんでいるわ。城までのエスコートはお願いね、チャンピオン」

「仰せのとおりに。お嬢様」

夜の空を悠然と飛行してアインツベルンの森へと移動する。

森に入ると高度を落として着陸の態勢へと移行した。

「チャンピオン?」

その行動をイリヤはいぶかしむ。そのまま城まで飛んでいけば良いじゃないと言いたげだった。

が、しかし俺はそこで再び体を変化させる。

龍鱗に覆われた体躯は産毛が覆い、そのコウモリのような羽には羽根に変わる。顔はトカゲのようなものからその鋭さは変わらないが、嘴のようなものに変わり、前足は鳥類、後ろ足は獅子のそれに変わった。

ざざーっと木の葉を上を滑りながら地面に着地し、そのまま前へと蹴りだす。

「今度はグリフォンねっ!」

当然魔術師の常識外の事であろうが、イリヤはすでにそう言うものと順応したようだ。

イリヤを背に乗せて森の中を疾駆する。

「はやい、はやいっ!」

視線が低く、流れる木々が速く感じられ、実際は空を飛んでいた時よりもスピードは落ちているのだが、その体感速度は倍以上だ。

森を駆け抜け中世の城を思わせる石造りの建物が見えてくる。

「とうちゃーくっ!」

「チャンピオン交通ご利用ありがとうございます。目的地に到着いたしました。足元にお気をつけてお降りください。本日はご利用まことにありがとうございました」

「あははっ。うん、またお願いね、チャンピオン」

身をかがめ伏せのポーズでイリヤを降ろすと人間の姿へと戻る。

「さ、入ろう。リズとセラが待っている」

「うんっ!」

イリヤの手を引いて格調の高いアインツベルンの居城へと歩を進めた。



夢を見ている。

なぜこれが夢かと分かるかといえば、それが余りにもわたしの育った環境と違いすぎるからだ。

わたしが知っているのはあの雪に閉じ込められた城の中だけ。

だからこれは夢だ。

その夢では一人の子供が木の棒を持ち一生懸命何かに励んでいた。

手に持った棒をおとぎ話の魔法使いの杖のように振るうとバチバチと雷のような物が出てくるのだからやはりそれは杖なのだろう。

子供は何が楽しいのか、一日中魔術を使いへとへとになるまで練習していた。

しかし、その子供は納得がいくものではないのか何かを探しているようだ。

そして見つけたのは金と銀の宝石が二つ。

それを本当に嬉しそうに手に取ったその子供はさらに魔術の練習へと傾向していく。

彼は、まだ自分の目標とそぐわないのか、その二つの宝石を持って初老の男性を訪ねていった。

エルフ…

それは幻想種の中でも有名な亜人。もちろん現代には存在しているはずの無い人種だ。

そのエルフの男性に何かをお願いしたのか、お願いされたのか。いや、何かを作ってもらうようにお願いしたようだった。子供はそれからしばらくそのエルフの男性の家へと通う事になる。

それから二年。ようやくその何かが作り上げられた。

それは見た目は変わらない金と銀の二つの宝石。しかし、それが突如として武器へと変わった。形的には斧だろうか。

それを少年は本当に嬉しそうに受け取ったのが印象的だった。

しかし、不幸は直ぐそこまで迫っていた。

突如トロールが彼の住む街を襲ったのだ。

彼は大きなトロール相手に訓練した魔術で攻撃し、何とか一体を倒しえた。しかし、ショックが大きかったのか吐露に苦しんでいたが…

その襲撃で彼は両親を失ったらしい。それでも彼は毅然と彼らの死を受け入れていた。

彼が立ち直れたのは同じく両親を失った女の子を引き取ったからだろう。引き取れるだけの財産があったこ事も彼の幸運な所だ。

エルフの男性に付き合わされるいろいろな惨事も彼に落ち込む暇を与えなかった。

変身薬を誤って飲んでしまった時には本当に焦ったようだった。

グリフォンや光り輝く銀色のドラゴンへと変身する彼は本当に慌てていて少し面白い。


時が過ぎ、青年になった彼は何かを焦っていた。

何か途轍もない漠然とした不安だけがわたしにも伝わってくる。

彼は行く予定の無かった学院へと入学し、何かを監視している。監視しているのは強い力を持っていると言う魔術師とそれとは正反対に無能と言われている少女だ。

その二人の接触を彼は心の底から憂慮していた。

そして、わたしには分からないが、彼にとって都合の悪い事が度重なって起こったのだろう。何度が彼が介入し、裏から何かをしていた。しかし、彼が何かをしようが、事態は彼が考える中でも悪い方へと流れていく。

戦争が起こったのだ。

いや、戦争が起こるのはその彼も分かっていた。

しかし、その勝敗が彼の思惑とは正反対だっただけ。

戦争に負け、貴族だった彼はその地位を奪われる。

しかし、別段彼にとって貴族の地位などどうでも良かったのだ。次男であり、嫡男で無かった彼は彼の領民を心配する権利すらない。嫡男である彼の兄は優秀で、良い領主になるだろうと思っていたからだ。自分は家を出て、城勤めの騎士か、それこそ農園でも運営するかと思っていたのだから。

その思惑も戦争に負けたことで無くなってしまったが、だからと言って彼には国を取り戻すと言う気は無いらしい。

その世界は支配階級である貴族と、支配される側である平民の力の差が明らかな世界だった。

魔術が容認され、その魔術が使えるのは貴族だけ。つまり、平民が束になった所で貴族には叶わない。

そんな中で支配者層である彼ら貴族が国を憂慮した所で平民である彼らの民意は集められない。平民にしてみたら支配者なんて誰でも変わらないのだから。

貴族である監視対象の人物達に国を取り戻す手伝いをして欲しいと言われても彼には『飴を取り上げられた子供が駄々をこねている』としか感じられなかったのだろう。その申し出をすげも無く断った。

しかし、聞き入れないのなら力で従わせると言う暴挙に彼らは出た。それが彼をさらに拒絶させると知らないで。

強大な魔術師との戦いは、辛くも彼の勝利に終わった。襲ってきた人と彼との地力の差は相手の方が圧倒的に優位だったが、戦力の差は彼を勝利へと導いた。

しかし、その後彼は黒い空間に捕まってしまい、世界からはじき出されたようだった。


景色が霞み始める。そろそろ夢から覚めるのだろう。







ベッドの上で上半身を持ち上げたわたしは今朝見た夢を反芻する。

「あれは…チャンピオンの過去…だよね?」

あの夢に出てきた銀色のドラゴンは見間違えようが無い。

契約を交わしたサーヴァントの過去を夢に見ることがマスターには有るらしい。

しかし、その姿が今のものと全然違っていたから確証が持てない。

「それに…」

ドラゴンやグリフォン、その他の幻想種と言われる猛獣が当然のように跋扈していた。あれでは神代の時代ではないか。

あれがもし彼の生前の事を夢で見ていたのだとしても、確かに彼を英雄にまで上り詰めるだけの物語は存在していない。

「やめやめ!考えたって仕方の無いことよね」

それに聖杯戦争が始まる夜までは冬木の街に遊びに行きたいしね。

ベッドから起きるとリズのドレスを着せてもらうとセラが朝食を持ってくる。他人から見れば豪華だと言われるそれもわたしにしてみればいつも食べている普通の事。

特に美味しいとは感じずに胃に納めると食後の紅茶と一緒に可愛い色をしたマカロン・ムーが一つちょこんと添えられていた。

「セラ、このマカロン・ムーは?」

どうしたの、と問えばセラは表情をしかめて押し黙り、代わりに返ってきたリズによる返事は予想外のものだった。

「チャンピオンが作った。とても美味しい。イリヤもきっと気に入る」

「え?チャンピオンが作ったの?」

「はい…お嬢様の口に合えばよろしいのですが…」

不承不承とセラも肯定した。

「その心配は無い。セラは美味しいっておかわりを要求してた」

「こらリズっ!」

頬を赤らめリズを諌めるセラだが、リズには効果が無い。

「へぇ…」

そう呟くとわたしはその可愛らしいマカロンを口にした。

「美味しい…」

それは今まで食べたどのマカロンよりも美味しかった。このマカロンに使われた素材がお金で手に入る最高の素材を集めても再現できないのではないかと言うほどの深い味わいと甘さ。気づいたときには無くなってしまっていた。

って、問題はそこじゃなくてっ!いや、これが美味しいと言うのは本当だけど、そうじゃないっ!

「これ、本当にチャンピオンが作ったの?」

「はい」

セラがわたしに嘘を吐く理由が無い。

「本当はシュークリームを作ってた。カスタードクリームを作るときに余った卵白でマカロンを作っただけ」

「シュークリームまで!?」

リズの言葉でさらに混乱。だって、なんであれだけの戦闘技術を持っているサーヴァントであるチャンピオンが洋菓子を作れるなんて思わないじゃないっ!

「良く分からないサーヴァントだってのは分かってたけど…更に訳が分からなくなったわ」

あの夢が神代のものなら、彼はその時代に生きた人のはず。だと言うのに近代になって発明されたお菓子を作れるのは異常だわ。

…はぁ。とりあえず考えるのは後回し。今は、はしたないけれどシュークリームをもらいにチャンピオンの所まで行こうかしら。…だって、これだけマカロンが美味しいんだもの。シュークリームを食べないと言う選択肢はわたしには無いわ。

わたしは朝食の片付けをするリズとセラを措いてチャンピオンのいる厨房へと移動するのだった。
 
 

 
後書き
英霊が平行世界の記憶を持っているわけが無いという設定的矛盾を最初から出してしまいましたね。でもまぁ、二次小説だしアリと言う事でお願いします…
タイプムーンさまの設定準拠ですと、アオ達の能力の殆どが修正力により不可能になってしまいますので、その辺は余り深く考えないようにしてくださると助かります。以降もタイプムーンさまの設定準拠ではありえない展開が多々有ると思いますが、ご了承していただけますよう。

少しアオ達の強化が過ぎたようでお蔵入りさせようかとも悩んだのですが…まぁ、騎乗とか単独行動とか陣地作成なんてスキルなんて有っても無くても変わらないだろうし、いいかなぁと…抗魔力や道具作成、気配遮断なんかは生前から高そうなのでそのままという感じですかね。

最後に、一応これをやっておかないとですかね。


CLASS    チャンピオン

マスター  イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

真名    アオ (ファミリーネームは固定されない)

性別    男性

属性    中立・善

筋力 D  魔力 A
耐久 D  幸運 A
敏捷 D  宝具 -

クラス別能力

なし

保有スキル

『技能継続A+』 

前世で覚えた技術を失わない。これを保持しているためにこの世界でもアオ達は難なく全ての能力を再現できている。

『技術習得A』

オンリーワンの技術でないのなら取得、習得するチャンスが与えられる。

今回の場合ではサーヴァントのクラススキルの取得。しかしなぜか狂化は失われている。

『直感A』

カンピオーネとしての能力。高確率で戦闘においての打開策をひらめく。

『写輪眼』

この世界に置いてはランク不明の魔眼。あらゆる忍術、体術を見抜くと言うが…

『万華鏡写輪眼』

詳細不明








こんな所ですかね。アオ以外も基本ステータスは殆ど変わりません。

筋力、敏捷、耐久が低いのはクラスによるマイナス補正です。…まぁアオ達にしてみればどうって事は無いのでしょうが、その分燃費が悪いのが珠に傷ですね。 

 

第八十六話

 
前書き
今回で丁度100話目です。連載開始からおよそ二年、転載から一年。結構長い事続いていたのですね… 

 
さて、目の前にはアインツベルン家が用意した乗用車がある。

「え?イリヤ、これに乗っていくの?」

「そうよ、何かおかしな所がある?」

「いや、無いけど。この聖杯戦争の為だけに用意したにしては高かったんじゃない?」

「そう?お爺様が手配してくれたのだけれど、高いものなの?っていうか、サーヴァントのあなたが物の値段なんて分かるの?」

「いや…まぁ」

口を濁す俺だが、目の前のロールス・ロイス・シルヴァーセラフにはあきれ返っていた。

日本の乗用車とは一線を画す豪奢な内装の高級車であった。

一応ナンバーは日本で取り直したのか大きさが合っていないのだけが外観を損ねているが、持ち前の高級感を損ねるほどではない。

「チャンピオンって騎乗Aを持っているわよね。だったら運転できるはずよ」

まぁ、別に騎乗スキルなど無くてもこの時代の車くらいなら運転できるのだが…

「俺が運転するのか?」

「そうよ。リズとセラが着いて来たら両脇を固められて自由時間なんてないじゃない。今は二人の目を盗んでいるんだから早く行きましょう」

「まぁ、イリヤの命令なら運転くらいはするけれどね」

俺はロールス・ロイスの後部座席のドアを開きイリヤを迎え入れる。

「どうぞ、お嬢様」

「ごくろうさま」

などと、プチお嬢様ごっこの後に自分は運転席へ。

騎乗スキルでシートに座った瞬間にその扱い方が感覚として感じられるが、まぁ関係ないか。

イリヤに命じられるままに車を運転してアインツベルンの森を抜け、冬木市の新都へと到着。車を時間貸し駐車場へと駐車すると、そのまま新都をイリヤと一緒に回る。

日も落ちかけて来た時、俺達は広い公園へと足を踏み入れた。

その公園はまだ日は沈んでいないと言うのに人気は少なく閑散としていて何処か空気が淀んでいた。

余りにもおぞましい気配が立ちこめ、それを感じた俺は警戒を強める。

「チャンピオンにもここの淀みは分かるのね」

「…ここは?」

俺の問いにイリヤは表情を曇らせてから答えた。

「ここは前回の聖杯戦争が決着した場所。…わたしのお母様が死んだ場所よ」

「…そうか」

イリヤの母親について、俺はその情報を持ち得ない。

あの映画では出てこなかったし、おそらく死んでいるのだろうと言う事は漠然と分かっていたが、その詳細は知らなかったのだ。

イリヤはほんの少しの間公園を見渡すと踵を返した。

「いきましょう、チャンピオン」

「母親に祈りを捧げていかないのか?」

「お母様はいつでもイリヤの心の中にいるもの。だから祈りなんて必要ないわ」

と毅然に答えたイリヤにうながされ、俺も彼女の後を追い公園を後にした。

日が落ちるのを待って聖杯戦争が始まる。

いや、別に夜しか行わないと言うわけでは無いのだろうが、人目を避け、魔術の漏洩を最小限にすると言うのがこのゲームに参加する者の暗黙のルールなのだ。

「それじゃ、行きましょう、チャンピオン」

「はいはい」

「もー、もう少しやる気だしなさいっ!」

「とは言えあたりにサーヴァントの気配は無いし。まずは相手を探さないとどうしようもない。しかし、俺達にはそのサーヴァントが何処に居るのかと言う目処が全く無い」

「アサシンのサーヴァントなら気配遮断スキルを持っているから、あなたの索敵能力に引っかからない事もあるわ。それと、マスターは始まりの御三家からは優先的に一枠授けられる。アインツベルン、マキリ、トオサカの三家はこの聖杯戦争に必ず参加するでしょうから、マスターになりそうな人物の情報と居城は調べてあるわ」

「なるほど。それじゃ、そこに此方から出向くのか?」

「そう言う訳にもいかないの。いい、チャンピオン。魔術師の家と言うのは魔術工房の役割を持っている場合が多いの。特にここに何世代も根を下ろしている彼らの家は間違いなく魔術的な守りが施されている。対魔力の高いチャンピオンには傷一つつかない様なものだろうけれど、普通工房攻めは攻める方が不利なの。篭城されたら三倍の戦力が無いとって昔の偉い人が言っていたようにね」

「じゃあどうするんだ?」

「とは言え守ってばかりも居られない。聖杯戦争に勝つためには打って出なければならない時が必ず来るわ。だったらわたし達は逃げ隠れせずに歩き回り、出会った敵をを倒せばいいのよ」

当然でしょとばかりにイリヤは言った。

「それじゃ、とりあえず今日は?」

「適当に夜の散歩と洒落込みましょう。昨日のランサーがまたちょっかいをかけてくるかもしれないしね」

「了解」

日が落ちて気温の下がった夜の街をイリヤを連れて歩き回ったが、その日は全く成果なし。サーヴァントと出くわさないままにアインツベルンの森へと帰る事になったのだった。



また夢を見る。

今度は日本のブケヤシキみたいな所で誰かが下働きをしている。

黒い髪、黒い瞳のその人は、やはり何処か人から距離を置いていた。

その彼も年頃になったのか、近しい女の子と一緒に学校へと通う事になる。

しかしその学校と言うのがとてもおかしい。昔キリツグから聞いたニンジャと言う架空のアサシンを育成する所のようだ。

シュリケンやマキビシ、クナイと言った現代ではその存在すらあやふやな道具の使い方を教わっている。

面白いなと思ったのは忍術だろうか。その男の子が手を変な感じで組み息を吸い込むと、吐き出した吐息が火の玉へと変わる。ニンジャなんて居ないってキリツグは言っていたけれど、この夢に出てくる彼らは間違いなくニンジャだった。

ニンジャの彼はやっぱり何かに怯えていた。自分の存在そのものを戸惑いながらも、自分の環境に言い訳をして結局やってはいけない何かを自分でしている。…いつかの誰かと同じだと心のどこかで認める事を全力で拒んで。

それでも、彼はうまく生きていた。少ないながらも友達も出来たようだ。しかし、それがまた自己嫌悪に拍車をかけているようでもあった。

何かの試験の最終日。彼の街を巨大な怪物が襲っている。それは大きな蛇だったり、巨大なサソリだったり巨大な蟻だった。

人々は逃げ惑い、しかしそれでも幾人も死んでいく。

この後はどうなったのだろう。見られたくないのか覚えていないのか、急に風景が移り変わった。

それは月が綺麗な夜だった。まだ彼の年齢は少年の域を出ていない。しかし、彼には何か予感が有ったのだ。

もうこれ以上ここには居られないのだと。タイムリミットが迫っていた。

その全てを受け入れ、抵抗も無いままに彼はまた暗闇へと消えていった。







バサリと布団を跳ね除ける。

「また…ね。でもますます分からない。今日の彼は前の夢の彼とも違った。…はぁ、考えてもしょうがないわ」

きっとまだあの夢は続く。別に見ようとしている訳じゃないのだけれど、盗み見ているようで体裁が悪い。

「なによ、チャンピオンが悪いんじゃない。わたしの所為じゃないわ」

と調子を切り替えたわたしは背伸びで眠気を飛ばすと呼び鈴を鳴らし、リズを呼び着替えさせてもらうとチャンピオンが作っているであろうスイーツにつられるように部屋をでた。



単独行動スキルを持っているとは言え、イリヤは俺を一人で索敵に出すことは無いし、逆に言えば自由行動を許すつもりも無いようだ。

このアインツベルンの居城の中なら問題なく動き回れるのだが、それ以外となると難しい。彼女の言葉に命令を混ぜられて行くなと言われれば外出する事は難しいのだ。

その為にどういう状況になっているのか全く掴めていないのが不安でならない。

今日は日が落ちた頃に冬木市に入り、敵を探してふらついている。

時刻は会社勤めの人たちも残業でもなければ夕ご飯を済まし後は就寝を待つ時間帯。小学生などはとっくに寝ている頃だろう。

そんな時刻を俺達は今、外人墓地の横を通り冬木教会のある高台の方へと歩いている。

前方から下って来るのは高校生ほど青年と紅い服が印象的な少女。後は黄色い雨具を被ったサーヴァントが一騎だ。

「…イリヤ?」

そのサーヴァントを遠くから見てイリヤは凄く冷徹な表情を浮かべていた。あのサーヴァントとイリヤには何か因縁が有るのだろうか。…いや、セイバーは前回の聖杯戦争でイリヤの父親のサーヴァントでもあったのだ。それを考えれば複雑なのだろう。

「ううん。なんでもない…行くよ、チャンピオン」

イリヤは率先して彼らと距離を詰めると手前の三人に声を掛けた。

良い夜ね、と。

続くイリヤの言葉で衛宮士郎、遠坂凛であると言う事が知れる。残ったサーヴァントはセイバーであろう。

セイバーの他にサーヴァントの気配は無い。どうやらアーチャーは居ないようだ。

バッとセイバーが雨具を取り払い衛宮士郎を庇うように前に出た為に俺もイリヤを背にするように前に出る。その瞬間に武装を顕現させ、いつでも敵を阻めるように警戒する。

「それが貴方のサーヴァント?大した英霊じゃ無さそうね」

と遠坂凛がマスターの能力として透視した俺の能力を見て鼻で笑った。

「あなた、いったい何の英霊なのかお聞かせできないかしら?剣を持っているようだけれど、セイバーはここに居るし、アーチャーでもない。三騎士の残りはランサーだけど、ランサーは槍の英霊、剣を持たない訳じゃないだろうけれど、彼も既に居るし」

「ああ、ちょっと待ってくれ…」

遠坂の質問に待ったを掛けて俺は身の内からの声に耳を傾ける。

『セイバーが居るんだよね』

『……今度はフェイトか。…戦いたいって言うんだろ?』

『うん、変わってもらえないかな』

『了解。適当な所で今日も離脱できるように心がけてよ』

『保障は出来ないけど、分かった』

そりゃそうか。と思いつつ体の主導権を交代する。



銀色の甲冑を着たチャンピオンのシルエットが歪む。

「なっ!?」
「なんだっ!?」
「こっこれは!?」

あの人たちが驚くのも無理は無い。

初見はわたしも驚いたもの。

これはこの前のあれだ。

思った通りに一瞬でチャンピオンの姿が女性の姿へと代わる。

鎧は黒に金色の縁取り。腰はフレアスカートのように広がっていて造りはこの間の白と桃色の彼女に似ているが、持っている武器は小型の戦斧だ。

その斧は以前の夢に出てきた彼の杖に似ている。

油断無く彼女はその戦斧を構えて宣言する。

「チャンピオンのサーヴァントです。セイバー、一勝負お願いします」

「受けよう」

「なっ!?イレギュラークラス!?」

「遠坂?」

トオサカの隣に居たシロウが慌てている彼女に聞き返す。

「さっき話したでしょう。今回の聖杯戦争は基本の7クラスでは無いって。目の前のアイツがそうよ。基本クラスではない分、扱いはピーキーだと思うから、基本ステータスが弱いからと言って油断は出来ないわね」

「何を言っているの?トオサカリン。チャンピオンのステータス、ちゃんと見てみなさいよ」

「は?」

『ロードカートリッジ・サークルプロテクション』

ガシュっと薬きょうが排出され、魔力が充填され、チャンピオンが戦闘態勢を整え、わたしに防御魔法を行使して守りを固める。

「やばっ!?こいつ桁違いだっ…筋力、敏捷、耐久がブーストされてる」

「シロウ、離れてっ!そこに居ては危険だっ!」

セイバーも目の前のチャンピオンの異様さを感じ取り、自分のマスターを下がらせようと声を掛けた。

『クレッセントフォーム』

斧の先端が開いたかと思うとそこから魔力が噴出し、刃が形成される。それは死神の鎌のように弧を描いた大鎌に姿を変えた。

セイバーもその手に持っている見えない何かを構える。おそらくアレは彼女の宝具。何かの力でその姿を隠した彼女の武器だろう。

ジリッと両者が出方を窺う。

「クレッセントセイバーっ!」

チャンピオンが振りかぶった鎌を一振りさせると、その刃が打ち出されるようにセイバーへと飛んでいった。

「ふっ!」

セイバーのクラスは優秀な対魔力を持っている。目の前のそれを防御するまでも無いと感じ取ったのかセイバーはそのまま突進し、肩からその刃に当たっていった。

目論見どおりその刃は霞と消えたが、一瞬視界を奪った閃光に乗じてチャンピオンは接近し、再び纏っている光の刃を振りかぶり、セイバーを斬りつける。

「っ!?」

先ほどの物と一緒なら、セイバーの対魔力の前に維持できず、刃先が消失してしまうはず…しかし、セイバーは自分の手に持っている姿の見えない何かで受け止めた。

そうか。チャンピオンも類稀な対魔力を持っている。チャンピオンの魔術的な何かを打ち消す為に干渉するセイバーの対魔力を自分の対魔力で拮抗させてキャンセルさせたんだ。

流石に体を離れすぎたものには効果が無いみたいだけど、手に持った武器の魔力までは幾らセイバーの対魔力が高くても散らせないらしい。

ギィンギィンと甲高い剣戟の音が聞こえる。

見えない剣を正確に捌いていくチャンピオンに、その武器が大鎌と言う事もあり、慣れない相手に苦戦を強いられるセイバー。

二人の戦闘は距離を保ちつつ着かず離れずを繰り返していて、リンも援護のタイミングを逸している。それならとこちらに向かってガンドの魔術を放って来たが、それはチャンピオンの張ったバリアに弾かれて役にたたない。

ギィンと一際大きな剣戟が響いたかと思うと、セイバーとチャンピオンはお互いに距離を開けて対峙し、仕切り直しと言った感じで武器を構えている。

「…あなたにはこの武器が見えているのか?」

「だってそれって光を屈折させて透明にしているだけで、編んだ魔力を隠しているわけじゃない」

「なるほど、あなたにはこの剣の魔力を見ていたと言う事か。私には見えぬが、この剣の形は筒抜けだったか」

「西洋の直剣だね。セイバーの名に相応しいほどの名剣だと見えるよ」

「あなたの鎌も中々のものだ」

『サンキュー』

「意思のある宝具なのですね。その大鎌は」

「うん。私の相棒なんだ」

『ロードカートリッジ・ザンバーフォーム』

そう答えたチャンピオンはカートリッジを一発ロードさせ、魔力の充填を行うとその鎌の形を大剣へと変えた。

「ほう。剣の英霊である私に剣で挑むと言うのか貴公は」

「剣の英雄のクラスに選ばれる程の騎士と一度戦ってみたかったからね」

問答はそこで再び終わり、互いに地面を蹴り距離を詰めると再び剣戟の音が響き渡る。

なるほど、彼女はチャンピオン達の中で一番直剣に秀でた存在なのだろう。

槍には槍で、剣には剣で挑めるサーヴァントなんてチャンピオンしか居ないだろう。いや、彼の力を見るにキャスターには魔術で挑んでも勝利できるのでは無いだろうか。

バチバチと放電する音が聞こえる。おそらくこれはチャンピオンの大剣の刀身が電気を帯びているからだろう。

互いの剣戟はいつまでも続くのではないかと思えるほど拮抗している…ように見える。

けど、たぶんチャンピオンは手を抜いている。だって、さっきから単純に武器を振っているだけだもの。

ううん、確かに彼女の太刀筋からは長年の研鑽の上の美しさや強さがある。けれど、チャンピオンが言っていた。彼女達の修めた技術は自分と大差ないと。

と言う事は以前の彼女が使った宝具に宿っている特殊能力のような能力も彼女は身につけているはず。そう、獲物を重くする能力や、物を透過する能力みたいなものを…

あ、もしかしてチャンピオン(アオ)も持っているのかな。そう言った能力を。

とと、そうではなくて、今重要なのは彼女が手を抜いているかもしれないと言う事だ。

これはマスターとして諌めなければならない。

「チャンピオン。何を遊んでいるの?真面目に戦いなさい」

わたしの言葉が呪力を伴ってチャンピオンに強制力を伴った言葉として届く。

「セイバー、斬り合いはここまでになりそう。マスターが真面目にやれってさ」

「そもそもサーヴァントの決着には宝具の開放が最も早い。気にする必要はありません」

「そう。なら、ピッチを上げていくよ」

「望むところです。全ての障害は私の剣で切裂いて見せましょう」

なんて会話を切り合いざまに交わしたあとチャンピオンは大剣を右手で持ち、左手を何かを下手で放り投げる感じで幾つかスローイング。

「むっ?」

突然の事にセイバーはその投げ出した何かを切り伏せる事ができず、その何かを警戒し、停止する。

チャンピオンの手のひらから出たテニスボールくらいの大きさの何かはセイバーを通り過ぎた後ろで固定されたように止った。

チャンピオンはセイバーをそのボールとはさむような位置に陣取ると、構えた大剣でアスファルトを抉る。

「はぁっ!」

ドオーンッ

爆発音と共に舞い散る幾つもの(つぶて)はまるで磁石にでも吸い寄せられるかのように一直線にセイバーに襲い掛かる。いや、正確にはセイバーの後ろにある球体目掛けて飛んでいっているのだ。

「なっ!?」

散弾銃もかくやと言った勢いのその礫にセイバー横に転がる事で回避する。別にセイバーの防御力ならあれくらいの礫など恐れるほどの物ではないが、結果としてセイバーの回避は正しかった。

チャンピオンによって巻き上げ続けられたアスファルトや土などの微粒子が集まり先ほど放たれた何かに吸着したそれはおよそ直径一メートルほどの大きさにまでなっていた。

セイバー自身を吸着できる物では無いらしいが、もし、この引き寄せられた粒子に捕まったら?

それはギチギチと唸りを上げている球体が物語っている。あれの呪縛は強力なようで、捕まれば圧殺されてしまっていただろう。

ドオーンッ

またも爆音。

舞い散ったアスファルトは再びセイバーへと襲い掛かる。

いつの間にかチャンピオンが吸着の核になるあの弾をセイバーの背後に投げていたようだ。

さらに避けるセイバーに死角から一閃。チャンピオンの大剣を辛くも転がりながら避けるセイバーには現状を打開できるだけのチャンスがなく、今は逃げるのが精一杯のようだった。

チャンピオンは粉塵も利用しながらセイバーの視界から巧く姿をくらましつつアスファルトを巻き上げ続けている。

一定量吸着したそのアスファルトの塊は、どうやらそれ以上吸着する事が出来ないのかその吸着力が落ちている。

最初に投げ出したそれなどは殆どただのアスファルトの塊だ。

セイバーはそれを背後にチャンピオンの気配を探る。が、しかし。チャンピオンのその能力はどうやら吸着だけではなかったらしい。

突如爆発したように弾き飛ばされたそれが背後からセイバーを襲う。

「がはっ…」

なるほど、吸着と反発で一セットなのね。

と一人で納得するわたし。

セイバーは予想外の攻撃に不意をつかれ、ダメージを負ってしまったようだ。

ふらついたその瞬間、チャンピオンはセイバー目掛けて作り上げた三つの塊を押し出した。

転がるようにそれらはセイバーの所へと迫り、その集められたアスファルトを開放する時を待っている。

流石に先ほどの威力の衝撃が後三度繰り返されればセイバーと言えど致命的な隙が出来るだろう。

勝った。とわたしは思ったが、ここで思わぬ乱入者が現れた。

「セイバーーーっ!」

「…っシロウ?」

シロウだ。

シロウは有ろう事か小柄なセイバーの体に覆いかぶさるようにして地面に伏し、その身を挺して守ろうとしたのだろうが、セイバーでは耐えられても人間である彼が耐えられる訳が無い。

身を挺してサーヴァントを庇った所で自分が死んだらサーヴァントを助ける事なんて出来ないのに。

あの男はそれすらも分からないのか。

「っ!?」

乱入者の出現でチャンピオンはおそらく爆発させるはずだったそれを寸での所で取りやめたが、その巨石は止らず。そのまま二人を押しつぶさんと迫る。

「どいて下さいっ!シロウっ」

「なんでだよっ!」

聞かないシロウを無理やり引っぺがすセイバー。

「はぁっ!」

セイバーは四肢に力を込めてシロウを跳ね除けると迫る巨石を切り伏せた。

ドスンドスンと鈍い音を立ててアスファルトが落下する。

チャンピオンの能力から離れたそれは地面に落ちた瞬間に瓦礫の山と化した。

セイバーはシロウを背に庇うように立つと剣を下げ表情を曇らせる。

「すまない、チャンピオン。あなたの心遣いのお陰で我がマスターは生きている」

「うん。ちょっとビックリしちゃったけど、その人じゃあれは耐えられなかっただろうしね」

セイバーはシロウの襟首を引っつかむと後方に向かって放り投げた。

「え、あ?セイバァァァァァァアアア?」

ズザーーっと音を立ててアスファルトを転がっていくシロウはリンの手前でようやく止った。セイバーが絶妙な力加減で投げ飛ばしたのだろう。

「リン、すみませんがマスターを二度と入って来れないように拘束していてください」

「なっ!?どうしてだよっ!」

「バカね衛宮くん。あなたが死んだらセイバーは現界してられないのよ」

「だからって見ているだけは出来ないじゃないかっ…確かに方法は悪かったけど、それでも目の前で人が死ぬのは嫌だっ!」

「それこそバカよ。サーヴァントは既に死んだ存在。ここで殺されたからと言っても元の場所に戻るだけよ」

リンがシロウに怒っているような声で言って聞かせているが、当の本人は理解していない。

何だろう…なんかもやもやする。

なんか面白くない。

「チャンピオン、今日はもう帰りましょう。なんか飽きちゃった」

その言葉を聞くとチャンピオンはわたしの側まで下がってセイバー達に睨みを効かせている。

「それじゃあね、お兄ちゃん。リン、次は殺すから」

短く言い捨てるとわたしは踵を返す。

「まてっ!」

「まだやるなら次はあなたのマスターの生死を考慮しない」

引き止めるセイバーにチャンピオンがそう答えるとようやく解散ムード。セイバーも追ってくる事はないだろう。

三人が見えなくなるまで遠ざかると、いつの間にかチャンピオンも男の彼に戻っていた。

「いったいあなたの中には何人居るのかしら?」

「さてね。この聖杯戦争中に全てが出てくる事は無いよ」

「そっか」

質問をはぐらかされてしまったが、特に知りたいわけでもない。もやもやした気持ちに整理がつかないから何となく話題に出しただけだ。

基本的にチャンピオンはわたしに干渉してこない。サーヴァントだからって事もあるんだろうけど。きっとこれはこの彼の性格なんだと思う。

「今日はもう城に帰るのか?」

「ええ、空の散歩でもしながら帰りたいわ。チャンピオン、お願いね」

「了解」

と言った彼はわたしを抱き寄せると、背中に光る妖精の翅を出し夜空へと舞い上がる。

夜の空を切裂きながら夜景を眺めているうちに先ほどのもやもやはなりを潜めた。







夢を見ている。

また別の彼の夢だ。

見える街並みは近代的で、なんと言うか、まだなじみの無いこの冬木市が一番近い感じだろうか。

今度の彼はなんて言うか、その現実に戸惑いつつも何処か嬉しそうだ。

彼は一人、魔術の練習をしている。

ようやく手に入れたことに本当に喜んで、でもやはりどこか何かに怯えている。

彼が怯えているのは何だろう。

いつも彼は未来に恐れを抱いている。

未来が怖いなんて事は人間なら誰しも持ちえる感情なのだけど、彼のそれはそれらとは少し違うような気がする。

時間が進む、幼少時代が過ぎ、二次成長が始まるかと言う頃、彼の周りでショックな事が起こったようだ。

現れたのは一人の少女。

その彼女の持っている杖がこの間見た最初の女性のチャンピオンが持っていたそれに類似している。

ああ、これはきっと彼女だろう。

彼女に彼は自分の技術を教えている。しかし、彼はすこし複雑なようだった。

場面が移り変わる。

淡々と過ぎていく日常の中で、彼は特に焦っていた。

その理由は分からないが、とても心配している事が有るらしい。

ある日、彼の家に記憶をなくした少女が運び込まれてきた。金髪に赤い瞳の彼女の存在に彼は酷く動揺したようだ。

取り返しのつかない何かを目の前にどうして良いか分からないと言った感じだ。

また場面が移動する。

ビデオの早回しを見ているように、意味を捉える前に場面は移り変わっていく。

良くは分からないけれど、彼は焦っていた何かに答を見つけたらしい。

その後の彼の生活は穏やかとはかけ離れた事も多々あったけれど、見つけた幸福を大事に精一杯生きたようだ。







「これで三回目。…でも、きっと全部同じ彼の人生。…これはどういう事だろう」

とベッドの上で呟いた後、憂鬱な気持ちを振り払いわたしは起き上がった。
 
 

 
後書き
今回はフェイトの権能によって強化された吸着能力(マグネットフォース)の応用編ですね。しかし、この吸着させると言う能力は結構汎用性が高い気がします…その気になればもっとえげつない事も… 

 

第八十七話

さて、結局何をもって聖杯が汚染されていると断定するのか。

その断定に足る情報を俺は何一つ持ち得なかった。

であれば、二本ある映画の内どちらかの結末を迎えるにしろ、主人公達には何とかしてもらわなければ成らないのだが、その内二本目の可能性は却下されてしまう。

なぜならイリヤが死んでしまうからだ。

イリヤを守れと言う強迫観念はまだ俺を縛り付けて離さない。と言う事は、必然的に一本目となる訳だが、幸運な事にあのセイバーとの邂逅が一つ目の道筋の可能性を大きくしていた。

とは言え、俺自身が途中でリタイアと言う選択肢にも何故か拒否反応が出てしまう。

イリヤを守りきる、その選択肢は絶対で、俺の行動を何かが阻害している。

結果、成るようにしかならないと言う所に落ち着いてしまう。ただ、聖杯が汚染されていようがいまいが、聖杯戦争が進み、サーヴァントが脱落していくとイリヤの人間としての機能が阻害されていくので、彼女の命を守ると言う事は、サーヴァントを脱落させない事。もしくはサーヴァントの魂を彼女に回収させない事が重要になってくる。

つまり、彼女の中にある聖杯にサーヴァントの魂を入れない事が彼女を守る事に繋がると言う事だ。スサノオで封印してしまえばサーヴァントの魂を俺がぶんどってしまう事も可能だろうが、彼女はサーヴァントの魂が回収されたかどうかは容易に分かるだろう。

俺が一騎でもってサーヴァントを封印してしまえば怪しまれ、令呪を持って二度とスサノオを使用させないだろう。

うーん、色々考えるに現状は手詰まり感が半端無い。

俺自身が最後までイリヤを守りきると言うのは簡単なようで、実はかなり難しいのではなかろうか…

考えが纏らないまま今日も他のサーヴァントを求めて冬木の街を歩き回る。

今日の目的地は決まっていた。

円蔵山(えんぞうざん)にある柳洞寺(りゅうどうじ)は、霊的に優遇された場所で、聖杯の降臨場所の有力地でもある。そこをアインツベルンのマスターであり聖杯の守り手たる彼女が訪れないわけが無い。

しかし、その柳洞寺にある山門を臨む石階段を見上げれば、そこには此方を見下ろす伊達者が居た。

手に持った刀身の長い刀を横一文字に構え此方を威圧する。

「良い月夜だと思わんか」

「あなたは何のサーヴァントかしら?」

イリヤはその男の問いかけには答えずに逆にその男に問い掛けた。

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。女狐にこの山門の用心棒を仰せつかった。この門を通り中へ入ろうとするならば私を打倒してからになるだろう」

「ササキコジロウ?えっと…どこの英雄かしら?」

「日本だ。巌流島で宮本武蔵との一騎打ちに負けた剣豪だな」

と簡単にイリヤに説明する。

「日本の英霊なの?聖杯戦争には東洋の英霊は招かれないはずなのに…」

「なに、私自身が佐々木小次郎本人であると言うわけではない。ただ、その役割に近かったのが私だったと言うだけの無名の剣士よ」

そうアサシンが答える。

「そう、だれかがルールを破ったのね。チャンピオン、あんな英霊でも無い奴に負けるなんて絶対に許さないわ」

「とは言われても俺自身も英霊と言うわけでは無いから、似たようなものだろうよ」

「う、うるさいわねっ!早く倒しちゃいなさいっ!」

「はいはい」

さて、行くかと思った時、また身の内から声が掛かる。今度は誰だ?

『あーちゃん、変わってくれない?』

『母さんか…』

『佐々木小次郎と戦える事なんて二度とないでしょうから、私の技が何処まで通用するか試してみたいの』

『…ああ、もうこのパターンには慣れたよ。うん』

そう言うと体の支配権を手放した。



うん、このパターンはもう予想していた。

チャンピオンの姿が歪むと、黒い竜鱗の甲冑を着た女性の騎士が、二振りの日本刀をその手に持って現れた。

また見た事の無い人だ。…だけど、なんで女性ばかり?

「これはまた面妖な」

と、感想を言った後、アサシンの表情から軽薄さが消える。

「この私に対するのが二刀流の剣士とは…これはまた因果なものよ…」

「はじめまして、アサシン。私はチャンピオンのサーヴァントよ。お互いまっとうな英霊では無いけれど、修めた武技には自信があるでしょう。巌流島の戦いの再現とは行かないまでも、お互い死力を尽くした戦いをしましょう」

「ああ、それは私も望むところだ。剣での斬りあいを望み、セイバーが来ないかと思っていたところだが、日本刀を持つ敵と相対できようとは…」

それ以上互いに言葉はなかった。

山道の上で構えるアサシンに、見上げるチャンピオン。

「ふっ」

先に動いたのはチャンピオンだった。

構えた二本の日本刀を振り下ろし、アサシンへと駆ける。

キィンと刀と刀がぶつかり合う音が響く。

一本目の刀をアサシンは刀の根元部分で受け、二本目を剣をスライドさせるように一本目を受け止めたまま長い刀身を生かして剣先で受け止める。

弾く力でチャンピオンを追い落とすと、アサシンはそのリーチを生かして横に一薙ぎしてチャンピオンの首を狩りとらんとする。

それを引き戻した左手の刀で受け止めるチャンピオン。

キィンと甲高い音が音が鳴ったかと思うとすかさず残りの一刀でアサシンを切りつけるが、体勢が悪くリーチもアサシンの刀よりも短かった為にアサシンは身を引くと同時にチャンピオンの攻撃をかわした。

「この足場じゃお互いに全力とは行かないわね」

「許せ。なにせ私はこの山門から離れられぬし、中に誰も通すなと命じられている。この場を動く事は叶わんよ」

「なるほど」

と、何かを考えたそぶりのチャンピオンは一度後ろに大きく跳躍すると光り輝く翅をだし空中に静止すると、魔力を編み込んだ板のような物を山門の一番上の段に形成し、足跡の足場を形成するとその縁に着地した。

わたしは完全にその足場の下へと分断されてしまった感じだが、あのアサシンの攻撃があの刀のみならばわたしへの攻撃は無いだろう。…宝具の真名開放が高威力の殲滅系で無い限り大丈夫のはずだ。

「なかなかに良き趣向だなチャンピオン。これで私もおぬしも心置きなく技を振るえると言うものよ」

「ええ」

答えたチャンピオンの背中からは翅は消え、再び両足を地面…とは言っても魔力で編んだ足場だが…に着いている。

仕切りなおした彼らの刀が再びぶつかる。

先に動いたのはチャンピオンだ。

「御神流…虎乱っ」

と、聞こえたときには既に彼女の姿は消えていた。いや、消えたと言う表現しか出来ないほどに高速で地面を蹴ったのだ。

「くっ!」

ギィンっ!

一際鈍い音が響く。

チャンピオンがその手に持った小太刀で振るった二連撃をアサシンは力任せにカウンターで返したのだ。

一度弾かれたものの直ぐに追撃するチャンピオン。足場がしっかりした為かその攻めは先ほどよりも鋭く速い。

しかし、それを刀一本で防いでいるアサシンの技量も相当のものだろう。

キィンキィンと剣戟の音だけがこの山道を埋め尽くさんばかりに響き渡る。

威力負けしたのか吹き飛ばされたチャンピオンは空中でくるくる回り制動を掛けて着地すると、再び地面を蹴った。

「御神流・射抜(いぬき)っ!」

「秘剣…ツバメ返しっ!」

目にも留まらぬ速度で距離を詰めてに至近距離からの突き技。しかし、横一文字に構えたアサシンが繰り出す秘剣が逆にチャンピオンへと襲う。

「っ!?」

もはや直感でチャンピオンはその剣の不気味さを感じ取ったのか脚力の限界で踏ん張ると制動を掛け、再び後ろへとバックステップ。

「ほう…躱したか」

はらりとチャンピオンの髪が流れ落ち、頬にうっすらと刀傷が走って血がにじんでいる。

「凄いわね…あの一瞬で三方向の太刀筋が一瞬で走るなんて…人間業じゃないわ」

「昔空を舞うツバメを切ろうとして修練した技だ。なに、我流の手慰みだよ。そなたのような正統な物ではない」

「いいえ。一代で自分の技を編み出し、それを至高の域まで昇華させる事が出来たあなたはまさしく東西に名を馳せるほどの実力を持った剣豪よ」

「そうか…そなたのような剣豪に褒められるのも悪い気はせんものよな…だが」

「ええ。次が最後の攻防になるでしょうね。私があなたの秘剣を制するか、もしくはあなたの前に屈するか…」

ゆらりとアサシンが横一文字にその長い刀を構える。

対するチャンピオンも気を引き締めて必殺の意気込みだ。

ここまで時間の掛かった戦いも、決着はほんの一瞬だった。

先に動いたのはチャンピオン。それを待ち構える形で先に刀を繰り出したのはアサシンだ。

「秘剣…ツバメ返しっ」

一瞬で三方向の斬撃が放たれる。

「御神流奥技の極 閃っ!」

対するチャンピオンの斬撃は一条。

ドーンと何かがぶつかる音が響き渡る。

「見事だ…これほどの剣士と死合えるとはな」

山門に打ち付けられたアサシンには致命傷の刀傷が刻まれ、手に持っていた刀は三つに砕かれ散らばっていた。

おそらく三方向からの斬撃をチャンピオンは一刀で全て叩き折ったのだろう。最後は武器の強度が物を言ったのかもしれない。

「いいえ、それは私の言葉よ。あなたほどの剣士と戦えた事を誇りに思うわ」

「そうか…浮世の夢と言う儚い時間であったが、なかなかに楽しい戦いだった…もう思い残す事も無い」

スーッとアサシンの体が消えると、彼の魂がわたしの中に入って来たのを感じた。

「うっ…」

アサシンの魂が入って来た事でわたしの中に異物感が押し寄せる。…でもまだ大丈夫。まだ、人の機能を阻害するに至らない。

「イリヤ?」

いつの間にか男の姿に戻ったチャンピオンがわたしの体を支えてくれている。

「ううん、なんでもない。それより中を調べましょう。アサシンの口ぶりだと他のマスターと手を組んだと言う感じだったから、中に他のサーヴァントが居るかもしれないわ」

「…了解」

わたしの身を案じてくれているのだろうけれど、チャンピオンは何も聞かずにわたしを連れて山門を潜った。

…結局そこにサーヴァントがいた痕跡は有るものの、サーヴァントの気配はなく、朝日が昇る前に城へ着くべく帰路に着いたのだった。







夢を見ている。

彼は戦乱の世の中にその生を受け、王子と言うその立場ゆえに戦場に立ち続けた。

彼自身が王に成ってからはさらに戦いへと彼を駆り立てた。

剣と盾を持ち、魔法が飛び交う中で同胞と、それよりも倍する数の敵が彼の前で次々と倒れていく。

戦いたいわけではなかった。しかし、戦わずに隷属させられるのは彼の民達が望まなかった。

彼は望まれるだけ王として責務を果たしていた。彼が道を踏み外さなかったのは彼を支えてくれる人達が居たからだ。幾度戦場に出ようと死なずに戻ってくる彼の同胞が居たからだった。

彼女達だけは決して彼の側を離れず、ともに歩み、そして強かった。

彼女達の思いが、彼女達との絆が彼を支え、ついに常勝無敗のままに戦争は終わる。

いや、終わったわけではない。彼の国民は彼が引き連れて逃げ出したのだ。

大量破壊兵器の閃光を目の当たりにし、ついに戦争が個人の力の範疇を離れたと悟ったのだろう。

国民を連れて逃げた彼は、新しき国を作り、その国民が自分たちで考え、生活できるように誘導するとそっとその国を去った。

そんな彼の人生を見て、わたしは思う。

ああ、彼は間違いなく英雄なのだと。







バサリと布団を跳ね上げる。

「……何が英雄としての物語を持っていないよ…ちゃんとあなたは英雄じゃない」

誰も居ない室内で誰も聞いていないのを確認して悪態を吐く。

その呟きはわたし以外居ない部屋で漏れることなく消えていった。



昨夜ついに一騎のサーヴァントが脱落した。

まぁ、殺し合いである以上どちらかが死んでしまうのは仕方ないが、母さんには困ったものだった。

確かに引き分け続きだと流石のイリヤも手を抜いているのではと不審がるからしょうがなかったと言うのもあるのだが、このまま推移を見守ると言う選択肢が霞んでしまったのは痛い。

まぁ、最初から俺達が居るせいで未来がどうなるかは分からないのだけれど。

現状を打破する考えが浮かばないまま、夜の冬木市の新都をうろつくと、そこにはサーヴァントの残り香が立ち込めていた。

意識しなければ分からないような、ほんの微かな血の匂い。

繁華街から少し入った路地裏は街頭の明かりも届かないのか暗く何かおぞましいものが潜んでいそうな気配を漂わせる。

「何か居るわね」

と、イリヤが言う。

「サーヴァントだろうな」

「そう。それじゃ行きましょう」

イリヤを守るように進むと、闇の中で何者かが何かをすする音が聞こえる。

目を凝らすと長身の女性がOL風の女性の首筋に牙を立て、その流れる命の滴りをすすっていた。

眼帯で両目を隠した彼女はおそらくライダーのサーヴァント。

ライダーは支えていたOLの体をほうり捨て、此方を油断無く睨む。

「サーヴァントとマスターですか」

「ええ。あなたは何のサーヴァントかしら?」

「ライダーのサーヴァントです。そちらは」

「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。そして私のサーヴァントのチャンピオン」

俺は視線だけでイリヤの言葉を肯定する。

「イレギュラークラスのサーヴァントですか」

ライダーのサーヴァントは油断なく上体をかがめていつでも蹴りだせるような態勢だ。

彼女の正体は、とそこまで考えた時、体の制御が突如として俺から奪われた。

「悪いな、アオ。そいつは妾の相手よな」

と、すでに俺は体の内に引っ込み、その口から発した言葉は数百年を共にしたアテナのものだった。




「悪いな、アオ。そいつは妾の相手よな」

突然彼の口から女の声が聞こえたかと思うと、また彼の姿が見たことの無い人物に変わっていた。

年は若く、少女のような銀髪の女の子だ。

今までのチャンピオンと違い彼女は甲冑を身に纏わずに、白いワンピースを一枚着るのみだが、その姿が何故か荘厳で神気を帯びているように感じられた。

「あなたは…」

そう聞いたのはわたしではなくライダーだ。

「妾はチャンピオンのクラスで現界したアテナの名を所有する者である」

初めてアオ以外のチャンピオンの名前を聞いたような気がする。

「アテナですか…」

しかし、アテナと言う名を聞いたライダーのサーヴァントはその表情を険しいものに変える。

「とてもイラつく名前です」

「ふむ。それも仕方の無い事かも知れぬな。神話ではおぬしを怪物に変え、ペルセウスに助力しそなたを討たせたのは妾と言う事になっているからな」

「うそ…あなた、神霊なの!?」

さも自分がアテナであると言うような態度にまさかと思う。

アテナと言えば本来呼び出そうとしていたヘラクレスなんかよりも知名度で言えば高い。オリュンポス12神の一柱で永遠の処女神。

まぁ、あの見た目なら処女神としても信じてしまいそうだけど、本当にアテナなのだろうか?

彼女のステータスを透視してみれば、彼女の固有スキルに神性EXが見て取れた。

これは神霊そのものと言われても信じざるを得ない高さだった。

だがそれは有り得ない。聖杯戦争のシステムでは英霊を呼び出すのが精一杯で神霊を呼び出せるほどの力は、ましてや従えることの出来る力は無いのだ。

「神であった過去が有るだけよな。何、アオ達のデタラメさに比べれば妾なんぞ可愛いものだ」

そんな訳は無い。今までの彼女達の力は途轍もなく強力だった。ならばこの少女の力も強力なのだろう。

「浅ましくも人間の生気を集めるそなたには神であった矜持は無いのか?無いのなら妾が鉄槌を下してやろうぞ」

「戯言をっ!?」

戦いの合図は突然だった。

ライダーは手に持ってクサリつきの釘を投げつけ、アテナと名乗った少女を射殺さんとしたが、いつの間にか手に現れた漆黒の鎌によって阻まれた。

キィンと弾かれたそれをライダーは鎖を巧みに操って蛇のように再びアテナと名乗ったチャンピオンに向かわせた。

狭い袋小路で始まった戦いはその地形をライダーを優位に立たせているようだ。

四方を囲まれるように立つビルの壁を蹴りながら縦横無尽に空中を駆け回るライダーに対し、アテナはその手に持った漆黒の鎌を振り回してライダーの投擲を弾くが、その本体を捕らえるのはなかなかに難しいようだ。

アテナが劣勢である理由はおそらく単純。

魔力不足だ。他のチャンピオンのようにあの弾丸を使っていない。

…いいえ、もしかしたら使えないのかもしれないわ。

予備タンクが使えないと言う事は、使われるのは本来の物になるはず。それでも今の彼女の消費量はごくわずか。これは持ち前の魔力のみで戦っていると言う事だろう。

「チャンピオン、遠慮する必要は無いわ。私の魔力、存分に使いなさい」

「よいのか?」

「ええ。だから必ずライダーを倒しなさい」

「承知した」

そう言ったアテナはわたしから魔力を吸い取り始めた。魔術回路にマナが循環され、唸りを上げ駆け巡る不快感と吸い取られていく虚脱感が襲ってくる。

十全に魔力を貯蔵したアテナの背後の空間に闇夜が広がり、そこから赤い光点が見える。

目だ。

()け」

闇から現れたのは無数のフクロウだ。それが撃ち出された弾丸のように虚空を走り、ライダーに迫る。

「なっ!?」

驚きの声を上げたライダーは、直撃はまずいと判断し、回避に徹するが、ガトリングの連射のように打ち出されるそれはビルの壁面を傷つけながら回避するライダーを追い詰めていく。

トンットンッと壁を蹴り、フクロウを避けながらビルを駆け上がるライダー。

「ははっ!なかなか良く避ける」

そう言ったアテナはフクロウの数を増やしてライダーにけし掛ける。

それを空中に躍り出ながらも自在に空を駆けて回避するさまは騎獣の背中に飛び移る騎士のようだった。

視線をアテナに戻せばいつの間にか漆黒の鎌は弓へと変じていた。

現れた矢に辺りの魔力が食われているのが分かる。それ以上にわたしの魔力を際限なく引き出して言っているのだからアレはきっと彼女の宝具クラスの技なのだろう。

あとは真名の開放と共に撃ち出されればおそらくあのライダーは打ち倒されるだろう。それほどの魔力が篭っていた。しかし、その矢を放つ事はなかった。

なぜなら、上空のライダーが今までその目を覆っていた眼帯を取り外したからだ。

「これは仕方が有りませんね」

「む?」

その瞬間、ライダーを追うように翔けていたフクロウは石化し、推進力を失ったそれらは重力に惹かれるままに落下し始めた。

「なっ!?石化の魔眼!?」

石化の魔眼を持っている英雄は古今東西を探せばわたしが知らないだけで居るのかもしれないが、一番有名なのは人ではなく神が怪物へと変じたメドゥーサが有名だろう。

宝石のように輝く瞳にはキュベレイの名前こそ相応しい。

しかし、仮にあのサーヴァントがメドゥーサだとしたら、聖杯は呼んではいけない怪物を英霊として呼んだと言う事になる。

驚きの声を上げるわたしの側にいつの間にかアテナが戻ってきてその手に持った弓矢に篭った魔力を使ってその弓を変じさせ、大きな盾を作り出した。

「ゴルゴンの盾よ、妾達を守護せよっ!」

「ええ!?」

真名の開放と共に強固な盾がその内なる力を解放する。しかし、聞き流せない単語もあった。

ゴルゴンの盾。つまり、ペルセウスがメドゥーサの討伐で持ち帰った首をあつらえたアテナが持つアイギスの盾だ。

それはあらゆる厄災を跳ね返し、死したメドゥーサの頭はその後も石化能力を持つと言う。

ガツガツと石化したフクロウが盾に弾かれて砕け散っていく。

しばらくその落石に耐えていると、先ほどまで威圧されるように放たれていたプレッシャーは鳴りを潜めていた。

「逃げられたか」

と、不覚を取ったとばかりに呟くアテナ。

「追うわよ、チャンピオン」

「ふむ。追うのもやぶさかではないが、おぬしの魔力も限界であろう。今日は帰るとしよう」

「え?あっ…」

チャンピオンのその言葉で急に倦怠感に襲われ、立つ事が難しくなる。

崩れ落ちそうになる瞬間にわたしを抱きとめたのはアテナと名乗ったあの少女ではなく、いつものあの人の腕だった。

そして意識は暗転する







また夢だ。そう、彼の夢だと言うのはもう分かっている。

今度の彼はまだ6歳ほどと言う体で、サーヴァントと比しても決して劣らない…いや、それ以上の人型の何かと戦っていた。

それが神話から出てきた神だと言う事は何となくだけど分かった。

彼は神話のくびきから離れた神と戦っていたのだ。

その世界には大掛かりな魔術儀式があるのだろう。

神を倒した人間は、相手の能力を奪い、強化されるようだった。

彼は幼少の頃に幾度か苛烈な戦闘を繰り返し、辛くもその全てに勝利を勝ち取った。

それから数十年は平和な時間だったらしい。

神の能力を手に入れた彼らは基本的に年齢はある程度で止ってしまうようで、彼は青年の姿のまま数十年と生きていた。

場面が変わると今までにはおぼろげにしか聞こえなかったその夢の声が聞こえてきた。

「それを俺に頼むのか?」

と、彼は彼に何かを頼みに来た女性に問い掛けた。

「はい。あの人を止めてください。あなたならあの人の力を奪う事もできましょう」

そう亜麻色の髪をした女性は答えた。

「50を越えられなかったか…いや、それが人としての感性を持ち続けた彼の限界か。周りが老いて死んでいくのに変わらぬ自分に戸惑ったか」

「はい…それとエリカさんが亡くなったのが拍車を掛けました」

「カンピオーネ、その眷属でも不死ではない。神との戦闘に連れまわせばいつか死んだだろう。だが俺はもった方だと思うけどね」

カンピオーネ。…神を殺した者に送られる称号だろう。

英語ならチャンピオンだろうか。

「そうでしょうか…」

「格上の存在に命をベットし続けたんだ。いつかはそれを支払うときが来るさ」

だから俺は極力関わらないように生きてきたと彼は言う。

「今のあの人は失ったものを取り戻そうと必死です。その為に回りにどれ程の被害が出ようが躊躇う事が無い。もはやあの人はその心まで魔王になってしまった…それを見ているのは余りにも辛い。諌めるはずのリリアナさんや恵那さんまで護堂さんに協力をしています…もう頼れるのは貴方様達しか居ないのです…どうかあの人を止めてください」

どうか、と頭をこすり付ける勢いで下げる女性の懇願に彼もついに折れた。

いや、彼女の懇願だけでは頷かなかったかもしれない。

しかし、事態が彼の住むその街、その国を脅かすのであれば彼も出張る覚悟を決めたらしい。

彼はその女性の頼みを聞き、その誰かを止める為に立ち上がった。

ビルが立ち並ぶ市街地の真ん中に二人の青年が居る。彼が止めてくれと頼まれた青年とついに対峙したのだ。

彼と、彼に対峙する青年の実力差は歴然だった。

地力が違うし、研鑽した技量の差がある。しかし、そんな彼我を覆さんばかりに食い下がった青年には鬼気迫るものがあった。

自身の命を燃やし尽くす勢いで彼に挑みかかる青年。しかし、死闘の末に軍配が上がったのは彼の方だった。

組み伏せて最後通告をする彼の言葉を青年は黙って聞いていた。

「何か言い残す事が有るか?」

「俺の時間を巻き戻すのか?」

「ああ。カンピオーネになる前までお前を巻き戻す。そうすれば今度は自然と年老いてちゃんと死ねる」

「そう…か。記憶はきっと残らないんだろうな…」

「ああ。お前はもう一度人生をやり直す事になる。カンピオーネになる前のお前になら簡単な暗示も抜群に聞くだろう。お前は何も疑問を感じないままに生活する事になるだろう」

「なぁ、あんたに俺を止めさせたのって…」

「祐理さんだ。彼女はこのまま壊れていくお前を見ていられなくなったんだろうな」

「そう…か」

青年は一息はぁと吐き出すと言葉を紡ぐ。

「悪い。あんたには損な役回りを押し付けてしまった」

「全くだ…もういいか?」

と最後通告をする彼に青年はああと答えるとゆっくりと目を閉じた。

目を閉じた青年に彼は何かをしたのだろう。見た目は殆ど変わっていないが、その体から感じられた力強さが失われている。

そんな青年の体を彼に青年の討伐を依頼した彼女に引渡し、彼はもの悲しげに去っていった。

それから早回しのように時間が過ぎ去っていく。

文明の発展は留まる所を知らず、ついには人類は宇宙に進出する。

化学兵器はとうに魔術師の限界を超えていた。

そんな時代になった頃に彼と同じ不老の姉が生き飽きてしまったのだ。

彼に自分の権能を譲り渡すとつまらなくなった世の中を去っていった。

彼と彼の同胞はまた幾年も生き、最後はやはり大量破壊兵器の前に去って行った。







目が覚める。

ここは…?

「目が覚めたか、イリヤ」

ベッドから起き上がり、声のした方を向くとそこにはチャンピオンが心配そうに覗き込んでいた。

「ここはわたしの部屋?」

きょろきょろと視線を動かした後わたしはチャンピオンに問いかける。

「ああ。どうやら魔力の使いすぎで倒れただけのようだ。アテナが無茶をしたみたいで悪かったな」

「ううん、それは別に良いんだけど…」

と言ったあとわたしは話題を切り替えた。

「ねぇ、チャンピオンの固有能力って時間操作?」

と問いかけたわたしに怪訝そうな表情を浮かべるチャンピオン。

「…もしかして俺の記憶を夢で見た?」

「ええ。ごめんなさい。でも仕方ないじゃない。止めようと思っても勝手に見てしまったんだもの…」

「そうか…」

と言った後何かを観念したようにチャンピオンは言葉を続けた。

「俺の能力は時間操作だけではなく因果操作だ。魔力の消費量に応じてあらゆる因果に干渉し、捻じ曲げる事が出来る」

「え?それってもはや魔法の域じゃ…」

特定の事象の因果を捻じ曲げてしまう道具は存在する。英雄の宝具にはそう言った逸話の有る物は多く存在するだろう。

しかし、それですら今の魔術師では再現が難しい。

だと言うのに彼は全ての事象を操れると言う。

「俺の過去を何処まで見た?」

「最初は絵本に出てくるような中世の魔法使いだったわ。次がニンジャだったかしら。そして現代の日本。そして中世の戦争時。最後はまた日本だったわ。ねぇ、あれは全部あなたよね」

と答えるとチャンピオンは頭をかきながら誤魔化すことなく話してくれた。

「イリヤがどういう夢を見たのかは分からないが、それはおそらく全て俺の過去だろう。
そう…俺は記憶と技術を継承しながら世界を渡っている。つまり、この世界の常識外の存在だ。だから因果を操る事だって可能だし、口から火を吹く事も出来るし都市を丸ごと吹き飛ばす事も可能だ」

「都市を丸ごと…」

「とは言え、それは生前の能力。魔力制限が無ければの話。今の俺では精々がビル一つを破壊する程度が精一杯かな?」

「それってやっぱりわたしの魔力不足?」

「まぁ、それもある。が、元々は別種のエネルギーを併用しながら使っていたものを一種のエネルギーで再現していると言うのも原因の一つだ。簡単に言えば生前の俺はエンジンを二つそれぞれ別のエネルギーで動かしていて、必要なときに必要なほうのエンジンを動かしていたんだ。それが、片方だけでもイリヤを凌駕していた。ジェットオイル並みの火力を誇るのイリヤだけど、モンスターエンジン二機分では賄いきれる物じゃないと言うことだろう」

だからわたしの所為では無いとチャンピオンは言う。

「そう…そう言えばさっきの彼女。アテナについてなのだけれど。彼女は何者なの?」

何となくさっきの夢で見当はついているけれど、一応チャンピオンの口から聞いておきたい。

「彼女はそうだな…この世界で言う抑止力と言う物が一番近いか」

「やっぱり…」

わたしはぼそりと小さく呟いた。

「まつろわぬ神…本来人間を守護するべき神がその神話のくびきから離れて勝手気ままに行動し、天災を振りまき人々に仇なす存在…だった」

「だった?」

「長い時間一緒に居たら捻じ曲がった物がさらに捻じ曲がって変な方向に向いた。変質したと言っても良いかもしれない」

「…?良く分からないのだけれど、人を傷つけなくなったって事?」

「と言うより、より固執するものが出来たと言う事だ。その為に彼女は俺達と共に居る」

うーん、やっぱり良く分からない。

しかし、チャンピオンが人間にしては途方も無い時間を生きてきた存在だと言うのは理解できた。

それは強いはずだよ。

魔術師達が子に孫にと何世代にも渡って受け継ぎ、高みへ…魔術師達の場合は根源へと至ろうと修練していると言うのに、それを自分一人の時間でやっているのだから。

「チャンピオンは強いね」

「え?何か言ったか?」

と言う意味の成さない呟きはわたしの口の中だけで消えて言った為、チャンピオンには聞かれずに済んだらしい。

「ううん。なんでもない。寝なおすわチャンピオン。明日までには魔力を回復させなくちゃ」

「そうか。では、ブランチには何か甘いものでも用意しよう」

「うん。お願いするわ。チャンピオンのお菓子って美味しいから好き…」

と言い終えると眠気が再び襲ってきた。明日のお菓子を楽しみにしながら深い闇へと再び落ちて言ったのだった。
 
 

 
後書き
カンピオーネの夢はまぁ…カンピオーネの最後は討たれるしか無いらしいので、それでも救いを…なんて感じの話です。…いや、実際はイリヤがアオのチートに気が付くという話なだけですけどね… 

 

第八十八話

さて、そろそろ此方が何もしなくてもサーヴァントが脱落する頃合である。

ロールス・ロイスを駆り夜の新都へとやってくる俺とイリヤ。

強烈な魔力のぶつかり合いを感じ、直ぐに現場へと向かうと到着前に流星の如き輝きが空とビルの屋上から走り、拮抗は一瞬で地上からの黄金の輝きが空から振る流星を飲み込んで消えていった。

「ライダーが倒されたみたいね」

サーヴァントの魂を回収したイリヤが言うのだから間違いないだろう。

「ライダーを倒した何者かは先ほどの攻撃で弱っているかもしれない。いや、大量に魔力を消費したのだったら、次に同じ攻撃は撃てないだろう」

どうするんだ、とイリヤに問う。

「帰るわよ、チャンピオン」

「良いのか?」

「弱いものいじめは趣味じゃないわ。戦うなら正面から万全の敵を叩き潰すのよ。チャンピオンなら出来るでしょう?」

「そう俺を持ち上げないでくれないか。イリヤが思っているほど俺は強くないよ」

「そうかしら」

「そうだよ」

それに俺は正面から相手を罠に掛けて戦うよ。いや、戦いのイニシアチブを取っていると言えばそうなんだろうけれど、母さんみたいに剣のみで相手を倒しきるみたいな事は絶対にしないと断言できる所が悲しい所か。

そんなこんなでライダー戦以降戦闘をしていない俺達だったのだが、イリヤが俺にディナーに添えるスイーツを作ってくれとお願いされ、厨房でケーキを焼いていた時、まさかイリヤはリズに運転をさせてアインツベルンの城を抜け出していたとは…

何故分かったかと言えば、戻ってきたイリヤは自分の部屋に一人の少年を運び入れていたからだ。

衛宮士郎。

セイバーのマスターであり、この物語の主人公だ。

ケーキを作るついでに焼き上げたクッキーを持ちイリヤの部屋に尋ねれば椅子にロープでぐるぐる巻きにされた彼が居るではないか…

「そいつをどうしたんだ?」

そう俺はイリヤに一応問いかける。

「私のサーヴァントにしようと思って連れてきちゃった」

サーヴァント、言葉どおりに受け取れば使い魔にしようと言う事だろうか?

それとも…

「なんだ、そいつと契約して聖杯戦争を勝ち抜くつもりなのか?」

「なっ!?」

と言った俺の言葉に反応したのは士郎だった。

「そんなわけ無いじゃない。士郎が余りにも弱いから私がおもちゃとして保護してあげようって事。当然、聖杯戦争はチャンピオンに頑張ってもらうわ」

むぅ…なんだろう。きっと愛情の裏返しなのだろうと思うけど、その行動が歪んでいるのはなぜだ?

まぁあんな雪に覆われた城から出してもらえていないようだったので、常識を持てと言っても無理な話なのだろうけれど。

「っまて。俺はイリヤのサーヴァントになるつもりは無いぞっ」

と自分の立場も弁えずに言い放つ士郎。

「そうなの?ならまずセイバーを殺すわ」

「何でそうなる。オヤジの事は俺にも関係有るかもしれないけれど、セイバーは関係ないだろう」

「お兄ちゃんに自分の立場を分からせてあげないと。お兄ちゃんはわたしの所から逃げ出す事は出来ないんだから」

「なっ!?」

イリヤの傍若無人な物言いに閉口する士郎。

士郎が何か反論しようと口を開きかけた時、イリヤの体がグラリと揺れた。

「イリヤっ!?」

叫ぶ士郎は縛られているので何も出来ず、転びそうになるイリヤの体を俺は受け止めた。

「何かあったのか、イリヤ」

「ええ、少しね。森の結界を抜けた人がいる見たい。おそらくリンとセイバー、あとアーチャーかしらね。良かったわね士郎。あなたの仲間が助けに来たわよ。工房攻めの難しさはリンなら知っているはずなのだけどね」

「遠坂が!?セイバーも一緒なのかっ?」

「そうみたい。それじゃ少し席を外すわねお兄ちゃん。アインツベルンのマスターとして歓迎の用意をしなければいけないもの」

「ちょっと待て、イリヤ…イリヤっ!」

叫ぶ士郎を放置してイリヤの部屋をイリヤを連れて出る。

士郎は壁越しにイリヤを呼んでいるがそれを無視して城の廊下を進むとエントランスへと到着した。

「それで、どうするんだ?流石にサーヴァント二騎を相手にするとなると手に余る。よしんば二騎を相手に立ち回れたとしてもイリヤを守れる保証は無い。イリヤ自身の戦闘能力はイリヤ自身が分かるだろう?」

セイバーは近接タイプだし、同盟中のアーチャーはその名の通り射撃手だ。飛び道具での援護はとてもうっとうしいし、情報通りなら彼はその矢に投影された宝具を矢に変えて放つ。

宝具を直接投げつけると言う暴挙を彼は魔力さえあれば何のリスクも無く行える。

宝具と言う物は侮っては成らない。この世界のルールに嵌らない俺達では有るが、そのルールにのっとっている部分も確かにある。

鏡を打ち砕いたなんて伝承のある剣を使われればもしかしたらヤタノカガミの防御を貫くかもしれない。

まぁ、初見で出来るとは思わないが、此方の手の内が分かれば何かしらの作戦は練ってくるだろう。

とは言え、前回セイバーと戦ったのはフェイトな上に、殆ど持っている技術を使ってはなかったのだが…

さて、俺としては聖杯戦争はまだ中盤なこの時期は出来れば傍観していたい。

この物語のラスボス、一番のネックである金色の甲冑のサーヴァント、ギルガメッシュとの交戦はイリヤが聖杯である以上避けられないだろう。

イリヤの体がサーヴァントの魂を受け入れられる限界はおそらく四騎。それ以上は人間としての何かを代償にしなければ成らないだろう。

既にアサシンとライダーの二騎が脱落している現状、今セイバーとアーチャーを脱落させるとイリヤの身を守護する此方の身動きが出来なくなる。

それは望ましくない。

士郎、凛の性格を考えれば、聖杯が汚染されていると確証されれば阻止に動いてくれるだろうが…まだ確証が無い上に、聖杯が完成に近づけばイリヤがイリヤで無くなっていく。

…参ったな、詰んでる。と今更ながら再確認してしまった。俺自身は聖杯なんて望んでいない。そして、俺に混じった何かが望むのはイリヤの守護なのだ。

「もしかして結構ヤバイ状況?」

俺が真剣な表情で押し黙っていた為にイリヤは不安になったのだろう。

「出来れば二騎一遍に戦うのは避けたい所だったが、イリヤがやれと言えば最善は尽くそう。最悪この城を捨ててイリヤを連れて逃げることくらいは出来るさ。英雄の伝承で空を飛んだなんて物は少ないしアーチャーの狙撃さえ気にしていれば十分に逃げられる。この城の周りは森で囲まれていて障害物も多い。森に出ればそれこそ狙撃の心配も無く逃げれるだろうよ」

「そう…それじゃチャンピオン、歓迎の準備は怠らないようにね。チャンピオンは強いもの。絶対大丈夫だわ」

信頼されるのは嬉しいのだが、出来れば戦いたくないのだけれどね…今回取れる選択肢はアーチャーの撃破か。

一本目の映画通りならここでアーチャーはバーサーカーに倒される。しかし、その後、バーサーカーはセイバーと衛宮士郎に倒されて脱落するのだ。

今の俺にはこの脱落すると言う選択肢は選べない。思考が強制的に支配されているような感覚には怖気が走るが、イリヤを守れと言う内容なのでまだ不満は少ない。

その通りに動いてやるのも良いだろう。

仕方ない。ここは何とか双方を引かせるように調整するしか無いだろう。面倒だけど思兼を使えば出来ない事も無いだろうしね。

食堂へと移動してせっかくなので手に持っていたクッキーと紅茶を入れて間食しつつ、客の来訪を待つ。

イリヤはその目を飛ばしてアインツベルンの森を監視していた。

「来たわ。セイバーとリン、後はアーチャーね」

イリヤに言われずとも城の外にサーヴァントの気配は感じていた。

「あら、招待してもいないのにお城へ入ってくるみたいよ」

その声はあっけらかんとしていて緊張感が無い。

しばらく様子を見ていたイリヤが椅子から立ち上がる。

「そろそろ行くわよチャンピオン。きっとリン達がシロウを救出した頃ね」

そう言ったイリヤはエントランスへ向かって歩を進めた。

エントランスへ続く階段の上段から見下ろせば眼下にセイバー、凛、士郎が正面玄関から出ようと忍んでいた。

「あら、もう少しゆっくりしていけばよかったのに」

「イリヤスフィール…」

あと少しで外へ出れると言う所で背後から声を掛けられ、緊張から震えた声で凛が呟いた。

「せっかくシロウは助けてあげようって思ってたのに残念だわ。私の所から逃げようって言うのね」

と、せっかく手に入れた玩具に飽きてしまったとでも言うような感じでイリヤが言う。

「イリヤっ…俺は…」

と、何か弁明しようとしているけれど、逃げて行こうとしている事は本当で、事実だけ見ればそうなる。…が、拉致同様に連れてくれば誰だって逃げたくなるさ。

「もういい…もういいわ。キリツグも私を捨てたもの…あの人の息子だもの。私を捨てるのは当然よね…」

「イリヤ違うんだ…話を聞いてくれっ!」

イリヤは外見同様その精神は成熟しきっておらず不安定だ。癇癪を起こした子供に話を聞けと言う言葉は逆効果だろう。

「うるさいっ!もういいわ…チャンピオン、やっちゃって…」

「………」

俺はイリヤに命令されて彼女の前に歩を進める。

「イリヤっ…話をっ」

「衛宮くん、今は彼女に何を言っても無駄よ。今は生き残る事だけを考えて。あの得体の知れないサーヴァントが出てきたのよ。魔力不足で戦力にならないセイバーでは二秒ともたないわっ!」

「遠坂っ…だがっ!」

「だがもへったくれも無いのっ!勝手に捕まったへっぽこの癖に!言い訳は後にしなさいね」

「わっ…わかった…」

凛の剣幕に押されたのか士郎はようやく押し黙った。

見下ろした先の彼らは状況を把握しようとその視線を此方へと向ける。

それは好都合だった。

一瞬、俺と遠坂凛との視線が合う。その刹那で仕込みは終わっていた。

彼女は何かを決断したように背後に控えるアーチャーに向かって命令を下した。

「アーチャー、ここをお願い。私達は逃げるわ」

それに対して士郎とセイバーが抗議しているが、凛の決意は変わらない。

アーチャーに俺達の足止めをさせて自分たちは逃げる。そう決定したのだろう。

それを聞いたアーチャーは不適に返した。

足止めするのは良いが別に倒してしまっても良いのだろう?と。

凛はそれに呆れながらも期待を込めてしっかりと頷くと振り返って逃げていった。アーチャーの方には二度と振り返らずに。

「マスターに命令されたのでね、ここは通さん。俺と踊ってもらうぞ、チャンピオンのサーヴァントっ」

「まぁ、こっちも命令されているから逃げないよ」

『スタンバイレディ・セットアップ』

アーチャーにそう返すとソルを握りバリアジャケットを展開し、ソルを起動する。

階段を飛び降り、エントランスの一階に着地すると、両者の戦闘準備は整っていた。

アーチャーの手には白と黒の中華刀が握られている。

対する俺はソルを抜き放った鞘を掴むと一瞬で二振り目の日本刀へと形を変える。

『ロードカートリッジ』

ガシュと薬きょうが排出し、体を魔力が駆け巡る。

「なんだ…その剣は…」

俺の双剣に心底驚いた表情を浮かべたのはアーチャーだ。

アーチャーの宝具と言うべき能力は見た物を刀剣の類なら瞬時にコピーして貯蔵する無限の剣製・アンリミテッドブレイドワークスだ。

と言う事は彼は俺の二本の刀を見て瞬時にコピーしようとしたはずだ。だが…

ソルはそもそも剣じゃなくて杖だ。さらに意思を持つソルはアーチャーの能力ではコピーしきれなかったのだろう。

その戸惑いが伝わってくる。が、しかしその戸惑いに答えてやる必要は無い。

『レストリクトロック』

瞬間現れるバインドはしかし、相手の対魔力の前に霞と消えた。なるほど、バインドで拘束するのは難しいか…

「むっ?何かしたかね?」

「いや、何も」

俺はソルを構え、写輪眼を発動し、床を蹴る。

俺が動いた事でアーチャーもようやく再起動。手に持った夫婦剣で俺の刀を迎え撃つ。

「はっ!」

「ちぃ…」

勢い良く振り下ろす俺の刀を持ち前の技術で防御するアーチャー。

キィンキィンと剣戟の音が響く。

生前二刀を持って戦い続けた彼も二刀の相手はした事が無いのか、とても戦い辛そうにしている。

一刀を極めた相手に対して二刀でもって対峙する事で奇をてらい、勝利をもぎ取ってきた事は有るのだろうが、それも二刀を持つ相手には通じない。

それでも強引にチャンスを作ろうとアーチャーは自分の身にわざと隙を見せることによって俺の攻撃を誘導、制限させようと試みた。

だが、隙は隙だ。俺は躊躇わずにその隙を突き振りかぶる。

アーチャーはカウンターとばかりに夫婦剣で俺の首を狩ろうとする…が、そこで俺は一段スピードを上げた。

「何っ!?」

突然速度を上げた俺に、しかしアーチャーは何とか反応して見せた。

首を狩ろうと振りかぶっていた夫婦剣を強引に軌道修正し、俺の太刀筋へと割り込ませる。

ギィンと一際大きな音を立て、両者の刀は押し合いの体を整えた。

「くっ…はぁっ!」

気合と共に夫婦剣を押し切り、強引に俺を吹き飛ばしたアーチャー。

後方へと着地する俺へアーチャーは押し切った力を逃さぬようにクルリと一回転して遠心力も利用しその手に持っていた白剣を投げてよこした。

クルクルと回転しながら迫るそれを俺は弾き飛ばそうと切り上げた瞬間、両断された白剣がその内包された魔力を炸裂させた。

ドーンッと閃光と煙を巻き上げ俺の視界を一瞬遮る。

『堅』と元から高いクラススキルの対魔力のお陰か、爆発によるダメージは皆無と言っても良いが、閃光に視界を一瞬取遮られ、アーチャーの次の一手を許してしまった。

アーチャーの手には黒塗りの洋弓。

「――――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)」

引き絞るその手には一本の剣が虚空から現れ、矢として番えられている。

彼の攻撃を避けるだけならおそらく簡単だ。四肢に力を入れて駆ければ難なくかわせる。

しかし、問題は俺の居る位置だ。

階段上に居るとは言え、イリヤがアーチャーの放つ矢の斜線上に入ってしまっている。

俺が動けばこちらを狙うと言うのは早計だろう。普通に考えればサーヴァントを狙うよりマスターを狙った方が都合が良いのだから。

もちろんイリヤにはサークルプロテクションを施しているが、それがかえって彼女の逃げ道を阻害している。

これから放たれるアーチャーの一撃はおそらく必殺の一撃。流石に宝具クラスの一撃を耐えられるほどプロテクションは硬くない。

アーチャーはその矢の先を階段上に居るイリヤへと向けた。かわしても良いが、分かっているな?とアーチャーの目は言っている。

俺が何をしようと必ず放つとアーチャーは心に決めている。そう言うやつの一撃は強い。たとえ俺が今から一瞬でアーチャーを沈めようと、その一撃だけは意地でも放つだろう。

「ソルっ!」

『ロードカートリッジ』

ガシュっと一発ロード音が響き、薬きょうが地面に落ちる時間も無いほどに速く俺は後ろへと跳躍し、イリヤの前へと着地する。

「え?チャンピオン?」

と驚くイリヤだが、それに構ってはいられない。

映画では明言されていないが、投影のニセモノとは言え、あれも宝具なのだ。どう言った付加魔術が付いているか分からない。

貫通などの効果が付属しているかもしれない。

そんな物相手にこの世界の現象に組み込まれてしまっている今の俺のプロテクションなどのシールドはおそらく効果が薄い。ありったけの魔力を注げば拮抗できるかもしれないが、それならば俺が持ちえる最硬の盾で防御した方がまだ受けきれる可能性が高い。

魔力もさっき補充したし、受けきるだけは問題ないだろう。

「―――“偽・螺旋剣”(カラド・ボルク)」

ついに真名の開放と共にアーチャーがその矢を撃ち放つ。その矢は空気を巻き込みつつ切裂き、放物線すら描かずに一直線に俺達へと迫る。

「スサノオ…」

「え?」

俺の呟きにイリヤが声を上げる。

そして爆音。

閃光と爆発の衝撃がエントランスにばら撒かれ、格式高い調度品の数々を破壊していく。

粉塵が収まり視界がクリアになる。

「仕損じたか…」

と、アーチャーはそれほどショックは受けていないようだが、それでも動揺しているようだ。

「まさか無傷とはね」

「チャンピオン…それは?」

問いかけるイリヤだが、それは後にしてもらいたい。名前は重要で、知られれば対策をとられてしまう可能性も有るのだから。

俺の前には俺とイリヤを守るよう立つ上半身の巨体が有った。その巨体が左手に持つ鏡のような盾を突き出してアーチャーの宝具による一撃を防ぎきったのだ。

時間が間に合わなかった為にヤタノカガミ以外の部分はまだ骨組みだけだったが、次射を許すつもりは無い。消費が激しいのだ、もう良いだろうとスサノオを消そうとしたのだが、スサノオが俺の制御を離れ前進し、肉付いて行く。

その骨格が縮まり、上半身は浮き上がると下半身が現れる。

身長は二メートル半ほどまで縮まってしまっただろうか。それでも標準の人間に比べれば大男だが…

「え?」

驚きの声を上げたのは俺だ。今までスサノオが俺の制御を離れた事なんて一度も無かったのだから。

しかし、今のスサノオの様相は問題である。

いつもの甲冑の姿などではなく、剥き出しの筋肉が鋼のような印象を与える大男なのだ。

その目は狂気に狂っていてまともな思考が出来ているとは思えない。…いや、スサノオに意思があると感じる事事態がおかしいのだが…

現れた大男は左手にヤタノカガミを右手に十拳剣を持ってアーチャーの眼前へと踊りでた。

「なっ!?バーサーカーだとっ!?」

何を持ってアーチャーは俺のスサノオをバーサーカーと断定したのか。しかし、その表情は困惑に満ちていた。

完全に制御を離れたスサノオ…アーチャーに言わせればバーサーカーはその体を完全に実体化させ、吠えた。

「■■■■■■ーーーーーっ!」

その大声に堪らずイリヤは耳を塞いだ。

バーサーカーは解き放たれた獣のような咆哮を上げると床を踏み砕きながら駆け、アーチャーへと迫る。

「ちぃっ!」

アーチャーは迫るバーサーカーに矢を番えて撃ち出すが、左手に構えたヤタノカガミを前面に押し出して受け、突進をやめない。

アーチャーの言うようにバーサーカーと言う理性を失っているクラスにしてはその戦闘は知性を感じさせる。

思考能力もなく暴れまわるのなら盾を使おうなんと思うまい。戦術を取れるほどには狂化に抗っていると言う事なのだろうか…

アーチャーの矢を物ともせずに突き進み、ついにアーチャーに取り付いたバーサーカーのその戦いは暴力と言う言葉すら生ぬるい圧倒的な破壊の嵐だった。

スサノオが元から持っている頑丈さに加え、その身を小さくした事で魔力密度の増した太腕から繰り出される剣は、辺りの空気を切裂き圧倒的な膂力でアーチャーに迫る。

これを受けると言う選択肢はアーチャーには無い。おそらく受け止めた上からその力でねじ伏せられ一刀の元に両断されてしまうだろう。

その猛威は正に鬼神の如く。さらにその鬼神に見合った盾と剣が有るのだから正に鬼に金棒だ。

バーサーカーは巨体に見合わない速度で動き、アーチャーを追い詰める。

自重をその筋力を震わせて、目にも留まらないと言う速度で駆け、振るわれる攻撃にアーチャーは大きく距離を取りながらやっとの事で避けていく。

その攻防の中で攻撃に転じる隙がアーチャーには無い。

「な、何なのよっ!あれはっ、チャンピオン答えてっ!」

イリヤに質問ではなく命令されてしまったので、アーチャーがバーサーカーとの剣戟に夢中になっているのを確認して答える。

「俺にも何であんな事になっているのかは分からないんだ。…だが、アレは元々は俺の切り札であるスサノオと言う能力だった」

「スサノオ?日本の神様の名前よね?」

「中々に博識だな、イリヤ。…スサノオの名を冠しているが、この世界で言う神霊と言う訳では無い。オーラ…今回の場合は魔力だが、それを放出し、人の形で操る技術だ。もちろん、神の名に恥じないような特殊能力も持っている」

「あのアーチャーの一撃を防いだ鏡の事?」

「ああ。ヤタノカガミと言う」

「日本神話に出てくる三種の神器ね」

「そうだ。あの鏡は大抵の物を防ぐだけの力はある」

「あの剣は?」

と聞いたのは今バーサーカーが振るっているアレだろう。

十拳剣(とつかのつるぎ)と言う。酒刈太刀(さけがりのだち)とも言うのだけれど」

「トツカ…?」

「そうだな…草薙の剣と言った方が馴染み深いか?」

そっちはイリヤも聞き覚えがあったようで得心している。

「それじゃあチャンピオンの言葉を聞くと、今暴走しているスサノオは本来のものでは無いって事なの?」

「そうなる。実際は紅い甲冑を着た武人の姿をしている」

「じゃあ目の前のあれは?」

「それはだから分からない。何であんな事になっているのか。もしかしたら俺がサーヴァントとしてこの世界に現れたためにおこった変化かもしれない」

とは言え何となくだけど、根拠は何処にもないのだけれど…目の前の巨人が俺をここに縛り付けている元凶であろうと言う直感がある。

俺達は彼に連れられてこの世界に現れた、そんな感覚がするのだ。

視線をアーチャーに戻せば煌びやかで荘厳な黄金の剣を持ち、どうにかバーサーカーと化したスサノオの攻撃を防いでいるが、彼の攻撃はヤタノカガミに阻まれて届かない。

アーチャーの宝具であり切り札であろう固有結界も、刹那の瞬間も目の前のバーサーカーからの猛攻への注意を削ぐ事が出来ないこの戦いには展開する隙などはない。

結果、地力で勝るバーサーカーが一方的に蹂躙する展開となる。

「■■■■■■ーーーーーっ!」

「くっ…がぁっ!」

ついにアーチャーの防御は解かれ、体勢も踏ん張りの利かない絶体絶命へと陥り、バーサーカーが後一撃振るえばアーチャーは絶命するだろう。

バーサーカーが振るった十拳剣がアーチャーを捕らえるかと思ったその瞬間、アーチャーの体は何か大きな力が働きこの場所から掻き消えてしまった。

ドォーンと十拳剣だけが床を抉る音だけが響く。

間に合ったか。

俺はあの遠坂凛と目を合わせた一瞬で万華鏡写輪眼・思兼を使い、アーチャーの絶体絶命を感じたら令呪で逃がせと刷り込んでおいたのだ。

まだ彼らに脱落してもらうわけには行かなかったから打っておいた策だ。

突然相手が居なくなったバーサーカーは立ち尽くした後、霞のように消えていった。

まぁ、カートリッジをロードしていないので魔力が尽きたとも言うかもしれない。

「逃げた?ううん、令呪によって逃がされたわね…まだリンたちはこの森の中に居るはず…追うわよ、チャンピオン」

「追いたいのはやまやまだが、此方も消費している。それに問題も発生した」

「消費なんてあなたなら問題ないでしょう。それと問題って?」

イライラしながらイリヤが問い詰める。

「スサノオに異変が生じた。これの把握がすまなければ戦闘における切り札を欠く事になる。今は戦力の確認に勤めたいんだけど?」

「~~~~っ!…分かったわチャンピオン。今日の所は見逃して上げましょう。その代わり、今日はチャンピオンのご飯が食べたいわ。用意してちょうだい」

「まぁ俺も戦闘よりは料理の方が気が楽だが、そんなに上等な物は出来ないよ。セラに作らせた方が良いんじゃないか?」

「セラの料理も美味しいのだけど、いつも同じ物ばかりで飽きちゃったわ。たまには別の物が食べたい」

「なるほどね。了解、頑張ってみる」

何とかここでのセイバーとアーチャーの脱落は阻止したが、これが吉と出るか凶とでるか…不安は尽きない。



「今、私何をしたかしら?」

アインツベルンの森の中を逃げていた私達。その歩を止めた私は誰に言うでもなく問いかけた。

「は?何を言っているんだ遠坂っ…」

シロウが戸惑いの声を上げるが、今はそれ所じゃない。

「今、私は何をしたのかと聞いたのよ、衛宮くん答えてっ!」

ちょっとヒステリー気味だった。いつも優雅たれと言う家訓を今は気にしている余裕は無い。

「何って…」

言いよどむ士郎に代わり答えたのはセイバーだ。

「凛は令呪を使ってアーチャーを遠坂の屋敷に返したようでした。確かにアーチャーは戦闘で消耗している。時間も稼げたのだから撤退させるのはうなずけます。…が」

「ええそうよ、セイバー。私はアーチャーをここで使い潰してでも時間をかせがせるつもりだった。つまり、私はアーチャーを撤退させる為に令呪を使うなんて事、有り得ないのよ」

「なっ!?」

私の言葉に息を詰まらせた士郎。まぁ、彼にしてみればサーヴァントでも戦って死ねと命令した私を非難したいのでしょうね。でも、助けてもらった手前できないだけ。

「はい、凛ならそうするでしょう。いや、撤退させるにしても此処に呼ぶはずだ。消耗していたとしても今の私よりは戦力になります」

「ええ。だから何でそんな事をしたのか私自身が納得出来ていない。でもねセイバー。私は私の意志でアーチャーを遠坂の家に飛ばしたの。これって、矛盾しているわよね?」

「はい」

そう、私は魔術師だし、あの場合の最善はアーチャーに時間稼ぎをさせている内に森を出るか、アーチャーを倒されたあとに追って来るであろうあの主従をどう迎え撃つかなはずだ。

まかり間違えても戦力になるアーチャーを一人で帰すなんて事は私ならば絶対にしない。

と言う事は…

「少しそこらで休んでいきましょう」

「遠坂っ、それは流石に…こうしている間にもイリヤ達が迫ってきているかもしれないじゃないかっ!少しでも距離を稼がないとヤバイっ」

「それは無いんじゃないかな」

「何でだよっ!?」

食って掛かってくる士郎。

「いい?私達は逃がされたのよ。ご丁寧にアーチャーまで無事に帰してくれるという施しまで受けてね」

「はぁ!?」

「いい?衛宮くん。私は誰かに暗示を掛けられたの。それこそ私自身が気がつかない内にね」

「どういう事だよ?」

「さあ?どう言うつもりで私達を逃がしたのかは知らないけれど、あのチャンピオンと言うサーヴァントにはまだ私達に脱落して欲しく無いみたいね。ほんの一瞬目を合わせただけでこんな高度な暗示を掛けてくるなんて…正体不明で姿が変わる不気味なサーヴァントだけど、それ以上に厄介だわ。もう私も士郎もチャンピオンの目の前には姿を現せない。ううん、現したら負けね」

「どうしてだ?」

「彼の暗示が強力だからよ。あたかも自分の意思で在るかのように自発的に行動させる。この私ですら操られてしまった。衛宮くん程度じゃそれこそ一発ね。…それも令呪の発動なんて事も誘導出来ているの。分かる?チャンピオンの前に出て、もし彼が令呪を持ってサーヴァントを自害させろと言われたら、おそらく私達は抗えない。令呪の縛りは絶対よ。幾らサーヴァントにとって不満が有る内容だとしてもサーヴァントは令呪の縛りに抗えない…と言う事はあの一戦目から私達を殺す気は無かったのでしょうね…」

本当にムカつくわ。

彼がその気なら私達は一瞬でリタイアしていたなんてね。

「そんな彼が私達を逃がしたのよ。イリヤスフィールが追うように言っても何とかしてくれるんじゃないかな。ううん、そもそも私達じゃ戦ったって勝てないんだからそれこそ急いで逃げる意味も無い。いくらセイバーが万全だとしても、私達が居たら終わり。追ってきているのなら向こうの方が足が速いはずだもの。絶対に追いつかれるわね。と、言うわけでゆっくり休んでから森を出ましょう。セイバーの体はまだ本調子じゃないんだしね」

「あ…う?」

理解の追いつかない士郎を措いて私はドカリと木を背もたれにして座り込んだ。

「凛。あなたはあのチャンピオンのサーヴァントに勝てると思いますか?」

「サーヴァントだけでチャンピオンを襲えば勝機があるかもね。操られる危険性がある私達は同行できない。マスターの援護は不可能だから令呪による支援は絶望的。そもそも対魔力の高いセイバーは大丈夫かもしれないけれど、アーチャーじゃ暗示をレジストできるか分からない。どうやって私を操ったのかはわからないけれど、シングルアクション…魔眼の類かもしれないわね…つまりそのそぶりすら見せずに相手を操る能力を持っていると言う事。そんな相手、どうやって勝てと言うの?そもそも接近戦ですらセイバー、あなたと互角に戦った相手よ?宝具の使用に不安の残る今のセイバーじゃ逆立ちしたって勝ち目は無いわ」

「そうですか…」

「とは言えそれはサーヴァントを狙った場合ね。マスターを狙うんだったらまだ可能性は有るわよ」

「それはダメだ。イリヤを殺すなんてのは絶対にダメだ。アイツはなんていうか…純粋で、まだ善悪の区別が付いて無いだけなんだ」

「だって」

「シロウ…ではどうやってチャンピオンを倒せば良いのでしょうか」

「うっ…それは後で考えるとして。イリヤを殺すってのだけは絶対に認めないからな」

はぁ…士郎のこの頑固な所は何とかならないものかな…

「まぁ、アーチャーに合流したらまた情報は増えると思うからこの問題はその時また考えましょう」

と言って話題を切り、沈黙が支配するなか休憩を取った後、私達はアインツベルンの森を出て行った。

 
 

 
後書き
聖杯戦争はきっと何もしなくても何処かで誰かが脱落するはず。別にアオ達が倒さなくてもソレが普通ですよねっ!と言う感じでライダーは退場しました。 

 

第八十九話

さて、セイバーとアーチャー、ついでに士郎と凛にご退場願ったアインツベルンの居城。

エントランスはもはや修復が困難なほどぐちゃぐちゃに破壊されている。

それをリズとセラに片付けを頼んだ後、イリヤとの約束通り夕飯をあつらえ、魔力が回復してきた所で現状確認だ。

壊されたエントランスに赴き、ある程度片付けられたそこでもったいないけれどカートリッジをロード。スサノオを行使する。

まず骨格が現れ、それが肉付くように女性の姿を形作り、その上に甲冑が現れた。

「それが本来のスサノオなのね。さっきのアレとは全然違うわ」

と、階段に腰掛けてみていたイリヤがそう感想を述べた。

瓢箪を振り、中から液体が飛び散るように一振りの剣が現れる。現れたそれを二、三回振っておかしな所が無いかを確かめてみたが、特に不具合も無い。

「どう?」

「特に問題は無いかな」

「本当に?」

「ああ」

と答えた俺にイリヤは「変なの~」と呟いていた。

さて、案件についてだが、何がきっかけであんな事になったのか。思い当たる節はイリヤを狙ったあの矢か。

あの矢を防ぎきれなければイリヤは死んでいた。それに反応するようにスサノオを変質させて現れた巨漢の男。…おそらく本来のバーサーカー。

そして俺をこの世界に招き寄せた張本人であろう。

魔力ももったいないのでこれ以上スサノオを維持する事はせずに消失させた。

「それを使っているとわたしの魔力を根こそぎ奪い取っていくのだけれど。それほどまでにそれの消費は大きいの?」

「カートリッジ無しだと俺の魔力は多い方だとしても溜めておいた魔力を3分で使い切るが自信がある。スサノオの維持だけでそれだ。他の大威力技との併用が普通だったけど今の俺じゃどちらかしか使えないだろうね」

「それじゃスサノオの全力戦闘は出来ないって事?」

「いや、カートリッジの予備はまだ有る。これが切れたらそれこそ戦えなくなるだろうけれど、この聖杯戦争中はおそらく大丈夫だろうよ」

「そ。それじゃ次はちゃんと倒してよね」

「了解した、マスター」

とは言え、士郎に対して後ろめたいのかただどういう顔で会いに行けばいいのか分からないのか。イリヤは数日アインツベルンの居城を出る事は無かった。

しかし、城から出なくても敵は向こうからやってくる。聖杯戦争の核を知っているものならばまず聖杯の器であるイリヤを確保しようと思うのは自明の理だろう。

日が沈み、そろそろ聖杯戦争が始まろうと言う時間。アインツベルンの結界を越えて進入してくる者の気配をイリヤが捉えた。

二人の人間がアインツベルンの城目指して居るとの事。

「誰であれ人の城に無断で入ってきたらそれなりのおもてなしはしてあげないとね。リン達みたいな事は二度としないわ」

と静かに宣言するイリヤ。

ドーンと城門をぶっ壊してその誰か達は城の中へと入ってきた。

エントランスの階段の上からやってきた侵入者を見下ろして優雅にイリヤが挨拶する。

「こんばんわ。招待した覚えは無いのだけれど、侵入者にもそれなりのおもてなしをさせていただくわ」

とスカートをつまんで軽く会釈して言い放ったイリヤのその態度が癪に障ったのか、眼下の金髪の男の背後が揺らめいたかと思うと、そこから何かが撃ち出され、飛んできた。

寸での所で俺はイリヤを抱きかかえ、床を蹴るとエントランスの下まで飛び降りた。

「黙れ人形風情が。王の前で上段に構えるなど無礼にもほどがあるわっ」

慇懃無礼な態度で殺気を飛ばし攻撃してきた彼は間違いなくサーヴァントだろう。

「うそ…あなたはだれ?わたしの知らないサーヴァントなんて…どういう事よ…」

イリヤは自身が聖杯の受け皿だ。今回の聖杯戦争で顕現したサーヴァントの統べては彼女には関わりとして感じられのかも知れない。しかし、目の前のサーヴァントはイリヤのあずかり知らぬ存在だと言う事だろう。

「アーチャー、こんな森の中までわざわざ来たんだけどさ、さっさと目的の物を回収して戻ろうよ。ここは寒くてかなわない」

ワカメのような髪がウニョウニョしている少年が大きな態度で言ってのける。

お前らが扉をぶち壊して入ってきたのが原因なのだが…

「ふむ、そうだな。こんな所は直ぐに立ち去るに限る。おいそこの人形。おとなしく(オレ)についてくるが良い。これは王の決定である」

「何いってんのー?あなたなんかについて行く訳無いじゃない。あなた頭おかしいんじゃない?」

余りにも自分勝手な物言いに、イリヤの態度も余り変わらないとは思うのだが、イリヤはきっぱりと断った。

「貴様…人形の癖に王の決定に逆らうのか?どうせ必要なのは聖杯の器だけだ、外装が傷つこうが構わん。人形、我に歯向かった事を後悔する事になるぞ」

「ふん。あなたなんかがチャンピオンに敵うわけ無いじゃない。やっちゃいなさいチャンピオン」

やっちゃいなさいと言われても…

「雑種が、王に逆らうか?面白い、我が財をその目に焼き付けて死ぬがいいっ」

アーチャーの背後に金色の円が浮かび上がるとそこから武器の類が鎌首をもたげるように此方へと向いていた。

金色のアーチャー。

こいつの情報も持っている。あの話の通りだと古代ウルクの王ギルガメッシュだろう。宝具は生前集めた自身の宝をその(ゲートオブバビロン)から撃ち出す殲滅兵器。

撃ち出されるそれは原点の宝具であり、内包された神秘は桁違い。

物量で攻める相手にイリヤを守りながらでは戦う事は一人では難しい。

ならばどうするか?

『私の助けは必要?』

と心の内から語られる声に耳を傾ける。

『必要だ。わるい、力を貸してくれ』

『アオの頼みだもの、当然よ』

頼もしい言葉だ。

俺は十字に印を組むと魔力を練り上げる。

「影分身の術」

ボワンと現れたのは俺の影…ではなく、影分身を利用して現れたソラだ。

アーチャーから数多くの武器が弓兵隊に放たれる矢の如く降り注ぐ。

「アンリミテッド・デクショナリー」

それをソラは右手を振りすると現れた大きな本。その中央に付随していた口が大きく開くと、放たれた武器を弾くのではなく何処に通じるかも分からない空間へと食わせていった。

『ロードカートリッジ』

ルナがカートリッジをロードして魔力を回復させる。

影分身で半分になっている魔力では心もとないのだろう。実際、ギルガメッシュの攻撃は苛烈さを増し、それはもう散弾銃のように撃ち続けている。

「雑種がっ!我が財を食らうと言うかっ!その行ない万死に値する」

と言いつつやめれば良いのに彼は撃ち出すのをやめない。無限に撃ち出される矢と無限に食らいつくす本はどちらが強いのか。

その隙に俺はイリヤを連れてエントランスを上がり退避し、射線上からそれるように身を隠した。

「二人同時に出れたのね、チャンピオン」

抱き上げてイリヤの身を守るために駆けたと言うのに彼女の言葉は冷ややかだ。

「あはは…まぁね」

「また違う人みたいだけど…そんな事より、分裂できるなら他の時もしなさいよっ!」

「とは言っても、これがそううまくはいかない」

「どういう事?」

「単純に分けたら分けた分だけ魔力が減る。今の俺は二分の一の魔力しか持ってない。俺達の強さは魔力にも依存している。その状態で分裂を繰り返せばどうなる?」

「剣を振る事も儘なら無い?」

「そう言う事」

とは言え、その足りなくなった魔力をカートリッジで補っているのだが、やはり二人以上に分裂するのは危険だろう。

戦いはギルガメッシュの攻撃をソラが受けていると言う構図のままこう着していた。

「おのれおのれおのれっ!」

余りにも自分の攻撃が効かない為か、癇癪を起こし始めるギルガメッシュ。

ギルガメッシュの背後の空間に波紋が広がり、その虚空に手を突っ込み一本の剣とは言えない形をした一振りの剣を取り出した。

「やばいな…あれは流石にソラでも吸い切れないかもしれない」

ギルガメッシュの持つ宝の中で秘宝中の秘宝。

対界宝具である『天地乖離する開闢の星』エヌマ・エリシュはその名の通り世界を切裂く宝具だ。

それ故、ソラのアンリミテッドディクショナリーが吸い込んだ先がどうなっているか俺達には分からないのだが、それが一つの世界なら、もしかしたら切裂かれてしまうかもしれない。

ギルガメッシュの投擲は今放たれているもののみで、その最後の射が終わるよりも速くギルガメッシュは右手に持ったエヌマ・エリシュに魔力を溜めている。

このタイミングなら撃ちだされた宝具がソラに着弾した後ではソラはあれの発動を邪魔できまい。

『アオっ!』

念話が俺に届く。

『分かっているっ!』

ソラの短い言葉に彼女がどうしたいのかを感じ取り、すぐさま応える。

ギルガメッシュは既に振りかぶり、真名の開放と共にその脅威を開放しようとしていた。

もう本当に時間は無い。

ソラが体勢を傾け、右手のルナを振り上げ、一歩前に足を踏み出したその瞬間、ソラの姿は消えていた。

「エヌマ…エリ…なにぃ!?」

振り上げたエヌマ・エリシュを振り下ろそうとした、正にその瞬間。ソラの体はギルガメッシュの至近に現れたかと思うと、振り上げたルナを振り下ろし、ギルガメッシュの右手ごと切り落とした。

どうしてソラが転移魔法陣も使わずに瞬間移動が出来たのか。

理由は俺がクロックマスターでソラの因果に介入し、駆けたと言う行動でギルガメッシュに接敵したと言う過程をすっ飛ばして結びつけたからだ。

他者の因果を操るのは自分や現象よりも大量に魔力を消費する為に、あまりやらないのだが、それでも決まればこう言った瞬間移動まがいの事も可能なのだ。

まぁ、事前に打ち合わせが無ければ難しいが、逆に言えば打ち合わせが出来れば割と容易に行える。そして瞬間移動したソラはギルガメッシュの宝具の解放前にその右手を切り落としたのだ。

が、しかし。不完全とは言え、発動しかかっていたその宝具は高まった魔力を発散させるべく、荒れ狂い、垂直方向へ半円を描くように飛ばされた軌道を沿うように発射され、アインツベルンの居城を横半分に切裂くように吹き飛ばした。

「きゃっ!」

閃光に目が眩みそうになるイリヤをその光と衝撃から守るように抱きしめ、耐える。

カランカランと言う音を立てて転がったエヌマ・エリシュをソラは拾い上げ、直ぐに再び現したアンリミテッドディショナリーに食わせ、その存在を消した。

「おのれっ!我が至宝、エアをよくもっ!」

ギルガメッシュは腕を切られたショックよりも自分の財を掠め取られた事に激怒しその痛みすら感じないほどのアドレナリンの分泌量凄まじいような鬼の形相で背後の空間から矢継ぎ早にまた刀剣の類を撃ち出している。

「おのれっおのれっおのれっおのれっおのれっっ!」

もはやそれしか語呂が無いのかと言う感想が浮かぶほどの連呼し、ソラを打ち倒そうとしているが、ソラのアンリミテッドディクショナリーを抜けない。

ギルガメッシュが武人であったなら、剣を振るうと言う選択肢があったなら、ソラのアンリミテッドディクショナリーを抜くのは容易だったかもしれない。

しかし、彼はアーチャー。彼は数多くの宝具の所有者かもしれないが、その使い手ではなかった。

故に戦いは射撃に特化する。その結果、ソラを傷つけることが叶わない。

「おのれっおのれっおのれっおのれっおのれっっ!」

ギルガメッシュの敵意はソラに向き、その他への警戒は怠っている。

仕掛けるなら今だ。

イリヤを離すと、そっと彼女から距離を取る。

「え?チャンピオン?」

どうしたのと言いたげな彼女の視線には応えずにカートリッジをロードする。

「ソル、カートリッジロード」

『ロードカートリッジ』

ガシュと薬きょうが排出し、体に魔力が充填される。

「スサノオっ」

今回は出てくれるなよと祈りながら最小のサイズでスサノオを顕現させる。

肋骨が俺の回を覆い、まるで蝶のさなぎの様。そこから右手のみを顕現させると瓢箪を振るい、そこから酒が飛び散るようにしぶきを上げて現れる十拳剣の刀身。

俺は二階の廊下から乗り出すようにエントランスを見下ろせるように落下防止の柵に足を掛け身を投げ出すと、力いっぱい柵を蹴った。

柵を蹴った俺の身は空中を浮遊する事も無く、クロックマスターで過程を省略し、一階に現れたと思った瞬間にはすでに背後からギルガメッシュをその刀で刺し貫いていた。

「なっ!?なにっ!?」

まさかの展開についていけず、何を言ってよいか分からないギルガメッシュを俺は酔夢の世界へと引きずり込む。

「ば、馬鹿なっ!この(オレ)が雑種如きに負けるだと!?ば、馬鹿なっ…」

とギルガメッシュは末期のセリフを叫びながらギルガメッシュは酒刈太刀に封印されていった。

「なっなんだよっ!そんなっ…あのクソ神父、話が違うじゃないかっ!」

突如うろたえの声を上げるのはギルガメッシュに付いて来ていたマスターと思われる少年だ。

ちらりとその少年に視線をやれば、がたがた震えながら後ずさり、逃げるチャンスを窺っているようだ。

殺しに来た奴を逃がしてやるほど優しいつもりは無いが、これほどまでに圧倒的な弱者を踏みにじるのは気分が悪い。

さて、どうするかと思案しながらソルを握ると、エントランスの二階から躍り出る影がある。

「まっ待ってくれっ!」

ガツンと音を立てて着地し、体勢を直すと、ギルガメッシュのマスターである少年の前に立ちふさがるそれは衛宮士郎だった。

「もう戦いは終わっただろう!?サーヴァントはあんた達が倒したんだ、こいつは魔術師では無いし、戦う力を持っていないんだ、だからっ」

士郎が後ろに少年を庇い、そう言い放った。

だから見逃せ、と?

コツコツと歩きながらソラもこちらに歩を進め、成り行きを見守っている。サーヴァントを連れていないとは言え、令呪が有るのなら瞬間移動による奇襲もあるかもしれない。

アインツベルンの城に他に二人の侵入者が居る事は円を広げた俺には分かっていた。しかし、そこのサーヴァントの気配はなかったためにギルガメッシュに集中していたのだ。

殺しに来ておいて負けたら見逃せと言うのは掛け金を踏み倒すようなものだ。殺しに来た時点で自分の命をベットしているはずだろう?

と思わなくも無い。が、黙ってイリヤの指示を仰ぐ。

コツンコツンと階段を下りてエントランスへと降り立つイリヤ。

「あら、お兄ちゃん。こんな夜更けに訪れてくれるなんて嬉しいわ。今日はセイバーは一緒じゃないのね」

「あ、…ああ。その事も有って少しイリヤと話をしようと思って来たんだ」

「ふーん。まぁお兄ちゃんのお話は聞いてあげても良いんだけど、そこを退いてくれる?後ろの彼を殺せないわ」

と、童女が歌うように軽々と後ろの少年を殺すと言ってのけたイリヤ。

「女の子が簡単に殺すとか言っちゃダメだ…いや、女だからダメって訳じゃなく、普通は人を殺しちゃいけないんだぞ」

「えー?でもお爺様が聖杯戦争はサーヴァントもマスターも殺すのがルールだって。あ、シロウは特別に生かしておいてあげるね。だけど、シロウは特別だとしても、そいつは殺すわ」

「ひっ…」

冷徹な顔で宣言されて少年は嗚咽を洩らす。

「そこに隠れているリンも出てきたらどうなの?アーチャーも居ないみたいだけど、サーヴァントも無しで攻め込んでくるなんてよっぽどの自信家なのねトオサカの家って」

隠れて潜んでいたのがバレて隠れている必要性を感じなくなったのだろう。凛は二階の物陰から此方が見下ろせる位置から姿を現し、重力軽減の魔術を掛けたあと、フワリとエントランスへと降り立った。

「あら、バレバレって訳ね」

と、ツカツカ歩きながら自然とそうは思わせないように歩き衛宮士郎と合流する。

バレてしまった手前、バラバラでいるよりは士郎の側の方がイリヤの士郎に対する好感から生き残れる可能性が高いと思ったのだろう。

「衛宮くん、世の中は普通等価交換なのよ。相手に何かして欲しかったら自分が出来るものを提供しなければいけないのが普通なの。誰かの為にと無償で動く貴方の方が異常なの。いい?それは理解しなさい」

「え?…うっ?」

凛が突然話の主導権を握ろうと加わってきた。まずは士郎にダメ出しし、現状を理解させようと言う事だろう。

「士郎はそこにいる間桐くんを逃がしたいそうよ。その為にイリヤスフィール、あなたは何を士郎がすれば間桐くんを逃がしてくれるのかしら?」

「そうね…シロウがわたしのサーヴァントになるって言うなら考えてあげてもいいわ」

「待て、イリヤ。それは以前断ったはずだ。他の事にしてくれないか?」

「えー、他の事って言われても、すぐになんか思いつかないわ」

話がまとまりそうに無い。

それを感じ取った凛が勝手に条件を提示する。

「そうね…一日、士郎を貸してあげるから、二人でデートしてきなさい。士郎、それくらいならあなたにも出来るわよね?」

「デート?…うん、面白そう。でも、ちゃんとレディのエスコートが出来るのかしらシロウは」

「なっ…」

既に纏りかけているような二人の会話に戸惑いを隠せない衛宮士郎。

「大丈夫よ、女の子の扱いは巧いもの。後輩をいつの間にかたぶらかして朝夕のご飯を作りに来させるくらいよ、女の扱いには長けてるはずよ」

「遠坂っ!誤解を招くような事を言うな。桜は手伝いをしに来ているだけであってそれ以上では無いんだからなっ!」

「そう?でも客観的に見るならそう見えるのよ。まあいいわ。士郎、それくらいで間桐くんを見逃してくれるかもしれないのよ?」

それを棒に振るつもり?と暗に言っている凛。

「うっ…分かった。イリヤ、聖杯戦争が終わったら一緒にデートに行こう。それで慎二の事は見逃してくれ」

「うーん、そうね。別にいいかな、デートってした事無いからシロウ、しっかりエスコートするのよ」

「ああ、任せてくれ。しっかり計画を立てさせてもらう」

戸惑っていたわりには決まってしまえば動じないようだ。

と言う会話をしている内に慎二と言われた少年はわき目も振らず駆け出すとアインツベルンの森へと消えた。

「逃げ足だけは速いわねあいつ」

と凛がため息をついて呆れている。

「それで?お兄ちゃんとリンは何の用事で此処にきたのかしら?もしかしてただのドロボーさん?だったら今度は逃さないわ」

「そんな訳あるかっ!」
「そんな訳無いでしょっ!」

あ、ハモった。

「今日はイリヤの力を貸して欲しくてお願いに来たんだ」

「お願い?」

「ああ。セイバーを助ける為に力を貸して欲しい」

一本目だと思っていたが、アーチャーを逃がした事で二本目になっていたのだろうか?

いや、決め付けはマズイだろう。未来は千差万別。これからどうなっていくのかは俺達の選択次第なのだから。

とりあえず、その内容を聞くことにしたイリヤは、比較的無事だった城の奥の方にある部屋に二人を案内する。

「あなた達は二人ともチャンピオンのサーヴァントね」

「さてね」

その道中に確認するように凛が問いかけるが、正直に答える義務は無い。

俺はソラと連れ立ってイリヤを守りながら移動した。

セラとリズが慌しくエヌマ・エリシュの衝撃によって散乱した調度品を片付け、比較的まともな一室に二人を案内する。一応…本当に一応の体裁を繕ってはいたが、先ほどの衝撃のものすごさから、この城での生活は不可能なまでに破壊されてしまっていた。

「何もおもてなしできないのは心苦しいのだけれど、先ほどのサーヴァントの所為だからしょうがない事よね」

そうイリヤが家主の礼をつくす。

「サーヴァント…サーヴァントは全部で7騎であるはず。私達は全てのサーヴァントを確認したわ。そこのチャンピオンが分裂するタイプだから断言は出来ないのかもしれないけど、チャンピオン達はどこか同じ雰囲気があるわね。アイツはそう言う雰囲気じゃなかった。全くのイレギュラーサーヴァントって事ね。…でもそれもあなた達に倒されたのだから特に問題は無いのでしょうけれど」

問題は何であの慎二が新しいサーヴァントを使役していたのかと言う事の方なのだろう。凛の思考が埋没しそうになったが、今は何をしに来たのかが先決だろうよ。

「それで?セイバーを助けて欲しいってどういう事?お兄ちゃん」

「あ、ああ。それはだな…」

と、それから士郎が語った内容を要約するとこうだ。

まず目的はセイバーの救出だと言う。

もちろんこれに手を貸す必要性を感じないが、キャスターのサーヴァントに連れ去られたらしい。それで重要に成るのがどうやってサーヴァントを連れ去ったのかと言う事だ。

そこで凛がカードを切ってくる。キャスターの真名と宝具の能力。そして、キャスターはセイバー、アーチャーを従えていると言う状況。

この二枚のカードをうまく使い、イリヤと協力出来ないかと持ち掛けたのだ。

「どう思う?チャンピオン」

と、イリヤはソラではなく俺に問い掛けたようだ。

「イリヤの好きにすると良い。が、そうだな…」

と言って俺は凛へと問いかける。

「目的はセイバーの救出だけか?アーチャーは?それとキャスターの討伐はどうする?」

「そうよ。あなた達にはおそらく障害になるアーチャーの排除をお願いするわ。キャスターの排除とセイバーの救出は私達がやる」

「倒してしまっても?」

「ええ、構わないわ…」

本当はどう思っているのかは分からないが、此処を間違う事はしないと言う凛はやはり魔術師なのだろう。

「依頼はセイバー奪還の為の障害であるアーチャーの排除。対価はキャスターの情報と運が良ければその排除と言う事で良いかしら」

「それで良いわ、リン」

と、魔術師二人が約定を交わす。

確かにサーヴァントを奪取されてしまうと言うこの聖杯戦争ではシステム的最強では無いかと思われる宝具の情報なのだから、それでトントンと言う事にしたのだろう。

あの映画ではキャスターを倒した後、裏切ったアーチャーと士郎がこの城で戦う事になる。

ギルガメッシュを倒す為には士郎のレベルアップも必要なのだろうが、既にギルガメッシュは倒している。彼のレベルアップは必要ないかもしれない。

極論、俺はイリヤが生き残り、平和に暮らせると言うのならその他がどうなっても構わない。ただ、聖杯が汚染されていた場合、生み出される地獄は止めざるを得ないだろう。イリヤを中心に生贄のような彼女を救うと言う命題は綱渡りの繰り返しで、選択肢を間違えればまず彼女の命は助からないだろう。

ギルガメッシュを封印した事に関しては、イリヤの管轄外の英霊だった為か、そこまで不審に思われていないが、彼女の内に倒したサーヴァントの魂が帰らないと言う事は俺への疑念になる。

後一回だけだ。きっと後一回しか酒刈太刀で誤魔化せまい。

彼女の体を維持するためには4騎を越えるサーヴァントは倒せない。すでに2騎、これから討伐に行く予定のキャスターで3騎、アーチャーが俺か士郎に倒される展開になって4騎、もうこれ以上の脱落はさせれない。

聖杯戦争もそろそろ終盤に差し掛かる頃だろう。キャスターの討伐以降は俺達の情報を越え、めまぐるしく終着へと向かうはずだ。

どうなるものか…不安は尽きない。 
 

 
後書き
ギルガメッシュは絶対にZEROの方が強いですよね…撃ち出した宝具の軌道を途中で変更するとか…ああいう使い方で攻めていけば士郎になんて絶対に負けなかっただろうに…今回もソラの鉄壁を攻略できたはずなのに…
慢心王は慢心さえなければ…しかし、やはり彼は慢心王でないとですしね。 

 

第九十話

深夜、俺達はキャスターが居ると言う言峰教会へと足を進めた。

城からはかなりの距離が有る為に、駐車場は破壊から免れていて無事だったロールスロイス・シルヴァーセラフを俺が運転、イリヤを助手席に座らせ、二人を後部座席へと座らせると目的地へと車を走らせた。

後部座席の二人はこんな高級外車は乗りなれないのか縮こまっていたが、まぁ分からなくは無い。

丘の上にひっそりと建つ教会は、夜の闇を纏い、神々しさよりも今は禍々しく感じられる。

車は往来の広間で降り、教会へ皆が無駄だろうに無言で音を立てずに進む。

打ち合わせはすでに終わっていた。

後は実行するだけだ。

前方に俺達に対峙するように紅い英霊が現れる。アーチャーだ。

「まったく、あの魔女の嗜虐趣味も大概にしてもらいたい所だ。あれほど私がセイバーに令呪を使い、チャンピオンのマスターを3人で狙えと念を押したというのに、中でお楽しみに耽るとはな…確かに、あの高潔なセイバーを汚してやるのは余程嗜虐心をそそるのだろうよ」

と呆れるようなポーズをしてみせるアーチャー。

その言葉にまだセイバーが完全にキャスターに支配されていないと安堵する士郎と凛の二人。

彼らの計画ではセイバーが敵の手に完全に落ちていたらマズイのだ。

「セイバーはどこに居るっ」

士郎がアーチャーに詰め寄る。

「教会の中だ。助けに行くのだろう?行きたければ行けば良いさ」

「なっ!?」

「私は見てのとおり、怖い奴の相手をしなくてはいけない身でね。君達の作戦通りなのだろうが、よくもチャンピオンを連れてこれたものだよ」

と何処か感心している様でもあった。

「行きましょう、衛宮くん」

凛が先にアーチャーの横を通り過ぎる。その表情は伺え知れないが、何かに耐えているようだった。

「あ、ああ…」

どうして良いか戸惑っていた士郎も、今はセイバーが大事と横を抜ける。

「全く凛にも困った物だな。せっかくキャスターから逃がしてやったと言うのに自分から戻ってくるとは」

どこか眩しそうにアーチャーが呟く。

「さて、門番を仰せつかったのでな。幾ら勝ち目が無いとは言えここを通す訳には行かない。すまんが付き合ってもらうぞ」

「あきれた。アレだけ痛めつけられてまだチャンピオンとやるつもりなの?いいわ、チャンピオン。やっちゃいなさい」

とアーチャーの挑戦を受けるイリヤ。

命令されては逆らい辛い。

「了解した、マスター」

俺は前に出てバリアジャケットを展開し、ソルを握るとイリヤを遠ざけただけじゃ安心できないので影分身をして現れたソラにイリヤを任せた。

「複数に分裂するサーヴァントか…だがその分その存在は劣化するはず…と言う事は」

まだ勝機が有ると思ったのか、黒塗りの洋弓を現し、矢を番えると、こちらを鋭く狙いを定めた。

『ロードカートリッジ』

減った分の魔力はカートリッジを二発ロードして賄うと準備は万全だ。

「行くぞ、チャンピオンっ」

アーチャーの宣言で戦いが始まる。

一射で幾条もの矢が撃ち出されたのでは無いかと思われるほどの速射技術で幾条もの矢が俺に向かって駆ける。

それも計算されたように打ち払っても回避しても俺を囲い込むような彼の射はまさにアーチャーの真髄と言う所だろう。

『ディフェンサー』

「くっ…」

避けるでも打ち払うでもなく、防御魔法で防がれた事で予定が狂ったのか、アーチャーの苦々しい呟きが聞こえた。

『アクセルシューター』

ガードした時にそのバリアを避けるように一度大きく外側へと誘導した後にアーチャーに6発のシューターが走る。

対魔力がCもあれば避けるまでも無い攻撃だが、アーチャーは対魔力が低いのか避けずに自分の矢を当てる事で相殺しようと撃ち出した。しかし、こちらは誘導弾。六個のうち四個は打ち落とされたが残りの二つがアーチャーを襲う。

「ちぃっ!」

ゴロリと転がってその二つを回避すると、更に二射打ち出してアクセルシューターを全て相殺し、更に二射を此方に放ちバリアでけん制させるとすぐさま駆け、射では対抗できないと悟ったのか、その手にはいつの間にか白と黒の夫婦剣が握られていた。

アーチャーは素早く俺の側面へと回り込むと、バリアの横から俺へと迫る。

「はっ!」

二本の剣が走る。それをソルで受けると甲高い剣戟の音が響き渡った。

キィンキィンと甲高い音を鳴らしてまるで剣舞のように打ち合う俺とアーチャー。

すでに幾つ彼の剣をその手から弾き飛ばしただろうか。その度に彼の手には虚空に新しい剣が現れ握られている。

投影魔術。武器の複製に特化した彼には魔力が続く限りその武装に上限は無いのだろう。

魔力によるブーストで筋力、耐久、敏捷のステータスにプラス補正が乗っている俺と、素のステータスのままのアーチャーとでは地力が違う。

アーチャーのクラスは基本的に宝具特化のサーヴァント特性を持つ者が多く、目の前の彼もその基本に漏れていない。

そもそもが剣を主体とするクラスではないのだから時間と共に俺が押し始めるのは自明の理だ。

だが、アーチャーは押されながら何かを歌うように呟いている。

剣と剣がぶつかる剣戟の音に阻まれて聞こえないが、彼の口はしっかりと何かを呟いていた。

「“―――unlimited blade works.”」

打ち合いから逃れるように距離を開けたアーチャーが呟いた最後の言葉。その言葉だけは耳に残り、その瞬間、世界が一変した。

何処までも続く赤色の荒野。空には製鉄所を思わせるような歯車が回り、地面には墓標のように数え切れないほどの名剣、魔剣が突き刺さっていた。

アーチャーの切り札。固有結界・無限の剣製である。

「え?うそ…これって固有結界じゃないっ!どうして弓兵であるアーチャーがこんな物を…」

魔術の心得のあるイリヤが驚愕に染まる。

すっと指揮者のように手を上げたアーチャー。その指揮に従う様に無数の剣は地面から解き放たれ、空中に静止すると、此方に刃先を向け、指揮者の合図を待っている。

「剣技は君の方が優れているだろう。魔術の扱いも私とは天と地ほどの差が有る。防御も堅牢で並大抵の攻撃では抜けないだろう。…しかし、この無限の剣に貫かれて果たして無事で居られるか?」

アーチャーの手が振り下ろされると、待ってましたとばかりに剣が射出される。

いつかのギルガメッシュのような攻撃だが、すでに存在する分その展開速度が段違いに速い。

すぐさま地面を蹴って射線上から離れると今まで居た所へ無数の剣が突き刺さる。

逃げる先にも剣は雨のように弾幕の雨を降らせ続ける。イリヤとソラを見れば、アンリミテッドディクショナリーを盾に飛んで来る宝具を飲み込んで耐えているのが見えた。

アーチャーも先ずは俺のほうを優先するようで、イリヤ達へはけん制程度だ。

逃げる俺に、アーチャーは一部の隙も無いように大量の剣を降らせる。

正面から来る剣の嵐を前に、追い込まれてしまった俺。だが…

『あたしが変わります』

身の内から声が掛かるや否や俺はすぐさま体の制御権を手放した。

そして軽やかな声でこの歯車が軋みを上げる紅い荒野を塗り替える魔法の言葉が紡がれる。

『ゲームマスター(理不尽な世界)』



いつか金色のアーチャーの攻撃を防いだようにわたしを担ぎ上げたチャンピオンの女性は大きな口の付いた本で大量に降ってくる宝具の数々を飲み込んでいく。

前の時も思ったけれど、この口の中は何処に繋がっているのだろう?

こちらはけん制程度しか襲われていないが、いつもの彼の方には大量の宝具が宙を駆け襲い掛かっているのが横目に見える。

彼はそれを何とか避けているが、流石にあの物量だ、いくら彼でも心配になる。

そんな時、いつもの様にまた彼の姿が変わる。

銀色だった彼の鎧は真紅の竜鎧へと変わっていた。

彼と交代した彼女は現れるや否や迫り来る無数の剣の嵐の前にいきなり黒い城壁のような物を現した。

ドドドーンと言う音を立ててアーチャーが撃ち出した無数の剣はその城壁を粉砕するべく殺到するが、その城壁はビクともしない。それどころか…

『Immortal Object (破壊不能オブジェクト)』

着弾した城壁に何やら奇妙な画像が空中に浮き上がり、何かを警告しているようにも見える。

「破壊不能?」

その文字が示すかのように現れた城壁はアーチャーの攻撃で微塵の揺るぎも無く無数の剣を跳ね返し続けている。

「と言うより…」

あの彼女を中心として、円を描く様に紅い荒野の剣の墓標のような世界が変貌し、石畳がしかれ、振り返れば大きな黒い城が見えている。

アーチャーの固有結界内を侵食するかのように彼女はそこに新しい世界を描き出している。

これはアーチャーの固有結界に自分の固有結界をぶつけて相殺させている?

二つの世界の境界線がはっきりと見て取れる。

「なっ!?まさか私の固有結界内で新しく現実を侵食していくだと…っ」

アーチャーもまさか固有結界内で新しい世界を創造されるとは思わなかったのだろう。動揺が窺える。

あー…、うん。その動揺は分かるよ…

自分の奥の手が同種の様な能力で封じられているんだものね…もう驚きを通り越してチャンピオンの理不尽さには呆れるわ。

矛と盾の矛盾の実戦ははてさてどちらに軍配が上がるのか。

今の所アーチャーの攻撃で城壁が破られる気配は無い。それどころか広がるチャンピオンの石畳がアーチャーの世界をじわじわと侵食していく。

「くっ…」

不利を悟ったアーチャーからくぐもった声が漏れたかと思うと、アーチャーは投影されている宝具を一斉に爆発させ、城壁の破壊を目論んだ。

閃光が辺りを包み、一瞬わたしはその視界を奪われる。

閃光が止むと、城壁は健在であったが、見渡す限りの紅い荒野の世界は消えていた。

「な、何?」

次いで石畳の世界も薄れて行き、夜の教会へと戻ると、いつの間にか男の姿に戻ったチャンピオンがわたしの側へと駆けつけてきていたようだ。

さて、それは良いのだけれど、アーチャーは何処に行ったのか。辺りを見渡したが彼の姿はなくなっていた。

「アーチャーは?」

と、わたしはチャンピオンに問いかける。

「教会の中だ。逃げられたな」

「なっ、逃げた?追いかけなさい、チャンピオン」

「…了解」

わたしの命令で男のチャンピオンは今わたしを抱きかかえている彼女に護衛を任せると教会へと駆けて行った。

先行した彼を見送るともう一人のチャンピオンにも命令する。

「わたし達も行くわよ」

「…わかった」

短く了解の声を上げた彼女に連れられてわたしも教会の中へと移動したのだった。




中に入るのとアーチャーの気配が遠ざかっていくのは同時だった。

それでも現場で何があったのか確かめるべく教会の奥へと進めば、立ち尽くしている士郎とセイバーの姿があり、一人の成人男性が槍で貫かれでもしたのか出血多量で死んでいるだけで、アーチャーはもちろんキャスターと凛の姿も無かった。

どうやらキャスターは討たれたらしい。

「なっ!?チャンピオンっ!」

セイバーが俺の姿を見て直ぐに士郎を庇うように剣を向けた。

「待て、セイバー。チャンピオンは俺達を助けてくれたんだ。今は敵じゃないよ」

それでも剣を下ろさないセイバーの選択は正しい。

確かにアーチャーの討伐と言う役割は果たしていないが、同盟はセイバーの救出、キャスターの討伐までだ。

その二つが達せられた以上、サーヴァントとマスターは聖杯戦争では倒すべき敵であろう。

一触即発と言う時、上からソラを伴って階段を下りてくるイリヤの姿があった。

「あら、凛は何処へ行ったのかしら?それとアーチャーも」

「な、サーヴァント…それにどこと無く意匠が似ている防具は…シロウ、あれもチャンピオンのサーヴァントなのですか?」

「あ、ああ。チャンピオンは分身できる能力を持っているようだ」

「なるほど。確かに分身する宝具をもつサーヴァントは以前にも居ました」

それだけ言うとセイバーは納得したようだが、さらに警戒レベルを上げた。

「それで、お兄ちゃん。アーチャーとリンは何処に居るのかしら?」

「アーチャーの奴は遠坂を攫ってアインツベルンの城へと逃げた。あいつはどうしても俺を殺したいようだった。遠坂は人質として連れて行かれただけだ」

「は?なんでアーチャーはそんな事を?」

イリヤの疑問に答えるように口を挟んだのはセイバーだ。

「わかりません。彼がなんであのような暴挙に出たのか…」

「いや、俺は何となく分かる。だから、これは俺がやらなければならない事だ」

「意味が分からないんだけど…いくらボロボロだとしてもわたしの城を勝手に使われていい気はしないわ」

士郎の自分だけが感じる何かは他者にはわからず、それとは関係なくイリヤが憤慨する。

イリヤはここでセイバーを仕留めると言う事はせずに、まずは自分の居城に立てこもる不届き者を成敗するべく振り返った。

「待ってくれ。城へ帰るなら俺達も連れて行ってくれ」

俺と彼らは敵同士だと言うのに、自分がやらなくてはと言う自己中心的な何かが彼を突き動かしているのだろう。

一時的には協力したとしても大局的には敵であるマスターにそのような事を言うとは…

イリヤは少し考えた後答えた。

「いいわ、シロウ。丁度乗ってきた車もあるし、シロウが来るって言うなら乗せていってあげる」

「イリヤスフィール、私も同乗させていただきたいのですが」

シロウは連れて行く、でもセイバーは連れて行くとは言っていない。これで当然のように同乗しようとしたらそれは常識を疑う。

「いいわ。セイバーも特別に乗せていってあげる。ただし、道中の戦闘は禁止よ」

「はい。心得ています」

と言ったセイバーは先ずは信頼を示さなければと武装を解いた。

それを見て俺も警戒レベルを下げソラの影分身を解いた。


夢を見ている。

またチャンピオンの夢だ。

アインツベルンの居城へと戻る道すがら、エンジン音すらしないシルヴァーセラフの乗り心地はは最高で、ついうとうとしてしまったのだ。

その夢で彼は自分の能力の全てを失って焦っていた。

魔術も忍術も使えないそこはおかしな法則が支配する剣の世界。…ううん、これはゲームの中だ。

ただ、何処までもリアルで、現代日本では起こりえないほどに人の命が簡単に消えていく悪魔のゲームだ。

彼はやはりそこでもめげずに戦い抜いていく。生き残ると言う思いが彼を動かしているのだろう。

彼は何処までも自分の身を守る為に動いている。力をつけようとしたのもその為だ。

弱ければ奪われる。そんな原初の常識を彼はその世界の誰よりも理解していたのだ。

戦って、戦って…この世界の彼…いや、彼に限らず、この世界に巻き込まれた人は戦う事が日常であり、戦わない者は搾取されていた。

この世界からの脱出を目指して何人がその命を失っただろう。

ある日、その世界の人々から活気が消えた。なにか大きな不安が人々へと浸透したのだろう。

彼は、その世界で出会った変わった人柄の人たちと、その空気を変えるために映画を作り始めた。

ぼうっと眺めていた私はハッとして目の前のそれを見る。

映画の内容は奇伝ファンタジー。

七人のマスターが七騎のサーヴァントを駆って戦い抜くバトルロワイヤル。

聖杯戦争。

物語の視点はシロウで、彼がセイバーを召喚し聖杯戦争に巻き込まれて行く。

あ、あれは…わたし?

現れた茶色の髪の少女だが、その衣装はわたしが身につけているものに似ていた。

彼女が使役するのは銀色の騎士…では無く、大柄の男だった。

ギリシャの大英雄、ヘラクレスだと、そのわたしの役の少女は言う。

ゲームシステムの派手な演出もあり、バーサーカーのクラスで呼び出されたヘラクレスは天下無双の怪力で暴れ周り、セイバーを追い込む。

しかし…セイバーを倒す寸前にシロウが庇いに入り、自分が大怪我を負った。

なに…それ。

と、わたしも、わたし役の彼女も呟く。

訳が分からないと言う感じで、止めをさせたのに振り返り、彼女は去っていった。

大怪我を負ったシロウはいつの間にか治ったらしい。

不死の呪いでも掛けてあるかのような治癒速度だった。

物語は進む。

わたしに誘拐されたシロウを助けにやってきたセイバー達はアーチャーを囮に逃げる。

これはわたしも記憶しているが、アーチャーを倒し、追い詰めたはずのセイバーに逆にバーサーカーは倒されてしまった。

それでわたしの聖杯戦争は終わり。

後は聖杯の器としての役割だけ。

結局最後は攫われたわたしは小聖杯として起動し、辺りに厄災を振りまいた。

そう、厄災だ。

聖杯が汚れている?

この世全ての悪と言われるアンリ・マユの影響を受けてそれは汚染されていて、聖杯はすでに辺りを呪うだけのものに成っていた。

それをどうにかする為に現れるシロウとセイバーを待ち構えるのは監督役の神父と金色のサーヴァント…ギルガメッシュ。

この二人を打倒し、小聖杯として起動するわたしをシロウが助け出した後、セイバーが聖杯によって現れた災厄を振りまく孔をエクスカリバーで破壊して聖杯戦争は終了した。

これが聖杯戦争の結末。

いや、一つの顛末だった。

もう一つ、彼らは物語を作り始める。

主人公は変わらないし、その、聖杯を破壊すると言う結末は変わらない。しかしその過程が違うIFの物語だ。

その物語でのわたしはもっと酷かった。

アインツベルンの城を襲いに来たギルガメッシュにより目を潰され、その後に聖杯であるわたしの心臓を抜き取られて絶命してしまった。

最強を誇るバーサーカーはギルガメッシュの宝具の前になす術も無く12の命を奪い尽くされた。

その結末にわたしはぞっとする。

あんな結末は嫌だ…わたしは生きていたい。

たとえそれほど長く生きられなかったとしても、それでもわたしは生きたい。

映像を見終わったわたしは、いつの間にか高い山々の頂に居た。

そこには彼の姿は無く私以外誰も居ない。

いや、わたしの後ろに一人大柄の男が控えていた。

この山は彼の原風景なのだろう。

風が吹く。

その風に誘われるようにわたしは後ろを振り返った。

「ヘラクレスね。…本来わたしが召喚するはずだったギリシャの大英雄」

バーサーカーのクラスで召喚された彼は本来なら言葉を交わすほどの知能など持ち合わせては居ないだろう。

しかし、今の彼は穏やかな表情を浮かべている。

「ああ」

「あなたがあのチャンピオンをわたしに遣わせたの?」

「呼ばれた時に偶然彼らが通りかかったのだ。通りかかった彼らを私が強引に掴み、サーヴァントの殻に押し留めた。結局バーサーカーと言うクラスには押し留められぬ存在であったがゆえ狂化は免れたようだが」

「でもそれもおかしいわ。だってチャンピオンはクラススキルを全て持って現れた。であるならば、狂化も持ち合わせてなければおかしい」

「それは私が引き受ける事で彼から奪った。狂化などせずとも彼らは強いだろう」

奪ったと言う割には話が出来るのは此処が彼の心情世界だからだろうか。

「ええ。ギルガメッシュを倒した今、チャンピオンが倒せないサーヴァントは居ないわ」

「ああ。そうだな」

「だけど…ねぇ、あれを見せたのはあなた?」

あの映画を。

「いや、私ではない。が、驚いている。このままではイリヤは…」

「ええ、災厄をばら撒く器になってしまうわね」

「………」

わたしが軽口のように言うとヘラクレスは黙ってしまった。

「どうして彼がこんな物を作っている記憶があるのか、それはわたしにも分からない。だけど、この世界がそうとは限らないわ」

平行世界の運営と言う魔法で考えれば、あの映画が二本作られたように、そうでない結果の世界も有るのだから。

「続けるのか、聖杯戦争を」

「ええ、まだどうなるか分からないし、それがわたしの…ううん、アインツベルンの女の役目だもの」

お母様だってその運命に準じた。汚染されていると言う証拠がまだ無い以上私達は止められない。

そう言えば、とわたしは気になった事をヘラクレスに聞いてみる。

「あなたがわたしの召喚に応じてくれたのは何故?サーヴァントは少なからず聖杯に叶えて欲しい願望があるもの。…チャンピオンは事故みたいなものだから自分の望みは無いって言っていたけれど、あなたは?」

「わたしの目的はイリヤを守る事だ。君が聖杯戦争を生き残り、幸せになってくれればそれ以上の望みは持ち合わせていない」

「ふーん」

「それもおそらく叶う。チャンピオンがうまくやるだろう。私の望みは叶った…」

と囁くとヘラクレスは霞となって消え、この高原の風景も消え去った。

そろそろ起きる時間だ。

…起きた私はいつもどおりに出来るだろうか。

それほどまでに今日得た情報はわたしを動揺させる。

でも、きっと大丈夫。

むんっと力を入れると意識が覚醒し始めた。



さて、キャスターの討伐が終わったと言うのに、アーチャーの暴挙により俺達は教会を出てUターン。直ぐにアインツベルンの居城へと戻る事になった。

ロールスロイスを走らせ、破壊されたアインツベルンの城へと戻るとエントランスの上から赤い外套を翻しながら降りてくる赤い弓兵の姿があった。

「おいっ、遠坂は無事なのだろうなっ!」

いきなりケンカ腰に士郎がアーチャーを問い詰める。

「奥に転がして有る。まったく、一人で来ると言う機転を利かせて欲しい物だ。セイバーにチャンピオンまでも引き連れてくるとは…いや、ここは彼女達の居城なのだから当然と言えば当然だが」

「リズとセラはどうしたの?」

士郎の問いをはぐらかしたアーチャーにイリヤがさらに問い詰める。

「ふむ…あのホムンクルス二人は凛と同様屋敷の奥に監禁している。助けに行っても良いが、俺とそいつの戦いは邪魔しないで貰おう」

自分の問いには答えられなかったが、今の答で凛の所在を知った士郎がセイバーに言う。

「セイバー…わるい、遠坂を助けに行ってもらえないか?」

「なっ?シロウ、あなたは一人でアーチャーと戦うつもりですかっ」

「ああ。あいつは俺が倒す。セイバーは手を出さないでくれ」

「くっ…しかしっ!」

「セイバーのマスターは今は遠坂だろう。マスターの命を優先すべきだ。俺は大丈夫だから。あいつを倒し、後から行くから先に行っててくれ」

「くっ…ご武運を」

と言うとサーヴァントの役割を果たすべくアーチャーの横を素通りし、凛の救出へと向かう。

「君達はどうするのだね?私としてはセイバーに付いて行ってもらいたいのだが」

邪魔をするなとアーチャーは言っているのだろう。

「そうね、邪魔にならないように見ているわ。あなたの正体はなんとなく分かるもの」

「…そうか。…すまないな、イリヤ」

「いいえ、弟の面倒を見るのはいつも姉の役目だもの。仕方ないわ」

「はは…そうか」

アーチャーは何が嬉しいのか笑って見せた後、獰猛な視線を士郎に送った。

俺は邪魔になら無いようにとイリヤを抱えて二階へと移動し、見下ろす形で観戦する。

戦いは無骨な剣と剣のぶつかり合いだ。

英霊エミヤ。それがアーチャーの真名。

衛宮士郎の未来の可能性。

自分をすり減らすまでに狂信的に人々を救った彼の最後の願い。

その全てを否定して、自分による自分の殺害。それによる抑止力からの脱却だ。

しかし、それはいかなる事をしてもこの世界の法則で生きている彼らには抜け出せない。

一度迎え入れられたその魂は二度と開放される事はないのだから。

だからソレはただの八つ当たりにも等しく、彼の癇癪を士郎は自分のことのように感じ、しかしそれでも否定する。

最後は士郎の我がアーチャーを圧倒し、彼の剣に刺し貫かれてアーチャーは消えていった。

過去の自分から、自身の回答を貰って。

コツコツと音を立てて凛がエントランスへと階段を下ってくる。その脇にはセイバーが従っていた。

「アーチャーは…」

呟いた凛に答えたのは士郎だ。

「行ったよ。…大丈夫だ。あいつはあいつなりの答えを得たようだったから」

「そう…」

互いに多くは語らない。だが、それでも十分だったのだろう。

凛はしばらく現状を受け止める事に時間を使うと、此方に向かって視線を上げた。

「確か、同盟はキャスターとアーチャーを倒すまでだったわね。…どうする?ここでもう一戦やる?」

「なっ…遠坂っ!」

好戦的な凛を諌めようとする士郎だが、ここは凛が正しい。

彼女は正確に自分の立場を確認し、どうするのかを此方に委ねたのだ。

出来ればここで戦いたくないのだろうが、それは弱みであり、付け込まれる要素だ。

「いいわ。今日は見逃してあげる。チャンピオンも消耗しているしね」

「はっ、よく言うわよ。彼ならば後10戦しても消耗とは無縁でしょうに」

と言い返す凛だが、実際は10戦は出来ない。カートリッジに限りがあるからだ。

凛も無限では無いと思っているだろうが、その可能性を捨てきれないのだろう。

「帰りは送らないわ。せいぜい歩いて帰るのね」

「ええ、ええ。送ってもらわなくても結構よ。行きましょうセイバー、衛宮くん」

「あ、ああ…」
「はっはい…」

有無を言わせない遠坂の一喝で正面玄関から去っていく3人を見送った後、俺達は結局途方に暮れる。

「そう言えば、お城は破壊されたままだったわ…さすがにこれほどの破壊を元に戻すのは不可能だし…」

と言ったイリヤは何の気なしに俺に聞く。

「ねぇ、チャンピオンの魔術で直らないかしら?わたしは暖炉の無い部屋で寝る事はイヤよ」

イヤよと言われても…

「出来なくは無いよ」

「それじゃあ…」

「とは言え、大量の魔力を消費する。これほどの物だ、カートリッジの一本は覚悟してくれ」

「うっ…残りは何本なの?」

「21本だ」

何だかんだで20本以上はすでに使っているのだ。無駄遣いは…

「ならまだ大丈夫ね」

無駄遣いはしたく無いが…マスターの命令なら仕方ない。

カートリッジをロードしてクロックマスターを行使。城の破壊前まで時間を戻した。

「わ、一瞬で元通り。どうやったの?」

「時間を戻しただけだ」

「さらっと言ってのけるけど、それを触媒も陣も使わずに出来るあたりチャンピオンは異常よね。まぁ今日は寝室が元に戻ったのだから気にしない事にするわ」

と言うと、奥から現れたリズとセラを連れてイリヤは寝室へと戻った。

今日は本当に慌しい日だった。一日で二戦もするとは今まで無かったのではないか?

疲れたと俺は霊体化し、疲れを癒すのだった。
 

 

第九十一話

残りのサーヴァントは3騎。聖杯戦争も大詰めを迎えた今日この頃。

今日は昼間から車を走らせて冬木の住宅街へとやってきていた。

武家屋敷風の塀の前に駐車すると、後部座席のイリヤを降ろす。

「ふーん、ここがキリツグが住んでいた家か…魔術的な守りはほとんど無いわ。侵入者に対する警報くらいかしら」

と呟いたイリヤは少し感慨深げに門をくぐる。

鍵はどう言う訳か開いていた。

一歩その家に踏み入れた瞬間、疾風のように現れた完全武装のセイバー。

「イリヤスフィールにチャンピオン…今ここで決着を付けようというのですか」

「えー?真昼間から聖杯戦争はやらないんだよ」

「では何をしに来たと言うのです」

「それは…」

と、その時。後ろから駆けつける士郎と凛の姿があった。

「っ…セイバーっ!」

「シロウ、下がって」

「一体誰よ、こんな真昼間からっ」

シロウは心配そうな声を上げ、凛は悪態を付いている。

「なんだ、イリヤか」

「なんだじゃないでしょっ!良い、今は聖杯戦争中なの。敵のマスターがサーヴァントを引き連れてやってきたのよ」

「そうかもしれないけど。イリヤにその気は無いみたいだぞ」

「へ?」

士郎に諭されて再び此方へと注視する凛とセイバー。

そこにはけしかけるつもりが無いのか、ほわんとただ立っているイリヤの姿があった。

「今日は何の用なんだ?イリヤ」

「そうね。特に用があった訳じゃないけど、シロウとデートする約束があったから、今日行こうと思って」

「まてイリヤ、それは聖杯戦争が終わった後の話だろう」

「そうだったかしら?忘れちゃったわ。でもそうだったとしても聖杯戦争が終了するまでシロウが生きているって保障も無いのだから、対価は今のうちに貰っておかないとね」

「なっ…」

なるほど。

約束は確かに聖杯戦争後だった。しかし、聖杯戦闘は基本が殺し合いだ。だったら確かに支払いが出来なくなる事も十分に考えられる。

「良いじゃない。二人でデートして来れば」

「リン、良いのですか?」

「あの子に敵意は無いみたいだし、良い?分かっていると思うけれど、チャンピオンが居るのにマスターが対面している状況ではすでに私たちに勝ち目は無いの」

「それはリンの所為でしょう」

「うっ…まぁ確かにもう少し注意深く行動するべきだったわ…反省」

セイバーに言われて凛がシュンとうなだれるが、直ぐに復活したようだ。

「まぁ、こんな真昼間から事を荒立てるようなマスターはもう居ないでしょう。ランサーとそのマスターは聖杯戦争のルールを良く分かっている奴みたいだし、人の大勢居る所は安全だと思うわ」

「ですが…」

「ともかく、士郎も魔術師の端くれなら等価交換の約束はちゃんと履行しなさい。これは師としての命令」

「遠坂……わかったよ。でも急に言われてもデートのプランなんて立てられないぞ、俺」

「そんなのは別にいいよ。シロウが連れてってくれる所ならどこでも」

と、イリヤ。

「そうか?なら安心か。あんまり期待しすぎないでくれ。俺だって誰かとデートした事が有るというわけじゃないんだから」

「そうなんだ。シロウは女の子の扱いは上手だと思っていたのだけど」

「ずぶの素人だ」

「そっか。じゃあお互い初めて同士だね」

「ああ。お手柔らかにたのむ」

そんな感じで二人のデートは決まったようだ。

簡単な準備を済ませるとイリヤと士郎は出発するようだ。

「チャンピオンはここに残ってて」

「なっ!?それではイリヤを守れない」

食って掛かる俺。当然霊体化してついていくつもりだったのだ。

「だめ、これは命令よ。イヤなら令呪を使うわ」

「くっ…しかしなぜだイリヤ」

「多分これが最善だと思うから」

何が最善なのかは問い詰めても答えてくれない。まぁ、令呪で呼べばイリヤの側へと瞬間移動は出来るだろうから、ランサーに会ったら絶対に呼ぶ事と念を押すとしぶしぶと引き下がった。

仲の良い姉弟のような二人が坂を下っていくのを見送る。

「中に戻りましょう、セイバー。チャンピオンもどう?お茶くらい出すわ」

「リン、良いのですか?」

「良いんじゃない?イリヤもチャンピオンも此方に対してこれっぽっちも敵意なんて感じないのはセイバー、あなたが一番分かっているでしょう」

「ええ…まぁ」

しぶしぶと頷くセイバー。

「まぁ待機を命じられてすることも無い。お茶で時間を潰しているか」

相手のマスターとサーヴァントからも敵意が無くなったので、奇妙だがお茶に呼ばれることにした。

衛宮邸の屋敷は平屋の一軒立ての脇に廊下が繋がるように離れが立っている。

通されたのは畳張りの居間。

座布団に座ると正面にセイバーが構える。少しすると凛が茶器を持って現れた。

香るのはそこそこの値段であろう紅茶の香りだ。

カチャリと俺の前にカップを置く。

「ごめんなさい。この家は紅茶に合うお茶請けのストックは無いのよね」

無いのなら日本茶にでもすればよい物を、英霊が西洋の者だと思っている彼女の失態か。

一口飲むと、確かに何か甘いものが欲しくなる。

「ソル」

『プットアウト』

ソルから現れたのは小袋ほどの包みだ。それを取り、家主代理の凛へと渡す。

「悪いが、これを出してくれないか?」

「いいけれど。これは?」

「ただのクッキーだ」

何だろう。微妙な顔をされた。

一度厨房に引くと、凛はお皿にクッキーを盛り付けて帰ってきた。

「いただいても良いのかしら?」

「紅茶をご馳走になっているのはこっちだしね」

「それじゃ遠慮なく」

毒を混ぜているとは考えないのだろうな。どうやら彼女は以前俺が彼女を操ったと言う事に気がついているようだった。ならば警戒しても無駄と開き直っているのだろう。

「あ、美味しい…」

「ふむ。確かに美味だ。これは何処の銘柄ですか?」

「いや、俺が作った。そんな上等な物は使っていないただのクッキーだよ」

「なっ…」

あ、凛もセイバーも変な顔でフリーズしている。

「まぁ英霊とは言え、生前は人間として生活していたのだから料理くらい出来る英霊が居ても当然か…」

と、言いつつも二枚目に手を伸ばす凛。

「うぅ…うまいわ。…はぁ、またこれであなたが何処の英雄か、全く分からなくなったわ。幾人もに分裂し、剣技巧みな上に、お菓子作りの上手な英雄なんて聞いた事が無い」

そりゃそうだ。

「そもそも、俺は英霊になった覚えも無い。俺の正体を考える事ほどに無駄な事は無いだろうさ」

「え?じゃああなたはただの人間霊だと言うの?それだけの戦闘能力を有しておいて?まったく説得力がないわね」

「この世界の常識を俺に押し付けられても困る」

あ、しまった。つい必要ない言葉を返してしまった。

「この世界の常識…もしかしてそう言う事?」

その問いには俺は答えない。

「リン、何か分かったのですか?」

「あー…言っても良いかしら?」

凛が俺に断りを入れる。

「さて、あなたの想像の話を止める気は無いよ」

「そう…それじゃ」

と言葉を続ける凛。

「考えられる可能性としては平行世界からの召喚と言う事かしら。これならば確かにあなたの正体は考えるだけ無駄。だって、この世界には足跡一つないのだから」

「は?」

「平行世界の証明は我が大師、キシュア・ゼルレッチが証明しているから不思議な事は無い。もし、この世界から遠い所…それこそ神代の時代以前から大きく分かたれた世界が有ったとしたら?それは私達では想像も出来ない世界になっているかもしれない。世界はそれこそ数える事すらバカらしくなるほど有るのだし、一般人が等しく英霊以上の力を持っているなんて世界があると言う可能性を否定は出来ないのよ」

「なっ!?」

余りにも突飛な見解にセイバーが口ごもる。

「どうやってそんな世界の魂を英霊として引っ張ってきたのかは分からないけれど、イリヤスフィールは凄い者を呼び寄せたみたいね。それも複数人も…」

「くっ…だが、戦闘は戦ってみなければ分かりません」

「そうね。今のセイバーなら善戦できるかもしれない。まぁ頑張りましょう」

敵のサーヴァントを前に言う言葉ではないね。

「いずれ私と雌雄を決する時がくるでしょう。それが聖杯を前にした最後の戦いであればと思います」

「別に俺は聖杯は要らないのだけれどね」

「なっ!?ならばどうしてあなたはイリヤスフィールの呼びかけに答えたのです」

「それは俺にも分からない」

おそらく何かがあったはずなのだが…

とりあえず、それ以上は魔術的な話は無く、テレビを見ながらイリヤが帰って来るのを待った。

時間はまだ夕暮れには早い時間だった。

急に霊ラインを通してマスターの危機を感じたかと思うと、行き成りイリヤとの繋がりがあやふやになる。

行き成り立ち上がった俺にセイバーと凛が警戒し、問い掛けてきた。

「どうしたの?…いえ、サーヴァントが焦る事は一つね。イリヤスフィールに何か有ったのね?」

それに答えてよいか逡巡するが、今の態度でバレバレだろう。だが、今はそれどころじゃない。

『ロードカートリッジ』

ガシュッと薬きょうが排出され魔力が充填される。

庭へと移動すると俺は大規模なサーチの術式を立ち上げ、大量のサーチャーを放つ。

「令呪による呼び出しは無いのですか!?」

「セイバー、呼び出されたのならチャンピオンは直ぐに飛んで行っているはずでしょう。それでなくてもマスターの位置は霊ラインを通して何となく感じるものだから、こちらからも向かえるはず。なのに一向に出て行こうとしないと言う事は…」

「イリヤとの繋がりが曖昧になっている」

そう、答える。

「なっ!シロウは無事なのか!?」

「落ち着きなさいセイバー」

「リン、これが落ち着いて居られる訳が無い。直ぐにでも探しに行かないと」

「だから落ち着きなさいって。それはもうチャンピオンがやっているわ」

はっとセイバーをようやく俺が何をしているのかに思い至ったようだ。

「見たことも無い魔術だけど、大規模な探索の術式でしょうね。チャンピオン、まずは新都の方を探してみて。デートと言うのならそちらに行った可能性の方が高いわ」

言われずとも分かっている。

『ロードカートリッジ』

またも魔力の充填。そのペースは明らかに速い。

それも仕方が無い。戦闘を行わなければ一週間は現界を続けられる単独行動Aを持っていようが、大規模魔術に分類されているこのワイドエリアサーチは消費がバカ高い。それなのに今の俺はイリヤからの魔力供給までもが曖昧になってしまい消費が莫大になっていることだろう。

「士郎は居たな。新都へと繋がる橋の近くの公園だ…」

「シロウは無事なのですか?」

セイバーが真剣な表情で問う。

「外傷は見当たらない。気絶させられているだけだろう」

「イリヤスフィールは?」

凛がそう問い掛けた。

「見当たらない…」

「そう…セイバー、すぐに士郎を連れてきて。少しでも情報が欲しいわ」

「では凛も一緒に」

「私の足ではあなたの足手まといにしかならないもの」

「チャンピオンの前に一人では置いておけません」

「いいから行くっ!」

凛に激昂され逡巡するセイバー。

「いや、いい。俺が士郎を転送した方が早い」

「なっ!こんな大規模魔術を使ってなお転移魔術まで…あなた…」

魔力は大丈夫なの?と言いたげだ。

「問題は無い」

『ロードカートリッジ』

サーチャーで位置を特定しているので遠距離から転移魔法を行使。彼をこの屋敷へと転移させる。

「シロウっ!大丈夫ですか」

そう駆け寄るセイバーに彼の事は任せて俺はイリヤの捜索を続ける。

ぐっとセイバーは士郎に当身を食らわせて気付けをすると、若干のうめき声を上げた後士郎は気がついたようだ。

「よかった士郎。無事ですね」

「セイ…バー…ここ…は?」

「ここはあなたの屋敷です」

意識がまだ霞むのか、返答もしっかりしないが、それも一瞬。すぐに血相を変えたように叫ぶ。

「そうだ、イリヤがっ!…イリヤはどこだっ!」

「それはこっちが聞きたいわね衛宮くん。気絶させられていたようだけど、一体何が有ったの?」

そう冷静に凛が士郎に問い掛けた。

「それは…」

話を聞けば、デートの終わりごろに橋の袂の公園へと寄ったらしい。

そこで他愛の無い話をしていた所、ランサーが行き成り士郎の背後に現れ、槍を突きつけたらしい。

冬の公園、時間も夕方になれば人の通りはほとんど無かったという。

彼の目的はイリヤの誘拐…いや、聖杯の確保だったのだろう。

士郎を人質に取られたイリヤは士郎の命と引き換えに自らランサーへと降った。

後は後ろから衝撃が走り気を失ったから分からないと士郎は言う。

疑問なのはどうしてイリヤが自ら降ったという情報と、何故俺を呼ばないのかと言う事だ。

意識があれば俺を呼べる。令呪があれば何処からでも駆けつけられるというのに…

そのイリヤはまだ見つからない。

新都をくまなく探したが見つからず、すでに何処かへと連れ去られてしまったようだ。

七発。カートリッジを消費した所で見つからない事を受け入れた。

彼女を攫ったのなら何かアクションが有るはずだ。

それに賭けるしかもう方法は無かった。

それと、おそらくだが、イリヤの居るであろう場所にも見当が付く。

円蔵山。ここが今回の聖杯戦争の終着の場所だ。

聖杯を降臨させるにはもってこいの霊地なのだろう。

「どう?イリヤスフィールの居所は分かったのかしら?」

凛が作業を止めた俺に問い掛けた。

「いいや、見つからなかった」

「なっ…それじゃどうするんだよっ!手がかり無しじゃ探しようがない…」

俺の言葉で勝手に憤っている士郎。

「そう…何か手がかりになりそうな物は無いの?」

「何処にもイリヤの気配がしないと言うことが分かった事は収穫だ」

「それの何処が収穫だよっ」

凛の質問に答えると士郎が吠えた。

「この冬木の街で俺の力が及ばない地域が幾つか有る。何処にも感じられないと言う事は、逆に言えばその何処かに居ると言う事だ」

冬木を出ていない限りだが、それでもこの時期に聖杯の器を攫ったのだから近くに潜んでいるはずだ。

「そう。それでその場所は何処なの?」

「一番近くで可能性が高いのは円蔵山の柳洞寺だろう。あそこはどうにも俺達の力を弾く仕掛けがあるらしく探れて居ない。他にもあるが、あそこは飛びっきりの霊地なのだろう?だったら聖杯降臨の為にその場所を押さえるはずだ」

「まって、確かにあの場所は堕ちた霊脈だとセイバーから聞いたし、確かに聖杯降臨の儀式は行える。でも、それとイリヤスフィールを攫った事に関係が見当たらないのだけれど」

これは言っていいものなのか少し考える。とは言え、イリヤの救出、これがおそらくこの聖杯戦争の最後の戦いになるだろうと直感が告げている。

カンピオーネになって以降、こう言った直感は鋭くなっているために自分でも軽視できないのだ。

ならば、彼らの協力が必要だろう。

「イリヤは聖杯の器そのものだ。彼女の内に聖杯は有り、彼女が居なければ聖杯は顕現しない」

「なっ!?」

これに驚いたのは士郎とセイバー。凛に至ってはなるほどと頷いている。

「聖杯の器を作るのはアインツベルンですもの。敵のマスターに渡さない為には形あるそれを人の中に隠したのも頷ける」

魔術師が何を考えているのかなんて俺にはわからないが、事実はイリヤ自身が聖杯であると言う事だけだ。

「まって、それじゃ私達が聖杯を手にするためにはまずイリヤスフィールの確保…救出が先決と言う事ね」

「なるほど。これでイリヤスフィールの救出の理由が出来ました」

命令を待つセイバー。

攫われたイリヤを何処かで心配しているのだろうが、今回は明快な理由が出来た。イリヤを助け出す事が聖杯を手にすると言う事なのだから。

「そうね。そう言えばチャンピオン、あなたは余裕そうにしているけれど、マスターからの魔力供給なしでどれくらい現界出来るの?」

そう凛が問いかけて来た。

「単独行動Aを持っているから、戦闘をしないのであれば一週間は現界できるだろう。…しかし、戦闘となれば話は別だ」

「そうね。あなたってすごく燃費が悪そうだものね」

確認を終えると作戦会議。

凛と士郎が付いていく、来るなで多少もめたが、ある意味エゴの塊である士郎は譲らず。結局皆で円蔵山へと向かう事になった。

作戦はサーヴァントである俺とセイバーは正面からしか入れないと言う場所なので山門を潜り中へ、途中ランサーの妨害があるだろうが、二対一で素早く倒す、もしくは一人で相手をしてもう一人は先行してイリヤを救出する。士郎と凛は山道以外のわき道から柳洞寺へと入り、隙あらばイリヤを救助するというプランだ。

ロールスロイスを飛ばして円蔵山へと向かう。

山道の前の路上に赤い槍を構えた蒼い槍兵を見て取って車を降りた。

「此処は通すなと言うマスターからの言いつけでな。今日は本気で行かせて貰うぜ」

二対一なのに威勢の良い事を言うランサー。

ランサーが居るという時点でここにイリヤが居ると決定したようのものだろう。

「チャンピオン、此処は私にお任せください。あなたはイリヤスフィールを」

「分かった」

「おいおい、俺は誰も通さねぇって言ってんだぜ」

とは言え、俺は今回は余裕は無い。此処での戦闘はセイバーに任せる。

「通れるものなら通ってみろっ!」

吠えるランサーだが、俺は一歩踏み出すとすでに山道を登っていた。クロックマスターで過程を省略させたのだ。

「なっ!?消えただとっ!?」

山道の下で階段を上る俺を見てその紅い魔槍を投げようとするランサーに向かってセイバーが仕掛ける。

「あなたの相手は私だっランサー」

「ちっ…」

キィンキィンという剣戟の音が遠ざかってく。目の前にはいつか来た山門が見えてくる。

その山門を越えるとそこには待ち構えていたかのように現れた金色の鎧を着たサーヴァントが居た。

「待ちかねたぞ雑種。お前に切られたこの腕を直すのには少し苦労したが…その苦労もお前の苦痛に歪む表情が慰めてくれるだろう」

唯我独尊を貫くこのサーヴァントは俺が封印したはずのギルガメッシュだった。

何故?と思う。

確かにスサノオで封印したはずだ。だが、俺自身は封印の有無を確かめる術は無い。アノ瞬間、令呪を使いギルガメッシュを転移させていたとしたら、確かに目の前にギルガメッシュが居る事にはなんの不都合もないか。

「屈辱のお返しは高くつくぞ、雑種っ」

ギルガメッシュの背後から現れる無数の刀剣。

左手に持ったソルを握り締める。

『ロードカートリッジ』

薬きょうが排出され魔力が充填される。

それを使って四肢を強化し、ソルを構えた。

手前のギルガメッシュは卓越した剣技の持ち主ではないだろう。それはあの宝具の山を振るわない事で証明されている。

彼の強みはその宝具の乱射にある。物量と高威力攻撃でもって相手を殲滅するタイプなのだ。

逆に剣の打ち合いでは他の英霊に一歩劣るし、ギルガメッシュ自身も好まないようだ。

ならば付け込むならばそこだろう。

すぐさま二発目のカートリッジをロードする。

「シルバーアーム・ザ・リッパー」

鋼鉄の神すら切裂く輝く腕を行使する。それは右手に持ったソルの刀身を覆い、彼女に全てを断ち斬る権能をもたらせる。

パチンと指を鳴らすと、それが合図であったようで、背後の無数の刀剣が撃ち出される。

撃ちだされたそれは夜空に振る流星のように輝き、地面へと向かって走り、俺へとその刃を向けた。

全力戦闘はこれで最後だろうが、もしかしたら聖杯を破壊する事も考えなくてはならず、カートリッジは最低でも6本は残したい。

既に二本消費している。此処で使えるのはあと6本と言う所だろう。

撃ちだされたギルガメッシュの攻撃を俺はバックステップで距離を取り、それでも狙って撃ち出されるそれをソルで弾き飛ばす。

着地して踏み出すと、それを原因に結果を操り、過程を省略する。

「御神流・射抜(いぬき)

御神流の中で最長の射程を持つ突き技は、俺の能力も加味されて一瞬でギルガメッシュの眼前へと現れる必殺の一撃へと昇華していた。

「なっ!?」

戸惑いの声を上げるギルガメッシュ。

勝負は実力が拮抗していても、戦い方の違う相手との交戦はほんの一瞬だった。

両者とも防御し辛い必殺技の撃ち合いなのだ。一撃決めた方が勝つのは自明の理だろう。

果たして俺の握ったソルはギルガメッシュを貫き、その権能によってギルガメッシュは切裂かれた。

これが卓越した戦闘技術を持ち合わせた武人であったなら、きっと一瞬で目の前に現れようと反応して見せ、俺の攻撃を防いだだろう。

此処に来てギルガメッシュの敗因は近接戦闘の嗜みが至高の域では無かった事か。結果、今度こそギルガメッシュは滅ぼされ、霞となって消えていった。

イリヤのもつ聖杯へと吸収されるのだろうが、周りを漂うこの濃厚な負の魔力は既に聖杯降臨が始まっている。ここに来ては封印も意味を成さなかっただろう。

俺は素早く地面を蹴ると、柳洞寺の裏手へと周り、イリヤを助けるべく駆けた。

裏手に回って見えて物は、黒幕である言峰綺礼と戦う士郎と凛。それと聖杯として起動し、汚泥を排出し続けるイリヤの姿だ。

「くっ…やはりこうなってしまったか」

こうならないように頑張ってきたのだが、起動してしまってはサーヴァントであり霊体である俺ではイリヤに近づけない。

イリヤから溢れる汚泥に触れた瞬間、剥き出しの魂は闇に食われ、正気を失ってしまうだろう。そして永遠に囚われてしまうかもしれない。

それは死よりもなお恐ろしい物に思えた。

汚泥はイリヤの心臓から流れている。彼女を助ける為に彼女に触れると言う事はその汚泥を浴びると言う事だ。

その事実に俺の足は止る。どうしてもイリヤを助けには行けなかった。

ならば先ず言峰を倒した後に生身の凛と士郎にイリヤを助けてもらえばよいのだろう。

問題はイリヤがあの汚泥にどれくらい耐えられるかと言うところだが…

まず言峰を倒す。それが最善であろうと一端イリヤの救出を諦めた俺の内から凶暴に猛る声が響き渡る。

『■■■■■■■■■■------っ』

それは俺の持つ魔力の殆どを吸い上げると、俺の身の内より抜け出して実体化した。

実体化したそれはいつかの大男。バーサーカーだ。

実体化した彼はドスンドスンと音が聞こえるような踏み出しで汚泥の中に進み、その汚泥に汚染されながらもなお凄まじい精神力で克服し汚泥の中を進む。

「■■■■■■■------っ」

イリヤを助ける。その一心のみを支えとして汚泥を書き進んだ彼はついにイリヤを救出し、彼女を俺目掛けて投げてよこした。

「わっととと…」

彼女の覆っていた汚泥に肌が焼けるが、少量のそれは俺の対魔力の前に散っていく。これほど少なくても俺の魂を傷付けられている。あの汚泥を直にあびたバーサーカーがどうなるかは分かりきった事だろう。

彼の元々浅黒かったその肌はいまは何ものをも汚す黒に変色している。

「バーサーカーっ!…あなたがわたしを助けてくれたの?」

意識を取り戻したイリヤが目の前の巨漢に声を掛けた。

しかし、それに答える声を彼は持っていない。狂化のクラスの縛りでまともな会話は望めなかった。

しかし、彼の目が、彼の意思を物語っているようだった。

自分ごとこの聖杯で出来た孔を破壊しろ、と。

そしてイリヤを頼む、とも。

「なっ…これが聖杯ですか」

それぞれ言峰とランサーを打ち倒したのか、凛と士郎がセイバーを連れて汚泥の側までやってきた。

「セイバー…」

セイバーが求めていた物の実態がこんな物であった事に士郎はなんと言っていいか分からない。

「そうみたいね…これがこの冬木の聖杯の中身。聖杯は汚染されていたようね。…ねえ、セイバー。わたしはこれをこの世に解き放つ事はこの地をあずかるセカンドオーナーとして…ううん、一人の人間として許さない。あなたがアレを望むとしても令呪をつかってアレを破壊させるわ」

リンがはっきりとアレを破壊すると決めた。

「いいえ、リン。アレは私が求めていた物ではない。アレは破壊すべき物だ。聖杯はまた次のチャンスがあるでしょう。リン、令呪を。いくら私でも令呪のバックアップ無しにはアレは破壊できない」

「チャンピオンもお願い。あのままではバーサーカーが望まぬ破壊をもたらしてしまう。その前に彼を座に戻してあげて」

イリヤに懇願された俺はそれに頷く。

『ロードカートリッジ』

ガシュガシュガシュガシュと残ったカートリッジをフルロード。

『ディバインバスター』

ありったけの魔力を込めた上にヒュンヒュンと辺りの魔力も食らい尽くしていく。

突き出した左手の先に銀色の輝きがあらわれる。

セイバーを見れば、彼女の持つ宝具、エクスカリバーがその姿を見せ、振り上げた剣が辺りの魔力を吸っている。それは黄金の輝きだ。

俺もセイバーもどうやらチャージは済んだらしい。あとは真名の開放と共に撃ち出すだけだ。

「ディバイーン」
「エクス…」

「バスターーーーっ!」
「カリバーーーーーっ!」

銀と金の閃光がバーサーカーを飲み込み、後ろの孔を跡形も無く吹き飛ばした。

その輝きは朝日が昇らぬ前に一瞬冬木市を明るく染めたほどだった。

二騎のサーヴァントの必殺技を受け、この世界に出現した聖杯は完膚なきまでに破壊され、こうして聖杯戦争は幕を閉じる。

聖杯を得られなかったセイバーは次の戦場に向かい、俺もカートリッジと体内魔力の全てを使い切ったために現界はそろそろ難しい。

単独行動Aのお陰かまだ現界できているが、それも時間の問題だろう。

「いっちゃうの?チャンピオン…」

「ああ。
イリヤを守る。それが俺に課せられた呪いだったからね。最後はちょっとミスしたけど、イリヤを守り、聖杯戦争を終えた。もうここに留まる理由も無いだろう」

「まだ不十分よ。わたしはまだあなたに守ってもらわないと生きていけない。知ってる?魔術師の世界は結構黒いのよ。このままだと聖杯であったわたしは何処かの研究所に連れて行かれるかもしれないわ。アインツベルンが守ってくれるなんてのも期待できない。あそこは暗くて寒い所だもの。そこに住んでいる人たちの心も凍っているわ」

映画だけじゃ分からない世界の情勢の話か。そう言われれば確かにそうなのかもしれない。利己的な考えで聖杯戦争なんて物をやってのける魔術師達だ。聖杯の器であったイリヤの存在は目の前にぶら下がったにんじんだろうし、アインツベルンでもそれは同じ。このままでは彼女に明るい未来は無い。

強い力を…それこそ魔術師など一蹴できる奴が彼女を庇護しなければ彼女の安全は保障されない。だが…

「ねぇ、チャンピオン。わたしと契約して。後数年わたしを守ってくれるだけでいいの。それ以上はどうせ…」

どうせ、何だろう?何が言いたいんだ?

「どうしても俺達が必要?」

「うん…どうしても必要だわ」

数年など今までの生きた時間に比べればほんの一瞬。

俺は自身の内に居る彼女達に問いかける。

どうする?と。

すると満場一致で「是」と返って来た。

ならば少しくらいの寄り道は良いだろう。彼女が自立できるその日まで彼女の側に居てあげるくらいなら。

「君が俺を必要としなくなる時までは君の側で守ってやろう」

「…ありがとう、チャンピオン」

差し出した俺の手をイリヤは握り、霊ラインが繋がる。

そして新しい契約がなされ、もう少し俺はこの世界に留まる事になったのだった。
 
 

 
後書き
とりあえず今回でstay night編は終了です。とは言ってもまだしばらくFate編は続くのですが…聖杯戦争のサーヴァントは自分たちが何もしなくても勝手にぶつかって倒れていくものですよね。全てを主人公が倒すなんて事はなかなか難しいでしょう。そう言うわけで、後半は勝手に消えていった感じですね。 

 

第九十二話

 
前書き
今回からfate/zero編になります。いつものように時間移動についてはスルーの方向でお願いします。 

 
さて、聖杯戦争が終わり、あの冬の城へと戻る事を拒否したイリヤのもとに、彼らの差し向けた刺客がそれはもう、ゴキブリの如く来るわ来るわ…

一向に減らない刺客に流石の俺もギブアップ。いちいち相手なんてしてられない。

面倒になったので、陣地作成スキルをフル活用してアインツベルンの森を魔改造。侵入者は決して入って来れないほどの魔窟へと改造しましたよ。

最初からこれをすれば聖杯戦争ではもっと楽が出来たのではないかと思ったが、あれ以上ベターな終わりは期待できなかったから良しとしよう。

魔術教会や聖堂協会への対応はパイプの無い俺達では来た者を排除する他には手は無いが、抗魔力Aを持ち、基本的に魔術の効かないサーヴァントが居るのだからその内諦めるだろう。

一番気を使うのはイリヤが外出する時だが、その時はプライベートには目を瞑って俺が霊体化して付いていく事を了承してもらっている。

そうでなければ、すぐにイリヤは連れ去られてしまうだろう。

聖杯戦争が終わっても現界しているサーヴァントが居ると言うのが逆に危険を高めているが、それでもソレが抑止力になるまでの我慢だ。

イリヤと遠坂凛は馴れ合いはしないが、まともに魔術の話が出来る知人としてそれなりに付き合いが出来ているようだ。

彼女の家系が追い求める第二魔法への足がかりにと割と頻繁に城に来るし、何か広い場所が必要な時などはこの城で実験をしている。

今日も何かの実験をしに凛はこの城に来ていた。

なにやら大掛かりな機材を持ち込んだ凛。

多少危ない事にはなるかもしれないが、いざと言うときに此処が一番被害を軽減できる。イリヤも何かと協力してその実験は開始された。

良く分からないが、それは第二魔法の何かの実験だったのだろう。

万全を期した実験も、なぜか彼女がするとここぞと言うときにポカをする。それは遠坂家に伝わる呪いだとか。

ほんの極小の孔を世界に開ける実験だったらしい。

なるほど、それ自体は俺もやった事がある。しかし、まだ制御が未熟な術式だった為か暴走してしまった。

「ちょっちょちょっ!何よっ…これはどうしたらっ…」

凛の持った宝石で出来た剣が輝き城を閃光で埋め尽くす。

「リン、これはもう…どうにもなら無いレベルね」

何やら諦めてしまっているイリヤ。

「って、諦めちゃだめでしょっ!」

凛が吠える。それはそうだろう。

「チャンピオン何とかしてーっ!」

こらっ凛!お前が何とかしろよ。魔術師ではない俺を頼るな。

「とは言っても、既に無理だな。術式の破壊は出来るが、開いた孔を塞ぐ事は出来ない。頑張って制御してくれ。その間に俺はイリヤを連れて逃げる」

「なっ!待ちなさいよねっ!いいわ、こうなったら道連れよっ」

自棄になった凛はイリヤの方まで走り寄る。

「こっち、来ないでよリンっ!」

「いやーーーーーーっ!」

「こら、最後まで制御を諦めるなっ!」

混乱がその場を支配して、閃光が俺達を包み込むと、孔は掃除機の如く辺りの空気を吸い込み始めた。

か弱い女の足ではその強風に抗うことは出来ずにその孔に吸い込まれる。

「きゃーーーーっ」
「ひぃーーーーっ…」

「っイリヤ」

二人を抱きとめることには成功したが、すでにその孔の吸引力は俺でも抗いづらく、その孔へと俺達は飲まれて消えた。

もう少し保てば孔も消えたのか、それとも中に俺達が入ったことで消えたのか。振り返ったそこにはすでに孔らしい物は存在しなかった。

咄嗟の事だったが、このような事態には悲しい事に慣れている。

周囲の風を操って球状に纏わせて置いた。これでしばらくはこの未知の空間でも生きていられるだろう。

「ここはどこ!?」

イリヤが問うが、さて何処だろうか。なんか見たことが有るような空間だね。…って言うかいつものだね。

「え?世界の境界?もしかして私根源への扉を開いちゃった?」

根源がどんな物か分からないが、多分違うね。

「そんなんじゃ無いと思うよ」

「じゃあ何なのよっ」

「時空間トンネル、ワームホールとかそんな感じの何かだろう。前にも潜った事が何度か有る」

「へ?時空間…それって…第五魔法?」

「時間旅行ね。もしわたし達が無事に生きて現実世界に出られたらそうかもしれないってだけの話だわ」

諦めの境地でイリヤが言う。

「そうね…この空間に出口が有ればの話よね…って、もっと慌てなさいよイリヤスフィール」

「慌てた所で事態は好転しないもの」

「そうかもしれないけれど…」

「ねぇ、チャンピオン。あなたならこの空間から抜け出す事は出来るかしら?以前通ったことがあるのよね?」

イリヤが問いかける。

「まぁ、何度かね」

「その時はどうしたのよ」

凛がようやく落ち着きを取り戻したのか幾分か冷静さを取り戻して聞いた。

「偶々見つけた亀裂に滑り込んだ」

「それで?」

「滑り込んだ先は正に異世界。人間が生きていける環境だった事は幸いしたな。宇宙空間とかだったら流石に死んでいる」

俺の返答を聞いて二人の表情が沈んだ。

「何とかできる?」

何をどうすれば良いのか。しかし…

「何とかせねば成るまい」

そう言うと俺は勇者の道具袋をまず取り出し、そこからリスキーダイスを取り出した。

「それは?」

「サイコロ?そんなものでこの状況がどうにかなる訳っ!?」

「リン、うるさい。チャンピオンが何の理由もなしにただのサイコロなんて出すわけ無いじゃない」

うっ…と押し黙る凛。

俺は魔法で球形のバリアを作り出すと、上部だけを穴を開け、そこへそのリスキーダイスを投げ入れた。

「何の目がでたの?」

「どれどれ、って大吉?大吉ってなによっ!このサイコロバカにしてんじゃないの?目が全部大吉じゃない…あ、いや一面だけ大凶があるわね」

憤りながらサイコロを摘み上げた凛がそう指摘した。

「良かった。運は向いてきたぞ」

「そりゃそうでしょうよ、これだけ大吉が有るのだから大凶が出る方が難しいわよっ」

うがーと吠える凛。

「それでそのサイコロの意味はなんな訳?」

「簡単だ。このサイコロは自分の運気を上げる。大吉を出せば賭け事で負ける事は無いだろうな」

「なっ…それじゃ賭け事なんてボロ勝ちじゃない…それはどんな宝具なのよっ!…ああ、いいえ、そう言う事ね」

「どういう事?リン」

「良い?世界は等価交換なの。このサイコロを振って幸運を味方につけた分だけ、大凶を引いたときの厄災はでかくなるんじゃないかしら。ねぇ?」

「そう言う事だ。大凶が出たときには今までの幸運の分だけの厄災が訪れる。最悪死ぬかもしれないな」

だが、これからやる事に対しては絶大な運が必要だ。

「さて、幸運も味方につけたことだし…やりますか」

「やるって何を?」

右手に待機状態から解除したソルを持ち、カートリッジをロードする。

『ロードカートリッジ』

ガシュガシュガシュとフルロード。

薬きょうが6発排出され、この身に魔力が充実する。

「シルバーアーム・ザ・リッパー」

俺の右手が銀色に輝きソルをも包み込み、全てを切裂く権能を与える。

「チャンピオン、それは?」

「ヌアダの輝く右腕。全てを切裂く権能を俺に与えてくれている」

「なっ!?ヌアダですって?ダーナ神属のっ!?」

凛が自分の常識外の事に驚いて悲鳴を上げた。だが、今はそれに構っている暇は無い。

さらに俺はソルに自分の因果を操る能力を付加し、即席に時空間を切り裂く神剣を作り上げた。

「それでどうするの?」

「全てを切裂く能力に、時間の概念を付加させた。今のこれなら時空間を裂く事も可能だろう」

「なっ!?」

凛の驚きの声はもう聞き飽きた。とりあえず今はそれよりも…

「二人とも、俺にしっかり捉っていろ。空間を切裂いて脱出するよ」

「う、うん」

イリヤは直ぐに掴った。

「で、でも切裂いた先が人が生きていける世界だと言う保障は無いのよね?」

「そこでさっきのサイコロだ。運がよければ人が住める世界に出るだろう」

「運って…あー、もうっ!今はそれしか無いわね」

そう言った凛はようやく踏ん切りをつけたようだ。

二人が俺に掴った事を確認すると俺は右手を垂直に振り下ろし、この空間を切裂いた。

切られた空間は俺達を放り出すとすぐさま癒着し、消えてなくなる。

放り出された俺達は石造りの床の上に着地した。

イリヤと凛が離れたところで俺は大量の魔力行使の反動で膝を着く。

「くっ…」

「大丈夫?チャンピオン」

「大丈夫だ。問題は無いよ」

ソルを腰の鞘へと戻すと辺りを確認する。

その間もソルが環境データを観測し、この風の結界を解いても俺達が生存可能かどうか調べ上げる。

結論は可。それを聞いてようやく俺は風の結界を解除した。

「ここは…イリヤスフィールの城?」

辺りの視界に映った物を見た凛が言った。

「え?あ、本当だ…でも、少しちがう?」

イリヤも確認するが、どうやら此処は先ほどまで居た場所と造りが似ている。が、しかし、良く見れば調度品の類の相異が目に付く。

「少し、調べてみよう」

と俺は提案し、不慮の事態を避けるために皆一緒に行動する。

まずはエントランスを出て外へ。それからもう一度中に入り内部を捜索する。

やはり似ているが、先ほどまで居た城ではない。生活感が欠けている。

しかし、どうやらここはアインツベルンの聖杯戦争における居城で間違いないようだ。

日付を確認できるようなものはこの城には無かった為に日の高いうちに森を出てみる事にしたが、この城から一番近い国道へと出たのは良いが、こんな僻地にはあまり車は通らない。

「冬木市へ行こうにもタクシーは愚か車一台通らないってどういう事よっ!」

うがーと吠える凛。何かに当たりたいだけだろう。

「もう直ぐ日が暮れるわ。そうなったらチャンピオンに運んでもらいましょう」

「運んでもらうってどうやってよ…」

「ふふっ…リン、楽しみにしておきなさい。めったに出来ない経験をさせてあげるわ」

と俺よりもイリヤが優越感に浸っているのは何故だろうか…まぁマスターだから良いのだけれど…

日が落ちるまで結局車一台通らず、辺りは暗闇に包まれたころ、俺達は闇夜を舞っていた。

「チャンピオン、もっとスピードあげなさいっ」

「はいはい」

お嬢様のリクエストに応えて翼をはためかせると、夜風を切裂き飛行する銀の竜。

ドラゴンに変身した俺だ。

変身した俺に二人を乗せて冬木市の郊外へと向かっているわけだが、背中に乗っているはずの凛の反応が無い。

「…………」

「どうしたの?リン。呆けちゃって…おーい、リン?聞いてる」

「…………」

イリヤ反応を返さない凛の目の前にひらひら手を振っている。

「ダメね、完全に頭のネジが飛んじゃったわ」

彼女達魔術師の常識で考えれば最強の幻想種であるドラゴンの背に乗っているのだ。さもありなん。

結局冬木外延部の工業地帯へと降りるまで彼女が再起動する事は無かった。

「はっ…夢ね、私は今夢を見ていたのよ…いえ、でも世界を越えたのは事実のはず…って事はさっきのは現実っ!?」

ようやく再起動した凛の提案で二手に分かれて街の調査へと乗り出した。

俺とイリヤはシーサイドを歩きながら冬木市の新都へと向かう。凛は逆に自宅がある高台の方へと向かうらしい。

新都へと入った俺達は、割と簡単に現状を確認する事が出来た。確認した日付はおおよそ10年前。地名や番地は変わらずにどうやらここは冬木市で間違いないようだった。

一番必要な情報を手に入れた俺達は更に差異が無いか調べようと散策する。

しかし、イリヤの様子がおかしい事に気がついた。

なにかそわそわしている、そんな感じだ。

「イリヤ?」

と、声を掛けた時、イリヤは何かを見つけたのか固まってしまった。

イリヤの視線の先に目を向けると、そこには白い髪に紅い目をした丸で白い妖精のような女性が黒いスーツを着た麗人を引き連れている。

その白い髪の女性はどことなくイリヤに似ていた。

その彼女が此方へと歩を進める。向こうはこちらに気がついて無いのだから、ただの偶然だろう。

「チャンピオン…霊体化して出来るだけ気配を絶って…」

「え?」

「お願い…」

イリヤにお願いされれば逆らい辛い。すぐに俺は霊体化する。

歩いてきた女性がイリヤの存在に気がついたように彼女を見つめた。

「…なぜ、こんな所にアインツベルンのホムンクルスが…」

そんな事を呟いてその白い女性はイリヤに近寄った。

「アイリスフィールっ」

後ろの黒いスーツの麗人が制止の声を掛けるが彼女…アイリスフィールと呼ばれた彼女は止らなかった。

て言うか、アレってセイバーじゃない?

え?どういう事?

「当主から何か言伝を預かってきたのかしら?」

フルフルとイリヤは首を振る。

「そう。それじゃあ何の用なのかしら?」

イリヤは答えない。ただその瞳に涙を浮かべている。

「どうしたのかしら…ホムンクルスにしては感情が激しい子ね…と言うか、子供のホムンクルスなんて居たかしら?」

イリヤは感極まったのか、アイリスフィールと呼ばれた彼女に抱きつき、無言で泣いていた。

懐かしいだれかに出会ったとでも言うように、亡くした誰かに出会ったとでも言うように…

これだけ考えればおのずと彼女が何者なのか見えてくる。

おそらく彼女はイリヤの母親だ。死別した母に似た存在にイリヤは感極まってしまったのだろう。

小さく嗚咽を洩らすイリヤをアイリスフィールはその背をポンポンと叩いて慰めていた。

その光景を後ろでセイバーがおろおろと見つめているが、イリヤにしてみればセイバーなど眼中にも無いのだろう。

ようやく泣き止んだイリヤに向かってアイリスフィールが優しく問いかける。

「あなたのお名前はなんて言うの?」

イリヤはその質問に一瞬詰まってからか細い声で答えた。

「…アリア」

「そう、アリアね。アリアはアインツベルンのホムンクルスで間違いないかしら」

コクリと頷くイリヤ。

「そう、それじゃどうしてあなたはこんな所に居るの?」

「…わからない。気がついたらここに居たの」

「気がついたらって…」

うん、嘘は言って無い。確かに気がついたらこの時代に居たといっても良い。

「アイリスフィール、その子をどうするのですか?このままでは戦闘に巻き込んでしまう。それに第一、その子がアインツベルンのホムンクルスであると言う証拠は無い」

セイバーはそう客観的な見地から物を言う。

「そうね。でもこの子はアインツベルンのホムンクルスよ。だって、こんなにも私に似ているのだから」

彼女にしか分からない何かでも有るのだろうか。彼女は確証を得ているようだった。

「それで、その子をどうするのですか?アイリスフィール」

「そうね…このまま此処に置いてはおけないわ」

「なっ…連れて行くというのですか!?流石の私も二人では守りきれるかどうか」

「安全な所…冬木の城まで連れて行けば大丈夫よ」

「アイリスフィールがそう言うのなら…しかし、今はタイミングが悪い」

セイバーはふっと視線をあらぬ方向へ向けた。

「これは明らかにこちらを挑発している」

「そう。サーヴァントなのね」

「どうします?アイリスフィール」

この挑発を受けるのか、受けないのか。イリヤを連れて行くのか、行かないのか。

「それは…」

「わたしの事は気にしないで大丈夫。二人には大事な用が有るのでしょう」

と聞き分けの良い子供のようにイリヤは言った。

一瞬逡巡したアイリスフィールだが、連れて行くのは危険だと判断したのだろう。

「ここで待ってて。かならず戻ってくるから」

と言い置くと、セイバーを連れて去っていった。

それを確認してから俺は実体化する。

「イリヤ、彼女は…」

「うん、わたしのお母様。十年前の聖杯戦争で死んじゃった」

「そうか…」

少しの間沈黙が支配する。

「だが、イリヤのお母さんが生きていて、尚且つセイバーを引き連れているとなると…」

「そうね、おそらく今は聖杯戦争中…チャンピオン、ここからお母様たちを覗ける?」

「多少イリヤから大目に魔力を貰う事になるよ」

「構わないわ」

と了承を得た俺はサーチャーを幾つか飛ばしていく。

物陰に隠れるようにして虚空にウィンドウを開き、移された映像を眺める。

「いつも思うけど、チャンピオンのこういうのって魔術と言うより科学よね」

「まぁ確かにどちらかと言えば科学だよ。ただ、体で生成するエネルギーを使うと言う点では魔術や魔法と言う分類になるのだろうけどね」

さて、無駄口もそこまでだ。

モニタに映る映像に集中する。

すると、やはり聖杯戦争のようで、セイバーがランサーとぶつかっていた。

二本の槍を操るランサーと見えない剣を操るセイバー。

「セイバーってそう言えばアーサー王なのよね」

「そうだね。エクスカリバーを持っていると言う伝説がアーサー王以外に無ければね」

「無いはずよ」

二人の戦いはランサーが宝具を開帳してからはランサー優位に動く。

互いに次が必殺かと思われた時、爆音を上げて乱入する何か。

それは粉塵を巻き上げ、雷光を蹴って飛来した牡牛が引く戦車だった。

その上には大柄の男と、ひょろくてモヤシのような少年が乗っていた。

「………あれ?なんか自分で真名名乗ってるけど?」

「余程自分に自身があるのね。まぁ彼の征服王イスカンダルともあろう者なら当然でしょうけれど」

ランサーはセイバーに宝具を言い当てられ、ケルト神話のディルムットである事も知れている。

これだけ序盤で真名がバレバレって聖杯戦争の基本ルールはまるっと無視ですか…まぁ関係ないから別に良いけど。

さらにライダーが大声を張り上げ、辺りに居たサーヴァントを呼び寄せる。

現れたのはアーチャー…あの姿は忘れもしないギルガメッシュだ。

聖杯の泥を被って性格が捻じ曲がったのだとばかり思っていたのだが、元からあんな性格だったのか…

更にその場に現れる黒いサーヴァント…バーサーカー。

一挙に5騎のサーヴァントが集った事になる。

もはや戦いは二転三転、荒れに荒れた。

バーサーカーがギルガメッシュと交戦し、ギルガメッシュが撤退。その後セイバーに襲い掛かるバーサーカーと、それに共闘してセイバーを倒そうとするランサー。バーサーカーをその戦車で押しつぶして退場させるライダーと混沌の戦いは、互いに引いた事も有り、実際は一騎も欠けることなく終了した。

「アイリスフィールが帰って来るぞ。どうするんだ?」

「リンとの待ち合わせも有るし、行きましょうチャンピオン」

「良いのか?」

「いいのよ…」

イリヤは少し寂しそうに呟くとその場を俺と共に去った。



「セイバー、そっちには居た?」

「いいえ、居ません、アイリスフィール」

夜の街を外国人の女性が二人、何かを探して走り回っている。

「何処に行ったのかしら…」

「分かりませんが、あれはアインハルトの長の使いの可能性が高いのでしょう?ならば自身のマスターの所へ戻ったと考えた方が自然でしょう」

「そうかしら…」

「それに、ここでは外国人は目立つ。それなのにこれと言った情報を得られなかったと言う事は自ら去ったと言う可能性が高い」

説得するセイバーだが、それは詭弁。聖杯戦争中の彼女達には雑事にかまけている暇は無いのだ。

今は一刻も早く自分のセーフハウスへと移動するべき時である。

それをアイリスフィールも分かっているのでそろそろ捜索を打ち切る頃合だった。

「そうね…きっと戻ったわよねアリアは」

「はい、きっと」

と見つからない事に言い訳をして彼女達はアインツベルンの居城を目指した。



大橋の近くの公園は閑散としていて、人の目が先ず無い。

凛との待ち合わせ場所へと移動した俺達は先に来ていた凛に遅いと怒られながらも合流する。

どうやら凛の方は30分ほど先に来ていたようだ。

「先ずは此処が何処かの確認をしましょう。あなた達も簡単に調べは付いたかと思うけれど、ここはどうやら十年前の冬木市。それは分かるわね」

コクリと頷く。

「そしてこれが重要なのだけれど、日付を確認するとどうやら今は聖杯戦争中のようよ。私の過去と一緒ならと言う事だけれどね」

「それはわたしも確認したわ。行き成り五騎のサーヴァントがかち合うなんて、私達の時では考えられないわ」

「は?ちょっと待ってイリヤスフィール。それは見てきたような口ぶりね」

「見てきたもの。しかも真名を3人もわかっちゃったし、この聖杯戦争は何処か変」

「…まあその話は後で聞くとして、今重要なのは私達はいわゆるタイムスリップしたと言う事かしら」

「そうみたいね」

「そして帰る手段が無い…」

沈黙が訪れる。

「まぁ、今までの経験上、結構帰る手段は存在するよ。大丈夫だ」

と、俺があっけらかんと言ってのけると凛が激昂した。

「そんな訳有るかっ!これはもう魔法の域なのっ!時間旅行っ!、第五の詳細は全く分からないけれど、私達じゃ到底帰る事なんて無理なのっ!」

「そうか。ならばこの世界でどうやって生きていくかを考える方が建設的だな」

「あっ…うっ…」

アノ世界に未練があるからこそ凛は怒ったのだ。そして意図してこの世界の事を考えないようにもしていたの有ろう。

しかし、今の状況はソレを許さない。

「聖杯戦争も始まっている。アレが俺達の居た未来と同じく汚染されているのなら、きっと災厄を撒き散らすのだろうな。…とは言え、過去は過去。十年前の火災は起こるだろうが、それは最悪と言う展開には程遠いだろう」

「…いいえ、そうとは限らないわ。未来は変化する物よ。私達の未来がそうだったからと言って、過去であるこの世界がそう言う結末を辿るとは限らない。いいえ、聖杯が汚染されていないと言う可能性すらある。平行世界と過去への介入は似ているものよ」

「つまり、俺達が此処でどう動こうが、俺達が居た未来は変化がなく、またこの世界がどうなるのかは分からないと?」

「ええ、そう言う事」

「と言う事は、この世界の知人は似ているが非なる存在。この過去の聖杯戦争に積極的に関わるつもりが無いのなら今日中に他の市へと移動した方が良さそうだ。気配を消しては居るが、俺はサーヴァントでイリヤはマスターだ。と言う事は、聖杯を手に入れる権利が発生している」

「つまりチャンピオンはわたし達も狙われるかもしれないって言っているの?」

イリヤがそう聞いた。

「ああ。それと、イリヤ。イリヤの負担は減っているか?聖杯戦争中は聖杯からのバックアップがあるから現界させる魔力も少なくてよかったが、終わった今は違う。10年前のこの地に居る事で聖杯のバックアップは得られたか否か」

「……ううん、無いわ。これは私達が今回の聖杯戦争に選ばれたマスターとサーヴァントじゃ無いからかもね」

「と言う事は戦闘はなるべく避けたい。戦っても簡単に負ける気は無いが、俺は魔力消費が激しいという弱点が存在する。聖杯のバックアップがあればまだ無理も出来るが…」

「聖杯の援護無しではイリヤスフィールの負担が大きくなる。最悪現界させるための魔力すら使い切ってしまうかもしれないと言う事ね」

と凛が纏めた。

過去は変えられない。変えられた過去は既に別の世界なのだ。つまり干渉する必要性すら感じない。

しかし、人間はそうと頭では理解しようと心は別だ。

「まだ、もう少しこの街に居たい…ねえチャンピオン、ダメかな…」

「私も、ちょっともう少しこの聖杯戦争を見なくちゃいけないと思うわ…」

その言葉には彼女達のどんな思惑が隠れているのか…

「俺はイリヤのサーヴァントだ、マスターの指示には従う。イリヤがこの街にまだ居ると言うのなら、最大限イリヤを守るだけだ」

「ごめんなさい、チャンピオン」

彼女達は自分でも危険だと言う事は理解しているのだ、だが過去のしがらみがイリヤをそして凛を此処に縛り付けたのだ。

「いいよ。それよりも、今日は何処に泊まるつもりだ?聖杯戦争にアインツベルンのマスターが参加するならばあの城は使えないだろう」

「お金の持ち合わせなら少しあるけれど、それは使えないわよね…」

「そりゃそうだろう」

凛が持ち合わせは多少有ると言うが、未来の貨幣は使えないだろう。

「仕方ない。衛宮くんの家に行きましょう。あそこなら雨風は凌げるだろうし、今の段階じゃ無人だったのは確かめてあるわ」

凛に先導され、特に異論は無いので衛宮邸へと移動する。

門を潜ると草がぼうぼうに生えまくり、手入れのされていない家は傷んでいたが、確かに雨風は防げそうだ。

しかし、寝具の一組も無いのはいかんし難い。

しょうがないので勇者の道具袋を取り出し、その中から神々の箱庭を取り出した。

「チャンピオン、これは?」

「俺の別荘」

「これが?このボトルシップみたいなミニチュアが別荘?」

「まあね、イリヤ、そこに立ってくれ、凛も」

「ここ?」

「え、ええ」

俺に言われてイリヤと凛が所定位置に付くと、俺は手をかざし、中へと移動するボタンを押した。

一瞬で俺達は箱庭の中に転移される。

「なっ!なによ、ここっ!」

「綺麗な所ね」

驚く凛とは対照的にイリヤはそう言うものと受け入れたようだった。

中に入ると、時間の流れを弄り、外の世界と進行を同調させる。

外へと通じる転送陣から少し移動すると、武家屋敷風の大きな一軒屋が見えてくる。

時間の流れを極限に遅く停滞させていたので、その別荘に劣化は無い。

「今日は此処に泊まろう。生活用具一式は揃っている…所々使い方の分からない物も有ると思うが、そう言う物は触らない事」

何だかんだで他の世界で収拾した物で溢れかえっていたりもするからね。

未来の技術で作られた物品もあり、現代人じゃ使い方の分からない物も多数存在したのだ。

「露天風呂もあるから、凛と一緒に入ってくるといい。その間に夕食を準備しよう」

「え?ロテンブロって日本の外にある大きなバスタブの事よね?」

「その認識はどうなのだろうか…まぁいい、バスタオルは用意しておく。言っておいで」

「うん。行きましょうリン」

「え?ああ、うん…」

ようやく現実と受け止めたのか凛もイリヤに付いて露天風呂へと向かった。

風呂から上がってきたイリヤ達をありあわせの夕食で迎える。

普通の日本の一般家庭の夕食だ。

そう突飛な物は出していない。

「おいしいわ。さすがチャンピオンね」

「…まけた。けど、納得がいかない。サーヴァントがどうしてこんなに料理がうまいのよ…」

「料理なんてこなせば上達する物だ。俺は他人より多く時間を持っているからね。古今東西の料理を練習する時間には事欠かなかったんだ」

凛を凹ませた夕食も終わり、今日のところはとさっさと就寝する事にした。あの事故以来、結構めまぐるしいく変化した一日で、ストレスも相当だったのだろう。二人ともベッドに入るや否や直ぐに就寝してしまった。
 

 

第九十三話

翌日。

軽く朝食を…いや、昼食を済ませ、箱庭を出る。

凛が持ち込んだ貨幣の内、10年前以前の年号がプリントされた硬貨で今朝の朝刊をコンビニで購入する。

聖杯戦争中なのだ。どんなに隠蔽しようとも隠しきれないそれは虚言として大衆紙に載るだろう。ただ、そこから真実が想像できるかはこの聖杯戦争を知らなければ分からない事だ。

「ハイアット・ホテルの倒壊だって。事故原因は調査中って書いてあるけど、これって…」

「十中八九マスターを狙ったマスターの仕業でしょうね。どんな宝具を使ったのかは分からないけど、綺麗にぶっ壊してくれたものだわ」

なるほど。ビル一つ壊しておいてあくまで事故として処理できるレベルの戦いだったと言う事か。

「奇跡的に死傷者はほぼゼロ。行方不明者はおそらくマスターとその関係者だけでしょうね」

「なるほどね」

「私が気になっているのは寧ろこっちね」

「この幼児失踪事件か?」

「ええ、思い出したの。私はこの時、この事件を追っていた。その時に怪異に出会ったわ。あれは間違いなく聖杯戦争関係だったわね。つまり…」

「マスターかサーヴァントが幼児を誘拐していると言う事か」

「ええ。そして誘拐された幼児は誰も帰ってこなかった。そう、コトネも…」

おそらく助けられなかった誰かが居たのだろう。それが彼女に小さなシコリを残しているようだ。

自分の知っている過去に干渉する。

それがもたらす葛藤を俺は知っている。多少違うが物語に介入するイレギュラーとしての関わりが自分に何をもたらしてきたのかも。

しかし、俺は彼女達の行動を尊重しよう。経験者の言では関わらずに放っておけと言うだろう。大体にして既知の物語からの逸脱は悪い方へと向かうのだから。

しかし、これは彼女達が考え、行動するべき事。俺がするのはその手助けだけだ。

「イリヤ、どうするか決めた?関わるか、関わらないかの選択は早い方がいい。これは年長者からの教訓だ。後手に回ると事態を好転させる事は難しくなる」

「まだ、わからないわ…どうしたら良いかなんて。…わたしだって理屈では分かってる。あのお母様はわたしのお母様じゃないって事くらい。…でも」

「イリヤスフィール…そうね。お互いこの聖杯戦争で肉親を失っているのよね」

「リンもなの?」

「ええ。お父様はマスターとして聖杯戦争へ参加した。お母様は聖杯戦争に巻き込まれて精神に多大なショックを受けてしまったの。…私の存在を忘れるくらいに…」

聖杯戦争は基本は殺し合いだ。そこで行使される陰謀術数の数々はそれは普通の人なら目をつぶりたくなるような物ばかりだろう。

「今なら助けられるチャンスも有るわね」

「ええ、有るわ。でも、それは難しい事だし、ただの自分のエゴよ。此処で何をしたって私達の居た未来は変わらない…でも」

「そう、でも、違った未来をわたしは見てみたい」

「イリヤスフィール…そうね、私も見てみたいわ」

どうやらようやく行動指針が決まったようだ。

「そうか。だが、難しいよ。死ぬ運命を覆すのは特に。何をどうすればいいか良く考えなければならない」

「そうね…お父様を生き残らせる。お母様を関わらないようにさせる。単純なようで難しいわ…あとコトネの事も…」

凛の望みは親しかった者の救済か。いや、それはイリヤもだ。

「イリヤは?」

「わたしは…過去のわたしをあの城から連れ出してキリツグに会わせてあげたい。本当はわたしもお母様を助けたい。だけど、それは不可能かな…」

「どうして?」

「お母様は今回の聖杯戦争の器なの。サーヴァントの魂を回収するたびに、お母様は本来の聖杯としての機能を取り戻すに連れて人間としての機能を失っていく。わたしでも四騎が限界だったもの。お母様じゃ二騎が限界でしょうね」

「つまり、サーヴァントの脱落はイリヤのお母さんの命を削るって事か」

イリヤと同じだが、イリヤよりもなお脆い。

「サーヴァントの脱落無しで聖杯戦争を止める事は不可能よ。先ずは剣を取り上げないと話し合いのテーブルにすら付く事は出来ないんだから」

「…分かってるわ」

ふむ…

アイリスフィールの救済、それがイリヤの願いだが、それはとても難しい。だが…

「最後まで自我が残っていれば助ける事は出来るかもしれない」

「え?どういう事、チャンピオン」

がっと詰め寄るイリヤ。

「俺の能力は物質の時間を操る事が出来る。それなら、人間としての機能が停止する前まで戻せるかもしれない…って、どうした?」

「…きいてない」

「え?」

「聞いてないって言ったの。チャンピオンの能力は因果操作じゃなかったの?」

「え?言ってなかったっけ」

「言って無いっ!」

プクリと頬を膨らませるイリヤ。凛が因果操作と驚いているが、今はどうでもよい事か。

だが、前にそれで城の修復をしたはずなのだが…

「とは言ってもね、イリヤ。可能性の問題だ。出来ると言う保障は無いし、間に合うという保証も無い。終わったものを戻す事は難しい」

「そうね。…でも可能性があるだけで今は十分だわ」

希望は絶望を深くするだけかもしれない。だが、精一杯イリヤの望みには協力してやろう。そう思った。

さて、方針をどうするか、そんな事を考えていた時、大気を振るわせる魔術による信号が教会の方から打ち上げられた。

魔術師だけに分かる暗号であり、監督役がいるはずの教会となれば、聖杯戦争関係の物だろう。

「それをどうするの?リン」

イリヤが凛に問い掛けた。

凛は手にした宝石に魔力を通すと、それが小鳥のような形に変化し、即席の使い魔を作り出したようだ。

「もちろん教会の偵察に向かわせるのよ。おそらく他の聖杯戦争参加者も自身では訪れないはず。だったら一匹くらい混ざっても問題ないわよ」

「…問題ないのかもしれないが、それは遠坂の家では使いやすい部類の使い魔なのか?」

「そりゃそうよ。宝石魔術がうちの専売だもの」

「だったら凛の父親だって使うだろう。自分以外に同じ魔術を使っているものが居たら彼はどう思うだろうな?」

「うっ…」

着眼点は良いのだが、凛は何処か抜けている。

「はぁ…リンはお惚けさんね。チャンピオン、お願い」

「なっ!ちょっとうっかりしただけでしょーがっ!」

吠える凛には取り合わず、サーチャーを冬木の教会へと飛ばし、他の使い魔からは気付かれないように細心の注意を払って教会へと忍び込ませる。

「なにそれ、…SFに出てくる空中映写機みたいじゃない」

この際凛の感想はどうでも良いだろう。

集まった小さな使い魔たちを前に、監督役である神父が説法するような口ぶりで外法を働いたキャスターを全マスターを持ってこれを討伐しろとルール変更として伝える。

報酬は前回の聖杯戦争で使い切れずに残った令呪。それを一画くれるらしい。

「令呪の受け渡し…それもあんなに…」

驚く凛だがそれも仕方ないだろう。

令呪での命令は三回しか出来ないが、とても大きな力となってサーヴァントを援護する。それが一角増えるとなると…なるほど、かなり上等な餌だろう。

「それじゃ、今日は別行動しましょう。私は私で少し調べたい事があるわ」

「それはいいが、今、凛は魔力殺しを所持しているのか?今は聖杯戦争中だろう。魔術師がこの冬木市に居ると言う事は聖杯戦争参加者だと間違われてしまわないか?」

「うっ…そうね。確かに今の私は魔力殺しを持っていないわ。でも、そんな物普段から付ける様な物好きはいないわよっ」

まぁ、その点ではイリヤも同様だ。

「発見されたら運がなかったと諦めるか…それともサーヴァントをつけるかしないと危ないんじゃないか?」

「あら。チャンピオンが私に付いてくれるとでも言うの?でもそれはお断りするわ。あなたはイリヤスフィールに付いてなさい」

「当然、俺はイリヤに付こう。だが、誰かを凛に付けることくらい出来る。まぁ、デメリットも多く存在するがリスクカットには仕方ない」

「は?」

飲み込めない凛を余所に俺は影分身をする。

ボワンと現れたのはソラだ。

「あなたは…」

アインツベルンの城で俺と分かれて戦っていた事を思い出したのだろう。驚きはしたが、納得したような表情だ。

「あなたもチャンピオンね」

「そうだね。チャンピオンのサーヴァントではある」

「悪いソラ、凛に付いて行ってくれないか」

「まぁアオの頼みだからね、しょうがないか」

とそう言うとソラは分かたれたまま霊体化し姿を消した。

「霊体化も出来るのね」

まぁ、本来の影分身では無く、今のそれは所謂分霊という扱いになるだろうか。

「それじゃ行ってくるわ。待ち合わせは衛宮邸にしましょう」

そう言うと、凛は霊体化したソラを連れて離れて行った。

「俺達はどうする?」

「わたし達はわたし達でキャスターの動向を追いましょう。きっとキャスターを追ってマスター達が動くだろうし、どうするかはその時に決めるわ」

まだ何をどうしたらいいのかは分からない。しかし、分からないからといって行動しない訳にはいかなかった。

確かめなければ行けないのはアインツベルンの居城。

俺達が出てきた後、アイリスフィールたちが居城として使っているか否かだ。

冬木市市街地から外延部へ向かうとその人通りは少なくなる。そこまではバスで移動し、人目を避けた後、飛行魔法を行使してイリヤを担いで飛翔して向かう。

アインツベルン所有の森の外延に付く頃にはすっかり日も落ちて辺りは真っ暗だった。

「お母様達はここに居るわね。森の結界に誰かの魔力が混ざってる。」

イリヤには分かるらしい俺達が出た時との差異。

なるほど、聖杯戦争の為だけに用意した居城だ。使わないはずは無いか。

「結界の弱いところと、わたしがアインツベルンのホムンクルスだと言う事で、多少の事なら気付かれずに入れるだろうけれど…」

「イリヤっ!」

どうしようかと思案していた時、サーヴァントの気配がして急いで隠れて距離を取った。

相手に気が付かれない様に盗み見ると、現れたのはへんてこなローブを着たギョロ目の長身の男性。

そいつは数名の子供を引き連れてやってきた。おそらく催眠系の暗示で従えているのだろう。子供達に自由意志は感じられなかった。

「キャスターね」

だろうな。他の五騎は確認済み。アサシンならば気配遮断スキルで目標に気付かれずに近付いた後に暗殺と言う戦法を取るだろう。

キャスターは子供を引き連れ、森の結界など歯牙にもかけずに進んで行く。

「戻るわよ、チャンピオン。ここまで大っぴらにされたら流石にお母様も侵入者を警戒するはず。入り込む事は難しいわ」

「だろうな」

同意すると俺はイリヤを抱えて空へと駆け上がると冬木市の方へと飛び去った。

対魔力の高いセイバーは基本的にキャスターに対して一方的にその武を示せる。余程の事が無い限りセイバーは負けないだろう。

あの子供を何に使うのか、それは写輪眼で見ずとも碌な事ではなかっただろうが、彼らには既に何かが巣食っていた事は見て取れた。

おそらく生きては帰れまい。その事をイリヤは気が付いていたのか…気が付いてなければ良い。

これで確認していないのはアサシンのみだが、アサシンの確認はその特性上難しいだろう。

夜の空を飛び、衛宮邸へと戻るのだった。
朝食を食べた俺達はソラを凛達につけるとイリヤが散歩に行くと言うので俺は護衛にまわる。

未音川の堤防にある遊歩道を歩く。朝の日差しは気持ちよいが、吹きすさぶ風は冷たい。

遊歩道から未音川を見下ろせば、この寒い季節にピチめの半そでプリントシャツとジーンズだけと言ういでたちで川の水をくみ上げる巨漢の男が見える。

明らかに不審者だろう。

ああ言う輩には近づかないに限る。と言うか、あいつから感じるサーヴァントの気配。これはまずいと霊体化して気配を遮断しているためにしゃべれない俺は霊ラインを通じて警告しようとしたのだが、イリヤはトトトと土手を降り、その巨漢の男の所へと走り寄って言った。

イリヤもなんとなくアレがサーヴァントだと分かっているだろうに、聖杯戦争は夜にやるものと言う戯言をまだ守っていたのか…

「こんな所で何やってるの?」

「それが余にも分からぬのだ。余と一緒に居る坊主が持って帰って来いと言う。余もズボンが欲しかったゆえ承諾したのだが…ふむ、一体何に使うのだろうな」

「わたしに聞かれても分からないわ」

「そうだよなぁ…どれ、余は行く事としよう。ではな小娘」

そう言うとライダーはぐりぐりとイリヤの頭をその大きな腕で撫ぜると川を上流に向かって歩いていく。

「何するんだろう」

と言ったイリヤも特にする事が無いと彼の後を追った。

足の長さが違う為に離されるイリヤだが、ライダーがまた川の水を汲む頃には追いついた。

しかし、入れ替わりにライダーはまた先に行く。

今度は少し離されたために駆け足で追いつくと、まだライダーは水を汲む前だった。

「なんだ、まだ余に付いて来ていたのか」

「特に目的があるわけじゃないもの。あなたが何してるのか気になっただけ」

「とは言っても、余自身も何のためにしているのかは分からぬのだし、着いて来ても分からぬと思うぞ」

「別にいいのよ。散歩だから」

「そうか」

ライダーは更に川を遡る。

しかし、次第に足場が悪くなりイリヤではなかなか付いていけなくなってしまう。そんな時、巨漢の男が振り返りむんずとイリヤの襟首を掴むとその逞しい肩上へと乗せた。

「きゃっ」

「どうせ付いてくるのであろう?ならば、余の肩に乗るが良い。レディをエスコートしてやろう」

「あら、中々紳士なのね」

「可愛い娘ゆえに特別だ」

そう言うとライダーはペースを上げる。徒歩ではなくその巨漢に見合わぬ速度で駆ける。

「わっ!はやいはやいっ!」

「わははははっ!これでも余は騎馬にて世界を蹂躙した征服王ゆえな。地を駆けるのは得意中の得意よっ」

定期的にイリヤを下ろしては川の水を汲むライダー。

大きな排水溝を跨ぐとき、イリヤの視線が過ぎ去った排水溝へと向いた。

「どうした、小娘?」

「ううん、なんかあそこが一番嫌な感じだった」

「嫌な感じ?どういう事だ?」

「うまく説明できないけど、何か嫌な感じだったの」

うん、意味が分かりません。実体化して視ればおそらく何か分かるのかもしれないが、今は霊体。干渉能力は著しく低い。しかしそのお陰で気配遮断スキルをフル活用してライダーの目を誤魔化してイリヤについていっているのだから仕方ない。

「此処が最後だな」

「結局水を汲んでいただけね」

「まぁそうだなぁ」

やる事の終わったライダーは踵を返す。

「余はこれから帰路に着く。街までは送って行ってやるがどうする?」

「そうね、それじゃお願いするわ」

「あい分かった。それではどうぞレディ」

「お願いするわ、ジェントルマン」

肩を落としたライダーに自分から乗り込んだイリヤ。…まだ付いて行く気ですか。

冬木市新都へと二人は歩いて行く。

逞しい巨漢の男が麗しの少女を肩に乗せている光景はかなり鮮烈なようで、道行く人が振り返るが二人は気にした様子も無い。

「ちと小腹が空いたのう…どれ、何か食っていくとするか」

いやいやいや…なにが小腹が空いた、だっ!サーヴァントは基本食べなくても生きていけますからっ!

「あら、奢ってくれるのかしら?」

「よかろう。まぁあまり高いものは今の余の財力では厳しいがな」

「そう、それじゃあそこにしましょう」

目ざとくイリヤが見つけたのはヴァイキング形式のレストランだ。お一人様3500円と手ごろながら時間無制限と銘打っている。

「ふむ、アレくらいなら大丈夫だな。では()こうか」

財布の中身を確認したライダーがそう宣言する。

マントがあればバサリと靡いていただろう風に右手を上げると、イリヤをエスコートして店へと入るイリヤとライダー。

料金は先払いで払い、ライダーは逞しい二本の腕に盆を取り、大量の食料を持って行く。席に着いた頃には目の前が見えないのではないかと言うくらい高々と盛られていた。

イリヤはといえば、スパゲッティナポリタン一皿とデザートのプリンと、値段に見合わないチョイスではあったが、その分はライダーが食べる分で二人で考えたらプラスになるだろう。店側が心のそこで涙しているのを幻視してしまうほどだ。

「ふむ、中々にうまいな。なるほど、食は日々進化していると言う事か。うむ、これだけでもこの時代に呼ばれた甲斐はあったと言うものだっ」

「そう?まぁ不味くは無いけれど、そう美味しい物では無いわね」

「そうか?余が生きていた時代の王族が食していたものよりも美味しいとは思うのだが」

「そうなの?それはまた貧相な食事だったのでしょうね」

「そう言うてやるな。料理人も日々努力して余に食事を出していたのだ。それに遠征中など干し肉が食えればよいと言う時も多々有った物よ。そのひもじさを知っていればこそ、戦争に勝った時の美酒はまた格別なのだ」

「ふーん。大変なのね」

ガツガツと頬張るライダーはお世辞にも行儀が良いとは言えないが、その快活さは寧ろ心地よい雰囲気をかもし出していた。

食事が済み、店を出たライダーは、どうやら拠点に戻るようだ。

イリヤに別れを言い、その豪腕でイリヤの頭を撫ぜた後踵を帰した。

「ではな、小娘。次に会った時はそなたのボディガードを紹介してもらえると嬉しい」

「あら、気が付いてたのね」

「これだけ長時間一緒に居れば流石に分かると言うもの。お主らに戦う意思が無かったようだしな。だが、聖杯を求めて戦う敵であれば容赦はせぬ」

それだけ言うとライダーはドスドスと音が聞こえそうな足取りで歩き去った。

「バレてたみたいね。さすが征服王と言う事なのかしら?」

さて、どうだろうか。だが、戦わずに去ってくれた事はお互いに行幸だろう。

「それじゃ、帰りましょうかチャンピオン」

帰ってくることの無い虚空に呟いた後イリヤもまた踵を返し帰路に着いた。




聖杯戦争は始まりの御三家には優先的に令呪が与えられる。

今回の場合、遠坂は私のお父様だし、アインツベルンはセイバーの話では士郎の父親であったはずだ。イリヤスフィールやチャンピオンの話ではセイバーはイリヤスフィールの母親に付き従っていたようだが、おそらくはフェイク。

分かっている情報で一番憂慮しなければいけないのは私のお父様を殺したあの兄弟子だ。しかし、彼の所在はまだ知れない。遠坂の家に留まってお父様を欺きながら手伝っているのかもしれないし、袂を分かれたのかもしれない。

私の記憶ではまだこの時点ではお父様は死んでは居ない。最後のあの私の頭を撫でてくれた最初で最後のあの手を私は忘れていないのだから。

となると、残りで確実に参加が分かっているのは間桐だ。

どうして今までこんな簡単な事も思いつかなかったのか。いや、私自身忘れたかったからなのかもしれない。

この聖杯戦争の後に、雁夜おじさんが家を訪ねて来たことが一度も無い事に違和感を感じるべきだったのだ。

おそらく間桐のマスターは彼だ。そしてこの戦争で死ぬ。

間桐の屋敷を使い魔に監視させればよろよろと歩いていく成人男性の姿が見えた。

それは既に限界を超えて魔術を行使したかのようにダメージを受け、実際体の機能も幾つも失っているのだろう。黒かった髪は何かの魔術の後遺症か白く染まっている。

そう言えば桜の髪も青く染まっていた。昔は私と同じくカラスの羽のような黒い髪だったと言うのに。

間桐邸から出た雁夜おじさんはズルズルと体を引きずりながら夜の街へと消えていく。おそらく他のマスターを求めて戦いに行ったのだろう。

しかし、どうして魔術師ではなかったはずの彼が聖杯戦争になんか参加したのか。それだけが私には分からない。

幼かった私でもなんとなく彼が魔術を厭い、嫌っていた事は感じていたと言うのに。

使い魔との共有を切り、私は夜の街を歩く。

新都を歩き回れば、淀んだ魔力がそこかしこに感じられ、気持ち悪い。

その中を私はキャスターの手がかりを求めて歩いていた。

暗い路地の裏へと続く隙間からは一層強い淀みを感じ、ぶっちゃけ近付きたくない。しかし、行かない訳にもいくまい。

そんな事を考えていると、その暗がりに入り込もうとしている少女が居た。

紅いコートを着たツインテールの少女だ。歳の頃は6・7才と言ったところか。

「って、アレ私だ…」

魔術師として魔力を感じられるのなら、自分の力を過信してあのような埒外の怪異の存在する所に自ら足を向けるなど二流のする事。余りにも馬鹿な行動に自分である事を否定したいくらいだ。

当時の私は居なくなったコトネを探して新都を探索していたのだ。

何かおぞましい物を見つけ、気を失った私が再び気が付いた時はお母様に抱きかかえられていた。泣きながら神に感謝している母親の顔を今でも覚えている。

なるほど、私はこれから無謀な行動に出るのか。いや、現在進行形か…

誰かが助けてくれるはず、と言うのは楽観視すぎる。

選択の数だけ世界は分岐するのだ。助けなんて来ないという世界だって有るだろう。

「本当、勇気と責任感だけはあったのよね、私…」

勇気と無謀を履き違えていたけれどと一人ごちて私は彼女を追って裏路地へと入った。

濃密になる死の香り。

追って入った裏路地で私はその子の肩を掴む。

「うわっひゃぁっ!?」

そんな眉根を寄せてしまいそうになる品の無い絶叫が聞こえる口を私は素早く自分の手の平で覆う。

「黙って」

うーうー唸るその子に小さく耳打ちする。

「あなたではあの影に居る物には敵わない。分かっているわよね?」

その問い掛けで彼女は私が魔術師であると悟ったようだし、自身の窮地も理解した。

自分よりも高レベルの魔術師が敵わないと言っている何かなのだ。駆け出しの自分では到底敵うまい。

しかし彼女には行かねばならない理由があったのだ。自分の友達のコトネを探す。その為に家を抜け出してこんな所までやってきたのだから、止れといわれても敵わないと言われても頷けない。

しかし、抵抗する彼女の声を聞いて路地裏の何かは此方に気が付いてしまった。

ヌチョリと粘性の音を立てながらその何かはその奥から這い出してくる。

そのフォルムはタコのような、イカのような触手を持ち、ヒトデのようなボディをしたナニカだった。

「ひっ…」

と、そのナニカをみて少女が悲鳴を上げた。

「これはまた趣味の悪い…」

這い出てきたナニカは食事中だったのか、口と思われるところから何かがはみ出ていた。

足だ。あれは人間の足だ。

「っ…ぁ…」

高次元の何かがうごめいている。魔術師ですら隙を見せたら殺されてしまいそうなナニカははっきりと此方をターゲットに定めたようだ。

「ごめんなさい、チャンピオン。あいつ何とかしてくれないかしら」

私に彼女に対する命令権は無い。だからこれはお願いだ。

虚空から現れた彼女は私達を守るように眼前に顕現し、何か手を複雑に動かすと息を吸い込んだ。

『火遁・豪火球の術』

ボウと大きな火の玉が噴出され、その何かを焼き尽くし、終息した。攻撃を終えたチャンピオンは振り返る。

『プロテクション』

終わったかな。そう思った次の瞬間、チャンピオンは振り返ると防御魔術を展開し、私達を何かの脅威から守ってくれた。

「なっ!?」

何が起こったのかと振り返れば大量の蜂のような蟲が大量に此方へと押し寄せている。

幸いチャンピオンの防御魔術を抜けるほどの脅威では無いが、何者かに襲われている事だけは確かだった。

誰だと目を凝らせばフードを深く被った男性がやっとの事で立っていると言う感じをかもし出しながら此方を睨みつけていた。

な…雁夜おじさん!?

「その子を置いていけ…」

その子と言うのは私が抱えているこの子だ。

「え、わたし?」

まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのだろうと言うのがその言葉から窺える。

「さあ凛ちゃん、こっちに来るんだ」

「え、わたしの事を知っている?あなたは誰なの?」

「雁夜だよ、凛ちゃん」

その言葉でフードを取る男性は、やはり記憶にある雁夜おじさんとはあまりにも別人だった。

「うそよ。雁夜おじさんはそんな白髪じゃないわ」

「おじさんにも色々有ったんだよ」

この蟲達はこの子を攻撃から除外するように言われているだろうが、バリアを解除した途端彼女以外に牙をむくだろう。

彼がそこまで細かくこの蟲達を操っているとは思えない。

「チャンピオン、一端此処は引くわ。私達を連れて逃げてっ」

「しょうがないか。しっかり掴ってなさいね」

チャンピオンは私達の所まで寄ると、片手で私達を引っつかみ、背中に翅を生やしてビルの隙間を縫うように飛翔して人気の無いところを目指す。

「わっわわっ!ちょっとっ!わたし今空を飛んでいるっ!?」

空を自在に飛行する魔術は現代では殆ど不可能だ。おとぎ話に出てくる魔女は現代では存在しない。そんな常識を打ち破る現象に彼女は興奮して先ほどの恐怖すら忘れているようだった。

まぁ私も同じ魔術師だから分からなくも無い。

人気の無い夜の公園を見つけ、着地する。

咄嗟の事で私達の掴りがあまくずり落ちそうになったからだ。

しかし、再度空へと舞い上がる事は出来なかった。なぜなら目の前に黒い甲冑に身を包んだ騎士が現れたから。

理性を感じさせないその雰囲気からみてあれはバーサーカーのサーヴァントだろう。

私達と言う荷物がなければチャンピオンなら軽々と逃げられるのだろうが、私達という足手まといの所為で出来そうに無い。

「これは厄介な相手が出てきたものね…」

そう言いつつも私達を守る位置でいつの間にか現れた斧を構えるチャンピオン。

『ロードカートリッジ』

ガシュッと薬きょうが排出され、魔力がチャージされる。

一体どういう理屈なのか、彼女たちチャンピオンは銃弾の弾のようなものに魔力を蓄積、解放する事が出来るらしい。

私が宝石に魔力を蓄積させているような物だろうが、彼女達のソレを見ると凄く戦闘向きな能力だ。なぜなら自身より大きな魔力をストックして操る事が出来るのだからサーヴァントには持って来いだろう。

いや、違うか。おそらくあの能力は生前から有った物だろうけれど、それでも彼女達本来の魔力量はおそらく現代魔術師とは一線を隔す量だったに違いない。なぜなら彼女達が私から見ればあれほど大量の魔力を補給しても大した技を使えないのだから。

『ハーケンフォーム』

それにあの武器も中々にナゾだ。宝具ではないそうだが、意思を持ち、さまざまな援護を持ち主にもたらしている。

チャンピオンの斧が形を変え、魔力で出来た刃が出てきて大鎌の形へと変化した。

バーサーカーは鉄棒をその怪力で引きちぎると、それが侵食されるように葉脈のようなものが取り付きその鉄棒が黒く染まった。

それが武器だと言わんばかりにバーサーカーは構えると、一気に地面を蹴った。

「■■■■■■■■■■■------っ」

「はっ!」

駆け出したバーサーカーをチャンピオンも迎え撃つ。

鉄棒は鉄棒とは思えない強度を備え、チャンピオンが振るう大鎌と打ち合っても引けを取らない。

「ねぇ、あの二人はサーヴァントよね。と言う事はお姉さんは聖杯戦争の参加者?」

小さいながらも魔道の家の子。現状は理解したみたいね。

「いいえ、私は今回の聖杯戦争の参加者じゃないわ」

「え?ちがうの?」

「ええ、違う。でもあの黒いのは聖杯が呼び寄せたサーヴァントね」

「じゃああのお姉さんは?」

「彼女もサーヴァントよ。彼女の事は答えられないわ。だから聞いてはダメよ」

「サーヴァント同士の戦い…」

彼女が何を考えたのかは想像に難くない。神話の世界の戦いが目の前で繰り広げられているのだ。

キィンキィンと剣戟の音が闇夜に響く。

打ち合わされたそれらは火花を散らし、彼らの振り下ろす武器は一種の閃光のように走る。

ザザーッと距離を開けたチャンピオンは敵が間合いに入ってないのにその鎌を振り上げた。

『ハーケンセイバー』

一瞬、彼女が持つ大鎌に付いた宝石に字が浮かんだ気がした。

「ハーケン…セイバーっ!」

ブオンと振り下ろすとその魔力刃は回転しながら射出され、バーサーカーを襲った。

「鎌を飛ばしたわっ!」

小さな私が騒ぐ。

「■■■■■■■------っ」

バーサーカーは鉄棒を横一文字に振るいその刃を受け止めるが、回転し続けるそれは止まる事はなくバーサーカーを押していく。

「■■■■■■■■■■■------っ」

気合を入れた雄たけび。渾身の力で押し切ると、軌道を変えられたその刃は虚空へ向かって消えていった。

やっとの思いで窮地を脱したバーサーカーだが、チャンピオンは既に次の攻撃に出ていたらしい。

いつの間にか彼女はバーサーカーに接近し、再び現れている魔力刃を振りかぶり、バーサーカーの首を刈り落とさんとしていた。

しかし敵もその名を歴史に刻んだ英雄だ。一筋縄にはいかない。

素早く地面に伏せるようにそのみを縮こませ、チャンピオンの振るう凶刃を回避する。

そのままバーサーカーはチャンピオンの足を狙うように鉄棒を振るうが、空振った大鎌をそのまま地面に突き刺すと地面を蹴って体制を崩し、くるりと回るように回避するとお互いに距離を取った。

チャンピオンは後ろに下がりながら鎌を二回振るい、先ほどの回転する刃を打ち出してけん制していた。

バーサーカーは一本目は回避したが、回避の先を狙うように放たれた二発目は回避できずその手に持った鉄棒で弾いていた。

『ロードカートリッジ』

チャンピオンは着地する前にカートリッジを一本ロードし着地と同時に左手を前に突き出した。

『トライデントスマッシャー』

突如チャンピオンの手前に現れる魔法陣。

「トライデントスマッシャーーーーっ!」

再度引いた左手を突き出すと、その魔法陣から金色の閃光が三叉の槍のように伸び飛ばした刃を弾いたばかりのバーサーカーに襲い掛かる。

「■■■■■■■■■■■------っ」

バーサーカーは絶叫を上げ、霞となって消えていった。

「殺したの?」

「いいえ、一瞬速く実体化を解いただけね。バーサーカーのクラスは大量に魔力を消費する。マスターの限界の方が早かったみたい」

「そうなの?」

と答える私だが、私のそれを裏付けるかのように公園の入り口で人が倒れるような音がした。

「どうするの?」

いつの間にか私の側まで来ていたチャンピオンがそう問い掛けてきた。

「魔力切れでまともに動ける状態じゃないでしょう。話を聞いてみましょう」

そう答えると私は警戒しつつも雁夜おじさんへと近づいた。

トトトと小さな私も付いてくる。

うずくまる彼は全身が引きつったかのような死相を呈し、魔力の枯渇で息も絶え絶えだった。

私は彼に重量軽減の魔術を掛け、公園のベンチへと運び込んだ。

「本当にこの人は雁夜おじさんなのかしら…たしかに似てるけど、ここまで来ると全くの別人みたい…」

小さな私がベンチに横たえられた彼を見て言った。

改めて肉眼で見れば、魔術の後遺症で体はボロボロ。これでは生きられて後一ヶ月も保てば良い方じゃないか。

おそらく聖杯戦争に参加する為に急造で魔術回路を拡張した反動と言った所だろうか。

間桐の家は代を重ねる事で魔術回路を失っていき、慎二には終に備わらなかった。であるならば、一世代前ですらサーヴァントを維持できるほどの魔術回路は無いはずなのだ。

しかし、それを覆したなにかの秘術により雁夜おじさんはマスターになったし、聖杯を欲してその身を削っている。

そこまでして聖杯に願う望みがあるというのだろうか…

「凛っ!」

突然、公園の入り口から大声で私を呼ぶ声が聞こえた。

「お母様っ!?」

ドキっとして視線を上げた私だが、なるほど、私を呼んだわけではなかったのか。

小さな私を呼んだ女性は隣に武装をしたまま立つチャンピオンが何者か分かっているはずだろうにその恐怖に負けじと小さな私へと駆け寄ると彼女を自分の後ろに隠す。

そんな顔で睨まれるのは傷つくなぁ。

しかし同時にこの人はまだ私を忘れていない。そう感じて心の中で涙する。

「迎えが来たみたいね。帰りなさい、小さな魔術師さん」

「でもわたし、まだコトネを見つけていないっ!」

「小さくても魔術師の貴女なら分かるでしょう?その子はもう生きていないわ」

「っ……!」

「あなたも、その子が心配なら速く連れて此処から去りなさい。今回は運が良かっただけ。次はおそらく死ぬわ」

聖杯戦争に未熟な魔術師なぞどうして生きていられよう。いや、熟練の魔術師すら生き残れない戦争なのだ。

「あなたも、魔術師の妻なら分かるでしょう?何に呼び出されても信用してはダメ。絶対に家から出てはダメよ」

「あなたは…」

何かを言いかけた彼女はしかしその言葉を飲み込むと、まだどうにかコトネの捜索に向かおうとする小さな私を引きずって公園を出て行った。

まぁ、これが精一杯ね。お母様がなぜあんな事になったのかは私には分からない。何故、来るなと言われていた冬木に単身で出向いたのか。

今の忠告で思いとどまってくれれば、もしかしたら…

「っ…う…ぁ…」

「凛」

チャンピオンが私を呼ぶ。どうやら雁夜おじさんが気付いたようだ。

霞む眼でどうにか辺りを確認する雁夜おじさん。

「葵…さん?」

彼は私を見て誰かと勘違いしているようだった。

「っ……君はっ」

しかし、一瞬で見間違いと判断した彼は咄嗟に身構えるが、魔力が枯渇していて身構える事すら出来ずに崩れ落ちる。

「ぐあっ……」

「落ち着きなさい。私達はあなたに危害を加えるつもりは無いわ」

「……あの子を…凛ちゃんをどうした…」

「あなたは気絶していたから分からないかもしれないけれど、母親が見つけて引き取って行ったわよ」

「…本当に?証拠は?」

「そんな物は有りはしないわ。信じてもらう他無いわね。けれど、私があの子を助けたのは偶然で、あの子を害したとしても私に何のメリットも無いじゃない」

「だが、そいつはサーヴァントだろう。君は聖杯戦争の参加者だ。だったら…」

だったらなんだと言うのか。さっきの魔術師見習いが遠坂の子だと知っているはずだとでも?

「残念ながら、私はマスターでも聖杯戦争の参加者でも無い。この子は私のボディーガード。突然襲われてきたから私を守ってくれただけよ」

「そんな馬鹿な事が有るわけ…」

「聖杯戦争のルールは知ってる。けれど、だったら何であなたは生きているのかしら?気絶したマスターを前に手を出さないマスターがいる?」

「それは…そうだけれど…」

ようやく彼も落ち着きを取り戻してきたようだ。

「私はあなたに今の所敵対するものじゃないわ」

「じゃあ何が目的なんだ」

「そうね…それは私自身も今の所あやふやで、何をどうしたいのか分からないわ…」

私の言葉をどう解釈していいのか分からない雁夜おじさん。

まぁ、確かに我ながら意味不明だったわ。

「私の事はいいの。少しあなたに聞きたい事が有るのだけれど、いいかしら?」

「聞きたい事?」

なんだ?と聞き入れる体勢を作った雁夜おじさん。

「そんな体になってまで聖杯に叶えてもらいたい願いって?」

「それは…」

少し言い辛そうにしているが、心の内を誰かに聞いて欲しかったのか、独白のように彼は語り出す。

「俺自身は聖杯なんて必要ないんだ」

「だったら何故聖杯戦争に何か参加しているのよ」

「交換条件なんだ、聖杯を渡す事が彼女をあの暗い闇から救い出すことが出来る最後のチャンスなんだ」

雁夜おじさんの独白は続く。時折相槌を入れて慎重にかれの話を聞きだした。

聞きだした後、私は頭が煮えくりかえりそうになってしまった。

「落ち着きなさい、凛」

「大丈夫、落ち着いているわ。ありがとうチャンピオン」

落ち着けるわけが無い。

だって、桜が…私の妹の桜がそんな事になっていたなんてっ!蟲に犯される責め苦によって精神まで苛んでいただなんてっ!

私が頑張れば、そう思って必死に魔術を習ってきた。私が痛い思いをした分だけ桜は幸せでいると。

でもそんな事はあるはずはなかったのだ。

お父様は何故間桐なんかに桜を養子に出したのか。…いや、それは魔術師として冷静に考えれば分かる。

私も桜も魔術師として優秀すぎたのだ。魔術は一子相伝が基本。魔術を覚えない桜では、その才能の所為で寄って来る魔に太刀打ちできない。

だが、遠坂の魔術は教えられない。だから後継者が途絶えた間桐で自分を守る術を身につけて欲しかったのだろう。そこには確かに親の愛情を感じる。

しかし…しかしだ。その結果はどうだ?

彼女は人間としての尊厳を踏みにじられ、泣くことすら止めてしまった。

私の世界の彼女はすでに抜け殻なのだろう。ああ、今思い返してみれば分かる。あれは人間を模倣していた人形だったのだと…

確かに優秀な魔術師でもあの間桐の老人には敵わないのかもしれない。しかし、サーヴァントを手に入れた後でも従っていると言う事は彼も間桐の当主には逆らえない傀儡と言う事なのだろう。そこに自由意志を見せているが、間桐の当主が切ると思えば潰える存在。

そんな彼を哀れに思う考えすら私には到底出来るはずが無い。だって、彼は桜を助けようとしているのだから。

だったら哀れみは侮蔑だ。

「そう、あなたの戦う理由は桜ちゃんと言う女の子なのね。だったら彼女が助かるのなら聖杯戦争に参加する理由は無いのかしら?」

「いや、それでも俺は時臣を許せない。おれは絶対にあいつを殺す。桜ちゃんを不幸に陥れた彼を俺は許さない」

「矛盾しているわ。桜ちゃんの幸せはあなたと居る事では無いのよ。父親を殺されて幸せになれる子供は居ない」

「え?…あっ…う?いや、そんなはずは無いはずだ…そんなはずは…」

なるほど。雁夜おじさんは既にそんなことも考えられなくなっているのか。それほどまでにお父様が憎かったのか…

自問自答する雁夜おじさんに背を向け、私は公園を出る。

霊体化したチャンピオンが付いてきて、最後には訳の分からない事を呟く雁夜おじさんだけが残された。

過去に来て、知りたくない事実を知ってしまった。

知ってしまったのならば私はどうするのだろう…

そう自問自答しながら私は衛宮邸へと帰路に着いた。



「何っ!?八騎目のサーヴァントだと?」

その男は地下室のような所で時代遅れの蓄音機のような物から流れてくるそれに返事をしていた。

その部屋には男の他には人はおらず、会話の相手は何処か遠く離れたところに居ると言う事だろう。どうやらそれは魔術で動く電話のような物では無いだろうか。

『はい。バーサーカーのマスターに付けていたアサシンからの報告ではバーサーカーと互角の技量で打ち合い、最後は大型魔術による砲撃で仕留めようとしたようです。どうやらバーサーカーは直撃の瞬間に実体化を解いていたようですが…』

「クラスは名乗ってなかったのかね?」

『チャンピオン…と』

「チャンピオン?イレギュラークラスか…いや、問題はそこでは無い。八騎目だとしてもそこにサーヴァントとマスターが居るのなら彼らは聖杯を手にする権利が発生したと言う事になる」

『然り。どうしますかね、時臣くん』

先ほどの声とは違う男の声が蓄音機から流れる。

「他に何か情報は無いのか?」

それに対して今度は若い男の声で答が返ってきた。

『今回の聖杯戦争で呼ばれたサーヴァントでは無いような事を言っていました。それとそのマスターも聖杯を望んでいないような口ぶりでした』

「そんな物が信じられるものか。実際聖杯戦争の開始されているこの冬木にサーヴァントを引き連れてやって来ているのだぞ?大体今回呼ばれたサーヴァントでは無いなどと…いや、まさか…言峰さん、貴方は前回の聖杯戦争も監督された。前回の呼び出されてサーヴァントでチャンピオンなどと言うサーヴァントはおられましたか?」

『いや、居なかったと記憶している』

『どういう事ですか、師よ』

「いや、今回ではないのなら前回か前前回から現界を保っているサーヴァントなら確かに居てもおかしくは無いと思ったのだが…いや、忘れてくれ。そもそもサーヴァントの維持には莫大な魔力が必要だ。それを60年いやそれ以上維持するのは難しい」

実質的に不可能だろうと時臣と言われた男性は言っている。

「それで、言峰さん。教会としてはそのイレギュラーサーヴァントをどうするので?」

『そうだな。今回の事は他のマスターに通達した方が良いだろう。キャスター討伐と同様に追加令呪を与える事で早期の排除をと思っておりますが…いかがでしょうか』

「それも已む無しでしょう。外来の魔術師は愚か、正規の参加者以外に聖杯が掻っ攫われては笑い話にもなりはしない…」

『ではそのように。明朝他のマスターには連絡しましょう』

「それが宜しいでしょう。…それにしても…今回の聖杯戦争は不測の事態が起きすぎる」

『ですが、イレギュラーとの戦闘で他のサーヴァントが傷ついてくれれば事態は好転いたしましょう』

「そうだと良いのだがね…」

煮え切らない言葉を残し、通信は遮断された。

「くそっ…」

ダンっと時臣はテーブルを叩く。思えば最初から予想外の事ばかりだった。

確かに最強の英霊を招きよせた自信はある。しかし、それがまさかアーチャーのクラス…それも高ランクの単独行動スキルを持っているあたりから自分の磐石が崩れて行っているようでならない。

しかも、呼び寄せたサーヴァントの我が強すぎる。時臣の言う事なんて聞きはしない。

時臣は背もたれに背を預けクールダウンすると、陰鬱な気持ちを抱えたまま事態の推移を見守るのだった。まだ動く時ではないと言い訳をして。 

 

第九十四話

夜、イリヤは俺を連れると未音川へと来ていた。

イリヤは大きな排水口の先から嫌な魔力を感じたと言う。

それが何となく気になって来て見たのだが、排水口の先に着いたとき、空からバリバリと雷を蹴る音を響かせて二頭の牡牛が引く勇壮なる戦車に乗ったライダーが駆けて来てイリヤの前へと止る。

「おお、昼間の小娘ではないか」

「そう言えば名前を名乗ってなかったわね。あの時はそう言う出会いも良いかもとわたしも教えなかったのだけれど」

「そうであるな。だが二度目とも成れば余も名乗ろう。我が名はイスカンダル。名高き征服王とは余の事よ。それとこれが余のマスターだ」

ひょいと御者台の隅に居た少年を引っつかんで紹介するライダー。

「ちょっ!ライダーっ!何を言ってやがりますかっ。て言うかもしかしてキャスターのサーヴァントっ!?」

なるほど、確かに何も情報がなければ残りのキャスターと勘違いされてもしょうがないかもしれない。

「わたしはイリヤスフィール。そしてこっちがわたしのサーヴァント、チャンピオンよ」

「なっ!?聖杯戦争は全部で七騎のはずだろうっ!?」

と、イリヤの答えにライダーのマスターである少年が吠えるが、ライダーはさして気にした様子は無いようで話を続ける。

「イレギュラークラスと言う奴か。ふむ、どうだ?余の傘下に入らんか?」

「残念ながら俺のマスターは今の所イリヤなんでね」

彼女の望まぬ事は出来ないと断る。

「むう…どいつもこいつも断りよる」

「それで、ライダーは何をしに来たの?」

「余のマスターが此処にキャスターの工房があると突き止めたようだからな、倒しに来たのよ」

「ふーん」

「そうだ、おぬしらも来ぬか。キャスターの討伐におぬしらも来たのだろう?」

「わたしは何となく気になったから来ただけよ。でも、キャスター討伐ってどうするのよ。工房攻めはそう簡単じゃないはずよ」

「それはぶち当たるだけぶち当たってみなければ分からん。意外とどうにかなるかもしれん」

「呆れた…でも、面白そうね。ご一緒させてもらうわ」

「ええっ!?」

「そうか、では余の戦車に乗るがよい」

驚く俺を余所にイリヤの細腕を掴み戦車へと引っ張り乗せるライダー。

「ほれ、貴様も乗るが良いl。まさかマスターを一人で乗せる訳にも行くまい」

あっけに取られつつもイリヤを守るために彼女を抱え込むように俺もライダーの戦車へと乗り込む。

「ららら…ライダーっ!これはあれだろ?おかしい事だろ?いや、おかしいはずだよな?何で八騎目のサーヴァントが居るんだよっ!」

「む、そうであったな。その辺はどうなのだ?」

マスターの少年はテンパリながら叫び、今更気が付いたかのようにライダーは俺達に聞いた。

「俺達は今回の聖杯戦争の参加者では無い。確かにサーヴァントとマスターの関係ではあるが、俺達は特に聖杯を求めていない」

俺はそう答えた。

「参加者じゃないのか?」

「違うわ」

イリヤもきっぱりと否定する。

「ええっ!?サーヴァントとマスターのくせに聖杯戦争とは無関係だって?そんなはずは無いだろうっ」

「本人達がこう言っているのだから良いではないか、坊主。それに余らの前に敵として立ちふさがるのなら蹴散らしてやれば良いだけだ」

「ら・い・だ~っ!」

何だろう、この主従、サーヴァントの方が立場が上じゃないか?

八組目をいぶかしむマスターの方が正しくて、気にしないサーヴァントの方が確かにおかしい。

とは言え、力関係がライダーの方が上なのでライダーのマスターも強くは言えない、と。

そうこうしている間もライダーは手綱を操り、すでに戦車は発車していた。

「~~~~~~っ」

顔を真っ赤にして真剣に令呪を使おうか迷うウェイバーだが、流石にそれは理性が押し止めたようだ。

暗闇の排水溝をライダーの戦車で走破する。途中グロテスクなナニカを蹴散らしながら奥へ。

「それにしても、凄いわね。衝撃も風圧も何も無いなんて。さすが宝具って事なのかしら」

独り言のように呟くイリヤ。しかし、それには俺も同感だ。これは戦車であって戦車ではない。

宝具。その言葉の意味を再確認した瞬間だった。

「それに、ここは本当にキャスターの工房なの?それにしては守りは杜撰(ずさん)だわ」

「それは僕も思っている。魔術師の工房攻めがこんなに簡単なはずはないんだ」

イリヤの声にライダーのマスター…ウェイバーが答えた。

「確かにこんなに簡単なはずは無いだろう。キャスターには陣地作成スキルが与えられる。それこそ堅牢な神殿すら作れるほどのスキルをもつ者が呼ばれる事もあるだろう。…しかし、これは」

「まぁそれも最後まで行ってみれば分かる事よ」

と俺の呟きに返したライダーは手綱を捌き排水溝の更に奥へと戦車を走らせた。

小さめのホールのような所へと出ると、そこがどうやら終着のようだった。

キャスターは不在のようだったが、此処が拠点である事は確かだろう。…俺の眼で見たそこには凄惨なナニカがオブジェのように飾られていたのだから。

やはりこんなに簡単に工房を攻められた事にウェイバーはキャスターが本来の意味での魔術師ではなく、キャスターの伝承に悪魔を呼んだとか魔術書を持っていたとかと言う伝承が一人歩きした結果であり本人は魔術師でもなんでもなかったのではないかと辺りをつけたようだ。

こう言う分析は頭でっかちっぽい彼には向いているのかもしれないが、この暗がりで不鮮明だったそこを魔術で見たその凄惨な光景には耐性が無かったようだ。

ショックで吐露を繰り返している。

「…これは」

イリヤもどうやら見てしまったようだ。

そこに有ったのは人間であったナニカだ。切り刻まれ、血を抜かれ、内臓がはみ出していてもまだ生きているのだからその光景は醜悪すぎた。

この光景にショックを受けるウェイバーやイリヤはまだ人間として好感を持てる。これを何の躊躇も無く作り上げられる事に同意してしまうのなら、それはすでに人間として終わっているのではないか?

ライダーもこの光景を嫌悪するウェイバーを頼りないが、快く思っているだろう。

しかし、ライダーの顔は凄惨な光景に歪められるのではなく、戦闘を前にした武人の顔へとなっている。

それをいぶかしんだウェイバーが突っかかると、アサシンに囲まれていてそれどころでは無いと答えた。

ああ、それには同意だ。俺達はいまアサシンに囲まれている。

俺もそっとイリヤを守る位置に構える。

「アサシンが4体…?分身する能力持ちと言う事ね」

直接的な戦闘能力が低いアサシンも数が多ければ別だ。一人二人を相手にしている内にマスターを狙われては敵わない。

アサシンのクラスは対魔力のスキルを持ち合わせていない。もちろん、生前から持ち合わせていれば別だろうが、魔術師ではない暗殺者にその可能性は低いだろう。

俺はアサシンの一人に万華鏡写輪眼・八意(やごころ)を使う。

思兼(おもいかね)よりも使う事の無い能力だが、敵の知識を奪うと言うこの能力はこのような未知の敵には優位な能力だろう。

一瞬で読み取った情報から、比較的に重要度の高いものを整理する。

アサシンは個にして群のサーヴァントであり、分裂して増える宝具・妄想現象(ザバーニーヤ)を持つ。

最大80人ほどまで分裂でき、今ここに居るアサシンを倒してしまったとしても大勢に影響は無い。

マスターは言峰綺礼。

これには驚いた。綺礼はアーチャーのマスターだと思っていたからだ。

遠坂時臣と綺礼は同盟関係で、諜報活動に使われ、潰されてしまうのではないかと憂慮しているし、どうやらそうなりそうだとは思っているが令呪の縛りには抗えない。

今回の事はこんな暗がりにのこのことやってきたライダーのマスターを殺してしまおうと功を焦った為。

ふむ。とりあえず、ここに居る奴らを倒してしまっても聖杯にサーヴァントの魂が帰る事は無い。なら…

「ここに居るので全部かしら?」

「いや、一部のようだ。奴らはまだまだ分裂するサーヴァントだろう」

イリヤの呟きに答える。

「そう。なら、チャンピオン。残らず殺して構わないわ。やっちゃって、チャンピオン」

「む?そなたが行くのか」

「イリヤを守っててくれよ」

「よかろう」

ライダーの頼もしい答えに満足した俺は戦車を飛び降りる。

「え?速いッ!?」

戦車を飛び降りた俺は地面を蹴って神速を発動。目にもとまらぬと言う俊足でアサシンの一人に近づくとソルでその首を切り落とした。

瞬時に黒い霧となって消滅するアサシン。

「なにっ!?」

驚きつつも手に持った短剣(ダーク)を投げ放つ残り3人のアサシン。その短剣(ダーク)に飛針を飛ばして相殺する。

そのついでに鋼糸を投げ二人目のアサシンを雁字搦めに捕獲してそのまま握り潰す。

「がっ…がはっ…」

これで二人目。再び地面を蹴ると狭い室内にある多くの足場を利用し壁を蹴って次のアサシンの後ろへ回り込み一閃。最後の一人は逃げようと霊体化しようとしていたが、俺の方が一瞬速い。

そのまま首を切り落とし、全てのアサシンを殲滅する。

「ほう。これはなかなかのつわものよ。やはり余の傘下に入らぬか?」

再びのライダーの勧誘。

「イリヤの命令なら仕方ない。サーヴァントは現界するのもマスターの魔力次第なんだからね。彼女の意思なければライダーに組する可能性はないよ」

「ふむ。なら、小娘と相談と言う事だな」

「あら、人の事を小娘と呼ぶ礼儀知らずの男性に組する事はないわ」

「むぅ…そうであるな。それはすまんかった」

「そんな事より、チャンピオン。あなたならこの惨状を何とかできる?」

「何とかって?」

「言い方を変えるわ。あなたならあの子供達を元に戻せる?」

「なっ!?」
「ふむ」

イリヤの物言いにウェイバーは絶句し、ライダーは興味深そうに頷いた。

「別にわたしはあの子供達を救いたいわけじゃないわ。ただ、こんな状態で放置しておくのが気持ち悪いだけ。こんな生きても死んでもいない状態が気持ち悪いの。出来ないなら殺すしかないわね。さすがに魔術師でもこんな状況からの完全蘇生は不可能だもの」

確かに二択だ。殺してやるか、または何とか元通りに戻すしかない。

どちらかしか選べないなら後者の方がまだ気持ちが良い。助ける訳ではなく、ただ自分の気持ちの問題。ある種のエゴだ。

「イリヤがやれと言うならやるけどね。ただ、せめて助けた後に子供達が保護されるまでは責任を持つべきだ」

「面倒だけど、仕方ないわ。ライダー、あなたも手伝いなさいね」

「余か?まぁ確かにこの子らを助けられるならば喜ばしい事ではあるのだが…」

「出来るわよ。チャンピオンは出来ないとは言って無いもの」

「そうなのか?」

「出来なくは無いね」

「出来るのかっ!?」

驚くウェイバーを無視してこの部屋の中心へと移動する。

カートリッジはライダーの前ではまだ使わない方が良いだろう。

俺はイリヤからそこそこ大量の魔力をくみ上げると、それを右手に集めた。

俺は膝を着き、右手を地面に着けると能力を発動する。

『星の懐中時計《クロックマスター》』

俺の魔力がこの部屋に居る全ての者へと伸びて行き、その形を元に戻す。

凄惨たる光景に切り刻まれていた子供達は何事もなかったかのように健康な体へと戻っていく。しかし、俺には失った命を戻す事は出来ない。

体は元に戻る。しかし、魂の篭らない肉体は直ぐに活動を停止するだろう。

「なんだよ、何が起きているんだよっ!」

「坊主、良く見てみろ。あれは蘇生させているのでは無い。元に戻しておるのだ」

「は?それって、時間の逆行?そんな馬鹿なっ!」

「馬鹿なも何も無い。先ずは現実を見んかバカ者め」

さて、そろそろ全ての子供が元に戻るだろう。しかし、その半数以上がすでに帰らない。肉体だけが元に戻っているだけだ。

「余の戦車に乗せて地上へと運ぼう。亡くなった子らも一緒にな」

気を失って倒れ伏す子供達を見てライダーが言う。

まだ暖かい、しかしその生命活動の終わっている子供達と、まだ生きる事が出来る子供を乗せライダーの戦車は来た道を引き返す。

その道中には会話は無く、ただキャスターへの怒りだけが有った。

夜の公園へ子供達を下ろすと交番へと電話し、保護を頼む。これで生きていた子も死んでいる子も親元へと戻れるだろう。

これ以上は俺達には出来ない。

子供達が保護されるのを遠目で眺めた後、ライダーが言った。

「こうも胸糞悪い事の後だと酒が呑みたくなるな。余はこれから酒宴を開こうと思うのだが、小娘とチャンピオンもどうだ?」

「ライダーっ!?」

「そうね、気分転換しないと私も気分が悪いわ」

ライダーの奇行を止めるように叫ぶウェイバーと同意するイリヤ。

「先ずは酒を手に入れねば成らんな」

ライダーはマスターの叫びは無視して戦車を消すと繁華街の方へと向かって歩き出した。

「ライダーっ!ちょっとまてよこのバカは~っ」

「わたしたちも行きましょうか、チャンピオン」

「はいはい」

大またで歩くライダーに小走りで付いていくウェイバーを俺とイリヤも追いかけた。

酒屋でワインの樽を買い付けると言う暴挙に出たライダーはその酒樽を担ぎ一路市街地へと戦車を向けた。

「あ…この先は…」

「なんだ、おぬしらもこの先に何か有るのかは知っていたのか」

イリヤの呟きにライダーが返す。

それは知っているだろう。

結界が施してあるはずのアインツベルンの敷地を強引に割って入り、茂っている森林をその戦車で薙ぎ倒して行く。

道があるのではなく、もはや彼が走破した所が道となっている感じだ。行き先がアインツベルンと城と言う事は、待ち構えているのはイリヤの母親だ。それに気が付いたイリヤだが、流石に今この戦車を降りるわけにも行かない。

「到着だ」

地面を抉りながらアインツベルンの居城の前へと舞い降りるとライダーは大声でセイバーを呼びつけた。

根城に奇襲をかけられてすっ飛んでくるセイバーとアイリスフィール。

ライダーとセイバーが一触即発なその横で、こちらはこちらで微妙な雰囲気だ。

「アリア?あなたはなんでそんな所に居るのっ!?」

「…お母様」

イリヤの囁きはしかし小さく、どうにかアイリスフィールに聞かれずに済んだ様だ。

「止ってくださいアイリスフィール。彼女が連れているのはサーヴァントだ」

駆け寄ろうとしたアイリスフィールを制止する声が響く。

「え?」

そこでようやくイリヤを守るように立つ俺の存在を思い出したようだ。

しかし、サーヴァントかどうかはマスターならば判別付くだろうに、それが出来ないと言うのは出来ないほどテンパっていたのか、本当に出来ないのかだ。

後者ならやはりセイバーのマスターはアイリスフィールでは無いのだろう。

「制止させずとも大丈夫だぞ、セイバー。今日は戦いに来たのではない。それは余が保障しよう。此処で彼らが争うと言うのなら、余自らが誅殺するであろう」

「それを信じろと言うのかっ!」

「それはまぁ、信じてもらわねばならぬのぅ」

「大体聖杯戦争で呼ばれるサーヴァントは7騎のはず。だったらなぜ8騎目のサーヴァントが居るのだ」

「さて、それは余にも分からぬが、大した問題でもなかろうて」

「ライダーっ!」

「ライダーにも言ったけれど、わたし達は今回の聖杯戦争の参加者ではないわ。それに、わたしのサーヴァント、チャンピオンは英霊じゃない。ただの人間霊をサーヴァントシステムに当てはめただけ。英霊の方々が気にするような存在じゃないのよ」

イリヤが本日二度目の説明。

「英霊じゃ、無い?」

「英霊になった覚えはないね。その英霊の座と言うものにすら招かれた覚えも無い」

問うセイバーに正直に答える。

本当に俺は英霊になった覚えは無いのだから嘘は言っていない。そこらの人間霊を連れてきたという説明も間違いじゃない。大体究極的には英霊も似たような物なんじゃないか?分からないけれど。

それを聞いたセイバーは再びライダーとの問答に入り、何やら聖杯をかけての問答。名付けて聖杯問答が開催されるようだ。

なんでも王としての格を見せ付けた上でなら誰が聖杯に相応しいか戦わなくても分かるだろうというライダーの持論ゆえだ。

王様と言えばもう一人、ギルガメッシュが居るのだが、いつの間にかライダーが声を掛けていたようだ。遅れて現れたギルガメッシュは俺をひと睨みしたあと、興味も無いとライダーの問答に加わった。

アインツベルンの城の中庭で、なんとなく自然と王様組みとそれ以外とで分かれて座る。

向こうはワイン樽を開け、なぜか柄杓で飲むと言うトンチンカンな事に成っているが、それは半端にこの日本の知識を得たが故の行動だろう。

それに突っ込めるのは此処では俺だけのようだが、真面目にやっている彼らに突っ込んでは羞恥で殺されかねない。黙っていた方が良さそうだ。

それに、ギルガメッシュは酒にも柄杓にも満足しないのか、虚空から酒と酒盃を取り出してセイバーとライダーに与えていた。

「こちらも始めましょう。チャンピオン、何か無いの?」

「おーい、そこで俺任せですか。まぁマスターの命令なら何とかしますけどね」

勇者の道具袋を取り出し、その中からテーブルと椅子を取り出すと設置する。椅子を引いてイリヤとアイリスフィールを座らせるとウェイバーもついでに同席させた。

何やらこちらを見ていたギルガメッシュが地べたに座る事を良しとしなくなったようで、あちらには豪奢なテーブルと煌びやかな椅子が用意されていた。

酒と酒盃以外にもギルガメッシュは色々と持っているようだ。

勇者の道具袋の中からシュークリームを取り出すとテーブルの真ん中の置きグラスを取り出し皆に配った。

さらに取り出したのは虹の実ジュース。まぁシュークリームにお酒を合わせるのも趣味が悪い。

背後からワインソムリエのようにボトルから虹の実ジュースを注ぐと、途端に香る芳醇な香り。どうしても飲みたいと言う欲望を誘う匂いだ。

「チャンピオン、これは?」

先ずはイリヤのグラスに注ぎ、アイリスフィールのグラスへ注いでいた時、イリヤからの質問。

「ただのジュースだ」

アイリスフィールのグラスへ注ぎ終わり、ウェイバーのグラスへと注いでいた時、アイリスフィールから否定の声が上がる。

「そんなはずは無いわ。英雄の持ち物がただのジュースだなんて…」

ウェイバーのグラスに注ぎ終わるとイリヤの背後へと控える。

乾杯の合図は必要なかった。

はしたないとか毒が盛られている可能性すらその時の彼らは頭から抜けていたに違いない。

手前のグラスを持ち上げ、その中身をただ口に含み、嚥下たい。その衝動だけだ。

口をつけ、飲み下す。

ただ一口、口にしただけで彼らはこの世のどの飲み物にも勝る味わいを堪能した事だろう。

言葉は無い、しかしその顔がそのおいしさを物語っていた。

「もう一度聞くわ。チャンピオン、このジュースは何?」

問い掛けるイリヤだが、それは三人の総意であるようだ。アイリスフィールもウェイバーも何も言わないが、その目が回答を訴えていた。

「虹の実と言う果物の果汁を深層水に一滴混ぜ込んだ物だ」

「たった一滴?」

「ああ」

「虹の実なんて果実、伝説にも聞いた事ない」

「私もよ…」

ウェイバーの呟きにアイリスフィールも若干放心しながら同意した。

「くぉら、チャンピオン。そっちだけで美味しいものを食うでない。此方にもよこさぬか」

ライダーがその匂いに釣られてやってきて俺の肩に手を置いてジュース瓶を奪い取ろうとする。

「こら、このテーブルからドリンクを奪っていくな」

「だが、おいしそうな匂いを漂わせておいてその瓶の中身をお主らだけで飲み干すのはあまりにも酷い仕打ちではないか?セイバーもアーチャーもそう思うだろう?」

同意を求めるように振り返るライダー。

しかし、返答は無い。二人とも王であり、自ら請い願うを良しとしなかったからだ。

とは言え、その表情が寄越せと訴えてはいたが。

「そっちは酒宴だろう。適当なものを出すから勝手にやってくれ」

俺はため息を吐きながら勇者の道具袋から虹の実ワインを取り出すとライダーに渡す。

「これは?」

「同じ実で出来たワインだ。度数は高めだから飲むときは注意…聞いちゃいない…」

その瓶を俺から奪うように引っ手繰るとライダーは飛んで戻り、ギルガメッシュに新たに酒盃を用意させると栓を開けた。

どぼどぼと酒盃に注ぎ、堪らずと口に含むライダー、セイバー、ギルガメッシュの三人。

「これはっ!」
「ほう、これはまことにうまいワインだ。いや、これはワインの範疇に入れることすら憚られるな」
「くっ…確かに我が財にもこれほどの逸品は珍しい…」

何かもう聖杯問答そっちのけで酒盃を煽っているが、それかなり度数高いからね。…まぁサーヴァントなら問題ないのか?

俺は勇者の道具袋から更に一品取り出す。

取り出したそれはシュワシュワと透けて見える内部から気泡が立つ一つの果実だ。

それを切り分けてイリヤ達へと振舞う。

「これは?」

「スプナッシュと言う…梨の一種…だと思う」

「だと思うって…」

問いかけたイリヤの代わりにウェイバーが呆れていた。

しかし、だされたその果実を頬張りたいと言う欲望には素直なようで、手づかみであると言うのも忘れてかぶりついた。

その瞬間シュワシュワと口の中で気泡が弾け飛ぶ。

口から漏れたその気泡が清涼剤も格や言う匂いを辺り一面にばら撒いた。

「うまーいっ!」

「これはもうこれ以降果物を食べられなくなってしまいそうね…」
「激しく同意だ…」

「おい、そこの雑種ども。同席を許す。そこの小間使いも我らに給仕する事を許そう」

ギルガメッシュが堪らずと立ち上がると、相変わらず上から目線でそう言った。

うーむ、プレッシャーがバシバシと飛んでくるそれはもはや殺気のレベル。事を構えるのは面倒だからどうするか、とイリヤに視線で問う。

「いいわ、同席に預かりましょう。わたし達が向こうに行かないとただの酒宴が戦争の引き金になりかねないわ」

と言うイリヤの了承を得て、俺達はテーブルを移動する。

「この食器を好きに使うが良い。見ていれば器が食材に負けている。その食器はそなたに下肢してやろう」

それが報酬だと言っているのだろう。ギルガメッシュの唯我独尊ぶりも、付き合い方が分かれば何となく許せるかもしれない。

ただ、あんなに偉そうにしていると友達なんて出来なかっただろうな。







さて、この集まりはただの酒宴で有ったはずだ。友達同士が集まって自宅の開く飲み会程度のものであるはずであった。

な・の・にっ!なぜ俺は今料理を作っているのでしょう?

見た事も無い食材を勇者の道具袋から取り出す俺を見て金ぴかの王様が自慢の宝物庫から格式高い食器から宝具の域にあるような料理器具、果ては宝具式のキッチンまで取り出して俺に押し付け、調理せよと命令しやがった。

マスターでも無い奴の命令は本来なら聞く必要は無いのだが、周りの視線が期待に満ちていた。…イリヤまで期待の視線を送り、最後は命令。断れば令呪を使用するのもいとわないと言われればやるしかあるまい…

いくつかは簡単に済ませられるようにあらかじめ作ってあったものと、クロックマスターで調理時間を短縮させたりと、割と短時間で用意して料理を運んでいく。

オードブル(前菜)に始まり、ポタージュ(スープ)、ポアソン(魚料理)、アントレ(第一の肉料理)と続き、ソルベ(冷菓)は作り置きのスプナッシュのシャーベットで時間を稼ぎ、ロティー(第二の肉料理)をこなせばようやくゴールが見えてくる。サラダ(生野菜)を出し終えると『アントルメ』はこの前作ったマカロンをだし、虹の実を取り出しフルュイ(果物)を終える。最後のカフェはサーヴァント組み以外の人たちに出し、サーヴァント達は残しておいた虹の実ワインを開けている。

流石に疲れた…今さらだけど、料理に給仕に俺一人でよく回したものだよ。まぁ、包丁やキッチンが優秀なのも理由だけど。うん、このキッチンや包丁欲しいなぁ。流石に宝具だけ有って使い心地抜群だった。

「ふむ、中々の料理であった。一流程度の技術であろうが、これほどの手並みには報酬をやらねばな。食器だけではなく、調理器具の全てを下賜してやろう。ゆめ精進に励むようにな」

「お口に合って何よりです」

ギルガメッシュがえらそうな口ぶりで労うが、まあ反論する気力も無い。一流程度とは侮蔑の意味も含められているのだろうが、寧ろそれに気がついたギルガメッシュは油断がならない。所詮俺は一流を越えられないのだから。

それに包丁やらキッチンやらをくれると言うのなら貰っておこう。良いものを貰った。

「うむ。まこと美味であった」

「美味しかったです。チャンピオン」

ライダー、セイバーも喜んでくれたようだ。

「チャンピオンって本当に多芸よね。お菓子作りは上手だと思ってたけど、フランス料理のフルコースを簡単に作っちゃうなんて」

「時間だけはいっぱい有ったからね。なんとなく覚えた」

「それにしてもこの料理に使われた食材、一つとして分かる物が無かったのだけど…」

「まぁこの世界で言う幻想種に当たるような動植物をふんだんに使っているからね。この世界では中々食べれる物では無いよ」

アイリスフィールの呟きにそう返した。

「げっ幻想種…なの?」

「ドラゴンや恐竜が現代に存在するなら別だけどね」

今回使用した物は昔カジノで手に入れた食材をふんだんに使ってある。俺の腕が一流止まりでも材料はこの世界では敵う物が無いのは紛れも無い事実だろう。

「僕、明日からジャンクフードなんて食べられないよ…」

ウェイバーが何処か遠くへ旅立っているが、スルーしよう。

料理で気を良くしたところで再び聖杯問答が始まった。

ライダー、ギルガメッシュと二人は自分の王道と聖杯に賭ける望みを言っていく。

ライダーは受肉を求めギルガメッシュは聖杯は自分の物であり勝手に盗んでいこうとしていると者を誅殺するために聖杯戦争の呼びかけに答えたらしい。ギルガメッシュはその過程が問題であって、聖杯自体はどうでも良いらしい。

さて、最後のセイバーはと言えば…知っていると思うが、ブリテンの救済と王の選定のやり直し。もっと相応しき人物が王ならば、ブリテンは滅びなかったのではないかと故国の救済を願う。

これにはライダーは憤然としギルガメッシュは笑い出してしまった。

何を否定する事が有るとセイバーは激昂する。自国の救済を願って何処が悪い、と。

「そう言えば、チャンピオンってセイバーに似ているわ」

イリヤが洩らした言葉で矛先が此方に向いた。

「チャンピオンがセイバーに似ている?ほう、チャンピオン。お主も王だったのか?」

「なんだ?ただの小間使いでは無かったのか?」

ライダーの問い掛けとギルガメッシュが俺に向ける表情が少し厳しいものが混ざる。

「チャンピオン、あなたはどう言った王だったのです?私と似ていると言うのなら教えてもらいたい」

セイバーまで此方を向くんじゃない。

ここに居る人たちの全ての視線が俺へと集まり、逃げ道をふさがれてしまった俺は観念する。

「俺は王様と言う仕事をしていただけで、王と言うものの矜持が有る訳じゃないんだけど」

「ほう、仕事とな」

どういう事だとライダーは問う。

「そう、仕事。この身一つで国を興し、支配していたわけじゃなくて、後年の王国がそうであるように王の子であると言う立場に生まれたからの王だった。王子であった俺は税金と言う平民達が自分達の未来を託す投資で育ててもらった。だから俺は投資された分を国民に返していたに過ぎない。だから俺は会社の社長のようではあったが、ライダーやアーチャーのような王ではなかったな」

強烈な我でもって国民を引っ張ってゆく輝きは俺には無かったものだろう。

「それでもあなたは戦争に勝ち続け、国民を守ったわ。そう言う意味ではあなたはちゃんと英雄よ」

イリヤが盗み見た俺の過去から肯定する。

「あなたは最後まで国を守ったのですね…」

セイバーが呟く。

「いや、俺の場合最後は土地を捨てて国民全てを連れて逃げたからな。国を守ったかと言われればNOと言わざるを得ない。だけど国民を守ったかと言われれば守れたと信じたい。逃げた先の土地を開拓し、落ち着いたら最後は大統領制に変更させてトンズラしたけど」

「は?王としての責務を投げ出したと言うのですかっ!あなたはっ」

「戦争に勝ち続け、国民を連れて逃げはしたが国民の生活基盤を作り直したんだ。彼らの投資分は全て返し終えたと思っている」

「最後まで自分の手で守ろうとは思わなかったのですか?」

「王が居なくても国が動くシステムを作ったのだから、後は国民に任せただけだ」

「それを無責任と言っているのです」

「よせセイバーよ。あやつ自身も王とは言って無いのだ。あれはただの小間使いよ」

「なるほど、確かにチャンピオンは王と言うより社長だのう。会社を運営する社長と言う立場が王だったという特殊なタイプよな。まぁ余に言わせるなら王としちゃなっとらんと言えるが」

なんかギルガメッシュとライダーに散々な事を言われたような気がするのだが…しかし合ってるけど小間使いは酷くない?

人の事を肴に更に問答が進もうかと言う時、この中庭を囲むように黒いサーヴァントが取り囲んだ。

「あら、アサシンね」

「ちょっと、何をそんなに悠然としているのよっ!何この数は…十や二十と言う数じゃないわ」

「ひぃ…」

イリヤは悠然と構え、アイリスフィールは驚いている。ウェイバーは机の下に隠れるように身を縮ませた。

ライダーは自身が買ってきた酒樽に柄杓を突っ込みワインをくみ上げると高々と持ち上げて歓迎すると宣言したが、それへの返答は一本の短剣(ダーク)だった。

短剣は柄杓の柄を切り飛ばし、柄杓の中身をこぼしてしまった。

酒宴を汚されたライダーは怒り、一瞬で鎧を着込むとセイバーに最後の問答をする。

王とは孤高なるか否か。

その答えを見せ付けるかのように発動されたライダーの真の宝具。

固有結界、アイオニオン・ヘタイロイ《王の軍勢》。

突然俺達を飲み込んで展開されたそれは、気がついたら平原にぽつんと立っていた。

固有結界とは心象風景の具象化。となればこれがライダーの心の形なのだろう。

どうやったのかは分からないが、ライダーは固有結界を展開したときにアサシンと俺達を距離を置いて集めるように取り込んだようで、囲んでいたはずのアサシンは今は百メートルほど遠くに集められている。

固有結界、心象風景の具現化と言うだけでも驚きを隠せないものだが、この固有結界の能力はさらに驚かされた。

背後から数百、数千の兵隊が現れた。それらは皆長槍を持ち、地面を踏み鳴らしながら行進し、王の合図を待っている。

現れた彼ら一騎一騎が皆サーヴァントであり、宝具こそ持っていないが、皆が一騎当千の兵士だった。

死後も生前も臣下をその絆によって呼び出されるその規格外の能力に皆驚き、セイバーは一層驚愕していた。

王とは孤独ではなく、何処までも臣下を惹きつけるものであると言う一つの答を見せられたからだ。

ライダーの号令で突撃を開始した彼らは数十は居たであろうアサシンを10倍以上の数でもって蹂躙し、アサシンの反撃なぞ振り払われる羽虫の如く、ヘタイロイが通り抜ける頃にはその全てを殺されていた。

「ねぇ、チャンピオン。あなたならこの固有結界を使われてもライダーを倒せる?」

「生前の俺だったら宝具の持たないサーヴァントがどれほど集まろうが勝てただろうね」

スサノオ完成体で怪獣映画に出てくる逃げ惑う人間の如く踏み潰し、山をも斬り飛ばす刀で吹き飛ばせるだろう。しかし…魔力量に不安のある今じゃ難しい。

「そうなんだ…」

「でも、この場所で戦ってやる必要は有るまい。展開されたら逃げるのみ。たとえ取り込まれたとしても出られるよ」

シルバーアーム・ザ・リッパーならこの空間も切裂けると思うし。

…なんだろう、やはりこの能力はチートだね。ドニが弱くなると言っていた意味が何となく分かるよ。便利すぎてすぐに頼っちゃうんだ。

「………ほんと、チャンピオンって」

それ以上はイリヤは言わなかったが、ほんと、何?何て言おうとしたのだろうか。

ライダーが結界を解くとそこは一歩も動いていないアインツベルンの中庭だった。

アサシンの襲撃と言う望まぬ来訪者の訪れで、何となく解散ムードへと以降した。セイバーはライダーにまだ言いたい事がある様だが、ライダーは請合わず、ウェイバーを連れて戦車で帰っていってしまった。

ギルガメッシュも折角の余興が興醒めしたと踵を返すと、残されたのは俺とイリヤ、セイバーとアイリスフィールの四人だ。

と言うか、ライダー!もしかして俺達の事忘れて無いか?

ライダーに置いて行かれた俺はとりあえず、ギルガメッシュから貰った食器やら調理器具を勇者の道具袋に突っ込むとイリヤの側まで寄る。

「色々あって聞くのが後回しになっちゃたけれど、アリアはマスターなの?それにチャンピオンって?八騎目のサーヴァントの存在なんておかしいわ」

ようやく聖杯戦争参加者としての最低限の思考を取り戻したようで、イレギュラーである俺達の情報を今更ながらに得ようとアイリスフィールはイリヤに問い詰めた。

「それは教えられない事もあるけど、少しは答えて上げられるわ。とりあえずチャンピオン、コーヒーをもう一杯お願い」

ライダーの突飛の行動の所為ではあったが、母親との邂逅は別れがたいのか、イリヤはもうしばらく此処に居るようだ。

ギルガメッシュが居なくなった事により、テーブルと椅子は宝物庫に収納されたのか光の粒子となって消えてしまったので、俺が出したテーブルへと移動し、ポットからコーヒーを注ぐ。ついでにアイリスフィールのカップにも注いだ。

セイバーはまだ悶々としているのでスルー。

テーブルと椅子は消えてしまったが、使っていた食器は地面に置いて有ったので、先に言った様に食器の関係は俺にくれると言う事なのだろう。何ともしっかり王様なやつである。そこの所を少し見直した。もっと下を顧みない奴なのだと思っていたのだが、そうでも無いようだ。

二人とも一口コーヒーを啜った後、アイリスフィールが口を開いた。

「それじゃ確認なのだけど、あなたはアインツベルンのホムンクルスよね?」

「うん。わたしは確かにアインツベルンのホムンクルスよ」

アイリスフィールの質問に答えるイリヤ。

「それじゃそこに居るチャンピオンはあなたのサーヴァントなの?」

「うん。チャンピオンって凄いでしょう。何でも出来ちゃうの」

「ええ、凄いわね。まさかあれほどの料理を食べれるとは思って無かったわ」

「でしょう」

自分の事のように喜ぶイリヤ。まぁ悪い気はしないけど。

「あなたはどうやってサーヴァントを召喚したの?サーヴァントは全部で七騎のはずよ。それにイレギュラークラスのようだし…」

「うーん…それには答えられないわ。ただ、今回の聖杯戦争で呼ばれたサーヴァントじゃないと言う事だけは確かね」

そりゃそうだ。俺達は第五次聖杯戦争で召喚されたサーヴァントだからね。

「そう、アハトのお爺様が何かしたのね。サーヴァントの召喚なんて聖杯の力が無ければ無理だと言うのに。いえ、その維持すら普通なら不可能のはず…」

アインツベルンのホムンクルス=当主の手駒と解釈したのだろう。それは俺達の世界も間違いではなかったが、イレギュラーすぎて期待もされていなかったはずだ。

「それで、当主はなんてあなたに命令しているのかしら?私達を援護しろとでもおっしゃられたのかしら?」

「?わたしは誰の指図も受けて無いわ」

「え?じゃあ、なんであなたは聖杯戦争に参加しようとしたの」

「え?わたしは聖杯戦争に参加なんてして無いわ」

「は?サーヴァントを従えてこの冬木市に居るとなればあなたも聖杯を求めてやってきたのよね?」

「わたし達がここに居るのはただの事故よ。聖杯なんて要らないわ」

「え?」

イリヤの言っている事にまったくの嘘は無い。しかし無いからこそ相手には意味が通じないのだろう。

「そんな事はどうでもいいでしょう。それよりもわたしはあなたのお話が聞きたいの。ねぇ何かお話を聞かせて」

「え?私の?あの、でも、ホムンクルスである私にそんなに面白い話は…」

「それじゃこの冬木に来てからの事で良いの。何か面白い事は無かった?」

「そうね…私は生まれて始めて外に出たのだけど…」

と前置きをしてから語られたアイリスフィールの話はこんな人が大勢居る所に来た事は初めてで酔いそうになった、とか。潮の匂いに潮騒の音、海の水は冷たかったけれど気持ちよかったとか、些細な物だった。しかし、それはイリヤの知らないアイリスフィールの物語だった。

時間にすれば30分。それだけあれば彼女の物語は尽きてしまう。それはきっと悲しい事なのだろう。少し前のイリヤもそうであったのだが、彼女は少し前のイリヤそのものだろうか。

そろそろ時刻も良い頃合だ。イリヤがあくびをかみ殺している。

「名残惜しいけれど、そろそろわたしは帰るわ」

「そう。ねぇ本当に貴方は聖杯戦争の参加者では無いの?」

「うん。それじゃ、またね…お母様…」

最後の言葉は口から漏れる事は無いほどに小さく虚空に消え、イリヤは踵を返す。

俺は彼女を抱きかかえると夜の空へと飛び去り、ライダーが始めた突拍子も無いこの宴会は今度こそ終了した。



衛宮邸へと戻り凛と合流すると、何やら手伝って欲しい事があるとの事。

詳しく内容を聞くと間桐家に引き取られた妹の桜を助け出すのを手伝って欲しいらしい。

と言うか、桜って凛の妹だったのか…

そして凛の口から話される桜の現実は確かに憐憫をさそう。が、しかし…

対価を何にするかとか、魔術師的なあれやこれやを話す凛。しかしそれははどうでもいい。

そう、どうでもいいのだ。

「俺は今はサーヴァントで、マスターであるイリヤの盾であり剣であり、純粋な力だ。だからイリヤが許可したのなら凛に手を貸すのも良いだろう」

「うん?だったら何が問題なの?チャンピオン」

「俺はね、使い方を間違わなければ確かに多くの命を救う力を持っているだろう」

「うん」

「だけど、生前、俺が助けた人間は片手の指で数えられるほどしかいない」

「え?」
「何でよっ?」

俺の言葉に耳を疑うイリヤと凛。

いや、国を守ると言う役割で多くの命を救った事も有るかもしれないが…そう言う事ではなく。

「全てを平等に救うなんて不可能だとか、救った分だけ救われなかった人たちに恨まれるとかそう言う面倒も有るけれど…俺はね、助けた人の人生に責任が持てない場合は助けない事にしているんだよ」

俺の言葉に意味が分からないとでも言いたげなイリヤ。

「そうだな…凛、桜を助けると言う事はどういう事だと思う?」

「そりゃ、桜を間桐の家から連れ出して、それで…」

「それで?彼女は理由が有って間桐に養子に出されたのだろう?確かに凛の父親の選択は間違っていたかもしれない。しかし、連れ出した桜を遠坂の家に帰せるのか?帰せば全てうまくいくのか?たぶん不可能だと思う。桜を連れ出した事が間桐と遠坂の確執となって両家を苛むだろうし、それで桜が救われるかどうかも分からない」

「あっ…」

「確かに救ったと、自分の心は満たされる。しかし、それは余りにも無責任だ。桜を救い出すと言う事はその後に待ち受ける面倒ごと全てを請け負うと言う事。それが出来ないのなら…いや、何でもない。口が過ぎたな。これは君達が選択して選ぶものだった」

しまった…説教はしないが俺の信条だったのに…

「チャンピオンの言う事ももっともだわ。表面上救ってもらっても、それは救いじゃない。いいえ、救いではあるのでしょうけれど、それによって生じた不利益を人任せにしてしまっているもの。…少し考えてみる。考えて、あなたの納得がいく答が出たのなら、手伝ってもらえないかしら?」

「俺はイリヤのサーヴァントだ。イリヤの了承があれば手伝うくらいはするよ」

そう言うと凛は少し距離を取った。一人で考えたいのだろう。

「結局チャンピオンは何が言いたかったわけ?」

「俺はイリヤの力だ。だけど、その力を使うのはイリヤの意思であるべきだ。ならば、行動に伴った結果の責任はおのずとイリヤにやってくるよって言う事」

「そんな事当たり前でしょう」

「そう、当たり前のことだけど、それは凄く難しい」

さて、しばらく凛は一人で考え、ようやく結論が出たらしい。

一時間ほどで戻ってきた彼女は迸るほどに鮮烈な雰囲気を纏っていた。

「桜は助け出す。これは絶対。そして私は私の意志で桜を辱めた臓硯を殺すわ。そして、桜が生きていけるように私が出来る事は全てする。この世界のあの子はまだ助けられる。なら助けるのが姉と言うものだもの」

凛は力強く宣言した。

「あの世界の桜はどうするんだ?」

「…それはあの世界にいる人でどうにかして貰う他無いわね。万が一帰れたのなら、その時考えるわ。でもそれはこの世界の桜に出来る事を全て終わってからね。そうでしょう、チャンピオン」

あらら、逆に釘を刺されちゃった。

「だから、力を貸してください。桜を助け出すにはやはり私では力不足なの…サーヴァントの力が必要不可欠なのよ」

「イリヤ?」

どうする?と、問う。

「いいわ。凛の頼みを聞いてあげて。その代わり、凛も私の頼みを一回聞く事。それが今回の対価って事にしておいてあげるわ」

「…ありがとう」


深夜の間桐邸。

「魔術師の工房を攻めるのって難しいのだろう?」

「ええ、そうね」

「何か作戦が有るのか?」

思い立ったら即行動と凛はその日の内に俺達と連れ立って間桐邸へとやってきていた。

「まさか凛ってばノープランだったの?」

イリヤが呆れていた。

「うるさいっ!ちゃんと考えているわよ。こっちには対魔力Aのチャンピオンが居るのだもの、ガーっと行ってバッと助けちゃえばいいのよ」

「つまりは全部チャンピオンに任せるってことね。リンって本当に役立たずなのね」

「う、うるさいわね。イリヤスフィールなら何か出来るって言うの?」

「わたしにはチャンピオンが居るもの。障害は全てチャンピオンが粉砕するわ」

「変わらないじゃないのっ!」

「違うわ、チャンピオンを現界させているのはわたしの魔力だもの。わたしはしっかりと働いているわ」

「コントはいいよ。魔術結界が張られているようだけれど、まぁ何とかなるだろう」

右手にソルを握り締め、シルバーアーム・ザ・リッパーを行使する。

一瞬で銀色に染まる腕。振り上げたソルを振り下ろすと、パキンと音を立てて間桐邸の結界が破壊された。

「古い家系の結界がただの一撃とはね…さすがにチャンピオンは桁が違うか…」

凛がなんか納得がいかないような表情をしているけれど、今はいいか。

「後はアテナに任せる。彼女が一番適任だから、変わるよ」

「アテナ?それもあなたの分霊のひとりね」

「まあね」

凛の呟きに答えた俺の体は縮み、銀色の髪の少女へと変じた。



チャンピオンがこの間みせた銀の腕…彼が言うにはヌアダの光り輝く腕だが、その何ものをも切裂く能力で間桐の屋敷に施されていた結界は一刀の元いとも簡単に断ち切られた。

幾らサーヴァントとは言え、これだけ便利な能力を持っているサーヴァントは居まい。いや、そもそもこのチャンピオンはサーヴァントの括りを越えている。

そもそもサーヴァントは劣化した英霊の分身なのだ。特性に応じた役割を与える事で本来なら呼ぶ事も難しい英霊を降臨させ、使役する。いくらマスターが桁違いだとしてもこれはおかしい。

まぁ、元が英霊じゃなく、人間霊を平行世界から引っ張ってきたみたいだから私達の理屈は通じ無いのかもしれないけれど。

アテナに代わる。そう言ったチャンピオンの背は縮み、銀髪の少女が現れた。彼女は猫耳のような帽子を被り、服装は普通の一般の現代人の少女のそれと変わらない。

「アオの頼みゆえ、そなたらの願いを聞いてやろうよな」

「アテナね。あなたとは二回目だったかしら」

「以前は確かメドゥーサを相手にした時に出てきたのであったな」

「ええ」

ライダーとも一戦交えていたのか、イリヤスフィール達は。

「では面白い物を見せてやろう。妾の後ろに着くが良い。決して前に出るでないぞ」

何をやらかすのか、興味はあるが言われたとおりにアテナと呼ばれた少女の後ろへと移動した。

「では…」

と呟いた彼女の眼が宝石に光ったような気がした。

そして強力な魔力の迸りを肌で感じる。次の瞬間、間桐邸が一瞬で石化してしまった。

「え?」

石化の魔眼。宝石にランクされる上位の魔眼はキュベレイとも言われ、ライダーが所持していた一級の魔眼だ。

「石化の魔眼…?」

ほんのひと睨みで地面も全て石化した間桐邸をアテナは進んでいく。

いつの間にか手には大きな漆黒の鎌が握られていた。

「……あなたは何者なの…」

答を求めたわけではないが、自然と呟いてしまっていた。

「妾はアテナであると同時にメドゥーサでもある三位一体の女神である故、神格を切り替えればこの程度は容易い」

アテナと言う名前が伊達や酔狂でなく本物の神霊であったと言うのに驚きを隠せない。いや、平行世界での法則上の事で、おそらくこの世界の神霊とは定義が違うのであろうが、それで到底信じられるものではなかった。

呆然としている私を置いてアテナは大鎌を振るい入り口を破壊して中へと進む。

「置いていくぞ」

「リン、遅いわよ」

イリヤもすでにアテナの横に居た。私は置いていかれまいと駆け寄る。

「あ、待ちなさいよ」

間桐邸の中の調度品まで全て石化されているそれを横目に硬い床を踏みしめて進む。

魔術師の工房にあるトラップは全て石化し、その役目を失っていた。

しかし、間桐邸の中に淀む嫌悪感溢れる魔力の匂いは未だに濃厚に漂っていて気持ち悪い。

「ここだな」

アテナは大鎌を振るい、一見何も無いように見える壁を切裂くと、地下へと続く石段が現れた。

「うっ…」
「これは…」

そこから漏れてくる魔力の残滓は一等醜悪で、吐き気をもよおすほどだった。

全身に魔力を通し、その魔力の残滓に抗いながら石段を降りていく。

するとそこには地獄があった。

数多くの蟲がひしめくその地下室の真ん中に、蟲に嬲られている全裸の少女の姿が彫像のように石化していた。

なるほど、アテナがひと睨みでこの屋敷全ての物体を命ごと石化させたのだろう。おそらくだけど、彼女には石化を解く事も容易いからこのような凶行にも踏み切れると言う事だろう。

確かに相手を無力化することには向いていたし、敵は私達を見る前にすでに石化しているのだろう。

「…趣味の悪い。人間は此処まで醜悪になれるものなのか」

唾棄するようにアテナが言う。それは人間と言う種を侮蔑しているかのような言い方であった。

イリヤスフィールもこの光景には自然と表情が険しくなる。

「わたしも幸せじゃな方じゃないと思っていたけれど、彼女よりは幾分もましだったわ。ホムンクルスのわたしだけれど、人間のような扱いをしてくれたもの。でも彼女は逆ね。人間なのに扱いが家畜と変わらない」

私は石化した蟲の上を歩き、彫像と化した桜へと歩み寄る。

その蟲に嬲られている余りにも凄惨な桜の姿に私の体は震え、そして嗚咽が漏れる。

「ゴメンね、桜。ダメなおねえちゃんで…気付いて上げられなくてごめんなさい…」

「そこを退くがよい。その少女だけ石化を解こう」

私が退けるとアテナは桜の周りだけ石化を解いた。

「桜っ!」

私は桜を引きずり出すと群がる蟲を振り払いう。

私を犯そうと食らいつくその蟲はアテナが次々と石化させていく。

「………おねえちゃんは…だれ?」

蟲から引きずり出した桜は抑揚の無い声でそう言った。

「桜…っ!」

「後はアオの方がうまくやるだろう」

そう言ったアテナはその形を一瞬で男の姿へと変える。いつものチャンピオンの姿だ。

「ねぇ、チャンピオン。その子の事どうにか出来る?助けて上げられる?」

イリヤが彼に聞いた。

「どうにかって言われてもな。俺は医者じゃないし、精神を治す事は出来ないよ」

「そっか…」

ただ、と前置きしてからチャンピオンはとんでもない事を言う。

「無かった事には出来る」

「え?」

無かった事に出来るとはどういう意味か。

「どういう事?」

「言った通りの意味。彼女の時間を巻き戻せば、経験も思い出も消えていく。犯された体も元に戻るだろう。思い出や記憶は魂にも刻まれているから、完全とはいかないかも知れないが、まぁその大部分は覚えていないはずだ」

なるほど、確かにそれならば無かった事に出来るだろう。

桜のこの一年を無かった事にする。だが、それは桜のこの一年を否定する事だ。だが…

「お願いするわ、チャンピオン。責任は全て私が負う。…だから、桜を助けてっ」

嗚咽交じりの懇願。桜は此方を不思議そうに見つめているが、その表情はのっぺりとしていて生気を感じられない。

本当はもっと快活なはずの少女だったのだ。それを大人の勝手な思惑で失わされた。だから今回も私の勝手で彼女は変わるのだ。

チャンピオンは最後まで渋っていたが、涙を流す私に終に折れたようだ。

チャンピオンが桜の瞳を除き見ると、桜の意識が遠ざかっていった。催眠暗示系の魔術か何かだろうか。桜にかまっていた私には良く分からなかったが、チャンピオンならそれくらい簡単にやるだろう。

「ここは空気が悪い。用事も済んだのなら帰ろう」

そう言ったチャンピオンは何かの魔法陣を展開したかと思うと、一瞬で私達は衛宮邸へと転移していた。

「うそっ!」
「転移魔術…」

そう言えば以前も衛宮くんを転移させていたっけ。現代魔術師では不可能に近いそれもチャンピオンにしてみれば児戯に等しいようだ。

何ていうか、魔術師たちが持っている尊厳と言うか、プライドと言うか、いや一般人とは違うと言う優越感と言うべきかもしれない。それらがチャンピオンを前にすると全てボロボロに打ち砕かれる。

普通のサーヴァントは良い。なんだかんだでこの世界の法則で説明が付く存在だ。時間を掛ければ宝具と同じ効果を得る事は可能なのかもしれない。しかし、同じ魔力を使っているはずのチャンピオンの技術を理解しようとすればおそらく魔術の概念を捨てなければならない、そう感じてしまう。

なんと言うか、魔法っぽいけれど、SFXっぽい技術なのだ。彼らの魔法も、その武器も。…だって、彼らの武器って弾倉ついているし…放たれる魔法はビームよね。

と、脱線しそうになった思考を元に戻し、チャンピオンを見る。

チャンピオンは私から桜を抱き上げると、いつの間に持っていたのかバスタオルで彼女を包み、その右手を桜の体へと押し当てる。

すると一瞬で桜の体に変化が訪れた。

青み掛かった髪は綺麗な黒髪へと変化し、彼女の体が一回り幼くなった。おそらくチャンピオンが桜の時間を撒き戻したのだろう。

「しばらくすれば目も覚めるだろう」

そう言ったチャンピオンは私に桜を返すと用事は終わったとイリヤの所へと戻っていった。

「ありがとう、チャンピオンっ!」

「俺が出来るのはここまでだよ」

うん。後は私がやらないといけない事だ。助けると決めた。だったら最後まで助けて見せろとチャンピオンは言っているのだ。

絶対最後まで桜を助けてみせる。そう心に誓うのだった。
 
 

 
後書き
凛はアオの影響で勝手に暴走しているだけです。 

 

第九十五話

電撃作戦で桜を助けに行ったので、日付は跨いだが、まだ日の出までは遠い、そんな時間に再び教会から魔術師達への召集の合図が上がる。

当然盗み見る為にサーチャーを放ったのだが…

語られたのは俺達の討伐依頼だ。

なるほど、教会はどうしてか俺達の存在に気が付き、そしてイレギュラーである俺達を消そうと動くようだ。

確かに昨日ソラがバーサーカーと交戦したようだが、それを誰かに見られていたのだろう。

方法はキャスター討伐と一緒で、餌は追加令呪だ。

「教会の敷いたルールを守るマスターばかりじゃないだろうけれど、狙われるのは確実だ。分身を付ける事は可能だが、魔力は半分になってしまうから、当然戦闘では不安が残るな」

冬木市から逃げてしまっても良い。だが、まだイリヤは踏ん切りがつかない。

まぁ仕方ないか。

「こっちは身を守っただけだってのに…とは言え、聖杯を掴む権利がある以上ほっとけないか。…でも、今回の聖杯も汚れている可能性が高いのよね」

過去だからと言う理由だけではなく、キャスターの召喚がイレギュラーであり、反英霊である可能性がある。そう考えた場合、聖杯に何かしらの欠陥がると考えるのが普通だ。

通常、この聖杯戦争は清純な英霊が召喚されるのだ。触媒もなく悪鬼を呼び寄せるなど、本来なら有り得ない。

「しかし、戦力増強は必要か…チャンピオン、少し付き合ってくれない?思いついたことがあるの」

「また面倒事か…」

「そうだけど、私はもうこの聖杯戦争に関わるって決めたわ。お父様の事もあるしね。だったら自分を守ってくれるサーヴァントは必要だと思わない?」

思うけれど、不可能だ。意味が分からない。

「だいたいリンは令呪すらないじゃない。令呪の無い状態ではぐれサーヴァントとすら契約できないわ。それはリンなら分かっているでしょう」

「ええ。でも、私の体にはまだ令呪の残滓くらいならあるの。だったらそこに新しい令呪を他から足せばいいのよ」

は?

何処かへ向かおうとする凛を分身して現れたソラに任せようとした所、俺に着いてきてもらいたいらしい。

仕方が無いのでソラにはイリヤといまだ気を失っている桜の警護を頼み俺達は夜の街へと繰り出した。

向かった先はなんと冬木教会。

監督役が居るはずのそこに、堂々と正面から凛は入って行った。

「おや、こんな時間に教会を訪れるとは、何か迷いごとがおありかな」

人を安心させるトーンの声ですでに余程の歳だろうに腰の曲がらない神父は突然の来客である俺達へなんでもない事のように問いかけた。

「はい。実は神父様、私達には全く謂れの無いことで今責め苦を受けていて、主に祈りを捧げてく、こんな時間に訪問してしまった事をお詫びしますわ」

「教会の門子はいつでも救いを求める者に開かれている。さあ、奥へ、主への祈りの後、私があなたの悩みを聞いて差し上げましょう」

「そうですか」

凛は案内されるままに主への礼拝をした後に神父へと向き直る。

俺はと言えば長椅子にすわり、その様子を眺めていただけだ。俺自身が神に祈るなんて事は神を殺した事のある人間がすることでは無いだろう。

「それで、どのような事でお悩みかな」

「ええ、実はさるゲームの賞与贈与の生贄とされて困っているんです。私自身は何も聖杯なんて必要ないと思っておりますのに…」

「なっ!?」

ガタンと崩れ落ちる神父。

「チャンピオン」

凛が俺を動かす。今回俺が擦るべき事はこの神父を操る事だ。

なるほど、凛は以前卓越した魔術師と自負している自分を簡単に操った事を覚えていたのだろう。

「はいはい…」

万華鏡写輪眼を発動し、思兼を行使する。

一瞬で神父に暗示を掛け、命令する。令呪を渡せ、と。

「手を出してもらえますかな」

「どうぞ、神父様」

凛は自身の腕を出すと、それにそっと触れた神父は何事かを呟く。

凛の二の腕の辺りが輝き、二重、三重と円の形をした令呪が形作られていく。

そして神父が持つ全ての霊呪を受け渡された凛の腕は二の腕から肘の辺りにまでびっしりと令呪が施されていた。

確かに贈与できるのならばそれは他者に令呪を与えられると言う事だ。そうなれば、神父からの令呪の略奪は考えれば容易。ただ実行する聖杯戦争参加者はいまい。なぜなら実行すれば自分の立場が危うくなる。

しかし、俺達は既に逆境、それを逆手に取り、かつ大胆に利用するとは…

「ありがとうございます、神父様。行きましょうチャンピオン」

帰る前に全てを忘れろと命じて令呪の略奪は完了する。

「ああ、ついでに。出来るのなら私達の討伐の中止も命令しておいて」

そんな事をすれば彼らの身が危ういだろうが、…いやすでに令呪が無く報酬を与えられない時点で危ないのだが、確かに討伐依頼のキャンセルはやってみても良いだろう。

思兼で俺達の討伐依頼をキャンセルさせるよう命令すると教会を出て空を飛び、衛宮邸へと戻った。


衛宮邸へ帰り着くと、凛へと問いかける。令呪を奪うと言う奇行に対する回答が欲しい所だ。

「それで?令呪を足した所ではぐれサーヴァントとの再契約なんて滅多な事ではありえないよ?」

衛宮士郎と契約解除されたセイバーと再契約していたみたいだが、それはかなりレアなケースと言えよう。

「そうね。リンはどうやってサーヴァントと契約しようと言うのかしら?」

イリヤもそうそう問い掛けた。

「あら、サーヴァントなら目の前に居るじゃない?」

は?

「目の前?」

と言われたイリヤはキョロキョロと辺りを見渡すが、はぐれサーヴァントなんてものが居るはずは無い。

「チャンピオンよチャンピオン」

「は?」
「へ?」

「チャンピオンは分霊出来るのでしょう?その分魔力も半分、消費は二人分になるみたいだから実戦ではあんまり使いたがらないみたいだけれど、そこにもう一人のマスターからの魔力供給があったら?」

ふむ…

「確かに私にはイリヤスフィールみたいなバカ魔力は無いわ。それでも魔力量はそこそこある方だと思っている。普通の魔術師なんかよりは有ると思っている。だからチャンピオンの分霊を維持する魔力と戦闘時のブーストに令呪を使えばイリヤスフィールが使役するチャンピオンと同等までもって行けると思うのだけれど」

「むぅ…」

これに非難の声を上げたのはイリヤだ。まぁ自分のサーヴァントを他人と共有しろと言っているのだから唸りもするか。

「もちろん私自身にはギアスを掛けるわ。イリヤスフィールへの敵対行為の命令は出来なくするし、チャンピオンへの不利益になる命令も同様。そうね、「自害しろ」とか「~するな」とかチャンピオンの意思と合致しない命令は出来なくするつもり。まぁその分令呪でのブーストもランクダウンせざるを得ないでしょうけれど、チャンピオンなら魔力さえあれば大抵の事はできそうだし?問題は無いわよね」

「そもそも出来るのか?」

「それはやってみないと分からない。二重契約になってしまうのだけど、別にそれ自体は不可能じゃない。霊ラインのパスを繋ぐ位なら両者の同意があれば出来るはず…」

「どう思う、チャンピオン」

イリヤがどうすれば良いのかと問いかけてきた。

「俺だけでも十分…と言いたい所だが、彼女達(ソラたち)に助けてもらえるのなら心強い。ただ、それは聖杯戦争期間中の話だ。此処から去るのなら必要ないね」

「むぅ…わたしはもう少しここに居るわ。…すこしやりたい事が有るもの」

「私も同様。桜の為にどうすれば良いのかを考えると一つの選択肢としてお父様を助けなきゃだし…」

「イリヤも凛も離れないのなら戦力的には凛の意見を受け入れた方が良い。二対一なら例えサーヴァントに襲われても此方が優位だからね」

そう言うとイリヤは仕方が無いと凛の提案を受け入れた。

そして作られるセルフギアススクロール。制約内容は前述の通り。イリヤと俺達に不利益になるような命令は出来ない。イリヤと対立しないと言う内容が記され、イリヤはチャンピオンと言うサーヴァントの分身を凛の魔力による使役を受け入れる。

この内容が履行された瞬間、凛の魔術刻印が制約内容の行動を禁じさせる。

凛との二重契約はどうやら出来たようで、影分身でソラを現界させているが、イリヤの負担が増えた様子も無く、また俺の戦闘能力が下がった様子も無い。うまく行った様だ。

ただ、どうやらソラの方になのは、フェイト、シリカと持って行かれた様で、いま俺の中には彼女たちを感じられない。

戦力が増えた一方で、俺単騎で戦況に合わせて彼女達に変わる事は出来なくなったと言って良い。まぁ、それが普通だし困った事は無い。

母さんやアテナ、アーシェラ達は俺の中に居るし、俺の手に余る事もそう多く無いだろう。

大掛かりな契約魔術の反動で疲れたのか、凛はそのまま就寝、夜も更けたことでイリヤも寝付いたようだ。

こうして長かった一日が終わった。




一時の休憩を得る為に帰ってきた間桐の館。しかしその風貌は一変していた。

いや、確かに外観は元から石で出来ていたし、そこまでの違和感は無い。日の光が入らないように作られているその屋敷は一見では中の様子なの分からないし、近所の人もこの屋敷には近づかないようにしているのか昼間でもこの屋敷に近づく人はいないのでその違いは分からないかもしれない。

しかし、実際近づいてみれば現在の間桐邸の異常さを窺える。

石化しているのだ。調度品や生活雑貨、そしてこの屋敷を支配しているはずの蟲でさえ。

破壊されている入り口のドアを潜り、恐る恐る屋敷の中へ入るとその中も全て石化していた。

そこには命ある物は何も無いと言った感じの静寂。

開けっ放しの臓硯の書斎に入ると、そこには驚愕の表情を浮かべたまま石化した彫像のような臓硯の姿があった。

まさか家の中全部がこんななのか?

はっと思い桜ちゃんが居る蟲倉へと向かう。

石段を降り、真っ暗なそこに目をやればそこに居るはずの桜ちゃんの姿が見当たらない。

まさかこの石の中で一緒に石化しているのかと思い焦ったが、どうやら一箇所だけ何かを引き抜いたような形で穴が開いていた。

それを見ておそらく連れて行かれたんだと自分を納得させる。

連れ出したと言う事はまだ生きていると言う事。だったら助けに行かないと…と重い体を引きずり俺は再び夜の街へと繰り出した。




「どうしてイレギュラーの討伐を引き下げたのですっ!」

暗い地下室で時臣はまだ蓄音機の前で穴熊を決め込んでいた。

蓄音機から流れてくる誰かの謝罪の声。

「すまないな、時臣くん。まさか白昼堂々イレギュラーのマスターが現れ、且つ高レベルの暗示を掛けれるとは…」

そう答えたのは蓄音機の向こうの璃正神父だ。

「くっ…高レベルのチャームの魔法…確かに警戒すべきでした。…しかし、チャンピオン討伐のキャンセルはまだ良いでしょう。だが、報酬であるはずの令呪が奪われたのはいかんともしがたいっ。これでイレギュラーのマスターは使い潰せる令呪をごまんと手に入れたことになる。これは忌忌しき事態だ」

「教会の人員を総動員して令呪奪還へと動いているが、…相手はサーヴァント、奪還は不可能でしょうな…ですので、何とかキャスターの討伐は時臣くんの手で行って欲しい。でなければキャスター討伐の報酬詐欺で我々が殺されかねない。監督役不在では事実の隠蔽も難しいでしょう」

「くっ…分かりました。何とかしましょう」

地下室の中で陰鬱な面持ちで搾り出すように答え、通信は終わった。

「そろそろ私自身が動く頃合か…くそ、これならばアサシンを使い潰したのが悔やまれるっ!」

ガンッとテーブルを叩きつけると、理性を動員し感情を押さえ込み、その地下室から時臣は出て行った。




朝日が昇る頃に桜も目を覚まし、記憶も一年前まで巻き戻っているのでそれはもう大変に混乱した。

一応間桐の家に養子に出された所までは覚えているらしいが、それ以降の記憶はなく、眼が覚めたら知らない所で寝かされていたのだからソレは驚くだろう。

驚く桜を凛がなだめすかし、適当な言い訳を考え、何とか家に帰ろうとする桜を引き止める事に成功した。

全裸だった彼女だが、ソラ達の持ち合わせから服を見繕い、着させると立派なお嬢さんの完成だ。

桜は凛から離れずらいのか凛の服のすそをしっかりと握っているが、それは何処かでそれが自分の血の繋がった姉だと感じているからだろう。きっと一番落ち着くのだ。

さて、遠坂の家は一つの呪いがあるいや、本当に呪いと言うわけではないが、遺伝でもしているのではないかと言う一つの事象。

凛は99%はそつが無くこなせるのに、最後の最後の1%でとんでもないへまをやらかす。今回この時代に転移してきた事もそうだし、また今日の事も。

衛宮邸の玄関先で対峙する俺とセイバー。

俺の背後にはイリヤと、凛、桜を守るようにソラが居る。セイバーの後ろにはアイリスフィールがおり、気配でもう一人居るらしいのは分かっているので出てくるように言うと不利を悟ったのかアイリスフィールを守るように一人の女性が現れる。

「ここは我々が手に入れた屋敷のはずだ。あなた達はどうしてここに?」

アイリスフィールを守るように立つ麗人…久宇舞弥は鋭い目つきで睨み返すとそう問いかけた。

「誰も住んでいないような屋敷だったのでね。数日雨風を凌ごうと無断で上がらせてもらった」

誰も住んでいないように放置されたこの家を見て、俺達は衛宮切嗣がこの冬木市に定住する為に聖杯戦争後に購入した屋敷だと勘違いしていた。

此処をと提案した凛の采配ミスではあるが、俺達も同様の勘違いをしていたのだから彼女を責める事は出来ないだろう。

しかし、なるほど。この屋敷はアインツベルンの勢力が聖杯戦争中の拠点として設けていた物だったのか。まさかアインツベルンの居城を捨てる判断をするとは思わなかったためにこの可能性に思い至らなかったのだ。

はたして、本拠地を移転しようとしてきたアイリスフィール達と根城にしていた俺達はどうして良いか分からず。とりあえず剣を突きつけるセイバーにこちらも刀を握っているのである。

「とりあえず…どうしましょう?」

そんな呟きがアイリスフィールから漏れる。

「だいたい俺達は聖杯戦争の参加者じゃないんだから俺達が争う必要は無いんじゃないか?」

参加資格はあるし、聖杯を手にする可能性もある俺達だが、一応建設的に聞いてみる。

「そうねぇ…」

「アイリスフィールっ!」

「セイバー、戦ったらあなたあのチャンピオンに勝てる?」

「当然です。如何に二対一で有ろうと必ずやこの剣で敵を倒してご覧に入れましょう」

「二対一?一対一では無くて?」

「アイリスフィール。後ろで油断無く此方を警戒している彼女もサーヴァントだ。何のサーヴァントかまでは分かりませんが、おそらくイレギュラーサーヴァントでしょう」

「なっ!?」

アイリスフィールの視線がソラへと向かう。

「少し俺達も立て込んでいてね。ここを今すぐ出て行けといわれても難しい。ただ、この拠点を俺達に見つかった手前そっちにしてみれば此処を捨てざるを得ない。そう言う事でそちらが引いてくれない?」

「もう一つの選択肢もある。ここで私に倒される道だ」

セイバーは剣を強く握り締めた。

「その時は精々抵抗させてもらうよ」

「セイバー、止めましょう。舞弥さん、ここ以外の拠点で良いところは無いかしら?」

「は?…あ、いいえ。幾つか拠点に出来るような所は確保しておりますが、ここよりも立地の良い所はなかなか…直ぐに用意できるのはビジネスホテルになりますが、幾分足がつきやすく敵に露呈する可能性も低くありません」

アイリスフィールに突然振られて一瞬呆けた舞弥だが、しかしその質問にはしっかりと答えた。

「そう。じゃあやっぱりここにしましょう。ねえ、アリアとその後ろの赤い服を着た魔術師さん。ここでの争いはしないと停戦協定を結んだ上で、しばらく一緒に此処を使うと言う事でどうかしら」

「アイリスフィールっ!」

「セイバー。今のあなたでは敵の襲撃に万全に対応する事はできない。向こうは今すぐに此処を出て行くことは難しそうね。だったら共同拠点にして警備をチャンピオンにも負担してもらいましょう」

なんか微妙な方向に話が流れている気がする。

「ねぇ、あなた達は本当に聖杯戦争の参加者ではなく、聖杯も必要ないのね」

「いらないわ」
「ええ」

アイリスフィールの問い掛けにすんなりと答えるイリヤと凛。

凛は魔術師としては欲しいのかもしれないが、今は聖杯云々よりも桜の事を第一としている。単身ならば聖杯をとりに行けるだろうが、桜がいては難しい。凛も今回の聖杯は諦めるだろう。

「どう?私の提案の返答は?」

イリヤは凛と二三話すとアイリスフィールに視線を向けた。

「その提案を呑むわ」

「そう。ありがとう。それじゃ、アリア、中を案内してくれる?私日本家屋なんて初めてだから少し興奮しているのよ。折角目の前まで来て帰るなんてもったいないわ」

「それが本音ですかっ」

セイバーが呆れたように剣を下げるが、アイリスフィールのそれは場の空気を軟化させるための冗談だろう。

凛と桜が居る手前、アイリスフィールたちとは最初はギスギスしていたのだが、昼食を食べる頃には軟化した。ただ、お互いに警戒は解かない。イレギュラーな俺達など警戒しすぎる事は無いだろう。

卑怯かもしれないけれど、思兼でアイリスフィールと舞弥には俺達を害する行動を自発的に取りやめるように刷り込んでおいた。この聖杯戦争中に解く事は先ず不可能なくらい強力に暗示を掛けたからおそらく大丈夫だろう。

ついでに八意で知識を盗み見たが、なるほど。セイバーのマスターは衛宮切嗣で間違いなく、その行動は極めて危険だと言う事が分かった。これは守りを強固にし、切嗣はこの屋敷に入って来れないようにしないとやばいかもしれない。

操る間もなく人間であるイリヤや凛、桜が銃弾に倒れるなんて事になったらしゃれにならない。

陣地作成スキルを使い、一般人はおろか魔術師すら許可の無いものにはその突破が難しいほどにこの屋敷に魔術的な防御を施した。自重無く施したこの屋敷はもはや一種の要塞だろう。

「ふふ。チャンピオンの料理はやっぱり美味しいわね。同盟を提案してよかった事は正にこれよね」

アイリスフィールの呟きにセイバーはコクコクと頷き未だ料理を頬張っている。舞弥はサーヴァントが料理っ!?と現実逃避中。サーヴァントだって普通の人間であったときがあるのなら料理くらいするだろう、普通。

ギルガメッシュから貰ったキッチンは勇者の道具袋に入っているのでいつでも取り出せる。食材も同様に道具袋に入っているので、料理をする事は事実上何処でも可能になったのだ。

そんな訳でお昼ご飯を提供したのだが…結果はごらんの通り。どうやら満足してもらえたようだ。

お昼が過ぎても特に俺達はやる事が無い。結局出たとこ勝負なのだ聖杯戦争は。遠坂の家へと上がりこみ、凛の父親をどうにかしようにも、ギルガメッシュが彼のサーヴァントである事実に結局一戦交えなくては成らず、凛が使役する監視の使い魔からの情報では穴熊を決め込んでいて一行に出てくる様子が無い。桜の事に対して言ってやりたいことは有るようだが、此方から乗り込む訳にも行かずに手をこまねいている。

聖杯戦争が進展したのは日がそろそろ沈もうかと言う時だ。

突然巨大な魔力の波動が駆け巡り、その強力さに魔術師達は皆目を見張った。

サーヴァントによる魔力行使であるとあたりをつけたセイバーとアイリスフィールは直ぐに車で発生源へと向かう。まぁ聖杯戦争参加者なら確認に行かねばなるまい。

舞弥も車を駆りどこかへ消えていった。

残された俺達はと言うと…

「私は桜を連れてお父様を探すわ。幾らなんでもこれだけの異常に引きこもっている事は無いでしょうから。えと…チャンピオン…は二人居るんだったわね…」

「ソラよ」

「ありがとう。ソラは私と一緒に来てくれる?」

一瞬俺に視線を寄越したソラに頷くと、凛はソラと桜を伴って衛宮邸を出て行った。

「俺達はどうする?」

「わたし達はお母様とセイバーを追いましょう。ちょっとやりたい事があるの。それにはサーヴァントの近くじゃないと」

「了解」

俺はイリヤを抱っこして夜の闇を飛んでいく。

飛ぶ事十分ほど。眼下に見える未音川に巨大ななにかがうねっていた。

「アレは何っ!?」

イリヤが絶叫する。それも仕方が無い。

その生き物はとても醜悪で、恐ろしい様相をしていた。

イカかタコか…その辺りの海洋生物のような触手、体表を覆うように幾つもの目が付いていて、それらが獲物をさがしてギョロリと蠢いている。

流石に見た目に反して食ったら美味しいとかは無いだろうなぁ…

「一般人には見つからないようにって言うルールをあいつらは知らないのかしら?」

「教会の神父の話を盗み聞きした感じだとキャスターはその辺りに頓着しないようだ」

だから今もキャスターは人目も気にせずこんな川の真ん中に巨大な獣魔を召喚しているのだろう。川岸には人だかりが出来始めている。目撃情報を隠蔽するのは難しいだろうなぁ。

「大変。…チャンピオン、アテナの石化の魔眼ならあいつを石化出来る?」

「どうだろうか。見た所あの怪物の再生能力は無尽蔵と言っても良い」

眼下でセイバーとライダーが海魔を切り刻んでいるが、問題なく再生しているし、その速度もかなり速い。

「再生速度を上回る速度で石化させれば行けるだろうけど。出来なければその部分だけを切り離せば再生するだろうね」

ちょっと厳しいんじゃないかなと答える。確率は五分五分程だろうから試してみても良いけれど。

「そう。それじゃ、あいつを人目から隠す事は?えっと、何処か別の場所に転移させるとか」

「出来なくは無いだろうけれど、相応の魔力を使う。しかし、それには奴の動きを封じ込めなければ成らないが、でかすぎるし、触手による攻撃が意外と厄介そう」

伸びてしなるそれは再生と創造で幾らでも出現するだろう。それらを封じる事は影分身しても今の魔力じゃ厳しいかもしれない。

「何ともなら無い?」

「いや、時間の流れをズラす結界で隔離は出来るよ。ただ、破られる可能性もあるけど、まぁやらないよりはマシか」

イリヤの要望に答えて俺はあの海魔とサーヴァント、後はアイリスフィールと、彼女の近くに居るサーヴァントだと思われる一団を取り込んで封時結界を展開する。

瞬間、反転していく世界。色が灰色に染まる。

「なっ、これはっ!?」
「なんじゃぁっ!?」

戸惑いの声を上げるセイバーとライダー。

「これはおぬしの仕業か?」

戦車を操り空中を翔けて俺の横へとやってきたライダーが問いかけた。

「空間を閉じた?いや、まさかズラしたのか?」

戦車に同席していたウェイバーが独り言のように呟き驚愕していた。

「そうだ。一応この空間内ならば幾ら破壊しようが問題ない」

「どれくらい保つ?」

「このまま何もしないで観戦していれば一時間でも維持できる」

ただし、戦闘で消費される魔力は莫大だ。同時に戦闘で魔力を使えばなかなか厳しい物になるだろう。

「まぁ時間が出来ただけもうけものだわなっ!」

そう言うとライダーは戦車に鞭を入れて海魔目掛けて突進して行った。

イリヤを抱いたままでは戦えないし、下で此方を見上げているアイリスフィールがこちらに来ないかと言っている様に感じられた。

海魔から距離を取るように翔け、アイリスフィールの横に着地する。

「貴公がこの結界を張ったのか?」

二本の槍を持っているランサーがそう問いかけた。ふむ、普通はサーヴァントなのかと問う所だが、彼はそちらよりも俺達が助力した事の方が重要らしい。

「そうだ」

「どれくらい持つ?」

清純な戦士ほど現在の状況を把握しているのか、質問が簡潔で良い。

「ライダーにも言ったけれど、何もしなければ一時間は維持できるだろう。ただ、一時間も戦って勝てない相手ならそれは勝てないと言う事だと思うけどね」

「ふむ…」

ランサーの宝具は常時開放型であり、能力は優秀なのだが、一撃の威力は高くないタイプだろう。結果、水の上で戦う手段のないランサーは川岸で待機していたと言う事か。いや、もしかしたらセイバーかライダーがあの海魔に決定的な何かをさらす瞬間を待っているのかもしれない。ランサーのクラスのサーヴァントならば、その投槍の技術は高いはずだし、盗み見た彼の宝具なら決定打を与える事が出来るかもしれない。

「チャンピオンも手を貸してくれないかしら。あの怪物の何処かにキャスター本人か、もしくは核になっている何かがあるはず。でなければあれほどのものを召喚して繋ぎとめる事は難しい。だから再生する肉を裂いてその核を露出できればランサーの宝具で何とか成るかもしれないの」

「だが、戦えば魔力が減る。魔力が減ればこの結界の維持も覚束なくなり、現実空間に戻ってしまうよ。ついでに言うと俺は燃費がすこぶる悪い。結界を維持したまま戦闘するとなると、正直10分も持たないと思う、それでも?」

「10分…」

「あら、10分もあればチャンピオンなら大丈夫よね」

言い詰まるアイリスフィールとは対照的にイリヤは楽観視していた。

「チャンピオン、行ってキャスターを倒してきなさい」

「良いのか?」

「ええ。わたしはここで待ってるから、思う存分暴れてきなさい」

「了解した」

命令されては行かないわけにもいくまい。

俺はランサーを見る。すると彼はコクリと頷き返して来た。どうやらイリヤを守る、もしくは絶対に手は出さないとでも言ったのだろう。

アイリスフィールがランサーの前に無防備に居るのだから信用しても良いだろう。

俺はイリヤを地面に下ろすと彼女に背中を向け直ぐに地面を蹴り空中へと飛び立った。

翅をはためかせて海魔へと距離を詰める。

どれどれ、やりますか。

「ソルっ!」

『ロードカートリッジ』

ガシュと薬きょうが排出し、魔力が充填される。

「しまった…くっ…」

前方に触手に掴りもがいているセイバーの姿がある。流石にここで彼女に脱落されても困る。

『ディバインバスター』

突き出した左手の前に光球が現れる。

「ディバインバスターっ!」

ゴウっと銀色の閃光が放たれるとセイバーに撒きついている触手を掠めて海魔の本体へと当たり、肉片を飛び散らしながら抉ったが、閃光が通り過ぎた後には何事も無かったかのように再生してしまう。

「助かりました、チャンピオン」

セイバーをお礼を言うとまた水面を駆け海魔の触手を切り払っていく。

「ララララララララララララァイイィィィィィィ!」

空からはライダーが戦車でイカヅチのように突貫を仕掛けるが、やはり全てを殲滅する事は叶わずに再生される。

ついでに触手の再生速度も上がっているのか、断ち切ったはずの触手にライダーの戦車は捕まってしまった。

「ソルっ!」

『ロードカートリッジ、ディバインバスター』

ガシュと一発カートリッジをロードし、再びディバインバスターを行使。今度はライダーが捕まる触手を吹き飛ばした。

「助かったぞ、チャンピオンっ」

再び空を駆け、戦車での攻撃を再開するライダー。

と他人に構っていると俺の四方を囲むように四本の触手が俺を襲う。

『アクセルシューター』

「シュートっ!」

襲い掛かる触手をシューターで弾き飛ばすとその一瞬で上へと飛び上がり、距離を取った。

このままでは千日手かと思った時、水面が渦を巻くように海魔へと吸い寄せられていくではないか。

何かやばい予感がする。

「ディバインバスターっ!」

すぐに海魔へ向けてディバインバスターを放つが、学習したのか大量の触手を折りたたむかのように重ね合わせて壁を作り、今度は本体へと届く前にディバインバスターは霧散した。

結果、吸い寄せられる水を阻害する事は叶わなかった。

「ありゃ何をしているのかのう」

戦車を操り、少し距離をとったライダーが呟く。

大量の水を吸い込んだ海魔はその状態を倒すように水面に横たえるとザパリと波しぶきを上げる。

その巨体を操り旋回するとその大きな口がイリヤ達がいる方を捉えた。

まずいっ!カンピオーネになって以来働くようになった直感に従い、俺はクロックマスターを使い空を疾走すると言う過程を省いて一瞬でイリヤの元へと現れる。

「え、チャンピオン?」

驚くイリヤに答えてやれる暇は無い。間に合えっ!

『ロードカートリッジ』

ガシュガシュガシュ

現在残っていたカートリッジをフルロード。一気に魔力が膨れ上がる。

海魔のガパリと開け放たれたその口からは、ウォーターカッターのように高圧の水しぶきが爆音を伴って撃ち出されたのだ。

「きゃーーーーーっ!」
「きゃぁっ!?」

爆音に消されるイリヤとアイリスフィールの悲鳴。

「なにぃ!?」

驚きの声を上げたのはランサーだろう。

防御手段を講じた俺と、水を撃ち出した海魔の攻撃は、何とか俺の方が一瞬速く、その水しぶきを耐え切る事に成功した。

俺の前に現れる巨人は大きな鏡のような盾を持ち、ウォーターブレスの一撃を凌いだのだ。

そう、俺の切り札であるスサノオである。

「これは…宝具?権身の具現化なんて…」

驚いているアイリスフィールには悪いが答えている暇は無い。なぜなら、ブレスを凌がれたと悟った海魔はすぐに二射目を撃ち出したからだ。それも何とかスサノオで耐えると、再び水を吸い込み始める海魔。

このインターバルで攻め入らねばなるまい。

俺はイリヤ達を背後に庇うように一直線に海魔へとかける。

途中で蠢く触手は十拳剣で切り飛ばしていった。

それは八俣の大蛇の首を切り落とすスサノオ神のようであった。

「こりゃあ神々の戦いだのう…見ろ坊主、ヒュドラを倒したヘラクレス、メドゥーサを討伐したペルセウスのようではないか」

ライダーがブレスを警戒して距離を取っていた為に俯瞰位置から見下ろしながら言った。

「そんな事を感心している場合かっ!僕たちも今のうちに攻撃するんでしょうがっ!」

「そうであったっ!行くぞ、ゼウスの子らよっ!」

ウェイバーに窘められてライダーは突撃を再開し、俺の行く手の触手を殲滅していくが、やはり再生スピードが速く、焼け石に水だった。

途中から雷神タケミカヅチを限定使用し、フツノミタマを顕すとそれををスサノオに持たせて二刀流で触手を伐採しているが、一向に刈り取れる気配が無い。

霊剣を二本振るって刈り取れないとか…凄まじい再生能力だな。

ライダーはまだ触手を殲滅させているが、セイバーは…まぁ爪楊枝(エクスカリバー)で無限再生する触手を処理できるわけ無いよね。

水を吸い込んだ海魔が再びその口を開く。

くそっ!本体までたどり着けなかった…だが、ヤタノカガミの防御力を抜ける威力で無いのなら耐え切れる。

衝撃に備えるが、海魔はその巨体を横にズラし、スサノオを斜線上から外す。

どういう事だ?といぶかしみ振り返れば、真後ろに居たはずのイリヤ達が背後から移動していた。避難していたと考えるべきだろうが、今の状況では俺の後ろが一番安全だったと言うのにっ!

既に水ブレスの発射は秒読みだ。慌てて斜線に入ろうとするが、触手が邪魔をする。

何とか触手を振り払い、水を蹴って転がるように何とかブレスの斜線上へと割って入った瞬間、先ほどよりも圧縮された水ブレスがスサノオを襲う。

ヤタノカガミで受けとめる。何とか後ろのイリヤ達は無事のようだ。

しかし、海魔はその巨体を動かし、むちゃくちゃにその軌道をズラした。

結果、イリヤ達を守るためにヤタノカガミを動かせない俺はそのブレスをガード出来ず、先ずスサノオの右腕もがれ、次は頭を切り飛ばされ、残ったヤタノカガミで何とか受けるが、圧倒的な質量で踏ん張る事が出来ずに吹き飛んでしまった。

「っソル!」

『フライヤーフィン』

空中で制動を掛ける。

どうにかイリヤ達は守りきったが、スサノオは維持できないほどに破壊され消失。俺自身は吹き飛ばされつつもヤタノカガミが最後の仕事を果たしたのか魔力消費は激しいが無傷だった。

スサノオですら海魔を殲滅できないとなると、単純な火力勝負の方が有効か…

俺は空中に留まり、使って消費し辺りを漂っている魔力を引き寄せる。

『サンシャインオーバーライトブレイカー』

ヒュンヒュンと集まってくる銀光。

まだ足りないとカートリッジを入れ替えてフルロード。

しかし、このまま射撃すれば近くのイリヤが巻き込まれる。

俺は霊ラインを通してイリヤを下がらせる。ランサーが近くに居るのだから距離を取るくらい問題ないだろう。

しばらくするとイリヤ達の避難を確認できた。

「それじゃ、大技で退場させますか」

と言うか、そろそろ俺もイリヤも限界だろう。魔力が尽きる。魔力が尽きればこの結界は維持できない。そうなれば現実世界に海魔が現れてしまう。

イリヤの願いだから、海魔には退場していただこう。

ソルを一度大きく振りかぶる。

「サンシャインオーバーライトォ」

気合と共にソルを振り下ろす。

「ブレイカーーーーーっ!」

ドウッと銀色の閃光が海魔を襲い、その巨体ゆえに逃げる間もなくサンシャインノーバーライトブレイカーの直撃を受けた。

ブシューーーーッ

ソルが余剰魔力を排出させ冷却する。

「やりすぎたかな…?」

見ればどうやら海魔は殲滅できたようだ。

まぁ、これで死んでなかったとしたら俺達は戦線離脱しなければならないほど消耗しているから、終わっていて欲しいのだけどね。

復活の様子が無いのを確認すると俺はイリヤの側へと飛んで行った。



ザパーッと雨雲も無いのに空から大量の水が降ってくる。チャンピオンが間に入ってくれたお陰で弾かれたブレスが飛散し、大粒の雨粒となって押し寄せたのだ。

「チャンピオンっ!」

わたしはスサノオ事吹き飛ばされたチャンピオンを探す。

「まさか、やられてしまったの?」

お母様が信じられないと言う感じて呟いたが、まだチャンピオンとのラインは繋がってる。生きているはずだ。

「くっ…背に庇われては攻撃し辛かろうと避難を促した俺の責任だ…」

「まだチャンピオンは死んで無いっ!不吉な事は言わないでっ!」

余計な事を言ったランサーに腹が立つ。でも、一番腹が立つのは守ってもらう事しか出来ない自分だ。

わたしを守らなければチャンピオンはむざむざ敵の攻撃を受ける必要も無かったのに…

「だが、あの一撃で彼は戦闘不能だろう。これはまずい事になった…」

スサノオと言う巨人を繰り出しても海魔に圧倒されたのだ。勝てる見込みは薄いかもしれない。

「チャンピオン…」

そうわたしの口から呟きが漏れた。

いつも何だかんだでチャンピオンはわたしのわがままを叶えてくれるもん。だからわたしは安心してチャンピオンをこき使うのよ。だから…今回もきっと…

と、その時。霊ラインを通して避難しろと言う意志が伝わってきた。

え?邪魔だからどけろ?

どういう事だろう?なんて事は考えない。だって、チャンピオンだもん。

「ランサー、今すぐわたし達を連れて此処を離れてっ!」

「は?何を行き成り」

「チャンピオンがどけろってっ言ってる。きっと大技を放つつもりよっ!」

ぐんぐんとわたしの魔力を底なしに持って行くチャンピオン。

ふらつきそうになる体を何とか堪える。

「あれが切り札じゃないと言うのか…」

ランサーは驚いているが、本当に時間が無いみたい。さっさとどけろと言うチャンピオンの意思をひしひしと感じている。

「速くっ!」

「あ、ああ…」

わたしの怒声に我に返ったランサーは両脇にわたしとお母様を抱えて跳躍し、川岸から遠ざかる。

「あれは何だっ」

いち早く異常に気が付いたのはランサー。

彼の見上げた先には夜をも照らす輝きがあった。

「あれは…太陽?」

お母様も信じられないと目を見張った。

その大きな太陽の如き光球はあたりの魔力を根こそぎ奪うかのように集まった魔力の塊だ。吸い寄せられる魔力が銀色に光り、とても美しい光景を眼前に映し出している。

そして段々と大きくなる銀色に光り輝く光球は未音川下降一帯を明るく照らし出してゆく。

その途轍もない魔力量と奇異さを感じ取ったセイバーとライダーも未音川から距離を取り、此方へとやってきた。

「ありゃあ何じゃ」
「あの光はいったい…」

光球の下に大きな魔法陣が展開されると、そこが集束レンズであるかのように銀光が海魔目掛けて奔る。

「なっ!?」

驚きの声を上げたのは誰だったか。わたしだったかもしれないしお母様だったかもしれない。いや、セイバーやランサー、ライダーやそのマスターだったかもしれない。しかし、驚きは皆一様に同じだろう。

視界を銀色で染まるほどの輝きが海魔を貫き、再生すら間に合わない速度で殲滅していく。その威力は見るからに明らかで、振り下ろされた衝撃で未音川の水は逆流し津波を起こしただけではなく、銀光がやむと当たり一帯が消失したかのように大きなクレーターが出来ていた。

互いに声も出ない。チャンピオンの出鱈目さを知るわたしですら声にならないのだから回りの反応は押して知るべしだ。

とっとと。呆けてばかりもいられない。

わたしが此処に来た目的を果たさなければ成らない。

倒されたサーヴァントは小聖杯へと回収される。しかし、今回は聖杯が二つ冬木の街に存在している。

わたしとお母様だ。

本来の聖杯はお母様だけど、聖杯としての力が強いのはわたし。だから、これだけ近くに居れば倒されたキャスターの魂を掠め取る事くらいは出来る。

そうやってアサシンの魂も今はわたしの中に回収されている。

ゾワリと何かが入ってくる異物感。キャスターの魂を無事にわたしが回収した証拠だ。

これで二騎目。四騎もあれば小聖杯は起動できる。わたしならば四騎までは人間の機能を損なう事はなく回収できるだろうし、一度聖杯としてあの泥を浴びた事により、若干ながら耐性がある。

だったら…

お母様を盗み見れば、その顔はあの惨事とは別の事柄で戸惑っている風だ。それは当然だろう。自分が回収するはずのサーヴァントの魂が入ってこないのだから。

だけど、お母様に回収させる訳にはいかないの。

空を翔け、チャンピオンがわたしを迎えにやってくる。

光る妖精の翅をはためかせ、着地するその様は甲冑を着込んでいるとは言えまるでおとぎ話の妖精のようだった。



「ただいま、イリヤ」

「おかえり、チャンピオン。そしてご苦労様」

「ああ。流石に疲れた」

労いの声を掛けてくれるイリヤだが、その他のメンバーは俺から距離を取り、マスターを守るように後ろに庇っていた。

なるほど。俺は少しやりすぎてしまったのだろう。

切り札を二つも切ってしまったのだ。その威力を目の当たりにすれば警戒レベルも上がると言うもの。

「のう、チャンピオン。あれほどの破壊をして、現実世界は大丈夫なのか?」

「問題ないだろう。結界内の事象は反映されないから」

ライダーの言葉を聞いて俺は封時結界を解除する。

途端に景色が塗り替えられるように色が付き、破壊の後は何も無くなっていた。

街は喧騒であふれ、人の流れが行き交っている。

「ふむ。聖杯戦争には欠かせないような能力だな。余たちの戦闘はやはり周りを混乱させるに十分な威力をともなうからのう。…やはり余の臣下にくだらぬか?」

「降る価値がないだろう。俺に何のメリットも無いじゃないか」

「ふむ…余と共に王道を突き進み世界を征服する…事にはそなたは何の魅力も感じなさそうだのう」

真に残念とライダー。

「そう言えば聖杯戦争参加者じゃない第三者がキャスターを倒した場合、令呪はどうなるんだ?第三者に与えられる可能性もあるかもしれないけれど、引き下げられたとは言え一度は討伐以来がでたチャンピオンに令呪を渡すとは思えないんだけど?」

御者台に居たウェイバーの素朴な疑問。

「それは…どうなるんだ?」

ライダーが回りに問いかけるが、それに答えられる人物は居なかった。

「勝者無しと言う事になるでしょうね。と言うか、誰がキャスター討伐を目撃できたと言うの?あの空間には私達とキャスター以外は居たのかしら?」

「選別が面倒だったから目に付いた戦力以外は取り込んで無い」

アイリスフィールの問いに答えた。

「私達が申請しても令呪の授与は望めないでしょうね」

と言うか、既に令呪の授与は出来ないんだけどね…凛が根こそぎ奪って行ったから…

アイリスフィールの言葉に沈黙が訪れたのは仕方ない。

令呪の授与を餌にキャスター討伐に皆が買って出たのに横から掻っ攫われて勝者無しとかは納得がいかないよね。

とは言ってもこれ以上この問題で此処で討論すべき物は無い。

「さて、今夜はいささか消耗したし、今日の戦いは此処までだな。ほら、帰るぞ坊主」

「ちょっ!ライダーっ勝手に決めるなよっ!」

豪快にもう今日は戦わぬと宣言したライダーは手綱を握り締めると鞭を打って戦車を走らせ夜の空へと消えていった。

ライダーは去ったが、セイバーとランサーが剣を引くかはまた別問題だろう。

「セイバー、今此処で決着を付けたいと思うのは俺も同じだが、ならば場所の移動をしてからにしよう。ここはキャスターの暴挙で人が集まりすぎている」

「いいでしょうランサー。その提案に乗りましょう」

「感謝する、セイバー。ならば俺達が一番最初に邂逅したあの場所で決着を付けよう」

「応ともさ」

互いにのみ通じる騎士道精神にのっとり、この場は一度去り、場所を変えて再戦の約束。

策謀に寄らずに真っ向から叩き伏せるを選ぶところが純正の英霊たる所なのだろう。

ランサーは霊体になって去る。

「私達はランサーとの決着を付けに行くわ。アリアとチャンピオンはどうするの?…できれば付いてきて欲しくは無いのだけど」

そりゃそうだろう。危険だから来るなと言っている事もあるだろうが、その実は邪魔されたくないから俺達…いや俺に来て欲しくないのだ。

「今日はもう帰るわ。わたしもチャンピオンも消耗してるし、それに目的は果たしたからね」

「え?」

「な、何でもない」

小声で呟いた声はアイリスフィールには聞こえなかったらしく聞き返したが、イリヤはとぼけてしまった。

果たした目的とはいったい…キャスターの討伐では無いような気がするのだけど…後で確認しよう。

「いきましょう、チャンピオン」

イリヤに命令された俺は彼女を抱えると夜の空へと翔け上がった。

アイリスフィールとセイバーから距離を取り、視界から完全に消えると俺はイリヤに問いかける。

「目的を果たしたって言ってたけど、イリヤの目的って?」

イリヤは少し言いづらそうにしていたが、観念したのか答を返す。

「わたしの今日の目的はサーヴァントの魂を小聖杯に回収する事だったの」

「なっ!?」

「すでにアサシンは昨日の戦いでわたしの小聖杯で回収していたし、今日キャスターを回収した事によって完全にわたしが今回の小聖杯として機能し始めたわ。これならもう何処に居てもわたしの方へと優先的にサーヴァントは回収される」

「何故そんな事をしたんだっ!?」

サーヴァントの魂を集めれば集めるほどイリヤの体は人間としての機能を失うと言うのに…

「わたしの願いを叶える為にはこれしか無いのよ」

「聖杯が欲しいのか?聖杯に叶えてもらえる願いなのか?」

「ううん。聖杯は要らない。寧ろ邪魔だと思ってもらっても構わない。だけど…わたしがわたしの望みを叶える為には今はサーヴァントの魂をお母様に回収されるわけにはいかないの…ねぇチャンピオン。わたしのわがままに付き合ってくれる?」

イリヤは願いの内容を語らない。どうやら彼女の内の奥深い所にある動機のようだ。彼女の瞳にはとても強い意志を感じられる。

…これは仕方ないかな。

「わがままだと分かってて言っているのなら、しょうがない…イリヤの望みを叶える手伝いをしてやるよ」

「ありがとう、チャンピオン」

ポソリと呟くように感謝の言葉を洩らしたイリヤ。

「だけど、どうするんだ?確かにこの世界の聖杯が汚染されている決め付ける事は出来ない。しかしバーサーカーのクラスでも無いのに理性のたがが外れているサーヴァントが居たという事実は聖杯の機能に不具合がある証拠である気がしてならないよ」
を連れて俺は衛宮邸へと戻っていった。

「そうね。
だけどわたし達は前回大した厄災もなく汚れた聖杯を降臨させた上で漏れ出した孔を閉じ、わたしも無事だったわ」

「それは偶然が重なっただけだろう。今回もうまくいくとは…」

「ええ。だから今回は全力でうまくいかせて欲しいの」

つまりイリヤは聖杯として小聖杯を完成させた後、孔を吹き飛ばして聖杯戦争を終わらせて欲しいのか。

中身が汚染されていると分かれば諦めてくれるマスターも居るはずと思っているのだろう。

まぁ衛宮切嗣あたりなら、確かに諦めてくれるかもしれない。なんていったって衛宮士郎の歪んだ人格の大本になった人物で、大きな災厄しか引き起こさない物をどうして認められようか。むしろイリヤごと破壊してしまいそうでそちらの方が気がかりだ。

しかし何故そんな事を?

そう言えばイリヤの本当の望みははぐらかされてしまったか。まぁいい。今は彼女の望みを叶える為に最善を尽くそう。

イリヤが本当に道を間違えそうになったらぶん殴ってでも止めれば…ああ、令呪が有るから無理だったな。イリヤが聞く耳を持っていてくれる事を祈ろう。

俺はそれ以上の詮索はせずに衛宮邸へと戻った。 
 

 
後書き
はぐれサーヴァントなんてそうそう居ませんよ、と言う事で… 

 

第九十六話

桜とチャンピオンを連れて夜の冬木の街を歩く。

桜を連れての移動は思うようには進まず、最終的には重量軽減の魔術を掛けた私が桜を抱っこし、その私を抱き上げてチャンピオンが空を翔ける。

空を飛ぶと言う突飛な状況に桜は最初は悲鳴を上げていたが、途中で慣れたのかむしろ空の旅を楽しんでいた。

強力な魔力が感知された未音川に付くと、そこには予想外の大物が現れていた。

「あれは…」

おそらくキャスターが使役する魔獣だろう。海洋生物を混同し巨大化したようなそれは以前見たあの醜悪なナニカに良く似ていた。

その大きな海魔を相手にセイバーとライダーが応戦しているが、一向に打ち倒せる気配は無い。

これはお父様を探している暇は無いかもしれない。私と桜を置いてチャンピオンにも加勢してもらわなければきっと一般人に露呈する。それは魔術師として生きている私達の最低限のルールを逸脱した許されざる行為だ。

常識ある魔術師ならばアレを即刻打ち倒し、魔術の漏洩を防がなければならない。

「チャンピオン…」

と、私が彼女にお願いをしようとした瞬間、行き成り海面上に居た巨大な海魔が姿を消した。

見ればセイバーとライダーの姿も消えている。

これは…?

「アオが封時結界を張ったわね」

封時結界と言う単語から時間を封鎖して空間を切り取る魔術だろうとあたりをつける。強力な力を持った魔術師ですらそんな魔術をこの規模で展開なんて出来ないだろうと言うのに、やはりチャンピオン達の規格外さを再確認した。

あの海魔は向こうのチャンピオンとイリヤスフィールが何とかするだろう。だったら私は本来の目的を果たさなければ。

もう一度未音川一帯を良く見ると、緑色に発光する巨大な羽根を広げた船のような物が空に浮かんでいた。

その現代兵器に合致しないフォルムのそれはおそらくサーヴァントの宝具だろう。

セイバー、ランサーにそんな宝具は無いだろうし、有力なライダーは結界に閉じ込められてしまっている。後はバーサーカーとアーチャーだが、宝具が強力なのがアーチャーのクラス特性だ。逆にバーサーカーは理性を失うついでに本来の宝具を失っている場合が多い。となるとあれはアーチャー。

魔力で視力を強化して見れば金色の鎧を着たサーヴァントにかしずく様にステッキを持ったスーツの男性が見える。

お父様だ。

流石にお父様もこの異変には自身で出てきたのだろう。

お父様は何かを見つけたようで、アーチャーに近くのビルへと降ろしてもらっていた。

そちらを見ればお父様と雁夜おじさんが対面している。

アーチャーはバーサーカーが襲い掛かっているのでおそらく今はお父様も雁夜おじさんも自身を守るサーヴァントは居ない。

ならば…

「チャンピオン、私達をあのビルへ降ろしてくれるかしら」

雁夜おじさんはギチギチと鳴くおぞましい蟲を使役してお父様にけしかけているが、お父様は炎を巧みに操りけしかけられた蟲を焼き払っている。

攻防は一方的だが、お父様の炎を突破しうるだけの魔術の素養を雁夜おじさんが持っていないのは明らかだった。バーサーカーも操っている今、時間を稼ぐだけでおそらく自滅するだろう。

私達はお父様と雁夜おじさんからVの字に距離を取って降り立った。

「なっ!?桜っ!?」
「桜ちゃんっ!?」

第三者が乱入したと言うのに第一声は桜の心配か。なるほど、どちらもまだ人間の情を捨て去っているわけでは無い様で安心した。

桜は大声で名前を呼ばれ、更にはおぞましい蟲のに驚きショックを受け、私の後ろに隠れ太ももにしがみついている。

その様子を見て二人は険しい顔で私をにらみつけた。

「君達は誰かな?」

冷静に状況を判断してまずは会話をと言葉を発したお父様に対して雁夜おじさんは問答無用で蟲をけしかけてくる。

「桜ちゃんを返せっ!」

「チャンピオンっ」

『サークルプロテクション』

ゴメン、任せたと名を呼べば、期待を裏切らないチャンピオンは直ぐに防御魔術を行使した。

『バリアバースト』

ガチガチと牙を突きたて食い破ろうとしている蟲をチャンピオンは構築した防御魔術を炸裂させる事でその全てを吹き飛ばし、殺しつくした。

「なるほど、イレギュラーサーヴァントが一騎とは限らないと言うわけか」

お父様は海魔を取り込んだであろう向こうのチャンピオンを見ていたのだろう。二騎居るチャンピオンにもどうやら自分の中で納得したようだ。

「それで、その娘を連れてきて私と交渉でもしたいのか?残念だけど、その娘は間桐の娘だ。以前は確かに私の娘だったかもしれないが、それを材料に私と交渉は出来ないと思ってくれたまえ」

「時臣っ、貴様っ!」

魔術師として弱みを見せないお父様と、それに食って掛かる雁夜おじさん。桜はお父様の言った言葉の意味を理解しようとしてショックを受けている。それもそうだ。彼女にしてみれば間桐に養子に出されたと言う記憶があいまいなのだから。

「なるほど。あなたはそっちの白髪の人とは違い体の芯まで魔術師なのね…それは魔術師として尊敬するけれど。…そうね、チャンピオンの言葉の意味が本当の意味で分かったわ。人を助けると言う事は、その人間の全てに責任を持つと言う事だと言った彼の言葉が」

「何を言っているのだね?」

お父様は本当に意味が分からないと言う感じで聞き返した。

「そっちの白髪の人は知っているでしょう?桜が間桐の家でどう言う扱いをされていたか」

「は?…あ、ああ…当然だ。俺は桜ちゃんを助ける為に聖杯戦争に参加しているんだからな」

「桜を助ける?それはいったい…」

「時臣っ!お前は知っているか?間桐の魔術を扱うにはまずその身体を蟲に貪り食わせる事から始まると言う事をっ!それは全身をくまなく蹂躙される事であり、心を征服される行為だ。桜ちゃんはその歳ですでに純潔すら蟲に貪られていたんだぞっ!その行為を看過して接触を立った挙句にそれが桜ちゃんの為だと?ふざけるなっ!」

「なっ…!?」

雁夜おじさんの言葉にお父様は言葉を失う。

桜は雁夜おじさんの言っている意味がまだ分からないのか疑問顔だった。

…まぁ、…その…じゅ…純潔がどうのって事はまだ知らなくても良い事よね、うん。

「まぁ、干渉不可。それが両家の取り決めだったのだろうけれど、あなたはこの娘を救ったと思っているようだけど、実際は地獄に落としただけ。干渉不可の取り決めはせずに様子だけでも窺っていたら、さすがにあなたも気が付いたでしょうに…」

いや、その不干渉のルールを守ったバカは私も同じだったか…私が魔術で痛い思いをしている分、桜は幸せで居ると思っていた私はかなりのバカだ。

一つの行為で人間一人を救う事は出来ないんだ。だからチャンピオンは人を救った事はほとんど無いと答えたし、助ける時は最後までと言ったんだ。それが、お父様と対面してまじまじと分かる。

うん、私があの時、桜の命だけを助けて欲しいとだけ言ったなら、きっとチャンピオンはイリヤの命令でも助けてくれなかったに違いない。

人を助けると言う事は、その人と縁を結び、その後の人生にも干渉する事なのだろう。

例えを上げるなら、飢えで苦しんで自殺しようとしている人へ一時の飢えを凌ぐ為の食べ物を与えても意味が無い。その食料が尽きてしまえばまた飢えに苦しみ、自殺するだろう。だから時間を掛け、その人が飢えに苦しまなくて良いように自分で生きていけるだけの環境を作り、そして見守る事がその人を助けると言う事なのだろう。そうでなければただの無責任だ。

それが分かると衛宮くんの歪さが浮き彫りになってくるが、今は関係の無いことか。

「もしかして、間桐の家を石化させたのは君達の仕業か?」

「ええ」

雁夜おじさんの問いかけに頷く。

「何のために?」

「動機は私自身の為だから教える必要は無いわ」

そもそも私が桜を助けると言う動機を説明する事は出来ない。それを説明しようとすれば私が平行未来の桜の姉だと言う事実を話さなければならず、荒唐無稽すぎて、お父様は理解はするが信じはしまい。

「桜ちゃんの髪の色が戻っている理由は?」

「チャンピオンが桜に刻まれたさまざまな傷跡を無かった事にしてくれたのよ」

「無かった事?」

呟く雁夜おじさんと、黙って推察するお父様。

そう。もう桜を元に戻そうとするには無かった事にしか出来なかったのだ。

「彼女は一年前の桜よ。この一年は無かった事に彼女の中ではなっている」

魔術師では出来ないような行為も、サーヴァントと言う奇跡の存在の力なら、魔法のような現象さえ可能なのかもしれないとお父様は思うだろう。

まぁ、間違ってはいないだろうけれど、チャンピオンの能力は異常よね…

「そっちのこの娘の父親の魔術師さん。貴方に聞くわ。貴方は魔術師?それともこの娘の父親?どっちかしら」

「ぐっ…」

返答に詰まるお父様。

父親だと答えればこの娘を助けない訳にはいかなくなるし、魔術師だと答えれば冷酷に見殺しにするだろう。

「別に桜を貴方に返しても良いのだけれど、それは助け出した手前、かなり無責任だわ。そもそも貴方は何故桜を養子に出したのかしら?」

「それは…君も魔術師なら分かるだろう?二子を設けた魔術師の悩みだ。魔術を継承させるのはどちらかだけだ。確かにそれだけならば問題はなかった。桜には平凡かもしれないが普通の人生を歩ませてあげられただろう。…しかし、私の娘は二人とも優秀すぎた。とても魔術を教えないと言う選択が出来ないほどに…強い力は強い魔を引き寄せるのは分かっているだろう?強い力を持ちつつも魔術の扱えない我が子には自衛の手段は無い。だから間桐の申し出は天啓だと思った…いや、思っていた…」

魔術は扱う者が増えれば増えた分だけ薄まるものだ。だから魔術師は増えすぎないようにと家系を自分たちで管理している。

それが嫡子のみが魔術を教えられると言う風習になっているのだ。

その風習を逃れるには魔術回路の枯れた魔術師の所へ養子に出し、魔術を覚えさせると言うのは確かに良い手だろう。

しかし、桜の置かれた状況を考えればお父様に返しても桜を守ってやる事はできないと言う事だ。

「それじゃ、そっちの白髪の人。あなたの目的はこの娘を助ける事だと言ったわね。あの蟲蔵からは助け出し、体も傷も心の傷も元に戻したわ。確かに得体の知れない魔術師が連れていると言う状況だけれど、あなたの望みは半分は叶っている。あなたは桜をあの蟲蔵から出してどうするつもりだったの?」

「それは…桜ちゃんを葵さんに返して…それで…」

「それで?」

「以前のように葵さんと凛ちゃんと三人で暮らせたら良いなと思ったんだ…」

そこにお父様が含まれ無いのは彼が歪んでいる証拠か。

命を賭けて誰かを救い、そして力尽きる。物語では感動を誘うかもしれないけれど、雁夜おじさんの場合、見方を変えればただの自己満足。

桜を救った気になって気持ちよく死ねるだろう。だが、それだけだ。彼では前述の通り、ただ食料を分け与えるだけに過ぎない。

「桜は助け出した。間桐の当主ももう居ない。あなたは戦う理由がもう無いと思うのだけど?」

「あっ……」

ああ、駄目だな。と思う。

二人とも駄目だ。

こんなでは桜を返す事なんて何の意味も無い。

「桜。もう少しだけお姉ちゃんと一緒に居てくれる?」

「え?」

私の問い掛けに戸惑う桜。

「あそこに居るのがただの父親なら、私はあなたの幸せを願い、彼に返すわ」

普通の父親であり、桜も普通の子供ならば親元に帰すのが一番なのかもしれない。だが…

「だけど、あそこに居るのはあなたの父親である前に魔術師なの。幼いあなたには未だ魔術師がどう言う物か分からないかもしれない。だけど、私も含めて魔術師なんて言うのはろくでなしが成る物よね」

いえ、ろくでなしが魔術師になるのではなく、魔術師がろくでなしになるのか…

「よくわからない…」

「桜も大人になれば分かるわ。あなたは魔術師にならないと言う選択は出来ない運命なのだから…」

だけど、それでも…

「待ちたまえ。桜を連れて行かせはしない」

それは父親としての良心から出た言葉だろうか。

「だったら、あなたは父親として聖杯戦争から降りることね。聖杯戦争にマスターとして参加している以上、命の危険は伴うし、生き残れる可能性は低いのだから。死んでしまうかもしれないあなたに桜を返す訳には行かない」

できるの?と問うとあからさまに視線を外した。

それはそうだ。聖杯の取得は根源への一歩だ。根源を目指す魔術師としてはこの機会をみすみす棒に振る事は出来ない。

だから、桜と聖杯とを天秤に掛けてなお桜に傾くのでなければ、今の彼に桜を返す事は出来ない。

「聖杯戦争を生き残ったらまた同じ質問をするわ。だから、最後まで生き残って…」

最後の私の懇願に近い言葉はお父様に聞こえただろうか。

「今日は帰るわ。また後日会いましょう」

そう言って踵を返そうとした時、いきなり雁夜おじさんが胸を掻き毟りながら倒れこんだ。

「ぐっ…がはっ…」

「きゃっーーーーー」

吐血でコンクリートを紅く染める雁夜おじさんに桜が絶叫し、私の後ろで震えている。

「バーサーカーの維持で魔力が枯渇したか…バカな奴だ」

倒れこんだ雁夜おじさんを一瞥するお父様。

空を見ればアーチャーと激しい戦闘を繰り返していたバーサーカーが消失している。

雁夜おじさんの魔力枯渇で実体化を維持できなくなったのだろう。

雁夜おじさんはと言うと彼はもう虫の息だった。このまま何の処置もしないままではきっと助からない。

だけど、私も、お父様でもおそらく彼の延命は殆ど出来まい。

今、この瞬間を生きながらえてもこの聖杯戦争中で朽ちそうなほどに彼の生命力は枯渇している。

「どれ、せめてもの情けだ。私が介錯してやろう」

そう言ったお父様は魔術礼装であるステッキに魔力を通すと、ステッキの末端を雁夜おじさんの心臓に突き立てた。

「ぐっ…がっ!…ぁ…ぉ…ぃ…さ…」

敵のマスターを殺すのはこの聖杯戦争に参加している魔術師達の暗黙のルール。しかし、それを幼い桜が理解できるかと言えばそれは別だ。

人殺しをしたお父様を驚愕の表情で見つめ、お父様の桜に向けられた視線から隠れるように私の後ろへと逃げ込んだ。

「…くっ」

それを何処か辛そうに眺めると顔つきが魔術師としてのそれに変わる。

「今日はこれで帰ります」

私は桜を抱えるようにして踵を返す。

「私が帰すと思っているのか?」

「貴方が令呪でサーヴァントを呼ぶ前に私のサーヴァントなら貴方を殺す事が可能よ。例えマスターが死んでもサーヴァントは直ぐには消えないとは言え、貴方は確実に殺せます」

殺したくは無いけれど、現状は分かっているはずだ。

桜の事を考えるとやはり今のお父様には返す事は出来ない。

私は後ろで震えている桜を抱きかかえ、チャンピオンを伴ってその場を去った。



セイバーとアイリスフィールは来日初日での激戦があった倉庫街へとやってきていた。

もちろんランサーとの果し合いをするためである。

「遅いわね、ランサー」

しかし、待てど暮らせど一向にランサーはやってこない。

ランサーがセイバーとの約束を破るとは考えにくい。と言う事はマスターが来るなと命じたか、もしくは来れない様な状況に陥ったかだ。

セイバーはアイリスフィールの呟きに答えずに、神経を研ぎ澄ませ、今か今かとランサーを待っている。

キキーッとブレーキ音が響き、車が止まると、そこから現れたのは久宇舞弥だ。

「舞弥さん?」

「マダム、ランサーのマスターの所在が分かりました。切嗣が先行して見張っていますが、マダム達も向かっていただきたい」

「む?ランサーはそこに居るのですか?」

そのセイバーの問いには舞弥は答えずに、地図をアイリスフィールに渡すと、用件は済んだとその場を去った。

後には投げかけた言葉を無視されて憤るセイバーとアイリスフィール。

「…行きましょうか、セイバー。セイバーもランサーとの決着は付けたいでしょう?」

「…無論です」

しかし、この場に現れないランサーに何処か納得がいっていないのか、その表情は憮然としていたが、アイリスフィールと二人で車に乗り込むと夜の倉庫街を走り去っていった。







若干の違いはあれど、この後ランサーは脱落する。

ケイネスに授与されるはずの令呪が存在しない今、それを確かめた切嗣はソラウを何の感慨も無く殺し、ランサーへの魔力供給をカットしたのだ。

供給源を絶たれたランサーは、片手の負傷があるとは言え気力の充実していたセイバーにかなわず、打ち倒されたのだ。

これで残りのサーヴァントはアオ達を抜かして3名。物語りも大詰めだった。



衛宮切嗣は大いに焦っていた。

サーヴァントの脱落は着実に進み、セイバーの片手を封じ込めていた魔槍での傷も解消し、サーヴァントも健在だ。

だがしかし…現れるはずの無い八番目のサーヴァント。そして、それを一番怪しみ、近づけさせないはずの舞弥が全くの不審を抱いていない。それどころか、アイリスフィールの側に居る彼らイレギュラーの報告すら上がってこない。

チャンピオン一向がアイリスフィールと共に居る事は、別の問題でアイリスフィールに接触しようとしたときに偶然知り、結局彼女とは接触せずに立ち去った。

外から見れば異常な光景も彼女達には正常だとすればあのイレギュラーたちはかなり高度な暗示の能力を使えるという予測が容易に立ったからだ。

更に切嗣を苛ませるのはアイリスフィールから語られた切嗣がアイリスフィールに接触しようと思った原因。自身が聖杯の器として機能していないと言う不具合。

切嗣の絶対的な優位性は最優のサーヴァントを引き当てた…からではない。

聖杯戦争のシステムとして必要になる聖杯の器を所持している事だった。

これさえ手にしていれば、サーヴァントの脱落は必須だが、必ずしも自身のサーヴァントが生き残っている必要性は無い。

いや、第三魔法の再現や、根源に至る為には寧ろ最後には自身のサーヴァントを自害させ、七騎全部のサーヴァントの魂を贄に捧げる事が望ましいだろう。

逆に言えば、サーヴァント戦を生き残ったとしても、聖杯の器を確保できなければ、聖杯の降臨は出来ない。

切嗣にしてみればこの戦いはほとんど勝ちが決まっているゲームなのだ。

だと言うのに、この冬木の地に降り立ち、稼動するはずの聖杯の器が稼動していない事は、切嗣にとって根本を覆された事に等しい。

いや、聖杯を求める1プレイヤーの身分に落ちたのならばまだ良い。それならそれで絶対に勝ち残ってみせるまでだ。

だが、アインツベルン以外に用意できないはずの聖杯の器が起動していないとなると、すでにこの聖杯戦争での聖杯の降臨すら怪しい。

予想外の出来事が続き、精神を落ち着け考える為に吸ったタバコの数はすでに1カートンを軽く越えてしまっていた。

イライラは募るが解決策が見当たらない。

唯一聖杯の器として辺りを付けられるはあのアイリスフィールの側に現れたホムンクルスであろう少女。

彼女が今回の聖杯の器の本命としてアハト翁に送られてきたと考えてみれば、これは何とも最悪だった。

何せ、あのサーヴァントは得体が知れない。

マスターの能力で透視したチャンピオンの能力ではおそらく高火力宝具を有した宝具特化型だろう。

しかり、そうと決め付けるは危険だと長年の経験からの警鐘が鳴っている。

「くそっ…」

と切嗣は悪態を吐くと吸い終えたタバコの火を灰皿に押し付け鎮火させると、新しくタバコに火をつけようとして、止めた。

事態は最悪だが、此処でただタバコを吸っていても事態は好転しない。だったら、先ずは他のサーヴァントを排除すべきだ。

そう考え、切嗣は夜の街へと消えていった。



「ぐっ…」

「イリヤ?」

クロックマスターを使い修繕した衛宮邸の居間で紅茶を飲んでいたイリヤが突然胸を押さえて嗚咽を洩らした。

「ランサーが倒されたみたい」

「これで四騎…大丈夫なのか?」

「まだ大丈夫よ。ただ、此処からはちょっとつらいかな…」

イリヤのキャパシティーでも人間の機能を維持したままでいられるのはこの辺りが限界か。

残り三騎。聖杯戦争も正に大詰めと言った所だろう。

しばらくすると、落ち着いたのか、容態が安定してくる。

丁度その時、衛宮低に凛達が帰ってきた。

凛に引っ付くようにして離れない桜の表情は蒼白でふるふると震えているのが分かる。

落ち着かせるように紅茶を差し出すと、おずおずと嚥下しようやく少し落ち着きを取り戻したようだ。

「何か有った?」

俺は凛にではなく、同行していたソラへと問い掛けた。

「目の前で自分の父親が人を殺せば普通はこうなるわ」

聞けば凛の父親がバーサーカーのマスターを介錯したらしい。

聖杯戦争は殺し合いとは言え、桜にしてみればショックはでかかっただろう。

遅れて明け方にアイリスフィールとセイバーが帰宅したが、イリヤ達は既に就寝していた。









遠坂時臣は考える。

先ほど紅い服を着た魔術師の女性に問いかけられた言葉を。我が子が受けた仕打ちを。

自分がただの平凡な父親なら、桜にはもっと明るい未来があったに違いないのだ。

自分が凡俗であるが故に我が子に天才が二人も生まれると言う僥倖に魔術師として嫉妬し、しかし先達者としてより良い未来を歩けるように心を砕いたつもりが、まさかそんな事になっていようとは…

聖杯戦争を降りろと彼女は言った。

それは至極当然だ。

サーヴァントを自害させ、教会に逃げ込めば、表向きのルールとしては存命できる。

が、しかし…

イレギュラーが居るとしても、あともう少しなのだ。

既にサーヴァントの脱落は進みつつある。

此処まで来て、あと少しで手が届くかもしれない奇跡を手放せる魔術師が居るだろうか?

居るわけが無い、と時臣は自嘲する。

結局答えは魔術師であるか、そうでないかの二択なのだ。

そして時臣は後者を選べない。

選べないのだからこのまま進むだけだ。と、再確認した時臣は残りのサーヴァントの対策へと思考をスライドさせていった。

物語はズレる。

ほんの少しの食い違いが、大きな結果となって道を作ってゆく。

本来なら、遠坂時臣は言峰綺礼の手によって殺され、そのサーヴァントを奪われるのだ。

だが、しかし…

聖杯問答でのアオによる食事のもてなしでギルガメッシュはその欲望の幾分かが満たされ、分け与える令呪の無い璃正はケイネスに難癖つけて会う事をしなかったために存命し、間桐雁夜は綺礼が助ける前に絶命している。それら、一つ一つは些細な食い違いが言峰綺礼の抱える本質的な闇の蓋が開くのを邪魔している。

その遅延は明確な差となり、物語は違う結末へと向かってゆく。




夜が開け、朝日が昇り、中天に日が差し掛かった午後。

衛宮邸の居間で暖を取っていると、ふすまを開け、舞弥さんが入出する。どうやらどこか出先から戻ったようだ。

どうやら聖杯戦争に関係のある事柄のようで、アイリスフィールと連れ立って席を外した。

席を外す一瞬で、俺は舞弥さんに万華鏡写輪眼『八意(やごころ)』を発動。此処に来た用件を読み取った。

読み取った情報からすると、遠坂時臣からの同盟の申し入れがあったらしい。

なるほど。

流石のギルガメッシュでも時臣にしてみればライダーの宝具は脅威なのだろう。

夜を待ってアイリスフィールとセイバーは遠坂時臣と会うべく出て行った。

ギルガメッシュの性格的に考えて、セイバーと共闘は考えられないが、さて…

「残りのサーヴァントは3騎。今夜の会談次第では状況が一気に動くだろうね」

時臣がアインツベルンに共闘を持ち込んだと言う事は、ライダーを先にどうにかしたいのだろう。

あの固有結界はとてつもない脅威だ。

「早ければ今日にも聖杯戦争の勝者が決まると?」

と、凛が言う。

「二対一でライダーを倒して解散とは行かないだろう。ライダーが勝てばそれで、負ければセイバーかアーチャーの消耗の具合の軽度な方が仕掛け、殲滅するんじゃないか?」

それで聖杯戦争は終わる。

凛には凛の思惑があり、桜とソラを連れて夜の街へ。

俺はイリヤと共にやはり冬木の街へと繰り出す。

夜の冬木市に猛るサーヴァントの気配が感知される。どうやら戦いが始まるようだ。

イリヤに言われ、そちらへと飛んで駆けつけると、一歩及ばず。既に戦いの突端は開かれているようだ。

「ライダーとセイバーか」

ライダーは戦車に跨り空を駆け、それを追うように市街地の屋根を蹴りながら追いすがるセイバー。

追いすがったセイバーが剣を振りかぶり、正に一太刀あびせようかと言う時、ライダーの周囲が光り輝き、一瞬でセイバーを飲み込みつつ、両者とも現実から姿をくらませた。

固有結界を使ったのだろう。

「これは決まったね」

「そうね。セイバーじゃあの固有結界には勝てそうも無いもの」

俺の呟きに同意するイリヤ。

セイバーの宝具はあの対城宝具であるエクスカリバーの砲撃だ。

威力、レンジ共に申し分ない威力だが、あの天性の才能を持つ凛ですら二発が限度と言う代物だ。多くて二発のエクスカリバーであの軍団を壊滅させる事が出来るだろうか?

さらにライダーが優位なのはマスターが戦車に同乗していたことだろう。

令呪のバックアップが戦局の推移と共に得られるライダーは途轍もなく有利であり、逆にマスターの援護が無いセイバーは苦しい。

「お母様は…よかった、固有結界外にいるみたい」

心配そうに夜空を見上げる銀髪の女性の姿を発見し、イリヤは安堵の声を上げた。

数分後、順当な結果としてライダーが現れ、セイバーが去る。

「うっ…」

イリヤの中にセイバーの魂が入ってきたのだろう。

「大丈夫……ごめんね、チャンピオン。迷惑をかけちゃうわね」

「いや…」

さて、大魔術の行使で消費が激しいライダー。

これを討つなら今だろう。

遠坂時臣がこのチャンスを見逃すだろうか?

…いやまぁ、ギルガメッシュの性格上一筋縄では行かないだろうが、最後の戦いだ。令呪を使えばどうとでもなるか。

しばらく見ていると、ギルガメッシュが現れ、場所を冬木大橋に移して始まる二戦目。

固有結界にギルガメッシュを取り込んだはずだが、ほんの少しの間を置いて、再び現れた。

ギルガメッシュの手にいつか見た乖離剣が握られている所を見ると、一つの世界とも言える固有結界を、その能力で切裂いたのだろうか。

固有結界が効かないとなれば現実での戦車での戦となる。ライダーは死を覚悟したのか、己がマスターを道路に下ろすと空へと駆け上がる。

空を駆けるライダーに、ギルガメッシュも空を飛ぶ羽の付いた船を駆り空中へ。

突進を武器とするライダーと、宝具の射出と言う武器があるギルガメシュ。

天かける牡牛は宝具に刺し貫かれ飛行能力を失い、黄金の戦車は削られていき、最後はライダー諸共霞と消えた。

此処に聖杯戦争の勝者が決定された。

「くっ……」

「頑張れるか?」

ライダーの魂を回収し、意識すら保てるかと言う状態になったイリヤを気遣う。

「うん…だいじょう…ぶ…大聖杯を起動させるための地脈の高まりまではまだ時間が有るけれど、小聖杯としてなら直ぐにでも降臨準備に入れるわ…チャンピオン。円蔵山に行ってちょうだい…」

弱々しいイリヤは見ていられない。

彼女が何をしたいのかはまだ分からないが、大災厄を引き起こす類ではないと信じている。



手の甲に有った令呪が消えたのを見て、切嗣はセイバーが負けた事を悟る。

所詮、正義だなんだと正面からしか戦えない騎士には残りの二騎は勝てる見込みが無かったから分かっていた結果だ。

しかし、それでも当初の予定なら問題は無かったはずだ。

聖杯の器は自分たちが握っているのだ。それさえ手放さなければ聖杯降臨後の一つの願い、「世界平和」の願いをかなえるまでの間だけの時間が有れば良いし、聖杯降臨の場所は幾つか候補あるから何処で降臨させるのかはこちらが決めれるのでたとえ勝者とはいえ相手は直ぐには現れまい。

だが、結果は予想をはるかに逸脱し、根底が覆されていた。

聖杯として機能するはずのアイリスフィールはまったく聖杯として機能せず、幸か不幸かまだ人としての機能を維持している。

しかし、聖杯戦争としてのシステムとして呼ばれた英霊の魂は小聖杯に回収されるはずだ。

と言う事は、大きなバグでもない限りはアイリスフィールを上回るスペックの小聖杯がこの街に有ると言う事だろう。

聖杯の器には見当をつけてある。

アイリスフィールの近くに居るホムンクルスの少女。アイリスフィールが機能しないのならおそらくアハト翁が冬木の街に自身の思惑で送り込んだのだろう。

しかし、それを押さえようとしてもその近くにはイレギュラーサーヴァントが警護している。

セイバーを失った現状では手が出せない。

しかし、聖杯の降臨にはそれなりの霊地が必要であり、儀式を執り行うならば候補に上がる五つの内どれかを押さえなければならない。

遠坂の家はまず無い。だからその他の地で網を張れば向こうからやって来よう。

確率が高いのは円蔵山か。その他の地にも感知センサーを仕掛け、誰か人が来れば分かるように準備をして自分は円蔵山を見張る。

来た。

舞弥からの連絡でどうやらアーチャーがライダーを降したとの連絡が入ったのでそろそろだとは思っていた。

なるほど、此方の読みどおりにどうやら此処で今回の聖杯降臨を行うらしい。

アインツベルンの宿願である第三魔法の再現には全てのサーヴァントの魂が必要だ。

いや、今回は8騎いるのだから、最後は自分のサーヴァントを自決させれば一騎残っていても条件は揃うだろう。

あの護衛さえ居なくなればまだ十分聖杯を得るチャンスはある。

もう少し、もう少しだ。と、切嗣は息を潜めてその時を待つ。



時臣はとあるビルの屋上からアーチャーとライダーの戦いを観戦し、ライダーの脱落に歓喜していた。

これで今回の聖杯戦争の勝者は時臣になったからだ。

静かな喜びで体が震えている時臣を一瞬で現実に戻したのは鈴のような少女の声が後ろから掛けられた時だった。

「今回の聖杯戦争の勝利、おめでとうございます。遠坂時臣さん」

ばっと後ろを振り向けば、昨日の紅い服を着た少女がイレギュラーサーヴァントと桜を連れて背後に迫っていた。

「君は…」

アーチャーを令呪で呼ぶか、と一瞬考えるが、その間を相手は与えてくれまい。現れる一瞬前に自分は殺されるだろうと迂闊な事を避ける。幸いにして相手は会話をしたいようだった。

「昨日の答えかい?」

「ええ。…とは言っても、今回の聖杯戦争の勝者は貴方。その答えはもう少し先送りしても構わないでしょう」

凛にしてみれば確実に自分たちが来た影響であるのだろうが、聖杯戦争の勝者になった父、時臣にまずこれからの事を問う。

「戦争の勝者は貴方でしょうが。聖杯の器は手に入れましたか」

「あっ…」

時臣はうっかりしていた。幾ら降霊儀式で聖杯を呼び出すとは言え、聖杯の器を用意するのはアインツベルンだ。その確保がなければ聖杯の降臨などありえない。

そしてアインツベルンが容易く他者に聖杯の器を譲らないだろう可能性を思いつく。

「あきれた…」

どうすればと思考していた時臣だが、目の前の少女に彼女のサーヴァントが何事かを耳打ちしている。

「はぁ?まぁ良いけれど」

と声を上げた後、凛は時臣に告げる。

「聖杯の降臨の準備が整ったらしいわ。場所は円蔵山、柳洞寺の境内だそうよ」

「なっ!君達が聖杯の器を確保したのかっ!…いや、それを私に伝えてどうしようと言うのだ?」

「もし今回の聖杯が文字通り万能の釜だとしたら何も問題は無いわ。聖杯を貴方に渡し、遠坂の家が根源への足がかりを得た事を賞賛するわ。だけど、そうでなかったら……いえ、なんでも無いわ」

「凛。アーチャーが戻ってくるわ」

ソラがサーヴァントの気配を捉え凛に退席を進める。

「それじゃ、私達は先に柳洞寺に行ってますね。桜、今はお姉ちゃんに付いてきて」

「う、うん…」

おずおずと桜は目の前の父親から視線を反らすと凛の腕へと収まった。

「桜っ…!」

呼び止めて、何かを言おうとして詰まった時臣を置き凛達は円蔵山へと飛んで行った。

時臣からは刺客になる反対側のビルの屋上でスナイパーライフルのスコープを覗いていた舞弥は乱入した凛たちに驚き、さらにソラとスコープ越しに視線が合った事で時臣の殺害のタイミングを逸したのは誰にとっての幸運だったのだろうか。

舞弥は切嗣からの連絡を受け、状況を報告すると闇にまぎれて自身も移動する。円蔵山、柳洞寺へと。



円蔵山、柳洞寺。

寺の中の住職以下の居住者には写輪眼で暗示を掛け下山させ、万が一の被害を抑える。

これでこの山一帯には普通の人間はいない。

凛達は時臣を監視していたようなので、念話でソラに勝者である時臣を柳洞寺へと誘導してもらう。

聖杯降臨の儀式は行うが、まだ俺達にはそれが汚染された物か、そうでないのかの確証が得られていない今、一応の勝者である時臣には参列させる方針だ。

寺の敷地の中は円も駆使してくまなく気配を探り、誰も存在していないのは確認できたが、ある種の結界に覆われているこの柳洞寺では林の中に潜まれていたらサーヴァントである俺達では察知できない所が少々不安ではある。

しばらくするとソラが凛と桜を連れてやってきた。

「聖杯降臨の儀式を行うのね?」

と言う凛の問い掛けに、俺が支えていなければ立つ事もまま成らなくなってしまったイリヤがそれでもしっかりした声で答える。

「ええ。それで、もしこの聖杯が汚染されていたら…」

「あなたを淀みから助け出すのは私の仕事ね。サーヴァントではあの汚染にはたちまち飲まれてしまう可能性が高いわ」

「ええ。お願いするわ。その後は…」

「聖杯の破壊。令呪もあるしチャンピオンも居る。被害が出る前に吹き飛ばしてあげるわよ」

凛がイリヤの願いを受け入れ準備は完了する。

遅れて時臣とギルガメッシュが境内にやってくると距離を取って歩みを止めた。

「ほう、此処で聖杯の降臨に望むのか」

見ものだな、とギルガメッシュが両手を組んで横柄に言い放った。

対して時臣は勝者であるはずが、俺とソラのサーヴァントがまだ二騎存命している事で、自決させなければならないギルガメッシュを手放す事が出来ず、何ともいえない表情だ。

時臣はイリヤが自身のサーヴァント…俺とソラを自決させ、七騎すべての魂をくべる事を期待しているようだが、イリヤにその意思は無い以上実現はしない。

「貴方が今回の聖杯戦争の勝者ね?トオサカトキオミ」

「ああ」

「それじゃぁ、わたしは聖杯の運び手として、また器として勝者に聖杯を委ねましょう」

イリヤを急遽柳洞寺から引っ張り出してきた祭壇の上に降ろし、俺はイリヤから距離を取る。

イリヤは目を閉じ、精神を集中させるとほのかに体が発光しながら宙に浮いていく。

しかし、厳かだったのは此処まで。

「やっぱりか…」

イリヤの背後に黒い孔が開き、中から大量の呪いが泥となってあふれ出してきたのだ。

「これは何とも醜悪だな」

ギルガメッシュは率直な意見と共に興味を無くす。

「これはっ!?」

「これが聖杯よ」

「これが聖杯…だと?」

驚きの声を上げる時臣に凛が解説を加える。

「やっぱり汚染されていたわね。この冬木の聖杯戦争はもう無色透明の魔力の塊ではなく、醜悪な呪いの塊に変化してしまった。…呪いとは言え高純度の魔力の塊ではある。これをうまく制御できれば根源への到達も可能かもしれないわ。…だけど、この呪いは貴方程度が制御できる物ではない。制御を離れたこの聖杯は破壊の力を伴って世界を呪いで埋め尽くすでしょうね」

「…ばかなっ!」

説明する間も黒い泥は地面に垂れ流されては焼いていく。

根源へ至る可能性は確かにまだ残されている。

魔術師は死を身近に感じ、覚悟し、日々研鑽している。根源への妄執は魔術師として純粋で真摯なほど高く、また捨てられない。

現に時臣もこの緊迫した状況で葛藤に時間を使っている。

それほどまでに魔術師としては根源への足がかりは魅力的すぎるのだ。

ガサリと木の葉が揺れる音がしたかと思うと、常人には残像しか映らないほどの速度で何者かがこの状況下で取りえる最善の位置取りから駆け出し、一息で時臣の腕を背後から捻り上げ、そのこめかみにいまどきの銃にしては古めかしい大き目の拳銃の銃口を突きつけた。

俺とソラはといえば乱入者に気が付いた瞬間に取り押えるよりも守る方に体を動かした結果、時臣までは手が回らなかった。

ギルガメッシュは此処まできたらマスターがどうなろうと関係ないと動かなかったのだろう。

「衛宮切嗣…」

チラリと横目で後ろを確認した時臣が自分に銃口を突きつけている誰かの名前を呼んだ。

「ああ、他の連中も動かないでくれ。サーヴァントには効きはしないだろうが、ここら辺りを一片で吹き飛ばせるほどの量の爆薬を仕掛けてある。僕に何かあれば直ぐに起動し、君達のマスターを木っ端微塵に吹き飛ばすだろうね」

なるほど。

確かに普通の人間、いや、魔術師に対しても有効かもしれない。

切嗣は巧みに時臣を盾に使い、此方からの魔術的な干渉を受け付けないように陣取った。

「衛宮切嗣…何が目的だ…いや、問われるまでも無い事だな」

魔術師である時臣としては目の前の聖杯の奪取が目的だと考えたようだ。

「君が何を思ったかは知らないが、僕の言う事を聞かなければこの引き金を引く」

「くっ…」

ギリっと奥歯をかみ締める時臣。

「要求は何だ?」

時臣が驚愕を胆力で押さえ込み、切嗣に問いかける。

「あの聖杯を貴様のサーヴァントに破壊させろ。邪魔するのならあの二体も貴様のサーヴァントに排除させるんだ」

「なっ!?」

「ほう、雑種が(おれ)に汚物の掃除をさせようというのか。(おれ)にそのような事を命令したくば全ての令呪を使うのだな」

時臣は躊躇する。

時臣の令呪は残り二画。

一つを俺とソラの排除に使い、最後の一つで聖杯の破壊を命令した所で使い切る。

現界する魔力を都合よく使い切れば良いが、そうでなければ最後に手痛い反撃が待っているかもしれない。

最後はやはり自決用に取っておきたいのだろう。

だが…

「私達の目的もこの汚染された聖杯の破壊。だからあなた達があの孔を破壊したいと言うのなら邪魔はしないわ」

と凛が俺達の目的を答えた。

それにそろそろ此方も動かなければ成らない。

凛は宝石を取り出し飲み込むと大幅に魔力を増大させ泥の中へと入っていった。

サーヴァントである俺とソラは入っていく事は叶わない。肉体と言う殻を持たない今の俺達では一瞬で黒い泥に汚染されてしまうだろう。

「なっ!?」

時臣の上げた驚きの声はどっちだろうか。泥の中に入っていった事か、それとも宝石を飲み込んだ事か。

凛は泥を掻き分けて祭壇へとたどり着くとイリヤを孔から切り離し、抱え上げると来た道を戻るが穿たれた孔は塞がらない。

「大丈夫?イリヤスフィール」

「大丈夫よ、凛…」

迂闊な凛の言葉に耳ざとく状況を窺っていた切嗣が息を呑む気配が感じられた。が、今はそれは関係ない。

イリヤは無事に聖杯から切り離され、切り離された結果孔は塞がらず拡大を続けている。

ガチャリとグリップに掛かる金属が引き絞られるような音が聞こえる。それに慌て観念したのか、しかし何処か晴れ晴れとした表情を浮かべながら一度時臣は自身の令呪を一瞥したあと視線をギルガメッシュへと向ける。

「王よ、お願いしたき儀があります」

「一応聞いてやるぞ、申してみるが良い」

「はっ。
此度の聖杯戦争で得られる聖杯はまがい物にございます。あれは王の蔵に(ぞう)されるべき物ではございません。王自らの至宝にてあの孔を吹き飛ばしてはもらえまぬでしょうか」

「ふむ。そんな物は庭師の仕事だと言う所だが、あの泥は見るに耐えぬ。貴様が令呪の一画を使い(おれ)をひと時律する事を許そう」

「ありがたきお言葉…」

時臣は令呪に魔力を送って発動させる

「英雄王に令呪を持って願い奉る。王の至宝の輝きにて聖杯の破壊を」

「良かろう」

おや、これは俺達は必要ないかもしれない。

ぐんと令呪によるバックアップにより大量の魔力がギルガメッシュを猛らせると、後方から一つの剣のような筒を取り出しその柄を握る。

筒の中が回転し、辺りの魔力を食らうと真名の開放と共にギルガメッシュは穿たれた穴に向かって振り下ろす。

「天地乖離する開闢の星っ!《エヌマ・エイリシュ》」

放たれた一撃は世界を断ち切る力を持って聖杯が穿った孔を吹き飛ばし、破壊しつくした。

閃光と暴風が止むと切嗣はすでに消えていた。

彼はあの災厄を止めるだけに現れ、そして結果を得た以上用は無いと身を隠したのだろう。

ギルガメッシュは特にこの世界に面白みは感じなかったのか、聖杯の破壊と同時に契約満了で座へと戻っていった。

特に誰かに言い置いた事も無いが、それは唯我独尊な彼らしい去り方だ。

「なんとか無事に終えたわね」

「そのようね。…まぁこれでお父様も父親としての考え方が出来るでしょう」

凛は時間を置いて心の整理が付くまで待つと桜を連れて時臣の所へと歩いていった。

俺はといえば、聖杯降臨の儀式で消耗したイリヤを休ませる為に一度衛宮邸へと戻る。



「ねえ、チャンピオン。お願いがあるんだけど」

「何だ?」

「あのね、アインツベルンの城まで連れて行って欲しいの」

「は?何で?」

「うん、ちょっと理由はまだ話せない。だけど、わたしにとっても、そしてこの世界のわたしにとっても悪い事じゃないはずだわ」

「イリヤの命令なら従うまでだが…」

「命令よ、チャンピオン。わたしをこの世界のあの冬の城まで連れて行って」

イリヤの中の何か覚悟を感じ取った俺は、イリヤの願い通り、転移魔法で雪の閉ざされたあの城へと転移した。

「あそこに行って」

イリヤを抱えたまま空中から進入すると、イリヤの指差した部屋の窓へと隣接する。

「チャンピオン、壊して」

言われた俺は、少し強引に窓ガラスを破壊して、潜り抜けれるだけの通路を作った。

バリンっ!

「え?なになにっ!?」

部屋の中から、突然の事に驚く子供の声が聞こえてくる。

声に核心を持ったのか、イリヤは俺を促し、窓を潜った。

「初めまして、イリヤスフィール」

「あなたは誰?」

イリヤが部屋の主、おそらくこの世界のイリヤであろう少女へと話しかけていた。

「それはまだ答えられないわ。チャンピオン、眠らせて」

説明も無いまま、またも無茶振りを…

写輪眼で睨み、この世界のイリヤ意識を奥底に沈めると、バタリと糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる所をギリギリの所で受け止める。

バタバタと音を断って廊下を何者かが走ってくる気配がある。

「その子を連れて行くわ。帰りましょう、チャンピオン」

来る事も一瞬なら帰るのも一瞬。

誰かが駆けつけてくるより先に俺達はこの世界のイリヤを連れて衛宮邸へと戻った。

衛宮邸へと戻ったイリヤは土蔵へと向かい、魔法陣を用いた何かの魔術の下準備を整えると魔法陣の上にこの世界のイリヤを横たえ、自分もその横に寝そべりその手を取った。

「イリヤ…?」

イリヤのする事に意を唱える事はしないが、説明はして欲しい所だ。

「あのねチャンピオン。聖杯として造られたわたしは寿命がとても短いの」

「は?」

何を言っている?

「あのまま元の世界に居たとしても数年の命だったと思うし、…まぁ今回再び聖杯として起動したからきっともっと少なくなっているかもしれないけれど…」

「…それで?」

「うん。もっと別の世界ならとも思ったけれど、思いのほかこの世界はわたし達が居た世界と差異が無い。差異が無さ過ぎると言う事は、この子とわたしは同体と言う事」

まぁ、理屈ではそうなるかもしれない。

「この子も今のままではきっと20を越えられないわね」

だから、と前置きをしてイリヤは続ける。

「この子にわたしを同化させる。二人分の魂が有れば普通の人…よりは寿命は少ないかもしれないけれど、それなりに長生きできるわ」

うん…

「そんな顔をしないで、チャンピオン」

俺はどんな顔をしているのだろうか。

「同化して、どうなるんだ?」

「きっとこの子の中でわたしは眠る事になると思う。いえ、同化したのだから眠ると言うのはおかしいのだけれど」

「イリヤがこの子を吸収すればいい」

「そうね。…でもわたしは夢を見てしまったの。キリツグとお母様と三人で暮らす夢を」

でも、それは…その子のもので、今のイリヤの事では無い。

「大丈夫。この子もわたしなのだから」

イリヤは一度言葉を切ると俺を見てすまなそうに言葉を続ける。

「最後に、残った令呪を使ってチャンピオンにお願いするわ」

「どんなお願いだい?」

「『この子サーヴァントになってあげて』『この子をどんな外敵からも必ず守って』」

令呪が発動され、強大な魔力が俺を縛る。

「中々残酷な命令だね」

「うん、ごめんね。チャンピオン」

「イリヤの最後のわがままだ。その子が寿命で死ぬまではその願いを叶え続けよう。何、数百を生きた俺達には数十年なんてあっと言う間だ」

「うん、お願いね。チャンピオン」

イリヤはさよならとは言わなかった。

ただ、お願いと言って彼女は光の粒子となって隣の小さなイリヤへと吸収されていった。







程なくして小さなイリヤが目覚める。

「えっと、ここは?」

キョロキョロと辺りを窺う小さなイリヤへ片膝を折り視線を合わせる。

「サーヴァント、チャンピオン。今日から君の剣であり、盾だ」

「サーヴァント?」

まだ状況が良く分かっていないイリヤは小首をかしげ、そう呟いただけだった。



俺は、混乱する小さなイリヤを抱き上げると小さく抗議の声を上げる彼女を無視し、土蔵を出ると衛宮邸の門の外に此方を窺っている二つの気配の方へと歩を進めた。

「キリツグ、お母様っ!」

「イリヤっ!」

門の外にはアイリスフィールと、何処か警戒している衛宮切嗣の姿があった。見えないが、距離を開けた所に舞弥さんの気配もある。

俺の腕からもがいて降ろせと主張するイリヤを地面に立たせると、勢い良く駆け出しアイリスフィールの腕に収まるイリヤ。

「どうしてこんな所に?」

「わかんない。ただ、わたしにそっくりな女の子が居たこととそこのお兄さんが居たことだけは覚えてる…」

「アリアが?」

視線を此方に向けるアイリスフィール。

「彼女…イリヤスフィールはもう居ない。…彼女はその子の中で眠ってしまった」

「どういう事だい?」

剣呑な目つきで切嗣が問いかける。

「そう睨まなくても、聖杯戦争が終わった今、俺達が敵対する必要も無いだろう。詳しい話は中でしよう。此処は冷える。イリヤが風邪を引いてしまう」

「キリツグ…」

どうするのかと視線を向けたアイリスフィールに少しの間逡巡してから切嗣は俺の申し出を受けた。


説明は完結に、平行未来から事故で転移してきた事実を教えた。

「そう。それじゃアリアは私の…」

「そうであって、そうじゃない。アイリ、世界を跨ぐと言う事はそう言う事だ」

「彼女の願い故、俺はその子の側を離れられない。まぁ、そこは勘弁してくれ」

「望みえる最強の護衛がイリヤについているんだ。それは良い。…だが、イリヤは君に命令出来るのか?」

切嗣が重要な所の確認を取る。

「ラインは繋がっているから彼女からの魔力で現界してはいるが、残念ながらその子に俺達への絶対的な命令権は無いよ。そもそも聖杯戦争のマスターで有ったとて、令呪以外の命令をサーヴァントは聞く必要はなかっただろう?」

間違えやすい所だが、基本的にサーヴァントは自身も聖杯が欲しいからマスターの言葉を最大限に尊重していたに過ぎない。

突き詰めて言えば令呪以外の命令権は無いのだ。

「そうか…」

「それよりもその子の今後の事だ。俺は彼女の剣であり、守るための盾だけど、彼女を幸せにするのは俺の役目では無い。俺はイリヤの令呪故にどんな事からも彼女を守り、生かすだろう。例え彼女が望まなくても。しかし、それが彼女の幸せとはイコールじゃない。それは君達の役目だ。アイリスフィール、衛宮切嗣。君達はこれからどうするんだ?」

俺のその問い掛けに切嗣は即答できずに固まった。

「キリツグ…」

彼の側には守るべき妻と子供。しかし、彼の望みは世界の恒久平和。

「俺は…」







それからの話をしよう。

俺やソラはサーヴァントであり、前の世界にも呼び出された以上の愛着は無い。今の状況では帰れなくても特別に問題に成るような事は無いだろう。

凛は助け出した桜の事もあり、切嗣に用意してもらった戸籍を使い冬木に根を下ろした。

桜は遠坂の家に帰したが、魔術師の師として桜は凛から魔術を習っている。

魔術師は子をなす事がある種の義務で、魔術刻印を受け継がせる義務が生じているはずの凛だが、兄弟間でも魔術刻印は受け継げる。第二魔法へと至る事は終生の課題だが、元の世界へはかなりの時間戻れないだろうと結論付け、それならばと彼女は桜へと魔術刻印を譲ろうと、既に第一段階の移植が開始されている。

この事に驚いた遠坂家は当然凛を問い詰めるのだが、魔術回路の一部を譲ってから問題が浮上する辺り遠坂家のうっかり属性は大丈夫だろうか…

俺はと言えば、この冬木で落ち着いた生活を始める決断を下した衛宮一家のささやかな生活を守るために何度かのホムンクルスによる襲撃を追い払い、小さなイリヤの成長を見守っている。

それが、小さなイリヤよりも一緒に居た時間の少なくなってしまった彼女の願いなのだから。
 
 

 
後書き
今回でFate編も終了です。
英雄王…聖杯の泥をかぶる前はきっとほんの少しくらい良い人であったと信じたいところです…と言う事でこの話の結末はあんな感じになりました。全てのキャラクターの存命は出来ていませんが、それでも何人かは幸せになれる…かも知れない結末ですかね。 

 

番外 NARUTO編 その1

忍連合本部のとある部屋にて、テーブルを前に椅子に座る五代目火影である綱手に対峙するように幾人かの木ノ葉の忍びが集まっている。

その中には日向ヒナタとロック・リーの姿も有った。

「まったく、この世界がこれほどの緊迫状況にあってあの二人はまだ見つからんのか」

そう綱手が愚痴をこぼすように言葉を紡いだ。

「方々探し、暗部の協力を得てもかすかな痕跡すら見つかりません」

その問いに答えたのは奈良シカクだ。

「その二人は同期であった娘から聞いたことがありますが、少し優秀なくらいの中忍でしかないのでは?もう戦争が始まると言うこの時期に暗部を割いてまで探す価値のある人物だとは思えないのですが…」

苦言を呈したのは山中いのいちである。

「それがそうとも言い切れないんですよいのいちさん」

いのいちの反論に言葉を紡いだのははたけカカシだ。

「今回の相手は、まあ嘘か本当か分かりませんが、あの伝説の忍であるうちはマダラを名乗るやからです」

「ああ」

「そのマダラに対抗できた忍はそれこそ伝説にある初代火影様くらいなものでしょう」

「だが、初代様は既に亡くなられている。千手一族も混血が進み綱手様ですら初代様の血継限界を宿しておられない」

「はい。今はヤマトが幾らかの木遁を使えるのみになってしまっています。そのヤマトですら初代様には遠く及ばないでしょう。ならばどうするか。…うちはにはうちはをあてれば良い」

「それこそ不可能だ。うちはの生き残りはうちはイタチをうちはサスケが倒して以来生き残りはサスケとマダラだけ。そのサスケも未だ抜け忍として指名手配中なのだぞ。いまの木ノ葉の中で写輪眼を使えるのはカカシ、お前だけのはずだ」

「しかし、それが居るとすれば?マダラを名乗る男は恐らく写輪眼の上位瞳術である万華鏡写輪眼を開眼しているはず。万華鏡写輪眼に対抗するには万華鏡写輪眼しかない。だからこそ、今彼らの力が必要なのです」

「なっ!?うちはの生き残りが居たのか?」

驚愕の事実にいのいちは自然と視線をシカクへと向けると、シカクは頷いてみせた。

「それでその彼らは今?」

「ある日突然姿を消した」

ため息をつきつつ綱手が答えた。

「方々手を尽くしたが、結局手がかりになりそうなのはこの巻物だけだな」

そう言って綱手が広げて見せた一本の巻物には何やら仰々しい文字と図形の羅列が書き記されている。

「これは…口寄せの巻物ですか?」

シカクがそれを見て推察した。

「そのようだ。姿を消した彼らの部屋で見つけたものだ。調べてみた所どうやら特定人物の口寄せの術式ではないかと言う事だが、媒介は血液によるものであり、その血液が誰のものであるかわからんゆえ開封できておらんが、周りの物を整理していたようであるから、これは有事の際もっとも親しい者へあてた物である可能性が高い」

そう綱手が言った。

「つまり…それでボクたちが呼ばれたって事ですね」

ようやくここに来て会話に混ざったのはロック・リーだ。

「そう言う事だ。おそらくこれはヒナタとリーにあてたものであると推察される」

「そうですか…つまり私達のどちらかがその巻物であの二人を呼べと言うことでしょうか」

と、ヒナタ。

「そうだ。これは命令だ。戦争が始まる前に戦力増強、もしくは後顧の憂いを絶っておかなければならん」

うちはの末裔であるのなら、その彼らがマダラに付いていると言う可能性もあるのだ。

その場合、力ずくで取り押え無力化するためにこの部屋にはカカシをはじめ、てだれの忍が綱手の命令で集まっているのだ。

「分かりました。私がやります…」

「ヒナタさん…」

ヒナタが一歩前に出て巻物を受け取り、その様子をリーが少し心配そうに見つめていた。

ヒナタは巻物を床に広げると、その巻物に記されている印を読むと、カカシからクナイを借り右手の平を切裂くと、巻物に真一文字に塗りたくる。

その後、書かれてあった印を組上げ、再度右手を巻物の上に押し当てる。

「口寄せ、蒼空(そうくう)招来」

巻物から這い出るように文字が床に散らばると、召喚陣をくみ上げるが如く整列し、その場に何処からか何者かを呼び寄せる。

ボワンッ

軽い爆発音のような物の後、その巻物の上に突如として人影が現れた。

「誰だっ!貴様達はっ!」

綱手の言葉で目的の人物では無いと悟った忍者達が各々に戦闘態勢を整え身構える。

「ここは…?」

その人影は彼らが予想していた人物などではなく、何故か、猫のような耳と尻尾が付いていた。









その日、俺は久しぶりに久遠、クゥを連れてピクニックに出かけ、日陰で昼寝をしていた。

最近、リオやヴィヴィオがこのフロニャルドに来たり、なのはなんかは平行世界の過去へと跳び、闇の書事件に関わってきたりとなかなかに騒動に絶えない。

「アオ」

「…ん?」

木陰でまどろんでいた所に俺を呼ぶ声が聞こえる。ソラの声だ。

「ソラ…?」

「そんな所に居ると風邪を引くよ、そろそろ日も落ちてきて気温も下がってきたしね」

とは言え、俺達はここ何年も風邪を引いた記憶は無いけれど…

「ん、そうだね。そろそろ戻るよ。久遠、クゥ、起きて」

「くぅん…っ」
「なぅ…っ」

そう言って二人をおこそうとした時、突如として歪む空間。

「アオっ!?」
「ソラっ!?」

抵抗しようとする暇もなく、俺達は一瞬で飲み込まれ、一瞬後には何処か知らない部屋の中へ転移させられていた。

すると、行き成り怒声が奔る。

「誰だっ!?貴様達はっ!」

「ここは…?」

飛ばされる殺気に体は条件反射の如く反応し、戦闘態勢へと移行する。

オーラを纏い、目は油断無く写輪眼へと変貌する。

俺と一緒に転移してきたのはソラと俺の回りに居た久遠とクゥ。…つまりあの時一緒に居た全員だ。

目の前を見れば、黒のロングの髪が美しい一人の女性。彼女が恐らく俺達の召喚者だろう。

その虹彩は殆ど白に近い薄紫色をしていた。

「なっ!?写輪眼っ!?」

と、動揺した後、その声を荒げた男は続いて慌てたように言葉を続けた。

「目を閉じろっ!彼らの目を直接見てはダメだっ!」

その男の言葉を聞き、そこに居た複数名の人達は一斉にその目を伏せた。

そう言った後、その彼は自身の左目を隠していた何かをたくし上げると、その瞳を現す。

む?

この瞳の事を知っている?それに対処法も?

それにあの瞳は写輪眼だ。

どういう事かと考えをめぐらせているとソラから念話が入る。

『アオ、ここって…』

『まさか木ノ葉なのか?』

写輪眼の名を知っている存在など限られる。世界を跨げば知る存在などそうそういないだろう。

『場所まではまだ分からないけれど、この()…』

かなり昔の事なのでもはや記憶が曖昧になってきているが、おそらく…

「ヒナタ…なのか?」

「え?」

俺の言葉に戸惑いの言葉と同時にその閉じられた瞳が開かれる。

一瞬何かを考えた後、目の前の彼女は声を発した。

「アオくん…なの?本当に?」

「…そうだね」

ようやく記憶の奥底から引っ張り出して見てみれば、写輪眼でこちらを警戒しているのはカカシさんで、テーブ越しに椅子に座っているのは綱手様か。あの濃い独特の雰囲気をかもし出しているのはリーさんだね。

「じゃあ、そっちは…」

遠慮がちに目を開けたリーさんが会話に混ざろうと一歩前に出てそう問いかけた。

「ソラ…ちゃん?」

「そう」

ヒナタの言葉にソラが簡潔に答えた。

そう言えば、かなり昔、ヒナタ達と別れると悟ったときに召喚口寄せの巻物をつくって置いていったっけ?

まさか今頃になってそれで召ばれるとは思いもよらなかった。

「神咲アオと神咲ソラで合っているのか?」

「綱手様っ!」

目を開けて、俺に確認を取る綱手に、それを危険と止めに入るカカシ。

しかし、それを片手で制して「どうなんだ?」と問いかけた。

「お久しぶり?になるのですかね。確かに俺達はその名で呼ばれていたことがありますよ」

「どういう事だ?」

「詳しくは話せませんけれどね。いろいろあったと言う事だけです」

「いろいろって…」

「それで、わざわざ俺達を口寄せしたと言う事は何か用事があるのですか?」

「用事もなにも、私達の認識ではお前らが勝手に里から消えてしまい大事な戦力が消えてしまったと言う事なのだが…」

ふむ…

「それもそうですね。とは言え、勝手ではありますが、今の俺達は木ノ葉に戻れる状況じゃないのでね。用事が無いなら挨拶だけをして帰らせてもらえないかと思うのですが…」

「すまんがそれは無理だ。我々も今この時期に大事な戦力をみすみす逃すわけにはいかん」

この切羽詰った感じはどういう事だろうか。

それから聞いた話をまとめると、どうやら今まさに暁と言う組織と全面戦争が始まる前らしい。

各里の忍者は結束し、この組織との戦いに挑むそうだ。

敵のボスは悪名名高きうちはマダラといい、初代火影と共にその伝説は有名との事。その実力はおとぎ話級らしい。

この戦いに負けは人類の永遠の幽閉を意味し、今までの過程を全て否定される結果になるとの事。

なるほど、これは彼ら忍者達には負けられない戦いで、彼らに繋がり育て、守ってもらっていた俺達の戦いになるのか。

『アオ、どうする?これは私達の過去の因果。言い方を変えれば絆かな』

と、ソラからの念話が入る。

『絆、か』

『命の危険は確かにあるよね。戦争だもの。自分だけは死なないなんて事は絶対にない』

うん、それはそうだ。命を賭した戦い、戦争になる以上、自分の命もベットされるのは当然だろう。いつもなら避けて通るはずの懸案だ。だが…

『この世界があって、俺達の今が有る。彼らとの繋がりがあって、あの時を生きてきたという実感を今こうして感じさせてくれている。…なら…』

『うん、そうだね。それじゃあ返そう。今の私達なら、いっぱい返せる物も有るはずだよ』

『それが結局武力の行使と言う事なのはこれはもう俺達の(ごう)であると言う事なのだろうけどね』

『だねぇ』

俺の言葉にソラはくすりと笑った。

答えは決まった。この選択を過去の自分なら後悔するだろう。だが…

『俺達が関わった事。その全てが現実だ』

『うん』

綱手に協力の意を伝えると、忍連合の額宛を頂いた。

部隊への編入などは追って知らせるとの事なので、空いた時間でヒナタとリーと会話する時間が取れた。

「あの、…これっ」

そう言ってヒナタから渡されたのは木ノ葉のマークが入った額宛。

「これは…」

「アオくんとソラちゃんが居なくなってからずっと私があずかっていたの」

「懐かしいな」

「うん」

「懐かしい物なのですか?と言うか、オーラの感じは確かにお二人に間違いないのですが、その密度が半端無いのですが」

と、リーさん。

「俺達にしてみれば、あれから数百年の時間が経っているからね」

「数百…嘘を言っているようには見えませんし、本当の事なのでしょうね」

現実離れした話だが、どうやら二人は信じたらしい。どうにもそう言った部分の信頼は有るようだった。

確かに、念なんていう汎用性の高い、しかしこの世界では使われていない技術を持っていた過去があるからねぇ。

「それで、あの…そっちの二尾と九尾は…」

「変な言い方をするね。いや、いいけれど。彼女達は俺の使い魔達だよ…」

ヒナタの言葉に答える。

「使い魔…ですか?」

「口寄せ動物と言った方がこの世界ではなじみ深いかな?俺達をいろいろと助けてくれるパートナーだよ」

「そうなんですか…」

「久遠、クゥ、挨拶」

「…よろしく」
「…なぅ」

久遠もクゥも人見知りが激しいからね。挨拶も初対面ではそっけない物だった。

「き、嫌われているのでしょうか…」

「そんな事は無いと思うけれど」

そうソラがフォローした。と、そんな時、部屋の入り口から声が掛かる。

「おう。お前ら、ちょっとつきあってちょうだい」

振り返るとカカシさんが立っていた。

「何をですか?」

「戦争前に二人の実力を確かめて来いとさ」

なるほどねぇ。







演習場へと移動し、俺とソラはカカシさん、とヒナタ、リーさんと対峙する。

久遠とクゥは見学だ。

「お二人が居なくなってからもボクは一生懸命努力したつもりです。その努力を今此処で見せましょう」

「私も手加減はしません。したら二人に失礼ですし」

と、リーさんとヒナタ。

「どちらかのチームの参ったで決着をつけよう。その辺りの良し悪しはお互い素人じゃないし、分かるでしょう」

「写輪眼は使っても?」

「これはマダラとの想定もかねている。俺も使うから遠慮しないでばんばん使ってちょうだい」

と、カカシさんの言葉で模擬戦が始まる。

「「錬」」

ヒナタとリーさんのオーラが膨れ上がる。

二人はなかなか錬度の分かる綺麗な錬だ。

「写輪眼っ」

カカシさんも左目の写輪眼を発動させる。

俺とソラは地面を蹴って後ろへと距離を取ると、一人突出したリーさんがオーラを右拳に集めて振りかぶって近づいてきた。

「はやいっ!」

忍者が使う瞬身の術なんて比じゃないくらいの速さでかけてくる。良く見れば幾らか脚力強化にまわしている。

速いはずだ。

「木ノ葉っダイナマイトっ!」

振り下ろされる右拳はどうにかかわしたが、穿った地面には大きなクレーターが出来上がり、粉塵で視界が遮られた。

しまった今の攻撃でソラと分断されてしまった。

リーさんと入れ替わるようにカカシさんが肉薄し、俺に肉弾戦で襲い掛かる。

気配を辿ればどうやらソラはヒナタと近接戦闘に入ったようだ。

こっちも写輪眼を発動し、相手の幻術、催眠に対抗すると共に動きを見切るり、カカシさんの攻撃で大きく一歩下がった所で印を組み、大きく息を吸い込んだ。

「「火遁・豪火球の術っ!」」

ボウッと吐き出された火球に、写輪眼で印をコピーしたのか同じく豪火球の術をぶつけるカカシさん。

「今っ!」

「ダイナミックエントリー」

カカシさんの言葉に反応するように頭上からリーさんが現れた。

「くっ…」

間一髪でリーさんの攻撃を避けるついでにリーさんに対して写輪眼で行使できるもっとも簡易的な幻術をかけようと試みるが、両目に集めたオーラにより弾かれてしまった。

「瞳術への対策も怠っていませんよっ!」

やるね。

確かに凝ならばそう易々と幻術には嵌らないか。なかなか厄介な物だよね、忍者と違って念能力者は。

大技を繰り出したリーさんの一撃からまたカカシさんが前に出てくる。

「万華鏡写輪眼は使わないのかな?」

「っ!?」

俺が万華鏡写輪眼を使えることを知っている?そういえば万華鏡を使ったことがあったような?

俺はカカシさんの攻撃をいなしながら答える。

「万華鏡は使うとシャレにならないですからね。人が対抗出来るような能力じゃないんですよね…」

まつろわぬ神やサーヴァントなら対抗出来なくはないだろうが、特殊な力を使うとは言え、人間の域を脱していない彼らには強力すぎる。

「へぇ…舐められたものだねっ」

おれの言葉を聞いたカカシさんはすぐにリーさんとスイッチして後ろに下がった。

「木ノ葉旋風っ!」

「っ!?威力が上がっているっ!?」

バシッバシッとリーさんの流で威力を上げた攻撃を流を使って受け止める。

「八門遁甲、それも傷門まで開いているんですが…やりますねっ!昔のアオさんとはやはり桁が違います」

なるほど。八門を開いて無理やりオーラの総量を増やしているのかっ!普通ならもっと体に負担が掛かるはずなのだが、筋繊維の負担は念で強化して抑えていると。でなければ筋肉だ断裂してもおかしくは無いほどの攻撃だ。

これは厄介だな。

もともと体術が達人クラスのリーさんが使うとその効果が半端ない。

と、リーさんだけに集中は出来ない。リーさんの後ろのカカシさんを覗き見れば高速で印を組み、チャクラを練りこんでいる。

「雷切っ!」

リーさんの猛攻で邪魔する事叶わず。バチバチと放電する雷を右手に纏わせて術が発動してしまった。

再びカカシさんはリーさんとスイッチ。

高速で近づくと右手に纏わせた雷切を一直線に突き立てる。

ちょっ!?

リーさんの猛攻で体勢を崩されていた今の俺では流石にこれをかわすのは難しいか?

今の俺はマダラの仮想敵と言う事だし、ここは…

「スサノオっ!」

俺を守るように大きな肋骨のような物が現れ、カカシさんの雷切をガードするが、突きの威力に皹が入ってしまった。

が、しかし。なんとか防御には成功した。

「これが噂に聞くスサノオか…サスケが使ったと聞いたが、やっぱり君も使えたのね」

更に現れたスサノオの右手でカカシさんを掴もうと振るうが…

「木ノ葉インパクトっ!」

再度攻撃を仕掛けてきたリーさんのコブシで弾かれてしまった。

再びカカシさんが雷切での突き攻撃。

今度もスサノオの肋骨を盾に攻撃を防ぎ、こちらの番と回し蹴りをお見舞いすると、自ら威力を殺すように後ろに飛んでいった。

それと同時に俺も二人から距離を取る。

「雷切ですら攻撃が通らないとか、硬すぎでしょっ!何か弱点は無いの?」

「それを聞きますか…」

本来なら自分の技の弱点なんてわざわざ教えはしないのだが…相手にスサノオを使えるかもしれない敵が居るのならしょうがないか…

「弱点としては、燃費が悪いから使うのが結構しんどい。俺達が以前居たときだと確か10分くらいしかチャクラがもたなかったし、反動で体が締め付けられるような痛さがある」

「10分…」

とは言え、今の俺達にはその二つの弱点は殆ど存在しない。カンピオーネに成って以降操れるオーラ量が桁違いに上がったおかげだ。

体もすこぶる頑丈になったしね。

「スサノオの体はチャクラで出来ているから、チャクラを吸い取るような攻撃にも弱いかもしれない」

とは言っても、そう言う攻撃を扱える人は稀だけれど…

「あと、凄く頑丈だけど、何をしても壊れないとかじゃないから、ものすごい威力のある攻撃なら意外と何とかなる」

どんなに硬かろうが、絶対ではないと言う事だ。それで翠蓮お姉さまには普通に破壊されたからね…

「なるほど」

と納得したリーは更に八門を開ける。

「傷門・杜門…開っ!行きますよっ!本来なら第七の門・驚門を開けなければ成らないほどの体術ですが、念での強化でボクは第五の門までで使うことができるようになったガイ先生にしても禁じ手の…」

リーさんがその両手を組んで動物の顔のように組んだ。

「ちょっと、リーっ!それはっ…!」

と、止めるカカシさんを余所にリーさんは技を放った。

昼虎(ひるどら)っっっ!」

放たれたそれは一瞬虎の頭を幻視させ、俺へと突き刺さる。

ヤバイッ…さすがにこの状態(肋骨と右手)では受け切れられないっ!

俺は直ぐに左手を現し、ヤタノカガミを前面に押し出して防御するが、リーさんの放ったソレは空圧を伴う一点集中の正拳突き。

性質変化への絶対防御であるヤタノカガミを弾き飛ばし、胸部へと食らいついたそれは、一気にその空圧を拡散させる。

暴風が過ぎ去っあと、俺のスサノオは胸部を破壊され、本体がむき出しの状態まで壊されてしまっていた。

「はぁ…はぁ…この技を持ってしても完全破壊とはいきませんか…」

「いや、良くやったぞ、リー。これでスサノオが絶対防御では無いという証明が出来たのだからな」

今にも崩れ落ちそうなくらい消耗しているリーさんとそれを労うカカシさん。

「アオっ!」
「アオくん」

余りの風圧に、ソラとヒナタも戦闘を中断して此方にやって来た。

「そっちは終わり?」

「うん。いくらスサノオと言えど、ヒナタの柔歩双獅拳での柔拳攻撃には相性が悪かった…」

「あはは…ソラちゃんも手加減してくれてたんだと思うけれどね…」

なるほど、的確にスサノオの弱いところにヒナタのオーラを挟み込まれ、内部破壊されたのね…流石は白眼の血継限界と柔拳の組み合わせは相性が良い。日向は木ノ葉にて最強も頷けるかもしれない。

それでも、念能力で自在にオーラを操れるヒナタだからスサノオを破壊するまでに至ったのだろうが、さすがに普通の日向一族じゃスサノオは抜けないと信じたいところだ。

じゃないとスサノオに新たな弱点が…

「さて、ここらで模擬戦も終わらせよう。俺はこの戦闘データを火影さまに提出しなければならないから、そろそろ失礼するよ」

そう言うとカカシさんは瞬身の術でドロンと姿を消した。

「それにしても、リーさん強くなったね。まさかスサノオが破壊されるとは思わなかったな」

スサノオも全力ではなかったにしろ、あそこまで破壊されるとはね。

「はい。お二人が居なくなってからもガイ先生の下で修行してましたから」

「ヒナタもね」

ソラがヒナタを褒めるとテレながらヒナタも答えた。

「うん…私も、お父様から稽古をつけてもらってたし…」

「思い出話に花を咲かせたい所だけど…時間も無いね。一度戻って手当てと回復をしてきてもらった方が良い」

医療忍者なんかがその辺はうまくやってくれるだろう。

「あ、うん…アオくん達は?」

「そんなに消耗してないから全然平気だ」

「うん。私達の事は気にしないで先ずは回復してきなさい」

「はい…」
「わかりました…」

アレだけやってと驚かれたけれど、食没により蓄えられているエネルギーはまだまだ余裕がある。いざとなれば兵糧丸でなんとかなるだろう。

しばらくすると、俺達の配属先が決定されたようだ。

俺とソラは別々の班に組み込めれる事になった。

これは俺達を完全には信用していないために戦力を分散しようと言う意図も含まれているのかもしれない。

まぁ、写輪眼を使える俺とソラを分散させる事は友好な手段では有るのは確かなのだけれど。

そして戦争が始める。

ソラと久遠に一緒に行ってもらい、俺はクゥと一緒に戦場を駆ける。

念話を繋げてみれば、どうやら一足先にソラの方が戦闘を開始したようである。




忍の一連隊が森の中を駆けている。

その中にはソラやカカシ、マイト・ガイなんかの姿が見えた。

「それじゃ、万華鏡写輪眼の威力を見せてもらいますかね」

とソラと並走するカカシが呟く。戦場はすぐそこだった。

「万華鏡だと!?そいつはうちは一族なのか?」

ガイが驚きの声で問い返した。

「本物のうちはの万華鏡…俺以上の瞳力の使い手なのは間違いないでしょ。敵は穢土転生で蘇ったゾンビたちだ。こいつらは封印するか身動きを止め続ける以外に止める術が無い」

穢土転生はその強力な効果で不死の体、無限のチャクラをもって召喚者に意のままに操られてしまう術なのだ。

この術の攻略法は分かっている限りはカカシの言った二つだけだ。

「不死の敵と言う事ですね…なら」

と言ったソラは右手にアンリミテッドディクショナリーを現してページをめくる。

「ロード、ハルペー」

ソラがそう呟くと右手に長柄の鎌が現れた。

この武器は以前ギルガメッシュの宝物庫から放たれた宝具の一つであり、効果は不死殺しである。

「口寄せ忍具か…」

そろそろ敵が見えてきた。

ソラの装備は両手に構えたハルペーと、バリアジャケットは籠手と具足の二つのみで、今は防御よりも速さを重視している。

「奇襲部隊がマズイ事になっている。加勢するぞっ。ガイとソラは俺に続いてくれ」

カカシの言葉に二人は頷くと、後ろに着いてきている部隊員を一時引き離す勢いで加速し、一気に目標へと駆ける。

交戦に備え発動された写輪眼。しかしソラの右目に浮かぶその模様はいつものそれとは違い、赤と黒の色彩が逆転していた。

覚えているだろうか。以前アオがカカシに使った万華鏡写輪眼を。

裏・万華鏡写輪眼。

その名を『桜守姫(おうすき)』と言う。

これは生まれながらに三つの写輪眼を持っていたアオとソラが開眼した三つ目の能力である。

このNARUTOの世界に転生するにあたり再構築されたときに消えずに溶け込んだ移植された写輪眼が得た能力で、その能力は極限まで鋭敏化された観察眼と洞察眼。

その眼はこの世の真理すら見抜くといわれている。

どの写輪眼をも上回る観察眼、洞察眼を得られるが、他の万華鏡写輪眼のように戦闘に対して大きな効力を持つ能力では無いし、これの発動中はスサノオと右目に宿った万華鏡写輪眼の能力を使えないと言うデメリットは存在するが、接近戦等には大いに有効であろう。

視界には突出した三人の敵の穢土転生が見え、右二人はガイとカカシに任せ、左二人へと向かい脚力を強化して突進。その柄に対して鎌の小さい穂先で先ず爆遁使いにガリと呼ばれた忍びの首に引っ掛け力任せに引っ張り、久遠の落雷の援護で感電して身動きの取れなくなっていた隣の灼遁使いのパクラを巻き込んだ後に念でハルペーの切れ味を強化し二人の首を切り落とした。

「今のうちのそっちの二人を封印しろっ!」

再不斬の攻撃を凌いでいたカカシが遅れてきた封印班に叫ぶ。

が、しかし。首を絶たれた二人は完全に絶命し穢土転生に使われた生贄の素体へと戻ってしまっている。

それを見てカカシも、再不斬も驚愕の表情だ。

それはそうだろう。

不死と思われていた穢土転生の体がただの一撃で再び死に戻ってしまったのだから。

再不斬とガイと鍔迫り合いをしていた白は一端二人から距離を取ると、何かに操られるように印を組んでいる。

しかし、その隙を見逃すソラではない。

再び地面を蹴ると二人に向かって駆ける。

ハルペーを振りかぶり、今まさに再不斬に迫ろうといった時、それを遮るように割って入ったのは白だ。

「ふっ!」

術での迎撃は間に合わないとふんだのか、自身の体をなげうったものだったが、ソラは構わずとハルペーをなぎ払い、白の胴体を真っ二つに切裂く。

白は死体に戻ったが、再不斬の口寄せまでは止める事かなわず、あらたに六体もの穢土転生の口寄せを許してしまった。

しかし、口寄せの隙と、召喚直後の隙をを突き、再不斬と新たな口寄せ一体の首を刎ねるが…

「くっ…」

残りの五体に総攻撃を受け、たまらずソラも後退する。

「あれは霧隠れ忍刀七人衆の前任者達だっ!」

と誰かが叫ぶ。

隙を見逃すなっ!が基本のアオと同様にソラには動揺は無い。

後ろで動揺におののいている忍達を余所に一人素早く印を組んでいる。

「火遁・豪火滅却っ」
「「水遁・水陣壁」」

幾つ物火の玉が連なり大きな火球を形成し襲い掛かるが、相手もさるもの。直ぐに相殺の忍術をぶつけてきた。

その隙に敵は口寄せの巻物を開き、忍具を召喚する。相性の問題で押されたソラは技を中断し、距離を取った。

(らい)っ」

久遠が極大の落雷を落とし、援護が決まったと思いきや、その雷は相手の持つ二本の刀に吸い寄せられるように曲がり落ちた。

「あれは雷刀”牙”。その武器事態が雷を帯びている。あの刀の前では生半可な雷遁は通用しない」

と、忍の誰かが解説する。

「なるほど…俺の雷切のようなものなのね…」

そうカカシがこぼす。

「霧隠れの術」

スゥっと白い霧が立ち込め、辺りを覆い始める…前にソラも印を組んでいた。

「風遁・大突破っ!」

吹き荒れる暴風は霧が立ち込めるのを許さない。写輪眼で印を先読みし、対抗する術を行使したのだ。

どうやら、防御には成功したようで、忍刀七人衆には傷一つ付いていないが、それでも視界が奪われる窮地には陥られずに済んだ。

だが、それでも自身の愛刀の武器を持ってからの忍刀七人衆は鬼に金棒と言う感じで暴れまわる。周りに引き連れてきた忍達なんて物の数では無いと蹴散らされ、命を散らしていく。

「誰かっ!一瞬でもいいから動きを止めてっ!」

ソラが叫ぶ。

「っ!分かりました。私にお任せくださいっ」

と言った誰かはホルダーからクナイと取り出し、雷刀”牙”を持つ忍に投げつけるが余裕でかわされてしまう。

「影真似手裏剣の術っ」

しかし、地面に突き刺さったクナイは相手を一瞬その地面に縫い止め動きを止める。

どうやらあのクナイは特殊な物のようで、自身のチャクラ性質を流し込め、同様の効果を生み出せるようだった。

「ナイス援護ですっ!」

ソラはそう言うとすぐさま相手の首を刎ね、地面に刺さったクナイを回収し、援護をしてくれた忍に投げ返す。

「次、行きましょう」

「はいっ!とは言え、この技では一、二秒止めるのが精一杯ですが…」

「十分よっ」

穢土転生体である彼らは本来殺す事は出来ない。しかし、ソラのもつハルペーは不死殺しである。屈折延命の効果で斬りつけられた傷は決して復元されない。つまり落とされた首は再生されないので不死である彼らも死して黄泉へと戻るのである。

「雷(らいっ!)」

雷刀”牙”の使い手を葬り去り、厄介な牙はソラがすぐさま回収。妨げる物の無くなった久遠は落雷の術で残りの忍刀七人衆を分断する。

「今っ!」

「はいっ!」

後は一瞬でも影真似手裏剣で動きが止められれば相手を倒す事は容易い。

ソラは横一文字にハルペーを振るい、鈍刀”兜割”の使い手を葬り去る。

捕縛と一撃必殺のコンボはこの戦場において見事な成果を上げていた。…ように見えた。

ソラが兜割を持ち上げて後ろの忍へと放り投げて隔離してもらった頃、再び現れる穢土転生の口寄せの棺。

中からは先ほどソラが倒したはずのガリやパクラ、他の忍刀七人衆の二人が現れる。

「っ!?…なるほど。やっぱり殺すだけじゃ駄目って事ね…」

彼らは再び穢土転生で冥府から呼ばれてしまったのだろう。魂が浄土にある以上再度呼ばれてしまうと言う事か。

「出来れば封印なんて手段は取りたくなかったけれど…」

なんて考えているうちにも再び呼ばれたガリとパクラが多くの忍を殺している。その光景をみてソラも覚悟を決めた。

「久遠、手伝って」

「…わかった」

ソラの期待に応えようと力を込めると、久遠の体を雷が覆い、その爪、牙に形態変化させた雷が纏わり付く。

「くぉーーーんっ!」

咆哮と共に獣にのみ許された四肢をふんだんに使って地面を蹴り、相手の目にもとまらぬ速度で地面を駆け、戦場をかく乱する。

まず、再び現れたガリを閃光をも思わせる速度で近づくと鋭い爪で切裂き、打ち上げるとパクラに近づきそのアギトで噛み砕いた後にガリに向かって放り投げた。

二人は空中で形成を整える事には成功するが、久遠が印を組む腕を重点的に破壊していたので術の発動までは出来ない。そこを真下から行き成り現れた巨大な剣で二人まとめて突き刺した。

そう、ソラがスサノオを陰で気配を絶って地面に潜らせていたのだ。あとは隙をみて地面から穿ち急襲したのだ。

突き刺された二人はスサノオの封印剣に吸収され、消えていった。

「よし、まず二人…」

ソラの戦いはまだ続く。
 
 

 
後書き
この作品のNARUTO編を読み返していたら、裏・万華鏡写輪眼なるものをアオが使っていました…
おそらく初期はあの時点でもっとチートっぽい能力設定だったので、一度書いたあと大幅にパワーダウンさせて修正していたのですが…修正しきれず残っていたらしいです。しかもそのまま掲載してしまっていました…
と言う事なので、その設定をもう一度再利用。能力を変更して今の形になりました。
彼らのチート具合は今更なので、いいかな…と。
今回から戦争編ですね。とは言え、この作品は話を途中でぶった切って完結させるので、そこまで長くならないと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。 

 

番外 NARUTO編 その2

ソラの方はどうやら戦闘開始したようだな

俺はソラと別の部隊に組み込まれ、我愛羅を部隊長として戦場を進んでいる。

すると現れたのは五影の前任者達の穢土転生。

まず風影である我愛羅と土影のオオノキが攻める。

砂を操る我愛羅と塵遁を使うオオノキは両者とも広範囲攻撃を得意とする。まずはそれで様子見といくようだ。

「そこのうちはの猫」

突然、我愛羅に声を掛けられた。て言うかうちはの猫って…

「お前も手伝え。火影から聞いている。お前はスサノオを使えるのだろう」

「ほう。万華鏡の開眼者が身内に居るとはな。これでマダラに対してもまだ勝算のある戦いが出来るぜよ」

オオノキも暗に俺に前に出るように言ってくる。

「え?スサノオを使えと…?」

「出し惜しみは無しじゃわい」

「それじゃ、行くとしよう」

おーい…

我愛羅は会話はお終いと砂を集め始める。まずは相手を押し流すほどの砂嵐をお見舞いするらしい。

我愛羅は砂に乗って、オオノキは塵遁を使い飛翔している。

まずは先制と我愛羅の大技が炸裂。巨大な砂の波が五影前任者達を襲うが、寸前で動きが鈍り、止められてしまった。

見えた五影前任者達は丁度よく横一列で此方を警戒している。…丁度良い。

ソラからの念話で穢土転生体は封印も已む無しとの解が出ている。初撃での一撃必殺は卑怯だが俺のもっとも得意とする所。

我愛羅の砂にまぎれて既にスサノオの腕を地中に伸ばし、浸透させていたのだ。

あとはまだ自我のある五影前任者の動きが抑えられている内に横合いからグサリと一突き。あっけなく封印される。

え?卑怯?そんな事は分かっている。

必殺の一撃は初撃でとさっきも言ったとおりだ。

「「……………」」

我愛羅、オオノキの沈黙が痛い。そして後ろに控える忍連合の忍者達からもだ。

「流石はうちはじゃぜ…」

「…………部隊を後退させる」

あ、オオノキはともかく我愛羅が無かった事にしている。…まぁ良いけれどね。

「お主はこのまま部隊を離れて奇襲部隊に合流せい。ここよりもあちらの方が戦力的に危険じゃ」

「了解」

本格的に無かった事にして俺に依存しないように部隊から切り離す事にしたようだ。たしかにそれが正解かもしれない。



「これは……」

暁の基地にて穢土転生の制御に当たっていた薬師カブトは驚愕の声をあげる。

呼んだ穢土転生の半数以上が速くも封印されてしまったからだ。

まず一撃で黄泉へと送り返された事に驚き、次に容易に封印された事に驚いている。

「おかしいですね…うちはの生き残りはあなたとサスケくんだけかと思っていたのですが」

と、ギョロリと視線をマダラと呼ばれている仮面の男へと向ける。

「生き残りが居たのだろう。あれほどまでに精密にスサノオを扱えるとなると相当なレベルの瞳術を秘めているな」

どうでもよさそうにマダラは答えた。

「アイツらはまだ使えん。そっちで何とかしろ。俺も少し動く」

「簡単に言ってくれますね。ここで彼らを使いたくは無かったのですが…まぁ面白い余興になりそうですし良いでしょう。うちはの力を存分に見せ付けてやりましょう」

カブトはニヤリと蛇のように笑う。ソレを見てマダラも姿を戦場へと消した。



「クゥ、ユニゾン・イン」

「なぅっ!」

クゥと融合すると、尻尾が一本から二本へと増えている以外は若干2Pカラーになった程度だ。

バリアジャケットは速度重視で籠手と具足、局部の胸充程度に着込み、ソルを右手に持つとそのまま飛行魔法を使い空を駆ける。

ソラと合流しようと急いで飛んでいると、前方に巨大な鳥に乗った二人に道を遮られた。

俺は油断無く、一撃で仕留めようとスサノオの右手を現し、陰で隠して纏うとそのまま接近。十拳剣を突き刺し、封印しようとした時、何者かの大きな腕で弾かれ体勢を崩した俺は相手諸共地面へと投げ出された。

クルクルと制御を取り戻し着地すると、相手の一人は鳥から降り立ち俺の前へと立ちふさがり、もう一人は後ろに控える。

あれはスサノオっ!?

「スサノオを使うか…貴様はうちは一族なのか…?」

「誰だ?」

「自己紹介くらいは良いだろう。俺はうちはイタチ、後ろのは長門だ」

どちらも眼を見る限り穢土転生で呼ばれた死者だ。

「そして俺も問おう。誰だ、と」

「俺は…」

と答えようとした時、イタチは操られるように印を組みチャクラを練り上げると火球を吐き出す。

「火遁・豪火球の術」

俺はそれをスサノオの左手を現し、その手に持ったヤタノカバミで受け止めたために無傷だ。…まぁ本当は昔の杵柄で受け止めるまでも無かったのだが。

「俺は神咲アオだった者だ…母親の名前はうちはチカゲと言う」

「なるほど…チカゲさんの息子か。…どうりで強い…」

納得したように話すイタチだが、体は依然操られたままだ。

「気をつけろ…俺の万華鏡写輪眼は…」

その言葉を最後にイタチは完全に操られてしまったようだ。イタチの写輪眼の形が変わり、その右目から血涙が流れ落ちると、俺の体から黒い炎が燃え上がる。

なるほど…これが天照か。…発動が速い。流石に瞳術由来の技はもろもろの工程を二段とばしくらいで完了させる。

それにこれは高威力の技であろう。魔術師基準で測ればおそらくAランクほどの攻撃になるだろう。

…だが、昔取った抗魔力Aの効果でAランク以下はキャンセルされる。防御するまでも無く天照の炎は鎮火した。

クロックマスターで過程を飛ばしてスサノオの封印剣を突き刺しても良いが、どちらにしても長門の能力が未知数すぎる。封印中の一瞬で逆にこっちがやられてしまうとも限らない。長門に関しては確か昔、深板達に何か聞いたような…

どの道、魂を封印するような術のある世界なのだ。影分身も便利だが、相応のリスクが存在する。もし影分身を変質させられたら、影分身を解いて還元された本体まで影響を得てしまう。これは結構おっかない事実であり、殆どの術は無効化されるとは言え二対一の状況下では油断は出来ない。クロックマスターで過程を飛ばして十拳剣の攻撃を当てたとしても、相打ち覚悟で相手の十拳剣を食らってしまうかも知らない。ならば此処は『桜守姫(おうすき)』で慎重に行くべきか…

左目の万華鏡写輪眼が反転すると同時にスサノオが解除される代わりに右目に宿ったタケミカヅチの能力で雷を纏う。

相手にはスサノオが雷化したように見えたかもしれないが、これはスサノオとは別物だ。タケミカヅチを人型でスサノオのように纏って見せてはいるが、攻撃力はともかく防御力では数段劣る。

ならばとイタチの左目の万華鏡写輪眼が煌くが、同じ理由で月読もキャンセルされる為に効果が無い。それと同時に後ろの長門が両手を突き出し何かの術を行使するがやはり効果が無い。

桜守姫(おうすき)で見るとどうやら引力を操り俺を引っ張る瞳術のようだ。

先ず分断の後、片方を行動不能まで追い込んでからもう一人を先に封印するのがベストかな…時間が有れば紋章を発動して輝力を練っておきたかったが…くそ、慢心から来る油断だ。

対峙するイタチのスサノオと俺のタケミカヅチ。

先に動いたのはイタチだ。地面を蹴るとスサノオを纏ったまま此方へと駆けて来る。

さて、反省も済んだ。ここには他の忍も居ない。忍術にこだわる必要も無いではないか。

「ソルっ!」

『リストレクトロック』

バインドを行使してイタチのスサノオの動きを止めると、タケミカヅチの持つフツノミタマを振りかぶる。

しかし、攻撃を当てる事は叶わず。新たに口寄せされた巨大な犬の怪物が俺に襲い掛かり目標をそちらへと変えフツノミタマを振り下ろした。

「ぎゃうっ」

切裂くと同時に刀身に集めたプラズマが開放されその巨体を焼き尽くす。

ドシンと地面に倒れたそれはすでに黒く炭化したなにかだった。

抜けないバインドから抜け出そうと、イタチは一端スサノオを引っ込めるが、それを見逃すヘマはしない…と言いたかったのだが…

「天道・万象天引」

返す刀で切りつけたフツノミタマは長門の引っ張る力、「天道」と言うらしいそれでイタチは引っ張られ剣筋からそれ空振った。

「火遁・豪火球の術」

さらに引っ張られながら眼くらましと豪火球の術で牽制するイタチ。抗魔力Aの前ではガードする必要も無いのかもしれないが、俺はあえてフツノミタマで火球を切裂くと、その奥から大き目の手裏剣が飛んでくるのが見えるが、油断無くそれをタケミカヅチの左手で掴み取ると、その死角にもう一つの手裏剣が現れた。

影手裏剣の術だ。

流石忍者。一つの攻撃に二つも三つもの攻撃を合わせてくる。

俺はその手裏剣を写輪眼の瞳力で見切り、自身の手で掴むとイタチが投げた力も利用して回転しながら投げ返す。

するとイタチはそれは再び現したスサノオの右手で掴み取り、再度投げ返すが、俺もタケミカヅチが掴んだ手裏剣を投げて迎撃、互いにぶつかるとどこか明後日の方向へと飛んでいった。

「ソル、クゥっ、煙幕っ!」

(なうっ)
『ブラックスモーク』

ソルの排気口から黒い煙幕が立ち込め辺りを黒煙が包み込みむ。魔法でできたそれは視界、匂い、存在の全てを隠すが、俺には相手が手に取るように分かる。

クゥの感知能力は元々ずば抜けているし、自分の能力で遮られるようなドジはしない。

この隙に…

「紋章発動っ!さらに、紋章を強化っ!」

背後に紋章が現れ、オーラと魔力を合成する。

この輝力のエネルギーを使い、タケミカヅチを再構成、強化する。


煙が完全に気配を隠すが、敵の能力もさる物だ。

「天道・神羅天征」

長門が天道の力で引力と斥力を操って黒煙を全て吹き飛ばしてしまった。

再び対峙する俺とイタチ、長門の三人。

さらに既にイタチのスサノオは鎧を着込み、十拳剣を持っているようだ。

『リストレクトロック』

再度俺はバインドを行使して今度は長門の口寄せ鳥諸共縛り上げる。今度はスサノオを消そうが本体を捕まえると思っていたのだが…

「神羅天征」

「なっ!?」

斥力をうまく操りイタチのスサノオを捕まえていた俺のバインドを弾き飛ばしてしまった。

堪らず俺のバインドは霞と消える。

今の術、なぜ自分も一緒にバインドを解かなかった?そして、今も再度自分に掛けていない。単発なのか?

地面を蹴りスサノオを纏ったイタチが駆ける。

それを再度バインド。一瞬動きを止めるが再び神羅天征で弾き飛ばされた。

万華鏡写輪眼・桜守姫(おうすき)がその回答を導き出す。…なるほど、術のインターバルに五秒ほど掛かるのか。

十拳剣をフツノミタマで受ける。

再びバインド。スサノオの右手を縛り上げる。今度は神羅天征の援護が遅れている。

しかし、タイムアップ。

フツノミタマではスサノオの持つヤタノカガミを貫けない。輝く銀の腕なら貫けるかもしれないが、少し遅いか。

バインドを弾き飛ばされ自由になるスサノオの右手を警戒し一端距離を開ける。

封印剣を持つイタチのスサノオは最も恐怖する所だが、後ろの長門の援護が優秀すぎて打倒できず、長門を何とかしようにもイタチが邪魔をする。

『ブラックスモーク』

再度暗転。

今の内に螺旋丸を作り風の性質変化を加えていく。

「神羅天征」

再び煙幕が吹き飛ばされるが、既に風遁・螺旋手裏剣は作り上げている。

「はっ!」

タケミカヅチでスサノオを攻撃、崩した体勢の隙を逃さずに螺旋手裏剣を投を長門目掛けて投げつけた。

狙いは完璧。外しはしない。

が、しかし…

「餓鬼道」

再び上げられた両手が螺旋手裏剣を着弾前に跡形も無く吸収しつくしてしまった。

「なっ!?」

吸収無効系の能力まで持っているのか!?

まさか輝力まで吸収されるとは…これは実体を伴わない遠距離攻撃は吸収されると見て良いかもしれない。しかもなんか今までガリガリだったのに若干肉付きが良くなってる。この系統の攻略法として良くあるセオリーとしては吸いきれなくなるまで吸わせるという物だが、それは限界が此方の要領よりも小さい場合だ。ある種の賭けだが、これはまだ賭ける場面では無い。

余力を残す為に影分身は控えてきたが、ある意味これは正解だったかもしれない。半分の力をつぎ込んだ分身が吸収されたなんて言ったらゾッとする。

これはいよいよ目の前のイタチから…いや、スサノオから何とかしなければならないかっ…

裏・万華鏡を閉じ、万華鏡写輪眼に戻すと同時に、タケミカヅチをスサノオへと変化させると同時にバインドを行使。これは長門の牽制だ。

相手も十拳剣の能力は分かっているだろうし、怖いはず。ならば長門はバインドへの対処に追われるはずだ。今も長門に掛けたバインドが解かれていないのが援護に集中している証拠だろう。

突っ込んでくるイタチをバインドで拘束し、そのつど神羅天征で援護。とても面倒くさい。

イタチのスサノオの十拳剣をヤタノカガミで受ける。俺の十拳剣も当然相手のヤタノカガミで受け止められるが、そこで俺のスサノオからもう一本腕が生え、イタチのスサノオの右腕を切裂いた。

そう、部分顕現させたタケミカヅチの腕とフツノミタマである。

切裂き、投げ飛ばされた十拳剣を更に現したタケミカヅチの左手で掴みとり、一閃。俺の十拳剣により押さえ込まれているヤタノカガミを持った左腕を切り離し、弾き飛ばしたヤタノカガミをフツノミタマを消したタケミカヅチの右手で掴み取り隔離。

無防備になった本体に俺は十拳剣を突きたてる。

よし、このままスサノオと二枚のヤタノカガミでの絶対防御で長門を警戒しながら先ずはイタチを封印…とは行かなかった。

「万象天引」

長門が引力をを操り、十拳剣に串刺しにされているイタチの体を引っ張り、封印術から逃れようと援護する。

ちぃっ…ならばせめて…

「天照、月読」

貫いた十拳剣を媒介に能力の解析を終えている天照と月読をまつろわぬ須佐之男命から奪った権能、偸盗(タレントイーター)により奪い取る。

相手のスサノオを無効化、いやこの場合奪う為には左右の万華鏡に宿る能力の先に有るスサノオは、先ずこの二つから奪わなければならない。

くそっ!スサノオまでは奪えないかっ…

時間が足りず、イタチの体は十拳剣の刀身から抜け出してしまった。

まったく、一筋縄では行かない連中だな…

だが、どうやら天照と月読の二つを失い、イタチもスサノオを十全に使いこなせなくなっているようで、その姿が肋骨による防御にまで減退していた。

だが、あの天道と言われる術の五秒のインターバル。この隙を逃す訳には行かない。

イタチのスサノオからは剣と盾を奪った今、このタイミングならば行ける筈。

地面を蹴ると、俺はクロックマスターで長門との距離を詰め、十拳剣で刺し貫いた。

「がっ…」

貫かれながらもその剣を掴み、吸収無効を狙ったのだろうけれどそう簡単に吸収されてたまるものか。

ここであのセオリー。ほつれる術を搾り出したオーラで強引に繋ぎとめ、吸い取る量以上を供給し、剣の維持をする。

それを邪魔しようとイタチが再び構成したスサノオの右手に現した八坂ノ勾玉を、手裏剣のように長門を巻き込むのも構わずに投げる。なるほど、死なないからだと言う事は封印されなければ蘇るからか。

俺はそれをヤタノカガミを前面に押し出して受け、弾き飛ばす。

さて、今俺が持っている剣が何本あるか。俺は二本目の十拳剣をスサノオの腕を操って長門の背後から突き刺すと、その衝撃により均衡が崩れ、ついに長門を封印する事に成功した。あの天道の力は余裕が無くて奪えなかったが、仕方の無い事だろう。封印が成功したのだから良しとしなければならない。

後はイタチのみだ。

そう思い、イタチへと向き直ると既に口寄せ印は完成していたようで、地面に着いた右手から時空間忍術が広がり、地面から棺桶が一つ現れ、中から新たな穢土転生体が現れる。

ちっ…止められなかったか。だが、ならば召喚直後の隙を付いて今すぐに封印するべき。

そう思い向けられた十拳剣は捨て駒のように前に現れたイタチ、彼の現したスサノオの右腕によって止められてしまった。

まだもう一本あると向ける二本目も現れた左手によって受け止められ、残りのタケミカヅチでは封印は叶わない。

ならばせめて…

「須佐能乎…」

俺のスサノオと触れ合った事で偸盗(タレントイーター)を発動。イタチのスサノオを強奪し、無力化するが、とき既に遅く、後ろの穢土転生は解き放たれてしまっていた。

現れるのは鎧を着込んだ黒目黒髪の長髪の男。

「これは…穢土転生か…?輪廻天生では無いのか?」

まだ意識が残っていて、状況が飲み込めていないなら、今の内に封印してしまうしかない。

そう思って向けた十拳剣。しかしそれは現れた男を突き飛ばし、その軌道に現れたイタチによって阻まれた。

「くっ…」

そのままイタチを十拳剣に封印すると、現れた男と再び対峙する。

「この俺の前にうちはが…それも万華鏡を開眼し得た者が立ちはだかるか…これもこの世の業か…誰がこの俺を穢土転生で呼んだのかはわからんが、まずはお前を倒してから聞き出すとしよう」

そう言った彼の眼は赤く染まり万華鏡写輪眼へと変貌する。

なっ!?万華鏡写輪眼だとっ!?

更に俺がスサノオを纏っているのを見て直ぐに相手も両面の腕が四本あるスサノオを顕現させる。

スサノオまで…

ようやくイタチを封印したと言うのに…だが、長門の援護が無ければバインドを抜ける奴はそうそう居まい。

俺は現れた男(後になってマダラと知った)、マダラに向かってバインドを掛け、スサノオの動きを封じ込めると、地面を蹴った。

「む?抜けんか…なら」

そう言ったマダラの眼が万華鏡写輪眼から更に変わる。眼球は紫に染まり、波紋模様が浮かび上がる。

これは長門の瞳と一緒のっ…!?

すると斥力を操ったのか俺のバインドがことごとく弾き飛ばされ、消失する。

そのままスサノオの四本の腕の二本に剣を現すと、俺の十拳剣の二本を受け止め、三本目のフツノミタマは白刃取ると、完全に受け止められてしまった。

「ふむ…この体、中々に弄られているな。ならば…」

そう言ったマダラは印を組み、駆け寄る俺より一歩速く術を行使する。

「木遁・樹界降誕」

俺も写輪眼で見切り、真似るがどうにも俺では発動できない。

マダラの足元から現れる幾つもの巨木がうねり、俺を襲う。

俺はスサノオを消し相手の拘束を振り払うとクロックマスターを使って距離を開けたが、発見した俺を追尾するかのごとく巨木が迫る。

俺は再度スサノオを使用。その右腕だけを現し、シルバーアーム・ザ・リッパーを纏わせると、横一文字に十拳剣を薙ぐ。

その一撃はことごとく迫り来る樹木を切裂き、更にその能力で八つ裂きにされて行き、ようやくその木遁を相殺した。

木遁か…あの目の能力か…それとも血継限界系の能力だろか…どの道すぐに真似できる術ではないようだ。

写輪眼から変化させてもスサノオが消えていない所を見ると、あの目は万華鏡写輪眼の上位能力か…ようやく思い出した。深板たちから聞いた写輪眼の最終到達、輪廻眼かっ!

だがそれには柱間細胞が~とか言われていたし万華鏡の進化は諦めていたのだが、穢土転生とは言え二人も普通に出てくるとは、結構簡単なのか?

それはさておき…一人でイタチ、長門の両方の能力を使えるとなると…最悪じゃないか。

「ほう、中々やるものだな」

恐らく、長門が使った吸収技も使えるはずだから、遠距離からの性質変換やオーラそのものを飛ばす技は効果が薄い。

隠で見えにくくしての奇襲も相手は写輪眼、隠す労力だけ無駄であろう。

更に死なない体、無限のチャクラを持っているのだから性質が悪い。

先ほど長門を封印するさいに輝力を大盤振る舞いしてしまって既にガス欠。今は距離を取れた事が幸いしている。今の内に再度輝力を練っておこう。

「紋章発動っ!」

「む?俺の輪廻眼を持ってしても見切れない技か…血継限界か?いや、この感じ…仙術か」

魔力とオーラを結合させて輝力を練り上げると、スサノオからタケミカヅチを切り離すように現し、イタチから奪った十拳剣とヤタノカガミをかまえる。

あの吸い取る術には効果は薄いかもしれないが、牽制には使える。…このタケミカヅチが牽制にしか使えないとは、中々にこの世界の人間はケタが違う。いや、彼は死人なのだけれども…

「なかなか良い気迫だな。どれ、少し本気で行くか」

そう言うとマダラは火遁の印を組み上げる。

「火遁・豪火滅却」

ゴウッと噴出される火球を前に出したタケミカヅチがヤタノカガミを突き出して耐える。

しまった、視界を塞がれたっ!

急いで「円」を広げると、既にマダラはタケミカヅチを飛び越え、俺目掛けてスサノオの持った剣を振り下ろしていた。

「くっ!」

それをヤタノカガミで弾き、背後からタケミカヅチを操って十拳剣で刺し貫こうとするが、向けられた手に一瞬で吸収され霞と消えてしまった。

しかし、シルバーアーム・ザ・リッパーを纏った俺のスサノオの十拳剣はマダラのスサノオの防御を突き抜けて貫通し、完全に封印…

「っ!?」

刺し貫いたそれはいつの間にか木偶の坊へと変化していた。

変わり身とかそう言ったものじゃなく、写輪眼でも見抜けなかったもっと別の何かだ。

「ほう、木分身とは言え、俺を倒すか。なかなかだな…しかし、今度は二人同時に行くぞ」

背後に現れたマダラは分身を使ったのか、二人に増えていて、それぞれにスサノオを纏っている。

吸収する術がある以上、影分身や本体から切り離したタケミカヅチは効果が薄い…しかも、あの分身俺の万華鏡写輪眼でも見抜けないほどどちらがニセモノか分からない。

ならば…と再び裏写輪眼・桜守姫(おうすき)を使用。消え去るスサノオはタケミカヅチへと変換し、そのタケミカヅチに先ほどイタチから奪ったために別枠となった十拳剣とヤタノカガミを装備し、纏うように顕現させる。

桜守姫を通してみればなるほど、あの二人すら木分身のようだ。

襲ってくる二人のマダラをシルバーアーム・ザ・リッパーを宿した十拳剣で横薙ぎ一閃。スサノオの守りは紙切れのように突き破り木偶へと返す。

また背後から今度は三人、グニャリと木が生えるように地面から現れる。

あれも全て木分身…しかし戦闘能力は本体と同等…本体を見つけなければ勝ち目は無い。

分身なんて相手にしてられないと視線を巡らせながらマダラ三体からクロックマスターを使い過程を省いて距離を取りながら戦うと、先ほど潰した樹界降誕の残骸に同化するように本体を見つけた。

「ほう、本体を見破るとは、良い目を持っているな…奪っておくか?」

物騒な事を言ってくれる。

本体に向かって一直線にクロックマスターで過程を飛ばして距離を詰めようとした所でマダラに先手を打たれてしまった。

「木遁・花樹界降臨」

俺が破壊した樹界降誕を苗床に利用するかのように新たな巨木が乱立し、津波のように襲い掛かってくる。

またこれかっ!

「紋章発動っ!」

一瞬、紋章を発動し、輝力を少量練りこんでその全てを十拳剣の刀身に集める。

「この一撃にて草を薙ぐ」

次の行動を表す言葉で自ら次の攻撃の威力を上げると、横一文字に薙ぎ払い、巨木を切り刻んだ。

しかし、身に迫る巨木をどうにかするだけではこの術は駄目だったのだ。

三方向からスサノオを身に纏った木分身のマダラが襲い掛かる。

タケミカヅチが十拳剣を振るって二体を葬り去り、三人目はヤタノカガミで受け流したが、そこで俺はグラリと意識が揺さぶられ、膝を着く。

「これ…は?」

すでに花粉は広範囲に広がり、睡眠、麻痺の効果をもつ花粉を吸い込んだ俺は内側から侵食されていた。

まずい…いし…き…が…

ドサリ、とアオは地面に倒れこみ、維持する気力が無くなった為にタケミカヅチは消失してしまった。

「なかなかてこずらせたが、これで終いだな…む?」

俺はオーラで体内を活性化、すぐに活性された肉体は体内に入った毒素を分解すると同時に桜守姫から普通の万華鏡へと戻し、再びスサノオを顕現させると、二枚のヤタノカガミを前面に押し出して防御を固めた。

「そんなにスサノオが好きか…ならば本当のスサノオで貴様に絶望を与えてやろう」

本当の…だと?

みるみるマダラのスサノオが巨大化して行き、布を被った修験者のような姿が現れる。

くそっ!まさか完成体かっ!…まだ体は動かないっ…このまま受けるしかないのかっ!?

「まだだ…」

マダラがそう呟くと、揺れていたチャクラが安定し、天狗のようないでたちの巨人が現れる。

身体は…解毒はまだ…

「絶望を与えてやろう」

山をも越える巨体に四本の腕、武者のような肩宛てを着込み、顔は天狗のような仮面をつけている。

その完成体スサノオの左右に一振りずつ持っている刀。右手で左の二つ目の腕で持っている刀の柄に手を当てると居合いのように鞘から出す動きのままに俺を切りつけてきた。

「くっ…」

ありったけの輝力でスサノオを強化。山をも斬り飛ばす斬撃を二枚のヤタノカガミで受けるが…

「やばい…ソル、クゥ、転移任せた」

『トランスポーター形成』
『なうっ!』

一瞬後、転移魔法陣が発動し、俺達はギリギリの所でその場から転移で逃げる事に成功した。

「塵も残さず消えたか…案外もろいものだな」

そう言ったマダラの興味はすで移り、次の戦場へと駆けて行った。








意識が覚醒する。

「ここ…は?」

「アオ、起きた?」

気が付けば連合本部のベッドの上に寝かされていて、周りにはソラをはじめ、久遠、クゥが心配そうに控えていた。

「負けた…か。ソル、クゥ助けてくれてありがとう」

『問題ありません』
「なーう」

「何があったの?アオが負けるほどの相手が居たって事?」

「ああ。参ったよ、まつろわぬ神やカンピオーネもかくやと言うほどの相手だった」

「それほどなの?」

「性質変化や形態変化の攻撃を吸収してしまうんだ。さらにスサノオを使う上に木を操る忍術を使う」

「木遁って事?」

「だろうね、さらにその木遁で出来た分身は桜守姫でないと分身か本体かの餞別が出来ないほどに巧妙な上に本体と同じ術を使う」

「耐久値は?」

「影分身とは比べ物にならないだろうね。更に穢土転生の特性で死なない上に無限のチャクラで襲ってくる」

と、俺の言葉を聞いてソラも難しい顔をする。

「勝てるの?」

「スサノオを抜けそうに無かったからシューター、バスターは使わなかったが、バインドを吸収しなかったのが引っかかる。輝力で出来たスサノオは吸収されたんだけどね」

単純にやらなかっただけで吸収できるのかもしれないが。

「さらに厄介なのが完成体スサノオだ」

「ああ、それは私も見えた。余波で山を斬り飛ばしていたからね…あれはやっぱり次元が違う能力だよ」

「だな。あれに対抗するにはこっちも完成体を使うしかないが…まぁ、一度バラバラになるまで殺した上で、蘇る前にエターナルコフィンで氷付けにするか、ミストルティンで石化させればどうにかなるかもしれない。アテナねえさんの魔眼なら楽だっただろうに…」

「喚ぶ?」

「最後の手段で」

「そうだね」

「ソラの方は?」

どうだったと問いかける。

「化物みたいに強い敵は居なかったよ。ただ、アオが倒れたってソルから聞いて後退中に抜けてきちゃったけれど」

大丈夫かなぁとソラが言う。

「俺が倒せなかった奴に出くわしていたらかなりまずいだろうね。綱手さま達は?」

「少し前に厳しい顔で出て行ったよ」

「そうか…」

時間を教えてもらえば俺が倒れてから結構な時間が経っていた。 
 

 
後書き
まつろわぬスサノオから奪った権能。作者的にはあまり使いたくない能力なのですが…まぁ、使わないと言うのもおかしな話ですよね。なのであんな感じになりました。
マダラ降臨。きっとあのキャラは色々インフレしても問題ない…はず。木遁はきっとチート能力ですよね。カンピオーネの唯一の弱点。内側からの効果には対応が難しいと言う面で呼吸器官からの進入する花粉はマダラの攻撃の中でアオの唯一の弱点なのかもしれませんね。 

 

番外 NARUTO編 その3








意識が覚醒する。

「ここ…は?」

「アオ、起きた?」

気が付けば連合本部のベッドの上に寝かされていて、周りにはソラをはじめ、久遠、クゥが心配そうに控えていた。

「負けた…か。ソル、クゥ助けてくれてありがとう」

『問題ありません』
「なーう」

「何があったの?アオが負けるほどの相手が居たって事?」

「ああ。参ったよ、まつろわぬ神やカンピオーネもかくやと言うほどの相手だった」

「それほどなの?」

「性質変化や形態変化の攻撃を吸収してしまうんだ。さらにスサノオを使う上に木を操る忍術を使う」

「うちはなの?それに木遁って事?」

「だろうね、さらにその木遁で出来た分身は桜守姫でないと分身か本体かの餞別が出来ないほどに巧妙な上に本体と同じ術を使う」

「耐久値は?」

「影分身とは比べ物にならないだろうね。更に穢土転生の特性で死なない上に無限のチャクラで襲ってくる」

と、俺の言葉を聞いてソラも難しい顔をする。

「勝てるの?」

「スサノオを抜けそうに無かったからシューター、バスターは使わなかったが、バインドを吸収しなかったのが引っかかる。輝力で出来たスサノオは吸収されたんだけどね」

単純にやらなかっただけで吸収できるのかもしれないが。

「さらに厄介なのが完成体スサノオだ」

「ああ、それは私も見えた。余波で山を斬り飛ばしていたからね…あれはやっぱり次元が違う能力だよ」

「あれに対抗するにはこっちも完成体を使うしかないが…まぁ、一度バラバラになるまで殺した上で、蘇る前にエターナルコフィンで氷付けにするか、ミストルティンで石化させればどうにかなるかもしれない。アテナ姉さんの魔眼なら楽だっただろうに…」

「喚ぶ?」

「最後の手段で」

「そうだね」

「それと、相手の瞳術だ」

「万華鏡?」

「いやあれはおそらく輪廻眼だったよ」

「輪廻眼?」

て何だっけ?と言う顔のソラ。

「写輪眼の最終到達点。全ての瞳術の祖であり、俺達では使えなかったね」

「そう」

「眼力は相手の方がおそらく上だし、幻術系は効果が薄いかもしれないね」

どうにも厄介な相手だ。

「ソラの方は?」

どうだったと問いかける。

「化物みたいに強い敵は居なかったよ。ただ、アオが倒れたってソルから聞いて後退中に抜けてきちゃったけれど」

大丈夫かなぁとソラが言う。

「俺が倒せなかった奴に出くわしていたらかなりまずいだろうね。綱手さま達は?」

「少し前に厳しい顔で出て行ったよ」

「そうか…」

時間を教えてもらえば俺が倒れてから結構な時間が経っていた。


段々本部内も騒がしさを増してくる。戦争も大詰めのようだ。

「十尾が復活しただとっ!?」

「なにっ!?」

「だが、八尾と九尾はまだ捕まっていないはずだろうっ」

「そんな事知らねぇよっ!」

怒声と喧騒が響き渡る。

なんか凄くやばい状況っぽいね。

さて、俺の身体もどうやら回復したようだし、俺達も行こうか。

てくてくと本部内を歩き、司令室を横切ると、どこか悟ったような声で掛けられる呼び声。

「おう、お前らも運が悪いな」

そう、奈良シカクさんが言う。

「はぁ…」

「後数秒で十尾の攻撃でこの本部は壊滅する。何処にも逃げ場は無い」

「はぁっ!?」
「っ!?」

なに悟ってんのよっ!もっとテンパって足掻こうよっ!

脱出までの時間は恐らく足りない…転移も間に合わない。

クロックマスターで過程を省略しても逃げられるのは全員とは行かない。それにどこにどこまで逃げれば良いのかの判別が出来ないのでは使えない…なら、受けきるしか手は無いよなっ!

「ソラっ!」

「うんっ!」

「クゥもう一度ユニゾンだっ!」

「なぅっ!」

すぐにクゥとユニゾン。

「死にたくなければこっち来いっ!」

「何を言っているんだ彼らは」

既に諦めたようないのいちさんがシカクさんに問う。

「彼らにはまだ何か足掻ける力があるのかもな。彼の言うとおりにしよう」

皆急げよっ!

「「紋章発動っ!」」

輝力を練って地力を上げた後、俺とソラはスサノオを発動させると、それを合一させる。

「これはっ…スサノオか?」

本部に居た忍数名を何とかスサノオ内に取り込むと、急いでスサノオを作り上げる。

俺のスサノオにソラのスサノオを纏わせて強度を強化、ヤタノカガミを三方向へと展開し、防御を固めると後は気力の勝負。

ガンガン輝力を合成し、純化させ圧縮しスサノオに纏わせていく。

そして爆音。


着弾した何かは本部施設を跡形も無く消し飛ばし、その衝撃がスサノオを揺さぶり、辺りを真っ黒なチャクラで覆い尽くされ、それが何もかもを消失させていくのを全力を注いでスサノオで防御する。

「まだまだっ!」
「うんっ!」

さらに紋章を強化、溢れる輝力を全て防御に回すと、どうにかその衝撃全てを耐え抜いたようだ。

「し、しんどい…」

「過去此処までの攻撃は化学兵器か魔導兵器くらいのものだったと思う…」

耐え切った後に周りを見渡せばそこには荒野が広がるばかりだ。

「これは…桁違いだな」

俺達が居たお陰で生き残ったシカクさんが呟く。

「だが、助かった。向こうは本部が潰されていると思っているだろうし、第二波は無いな」

「感知水球は潰されてしまったがな」

と、いのいちさん

「命があっただけでもめっけもんだ。…さて、それじゃぁ」

「ああ、俺達も戦場へと行こうか。子供達だけに任せては置けん」

と、大人たちが纏った所で、さて俺達も戦場へと行きますかね。ヒナタ達を助けにね。

それは古い約束。







空を飛び、戦場に到着すると何やら十本の尾を生やした巨大な球根をつけた化物と忍連合が戦っている。

「なかなかナイスなタイミングで俺達も駆けつけたみたいだね」

「うん。かなり劣勢と見えるよ。あの化物…十尾はかなり神性が高い見たい。まつろわぬ神と言われても頷いてしまいそうなくらい」

「だね、あれは忍者と言えど人が太刀打ちできる物では無いか……さてでかいのを一発お見舞いしてやろう」

「うん」

『エターナルコフィン』

ソラが準備する魔法で、準備段階の内から外気温が下がっていくのが肌で分かる。

『ミストルティン』

俺も石化の魔法を準備する。

「久遠は周りの警戒よろしく」

「わかった」


魔王すら殺したこの二つの魔法、さてあの化物はどうか。

ソラが反射鏡を射出し、十尾を取り囲むと、魔法の準備も完了だ。

「凍てついてっ!」

振り下ろしたルナの先にある魔法陣から凍結の魔法が発射され、それが反射鏡で乱反射し十尾へと命中。みるみる凍らせていく。

忍び連合を襲っていた十尾の動きは凍結により止まる。

下の忍連合の人達は何が起こったと上を見上げているが、とりあえず次は俺の番だ。

「石化の槍、ミストルティンっ!」

打ち出された銀光は幾つもの枝に別れるように分裂し、凍結した十尾へと突き刺さり石化させれば、最後は駄目押しとばかりに粉々に砕くまで。

ブレイカークラスの魔法は周りの忍者達を巻き込むので、スサノオの十拳剣にシルバーアーム・ザ・リッパーを纏わせて直接斬りに行くが、現れたのは完成体スサノオ。

「やらせんっ!」

二本のカタナを前面に押し出して俺の一撃を受けるつもりのようだが、今回はかなり本気で強化してある。幾らスサノオとは言え受けきれるとは思うなよっ!

「はっ!」

気合と共に完成体スサノオをぶった切る。

「なにっ!?」

しかし、マダラの驚愕は一瞬。素早く印を組むと、木遁忍術を発動させた。

「木遁・木龍の術」

地面から現れた像のような鼻を持つ龍が4匹這い出て俺のスサノオに撒きつき動きを縛り上げる。

「しかもこれ、輝力を吸っているっ!?」

縛り上げるだけではなく、どんどん輝力が吸収されていく。

どんだけだよっ!マダラァ

「ロード・アルテミスの矢」

背後でソラがアンリミテッドディクショナリーを起動し、チャージに時間が掛からずに高威力の攻撃を選択肢構えるのは銃口。

ちょっ!?やりすぎじゃない!?

ソラが以前ジョン・プルートー・スミスからコピーした権能。

一ヶ月に六発しか撃てないと言う制限はあるものの、全弾発射で七日七晩消えない炎が辺りを埋め尽くすと言う。

忍者達は大丈夫だろうか…

放たれた銃弾は、しかし十尾に着弾する事は無く、忽然と姿を消してしまった。

「っ!?」

まさか消されるとは思っても見なかったソラも若干慌てている。

「木遁・花樹界降臨」

木龍で俺を縛りながらも更に印を組み、マダラは花樹界降臨をやってのけた。

石化した十尾を囲むように樹木が生え、更についでとばかりに忍連合へと襲い掛かる。

その濁流を止めたのは突如現れた蛸足のような尻尾を尾持つ巨大な牛の化物と、九つの尾を持つ巨大なキツネだ。

その二匹が巨大な黒い塊を吐き出して樹界にぶつけるとようやくその樹界の勢いが止まった。…が、この術は雪崩のような枝葉を止めるだけでは駄目なのだ。

呼吸と言う、人間では止める事が出来ない生理現象に花粉は紛れ込み、体内へと侵入するとその身を蝕む毒を撒き散らしているのである。

この技はかなり卑怯だ。

効果を知らなければ初見での対処など出来はしない。

結果、バタリバタリと忍連合の忍達が倒れていく。

牛とキツネも消えてしまっていた。

遅れて巨大なナメクジが口寄せされると、その身体を塩に溶かされたかのように分裂させ、忍達へとへばりついていくのが見えた。

吸血蛭か?いや、忍連合からの口寄せのようだったし、攻撃では無いだろう。

しかし、大本を叩かなければ花粉は舞い続ける。

俺はスサノオを消すと、絞まる木龍から抜け出し、タケミカヅチを使用する。

視点での範囲を設定し、極大のプラズマを花粉をはき続ける巨大な蓮のような花を次々に炭化させていく。

「風遁・大突破っ」

あらかた燃やし尽くすと、ソラが風遁であたりの花粉を吹き飛ばす。これで何とかなるか…

いや、ならないか。

まだ気を失っているのが殆どの忍連合に向かって、蟻を吹き飛ばすか如く完成体スサノオの刀を振るおうとしているマダラ。

「させないよっ」

ぐっと力を入れて紋章を発動、更に強化し練りこんだ輝力で俺も完成体スサノオを作り上げる。

真っ赤な龍鱗の鎧を着込んだ武者が現れる。

俺はスサノオを操りマダラのスサノオを横合いからタックルするように弾き飛ばし、忍連合から遠ざける事に成功した。

ズザザーっと木々が倒れこむ音を鳴り響かせて両スサノオが着地、対峙する。

「完成体まで操れるとは、少し見くびっていたなつくづく楽しませてくれる」

その威力は自分自身が知っている。俺も完成体スサノオを相手にする日が来るとは思わなかったけどねっ!

攻撃力はシルバーアーム・ザ・リッパーがある分上であり、断てぬ物は無いと思うが、相手にはあの木龍がいる。捕まれば形勢逆転してしまう。

十拳剣を突きたてても、チャクラの引っ張り合いに成るだけであり、相手の吸収スピードが勝れば一気に追い詰められてしまう。

うーむ…倒せる気がしない…がしかし、それが勝てないとイコールではない。

俺はスサノオの左手にもう一本の十拳剣を現すと今回はヤタノカガミを構えない、完全攻撃体勢だ。

さらに…

「鬼人化っ」

大量の輝力を使い、スサノオを強化。

「木遁・木龍の術」

木龍のことごとくを二本の十拳剣にて打ち払い、マダラのスサノオに迫る。

マダラのスサノオが二本の剣を振るい、山すらも斬り飛ばす斬撃を放ってくるが、俺はガードすらせずに突き進む。

「血迷ったか」

そんな訳ないじゃないか。

今のこのスサノオは一種のスーパーモード。大量の輝力と共に限界まで強化されたスサノオはマダラの斬撃なんてものともせずに突き進む。

とは言え、ダメージが無いわけじゃないから斬られた所は深々と切裂かれているが、構成を解除されるほどではない。

マダラのスサノオに取り付くと、圧倒的な攻撃力を持って腕を捥ぎ、胴をなぎ払ってスサノオを駆逐するが、やはり接近すればそれだけ木龍を回避できなくなり、マダラのスサノオを消し去り、マダラを掠めた所で此方も木龍に捕まってしまった。

その時の衝撃で担いでいた大きな瓢箪型のうちわが宙を舞う。

「無駄な事を…」

つぶやくマダラだが、このスサノオの猛攻すらフェイクなのだ。

俺はマダラのスサノオの構成を解き、この距離まで接近できれば良かっただけだ。

「クゥ!煙幕」

『なうっ!』

ソルの排気口から黒い煙が立ち込め辺りを包み込むとスサノオを消し、裏万華鏡写輪眼・桜守姫(おうすき)を発動。その瞳力でマダラが本物かどうかを確かめる。

どうやら木分身や影分身ではないようだ。ならば…

『リストレクトロック』
『ストラグルバインド』
『クリスタルケージ』

すぐさま俺はありったけの捕縛魔法を行使する。

「これで捉えたつもりか?」

マダラは天道を使いそのことごとくを弾き飛ばすが、これもフェインク。

素早く印をくみ上げると、俺は時渡りの禁術を行使、空間に孔を空けた。これが本命。

死なないし、倒せない。だが勝てない訳ではない。この場所から永遠に追放できれば負けではないのだ。

「これはっ…!?」

此処に来てようやくマダラにも焦りが見える。

ソルの刀身にシルバーアーム・ザ・リッパーを行使するとその刀身が銀色に染まった。

更にクロックマスターで接近すると、孔に落とす角度で斬りつける。

「あああああっ!」

「だが、まだ甘いっ!」

マダラが身体を捻ったために胴に食い込んだソルの刀身。まだ両手が無事なら印を組めると思ったのだろう。だが問題なく能力を発揮。シルバーアム・ザ・リッパーの能力…触れたものを切り裂く能力でマダラを八つ裂きに切裂いた。

「なにぃっ!?」

驚愕の声を上げるマダラ。

「ソルっ!」

『クリスタルケージ』

孔を包み込むように結界で囲い込み、塵一つ逃さないように厳重に封印すると、マダラは虚無の孔へと飲みこまれ消えていった。

くるくると空から落ちてくるうちわを掴む。

まだ油断は出来ない、速く孔を塞がなければ。

「倒せなくても勝つ方法は幾らでもあるんだよっ!」

その後、孔を完全に塞ぎきるとドッと疲れが襲い掛かる。

あー…かなりの輝力を使ったからな…魔力もオーラも結構やばいか?

さて、ソラの方はどうなっただろうか。









「アオっ!」

アオのスサノオがマダラのスサノオを押し倒す形で転がっていく。

追いかけたい気持ちもあるが、アオならあの十尾の破壊を望むはず。

私は十尾の破壊をと考えるが、私の攻撃を飲み込んだ相手の術。桜守姫を発動して見ていたから分かる。あれは時空間忍術だ。

私の攻撃を着弾前に何処か別の時空へと消し飛ばしたのだろう。

遠距離攻撃は効果が薄いか…なら…

と私はアンリミテッドディクショナリーを開くと、ページをめくり、以前ギルガメッシュから頂いた神造兵器を取り出し、構える。

形状は剣と言うよりも筒のような形をしていて、人間にはどういった構造をしているのか理解できる代物ではない。

これは世界を引き裂いたと言われている神具。

円柱の中の螺旋が回転し始めると空気を取り込むかのように軋み出す。

「久遠は危ないからここにいて」

「ん…」

コクリと頷いた久遠を確かめてから私は一直線に十尾へと空から落下するように掛けた。

「火遁・爆風乱舞」

私の進撃を阻むように火遁が爆風を伴って渦を巻き襲い掛かってくるが、抗魔力Aの前では効果がない。

爆炎が止むと眼前に一人の男が躍り出る。片目は写輪眼で、もう片方は紫色の年輪をしている。

今度は私を直接時空間忍術で飛ばそうと考えたようだけど、それもAランクを超えていない。こいつが私の攻撃を消し飛ばした犯人だ。

「なにっ!?」

驚いている所を私は構わずと神造兵器を振りかぶる。

「天地乖離する開闢の星・エヌマ・エリシュっ!」

振り下ろすと刀身から世界すら裂く一撃が放たれる。

「くそっ!十尾なら耐えられるか?」

なんて言いつつ、彼は時空間忍術で自身の身体を別次元に置こうとするが、それが一つの世界ならエヌマ・エリシュで斬ってみせる。

「え…?」

閃光、そして爆発。

時空間忍術を打ち破る事は出来たようだが、それにより減じたために十尾にたどり着く頃にはバスター程度の威力にまで減じていた。

もう一撃っ!と十尾を見れば、石化された身体にひびが入っていく。

ピシピシピシとガラスが割れるように亀裂が広がりそして破裂。

「倒した…?」

しかし、外装をはがすように中から獣形を取り戻した獣尾の姿が現れる。

一回り小さくなったようだが、その分その力は更に圧縮されてしまっているようだ。

現れた十尾はその口を広げて咆哮。

『グオオオオオオオオオオっっっ!』

余りの爆音に耳を押さえるほどの衝撃だった。

なるほど、第三ラウンドだね。









「ぐあああああっ!?」

「カカシ先生大丈夫!?」

いきなり左目を押さえ、うずくまるカカシに走りより、症状を見ようとするサクラ。

「いきなりどうしたんだってばよっ!」

「カカシ先生が突然苦しみ出したのよ」

「いったい何が…」

左手で左目を押さえつつ、どうにか意識を保つカカシ。

「カカシ先生…その目は…」

サクラが見れば左目から血が流れ、眼球がつぶれてしまっているようだ。

「オビトと俺の神威は同じ空間で繋がっていた。その空間が崩壊した時のバックファイヤと言う事なのだろう」

「それって…?」

「オビトがやられたと言う事だ」

「なっ!?誰がやったんだってばよっ!」

ナルトが声を荒げる。

「多分だけど、アオくん達だと思う」

と、ナルトの言葉を聞いてヒナタが答えた。

「アオ?誰だそいつはっ」

「覚えてないかな…私と同じ班だったんだけど」

「なんとなく覚えてるんだけど…あんまり印象が無いってばよ。影が薄かったんじゃないのか?」

「ナルトくん…」

あまりの言い様にヒナタがしぼむ。

「オビト…」

敵であった旧友に言葉を無くすカカシ。しかし、状況は未だ改善されていなかった。

『グオオオオオオオオオオオっっっ!』

突然地の底から響くような唸り声にも似た鳴き声が響き渡る。

「これはっ!?」

「なんだってばよっ!?」

戦いはまだ終わらない。 

 

番外 NARUTO編 その4

空気を切裂く鳴き声と共に強大なチャクラが天変地異を引き起こす。

辺りは雷が降り注ぎ、竜巻が巻き上がり、その自然の脅威は地面にクレーターを作るほどだった。

『ソラっ!久遠っ!無事?』

慌てて二人に念話を繋げる。

『私も久遠も無事ではあるけれど…』

他の人たちがどうなったか…眼下を見れば、吹き飛ばされつつも何とか皆無事のようだ。

キィーーーンと耳鳴りがして十尾を見ると、その口元に黒いチャクラの塊が集束されていく。そのスピードはかなり速い上にデカい。

あれを集束途中で潰せば拡散されたそれで忍連合が壊滅する。とは言え、撃ち出されても結果は同じだが…

どうすれば…と思考していると、忍連合の中から八本の蛸足のような尻尾を持つ巨大な牛と、九本の尻尾を持つ巨大な狐が現れ、十尾と同様の黒い塊を集束するのが見える。なるほど、あれが八尾と九尾か…

放たれる黒い塊にそれよりも規模が小さい同種の塊…尾獣球と言うらしいそれを連続で当て、威力を相殺させながら軌道を反らしていく。

しかし、足りないな…

『ソラっ!』

『うんっ』

念話を繋げると紋章を発動、輝力を合成させる。

『サンシャインブレイカー・クイックモーション』

『ルナティックブレイカー・クイックモーション』

「「ブレイカーーーーーっ!」」

この魔法は集束無しの地力で放つブレイカー級魔法だ。集束の時間を取られない代わりに、自前の輝力を使ってしまうため、燃費が凄く悪い上に威力が一定しないのが珠に傷だが、出が速いのは時として重要だった。

今回のように…

横合いから俺とソラのブレイカーが十尾の尾獣玉にぶつかり、大幅に進路を変更させると、彼方まで飛んで行き、爆発。

かなりの距離が有るというのに巨大な粉塵が舞い上がる光景がはっきりと見える。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

搾り出した輝力に息が切れる。少々輝力を使いすぎた…体がダルイ。

しかし、ブレイカー級魔法で攻撃を曲げる事しか出来ないとは…

更に小型化したことで機動力も得たようだ。巨体に似合わない俊敏さで地面を駆けると巨大な牛と狐を殴り飛ばした。

弾き飛ばされた二体はボール玉のように飛んで行き、砂煙を上げて転がり、ようやく止まる。

十尾は地面を駆け、忍連合を薙ぎ払い、ある者は直接、またある者は操られるように現れた樹木に絡みつかれると、チャクラと言う生命エネルギーを吸収されて行く。

途中、ビームのような術が飛び交い、十尾に着弾するが、分子まで分解する術を食らってもビクともしていない。

どうやら俺とソラの攻撃から学習し、強化したのか、十尾の防御力が格段に上がっている。

各々の必殺の忍術を当ててもビクともしない十尾。シルバーアーム・ザ・リッパーならば攻撃は通るだろうが、あの異常な回復力をどう制するかが問題だ。

「凍てついてっ!」

『エターナルコフィン』

ソラが放った本日二発目の凍結魔法。しかしそれは体表を凍らせただけで、十尾は体内のチャクラを高めると氷を破って出てきてしまった。

俺と言えば、マダラとの全力戦闘、更に先ほどのブレイカーでの消耗が激しい。

懐から特性の兵糧丸を取り出すと、噛み砕き、エネルギーを補給すると共に、動かずに回復に努める。万全とは行かないまでも今の状態ではフルコンディションの5分の1程度の働きしか出来ない。…あと二分は動けないだろう。

しかし、その間も裏万華鏡・桜守姫を発動し、十尾の検証は続けている。

存在そのものが既に地上に現れたまつろわぬ神のクラス。

ブレイカーを越える攻撃をいとも容易く行使する。人間では抗えない存在。

久々の神との対峙に身体が高揚してくる。思考も若干攻撃性を増していくのを感じている。

八尾と九尾が再び十尾に向かうが、獣じみた動きで回避、格闘でねじ伏せ、さらに十の尾から飛ばされる枝は上空からは千本(忍具)の雨のように降りかかり、忍連合へと降りかかる。

これはヤバイ…

『大丈夫、私が何とかする』

と念話で答えたソラはすでに忍連合を護る位置にいた。

ソラはシナツヒコを使い風を操ると、火遁の印を組んで迎撃する。

「火遁・爆風乱舞」

炎の暴風を広範囲に撒き散らせ、押し返し、燃やしていく。

その抵抗に十尾はイラついたのか、巨大な熊ほどの大きさの分裂体を数百も現し、忍連合へと襲い掛かる。

あれくらいなら忍者達でも対抗できるだろう。事実幾人とやられながらも分裂体の数を減らしていく。特に優秀なのがヒナタとリー。

一体一体確実に倒して行ってる。

逆に数を一気に減らしているのは土影オオノキだ。塵遁で一気に殲滅している。

八尾と九尾は本体へと駆け、尾獣玉の撃ち合いになっているが、地力が足りていない。

俺は牛と狐の内、近いほうの牛へと降り立つ。

「誰だっオレの頭に勝手に乗っている奴はっ」

おっと牛がしゃべったっ!

「すまないけど、ちょっと間借りするよっ」

目的は一緒だし、反発は無いだろうとスサノオを行使、巨大な牛に纏わせていく。

「ああっ!?って、こいつは…」

「スサノオーって奴だコノヤローっ」

牛以外の声が変な事を言うが、スサノオです。

赤い龍鱗のようなスサノオを纏い、欠けていた角もスサノオで補強。鋭い二本のバイソンのような角が鋭く光る。肩には武者鎧の肩当がはまり、八尾の両肩から二本、スサノオの腕が生え、十拳剣とヤタノカガミを装備している。


「何にせよ味方って事だなっ」

「行くぜ八っつぁんっ!」

八尾は暴れ牛の如く、十尾へと突進。強化された角を突きつける。

オレの付いた右腕から銀色の魔力が迸り、八尾の角を銀色に染める。

「ちょっときつい…」

剣ぽい鋭いものだから何とかいけたシルバアーム・ザ・リッパーで両角を強化。切断の権能を纏わせる。

キィーーーンと相手が尾獣玉をチャージしているのが見える。

「おっとこいつはヤベェ」

「こっちも尾獣玉、オーイェー」

八尾と人柱力の会話。

「そのまま突っ込めっ!今の角なら絶対に勝てるっ!」

その言葉はある種の言霊。絶対に負けないという気迫。

俺の言葉を受けて八尾が駆ける。

「どうなってもしらねぇぞっ!」

「ウイイィィィィィィッ!」

撃ち出される尾獣玉に真っ向から突進。前進する力を利用してその角で猛牛のように尾獣玉をすくい上げ、跳ね飛ばす。

そのまま十尾に角を突き挿し、持ち上げると馬乗りに地面に叩きつける。

キィーーーーン

今度は至近距離での尾獣玉かっ!

急いで角を引き抜くと、ジャンプ。急いで八尾の両肩から二本のスサノオの腕を現すと、その両方にヤタノカガミを装備、更に八尾の尻尾で全身を覆い防御体勢をとる。

射軸は空へと向いていて、とりあえず忍連合への被害は無いだろう。

尾獣玉を耐えられれば…

ゴウッと放たれる尾獣玉の直撃を耐える。

吹き飛ばされながらもどうにか耐え切り、地上へと体をのけぞらせ、尾獣玉の斜線上から抜け出したが、スサノオを纏いヤタノカガミで防御しているに関わらず、今の攻撃でボロボロの状態まで追い込まれてしまい、八尾を維持できなくなったのか人柱力であるキラー・ビーの体の内へと戻っていった八尾。そのため維持できなくなったスサノオも消失しかける。

落下中の俺達を鋭く睨みつける一つの目がある。

十尾だ。

再び発射される尾獣玉。

消失しかけるスサノオを再構成。十拳剣にシルバーアーム・ザ・リッパーを纏わせると、飛来する尾獣玉を斬り付けた。

相応の輝力を消費してしまった為に今ので結構限界…もう一発はきっと無理…

尾獣玉を三発も止められた十尾は地面を駆けると一直線にこちらに向かってくる。

俺は八尾の人柱力をスサノオの腕で掴むと、強引に左へ放り投げる。これで十尾の斜線上からは抜けられたはずだ。

と安心していると十尾の口が目の前に。

ガチンとその巨大なアギトで俺を噛み砕こうとしている所をスサノオをつっかえ棒に耐える。

『アオーーーーっ!』

ソラから悲鳴に近い念話が入った。

ゴメンちょっと念話を返す余裕が無いよっ!

あ、駄目だ力負けする…ならば自分からっ!

俺は自ら十尾の口の中に飛び込んだ。



「アオーーっ!?」
「アオっ!?」
「アオくん!」
「アオさんっ!?」

ソラ、久遠、ヒナタ、リーの絶叫が響く。

「そんな…」

「うおおおおっ」

悲壮なヒナタの声がこぼれ、リーは号泣している。

「大丈夫、アオはまだ死んでないっ!」

ソラの力強い声。

「でも…」

「今念話で繋がっている。まだアオは大丈夫」

「本当っ!?」

「まったく、心配させてくれるよね。アオは…」

「くぅん…」

ソラの呟きに同意する久遠。

そ、その時、急激に十尾の体が痩せ始める。

「あれは?」

「アオが中から何かやってるね」

「熱い…」

ヒナタの言葉に答えたソラが隣の久遠の異常に気が付く。

視線を向ければ大量のチャクラが久遠に流れ込み、久遠自体も何やら変質しているようだ。

「久遠っ!大丈夫!?」

「だい…じょう…ぶ…ちょっと…だけ…くるし…」

「久遠っ…久遠っ!?」

何処からか流れてくるチャクラを受け取って久遠がどんどん巨大化して行き、更にそれに伴って九本あった尻尾の数が減っていく。

「これは…」

「まさか尾獣っ!?」

リーとヒナタの戸惑いの声。久遠の異常事態に周りの忍も一瞬呆けて見つめていた。

尻尾の数が四本にまで減った頃、ようやく久遠の変質も終了する。その体はナルトが纏う九尾に匹敵する大きさであった。



自ら飲み込まれた俺は翠蓮お姉さまから譲られた権能『火眼金睛(かがんきんせい)』を使い、全ての干渉をシャットアウトしている。

この権能は翠蓮お姉さまが打ち倒した孫悟空から奪った権能で、孫悟空の不死性の表れである。

効果的にはドニの鋼の加護と同様と思ってくれて構わない。行使するとまさに鋼鉄の如き守備力を誇るが、如何せん重い。

まさに岩猿と言ったところか。

身軽さを捨てる事になり、絶対防御と裏腹に機動力は落ちる。その重さから空を飛ぶのも結構きつくなるため、強力だが空戦での相性は悪い。

変化は瞳へと如実に現れ、眼球は赤く染まり、虹彩は金色に変化する。このまま写輪眼を使うと禁の瞳のまま写輪眼の模様が浮かび上がる感じだ。

今俺は十尾の胃袋の中で吸収しようとしている相手のチャクラからこの権能で身を護っている。

『アオっ!大丈夫なのっ!?』

ソラからの念話。

『大丈夫だよソラ。火眼金睛の護りを今の所突破されてないから』

『そう…とりあえず、良かった…心配したんだからね』

『悪かったよ』

『それで、直ぐに出れそう?』

『いや、せっかく中に入れてもらったんだ。内側からなら封印できるかもしれないし、試してみるよ』

『そう、余り無理しないで』

『無理はしない。約束する』

ちょっと無茶はするかもしれないけれどね。

俺は右手を十尾の胃の内壁へと押し当てると精神を集中させた。

此処まで内部まで入り込んでしまえば、俺にも相手の力を吸収する事くらい出来る。

偸盗(タレントイーター)の権能を発揮させると、十尾の力を吸い上げた。

「…これはっ!?」

取り込もうとして、逆に十尾の力に取り込まれそうになる。

『なーうっ!』

「クゥっ!?」

クゥが必死に俺を支え、十尾の力に抗った。

「ありがとう、クゥ」

これは気を抜けない。取り込む十尾の力は大きすぎて、底が見えない。

体の隅々まで十尾のチャクラに刺されるような痛みに襲われるのを何とか耐え、変質してしまいそうになる体をクゥの力を借りて何とか押さえ込む。…若干何かが変わってしまったような気もするが、それは俺の特性が発揮されたからであろう。

「しまったっ!久遠っ!」

取り込む最に俺と久遠との使い魔の契約を通して十尾のチャクラが久遠へと流れていっているのを感じるが、それを堰き止める所まで気が回らない。

『だい…じょうぶ…久遠は耐えられるから…アオも負けないで…』

久遠の念話が入る。

久遠が負けないのに俺が負ける訳にはいかないな。

とは言え…流石に天変地異を軽々と起こすほどの相手だ。吸いきれるものだは無い。

更に危機感を感じたのか胃の中を流動させ逆流させていく。

「お?おおおおおおっ!?」

食道を通り口元まで運ばれると勢い良く吐き出されてしまう。

空中へと投げ出された俺は、そのまま地面へと激突。鋼鉄の体のお陰で傷は無いが、決着は付かなかったようだ。

まぁ結構な量を吸い取ったから弱体化してくれていると嬉しいのだが。

「アオ、無事っ!?」
「アオくんっ!?」
「アオっ!」
「ご無事ですか!?」

駆け寄るソラ、ヒナタ、久遠にリーさん。

って…

「久遠がでかくなってるっ!?」

むしろ驚いたのは俺の方だろう。

久遠の体が八尾や九尾と同じくらい巨大化していたのだ。

内包するオーラ量も格段に上がっている。

「なんか急にあんな感じに…」

「くぅん」

どういう事とソラ。鳴いてみせる久遠。

「多分俺の所為だね。十尾の力を奪い取ろうとして、強大すぎて奪う途中で久遠に流れて行っちゃった」

「なるほど、しかもアオが奪い取ってもいまだ十尾は健在と」

そう言う事です。

見れば肉付きは悪くなっているがまだ強大なチャクラを有する化物がこちらを睨んでいた。

「アオも変わってるけどね」

うん?

「ほら、尻尾を見て。閉じた蓮の花が幾つも繋がっているような形をしているよ」

「うおっ!?」

指摘されてみてみれば、二本ある尻尾が何やら植物のように変化していた。

「それって…」

「何か知ってるの?ヒナタ」

ソラが問いかける。

「最初の十尾の尻尾がそんな感じだった…」

へぇ…

しかし、よくよく写輪眼で見てみれば、普通の尻尾を取り巻くようにオーラが具現化しているだけのようだった。

「まぁ、問題は無いでしょ」

「無いのっ!?」

特に違和感らしき物は感じないから大丈夫。

「そんな事よりも、今なら何となく出来そうな気がするんだよね」

カンピオーネとしての直感だ。何となく権能の目覚めに感覚的には近いかもしれない。

何でも出来る全能感といえば言いか。最高にテンションが上がっている。

「何が?」

首をかしげるソラ。

「見てて」

と言うと俺はマダラが見せた印をくみ上げる。

「木分身の術」

ゾワリと細胞が疼き、分裂するように俺の体の一部から分身が現れ切り離される。

「それって…」

「ヤマト隊長の…」

「木遁忍術…」

ソラ、ヒナタ、リーさんがそれぞれ言葉を洩らす。

「俺は牛と狐にスサノオを纏わせてくる。ソラは久遠とお願い」

「さっきアオがやったやつね」

「わかった。頑張る」

ソラが久遠に飛び乗ると、スサノオで久遠を包み込む。ヒナタとリーさんも久遠の背に乗っているようだ。

俺と俺の分身も八尾と九尾へと駆け、それぞれその頭に飛び乗る。

「あーっ!お前ってば……誰だってば?」

おおいっ!驚いておいて疑問系?

「さっき八尾にスサノオを纏わせたのはお主だな」

と、九尾が声を出す。

「そうです。だから、今回は貴方にも助力願おうと思って」

「ふん…スサノオは好かん。…が、その能力の高さは認めている」

遠まわしに了承の意を伝える九尾。

「スサノオってなんだっけ?」

「バカは放っておけ」

了解。

素早くスサノオを纏わせると、九尾を赤い龍鱗が包み込んでいく。

「なんか知らねぇけど、すげえ力強さを感じるってばよっ!これならあいつらを助け出せるかも知れねぇ」

キィーンと十尾が尾獣玉のチャージに入る。

「ヤバイね…」

ピコンと通信ウィンドウが立ち上がると、ソラ達が映し出される。

「ボクとヒナタさんに任せてくださいっ」

「大丈夫なのか?」

リーさんの言葉にそう返すと…

「うんっ」

ヒナタが力強く返事を返した。

「行きますよっ!」

ウィンドウ越しにリーさんが力強く宣言すると二人で何やら始める。

「バブルバルーンっ」

「昼虎っ!」

まず、ヒナタが大きめのバブルバルーンを形成するとオーラをありったけ込めてとどめと、それに向かってリーさんが昼虎を行使した。

衝撃をその内部に蓄積させるバブルバルーン。

「まだまだっ!」

一発でも全身に負担が掛かるだろうにすぐさま二発目。

「おおおおおおっ!」

さらに三発目、四発目と続き、合計七回の昼虎がバブルバルーン内に蓄積されると、その衝撃が重なり合い、更にバブルバルーンで圧縮されていく。

十尾も尾獣玉の集束が終わり、撃ち出されるそれに、リーも迎え撃つように八発目の昼虎を撃ち出すと、それが引き金となったようにバブルバルーンが開放され、途轍もない衝撃を伴って尾獣玉へと撃ちだされる。

「「八留虎(やるどら)っ!」」

その攻撃は尾獣玉に当たると一瞬均衡。押し負けながらも軌道をズラして行くと、終に空へと抜けるまでに軌道が変更された。

凄いな、二人とも。まさか尾獣玉の進路を二人だけで変えるとは。

しかし、十尾の攻撃はそれだけでは終わらない。規模を小さくした分連射の利く尾獣玉を六発撃ちだした。

それを八尾が先ほどやったように強化された角で弾き飛ばしながら進路を変えてく。

久遠もその巨体に見合わぬ俊敏さで駆け、獲物を狩る狐のように飛び掛り、強化されたアギトで噛み付くとそのまま転がり十尾を投げ飛ばす。

「今っ!」

ソラがチャンスとばかりアンリミテッドディクショナリーを高速でロード。

ジャラジャラと音を立てて飛んでいくチェーンに絡みつく十尾。

その端を久遠と八尾で持って両側から押さえ込む。

あれは神性が高いほど抜け出せないはずの鎖だが、十尾は強引に引きちぎろうと怪力に物を言わせているが、それを両側から久遠と八尾が負けじと取り押えている感じだ。

「今がチャンスだ、ナルトっ!」

「おうっ!」

九尾とナルトが力強く気合を入れると、地面を蹴った。

さて、ここが踏ん張りどころだろう。俺も頑張らねば。九尾の右手に持たせた十拳剣を権能とありったけの輝力で強化する。

「あああああああっ!」

ナルトが気合と共に振り下ろした十拳剣は深々と十尾を切裂き、そして…

「グオオオオオオオォォォォォォォッ!!!!」

傷口にくっつけたナルトのチャクラに呼応するかのように中から九つに分かれたチャクラの塊が飛び出してくる。

「よっしゃっ!」

「チャクラの綱引きの要領だ。ここが正念場だぞナルト」

「分かってるってばよっ!」

なんか二人だけで完結しているけれど、俺には全く分からんのですが。どういう事よ?

十尾から出たチャクラを九尾の尻尾で繋げ、引っ張っていく。

「一尾と八尾のチャクラは貰ってなかったからな…」

「何とかするってばよっ!」

どうやらナルト達は十尾からあのチャクラの塊を奪い出したいようだ。ならば…

俺は九尾の肩からスサノオの両手を現すと、二つのチャクラの塊をそれぞれ掴む。

「お主…」

「盗み取るのは得意だ」

写輪眼然り、権能しかり。

「「おおおおおおおおっ!」」

ブチブチブチ…

気合を入れて引っ張ると、ついにそのチャクラは十尾から引き抜かれ、ドシンと音を立てながら七体の異形の巨体が地面に転がった。

チャクラを抜かれた十尾はげっそりとやせ細り、枯れかけの樹木のようになっている。

今ならいけるか?

俺は九尾からスサノオを引き離すように再構成すると、十尾へと十拳剣を突き刺した。

「グオォォ…」

十尾は抵抗する気力も残されていないのか、十拳剣へと封印されていった。





「やったのか…?」「倒したの?」「…ああ、俺達は勝ったんだっ」


「わああああああああああああっ!」

忍連合の人たちが囁き合い、そして一瞬後に喜びの喧騒が響き渡る。

ある者は抱き合い、またある者は静かに、しかし皆が一様に生き残った事と戦いが終わった事に歓喜していた。


歓喜に震える戦場に今一人の乱入者が現れる。

その人影は、大きな巨人を現すと一直線にナルトへと迫る。

「ナルトォっ!」

「サスケェ!?」

突然ナルトに襲い掛かるその誰かをナルトはサスケと呼んでいた。

「何で今こんな所にっ!?」

「うるせぇよっ!俺はお前を斬る為だけに来ただけだっ!過去を斬る為にっ!ここでお前を殺せば木ノ葉は潰れるっ!だからっ!」

「サスケェっ!」

………意味が分からない。

当事者じゃないから当然だけど。

ナルトがサスケの目をのぞきこんだ瞬間、ナルトの口から一羽のカラスが現れる。

カラスはそのままナルトの口から這い出ると何処かに飛び去ってしまった。

「おれは、木ノ葉の里を護りたいんだっ!?…だからっ!」

うん?

「サスケェっ!だったら、俺達が戦う必要なんてっ」

「俺には有るっ!里を護れるほど強い存在であると皆に知ってもらう必要がっ!」

なんか会話が変な方向に向いているな。

最初は復讐っぽい事を言っておきながら、その言動が180度変わっている。しかし、何故か会話が成立しているナルトは…うーん?

繰り広げられる九尾とスサノオの戦いは、両者ノックダウン。一足先に立ち上がったナルトがサスケに近づいてどうやら友情エンドを迎えた様子。

まぁどうでもいいな。

戦い終わって俺も木分身を消し、クゥとユニゾンアウト。クゥは所々なんか植物っぽい何かが混ざってしまっていた。

おそらく十尾のチャクラが原因だろう。まぁ、副作用が出ているわけじゃないっぽいから大丈夫か。

「アオー」
「くぉーん」

ソラとあの巨体から小狐モードで小さくなった久遠が下で呼んでいた。呼ばれた俺はゆっくりと地面に降りると、ヒナタとリーさんも一緒のようだった。

「戦いは終わったし、そろそろ」

「帰るんですか?」

とヒナタ。

「また、会えますか?」

「今度は遊びに来るよ。ね?アオ」

「…そうだね」

答えたソラに同意する。

「止めても無駄なんでしょうね」

と、リーさん。

「あの時の俺達はもう居ないよ。今の俺達は同じ存在ではあるけれど、違う世界の人間。別の繋がりが出来てしまっている。今この世界に戻る事は出来ない」

戦後処理までは付き合えないかな。パワーバランス的な何かに使われるのはゴメンだ。

「そう、なんですね…」

しょんぼりするヒナタ。

「これ、餞別です。倒した敵が持っていたのですが、ボクは使いませんから」

そう言って渡されたのは大き目の扇。なんかこれ凄く強いオーラを感じるんだけど…宝具クラスの代物ではなかろうか。

「…ありがとう」

と言って扇を受け取る。

「ハナビも会いたがってます。絶対、絶対遊びに来てくださいよ」

「ああ」

「約束するわ」

永遠の別れでもない。別れの挨拶はこのあたりで良いだろう。

「それじゃ、また」

「またね」

「またね、アオくん、ソラちゃん」

「またです、お二人とも」

ヒナタとリーさんに見送られながら、俺達はフロニャルドへと戻ったのだった。








「オビト…」

「カカシか…」

見下ろすカカシと、左半身が消し飛んでいるのに結合された柱間細胞のお陰か生きているオビト。

それはいつかの再現のようだ。

「俺はあの時死ぬべきだったんだろうな。里を護った英雄として。カカシを…リンを護れた満足感と共に」

「……まだやり直せるさ」

「…俺は間違っていたのか?争いのない世界を作りたかっただけなのに」

「やり方を間違えただけさ。今度は間違わなければ良い。今度は俺が一緒に手伝ってやるよ」

「…それは…こころ…づよい…な…」

「…オビト。俺は…」
 
 

 
後書き
NARUTO編終了。ぶん投げるのは得意です…すみません。木遁についてはこじ付けですね。十尾が植物っぽいから、いいかな…と。輪廻眼は…さて…。二重写輪眼である十尾のチャクラを吸収したら六道に…なるかなぁ?取り合えず番外編だし、これくらいで勘弁してください。年内の更新はこれでお終いです。また次の更新までは未定になります。それでは皆様、良いお年を。 

 

エイプリルフール番外編 【IS編】

 
前書き
エイプリルフールですので、書いてはみたけれどもろもろの理由によりお蔵入りしていた物を掲載します。例年のごとく、本編とは関係がないIFの話ということで楽しんでいただければ幸いです。 

 
ようやく未来へと戻った俺達は、得た権能に振り回されないように訓練をつんでいた。

とは言え、過去での最後の戦いで得た権能に置いては訓練でどうにかなるものでは無いので、なのは達は未だ掌握できていない物もあるが、進化を遂げた自身の念能力に関しては十全だろう。

世界は紛争も有るが、大方平和に過ぎていた日常。しかしそれが一変しかねない事態が起こった。

日本に向けてハッキングされてしまったらしい多くのミサイルが放たれたのだ。そしてそれを単騎で全て撃ち払った何者かの存在。後に白騎士事件と云われる事になる事件である。

パワードスーツのような物を纏い、空を自由に駆け、ミサイルを大口径の砲撃で半数を、もうその手に持ったブレードで切り裂いてしまったらしい。

当然各国から突如現れた突如現れたそれを捕獲または撃破しようと躍起になったが、その何者かは相手を殺す事も無く無力化し、簡単にその場から逃げたそうだ。

そして世界に発表されたインフィニット・ストラトスと言う兵器。

現行兵器では全く歯が立たないそれは、開発者曰く宇宙進出を目標として設計された物のようだが、実情は兵器への転用が可能と言う爆弾を世に送り出されてしまったような物だ。

その後、その兵器に対する様々な法令が施行されることになるが…この兵器、外装は今の科学力でも開発出来るようだが、そのコアは開発者である篠ノ之束(しのののたばね)博士しか作られないらしく、国による量産は事実上不可能。さらにその機動は女性限定であり、男性では指一本動かせないらしい。

これにより社会は女性優遇へと移り変わるのはほんの少し先の話だ。

さて、今日は久しぶりにソラやなのは達を交えた夕飯だ。夕ご飯を食べ終えると、父である冬馬さんがゴトリとソフトボールよりはでかくマスクメロンよりは小さいくらいの宝石のような球形の何かを机の上に転がした。

「それは?」

そう俺が代表して問いかけた。

「みなさんはもうインフィニット・ストラトスをご存知と思いますが、これはそのコアです」

うわぁ…なんて面倒くさい物を持ってきたんだ。

「それで、それをこんな所に持ち込んでどうしたんですか?」

と母さん。

「これの作成は篠ノ之博士しか出来ないと言う事なのですが…これをみて皆さんの意見も聞いて来いと上司に言われまして…いやはや、サラリーマンは辛いですなぁ」

「……解析データは有るんですか?」

適当に誤魔化しても良いけれど、実の父親だしね。多少の事は融通する。

「はい、こちらに」

と渡されたのは大容量のUSBメモリ。それを俺は受け取ると、専用の機械に差し込み、そのデータをソル達デバイスに転送すると、リビング一杯にウィンドウボールを開き、そのデータを参照する。

この立体投影技術も、IS技術の流入で急激に科学技術が発展している昨今では俺達だけの技術では無くなってしまう日も近いかもしれない。

さて、改めて皆でウィンドウを注視する。

ウィンドウをスクロールしながらデータを斜め読み。あ、母さんは見てもいない。どうやら俺達に任せると言う事らしい。

まぁ、こちらの方面は母さんはからっきしだし良いか。

「うーん…」

「アオ…これって…」

「だねぇ」

と主語も何も無くソラの言葉に返す。

他の皆も気がついたらしい。

「ブラックボックスになっている所は解析できていないみたいだけど…」

「物質の量子化に慣性制御術式とオーラ系の防御フィールドの形勢…」

「うん…まさかこんな物が開発されるとはね」

なのは、フェイト、シリカの呟き。

「…えっと、結局これは何なのでしょうか?」

と自己完結している俺達に父さんが問いかけた。

「これは魔導炉内蔵型デバイスコアだね」

「…魔導炉内蔵型デバイスコアですか…それって…」

おや、流石父さん。少ない言葉で気が付いたようだ。

「似たような物が目の前にあるでしょう?」

そう言って俺の視線は自分の胸元へと移動する。

「やはりソルさん達と同系統の技術ですか」

「…分かった事は、これは周りにある魔力素を吸収、蓄積してエネルギーに変換。その流用によっての慣性制御と防御フィールドの形勢する補助具だね、これ以上となると…ソラ」

俺はおもむろにISコアを掴むとソラの方へと放り投げる。

「ん」

了承は一言で、右手にソラはアンリミテッド・ディクショナリーを顕してその口でISコアを飲み込んだ。

「ああっ!?」

父さんの絶叫。

ビクっと誰もが一瞬硬直する。

「何?」

「いやぁ…それは借りてきただけで返さなければならない物なのですが…ソラさん、返却できますか?」

「…無理」

と、非情の一言。

うん、無理だよね…ゴメン、俺も浅慮だった。

ソラのアンリミテッド・ディクショナリーに食わせた物が何処に行くのかは俺達ですら不明な上、返って来たためしが無い。

「…始末書で済めば良いのですが…」

ごめんなさい、そこは頑張ってください。いざとなれば協力しますから…

とは言ってもカンピオーネの名前を使って馨さんあたりに圧力を掛けるだけだけどね。

今度はソラのアンリミテッド・ディクショナリーからページが浮かび上がり、詳細なデータが表示されていく。

もちろんブラックボックスになっている部分のデータも開示された。

それに眼を通す。

…結構量があるぞ。

余りに時間が掛かる作業にアテナ姉さんなんかはすでに母さんの膝の上で寝ていた。

アーシェラが時折持ってきてくれるお茶を飲みつつさらに解析する。

「どうですか?複製出来そうですか?」

と父さん。

「父さんはさ、男も乗れるISが欲しいの、それともISに対する抑止力が欲しいの?」

どちらが欲しくて俺達に見せたのかだ。きっと俺がこう問いかける事も馨さんあたりなら察してそうだ。

「そうですなぁ…両方と言いたい所ですが、どちらかと言えば後者ですか」

良く分かっているね。両方は俺が提供しない事を。

とは言っても…

「動力は魔力素だから、AMF結界で無効化出来るだろうけれど、うーん…」

「何か問題が?」

「この時代に居る人たちが開発した物じゃ無いから、やっぱり教えられないな」

「何故ですか?」

「人間は答えだけを教えられても何も学ばない。この時代にある変動に答を出すのはこの時代を生きる人の役目だよ。それがどれ程理不尽であり、その世界を改変し、また破壊したとしても、その答えを出すのは当事者でなくてはならない。…そこに居て、俺達は結局傍観者でいなければならないのかもね…悲しいけれども。どれだけ抑止力を持っていたとしても、それを行使する事を俺は躊躇う」

この時代で出来上がった技術を使うことに躊躇いは無いが、この世界に無いものを社会に広める事はしたくない。

「なので、上司への回答はこう答えてください。『何事も完璧な物はありません』と」

「無力化出来ない事は無い。つまり自分達で見つけろと言う事ですね」

「そう言う事です」

「とは言え、それならばせめて無くしたISコア一機分のコア位は製造してもらいたいのですが…」

「むぅ…」

父さんの立場を危なくするのも何なので、俺達は箱庭内のラボへと移動、コアの作成に取り掛かる。

「構造は第五世代以降のデバイスを参照、後はデータ通り組み立てれば…」

デバイス構築技術、またその装備を持っていた俺達には類似品であるISコアの組み立ては比較的容易に終わる。

「後はこのコア・ネットワークだけど…さて、どうした物か…」

ISコアに内蔵されているデータ通信ネットワークだが、うーむ…

「プロテクトを掛けた上で、このコアは研究用と言う事で外に出さないように…いえ、もっと言えば私達預かりと言う事にしましょう」

とソラ。

「それが良いか。まぁ最悪そのまま渡しちゃっても問題ないか。今の科学技術でコアの再現は出来ていないみたいだし、外装の開発研究用に回してもらえば問題ないかな」

と言うか、魔術結社関係(カンピオーネ)に持ってこられた以上相手も理不尽を覚悟しているはずだしね。

「しかし、ISか…」

「何、アオは興味有るの?」

とフェイトが聞いてきた。

「まぁね。機動力だけなら俺達を上回るね。理論上音速を超えても防御フィールドでパイロットには影響をもたらさない」

「まぁそんな速度で戦ったらお互いに攻撃が当たらないんじゃないかな。エンカウントなんてそれこそ一瞬だろうしね。ぶつかりでもしたら体がバラバラになりそう。それと、別にわたし達も出来ない訳じゃないよね」

と、なのはが言う。

まぁソニックブームなどの影響もあるから気軽には使わないし、使う機会も無いのだが、既存魔法の組み合わせで別にやって出来ない事も無い。…それとは別に神速系の権能ならばもっと速いかもしれないし。

「各種スラスターも魔法で同じ事が出来ますしね」

そうシリカも言う。

圧縮して炸裂させたエネルギーを推進力へと変換する。高度な制御を要するそれもソル達が居れば容易だった。

「つまりは、結論は要らないって事だね」

はい、と皆が口にした。

「一応AMF発生装置は用意しておこうかな。必要ない方が良いとは思うけど」

「備え有れば憂いなし、ね」

「そう言う事」

とソラに返すと作業に取り掛かった。

さて、数日を要したコア作成も終わると箱庭を出てコアを父さんに渡すと、それっきり、ISの事については考えるのを止めた。



それからの世界情勢は一気に女尊男卑へと傾いていった。

最強の機動兵器であり、一機で一国の軍隊と渡り合えるISを操れるのは女性だけであり、その地位はいつしか男女が逆転した世界になってしまっていた。

現存するISは全部で467機。

コアは各国のパワーバランスを考えて配布され、国ごとに所持できるコアの上限は決まっている。

これは開発者の篠ノ之博士がそれ以降の開発をせず姿を眩ませた為だ。

まぁ、それは賢い選択だろう。こんな物が際限なく作られてしまったら世界そのものが危ない。

一応平和利用の観念からスポーツへと展望している一端もあるが、開発者の意思などがどうであれ、兵器転用できる物の全てを兵器にしてしまうのが人間である。結局は軍事力であり、その操縦者と武装が高度であれば有るほどその国の軍事力足り得るのでその外装の開発、そしてそのパイロットの育成に余念が無い。

ISが世に出てから10年が経とうとしているが、未だにコアの複製には至ってないようだ。

さて、高校受験が控えた一月の中旬。父である冬馬さんが俺達に対して無茶振りをしてきた事でまた俺達は波乱染みた騒動に巻き込まれてしまう事になる。

「はぁ?IS学園に入学して欲しいだって!?」

いつもと変わらない夕食時、爆弾を落としたのは冬馬さんだった。

「ええ、まぁ…」

「どうしてまたそんな事を?」

「一種の示威行為ですかね?年々我々の権力は落ち、逆にIS関連者の優遇により魔術結社関連は肩身の狭い思いをしているのですよ」

古来より国家権力の裏には魔術結社が居たという事も、最近は知らない政治かも多いらしい。

まぁ、それも時代の移り変わり、仕方の無いことかもしれないが…ただ、ここで完全に魔術結社が政治の裏から撤廃されてしまうと、まつろわぬ神に対する国家的隠蔽も出来なくなってしまうだろう。

まつろわぬ神を倒せるのはカンピオーネだけ。さて、それもいつまでもつか。

昨今のIS能力の飛躍的向上により、それらはすでに並みの魔術師では歯が立たない物になっている。もともと裏の組織に属していた人たちも、魔術を捨て、新しい武力にISに乗り換える家も有るとか。

ただ、超自然的現象であるまつろわぬ神や神獣は、いくらISに乗っているとは言えただの人間がその姿を捉える事はまだ出来ていないらしいので、本気のまつろわぬ神を相手に出来るのは魔術を齧ったIS乗りだけなのだろうけれど、さて…

「失う権力に歯止めを掛けるべく、カンピオーネであるアオくん達にIS学園に通ってもらおうと言う事になりましてね…」

人の口に戸口は立てられない。つまり、派手に動いたつもりは無いが、隠蔽しきれる物ではなく、結局俺達がカンピオオーネである事は各国の魔術結社にバレてしまっている。とは言え、基本的に他国への介入は殆どしないので、日本に住んでいる俺達は護堂さんをトップに据える形で形成された組織を隠れ蓑にそれなりにうまくやってきたのだが…

俺達ねぇ…それはつまりこの場には居ないがソラ達にも同じ話をするのだろう。そして彼女達への影響力が強い俺をまず一番に説得に出たと。

「て言うか、IS学園は女子高だけど?」

「そこはほら、アオくんなら問題ないでしょう?」

むぅ…確かにTS能力は持ってるし、そもそも変化の術でも代用できるが…

「例え俺達がIS学園に入ったとしても、状況が改善するとは思えないけど?」

「いえいえ、そこはほら、カンピオーネであるアオくんですからね。魔王方々は不発弾の導火線に火をつけるのがお上手だ。きっと現状を大きく変えることになるだろうと…それと、まぁ、アオくん達にISの国家代表になってもらって、並居る各国代表の一般人を打ち倒してもらえれば、それだけでもカンピオーネに太刀打ちできないという意識が再び思い出されるでしょうからね」

どう転ぼうとも現状は打破出来ると考えているらしい。それにこの決定の裏には高名な未来視の術者による宣託も有ったそうだ。

その辺はやはり魔術結社だと言う事だろう。

現在のトップは護堂さんなのだが、事なかれ主義の彼が良くGOサインを出した物だ。…いや、カンピオーネである彼はただの柱であり、そういった雑務には直接関わっているわけではないのかもしれないが…

「アオくん達も騒動の火消しをしてくれる組織が無くなるのは困るでしょう?」

むぅ…俺達としては好き好んで騒動に巻き込まれているわけではないのだが…事実結構面倒な後処理が必要な事態に陥る事もある。…アテナ姉さんも結構騒動を起こすしね…主に神様関連だが。

「それに、このまま組織が解体されてしまったら私の勤務先がなくなりますしね…まだ退職まではまだまだありますし…この歳で無職と言うのは…」

むむぅ…

父さんに懇願されて、俺は様々な葛藤の末、その話を受ける他道は無かったようだ。

「と言うわけで、入試については問題ありません。各国の魔術結社も協力してくれるようで、IS学園に入試無しで捻じ込むそうですので」

権力は衰えているとは言え、まだ切れない関係各所への圧力が有るらしい。彼らも必死なようだった。

「それと、これを覚えておいてください」

と渡されたのは電話帳もかくやと言う程にページは薄く背丈は分厚いIS関連書だった。

「これを覚えろと…?」

「お願いしますね、あ、それと、一応専用機をと言う話も有るのですが…どうしましょう?」

「外装であるIS装甲は…一種のデバイスのようなものだし、それはソルが嫌がるよね」

と胸元で光る宝石に問いかける。

『断固拒否します』

「だって」

自信のアイデンティティを脅かす存在を認めるほどソルは寛大では無いらしい。まぁ、俺の相棒は彼女だし、彼女の嫌がる事は極力したくは無いのだが…

「まぁ、訓練機の使用くらいはガマンしてくれよ」

『…………』

返答は無い、しかし、まぁそれくらいはソルも譲歩してくれるだろう。

「困りましたなぁ…一応、我々の威信が掛かってますからなぁ。既に発注はしているのですよ…一度研究所の方にも顔を出して頂かない事には…」

なんかもうそんな所もまで話は進んでいて、最後に俺の了承を取り付けたと…また面倒な事を…

「仕方ないですね。断っておいてください」

「そこを何とか、一度だけでもお会い出来ませんか?」

私の顔を立てると思って、と冬馬さん。

俺はにっこり笑って一言。

「できません」

だって、ソルからの無言のプレッシャーを感じるんだもの…

さて、翌日からソラ達を交えてのISの勉強会が箱庭内で開かれる。時間ももったいなかったので、箱庭+影分身で熟読。

最終的に、何度かクリアしてグリードアイランドでゲットした『記憶の兜』を使って覚えこむと、その知識を元に冬馬さんが持ってきた各種データを照合して試しにラボへと移動すると、IS用パーツの開発を試みた。

「この独立浮遊型のスラスターは小型化すれば便利そう…と言うか、似たようなのがどこかにあったような…」

「データだけならブラスタービットに類似するかな。それを推進エネルギーとして噴射している感じね」

とソラ。

「あ、そうか…この資料にあるBT兵器なんかは殆どブラスタービットそのものか」

深板達が居ればドラグーンシステムとでも言っていそうだが…

「うーん…わたし達に必要なのはスラスター補助装置くらい?」

「ですね。それで機動力が確保できれば、後は魔法で何ともなりますから」

と、なのはの言葉にシリカが応えた。

「大きいと戦闘の邪魔だし、格闘戦には向かないし、あんまり役にたたなそうだけどね」

と、フェイト。

「そこだよね。幾ら小型化したとしても、補助スラスターが独立浮遊している限り破壊は容易だろうし、だからと言って背面装着でも変わらない…と言うか、むしろ邪魔だし…うーむ…やっぱり要らないかな?」

「どこまで小型化できるかでしょうね。コブシくらいの大きさならばそこまで邪魔にもならないでしょうし、複数個用意して格納領域に待機させておけば破損によるリスクもまかなえるわ」

そうソラが言う。

「ただ、俺達は技術開発者じゃないからね…既存の技術の組み合わせは出来ても、それらを発展、進化させる事は苦手な部類だ」

例えるなら、家電の小型化は研究者が心血を注ぎその技術を完成させてくれるのだろうが、一旦小型化に成功した物の量産は容易い。難しいのは小型化するまでである。つまりはそう言う事だった。

知識があれば、俺達なら少しのアレンジを加えて類似品を作り出す事は容易なのだが、新しく作り出す事は苦手なのだ。今回の場合はスラスターの小型化だが、既存の物を小型化しつつ出力を維持する事は携帯電話の進化と同じくらい日進月歩な技術の向上が必要だった。

「けど、結局どれも魔法で出来るよね」

「なのは…それを言ったらお終いだよ」

となのはの言葉にフェイトがつっこんだ。

「いや、まぁなのはの言うとおりだね。AMF空間内で使えるくらいなら実用性も有るけれど…その場合動力の見直しをした方が有意義だね。魔力素に頼らないエネルギーでの飛行、推進、重力慣性制御(PIC)が出来る補助装置ならそれこそいざと言う時の保険になるが…クリーンエネルギーとしての次点は今の俺達だとオーラかな?」

「確かに様々な物にエネルギー変換できるけど…個人の素質に左右されるから。私やアオ、フェイトみたいに先天的に雷への性質変化が行えるとかならまだ違ったアプローチも出来るだろうけれど…」

「画一的なエネルギー変換が課題と言うわけだね」

とソラの言葉に頷いた。

どの道俺達では難しい事には違いない。



さて、そんなこんなで月日は過ぎ、IS学園へと入学した俺達。

俺としてはトランスセクシャルしての登校には余り乗り気では無いのだが、一時のガマンで長い平穏を得る為にガマンしなければならない。

クラス分けは俺が一組、ソラが二組、シリカが三組で、なのはとフェイトは四組のようだ。

IS学園は全寮制で、部屋割りは俺はルームメイトがおらず一人部屋、後はソラとシリカ、なのはとフェイトの二人部屋だった。

そう言えば、この四月からこの女性しか扱えないはずのインフィニット・ストラトス世界で唯一動かした男性がIS学園に入学するらしい。クラス表を確認した結果、織斑一夏(おりむらいちか)と言うらしい彼は一組…つまりは同じクラスだ。…これはカンピオーネの勘と言うわけではないが、すごく面倒くさい事になりそうな気がする。

そして入学式直後のホームルーム。クラス全員の視線を釘付けにする一夏はすごく肩身の狭い思いをしている事だろう。

好奇の視線を止められない生徒を制御できずに困っているのは副担任の山田真耶(やまだまや)先生。

まさか名前が回文とは…両親は何を思って彼女に損な名前を付けたのだろうか…

そしてクラスメイトの自己紹介を促す山田先生。

唯一の男である一夏は織斑と言う事もあり、結構最初の方に自己紹介の機会が訪れたのは自明の理。

クラス全員の視線に怯む一夏だが、それに気圧されたのか挨拶は普通よりも短い物だった。

まぁ、仕方ないかな。

と、そんな一夏の自己紹介が終わる事、扉を開けて入室してきたのは一夏に良く似た大人の女性だ。

担任である織斑千冬(おりむらちふゆ)であり、世界的ISの大会であるモンド・グロッソの初代チャンピオン。世界で唯一ブリュンヒルデの称号を持つ女性である。

つまり、現代社会でいえば世界最強女子と言う事だ。

そして一夏の態度とその名前から二人が姉弟である事は皆が察した所だろう。

一夏がものすごく慌てふためいていた所を見るに、何か家族間で認識の違いが有ったようだが…まぁどうでもいいか。

その後、入学式のその日からカリキュラムが開始され、普通に授業が始まる。IS関係の事を専攻に、通常の高校生としての勉強も受けるIS学園には削れる時間など少ないと言わんばかりだ。

クラス委員を決めるという段階になって、女子の多数が織斑一夏を推薦した。まぁクラスに一人の男子が珍しく、アイドルのような感覚なのだろう。

しかし、それに不服をもつ者が一人。イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットだ。

彼女の金髪ロールの髪型がまさしくお嬢様と言う感じを引き出しているが、実際大企業のお嬢様らしい。その彼女が女尊男卑の風潮に染まったこの世界で、男である織斑一夏がクラス委員をするより、自分の方が適任であると主張したのだ。

まぁ、俺にしてみればクラス代表などどちらでも良い。なんか二人で決闘してクラス代表を決めると言う段取りになったようだが、セシリアは代表候補生で専用機持ちで、数百時間を越える機動訓練をしているのに対して一夏はこの間ISを起動したばかりで、それも訓練機を少しだけ操った程度。これでは相手にはなるまい。

試合は一週間後と言う事だが、セシリアが勝つだろう。

一夏にはどうやら唯一の男性操縦者と言う事で、専用機が贈られると言う事らしいが…さて、どうなる事やら。

ガチャリとドアを潜り自室へともどる。

「ただいま」

と言っても誰も居ないのだけれどね。適当にカバンを部屋の隅へと投げると、後ろの扉が開かれた。

「あー、まさか初日から授業をあるなんてね」

「うん。さすがに最新兵器の訓練学校だね」

「そうですね。クラスの人たちも全国のトップレベルの人ばかりですし」

「なんにせよ、普通の学校じゃないわね」

と、さも自分の部屋のように入ってくるのはいつものメンバー。上からなのは、フェイト、シリカ、ソラだ。

「それじゃ、ご飯をつくるから、もう少しまっててね」

当然とソラが厨房に立つ。

「あ、今日はわたしも手伝う」

「それじゃ二人に任せようかな」

「お願いしますね」

となのはも厨房へ。他の二人は邪魔しないようにとダイニングへと移動する。

この部屋はもともと管理人用の部屋なのか、他の生徒の部屋と違ってダイニングキッチンが併設されていて、キッチン設備に加え、風呂が併設されている。

そこを元々が男である俺に気を使った魔術結社の横入れにて獲得したのだった。キッチン施設も最新式で使いやすく。また火力も強そうだ。これならどんな料理でも作れるだろう。

ダイニングには色とりどりの夕食が並ぶ。その後夕食を食べながらみんなにどうだったかを尋ねれば、それぞれに戸惑う事はあった模様。とは言え、初日に決闘騒ぎがあったのはうちのクラスだけのようだった。

しかし…なんか俺、一番面倒なクラスに入れられたな…誰かの策略では無いだろうか。

世界唯一の男のISパイロット織斑一夏。イギリスの代表候補生で専用機もちのセシリア・オルコット。さらにはあの篠ノ之束の妹である篠ノ之箒まで一緒のクラスなのだ。さらに担任は世界最強女子の織斑千冬である。

一年で専用機を持っているのは二人。一組のセシリア・オルコットと、四組の更識簪(さらしきかんざし)の二人だ。そこに一夏も専用機を得るとなると、クラス間パワーバランスが偏るような…まぁ俺が考える事ではないか。

「そう言えば、みんなは何の部活に入るか決めた?」

「うーん…まだ」


「うん、わたしもまだ…ただ、運動部は無理だと思う」

と、フェイトとなのは。

「カンピオーネになって以降、試合とかそう言う関係になると体が勝手に高揚してコンディションが最適化されるようになりましたからね」

そうシリカが答える。

「だよねぇ」

「まぁ文科系の中から選ぶしかないわね」

そうソラが纏めた。

文科系か…まぁ無理して入る必要も無いのかもしれないけれど、折角久しぶりの高校生なのだ。彼女達には精一杯楽しんでもらいたい。…俺もTSしていなければそれなりに楽しむのだけれど…うーむ…

一週間後。

一夏とセシリアの戦いは、なんと言うか…善戦したが、一夏の敗北で終わる。

一夏の専用機は届いたばかりで未調整のまま実戦。しかし何とかセシリアにくらい付き、実戦の最中に最適化を済ませた後に一瞬攻勢に出たかと思ったところでエネルギー切れ。

まぁ、良くやったんじゃないかな。

しかし、何を思ったのか、セシリアがクラス代表を辞退。結果一夏がクラス代表へと繰り上がった。

…その後、セシリアは一夏を何かとかまっているようだ。結果、何故か篠ノ之箒と諍いになっているが、当事者であるはずの一夏は気付かず。見るからに鈍感主人公を地で行っているかんじだ。

その後、盛大に食堂で一夏のクラス代表就任パーティーが開かれて、さて、そろそろクラスも落ち着くかと思った頃。二組に転校生がやって来た。

凰鈴音(ふぁんりんいん)と言うらしい彼女は中国の代表候補生で専用機もちであるらしかった。そして、一夏の幼馴染で有るらしい。事あるごとに彼女も一夏に突っかかっているが、これは好意の裏返しだろう。

さて、IS学園でのカリキュラムは箱詰めの上、どんどん消化されていく。

今度、クラス代表によるトーナメントが行われるようだ。とは言え、直接的には俺には関係の無い事ではあるし、観戦するくらいしかする事がない。


ピンポーン

いつもの様に自室で皆と夕食を取っていると、チャイムが鳴らされた。

「はい、どちら様?」

と、俺は食事を中断して、ドアを開けると、そこにはショートの髪で意志の強そうな表情をして一人の女性が立っていた。

「あら、魔王様方が皆おそろいのようだね」

魔王。その呼び方で俺達を呼ぶのは魔術に関係する者達だけだ。しかし、魔術結社の人たちはこんな態度で俺達に接しはしない。腫れ物を扱うように恐縮に恐縮を重ねて敬うのが普通だ。

「誰が来たの?」

と、中からソラ達も出てくる。

「誰?」

と、ソラが問いかけた。

「私は生徒会長の更識楯無。ちょっと付き合ってもらえないかな?」

と、有無を言わさないような態度で俺達を引っ張っていったのはIS訓練用のアリーナ。すでに訓練用に開放されている時間は過ぎており、そこは無人だ。本来ならこの時間に生徒が立ち入る事は許されていない。

「それで、俺達をこんな所に連れてきて、いったい何の用事があるのですか?」

楯無は唯我独尊と言う態度を崩さずに答える。

「更識家は代々日本の暗部を司ってきた家系。当然それは呪術をもってなされて来たのだけれど。でも時代は変わった。幾ら魔術師とは言え、ISには敵わない。でも裏社会の伝説、カンピオーネ。神殺しの英雄ならと実家のジジどもがうるさいのよね。どんな魔術師も彼らの前では無力で、人間が敵う相手では無いと、一昔前までは言われていたけれど、IS乗りの誰もカンピオーネとの戦闘経験は無いのよね。だから試してみたいの。今のこの世界でも果たして最強足りうるのか?ってね」

と言うか、裏社会の人間が、カンピオーネに臆さずに物を言えるようになるまで時代が変化したと言う事だろう。今まではその存在を知っている者の中でISを操れるようになった人間が居なかっただけだ。

「つまり、俺達と戦って、ISが世界最強であると証明したいと?」

「そこまでは言ってないわ。ただ、どの程度のものなのか、確かめておきたいだけよ」

「お断りする事は…」

「出来ないわよ」

そう言うと楯無さんはアリーナの防御フィールドを起動。これで内側からは逃げられなくなってしまった。さらについでとばかりに彼女の専用機を起動する。

「ミステリアス・レイディ。それがこの機体の名前」

水色にカラーリングされた楯無のISミステリアス・レイディ。武装はぱっと見では右手に持った突撃槍だ。

それと、彼女の体を水が覆っている所をみると、水を操る能力も有るのかもしれない。

「ええっと…IS同士の模擬戦がしたいんですか?」

「いいえ。私はISを使うけれど、あなた達は何を使ってもかまわない。もちろんISを使いたいと言うのであれば格納庫に打鉄(うちがね)とラファールが用意してあるわ。でも、それで負けて魔王の能力を使ってないと言われても面白くないわね」

「つまり、素の俺達と戦いたいと。うーむ…」

「何?やっぱりISと生身では戦えない?」

「いえ、そう言うわけでは無いのですが…ねぇ?」

とソラ達を振り返る。

「うん」

「はい…」

「そうですね…」

「IS同士の模擬戦ならまだしも権能を使った戦いでただの人間が勝てるわけ無いもの」

フェイト、シリカ、なのはと頷いて、ソラが答えた。

「なっ!?…余裕そうね…それで、誰が相手になるの?」

と少しむっとした後、楯無さんが言う。

「誰が行く?誰でも良いけど、面倒だなぁ」

「シリカとかじゃ権能を使った瞬間相手は終わっちゃうね」

「ですね…」

と、フェイトの言葉にシリカが同意する。

世界そのもののルール変更の能力へと進化を遂げているシリカの「理不尽な世界《ゲームマスター》」だが、脳波制御による伝達キャンセルが元もとの能力だ。行使された瞬間相手は手足すら動かせなくなる。神やカンピオーネ、また高位魔術師ならばレジストされて運動能力のキャンセルまでは及ばないが…さて、目の前の彼女はどうだろうか。

見た感じ高位の魔術を修めているとは思えない。IS操作にその時間を割いた結果だろう。

「わたしの権能が一番ISに対して相性が悪いかな。…でも負ける気はしないけど」

なるほど、なのはの権能、グラビティフォースは物質加重と重力制御の複合能力。確かにPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)があるISには相性が悪いかもしれない。

「へぇ、私も舐められたものね。それじゃあなたからで良いわ。前に出てきてちょうだい」

「ええっ!?あたしっ!?」

「挑発まがいの事を言うからだよ、なのは」

「うう…フェイトちゃん…」

「まぁ、がんばって。なのは」

「頑張ってください」

「良かった。俺じゃなくて」

「みんな…」

なのはは皆に背中を押されてしぶしぶアリーナ中央へと移動する。

「じゃあせめて封時結界はお願いね」

「それ位ならお安い御用」

一応監視モニタは落ちていると言う事らしいが、破壊すると面倒なので、空間を切り取る。

瞬間、色彩が鈍く、輝きが消えた風景へと変わり、現実と隔離された。

「なっ!?これはっ!?空間を切り取ったというのっ!?」

驚く楯無さんだが、この反応は今更新鮮味もない。

「仕方ない、がんばろうか、レイジングハート」

『スタンバイレディ・セットアップ』

一瞬の発光の後、ピンクの竜鱗を纏い、突撃槍のようなデバイスを持ったなのはがそこに居た。



わたしはバリアジャケットを展開しレイジングハートを構え、背中から妖精の羽のような形をした飛行魔法を行使していつでも飛び立てるように準備する。

「武器の量子化はISコアにしか出来ないはずだけれど…騎士甲冑のような装甲に突撃槍…それがあなたのIS…なのかしら?」

「わたし達はISなんて持ってないよ。これはわたしのマジックデバイスが持っている能力です」

「マジックデバイス?魔術補助具と言う事で良いのかしら?それにしては機械チック過ぎる気がするのだけれど」

「過ぎた科学は魔法と大差ないって言葉くらい聞いたことが有るんじゃないですか?いまのISだって既に魔法みたいな物でしょう?」

「確かに…だけど、だとしたら、あなたたちはいったい…いえ、それはこれから確かめる事ねっ!」

さて、互いに準備は出来ただろうと、楯無さんはISのスラスターを展開して距離を詰める。どうやら試合開始のようだ。

さて…

わたしは迫り来る槍に臆さずに前へ。

神速を発動さて、凝で視力を強化し、相手の点の攻撃を避けてこちらも点の攻撃を穿つ。

「っ!?」

自分の攻撃がかわされた瞬間に楯無さんはスラスターを全開。機体の制御が出来なくなるのをかまわずに錐揉みしながらわたしの攻撃を回避。その推進力のままにすれ違い、距離を取った。

あたしは地面を蹴るとそのまま上下さかさまになるように体を反転。そのまま魔法を行使する。

『アクセルシューター』

「シュートっ!」

放たれる12の魔力球。スフィアは狙いたがわずに錐揉みしている楯無さんを襲う。

「はぁっ!」

どうにか着弾手前で機体の制御を取り戻した楯無さんは横薙ぎ一閃に蒼流旋(そうりゅうせん)を振るい、直撃するスフィアを打ち消すと、残りのスフィアは回避する。

わたしは逆さまになっている体のまま飛行魔法を行使、そのまま空中へと上がると、それを追うように楯無さんも空中へ。

「なるほど。流石にカンピオーネ。空くらい飛ぶわよねっ!」

まぁ、高位の魔女でも目的地を定めない飛行は出来ないのが普通。そこに行けば十分に驚愕するはずだが、ISは普通に飛べるし、そこまで予想外でもなかったらしい。

再び突撃の構えを取る楯無さんだけど、甘いよ。

12有ったスフィアの内3つは後ろへと回していたのだ。それを操り、楯無さんを襲わせる。

が、しかし。そのスフィアを彼女は見もしないでかわしてみせた。

…なるほど、ISが持っているハイパーセンサーか。ふむ…どうやら常時『円』をしているような物だろうか。

楯無さんは蒼流旋に付属されている四門のガトリングから弾を撃ち出してわたしを攻撃する。

『ロードカートリッジ・プロテクション』

ガシュと薬きょうが排出され、魔力が充填されるとガトリングなんて通さない硬度でプロテクションを展開。撃ち出されたその全てを弾き飛ばす。

「はぁああああっ!」

気合と共に蒼流旋をわたしのプロテクションに打ち込むが…

「か…硬いっ!」

『ブラスタービット・パージ』

レイジングハートの刃先の後ろに付いている四機のブラスタービット。そのうち二機を飛ばし、弧を描くように飛翔させるとプロテクションを回避して楯無さんの後ろへと移動した二機のブラスタービットはそれぞれにアクセルシューターを撃ち出し楯無さんを攻撃する。

「なっ!?BT兵器っ!?」

すぐにスラスターを展開し、回避行動へと移る楯無さん。

『バスターカノンモード』

ガシャンとレイジングハートを射撃モードへと変更し構え、さらに二機、ブラスタービットを射出、砲身を楯無さんへと向ける。

『ディバインバスター』

三門の砲身に魔力が集束される。そして…

「シュートっ!」

最初に撃ち出した二機のブラスタービットからシューターを飛ばし、楯無さんを囲い込み、さらに後から展開した二機で威力を調整したバスターを撃ち逃げ道を無くす。

「くっ!?」

そして、最後。レイジングハートの砲身から撃ち出される本命。

ピンクの本流は確実に楯無さんを捉えた。

「手加減したつもりだけど…まさか防がれるとはね」

閃光が止むと、そこには蒼流旋に幾重もの水を纏わせ、巨大な槍を形成すると共に、その膨大なエネルギーを持ってわたしのディバインバスターを裂いたのだ。

「くっ…今のでエネルギーが…なら、このまま決着を着けるっ!」

そう言うと楯無さんは巨大な槍、ミストルテインの槍と言うらしいそれを構え、残りのエネルギーを推進力に変え突撃してくる。

「わああああっ!」

繰り出される、ミストルテインの槍をわたしは『流』で刃先を強化したレイジングハートで打ち払う。

ガキンガキンと鈍い音が響き渡る。その最中もブラスタービットからアクセルシューターを展開発射するが、楯無さんは着弾もかまわずと攻めてくる。

楯無さんはわたしに強引に取り付くと、ミストルテインの槍の全力攻撃。

『プロテクション』

「っ…ならばこれでっ!」

ゼロ距離からの四門ガトリングのフルバースト。

ちょ、それはちょっと…

「あぶないなぁ…」

『プロテクションバースト』

プロテクションを破壊する衝撃で弾道を吹き飛ばし、楯無さんを揺さぶる。さらに、レイジングハートを横なぎに振るい、楯無さんへと叩きつけると、その衝撃で地面へと向かって落ちていく。

さらにわたしはそれを追うように飛翔すると、ブラスタービットの砲撃を援護に楯無さんへと迫り、IS装甲を斬りつけながら破壊していく。

「うっ…くっ…」

そのまま踵落としで地面へと楯無さんを打ちつける。未だISの絶対防御が発動していないのは幸か不幸か。

ドーンっと音を立てて地面に打ちつけられる楯無さん。

「まぁここまでだね」

そう言うとわたしは楯無さんの前へとゆっくりと降りてくる。

「ま、まだ…」

そう言って蒼流旋を構えようとする楯無さんだが…

ポロリと手から落ちた蒼流旋は音を立てて地面へとめり込んだ。

「なっ!?これは…重くなっている?…まさかっ!?」

そう。ずっとわたしはグラビティフィールドを使い続けていた。それはどんどん楯無さんを重くしていったのだが…ISの能力からかなかなか効果が現れなかった。それも今の連撃で直接打ち込んだことで解消され、楯無さんは地面から動けずにいる。

「まぁこれがわたしの権能、グラビティフォール。見れば分かったと思うけど、能力は物質の加重及び重力制御。パッシブ・イナーシャル・キャンセラーが働いているISとは相性が悪いけれど…処理能力以上の重さをかけてやればどうって事は無いね」

「これが権能…神を倒した者だけが得る能力…じゃああの飛行能力や射撃能力は…?」

「それは元々わたし達が持っている能力です。それ以上はお答えできません」

「あれが元々…」

「さて、まだやりますか?やるのであればさらに加重させますけど…」

時間と共にさらに加重されていく。これ以上はIS能力の限界とエネルギー切れと共にトマトを潰したようになるのだけれど…

「いや、止めておくわ。私の負けね」

「そうですか」

模擬戦は終わりとわたしは権能を解除する。

「…人の身で有りながらISを凌ぐ能力。…それがカンイオーネ。古くから魔術師達が頭を垂れた存在。ねぇ、最後に答えて欲しいんだけど」

「何ですか?」

「私は手加減されたのかしら?」

「…………」

幻術系、捕縛系を使わなかったし…影分身も使用していない。「貫」や「徹」も使わなかった。「隠」を使った念攻撃なんてそれこそにわか魔術師には対処できまい。その上大規模攻撃はバスタークラス一発だったからね。ブレイカークラスは流石に使用を躊躇うよ。

「なるほど…その態度で分かったわ。つまり随分手加減されたと言う事ね…はぁ…まったく。誰よISが地上最強兵器と言ったやつは…人類最終兵器(リーサルウエポン)の前じゃ霞むわね」

とため息一つ付いた後、楯無さんはISを解除して膝を付いた。

「数々の無礼をお許しください。私の敗北で今後、我ら更識家は魔王様方の助力を惜しみまぬ事でしょう。立場上、校内での態度はお許しください」

「あ、あの…そんなに畏まらなくても良いです」

「そう?それじゃあ、学園内にいる間はもっと砕けた感じでも良いかしら」

「それでお願いします…わたしも、皆もたいして気にしませんから、そう言うの」

畏まられると言う事は、それに対する義務を果たした者だけだ。半ば放棄しているわたし達は相応しくないだろう。

「ISを相当壊しちゃいましたけど…大丈夫なんですか?」

「それはやっぱりやばいわね…でも、こちらが仕掛けた事だし、仕方がないかな」

それでもやはり修理に隠蔽に大変なのだろう。

「仕方ありません。壊したのはわたしですし、アオさんに直して貰いましょう」

「へ?いやいや、そんなに簡単に直る物では…」

「大丈夫です。アオさんなら一瞬ですよ」

「それも権能…と言う事ですか?」

「そう言う事です」

とウィンクして見せれば楯無さんは困ったようにはにかんだ。

「デタラメですね…」

「はい、アオさんはデタラメですよ」

「いえ、あなたも十分デタラメですが…」

楯無さんは何かを小声で呟いたが聞こえなかった。

「え?何か言いました?」

「いえ、何でもないです」

「そうですか。それじゃ移動しましょうか」

「そうね、そうしましょう」

わたしは楯無さんを連れてアオさんの所へ戻り、楯無さんが持ち込んだ模擬戦は終わりを告げる。



楯無さんとなのはの模擬戦はなのはの完勝。念や権能などの見えない攻撃に対処が出来ないのだから当然か。

どうやら更識家は俺達に反発する事はなくなるようだが、さてどうなる事やら。

そんなこんなでクラス代表対抗トーナメントが開始される。初戦は一組対二組。つまり、織斑一夏対凰鈴音である。

俺達各クラスの一年生はそれぞれアリーナで観戦中だ。俺達はいつものメンバーで固まって観戦中。どうやら一夏はようやくIS白式(びゃくしき)を操る事に慣れたようで危なっかしくはあるが、それなりに戦おうと言う姿勢が見て取れた。

しかし、開始早々、アリーナ上空から乱入する単騎の起動兵器があらわれ、その場を騒然とさせる。

見かけはフルスキンタイプのISに似ているが、パイロットが乗っているようには感じられない。つまりオーラが見えないのだ。

「きゃーーーっ!?」

行き成りの事態に場は混乱し、みなこの場から駆け去るべく逃げ惑っている。しかし、相手は世界最強の起動兵器。生身の人間が敵う相手では無いので逃げるのは正しい選択だし、先生方もそれを助けるべく声を荒げていた。

さて、俺達も関わらないように移動しようとした時、乱入者は一夏と鈴音に一撃ずつ加えると、全速力で此方へと駆けてくる。

「こっちきたよっ!」

「な、なんで!?」

フェイトとなのはの声。

「シールドで護られているとは言え、上部にもあるはずのそのシールドを突き破って来た相手にこのアリーナのシールドがもつかね?」

「冷静に分析してる場合じゃないですよっ」

と、シリカ。

乱入者…敵ISはその手からビームを発射、遮断フィールドが揺さぶられ、その衝撃の全てを打ち消す事はできずに、一部遮断フィールドが吹き飛ばされ、その爆風で一般生徒は吹き飛ばされながら中を舞う。

「きゃあーーーっ!?」

「くっ…」

無防備に打ち上げられている生徒達数人を俺達は協力して空中でキャッチ、俺も空中で一人生徒を捕まえると体を捻って着地、衝撃を受け流し、どうにか怪我も無く着地する事に成功した。

が、しかし、その安堵もつかの間。今度は敵IS本体の攻撃が迫る。

「きゃーーーっ!?」

再び地面を蹴った俺が抱きかかえていた女生徒が悲鳴を上げる。もはや悲鳴を上げる事しか出来ていないが、まぁそれも仕方の無い事だろうか。

敵ISは俺に目標を定めたのか、執拗に追い回して来る。

「ごめん、ちょっと邪魔っ」

「え、あの…きゃあああああっ!?」

何をするのかも前置きも言わず、俺は抱えた女生徒を放り投げた。もちろん、その先にはソラが居るのを確認している。彼女なら怪我も無く受け止めてくれるだろう。

「このっ!何なのよ、あなたはっ!」

そう言ってアリーナから駆けてくるのは鈴音の駆るIS甲龍(シェンロン)だ。

さて、俺はこの目の前の敵ISに追い回されているのだが…このまま観客席に居るのは宜しくない。俺は破られた遮断フィールドからアリーナに降りると、敵ISもアリーナへ。

「ちょ、ちょっとっ!?」

入れ替わるように観客席に突入した鈴音とアリーナへ降りた俺達。その後、何故か遮断フィールドは形状を戻し、またアリーナを遮断する。

「なっ!?遮断フィールドっ!?」

鈴音がコブシを叩きつけるが、フィールドを突破するのには時間が掛かりそうだ。

期せずして敵ISを交戦せざるを得なくなった俺は途方に暮れていた。

…どうしろと?

俺に向かってビームを放つ敵IS。

「御神さん、あぶないっ!」

と、ISの機動力のまま俺を押し倒す一夏。今まで言わなかったが、素性隠蔽の為、苗字は二つ前の物を皆使用している。そこは仕方がない所だろう。

ガクカクと揺れる体を必死に繋ぎとめる。そこはカンピオーネとしての頑丈な体に感謝するとして、何を考えていやがるんだこいつは…と言うか、防御フィールドの無い生身をISの重量、機動力で押し倒したら普通死ぬ。死なないまでも複雑骨折は免れまい。

「なんだよ、千冬ねぇっ今はそれどころじゃ…え?」

真っ青に染まった表情で俺を見下ろす一夏。

どうやらISの通信能力で織斑先生と通信していたようだ。そこでタックルをかました俺が無事な訳がないと聞かされたのだろう。

衝撃を緩和されるのはIS搭乗者だけ。それはISでの常識であろうに…俺が普通の人間なら死んでいたよ?…まぁ普通じゃないんだけど。

「だ…大丈夫っ!御神さんっ?」

「大丈夫だから退いてくれると助かる」

「あ、ああ…」

敵の攻撃よりも、一夏のタックルで制服は擦り切れてボロボロ。

「ほら、相手も待ってくれている訳じゃないんだよ?」

と言う俺の言葉で振り返れば、敵ISの次射が開始される所だった。

「くっ…どうしたら…」

ISの加速能力なら射軸から逃れる事は可能なのだが、その時の推進力を生身の俺が耐え切れる物か、先ほどの通信で躊躇いが生じたのだろう。

「いいから…じゃまっ!」

「なっ!?うわぁぁあああ」

俺はオーラで強化した脚力で力いっぱい一夏をISごと蹴り上げると、宙に舞う一夏を尻目に地面を転がるように体勢を整えると自身も地面を蹴ってビームを回避する。

途中、どうしても生身では回避出来そうに無い物はクロックマスターですり抜けているが、最小に押さえているし、まだ気が付かれまい。

「うおおおおおおおおっ!」

状況を打破しようと、一夏が上空から手に持った白式の雪片弐型を袈裟切りに構えて特攻。此方に向いていた敵ISの注意が一夏に向いた。

む…ここは一夏に無難に倒してもらおう。そう思った俺は一瞬で隠を使ったスサノオを行使、その腕を敵ISに伸ばしてその体を押さえつける。

敵ISは突如として体の自由が奪われた事に、何が起こったか分からずにその動きを拘束された。

「はぁっ!」

気合一閃。一夏の雪片二型が放つ零落白夜(れいらくびゃくや)が敵ISのシールドエネルギーの結合を分解。その刃が敵ISを貫いた。

「はぁ…はぁ…」

疲労困憊の一夏と、動きを止めた敵IS。一夏の活躍で襲撃は終焉を迎えたが、あの敵IS、確実に俺達を狙っていた。

これはどういう事だろうか?







巻き込まれた俺に待っていたのは織斑先生による尋問。だが、それは理不尽だ。ちょっと運が良くISのビーム兵器を回避できただけですと、一言だけ言うと退出。身体検査をと言う彼女の言葉も突っぱねる。精密検査なんてされたら結構ヤバイのだ、俺の体は。

何を言っても無視だ無視。退学になるのなら、別に俺は構わない。入学して義理は果たしているし、冬馬さんが首になっても持ち越した宝石類を売却すれば生活に困る事は無いのだから。

さて、そんな事件の後も、喉元過ぎればなんとやら。何事も無かったかのように時は過ぎ、今度は学年別個人トーナメントが発表された。

これは個人によるトーナメント形式の勝ち抜き戦で、これまでのIS技術の履修と言う事らしい。とは言え、専用機もち以外はこの学園に来てからようやく本格的に稼動させたような連中だ。戦いははなから専用機もち同士の決闘となるだろう。

そんな浮き足が立ち始めた今日この頃。なぜかうちのクラスに二人の転校生が加わる事になった。

シャルル・デュノアとラウラ・ヴォーデリッヒの二名だ。それにまたうちのクラスは大絶叫。なぜなら、その一人が男性だったからだ。

シャルルと名乗ったフランスの代表候補生の彼。世界で二人目の男性ISパイロットらしい。

代わってラウラの方はと言うと、挨拶の後、何故か一夏を強襲、ぶん殴った。初対面のようだが、何やら彼女には我慢ならないことがあったらしい。

普段から騒がしいクラスが、この二人の登場でさらに騒がしくなったようだ。

しばらくすると、個人トーナメントがタッグトーナメントに変更されると言う知らせが届く。

むぅ…どうしよう。誰と組んでも良いようだが、さて…ソラ達に聞いたら、それぞれソラとシリカ。なのはとフェイトでタッグを組んだそうだ。

やばい…俺は親しい友達がいないよ…会話には困らないんだけどね。なんか避けられているような…男口調を変えるべきか…しかし、ううむ…

まぁ最悪タッグが決まらなければ学園側で抽選組み合わせになるようだから、別に良いか。

そして迎えた大会当日。

「あ、あの…」

「君が俺のパートナーって事で良いのかな?」

「あ、はい…」

目の前にはおどおどしたショート髪におとなしめの眼鏡とは裏腹に主張する髪飾りをつけた女生徒が立っている。

「俺は御神蒼。今日はよろしく」

「更識…(かんざし)です…あの、先日は助けていただき、ありがとうございました」

む?うーん。ああ、良く見ればあの襲撃事件の時吹き飛んでいたのを抱きとめた彼女か。

「あ、ああ。いや、特に感謝されるような事でもないよ」

目の前で死なれては流石に気分が悪かったからね。たいした手間でもなかったし。

「まぁ、適当に頑張ろう。負けたって別に構わないでしょう」

「…そうですね」

あれ?そう言えば更識って…聞くのも野暮か。

そして始まる一回戦。

一夏、シャルルペア対箒、ラウラペアの試合が開始される。

何だかんだで一夏も成長しているようで、シャルルの援護もあり、相手の連携不足も相まって結構良い勝負をしていた。

と言うか、ドイツの最新式ISシュバルツェア・レーゲンを駆るラウアを追い詰めていた。

しかし、あと一息と言う時にラウラのISが暴走を起こした。そう、暴走だ。

後になっても詳細は語られなかったが、アラスカ条約で使ってはいけないとされた技術が組み込まれていたらしい。

その暴走を一夏とシャルルが押し止め、なんとか事件解決となったのだが、結果タッグトーナメントは中止。一回戦だけデータ取りのために行うらしい。

相手は…あらら、ソラとシリカか…

「まさかアオと戦う事になるとはね」

「本当に」

「でも、手加減しませんよ」

使用ISは俺とソラが打鉄シリカと簪はラファールを選択していた。

「あの、お知り合いなんですか?」

そう遠慮がちに簪が問いかけた。

「お互いに誰よりも知っている仲だよ…だからこそ、戦いにくい相手だ」

「そうなんですか」

「あなたが今回のアオのパートナーね。お互い頑張りましょう」

「よろしくお願いしますね」

「…あ、…はい。こちらこそ…よろしく」

お互いに挨拶を交わすとアリーナへと移動する。

ISのハイパーセンサーが接続され、視界がクリアになっていく。

ISの右手に刀のようなブレードを持たせ左手はハンドガンを装備して準備は完了。武器はシールドと二本の刀。近接特化だ。簪は若干のミサイルポッドとライフルで重火器戦の構え。

ソラ達を見ればソラはハンドアックスにショルダーカノン。シリカは機動性重視の軽装で両手にハンドガンを装備している。

ビーっと言うブザーと共に試合が開始されるとPICを起動し、空中へと飛び上がる。

俺と簪は今日が初対面。連携なんて取れるわけは無いから、臨機応変に頑張ろうと言う方向で話が纏った。

ブーストを駆使してソラへと接敵。そのまま刀で斬りかかる。

「ふっ!」

「なんのっ」

振るった刀はソラの打鉄のシールドに止められる。カウンターとばかりにハンドアックスが振るわれるが、ブースターを展開し、錐揉みするように回避、そのまま再度刀を振るうが、くるりと蹴り上げた脚部パーツで弾かれてしまった。

やるね…

簪の方をチラリと見れば、シリカがツインハンドガンでちまちま追い詰めていく所が見える。

俺はソラに注意を裂きつつ、左手に持ったハンドガンでシリカを狙い撃つ。しかし、ぐるんとシリカは後ろに眼があるかのように回避してみせた。

ハイパーセンサーによる補助で視界はほぼ360度だから出来る芸当だね。…まぁ無くても俺達なら似たような事が出来るけ。とは言え、ハイパーセンサーだけでなく高レベルの空間認識能力が無くては出来ない芸当だろうけれど。

しかし、その援護で簪は窮地を脱したのも事実。肩に積まれたミサイルポットからミサイルを連射。シリカへと撃ち出した。だが、攻撃力はあるが、射撃の正確性の高いシリカのハンドガンの前に全て撃ち落とされてしまっていた。

さて、俺も俺でソラとの戦いを続行しなければならない。開いた距離を利用するかのようにソラはショルダーキャノンを構え、俺に向かって撃ち出した。

ブーストを左に右に点火させ、砲撃を避ける。俺は上下逆さまのままソラへと迫り、刀を振るうが、そのインパクトに会わせる様にソラもハンドアックスを振り上げる。

ギィンと響く鈍い音。火花が塵、一瞬の鍔迫り合いの後、互いに距離を取る。

その隙を逃さずソラはショルダーキャノンを発射。

「くっ…」

堪らずシールドで受けるが、反動で吹き飛ばされ、さらにシールドエネルギーを削られてしまった。

スラスターを噴射、姿勢を制御すると、吹き飛ばされた勢いのまま反転し、落下する位置エネルギーも利用して一気に反対側に居るシリカの方へと距離を詰める。

左手のハンドガンは後方にフルオートで発射してソラを牽制。俺はそのままシリカへと翔け、斬り上げるように刀を振るうが…

「おっとと…」

剣筋はラファールの装甲を滑るように掠めただけだった。

しかし、シリカの攻撃はキャンセルできたみたいで、俺はそのままシリカと簪の間に踊り出る。

「大丈夫?まだいける?」

シールドエネルギーは幾ら殺傷能力の低いハンドガンとは言え、そのシリカの実力も相まって、かなり被弾していた。

「まだ行けますっ!」

力強い、負けたくないと言う感じの表情で返事をする簪。

良い返事だ。

「それじゃぁ、もう少し頑張ろうか」

「はいっ!」

簪がライフルを構える。俺はその前に出てソラとシリカを警戒すると、二人は左右に展開して俺と簪を分散させる考えのようだ。

左右からソラとシリカが砲撃を開始する。

俺と簪は背中合わせで円軌道を描きながら上昇、そのまま回避行動を取りながらソラとシリカへと発砲するが…簪もけしてIS操縦者としてレベルが低いわけではない。だがしかし、戦闘者としての技量は二人の方が段違いだった。

ソラの突撃をシリカがハンドガンで援護する。駆けて来るソラへ簪もライフルを発砲。しかし、クルリクルリとスラスターを最小で噴射させて錐揉み状に回避。俺の放つハンドガンはシリカのそれと相殺させられる。…神速を使ってるね。銃弾を銃弾で撃ち落すなんて芸当、常人なら出来ようはずも無い。それも長い研鑽の成果だった。

「ふっ!」

「くっ…」

ブーストの推進力も乗ったハンドアックスの重い一撃。それを何とかシールドを前面に押し出して防御。しかし、今度はゼロ距離のショルダーキャノン。

ドォーン

その衝撃に吹き飛ばされると、飛ばされた方向には簪がやはりシリカに翻弄されている。さらにソラはショルダーキャノンを連射。スラスターで回避行動に移ると、簪に直撃するコースだ。

…これは回避は出来ないな。装備武器の関係でソラのショルダーキャノンを相殺できる武器は持ってないし…

俺は右手の刀を力いっぱい後ろへ投擲。刀はシリカの脇を掠めるが…それまで。俺のISのシールドエネルギーが切れて撃墜扱い。

「あらら…」

「私の勝ちね」

「みたいだ」

「アオさんっ!?」

叫ぶ簪だが、状況は俺が倒された為に二対一の状況。シリカのハンドガンで追い詰められた後、ソラのハンドアックスが首元へと突きつけられる。

「くっ…」

「ここまでね」

「はい…」

悔しそうな声を上げ、しかし、試合は終了。

最後はあっけないものだったが、戦闘なんて実際はそんなものなのかもしれない。

試合終了後の格納庫にて、簪がすまなそうな声で謝った。

「ごめんなさい、私の所為で…」

「いや、簪の所為じゃないよ。あの二人を相手に善戦したほうだ」

「でも、私がパートナーじゃ無かったら…」

「だから、簪はうまく戦ったよ。あの二人が相手じゃ仕方ない。俺も一人で片方を押さえるのが精一杯だった。一対一に持ち込んだ時に相手を撃墜できなかったんじゃ仕方ない」

「でも…それでも…」

と、簪はしょんぼりしている。

「錬度の問題は確かにあっただろうね。彼女達はそれこそ古い付き合いだ。互いの長所短所を良く知っていた。こればかりは中々埋めようがない。うん…済んだ事は気にしてもしょうがないし。また次、頑張らないとね」

「…そうですね。また一緒に頑張りましょう」

「うん」

「…私、頑張りますからっ」

あれ?今何か言葉が変じゃ無かった?まぁ良いか。

簪は、若干吹っ切れたような感じまでテンションが回復したようで。ラファールを次の選手へと渡すと更衣室へと戻っていった。

そんな感じで取り合えず、模擬戦は終了するのだった。

そんなこんなであくる日のHR。一組に転校生がやって来た。

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

と、ぺこりと頭を下げた女の子。シャルロットは…つまりはシャルルは女の子だったと言う事だ。盛大なカミングアウトだが、さて、その反響は凄まじい。主に男性と言う事で同居していた一夏への一部からの風当たりが強い事。

ついに何故か折檻と言う実力行使へと移る者達まで居る。なぜか隣のクラスの鈴音まで来ているし…彼女やセシリアはなぜかISを部分起動している。

あわやISによる公開私刑が執り行われると言う瞬間。割り込んだのは銀色の黒ウサギ。ラウラがISを起動して、せまる攻撃から一夏を護った。

おお、先日と態度が違いますね。アリーナで助けられて以来、一夏に対して何か思うところがあったのだろう。ラウラは一夏に振り返るとその唇を強引に奪った。行き成りキスは発展しすぎだと思うのだが…そして、それは男の役目だと思う。

ああ、女の嫉妬が眼に見えそうだ。何故かシャルロットの機嫌が急降下。ISを部分起動させると、一夏に攻撃していた。

一夏はその攻撃でノックアウト。

しかし、あれだ。彼女達は人殺しの道具を手に持っていると言う意識は無いのだろうか?…無いのだろうな。剣と包丁はどちらも刃物だが、片方は武器、もう片方は調理具と似たような物でも認識には差が生まれる。

俺にとっては兵器であるISも彼女達にとってISは包丁と代わらないのだろう。この認識の差はいかなものだろうか…

それと、好意の裏返しの暴力が許されるのは小学校入学前までです。そんな精神的に未熟な彼女達がISなんていう兵器を所有しているのは国家代表候補せいとしてどうなのだろうかね?

それよりも、大会が終わってからの各国からの勧誘がうざったい。どうやら先日のあの模擬戦、少しやりすぎたようだ。各国のスカウトマンが居たらしいのだが…あの試合は俺達五人へのアプローチが開始されてしまう結果をもたらした。何処の国にも帰属する意思は無いと突っぱねているのだけれど…専用機を用意するから是非とうるさい。こう言うのはスルーするに限る。








さて、二泊三日の臨海学校行事が始まった。

一日目はまず目的地へと付くなり自由時間。海で泳いで日ごろの鬱屈をリフレッシュしろと言う事なのだろう。

さて、仕方が無いから水着に着替えようとして…くっ…何でビキニが入っているっ!?と言うより、競泳水着は何処に行ったっ!?

はっ!?もしかしてソラ達かっ!?

くそっ!彼女達の悪ふざけが成功したような表情が今やっと分かったよっ!

更衣室の奥で唸っていると後ろから声が掛けられた。

「あら、まだ着替えてなかったの?」

「ソラか、と言うかソラ達だろう、この水着っ!」

「あはは、やっと気が付いたんだ」

「持ち物の確認はするべきだと思うよ」

と、なのはとフェイト。

「あたしは止めたんですけどね」

「えー?シリカちゃんも楽しそうに見てたじゃん」

「それは…その…」

なのはの言葉にしどろもどろ。同罪ですよ、シリカ…

「ほらほら、さっさと着替えちゃいなさいよ。なんなら、私達が手伝ってあげるから」

「ちょ、まっ…アッーーー」

しくしくしく…何が悲しくてビキニなんて…


合宿二日目。

何故か珍妙なウサミミのファンシアーな服装の女性が乱入していた。

名前は篠ノ之束。そう、ISを開発した天才である。

彼女は自身の妹である箒に専用機を持ってきたようだ。渡される『紅椿(あかつばき)』は現行のISを越えたスペックを誇るらしい。

第三世代ISが各国が躍起になって完成させようとしている所に軽々と第四世代ISを完成さて、投入したのだ。…天才のやる事は良く分からん。

その篠ノ之博士だが、自身の興味のある事以外は丸で路傍の石のようで、まるで相手にしていない。と言うか、人間の区別が出来ているか不明だ。そんな感じにふわりふわりとたゆたって、現実世界を斜めに見ている。

が、その瞳が俺を射抜く。とても興味深そうに。

ふわりとかろやかに生徒の間をすり抜けて駆け寄ってくる篠ノ之博士。

「あなたが魔王様?ふーん、ふむふむ…」

こいつ、俺がカンピオーネである事を知ってる?

と言うか止めてくれないかね、回りでヒソヒソと「魔王?」などと囁かれているのだけれど?

「人類最強とは言っても、これならちーちゃんの方が強そうだけどなぁー…まあ、良いか」

そう言うと彼女はクルリと回転し、織斑先生の所へと戻った。

さて、演習が始まるという時、山田先生が血相を変えて乱入し、カリキュラムの中止が宣言され、一般性とは旅館で待機。専用機もちは集まるようにとのお達しだ。

何かきな臭い雰囲気だが、関われる立場じゃないし、しょうがない。俺は旅館へと戻り、待機するのだった。



仮説の指令室では三人の人物がモニターとにらめっこしていた。

その人物とは織斑千冬、山田真耶、篠ノ之束の三人だ。

今回の授業中止は、アメリカ、ハワイで稼動実験をしていたIS「シルバリオ・ゴスペル」が制御を離れ、暴走。その機体が丁度この辺りを通過するという情報があったからだ。

この暴走ISに対し、これを撃破、また拿捕する為にこの学園の専用機もちの人たちが集められていたのだ。

千冬と真耶は祈るような気持ちで、出撃して言った一夏と箒の無事を願う。

しかし、二人は無事のようだが、シルバリオ・ゴスペルにより返り討ちにあったらしい。

「うーん、いっくんも箒ちゃんでもだめかぁ…ああっ!この機体この旅館に向かってきてるよ?何でだろう、でも問題ないよね」

「問題ない、だと?」

束の軽口のような発言に千冬が若干怒気を強める。

「まぁまぁ織斑先生…この旅館は先生方が訓練用ISで防御に当たってますし、他の専用機もちも待機してくれていますから…」

と、なだめる真耶。束は真耶の言葉を無視して続ける。

「そそ、問題ないない。人類最強が此処にはいるんだから」

「悪いが人類最強女子(ブリュンヒルデ)は今は居ない」

「違う違う。人類最強女子(ブリュンヒルデ)じゃなくて人類最強(カンピオーネ)だよ、ちーちゃん」

「カンピオーネ、だと?チャンピオンのイタリア語か?選手、または勝者、そんな所だろう。だが、生徒の中に他の専用機もちは居ないはずだ」

「だから違うよ、ちーちゃん。エピメテウスの落とし子の事だよ。魔王、ラークシャサ、堕天使、羅刹王なんかとも呼ばれる事が有るけど、そうだねぇ、一番意ちーちゃんが分かる言葉で言うならば「神殺し」だよ。でもまぁ一般的にはカンピオーネと言うらしいけど」

「神殺し?ふん、神など居ない。そんなもの殺せる訳ないだろう」

「むむ、その認識は間違っているよ、ちーちゃん。実際に私も神様は見た事は無いけれど、カンピオーネは実在する。ねぇちーちゃん。ISをどう思う?空を自由に駆け回り、ビーム兵器を自由に操り、ブレード兵器は戦艦すら切り裂く世界最強兵器?」

「そうだな。たった一機で、世界が変えられたほどの代物だな」

「そうかもね」

そうつぶやく束はどこか自嘲気味だ。

「昔の人が空想して、それでもこの束さんくらいの天才じゃなければ実現は出来なかったと思うよ。…でもね、ちーちゃん。ISなんて物は実際は猿真似でしかないんだよ?」

「は?」

何を言っているんだと表情の千冬。

「ISに使う動力元も彼らが使ったエネルギーの残滓を研究して得られた物だけど、私にはエネルギー変換以上の事は殆ど出来ていない」

「意味が分からないが?」

「つまり、生身でISに渡り合える存在は実在するんだよ。…そして、彼らにしてみればきっとISなんて玩具も良いところ。ねぇ、ちーちゃん。そのカンピオーネの実力を見てみたくない?」

「束、お前は何を言っている」

「いや、なんでもないよ、ちーちゃん」

そう言う束とシルバリオ・ゴスペルに一夏達が敗北し、その緊張が高まったのは同じくらいで、それ以上会話を続ける余裕は千冬にはなく、矢継ぎ早に各方面に指示を出さなければならなくなった。


「ええいっ!なぜシルバリオ・ゴスペルは行き成り目標を変えたのだっ!」

シルバリオ・ゴスペルの進路がこの旅館へと向いていた。

「教員を総動員して絶対防衛線を確保、破られるなっ。オルコット達も防衛にあたらせろっ!」

「はいっ」

真耶がコンソールを弄りながら各所に指示を出している。

「だから、ここはカンピオーネの出番だよっ!私は彼らの実力が見てみたいっ」

「それが今回のお前の目的かっ?」

「えー、違うよ。ちゃんと箒ちゃんへの紅椿を届けにきたのが目的だって。ただ、ついでにどんなものなのかなーと言う興味があるだけ」

「防衛ライン、割られましたっ!」

「くっ…目標は?」

「こちらに向かって接近中。くっ…広域殲滅、来ますっ!」

その時、ドーンと言う音が響き渡った。



大広間の一室に集められ、待機を命じられた俺達は、かしましくも命令どおりにその場に留まる以外の選択肢はなかった。

外で何が起こっているのかについての情報は一切もらえず、ただ待機を命じられるだけの時間に、みなそれぞれ携帯を取り出したりして暇を潰していた。

しかし、そんな時間が一変する。

一瞬で旅館の外壁が吹き飛ばされ、あちこちで爆炎があがる。

生徒の絶叫が響き渡るが、その衝撃は凄まじく、悲鳴を打ち消すほどの轟音を奏でる。その何かは旅館の天井を倒壊させ、大部屋に集まっていた生徒達は絶体絶命だ…一瞬の事でもはや逃げ場もない。

もはや押しつぶされる、そんな時、ソルが明滅する。

『プロテクション・パワード』

くそっ!何なんだよっ!何も知らないままに死ぬ所だったぞ。いや、カンピオーネの体はこれくらいじゃ死なないけれど…

張られた大きめのサークルプロテクション。それは広間の生徒達を包み込み、押しつぶされる外壁から護っていた。

自分は大丈夫でも周りまで無事とは限らない。ISを持っていない一般生徒なんてひとたまりもなかっただろう。

「何なのよ!」

「一体何がっ!?」

「神様関係じゃ無いと良いんだけどね」

「IS関係であるほうが面倒だよ…」

と、ソラ、シリカ、なのは、フェイト。

ソラ達もプロテクションを張ったのか、防御は五重。結構な強度だ。

「これは…遮断フィールド?」

「え?ここってそんな設備があったの?」

なんて周りの生徒が騒ぎ出している。ちょっとマズイか…でも現状プロテクションを解除するのはマズイ。

咄嗟に広域でプロテクションを張ってしまったが、彼女達は見捨てるべきだっただろうか…いや、俺もそこまで堕ちていないつもりだ。やってしまった事に後悔は無い。

だから、これからどうするかが先決だった。

「取り合えず、外側二枚をバーストさせて瓦礫を吹き飛ばす。それから考えよう」

「はい」

外側の二枚はどうやら俺とフェイトの張ったプロテクションだった。その二枚をバーストさせて上に乗っかった瓦礫を弾き飛ばすと、空が見える。

そこに悠々と浮かんでいる一機のIS。

「IS…」
「そんな、まさか…」

再び喧騒が響き渡る。ISによる襲撃。その絶望に女生徒達は発狂寸前だ。

制御の利かない団体は時として危険だ。今が正にそれ。爆発しかねない程に彼女たちの感情が恐怖に染まっている。

そしてISシルバリオ・ゴスペルから放たれる無数のエネルギー弾。

それが俺達に向かって放たれるが、張ったプロテクションにより阻害された為にいまだ実害は無い。

とは言え…

「抜かれるとは思わないけど…彼女たちがなぁ」

周りを見渡せば、この閉鎖空間内でパニックを起こし、出口を求めて彷徨い始めた。この中に居た方が安全であろうとは思うが、言って聞くような物では無いだろうし…どうするか。

そう思っていた時、現状を動かす何者かが登場する。

それはこの間IS学園を襲った無人のIS。それよりも幾らか進化したそのISが二体現れ、砲撃を開始したのだ。

「なっ!?」

「これは…」

「まずいですよっ!」

ソラ達の言葉。それに呼応するかのように生徒たちの絶叫も深まる。

封時結界内に連れ込んで撃破するか…いや、敵があの3機とは限らない。増援があれば俺達が離れた彼女たちが危ない。

そうすれば…

結局、俺達では何もかも全てを護るなんて事は不可能なわけで。今回の事では俺達の素性の漏洩と女性との命、その両方を護ることは不可能っぽい。

さて…選択の時だ。

皆に視線を向ける。…力強く頷かれた。

まぁ、仕方ないか。

「それじゃあ、一度全部のバリアをバースト、閃光と衝撃を眼くらましにして三人…俺と、フェイトと…それとなのはが出たら再度障壁を展開して増援に備える、で良いかな?」

「はい」
「それで良いと思います」
「うん」
「仕方ないわね」

さて、それじゃあ、行きますかっ!

『『『バリアバースト』』』

閃光が辺りを包み込む。障壁の切れた一瞬で俺達は駆けぬけ、再度展開されたシールドの外へ。瓦礫を駆け上がりISと対峙すると、その目標が俺へと移り変わったようだ。先ほどまでの生徒への攻撃は止んでいる。

これは…もしかして目標は俺達なのか?

しかし何故?と考えて止めた。今は必要ないだろう。

『スタンバイレディ・セットアップ』

一瞬で銀の竜鎧を着込み、右手にはソルを構える。なのは、フェイトも同様にバリアジャケットを展開してデバイスを手に持っていた。

さらに写輪眼を発動して、万華鏡写輪眼・桜守姫へとシフトチェンジ。油断無く相手を見据える。

3対3の構図だが、しまった…一番外れ籤を引いたらしい。他の二機はオーラの感覚から無人なのに対して、俺の目の前のIS…後で聞いた名前はシルバリオ・ゴスペルと言うらしいそれには搭乗者が居る。つまり有人なのだ。

これは破壊すれば終わりと言う訳には行くまい。搭乗者の自由意志のような物は感じられず、暴走しているようだ。これを殺さずに無力化するのはちょいと面倒だが…まぁ、やるしかないか。

上空から再び広域殲滅攻撃が降り注ぐ。

『フライヤーフィン』

地面を蹴って飛び立つと、降りかかる閃光を左右に回避しながら距離を取る。

攻撃は36門ある砲塔からの一斉射が基本らしい。距離を取りつつ攻撃し、その圧倒的なまでの範囲と攻撃力で相手を殲滅する。また機動力にも優れ、にわかには近づけない。

強引に近づいてみればブースターを燃焼させてスライドするように距離を取られた。

だが、その一瞬はどうしても攻撃に隙が出来るようで…

『アクセルシューター』

「シュートっ!」

12個の魔力球をシルバリオ・ゴスペルへと向けて放つ。

シルバリオ・ゴスペルが旋回し、再びシルバーベル…大量の砲撃を開始する。

「アクセル」

撃ち出された相手の攻撃を回避しつつ、シューターを操り真後ろへと誘導、そのままアタックさせる。

とは言え、ハイパーセンサーを完備しているISに死角は存在しない。スラスターの噴射で避けられてしまった。が、問題ない。相手の攻撃をくじければ此方の攻撃チャンスが増える。

『フォトンランサー』

「はっ!」

これも12個撃ち出す。

直射されるフォトンランサー。今度は相手もかわさずに撃ち落す事を選択したのか。俺の攻撃を上回る量の閃光が撃ちだされ、着弾前にフォトンランサーは迎撃されてしまった。さらにその数に物を言わせた攻撃が俺へと迫る。

『プロテクション』

前面にシールドを張りながらジグザグに後退。しかし、相手はそれを追うかのようにシルバーベルで執拗に追う。

一定距離を取った所で相手はスラスターを使い此方へと向かってくる。…なるほど、このあたりが命中率敵に攻撃有効射程と言う事か距離を取れば密だった攻撃に粗が見えるのは当然の事だった。

さて、俺はそのまま最大速度でシルバリオ・ゴスペルを引き離しに掛かる。当然ブースターに物を言わせて相手は追撃してくるわけだが、俺が何も罠を仕掛けていないわけがない。

「そろそろだね…その高機動力が仇になるよ」

『ヴァイヒ・スツーツ』

突然、いくつもの突起物が空中へと現れる。その突起は衝突物を柔らかく受け止める物であるのだが…相手の速度が問題であった。

高速度で飛翔するシルバリオ・ゴスペルは突然現れた支柱に対処する事が出来ず、その勢いのままぶつかった。ぶつかったシルバリオ・ゴスペルはそのまま跳ね除けられ、次の突起へとぶち当たり、しかしまだ速度を減じきれず、制御不能のまま次の突起へとぶつかる。

その衝撃が勝手にシルバリオ・ゴスペルのシールドエネルギーを減少させていくが、まぁ自業自得だろう。最後は海へと墜落していき、盛大に水しぶきが舞う。墜落のその衝撃は例え海に墜落したのだとしても飛行機ならばバラバラになるほどだ。

相手の攻撃で魔力も良い具合に充満していたブレイカー級も撃ちやすいだろうけれど…そこまでは必要ないかな。

ザパンと水しぶきを立てて空中に浮上してくるシルバリオ・ゴスペル。しかし、見るからに消耗し、シールドエネルギーは後いかほどの物か。

墜落でかなりのエネルギーを使ったもみえるね。

不利を悟ったのか、シルバリオ・ゴスペルは反転して俺から距離を取るようだ。もしかしたら退却だったのかもしれないが…

『ライトニングバインド』

すでにそこは罠の中。その四肢を拘束する事に成功した。

『ロード・カートリッジ』

薬きょうが排出され、術式の準備を開始する。

『トライデントスマッシャー・マルチレイド』

三つの魔法陣が逆三角形に展開され、魔力が充填されると、今か今かと俺の号令を待っている。

「シュート」

放たれる九つの閃光。

それはシルバリオ・ゴスペルの左右の羽を貫通し破壊。本体に突き刺さるように着弾したそれはシールドエネルギーをゼロまで追い込み、そのまま魔力ダメージでパイロットを気絶させた。

外装はボロボロなまでに大破したが、パイロットは無傷。とっとと、飛行能力を失ったパイロットを俺は慌てて駆け寄りその手を掴んで受け止めた。

次の瞬間、ISは光と共に量子化し、待機状態へと以降。完全に無力化に成功した俺は彼女を抱えて陸地へと戻った。




「これでは生徒達がっ!」

「大丈夫大丈夫、あそこにはカンピオーネが居るんだか、これくらい問題ないない」

「良く分からんが、ISも持っていない連中に今の攻撃が防げるものか」

と、束の物言いに食って掛かる千冬。

「でもでも実際皆生きてるし。良かったね、彼らが良心的な存在で。私だったら見捨てちゃってたかも?」

なんでおどけて言うが、いつの間にか立体映像装置を取り出した束はあたり一面にいくつものモニターが現れていた。

そのモニターには何やら遮断フィールドのようなもので護られている生徒の姿が見える。

「近辺施設のカメラは今の攻撃で全て死んだはずだが?」

「束さんを侮っちゃいけませんよ。こんな事も有ろうかとっ!て言うやつだよちーちゃん。それに見なよ。彼らはISも無しにこんな物を作り出せるんだよ」

「むっ…それに、この学園に入学していたカンピオーネはまさか一人じゃなかったとはね。一度に五人も居るなんて、まさかの事態だよ」

「言っている意味が分からんな。もっと噛み砕いて説明しろ」

「えー?そんな事より、敵の増援が来たみたいだよ?」

「かなりタイミングが良いな。誰かが操っていそうだ」

「誰だろうね?」

「ふんっ」

「それよりもモニターを見てみなよ。これだけの攻撃を凌いで余裕ある防御シールドの形勢。…さてさて、どう出るかな?」

「どうもこうも、生身でISに勝てる訳が無いじゃないか。直ぐに国連に連絡して増援を…」

「必要ないって言っているのに…ほら、出てくるみたいだよ」

そう束に言われて千冬はモニターを再び覗きこむ。

「誰かが出たな…誰だ?」

「御神蒼、高町なのは、フェイト・テスタロッサの三人だね」

パパっとモニターに三人のIS学園でのデータが映し出される。

「お前、またハッキングを」

「束さんに掛かればこんなの軽い軽い。ああ、でもこの記載されているデータは嘘っぱちだね。過去の足跡を洗えば卒なくねじ込まれているけど、改ざんの後が見えるからね」

「…何処かの国のスパイだと言う事か?」

「何処かの国…と言うよりは魔術結社だね」

「また、非現実的な物を言う」

「非現実的なら良いんだけど、事実なんだなぁ。…さぁ、始まるよ」

モニターに視線を移せばいつの間にか甲冑を身に纏い、その手に各々の武器を携えた騎士が立っていた。

「物質の量子兵装…あれはISなのか?」

「違うよ、彼女達にISなんて必要ない。ISに匹敵する…ううん、それ以上の内部機関をすでにその体に持っているんだからね」

「どういう事だ?」

「さあ?観測してみた結果、エネルギーを集束する機関が丁度心臓の横当たりに存在すると言う程度しか分からない。それに、アレを見てちーちゃんはどう思う?」

そう言って振られた千冬がモニターを再確認すると、テレビアニメに出てくるような魔法陣が展開し、翅が生え、空を自由に飛んでいるではいか。

「現IS…それこそ私の自信作である第四世代の紅椿、その能力すら超える能力を彼女たちは人の身で持っている。彼女達にISなんて必要ないんだよ。…と言うか、ISは私が彼女たちに対抗する為に彼女達を真似て作り出しただけに過ぎない」

「なっ!まさか…だが彼女たちはまだ15歳なのだぞ?」

「だねー。でも彼女たちの親は?」

「む…」

「私は見たことがある。妖精の翅を光らせ、漆黒の竜の鱗の鎧を着込み、両手の刀で強大な何かを撃ち滅ぼしたのを…」

「束…」

千冬がモニターに視線を戻せば、蒼がエネルギー弾を誘導して背後から襲わせていた。

「BT兵器まで…あれはようやく実験機が実装されたばかりなのだが…」

「彼女たちからしたら『魔法』なんだろうけどね。空を自在に飛びながら物体を自在に操るなんて、どんな頭の構造をしているのか、想像も出来ないよ」

「そうか…」

さらに、彼女たちはいとも容易くISを追い詰めていく。無人機の方はものの数分でただの鉄くずへと変貌している。シルバリオ・ゴスペルはといえば、突然現れた障害物に激突し、大きくシールドエネルギーを削られながら海へと激突していた。

「ほら、止めだよ」

そう言った束の言葉どおり、浮上したシルバリオ・ゴスペルは銀色に輝く九つの閃光で射抜かれて撃破されていた。

「あーあ。中々権能は見せてくれないか」

「権能?」

「神様を倒した者が得る超能力なんだって。一体どんな理不尽なのやら」

「まて、それでは今までのあれは彼らの固有技術であって特殊能力では無いのか?」

「特殊能力は特殊能力だろうね。体内にISが使うエネルギーを蓄積できる人間が普通の人間な訳ないじゃない。…ただ、何人か魔術師と呼ばれる人にも会ったけど、彼らと同じ反応はなかったから。彼女たちが特別なんだろうね」

もう束はここに居る事も無いかと帰り支度を始めている。

「最後にちーちゃんに忠告。彼女達を余り刺激しない方が良いよ?」

「どういう事だ?」

「魔術師たちにしてみれば暗示や洗脳なんて簡単な事なんだから。てまぁ、現代科学で似たような事は出来るから束さんも可能なんだけどね。彼女たちはそれこそISの補助もなにも要らないだろうし」

「ならばどうすれば…」

「無視が基本だよ。いまはまだ」

といい終えると束は何処かへと消えていた。後には沈黙だけが残る。

「どうしろと言うのだ…」



ふよふよと陸地へと戻ると女性を波打ち際に放置。そのまま何食わぬ顔で避難している最中の生徒の中へと混ざる。

どうやら臨海授業は終了。今日中にIS学園へと戻るらしい。まぁ宿が全壊なので仕方ないだろう。

事件に関しては緘口令が敷かれたらしい。

俺達が出張った事に対する隠蔽をと父さんに打診してみたが、騒ぎ自体を隠蔽し、教員がシルバリオ・ゴスペルを撃ち落したと正式に見解したそうだ。

何処かからいち早く圧力がかかったか?俺達の事についての言及に及ばれない所は良いのだが、何処と無く不気味だ。だがまぁ、あの状況下では仕方なかったと自分自身に言い訳をする。



夏休みを終えて二学期が始まると、学園は文化祭の準備に追われる事になった。

「それで、アオのクラスは?」

と、ソラが俺のクラスの出し物を聞いてくる。

「メイド喫茶に決まったよ。当日俺は裏方でお菓子作りかな」

とは言え、前日までに作りおきしておいて当日はサボる気満々ですが。

「へえ。私のところは中華喫茶みたいね。私も裏方なのだけど」

点心をふかせば良いように作りおきをして当日はサボるわとソラ。

「あたしも当日は忙しくない予定なんで」

「あ、わたし達もかな」

「うん。だからみんなで学園祭をまわろうよ」

と、シリカ、なのは、フェイト。

皆がもてなすよりももてなしを受ける側に回りたいようだった。まぁそう言う参加の仕方も良いんじゃないかな?

文化祭前日。第一調理室を借り切ったお菓子の作成は紛糾を極めた。

「きゃー、砂糖入れすぎちゃったっ!」

「あーん、またスポンジが丸焦げにっ」

「シューが膨らまないよっ!?」

「て言うかそのスポンジ、ガチガチで食えたもんじゃないわよ?」

「マカロナージュてこれくらいで良いの?」

悲喜こもごも。なかなかどうしてうまくいっていない。まぁお菓子作りは難しいからね。レシピ通りにやってもなかなかうまくは出来ない物だ。

「ああっ!デコレーションって難しいっ!えーいやり直し」

と言いながらクリームを潰しているなんて光景も良く見る。

俺はと言えば隅のほうでこっそりと自分のノルマをこなす。

ショートケーキのホールを二つ。シュークリームを二ダース。マカロンを二ダース。

本当はシュークリームなどは明日作りたいところだが、時間の関係上仕方ないか。

まぁこんなもんかな。

「わぁ、あーちゃん凄いじょうず~」

そう言って声を掛けてきたのは布仏本音(のほとけほんね)さん。いつも丈の余るような服装をしていて腕を出しているところを余り見た事がない。そんな少女だ。

「わ、どれどれ。わ、本当だ。凄い、プロみたいっ」

と、他の女生徒も寄ってきた。

いや、実際プロのようなものだが…

「おお、すごいな。一つ試食させてくれよ」

そう言って現れたのは織斑一夏。さっそく此方の了承も得ないで手を伸ばす。

おい、止めろ、勝手に食おうとするな。

抗議の言葉はシュークリームを掴んだ瞬間に飲み込んだ。…手遅れだしね。

「こ…これは…うまい…学生が作れるレベルじゃないぞ」

「あっ、一夏さんっ!わたくしのシュークリームも食べてみてくださいっ!」

「いや、私のケーキをだな」

「僕が作ったブッセなんかも食べてくれると嬉しいな」

「食えっ!」

一夏が褒めるものだから、彼に好意を抱いているであろうセシリア、箒、シャルロット、ラウラが一夏に詰め寄った。

「ちょ、ま、まてお前らっ!」

と抗議する一夏だが、完全には拒んではいないような感じで押され気味。しかし、運の悪い事に詰め寄った彼女達の体重は支えられず、一夏はセシリアたち諸共俺が作ったケーキの上へと倒れこんでしまった。

「あたたたた…」

「いたた、男子たるもの女子を受け止めること位はしませんと」

「そうだよ、一夏」

などと、一夏に詰め寄る彼女達。

そんな事よりも、俺が作ったケーキ達が大惨事になっているのだが……ちょっとイラっと来たよ…

俺の怒りでボンッとオーラが膨れ上がる。

「ひっ!?」

ゾクゾクゾクっとオーラを操れない人も、俺のオーラに包まれた瞬間にイヤな気配を感じたのだろう。一瞬で教室が静まり返る。

「あー、あのな、御神…えーと、その…」

しどろもどろと言い訳を考える一夏。

「俺のノルマは達成したから…帰る…」

俺はその惨状をそのままに調理室を出て行った。俺の怒気を感じ取ったのだろう。出て行くまでクラスメイトは無言だった。


「おーい、御神、待ってくれ」

後ろから大声が掛けられる。振り返らずとも男はこの学園に一人しかいないのだから分かる、一夏だ。

「何?」

「さっきはすまなかったな…その、ケーキを台無しにしてしまって。その、あいつらも悪気が有ったわけじゃないんだ、だから…調理室に戻ってきてくれないか?」

ふーん。悪気の有る無しが問題じゃないと思うんだが…

「お断りします」

「…え?」

何を呆けた顔をしている。許してもらえて万事解決するとでも思ったのか?

「散らかした器材を片付けろというのなら、そのまま俺の分は放っておいてください。明日にでも片付けます」

では、と踵を返す。

「ま、待ってくれ。ケーキの数が全然足りないんだ、その…手伝っては…」

食い下がる一夏。

「あげませんよ。自分たちがやった事の責任は自分達で取ってください」

取り付く島も与えませんよ。ええ、俺は今怒っているんです。



とぼとぼと調理室へと戻り、扉を開ける一夏。

「あ、織斑君、御神さんは…」

と、中から誰かが尋ねた。

「…調理器具はそのままにしておけってさ。明日にでも片付けるって…御神、もしかして凄い怒ってるかな?」

「そりゃ、怒っているでしょうね。完成直後に壊された訳だし」

「そうか…そうだよな…」

「一縷の望みをかけて男子である織斑君に行ってもらった訳だけど、にべも無く断られたか」

織斑君でなびかないとなると、これは強敵だなぁと女生徒。

いったい何が強敵なのだろうか。

「うまうま」

「ちょっと本音、何を食べているのよっ!」

「だってもったいないじゃない。それに、これすっごくおいしいよ」

と、布仏本音、通称のほほんさんが落ちたシュークリームを拾ってパクついていた。

「そ…そんなに?」

「うん、うまうま」

今度はつぶれたケーキにフォークを伸ばすのほほんさん。

「うわ、これもおいしい」

「わ、私も食べるっ!」

と、のほほんさんにつられて手をつける女生徒。

「こ…これは…」

「え?なになに?」

「す、…すごくうまい…ケーキってこんなに上手に焼けるものなんだね…」

「だよねー。わたし達が幾らやってもこの味は出ないよ。デコレーションも上手だし…惜しい人をなくしたねー」

いや、アオは死んでいないのだが…

「ど、どれどれ…」

その言葉でわらわらと手を伸ばす生徒達。

「これは…」

「おいしい…」

「くっ…」

「この焼きあがりでこのデコレーション技術…ああ、この被害は甚大だわ…何も無ければこれが明日の喫茶店に出せたのに…きっと集客率も跳ね上がったわ」

だってこんなにもおいしいもの、と誰かが言う。

そして一斉にこの被害の責任は誰であるかを求めて視線が向かう。

「うっ…」
「あ、その…」
「くぅ…」
「ご、ごめんなさい…」

皆に睨まれて、うなだれ小さくなっているのはセシリア、箒、シャルロット、ラウラの四人だ。

そして視線が一夏へとスライドする。

「どうして御神さんを連れ戻せなかったのっ!」

「いや…彼女はもう聞く耳を持たなくて…」

「もう一度行って来なさいっ!そして拝み倒すのよっ!」
「土下座よっ!」
「もう切腹ものだわっ!」

「わ、わあああーっ!?」

女子の勢いに押しやられ、一夏は逃げるようにアオを探しに調理室を出るが、結局見つかる事は無かった。



しばらく校内を歩くとようやくクールダウン。さて、ああは言ったものの、あの調理室の状況を見るに、明日は市販のお菓子に市販のドリンクサービスになりそうだ。まぁティーサーバーはあるようだから、紅茶や後コーヒーはどうにかなるかもしれないが。メーンのお菓子は全滅しそうだった。

だいたい素人がケーキを作ろうと思うのが間違っている。…いや、そこまで難しいという代物ではないのだが、まぁ市販の物に近づけるのは中々難しい。何度も失敗を繰り返す中で、加減を覚え、上達するのだ。素人が一朝一夕で出来る物ではない。

仕方ない。食堂の厨房を借りよう。今の時間なら貸してくれるだろう。

そう思った俺は一学年の食堂へと向かう。その道すがらソラ達3人と合流した。

「うん、アオどこ行くの?」

と、ソラ。

「ちょっと厨房にね」

「何で?」

そうなのはが問いかける。

「ちょっとケーキを作りに。…本当は調理室で作ってたんだけど、バカどもに壊されてキレて抜け出してきちゃったから」

「ああ…あのオーラはそう言う事だったんだね」

そう言えばソラは隣の第二調理室で点心を作ってたんだっけ。

「ま、それでも自分の分くらいは作っておこうかとね。厨房を借りようと思って」

「そうなんですか。うーん、それじゃああたしも手伝います」

と、シリカ。

「うん?別にいいけど…」

「なんか久しぶりにケーキを作りたい気分ですし、ね?」

とシリカが皆に目配せ。

「そうだね。たまには良いかな?」

「うん、そうだね」

と、なのはとフェイト。

「決まりね」

ソラが纏めると、俺を強引に捕まえると厨房へと入っていった。


「はい、これデコレーションお願い」

「はーい」

「あ、そろそろマカロンの乾燥も終わりですよ。焼き始めないと」

「そっちはお願い。俺はこの隙にガナッシュを作っておくよ」

「あ、はい」

なんて、いつの間にか流れ作業でケーキの作成が進んでいた。

「あれま、あんた達、プロのケーキ屋さんみたいだねぇ…」

と、管理している厨房のおばちゃんが感嘆の声を洩らした。

「しかし、作りすぎじゃないかい?」

「あ…」

おばちゃんの声で我に返ると、ずらりと並ぶお菓子の数々。

「あはは…」

「久々だったから…」

「楽しくてつい…」

まぁ仕方ない。俺もいつの間にか楽しくなっていたのは同じだからね。

この中から3ホール。クラスに持って行くとしてもなお余る…と言うか余りすぎる。

「久々に喫茶翠屋でもやる?」

と、なのは。

「でも、場所がないよ」

そうフェイトが言う。実際催しの数々の全ては事前の打ち合わせで場所が決まり、もう開いている場所もあるまい。

「うーん、だったらこの食堂でするかい?まぁ、こんな所じゃ人は来ないかもしれないけれど」

とおばちゃんが提案してくれた。

「良いんですか?」

「いいのいいの、文化祭当日は食堂は例年開店休業みたいなものだしね」

「どうする?」

と俺は皆に問いかける。

「良いんじゃいかな?」

「良いと思います」

「うん」

「久しぶりにそう言うのも良いかもね」

意見は纏ったかな。それじゃあ…

「お借りしても宜しいですか?」

「はいよ。当日はあたしもお客として来ようかねぇ」

「是非いらしてください。出来れば他の従業員も一緒に」

「美味しいケーキを期待しているよ」

「はい、任せておいてください」

結局もてなす側で文化祭を楽しむ事になってしまった俺達。でもまぁ、良いのかな。

「そうと決まれば、軽食の仕込みをしないとね」

「はいっ!」

「わたしはじゃあハンバーグの下ごしらえを始めるよ」

「私はじゃぁカレーね」

「ミートソース、仕込んじゃいますね」

なんか、いつかの感じで、本当に楽しい。


あくる日。

ホールケーキを三つ教室に持って行ったのだが、教室には誰も居ない。

他に思い当たる所も無いので、俺は第一調理室へと移動。勇気を出して扉を開けると、そこは死屍累々…厨房施設は破壊されまくり、クリームは飛び散り、オーブンは真っ黒こげだ。いったい何をどうしたらこんな状況になるのか。

その教室の中に疲れたように折り重なって倒れこむように寝ているクラスメイト達。

これは…本当にいったい何が?

テーブルの上にはかろうじて数個のホールケーキと、1ダースほどのシュークリームがあるが…形はものすごく歪だ。

俺はどうしようかと考えた後、見なかった事にして教室へと戻った。

「あれ?御神さんお一人ですか。みなさんはどうしたんですか?」

と真耶先生が出欠を取る段階で戸惑っている。俺は見なかった事にすると決めたのですっとぼける。

「さあ?昨日のお菓子作り、自分のノルマが終わったので退出したので分かりません。もしかしたらまだ調理室に居るのかも?」

「そ、そんなぁ…御神さん、皆さんを連れてきてください」

「あ、俺も忙しいんで。俺は当日のシフトに入ってないので、失礼しますね」

「ちょっとっ、御神さん、御神さーん」

戸惑う真耶先生を無視して教室を抜けると食堂へと向かう。

そこには既にソラ達が待っていた。

「久しぶりの翠屋、だね」

と、なのは。

「うん。みんな、今日はがんばろうね」

「そうですね」

と、フェイトとシリカ。

「ほら、開店の時間。早く厨房に火を入れないと、大変な事になるよ」

「あ、はいっ!」

さて、久しぶりの喫茶店営業。頑張りますかね。


喫茶翠屋、開店です。

「来たわよー」

お客さん一号は食堂のおばちゃん達だった。

フェイトが接客に出る。

「いらっしゃいませ。お客様は何名様ですか」

「お一人よ」

「カウンターとボックスシート、どちらになさいますか?」

「カウンターで…って、あなた達本当に慣れているわね…」

「ええ。実は以前に喫茶店でお手伝いをしていた時期が有るんですよ」

「そうなの。どうりで慣れていると思ったわ」

フェイトが再びお冷とお絞りを持って席へと向かう。

「メニューは此方になっております。ご注文がお決まりでしたら及びください」

「はいはい。あ、注文良いかしら」

「はい。どうぞ」

「あたしはこのAランチセットでお願い」

「はい、Aランチがお一つですね。オーダーは入りまーす。A一つお願いします」

と、フェイトの声で厨房も活気づく。

「A了解。さて、頑張りますかね」

と、俺はコンロの前に立った。


最初、宣伝もなにもしていないこんな場所での営業で人は中々入らなかったのだが、おばちゃんが宣伝してくれたのが、ちらほら客が増え始め。11時を過ぎるころには満席に。12時前には行列が出来ていた。

「はい、四番テーブルB二つ、C一つ出来たよ」

「はーい」

「次、六番、A三つです」

と、今は接客をかわったなのはの声が響く。

「はいよって…ここ喫茶店だよね?なんかトラットリアかなんかと勘違いしそうなんだけど?」

「それは仕方ないですよ。メニューはランチの三つだけ。食後のケーキとドリンクもセットにしちゃったのが敗因ですね」

と厨房に居るシリカが答える。

「こんなに流行るとは思わなかったからな…」

「ええ、おかげで二時前には終了しそうですよ。クレームが来なければ良いのですけど」

「そこは諦めてもらうしかないな。しかし、丁度良いだろう。二時からでも学園祭を皆でまわろうか」

「はい。それじゃもうひと頑張りですね」

「あ、ローテーションで今度はアオが接客だから」

とソラが厨房に入ってきて一言。

マジか…

気を取り直して接客業務へと移る。

「あー、あーちゃんだぁ。ここってもしかしてあーちゃんのお店?」

「本音か。まぁそんな所」

「あれ?かんちゃんはなんで隠れてるのかな?」

のほほんさんの後ろに隠れるように縮こまっているのは更識簪だ。この二人、知り合いだったのか。

「あの、お久しぶりです。アオさん」

「ん、ああ。そうだね。四組とは合同実習になる事もほとんど無いからね。タッグマッチ以来か?」

「はい…」

「ランチしかないけど、食後にドリンクとケーキは付くから。楽しんでいってよ」

「あ、はい…楽しみです」

と、恐縮しているような感じの簪。

「あー、もしかして食後のケーキってあーちゃんが作ったやつ?」

のほほんさんが少しぷりぷりした感じで言う。

「俺も作ったが、まぁ知り合いの五人でだな。ちょうど今この翠屋を切り盛りしている」

「むぅ、きっとその所為だよ。あーちゃんのケーキがある内はおりむーの人気も有って繁盛してたのに。開始一時間ですっからかん。もう閑古鳥が鳴いているよ」

聞けば寝坊して開始は10時を過ぎていたそうだ。そこから一時間がピークで、11時辺りからはこちらも満員御礼だったから…ふむ…

「ここもすっごい待たされたんだから。ささ、席にあないするが良い」

「ちょっと本音、少し失礼じゃない!?」

「はいはい、此方へどうぞ。お嬢様」

「わーいっ!」

「簪もお昼ごはんがまだならどうぞ。今の厨房は俺の担当じゃないけど、ケーキは俺が作ったのを見繕って来よう」

「あ、あの…ありがとうございます」

「ま、後でオーダーを取りに来るから。楽しんでくれたら、まぁ…うれしいかな。それじゃ」

まぁ、久しぶりに楽しんだのだと思う。結局二時前には完売御礼。並んでくれた人たちには早めに売り切れを伝え、帰ってもらう事をしなければならなくなったのは心苦しいが、まぁ仕方あるまい。

厨房の後片付けを後に回すと、俺達は学園祭を見てまわる。

先ずは一組のメイド喫茶…なのだが…

客入りはまばら。あの惨状が有ったのだ、仕方ないだろう。うん、面倒そうだ。近づかないでおこう。

失敗も経験。馴れ合いと協調は別の物。それくらい分かって欲しい物だ。

取り合えず、他の催し物を楽しんでいたのだが、学園に響く突然のアラート。ISによる襲撃が有ったらしいが、いつもの如く詳細は知らされない。講堂の方が騒がしかったと言う事くらいで、何も分からなかった。

毎度何かイベントが有るたびに事件が起こるのはいい加減やめてもらいたいのだが…
 

 

エイプリルフール番外編 【IS編その2】

学園祭が終われば次のイベントはキャノンボール・ファストだ。本来一学年の参加は無かったのだが、立て続けの襲撃で錬度を高めようという学園の意図があるらしい。

キャノンボール・ファストとは妨害ありのISを使ったレースである。

専用機もちはそのスペックが訓練機と差が有るので、専用機もちは専用機もち同士、他は訓練機同士の試合になるらしい。

まぁどうでも良いことか。訓練機でのエントリーで選手の選抜を行うらしいが…やる気のあるヤツに任せよう。あんまりISに乗るとソルが拗ねるんだよ。機嫌を取るのも一苦労なんだよ?

結局、このキャノンボール・ファストにも乱入者が現れ、中止に追い込まれる。…まったく、一体何なんだろうね?

キャノンボール・ファストが終わると、今度は専用機もち同士によるタッグトーナメント。本当にイベント事が多い学園だ。

それこそ俺には関係の無い話なので、観戦する以上の事は出来ないと思っていたのだけれど…

最近、我がクラスの織斑一夏が、四組の更識簪にペアの申し込みをしているらしいと言う噂を聞いた。いや、噂と言うかなのは達同級が言うのだから間違いないだろう。

最後は一夏の強引さに負けてタッグを組んでしまったようだが、簪は大丈夫だろうか?


偶の休日。ソラ達と学園の外へと遊びに行くと、誰かに付けられている気配がする。巻くのも面倒なのでわずかに人気の無い所へと移動すると、俺達は取り囲まれた。

起動状態のISが二体。待機状態であろうが確実に持って居そうな女性が一人、ヒールをカツカツとならしながら前に出てくる。

武器を突きつけてからの交渉なんてろくな事が無い。先手を打たせてもらおう。

万華鏡写輪眼・八意で相手の記憶を読み取れば、亡国企業(ファントムタスク)と呼ばれる暗部組織らしい。彼女自身は良く分からないが、取り合えず俺達の誘拐を命じられたようだ。

彼女達は組織の実行部隊であるようで、ISに大層な自信が有るみたいだが…魔術関係の知識は無い所から最近の組織っぽいね。創立もここ50年ほどらしいし。

「大人しく付いてきてくれれば、この場で痛い目にあわなくてすむわよ?」

面倒くさそうにそう宣言するヒールの女性。

「狙われるような事をした覚えは余り無いんだけどね」

「アオさん?」

どうしますか?となのはが視線で問いかける。

「いや、面倒だからお引取り願うよ。誰だか知らないけれど、カンピオーネを舐めすぎですよ」

「はぁ?何を言っているのかしら?」

《帰って組織を殲滅。徹底的に破壊した後、再起不能になるまで痛めつけ、IS兵器を全て破壊。その後自分のISコアを破壊してください》

「帰るわよ、オータム、エム」

「わ、わかった」

「了解…」

思兼の幻術から逃れられるのはカンピオーネ、まつろわぬ神くらいのものだ。運が良ければ高位の魔術師も抵抗できるかもしれないが…ISの補助があるとは言えただの人間が抗えるものでは無い。

何もおかしいと感じずに、彼女らは自らの組織を殲滅するだろう。

こうして、どこかで一つの組織が消え去った。ISコアも破壊され、再度武力を持つのは当分先の事になるだろう。

「襲ってきたんだから、仕方ないよね」

「そうだね…でも、気分の良いものじゃないけど」

「ですね」

と、なのは、フェイト、シリカ。彼女達の反応は結構ドライな物だった。

「まぁ、俺もこんな事はしたい訳じゃないけど、今回の事は仕方が無いかな。これくらいしないと相手も懲りないでしょう」

「そうね。最後の最後で嫌な思いをしたわね。帰りに何処かで夕食を食べて行きましょうか」

「あ、良いですね、ソラちゃん。良いですよね?アオさん」

と、シリカ。

「そうだね。何処かで食べて帰ろうか」

と言うと、皆で商店街へと再び繰り出したのだった。


専用機もちタッグトーナメント当日。

生徒の観戦は義務付けられているので俺達はアリーナへと座る。

最近のパターンだと、こう言う行事事には騒動が付きまとうのだが…今回はどうだろうか。

ドーンと響き渡る爆音。

…どうやら期待を裏切らないらしい。

いつぞやの無人IS、ゴーレムと仮称されたそれが、さらにカスタマイズされてアリーナに乱入してきた。

その数12機。…多すぎだろう。

悲鳴を上げて逃げ惑う生徒達。先生方は避難の誘導に当たっている。

生徒達を護る為、ゴーレムを破壊するべく専用機もちが駆けるが、ゴーレムの強さが以前より上がっているために、見るからに劣勢だった。

まず、数が多い。ペア同士でタッグを組んで、二対一で相手をするならまだしも、一対一では見るからに劣勢を強いられている。

途中、抜け出た七機ほどが、此方へと駆けてくる。やはり狙いは俺達か?

防御フィールドで遮られているとは言え、それも絶対ではない訳で。

「みんなっ!」

「うんっ」

俺はソラ達にそう言うと、俺達はバラバラにアリーナの観客席をわりと本気で駆け、ゴーレムの反応を伺う。

俺達が動く度にその体を俺達へと向けている。…間違いないか。

封時結界を起動させ、世界の色が鈍くなる。銀色の魔力光が広がり、世界が切り取られた。

その中に取り込んだのは魔導師と敵IS。これでゴーレムは瞬間転移…いや、現代科学で理解を求めようとするならば、ステスルによって消えたように見えたはずだ。

俺達は監視カメラの死角に入っていたし、何も問題は無いはずであった。…しかし。何を間違えたのか、結界内に一夏達専用機もちを取り込んでしまっていたのだ。

どういう事だ?俺は確実にゴーレムだけを取り込んだはずなのだが。これはいったい…しかし、困った事になった。くそ、ミスった。やはり何事も完璧とは行かないものか…

「ここは…観客達は何処に…?」

「わかんない、わかんないけど…」

「な、なんなのよいったいっ!?ただでさえ、意味が分からない事態なのにっ!」

等と叫び声を上げる一夏達。

しかし、現状は目の前のゴーレムをどうにかしなければならない。思考を切り替えなければ倒されてしまうだろう。

『スタンバイレディ・セットアップ』

バリアジャケットを展開。普段はかぶらない兜をかぶればそう簡単にバレる事も有るまい。

取り合えず、後悔は目の前のゴーレムを倒してからかな。

封時結界に一瞬戸惑う様なそぶりを見せたゴーレムは、しかしそのまま攻撃を再開する。

俺に二体、ソラ達に一体ずつブースターで加速して飛び掛るゴーレム。さらについでとばかりに肩のショルダーキャノンを連射してくる。

『ディフェンサー』

左手を突き出し、防御魔法を行使。相手の射撃を弾きながら後退、さらに飛行魔法を使って浮上すると射撃魔法を行使。

『アクセルシューター』

「シュート」

背後に現れたスフィアの数は24個。それの軌道を操って上下左右からゴーレムに攻撃するが…スラスターを噴射して人間には不可能な動きで避けられた。

だが、人間が乗っていないのないのなら…

「あらら…困ったね」

しかし、困ったのは避けられたのがシューターだけじゃない所だ。設置型バインドもどういう訳かスルーしてくる。センサー類の感度がまさか隠蔽されているバインドを見抜くレベルだとは、参ったね…

ゴーレムの一体は援護射撃、もう一体はスラスターを吹かし接近してくる。俺は接近するゴーレムに向けて射撃魔法を放つ。

『フォトンランサー・ミニファランクス』

左右に四つファランクスを形勢。

「ファイヤっ」

一斉射されるフォトンランサー。しかし、その速度でゴーレムはフォトンランサーの直撃を回避していく。

危機的状況の判断ミスや戦闘でのストレスで普通の人間なら被弾も有りそうなのだが…そこは流石に無人機と言う事なのだろう。有効打足りえない。

「…たすけて…だれか…お姉ちゃんを助けてっ!」

そんな絶叫が木霊する。

何だ?と視線をめぐらせれば、血だらけの楯無と、それを支える簪。さらに、目の前にはゴーレムが迫っていた。

ちぃ…

流石に知り合いに目の前で死なれるのは気分が悪い。

クロックマスターを使い過程を省略、ISのコブシが振り下ろされるより速く結果を省いて簪の前へと移動した。

『ロードカートリッジ・プロテクションパワード』

ガキンとコブシを遮る障壁。

「え?」

簪がいつの間にという顔をしているが、取り合えず今は楯無の方が優先だろう。

腹部へのダメージで出血が酷い。

ガキンガキンとコブシを振る事の無意味を悟ったのか、ゴーレムは砲撃に切り替えている。俺が振り切った二体も此方への攻撃を開始しているので、バリアが揺らいでいて少し心もとないが、カートリッジをロードして強化、今の所大丈夫そうだ。

「あ、あの…」

「楯無を見せて」

「あ、はい…でも…」

何も出来ないと簪は思っているのだろう。ふむ、この出血量は確かに少しやばいか?

俺はそっと右手を楯無に触れるとクロックマスターを使用。楯無の時間を巻き戻す。

たちどころに傷口は逆再生をはじめ、ISスーツに付いた血液も体の内へと戻るり、顔色も良くなって来た。

こんなもんで大丈夫かと手を引っ込めようとした時、ガシリと俺の手を楯無が掴んだ。

「ついでに私のISも直してくれると嬉しいんだけど?」

「そこまでは面倒見切れないよ」

無茶言わないで欲しい。

「お姉ちゃん、ISの瞬時修復なんて無理言っちゃダメだよ」

と、簪。

「そう、それじゃああなたがあの敵ISを倒してくれるのかしら?」

「そ、そう言えば…あなたのそれはISなんですか?」

楯無と簪の質問。

簪の方は無視する。答えられないからだ。

「仕方ないね。…ここで起こった事は内緒だよ?」

と言い置くと俺はドニから奪った権能、シルバーアム・ザ・リッパーを起動。右手が銀色に染まり、全てを断ち切る権能を俺に与えてくれている。

あとは…

「ふっ…」

プロテクションに人一人分くらいのを開けると、俺は一瞬でゴーレムの目の前まで移動した。

「はっ速いっ!?」

驚く簪。楯無は驚愕はしているのだが、事情を知っている分まだ冷静だ。

俺はそのままソルを振り下ろす。袈裟切りに振り下ろされたソルはISの防御を軽々と越え切り裂き、さらにその権能で相手を八つ裂きにする。

「まずは一体…」

やられたISは気にも留めず、二体のゴーレムが俺に向かってくる。

俺は再びクロックマスターを使用。二体目、三体目とも移動からの一撃で再起不能へと追いやった。



「え?うそ…ISが…一撃で…?」

「流石魔王さま方ね」

「お姉ちゃん、何か知っているの?」

「彼らはカンピオーネ。この地上で神殺しをなしえた方々。更識家がお仕えすべき方々よ…まぁ彼らは望んで無いんだけどね」

「え?」

「そっか、簪ちゃんは魔術関係は教えられてなかったもんね。と言っても私も全然本気にはしてなかったんだけど…あれだけの事を見せられちゃね。彼らの前ではISなんて玩具も同然なんでしょうね…」

畏怖を抱く楯無と、状況を未だに理解していない簪。だが、それはしょうがないだろう。

「簪、楯無さん、二人とも無事かっ!?」

二人の背後にボロボロの一夏が現れる。

「織斑くん」
「一夏くん」

「無事だったんだね」

と楯無が尋ねた。

「ええ、まぁ何とか…それより、彼らは…」

「魔王さま方よ」

「はぁ…からかってます?」

「至極真面目」

なっまさか本当にっ?とセシリア達は呟いていたが、一夏は気付かず。

「えと…それじゃぁアレはISなんですか?」

なにやら一夏は誤魔化されたと感じたようで質問を変えたようだ。

「アレがISに見える?むしろ私はISが彼らの後追いをしていると、今になって思うわ」

「ISが後追いっ!?」
「ええっ!?」

楯無の言葉に驚く一夏と簪。

「ISの補助など無くても空を自由に飛びまわり、ようやく第三世代機のBT兵器で可能になった…それもかなりの集中力を要する偏向射撃(フレキシブル)を易々と扱い、第四世代である紅椿のように専用装備も無くとも様々な攻撃が可能。敵ISを一撃で仕留めたあの銀の腕には一夏君の白式の単一使用能力(ワンオフアビリティ)零落白夜も霞みそうね。それにあの瞬間移動はもはやISでは再現出来ないわよ」

「そんな…」

「バケモノ…」

「そうね…化物。そう、だから彼らは魔王さまなのよ」



フヨフヨとゴーレムを倒し終えた俺達は楯無さんの前へと降り立つ。周りを見れば、どうやら他のゴーレムは代表候補生の奴らが倒したらしい。なかなかに優秀だ。

「助けていただいて、ありがとうございました。魔王さま」

と、一歩進み出た楯無が膝を着き、臣下の礼を取った。いや、、生徒会長が自ら膝を折ったのだから相手をするなと言うこれは一夏たちへのポージングだろう。

事実、後ろに控える一夏は雪片二型を構えているし、他のIS…セシリアや鈴音、ラウラ、シャルロットも射撃武器を遠くから構えている。

「それで、私達はどうすれば良いのかしら?」

と楯無が問いかける。

「ISを解除してこちらに」

集まれと俺は言った。

しかし、やはり動こうとしない。まぁ、俺も実際得体の知れない相手からの言葉だったら聞き入れないだろうけれど。

「なっ!?」

戸惑う一夏。

「一夏くんも簪ちゃんも言うとおりにして。他のみんなも、出てきてISを解除しなさい」

「分かりました…」
「う、うん…」

一夏と簪は楯無の言う事ならと割と直ぐにISを解除した。


「待ってくれ、相手の武装解除がされていないからISの解除は同意できない」

とラウラの通信がオープンで入ったようだ。

「じゃああなたは彼らに勝てるつもりでいるの?二対一でようやくゴーレムに勝てたくらいの私達が?ただの一刀でゴーレムを打ち倒した彼らに?」

「ぐ…」

「いい?私達は今見逃されているの。ライオンの前に出たバンビちゃんくらいの存在なのよ。そこには明確な力の差が存在するの。私達は刺激しないように最善の注意を払わなければならない。分かった?」

「…了解した」

しぶしぶとラウラが動き始め、それにつられるようにアリーナ内に居た全ての専用機持ちが現れてISを解除する。

「さて、これで良いかしら?それで、魔王さま方は私達をどうするつもりですか?」

「簡単です。ちょっと…忘れてもらうだけですから」

そう言った瞬間、万華鏡写輪眼・思兼が発動。強力な幻術が行使され、彼らの中では俺達は居なかった事になる。

どさりと皆が方膝を着くようにバランスを崩した。

「な、何をしたの?」

楯無さんは此方の事情を知っているためにあえて幻術には掛けなかった。

「ちょっとした幻術をね。これでこの中で何が起こった事、その中に俺達は含まれない」

「なっ!?」

「まぁ、魔術師ならこのくらい容易だよ。更識家の古い人達も出来るんじゃないかな?」

「くっ…」

「余り俺達は知られない方が良い。知っているのなら別だけどね」

と言うと俺はソラ達へと向き直った。

「後は俺達が壊したヤツをどうするかだけか…」

「現場検証されると面倒」

「仕方ない、ISコアを抜いてから、外装だけは俺が巻き戻そう。そうすれば部品が散らばる事もないし、再起動もしないでしょう。いや、この際だから全てなかった事にした方が良いかも?」

「それが良いかもね」

と、ソラ達と相談の上、それぞれのカケラを集めると、一気に復元。

ついでに無かったことにするために皆のISも巻き戻しておいた。

「相変わらず、デタラメな能力ね。まぁ修理しなくて良いのは助かったけれど」

「権能なんてそんな物です」
と、楯無に答える。とは言え、これは権能よりも以前からある能力だが。

「それじゃ、私達は知らぬ、存ぜぬで居れば良いわけね」

「向こうもIS学園が襲撃されたなんて事は表ざたにはしたくないでしょうし、何か有れば更識家の力でも使って黙らせてください」

「それは結構難しいのだけれど…」

「いざとなれば俺達も何とかしますよ」

俺は復元されたゴーレムとコアを勇者の道具袋に突っ込むと、ソラ達に解散を促す。

「それじゃ、俺達も監視カメラのない所へ移動してから生徒達に紛れ込まないとね」

「うん」
「まぁ、大丈夫でしょ」
「ですね」
「はい」

封時結界を解除すると、俺達は何食わぬ顔でクラスメイトと合流し、これ以上のゴーレムの投入は無かったらしく、事件は闇の中に葬られる事になった。








夜の街を徘徊する何者かが居る。

見た目にはスーツを着込み、飲み屋から帰るサラリーマンのようだ。だが、裏路地に入り、胃の中をリバースしているようにかがみながら、実際は地面に何かを刻み付けていた。

「よし、こっちはこれで終わりだ。さて、次だ。…もうすぐ、もうすぐだ…ふふっあははは」

不気味な笑いが路地裏に響く。

「この魔術を忘れてしまった世界に天罰を。男性を虐げる世界に破壊あれっ!」

あははと暗い笑いを堪えながら男は路地裏を出る。後には鈍く光る何かが刻まれているだけだった。







さて、今日も今日とてIS学園は平常運転。朝から兵器の講義で始まり、ISに関する授業がひしめいている。

ドーンとまた一夏が箒達の嫉妬で吹き飛んで公共施設が壊されているが、まぁソレも日常。無視だ無視。

「あーちゃんって、基本的におりむー達の喧騒に関わらないよね。どうしてー?」

と教室でのほほんさんが問いかけてきた。

「それは人間として彼らが嫌いだから」

「えー?皆良い人たちだよ?」

「好きな子に意地悪をして意識してもらいたいと言う好意の裏返しが許されるのは小学校低学年までだよ。この歳でそれをする彼女達を好意的に思うとでも?」

「うーん…」

「自分を選んで欲しいと言う精一杯の努力が暴力なら、それは一昔前のDVをする亭主となんら変わらない」

今じゃ女性優位だから家庭内暴力で女性が負ける事が減ってきているけれどね。

「普通の生徒だったら、まだ可愛いで済ませたかもしれないけれど、彼女達は代表候補生で専用機もちだ」

「そうだねー。それが?」

「照れ隠しにISを使うのはどうなんだ?」

「あー…」

のほほんさんも難しい顔をした。

「中からいかがわしい声が聞こえたからとISで扉を壊して進入したり、ただの嫉妬で教室でマシンガンをぶっ放して教室を破壊したりね。だから俺は彼らが好きじゃないんだ。好きじゃないから関わりたくない。我慢の出来ない子供に兵器を与えてしまった国もバカだよ」

あれだけISにおける規則があるのに、割とIS学園内では自由っぽいからね。困った物だ。

「ついでに言えば俺が男だったとしても、好意と暴力を履き違えている女性と付き合おうとは思わないけどね。それは一夏も一緒だろう。いや、彼に特殊な性癖が有れば別だが…そんな人と付き合いたいかな?」

「な…なるほど…」

「大体、好きなら告白すれば良い。いつまで受身でいるつもりなんだろうね?相手が自分を好きでいてくれるはずと言う幻想に縋るのはそろそろやめたほうが良いんじゃないかな?それで自分が選ばれなかったらどうする気なんだろうね。ISで暴力に訴えるのか、はたまた」

「う…それを言われると…」

「…まぁ選ばれなかった恐怖を考えれば二の足を踏むのも分かるけど、とんびに油揚げを取られないと良いよね。と言うわけで実害は無いうちは無視だよ無視。こっちに被害が来たときは…その時考える」

まぁ今の所奇跡的に被害は無いのだけれど。

あれ?そう言えば喧騒が収まっているな。視線を移せば何やら難しい顔で冷や汗を流しているセシリア、箒、シャルロット、ラウラの四人。

「ああ、もしかしてISのハイパーセンサーで声を拾ってたかな。つまりは丸聞こえだったと。ふむ…謝るべきかな?」

と、のほほんさんに聞いてみる。

「いや、ここは気づかなかったフリをしよーよ。それが彼女達の為だよ、きっと」

そうかね?









男は器材搬入に紛れて国立の学園の中へと入り込む。

器材の組み立てと見せかけて組み立てたのは簡易祭壇。

そこに何かの古めかしい本と、何かのカケラを置くと、魔法陣を描き、最後の一小節が刻まれる。

「ふっ…あはははははっ!これで、これで世界は一変する。いや、元に戻ると言う所だろうなっ」

瞬間、男が施した魔法陣が各所に潜ませたそれと繋がり、大量に魔法陣で繋いだ範囲内の人間から生気を吸い始めた。

「それに此処はおあつらえ向きだ。ブリュンヒルデの称号を持つ者に、現代の戦乙女の園。その主の降臨には相応しいだろう」

彼のこの狂気の行動。その原因はISが台頭するにつれ男の人権が極端に薄れてきた事に起因する。

今の世界は女尊男卑がまかり通り、男には生きづらい。男なんて今やただの生産奴隷と言っても過言ではないのかもしれない。一応彼も魔術を嗜む裏の人間であったのだが、それでも彼程度がISに対抗できるかと言われればNOだ。

鬱屈が堪る日々の中、見つけたのはもう20年以上前の神降臨の資料。彼には天啓であった。

この術式は地域住民の生命力を集め、巨大な魔力へと変換し、それによって神を呼ぶ物らしい。以前使われた時は六柱もの神が呼ばれる惨事になったようだ。

こんな世の中にしたのはISの台頭だ。しかし、本当にISは世界最強であろうか?それならば俺達魔術師が畏敬の念を抱くカンピオーネはどうだろうか?だがカンピオーネの方々はこの世の変革など気にも留めていない様子だった。

だったらと次に考えられるのは「まつろわぬ神」であろう。まつろわぬ神を呼び、その圧倒的な力で暴れまわってもらい、ISを叩き伏せてもらえれば、この世界も再び男性優遇の世界に戻るのではなどと思ったのだ。

それが今回のまつろわぬ神の招来であるが…神を呼んだ所でこの世の中がそう簡単に変わるものだろうか?

そこまで考える思考が彼に残っていたのなら、こんな暴挙には出なかったであろう。

「さあ、この世界に混沌をっ!」

眩い閃光、そして暗雲が立ち込めると一条のイナヅマのように地表へと降り注ぐ。

「おおおおおおっ!あっああああああっ!?」

強烈な神の神威に低レベルの魔術師がこれほど接近して正気を保てるわけが無かった。

男は無残にも朽ち果てる。

だが、彼のなした事。それはたしかに混沌を生むに等しい行為だった。



とある水曜日。いつもの様に教室でISの講義を聞いていると、突如ぐんと生命力が吸い出されるような感覚におちいった。とは言え、俺にしてみれば何か触れたかな?程度の事だったが、教室内の生徒の変化はそれどころでは無い。

「あっ…」
「くぅ…」

とか細い悲鳴を上げて次々と突っ伏していく。屈強に見える織斑先生やラウラですら苦悶の表情を上げている。

いや、どうやら寧ろ上記の二人の衰弱が一番酷い。

『これはいったい何なの?』

と、なのはから念話が入ると同時に皆に相互に念話をリンクさせる。

『取り合えず、円を広げてみた方が良いかも。何かにオーラを持っていかれているみたいだ。抵抗力のない人たちにはかなりしんどいだろうね』

『う、うん』
『分かった』

俺も自教室分だけ取り合えず円を展開。それで取り合えずオーラの流出は止まったが…織斑先生とラウラの容態が深刻だった。

「くっ…千冬姉ぇ…ラウラ…」

一夏が重い体を引き摺りながらも重症の二人を抱え込む。

「二人はどうしたんだ?なぜ行き成りこんな事にっ!?」

箒が若干ヒステリックに叫んだ。

「僕もなんだか急激に体がダルくなった感じだし、それが関係しているんじゃないかな?」

とシャルロット。

「生命力が抜かれたとでも言いますの?そんなオカルトチックな…っは!」

「え、?そんなまさか…?」

セシリアの言葉でシャルロットも何かに気だついたようだ。

「何なんだよっ!二人だけで理解されても困る」

そう一夏が叫んだ。

「いえ、…荒唐無稽な話なのですが…」

ああ、二人は欧州の生まれか。ならばまだ伝承などで知っているのかもしれない。だが、とセシリアがしゃべり出そうとした所を俺が強引に割り込む。

「話している内に死ぬよ。二人とも」

俺は一度ぎゅっと胸元のソルを握ると、次の瞬間には神酒(ポーション)を二本取り出していた。

「なっ!?」

驚く一夏達をスルーして、先ずはラウラに近寄りラウラの鼻をつまむと、自然と口が開く。そしてそこにじゃぼじゃぼとポーションを流し込むと、織斑先生にも同様にポーションを流し込む。

「な、何をしたっ!」

一夏が食って掛かる。心配なのだろう。

「気付け薬だよ。これで死んだらそれまでだね」

「なにっ!?」

だいたい俺は他人を助けるほど優しい人間じゃないんだ。ただ、目の前でしなれるのは流石に寝覚めが悪いだけだ。

だから、これは気まぐれ。死んだらまぁ、しょうがないんじゃない?

なんて考えていると、一瞬光が爆ぜた。

『しまった…この感じ』

とすぐさまソラ達へ念話を繋げる。

『まつろわぬ…神…』

とフェイトの呟きが念話で聞こえた。

『神の気配は二体分…だが…』

「まずいね、こいつは戦神だよ…」

と、ついぼやいてしまう。

「千冬姉とラウラをこんなにしたヤツがもしかして外に居るのかっ?」

「まて、一夏っ!」

箒が止めるよりも速く、一夏は走り出し、学園の窓を突き破る勢いで外に出るとIS白式を展開、飛んで行く。

「一夏さんっ!?」

「まて、一夏っ!」

セシリアと箒が後に続く。シャルロットは織斑先生とラウラの手前、看病するかどうするかで迷っていた。

「…私も行こう」

「ラウラ…大丈夫だの?」

「平気だ」

「そっか、それじゃ…」

「ああ」

ポーションで回復したのか、完全回復はしていないが、そこそこ容態も落ち着いたようで、立ち上がると二人とも一夏を追って駆けて行った。

これは…結構アレなのでは?

『やばい、なんか鈴音が飛び出して行ったんだけど…』

とソラからの念話。

同時にISを駆り教室へと駆けて来る楯無さん。

「アオくんっ!」

「はいはい、今度はなんですか?」

「外のアレってまさかっ!」

と楯無さんが叫ぶ。

「まぁそのまさか、です」

「そんな…それじゃ今一夏くん達はっ!」

やばいかもしれないね。いや、まだ分からないか。ISがまつろわぬ神を上回ったのなら、もしかしたら…

「私も援護に向かうわ…お願い、あなた達も力を貸してっ!」

「対岸の火事なら放って置くんですけどね。自分の家が燃やされるのは勘弁ですね」

「そう…それじゃ、私は先に行くわねっ!」

そう言うと楯無さんも教室の窓から外へ。

仕方ない、俺も行きますかね。ソラ達に念話を入れて廊下へと出る。

「みんな」

「うん」
「はい」
「しょうがないよね」
「そうですね」

『スタンバイレディ・セットアップ』

バリアジャケットを展開すると同時に封時結界を行使。辺りが鈍い色に反転する。取り合えず、まつろわぬ神は取り込めたはずだが…またしてもIS装備者を巻き込んでしまっていた。

「だ、誰かっ!?」

バンと教室の扉を開ける簪の姿が見える。

「あ、あなた達は…」

「そこで大人しくしているんだ。それが自分のためだよ」

そう言うと時間もないので俺達はすぐに外へと飛び出した。




閃光と共に地上に現れた二柱のまつろわぬ神。

片方は金の鎧を着込み、隻眼ではあるが、長い槍を持ち、八本の足を持つ軍馬に跨っている。

「これはこれは。ブリュンよ、まさかミズガルズに呼ばれようとはな」

「そうですね、お父様」

そう答えた女性も軍馬に跨り、羽の生えた兜をかぶり、甲冑を着込んでいて、その手には突撃槍を構えていた。

そこに現れる白い機械鎧を着込んだ青年。

「おい、そこのあんた達、あんた達が千冬姉やラウラをあんな目にあわせたのかっ!」

と、雪片二型を手に険しい表情で問いかける一夏。

「これは下等な人間が、このアースガルドの長である我に直訴するとはな。身の程をしらぬ小僧だな」

「なに言ってやがんだ?」

突然の侮辱に闘争心をくすぐられる一夏。

「一夏っ!」
「一夏さんっ!」
「一夏ぁ!」

箒、セシリア、鈴音が一夏の周りにやって来た。

「一夏っ!」
「まってよ、ラウラ」

遅れてラウラとシャルロットも到着する。

「逃げますわよ、一夏さんっ!」

油断無くブルーティアーズを構えつつ、冷や汗を流したセシリアが一夏を止めに入った。

「何でだよっ!こいつらが千冬姉達を…」

「この方達が誰だか分からないからそう言う事が言えるのですわっ!」

「そうだよ一夏、ここは逃げた方が良い…」

「シャルまで…いったいどういう事なんだ!?」

「金色の鎧に隻眼、八本の足を持つ軍馬に跨り、手には投槍を持つ。これだけの特徴があって分かりませんかっ!」

とセシリアが叫ぶ。

「わからんっ!」

一夏の答えにズルっ…と一同ずっこけそうになる。まぁISのPICでそんな事にはならなかったが…

「ヴォータン…」

ラウラが呟くように答えた後絶句する。

「はぁ?誰だよ、そいつはっ!」

「一夏にはこう言った方が分かりやすいかな…アース神族の主神…オーディン…」

「なっ…?」

今度は一夏が絶句する番だった。

「一夏、彼らは神さまだよ…日本はさ、そう言った事に対してあまり信心深く無いからさ、信じられないかもしれないけれど…この世界には神様が居るんだよ」

と言う鈴音も何処か蒼白だ。

「この世の戦士も様変わりしたものよ。腕試しをした後に強ければ殺して我がヴァルハラに招待してやろう」

「ヴァルハラって何だよ」

「あら、知らないのですか?我がお父様の死せる戦死の楽園、ヴァルハラを。お父様のお眼鏡に叶えば私があなたの魂を導きますのよ?」

と妖艶に笑うブリュンと言われた女性。

「ワルキューレ…その中でも軍馬に跨る伝承は少ない…まさかブリュンヒルデ?」

「あら、ご存知でしたのね」

と言い当てたシャルロットを褒めるブリュンヒルデ。

「それじゃあ、紹介も済んだ所で…」

「うむ。死んでもらおうか」

とブリュンヒルデとオーディンが何事でも無いような軽い感じで戦闘開始を宣言。

「なっ!…がっ…!?」

行き成りオーディンの槍が横合いに降りぬかれる。

その衝撃で一夏が吹き飛ばされていく。

「一夏っ!」

「一夏さんっ!」

「私もいるのよ?」

ブリュンヒルデが槍を振るう。

「何をぼさっとしているっ!」

反応できなかった箒とセシリアの間に割って入ったのはラウラ。ラウラのISシュバルツェア・レーゲンが持つ慣性停止結界(AIC)によってどうにかその槍は止められたが、PICを強化された神力でじわりじわりと打ち破るブリュンヒルデ。

「ラウラっ!」

横合いからシャルロットがマシンガンを一斉射。

しかし、ゴウッとブリュンヒルデを護るように現れた炎の壁によって弾かれ、燃やし尽くされてしまった。

「くっ…」

ここに来てようやく箒、セシリアも事態を飲み込んだようで、攻勢に出る。

「ラウラさんっ!」

セシリアが叫ぶと、手に持ったスターライトmkⅢを構え、連射。箒も紅椿の持つ空裂(からわれ)を振って斬撃を飛ばした。

それには堪らずにブリュンヒルデは後退。隣ではオーディンの槍の攻撃を双天牙月(そうてんがげつ)で何とかいなしている鈴音がいた。

「くっ…このっ!」

至近に迫られると言う所で衝撃砲である龍咆(りゅうほう)でオーディンを弾き飛ばした。

「ははっ…中々やりおる」

その戦闘の最中だった。世界から色が奪われたのは。しかし、それを気にしている余裕は一夏達には無かった。

「はぁあああああっ!」

一夏はスラスターを噴射、瞬時加速(イグニッションブースト)を発動させると一気にオーディンとの距離を詰め、雪片二型から零落白夜を発動し、オーディンを切りつける。

一夏の白式の単一使用能力(ワンオフアビリティ)である零落白夜は、相手のISが持つシールドエネルギーを貫き、相手にダメージを与える一撃必殺の剣だ。

一夏は取ったっ!と気色食む。…が、しかし。

ガキンと言う鈍い音を響かせて相手の槍で受け止められてしまった。それでも普通ならその威力でごり押せるのだが…

「一夏っ!離れろっ!相手はISでは無いのだぞっ!」

「くそっ…」

ラウラが砲戦パッケージであるパンツァー・カノニーアを撃ち出してオーディンを攻撃する。着弾の前に一夏は後退。

「ふん…」

オーディンはその手に持った槍を振るい、ラウラの砲撃を弾き飛ばした。

「ただの槍で弾き飛ばすとか、バケモノかっ!」

「神様ですわよっ!一夏さんっ」

そう言いつつもセシリアはブルーティアーズを飛ばして四方から二柱を攻撃、手に持ったスターライトmkⅢを持って接近戦をしている箒と鈴音を援護している。

「だいたい、馬に乗っているのに空を飛んで、さらにその機動力はおかしいでしょうっ!」

「そう言われてもな。我が愛馬は我が一部ゆえな」

「馬は飛ばないでしょうっ!地面を駆けてなさいよっ!」

とキレながらも鈴音は双天牙月(そうてんがげつ)を振るう腕は休ませない。

「はっ!」

気合と共にブリュンヒルデに双剣を振るう箒も、リーチの差から中々相手に踏み込めていなかった。

「ふむ…ならこれならどうでしょう?」

今まで槍でいなしていたブリュンヒルデが、砲撃を弾く時にしか出さなかった炎の壁を行き成り前面へと押し出してきた。

「なっ!?くっ…」

これは流石にマズイ…そう感じた時、後ろから援護が入る。

「箒ちゃんっ!」

「楯無先輩?」

水を操るミステリアス・レイディ。その能力で箒に球状に水の膜を作り、炎を遮断したのだった。

「遅れてごめんなさい…でも、あなた達が敵う相手じゃないわ。私が時間を稼ぐから、ここは引いて…」

「引けるわけ無いじゃないですかっ!先輩一人で相手をするつもりですかっ!」

と一夏。

「あら、新手ですね」

楯無を認識したブリュンヒルデはその槍を楯無に向けた。

「はっ」

「くぅ…」

ガキンと重い一撃を自分の槍で受け止める楯無だが、その受け止めた槍から炎が噴出する。

「なんのっ!」

水を操り自身の槍に纏わせて楯無は対抗すし、炎の槍と水の槍、互いの武器が打ち鳴らされる。

「はぁっ!」

助けられてばかりはいられないと、背後から二刀で切りつける箒。

ブリュンヒルデは一度力強く楯無を弾き飛ばすが、この間合いなら箒の攻撃のほうが先だろう。

だが背後からの攻撃は、しかしグンと一瞬体を縮めた後の軍馬…グラーニの蹴りによって中断された…だけではなく、その強烈な脚力からの攻撃でシールドエネルギーを削られながら吹き飛んでいった。

「箒ーっ!?」
「箒ちゃんっ!?」

絶叫する一夏と楯無。

「よくも箒をっ!」

一夏が雪片二型を構えて突撃する。

「待ちなさい、一夏くんっ」

突撃する一夏にやはり襲い掛かる炎。

「まったく、世話の焼ける…」

「楯無先輩…ありがとうございます」

水の膜がブリュンヒルデの攻撃から一夏を護る。それを好機と一夏は駆ける。

「うおおおおおおおっ!」

雪片二型を振り下ろす一夏。その一撃をブリュンヒルデは何事も無いかのように手に持った槍で受け止める。

キィン…

「おおおおおっ!」

さらにブースターを燃焼させて一夏は押し切ろうと必死だ。

しかし、ブリュンヒルデは手首を捻るように鍔迫り合いから一夏の雪片二型を弾き飛ばしてしまった。ここら辺はただ刀を振ったことがある人間と、神話に出てくる戦乙女の技量差だろう。神話に出てくる神なる存在はみな武芸武技の達人である事が多いのだ。ブリュンヒルデもその例に漏れない。

「…先ほどの女子の方がまだ良い太刀筋をしていたよ。これはヴァルハラに招く必要も無いかしら?」

そう言ったブリュンヒルデの視界からすでに一夏の存在が路傍の石へと置き換わる。つまらなそうにただその槍を振るった。

「一夏さんっ!?」

横目に一夏のピンチを悟ったセシリアは、オーディンからブリュンヒルデに意識を変えてスターライトmkⅢを構え、撃ちだす。ついでにブルーティアーズによる射撃も忘れない。

「あらら」

突如襲い掛かる砲撃に、ブリュンヒルデはグラーニを駆ると回避行動に移ったため、一夏はその凶槍から一命を取り留めていた。

「ばか、セシリアっ!今お前の援護が無くなるとっ」

と切羽詰ったのはラウラだ。

セシリア、ラウラ、シャルロットと鈴音でどうにかオーディンを押し止めていたのだ。特に長距離での援護はセシリアの役目だった。

ギィンと鈍い音を立てて押しやられる鈴音。

「きゃあっ」

「はあああああっ!」

両手にマシンガンを手にシャルロットはオーディンを牽制するが、俊足のスレイプニールを捕まえられない。

「現代の戦いも中々に面白い戦いであったな。ならば褒美を渡そう。我が槍にてお主らをヴァルハラへと招いてやろう」

魔術なんて物を使えない彼女達でも分かる、あのオーディンの持つ槍が強烈な存在感が増していると言う事に。

大神宣言(グングニール)

宣言と共に槍投されたオーディンの槍。誰もが知るその槍は、一度投げられれば必ず敵を穿つと言う。

「くっ…」

シャルロットは悔しそうに全力でスラスターを逆噴射。すぐさまその射線上から離れるが…グングニールはまるで磁石にでも引っ張られているかのようにシャルロットへとその刃先を向け飛んでくる。

シャルロットはならばとありったけの火力で撃ち落そうとするが…そこはやはり神の武器。そう簡単に壊れる物ではない。そして逃げる事叶わず、その凶槍はシャルロットを貫いた。

「が、がは…」

「シャルロットっ!」

嗚咽を洩らすシャルロットに叫び声を上げるラウラ。

PICが機能しなくなった事でシャルロットは地面へと向かって落下する。

だが、ISの絶対防御すら軽がると打ち破り、シャルロットを貫いたグングニールはしかし留まる所を知らないのか、そのまま刃先をラウラに向けた。

「クソっ!」

グングニールに追われながらもラウラは必死にシャルロットへと迫る。どうにかシャルロットをキャッチ出来たが、すでにグングニールは目の前まで迫っていた。

分かっていた結果だ。だがラウラにはどうしてもシャルロットを見捨てられなかったのだ。

急いでAICを起動、突き出した右手の先に慣性停止結界が現れ、それに触れたグングニールは一瞬止まったかのように見えた。

しかし、それも一瞬。神の武器の効果を妨げるには弱かった。AICを抜かれたラウラもグングニールに打ち倒された。

「ぐぅ…」

苦悶の声を洩らすラウラ。まだ意識は失ってはいないが、ISは機能していない。

飛ぶ翼を無くした鳥は落ちるが定め。それでもとシャルロットを抱きしめて自分が下になる位はしてみせるとラウラは空中で体を捩った。

クルクルと、グングニールは主の下へと戻る。

「こんのーっ!」

鈴音がオーディンに取り付くより速く、グングニールはオーディンの手に戻る。

「セシリアはラウア達をっ!」

龍咆(りゅうほう)を連射して牽制、しかし再度オーディンはグングニールを投擲した。

「きゃあっ!?」

鈴音を撃墜したグングニールがセシリアへと迫る。

「鈴さんっ!?…くっ」

グングニールが鈴音を貫き、まだラウラとシャルを助けられていないのに自分にもグングニールが迫る。回避行動を取れば、もしかしたら逃れられるかもしれない。しかし、その場合シャルロット、ラウラ、鈴音は地上に激突する事になる。

一夏の方を見てみても、ブリュンヒルデに遮られ、3人を助けには行けそうに無い。

もう自分が撃墜覚悟で3人を拾い上げるしかなかった。それでもし自分もやられたとしても、目の前で仲間を見殺しにするよりはずっと良い。

決死の覚悟でセシリアは飛ぶ。

その極限状態でセシリアは、高速飛行しながらブルーティアーズを操ってグングニールを牽制するという神業を見せたが、残酷にもグングニールの速度は寧ろ増す勢いでセシリアへと迫る。

「い、一夏さんっ!?」



今際の際に好きな男性の名前を呼ぶのもまぁ、十代の女性の特権だろうか?

俺はソルにありったけのオーラを込め、シイルバーアーム・ザ・リッパーを発現させると、クロックマスターで過程を省略してセシリアの前へと躍り出ると力任せにソルを振りぬいた。

ギィンと鈍い音がしてグングニールは弾き飛ばされ、再度襲ってくるような事にはならず、オーディンの手に収まった。

「悪かったね、一夏じゃ無くて」

「あ、貴方は…」

「さて、誰でも良いんじゃないかな?」

「っは!それよりシャルロットさん達は!?」

「それも大丈夫、彼女達が助けたよ」

と見ればなのは、フェイト、シリカが落下する3人を抱きかかえている。ソラはブリュンヒルデの前に出て、楯無さんの援護へと向かっていた。

「ほう、神殺しか。これはまた因果なものよ」

「何が貴方を呼ぶ触媒になったのか、…もしかしたら俺やソラがここに居た事も関係あるのかねぇ」

と俺は対峙する神を見る。

「まさか、オーディンとはね…これはまたビックネームの神様だ」

油断無く桜守姫は発動している。おうすき…つまりオースキとはオーディンの異名だ。時に鷲などに姿を変えるなどの能力や、ルーンの秘術を扱う魔術師でもある。そう考えると、結構似てるのではないかと思えてきた。

「俺としてはあなた達を相手にする理由も無いので、出来れば幽世(かくりよ)あたりで隠居してもらえると助かるんだけどね」

「かっかっか。この世に出でて未だほんの一時の我に隠居せよと言うか」

「もしくはアテナ姉さんみたいに人畜無害な存在でいてくれると助かるよ」

「何?この世に迷い出でてまつろわぬ性を封印している神がおるのか?」

「いや、アテナ姉さんの場合、興味が一点に集中しているし、人間社会も面白いと破壊するより馴染んでいるだけだよ。だから趣味の範囲を超えなければこの世を謳歌するのは別に良いんじゃないかな?出来れば殺戮や破壊なんかをせずにこの時代の法律に沿った行動なんかをしてくれれば良いんだよ。とは言っても…」

「主神たる我が人間どもが敷いたルールに従うを良しとすると思うか?」

いやぁ、それは…

「…思わないねぇ」

つまりは遠くなくオーディンは大規模な騒動を引き起こすと。

「とは言え、俺に関係の無い所なら別に何をしても良いんだけどね?フランスとかイギリスとか欧州あたりに行ってくれない?」

「な、何をおっしゃいますのっ!?こんな天災をわたくしの祖国へ押しやらないでくださいましっ!」

セシリアがつっこんだ。

「とは言え、あっちにもカンピオーネは居るのだし、そっちに任せれば良いかなと…」

「ダメですっ!誰が居るのか知りませんが、絶対にお断りですわっ!被害が出る前に此処で叩くべきですわ」

えー?

「ISが敵わない敵に、見知らぬ存在が出てきただけでイヤに勝気だね、君」

「噂で聞いた事は有りますのよ。カンピオーネ。神を倒した神殺し。その行く先々は騒動に溢れ、天災を撒き散らす…あら、これではどちらが悪者か分かりませんわね」

「他のカンピオーネと一緒にされるのは流石に理不尽…と言いたい所だけれど、何故か騒動に巻き込まれるんだよね」

「そう言う星の生まれなのでしょうね。でなければ神を殺そうなんて思いませんもの」

「いや、あんた達も神を殺そうとしていたけどね。あんた達も大概だ」

「うぐ…」

セシリアが言葉を詰まらせる。

「俺としては隠居して欲しいんだけど…」

と一縷の望みを持って再び言葉にする。

「こんな機会はそう有るもんじゃない。心いくまでミズガルズを堪能するのも悪くは無いのう」

「邪魔するヤツは?」

当然俺達の事だが…

「粉砕して突き進むのみ」

ああ…結局こうなるのね…

「セシリア、君は下がって彼女達の保護を受けると良い」

「なっ!バカにして、援護くらい出来ますわっ!」

「と言っても、君との連携はした事が無いからね。はっきり言ってしまえば邪魔なんだ。ああならないうちに下がって?」

ああと言うのは隣でソラがブリュンヒルデに突っかかる一夏を思いっきり蹴りだしていたのだ。

「い、一夏さんっ!?」

「ほらほら、行ってやんな。こっちはまぁ…何とかなるでしょ」

「死なないでくださいましね」

そう言うとセシリアはブースターを燃焼させて一夏の所へと向かう。

「それじゃ、こちらも始めようぞ」

「仕方ないのかな…」

さて、俺はもういつもの手段。設置型バインドで拘束からの必殺の準備に入る。相手には見えていないかもしれないが、周りにはすでに抜け目の無いほど罠が設置されていた。

触れればすぐさま拘束するだろう。しかし、結果はそうはならなかった。スレイプニールがピクリと動いたかと思うと、行き成り俺の背後に現れたのだ。

「そらっ」

「くっ…」

ギィンとソルの刀身でグングニールを受ける。

神速…万華鏡写輪眼でようやく追うことの出来るくらいの速度でスレイプニールは空を翔けたのだ。それでいて慣性は無視しての反転、停止までやってのける。

設置型バインドすら反応を許さない速度。流石に神との戦闘は一筋縄では行かない。

「ほう、流石神殺し。これを受けるか」

『リングバインド』

光るフープが現れ締め付けるより速くスレイプニールは駆け、今度も俺の背後へと移動した。

「くっ…」

俺は直ぐさクロックマスターで過程を省略し急ぎ距離を取った。相手からは瞬間移動したように見えるだろう。

「お主のそれは神速とは違うようじゃが…これはこれで面白き戦いが出来そうじゃな」

神速で近づきグングニールを振るう、何とか間一髪で受けると今度は俺がクロックマスターで背後に回ってソルを振り下ろす。しかし、スレイプニールが神速を発動して避けるの繰り返し。

「中々やりおる。貴様のそれは因果を操っておるな」

ちっ…気付かれたか。

「稀有な能力のよう。そして厄介じゃ。このままでは決着は着くまい。であれば、我も全霊を持って当たるとしよう」

オーディンがグングニールを構える。

その手に持ったグングニールに多くに神力が込められていくのが見て取れた。

ヤバイっ!?

俺は素早く印を組むとイザナギを使用。自分へと幻術を掛ける。これで現実の不利な事を幻術に置き換えられる。

大神宣言(グングニール)っ」

その手から放たれたグングニールはそれこそ神速などとは程遠い効果を表した。

投げた瞬間に俺に当たると言う因果を導き出し、結果が先にあるために過程が省略される。投げ放った一瞬でグングニールは俺に迫り、貫いていた。

「がはっ…」

盛大に俺は口から吐血する。グングニールは俺の胸部を貫き、半分ほどで止まっていた。なぜなら、俺が両手でその槍を受け止めていたからだ。

「不死系の能力を行使したみたいだが無駄な事。結果が決まっておるのだからな」

なるほど、それで俺のイザナギが効かなかったのか。貫いたと言う結果は絶対であり、その結果は覆せない。幻術へと置換できなかった結果、俺はグングニールの攻撃で刺し貫かれたのだろう。

「ぐっ…く…」

俺の体を貫通しようとするグングニールを、逆に力を注ぎ込んで強引に引きぬきに掛かる。

「その槍で我に攻撃する事はできんぞ。その槍は持ち主の元へと必ず帰ってくる」

グングニールと言えば、投げれば必ず敵を討ち貫き、持ち主の意思一つでその手に戻ると言う。

だが…

「ああああっ!」

引き抜いた傷口から大量に出血。気を抜くと気絶しそうになるが、直ぐに左手を胸部に当ててクロックマスターを使用すると、傷口が塞がった。

「はぁ…はぁ…」

なのは達から俺を心配する念話が届くが、大丈夫と返答して俺はオーディンを見据える。

なおもオーディンの元へと戻ろうとするグングニールを大量のオーラを使い黙らせると俺は右手に持ったグングニールを構えた。

「む…?何故戻ってこない?」

本人にネタバラしをするほど俺は優しくは無いが、俺はまつろわぬスサノオから奪った権能が有るからね。手に持った物の所有権を書き換えるなんて事も出来るんだよ。あのスサノオが俺の十拳剣を奪ったみたいにね。

とは言え、まさかイザナギが破られるとは思わず、穿たれた場所が頭だったりしたら即死していたんだけどね。そこは俺のクロックマスターの因果操作が干渉した結果だ。何とかギリギリで最悪の事態だけは免れた。

そしてチャンスは俺にめぐってきた。

俺は右手のグングニールにありったけのオーラを込める。

「な、まさかお主グングニールを使うつもりか!?」

オーディンは腰に差していた予備の剣を抜き放つと、スレイプニールの手綱を握り、瞬時に駆けた。

オーディンの放つルーン魔術が宙を舞う。それを俺は必死に避けた。

ここが俺にとっても正念場だった。

神速を駆使して駆けるスレイプニール。同様に俺もクロックマスターを使ってその場から距離を置く。

俺のオーラを吸ったグングニールはその禍々しさを増す。どうやら準備も完了したようだ。

「グング…ニール」

真名と同時に俺はグングニールを投げ放つと、その槍は一瞬で相手を貫いた。

「なっ!スレイプニールっ!?」

グングニールはオーディンでは無く、その足であるスレイプニールを刺し貫くと、くるくると俺の手元へと返ってくる。なるほど、この武器は脅威だな。

だが、自分の元にある分には便利でもあるが…なにぶんオーラの消費が激しい。もう一発は厳しいか。

だが、問題は無い。あの脅威の機動力は奪ったのだ。

スレイプニールは既に飛行能力をなくし、オーディンは重力に引かれて落下していく。

「ぐっ…スレイプニル…」

残念だけど、感傷に浸る時間はあげないよ。

すぐさま俺はクロックマスターを使うとオーディンに肉薄するとソルを振るうが、驚異的な反応速度でオーディンは俺を切り伏せに掛かった。

ぶつかるソルの刀身とオーディンの剣。俺はシルバーアーム・ザ・リッパーで切り伏せに掛かるが、逆にオーディンの剣から放たれた斬撃によって俺は真っ二つに切り裂かれた。

「なっ!?」

ぶつかったと思ったのは斬撃かっ!

「神を舐めるなっ!」

さらに二撃、三撃と振られた剣によって切り裂かれ、俺の体は細切れになる。だが…

舐めているつもりは毛頭ない。だからまだ俺はイザナギを解除していなかった。

俺の体が八つ裂きにされると同時にその現実を幻術に置きかえる。

「なっ!?」

五体無事に現れた俺にオーディンは驚愕したようだ。

足場を失い落下中のオーディンでは体勢を立て直す事が難しい。俺はさらにクロックマスターで背後に回ると無慈悲の一太刀。オーディンの体を両断する。

「バカな…」

オーディンに不死の伝説は無い。むしろラグナロクにて死が描かれているほどだ。

不死系の能力を持っていなかったオーディンは光と共に消え、俺へと吸収されていった。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

何度戦っても、神様相手は気が抜けない…バケモノばかりだ。今回の戦いも二回ほど死んじゃうかもしれないほどだったし…やっぱり出来れば戦いたくないね。こんなバケモノ相手はね…

ソラの方を見れば、アルテミスの矢のフルバーストでブリュンヒルデを跡形も無く吹き飛ばした後だった。












「助けには行かないんですの?」

と、セシリアがなのは達に問い掛けた。

現在、なのは達のシールドの内側にアオとソラ以外が集まっている。

「あのレベルの戦いに割り込むのは中々…ね」

と、フェイト。

「それに一人で倒さなければ権能も奪えませんしね」

そうシリカも言う。

「権能って何だ?」

「…知らなくていい事です」

と一夏の質問をしまったという顔をしたシリカが誤魔化す。

「なぁ、本当に助けに行かなくて良いのか?」

「私達ならまだしも、あなた達じゃ足手まといも良いところ。あの人達の邪魔をしないで」

「なっ!?」

フェイトににべも無く断られショックの声を上げる一夏。

「確かにISの攻撃をまつろわぬ神はレジスト出来ない。だけど、銃弾程度で死ぬ相手じゃないし、相手の呪力をISじゃレジスト出来ない。まぁ衝撃などはシールドエネルギーによって緩和されるけかもしれないけどね。精神系の攻撃に対応できるとは思わない」

「それに相手は武芸百般。一流を凌ぐほどの武技の冴えを持っている。高々十年修行した程度では超えられない壁が存在するね」

フェイトに続いてなのはもそう言ってたしなめた。

「なんだとっ!」

なぜか声を荒げたのは箒だ。

「ある意味あれは人々の理想の現れだからね。相手は人じゃないんだから、悔しがる必要も無いと思うよ?」

なのはが身も蓋も無い言葉で返す。

「それに、理由はどうあれ、あなた達に人型の存在を殺す事が出来るのですか?」

とシリカ。

幾らISが兵器に転用されているとは言え、まだ15の少年少女だ。その歳で人殺しの覚悟があるのは楯無とラウラくらいのものだろう。そのラウラも最近は丸くなってきているが…

「だけど…」

「一夏くん、ここは彼らに任せましょう」

「先輩…」

ぐずる一夏を止めたのは楯無だ。

「私は以前彼らと戦った事が有るけど、全く歯が立たなかったわ」

「なっ!?」

「先輩ほどの人がですが!?」

一夏と箒が驚愕の声を上げる。学園最強の楯無なら互角の戦いが出来ると思っていたのだろう。

「だから魔王さま方に喧嘩は売っちゃダメよ?塵一つ残さずに消されてしまうわ」

と冗談めかして言う楯無だが、冗談になっていない。

「攻撃が見えない…」

ISのハイパーセンサーを越える動きに驚きの声を上げたのは誰だったか。

しばらく戦況を見ていると、アオがオーディンの槍を受けて串刺しになっていた。

「あ、あれは大丈夫なのかっ!」

大声を上げる一夏とは違い、なのは達は無言…と言う事は無く、念話で絶叫を送っていた。

「大丈夫だって言ってるわ…」

「誰がだよっ!」

「彼が」

それで会話は終わったらしい。なのは達は一夏が何を言っても取り合わない。実際見る見るアオの傷は治っていった。

「なるほど、グングニールを奪うためにわざと攻撃を食らったんだ」

「いえ、必中の効果から逃れられなかったんじゃないですか?」

「どちらにしても、死んでなければ大丈夫だね」

フェイト、シリカ、なのはが言う。

三人ともアオの傷が治った所でようやく安堵の吐息を洩らす。

敵の武器を奪ってからの戦いは早かった。どうにもあのグングニールが強力すぎる。

「神速とか、そ言う次元の能力じゃ無いね…あれは因果を操ってるんじゃないかな」

「ええっ!?それってあの…ゲイボルグ…みたいな?」

何か恥ずかしい過去を耐えるようにシリカが言った。

「まぁ、分からないけどね」

となのは。

「もう終わるね」

「何でだよっ!」

「戦いには流れがあるのは皆知っているでしょう。ピンチに奥の手は有るかもしれないけど、ピンチで覚醒とかそんなご都合主義はほとんど無いよ」

たまにそんな都合の良い存在も居るけれどとなのは一夏を見て言った。

ブリュンヒルデとオーディンを討伐し、アオとソラはなのは達の側へと降りてきて、戦いは終わった。



まぁ、後は事後処理だな。

いつものように記憶を書き換えて、丁度良い事に近隣住民の意識は朦朧としているだろうから隠蔽も…逆に難しいか?いや、ガス漏れによる中毒とかにすれば何とかなるかな?

なんて事を考えていた時、いきなりバリンと音を立てて結界が破壊された。

「な、なにぃっ!?」

「け、結界がっ!?」

「アオさん解除しました?」

おい、シリカ、突然の事で驚いたのは分かるが俺の名前を出すなよっ!

「解除はしていない、破壊されたんだっ!」

「いったい誰が?」

フェイトが周囲を警戒しながら言う。

「なっ!?まつろわぬ神っ!?」

結界が解除された事は驚いたが、それ以上に校庭に居る巨人のような丈のまつろわぬ神の招来に驚いてしまう。

「そう言えば、さっきの神ってどうやって現れたんだっけ?」

「知らないけど…?」

と、俺の疑問にソラが答える。

「もしかしてあそこに有る祭壇の所為じゃないですか?」

そうシリカが指差した先には何かの簡易的な祭壇。その中心に今も生命力が集められ続けていた。

「げっ!?」

もしかしてアレを壊さないとまつろわぬ神を呼び続けるのだろうか?

「ど、どうしたのよっ!?」

楯無が血相を変えて問いただす。

「まつろわぬ神を招来する装置の破壊を忘れてました」

「はぁ!?」

ごめんなさい。いや、言い訳をするなら、まつろわぬ神を呼ぶ術式があるなんて知らなかったんですよ。

「取り合えず、誰か祭壇の破壊をお願いっ!」

「はいっ!」

と返事をしてシリカが駆けて行く。取り合えず、任せても良いだろう。

それよりも問題は、目の前の巨人だ。

その巨人は大きな楯を持ち、静かに俺達を見下ろしていた。

「アース神族の気配がしたのだが?」

と巨人が問いかけてきた。

「オーディンはもう居ない。だからあたな様も神話の世界に返って欲しいのですけどね。もしくは幽世での隠居とかでも良いですよ」

かすかな希望を持って問いか掛けてみる。

「居ないはずは無かろう。いや、居ないと言う事はお主が屠ったと言う事か?神殺しよ」

「いやいや、そんなまさか…」

適当にはぐらかしてみた。しかし、さっきから再び封時結界を張ろうとしているのだが、魔力結合がうまく行かない。

「ねえ、アオさん…これって」

「まさかAMFか?」

なのはの言葉に俺はまさかと思いつつ答える。

「ISは動かせるか?」

「…ダメね、全く動かない。幸い量子化は出来るみたいだけど…」

それは良かった。鉄くずを纏っていたのでは走って逃げる事すら出来ないからね。

「貴方たちは?」

「参りましたね…先ほどから魔法がキャンセルされています」

「なっ…」

俺の告白に驚く楯無。

しかしこのAMF、何処から発生させているのだろうか。おそらく何処かに起動している装置があるはずだが、ざっと見た感じでは見当たらなかった。相当に効果が遠距離まで及ぶ代物のようだ。

「アース神族がすでにやられていようとは。詰まらん事だ。興味がうせた故、帰ってやっても良いが…」

おお、それは願ったり叶ったり。

「さすれば神殺しよ、我を倒してみせよ」

「何でそうなるっ!!」

言われた瞬間に叫んでいました。

「ただで帰るのも詰まらん。アース神族は居ないみたいだが、そいつらを倒したヤツは居るのだろう?」

なんでまつろわぬ神は面倒くさい奴らばかりなんだっ!

「では、死合うとしよう」

と言うと巨人は地面を踏み鳴らす。

踏み鳴らした地面は地震を発生させた後、一気に地面が凍てついた。

俺達の回りだけは、何とか持ち前の呪力耐性で弾いたが、あたり一面氷付けだ。そして、その地面から幾つもの氷柱が現れる。背丈は巨人の半分ほどだろうか。

その氷柱がパキンと音を立てて削れると、中から氷で出来た巨人が現れた。

「げっ…マズイね。楯無さん、みんなを連れて逃げてください」

「おい、あんた達はどうするんだよっ!」

と一夏。

「空も飛べない、ビームも撃てなくても、俺達は神殺し…カンピオーネですからね。神を倒すのは専売特許ですよ…とは言ってもやっぱり面倒だから逃げても良いかなとは思いますけどね」

それに必ず勝てると言う保障なんて無いのだから。

「いやいやいや、逃げないでください、お願いします…」

「ダメですか…」

「ダメですっ!」

必死にお願いされた。ISすら無効化された空間で、あの巨人を相手に人間が立ち回れるはずが無い。楯無にしてみても藁を掴むような心境だろうか。

とは言え、俺はもうしばらく休息が欲しい所だが…しかたない。俺は兵糧丸を取り出して噛み砕き、カートリッジをオーラカートリッジへと入れ替えるとフルロード。

『ロード・オーラカートリッジ』

ドーピングは完了。取り合えず戦えるまでには復活したかな。

「フェイトちゃん」

となのはがフェイトにアイコンタクト。

「うん、そうだねなのは」

「わたしとフェイトちゃんが先行するよ。援護お願い」

「任せるよ」

氷の巨人はゆっくりと、しかし確実に此方へと襲ってくる。

「それじゃぁ…」

錬と呟いた二人のオーラが爆発する。

魔法を封じられて飛べない二人は、地面を蹴って駆けると氷の巨人へと攻撃を開始した。

迫る氷の巨人相手になのはは印を組むと忍術を行使する。

「土遁・土流槍っ!」

地面に着いた両手からチャクラが染み出し地面の形を変え、巨人の足元から巨大な槍が出現し、貫いた。

フェイトを見れば、バアルから得た権能ライオット・ボルテックスで自身の体を雷化して光の速さで氷の巨人に体当たり、次々に巨人を屠っていた。その様はまさしく暴れる雷だ。

「それじゃ、私も手伝わないとね」

と言ったソラは素早く印を組むと大きく息を吸い込んだ。

「火遁・爆炎乱舞っ!」

シナツヒコで風を操り口から吐き出した火球を飛ばしていく。元は氷の塊なのか、その攻撃は効果的だった。

「化物ね…」

「感心してないでさっさと逃げてくれませんかね?」

と楯無に言う。

「とは言っても囲まれちゃったしね」

「くそっ何なんだよっ!」

「い、一夏っ」
「一夏さん…」

一夏はラウラ達を抱きとめながら、さらに箒とセシリアに抱きつかれていた。まぁ、自分のアイデンティティでり、絶対的な力あるISが使用不可能な状態では恐怖で混乱もするか。

気絶しているラウラ達はまだ幸運だろう。絶望的な状況を知らずにいるのだから。

取り合えず、俺も印を組む。

「火遁・豪火球の術」

ゴウっと火柱が上がり、後ろから回り込んできた巨人達を吹き飛ばす。

「しかし、減らないね…」

「ああ…」

そう言ったソラの愚痴に相槌を打つ。

「何とかならん物かね…」

と俺は洩らした。

「新しく得た権能で出来るような気はするけど…」

「けど?」

「多分ここら辺一帯全破壊しちゃいそう…」

あー…

「それはヤバイね…」

校舎に被害を出さないように護っていると言うのに、それはダメでしょう…

しかし、本当に減らない。次から次へと生み出される氷の巨人に此方は防戦一方で、首魁のまつろわぬ神に到達できない。

いや、クロックマスターを使えば何とかなるのだが、必殺をきせるほど俺のオーラが回復していなかった。

祭壇を壊しに行ったシリカも、どうやら目標は完遂したらしい。その瞬間世界が一変する。校庭から景色は荒野へと移り変わり、学校などは消え去っていた。シリカの理不尽な世界だろう、一つの世界とも言うべき結界が展開され、俺達を飲み込んだのだ。シリカはモンスターMobを数多く具現化させて氷の巨人を撃退しているが、巨人の肉壁が厚く、中々進めていない。…シリカの方はモンスター大行進と言うか百鬼夜行同士の戦いと言うか…何かそんな感じだ。相手が既に本気モードで呪力耐性が高すぎて脳波をキャンセルさせるチョーカーが現れない為に苦戦しているようだ。

「なっ…今度は景色が一瞬で…」

「い、一夏…」

「これが…権能…」

混乱を益々強める一夏達。…彼らは運悪くシリカの理不尽な世界に捕まってしまったのだろう、逃げ遅れていた。

しかし、ようやくこれで全力戦闘が可能だ。

「うん、これなら…」

『フェイトーっ!悪いけど、なのはとシリカ、回収してきてっ!』

とソラの念話が飛ぶ。

「どうするんだ?」

「デカイのを一発お見舞いしてやろうかと思って」

デカイのね…アルテミスの矢は使いきっていたような気がするが、それ以上に威力があるのだろうか?

フェイトが掴んだ者も雷化させ、途中に立ちはだかる巨人を粉砕しながら光の速さで戻ってくる。

「戻ったよ」

「それじゃ、なのは悪いんだけど、全員と手を繋いでミストボディ使ってくれない?」

「良いけど、動けなくなるよ?」

「たぶん大丈夫よ」

「なら、良いんだけどね。みんな、わたしにつかまって下さい。間接的でも良いので絶対に離さないでくださいね」

と言ったなのはの体を俺達が率先して掴む。

「良く分からないけど、触れていれば良いのね?」

楯無がなのはに近づくとその手が触れた。

「先輩…」

「ここは彼らの言うとおりにしましょう」

楯無の言葉で一夏もなのはに触れ、間接的に機を失っているラウラ達も繋がった。

「いくよぉ…」

と呟くとなのははアーサー王から奪った権能、ミスト・ボディを発動させる。その瞬間俺達は外界のと繋がりを絶たれ、一種の無敵状態になる。

シリカの能力は本人の解除の意思が無い限り行使され続けるので問題は無い。

「それじゃぁ…錬っ」

ソラのオーラが猛る。

『穢れた世界に浄化の炎を撒き散らせ』

呪言が響き渡るとソラを中心にドーム状に衝撃を伴って炎が拡散して行った。

その炎は次々に氷の巨人を跡形も無く燃やし尽くしていく。

「あーーーーっ!あたしのMobまで燃やされてるっ!」

敵味方関係なく当たり一面を焦土に変える攻撃に、なのはのミスト・ボディの能力が無ければ俺達も巻き込まれている。

「あーっ!あたしの世界が壊れますっ!」

パリンと音を立てて世界が崩壊し、現実へと戻される。

氷の巨人はその殆どを破壊されたが、まつろわぬ神自身は手に持った盾と、氷の巨人に守られて無傷で立っている。

「ごめん、私はもうオーラ切れ…それに強制『絶』になっちゃった」

「えええっ!」
「なっ!」

驚く俺達。

どうやらこの炎はブリュンヒルデからソラが奪った権能で後に名前を「黄昏の焔・エンド・オブ・ザ・ワールド」と名付けられたそれは…その威力は高く、とても恐ろしい能力だ。ただし敵味方の識別が出来ない盛大な自爆技…自分自身は巻き込まれないが…な上に相当のオーラを消費するらしく、さらにオーラの完全回復まで強制『絶』のデメリットが存在するらしい。

威力は申し分ないが、相応のデメリットも覚悟しなければならない、本当の切り札と言うところだろうか。

「なんとか再度囲いました…流石に一日に二回この能力を使うのは…キツイですね」

そう言ったシリカは急いで再び理不尽な世界を行使。何とか結界は起動したが、Mobの再生までは難しかったようだ。…さっき百鬼夜行よろしく大量召喚してたしね。仕方ないか。

「わたしは魔法が使えないとあのクラスのデカブツはちょっとキツイかな…グラビティーフォールもレジストされちゃってるし」

となのは。

「と言うか、魔法使えますよね?ここはあたしの結界内ですし」

「あ…」

とテヘっと視線を反らすなのは。とは言え、俺も忘れていたけれど…そう言えばソラは普通に念話を繋げてたよね…

氷の巨人の再召喚は、今も燻るソラの炎によって妨げられていた。

配下の巨人が呼べないと悟ると、まつろわぬ神は地面を駆け、その手に氷の剣を表して俺達に振り下ろす。

「おおおおおっ!」

気合と共に振り下ろされる大剣。

「アオさん、頼みました」

そう言ってなのははそっと俺の手を払った。

「え?ちょ…まっ…」

なのはは代わりにソラの手を握るとそのままミスト・ボディを発動。現実の干渉を絶った。

「おーいっ!?」

オーラは確かに回復してきたが…ここは休ませてくれても良いなないっ!?

無情にも振り下ろされる氷の剣。それを俺は顕現させたカガミのような盾で受け止めた。

「何っ!?」

突如受け止めた巨人の持つ盾に驚くまつろわぬ神に、構わずおれは右手を顕すとその手に持った十拳剣でその手を斬り飛ばす。

「スサノオ…」

呟くと段々上半身だけのドクロが肉付き、最後は甲冑を着込んだ益荒男へと変化した。

より、取り合えず相手の攻撃力は無くしたっ!と思ったのだが、肘から先を氷で構成させ、再び氷の剣を顕した。

「ふんっ甘いわっ!」

ちぃ…

振られる氷の剣をヤタノカガミで受け止め、十拳剣を振るうが、相手の盾も特別性らしくシルバーアーム・ザ・リッパーを行使した十拳剣でも壊せない。

それと、常時凍結効果のある霧を纏っているらしく、近づけば氷に浸食されてしまうようだ。

俺は一度バックステップで後ろに下がると、急いで印を組み上げる。火遁の印だ。

「火遁・豪火滅却」

ゴウッと炎の壁がまつろわぬ神へと押し寄せる。

よし、目潰しは成功っ!

そのまま俺はスサノオをタケミカヅチへと変化させ、雷の爆音を豪火滅却の破壊音に紛れ込ませ、炎を防御するまつろわぬ神の真後ろへと移動させた。

現れた雷神タケミカヅチはフツノミタマをまつろわぬ神に突き刺し、そのまま全てのエネルギーを雷に変えて注ぎ込む。

「がぁあああああああっ!?」

まつろわぬ神の絶叫。畳み掛けるなら今だね。

『サンシャインオーバーライトブレイカー』

俺の頭上斜め前に集束する銀光。

「な、なんなんだあれは…」

後ろから箒の驚く声が聞こえるが、いったいどれに驚いているのか。

銀色の塊が、光り輝く太陽のように現れた。

「サンシャインオーバーライトォ…ブレイカーーーーー」

ソルの刀身を振り下ろすと、一瞬の収縮の後に極光が走り、まつろわぬ神へと直撃し、斜め上へと抜けていくと、後には何も残らなかった。

まぁ、タケミカヅチでダメージを稼いだ上にブレイカー級魔法だからね。倒れてくれなかったら困るってもんだよ。

ブシューとソルの刀身から余剰魔力の排出と冷却が行われると同時に何かが自分の中に入ってきた。ふむ…権能かな?能力は何か分からないけれど、とりあえずは終わったようだ。

フヨフヨとソラ達の所へと戻ると、どうやら都合の良い事にラウラ達も気がついたようだ。

「終わったの?」

と楯無が問いかけてきた。

「終わった、かな?流石にもう勘弁して欲しい所」

「そう…それで私達は…」

「いつものように忘れてもらいますよ。覚えていない方が良い」

と言った瞬間に思兼を使用。そのまま幻術を掛けてなにも見なかったと暗示を掛ける。

「な、なにを…」

と言った一夏も、一瞬後には幻術に囚われた。

「後は適当に頼みます」

と楯無に頼み込むと、俺達は何事も無かったように教室へと戻るのだった。



暗いラボの中、奇妙なウサギのカチューシャを着けた女性がモニタをのぞきながらキーボードを叩いていた。

「へー、これが権能かぁ…ISエネルギー結合のジャミングが効果が有ってよかったよ。…なるほどなるほど…うーん…これをレジストするのは科学じゃ無理だねぇ…この束さんでも何がどうなっているのか分からないよ」

と、束はどこか嬉しそうに呟いた。

「この映像を世界各国に流して…うん、それで一度きりの大戦争だね。これは面白くなりそう」

その暗い部屋の中では一人の天才が自分の中で何かが自己完結していた。

いったい彼女は何を世界にもたらすつもりなのだろうか…



まつろわぬ神の襲撃からしばらくはまた平穏な日々が過ぎていった。

今日は校外自習日。IS学年の一年生は東京近辺にある絶海の孤島へとやってきていた。島の内部はIS関連の施設が並び、此処で今日はパッケージ武器の試射なんかの実験をするらしい。

一夏達専用機もちは一週間ほど早く現地入りしているのだが、そこはやはり一般性とと専用機もちとの待遇の差だろう。

天井の開いたドーム状の施設へと通された俺達は、一箇所に集められ待機を命じられた。

周りではこれから何をするのかと言う話題で持ちきりだった。何だかんだでISによる訓練が皆好きなのだろう。

しかし、突如飛来するISの大群。それらはドームを囲むように整列すると、武器の砲身を生徒に向けた。

「わー、すごいね」

「あ、本当だ。各国の第三世代機揃い踏みだね」

此処に来て、しかし学生である彼女達にしてみればただのデモンストレーションか何かだと思ったのだろう。

実際俺もそうであるれば良いと思うばかりだが、イヤな予感がして止まない。

その中から一人、進み出て声を拡声して話しかけてきた。

「諸君らの中に超越者が居るだろう。出てこい」

む?超越者?

それって俺達の事だろうか?と言うか俺達の事だろうね。他に思い当たる節が無い。とは言え、出て来いと言われて出て行くわけ無いけど。

どうする?と問いかけてきたソラ達の念話に俺は様子見と答える。

「仕方ない、実力行使に移る」

すっと手を上げるその女性。

「ちょっと待ってくれ、それは流石にやりすぎじゃないかっ!?」

と一夏が駆けつけ詰め寄っていた。

良く見ればIS学園所属の専用機もちが全員居るではないか。楯無や簪は居ないが…どうしてだ?

抗議をする一夏に取り合わず、振り下ろされた手に呼応するように銃口を構えたISから放たれる弾丸。

「やめろーーーーっ!」

絶叫する一夏。

ちょ、まっ!?躊躇いも無いっ!?此方の防御をあてにする攻撃。…これは俺達の能力がバレているな!

「きゃーっ!?」
「何…なんでっ!?」

絶叫する女生徒の声が聞こえる。

相手の思惑に乗るのはしゃくだけど…クラスメイトが俺達の所為で大量虐殺とかは名状しがたい物があるな…まぁ、今までに何人も殺してきて今更とも思わなくも無いが…仕方ないかな。

『プロテクション・パワード』

俺が障壁を張ると、ソラ達もプロテクションを行使、補強するように五重のプロテクションが展開された。

「な、なに?障壁?」
「…でも、どうやって?」

絶叫と、安堵と混乱と。場は騒然としている。

多少の攻撃ならビクともしないが…そう思っていると今度は大型ミサイルが飛んでくる。

この島ごと吹き飛ばすつもりかっ!?

「ま、まてよっ!?」

一夏や箒達がミサイル破壊に動き出そうとするが、それを周りのISが間に入って邪魔をする。

その間に降りかかるミサイル。

「アオっ!」
「アオさんっ!?」

ついにソラ達も声を荒げる。

ヤバイ、俺達だけなら転移で逃げられるが、この人数を一度にとなると、下準備に時間がかかりタイムアップ。

「もうプロテクションももたないかもしれませんっ!」

シリカの焦ったような声。

くそ…どうしたら…見捨てるか?いや…だが…

そう躊躇っていると、体の内側から不思議な感覚が芽生える。

権能の目覚めだ。そうだ、これなら大丈夫な気がする。

「我らを送るは神なる船っ!我らをかの地に運びたまえっ!」

呪言を呟くと一気に権能が力をまして顕現する。

あられの様に降りかかるミサイル。最後にその場で見た物は眼を覆うほどの閃光と爆音だけだった。

一瞬で爆音がやみ、辺りを確認するとそこはIS学園の校庭のようだ。

なるほど、あのまつろわぬ神から簒奪した能力は転移系の能力だったのか。

それも当然と言えば当然か。あのまつろわぬ神の正体はフリュム。ラグナロクにてナグルファルの舵をとる巨人の神だ。

それならば権能がこういう能力として現れてもおかしくは無いだろう。

しかし、能力の検証は後になりそうだ。

「アオ…」
「アオさん…」

ソラ達がどうするんだと問い掛けた。

「行く…しか無いのだろうね。俺達がこの学校に居る事はバレているみたいだし。このまま雲隠れも難しいだろうね」

「…そうだね」

そうフェイトがどこか寂しげに同意した。

「はい」
「うん」
「そうね…」

シリカ、なのは、ソラもどこか寂しそうに頷く。

「それじゃあ…戻るよ」

と言うと皆了承の返事を返すソラ達。

デバイスを起動してバリアジャケットを展開。周りの混乱が収まらないうちに再び権能…後に『神の戦船・ナグルファル』と名付けたその能力で戦場へと戻る。

ISのハイパーセンサーを持ってしても突然現れたとしか感知できない俺達の出現に取り囲む彼女達に同様が走る。

「ほう、あんた達が古き時代の超越者か。だが、今の時代にはあんた達は要らないそうだ。それが各国の意思らしい。私達も別に好きであんた達と戦いたいわけじゃないんだが、これも命令でね」

と、一人が代表して話しかけてきた。

「俺達をどうするつもりですか?」

「殺せ、と上からは命令されている。IS以上に危険な存在は必要ないそうだ」

へぇ。

「殺しに来る相手に手加減は出来ません。それでも俺達とやりますか?」

「命令だからね。仕方ないさ」

「仕方ないで人を殺す…俺も経験が有りますが…余り良いものでは無いですよね…」

自分とは関係ないところで自分の命を扱われている。俺も昔他人の命を戦場に散らさせてしまう命令をしてしまった事もあるから大きく否定は出来ない。

「見逃してはくれないのでしょうね」

「逃亡しても、IS学園のプロフィールから面が割れる。逃げ場は無いな」

「…なら、仕方ないのかな」

「まて、待ってくれっ!」

会話に乱入してくる一夏。

「何?」

「IS学園の生徒達は何処へ行ったんだっ!?」

「自分達が殺しておいて何処へ行ったは酷いな」

「なっ!?」

「内容を聞かされていなかったとか言い訳しても、君も既に当事者だ。大局的見れば君達の陣営がした攻撃で彼女達は吹き飛んだ。つまりは君が殺したも同然だよね」

「ちがっ!?」

「うん。まぁ、どうしようもなかった。知らなかった。と言うのも分かる。俺達が居たからだと言う理由もまぁ、分からないでもない。けど、彼女達を殺したのは俺達じゃないよ?その事で俺達を恨んでくれるな」

「うっ…」

「一夏さんっ!」
「一夏っ!」
「しっかりして、一夏っ」
「一夏」

一夏の周りにセシリアたちが心配そうに集まる。

「降りかかる火の粉は払って当然。手加減してあげたい所だけど、空戦では不可能かな。絶対防御を破った上で地面に激突すればただの人間なんてもろいもの。それでも戦うのであれば仕方ない。死を覚悟してもらわないとだね」

逃げるのは自由だ。…ただし、敵前逃亡が許されるのならね。

一夏達も専用機さえ持っていなかったらこんな面倒に巻き込まれなかっただろうに。

本当は投降の訴えもしたいけれど、投降途中に後ろから撃たれそうな雰囲気だ。無駄だろう。

「これだけのISに囲まれていつまでそんな強がりが言えるか、見ものだなっ」

それが開戦の合図だったようだ。

まず砲戦装備のISが援護射撃をする中、近接武器のISが接近してくる。

「仕方ないね…」
「うん…」
「なんかイヤだね…なんで静かに暮らさせてくれないんだろう」

「それはそう言う星の元に生まれたと諦めるしかないのかもね」

騒動が付いてまわるのは今さらだ。

「それじゃあ…」

「はい」

『『プロテクション』』

なのはとシリカが防御魔法で俺達を包み込むと、雷への変換資質を持つ俺とソラ、フェイトは殲滅の準備を始める。

『『『フォトンランサー・ファランクスシフト』』』

周りを埋め尽くさんばかりに現れるスフィアの玉、玉、玉。

その一個一個が一秒間に四発のフォトンランサーを撃ちだす砲台だ。

「ファランクス…」

俺の合図で撃ちだされる大量のフォトンランサー。

さらに、この状況で使えるようになったまつろわぬオーディンから簒奪した権能。後に「必中(ランドグリーズ)」と名付けられた能力を付加させると、まるで磁石に吸い付くようにフォトンランサーがISに向かって進路を変え、追いかける。

消極的にだが、一夏達も戦闘に混ざり始めた。戦闘に加わるのなら容赦はしない。

一夏の武器は部分的にAMF効果のある零落白夜を纏った雪片二型だが、これだけの数の弾を前に果たして彼の未熟な技術で耐えられるかな?

「なっ何だ、この攻撃はっ!…がっ…」
「こっちこないでーっ!」

次々に撃ち落されていくIS達。空中で絶対防御を超えて被弾し、そのまま落下…なんてのも当然居る。一応それらを救出に向かう連中も居るが、減速すれば格好の的だ。そのまま海面で撃墜される。どうやら救命胴着みたいな装備はあるらしく、水面に浮いていて、一応命に別状は無いようだ。

前衛部隊が半壊した所で後ろか大口径のポジトロンライフルを装備したISが味方の被弾も関係ないとばかりに発射。着弾までは数秒と言うところか。

『ディバインバスター』

「シュートっ!」

なのはがすかさずディバインバスターで相殺…いや、撃ち勝ってそのまま相手を撃墜させた。

「デアボリック・エミッション」

放たれる空間殲滅魔法。

おおう、シリカさん、結構思い切った事をしますね…

「こっちも負けてられません。スターライトォ…」

ちょっ!?確かに良い具合に魔力が充満しているけどさっ!

いつの間にか集束に入ったなのはのスターライトブレイカー。

「ブレイカーーーーーーーーっ!」

拡散するよう撃ちだされたそれにより部隊はほぼ壊滅。

終わったかと思った時に放たれた弾道ミサイルが降り注ぐ。

「あれ、核ミサイルじゃないっ!?」

「まさかっ…!」

「ここにいるISパイロットはまだ死んでないんですよ!?」

と、なのは、フェイト、シリカ。

「射撃での破壊はリスクが大きいか…ならば…」

と俺は十字の印を組むと多重影分身を使って分身体を作り出すと、ミサイルに向かって飛んでいく。

飛来する全てのミサイルに速度をあわせ、右手を着くとクロックマスターを発動。その時間を止める。

空間に固定されたように推進剤により燃焼しているはずの炎すら止めた俺のクロックマスター。

そのまま俺はナグルファルを使い、撃ち出した施設の上空へとそれぞれ転移。そのままクロックマスターを解除する。

信管さえ作動しなければ核爆発は起こる事もあるまい。施設は破壊されるが、自業自得だろう。

俺は海上に浮遊するパイロットから通信機器を奪い取ると、短い声で脅しを掛ける。

「これ以降俺達を敵に回せば、今度は国を滅ぼしますよ?此方の要求は一つだけ。俺達に関わるなっ」

誰が聞いているかわからない通信に一方的に宣言すると、その場をさった。

取り合えず馨さんに言って裏からも手を回してもらおう。…どれだけ効果が有るか分からないが、これだけ絶対的に俺達が勝利したのだ。イザとなったら権力者を操るくらいの意気込みで頑張ってもらおう。

この戦いに参加した400を超えるISは、そのコアに修復不可能なダメージを負い廃棄が決定された。

ISコアを作れるのは篠ノ之博士だけならば、その修復も彼女しか出来ず、さらに行方不明の彼女を各国はまだ捕まえられていない。

この事件以降、また世界は一変する。大量のISが廃棄された事による混乱。無事だったISのコアの譲渡要求など熾烈を極め。ついにはIS同士の決闘が始まり、そしてその数を減らしていく過程で全てのISの廃棄が決定された。

これによりIS学園は廃校になり、俺達は転校を余儀なくされる。

女尊男卑に傾いていた社会はその反動からか男性が威張り散らす旧時代的に後退してしまったが、それも仕方の無い事なのかもしれない。

ここに一つの時代が確かに終わったのだ。



暗い室内でモニタを見つめている女性が居る。世界を一変させた篠ノ之束だ。

「あーあ、…やっぱり勝てなかったか」

「お前は何がしたかったんだ。各国にあんな映像を送りつけ、煽るだけ煽って仕向けたくせに、その結果がこれか」

と、後ろから束に声を掛けたのは織斑千冬だ。

千冬は逃亡する束をどうやってか補足し、そして会いに来ていたのだった。

「ISは人間が操縦してこそのもの。だけど、その人間が操縦したISでさえカンピオーネには勝てない。…いや、彼女達にはと言うべきかな」

「同じ事だろう」

「実際は違うんだけど、まぁどうでも良いよそんな事。彼女達はあれだけやって直接的な死亡者はゼロ。まぁ下が海だったからね、誰も死なないって訳にも行かなかったみたいだけど。あれだけの攻撃が直撃しておいて後遺症のあるような怪我は無いみたい。一体全体どうやったらそんな攻撃があの規模で出来るんだろうね?」

「………」

束の言葉に千冬は押し黙る。ISでは到底出来ない事だからだ。

「戦闘に参加した殆どのISのコアがあの矢のような攻撃の直撃で半壊。機能停止しているみたい。ご丁寧に他の攻撃で一度撃墜した後にも正確にコアを貫いている。こんな事今の科学じゃ無理だし、束さんでも不可能だよ。あー…白式や紅椿のISコアまで破壊されてる。うーん、束さんの自信作だったのにショックだよ」

コアが壊された事がショックなのか、それともIS装甲が破壊されたのがショックなのか、束の態度からは分からない。

「分かった事はISじゃ彼女達に勝てないって事くらいかな?ものすごく手加減されているからね。あの氷の巨人を燃やし尽くした攻撃をすればおそらくあの数のISも一瞬だったろうにね」

なんでしなかったんだろうと寧ろ残念そうに言う束。

だが、そんな事をすれば大多数の人間が跡形も無く燃え尽きていたに違いない。

「どうするんだ。これでまた世界のバランスが崩れる。束にはまたISコアを作ってもらわねばならん」

「えー?ちーちゃんもお役人さんみたいな事を言うようになったね。束さんはそう言うのは嫌いだよ」

「嫌いとかはどうでも良い。このままでは世界が混乱すると言っているのだ」

「それこそ束さんにはどうでも良い事だよ。わたしが世界にISを発表したのはもしかしたらカンピオーネを倒せる存在が出てくるかもって思ったからだし。むしろカンピオーネ本人がISに乗っていたんじゃ本末転倒も良いところだよ。混乱するなら混乱すれば良いじゃん」

自分には関係ないと、どうでも良いという束。

「束さんの興味は寧ろ今は彼女達の事でいっぱいだよ。これはもう直接お礼参りに行くしかないね」

「お礼参りって、何をするつもりだ」

「彼女たちの武器を見せてもらいたいだけだよ。ついでによければ改造させて欲しいかな。束さんならもっとカスタマイズが出来るはずなんだよ」

「その自信は何処から来るのだ…そして敵を強くしてどうする」

と呆れてため息をつく千冬。

「だれも敵わない存在はもはや敵じゃなくて、もはや神だね。神にかなう人間は居ないってのがまぁ多くの宗教の信仰だよね。まぁ彼女達はその神を殺した存在難だけど。神を殺した存在が、神になっちゃってるなんてね」

何が面白いのかころころ笑う束。その後ゆっくりと席を立った。アオ達の所へと行くつもりだろう。

「ここを通すと思うか?」

「わたしとちーちゃんが戦えばどちらかが死ぬ事になるね。わたしもちーちゃんを失うのは悲しいからそこを退いてくれないかな?」

「出来ん」

「そっか…なら…」

剣呑な空気がよぎる。束は懐から怪しげなスイッチを取り出すと躊躇いも無く押した。

「ぽちっとな」

ガションと行き成り束を包み込むように左右から鋼鉄の何かがせり出して束を包み込むと、足元からブースターが燃焼。いつの間にか天井は開け放たれており、その隙間を縫うようにして鉄の塊が飛んでいく。そのフォルムはどうみてもにんじんの様であったが、千冬の邪魔は一歩及ばず、束は意気揚々とその場を去って行った。

「ちっ…どうすればよいのだ…」

後には悪態を付く千冬だけが残る。

この後、襲撃を受けたアオ達が、束のペースに乱されまくり、ソルたちを魔改造されるのだが、それはまた別の話だろう。
 
 

 
後書き
アオ達を強化しすぎですし、話がカンピオーネに寄りすぎてしまってISでやる必要はないよね、という感じでお蔵入りです。多くのアンチ要素があったのも理由ですね。 

 

エイプリルフール番外編 【Force編】

 
前書き
これは漫画が途中で連載中止されて完結されていないので好き勝手やってみると始めたのですが…やはり完結していないのは難しいですね。とりあえず、いつものリオ編ではあるのですが…やはり多くの理由によりお蔵入りしていました。 

 
あたし、リオ・ウェズリーがアオお兄ちゃん達との再会から二年が経った頃。

あたしは文通友達の居る無人世界にある開拓村へと一人で遊びに来ていた。

もちろん、道中は管理局員の人がたまたまその開拓村へ行くと言うので、ちょっとしたコネで同行させてもらったので、特に問題は無く、ただ滞在期間はその管理局員の人に合わせて帰るので、ほんの数日の日程での旅行だ。

その村は本当に何もかもが素朴で、ミッドチルダと比べるまでも無い。周りは木々に覆われているような所で、それでもそこに住む人たちの笑顔はどの世界も変わらない物だと思う。

ミッドチルダからのお土産はとっても喜んでもらえたし、自然の多いこの世界はとてもゆっくりと時間が過ぎているよう。

一時都会の喧騒を忘れられる穏やかな時間。

そんな時間が、ただの一人の狂人により壊される事になるとは、一体誰が思おうか。

「うわっ…遅くなっちゃった…」

余り人の目が届かないのを言い事にあたしはちょっと村を離れた所で一人で念や輝力の修行をしていたのだが、夢中になりすぎてすっかり辺りは暗くなってしまってた。

あたしは慌てて村への道を駆け戻る。文通相手の友達にどう謝ろうか考えていた所、やっとたどり着いた村は様変わりしていた。

「なに…これ…」

目の前に映るのは何かの肉塊、それとまだ原型を止めているものの切り殺された人、ヒト、ひと…

「チョコラ…?小父さん…小母さん…っ!」

所々破壊の後が見え、村の原型しか残っていないが、あたしは記憶を頼りにあたしの友達の家へと走る。

「あ、…あっ…ああああああっ!!!!」

大丈夫、きっと大丈夫と呪文のように唱えていたその言葉は血を流して横たわるその人影により打ち砕かれてしまった。

駆け寄り、抱き上げ、心臓が動いているか、呼吸をしているかを確かめるが、反応は無い。

ガサリと後ろで物音がたった。

「まだ生き残りがいたか…だがなぁそこのチビすけで最後だろう」

振り向けば、小さな銃剣のようなデバイスをもったチャラけた男性が立っていた。

「貴方がやったんですか?」

「見れば分かる事だろう?まぁ今からお前もそいつらのお仲間になるわけだがな」

「…そう…ですか…っ…あなたがっ!!」

怒りに呼応するかのようにあたしの背後に紋章が浮かび上がり、輝力を合成する。

『スタンバイ・レディ』

ソルがバリアジャケットを展開、防具が具現化する。

あたしの意識は沸騰しそうなくらいの憎しみと、悲しみが渦巻き、それでも目の前の敵を倒すと言う意思がそれを上回り、集約していく。

瞳は赤く染まり三つ巴のマークが浮かび上がり写輪眼が発動する。

「魔導師…にしては知らない術式だな…まぁ俺達の前では無駄な事だがよっ!」

ヘラっと笑う男に虫唾が走る。

全身を強化し、地面を掛ける。すでに敵は目の前だった。

「なっ!?」

思い切り、『硬』で威力を極限まで高め、更に『貫』と『徹』を使用しての一撃。

相手はガードも出来ずに吹っ飛んで行き、何件かの家屋をぶち抜いてようやく止まった。

アオお兄ちゃんに禁止されるレベルでの攻撃であり、魔導師だろうと人間なら再起不能レベルのダメージのはずだった。

「かはっ……レジストされない?…お前のそれは魔導技術では無いのか?」

腹部を押さえながら立ち上がる男性。

大穴が開いているのだが、次の瞬間には再生してその傷が塞がっていた。

頭がチリチリする。思考が纏らない。

だけど、訓練による成果はあたしに取るべき行動を体が示唆してくれる。

あたしは存命を確認すると同時に印を組み上げていた。

『雷遁・千鳥 Ver輝力』

ヂッヂッヂッヂッヂッヂッヂッヂッヂ

バチバチと放電する音があたしの四肢から放たれる。

「ちょっ!さすがにそれはやばくない?」

と言いつつも余裕そうな男性は、銃口を向けると大量の弾幕を放つ。

ザザーっと横へ移動してかわすと再度地面を蹴って男へと迫る。

「っとと、これでもくらいな」

そう言って再び向けられる銃弾。それを今度は写輪眼で見切り臆せずに進む。

「ああっ!」

振り下ろされる右手の千鳥は確実に男の右手をちぎり飛ばした…はずだった。

「あめぇよっ!」

一瞬で再生した右腕ではあたしの頭を掴みこみ、地面に叩きつけた。

「ぐぅ…」

堅での防御力を抜くほどの威力は無い。体勢を立て直せば直ぐに反撃に移れるっ!

「だから、あめぇって言ってんだよっ!」

左手の銃剣型のデバイス。その銃口がしっかりとあたしに向けられたいた。

そして引き金が引かれる。

バチバチと地面に着いた手から千鳥を放電させ、地面を強引に隆起させ、相手の足場を崩すと同時に射線上から離れ、転がりながら距離を取ると、相手の銃弾が地面に当たった土煙が互いを分断する。

はぁ…はぁ…はぁ…どうしてだろう…

体が凄くダルイ。

消費輝力的にはまだまだ余裕のはずなのに…

「ぐっ…」

がたりと肩膝を着く。

「エクリプスウィルスに感染しているはずなのによくこれだけ動けたものだが。もしかして発症しかけているのか?」

エクリプス…ウィルス?

「もしかしてお仲間になるかも知れねぇが…てめぇはムカつくからな…殺すか?」

殺す?

あたしを?

死ぬ?

あたしが?

ヴィヴィオやコロナ、アインハルトさん達とまだまだ遊びたいし、アオさん達にはもっと色々教えて欲しい事がいっぱい有る。

だめ…あたしはまだ、死ねない。…死にたくないっ!

それにチョコラ達の仇を討っていないっ!

あたしはチョコラ達を殺したあの人を許さない。

あたしを殺そうとするあの人をあたしは今途轍もなく…コロシたい…

しかし、全身からは力が抜け、手足を動かすのも億劫だ。

今自由動かせるのはそれこそ視線くらいな物だ。だけど、例え動かせるのが視線だけであっても、あたしは視線だけでもコロシてみせるっ!

急に右目のピントが相手に合った気がした。

その瞬間突然燃え上がる黒炎。

「なっ!なんだこいつは…っ!?」

男の右腕から突如発火した黒い炎。それは男の右腕から徐々に燃え広がっていく。

「がっ…ぐぅ…熱いっ…熱いだろうがっくそがっ!!」

叩いて消そうとした右腕にも黒炎は燃え広がっていく。

「消えねぇ!?畜生っ!」

右目がズキリと痛んだ。右目から流れた血涙が頬を伝い地面へと垂れている。

「なめるなぁっ!」

男は気合と共に左手に持っていた銃剣で右腕を切り落としすぐさま再生させるとそのまま右腕で左腕をもいで炎に焼かれる部分を切り離すと左腕もすぐさま再生させる。

「はぁ…はぁ…病化がここまで速い奴は珍しいな。…だが、てめぇはぜってー殺すっ」

懐から予備の銃剣を取り出すと此方へとその銃口を向けた。

まだ体は動かない、動かせるのは視線だけだ。

もう一度、あの炎が使えなければあたしは死ぬ…

「死ねやっ!」

『プロテクション』

撃ち出される銃弾。ソルが防御シールドを張ってくれるが、あの数だ。防御シールドはもたないだろう。…だが、その全てを視認した瞬間撃ち出された弾丸が燃え上がり、あたしにたどり着く前に燃やし尽くされた。

「おいおい…実体弾じゃねぇんだぞっ!?なんで燃やせるんだよそんなもんをよぉ!?」

「あぐぅ…」

右目へ激痛が走りとてもじゃないが開けている事が出来なくなる。だけど、あたしは残った左目で男を睨みつける。

ここで畳み掛けなければあたしの負けだ。

この場合、負けは死んじゃうって事。

右目はまだ激痛で開かない。

おそらくあの黒い炎を使った反動だろう。写輪眼にまだこんな能力が合ったなんて…アオお兄ちゃんからは聞いてなかったのだけど…

左目の写輪眼へ意識を向ける。

するとやはり相手にピントが合った瞬間迸る稲妻。

「がぁ!?」

「ぐぅ…」

相手は感電で絶叫し、あたしは左目にはしる激痛に悶える。

カチャリと向けられる銃口。魔法陣が展開され、弾丸が形成されているのがわかる。

「させないっ!」

再度左目で相手を睨む。

「がっああああっ!?」

迸るプラズマが相手の攻撃よりも早く男を焼いていく。

もう少しで…そう思った時、ソルが叫んだ。

『マスターっ!』

「はっ!?」

振り向くと既に直近に迫る大きなコブシが見えた。

襲撃者はもう一人いたのだ。

そのコブシはソルが作り出した障壁を軽々と突き破りあたしへと迫る。

完全な不意打ち、かわしようがない。障壁も破られ防御手段は堅で耐えるくらいしか既に残されていない。

ありったけの輝力で全身を覆うと、来るべき衝撃に備えると、男のコブシがあたしに接触、その威力で吹き飛ばされてしまった。

「あぐっ…」

ズザザーと錐揉みしながら地面を転がっていくあたし。

三十メートルほど転がってようやくその体は停止した。

「なんだ?そいつは。そいつがお前の病化能力ってやつか?」

また病化だ。

何の事だろうと思って目を見開くと、あたしを守るように巨大な肋骨が現れていた。

「これは…もしかして…スサ…ノ…オ?」

あたしの体と男のコブシの間に現れるように出現したスサノオの肋骨がどうやらあたしのダメージの殆どをカットしてくれたようだ。お陰で外傷はほとんど無いといって良い。

だが…

「あぐっ…っ!」

全身を締め付けるような痛みに襲われ、初めてのことに集中を欠いたスサノオはその形を霧散させて消えていった。

「こいつは連れて帰るぞ。そう言う依頼主との契約だ」

「旦那っ!そりゃねぇよ」

「うるせぇ。黙ってろ」

はぁ…はぁ…はぁ…

息が切れる。

「初めての病化ですでに限界だな。もう2・3発殴って意識を飛ばしてから連れて変えるぞ」

「分かったよ…ちっ」

掛けて来る二人の男。

だめ…もう…意識が…

『エマージェンシー認証。緊急口寄せ術式展開します』

ソル…?

足元に展開する口寄せの術式。それにあたしから輝力がソル経由で流し込まれると、一瞬にして人影が現れ、駆けてきた男が振り下ろしたコブシを受け止めた。

その人影を見上げる。その人はあたしにいつも安心をくれる人だった。

「アオ…お兄ちゃん?」

あたしの意識はそこで闇に飲まれた。










ソルフェージュからの緊急口寄せ術式によって呼び出された俺は、間一髪リオに振り下ろされようとしていたコブシを受け止める事に成功した。

「ああん?だれだてめぇは」

「はっ!」

「うおっ!?」

受け止めた腕を捻り上げ投げ飛ばすと横たわるリオを抱きかかえて距離を開ける。

「クゥっ!」

「なーう」

一緒に口寄せされたクゥに声を掛ければ、以心伝心と煙幕を行使してくれた。その闇にまぎれて距離を取る。

リオを見れば外傷こそ少ないものの、動悸はあらく、若干発熱しているようだ。それに加え両目から血涙の後が見られる。

…これは万華鏡写輪眼を開眼したのか?

辺りを見れば肉塊と殺された人々で死山血河が築かれている。万華鏡を開眼してもおかしくないストレスだっただろう。

煙幕の中を突き抜けて、巨大なアームでコブシを強化した男がコブシを振り上げている。

「おらっ!」

両手がリオを抱えている事で塞がっている俺はそれを硬で強化した右足で蹴り上げた。

「はっ!」

交わるコブシと回し蹴りは俺の方が競り勝ったようだ。

「なっ!?」

驚きの声を上げて吹き飛ばされていく。

とりあえず、この状況がどういう状況なのか。知ってそうなのはリオを襲っている二人組みの男。

煙幕を切裂くようにいくつもの弾丸が飛んでくる。

飛んでくるそれをかわしていくと、煙幕の外へと飛び出してしまった。

「はぁっ!」

再び襲い掛かってくる大きなコブシ。

両手が塞がっているのは中々に行動が制限されるね。

仕方ないと思い、俺はスサノオを発動。肋骨が出現し、相手のコブシを受ける。

「なっ!?そいつはっ」

なんだ?これを見たことがあるのか?そんなはずは…いや、まかさ…

チラっとリオに視線を向ける。両目から流れる流血の痕にまさかとも思う。だけど…

横合いから放たれる援護射撃。

俺はコブシの男を現したスサノオの右手で掴むと、その男を盾にするように銃弾へと向ける。

「がっがはっ…」

「だ、旦那っ!?」

銃弾はことごとくコブシの男に当たり、非殺傷設定など無いようで、体に銃痕を刻んでいく。

その攻撃でコブシの男は行動不能。

俺は慌てる銃剣の持ち主に視線を向ける。

『万華鏡写輪眼・思兼(おもいかね)

ガクっと糸の切れた操り人形のようにその男は動かなくなった。

相手がまつろわぬ神やカンピオーネ、またはそれ相応の知識が無ければ初見で万華鏡写輪眼の瞳術から逃れられるやつなんていない。

俺は相手の思考を誘導し、武装を解除させていく。

さらに…

『万華鏡写輪眼・八意(やごごろ)

さらに万華鏡の能力で相手の脳から情報を抜き取っていく。

なるほど、エクリプスウィルスの散布による人体実験と、その発病者は人を殺さずにはいられなくなる後遺症。ウィルスによる人体強化、さらには魔導師に対する絶対的な優位性、魔力結合解除能力。

対魔導師に特化したカンピオーネのような存在だろうか。

依頼主はどうやら大企業らしい。

これは係わり合いにならない方が良いような案件だ。

しかし、ウィルス散布か…リオはおそらくすでに感染しているだろう。

感染者は体のどこかに模様のような痣が浮かぶと言うが、何処に現れるかは個体差がある。今リオをひん剥くわけにも行くまい。

見た目で一番分かりやすいのはあのコブシの男か。

俺はスサノオが掴んでいる事を良い事にそのままクロックマスターで男の時間を巻き戻していく。

「なっ?がっ…」

バシュっと音を立てるように何者かがコブシの男の中から現れた。

ああ、そう言えばリアクターの少女を連れていたのだったか。

彼女はどうやら融合型で、ユニゾンデバイスに似た役割を持っているらしい。

倒れこむ少女をスサノオの左手で抱えると、ゆっくりと持ち上げ横たえる。

「クゥ、ちょっと彼女を見ていて」

「なーうっ」

クゥに少女を任せると、再び男の時間を巻き戻していく。

すると痣のような物が薄れて消えた所で俺は軽く皮膚に傷を付けてみる。

どうやら驚異的な回復能力は見られず、感染前まで戻す事が出来たようだ。

俺はその事に安心し、そのまま男を放置するとリオの方に右手を当てると彼女の時間を戻そうとして…

「あっ…あぐっ…」

弾かれた。

「なっ!?」

エクリプスウィルスの能力は魔力結合の解除であったはず。であるなら、オーラ依存の念能力は阻害されない。事実あの男には効いている。

俺はすぐさまもう一人の男にもクロックマスターを行使してみるが問題はない。

これはリオが念能力を使えるためにエクリプスウィルスが進化し、オーラでの能力まで分断してしまっているのかもしれない。

制御できれば俺のクロックマスターも受け入れてくれるだろうけれど…いまだ昏睡状態で意識が無い。宿主であるキャリアーを殺させない為のウィルスによるある種の自衛のようなオート作用なのだろう。

エクリプスウィルス感染者には自己対滅と言う再生能力の暴走が起こりえるらしい。実際は殆どの感染者がその自己対滅で死亡してしまうほどらしい。

リオの状況も楽観を許さない状況だ。

エクリプス感染者は人を殺し続ける運命にあるらしい。

しかし、たかがウィルスに感染した所為でその後の人生を人殺しを強いるような生き方をリオにはさせられない。

どうするか…

俺自身ならおそらくエクリプスウィルスを最適化できるはず。

最適化。おそらく俺本来の特殊能力と言うべき何かはそう言った能力のはずだ。

一度俺に感染させ、最適化させた後に血清を精製しリオに注入すればリオは助かるはず。

しかし、感染源であるエクリプスウィルスはすでに広域に拡散されていて薄まり、その感染能力は無いようだ。

そう言えば感染源のもう一つにリアクターとの接触と言うのがあったか。

リアクターの少女は先ほど確保済みだ。今はクゥが面倒見ている。…いや、まてっ!何安易にリアクターにクゥを接触させている!?

クゥが感染しないとは言い切れないと言うのにっ!

見た目が14ほどの少女だったから油断したっ!

視線を向ければ、こっちはこっちで倒れそうなくらい発熱している少女と、それを心配そうに見つめるクゥ。

とりあえず最悪の事態にはなってないようだ。

「はぁ…はぁ…」

少女の方もなにやら消耗しきっていて今にも死にそうだ。

「まいったね…時間が無いって言うのに。こっちもこんな状況じゃ…せめてリアクターとしての機能が生きていれば…」

俺はリオを横たえると少女に近づき、接触を試みる。

触れた右腕から何か熱い物が体の中に入ってくる。

「がっ…ぐぅ…」

エクリプスウィルスが体の中に入ってくる。此処からが本番だ。

クロックマスターを使い、自身の時を加速させ、されに望んだ未来を引き寄せるように可能性を取捨選択する。

発狂してリオを殺してしまう未来、自己対滅して肉塊へと変質してしまう未来。その他色々な可能性の中からエクリプスウィルスを最適化、抗体を得る未来を引き寄せる。

「…認証…エンゲージ…」

だが間の悪い事に接触していた少女がリアクターとしての機能からかリアクト・エンゲージ。

ユニゾンデバイスのように俺の中へと入ってくる。

まて、今異物を混入すると不確定要素の増加で取捨選択の幅が広がってマズイ事に…

「なうっ!」

「クゥ!?」

遅れてクゥがユニゾン・イン。

「まて、ダブルユニゾンは融合騎導師の同一化が…」

『なうっ!』

「それが最善だって?くそっ…ほかの選択肢は…」

『なーうっ』

「大丈夫って…信じるからなっ!クゥ…」

感染から発症、そして適合、病化をへてウィルスを屈服させるとようやくエクリプスウィルスの凶暴性が克服された。

「っ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

かなりしんどい…

「クゥ、もう良い。ユニゾン・アウトだ」

バシュっと俺の中から分離する。しかし、分離したのは猫耳と猫尻尾を生やした14ほどの少女。その外見は猫耳と尻尾はあるが、あのリアクターの少女そのものだ。

「クゥ…?」

融合事故か!?

くそっ…クゥの事もあるが、リオもマズイ。

どちらを優先すべきかを考え、少女の状態をまず確認すると、吐息は安定し、脈拍も正常のようだ。

とりあえず命の別状は無いらしい。ならばまずリオからだろう。

俺は自身の親指をほんの少し斬ると、滴る血を魔法で精製して血清を作る。

ごそごそと勇者の道具袋をあさり、小型銃の様な無針の注射器を探し出すと、リオの首筋へとあて、引き金を引く。

「あっ…あう…」

すぅ…すぅ…

バシュと音を立てて血清がリオの体内に入っていくと、ようやく動悸が落ち着いてきたようだ。

予断は許さないがリオはひとまず落ち着いた。

しかしクゥの容態は不明だ。

俺は二人を抱えるとフロニャルドへと転移。

自室へと転移するとソラ達を念話で呼ぶ。

すぐに駆けつけてくるソラ、なのは、フェイト、シリカ。

母さんとアーシェラ、アテナ姉さんは公務で他国へ出ていたのでとりあえずは連絡だけで呼んではいない。

ちなみにアーシェラとアテナ姉さんは俺の双子の妹として生まれてきている。…転生同行がどういう原理で働いているのか俺にも分からないのだが、ふたりを意地でも手放さなかった母さんに脱帽である。

ガタン

「アオっ!」
「アオさんっ!」
「り、…リオちゃんと…誰?」
「女の子?」

行儀悪く物音を立てて入ってきた彼女達。

「理由は後で追々説明するから、二人の精密を手伝って」

「…なのはとフェイトは直ぐに箱庭内の医療機材の調整、私とシリカは二人を運びましょう」

いい?とソラがすかさず指示を出す。どうやら神々の箱庭の中に設置してある医療機材を使うらしい。

「うん」
「わかった」
「直ぐに準備するよ」
「そうだね、なのは」

「アオは一度シャワーでも浴びて埃を落としてきなさい」

「だが…」

「何をやったのか、そんな状態で病人の前に立っちゃダメよ」

「ソル、とりあえず状況説明だけお願い」

『了解しました、マスター』

そう言うとスイっと腕から離れて宝石に羽をはやしたソルはかろやかに浮遊、ソラとシリカに着いていく。

ソラに窘められて俺は二人をソラとシリカに渡すとシャワーを浴びに浴槽へ。簡単に汗を流すと箱庭の中へ移動する。

箱庭の中に入り、医療機材…と言うよりラボに近い雑多な施設へと入ると、リオと少女の二人が医療ポッドの中に浮かんでいおり、観測されたデータが空中に幾つも展開されていた。

それをあれこれ弄りながら慌しく動いているソラ達四人。

「どう?」

俺は近づいてソラに問いかけた。

「リオが感染したらしい新種のウィルスはアオが作った血清で解毒は出来ていないわ」

え?

「どういう事?」

「解毒どころか完全に馴染んで行っている。これはアオあとでアオのデータも取らないと何ともいえないわね」

エクリプスウィルスを自分に感染させた事をまた無理をしてとその目が言っていたがとりあえず無視する。ソラもとりあえず今は言及しないでくれた。

「ただ、安定はしています」

とデータを見ていたシリカが言う。

「眼球へのダメージがかなり計測されているけれど、これは…」

と、ソラ。

「…万華鏡だろうな」

「そう…なにが有ったのかは後で本人に聞きましょう。後はクゥの事だけど…」

そうだクゥはどうなったのだろうか。

「結論から言うと、クゥはリアクター?の少女と完全融合してしまっていてこっちからのアクセスじゃ分離は不可能よ。いえ、この場合同化と言うべきかしら。混ざっちゃっているの」

「え?」

「クゥのパーソナルデータに類似しているけれど、すでに変質してしまっている。あの少女がクゥなのか、それても別の誰かなのか、起きてみないことには分からないってことね。アオのクロックマスターなら分離は出来るかもしれないけれど…」

ただ、と前置きをしてソラが続ける。

「魂が融合していて、一個の生命として新しく生まれ変わったのだとしたら…」

「巻き戻したら消滅…と言う可能性もありえる…か」

俺のクロックマスターも万能では無い。死者蘇生は出来ないし、生まれる前まで巻きもどすと言う事は消失すると言う事。その境が結構曖昧なのだ。

計測を終えると、二人ともベッドへと移された。

しばらくするとまずリオが目を覚ます。

「……?なに…ここ…真っ白?」

「リオ、起きたか」

「その声は、アオお兄ちゃんですか?どこに居るんですか?」

その声でお俺はリオの手を握る。

「ここに居る」

「え?」

と感覚を頼りに顔を向けるのだが…

「うん…?」

空いていた左手で目をこすってみるリオ。

見えてない…か。

「何が見える?」

ひらひらと目の前で手を振ってみる。

「真っ白な光りだけ…です…もしかしてあたしっ」

「瞳力の使いすぎだ。何が有った?」

「そうだ、チョコラっ!」

「落ち着いて。…残念だが、あの村に生存者は居ないよ。リオを襲った襲撃者は厳重に拘束して置いてきた。おそらく管理局の人たちが重要参考人として連れて行くだろう」

「っ…あああ…うあああ」

ポロポロと涙を流すリオ。

その後落ち着いたリオから話を聞けば、修行で村を一人離れていて、帰ってきたら村が襲われていた事。

襲撃者に応戦していたが、途中で体の自由が利かなくなった事。

睨むだけで相手を燃やし、雷を降らせたらしい事。

最後はスサノオまで顕現させたらしい。

「万華鏡写輪眼をつかったね」

「マンゲキョウ?」

「写輪眼の上位瞳術。発現には親しい者の死を体験し、その心的ストレスによる特殊なチャクラ変化が必要らしいが、万華鏡写輪眼は使えば使うほどその目は光を失って行く」

「え?」

「失明するって事だよ」

「そう…ですか」

「リオの場合、開眼から慣らしもせずに全力使用、さらに能力が両目とも攻撃に特化していてその分眼球へのダメージが大きい。さらにスサノオまで宿らせてすぐに使ってしまっている。眼球へのダメージは計り知れない」

天照と建御雷を使い、スサノオまでとは、開眼直後では流石に限界を超える。

「俺の念能力なら失明前まで巻き戻せるが…」

「言葉を濁すって事は何か有るんですね?」

さすがにリオは聡明だ。

「リオは今あるウィルスに犯されている。そのウィルスがどう言う訳か、外部からの魔法、念の干渉をすぐさま分断、結合解除させている。こっちの消費オーラを増やして無理やりと行きたいが、それに対抗するかのようにリオから生命力を搾り出し抵抗、その命を全て燃やしきるまで抵抗はやめないだろうね」

「解決策は無いって事ですか?」

「リオがそのウィルスを操れるようになって抵抗力をさげるか…あるいは…」

「あるいは…?何か方法があるんですね」

「他の人の万華鏡写輪眼を移植する事だ」

「他の…人?」

「もともと万華鏡写輪眼のリスクカットには他人の眼球の移植が必要なんだ」

「じゃあアオお兄ちゃんも?」

誰かの眼球を移植しているのかとリオは聞いた。

「昔ソラと眼球を交換している。以降は失明の危険はなくその能力は強力で幾度と無く助けられているな」

「じゃ、じゃああたしもアオお兄ちゃんと交換すれば?」

「そもそも兄弟や近親者じゃなければ移植の成功確率は低い。それ以前に俺とソラの眼球ではリオにどんな影響が出るか分からない」

「え?」

「自分で言うのもなんだけど、俺も、そしてソラもその体はすでに人と言って良いか分からない。普通の人間にしてみれば俺達の血の一滴すら毒だろうね」

カンピオーネとしての性質やサーヴァントであった時の特質などが合わさりすでに訳が分からない感じだ。さらに木遁を使えるようになってからの細胞活性は目を見張る。なんか初代火影の細胞をやばい事に利用していたようだし、失敗例も多かったようだとヒナタ達に聞いた。

「俺の目を移植すればリオが耐え切れるかどうか…」

「それじゃ…方法はないんですね…」

「…いや、確率は低いだろうが、無い事はない…」

「え?」

いぶかしむリオ。

「あの娘の…ヴィヴィオの眼を使う」

「ヴィヴィオの?…それはダメですよっ!」

あ、ああ。リオは勘違いしているな。

「ヴィヴィオと言ったけれど、リオの友達のヴィヴィオでは無くて。……俺達のヴィヴィオだよ」

「俺達って…まさか…」

「あの娘が死ぬ前に自ら抉り出したそれを保存して有る。万華鏡写輪眼は強力だし、何か使うこともあるだろう…と」

あの娘は訓練の末、両方の万華鏡を開眼していた。

「そんな…」

「いや、そんな悲観しなくても。眼球の再生くらい未来では再生はさほど難しい事じゃ無かったよ」

「じゃ、じゃああたしも自分の細胞から造れば…」

「リオの体はエクリプスウィルスの所為で半分以上ブラックボックス化している。細胞培養すら難しいらしいよ」

試しにすぐに試みたらただの肉塊が出来上がっただけだった。

「選択肢は二つ。能力制御を頑張るか、ヴィヴィオの眼を移植するか。どちらも確実とは言えないけれどね」

実際どちらをえらんでもどうなるか分からない。エクリプスウィルスを制御できるのか、移植された眼球をウィルスが受け入れるのか。拒絶反応はでないのかなど等。

「移植に失敗してもその後にウィルス制御をすれば良い。俺の念能力で治せるだろう。そうすれば両方の手段が試せるね」

「あたしなんかの為にヴィヴィオの眼を頂いても良いのでしょうか…」

「あの子も誰かの為になるのなら喜ぶだろう」

どうやらリオは眼球移植を受け入れるようだ。流石に失明は怖いだろうしね。

「手術はもう少し体力が回復してからだな。…今は怖いだろうけれど、少しお休み」

「はい…」

と言うとリオはしばらくして寝息を立て始めた。


さて、リオの方は落ち着いたし、クゥの方はどうだろうか。

ほんの少し移動するとクゥと融合している少女のいるベッドへとたどり着く。

「あ、アオ」

「フェイト、彼女は?」

「うん。起きているよそれで…」

と、少し言葉を濁したフェイトの言葉をなのはが引き継ぐ。

「起きたんだけど、ちょっと対応に困っている…かな」

「どういう事?」

「会って見た方がはやい、かな」

フェイトに言われてソラとシリカにも避けてもらい少女の正面に向かう。

「誰?…っ…ご主人さ…ま…?」

「クゥなのか?」

と言う俺の質問にはキョトンとしている。

「君の名前は?」

質問を変えてみる。

「わたしの名前?…ボクは…クゥ…ううん…わたし…は…ロザリア・シュトロゼック…あれ?ちがう…どっちだっけ…」

と、記憶が混同しているようだ。

「私達の名前も教える前から知っていたわ」

と、ソラ。

「…危険だが巻き戻してみるか?うまく行けば元の二人に分断できる」

「失敗したら消失ね。アオの巻き戻しは魂までは戻せないから」

「合一してしまっているのか?」

桜守姫(おうすき)で見てみなさい。私の結論としては手遅れよ」

言われて俺も裏・万華鏡写輪眼・桜守姫で少女…ロザリアを見る。

融合事故を起こしているわけでもなく、彼女の中にユニゾンしている訳でもない。

体から漏れる色あいはクゥのものに似ているが、別のものだ。

「……クゥ…」

知らず、泣いていた。

「泣かないで、ご主人さま」

ぺたりとロザリアの手の平が俺の顔に当たる。

「クゥ?」

ふるふると首を振るロザリア。

「どうして、こんな事になったんだ…」

「ロザリアが助けてって泣いてた。だからボクはボクの意思で彼女と同化したの」

今はクゥの意識が強くなっているのか?

「どうして…」

「だって、勝手に作られて、望まれないなんて…存在する意味が無いじゃない」

「それは自分で見つけるものだろう」

「そう。ボクはご主人さまに望まれて、自分でも望んで、そして幸せな時間があったよ。でも、この娘は違った。だから、ボクは生きるのをやめようとしていたこの娘にボクを融合させた。この娘にボクは同調しすぎたんだ。この娘をボクは見捨てられなかった。だから、この娘を家族にしてあげて。ボクは消えたわけじゃない。ボクの記憶もこの娘の中には混ざってる。この娘はもうボク自身なんだ」

「勝手な事を言うね、クゥ」

「うん。凄く勝手だ」

「初めて君との会話が初めての君の我がままなら、俺は精一杯叶えるしかないじゃないか…」

「うん。この娘をお願い。意識はボクと混ざっていると思うけど、今後はこの娘の意識が強くなってくると思う。でも、ボクはここに居て、この娘はボクなんだ」

うん…

その後、俺から視線をソラ達に向ける。

「ソラお姉ちゃん達もお願い」

「クゥ…」
「クゥちゃん…」
「うん…」
「…任せて」

ソラ達も目に涙を溜めながら、それでも毅然と答えていた。

「そっか。…そう言えば、クゥの一人称ってボクだったんだな。これだけ一緒に居たのに知らなかったよ」

「ふふ…」

そう言うと表に出ていたクゥは完全に少女の中に溶けていった。

「あ…あの…」

と、急におどおどし出すロザリア。

「君の名前、ちょっと長くなるんだけど…君の名前はロザリア・C(クゥ)・シュトロゼック・フリーリア。今日から俺達の家族だな」

久しぶりの喪失と新しい家族。

「よろしく、ロザリア」
「よろしくお願いしますね、ロザリアちゃん」
「よろしく、ロザリア」
「きっと楽しい事がいっぱい有るよ」

「…?」

まだ理解していないが、これからだ。これから少しずつ家族になろう。

ロザリアを母さんやアーシェラ、アテナ姉さんに紹介すると、態度では歓迎しつつ、念話では俺を責めていた。ただ、理解はしてくれた。

彼女はクゥでもあるし、その記憶はちゃんと覚えているはずなのだ。ただ、今はまだ整理されてい上に自身をまだ確定させれないようで、咄嗟には出てこないだけだ。体は大きいが生まれたての赤ん坊と言ったところだろう。





数日後、リオの体調が回復したのを見て眼の移植に取り掛かる。

心配していた拒絶反応もこちらがビックリするくらい無く、術後の経過は順調だった。これならば直ぐに包帯も取れるだろう。

おそらくエクリプスウィルスが自身を強化するものを貪欲に取り込んだ結果ではないだろうか。

神々の箱庭内の時を加速させ、瞳がなじんだのを確認すると、その制御を教えなければならない。

万華鏡写輪眼の能力は途轍もなく強力なのだ。

体力の回復を待ってリオを病室から連れ出すと、ソラを伴って簡易演習場へと移動した。

「さて、万華鏡写輪眼についてだけど…」

と俺は地面に的を刺しながらリオに話しかける。

「はいっ」

「写輪眼が観察眼、洞察眼、催眠眼と派手さに欠ける能力だったのに対し、万華鏡写輪眼の能力は個人の資質が大きく、人それぞれ得られる能力が違う。通常最大二種類、左右に一つずつ宿せる上位瞳術だ」

「リオの場合は炎と雷を操る力ね」

とソラが補足してくれた。

「リオの場合は両方とも視点指定系の能力だと思う。ピントが合うだけで、そこに瞬時に炎を表したり、プラズマを当てたり出来る」

俺は的を数本刺し終えるとリオの側へと移動する。

「取り合えず、片目ずつ行こうか。先ず左目を閉じて右目であの的を見つめる」

「はい」

言われたとおりに右目で的を見るリオ。

「後は攻撃的意志を込める感じで。一度使っているんだから感覚は何となく分かるでしょ」

「たぶん…」

そう言って集中したリオの右目の写輪眼の形が変わる。

中心からヒトデのように黒い部分が星型に現れ、その回り、虹彩の端から何本もの黒い筋が中心に向かって入っている。

色合いは赤いが、それは大地に咲くナデシコの花のようだった。

そこから血涙が滴ったかと思うと、的を覆うように発火する黒い炎。

「天照だね」

「うん」

「もう良いよ、リオ」

「は、はい…え?これ、血っ!?」

血涙に驚くリオにタオルを渡す。

「まだ慣れてないからね、眼球へのダメージも大きい。次第に慣れるよ」

天照を使い終わっても黒い炎は燃え続け、的を燃やし尽くすとようやく鎮火した。

「今度は左目だ」

「はい」

今度は左目だけを開けて同じように的を睨む。

バシュっと閃光が輝き、一瞬後には的を炭化させていた。

「タケミカヅチね」

「ああ」

左の目からも血涙が流れてきている。

「これが万華鏡写輪眼…」

「リオの右目の能力を天照、左目をタケミカヅチと言う…まぁ名称は自分で決めても良いのだけれど、俺達はそう呼んでいる」

「アマ…タケミ…えっと…」

「地球の古い神様の名前だ。天照とタケミカヅチ。それぞれ、太陽と雷を神格化した神様だよ」

リオはアマテラス、タケミカヅチと繰り返して、ようやく覚えたようだ。

「じゃあ、もう一回。右目の天照でこの的を燃やしてみて」

「あ、はい…」

再び灯る黒い黒炎。

「それじゃ、今度はそれを鎮火させてみて」

「え?鎮火ってどうやれば…」

既に万華鏡は普通の写輪眼に戻っているが、消える気配の無い黒煙。

天照の炎は対象を燃やし尽くすまで鎮火する事は無い。

「まだまだ制御が出来て無いのは仕方ないけれど…消せない天照は大惨事だね」

「うん…」

俺呟きにソラも同意する。

燃え広がったら消えずに拡大していく。全くもって性質が悪い炎だ。

「天照の使用は俺達が見ている時以外の使用は禁止、自主練習なんてもってのほかだよ。燃え広がったら消えずに被害が拡大するからね。決して軽はずみに使っちゃダメだ」

「は~い」

当然命の危険に瀕しては別だけれど。

「そう言えば、アオお兄ちゃん達の万華鏡写輪眼の能力はどんなのなんですか?」

興味深々とリオが尋ねる。

「俺か?…俺は、雷を操るタケミカヅチ」

と言って万華鏡写輪眼を発動してプラズマを発生させ、それを操り形態変化させて羽の生えた蛇のような物を作り出す。

「うわっ…あたしと同じなんですねっ!…タケミカヅチってこんな事も出来るんだ」

「修行すればね。…それと風を操るシナツヒコ」

逆巻く突風。

「きゃっ!」

その突風が凝縮し、リスのような四足の獣が現れた。

「どちらも攻撃に特化している能力だね」

「へぇ…じゃあソラお姉ちゃんは?」

「私は両方幻術精神系」

「幻術?」

いきなりリオが自分の手で頬をつねり上げる。

「ふぇ?い、いひゃい…」

「視界を媒介に相手に催眠幻術を掛け、自らの意思で行動するように命令する『思兼』。相手は自分の意思で行動していると錯覚するから操られる事に気付く事が難しい」

「えう~…痛かったです…もう一つは…」

「『八意(やごころ)』と言う名前以外は内緒」

「ええっ!?」

教えなーいとはにかむソラ。

…まぁ八意の効果はプライバシーに関わるからね…おっかない能力だ。

「一対一の対人戦ならば幻術系の方が強いかな。攻撃力は無いけれど、レジストされにくく、初撃でほぼ相手を制することが出来る。逆に機械や対軍戦には圧倒的な火力のある天照やタケミカヅチの方が強い。…本当は幻術と攻撃、両方あれば良いのだけれど、こればかりは自身の資質…生まれながらに決まっているみたいだから」

「そうなんですか」

「リオの炎と雷に適正が高いと言うのは生まれながらの…根源的な資質だったと言う事なんだろう」

この二つの扱いは他の属性よりも極端に適正が高いからね、リオは。

「さて、両目に別々の能力を宿らせると三つ目の能力がその眼に宿る。知ってると思うけれど…」

「スサノオ…」

「正解」

「スサノオって写輪眼の能力だったんですね」

「そうだ。術者のオーラを纏うように放出し、強固な鎧と圧倒的な攻撃力を持つ益荒男の化身を顕現させる術、スサノオ。俺とソラの切り札でもある」

「切り札…にしては結構使ってません?」

戦での事を言っているのか?

「まぁフロニャルドでならば大した人的被害も出ないからね。結構頻繁に使っているかもしれないけれど…あれで全力じゃないから」

半身の巨人形体しか使ってないし、鎧武者姿は一回きりだったはずだ。

「ええっ!?」

リオはあれでっ!?と驚いているのだろう。

「まずは背骨と肋骨が自分の身を護るように現れる」

そう言うと実際にスサノオを使ってみせる。

「やってみて」

「あ、はい…すぅっ…スサノオ」

深呼吸をして集中すると、暗示を掛けるようにスサノオの名前を言葉で紡ぎ、オーラを具現化させる。

少しぎこちないが、背骨が現れ、そこからリオを護るように肋骨が現れる。

「これが最小。これから徐々に骨格を形成していく」

しゃれこうべが現れ、両腕の骨が現れると巨大な上半身だけのガイコツが出現する。

リオも何とか骨格は形成されているようだ。

「更にこれが肉付いていくように人型を形成」

骨格をくるむように女性のような姿が浮かび上がる。右手に瓢箪、左手にヤタノカガミをもって現れる俺のスサノオ。

対してリオの方を見ると、形はやはり女性形。二つの腕はその肘からさらにもう一本ずつ腕が伸び、構えた掌に炎球と雷球を浮かばせている。

どうやら武器のような物は持っていないようだ。

「くっ…」

どうやらリオはまだここまでが限界のようで、姿を維持できなくなって霧散する。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「危険な術だからね。体への反動も結構ある」

「そう…なんですね…」

「更にこれに鎧を纏わせると…」

赤い鎧が全身を纏い、天狗の修験者のような格好になった。

「あ、それは…」

「一度見せたことがあったかな。これで一応スサノオは完成。だけど、視力低下のなくなった永遠の万華鏡写輪眼の使い手は更に先がある」

「完成じゃないんですか?」

「リオには見せてあげるよ、真のスサノオの完成体を」

そう言うと俺は更にオーラを放出し、スサノオを一気に巨大化、下半身を形成する。

そのまま一度修験者の装束のような物を纏い、更に鎧を纏うと、ビルほどもある巨人が現れた。

「でかっ!?」

「でかいだけじゃない。あの完成体スサノオは剣の一振りで遠くの山すら軽がる切裂く」

とソラが注釈を加えた。

「あは…あはははは…」

スウっとスサノオを消して着地するとリオへと近づく。

「まぁこんな感じ」

「あたしも出来るようになりますかね?」

「オーラ消費が半端無いから、出来たとしても完成体は戦闘の後半に使うのは難しいと思うけどね」

バカみたいな量のオーラが有ってこそだ。

「そう言えば、万華鏡写輪眼ってどうして急に使えるようになったんですか?リスクや危険な能力だと言う事は分かったつもりですが…」

答えるべきか…おうあ、発現した者には今更な話か。

「…万華鏡写輪眼の開眼条件は、親しい人の死を経験する事と言われている」

「あ…」

それで自分がどうして使えるようになったのかを悟ったのだろう。

「普通に暮らしているだけでは発現はしないからね。リスクもあるし、教えなかった。力に取り付かれて自分から殺人に手を染めると言う行為に走られても困る」

「…はい」

「さて、まぁもう少し訓練しようか。せめて天照を自分で消せるようにならないとね」

「はいっ!」


箱庭内の時間経過は気にしなくて良いが、そろそろミッドチルダにも連絡を入れなければならない。

俺達が直接ミッドチルダに連絡を入れるのは、少々面倒なので、カルナージに居るルールーを経由してリオの家族、またはやてさん達に連絡を入れてもらった。

リオが滞在していた村は全滅していたので、リオの両親は絶望に染まり、ご飯も喉を通らなかったらしいが、連絡を入れるとカルナージまですっ飛んできた。

ついでにはやてさんやなのはさん、フェイトさんも同行。後はヴィヴィオ、コロナ、アインハルトの三人も学校を休んで同行している。

「リオ…」

リオをぎゅっと抱きしめる両親。

「パパ、ママ、ちょっと痛いよ」

「無事でよかった…」

その後、開放されたリオはヴィヴィオ達にまた抱きしめられていた。

「リオっ心配したんだからね」
「そうだよっ!リオが死ぬわけ無いとは思ってたけど…」
「ええ。心配しました…」

と言った後、アインハルトが気付いたように呟く。

「リオさん、その眼は…」

見開いたリオの瞳は左右で色の違う虹彩異色(ヘテロクロミア)。その虹彩は右目が翠で左目が赤い。

「これ?…あはは、これはヴィヴィオの眼なんだ」

「わたしの?」

「いや、ヴィヴィオじゃなくて、アオお兄ちゃんの娘だったヴィヴィオの眼」

「どういう事?リオ」

とコロナが問いかける。

「実は写輪眼の使いすぎで失明してしまいまして…あはは…」

「あははって…失明!?って言うか、写輪眼って使いすぎると失明するのっ!?」

他人事では無いヴィヴィオが絶叫。

「する…らしい。あたしも全てを詳しくは教えてもらった訳じゃ無いんだけど…でもまぁ、今のあたしは失明の危険性は無いらしいよ?」

「それは…よかった…」

「うん」
「はい…」

「でもわたしは?」

「それは後でアオお兄ちゃんに聞いてみないと…」

再開を喜んでいるリオ達を余所に、俺ははやてさんから尋問中。

「いったい何があったんや?」

「逆にどこまでそっちは掴んでいるんだ?」

「質問に質問でかえさんで欲しいんやけど…まぁ答えなければアオくんの性格上有意義な情報は出てこんか」

と、諦めたように話せない事は隠して俺に開示する。

「村は全滅、それはたぶんアオくんも見てるんやろ?駆けつけた管理局員は倒れている男性二名を保護。旅行者らしい二人はともにぜそこに居たのか記憶が無いみたいや。寧ろ数年単位での記憶が抜け落ちてしまっている。そこに滞在していたはずのリオちゃんの安否確認は出来ていなかった。まぁあの状況なら最悪の可能性が高かったんやけど、まぁアオくんの教え子やし生きてるんじゃないかとは思ってたけれど、アオくんが保護してたんやね」

「まぁね。リオ達の命の危機には俺達が口寄せ…あー、召喚されるように彼女達のデバイスをいじくっておいたから。危機一髪と言う所だ」

「村を襲った犯人は誰や?」

「その前に、はやてさんの力でリオの渡航履歴を捏造できないかな?」

「不正に手を染めろと?」

「アオ…」

フェイトさんからも非難の声が上がるが、清濁併せ呑んでもらわないとね。全てを公平に、平等に、法の下裁くと言うのは凄く難しい。この世の不可能な事の一つだ。

今回のこれはリオが研究協力と言う名の拉致に発展しかねない案件だしね。

「リオがあの現場に居たという事にするとどうやってこの距離を移動したのかと言う問題が出てきて面倒だ。それにちょっと訳ありでね、この記録が残ってしまうとリオが今後命を狙われるかもしれないし、もしかしたら管理居すら敵になるかもしれない。出来ないならこのままリオには死んだことにしてもらってしばらくこちら(フロニャルド)で過ごしてもらうしかなくなる。両親には辛いかもしれないけれどね」

「なんか大事のようやね…」

と、はやてさんは考えた後、ため息を付いて決断する。

「リオの渡航記録はこちらで改ざんするよ」

「はやてっ!」
「はやてちゃん…」

フェイトさんが不服の声を、なのはさんが心配そうに声を上げた。

「真実をすべて公表する事が守ると言うことでは無い言う事や、フェイトちゃん。公表した事実で不利益をかぶる人がおる。それが人身に関わる事なら迂闊な事はできん」

「はやて…」

「はやてさんは理解が早くて助かる」

「なんや、嫌味か?」

「いや、率直な感想で、だからこそはやてさんはその仕事に向いている」

「まぁ、それはいいわ。ほんなら、本題、話してくれるか」

「ああ」

答えるのは事実を率直に。リオの話も聞けば襲撃者はあの男二人組み。

闘争の末、記憶を飛ばしたのは俺で、何かのウィルス散布実験だった。その辺りは変死体が存在するから誤魔化しようが無いし、実情は知っているだろう。

「じゃぁ、リオはエクリプスウィルス感染者…」

フェイトさんは知っていたのか。エクリプスウィルスを。

いや、顔色を伺うにはやてさんとなのはさんも知っているか。

「それで、そのウィルス感染者であるリオを管理局はどうする?」

「それは…」

顔をしかめるフェイトさん。殺人衝動、破壊衝動が付随される危険なウィルス感染者。そんな人を一般社会に野放しに出来るのか。

「そのウィルスは極度の破壊衝動を強いるらしいね」

「知ってるんだ」

と、なのはさん。

「……エクリプスウィルス感染者は自己対滅という自己崩壊がまってる。それを逃れるには殺人しかあらへん。保護と言う名の自己対滅待ちか、その間の保護観察と言う名の検体」

はやてさんが顔をしかめながら冷静に答えた。

「まぁ、そんなところだろうね」

「………」
「………」

管理局員としては認めたくないだろうが、なのはさんとフェイトさんも沈黙で肯定している。

「そやけど、アオくんが特にリオちゃんに危機感を持ってない。それはつまりリオちゃんは人を殺さなくても自己対滅の危険性は無い、そう言うんやないか?」

鋭いね。

「それも問題だ」

「どういう事や?リオちゃんは自己対滅の危険性は無い訳やろ?そやったら言い方は悪いけれどリオちゃんを研究できれば多くのエクリプスウィルス感染者を助けられる」

「かもしれないね。だけど、リオは魔力結合分断効果と驚異的な再生能力は消えていない。これがどういう事か分かる?」

「…今のミッドチルダ…管理世界内には猛毒と言う事やね」

「そう言う事だね。リオはウィルスを消滅させたわけじゃない。共生できるように進化させたんだ。もしリオを研究してエクリプスウィルスの自己対滅が制御できれば…確かに感染者は生きられる。だけど、魔導師に対する絶対優位性が無くなった訳じゃない。自己対滅というデメリットが有るのなら世間はまだ同情的だろうけれど…」

「それが無ければ言い方は悪いけれど、ただの化物やね…」

「そんな物を人々は受け入れる?単純に魔導師が敵わない人間を今の社会が受け入れられる?」

と言う問い掛けに、三人とも眉根を寄せる。

「無理やね」

「うん…」

「でも、きっと…」

大丈夫と言いそうになったなのはさんの言葉を折る。

「多分、恐らく…きっと、そんな仮定の話で公表して、もりリオが排除されてしまったら?それを誰が護ってくれる?その時にはきっと管理局が敵になるよ。なのはさん一人で護れるの?なのはさん一人じゃないとか、フェイトさんも力を貸すとか、そう言う事を言っちゃだめだよ。味方の数が多くなろうが、大多数の民衆から護りきれる?俺は無理だと思う」

「……うちらにはリオちゃんの渡航履歴を隠蔽して、今回の事件と無関係であった、で通さないとあかんのやね…」

「頼める?」

「しゃーないやろ。私らもリオちゃんを窮地に立たせとうない」

「はやて…」
「はやてちゃん…」

さて、根回しは済んだ。これでリオの立場は彼女たちが護ってくれるだろう。

「リオはあの場に居なかった事になっているのだから、当然はやてさん達親しい人たちであってもリオからのウィルス研究は止めさせてもらう」

「それは…」

「どこに他人の眼があるか分からないからね、危ない橋は渡らないに限る」

すでに遅いのかもしれないけれど…

「ほんなら、一つだけ聞かせてんか」

「何?」

「こんなに短時間にリオちゃんが自分自身でエクリプスウィルスを進化させるなんて事は出来ひん。なら、それを促したのはアオくんや言うわけや」

「………」

「沈黙は肯定として受け取らしてもらう。アオくんはエクリプスウィルスを進化させる何かしらの技術を持っているって事やね?」

「それで?それを聞いてどうしたいの?」

「清濁併せ呑んでこそと言ったのはそっちやろ?」

なるほど、何処か出所の分からない所からのものならまだ隠蔽しやすいと?

仕方ないと俺は勇者の道具袋から一本の無針注射器を取り出すとはやてさん渡した。

「これは?」

「血清…のつもりで作ったんだが、進化作用を誘発してしまうようだ」

「へぇ…」

「そんな物をどうやって」

作ったのかとフェイトさんが問う。

「無駄に長く生きてないって事だよ」

「長くって…いったいアオくんって何歳?」

「今の俺は16歳」

「そう言う事を聞いたんじゃなくて…」

と、なのはさんの質問ははぐらかして答えた。

「とは言え、この世界の人たちの努力で得られた物ではないから、当然安全装置は組み込んである。中身を取り出そうとしたら瞬時に燃え尽きるだろうね」

「当然、魔法やないんやろうな」

当然です。レジストされたり解除されたりしたら意味がないからね。魔法や念、忍術の複合術式だ。

「酷い人や、エクリプスウィルスに対する一つの答えを目の前に用意しておいて、カンニングはさせない言う訳やね」

「そう。それはどうしてもどうにも成らなくなった時、誰かを助ける為に使える一回だけの奥の手」

「ほんまにアオくんてやさしいんか陰険なんかわからん。私なんかよりもよっぽど面の皮が厚いんやないか?」

そう言いつつもしっかりと注射器は懐にしまっている。

「一応ありがとうって言うとこかな。リオちゃんの事は任せてな」

「よろしく頼んだよ」

さて、これ以上エクリプスウィルスとのいざこざに巻き込まれなければ良いのだけれど…







あの事件から数ヶ月。

眼の事は病気の弊害による虹彩の異常と言う事で学校に申請すると、結構あっさりと皆信じてくれた。

あたしもどうにかあの事件を心の内に押し隠せるようになって、またゆっくりとした時間が流れ、穏やかに過ごせると思われていたそんな時間が、唐突にまた壊される事になろうとは思いも寄らなかった。

それは、ある日の放課後の事。ヴィヴィオ達と別れ、一人家路へと急いでいた時、あたしの前に眼帯をした浅黒い肌をした女性が立ちはだかった。

「遅かったな。お前がリオ・ウェズリーか?」

見ほれるような美人だが、彼女が立っている場所がおかしかった。

彼女の足の下には幾人かの黒服の男性が切り殺されているからだ。

それを見たあたしの警戒感は直ぐに最高値へと跳ね上がる。人の死体を見たのは二回目だが、今回は幾分か冷静な自分が少し嫌だ。

だけど、前回のように冷静さを欠いては幾ら修練してもその成果を発揮できない。あたしは恐怖に飲まれる事も無く、何とか平静を保てるよう心がける。

殺人現場に居合わせた事でソルが直ぐにエマージェンシーコールを送るが…

「むだだ。通信妨害(ジャミング)は張ってある。念話も使えんよ」

くっ…

「それはご丁寧にどうも…」

「もっと感謝して欲しい所だ。こいつらはお前を誘拐しようとしていた連中だ。まぁ私もお前に用が有ったから切り殺しておいたが」

誘拐とは…穏やかじゃないね。

だが、それを斬り殺している彼女はもっと穏やかじゃない感じだ。

「それで、あなたの用件は?」

「なに、この男達とまったく変わらん。お前を誘拐しに来た」

「………」

「心当たりがありませんと言う顔だな」

それはそうだ。あたしのような一般家庭の娘を誘拐して身代金を要求するよりももっと大会社の娘さんを攫った方が良いだろう。

「エクリプスウィルスを知っているか?」

くっ…そっち関係なのか。

「その顔は知っているな」

ほんの少し動いた眉根を見逃さなかったらしい。このあたりのポーカーフェイスはあたしはまだまだだな。

「そのウィルスに感染すれば人を殺さなければ生きていけない。だが、発症の疑いがあると言うのに未だ日常生活を送れているヤツが居るという情報があってね」

エクリプスウィルスがもたらす破壊衝動。あたしも一回だけ感じた事がある。あの事件の時、おそらく感染直後の時だ。

その後はアオお兄ちゃんの力でウィルスの支配を克服しているから破壊衝動、殺人衝動を感じた事は無い。

「取り合えず、後は誘拐してから聞き出せば良い。抵抗しないで着いてきてもらえれば助かるのだが…抵抗するならば痛い目を見ることになる。四肢を切り落とすくらいは大丈夫だろう」

言った瞬間に殺意が向けられた。

なるほど、素人なら洩らしそうなほど強烈な殺気だが、それくらいで動じるほどヤワなき耐えられ方はしていない。

おそらく彼女もエクリプスウィルス感染者。

エクリプスウィルス感染者には魔力結合分断能力が有るらしい。あたし自身もあれ移行魔力攻撃への耐性は凄まじい。その殆どを無力化できてしまうだろう。

だが、あの時、あの感染者にオーラ、輝力での攻撃を無効化できる力は無かった。

それに…

「知ってますか?この世界には対峙した瞬間に終わってしまうほど出鱈目な存在が居るって。そして、あたしはその直弟子だって」

「は?」

うんうん。それが普通だよね…でも居るんだよね…対峙する事、それだけで戦闘にもならない出鱈目な存在が…まぁアオお兄ちゃんとソラお姉ちゃんの事なんだけど。

「幻術・写輪眼」

ガクリと女性から力が抜ける。

彼女は今幻術の世界に囚われている事だろう。視線の合わさる距離において写輪眼と視線を合わせる愚行も、知らなければ対応出来ない。

前回と違い冷静な今ならば相手が幾ら強かろうと人間であるならば簡単に無力化出来る。

さて、このまま無力化しつつジャミングを抜けて連絡を…と思っていたら、いきなり地面から茨のような物が四方からあたし目掛けて襲い掛かってくる。

「くっ…」

あたしは迫り来る茨から瞬身の術を駆使してかわし、距離を取ると同時にバリアジャケットをセットアップ、戦闘準備を整える。

纏ったバリアジャケットの腰には小さな羽扇が挿してあるが、これはアオお兄ちゃんからヴィヴィオ達と一緒におそろいで貰った物で、元々はもっと大きいその扇を小さく分割して作り直したものらしい。

名前はミニ芭蕉扇。アオお兄ちゃんが語る固有名詞はあたしたちミッドチルダの人たちには全く意味の分からないものが殆どだが、やはりそれぞれに言葉に込められた意味があるのだろう。

乱入してきた誰かは眼帯の女性へと近づくと、気を入れた一撃で眼帯の女性を覚醒させる。

「だいじょうぶ?サイファー」

「姉貴か…すまない…」

「いいのよ。でもあなたが手玉に取られるとはね」

そう言うと乱入者はあたしの方へと向き直り、自己紹介してくる。

「あたしはフッケバイン一家の首領、カレン・フッケバイン。おとなしく着いてきてくれれば痛い目見なくて済むけれど?」

二対一か…

「姉貴、あいつの眼を見るなよ。どうやらあいつの病化能力は視界による相手への精神干渉のようだ…」

「みたいね。やわな攻撃じゃビクともしないあなたが一瞬で操られちゃったのだものね」

「ああ。少し本気で行かないといけないようだ」

そう言うとサイファーは小さなナイフのような物を取り出すと、自分の手の平へと埋めて行った。

すると大きな刀が二振り、その両手に現れる。

「それじゃ、仕切りなおしと行こう」

そう言うと駆けて来るサイファー。

あたしは素早く印をくみ上げると大きく息を吸い込んだ。

『火遁・豪火滅失』

眼くらましも兼ねた巨大な炎弾がサイファーに襲い掛かる。

魔力変換資質から来る魔力による攻撃ではなく、オーラにより編まれた炎弾は相手の魔力中和フィールドであるゼロエフェクトでは無効化されず、易々とそれを越えて襲い掛かる。

「なっ!?」

魔力攻撃と高をくくっていたサイファーは肩から当たりに行って、逆に吹き飛ばされた。

「サイファーっ!」

カレンが慌てて茨姫を操作、サイファーの前に押しやってあたしの豪火滅失を受け止める。

さて、眼くらましと共に時間は稼いだ。今の内にあたしは紋章を発動。輝力を合成するとまた素早く印をくみ上げた。

「雷遁・千鳥」

チッチッチと音を立てながら四肢を覆う雷。

更に神速を発動。肉体の限界で地面を蹴ると、縛炎で視界が潰されているのを好機とカレンに回りこみ、手にしている魔導書型のデバイスへと右手を伸ばす。

「なっ!?」

あたしの右手は目標を違えずに魔導書を破壊。

「姉貴、どいてろっ!」

サイファーが吹き飛ばされながらもあたしの存在を見つけたのか、すぐさま方向修正しあたしに斬りかかる。

「なっ!?斬れないだとっ!?」

斬りかかった刀をあたしは千鳥を施した両手で一本ずつ掴み、そのまま電撃を流す。

「千鳥流し」

「ぐぅ…」

バチバチと言う音を立ててサイファーの体を焼いていく雷。

「白雪!」

あたしとサイファーを分断しようとカレンは持っていた刀を横合いから振るい、その刀身からエネルギー粒子のようなもの…いやこれはオーラを飛ばして攻撃してきた。

その攻撃に堪らずあたしは抑えていた刀を放してかわし、カレンへ向かおうとするが…

「茨姫っ!」

金属の茨が四方から襲い掛かり断念。背中からミニ芭蕉扇を掴みオーラを込める。

「芭蕉扇・土の巻」

「くっ…」

振った芭蕉扇は地面から大量の石礫を巻き上げ、二人へと襲い掛かる。放たれる礫は物理攻撃なので、カレンは茨姫の全てを防御に回していた。

うん、このミニ芭蕉扇は出来る事はそんなに無いけれど苦手な属性もある程度扱えるから凄く便利だ。

あたしの場合、風と水と土はどうにも相性が悪いのか使い勝手が悪いからね。こう言った補助忍具はありがたいのだ。

しかし、魔導書型のデバイスは潰したはずだけど…もしかして復元されている?だとしたら驚異的な復元能力だ。

茨の防御の隙から何やら金色に輝く金糸が伸び出てあたしに迫る。

芭蕉扇では間に合わないかな…

「っ…火遁・豪火球の術」

ボウッと口から巨大な火球を吐き出すと、迫る金糸を燃やしていく。さらにここで仕込みをしておかなきゃと印を組む。

「髪長姫でもダメかぁ」

火遁が収まり、茨の開いた隙間からカレンを見れば、彼女の髪の毛が伸び金色に色づいたそれがあたしへと攻撃したのだと分かる。

サイファーの姿はカレンの側で蹲っているのを確認。あたしは再び地面を蹴ると、茨の隙間を狙って駆け抜け、千鳥で覆われた右手を突き入れた。

「きゃああああああっ!?」

ぐしゃりと何かがつぶれる感触。

しかし…

「残念、それは『赤ずきん』。ニセモノよ」

と後ろから声が聞こえた。

「くっ…」

しかし、ニセモノが放つ攻撃はフェイクではなく、あたしをくるむように金糸と茨が包み込む。

「腕の一本、足の一本くらいは無くなっても問題ないだろうっ」

サイファーが既にあたしに向かって上空からその刀を振り下ろしている。

避けられないっ!?

「がはっ!?」

切裂かれるあたしの腕と足だが…

ボワンと煙の如く消えてなくなるあたしの体。

「あたしもニセモノだよ?」

「なっ!?」

突っ込んでいったあたしは影分身だ。さすがに危険と分かる所に無防備に突っ込みはしない。

本体のあたしはすでにカレンの真後ろ。その右手でカレンに触れるとサイファーにやったのと同じく千鳥を流し込む。

「きゃあああああっ!?」

感電するカレン。

「きさまぁああっ!」

影分身を切り伏せたサイファーが此方に突撃してくる。

今の放電で合成した輝力が切れそうだ。

あたしは向かってくるサイファーにカレンを蹴り飛ばしてほうるとサイファーは両手を広げて受け止めた。

「ぐっ…」

「大丈夫か、姉貴」

「大丈夫よ…ちょっとピリピリするけれど…あの娘、凄く戦い慣れしてるわね」

「私達が二人がかりで遊ばれるとはな…」

「しかも手加減されているのがムカつくわね」

「そうだな。後ろを取った後の姉貴への一撃。放電でなく突き入れていたら流石に姉貴もたまったもんじゃなかっただろう」

「まぁね」

会話をしている隙にあたしは輝力を再合成。千鳥を使う暇は…無いかな?

「逃げるか?」

「まさかっ!天下のフッケバインファミリーが逃げ帰るなんて事しないわよっ!」

「…そうだな。それじゃあ援護を頼む」

「はいは~い」

そう言うとサイファーが掛け、カレンがが魔導書を開く。

「茨姫」

鋼鉄の茨が伸ばされ、あたしを襲う。

これは流石に写輪眼をもってなかったら見切れないかな…

縦横無尽に駆け回る茨を何とか避けるとそれに遅れて接近してきたサイファーの刀が振り下ろされる。

「本気で行く。手加減していれば死ぬぞっ!」

その一撃は本気で腕を捥ぎに来ている。

それを見切り、回し蹴りで腕を跳ね上げると、自身も回転しながら接近し、『硬』でコブシを強化して腹部をぶん殴る。

「がはっ!」

殴りつけ地面に叩きつけると、マウントポジションを得る。

とは言え、敵もそんな隙を見逃してはくれない。四方から茨が迫る。

「よしっ!縛ったっ!」

グルグルと茨に覆われる人型。そのまま茨を締め付けるように収縮させると中からくぐもった声が聞こえる。

「ぐぅ…」

「その声は…サイファーっ!?」

急いで茨を解けば中からサイファーの姿が。

何の事は無い。茨が迫る瞬間にあたしは身代わりの術を使い自分への攻撃にサイファーを割り込ませ、自分は瞬身の術で離脱したのだ。

サイファーは両手の武器を取り落とし、更に小さな小刀が体から排出された。

武器を取り落とした今は分断のチャンス。

再びミニ芭蕉扇を手に取るとうち扇いだ。

「芭蕉扇・風の巻」

吹き荒れる突風はサイファー諸共武器を吹き散らして行く。

「くっ…」

キッとあたしを睨みつけるカレンだが、それはお門違いではなかろうか。襲ってきたのはそっちで、襲われたのはあたしで、更に言うならサイファーを戦闘不能に追いやったのカレン自身だ。

「なんだぁ?天下のフッケバインファミリーがこんな小娘に一方的にやられてるのか?」

ようやく一人を戦闘不能に追いやったかと思った時、さらに乱入者が現れた。格好は開拓者スタイルの女性。その彼女は何かをその手に持っている

「ホールドアップだ。こいつが見えるだろう?」

と、見せびらかすように前に出したのは一人の女性。

「ママ…?」

所々切り傷や青あざが見えるのは暴行を受けたからだろうか。

「遅かったわね、アル…」

「まさか人質(これ)が必要な事態になってるとは思わなかったからな」

ガチャリとアルと呼ばれた少女の手に持った銃の銃口がママのコメカミに当てられる。

「こいつを殺されたくなければおとなしく着いてくるんだな」

なるほど…人質か。

「動くなよ。おめぇが何かするよりも、あたしが引き金を引く方が速い」

…大丈夫。あたしならママを助けられる。

絶対、大丈夫。

と心の中で自分に言い聞かせる。

そして、自分の大事なものが傷つけられた場合にはアオお兄ちゃんもアレの使用を許してくれるだろう。

「…試してみる?あたしの攻撃と引き金、どちらが速いか」

「止めとけ止めとけ強がんじゃねぇよ」

あたしは一度眼を閉じて…そして…

「天照…」

スゥっと開いた両目に浮かぶナデシコのような紋様。

万華鏡写輪眼だ。

「うおっ!?何だこいつはっ!」

一瞬で燃え上がる銃。更にそれをもつ腕に燃え広がる黒炎。

「ディバイドされねぇ!?……ぐぁっ!?」

ショックで取り押えていたママを取りこぼすアルに瞬身の術で駆け寄るとママを奪い返す。

「外傷は有るけど…良かった、気絶しているだけだ…」

命に別状が無いようで安心する。

「ぐっ…ああああぁつっあああああっ!?」

慌てて左手で炎を叩いて消そうとするアルだが、叩いた左手にまで燃え広がる始末だ。

「アル…ちょっとガマンしなさいよねっ!」

カレンが茨姫を操りアルの両腕の付け根に巻き付けると思い切り締め付け、腕ごと切断した。

当然茨にも黒炎は燃え移るが、途中で分断させた茨は全て燃やし尽くされ鎮火する。切断された両腕も同様だ。

「何なんだよこいつはっ!?あたしのディバイダーが再生もされずに燃え尽きてるぞっ!」

そう叫びながらアルは両腕を生やした。なるほど、エクリプスウィルス感染者はその再生能力は異常のようで、腕の一本や二本は普通に再生するようだ。

…て事はあたしも腕くらいなら生やせるのかな?

ジクジクと右目に鈍痛が走るが、最初の時ほどではない。

「あの娘は連れて帰ると言う問題では無いわね。あの娘はここで始末しないと、きっと私達にとって途轍もない禍根を残す事になる」

「姉貴!?まさか…」

千色皮(せんいろがわ)を使うわ」

「まっマジかよっ!?」

「サイファーを連れて離れていなさい」

「りょ、了解っ!?」

スタターとアルはサイファーを回収すると距離を取るように離れた。

変わりにカレンの周りには魔導書から幾十もの紙片が舞い散るとカレンを囲むように渦巻いている。

一瞬眩く発光すると、カレンは巨大な黒犬へとその形を変えていた。

グルルと唸り声を上げて威嚇する黒い獣。

あたしはその野性味溢れる威圧に若干の恐怖を感じ、先制攻撃をと天照を行使する。

「ガァアアアアっ!」

黒い獣…カレンは構わずとあたしへと駆けると、その大きなアギトで噛み砕こうと迫る。

「くっ…ママを抱えながらでは…」

回避も受ける事も出来ないか?

『プロテクション』

ソルが張ったバリアなんて物ともせずにそのアギトは食い破り、鋭い犬歯があたし達に迫る。

「くっ…スサノオっ!」

現れるのは巨大な肋骨。それがあたしを包むように凶悪な犬歯から護った。

ガツンと犬歯と肋骨がぶつかり合う。

防御されるとカレンはその身を翻し、距離を取ると、フルフルと水を弾き飛ばす動物のように身を震わせると天照の炎は纏っていた魔導書が剥がれ落ちるようにその部分だけ剥がれ落ち、分離させた。

天照の黒炎は分離した部分を燃やし尽くした後鎮火する。

「まったく、あなたには驚きね…消えない炎だけじゃなく、まだ訳の分からない能力を持っているとは…」

獣が口を開く。

「でも、あなたの黒炎は今のあたしには効かない。燃やされた部分だけを分離すれば良いだけだもの」

今のカレンは大量の紙片に覆われたような状態なのだろう。その分厚い壁を全て取っ払わなければ本体に傷を付ける事は出来ない。

再び地面をけるカレン。

今度はあたしの護りの薄そうな所目掛けて食い込んでくる。

それをあたしはスサノオの腕を生やして上から押さえつけるように叩き付けた。

「まだまだっ」

ドンッと膨れ上がるようにカレンの体が膨張する。体長が倍程度大きくなり、力強さも増したのかスサノオの拘束を抜け出してしまった。

弾かれるスサノオの右腕。あたしはその勢いを利用して飛ばされるように自らジャンプしてカレンから距離を取ると再び身構える。

スサノオは巨大な髑髏の骨格を現している。

飛ばされるあたしにカレンはそのアギトを開いたかと思うと、口元に何かのエネルギーが集束、あたしに向かって撃ち出された。

ヤバイヤバイヤバイっ!直撃するっ!プロテクションでは多分意味が無い。だったら…速く…左腕だけでもっ!

そう思って突き出された左腕に呼応するように動いたスサノオの左腕の肘から二つ目の腕が生えてくる。その腕は雷球を握りこんでおり、その雷球から瞬時に雷光が走りカレンの砲撃にぶつかり、相殺させた。

互いの砲撃の爆風で視界が分断される。

煙が晴れるとカレンの姿が変わっていた。機械的なフォルムを有した巨大なドラゴン。いつか見せてもらったヴォルテールに近いだろうか…

対してこっちはまだようやくスサノオが肉付いてきた頃合。

「グオオオオオオオッ」

唸り声を上げるとカレンは両翼を広げ、翼の左右と口元に魔法陣が浮かび上がる。

マズイっ!?

あたしはスサノオの右腕に二つ目の腕が持っている炎球から黒炎を飛ばすと、集束している魔法陣を燃やしに掛かる。

何とか両翼の魔法陣は燃やせたが、口元の集束は止められない。

「くっ…」

あたしはスサノオの左手を前に出して、雷球から雷の塊…スフィアを幾つか浮かび上がらせると互いに連結させるように磁場を形勢、腕の前に盾を作り出し砲撃に備える。

相手の砲撃より一瞬速く盾をくみ上げきれたあたしは衝撃に備えママをぎゅっと抱きしめた。

カッと撃ち出される砲撃を何とか耐えようとするが…耐え切れず貫通。どうにか射線上からは逃げれたようでスサノオの左腕一本を抉り取られるだけで済んだようだ。

が、しかし、息つく暇を与えてくれるほど相手は容赦してくれない。

抉られた左側へと駆け寄ったカレンは鞭のようにしなる尻尾で攻撃してきた。

肋骨を貫通するほどの威力は無かったが、あまりの威力に耐え切れずに吹き飛んでしまった。

ズザザーと土埃を上げ周りの物を破壊しつつ転げまわり、ようやく停止。

「はっ!?」

しかしすでにカレンは目の前まで迫っていた。

肉付いている右腕と、ようやく骨の状態まで再生させた左腕でカレンと取っ組み合い。

カパリと開いた口からは集束されている砲撃。

右手の炎球から天照を飛ばすと、堪らずとカレンは飛びのくが、カレンから放たれた砲撃でスサノオの頭が吹き飛んだ。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

息が荒れる…

ママを抱えていて両手が使えないのがネックだ…魔力による攻撃はレジストされてしまう今、バインドなどは使えない。…今のあたしは攻防の全てをスサノオに頼らなければならない状況だ。

「炎龍っ!雷龍っ!」

スサノオの両手の炎球、雷球から形態変化させた二匹の龍が現れる。

「あぐっ……うっううっ…」

この術はまだあたしには早すぎるのか体を締め付ける痛みが酷い…しかしまだここで止まるわけには行かない。

二龍を操りカレンを攻撃する。

触れたらヤバイと感じ取ったのか、カレンは二龍に接触せず、砲撃で削っている。…正しい判断だよ…。

あの二龍は触っただけでも相手にはダメージが通る。天照とタケミカヅチの塊なのだから当然だ。

若干の猶予が出来たのであたしは紋章を発動、輝力を合成するとスサノオの頭部を再生、最終段階へと移行する。

スサノオの周りを鎧が包み込むと威圧感のある益荒男が完成した。

あたしのスサノオの回りに時折虹が幻視される。これはヴィヴィオの眼を移植した事で発現した『聖王の鎧』と呼んでいる能力だ。

これの防御力は絶大で、生半可な攻撃では決して通らない堅固な鎧だが、如何せん消費が激しく維持するだけでも莫大な量の輝力が必要だった。

今の状態を維持しつつ攻撃を行うとなればあたしが気力が充実している状態で3分。…今の状況じゃ1分もてば良い方だ。

だから、後1分で決着を付ける。

炎龍、雷龍を打ち破ったカレンが再び集束に入るのが見える。

あたしは炎球、雷球からそれぞれ炎と雷を伸ばし形態変化させると二本の刀を形作ると地面を蹴った。

あたしのスサノオに恐怖を感じたのか、カレンは集束途中で翼からの二発を発射。着弾するが構わずとあたしは突き進む。

攻撃の全ては聖王の鎧が弾いていた。

構わず駆けるとようやくスサノオのもつ炎剣、雷剣の射程に入った。

「あああああああっ!」

気合と共に炎剣を振り下ろす。

「ガアアアァっ!」

放たれる口元の砲撃を切裂き燃やしつくし、ついには頭部を一刀の元切裂いた。

「なっ!?」

さらに横薙ぎに振るわれる雷剣は竜の胴を真っ二つに切裂き、中に居たカレンさえも分断する。

「かっ…かはっ…」

纏った紙片はプラズマで燃やし尽くされ、中からは上下に泣き別れたカレンの姿が現れる。

あの状態でも死んでないのは流石にエクリプスウィルス感染者だろうか。

とは言え…

「あ、あぐ…はぁ…はぁ…はぁ…」

ヤバイ…体が痛い…さらに意識が朦朧としてきた。

スサノオの行使はまだあたしには様々な反動をもたらす諸刃の剣だった。

「姉貴っ!?」

アルと呼ばれた少女がサイファーをカレンに駆け寄ると、その分断された体を抱きかかえ此方を睨みつけると、悔しそうに顔をしかめた後転移準備に入った。

「ちっ…管理局員のお出ましか…このままじゃちょっとマズイか…。…てめぇ…ぜってー許さねーからなっ!」

襲われたのはあたしの方だと思う。それは一方的な因縁だよね?

彼らの気配が完全に消えるとあたしもスサノオを解いた。

…そう言えば、とはっきりしない頭でサイファーが取り落とした武器を探す。

何となく、あれを回収しなければと思っただけだ。

「…あった…」

ママを横たえるとサイファーの武器を回収。ソルの格納領域に仕舞い込むと流石に限界。

あたしの意識はそこで闇に染まった。







再び意識が覚醒するとあたしは教会系の病院のベッドの上だった。

周りにはヴィヴィオ、コロナ、アインハルトさんの姿が見える。

「コロナっ!良かった…コロナ、リオのお父さん呼んで来て。リオのお母さんの所に居るはずだから」

「う、うんっ!」

ヴィヴィオに頼まれてコロナが病室を出て行った。

「ここは…」

「病院。リオ、道端に倒れていたんだって。その近くには殺害されたらしき人も居たから…」

ああ、あの黒服の人たちの事か…

「リオっ!良かった…無事でよかった」

バタンと病室の扉を開いて駆けつけたパパに抱きしめられる。

「い、痛いよパパ…」

心配かけてしまったようだ。

「リオちゃん起きたんやって?起きて早々で悪いんやけど、何が起きたか話してもらえへんかな?」

と、遅れて入ってきたのははやてさんだ。

なるほど、あんな事件の後にこんな事件に巻き込まれたのだ。はやてさんが気にかけて他の捜査員にごり押しであたしの所に来てくれたんだろう。

「はい…でも、何で襲われたのか分からないんですけどね」

それでもと状況を説明する。

説明をし終えるとはやてさんから言葉が返ってくる。

「おそらく、リオちゃんを誘拐しようとしたのは2グループある。リオちゃんのお母さんに暴行した相手と、それを殺して奪い去ったもう一方。一つはおそらくフッケバインファミリー、リオちゃんのママを強奪してリオちゃんの前に現れたやつやね。リオちゃんの証言と殺されていた黒服の誘拐犯の殺され方からしておそらくその彼女が殺したと診て間違いない。それで、街中で切り殺されていた黒服の殺され方とは異なる。この事でリオちゃんの殺害の容疑はほぼ晴れたと言ってええ」

それはよかった。

「フッケバインファミリーだけでも頭が痛い言うんに…もう1グループ、リオちゃんを誘拐しようとしたグループがおる。こっちはまだ確定できるだけの情報はあらへん。…やけど、確実なのが一つだけある」

「…あたしを狙ったと言う事ですか…」

「そうやね。相手はどうやらリオちゃんのあの事をどういう経緯か知りえた相手…それが誰かは分からないけれど、おそらくあの事件をけし掛けた相手なのは間違いないやろ」

あの二人組の男達の依頼主の事だ。二人を無力化して逃亡した相手が居るのは明白なのだ。

そしてウィルス散布地から生きて帰ったと言う事も容易に想像がついてしまうのだろう。

「それでな、リオちゃんには悪いんやけど…」

そう断ってから話されたはやてさんの言葉であたしは六課預かりと言う事になり、事件が解決するまで学校は休学することになった。

これは六課預かりになった事で人質との交渉は無駄だと言うアピールと、あたしの保護と言う名の監視だろう。

パパやママには別途に管理局の護衛がついているらしい。

特務六課の主力フォワードメンバーには大体面識が有るのだけれど、二人ほど見た事の無い女性が混じっていた。

「あれ?リオ?どうして特務六課(こんなところ)に」

六課隊舎内の見学をとフラフラ歩いていた時、前から三人の人影が。その中の一人から声を掛けられた。

「トーマさん、お久しぶりです。トーマさんこそどうしてこんな所に?」

「いろいろ有ってね…俺は今局員見習いだから」

「へぇ」

「リオは?それにその眼…」

「いろいろありまして…あたしは今特務六課で保護と言う名の監禁中です」

「監禁?」

と問いかけるトーマの後ろから声が掛かる。

「トーマ?」

「その子は?」

「あ、ああ。この子はリオ・ウェズリー。なのは部隊長の子供、ヴィヴィオのお友達だよ」

「へぇ。あたしはアイシス・イーグレット。トーマと同じくこの部隊で厄介になってるんだ」

そう言って手を伸ばしてきたアイシスさんと握手する。

「あ、はい。こちらこそ、アイシスさん」

「呼び捨てでいいよ」

「あ、はい」

「わたしはリリィ。リリィ・シュトロゼックです。よろしく」

握手しようと伸ばされたリリィの手。

「この子…」

触れた瞬間リリィさんの表情が変化した。

「リリィ?」

いぶかしむトーマくん。

「この子、エクリプスウィスル感染者だ…」

「え?」

バッとトーマくんとアイシスさんの視線が向く。

え?

詳しく話を聞けば、トーマくんは最近エクリプスウィルスに感染して、大変な目に有ったらしい。

その時に知り合ったのがリリィとアイシス。

リリィはリアクトプラグと言われるエクリプスウィルスの感染源であり、生態制御装置…まぁ融合騎みたいなものらしい。

「じゃぁ、リオもシャマル先生の治療を受けているの?」

立ち話もなんだしと喫茶スペースに移動したあたし達。

「いいえー?」

そうトーマの問いに答えた。

「なっ!?じゃぁ殺人衝動とかは!?」

バンっと立ち上がる勢いでアイシスが詰め寄る。それをトーマが落ち着けと手を引いているのが見えた。

「無いですね」

「なっ…」

「それ本当っ!?」

ガバッと乗り出してくるアイシス。

「…はい…」

余りの勢いにタジタジ…

「それってエクリプスウィルスを克服したって事?」

「…多分」

「へー。良い事を聞いたわね。エクリプスウィルスって克服できるんだって。トーマ、リリィ、あんた達も頑張んなさいよ」

「う、うん…」
「が、がんばる…」

「あ、皆こんな所に居たんだ」

そう言って現れたのはなのはさんだ。

「もうそろそろ午後の訓練だよ。準備して」

「「「はいっ!」」」

元気良く答えるトーマくん、リリィ、アイシスの三人。

「がんばってー」

「何言ってるの?リオちゃんも見習い扱いなんだよ。一緒に訓練するよ」

「え?」

聞いてないですよ?いつの間にあたしは見習いになったのだろうか…

「はいはい、皆いそいでー」

え?ちょっ!本当に?







午後の訓練とやらは何故か実戦形式。

なのはさんがなんか凄いゴツイ装備を装着して空中に浮いている。

フォートレス装備と言うそうだ。

重厚なカノン砲を片手に持ち、翼のような四枚のシールドが浮いているし、何でこんな事に…と考えているあたしを置いてドンパチ始めちゃってる。

あたしはバリアジャケットを装着すると、でっかいハンマーを渡された後強制参加。

ウォーハンマーと言うらしい武器は何処と無くヴィータさんのデバイスを思わせる。

それにしても…なんかトーマのバリアジャケットは悪人にしか見えないね…黒騎士って言ってたっけ?

そしてディバイダーと言う銃剣型のデバイス。

魔力結合を阻害する能力を持っているらしい。そのためなのはさんの攻撃もどちらかと言えば質量兵器の感がするプラズマ砲だ。

同様にあたしが持っているウィーハンマーもこの質量でぶっ叩けば人なんて簡単に殺せるだろう。

魔力結合分解に対抗する為なんだろうけど、これは良いのだろうか?

トーマくん達の戦いは大量の魔導書のページが舞ったり、煙幕を撒き散らしたり、ディバイダーからの砲撃が飛び出たりと結構凄い事になっている。

まぁそれをいなしているなのはさんも流石ではある。

「こらっ!リオっ!サボってないで援護しなさいよっ!」

アイシスさんからの怒声。

「あ、あはは…」

とは言ってもどのレベルで動いて良いのか分からないのです。

実際模擬戦と言えばヴィヴィオ達か、もしくはアオお兄ちゃん達と言うある種の絶対的な存在には全力で戦えていたのだが…

なんて言っている内に三人とも撃墜。

残りはあたし一人だ。…とは言っても戦いに参加してなかっただけだけど。

「あとはリオちゃんだけだね」

「そうですね、なのはさん」

「どうして戦闘に加わらなかったの?」

「どの程度の動きをすれば良いのか分からなかったので…」

「あぁ…アオくんの弟子だもんね…」

そう言う事です。

「じゃあまぁ、適当に行きますっ!」

「適当って…」

あたしはウォーハンマーを担ぐと空を翔ける。

エクリプスウィルス感染者が仮想敵でもあるので、使うのはプラズマ砲がメイン。

なのはさんは手に持ったカノンを構えると、滞空していた二枚のシールドを自身から分離し、備えられた砲身から三方向からの射撃。

あたしは魔力を薄く球形に伸ばすと、相手の攻撃を感知、着弾までの間に安全地帯の先読みで攻撃を避けていく。

なのはさんに近づこうとすると左右からの弾幕が濃くなって近づけない。

これは飛翔しているシールドから対処しないとかな。

『ヴァイヒ・スツーツ』

柔らかき支柱の魔法を飛翔するシールドの一つの周りに幾つも行使。

「えええっ!?」

柔らかく跳ね返る支柱がシールドの軌道を妨げる。

「まだまだっ!」

さらに限界まで柔らかき支柱をスタンバイ。順次行使していく事で空間を埋めていく。

障害物の多さにシールドは機動力を失い、逆にあたしはその支柱を足場に空中を駆ける。

そして接触。

「はっ!」
「くっ…」

手に持っていたシールドであたしのハンマーを受けるなのはさん。

硬いね…無強化のただ振り下ろしただけのハンマーじゃ抜けないか。

でも多分本来はジェット噴射による威力の増強。ゼロ距離からのプラズマ砲での攻撃と言うコンボがあるんだろうなぁ。

グリンッと手に持ったカノンをあたしに向けようとして…なのはさんはやめた。

「わたしの負けかぁ…防御を抜かれない自信はあるけど、プラズマパルスの直撃を受けてからの反撃はさすがに無理」

首を振ってからなのはさんはため息を吐いた。

「はぁ…昔のアオくんを相手にしているようだよ」

そりゃ、あたしはあの人たちの弟子ですからね。

「あ、そうだ。データの収集はしないから、そのウォーハンマーでこのシールドを思いっきり叩いてみてくれないかな?…もちろんリオちゃんのもてる技術全てで強化したヤツで」

と、飛んで戻ってきたシールドを指差すなのはさん。

「え?」

「エクリプスウィルス感染者の攻撃は生半可じゃないからね。リオちゃんの攻撃で壊れるようならまだまだ強化しないと」

「…まぁ良いですけどね。…データ記録は止めてくださいよ?」

「大丈夫、約束する」

と言うと観測機器の全てをオフにするなのはさん。

「それじゃぁ…」

紋章発動、輝力合成。

練った輝力の全てをウォーハンマーに集約、硬での強化。さらに貫通力を持たせるために雷遁で雷を纏わせる。

ヂッヂッヂッヂッヂと放電する音が聞こえてくる。

「まっまって…レイジングハートっ!もしかして二枚じゃ足りないかなっ!?」

『全てをぶつける事を提案します』

「う、うんっ!」

残りの二枚も急いで操ると四重に強化されたシールドが現れる。

「全力全快っ!トールハンマーーーーーっ!」

技名は適当。

あたしはウォーハンマーを振り下ろすと一瞬の拮抗もなくシールドのすべてを砕き壊していた。

「あはははは…これは始末書ものかなぁ…」

『お手伝いします…マスター』

「ありがとう…レイジングハート…」

あ、なのはさんが現実逃避している。

まぁ今の技は威力は極限に高いけれど、溜め時間は長いし、防御に回す輝力分も全て使っているから実戦では使えないんだけどね。

そんなこんなで模擬戦のような訓練は終了した。


模擬戦は有意義だったけど、あたしには今課題がある。

スサノオの持続時間が少ないのだ。

どうにもあたしのスサノオは両手に形態変化させている炎球と雷球の所為か消費が激しいらしい。

輝力でもって構成しても持続時間が短いのだ。

どうにかしてスタミナをつけなければならないのだが…

「ぶっちゃけあたし一人が考えても何も浮かばない」

「何をいきなり言い出しているの?リオ」

と、ヴィヴィオ、アインハルトさんと一緒に六課にあるあたしの部屋に遊びに来ていたコロナがあたしの呟きに突っ込んだ。

「この間の襲撃であたしは地力不足を思い知ったのだ」

「地力?輝力を合成してもまだ足りないくらい?」

と、ヴィヴィオ。

「全然足りないよ…」

「そう言えば、アオさん達のオーラ量って桁違いですね。…わたし達が輝力でようやくと言う術もオーラで軽々やってのけられてますから」

何かを思い出したようにアインハルトさんが言った。

「そうだね、何か秘密が有るのかな?」

「ヴィヴィオ…まぁあの人達の事だからまだ何か隠してそうだよね」

「ヴィヴィオもコロナも酷いよ…」

「ですが、あの人たちなら…と」

「アインハルトさんまで…いやまぁあたしもそう思うけどさっ!」

あの人達の奥底はまだ見えていないんじゃないかと言う疑念と、いつまでも越えられない目標でいてもらいた憧れとが混ざっている。

「次のフロニャルドへは行けないかも知れないし…うーん…」

どうしよう。

「じゃ、じゃあアオお兄ちゃんを逆に呼んじゃう?」

「ええっ!?」

ヴィヴィオの言葉に驚くコロナ。

「怒られないでしょうか…」

とアインハルトさん。

「だってリオはすぐにでも地力を増やしたいんでしょ?」

「まぁね」

うーん…

「そんな方法は無いかもしれないけれど、聞ければすっきりするしね」

とコロナが追随する。

なるほど、確かにあたしも悶々としている。皆も実際に有るのでは無いかと疑念を持っているようだ。

六課の訓練場をヴィヴィオ達との演習目的と偽り借りる。ここが何気に監視の目が一番少ないのだ。モニタ関係を全てオフ。観測機を切ってしまえば外部への魔力遮断効果もあり、結構何をやっても見つからないような穴場なのだ。まさに灯台下暗しと言う事だろう。

「それじゃ、ソル。口寄せ術式の補助をお願い」

『了解しました』

「それじゃ…」

ピッっと右手の親指を切裂き血を流すと、そのまま印を組み、右手を地面に押し当てた。

「口寄せの術っ」

ボワンと煙と共に現れる人影。

「誰だよ…こんな時に呼ぶのは。なぁ?久遠」

「くぅん」

と、煙の中から現れたアオお兄ちゃんは早々に悪態を吐いた。

接触していたのか久遠ちゃんも一緒に口寄せされたようだった。

「リオ?それにヴィヴィオ達も一緒か」

「お久しぶりです、アオお兄ちゃん」

「「「お久しぶりです」」」

取り合えず挨拶。

見ればアオお兄ちゃんの雰囲気が若干違っている。2Pカラーと言いますか、何と言うか、そう、リインさんがユニゾンした時のような感じだ。

と言う事はクゥちゃんとユニゾン中なのかな?

「訓練中でしたか?」

「まぁね…それで、俺を呼び出した用事は?」

「あ、はい…」







「なるほど、また襲われたのか…それで地力の底上げを…」

「あたしも…ううんあたし達も努力は怠っていないと思っているんだけど、やっぱりアオお兄ちゃんと比べちゃうと」

「何か出来る事は無いんですか?」

と、ヴィヴィオがあたしの言葉を引き継いだ。

「地力の成長は年齢と共に増加するものだけど、個人差もあるし、確かに個々の限界値と言うのもある。それを言えば君達は早熟だからそろそろその限界値に上っているのかもしれない」

「それは…」

日々の努力が報われたと言うよりも、単純に限界を突きつけられただけと言う事だ。

リンカーコアの資質などは生まれもったものであり、ランクを大幅に伸ばす事は不可能と言われているこの世界で結構な魔力量を持っているあたし達は他の人たちよりは恵まれている事に感謝しなければならないのだろう。

アオお兄ちゃんの言葉を聞くにオーラの方もどうやら上限らしい。

だけど、それじゃ困る。

どうやら顔に出ていたらしい。

アオお兄ちゃんはため息を吐いた後、「だが…」と言葉を続けた。

「リオ達の運用はまだまだ無駄が多い。技を出す時に平均で二割ほどロスしている。確かに魔力量やオーラ量が多いリオ達には余り関係ないかもしれないが、このロスを無くせば?」

「今よりも二割、地力が増えるって事ですか」

とアインハルトさん。

「集中力を向上させ、技の無駄を省く技術を『食義』と言う」

「ショクギ…」

一体どういう意味の込められた言葉なのだろう。ミッドチルダの言葉ではないから多分地球の言葉なのだろう。

ソルに検索してもらうとテーブルマナーでは無いかと言う回答が返って来たが、さすがにそれは無いんじゃないかな?とその時は思っていたのだけれど…

「どうする?結構辛い修行になるけど教えて欲しい?」

あたし達は互いに視線を合わせた後、異口同音で返事をする。

「「「「はいっ!よろしくお願いしますっ」」」」

あたし一人だけでもと思ったけれど、抜け駆けはさせないとの事らしい。

それではと持ち出されたのはいつもの箱庭。

これを使わないと短期間でのレベルアップは不可能だからね。…歳はとるけど。

訓練場の端っこに移動すると人目のつかない所にアオさんは箱庭を取り出すと中の時間を加速させるとあとは宿泊の準備だが…その辺りは全部アオさんに任せることにする。

きっとあの道具袋に色々入ってるから大丈夫でしょう。

準備が出来たので全員で箱庭内にIN。食義の修行が楽しみだ。







「さて、取り合えず、リアクト・アウトだ」

リアクト?それってリリィさん達と同じ?

「え?嫌だ?…ロザリアもそろそろ人見知りを直そうね。この娘達なら大丈夫だよ」

しぶしぶと言った感じが伺えるその会話を終えるとアオお兄ちゃんの中から一人の女の子が現れた。

その姿はやはりどこかリリィさんを思わせる。

「その子は?」

「ほら、挨拶」

ぐっとアオお兄ちゃんの袖を掴んでその影に入りながら、此方を盗み見るように視線を寄こす少女。

「……うっ…」

緊張しているのか中々言葉が出てこないらしい。

その緊張を破るようにヴィヴィオが前に出て自己紹介を始めた。

「あたしは高町ヴィヴィオ。13歳です。あなたの名前は?」

「ロザリア…ロザリア・クゥ・シュトロゼック・フリーリア…14歳」

「クゥ?」

それはアオお兄ちゃんのユニゾンデバイスである猫さんの名前だ。

「ん…ちょっと事情が有ってねこの娘はクゥでもあるんだ」

まぁ詳しい話はその内話してくれるだろう。

「ロザリアね。あたしはリオ・ウェズリー。ヴィヴィオと同じ13歳」

「わたしはコロナ・ティミル。わたしもヴィヴィオと同じ」

「私はアンハルト・ストラトス。ちょっと皆からは年上の15歳です」

自己紹介が終わってもまだロザリアの警戒は解けなかったようでアオお兄ちゃんから離れようとしない。

とは言え、あたし達は修行に来ているのだ。

アオお兄ちゃんの修行が始まる。

食義の修行は感謝に始まり感謝に終わる。

食材に感謝をが基本理念らしく、技術を教えてもらうのではなく。どちらかと言えば精神修行。

しかも食べると言う事柄に特化している修行だ。

感謝の念以外の雑念を感じるとその炎が消えてしまう「たいまつくし」の炎を消さないように持続させる修行から入ったのだが、これがまた難しい。

思考を分割するマルチタスクからは真っ向から反対方向。

一つの事に全力を傾ける事がこんなに難しい事だなんて…

まずは30分燃やしてみろと言ったアオさん。しかし実際は一分と燃やせませんでした…

ようやく継続して炎を燃やせる事になるとすっかり夜。

夕ご飯と差し出されたのは一粒の種と鉢植え。

「これは?」

「何かの種ですよね?」

「いったいなんですか?」

と皆疑問を口にする。

「ローズハムと言う。感謝の念で育つ植物だ」

「あ、はい…それで…?」

「それがご飯だから、感謝の念が強ければ直ぐに成長する」

こんな風にねと見せてくれたアオお兄ちゃんの鉢植えからはバラのような植物が急成長して花を咲かせた。その花の花びらの部分がロースハムのような芳しい匂いをたたせていて食欲を誘う。

「それじゃ、がんばってっ」

そう言ってアオお兄ちゃんはすたこらさと離れていった。

唖然としているあたし達。でもまぁ…

「とりあえず、頑張る?」

「うん…」
「はい…」

「これを咲かせないことには夕ご飯にありつけませんしね…」

あーっ…とても深刻です。







結局朝まで頑張ってやっと芽が出た程度でした。

…しかもアオお兄ちゃん、本当に何も食べる物を寄こさないし…

ぐーっ…

空腹でめまいが…

「あ、まだ咲いてないんだね…じゃぁ今日の修行は継続してローズハムに感謝の念を捧げる事だね。はやく花を咲かせないと本当に飢え死にしちゃうかも」

「ええっ!?」

「朝ごはんは…」

「当然ありません」

「がーん…」

「うっうう…」

「死ぬ…絶対死んじゃうっ…」

「いえ、きっとこれには意味があるんです。皆さん頑張りましょうっ!」

励ますのは年長者であるアインハルトさん。

「お、っおー…」
「がんばろー…」
「はい…」

ダメだ、お腹が…







結局花が咲いたのはその日の夕方でした。

ローズハム…すごく美味しかったです。


さて、その後も出来なければご飯が食べれないと言う地獄のような修行が続く。

長い箸で何メートルも向こうの豆粒を掴んで食べるとか、つまむ力が少しでも強すぎるれば割れてしまう卵のようなコメを一粒一粒掴んで食べる修行とか。

食べれないストレスと、食べた時お幸福感。食材への感謝もだんだん自然と行えるようになってきた。

「ですが、こんな事で本当に修行になっているのでしょうか…」

意味を考えた結果、分からなくなってしまったのか、いっぱいいっぱいになってしまっているアインハルトさん。

「ん?あ、ああ。まぁそろそろ修行の成果も現れるだろうよ。アインハルト、あの木に向かって断空拳を放ってみて」

「え?あ、はい。分かりました」

すっと既に何千回、何万回と繰り返した彼女の技。

しかし、今回の彼女はその立ち方がすごく自然体で、技に入る流れもすごく綺麗で無駄が無い。

「断・空・拳っ!」

ゴウっと撃ち出される空圧は衝撃波を伴い木々をなぎ払っていく。

「「「うそっ!?」」」

「これは…」

あたし達もびっくりしたけれど、アインハルトさん本人が一番ビックリしているだろう。

「修行の成果。無駄な力が抜け、動きに繊細さが増した結果、その威力が跳ね上がったんだ」

「これが無駄を無くすと言う事ですか…」

「無駄を無くした結果、同じ技でも消費エネルギーが格段に下がっているはずだ」

「はい…半分以下の力で倍以上の攻撃でした」

「そんなにっ!?」

「リオ達も後で試してみればいいよ。…だけど、そろそろこの修行も最終関門だな」

「最終…」

「まだ有るんですね」

と、コロナとヴィヴィオが洩らす。

「本当に次が最後。…だけど、心して。この修行は本当に死んじゃうかもしれないから」

「え?」

「ここまでで止めても成果としては十分だと思うし、強制はしないね」

「ちなみに、その修行を受けると…」

どうなるんですか?とアインハルトさんが控えめに問いかける。

「人間としての限界を超えるね…とは言え、神や神殺しまでは行かないけど」

後半の不穏な言葉は取り合えず無視。

「人間としての…」

「限界を…」

「越える?」

「それって人間を辞めちゃうって事ですか?」

あたし、ヴィヴィオ、コロナと呟いて、最後はアインハルトさんが問い掛けた。

「いや、ちゃんと人間さ。ちゃんと寿命で死ぬよ」

寿命以外ではどうなのか、問い詰めた方がいいのでしょうか…?

でも…

「あたしは受けるよ…」

「リオ?」

「ヴィヴィオ…あたしは最初からもっと強く、それこそ自分の限界を超える為に来たんだもの」

「リオ…」

「リオさん…」

コロナ、アインハルトさんも心配そうな声を上げる。

「うん、わたしも受ける」

「ええ、私もです」

「皆に置いていかれるわけにはいきません。当然わたしも受けますっ!」

ヴィヴィオ、アインハルトさんコロナも決意する。

「そう…辛くなったり、止めたくなったら直ぐに俺に言って。すぐに修行を中止、助けてあげる。…だけど、たぶんチャンスは今、この一度きり。ここで止めたり、諦めたら多分二度目は無いよ」

「「「「はいっ!」」」」

「それじゃ…木分身の術」

アオお兄ちゃんの尻尾の付け根辺りから現れるアオお兄ちゃんそっくりの分身。アオお兄ちゃんも最近覚えたらしいチート忍術、木遁の木分身が四体現れる。

「ここからは皆それぞれ一人で俺の分身に着いて行ってもらう」

「全員一緒じゃないんですね」

「辞めるかい?」

「いいえっ!」

気合を入れなおす。

「それじゃ皆、また後で」

「うん、また」

「はい、また後で会いましょう」

「その時はみんな限界を超えてだね」

と、皆で激励しあった後、アオお兄ちゃんに着いてそれぞれ歩き出した。

アオお兄ちゃんはこれを着けてただ着いて来いと一言だけ言うと前を歩き出す。渡されたのは両手足に着けるタイプの加重装置。ただそれがオーラと魔力を吸い上げて重くなっていると言う代物。これが結構重い。アオお兄ちゃんの速度は決して速いわけではないが、それでも散歩と言うには速い。

重りが重く、なかなか着いて行くのがやっとの速度だ。

周りの景色はふわふわと目印になるものが見当たらず、つかみ所が無いため、今自分がどこを歩いているのかさえ、数時間前にとうに分からなくなっていた。

ただ着いて来いと言われたからあたしは歯を食いしばってでも着いて行く。

だけど、じょじょにアオお兄ちゃんはペースを上げてきていた。それに追いつくには念や魔法で身体を強化しなければならないほどだが、重りにも使われているためにその量のコントロールは精密に多すぎず少なすぎずコントロールしなければ追いつけないし、長時間維持できない。

これが修行かとも思ったけれど、どうやら違うのかもしれない。

休憩も食べる物もいや水さえも口にする事もなくすでに何時間歩いただろうか…だんだん重りも魔力と念を吸い取って重くなってきている。すでに何トンあるだろう。

出発前にリオが一番この修行は危険かもしれないとアオお兄ちゃんが言っていた意味がようやく分かった。

あたしの体内にあるエクリプスウィルス。宿主の危機にその活動が活発になり、押さえられているはずの破壊衝動すら再発してしまったのではないかと思えるほどだ。ウィルスへのエネルギーが滞ってきた事でウィルスが宿主であるあたしを食い殺そうとする作用。対消滅と言うらしいそれに抗う。

ただ歩いているだけなのに、地獄のような時間が過ぎていく。

ただ生きて、歩いている。それだけもすごく困難だ。

生きているなんて事は当たり前のことで、食べ物を食べるなんて事も当たり前の事だった。そんな当たり前の事が尊い事だと気付かされる。

人との繋がりもそう。

アオお兄ちゃんに知り合えたからこそ、フロニャルドで色々な経験が出来たし、いろいろな人と知り合えた。命を救ってもらったこともある。…と言うかそれが切欠だったか。

人々との出会いにも感謝を…

あれだけあたしを食い漁っていた挙句に、それでもあたしを生かすために消滅しかけるまで縮小しているエクリプスウィルス。ギリギリの所であたしを生かしてくれたらしい。

そして、まだ生きている事に感謝を。

ああ、そしてあたしを生かしてくれていた全てのものに感謝します…

限界を超えて歩いていたあたしも、ここらでついに体が動かなくなってしまってつんのめるように倒れてしまった。

「……よく、がんばったね」

アオお兄ちゃんの声が聞こえるような気がする。

カシャリと音を立ててあたしの四肢に付いていた重りが解放されると、ズドンと音を立てて地面にめり込んでしまった。…どんだけ重かったのだろうか。

「これを飲んで。きっと落ち着く」

そう言って抱き上げたあたしの口元に寄せられたのは一杯のお猪口に入った液体。

コクリと嚥下する。

「…おいしい…」

その一口であたしの体に活力が戻ってきた。それは徹夜明けに飲んだ滋養強壮ドリンクなどよりも強烈にあたしの体を駆け巡る。

「虹の実のジュースだよ。どうやら無事に食没を覚えたようだ。このジュースはまぁ頑張ったご褒美だね」

もっと…とせがむあたし。

それに苦笑しながらアオさんは虹の実のジュースをあたしの口に運んでくれた。

「続きは屋敷で頂こう。どうやらリオが最後のようで、皆待ってる」

とアオさんが言うと一瞬で景色が歪み、見慣れた森へと変わる。

どうやら幻術に掛かっていたようで、同じ所をぐるぐると歩き回っていただけのようだ。

「はい…」

アオお兄ちゃんはあたしを抱き上げて立たせると、一緒に屋敷へと戻る。屋敷はすぐそこだった。

「リオっ!どうだったっ!?」

と屋敷に着くと一番にリオが問い掛けた。

「むしろそれはあたしが聞きたい。皆はどうだったの?」

三人の表情を見れば一目瞭然だった。

「そっか…それじゃぁ」

あたしの口角も上がる。

「うん。全員食没を覚えたよっ!」

「はい」
「うん」

いぇーいっ!と皆で抱き合い喜びあった後、アオお兄ちゃんが用意してくれた料理を食べる。

「おかわりっ!」
「わたしもっ」
「あ、わたしも」
「私もです…」

「みんな…食べ過ぎ…」

ロザリアちゃんが呆れてる。

「だねぇ。とは言え、それが食没を習得した者の証か」

とアオお兄ちゃんは知っているために驚かず。追加の料理を配膳していく。

ようやく腹が満たされた頃、変化は如実に現れていた。

「これは…」

「オーラ量が自分の限界を超えている?」

と、コロナとヴィヴィオ。

「いえ、それだけじゃありません。魔力量も増えています…」

アインハルトさんが感じたままに言った。

「それが食没の効果だよ」

「どういう事でしょうか?」

とアインハルトさん。

「体内に入っても感謝し続ける事で食材の方も何倍もの効果を発揮すると言う…とは言え、そんな事を言っても漠然としかわからないだろうけれど。そうだな…効果だけを簡単に説明すると…」

と取り出したのは容器に入ったトウモロコシ。

「それは?」

とヴィヴィオが問う。

「これが、オーラにしろ、リンカーコアにしろ、そこに蓄えられているエネルギーだとしよう。今のこの状態が普通の人間の限界だ。とうぜん、これに更にトウモロコシを入れようとしても入らない」

まぁそれは見れば分かるね。

容器を渡されたので取り合えず持ってみるけれど、まぁ重さもこんなものかな?

「で、こっちが…」

と言ってだしたのは同じ大きさの容器。その中身は白い粉末が入っていた。

「これは同量のトウモロコシを粉にしたもの。これが食義を極め、食没を習得した人の状態」

え?

「同じ容器、同じ量のはずなのにこれだけスペースに空きが出来る」

「器が同じでも、蓄積方法が変わればその分容量がふえる?」

「正解」

ヴィヴィオの答えに頷いたアオお兄ちゃん。

「魔導師の魔力量を増やす為に付加をかける方法があるね。リオ達にもやってもらってたけど、これは容器の大きさを大きくする方法。個人的資質が大きく出る所でもあり、増やし辛い所でもある。まぁ、成長期にあわせて付加をかければ、そこそこ伸びるものだけど…絶対的な限界はある」

とは言え、やはり先天性資質に左右されるものだ。

「でも、食没は蓄積密度を操っている。器の大きさが大きい事に越した事は無いけれど、その密度を細かく、純度を上げていけば、桁違いの魔力が蓄積できるだろうね」

「それが食没…」

誰の呟きだっただろうか。確かにこれは普通の人間をはるかに越えたと言う事だろう。

「まぁ、食没の習得は俺達がいつかはと思って時間を掛けて仕込んできた結果だよ」

今までの修行はこの修行をこなせるようになるための物も含んでいたと言う事だろう。本当にアオお兄ちゃんは…もう。

「この技術はいつ習得したのもなのですか?」

「いつ…ね。その質問に意味があるのか分からないけれど。リオとヴィヴィオに初めて会った時には覚えてなかったな。…古代ベルカを生きた時にはすでに覚えてたけど」

「そうですか…」

と一人納得したアインハルトさん。

さて、お腹が膨れたら眠くなってきました。まぁハードな修行にあの食没を得る為の試練と過酷に過ぎた。

「奥に布団を用意してあるから、ゆっくりお休み」

「はい…」
「失礼します」
「…zzz」
「コロナっそんな所で寝ると風邪引くよっ!」

重たい体を引き摺って布団まで行くと、直ぐにまぶたが落ちる。その日は久しぶりにゆっくりと眠った。
 

 

エイプリルフール番外編 【Force編その2】

次の日。

「んっんーっ!」

ぐいっと背を伸ばすと眠気を飛ばした。

一日眠ったあたしの体は全快。すこぶる調子が良い。

その後起きたヴィヴィオ達とおはようと声を掛け、アオお兄ちゃんが用意してくれた朝食を食べると、アオお兄ちゃんに呼び出され外へ。

「それじゃ、どれだけ強くなったか、自分自身の実感が欲しいだろうから…俺達と模擬戦しようか」

「アオお兄ちゃん達とですか?」

「こっちは俺と久遠、それとロザリアの三人。そっちは四人全員で。一応この辺りはフロニャルドの守護の力を応用している。全力で挑んでも大きな怪我はしないよ。まぁ死ななければ俺が治して上げられるしね」

なるほど。

「どうする?止める?」

そのアオお兄ちゃんの問いにあたし達は視線を合わせると。その瞳に闘志を燃やす。

「受けて立ちましょう」

とアインハルトさん。

「わたし達がどれくらい強くなったか見せてあげます」

「弟子は師匠を越えるものです」

とヴィヴィオとコロナ。

「あー…でも、アオお兄ちゃんを越える事は不可能なような…」

「リオっ!分かってるけど、そう言う事は言わないのっ!ここは倒すくらいの気持ちで挑む位でちょうど良いと思う」

「はーい」

互いに距離を取るとデバイスをセットアプ。準備を整える。

それぞれのバリアジャケットの腰にはおそろいの羽扇、ミニ芭蕉扇がささっている。

「それじゃ、ロザリア」

「うん…リアクト・エンゲージ」

少し控えめに呟いたロザリアちゃんはアオお兄ちゃんにユニゾン・イン…あれ?リアクトだっけ?まぁ効果はさほど変わるまい。

隣の久遠ちゃんは子狐モードから大きめの獣の姿に変わっていた。

空中に魔法陣でカウントダウンが映し出される。

「3」

「2」

「1」

「行くよっ!みんな」

「はいっ!」

「てっ!あっち速すぎるっ!」

え?っと視線を向ければ既に巨大な輝力を練りこんでいるのが見て取れた。

「木遁秘術・樹界降誕」

「えええええっ!?」

ちょっ!アオお兄ちゃんもう術の発動っ!?しかもこれは広域殲滅タイプの術だ。

地面から無数の木が乱立し、うねりながら津波のように押し寄せる。

「紋章発動っ!」

あたしも遅れながら輝力を合成。ヴィヴィオ達も冷静に後に続いた。

今ならアレを使っても余裕が残るはず。

「ヴィヴィオっ!」

「う、うんっ!」

あたしとヴィヴィオは素早く印をくみ上げる。

「火遁・豪火滅失っ」

「風遁・大突破っ」

「「合成忍術、爆炎乱舞っ!」」

あたしの火遁をヴィヴィオの風遁が煽る。

炎は勢いを増し、迫り来る木々を押し戻し、燃やしていく。だが、中に混じる巨木は止まらない。

「任せてっ!」

と、コロナが前に出る。

創世起動(クリエイション)っ!土遁・ギガント・フィストっ!」

土の中からいくつもの巨大な掌が現れ、巨木をその手で掴み、その握力で粉砕していく。

「おっと、まさかこんなに簡単に止められるとは思わなかったよ」

なんて呟いているアオお兄ちゃん。視界の塞がるような攻防。だから…

「今ですっ、アインハルトさんっ!」

「覇王・断空拳っ!」

巨木を隠れ蓑に隠で気配を絶って接近し、空中からアインハルトさんの一撃。

流でコブシを強化して打ち下ろされた断空拳の一撃は、余波で空気が震えている。

『プロテクションっ!』

アオお兄ちゃんのデバイスが緊急障壁を展開するけど、アインハルトさんの攻撃の一撃は凄まじく、障壁を貫通。本体に迫るが、コブシに合わせる様にアオお兄ちゃんの回し蹴りが炸裂。すかさず左手にオーラを移し、ガードしたアインハルトさんだが、抵抗むなしく吹き飛ばされる。

まぁ、自分から飛ばされたみたいだから、ダメージはそんなに受けてないだろう。ヒット箇所に輝力を集めていたみたいだし、ティオも障壁を張っていたしね。

「フィンガーショットッ!」

コロナが巨木を受け止めきった巨人の腕の指先をアオお兄ちゃんに向けると、扇状に複数展開されている全てのギガント・フィストの指先を向けると、その指先からショットガンのように礫を飛ばしていく。その分巨人の掌は減っていくが、まぁ防御に使った余りものを有効利用しているだけだからいいのかな?

『ラウンドシールド』

質量を持った攻撃に、さすがのアオお兄ちゃんもシールドを展開し、下がった。

はっ!?久遠ちゃんはっ!?

アオお兄ちゃんだけに気を取られている場合じゃない。

「誰かくるっ!」

ヴィヴィオが張った円に感知されたのだろう。ヴィヴィオはどうやら本質的には戦闘タイプでは無いらしく、こう言った補助の方に適正が高い。隠で近づいてきた敵すら動いているのなら見逃す事は無いようだ。

あたしは対処出来るように印を組み、千鳥を発動。迎撃の用意を整えると、堰き止めた巨木の隙間から高速で近づいてきた誰かは、人間ではありえない動きで地面を掛けてくる。

「ストライク・レーザークローっ!」

って、千鳥を纏わせた爪を振るってるっ!?しかも狙いはコロナのようだ。

あたしはそれの攻撃に横から割って入り、千鳥を纏った右手を振るう。

バチバチと互いに交差する千鳥。久遠ちゃんは強引には押さずに身を翻し、距離を置いて着地、再び此方へと狙いを定めている。

「くぅん」

「土遁・多重土流壁」

突っ込んでくる久遠ちゃんにすかさずコロナが印を組んで防御。両手を地面に付くと、いくつもの岩の壁が出現、久遠ちゃんの進路を妨げる。

と、あたしも見てるだけでは終わらない。

『ライトニングバインド』

設置型バインドを使ってされに久遠ちゃんの行動を阻害する。まぁ、見えているのか引っかからないんだけど、それならそれで問題ない。

進路を限定した先にはヴィヴィオが待ち構えている。

「ディバイーン、バスターーー」

こぶしの先に光球が現れ、それをコブシで叩きつけるように発射された砲撃魔法。

避ければライトニングバインド、受けてもバインドで捕まえるだけの隙が出来るはずだ。

しかし久遠ちゃんは口元に黒い光球を作り出すと、その球を口元から発射。ヴィヴィオのディバインバスターと撃ち合いになり、爆発。その余波でバインドは全て弾き飛ばされ、土流壁も崩れている。

溜めもほとんど無しでバスターと撃ち合って相殺するとは…久遠ちゃん侮りがたし。

爆風に紛れ、久遠ちゃんはヴィヴィオに一閃。シールドを貫通した一撃はヴィヴィオを貫き、そして…

ポワンと煙と共に消えた。

ここに残ったヴィヴィオは影分身だったのだ。本体はアインハルトさんの援護にとアオお兄ちゃんの所へと既に向かっている。

「火遁・龍火放歌の術」

あたしは印を組むと口から龍を象った炎を幾つも連発して久遠ちゃんを攻撃する。

さらに同時にコロナも土遁の印を組んでいる。

「土遁・飛び礫」

地面からいくつもの礫を飛ばし、久遠ちゃんに逃げ場の無い攻撃を仕掛けた。

久遠ちゃんは避けられないと悟ったのか、四本ある尻尾を輝力で強化すると、グルリと自分の前に持ってきて防御の体勢。

礫と火龍が久遠ちゃんを直撃するが、久遠ちゃんはその攻撃を受けると、その威力をも利用して後方に飛びのき、距離を取ったようだ。

さて、仕切りなおしたあたしとリオと久遠ちゃんはさておき、アオお兄ちゃんの方はと言えば、ヴィヴィオとアインハルトさんが連携してアオお兄ちゃんに近接戦闘を挑んでいる所だった。

左右から挟みこんで、連携によるスイッチで隙の無い攻防を繰り広げているが、紙一重でアオお兄ちゃんには全て防がれている。

「セイクリッド・クラスターっ!」

ヴィヴィオの射撃拡散攻撃魔法が迸る。

『プロテクション』

拡散攻撃にアオお兄ちゃんもバリアを張ったようだ。

しかし、ヴィヴィオがアオお兄ちゃんの動きを阻害してからのアインハルトさんによる必殺の一撃。

「覇王流破城槌っ」

振り下ろされたコブシは輝力での強化も含めて凄まじい威力を秘めていた。

「ちょっ!…す、スサノオっ!」

アオお兄ちゃんを護るように現れたスサノオの肋骨。しかしアインハルトさんの攻撃は凄まじく、展開直後のスサノオの肋骨を粉砕。アオお兄ちゃんに直接ダメージを与えるまでは行かなかったが、その威力でアオお兄ちゃんは地面まで吹き飛んでいった。

しかし、落下途中もアオお兄ちゃんは印をくみ上げると、空中に居るヴィヴィオ達を攻撃する。

「火遁・火龍放歌の術」

あたしが使うよりも速く、そして多くの数の火龍がヴィヴィオ達を襲う。

それを二人は持ち前の動体視力でかわしていく。

「ストライク・スターズっ!」

攻撃をかわしつつもヴィヴィオの大威力砲撃。

今までのヴィヴィオなら、こんな芸当は出来なかっただろうな。確実に修行の成果が出ていた。

『マルチディフェンサー』

何重にも槍型に展開したディフェンサーがヴィヴィオの攻撃を裂きながら防御する。どうやらアオお兄ちゃんは防ぎきったようだ。

追撃に出ようとしているヴィヴィオ達だが…

「ヤバイっ!」

何の意味も無くアオお兄ちゃんが大量の火遁を放つわけが無かった。大量の火龍を打ち上げた事で出来た上昇気流に空気が暖められてヴィヴィオの頭上に雷雲が形成されていた。

あたしは嫌な予感がして咄嗟に口寄せの術式を行使、地面に手を着くと、ヴィヴィオとアインハルトさんを呼び戻す。

「え?」
「なぜ?」

と現れた二人が戸惑うが、一瞬後、爆音が響き渡る。

ヴィヴィオとアインハルトさんが居た所に上空から極大の落雷が襲ったのだ。

「…さすがのアオさんですね」

「はい…あの攻撃すらフェイクだったなんて…」

「うん…」

と、アインハルトさん、ヴィヴィオ、コロナが呟く。

「さて、仕切りなおしだよっ!」

「「「はいっ!」」」

まだまだ闘志は十分だ。

「さて、わたしもそろそろ本気を出す頃だね」

「ヴィヴィオ?」

「わたしもこの二年間言われるままに修行してきたわけじゃないって事だよ」

と言って一度瞳を閉じた後、再び開いた右目が赤く染まる。

「なっ!?写輪眼がっ!?」

「両目です…」

驚きの声を上げるあたし達。

「ふっふっふっ!リオが両目で使えるのに竜王のクローンハイブリッドであるわたしが使えないはずは無いっ!」

「いや…そうかもしれないけど…何で黙ってたの?」

「使えるようになったのってリオがその眼を移植してからだから。平行世界のわたしが使えたんなら、あたしが使えない訳ないじゃない?そう思って頑張ったら使えるようになったんだ」

「あ、そう…」

平行世界のヴィヴィオが使えたからってこっちのヴィヴィオが使える理由にはならないんだけど…

「さらにこれだけじゃなくて…って!来たっ!?」

何か言おうとしていたみたいだけど、一匹の火龍があたし達に襲い掛かる。

「水遁・水陣壁」

アインハルトさんが水遁で防御壁を張ると、どうにか相殺。その隙にあたし達はその場を離れる。

更に降りかかる火龍の嵐。

それを避けつつ、当たりそうになるのはアインハルトさんが相殺していく。

「水遁・水龍弾の術」

火龍に水龍を当てて相殺していくが…

「アインハルトさんっ!」

火龍の影にもう一匹の火龍。

「くっ…」

「水龍じゃダメっ!リオっ火遁を使ってっ!」

ヴィヴィオの絶叫。火遁には水遁の方が有効なのだが…しかし、ヴィヴィオの必死そうな声にあたしは従い、火遁の印をくみ上げる。

「火遁・豪龍火の術」

あたしの火龍がアオさんの龍に当たると、炎を上げて燃え移り、焼き尽くした。

「え?まさか木龍?」

アオお兄ちゃんは火龍の中に木流を混ぜていたんだ。それを火龍の影に混ぜて撃ちだした。

「しかし、なんで?」

ヴィヴィオには分かったのだろう。あたしの写輪眼ですら判断が間に合わなかったと言うのに。

「ヴィヴィオっ…」

と視線を向けるとヴィヴィオの右目の写輪眼の形が変わっていた。

「ヴィヴィオっ!それ…っ!?」

「この眼?これはスーパー写輪眼(仮)。この眼は普通の写輪眼よりも精度が高いのっ!…リオに黙っていたつもりは無かったんだけど…」

ああ、あたしが使えないと思って言い出せなかったのね。

「いや、それはそんな名前じゃないから…」

「ええっ!?ちゃんとした名前があるの?…あうぅ…なんかカッコいい名前を考えようと思ってたのに…」

しょぼくれるヴィヴィオ。

「万華鏡写輪眼。それがその眼の名前」

形はアオお兄ちゃんのそれにそっくりだった。

そう言うとあたしも万華鏡写輪眼を行使する。

両目に現れる撫子模様。

「リオも使えたのっ!?」

「て言うかっ!この眼はリスクがあるんだよっ!あたしはこれで失明したんだからっ!」

「ええっ!?」

今度はヴィヴィオが驚く番だ。

「ヴィヴィオ、視力は落ちてない?」

「すこぶる良好。両目とも良く見えるよっ!」

ええっ!?どういう事だろう?

考えられるとすれば…

「アオお兄ちゃんのクローンだから?」

最初から適合しているとか?

「わかんないけど…」

「なるほど、万華鏡か」

「っ!?」

いきなりヴィヴィオの背後に現れたアオお兄ちゃん。

高速移動とか、瞬間移動とか。そう言った感じではなかった。

ヴィヴィオは驚きつつも回し蹴り。

が、軽々と防がれてしまった。

桜守姫(おうすき)だね」

「オウスキ?」

「極限まで写輪眼としての能力に純化した写輪眼。洞察眼、観察眼の最高峰。…この封印はもういらないかな」

ボウっとアオお兄ちゃんの指にオーラが集まると、ヴィヴィオの耳の後ろを叩いた。

「ぐぅ…つぅ…」

ふらつくヴィヴィオ。

「ヴィヴィオさんっ!」

アインハルトさんがコブシを振り下ろし、ヴィヴィオとアオお兄ちゃんを分断。

三人の距離が離れた。

再びヴィヴィオの左目が開かれると、そこには万華鏡写輪眼が浮かんでいた。

「ヴィヴィオの左目は最初から万華鏡を開眼していたからね。余りの危険な能力のため俺達が封印していたんだ」

そういえばなのはさんがそんな事を言っていたような?どうだったか…

「万華鏡写輪眼を開眼したのなら半端の状態の方が危険だ。使えるならしっかり使えるようにならないとね」

それはヴィヴィオに、そしてあたしにも向けられた言葉だろう。

さて、模擬戦はまだまだ終わらない。

アインハルトさんがヴィヴィオを助け出す一瞬でヴィヴィオが行使したディレイ型のバインドが決まる。

「おっと…」

『クリスタルケージ』

更にそれを強化するようにケージ型結界を行使。

「叩いて砕け、ゴライアスっ!」

さらにコロナのゴーレムクリエイト。その巨大な手がアオお兄ちゃんに振り下ろされる。

クリスタルケージ事粉砕し、アオお兄ちゃんを地面に叩きつけた。

「やった?」

「やってないっ!」

クリスタルケージが粉砕される一瞬、スサノオを行使していたのが見て取れた。

「木遁・木人の術」

現れる巨体はゴライアスと同等。その手に持った剣がゴライアスに振り下ろされる。

「くっ…耐えてっゴライアスっ!」

ゴライアスを輝力で強化。周と流の要領で的確に剣の当たる部分、ガードした両腕を強化し耐える。

一度ガードにまわったゴライアスは攻めに転じる隙を見つけられない。

あの巨人を燃やし尽くすとなると、生半可な炎では無理かな…

あたしは一度右目を瞑り、そして開く。

「天照…」

ピントが合った瞬間に木人が黒い炎に包まれ燃え上がる。

「消えない炎…」

ヴィヴィオはその桜守姫で天照を解析したのだろう。その特性を言い当てる。

「コロナ、黒炎が燃え移った所はパージ。再構成してっ!」

「う、うん…でも」

「いいからっ!あれはリオでも制御できていないっ!」

とヴィヴィオが叫ぶ。

失礼なっ!ちゃんと鎮火できるようになってるよっ!…ただ燃え広げる方が簡単なだけだ。燃え広がりすぎた炎を消すのは…ちょっと難しいけどね。

とりあえず木人は天照の炎で焼き尽くされ灰になっていく。

「くぅ…」

右目から血涙が流れる。…前よりも少なくなってきているが、まだ反動は大きい。

「断空拳!」

アインハルトさんは木人が燃え尽きるより先にアオお兄ちゃんに接近し、コブシを振り下ろしている。がしかし、バキィと音がして衝突したそのコブシはアオお兄ちゃんの背中から出ている巨大な肋骨に防がれた。

「アインハルトさんっ!」

流石に劣勢を悟ったヴィヴィオが援護に向かうが…

「くぅんっ!」

「くっ…」

上空からクロスするようにヴィヴィオの前に現れた久遠の尻尾による打撃攻撃をヴィヴィオはガードした為に間に合いそうに無い。

ゴライアスは再構築がまだだ。

他のどんな出の速い技でもアオお兄ちゃんのカウンターは防げそうに無い。

本当にそうだろうか?

あたしは左目でアオお兄ちゃんを睨む。

あたしはタケミカヅチを行使。音すら置き去りにする速さでの落雷を落とし、アオお兄ちゃんに直撃させる。

まぁスサノオを突き破るほどの威力は込めていないが、アインハルトさんが脱出する時間は稼げただろう。

左目からも一筋の血涙が流れるが、気にしてられない。

『トライデントスマッシャー・マルチレイド』

三つの魔法陣が現れそれぞれに魔法をチャージする。

「トライデント・スマッシャーっ!」

三つの魔法陣それぞれから三又の槍の穂先のような砲撃が伸び、アオお兄ちゃんを囲うように放出する。

「コロナっ!」

「本当はあんまり得意じゃないんだけど…」

と言いつつ集束の終えたブレイカー魔法。

「スターライトォ…ブレイカーーーーっ!」

リオが放つ極大のスターライトブレイカー。

「ちょっ!食義を覚えてのそれはシャレになれないっ!」

と言うとアオお兄ちゃんはスサノオの右手を素早く顕現。大きな剣が瓢箪から現れると、さらにそれに銀色の何かを纏わせた。

その銀色に輝く剣でどうするのかと言えば…

「スターライトブレイカーを…」

「切り裂いたぁ!?」

振るった刀の衝撃でスターライトブレイカーを切り裂いてしまったのだった。

流石にこの状況にはあたし達一同唖然の表情。

ハの時に分かたれたスターライトブレイカーは地表を焼くが、アオお兄ちゃんは無傷。

とりあえずあたし達は爆風にまぎれて距離を取った。

閃光と爆風が晴れると既にアオお兄ちゃんは遠距離攻撃の準備を整えていた。

いつの間に現したのか、振り上げたスサノオの左手の先に三つ巴の勾玉が繋がりあっている。

「八坂ノ勾玉」

あたしに向かって放たれたそれは、バリアを貫通しそうなほどの威力だ。

『マルチディフェンサー』

多重起動するディフェンサー…だけど、多分足りないっ!

「スサノオっ!」

叫んだあたしに呼応するかのように髑髏が一瞬で現れる。

肉付く髑髏。

ガリガリとあたしのマルチディフェンサーは削られて行くが、最後の一枚が砕け散った頃にはすでにスサノオは鎧を着込んでいた。

食義を極めた結果、スサノオの起動時間が格段に短くなっているのが分かる。

八坂ノ勾玉手裏剣を受けたあたしだが、スサノオに…いや虹色の膜に護られたあたしは無傷だった。

「スサノオ…」

「いつの間にリオも使えるようになったの?」

と、アインハルトさんとコロナが問い掛けた。

「万華鏡写輪眼が使えるようになってからかな」

「それじゃ、スサノオって…」

「写輪眼の瞳術…だったんだ」

コロナの言葉をヴィヴィオが引き継いだ。

あたしはスサノオの右手に持った炎球から天照の黒炎をとばしアオお兄ちゃんを攻撃する。

飛ばされた黒炎を最小の動きで避けていくアオお兄ちゃん。天照では速度が足りないか…

ならばと左手の雷球からプラズマを飛ばして攻撃する。

流石にこの攻撃速度にはアオお兄ちゃんも避けれなかったようで、スサノオの左手を前に出してガードしている。

プラズマが着弾する前にカガミのような盾が現れ、あたしが放ったプラズマを弾いていた。

「すごい…」

と呟いたのはコロナだったか。

たたみ掛けるようにプラズマを連射するあたしだが、一向にダメージが通っている気配は無い。どうやらあの盾は尋常じゃないようだ。

しかし、あたしの方が押している。そう思った時、上空から途轍もないプレッシャーが感じられた。

視線を上に向けると、バスタークラスの魔法を易々と相殺させた黒い塊の何倍もある大きさのそれを口元に溜めている久遠ちゃんの姿が見えた。

「みんなっ!避けてっ!」

「リオはっ!?」

「あたしは大丈夫だからっ!」

と言う会話の後、飛行魔法の限界速度で遠ざかるヴィヴィオ達。

あたしはと言えば、スサノオの質量を纏っているためにどうしても飛行速度が落ちてしまう。あの攻撃をかわす事は難しいと判断し、受け止める事を考えた。

「紋章発動っ!」

「かっ!」

輝力を合成して、虹色の防御膜を強化。それと同時に放たれる久遠ちゃんの黒い塊、尾獣玉と言うらしいその攻撃はあたしのスサノオを飲み込み、踏ん張りの利かなくなったあたしは地面へと打ちつけられる。

「ぐぅ…」

ズザザーと地面を転がりようやく停止。外傷は無いものの、ものすごく吹き飛ばされた。

上空を見れば、いきなり小山を越えるほどに巨大化した久遠ちゃん。

「ええええええっ!?」

巨大化するなんて聞いてないよっ!?

さらにそのままあたしに圧し掛かかろうとしてるっ!?

「リオっ!」

あたしのピンチを助けてくれたのはコロナのゴライアスだった。ゴライアスは地面を蹴ると、玉砕も構わないと久遠ちゃんに突撃、一緒に錐揉みしながら地面を転がり久遠ちゃんとそのまま交戦に入った。

「ありがとう、コロナっ!」

「うん…だけど。ちょっときびしいかな…」

「どうするの?」

万物兵装(エキドナ)を使うしか…」

「大丈夫なの?」

「食義のお陰で余力は大分あまってるから多分大丈夫だよ」

と言う会話そしている内に、ゴライアスが窮地に陥っている。

「木遁・木龍の術」

地面から現れた木で出来た巨大なゾウのような鼻をもつ龍がゴライアスを縛り上げる。

怪力を持つゴライアスを締め付けて離さない。そのまま押さえつけられているゴライアスを久遠ちゃんが粉砕する。

って、木龍がこっちにもきたっ!?

あたしに迫る二匹の木龍。

あたしは炎球、雷球を形態変化させ、二振りの剣に作り変えると、迫る木龍を切り裂き燃やし尽くした。

が、しかし、それはフェイク。

あたしの足元から更に二匹の木龍が出現し、スサノオを縛り上げる。

「ぐぅ…まさか…輝力が吸われているっ!?」

この木龍、どうやらエネルギー吸収能力が付いているようだ。

ヤバイっ!このままでは…

縛り上げられていて剣は使えない。

あたしは剣の付け根にある炎球から天照をとばすと、自分に燃え広がるのを覚悟で木龍を燃やす。

巨大化した久遠ちゃんへはヴィヴィオとアインハルトさんがけん制の攻撃を仕掛けているが、相手の大きさに苦戦している。

巨体であると言う事はデメリットも大きいが、その分一撃に加えられる攻撃力と言う点では段違いだ。

さらに久遠ちゃんは獣形なので、人型とは比べるまでも無く…なかなかに手強い。

アオお兄ちゃんとの距離はかなり離れている。天照は射程外。さてどうしようか。

背後ではリオが万物兵装(エキドナ)の準備に入っている。

自分を中心に、周りにある物質を分解、吸着、再構成させるていく。リオの念と魔法のミックス術式であり、ある意味リオのゴーレムクリエイトの極限。

ただし、巨大になればなるほど、その製造にはやはり時間が掛かる。その間の時間はあたし達が稼がなければならない。

久遠ちゃんはヴィヴィオとアインハルトさんが止めてくれている。アオお兄ちゃんはあたしが止めなければ。

そう言えば、アオお兄ちゃんが飛ばした勾玉。あれはアオお兄ちゃんの固有能力だろうか?それともスサノオの能力?

右手の剣を一度引っ込めると、見よう見まねで力を込めてみる。

すると、掌から勾玉のような物が現れ、渦を巻く。

これかっ!

感覚を掴んだあたしは、そのままアオお兄ちゃんに投げつけてみた。

アオお兄ちゃんの連結された一つの大きなそれに比べて、数個の勾玉がバラバラに飛んでいく。

しかし、小さいと言う事は、アオお兄ちゃんのそれと違って威力も小さいと言う事。見ればアオお兄ちゃんのスサノオもすでに鎧を纏っている。その益荒男の剣の一振りで飛ばした勾玉は斬り伏せられてしまった。

むぅ…ダメか…でも、もしかしてこれに天照を合わせれば遠くまで飛ばせるのでは?

再び、勾玉を作り出すと、炎球から天照を飛ばし、勾玉に纏わせる。

出来たっ!

グォンと再び勾玉を投げつける。

黒い炎を纏って撃ち出されたそれに、アオお兄ちゃんは今度は斬らずに左手に持った盾を前面に押し出して防いだ。

ドドドドドーンッ

爆音と共に火柱が炎上し、アオお兄ちゃんを襲う。

なるほど、凝縮された天照が着弾と同時に爆発炎上したのか。

しかもその炎は消える事の無い天照。アオお兄ちゃんのあのカガミのような盾はどうやら特別製のようで、天照の炎を食らっても燃え移る事は無かったが、その他の場所はそうは行かないはず。

燃え広がる天照はスサノオの鎧を焼いていき、所々内側が見えてきた。

が、しかし…アオお兄ちゃんはその天照をさらに焼くように黒い炎を放つ。黒い炎が黒い炎に焼き尽くされて消えていく。

「なっ!?なんで…」

「なんでって…俺も天照を使えるからだけど?」

「なんでっ!?」

万華鏡写輪眼は片目にに一つずつ個別の能力を宿す事が出来ると言ったのはアオお兄ちゃんで、アオお兄ちゃんの万華鏡写輪眼の能力はタケミカヅチとシナツヒコの二つと聞いた。なのになぜ?

「アオお兄ちゃんは幾つ万華鏡写輪眼の瞳力を持っているの?」

「今の所7つだよ」

今の所って何っ!?

「万華鏡写輪眼の能力って増やせるのっ!?」

「普通は左右で一つずつ、それとスサノオで三つ。それ以上は増えない」

「だったらなんでっ!?」

「秘密」

うがーーーーーっ!

再び投げる天照を封入した八坂ノ勾玉手裏剣。別に当てなくても炸裂させれば足止めには十分。

そう言えば、アオお兄ちゃんが纏っているスサノオ、なんかいつものと形が違うような?それにアオお兄ちゃんはタケミカヅチもシナツヒコも使っていない。使ったのは天照だけだ。それも何か関係が有るのかな?

分からない事は取り合えず分からなくても良い。それに時間は稼いだ。

眼も眩むほどの一瞬の発光の後に、ズシンと音を立てて現れる異形。

竜のような体躯をしたメカニカルなデザインのゴーレム。

前足は鋭くとがっている金属ブレード。背中には背負い込むようにレールカノンの砲塔を背負い、所々体表に機動力を補助するためのブースターが付いている。

全長は巨大化した久遠ちゃんと同じくらいだろうか。

万物兵装(エキドナ)

コロナの念能力と魔導とのハイブリッドであり、その形体は一定しない。まぁコロナの好きに組み上げられると言う事だ。

今回のこれは久遠ちゃんに対抗する為に獣形を模しているのだろう。

ガシャンと言う音と共に間接が折れ曲がり、地面を蹴る。

ブースター補助を使って地面を掛けると、久遠ちゃんにそのまま突進、同じような巨体が出てくる事に驚いていた久遠ちゃんはまともにその攻撃をくらい、跳ね上げられてしまった。

「久遠っ!」

叫ぶアオお兄ちゃん。

エキドナの砲塔がグルリと旋回すると、体内で精製した金属片を弾丸に変えてアオお兄ちゃんに発射する。

「くっ…」

撃ち出された砲撃にアオお兄ちゃんは堪らずと回避を選択。穿った地面にクレーターが出来ていた。

対人戦に置いてコロナはあたしやアインハルトさんに遠く及ばないかもしれない。しかし、対軍…殲滅戦に置いては多大な威力を発揮する事になる。

『ぐっはぁ…無理…もう無理…さすがにこの大きさは輝力がガリガリ減っていくよ…』

コロナからの念話。

制圧力は凄いのだが、やはり巨体ゆえに消費の問題が出てくる。たしかに食義を覚え、食没を覚えたコロナは地力は増えたかもしれないが、やはりそれでも中々一人では扱えない能力であった。

『ヴィヴィオ…へるぷっ!』

『しょうがないなぁ…』

『私も行きましょう』

『アインハルトさん。…はい、二人でコロナを助けましょう』

『ええ』

『何でも良いから、はやくっ!』

エキドナから飛ばされる二つの光球はヴィヴィオとアインハルトさんに当たると包み込み、エキドナの体内へと戻っていった。

『わたしはエキドナの維持に全力を注ぎますので、アインハルトさんは体の制御をお願いします』

『はい』

『ヴィヴィオは兵装の管理と索敵、ブースター補助をお願い』

『わかったよ』

うーむ。エキドナの中は感性制御された空間で、コロナ達は光の球の中に浮かんでいて、そこでエキドナにエネルギー供給と操作をしている。なんと言うか、ユニゾンデバイスのユニゾン時を想像してもらえれば近いかもしれない。

ヴィヴィオをアインハルトさんを取り込んでエンジンが三つになったためにようやくエキドナも本格稼動できる。

『行きます』

アインハルトさんがそう言うと、先ほどよりも速い速度でエキドナは駆ける。

久遠ちゃんに取り付くと、持ち前の格闘センスを生かして四足での戦いをこなしていた。

地面を蹴って舞い上がると前足で切り裂く攻撃。クルリと身を翻した久遠ちゃんはそのまま回転を利用して尻尾をぶち当てる。

吹き飛ばされたエキドナだが空中でクルクルまわって姿勢制御。

着地と同時にレールガンを久遠ちゃんに向けて発射。久遠ちゃんも口に溜めた尾獣玉で応戦。爆発を起こしつつ、爆風を眼くらましに互いに距離を取ると、再び接近して格闘戦。

どちらも一進一退の攻防が続く。

あたしはあたしでアオお兄ちゃんとスサノオによる戦闘を繰り広げていた。

あたしの中で最硬を誇る聖王の鎧だが、アオお兄ちゃんの銀色のオーラを纏わせた十拳剣の前には一瞬の均衡しか許してくれない。

あたしはその一瞬で左右から剣を振るってアオお兄ちゃんを攻撃。どうにか聖王の鎧を絶ち切られる前にアオお兄ちゃんの攻撃をキャンセルさせ、同時に本体を狙うが、引き戻した十拳剣と盾に阻まれて届かない。

「その銀色のヤツはいったい何なんですかっ!?なんか凄く強烈なプレッシャーを感じるんですけど…」

実際、あの剣でいやあの銀色の水銀のような物が張り巡らされた十拳剣はブレイカークラスの魔法する軽がる切り裂いたのだ。

「これはすべてを切り裂く、神の『権能』」

「神さまの?」

神とは宗教的な観念における人間が及びも付かない奇跡を起こせる高次元の何かと言う解釈が多いだろうか。

聖王教会と言うものが一般化されている地域では余り馴染みは無い物かもしれない。

しかし、普通の人間が持てる能力では無いと言う事はなんとなくアオお兄ちゃんのニュアンスから感じ取れた。

そうか…アオお兄ちゃんはすでに神の領域に足を踏み入れてたのか…そりゃ強いはずだよね。

だけど、まぁ…だからってただで負けるのはやっぱり悔しいじゃない?だからせめて最大限に抵抗する。

あたしの成長も確かめてもらいたい…

「さて、それじゃぁ、ギアを上げていくか」

そう言ったアオお兄ちゃんはスサノオを消した。

「え?」

スサノオを消したアオお兄ちゃんはその生えている尻尾の形状が変わっていた。普通の猫の尻尾から蓮のような花が幾つも連なって出来た尻尾が一本生えている。

と見ている間にその尻尾の数が増えていく。

さらに凄い輝力だ…

尻尾の数が増えるごとに輝力が増えていくのが感じられる。

「なんて輝力…」

尻尾の数は十本でようやく止まり、アオお兄ちゃんは準備が出来たとばかりに空気を蹴って加速。

「はっ速いっ!」

ギリギリ写輪眼で捉える事は出来たが、既にアオお兄ちゃんは目の前。大量の輝力をその右手に集めてのコブシの一撃は聖王の鎧を破壊するまでは行かなかったが、踏ん張りは当然利かずにその衝撃で吹き飛ばされる。

「くぅ…」

しかも、その一発でアオお兄ちゃんの攻撃は終わっていない。尻尾をあたしのスサノオの腕に巻き付けると吹き飛ばされているあたしに併走し、さらに殴る。

「ぐぅ…」

ミシミシとひび割れる虹の膜。

ヤバイっ!抜かれるっ!

焦りを感じたあたしは、しかしなんとか冷静に右目の天照を行使。視界を媒体にアオお兄ちゃんを燃やしに掛かる。

が、しかし。瞬間的にアオお兄ちゃんは発火地点から離れると、天照の炎は空を切った。

あたしもそのままでは終わらない。スサノオの右腕にある炎球から更に天照を撃ち出し、発火した天照を飲み込んでさらに大きな黒炎龍を作り出すとアオお兄ちゃんに飛ばす。

しかし、キーーンと言う音を立ててアオお兄ちゃんの口元に集まる黒い塊。

「なっ!?」

あれは久遠ちゃんが使っているやつと同じっ!?

カッと撃ち出された尾獣玉はあたしの火龍と拮抗。

天照の炎が尾獣玉を燃やし尽くそうと燃え移るが、その威力に押され天照を纏ったままあたしのスサノオに着弾。虹色の防御壁を揺るがす。

「ぐぅ…」

さらにアオお兄ちゃんはスサノオの虹の防御膜の薄いところを見極めて的確に何度もダメージを与えている。よほどの事が無い限り抜かれる事は無いと思っていた聖王の鎧は、しかし体勢を立て直そうとしている最中に追加で加えられた二発目の尾獣玉によってバリンと音を立てて破壊されてしまった。

規格外すぎるっ!

開いた穴が塞がる一瞬にアオお兄ちゃんはその虹色の膜を付き抜け膜の内側に侵入。ゼロ距離から尾獣玉を発射し、あたしのスサノオの防御を抜いた。

「きゃーーーーっ!」

尾獣玉に吹き飛ばされ、その威力にスサノオも消失してしまったあたしは、ダメージを負いながら空中へと飛ばされてしまった。

スサノオのお陰で戦闘不能にはならなかったけれど、相当にダメージを負ってしまったあたしは吹き飛ばされたのを利用してアオお兄ちゃんから距離を取るが、すぐさま追撃してくるアオお兄ちゃん。

「くっ…」

あたしは素早く印を組み上げると大きく息を吸い込んだ。

「火遁・龍火放歌の術」

けん制にと、輝力を振り絞って火龍を連射すると、どうにかアオお兄ちゃんの行動を阻害できたようだ。

ドドーンとあたしが飛ばされる方向に久遠ちゃんと格闘を繰り広げていたエキドナも一端距離をとって着地していたそこに、あたしはその
頭に乗るように着地してアオお兄ちゃんを睨む。

アオお兄ちゃんは追撃をやめると、あたしと同じように久遠ちゃんの頭の上に着地した。

両陣営同じような図で対峙している。

『リオっ無事っ!?』

『大丈夫、ではあるのだけれど…』

コロナの念話に答える。

『やっぱりアオお兄ちゃんは強いねぇ』

『…はい、久遠さんもやはり私達とは生きてきた時間が違います』

とアインハルトさん。

『でも…まだやれます』

『はい』
『うん』

『そうだね』

ヴィヴィオの言葉に皆同意する。

『じゃぁ、もう少し頑張ろうか』

『だねー』

皆限界が近いはずなのに、まだまだ気合は十分だ。

「さて、リオのスサノオ。なかなか制御できているみたいだけど、スサノオにはまだ他の使い方がある」

とアオお兄ちゃんが語る。

「他の?」

「スサノオを他のものに纏わせ、強化させる方法だ」

そう言うとアオお兄ちゃんから放出された輝力は自身の周りにスサノオを形作るのではなく、久遠ちゃんを包み込むように展開。武者鎧のようなものを着込んだ巨大な獣が現れる。

スサノオを纏った久遠ちゃんは巨体に見合わない速度で駆ける。

「速いッ!?」

駆けたと思ったらすでい目の前。

『シールドっ!』

『あのクラスを止めれる障壁を張れる輝力は無いよっ!』

とヴィヴィオとコロナが叫ぶ。

空中から身を捻っての尻尾による攻撃が迫る。

『一歩、初動が遅かったです…』

とアインハルトさんは回避を試みているが間に合いそうに無い。

ヤバイッあたしはともかくエキドナのこの巨体じゃこの攻撃はかわしきれないっ!

どうする?どうやってあの攻撃を受ける?魔法による障壁ではあの質量は大きすぎる。…ならスサノオ?ダメだ、人型のスサノオを顕した所でやはり大ダメージは変わらないし、エキドナはリタイアだ。

ならばどうする?

…答えはアオお兄ちゃんが見せているじゃないか。

あたしは輝力を練りこむとエキドナを包み込んでいく。

間に合え…間に合ってっ!

久遠ちゃんの攻撃がヒットする前にエキドナの背中に現れる甲冑。

『きゃあっ』
『ぐぅ…』

バシンと久遠ちゃんの攻撃を受けたエキドナだが、硬い鎧が威力を押し殺し、何とか受けきる事に成功した。

『これは…』

背中部分だけだった甲冑がエキドナ全体を包み込む。

『スサノオ?』

と、アインハルトさんとヴィヴィオの呟き。

「どうにかする方法はアオお兄ちゃんが見せてた。エキドナを護る為にはエキドナにスサノオを纏わせれば良いっ!」

「そうだ、それでいい」

とアオお兄ちゃん。

しかし、巨体の為か聖王の鎧が全てを包み込むのは難しいらしい。虹が揺らぎ、荒が目立つ。

だが、エキドナの強化には成功している。両前足は右手に天照を、左手にタケミカヅチを形態変化させて必殺の攻撃力を宿し、レールガンはタケミカヅチで大幅に強化。打ち出す弾丸には天照の力が込められている。

『行きますっ!』

アインハルトさんが気合を入れるとエキドナが地を駆ける。

キィーンと口元に尾獣玉を溜める久遠ちゃん。

エイキドナの砲身が旋回し、迎撃する為にレールガンが唸る。撃ち出された弾丸は天照を伴って久遠ちゃんの尾獣玉と討ちあい相殺した。

その爆風を聖王の鎧とスサノオの鎧の防御を頼りに突き破り進んで久遠ちゃんにその鉤爪を振るう。が…

ギィン

その攻撃を久遠ちゃんの肩から突如生えた腕に持たされたカガミが弾いた。

キーンと再びチャージされる尾獣玉。

『くぅ…』

至近での尾獣玉は流石に厳しい。

しかし、軌道を変えれれば…

そう思ってチャージもそこそこに撃ち出されるレールガンだが、その球筋はあさっての方向を向いていた。

なっ!?木龍っ!?

見れば木龍が砲塔の絡みつき、締め上げている。

『ヴィヴィオ、パージお願いっ!』

『うんっ!』

コロナがヴィヴィオに言って砲塔を切り離す。

『アインハルトさんっ!』

『はいっ!』

エキドナはグルリと体を捻ると竜尾を鞭のようにしならせて久遠ちゃんに叩き付けた。

スサノオの持つ盾にガードはされるが、衝撃は久遠ちゃんの尾獣玉を遅らせ、距離を取る事に成功した。

『再構成はっ!?』

『残り輝力では瞬時には難しいよっ!』

ヴィヴィオの問いにコロナが答える。

レールガンの再使用はこの戦いでは不可能のようだ。

『あとは正面アギト口内から放つ純魔力砲…スターライトブレイカーだけ…だけど、チャージに時間が掛かるよ』

と、ヴィヴィオ。

『チャージの時間は私が稼いでみせます』

とアインハルトさんが決意の言葉を顕す。

『だけど、あの盾を抜く事が結構難しいよっ!』

「あたしのタケミカヅチで貫通力を上げればっ」

『今はそれに賭けましょうっ!』

と、アインハルトさんが瞬時に判断。実行に移る。

駆けて来る久遠ちゃんの格闘攻撃をアインハルトさんが凌ぐ。

隙を見てアオお兄ちゃんが木遁で攻撃してくるが、右爪を巧みに操り、切り裂き、天照の炎で焼いていく。

その間に口内であたしとヴィヴィオがブレイカーの準備。

光球が口内で光りだす。それにあたしは慎重に比率を意識して針に糸を通す気持ちでタケミカヅチを混ぜ込んでいく。

ハイレベルな四足での戦闘の最中に久遠ちゃんは尾獣玉を連射。

連射なんてできたのっ!?まぁその分威力は落ちているので虹の膜で弾けているが、それでも攻撃のチャンスを逸してしまう。

『準備できたよっ!』

ヴィヴィオがブレイカーのチャージが終わった事を告げる。

うん、確かにいつでも行けるね。

『ですが、確実に当てなければ相殺されてしまいます…』

「そこはアインハルトさんが頑張る所かと」

『…くっ…分かりました。必ずや、そのチャンスを作りましょう。コロナさんっ』

『はいっ!アインハルトさんっ!』

勝負は至近での一発。出来ればカウンターの一撃が望ましい。

あたし達がチャージを開始している事を感じてか久遠ちゃんも尾獣玉をチャージしている。

だけど、あたし達の方が速い。

アインハルトさんが繰るエキドナは地面を駆けて久遠ちゃんへと迫る。

アギトを開き、口の中でチャージされているブレイカー砲撃。

久遠ちゃんは発射を潰せればと威力は不十分であろうと尾獣玉を発射する。

グッ

アギトを閉め、発射をディレイ。

『リオさんっ!』

「はいっ!」

聖王の鎧を前面に押し出して尾獣玉を受ける。

「くっ…」

かなりの威力…やっぱり辛いね。だけど、これを通させるわけには行かないんだっ!

よしっ!弾いたっ!

「木遁・樹界降誕」

足元から樹木の波が襲い掛かる。

物量による圧倒的な攻撃力をエキドナを一度グルリと尻尾を巻き込むように巻き込ませると、一気に尻尾を鞭のように振り回し、迫り繰る樹木をなぎ倒す。

『今っ!』

コロナの気合の声を受け、エキドナは更にそのまま垂直方向に叩きつけ、ブレイク。

尻尾に込めた輝力をその質量と共に爆発させ、樹界降誕の術を相殺させた。

しかし、これでエキドナは尻尾を失った。

爆風に隠れて久遠ちゃんに近づくき、飛び掛るように久遠ちゃんを捕らえる。

『とったっ!』

「まだっ!」

アギトを開き、ブレイカーを撃ち込もうとしていたヴィヴィオを止める。

いつの間にか久遠ちゃんの肩から現れたスサノオの右手。その右手には既に権能を纏った十拳剣が握られていて、エキドナの顔を切り裂く太刀筋で既に振り降ろされていた。

『くっ』

左のタケミカヅチを宿した爪をかろうじて前に出し、十拳剣を妨害する。一瞬の均衡しか許されずに腕は切り落とされてしまったが、頭は無事だ。

そのまま後ろ足でさらに地面を蹴って懐へ。右手を伸ばし強引に左手のヤタノカガミを跳ね除ければ久遠ちゃんはもう正面だ。

ようやくとアギトを開けるエキドナ。

『スターライトォ』

「プラズマ」

「『ブレイカーーーーーーーっ!』」

ゴウゥと閃光が久遠ちゃんに走る。

そして爆発。

衝撃は辺りの物をなぎ倒し、拡散していく。

『もう無理…だからっ!最後っ!』

コロナが気合を入れると、エキドナ自体が爆発。中心地から円を書くように金属片が飛び散り、内包輝力が爆発する。

コロナ最後の大規模殲滅魔法。…魔法なのかは分からないが、要するに自爆技だ。

「はぁ…はぁ…」

「はぁ…はぁ…はぁ…」

肩で息をするあたしとヴィヴィオ。

「お疲れ様でした、コロナさん」
「きゅぅ…」

コロナをお姫様抱っこで抱えるアインハルトさんと限界を超えて気絶しているコロナ。

流石に、もう無理だよね。みんなも限界だし…

アオお兄ちゃんはと見れば、眼下には何重にも覆われた樹木のシェルターがあった。

シュルシュルとその垣根が剥がれ落ちると、中から小狐モードになった久遠ちゃんとアオお兄ちゃんそれとリアクト解除されたロザリアちゃんが現れた。

「全力防御にまで追いやられるとは思わなかったよ…うん、みんな強くなったね」

「でも、まだアオお兄ちゃんには敵わないね」

「そりゃね…でも、驚愕に値する成長だよ。俺がリオ位になるのに何十年掛かったと思ってるんだ?」

「まぁ弟子は師匠に追いつこうと頑張るものですから」

と言ってへへっと笑う。

アオお兄ちゃんも「そうか」と言って満足そうだった。

「さて、ヴィヴィオ」

「何てすか?アオお兄ちゃん」

アオお兄ちゃんに呼ばれて返事をするヴィヴィオ。

「万華鏡写輪眼、使えるね」

「は、はい…」

「使ってみて」

「はい」

そう言うと両目に写輪眼が現れ、更に模様の形が変わる。

アオお兄ちゃんも万華鏡写輪眼を使っているみたいだが、左目の万華鏡写輪眼の色合いの赤と黒が反転している。

あれは?

アオお兄ちゃんはその反転している左目でヴィヴィオの写輪眼を覗き込む。

「その左目…わたしと同じ能力…」

「あら、分かっちゃったね。…そう、さっきも言ったけど、これは桜守姫(おうすき)。観察眼と洞察眼の局地。見たものを分析し解析、解明する能力」

「解析…でもそれって普通の写輪眼でも…」

「だから言ったよ。写輪眼としての能力を純化させた物だって」

「ですね。つまり、リオみたいな攻撃力の有るものじゃないって事ですか」

「そうだね。この桜守姫は解析する能力に特化している。その眼で事象を解析し続け、データを蓄積させる事である種の未来視に近いものは出来るだろうね」

「未来視?」

「日常の全てをその眼で解析し続けていければ自分の身近に起こる未来くらい予測できるだろう。ただ、四六時中使っている訳にもいかないからね。戦闘では技の解析と相手の攻撃が何となく分かる程度かな」

「そうですか…」

「それで左目だけど」

あ、そうです。あたしもそれは少し気になってたんだよね。アオお兄ちゃんは左目の万華鏡写輪眼には触れなかったから。

「ヴィヴィオの左目の能力。それは対人能力の中で一番恐ろしい」

「は?」
「え?」
「ええっ!」
「………」

あたし達全員今までアオお兄ちゃんの言葉に割って入らなかったが、その言葉には驚きの声を上げる。

「左目の万華鏡写輪眼の能力を思兼(おもいかね)と言う」

オモイカネとヴィヴィオは口の中で呟いている。

「幻術系の能力で、その効果は思考の誘導」

「えっと?」

ヴィヴィオが戸惑いの声を上げる。それのどこが恐ろしいのかいまいちまだ分からないからだ。

「簡単に言えば、人を操る能力だ」

「人を…」

「操る?」

とヴィヴィオとコロナ。

「この能力の怖い所は自発的にやらねばならないとその思考を誘導する。それ故に一見すると操られているようには見え辛く、また掛かった本人もその事実に気が付かない」

「…ディレイやステイも可能なんですか?」

とアインハルトさんが問いかける。

「……可能だよ。だからこそ恐ろしい。何の抵抗力も無い普通の人間に使えば、出会った瞬間に自殺させる事も容易だ」

そんな使い方はしてはダメだとアオさんは言う。けれど、確かに相手を操れると言う能力は途轍もなく恐ろしい。

「だから、俺達はヴィヴィオの左目の万華鏡写輪眼を封印した。未成熟な精神に相手を操れる能力は脅威だったからね」

「はい…」

「だけど、もうヴィヴィオは物事の分別は可能だろう。今のヴィヴィオなら思兼の能力を悪用はしないだろう?」

「はいっ!」

怖い能力、いや、便利な能力だけど、ヴィヴィオなら自制する精神力を持ち得ているだろう。

「ヴィヴィオの万華鏡はすでに永遠の万華鏡写輪眼だね。これは元が俺のクローンハイブリッドだからだろう。とは言え、万華鏡写輪眼の能力は俺が持つ5つの中から後天的に選択されたらしい。あの子が発現した万華鏡写輪眼の能力とは違うしね」

5つ?

と言いますか。今聞き逃してはいけない言葉が有った様な?

「アオさんはヴィヴィオさんのオモイカネ、オウスキ、両方使えると言う事ですか?」

それだっ!とアインハルトさんの言葉に納得する。

「使える。だからこそその危険性は熟知しているよ」

「そうですか」

便利な能力に、それでも頼らないと言うのはどれだけ自制心を導入すれば良いのだろうか。

「さて、最後に。両目に別々の能力を宿らせる事で得られる能力がある。それが…」

「スサノオ…」

「正解。…だけど、まだヴィヴィオは使えないみたいだね。これは俺が長く左目を封印していた弊害なのかもしれないね」

「使えるようには…」

「なるとは思うよ。ただ、もうしばらく時間が必要かな」

「はい…」

ちょっと残念と言う感じでしょぼくれたヴィヴィオ。


さて、模擬戦は終わったし、そろそろ修行も終わりかな。

ひと休憩して屋敷でくつろいでいると、ふと、そう言えばを思い出した。

「あ、そう言えばこの間敵のデバイス?を拾ったんだった」

「デバイス?」

とアオお兄ちゃん。

「これです」

とソルの格納領域から取り出す刀とナイフのような物体。

「これは…」

「なんですか?」

「ECディバイダーとリアクター…」

と、アオお兄ちゃんがあたしの手に持っている刀とナイフを見てそう言った。

そう言えばはやてさん達の説明で聞いたことが有ったかも。エクリプスウィルス感染者が使用することで魔法の結合解除を行える兵器。

魔導殺し。

なるほど、これが…

「たしか…こう…」

あたしはナイフを手に持って自分の掌へと押し当て、傷つけた。

『リアクトエンゲージ・ケーニッヒ944』

ズブズブとあたしの掌から中にナイフが埋まっていき、手に持ったディバイダーの形が変わる。

手に現れる二振りの小太刀。

リボルバーが付いていて、一見普通のベルカ式デバイスのようだ。

だけど…

「形状が違う?」

あのサイファーと呼ばれていた女性のもっていた刀とは形が若干異なっていた。

「形状は起動した人物により変わるらしい。まぁリオはその形体があっていたと言う事だろ」

とアオお兄ちゃんは言うと、指を立ててシューターを放ってきた。

「わっ!?」

しかし、その魔力球はあたしに着弾することなく、一定距離に来ると全て跡形も無く消えてしまった。

「魔力エネルギーの結合分断。それがディバイダーとリアクターの能力。その二つが揃えばアルカンシェルすら無力だろうね」

「アルカンシェルすら…」

「さらにリオなら魔力だけじゃなく、オーラや輝力まで無力化できるかもしれない」

「それは…」

なんてチート?

「とは言え、衝撃を受け流せる訳じゃないし、分断効果を使えば自分のエネルギーも分断される。分断するエネルギーを取捨選択しなければ戦う事すら出来なくなるよ」

魔力を分断すれば自分の魔力が、オーラを分断すれば自分のオーラが使えなくなる。ただ刀を振っているだけと言う展開になるらしい。

それでか。フッケバイン…エクリプス感染者の攻撃がどちらかと言えばオーラに近しい性質なのは自分魔力結合を解除されるからその他のエネルギーで攻撃しているのか。

おそらく体内に入ったエクリプスウィルスが生命力を変換してエネルギーに変えているのだろう。だからオーラに近しい性質で、魔力では無いから自分のゼロフィールドでは中和されないと。

「無敵と言うわけじゃないんですね」

「そりゃそうだ。無効化する能力を無効化するという能力が有れば事実無効だ…何を言っているのか分からなくなりそうだが、そう言う展開もありえる」

なるほど…

「普通にアオお兄ちゃんなら出来そうですね…」

「………干渉するフィールド事切り裂いてみればあるいは?」

出来るんですね…

「とりあえず俺が預かっておこうか。余り使わない方が良いだろうし、管理局を無闇に敵に回さなくても良いしね」

「あ、はい」

と言ったあたしはリアクト・アウトしてディバイダーとリアクターをアオお兄ちゃんに渡す。

さて、それじゃ名残惜しいけれど、そろそろ箱庭を出る頃合だろう。

訓練場へと戻るあたし達。そこはあたし達が箱庭内に入った時と殆ど変わらなかった。

「じゃぁ、俺達は帰るね」

そう言ったアオお兄ちゃん達はあたし達の挨拶を聞き終える前にドロンと煙のように消える。フロニャルドへと帰ったのだろう。

その日はそれでお終い。ヴィヴィオ達は帰り、あたしも隊舎へと戻った。







ある日の特務六課隊舎。

「あ、リオ。ちょっと良いかな?」

と、あたしはトーマに呼び止められた。トーマくんの側にはリリィとアイシスが一緒だ。ついでに今回はなのはさんも一緒だった。

立ち話ではとカフェスペースへと移動し、飲み物を購入してから席に座ると、トーマが魔導書型のデバイスを取り出した。

そのデバイスから流れる動画。その内容はカレン・フッケバインからのもので、最初はトーマに宛てたもの、そして後半はあたし宛だ。

「そこにデタラメちゃんも居るのかしら?見ていなかったら伝えてくれる?あなたのお陰でアルのディバイダーは喪失するは、サイファーのディバイダーは紛失するはで大変なのよ。あたしも下半身と泣き別れ状態だったし…天下のフッケバインが散々コケにされちゃった感じね。だから、その借りはきっちり返すから、首を洗って待っていなさい。…今度は必ず殺してあげるわ」

うわー…

「と、言う事なんだけど…」

「デタラメちゃんって…あなた、何したのよ」

と、トーマとアイシス。

「あはは…襲われたから精一杯抵抗してやっただけです」

「魔法の効かない相手にどうやってって…あなたもECウィルス感染者だったわね」

勝手に納得しているアイシス。まぁ訂正は面倒だし、いいかな?

「まぁデタラメで終わっているあたしなんかは可愛い物かと…」

「え?どういう事?」

「世の中にはデタラメを越えた理不尽な存在が居るんです…」

「は?」

意味が分からないとアイシス。

「あぁ…」

なのはさんにはそれで通じたようだった。うん、アオお兄ちゃん達は理不尽の権化だからね…

「まぁフッケバインからのリオちゃんの殺害予告とも取れるビデオメールだったからね。リオちゃんの監視はこれまで以上に強くなるかな」

となのはさんが言う。

「ええ!?すでにいっぱいいっぱいなんですが…」

「こればっかりはガマンしてもらうしかないね。まぁ、わたしか、フェイトちゃん、もしくはキャロ辺りについてもらうから、ガマンして」

「はーい…」

「それで、リオちゃんは保護対象なんだけど、リオちゃんには前線に出てもらう事になると思うから」

「え?」

「トーマもそうだけどね。囮捜査かな。内側に囲っているだけじゃいつまでたっても事件は解決しない。それじゃリオちゃんも困るでしょ?」

「それは…」

「狙われているのはリオちゃんだから、少し表に出さないと敵も動かないだろうしね」

「つまり餌ですか…」

「大丈夫。絶対護るよ。…って言ってももうリオちゃんの方がわたしよりも強いかな?」

「ええっ!?」
「本当ですかっ!?」

なのはさんの言葉にガタリと立ち上がるトーマとアイシス。

「多分ね。アオくんの弟子だし。わたしなんて同じくアオくんの弟子だった九歳の女の子にも負けたことがあるんだよ」

「「「ええっ!?」」」

今度はリリィを含めて三人で驚いている。

負けた相手はソラお姉ちゃん…いや、もしかしなくてもなのはお姉ちゃんなのかな?

「でも、あたしにはここでは使えない技術が多すぎます」

「大丈夫だよ。ディバイダーすらよく解明できなくても実戦に投入するって言っているんだよ?」

とトーマの方を見るなのはさん。

「…それに、本当はこんな事あっちゃ、いけないんだろうけれどエクリプス感染者への殺傷許可は下りているもの…」

なのはさんの表情が曇る。

だが、フッケバインなどはシグナムさんを撃墜し、はやてさんすら切り伏せた相手だ。

魔導技術ではほぼ太刀打ち出来ない敵に非殺傷設定の魔法を幾ら当てても暖簾に腕押し。効果はゼロ。

だからこその『ストライクカノン』であり『ウォーハンマー』であり、第五世代デバイスなのだ。

極論すれば、魔力結合が出来ない場所での攻撃を実現する為の兵器なのだ。

もちろん非殺傷と言う理念からは遠ざかってしまう。必要だからと用いられるが、必要なくなったら手放せるだろうか?

まぁそれはあたしが考える事じゃないか。

「まぁ、それは仕方ないとして…何を何処まで使用しても良いのでしょうか?」

「うーん…と言っても、リオちゃんがどんな事を隠しているのか、隠したいのか分からないからねぇ…」

「えっと…ほとんど全部?」

「全部って…写輪眼も?あれなら先天性技能として誤魔化しが効くと思うけれど?」

「どっかの文献に残ってないですかね?竜王家のレアスキルだって」

「ああ…それは…マズイね」

教会関係の横入れが面倒そうです。

「シャリンガン?」

「竜王?」

と、アイシスとリリィが疑問顔。

「実はあたしは古代ベルカ、竜王家の血を引く一族だったのだっ!」

バッバーーーンっ!

「へぇ」

「ふーん」

反応の薄いリリィとアイシス。

「あれ?」

「まぁこんなもんでしょう。面倒なのは教会関係者と学者さん。他の人にしてみればどうって事無い事のはずなんですけどねぇ」

「って言うか、リオってレアスキル持ちだったの?」

と、そっちに食いついてきたのはトーマだ。

「持ってますよ。とびっきりのレアスキル。これがあれば一対一の対人戦はほぼ負けません」

「へぇ、(リオって)凄いんだ」

「(写輪眼は)凄いんですよ」

何か微妙に食い違っているような気もするけれど、いいかな。

「まぁ困難な状況での使用はアオお兄ちゃんからも許可されていますし、状況次第では使いますよ。他の技術も同様です。自分が死ぬかもしれない場面ではなりふり構ってられませんからね」

ただ、防御にオーラを使う程度で極力使わないけれどね。…フッケバイン一家の前じゃ無理かもしれないけれど。

「そうだね…ただ、そうなると、ストライクカノンかウォーハンマーかな?」

「ですね。まぁどちらも趣味じゃないですけど、どちらかと言えばハンマーですかね」

「趣味じゃないんだ…まぁそれでも、リオちゃん用に一機用意してもらうね」

「お願いします」







さて、この後、どうやら六課はラプターと言うロボットを受け取りに行くそうだ。

説明を受けたが、人型で、生身の人間が活動が難しいところでの活躍が望まれているらしい。

まぁまだまだ活動時間に問題があるのだが、これが解決されない事を祈る。

ついでに、このラプターが強奪されるとフッケバインからトーマに連絡が入ったのだが…あたしの姿を見たカレンが怖い怖い…

「そこに居るデタラメ娘ちゃんは背後に気をつけることね」

いや、被害者はあたしだよ?逆恨みはんたーい。

ラプター搬入強奪への防衛には借り出されたが、むしろあたしには厳重に護衛が付けられている感じだ。

あたしはキャロさんとエリオくんの班に組み込まれ、ラプター搬入の警備に当たる。

まぁ主戦力はあたし達じゃなくても居るから、二人は本当にあたしの護衛なんだろうね。

心なしか現場から離れているしね。

なんかラプター強奪犯が来たようだけれど、なのはさん、フェイトさん、トーマ達もいるしシグナムさんとアギトさんもいる。過剰戦力でしょう。

「おや、これは好機かな?」

と後ろから緊張感の無い声が掛かる。

「貴方は?」

エリオくんが職務質問。

「なに、ただの通りすがりだよ」

と言いつつそのてに現れる銃剣と銀十字の魔導書。

「なっ!?ディバイダーっ!?キャロ、緊急通信をっ!?」

「ああ、だめだめ、当然通信妨害はしてある。こちらの異変に気が付いて局員達が駆けつけてくる頃には君達を殺して、後ろの彼女を連れて逃げているさ」

エース級魔導師二人を前に確定事項のように話すスーツ姿の男性。その軽薄さは異常だ。戦いに関する緊張、恐れなどを全く感じていないようだ。

それは圧倒的な実力者…捕食者である余裕。

そしてそれたある意味正しい。まだ対EC兵器が万全とは行かない今、エリオくん達が二人掛りでも倒せるか分からないのだ。いや、相手の態度を見るに相当余裕なのだろう。

そして放たれる凶刃。

手に持った銃剣を振るうと、普通の人には見えない何かが飛び出し、エリオくんを襲う。

ヤバイッ!

あたしは直ぐにエリオくんを横合いから押し倒すように直線上から移動させる。そのさいウォーハンマーは落としてきたがしょうがないだろう。

「リオっ!?」

驚いている所悪いけど、今はそれどころじゃないよっ!

「キャロさん、全力でシールド防御っ!」

「あ、うんっ!」

振られる二撃はキャロちゃんのシールド装備によってガードされるが、その一撃でシールド機能の半分がダメになってしまったようだ。

「おや、これは…やはり見えてますか」

と、飛ばした斬撃が見切られた事にはそれほどのショックは無いようだ。

「余裕でねっ!それと、良い事を教えてあげます」

「何でしょうか?」

まだ軽薄そうな笑みが消えない。

「この世の中には対峙する事が既に愚策と言う相手も居るんですよ?」

「ええ、この私のような感じですかね?」

「はい、このあたしのような感じです」

幻術・写輪眼

グンっと写輪眼が回転し、一瞬で相手を幻術に陥れる。幻術を操れる相手に一人で対峙するのは愚策なのだ。

感覚に訴えかけるこの幻術系の技はこの世界ではあまりレジストされない。だから容易に掛かる。

ガクンといきなり力が抜けたように動かなくなる男性。カランとその手から銃剣が落ち、魔導書がその起動を停止する。

「リオちゃん、何をしたの?」

「一種の催眠術です」

キャロさんの言葉に答える。

「催眠術?そんなのいつ仕掛けたの?」

「にらみ合った一瞬で。あたしのレアスキルの一種ですよ」

「そんな能力を持っていたんだね」

とエリオくん。

「さて、障害と公務執行妨害で逮捕しないと」

と、エリオくんとキャロちゃんが男に近づいた瞬間、第三者により二人が一瞬で捕縛され、分断されてしまった。

「なっ!?」

短距離転移っ!?

「ほ~ら、デタラメ娘ちゃんを見張っていて正解だったでしょう」

と現れたのはカレン・フッケバイン。

あたしの視界から外れるように三点で現れたフッケバインファミリー。

カレン本人と、斧のようなディバイダーを持った男、後は銃剣型のディバイダーを持った男だ。

二人の男にエリオくんとキャロちゃんは捕まり、ディバイダーを突きつけられている。

「あなたの能力は視点媒介のもの。…つまり、視界に入らない物は攻撃できない。違う?」

「くっ…」

見せすぎたか。

「前回の恨みはまぁ有るのだけれど、まぁ今はこちらが優先だしね」

と言うとカレンの隣にもう一人居る女性がスーツの男に近づいていく。

「この男は油断ならなそうだから、無力化してくれて助かったわ」

とカレンが言う。

「エリオくんとキャロさんを無傷で返してください。もし、二人を殺したりなんかしたら…その瞬間、全員燃やし尽くしてあげますよ?」

死んでさえいなければ、最悪アオお兄ちゃんがどうにかしてくれる。アオお兄ちゃんを頼るのは心苦しいのだけど、仕方ない。

だが、人質は生きていてこそ。もし殺したら、その瞬間相手も窮地になる事は前回で理解しているはずだ。

「くっ…クソっ!…ごめん、リオちゃん…」

「ごめんなさい…」

相手に短距離転移能力者が居た事が既に敗因だ。あたしならかわせたかも知れないが…不意打ちの上にエリオくんはともかくキャロさんでは到底無理だ。

そして、カレンの側に居た女性がスーツの男性の手にそっと触れた。

「どう?原初の種のありかは分かったかしら?」

とカレンが問う。

「ばっちりよ。お代は後で請求するわ」

「了解~。幾らでも請求してもらっても構わないわよ。ついでにそこのデタラメ娘ちゃんにも触って欲しい所だけど…」

「藪を突付いて蛇を出したいですか?あたしに何か有るとデタラメを通り越した理不尽が現れますよ」

「おお、怖い」

「姉貴、こいつが姉貴とサイファーをやったやつなんだろう?」

「そうよ。だけど、止めておきなさい。手を出せば誰かが塵も残さず燃やされるわね。仲間は大事なのだろうけれど、自分の身を差し出してまで護るような考え方はしてないみたいだし」

違う?と視線で問いかけてくるカレン。

…確かにそうかも。あたしも多大にアオお兄ちゃんの影響を受けているからねぇ。

「目的も達成したし、帰るわよ」

「ちっ」

舌打ちした後に銃剣を持った男はしぶしぶと引き下がる。

転移の術式をカレンが起動。エリオくんとキャロちゃんを置いて綺麗に居なくなっていた。

「くそっ!あいつら何かをあの男から情報を抜き出していた」

「エリオくん…」

悪態を付くエリオくんを心配そうに見つめるキャロさん。

「通信妨害は彼らもしていたみたいで繋がらなかったけれど、…今なら使えるか」

そう言うとエリオくんは六課へと通信を繋げると、急いで事の次第を説明。応援を呼んだ後に男の護送へと入る。

が、しかし…幻術はいつまでも掛けていれるものではない。先ほどの女性ほどのソフトな接触ならまだしも、護送ともなれば幻術は解けるが、まぁこの人数の中での抵抗はしないでしょう。

男は抵抗せずに護送されていった。

「流石にこれでヴァンデイン・コーポレーションに捜査令状が出せる」

とフェイトさん。

「そやね。手遅れになる前に指名手配とヴァンデイン・コーポレーションの家宅捜査令状の執行を上にせっついてみるか」

「その辺は二人に任せるよ」

となのはさん。

などどまぁ良く分からないけれど、はやてさん達は難しい話をしていた。

取り合えず、ラプター護衛の任務は終了。あたし達は隊舎に戻る。今回あたしが襲われた事件に関してはまた連絡があるでしょう。



とある研究室

そこにカレンをはじめ、数名のフッケバインのメンバーが居た。

周りには数多くの死体。

おそらく彼女達が殺したのであろう。

「これね。これが…エクリプスウィルスの種母体」

カレンが厳重に護られたシェルターの中身を見て言った。

「それに、ご丁寧な事に感染時の自己対滅の軽減の研究まで完成しているわね」

「姉貴、それをどうするんだ?」

とヴェイロンが問う。

「これがあれば破壊衝動の制御だって出来るかもしれないし、何て言ったって…これさえあれば今の社会構造を一変出来る」

「姉貴?」

「ふふ…ようやくね。これさえあれば…」

暗く笑うカレンの声が印象的だった。



しばたく時が経つ。

ヴェンデインコーポレーションは管理局の介入の結果、違法研究の発覚で事実上解体されてしまった。

まぁそれは仕方ない。捕まった男、ハーディス・ヴァンデインはまだ容疑を否認しているが、有罪が確定しそうな中何処か余裕そうだと言う。

そんな中、あたし達が取り逃がしたフッケバインはと言うと…放送局を乗っ取りミッドチルダ全域に流されたビデオレターがあった。

『は~い、私はカレン・フッケバイン。あなた達に新しい社会構造を提案する者よ。
今のこの魔導師が優遇されている現実に辟易している人は大勢いると思う。先天性技術ゆえにFランクのリンカーコアでは他世界の魔法の使えない人間と大差ないとして扱われ、さまざまな不条理を受ける世界に嫌気はさしてない?一部の高ランク魔導師が優遇される世界。そんな不平等が許されて良いと思う?努力したって魔導師として成り立たない人間が大勢居る中で、力を持っている魔導師がどれだけ恐怖の存在であるか、等の本人達は意識しない。
当然よね。足元を這う蟻を気に掛ける人なんて居ないのと同じ事。持っている人は持たざる人の事を判らない。それが普通。
だけど、だからこそ、私は皆に平等にチャンスを与えようと思う。私はあるウィルスに犯されている。致死性の物ではないのだけれど、その結果、後天的に魔導師にも劣らない能力を得る事に成功した。これならチャンスは皆平等。これから私はこのウィルスをこのミッドチルダ全域にばら撒くわ。結果、今の社会を混乱に陥れるかもしれない。でも考えてみてくれないかしら。それによって不利益を得るのは誰?事業家?政治家?宗教家?いいえ違うわね。魔導師を擁護して社会を構築してきていた管理局よ。私が感染したエクリプスウイルス感染者には基本的に魔法が効かないと言う情報も開示しておくわ。その結果、管理局が取った対抗策がこれ』

そう言って流された映像はウォーハンマーやストライクカノン装備やラプターなんかの人造ロボットによる武力の映像。

『私はこれから数日の期間を置いてこのミッドチルダ全域にエクリプスウィルスを散布する。もし、このウィルスに掛かりたくないのなら、この三日の間に逃げても良いのよ?でも、良く考えて。先天性の優劣に左右されない世界を見てみたいとは思わない?今の管理局の制度で本当に満足?』

そこで管理局が何とか送信をジャミングしたが、時既に遅いだろう。

カレンの言葉は民衆に浸透し、あちこちで民衆と管理局との諍いが起き始めている。中には管理局員ですら暴動する側に加わっていた。

「やられた…」

特務六課の会議室で呟いたのははやてさんだ。

「これじゃ鎮圧に当たる管理局が悪者やね」

「はやて」
「はやてちゃん…」

はやてさんの言葉に掛ける言葉を失っているのはなのはさん、フェイトさんだけでは無い。ここに居る全員が見つからない。

「当然、管理局としても自己対滅と言う危険性が高いという情報は出して押さえようとしたんやけど…」

結果は誰も信じない。社会風潮が管理局を悪し様に報道しているからだ。寧ろ拍車を掛ける結果になってしまっている。

「管理局員としてはエクリプスウィルスの散布を許す訳にはいかへん。例え民衆に恨まれたとしてもな…せやけど…」

「散布が始まってしまったら止めようが無いって事だね…」

とフェイトさん。

「そうや。散布現場に行く言うんは感染しに行く言う事や。つまり、感染した時点で魔導師やあらへん…さらにウォーハンマーやストライクカノン、ラプターも槍玉に挙げられてしまって凍結せざるを得ない…まさに八方塞やね…」

ギリギリ魔導兵器と言う扱いにして有ったのだが、見方を変えれば質量兵器と見なされてしまっても反論できない。

「つまり、止める事が出来るのは俺達だけって事ですか?」

とトーマくんが言う。

「実際散布が始まってしまったらトーマと…」

はやてさんがあたしを一瞥するとすまなそうに言葉を続ける。

「リオちゃんしか近づけん言う事や」

その言葉に真相を知らない数名が此方を向くが、これであたしがウィルス感染者とバレてしまった。…まぁしょうがないか。

「…他に何か手は無いの?」

それは誰の言葉だったか。

「私らに出来る事は散布前にフッケバインを見つけ出し、捕縛する事だけや…」

それがどれだけ困難な事か。潜伏された目標を見つけ出すのは容易ではない。

魔導師、魔導兵器では相手にならない以上、何をどうすれば良いのだろうか。結論は出ないで会議は一時解散する。







「リオ…」

「みんな」

遠慮がちに掛けられた声に振り向くと、ヴィヴィオ、コロナ、アインハルトさんの姿があった。

「どうしたの?特務六課隊舎(こんなところ)に来て」

「わたしはなのはママに呼ばれてしばらくわたしも六課住まい」

そうヴィヴィオが答えた。

「わたしとアインハルトさんはヴィヴィオの付き添いで家を抜け出してきたんだ」

「はい」

とコロナとアインハルトさん。

「そうなんだ」

「それで…」

「事件の事、何か進展はありました?」

とヴィヴィオの言葉を継いで遠慮がちに問いかけるアインハルトさん。

「何にも。エクリプス感染者に魔導師が対抗できない以上打てる手は少ないよ」

「そうですか…」

「みんなの家は?」

この事件に対してどう思っているのかと問いかけてみた。

「家は様子見かな。信じてもいないみたいだけど、変革するのならそれを受け止めるみたい」

「私の家もです」

とコロナとアインハルトさんが答えた。ヴィヴィオの親はなのはさんとフェイトさんだから、管理局側だろう。

「私達なら…いいえ、何でもありません」

と言いかけてやめるアインハルトさん。

「結局さ、何をどうすれば良いのか、規模がこれだけでかくなると分からなくなっちゃうよね」

「うん…」

事件の当事者は一人一人で、だけど、その答えは一人が出す事柄ではないし、一人でどうにか出来る事柄でもない。

「難しいね…」

「そりゃそうだよ。あたし達はまだたったの14歳だもの。そんな年齢で社会の構造を一人で選択しろってのは無理」

と、ヴィヴィオの呟きに答える。

これがあの映像が流れる前だったら、フッケバインを悪者として討伐すれば終わったのだ。しかし、今では討伐、逮捕しても問題は禍根を残すだろう。…本当に面倒くさい。

…はやてさん達はハーディスへの尋問とおそらく司法取引での情報の提供を求めるだろう。それで何処まで問題を軽減できるか分からないが。

「あ、こんな所に居たんや。ヴィヴィオ達も居るっ言うんは丁度いいか」

「はやてさん?」

後ろから声を掛けてきたのははやてさんだった。その隣にはなのはさんとフェイトさんも居る。

「どうしたんですか?」

「ちょっとリオちゃんにお願いが有ってな」

「お願い…ですか?」

「今回のテロ予告は実現されれば大きな社会的な問題を残す。いや、止められる手立てが無い以上実現されるやろ。そやから、私らも私らが出来る事を全てやらねばならん」

「…そうですね」

「まだ出来る事を一つ一つ、後悔の無いようにしなければならん。そやから、リオちゃん。アオくん達呼んでくれへん?」

「え?」
「へ?」

「どういう事ですか?」

混乱するヴィヴィオとコロナ。あたしも視線をきつくして問いかける。

「あの時、アオくん達が居たら…なんて他力本願やけど、思いたくないんや。そやから、断られるならそれでもええ。一度話したいんや」

なるほど…

「わたし達からもお願い。ジェラートさんも呼んでくれないかな」

「…知っていると思いますが、基本的にあの人達って面倒事は避けるタイプですよ?」

「分かってる。それでも色々と甘い所があるって事も」

まぁね…

さて、観測機器を外した室内訓練場。そこであたしは右手を傷つけ出血させ印を組み上げるとそのまま床に手を着き術を行使する。

「口寄せの術」

ボワンと現れる一人の人影。

「リオか…」

「ごめんなさい、アオお兄ちゃん」

「いや、いいよ。何となく分かったから」

と言うと視線をはやてさんに向けるアオお兄ちゃん。

「ちょっと協力してもらいたい事がある。話だけでも聞いてくれんか?」

「話…ね?」

「よければジェラートさんも呼んでいただけると…」

と言ったのはなのはさんだ。

アオお兄ちゃんは「はぁ…」とため息を付いた後、印を組み上げ、口寄せの術を行使。ボワンと幾つもの人影が現れた。

現れたのはナノハお姉ちゃん、フェイトお姉ちゃん、シリカお姉ちゃん、ソラお姉ちゃんの四名。

「あれ?」
「ここは?」
「あれ?ヴィヴィオ?」

「また、面倒事ね」

と四者四様。

「かなりミッドチルダがやばい事になっているみたいだ。話だけだけでも聞いてくれってさ」

とアオお兄ちゃんが説明する。

「う、うん」
「わかった」
「まぁしょうがないかな」
「そうだね」

と四人は納得してくれたようだ。

そしてはやてさんの説明が始まる。

要約するともはや自分達では手の打ち様が無い。どうか手を貸してくれないかと、そう言う感じだった。

「うわぁ…」

「大変な事になってるね」

と、ナノハお姉ちゃんとフェイトお姉ちゃん。

「個人的には手を貸してあげたい所だけれど…」

「私達が関わる理由が無い」

とシリカお姉ちゃんとソラお姉ちゃん。

「だねぇ。わたし達が手を貸せば大抵の事は解決できると思うけれど」

「正直に言えば対岸の火事。デメリットしかないね。今回の事件で大量の人が死に、社会構造が改変されたとしても、それは仕方の無いこと。人々が選び取った結果で滅びるのなら、それは必然。ただ此処に居るだけの俺達が関わって良いことではない」

と、ナノハお姉ちゃんの言葉を継いだアオお兄ちゃんは冷たい言葉を吐いた。

アオお兄ちゃん達のコミュニティーはこの次元世界ではなく、一つ上のフロニャルドを基点とした世界であり、ミッドチルダの事など本当に関係は無いのだろう。

この世界で起きた事はこの世界の人たちが選ぶべきものであると言っているだけだった。

それは酷く当然の事で、だけど、事態の解決が容易な人が目の前に居る状況ではただの皮肉でしかない。

「でも、ジェラートさんはわたし達を助けてくれたよ?」

となのはさん。

「にゃはは…まぁね。あの時はたまたまわたしが関わってしまった事件だったからね。いつでも、どんな事件でも頼られたらさすがに困るよ」

とナノハお姉ちゃんからも突き放す声。

「…そう…ですか…」

しょんぼりするなのはさん。

「俺達はいつだって助けるのは自分達と繋がった人たちの命。その人の選択だけだ」

それって…?

「そう言えば、これだけは教えてくれんか?」

とはやてさんが言う。

「何?」

「アオくん達の過去ではこの事件はどう言う結末をたどったんや?」

その言葉に一瞬考えるアオお兄ちゃん。そして…

「関わった記憶が無いな。こんな事件は覚えが無い」

それだけを言い終えるとアオお兄ちゃんは煙だけを残して戻っていった。

「結局何も得られず…か」

とはやてさんが呟く。

『ねえ、みんな。アオお兄ちゃんのあの言葉って…』

と念話を繋ぐ。

『助けるのは自分達と繋がった人たちの命。その人の選択という言葉ですか?』

アインハルトさんがすぐさま相槌を入れてくれた。

『それって…』

『たぶん…』

ヴィヴィオとコロナの呟き。

『完全に見捨てられてはいないって事ですね。…やっぱりあの人たちはどこか優しい』

『はいっ』

アインハルトさんの言葉にあたしは同意する。

そう。完全に見捨てられてなんていない。あたし達の選択。その結果には協力してくれる。そう思う。だから…


具体的な対策すら立てられないままに約束の期日は訪れる。

管理局員が警戒する中、その警戒を潜り抜けてミッドチルダ、クラナガン上空に現れる人影。

「現れましたっ!カレン・フッケバインです」

と、特務六課内の司令室でオペレーターが叫んだ。

「来たか…」

と、つぶやくはやてさん。

なのはさん達はすでにミッド全域へと散らばっていたが、ピンポイントでカレンにエンカウントできた局員では対処できず…その人影は行き成り膨張し始めると、巨大な異形の天使へと変貌した。

空戦魔導師の攻撃は全てゼロエフェクトによりキャンセルされ効果が無い。その内にも体のあちこちから排気口のようなものがせり出してきている。

「あかんっ!ウィルスの散布をする気やっ!」

と叫ぶはやてさん。

「ゴースローから巨大な魔力反応…これは…アルカンシェルですっ!」

警備の強化にと配備されていたと思われていた巡洋艦。その主砲が目標を捕らえていた。

「なっ!?本局はミッドチルダの地表ごと何もかも無くすつもりかっ!?」

「目標からの距離ではここも無事ではすみませんっ!」

「え?」

それは死の宣告。その宣告を出したのはカレンではなく、管理局である。

阿鼻叫喚の叫び声が司令室を包む。

抗議も停止ももはや受け付けまい。だけど、あれがエクリプスウィルス適合者なら…

「…無駄やろうね」

冷静に、一人分析していたのははやてさんだ。

虹色の極光が天使に迫るが…その身に纏うゼロエフェクトで結合を解除され本体は無事。周りの街は全て吹き飛んでしまった。

「アルカンシェル、魔力結合解除されました…」

「…全くの無駄や…今ので住民は全滅…大失態やね」

と、言ってばかりも居られない。天使の前に巨大な魔法陣のようなものが現れると、砲撃がゴースローへと発射される。障壁はむなしく砕け散り、ゴースローは爆砕された。

「ゴースロー、撃沈しました…」

「スターズとライオットに帰還命令っ!」

『はやてちゃんっ!?』
『はやてっ!?』

「もう遅い。ウィルスの散布は止められへん。あとトーマと…あれ?リオちゃんは?」







「行くんだ」

特務六課からの出口で待ち構えていたのはヴィヴィオ達3人だ。

「うん…行く。あたしならウィルス感染の心配は無いからね」

既に感染しているから。

「私達もご一緒します」

「うん」

「わたし達を置いていく事は許さないよ、リオ」

と、アインハルトさん、コロナ、ヴィヴィオの決意を固めた言葉。

「…軽々しい気持ちじゃ無いんだね」

「あの光り、アルカンシェルでしょう?それすら無効化されてしまったんじゃ魔導師じゃ対抗できないからね」

「はい。今のミッドチルダであの怪物に対抗できるのは私達だけです」

とヴィヴィオとアインハルトさんが言う。

「でもエクリプスウィルスが…」

「自己対滅で死んじゃうかもだって?」

と、ヴィヴィオ。

「うん」

「大丈夫です」

と言ってアインハルトさんが取り出して見せたのは無針鍼のアンプル。

「それは?」

「アオお兄ちゃんが戻った後、気が付いたら手の平に有ったの。咄嗟になのはママに気がつかれないように隠したんだけど、これは多分…」

「あたしに打った血清…」

「多分ね。わたし達がきっとこの選択をするって分かっていたんだと思うよ」

「でも…もしかしたら死んじゃうかもしれないよ?」

「だったらもっとここでリオを一人で行かせる訳には行かないよね」

そうコロナが纏めた。

「そっか…それじゃあ…行こっか、みんなっ!」

「うん」
「はい」
「ええ」

力強い友達の言葉に後押しされてあたし達は戦場へと掛ける。

途中はやてさんやなのはさん達から通信が入るけど拒否して走った。

何処まで気がつかれずに行けるか分からないが、わざわざ目立つ必要も無い。

目立てば相手の攻撃でこっちがヤバイ。

「これは…」

「アルカンシェルによるクレーター…」

目の前に広がるクレーター。そこに生き物の気配は無い。いや、文明の後すらなかった。

「こんな事って…」

三人が驚愕の表情を浮かべる。幸いなのはあたし達の両親は巻き込まれていないと言う所だけ。

「こんな事…このままにしておいちゃダメだよ。結果はどうあれ、アレを止めないと…」

「うん…」
「そうだね…」
「はい…」

「ここ辺りならギリギリエキドナの射程圏内だよね」

「うん…質量兵器以外は効果が薄そうだから、レールガンがメインになると思うけど、ここなら外さないよ」

そうコロナが言う。

「じゃあ…」

と次の指示を送ろうとして、皆が急に苦しみ出した。

「あっ…くぅ…」
「うううぅ…」
「うっ…」

「コロナ!ヴィヴィオ!アインハルトさんっ!?」

容態が急変し、あたしは心配になって声を上げた。

「大丈夫だよ…」

そう言って取り出したのは無芯針。

バシュッと言う音と共に打ち込まれたそれにより病状が一気に加速。

ヴィヴィオ達の体を作り変える。

「みんな…」

あたしは信じて待つ事しか今は出来ない。

「はぁ…はぁ…」

しばらくすると皆の呼吸が落ち着いた。

「大丈夫?」

「うん。結構体力を使っちゃったけど、大丈夫だよ」

とヴィヴィオが答えた。どうやらコロナとアインハルトさんの症状も落ち着いた。

「取り合えず、体力が回復するまでに簡単に作戦を考えるね」

「作戦と言っても何をどうすれば良いのか…」

と、コロナ。

「もう、あんなのが相手なら奇襲からの大威力攻撃で滅ぼすしか無いと思う」

「最大威力攻撃となると…今の状況ではこの間のスサノオを纏ったエキドナですか?」

とアインハルトさん。

「それしかないと思う。ただ、エキドナもスサノオもその展開に多少時間が掛かるね」

「エキドナのフルパフォーマンスにはヴィヴィオとアインハルトさんの力が必要だよ」

と、コロナ。

「そうだね…」

「だけど、そんなに時間は無いみたい。アルカンシェルの攻撃で一時的に動きは止まっていたみたいだけど、浮遊しながら次の都市へ向かっている…」

「コロナ、本体を地面に埋めたまま背面装備だけ地上に出せる?」

「…多分大丈夫だと思う」

「なら砲身だけ覆うくらいのミラージュハイドで姿を隠している内にエキドナを構成、スサノオで強化して遠距離射撃。…それでダメなら地表にでて一気に接近戦って感じでどうかな?」

「そうですね…あの大きさを相手にするのはやはりエキドナが頼りです。その作戦で良いと思います」

「うん」

アインハルトさん、ヴィヴィオとも反対は無し。ならば後は実行するだけだ。

『ミラージュハイド』

周りにあたし達を透かして光を透過する膜を張り、視界での発見を遮る。

「それじゃぁ、行きますっ…エキドナっ!」

コロナが地面に手を付くと、ググンと地面が固まる気配が感じられ、さらに地面から生えるように巨大な砲身が現れる。

「ヴィヴィオ、アインハルトさん、行きますよ」

「はい」
「うん」

いつかのように二人はエキドナのコントロールルームへと乗り込んだ。

あたしは砲身の上に陣取ると一度両目を閉じる。

すうっと再び目を開けた時にはあたしの瞳は万華鏡写輪眼へと変貌していた。

「…スサノオ」

今回は最初から全力全壊。

スサノオをエキドナに纏わせる。

バチバチと帯電する砲身。

『ロックオン完了。いつでも撃てるよ』

とヴィヴィオからの念話が入る。

「それじゃあ、一発デカイのをお見舞いしますかっ!」

『それで終わってくれれば良いんだけどね』

とコロナ。

『そこは祈っておきましょう』

と、アインハルトさん。

『誰に?』

『神様にです』

「神様ねぇ…確かに聖王様(ヴィヴィオ)に祈れって言われるよりもマシかな」

『リオーーっ?』

「冗談冗談…さて」

『それじゃあ…ネメアー発射っ!』

コロナが最後の引き金を引き、砲身から雷を纏い砲弾が発射される。発射から着弾までは一瞬だった。

一発で相手の頭部を吹き飛ばすこ事に成功。

『やった?』

とコロナの問い掛け。

頭は確実に破壊されている。生物にとっての弱点では有るが…

『いえ、まだです』

アインハルトさんが否定。

「次、急いでっ!」

『次射、行きますっ!』

ヴィヴィオが急いで次射を発砲。

しかし、残った腕から布のような物が伸びてきてその弾に切り裂かれつつも完全に防ぎきった。

『三発目は間に合いませんっ!出ます!』

アインハルトさんの念話が響き、続いて地面から這い出るように獣型のエキドナが現れ地面を蹴る。

その巨体に似合わず俊敏に動き、カレンに向かって駆けるが、歪な巨大天使は両手を布のような物に変えて此方を突くように攻撃してくる。

伸縮自在意な上に偏向も自在なようで、かなりヤバイ攻撃だが、アインハルトさんもさるもの。どうしても避けれない物はそのエキドナにあたしが宿したタケミカヅチで切り裂き、他は全て獣の動きで回避していく。

なんだ?一瞬何かがチラリと見えた気がする。

あたしは視力を限界まで強化し辺りを警戒すると、大きな布に隠れて細い糸が何千本とばら撒かれている。その出所はどうやら髪のようだ。

マズイっ!

瞬間的にあたしは天照をエキドナの表面に纏わせ全身を包んでいた。

『これはっ!?』

「あたり一面細い糸で囲まれているのっ」

『大きい布の腕はフェイクで、本命はその糸だったと言う事ですね』

アインハルトさんは瞬時に理解してくれたらしい。

「でも、あれ位なら触れた瞬間に燃やしちゃうから大丈夫…ただ、燃費が悪いから…」

『短期決戦で行きますっ』

お願いします。

回避しながらもヴィヴィオは正確に狙いを付けてネメアーを発射。

当たっても直ぐに再生してしまうが、攻撃を続けないわけにはいかない。

再生した顔が不気味にアギトを開く…

キィーーーーン

甲高い音が聞こえる。

「こ、これは…」

『砲撃ですっ…!』

叫ぶヴィヴィオ。

「くっ…」

『これを避ける選択肢は私達には有りませんっ…!』

分かってるよっ!

後ろには都市郡。いまだ避難する人々。発射されればその人達の命が危ない。

ザザーーッと煙を上げてエキドナはブレーキを掛けると背中の砲身を天使のアギトへと向け、弾丸んを発射。しかし、一歩遅く相手の砲撃が放たれる。

『クリエイトっ!』

コロナが急いで地面を隆起させ、目の前に壁をつくりだし、威力を削ごうとするが、全く意味を成さない。

『みなさん、覚悟を決めてくださいっ』

アインハルトさんの念話が響く。

もう後はエキドナで受けるしか手が無かった。

あたしはオーラを振り絞り、前面に聖王の鎧を固めて衝撃に備える。

アインハルトさんはエキドナの体を潜り込ませるように砲撃に対して斜めに当たり、そのまま角度を変えていく。

「くっ…くぅ…」

砲撃が上空へと反れたが、相手の攻撃は緩まない。

どれだけの間、そうしていただろうか。永遠とも思える時間がようやく過ぎ、砲撃が終息する。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

あたしの聖王の鎧以外にもヴィヴィオ達がありったけの強化をしてどうにか防いだが、皆息が上がっている。

崩れ落ちるエキドナ。今のあたし達にエキドナを支えるだけの輝力は無かった。

「ヴィヴィオ、コロナ、アインハルトさんっ!?」

呼びかけても返事が返ってこない。エクリプスウィルスに感染直後に無理しすぎだ。普段ならまだ行けるはずであったが、アレで彼女達の体力が大幅に削られた事は確かだった。

「くっ…」

あたしは彼女達の安否を確認するよりも速くエキドナから飛び出し空を駆ける。

二撃目が来るのは彼女達の死を意味する。だったら取り合えず相手の敵愾心をあたしに引き付けなければならない。

あたしはスサノオを顕現させると、これ見よがしに空を駆けた。

天照をスサノオに纏わせて髪の毛による攻撃を防ぎつつ、口からの砲撃は空へ抜ける角度に誘導して回避。

でも、そんな事がいつまでも続くわけが無い。いつだって護る戦いは難しいんだ。

ニヤァと異形の天使が笑った気がした。

いや、確実に笑っていたんだと思う。

ああ、ああ…分かっている。あたしが今の状況でその方向への砲撃を許せるはずが無いと言う事を。

だって、あの方向にはあたしの両親が居るのだ。

全く持ってアイツは最低だ…受けるしか他に手が無いじゃないか。

あたしは急いで相手の射線上へと躍り出ると、タケミカヅチを形態変化させて盾を作り出すと全力で防御する。

放たれる閃光。

「くっ…あう…」

拮抗するも弾くのがやっとだ。

くっ…輝力がもう…

だめ、…誰か…

「アオお兄ちゃん…」

「ほらほら頑張れ。まだ行けるだろう」

「え?」

後ろから聞こえた声に視線を向けるとそこにはいつもあたしを安心させてくれる人の顔が有る。

「アオ…お兄ちゃん?…助けて…くれるの?」

「流石にリオ達がピンチなのに現れない訳には行かないだろう。…まぁ俺達でも敵いそうに無かったら来ないかもしれないけどね」

そこは絶対助けに来るよ、くらい言って欲しかったよ…

「ほら、気合を入れろ」

「え?あ…うん」

言われてあたしはスサノオの維持に努める。するとあたしのスサノオにスサノオを纏わせるようにアオお兄ちゃんのスサノオが被さった。

いつの間にかあたしのスサノオはヤタノカガミを装備して異形の天使の攻撃を弾いていた。

いつまでも撃ちっぱなしは出来ないようで、天使の攻撃が弱まりついには撃ち終わる。

耐え切った…

「絶好のチャンスだね。今を逃す手は無いよ」

「で、でも…距離が…」

「距離なんて俺の前では無いも同然。あの化物の後ろまで飛ぶよ」

「あ、…はい…」

言われたとおり動き出して…あたしは一瞬で異形の天使の真後ろに居た。

「え?ええっ!?」

転移魔法?いや、そんなちゃちな物じゃない。これはもっと別の何か…

そんな事を考えていると、アオお兄ちゃんはおもむろにあたしの右手を握り、振り上げた。

「あ…」

それに呼応するように振り上げられるスサノオの右手。

気がつけばスサノオには下半身があり、いつか見たあの完成体の姿をあらわしていた。

あたしだけの力じゃない。アオお兄ちゃんの力を借りて、今スサノオは完成体へと至ったのだ。

「最後は自分の意思で」

「…うん」

どこまでもアオお兄ちゃんはあたし達を助けてくれるけれど。こう言った決断はしてくれない。

あたしは再び天使の咆哮が開かれる前にその腕を振り下ろす。

「ああああああっ!」

銀色に輝く刀身にあたしは天照を纏わせ振り下ろす。

「GIYAAAAAAAAAAAaaaaaaaa」

あたしが振り下ろした刀身は、異形の天使を真っ二つに切り裂き、さらに細切れに引き裂かれた後に天照の炎に焼かれ消失していった。

あたし達が戦っていた時間なんてどれ程の物だっただろうか。

戦いなんていつも一瞬で決着がつく。あたしはあたしの世界を護る為に誰かの祈りを焼き尽くし…そしてあたしはその結果自分の世界は護られた。

ただそれだけ…

あたしはその一撃で全ての輝力を使い切ると、そこで意識を失った。

次に目が覚めれば自宅のベッドの上だった。

奇跡的にもあの事件を写したカメラにあたし達の姿は無く、大きく取り上げられたのはナゾの異形の天使とそれに食らいつく異形の魔獣となぞの巨人だけだった。

あの事件で亡くなったのは都市一つ分のおよそ7万人。その余りにも大きな事件の余波は凄まじく。アルカンシェルを撃った管理局はつるし上げられているが、パンデミックの脅威を知っていればそれも仕方の無かったものだと思える。しかしそれで人々が納得するかはまた別の問題なのだ。

あたしもあたしの家族があのアルカンシェルで亡くしていれば到底納得できなかっただろう。

誰もが納得できる決着ではなかったが、主母体はあの時の攻撃で消え去ったらしい。これで一応の脅威は去ったと言う事だ。まぁ野良感染者はまだまだ一杯いるし、サイファー達はつかまっていないらしいので問題はまだまだ有るのだが。

エクリプスウィルスに関する事件はこれで一旦巻く引きだ。結局誰があの異形の女神を倒したのか、メディアで騒がれているが…真相にたどり着かない事を祈ろう。

そう気持ちを切り替えるとあたしは再び訪れた日常へと戻っていった。
 
 

 
後書き
やはり酷いアンチ要素でお蔵入り。そして話が収集つかずになってしいました。でもとりあえずエイプリルフールですし、こんなものでも楽しんでいただければ。 

 

IF番外 プリヤ編

 
前書き
長らく放置が続いてしまって申し訳ありません。どうにも少し書いては破棄やお蔵入りが続いています。今回のこの話もうまくまとまらずにお蔵入りしていたのですが…年末ですし番外編と言う事で掲載します。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。 

 
イリヤがその体を賭して彼女を変革させてから10年。

彼女はそれでも8年ほど眠っていた。

おそらく融合によるショック状態なのだろう。

その間の成長はほぼ止まっていて、記憶も混濁が見られた。

アインツベルンの城の事は殆ど覚えていないと言っていい。

毎日元気良く小学校に通っている彼女を見ると、イリヤとの違いをまざまざと見せ付けられる。

切嗣とアイリスフィールはあの冬の城に戻ることは無く、冬木に居を構えた。

心機一転と、あの朽ち果てた武家屋敷風の長屋ではなく、普通の一戸建てを新しい住まいにしたようだ。

報復に現れたホムンクルスを返り討ちにする過程で襲ってきたホムンクルスであるセラとリズを家政婦として匿う事になるとは、因果なものだ。

セラとリズに家を任せて切嗣とアイリスフィールは長い間家を開けるようになった。

どこで何をしているのか。しかし、それがイリヤの…家族の為と考えての行動であった。

まぁ、俺達がイリヤの傍に居るのだ。万が一は有り得ないと安心して家を空けているのだろう。

それくらいの信用はしてもらっている。

そして、経緯は省くがあの衛宮士郎も切嗣は連れてきた。

それが運命とでも言うように…

それでも穏やかな生活が続く。

そんな生活が一変したのは冬木の街におかしな魔力反応が現れて少ししてからの事だ。

霊体化していると言っても風呂やトイレなどの、本当のプライベートスペースには立ち入らない。

しかし、それが仇になろうとは…

風呂場での物音の後、イリヤが魔法少女になっていた。

何を言っているのかと思うかもしれないが、本当の事だ。

羽の付いた、いかにもカードを封印するあれのような形をした杖を持ち、ピンクの魔法装束に身を包んだイリヤは見まごう事なき魔法少女だった…

何がどうなって入浴中に魔法少女になる展開があるよ…

で、説明に現れたこの世界の遠坂凛。

どうやら冬木に現れたカードを回収するのに魔法少女…正確には魔術礼装であるカレイドステッキが必要らしい。

このカレイドステッキが意思を持っており、前の持ち主であった凛を見限り、イリヤを魔法少女にしたようだ。

取り上げるのは簡単だ。だが、魔術の世界を知らずに生きてきたイリヤに自衛手段が出来たのだ。むやみに取り上げて良いものだろうか。

守ると言う事と、彼女の行動を尊重しないのは別物だ。真綿で包む様に守る事が良い事だとは思えない。

と考えていたのだが。まさかカード回収の相手が黒化英霊だったなんて、予想外だ。

いや、黒化サーヴァントと言った方が近いかもしれない。

ただの魔術師ならば…今のイリヤから魔力供給の無い俺でも遅れは取らないだろう…しかし…

凛と共にイリヤが世界の鏡面の狭間に転移したそこに待っていたのは黒化したメドゥーサのサーヴァントだ。ライダーだろう。

意思のようなものは感じられず、目の前の者を襲うと言う命令で動いている人形と言う感じだが、サーヴァント相手に魔力供給無しでは不利だ。特に俺達は燃費が悪い。…せめてイリヤから魔力が供給されていれば…

今の俺達はリンや偶に帰ってくるアイリスフィールから正規ルート以外で魔力を補給している。

当然正規ルートではないのでロスが大きい。受け渡しに使う魔力の一割も吸収出来ればいい方だ。まぁ単独行動Aのおかげで存在するだけならそんなに魔力も消費しない。そのため今日まで問題は無かった。

イリヤは始めての事に、それでも善戦しライダーを追い詰める。

が、しかし。ライダーが宝具のチャージに入った。

ヤバ…さすがにあれはっ!

と、最悪魔力切れ覚悟でとっさに顕現しようとした時、一陣の風が通り過ぎる。

それは赤い閃光のようであった。

赤い軌跡はそれが当然とばかりにライダーの心臓を穿つ。

青い魔法少女だった。

その彼女が持つのはゲイ・ボルグ。

かのクーフーリンの魔槍だった。

彼女、あとで美遊・エーデルフェルトと名乗る少女の乱入であっけなくライダーは退場し、カードだけが残る。

なんか、さらに後ろから高笑いをする金髪ドリル…ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと言うらしい少女が現れたが、瑣末な事か。

日を置いた二戦目はキャスター、メディアだ。メンバーは四人。凛とルヴィアは反目しているようだが、目的が一緒の為に自然と一緒に鏡面世界へと行く事になった。

撃ち出される魔法による閃光。

あまりの弾幕の量にたまらずと撤退する。

空を飛ぶキャスターに手も足も出なかったと言って良い。

やはり飛行はすごいアドバンテージだ。

飛んでいる相手にはこちらも飛んだほうが相手をしやすい。

魔法少女は空想の力なんだそうだ。思いが力になるアレだ。

イリヤは簡単に空を飛んで見せた。

唖然とする一同にイリヤの一言。

「魔法少女って、飛ぶものでしょう?」

至言です。

サブカルチャーに染まっているこのイリヤだからこその言葉なのかもしれない。

変わってもう一人の魔法少女である美遊はと言えば…

「人間は飛べません…」

こちらは現実主義だった。

再戦は明日にして、美遊はどうにか飛行をマスターしてくる事が課題となり、その日は解散した。

結局、美遊は飛べず、魔力で足場を作って飛び上がると言う方式で何とか空へと上がる事を可能にしていた。

明ける二戦目。

何とかキャスターにはイリヤの砲撃魔法と美遊のゲイ・ボルグの連携攻撃で撃破。

ようやく一息ついたその時、鏡面世界を移動していないはずなのに、そこに現れたセイバー。

一つの鏡面世界に一人のサーヴァントと言う法則じみた前例が続いたからだろう。油断していた。

一つの鏡面世界に一人のサーヴァントとは限らない。

その油断の中で凛とルヴィアがセイバーに斬り付けられて負傷した。

連戦による消耗と、凛とルヴィアの負傷を目の当たりにしてイリヤは思うように動けない。

さらに相手が強すぎた。

抗魔力Aを持ち、魔法少女の攻撃をことごとく無効化する敵に、それでも有効手段であるはずのランサーのカードはインターバル…クールタイムに入ったために使えない。

ゲームで言えばリキャスト時間30分と言う事だろう。

イリヤと美遊ではセイバーに対して有効打が無いと悟り、手に持ったカレイドステッキを放り投げた。

戦意喪失したわけではない。本来の持ち主に返したのだ。

カレイドステッキの力を借りて負傷を直し、力強く現れたのは赤と青の二人の魔法少女。…凛とルヴィアだ。

しかし、ネコ耳ネコ尻尾とキツネ耳キツネ尻尾はどうなのよ?趣味なの?

イリヤが有る意味現代風魔法少女なのに対してあれはどうなの?

とは言え、魔術師としての力量とカレイドステッキの力でセイバーを押し始める。

が、しかし…

黒い極光が駆け抜ける。

セイバーの宝具、エクスカリバーだ。その光は凛とルヴィアを包み込み…

圧倒的な破壊の後がその視界に写る。

「うっあ…あ…」

恐怖におののくイリヤの声が聞こえる。

イリヤも美遊も今は魔法少女の姿ではない。このままあの敵の前にいるのは自殺以外の何者でもない。

「たすけて…」

と、イリヤの声。

「誰か助けてよ…ねぇ…」

イリヤの体から魔力が漏れ出してきた。

「ねぇ…助けてよっ!…チャンピオンっ」

っ!

その声に俺の体に久しぶりに魔力が充足する。

「何を言っているの、速く逃げて、イリヤスフィールっ!」

美遊の叫び声。

コツンと地面に着地する音が聞こえる。

俺の脚が地面に着いた音だ。

「誰?」

と、問うたのは美遊だ。

セイバーは俺の登場に動きを止め隙を伺っている。

「遅かったわね、チャンピオン」

そう声を掛けたのは雰囲気の変わったイリヤだ。

「魔力供給が不足していたからね。ただの魔術師ならどうとでもなったが…流石にあれらはね」

と返す。

「サーヴァント、セイバー。黒化していては騎士王の名も廃れるわ。エクスカリバーが可愛そうよ。意思の無い人形に負けることは許さないわ。やっちゃって、チャンピオン」

「了解した。マスター」

ソルを上段に構え、切っ先を互いに向け合う。

セイバーの抗魔力はA。つまりバインドやシューター、バスターは効果が見込めない。

互いに出方を伺う。

ジリッと地面を擦る音が聞こえてセイバーが駆け出した。

お互いの剣がぶつかり…合わなかった。

「がぁっ…!」

「なっ!?」

横に薙がれた大太刀。

セイバーの悲鳴と美遊の驚愕が聞こえる。

「チャンピオン…それは流石に卑怯だわ…」

イリヤの呆れた声が後ろから聞こえてきた。

「必殺技を一撃目にやって何が悪い。弱らせてから(いたぶってから)放つ必殺技など非効率も良いところだぞ」

俺はソルを振り下ろしてさえいない。陰で見えにくくしていたスサノオの十拳剣でセイバーを一刀で両断したのだ。

「イリヤスフィール…?」

美遊がイリヤを呼んだ。

「何?美遊」

「あなたはイリヤスフィールなの?…それにそっちは…?」

「わたしはイリヤスフィールよ、美遊」

いたずらっぽく笑うイリヤ。

「そして、わたしのサーヴァント、チャンピオン」

と、俺を紹介した。

「サーヴァント…?」

「時間切れみたい。色々お話したいけれど、また今度ね」

「イリヤスフィール?」

怪訝な顔を浮かべる美遊。

「チャンピオンも、またね」

「また会えるのか?」

「きっと会えるわ。だからそれまでまたこの子をお願い…」

そう言うとふっと意識を手放したイリヤスフィールは地面に倒れこみそうになる。

倒れこみそうになるそれを俺は優しく受け止め、そのまま地面に横たえると魔力供給も途切れたため、そのまま実体化を解いて霊体へと戻った。

後には意識を失ったイリヤスフィールと、いまいち展開に付いていけない美遊。それとセイバーのカードだけが残った。



セイバーとの戦いが終わった後、ルヴィアの家に一同集合していた。

被告人の立ち位置にイリヤスフィールが座り、弁護人のように美遊が立つ。その正面に裁判官よろしく凛とルヴィアが座っていた。

どうやら二人とも生きていたらしい。運が良いと言うか、しぶといと言うか。

「それで、件のセイバーを倒したと言うチャンピオンの事だけれど…」

そ、凛が問い始める。

「イリヤ、あなた本当に何も覚えてないの?」

「ううー…あの時気がついたら美遊に抱えられるように倒れてたから…」

「まったく役にたちませんわねっ」

ルヴィアが呆れたように言い放つ。

「サーヴァント(使い魔)って言っていたのよね?」

と凛は確認と美遊に問いかけた。

「はい…確かにサーヴァントとチャンピオンと言っていました」

「チャンピオン…勝者…選手…サーヴァントの名前と言うより名称のようですわね」

「で、突然現れて、霞の如く消えていったのよね」

と凛がルヴィアの言葉を待って言った。

「聞く限りゴーストライナー…降霊術の使役に近い感じがするわ。ルヴィア、どう?」

「ええ、わたくしも同じ考えでしてよ」

『そんなしちめんどうくさいこと考えたってしょうがないじゃないですか~。肝心なのはそのチャンピオンと言う方が味方なのか敵なのかって事じゃないですか~』

と、人をこバカにしたようなトーンの声が会話に混ざる。

『姉さん…』

会話に混ざってきたのはカレイドステッキであるルビーとサファイアだ。

「ルビー…あんたねぇ」

『良く考えてみてください。そのチャンピオンと言うサーヴァントはイリヤさんを害する事は無かったんですよ?だったら彼がどう言う存在だって良いじゃないですか~』

「そう言う問題じゃ無くてよ」

とルヴィア。

『世の中敵か味方かで十分ですよ。ささイリヤさん、帰りましょうか。早く帰らないとお楽しみの深夜アニメが終わっちゃうじゃないですか』

「そんな物、録画しておけば良いでしょうっ!」

と凛が吠える。

『録画はもちろん標準画質でしていますよ~。ですけど、アニメはリアルタイムで見るのが良いんじゃないですか~。さ、帰りましょう、イリヤさん』

「あ、うん…それじゃあ…」

ルビーの言葉に場がしらけ、なんとなく解散ムードとなった。

『あ、それでも次に会う事があるかもしれませんから、対策はお二人で考えて置いてくださいね。睡眠不足は美容の天敵と言いますけど、まさか魔術師のお二人が不安材料をそのままになんかしておかないですよね~』

「う…」

「も、もちろんですわっ」

ルビーが爆弾を落として会議は終了。イリヤは帰宅、その場は解散となった。



不安材料は有ってもまずはカードの回収が最優先。

不安を押して鏡面世界へと移動した。

次の相手はアサシンの黒化英霊のようだ。

しかし、その数は数十を数える。…なるほど、四次のアサシンか。

鏡面世界に移るとそこは既にアサシンに囲まれていて絶体絶命だ。

気配遮断スキルから繰り出される攻撃…場所が林であった事も不利を増徴させている。

キィン

イリヤの首筋を狙ったダークの一撃を一瞬だけ現した腕で弾く。

「え?」

「こら、イリヤっ!油断しない」

「あ、うん…」

迫り来るダークを物理障壁でガードしながら応戦。

「うー…散弾っ!」

イリヤが細切れの魔力弾を撃ち出す。

「イリヤっ!むやみに撃っても効果は無いわっ!」

と凛の激が飛ぶ。

「はっ!」

美遊も美遊で砲撃で応戦しているが、やはり効果は薄い。

「この状況で使えるカードは有りますの?」

「ライダーのカードもセイバーのカードも対軍宝具以上の威力は有るでしょうけど、この状況じゃ決定打にはならないわ」

囲まれる前に撃ちだせば、それこそ対軍宝具としての効果を発揮しただろう。だが、直線放射型宝具では囲まれている今に至っては難しい。

「ランサーは対人宝具ですが…一撃必殺の魔槍。一撃でこの数は相手に出来ませんわっ!」

「アーチャーのカードは役にたたない…手詰まりね」

暗殺者の身のこなしと気配遮断スキル、それと数の暴力に圧倒的に不利な状況に追い込まれていた。







どうしようどうしようどうしよう…

四方八方から短剣が襲い掛かる。

「もう、なんでこんな時にチャンピオンは現れないのよっ!」

凛さんが悪態をつく。

前回わたしが気を失った時に現れたと言うチャンピオンと言う男の人。その人はあのセイバーを一撃で倒しちゃったんだって。

「現れるかどうかも分からない相手を頼ってどうするのですっ」

毅然とした態度でルヴィアさんが言った。

だけど、追い詰められているのも確かで…

「散弾っ!」

ばら撒く魔砲弾。飛び交う魔術。

「イリヤっあぶないっ!」

美遊がわたしの前で障壁を展開した。

「あ、ありがとう…」

『でもこれは確かにまずいことになりましたねぇ』

『一時撤退を提案します』

とルビーとサファイア。

ドサリ、ドサリと二回何かが倒れる音がした。

「凛さんっ!ルヴィアさんっ!」

わたしは叫びながら倒れた二人に近づこうとする。

「油断しましたわ…」

「まさか毒が塗ってあるとはね…」

と悔しそうに地に付している凛さんとルヴィアさん。

しかし、わたしは彼女達に近づくことも出来ない。なぜならダークがわたしと凛さん達を分断するからだ。

限定展開(インクルード)セイバー」

美遊がセイバーのカードを限定展開してサファイアが青に金の装飾の施された西洋剣に変わった。

「エクス…カリバーっ!」

振り下ろした剣から撃ち出される極光。それは前方にいたアサシンをことごとく打ち倒したが、それで役目を終えたとセイバーのカードが接続解除(アンインクルード)される。

切り札の一枚を使いってしまった。

「次っ!」

畳み掛けるとでも言わんばかりに美遊はランサーのカードを限定展開(インクルード)

「ゲイ…ボルグっ!」

投げ放たれた赤い魔槍は美遊が視界に納めていたアサシンを吹き飛ばしたが、これでランサーも使い切りだ。

「…くっ」

どうしよう…どうしたら…

わたしはどうにか近づけた凛さん達の隣で障壁を張り続けることしか出来ない。

どうしてもっと強くないんだろう…もっと強ければ皆を守れるのに…

『やばいですよ~、お二人とも毒が回ってきちゃってます』

「どうすればっ!?」

『わたしとサファイヤちゃんがこの前のようにお二人を転身させれば肉体活性で毒を分解する事も出来るのですが』

「それじゃぁっ!」

とわたしはルビーを手放そうとする。

『でも、それじゃあ障壁を張る人が居なくなっちゃいますね~』

困りましたとルビー。口調は軽いが緊迫しているみたい。

今障壁を解除すればわたしたちは死ぬ。…でも、解除しなくても凛さん達は助からない。

どしたら…どうしたらいいの!?

(あー、もう。めんどうくさいわね、あなた)

え?

突如わたしの中から声が聞こえてきた。

空耳?

(空耳じゃないわ。良いから少しわたしに代わりなさい)

え、…いや。なんか分からないけれど、それはいやだ。

(わたしが表に出ないとラインが細くてチャンピオンが全力戦闘出来ないのよ)

な、何?何の事?

(まぁ、わたしが表に出ても本来肉体の無い彼が全力戦闘する事は出来ないんだけどね。チャンピオン、燃費悪いし)

だから何の事なのっ!?

混乱が加速する。

(代わらないならイリヤスフィール、あなたが何とかしなさい)

でも、だからどうやってっ!?

出来ないからこんなに慌てているのにっ!

(そのスッテッキ、英霊の宝具を置換させる事が出来るのよね?)

あのルビーが武器に変わるやつね。

(だったら、英霊そのものをあなたに置換出来るはずだわ)

は?

(チャンピオンも良いわね、力をかして)

次の瞬間、わたしの口から言葉が漏れる。

夢幻憑依(インストール)、チャンピオン」

瞬間、光が包み込む。

次の瞬間、銀の竜鱗の軽鎧を纏い、右手にリボルバーの付いた日本刀を持った姿に変わっていた。

「な、なんなのーーーーーーっ!?」

ルビーに会った初日のような大絶叫。

「イリヤ?」

美遊も心配そうな声を上げる。

(時間が無いわよ。防御魔法、使えるわね?)

「え、…うん。ルビーお願い」

『サークルプロテクションって言うんですか?これ~。便利ですね~』

言いながら凛さんとルヴィアさんの周りを障壁が囲う。

(まず、しっかり敵を見なさい。今のあなたはどんなに速くても見失うことは無いわ)

「う、うん…」

「イリヤ…その目は…」

『魔眼の類です、美遊さま。ランクは不明』

美遊とサファイアは何に驚いているんだろう。

(戦い方は分かるわね。英霊そのものを憑依させているのだもの、その戦闘経験もフィードバックされている)

う、うん…

「美遊、二人をお願い…」

「イリヤは…?」

「わたしはあいつらを倒してくるから」

地面を蹴る。

走る速度はランサーのサーヴァントもかくやと言った感じだ。

一瞬で正面まで移動すると、日本刀型のルビーを袈裟切りに振るう。

「はぁっ!」

「がぁっ…」

一刀両断。霞となってアサシンは霧散した。

二体、三体、四体と切り倒していくが、一向に数が減らない。

そこでわたしは十字に指を組み上げた。多数には多数だ。

「影分身の術」

ポワンと現れたもう一人のわたし。

「あら、へえ、こう言う感じで外に出られるとはね」

「あなたはっ!?」

「わたしはあなた。…まぁ今はどうでも良いじゃない。そんな事よりも、行くわよ」

「あ、うん…」

もう一人のわたしが先行するようにアサシンを狩る。だが、まだ減る様子が無い。

「ダメね。数が多くて面倒になったわ」

「でも相手も無限では無いはずっ倒していけばいつかはっ」

「アサシンは元より耐久は低い…だったら」

と言った直後、もう一人のわたしは姿を消した。

「え?ええっ!?」

何処にと見渡せば彼女はいつの間にか美遊達の傍にいた。

「鏡面世界から出てって」

「なっ!?」

「あなた達が邪魔なのよ。あなた達が居る所為で広域殲滅魔法が使えない」

『美遊さま、撤退を進言します。まずあのお二人が邪魔です。お二人には早急な治療も必要です。心配なら美遊さまだけ治療を終えて直ぐに戻ってくれば良いのです』

「サファイア…分かった」

『鏡界回廊一部反転』

離界(ジャンプ)

そして二人を連れて美遊は鏡面世界を脱出していった。

彼女は空中に移動すると、足元に巨大な魔法陣が展開され、その下に巨大な何かが現れる。

同時にわたしの中の何かが彼女に流れて行っている感じだ。

『な、何なんですか~、あれは』

「ルビー?」

『純魔力攻撃ですよあれ。いやー参りましたね、あの規模ですと直撃したら生きてられないかもですね~』

アハーと軽い言葉でとんでもない事を言う。

「ちょ、ちょっとっ!どう言う事っ!?」

『どうもこうもイリヤさんもアレが何なのか分かっているでしょ~』

はっとなって意識を向ければ憑依させたチャンピオンの記憶が知っていた。

「ブレイカー級魔法っ」

『大せいか~い。あんな量の魔力、普通の魔術師では用意も制御も出来ないはずなんですけどねぇ…さすがルビーちゃんですね』

魔力無制限から用意される魔力を逐一あの球体に集めていっているようだ。

「イリヤっ」

「み…美遊っ!?タイミング悪いよっ!?」

「は?」

このタイミングで鏡面世界に戻ってくる美遊。戻ってくるのが速すぎだ。

「なに…あの月は…」

「月じゃないのっ!魔力の塊だよ、あれはっ!」

【ほらほら、邪魔よ。そこに居たら纏めてふっ飛ばしちゃうから】

と自身の内に聞こえる声。

えっと…念話って言うのか。ってそうじゃないっ。

「み、美遊、直ぐに上に跳んでっ、速くっ!」

「…わかった」

わたしは飛び上がり、美遊は駆け上がってどうにか高度を取ると、邪魔者は消えたと彼女は剣を振り下ろした。

「スターライト…ブレイカーーーーー」

ドウッ

風を割る轟音と共に極光は大地を穿ち回りを閃光で埋めていく。

「る、ルビー!?」

『障壁はさっきからマックスで張ってますよ~』

閃光が止むとそこは草木一本生えていない焦土が広がっていた。

「アサシンのカードね…」

地面に降りた彼女はそれをつまらなそうに拾い上げた。

わたしと美遊もそれを見て地面に降り立った。

「イリヤ…?」

「初めまして、美遊。わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

少々剣呑が混ざった鋭い表情とは裏腹にちょこんと膝を曲げてドレスをつまむ仕草で挨拶をした。イリヤスフィール…

「まぁこんな荒事は久しぶりだから疲れたわ…チャンピオン。限界まで魔力を吸っても問題ないわ。カートリッジも作り置きしておきなさいね」

「ぐっ…また…」

「イリヤっ」

支える実遊の腕にもたれかかる。

『供給する端から魔力が流れて行ってますね~』

「わかるなら供給をカットすれば…」

と、美遊。

『いまカットすればイリヤさんが干からびてしまいますよ』

「くっ…」

いつの間にかもう一人のわたしは煙のように消えていた。

しばらくして脱力感から開放されてからわたし達はアサシンのカードを回収し、鏡面世界を脱出するのだった。





なんやかんやイリヤが分裂したことや、俺を憑依させた事を魔術師の二人を交えて話し合っているが、まぁ答えは出ないだろう。

それよりも優先されるのはやはり最後のカードの回収だ。

最後のカードはバーサーカーであろう。

鏡面世界にジャンプする前に俺は実体化して彼女達の前に出る。

「あなたっ」

問い詰めようとする凛を視線で黙らせると本題に入る。

「行くのはイリヤと美遊だけだ」

「なっ…」

「そんな事認められませんわ」

絶句する凛と抗議するルヴィア。

「前回の事で分からなかったか?英霊相手に魔術師程度では勝てない。はっきり言って自分の身も守れない相手は足手まといだ。本当はイリヤ達も行かせたくは無い」

行かせたくないが、鏡面世界への侵入は俺よりも彼女達の方が上手だ。

「わたくし達が二流とでも言いたいのですのっ!?」

「そうじゃない。君達は一流の魔術師だ。だが、君達は魔術師として清純すぎる。君達は神秘を学び、研究し消化させる学者みたいな物だろう。荒事を専門にこなす戦闘屋じゃない」

最初の二枚を回収したと言う魔術師ならばあるいは…だが、彼女達じゃ荷が勝ちすぎる。

「今回で最後なのだろう?俺は先日魔力をもらえたのでね。久しぶりに全力戦闘が出来そうだ。イリヤとあとその青いヤツくらいは守ってやろう」

「…あなた、イリヤの何?」

と、凛が言う。

「彼女の盾であり、剣だ。彼女を守る約束もしている」

「誰と?」

その言葉に俺は答えない。

『イリヤさん~。いつの間に年上の男性をたらしこんだのですか~。隅に置けないですね、このこの~』

「る、ルビーっ!人聞きの悪いことを言わないでっ!」

外野が盛り上がっているが、彼女達を連れて行く訳にも行くまい。

おそらく最後の敵はバーサーカー、ヘラクレス。宝具は『十二の試練』であり、効果は蘇生魔法の重ねがけ。十二の命のストックがある。

「ここで実力行使に出ても構わないが?…ああ、一つ言っておく。俺に魔術は一切効かない」

「なっ!?」

一切とは大きく出たが、実際抗魔力Aを持ち、現代魔術師の魔術では総て無力化されるためあながち嘘ではない。

「ルヴィアさま。ここは彼の言う事が正しいです」

「な、美遊っ!?」

「カレイドの魔法少女なら多少の事では傷つきません…ですが…」

「わたくしは魔術師として、いつも死を覚悟していますわっ!それに、あなたを一人で死地に行かせるなんて事、このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトができようはずもありませんっ」

「ルヴィアさま…」

美しい主従愛だが、美遊の説得も効果が薄かった。

確かに、ルヴィアの言葉は使える者にしてみればうれしい言葉であり、普通は言える言葉ではない。

「あの、凛さん…?」

「も、もちろん、私もあなたを一人でなんて行かせないんだからねっ」

「へー…」

「な、なによっ!」

イリヤと凛は微妙そうだ。

「ま、問答をするつもりは最初からない。実力行使と行かせて貰おう」

と言うと俺は彼女達にバインドを行使。

「なっ!?」
「こ、これは…!?」

彼女達の四肢を縛り上げる。

「凛さんっ!?」
「ルヴィアさまっ!?」

「いいから放って置いて、行こうか」

二人の背中を押して凛たちから離れる。

背中に罵声が聞こえるが気にしない。


ビルの屋上から鏡面世界に移動すると、今回のエリアはほぼビル一個分と狭い。

「今回は全力戦闘で行く」

「全力…この間のアレですか?」

聞いたのは美遊だ。この間のと言うのはあのスターライトブレイカーの事だろう。

「いや…」

と、会話をしている暇すらなかった。

ドスンとコンクリートを踏み砕きながら現れるバーサーカー、ヘラクレス。

「■■■■■■ーーーーーーーー」

「ひっ…」
「っ…」

雄たけびにイリヤと美遊がすくんだところに一気に駆け寄ってくる。

振り下ろされる大斧。

それを一瞬で現したスサノオのヤタノカガミで受け止める。

「これは…?」

「もしかしてあの時の…?」

と、イリヤと美遊がつぶやいた。

イリヤの表情が変わる。

「別人とは言え、こんなバーサーカーは見たくないわ。チャンピオン、お願い…バーサーカーを倒して」

「イリヤ…あなた、また…」

美遊がいぶかしむが俺の答えは決まっていた。

「了解した、イリヤ」

ガキンガキンと斧を打ち付けるバーサーカー。だが、ヤタノカガミはびくともしない。

逆にスサノオの十拳剣を横に薙ぐ。

「■■■■ーーーー」

理性も無い…いや、黒化英霊には意思すら無いのだが、直感のような物で十拳剣を避けた。

「おっと、良い所に逃げたな」

『クリスタルケージ』

ピラミッド型に捕縛魔法がバーサーカーを束縛する。

巨体を壁面が圧迫し、自慢の腕力も自在に扱えない。

「まあ数秒ももたないかもしれないけれど…」

だが、その数秒あれば良い。

俺は一気に十拳剣を突き入れた。

「■■■■ーーーーー」

そして封印術が行使される。

その巨体を抵抗する事許さずに酔夢の世界へと吸い込んだ。とは言え、吸い込んだのは外装だけだ。

核であるクラスカードだけがその場に残る。

「………」
「………え、終わり?」

イリヤはすでに元に戻っているようだ。

「本物のサーヴァントであるバーサーカーならもっと手ごわかっただろうよ」

ただ、相手は意思も無い黒化英霊だ。直感スキルも大幅にダウンしていたに違いない。

でなければこんなにあっけなく封印されたりはしない。

「さて、帰ろうか」

「あ、はい…」
「う、うん…」

鏡界回廊を開き現実へ。

「はやっ!?」

「終わりましたのっ!?」

出迎えるのは未だ脱出を計れていない二人だ。

俺はすでに霊体化している。

「う、うん…」

そう言っておずおずとバーサーカーのカードを差し出すイリヤ。

なぜかそれをひったくる様に奪い取るルヴィアとそれを追いかける凛との骨肉を争う戦いが勃発したが、クラスカードをめぐる争いは一時の解決を見せた。


ステッキたちは自らの意思でイリヤ達の傍を選び、しばらくの時が過ぎる。

七月上旬。プールが解禁し、イリヤ達もプールの授業。

何の変哲も無い日常が、不意に非日常へと変わる。

それはただプールに飛び込んだと言う事象が、まさか世界を跨ぐとは、イリヤ達はおろか、俺にすら予想は出来なかった。

ズザザーとコンクリートに顔を擦り付けるイリヤと美遊。

「いっ……たああああああい、顔中いたい、何これっ!?」
「っ…」

痛さにパニックの声を上げるイリヤと静かに痛がっている美遊。

周りを見れば、上下逆さま、ごちゃ混ぜに建物が浮かび上がっている。

ルビーの説明を聞けば、複数の空間がごちゃ混ぜにくっついているとの事。

取り合えず、現況を見つけて叩けとの事らしい。

二人は転身して飛び上がりつつ、現況をさがす。

「犯人さーーーー…」

そんな呼びかけで現況が出てきたら世話がないとおもっていたのだが…

「…ん!?」

ドシンと言う音を立てて、背後に着地する何か。どろの塊のように不定形な何かだった。

「うわわわっ!?どうしよう、…取り合えず、ミユっ!」

「わかってる」

「「放射(シュート)」」

二条の光がモンスターを直撃するが…

「な、なんでっ!?」

元に戻るモンスター。一撃ですべてを吹き飛ばす位じゃなければダメのようだ。

「効いてないっ効いてないよっ!」

慌てて逃げ惑うイリヤと美遊。

実体化するかと意識したその時、上空に魔力反応が感知された。

視線を上げれば、なんか懐かしい人物。…いや、あの彼女にはあった事は無いのだけれど。

「いくよ、レイジングハート」

『オーライ、マスター』

「ディバイーーン、バスターーーーっ!」

ゴウッと光の本流がモンスターを包み込み、押し流す。

「一瞬で蒸発したっ!?」

驚愕の表情を浮かべるイリヤと美遊の元に降り立つ彼女。

「すみません、威力は調節したつもりなんですけど、お怪我はありませんか?」

と言う茶髪を両サイドでまとめ上げ、どこかの制服のような魔法衣を着ている誰かが言った。

「ほ…」

ほ?

「本物だーーーーーっ!?」

イリヤの絶叫。

「本物の魔法少女だよっ、ミユっ!」

「う、うん…イリヤ…」

「あの…此処がどこか分かりませんか?」

と、彼女が言う。

「いや、わたし達も気がついたら迷いこんでいただけだから…」

「こまったなぁ…どうやったら元の世界に戻れるんだろう…」

と言ってため息を吐く彼女にイリヤが尋ねる。

「あのー…それで、あなたは…いったい?」

「あ、すみません。申し送れました。わたしは高町なのは。小学三年生です。訳あって…その…魔法少女とかやっているのですが…えと、でもあなた達も魔法少女なんですよね?他の魔法少女に会えるなんて、こんな事になったけれど、少しラッキーかな?」

と言ってぱっと笑うなのは。

「お、おお…」

イリヤと美遊はその神々しいオーラに当てられ気味だ。

何か精神にダメージを追ったように傷心している。

ルビー曰く、イリヤのMS(まほうしょうじょ)力が一万ならなのはは五十三万らしい。

そのプレッシャーにイリヤもたじたじと言う訳だ。

「あのー、もう一人女の子を見かけませんでしたか?」

そうなのはが問いかける。

「え?見てないけど、どうかしたの?」

イリヤは質問の意味をよく理解していないが、とりあえず見ては居ないと答える。

「その子も多分わたしと一緒に巻き込まれたからこの世界に居ると思うんです」

「その子、お友達なの?」

「いえ、でも…」

となのはは少しうつむいてから顔を上げた。

「友達になれたらって思うんです」

その言葉にポっと顔を赤らめるイリヤと美遊。

「そっか、わかった。ならわたしも一緒にさがしてあげる」

「え、良いんですか?」

「どのみちこの騒動の犯人も捜さなきゃだしね」

「イリヤ…」

「いいよね、ミユ?」

「うん」

イリヤの言葉に頷く美遊。

「それじゃ、魔法少女同盟結成と言う事で」

「はいっ」

三人は手を合わせる。

「目標はもう一人の女の子の捜索と、犯人を突き止めること。皆で力を合わせて脱出ようっ!」

イリヤの力強い宣言に、美遊となのはも決意を新たにする。

しかし、良い場面には落ちが付き物。

どどどどっ

「なっなに!?」

背後の地面が突如として隆起、世界に衝撃がはしった。

「わわわわわっ!?何あれっ!デカイっ!そしてヤバイっ!」

視界には先ほどよりも大きなどろどろのモンスターが竜巻や雷を起こしつつこちらを視認しているようだ。

その数は見えるだけで3体ほど。

慌ててその場を飛び去るイリヤ達。

限定展開(インクルード)、ランサー」

イリヤはランサーのクラスカードを限定解除。その手に持ったルビーが赤い魔槍に変わる。

「ゲイ…ボルグっ!」

投げ放たれる赤槍。

モンスター一体を粉みじんに吹き飛ばす。

美遊も極大の砲撃で一匹を吹き飛ばしたところだ。

しかし、この空間は不安定なもの、この不思議空間の流動が加速を増した。

「なのはちゃんっ!?」

バスターのチャージを開始していたなのはの背後に巨大なビルが迫る。

「あっ…」

ちっ…なのはでは間に合わない。イリヤや美遊でもだ。

俺は一瞬で実体化し、駆ける。

なのはをかばうように前にでて、部分展開した十拳剣を一閃。

上下に分裂するビル。

「あ、あの…ありがとうございました」

と、礼を述べるなのは。

「あー、あなたはっ!」

イリヤが吠えているが、仕方ない。別人であっても彼女を見捨てるのは気分が悪かったのだ。

真っ二つになったビルの向こうでぱちくりと驚きの表情を浮かべ、どこか手持ち無沙汰に大鎌を構えていた少女。

「フェイトちゃんっ!」

彼女の瞳はなのはより、俺の方へと強い視線を向けていた。

「俺に君と敵対する意思はないよ。取り合えずこの世界からの脱出だな」

コクリと取り合えずはと頷くフェイト。

そして指を指したのは逆さまになった時計塔だ。

「あそこだけこの世界の中でまったく動いていない」

「なるほど、あそこに現況が居るわけね」

またもコクリと頷く。…うーん、感情にとぼしいなぁ。

「けど、塔自体に高度な防御結界が張ってあるねぇ…これは中々難しいかもしれない」

と言う言葉になのはが大丈夫だと言い切った。

「大丈夫ですよ。一人でダメなら皆でやればいいんですっ」

そう言ったなのははカノンモードで砲撃準備に入った。

「なるほど、そう言う事なら。『セイバー』限定展開(インクルード)。タイミングは任せます」

と美遊はセイバーのカードを使い魔力をチャージする。エクスカリバーを使うのだろう。

それを見てフェイトもチャージに入る。

「うう…みんな何か必殺技の雰囲気だよ~」

『イリヤさんはさっきランサーのカードを使っちゃいましたからね~』

「ルビーのイジワル。それでもわたしもやるしかないじゃない、…雰囲気的に」

『しょぼいですけどね~』

イリヤとルビーのコントを聞きながら俺は彼女達の背後に迫る。

「今回は俺が力を貸してやる。魔力供給もなく俺も大技を出すわけにはいかないからな」

「チャンピオンっ!?それって…」

夢幻憑依(インストール)。覚えているだろう?」

「な、なんとなくだけど…」

「まぁ、失敗したらしょぼいビームになるわけだが」

「絶対成功させるわっ!」

「その意気だ」

イリヤは気合を入れると俺と同調し始める。

夢幻憑依(インストール)チャンピオン」

ふっと、俺の意識がイリヤの中に吸い込まれていった。

ふっ、どうせなら少しイタズラしてやろう。




「で、できたーっ!」

「イリヤ…?」

「なに、ミユ?」

何かおかしい所があるだろうかと自分の格好を確認すると…

「なにこれーーーーっ!?」

「はわわっ…わ、わたしとそっくりですっ」

と、なのはちゃんの声が聞こえる。

『なんて言うか、2Pカラーって感じですね』

着ている服がなのはちゃんとそっくりだった。手に持つルビーの格好もほぼ一緒。…相違点を挙げればリボルバーが付いている所位か。

「ど、どう言う事っ!?」

『さあ?これもチャンピオンの能力なんじゃないですか?形態模写能力とでも言うんですかね?』

「わ、分からないけど、今は取り合えず…ルビーお願い」

『はいは~い。バスターカノンモード、いっちゃいますよ~』

ガシャンと音を立てて変形する。

槍が伸び、補助スティックが現れ、握ればトリガー部分が指に触れた。

『ちゃっちゃと行きますよ~』

わたしの足元に魔法陣が現れる。

「ちょ、ルビーっ!チャージ速いよっ!?それと何をチャージしてるの!?」

『大丈夫ですよ、その右指に当たっている引き金を引けばディバインバスターが発射されます。はりきっていきましょ~』

「かるいっ!ルビー、ノリがかるすぎるよっ!?て言うかディバインバスターって…あれ…知ってるや」

『今の状態は彼の戦闘技術をトレース出来ますからね~。その知識も当然トレースできてますよ~』

「とりあえず、チャージは十分。行けるよっ!」

今、この場で最も必要なのはあの塔を破壊することだ。

「それじゃあ…せーーーーーーーのっ!」

「「ディバイーンバスター」」
「エクスカリバー」
「サンダースマッシャー」

なのはの掛け声で四人が必殺技を時計塔に向かって撃ちだした。

互いの攻撃が絡み合い、威力を上げて時計塔を破壊する。

砕かれた外壁の中から、威力が強すぎたのか意識を失った人影が二人落ちてきた。

「え?凛さんとルヴィアさん?」

『まったく…何処の世界の彼女達かは知りませんが、まったくはた迷惑なのは変わりませんね~』

「どこの世界?」

『少なくともわたしたちの世界の彼女達じゃあありませんね~。あの人たちは時計塔には帰られて居ませんから』

ちょっと…どころか大分意味が分からないが、現況はあの人たちだったのだろう。

「時計塔の中が光ってる…」

『今の攻撃で世界の融合がとけましたね~。今ならあの光に入れば(たぶん)元の世界に戻れますよ』

「なんか今不穏な空気を感じたんだけど?」

『気のせいですよイリヤさん』

もう一人の魔法少女。…名前なんていったかな。その彼女がすぅっと光の中に消えていく。

「先に行く」

「ま、まって、フェイトちゃんっ!」

追いかけるように飛ぼうとしてなのはちゃんはこちらを振り返った。

「友達になれると良いね」

と私は言う。

「う、うん…また、どこかで会えると良いね」

そう言うとなのはちゃんも光の中に消えていった。

「イリヤ、わたし達も行こうか」

「あ、うん…あの二人は?」

『適当にあの中に投げ込んでおけば良いんですよ。それで(たぶん)大丈夫なはずです』

と言うルビーの言葉で凛さんとルヴィアさんと光の中に投げ入れた。

さて、わたし達も帰ろう。

と、光の中に飛び込む直前。なのはちゃんが居た。

「…どうしたの?なのはちゃん」

「そう言えば、お名前まで聞いてなかったなって」

ああ、そう言えばそうだったかも。

『イリヤさ~ん、自分は聞いといて、名乗らないとか。マナーがなっていませんね』

ムカッと来るルビーの物言いにも我慢だ。確かにマナーがなってない。

「わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。小学校四年生だよ」

「美遊・エーデルフェルト。イリヤと同じ、小学四年生」

「そっか、ありがとうございます、教えてくれて。…それじゃ今度こそ、またね」

そう言って三人一緒に光を潜る。

『あ、一緒に潜るとどうなるか分かりませんよ?』

「え?」

ルビーのつぶやきに反応できず。すでに私の体は光の中に入っていた。

飛び出した先は学校のプール…では無く、知らない街だ。

「あれ、お二人とも海鳴にお住まいなんですね」

と、なのはちゃんの声が聞こえた。

「いやいやいや…」

ぶんぶんと左右に首を振る。

「でもまあ日本みたいだし、ひとっ飛びで帰れるよ」

日本みたいだし、問題ないおね。

「じゃあ、今度こそ、バイバイ」

「はい、またどこかで」

と、そう言ってなのはちゃんと別れる。

「で、冬木ってどっちかな?」

「さあ?」

「さあって。ミユ…ううん、なのはちゃんに聞いておけば良かったかな」

まぁ現在地を知る事くらい現代日本では難しくない。

その時のわたしはどうやってプールの授業を抜け出したのかの言い訳を考えるので手一杯で、もっと事態が深刻だと分かったのはこの直ぐ後の事だ。





… 
 

 
後書き
INリリカルを妄想し、くどいかとお蔵入り。まぁ続きはどうなるか分かりません。いっそ、リリカルじゃない世界に行ったと言う事にした方が広がるかもしれませんね。…ほんとどうしようか。とあとがきを纏めつつ。本年もありがとうございました。 

 

エイプリルフール番外編 【シャナ編】 その1

 
前書き
やはりエイプリルフールですので、番外編です。迷走したものを掲載する日になってきてしまっている感じですね…今回の物も迷走してます…誰とはここでは言いませんが、ちょっと強くし過ぎました… 

 
それは記憶(オーラ)のかけらだった。

本来ただ消え去るだけの物だった。

だが、何の奇跡か…いや、神のいたずらか、それはそれだけで転生してしまった。

しかし、それは不慮の事故であったため、彼は本来持っていたものの大半を失うことになる。

失った物は数多い。

ゼロ魔式魔法、変身能力、リンカーコア、各種マジックアイテム、簒奪した権能や各種耐性など。

残った能力の方が少なく、残った物は記憶と先天性のものは写輪眼のみだ。

いや、よくそれだけでも残ってくれた物と感謝はしている。

後天的に習得可能な技術については修行でどうにか会得できる。

念法、忍術、剣術、食義などの体得は時間は掛かったが可能であった。

オーラ総量は以前と比べるまでも無く、リンカーコアも無いために魔導は使えない。まぁソルも居ないから使えたとしても有用には使えないのだろうけれどね。

目下の努力目標は空を自在に飛ぶこと。

空を自在に飛び回るのは人間本来には持ち得ない事のようで、今ある技術では実現には至らない。

まさかここに来て原初の憧れを抱こうとは、因果な物だ。

生まれた世界は地球系の傍流で、時代は中世ごろ。ギリシャ南部の山奥の村に生を受けたようだ。

穏やかだった山村での生活が一変したのは15を迎えた秋の事。

小さな収穫祭での事だった。

「…なんだ?」

世界が揺らぎ、空の色が褪せたように感じられる。

それは炎の揺らぎを幻視させ、そして唐突に変化は起こった。

「なっ!?」

人数の少ない山村だが、そこにひあ50人ほどの人数が今日のこの日を楽しんでいたはずだ。

だが、それが一変。人間がいきなり爆発する。

「きゃーっ!?」

「な、なんだよ、なんなんだよっ!?」

響き渡るのは村人の恐怖の声。

一人、また一人と爆発し、しかしその身体は散りも残さず光と消えた。

「何が…」

とっさに万華鏡写輪眼・桜守姫(おうすき)で事態を見つめる。

一人、二人と爆散するのを検分すると、何か大きなオーラが人間に入り込み、その量に器を保てなくなった人間が爆発して消えているようだ。

流れ込むオーラも色や質が違っている事から、誰か一人が起こしている現象なのかまではまだ推察が出来ない。

「逃げ場は…」

何処までが影響圏外なのか。取り合えず離脱を試みる他は無いのだろう。

だが、その試みは不可能だった。

「ぐぅ…」

足元に蒼銀の炎が揺らいだと思えば何者かが自分の中へ入ってくる感覚。

侵入してくる何かは俺の体を強制的に作り変える。何ものかが入り込む器として。

しかし、この量だ。普通の人間ならば入れきる前に耐え切れず破裂するだろう。

オーラの乱入に伴い意思の様な物が囁く。

いたい…くるしい…こわい…やだ…

「黙れこのやろう。嫌なら出て行け」

できないの…だってむりやりだもの…

「あそう…じゃあせめて何が起こっているかくらい説明しろよ」

たぶんぐぜのともがらとにんげんとのきょうせいけいやく…

「つまり正規手段じゃないと言うわけか。で、俺の中に入ろうとしているあんたも被害者と…で、君の力に器が保たなければ…」

周りは今も次々と人が爆発している。

ああ…みんなもどれずにしんじゃった…わたしも…きっと…

「俺も流石に内側からの爆死は勘弁だな…」

この半端な俺が死んだ後転生できる保障はないしな。

いや、生きる目的も無いからいっそ…?

なんて考えているとなにかがめそめそ泣き出した。

やだ…やだ…しにたくない…しにたくないよぉ

「何こいつ…面倒なんだけど…」

はぁ…と息を吐いて嘆息すると成り行きに身を任せた。

何かに身体を作り変えられている最中も周りの景色の変動は留まらない。

祭り台が消えた。家が消えた、畑が消えた。井戸が消えた。

人が消えると同時に世界も人とのかかわりを忘れたかのように無くなっていく。

結局、俺は生き残ってしまったらしい。

身の内から全盛期とは行かないまでも強力なオーラを感じる。

しかし、生き残りは俺一人。村人は一人も居ない。いや、村があった形跡すらない。

俺は強力な呪力を手に入れて…そして、この世界の繋がりを失った。

「さて」

くすん…くすん…

「泣いているところ悪いが、これで終わりか?」

くすん…ええ。これでけいやくはかんりょうよ。

「面倒だから、破棄してもらっても構わんが?」

できないのよ。けいやくはきはできないけいやくなの。

「あ、そう。契約満了は?」

あなたがしぬまで…

「死ねば解けると?」

くすん…むりぃ…それもむりなの…

「はぁ?」

あなたがしねばわたしはさいけんげんもできずにしぬわ…

「それは…運がわるかったな…」

くすん…

泣きたいのも分からんでもない。今の彼女?かどうかは分からないが、かの存在はその力だけを俺に拘束され、身動きが取れず、自由な物は意思のみ。

そして俺の死はすなわち自身の死で、契約破棄の法も無いと。

「これは死んだも同然だな…と言うか死んでるな」

うわーーーーーん…

「まぁそれはそうと…こんな大規模な事件…いや、内容から実験か?その首謀者にはきっちりと落とし前をつけてもらわないとな…」

両親はこの事件の前に死んでいたしどこか隔意を抱いてしまっていたが、彼らは村人達は俺に優しかった。だから…

『円』を広げる。

ええっ!?けいやくしたてでこれだけのじざいほうを?

俺の中にいるだれかが驚く。

オーラは銀の炎を振りまきながら広がっていく。10メートル、50メートル、100、200、300…いたっ!

円に強烈なオーラが触れた。

「なにっ!?」

次の瞬間、そのオーラはすごい勢いで遠ざかっていった。

だが、オーラの匂いは覚えた。いつか落とし前はつけさせてやろう。


この世界には紅世の徒と言われるこの世の歩いていけない隣から渡り来る幽鬼のような存在が居るらしい。

彼らはこの世界の根源的な力である存在の力を貪り食い、その力を使い条理を歪め、己の欲望を満たしているらしい。

いちばん効率的に吸収できるのは人間で、その為に彼らは人の存在の力を貪り食う。

しかし、本来はこの世界には存在しない彼らはこの世界を大きくゆがませる。その歪みが果てはこの世界と歩いていけない隣…誰が呼んだのか紅世との危機と危惧する紅世の徒もいた。

その彼らは世界の安定のために同胞を討つ者が現れた。しかし、世界の安定のために同胞を討つのに自分が世界を歪めてしまう訳には行かない。そのために考え付かれたのは自身を人間との契約で契約の器に閉じ込めその力によって歪みを起こすことなく同胞を狩る方法だった。

それがフレイムヘイズと呼ばれる存在の始まり。

基本、フレイムヘイズは紅世の徒に大きな恨みを抱えている。そこを付いて彼らは契約する。その為自発的に渡り来た紅世の徒を討滅する。

フレイムヘイズは契約した瞬間に人間としての存在が抹消される。その人間の時空間の広がりの隙間を器に見立て、世界とのつながりを絶ち、そこに契約する紅世の徒が入り込むためだ。

それ故にフレイムヘイズは不老であり、長い時間紅世の徒を追う事ができた。


そこに来て、アオは異常であろう。

フレイムヘイズになったのは何かの実験の所為であり、強い恨みがあったわけじゃない。

いつかはとは思うが、自分も、紅世の徒も時間は膨大だ。焦っても仕方が無い。

目的はあったが目的遂行意識は低かった。

だから目の前に紅世の徒が居ようと討滅意識は薄かった。

「いけーっ!やっちまえーっ!」

胸にぶら下がる宝石がうるさい。

この宝石は契約した紅世の徒の意識を表す神器である。

アオの契約した紅世の王、『繚乱の(おり)・ソエル』が猛々しく吠える。

ソエルは名は無いと言った彼女の俺が送った名前だ。

「ぶっころせーっ!」

彼女を俺の中に留める事故の原因が探耽求究ダンダリオンであろうと言う事はこの数年の調査で分かったのだが…大別するとそのダンダリオンは本性そのままこの世界に現れる紅世の徒であり、簡単に言えばフレイムヘイズの敵であった。

坊主憎ければ…の精神で、彼女はとにもかくにも本性の儘に顕現する紅世の徒を憎悪する。

まぁそのおかげで同胞?と言えるかわからないが、フレイムヘイズとの軋轢はそれほどは無い。

それはいいのだが、マスケット銃を片手に徒の紛争の最前線に居るのはいかがな物かと…

どうしてここに居るのか。それはある宝具が欲しかったからなのだが…

基本的にフレイムヘイズは歳を取らない実力主義とは言え、年月を経た方が強力だ。

新人フレイムヘイズなぞ初歩の炎弾の自在法もまともに使えない。

そんな彼らへと渡されたのが小型銃。

「第一射、てーーーーっ!」

バンバンバン

迫る徒に銃を撃つ。効果は余り無い。小型銃ごときで死ぬ相手ではないのだ。

その小威力に気をよくして進撃してきたところに…

ドーンドーンドーン

後ろに控えた大砲の一斉射。

これにはたまらずに多少の徒が炎えと消えた。

「とは言え、…ここまでだなぁ」

「あ、ちょっと!?」

ソエルの言葉をさっくり無視してマスケット銃を放り捨てる。

「戦略は意味を成さなくなった時点で撤退だね」

が、見渡すフレイムヘイズは目の前に憎き徒が居るのだ、まだ逃げる状況には至らない。

互いに入り乱れての乱戦。

それを一歩引いて眺めている。

第一陣が全滅したところで二陣が撤退し始める。逃げる足取りは強者のそれではなく、ただの負け犬。ほうぼうの体で逃げ惑う。

「戦略級の自在師が居ないんだから戦争にはならんか。所詮は寄せ集めか」

「なにのんきなこといってんのーっ!?なんとかならないのっ!」

「何とかっていってもなぁ…ダンダリオンも居ないみたいだし…逃げようか」

宝具はあきらめよう。

「ちょっとー!?仲間を見捨てる気?」

「あー…じゃあ一撃だけ」

そう言うと印を組み上げ大きく息を吸い込むと地面を蹴ってジャンプ。

「火遁・豪火滅却」

ボウと口から大量に吐き出される炎弾。

直撃した徒は一瞬で炎と化した。

「ぽかーん…」

「おお、開いた口がふさがらないか」

口無いけど。

さて、ソエルが放心している間に撤退しようか。







逃げる方向を間違えた…いや、大威力攻撃をと跳んだのがいけなかったのか。

空を飛んで走る極光の射手、カールが駆るゾリャーにぶつかりそのまま上空の人となってしまっていた。

何とかゾリャーでの突撃は身を捻ってかわしたまでは良かったが、そのままゾリャーの上に着地したのが間違いだった。

「なんだい、おまえさんは」

「いやー、何と言われましてもね?」

ぶつかってきたのはそっちだろうに。

で、降りられない一番の理由は既にここが敵陣で、味方が誰もいないから。

不幸はそれに留まらない。

油断なく写輪眼で眺めれば目の前には格別の敵。

「あ、あれはヤバイな…」

そう確信した瞬間、突撃をかまそうとするカールのゾリャーから飛び降りる。

次の瞬間、巨大な鉄の棒でカールはつぶされ炎に還った。

「ほう…感のいいやつだ」

紫煙を吐く強大な存在感をかもし出す男がつぶやいた。

「千変、シュドナイ…」

それは音に聞く歴戦の紅世の王であった。

「ああ、だが、さよならだ」

振るわれるのはいきなり巨大化した鉄の棒。その様はまるでニョイボウのようだ。

これは流石にマズイっ!?

「ま、まずいんじゃないのっ!?」

ソエルが叫ぶ。

分かってるっての!

「スサノオっ!」

左手を振り上げるように突き出すと現れるヤタノカガミ。

「ぐぅ…重い…」

圧倒的な膂力で振るわれるそれはヤタノカガミの上から俺を弾き飛ばした。

腕を粉砕され錐揉みしながら地面を転がるが、スサノオの肋骨が衝撃を緩和しているためにダメージは少ない。

「ほう、俺の攻撃を凌ぐか…」

ヤバイヤバイヤバイ…

こいつはマジでヤバイと本能が警鐘を鳴らしているのが分かる。

鼓動は全力で脈打ち呼吸も荒い。

周りは徒に囲まれている。それも一軍に匹敵する数だ。全力で行かなければヤラレるっ!

せめて木遁が使えれば…

転生からこっち火遁、風遁、雷遁以外の属性忍術は成功していない。つまり使えないと言う事だ。

転がりながら印を組み上げると立ち上がりざまに発動させる。

「火遁・豪火滅失」

ゴウと火の壁が当たり一面を覆い尽くす。

「ぬぅんっ!」

シュドナイは手に持ったニョイボウ…神鉄如意を真一文字に振るい俺の豪火滅失を裂いた。

「ちぃ…!?」

とは言え、そのすべてを無効化したわけではないので周りにいた徒は炎に飲まれて消失した者も居たが、一割も削れていない。

劣勢な状況。しかし冷静に次の印を組み上げる。

「ほう、面白い、面白いなっ!」

飛び上がりざまにシュドナイは神鉄如意を投げ穿つ。

穿たれたそれは幾重にも分かれた槍となって降り注いだ。

おいおい、マジかよ…マジで桁違いかよっ!

俺は旅装束のマントを翻すと星の懐中時計でその時を止める。

途端にそのマントは時の干渉から外れそれに干渉することが叶わない。干渉できないと言う事は何ものにも壊されないと言う事。ある意味最強の盾である。

権能級のクロックマスターを失った今は念能力にしてもこれが精一杯だ。

ドゴンドゴンと鉄針が降り注ぐがマントを貫く事叶わず。しかし、逃げる事も叶わない。

降り注ぐ神鉄如意が降り止むとシュドナイの手に戻っていた。

「ぬぅんっ!」

いつの間にか二本になっていた神鉄如意。

その巨大化した二本の如意棒が俺を挟むように振られていた。

「くっそっ!」

慌てて下がったところに三本目が迫る。

増えたシュドナイの腕が三本目の神鉄如意を振るったのだ。

避けれないと悟った俺は左手で神鉄如意を掴む。とたんに神鉄如意が動きを止めた。

時間を止めたのだ。しかし、シュドナイはさらに腕を増やして神鉄如意を振るう。

右手でその時間を止めたが、これで手一杯。

五本目は止められない。

「はぁっ!」

ああ、これはちょっと…無理。

「しぬー、しぬー、しんじゃうーっ!」

ソエルが絶叫。

プチンと小気味良い音を出してつぶされたかと思うと俺は炎となって消えた。

「お疲れ様でした、将軍」

シュドナイの部下が彼を労う。

「馬鹿者、よけろっ!」

「っ!?」

忠告虚しく、シュドナイの軍勢の五分の1ほどが巨大な剣の一薙ぎで炎となって消えた。

「オロバスっ!」

吠えるシュドナイだが、彼自身はその一刀を神鉄如意で防ぎきり押し戻す。

「ぬぅんっ」

振るわれた一刀は草薙の剣の一振り、スサノオの持つ霊刀だ。

「へ、ええっ!?いきてるっ!?やったー」

ソエルの安堵する声。

「何故生きてやがる」

シュドナイの質問には答えずに跳ね返された草薙の剣を袈裟切りに振り下ろす。

ギィンと草薙の剣と神鉄如意がぶつかり合う。

何故生きているのかと問われればイザナギを使ったから。

使用されたイザナギは死亡したと言う現実を夢に置き換えたのだ。

結果死亡したと言う現実は否定され、無傷の俺が現れたと言う事だ。あとは認識の時間差を利用してスサノオでの一撃をお見舞いしたと言う事だった。

「お前達、この場から逃げろっ」

叫ぶシュドナイ。

「ですが、将軍を残してなぞっ」

「分からんのか、お前たちを守ってやる事が出来んと言う事がっ!お前達を無為に失えばベルペオルのヤツが何を言うか」

「しかし…」

「良いからいけっ!それとも俺につぶされたいのかっ?」

「はっ!直ちに」

問答の末、徒の一軍が後退する。

「こんなに滾るのは久しぶりだ。…さぁ、やろうか」

「な、なんかあいつチョーやる気になってるけど!?」

「分かってる、黙ってろ、ソエルっ!」

言い終えるが速いかシュドナイがその姿を直立歩行の巨大なキメラのような合成獣に変化する。

虎や蛇、蝙蝠などが混ざっていて、何処となく醜悪なつくりだ。

獣の足が躍動し、物理限界を超えて跳躍する様はまるで百獣の王。

神鉄如意の攻撃をヤタノカガミと草薙の剣で凌ぎ、時に破られ粉みじんに粉砕されるが、現実を書き換えながら戦闘を続行させる。

「不死の自在法だとでも言うのか?まぁこれだけの術だが、まさか無制限と言う訳じゃねえよなぁ?」

イザナギの制限時間は刻々と近づいている。

一度距離を空けると空間に漂うエネルギーを吸収する。人間や紅世の徒の存在の力とは似て別種の存在。世界そのものの力とでも言おうか。

背後に紋章が現れる。

うっすらと浮かんだそれを吸収率を上げ強化。肉付くようにはっきりと浮かび上がる。

「ちぃ!」

途轍もない力を感じたからだろうか、シュドナイが焦ったように神鉄如意を振るうが俺は避けない。

避ける必要も無い。

狙っていたのは最初から唯一つ。ただ、それには相手が強大すぎて地力が足りていなかった。

戦闘に割く分も考えればやはり不可能だったそれを、輝力の合成でまかない、現実を幻想で書き換え、そして発動。

万華鏡写輪眼・思兼(おもいかね)

相手の思考を誘導する力。しかし、言い換えれば相手を操る力である。

「っあ…はぁ…はぁ…死ぬかと思った」

いや、実際は何度も死んでいるが…

「ちょっとー何したのよ!?」

「ちょっと幻術をね」

「幻術ってなによっ!」

あー、うっさいうっさい。

「取り合えず、こいつを盾に逃げるよ」

シュドナイが存在の力のありったけで巨大化し神鉄如意を持つ。

イザナギが終了すると即座に時間を巻き戻し、失明のリスクをカット。後は気力と輝力が持つかどうかだ。

存在の力が密集している所には当然紅世の徒。

そして、このシュドナイをどうにかするのは彼の存在の力を使い切らせれば良い。

命令は単純。

存在のすべてを掛けて自陣を攻撃しろ。

誰もが見上げるほどに巨大化したシュドナイはそれに見合った大きさにまで変化した神鉄如意にさらに存在の力を込め、渾身の力で振り下ろした。

「お、おおっ!?」

「きゃーっ!?」

その一撃は大地を裂きそれに伴うクレーターと地震、そして衝撃派を撒き散らす。

化け物かよっ!

いや、化け物だったな。

イザナギが無ければ確実に死んでいたのは俺だ。

さらにその口から巨大な炎弾を飛ばす。並の徒など防御の手段を講じようが瞬時に炎となって消えた。

しかし、どれだけの存在の力を溜め込んでいるのか。

紅世の王の中でもこいつは別格だろう。

操っていると言っても自らの意思であるように誘導しているのだ。その戦闘技術を邪魔しない。

上空から黒い蝿のような何かが襲い来るが、炎弾で焼き尽くし、何処からとも無く伸びてきた鎖のような物は神鉄如意で弾き返しながら自陣を混乱、壊滅させていく。

…あいつ一人でこの戦争勝てね?

空を覆っていた黒い何かが無くなった事により、ようやく飛行が可能になる。

フレイムヘイズとなって何とか完成させた飛行の自在法を行使して飛び上がった。

徐々にその存在の力を消費して縮んでいくシュドナイ。ようやく存在の力が底を付きかけた頃、再び鎖が襲い掛かった。

拘束されたシュドナイはぐったりとしていたがどうやら俺の幻術からは脱した模様。

これはマズイ展開だ。

ああ言うタイプは根に持つタイプだ。このまま生かしておけば再戦に持ち込まれ、次は負けるかもしれない。

「禍根は断っておくべきか」

「なにするのよ?」

「シュドナイにはご退場願おう。実際弱っている今がチャンスだしね」

そう言うと輝力をすべてスサノオに回す。

スサノオは見る見る巨大化し、紅い竜鎧に身を包んだ。

天狗のツバサで空を掛け、腰につるした霊刀を抜き放ち、そして抜刀。

「ああああああっ!」

渾身の力で振り下ろしたその刃先から衝撃がほとばしり、シュドナイを粉みじんに斬り飛ばした。

余剰の力でクレバスもかくやと言う裂け目ができてしまったが、強大な王の討滅のためだ、仕方ない。

「ぽかーん」

本日二度目のぽかーん、いただきました。

さて、脱出。と羽ばたこうとした時、ブロッケン山の山上に強大な存在の力が顕現した。

それは先ほどのシュドナイをもってしても敵わないほどの力の発露。

山上に魔神が現れる。

紅世の徒とも一線を隔すその存在は神威の現われ。

「神威…招来?」

それはまるで神が光臨した様。

「なんだ、アレは…ソエルっ!」

「わかんない、わかんないよっ!ばかー」

ソエルは若い紅世の徒なのだ。その力は比較的大きく、王と名のっても遜色の無いものではあったが、発生は新しく、その為彼の存在、『天壌の劫火』アラストールのその顕現を知らなかったのだ。

ソエルは分からずともアオには感じ入る物がある。

それは幾度も神と戦った経験から来るものだった。

「…あれは真性の神、その招来じゃないのか?と言う事は、振るわれるのは神の権能…」

『審判』と『断罪』の権能を司る天罰神の顕現であった。

スサノオをもってしても今の俺にはアレには敵わん…

彼の出現はこの戦いの勝敗を決定付ける物となった。

徒達は逃げ惑い、フレイムヘイズ達は意気軒昂と徒を狩る。

アオはそれを見ながら姿を消した。


さて、あの大規模な闘争から幾年月。

ヨーロッパの当たりを気の向くままに旅をしていると、目の前でトーチに一体が霞と消えた。

トーチとは紅世の徒が人間を食った後に配置する食らった人間の代替物である。このトーチが世界に歪みの緩衝剤になると共にフレイムヘイズの目を誤魔化す一手にもなっている。

この辺りはトーチの数は多いが紅世の徒の気配がしないため既に討滅されたか去ったと思っていたのだが…

今のトーチ、自然に消滅したと言うには少々おかしい。

視線を彷徨わせ、トーチを探すと、再び消失。

今度はその消失の流れを視ていた。

トーチから分解された存在の力が一箇所に飛んでいく。

存在の力を扱うのは紅世の徒かフレイムヘイズ。

フレイムヘイズは自前で事足りるのでトーチをどうかしようとは思わない。

反対に紅世の徒は残りかすのトーチを食らうより人間を食らった方が効率は良いためにトーチなどを分解しようとは思わないだろう。

と言う事は、どう言うことだ?

視線を彷徨わせると緑の髪をした少女に行き当たる。

少女と視線が合うとドキリと身を震わせていた。

存在はかなり薄い上に何かしらの隠蔽がされているが紅世の徒だ。

「アオ、あれって紅世の徒だよっ!」

ペンダントが声を上げる。

「そーだなー」

「薄いっ!反応が薄いよっ!倒して、アレたおしてよー。ねーっ!」

「あー…どうしようか?」

声を向けられた緑の髪の少女は困り顔で答える。

「わたしに言われても…」

彼女の存在の器は並の徒ほど。普通に考えれば討滅に時間は掛からない。

アオは後悔する。この出会いを。

アオは憎悪する。この後現れる神を。


彼女、『螺旋の風琴』リャナンシーは先の大戦の中核だった宝具『小夜啼鳥(ナハティガル)』そのものだったと言う。

その宝具はどんな自在法をも紡ぐ事ができると言われていた宝具であり、俺も奪取をと考えたが、大戦もあり諦めていた。

宝具はリャナンシーを閉じ込め、強制的に操るだけの物で、効果が…いや、そのどんな自在法も使えたのはリャナンシーであったらしい。

彼女の目的と俺の目的を鑑みて、協力できるのでは?と彼女に構成中であった幾つもの自在法を改良、また新しく作ってもらった。

その中の一つ。『封時結界』その劣化自在法『封絶』の開発。それが俺の後悔の始まりだ。

対象と自身、その他建造物を時の因果から切り離す自在法なのだが、対象を限定しなければその空間すべての因果を閉じ込め孤立させる。

この自在法は簡略されている事もあり、殆どのフレイムヘイズや徒が使うことが出来るほどだ。

だからこの術式を俺は、いやリャナンシーも誰にも教える気は無かった。

だがしかし、この世界には隠蔽する事に対して反目する権能を持つ神が渡り来ている事をアオはもっと注意を払うべきだったのだ。

(かく)のショウ(ぎん)』シャヘル。

アラストールと同じく紅世真性の神で、その権能は『喚起』と『伝播』

その神に目をつけられた封絶は彼女の権能で徒達に伝播され、結果、効率的に人間を貪り食うために使われることになる。

「すまなかったな。まさかこんな事になるとは…」

と、リャナンシー。

「いや、俺の所為だろう。安易に作るべきじゃなかったのだろうな」

俺たちが開発した自在法で効率よく人間達が殺されていく。これでは関係が無いとは言える問題ではなくなった。

「封絶を絶やす事は既に不可能。ならば落とし前は喧伝した本人に取らせるべきだろう?」

「だが、相手はどこに居るかも、いや存在そのものは在るとされるが実体を伴うかは分からぬ神なのだぞ?」

「ああ、だが、実体が有るのなら殺してみせる。…だから、その神が実体を表す自在法を作ってくれ」

「また無茶な事を…」

「ああ、そうだな。だが、これで最後だ。これ以上は作らない…作れない」

「…わかった、神威招来の術式をもう一度見直してみよう。私の所為でもあるのだからな」

「…助かる」

結局、彼女をもってしても作れた自在式は対処療法のようなもの。

しかし、細く繋がる復讐の糸だった。

その後、俺とリャナンシーは言葉もなく別れた。彼女は彼女の目的があったし、俺にも新しい目的が出来たためだ。


シャヘルをいまだ発見出来ず、時は20世紀初頭。

面倒な娘を押し付けられた。

何を言っているのかと思われるが、事実はそれだけだ。

フレイムヘイズを支援するアウトローと呼ばれる組織がある。

アオは殆ど利用しないが、生きていればフレイムヘイズとしての知己も増える。

そんな中、押し付けられたのが15歳ほどの少女だ。

契約したばかりだという彼女は徒を目の前にして、いや目の前にせずともその力を暴走させていた。

フレイムヘイズが悠久の時を生きるとて、人間の寿命を超えるのは稀だ。

一つ目の壁が人としての寿命である80年。それを乗り越えれば数百年は生きる。

とは言え、それは精神に限っての事だが。

戦闘で命を散らすフレイムヘイズは多く、数百の年月を重ねるフレイムヘイズと言うのは実は数が少ない。

そして、もっとも危ないのが契約したてのフレイムヘイズだろう。

契約し、絶大な紅世の王の力をその身に宿したといえど、それだけで強大な技が使えるという訳ではない。習熟にはそれなりの期間がかかり、よって契約したてのフレイムヘイズなどは紅世の徒との闘争の果てに負ける事は珍しくなかった。

それをどうにかしようと、先達が後輩の面倒を見るというのも珍しい話では無いのだろうが…

アオは後輩の指導など受け持つつもりも無かった。

しかし、彼女。キアラ・トスカナは文字通り置いていかれたのだ。

彼女を連れてきたフレイムヘイズは既に去った。

ここはイギリス、ロンドン。

そこでアオが開いた小さな喫茶店だった。

「…まぁ取り合えず」

ぼりぼりと頭を掻くと給仕服を取り出してキアラに渡す。

「…なんですか?」

「今は忙しい。それを着てこっちに来い」

そう言うと休憩室を出る。

「こ、これはなんなんですかー!?」

しばらくして、キアラの絶叫が聞こえたようだが気にしない。

「じゃ、はい、これ三番テーブル。あー…右手前から一番だから」

「あ、はい…じゃ無くて、私この場所であなたからフレイムヘイズとして学びなさいって!」

「とは言え、今は忙しい。後で聞いてやるから取り合えず、手伝え」

「ええええっ!?」

「給仕もできん戦闘狂なぞクソの役にもたたん」

余りの忙しさに初対面だと言うのに扱いが雑だった。

彼女はしばらく面を食らっていたようだが、しぶしぶと動き出した。

「ああ、二階に金髪の小さい生意気娘が居るからつれて来い」

「ええ!?」

「いいから行くっ!」

「はいーっ!」

タタタっと駆け上がるキアラ。

しかし、しばらくするとダダダっと駆け下りてきた。

「ぐっぐっぐ…」

「ぐ?」

「紅世の徒が居ますよっ!?ここ、あなたはフレイムヘイズですよね!?」

「それが分かって倒さずに降りてくるお前もお前だ」

「……ああっ!?」

「アオー、なんか変なのが来たんだが…って誰?」

現れる金髪を両側でアップスタイルに纏める10歳ほどの少女。

「こ、この子。この子です。この子、紅世の徒ですよね!?」

パニックに陥るキアラをあえて無視。

「お前、忙しい時にサボるとは良い度胸だな」

「だ、だってー」

「だってもクソもあるか。お前が大食らいの所為で路銀がろくに貯まらないんだぞ?おかげでこうして居ついて商売を始める始末だ」

「それはアオも同じじゃぁ…」

「ああん?そんな事言うと二度と外には出さないが?」

「ご、ごめんなさいっ!…い、いらっしゃいませー」

と言うと金髪の少女。ソエルは店の入り口へとダッシュで掛けて行った。

「か、彼女、何なんですか!?」

「あれか?あれは俺の契約した紅世の王。名を『繚乱の澱』と言ったか?たしか」

「ええっ!?」

俺の言葉にさらにショックを受けたのか、しばらくの間…それこそ昼が終わるまでキアラは固まっていた。

昼の繁忙期を終えると、ようやく休憩。

「彼女、何なんですかっ!」

再起動したキアラが再び同じ質問をした。

そんな彼女、ソエルはイスに腰をかけると足をプラプラさせてコップに注がれたジュースを飲んでいる。

「俺の契約した王だが?」

「それはおかしいでしょうっ!」

「そうよ、何で契約した王が自由に体を得て活動しているのよっ」

俺の答えに返ってきた声はキアラのオサゲについている二つの鏃。

キアラが契約した紅世の王、『破暁(はぎょう)先駆(せんく)』ウートレンニャヤと『夕暮(せきぼ)後塵(こうじん)』ヴェチェールニャヤだ。

かしましい事この上ないやかましい性格のようだ。

「ソエルの表層意識を神器から分離、存在の力で体を作って自由行動。それだけだが?」

ソエル本体は今も俺の中にある。

あそこに居るのは言わば影分身、その応用の自在法だ。

「まぁ、その存在だけを見れば確かに自由に顕現している紅世の徒だな」

「存在するための力はどうしているの?」

とウートレンニャヤ。

「当然、俺から引っ張っている。人を食う事はないな」

食えないとは言ってないが。

「え?それって有りなの?」

とヴェチェールニャヤ。

「どうやっているか分からないけれど、それって不老不死を餌にすれば紅世の徒は自由に顕在できるって事?」

ウートレンニャヤも追随する。

「まぁそうだな」

「それって…」

「今までの法則が崩れるわよっ!?」

「紅世の徒は暴れたい放題じゃないっ」

「そうは単純じゃないな。この自在法は難しい上に…」

印を組み上げる。

「きゃっ!」

ガシャンとコップが地面に落ちて割れた。

いきなりソエルが消えたからだ。

「優先順位はこちらにある。フレイムヘイズの意思無くては顕在は出来ないな」

再び印を組み上げ自在式を廻すとソエルが現れる。

「もーっ!アオのばーかっ!ばーかばーかっ」

この術式を得て以降ソエルは丸くなったのだが、それがいい事なのかどうか。

「え、でも強力な紅世の王を顕現させることが出来るんですよね?」

と、キアラ。

「まぁ本来の半分でよければね」

「半分?」

「そ、半分。フレイムヘイズにあるはずの存在の力を半分にしてアレを出してるの。つまりどう言う事か分かる?」

「えと、どう言うことですか?」

「もー、しっかりしてよね私たちのキアラ」

「存在の力が半分になっちゃうんだから地力の差が出ちゃうじゃない。そんなんで紅世の王を討滅出来るほど簡単じゃないのよ」

俺の言葉にウートレンニャヤとヴェチェールニャヤが答えた。

「だから普通のフレイムヘイズには無用の長物。まぁ、そもそも習得出来ないだろうけど」

ま、それよりも。

「俺のところで修行しろって?」

「あ、はい」

面倒な…

「でもフレイムヘイズの能力は個人個人別の形態だろう?」

「でも、当代随一の自在師であるあなたには学ぶことも多いだろうと…」

「ああ…なるほど…だが俺は使用者(ユーザー)だ。製作者(クリエイター)じゃないが…まぁそれでも教えれる物はあるのか?」

「ユーザー?クリエーター?」

人気の無い裏通りへと移動する。

足元から円形に蒼銀の火線が広がっていき、半径50メートルほどを現実から切り離す。

「封絶…」

ピクリとその言葉に嫌な感情が喚起される。

「…そんなまがい物と一緒にして欲しくないな」

「まがい…もの?」

「私達のキアラ。これは封絶じゃないわ」

「私たち以外の人間がいないわよ」

「え?」

「これは封時結界。空間を切り取り時間をズラす自在法。これの劣化自在法が今日伝わっている封絶だ」

「そうなんですか?」

「もしかして封絶の生みの親ってあなたなの?」

キアラが良く分からないが感心し、ヴェチェールニャヤが問う。

「そう。俺の原罪」

「もしかしてあなたは…」

ウートレンニャヤが何か言おうとした所をさえぎると封時結界の自在式を表す。

「これは?」

とキアラ。

「封時結界の自在式。未だにこれを使えたフレイムヘイズは俺以外いないのだが…ここでの修行の最終目標はこれを自在に使いこなすことだな。契約したてのヒヨッコが覚えれたとなれば他のフレイムヘイズが出来んのは自身の怠惰の所為だろ」

「ええええっ!?でもでもでも、難しいんですよね?」

「いいから覚えろっ!これは師匠命令」

「いつから師匠にっ!?」

「え?お前がここに来た時だろ?不本意だが」

「そ、そうなんですか?」

そうだろ。

そんなこんなで始まるキアラの修行。

しかし、やはり中々覚えられず。

仕方が無いので今までの経験からアプローチを変えてみた。

心転身の術から影分身の術。

「ちょ、ちょっとなんか私の体が勝手に動くんですがっ!?と言うかなんで私のなかにぃぃぃぃいいい!?気持ち悪いですっ!早く出て行ってっ!」

「気持ち悪いとか言うな。これは覚えの悪いお前に仕方なくだろ?」

「自分の口で押し問答とか気持ち悪すぎですっ!」

「はいはい」

「だ、だからーーーっ!?」

影分身で封時結界の感覚を掴み経験値を稼ぐと本体へ還元。しかしやはり一筋縄では行かないらしい。

まさか習得に1年掛かるとは…そんなに難しいのか?

最後は250人まで分身を増やしての1年。

普通にやれば250年かかる計算だった。

「キアラ才能無いんじゃね?」

「うっ…」

「こら、私達のキアラをいじめないで」

「そうよ、私達のキアラをいじめていいのは私達だけよ」

と、落ち込むキアラに止めをさすウートレンニャヤとヴェテールニャヤ。

「それに一年も不眠不休で心の中に師匠が居るんですよ?プライベートも全くな無いし…私もうお嫁に行けません…」

しくしくと泣き始めるキアラに突っ込みを入れる。

「人間やめてもお嫁には行く気だったのかよ」

「もう師匠がお嫁に貰ってくださいね…」

「あー、はいはい」

「約束ですよぉ…」

コントは終了。さて。

「私達のキアラの嫁ぎ先の事はさて置いて、私たちは存在の力のコントロールにこんなに順序だった修行方法があるとは知らなかったわよっ」

なんで他のフレイムヘイズが知らないのと、ウートレンニャヤ。

「まぁ、教えてないし。実際列強のフレイムヘイズは何となくでも自然と使えてたから教える機会が無かった」

纏、錬、発、絶、凝、周、円、堅、硬。

これが使えれば取り合えず紅世の徒との闘争での生存率は上がるだろう。

フレイムヘイズや紅世の徒の能力はオーラと殆ど同じ性質だ。

誰もが使える自在法がある一方、自身の欲望や本質儘の能力は他者が真似ることは難しい。

前者は忍術、後者は念能力と言うところか。

念法を元にそれらを基本から応用まで、影分身を使っての修行。

それもどうにか形になってきた。

後は彼女の『発』の本領だけだ。

彼女の契約している王の先代を見たことがある。

輝くオーロラに乗った美丈夫だ。

代を重ねるフレイムヘイズの契約主は先代の技術を模倣させたがる。

『極光の射手』その必殺の自在法は鏃に乗っての特攻から『グリペンの咆』『ドラケンの哮』での射撃攻撃。

重爆撃機と言った戦闘方法だった。

だが、彼女。キアラはそれを使えない。

誘導も出来ないオーロラの矢を撃ち出すのみだった。

俺はキアラの髪から神器ゾリャーを千切る。

「きゃー、ちょっと髪の毛がちぎれましたよっ!?」

「フレイムヘイズなんだからそれくらいほっておけば元に戻るだろ」

キアラの苦情を封殺。

「ちょっとちょっと」

「私達をどうするつもりっ」

とウートレンニャヤトヴェチェールニャヤ。

「ちょっと話がある。キアラは先に戻ってろ」

「えっと…あの…」

「いいから」

「あ、はい…」

おずおずと席を外すキアラ。

そしてその場には俺とウートレンニャヤとヴェチェールニャヤのみとなる。

「で、話って何よ?」

「別に私達にはあなたと話すことは無いのだけれど?」

「お前らは先代と同じ戦い方をキアラにさせたいのか?」

と、問う。

「ええ、そうよ」

「だってキアラは極光の射手なんだもの」

「本来、フレイムヘイズの個々の能力は契約した王の本質から自身に合う能力を身に付けるものだ。先代の自在法がゾリャーによる突撃と強力な砲撃であったとしてもそれがキアラに合うかは別物だ」

「それは…」

「君らが語って聞かせる先代が、キアラそのものを歪めているな」

「そんな…」

「キアラはキアラだ。カールじゃない」

「あなたカールを知って?」

「殆ど面識は無かったがな。彼が死ぬ瞬間を見ていたのは俺だ」

覚えてないか?と。

「あなたっ!あの時のっ」

ヴェチェールニャヤの驚愕。

「カールがやられたあいつ…千変シュドナイを倒したのってあなたなのっ!」

そうウートレンニャリャ。

キアラと契約してから調べたのだろう。先代、カールを討ち滅ぼした彼女達の宿敵を。

そしてそれが討伐されたと言う情報も。

「新人教育にしては少しやりすぎたが…もう良いだろ」

世の中には纏、錬、発、絶、凝だけ教えて後はがんばれみたいに教えるやつも居るんだぞ?

路銀もしばらくどうにかなりそうなくらい貯まったし、店ももうたたんだ。

久しぶりに放浪に出るとしよう。

「行くのか?」

いつの間にかソエルがやってくると自身でその存在を俺の中に戻した。

「あんたらも戻れ。望めば直ぐにキアラの元に戻れるのだろう?」

神器とはそう言うものだ。

『フライヤーフィン』

胸元の宝石からソエルの声が聞こえ、自在法が展開される。

背中に現れる二対四枚の翅。しかし羽ばたくことの無いそれはただの力の発露に伴う形の現われでしかない。

蒼銀の燐粉のような炎を撒き散らしながらゆっくりと上昇。

「それじゃ、因果の交差路でまた」

そう言うと手に持った神器、ゾリャーからも返答がある。

「ええ因果の交差路でまたお会いしましょう」

「二度と会いたくないけどねー」

最後までかしましい奴らだったね。



フランス・パリ。

さて、こうして師匠の役目も一応終わったと思ったのだが…

「師匠、今度はあれを食べてみましょうよっ!」

俺の腕を引くのはオサゲ髪の少女だ。

「とっても近い交差路でしたわね」

「残念、本当残念」

「お前ら、きっとこうなるって分かってただろ」

とゾリャーをにらみつけるが、鋼鉄の鏃は何処吹く風だ。

「こら、ソエルお前は食いすぎだっ!」

「んごっ!?」

両手いっぱいに食料を手にしたソエルが息を詰まらせる。

「何でこうなったかねぇ…」

俺と合流するために飛んで現れたキアラはゾリャーを巧みに操っていた。

しかしそれはカールのように戦闘機のように跨るのではなく、背後に廻した二つの鏃から極光を迸らせ、翼のようにはためかせての登場だった。

それはカールとは違った力の発露。

まぁもう少しこのかしましい奴らと付き合うのも悪くないか。







神器ゾリャーをひったくる様に私から奪っていったあの日、あの人は私の前から姿を消した。

あの人の修行は、それはとても大変だった。

大変ではあったのだが、理論騒然として、その修行内容はどこか合理的だった。

日に日に強くなるのが自分でも分かる。

ただ、それでも私はまだ極光の射手としての力を殆ど使えていない。

極光の射手は本来神器であるゾリャーに跨り空を掛け、グリペンの咆とドラケンの哮での攻撃をおこなうらしい。

その事は私の契約者、ウートレンニャヤとヴェチェールニャヤに聞いていた。だけど…

私はきっと自分の力が恐ろしい物だと思って無意識の内にセーブしているんだって思っていた。だけど…

私の前から飛び去るあの人が背負う光る翅。その撒き散らす蒼銀の火の粉がとても美しい物に見えた。

なんてキレイに力を使うんだろう。

そう思った。

ああ、そうか…そうだったんだ。

私は、あの時…

そう思った次の瞬間、私はゾリャーを握り締めていた。

開いた手のひらからゾリャーが浮かび上がると私の背面へ。

「そうだね、キアラ。あなたはあなたよね」

「そうだね。あなたはあなたの極光の射手だったのね」

ウートレンニャヤとヴェチャールニャヤの声。

ゾリャーが極光をまとうと噴射しながら両翼へと変化した。

そうか。これが契約した王の本質を基にフレイムヘイズが形作る力の発露。

自在法。あの人が言うところの『念』能力。

地面を蹴る。

蹴ったつま先は地面を離れたまま空を切る。

体が浮かんでいた。

あの人を追いかける。

風を切る風圧が思いのほか少ない。しかし、これは風圧を軽減する自在法を展開して和らげているからで、感じる風圧はそよ風が肌を通り抜けるようだ。

飛び去ったあの人の姿はすでに見えない。

でも大丈夫。直ぐに追いついてみせる。

だって私は大空を翔る極光の射手だもの。この世界に辿り着けない所はないわ。

あんなに綺麗に力を使う人だもの。もう少し間近でみて見たい。

フレイムヘイズとしてはダメなんだろうけど、それでも…







封時結界内。

そろそろいつもの事となったキアラの修行。

形は変わっても極光の射手の戦い方は何も変わらんらしい…

高速で特攻、爆撃。以上…

「どうですか?」

「まぁ、戦闘機のそれだな…」

「戦闘機?言葉を読み解くと航空機に兵器を付けた機械の事みたいですけど…」

時は19世紀後半。

まだ航空機は登場し始めていたが、戦闘機はまだ登場していなかった。

「そうだろう?飛びながら弾薬を撒くような戦い方なんだから」

「なによなによっ」

「私達のほうがよっぽど速く飛びまわれるわ」

とウートレンニャヤトヴェチェールニャヤ。

「そんな事は音速の壁を越えてから言え」

「あ、あの…音速って?」

「そこからかよっ!」

あー、いやまあしょうがないか。

一般的に知られるようになるにはまだ早い単語だ。

「移動砲台を目指すならせめて気配遮断(ステルス)の自在法を常時張っておけ」

「あの…それは結構難しいのですが…」

ゾリャーの展開、それと必殺技のグリペンの咆ドラケンの哮で念能力でコンピュータで言うところのメモリをすべて使い切っているようだ。

「大体、師匠がおかしいんです。どうしてそんなに幾つも自在法が展開できるんですかっ!」

「そりゃ平行思考(マルチタスク)で起動するからだろ?」

「マルチタスクってなんです?」

1から10まで知らないのを聞いてくるのはいい事なのだが…10全部を教える身にもなってくれ。

「その体はもう普通の人間じゃないんだぞ?脳の機能を活性させて思考を分割すれば同時に幾つも展開できるだろ?」

「だろ?って言われましても…どうやって?」

「まず右手で円を書き、左手で三角を書け。それを思考できるようにしろ」

「で、出来ませんよっ!」

「やれっ!影分身をしてでも覚えろ」

「ひーっ」

こんな調子で、まだまだキアラには教えることが有った様だ。

しばらくして影分身を解くと頭を抑えて地面を転がりまわるキアラの姿があった。

「あたまが…あたまがーーーーっ!?割れる…割れちゃうっ…いや、もう割れたよっ」

「割れてない割れてない」

「アオってけっこうきちくよね」

と、一緒になってキアラを眺めていたソエルが言った。

「そうか?」

「そうよ」

そうらしい。

「しばらくこの修行だな」

「ぞんなーっ」

キアラの顔が色々見せられないくらいにベシャベシャだった。

百年の恋も冷める勢いだ。

「せっかくかわいい顔が台無しだぞ?」

「え?かわっ…ってそんな事よりも清めの炎お願いっ!」

「もーしょうがないわね、私達のキアラは」

オーロラ色の炎が瞬間キアラを包んだかと思うとベシャベシャだった顔が元に戻る。

「それだけ回復したならもう一度だな」

「え?ええっ!?そんなー…」

「やっぱりきちくなんじゃない?」

そんなはずは無いはずだ。



さて、どこまでキアラに教えるべきか…

捕縛自在式(バインド)防御自在式(プロテクション)は必要か。

どうやらキアラの空中戦闘は砲撃魔導師のスタイルだろう。

動けない敵に対しての必殺の一撃。シンプルだが強力だ。


今日は模擬戦。

空中のキアラが弓を構える。

グリペンの砲だ。

別に弓の形をとらなくても撃ち出せるが、モーションは集中力を高めるためにも有用であるし、フェイントとしても使える。

撃ち出すグリペンの砲から後ろの羽からのノーモーションのドラケンの哮。このコンビネーションはかなり危険だった。

対する俺は手に持つ宝具『弐連神威』を構える。

これは東洋の刀職人がその存在を掛けて生み出した宝具の一振り。

片割れの大太刀は行方不明のままだが、これは俺に送られた。

手になじむ大きさの小太刀である。

「行きますっ!」

キアラのグリペンの砲が討ち出される。

小太刀に存在の力を込めて切り裂くが、直ぐにドラケンの哮が襲い掛かるためにやむなく回避。

『プロテクション』

ソエルの援護。

次の直撃は防御自在式で受け止める。

『バインド』

「あぶないっ!」

ふっと現れるソレをキアラは急加速でかわして見せた。

「ならばこっちもっ!」

そう言うキアラは弓を構えて発射。

斬るか、受けるか、考えたところで矢が幾つもの光陣を引きながら裂けた。

「バインドかっ!」

俺の体を取り囲むように四方八方から襲い掛かるバインド。

最初の一矢はカムイで引き裂いたが、さらに同種の術式をキアラは既に放っていた。

初動が遅れた為に幾重ものバインドに拘束される俺。

「あお、かっこわるい」

「だまってろっ!」

そこに…

ゴウゥとグリペンの砲、ドラケンの哮が襲い掛かる。

「ちょっ!それは流石に…」

慌てて輝力を合成する。

背後に現れる紋章。

そこに剣十字の文様は織られていない。さらに巴も欠けている。それは俺にもうその模様は相応しくないと言う事…

中心の太陽、それを囲むように太陰太極が織られた曼荼羅。

欠けている俺にはこの文様が相応しいのだろう。

そして…

「…乖離遮断(ゼロエフェクト)

途端に縛っていた捕縛自在法が分解する。そしてそれは着弾したはずのキアラの攻撃をも触れる前に存在の構成を分解されて食らい尽くす。

「う、うそぉっ!?」

驚くキアラ。

「殺すつもりで撃っておいてその反応はどうなんだ?」

「あ、あはは…」

取り繕ってからゆっくりとキアラが近づいてくる。

「それで、師匠。それはどう言う?」

「みれば分かるだろ。自在法を無差別に分解する自在法」

繚乱の澱、ソエルの本質から来る自在法だ。

「え、ええっ!?」

別にあのキアラの攻撃を他の技でもいなせないわけじゃない中これを使ったのは実験も含めていたから。

「キアラの攻撃が防げるのならこの術式は完璧だな」

「ちょっと待ちなさい。なによそのおっかない自在法はっ」

とウートレンニャヤ。

「と言うか、どうしてあなた自身の自在法は分解されないよ」

とヴェチェ-ルニャッヤ。

「自分の術式まで分解するのはアホのする事だろ」

「えええっ!?もしかして師匠って無敵なんじゃ?」

「そうでもないな。おそらくキアラのさっきの攻撃ほどの存在の力の量が限界だ。俺の基準でおよそAランク攻撃相当と言う事。それ以上は無理っぽいな。あと実体を伴う攻撃は防げない」

決して無敵の能力では無いのだ。

「それでも並の徒など何も出来ずに終わるんじゃ…」

「並程度なぞ今のキアラでも瞬殺だろうに…」

「それもそうねー」

「さすが私達のキアラ」

ウートレンニャヤとヴェチェールニャヤがそう言って鼻を高くする。

「でも…師匠に勝てる気がしません」

「お前…まだ契約して数年だろうが…数年で抜かれたらヤだよ流石に」

とは言え、影分身での修行で数年でも百年を超える経験値を得ている。有象無象のフレイムヘイズなんかよりはよっぽど強いだろうが。

「まぁキアラは後はフィジカル面かな」

キアラの持ち味は高機動、高威力と言う面から突撃からの制圧と言うトリックスターのような戦い方に向いている。だが、それを許されない環境と言うのも多々ある。

「キアラはまだ砲撃タイプの弱点はまだ克服できてないからねぇ…接近してきた敵を相手には大分不安がある」

「フィジカル面での修行ですかぁ…」

「ま、やる気が無ければ別に良いさ」

「キアラ、ここはあの鬼畜から接近戦を学んでおきなさい」

「そうよ、私達は最強だけど、弱点は無い方がいいわ」

過去の苦い思い出からキアラの契約主が声をあげる。

先代の死に様を思い出したのだろう。

「うぅ…分かりました。お願いします、師匠」

「そんな怯えなくても最初はゆっくりと乱打から始めるさ」

「…最終的には?」

「フレイムヘイズって腕の一本や二本生えてくる物らしいよ?」

「ひぃぃ…」

俺の答えにキアラは涙眼だった。

「そう言えば、師匠の二つ名ってなんて言うんですか?」

「誰が好き好んでそんな厨二病患者のようなも名乗るかっ」

「えっと、達意の言でも言葉の意味を推し量れないんですが…チュウニビョウってなんですか?」

「あと100年したら分かるだろ」

「ええっ!?」

その言葉が生まれるにはまだ100年ほど早かった。



世界から色が失われ、稜線を弁柄色の炎が揺らぐ。

「封絶っ!?徒っ!」

キアラが突然の徒の来訪に驚きの声を上げる。

「ねぇ、アオ…この色はあいつだよね…」

と、めんどくさそうな声を上げるのはソエルだ。

「ああ…あいつだ…しかし見かけによらず器用なヤツだな。性格的に封絶なんて張れないと思っていたよ」

だが…

封絶(これ)は嫌いでね」

覆った風絶に蒼銀の炎が干渉し、術式を書き換える。

封時結界だ。

途端に内部から人間の気配が消えた。

ドシンドシンと地面を震わせて現れる紅世の王。

驀地シン(ばくちしん)・リベザル。

その姿は二足歩行の巨大なカブトムシ。力ある徒は人化する傾向がある中、珍しく本性のままに顕現する徒だった。

「久しいな、悪夢(ナイトメア)。ここであったが100年目。今日こそはここでお前を討たせて貰おう」

「いや、100年は経ってないとおもうぞ?」

「ま、まってよ、リベザルっ!相手はあの悪夢(ナイトメア)なんだよっ!ここは逃げようよ」

リベザルの後から走りよってきたのは小柄な紅世の徒、蠱溺(こでき)(はい)ピルソインだ。

この二人はどう言う訳かいつもセットで行動している。

強大な王と普通の徒だが、関係は対等。故にリベザルに臆せずに物言いをするピルソイン。

「ふんっ!怨敵に出会って逃走するなぞ出来るかっ!」

「そう言って何度も負けてるじゃんかっ!今度こそ死んじゃうかもしれないよっ!」

「闘争の果てに散るなら本望。ここで逃げれば亡き将軍どのに顔向けできん」

「死んでないからっ!ね?将軍は死なないの、分かるでしょ?」

「それとこれとは話が別だ」

「同じじゃないっ!」

ちょっとしたコントを眺めていると、キアラも困惑の表情だった。

「えっと…どう言ったご関係で?」

「何十年かに一回くらいの割合でああやって突っかかってくるんだ」

「で、どう言うわけか毎回逃げられるんだよね」

とソエルが補足する。

さて、まぁ…今回はっと。

「キアラ」

「はっ、はいっ!」

「紅世の王にどれだけやれるかやってみろ。即死はするなよ。即死以外なら助かる」

「っ…は、はいっ!」

いつまでも、いつでも俺がキアラの傍に居るなんて事は無い。

いつかは一人で対峙しなければならないのだ。

彼女はフレイムヘイズ。徒を狩るものなのだから。

「そこをどけ、小さいの」

「師匠がやれというんです。出来ません」

「お前はあいつの弟子なのか?」

「ええ、まぁ…」

なんだ、その歯切れの悪い言葉は。

「ならばお前でまずは肩ならしだ。ピルソイン、お前は下がっていろ」

「あああああ、もう、勝手にしなよっ!」

「いくぞっ!」

そう言って四本ある腕の一つを振りかぶると見かけによらず俊敏な動きで距離を詰め振り下ろした。

「はっ!」

キアラは後手に回った。

距離を取って戦う戦法を得意とするフレイムヘイズが距離を詰められる。

普通だったら致命的だ。

「くっ…」

存在の力の攻防力を足に30、腕に70に振り分け頭の上でクロスさせた両腕でリベザルのコブシを受けきった。

ガンと足元の地面が沈み込み、苦しそうに嗚咽を洩らすがキアラにダメージらしいダメージは無い。

キアラはリベザルのコブシを跳ね上げると距離を取ろうとバックステップ。

しかしリベザルは素早く追撃する。

「はぁっ!」

それより一瞬速くゾリャーが弓の形に変化。矢を番え撃ち出した。

「ぬぅんっ」

十分な存在の力を込める暇も無く撃ち出されたそれをリベザルは事も無げにコブシで打ち砕いた。

「うそぉっ」

キアラを打ち砕かんと迫るコブシをキアラは弓に存在の力を込めてそのまま打ち払った。

激突する弓とコブシ。

互いに込めた存在の力が大きい物だったのか余波で空気が震える。

二つの力の激突は互いに堪らずと距離を空けた。

しかし、距離を空ければ遠距離攻撃が主体のキアラが有利。

キアラは既に弓を構えている。

離した指先から極光が幾条も走りリベザルを襲う。

打撃一辺倒の徒ならこれは堪らないはずだ。

だが、リベザルは違った。

組んでいた腕についている数珠を飛ばし、極光にぶつけて来た。

リベザルが持つ宝具『七宝玄珠』だ。

「っ…」

苦悶の声を上げるキアラ。

なんと力負けをしたのはキアラの矢の方だった。

しかしキアラは冷静に二射を放つと七宝玄珠を押し返した。

だが、その攻防に隠れてリベザルが接近。その大きなコブシを振り上げた。

「ぬぅん」

「あっ…かはっ…」

肺から空気が全部出る勢いで圧迫され空中に投げ放たれるキアラ。

「む?」

やった手ごたえが無かった為にリベザルはいぶかしんだ。

それもそのはず、キアラはダメージこそ負ったが致命打にはなっていない。

攻防力を操って瞬間的に胸部の防御を上げていたのだ。

キアラは空中で印を組む。

アオの教えた数少ない忍術の内の一つ。

影分身だ。

現れた三体の影分身。

それに相応の存在の力が込められている事に気が付いたのか、リベザルも投げはなった宝珠に存在の力を送り自在法を組み上げると、その珠を核とするようにリベザルの分身が現れる。

振るうコブシ、受ける腕の攻防はそれぞれの分身で一進一退だ。

リベザルの猛攻を凌げるとは、どうにか修行の成果が出ているようだ。

その後方ではキアラは必殺の一撃、ドラペンの砲を構えている。

「甘いわっ!」

リベザルは残りの宝珠を飛ばすと残りの四体の分身でキアラを攻撃する。

多数の攻撃にキアラは二体を巻き込むように矢を放つのが精一杯で残りの二体の攻撃は止められない。

挟み込むように左右から迫るリベザルのコブシ。

「ちがうよっ!リベザル、それは偽者だよっ!」

ピルソインの言葉が響いたときにはリベザルの攻撃で矢を放ったキアラは消し飛んでいた。

ポワンと消えるキアラ。

後方のそれも実は影分身だったのだ。

前方に出した3体の影で新しく出した四体目。それに注目を集めておいての奇襲。

「何だとっ!?」

注意を周囲に向けるリベザル。

しかし、気がついた時には既にキアラはゾリャーを展開。極光の翼を広げてリベザルへと突貫していた。

「バカものめっ!」

リベザルの存在の力の桁が上がる。それにつれて一瞬で身長が倍近くに変化。

その巨体から繰り出すコブシ、その重量にしては速い攻撃はカウンターでキアラを捉えた。

いつかの極光の射手のように大きな物理攻撃でキアラは潰されてしまう。

「やった?」

とピルソイン。

「ちっ…やってねぇっ!」

「え?」

飛んできていたのはゾリャーのみ。

つぶされたキアラの影分身は分解される存在の力を再構成。鏃はグルグルと縄を引くようにリベザルを回り込み、彼を拘束させる。

「これくらいでこの俺がどうにかなるものかっ!」

「そう言わずにもう少し私たちに付き合いなさいよ」

「遠慮しなくていいのよ」

捕縛の術式を強化。リベザルを逃がさない。

本体は討たれた影分身のさらに上。そこに隠蔽の自在法を使って身を隠し、本当の必殺の一撃を穿とうと狙っていたのだ。

敗れた影分身に使った存在の力を回収、さらにキアラの背後には太陽とそれを見送る女神と向かえる女神の曼荼羅。女神はいつも太陽に寄り添う。

今上空でキアラは莫大な量の輝力を鏃に溜め引き絞っていた。

「貫いてっ!」

「小娘がっ!」

撃ち出される矢とそれに群がリベザルの分身。

極光は次々に分身を屠りリベザル本体へと迫る。

だが、次の瞬間霧がリベザルを包み込む。ピルソインの自在法ダイモーンだ。

しかし、当然そんな物をものともせずに極光は目標を貫く。

極光は大地を穿ち、噴煙を巻き上げ、同時に衝撃で大地が揺れる。

「逃がした?」

と、キアラ。しかしまだ油断はしない。

円を広げてみても彼らの気配は無い。

「いつも後一歩で逃げられるんだよね」

「逃げ足も一流なんて、すごいよねぇ」

俺の言葉にソエルも同意する。

今回は俺が出れば多分討滅できた。

だが、キアラの習熟をかねて彼女に任せた。結果逃げられ、人間は食われるのだろう。

すべての徒を殺す、なんて事実際不可能なのだ。後に何かをするために今の被害を黙認する。

それは生粋のフレイムヘイズには出来ないこと。

やはり俺はズレているらしい。

空からキアラが降りてくる。

「どうでしたか?」

「逃がしちゃったけどキアラは良くやったわ」

「本当、文句のつけようは無いわね」

キアラの言葉にウートレンニャヤとヴェチェールニャヤが囃し立てる。

「ああ、良いんじゃないか?」

古参のフレイムヘイズと比べても今のキアラは見劣りしない。

「これで本当に卒業かな」

「あ…ありがとうございます」

日々の修行の苦痛からようやく開放されてキアラはホッとしている。

「後は自身の望むフレイムヘイズになればいい」

「はいっ!」

キアラの返答を聞くと俺は踵を返す。

フレイムヘイズは我をもって自分の道を行くもの。つるむことの方が少ない。

こつこつと道を踏む音に、こつこつと追随する音が絡みつく。

「あれ?卒業って言ったよね?」

「…?はい」

「自分が望むフレイムヘイズになると良いとも」

「はい」

「ここは綺麗に別れるシーンでは?」

「…?」

え?俺がおかしいの?

「キアラの望みは?」

「師匠…アオさんと一緒に行く事ですが?」

あ、あれ?

「私はもともと徒への怨みは少ないですし、だったら今私のしたい事をと考えたらアオさんに付いていく事だったんです」

ん?なんか違和感が。

「そ、そう?」

「それに、アオさんの全力ってのもまだ見てない気がしますしね。アオさんの全力が見てみたい。今の私の目的です」

あ、呼び名が師匠から変わっているのか。まぁ教えることは教えたつもりだし、師匠も卒業か。

「付いてきても楽しい事は無いと思うが…」

「良いんです。それが私のしたい事ですから」

と臆面もなく言い放つキアラ。

「男なら女にこれ以上言わせるんじゃないわよ」

「それとも言わせたいの?この鬼畜」

「と言ってもキアラもまだ自分でも分かってないけどね」

姦しい双子女神が囃し立てられ久方ぶりにほんの少し赤面する。

「あー…まぁ、取り合えず飯でも食べに行こうか」

「はいっ!」

「なにっ、飯かっ!わたしはあれがたべたいぞ、…えっとなんて名前だったかな」

気まずい雰囲気になりかけた空気をソエルがぶち壊してくれたおかげで笑顔のままにレストランテに歩いた。

キアラとは長い付き合いになる。この時何となくだがそう思ったのだった。

 
 

 
後書き
とりあえず、次からが原作本編です。 

 

エイプリルフール番外編 【シャナ編】 その2

わたし事リオ・ウェズリーはただいまとある世界で高校生をしております。

え?高校生くらいなるだろう?

まぁ、わたしもミッドチルダでの高校生であるのなら、とある世界とは言いません。

発端はそう、小型の次元転移装置で管理外97世界『地球』へと移動し様とした時。

丁度わたしの番と言うときに限って小規模ながらも次元震が起こり、転移途中だったわたしはそれに巻き込まれる形で次元の狭間へと落下。どことも言えない世界へと放り出された。

眩む頭を振り払い気をしっかり持つと辺りを見渡す。

「ここ…は?」

見渡せば一軒家、そのリビングで突っ伏すように倒れていたらしい。

「理緒どうしたの?そんな所で寝ると風邪を引くわよ?」

「誰?」

「誰って、お母さんじゃないの。寝ぼけているの?」

「おかあさん…?」

違う、わたしのお母さんではない。

…でも、わたしに重なる誰かの記憶が彼女をおかあさんであると肯定している。

「あ、うん…そうだったね。ごめん、寝ぼけていた」

「変なリオ。高校生活も始まったばかりで疲れでもたまったのかしら?」

「う、うん…ちょっとね」

冷静に自分に起きた事象を分析する。

あの時、次元震に飲まれての転移事故。転移途中であったために肉体は次元に再び現れた時に誰かの存在と混同してしまった、とか?

体の調子を確かめると容姿はわたし自身。それはおそらくこの記憶の存在とは違うもの。

そのはずだが、相手はわたしを実の娘と認識している。

「ちょっと、出てくるね」

「遅くならないうちに帰るのよ」

「う、うん…」

わたしは少し罪悪感を感じつつもそれに返した。

外に出て周りを探索する。

文字の感じから見て地球、それも日本に系する世界。

念話からの返答が無いために平行世界、またはまったくの別世界であると仮定して調査する。

「地球…日本…だけど、地名がソルのデータと一致しない所が少なくない。…やっぱり平行世界」

あとはまだ分からない。

理解は追いつかないが現状はどうにか理解した。

後はどうやってこの事態を収拾し、元の世界に帰るかだ。

帰還に必要な術式はアオお兄ちゃんから教えられている。以前にもフロニャルドへと転移してしまっているわたし達としては必要な事とアオお兄ちゃんはわたし達へと伝授した時空間移動の法。

だが、次元震の影響がどれほどの物か分からないし、その為に帰還期間も見当が付かない。

心苦しくはあるが、このまましばらくは理緒として居場所を借りよう。

もう一つ、本物の彼女はわたしが現れてどうなったのか。それも調べなければならない。


深い緑の制服に身を包みカバンに教科書を積めると母親が用意した弁当を持ち玄関を出る。

「…いって…きます」

知らない誰かに掛ける声。

「いってらっしゃい。理緒」

御崎高校1年2組。それがリオが通う事になった高校の名前だった。


この世界は異常だ。

普通の人間に紛れ、オーラの塊で出来た人間が人間の振りをして生活している。

しかもその存在が力を使いきって消失すると周りの人間は何も無かったかのように生活をつづけている。

そう、人間の消失などなく、最初から居なかったかのように。

昨日まで有った学級の机が翌日には一つ減っていたとしても周りは誰も気にしない。

わたしはそれがとても気持ち悪く映る。

また昨日まで人だったものが次の日にはオーラの塊に変じている事もある。

平井ゆかりと坂井悠二。この二人は昨日までは確かに人間だった。

しかし今はただのオーラの塊にすぎない。

数日後、平井ゆかりが別のだれかに変わったとしても他の誰も気にしないようだった。

いや、わたしと坂井悠二を除いて。

平井ゆかりの存在の痕跡に自身を割り込ませる。そうすれば周りからは彼女が平井ゆかり本人として感じられる。たとえ姿や形、声や性格がどれほど変わっていようと周りは受け入れる。

それは同様の事がわたし自身にも起こっていると言う事。

つまりオーラで出来た人間の変わりにその存在に割り込んだ?

正解を引き当てた事でさらにわたしを苛ませるだけだった。

つまりわたしの存在の外郭たる『東條理緒(とうじょうりお)』は世界から忘れられるはずの存在だった、と。

ため息が出る。

ホームルームが終わると重い足取りで教室を出る。

瞬間世界から色が失われる。同時に切り離された因果に人も物も動きを止めた。

…これは?

次いで強大な存在が気配を現せた。

写輪眼で遠目に眺めたそれは白いスーツを着込み手にはドールを抱え愛でていた。

うぇ…

そんな存在の登場に迎え撃つのは平井ゆかり。振るう武器は大太刀。

しかし、強大な存在も目的はなんなのか、直ぐに去っていく。

破壊された教室、また破壊された人間。それを修復し終えたのか結界が解除された。

非現実の戦闘をおこなった彼女に接触するべきか、せざるべきか。

君子危うきに近づかず。

様子見かな。

何が起こっているか分かれば何かが出来たかもしれない。

後になって知りえたからの後悔。この時聞いておけば、それにより救えなかった命がある。しかし、それも流されるわたし自身の業。

何度か大きな力の発露を感じながらも首を突っ込まず、穏やかな時間がすぎる。

しかし、そんな時間を壊すかのように巨大な結界が張られ、わたしはそれに取り込まれてしまった。

「これは…結界」

人も物もエネルギーさえ止まっている。

「え?」

どうしたものかと思案する。

遠目からでも何が起こっているか確認するか。

そう思い学校を出ると商店街へ。

すると突如巨大な蔦が地面から現れる。

「…あっ」

蔦が人間に撒きつくと目の前でオーラを食われその存在が消失する。

これかっ

とわたしは理解した。

今までのオーラで出来た人間の模造品。それはオーラを搾取された人間の成れの果て。

そして後悔する。知らずに居た事に。

しかし、それは目の前で何の抵抗も許されず霞と消えてしまった。

「誰が…」

怒りを懸命に押さえ込み気配を探る。

探るまでもなく人間のオーラを吸収した巨大な花が見て取れた。

『スタンバイ・レディ』

ソルがバリアジャケットを展開、手に持った刀でその花を両断する。しかし…

「これじゃない…これが元凶じゃない」

こんなもの幾つつぶしても嫌がらせ以上の効果は無いだろう。

実際少しあいたところに同質の存在を感じる。

高いビルの上に飛び上がると周囲を見渡す。

大きな気配が集まる場所は二箇所。

一つは真南川に掛かる御崎大橋。

そこに大きな虎のような怪物が居た。

怪物は何かに手を伸ばしていた。

あれは…坂井悠二…?

あれ?何かピンチっぽいよ?

仕方ない…助けるか。

大きな虎が坂井悠二に気を取られている隙に近づいた運動エネルギーも加味しての一撃。

「はっ!」

「なにぃっ!」

殴った衝撃で切り離された訳じゃないはずだが、右手首が消失していた。、ついでにと坂井悠二を回収。

消失した大虎の手先はどう言う理屈か坂井悠二に吸収されるように消えて行った。

「無事?」

「なっ!?東條さんっ!?」

「それだけしゃべれれば大丈夫みたいだね」

そう言うとあたしは坂井くんを地面に投げ捨てる。

「ちょ、もうちょっと丁寧に…」

坂井悠二の反論はすべてを聞いている暇は無かった。

無くなった腕を何事も無かったかのように再生させた大きな虎が襲い掛かってきたからだ。

「その眼…その眼だ。俺を恥辱の底に叩き落したあいつと同じっ」

「ス、…スサノオっ!」

振るわれる巨大なコブシにあたしはとっさにスサノオの肋骨を現してガードする。

「う、うわああああああっ」

両腕を突き出して身を守るように絶叫する坂井悠二。

坂井悠二を後ろに庇い、虎のコブシを肋骨で軌道を変えながらいなす。

すれ違いざまに反撃を入れたいが坂井悠二が邪魔だった。

「悠二っ!」

そこに現れるのは炎のような紅い髪をなびかせ、背中に炎で出来た翼をはためかせて飛んでた平井ゆかりだ。

手には大太刀を握っている。

「シャナっ!」

しかし、平井ゆかりを追うようにさらに二人現れた。

どうやらそっちはそっちで戦闘中のようだ。

「東條理緒?」

「千変、シュドナイだとっ!?」

何処から発せられたのか、第三者の低い声が響く。

「炎髪灼眼っ!」

シュドナイと呼ばれた大虎もその声に反応し、どうやら既知であるようだ。

現れた二人と手前のシュドナイを見比べればどちらが手強いかは一目瞭然。

「とりあえず、成り行きで戦闘しちゃってるけど、そいつ等が人を食った化け物って事でOK?」

「は?何を当たり前の事を。あなたもフレイムヘイズでしょ?」

「シャナよ、もしかしたらあやつはフレイムヘイズでは無いのかも知れんぞ?契約した王の気配を感じない」

「そんな馬鹿なっ」

「まずは現実をみよ。理解はそれからでよい」

低い声の誰かにたしなめられる平井ゆかり。

「愛染兄弟、しばらく炎髪灼眼の相手をしていろよ。こっちはこっちでちと忙しい」

シュドナイがあたしを睨み付ける。

平井ゆかりと紅い瞳が交錯すると互いにやるべき事を悟った。

守りながらでは戦い難い。まずは相手をこの役立たずの前から引き離す。

互いに目標に向けて駆ける。

「やっ!」

「ふんっ」

コブシとコブシがぶつかり合う。

結構オーラを込めたんだけど、相手もさるもの。

一瞬距離を空けると印を組み上げ息を吸い込んだ。

「火遁・豪火球の術」

口から吐かれる大火球。

「かっ!」

しかし、シュドナイもその口から紫色の炎の火球を吐き出した。

その威力は互いに譲らず。視界を炎で染めていく。

しまっ…

気づいた時には塞がれた視界の外から迫るシュドナイの鉤爪。

急ぎドクロの腕を顕現させその手を受ける。

右手を左手で受け止めると相手の左手が迫り、それをスサノオの右手を現せて受け止める。

互いにがっちりと組み合う形だ。その間もドクロは肉付いていく。

互いの口から再びの炎弾。

だが、シュドナイはそれだけではすまなかった。

尻尾の先にアギトが現れるとそこから放たれる炎弾。

やばっ…

爆音が響き、爆炎から飛び出る形で落ちるように真南川へと落ちていく。

バシャっと水を切る音と共に川の上に着地する。

すかさず上空から身をひねっての踵落としを繰り出すシュドナイ。

ギリギリのところで水を蹴ってかわすと水面が盛大に爆ぜた。

スサノオはシャレコウベが現れ出た所だ。

しかし、好機っ!

わたしは急ぎ印を組み上げると両手に雷を纏わせる。

「千鳥流し」

着いた水面から電撃が水中を伝いシュドナイを襲う。

「があああっ!」

堪らずと水上へとシュドナイは飛び上がった。

しかし、ダメージから若干の猶予が生まれる。

今の内に…

紋章発動っ!輝力合成っ!さらに紋章を強化っ!

剣十字に巴模様の曼荼羅が浮かび上がり大量の輝力が身を包む。

一気にスサノオが肉付き鎧を着込んだ。

「黒い…炎だと…貴様っ!」

スサノオの右手に持った炎球。それは天照の塊なので当然黒色。しかしシュドナイにはそれが気に入らないらしい。

「我が主を愚弄するきかっ!」

何がシュドナイの逆鱗に触れたのか。リオには分からない。

スサノオの右手を振り上げると八坂ノ勾玉に天照を纏わせて投げつけた。

「おおおおおっ!」

シュドナイは飛来する勾玉をかわしつつ迫る。

しかし、あたしはもう取っ組み合いをする気はないよっ!

ゼロレンジに至る瞬間、炎球と雷球を形態変化させ巨大な剣を現した。

振り上げる二振りの刀。

「なにぃっ!?」

それがカウンター気味にシュドナイを切り裂く。

一度きりのトリックスター。だが必殺の攻撃は一度で良い。

切り裂いた傷口をタケミカヅチが焼く。天照が燃やす。

特に天照は消えない黒い炎。オーラの塊だろうと燃やし尽くすまで消える事は無い。

「やぁっ!」

止めとばかりに振り上げた刀を振り下ろせばシュドナイは霞となって燃え尽きた。

「……逃がした」

しかし、一瞬。天照が燃え移るより一瞬速くシュドナイの尻尾が切り離され水中へと消えていた。

まさか逃げられるとは…



炎髪灼眼の討ち手、最近名乗るようになった名前で言うところのシャナは愛染兄弟と戦う傍らシュドナイと戦うリオをその目におさめていた。

吐き出す炎弾、たくましい顕身の自在法とそれを繰る技術。

「すごい…」

「こら、目の前の敵に集中せぬか」

「ご、ごめん。アラストール」

そう言い聞かせる彼女の契約者、天壌の劫火・アラストールもリオの戦いを気にしていた。

(千変を破るか…列強のフレイムヘイズとて討伐は敵わない神の眷属を…ただの人間が)

フレイムヘイズではない。

紅世の王と契約を交わしたフレイムヘイズはどんな攻撃であれ契約した紅世の王の色を受ける。

特に顕著なのは炎弾の自在法や封絶の火線だろうか。

それを考えればリオの攻撃にそう言う特色を見出すのは困難だった。

いや、一概にはそうは言えない。リオ本人もオーラの色、魔力光に特色を持っている。ただそれがフレイムヘイズほど今の戦いでは表面に出て来ていないだけだ。

(いや、あれほどの力を持つ者をただの人間と捉えてよいものかどうか…)

アラストールは心の中で嘆息する。

(後で話し合ってみる必要が有ろう。…それと今は)

さらに心の中でアラストールの危惧が深まる。

(目の前にあれほど強大な存在が居て、影響を受けるなと言う方が無理な話か)

今も愛染兄弟と戦う傍らシャナの関心はリオに向いていた。

(彼女のあり方を歪めない物であれば良いが…)

そう嘆息してアラストールはリオの戦いぶりを観察していた。



新しく現れた二人を平井ゆかりさんが討ち滅ぼし、シュドナイを取り逃がした事で当面の脅威は去った。

そこに現れたのは巨大な青いクマだ。

マージョリー・ドーと名乗った妙齢の女性はクマのきぐるみを纏ったような容姿で空を飛んで現れたのだ。

平井ゆかりさんとは知り合いのようなので敵と言う訳ではなさそうだが。

「で、東條理緒。あなた何もの?フレイムヘイズではないようだけど」

「フレイムヘイズ?」

当然の質問。

「私は天壌の劫火、アラストールのフレイムヘイズ。炎髪灼眼の討ち手、シャナ」

「シャナ?」

ゆかりさんでしょ?

「あ、えっと…それはね」

割って入ったのは坂井悠二くんだ。

長いようで短い説明が入る。

この世界には人食いに魔物が居るらしい。それを討滅するのがフレイムヘイズの役目なんだって。

聞けば紅世の徒もフレイムヘイズと契約した存在も現れようは違うが同じ存在らしい。

で、契約まで名前が無かった彼女に名前を与えたのが坂井悠二くん。

ついでに平井ゆかりはその存在に自分を紛れ込ませたために周りが認識している名前らしい。

東條理緒の存在と混同している今のあたしのようだ。

この世ならざる力を使えるものを討滅するために討滅する者と同じ存在の力を借りている。

それはすごく歪なように感じられた。

「なんであなたはフレイムヘイズでもないのに存在の力を扱えるの?」

とシャナ。

「うーん」

あたしは少し考え込んでから答える。

「だって、あなた達の説明ではその紅世の徒は人間の持つ存在の力を変換して使っているんでしょ?」

「ああ」

とシャナちゃんの胸元から彼女の契約した王、アラストールの声が聞こえる。

「根源は人の力。人が持っている力。だったらどうして人間が使えないなんて思うの?」

「なっ!?」

普通の人間は自身の存在の力を使えない。それ故に紅世の王と契約する。

「シャーマンって居るじゃない?彼らはその存在の力を操る人だったんじゃないの?」

だが、言われてみれば確かにおかしな話で、納得できる話だったのだろう。

「人間は潜在的には存在の力?あたしはオーラって言ってるけど、それを扱う事ができる資質を持っている。じゃないと紅世の王と契約したからと言って存在の力を使えるようになるのはおかしいでしょ?」

「言われてみれば…」

「納得の出来る答えね」

とシャナちゃんとマージョリーさん。

「確かに、存在の力を操る事が出来る人間は少ないが過去にも存在した。…だが、誰もそなたのような量の存在の力を行使出来る存在ではなかった」

故にフレイムヘイズとして契約する、と。

まぁ、話はこんなものでしょう。

これ以上と言われてもあたしは何も答えない。



坂井悠二は特別な存在らしい。

その本質は紅世の王の食い残しであるトーチと言う代替物。

街に幾人も居るアレだ。

時間と共に消失するはずの存在だが、彼には特別な宝具が蔵されているらしい。

零時になるとその存在の力を前の日の零時に保持していた量まで回復する宝具。

『零時迷子』と言う宝具のおかげで存在の力が回復する坂井悠二は存在の力をも操る可能性を秘めたトーチらしかった。

とは言え今の所ぜんぜんへっぽこらしいが。

シャナちゃんとの修行も効果が薄い。

「で、あたしにコツを聞きに来たと」

「そうなんだ。東條さんなら人間だし、何か参考になるかと思って」

放課後の屋上に呼び出された用件がそれってどうなの?乙女心が分かってないよ。

まぁあたしは別に坂井くんの事は好きというわけじゃないけど。一歩引いたところからみれば好意を寄せる女性が二人。

それらに気がつかずと言うのが彼らしい。

「はぁ…まぁ良いけれど、為になるかは知らないよ?」

あたしは人間、だけど坂井くんはトーチだから。

「うん、それでも良いんだ」

あ、そう。

「存在の力の感知は出来るんだっけ?」

「あ、うん」

聞いた話だとかなり鋭敏らしい。

「まず、存在の力の漏れを抑え、循環させる」

「漏れを抑える?」

「坂井くんも無為に存在の力を消費している。まずそれを留めるの」

言ってやってみせる。

「留める…」

「これが基本。これが出来ないとお話にならないかな」

「そうなんだ…」

まぁこのアドバイスが彼の役にたつかは分らないが、そろそろ殺気のような嫉妬に気付いて欲しい所だよ。

「気配出しすぎ、隠れてる意味ないよー」

「え?なに?」

あたしが大声で扉の方へ声をかけると気配が遠ざかる。

「何でもないかな」


数日後、再びの屋上。

「悠二に何を教えたの?ここ数日で悠二の技術が進歩している。私がいくら教えても上達しなかったのに」

とシャナちゃん。

「まず何をどうすれば良いか教えただけだけど?」

「何を教えたの?」

「存在の力の漏れを抑えるって言っただけ」

あ、実際に見せもしたか。

「…あなた、突然変異では無かったの?」

シャナちゃんが何かに気がついたようだ。

「ふむ。自身で研鑽した事は他者には教え辛い。と、なれば…」

と、アラストール。

「そう。あたしは教えてもらっただけ。だから教え方も知っている」

「なるほど、そうであったか」

そして何かを思案するアラストールさん。

「であれば我らも拝聴させてもらえないだろうか」

「アラストールっ!?」

「シャナ、そなたはまだ研鑽の身。学ぶ事を疎んでは何れ大きな障害に立ち向かう時の手札が足りず困窮する事になろう」

「…くっ…わかったわ」

しぶしぶと納得するシャナちゃん。

「私にも教えて」

でも相手を立てる事は苦手なようだ…そんな態度じゃ誰も言う事を聞かないよ?

「すまんな。我からも頼む」

実際には声だけなのだがアラストールの声には真摯な響きがあった為に彼の頼みを聞く形でシャナちゃんに向かい合う。

さて…

「ソル、お願い」

「なっ!?封絶」

「これは封絶では無い」

シャナちゃんとアラストールさんの声を尻目に空間を切り取る。

「これは封時結界。時の流れをずらした場所。現実空間にはなんの影響も与えない」

「なっ!?」

「これほどの事を…いとも容易く…」

さて、どこまで教えた物か…とりあえずは…

「纏くらい出来る?」

「…あの悠二がやっている存在の力を薄く纏うやつ?」

「うん」

あたしが答えるとシャナちゃんはすぐにやって見せた。

「出来てるね」

「これも普通のフレイムヘイズはやらないのだがな」

とアラストールさんが補足する。

「それが出来たら瞬間的に増幅させる『錬』」

あたしの纏っていたオーラが力強さを増した。

「…はっ!」

気合を入れると存在の力が迸り、シャナちゃんの存在感が増す。

「そ。で、次が逆に外にまったく洩らさない『絶』」

途端に気配も薄くなる。

「くっ…」

あ、シャナちゃん『絶』で躓いてる。まぁ結構難しいしね。

「で、最後は力の発露。『発』これは個人の資質が大きく出るところで、シャナちゃんだと炎の翼とか炎の剣とかだね」

まだまだ漏れているが一応絶もこなしているようだ。

「基本はこんなもの。まぁ、基本が出来た所で戦えるのかと言ったら別だけどね」

「どう言うことよ」

と、シャナちゃん。

「実際に戦ってみて感じたんだけど、徒との戦いは存在の力の削りあいでしょ?」

「ああ」

そう低い声が答える。

「基本が出来たとしても相手の攻撃が必殺の威力なら意味ないでしょ?相手の攻撃を必殺の威力にしないためには存在の力の攻防力の移動は必須」

こんな風にね、と右手にオーラを集めてみる。

「とは言え、こんな事はあの徒も自然とやっていたよ?」

「そうだな。強大な王や王を宿すフレイムヘイズなどは何となくでも使えているものが多いな」

そうアラストールさんが答えた。

ま、そうだよね。

「と言う事は、これを使えないシャナちゃんでは真に強大な王を倒す事は難しいって事だ」

「くっ…」

悔しそうに表情を歪めるシャナちゃん。

「実戦の内でと考えていた事。今回このような機会があった事に感謝しよう」

「戦いの中で死んじゃ意味無いと思う」




それからいろいろな事が有って…

坂井くんが行方不明になった。

心配するのは彼を覚えている面々。

トーチが燃え尽きた…と言うのはおかしい。

再び現れた坂井悠二。

彼は他の何者かになっていた。

徒の団体、「仮装舞踏会(バルマスケ)」その盟主に。

詳しい事は説明されたがそれは分らなくても良い事。

彼がどうしてその道を行ったのか。そしてどうしてシャナを浚っていくのか。

遅れて戦場に現れたあたしに放たれる言葉。

「東條さん。ごめん、僕は君を殺したくないのだけれど、将軍がどうしてもって言うからね。ベルペオルも禍根は残すべきでは無いと言う。将軍をどうにか出来てしまう存在を野放しには出来ない。だから…ごめん。あなたはここで死んでくれ」

気絶したシャナを抱え飛びのくと、その手前に千変シュドナイと逆理の栽者ベルペオルが遮った。

マージョリー・ドーは今は使い物にならないくらい打ちのめされた。

シュドナイは以前は持っていなかった矛を持っている。

「ま、そう言う訳なんでな」

「あなたも運が無いわね。シュドナイに見込まれるなんて」

「そう言うな。あいつはあの悪夢(ナイトメア)以上に厄介な敵かもしれない」

「ほう。将軍シュドナイを持ってまでそう言わしめるのかね」

「シュドナイさん、ベルペオルさん。油断しないように。彼女は強いよ」

そして坂井くんの声が変わり何ものかの声でつむがれる。

「だから宝具、神鉄如意とタルタロスの使用も許可してある。速やかに対処せよ」

感情のあまりこもらない声だった。

「くっ…」

シュドナイと、シュドナイほどの化け物がもう一体…まずいか…

幸い距離はまだある。

あたしの背後に紋章が現れる。

「させるかっ!」

シュドナイが振るった矛…神鉄如意が突如大きさを変えてあたしを襲う。

ギリギリのタイミング。

刹那の間でスサノオの両腕を顕現。ギリギリでタケミカヅチと天照の形態変化が間に合い、クロスさせて神鉄如意を受けきった。

「ここは任せる」

そう言うと坂井くんはシャナちゃんを連れて去った。

受けた刀から黒炎とイカヅチが迸る。

しかし、一瞬速くシュドナイは神鉄如意を退けたようだ。

「あらあら…こいつは確かにあの悪夢だわ。数百年前を思い出すねぇ」

三つ目の貴婦人からもいつの間にか殺気があふれる。

何を言っているのか。

「不本意だが大命のためだ。ベルペオル、タルタロスでの援護をたのんだ」

「はいはい」

腕に絡みついた鎖。それが解けるように伸びると幾重にも分裂しあたしに襲い掛かる。

急ぎスサノオを顕現させ、刀で打ち払う。

しかし、縦横無尽のその動きのすべてを払い落とすこと敵わない。

「っ…」

八坂ノ勾玉を飛ばしけん制するが、鎖をたくみに操って弾かれてしまった。

ならばと天照を発動。

視点発火でまずあの三つ目の女性を…

視線からピントが合った瞬間天照が燃え上がるが、ベルペオル自身を守るタルタロスに弾かれ、燃え広がりすらせずに鎮火する。

なにっ!?無効化能力っ!

必殺の天照が無効化されたことに多少の動揺を受けたあたし。

ほんのわずかばかり隙が出来る。

「ぬぁっ!」

「しまっ…」

横っ腹へ神鉄如意が振りぬかれた。

「くっ…」

虹色の膜、聖王の鎧で物理ダメージの殆どをカット。ダメージは無いがその衝撃までは消せない為に盛大に空中を投げ飛ばされる。

ついでとばかりにシュドナイの口から炎弾が飛ばされる。

着弾し紫炎を迸らせながら地面に激突。粉塵を巻き上げた。

「おいおいまさかな…」

「あらあら、まさか神鉄如意を叩きつけられて無傷とは…恐れいるねぇ」

噴煙が晴れるとそこには無傷で立ち上がるあたしの姿。

「けどまぁ、此処までさね」

ベルペオルが言い放つと同時に噴煙にまぎれていたタルタロスが引き絞られ、スサノオに絡みつく。

それだけならまだ対処のしようがあったのだが、タルタロスが巻かれたスサノオが消失して行った。

「そんな…まさかっ」

驚愕の声の上げるあたしの先でタルタロスが絞られ、消え去ったスサノオから逃がすまいとあたしの体を拘束する。

「しまった…っ!」

体から一切の力が抜けていく。ゼロエフェクトのおかげで完全中和とまでは行っていないがこのままでは…

「最後はつまらない終わりだなっ」

「くぅ…」

シュドナイの振るった神鉄如意。

それは巨大化し、その刃先があたしを貫いたのだった。







ボコリと地面が隆起する。

そこから生えてくるのは腕だ。

「ぷはっ…」

アオお兄ちゃんの無茶な修行で無呼吸でも問題ないほどの鍛錬は積んでいたが、それでも呼吸は精神を安定させた。

「あー…よかった…生きてる…」

まったく…相性が最悪だったよ。

強力無双と変幻自在の無力化能力。

あの組み合わせはちょっと荷が重い。二人一片はかなり難しい。

「切り札であるはずのスサノオすら無効化されちゃうし…」

地面に激突した瞬間、影分身で身代わりを立て、本体は土の中へ。

その後、神鉄如意のインパクトの衝撃で揺さぶられ、必死に堅で押しつぶされまいとガード。

何とか衝撃をやり過ごした後そのまま息を潜めていたのだった。

戦いには相性と言う物がある。

炎弾を飛ばしたり、質量を伴わない自在式での攻撃をメインとする徒には負ける気はしない。

何故ならゼロエフェクトがすべてを遮断してくれるから。

だが、そうではない巨大な物理攻撃や、こちらの攻撃を無力化する能力持ちには苦戦を強いられる。

その二つが揃っていたのだもの、そりゃ勝てないか。

と、ひとりごちる。

でも…次は負けない。あたしもまだ全力を出していない。次は絶対に勝ってみせる。…出来れば戦いたくないけど。

連れ去られたシャナちゃんを放っておく訳にもいかないし…ね。


シャナちゃん救出作戦の戦力を整える事は困難を極めたらしい。

らしいと言うのは主導したのはシャナちゃんの育ての親のカルメルさんで、今の情勢でフレイムヘイズ一個人を救い出すために敵の本拠地へと乗り込む愚を冒せないと言うことらしい。

各地で人食いたる徒が徒党を組んでフレイムヘイズを襲撃。それの対応に追われている。

この事件の中心はおそらく「仮想舞踏会」そして祭礼の蛇を名乗る坂井悠二だろう。

あたしとしては人とフレイムヘイズの情勢には関心は無いけど…シャナちゃんをほうって置けないしね。

それにどうにもあたしも当事者だ。

生きていると分れば狙われるのは必須。となれば、渦中に飛び込んでみるのもアリかな?

いざとなったら奥の手を使ってこの世界のどこへでも逃げてみせる。

数日を要して集まった戦力はわずかだ。

『偽装の駆り手』カムシン・ネブハーウ、『輝爍の撒き手』レベッカ、リードそして『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルの三人とあたしの計四人。

「なんでぇなんでぇ、ただの人間なんかをオレたちの闘争に巻き込んじまってよ、気は確かか?ヴィルヘルミナ」

「実力、戦力ともに彼女なら問題ないのであります」

「はぁ?だが、ただの人間なんだろ?やめとけやめとけ、オレらについてきたら死んじまうぞ?」

一瞬、彼女の腕についていたネックレス形の神器クルワッハの目が開いたかと思うとあたしの目の前で小爆発。

威力は調整していたために衝撃程度の物のようだったが、残念、あたしのゼロエフェクトによって分解されて消えそよ風も起こらない。

「む?」

いぶかしんだレベッカが自在法を連続起動。しかし、距離が近い分何も起こらない。

「存在の力を分解する能力者か?」

「いえ、真に恐ろしきは彼女の自在法であります」

「へぇ、おもしれぇ。何が出来るんだ?」

「ああ、それは作戦を立てる上でとても重要です」

と、レベッカの言葉を肯定し後押しする少年の姿をしたフレイムヘイズ、カムシンだ。

「炎弾、雷撃、後は…これですか」

「ん?」

レベッカの手を握り存在の力を吸収する。

あたしのオーラの色が桃色へと変化。

右手を上空へと突き上げると自在法を起動する。

ドゴンッ

桃色の自在式が発動し、閃光、爆発。

「おいおい…こいつは…」

「君の得意技だね」

「ああ、固有自在法のコピーですか」

考察するのはレベッカの契約主、糜砕(びさい)裂眥(れっせい)バラルとカムシン。

「あなた達が言うところのあたしの本質に添った力。インスタントヒーロー(3分間の復体)。相手の存在の力を吸収、自身の存在の力を変質させる事でその存在の得意とする自在法を真似できる」

「へぇ、つーことは、単純にオレが二人に増えたって事か?」

「ああ、それはちょっと問題ですね」

「おい、ジジイ。そいつはどう言う意味だよっ」

「レベッカ、それは置いておいて。これほどの力だ、なにかデメリットはあるのかい?」

「自分よりも強力な存在の技を模倣出来るんです。当然あります」

一つ目は制限時間。

名前の通り3分間しか使えない。

二つ目はクールタイム。

同存在の連続使用には30分のクールタイムが必要だった。

まぁ後はそのような強力な力を持った敵のオーラを吸収する隙が無い事と、見ていない技は使えないと言う事。

「…結構制限あるのな」

「基本味方の助けをもって味方になりきる念能力(じざいほう)です」

「ま、それだけ使えるならフレイムヘイズでなかろうと問題は無いな」

とレベッカ。あまりこだわらない性格らしい。


「ラピュタは本当にあったんだ…」

「は?何を言ってやがる」

「あ、いえ…あたしも何を言っているのでしょうね?」

突如何か電波をキャッチしたみたいで、口が勝手に…

とは言え、目の前に空飛ぶ巨大要塞が現れれば驚きも…いや、しないな。別に。うん。

天道宮と言われるこの宝具はどうやら敵の本拠地に続いている道が隠されているらしい。

敵の本拠地、本来隠蔽されていてその姿を感知できない星黎殿とこの天道宮は本来1セットの宝具であるとか。

その為、互いの距離が近くなると行き来する通路が通るらしい。

と言うわけで、相手の本拠地に当たりをつけて天道宮を飛ばし、あとは出来るであろう通路を使って乗り込みシャナちゃんを確保。後に脱出と言う手はずだ。

正直言って勝算は低い。

でも、友達のためだからね。奥の手もあるし、臆さず行こう。

陽動はカムシンさんとレベッカさん。

隠密はあたしとヴィルヘルミナさんだ。

円を広げれば手っ取り早いが…そんな事をしたら隠密潜入の意味がない。

「しょうがない…」

あたしは小さな小刀を取り出すと思い切り手のひらをえぐりこむように突き刺した。

「何をしているのです?」

「リアクテッド・ケーニッヒ」

現れるのはリボルバー付きの小太刀が二本。

「大技は使えませんからね…今回はこっちです」

写輪眼とディバイダー。これだけを武器に星黎殿を駆ける。

出くわした紅世の徒を一刀にて切り伏せ進む。

「紅世の徒が一刀ですか…どうやら存在の力を分解する力を持った宝具のようですね」

「反則升」

ヴィルヘルミナの言葉に彼女の契約した王、夢幻の冠帯ティアマトーが意味不明の言葉で追随した。

「紅世の徒は存在の力の結合体だからね。ある意味これは彼らに対して必殺の武器だね」

結合を分解すればその存在を保てなくなって消滅する。彼らにしてみればこれほどに相性の悪い武器も無い。

とは言え、戦闘経験の大きい紅世の徒に通じるかと言えば別の問題だが。

特にあのシュドナイとか言う人は…こちらの刀を通してくれそうにないし…

とは言え、現状出くわす有象無象にはこれを凌ぐ手段は皆無だった。

十字路でヴィルヘルミナさんとは別れ捜索する。

陽動のカムシンさんとレベッカさん。

隠密のあたしとヴィルヘルミナさん。だが気配を絶つヴィルヘルミナさんと対象的にあたしは最低限の『円』を広げている。

あたしがフェイク。本命はヴィルヘルミナさんだからだ。

あたしの円に何かが触れた。

翻る煌き。

直感を頼りにケーニッヒを向ける。次の瞬間…

ギィンと鈍い音が響いた。

「なにっ!?」

現れたのは鎧武者。それも気配は途轍もなく薄い。

運がよかった。円を広げていなかったら確実に今のでやられていた。

手に持つ大太刀には見覚えがある。

シャナちゃんの持つ愛刀、贄殿遮那(にえとののしゃな)だ。

「つわもの…わがあるじ…」

鍔迫り合いをいなし、互いに距離を取る。

「刀を向けるって事はあたしの敵って事でいいんだよねっ?」

あれが何であるかの考察は後でしよう。今はそれを思考の端へと追いやる。

倒さねばやられるのはあたしっ!

相手は幽鬼のように薄い存在だ。その為に意思も希薄。

…だけど、その武技にくもりは無い。

贄殿遮那を上段に構える何者か。

忍術は…ケーニッヒを手放す隙をくれないか。

となると剣術でのガチンコ勝負。

「ぬぅんっ!」

速いっ!

写輪眼で視ているために余裕で追えるが、肉体の限界に囚われない動きだ。

袈裟切りに振り下ろしてきたそれをケーニッヒをクロスさせて受ける。

重い…でもっ!

堅で両腕を強化すると一気に押しやった。

そのまま地面を蹴って追撃する。

御神流・虎乱

二連撃を打ち込む。相手は徒のような存在の力の塊。切り裂ければ分解して消えるはず。

しかし敵もさる者。跳ね上げられた両腕を強引に引き戻し、水平に薙ぐ。

激突する贄殿遮那とケーニッヒ。

「なっ!?きゃあっ!」

まさかの力負けで背後に吹き飛ばされ、廊下を突き破る。

「ぐっ…く…」

コロコロと転がりながら起き上がり辺りを警戒。

「なっ!あなたはっ!?」

警戒の声を上げるのは苦労してそうな痩身の中年男性の姿に悪魔のようなパーツがくっついた紅世の徒。

おっと、紅世の徒。それも王クラス…

突如現れた霧の様な自在法。

霧じゃない…!

圧倒的な質量を伴ってあたしに襲い掛かる臙脂色の粒子。

戦いには相性と言う物がある。

確固とした質量での攻撃は振るわれる技術が匠になればなるほどあたしは苦戦を強いられる。

シュドナイやベルペオルがそうだった。

だが、今回のこれは質量を持っているようだがそれは存在の力の変容。この攻撃ではあたしのディバイダーを抜けない。となれば…

視界は霧に包まれるが、勘のようなものだろうか。

鎧武者はまだあたしをあきらめていないっ!

紅世の王に駆け、思い切りケーニッヒを振りぬいた。

「なにぃっ!?」

霧はあたしの肌に触れる前に存在の力に還元される。この攻撃であたしを止められない。

ケーニッヒは容易く紅世の王を切り裂いて…

キィン

贄殿遮那と激突した。

「くっ…」

あわててあたしは臙脂色の存在の力を吸収する。

インスタントヒーロー発動。

瞬間、臙脂の霧が立ちこめ、あたしと鎧武者の視界を塞ぐ。

しかしおそらくこれはお互いに視界を塞ぐ以上の効果はない…

その一瞬でケーニッヒを手放すと印を組み上げる。

仕込みはいつものあの忍術。

再び印を組み上げて両手を電気が覆った。

雷遁・千鳥

チッチッチと放電する音が響く。

鎧武者は臙脂の霧をものともせずに突き進み、一刀。

「はっ!」

両手両足から千鳥を放電させ、蹴り上げた右足で鎧武者の腕を横から蹴りつけ、放電。

うそっ…千鳥が効いてないっ!無効化能力っ!?

とは言え、衝撃までは無効化できず、吹き飛ばすことには成功している。

だが、これじゃ万華鏡写輪眼も効果ないか…

有効打は手放したケーニッヒだけ…しまったな…格闘戦で身軽さと蹴り技を手に入れた代わりに有効打を手放すとは…

しかし、それでか。この臙脂の粒子をものともしないのは。

再びせまる鎧武者の凶刃。

しかし、見切れるっ!

唐竹割りに振り下ろされる贄殿遮那を両手の平で挟み込むように受け止め威力を殺して押し込める。

「いまっ!」

あたしの掛け声と共に背後の臙脂の粒子の中から人影が躍り出て一閃。

「やぁっ!」

あたし事貫いたそれはケーニッヒを持ったもう一人のあたしだ。

ケーニッヒに貫かれたあたしと鎧武者は存在の力の結合が保てずに霞と消えた。

そう、あの時千鳥を使う一瞬前に影分身で本体をあの臙脂の自在法の中に隠しておいたのだ。

ガシャンガシャンと大太刀が地面に転がる。

「拾わない訳にもいかないか…」

転がった大太刀、贄殿遮那を拾い上げる。

右手に贄殿遮那、左手にケーニッヒを持ちシャナちゃんを探して再び駆ける。

「うーん…」

見える徒を贄殿遮那で切り伏せ進む。

折れず、曲がらず、切れ味抜群、自在法の干渉を受け付けず切り裂くが自己に掛ける強化も受け付けない。

贄殿遮那とケーニッヒを打ち合えば、最終的に破壊されるのはケーニッヒだ。

だが、それ以外と考えれば強化可能なケーニッヒに軍配が上がる。

タッタッタ

タタタタ

足音が長い廊下を響く。あたしのじゃない。

「どこにあるのっ!贄殿遮那ぁぁぁぁぁあああああああっ!」

吠える声。

「あらら…せっかく助けに来たのに武器が御所望とはねぇ」

「え?」

立ち止まって吠えたシャナちゃんがあたしの声にあっけにとられた。

「東條理緒?」

「うんっ」

「何しにきたのよ」

「何しにって…助けに?」

「贄殿遮那っ!」

あれ?あたしよりそっち?

まぁ良いけど。

「はい」

贄殿遮那の柄を押し上げ空中へと投げ放つとクルクルとまわりながらシャナちゃんへ投げ渡す。

スっとシャナちゃんは右手を挙げ、その手に巻かれた鎖を贄殿遮那の刃先で断ち切った。

刃先が地面に突き刺さる。

何かの封印が解かれたのか、今まであの力強い存在の力が感じられなかったのだが、その反動か一気に力が膨れ上がり紅蓮の炎が迸る。

目は赤く、髪は紅い。

天壌の劫火、アラストールのフレイムヘイズ、炎髪灼眼の討ち手。その再臨。

「さて、再会間もない所を邪魔をするお邪魔虫さんはどなたでしょう?」

虚空に響くあたしの声。

「これはこれは、ただの人間…と言う訳ではありませんな」

現れたのはラクダのような形をした人型の徒。

チャキッとケーニッヒの柄に力を込める。

「私にやらせて」

とシャナちゃん。

「こいつに勝てないようでは悠二に届かない」

「あー…うん」

何か告白を聞いているようで気恥ずかしいね。

一歩下がって二人の戦いを見る。

敵が操るのは分身、埴輪の中に込められている蜂のような自在法。

視れる範囲に本体は居ない。本体のようなアレすら分身。

写輪眼では見て取れるが…さて、シャナちゃんは…

戦う中で強くなってる…

アオお兄ちゃんが言ってた。時々こう言う理不尽な存在が居るって…

一気にポテンシャルの限界まで駆け上がる天才。

たしか主人公体質って言ってたかな?

まぁいいか。

巨大な腕が現れる『真紅』

巨大な剣戟を飛ばす『飛焔』

自在法の本質を見抜く『審判』

すべてを断ち切る炎『断罪』

と、シャナちゃんは新しい自在法を編み上げた。

だけど…なんか写輪眼やスサノオに似てるのは気のせい?

断罪が天井を突き破り瓦礫が舞う。

「けほっ…けほっ…」

まったく、バカ威力…

しかも開いた天井から飛び出たかと思うとあたしの事忘れてるし。

何か頭上にある転移門に突っ込んで行っちゃったよ。

カムシンさん、ヴィルヘルミナさん、レベッカさんと後に続き…

「どうしようかなぁ…」

アレが何で今どう言う状況なのかさっぱり分らない。

とりあえず何かやばい物が中から出てくるらしい事はシャナちゃんの言葉から分ったのだけれど。

仕方ない、あたしは退路の確保かなぁ…

天道宮は既に遠ざけてある。

あたり一面敵の気配。あたり一面フレイムヘイズの気配。

どうやら総攻防の最中。

どうしたものかねぇ…

なんて考えていたら脳幹を揺るがす衝撃。

「な、なにっ!?」

ぐらつく体をどうにか抑える。

数秒か、数分かの時間がすぎ、揺れは収まる。

一体何が…

と考察した時、天井に黒く輝く転移門に向けて走る稲妻。

「いけないっ!」

誰がアレを破壊しようとしたのか、破壊しなければならないのか。

だが、アレの破壊はシャナちゃん達の永久の放浪。

とっさの事だった、だからほぼ反射的にタケミカヅチを使っていた。

イカヅチはイナヅマに横撃し、進路をわずかばかり変える事に成功、結果転移門の破壊は免れた。

それから時を置いて現れたのは大きな黒い蛇だった。

「…神…?」

アオお兄ちゃんがいつか聞いて聞かせてくれた存在。

この世界には神が居る世界がある。

牛にまとわり着く小バエのような何かが転移門を抜け出て現れる。

シャナちゃん?

さらに脳に響く誰かの声。

あの神のものか。

どうやら彼はこの世界の写しを世界の狭間に作りる事が目的らしい。

グルグルバシっと布があたしの体に絡みつく。

「ヴィルヘルミナさん?」

そのまま引かれるように空中へ。

蓑虫のように釣られてフレイムヘイズ陣営に到着する。

フレイムヘイズの本丸。司令官たるゾフィー・サバリッシュが向かいいれる。

話を聞けばどうやら撤退するようだ。

撤退援護の関を防波堤に本陣は撤退。

「あんたはこっちっ!」

「え?」

ぐいっとシャナちゃんに引っ張られ撤退本陣に混ざらずに防波堤の関へ連れて行かれるあたし。

「私は天壌の劫火、アラストールのフレイムヘイズ、炎髪灼眼の討ち手。シャナ」

「同じく、夢幻の冠帯、ティアマトーのフレイムヘイズ、万条の仕手、ヴィルヘルミナ・カルメルであります」

颯爽と登場するシャナちゃんとヴィルヘルミナさん。

「あ、えっと…普通の人間。東條理緒…です」

紅世の徒を屠り士気を上げる事に貢献するシャナちゃんとヴィルヘルミナさん。

っていうか、どうしてあたしはここに居るかなぁ…

敵の大砲による一斉射。

これをとりでにフレイムヘイズが各々の存在の力を込め、束ね、強化する。

どうにか敵の一斉射は凌ぎきる事に成功。

「あー…」

せっかく関があり、城壁があるというのに対軍兵器が無い。

対軍攻撃が出来るフレイムヘイズもここには居ない。

そこに二度目の誰かの声。

どうやら創造される世界にこの世界の徒にとっては理想郷であり、徒を連れてこの世界を去るなのだから戦う意味は無いだろう、と。

使命や復讐に生きていたフレイムヘイズの根底を否定されてこちらのフレイムヘイズ達は意気消沈、さらには混乱しすでに軍として機能しない。

機能しないままに殺されていくフレイムヘイズ。

「東條理緒っあなたも撤退をっ」

「でも、これ誰かが止めないと全滅するよ」

「もう今ここで私達に出来る事はないわ」

「うん、でもあたしならあの徒達を封殺する事が出来るから」

「え?」

あたしは一つのカートリッジを取り出す。それには桜色で模様が彫ってあった。

「ロードカートリッジ…完全再現(パーフェクト・アバター)」

次の瞬間、あたしの体を桜色の竜鎧が包み込む。

手に持つデバイスは槍型のアームド。

「紋章発動…紋章強化」

背後に現れる紋章。

「え?」

驚くシャナちゃんを尻目にピンクの粒子に陰で存在を不可視にさせてばら撒いていく。

壊れた関に腰掛けて敵軍を見つめる。

「あ、そこから先に行かない方が良いよ?」

「何をしてるの…」

シャナちゃんが『審判』を発動させ灼眼を煌かせた。

次々に押しつぶされていく徒達。

弱い徒などは押しつぶされてすでに存在できずに塵と消えた。

「重力付加?しかもフィールドじゃない…個人個人への…?」

(おうち)色の炎が輝き徒達を強化したようだが、どこまで持つかね。

現れた巨大な蛇を守るように鎖が展開されている。

あれはいつかのあの眼帯の人の宝具…さすがにあの神様までとは行かないか。

「対軍攻撃だと…だがいくら存在の力を使えようが人間にこれほどの事は…」

とアラストールさん。

「そうだね。これは借り物だけど、でも神から簒奪した権能」

「バカなっ!」

大砲はつぶされ空を飛ぶ徒は地に落ちる。

「権能?それってアラストールが持つ『断罪』みたいなもの?」

「本質的には同じじゃないかな?」

完全再現の効果は劇的だ。

オーラを取り込み、再現するのは同じだが、時間的制限が一切無い。

その代わり、解いた後に使った時間の60倍の時間強制絶になるデメリットがあるため安易には使えない。

限界を迎えた徒達は次々と炎となって燃え尽きた。

「そんな、こんなに易々と」

といつの間にか現れたヴィルヘルミナさんが言う。

「ほら、フレイムヘイズの皆さんは徒と言う個を討つのに特化しているから、こう言った対軍攻撃は基本的に持ち得ないみたいですね」

「そうでありますな」

例外は多々居る。この関を築いたフレイムヘイズやあのカムシンさんが来る瓦礫の巨人などだ。

しかし、個を討つ都合上、大多数のフレイムヘイズはまず小規模高威力の自在法を習得し、また好む。

だから今回のような集団戦闘には向かない能力ばかり集まるのだ。

確かにこの規模で展開するグラビティフィールドを通常戦闘に使えといっても中々目的は達せられないだろう。

だからやはりこう言った自在法を目覚めさせるフレイムヘイズは稀だった。

「進行も後退も不可能…恐ろしい自在法でありますな」

「だよねぇ」

「あんたの自在法でしょっ!」

とシャナちゃん。

「ちがうちがう、これは借り物。流石にあたしはこんな事できないなぁ」

「借り物って…誰から?」

「あたしの師匠に当たる人。神を殺した神殺しの魔王」

で、彼らのオーラを弾丸に貯蔵してもらい、それを吸収しあたしのオーラの質を変化させオーラに込められた匂いからその能力を真似、再現する能力。

それが完全再現でありインスタントヒーローはそのデメリットを最小に抑えた劣化能力なのだ。

とは言え、権能クラスはランクが下がるけどね。

「ここは良いからさがって」

「でも」

「あたし一人ならどうとでも逃げられる」

「シャナ、ここは理緒の言う事を聞くとしよう」

と、アラストールさん。

「絶対に死なないで…」

「大丈夫。絶対大丈夫だから」

そうしてシャナちゃんとヴィルヘルミナさんは恐慌に陥っている同胞の捜索と介抱にむかった。


敵軍の7割が壊滅した頃、飛んでくる巨大な矛。

「くっ!」

関をぶち抜き瓦礫が舞う。

「よう、やはりあんたか。殺したにしちゃおかしな感触だと思っていだが」

「千変シュドナイ」

「ふむ、やはりここは他ほど重みを感じないか」

シュドナイの体には所々鎖が巻かれている。自在法遮断の宝具か…

「悪いが遊んでられないのでな」

そう言うとシュドナイの体が膨張し、複数の獣が混ざった姿へと変貌した。

始まる戦い。

「お前らも大命を聞いただろ?どうして抗う。特にそこの人間。お前は復讐者であるフレイムヘイズとは違うのだろう?」

「確かにあたしには明確にあなた達と敵対する理由は無いかもしれない」

「ならば」

「でもっ」

と声を張り上げる。

「気持ち悪いじゃないですかっ!」

「気持ち悪い?」

「あなた達の暴挙を止めなければ自分が誰かのコピーかもしれないと言う恐怖が付きまとうんですよ?そんなの…」

とても気持ち悪いじゃないか。

「それに、世界創造がなんの影響も与えないなんて事はありえないっ」

時空の狭間にあれほどの大事を成すのだ。その余波はこの世界と紅世の間に留まらないはずだ。

となれば他世界や平行宇宙、平行世界へと伝播する。

もしかしたらその余波があたしをここに飛ばした原因かもしれない…けど…

グラビティフィールドの行使は止めていた。

カンピオーネでは無いあたしには広域権能の行使と実戦闘、二つをこなす余力は無い。

だから現状打てる手の中で一番効果的なものを選択する。

「カートリッジ、ロードっ!」

ガシュンとロードされた弾奏から蒼銀のオーラがあたしに吸収され再びあたしのオーラが変質する。

桃色の竜鎧は銀色へ。槍型アームドは刀型のアームドデバイスへと。

「これを使ったからには負けれないっ!絶対に負けないっ!」

「姿が変わった程度でっ!」

変わったのは姿だけじゃなくて本質。

過程を飛ばして距離を詰めシュドナイに斬りかかる。

「瞬間移動如き捌けぬと思ったかっ!」

たしかにシュドナイの技量ではいきなり目の前に現れたとしても防げるのかもしれない。

だけど、これを防げるかは別。

シルバーアーム・ザ・リッパー

「ああああああっ!」

銀の輝く腕。すべてを切り裂く神の権能。

それは神鉄如意を両断しシュドナイを切り裂く。

「なにぃっバカなっ…」

そのまま八つ裂きにされて散っていく。

しかし決着の確認を得る前に大量の炎弾があたしを襲う。

潰された大砲を再建し、あたしにぶつけたのだ。

ドドドドドーン

爆発で粉塵が舞い上がる。

だが、甘い。

ヤタノカガミで炎弾を防ぎ、さらに輝力を込めてスサノオを顕在化させる。

その間も印を組み上げる。

「木遁秘術・花樹界降誕」

地面を裂き現れる根、また飛ばされる花粉。

近い徒は根のうねりにやられ、遠い徒も花粉の効果で倒れこむ。

ドドンドドンと撃ち出される炎弾。

「スサノオ…」

手に持った瓢箪から刀身を抜刀する。

巨大な神剣は大地を切り裂き徒の軍勢を一刀で葬り去った。

「っ…つあ…はぁ…」

最強の顕身…だが消費もバカにならない。

「時間が無いかな…でも」

今の状態なら何でも出来る。何でもやれる。一瞬で星黎殿との距離がゼロになる。

星黎殿を囲む鎖の輝きが増した。

だけど…

「ここに誓う。あたしはあたしに断ち切れぬ物を許しはしないっ!」

振り上げた刀に銀色の水銀のような物、シルバーアーム・ザ・リッパーがまとわり付きすべてを断ち切る権能を与える。

すべてを切り裂く大太刀。

「あああああああっ!」

蛇神を倒すのはスサノオの役目。

振り下ろした大太刀は鎖の結界を容易く切断し…

カッとその大きな口から放たれる黒い炎をも断ち切り両断。

「わあああああああああっ!」

そのまま巨蛇を真っ二つに裂き星黎殿を割った。



「ヴィルヘルミナっ、あれっ!」

シャナの言葉にビルヘルミナは視線を向けると言葉を失った。

「っ…あれは…」

「まさか…あれを視るのは弔いの鐘との闘争以来だわ」

「弔いの鐘の?」

とゾフィーの言葉にシャナは振り向く。

「でもそれは変よっ」

「変とは?」

「だってあれは東條理緒の自在法。普通の人間が数世紀を生きる事は無理でしょう?」

『審判』の効果で理緒の姿を見て取ったようだ。

「でもその戦いでシュドナイを屠ったのは確かにあの益荒男でしたよ」

巨人はその巨体で飛び上がると一瞬で星黎殿へと取り付き祭礼の蛇を切り捨てた。

「なっ…馬鹿なっ!あれでもあやつは神の1柱なのだぞっ」

と焦った声をあげたのはアラストールだ。

アラストールと同格の神にしてその討滅はアラストールの顕現でした止められないと思っていたのだ。

だが、それを一刀で東條理緒は斬って捨てた。

「真に化け物たるは神では無かったと言う事でしょうか」

とゾフィー。

一撃で祭礼の蛇を屠った何ものかはそこで力尽きたのか霞となって消えていった。

そこに一筋の極光が流れていったのを見送ってまだ敗走途中の彼らは撤退を再開した。


おいおいマジかよ…

「アオさんっ!あれって…」

「スサノオ…それもあれは…俺のだぞ?」

どう言うことだと極光の鏃に乗っていたアオがいぶかしむ。

撤退の援護をと駆けつけてみれば完成体スサノオが猛威を振るっていた。

「誰だか知らんが絶好の実証機会だ」

そう言うとアオは何やら自在式を立ち上げ廻す。

巨大な術式は起動し始めスサノオが祭礼の蛇を討滅する直前には効果を上げた。

「間に合ったか?」

祭礼の蛇は黒炎を振りまきながらスサノオを使った誰かに集まっていきスサノオの維持が出来なくなった誰かは空中に踊りだされるように落下し始めた。。

「キアラっ」

「はいっ!」

極光の鏃を敵の本拠地に向けて最速で駆け抜けた。


「くっ…何…これは…」

祭礼の蛇の黒い炎があたしの中に入ってくる…

「て、転移を…」

しかし、グラビティフォール、花樹界降誕、完全なるスサノオにシルバーアム・ザ・リッパー。完全に輝力の使いすぎだった。

それでも転移の分は残していたはずなのに…どうして?

輝力を完全に使い切り強制的に『絶』へ。

そこにあたしに入ってくる何か。

すべての術がキャンセルされ、空中へと投げ出される。

イタイイタイイタイ…ヤメテ…

中に入った何かがあたしを作り変えるような感覚。

あっ…

そこで完全にあたしは意識を失った。

最後に見たのは空を駆ける一条の極光だった。







「ここは?」

再び意識が覚醒するとどこかのホテルのベッドの上。

「あ、起きた?」

「誰?」

あたしに声を掛けたのはオサゲのさきに二つの鏃を下げた少女だ。

「私は『破暁(はぎょう)先駆(せんく)』ウートレンニャヤと『夕暮(せきぼ)後塵(こうじん)』ヴェチェールニャヤのフレイムヘイズ。極光の射手、キアラ・トスカナ」

「あ、ご丁寧に。あたしは…」

答えようとして以前の不明瞭の感覚が消えている事に気がついた。

それは東條理緒の皮が剥がれ落ちたと言う事。

「リオ・ウェズリーです。人間です」

「あ、その事なんですけどね…」

キアラさんがしどろもどろになりながら言葉を続け様とした時、部屋のドアが開かれた。

「おー、リオ。起きたか?」

えっと…

何となく感じ入る物はあるんだけど…

「あー、分らないかな?」

絶の状態では相手のオーラの色を見ることすら適わない。

でもなんか分るような、分らないような…

「強制絶の状態じゃ分れと言ってもしょうがないか」

え?今のあたしの状態を知っている?

あれ?もしかして…でも、まさか?

「アオ…さん、ですか?」

「おお。良く分かったな」

でもでもあたしが知っているアオさんとは別人です。オーラはまだ感じられないけれど纏う雰囲気が違うような気がする。

「フレイムヘイズ?」

ただのあてずっぽう。

「一応な。今の俺は本体の分身が生を受けた状態。リオの知っているオリジナルでは無いよ」

ええっ!?

それから少しの間アオさんに起こった事に説明が入り、遅れてあたしの事を話す。

「転移事故か…ふむ…」

「まぁ時間は掛かっていますが帰れないとは思っていません。あっちのアオさん達も探してくれているはずですし」

「そうだな。彼らなら確かにリオを見つけるだろう」

うん、多分ね。

「で、それとは別に今のリオの現状だけど…」

言い難そうなアオさん。

「悪い、カンピオーネになっちゃった」

「は?」

その時のあたしの顔は酷く間抜けだったに違いない。

「いや、実はね…ちょっと神を殺す予定があって、でも最悪その権能だけでも奪えればと思ってね」

「アオさんなら簡単じゃないですか?」

偸盗(タレントイーター)の権能を持っているアオさんなら容易なはず。

だが、アオさんは首を横に振った。

「今の俺に権能は使えない…まぁ魔法も使えないんだけどね?」

「ええっ!?」

「使えるのは写輪眼くらいかなー」

えええっ!?

驚きの新事実。

「あくまで俺は本体の劣化コピーと言う事さ」

「あ、あの…アオ…さん?」

その言葉にあたし以上に同様したのはキアラさん。

「そう言えばキアラには言ってなかったっけ…まぁリオが現れなければ言う必要性も無かったのだけれど」

「それはどう言う…」

「最盛期の武技を失っている…それだけだよ。今の俺は今の俺さ。本体とは別人」

「そう、なのですか?」

キアラさんの納得まではまだ時間が掛かるだろう。アオさんは説明は終わりと話題を戻す。

「で、権能の奪取の参考にしたのが『簒奪の円環』カンピオーネを誕生させる秘法。…で、祭礼の蛇を討ち破った時に薄利した権能をリオの体に留める。結果、存在が書き換わっちゃったかな。神殺しとして」

「どうしてそんな事を?殺したはずですよ?」

「ただでさえ神と言うのは理不尽だし、蛇は再生の象徴。あれが死んだという保証は無い。だけど、その身に宿す権能の奪取は最重要だったんだ。俺にはね」

「アオさんには…ですか?」

「ちょっと俺にも込み入った事情が有ってね。ある神の権能を封じたいんだ」

「そうなんですか」

ニュアンス的には祭礼の蛇とは別の神の物らしい。

「その実験だったんだけど、まさかリオがいたとは…ごめん」

「あ、いえ…それは良いのですが」

「いや、違うんだ。フレイムヘイズだと思ったんだよ…だからためらいが無かった」

うん?

「神威招来の応用であるフレイムヘイズの契約も参考にしてるから…今のリオには寿命がない…本当にごめん」

「あ、そんなに誤らないで下さい…逆にラッキー?かな。今なら向こうのアオさん達と一緒に歩けるって事ですよね?」

「だがそれは同時にヴィヴィオ達を見送る事になる」

「それは…」

と考え込んだが答えは出ない。

「まだ…わかりません」

沈黙が支配する。それに耐え切れずに声を出した。

「そう言えばシャナちゃん達は?」

「星黎殿が再び浮上したからね。大慌てさ。祭礼の蛇の代行体は生きていたみたいだよ」

「代行体…坂井くん…」

「どうやら無何有鏡(ザナドゥ)作成はまだ可能なようだ。その対応に追われている」

そっか…

「そう言えば、どうしてリオさんは祭礼の蛇を斬ったの?徒を行かせてしまえば平和だと思わなかったんですか?」

とキアラさん。

「だって怖いじゃないですか」

「怖い?」

「自分が誰かのコピーかも知れ無いと言う事実がです…っあ!」

そう言ってアオさんを見た。

「ん、大丈夫。俺は気にしていない」

その言葉を聞いて言葉を続ける。

「世界丸ごとのコピー。そこにある命もすべて。でもそれはそこにある人たちの過去が空っぽだと言う事。自分で歩んできた道が空想に過ぎないかも知れないと言う恐怖。あれを実現させてしまったら…出来ると言う事実を見てしまったら、自分自身の否定に繋がりそうで」

「そう…ですね」

すべてを言葉に出来た訳じゃない。でもキアラさんは何となく分ってくれたようだった。

幾つかの話し合いの後甲高い声が掛かる。

「東條理緒、入るわよ」

中に入ってくるのはシャナちゃんとレベッカさん。

「あ、あたしもう東條理緒じゃないから」

「は?」

「あたしの本当の名前。リオ・ウェズリーって言うの」

「リオ・ウェズリー?」

「それがあたしの本当の名前」

「じゃあ東條理緒は?」

「それはシャナちゃんみたいにその存在に間借りしていただけ」

「おう、おめぇも無事だったみたいだな」

と遅れて声を掛けてきたレベッカさん。

「おかげさまで」

「なんだぁ?この間の力強さをまったく感じねぇが」

「強力な術の反動でしばらくこのままですよ」

現状を見られては嘘を言ってもしょうがない。

「てー事はてめーを戦力に考えるのは無理か」

「えっと…」

「まだ戦争は継続中って事だ」

なるほど。

あたしのがんばりでフレイムヘイズの人たちの大多数は逃げられたが、戦意の回復までは不可能だった。

いきなり復讐する必要が無くなると言われればねぇ…

フレイムヘイズの大多数は復讐者である。その存在理由を揺さぶられればブレもする。

あれ?そう言えばアオお兄ちゃんは…そう言えば神を殺すって言ってたか。

何かしらの理由があるのだろう。

シャナちゃん達戦う意思のあるフレイムヘイズは今は大慌てだ。

フレイムヘイズの陣営は壊滅的。まぁ仮装舞踏会の戦力も大幅に減らしてある…と思いたいのだけれど、時間はフレイムヘイズに味方しない。

ザナドゥ製作までのタイムリミットは少ない。

あたしに出来る事は時が過ぎるのを願うばかりだ。今のままでは全くこれっぽっちも役に立たないのだから。

襲撃があったのは強力な討ち手が少しの間あたしの周りを離れた時。

その時を見計らうかのように襲撃され、抵抗できないあたしは仮装舞踏会に連れ去られたのだった、








「くそっ!まさかリオを狙うとはなっ」

「アオさん」

苛立つアオをキアラがそっと支える。

「だけどどうしてリオを狙ったの?」

とシャナ。

「言ってなかったが、リオの中には今、祭礼の蛇から簒奪した権能があるからな」

「何っ!?権能を簒奪しただと!?」

と天罰神アラストールが驚愕の声を上げる。

「神を殺した存在なんだ。それくらいのメリットは有って然るべきだろう」

とは言え、とアオ。

「代行体は始末しそびれたらしいから祭礼の蛇の意識までは討伐できなかったのだろうな。リオに自身の権能が封じられた事を感じ取ったか…」

それが基でリオが浚われたとみて間違いないだろう。

「やる事は変わらない。ザナドゥ製作を止める。たとえリオを殺す事になっても」

「それをすれば俺は坂井悠二を躊躇いも無く殺すぞ」

「なっ!?」

とシャナの言葉に釘を刺すアオ。

「権能と意思総体が別なんだ、どちらかの破壊で済むのなら坂井悠二を殺す。リオを殺させるわけには行かない」

「それは…」

「坂井悠二を殺す以外に止める方法が出来たからと、リオを殺すようなら君の言葉に賛同しない。君はここで退場してもらう事になる」

「この人数のフレイムヘイズを前に出来ると思っているのか?」

とアラストール。

「それでも炎髪灼眼を退場させる事は出来そうだ」

強気のアオ。

「わかった、安易な事に転ばない。ちゃんと考える」

そうシャナが言い退出していく。

「せめて全盛期の俺の力があればな…」

「アオさんが不安がるなんて珍しいですね」

とキアラ。

「まぁな…知り合いが浚われたからか…少し落ち込んでいたみたいだ」

「そう言えば。リオさんに関する話、後で詳しく聞かせてくださいね?」

「面白い話でもないぞ?」

「それでも知りたいです。でも、リオさんを助けた後で良いですよ?」

「…そうか…いや、ありがとう。キアラ」

「はい」

元気付けてくれたキアラに照れながら礼を言う。その顔には少し朱が入っていた。








「ここは…」

周りを見ると薄暗い中に輝く卵型の自在法の中に閉じ込められていた。

右手を見るとシャナちゃんの力を封じていたそれが巻かれている。胸元を見るとソルは居ない。砕かれちゃったりしていたら絶対に許さない。

「目が覚めたかい?」

と声を掛けてきたのは黒い鎧に身を包んだ坂井くんだ。

「気分はどう?」

「おかげさまで…」

良いとは言えません。

「祭礼の蛇の本体が倒された時はどうしようかと思ったけれど…不幸中の幸いと言うのはこう言うことを言うのかな?権能は君の中に有るみたいだね」

「ふーん」

「ふーんて…それ以外の感想は無いの?」

「権能程度を手に入れたから何だって言うの?」

「世界を変革する力だよ?」

「そんなの使い方しだいじゃない?別の使われ方だって有ると思う」

「なぜ、君はそんなに冷静なんだ」

「まだ生きていると言う事はあたしを殺すとあたしの中の権能がどうなるか分らないって事でしょう?だったらあなた達はあたしを殺せない。差し迫った危機ではないからね」

殺されないなら脱出の為に情報収集が先決だよね。

「だが、それも今だけだ。神威招来の時には君の体が保つ保障は無いんだよ?」

ふーん。

「あんまり時間がないんだ」

「僕を怨むかい?」

「死んだら怨む事にする。それまでは…分らないよ」

「君はザナドゥ創造がもたらす新世界を肯定するかい、それとも否定するか?」

前半は坂井くん。後半は坂井くんに憑いている他の誰かの声だ。

「肯定か否定かなら、あたしは否定する」

「なぜだい?」

「だって、気持ち悪いもの」

誰かにも言った。

「気持ち悪い?」

「自分が誰かのコピーである恐怖。あなたなら分ると思っていたのだけれど?あなたの葛藤を大多数に押し付けようというの?」

「知らせなければ分らぬ」

と誰かの声。

「でもきっと誰かは気付くよ。世界のコピー。それはきっととてもいびつな事だから」

「そう…だね。君はいつも…僕の理解を超える…」

『そう』とはどの『そう』なのか。歪への肯定か、それとも葛藤への肯定なのか。

坂井くんの眼光が鋭さを増す。しかし、一瞬後にはいつもの気弱な表情へと戻った。

「出して上げる事は出来ないのは心苦しいのだけれど、そこが一番安全だ。我が本体、それにシュドナイをやられて皆殺気立っているからね。普段冷静なベルペオルすら激昂のあまり我の言う事を聞かせるのに時間が掛かった」

取り合えず、と気が来るまではここが一番安全と。ここは敵の本拠地。周りは徒だらけ。

大命成就の前に私怨では動かない、と。

つまり時間との勝負、と言う事かな。

大命が成就するのが先か、それとも…








日本の御崎市。

リオがこの世界に紛れ込んだ時に落ちた場所に、今大量の徒達が集まっていた。

大命の成就を待ち新世界ザナドゥへと旅立つために。

「いっぱいいますね」

と気配を消しながらビルの屋上から徒達の行進を眺めているキアラ。

「封絶…」

だが今回はこれを書き換える事に余力は割けない。

それに大命の宣布により人食いを禁じられているし、どうやらこの封絶の中では人は食えないようだ。

「俺達の役目は潜入だ。フレイムヘイズ達が陽動している間にリオを助ける」

「はいっ」

キアラはアオの声に元気に声を上げた。

「本当はキアラも陽動の方が向いてそうなんだが?」

「え?嫌ですよ。アオさんに付いて行きます。それにあちらは大地の四神が付いているんですよ?」

「あー…そうだったな」

古参のフレイムヘイズの中でも化け物揃いの大地の四神。

彼らがザナドゥ創造に対してようやく重い腰を上げたのだ。

天壌からは雨が、星が落ち、大地は水と亡者にあふれかえっていた。

「一対他の戦いを心得ている彼らは本当に力強い」

並の徒など有象無象だ。

仮装舞踏会の勢力の殆どはリオが潰したし、仮装舞踏会も苦戦を強いられるだろう。

塔のように変形した星黎殿へと取り付く。

壁の薄そうなところを『硬』でぶん殴り穴を開けた。

「それじゃ、行こうか。ここからは全力戦闘だよ」

「はいっ!」

星黎殿の最上段付近。そこに怪しい自在法がある。

おそらくそこにリオも居るはず。

「待っててね。リオちゃん」

星黎殿の中は奇妙な迎撃装置の雨アラレ。

「アオー、これって」

とソエル。

「ダンダリオンが好きそうだなぁ、こう言うの」

と言うと二連カムイで飛び出てきたスプリングを斬って捨てる。

「外は外で大変そうですしね」

巨大なロボットが登場し、戦況をひっくり返しているのが見えた。

突如ジャリっと金属が擦れる音とともに鎖が襲い掛かってきた。

「これはっ?」

「あ、アオさんっ!」

キィン、キィン。

俺は二連カムイで、キアラは鏃に極光を刀のように纏わせて鎖を打ち払った。

「ここから先は通せないねぇ」

三眼の魔女が道を塞いだ。

「はっ!」

キアラは問答すらおこなわず、鎖を打ち払った鏃を合わせ弓を現せると極光の矢を番え撃ち出した。

うん、自分で教えておいてなんだけど、生死を賭けた戦いに関して容赦は無いなぁ。

極光の矢が踊る。

ベルペオルの鎖、宝具タルタロスも縦横を駆けその矢を撃ち落した。

「おやおや、言葉を交わす暇も無いのかい?」

無いし、必要も無い。

会話、問答は相手を理解する一つのアプローチ。だが理解する必要も無いくらいに互いの陣営は相容れない。

俺もけん制のような炎弾を飛ばす。

「この程度では私は倒せないよ」

だろうね。だから、必殺の一撃は見合った瞬間に用意した。

「キアラっ!」

「はいっ!」

キアラがベルペオルを縫い付けるように嵐のように矢を降らせる。

「効かないねぇ」

「効かなくて良いんだ」

なぜなら気を引く事が重要で、そこに縫い付ける事が出来ればそれで事足りたのだ。

「え?」

突如ベルペオルの腹部を貫く巨大な刀が現れる。

「……くっ…だが、これくらいでっ!」

確かに刀で貫かれた位では死なない徒も多いだろう。

だが…

「永遠に醒めぬ夢を」

「なっ!?」

刀がベルペオルの存在の力を吸い上げ酔夢の世界へと封印する。

「ばかなっ…わがあ…」

末期の言葉すら飲み込んでベルペオルを封印、吸収する。

「………さすがにそれは酷いですよ?」

とキアラ。

「必殺の一撃は序盤で使うんだよ。なんせ必殺なんだから」

陰で隠したスサノオの腕。地面に染み込ませたそれをベルペオルの動きをキアラが縫い付けたところで一気に顕在化、奇襲し封印したのだ。

ジャラっとタルタロスが地面に落ちる音が響いた。

「キアラ、拾っておいて。中々に便利な宝具みたいだから」

「あ、はい」

タルタロスを回収して上階へ駆ける。

リオまでもう直ぐと言う時、あの感覚が再び感じられた。

あの『喚起』と『伝播』の権能の気配を…

「なに!?これはっ!」

突如脳内に響く声。

自然と口角が上がる。

この日、このタイミングとは中々因果な物だ。

「キアラ、悪いけれどリオの事頼めるかな?」

「いいですけど、アオさんは?」

「この日を待っていた。今この時を無くせば今度はいつになる事か」

「そうか、これは覚のショウ吟シャヘルの…」

そう言う事。

「だからお願い…リオを頼むよ」

キアラは少し考えてから力強く頷いてくれた。

「分りました。アオさんなら心配はしませんが…ご無事で」

「そっちもな。キアラなら大丈夫だとは思うけれど、ね」

「はい」

キアラは星黎殿を駆け上がり、それを見送りながら俺は自在法を行使する。

紅世真性の神の神威の招来、それに横槍を入れるために…










あたしの中の権能が坂井くんの中にいる祭礼の蛇と同調し、勝手に起動していく。

水色の髪をした徒を犠牲にその神威を招来させていた。

「あっ…くぅ…」

分解されそうになる自分を気力だけでどうにか繋ぎ止める。

繋ぎ止めるのがやっとで権能の制御までは回らない。

権能の引っ張り合い。だが、今の所あたしは手も足も出ていない。

まだなの…時間は…

今のあたしは大きな術式の一つの歯車のようだ。

「リオーっ!」

「邪魔をしないでくれっ!シャナっ」

空中でシャナちゃんと坂井くんが戦っているのをただ呆然と眺めている事しかできない今のあたし。

刻々と新世界は形作られてい行く。

「うっ…あっ…」

時間は…後どのくらいっ!?

はらりと右手の鎖が離れて落ちた。

次いで『絶』が解除される。

よしっ!

小康状態で落ち着いていたエクリプスウィルスも絶が解かれた事により活動を再開させる。

さらにリンカーコアが廻りだす。辺りの魔力素を暴食の如く吸い一時的に魔力素濃度が下がるほどだ。

「何っ!?」

権能が再び掌握不可になった事で坂井くんが焦り振り向く。

「悠二っ!」


「だが、もう遅い。すでにそうなっている。後はただ成るのみ」

あ、そう。

でもね、あたしがここに居るって言うのが最大のイレギュラー。

そして最大に運が無かったのはあたしの強制絶が事の成就の前に解けた事。そして偶然か必然かタルタロスが解除された事。

ピっと掌に傷を付け流血させると印を組み上げると掌にソルが現れる。どうやら壊されてはいなかったらしい。

「おかえり、ソル」

ピコピコと宝石が光った。

「じゃぁ、行こうか」

アレを壊すのに3分は掛かるまい。

「ロードカートリッジ」

蒼銀のオーラが身を包む。

「紋章、発動」

剣十字に三つ巴の紋章が発動し輝力が合成される。

インスタントヒーロー。三分間の英雄。

「スサノオ…」

巨大な骸骨が現れる。

「リオちゃん、助けにっ…て…必要ないかな?」

駆けつけてきたキアラさんは呆れている風。

「アオさんからの伝言です。全盛期の俺ならきっとアレを壊せただろうって」

「ああ、はい。あたしもそう思います」

そこで一気に輝力を込めた。

スサノオが大きな修験者のようなローブに身を包むと中から巨大な益荒男が現れる。

山をも越えるその巨体。

スサノオ完成体だった。

その巨体は変形した星黎殿に比肩する大きさだった。

「シルバーアーム・ザ・リッパーっ!」

気合を入れるとスサノオの右腕が水銀のような物がまとわり付き輝いた。

「それが…あなたの本気…アオさんの失ったもの…神の権能」

つぶやくキアラさんの声を尻目にスサノオの背後から巨大な翼が現れ、ばさりと空を掴む。

フワリと飛び上がるスサノオは手に持つ霊刀の柄に手を当てた。

「まさか、今ここでそれをするのかっ!?祭礼の蛇の本体を屠ったそれをっ!世界の卵を斬ると言うのかっ!シャナが人を食えぬ世界に書き換えたと言うのにかっ!」

「それはシャナちゃんの都合。あたしはあたしのエゴでこの世界を壊す。世界の創造自体を認めない」

「何っ!?」

「この一刀であたしは世界を断つっ」

「させぬっ!」

その身を呈して世界の卵の前に割り込むが、今の彼程度何の障害にもなりはしない。

「悠二っ!」

止まった坂井くんにシャナちゃんが巨大な炎の腕を伸ばし、坂井くんを刀の軌道から押しやった。

宣言は言霊となって呪力を高め、スサノオの手に持った霊刀が抜刀され世界の卵を両断する。

「ばかなっ!ばかなぁああああっ!」

坂井くんの絶叫。

ついでとばかりに星黎殿も破壊する。

「これでは救いが…フレイムヘイズに救いが無いじゃないか…シャナを救う事が出来ないじゃないかっ!」

「悠二、私の生き方は私が決めた物。あなたに哀れんでもらう必要はないっ」

「っだけど!」

悪いけど夫婦喧嘩はよそでやってよ。







シャヘルの神威招来に横入れをして、白い女神はようやく俺の目の前に現れた。

たゆたうだけの存在が明確な存在の形を得たのだ。

「あんたがシャヘルか」

「なっ!これは…どういう…」

「何、フレイムヘイズは復讐者。その為に日夜技術を磨いている。ただたゆたうだけの自分が怨まれるとは思ってもみなかったのか?」

「わたしが何かしましたか?」

「しただろう。俺から封絶なんて言う劣化スキルを盗み出し伝播した。結果人は何も抗う事もできず食われ続けた」

「それが?」

「造ったのは俺だ。だが俺は知らしめる事は考えなかった。それを勝手に伝播した存在を俺が怨んだとしておかしい事か?」

「それは…」

「だから、まぁ、これはただのやつ当たりだ。自分自身の業に対するね」

だから…

「死んでくれ」

とスサノオの刀を向ける。

「っておいいいいいいっ!」

「っ」

両者頭上を振り仰ぐ。そこには天井しか無いのだが。

巨大な何かが頭上から振り下ろされるのを感じ俺は星黎殿の壁を壊して脱出を計る。

「ソエル」

「はいはい」

捕縛自在法(バインド)

幾重にも行使したバインドがシャヘルをその場に縫いとめ、そして俺の目の前を巨大な刀が通り過ぎ、シャヘルを両断していた。

「これは…リオのやつだな…」

「ようやく復讐相手が現れたと思ったらこれとは…アオってついてないね」

「お前が勝手に俺の中に居る位にはついてないな…」

「むぅ…」

あと多分ダンダリオンも潰したんじゃないか?今の一刀。








「っ…」

「リオちゃんっ!?何がっ」

キアラさんが心配そうな声を上げた。

何かがあたしの中に入ってくる…白い何かが…

これは…権能?…でも、何故?

でも取り合えず、理解は後っ!有るものは有るとして掌握するっ!

『喚起』と『伝播』?

「止まってない、止まってないよっ!リオさんっ。ザナドゥ創造がっ」

振り仰ぐと何事も無かったかのごとく再び輝きだす世界の卵。

時間は丁度深夜零時。

「ふははははっ!この程度で大命が止まる物かっ」

暗い声で坂井君が嗤う。

「くっ…でも、これは…」

人間を食えずと言う理が組まれている?

でも、その法則の確定まで出来ているのなら…

あたしはまだ繋がりが消えていない世界の卵。それへと触覚を延ばす。

「あははははっ!なにぃっ!」

高笑いする坂井くんが驚愕の声を上げた。

「ザナドゥが落ちるだとっ!?何をした、東條理緒ぉぉおおっ!」

「『造化』と『確定』の権能で造られたザナドゥに『喚起』と『伝播』を混ぜただけ」

「なんだとっ!?それではっ」

「たぶん、この世界であなたがやりたかった事が起こる。この世界に新しい法則が『喚起』され、この御崎市から『伝播』され『確定』し『造化』される」

「そんなっ…そんな事がっ!?」

「もう徒は人を食えない。ついでに式も改変してる。この世界にある限り徒は歳をとり、そして死ぬ。放埓を求めてやってくるには相応のリスクを」

「なにぃっ!そんな事、誰が望んだと言うのだ」

「あたしが望み、あたしが叶えた」

実際は下地があったからこそ出来たもの。一から創れたかといえば、無理だろう。あたしがした事は手にした権能でほんの少し外側を弄っただけ。

「なんと傲慢な…」

「世界を作ろうとしたあなたほどじゃない」

次いで坂井くんの声が聞こえた。

「フレイムヘイズは…」

「さあ?」

「さあ?って、ちょっとっ!」

「だって、どう改変されるかまでは分らないもの」

「無責任なっ!」

「そうかもね。そう言えば、これは神威招来の術式も使ってるから…」

対極図のような白と黒の陰陽の帳が降ろされると御崎市を包み込み内にある徒の存在の力を吸い取っていく。

「なにっ!?」

「あちゃー…」

「り、リオさん説明をっ!」

とキアラさん。

「いや、あたしも憶測だよ?…多分さすがに世界そのものの変質には大量の存在の力が要るから、それを補おうとああやって徒から吸い取っているんじゃないかな。幸い生贄に必要な紅世の徒はいっぱいいるのだし」

「我が同胞を贄とするか」

と誰かの声。

「この世界の力を使って新しい世界を作ろうとした人が言う台詞じゃないね。自分達じゃなければ躊躇無く使うのに、自分自身となると躊躇うの?因果応報だよ」

「因果応報、か…」

神聖な儀式のはずが一変、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

「君は…こんな…ひどい…」

と坂井くん。

「必要なのは存在の力なんだから存在の力を置いて紅世に帰れば消滅しないんじゃない?」

「あっ…」

「そうか…シャナっ」

「うんっ悠二も行く」

「え、ええ?」

ずるずるとシャナちゃんに引っ張っていかれる坂井くん。

アラストールの同意の声でシャナが空を飛び徒達に喧伝していく。曰く紅世に帰れと。それが唯一帳から逃げる手段である、と。

徒達が紅世に帰り、置いていった存在の力で世界を書き換える。動き出しているそれを止める手段を持つ者はあたしだけ。あたしは止める気は無いので、だれもそれを止められ無い。

地表に激突した世界の卵は突風を伴い世界を駆け巡る。

御崎市から全世界へと新しい理が世界を駆けた。

「リオさん、それってっ!」

「へ?」

あたしの足元に現れた魔法陣。

「え?このタイミングで?」

「一体何が?」

「呼ばれたんだ。向こうの、俺たちにな」

「アオさん?」

背後からの声に振り返るキアラさん。

タイミングよく現れたのはアオお兄ちゃんだった。

「さよならだ、リオ」

「あの…アオお兄ちゃんは…」

「俺はこのままここに残るさ。既に本体とは別人だしね」

「…そうですか」

「それより、リオはこれからが大変じゃないか?権能なんて物を手に入れたんだ…いまさらか?」

「はい、いまさらです」

「そうか」

「あ、あの、お元気で」

状況は分らないが別離を悟ったキアラさんが別れの言葉を送ってくれた。

「はい、キアラさんも。…アオお兄ちゃんってモテますからね、しっかりと捕まえておくか…シェア出来るほどの心のゆとりを持つ事が大事です」

「それは…はい、分ってます」

「シェアって酷いな」

「ソエルが居るじゃないですかっ」

「む、わたしか?」

とアオお兄ちゃんの胸元から声が出た。

「…向こうの世界で何人自分にお嫁さんが居るか分っているんですか?」

「それを言われると…」

「アオさん、それってどう言うことですか?詳しくお聞きしたいんですけど」

とキアラの目が据わる。

「なんか面白そうな話だな」

とソエルさんの声。

「まてまて、それは今の俺とは関係ない話じゃないのか?」

「いいえ、関係有ります」

「おい、リオ。最後になんて爆弾を置いていくんだっ!」

「ふふふ…良いじゃないですか、向こうのお兄ちゃんはきっとこれからもっと大変な事になりますよ?」

「それって…」

何かを察したキアラだが最後までは言わず。

あたしの体が透けていく。

「お別れです。シャナちゃんによろしく言って置いてください」

「ああ、それでは、因果の交差路でまた会おう、リオ」

「はい、また」

その言葉を最後にあたしの体はこの世界から消えて行った。


目の前に広がるのは懐かしい人たち。

土産話はいっぱいあるが、取り合えず…

「ただいま戻りました」




「あれ?リオは」

と戻ってきたシャナが言う。

「帰った」

「…どこに?」

「自分の居るべき世界に。彼女は彼女で異邦人だったからね」

「それってどう言う事?」

「世界はこの世と紅世だけではないって事だ」

「そんな事が…?」

「秘密だよ」

いつかは知るかもしれないが、未だその時ではない。

「しかし、リオもタイミング良く帰ったものだな」

「どう言うことですか?」

とキアラ。

「これだけの事をやった首謀者が居ないんだ。それでいて俺達には彼女の世界に行く事が出来ない。…どこにあるかも分らないしね」

「ああっ!」

「責任も取らずに帰ったのかっ!」

と坂井悠二が吠える。

「良いじゃないか、おかげで全ての責を彼女に押し付けられるしな。…もっともそれで不利益を得る事も彼女にはもう無いのだからこちらとしても好都合」

「彼女の名は紅世、フレイムヘイズ双方にとって重大なものとなろう。権能を持ちし紅世真性の神を二柱も誅殺し、またその簒奪した権能において世界を変革し、紅世の徒の多くを屠った存在として語り継ぐ」

と、アラストール。

「そのような存在には別の名が必要だな」

「カンピオーネ。過去に神を簒奪した存在が周りから言われた称号」

「カンピオーネ?イタリア語ですか?」

とキアラ。

「達意の言を繰るに『勝者』か。確かに神を討ち滅ぼした人間には相応しい」

「久しぶりだね、リャナンシー」

後ろから声を掛けられて皆が振り向くとそこには初老の男性がいる。

「あなた…どうして」

と、シャナ。

「この身はトーチの物を借りている。それゆえわずかばかりあの帳の感知外へと隠れられたようだ」

なるほど納得する。

「何の用?」

と問えば響く声で答えがあった。

「何、結果は大きく違えども、私の目的に叶う物だったからね。これを渡しておこうかと」

と言って坂井悠二に投げられた何かの結晶。

「これは…そうか、ありがとう。螺旋の風琴」

「何、物のついでだ」

そう言うと彼はいずこかへ消えていく。

「ふむ…」

アオはじぃっと桜守姫でその結晶を視る。

「何が見えますか?」

こそりとキアラが問いかけてきた。

「再生…いや復元の自在式かな。なるほど…」

リャナンシーがいつかはと大量に集めていた存在の力。それを動かすためだったのか。

ここには今大量の存在の力があふれている。それを掠め取れれば確かに目的は達したのだろう。

で、それを坂井悠二に渡すと言う事は…

「何をするつもり?」

とシャナが問う。

「御崎市の復元を」

「悠二は自分自身を復元するつもりなの?」

「そうじゃない、そうじゃないんだ、シャナっ!」

そう言い置くと瞬間移動で坂井悠二はどこかに飛んでいった。

「悠二っ!」

追いかけるシャナ。

「いいんですか?」

「良いんじゃない?別に。御崎市の復元くらいさせてやれば」

大量の存在の力が必要なためにそんな大それた事今この時でしか叶うまい。

盛大な痴話喧嘩の後、坂井悠二が盛大にシャナにぶっ飛ばされて何かを悟った様子だったが、アオ達にはどうでもいい事か。

さて、俺らは俺らで状況の収集を計らないとかな。

取り合えずいつまでもこの星黎殿をこのままにしておけまい。

「紋章発動」

「何をするんですか?」

「これ、もう誰も必要ないだろう?だったら貰っちゃおうかと思ってね」

リオのスサノオが倒壊させた星黎殿。その時間を巻き戻し、宮殿の形へと。そしてゴテゴテとした内装も時間の巻き戻しと共に失われ、最初期の星黎殿となった頃に巻き戻しを終える。

「あー…つかれた…」

「お疲れ様でした」

ゆっくりと浮上する星黎殿に仰向けに寝転がると盛大に脱力。

「…綺麗…だな」

「はい」

人工の星空。だが、その輝きは天壌に散らばる輝ける宝石のようであった。

「あ、わたし、あれも欲しい。天道宮」

「どうして?」

とソエルに聞き返すと彼女らしい答えが返ってくる。

「だってあそこでお昼ねしたら気持ちよさそうでしょ」

「なるほど…」

天道宮ってどこにあったっけ?ドサクサにまぎれて奪取しようか…

「ダメですよ?」

とキアラに釘を刺された。

「あはは、大丈夫、頼んでみるだけさ」

と。

取り合えず世界の変革の収束を待ち、御崎市での戦い…いや、紅世の徒との戦いも終わりを迎える事になる。

世界の理は書き換えられ、紅世との道は一方通行。

この世で顕現した彼らはこの世界の存在として定義され、劣化の宿命を背負う。

放埓にはそれなりのデメリットが必要になったのだ。とは言え、それを知らずに渡り来る徒達は阿鼻叫喚。

知らせに戻る徒が居ないのだからしょうがない。

まぁ、召喚され続けているフレイムヘイズの契約主は何とか紅世に帰れるらしいので、生き飽いたフレイムヘイズの契約主が紅世に戻り伝えるが、それが実感を伴うのに何年掛かるか。

結果、今日もフレイムヘイズは徒を狩っている。

しかし、それもこの先だんだん薄れていくだろう。

世は今日も事もなし。
 
 

 
後書き
リオの念能力は…強い憧れからの能力…にしては強すぎますね。そして今回のこれはアオの一人旅と言う風体の話ですね。まぁ番外編と言う事で。 

 

エイプリルフール番外編 【六畳間編】 

 
前書き
この話はシャナ編よりも前に書き上げたのですが、いったい誰得の話なんだと本当にお蔵入りしていた物です。それでも良いと思われるのなら楽しんでいただければ幸いです。 

 
何処はここは。と、アオは周りを見渡した。

見渡す限りうっそうとした木々が連なり、どうやらどこかの森の中のようだった。

さて困った事になったとアオはうな垂れた。

なぜこんな所に居るのだろう、と。

現状を確認して一番最初にやった事は、影分身の解除だ。

どう言うことだと思うかもしれない。しかし、一番にやらなければならない事だった。

なぜなら、このアオは本来分身でなければならないはずであったからだ。

影分身を解いた最後の記憶は学校での事。

高校での所要を影分身に任せて本体は急用で先に帰っていたために、用事を終わらせると影分身を解いたはずだった。そうなれば、その記憶、経験を本体に還元させるために見えない流れにのって本体に帰るはずであった。

が、しかし…

「影分身が解けない…だと?」

さらに悪い事に、本体から供給されるはずのオーラが感じられず、むしろ自身の体から発せられている。

「ソル…これは…?」

胸元のソルに声をかける。

アオがもっている物は着たままの制服を除けば胸元のソルだけだ。

『お答えしかねます』

ソルも判断に困っているらしい。

「本体に戻れず、とは言え影分身と言うわけではないし木分身でもない…。確実に実体…いや、本来の体を持ってしまっている?」

アオが出した結論はどう言う訳か本体とは別の存在になってしまったと言う事だ。

何故そのような事になったのか、それはアオには分からないが、事実を総合して考えるとどうやらそう言う事らしい。

「どうするか…」

と、途方に暮れていると茂みをがさがさと誰かが通る音が聞こえてきた。

振り返ると、青い甲冑を着た男が薄いブルーの髪にクラシックなメガネをかけた少女を背負い歩いてきていた。その後ろには蒼銀の髪をした人目で高い身分である事が伺える服装をした少女を連れている。

「あれ、学生服だぞ?クラン」

騎士甲冑の男がそう声を上げた。

『はあ、そんなはず有りませんでしょう?ここは古代フォルトーゼですのよ』

と、日本語で語った少年に返したクランと呼ばれた少女の言葉は聞き覚えの無いものだった。

『そうは言ってもな、この時代に学生服なんて物があれば別だが…あれはどう見てもウチの学校のやつだぞ』

と、少年の言葉も今度は聞き覚えのないものに変わっていた。

『どなたかおいでなのですか?』

少し距離を取っていたからだろうか。ようやく気がついたと後ろの少女が声を出す。が、しかし、それもやはり上の二人とは別の言葉に聞こえた。

『すこしお待ちを、アライア殿下』

男はそう言うとアオに向き直る。

『悪いが、あんたはそこで何をしているんだ?』

男の語る言葉は今のアオでは理解できない。

そのためにアオは言葉を返せなかった。

しかし、良く見れば男の容姿に見覚えがあった。

それは去年の文化祭の演劇での事。その時に壇上に上がった役者がたしかこんな鎧を着けていなかったか?

そして、おそらくこのような感じの顔立ちだった気がした。名前はたしか…

「えと…里見孝太郎で合っている?」

と、アオは日本語で問いかけた。

「日本人なのか?と言うか同じ学校なのか?」

その孝太郎の問いかけにアオは答えた。

「神城蒼と言う。いやよかった。一瞬ここがどこか異世界ではないかと思ってしまったよ」

とおどけて答えたアオだが、それに孝太郎がとても残念な答えをかえした。

「いや、ここは異世界で間違いないぞ」

と。

『お知り合いでしょうか』

と、蒼銀の髪の少女が問いかける。

どうやら今三つの言葉が状況によって使い分けられているらしい。

『同郷の学友と申しましょうか。そのような関係です』

そう孝太郎が答える。

『それでは彼もいづれかにお使えの騎士様であらせられるのですか?』

と言う少女の問いに孝太郎はうまい返しが思いつかないらしく、適当にごまかしていた。

『アライア殿下。あなたに害のある人物ではありません。それは俺が保障しますよ』

と言う孝太郎の言葉でアライアの表情からようやく険が取れる。

『どうしますの青騎士もどきぃ…聞いていれば彼はわたくしたちと一緒に飛ばされてきたみたいですわね』

結構堂々と内緒話をしているが、アライアと呼ばれた少女も言葉を理解している風ではない。

どうやら二人だけが知る言葉のようだ。

『どうって言っても一緒に連れて行くしかないだろう。どう見たって彼は俺たちの被害者なんだからな。見捨てるなんて事はできないぞ。それともあの揺り籠だったか?あの宇宙船に連れて行くか?』

『それは出来ませんわ。わたくし達に何の関係も無い原始人を揺り籠の中に入れるなんて…』

『まぁ、適当にいじられたら大変だろうな。…それよりも翻訳機のような物は無いのか?』

『予備になるようなものはいまのわたくしには有りませんわ』

『使えないやつだな…』

『ころす…ぜったいころしてやりますわ…青騎士もどきぃ』

なんか雰囲気的に最後はコントになっているような気もするが、未だに言葉の通じないアオは状況を見守るばかりだ。

アオにはどうやもどうやらここは異世界で、何かかれらに原因がある事までは推察できた。

帰る手段が有るかは分からないが、取り合えず、彼らに着いて行く方が良いかも知れない。

どうやら彼らは後ろのアライアを仲間の下へと送る途中のようだった。

日も暮れたころ、ようやくアライアの仲間達と合流する。

合流したのは女子ばかり5人。

しばらく彼女達との会話を孝太郎に任せていると、いきなり馬が逃げ出し、すっころぶと女の子になっていた。

…何を言っているか分からないかもしれないが、事実はそれだけだ。

どうやら彼女達の祖国でクーデターが起きたらしく、彼女逃亡中らしい。と言う事はあの馬に変身していたのは敵のスパイと言う事だ。

当然捕まえて尋問しているようだった。

しばらくその様子を眺めていると、この中では年少の…年端も行かない金髪の少女がアオに話しかけてきた。

『そなたはどうして何もしゃべらないのじゃ?』

と。

『シャルル殿下。我らの故郷は遠くに有りまして…えっと…』

そう孝太郎がしどろもどろに答える。

「いい。孝太郎。もう覚えた」

声に出した言葉は古代フォルトーゼの下位言語。

「はぁっ?」「はいっ!?」

アオの言葉に驚きの声を上げたのは孝太郎とクランだ。

二人はこの異世界…実際は異世界…別惑星であるだけでなく、過去の世界なのだが…その古代フォルトーゼの言葉は孝太郎やクランにしても翻訳機に頼っている現状だ。

そこに来てアオのこの物言い、信じられるわけが無かった。

「言葉を覚えるのは得意でね。これだけ近くで会話を聞いていれば大体覚える」

と、流暢な古代フォルトーゼの言葉にしゃべって見せた。

カンピオーネの特異体質の一つでカンピオーネになって以降言葉で不自由する事は無くなったのだ。

「おお、なんだしゃべれるではないか」

そうシャルルが気色食む。

「そなたもきしなのか?」

「騎士と言えば騎士だし魔術師といえば魔術師だよ」

「けんもつえも持たぬのにか?」

「杖ならここにあります」

そう言ってソルを掴むと一瞬で鞘に収まった日本刀を手に持った。

「おおっ!それはまじゅつなのか?」

「なっ!?」「ええっ!?」

純粋にすごいと笑むシャルルと打って変わって驚いたのはやはり孝太郎とクランだった。

「それがそなたのけんか。ぬいて見せてはくれぬのか?」

「シャルル殿下。これは剣ではありません。俺の杖です」

「つえなのか?じゃが…」

「杖です」

実際その日本刀は日本刀と言うには奇妙な形をしている。孝太郎が見れば違うと一目で分かるだろう。

ただ、杖かと聞かれれば頷けはしないだろうが。

シャルルに言われて抜き放ったソルの刀身は、確かに鋼を叩き鍛えた美しさは無かった。

その刃は鍛冶士が鍛えた物ではないし、その刀身は魔法の使用を前提に作られているためだった。

だから孝太郎から見ればそれは精巧なつくりをした模造刀に見えただろうし、他の誰が見ても業物には見えなかっただろう。やはりそれはソルが本来杖であるためであるといえる。

「そなたはあるじをもつきしなのか?」

とシャルル。

「残念ながら今の俺に仰ぐ主はおりません」

「ならば…追われているみなれど、わらわの騎士になってはくれぬか?いっときだけでもよいのじゃ…」

「シャルル何を言ってっ!?」

アライア殿下がシャルルの爆弾発言に驚き問い詰める。

「なぜアオ様なのです?」

アライアの目は本人の自覚はないが、どこか騎士然としていた孝太郎…彼女達に名乗った名前で言う所のレイオスを一瞬みて視線をシャルルにもどした。何故孝太郎ではないのだろうと思ったのだろう。

「だってこやつがいちばんこわいのじゃもの」

「は?」

シャルルのその答えにアライア殿下だけでなく他の人たちも驚いたようだ。

「姉上はかんじぬのか?」

「意味が分かりません。初対面の人に対してそのような事を言ってはなりませんよ」

とシャルルを嗜めるアライア。

だが、アオはシャルルの言葉に口角を上げた。

「俺が怖いですか?」

「こわい。じゃが、どうじにあたたかいのじゃ」

彼女の言う言葉は回りに理解されないかもしれない。だが…

今のアオは本体とは完全に分離した一個の生命体であると自身を仮定している。

そうであれば、たとえ元の世界に戻ったとしても二人に増えてしまった自分に居場所があるだろうか?

混乱させるばかりにならないだろうか?

アオはこの小さな少女を助けると言う目的なら今のこの現状を悲観する事もないかもしれないと心の中で思う。

ゆえに…

「非才の身ではありますが、御身の傍に侍る事をお許しいただけるのでしょうか」

と、膝をついた。

「うむ…よきにはかうのじゃ。とりあえずもう少しわらわたちに心をひらいてくれぬかのう?おぬしの空気はすこしつめたいのじゃ」

「仰せの通りに、マイプリンセス」

「シャルルっ!?アオ様もっ!」

「ふむ、あったかくなったのじゃ」

何が変わったと言われれば、表面上は何も変わっていない。ただ、アオが纏っていたオーラから猜疑心や警戒の色が薄れただけだ。

「ではしょちょくをもうしわたすのじゃ。わらわをかたぐるまするのじゃ」

「肩車ねぇ…」

「シャルル殿下、いくら騎士の方とは言え、この山道でそのような…」

と主人の物言いを止めたのはメイドの格好をしているマルリエッタと言う少女だ。

確かに普通の人間では難しいだろう。だが…

「ああ、大丈夫ですよ。人一人くらい担いだところでどうと言う事もありません」

とアオが言うとシャルルはアオの背後に回りこみその背中に飛び乗った。

「山猿のようなお姫様だ」

「なにをもうす。こんなにかれんなおうじょはそうはおらんぞ?」

と可愛いく返されてしまうとアオには苦笑しか返せなかった。

逃亡中の彼女達の都合で俺達は山道を迂回しながら逃亡劇を続けている。

とは言っても出くわす山賊なんかは孝太郎がその剣で撃退しているので今の所みな無事だ。

孝太郎とクランが何かこそこそと動いているようだが…さて。

ようやく山村にたどり着き、どうにか宿をとると、部屋のドアをノックする音が響く。

「アオっ。でかけるのじゃ。じゅんびしてまいれ」

「出かけるって?」

「姉上だけあおきしを連れて村の祭りにでかけてしもうたのじゃ。わらわもとマリー達に言ったのじゃがきけんじゃととめられてのぅ。じゃが姉上も騎士のごえいつきならそとにでておるのじゃからとアオをよびにきたのじゃ」

宿の外は確かにこの規模の村では年に一度と言う感じの祭りの準備が整っている。アオにはそれに参加したがるのは分からないでもなかった。

「しょうがないな。マルリエッタやフレアラーンにはちゃんと言っておけよ」

「うむ。げんかんでまっておるから、すぐにくるのじゃぞ」

と、流れる金髪を振りまきながら走り去っていくシャルル。

「元気な事で」

アオがシャルルを伴って宿の外に出ると、どうやら既にダンスが始まっているようだった。

「なんじゃかそなた女性のあつかいになれすぎではないか?」

アオがシャルルをエスコートしながら村人達のダンスに混じり二人で踊っているとシャルルがそう言いだした。

「殿下よりはいくつも年上だからな。こう言う機会も多々ある」

そう言いながらアオはシャルルの体を支えつつ、最小の動きで彼女をターンさせる。

「おんなのあつかいのうまいきしはもつなと母上にはいわれていたのじゃがな…」

「なんだ?俺をくびにするかい?」

「せん。まえにもいったがおぬしがいちばんおっかない」

「何もないとは思うが…」

子供の直感はバカにならないとアオは嘆息した。

ダンスのすれ違いざまにパートナーをトレードすると、アオのパートナーが金色の髪の少女から蒼銀の髪の少女へと変わる。

アライア殿下である。

「お上手ですのね」

「まぁこれでも社交は身に着けていますからね。騎士の嗜みですよ」

「くすくす。レイオス様にも言ってやってください」

といって可憐に笑った。

見れば身長差からうまく踊れていない孝太郎とシャルルの姿が写った。

「ふむ。もう少し女性の扱いを教えるべきですかね?」

「まぁ」

「とは言え、今の彼にはシャルル殿下の相手は難しいですね」

そう言うとアオはアライアの手を引きながら自然とステップを調整してシャルルと孝太郎に近づきパートナーを交換する。

「まったく。あおきしのやつはしつれいなのじゃ。すこしはアオをみならって欲しいものじゃ」

「身長差のある相手とのダンスはそれなりに上級者でないとリードが難しい物だよ」

「じゃが、それとレディーに恥じをかかせるのはべつのもんだいなのじゃ」

「まぁね」

「さて。そろそろ宿に戻ろうか。でないと明日からの旅に支障がでる」

「じゃが姉上たちはまだ…」

「シャルル殿下とアライア殿下では体力が違う。シャルルは足手まといになりたくないだろう?」

「むぅ…わかったのじゃ」

納得したかどうかは別として、アオはシャルルを連れて宿へと下がった。



次の日…

アオ達は宿を発つ事ができずに居た。

「くそっ」

「ベルトリオンっ」

イラついているのは孝太郎で、それを諌めるクラン。

かく言うアオも少々イラついていた。

なぜなら、アオ、孝太郎、クラン以外のメンバーが総じてベッドに伏しているからだ。

彼らはこの時代で打てる手…この時代の魔法使いであるカリスと言う少女の力を借りて魔法などをおこなったが効果がみられなかったのだ。

「手はあるのか?」

と、アオ。薄々この旅が文化祭でやった青騎士の物語にかぶっているのはアオも承知している。

故に、物語どおりなら彼女達はここで死ぬはずは無い。が…

「いくつか手は有りますわ」

とはクランの言。

と、その時。

「軍隊だっ!軍隊がきたぞーっ」

外に大声が響き渡る。それはクーデター軍の到着を告げる声だった。



さて、面倒な事になった。

状況に流されるままにこの中世のような異世界を旅をして、ほんの気まぐれで少女と主従の契約を交わしたりもした。

まぁ、それは本当に気まぐれであったはずなのだが。

今の俺は久しぶりにイラついている。

成り行きで主と仰ぐ金髪の少女が床に臥せっているからだ。

あの物語どおりならおそらく彼女は死ぬ事は無いし、青騎士が解毒薬をクーデター軍から奪い取って一件落着のはずだ。

だが、その青騎士。レイオス・ファトラ・ベルトリオンと言う彼はこの物語に登場していない。

いや、配役としては登場している。しかし、そのキャストが偽者であると言う点を除けばだが。

どうやら俺は物語の過去へと飛ばされたらしい。詳しい事情は孝太郎も孝太郎がクランと呼ぶ少女も俺に説明しようとしない。

説明されたのは良く分からない世界に飛ばされた。帰りたかったら着いて来て欲しい。その程度の事だ。

それでもこれだけの時間が過ぎれば俺でも想い至るというものだ。物語の本筋に関わってしまっていると言う事に。

そして今は演劇にもされるくらいの名場面と言う事くらいは。

偽者とは言え青騎士(こうたろう)も居る。解毒薬は手に入るはずだ。

クーデター軍のアライア殿下の投降の呼びかけに彼女達は応じる事にした。

解毒薬が手に入らなければどの道死ぬのだ。孝太郎たちにしてみれば解毒薬さえ手に入れば後はアライア殿下を助けるだけだ。

アライア殿下と引き換えにと彼女は自分で歩いて敵の下へ。

だが…成り行きを見守っているとどうやら解毒薬なんて物は存在しないらしい。

さらにはクーデター軍が証拠隠滅にと村の壊滅へと乗り出したためにさらに性質が悪い。

さすがにここに至り事なかれ主義の俺も看過できないと言うものだ。

病気の体で外をうかがっていたシャルルに付き添っていた俺に彼女の声がかかる。

「のう。あなたはつよいのだろうか」

と、シャルルのか弱い声。

「俺は…」

どう答えようかと逡巡していると大きな魔道鎧のようなものが現れ、その大きな手でアライアを掴み上げた。

「姉上っ!…っ」

弱った体に瞬間的に力が入り、絶叫するが、すぐに力尽きたように倒れこむ。倒れそうになるそれを俺は抱きとめ窓へとつかまらせた。

「命令しろ、シャルル」

「めい…れい?」

「騎士を動かすのはいつも主の役目だ」

と、シャルルと視線を合わせてそう言った。

「…なら…姉上を助けてくれ…おねがいじゃ…姉上を…たすけて…」

「了解した」

そう言うと俺は窓枠に脚を駆けて蹴りだすと力強く外へと躍り出た。

しばらくの自由落下との後に着地。

「ソル」

『スタンバイ・レディ』

一瞬の発光の後には銀の竜鎧が現れる。腰には鞘に収まったままのソルが一本。

カチャリ、カチャリと金属音が響く。

その音に気が付く者はまだ居ない。

「おいおい誰だ貴様はっ」

最初に気がついたのはクーデター軍のリーダーだ。

「誰だかしらねぇがやっちまえ」

と、彼は魔道鎧に命令する。人質も居るために手が出せないと思っての事だろう。

「あなたはっ!?」

とクラン。

「だれだっ」

とは孝太郎だ。

魔道鎧の右手は先の戦闘で劣勢と強いていた孝太郎たちをすり抜けアオへと迫る。

魔道鎧の手に持った巨大な斧が振るわれる。水平方向に薙ぐ攻撃は振り下ろす攻撃よりも避けずらい。だが…

『プロテクション』

ガキンと金属音を立てたかとおもうとその斧は虚空に浮かぶ何かに止められていた。

「シールドだとぅ!?」

孝太郎もなにやらシールドのようなものを使って戦っている。彼を良く見れば近代兵器、魔法、念のある意味俺に近い戦いぶりだった。

孝太郎の特殊性は後で考えるとして…まずは…

俺はソルに手をかけると青い鎧をきた孝太郎へと声をかける。

「しっかりアライア殿下を抱きとめろよっ」

「なっなんだっ!?」

孝太郎の返事を聞かずにソルを一刀。斬戟は一瞬。右腕を銀色が覆ったかと思うと振るわれた刀身から衝撃派が飛びかまいたちの如く一瞬で魔道鎧を通り過ぎた。

それだけ。俺はすでにソルを納刀している。

一瞬、みな何が起こったのかもわからなかった。それは斬られた魔道鎧さえも。

一瞬後グラリと巨大な鉄がずれ始めるとその身は真っ二つに切り裂かれた。

「きゃーーーーーっ!?」
「ばっばかばかばかばかっ!?」

アライアは絶叫。孝太郎はとっさに地面を駆け腕から滑り落ちるアライアをキャッチ。無事に救出する。

さて、と見渡すとなぜか敵のリーダーの姿が見えず。

すごいな…俺の刀が振るわれた一瞬で既に敗北を悟り一人逃げるとは…ある意味大物だ。

振り返るとなぜかフレアラーンさんほか旅の仲間に剣を向けられている。クランはどう見ても現代の地球の科学では作れないような銃を構えていた。

あー…苦戦していた魔道鎧が一撃じゃあな。確かに警戒するか。

「アオっ」

どうしようと考えていると、重い体を引きずってシャルルが駆けてきた。

「シャルルさまっ」

止めるのはマリエッタ。しかし、静止を振り切り走るのをやめない。

「アオ…アオなのか?」

シャルルの言葉でフレアもようやく思い至ったようだ。

うーん、鎧を着ただけなのだが、印象が違いすぎたか?

「シャルル殿下」

と言って俺は方膝を折り、視線を合わせた。

「ぶじであったか」

「見ての通りだが」

とは言え、屋敷の窓から出たわけではないので彼女の体を考えるに数分ほど現場を見ていない訳か。

「敵は逃げた。危険はとりあえずはさったな」

「そうか。…よくやったのじゃ、わがきしよ」

「おっと」

「はぁ…はぁ…」

倒れこむシャルルを腕に抱えると未だに息が上がっている。

そうだ、まだ事件はなんの解決もしていない。

クーデター軍などアオにしてみればどうでも良い事だった。そんな事よりも重要なのは仮にも主とあおぐシャルルの容態だ。

解毒薬が無いと言うのならどうすれば良いのか…


「クランっ」

倒れこんだシャルルを見て孝太郎が叫ぶ。

「仕方ありませんわね。アオ、シャルル殿下をこちらにお連れしなさいっ」

と、クランが観念したように案内した先は卵形の宇宙船のような物の中だった。

その中の医療ポッドのようなものの中にシャルルを横たえると、後は邪魔とばかりに追い出された。

ピッピとコンソールを弄るクランの横につく。

空中モニターに色々な情報が映し出され、それを見てクランが何かを調整しているようだ。

油断なく左の瞳を桜守姫(おうすき)に変えて観察する。

「青騎もどきはそちらのポットに…ああ、えっとそこのあなたも協力してくださらないかしら。発症していない青騎士もどきと軽度のわたくし、そしてあなたの三人の遺伝子データからウィルスに対する抗体をつくるのですわ」

と言うクランの言葉に俺は頷く事が出来なかった。

「どうしても俺も必要か?」

「可能性を上げるためには必要でしてよ。特に害もありませんから」

それでもやはり頷けない。

「どうしたんだ?」

と孝太郎もいぶかしむ。

「本当の事を言おう」

「お、おう…」

「俺の体はすでに普通の人では…たぶん、無い。比較対象にすらならない」

「なっ!?」

「うん?どう言うことだ?」

「おそらく俺のデータは使えないだろうと言う事だ」

「それとデータを取らせないのは別だと思うが…」

「取らせたくないんだ。多分結構危ないものだろうからね、俺の遺伝子データは」

そう言うと孝太郎をデータ採取機器に押し込んで距離を取った。

クランもしぶしぶと引き下がり、時間も無い事から追求してこない。







結果を言えば、どうにかシャルル達は助かった。

だがそれは未来の技術を使ったからと言う事でもある。

それがどう言う事なのか。


物語の通りに一行は逃亡に成功し、打倒クーデター軍の為に再起を計る事になった。

追っての支配が及ばないパルトムシーハ領。正当性は確かにアライア達にある。この先の物語は残念ながら公開前のため俺は知らない。

孝太郎なら知っているのだろうが…なんとなく問いかけるのは躊躇われた。

知らないと言うのなら自分が思い悩む必要も無くなるからだ。

パルトムシーハ領の間借りしている屋敷の中で竈の前に立つ。

いつもならお菓子を作っている時間だが、今日は別だ。

「あら、今日は何を作っていらしてるんですか?」

とは厨房に現れたマリエッタの声だ。

「うおっ…この臭いはっ!」

においに釣られて現れたのは孝太郎だ。

「醤油のにおいだっ!」

「なんですの?ベルトリオン。いきなり走り出したりして」

と後に現れたのはクランである。

鍋を覗き込んだ孝太郎が驚いて声を上げる。

「煮物じゃないか。それも筑前煮か?」

「筑前煮もどきだな。流石に根菜類はそのものと言う訳にはいくまいよ」

「醤油や酒、みりんはどうしたんだ?」

「どうって…作ったに決まっているだろう」

と言って少量の液体を入れたビンを押し出した。

受け取りにおいを嗅いだ孝太郎が気色食む。

「醤油だ…よく作れたな、こんなもの。だが、どうやって作ったんだ?俺は良く知らないが、これは熟成させる物なんじゃないのか?」

「企業秘密だ」

時間を進めれば発酵も熟成も思うがままだ。

「わー、なんですか。この調味料は」

とマリーが興味津々と言った所だ。

「俺たちの…あー、なんて言うか故郷にある調味料なんだ」

そう孝太郎がごまかす。

「ちょっと、あなたっ」

とクランが俺を引っ張った。

「なんだ?」

小声でささやくクラン。

「アレの作り方はだれにも教えていませんの?」

「あ、ああ。教えていないよ。どうかしたか?」

「いえ、なんでもありませんの」

あ、そう。

「しかし、よく作れたな」

孝太郎が筑前煮をつまみながら言った。

「俺はまぁ、料理にストレスは感じないが、孝太郎は違うだろ?そろそろ恋しくなってきたんじゃないかと思ってね」

日本風の味付けは好きだが、流石に長い時間を生きればそういう郷愁も遠くなる。

だが、孝太郎は違うだろう。

「へぇ、面白い味付けですね。…しかし、これでは」

とマリーの言葉が詰まる。

そう、主食であるパンが進む味付けではないのだ。

「米は無いのか?」

孝太郎が問いかけた。

「大豆もどきは見つかったがまだ米は見つけてないよ」

そう言うと孝太郎がシュンとなる。

「こめ?」

「あ、ああ。俺たちの主食だったやつだ」

と、孝太郎。

「へぇ、どんなものだったんですか?」

と言う問いかけの答えはすべて孝太郎に丸投げ。彼女も孝太郎に聞いている風であったしね。

「さて、と」

俺は準備しておいた軽めの朝食をひょいひょいっとお盆に載せると調理場を出る。

「あ、私も手伝います」

そうメイド服を着たマリーが言うので持ち切れない物を持ってもらうとシャルル達の元へと移動した。

華美ではないが、食欲をそそるにおいを立てつつ配膳すると、シャルルとアライアが食卓の定位置に着く。

食事は基本二人だけだ。皇族である二人に同席しての会食は一定身分以上の者が手順を踏まなければならず、自然とこうなった。

本人達が如何に嫌がろうと、皇族としての立場上変えられる物ではない。

食後の紅茶に小さめに作ったマカロンを添えて出す。

「おいしい…」

「ほんとうじゃ」

と、マカロンをほおばる二人に笑顔が綻んだ。

「これはなんと言うお菓子なのでしょうか」

「まかろんと言うらしいのじゃ、姉上」

「こら、シャルル。また厨房に行ったのね」

「ごめんなさい」

「マリー、料理長とパティシエの方に賛辞を送って下さい。本当は私自身がお会いできれば良いのですけれど…」

「えっと…あのーですね…」

アライアの言葉に返答に困るマルリエッタ。

「くっくっく。ならばちょくせつ言えばよろしいではないですか姉上」

「直接って…出来る事ならそうします。…何がおかしいのですか?シャルル」

突然くつくつ笑い出したシャルルをほんの少し眉根を寄せる。

「だって、それをつくったのはわらわのきしじゃもの」

「は?」

鳩が豆鉄砲を食らったような表情だ。皇女殿下としてはその表情はかなりひょうきんに過ぎる。

「アオ様が…これを…作ったの…ですか」

おおう。なんか言葉までも壊れているぞ。そんなにショックか?

「アオ様は騎士なのですよね?」

「立場上は」

「騎士様が厨房に…?」

「まぁ、もう習慣のような物だな。特に害が無ければ戦場より厨房に居る方が楽しいし」

「まかろんだけじゃないのじゃ。ここ最近の料理はすべてアオのものなのじゃ」

「ええっ!?」

驚くアライア。シャルルもマリエッタもくすくす笑っている。

「騎士様…ですよね…?」

「料理人でも良いですよ?」

衝撃の事実にアライアが戸惑っていると、コンコンとノックをする音が聞こえた。

「失礼します」

と言って入ってきたのはフレアラーンだ。

「フレア、どうしましたか?」

と、何とか平常に戻ったアライアの問いかけ。

「いえ、アライア殿下を煩わせるような事では…やはりここに居たか」

とフレアの視線が俺に向いた。

「今日は調練があるとあれほど言っておいただろう」

「ああ…だけど、俺に何かする事があるか?」

「貴様にはシャルル殿下の騎士と言う立場がある。出席してもらわねば士気に関わる」

あー…なるほど。

「なんじゃ、ちょうれんをすっぽかしてきたのか?はいぜんだけならマリーにまかせてもよかったであろうに」

「いや、単純に面倒だっただけだ」

あ、そう言えば孝太郎もなんであの時間に厨房なんかにと思ったが、どうやら俺を探していたようだ。

「すまぬな…めんどうをかけてしまっているようじゃ」

しゅんとするシャルルの姿に少々良心が痛んだ。

「いや、そうでもない。力の使い方を間違わない限り俺は君の騎士でいよう」

「つかいかた…?」

意味が分からないと首を傾げるがそれよりも、取り合えず調練とやらに出席しますかね。


クーデター軍打倒の為に軍隊を編成し、王都を取り戻す。そのための訓練だ。

うぉおおおおお

だぁああああああ

男達の大声が鳴り響き剣を、槍を打ち鳴らしている。

実を言えばアオは飾り以外の何ものでもない。兵の訓練に付き合うこともないし、訓練をつけることもしない。

何故なら、戦争はその国、その民がするものであるからだ。流れ者の自分では参加するだけの大儀を見つけられないのだ。

しかし、だがせめて…雇い主の命くらいはと考える。

とは言え、シャルルの騎士としての立場があるからこそ、訓練場に居ることを強いているわけだが。

孝太郎が鎧を着込み、フレアと模擬戦をしているのを眺める。

孝太郎は綺麗な型をした騎士の剣術だ。対しフレアのそれは自分にあったように崩してある。

地盤固めは上場だ。そろそろ討ってでなければ時間がクーデター軍との地力の差が付いてしまう。それだけは避けねばならない。

よって、近日中に行軍を開始する予定であった。

一試合終えると孝太郎が近づいてきた。

「戦争が始まるな」

と、何の気もなしに孝太郎に話しかけた。

「ああ…始まる」

「戦場に行くのか?」

「ああ。行く…行かなければならない」

「死ぬかもしれないぞ?」

「ああ、だけどクーデター軍を放っておくわけにはいかないだろ?今は俺が青騎士だからな」

「人を殺すことになる」

「出来れば殺したくは無いな」

「人の死なない戦争はないよ」

戦争を知って、孝太郎が現代に帰ったとして以前と同じで居られるだろうか。

「危機感が無いのはその鎧の所為か?」

「なんだ、気がついていたのか?」

「質問を質問で返すなよ。まぁ、答えは得たが」

彼の鎧は特別制でシステムアシストにより様々な…この時代におけるオーバーテクノロジーの加護により孝太郎を傷つけるのは難しいだろう。それがもし彼の心のゆとりになっているのだとしたら…

「俺と模擬戦をしようか」

「は?」

俺の突然の申し出に孝太郎は驚きの表情だ。

「今のままではいささか心配だ。一度負けてみろ」

そう言い訓練場を人払いさせると中央に移動する。見ているのはフレアと捕虜だった魔法使いのカリス、錬金術師のリディスくらいのものだ。

軍用の革の鎧を着込むと訓練用に自分で削りだした木刀を構える。

「今の自分の全部を出して見せろ」

と言う言葉に孝太郎は戸惑っている。俺を心配しているのだ。

それはそうだろう。彼にしてみれば青い鎧の力が常人を遥かに超える物であるからだ。

「俺の心配は要らない。自分の心配をしろ」

「だが…」

「なんだ?もしかして自分が強いつもりでいるのか?」

「そんな事は…」

「そんな考えでいると」

そう言って一度言葉を切って目を閉じた。

そして再び目を開けると同時に殺気を飛ばす。

「死ぬよ?」

「…っ!?」

生き物としての本能が孝太郎に防御の姿勢を取らせた。

俺の殺気で冗談ではないと悟ったのだろう。殺気を弱めるとようやく孝太郎も木剣を構えた。

「じゃあ、行くよ」

そう言うと俺は一歩踏み込み木刀を振り下ろす。

「くっ…」

ガキンと木と木のぶつかり合う音。孝太郎の振り上げた木剣とぶつかり合ったのだ。

孝太郎の剣を弾いてすかさず二撃目。

肘は上がっていたがどうにかかわしてみせた。

慌てて距離をとる孝太郎。

開いた距離を一瞬でつめるとそのまま突き技。

「御神流・射抜」

技の速度は常人ではかわしきれない。

その攻撃に孝太郎はようやく躊躇いを捨てた。

体からオーラが立ち上る。それをすべて身体の強化にまわしたようだ。その驚異的な身体能力で俺の突きをギリギリかわす。

突きの突進そのままに距離を取ると仕切りなおしだ。

「ようやく本気を出す気になったか?」

「あんた…何の補助も無しに…化け物かよ」

「そう言う孝太郎はオーラを筋力強化に回しているな」

「オーラ?霊力の事か?あんた、分かるのか」

「霊力、ね。呼び方は人それぞれか」

再び構える。

「全部を、持てる全部を使いなよ」

「いや、そうは言ってもな」

まだこちらを気遣っているのか。

「霊力も初歩しか使えていないのによく言う。それはこう使うんだ」

ゴウッとオーラが立ち上る。

「っ…」

プレッシャーを感じている孝太郎だが、これでも何十分の一に抑えてある。

「まずは全身から搾り出せ。そんな物ではまだまだだ」

軽く筋力を強化すると再び地面を蹴った。

「なにっ!?…っく」

先ほどよりもさらに速い突き技。

しかしフェイントも何も無いそれを孝太郎はかわして見せた。

見れば両目に少しオーラがまわっているようだ。

視力強化…いや、それだけでかわせるような攻撃じゃなかったはずだ。…未来視に近いか?

ザザーッと煙を上げ、スライドしながら制動。

「はぁっ!」

そこに袈裟切りに振り下ろす孝太郎。

木刀で受けるが…

「む?」

力負けする?

霊力による身体強化にさらにマニューバスーツである鎧の補助のおかげで岩をも砕く豪剣だった。

さらに剣身を包む衝撃波のフィールドが剣自体の強度も上げている。

無理に力で対抗しようとせず、刀を引き回転するように回避。さらにバランスを崩したところですれ違いざまに後ろから一太刀。

ガィンという音は鎧に当たった音ではなく、バリアに弾かれた音だ。

ふむ、空間干渉系の科学技術によるフィールドか。根幹が科学技術である以上ゼロエフェクトじゃ中和出来ないな。

魔術、魔法で現した炎とマッチで起こした炎はアオにしてみれば別物だ。燃焼という結果は変わらないが、前の二つは魔力なり呪力なりを炎に変化させて燃やしている。つまり、変換のプロセスを行使し続けて現実を書き換えているのに対して、後者は世界に準拠した現象である。

現象に伴う結果まではアオはキャンセル出来ないのだ。前者の例にしてみても、炎そのものでの攻撃はアオには効かないが、燃え広がった炎は唯の現象であり、アオもダメージを受けるだろう。

今回のこれはどちらかと言えば後者に当たる。

しかし、これだけのバリアを瞬時にエリア指定して顕現させるとなると…AI搭載型の補助具が必要だな。どれだ?

と視線を向ければそれらしい物は鎧だけだ。

背後からの一撃をバリアで弾いた孝太郎は自身も回転して木剣を切り上げた。

タイミングを合わせてバイアを解除された場合体勢が崩れたところに俺の剣が届くより速く反撃が当たる。それにバリアですでに威力の大半は殺されている…

次の瞬間足にオーラを回し、地面を大きく蹴ると空中にフワリと浮かぶように後ろに跳躍し、トンボをきる。

空を斬った孝太郎はくるりと回転し、勢いを初速に上乗せして地面を蹴っていた。

腰から飛針もどきを抜き出して二回投擲してけん制。

バチンバチンと前面に押し出されたバリアで弾かれてしまう。

「はぁっ!」

空中で体勢の整わない俺への追撃は…しかし、届かない。

『ディフェンサー』

虚空に現れたバリアが弾いたからだ。

「なにっ!?」

驚く孝太郎。

「魔法の有る世界で防御フィールドが科学技術だけとでも思っていたのか?」

「くそっ!」

悪態を吐く孝太郎を尻目に地面へと着地する。

「まだだ、まだ有るだろう?」

軽い挑発。

まだ躊躇いは捨てられないか。いや、それならばそれでいい。戦場に出なければ良い。

だが、出ると言うのなら試さなければならない。彼を。

「躊躇いを無くせ、でなければ戦場では生き残れない。ただ、死んでいくだけだ」

そう言うと俺はギアを上げる。

先ほどよりもさらに速度を上げ、斬りかかる。それでも追えているのは霊力による先読み故か。

俺の太刀を受ける孝太郎の木剣が強度を上げていく。俺の攻撃に彼のAIが不足と判断したのだろう。

バリアの展開も
孝太郎の攻撃を邪魔しない。なかなか良いコンビネーションじゃないか。

だが、まだまだだ。

孝太郎の攻撃するモーションにあわせて消える防御を縫うようにカウンターを決める。

孝太郎の剣よりも一瞬早く彼の鎧に刀が当たる。

「がっ!?」

御神流、『貫』と『徹』

振りぬいた刀が孝太郎を吹き飛ばし、衝撃は鎧を貫通し内部に浸透する。

ズザザーと煙をまいて地面を転がる孝太郎。

外野が息を呑む空気が伝わってくる。

「かはっ…ごほっごほっ…」

孝太郎は立ち上がろうとして、盛大に咽る。

「ごっ…はっ…かはっ…」

今彼は激痛にのた打ち回っているだろう。

立ち上がるか。立ち上がれるのか。それが先ず最初の一歩だ。

「はぁ…はぁ…」

立ち上がり、息を落ち着かせる孝太郎。その瞳は死んでいない。剣を構えこちらをにらんでいる。

「全力で来い、と最初に言ったぞ。強いつもりでいるのか?とも」

孝太郎の気迫が変わる。

だが、まだだ。死の恐怖の前に向かってこれるか…

孝太郎は体勢を低くした所から一気に距離を詰め剣を振るう。

それを木刀で受けると添えていた左手がスライドした。

バリバリッ

左手の先から稲妻が迸る。

左手に見えていた念はこれか。おそらく念具の一種だろう。

ようやく全力を出すか、孝太郎。

俺は肩を孝太郎の身体の内へと滑り込ませ孝太郎の左手の軌道上からずれると同時に左手の肘を打ち上げてから足を掛け孝太郎を転ばせる。

「ぐっ…」

苦悶の声が聞こえる。

転んだ孝太郎の首を狙い木刀を振り下ろすが、転がりながら距離を空け、反動もつけてどうにか起き上がる事に成功したようだ。

起き上がった孝太郎はガムシャラに剣を振るう。それは身体に染み付いた型は抜けきってはいないが死にたくないと言う気迫の現われだった。

時折、電撃や衝撃はすら混ざってくる。

距離を空け、互いに相手の隙を伺っている。

さて、これで最後だ。これで向かってくるのなら…

「これで最後だ」

「はぁ…はぁ…はぁ」

俺の言葉にも息の上がった孝太郎からの返事は無い。

「……錬」

今までセーブしていたオーラを開放し、さらに攻撃的な意思をにおわせると野生動物など脱兎の如く走り去るだろう量の殺気が周囲に満ちる。

常人にさえ死を幻視させるようなオーラを撒き散らしゆっくりと木刀を振り上げた。

観客はすでに気絶している。惨劇を見る者はいない。

圧倒的なプレッシャー、死の幻視を前に孝太郎はどう動くのか。

…俺一人なら多分逃げるだろうな。

そんな事を考えながら孝太郎を見れば、止まりそうになる呼吸をどうにか制御してプレッシャーにあがなって見せ、さらには剣を握る腕に力を込めている。

…孝太郎はそうなのか。

それが正しい選択なのか。それは一概には言えない。巨大に立ち向かうは蛮勇と捉えるのも間違いではないと俺は思う。

しかし、困難に立ち向かう姿勢には感服する。

だが、先達として彼に挫折を経験させる。半端に戦場に送ることはしない。

「ああああああっ!」

バリアを前面に巡らせて駆ける孝太郎。

「殺さないが…死ぬほど痛いぞ?」

振り下ろす俺の木刀を彼のバリアは一瞬の均衡も許されずに消滅し、そして…

「がああああっ!?」

振りぬいた木刀は孝太郎の右腕を切り飛ばした。

バシャリと音を立てて血溜りの中に倒れこむ孝太郎。

まだ意識はかろうじて残っているようだ。

「戦場に立つと言う事はこう言うことだ。斬られれば痛い。身体を喪失することも有る。そして何より理不尽な死と言うものも」

「はぁ…はぁ…ぐぅ…」

俺は孝太郎に近づくとクロックマスターで時間を巻き戻し失われた血液と共にくっつけた。

「あ…うっ…」

「今は眠っても良いよ。でも今後どうするか、良く考えるべきだ」

そう言うと俺は訓練場を後にした。





しばらくは孝太郎の代わりをしないとだめかな。

目を覚ました後の孝太郎は再起動に手間取っているコンピューターのようだ。

何をするにも失敗が続き、エラーが蓄積されていく。

「さいきんのあおきしはどうしたのじゃ?」

がむしゃらに訓練に打ち込む孝太郎の姿を遠くから眺めていたシャルルのつぶやき。

となりにはアライアの姿も有る。

「レイオス様…」

低いトーンで心配そうなため息が漏れる。

「そなたは何かしっておるか?」

と言うシャルルの問いかけに答える。

「心構えのなっていないレイオスを俺が徹底的につぶした」

「ど、どう言うことですか?」

と、アライア。

「戦場に人を送れば誰かは死ぬ。戦場に出れば自分も命を掛けなければならない。…彼は人の命を奪い、奪われると言う世界からは遠い」

と言う言葉にアライアは表情を歪める。

「彼はまだまだ知らない事が多すぎるな。彼は自分がそうと望まなくてもすでに指揮官だ。戦場で上に立つ立場だ。命令を出す立場の人間が人の死を…死が身近に有るものだと知らないまま出陣させる事は出来ないさ。それはアライア、君も同じだ。君の選択で人が死ぬ」

それはアライアが殺したと言う事だ。

「はい。…わたくしは皇女です。わたくし自身の選択に国民の命が掛かっている事。死ねと命令していると言う事は理解し、覚悟しています」

けれど、と。

「…レイオス様が争いとは縁遠い環境でお育ちになったとはわたくしにも分かります。その人となり、雰囲気に皆知らない内に好感を持ってしまうのでしょう。ですが…」

アライアは一旦言葉を切った。

「ならばあなた様はどうなのでしょうか?同郷であるあなた様は」

「葛藤はもはや時の彼方だ…」

「よくわからんのじゃが、おぬしがあおきしをいじめたのじゃな?」

「まぁ必要な事だったからな」

「…おぬしがいうのだからきっとそうなのじゃろう。姉上、あおきしはきっとだいじょうぶなのじゃ」

何の根拠も無い幼い少女の願望だが、そうであれば良いと、俺もどこかで感じていた。

物語の主人公のような男は逆境で必ず立ち上がる。孝太郎も例に漏れずと言ったところだ。

優しさや騎士の鏡のような行動に陰りは見えないが、意思は以前よりも力強く成長していた。

既に幾つかの戦果を上げている。それが彼の選択であるのなら文句はない。


最近、シャルルを狙う暗殺者が多い気がする。

俺が護衛している関係上万が一も無いが、それでもアライアよりも多いのが異常だ。

今も戦場に向かう孝太郎。総司令として後方にいるアライア。

そして屋敷でお留守番であるはずのシャルルの元に十体を超えるいつぞやの魔道兵。

屋敷は阿鼻叫喚。

襲撃による人死にまで出ている。

「シャルル殿下っ!」

駆け寄るマルリエッタ。


「おお、マリー。はやくこっちにくるのじゃ」

「そうではなくて、速く逃げないと…」

「わらわのきしがおるのじゃ。ここがいちばん安全じゃろう」

そう言ったシャルルの傍には黒い残骸が散らばっていた。

「アオ様?」

マルリエッタ視線がこちらへと向いた。

俺は今、銀の竜鎧を身にまとい、シャルルを背に守っている。

万が一も有ってはならないとシャルルを包むようにプロテクションを張っていたそれを手招きしたシャルルにあわせ解除。マルリエッタが近寄るとそれを包み込むように再度展開する。

「これは…魔法ですか?アオ様は魔法も使えるんですね」

「まあね」

ドゴーンと音を立てて再び家屋を破壊しながら現れる魔道兵。

「次から次へと」

この時代の人々にしてみれば巨大な敵も、アオにしてみれば動く玩具同然だ。

ソルの一振りで粉砕される魔道兵。

目的はシャルルの拉致か?いや、戦力的に殺害も視野に入れているな。

アライアが存命の段階で執拗にシャルルを狙う意味が分からない。

敵はアライアよりもシャルルの方を脅威に見ている?いや、そんな事は無いだろう。しかし、シャルルを殺すことにアライアを殺す以上の意味があるようでは有る。

その理由までは推測できないが…

しばらく本気でシャルルに引っ付いていないとかな。懐く彼女が殺されるのは流石に、ね。

アライアによる王都への進軍は今の所順調だ。

立ち直った孝太郎だが…極力相手兵を殺さないと言うえげつない方法を取っていた。

殺せばそれまでだが、負傷ならば救護や看護により負傷した一人以上の人間の足止めが出来る。

死兵になり全軍で突撃を仕掛けてこない限り足手まといを作ることは有用なのだ。

まぁ、それは結果であって孝太郎は殺したくないだけかもしれないが。


今日は厨房で寸胴鍋を煮込んでいる。寸胴は二つ。

小麦を取り出すとたらいのような大き目の器に入れ、上から水のような物を溶きいれていき、綺麗なダマを作りながら水分を均一にしていく。

それを寄せ集め一つの塊にすると力を入れてこねる、こねる、こねる。

「なにをしておるのじゃ?」

と、興味深々なのはシャルルだ。

時間は昼前厨房からは程よく日本人を引き付ける匂いが漂っていた。

「なんか良い匂いがするな」

「ベルトリオン。どこへいきますの」

それに釣られるようにして現れる孝太郎と、それをたしなめるように着いて来たクラン。

「蕎麦を打っているのか?」

「ソバとはなんじゃ?」

「シャルル殿下、ソバとは蕎麦の実を引いた粉で作る麺料理にございます」

とシャルルの問いに孝太郎が答えた。

「メン?」

「あー…そこからか。なぁクラン、フォルトーゼには麺食の文化は無いのか?」

「有りますわよ。文献では古代フォルトーゼでは既に食べられていたはずですわ」

「だが、シャルル殿下は知らないようだぞ?」

「それは…わたくしにも分かりませんわ。この時代の後に食べられるようになるのではなくて?」

「そうなのか?じゃあやばくないか?」

ひそひそと話し合う孝太郎とクラン。

「で、これはソバというものなのか?」

「いや、懇意の商人からかん水が手に入ったからな」

「かん水だってっ!?」

「きゃあ」

大声を張り上げた孝太郎に驚くクランの声。

「どうしたのじゃ?あおきし」

「もしかしてラーメンなのか?」

打つ麺は黄色身を帯びている。

「ああ」

答えている間に麺棒で生地を伸ばし折りたたむと菜切り包丁でカットしていく。

その太さは細い。

「細麺か」

「ああ。今日のスープなら細麺だろう」

カットした麺をほぐすと熱湯の中にくぐらせる。

その間に器に醤油、寸胴に用意していた鶏がらと魚介のWスープを割り入れ麺が茹で上がると湯切して器に投入、刻んだネギと、チャーシューを沿え煮卵を添えれば完成。

「おおおおおおっ!?ラーメンだ。ラーメンだぞクラン」

「それは分かりますわよ」

感動の声を上げたのは孝太郎だ。

「干物は手に入ったが生の白身魚はこの地ではな。さすがにナルトは作れなかった。あとメンマも」

筍が手に入らなかったのだ。メンマは流石に無理だ。

木を削りだしたお手製の箸を添えて孝太郎にラーメンを差し出す。

「い、良いのか?」

「何、麺はまだある。料理は趣味だが、誰かに食べてもらった方が作った甲斐があるだろう?」

そう言うと次の麺を茹でている俺。

「あ、ああ。それじゃぁ…いただきます」

麺を箸で掴みつるつると口へ。

「うまい…ラーメンだ…」

「他の感想はないのか、他の」

「い、いや…なんて言うか…余りにも感動するとこれ以外の言葉って出ないんだなって」

「わ、わらわの分はないのかっ!?わらわのっ!」

「皇女が食うような物では無いんだが…まぁいいか」

茹で上がったラーメンにフォークを添えてシャルルに差し出す。

「これは…あおきしとはべつのしょっきじゃが」

「シャルルは箸つかえないだろ?箸で食べた方が美味しいと思うが…今日の所はな」

「むぅ…」

シャルルはむくれるが、反論できず。

「そう言えばクランは普通に箸を使えているな」

と孝太郎。

「フォルトーゼ皇族はどの料理が出てきても問題の無いようにテーブルマナーをしこまれますもの。箸もフォルトーゼの伝統食器ですわ」

「だが、この世界には箸はまだ無いみたいだぞ?」

「うぅ…どう言う事なのんですの…」

小声でひそひそと密談している孝太郎とクラン。しかしその話題は平和だ。

「うまいのじゃ。アオ、これをもういっぱい作ってもらえぬだろうか」

「別に構わないが」

どうするんだ?とシャルルに問いかけた。

「姉上に差し入れするのじゃ」

「ふむ。了解しました、マイプリンセス」

「うむ。よろしくたのむぞ。とびっきりに美味しいやつをな」

「まさか、これがフォルトーゼの麺食の始まりなんて事は…ありませんわよね?」

クランのつぶやきは誰に聞かれることも無く消えていった。






襲撃以来どこに居ても危険は一緒と、シャルルも行軍についていく。

実際どこにいようと戦場の真っ只中でなければ彼女の状況は変わらないだろう。


…巨大なドラゴンが街を焼きに出てこなければ。

何を言っていると思われるかもしれないが、今目の前には巨大なドラゴンが接近してきているのが遠目にも分かる。

赤い鱗に鋭い牙。勇壮な巨体は見て圧巻する。

「あちゃー…これは人間には無理だろ」

オーバーテクノロジーを搭載した孝太郎とて危険な相手だ。

街は阿鼻叫喚。しかし、何処に逃げれば安全なのか、それすらも分からない状況だ。


「あおきしはかてるかのう」

と、シャルルが言う。誰に問いかけたと言うわけではないのだろう。しいて言えば自分にだろうか。

「竜を倒す人間はいる。古来より竜退治の英雄の話は何処の国にもあるだろう。しかし、それを成しえるのは英雄だけだ。レイオスは英雄足りえるだろうか」

そう俺が返した。

「えいゆう?」

「だが、流石にもう二体はな…」

「え?」

肉眼ではまだ米粒ほどだ。俺の眼でようやくと言う距離に二匹の竜が飛んできていた。

一匹目は孝太郎がどうにか善戦している。遠くの二体の体つきは一体目よりは小さく見える。だが…

「アオ…」

きゅっと無意識にシャルルの手が俺の裾を握った。

「ありゃ無理だな。逃げるか」

「それはできないのじゃ」

領民を見捨てては逃げられない。小さいながらも皇女と言う事か。

ガシガシと後ろ頭をかくと意を決して印をくみ上げた。

木遁・木分身の術。

細胞が分裂するように現れるもう一人の俺。

「ぶ、ぶんれつしたのじゃっ!?」

「アオ様っ!?」

護衛に残ったマルリエッタも驚いている。

驚くのはいいが、せめて分身って言ってくれ。

「護衛は俺がする」

「任せる」

木分身を護衛に残して本体は中庭へと移動すると呪力を高めた。

腕に鱗が生えてくる。爪はするどく鉤爪に、背中には力強い翼。体躯は大きく変化し20メートルほどだろう。

この時点で最初に襲ってきた竜と同じほどの大きさだ。

バサリと背中の羽が空気を掴むと空中へと飛び上がる。

広場は突然現れた銀竜に絶叫の声が響き渡っているが、無視だ。

最初の一匹は孝太郎が相手取っている。

現れた二匹は俺の姿を見ると口元に魔力を収束、炎に変質させてプラズマ熱線を撃ち出してきた。

ならばとこちらもとチャクラを口元に集める。黒いチャクラだ。

途中で尻尾が連結した蓮のようにオーラが覆い、その脇から二本尻尾が現れ三本になる。

ダンッ

風を置き去りにして放たれたその黒い塊、尾獣玉は放たれた二発のプラズマにぶつかるがその質量をものともせずに押し切り、逆に二体のドラゴンへと迫る。

「キュアア」

慌てて旋回し尾獣玉を回避したようだ。








「もう駄目ですわ…」

一匹目の竜、火竜帝アルゥナイアは孝太郎がどうにか退けた。

その代償は少なくなく、今の孝太郎は重症を負って気絶している。アルゥナイアを退けた孝太郎を褒めこそすれこの状況をどうにかしろと彼にすがる事はクランには出来なかった。

熱線が飛ぶそれを呆然と見ていたクランだが、目の前を過ぎる黒い塊を意識することが出来たのかどうか。

黒い塊が穿った空気が後方からクランに叩きつけられる。台風もかくやと言うそれを地面に臥せってやり過ごす。

「きゃーーーっ!?なんなんですの?」

必死に孝太郎をかばいながらも視線を空へと移すとその目の前を大きな三尾の銀竜が飛んでいくのが見えた。

「ま、まさか…銀竜…アイオリア…実在していましたの?」

後世の歴史学者や考古学者でもその存在を危ぶむ存在。

銀色の鱗をした竜がフォルトーゼの守護をしていたと言う伝説。

しかし、その実在はアルゥナイア以上に疑わしい物だったのだ。

「…しかし、なぜ?」

このタイミングで現れたのか。それはクランには思いもよらないも事だった。








幻術操作系の術はどうやら操られてていうようで効果が薄い。

人の身で相手をするには大きいと竜に変じたまでは良いが、さてどうしようか。

まずは位置取りがまずい。背後に街があるのは守るには大きい。

が、しかし相手がこちらの動きに乗るか分からない。

結局守りながら戦う事を選択肢から外せないか。

俺は四本に増えた尻尾を扇状に広げると、その尻尾から無数の木槍を飛ばす。

木遁・挿し木の術だ。

投げ槍のように放物線を描いて飛んでいくそれは、しかし規模で言えばおおきな散弾銃の様であった。

飛ばしているのは木だからな、火を吐ける竜たちには少し効果が薄いか。

次の瞬間、俺は火竜との距離をゼロにした。

クロックマスターで過程を省略し移動した結果だけを得る。すると瞬間移動したかのように距離を縮める事が出来るのだ。他の権能…ナグルファルでも可能だが、こちらは行程の省略であるので…

回転ざまに尻尾を一匹の火竜に叩きつける。加速したエネルギーもそのままに叩き付けたその尻尾の破壊力は瞬間移動では得られない物だった。

錐揉みしながら地面へと叩きつけられる一匹の火竜。

それに動揺することも無くもう一匹の火竜が炎弾を撒き散らす。

一発、二発とこちらに向かって放たれるそれを左右に旋回しながら回避する。

げ、地に伏したもう一匹の口が街を狙っている?

一瞬で距離をつめるとその顔を手で掴んで地面に打ち付ける事で攻撃をキャンセルさせる。

しかし、そこに降り注ぐ炎弾。

もう一匹のまだ健在の火竜が味方の被害もお構いなしにあられの様に撒き散らしたのだ。

着弾する炎弾。

だが、その炎は俺に害を成さない。魔力を変換して作られた炎弾は俺の身体に触れる前に魔力に戻されてしまうからだ。

それでもかの竜は炎を吐くのをやめない。

俺は睨み付ける様に見上げると、やはりクロックマスターで距離をつめた。

現れたのは炎弾を放つ火竜の上空。そこから身体を捻って尻尾を叩きつけると、自身の炎弾を超える速度で地面に叩きつけられ、そして炎弾が着弾する。

火竜は自身の火炎で焼かれていた。

俺は空をぐるりと飛び回るとそのまま姿を消した。



一方で木分身の方は状況の説明に追われていた。

「竜にへんしんしたのじゃっ」

飛び立った銀竜は黒い塊をその口から撃ち出し炎弾を打ち消した。

「怖いか?」

と言う俺の問いかけにすまなさそうな顔でアライアが答える。

「…うん」

「それで良い。人とし正解だ」

少し寂しいけれどね。

「でも…」

と一泊置いてシャルルが言葉をつなげた。

「アオの事はこわくないのじゃ」

彼女の精一杯の誠意の表れだった。

「そうか。ならば負けられないな」

ぐりぐりとシャルルの頭を撫で回す。

「い、いたいのじゃ、やめるのじゃ」

気まぐれにと護衛していたが、この彼女のためならば護衛するのも良いのだろう。


火竜帝アルゥナイアとの戦いで負った孝太郎の傷が癒えた頃、アライアとどこかに出かけた孝太郎はおっかない力を放つ剣をもって帰ってきた。

「それ、…どうしたんだ?」

「この剣か?これはアライア殿下を俺に与えた下さった物だ」

「それは宝具…いや、神造兵器じゃないか…なんておっかない物を…」

と言う俺の言葉に目を見開いたのはアライアだ。

「アオ様には分かるのですか?」

「本物を見たことがあるからな」

「なっ!?この剣は今まで封印されていたのですよ?」

「ああ、誤解させたようだ。そうじゃない。その剣は初見だよ。だが…色々、宝具を見たことがある身としてはその剣を見れば一目でそうとわかる」

「他にも神託の剣のような宝剣が有るのですか!?」

「その魔剣ほどのものはそうそうないが、俺もかつて持っていたな」

「魔剣?神剣だぞ、これは」

と、孝太郎。

「いや、魔剣だろ。命をか「アオ様っ!」…なんだ?」

アライアが大声を張り上げ瞳で語る。

言うなってか?

分かったよ。

「ふむ。封印を解いたと言ったのなら、それを使うのだろう?」

「使わないですむなら、そう思っているよ」

ふむ。

「少し見せてくれないか?」

「ん、ああ。はい」

信用しているのか、何の抵抗も無く柄を渡す孝太郎。だがもう少し人を疑え。

スサノオから簒奪した権能を発動。偸盗(タレントイーター)でこの魔剣、シグナルティンを堕としにかかる。

「何をやってるんだ?」

俺のオーラが剣を包み込んだのを孝太郎も感じたのか声を張り上げた。

能力がシグナルティンとアライアとの繋がりを絶とうとした瞬間、アライアが絶叫する。

「やめてーーーーーーっ!」

「アライア殿下っ!」

駆け寄った孝太郎は心配そうに方膝を付き苦しそうにするアライアを抱き起こす。

「何をしたんだっ」

詰問する孝太郎の声は荒い。

「この剣とアライア殿下との繋がりを絶とうとしたんだが、アライア殿下は嫌だったらしい」

肩をすくめる。

「只人の半分の命では大した威力も発揮できないだろうが…それで丁度良いのかもしれないな。…でないと…」

と、俺は手に持ったシグナルティンにオーラを込める。

途端に地面が地鳴りを上げる。

「この星を破壊しつくすのに一週間は掛かるまい」

オーラの供給をやめ、霧散させるように誘導し、破壊エネルギーに置換されること無く元にもどした。

くるりと剣身を地面に向けるとざくりと突き刺しその手を離した。


今日は孝太郎、アライアと俺とで真剣での模擬戦を行う事になった。

提案したのは俺だ。シグナルティンが宝の持ち腐れにならないように必要なことだろう。

シグナルティンの力は単品ではあやふやで、実際は振るう剣士と、制御する魔術師の二人セット出なければ真価を発揮できない。

今回はその為の習熟だ。

余り人に見せる事も出来ないと訓練場にはシャルルやクラン、フレアなど顔見知りが少数ほどだ。

今回の俺は流石に銀の竜鎧を着込む。

しかし、その手に持つのはソルではなく神々しい槍だ。

「なんかその槍すごく強烈な気配がするんだけど」

とは孝太郎だ。

「それはそうだ。これは神具の一種だ」

「なっ!?」

驚きの声を上げたのはアライアだ。

「暁の女神さまの神具が二振りあるなど…」

「ああ、違う違う」

と首を振る。

「この槍の名前は大神宣言(グングニール)と言う。そう言えばレイオスには分かるか?」

これは霊的に身体の内に入れていたために俺が実体になってしまった結果コピーされてしまった神具だ。

流石に神具の相手はソルだと彼女が心配だ。

「なっ!?」

今度は孝太郎が驚く番だった。

「グングニール?グングニールとは如何なる神具なのですか?」

とアライアが孝太郎に問いかけた。

「俺も詳しくは知らないが、北欧神話の主神、オーディンが持つ槍、で良いのか?」

「そうだな」

「なんであんたがそんな物を持っているんだよ。て言うか本物か?」

「本物か偽者かの関係は実際はどうでも良いだろう。しかし、それに見合う神秘を秘めているのならな」

「そう言うものか?」

「そう言うものだ」

さて、槍術は余り得意ではないのだが、な。

互いに刃先を向け合い試合開始だ。

戦争を経験したからか孝太郎も臆さずにシグナルティンで受けた。

キィンキィンと剣戟の音にあわせて呪文を詠唱する。

「ラナ・デル・ウィンデ」

「なにっ!?」

受けたと思った瞬間にエアハンマーの魔法が吹き荒れる。

「レイオス様っ!?」

吹き飛ばされる孝太郎。

「アライア。あんたは後ろで見ているだけなのか?シグナルティンは一人では真価を発揮しないぞ」

何のために二人での模擬戦だと思っているんだ。

「アライア殿下。大丈夫です。あいつの挑発には乗らないで下さい」

「…いいえ、あれは挑発では有りません。あれはあの人なりの指導なのです」

「そうなのですか?」

「ええ。だから次は二人で行きましょう」

「はい」

再び剣戟からのエアハンマー。

「今度は問題ありません、レイオス様っ!」

その言葉どおり、エアハンマーはシグナルティンに切り裂かれるように魔力へと変換され消失した。

「結合分断能力…ディバイダーの能力もあるのか…流石に神造兵器だ」

とと、愚痴をこぼしている暇は無いな。

周囲から凍結した氷柱が降り注いでくる。

アライアの魔法だろう。

アライアはシグナルティンと契約してから魔法が使えるようになったらしい。

現象への介入が得意なようで、氷柱のような氷柱の投射や雷の落雷なんかが出来るらしい。

地面を蹴って避けながら孝太郎へと接近する。射撃魔法ゆえに孝太郎に接近されると途端に取れる魔法が少なくなるのが今のところの悩みの種だろう。

アライアの魔法を避けるために再び近接戦闘を繰り広げる俺と孝太郎。

「くっ」

押される孝太郎は苦悶の声を上げ始める。

「避けてください、レイオス様」

次の瞬間、真上から落雷が降り注ぎ、俺と孝太郎は互いにバックステップ。落雷が二人を分断する。

雷が降り注ぐ最中アライアは詠唱を変化させていた。

『我が名はアライア!マスティルに舞う白銀の粉雪。我が名、我が命を糧として我が騎士に栄光を』

シグナルティンが込められた魔力、願いに呼応して白銀に光り輝く。

「おおおおおっ!」

力いっぱいシグナルティンを振り上げている孝太郎。

「ちょっ!おまっ!それはヤバイだろっ!?対軍宝具じゃないかっ!」

焦る俺。

振り下ろされれば彼のエクスカリバーの一撃とも言える威力で当たりを破壊するだろう。

「いっけーーーーーっ!」

いけーじゃないっ!

撃ち出された白銀の閃光。

避けるか?

げっ!?いつの間に真後ろにシャルル達がっ!?

『マルチディフェンサー』

ナイスだソルっ!

防御魔法で威力を裂きつつゼロエフェクトと呪力耐性とでシグナルティンの攻撃を攻撃色の無いものに返還させていく。

純魔力攻撃だからこそ可能な荒業であった。

衝撃派が収束した所でグングニールを構えると呪力を込めて投げ放つ。

「グング…ニール」

「うぉっ!?」

投げはなったグングニールは狙いたがわずシグナルティンにぶつかり弾き飛ばした。

クルクルと戻ってくるグングニールを引っつかむと孝太郎に駆け寄って首元へとグングニールと突きつける。

「終わりだな」

「…ああ、俺たちの負けだ」

「そうだな…だが」

俺は一度言葉を切って首を振ると言葉を続けた。

「さっきの攻撃はここぞと言う時意外使用禁止だ」

「あ、ああ…そうだな。あれは俺もびっくりしたよ」

びっくりですんだのは俺が何とかしたからだが…まあいいか。

取り合えずシグナルティンの習熟は問題ないだろう。


夜。

バルコニーで夜風に当たっていると、蒼銀の髪の女性がやってきた。

アライアである。

その面持ちは硬い。

周りには人の気配は無い。この時勢でやる事ではないのだろうが、それをするべきと判断するような重要な案件のようだ。

「風が気持ちいいですね」

「…はい」

アライアは間を空けてうなずいた。

しばらく沈黙が支配する。しかしアライアはようやくと意を決して言葉を発した。

「アオ様は…」

躊躇うように、一度言葉を開ける。

「アオ様はどれほどのお力をお持ちなのですか?」

と問う彼女の表情は真剣だ。

「ただの人間なんて千いようが万いようが…たとえ億いても敵わないくらいには強い」

超越者や神、神殺しのレベルじゃなければ相手にはならないだろう。もしくは高度に発達した超兵器であろうか。

決して無敵ではないが、この時代のレベルの人間に遅れを取る事は無い。

「シグナルティンはあなた様を止める一手になるのでしょうか」

「俺が怖い?」

「…はい」

おずおずと、しかししっかりとアライアは返答した。

「俺と同レベルの使い手の手に有るのならな。…言い方は悪いがアライア殿下とレイオスでは不可能だろう。二人では俺が持ったあの時の十分の一の威力も引き出せまい」

「そうですか…」

そうとは俺の力の事を言っているのか、シグナルティンの強さの事を言っているのか。

「とは言え、二人が協力し合えば相手の軍なんて物ともしないだろう。…俺としてはそう言う使い方はして欲しくないけれど」

「どうしてでしょうか?」

「人の争いに神威を持って解決に当たるのは良い結果を得ない。勝ったのは神の威光を借りたアライアが勝ったのであって、極論すれば勝ったのは神だ」

「いけないことでしょうか?」

「いけなくはないな。だが、神威が只の兵器となれば面倒な事になりそうだ。兵器の形をしていればそれを得るのは容易だろう?」

「…はい。なんどもそのような経緯があってあの神託の剣は封印されたのです」

「それを分かっていても解くか。…レイオスの為か?」

「軽蔑しますか?」

「為政者としてはね。…ただ、人として嫌いじゃない」

為政者としてはしてはならなかった。それは絶対だ。

「レイオスの身を守るためだけに使うに留めるべきだな。民への喧伝はしないほうが良い」

「…はい」

こくりとアライアは頷いた。

「アオ様。あなたは思慮深いお方ですね。あなた様のお力が有ればこの戦争は直ぐにでも終わると言うのに、それでもあなたは民に血を流せとおっしゃる。それは一人の武力で片付けてはいけない事を良く分かっていらっしゃるから」

「面倒事が嫌いなだけだ」

「まぁ。くすくす、そう言う事にしておきましょう」

入ってきた時とは打って変ってクスクスと笑い出すアライア。

実際面倒なだけなんだがな。

「それはそうと、アライア」

「はい」

何ですか、とアライア。

「魔剣に命の半分を差し出したな」

「魔剣ではありません、神剣です」

「人の命を食う剣なんてものは誰が作ったにせよ魔剣だろう」

「それは…」

「命の半分が無いんだ。身体も動かしづらいのだろう?」

実際彼女の動きは以前に比べようもなく緩慢だ。

「はい…」

隠せないと悟ったのかアライアは正直にうなづいた。

「元凶を断ってやろうとしたのに、わがままなお嬢さんだ」

「それは…すみません」

「いいさ。それだけレイオスが好きだと言う事だろう」

「あ、あの…」

「肯定しなくても良い。推察だが…間違ってなかったと言う事にしておく」

「それはそれで困るのですが…」

「となれば、残った半分でも日常生活くらい送れるようにならないとな。レイオスが心配するぞ」

「ですが、それは…」

出来るはず有りませんとアライア。

「幸か不幸か精孔は開いてしまっているからな。訓練しだいで何とかなるだろ」

「精孔?」

「生き物が持っている生命エネルギーは普段はそこまで活性化していない。通り道をせき止めている物があるからだ。しかし、何かの拍子にそのシコリが消え去ることがある。その状態を精孔が開いたと俺は言っている」

「はぁ…」

「開いたと言っても開いただけではただの垂れ流しだ」

見えるか?と問いかけた後オーラを放散させる。

「それは?」

どうやら少しばかり濃度を上げてやることで俺のオーラが見えたようだ。

「俺はオーラと呼んでいるな。まぁ霊力と呼ぶやつもいるし、魔力と呼ぶやつもいる。決まった呼び名は実は無い」

「オーラ?」

「…この状態でも常人よりは身体能力は上がるが…せめてそれを留め置かないともったいないだろう?」

そう言って俺は『纏』をしてオーラを留めた。

「流れっぱなしのオーラを留められれば日常生活に困らないくらいにはなるだろう」

「…教えていただけるのでしょうか」

「じゃ無かったらこんな会話はしないな。ただし他言は無用だ。流石に危険な技術だからおいそれと使える人が増えるのは好ましくない。だが…まぁアライア殿下が覚える気が有るのなら、な」

アライアは少しの逡巡の後に答えた。

「…お教え願えますか。アオ様」

「了解した、マイプリンセス」

教えるのは纏までだ、それなら構うまいとアライアの念修行を請け負った。



戦は戦勝が続き、ついに王都へと到着した。

先にレイオス達が王都に入り、アライア、シャルルは後続を勤めている。

それはほんの少しの油断であった。

伝令の言葉で少しの間シャルルはアライアと離れたのである。

そして襲撃を受けた。

襲撃した者が人間であったなら、アライアをああも容易く連れ去られなかっただろう。

しかし、襲撃してきたのは黒い獣のような何かだった。

「まったく…次から次へと…」

そう言って俺はシャルルを背に守りながら銀の輝く腕でソルを握り黒い何かを切り裂いていく。

黒い魔物と魔道兵がまったくと言っていいほど減らない。

ここが総力戦とでも言っている様だ。

この総力戦とも言える軍勢に俺は縫いとめられ、シャルルを守りきる事は出来たがアライアは浚われてしまった。

早馬でこの事態を孝太郎に知らせたのがいけなかったのか。

彼はこちらに合流することなくアライア救出に先行してしまった。

俺たちが追いついた頃には事態は解決、首魁のマクスファーンと言う男を始めクーデター一味はこの世界からはじき出されたらしい。

そう、はじき出されたのだ。クランの使った未来平気でその存在ごと外宇宙へだ。

よほどの運が無ければ彼らは生きてはいまい。

孝太郎から聞いた話だが、彼らはシグナルティンが欲しかったらしい。そのためだけにクーデターを起こし、アライアが宝剣の封印を解く様に仕向けた。

後世の歴史家は考えもしないであるクーデターの真相であった。



アライア陛下の戴冠式の日。

その歓声をBGMにこの世界を離れようとしている人たちがいた。

「ほら、あなたも行きますわよ」

クランに引っ張られるように揺り籠に乗せられる俺。

「いや、それがさー。俺の場合戻っても俺がいるわけで」

「何を意味の分からない事を言ってますの?」

「ここに居る俺はコピーだったはずなんだけど、実体を持っているんだよね。つまりもとの世界には本体の俺が居る訳。そこに俺が帰っても混乱させるだけなんだよね」

「はぁ?」

流石のクランも理解が追いつかないようだ。

「まぁそう言う訳だから、俺は残るよ。歴史は修正した。大まかな流れは変わらないのなら大河の下流は変わるまい」

そう言うと揺り籠を飛び降りる。

同時に彼ら二人の記憶を改ざんしておくのも忘れない。

虫の知らせか、戴冠式の最中にも関わらずアライア達が見送りに来ていた。

アライアもシャルルも盛大に手を振っていた。

その感動シーンに着地する俺。

「ぬわっ!?アオ、おぬしはかえらぬのか?」

驚きすぎだぞ、シャルル。

「なっ!?アオ様。あなたは未来の世界に帰られなくてよろしいのですか?」

おっと、そっちは詳しい事情を孝太郎に聞いていたんだが。

俺なんか最後まで聞かされずに推察で自己完結したというのに。

「あっちにはあっちで俺はいるから問題ないな」

いや、実際はさびしいよ?でも二人に増えてしまったんだから仕方ない。いまなら世界の壁、時の流れに邪魔されて諦めがつくし…ね。

「そうなんですか?」

「つまりアオはのこってわらわの騎士をつづけるのじゃな?」

「まぁそれもいいか」

「うむ。よきにはからうのじゃ」

そう言うとシャルルが力いっぱい抱きついた。

シャルルを抱えつつ揺り籠を見送る。

彼らが無事に帰れますように、と。


 
 

 
後書き
本編ですらない番外編へのクロス。読んでいる方の大半は意味も分からなかったと思います。原作の知名度も低いですしね。取り合えず完結まで持っていけた二作品をエイプリルフールと言う事で掲載させていただきました。他にも書いては破棄、書いては破棄とうまく行きません。次回投降がいつになるのかも分りませんが、…そろそろ戦闘物を一回くらい離れた方が良いのかも知れませんね。 

 

外伝 シンフォギア編 その1

 
前書き
この話は本編の要素を混ぜた外伝です。本編主人公達とのつながりは殆どありません。単純に能力クロスの二次小説だと思ってください。
私が書きたかったから書いた。そんな作品です。そして外伝のくせに結構長いです。
それでも良ければ楽しんでいただければ幸いです。 

 
六年前。アメリカ某所、F.I.S研究機関。

周りは半円形のドーム。その中心にまだあどけなさが残る少女が一人医療ベッドに寝かされ、さらに結束バンドでぐるぐるに固定されていた。

ドームから伸びるマニュピレーターだけがせわしなく動く。

『LiNKER投与開始』

マイクを通された音が響くとカシュっと音を立てて無針注射器が首筋に当てられる。

『続けて第二射』

カシュ

「あ…あ…あ…やめて……お願い…」

その少女の呟きにはしかし、無常にも誰にも届かなかった。

『第三射』

カシュ

無常にも三発ものリンカーが続けざまに投与された。

「あっ…あっ…あっ…うううう…あああっ…くぅ…」

少女は何かに耐えるように身を縮めさせた。リンカーの過剰投与の副作用か少女の髪が緑色に染まっていく。

『聖遺物ナグルファル、投入します』

ブーンと少女の正面から一つの機械が降下していく。

「や…やめ…」

機械が少女の咽もとの少し下、胸の中心上部へと押し当てられた。

ガシュ

「あああああああああっ!?」

少女の絶叫、そして拒絶するかのごとくその身が撥ねる。

『聖遺物、融合開始』

「あああっ!?あああああああっ!?うあああああああっ!?」

バシッバシッと音を立てて結束バンドが少女の足掻きに耐えられずに弾け飛ぶ。

少女の胸からどす黒い何かがあふれ出し少女の体を覆っていく。

「あああああああっ!」

ガシャリと少女の背中から機械らしきものが彼女の体を食い破るように現われた。

「あああああああああああああっ!?」

一瞬、その機械が縮まると少女の体にプロテクターが形成される。

そしてさらに別の箇所からも機械が飛び出し巨大化すると、次の瞬間にはプロテクターのような感じに縮小、装備されていく。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

『融合実験は成功したか』

そのマイクの外側で、幾人もの人間が歓声を上げていた。

実験は成功したかのようみ思われた。しかし…

「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

『暴走だと!?うわああああっ!?』

少女の体が黒く染まり、次いで爆発。研究機関は火の海に包まれた。

「グルルルルルッガァっ!」

少女は身を屈め、四足動物のような格好で吠えた。

全身から迸る閃光。それはただの光なんてものではなく、その一本一本がレーザーそのものの威力を伴って四方へと散らばった。

パラパラパラパラ

施設の外壁が吹き飛んだ事により夜空が見える羽陽になったその研究施設の上空に一機のヘリコプターが飛んでいる。

その中にはまだ年端も行かない少女が二人、決意した表情を浮かべていた。

『実験は失敗。処分せよとの決定が下されたわ』

と、通信の先で初老の女性の声が聞こえた。

「でも、あれは…あの人はっ…」

ピンクの髪の少女が戸惑いの声を上げた。

『もはやあれは人ではない。聖遺物と人間との融合体。いいえ、もはや人ではなく聖遺物そのものといって良いかもしれない。あれはその破壊衝動そのままに周囲を破壊し、飲み込んでしまう』

「でもっ!?」

「お姉ちゃん。わたしは行くよ。お姉ちゃんは?」

「セレナ…」

『マリア…分りなさい。あれをそのままにしておく訳にはいかないのよ』

「分ったわ…セレナ、行きましょう」

「うん。二人でならきっと大丈夫だよ」

マリアと呼ばれた少女とセレナと呼ばれた少女は決意すると二人は何も持たずに何のためらいも無くヘリコプターから飛び降りた。

歌が…歌が聞こえる。

「seilien coffin airget-lamh tron」

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

輝く光が少女二人を包み込むと、地表に落ちる前にプロテクターが彼女達の全身を包み込んだ。

シンフォギア。

聖遺物のかけらの放つ力を人類が扱える形に変えたものである。

それは人類共通の脅威とされる認定特異災害、「ノイズ」と戦う為のものだ。

ノイズとは触れたものを炭化させて対消滅する未知の化け物であり、人間だけを襲う災害だ。

普通の人間では触る事も出来ず、触れた瞬間炭化する。

その位相のずれた相手を現世に対して調律し、攻撃が通るように変換し、消滅させることが出来る力。それがシンフォギアであり、起動には特殊な特定振幅の波動…歌によってしか発現しない。

その装者への適合者はなかなか見つけられず、そのノイズの脅威から人工的に適合させようと人間の方を調律するに至っていた。

シンフォギアを身に纏ったマリアとセレナが着地と同時にシンフォギアに備わったアームドギアを

抜き放つ。

マリアは突撃槍でセレナは銀色の西洋剣だ。

上からその落下速度も加味された一撃を、その黒い獣は腕を十字にクロスさせて受ける。

「くぅっ」
「くっ…」

「ガァッ!」

クロスさせた腕を抜き放ち、その衝撃でマリアとセレナが吹き飛んだ。

ズザザー

瓦礫の粉塵を巻き上げてマリアとセレナは着地。

「ガァッ!」

四足で身を屈めた黒い獣は一直線にマリアへと迫る。

「お姉ちゃんっ!?」

叫ぶセレナ。

「大丈夫よっ!」

マリアは背中から取り出したマントを盾に耐えていた。

「セレナっ!」

「うんっ」

セレナが背後からその銀の剣を振るう。

「グルァっ」

「きゃっ」

黒い獣の少女の回し蹴りにセレナは吹き飛ぶ。

「セレナっ!」

セレナを心配しつつもマリアはその槍を黒い少女へと振るった。

猛攻に次ぐ猛攻で黒い少女の反撃を許さない。

「やぁっ!」

更にセレナの挟撃。

ギィン

しかし、それは黒い少女から生えたビームへ行きのようなものに阻まれた。

さらに放たれるビーム。

「セレナっ!」

「大丈夫っ!」

黒い少女が両腕を突き出すとギアが変形し銃口が現われた。

ビーンビーン

迫るビームをかわしていくマリアとセレナ。

「近づけない…このままじゃ…」

辺りは既に瓦礫と化している。

このまま暴走が続けばどれほどの都市が破壊しつくされるか。

「もう、あれしか…」

「まさか絶唱を使うと言うのっセレナっ!?」

「もう、それしか手が無いのっ!」

「だめよっセレナが謳うくらいなら、私がっ!」

「Gatrandis babel ziggurat edenal…」

「セレナっ!ダメよっ!させないわっ!」

気合の篭った一撃は黒い少女の右腕を切り飛ばした。

「ガァっ…」

セレナの歌が続く。

「Emustolronzen fine el baral zizzl…」

「やめてっ」

懇願するマリア。

対峙するマリアの尚早はいかほどだろう。歌いきる前に目の前のこいつを倒しきってしまわなければセレナの命が危ない。

しかし…

「再生…している…?」

黒い少女の右腕がいつの間にか再生していた。

「シンフォギアのエネルギーを腕の形に再構成したというの?」

驚愕のマリア。

「だからってーっ!」

アームドギアを手に突撃を繰り返すマリア。しかしその槍を黒い少女が掴み取った。

「グルァっ!」

「なっ!?」

次の瞬間、槍が光に分解されるように消え去っていった。

「そんな、時間はまだ…こちらのギアが解除される!?」

パリンと言う音を立ててマリアのシンフォギア、そしてセレナのシンフォギアも解除された。

「きゃっ」

「セレナっ!」

すぐさまセレナに駆け寄るマリア。

『離れなさい、二人とも』

「マム?」

「お姉ちゃんっ」

セレナがマリアの手を引いて駆ける。

「ああああああああああああっ!」

吠える黒い少女に向かって一筋の光が走る。

「ぐらぁっ!」

光は黒い少女のシンフォギアを分解していく。

「ううううう…あああああああっ!」

『出力不足…ですか…』

分解は中途半端に終わり、黒い少女は顕在。

絶望が周囲を包み込む。

「ぐるるるるるるるる…ぐらぁっ!」

黒い少女がジャンプする。

「逃げたっ!?」

「…助かったの?」

『果たして、助かったと言えるかどうか…』

黒い少女は空を掛け、途中でその姿が計測できなくなる。

こうしてシンフォギアによる聖遺物と人との融合実験は失敗に終わった。


二年前。

黒い少女は衛星軌道にて漂っていた。しかし、時間と共に重力に弾かれて落下する。

ギアに守られて燃え尽きる事なく地表へと落下し、そしてギリギリのところで減速。

場所は日本、高尾山中腹に小さなクレーターが出来た。

「あたたたたたっ…」

クレーターの中心で悲鳴を上げる少女が一人。

腰をも超える緑の黒髪を払いながら立ち上がる少女。

「ええっと…」

少女は記憶が混濁していた。

「いつもの転生…ではあるのだけれど…記憶が混濁…というより、何も覚えてないわ…」

戦闘技術に関する記憶は大体有しているようだが、自身を確立する記憶に霞が掛かっている。

「わたしは…えっと……うーん…」

ちらりと胸元を見ればネームプレートが掛かっていた。

「ミライ=ハツネ…どっちが苗字?ハツネ、かな?」

考えて、とりあえずとこの名前をしばらく使うことに決めた。

「とりあえず、ここ、どこ?」

体は、見渡す限り外傷は無い。服装は病院服のようなものを着ている。

それなのに回りはクレーター。その外は森林。

「とりあえず、街まで歩けるといいなぁ」

フラフラと適当に密林を歩くその足はしかし、しっかりと街へと向かっていた。

遅れてどこかの機関のエージェントがそのクレーターを取り囲むが、その包囲網から逃れるように的確に穴を縫って歩いていくミライ。

「東京…地球型の世界の日本かな…」

周りの文字や建物を見てそう呟くミライ。道中の服屋で着る物を拝借して街を歩いていた。

「あー…戸籍や国籍なんか有る国でこの年齢は…ちょっと…」

13歳ほどのその姿。そう呟いても変化で歳を誤魔化す事はどうしてかうまく行かなかった。

「なじむまでもうしばらく掛かりそう…かな…」

とは言え、仕事も出来ないし…

数日、ミライは東京都内をふらふら歩いていた。

落ちていた新聞やコンビニでの立ち読みなどでの情報収集も忘れない。

「認定特異災害、「ノイズ」ねぇ…」

どうやらミライが転生した世界はまたしても安寧な世界では無いらしい。

ぐったりと公園のベンチに腰をかけた。

「ぐす…へいき、へっちゃら…」

隣から泣き声が聞こえる。どうやら先客がいたらしい。

見たところ同じくらいの年頃だろうか。

「ぐす…ぐす…」

公園の時計は七時を指し、日は完全に落ちて回りは真っ暗。公園を照らす蛍光灯だけが全てだ。

「…帰らなくてもいいのか?」

「ぐす…もうちょっとだけ…ここに…居る…」

「あそう…」

しかし、そろそろこの年齢の少女は帰らなければいけない年齢だろう。

「あー、もう。帰るぞ、ほら」

「え、ええ!?」

「泣いていて解決できる事は少ないぞ」

そう言うとミライは強引にその少女の手を取って歩き出した。

適当に歩いているように見えてその実しっかりとその足はその少女の家へと向いていた。

「ああ、これは…」

彼女の家に着けばそこには罵詈雑言がそこかしこに貼られていた。いや、ペンキで直接書かれているものまで有る。

「響っ!」

バタンと玄関の戸が開け放たれて中から中年の女性が現われた。

少女…響と呼ばれた少女の母親だろう。

「おかあ…さん…」

呼び返した少女をその母親はその両腕で抱きしめた。

「ありがとうございます。娘を連れてきてくれて…」

「あ、いえ…別に…」

「もう遅いから、送っていくわ」

迷惑かもしれないけれどもと小声で言った。

何があったかわらないが、これだけの誹謗中傷が貼り付けられているのだ。

「あ、いえ…あの…その…」

「お願い、送らせてちょうだい」

と響のお母さん。

「…帰る所、無いから」

「え?」

その言葉に二人の視線が向いた。

「記憶、無いんだよね。だから、どこに帰っていいか分らない」

「そんなっ」

泣いていた響が心配そうに目を見開く。

優しい子だ。

特異災害ノイズの所為でそう言う子供も少なくは無かった為に響の親は特段驚いてはいない。

心的ストレスによる健忘。そう言うのもテレビで拡散されて久しい。

少し前にそれこそノイズによる極大な災害があったばかりで、言ってしまえば響もその被害者だった。

「こんな家だけれど、泊まっていきなさい」

「え?でも迷惑じゃない?」

「迷惑なんかじゃないよ」

と響も母親の言葉を援護する。

「じゃあ一泊だけ…」

そう言うとミライは響の家に厄介になる事に決めた。

その日の夕飯は久しぶりに人の手で作られたあったかいご飯だ。

「えっと、ミライちゃんはこっちね」

そう言う響は手招きしながら自分の部屋へと案内する。

そして当然の様に自分のベッドへと招いた。

「一緒に寝よっ!」

「え?」

ベッドに引きずり込まれたミライは響に抱きつかれたまま離してくれない。

パリンッ

「人殺しーっ!」

家のガラスが破られ、罵声が響く。

「何っ!?」

ギュっとミライの服を握り締め、震えている響。

「へいき…へっちゃら…」

「何がへっちゃらなんだよ…たく…」

ミライは響を振り払いベッドを抜け出す。

「ミライちゃん、どこへ?」

「わたしには響たちの問題を解決する事は出来ない。だけど…だけどね?自分の家は安息できなければウソだ」

階段を下りるとガラスの破片を処理している響の母親と祖母。

「ミライちゃん、何処に?」

母親の言葉を無視してガチャリと玄関のドアが開かれる。

「ミライちゃんっ」

響の問いかけ。

「ねぇ、魔法って知ってる?」

「魔法?なに…何を言っているの?」

ミライはすたすたと塀垣に近づくと光る指先で何かを綴っていく。

それは文字のようだが、いったい何の文字だか響には分らなかった。

ミライが四方の塀にその何かを刻み終えると近隣からの罵声が突然止んだ。

「さて、…寝る」

そう言うとミライは響の部屋に戻るとベッドに入り寝息を立て始める。

「ちょ、ちょっとミライ…ちゃん?」

不思議とその日の夜は喧騒から遠ざかった。

訳も分からない響は考えるのをやめるとミライの眠る自分のベッドへともぐりこむ。

ぎゅっとミライを抱きしめた響は久しぶりにぐっすりと眠る事ができたのだった。

宿無しの生活にミライも疲れていたのだろう。次の日に皆が起きる前に出て行く計画は自分の寝坊で頓挫していた。

「しまった、寝過ごした…」

起きたのは朝ご飯のいい匂いがしてきたからだ。

上体を起こすと付いてこない右腕。

「…あー」

そう言えばこの子のベッドで寝てたんだった。

抱きついている響を丁寧に引き剥がす。

ゆっくりと部屋を出ると階段を降り廊下へと出る。

「あら、おはよう。ミライちゃん」

丁度、夕飯の準備も終わり響を呼びに行こうとしたのだろう。

タイミング悪く見つかってしまったようだ。

「ご飯、食べていく?」

「あ、いえ…」

ぐぅ…

お腹の音が鳴った。

「くすくす…どうぞ、朝ご飯、出来ているわよ」

いち、に、さん…四人分の朝食がダイニングに並んでいる。

父親は確認できなかったので、ミライの分が含まれているのだろう。

「おはよう、ミライちゃん。ごはん、いただきましょう」

遅れてやってきた祖母がそうミライを誘う。

「あ…うん…」

何となく頷いてしまいそのままダイニングへと座った。

「わわわっ!時間、時間が無いよっ!もう未来が来ちゃうっ」

響が慌ててやってくる。

「何回も起こしたでしょう」

やれやれと響の母親が肩をすくめた。

「あ、ミライちゃんもおはよう、いただきますっ!」

あぐあぐと朝飯をかきこむ響。

バタバタと自分の部屋に戻ると制服に着替えて降りてきた。

ピンポーン

「わわわ、未来もう来ちゃったっ」

洗面台の鏡の前で寝癖を撫で付けているが一向に纏まらないそれを諦めて響は駆けていった。

「ああああ、あのね、ミライちゃん…えっと…わたし、学校だから…えっと…」

「はいはい、行ってらっしゃい」

ミライはそう言うと目の前の紅鮭に取り掛かる。

「い、いってきまーす」

駆け出していく響。

それに代わるように母親がダイニングに座る。

「ねぇ、ミライちゃんは魔法使いなの?」

「怖い?」

と言うミライの問いかけに響の母親は左右に首を振った。

「昨日使った魔法は何?」

「…悪意や敵意を持ってこの家に近づく人を迷子にさせるおまじない」

「そう」

「信じるの?」

「信じるわ。だって、久しぶりにぐっすり眠れたもの」

それほどまでに毎夜罵詈雑言に悩まされていたのだろう。

「さて、ごちそうさまでした」

両手を合わせると席を立つ。

「ま、まってっ」

「…?」




「はぁはぁはぁはぁ」

立花響(たちばなひびき)は走っていた。

「ちょ、ちょっと響、そんなに急いでどうしたの?」

後ろを付いて走るのは響の数少ない友達の小日向未来(こひなたみく)だ。

「ちょ、ちょっとねっ」

バタン

勢い良く玄関の扉か開かれる。

「お、おばあちゃんっ!」

「なんだい、響」

出迎えたのは響のおばあちゃん。

「ちょっと響っ」

ようやく追いついた未来。

「み、ミライちゃんは…?」

ついっと祖母の指先が二階を挿した。

ダダダダッバタン。

勢い良く開けた響の部屋。

「そんな…わたし、まだ…」

「ど、どうしたの?響…」

心配そうな未来の声。

「わたし…まだ…お礼も言ってないのに…」

ポロリと涙が一筋響の頬に落ちた。

「響…」

それを見てぎゅっと未来が響を抱きしめた。

「じーーー」

「え?」
「はっ!?」

第三者の視線を感じて響と未来は正気に返った。

振り返ると両手を目の正面に持ってきているがその指は開かれていた。

「あ、いえいえどうぞ。お構いなく。…目、瞑っておくね?」

一度指を閉じたミライだが、しかしやはり指を開いていた。

「ミライちゃんっ」

感極まったと言う感じで響がミライに抱きついた。

「ぐあっ…ぎぶ…ぎぶぎぶ…」

なかなかに強い鯖折りだった。

「わたしっお礼も言えないうちに居なくなったかとっ!」

「ひ、響…きまってる、きまってる…あ…」

「あた、あたたたたた…がくり…」

ガクリと膝から倒れこむミライ。

「ちょっとミライちゃん、ミライちゃんっ!?」

「ゆ、ゆらさない、響、トドメ、トドメさしちゃってる!?」


「ひどい目にあった…」

リビングで麦茶を飲みながらそうグチを零したのはミライだ。

「たははは…ごめん…」

「それで、響、この方は?」

「あ、えっと…そのー…あのー…」

「じとー…」

「えっとね…なんて言っていいか…」

「前に響言ったよね。二人の間に隠し事はしないってっ!」

「あ、うん…それはね。もちろんわたしの事なら隠し事なくすべて言えるんだけどね?」

追及を何とか逃れようとする響を追い詰める未来。

「初音ミライ。職業、魔法使い。今日から響の家に厄介になるわ」

「え?」

「そうなのっ!?」

「なんで響も疑問系なのよっ!」

「いや、だって、わたしも初めて聞いたんだもの」

「響を責めないでやって。彼女の母親とわたしとで今朝響が学校に行ってから決めた事だから」

「ふーん、それで?職業、魔法使いってのは?」

「言ったまんま。わたし、魔法使いなんだ」

バッバーン。

「てー訳なんだ…、ね、未来にも言い辛くて…ゴメン…」

「じとー…」

未来の瞳が胡散臭そうにミライを見つめている。

「まぁ信じなければ信じないで別にいいよ」

「それで、どうしてミライさんは響の家に?」

「いやぁそれが、わたしってば記憶喪失?では無いね、記憶が混濁していてさ。日常生活には支障がないけれど、知識を抜かした記憶?が抜け落ちているんだよね。実際、自分の名前も分っちゃい

ない」

「え?」

「それも気がついた時にぶら下がっていたネームプレートに書いてあっただけだしね。自分が自分

であると言う確証がないんだ」

と言う言葉で未来の表情が曇った。

「それで街中をふらついていた時に響と会ってね。そしておばさんにしばらく居ないかって誘われたの」

「へぇ…」

「そうだったんだー」

冷たい視線の未来とは裏腹に響はうれしそうだ。

「ちょっと響、こっちに」

「え?なに…うわぁっ…」

腕を引かれて未来に連れて行かれる響。

無いか密談する二人。

「大丈夫だよ、へいき、へっちゃら」

「響…」

幾つか言葉を交わした後響の言った事にどうやら未来があきらめたようだ。

「同居はおばさんが決めて、響もみとめた事だからとやかく言いませんけど…」

「ああ、はいはい。君の響は取らないよ…たぶん」

ボッと一瞬で真っ赤に成った後に烈火のごとく怒り出した。

「たぶんってなんですか、たぶんってっ!」

「いや…だって未来はどうなるか分らないし」

「もうっ!」


衣食住が確保されたミライは…

「見事にニートね」

未来の辛らつな言葉が響く。

未来が響の家に遊びに来てまず伺うのがミライの部屋。

証券取引所が閉鎖される土曜、日曜、祝日はミライの起床は昼を越える。

普通にしていたら、だが…

結局、毎度の如く遊びに来る未来がダラダラとすごしているミライに活を入れる事になる。

ザザーッ!

カーテンが勢い良く開かれ、朝日が部屋の中を蹂躙する。

「う…うーん…」

「毎度の如くまだ起きないか…」

「未来もいつもどおりだけどね…」

「何か言った?響」

「う、ううん…何も?」

起きないミライに業を煮やした未来はミライのその布団を何のためらいも慈悲もなく引っぺがした



「うっ…さむい…」

いきなりお布団というぬくもりを奪われたミライ。寒さにもだえて身を縮こませた。

「まだ起きないか…このひきこもり娘は…」

「未来?」

何かを決心した未来は敷布団に手を掛けた。

「てぃやっ!」

「未来っ!?」

「あだっ!?」

ゴツンとベッドから落とされてようやくミライは覚醒した。

「響、未来?」

眠気眼を擦ってミライが問いかける。

「今日は三人で出かける約束。忘れたの?」

と未来。

「そうだっけ?」

「そうよっ」

「未来…わたしに厳しくない?」

「そんな事ないっ。あなたがズボラなだけじゃない」

プイっと横を向いた後怒った顔でにらまれた。

「ごめんなさい…」

「み、未来もそれくらいにして…せっかく三人でデートなんだからね。楽しもうよ。ね?」

「響…」

響にたしなめられて未来が少ししゅんとする。

「と、言うわけだからさっさと準備しなさい」

ツンと言う表情で未来はミライを急かした。

「はーい…」

「きびきび動くっ!」

「はいっ」

バシっと活を入れられて飛び上がった。



街に三人で繰り出す。

太陽は燦々と輝き、天気は晴天。

「じー」

「な、何かな?」

未来の視線がミライの財布を直撃。

「それ」

「これ?」

「どうしてあなたはそんなに大金を持っている訳?」

ミライの財布には諭吉さんがぎっしり詰まっていた。

「それは、ほら…わたしってば魔法使いだし?」

「じとー」

「……あははっ」

「じととー」

「別に隠すことでもないけど。そろそろわたしのこと名前で呼ばない?」

「え?」

「え、気がついてなかったの?未来、わたしの事あなたとか、そこの、とかしか呼んでないよ?」

「あ、それわたしも気になってた」

と響。

「み・ら・い」

「うっ…」

「ほらほら未来、呼んであげてよっ」

「ううぅっ…」

ミライと響の攻撃に真っ赤になってうつむく未来。

「み…みっ…み……」

「ほらほらっ」

くるくると回りながら道を歩くミライ。

注意力が散漫になったためかミライは誰かとぶつかった。

「わわっ」

「っ…」

「ミライちゃんっ!?」
「ミライっ」

「あたたたたっ…」

摩りつつ立ち上がるミライ。

「いま、ミライって呼んだ?」

「知りませんっ」

プイっとそっぽを向く未来。

「そんな事より」

未来の視線がミライのぶつかった誰かへと向く。

「大丈夫だった?」

ミライが自分がぶつかった人物へと手を差し伸べた。

見た感じは長い銀髪の少女。しかし、その目が中々に濁っている印象を与える。

「くっ…」

少女は立ち上がると走り去っていった。

カランカラン

ペンダントのようなものが道路に落ちた。

「これ…」

未来が拾い上げたペンダント。

しかし少女は走り去っていた。

「どうする?交番に届ける?」

「かしてっ」

「あ、ミライちゃん?」

ミライは奪い去るようにペンダントを受け取ると人の流れなど物ともせずに縫うように走る。

人の流れが少なくなり、人通りの無い裏路地へと走る少女の影を捉えてすぐさま追いかける。

「まってっ!」

「っ!」

呼び止められてびっくりして振り返る少女。

「これ」

チャラリと手のひらから見せるペンダント。

「それはっ!?」

ガサゴソと少女は自分の服の内、ポケットなどをまさぐりながら探すが目的のものは見つからない。

「それを…返せよっ」

襲い掛からんばかりの怒気。

「返すのはかまわないんだけれど…それについて少し教えてくれないかな?」

ポイッとペンダントを投げ渡す。

「それ、かなりヤバイものみたいだけど…?」

「これが何なのか、知ってるのか?」

「だから、知らないから教えてって言ってるんだけど?」

ミライには問いたださなければならない訳があった。

少し見ただけだが、響を、そして自分を蝕むそれと似た波動を感じたのだ。

「くっ…」

後ろ向きに走り去る少女。

「悪いけど、逃がさないよ」

グンと景色から色が薄れ、喧騒が聞こえなくなる。

ついでにミライの両目が真っ赤に染まった。

万華鏡写輪眼・桜守姫(おうすき)だ。

「なんだ、なんだこりゃぁ!?」

辺りから人が消えた事に驚きを隠せないらしい。

「実はわたし、魔法使いなんだ」

「へっ、そうかよ。だったら遠慮はいらねぇって事だっ」

少女はミライが返したペンダントを胸の前に構える。

「Killiter Ichaival tron」

少女の歌声にそのペンダントが共鳴、反応しエネルギーを放出。それをプロテクターの形に形成して身に纏っていた。

「人がいないのは好都合っ!」

いつの間にか少女の両腕にボウガンが現わる。

「わりぃが…死んでくれ…」

両手のボウガン引き金が引かれた。

「なっ!?」

光の矢がミライを襲ったがミライの目の前に防御障壁が現われ弾かれた。

「くっ…」

ガシャンと腰のアーマーが開かれると、どう見ても収納量を超えたミサイルが発射される。

人間一人には明らかに過剰戦力とも言えるそれが着弾、爆発。ビルが弾け飛ぶ。

「ビーム兵器、アーマー形成以外のエネルギーの物質化まで…」

ミライはグンッと地面を蹴ると少女に接近して回し蹴り。

「がっ!?」

そのまま少女は放物線も描かずにビルへと突き刺さる。

パラリとコンクリートが落ちると体をどうにか引きずり出したようだ。

「シンフォギア装者でも無いのにこの威力…化け物かよ…」

「シンフォギア…それがその力の名前かな?」

「しるかっ!」

彼女の口が歌を紡ぐ。

「歌による共鳴?出力が上がったかな」

少女の歌に反応するように身に纏ったプロテクターが力強さを増す。

いつの間にか少女の両腕のボーガンが巨大な二連ガトリングに変形していた。

「物質の再構成まで…!」

そしてばら撒かれる銃弾。点でなく面での制圧。

ミライはビルの壁を蹴りながら駆け上がってかわす。

「こいつ、あたしのイチイバルを持ってしても…っ!」

焦る声が響いた。

「イチイバル…(いちい)の木の弓…遡れば…なるほど、ウルの弓かっ!」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよっ!」

「それは聖遺物を共鳴、エネルギー変換しているんだっ!」

「詳しい事なんてしらねーよっ」

バシュバシュとバルカン砲を撒き散らしている間にも少女はミサイルを撃ち放つ。

あっという間にビルは蜂の巣…を通り越して瓦礫の山になっていた。

「とったっ!」

最後の足の踏み場を少女の弾丸が撃ち砕き、完全に空中へと躍り出るミライ。

少女の銃口がフルバースト。

慌てずにミライは印を組み上げた。

「火遁・豪火滅却っ」

ボウッとミライの口から巨大な火の玉が壁を作った。

「そんなんありかよっ!」

炎がミサイルを爆発させ、その爆風がガトリング弾の軌道を逸らす。

爆風に煽られながら地面に着地、対峙する。

「お前さっき魔法使いだって言ったじゃねーか」

「あ、うん…」

「今のは何だよ、今のはまるでNINNJAじゃねーかよ」

「ちょ、ちょっと!?なんか今のはニュアンスが違うよっ!?確かに今のは忍術だけれどもっ!」

「だったらNINNJAじゃねーかよっ!」

ガトリングが飛んでくる。

「ちっがーう。わたしは忍者っ!NINNJAじゃ無いっ!」

「おんなじだろーがっ!」

「ちっ・がっ・うっ!」

右手の先にディフェンサーを現し、弾いた後に威力負けではじける前に飛び逃げる。

「球切れの無い実弾兵器がこれほど面倒だとは…っ」

逃げる先々を襲うガトリング。

「知りたい事も大体知れたし、今日はお開きって事にしない?」

「出来るわけねーだろっ!」

「だよねぇ…やる気満々だものねぇ…だから、…逃げるっ!」

そう言うとミライは転移を試みる。

しかし…

ドクン…

「がっ!?」

それは権能に端を置く能力。移動の権能。その源は…

ミライが胸を押さえてうずくまる。

「何だかしらねぇが…うらむなよっ!」

バシッバシッ

ガトリングは咄嗟に張ったプロテクションが弾き飛ばした。

「なろーっ」

続けざまに放たれるそれにプロテクションにヒビが入る。

ドクンッ

「胸が……あつい…これは…」

歌が…歌が頭に浮かぶ…

「Aeternus Naglfar tron」

胸の中心から閃光が迸る。

閃光は宙を貫く柱の如く立ち上り、収束する。

「なんだ…なんだってんだよ…これは…まさか…」

と少女の声。

あふれ出す力が形を成してミライの身を覆う。

幾つもの大盾、金剛、ミサイルのような近代兵器がその身を覆い収束し小型化されてプロテクターへと変換する。

「ぐぅ…ああああああああっ!?」

その負荷は脳を沸騰させそうだ。

バラバラと降りかかるガトリングはしかし、ミライを覆う余剰エネルギーに弾かれた。

「あああああああああああああああああああっ!?」

ヘッドギアにピンクのリボン、腰には小型のバーニア、背中には小型の排気口を備えたスラスターが見えた。

そのくせ肌に付くプロテクターは灰を基調としたカットソーにエメラルドグリーンのネクタイ。黒とエメラルドグリーンのチェックのミニスカートに靴と一体化している黒のオーバーニーソックスだ。

バシューーーーーーーッ

プロテクターの各部が開きフォニックゲインが排出される。

「シンフォ…ギア…」

「はぁ…はぁ…なるほど…ね」

荒い息を整えるミライ。

「この胸の中にある違和感はシンフォギアだったのか…」

グーパーと拳を握りこんで確かめるミライ。

「何だよそれ…なんだよそれはっ!フィーネーっ!」

ドドドドドッバシュー

バルカン砲に小型ミサイル、大型ミサイルとフルバーストでミライを襲う。

ぐっとミライは身を屈めると後方にジャンプ。

「おっと…まるで硬で強化したほどの威力…」

空中でバック宙。

「背後が丸見えなんだよっ!」

「くっ…」

ヒューン…バシュッ

背中のスラスターが火を噴いた。

パラパラパラとバルカン砲がミライを襲う。

背中のプロテクトパーツが変形発光するとようやく慣性がミライの制御下に入ったようだ。

「空を飛ぶって言うのかよーーーーーーっ!」

目の前の光景を否定するかのように弾薬の雨アラレ。

「ふっ」

再度スラスターを点火させると弾薬を避ける避ける避ける。

「馬鹿にしてーーーーーーっ!」

少女の歌が強烈になりそのビートもアップ。それに伴い攻撃が強力になっていく。

避けられないものは右手を突き出し、その先に顕現させた障壁で弾くと一際大きなミサイルがミライを襲う。

右手を突き出すと右手のギアがパージされ棒状に伸びる。

「アームドギアまでっ!?」

握り締めたそれの刃先が緑に染まった。

「ネギぃっ!?」

「そんなものでーーーーーっ!?」

「わたしもそう思うけどーーーーーっ!」

握り締めた長ネギを構えミサイルに向けて一刀両断。ネギを叩きつけてミサイルの爆発前に離脱する。

ドクン…ドクン

「あつっ…」

胸の内の熱にたまらずとミライはスラスターを吹かし地表まで降りると両足を地面に付ける。

「ぐぅっ…」

食いしばる牙が獣のよう。

胸から黒い波動が迸りミライを包み込み、同時に高まるエネルギーがギアをさらに変形させていく。

「なんだよ…何なんだよっ!?」

驚きの声を上げる少女。

両腕を地面に付けるとそれはまるで黒い獣のよう。

思考が破壊を求め始めるのが分る。

「あああああああああああああああああああああああああっ!?」

咆哮絶狂。

塗りつぶされそうな思考を何とか繋ぎ止めるミライ。

「ああああああっ!っ…道具になんか負けるかよっ!分ってるだろっミライっ!」

ミライの口から誰かの言葉。それに触発されたのかミライの口から歌がつむがれる。

「Aeternus Hrymr tron」

次の瞬間、一瞬巨人が幻視されたかと思うと胸から広がる黒い波動は白色に塗りつぶされていく。

「聖詠の二重詠唱…だと…?」

驚愕の表情を浮かべる少女。

「ぷはぁっ…はぁ…はぁ…」

膨大な破壊衝動は身を潜め、変わりに神々しいまでの神気。

身に纏うのは巨大な翼を模した大きな盾だ。

「なんだよそれっ!そんなん有りかよっ!」

クリスの腰にあるギアがカシャっとスライドし、大量のミサイルが吐き出されると、ミライのギアの羽の一枚が可動するとミライの正面に回りこみ大きな盾を形成する。

ドドドーン。

着弾と爆発。

しかしミライはびくともしない。硝煙の煙や酸素濃度の低下などはギアを纏っている状態では保護される。

おそらく無重力、空気の無い場所でも問題なく活動できるだろう。

少女のイチイバルによる攻撃はミライの大きな盾によって完全に防がれていた。

だが…

「やば…限界…修行ぶそくだぁ…」

いきなりのシンフォギアの装着、また暴走、さらに二重詠唱と負荷がかかりすぎてすでに満身創痍のミライだった。

シンフォギアが解除されていく。

ミライは負荷の掛かる体をなんとか起こした。

「へ、限界かよ。だっせーのな」

「いやぁ…面目ない…修行不足だったわ」

「その余裕ぶった顔が気にくわねぇ」

ジャキっと銃口を向けるイチイバルの少女。

「ようやく一つ権能を使えるようになっただけだしね…いやはや…まいったまいった」

その顔はあっけらかんと余裕の態度を崩さない。

「悪いがこれで終いだぁーーーーっ!」

ドゴンと放たれるミサイルに大量のバルカン砲。

バルカンの着弾を前にミライは右手を突き出すと残ったシンフォギアのエネルギーで盾を作り出す。

「だが、コイツはかわせねぇっ」

「うん、だから。バイバイ」

残ったシンフォギアエネルギーが胸元に集まったかと思うとギアがパージされる一瞬の発光を目くらましにミライの姿が消え去った。

消えたミライを標的にすることは出来ずにミサイルは後ろのビルを吹き飛ばすだけだった。

「ちっ、転移したってのか?」

残された少女の呟き。

「結界外は何の影響も無いとか…どんだけだよ…アイツ…」

解かれた結界。人の喧騒の戻ってきたそこは無傷のビルが立ち並び、戦いが夢であったよう。


プルルルル

ミライの持つ携帯電話が鳴る。

「はい」

『ミライちゃん、今どこ?』

響の声が携帯電話から聞こえた。

「あー、えっと…」

きょろきょろと左右を見渡すと有名なコーヒーショップを見つけた。

「ちょっと疲れたからスタバでお茶してる」

『もう、ミライちゃんはあいかわらずマイペースだね』

その直ぐ傍で未来がなにか呆れたような言葉を言っていたような気配がしたが電話口の為に良く聞こえない。

『じゃあわたしたちも直ぐにいくから、まっててね』

「はいはい…」

ピっと通話を切るとミライはため息を零す。

「マイペースはどっちだか…」

四人がけのコーナーのボックスシートを連れが来るからと一人で陣取り注文したモカを一口。

「シンフォギア…わたしの胸に埋まっているもの…そして…」

響の胸に埋まっているそれ。

聖遺物(ちからあるなにか)を制御したもの…でもその出力はSS魔導師をも軽々と超えるポテンシャル…」

ツーともう一口モカを口に含む。

苦い。

「クンフー不足。記憶のトレースが不完全だから経験値が足りてないんだ」

力の御し方は分る。しかし、どこかぎこちない。

「記憶喪失だからなぁ…わたし…」

戦闘技術に関するそれにきっと不備は無い。しかし記憶と記録は別、と言う事なのだろう。

「とりあえず…明日からがんばるか…」

幸いにしてどうすれば良いかは知っている。


夜…

いつの間にか…いや、いつのも如く響がミライのベッドに入ってくる。

週に何回か、何か不安を感じると人のぬくもりを無意識に求めているのだろう。

最初の一回を拒否しなかったミライは、響との添い寝がなし崩し的に続いていた。

響のはだけた胸元にfのような傷跡が覗いている。

「これも、どうにかしないとねぇ…」

なぞるその傷跡の奥には聖遺物が埋まっている。

幸い、ギアによる制御を目の前にして、さらに自分でも実感した。制御術式を構築する事は出来るだろう。

「はぁ…頭がいたいわ…」

面倒と投げ出してしまいたいが、厄介になっている身で見捨てる事なんてミライには出来ない。

それほどにはミライは響を好いていた。

「なんかもう今日は疲れたから寝よう…なんだよ、ひとの気も知らないで安心したように眠りやがって…」

もう一度ため息をついてミライの意識も夢の世界へと旅立った。


「はっはっはっはっは」

早朝のランニングはハイキングコースを離れ、登山道へと入る。

広く開いた清々しい広場。

「はぁ…はぁ…ふぅ…」

目的の場所に着いたミライはクールダウン。

最近のミライのお気に入りの場所で、そして修行場所だった。

誰も居ないはずのその場所は、しかし今日は先客がいるようだ。

「はっ…やぁっ…はぁっ」

木刀を振り下ろしている少女が一人。

その動きは流麗だが、どこか思いつめているのがその剣筋に透けて見えた。

「すまない。ここは君の場所だったか」

振り返った少女。

周りの丸太が乱立し、そりたく壁には幾つもの登り痕がみえるアスレチックに改造されているようなその場所を見ていった。

「いえ、別にわたしの場所と言うわけではありません。人の入ってこないようなここは何してもバレませんからね、好き勝手しただけです」

「くすくす…そうか…」

剣術少女がほのかに笑った。

「君も剣をやっているのか?」

「見れば分りますか」

「ああ。私も剣を嗜む身だからな。だからこそ分る。ここを使う者の技量が」

すっと背筋が正される。

「手合わせ、してはもらえないだろうか」

「こっちも久しぶりに模擬戦をしてみたかったところです。よろこんで」

武術を嗜むもの同士の良く分からない思考の…嗜好の一致があったのだろう。

ミライは応と答えた。

竹刀袋から一本の木刀を取り出し、構える。

「短いな…」

対する少女が呟く。

「対する前に、名前、教えてください」

と言うミライの言葉に少女はきょとんとした顔をした。

「君は…私の事を知らないのか?」

「…?」

「いや、すまない。これでも私は有名だと思っていたものでね」

と言って肩をすくめた後、少女は名乗る。

風鳴翼(かざなりつばさ)だ」

「かっこいい名前ですね」

「なっ!?んっん…それよりも君の名前は?」

「初音ミライです」

「君の名前はかわいいなっ!」

名乗った瞬間、ミライは駆ける。その木刀の一撃を返す刀で翼が受けた。

一合、二合、三合。

木同士がぶつかる鈍い音が響く。

「強い…ですね…」

「そっちもなっ!」

「それじゃ、ギアを上げますよっ」

一度距離を取ると一直線に駆けた。

「御神流・射抜き」

「突き技かっ!」

手首を返してその突きを流す翼。

「やりますねっ!」

「やはり、お前のはそれは剣道ではなく…」

「はい…剣術、です」

お返しとばかりに振られる翼の木刀を今度はミライが捌いた。

「でも、それはそちらもでしょう?」

「違いないっ」

翼がにやりとうれしそうに笑うそれにミライもつられて笑った。

更に幾合打ち合っただろうか。

「さて、そろそろ手加減をやめて欲しい頃合なのだがなっ」

ミライとの鍔迫り合いを力任せに弾き、距離を取ると翼が言った。

「あちゃ、バレてました?」

「今までの足の運びと、地面の(それ)を見て察せぬ私では無い」

踏み込みの歩幅、重心の移動などのそれを見て取ったのだろう。

構えを解くと竹刀袋へと移動し、中からもう一振りの木刀を取り出した。

「二刀流…」

「小太刀二刀流ですね」

二人の剣気が跳ね上がる。

「いきますっ」

「来いっ!」

ミライは二本の小太刀を巧みに操って攻める。

「これは…二刀流は実戦に向かないと誰もが敬遠するが…」

ガシッガシッと木刀が合わさり、捌く音が響く。

「恐ろしく洗練された実戦剣術…くっ…」

「御神流・虎乱っ」

高速な二連撃。

一本の木刀では捌ききれずに木刀を弾き飛ばされ、翼は体勢を崩す。

「はぁっ!」

好機とばかりにミライは木刀を振るった。

「はっ!」

しかし翼は崩れた体勢をそのまま流して地面に両腕をつけると振り上げた足でミライの腕を狙って蹴り上げた。

蹴り上げられた右足にミライは堪らず、木刀をクロスさせてガードした後に飛び引いく。

「やりますね」

「いや、すまん…私の負けだ」

「体術禁止とは言ってませんからね」

「そうか…だが、ここらで休憩しよう」

「そうですね」


横倒しにしてある丸太へ移動する。どうやら思いつきで来た様な翼にミライはタオルを投げた。

「使ってください」

「すまない」

1リットルのスポーツ飲料水のペットボトルの口を開け、半分ほど飲むとミライはそれも翼に投げ渡した。

「飲んだ方が良いですよ」

「着のみ着のまま来たからな、何も準備していなかった」

翼はお言葉に甘えてとキャップを開けると口に含んだ。

「間接キスですね」

ブーーーーーーーーーっ

綺麗な放物線を描き。虹が出来た。それほど見事な霧吹きだった。

「ああ、もったいない…」

「けほっけほっ…」

ジッとキツイ視線が向けられた。

「お前がっ!…変な事を言うからだ…」

「女の子同士なんだからそんなに気にしなくてもいいのに…」

「はじめて…だったんだ…」

「言われてから気がつくとは結構可愛いところありますね」

「かわっ…!」

ボンっと真っ赤に染まった。

しばらく間をおいてから再び会話が始まる。

「それにしても、強いんだな…その…初音は」

「まだまだですけどね」

「それは、お互い様だ。私もまだまだ道の途中だから」

と翼は言う。

二人、休憩後に簡単な乱打の後クールダウン。

「また、来ても良いだろうか」

何となく解散ムードになった後、翼が言った。

「ここは誰の場所でもありませんからね」

「そう、か」

それからしばらく、ミライの修行に翼が加わる事になる。

素振りの後の乱打が終わるとミライがそう言えばと切り出した。

「たまには街に遊びに行きましょうか」

「え?」

「息抜き、ですよ。息抜き。いつも全力全開じゃ疲れちゃいますからね」

見たい映画もありますしとミライ。

「集合は昼の十二時、あの時計塔の前集合って事でいいですか?」

「お、おいっ!」

「昼ごはんは抜いてきてくださいね。どこかその辺で食べる予定なので」

「初音…おい、ミライっ!」

「まってますからー」

言うだけ言うと練習場を後にした。


12時よりも30分も早い11時30分。時計塔の前には時計と睨めっこしている翼が。

「何ですか?その格好」

だぼったい大き目の帽子に大き目のサングラス。

服装はカジュアルだがその二点が大幅に減点だ。

「前に言ったと思うが、私はそれなりに有名人なんだ」

「ああ、そう言えば…そんな事を言ってましたね。ふむ…」

そう言うとミライは自分のスマートフォンを取り出した。

「ああああっ!検索しなくていいっ!」

「どうしてですか?」

「恥ずかしいじゃないか…知り合いに目の前で検索されるなんて…」

「そうですね。それじゃ今はやめておきます」

「今じゃなく、永久に止めろっ」

そう赤面する翼。

「えー?」

「そ、それよりも、どこに行くんだっ!」

「デート情報誌に書いてあるデートプランに添って歩いてみようかと」

「で、デートっ…」

「女の子どうしで何そんなにドギマギしているんです?」

「だって…デートなんて初めてなんだ…」

「かわっ…」

「じとっ」

「なんでもないです…」

翼ににらまれたミライは話題を変える。

「行きましょう。まずはランチ。誰かが早く来ていたから丁度いい時間態ですから」

「ミライはイジワルだ…」

実はミライも早く来ていた事実に翼は気がつかなかった。

小洒落たカフェに入る。

「どうしたの?」

翼がメニューとにらめっこしていた。

「どれを頼んでいいか分らない…」

そう赤面して小声で呟いた。

「えー?翼って結構優柔不断?」

「そうじゃない…こう言うところ…入った事、無いから…」

赤面が強まる。

「あー…わたしもあんまり無いけど、まぁとりあえず。すみませーん」

ミライは店員を呼んだ。

「あ、おい、私はまだ…」

「お呼びでしょうか」

「ランチセットA,Bひとつずつ」

「かしこまりました。ドリンクバーになりますので、あちらでどうぞ」

そう言って店員は下がる。

「おい、ミライ」

「日替わりのランチセットがお勧めらしいですからね。出てきたものはシェアしましょう」

「まぁ…いい」

それから、ゲームセンターによりなぜか翼のチョイスでエアホッケーの全力バトルの後に映画館へと。

「ひく…えぐ…なんで、どうして…どうしてまどかはあんな選択をしたんだ…ひくっ…」

「いや、まぁ…アニメだしねぇ?」

本気泣きをする翼をちょっと引きながらなだめるミライ。

「だがっ!あれではどちらも救われないじゃないか…」

「そうだね。でも、二人にはそれぞれ救いたいものが有った。だけど、全てを助けられる選択肢は最初からなかったんだ」

「…ミライなら、ああ言う場合どうするんだ?」

「うーん…本気のわたしに出来ない事はきっと無い。だから、どちらの結末でもない結果を呼び込む努力をする」

「は?」

「翼、今中々に間抜け顔」

「くっ…だがっ!」

ウーーーーッ

「警報?」

「ノイズかっ!」

警報と共に人々がシェルターへと走る。

そんな中、流れに逆そうする翼。その手をミライが止めた。

「翼、どこにっ!」

「離してっ!私は行かなければっ」

バシっとその手を振り払い、駆け出す翼。

「翼っ」

駆け出した翼をミライは追いかけた。

「だめだって、そっちはノイズがっ!」

周りの人影は既に無く、正面にはノイズの大軍。他はすでに炭化した人間の残りかすだけがまざまざと見える。

ミライは翼の手を掴もうと伸ばし…だが…

「すまん…」

「っかは」

振り返りざまに振りぬかれた翼の右足に鳩尾を穿たれ肺の空気が一瞬で排出。意識が飛びそうになって体が崩れ落ちた。

いや、普通の人なら確実に意識が飛んでいるはずだ。

動くことなくうずくまるミライを確認すると翼はノイズに向き合った。

「Imyuteus amenohabakiri tron」

(これ…聖詠…?)

銀の髪の少女が言っていた聖詠と呼ばれる旋律に酷似していた。

一瞬の発光。

その後には翼はその身にシンフォギアを纏っていた。

(歌が聞こえる…これは…どこかで…)

その歌声を聴けば、街中のCDショップで流れていた流行のポップミュージシャンの様。

(ああ、それで翼はあんなにもCDショップを嫌がったのか…)

翼は歌いながら、ギアの出力を上げるとその手に持った刀でノイズを切り裂いた。

(ノイズを倒している?)

桜守姫で見ればどうやら位相のずれたノイズをこの世界の存在として調律してからギアの攻撃で殲滅しているようだ。

(シンフォギアは人類がノイズに抗う為の決戦兵器だったんだ…)

翼は囲まれると刀を仕舞い、逆さに立つとそのくるぶしについた刃を回転しながら振るった。

(なるほど…どうりで足癖のわるい…)

今しがた鳩尾にいい一発を貰ったばかりだ。

出来損ないのAIのようなノイズに対し、翼は危うくなる事も無く殲滅する。

大型のノイズが居なかったのも幸いしたらしい。

しかし、小型と言えど侮る事無かれ。

体を棒の様に伸ばしミライに向けて迫るノイズ。

ダンッ

空から巨大な剣が降り注ぎミライの前を遮った。

「私にも、まだ守るべきものがあるのだな…」

その後、歌を歌いながらノイズを殲滅し、ギアを解除した翼はミライを辛そうな顔で一瞥すると駆けていった。

次の日から幾ら待っても翼は修行場に来る事は無かった。



時は巡って、春。

響と未来は少し遠いところの全寮制の音楽学校へと進学していた。

ミライはと言えば、戸籍を捏造するという力技をしていない…出来ないとも言うが…ので、学校などには通えず、相変わらずニートだった。

病気も怪我もしなかったので、皆ミライの現状を忘れていたのだ。

進学を、と言う段階で思い出したが、一般家庭で戸籍を捏造などできようはずがない。

自身の証明が出来ず、戸籍の無いミライではこれから先も普通に暮らしていく事も結構難しいのかもしれない。

幸い、お金は響の母親を隠れ蓑にいっぱい稼いであるので困りはしないのだが…さて…

「ミライちゃーん」

「なにー?」

響の母親に呼ばれてリビングへと降りる。

「悪いのだけれど、響、入学二日目にして忘れ物したのよぉ」

「ああ…あのおっちょこちょいは…」

「それで、悪いのだけれど…」

「ああ、うん…届けてくるわ」

「ごめんね、ありがとう」

放課後という丁度いい時間はまだ彼女は仕事中だった。

身軽なミライか祖母のどちらかに頼まなければならないのだが、今回はミライだったと言う事なのだろう。

響の忘れ物を持って午後に電車で響の通うリディアン音楽院へと向かう。

「しまった…響と連絡取ってなかった」

そう思って取り出した携帯電話。

『お掛けになった電話は…』

「…は?」

繋がらないし…

「しょうがない…」

履歴から小日向未来にダイヤル。

『はい』

「あ、未来」

『何?私忙しいんだけど』

「そんなつんけんしなくても」

『用事が無いなら切るわよ』

「ああ、ごめんごめん。用事なら有る。響どこにいるか知らない?携帯繋がらなくってさ」

『何?響に用事なの?』

「響、家に忘れ物したみたいでね。持ってきたんだけど…」

『響なら街に出ているわ』

「あ、そう…じゃぁどうしようか。うーん、わたしも今街の方に居るんだけど、さすがに学校も寮

も関係者以外は入れそうにないし、うーん…じゃあ未来取り着てくれる?」

『はぁ?なんで私がっ』

「そう言いつつ取りに来てくれる未来好きー」

『もうっ!』

街のカフェテリアで待ち合わせ。

「おーい、未来っ!」

手を上げて呼ぶ。

「大声で呼ばないでっ!」

と言う未来の非難の声。

「はいはい」

「はいは一回で…」

ヒュンと空中から大きな影が降ってくる。

「未来っ!?」

ミライはそれが何か悟った瞬間に席を立ちかけた。

「きゃぁ!?」

未来に抱きつくようにタックルし地面を転がる。

途端、今まで未来が居た場所に人間くらいの何かが着地していた。

そのフォルムは奇怪で、おどろおどろしい色合いをしていた。

「の…ノイズだーーーーっ!」

誰かが叫ぶ。

三々五々、蜘蛛の子を散らすように人々が逃げ惑う。

ノイズ。

触れた者を炭素分解して対消滅する異形の化け物。特異災害指定の人類に対する絶対的な殺戮者。

数は20と言う所だろうか。

次々に人々が炭素となって消えていく。

「ノ…ノイズ…」

「走るよっ!」

「う、うん…」

抱きしめていた未来を立ち上がらせて逃げる。

しかし、ノイズはその体を棒の様に伸ばし、ビームの様に迫る。その速度は中々に速い。

「くっ…」

二人の背中に迫るノイズ。

ミライの突き出した右手の先に障壁が輝く。

「魔法っ!?」

未来の驚きの声。

どうやら魔法使いだというミライの言葉は信じられていなかったようだ。

「うっそ!?」

しかし障壁は効果を成さず突き抜けた。

身を捻りそれをかわすとミライは叫ぶ。

「しゃがんでっ!」

「っ…」

バタンと頭を守りながら倒れこむ未来。

ノイズは二人を通り越すと反対側でまた異形の形を取る。

「位相がずれているからっ」

未来が倒れこんでいる内にノイズが二人を取り囲む。

「もう、死んじゃうのかな?」

「そんな訳無いっ」

ミライは未来を抱きかかえるように起こす。

「ちょっと本気出すからっ舌かまないでよっ!」

「ちょ、ちょっとミライっ!?」

オーラを脚部に廻し、地面を蹴る。

地面がえぐれるようにひび割れると同時にミライは跳躍した。

「きゃーーーっ」

障壁すらすり抜ける相手に今のミライの攻撃は何が通じるだろうか。

ビルの壁に足の裏をオーラで吸着させて駆け上がる。

ヒュンヒュンと体を光線銃の様に伸ばして襲い掛かってくるノイズ。

「剣さえあればっ!」

「剣?そんなものが何の役に立つって言うのよっ…相手はノイズなのよっ」

「このさい高望みしないからペーパーナイフでも良いっ」

「ペーパーナイフっ!?」

位相をずらせる相手に位相をずらして逃げ込んでも意味は無いだろう。

結界退避も意味は無い。

屋上に駆け上がったところでノイズに再び囲まれた。物質すらすり抜ける相手に障害物など意味を成さないのだろう。

「もう終わり…なのかな」

「こんな時はとっておきの隠し必殺技がっ」

「最後までふざけないでっ!」

「いや、割とマジなんだけどね?」

四方からノイズが襲い掛かってくる。触れれば炭化する必殺の攻撃だ。

「Aeternus Naglfar tron」

「ひびきーーーーーーーっ!」

聖詠が、力のある歌が胸の聖遺物を起動させる。

シンフォギアを纏う時の拡散する力が襲ってきたノイズを弾き飛ばす。

クルクル、ガシャン。

ギアがミライの体を覆っていく。

ストレートにしていた髪を二つにアップ。ピンクのリボンが纏めるとヘッドギアがその耳を覆い込む。

「わたしが居るって言うのに末期の叫びが響ってのは酷くない?」

バシューーーーとギアが排気する。

「え?…ミラ…イ…?」

ギアを纏ったミライの姿に驚きの表情で見つめる未来。

「それじゃぁ…反撃開始と行きますかね」

ギアから旋律が流れ出すと出力が上昇する。

「…歌?」

未来の怪訝な声。

ネギがどうの、なんて歌っているミライの腕についたギアが変形していつの間にか硬そうなネギを持っていた。

「ていうか、何でネギ?」

と言う未来の突っ込みはとりあえずスルー。

「それじゃぁっ!」

ネギを振り上げるミライ。

みっくみくにし~てあげる~

「いやーーーーーーーーーーっ!?」

ネギを片手に無双するミライよりも、その後ろで赤面して絶叫する未来。

かくごをし~ててよね~

全てのノイズを倒しきったミライは未来に近づくとギアを解除。

「あなたが覚悟しなさいっ!」

平手が飛んできた。ちょっと口の中が切れたかもしれない。

口の中に血の味が広がった。

「あたっ!?」

平手を振るった未来の顔は恐怖ではなく恥辱に染まり真っ赤だった。

「助けたのにこの仕打ちっ!?酷くない?」

「しりませんっ!」

ぷいっとそっぽを向いてしまった。

ビルから降りたミライと未来。

しかし、それを取り囲む黒いスーツを身に纏った人、人、人。

ミライは反射的に未来を後ろでに庇った。

「なに…何なの?」

そう未来が不安そうな声を上げる。

その中から一人、優男風の人物が前に出た。

「特異災害対策機動部二課までご同行願えますか?」

「断れば?」

「あなたには勝てそうにもありませんが、後ろのお嬢さんならどうでしょう」

「くっ…」

別段、この男に敵意は感じない。簡単に説明されたがどうやら国家機関らしいし、その直感を信じればついていっても酷い事にはならないだろう。

ただ、ついて来てもらおうとして未来が引き合いにだされただけだ。

「ミライ…」

心配そうにぎゅとミライの袖を掴む未来。

「未来の安全は保障してもらう」

「ミライっ!?」

「ええ、それは保障しますよ」

後ろの黒服が大きめの電子手錠をミライの両腕に嵌めた。

「もし、未来に傷一つでも付けたら…」

「付けたら?」

「ノイズではなくわたしが、あなたたちに確実な死を与えるわ」

バキン、とその重厚な手錠を壊して見せた。

「発勁……アンチリンカーも役に立ちませんか…」

懐に手を突っ込んだ黒服達をその男は手を上げて制す。

「無駄です。目の前の彼女は風鳴指令が居ると思ってください」

それ、高いんですからね。と言いつつ男は再びミライを拘束した。

「ミライッ」

黒塗りの車に乗せられる段階になって未来はミライと離された。

「ちょっといいですか?」

ミライは未来に近寄ると拘束された腕を振り上げてその間に未来を入れ込んだ。抱きしめる形だ。

「寮まで送ってくれるってさ」

「ミライは…」

「わたしはどうやら重要参考人らしいからねぃ」

「それじゃ私も…」

視線を先ほどの優男に向ければ左右に振られた。

「だってさ…だから、無事に帰れるおまじない」

「なに、ミライ…うぐぅっ!?」

ミライの唇が未来のそれを塞いだ。

抵抗するかのように未来は両腕でミライの胸を押すが…

未来の体はミライに抱きかかえる形だし、その腕は手錠で拘束されている。逃げ場所が無かった。

ミライに口から何か熱い物が未来の中へと浸透する。

つーと熱い物が糸を引く。

「はぁ…はぁ…」

息も絶え絶えな未来。若干目が潤んでいる。

「初めて…だったんだよ…私…」

「女の子同士だし、ノーカウントって言う事で」

「ばかーーーーーっ!」

バシンと頬を叩くと未来は走り去っていった。

黒塗りの車に乗り込んだ事を確認すると優男に振り返った。

「行きましょうか」

「はっ…はいっ!」

「何赤面してるんです?」

「あ、いいえ…なんでも…」

車に乗って移動する。見えてくるのは大きな学校。

「リディアン?」

「その地下がお招きしたい居場所ですよ」

「地下…ねぇ」

中央塔に入るとエレベーターへと案内される。

「握っていた方がいいですよ?」

「へ?」

そう言って握り棒を掴まされると優男は目的地のボタンを押した。

「おおおおおおっ!?」

落下による浮遊感。

それがしばらく続くものだからこの地下へのエレベーターはとにかく長いのだろう。

ウィーンと幾つかの自動ドアを潜ると、目的地に到着したらしい。

なぜか立食パーティーのような感じになっているが、入った瞬間に視線の全てがミライに向いた。

そして…

「ミライちゃんっ!?」
「ミライっ!?」

「なんでミライちゃんを知っているんですか?」
「なぜ貴様がミライを知っているっ!?」

開口一番、少女二人がそう示し合わせたかのようなタイミングで口を開いた。

「あれ?響と翼さん?なぜこんな所に」

「それはこっちの言葉だよ」
「それはこちらの言い分だっ」

ジロリ、と翼が響をにらみ、響はたじろいだ。

「まぁ彼女が二人の知り合いであると言うのは確かな事実みたいだな」

大柄の男が割って出た。

「俺は風鳴弦十郎と言う。早速だが、君の名前を教えてくれないか?」

「ええ!?調査はお手の物なんじゃっ!?」

と、響が突っ込む。

「もちろん調べたさ。だが、彼女の経歴は全くといっていいほど辿れない」

ああ、なるほど、とミライ。

「初音ミライです。一応、多分」

「多分?」

「ミライちゃん、記憶喪失なんです。だから一年半くらい前からわたしの家に居候してて…」

そう響が説明した。

「ほう…」

「一番古い記憶はクレーターの中心で立っていた記憶ですかね」

「クレーター?それは高尾山のか?」

「ええ、たぶん…」

「あれは宇宙からの隕石の落下と思われたが…まさか」

「さて、それはわたしにも分かりません。記憶がありませんからね」

それよりもとミライ。

「ここに呼ばれた理由は何ですか?それと響がここに居るのは…?」

「それはだな…」

説明を聞けば、ここはノイズの被害に最先端で戦う秘密機関で、やはりシンフォギアとは唯一ノイズに対抗できる決戦兵器であるらしい。

しかし、それには聖遺物の欠片をシンフォギアシステムに変換したものと、それに適合できる人間が必要らしい。

一号聖遺物、天羽々斬の適合者であり装者である風鳴翼が唯一の戦力だった所に先ほど第三号聖遺物、ガングニールの反応を見せた響が連行されてきたらしい。

時を少し置いてそこに新しく感知された聖遺物の放つ波動、アウフヴァッヘン波形が観測されたために現場に駆けつけた所にミライが居た、と。

ひいてはミライに何の聖遺物を持っているのか問いただしたいらしい。

「聖遺物…ギアみたいなものは持ってませんね」

「それって、響ちゃんみたいな融合適合者と言う事?」

と、頭を一つのシニヨンにまとめている女性だ。白衣を着ている事からおそらく技術者だろう。

櫻井了子と名乗った女性は続ける。

「それはぜひとも隅から隅まで調べてみたいわね」

ぞわわっ

「丁重にお断りします」

「あら…警戒されちゃったかしら?」

「だが、真面目な話、君になんの聖遺物が埋まっているのか、どうして埋まっているのかは重要だ」

と弦十郎。

「どこかの機関がシンフォギアシステムを開発した…という可能性もあるけど…その場合」

そう了子が言う。

「実験素体…」

「でしょうね。でも、私以外にシンフォギアを作れる組織があるとは思えないのだけれど…」

「それはこちらで調べてみよう。今はとりあえずどんな聖遺物が埋まっているか、だが…」

「聖詠の真ん中はギアになった聖遺物の名前だ。私なら天羽々斬、…彼女ならガングニール…だから」

と言う翼は響をキッと睨んだ。

「…ナグルファル」

「それが君の聖遺物の名前か」

「ナグルファル…北欧神話、巨人の尖兵、フリュムの操る死者の爪で出来た戦船(いくさぶね)ね」

と博識の了子が解説する。

(天羽々斬とガングニール、ね)

で、それからの話は簡単だ。

ノイズに対抗できる武器はシンフォギアだけ。その装者であるのなら、我々に協力してノイズと闘って欲しい、と。

「わたしの力が誰かの為になるのなら」

と響は強力を決めた。

「ミライちゃんは…」

うーん、と考えて、決める。

「響が一人突っ走って暴走しないか心配だから…誰かの為に突っ走る響を守ってあげる」

「うぇええっ!?」

仕方ない、と了承するミライ。

「ただし、幾つか条件が」

「なんだ?」

と、弦十郎。

「戸籍、作ってください。わたし、持ってないんで」

「よかろう」

「ありがとうございます」

「あと、仕事ください」

「は?」

「どこかの誰かさんがわたしの事ニートって責めるんですよ…」

と。



話が終わると駆け寄ってきたのは響だ。

「ミライちゃんもシンフォギアが使えるなんてびっくりだよ」

「あははー。わたしってば魔法使いだからねぃ」

「そっかーっ」

「そんな訳あるかっ!」

「翼さん…」

「久しぶり、翼」

「ああ、私の事なんて忘れてしまったと…思っていた」

「忘れるにはまだそんなに時間は経ってないよ」

「え?二人って知り合いなんですか?」

「昔ちょっとね」

と言うミライの言葉に辛そうに顔をしかめた。

「しかし、お前までシンフォギア装者だとはな」

「記憶は無いんだけどね、いつの間にか自分の中にあったみたい」

たははと笑う。

「笑い事じゃないだろうっ」

「笑い事ですよ。わたし、記憶障害ですからね。覚えていないんです」

「そんな事…」

「さて、響は帰らなくてもいいの?未来が心配しているんじゃない?」

「あ、うん…でもミライちゃんは…」

「私はしばらくここに居ようかな。少し興味深くもあるし」

「…そう?」

「出口まで案内しますよ」

と、優男風の黒服が言う。たしか緒川さんといったか。

「翼さんも今後の予定が詰まっています」

「なっちょっと緒川さん…私はまだミライと…」

響と翼は彼に連れられて退出。

「仕事といっても、君に課せられるのはノイズとの戦いだけだが…」

そ後ろから弦十郎が言う。

「じゃぁちょっと調べ物をさせてください」

「ここでか?」

「シンフォギアの事、知らない事が多すぎるので」

「それなら、私に聞いて頂戴。何から何まで全て答えてあげるわ」

「あ、本当ですか。ありがとうございます」

「その代わり、あなたの体、調べさせてくれないかしら」

「だ・め、です」

にっこりと拒否。

コンソールの一つを貸してもらい、櫻井了子が提唱したというシンフォギアシステム…通称、櫻井理論を表示する。

「余人が見ても分るものでは無いのだがな」

と、やることが無いのかミライの後ろに居座る弦十郎。

「それはそうよ。私としては、懇切丁寧に、分りやすく注釈も入れながら説明しているつもりなのだけれどね」

「他の研究者でも了子くんの言っている意味の半分も理解できないのが現状だ」

「つまり、櫻井さん以外は誰にも分らない技術と言う事ですね」

しかしミライはスクロールを続ける。

「特定振幅による聖遺物との共鳴。増幅。そして変換。物質の分解に再構成。さらにエネルギーの物質的固着化」

すらすらとモニターを流し読み。

「装着者の意思を汲み取り反映するオートリファイン…それゆえにギアの変形に自由が利くと…」

だが…

「装者と聖遺物の間の力の変換によるバックファイアがリンクの低い場合起こりうる…と。うへぇ」

「あらぁ、中々理解が早いじゃない」

「もしかしたらわたし、こう言うの得意だったのかもしれないですねぃ」

と言って資料に目を通し続けた。
 

 

外伝 シンフォギア編 その2

それからミライは特異災害対策二課に入り浸り…

「いやぁ…欲しいものが手に入るってのはいいね」

シンフォギアの運用の為に実験機材また資材は多い。

「あったかいもの、どうぞ」

「あ。あったかいもの、どうも。あおいさん」

いつの間にかコンソール一つを占領してしまっていた。

「何をしているの?」

コンソールのそこに並ぶのは文字の羅列だ。

「何に見えますか?」

「それが分らないから聞いているのよ」

「了子くんなら分るか?」

更に後ろから覗いていた弦十郎が振り返りざまに聞いた。

「さあ?この私でも門外漢よ。しいて言えばパソコンのOSに似ているって所くらいかしらね」

「残念、ハズレですよ」

「そうよねぇ。そもそも私も結構言語には通じているつもりなのだけれど、そこに使われている文字すら私には初見なのよ」

まずミライがやったことは新しい文字の創造。それをキーボードに割り振り、未知の言語で綴られている。

「そもそも、それ発音できる言葉になっているの?」

「さて、どうでしょうね?」

とはぐらかしながらも叩く手を止めない。

ビーッビーッ

「あら、ノイズか…最近多くないですか?」

「そうだな。だが…翼と響くんに出動要請。ミライくんは…」

「行ってもいいですけど、避難誘導は完了しているようですし、二人に任せた方が…」

「もう一月経つのにかみ合わんか…」

「ですねぇ…」

翼と響の不和が目に見える様。

「まぁだいたい響のおせっかいが翼の気に触ったんでしょう。後で両方のグチを聞いておきますよ」

「すまない、助かる」

「とは言え、翼もわたしに関してどこかよそよそしいんですがね」

「既知であった君がシンフォギア装者であると分ったのだ。その内情はおもんばかるばかりだ」

「私が皆を守っていて、その中にわたしも居なければいけない、って思ってそうですね」

「おまえ…分ってるなら…」

「いえ、実はなかなか取り付く島がなくてですね…取り付く島も響がぶっ壊してしまったようなので、そっちの修復が先かな、と」

「なるほど」


「ノイズは二人で何とかなりましたね」

「ああ。だがいまだ不和は直らず」

しかし、モニターの先で取っ組み合いに発展しそうなそこに乱入者が現われる。

ビーッビーッと警報が鳴る。

「ネフシュタンだとっ!?」

弦十郎の絶叫。

「ネフシュタン?」

「二年前奪われた完全聖遺物よ」

と了子さんが説明する。

「ミライくんっ!」

弦十郎がそう叫んだ後、視線は再びモニターヘ向ける。

「あー、はいはい。わたしも出撃します」

「頼んだっ…て、ミライくんは…?」

「先ほどまでそこに…」

しかし再び視線をモニターに向けた弦十郎は驚きに表情を崩す。

「なっ…」

そこには既に乱入したミライの姿があったからだ。

「Aeternus Naglfar tron」

空中から落下するように戦場へと乱入すると着地する前にギアを発動。


翼の歌が聞こえた。それはとても悲しい歌声だった。

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl

絶唱…それは自身の体への負荷を度外視した力の発露。


「ちょぉっとごめんよっ!」

手に持ったネギでネフシュタンの鎧を纏う少女の棘縄を弾きながら翼との間に割ってはいる。

「ミライっ!」

「ミライちゃんっ」

見ればダメージを受けている翼とノイズの蜘蛛の糸のようなものに捕まっている響。

「てめぇ…」

「あれ?誰かと思えばいつかのイチイバルの少女じゃないですか」

やだーとミライ。

「イチイバル…だと?何故その名前がここで出てくる」

「せっかく可愛いのに、その鎧は無いんじゃないかな?趣味悪いよ?」

「かわっ…!?」

鎧の向こうで赤面するネフシュタンの少女。

「それと、絶唱なんて使う場面じゃぁ無い」

デコピン一発。

「何を…あぅ…」

翼のギアが解除されたたらを踏んだ。

「ギアが…解除されただと…?」

「それでも中途半端に発揮した絶唱を完全にキャンセルできたわけじゃないからね」

「かはっ…」

血涙が流れ、吐血する翼。

崩れ落ちる翼の体を抱き上げると跳躍。響の下へと移動する。

響を拘束していたノイズを手に持ったネギで両断すると翼を預けた。

「翼さんっ」

「響が守ってやって」

「ミライちゃんはっ!?」

「わたしはアレの相手をしないとね」

そう言ってネフシュタンの少女と対峙する。

「こんのぉっ」

バシュウバシュウと少女は手に持った光線銃のようなものから放たれたビーム。そこから現われるのは無数のノイズだ。

キュイーンバシュー

(やばい…出力が…)

直ぐにギアが旋律をつむぎ出す。

「この数のノイズにお前はどう立ち向かうんだよっ!なぁ?」

両手にネギを持ってノイズを屠る屠る屠る。

「ネギなんかでーーーっ!」

「それじゃこんなのでっ!悪霊退散っ」

I・C・B・M

腰のギアが巨大化すると巨大なミサイルが現われた。

「いいっ!?」

堪らずとネフシュタンで鞭を振るう少女。

軌道はそれたが爆風がノイズを直撃、炭となって消えた。

「これでっ」

「バカにしてーっ!」

ネフシュタンの少女は更に多数のノイズを繰り出し、ついでとばかりに鞭に巨大なエネルギーが集束」していく。

ノイズによる攻撃、少女の鞭をジャンプしてかわす。

「うえかっ!」

いつの間にかネギが変形して二丁銃になっていた。

カチッ

引き金が引き絞られると収束したエネルギーは拡散して発射され、流星の如くノイズを屠った。

すっすちゃと着地する。

ネフシュタンの少女は健在だがノイズは全滅していた。

「何だよそれはっ!あたしへのあてつけかってんだよっ!」

お株を奪われたと激昂する少女。

「そんなつもりは無いけど、ここらで互いに引こう?」

「それはできねぇ相談だ」

「そんな状態でよく言う」

フルバーストの光線銃を浴びてネフシュタンの鎧はすでにボロボロだ。

「こっちも翼を速く医者に見せないとだしね」

「くそっ」

悪態をつくとネフシュタンの少女は飛んで逃げる。

「この勝負、預けたからなっ!」

キキーッ

少女が去るのと時を同じくして後ろから車が止まった。

「大丈夫か、翼」

「はい…この程度で折れる剣では…ありません」

「もう喋るな」

と車から降りた弦十郎が翼を抱き上げて車に乗り込んだ。

一瞬、運転手をしていた櫻井了子の視線がきつくミライを見つめていた気がしたが、すぐさま翼の搬送に付き合った。

「ミライちゃん、わたし…わたしにも守りたいものはあるのに…でも…」

と、泣き笑う響。

「戦う理由なんて人それぞれだよ。それの大小を他人に否定されるものではない」

「ミライちゃん…」

感極まってミライに抱きつく響。

「うっ…くぅ…わたし、わたしは…」

ミライは、ぽんぽんと響の頭をなでながらただ泣き止むのを待っていた。


結局翼は絶唱による負荷が甚大でしばらく入院となったようだ。

プルルー

いつもの様に二課のコンソールを弄っていると携帯の着信音が流れる。

「未来?」


待ち合わせはなぜかお好み焼きショップ。

ジューと店主がお好み焼きを焼く音をBGMに思いつめた顔をしている未来。

「最近どうなの?」

「正義の魔法使いとして悪者と戦う日々。なかなか癒しの時間が…特にだらけた時間が作れなくて困っている」

「そうなんだ…電話で聞いてはいたけれど、あの黒い人達に連れて行かれてから心配したんだからね」

聞いてる会話はチュウニビョウ発症者の様だが、実際は隠語だ。

「ごめんね未来。そして、ありがとう」

「い、いいのっ!友達を心配するのは普通のことだから」

それと、と続ける。

「ミライは本当の事を言っていたのに、信じなくてごめん」

「何が?」

「ミライは初対面で、ちゃんと自分を魔法使いだって言っていたなって」

「そうだったけ?」

「そうだよ」

「それで、わたしを呼び出した理由は?」

「う…」

じー、と見つめる。

すると観念したように話し始めた。

「最近響とすれ違ってるような気がするんだ」

「響と?」

コクリと未来は頷くとうつむいてしまった。

「二人の間に隠し事はしないって言っていたのに…」

「ふむ…隠し事の無い人間はいないよ」

「ミライ?」

「たとえば未来がわたしの途轍もない秘密を知ってしまったとして」

「魔法使いだと言うみたいな?」

「うん、そう。それを聞かれたからと誰かに言うかな?」

「それは…でも…」

「響も同じなんじゃないかな。未来に隠し事はしたくない。でもどうしても言えない事もある。それでもその全てを打ちあけろと言うのはとても残酷だと、わたしは思う」

「ミライ…」

「まぁ、二年しか生きていないようなわたしが言う言葉なんてどこまで意味の有る言葉かなんて分からないけれどね」

なんて話していると焼きあがったのかお好み焼きが二枚ズイと二人の前にスライドされた。

「…ううん、ありがとう」

小さいけれど、未来の感謝の言葉が確かに聞こえた。

「それにしても、響が修行と言ってるんだけど、いったい何の修行なのやら」

「修行?」


未来とのお好み焼きデートを終えると響の様子を見に出かけた。

「何…あれ…本当に修行だわ」

弦十郎と響が二人で体力作りから始まる修行をしていた。

しかし、その特訓に一貫性はなく、どちらかと言えば思いつきと言うよりもどこか映画か何かの特訓の様。

つまり、修行と言う言葉が一番しっくり来るのだ。

「っぁっはぁー…つかれたー」

ばたりと行儀悪く地面に倒れこむ響。

「お疲れー」

「わっひゃぁ!?」

ピトリと冷たい清涼飲料水の缶を響に押し当てると間抜けな声が響いた。

「差し入れ」

「み、ミライちゃん、ひどいよぉ~」

見ればコスプレとばかりの胴着を着込んでいた。弦十郎を見ればなんと言うかゲームの悪役キャラだ。

「どうだ、ミライもやってみるか?」

と弦十郎。

「そう言えば、ミライは発勁が使えるんだったか」

「はっけいって何ですか?師匠」

いつの間にか弦十郎は響の師匠になっていたらしい。

「中国気孔の一種だな。体内で高めた気を操るアレだ」

「おおっ!アレですね」

何やら納得した響。しばらく見ないうちにキャラが変わってないかしら…

「どうだ、一戦」

ちょっとそこまでと言う感覚で誘うのはやめて欲しいが…

「あまり無手は得意じゃないんですけどね」

響から予備の胴着を受け取ると茂みで着替えると弦十郎と対峙した。

「がんばれーミライちゃんっ!」

響の応援が聞こえる。

「それじゃぁっ!ぬぅんっ」

地面を蹴ってその大きい拳が振るわれる。

「はっ!」

ドウンと衝撃波が周囲に駆ける。

腕をクロスして迎え撃つミライはジリっと後ろに下がりながらも何とか受け止める事ができた。

「ほぅ…」

何やら得心がいった様な顔をする弦十郎。

上体を少しそらせるとそのまま右足を抜き放つ。

それを弦十郎も上体をそらしてかわしたそれをミライは追撃。

「木ノ葉旋風っ!」

距離を置いた弦十郎に向かって高速の回し蹴り。

弦十郎はバック転で回避すると更に距離が開いた。

「なかなかのクンフーだな」

「ええ。そちらはとても綺麗な纏ですね」

「テン…なるほど、纏か。確かに気を纏っているからな」

さて、それじゃあと弦十郎。

「ギアを上げるとしよう」

ゴウと立ち上るオーラの量が増えた。

「練まで」

「レン…練、か。なるほど」

と一考したあと地面を踏み抜く。

「行くぞっ!」

地面がえぐれるような脚力で突進。そして拳を突き出す。

ミライも練をすると右手に60%のオーラを移動させ弦十郎の突き出した右腕を弾いた。

パァン

「なにっ!?」

さらに身を屈めると肩から突進。

インパクトの瞬間に左肩のオーラ量を増やした。

「ぬんっ!」

吹き飛ばされる瞬間、弦十郎は胸筋にオーラを込めた。

ズザザーと煙を上げながら制動。再び距離が開く。

「流…」

「ぶっつけ本番だったがな、ミライが右手に気を集めたのが見えたからそう言う使い方もあるのだな、と」

「うわぁ…その歳でさらに強くなるとか…もうやだ、この大人…」

「はっはっは、そう言うな。これも日ごろの鍛錬の賜物だっ」

「映画みて、メシ食って、寝てるのがどこが修行だっ!」

「はっはっはっ」

おそらく弦十郎は天才だ。努力はしただろう。だが、それよりも上回るセンス。

「じゃぁこう言うのは…どうですかっ!」

ミライは隠で気配を消すと瞬身の術で弦十郎の背後へと回る。

「ぬんっ」

弦十郎はオーラを爆発させると地面を踏み砕いた。

すると爆発したオーラが周囲に拡散、ミライを襲う。

「くっ…」

堪らずと隠を解除、堅をしてガードする。

「はっ!」

気配の現われたミライに放たれる弦十郎の回し蹴り。

左肘と右足に硬でオーラを集めると弦十郎の岩をも砕きそうなその一撃をしっかりと受け止めた。

「なにぃ!?」

受け止めるとそのままミライは廻し蹴り。

その蹴りには確実に弦十郎を吹き飛ばすだけの威力があった。

が、しかし。

バシン。

弦十郎に上げた左腕で止められてしまった。

それならとミライはその腕に足を掛けて蹴り距離を取る。

「硬まで…」

「硬、か…確かに硬いな」

ぬうんと振るわれう拳。

「もうやだ…この大人…戦えば戦うほど強くなっているんですけど…」

わたしの努力を返せとばかりにミライが吠える。

「だが、こちらの攻撃が当たらないのはなぜだっ!」

「中国武術くらいわたしも嗜んでいるので」

「なるほど、なっ!」

拳をいなし、振るい、またいなす。

拳の乱打。打ち、かわし、また打つ。

裂帛の気合と共に放たれる拳の数々は互いを高めあっていく。

「これだから純粋なまでの強化系は面倒なんだっ!」

「また知らん言葉が出たな。興味深いが…」

豪拳同士のぶつかり合いはすでにクレーターを幾つも作り上げていた。

「そろそろ決着をつけようか」

「望む所っ!」

血湧く展開にミライの(たが)が外れた。

半身を引き、構えると背後に曼荼羅が浮かび上がる。

無意識にミライが輝力を合成していた。

「はああああああぁっ!」

「はあああああああああっ!」

「「はあっ!」」

「うわわっ!?きゃああああああっ!」

ミライと弦十郎。その互いの渾身のストレートに堪らず響が吹き飛んでいく。

木々をなぎ倒し、二人祖中心に一際大きなクレーターが出来た。

二人の拳が合わさった形で静止する二人。

先に拳を引いたのはミライ。

「化け物…ですね」

「お互い様だ」

「ふふっ」

「ははっ」

「「あっはっはっはっ!」」

大笑いするミライと弦十郎。

「ぺっぺ、口の中がじゃりじゃりだよぉ…」

何とか立ち上がった響はそんな弱々しい声を上げていた。

「うぅうううわわはっ!?何このクレーターはぁっ!?」

そう驚きの絶叫をあげる響。

「シンフォギアすらなくこの被害…二人っていったい…」

二人の技量の高みが高すぎて響は理解するのをやめた。


度重なるノイズの襲撃。その頻度と経路を計算すると、どうやら何ものかに操られているらしいノイズの目的と言うものに目途がたつ。

リディアン音楽院の地下深くに安置されている完全聖遺物、デュランダル。これが目的だろう、と。

目標物を置いていく事に危険と判断したのか、上の意向でデュランダルを移送する事になった。

翼はまだ負傷から回復していない。この任務はミライと響の二人で負う事になったのだった。



障壁の先、ミライとしては初めての、しかし知識としてはたしかに存在するソレがあった。

「宝具、デュランダル」

呟くミライ。

「デュランダルってなんなんでしょうね」

と響。

「シャルルマーニュ伝説に出てくるローランの持つ聖剣」

「ミライちゃん?」

「中世ヨーロッパの英雄と考えるとこれはガングニールや天羽々斬などの神具とは違い宝具と分類する方が適当かもしれない。とは言えその出自はやはり伝承に有るとおり神具の系譜であろうと考えられる。敵の手に渡る事を恐れたローランが折ろうと岩に叩きつけても折れず岩を裂くだけだったと言うエピソードは有名。ローランの死後も数々の人の手を渡り歩いたらしいけれど…そのためにここまで完全なままに保存されているという事なんだろうね」

「詳しいのね?記憶喪失なのに」

と了子が問う。

「あはは…そうみたいですね」

笑って誤魔化すミライ。

デュランダルはケースに入れられて移送される事になった。

移送には陸路を用し、その護衛に響が付く。護衛のヘリコプターにミライが乗り込み空からの警鐘に当たる。

パラパラパラとローター音を響かせるヘリの中から地上を見下ろすと、地上には人っ子一人見当たらず。

どうやら移送に対して非常事態宣言で住民の避難が行われたらしい。

そしてやはりこの移送は万事無事と言うわけには行かないようだ。

「ノイズかっ!」

空を覆う非行型のノイズの群れ。

「こちらの戦力を分断するつもりかっ」

と弦十郎。

「ミライくんっ」

「はいはい、了解しましたよ」

そう言うと座席のシートから立ち上がると開け放たれたドアに近づいた。

「Aeternus Naglfar tron」

聖詠に反応してギアが形成されていく。

「行って来ます」

空中に躍り出てノイズを殲滅するが、響たちに近づけず。あちらはあちらでノイズの襲撃にあっていた。

両手に持ったネギが光線銃に変形すると一斉射。

ノズルが開きバシューと排気されるフォニックゲイン。

「響はっ!」

ようやく殲滅して響を見ればなぜか危険物を扱う工場の方でノイズと、それとネフシュタンの鎧を纏った少女と交戦していた。

しかも響は交戦途中でなぜか共鳴したデュランダルを完全起動させて工場めがけてぶっ放す始末だ。

「響っ」

心配になり空を駆けて響の元へと降り立った。

「グルルルルルルッ…」

手に持つデュランダルに犯されるように黒く染まった響。理性まで侵食されてまるで獣のよう。

火の上がる工場の瓦礫の上でミライは響と対峙した。

「響…」

「がぁっ!」

動くもの、近づくものは敵とでも言うかのように響は地面を蹴って跳躍してミライを襲った。

「くっ…」

咄嗟にネギをクロスさせてデュランダルを受けるが、流石に切れ味はデュランダルに勝るものなしと謳われる聖剣。オーラで強化したそれすら両断した。

デュランダルに袈裟切りに切り裂かれ、ギアが綻び鮮血が舞う。

ズザザーと砂埃を上げて後退し、止まるが響の攻撃は止まない。

それをどうにかいなして距離を取ったミライだが…

ドクンッ

「がっ!」

体の変異でうずくまるミライ。

胸の中心から黒いオーラが噴出してミライにまとわり付く。

「くっ…でもっ!」

バイタルの低下からのシンフォギアの暴走か、それとも…

「うぅううううぅっ…ああああっ!」

ミライの放つプレシャーに怯んだのか響の攻撃が一瞬止まった。

黒く染まったミライ。その腰に有るブースターが突如として巨大化、蓮の花を思わせる節が幾つもある機械的なフォルムの尻尾へと変わる。

両腕を地面に付けば爪が生えているようなまがまがしいオーラを纏っている。

目は真っ赤に染まり、万華鏡写輪眼が浮かぶ。

尻尾が四本目が生えてきたと思ったときミライが吠えた。

「なめるなーーーーっ!」

気合で黒いオーラを制御すると反転。

胸の出血は止まっていた。色彩は元に戻ったがその動物的なフォルムは戻っていない。それどころか砕けた胸元まで新しく動物的なフォルムのギアに覆われていた。

目は万華鏡のままだが、暴走している風ではない。

「グルルルルッ」

響を見れば手に持つデュランダルが響の右手のギアと同化していた。

手甲の上腕部から刀身が突き抜けて出ている感じだろうか。

「キャットファイトと行こうか、響ーっ」

両者とも四肢を屈めた上体で地面を掴み、跳躍。

空中で反転すると尻尾の様になったギアを叩きつけるミライ。

黒く染まった響はデュランダルで迎え撃つ。

一本、二本と切り裂かれるが三本目より先にミライの拳が響を捉える。

派手に吹き飛び地面をえぐりってようやく止まったかと思うとすぐさま跳躍してくる響。

「うううっがああああっ!」

その攻撃に響が今まで一生懸命訓練してきた武術は介在していない。

「そんな攻撃でっ!わたしを倒せると、思うなっ!」

響の攻撃は乱雑で、まさに獣。獣のしなやかさからくる強さと言う事ではなく、ただの暴力。

「視えるっ」

万華鏡写輪眼・桜守姫(おうすき)から来る近未来視。それは本当コンマ何秒かの先読みだが、ミライには有利に働いた。

振るった響の右腕を完全に見切りミライは左手でその手首を掴むと左手も右手で押さえつけ尻尾を使って響の体を拘束すると二人で地面に転がった。

「うううっがあぁああああっ!」

丁度馬乗りになるようにミライが上から暴れる響を押さえつけた。

左腕で響に融合しているデュランダルの制御を掌握すべく侵食を開始する。

右手は暴れる左手を押さえつけている為に塞がっている。

暴走する響を元に戻すには手っ取り早くミライの権能を響に送り込む事だが…さて…

両手両足ともに塞がりあいているのは口くらい。

「しょうがない。女の子だしノーカンって事で」

「ううっがぅ!んっ…!?」

暴れる響の口をミライのそれで塞ぐ。

「うんっ!?…噛み付きやがった…」

血が滴り落ちるのも構わずにミライはキスで響の内側に干渉し、ガングニールの力を掌握、弱める事に成功。ようやく響の暴走も終わりを見せた。

シンフォギアが解除され、デュランダルもカランと音を立て地面に落ちる。

「なんとかなった…かな?」

気絶した響を確認するとようやく一息つくミライ。

「つ、つかれた…」

へたりと響の上に重なるようにミライは気絶する。

「こくっ…」

唾でなく、響がミライの生き血を飲み込んだ事実を見落として…


ピッピ

メディカルルームのコンソールを叩く音が響く。

写し出されていたのは二人分のスキャン画像。

「まさか、あの実験が成功していようとはね」

二つの画像を見比べてその誰かはそう零した声は女性のもの。

「どうだ、二人の容態は」

突然の乱入者にその誰かが直ぐに一つの画像を閉じていた。

「体調は問題ないかなぁ。シンフォギアからのバックファイアによるダメージも驚くほど少なく抑えられているしね」

「そうか、それは良かった」

乱入してきた大柄の男は鷹揚に頷いた。

「それよりも気になるのはこれね」

ピっとコンソールを弄ると拡大される画像。

「これは?」

「何に見えるかしら?」

「悪いがこう言ったものは専門外なものでね。しいて言えば蜘蛛の巣と言ったところだな」

肩をすくめて見せた。

「これは響ちゃんの体のフォニックゲインを調べたものなのだけれど、胸のガンングニールが出力するそれを抑制、また拡散させている魔法が掛けられているわね」

「魔法だと?なんと非科学的な」

「魔法とは言ったけれど、私が知らないだけでそう言った技術、なのかも知れないわね。未知の技術は魔法と言って差し支えないと、私は思うのだけど?」

「論点がずれていっているぞ」

「そうね。ともかく彼女のガングニールに働きかけているものが有るのは確かな事。問題は誰がそんな事をしたのかと言う事だけど」

「だが、彼女は一般人だったはずだ」

「そうね。彼女の経歴を調べてもどこまで行っても一般人。シンフォギアシステムにすらテンパっている彼女がそんな事を出来ようはずもない。と言う事は…」

「施した誰かが居る、と言う事か…しかし、いったい誰が…」

議題を振る事で女は一番隠したいものを隠して見せていた。




「立花ともう少しちゃんと話し合ってみようと思うのだが…どうしたらいいだろうか」

と回復した翼は響との関係を見直すようにしたみたいだ。

それと前後して響と未来との関係がぎこちなくなった。

原因は未来の目の前で響がシンフォギアを纏ったからだが…

「未来にね…ウソを付いていたのはわたしが悪い事なんだけどね、もうどうしたら良いか、わからないよ…」

口頭で響に相談されつつ、電話口で未来のグチを聞く。

『まさか響があんな事になってるなんて、ミライは知っていたの?って知ってるわよね。同じ組織にいるんだろうからっ』








「うがーーーーーーーっ!」

二課のコンソールに突っ伏すミライ。

「どうしたの?ミライちゃん」

「あおいさーん」

泣きつくミライ。

「どいつもこいつもわたしに人間関係の相談をしてくるんですよ…」

「それがどうかしたかしら?」

「わたし、まだ二年分の記憶しかないって皆ちゃんとわかってるのかな?」

「あ…」

「あおいさんまで…」

「そ、それで、解決はしたのかしら?」

「面倒になったから三人纏めて出かけて来いとほっぽり出しました」

「あ、そう…」

いたたまれなくなったあおいは話題を変えた。

「それ、完成しそうなの?」

コンソールを眺めながらあおが問う。

コンソールに写るのはここに入ってからずっとミライが組み立てているものだ。

「何とかね。それよりも問題はこの子」

切り替わったスクリーンに映る少女の映像。

「雪音クリスちゃんね。紛失した第二号聖遺物イチイバルの装者の」

それは先日響を襲ったネフシュタンの少女が隠し持っていたシンフォギアだ。

彼女は途中でネフシュタンをパージ。イチイバルを纏い響と交戦したが途中に乱入した妙齢の女性がネフシュタンの鎧を回収。混乱の内に両者とも消えていたのだ。

「こっちもこっちで仲違いしてそうだよね。響たちからの報告と映像を見ると」

「そうね。だから風鳴指令たちが目下捜索しているわ。この娘、海外で戦火に巻き込まれ孤児になって失踪。それをようやく見つけて日本に移送されることになっていた所、やはりまたも失踪しているの」

「なるほどね…」

「どこへいくの?」

コンソールを止め立ち上がったミライに問いかけるあおい。

「ちょっと気晴らし」

そう言うと街へと繰り出した。

「ごっはん~ごっはん~、何食べようかな~」

ピロピロピロ

携帯のメール着信音。

「誰から?」

『手巻き寿司が食べたいです』

「おー…おばあちゃん…」

響のおばあちゃんからのリクエストだった。

そしてこれはたまには早く帰ってきなさいと言うコールでも有る。

響が家を出て寮で生活しているために寂しいのだろう。

『夕飯の食材を買って帰ります』

と返信。

しかし、それは夕食。とりあえずは昼食だ。

「響たちと鉢合わせしそうだけど、『ふらわー』にでも行こうかな」

最近見つけた裏道を通りお好み焼きやさんへと移動する。

狭いビルとビルの隙間。室外機が乱立して人一人歩くのがやっとのその道とも言えないそこを歩いていると、ミライはなにかにつまずいた。

「にょわっ!?」

「いったっ!」

振り返れば膝を抱えてしゃがみこんでいた少女の靴を踏んだらしい。

「ごめんごめん」

「てめー、前見て歩けよな」

と互いを確認した後間抜けな声が響く。

「「あっ……」」

互いにどうして良いか分らない。

なぜなら、ミライが踏みつけた彼女は今二課のメンバーが必死になって捜索している重要参考人で、ノイズを操り襲撃して来た雪音クリス本人だったからだ。

ぐーっ

クリスのお腹が可愛く鳴り二人の緊張を切り裂いた。

じー

「うっ…」

クリスの顔が真っ赤に染まっていく。

「なっなにか悪いかっ!」

ミライ本人にクリスに対する敵意は無いし、今はオフ。ノイズであればそうも言ってられないのだろうが…

「ご飯、食べに行こう」

「は?」

問いでは無く決定事項。

クリスの脳が理解をする前にミライはクリスの細い右手を掴むと立ち上がらせる。

「なっ…おいっ!」

ぐいぐいと引っ張りとりあえず、この汚い路地裏を抜ける。

「おいっ、お前とあたしは敵同士…」

「そうだっけ?それでも今わたしはオフだから~」

「そんなんで良いのかよっ!?」

「さあ?わたしまだ二年しか生きてないからねー」

分りませんとミライ。

「二年…?」

ガラリと引き戸を開けると店主がいらっしゃいと歓迎の声を上げた。

カウンターに座るとミライが適当に二玉注文する。

「いつまで…手を握ってるんだ…」

ぼそりとクリスが呟いた。

「あ、ごめんね」

と言いつつミライは離さない。

「離せって言ってるんだよっ」

「離すと逃げるかなーと思って。もうお好み焼き頼んじゃったし、二人分は…食べられるけど」

「食べられるのかよっ!見た目より大食いなのなっ!」

「いやぁ…」

「褒めてねーよ。良いから離せよ、逃げねーから」

「そう?」

それを聞いてようやく手を離した。

手を離されたクリスは自分の右手を胸の前に持ってきた見つめた後、後ろにやった。

「クリスは可愛いねぇ」

「かわっ…!?」

ジューと焼けるお好み焼きの音をBGMに会話が続く。

「さっき二年しか生きてないって言ってたけど、それってどう言う意味なんだ?」

「わたし、初音ミライは二年以上前の記憶がないのでした」

「なっ!?そんな…それじゃぁどうして装者なんてやってるんだ?」

「さあ?気が付いたら体の中にあったから、仕方なく、かな?後は突っ走る響には誰か付いてないとだしね」

「まさか…おまえ…」

「さて、ね?」

実験体であろうと察したのだろうクリスの表情が曇る。

「はいよ、お待ちどうさま」

絶妙なタイミングでお好み焼きが焼きあがったらしい。

「はふはふ…うん、相変わらず美味しいわ」

「あつ…うく…あっ」

おっかなびっくり食べたクリスは二口目からはすごい勢いで食べ始めた。

「そんなに急いで食べなくても」

「…っ!?」

「あー、もうソースでベタベタ…」

食べ終わったクリスの頬をお絞りでふき取る。

「うっうぐ…や、やめ…」

「鏡で自分の顔を見てから言いなさい」

文句を言われ抵抗されようとミライは止めない。

言われたクリスは真っ赤に染まった。

今の一件で完全にパワーバランスが決まったようだ。

クリスが何を言ってもミライは聞かず、ミライはクリスを振り回す。

ゲームセンターで今更時代錯誤のプリクラを取ってみたり、有名なジェラードショップに行ってみたりとクリスを連れまわし、最後は高級品の集まる総合ショッピングセンターへと立ち寄った。

「ちょっと、なんであたしが計ってんだよっ!」

とランジェリーショップで採寸してもらっているクリスの怒声。

「えー?だってサイズの合っているのじゃないと辛いでしょ?翼さんじゃあるまいし」

ブチとどこかで血管が切れる音が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

「だからーっ!?」

怒るクリスをなだめつつ何セットか下着を選ぶと日用品コーナーでお泊りセットを見繕う。

そして最後は食品コーナーで夕食の食材を買い込んで響宅に帰宅。

「ただいまー」

「お、おじゃま…します」

「あらあら、お帰りなさい。そちらはお友達?」

迎え入れたのは響のおばあちゃんだ。

「うん。クリスって言うの」

「雪音クリスだ…いえ、です…」

「あらあら、可愛い子ね」

とおばあちゃん。

「ね」

「かわっ…」

ミライは事有るごとに言うのだが、まだ慣れていなかったらしい。

「お母さんは少し遅れるらしいわ。先に食べてていいって」

「そっか。じゃあ夕食の準備始めるね」

と台所に移動しようとすると玄関のドアが開いた。

「たっだいまー」

「おじゃまします」

「お、おじゃま…します…」

「なってめーらっ!?」

後ろから現われたのは響、未来、翼の三人だった。


どうして三人が此処にいるのかと言えば数時間前に遡る。

ミライに呆れられつつも三人でデートに出かけていたのだが、その途中でミライとクリスが仲良く歩いているのを偶然に見かけたからだ。

「なっ!あいつら…」

翼がすぐさま本部に連絡しようと取り出した携帯電話を響が制する。

「まってくださいっ」

「だが…」

「ミライちゃんも居ますし、あんなに楽しそうなのをぶち壊すのは可愛そうですよ。それに今のクリスちゃんは何もしていないじゃないですか」

「それは…そうだが…」

「クリス?」

「え?未来ってクリスちゃんの事知っているの?」

「すこし前に、ちょっとね」

と未来にしても少し歯切れが悪かった。

「追いかけるぞ」

「ええっ!?」

「そうですね、追いかけましょう」

「えええっ!?」

尾行すると言う翼に驚いた響だが、未来の同意に更に驚愕されられた。



ランジェリーショップに入った二人。ミライの口から翼のちっぱいを責める発言。

「ほっほう…なるほどなるほど…」

ブチっと翼の血管が切れる音が聞こえそうなほどだった。

「くっあの浮気者がっ!」

「ええ、…ほんとうに…くすくす…私の唇を奪っておいて他の娘に粉をかけるなんて…」

激昂する翼と暗く笑う未来。

「く、唇…やっぱり…あれは…夢じゃ…ない、よね?」

響はそう呟くと赤面しながら自分の唇をなぞった。

「皆あいつの被害者だと言う事だな」

「ええ、そうですね」

「あああっでもでも…ううううっ」

ここに初音ミライ被害者同盟が設立したようだ。

目的が合致するとどうして人間の信頼関係は強化されるのか、いつの間に仲の良くなった3人。

話題はおもにミライに対するグチばかりだが、ミライも三人の仲を取り持てたのだから本望だろう。

「あれ?この道って…」

「響の家に向かってるね」

と響と未来が言う。

ピリリリリリピリリリ

「あれ?翼さんだ…」

「そう言えば居ないね」

「はい、もしもし」

着信ボタンを押して電話に出る。

『どうして二人ともいきなり居なくなったんだ?』

携帯電話越しの翼の声。

「え?どうしてって言われましても…そんなに複雑な道じゃないようなぁ…」

再び翼と合流して追いかけるが、やはり翼が迷子になってしまう。

「いったい、どうしたと言うのだ…私は…」

ここまで続くとどうやら変だと言う事がはっきりしたらしい。

「あっそう言えばっ!」

「響?」

「わたしの家、ちょっとあって周りから責められていた時があるんですよね…どうしてお前だけ生き残ったんだーとか…」

「響…」
「そ、それは…もしかして…」

ふるふると首を振る響。

「奏さんに…そして翼さんに助けてもらった事は感謝しているんです。…ただ、周りはそうじゃなかった。そんな時に現われたのがミライちゃんで、ミライちゃんが助けてくれたんです」

「助けてくれた?」

「翼さんだから言いますけど、絶対に内緒にしてくださいね」

「ああ。約束しよう」

「ミライちゃんって魔法使いなんですよ」

「は?何を言っている…」

「ミライちゃんは悪意を持ってわたしの家に近づく人間を迷子にさせる魔法でわたし達家族を守ってくれました。たぶん、それが働いているんだと思います」

「だがっ」

「実際、何度も翼さんは迷子になってるじゃないですか」

「そうだが…私が悪意など…」

「悪意…敵意と訳してもいいと思います。翼さん、完全にクリスちゃんの事を敵じゃないって思ってますか?」

と、未来。

「それは…」

「ううん、警戒するのは当たり前の事。ただ、その警戒心がその魔法に触れて惑わされてるんですね」

「だが…心の問題だ…どうすれば…」

「でも、実は簡単な解決策があるんですよ」

そう言って響はギュっと翼の手を握った。その反対側は未来がつないでいる。

「こうやって手をつないでわたしが招けば問題無し、なんです」

「それは本当に魔法のようだ。だけど…」

「だからそうだって言ってるじゃないですか。小さな敵意、隠し事はきっとだれの心の中にもあります…」

「響…」

響の言葉に未来の言葉が詰まる。

「行きましょう。二人とも」

響は翼の手を引きながら家へと急いだ。


ダイニングで剣呑な面持ちで対面に座っている翼とクリス。そのむすっとしたオーラに当てられている未来は若干顔が引きつっていた。

響はすぐさまミライの手伝いにと逃げていった。

「今日はお客さんがいっぱいね」

「すみません、突然お邪魔してしまって」

既知の未来がおばあちゃんに謝った。

「いいのよ。ミライちゃんは居るけれど響は家を出てしまってから家はしずかになっててね」

とおばあちゃん。

「で、なんであんたらが居るんだよ」

「聞いてなかったのか?ここは立花の家だ。立花に招待されたからに決まっていよう」

クリスと翼が剣呑な面持ちのまま会話する。

「そう言うことをいってんじゃねーんだよ」

「喧嘩はだめだよっクリスちゃんっ!」

響がお皿を持ちながら静止に入る。

「ちっ」

幾つものお皿がダイニングに並べられ、中央にはシャリの入ったおひつ。一人一人に海苔が配膳された。

「これは…?」

ピラリと海苔を摘みあげるクリス。

「ああ、クリスは手巻き寿司初めてなんだね」

「手巻き?」

「こうやって」

そう言うとミライは海苔にシャリを載せるとサニーレタスを敷き、適当に具材を乗っけてクルクルと撒いた。

「はい」

「…ありが…とう」

そう言って受け取った手巻き寿司をかじる。

「あ、…うまっ…」

「そ、じゃあ皆も食べましょう」

と言うが誰一人として手を動かさない。

むしろ配膳された海苔を持って立ち上がる響。

「あ、響、私のもお願い」

「了解しましたーっ」

「どうしたんだ、二人とも?」

響が未来の海苔を回収する。翼は何が何やら分らないようだ。

「おやおや、それじゃあ私のもお願いするわね」

と言っておばあちゃんまで海苔を渡してしまった。

「翼さんは…持って行きますね…」

とても不安だと有無を言わさずに回収された。

ズイとミライの前に海苔が置かれる。

「まったく…せっかくの手巻き寿司なのに…」

「手巻き寿司でも美味しいものが食べたいじゃないですか」

当然と答える響。

「いったい何を…」

「ミライが作ると自分で巻くよりも数段美味しく感じるんですよ。あれは一度食べたらはまっちゃうレベルです」

と未来が翼に答えていた。

「本当に手巻きの意味がなーいっ!」

文句を言いつつも手際よく寿司を巻いていくミライ。

全員にいきわたった頃、クリスが自分の海苔を真っ赤な顔で俯きながら渡してきた。

「…はいはい、おかわりね」

結局全員分の寿司を巻く羽目になったのだった。

腹を満たせば人間は幸福になるものだ。剣呑な雰囲気は薄れいつしか和やかなムードが漂っている。

しかし、そこに一石を投じる翼の言葉。

「雪音。君はなんの為に戦っている」

「はっそれがあんたらに何の関係が有るって言うんだ」

「有るよっ!クリスちゃんが何の為に戦っているのか分れば、わたし達が手伝える事が有るかも知れないじゃん」

と響の真剣な声。

「あたしは…皆が武器を取り合う世界をぶっ壊したい…それだけだ…」

「なるほどな…それだけ聞ければ今日のところは十分だ」

と言って翼は立ち上がった。

「立花、小日向、そろそろ門限だ。帰るとしよう」

「え?…あの、翼さん?」

「あとはミライに任せておけば良い。あれは最高で最悪の人たらしだ」

「…そうですね」

翼の言葉に同意して未来も立ち上がる。

「え、ええ、未来?」

「帰ろ、響」

「う、うん…で、でも…」

「いいから。後はミライに任せておきましょう」

そう言って未来は響を連れて退出、寮へと帰っていった。

「それじゃ、あたしも帰ろうかな…帰るところ無いけど」

「だったら泊まっていけばいいじゃん」

洗い物から帰ってきたミライは皆が帰ったリビングで寂しそうにしていたクリスに声を掛けた。

「どうせ、捨て猫みたいに帰る家が無いんでしょ?」

「お前っ…ちったー他人の迷惑考えろよっ!」

「あ、そうだね。ここわたしの家じゃなかった。おばーちゃんっ」

とミライは家主代理であるおばあちゃんに了承を得るべき離席、戻るとどうやら了承をつかみとってきたらしい。

「まさか最初からこうするつもりで…」

突きつけられたお泊りセット。下着も新しいものを新調済だ。

しかし、お風呂の誘惑には勝てず、クリスはなし崩し的に泊まっていく事に。

夜。

同じベッドで寝ているミライとクリス。

「お布団までは用意してなかった」

とはミライの言。

「ここからこっちにはぜってー入ってくんじゃねーぞっ」

と防衛線を張るクリス。

その後天井を見上げながらポツリと言葉を発した。

「お前は、あたしがしている事をどう思っているんだ?」

と、クリスが洩らす。

「わたしはさ、ここ二年くらいしか記憶が無いからさ、クリスが何を思って何をしたいのか、それの善悪を断ずる事は出来ないよ」

「…………」

「だからさ、やりたいようにやってみればいいじゃん」

「はぁっ!?お前何言って…」

クリスはバサリと上体を起こすくらい驚いたようだ。

「その先でもしわたしとクリスが戦う事になったのなら、その時はその時。今考えた所で何にもならないしね」

「おまえは…たくっ」

毒気を抜かれたクリスは再びベッドに収まった。

「わけわかんねーやつ」

「よく言われる」

それっきり会話は終了。クリスの寝息が聞こえ出した。

「ママ…パパ…」

時折、寂しいのか手が伸ばされ、自然とぬくもりを求めるかのように自身が決めた境界線を越えてミライに抱きついてきた。

「…あつい、けど、あったかい」

そう言ってミライも意識を手放した。

次の日ミライが起きるとクリスの姿は既になくなっていた。


ネコは家に着くと言うが…

次の日からクリスは夜中にガラリとミライの部屋の窓を開けると寝に帰ってくるようになった。

それが分ってからミライは夜食を部屋の机に置いておく。朝、食べ終わった皿を片付ける前にはクリスは出て行くの繰り返しだ。

アーティストである翼の復帰ステージの裏でノイズが動いたりしたが響の活躍でどうにかステージは成功。アーティストとしての二束のわらじを履きなおしたことになる。

そんな中、事件が急変する。

「カ・ディンギル?」

弦十郎がもたらした情報だ。

「どんな瑣末な事でも構わん、情報を集めろ」

「カ・ディンギル…ねぇ」

二課のコンソールを弄りながら呟くミライ。

「何か知っているのか?」

「カ・ディンギル。これは旧約聖書に出てくるバベルの塔と同義であると仮定する方が良いかな」

「バベルの塔、だと?」

「神に挑戦して神に破れ、統一言語を奪われることになった故事に出てくるバベルの塔。しかし、完成していると言うのはどう言うことでしょうね?聖遺物であるカ・ディンギルをシンフォギアシステムにしたと言うには少し違うような?」

「わからん、後はこちらで調べよう」

その後、出先に居た為に通信をつないだ了子も塔を示唆した。

それと前後して現われる巨大なノイズ。

「お約束的にスカイタワーに向かってますね」

今さっき塔と言うキーワードが出たばかりでタイミングが良すぎるばかりだ。

「更に一機大型飛行型ノイズを確認。東京タワーに向かっています」

とあおいさんが伝えた。

「ミライくんは東京タワーに急いでくれ」

「了解です」

東京タワーに到着。ノイズを殲滅に移るが…

「数、多すぎーっ!?」

殲滅させるスピードよりも増援の方が多い。

「ミライちゃん、今援軍にっ!」

と響からの通信。

「そっちはリディアンに急いでっ!さっきから通信が通らない、何かよくない事が起こってる」

「バカっ、それでも一人でなんて」

とクリスの声が響く。

「クリスも居たのか。悪いが響たちと一緒にリディアンを頼む。こっちに来るよりリディアンの方が近いだろ」

「だが、お前は…ミライはどうするんだ…」

と心配そうな翼の通信。

「わたし、魔法使いですからね。ちょっと本気を出してちゃっちゃと追いつきますよ」

「やれるのか?」

「当然ですっ!」

強気に言って宣言するミライ。

「無茶はしちゃだめだよ?」

そう言う響の通信を最後に響たちはリディアンに向かったのだろう。

「それじゃぁ…いっちょ派手に行こうか」







「はぁ…はぁ…はぁ…」

膝を付くミライ。

あたりは炭化した消し炭が残るだけ。ノイズの姿はどこにも無い。

「ちょっと…疲れた…」

ギアを解除。私服に戻った。

「行かないと…リディアンに…響たちの所に…」

ドドドと地が鳴り響き、何かが屹立していく。

「カ・ディンギル…」

それはリディアン音楽院が立っていた場所。そこからスカイタワーの三倍ほどもある塔が立ち上がった。

ミライはシンフォギアを部分展開させると空を駆けた。

「収束している?」

カ・ディンギルが高エネルギーを収束して発光していた。

「クリス?」

未だ遠いカ・ディンギルを見ればその直情にミサイルが飛び、それに誰かが…クリスが乗っていた。

未だ遠い空から歌が聞こえる。

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl

「あれは…絶唱っ!?」

捨て身を覚悟したクリスの一撃。

その両腕から照射されたビームはカ・ディンギルから放たれた極光をわずかにそらした。

月を狙ったその一撃はわずかに反れ、月の一部を破壊しただけだった。

しかし、全力を出し切ったクリスは全てを出し切って落下していく。

どっちに…いやどっちもだよねっ

影分身を作り出すと落ちてくるクリスへもミライは飛んだ。

「まーた、黒くなってるじゃんか…響ーっ!」

目に写ったのはガングニールによって暴走した響の姿。

「ミライっ!?」

「初音ミライだとっ!ここにきてっ!」

翼と、もう一人、ネフシュタンの鎧を着込んだ女性。この事件の陰にいたフィーネと言う女性。

しかし、オーラを見ればあれは櫻井了子だろう。

「Aeternus Naglfar tron」

ギアを纏って着地すると同時に四肢を地面に付いた。

「ぐぅうううううううっ」

「まさかっ!ミライまで暴走っ!?」

ガシュ、ガシュと排気し、変形する。

「がぁああああっ!」

黒いオーラが掻き消えるとそこは獣性を増したミライが居た。

「制御した…だと?」

「があああっ!」

見境の無くなった響がミライへと突撃する。

尻尾を盾にして響の攻撃を受けた。

「すまない、ミライ、そのまま立花を抑えておいてくれ、その間に私はカ・ディンギルを破壊するっ!」

「させるものかーーーっ!」

翼とフィーネの戦いをBGMにしてミライは響と相対する。

「この戦いも二回目っ」

ガシンガシンと折れぬ尻尾に苛立つように響は乱打。

「デュランダルさえなければっ!」

一度離れ、再び突撃してきた響。

ガシュと響の右腕のギアが弾かれエネルギーが収束される。

「うううううっがぁああああっ!」

「ひびきーーーーーーーーっ!」

繰り出された響の攻撃は、流石に撃槍の異名を持つガングニール。

ミライの尻尾が打ち砕かれ体まで届いた。

その重い一撃を避けずに受けとめるミライ。

「たく…世話の焼ける」

一瞬動きの止まった響に渾身のデコピン。

「へっ…」

一瞬で響のギアが解除された。

「はは…なかなかに間抜けな顔だ…」

「ミライちゃん…?」

「いい?そんなに簡単に絶望に飲まれないで、ね?」

ズルっとミライは膝から崩れ落ちた。

先ほどのノイズとの戦いでの疲弊、そこに来て響との戦闘である。少々荷が勝ちすぎていたようだ。

ドゴーンッ

どうやら翼もカ・ディンギルの破壊に成功したようだ。

「ミライちゃん、ミライちゃん!?」

「ごめん、少し、寝る…」

そう言うと意識が闇に飲まれた。



……

………

歌だ…

歌が聞こえる…

暖かい歌が…

誰かの歌が確かに力をくれている…

立ち上がるための力を…だから…

胸の鼓動がシンフォギアが共鳴する。

瞳を開ける。

立ち上がるとシンフォギアが輝いた。

「シンフォギアーーーーーーっ!」

響の咆哮。

奇跡がシンフォギアのリミッターを解除した。

白色に染まったシンフォギア…それは…

「エクスドライブだとぉ!?」

フィーネの驚愕が響き渡る。

「奇跡だね…わたしの苦手な展開だぁ…」

「えええ?」

呆ける響。

「でも、たまには良いかな」

響、翼、クリス、そしてミライ。みなのギアが白く染まった限定解除モードだった。

重力制御すら可能にするそのエクスドライブモードは飛行が可能になっている。

「いまさら限定解除した所でっ!」

とフィーネがソロモンの杖を使ってノイズを大量に現せた。

彼女の説明によるとノイズとはバビロニアの宝物庫から呼び出される殺戮兵器らしい。

それをソロモンの杖で開き、操っていると。

「ゲート・オブ・バビロン…世界を超えても厄介なやつだ…ギルガメーーーーーシュっ!」

ミライは悪態をついて気合を入れると大量のノイズを倒しに掛かる。

「み、ミライちゃん?」

「私達も行くぞ」

「ちょせいっ!」

響、翼、クリスと続いた。

しかし、そのノイズの大軍すらフィーネには時間稼ぎでしかなかったらしい。

ソロモンの杖、そしてカ・ディンギルのエネルギー源にされていたデュランダルを持って大量のノイズを束ねて大きな紅い竜へと変貌していた。

キュイーンとその竜がエネルギーを収束する。

「さすがにやばいか…」

「ミライちゃん、何を?」

響の制止の声。

「Aeternus Hrymr tron」

「聖詠の二重詠唱だとっ!?」

翼は単純に驚いたらしい。

「そいつはいつかの…」

クリスには覚えがあった。

ギアが変形し、神々しさを増した。

背中から幾つものスフィアが飛ばされると合わさり、繋がってエネルギー障壁が展開される。

ドドドーン

バリアが形成さえるのと同時に爆発、轟音と共に爆炎が上がる。

「ミライちゃんっ!」

噴煙を切り裂いて響が駆けて来る。

「大丈夫、無事だよ」

「ミライ」
「おい、お前っ」

翼とクリスも駆け寄った。

「聖詠の二重詠唱、だと…しかもそれは…神そのものとでも言うのかっ!」

切れたフィーネの赤い竜。ベイバロンとでも呼称すればいいだろうか。その竜からの第二射。

「効かないっ!」

現われた盾がその砲撃を完全に防いだ。

「街はわたしが守る、だからっ」

コクと響達が頷いた。

響たちがベイバロンに攻撃を開始した。

大型の砲撃、小型の爆雷は全てミライが防いで見せた。

街にはこれっぽちの被害も出すものかと言う気迫を感じさせる。

それに鼓舞されるように響たちはベイバロンへと攻撃するが、ネフシュタンの鎧による再生力を上回れなかった。

だが、翼とクリスは何かを思いついたらしい。決死の覚悟で道を開き、ベイバロンの体内へと侵入するとその動力源であるデュランダルを奪って見せたのだった。

しかし、手にした響は再びシンフォギアの暴走で黒化してしまう。

「相性最悪だなぁ…まったく…」

仕方ない、と呟くとミライの右手に一振りの槍が現われた。

「響ーっ!」

響に向かって投擲するとデュランダルが弾かれた。

「ミライっ!?」

「お前、何をっ!」

槍はデュランダルを弾いてくるくる回ると響の手に収まった。

「これは…」

黒化が収まるどころの話ではなく神々しいばかりに輝く響。

槍が響のシンフォギアと共鳴しているのだ。

「何だそれは、何なんだっ!その強大なまでのアウフヴァッヘン波形はっ!」

フィーネが絶叫する。

「絶対必中の神槍」

「まさか、まさかまさかっ!?」

「やっちゃえ、響っ」

「神槍、ガングニールだあああぁぁぁぁぁぁぁああああっ!」

高まったフォニックゲイン。その全てを乗せて響はグングニールを投げ放つ。

「ここに来てガングニールだとぉおおおおおおおおおおっ!」

させるものかと収束されたビームが放たれる。

しかし、気合のこもったベイバロンのレーザーの咆哮を切り裂きグングニールは進む。

グングニールは咆哮を切り裂き、ベイバロンを両断。フィーネを貫くと赤い竜の体を消失させた。

爆発とその衝撃波はミライがどうにか防ぎきり、ビルの倒壊などは免れた。

響は爆発の中心に自らもぐりこむと人影を連れて現われる。

担がれていたのは全ての元凶、フィーネだった。

彼女の面影は計画の頓挫、さらに敗北に継ぐ敗北でどこか憑き物が取れたよう。

そこに二課の面々に未来達も合流した。どうやら無事だったらしい。

「いつもいつもいつもいつも、後一歩の所で計画が頓挫してしまう…これはもはや呪いと言うレベルね」

精も今も枯れ果てたとばかりに呟くフィーネ。

「世界は…人の生きる世界は、世界を存続させようとする力があります」

そミライ。

「世界を存続させようとする、ちから?」

「それは目に見える形であったり、そうでなかったりしますけど、人の存在が、その歴史の延命をさせるんです」

巨悪がかならずヒーローに倒されるのはそう言う事だった。

「なるほど…悪が巨大であればあるほど、その反発する力も強くなる…と言う事ね」

あなた達の様に、とフィーネ。

「次があるなら、それはきっともっと誰もがしあわせになれる方法を考えてください」

と響がフィーネに言う。

「そうね、この次は、きっと…」

そう言ったフィーネは聖遺物からのバックファイアに身を焼かれ、崩れ去っていった。


「まずいですっ!月の欠片が落下してきています」

パソコンを操作して情報を集めていた二課の藤尭(ふじたか)朔也(さくや)が焦ったようにぼやいた。

「なんだとっ!」

振り向く弦十郎。

「月が…」

「落ちる…」

その呟きは誰だったか。

落ちてきているつきの質量を考えれば世界の核兵器を撃ち上げたとして破壊できるかどうか。

「大丈夫っ!」

力強く宣言したのは響だ。

「人の営みは絶やさせない。人々の明日は、わたしがこの拳で守ってみせる」

「響っ!?」

未来が悲観そうな声を上げる。

「大丈夫だよ、未来」

何が大丈夫なものか。

響は自分の持てる力、その全てで月の破片を穿つつもりなのだ。

その出力を可能にするとすれば…

絶唱…

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl

飛び立った響が最後に歌う、終わりの歌。

「そう言えば、わたし、ミライちゃんに聞きたいことがあったんだっけ」

あの時、キスしていたのかどうか…

「でも、今更かな…」

「何を聞きたいって?」

巨大な戦艦を模したギアに乗って現われるミライ。尖塔に立つミライはまさに船頭のよう。

二重聖詠の効果で呼び出された魔船だ。

「ええっ!?ミライちゃん?」

「誰かを守る響を守るって言ってなかったっけ?」

とミライ。

「ミライだけか?」

「あたしらも居るんだけど?」

と翼とクリス。

「さて、絶唱なんて口にしちゃって」

ふっと乗ってきた船から飛んで響へと向かう。

「ミライちゃ…」

「制御補助術式でも限界があるかな…緊急時だし…ゴメンね?」

「ん!?うぐっ…んん…」

「わわわっ…」
「……っ!」

翼とクリスが自身の手で目を覆い、しかし手を開いて見ているその先でミライは響とキスをしていた。

「はい、おしまい」

「ミライちゃん…なにぉお…」

ドクン

息も絶え絶えの響だが、次の瞬間ギアが変形し始めた。

ヘッドギアはとんがり帽子の様に伸び、片目をバイザーが覆い、ギアも甲冑の様に変化している。

「これは…?」

「ガングニールの持ち主って誰か知ってる?」

「えっと…」

言葉に詰まる響。

「……それくらいは調べよう?」

「たはは…」

「北欧神話の主神オーディンが持つと言う槍の事だ」

と翼が注釈する。

「そうなんですか…でも、これは?」

「わたしがオーディンの力を分け与えた」

「ええええっ!?」
「はっ!?」
「いぃっ!?」

「わたしが聖詠の二重詠唱が出来るのは単純にナグルファルと関わりの深いフリュムの権能を持っているから。わたしが天羽々斬やガングニールを押さえつける事ができるのも一緒」

「スサノオやオーディンの力をもっていると?」

「正解です」

そう言うとミライは翼に近づいて不意打ちにその口を唇で塞いだ。

「んぐっ…やめっ…」

翼は抵抗し、唇が離れた。

「非常事態ですから」

と言って再びキス。

「わわわぁわわっ」
「……っ…」

今度は赤面しているのは響。そしてやはりクリスは押しだって真っ赤になっていた。

「はぁ…はぁ…はぁ…ミライ…君は…」

ドクン

翼のギアが変化する。

無事に権能が行き渡ったようだ。

「一つ聞いていいか?」

と、変化の終えた翼が質問する。

「何でしょう?」

「イチイバル…ウルの権能はどうなっている?」

「ない、無いよな?」

と言うクリスの懇願。

「残念ながら…」

と言う言葉に一瞬クリスは安堵するが、しかし…

「持ってますよ」

「なるほど…立花っ」

「はいっ!」

ススーと翼と響はクリスの左右を固めるとその腕を左右から二人で固定した。

「ここで私たちだけとは不公平だ」

「そうですよ、皆仲良くいきましょう」

「ちょ、まッ!お前ら…っ!」

「そう据え膳を並べられるとやりづらいんですけどね…」

「まて、まてまてまてまて…っ!あたし、こう言うのは初めてだからっ!」

「心配するな…私も初めてだった」

と、翼。

「ちょ、あっ…あの…んぐ…」

無事にクリスのギアも変化する。

「てめぇ…乙女の唇をなんだと思ってやがるっ!」

変化したアームドギアから一斉射。

「ちょ、ちょっと、緊急事態なんだからしょうがないでしょっ!?」

それをミライは持ち前のシールドで防御する。

「ああ、それは後で目いっぱいミライに問い詰めるとしよう。だが、今は…」

「そうだよ、クリスちゃん、いまはアレを破壊しないと…」

翼と響がたしなめる。

「ち、分ったよ。だが、後でぜってー覚えておけよっ」

「その時は私も一緒にミライをいじるとしよう」

「わたしもです」

「ええええ!?」

情けない声を上げるミライ。

「でもとりあえず。全力で」

「全開で」

「全てをぶつけてやるっ!」

と響、翼、クリスのアームドギアが変化、巨大化する。

「それじゃぁこっちもっ」

ミライは戦艦に再び着地すると砲門を開いていく。

「開放全開、いっちゃえっ!ハートの全部でーーーーーーっ!」

響の掛け声で全力全開、フルバースト。

余力も残さずぶっ放し月の破片を粉砕しつくした。

落ちていく破片のは大気圏での摩擦で燃え尽きるだろう。

地上からは季節はずれの流星群となっているはずだ。

「皆、無事かっ!?」

翼の声。

「大丈夫でーす」

「どうにか生き残ったみてーだ」

と響とクリス。

「任務完了かえりますか」

無事に月の欠片を破壊し終えたミライ達。いつの間にかギアは元のものに戻っていた。

「そうだな、帰ってミライに先ほどの事を追及するとしよう」

「ええっ!?」

「そうですね、今日は語り明かしますよっ!ね、クリスちゃん」

「ええ?あたしもかよっ」

後にルナアタックと呼ばれる事変はこうして終わった。
 
 

 
後書き
と言う事でやりすぎ感満載ですが、シンフォギアの無印編終了です。やりたい放題やっています。ウルの権能!?とかは考えてはいけません。スルーしてください。大一番でキスっ!はカンピオーネ編では出せなった要素ですね。主人格の入れ替えはスルースキルの多いアオでは難しかったからですね。
最後、了子さんの月落としがスルーされたのは…まぁいらないよね、と。きっと普通に落ちてくるでしょう…たぶんですが。
とりあえず、次回はG編です。 

 

外伝 シンフォギアG編

ルナアタックから三ヶ月、二課は仮説本部として潜水艦を一隻手に入れそれを本部として改造していた。

「暖かいもの、どうぞミライちゃん」

と、あおいさん。

「暖かいものどうも。あおいさん」

ミライは今、本部である潜水艦の改造に追われていた。

「ルナアタック以降世界に向けて開示された櫻井理論。しかしそれはどの研究機関でもまだそこまでの成果を上げていないわ」

「どうしたんです?急に」

「だと言うのに、この船のオーバーテクノロジー振りはなんなのでしょうね?」

「ええっと…」

ミライは言葉に詰まった。

本部があんな事になってしまったのだ。ミライは本部の再建に際し、一切の自重をやめた。

櫻井理論というブラックボックスまがいの免罪符が有るのも大きい。今のご時勢なら少しぐらい不思議であろうと誰も理解できなくても追及を逃れやすからだ。

「あなたの持ってきたエネルギー供給基幹、完全一体で開放厳禁のブラックボックス、しかしてその実体は…」

誰にもわからないと続けようとしたあおい、だが…

「デュランダルですねぇ」

「そうなのっ!?」

まさか答えがあるとは思ってなかったあおいは驚いていた。

「あの時、あのルナアタックの時に喪失した事になっているデュランダルは実はこっそりわたしが回収していたんですよね」

デュランダルはあのカ・ディンギルのエネルギー源にされていた位、一度完全覚醒した完全聖遺物の放つエネルギーは際限が無い。魔法術式を用いた戦艦の動力源にはもってこいだった。

「ほ、本当に?」

「さて?正解は蓋を開けてみるまでは分りません、と言う事で」

今は物理障壁を張る装置の実働試験中で、もっと言えばパッシブ・イナーシャル・キャンセラーの最終調整中だった。

「スキニル、どう?」

ミライの近くに転がる端末から返事が聞こえた。

『P.I.Cシステムとの接続を確認。問題ありません』

「まさかミライちゃんが二課に入ってからずっと作っていたのがAIだったとはね、私もスキニルちゃんを初めて紹介されたときは驚いたものだわ」

スキニル。正式名称は『スキーズブラズニル』

北欧神話に登場する魔法の帆船の名前をいただいた、この船の制御を受け持つ人工知能だ。

人工知能の名前としてなずけたのだが、いつの間にかこの仮説本部の名称になってしまっていた。

スキニルへの命令系統の第一位は風鳴弦十郎。二位は二課の管制メインスタッフ。三位以下が現場担当となっていて、艦内出入以外の権限が無い。

「これだけオーバーテクノロジーを詰め込んでおいて、武装は従来のものだけ。戦う力はこの船には不要と言う事かしら?」

「それも有りますが、そっちを弄るとなるとフレーム段階…基礎設計からやり直さなければいけませんので」

「それもそうね」

「それと、巨大な力はシンフォギアだけで十分でしょう。この組織には」

(本当はエネルギーシャフトに細工して極大収束砲は付いてるけど、内緒なんだよね)

この事は弦十郎にしか伝えていない上に、機動には彼の承認が必要だとプロテクトしてある。

ミライは弦十郎の人となりを信じている。彼なら間違った事には使わないだろう。

「そう言えば、そろそろじゃないですか?」

「何が?」

「ソロモンの杖の移送任務」

「ああっ!本当。っそろそろ私、行くわね」

「いってらっしゃい」

ソロモンの杖は二課が管理していたのだが、この度協調路線を取る事になった米軍の基地に移送されることになった。

その任務に従事するのは響とクリスの二人。

「ノイズを現し操るソロモンの杖。何も無いと良いけれど…」

しかし、その懇願は敵わなかった。

なぜかノイズが現われ、操られるようにソロモンの杖を移送する響たちを襲う。結果、ソロモンの杖は紛失してしまったらしい。

時を同じくして翼の特別ライブ。

その会場でデュエットの特別コラボをしていたアメリカのトップアーティストであるマリア・カデンツァヴナ・イヴ。

その彼女が翼とのライブ中に全国に放送されている事を逆手にとってノイズを操り世界に向けて宣戦布告。

国土の割譲を求めてきた。

さらに…


スキニルのブリッジで弦十郎が叫び声を上げた。

「ガングニールだとぉっ!」

弦十郎のこの咆哮が物語るように、ライブ会場のど真ん中でマリアはシンフォギアをまとってみせた。

それもガングニールをだ。

それは有るはずの無いもの。何故ならガングニールはその装者であった天羽奏の死と共に喪失し、その破片が響の胸に残るだけになっていたはずだからだ。

ミライはそっと自分の胸に手をやったあと呟く。

「無い事も無いです…わたしの胸のナグルファルがどうして存在するのか、まだ分ってないのですから」

「ミライくん…」

弦十郎の心配そうな声。

「ミライくんの状況への介入は…」

「タイミングが悪いです。動力炉起動の最終チェック、及びPICの調整中で動けませーん」

と、ミライが答える。

「信じるしか無いのか…」

弦十郎の祈りが通じたのか、状況に介入した響とクリスの尽力でマリアの野望と一旦は退ける事に成功した。

「Superb Song Combination Arts」

響が最大の局面で使った必殺の一撃。

三人分の絶唱を響が調律、負荷を一身に受ける事で途方も無い力を生み出す必殺技だ。

「響…」

翼とクリスの負荷は軽減されるが、しかしその分響の負担が増える危険な技だった。

しかも…

「装者が三人…」

マリアを守るように現われた二人の装者。

彼女達は撤退して行ったが彼女達がもたらした世界の混乱は大きい。

フィーネを名乗ったマリアからはあの声明以降主だった動きは見せていない。

それもどこか不穏だった。



「郊外の廃病院?」

そこに不審な物資の流れがあるらしい。

「やつらはノイズを操る。ノイズが待ち構えている可能性が有る以上装者である君達に託すほか無い」

とは弦十郎の言。彼は出来るならば子供に戦いはさせたくは無いのだろう。

「いいか、今夜中に終わらせるぞっ」

と言う弦十郎の通信で廃病院に突入。

「うっ…」

「ミライちゃんっ」
「ミライ」
「ミライっ」

響、翼、クリスがいきなり膝を付いたミライに心配そうな声を上げた。

「あとはあたしらがやるからお前はすっこんでろっ」

「クリスちゃん、そんな言い方」

「いや、雪音が正しい。ミライ、お前はここに居ろ。あとは雪音や私たちに任せるといい。雪音はお前の事を心配しているだけなんだ」

分かってやれと翼。

「あぁー…そう言うこと…」

と響。

「ぬなっ!?ちげーよっ!ただ足手まといが邪魔なだけで…」

クリスは赤面して否定した。

「ごめんなさい…おねがいします…」

そう言うとミライは病院の外へ。

「はぁ…はぁ…ふぅ…」

何とか、落ち着いたかな。

「しかし、いったいなんだったのか…」

病院内から爆音が響く。

「戦闘が始まった…こんな事をしている暇なんて…」

ヒュンと病院から何かが飛び立っていった。

「ノイズ…しかも何かを運んで?」

それを追うように翼が駆けて行く。

海上へと逃げるノイズを翼は浮上してきた潜水していたスキニルを足場にして更に跳躍。ノイズを切裂き運び出していた物体の確保、とは行かなかった。

空から降ってきたアームドギア。

黒いガングニールの少女。マリア・カデンツァヴナ・イブ。その彼女が邪魔をしたからだ。

「わたしも、行かないとっ!」

ミライは四肢を奮い立たせて跳躍。劣勢の翼に加勢する。

空中からの回し蹴り。

「誰だっ!」

それをアームドギアで受け止めるマリア。

「あなたっ!?」

一瞬マリアが驚愕。しかし、直ぐに持ち直す。

「シンフォギアも纏えないやつが私たちの戦場に立つなっ!」

と激昂した。

「ノイズじゃないのならっ!」

「ミライっ!」

後ろで膝を付いている翼。どうやら足にダメージを負っているようだ。

翼はその手に持ったアームドギアを二振りミライに投げ渡した。

クルクルと回りながら投げ渡されたそれを両手で受け取る。

『何をやっているっ!ミライくんっ』

と弦十郎の怒声がイヤホンから響くが、無視。

マリアはそのアームドギアを振り上げ、つまらないものを叩き潰すように振るう。

普通の人間ならアームドギアの一撃の重みに耐えられず吹き飛ばされただろう。

…普通の人間なら。

ミライは刀をクロスさせその槍を受けきった。

「なっ!?」

驚くマリアをよそにやりの重心をズラすと回転するように横撃。

「くっ…」

マリアはその身に纏った黒いマントを操って盾とし、防御した。

「なっ!?」

しかし、それは一瞬の均衡の後切裂かれマリアは驚きつつも甲板を蹴って距離を空けた。

マリアの表情が真剣身を増す。

その口が力強い歌を紡ぎ始めるとシンフォギアの出力が上昇した。

一撃、二撃。一合、二合と切り結ぶ。

「どうして、ギアも纏わずにっ!」

かんしゃくを起こしたように槍を振るうマリア。

「簡単なこと。わたしはギアなしでも強いっ!」

「バカにしてーーーっ!」

マリアはマントを回転させるとハリケーンのような、それでいて掘削機のような威力を伴った攻撃を繰り出した。

「はっ!」

ミライは刀身にありったけのオーラを込めると一文字に振り下ろした。

「なっ!?」

切裂かれるマント。振り下ろされる刀身をマリアはアームドギアで受けるが、ほどなく切裂かれてしまった。

「アームドギアすら切裂くと言うの…」

しかし、ショックを受けつつもマリアは流石だった。

黒いマントを操り殴りつけるように攻撃してきた。

「っく…」

一瞬の油断か、それとも先ほどの不調からか、ミライはその手に持っていた刀を弾き飛ばされてしまう。

「これでっ!」

それを好機とマントでの攻撃が飛んできた。

だが、それもミライには好機。

「あまいよっ」

ミライは一足で甲板を蹴って目にも留まらない速度でマリアに肉薄する。

「なっ!?」

マリアは本日何度目の驚愕だろうか。

肉薄したミライから繰り出されたのは高速のデコピン。

「くぅ…」

仰け反るマリア。攻撃が必殺でなかったことに戸惑っているようだ。だが…

「そんな…ギアが解除されていくっ!?」

「おっと…これはまた…けっこうなお手前で…」

「なっ!?」

服が戻らない事に焦りつつ、局部を自分の手で覆うマリア。

「ミライっ!おまえはっ!」

となぜか翼の怒声。

「し、仕方が無かったんだよっ!不可抗力なんだよ?だからその刀はしまって…」

翼の刀の切っ先がなぜかミライに向いていた。

「まって、落ち着こう?無実、わたし無実だからっ!鞘走らないで、ね?」

斬っ

「ぎゃーっ!?」

「安心しろ、峰打ちだ」

「まさか、味方の攻撃でやられるとは…がくぅ…」

スチャと翼が前に出て刀を構えマリアと対峙した。

「うちのバカが済まない事をした」

「そうね…いいわ、許してあげる。だから今日はこれくらいにしましょう」

どこからとも無く閃光弾が打ちあがり辺り一面を白色に染め上げる。

「伏兵!?」

その閃光にまぎれながらどこからとも無く現われた輸送機にとびのってマリアは逃げていった。

今回の廃病院で出くわした為に響たちが捕まえていた重要参考人。先のソロモンの杖移送の際に死んだはずのドクターウェルも、残り二人の装者に助けられる形で逃走。完全に姿をくらませていた。



ピッピとスキニルブリッジのコンソールを叩く。

「うーん、さすがにD装甲。あれくらいじゃビクともしないねぇ」

と先日、甲板で戦った時に観測されたて上がってきたデータを見ているミライ。

「D装甲?」

と聞き返すのはいつものあおいさんだ。

「デュランダル装甲。略してD装甲」

「は?」

「デュランダルから供給されるエネルギーで装甲を被って強化する。デュランダルだからこそ出来る船体の強化システム」

「もう理解する事を止めるわ…」

あおいさんが考えるのをやめた。

「使い方が分っていればいいだけすものね。携帯電話やパソコンと一緒です。その中身を理解する必要は無い」

「まぁいいわ。それより、いいの?時間」

「へ?」

「リディアン音楽院の学園祭に響ちゃん達から誘われてたんじゃないの?」

「ああっ!?」

忘れてたと叫ぶミライ。

「はい、これ」

「なんです、これ」

差し出されたのは最近良く見るあれだ。

「リディアン音楽院の制服」

「うぇええええ!?」

あおいさんに強引に着せられたまま時間も無いとそのままリディアン音楽院へ。

校門を潜るとなぜか頬を膨らませた未来と響に迎えられた。

「おっそーいっ!」

「ご、ごめん…」

「未来ってば余りにもミライちゃんが来ないからずっとそわそわしっぱなしだったんだよ?」

そう言って吹き出しそうになる響。

「ひ、響っ!?そ、そんなんじゃないからねっ!ぜったい、違うんだからっ!」

「またまた~」

「響~」

前回の事件でリディアン音楽院はカ・ディンギルの直下であった事で崩壊した為に急遽借り受けた中世的な建物を校舎に改装しての学校での文化祭。

あの惨事を忘れたいのか、忘れようとしているのかとても賑やかだ。

色々と見て回った後に連れてこられたのは音楽堂。

「まにあった~」

「響がはしゃぎすぎるからだよ」

「ごめん~」

響と未来がじゃれていた。

講堂内は薄暗く、一際明るいステージが良く見渡せた。

「あ、クリスだ…」

「わ、本当だ」

と響。

照れているのか緊張しているのか、とてもその表情は真っ赤だ。

しかし…

声を発せればその緊張も歌う事で掻き消えたのかとても綺麗な声が聞こえた。

「すごい…」

「クリスちゃん上手~」

未来も響も手放しで褒めた。

「でも、そろそろ準備しないとだね」

「そうだね、響」

「え?なに、なに?」

左右からがっちりと腕を組まれたまま客席から連れ出され舞台袖へ。

「え、え?ええっ!?」

トン、と背中を押されてつんのめりながらステージ中央に立たされてようやく嵌められた事に気が付いた。

クリスも出ていた勝ち抜き形式の音楽大会、それに出場させられたらしい。思い起こせばこの制服もそのためか。

舞台袖を見れば謝る響とどこかしてやったりの表情をしている未来。

(やってくれる…けど、いいさ)

カラオケを操作して曲を選択。そしてどこからとも無く拡声器(メガホン)を取り出し構えた。

イントロが始まる。

あ、知ってる人は耳を押さえているぞ。未来と響はノーガード。

心の中でにやりと笑って…

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

大絶叫。

ぞわわっとクリスの歌で火照った体を冷却させた。

観客を見渡す。あれ、なんかどこかで見たことのある少女が二人居る気が…

あれはマリアの仲間の装者の二人?

歌い終わり、お辞儀をして舞台を降りるまで誰も何も反応を返さなかった。

舞台から降りて観客が我に返ったのか、ドっと歓声が聞こえた。

「もう、びっくりしたよぉ」

「さすがにアレはひどいと思う…」

響と未来だ。

「あっはっは。かってにエントリーした意趣返しだよ」

と得意げに言った後表情を固める。

「それよりも、気が付いた?」

「え?何、何?」

「あそこ」

そう言って視線をやればそそくさと逃げていく少女が二人。

「あの子達っ!」

「響?」

「未来はここで待ってて」

走り出す響。途中、クリスと翼と合流し二人を追った。

「ち、見失ったっ!」

「はやいよぉ…クリスちゃぁん」

「てめーが貪くせーんだろぉが」

と響を叱責するクリス。

「だが、無駄足ではなかったようだ」

と翼が何かを拾い上げた。

「果たし状?」

その封書にはそう書かれていた。

「こんなものを渡す為にわざわざ?」

「さて、それはどうか分らないがな」

その夜。

ノイズの出現波形がカ・ディンギル跡地で検知され、急ぎ向かった。

しかし、そこに現れたのは装者の少女。切歌(きりか)調(しらべ)の二人ではなく、ソロモンの杖を強奪しフィーネに組するウェル博士だった。

大量のノイズ。

「いまさら、ノイズなんかでっ」

大量に現われるノイズもシンフォギアを纏ったミライ達は善戦する。

そんな中、F.I.Sが何をしたいのかと問えば月の落下による人類の救済と答えた。

月の軌道計算はあのルナアタック以降各国機関で観測されていて、落下はしないと言われているが、さて…

「月の落下からの人類の救済。その私たちの答えが、ネフィリムっ!」

ウェル博士が叫ぶと地表から一匹の黒い化け物が現われた。

「きゃっ…」

それに弾き飛ばされてクリスは気絶。助けに行った翼はノイズの粘着攻撃に足を取られた。

黒い化け物、ネフィリムは響と交戦を始めた。

ミライはと言えば、ウェル博士が出した大量なノイズの対処に負われていた。

「ルナアタックの英雄…でも、そろそろあんたたちうっとうしいんだよねぇ」

ウェルの声に狂気が混じる。

「そろそろあなた達には退場してもらう事としましょう」

そう言って取り出したのは一つのアタッシュケース。

バシュっとアタッシュケースの電子ロックが開く。

そこから取り出したのは人の右腕のようなものだった。

「なに…それ…っ」

響はネフィリムと戦いならがその人間の右手に驚愕した。

「これは六年前のナグルファル融合実験の際に実験体から切り離された右腕なのですよっ。実験体自体は逃亡してしまいましたがね。その時回収したのがこのぉ右腕っ」

「まさかっ…それって…」

「ミライの」

「わたしの…右腕…」

響と翼の視線が知らずと未来の右手へと移る。しかし、そこには普通に右腕が存在しているはずだ。

「融合した右腕はまさに聖遺物そのもの。これぉおっ!」

ウェル博士はその取り出した右腕をネフィリムに向かって投げた。

「なっ」
「っ!」

「まさか…」

凶悪なアギトが開きその右腕を咀嚼し、飲み込んだ。

「ネフィリムは取り込んだ聖遺物のエネルギーを自分の物として成長する、故にっ!」

ドクン、ドクン

「グアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

狂獣の咆哮。

狂獣から尻尾が生えていく。

一本、二本、三本…

「たぁーーーーっ!」

響は臆さずに拳を振るうが…

ドンッ衝撃波が突き抜ける拳はしっかりとネフィリムに届いた。しかし、その体を揺らすのみに留まった。

それどころか…

ドクン…ドクン…

響の胸から黒いものが噴出する。

「共鳴っ!?」

「ううううぁああああああっ!」

触れた右手からネフィリムに共鳴するかのように響が暴走する。

「響っ!」

冗談じゃない。今響が暴走なんてされたらっ!

ノイズなんかに構ってられない…

ミライは歌うのを止めた。

ミライの場合、ギアの出力を高める為に歌っていたわけじゃない。

むしろ逆だ。

歌でギアの出力を抑えていたのだ。

「フォニックゲイン、急速上昇…これは、完全聖遺物起動時なみですっ」

と翼のヘッドギアから本部のあおいさんの驚愕の声が聞こえた。

「そんな、ミライっ」

ギアが黒く染まり、凶暴性が増していく。

それに呼応するように腰のバーニアが変形、尻尾を模し始めた。

「はぁ…はぁ…いきますっ」

四本ほどで一応の変形が終了すると、その尻尾がバッと蓮の花の様に開き、中から幾つもの飛針が撒き散らされる。

ダダダダダッ

ばら撒かれた飛針にあたりのノイズは一気に殲滅させられた。

「だが、状況はこちらが優位っ」

にやりとネフィリムを盾に笑うウェル博士。

「響ーっ!」

ガッと地面を蹴ると高速でネフィリムに接近、取り込まれそうになっている響を分捕るように抱きかかえると距離を取った。

「響、響っ!」

「ううううううっ!」

ミライのデコピン。

「あうっ…いたいよぉ…ミライちゃぁん」

ミライのデコピンで黒化の解けた響だが、腰のバーニアが二本の尻尾の様に伸びていた。

拳の先も肉食獣の爪のように鋭い。

「わわっ!?何このかっこうっ!?」

「響はあのネフィリムに取り込まれそうになっていたから、その影響じゃないかな」

「そうだ、ネフィリムは…」

ネフィリムは腕を取り込んだ後、いっそう巨大化し、尻尾が生え、凶々しさを増した。

目は赤く染まり、瞳孔は波紋を描き三つ巴の勾玉が浮かんでいる。

「…写輪…眼」

ポツリと呟くミライ。その表情は今まで出一番険しい。

「え、何?」

「グラアアアアアアアァァァッァァアっ!!」

開いたアギトの口先に黒い球体が収束された。

「あははははっ!やれ、ネフィリーーーームっ!」

『高エネルギーのフォニックゲイン、放たれれば都市の壊滅は免れません』

ヘッドギアの奥であおいさんの焦る声が響く。

「させませんっ!」

響は気合を入れて言い放つとネフィリムの口から放たれた黒い球体に向かって跳躍、渾身の力で右手を突き出した。

「やぁっ!」

「響っ!?」

突き出した右手は黒い塊をほんの少しだけ射線軸をずらす事に成功。ギリギリのところで洋上へと消えていった。

「響っ!」

駆け寄るミライ。

「へいき、へっちゃら」

「どこかへっちゃらなものかっ!その右手っ…」

響の右手は血を流し、肉はえぐれ骨が見えていた。だが…

「響、それ…いつから…」

「たはは…実は結構前からなんだよね…」

ミライの見ている前でその傷が見る見るふさがっていった。

「それはまさか…でも…」

「今はそんな事を言っている場合じゃないよ、ミライちゃん。アイツを何とかしないと…もう一発さっきのが来たら街がっ…」

と、話をそらされ追及を中断された。

しかし、幸いな事に第二射のチャージはまだ行われていない。撃てないのか、それとも…

「二人とも、無事かっ!」

「なんだよアイツは、ちょっと見ないうちにでっかくなっちまって」

翼とクリスが駆け寄った。どうやらノイズの拘束からはのがれ、クリスは気絶から立ち直ったようだ。

「しかも…あれ…」

響の言うその先に、今も巨大化を続けているネフィリムの周りに無数の小さなネフィリムが現われた。

「どれだけ居ようと、倒すまでだっ」

「ちょ、まてよ!」

「わたしもっ」

翼とクリスが先に駆け、響も接敵する。

戦いと同時にようやくミライは結界術式を起動。ネフィリムごと位相空間へと閉じ込めた。

「これは?」

「なになに、何なの?」

「こいつは、いつかの…」

「知っているのか、雪音」

「あたしがアイツに初めて会ったときも使ってやがった。現実世界に何の影響も与えない位相空間、そんな感じのヤツだよ」

と翼の問いに答えるクリス。

「良く分からないけど…」

響はいつもの感じだ。

「つまりは、全力でやって構わないって事だなっ」

翼は結果だけ分れば良しとギアの出力を上げていった。

歌われる歌は三人のトリオ。そのハーモニーの重なり合いがシンフォギアの出力を限界まで高めていく。

振るわれる拳、振るう刀、撃ち出される銃弾は確かに敵を打ち砕いてはいたが…

「か、かてぇっ!」

最初にグチったのはクリス。

「わっわわわっ!」

「ノイズとは違いシンフォギアが必殺にならないからかっ!」

慌てる響と冷静に対処している翼。だが両者とも焦りが見える。

ノイズは位相差障壁を中和してしまえば本体そのものは脆い。しかし…

「これ、木で出来てますよっ!」

響が拳で打ち砕いた化け物が木片となって飛び散った。

「どいてっ!」

ミライは飛び上がると、ギアの制御を手放した事で天壌知らずに高まり始めたそれを放出する為に印を組み上げた。

「火遁・豪火滅失っ」

「み、ミライちゃん!?」
「あのバカっ!」
「なっ!?これはっ!」

口から吐き出された高温の炎が壁を作り次々にネフィリムを燃やしていく。

「やった、のか?」

と、翼。

火勢が弱まって来た頃、ようやく視界が戻ったその先。

「ダメ、か…」

取り巻きの数は減ったが、ネフィリムは未だ健在。

しかも更に体積を増していた。

「グォオオオオオオオオッ!」

「きゃぁ」
「くっ」
「なんだってんだよ、これは…」

「バインドボイスだとでも言うの?」

地面をも揺るがすような咆哮に皆耳を押さえて多々良を踏む。

こちらの気勢がそがれた所にネフィリムが地を駆けた。

振るわれる爪牙。

「こんのーっ」

「はっ!」

クリスがガトリングとミサイルをフルバースト。翼も刀から衝撃波を飛ばす。

しかしネフィリムは幾つかある尻尾の一つを手前に持ってくるとその一振りで全てなぎ払ってしまった。

「きゃぁ!」
「かっ…」

逆にカウンターを貰って吹き飛ばされる翼とクリス。

「翼さん、クリスちゃんっ」

すかさず響が追撃にインターセプト。

「はぁっ!」

迫る尻尾を拳で防いだ。

キュイーンッ

アギトの先で再びチャージされる黒いエネルギーの塊。

ヤバイっ!

ミライもすかさず響の前に立った。

「Aeternus Hrymr tron」

聖詠の二重詠唱。

ギアが変形してジェネレーター部分が強化される。

その巨大化したジェネレーターからビットが飛び出したかと思うと響たちを守るように幾重にもバリアを展開した。

「くっ…」

しかし、先ほどよりも増した威力にミライの障壁が力負けを始める。

何とか角度を変えることには成功したが、爆風がミライ達を諸どもに吹き飛きとばす。

「二人ともっ!」

意識も無く飛ばされる翼とクリスを響は庇うように抱え込むと一緒に飛ばされていった。

「くっ…」

ダンと、ギアをパージさせると巨大な戦艦がミライの足元に現われる。

カシャカシャカシャカシャ

「これでーーーーーーっ!」

相手の再チャージが終わる前に一斉射。

尻尾を前に持ってきてガードをするネフィリム。そこにフルバーストが無情に襲い掛かりネフィリムに着弾、炎上させた。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

パラ、パリンっ…

空を被う結界が破れ現実空間へと戻ってしまう。

ネフィリムを見ればその上半身が吹き飛んで沈黙していた。

「はぁ…はぁ…やった…かな…?」

響達は見当たらないがギアに守られているはず。

「響、翼、クリス…」

「ネフィリムのエネルギー反応、まだ減衰していませんっ!」

「なっ!?」

あおいさんの通信に視線をネフィリムに戻せば無くなった上半身が生えるように再生していた。

「くっ…」

響達を欠いた状態であのネフィリムの全てを吹き飛ばすだけの出力は不可能。

二年経ってもまだナグルファル以外の権能は上手く使えていない。

この間のルナアタックの時は他者に譲渡する事で制御して見せただけ。

今、ネフィリムを暴れさせるわけには行いかないし、ナグルファルの一撃をもってしても倒せないあの化け物に近代兵器では効果を見込めない。

核弾頭を打ち込めばあるいは倒せるかもしれないが、それはこの街一つを犠牲にする。

「それは、出来ないよね…」

再生したネフィリムは第三射目を準備していた。

「あれも撃たせるわけにはいかないし…」

まいったな、と肩をすくめた。

「誰かを守る響を守る。だから…」

ここでわたしがわたしじゃ無くなったとしても、良いよね?

決意するとミライは最後のステージに立つ。

口から漏れるのはミライが今まで一度も口にしたことのない歌。

そう…それは…



絶唱


Gatrandis babel ziggurat edenal

「だ、だめだよっ!ミライちゃんっ」

振り返った先にようやく満身創痍ながらも立ち上がった響の姿が見える。

Emustolronzen fine el baral zizzl

「ミライ、やめろっ!それだけは、やめてくれ…いまの制御されていないフォニックゲインのまま絶唱を口にするなど、自殺行為だぞっ…お願いだからっ…」

とクリスの肩を借りて立ち上がった翼も懇願する。

Gatrandis babel ziggurat edenal

「おい、まさか死ぬ気じゃねぇだろうなっ!お前が死んで良い訳あるか、誰もがお前を心配していることに気がつけっ」

とクリス。

だが、それでもミライは絶唱を口にする。

Emustolronzen fine el zizzl

「ミライーっ!」

響の絶叫。

「っ!初めて呼び捨てで呼んでくれたね、響。すこし未来がうらやましかったんだからね?」

「そんな、そんな事、これからもずっと呼ぶから…だから…」

懇願する響に首を振る。

「バイバイ、響」

「いやだっ!さよならなんて、ダメだよっ!」

バサリと二つにアップされていた髪の毛が振り下ろされる。

手に持ったアームドギアはネギなどではなく、所々機械っぽいが日本刀のような形をしていた。

さらにギアが変化。どこか竜を思わせる銀色の甲冑へと変わる。

ミライの双眸は真っ赤に染まり、それはネフィリムの目と同じ様。

ミライがアームドギアを振り上げると体が宙に浮くようにしてエネルギーが可視化、それが何かを形作っていく。

最初は大きな肋骨の一部の様だった。しかしそれは次第に大きな骨格となり肉付き巨大な益荒男が現われる。

「なんだ…あれは…何なんだ、いったい…」

クリスの戸惑いの声。

ドクンと翼のギアが反応する。

「天羽々斬が反応している?まさか、あれはスサノオ神の顕現とでも言うのかっ!?」

ネフィリムをはるかに凌駕するその巨体。見下ろすようにネフィリムを睥睨する巨人。

その益荒男は腰に挿した日本刀のような剣を抜き放ち、振り上げた。

「ばかなばかなばかなばかなっ!そんな馬鹿な話があるかっ!」

ちゃっかり助かっていたウェル博士が驚愕の表情で現実を否定する。

現実を否定したいほど、その目の前の光景は異常であった。

「やめろっ…やめてくれ…、また私の前で大切な人を奪わないでくれ…おねがい…おねがい、します…」

しかし、翼の懇願は届かない。


キュイーーーンっバシュっ

放たれた三射目。

スサノオの方が巨体な為に上方に向かって発射されたそれを左手に表した盾で横殴り、軌道をそらせた。軌道のそれたそれは大気圏を超え、宇宙へと放出される。

「ああああああああああああああっ!」

ミライが気合一閃と自分の右腕を振り下ろす。

その気合に呼応するようにスサノオは振り上げた右腕を渾身の力で振り下ろした。

プチっと潰されたのではないかと思われるほどの圧倒的な蹂躙。

巨刀は容易くネフィリムを両断し、また粉みじんに吹き飛ばしていく。

「ミライーーーーーーーーーーーっ!」

全てが吹き飛ぶそのさなか、巨人の鎧の消え去ったミライも一緒に吹き飛んでいった。

「あああああああっ!」

黒く染まりかける響。

「立花っ!」

「ううううううっあああああああっ!」

「おまえは、今はそんな事をしている場合じゃぁないだろっ!」

翼とクリスが左右から黒く染まりかけた響を押さえ込む。

「まだミライが死んだと決まったわけじゃないのだぞ。一刻も早く助けるんだっ」

「っ……」

涙が頬からとめどなく流れ、響はようやく正気に戻ると、居ても立っても居られないと爆心地へと駆けた。

「あ、おいっ!」

「私たちも行くぞっ」

「分ってるよっ」

翼の響への鼓舞は半分以上は自分に言い聞かせたもの。翼だってショックは受けているのだ。だが、それ以上に泣いていた響を気にかけることでどうにか踏みとどまっただけなのだ。

「おまえも泣いてんじゃねぇか…あれ、おかしいな……」

と頬を触るクリス。

「なんだ、これ…あたしも…ないて…?」

パラパラパラと空にヘリコプターが飛んでくる。

二課の面々が捜索に加わったのだろう。

程なくしてミライは無事に回収された。

だがその体は…








ピッピッピと二課のメディカルルームに心電図の音だけが響く。

ベッドの腕には長い髪をそのままに寝かされている人物が一人。

その人物の傍に見守るように鎮痛の面持ちを浮かべている少女が居る。

「やはりここに居たのか、響」

「毎日毎日飽きもせずよくも通えるものだよ」

自動ドアをスライドさせてメディカルルームに入ってきたのは翼とクリスだ。

「翼さん、クリスちゃん…」

さらにもう一度後ろの自動ドアがスライドする。

入ってきたのは花瓶に花を生けた未来だ。

「未来…」

コトリと花瓶を窓において響のそばに行く未来。

「ミライ、まだ起きないの?」

「うん…まだ、起きない…」

「そっか…」

四人が四人とも表情が曇る。

それはミライの現状に有った。


無事に発見されたミライは急ぎ二課でメディカルチェックを受ける事になったのだが…

「性別が転換している?」

弦十郎によって告げられた言葉に集まった響達は混乱の言葉を発した。

「バイタル、アウフヴァッヘン波形からも彼女…彼がミライちゃんである事はゆるぎない事実、なのですが…」

と言って言葉を濁すあおい。

「つまり、男のシンボルが付いていて、胸のふくらみがなくなっているって事だっ」

「なっ!?」
「っ…」
「っふ……!」
「あうあ…」

弦十郎の明け透けな言葉に響たちが赤面する。

「それと…」

と提示されたミライの体の詳細データ。

「これは?」

「ミライくんの体の内情だ」

それは胸の聖遺物から放たれる波動に最適化され、骨格すらシンフォギアによって形成され普通の骨ではなくなっているミライの姿だ。

「細胞も遺伝子レベルで既に人間と言っていいか…今のミライくんは血の一滴すら他者には毒足りえるだろう」

「そんな…」

そしてもう一枚提示される。

「これは?」

問いかけるのは響だ。

「これは響くんのスキャニングデータだ」

「わたしの?」

「似てるな…」

と翼。

「ああ。完全融合者であるミライくん。そのデータに限りなく近い。いや、変化の途中と考えていいだろう」

胸のガングニールの破片からのフィードバックが体内を侵食していた。

「まさか、響も…」

「遺伝子変異は既に観測されている…残酷だがこのまま変容が進んだ場合ミライくんと同じになってしまうだろう」

と言う弦十郎の宣告。

「よかった…」

「響っ!?」

「だって、それってミライちゃんを一人にしなくても良いって事ですよね?ひとりぼっちはきっと寂しいから」

「でも、それじゃ響は…」

「大丈夫。わたしが何に変わったとしても、未来とつないだこの手は離さない。この温かみを、わたしは覚えているよ」

「…私、嫌な事いうよ」

未来は涙を溜めて言う。

「うん…」

「私、それでも響が人間じゃなくなるなんて、イヤだよぉ」

「…うん。ごめんね?」

「うぁあああああああっ!」

泣きついた未来を響はあやしていた。

「翼、クリスも後で詳細なメディカルチェックを受けてくれ。この変貌が融合者だからなのか、適合者でも起こり得るのか、調べてみなければならない」

「はい…」

「おい、おっさん。なんとか、何とかならねぇのか?」

とクリスが懇願する。

「すまない…」

弦十郎は目を瞑り、そう一言だけ。その一言しか言えないのだ。

「クソっ!何でだよっ!なんでいつもあたしは…大事なものがこの手からすり抜けちまうんだ…」

「雪音…」

「とりあえず、ミライくんの事はこれ以上は本人が起きてみない事には分らん。皆心配だろうが、時を待つ他はない」








ゆっくりと目を開ける。

上体を起こすと心拍を計る幾つかのコードが外れた。

「ここは…」

タッタッタッタッタッといく人もの人物が駆けてくる音が聞こえる。

バシューと自動ドアがスライドし、中に入ってくるのは四人ほどの少女だ。

「ミライちゃんっ!」

栗色のショートの髪の女の子がそう言って彼のベッドへと駆け寄る。

「ミライ?」

ミライという言葉に反応の無い彼。

「まさか記憶が無いのか…?」

「そんなっ」

「そんな事って…」

青い髪の子と白銀の髪の子と続き最後は日本人特有の少女だった。


病衣のまま少女達と数人の大人に囲まれる。

「それで、君はどれくらい自分の事を分っている」

と、一際ガタイの良い大人が言う。

「殆ど何も。何でこんな病衣を着ているのか。君達との関係の一切がまったく分りません」

と言う言葉にその人、弦十郎と名乗った大人は答えた。

ここは特異災害対策二課の本部を兼ねている潜水艦の中。

そこでどうやら彼になる前の誰かは特異災害であるノイズと言う化け物と戦っていたらしい。

そして先日、ネフィリムと呼称される特異災害との戦いで力を振り絞り、その後気を失っていたようだ。

記録映像を見るとその彼は考え込んだ。

「過負荷状態でのスサノオの行使…それで表層意識が入れ替わったと言う事かな?」

「表層意識?」

「本来、ここまで俺の覚醒が遅い事は有り得ない。人間関係の出来上がった状態でのスイッチは負担が大きいですから」

「お前はもしかして前世覚醒者(リンカーネイター)なのか?」

「それって、了子さんみたいな…」

と、響。

「永遠の狭間に生きる巫女、フィーネ。彼女は死んでも次の寄り代に移るだけ…だけど…」

と緒川と名乗った男が言う。

「覚醒した前世が現世の魂を塗りつぶしてしまう…」

そうクリスが言った。

「まぁ似たようなものですね。完全覚醒した俺はそれまでの記憶を有さない。ただ違うとすれば、それはどちらも俺自身と言う事」

「えっと、それじゃあなたは…」

「アオ。それが俺の名前」

「あ、うん…それじゃアオくんはミライちゃんとは…」

「間違いなく俺自身。ただ、記憶が残らないという点ではその誰かを乗っ取ったと言われても否定できない」

その言葉を聴いて少女達は顔を俯かせた。

「しかもよほどの不足自体が起こったみたいだ。先達の使者(かあさん)が存在しないのも覚醒が遅れた原因かな…この世界の俺の母親は?」

「君が記録に登場してからまだ二年の月日しか経っていない。それ以上は今の所不明だ」

「なるほど、彼女も覚醒していないか、あるいは既にノイズにやられたか…」

人間に対する絶対的な殺害権を有するノイズ。シンフォギアで調律しなければまともにダメージも通らない。

「そうか…それで、これからの君の扱いだが…」

アオの身柄はしばらく二課預かりになったらしい。彼女、…彼の取り巻いていた環境は、表面上は何も変わっていない。

時折、少女達が遠くから辛そうに見つめてくるが、アオ自身に出来ることはないのだ。

辛気臭い雰囲気に耐えかねたアオはふらりと潜水艦を抜け出した。


初めて歩くその世界の街並みは、今までアオが跨いできた世界と大差ない。

しかし、その街並みは所々瓦解し崩れて居る所が見え、ノイズによる破壊と戦いの痕跡が感じられた。

その破壊された街並みを歩く。

破壊が小規模な所は未だに人が住んでいるようで、活気に溢れているとは言えないが首都を感じさせた。

ボウっと街並みを見ていたのがいけなかったのか、小柄の少女二人とぶつかってしまった。

「うわっ…」

「…っ」
「きゃっ」

「い、いたいのデス…」

「きりちゃん、荷物がっ」

「わわわっ!」

ぶつかってしまった少女が持っていた荷物。その中に入っていた缶詰などの保存食がアスファルトの傾斜でコロコロと転がって言ってしまった。

「わわわっ!待つのデスっ!それは一缶368円の…」

しかし、その先は車道。車の通行量もかなりもののだった。

車道に出れば一貫の終わり。少女の表情に絶望が写る。

しかし、アスファルトを駆ける一陣の風が転がる缶詰を救い出した。

「よっと」

しゃがむと同時に拾い上げたものを少女に向かって投げる。

「うわっとととっ!」

金髪ショートの少女がその缶詰をキャッチ。

「あぶないっ!」

ツインテールの少女が叫ぶ。

拾い上げたアオの体は既に車道に出ていた。

「おっと」

アオは地面を蹴ると背面飛びの様に車を飛び越え反対側の歩道へスタッと軽やかな音を立てて着地した。

ブーン、ブーンと二三台の車が過ぎた後少女たちは横断して来た。

「あの、ありがとうございます」

「助かったのデス…アレを失ったら今日の夕ご飯が悲惨な事になったのデス」

ペコリと二人が頭を下げた。

「いや、余所見をしていた俺が悪いしね」

とアオ。

「それにしてもおにーさんとっても身が軽いのデスね」

「うん…何か武術をやっているの?」

「まぁいろいろと、ね。窮地で女の子を泣かせない程度には色々修めてきたつもりだよ」

と笑って見せた。

「うっ…おにーさん、なかなか女殺しデスね。ね、調」

「うん、きりちゃん。これはなかなかに危険」

そう言った二人の少女は若干顔が赤かった。

「でも、武力で何とかなる事意外だと俺は中々に不器用なんだけどね…」

と困り顔のアオ。

「武力以外?」

「デス?」

「ちょっとね。人間関係の修復…いや新しく築くのはいつも難しいなってね」

良く分からない、と少女二人は互いを見合わせた。

「さて、それじゃぁ」

ここで何事も無く別れようとした所後ろから声を掛けられた。

「ちょっといいかな?」

「わたし達?」

「デス?」

声を掛けてきたのはテレビ番組制作会社のディレクターで、どうやら街頭で料理の腕を見せてもらいたいらしい。

「彼氏も彼女さんの料理の腕を知りたいと思ってますよ?」

「「彼氏じゃない」デス」

切歌と調の声が重なった。

「あれ、そうなの?じゃあそっちのイケメンさんにアピールするつもりで」

と口八丁に連れて行かれた二人は、街頭に簡易に用意されていたキッチンの前に立たせられた。

食材は色々並んでいるが今回のテーマはだし巻き卵、らしい。

「どうするデス、調」

「だいじょうぶ、きりちゃん。ダシ巻き卵。きっとダシを入れた卵を焼くだけ」

「おおっ!それならわたし達にもできるデスっ!」

そう言っておだてられつつ始めたダシ巻き卵の調理は…見ていて散々だった…

「きりちゃん、まずはダシを取らないと」

鍋に大量の水を入れる調。

「おお、何でダシを取るデス?」

「基本はきっと魚介類だと思う」

「じゃあ煮干を投入デース」

「でもそれだけじゃ足りないからこのしいたけも入れよう」

「おお、いいデスねっ」

「ああああ…それは、どうなのよ?」

更にニシンやカツヲを大量投入。

ざばっと中の固形類だけをザルでこせばダシは完成と二人はハイタッチ。

次いで卵を割る。

不器用なのか、やった事がないのか割るたびに殻がボールに入っていく。

「ダシをいれるよ」

と調は卵に先ほど取ったダシを投入。しかし、その量がすでに卵の量を超えていた。

「きっとしょっぱみも足りないのです」

と大量に投入される塩。

「それじゃ焼くのデース」

用意されたのは卵焼き様のフライパンではなく、普通のフライパン。

「いくよ、きりちゃん」

そこにボールの中身を大量に…いや、全部ぶち入れた。

それでも火にかけられると何とか固まってきたそれをフライ返しで強引に巻きつける。

「「完成」デース」

自信満々の二人。

「それじゃ彼氏に食べてもらいましょうか」

「「だから彼氏じゃない」デスっ」

「え、これ食べるの?」

ズイっとディレクターに差し出されただし巻き卵…モドキ。

「きっと美味しい」

「デース」

美少女二人に差し出されて逃げ場を失うアオ。

嫌な汗が流れる中、食べられないものは入っていないと決死の思いで口に入れた玉子焼き。

あまい、しょっぱい、苦い、ジャリっと殻が口の中で嫌な食感を生み出している。

ゴクリとアオは飲み込んだ。

「どう」

「デース?」

「これは料理じゃない。一種のテロだ」

「「ガーン…」」

ショックで膝から崩れる調と切歌。

「だったら…」

「あなたが作ってみるのデースっ!」

「ええ?」

「それは面白そうだ。彼氏さんもどうぞ」

と調理器具の前に連れてこられた。

「良いけど、面白い絵は取れないよ?」

「え?」
「はい?」

アオは小ぶりの鍋に水を張ると沸騰させる。

沸騰した所に少し多めに鰹節を入れ、直ぐに火を消した。

1~2分くらいで鰹節が鍋底に沈んだらふきんを敷いたザルでこすと綺麗なだし汁が出来上がった。

ボールに卵を割り入れると、からざを取り、そこの先ほど取ったかつお出汁を少量加えかき混ぜる。

「まぁこれだけじゃつまらないから」

とディレクターが間違わせる為に置いておいて生クリームを少量加え、かき混ぜた。

卵焼き用のフライパンをしっかりと暖め薄く油をひくと3分の一ほどの卵を投入。

固まり始めた卵を上部に寄せ芯を作ると残りを投入し巻いていく。もう一度下に行った卵に流しいれた卵を焼きながら巻き上げて完成。

見た目はこげ色一つ無く、それで居てふわふわのだし巻き卵がそこにあった。

「うわ…」

「これは…負けたのデース…」

誰がどう見ても勝敗は明らかだった。

しかし、楽しい時間は続かないもの。

切歌と調は何か予定が出来たのか、早足で帰って行った。

帰り際「「次はまけない」デス」と言う言葉が聞こえたが、次があるかは神のみぞ知るといった所だろう。

「さて、もう少し歩いてから帰ろうかな」

そう言ってふらりと足を東京スカイタワーへと向けた。

入場料を支払い、東京を一望できるほどの最上階の展望室へと移動する。

しかし、通路に出た瞬間、そこは戦場だった。

「はい?」

パララララッと鳴り響く銃撃音。

しかしそんな中戦場には似合わない誰かの力強い歌声が響く。

特殊なプロテクター…シンフォギアを纏った少女が撃槍を歌いながら振るっていたのだ。

振るっている相手はどう見ても堅気の人間には見えない。訓練されたプロだ。

少女は初老の女性を肩に担ぎつつ通路を駆けながら逃げている。

追いかけるその襲撃者は一般人がいようとも構わずに銃撃をし、それから一般人を庇うようにして少女は戦っていた。

「ぼさっとしているなっ!走ってにげろっ!」

「とは言ってもね、いったい何が何やら…」

展望室のガラス張りのそこから外を見れば何故か巨大な特異災害、ノイズの姿まで見える。

人々は炭素分解されながら対消滅していく。

ノイズが大挙して押し寄せ、その体ごとスカイタワーの展望台に突き刺さる。

炭素分解されていく襲撃者。しかしだからと言ってノイズがアオの味方と言うわけではない。

「逃げろっ!」

少女の怒声。

「なっ!?」

突如としてアオの足元が崩れ去り空中へと投げ出された。

「ミライちゃんっ!」

「響、まってっ!」

何故か展望室に居た響と未来。

響はシンフォギアを纏って落下していくアオに追いつこうと手を伸ばした。

「きゃ、きゃああっ!」

しかし、その上で崩れた足場に身を取られた未来も落下する。

「未来っ!?」

落ちるアオと落ちる未来。どちらを助けたらいいのか迷いが生じた響は体を動かせない。

どちらかを助ければどちらかが地面に激突する。そんな間合いだ。

(ダメっ!)

ドクンッとアオの鼓動が早鐘を打った。

(なんだ…そんなに大事なのだったら手放すなっ)

「Aeternus Naglfar tron」

カッと発光して衣服が分解、機械的なパーツを組み込んだプロテクターへと再構成さえる。

シンフォギア。

対ノイズへの決戦兵器。

「響っ」

「え?ミライちゃん?」

先ず響をキャッチ。そのまま落下速度を操って未来を抱きとめた。

「きゃっ」

ふよん。

抱きとめた未来を抱えて今度は減速を開始。地面に付くころには落下速度はゼロになっていた。

「ミライちゃん?」
「ミライ、なの?」

「うん、ただいま、二人とも」

ガバっと左右から抱きしめられた。

「ミライちゃん、よかったよぉ~」

「私も、ちょっとは心配したんだよ?」

「うん、ゴメン」

「でも、どうして…?」

「そうだよ、えっと…彼、アオさんは…?」

と響と未来が問いかけた。

「えっと、寝るって」

「は?」

「浮気すると後がおっかないから寝てる…だそうです」

「浮気?」

ジトーと目が据わる未来。

「い、今はそんな事は良いんじゃないかな?今はそれよりも」

と言って空を見上げると大量のノイズ。

ノイズは操られるように執拗に東京スカイタワーを襲撃していて、このあたりにノイズの気配はない。

一応本部で観測させた所やはりこのあたりにはノイズの反応は検知されていないようだ。

「ちょおっと行って来るから、未来はここで待ってて」

「響?」

「すぐに終わらせて帰って来るから」

とミライ。

「……うん、待ってる…だから、早く帰ってきてね」

聞き分けた顔をして未来は二人を送り出した。

「大丈夫、すぐにやっつけて帰ってくるから」

響は力強く宣言するとジャンプ。ノイズを蹴散らしに行った。

「まったく、また無茶を…」

困ったような呟きの後ミライも続いた。

「ミライ、なのか?」

「はい、心配かけたかな、翼」

天羽々斬を振るってノイズを蹴散らしながら駆け寄る翼。

「ようやく復活したのかっ、おそかったじゃねーか」

とはクリス。しかしその表情はどこかうれしそうだった。

そのうれしさからかいつもより派手に銃器をぶっ放していた。

「なんとか帰ってきました」

「では、あんなノイズなんかに感動の再開を邪魔させるわけにはいかないなっ行くぞ、雪音」

「わぁったよっ!」

クリスと翼、響とも意気軒昂、いまの彼女達に怖いものはなかった。





未来の見上げた未来の先には爆発を伴い大量のノイズが蹴散らされていく。

「響、ミライ…また私は置いてけぼり、なの…?」

「おんやぁ?こんな所にリディアン音楽院の少女ですかぁ?」

「あなたはっ!?」

「置いてけぼりを食らっている可愛そうな少女に提案があるのですがねぇ」

そうして白衣を着た男性はそう未来を怪しい甘言を呟いた。


特異災害対策二課仮説本部スキニルブリッジ

「一難去ってまた一難とはまさにこの事」

と弦十郎。

今、二課の捜査員が行方不明になった小日向未来の捜索を行っていた。

「どうして、小日向が…」

そう翼も苦い顔を晒す。

「未来…」

響の声音も低い。

「どうしてお前はそう気丈で居られるんだよっ」

とミライを責めるのはクリスだ。

「死んでるかも知れねーんだぞっ」

「死んでませんよ、未来は」

「はぁ?なんで、そんな事が分かんだよ…」

「分りますよ。未来に掛けた守護の魔法が解けてませんから」

「はあ?そんなの、いつの間に…てーか、魔法?んなオカルトチックな」

「ただちょっと…妨害に聖遺物を使っているのかこっちの力が届きづらいから位置の特定は出来ませんが」

「まてまて、それじゃぁもしかして未来は誰かに浚われたって事…なのか?」

「もしくは自分で付いて行ったか、です」

「そんな…」

クリスは心配そうな表情を響に向けた。

「大丈夫だよ、クリスちゃん。未来は生きている。だったら助け出すだけ。傷つけられたらどんな事をしても癒すだけ。わたしが未来にしてきてもらったように、ミライちゃんに助けてもらったように」

と力強く宣言する響。

「だが、これ以上ギアを使い続けると響くんの体は…」

そう弦十郎が心配そうに言う。

「響の体が何か?」

「なんだ、今度はミライに今までの記憶が無いのか…」

と、翼。

「響の体は胸のガングニールとの融合が進んでいる。このまま進めば遠からず…」

「死ぬ…?」

「いや、変調の傾向はミライくんに酷似している」

弦十郎が言う。

「わたし?」

「すまないが、この間のメディカルチェックで君の体を調べさせてもらった」

真剣な表情の弦十郎。

「君の体はすでに人では無いのかも知れないな」

「ああ、そんな事ですか」

何の事はないという感じで言うミライ。

「知っていたのか?」

「霞が掛かっていた記憶が彼が覚醒した事で補完されましたからね。自分がどう言う存在なのかは自分が一番知っていますよ」

とミライ。

「世界を渡る前世覚醒者(リンカーネイター)。世界を渡って技術を集める自動観測者(アビリティコレクター)。それがわたし」

「ミライ、ちゃん?」

「集めて記録された技術は数知れず。生きた年月も途方も無い。不老なんて神様を殺してみせた時に確保済み。そんなモノが、人間なはずは無いじゃないですか」

化け物でしょう、と自嘲するミライ。

それを優しく包み込む存在が居た。

「ミライちゃんは化け物なんかじゃないよ」

「響?」

「わたしを助けてくれたミライちゃん。いつも見守ってくれて、困ったときには手を差し伸べてく

れるミライちゃん。繋いだこの手はこんなに暖かいんだよ?」

ぎゅっと響はミライの手を握り締めた。

「響…」

「だからね?たとえわたしがシンフォギアを使いすぎてミライちゃんと同じになっちゃったとして

も平気。それはミライちゃんとずっと手をつないでいけるって事でしょう?」

「でも、それは他の誰かの手を離すことになるかもしれないんだよ?」

「大丈夫。わたしって結構欲張りだから。翼さん、クリスちゃん。そして未来も。つないだ手を離したくないんだ」

だから大丈夫と笑ってみせる。

「だが、あまり無理は出来ん。ギアの使用は控えた方が良いのは事実だ」

「師匠…でも…」

「我々も進んで響くんを遠くにやるわけにはいかないんでな」



数日経つと米軍艦隊が日本海域で作戦行動を取っていると言う情報を得た二課のメンバーは追跡を開始。

どうしてかと言えばあのノイズの東京スカイタワーの襲撃時、現場には米軍工作員が確認されたからだ。

計測されたガングニールのアウフヴァッヘン波形はマリアのもの。と言う事はあの日、あの場所でF.I.Sと何か密約を交わしていたのは推察に硬くない。

そして、現場に赴けば追われている航空機を発見する。

どうやらあれがF.I.Sの本拠地のようだ。

追う米軍艦隊に突如として現れて襲い掛かるノイズ。ソロモンの杖から呼び出されたのだろう。

現着する前にノイズに襲われ炭素分解されていく米兵。しかし、どう言うわけかF.I.Sの装者である調が一人で応戦していた。

それを見て響が言う。

「わたし達もすぐに現場にっ!」

「お、おい響。お前は…」

と心配そうな声を上げるクリス。

「へいき、へっちゃらです」

「こうなると響は強情だからね…」

諦めたとミライ。

「しかたない。だが、無理はするなよっ」

「お、おい。いいのか?」

「言っても聞かんやつだ。仕方ない」

翼の言葉にクリスは呆れた。

タタッタ、艦内を駆けギアを纏うと開け放たれた大型ミサイルへと乗り込む。

クリスと翼、ミライと響が背中合わせに格納されると発射口へ。

「これ、大丈夫なのかなぁ…」

「でも、ちょっとワクワクしない?ミサイルの中に乗っているんだよ?」

「普通の人間なら耐えられないと思うんだけどねぇ」

ぐっとGが掛かる。どうやら打ち上げられたようだ。

潜水艦から打ち上げられたミサイル。

空中でハッチが開くと目の前は軍艦の上空。

「いくよっ!ミライちゃんっ」

「はいはい」

シンフォギア装者四人が状況に介入する。

ノイズを蹴散らし、F.I.Sの装者一人、調はクリスが確保。もう一人の切歌は翼が交戦していた。

戦場のノイズは響とミライの仕事だ。

どれだけ居ようと今更ノイズ。遅れは取らない。

戦場が好転し始めた。そんな中、海上に一つの歌が響き渡る。

「Rei shen shou jing rei zizzl」

アメリカ軍の空母の甲板に降り立つ人影。

「未来っ!?」

「未来…」

それは浚われた小日向未来がシンフォギアを纏った姿だった。

「なんで、どうして未来が…」

悲壮な顔で呟く響。

「うわああああああああああっ!」

「未来…正気じゃない…」

神獣鏡のシンフォギアを纏った未来。

右手に持った閉じられた扇のようなアームドギアをこちらに向けると、そこからビームの様なものを撃ちはなった。

「未来やめて…きゃぁ!?」

「響っ!」

乱射されて幾つか貰ったらしい。

ミライはすぐさま響に駆け寄り響を連れて浮上する。

「響、それっ!」

響のシンフォギアが一部解除されていた。

「な、何これっ!シンフォギアが…」

「聖遺物由来の力を分解する力…」

「それって」

「シンフォギア殺しのシンフォギア…」

更に海上から撃ち放ってくる未来。

それを右に左にと避ける。

「再構成、出来る?」

「やってみる」

ぐっと右手を握りこむと響はシンフォギアを再構成。

「どうする?」

「未来を止める」

「それは分りやすい」

手を離すと未来は甲板に着地。

「未来、もうやめてよっ!」

響が未来の攻撃を避けながら近づいていく。

「どうして?ようやく私も響達と同じになれたのに…もう置いていかれるのはイヤなのっ」

「未来…だったらはやく帰っておいでよっ」

「帰る?どうして?私は、まだ…」

未来の首後ろから伸びる鞭のようなギアをそれこそ鞭の様に操って攻撃を繰りかえす未来に中々近づけない響。

「ダメだ、響。今の未来は正気じゃないっ」

頭の後ろにはまり込んでいる装置が脳にダイレクトに戦闘行動を実行させている。あれをどうにかしなければ未来は止められないし止まらない。

カシャカシャカシャとギアからパネルのようなものが円形に広がっていく。それはまるでソーラーパネルの様だった。

未来が歌いだすと呼応するかのようにギアの出力が跳ね上がる。

「集束砲?響ーっ!」

「っ!」

腕をクロスさせて身構える響。

相手は聖遺物由来のエネルギーを分解する攻撃。だが人体へのダメージが無いとは言い切れないし、都合が悪い事に真後ろには空母のブリッジがある。

かわせば直撃は免れず、どうなるか分らない。

「ミライちゃん?」

すぐさま響の前に立つミライ。

「未来に人殺しはさせられないっ!」

ミライは万華鏡写輪眼を開眼させると右手を突き出し何か大きな鏡のようなものを作り出した。

スサノオの持つヤタノカガミだ。

そこに極太のビーム、流星が迫る。

ミライはヤタノカガミを斜めにして角度をつけるとその流星を受け流す。

「ミライちゃんっ!」

「っ…相性が悪い、かな…?」

二重聖詠、フリュム起動時のバリアよりはまだ強固だろうが、相手は聖遺物殺し。

ヤタノカガミも太源を辿れば神器、霊器と言う事になる。つまりは聖遺物だ。

放たれたエネルギーの本流をどれだけ凌いだだろうか。ヤタノカガミに当たり照射角度がズレたその攻撃は空へと放たれどうにかブリッジを守り抜く事に成功した。

「なんで、どうしてなの?ようやく私はミライちゃんに追いついたと思ったのに…どうして…」

カシャカシャとミラーパネルをしまった未来の独り言。

「そうか、シンフォギアじゃダメなんだ、そっか…だったら…」

「未来、なにをっ!?」

響が止めるより速く、未来は自身の右拳を自身の胸元にあるギアに叩き付けた。

「なっ!?」

それは誰の戸惑いの声だっただろうか。いや、あるいはそこに居たシンフォギア関係者全員の声だったのかもしれない。

「がふっ…」

「未来っ!?」

「まって響、様子がおかしい」

ミライは駆ける響の体を押さえつけて止めた。

パタパタと胸元から血が滴り落ちる。胸元にあるギアを思い切り叩き壊したのだから当然だ。

しかし、胸の内側に押し込まれたギア。それを取り込むようにえぐれた胸元の肉が閉じ再生を開始した。

「な、なぜ…」

それはいつかの響の様。

「まさかっ…」

ミライは何かを思い至ったらしい。

しかし、考察を今している暇は無い。

胸元から黒いオーラが噴出する。

「暴走?でも…」

融合症例以外での暴走は今まで観測されていない。

「まさか聖遺物を取り込んだと言うのっ!?」

「あっあっあああああああああっ!」

未来の絶叫。

一度弓なりに後ろにそらされた上体は一転して地面に付き、まるで獣の様に四足を付いている。

「未来、未来ッ!」

「ううううううううううっ」

響の呼びかけにもはや唸り声しか返ってこない。

「があああっ!」

突撃してくる未来。

「未来っ!やめてっ!」

獣のような攻撃をかわしながら何とか説得を試み響。

クァっと口の前からビームがチャージされた。

その首元を駆けつけたミライが思い切り手にもったネギ型アームドデバイスで殴りつけた。

「ミライちゃんっ!?どうしてっ!?」

未来の首が思い切り両断されたのをみてショックを受けた響。

「バカ、そいつは分身、偽者だっ!本体は一歩だって動いちゃ居ない」

「え?」

視線を動かせば確かに元の場所にも唸り声を上げている未来が居た。

「あれ…」

スウーともう二体の分身体が現われるのを見てようやく響が納得した。

「分身だってわかっていればーーーーーっ!」

幻影を振り払うように一直線に響は未来に駆ける。

しかし左右から二体の未来の分身が背中の日本の、もはや尻尾の様になってしまっている鞭のよう

なものを振るって攻撃してきた。

「バカっ!響っ」

「きゃぁっ!?」

弾き飛ばされる響を後ろから抱きかかえて減速。

「ご、ごめん。ミライちゃん…でも、なんで…分身なら実体なんか無いはずでしょう?」

「響はどこか知識に偏りがあるようだ。カンフー映画ばっかり見てるから…」

はぁとため息をつく。

「えええっ!?だって、分身と言ったら高速移動の残像なんじゃぁ…」

「もっとアニメを見ろ、アニメを。あれは高速移動なんかじゃなくて実体を伴った幻影。さしずめ影分身と言った所か」

「それってまるで魔法か何かみたいじゃない」

「似たようなものだろうけどさ。だけど、せめて忍術って言おうね?」

しかも、鼠算式に未来の分身が増えて既に甲板は黒く染まっていた。

ドウッドウゥドウゥ

一斉にそのアギトからレーザーが放たれる。

放たれる直前にミライが響を抱えて上空に昇った事もありブリッジへの直撃は免れたらしい。

甲板の脇から小型艇で脱出しているのを見るにもうブリッジには居ないのかもしれないが。

「いつまでも抱えているわけにはいかないから」

ミライはそう言うとネギの一振りを変形させると響の背中に取り付けた。

「これは?」

「パッシブ・イナーシャル・キャンセラー」

「…分るように言って?」

「浮く事ができる装置…」

「なるほど、分りやすいっ」

それだけ聞くと響はミライの手から抜け出した。

響が空中に浮くと甲板を埋め尽くしていた黒い塊も浮上してくる。

「未来、未来はどうしてこんな事を…」

「置いていかれたと思ったんだろうね」

「ミライちゃんはまた…分っていたのなら、なんでっ!」

「わたしは、わたしだけが置いていく方だと思ってたから」

「え?」

「響には未来が居たし、わたしが人間でなくても響はずっと一緒の速度で未来と居てあげられると思っていた…だけど、そうじゃなかった」

「胸のガングニールが…」

「そう、融合が侵食していて、体の変化をもたらせている。でも、それもわたしの所為だ」

「ミライちゃん、の?」

両手の光線銃を撃ち放つが分身体未来の一体一体が作り出した鏡のようなバリアだ弾かれ収束し倍の威力で返された。

「おっと…」

スラスターを吹かしそれをかわす。幸いな事に背後に未来の分身は居なかったようでそのビームが返ってくる事はない。

響は近づいて一体一体豪拳を打ち付けて倒していく。

「暴走する響にキスをした時、多分のわたしの血液が響の中に入ったんだと思う。わたしの血液は劇薬だって全部を思い出した今なら分る。響の傷の治りが早いのもきっとわたしの血を飲んだから」

「そんな、だったら未来はなんで?」

目の前のあの再生能力だろう。

「……たぶん、未来にキスした時、その前に未来の平手で口の中を切っていたんだと思う」

「ううえぇええぇええ!?い、いつっ!?」

何故か響が反応したのは後者じゃなく前者。キスしたという言葉に動揺したようだ。

「そっち?今はそこじゃ無いと思うんだけど…」

「ううううう…絶対後でお話聞かせてもらうからっ!」

『暴走の理由がわかっても事態は好転しない。何か手は無いのか?』

と通信で弦十郎が問いかけた。

「有りますよ。いつか響の暴走を静めたように。同じことをすれば良い」

「そ、それって…」

『なるほど、キスかっ!』

「ちっがーうっ!」

ぼっと赤面しながら否定。響も真っ赤だ。

「ギアの根源の聖遺物。それの上位権限を使ってアクセスするんです」

『上位権限?しかし、そんな事は…』

「出来ます。その聖遺物の本来の持ち主なら」

『それこそ不可能だ。それらは神話に語られる存在なんだぞ?』

「でも、わたしには出来ます。前回はオーディンの力を持って響のガングニールを押さえつけました。ただ…」

『ただ?』

「今回のこれは半分くらい賭けになります」

『賭け、だと?』

「あの時、未来が歌った聖詠。神獣鏡(シェンショウジン)。これの由来が明らかじゃない」

『どう言うことだ?』

「神獣鏡はガングニールや天羽々斬のように持ち主が特性できない聖遺物だと言う事です。だから賭けになる…」

「大丈夫、何とかなるよ。わたしは未来を、そしてミライちゃんを信じてるっ」

「響…」

「だから、未来への道はわたしが作るねっ!」

ドクン

響は一度自身の胸元に手を置くと、そこから黒いものが迸る。

「響っ!?」

暴走。

「あああああああっ!?」

『馬鹿な、響くんっ!』

「あああああああああああああああああっ!」

腰のバーニア伸び、尻尾の様に変じる。他も所々獣性を増したフォルムになった頃、パリンと黒いオーラが割れるように掻き消えた。

両腕のギアを合わせ、一回り巨大な手甲のジェネレーターが回転し始めると、途轍もない量のフォニックゲインが渦を巻いた。

「みーーーーーーくーーーーーーーっ!」

響は迫る光弾を匠に避け、一筋の稲光となって落下する。

その衝撃に通った後には分身体が爆発するように消えていった。

「響、どれが未来だか分ってるのっ!?」

「分ってるっ!どれだけわたしが未来の親友やっていると思ってるのっ!」

それは途方も無く説得力に欠ける言葉では有ったが、桜守姫で見つけた未来の本体へとほぼ一直線

に向かう響に続ける言葉を見失った。

「まったく、響は…」

呆れつつ、ミライは響の作った道を降りて行く。

最後、甲板に残った分身体、そして本体から幾条もの鞭が伸びると合わさり回転し大きなドリルを作って響を迎撃。

「はあああああああああああっ!」

そのドリルと響は真正面からぶつかった。

「やぁっ!」

気合一閃。ギアに溜められたエネルギーがインパクトと共に押し出され押し勝った響の拳がドリルを裂く。

「未来っ!」

そのまま暴走する未来の本体に抱きつき甲板を転がると後ろから押さえつける形で仰向けに倒れこんだ。

「ううううううっあああああああっ!」

「未来、未来ぅっ!」

暴れる未来を必死に押さえ込む響。

「みくーっ!」

ミライがその上に馬乗りになるようにして着地、そのまま強引に右手で未来のあごを持ち上げた。

後は右手のデコピン一発で正気に戻すつもりだったのだが…

未来の背後から伸びる鞭がクルクルとミライの右手に巻きついた。

「くっ…しょうがない、最後の手段だ…怒らないでね?」

左手で持ち上げたあごに自身の顔を近づけ、そして…

チュッ

口からミライのオーラが未来に流れ込む。次の瞬間…

パリンと音を立ててギアが解除されていく。

バチンっ!

正気に戻った未来の張り手がミライに炸裂。乾いた良い音が甲板に響き渡った。

「み、未来?」

「乙女の唇をいったいなんだと…この、キス魔っ!」

「あ、あのね?仕方が無かったんだよ?ね?」

「ふんっ!」

そう言って拘束をのがれた未来は響に向き直る。

「ごめんね、響…」

「未来…」

「でもね、私は二人に置いていかれるのが、とてもイヤだったんだよ?」

「うん、ごめんね、未来」

響と未来は優しく抱き合っていた。

「だから私はあんなになってまで…」

「うん、でもそれはやりすぎだと思うよ?」

「ごめん」

「しかし、制御が利いてよかったよ」

「そこは、やっぱり愛は強いって事だね」

「…愛」

「響、変な事言わない。未来も照れないっ」

未来を取り戻し、後はノイズを除去して一件落着…とはいかないようだ。

「あれを見てっ!」

響に言われて見上げた空の先。

そこには未来が放った幾条ものビームを反射し、纏め上げたものを今まさに撃ち出そうとしている鏡のような装置が見えた。

「くっ…間に合わない…」

何をするにも破壊をと考えたミライだが、既に遅かった。

放たれたビームは海上を突きぬけ海底へと収束していった。


海面を割り、階梯から何かが浮上してくる。それは巨大な建造物に見えた。

『響くん、ミライくん、一度スキニルへ戻れ』

「でも…」

『未来くんのメディカルチェックも有る。いいから一度戻れ』

と言う大人の言葉で一度スキニルへと戻る。


スキニルのブリッジ

未来と響はメディカルチェック中。

「先史文明期の遺産」

「それにしてはでか過ぎなんだよ」

と翼とクリス。

スキャニングされた島一個ほど、かなり広大だ。

「さて、問題はなんの目的でこんなものを起動させたか、だけど」

「やつらの言葉を信じればそれは月の落下の阻止、そして人類の救済のはずだが…」

と弦十郎。

ドドドドドッ

海底が更に隆起。

スキニルは海底にぶつかるようにして止まった。

「何が起こったっ!?」

弦十郎が吠える。

「月に延ばされたエネルギー。それをアンカー代わりにこのフロンティアを引っ張り上げたようです」

フロンティアとはこの浮島の仮称だ。

先ほどまで海中だったスキニルはフロンティアの浮上に伴い空中に躍り出ていた。

そして現われる大量のノイズ。

「おーおー…派手にやってくれちゃって…」

「だが、この程度。私達の敵ではない。いくぞ、雪音」

「ちょ、まてよっ!おいっ!?せん…ああっもうっ」

翼がクリスを有無を言わさず連れて行った。

「フロンティアからの通信。出します」

出されてのは各国に向けた通信。映像に出たマリアは月が落下し始めている事を暴露し、だが歌で世界を救えるかもしれないと衆目の目の前でギアを纏って見せた。

「で、どうするんです?聞けば人類の救済って事らしいですけど?」

「たとえそうであったとしても、独りよがりの救済など無用っ!とっ捕まえるぞっ」

翼とクリスは既に派手にやっていた。


「潜入は割りと得意です。だけど…」

迫り来る大量のノイズ。

「へいき、へっちゃらですっ」

ブリッジにやってくる響。隣には未来も居る。

「わたし達がいます」

「わ、わたしもっ!」

「やれるのか?」

弦十郎は未来に問いかける。

「はい。シェンショウジンのギアが無くなった訳じゃありませんから」

「行こう、未来」

「うん、響…」

艦内を掛けていく未来と響。

モニターに写った彼女達がなんか途中で一人増えている気がするのだが…

ああ、先ほどの戦いで確保した捕虜だ。

逃がしちゃってるけど、まぁ響のする事。悪い事にはならないか。

「それで、ミライくん、君は行かないのか?」

「今ちょっとスキニルに観測させてたんですけど。どうやらあのフロンティアの動力ってネフィリムの心臓っぽいんですよね」

「それがどうかしたのか?」

「ネフィリムの心臓は一度わたしの右腕を吸収しています。厄介な事にならなければいいのですが…」

「それはどう言う?」

「忘れましたか?わたしは前世覚醒者(リンカーネイター)で、自動観測者(アビリティコレクター)なのですよ?ただ、まだこのフロンティアが本当に月の軌道を元に戻せるだけの手段があるのなら…」

「ままならんな…」

言っている間に響、未来、調がノイズとの交戦に入った。

「しかし、そろそろこのノイズ、邪魔ですね」

「しかし、ソロモンの杖が敵の手にある限りどうにもならん」

「完全覚醒したわたしってば、実はかなりチートな存在でして。目的のものがはっきりしていれば…」

次の瞬間ミライの姿が消えていた。

「きさま、どこから!?どうやってっ!?」

ソロモンの杖を持ったウェル博士の正面にいつの間にかミライが現われていた。

「きっと、戦艦から、歩いて、ですよ?」

『なっ!どうやって』

「あなたもですか…弦十郎さん…、まぁ事実だけを言えば、目的までの過程をすっ飛ばして、です」

『そんな事が出来ると言うのかっ!?』

「そんな馬鹿なことがっ!?」

「まぁ結果が大きく波打つものならかなり疲れるし、出来ない事もあるのですが、『フロンティアの中に居るソロモンの杖を持つ者の前に行く』と言う条件ならば難しくない。条件さえ揃えば歩いていける事ですからね」

そして歩いて行ったと言う過程を省略したのだ。

「ふん、今更ギアも纏わずにのこのことっ!」

ブシューと密閉空間に赤い霧が立ち込める。

アンチリンカー。装者とギアの同調を低下させる薬品だ。

「ギアも纏わずにここまで来れるわたしに、そんなものが役に立つと?」

殺気を飛ばすとウェル博士はかなり動揺したようだ。

「ひ、ひぃっ!?」

とウェル博士はソロモンの杖を掲げるとノイズを出そうと試みる。

「この距離なら、わたしの方が速いです」

瞬身の術で近づくとソロモンの杖を持った右手を叩き落した。

カチャリとソロモンの杖を拾い上げ、ウェル博士に向かって構えた。

「ひぃ…ひぃーーーーーーーーっ!?」

戦況が一変、自分が不利になると一目散に逃げ惑うウェル博士。

「ちょ、まっ!?」

しかし、タイミングの悪い事に地面が隆起するように躍動し、ミライは天壌へと迫り押しつぶされそうになる。

「ちょ、ちょっとぉ!?」

ミライは間一髪と地表に転移して事なきを得た。


「ミライっ」

「お前っどこからっ!」

翼とクリスがノイズの対応が一段落した時、地表にいきなり現われたミライに二人は驚いた。

「おまえ、それっ!」

とクリスが指すのはソロモンの杖だ。

「はい、これ」

くるくるとクリスに投げ渡す。

「どうして、これを…」

「クリス、自分の所為だって気にしてそうだったから」

「それは…ちげーってそうじゃなくて、なんでお前が持ってたんだよっ!」

「えっと…ウェル博士から回収してきた?」

「アンチリンカーはっ!?」

「ああ、それ…もちろん食らいましたよ…ただ…」

そう言ってミライは聖詠を紡ぐ。

「Aeternus Naglfar tron」

何の問題も無くギアを纏って見せた。

「前回食らった時に抗体を作ってたようですねぇ」

「たく…」

「ミライらしい」

とクリスと翼が呆れていた。

「皆ーっ!」

響と未来も到着したようだ。

「なんだぁ?そのギアは?」

クリスのぼやき。響のギアが所々力強さを増していた。

「あ、ちょっとマリアさんの所に寄った時にマリアさんのガングニールをちょっと…」

パクったのね…さすが響、予想の斜め上を行く。

「未来、お前…結局シンフォギアを…」

と翼が言う。

「これは私が選んだ道ですから」

「まったく、ドイツもコイツも…」

とクリス。


『みんな、無事かっ?』

「何があったんです?」

『熱源器官の暴走だろうとスキニルが算出している』

「暴走だとっ!?」

翼が吠える。

「月の落下はどうなりましたか?」

『マリア・カデンツァヴナ・イヴに共鳴した世界中のフォニックゲインが上空で収束しているのを確認している。これがどうなるか分らんが…』

「つまり、もうフロンティアで出来る事は無いって事ですね」

ドゴーンドゴーンと通信機越しに爆発音が聞こえる。

「ていうか、弦十郎さんは今どこに?」

『お前が取り逃がした首謀者を回収中だっ!』

さいで。

ボコリと地表が隆起したかと思えば現われる凶獣。

「おいおい、ありゃあ…」

「ネフィリム…」

その姿はまるで神話に出てくる巨人の様。

「グラララララララアアアアアアアアアアアアアアアっ!」

キュイーンと口の前に黒いエネルギーが収束していく。

カッ

放たれたそれへあ地面をえぐりながら迫る。

「避けて、みんなっ!」

バラバラによけるとどうにかその一撃を避けることに成功した。

「ちょっくら真面目に行くよぉ…」

「おい、ミライ、てめー何を…」

クリスの言葉をスルーしてミライは輝力を合成。印を組み上げた。

「木遁秘術・樹海降誕」

地面から巨木が乱立し、うねりながら巨体を拘束する。

「たく、でたらめなヤツだ」

と、翼。

「おっと、遅かったのデス」

「増援、いらなかったかも」

騒ぎに駆けつけてきた切歌と調。

「みんな、まだ終わってないわよっ!」

そして響く第三者の声。

「そうね、まだアンコールは鳴り終らない」

現われたのはマリア。

「マリアっ」

「マリアさんっ!」

マリアの元に降り立つ響たち。

「バカっ油断するなよっ!」

ネフィリムの第二射が発射される。それも皆が集まっている所へと。

「響ーっ!?」

ミライが叫ぶ。

しかし、無情にもネフィリムは彼女達を襲い…

「Seilien coffin airget-lamh tron」

誰かの聖詠が聞こえる。

ギアを纏う時に纏うエネルギーを障壁代わりにした?

フォニックゲインが高まっている。

歌が聞こえる。響たちの歌だ。

「こう言う展開は苦手なんだけどなぁ…」

ぼやくとミライも彼女達の所へと飛んだ。

「ほらほら、ミライちゃんで最後だよっ」

そう言って響から差し出された右手。

「ほら、ミライ」

未来から差し出された左手。

「二人とも…」

躊躇う未来の両手を響と未来が握ると光が迸った。

ギアのリミッターが解除されていく。

「エクスドライブ…」

限定解除されたシンフォギア装者達。

マリアも新しいギアを纏っていた。

銀色のシンフォギア。聖詠からアガートラームだろう。

「だから、こう言う展開は……まぁたまには良いか…」

歌を口ずさみながらネフィリムへと全員で突貫していく。

それは一条の固まりとなりネフィリムを穿った。

爆散するネフィリム…だが…

フロンティア中央にある施設が爆発と共にエネルギーが収束し、何かを形作った。

それは大きな四足の獣の形をし、十の尻尾を持つ化け物。そして獣の顔の中央には…

「赤い…瞳…」

と、翼。

「おいおい、何だよ、ありゃぁ…」

「輪廻…写輪眼…」

『大丈夫か、皆』

と弦十郎から通信が入る。

どうやら彼は容疑者を確保したようだ。しかし、容疑者の最後の抵抗で炉心に使われていたネフィリムの心臓が暴走しているらしい。

「バカっ!全速力でスキニルに逃げ込んでっ!いい?全速力でっ!」

『はっ!?』

「死にたいのっ!?」

嫌な予感がしたミライは叫ぶ。

「皆っこっちにっ!」


「ミライちゃん?」
「ミライ?」
「ミライ?だがっ」

「つべこべ言うんじゃねぇよっ!ああ、もう、いい俺が行くっ!」

「なっ!お前は?」

性格の変わったミライに戸惑う面々をショートテレポートを連発して回収する。

「ちぃっ!」

ジロリとネフィリムが月を見上げた。

ミライは咄嗟の判断ですぐさまスサノオを顕現。その翼で囲むように降りかかる月光を遮った。

「何…何が起こったっ!?」

とマリア。

「師匠、師匠ー!?」

「あおいさん達と連絡がつかないな」

と響と翼。

「スキニル。船体の管制はお前に任せる。それと、現状の分析を」

「もしかして、アオ…さん?」

と、ようやくミライの変化に気をやれる位の余裕が出たのだろう。響が問いかけた。

「違う。俺はミライだよ。ただ、戦闘に際しての記憶が彼の方が経験値が高いからそっちが多く出てきているだけ」

「わたし達も…」

「この人の事、知ってる気がするデース」

と調と切歌。

「お?そっちは料理出来ないコンビじゃないか」

「それは失礼」

「デース…」

「スキニル。どうだ?」

『仮呼称ネフィリムから放たれたフォニックゲインは月で収束しバラルの呪詛を強化、投射しているものと考えられます。その結果もたらされるのは人類の自立行動の不全』

「なんだとっ!?」

憤る翼。

しかし、その影響は既にいたる所で出ていた。

アオは響達からしたら未知の技術で、スキニルから送られてきた情報を空中モニターに映し出している。

「そんなっ…」

「ひどい…」

と響と未来。

モニターに映し出された光景は人々が正気を失ったかのように棒立ちしている風景だった。

その目は波紋を描き、常軌を逸している。

「だが、どうして我々は無事なんだ」

とマリア。

「それはスサノオが呪詛を跳ね返してるからですね。カンピオーネの抗呪力を舐めてもらっては困ります」

「カンピオーネ?」

何だそれはとクリス。

しかし、ミライはその問いをとりあえず無視。

「グルルルッグアっ!」

先ほどのネフィリムとは段違いの大きさのエネルギー弾が迫る。

「皆、伏せてっ!」

スサノオの翼を前方にやり、更にヤタノカガミを構えた。

ドンッ

「きゃーーーっ」

響対の絶叫。

「くっ…」

角度をつけたことでどうにか弾き飛ばす事には成功したが、相手の余力が分らない。

二射、三射と続けざまに放ってくる。

「どうすれば…」

「何とかならないのかっ!このままではっ」

と翼も焦る声。

「ネフィリムの心臓。それを止められれば…」

「どうすればいいんだっ」

とクリス。

「纏っている肉体はおそらく再生機能を備えている。だけど、それを超える速度で攻撃してネフィリムの心臓をむき出しにさえすれば…俺がどうとでもできるのだけど…くっ…」

不利な状況に堪らずと響達を連れてショート転移。

『バラルの呪詛、照射停止しました』

「今しかない…けど…」

「つまり、わたし達がミライちゃ…アオさんの露払いをして、あのネフィリムを切り刻めば、後はミライちゃんがどうにかしてくれるんだよね?」

「響?」

何をと未来。

「ああ、だがあのネフィリムは限定解除されている君達でも再生速度を上回れるかどうか…」

「そうだね…だから、これは緊急事態なんです。仕方が無い事…だよね」

「響はいったい何を…?」

「緊急事態だから、ごめんね?」

「この状況で響は何をしようと…」

「簡単だよ。いつかミライちゃんがやってくれた事だからね」

スゥと息を吸い込むと覚悟を決めた響はガシとアオの両肩を押さえつけた。

「んっ…」

ミライの方が長身の為爪先立ちで響はその唇をアオのそれに押し当てた。

「調は見ちゃだめデース」

「え?きりちゃん?」

がしっと後ろから目隠しをされている調。

「っ…」

マリアは目の前の痴態に真っ赤になっている。

真っ赤になっているのは他の人間も同じだった。

響の舌がミライの唇に割り入り、そして…

ガシャンガシャンと響のギアが変化する。

「なんだ、その変化はっ!」

とマリアが問う。

「もって行ったな?俺からオーディンの権能を…まったく、無茶をする」

「えへへ、ごめんなさい」

「何をしたんだ、お前達は」

と言うマリア質問に答えたのは翼だ。

「エクスドライブの更に先。限定解除したシンフォギアにその本来の装者の力を憑依させる。あのバカだから出来る裏技だ」

「なっ…それって神霊を呼び込んだとでも言うの?」

「正確には違うらしいぞ。昔、神様を倒して奪ったものらしい」

「まさか、それがミライの二重聖詠の実態…」

「ほら、クリス。私達も行くぞ」

「うぇえええええ!?そんな、あたしは…別に…」

「煮えきらんヤツだ」

「でも。アイツはミライじゃ…」

「同じさ。私達を守ってくれている」

「うううっ…」

「いや、まて、これはどう言う状況…こら、響!?」

ガシと後ろから響に拘束されるミライ。

「ふむ、いつぞやと形成逆転と言った所か」

そう言うと、もがくミライの唇を塞いだ。

「んぐ…」

唇を離すと翼のギアも変化する。

「ほら、雪音も」

「うううううううっ…」

「出来る事をしないで後悔したいのか?」

「わぁったよっ!」

観念したクリスはいまだ響に羽交い絞めされているミライに近づくとその胸倉を掴んだ。

「いいか、これは緊急事態の非常事態だからなんだからなっ!」

そう言うと低い身長を精一杯伸ばしてミライにキス。

「おわりっ」

顔を真っ赤にして離れると彼女の真っ赤なギアも変化した。

「さて、次は…」

響と視線が合わさってビクと身構える未来。

「ねぇ、ミライちゃん。そろそろ観念して?」

「っ…分ったよ…分った。緊急事態だからな」

「あの、…私は…」

と言う未来を左右から押さえ込むのはクリスと翼だ。

「な、なんでっ!?」

「一度はあたしも通った道だ。諦めんだな」

「えええっ!?」

「だが、実際戦力アップは急務だ…どうしてもイヤなら…考えなくも無いが…」

「んだよ先輩、あたしの時は無理やりだったじゃねーかよ」

「イヤだったのか?」

「それは…」

と言って真っ赤になって俯いたクリス。

「響達はパスが出来ていたから無理やり持っていったが…良いのか?」

「うううーー…」

と小声を上げた後コクリと未来は頷いた。

ちゅっと未来の唇を割りいれて権能を譲渡する。

すると未来のギアも変化する。

キスを終えてから未来は真っ赤になってしどろもどろだ。どうにか響に支えられて正気を保っているようだ。

「そう言えば、何の権能を譲渡したんだ?」

と翼。

「神獣鏡は卑弥呼も持っていたとされている。どうやら発掘された聖遺物は卑弥呼のものだったようだ」

無事に二課組みはパワーアップ。

「何かわたし達」

「見劣りするのデース…」

調と切歌は互いを見て頷くと自らアオの元へと歩き出した。

「女神ザババの権能…」

「持ってるデスか?」

と二人が問う。

「残念ながら女神ザババの権能は持っていない…そもそも俺の知っている軍神ザババとは男性神だ」

「ええっ!?」
「デスッ!?」

驚いて、それからしょんぼりする調と切歌。

「だが…」

自然体でミライは調に近づくとその顎を持ち上げしゃがみこむ様にキスを落とした。

ちゅ

「んっ…」

「ちょっと、調になにするデスんっぅっ!?」

つっかかってきた切歌の唇を強引に奪う。

「はいっおしまい」
「いつまでやってるか」

と響と未来に引き剥がされた。

カシャカシャと変化する調と切歌のシンフォギア。

「これは…でも…」

「どうしてデス?」

「シュルシャガナとイガリマ。軍神ザババの二振りの武器だが、後世その二つは神格化されて別の神様となっている。つまり…」

「このバカはザババの権能は持っていないと言ったが、シュルシャガナとイガリマの権能を持ってねーとは言ってねーんだよ」

とクリスが答えた。

「…正解です」

さて、最後だ。

その場の全ての視線がマリアへと向く。

「っ…」

皆の視線に晒されて俯くマリア。

「マリアのそのギア」
「初めてみるのデース」

「これは、セレナのギアだったアガートラーム…」

「アガートラーム?」

一同分らないと口にして、何故かミライに視線が集まった。

「俺はウィキではないのだが…しかし、聖遺物の中でも珍しいね」

「珍しい?」

「ケルト神話の主神。ヌアザの輝く左腕。銀の腕のヌアザ。戦いで切られて左手を失った為に付けた彼の義手だ」

「義手?神様なのに、義手なんだ…」

と響。

「日本ではまず知られない神様だし、そもそもアガートラームよりもクラウソラスの方が有名だろう」

光り輝くヌアザの神剣だ。

「ごちゃごちゃ御託はいいんだよ。ようはヌアザの権能を持ってるならさっさとヤレって事だっ」

「雪音…しかし、時間も無い、さっさと済ませるとしよう」

もったいぶった時は大抵持っていると言う前例を見てクリスと翼が呆れたように言う。

「で、でも…私は…その、アイドルだし…」

「心配するな。私もこれでもトップアーティストだ」

「うううぅ…」

「それに良いのか?妹達に人生経験で先を越されっぱなしで」

と翼はマリアにボソっと呟いた。

「ああああ、もうっ!女は度胸っ!」

「俺の意思が介在する所はないのね…」

マリアはぐっと正面から抱きつき左手でミライの後頭部を固定すると自らその唇を押し付けた。

「これは…」

「濃厚デース…」

「きりちゃん、だから見えない…」

「だめ、終了っ!」

グイッと間に入ったのは響と未来。その二人によって引き離されたマリアは、しかしギアの変形を終えていた。

「責任、取ってもらうから…」

赤面してうつむくマリア。

「まて、それは俺のセリフではなかろうか…と、バカな事はこれくらいにして」

ネフィリムの赤い瞳がアオ達を捉えていた。

「グラアアアアアアアアっ!」

咆哮絶叫。

地面から木々が乱立する。

「わ、わわっ!?これって」

ばらばらになりながら回避する響達。ミライは素早く印を組み上げ息を吸い込んだ。

「火遁・爆炎乱舞」

口から出した豪火滅失をシナツヒコで煽る。

暴れる樹木はどうにか燃やせたが、灰の中をうごめく五メートルほどのネフィリムの大軍。

「ちぃ…木分身かっ!」

「これらは私達に任せろ、いくぞっ!雪音」

「あ、おい、待てよっ!」

翼が天羽々斬を天高く突き上げるとその刀身が光となって消え、空中から幾百、幾万の剣の嵐を降らせた。その光景はまさしく暴風の神であり、製鉄の神の現れだろう。

「おいぃっ!あたしのお株を奪うんじゃねぇっ!」

クリスが慌てて大きな弓に変化したアームドギアを振り絞ると、光の矢が現われる。

力いっぱい弾き絞り天高く射た。

空中でその矢は魔法陣へと変じ、そこから無数の矢となって降り注ぐ。

「やるじゃないかっ」

「たりめーだっ!」

翼の言葉にクリスが吼えた。

「響っ!」

右手に現したグングニールを響に向かって投擲する。

「こ、これをどうすればっ!?」

受け取った響が慌てた。

「前と一緒で、投げつけるんだよっ!」

「わ、分ったっ!てっええええええええっ!?」

受け取った響に巨大な尻尾が一本迫る。

「ひびきーっ」

すかさず未来が弥助に入り、大きな鏡のような盾で尻尾の攻撃を受け止めた。

「あ、ありがとう…」

「でも、けっこうキツイ…」

と洩らす未来。

その脇から二本の凶刃が振るわれた。

「はぁっ!」
「やぁっ!」

巨大な回転ノコギリと鋏で尻尾を切断する調と切歌。

しかし、それは十本有るうちの一本に過ぎない。

すぐさま二本目と三本目が飛んでくる。

「きりちゃんっ」

「ちょっとヤバイのデェスっ」

斬っ

空から巨剣が一振り落とされて二本目を、銀剣が輝き三本目が両断された。

「やるなっ」

「当然よっ」

翼とマリアだ。

「あたしも忘れてもらっては困るっ!」

声に惹かれて振り返れば、アームドギアが変化した巨大な砲塔を構えたクリスが集束に入っていた。

四本目の尻尾をレーザー攻撃で破壊すると冷却。

このまま行ければ、と言う淡い期待を醒めさせたのはやはりネフィリムだ。

ドンッと空気を震わせたかと思うと自身の体積の倍もあるような巨大な黒い塊がアギトの先に現われた。

「おいおい、何の冗談だ?」

あれを見れば今まで放たれていた黒球のなんと小さい事。

「おおおおおおおおおおおおっ!」

「バカっ響っ!」

静止の声も聞かずに飛び出す響。

手に持ったグングニール。そこに込められた神秘を分解、自身のアームドギアに纏わせて、ギアが回転し唸りを上げる。

「はああああああああああああっ!」

気合と共に突き出された響の右拳。

その一撃は黒球を裂き、その衝撃は海を割った。

ブシューーーーーー

ギアが排熱すると右手のギアも一回り小さくなっていた。

ネフィリムはと言えば響の一撃で右肩から残りの尻尾を抉られていた。

「なんつーバカ威力…」

とクリス。

「だけど、響らしいです」

とは未来の言。

「皆っ!」

ここが決め時と響が叫ぶ。

切り裂かれ、破損しているネフィリムだが、その傷は急速に塞がっていっていた。

「行くか、マリア」

「ええ、あなたの剣、見せてもらうわ」

「ここらが決め時ってなっ」

「これで…」

「最後デェスっ!」

光を纏った流星の如く響たちはネフィリムを切り刻んでいった。

「私もっ!」

と言う未来の腕を取る。

「未来はこっち」

「ミライ?」

「Aeternus Hrymr tron」

ミライのギアが変形する。

そのゴツさを増したギアをパージすると足元から巨大な魔船が現われた。

艦首砲塔が開き、内側から砲身が現われると、幾重もの魔法陣が展開、回転し始める。

響たちの懸命な攻撃で、ネフィリムの体は切り刻まれ、心臓部がむき出しの状態になっていた。


「もうっ」

未来はそう言ってすねながらもミライのお願いを聞いていた。

神獣鏡のギアをパージし、幾重もの鏡でネフィリムを被う。

バシュと洋上を漂っていたスキニルからミサイルが打ち上げあれ、ミライの近くで開閉。中から一本の剣が現われた。

「それはっ!」

「デュランダル!?」

翼とクリスが驚きの声を上げた。

「完全聖遺物だと言うの?」

とマリア。

クルクル回りながら落下してきたそれをミライは右手で受け止めると足元から迫り出した台座に収納、格納された。

ミライの目の前にキューブ状のキーが現われ待機していた。

「反応消滅砲、デュランダル。最終セーフティ解除」

ミライの右手に現われた魔法陣がキューブに触れるとキューブが真っ赤に染まりセーフティが解除された。

「皆っはなれてっ!」

ミライの言葉に皆ネフィリムから離れ距離を取った。

「デュランダル、発射っ!」

相手の機動力、攻撃力を殺いでからの必殺の一撃。

それはネフィリムの心臓に着弾すると空間を歪曲させながら反応消滅する。

その規模の拡大を、聖遺物由来の力を減衰させる神獣鏡の力で遮断し、外部へは閃光しか通らない。

漏れ出す閃光が辺り一面を白く染め上げ、一瞬で収縮。

未来が鏡を取り外すと無くなった空間に空気が流れ込み、周囲に突風が巻き起こった。

「終わった…のか?」

と、翼。

『ネフィリムの波形パターン、感知されません』

とスキニルから通信が入る。

『なんだ、どうなってるっ!?』

弦十郎からの通信。ネフィリムの消失により、バラルの呪詛が弱まったのか弦十郎達も覚醒したらしい。

フロンティアは動力をを失った事で完全に沈黙。今までネフィリムに浮かされていた重力制御も消失したのでこのまま海底まで沈んでいくのだろう。

ミライ達は近場の海岸線まで飛んでいくとようやくギアを解除した。

パリンと音を立てながらギアが解除され、デュランダルが排出される。

「デュランダル…ルナアタックのドサクサで無くなっていたと思っていたのだが…」

「おめーがパクってたのかよ…」

「ええ、まぁ…しかも、これが実はスキニルのメイン動力だったりします」

これが無いとPICなどが使えない。今頃はサブ動力でどうにか岸まで運行しているだろう。

「まったく…」

あまりの告白に翼たちもどう反応していいか分からないようだ。

『度重なるバラルの呪詛の起動で月の公転軌道は元に戻りつつあるようです』

「でも、これで人類の相互理解は遠のいた…」

とマリアが独白する。

「同一言語を繰る人間ですら争いが絶えないのが人間と言う種族だ。今更言葉を統一したからと争いが無くなるわけでもない」

「でも…」

それでも、と言い募るマリア。

「完全な相互理解は個でなく、群だ。そこに個人の意思は介在しない。そんな世界では喜びや悲しみ、そして愛さえ存在しない。こうやって…」

と言うとミライはマリアの手を握った。

「相手の手を取り、思いやると言う意思すら存在しない。そんな世界に魅力があるとは俺は思わない」

手を離す一瞬、ミライは壊れたアガートラームのペンダントに触れた。

ミライの手がスライドし、覆ったその手が取り払われると、そこには傷一つ無いペンダントが存在していた。

「傷も思い出だろうけれど、きっとこの方が良い」

「あなた…どうやって…」

「だって、わたしは魔法使いだからねぃ」

こうして、マリア・カデンツァヴナ・イブがもたらした…後にフロンティア事件と呼ばれる事件は収束を得たのだった。

 
 

 
後書き
と言う事で、G編終了です。ウェル博士の魅力を殆ど出せないまま退場させてしまったのが心残りと言うか技量不足と言うかですね。いや、彼が真に魅力的だったのはGXでしたが…
ミライのシンフォギア、ナグルファルは船の聖遺物。そこから戦艦になり、重火器が追加されているイメージです。逆にフリュムは盾を持つ巨人の伝説から装甲重視になります。
最後に、次回はGX編になります。
 

 

外伝 シンフォギアGX編

ピッピッピと潜水艦のコンソールを弾く少女。

言わずもがな、ミライだ。

装者のメディカルデータをチェック中。

「暖かいもの、どうぞ」

「暖かいもの、どうも。あおいさん」

「それで、どうなの?」

自分のマグカップに口をつけてからあおいさんが問いかけた。

「まず、マリア、調、切歌の三人のLiNKER投与による後天的適合者の三人ですが…」

「何かあったの?」

「適合係数が大幅にアップしていますね。しかも、ここ最近LiNKERを投与していないと言うのに」

彼女達に投与されていたリンカーのレシピはウェル博士謹製のもの。彼が居ない為に製造は不可能になっていた。

「ちょっとまって、後天的と言う事は奏ちゃんと一緒と言う事。リンカーの投与なしでシンフォギアとの同調なんて…」

「出来ないはず…なんですけどねぇ…どうやら、わたしが渡した裏技がまだ生きているみたいですねぇ」

「裏技?」

「わたしが使う二重聖詠はもともとの装者の権能を用いるもの。その一部をあのフロンティア事件の時に受け渡したのですが…思いのほか相性が良かったみたいで…受け渡した力の一部が馴染んじんで変質しちゃったみたいですねぇ。彼女達の波形パターンが以前とは違いますから」

「それ、大丈夫なの?」

「さぁ?何にせよ前例がありませんからね。体に変調をきたしていませんし、バイタルも安定しています。特に害があるような物では無いとは思うのですが…」

「つまり、彼女達三人は制限時間の無い正規適合者並と言う事?」

「並と言うか、翼やクリスの以前の適合係数より高いですね」

「それは…」

「で、次は翼とクリス。この二人には肉体活性が見られますね。五感が鋭くなったり、集中力が増したり。かなりまずい傾向です」

「どうして?」

「権能に馴染みすぎてます。権能の大元は確かにまだわたしの方にあります。だけど…」

「だけど?」

「もう一度、譲渡すればおそらく…」

「おそらく…?」

ミライはそれには答えずに次いで未来のデータを出す。

「これは?」

「未来のデータです。彼女も後天的適合者でした。しかし、自らの聖遺物を取り込んだことで聖遺物が体と融合。わたしの血を取り込んでいたことにより最適化。完全に融合してしまっている」

胸の中心に神獣鏡の破片。そこから体組織全体に霊ラインを形成。聖遺物の波動は骨を伝って体全体へと流れていっていて、もはや摘出は不可能だった。

「これはまだ過渡期かと」

「どうして?」

「これです」

次に出されたのは響のデータだ。

「体の隅々まで聖遺物の擬似的霊ラインが形作られ、骨格は既に聖遺物…いえ、シンフォギアそのもの。これではまるで…」

「まるで?」

もう一枚出されたデータ。

「これは…?」

「わたしです」

「っっ…」

あおいさんが息を呑む。

見比べるとそのデータの差異が殆ど見当たらない。

「ここまで来るともう人間じゃない…寿命があるかどうかも分らない」

「そんな…」

「本来なら、…完全覚醒したわたしならどんな事になろうとも元に戻せます…だけど…」

「だけど?」

「エクリプスウィルス。これが厄介です…」

「エクリプスウィルス?」

と、あおいさんが問う。

「わたしの中で進化したこれが自身を強化するもの以外の干渉を弾こうとする。血液感染でうつる事は無いと思ってたのですが、症状が出ないだけだったのかも…もしくは彼女達が元からエクリプスウィルスに適合しやすい体質だったのか…まぁ理由は分りませんが、これの所為で干渉が難しい」

「つまり?」

「どうにも出来ません。響はどこか分っている雰囲気ですし…未来は…彼女は響に置いて行かれるのを良しとしないでしょうから」

「未来ちゃんはギアを使わなければこれ以上の進行はしないのかしら?」

「どうでしょうね…わたしの見立てでは…」

と言ってから一拍置く。

「もう、手遅れ…ですよ」


フロンティア事件はとりあえずの終息を見せたとはいえ、起こした事変の責任を誰が取るのか。

一応マリア達に指示を出していたナスターシャ博士は先の事件でフロンティアの一部事宇宙空間に漂い連絡が取れなくなっている。

彼女のメディカルデータや、その他の環境を鑑みるに生きてはいまい。

首謀者であることには違いは無い為に罪状の殆どを彼女にかぶってもらう事にした。

マリア達は反対していたが、うら若き女子の青春を牢獄で過ごせと言うのもいかなものか。

結果として彼女達の行いで世界が救われたと言う事実はあるのだから。

そして幸いな事に、彼女達が起こした変事が全て日本国内であった事が他国からの介入を極力遮断できていた。

そもそものこの事件の大本はNASAが月の公転軌道のデータを偽った事が問題だ。月の落下を知っていて手をこまねいていた米国政府。その事実を突いてやれば、そんな事実は無かったと言う事になり、逆説的にF.I.Sの暴走も無かった。そんな組織すら無いと手のひらを返したのだ。

ナスターシャ博士の遺体の回収と、先史文明期の遺産の回収をと打ち上げられた国連所属のスペースシャトル。そのシャトルが回収活動を終え帰還しようとすると、システムトラブルに見舞われ、このままでは地球の引力に引かれるままに落下してしまうと言う緊急事態が起きた。

この事態を好転させることが出来るのはシンフォギア装者達だけ。しかし、色々な法律の問題に手をこまねいていたが、ギリギリの所で許可が下りたようで、響、翼、クリスの三人が現場に急行する事に。

未来は装者としての日がまだ浅く、メディカル的にNG。成層圏での活動はミライがストップさせた。

マリア、調、切歌は今はまだ拘束中。

「ミライくんが行けなかったのが痛いな」

とスキニルブリッジの弦十郎。

ミライはブリッジでコンソールを叩いていた。

「搬入途中で装者搬送用ミサイルはあの一機だけでしたからね」

あのポッドでは三人しか乗れない。

響達はシャトルに取り付くと腰のブーツター等を燃焼させて減速させたが…初期計算の街への落下こそ免れたが、未だ山脈への激突コースだ。

「あーあ、派手にやる…」

カラコルム山渓、K2の山頂付近をシンフォギアの力で強引に切り開き、落下するシャトルを通る隙間を作った。

しかし、K2に不時着したシャトルは船体を擦りながら滑り落ちて行き…その先に有るのは小さな村。

「あちゃぁ…これはやばいか?」

「響…」

街のメインストリートをシャトルがスライドしていき…終点には大きめの建物。

「なげた…」
「なげたね…」

響がシャトルの正面に回りこみ、シンフォギアの力でシャトル全体を包み込みコーティングし強度を上げると、尖塔を支点にして放り投げたのだった。

ギリギリのところでシャトルと建物の衝突は回避され、シャトルは建物を背もたれにするように垂直に止まった。

「まったく響は…わたしの想像を軽く超えてくれるわ」

「うん、でもそれが人助けに全力の響らしい」

「そうかもね」

なんて事件が尾を引いて、特異災害対策二課は国連直轄の超常災害対策機動タスクフォース『S.O.N.G.』(Squad of Nexus Guardians)として再編され、シンフォギア装者はそこに組み込まれる事になった。

英語で書かれた誓約書に目を通す。

響、未来、翼、クリスと書かれている事の意味が分らないと言った表情。

まぁ条件設定の段階で弦十郎さんがこちらの不利益になうような事は出来るだけ無いように気遣っているだろうが…

『よろしければ、こちらにサインを』

と英語で勧める国連所属の外交官。

『はっ』

と、ミライは鼻で笑ってその契約書を切り刻んだ。

「ミライ?」
「ミライちゃんっ!?」

『君はいったいなにを…』

『俺らは兵器じゃない。それを手前勝手にいいように出来るような契約書にサインなんか出来るかよ』

『くっ…』

『行動の自由及びプライバシーの確保。国家同士、または民族同士の戦争に対する非介入。災害救助も拠点から駆けつけれる範囲に限定する。また、先史文明の遺産や超常現象に関する事例に限りいかな法令も遵守しない。他にも幾つか細かく詰めますが、とりあえずこの位ですか。これが守れるならば、新しくわたしが誓約書を用意しましょう』

そう言ってミライが出した誓約書。当然、それにサインするのは国連の方だ。

『バカなっ、そんな事が認められるはずがないっ!』

外交官は大激怒。

『認めてもらってきてください。それがあなたの仕事でしょう?』

『小娘が、バカにして』

『後ろの娘達は出来ませんが。俺は世界を破壊しつくすのに七日も掛かりませんよ?』

ダンっと机を殴りつけると激昂して退出する外交官。

「よかったのか?」

と、クリス。

「いいんですよ。一度再考させるくらいで」

その後、どう言う取引があったのか分からないがミライの要望は全て通る事になった。

その裏側でミライの暗躍があったのは言うまでもない。

マリア、調、切歌はその活動に従事する事で各国の追及をかわす事に成功。割と平穏な生活を手に入れていた。

ただ、矢面に立っていたマリアの扱いだけが難しく、国連直属のスパイであったと言う建前で、国連のプロパガンダとしてアイドル活動に戻っていった。


何事も無く三ヶ月が過ぎる。

変わった事と言えば何故かミライがリディアン音楽院に編入されていた事だ。

どうやら調と切歌の編入に当たりようやくミライが未就学だと言う事実を思い出したようだ。


マンションの一室を借りる算段になって、なぜかクリスとルームシェアする事に。

だったらとフロア丸ごと借り切ろうと画策して物件を探している調と切歌もついでとばかりに同じマンションでとなるのは道理。

すると生活力が皆無な三人の面倒を見るのはミライの役目。隣の部屋の壁をぶち抜いてスイートへと改装。その改装の段階になってどうしてか反対側の壁もぶち抜かれていた。

「響…」

「だって、わたし達だけ除け者みたいで…ねぇ?未来」

「私は止めたんだよ?でも響が勝手に」

「えええっ!?」

未来の裏切り。

大所帯になったそこは一種の合宿所のよう。

「で、家事担当が全てわたしってのはどうなの?」

ぐでーとくつろぐ面々。

「いやぁ…たはは…ミライちゃんの傍にいるとどうしても…」

と響。

「ミライさんの傍にいるとどうしても安心するというか…」

「つい、甘えたくなるのデース」

調と切歌だ。

「ミライのメシが一番うまいからな」

とはクリスだ。

今日は遠くイギリスで翼とマリアの復活のコラボライブの日で、LIVEで見ようと言う約束に、クラスメイトを数人誘っていた。

「うわ、何これ、はちゅねって本当に料理が得意なんだね」

「はちゅねって呼ぶな」

変なあだ名で呼んだのはミライが編入したクラス…まぁ響と未来のクラスだが、そこのグループにミライが入る形で知り合ったクラスメイトの創生(くりよ)だ。

「でも本当…」

「やりすぎ…」

と突っ込んだのは仲良し三人組の残り二人、詩織と弓美だった。

オードブル、にぎり寿司、スイーツとブュッフェ形式で並んでいた。

「でも、本当、すごいね。どうしたのこれ?」

と未来が問いかけた。

「えっと、久しぶりに起きたあの人が…」

「ああ、あの人…」

やれやれとため息を疲れたあの人とはミライの中で眠っているアオの事だ。

普段は眠っているのだが、ミライが大きな力を使うときなどにはちょいちょい出てくるらしい。

今日、たまたまマンションに呪術的補助を入れる段になって入れ替わったようだが、その時夜のおさんどん担当になったと言う調と切歌が泣きついてきた。

彼女達の料理の腕は…カップラーメンの湯の量を調節する事に掛けては天下一品かもしれないが、家政の授業など今初めて受けているだろう彼女達の力量など押して知るべくもない。

本当はミライに泣きついたのだが、残念。入れ替わっていたアオが困りながらも暴走した結果が目の前の料理だ。

「キッチンがリフォームされているんだけど…」

と、未来。

「古代ウルクの英雄王から下賜されたものらしいです…」

「なっ!?それって、完全聖遺物てー事なのか?」

聞き捨てなら無い言葉が出てクリスが叫ぶ。

「包丁一本からキッチン全てが宝具らしいですよ」

「なんてあぶねーもんを…」

「とは言え、劣化しない、切れ味最高の調理道具には変わりない訳でして…シンフォギアに改造できる訳でもないからねぇ」

それからは楽しく翼とマリアのライブを鑑賞。

二人の歌を鑑賞した後、解散の予定だったのだが…

しかし、大きな力は大きな力を惹きつけるのか、再び事件は起ころうとしていた。

発端は横浜の災害事件。

遠地に居る翼を除き日本に居たシンフォギア装者に出動命令がくだった。

建物が立て並ぶ横浜ビル群での火災。

ヘリで現場に移動すると各人散開して救助に当たる。

「未来、大丈夫?」

「大丈夫だよ。響は心配性だな」

「でも…」

「私にも手伝わせて、響の人助け」

未来の現場介入は実はこれが初めてで、メディカルチェックでようやく落ち着いたからとミライがOKを出したのだ。

先発は響とクリス、そして浮ける未来が担当し、残りの三人は避難民の誘導に当たる。

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

「Rei shen shou jing rei zizzl」

二人がヘリからダイブして落下すると、その途中でギアを纏い火災現場へと走る。

「それじゃぁ、あたしも行ってくる」

と、今度は着地したヘリはクリスを降ろすと再び上空へ。

カンッカンッ

何かがヘリにあたる音がしたかと思うと突如としてヘリの舵が聞かなくなった。

「っ!?」
「なんなのデェス!?」

「二人とも、こっちっ!」

ミライは二人の手を握ると操舵師諸共にショート転移で間一髪飛び出した。

目標を余り決めずに飛び出した所為か、クリスから結構離れた所に出てしまったようだ。

辺りを見渡せばどこかの湾岸。

「状況はっ!?」

『クリスちゃんが未確認の敵性勢力と交戦中…これは…』

『ノイズだとぉ!?』

あおいさんの管制の後に弦十郎の驚きの声がイヤホンに響く。

「あらあら、今回私の出番は無いと思ってたんだけどぉ」

バシャと水流を巻き上げて現われた誰か。それは明らかに常軌を逸していた。

そのシルエットは人間の少女だが、全体的に人形のような印象を与える。

「調と切歌はクリスの所に」

バレリーナのようなポージングのまま水柱の上に立っている少女を前にしてミライが言う。

「わたしたちも」
「戦うデース」

「こっちよりもあっちが心配だよ。ノイズが出ているらしいし。お願い」

「っ…」

「わかったデス」

駆け出していく調と切歌。

「あらん、逃げられると思ってるの?」

方陣が出現し、水流が二人を襲う。が、しかし…

「Aeternus Naglfar tron」

割って入ったミライの聖詠。

ギア展開時のエネルギーを障壁代わりに弾いて見せた。

「ちぃっ、あんたに用事は無いんだけれどぉ?」

いきなり口悪くどやされた。

「そう言わずに。わたしに付き合ってくれてもいいんだよ?」

ギアが高鳴る。

両腕に光線銃型のアームドギアを装備すると少女に向けてぶっ放す。

「あはっ!残念っ」

ぶち当たった少女は水と崩れた。偽者だったらしい。

その奥から水流がミライを襲う。

それをスタイリッシュにロール回避すると光線銃で狙い撃つ。

少女はまたも水分身で幻影を作り出す。

分身と言っても質量を持ったそれは放置できない脅威だ。

着地して地面を蹴ってダイブするとまず正面の少女に四発。そのまま逆さになって両手を広げるとスラスターを調整。回転しながら乱射。水分身を吹き飛ばした。

「でもざんねんでした。これでぇっ!」

水流の撃槍がミライを直撃。かわせずに貫かれたミライ。

「あっけなーい」

「残念、わたしも偽者を作るのは得意なんだ」

ポワンと消える影分身。

「なにっ!?」

ミライは少女の真後ろから銃を突き付けて三連射。

ドンドンドンと確かに弾は貫通したのだが…

血すら出ずに多々良を踏む少女。

「やはり、人間ではないね」

「てめー、殺す、ぜってー殺すっ」

青い人形の少女は手に何か宝石みたいな物を取り出し地面にばら撒いた。

しかし、地面に付く前にミライは光線銃をフルバースト。

その全てを撃ち砕いて見せた。

「化け物めっ!」

「胴体に風穴開けてピンピンしているやつに言われたくないな」

さてと、とミライ。

「後は本部で聞かせてもらおう」

と最後通告をするミライだが、突如湾内の海水が盛り上がり巨大な何かが迫り出した。

「いいいいいいっ!?」

それは巨大な何かの上半身だ。

質量は威力とばかりに振り上げた手のひらを打ち付けるその巨人。

ミライはすぐさまスサノオを纏うと返す刀で真っ二つに振りぬいた。

ズシャーンと水しぶきを上げて海面に倒れこむ巨人。

「しまった」

と辺りを見れば青い少女の姿はどこにも無くなっていた。

巨人の回収は二課のメンバーに任せミライは本部を兼ねたスキニルブリッジへと移動。

するとそこに響とクリスの姿は無い。メディカルチェックを受けているという。

クリスは現われた敵に翻弄されてギアを壊されたらしい。響と未来も現われた敵に返り討ちにあったとか。

聞けば現場に現われた新型ノイズにやられたらしい。位相空間の中和がうまく行かず防御フィールドを抜かれた結果、胸元にあったシンフォギアのコアを破損したそうだ。

しかしそれは海を隔てた翼とマリアも襲われ同様の事態に陥ったらしい。

この事件でクリスの増援に向かった調と切歌に保護された一人の少女が敵性勢力の情報をもたらしてくれた。

エルフナインと名乗った少女は事件の首謀者であるキャロル・マールス・ディーンハイムと言う数百年を生きる錬金術師の元で作られたホムンクルスとして大掛かりの装置の建造に携わっていたらしい。

その建造物が世界を分解するものだと知るとこの危機を知らせるべく逃走、ついでにドベルグ=ダインの遺産と呼ばれる聖遺物、ダインスレイブの欠片を持ち出したらしい。

「錬金術。俄かには信じがたいが…」

と弦十郎。

ブリッジの面々の視線がミライに向く。

「なんでそこでわたしを見ますか…」

「いや…なんとなく、ミライちゃんなら説明してくれるかなぁ…なんて」

とはぐらかすあおいさん。

「まぁいいですけど…」

と言って続ける。

「錬金術の本来の意味としてのそれはいいでしょう。映像データからみて金を練成する技術ではないのは明らかです」

キャロルが放った攻撃はもはや魔法のそれだ。

「元々ある物を分解、解析して再構成。現象として置換する技術って所ですかね」

まぁ…と続けるミライ。

「魔法が使える人間と言う認識で良いかと」

「そんなんで良いの?」

「魔法と違ってその手順に方法や順序があるだけで結果が変わらないなら魔法で良いじゃないですか」

とミライ。

「それと問題はこのオートスコアラーと言うらしい自動人形と新型ノイズ…アルカ・ノイズの方でしょうね」

そう言うとミライは破損したクリスのギアを取り出して見せた。

「破損ならわたしの魔法で直ります」

と言うと一度手で隠したギアは傷ひとつ無い状態へと戻った。

「それ、どうやってるの?」

とあおいさん。

「ひみつです」

とにっこり笑って誤魔化すミライ。

「ただ、今の現状ではこちらのシンフォギアは相手の位相を中和しきれず、さらには相手の攻撃に対して余りにも無防備だ」

シンフォギアをも分解するアルカ・ノイズの攻撃にしてやられたのが先の戦いだ。

「それについてはボクから提案があります」

と保護されたエルフナインが言う。

彼女の提案とは彼女の錬金術の知識を用いシンフォギアをダインスレイフの力で強化すると言うものだ。

ダインスレイフの力で暴走を促し、それを制御する事で莫大な力を得ると言うもの。

「どう思う?」

と弦十郎。

「わたしは反対です」

「何故?ギアの改修は急務のはずだ」

「敵の目的が不明瞭だからです」

「と言うと?」

「何故敵は執拗にクリス達のギアを狙ってきたのか。別の場所で同時に襲われ、両者ともギアの破損に留まって敵が退散している。この二つが偶然とは思えない…これではまるで…」

「ギアを改修させたがっている、と?」

そう言うと視線がエルフナインへと向いた。

「そんな、ボクは…」

「わたしは君が親切心で言っているという事を否定している訳じゃないよ」

「それじゃぁ…」

「それでも、君の行動を操っている存在が居る事を疑っている。君の自由意志だとしても、ね」

「そんな…」

涙ぐむエルフナイン。

「破壊されたシンフォギア。そこに改修できる存在とダインスレイフを送り込む…」

と一人呟く弦十郎。

「しかし、こちらを強化させてどう言うつもりだ?」

「さて、それはわたしには分かりませんよ…」

ただ、と言ってミライはエルフナインに近づくと手に抱えていた小箱を取り上げた。

「あっ」

と抗議するエルフナインを無視してミライは小箱を開けた。

中に入っていた壊れた刀身の一部を引っつかむとミライは空中へと放つ。

それは見る見るうちに刀身を延ばし、鍔が現われ、持ち手が形成された。

「なっ!?」

驚きの声を上げるエルフナイン。

「魔剣の中でもランクの低いこのダインスレイフ。でも…」

ミライとエルフナインを抜かしてブリッジに居た面々に異常をきたした。

「すごい怖い顔をしていますよ」

とミライが弦十郎に言うとどうにか彼は正気を取り戻した。

「俺は…いったい…」

「ダインスレイフに魅入られましたね」

ミライは一条自身の手のひらを切るとダインスレイフに血を吸わせ、すぐさま着ていた服の上着で刀身を隠すと他の面々も上がった動悸を整えるように深呼吸。

平静が戻るまでに時間を要した。

「一度鞘から抜けば血を吸わぬ限り鞘に戻せない魔剣、ダインスレイフ。こんなもので強化したシンフォギアがどんなものになるか…」

「俺は聖遺物の欠片から復元させてしまうミライくんの方がおっかないがな…」

「あらら、警戒させてしまいましたか。でもこれはランクの低いダインスレイフだから出来た事。神が手にした神剣魔剣を復元できるかと言われれば難しいでしょうね」

出来ないとは言っていないミライだった。

「あなたはいったい…」

問いかけるエルフナインに対する答えはいつもの物だった。

「わたしは魔法使いなんだよ」

と。

「しかし、ギアの改修に別のアプローチを試みないといけないのも事実ですね…どうするか…」

少し考え込むミライ。

「シンフォギアは一つの完成されたシステムですね。しかし、聖遺物からのフィードバックに装者が傷つかないように億単位でセーフティが掛かっている」

実際に3億165万5722ものロックが施されているのだ。

エクスドライブですらこの内の幾つかが解除されただけに過ぎない。

「単純にこのロックを外せれば良いだけなのですが…わたしじゃ経験が足りないので…代わりますね」

「おい、ミライくんっ」

弦十郎の戸惑いをよそにミライは奥底に引っ込んだ。

「たく、マル投げかよ…」

「君は…アオくんだったか?ミライくんの前世の」

「前世と言うか、ミライ本人だ。まぁ人格の問題でアオと呼んでもらっても構わない」

「状況は把握しているのか?」

「程ほどに。パワーアップが急務だって事だろ?」

「あなたは誰ですか?」

とエルフナインの問いかけ。

「ミライだよ、一応ね」

「でも…」

「細かい事は後で良いだろ。面倒だがミライから託されたからね」

「何かプランがあるのか?」

と弦十郎。

「セーフティ解除されたシンフォギアが装者に扱いきれないのなら扱えるものを用意すればいいんだよ」

と言うとアオはブリッジを出る。

「ほら、そこの幼女。お前も来い」

「ボク…も?」

「俺一人じゃきついだろ。それに錬金術の知識も必要だ」

「はっはいっ!」

必要にされて表情をほころばせたエルフナインがアオに続いた。

「大丈夫なのでしょうか…」

と、あおいさん。

「今は信じるしかない…か」



アオは途中でスキニルの動力炉へと寄ると扉の外にエルフナインを待たせ中に入るとダインスレイフを突き入れた。

そこは動力炉にして聖遺物デュランダルの保管庫でもあった。

「出力ゲージは…」

デュランダルから発せられる陽のエネルギーとダインスレイフから放たれる陰のエネルギーとを合成。

初めてスキニル内の全兵装が使える状態にシフトしたようだ。

「さて、改修作業に移りますかね」

エルフナインが持ち込んだ計画はダインスレイフによる暴走の制御。

だが、ミライは暴走の完全制御に成功している。

通常時と暴走制御時のデータを見比べればどれをどれだけロックを解除すればいいかは一目瞭然だろう。

素体はスキニルからコピーしてクリス達の戦闘データを入力する。

「あの…ボクは何をすれば…」

二三日暇を持て余していたエルフナインが足をプラプラさせながらアオに問いかけた。

「順次出来上がるが…とりあえず出来上がったこれとギアを繋げてくれ」

「分りましたっ!」

ぱぁと明るい表情で受け取ると作業台に移動。ようやく役に立てると勢い勇んで作業を開始した。

イチイバルと天羽々斬の二機をまず仕上げる。

ブシューとラボラトリの扉が開く音。

「まだ終わらないの?」

入ってきたのは未来だ。

「もうちょっとって所」

とアオが答える。

「はい、これ」

と渡されたのは学校のプリントだろうか。

「家のミライの部屋に置いておいて、後でミライにやらせるから」

「そう?と言うか、ホント人格が違うのね。こうして話しているとあなたからは見かけは変わらないけれど男っぽさを感じるわ」

そう未来が言う。

「それは俺には男だと言う自覚が有るからね。…服装の関係で今はミライのままだけど」

とアオ。

「ミライは言ってないと思うけれど」

と前置きをしてアオが言葉を続けた。

「未来の体、安定していると言うのは良い事じゃない」

「…うん、何となくだけど分ってる」

「君の中の聖遺物が君の体と同化していっている。これ以上ギアを使わなければ人としての一生を迎えられるだろう…」

「うん…で、それで響は?」

「俺から謝っておくよ。彼女はもう手遅れだ。彼女の体はその骨格までもシンフォギアで形成されている。もう分離は不可能なくらいだ。こうなると彼女はもう人では無いし、彼女に寿命があるのか、歳を取るのかさえも分らない。…予想を立てるなら、おそらくどちらも無いだろうね」

「それは成長もしないし歳も取らないって事?」

「おそらくね…」

と言ってアオは困った顔をした。

「じゃああなた…ううん、ミライは?」

「彼女は俺だ。その身は既に人では無いよ。例え聖遺物が埋め込まれていなかったとしてもね」

とさびしそうに笑う。

「そう。…だったら私は、私の身に起きた奇跡を幸運だと思うわ」

「未来?」

「だって、ずっと響と…それとミライと一緒に居られると言う事でしょう?」

「それ、ミライに言ってやりなよ」

「イヤよ。恥ずかしいもの…」

未来はそう言うとプイっと横を向いてしまった。

「あなたは…どうなの?」

「俺か?…俺はこれが終わったらまた寝てるさ。あんまり可愛い女の子と仲良くなっていると次に生まれ変わったときに嫁達にぶん殴られそうだ」

「嫁…たち?あなた、何人お嫁さんがいるのよっ」

と言う未来の問いに指折り数えたのがいけなかった。

「この、女ったらしっ!」

バシンと頬にイイものを貰った。

「いったっ!」

未来はフンとそっぽを向くとラボラトリを出て行った。

「何しにきたのでしょうか?」

「さて、ね?」

エルフナインの言葉にとぼけることしか出来ないアオだった。

イチイバルと天羽々斬の改修でスキニルに閉じこもっている間に響が襲われ、ガングニールを折られてしまった。

その時のダメージで響はメディカルルームへと移送されている。

「響、無事?」

「やーやー…ご心配をお掛けしましたぁ」

次々に入室する装者の面々。

「このバカっ!なに調子ぶってんだっ」

とはクリスだ。怒っている風だが全力で心配しているのだ。

「いや、でもこの通り、すっかりさっぱり怪我は無い訳でして」

「そんなこと…」

「あるわけ無いデス…」

と調と切歌が言うが実際に響の体に外傷は見当たらない。

「どう言うこと?」

とマリア。

「まさか…ミライ…じゃなかった、アオっ!」

そう翼が振り返りざまに呼びかけ詰め寄った。

「立花の胸のガングニールはどうなっている。最近のメディカルチェックをしていたのはお前だろうっ」

と。

「まぁまぁ翼さん落ち着いて」

「落ち着けるかっ」

響がなだめるが効果は無い。

アオは観念して答えた。

「彼女の胸にガングニールの欠片はもう無いよ」

「どう言うことだっ」

「響の体内に埋まっていたガングニールは彼女と完全に溶け合って融合している。体の自然治癒能力が高いのもその為だ」

「そんな…」

とショックを受けた翼。

「立花は知っていたのか?」

「何となくですが…」

「おい、まて、それじゃあ小日向も…」

とクリスが言う。

「はい。私にも響と同種の症状が見られますからね」

「どうして…どうして黙っていたんだっ!」

「人じゃなくなったかも知れないけど、生きている事には変わりないのだし、いいかなって…」

と響。

「もう元には戻らないのか?」

「早い段階なら未来の神獣鏡の力で除去できたかもしれないが…既に不可能だ」

とアオが言った。

「立花はそれでいいのか?」

「良いんですよ。人じゃないと言うのはちょっと怖いけど、これでミライちゃんを一人にしなくて済むって考えればそんなに悲観することも無いかなって。皆忘れているかもしれないけれどミライちゃんだって融合症例なんですよ?」

「そう言えば」

「そうだったな…」

忘れていたと翼とクリス。

余りにもミライが自然体だったからだろう。

「そう言えば、ギアの改修ってどうなってるの?」

と響が話題を変えたことでこの話の追及はお流れとなった。

「エルフナインも頑張ってくれているが、イチイバルと天羽々斬はもう少しって所だな…他の改修はそれの結果を受けてと言う事になる」

とアオが答えた。

「とりあえず、てめーはそこで少し安静にしていろっ!」

と額を小突いてクリスは退出。つられるように皆戻っていった。


執拗に装者のギアを破壊して回っていたオートスコアラー達は日本の突如電力発電施設を同時に襲い始めた。

しかし、急行するよりも先にスキニルが停泊している港にも現われるオートスコアラー。

これを受けて響、未来、マリア、そして調と切歌の五人が現場に急行、対処に当たることになったのだが、旧型のギアではアルカ・ノイズに対する不利は覆らず苦戦を強いられていた。

「っ…」

「くそ、まだギアの改修は終わらねーのかよ」

モニターを見て焦れ始めたのは翼とクリスの二人だ。

「きゃっ」

「調ーっ!」

まず調のギアがアルカ・ノイズの攻撃で壊され、それを庇いに行った切歌のギアも壊された。

響と未来は表に出ているギアを壊されても聖遺物自体は体内にある為にギアが解除されるだけで済んでいたが、再度纏う隙を見つけるのが難しい。

自然、残りはマリア一人となっていた。

「まだなのかっ!」

と焦れたクリスが叫ぶ。

その時ブリッジの後ろのドアがスライドし、アオが現われた。

「ほら、お待ちどう」

「アオっ!」
「おせぇっ!」

吼える二人にギアを投げ渡した。

「あと、これを響に」

もう一つ投げ渡すのはガングニールのギアだ。

「わかった。いくぞ、雪音」

「ちょ、ちょっと待てよ、センパイっ」

翼とクリスの二人はギアを手に艦内を走っていった。

「ミライくんも…」

と呼びかける弦十郎だが、その彼女は倒れこむように中央に設置してあるソファで寝息を立てていた。

「寝てる…だと?」

「あら」

あおいさんが毛布をかけた。

「仕方ありません。彼女、改修を始めてから一睡もしていませんから…」



戦場はオートスコアラーである全体的に青い少女、ガリィ・トゥーマンと赤い少女、ミカ・ジャウカーンの二人が大立ち回り、多数のアルカ・ノイズを使役したその戦いに響たちが劣勢だった。

「くっ…ここまでだと言うの…」

ついにマリアのギアも壊された。

「マリア…」

「マリア…」

調と切歌のギアはすでに破損していて生身を現していて、しかしマリアの傍に駆け寄った。

「マリアさんっ!」

響は再び纏ったガングニールでアルカ・ノイズに攻撃を繰り返すが相手の解剖器官を前にやはり苦戦を強いられていた。

意識をマリアに取られた瞬間に延ばされたアルカ・ノイズの解剖器官。

「響っ!」

未来が響を庇う形で自身のギアで受け、しかしもたずに響のギアも分解されてしまう。

「きゃっ!?」

「未来っ!」

維持できず生身に戻った未来を支える響。

「そんな、…こんなのヤダよぉ…ミライーーーーーーっ!」

迫るアルカ・ノイズ。しかしそれらは空中からの無数の攻撃が打ち砕いた。

「あたしらじゃぁ役不足ってか?」

「ふん、仕方あるまい。お前も同じ状況では誰を叫ぶ?」

「……そりゃぁ…って、今はそんなこたーいいんだよ」

「翼さん、クリスちゃんっ!」

「遅いご登場。ちったーやれるようになってるのかしら?」

とガリィ。

「期待はずれだと街も、人も、全部解剖しちゃうぞっ」

ミカも煽る。

「ミライが、アオが打ち直してくれたこの剣、そうやすやすと折れると思うなっ!」

力強く宣言すると翼は周りのアルカ・ノイズを蹴散らし始めた。

延ばされる解剖器官に当たってもギアの分解が起こらない。

エルフナインががんばって相手の特性に合わせてプロテクターを強化したお陰だ。

「響っ」

ひょいっとペンダントを投げるクリス。

それを両腕で受け取りいぶかしむ。

「これは?」

壊されたはずのガングニールのギアだった。

「アオからのお土産だっ!」

そう言うとクリスもアルカ・ノイズの殲滅へと回る。

アルカ・ノイズを殲滅し終えると翼とクリスがミカとガリィに攻撃を加える。が、しかし…

「残念、まだまだね」

「よわっちーゾっ!」

ガリィとミカの攻撃に距離を離されてしまう翼とクリス。

「ならば受けるかっ!我らの新しい力をっ」

「どうやらあっちも準備が整ったようだしなっ!」

とクリスが言うと後方から聖詠が聞こえた。

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

響の力強い聖詠が響くと再びギアを纏う。

「未来はここで待ってて」

「ひびき…」

付いていきたい、と未来は思った。しかし、響に渡されたギアはおそらく彼らに対抗する手段を付け加えたもの。それのない今の未来では足手まといになってしまう。それが分るから未来は響を止めることは出来なかった。

「大丈夫、ちょっと行ってくるから」

そう言うと響は地面を蹴って翼たちの元へとジャンプ。

「行くか、立花、雪音」

「はいっ」

「負けっぱなしは性に合わねーからな。借りはきっちり返すタイプだ」

三人はそれぞれ見合ってから頷く。

「「「コード・イグナイト」」」

カチッと胸のギアを左右から押した。

『『『スタンバイレディ・セットアップ』』』

電子音声が流れると外されていくシンフォギアのロック。

ギアから黒い本流が迸るとギアを変形させていく。

ブーストユニットは伸びて尻尾のよう。ギアの各部も鋭さを増していった。

パリンッと黒が晴れるとそこには獣性の増したフォルムを纏った響たちがいた。

ギアから発せられる力の本流は鋭さを増してあたりへと吹き荒れる。

三人の口から歌がこぼれる。

狂暴なまでに力強い歌だ。

「ちょぉっと何それ、聞いてないんだけどぉっ」

と愚痴りながら宝石をばら撒き、大量のアルカ・ノイズを生み出すガリイ。

『大量のアルカ・ノイズの反応を検知…母艦級まで…』

空に現われた巨大なアルカ・ノイズから小型のアルカ・ノイズがばら撒かれる。

『その数三千っ』

「たかだか三千っ!」

高らかに歌う響。

拳の一突きで数十を、刀の一振りで数百を、重火器の一斉射で千を屠る。

「これは…」

「私達の意志をギアが感じ取ってくれている?」

「ちげぇ、誰かがあたしたちに合わせてくれてやがんだっ」

響、翼、クリスがギアの変化を感じていた。


「わわわっ!これってもしかしてピンチってやつぅ?」

とガリィ。

「これは、ちょっと面白い事になってきたゾ」

そうミカが呟く。

「何を遊んでいる」

戦場に転移してきた女性は紫色のローブを纏っていた。

『これは、アウフヴァッヘン波形?いえ、違います、でも…』

焦ったようなあおいさんの声。

『ダウルダヴラ・ファウストローブ…あれはキャロルです…』

その、以前のデータよりもかなり成長した姿の女性を指して、エルフナインが冷静な声で言う。

「キャロルちゃん、なの?」

と面識の有る響が問いかけた。

「なんだ、それは…」

キャロルは獣のようなフォルムのギアを纏う響達をみて言った。

「ふん、何でも良い。ガリィ、ミカ、お前達は戻れ。やつらのギアは私が直々に再び砕いて見せよう」

とファウストローブに付いていた琴を鳴らす。

ガリィとミカはキャロルに言われて転移で戻っていった。

左右に二つ、魔法陣が浮かぶとそこから水流と炎が迸る。

「友の思いのこもったギア…。防人の刀は折れぬと知れっ!」

翼が臆さず駆けると刀は嵐を纏い撃ち出された水流を切り裂き炎を掻き消した。

「何恥ずかしいセリフ言ってんだよっ!センパイっ」

クリスはプシュと赤面するとその感情の発露とばかりにミサイルが飛ぶ。

しかし、巨大なミサイルはキャロルの操るファウストローブの弦に切り裂かれ爆発した。

「友の思いなんかでぇっ!」

キャロルの魔法攻撃。

「なんかじゃないっ!」

響はたからかに宣言するとギアの出力を限界まで振り絞るとその両腕のギアを合わせた。

「思い、思われる世界をわたしは守ってみせるっ!だからっ」

右手に一つに纏まったギアが回転すると、溢れ出たフォニックゲインが炎に変換された。

「戯言をっ!」

炎を纏った響は撃ち出されるキャロルの魔法に臆さず突撃、切り裂いた。

「…ふっ」

しかし裂いた先に待っていたのは弦で編みこんだ掘削機(ドリル)

「負けない、絶対にっ!そしてどうして世界を壊そうとするのか、ちゃんと答えてもらうからっ!」

ぶつかるキャロルのドリルと響の右拳。

「はあああああっ!」

「なっ!馬鹿なッ!」

ドリルを打ち砕くと響は跳躍、バーニアを吹かし自重を入れて蹴りを叩き付けた。

「かはっ…」

衝撃に転がっていくキャロル。いつしかファウストローブの制御が出来なくなったのか分離しその体は幼女に戻っていた。

「ふふっあははっ!そうか、そうかぁ!!変わらぬ、何も変わらぬっ…あははははっ!」

「キャロルちゃん、もうやめよう…」

降り立つ響が最後通告。

「お前達はまだ何も分っていない…そのまま踊るといい、道化のように…」

「キャロルちゃんっ!?」

末期の言葉に呪いを吐くとキャロルは炎に包まれてその命を自ら絶ったのだった。




後味は悪かったが、敵のボスは亡くなり事件は解決したのか、一時平穏な時間が訪れる。

しかし、オートスコアラーを倒したわけではない。いつなんどき何があるかとシュルシャガナ、イガリマ、アガートラームの改修も忘れない。

それらを調、切歌、マリアに渡し、最後に未来にもペンダントを渡す。

「私にも?」

自分のギアはミライや響と同じく胸の内に融合している。今更ギアなど必要があるのかといぶかしんだようだ。

そしてミライも自分の胸元のペンダントを見せる。

「じゃぁ、ちょっと変わるね?」

と言うとミライの雰囲気が変わる。

「説明の為だけに呼び出すなよな…たく…」

と、二つにしていたツインアップテールをほどいたミライ。

「アオ、さん?」

「まぁ、そうだ。あのバカが説明をマル投げしやがったんでな、仕方ないから説明しよう」

と言うと幾つものウィンドウが空中に浮かんだ。

「改修したそれらのギアはインテリジェンスタイプに改修してある」

「インテリ…?」

「何かイヤな感じの言葉になったな。まぁ言葉としては一緒だが…」

と響の突っ込みに返す。

「スキニルから複写したAIを搭載し、ギアを制御する機能を与えてある」

「つまりAIが私達の戦闘補助をしてくれる、と言う事か?」

そう翼が問う。

「そうだ」

「なんだそれ、そんなの大丈夫なのか?戦闘に他人の意思が介在すると言う事だろう?」

とクリス。

「ああ。だからこれは使用者を選ぶシステムだが…」

「それでも搭載したと言う事はそれ相応のメリットが有るのよね?」

マリアが問う。

「使いこなせれば最高の相棒になる。戦闘も格段に安定するだろうよ」

「だからこそ、特訓だっ!」

いつの間にかそこに居た弦十郎が後ろから声を張り上げて宣言した。

「「「「特訓っ!?」」」」
          「デェス?」

筑波にある異端技術機構にてフロンティアから回収したナスターシャ博士の解析データを受領する任務のついでに修行をとなった。

「降り注ぐく太陽」

「突き抜ける空」

「青く透き通った海」

「白く輝く砂浜」

「目の前の鬼コーチ…」

保養所を賛美する言葉は最後の一言で崩れ去った。

筑波にあるビーチに着いてからというもの、アオが用意したトレーニングメニューをこなす装者の面々。

まずはウォームアップの走り込みから始め、今はそれぞれ砂浜に倒れこみクールダウン中だった。

青かった空が色を失っていく。

アオが封時結界を使用して空間を隔離したからだ。

「さて、体もほぐれた所で、模擬戦と行こう。ギアを纏え」

「鬼…」
「デェス…」

「何か言った?」

ニコリと言えば調と切歌の二人はぶんぶんと首を振った。

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

「Killiter Ichaival tron」

「Seilien coffin airget-lamh tron」

「Various shul shagana tron」

「Zeios igalima raizen tron」

「Rei shen shou jing rei zizzl」

装者達が一斉にシンフォギアを身に纏った。

アオも胸元からクリスタルを取り出すと、一度空中に放り投げる。

落下する最中に幾つかの魔法陣を潜り、キャッチしたそれを再び掲げた。

「Aeternus Naglfar tron」

アオもギアを身に纏う。

さて、それじゃあと両腕のギアを光線銃に変えて構えるアオ。

「かかっておいで」

「七対一で戦うつもりだってのかよっ!」

と吼えたのはクリス。

「こっちは何年研鑽を積んできたと思っているんだ。生まれて二十年経ってないやつが生意気言ってるんじゃねえよ」

とアオはワザと彼女達を挑発した。

「ほう、面白い。防人の剣、どれほどか、受けてみろっ!」

と先陣を切ったのは翼だ。

手に持つ刀を振り回し、果敢に攻める翼。

アオは適度に光線銃をばら撒いて牽制。

まずは純粋に剣術から、と言う事なのだろう。放出技は使っていない。

だが、そんな攻撃がアオに通じるわけも無く…

ヒラリヒラリ、舞うように避けると肩をねじ込んで至近距離攻撃(デッドアプローチ)

「なっ!」

翼を鉄山靠(てつざんこう)で吹き飛ばす。

「翼っ!」

「翼さんっ!」

叫んだのはマリアと響だ。

「きりちゃん」

「OKデェス」

翼の次に思い切りが良かったのは調と切歌の二人。

二人はアームドギアを変化させると左右から挟撃する。

「ふっ」

まず調が幾条かのノコギリを飛ばし牽制し、それをアオが光線銃で撃ち落した所に横から切歌がその大きな鎌で斬りかかる。

「はぁっ!」

アオは地面を蹴って錐揉みするように回避すると回避しながら光線銃を連射。

目標を失った切歌の大鎌は砂浜に深々と刺さっている。

「わわっわ!?」

「きりちゃんっ」

ミライの攻撃に調がインターセプト。自身のノコギリ型のアームドギアを巨大化させ、盾代わりにして防いだ。

パラパラパラ

着地するよりも速く銃弾がアオを襲う。

クリスのバルカン砲だ。

「クリスちゃん、やりすぎだよぉ」

とは響。

「バカ、これくらいでアイツがどうにかなるかってんだっ!」

アオは宙を蹴ってバック転、銃弾を回避した。

一回、二回、三回と宙を蹴って回避する間にアオも光線銃を乱射。クリスを回避行動に移らせる。

しかし、確実に二丁の光線銃はクリスの回避行動の先を読んだように先回りされ、追い詰められていく。

「危ないっ!」

あわや直撃と言ったとき、クリスの前に一枚の鏡が現われてその光線銃の攻撃を受けきった。

未来が両腕を突き出す形でクリスを守っていたのだ。

「わりぃ、助かった」

「はいっ」

砂浜に着地すると、今度挟撃してきたのは響と翼だ。

「はっ!」
「やぁっ!」

マリアは連結刃を延ばし攻撃。

翼も巨剣を空から撃ち下ろしてアオを攻撃する。

「はぁっ!」

それを避けると三人目、影から現われた響の拳がアオへと迫る。

完全に響は銃の射程の内側に入られていた。

「ふっ!」

アオはそれを体を捻ってヒールで響の拳を撃ち落し地面を蹴ると上半身を反転させ、多々良を踏む響に頭上から光線銃を乱射した。

「ひびきーーーーーっ!」

未来の叫び声。

アオが距離を取ると粉塵が晴れる。

「なに、これ…」

粉塵が晴れたその中に、右手を突き出した響がフォニックゲインを束ね、バリアのようなもので身を守っていた。

「君のギアに搭載されたAIが自己判断で響のアームに貯蔵されたフォニックゲインを束ね、爆発、拡散して防御フィールドを張ったのだろう」

「自分の隙を埋めてくれた。守ってくれた。これが共に戦うと言う事…」

響の口角が少し上がった。

「響?」

と、未来。

「さて、しかしそろそろ体も暖まっただろう?次のステップと行こうか」

そう言うとアオは胸元のギアを左右から押した。

「コード、イグナト」

『スタンバイレディ・セットアップ』

その電子音で胸元から黒い塊が噴出し、制御されるとギアが獣性を増す。

アオのその変貌に特訓が次のステージに上がった事を誰もが悟ったようで、皆が一斉に胸元のギアを押す。

「「「「「「「コード・イグナイトっ!」」」」」」」

『『『『『『『スタンバイレディ・セットアップ』』』』』』』

それぞれのギアが凶暴性を増し、変貌を遂げていた。

「まずは貴様に剣を抜かせて見せるっ」

と鞘走る翼は、跳ね上がった機動力で刀を振るった。

それは残像を残すほど。

キィンっ!

流石にそれにはアオも堪らずと光線銃をネギに変えて受け止めた。

「舐めるなっ!」

振りぬかれる翼の刀。

「くっ…」

その段になって初めて今まで見せた事の無い、アオの刀が現われた。

パリンとネギを割って現われたのは一本の日本刀だ。しかし、所々おかしく、最大は鍔の先にリボルバーが付いている所か。

「ようやく、抜いたか…だが…」

そう言う翼は不服そうだ。

キィンキィンと一合、二合と打ち合う翼とアオ。

「マリアっ!」

「わかったわよっ!」

翼がマリアを呼ぶと、剣を持ったマリアが翼の隙を埋めるように斬りかかる。

右手の刀は翼の刀を受けている。マリアの剣を受けれる状態ではなかった。

アオは観念したかのように左手にもう一振りの日本刀を現す。

キィンと金属音が響きわたった。

「なっ!二刀流っ!?」

「ようやくかっ!」

驚くマリアと対象的に翼は嬉しそうだった。

「イグナイトで限定解除されたのか、ようやく念話機能が使えるようになったみたいだね」

「これもお前が仕組んだものなのか?」

と、刀を打ち合わせながら問いかける翼。

「まぁね。ギアにつけたAIの補助があればシンフォギア装者間ならギアの発動なしでも使えるだろうよっ!」

と言って翼とマリアを弾き飛ばした。

直後にアオは砂浜を蹴って転がった。

背後から切歌のアンカーが打ち込まれたからだ。

アンカーを避けた先にはノコギリを構える調。

キュィーーーンと回転する刃をアオは日本の刀をクロスさせて受け止めた。

「か、硬い…」

「いやいや、これ実は裏技使ってるからっ!じゃないとぽっきり逝っているからっ!」

「今デェスっ!」

正面で調のノコギリを受けている。背後から迫る切歌の攻撃、これはかわせない。

だが…

アオの尻尾の様になった腰のバーニアがカシャカシャカシャと節ができるように伸びると連結部が出来た事により自由可変可動が可能になった尻尾で叩き落とす。

「デェスっ!?」

「きりちゃんっ!?きゃぁっ」

一瞬切歌が吹き飛ばされたことで気が散ったのだろう一瞬をアオは見逃さずに調を打ち払った。

「いくぞぉ、おらぁ!」

「はいっ!」

クリスが両手に持ったクロスボウでアオに向けて大量のエネルギー矢を放つ。

当然、直射されたそれをアオは難なくかわしたわけだが、かわしたはずのそれが背後からアオを襲う。

「っ!」

アオはそれを刀で切り伏せたが、それは一本だけではなく、かわした矢全てがアオに再度向かってきているようだ。

見ればアオを取り囲むように展開された未来の無数の鏡。それがクリスのエネルギー矢を弾き返しているのだ。

「オラオラオラっ!」

撃ち出すクリスの攻撃を跳ね返す力で援護する未来。

「やりづらいっ!」

なかなか相性のいいコンビネーションだった。

反射する未来は当然の事、撃ち出すクリスの狙いも正確なことからAI補助が見て取れた。

「うまくやるっ!でもっ!」

一気に脚部に力を入れると囲いを突破しクリスへと駆ける。

「何で当たらねーんだよっ!」

距離が近づくごとに相対速度は上がっていくはずなのにクリスの攻撃を難なく避けていた。

アオが振りかぶり、振り下ろすと割り込んできた響が右手を突き出していた。

「やぁっ!」

ギィンッ

「わりぃ、助かった」

その隙に転がるように逃げるクリス。

右手の先にフォニックゲインを集中させてアオの攻撃を受けきる響。

そのこう着を上空から巨大な剣が突き刺さり双方引いたことで破られた。

「翼さんっ!」

パラパラパラ

この隙を見逃せるかとクリスが放つガトリングの弾丸を避けると剣の上に乗っていた翼が飛び降りその手に持った刀を振るう。

「はぁっ!」

ギィンギィン

ぶつかる鋼は二振り四本。

翼は両手に刀を持っていた。

「二刀かっ!」

「見よう見まねだがなっ!」

荒削りだが、その太刀筋は確かにアオに通じるものがある。根底にあるのは御神流だ。

「…なるほど、それじゃぁ!答え合わせといこうっ」

振るわれた刀を刀で返し、乱打が続く。

翼の一心不乱の攻撃に周りの援護が入れられない。

翼の攻撃は鋭さ、速さが加速度的に上昇している。

「これは…後一押しかな?」

キィン

翼の攻撃を受けてアオは確信する。

いい感じに翼の集中力が上がっていた。ならば…

アオは殺気を迸らせる。

「臆するなっ!」

「っ!!」

目にも留まらぬアオの四連撃。

「くぁ…」

翼は突き飛ばされるように後退し、その両腕の刀をへし折られてしまった。

「はぁ…はぁ…はぁ…今の…は?」

荒い息を整える翼。

しかし、それを見てアオは笑う。

「ようこそ。神速の領域へ」

「神速…?」

「集中力の極地。肉体の限界突破。修練の先にある、一つの答えだ」

刀は折れたがアオの神速での攻撃を防いで見せた翼は確かに神速の世界に入門してきたのだ。

「さあ、翼は限界を超えて見せたぞ」

他はどうなのだ?と挑発。

その後、日が暮れるまで訓練に明け暮れた。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

荒い息が聞こえる。

「まぁ、良いだろ。がんばったね、お疲れさん」

アオが訓練終了を告げると皆地面に座り込んだ。

「まさか、七人がかりで善戦すら出来ないなんて…」

とマリア。

「化け物…」

「デェス…」

そう調と切歌が続ける。

息も絶え絶えに、皆ギアを解除していた。

「後は自由時間と言う事で」

「どこへ行くの?」

と、響。

「弦十郎に呼ばれてるから、ちょっと行って来る」

そう言うとアオは一人踵を返した。


スキニルのコンソールで筑波の研究所から預かってきたデータを見る。

「たく、俺はそろそろ眠りたいと言うのに…いつまでもミライを寝かしている訳にもいかんだろ」

だから普段アオはミライの中で寝ているのだ。

「それは分ってはいるが…これをどう思う?」

と現われたのは光る球体のデータ画像。

「いや、分るだろこんなの。分からん方が変じゃないか。原寸サイズに直してみろよ」

アオの見ていたそれは縮尺データだった。

「というと?」

「地球の大きさとほぼ同じだろ。と、言う事はこれは地球儀だ」

「そう言われても意味がわからん」

アオはメンドくせーと呟いて続ける。

「ガイア理論では地球も一つの生命体と考えられているだろう?生きているという事は循環するという事でも有る。と、言う事は地球も循環している。これはその流れを記録したもの、エネルギーの循環経路。レイライン。つまり…」

「龍脈かっ!?」

「だろうね」

ふあっとあくびをするアオ。




ビービーッ

スキニルの警報が鳴る。

「アルカ・ノイズの反応を感知。これは…すぐそこですっ。響ちゃんたちが交戦中。ですが…」

「どうしたっ」

と弦十郎。

「響ちゃんたち、敵勢力を圧倒しています」

そうあおいさんが言う。

『はっはっは、ちょせい、ちょせい、ちょせいっ!』

『ふっ、いかにアルカ・ノイズが居ようと今の我らの敵ではないっ!』

クリスと翼の喚起の声。

『アオさんのしごきに比べたら…』

『いかほどの事もないのデェスっ!』

調と切歌が愚痴る。

「ほ、ほう…」

『調ちゃん、切歌ちゃん、きっとアオさん通信を聞いてるよ?』

と響。

『うぇえぇええっ!?』

『や、やばいのデェス…』


『確かに、あのしごきは…』

『鬼ね…』

マリアと未来。

『ちょっとちょっと、何これ、聞いてないんだけどっ!?』

アルカ・ノイズを引き連れたガリィが悪態をついた。

「イグナイトを使いこなしてる?しかし、どうして…?」

「ランナーズハイと同じような現象が起きているね。興奮物質の過剰分泌。弦十郎さんなら感じた事あるんじゃない?何でも出来る、世界の全ては自分の思いのままと感じ取れる万能感」

「ああ…」

「今の彼女達なら、あの位の相手、敵にならないよ」

「しかし、彼女達の歌、アオくんに対する怨嗟が強すぎないか?」

共感がシンフォギアに共鳴し、彼女達の歌が互いのギアを高めあっていた。

七人の必殺技がガリィを襲う。

『一番乗りぃ…でもっこんなの許容量オーバーぁあああああっ!?』

歓喜の声を上げてガリィは爆散した。

敵を倒した響たちはばたりばたりと倒れこんむ。

「まぁ、かなり無茶をしたからか、だが…」

その顔はやりきった表情だった。

夜はやりきった彼女達の為にアオが直々にその腕を振るったBBQ。

とは言え、付け合せなどはアオがスキニルの厨房で作ったものだった。

「どうして、男のあなたがここまで料理が上手なのかしら…女の尊厳を壊さないでくれないかしら…」

「その意見には甚だ同感だ」

と、マリアと翼。

「うう、でもいつか…」

「絶対上回って見せるのデェス」

調と切歌が言う。

「あたしはそんな面倒なことはしない」

「だったらどうするのデス?」

「食べたくなったらミライの…アオの所に行けば良いだけじゃねぇか」

クリスが言う。

「それはレベル高いかも…」

と調が突っ込んだ。

「しかし、おせーな。響達」

「たしかに、花火の買い足しにしては少し遅いかも…」

クリスの言葉に調も同意した。

「お、帰って来やがった。しかし、未来がいねぇな」

タッタッタッと砂浜を走る響はBBQの現場には目もくれず走り去っていった。

「立花、何か様子がおかしかったな…」

「翼、あとは頼む」

アオはそう言ってクシの番を翼に譲ると響を追いかけた。

「お、おいっ!私はこう言うのは…きゃーーーーっ!火が、燃えてるっ!?」

何故か炎が肉を包み炎上していた。

翼の絶叫をBGMにアオは走る。

しばらく走った所で砂浜でうずくまる響を発見した。

「へいき、へっちゃら、へいき、へっちゃら…」

呪文の様に繰り返す独り言。

「全然平気そうな顔をしていないな」

うつろな顔で見上げた響はようやくアオを捉えた。

「アオ…さん?」

響はその時、何を考えたのか、どう思ったのか、頭が真っ白になっていた響は立ち上がると勢い良くアオに抱きついた。

抱きつかれたアオはそれを抱きとめることなく抱きしめると砂浜に倒れこむ。

「うあぁあああぁああぁぁぁぁ、うあぁぁぁぁぁぁああああああっ」

アオは後ろ頭をポンポンとなでるだけだった。

しばらく、響は泣き続け、ようやく観念したのか、それとも恥ずかしさからか正気に戻ったようだ。

「ああああ、あのっ!その…ごめんなさい…」

「いいさ。子供をあやすのは得意な方だ」

「子供っ!?」

「忘れているかもしれないが。俺は君達よりもずっと年上だ」

「そ、そうでしたね…」

それからしばらく響は黙ったまま、アオは根気良くその沈黙に耐えていた。

「何も聞かないんですね…」

「俺は優しくないからさ。誰も彼も救う事は出来ないし、しないんだ」

「そうなの?」

そして沈黙。

それからポツポツと響は語りだした。

「お父さんに、会ったんだ…」

と。

「二年位前に、わたしノイズに襲われて、怪我をして、奏さんのおかげでどうにか生き残る事ができたんだけど。一人生き残ったわたしに周りの人間は冷たかったんだ。それはもう、ものすごい誹謗中傷をうけた。わたしは元気になれば元通りになるって必死にリハビリをして、帰って来たそこはもう、元通りと言う訳にはいかなかったんだ」

なるほど、とアオは納得した。そして父親が居ない理由も。

「男ってさ」

とアオが言う。

「男ってさ、弱くてかっこ悪い生き物だから、困難にぶつかるとすぐ逃げてしまうんだ」

「何それ…アオさんでも?」

「ああ、俺なんかすぐに逃げるよ」

「えええぇえぇええ!?」

アオの告白がとても意外だったらしい。

「でもね、そんな俺が何とか困難に立ち向かえるのは、いつも強い女性が俺を後押しするからだ」

アオが遠くを見つめていた。

「奥さん、いっぱいいたんでしたっけ?」

「あはは…まぁね…いたたた、何でつねる?」

「何となくですっ」

「強い女性がそばにいるとさ、男は格好よくならざるを得ない。これは男の悲しい習性なんだよ。だから、まず響が強くならないと」

「強く?」

「でも、それは武力が強いって事じゃない。心も強くならなければダメだ。真に強い女性じゃないと男は見栄を張りとおせないからね」

「くすくす、なんですか?それ」

でも、と響。

「女は好きな人がいると強くなるみたいです」

そう言ってギュって抱きしめる力を強めた。

「そっか…ふぁ…じゃぁ俺は寝るわ。ミライに変わるよ」

と言うと彼の雰囲気が変わり、放つオーラがやわらかさを増した。

「もう、勝手なんだからっ!」

アオが聞いていれば勝手はお前だと言っていただろうが、どちらも本人。詮無いことだった。

「ミライちゃん…」

「響。わたしもあの人が言っている意味なんかよく分らないけれど…」

「ううん、大丈夫。伝わったよ、わたしにはちゃんと」

「そう?」

「ミライちゃんもだけど、やっぱり同一人物なんだなって思うよ、アオさんは。本当にズルイ」

「ええええ!?」



……

………

筑波での襲撃、それの撃破は成されたが、それはつまり敵はまだ活動しているという事を現実のもとした。

響の調子は表面上は元に戻ったが…


地下深くある電送線が何ものかの襲撃を受ける事件が発生した。

そんな所を襲う組織は今の所キャロル一派しか考えられず、装者達が急行する手はずとなった。

一番近くに居たのは調と切歌。そして少し離れて響だ。

ミライは一番遠くスキニル管制ブリッジで今全速力で本部ごと急行している所だ。

しかし、先に突入した響の様子がおかしい。いつもの調子が出ていない。

結果、会敵したミカに一撃を貰って戦闘不能に陥った。

「響っ!」

戦闘管制していたブリッジで叫ぶ。

ミカが強烈な炎を撃ち放ち、しかしそれを調がノコギリを巨大化、盾代わりにして防いだ。

しかし押され始める調。

「ちょっと、行ってきますね」

「ミライくん?」

ミライは宣言するとスイッチ。

フっとその姿を消した。

「ダメ、もう…」

「二人とも、がんばったな」

「「え?」」

調と切歌は居る筈の無い人影を見て驚きの声を上げた。

ドコンッと爆発、粉塵が舞う。

ミライの突き出した右手の先に幾重もの防御フィールドが構築され、爆炎を遮っていた。

「だれだ?お前は。シンフォギア装者、なのか?」

と、ミカ。

「ミライ、さん?」

「いえ、この人は…」

「まだミライは権能(けんのう)の制御は俺より上手くないからな。咄嗟では難しいからと引っ込みやがった」

「アオ、さん…でも」

「どうやってデスか?」

「こうやってだ」

そう言ったアオは高速移動ではなく、まるで瞬間移動したかのようにミカの後ろに現われまわし蹴り。

「な!?きゃわっ!」

蹴られて吹き飛ぶ赤いオートスコアラーのミカ。

「ソルっ!」

『スタンバイレディ・セットアップ』

アオが胸元から宝石を取り出すと銀色の竜鎧が現われる。その手には刀型のアームドデバイス。

「それは、そのすがたは…」

「俺がシンフォギアを使うとこいつが拗ねちゃってね」

と言って刀を持ち出したアオ。

そこには待った宝石がピコピコと抗議するように明滅した。

「でも、位相差障壁がっ!」

と調。

ヒュンヒュンヒュンとアオが刀を振るうと切り裂かれ賽の目に散るアルカ・ノイズ。

「神をも殺した事があるんだぜ?今更位相差などに遅れは取らないよ」

「銀に輝く…左腕?」

「まさか、マリアのっ!」

「アガート…ラーム…」

とは言っても、シルバーアーム・ザ・リッパーで位相差ごと切り裂くという力技だった。

「きょわっ!?人間がアルカ・ノイズを倒せるなんて聞いてないゾ!?」

といいつつ両手のひらに有る発射口から高熱のカーボンロッドを撃ち出しアオをけん制。

「それは、勉強不足だったなっ!」

アオはそれを切り裂くと中に詰まったエネルギーをも切り刻んだ。

「にょわわっ!」

そのままアオはソルを振り抜く。

それを手にしたカーボンロッドで受けるミカだが、均衡すら許さず切り裂かれた。

斬と右腕を切り裂かれたミカは不利を悟ったのか懐から小瓶を取り出し割り砕く。

「今日の所は撤退だゾっ!」

「ああっ、転移してしまうデス」

と切歌が焦ったように言う。逃がしてなるものかと思ったのだろう。

「知っているか?日本の格言にこんな物がある」

「なんデス?」

「魔王からは逃げられない…」

「「は?」」

調と切歌の間抜けな声が揃った。

パリンと転移陣がはじけ飛ぶ。

「なにっ!?」

ボテっとアスファルトに着地するミカは驚きの表情を浮かべた。

「これはやばいゾ、奥の手を使うしかないかもだゾ」

と言うと後ろにクルクルと巻いていた髪の毛からバーニアを噴射し、それに伴い出力の上がったミカがアスファルトを蹴ってカーボンロッドでアオに襲い掛かる。

「土遁・土流壁」

アオが印を組み上げて地面に両手を突くと、アスファルトを突き抜けて何枚もの巨大な土壁が現われミカの進路を塞ぐ。

「ちょ、ちょっと、それは卑怯だゾっ!」

それでも止まらずと力の限り土の壁を貫通するミカ。

「NI…NINNJAっ!?」
「DETHっ!?」

驚きのあまりキャラ崩壊をしていた調と切歌をよそに最後の土壁が破られた。

「へっ!?」

ヒュンと何かが一条通り過ぎるとミカの左腕が斬り飛ぶ。

そのままアオはミカの頭を掴むと思い切りアスファルトに叩き付けた。

ドゴンっ

「ぐもぉっ!?」

「つよい…」

「デェス…」

勝敗は付いた。しかし、最後のあがきか、ミカの内部でエネルギーが暴走を始めた。

「まさか…」

「自爆デスかっ!?」

「きゃわっもう遅いゾっ」

「邪気の無いやつは躊躇いもないかっ!」

アオは悪態を吐くと思いっきりミカの胸部に右腕をもぐりこませた。

「ぐはっ!?」

その右腕はコアを直接に握り上げ…そして支配した。

収まっていく発熱。それに伴ってミカの瞳から意思が抜けていった。

ジャラジャラとミカの懐からアルカ・ノイズを生み出す宝石が零れ落ちる。

零れ落ちたそれをアオは拾い上げ、ひと思いに砕き壊した。

「あ…」

「貴重なサンプルなのデスが…」

「解析する、と言う事は同じものが作り上げられるという事だが。必要か?」

ブンブンと首を振る二人。

「響の容態も気がかりだ。はやくメディカルルームへ」

コクリと二人は頷くと撤退を開始した。

先に行った調と切歌は見ていなかったが、ミカの体はアオが回収していたのだった。

響はそのまま検査入院となり、未来が付き添っている。

送電線の破壊から何を手に入れようとしていたのかと言う疑問は、意外と簡単に思いつかれた。

電力の優先供給先を調べていたのだろう。

優先的に電力が供給されるのは国の重要施設。しかし、これは隠された優先施設が明らかになってしまうと言う事実だった。

「と言う事でいいのかな?ミカちゃん」

「いいと思うゾっ!」

コンソールに座ったミライの膝に座っていた誰かがピコンと右手を上げてその通りと言ったのは九歳ほどの赤い髪をした少女だ。

「なっその子っ」

「オートスコアラーっ!?」

ようやくその存在に気がついたのはマリアと翼だ。

「クリスークリスー、おなかへったゾ」

「なっ!?ちっ、これでも食ってろ」

とクリスは飴玉を投げ渡した。

ガリガリと噛み砕くミカ。

「足りないゾっ!もっとっ!」

「もうねーよっ!」

「飴玉ならわたしのを上げるデス」

「きりちゃん…」

「わーい、ありがとうなんだゾ」

と言うと再びボリボリとかじっていた。

「指令っ!」

どう言うことだと翼は弦十郎に詰め寄った。

「アオくんが我々には良く分からない技術で復活させた、オートスコアラーだったミカ・ジャウカーンくんだ」

「オートスコアラー…だった?」

そうマリアが問う。

「見れば分るとおり、以前の彼女のデータと差異が大きすぎます。前者が人形チックだったと言う事実を踏まえて比べてみれば、活動が人間のそれと遜色ないレベルです。微々たる物ですが、経口摂取によるエネルギーの補給まで備えています」

答えたのはエルフナインだ。

「武装の殆どは取り払われ、両腕のギミックも見ての通り、普通の人間と変わりません」

以前の彼女は鉤爪のようだった。

「それで、なんで縮んでいるのかしら?」

とマリア。

「エネルギー消費を抑える為でしょう。もともとミカはオートスコアラーの中で一番燃費の悪い機体でしたし」

「そもそもどうやって動いているんだ?エルフナインの説明ではミカ・ジャウカーンには自身で他者の思い出を奪う機能は備わってないはずだ」

そう翼が問う。

「それは彼女に聞いた方が…」

と、視線を向けられたのはミライだ。

「わたしが供給しているんだよ」

「自身の思い出を削ってかっ!?」

そう怒鳴る翼。彼女の記憶は二年分しかない事を知っていたからだ。

「まさか、そんな事しませんよ」

と首を振って続ける。

「えっと…わたしの中にあるリンカーコアと呼ばれる器官の一部を剥離させミカちゃんのコアに移殖。その体に念字を刻んで霊的パスをつなげて自然に回り始めたリンカーコアにわたしのオーラを割譲させて輝力を合成。それを代替エネルギーに変換させているんです」

「意味がわからない…」

「その子、敵だったのよ?危険はないのかしら」

とマリアが問いかけた。

「使い魔の契約術式も使って復活させてますからね。自由意志を縛るほどにキツクしてませんが…基本、わたしの言葉に逆らえませんし、出力の問題で戦闘行為すらまともに行えません」

「哀れわたしは囚われのお人形になったのだゾ」

「ぜんぜん哀れに見えないのは気のせいだろうか…」

「ミカ・ジャウカーンに分けられたキャロルの人格は無邪気。邪気がない分考えが幼いのかもしれません」

「ほう…では先達が厳しく教育してやらねばならんと言う事か」

と翼が目をギラつかせた。

「しかし、なぜそんな危ないものを復活させたのかしら?」

「相手の目的を聞き出す為だったようだが…ここまでの処置は必要だったのか、俺にもわからん」

と弦十郎。

「それで、指令。肝心の目的とは?」

「オートスコアラーの目的は呪われた旋律の収集、だそうだ」

「呪われた旋律の…」

「収集?」

とマリアと翼。

纏めれば、まず装者のギアを壊し、それをダインスレイフの力を持って改修させ、のろいの混ざった呪歌を自身の身に受け壊される事で譜面として刻み込むと言う事らしい。

それが世界を壊す計画の内容の一部らしい。彼女達オートスコアラーも自分の役割以上の事は分らないそうだ。

「と言う事は…」

と視線がエルフナインに向かう。

「いつか、誰かが言っていた。自由意志であろうが、その行動を操っているかもしれないと。今回の事ではっきりした訳だが…」

「でも、わたしはダインスレイフでのシンフォギア強化を行っていませんっ」

とエルフナイン。

「もう、スコアは完成しているのだゾ」

「何故だっ!話では一人一人収集すると言う事ではなかったのか?」

とミカに問い詰める弦十郎。

「ガリィのヤツが一人で集めきったようなのだゾ。ガリィが爆散した時の呪歌はとてもすばらしいものだったと言う事なのだゾ」

「それは、いったいどうして…」

「コード・イグナイト…モードビーストも結局は制御されてはいますが暴走を基にしたもの。ダインスレイフが放つ闇も聖遺物由来と言う事かな」

とミライが言う。

「そんな中、最高調にアドレナリンを分泌させてハイな状態の七人が一斉にガリィに必殺技を放てば…」

「それで十分だった…と言う訳か…」

「だけど、ワールドデストラクターはまだ発動していません。譜面が揃っているだけじゃダメと言う事なのでは?」

とエルフナイン。

「どうなんだ?」

弦十郎がミカに問う。

「計画の最終段階はキャロル自らが行う計画なんだゾ」

だから知らないとミカ。

「だが、キャロルはもう…」

「キャロルの予備躯体はもう一機あるのだゾ。もうすぐ記憶のインストールが完了する頃合なのだと思うゾ」

「なんだとっ!」

吼える弦十郎。

「敵の親玉はまだ健在と言う事かよ…」

とクリスが独り言の様に締めた。

そして、調査内容から割り出した次の襲撃予測値点は二つ。

一つは異端技術の絶対封印場所として深海に設置されている深淵の竜宮と呼ばれる建物。

そしてもう一つは東京にあるレイラインの最後のくびきがある風鳴邸だ。

この事実を前に弦十郎はチームを分け装者を防衛にあてる事を決定した。

「ミライくんは…」

「あー…はいはい。霊的守護の再配置ですね」

「頼めるか?」

「と言うか、わたし以外には出来ないでしょうねぇ」

「すまん、頼む」

「頼まれたゾっ」

「お前が返事をするなっ」

とクリスがミカに突っ込んでそれぞれ行動を開始する。

ミライが要石の再建に掛かりっきりになっていると、東京都庁直上の空が割れた。

「うにゃっ?きたみたいだゾ」

「ミライさんっ!」

ミカと付き添っていた緒川さんが異変に気がつきミライを呼んだ。

「装者達、皆都庁に向かったようです」

と緒川さん。

「もうちょっと…だから…」

お願い、響…がんばってて。

「わわっ何かヤバイのが来たゾっ」

「ミカ、緒川さんこっちにっ!」

「了解したゾ」

「ミライさんっ」

光の壁が屹立して押し寄せ、触れた物を分解する。

寸での所でミライは二人を連れてジャンプ。どうにか巻き込まれずに済んだようだ。

「しかし、これは…間に合わなかったようですね…」

緒川さんがミライに付き添って補修したくさびはここ一箇所のみ。

だが…

「いえ、全部終わってますよ」

「え?」

レイラインにくびきを穿たれ、東京都庁から穿たれた滅びの光は流れきる事が出来ず逆流する。

「どうやって?」

「どうって…全部の場所に行けばいいだけですよ」

と言ってウィンクをして見せた。

都内の別の寺院にて空を見上げて呟くだれか。

「まったく、我ながら人使いが荒らい」

そう言うとその誰かはボワンと消えた。


都庁直下にて。

「何が、何が起きているっ!?」

ダウルダブラ・ファウストローブを着込んだキャロルが叫ぶ。

対峙する響たち装者の面々も戸惑い顔だ。

「わたしが再び打ち込んだ楔に行き場をなくしたその力が逆流しているんだよ」

「誰だっ!」

「ミライ、ちゃん?」

響が突然上空に現われたミライを見て言った。

「チフォージュ・シャトーが…」

キャロルが嘆くその目の前で、逆流した力で分解して果てていった。

「ああ、父から託された命題が…私の使命が…」

どれだけ彼女が嘆こうが、世界分解の阻止がS.O.N.Gの勤め。

「もうやめよう、キャロルちゃん…」

と響が憐憫の声を掛けた。しかし、それは逆効果。キャロルが激昂する。

「やめようだとっ!?数百の年月を俺はこれだけに費やしてきたのだぞっ!それをっ」

ガクリとキャロルの四肢から力が抜けた。

「…もういい…もう、目の前の全て、消えてしまえっ!」

高まった力をぶっ放すキャロル。

「響っ!」

距離が開いていた為にミライは直撃をのがれたが、響たちは真正面から受けてしまっていた。

「S2CA…ジェネレイトっエクスドラーーーーーーイブっ!」

「まったく…響は…」

ドンとフォニックゲインが渦を巻く。

「まさか、俺の放ったフォニックゲインを利用しただとっ!?」

フォニックゲインの渦が晴れると、中からはエクスドライブモードの響たちが現われた。

「みんな、無事っ!?」

と飛んで駆け寄るミライ。

「まったく、立花は無茶をする」

「えへへ、ごめんなさい」

と翼の叱責にてへへと笑う響。

「エクスドライブ。これ以上はもう…あぁ…えっと」

啖呵を切った割りに尻すぼみになるクリス。

「私達はエクスドライブモードにチェンジしたけれど…」

「ミライさんが…」

と未来と調が言う。

「はっ何を心配してやがる。このバカが一人エクスドライブに置いていかれるようなへまはしねーだろ」

と、クリスが言う。

「自前で限定解除するのは結構疲れるんだけど…」

「疲れるだけで出来るのね…」

とマリアが呆れた。


「しかし、どうやって限定解除に必要なフォニックゲインを集めるのだ?」

そう翼が問う。

「フォニックゲインとは、聖遺物に宿る呪力と大気中を漂う魔素の合成エネルギーの事」

「まて、それは理屈が通らねぇ。フォニックゲインは人間なら誰もが微量ながら持っている物だ」

と、クリス。

「この世界の人間は、先天的に小さなリンカーコア…魔素を貯蔵する器官を持つようです。ランクにすればF。魔導師とも言えない、魔法の一つも使えないくらいの小さなものです。…響たち装者はこれが他の人よりは大きいですね」

と言って続けるミライ。

「呪力とは生命エネルギーの事でもあります。これは人間なら誰でも持っている物。これが少しのきっかけで混ざり合い、共鳴したものが先日のフロンティア事件の時の大量のフォニックゲインの正体です」

では、とミライ。

「シンフォギアとは、呪力の塊である聖遺物に魔力を通し合成させ、爆発力のある第三のエネルギー、フォニックゲインへと変換した力を使う技術。ですが…」

ふっと力を抜く。

「そんな技術。わたしは…いいえ、アオと言う人物は数千年も昔に習得済みです」

「出来るなら、早くやるデス。敵さんはいつまでも待ってくれないのデス」

切歌が急かした。

ミライの背後に何かの文様が現われた。

「輝力合成。紋章を強化っ!合成した輝力を限定解除にっ」

『モード・エクスドライブ』

胸のギアから電子音が発せられるとカシャカシャカシャとミライのギアが変形する。

「コンプリートっ!」

変化を終えると何故か四方からの視線。

「な、なに…?」

「ううん、わたし達が一生懸命限定解除したのをこうもあっさりやってのけられると、ねぇ?」

「うむ…いささか理不尽を感じてならない」

「でも、ミライは理不尽の塊みたいなものですし…」

響、翼、未来が言う。

「ひどっ!ちょっと酷くないっ!?」

「いまさら奇跡などで俺を止められると思おうなっ!」

キャロルが大量の宝石を撒き散らすと大小さまざまなアルカ・ノイズが現われた。

空には母艦タイプまで現われている。

「解剖器官に特化しすぎて位相差障壁は薄い、と言う事は…」

ミライを中心に世界が色を失い、反転していく。

「これは…空間ごと位相をズラしたというのかっ!?」

「正解。わたしたちとアルカ・ノイズだけを取り込んで、世界から切り離した。本来のノイズとは違い、位相干渉能力は低いから出ることは出来ないでしょう」

「バカにしてーーーーーっ!」

キャロルの掛け声と共に母艦から大量のノイズが投下された。

一斉に解剖器官を延ばして攻撃してくるアルカ・ノイズたち。

「征くかっ」

「ええ、いきましょう」

と二人頷き合うと剣を手に突き進む翼とマリア。

「わたし達もっ」

「私達の合体攻撃を見せ付けるのデスっ!」

ギアが巨大化し、元々1柱の武器。合体すると巨大なノコギリと鋏を纏いアルカ・ノイズを切り刻む。

「それじゃ、あたしらもいくとするかっ」

「はいっ」

クリスの両腕のクロスボウが巨大化し、大口径のレーザーを照射する。

それを未来が鏡を操り反射、拡散させてアルカ・ノイズを駆逐していった。

「わっはぁ、負けてられないね」

「わたしは別に負けててもいいのだけれど…」

と言うと右手にあらわしたグングニールを響に投げ渡す。

ドドドンドドドンと何千と居たアルカ・ノイズが爆散していく。

「なぜだ、何故俺の邪魔をするっ!」

キャロルが叫ぶ。

「子供のかんしゃくで世界を壊されちゃ堪らない。しかってやるから頭をだせっ」

ミライの発言が彼女らしくなくなった。

「子供だと?数百を生きる私を子供と、その行為をかんしゃくだと言うお前は何様のつもりだっ」

「数百くらいで粋がるなよ。数千を生きてから言ってみろ」

「数百年の苦しみを子供と言うのなら、もう何もいらない、この記憶も、思い出もっ何もかもっ!だがっ」

バッと取り出した金属の破片のような小さな何か。

「せめて、目に見える範囲だけでも無に帰させようっ!」

ガンとその金属片を胸元へと埋め込んだキャロル。

「キャロルちゃん、何をっ!?」

響が叫ぶ。

「これは魔剣、グラムの欠片。この欠片にて増幅される俺の怒りの憎悪がこの世界を焼き尽くすっ!」

中央からどす黒いオーラが噴出し、キャロルを包み込んだ。

「俺の思い出の全てを焼却して燃やし尽くして力に変えて世界を壊すっ!」

ドンッと衝撃が空間を走り、支配した。

ファウストローブは闇に染まり巨大化。竪琴は巨大な唾さえと、帽子は巨大なアギトへと変わりその質量を増していく。

見る見るうちにその姿を黒い巨大な翼を持った獅子へと変貌させた。

「グラアアアアアアアアアアアアッ」

ドンッ

アギトの先に巨大な黒球が現われる。それは一目見ただけでもかなりのエネルギーを内包させているのが分るほど。

「まずいっ!」

ミライは飛び上がると聖詠をつむぐ。

「Aeternus Hrymr tron」

つむいだ聖詠がギアを変化させると、背中の羽のようなギアをパージ。四方に飛ばす。

結界に張り付いたギアが結界を強化。強固にする。

放たれたソレは新宿の街並みをことごとく破壊し、そして着弾。

「くぅっ…」

フラっと、飛行を維持しきれずに落下していくミライ。

「ミライちゃんっ!」

一番近くに居た響が駆け寄り抱きかかえた。

先ほどの砲撃が合図だったのか、他の皆が攻撃を開始した。

斬り、刻み、撃つ破っても相手の再生速度の方が速い。

「くそっ化け物かってんだよっ」

焦るクリス。

しかもその動きは巨体に似合わず俊敏だ。

クリスの巨大ミサイル攻撃もビルの影に入り込み誘爆を誘うしまつだ。

「ぐぁっ」

「きゃぁっ!」

翼、マリアと吹き飛ばされ。

「マリアっ!」

「マリアっ」

駆け寄ろうとしていた調と切歌も巨獣の尻尾が叩きつけられると巨大化したギアを削られて吹き飛ばされた。

べちょん、べちょんとアギトから漏れる黒いよだれがいつの間にか沼を作り、波紋の様に広がっていっている。

「なんだこれはっ」

パラパラとバルカンを撒くクリスの足元へと迫る黒い澱。

「だめだっ!触れるなっ!」

「クリスさんっ」

未来が横からクリスを抱えて飛び上がった。

ミライは輝力を振り絞ると印を組み上げた。

「木遁秘術・樹海降誕」

アスファルトをぶち抜いて巨木が乱立し、しなるようにして巨獣を追い掛け回し、ついに拘束。そのまま巨木が多い重なるようにして完全に拘束した。

「やったのか?」

と飛びよってきた翼が問いかけにフルフルと首を横に振った。

「あの黒い澱みは何っ!」

マリアが叫ぶように聞く。

「アレはキャロルの溢れる憎悪が呪いとなって漏れ出たもの。そんなものに普通の人間が触れたら一瞬で発狂します」

「それはシンフォギアを纏っていてもデスか?」

調と共に駆けつけた切歌が聞き返す。

「欠片程度の聖遺物じゃ飲み込まれてしまう。それに…」

「それに、なんだ?」

「適合者には聖遺物との隔たりがやはりある。触れればたちまち侵食されてしまうよ」

「なら、わたしは?」

「…私も」

「二人は…」

響や未来はミライと変わらない。完全融合者だ。

「でも、その問答はもう不要」

ミライはいつの間にか左右に剣を持っていた。金色と黒色、二振りの剣だ。

「デュランダル?」

「そっちのは何だ…おぞましい気配を感じるが…」

クリスと翼が問いかけた。

「ダインスレイフ。エルフナインが持ち込んだ欠片から復元したもの」

「それをどうするつもりだっ」

「まさかっ!」

「ネフィリムの時と同じように…」

マリア、切歌、調と声を洩らす。

「だめっ!まだあの中にはキャロルちゃんがっ!」

「何かの犠牲無しに何かを成しえる事はこの世界中どこを探しても有りはしない。これはあの人が数千年を生きて得た真実だ」

誰かの為にと差し伸べたその手の裏側で、結局誰かが泣いている。

「そんな悲しい事言っちゃだめだよミライちゃん。今回の場合はわたしがもっともーっと頑張ればまだキャロルちゃんを救えるかもしれないじゃない」

「響…私も一緒に」

響の言葉に未来が呟いた。

「けど無理。響と未来だけじゃ例え二重聖詠したとしても…お願いだから」

諦めてと言うミライの言葉は翼の言葉で遮られた。

「ならば、そこに私と雪音が入ればどうだ?」

「だから、それは例えわたしが権能を渡したとしても融合者でもなければ権能を十全に使いこなす事は出来ない」

「いつか、私はミライに問うたな。究極の選択を突きつけられてもお前は第三の選択をする、と」

「そうだけど、でも…」

「力が足りないのなら私達がいる。お前は一人じゃない。もっと私達を頼れ」

「かっこいい事いってるけれど、翼じゃ何も出来ないっ」

スパンッ

乾いた音が響き渡る。

「っ!?」

次いで唐突の翼のキス。

「わわわっ!?」

周りが慌てた声を上げる中、翼は唇をその舌で割り入り、反射的に絡めた舌を翼は歯で切りつけ、ゴクリを何かを嚥下した。

「翼、君は何をしたのかわかってるのかっ!」

「分っているとも。ミライの血液を飲み込んだ。お前の血液には強化するものを取り込む性質があるらしいな」

「でも、それは毒だっ!」

「分っているさ、常態ではただの毒だろう。だが、生命の危機には率先して宿主を生かそうとする性質がある…だから…」

そう言った翼は振り上げた拳を思いっきり振り下ろし、胸の中心のギアを叩き壊した。

パリンとギアが解除される。

「翼っ」

「翼さんっ!」

「せ、センパイっ!」

皆が一斉に声を上げた。

ドプドプと胸から血液が滴り落ち…

「あああああああああああっ!?」

ギシギシと全身が軋む音が聞こえる。

埋め込まれた聖遺物が急速に励起、体中を侵食しているのだ。

「バカ、翼っ!」

駆け寄るミライだが、それを翼の手が制した。

「もう、血も流れていない。大丈夫だ…」

「そんな訳…体が作り変えられる痛みだぞっ!それにそれは人をやめると言う事。わたしは翼を犠牲になんてしたくなんてなかったのにっ…」

「これが犠牲だと思うのか…?」

「翼…?」

「これは福音だ。おまえと、ずっと肩を並べて生きていく為のな。つまりは、愛だっ!」

「なぜそこで愛っ!?」

ミライが写輪眼で視ると、もはや手遅れ。完全になじんでしまっていた。

「ち、センパイだけにかっこいい所もっていかせるかってんだ」

「クリス?」

「やり方は分かったんだ。歯ぁ食いしばれっ!」

「クリスちゃん?」

響の制止の声も聞かずにグーパンが炸裂する。

「ぐぅ…んっ!?」

ズギューンとクリスの熱烈なキス。

ゴクリと嚥下する音が聞こえた。

入れ替わりに左右から調と切歌がミライを拘束した。

「ちょ、ちょっと?二人とも…?」

「傷が治りきらないうちに」

「え?」

「それとも、イガリマとシュルシャガナに切り刻まれたいデスか?」

「それはちょっと…と言うか、わたしの血を飲むと言う事は人間をやめるって事だよ?寿命もきっと普通の人間とは違うし、普通の恋愛も出来なくなる」

考え直そうと、ミライ。

「恋愛ならもうしてる」

「このチャンスを逃したらその人に置いていかれるかもしれないデスよ」

「それって…んっ…」

調と切歌に唇を交互に塞がれた。

「それじゃぁ…マリア…」

「マリアが最後デスよ」

パリンパリンとギアを打ち砕き解除した二人が言う。

「私は、あなたが聖遺物をその体に埋め込まれていく所をモニターで見ていた」

「え?」

もう六年も前の話よ、とマリア。

「記憶を無くす前のあなたに私はとても懐いていて、セレナと二人でどちらがお嫁さんになるんだって喧嘩ばかりしていた。でも、あなたはあの実験で暴走。私達の手を振り切って逃亡してしまった…」

そして、と。

「再び出会ったあなたは、もう以前のあなたでは無かったけれど、きっと魂の形が一緒なのね。…だから…」

ぐっとマリアはミライの体に抱きつくと鯖を折るように力いっぱい抱きしめその唇を奪う。

「今度は絶対に離れないわっ」

バリンと自分のギアを打ち壊すマリア。

「みんな、バカばっかだよ…」

「うん、でもそれはミライちゃんだからみんなバカになれるんだよ」

と言ってにははと響は笑った。

再び纏ったギアはエクスドライブの上に権能の二重詠唱。

「これで本当に打ち止め、限界駆動って事だっ」

と吼えるクリス。

目の前の黒い澱みは樹海を侵食、焼き尽くし焦土に変えていた。

「来る…」

「グラアアアアアアアアアアアっ!」

咆哮が一面の空気を揺るがすと樹木は吹き飛ばされ中から凶獣が現われた。その姿は多頭多尾。色々な動物が交反対側にじり合う終焉の獣だった。

「トライヘキサとでも言おうかな」

「何をのんきな…」

と未来が呆れた。

更に黒いよどみから現われる多種多様な生き物達。それは神話に出てくる悪魔のよう。

「あれは呪いが形を持った、動く呪い。殺戮の権化そのもの…」

「つまり?」

と翼が問う。

「遠慮は要らない。ぶっ飛ばしてっ」

「そう言う分りやすいのを待ってたっ!」

クリスがトリガーハッピーばりに銃を、ミサイルを乱射する。

「きりちゃん」

「調、いくのデスっ」

調と切歌が呪いを切り裂いていく。

撒き散らかされる呪いより、彼女達に分け与えた権能の方が呪力が強い。光り輝くシンフォギアの輝きがキャロルの呪いを真っ向から跳ね返していた。

「キャロルちゃんを助ける為にはどうしたらいいのっ!?」

と響。

「わたしはここから動けない」

ミライは足元に巨大な船を作り出すとデュランダルとダインスレイフを格納した。

「エネルギーの集束と、結界の維持が限界。だからっ」

だからっ!

「まっすぐに、最短で、全ての障害物を切り伏せ、降し、排除してあのトライヘキサに風穴をあけて助け出せっ!キャロルは獣の心臓部にいるはずだっ」

「なるほど、確かに分りやすいっ!」

響が駆け出す。

「響が槍なら私は盾。この船は絶対に死守してみせる」

と未来が力強く宣言すると鏡で船体を覆った。

「マリアっ」

「ええ、わかっているわ」

翼とマリアが剣を横に一振りすると暴風と閃光が駆け抜け、一瞬相手の動きが止まる。

「「はあああああああああああああああああっ!」」

ギンギンギン

二人の持つ刀と剣が巨大化。

振り下ろされるとクロスするようにトライヘキサを襲う。

グルンと地面に零れ落ちていた呪いの澱を球体に流動させて防御するが、振り下ろされた刃の日本が吹き飛ばし、それに留まらず本体の一部をもぎ取った。

「ギャオオオオオオオ」

苦しそうにいななくトライヘキサ。

「調っ」

「うん、きりちゃん」

怯んだ一瞬に切歌がアンカーを射出、その体を拘束し反対側で受け取った調と共にその巨体を止め置く。

「ザコの露払いはしてやるっ!」

ドドンドドンとクリスはもてる全ての重火器でフルバースト。響の道を削り開ける。

「あああああああっ!」

翼が、マリアが、調が、切歌がそしてクリスが切り開いた道を一直線に突き進む響。

「グラララララララッ」

ドンとアギトの前に黒球を現し撃ちだすトライヘキサ。

「わあああああああああああっ!」

響はその黒球に臆さずに右腕を突き出した。

「みな、立花に力をっ!」

と言う響の声で利き手を突き出すとギアがパージして響を覆い、巨大化。

「なぜ止まらぬ、なぜ一直線に俺の所へと向かってくる…お前は…お前はいったい何だ、何なんだっ!」

キャロルが堪らず絶叫。

「認めない、認めない、こんな結末、奇跡などと…認めるもかーーーーーーーっ!」

思い出の全てを焼却し、力に、そして呪いに変化させるキャロル。

「奇跡なんかじゃないっ!我がままなわたしに皆が力をくれるっ、最短で、最速で、一直線に向かえと。だから今の私は…体も、心も、全てっ…」

衝突したトライヘキサの攻撃と響の突撃の均衡が崩れる。

「必中っガングニーーーーールだあああああああっ!」

一振りの巨大な槍となって黒球を切り裂き、その刃はトライヘキサを貫いた。

トライヘキサの体を貫通して空中で止まった響の腕の中には幼女にまで戻ったキャロルが気絶していた。

心臓部(キャロル)を穿っても形成された呪いの澱みは塞がらない。

むしろくびきをなくして暴走を始めた。

「みんな、どいてっ!」

と言うミライの言葉に一斉に離れ、ミライの後ろまで飛んでくる。

ミライの前に二つのキューブが浮かぶ。

「最終セーフティ、解除」

二つのキューブが赤く染まった。

「対消滅砲、D×D…発射っ!」

ドウッと白と黒の光が左右の砲塔から発せられると混じりあり錐揉みじょうに螺旋を描くとトライヘキサを貫通。収縮して爆散した。



……

………

ピッピッピとスキニルのコンソールを弾くミライ。

「あたたかいもの、どうぞ」

「あたたかいものどうも、あおいさん」

「それ、魔法少女事変(アルケミックカルト)の事件報告ファイル?」

ミライの開いていたファイルを流し読みしたあおいが問いかけた。

「世界の崩壊を企てていたキャロル・マールス・ディーンハイムは先の事件で死亡。かくして事件は誰の責任かを追及されることも無く…」

カシュっとブリッジの扉が開いて小さな人影が走り入る。

「こ、こらっ!廊下は走ってはいけないのだゾ?」

と後ろから赤い髪の少女が静止する声も聞かずにその誰かはミライに飛びついた。

「パパっ!」

「キャロル…わたしは女性でパパじゃないと何回も言ってるのだけど…」

「……?」

不思議な表情で首をかしげるのはあの事件の首謀者たるキャロルだった。

「思い出のほぼ全てを焼却、力に練成した反動で今のキャロルちゃんには思い出と言う記憶が何にも無い状態だものね…そんな彼女に罪を問える訳がない…」

とアオイさん。

「人としては完全に死んでいましたからね。助け出されたキャロルは歩く事も、考える事も何もかも出来ない状態でしたし」

外装は無事でもそれを動かす基盤が壊れハードディスクも初期化されたパソコンみたいなものだ。

「エルフナインちゃんから思い出の複写技術を用いて最低限人間の生活が出来る程度の記録をインストールしただけの状態ですからね。キャロル自身は何も覚えていませんし、知りませんよ」

「う?」

さわりとキャロルの髪をなでる。

「あ、ずるいゾっ!わたしもなでてほしいゾっ」

と言ってミカも頭を突き出した。

「はいはい」

と言って二人の頭を撫でているとゾロゾロと響達とエルフナインが入ってきた。

「ああっ!?またミライちゃんが二人をかどわかしているよっ!」

「かどわっ…響、変な事言わないでよ…」

「でも事実じゃない」

と未来が冷たく言う。

「いや、これは多分あの人の呪いだよ」

「呪い、だと?」

と翼。

「そう、あの(アオ)はどう言う訳か幼女に好かれる特技を持っていたからね。まあ好かれるというか憑かれるというか…」

「どんな特技だよ…」

そうクリスが嘆息する。

「得意技は光源氏。あぁ自分で言っていて最低ですね…」

「ヒカルゲンジって何?」

生粋のアメリカ人のマリアは分らずと首をかしげる。

「きりちゃん、知ってる?」

「F.I.Sに居た私達が日本の慣用句なんて知る分けないのデス」

調と切歌もハテナ顔。

「なっ…」

実は頭の良いクリスはその言葉自体は知らなかったが、光源氏の物語を思い出して赤面した。

「っ…」

響と未来はどうやら知っていたようでほのく赤い。

「ヒカルゲンジー?」

「……?」

ミカとキャロルは全く分らないと言う顔を浮かべる。

知らない者の視線が一番年長のあおいさんに向くのは仕方が無い事だ。

「えっと…その…そのね?…うーんと…簡単に言えば…」

と前置きを大きく取って続ける。

「可愛い女の子を自分好みに育て上げて、結局自分のものにしてしまう現代日本の隠語の一つなのよ…」

それを聞いてミカとキャロル以外の面々は赤面。

「ヘンタイっ!」

マリアが代表したかのよう非難した。

「あはは…言われてもしょうがないほど彼の奥さん達を思い出すと…ですねぇ…」

「たち?」

「あはは…どうせ、責められるのはわたしじゃ有りませんし白状すると、あの人の奥さんの数は片手じゃ足りません」

「なっ!?」

その言葉に皆絶句する。

「この浮気者がっ!」

「はうっ!?」

翼のデコピンをミカとキャロルを抱えている為に避けること叶わず。

「そんなに奥さんがいて、奥さんどうし喧嘩しなかったの?」

と未来。

「さあ?」

「さぁって…」

「だって、それはあの人の主観ですからね。当事者同士がどう思っていたかなんて分りませんよ。ただ…」

「ただ?」

「家族、ですからね」

と言うミライの言葉に未来とあおいさん以外が顔を曇らせた。

他の誰一人として家庭環境が充足しているとは言いがたい生き方をしてきたからだ。

「まぁあの人の話はここまでにして、響たちの現状の報告と行きましょう」

とミライは話を変えた。

コンソールを弄りモニターに映し出されたのはそれぞれのパーソナルデータ。

比較するとそれぞれに誤差は少数しか確認されないが…

「正しく異常な状態です」

はぁとミライがため息を吐く。

「聖遺物の欠片は既に完全融合して消え果て、骨格がシンフォギアそのものとなっている。更に体全体にパスが形成され細胞一つ一つが…」

「ごめん、ミライちゃん…簡単に言って?」

と、響。

「人を超越した何か。聖遺物が欠片になっても劣化していない事を考えればおそらく寿命も無い。ついでに今のわたしでは元に戻す事は不可能。これはわたしの血の中にあったウィルスのせい」

「ふーん」

「え?感想それだけ?」

「つまりそれってミライちゃんを一人にしなくてもいいって事でしょ?」

と響。

「そうだな、お前一人が皆に置いて行かれる宿命を背負わせる訳にもいくまい」

翼が言う。

「一人ぼっちの苦しみは知っているからな…」

とクリス。

「あなたが皆を気に掛けてくれているのと同じように」

「私達もあなたを気にかけているのデス」

調と切歌。

「観念しなさいよね。こんなに大勢から思われているのだから」

とマリア。

「みんな…」

「でも、正妻は私です」

だが、最後に未来が爆弾を投下。

「ええええっ!?」

驚く響。

「小日向、それについては向こうで話し合おうか」

翼が剣呑な表情で言う。

「構いませんよ。でも私、譲りませんからね」

「あ、おい、ちょっと待てよ二人ともっ」

「あああ、二人とも落ち着いてっ」

と言ってクリスと響が行く。

「調は行かないのデス?」

「わたしはこの隙を逃すつもりは…」

と言ってミライに近づこうとして…

「ほら、私達も行くわよっ、乗り遅れると後でどうなる事か」

マリアが切歌と調を連れて行く。

「セーサイってなんだ?」

「たべもの…かな?」

「二人はしばらくそのままでいて…」

ミライは疲れた顔をしてしばらく二人に癒されていたのだった。 
 

 
後書き
と言う訳でGX編終了です。書きたいもの、やりたかった物は実は大方無印とG編で回収してるんですよねぇ…
原作も無印からGXまでで、暴走→絶唱→エクスドライブで巨獣討伐と言う風に完全にパターン化してますしねぇ…
で、やはりスルーされているウェル博士…入れるところが無かったんです。GXの彼大好きなんですけどね?
今回は二課メインルートでの話でした。二次小説では一番多い所でしょう。後は横道にそれたりFISに居たりとかでしょうか。本来変化球な話が多いこの作品、だけどシンフォギア二次って余り見かけませんしねぇ…と言う訳で今回はこんな感じに。
しかし、シンフォギア名言の一つ、「なぜそこで愛っ!?」が使えたから満足です。
外伝ミライ編は…次はシンフォギア四期が終わってからですかね?もしくは何かとクロスか…まぁいつもの如く全く書いてもいないんですけどね…
シンフォギア三期を見終わった勢いのまま書き上げたので完全燃焼中です。次はいつになるやら…
 

 

外伝 クロスアンジュ編

 
前書き
年内最後の更新です。初めてのロボットもので拙いですが、楽しんでもらえれば幸いです。 

 
そこは照明が少ないのか暗く周りを十分に照らしてはいないが、コンソールからの照り返しを光源に含めるともう少し明るい。

色々な機械が立ち並ぶその中心に一人の女性がコンソールを操作していた。

「完成、ね」

無心針に緑色の液体を入れ軽く揺するとチャプリと音を立てる。

注射器のトリガーに指を掛けると首筋に押し当てる。金属の冷たい感触に肌が少し震えた。

いや、それは本当に肌の振るえだっただろうか。

引き金を引こうとした瞬間、彼女の後ろから声が掛けられる。

「それをどうするつもり?」

この場所には似つかないような少女の声だった。

「あなた様は…」

女性にはその彼女の存在が何であるか分ったらしい。

「そんなもの(LiNKER)を投与したらどうなるか、分らない君じゃないでしょう?」

「ええ。だからこそ、よ。今の地上は人間が生きるには過酷過ぎる。だったら遺伝子の方を改造するしかないじゃない」

「まあね。でももうちょっと待って」

「あなたは人類に全滅しろって言うのっ!?」

その言葉に少女はふるふると首をふった。

「さっき皆で話し合ってね。わたし達でどうにかしてみようって事になったよ」

「え?」

「アウラ。君には特等席を用意してあげる。わたし達の最後のライヴ、特等席で見て行って」

少女は強引に女性の手を取り研究室から連れ出した。

一瞬の内に彼女の視界が切り替わる。いつの間にかどこか通路のような所に彼女は立っていた。

暗く狭い通路を抜けると甲板に出る。どうやらここは艦上のようで周りに漣が聞こえている。

「ああ、月が綺麗だ」

少女が呟く。

「おそーい」

「まったくだ」

「あなたはいつもそう」

甲板の上には数人の少女が待っていたらしい。

「ゴメンゴメン。でも歌は誰かに聞いてもらうもの。わたし達の最後の歌だもの、一人くら観客が居てもいいじゃない」

「まぁ…」

「そうだな」

アウラを案内してきた少女の声に他の少女は一様に頷いた。

アウラは驚いていた。今の地上は人間の生きていける世界ではない。それなのに今自分は見えない何かに守られて地上に出ていた。

先ほどの少女の声を思い出しアウラは空を見上げる。

そこには月が燦々と輝いていた。

久しぶりに見る月。

月を回るリングが美しく輝いていた。

大昔は月にリングは無かったらしい。資料映像にしか残らない、はるか昔だ。

なんでも落下する月の破片を砕いて今の形に押し留めたらしいと言う事しか資料にはない。だが、それを成しえたのが誰か、アウラは知っている。

アウラの目の前の少女達は輝く装甲を身にまとい、背中には光る翼を現していた。

「それよりほら、早くやるデスよ」

「歌が世界を滅ぼした、なんて…わたし達が許せるはずが無い」

そう、かつて世界を救ったのが歌だったのなら…世界を滅ぼしたのもまた歌だった。

アウラは振り返ると彼女を連れてきた少女もまた、いつの間にかプロテクターに身を包んでいた。

「いろんな事が有ったけど…」

「お前といられた時間はとてもあったかくて」

「とても愛おしくて」

「例えこんな終わりだとしても」

「それはキラキラと輝いて」

「でも、だからこそ」

「この星にいる人たちにも」

「等しく明日が来るように」

末期の言葉はあまり多くなく。彼女達はすでに受け入れていた。

彼女達の纏うプロテクターから旋律が紡がれ始める。

「こ、これはっ!?どうしてっ!!」

アウラにしてみれば驚愕に値する、嫌悪する旋律。

それはこの星を破壊しつくしたものだったからだ。

しかし少女達はアウラのその驚愕に止まる事無く彼女達は歌う。

それは彼女達の持てる全てを燃やす…

絶唱

「これは…違う…?」

彼女達の歌う唄。それは優しさに包まれ、星に満ち、風を通り世界をかける。

命を燃やすその歌は汚染を浄化こそ出来なかったが、新たなサイクルを生み出した。汚染は世界のサイクルに組み込まれる。だが、そこまでだった。

「ここまで…かぁ…」

「まぁ、あたしらって壊す方が得意だからな」

「世界丸ごとの再生はいくら権能込みのシンフォギアでも難しい、か…」

「出来れば来世もあたなと一緒に居たいけれど…」

「あら、いいわね。どこかの誰かさんの作った後宮でバッタリ、とか?」

「もうちょっとドラマティックな再会がいいです」

「それに次が有るなら、会ったった事のないライバル(あいつの嫁)に会えるって事だろ?今回は不戦勝だったが…」

「いつかの時代、いつかの場所で、会えたら素敵だね」

「それじゃあ」

「それを楽しみにして」

「私達は消えるデスよ」

「またね……ぉさん…ぃちゃん」

少女達は一人、また一人と光と消えて…そして、最後の一人がすまなそうに顔をゆがめた。

「ごめんね。わたし達の命を使ってもこれが精一杯みたい。後はやっぱり、君に任せるしかないみたいだ」

「そんな、…あなたが謝る事はありません。後は私達が何とかします。ですので、良い旅を」

アウラは自然と流れてきた涙でクシャクシャになりながら言葉を返した。

「でも、心配だから…そうだな…これを」

少女は光り輝くなにかをアウラに渡した。

「これは?」

「それを使えば、いつかの時代、いつかの場所から、わたしがきっと現われる。それはわたしかもしれないし、私かもしれない。世界に混沌をもたらす災厄になるかも分らない。だから、どうにもならなくなった時まで使わないで。でも、それがきっと人間をやめてしまう君に送るわたしからの餞別」

「わかり…ました…ありがとうございます…」

「うん…それじゃあ…いつかの時代、いつかの場所で…運命の交差路で、また」

「はい…いつか」

そう言って少女は光と共に消え、世界には一匹の巨竜が生まれた。



……

………

意識が覚醒する。

まぶたを二、三まばたかせ、上体を起こす。

体が思うように付いてこない。

ゆっくりと何とか上体を上げると床を弾く足音が聞こえ、数人が自分を囲むように駆けつけたらしい。

「目が覚めたか?」

視線を向ければ何やら軍服を着た女性と高級なスーツを着た女性が見えた。

「ここ、は…」

「アルゼナルの医療病棟だ。お前はドラゴンに撃墜されて意識不明のまま一月も眠っていた」

と軍服の女性。後にジルと言う名前を知った女性が言った。

「ねむって?」

と呟く少女。

「あなたの現状認識を答えなさい」

もう一人の女性、これも後でエマ監察官であると知った彼女が問いかけた。

少女は問われるままに答える。

「目を開けたらあなたたちが居ました」

ジルの視線が吊り上げられる。

「おまえ、ここがどこで、自分が何ものなのか分っているか?」

と言う質問。しかし少女は答えることが出来ない。

「記憶喪失か」

「そんなっ」

ジルの言葉にエマが驚きの声を上げた。

「ちっ、誰かコイツに現状を教えてやれ。身の振り方はその後だ」

ジルは舌打ちし、エマをつれて病室を出て行った。

変わりに入ってきた女性、この病棟の主治医でマギーと名乗った彼女からこの場所での常識を教え込まれた。

ここは兵器工廠(アルゼナル)と言い、「Dimensional Rift Attuned Gargantuan Organic Neototypes」通称ドラゴンと呼ばれるどこから現われるかも分らない化け物を倒す為の前線基地であり、ノーマ達の隔離施設であるらしい。

ノーマとはマナと呼ばれる人種から一定確立で生まれる突然変異種らしく、女性しか生まれないらしい。

マナとは高度に情報化されたシステムにマナを通して繋がり魔法のようなものを使える人間達の事であり、このアルゼナルに送られてくる人間は逆にマナは一切使えずに逆にそのマナを壊してしまう存在で、大多数のマナと呼ばれる人間からは脅威として認識され隔離されるらしい。

ノーマはこのアルゼナルに送られ、ドラゴンを倒す兵器としてのみその存在価値を認められる消耗品。

大雑把に言えば魔法が使える大多数の人間がマナ、魔法が使えない人間がノーマと言う事だろう。

ノーマはパラメイルと呼ばれる兵器を用いドラゴンを狩る。それがここでの常識で、この世界での当たり前であった。

記憶を取り戻す前のアオはそのドラゴンを狩る兵器、パラメイルの操縦士、メイルライダーと呼ばれる職種についていたらしい。とは言え、初陣前の訓練で不幸にもドラゴンに襲われて撃墜してしまったらしいが。

ノーマである自分はこの世界での居場所はこのアルゼナルだけみたいだし…どうするか…

幼年期を過ぎた自分には兵役が課せられ、アルゼナル独自ではあるが貨幣システムの中で生きていかなくてはならない。

しかし、覚醒したばかりのアオには全く見に覚えの無い事だが、撃墜した機体の損害賠償金や入院費などで莫大な借金を抱えていた。

一億キャッシュって…どうやって稼げばいいのだろうか…

はぁとため息が漏れる。

一番稼げる仕事はドラゴンを狩る事。もちろん死ぬ危険性がある分報酬も高い。

それはもう桁がおかしく感じるほどに稼げる。…自分のパラメイルが有れば。

…アオの全く覚えていない所で支給されたパラメイルは大破してしまったらしい。

二三日、アオは常識なんかを教えられたが、生活常識を失っていなかったと言う事で後は司令官の判断を待っている状態だが、その司令官にしてみてもアオをどう扱えばいいのか捉えられずに居るのだろう。特に命令が無いままに時間ばかりが過ぎていく。

やる事が無いのでアオは格納庫に足を向けていた。

この基地にはそこまでの機密性は無いらしく、割とどこでも足を運べる。情報を得たとしてもこの島を出ることが出来ないのなら隠す必要も無いと言うことなのだろう。

格納庫にはパラメイルが何機か止まっていた。それは戦闘機のようでもあり、しかし変形すると人型になるらしい。

「これって…」

それは記憶に新しい苦い記憶。

「ラグナメイル…」

世界を壊した災厄がそこにあった。

「でも…これは劣化コピーか…」

そこにあったのはガワだけ一緒の模造品。本来の威力を発揮しえないデッドコピー。

♪~♪~♪~

歌が聞こえる。

どこか物悲しい歌声。

しかしそれはかつて世界を破壊した歌。

だがアオはその歌声に込められた歌い手からの感情をもろに受けてしまう。

歌い手は一人パラメイルの操縦席に背を預けていた。

アオの居る場所からはチラリチラリと短い金の髪が揺れるのだけが見える。

日本語で歌われる歌についアオも返してしまった。

♪~♪~♪~

驚きに見開いて左右を見渡しデッキ下を歩くアオをようやく見つめたのだろう。アオは遮蔽物があって彼女の顔を確認できなかったが歌は続いた。

輪唱するように歌を紡ぐが終わりはすぐにやってくる。

そう長い歌ではないのだ。

歌い終わるとヒュッと風きり音だけを響かせて金髪の女性がコクピットから降ってくる。

アオはその姿を見て戸惑った。

「フェ、フェイト?」

少女は無言でアオに駆け寄るとアオの腕を取り固めるとそのままデッキに転ばし、自分は体重をかけてアオの上に乗っかった。

「なぜあなたがミスルギ皇家に伝わる永遠語りを知っているのっ!?」

「ちょ、いきなり何てことをするんだよ。フェイト」

「あなた、何を言っているの?」

「痛い…んだけどっ!」

アオは無理やり膝を曲げ甲板を蹴ると二人分の体を跳ね上げ、甲板を転がり二人で主導権を握りながら互いを拘束する。

どうにかマウントを取ったアオはその少女の両手を取り押さえ込んだ。

「フェイト、では無いの?」

「はぁ?人違いよ」

少女は呆れた顔をした後に険しい顔を作ると全力で否定した。

「私は…」

そこで何かを思いつめたような、それでいて悟ったような顔になって続ける。

「私はアンジュよ、…ただのアンジュ。あなたは?」

「アオ、だよ。一応ね」

「アオ、ね」

グググと力を強めて拘束を抜けようとするアンジュ。

しかし念で強化しているアオを力で抜くことは出来ない。

「それより質問に答えて、なんであなたが永遠語りを知っているのっ!」

「とわがたり…か…そんな名前が付いたんだ、この…世界を滅ぼした歌に…」

「え…?」

「なんでもない」

そう言ってアオはふるふると首を振る。

「君は…うん…やっぱり彼女に似ているよ」

アオはそう言うとアンジュの上からどいて立ち上がった。

「質問に答えてっ」

「知っているから、としか答えられないよ。わたしもまだ混乱しているからね」

一応記憶喪失であると言う診断結果もある。

「そう言えば、第一中隊にもう一人居るって言ってた、あなたが…?」

「らしいよ。絶賛記憶喪失中だけど」

「なによ、それ…?」

バカな物言いにアンジュの険も取れかかる。

「まあいいわ。何か思い出したら教えなさい」

「…くっ」

かなり高圧的な言葉にアオは思わず笑ってしまう。

「な、何がおかしいのよっ!」

「いや、ゴメン何も。あまりに…そう、あまりに似合っていて、似合わないから笑ってしまった」

ゴメンと謝るアオ。

「はぁ?意味が分らないわ」

それはそうだ。

似合っていて、似合わない。どっちなんだと言う話だろう。

「あはは、そうだね。でも、そう感じたんだ。…なんでだろうね?」

「し、知らないわよ、バカっ!」

何かに感じ入る事があったのか、アンジュの頬に少し朱が射していた。

「それと、私にあまり喋りかけないで。あなたも隊の中で浮きたくはないでしょう?」

急に真剣な表情で言う。

「ふむ…どうしようね?」

「あなたっ!」

「こう言う時、記憶喪失って便利だよ。自分の交友関係が全てリセットされている。だからわたしが誰と話そうと、誰と仲良くなろうと自由だろう。スタートラインは皆一緒なんだから」

「それでも私はやめなさい。もし、万が一記憶が戻った時にひどい目にあうのはあなたよ」

「そうだね。でも残念ながら今回は前回とは違うさ」

「はぁ?だから、意味が分らないわ」

心底訳が分らないと言うアンジュ。

「とにかく話しかけないでっ、良いわね」

言い捨ててデッキを出て行くアンジュ。

「やれやれ、どうしようね…」

アオは困り顔で見送った。

「に、しても…」

振り返ったアオの表情は険しい。

「ラグナメイル…」

見上げた先にあったものはアンジュのパラメイル。『ヴィルキス』だ。

「と、言う事はここはあの世界なのか…?」

スゥとひんやりとした船体に触れると一瞬ヴィルキスが輝いた気がした。


さて、アオの現状の確認をしよう。

念能力は確かに使える。しかし権能を感じない。

体の内側に眼を向ければ聖遺物のエネルギーも感じず、一番肝心のソルがいない。

どんな召喚術式を使っても現われず。

他の技能も有ったり無かったりとつぎはぎだらけのハンカチのよう。いや穴だらけ、と言った方が適切かもしれない。

「と、言う事は…まいったね…」

アオは現状を確認するとそう一言呟いた。

「まぁしょうがないか。そう言うことも有るってことだろう。まったく迷惑なヤツだ」

アオはデッキを抜けると廃棄物施設へと足を向ける。

そこには幾つもの使えなくなった兵器がまとめて置いてある。原形をとどめているものは少なく、直すよりも新しく作った方が早いレベルに破損しているものばかりだった。

「そこで何してるの?」

と声を掛けてきたのは髪を左右で短く纏めている少し小柄な少女だ。

「ここにわたしが落っことした機体があるって聞いたんだけど」

「ああ、そういや確かに有ったね。えっと」

そう言って案内された所に有ったのはパラメイルの操縦席だけだ。

「パーツは全部他の機体にまわしちまった。当座必要なかった為に余ったのはシートだけだな」

「おおう…」

何気にひどい扱いである。まぁ撃墜されてほぼ植物。意識が戻ったのが奇跡と言う状況では命があっただけでもうけ物位に思っておかなければいけないのだろう。

「ここにあるのは好きに使っていいの?」

「あぁ?ここのガラクタをか?別に構わないけど…まさか、作るのか?パラメイルをっ」

「借金のある身は辛い…あのノーマ飯を食えと言われれば誰でもお金を稼ごうと思うようになるさ」

ノーマ飯とはここの食堂で配給される生きる為に必要な栄養が取れる完全栄養食で、見た目、匂い、食感全てにおいておおよそ食欲をそそられる要素を感じない。

「…まぁ、好きにするがいいさ。でも、わたしは無駄だと思うけどね」

そう言い置くと少女は歩き去って行く。

「さて、やりますか。誰かの手ほどきでパッチワークは得意だ」

小さかった誰かの顔を思い浮かべた後アオは作業に取り掛かった。

パーツを集め、やはり金髪の誰かから教わった錬金術を使い足りない所を埋めていく。

「と言うか、壊れているけれどわたしにしてみれば宝の倉庫か…魔法世界とかファンタジーまみれなはずなのに何でかこっち系の技術は割りと多いんだよねぇ…インフィニットストラトスの延長でどうにかなりそうだし」

そうとは分っていないが、やはり機体の運営の基本は脳波コントロールだ。アクセルやスラスター操作位しかコックピットで出来る事はない。

実際パイロットスーツから伸びるプラグをコックピットに指すことにより擬似的に同期させている。

ゴミをあさると色々と見つかった。

「と言うか、明らかに設計ミスな部品が多々あるのはどう言うこと?」

可変型のスラスターかと思えば取り外し可能なビーム兵器なのだが、これ、どうやって操るつもりだったのだろうか。と言うか普通は浮かないし、この程度の推進力じゃ浮き続けられないだろう。

ああ、いや、マナは魔法を操るのだったか。ならば浮かせることくらい出来るのだろう。しかし、ノーマには不可能だ。

「脳波コントロール兵器…えっと…」

そう言ってアオは古い記憶を思い出す。

「ファンネル…いや、ドラグーンかな。このままじゃ使えないけれど…小型のPICと組み合わせれば…パラメイルの動力自体はドラグニウム反応炉に近いから…」

ドラグニウム反応炉。

それは旧文明を破壊したエネルギー融合炉。それ自体は無限にエネルギーを放出する。しかし、意図的に推進剤には廻されていない。これはアルゼナルからの逃亡を阻止する為で、推進剤だけは別のエネルギーで動かし、出撃には往復分の燃料しか積まないらしい。

けれど、中を見ればそれはドラグニウム融合炉ではなく…

「結晶、か」

そこには小さな結晶が埋まっていて、それが巨大なマナを溜め込んでいた。

そう、溜め込んでいただけだ。実は推進剤以外も消耗品だったらしい。

「融合炉は後回しかな…まずは形くらいそれらしくしないとね…」

ドラグニウムと言っているが、アオに言わせれば魔力融合路。クリーンエネルギーのはずだった。

事故さえなければ…

数日、そんな感じでアオはパラメイル作りに精をだす。

そんな時、ふと思い出したようなタイミングでジル指令から呼び出しがかかり司令室へと招かれた。

「失礼します」

「ふむ、来たか」

アオが訪れたブリッジ。来訪者は珍しい事ではないのだろう。ブリッジクルーは特にこちらに気を向けることなく仕事を続けていた。

「体調の経過はどうだ?」

「問題ありません」

ジル指令の健康面への問いかけに大丈夫だと返す。

実際落ちていた筋力も一般人程度には戻っている。

「そうか。なら、お前に指令を与える。本日現時刻をもってお前にはアンジュとペアを組んでもらう」

「はあ?」



……

………

そう言えば第一中隊の人達とはまだ会っていなかった。

アオの記憶喪失を加味して隊長であるサリアから隊員の紹介をされる。

まずは隊長であるサリア。

紫の髪をツインテールに纏めている。勝気の目が印象的だ。

少し若いヴィヴィアンと呼ばれた小柄な少女、保母さんのような雰囲気を纏うエルシャ、内に闘志を秘めたようなヒルダとその取り巻きのようなロザリーとクリス。そして…

ムスッと言う表情を崩さない金髪の少女。

「なに?」

「いや、べつに…」

取り付く島も無い対応はアンジュだ。

「本日付でアオには第一中隊に復隊、アンジュとペアを組んでもらう事になったわ」

「はぁ?何よそれ、必要ないわっ!」

「ジル指令の命令よ。聞き分けなさい。不服だったらジル指令に直接言って。多分無駄だと思うけど」

「ぐぅ」

ジル指令の高圧的な態度に覚えがあるのか、流石のアンジュも押し黙った。

「でも、ペアってどう言うこと?こいつとペアでフォーメーションを組めとでも?」

虫でも見る眼でアンジュが睨む。

「そうじゃないわ。だいたい、アオにはまだパラメイルが無いもの。あなたはこいつとタンデムを組んでもらう」

「タンデム?」

格納庫に走るアンジュを追いかけて到着する。

すると、その目の前でアンジュの機体であるヴィルキス、そのシートが改造されていた。

コックピットの後方にバイクで言うタンデムシートが付けられてあり、左右にレーダーなどの計器コンソールが付け加えられている。

「ちょ、ちょっとっ!今すぐ改造を止めなさいっ!」

アンジュが整備兵にとっかかる。

「と、言われてもね。これは指令からの命令。逆らうわけにはいかないんだなぁ」

と、以前にアオも会った事のあるあの髪を両サイドでアップに纏めた小柄の少女、メイが部下でアンジュを取り押さえ、その間も作業を止めない。

「それに、もう殆ど終わってる」

「くっ…」

悔しそうに顔をゆがめるアンジュ。

結果は変えられないと分ったアンジュはアオを振り返りキツい表情を作り吼えた。

「いい、私の邪魔だけはしないで。出撃するなら遅れてきなさい、いいわね」

「ああ、置いていくのね…」

それだけ言い置くとアンジュはツカツカと格納庫を出て行った。

「ああ、丁度いいわ。タンデムコンソールの使い方を教えるからこっちに来て」

「あ、うん」

メイの言葉に従ってヴィルキスの元にやってくるとタンデムシートに跨る。

「これがレーダー、それからこっちが…」

「ああ、いやだいたい分る」

ピッピッとコンソールを叩くと自分の手の届く位置にパネルが伸びてくる。

「へぇ、おどろいた。記憶喪失だって言ってたけれど、そう言うことは覚えているんだ」

「あ、うん…そうみたい…」

アオは笑って誤魔化した。

午後ははじめてのパラメイルシミュレーター訓練。

シミュレーター室で簡単にパラメイルの操縦を教えられると取り合えずやってみろとの事。

バイクのような操縦席に跨りアクセルに手を掛ける。足元のギアペダルはスラスターの制御のようだ。

「わぁ…」

シミュレーターとは言え、加速と共にGが係り、風が流れる。四方のスクリーンには3Dマッピングされた空が広がり、まるで空を飛んでいる様。

そこに騎乗Aのスキルが遺憾なく発揮された。

スラスターを吹かし機体を操ると高度を上げる為に上昇、更にそこから下降。地面すれすれで機首を持ち上げ旋回。

エルロン・ロール、インメルマン・ターンと目まぐるしく回る高難度技を遊び半分に決めるといい汗をかいたとシミュレーターを出る。

バシュっとシミュレーターのハッチを開き、外に出るとあっけに取られた顔をしている第一中隊の面々。

「…どうか、した?」

アオが見渡すと、皆視線を外して曖昧な答えを返す。

「いや…なぁ?」

「うん…」

「おいおい、どうなってやがんだ?」

とはヒルダ、クリス、ロザリー。

「あらあら」

「すっげー、アオってすごいんだね」

とはエルシャとヴィヴィアン。

「…まぁ、初シミュレートでこの成果なら問題ないわ」

と冷たいような合理的な答えはサリアだった。

「…コックピットで漏らされるよりはいいわね」

「漏らしたんだ?」

「……っ!!ふん」

アンジュは顔を真っ赤にして怒った風に出て行ってしまった。

「おいおい、そいつはひどいな。大抵の新兵は吐いたり失禁したりするものだ。…てぇ…なんであたしがイタ姫さまの肩をもってんだよっ」

言葉にして、なぜか最後に怒り出したヒルダ。

「イタ姫って?」

「アルゼナルに連れてこられても自分が高貴で崇拝されるべき人間(マナ)だと思っていた勘違い女にはぴったりのあだ名だろう?」

ヒルダはいやらしく口角を上げるとニヤつきながら答えた。

「しかし、あんたもついてないな」

「何が?」

ヒルダの言葉に問い返す。

「あんた、死ぬよ」

「おい、まてよヒルダ」

「…まって」

ヒルダはそれだけを言い置くとロザリーとクリスを連れてシミュレーション室を出て行った。

ヒルダやロザリー、クリスはどうやらアンジュに何か腹にイチモツ抱えているようだ。

「何かあったの?」

アオのその問いかけに困った顔で答えたのはエルシャだ。

「アンジュちゃんが入ってきたばかりの時にね、アンジュちゃんだけのせいとは言えないのだけど、新兵二人とその当時の隊長が亡くなってるの」

それから少しの会話でようやく現状を認識した。

ああ、なるほど。つまりアンジュのせいで殺された人間がいるのに仲良くなんか出来るか、と言う事か。

しかし、このアルゼナルと言う場所での認識では、墓石を買い弔った彼女の贖罪は済んでいると認識されるらしい。

とはいえ、彼女達も心のある人間だ。難しいのだろう。



いろいろとすれ違ったままドラゴンが現われる前兆であるシンギュラーが観測され、第一中隊に出撃命令がくだる。

ヴィルキスのタンデムシートに跨ると遅れてアンジュが飛び乗った。

「なんで来たの?」

「仕事だから、かな」

「…ちっ」

あ、コイツ舌打ちしやがった。

「アンジュ機、出ます」

スラスターが噴かされると滑走路をすべり空中へ。

風を切る感覚が気持ちいい。

「お前も災難だよなぁ。イタ姫さまとタンデムなんて。せいぜい死なないように気をつけな」

と隣を飛んでいるヒルダの言葉。

「…ちっ、羽虫が」

うわぁ、アンジュ口悪い…

「大丈夫。そう簡単には死なないよ」

「あんた…」

アンジュが呆れたようにボヤいた。

こんなに死が身近にあり、ノーマなんて消耗品だとでも言うように次々に死んでいく。そんな日常の中に『死なない』なんて言葉ほど信用できないものは無いのだろう。

目の前にはシンギュラー…門のようなゲートから大量のドラゴンが出てきて襲いかかってくる。

サリア隊は散開して各個撃破となったのだが…

ボフンッ

「なっ」

「おや?」

煙を噴いて落下していくヴィルキス。

「くそっ」

途中で戦闘機形態(フライトモード)から人型形態(アサルトモード)へと変形し、襲い掛かってくる小型のドラゴンを相手取るが、あっけなく落水。幸い、下は海だった事とスラスターによる落下速度の減衰で墜落死は免れたが…目の前には絡みつくドラゴン。

「こ、このっ!」

アンジュは必死にペダルを踏み、操作グリップを引き絞るがなれぬ海面にどうする事もできず…さらにはコックピットに浸水してくる始末。この決戦兵器、密閉性は無いらしい。

「あー、これはダメかも…」

「何諦めてるのよっ!私は、こんな所で死にたくなんて無いっ!何をしても、どんな事をしても生きるっ!」

アンジュのその力強い言葉にアオは眼を見開くとニヤリと笑った。

「強いね、アンジュは」

「クソっ!このままではっ…」

しかし無情にも海水はコックピットを埋め尽くして…

「じゃぁ、生き残る為に頑張ろうか」

アオはタンデムシートから身を乗り出すと、気を失いかけているアンジュの上からグリップを握る。

そのままスラスターを逆噴射させると海中へとまとわり付くドラゴン諸共に沈みこむ。

「な…何を…か、かはっ…」

と言う言葉を最後にアンジュは海水を呑み込み意識を失った。

アオは海中で呼吸ができなくなる事を恐れたドラゴンが引き離されるのを待ってスラスターを噴射。一気に海中へと出るとコックピットのハッチを開き、排水。

ヴィルキスは仰向けに海面を浮いていた。

金属の様に見えるパラメイルだが、浮力を得る構造になっているのかスラスターを弱噴射させるだけで沈みきる事はなかったのだが、いつまでももつものでもない。

トンと一撃背中からアンジュの肺に刺激を与えると勢いよく海水を吐き出した。

「はっか…はぁっ…」

アンジュは一度大きく深呼吸した後再び気絶した。

「さて、どこか陸地はっと…」

アオは目視で四方を見渡し何とか陸地を見つけるとスラスターを噴かし陸地を目指す。

どうにか陸地に流れ着くとアンジュを抱え起こし浸水するヴィルキスから飛び降りる。

「目立った外傷は無いし呼吸も安定してる。命に別状は無いけど、体が冷えたな」

幸い、浜辺からすぐに森がある。生木は燃え難いが、何とか火床は確保出来るだろう。

問題は…

「そこでこっちを覗いているやつ、出て来い」

アオは森の茂みに声を飛ばした。

「出てこない、か?」

ガサッ

草木が擦れる音。だがそれはアオが視線を向けた方とは逆から聞こえた。

「ガァアアアアアッ!」

現われたのは一番小さなタイプのドラゴン。

「あぶないっ!」

と声を出したのはアオが視線を向けていた茂みから現われた男だった。

「グルルルっ!グラァっ!」

「う、うわーーーーっ!?」

ドラゴンが尻尾を一振り。しなった鞭の様に振るわれた一撃で男はあえなく撃沈。気を失った。

「まてっ!」

「グラッ」

男を食い殺そうと飛び掛るドラゴンに向かって大声で威嚇。アオの威圧を込めた言葉にドラゴンは静止し、こちらを向いた。

「誰がこの場で一番強いか、分るよね?」

「…グ、グルゥ」

「おすわりっ!」

「グッ、グル…」

ちょこんと砂浜に座ったドラゴン。少しシュールだ。

ペタペタとドラゴンを触ると、トカゲのような変温動物ではなく、きちんと体温が通い、ほんのりと暖かい。

「ふむふむ…」

それを確認するとアオはアンジュの濡れたパイロットスーツをひん剥くとドラゴンに寄り添わせた。

「グ、グルゥ?」

「このままじゃ風邪を引きそうだ。あっためてやって。食い殺したりしたら…分るね?」

コクコクとドラゴンが頷いた。どうやらこちらの言葉は分かるらしい。

「まいったな…意思の疎通が取れそうな生命体だとは…戦い難い。まぁ、命令されれば殺さないとだけれど。今は特に戦闘中でもないしね。それと…わたしはドラゴンは嫌いじゃない」

アオのその言葉をドラゴンは不思議そうに聞いていた。

薪を拾ってくるとアオは炉を作り誰も見ていない事をいい事に(ドラゴンは見ていたが)口元に指を持っていくと息を飛ばすように火の粉を飛ばして着火。それを囲むように暖をとる。

パチパチと燃える薪の音だけがその場に響く。

ドラゴンはアンジュを抱えたまま寝転がると腕を開きアオを誘った。

どうやらアオも暖めてくれるようだ。

「それでは、お言葉に甘えて」

アオは濡れたパイロットスーツを焚き火の近くに吊るすとネコの様に丸まるドラゴンに身を預け、震えるアンジュを暖めるように抱いた。

ほんのり暖かいドラゴンの熱が眠気を誘い、少しの時間で眠りに付いたのだった。


一夜明けて、一番最初に気がついたのは意識を失うのが一番早かったアンジュである。

「ここ…は…」

暖かい何かに包まれているのは分るが、前後の記憶が繋がらない。

たしか自分はドラゴンとの戦闘で海に落下して、そして…

眼を開くと一番最初に目の前にはアオの顔。

「っ…」

彼女を包むものが何も無い事を確認して、視線を落とすと平坦な胸。女性よりも筋力のありそうな二の腕、そして…

「きゃああああああああっ!?」

アンジュの絶叫にアオも飛び起きる。

「な、何事っ!?」

そして、アンジュの視線を追って自分の状況を知る。

「おおっ!」

「グラァっ!?」

「きゃああああああああっ!?」

アンジュ二回目の絶叫。それは当然だ。何故なら今自分はドラゴンにくるまれていたのだから。

「な、何、何事っ!?」

砂浜の端で誰かが飛び起きる。

昨日ドラゴンに伸された少年だった。

「いったい何がどうなってるのっ!?」

盛大なパニック。その隙を突いてアオは元に戻る。

「おちついて、アンジュ」

「これが落ち着けるわけ無いわ、アオは男だし、ドラゴンに捕まっているし、おまけにあの男はだれっ!」

「と、取り合えず、最初のはアンジュの見間違いじゃないかな?幾らわたしが男言葉だからと言って男かと言われれば…」

そう言って胸を持ち上げるように隠すアオ。

「あ、あれ…?」

「次にこのドラゴンはわたしが屈服させたから、こっちを襲う事はないよ」

「ど、どうやって…?」

「ひみつ」

唇にそっと指を押し当てて答える。

「じゃ、じゃああの男は何っ」

「それはわたしも知らない」

三対の視線が男を射抜く。

「お、俺はタスク。この島に住んでいるんだ」

聞けばタスクと名乗ったこの男は本当にこの辺りに一人で住んでいるらしい。

洞穴をくり貫き竪穴式の住居を作っていた。

この男、どう言う訳かパラメイルの修理が出来ると言う事なので、難破したヴィルキスを修理してもらう事に。

「あれ、こんな所に何かが挟まって…」

突っ込んだ手が引き抜いたものは大量の女性用の下着。

「こ…これって…」

「そんなに挙動不審になるなんて、このヘンタイ性欲の権化っ!近寄らないでっ」

「ご、誤解だっ」

アンジュが真っ赤になって叫ぶが、…若い男なのだ、仕方が無いのではなかろうか。

でも原因は排気口内に異物が詰まった事によるオーバーヒート。

「でも通信機くらいは直せそう、かな」

とはタスクの言。

アオはドラゴンに跨り空を飛んでいた。

「周りにはなーんにもない。まさしく孤島だね」


数日、奇妙な共同生活は続き、ある日の夜。

アンジュは岩陰で歌を歌っていた。

いつかヴィルキスのコックピットで歌っていた『永遠語り』を。

「盗み聞きとは趣味が悪いわね」

「盗み聞きとは失礼な。堂々と聞いていたよ。なぁ」

くるりとドラゴンを振り返る。

「グルァ」

同意とばかりにドラゴンが鳴いた。

「歌には力がある。特にこの世界ではね」

「何それ、意味が分らないわ」

「アンジュの歌は好きだって事さ」

「好き…っ」

赤面してうつむく。どうやらこう言う方向は弱いらしい。

「たまには、わたしも歌おうか…わたしの歌はちょっと力が強すぎるからあんまり歌わないけど、今夜は歌いたい気分だ」

「グラァ、グラ」

「何?」

ドラゴンがアオを小突き、何かを訴えようとした。

しかし、その時風きり音が空から聞こえる。

ライトが四方を照らし警戒しながら複数機で大きな何かを吊って運んでいた。

「あれは…」

「ドラゴン!?」

運んでいたのはパラメイルの凍結バレットで氷付けにされた大型のドラゴン。

「どこかに運んでいる?」

「でも、どこにっ!?」

そんな事をアオに聞かれても分るはずがない。

それを見たのはアオとアンジュだけではなく…

「グラァァァァァアアアアアアア」

ドラゴンが唸り声を上げたかと思うと空中へと駆け上がって行く。

ドラゴンは輸送機の攻撃を受けながらもその全てを撃墜。巨大な氷付けされたドラゴンは地面に落ち、粉塵をあげた。

「グラララァァァアアアアアアアッ」

「あ、ちょっとっ!アオっ!?」

アンジュの静止も聞かずにアオは森の中を駆け、巨大ドラゴンの元へ駆けつけた。

「キュァアアアアアア」

氷付けのドラゴンの前で小型のドラゴン一生懸命氷を溶かそうとしている。

「…残念だけど、死んでるよ」

「キュアア…」

アオの言葉を理解したのかドラゴンは悲しそうに鳴く。

「たぶん、わたし達はこれからも君達ドラゴンを殺していくよ。…でも」

アオは息を吸い込むと歌を紡ぐ。

それはかつて星を救おうと命を掛けた歌。

アオの足元に巨大な魔法陣が浮かぶとドラゴンを包み込む。

氷付けのドラゴンが光に包まれたかと思うと分解され空へと昇る。その先にシンギュラーが開き吸い込まれていった。

「ほら、君も帰りな。次は殺さなければならないかもしれないから、お互い出会わない事を祈ろう」

「キュ、キュア…」

「ほら、閉じきる前に」

「キュー」

ドラゴンは悲しそうに鳴くとシンギュラーの向こう側へと消えていった。

「アオ、何がっ!」

「ううん、何も。帰ろうか」

「でもっ…さっき歌声が…」

「今は、何も聞かないで欲しいな」

「アオ…」

シンギュラー反応が確認されればここにアルゼナルの偵察部隊が来るだろう。

程なくしてアオ達は発見されアルゼナルへの岐路に着いた。

撃墜されてからアンジュは少し丸くなったようで、ヴィヴィアン達を名前で呼ぶようになったが、ヒルダ達の嫌がらせが終わるわけではなく…

そんな中で更に問題を複雑にする事件が起こる。

「アンジュリーゼ様、どちらにおいでなのですか、アンジュリーゼ様っ」

メイド服に身を包んだ少女。

それはアンジュのかつての侍女であるらしい。アンジュの本名はアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギと言い、その身分は皇女であったようだ。

「いいから、私に構わないでっ!」

アンジュはそのメイド…モモカ・荻野目をうっとうしそうに払っている。

アンジュはモモカから逃げ、たまたまアオの近くにやってきた。

「そう邪険にするものじゃないよ。特に自分を慕ってくる人間を、ね」

「慕ってる?ノーマである私を?」

とアンジュ。

「好き、と言う感情には種類こそ有れ、否定されるものではないよ」

「だからってどうすれば良いのよっ!」

「受け入れれば良いじゃないか。彼女の好きと言う気持ちを」

「そんな事…出来る訳…無い…」

「なんで?」

「彼女はマナで、私がノーマだからよっ!」

「で?」

「ノーマは人間ではないの。人間では、無いのよ…」

ノーマは人間ではない。それは外の世界では常識で、そこで生きていたアンジュには一番理解するもの。

「そう言うアンジュが一番ノーマを否定しながら、受け入れているのかもね」

「そんな事無いっ!」

「相手に感情があり、言葉を交わし、理解しあえる存在であるのなら。人間かそうでないか、何て些細な問題じゃないかな?」

「そんな事…無い…」

アンジュの葛藤。信じたい、でも信じられない。それが一度大きなものを失ったアンジュの心。

「ああ、そう言えば」

とアオはもったいぶって言葉を続ける。

「このアルゼナルがドラゴンを狩っているって外の世界の人は知っているの?」

「それ…は」

十六年間外で生きてきたアンジュリーナ。しかしその答えは知らなかったと言うもの。

「と、いう事は。彼女、ここを出て行ったらどうなるか、アンジュなら分るんじゃない?」

「…まさかっ!?」

最初から覚悟をしてきた人間ならいい。しかし彼女はそうではない。

秘密の漏洩を考えればその口を塞ぐ事に何が一番有効か。

「死ぬ…モモカが…?」

アンジュが去ってからしばらくすると警報が鳴った。

ビーッビーッ

スクランブルの警報だ。

ヴィルキスに乗り込むと遅れてやってきたアンジュは表情が硬い。しかし、何かを決意した表情だ。

「今日の私はちょっと荒っぽいわよっ、ちゃんと付いてきなさい」

「はいはい」

「今日のドラゴンは全て私が…私達が狩るわよっ!」

大中小、もろもろのドラゴンをヴィルキスの銃で、剣で撃ち滅ぼしていく。

「ほら、次は十時の方向。それで最後だ」

「ふっ」

グンとアクセルグリップを握ると旋回。最後のドラゴンも駆逐する。

基地に帰島するとアンジュはヴィルキスを駆け降りて駆けて行った。

「やれやれ」

受付で大金を下ろすと紙袋に詰め込み、そのお金でモモカを買い上げたらしい。

ここがお金さえ払えば何でもかえるアルゼナルだから出来る暴挙ではあったが、結果モモカはこの島から出れなくなった代わりに死なずに済んだのも確かな事実。

まぁ、そのためにまたアンジュと周りが不仲になるのだが…


ドラゴンを狩り、大金を稼ぐとジャスミンモールで食材を買い、モモカが調理しアンジュが食していた。

「またあいつ一人だけ特別扱いかい?」

とヒルダ。

「美味そうなもの食いやがってっ」

ロザリーが握りこぶしを握りこんで唸る。

「でも、自分で稼いだお金をどう使おうとアンジュちゃんの自由だし…」

とエルシャ。

「でも、本当においしそうだにゃぁ。一口くれないかな」

とはヴィヴィアン。

「頼んでくれば良いんじゃない?」

アオはそう答えるとヴィヴィアンはなるほどと頷いた。

「おお、ナイスアイディアっ!アーンジュ」

素直が一番と言う事なのだろう。アンジュはぶっちょうツラではあるがヴィヴィアンが奪うがままにさせている。

「うまうま」

「くっ…ヴィヴィアンめ…」

ロザリーが再度うらやましそうに唸る。

「でも、本当にあの料理には興味あるわね。食べてみたいわ」

「エルシャ…」

「お金があれば素材は手に入るんだけら自分で作れば良いんじゃない?」

と言うアオの言葉に周りの皆が難しい顔をする。

「…?」

分らんという顔をすると答えがあった。

「料理のレシピなんて、このアルゼナルには無いもの」

サリアが答えた。

その言葉に皆黙り込む。

「あらら…ごめん…」

さらには多くを望まないように、不必要なものはお金が掛かり、またその情報そのものは規制されてしまっていた。

「……仕方ない」

アオは呟くとジャスミンモールへと赴く。

アオの取り分は撃墜賞金の10分の1。しかしアンジュの稼ぎが多い為にそれなりだ。まぁ借金で消えて行くのだが、それでも手元にいくらか残っている。

材料自体は高額だが、牛乳、小麦粉、塩やバター卵など、難なくそろえられた。

厨房をお金を払って貸してもらうと手早く調理を開始する。

「くんくん、何作ってるの?」

一番最初にやってきたのは鼻の利くヴィヴィアンだ。

「さて、それは出来てからのお楽しみ…ああ、そうだ。第一中隊の面々を呼んできておいて。わたしから日ごろの感謝って事で差し入れだって」

「あいあいさー」

作るのは手順さえ守れば難しい事のないシュークリームだ。

シューが焼きあがるとカスタードクリームを挟んで完成。

「みんな呼んできた」

とヴィヴィアンが厨房に頭を突っ込んで呼びかけた。

「丁度完成したところ」

シュークリームを盛り付けるとみんなが集まるテーブルへ。

「ちょっとヴィヴィアン、なんで私まで?」

「アンジュリーゼ様、見てください。シュークリームですよ」

「そんなものがアルゼナルに有る訳…て、確かにシュークリームね。これアオが?」

アンジュとモモカがやってきて問いかけた。

「作った。まぁちょっとでも仲良くなれれば、とね」

「よく作れたわね」

「こう言うのは得意なんだよねぇ」

とアンジュの言葉にアオは答える。

「ま、皆で食べよう。別にアンジュと仲良くしろって言ってるわけじゃない。ただ…まぁ美味しいものでも食べればみんなのイライラも少しはおさまるかと、ね」

「そ、それなら…」

「いい、のか?」

「う、うん…」

ヒルダ、ロザリー、クリスが消極的に賛成してした。

「それじゃあせっかくのアオの好意だし、皆でいただきましょうか」

サリアが空気を呼んだ、と言うよりも自分も食べたいようで、先を急がせる。

「いっただきまーす」

「いただきます」

「うま、何これっ!」

「シュークリームよ、ヴィヴィアン」

アンジュがヴィヴィアンに答える。

「あ、これ美味しいです、アンジュリーゼ様っ」

モモカが驚いたように口を開いた。

「あ、本当。これほどのもの、宮殿でも食べた事が無いわ」

と満足そうに口を開いた。

「ヒルダ?」

「う…おいしい…」

「ま、当然かな」

「その勝ち誇った顔が憎らしい…」

美味しいからそれ以上言えないのだろう。

「ち、行くぞ。ロザリー、クリス」

「ちょ、ちょっとヒルダ」

「まって」

慌ててヒルダをロザリーとクリスが追いかけた。

「でもまぁ…このシュークリーム分だけ手加減してやる…」

「あらあら、素直じゃないわね」

「うるせっエルシャ」

捨て台詞をエルシャに突っ込まれてばつが悪く去っていった。

「あの、アオちゃん、これをもう少し作ってくれないかしら」

とエルシャ。

「どうして?」

「初等部の子達にも食べさせてあげたいのよ。お金は払うから、ね、お願い」

「まぁ、良いけど…」

その隣からバっと札束が突きつけられた。アンジュだ。

「アンジュ?」

「もう少し、食べたい…余ったらその…幼年部の子達の食材に当ててもいい」

「あ、そう…」

もう少し素直になっても良いともう。ほんの少し、子供達にも分けてあげたいと思ったのではないだろうか。

新種のドラゴンの討伐に風を引いてフラフラになったままに駆けつけたアンジュの行動に隊の雰囲気は変わりつつあった。

そして今日はフェスタと呼ばれるアルゼナル唯一の休日であり祭日。お祭りの日。

ノーマがマナに休む事を許された日だ。

この日はマナが色々な催しをノーマの為に施してくれるらしい。

「要するに奴隷のガス抜きね」

とはアンジュの言だ。

とは言え、借金でお金の無いアオとしてはフェスタと言えどやる事はない。

借金王とヒルダ達に笑われたが、返す言葉もありません。

やる事も無いのでアルゼナルをフラフラ。

「アンジュ?」

カートに武器弾薬を詰め、なぜかその上に手足を縛られた少女を乗せて爆走していく。

その先は今朝方到着した慰問団の乗ってきた輸送機が止まっている。

「何してるの?」

「くっ!」

アンジュはその手に銃を握り、セーフティを外すとアオに向けてぶっ放した。

「あぶなっ!」

「ちょっと、ちょこまかと動かないでっ」

「当たっちゃうでしょっ!」

「当ててんのよっ!手元が狂っちゃうじゃないのっ…ていうか、本当になんで当たらないのっ!?」

右に左に、銃よりも速く避けていくアオに驚愕の声を上げるアンジュ。

「ああああ、もうっ!あなたも来なさいっ」

「え、え?」

最後はかんしゃくを起こすとアンジュはアオの手を取って輸送機に飛び乗った。

「モモカ?」

「アオさま?どうして?」

コクピットに押し込められるとその先にはモモカ。ついでに縛られている少女。名前はミスティ・ローゼンブルムと言うらしい。

ローゼンブルム王国の王女らしい。

しばらくして輸送機が離陸。遅れてアンジュと、なぜかヒルダが現われる。

ここまで来たら流石に理解する。

「脱獄とはね」

「止める?」

「今更だね」

そうアンジュの言葉に返す。

すでに同乗しているのだ。脱獄の結果は変わらない。

フェスタと言う一年で一番警備の薄い日を狙い、都合よくマナが使える人間が居た事が幸いしマナでしか動かない輸送機で脱出と言う事になった。偶然に偶然が重なった千載一遇のチャンスだったのだ。

しばらく飛ぶと陸地へとたどり着く。どうやら無事に到達できたらしい。

「それじゃ、あんた達とはここまでね」

とヒルダとは別行動。

「お互い、無事に目的を果たせると良いわね」

「ああ」

分かれ道で二手に分かれるアンジュとヒルダ。

「で、あんたはどうすんのさ」

とヒルダがアオに問いかける。

「どっちについて行こうね?」

ミスティはすでに置いて来た。輸送機が見つかればすぐに保護されるだろう。

「あんたはイタ姫様についていったやんな。それがコンビってもんだ」

それだけを言うとヒルダは奪ったバイクで走り去っていた。

アンジュ達は故郷である旧ミスルギ皇国へと侵入。彼女達の目的はアンジュの妹、シルヴィアの救出らしい。

なんでもモモカに救援の通信が入ったそうで、どうやら危機的な状況らしい。

それを救い出すために脱走した、と。

「ええ、と…どうやって助けるつもり?何も持たない君が」

「その為の武器と弾薬よ」

「それで?」

「後は助けてから考えるわ」

うーわー…

「あなたとは此処までね。上手く逃げなさい」

早くもコンビ解散宣言。

まぁ確かにアオにはアンジュについて行く意義はないし、助けるプランを聞けば自分は付いていけない。

日が沈むと同時にアンジュとモモカは消えていた。

「行ったか」

日が明けるとアンジュの処刑というニュースが街に響き渡った。

「捕まってるし…」

はぁ…とため息をつく。

広場にて始まるアンジュリーゼの処刑。

彼女はボロを纏い、妹であるシルヴィアに鞭で打たれていた。

そして始まる処刑コール。

囚人を吊るせと連呼する民衆。

アオは気配を消すと囚人に紛れながら移動していった。

処刑台を見上げれば彼女は歌っていた。

彼女がいつも歌っていた、『永遠語り』を。

その顔は絶望に染まらずに強い意志が感じられ、彼女のその魂の強さに心が奪われそうになった。

「今にも死にそうだというのに、諦めない。アンジュはすごいね」

「あなたっ…アオっ!?」

「あなた、どうやってっ!?」

「普通に歩いてきたけど?」

「貴様、どこからっ!」

衛兵がアオに銃を突きつけた。

「いつの時代も人間は変わらない…」

吊るせコールは終わらない。

「これがノーマを見下すマナなんだって。なんて…」

「汚い。…家畜以下のゴミ虫ども。こいつらの為に死ぬ命は私にはないわっ!」

「じゃあどうしようか」

「もちろん、帰るのよっ!私の有るべき場所にっ!」

「殺せっ!」

一際通る声で号令がかかると絞首台の床が抜ける。

体重が首に巻かれた縄に掛かりアンジュの首を絞め…つけなかった。

寸での所でアオが縄を断ち切ったのだ。

バサリとマントを掛けると二人の姿が一瞬で消える。

「な、アンジュリーゼはどこにっ!?」

壇上から忌々しい声。アンジュの兄、ジュリオの物だ。

アオは地面を蹴ると壇上に駆け上がり捕まっていたモモカを浚い更に跳躍。

「モモカっ」

「アンジュリーゼ様っ」

ハタと抱き合う二人。

周りが騒然となり消えたアンジュとモモカを探していた。

「早く逃げないと、見つかってしまうわ」

「でも、どうやって…」

とアンジュとモモカ。

アオは近くの物陰にうつると、バサリとかぶせてあった布を剥ぎ取る。

「これは…」

「エアリアのエアバイク…」

「これを使って逃げる。合流ポイントは此処」

とアオは広げた地図を指差した。

「このエアバイクは二人乗りで、マナが扱えるモモカしか動かせないから私かあなた、どちらかしか乗れないわよ」

「だから、二人で行くんだ」

「ちょっとまって。アオはどうするのよ」

「わたしは大丈夫。合流ポイントで、また」

それだけ言うとアオはすぐさま駆け出して姿を消した。

「ちょ、ちょっとっ!?」

後にはアンジュとモモカだけが残され、仕方が無いと二人はエアバイクに跨り空を駆けた。

アオに言われた合流ポイントに付くとそこに待っていたのはサリアだ。

「あ、アンジュ?」

「サリア?何で此処に?」

「それはこっちのセリフだわ。でも手間が省けたのは事実ね」

サリアはアンジュとモモカを隠していたパラメイルに積み込むとすぐさま飛び立った。

増曹処理をしてどうにかアルゼナルから飛んできたが、往復分でギリギリなのだ。後は追ってが追いつかないスピードでアルゼナルまで帰還すればいい。

「ま、待って。まだアオがっ」

「はぁ?アオはアルゼナルに居るわよ。脱獄した誰かさんとは違ってね」

「え?」

「帰還するわ」

「ちょっと、まって…アオーーーーッ」



……

………

アルゼナル帰還と同時に牢屋に放り込まれたアンジュ。モモカはマナである為に扱いが微妙だ。

見て見ぬ振りと言うやつなのだろう。

コツコツと硬い廊下を歩きアオは独房へと向かう。

鉄格子の前に立つと中を覗く。

「アオ、あなたっ!」

中から鉄格子に手を掛けて対面したのはアンジュだ。

「な?だから言っただろ。アオは脱獄すらしていないって。訳わかんねーけど、そう言う事なのさ。あたしらはキツネか何かに騙されたんだよ」

と、やはり連れ戻されていたヒルダが言った。

「久しぶり、アンジュ」

「あなたどうやって戻ったのよ」

「さて。わたしは最初からアルゼナルを出てないからねぇ」

「な?」

アンジュの問いかけに元から出ていないと答えると、そうだろう?とヒルダが言う。

「何しに来たの?」

「差し入れ」

衛兵にそれ相応のお金を積めばわりと簡単に通してくれた。

「栄養が付きそうな物を持ってきた」

と鉄格子に通る大きさのお弁当箱を二つ手渡した。

「わたしのお手製、味は保証する」

「そんな事より…」

くー

可愛い音が響いた。

「わりぃ、あたしだ」

たははと笑うヒルダ。

「食べましょうか…」

流石にお弁当のかぐわしい匂いにアンジュも逆らえないようだった。

おなかを満たすと自然と会話が始まる。

「それで、二人とも脱獄してどうだった?」

「どうって…最低だったわ…裏切られて、罵られて、最後は吊るされた」

「あたしも…うん、変わらない。裏切られて、通報されて、捕まった」

アンジュとヒルダがそれぞれ答えた。

「だから決めたわ。この世界をぶっ壊す。ノーマを虐げるだけのこの世界…このムカツク世界を」

「おおう…なかなか壮大な夢だね」

でも…

「中々いい夢だ。叶えられるといいね」

「アオ?」

「応援してあげるよ」



牢屋を後にすると久しぶりにアオは廃棄場へと足を運ぶと作りかけのパラメイルを再び弄り始める。

私財の没収でヴィルキスは取り上げられている。アンジュ達は無一文で投獄されているのだ。

「世界を変える力、か…」

ビーッビーッ

スクランブルの警報が鳴る。

しかし、アンジュが投獄されている今、乗る機体も無い自分はやる事が無い。…と思っていたのだが、どうやら今回シンギュラーが開いたのはこのアルゼナル上空らしい。

門から大量のドラゴンが這い出てきてアルゼナルを襲う。

「歌?」

門の先から現われた三機のパラメイル。

その一機から歌声が響いてくる。

「この歌はっ!?それに、ディスコード・フェイザーだとっ!?」

赤いパラメイルが金色に染まると両肩が開き閃光が収束する。

「ってぇ!?こっちに撃つっ!?直撃コースだって、やばいってっ!」

アオは急いで作りかけのパラメイルに乗り込むとスロットを全開に噴かしその直撃を回避したが、その攻撃はアルゼナルの半分を吹き飛ばす威力でもってその場を戦慄させた。

「あっぶな…」

何とか空に上がったアオは旋回しながら周りを見渡す。

新たに現われた三機の敵パラメイルに応戦するも性能差でアルゼナルは劣勢。

「ヴィルキス?アンジュ…じゃない」

よく見れば乗っているのはサリアだ。

アンジュの牢屋は先ほどの攻撃の範囲外。生きてはいるはずだが…

サリアではヴィルキスの性能を引き出せないのか、相手の攻撃で機体を損傷させていく。

撃ち落される、と言う所でヒルダのパラメイルが隣接、同乗していたアンジュが飛び移りギリギリで機首を持ち上げ海面への激突を防ぐ。

「危ない事をする…」

その後アンジュはサリアを落とすとヒルダに拾わせ自分は赤いパラメイルと戦闘を開始。接戦を繰り返すと赤いパラメイルから再び歌声が聞こえ金色に光りだす。

その旋律に何かを感じ取ったのか、アンジュも永遠語りを歌うとヴィルキスまでもが金色に染まっていく。

ディスコード・フェイザー。

両機の両肩から竜巻のような破壊の渦が射出されると打ち消しあい、相殺するように収縮した。

その後、アンジュはその赤い機体と二三言葉を交わした後赤いパラメイルはシンギュラーの門へと後退していった。

だが、アオは後退するドラゴンの最後尾に突撃する。

「アオ?」

抜いたアンジュが何かをいった気がするが今は門に入る事を優先する。なぜ、あの赤い機体はあの歌を歌ったのか。アオにとってそれはアンジュの永遠語りよりもよほど重要で確かめなければならない事なのだった。

シンギュラーの門が閉じきる寸前何とか滑り込めるタイミング。

しかし後方からアンジュの声が聞こえる。

「アオーーーーーっ!」

「バカ、戻れっ!」

「あなたはっ!?」

「オレはあっちに用があるっ!くそっ!」

追いかけてきたアンジュは既にシンギュラーの門の内側。そして門は閉じかけていた。

「え、きゃあっ!?」

空間が閉じかけ、その歪に飲まれかかるヴィルキス。

アオは制動を一瞬かけると機体をヴィルキスの後方に密着させると叫ぶ。

「スラスター出力を限界まで上げろッ!飲み込まれるぞっ」

「わ、分ったわっ!ヴィルキスっ」

アンジュの呼びかけに答えるように機体が青く染まると出力を増していき、閉じかけた空間から強引にそれこそ一瞬で抜け出して見せた。

空間を強引に跳躍した反動か、アオとアンジュはどこかの地面に投げ出され…二三回バウンドしてようやく止まる。

「アンジュ…無事?」

「な、なんとか…ね」

しかし機体はボロボロ。ヴィルキスも直るかどうか分らないほどに破損していた。

「いたたたたた」

第三者の声にアオとアンジュが振り返る。

視線を彷徨わせるとアオ達のすぐ近くに墜落しているピンクのパラメイル。

「「ヴィヴィアンっ!?」」

「ここで問題です。どうしてわたしがここに居るのでしょうか」

と言う質問にアオとアンジュは考え込むが、間髪置かずに答えが返った。

「正解はー。わたしもアンジュ達を追いかけたからっ!まさかシンギュラーを抜けたら未知の惑星だなんてね」

「未知…ね」

見える光景は廃墟。しかもかなりの時間放置されているのか木が侵食し苔むしている。

ここは道路の上のようで、アスファルトから伸びる鉄柱から標識や案内板が並んでいた。

案内板を読み上げる。

「新宿、池袋…ここは…日本だ」

「読めるの?って言うか、ニホンってどこの国?…あなた、何を知っているの?」

アンジュの声に険が混ざる。

「オレもまだ混乱している。後にしてくれ」

「アオ…あなた変よ…いつもとなんか違うわ」

「ああっ、そうかっ…いや、ごめん。なんでもないわ」

イラついて、しかしどうにか自制して言葉を和らげるアオ。

パラメイルは全部燃料切れで飛べる状況ではない。そんな中での探索は無為に時間だけが過ぎて、日中だった太陽はとっくに沈んでいた。

「おなかすいたー…ごはんー」

ヴィヴィアンが空腹を訴えるのも無理は無い。

「非常食のようなものはあったけれど…」

とアンジュの手には缶詰のようなものが握られていた。

「開けてみる?」

「開け方が分らないわ」

「あそう…」

アオはアンジュから缶詰を貰うとプルタップに指を掛け、起こす。

プシュと空気が抜ける音と共に強烈な匂いが立ち込めた。

「うっ…」

「くっさーい…」

「まぁ…腐ってるわな」

「うう…ごはん…」

ヴィヴィアンが本当に残念そうに涙を溜めていた。

「今日は此処で野宿かな」

倒壊したモールの中からどうにか羽織れるだけの毛布を見つけ出すと簡易の寝床を作る。

「後は明日だな」

「あなた…いえ、なんでもないわ」

「お、寝るのか?よし、寝よう寝よう」

ピョンと飛び掛るようにヴィヴィアンがアオにのしかかり布団の中にもぐりこむ。

「ウーン…アオっていい匂いがするにゃぁ」

「ちょっとヴィヴィアンっ!」

アンジュが抗議の声を上げるが、何に抗議しているのか本人にも分っていない。

「わたしはこっち。アンジュはそっち。二人でアオを半分こー」

「オレは物では無いのだが?」

「いいじゃんいいじゃん」

「っもう」

アンジュは何かに葛藤した後諦めたように布団にもぐりこんできた。

「いい、これは非常事態だからなの。変な意味なんか無いんだからね」

「はいはい」

「変な意味って?」

「っ…なんでもない」

やぶ蛇を突かれたくないアンジュは布団に深く潜った。

周りの探索に疲れたのか二人の寝息はすぐに聞こえてくる。

「ここは…たぶん…」

空に浮かぶリングを纏う月をみてアオが呟いた後眠りについた。



……

………

「う…うーん…」

覚醒し始めたアンジュは暖を取ろうと暖かいものに抱きつく。

ボゥとした意識で抱きついたものを確認。

「…アオ」

抱きついたアンジュの右手は眠るアオの胸元をまさぐっていた。

「……っ!?ええっ!?」

一瞬で覚醒。しかし、そこにあるべき弾力が無くて更に困惑した。

さらに…

「キューーーー?」

「ど、ドラゴンっ!?」

しかし一度ドラゴンと暮らした事のあるアンジュはほんの少しの耐性があり、何とか銃を握る事を自制した。

「っ…アオ、アオっ!」

アンジュがアオを揺り起こす。

「ん…あぁ…」

「ド、ドラゴンが…そ、そうだ、ヴィヴィアンはどこ?ヴィヴィアンっ」

「キューーーーーー」

ここにいるぞっ!と声を出すドラゴン。

「お、おお?…やっぱりそう言うこと、か」

覚醒したアオが現状を確認する。

「そう言うことって…?まさか、ヴィヴィアンっ!?」

「キュー?」

分っていないヴィヴィアンを鏡の前に連れて行く。

「キューキューっ!?」

これ、わたしっ!?とでも言っているような鳴き声だ。

「ねえアオ、これってどう言うこと?ヴィヴィアンはどうなったの。それとあなたもっ」

「オレ?」

「分ってないのねっ…」

アンジュはおもむろにアオに近づくとアオの股間を握りこんだ。

「はうっ!?」

「っ…やっぱり付いてるじゃないっ!!」

真っ赤になって後ろに下がるアンジュ。

「あー…しまった、しくじった」

「あなた…男なの…?今までの胸は作り物っ?…ではないわね。シャワルームで何度も見てるし触られているのを見た事あるし…そんなもの…ついてなかったし?」

視線を下半身に落として赤面する。

「オレは特異体質でね。どっちでもなれるんだよ」

「そんな事って…」

「確かめてみる?」

「…っ!」

赤面を深くするアンジュ。

「そ、それよりもこのドラゴン。…ヴィヴィアン、なの?」

「ヴィヴィアンだろうね」

「キュー」

小型のドラゴンが顔を摺り寄せてくる。

「そんな、それじゃあ…まさか…」

「ドラゴンは人間だったって事だろう」

「そんな…そんなっ…うぅっ…ぐぅっ…」

アンジュは今まで殺してきたドラゴンが人間であると言う事実にショックし嘔吐。胃の中には何も入っていないから出るものは無いのだが、嘔吐感に苛まれて苦しんでいる。

「人…私…は、人を殺していたの…?」

「未知の敵が人間だった…なんて、良くある事だろ」

「そんなっ!」

「その事実にショックを受けられるなら…アンジュは大丈夫」

「アオ…アオ…」

アンジュはすがりつくようにアオに抱きついた。

「キュー」

ヴィヴィアンも心配そうに擦り寄った。

「ヴィヴィアン…」

アンジュが恐る恐るヴィヴィアンを撫でる。

「キュー」

その声はくすぐったいよとでも言っているよう。

感動の和解の最中に上空に大型のドラゴンが旋回。こちらの前に着陸すると、その頭から二人の女性が飛び降りる。

「まさか特異点を抜けてくる者がいようとは」

「ようこそ、偽りの星の民よ」

小太刀二刀と青龍刀を構える女性がそう言った後、巨竜が取り囲んだ。

「我らが大巫女さまがお呼びだ。ご足労願おうか」

「そちらのシルフィスの一族は?」

「ヴィヴィアンの事?」

とアンジュ。

「まさか…いや、取り合えず移動するとしよう」

と二人の女性が先を急がす。

「どうするの、アオ?」

「付いていこう。オレは少し知りたい事があるし、ね」

「と言うか、あなた…男言葉…」

「今は男だ」

「もうっ」

コンテナに詰められて輸送されること一時間。

彼女達、ドラゴンの街へと案内され、一際大きな王宮へと案内された。

途中、ヴィヴィアンは連れて行かれたが、彼女はドラゴン。手荒な真似はしないと言う言葉を今は信じる。

御簾の向こうに何人もの息遣いを感じる。

御簾の奥から名前を聞かれ、人に名を尋ねるのならまず自分が名乗れと啖呵を切るアンジュ。

大巫女に食って掛かったが、大巫女からの質問に辟易したのかアンジュが逆に質問する。

ここがどこで、あなた達はだれなのか、と。

交渉にもならない話し合いは平行線を辿る所を止めに入った少女が居た。

黒い髪、青い瞳の少女だ。しかし、やはり翼を生やし、尻尾が生えている。

サラマンディーネと名乗った彼女に連れられて謁見の場を辞す。

「それでは、少し説明しましょう。偽りの星の民たちよ」

ドラゴンの背に乗って飛び立つ。

「ここは真なる地球。あなた達が居た世界は平行世界ある地球。この地球から逃げ出したもの達が住む世界です」

「逃げ出し、た?」

とアンジュが聞き返す。

「かつてこの世界は一度滅ぼされたのです。悪魔の兵器、ラグナメイルによって」

「ラグナメイル?」

「お分かりになりませんか…そう、あなたのヴィルキスもその一機なのですよ」

とサラマンディーネ。

「世界を滅ぼした…まさかっ!?アオは知っていたのっ!?」

キッとアンジュはアオを睨みつける。

「アンジュが乗るヴィルキスがラグナメイルであり、かつて世界を滅ぼした兵器であると言う事?」

「ええ」

「知っていたよ」

「あら、そちらの方は世界の真実に深く認識があるのですね」

「いや、サラマンディーネ。オレもね、分からない事があるからここに居るんだ」

しばらく飛ぶと眼前に朽ちた塔が見えてくる。

「暁ノ御柱…」

「私達はアウラの塔と呼んでいますかつての…」

「ドラグニウム融合炉…」

「あら、やっぱり知っていましたのね」

とサラマンディーネの目が細められる。

塔の中に入り、降っていくとそこに巨大な空間が現われる。

「ここにアウラが居たのです」

「アウラ?」

とサラマンディーネの言葉に問いかけるアンジュ。

「あなた達の言う所の最初のドラゴンですわね」

昔、大規模国家間戦争。後に「第七次大戦」「ラグナレク」「D-War」と呼ばれる国家間戦争で地球は総人口を11%まで減らす戦いの果てに導入された兵器、ラグナメイルが壊したドラグニウム融合炉、それの共鳴爆発し人類は生きていける場所を失った。

ドラグニウムにより地表が汚染されてしまったからだ。

生きていけない地表でどうにか人間が行きぬく為には人間の方を改造するしかない。それが彼女達ドラゴンなのだという。

男達は結晶化したドラグニウムを喰らい体内で結晶化、安定させる為に巨竜に変じ、女達は男達を助け、子を産み浄化のサイクルを続けてきていたらしい。

しかしアウラはここには居ない。アウラはエンブリヲと呼ばれる男によって平行世界に連れて行かれたらしい。

マナの光を生み出すエネルギー源として。

しかしエネルギーはいつか尽きる。だからドラゴンを狩り結晶化したドラグニウムを取り出しアウラに食わせる。そのためにアルゼナルのノーマ達はドラゴンを狩らされていた、と。

エンブリヲとは世界の調律者にして黒幕。世界を管理する存在。陳腐な言葉で言えば…神。

「アウラ…君は…」

「あなた…アオさん、でしたか。アウラを知っているようですね」

「そうよ。アオ、あなたは…いったい…」

サラマンディーネとアンジュの目が細められる。

アオはそれには答えずに女性へとトランスすると歌を紡ぐ。

♪~♪~

「その歌っ!?」
「そんな、まさか…っ!?」

驚いたのは二人ともだが、サラマンディーネの方が驚きが強い。

キュァァァァ

一瞬光が集まって巨大な竜が鳴いた気がした。

「この歌。君も歌っていたね。誰から聞いたの?」

「それは、我らが偉大なる母、アウラから教えてもらった…星歌です」

「そうか…彼女が…ラストオーディエンスとして伝えずにはいられなかったのかな、アウラは」

とアオが懐かしそうな顔を作る。

「この歌はね、…かつてこの世界を作り変えた歌だよ。わたし達の命を燃やし尽くした…最後の、絶唱」

「絶唱…?」

「燃やしつくした…?」

アンジュもサラマンディーネも分らないといった表情を浮かべる。

「昔話をしよう。世界が滅んだ頃の話だ」

と言ってアオは一度目を瞑る。

「過去、旧世界の遺物を研究し、繁栄させようと人類は躍起になっていた。櫻井理論が開示されてからはその研究に拍車が掛かったよ。年月を掛け、人類はよりクリーンなエネルギー開発に成功する。それが…」

「ドラグニウム反応炉…」

とサラマンディーネ。

「遥か昔。カストディアンから統一言語を奪われた人間は互いを憎み、ついには人類のみを抹殺する生物兵器を開発した。銃もナイフも通じない相手。そんな相手に立ち向かう為に研究され編み出されたのが聖遺物に宿るエネルギーを歌により増幅させ身に纏う技術。シンフォギア…それを纏った少女達はついにその元凶を退け…その後幾人もの人々を救ったよ」

でも、と。

「発達した技術は結局互いを傷つけ、兵器として進化していった。最後は記録にあるような世界の終末。彼女たちは破壊された世界に絶望した。とは言え、人間同士の争い、それも世界戦争規模の争いに個人がどうする事は出来なかったのだから仕方の無い事なのだろう。でも、だからせめて…この滅びるだけの世界をどうにかしようと思った。…歌の力でね」

「歌の…?」

「彼女達の歌には力があったのさ。それをそのエンブリヲが知ってしまったのが終わりを加速させたのかもしれない。ラグナメイルとは聖遺物の力を歌によって増幅させ撃ちだす兵器。つまりは…シンフォギアなのさ」

「聖遺物?」

「先史人類が用いた力ある何か。今は宝石の形をしているようだね」

と言ってアオはアンジュの指輪、サラマンディーネの冠を見る。

「ラグナメイルによって環境破壊された地球を救う為に彼女達は歌い…だが、ドラグニウムを循環させるだけで精一杯だった。ドラグニウムは完全には浄化できず…新たなサイクルを生み出しただけで彼女達は退場。光と果てた。その後は君の方が詳しいだろう」

「アウラがドラゴンになり、私達の浄化と言う贖罪が始まった…」

「少女たちが最後に歌った世界を変革させた歌。命を振り絞り燃やし尽くした絶唱…ラストソング。それに招いた最後のオーディエンス、それがドラゴンになる前のアウラ」

「つまりそれが私達に伝わる星歌…なのですね」

「じゃあアオは…?」

「その時消えた内の一人。その生まれ変わり、さ」

生まれ変わり…と二人は口ごもる。

「君達がドラゴンなのも、元を正せばオレの所為だ」

いつの間にか男に戻っているアオ。

「はい?」

サラマンディーネの表情が面白いように崩れた。

かなり意表を付く言葉だったらしい。

それにクスクスと笑ってからアオは続ける。

「オレがどう生きてきたかは長すぎるから省略するが、オレの特性としては取り込んだものを最適化させる性質があった。そこにアウラは目を付けたのだろうけれど、遥か昔、それこそ記憶が霞む位前にドラゴンへの変身薬なんてものを飲まされてね…」

一瞬の発光の後、アオは銀色のドラゴンへと姿を変えていた。

「なっ…!?」

「ドラゴン…なのですか?」

アンジュは驚愕に目を見開き、サラマンディーネはほんのり頬を染めていた。

姿を人へと戻すと言葉を続ける。

「オレから取ったDNAからリンカーを作り自身に投薬した結果…ドラゴンに変じたのだろう。言っては何だけど、オレの血なんて毒そのものと言っても過言ではないからね」

「では、あなた様は私たちの父なのですね」

とサラマンディーネ。

「そんな大層なものじゃないさ」

さて、とアオ。

「知りたい事も大体知れた。帰ろうか」

「はい」

とサラマンディーネ。

「ねぇ」

とアンジュがアオに問いかけた。

「私達ってこれからどうすればいいの?化け物だと思っていた相手は人間で、私達の地球は偽りで、もう何が何だか…」

「それはオレが答える事じゃない。君が考え、君が決めるべき事だ。…ただ」

「ただ?」

「アンジュの考えを聞くことくらいは出来るよ」

「そう…」

ありがとう、と小声で言うアンジュ。

「そう言えば…」

今更思い出したようにアンジュは呟く。

「結局あなたは男なの?女なの?」

「基本的に体はどちらにでもなれるけど…男だよ」

と答えると高速の平手が飛んできた。

バチン

「いったっ!?」

「エッチ、スケベ、ヘンタイ、信じられない。今まで散々私の体を見ておいてっ!女の子同士だと思っていたのにあなたは影で途轍もない劣情を持って私の体を嘗め回すように見ていたのねっ!?」

ふらついたアオをサラマンディーネが抱きとめる。

「あら、要らないのなら私にくださいな」

「い、要らないとは言ってないわっ」

奪い取るように抱きつくアンジュ。

「だって、コイツはこれでも私のパートナーだもの」

「あらあら、では奪い取るまでですわ」

ニヤニヤと笑うサラマンディーネ。

「いや、オレの意思と言うものが…」

「ないわっ」
「ありませんわっ」

「実は仲良いでしょう、二人とも…」

「「そんな事ないっ」」

「やっぱり…いや…なんでも…」

都市部に戻ってくると部屋を宛がわれる。

備え付けられた家具類を見るとどうやら和と中華が折衷したような文化のようだ。

通された部屋のドアを開けると中にはヴィヴィアンが待っていた。

「ヴィヴィアン?」

「アーンジュ。ここで問題です。わたしはどうやって人間に戻ったのでしょうかっ」

答えられないアンジュ。

「ま、ここならヴィヴィアンの遺伝子を調整するくらい出来るだろ」

とアオが答える。

「せいかーい」

「ヴィヴィアンっ」

ハシっとアンジュはヴィヴィアンに抱きついた。

アオ達が入った後ろからサラマンディーネが数人の人を連れてくる。

その仲に一人、顔立ちがヴィヴィアンに似ている女性が見えた。

「さあ、ラミア。彼女ですよ」

とサラマンディーネ。

ラミアと呼ばれた女性は感極まったようにヴィヴィアンに抱きつき「ミィ…よく無事で…」と涙を流した。

「彼女は…」

とアンジュがサラマンディーネに問いかける。

「彼女はあの子のお母さん、ですよ」

「ヴィヴィアンの…」

「よかった…かな」

アオは親子の再会の邪魔をしないように部屋を出ると回収されたヴィルキスが格納されている所へと向かう。

「うーわー…ボロボロ…」

シンギュラーを無理やり渡った影響か、アオの機体はもちろんヴィルキスももはや原型を留めていなかった。

「見事にスクラップですわね」

と案内してきたサラマンディーネが言う。

「わ、私のヴィルキスが…!」

アンジュも呆然と肩を落とす。

「直るのよねっ!?」

アンジュがサラマンディーネに詰め寄った。

「ここまで損傷が酷いと…ですが、せっかくのラグナメイルですので一応修理させてみますが…でも、直してどうするのです?またあなたは私たちの同胞…ドラゴンを狩る生活に戻るのですか?」

「それは…」

未知の生物なら良かった。だが相手は言葉の通じる人間。それは人殺しに他ならない。

生きる為に殺す、ならばまだ許容できる。だが事実はマナの人たちのエネルギー源を確保する為に戦わされていたのだ。とても許容できる物では無いのだろう。

「まぁ…アンジュが自分の道を選んだ時の為に直すとしましょうかね」

「出来るのっ!?」

「幸いここには二機分の資材があるからね」

と言ってアオが組み立てていたパラメイルを見る。

「パッチワークは得意だ」

「パッチワーク…大丈夫なのかしら…急に心配になってきたわ」

アンジュの視線がジトと下がった。

「それでは私も手伝いましょう。夫を助けるのが妻の務めなすれば」

「サラマンディーネ…」

「サラとお呼びください、アオ様」

「ちょっと、待ちなさいサラマンドリル。なんでアオがあなたの夫になっているのよっ!そこらのドラゴンと盛ってなさいよっ」

アンジュが吼える。

「サラマンディーネです。いいではありませんか。男のドラゴンで人型を取れる者なんて居ないのですよ?だったら積極的にアプローチしなければトンビに油揚げを取られかねません」

「あなたがまさにトンビね、サラマンマンッ」

「サラマンディーネですっ。人の名前も覚えられないのかしら、この娘はっ」

「あなたの名前、長いのよっ!それにさっきも言ったけれどアイツは私のだから、あなたにあげたりしないわっ」

「貰えないのなら力ずくで奪うのみ」

「このトカゲ女はぁああああっ!」

ぐぐぐと取っ組み合うと異口同音で言葉を発する。

「「勝負よ」」

取っ組み合いながら二人でどこかに言ってしまった。

「だから、オレの意思は…?」

たまには肉食系にチェンジしようかと悩むアオなのだった。

「まぁあっちは放って置いて、やりますか。まずは動力の改造からかな」

そう言えば…

「深淵の竜宮、まだあるのか?」

それは遺物の多くを管理する深海の保管庫だ。あの大戦時ですら開放されなかったそこに行けば色々あるかもしれない。

数日を掛けて、途中いろいろズルをしてヴィルキスの修復が終える。

「何…これ…ヴィルキス…?」

アンジュの呟きも最もだろう。

強化されたスラスターは三対の翼のように付けられ、出力を増し、アオが使う事前提でドラグーンが搭載されている。

コクピットはサラ達のパラメイル…竜神器を元に密閉型のフルスクリーンモニターへと変更。これにより投げ出される心配は無くなり、ついでにシートベルトをつけて体を固定させるている。

その他の兵装としては両肩にディスコード・フェイザー、両腰にレールガン、両手にビームシールドが付いている。

その他オプションとして竜神器用のビームライフルを装備して完成。

「頭部は完全に破壊されてイチから作り直したからかなり変わったかな」

そこだけ見ればヴィルキスの面影すらない。所謂一種のガンダ…いや、よそう。

「フィギアは無いのね」

「必要ならつけるけど?」

「では、これにしましょう」

とサラが推してくるのは竜をモチーフにしたフィギアだ。

「イ・ヤ、よ。それなら無い方がマシだわ」

アンジュの断固拒否。

「に、してもよく直したわね」

「まぁ殆ど別物なんだけどね、試運転と行こうかアンジュ」

「分ったわ、それじゃあ…そこのサラマンド、今度はこれで勝負しましょう」

「サラマンディーネです。…でも、その勝負、受けて立ちましょう」

どうやら二人はあれから幾つもの勝負で勝ったり負けたりで引き分けているらしい。

「勝負の内容は、アウラの塔で折り返し、ここに戻ってくる、でいいかしら」

「望むところよっ!」

バッと互いの愛機に飛び乗るアンジュとサラ。

「なんであんたまで乗るのよっ!」

と後ろを振り返って抗議するアンジュ。

「これ、一応二人乗りだから」

「降りなさいっ!」

「良いけど、オレが降りると兵装の半分位使えなくなるけど…いいの?」

「えええっ!?なによ、その欠陥パラメイルっ!」

「お先に行きますわよ、アンジュ」

フフンと勝ち誇ったような声を出してサラが焔龍號で飛び立つ。

「あー、もう。行くわよ、アオ…その姿で私に触ったら…」

「触ったら?」

「もぐ…」

「わ、分った…ぜ、善処する」

ヒイッと咽を振るわせるアオをよそにアンジュはスロットを噴かし飛び立った。

戦闘機形態(フライトモード)で飛び立つとあっと言う間に先に行くサラの焔龍號に追いついた。

「速いっ!」

サラの驚きの声が聞こえる。

「ちょ、ちょっと…速すぎるわよっ!?」

「アンジュ、前、前っ!!」

「ひぃぃっ!?」

前方にはすでに目前まで迫った廃墟。

アンジュはグンとスラスターを制御すると錐揉むように回避。

「ウソっ!?」

重力とは無縁のような動きで廃墟を抜けるアンジュとヴィルキス。

「なんですのっ!?その動きはっ!」

とサラ。

「Gすら掛からないっ!?」

アンジュが驚きつつ呟いた。

「はぁ?どう言うことですのっ?」

「PICを搭載したからね」

「ぴーあいしーとは何ですの?」

サラの質問の最中もアンジュは面白いのか急加速、急旋回、急停止と試している。

「パッシブ・イナーシャル・キャンセラー。つまり慣性制御する事で物体の加速、停止に掛かる負荷を軽減する装置の事」

「そんなテクノロジーが旧世界にはあったのですかっ!?」

「さて、ね?」

アオはサラの問いを誤魔化して答えた。

ようやく追いついたサラがビームライフルをぶっ放して前方のビルを倒壊させる。

「ちょ、ちょっとっ!?」

「妨害しないとは言ってませんわ」

急旋回で回避するアンジュだが、避けえた先々にサラが壊したビルの破片が落ちてくる。

狙いをつけてサラが壊して回っているようだ。

「こんのーーーーーっ!あのトカゲ女っ!」

アンジュは駆逐形態(アサルトモード)に変形すると両手にヴィームライフル、両腰のレールガンを構え、降って来る大き目の瓦礫を吹き飛ばす。

「やるっ」

「当然よっ」

アンジュは再びヴィルキスを飛行形態(フライトモード)に変形させると吹き飛ばした為に一瞬できた隙間を縫うように突き抜けた。

「やりますわね、アンジュ」

とサラが激励。

ヒューンと減衰音を立ててヴィルキスの出力計が下がる。

「なっ…どうして?」

アンジュの当惑。

「改修したヴィルキス…その動力源は聖遺物の持つ波動を増幅させたもの。出力低下はその起爆剤が足りてないから起きる」

「ちょ、ちょっと。どう言うことよっ!?どうすれば良いのよっ!このままじゃあのサラマンデンデンに負けちゃうじゃないっ!」

アンジュの表情が悔しそうに歪んだ。

「まぁ通常でも今までのヴィルキスと同じ位のスペックは出せるはずだけど…エネルギーを増幅させるにはさっきも言ったけど起爆剤を投与しなければならない」

「ならさっさとやりなさいよっ!」

「特定振幅波動…つまりアンジュの歌に反応するって事なんだけど?」

「はぁ?」

「だから…歌え、アンジュ」

アオの言葉に反応するように一度アンジュの指輪が光り輝くとヴィルキスの機体から伴奏が流れ出す。

「ちょ、ちょっと!?ヴィルキスどうしちゃったの?」

「アンジュの心に反応して旋律が生まれる、後は歌うだけだ」

「えええええっ!?」

「ほら、躊躇っている暇は無いぞ。ヴィルキスがイントロでループしているじゃないか。自然と心の中に生まれる歌を歌えばいい。それが力になる」

「あああああああ、もうっ!」

アンジュは観念したかのように歌い始める。

♪~♪~

それはアンジュの絶望からの希望の歌。アルゼナルでの日々を語った歌。

「アンジュは歌が上手いね」

「もう、どうして歌が必要なのよ。欠陥兵器じゃないっ」

恥ずかしいのかアンジュは赤面していた。

「それは、そういう風に作ったからね」

言外にワザとだとアオは言う。

しかしアンジュの歌に呼応するように出力ゲージがイエローからグリーンへ。ついでにヴィルキスの機体が蒼く染まっていく。

グンとスロットルを絞ると今までの遅れがウソの様に加速。音を置いてきぼりにして空を駆け抜ける。

「速いっ」

サラの呟きすら追い抜いてアウラの塔を旋回すると制動を掛ける様に駆逐形態(アサルトモード)に変形。両手に持ったビームライフルを連結させると出力の増したそれを焔龍號めがけてぶっ放す。

ゴウッと唸りを上げて撃ち出されたビームはサラの機体を掠めるようにして抜けていった。

「お返し」

やられたらやり返すの精神でアンジュが言う。

「危ないじゃないですかっ!」

急旋回で回避したサラがアンジュを睨む。

「当たらなかったじゃない」

「当たったらどうするおつもりだったのですか」

「あなたが見え見えの攻撃、当たるはずないじゃない」

「もうっ!あなたと言う人はっ!」

相手の実力を信用していた、と言われてサラは複雑な心境のようだ。

アンジュは再び飛行形態(フライトモード)になると攻撃した隙に追いつかれそうになったサラを引き離しに掛かる。

「アンジューっ!!」

サラがビームライフルを乱射。手前の廃墟が崩れ落ちる。

「くっ…」

「アンジュ、歌ったまま突っ込めっ」

アオが一言アドバイス。

「そ、そんな事…」

「良いからっ!」

「し、信じるから…どうにでもなれっ!」

アンジュの歌が力強さを増すとヴィルキスのカラーが赤く染まっていく。青かった時よりも速度は落ちたが機体を包み込むエネルギーが眩い赤色に包み込むと廃墟に激突。

「あ、アンジュっ!?アオさんっ!?」

サラが焦った声を飛ばす。

ドオンッ

粉塵を撒き散らしながらヴィルキスは廃墟を貫通、傷一つ無く駆け抜けた。

「何、これっ?」

「元々ヴィルキスに備わっていた能力だ」

青いヴィルキス。速度強化…行き着く先は光速を超え「次元跳躍」すら可能にする「アリエル・モード」

赤いヴィルキス。出力強化…全身をエネルギーシールドで覆うほどのパワー。それは強度の硬いものに突っ込んでも傷一つ付かないほどの「ミカエル・モード」

それと「ディスコード・フェイザー」など、時空間共鳴現象を引き起こす金のヴィルキス。「ウリエル・モード」

この三形態を使いこなしてこそヴィルキスは本領を発揮する。

サラの妨害なんて何のその。歌の力を得たヴィルキスはその数々を寄せ付けず…

ゴールをぶっちぎるとそのまま急上昇。成層圏、中間圏、熱圏と抜け、地球を一望出来る所でヴィルキスは止まった。

バシュッとコクピットのハッチを開くとアンジュが立ち上がって地球を振り返る。

「これが地球…綺麗、ね」

目の前の地球を見れば人間の矮小さをイヤと言うほど思い知る。

「アンジュ、危ないぞ。ここには本来重力も空気も無い。太陽からの熱も直接受けるからヴィルキスから離れれば一瞬で死んじゃうよ」

今彼女達が無事なのは一重にヴィルキスが保護しているからに過ぎない。

「そうなの?宇宙開発は禁忌とされていたから、知らなかったわ」

「エンブリヲにとってその方が管理しやすかった、と言う事なのだろうね」

「エンブリヲ…世界の調律者、神さま…ね」

そう言うとアンジュはしばし考える。

「あー、もう、考えたら腹が立ってきた。私達は管理された家畜じゃないのよっ」

「神にしてみれば人間なんて家畜みたいなものだろう」

それは色々な神を屠ってきたアオの実感。

「それでも、よ。気に食わない。家畜の様に生きるなんてまっぴらゴメン。私、決めたわ。そのエンブリヲを殺す。世界の解放なんて高尚な事なんて言わない。気に食わないから殺して、世界を壊す」

と赤い瞳が力強く輝いた。

「と言うか、神さまって殺せるのかしら?」

「どんなすごい能力、どんなにすごい力を持っていたとしても、存在するのであれば殺せるさ。オレは昔、神を殺した事があるのだぜ?」

「なるほど。それじゃあ後はヤルかヤラレルかね」

その瞳に決意を闘志を燃やすとアンジュはコクピットに戻り大気圏を抜け地表へと戻る。

ゴール地点のデッキに戻ってくるとサラが待っていた。

「ふん、私の勝ちね」

ヴィルキスを降りたアンジュが出迎えたサラを鼻で笑った。

「この勝負は無効です。なんです、その機体のバカげた性能は。と言うか歌ってパワーアップとか、どんな機能なんですかっ!」

サラがパラメイルの性能差に文句を言う。

「知らないわよ。アオに言ってちょうだい」

と、アンジュ。

「アオさまっ」

サラがアオに説明を求める。

「ラグナメイルとは劣化シンフォギアだからね。オリジナルに少し近づけただけだよ」

「それだけの性能があって劣化…なのですか?」

「昔、四人で落下する月の欠片を粉砕した事もあったよ」

「まさかっ!」

そう言ってサラは天を仰ぐ。そこには月を回るリングが見え、月の一部が欠けているようにも見えた。

「そう言うこと」

内緒だよ、とアオ。

「あなた様は…いいえ、何でもありません」

それより、とサラはアンジュを向く。

「結論を聞かせていただけませんか?」

「結論?」

何の事か分らないアオがつぶやく。

「ええ。アウラを奪還する作戦を我々は進めています。それにアンジュと…アオさまにも協力して欲しいのです」

なるほど。

彼女達は母なるアウラを取り戻したい。

アウラを取り戻せばマナは失われ世界の変革は成る。だからアウラの奪還に協力しろ、と。

「答えはノーよ」

とアンジュが答える。

「では向こうの世界の維持の為に我々を狩る生活にもどるのですか?」

「私は、私の為に私の戦いをする。確かに私達の戦いに意味は無いのかもしれない。でも、だからと言ってあなた達の手先になる事はない」

「アオさまはどうです?」

とサラに聞かれたアオは黙考する。

「アウラを取り返したら、君達はどうするの?元凶を叩かなければいつとも終わらない戦いが待つだけだよ」

「それは…」

口ごもるサラ。

その時、会話を中断させるように時空が震えた。

ドドン

地鳴りを伴い空気が震える。

その振動にアンジュとサラがよろけた。

「な、なにがっ!?」

外に出て確認すると、アウラの塔を中心に何かが広がって行くのが見えた。

「エアリアのスタジアムっ!?」

アンジュの驚きの声。

「世界が侵食…いや融合されていく…?」

「くっ…」

サラは悔しそうな声を出すと焔龍號に飛び乗った。

それを見たアンジュもヴィルキスに駆け上る。

「アンジュ?」

「ヴィヴィアンを助けに行かないとっ!」

ヴィヴィアンも今あの近くに居るはずなのだ。

それを聞いてアオもヴィルキスに飛び乗った。


ビームライフルを駆使して次元侵食を押さえ込もうとするサラだが、まったく焼け石に水。次元侵食は止まらない。

望遠で見れば岩や建物に埋まるように人間が融合、その命を奪われていた。

逃げ惑う人間達もいつ巻き込まれるか。

「いったい何が…」

とサラ。

「理由を考えるのは後でしょうっ!今は今やれる事をやらないとっ!」

アンジュがサラをたしなめる。

「ですが…止める手立てがありません…」

ビームライフルを幾ら撃とうが効果は見えない。

ジリジリとサラに焦りが見える。

「そうだ、あの時のアレを…アルゼナルを吹き飛ばしたアレ撃てばいいじゃない」

「ダメです…収斂時空砲をこんな所で撃てば都市部どころか神殿諸共吹き飛ばしてしまいますっ」

「そんなの三割引で撃てばいいじゃないっ」

「そんな都合よく調節できる兵器じゃないんですっ!」

「使えない兵器ね」

「だったらあなたのはどうなのですっ!」

ディスコード・フェイザーの事だろう。

「どうなの?」

アンジュがアオに問いかけた。

「アンジュの頑張り次第」

「ゴメン、無理みたい」

「アンジュっ!」

即答で不可と言ったアンジュにサラが突っ込んだ。

こう言う時、彼女達なら躊躇わないのだろうな。

アオは一度TSするとアンジュに後ろから抱きついた。

フヨン

「っ!?な、何よっいきなり」

「ちょっとヴィルキスに無理させるけど…頑張って」

そう言うとアオは特異コードを打ち込むと聖詠を口ずさむ。

聖遺物を失ったアオの歌にどれほどの力が有るか分らないが…

「これは…」

「歌…?」

アンジュとサラの呟きをよそにアオは歌う。

絶唱…

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl

アオの絶唱に呼応してヴィルキスのスラスターについているドラグーンが分離、幾つもの鋼鉄の翼が分離して飛ばされ途中で巨大化。拡大していく次元侵食に張り付き、シールドを張るように押し留める。

「アオ…あなた…」

驚愕に振り向いたアンジュの声。

「周りの被害はわたしが食い止める、だからディスコード・フェイザーで次元侵食を吹き飛ばせっ!」

アオの真剣な声にアンジュが頷いた。

「サラ子っ!」

「サラ子!?それって(わたくし)の事ですかっ!?」

「ごちゃごちゃうるさいっ!アオが食い止めているうちに、やるわよ」

「ああもう、分りましたわっ」

ヴィルキスと焔龍號が駆逐形態(アサルトモード)に変形。

二人の永遠語りが輪唱される。

ヴィルキスと焔龍號の両肩が変形し、ディスコード・フェイザーと収斂時空砲が収束。

金色に染まった機体の両肩からそれぞれ必殺の一撃が渦を巻いて放たれる。

空気を切り裂き次元侵略に着弾すると収縮するように空間を破壊。広がる侵食を押し留め、逆に打ち消し消失させる事に成功。アオの尽力もあり被害は最小限に留められた。

次元侵食を押さえ込み基地に帰還するとアオは一足先に降り立つ。

地面に降り立ったアオの元にヴィルキスと焔龍號が降りからアンジュとサラが駆け寄ってくる。

「ありがとうございます、アオさま。お陰でアウラの民の多くは救われました」

「ん…」

それでも少なくない数の命が失われた。ディスコード・フェイザーと収斂時空砲の攻撃に骨も残っていないだろう。

「サラ子、私は?」

「はいはい、アンジュもついでに感謝しておきますわ」

「なんかおざなりね」

まあいいわ、とアンジュ。

「それよりも、アオ、さっきのは何なの?説明して」

「そうですわ、先ほどの変化はいったい…」

アンジュとサラがアオを問い詰める。

「…シンフォギアシステム。ヴィルキスとシンフォギアはシナジー性が高かったから、わたしの力を直結させてやればヴィルキスを通して使う事も可能。それはかつて月の破片を穿ったほど」

「飛ばした鉄板が巨大化したように見えましたが…」

それは?とサラ。

「シンフォギアはエネルギーの物質化が可能だからね」

「エネルギーの物質化…そんな事が可能なのですね、アオさまは」

さて、と。

「それで、アンジュ、サラもどうするか決まった?」

今回の変事はおそらく誰かの思惑が絡んでいる。しかもこれほどの大規模な事が出来るのは限られるだろうから、恐らく相手はエンブリヲ。

(わたくし)達は決まっております。アウラと取り戻す…ですが…」

サラが少し言いよどむ。

「私は世界をぶっ壊す。その為にまず神を殺す」

「そう…ですね、アンジュ。たとえアウラを取り戻したとしても元凶が取り除かれないのなら同じ事。アウラ奪還の後、私個人はアンジュ、あなたに協力しようと思います」

「いいの?怒られるんじゃない?」

「よいのです。誰かがやらねばならぬ事。時間を置けば相手の力が増すばかり。相手がまだこちらを舐めている内に畳み掛けるのが得策かと」

「へえ。いいわ、それなら私もアウラの奪還に協力してあげる」

「アンジュ?いいのですか?」

「サラ子だけじゃ心配だもの。友達を助けるのは当然だわ」

「友達…ですか。…いい響です」

いつの間にか二人に友情が芽生えていたらしい。

「アオ、あなたはどうするの?」

とアンジュ。

姿を男に戻すとアンジュの質問に答える。

「昔の知り合いを助けるくらいはしてやらないとね。後は…アンジュが心配」

と言って肩をすくめた。

「あ、あなたに心配されるほどではないわよっ!」

とアンジュは真っ赤になって吼えた。

フラッ

「アンジュ?」
「アンジュっ!」

突然体をふらつかせ四肢から力が抜けるように崩れ落ちるアンジュ。

崩れ落ちるギリギリの所でアオはアンジュを抱きとめる事に成功した。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

体が発熱し、呼吸が荒い。

「どうしたのです、アンジュっ!」

サラがアオが抱きとめたサラに心配そうに近寄った。

「何がっ!?」

サラがすがるような目でアオを見る。

「油断していた。ここは向こうの地球では無いのだった」

「どう言うことですかっ!?」

「魔力酔い。幾らアンジュがノーマでマナを使えないと言っても、いやだからこそこれほどバランスの壊れたこの世界で大量のドラグニウムに触れて無事でいられる訳は無い」

「そんなっ!?」

はぁ、はぁと苦しそうに呼吸するアンジュを抱き上げるとヴィルキスのタンデムシートの背もたれに寄りかからせ、自分は操縦席に座った。

「どちらへ行かれるのですか?」

「ここの設備じゃ心もとない。深淵の竜宮へ行ってくる」

「わ、私も参ります」

「まて、そっちじゃ無理だ。こっちへ」

アオは焔龍號に駆け寄るサラを呼び止めた。

「…?どうしてですか」

「時間が無い。一瞬で行く」

言われるままにサラはヴィルキスのコクピットにやってくるとアンジュの隣に身を寄せるとアオはハッチを開けたままヴィルキスのグリップを握り締めた。

「飛ぶぞ、ヴィルキスっ」

一瞬、ヴィルキスの装甲が青く染まったかと思うと景色が一変した。

そこは長い間封鎖されているのか、空気が重い。証明すらない暗闇の中、ヴィルキスのサーチライトだけが中りを照らしていた。

ポウとアオはライトボールを浮かばせ、証明を確保するとアンジュを抱き上げヴィルキスを降りる。

「ここ、は…?」

「深淵の竜宮。かつて先史文明期の遺産を封印した場所。…後期には最先端の技術の保管場所になった場所」

アオが歩き出すと電源施設はまだ稼動しているのか次々とライトが点灯して行った。

「世界崩壊前の…それにしては経年による破損や劣化が見られませんが…」

「それはオレが直したからね」

どうやって直したかとは言わないが、まぁアオにしてみればかなり疲れるが巻き戻した、と言う事だろう。

コツコツと音を反響させながら通路を歩き、目的の場所へとたどり着くとそこは幾つ物大きな試験管が立ち上るラボラトリのようだった。

巨大な試験管のような容器に羊水が注入される。

「アオさま?」

「アンジュのパイロットスーツを脱がせてやって」

「え、ええっと…?」

「オレがやっても良いけれど、オレがやるとアンジュに引っかかれそうだ」

「あ、はい…」

とは言え、酸素マスクを付け半透明な試験管の羊水の中に入れたのだから全く意味は無いが。

アオの操るコンソールに次から次へとデータが流れ記録されていく。

それをスクロールしながら確認するとアンジュの状況が鮮明になった。

「これは…」

「何か分りましたか?アオさま」

「劣化エクリプスウィルス…これが陰性で遺伝され、ごく稀に陽性で表層に現われたのがノーマ…と、言う事は…」

「エクリプスウィルス?」

「オレの持つていた、魔力の結合を分断する力を持ったウィルスの事。…しかし、いったい何でそんな事に?」

しかし、それ自体は世代を重ねる事に劣化、彼女達はノーマである以上の力を持ち得ない。

さらに世代を重ねて劣化した分断能力は今この地球のドラグニウムを中和しきれない。

簡単に言えばキャパシティーオーバー。

「どうしますの?このままじゃアンジュは…」

「今すぐアチラに帰ればあるいは…けど、ここには確かアウラの研究資料もあったはず。アンジュの遺伝子を操作した方が確実か…」

「ではお早めに。アンジュのバイタルが安定していません」

とサラが言う。

「しかたない…か。怨まないでくれよ、アンジュ」

アオは探し出したモデルMのリンカーをアンジュに適合するように再調整して投薬する。

「っ…く…」

試験管の中で苦しそうな声が漏れた。

しばらくアンジュの変化を見守るアオとサラ。

「呼吸、脈拍、共に正常値。ドラグニウムの汚染もクリアされて健康面は問題ないかな」

「ですが、これは…」

「あはは…」

困った事態に取り合えず笑って誤魔化すアオ。

「怒りますわね。確実に」

「だよね…しょうがない、気がつかないうちに切るか」

しかし無情にもアオがコンソールを操作するより速くアンジュの瞳が開かれた。

そして羊水の中に入れられていることにパニックを起こし、目の前の容器に両手を叩きつける。

錯乱したアンジュは口元を覆っていた酸素マスクを外してしまい、慌ててさらに力を込めて目の前の容器に拳を叩き付けた。

パリンッザパー

「「あっ…」」

羊水が排水されるとアンジュは酸素を求めて深呼吸。その時ちょっと羊水を吸い込んだようだ。

「けほけほっ…あー…ここ、どこ?」

「あー、まぁ一応病院…かな」

アオはバサリとタオルをアンジュにかけると容器の中から運び出し、病衣とスリッパを履かせた。

「なんでそんな所に?」

倒れた前後の記憶が曖昧なのだろう。

「ドラグニウムによる汚染が酷くてね。アンジュは意識を失っていたのさ」

「へぇ、でも無事治療は済んだみたいね。一応お礼を言っておくわ。ありがとう、アオ」

「お、おう…」

なんかアンジュにお礼を言われてのは初めてなような…?

「でもまだ完治して無いと言うか、万全ではないと言うか…何か腕が四本あるような感覚があるのだけれど…錯覚ね」

まだ頭が冴えていないわ、とアンジュ。

「フフンッ」

それを聞いたサラがニヤリと笑った。

「なによ、サラ子」

「いえいえ、いつかの仕返しをしようと思いまして。私、痛かったのですわよ?」

「はぁ?尻尾を噛んだ事はちゃんと謝ったでしょう?」

悪い笑顔でサラはアンジュに近づくとスルリと病衣の中からクタリとうねる何かを掴む。

「な、何…?なにかゾワゾワする…」

しゃがみ込んだサラはするりと掴んだその何かをおもむろに口に含んで噛み付いた。

「ふぎゃっ!?」

ゾワワッと悪寒を感じたアンジュは飛びのくように距離を取った。

「どうですか?尻尾を噛まれた感覚は」

「はあぁ?」

アンジュは訳が分らないと言う声を上げたが、体を捻って避ける彼女の目の前で何か尻尾のようなものが揺れていた。

「へ?」

うねうねと動く尻尾のような何か。しかしそれはしっかりとアンジュの尾テイ骨から伸びていて…

「なんじゃぁっ!!こりゃあああああっ!?」

絶叫。

「はうぅっ…」

アンジュは自分の尻尾を掴むとフミフミとまさぐり、その感覚に自分でダメージを受けてへたり込む。

「ど、どう言うことなのっ!?」

キッとアオを睨みつけるアンジュ。

「簡単に言えば…」

「簡単に言えば?」

「ドラゴンになった」

簡潔に、事実だけを伝えるアオ。

「はぁあああああっ!?」

予想は付いていたが、それでも信じたくない一言だった。

「ほら、こっちの地球に適応する為に生まれたのがサラ達な訳じゃない?浄化は進んでいるけれど、まだまだこれから。そんな所で生きる為にはやはりそれに適応しないと、ねぇ?」

(わたくし)に振られても困ります」

とサラがアオの同意をスルーする。

「要点を纏めると、死にそうだったアンジュに薬を打ったらドラゴンになった」

「な・ん・で・そ・う・な・る・の・よっ!」

ブンと振るわれた拳は見事にアオの鳩尾にクリーンヒット。

「ぐ、ぐふぅ…ドラゴンになって体の活性が高まっている…今の攻撃、普通の人間だったら穴が開いていたよ?」

両膝から崩れ落ちながら抗議するアオ。

「じゃあなんであなたは平気な訳?」

「そりゃぁ…」

「はいはい、あなたが普通な訳無かったわね」

どこか達観したような言葉がアンジュの口からこぼれた。

「それより、どうするのよこの尻尾っ!」

一応尻尾と一緒に羽も付いているのだが。

「えっと…切る?」

「だ、大丈夫なの?それ」

いきなり自分の体の一部を切り取ると言われたのだ、心配にもなる。

「ちょっとチクっとするかもしれないけれど」

と言うアオに横から声が掛けられる。

「いけません。尻尾や羽を切るなどと、許されませんよ」

「それはドラゴンたちの価値観でしょうっ!?私は人間よっ」

(わたくし)も人間ですっ」

サラ達は遺伝子改造した人間である。これは彼女達の歴史が物語る事実。

「ぐぐぐぐぐっ」

「むむむむむっ」

いつの間にかアンジュとサラは取っ組み合いが始まっていた。


「やりますわね、アンジュ…」

「そっちこそ、…ね」

取っ組み合いは結局決着付かず。

「そう言えば結局ここってどこなの?」

とアンジュ。

「ここは深淵の竜宮。先史文明期の遺産の管理場であり…今はノアの方舟って所かな」

「えっと…」

「ノアの…?何です?」

ポリポリとアオは頭をかく。

「あー、そうか。地球を捨てた方も、地球に残った方もそう言った宗教言語(もの)は残らなかったか…」

はぁとため息をつくとアオは言葉を続けた。

「旧約聖書、創世記において。神は地上に増えた人間が悪行を行っているのを見て洪水で滅ぼす事にした。しかし神にも慈悲があったのか、新しく作るのが面倒だったのか、ノアという人物に神託を告げる。これより洪水で地上の全てを押し流す。お前はゴフェルの木で船を作り妻と子と全ての動物のつがいを船に乗せろ、と。結局洪水は成され地上の生きとし生けるものは死滅したが、方舟にい乗っていたものたちだけは無事だった、と言う故事」

「つまり、洪水がエンブリヲによる世界の破壊であるならここには…」

サラの言葉を聴いたアオがコンソールを操作するとシャッターが一斉に開く。

「こ、これは…」

アンジュが驚きの声を上げる。声には洩らさないがサラも同様だろう。

その開くシャッターに目をやるとすると次々に培養液に入れられた動植物たちが現われた。

「世界の終末を予期した誰かが集めたのだろうね。ここには多種多様な生物の遺伝子が保存されている」

「これらを解き放てる地球を作る事が私たちの使命であり、贖罪なのですね…」

とサラが少し暗い表情で呟いた。

「らしくないわよ、サラ子」

「アンジュ?」

「あなた達はちゃんとやってる。ここにある動植物を解き放てる日はきっとすぐに来るわ」

「ええ、その通りです…」

サラはアンジュに励まされて少し涙を溜めていた。

「その為には…」

「ええ、元凶のエンブリヲを叩かねばなりません」

とサラが決意を改めた。

「アウラ奪還後、私はあなたと共にエンブリヲからの世界の解放を目指しましょう」

「サラ子…」

どうやら話は纏まったらしい。

世界の敵、エンブリヲ。それがアオが前世で支払わなかったこの世界に対するツケ。

「借りはきっちり返さないとな」

アオもあやふやだった動悸にようやく決意がやどった。


アンジュの治療をして地上に戻ると出迎えたヴィヴィアンの驚愕の声。

「アンジュがドラゴンになってるー」

「こら、ヴィヴィアン、尻尾さわらないっ!あ、やめ…あふん…」

どうやら尻尾は弱いらしい。

「ねえ、どうしてアンジュドラゴンになってるの?」

「知らないわよ。アオに聞きなさい」

アンジュがアオにマル投げ。

ヴィヴィアンに適当に説明すると今日はもう休む事にした。

ここの所ヴィルキスを直す為にドッグに泊り込みだったからね。そんな所に次元侵食に突撃しての戦闘及びフルパフォーマンス。

さすがに疲れた。

バタリと倒れるように布団にダイブ。

そのまま寝息を立て始める。

「アオ、もう寝たの…って、寝具は一組しかなかったのだったわ。…それなのにのんきに無防備に寝ちゃって」

遅れて入ってきたアンジュが嘆息した。

「布団は一組しかないし、背中の羽…幾ら丸め込んでいるとは言えこのまま仰向けに寝ると言うのは…」

しばらく考えた後目の前に丁度よさそうな抱き枕がある事を発見。

「…よし」

そっと布団をはがし体を滑り込ますとその抱き枕の腕の中にスルリと入り込んだ。

背中の翼は抱き枕に体重を預けた為に上を向く。

「あったかい…」

抱きついて、抱き枕の胸がまっ平らなことに気がついた。

「っ…!」

一瞬、赤面し息を呑む。

「男…なのよね…」

こちらの地球に来て初めてアオが男であると知った。いや、見間違いでないのならあの撃墜された時も自分は…

それを思い出して赤面を深くする。

「ん…んぅ…フェイ…ト…?」

「む」

アオの口から漏れた自分ではない女の名前にアンジュは口をへの字に曲げる。

断片的にだがアオがどういった過去があるのかは聞いている。世界を救う為に死んだ、とも。

「バーカ」

既に会えないと理解すれば嫉妬も収まる。そっと寄り添えば眠気が襲ってきたのだった。 

 

外伝 クロスアンジュ編その2

 
前書き
すみません、長かったので二つに分けなおしました。 

 
「ん…?」

朝日を感じて目を開けるとなぜか付いてこない上半身。どうやら何かに拘束されているようだ。

すぐ首元をくすぐる誰かの吐息。

「…アンジュ」

どうやって抜けよう、そう考えていると扉を潜り誰かが部屋に入ってくる。

「お早うござ…あら…これは先を越されましたか?」

サラが開口一番そんな事を言う。

「何、もう朝…?」

低血圧なのか寝起きが悪いアンジュがもぞもぞと起き出す。

ドラゴン化したアンジュの服装はパイロットスーツでは羽と尻尾の問題で窮屈だった為にアウラの民の一般的な服装だ。それは生地面積の少ない服装では有ったが利便性を考えると仕方ないのかもしれない。

そんな服装なのだが、それもいつの間にかはだけてしまっていた。つまり今アンジュの体を覆うものはかけてある布団のみ。

眠気眼にアオに抱きついている自分をまず認識、さらにはだけた自分の裸身へと視線を落として固まった。

「っ!?」

ガバっとアンジュはアオから布団をむしりとると自分の裸身をかくした。

「わ、私に何かしたのっ!?」

真っ赤になってアンジュが言う。

「ふむ…アンジュの豊満で魅力的な体を隅々までマーキングしてやりたい衝動は感じるが…」

「っーっ…」

真っ赤になるアンジュ。

「マーキング、致しましたの?」

とサラが問う。

「残念ながらオレも今起きた所だ」

心底残念だと言うアオに二人ともそれ以上何もいえなかった。

アンジュは真っ赤になってアウアウと繰り返していたし、サラはその細められた視線の内で肉食獣の様に見定めていた。

「で、サラ子は何の用よ」

とアンジュ。

「朝食も出来ましたので、ご一緒しようかとお誘いに来た次第。まさか私もこのように盛るアンジュを目撃するとは露にも思わず」

「サラ子ーっ!!?」

「な、なんですか?私は事実を口にしたまでっ」

恥ずかしさにアンジュが毛布を包まりつつサラに突っかかっていった。

「まったく、この二人は…」

アオはヤレヤレと肩を落とすと伸びをして朝の空気を吸い込んだ。

アオは朝食を終えると武術道場へと足を運んだ。

そこは凛とした空気が張っているように感じるのは武術の修練場だからだろうか。

アオはその道場の隅で正座をして瞑想している。

瞑想を終えると壁に掛かっていた模造刀を手に取ると型の練習。

パチパチパチ

一通りこなすと入り口の方から拍手が聞こえた。

「綺麗な所作に私見とれてしまいましたわ、アオさま」

とサラ。

その奥にブスっという表情を浮かべるアンジュの姿も見える。

「今度の対決は剣術なのか」

「ええ、その予定でしたのですけれど」

とサラは言葉を濁すと彼女はそのまま壁に掛かっている模造刀を一振り取るとアオの正面に回り剣をかまえた。

「お相手願いますでしょうか、アオさま」

鋭い剣気が飛ぶ。

「オレでよければ、喜んで」

久々に握る刀に懐かしさを感じ、ついアオも応じてしまった。

サラと対峙したアオはサラの出方を伺う。

アオは刀を腰に据え抜刀の構え。

サラは上段に構えると気合と共に振り下ろした。

「やぁっ!」

「ふっ!」

振り下ろされたサラの太刀を腰から抜き放たれたアオの刀が押し返す。

二合、三合と切り結び、互いに攻撃が鋭さを増していく。

サラの攻撃は気持ちの良い剣気をおび、鋭い。

何度も何度も、その身になじむほどに刀を振ったのだろう。しかし、それゆえに読みやすく組し易い。

「はぁっ!」

気合と共に打ち放たれたサラの一撃をアオは身を捻って避けた。

「しまった!?」

スッとサラの首筋に突きつけられた刀。

「私の負けですわね」

「ああ。その歳にしてはサラは強いね」

「ありがとうございます。でも、これでもっとあなたのもになりたくなりましたわ」

「どうしてそうなる」

「近衛中将たる私と互角を張る武人なんて殆どおりませんもの。それがドラゴンの男性ともなれば愛して欲しくなるのは当然でございましょう?」


「こら、サラ子。コイツは私のものよ、ちょっかい出さないでくれないかしら」

とアンジュ。

「ええ。ですから、アオさまはアンジュのもの、私はアオさまのもの。なんの不都合も無いではありませんか」

「不都合だらけよっ!」

「いいではありませんの」

「この、泥棒トカゲ女っ!」

「今はあなたもドラゴンですわよっ!」

ウガーとアンジュが吼え、いつもどおりサラとの取っ組み合いが始まる。

腕と腕、足と足、尻尾と尻尾をぶつけ合う。…なんかいつの間にかアンジュの尻尾の扱いが巧みになっているような気がする。

「まったく…この二人は…」

ため息を一つ、アオは汗を流しにその場を辞した。

この国は温泉入浴の文化があるようで、露天の源泉掛け流しが楽しめる。もちろんドラグニウム汚染されている事を考えるべきだったのだが、アンジュもヴィヴィアンも平気そうに暮らしていた為に失念していた。

その為アンジュが失調したのだから自分のうかつかに腹が立つ。

とは言え、アオはこの程度は全く問題が無いので体を洗い、ありがたく温泉に浸かる。

行儀は悪いが仰向けになって温泉に浮くように空を見上げた。

戦いはどうやら空中戦になったらしい。慣れない翼を持ち前のガッツと適応能力で物にし自在に空を飛んでいるアンジュが目に入った。

「と言うか、アンジュ気付いているのかね。今自分がマナを使っている事に」

どれだけ巧みに羽を動かしたとして、両腕を広げた程度の翼で空は飛べない。その程度で人間が空を自在に飛べるのならば人類最初の飛行機はもっとコンパクトになっていただろう。

ドラゴンだから空を飛べるのではなく、翼をアンテナに飛行魔法を使っているから空を飛べているのだ。

「ああ、落ちるっ!?」

ドンパチ空中戦を繰り返す中両者ノックアウト。ドボンと水しぶきを上げて温泉へと突き刺さる。

「こほっ」
「ごほっ…もう、アンジュあなたはっ!」

「あなたの所為でしょうっ!」

アンジュとサラが罵りあいながらお湯から顔を出す。

「なに、このふにゃふにゃしているものは…」

「はて、何でしょう?」

アンジュとサラがなにかを握りこんでいる。

「あー、それ以上は流石のオレもいきり立つと言うかなんと言うか…」

「……っ!?」

「あらあら…」

アンジュは勢い良く手を放すと飛びのいた。

「この、ヘンタイっ!」

アンジュ自分の体をその両手で隠すと、体を捻りその尻尾を鞭の様に振るった。

「きゃあっ!」

その振るわれた尻尾を難なく掴むと体重を崩すようにお湯の中に転ばせる。

プカリと膨らんだ双丘がお湯から出るとアオの体は一変、女性へと変貌していた。

「せっかくだ。このままお風呂で汗を流した方がいい。服を着たままと言うのはマナーに反するから脱いでおいで」

「うぅ…なんだろう…男のはずなのに女の子同士だから怒れない、このもどかしさはどうすればいいのよ…」

「それ、どう言うことですの?」

とサラが女体化したアオに問う。

「ああ、オレは特異体質でね。どちらにでもなれる」

「でも安心して、心は男だそうよ」

「それは安心しました」

何が安心したのか…二人はすごすごと温泉から上がるとアンジュとサラは服を脱いで帰ってきた。

「はぁ…気持ちいい…」

「やはり温泉は掛け流しに限りますね」

とアンジュとサラ。

更衣室の方から二人ほど人の気配を感じる。

入ってきたのは良く似た二人の女性。

「アンジュ発見っ!とうっ!」

露天風呂の入り口からヴィヴィアンが現れて露天風呂にダイブ。

「ちょっと、ヴィヴィアンっ!やめっ…」

ヴィヴィアンがアンジュの尻尾を握り締めて遊んでいた。

遅れてヴィヴィアンの母親、ラミアも入ってきてヴィヴィアンの元気一杯の行動をうれしそうに微笑んでいる。

「それにしてもいいにゃぁ…尻尾に羽。アンジュにはあって何であたしには無いんだろうね?」

「それは切ったからだろ。アルゼナルの人たちが、ヴィヴィアンがドラゴンだと分っても死なせなくても良い様に」

とアオ。

「そっか…あたしはアルゼナルの人達に守られていたんだね」

ヴィヴィアンがほんの少しくすぐったそうに笑った。

「失ったものを再び生やすのは我々でも難しいですから…」

サラがラミアを見てすまなそうに言った。

「いえ、私は…ミィが元気に帰ってきてくれただけで十分です…」

と言いながら複雑そうな表情をする。

「お母さん…」

それを見てヴィヴィアンがしょぼくれた。彼女に悲しい顔をして欲しくないのだろう。

「ヴィヴィアン、ちょっとおいで」

「んー?何?…は、まさかサラとアンジュに飽き足らずあたしまでその毒牙にかけようと…」

「毒牙って…何を想像したよ…」

「えっとね、エルサの引き出しの置くにある男と女がちゅっちゅするやつ」

「ヴィヴィアンっ!?」

ヴィヴィアンの的確な表現にアンジュが赤面。

と言うか、エルサ…そんな本を持っていたのね…しかもヴィヴィアンにバレているとか…不憫な…

「違うから、ちょっとおいで」

「ほい来たっ」

バシャンとなぜかアオの膝の内に収まるように据わるとその背中を預けてきた。

「ちょっとヴィヴィアンっ」

「アンジュ、子供に嫉妬なんてみっともないですよ」

「サラ子は黙っててっ」

取り合えず外野は無視してアオはそっとヴィヴィアンの背中に触れる。

そして離すと同時にいつの間にかそこにあるのが当然と言う感じでヴィヴィアンの背中に翼が生え、腰から尻尾が生えていた。

「お、おおっ!?なんじゃぁ、こりゃぁ!」

バサバサと動かすヴィヴィアンの翼。そして何かを思い出したかのように空中に舞い上がると空を駆けた。

「み、ミィっ!そのままでは風邪をひきますよっ」

とラミアが慌ててバスタオルを掴むとヴィヴィアンと追った。

「アオ…」
「アオさま」

何やら二人の驚いたような、呆れたような顔を向けられる。

「いやぁ、いいものだね。自分の翼で飛ぶのも。パラメイルで飛ぶのももちろん好きなんだけどさ」

と戻ってきたヴィヴィアンが言う。

「それは良かった」

「ありがとうございます、アオさま。なんとお礼を言っていいか…」

ラミアが涙を溜めている。本当はヴィヴィアンの翼と尻尾がもがれていた事にさびしさを感じていたのだろう。

「いや、大したことでも…」

「今のどうやりましたの?」

サラが代表して問いかける。

「うーん…過去のヴィヴィアンの翼と尻尾を切ったと言う因を無かった事にした感じ?」

「言ってる意味は分かりませんがやってる事が凄いと言う事は理解しました…」

と、サラ。

「あなた…マナを使えるのよね」

とアンジュ。

「まあ…」

「だったらなぜあなたはノーマの…アルゼナルに居たの?」

「さて、それは俺にもわからないが…多分マナを破壊する事が出来るからかな」

「はぁ?」

「元々を辿ればアンジュ達がノーマと呼ばれマナを破壊してしまうのはエクリプスウィルスの分断能力によるもの。それで、その元々のキャリアーは何を隠そうこのわたしです」

「ええっ!?」

いきなりのカミングアウトにアンジュがフリーズ。再起動までにしばらくの時間を要した。

「劣化したエクリプスウィルスが誰かをキャリアーにして向こうの地球に行ったのだろう。そしてどこで進化したのか、いや退化したのかその発症が女性に限定されてしまった、と。仮説を立てればこんな所。まぁ確証は無いから事実はまったく別かもしれないけどね」

というか。

「アンジュをこっちの地球に適応させる為にぶっ込んだタイプMリンカー。エクリプスウィルスも最適化されたからアンジュもマナを使えるけど?」

「えええっ!?」

「あ、いや違うか。あの世界のようには使えない。でも、訓練すれば似たような事は出来るよ。そもそもそんな小さな翼で本当に人間が空を飛べると思っているの?」

「飛べないの?」

「飛べない。それはマナの力…ドラグニウムを使って飛んでいるんだよ」

「アオさまは博識でいらっしゃるのですね」

するりとアオの腕の中に入ってくるサラ。

「ちょっと、サラ子っ!何しているのっ」

「あら、悔しかったらご自分もすればよろしいじゃありませんか」

「くっ…」

アンジュは難しい顔をすると意を決してサラの反対側へとくっつく。

「おおっ!アオ、両手に花だにゃ。ここはあたしもっ!」

そう言うとヴィヴィアンが再び正面に抱きつく。

「こんな時間を過ごしていると、ドラゴンを狩ったり、生死を賭けて戦っていたのがウソのよう…」

とアンジュ。

「でも、それは紛れもない事実。世界は今もエンブリヲの支配を抜け出してはいません」

「エンブリヲ。世界の調律者…ね」

サラの言葉に黙考するアンジュ。

「実はアウラの居場所が分りました」

とサラが告白する。

「近日中に我々はアウラ奪還の為に大規模な行動を起こします。アウラの幽閉場所はミスルギ皇国、暁ノ御柱の地下。その為には無辜の民に多数の被害を出しましょう」

「それを私に言ってどうしろっていうの?一緒に戦えと?それとも私に止めて欲しいのかしら?」

(わたくし)達はもう止まれません。長年の悲願。アウラ奪還の為に動き出しましょう。私個人はあなたの協力を得たいし、協力したい。ですが…」

とサラが少し複雑な表情で答えた。

まさか彼女の故郷を攻める事になるとは思わなかったのだろう。

「その時に向こうの世界と特異点が開きます。帰られるならそれもよろしいでしょう」

とそれだけを言うとザパリとお湯をかき分けサラは温泉を上がった。

「ねえねえアンジュ。アンジュはどうするの?」

そうヴィヴィアンが言う。

「どう…すればいいのかな…ヴィヴィアンは?」

「あたし?うーん、あたしは皆が心配だから一回帰るよ。そして皆をあたしん家に招待するんだ」

「そっか…」

迷い無いヴィヴィアンの言葉にアンジュが揺れる。

不意にアンジュの視線がアオと交わった。

「アンジュの好きにすると良い。わたしはアンジュの選択を肯定する。例えどんな選択をしたとしてもね」

「アウラはいいの?知り合いなんでしょう?」

「そっちはまぁ、何とかするよ」

「何とかって…まあアオなら何とかしそうね…」

その後答えも無く皆黙り込む。

「私は…まだ何が正しくて、間違ってるか分らない。でも、だからこそ悔いの無いように行動してみようと思う」

「そっか」

とアオは一言だけ返す。

「そろそろ逆上せそうだ。上がろうか」

「そうね…」

「ああ、そう言えば」

と言ってアオはアンジュを呼び止める。

「羽と尻尾は訓練すれば完全に隠せるよ。サラ達は自分達のアイデンティティだから隠すと言う発想が無いのだけれどね」

「ほ、本当に?」

「遺伝子提供元が言うのだから間違いない」

それからの訓練でアンジュは何とか羽と尻尾を隠せるようになったが、まだまだちょっとの刺激で飛び出してしまうのでこちら風の衣装からの脱却は出来ないだろう。




ゆっくりとだが確実に時間は過ぎて…

ドラゴンの一大勢力が目の前に集結された。

アウラ奪還の為に集められた戦力だ。

「あれ?ヴィヴィアン、その機体…」

ヴィヴィアンが乗るのはコクピット周りをパラメイルの操縦席に改造したピンクの龍神器だ。

「えへへ、良いでしょう。ここでクイズです。このパラメイルはどうしたのでしょうかっ」

「えっと…」

答えに詰まると出立まではまだ時間があるのか、サラがこちらにやってきて答えた。

「ヴィヴィアンさんのパラメイルは損傷が激しく直せそうも無かったので、作ったは良いけれど乗り手の居ない四號機のコクピット周りを付け替えてお渡ししました」

「と言う事なのでした」

どうだ良いだろうと自慢するヴィヴィアン。

「その名もピンクドラゴン号ッ!」

「違いますっ!桜龍號です。間違えないで下さいっ」

「えー…ピンクドラゴンで良いじゃんっ!」

「ダ・メ・です。よろしいですね?」

サラにすごまれてヴィヴィアンはブンブン頷いた。

「壮観だな」

目の前には数多くのドラゴンたちが出撃の号令を待っている。

「そうね。見た事のないドラゴンがいっぱいいるわ」

大型の巨大竜。それは交戦した事のある形をしたものも居れば、全くの初見のドラゴンも居る。

壇上のサラがドラゴンの軍勢を鼓舞するとその上空にシンギュラーが開いた。

この先はミスルギ皇国の上空へと繋がっているらしい。

ドラゴンが一斉に空へと駆け上がっていく。

「それじゃあ、オレらも行こうか」

「ええ」

いつものアンジュの青いパイロットスーツは今は背面をばっさりと繰り抜かれいつもよりも肌面積を削っているが、これは仕方が無い。

「後ろからあんまりジロジロ見ないでよ。もしスケベな気を起こせば…」

にょろりと尻尾が生えるとそれでアオを威嚇した。

「了解、善処する」

不意にまだ羽や尻尾が飛び出るのだ。その時に圧迫されると途轍もなく痛いとの事。その事故の為の処置だった。

サラマンディーネを先頭にシンギュラーを多数の門を潜る。

「戻ってきた…」

と感慨深いアンジュの呟き。

「海…?」

シンギュラーはミスルギの上空に開くハズだったのだ。しかし周りを見れば空と海。陸地は稜線にしか見えない。

サラ達から仕入れた地形データを照合するとここはやはりミスルギではない。

「ミスルギから北東48000m…それに…」

望遠レンズに捉えるパラメイル。いや、あれは…

「黒い…ヴィルキス…?」

呆然と呟くアンジュ。

「いや、あれはラグナメイルだ…シンギュラーが開けばアルゼナルが動くのは当然…だけど…」

サラ達が応戦するが、たった五機のラグナメイルにドラゴンたちは一方的に討ち滅ばされていく。

それほどまでにラグナメイルは圧倒的だった。

「くっ…」

唇を噛むとアンジュはスロットルを噴かす。

「アンジュ、どうするんだ?」

「サラ達を助けるっ」

「そうこなくっちゃっ!にゃっほぅ」

ヴィヴィアンはアンジュの言葉を聴いてラグナメイルに向かう。

アンジュも全速力で駆けると今まさにラグナメイル剣が振り下ろされるサラの間に割り入って駆逐形態で剣を取ったヴィルキスで受け止めると、剣同士がぶつかり合い火花が散った。

「アンジュ、アオさまっ!」

サラが驚きの声を上げる。

「サラ子、今は引きなさいっ!」

「できませんっ!アウラを助け出すまではっ」

アンジュの言葉にサラが返す。

「たった五機のラグナメイルに戦線が保ててないっ。すでに作戦は瓦解しているのだぞっ!兵達に無駄死にを命令するのかっ、サラマンディーネっ!」

アオが辛らつな言葉を吐いた。

「そ、それは…」

「根性論だけではどうにもならない現実を受け入れろっ!今は負けても再起をはかれ」

「くぅっ…」

「サラ子っ!」

アンジュも目の前のラグナメイルと交戦しつつサラを嗜める。

「わ、分りましたわ…全軍、撤退っ。全軍、戦線を縮小しながら特異点の内側まで撤退っ!」

サラは悔しそうに命令を下すと後退の援護を始めた。

そのオープンチャンネルによる会話を聞いていたのか、目の前のラグナメイルが飛行形態(フライトモード)になるとそのパイロットの姿が現われる。

「その声、アンジュなの…?」

現われたのはサリアだった。

「サリア…、その機体は何?」

アンジュも飛行形態にするとコクピットを開きその顔をサリアに向けた。

「これはエンブリヲ様からいただいた、私だけの機体。私の忠誠はあの方へ」

「エンブリヲ…?あなた、私が居ない間に何があったのよっ!」

「あなたが知る必要はない事よ」

とサリアはばっさりと言い捨てる。

「それよりも、その機体は何?」

やはり相手もその機体が気になるのか質問が返される。

「ヴィルキス、よ。ちょっとどっかのバカが凶悪な改造を施したけれどねっ」

そう言ってアンジュはアオをジロリと睨む。

「あはは…」

「男っ!?あなた、いつの間に男を誑し込んでっ…アオはどうしたのよっ!」

「はぁ?ここにいるじゃないっ…て、あー…背格好が変わってるから気がつかないか…」

「何を一人で納得しているのよ、この下半身デブっ!」

「言ったわねっ!このっ…貧乳ドヘンタイコスプレイヤーのくせにっ!」

「なっ!それは言わない約束でしょうっ!?」

ぎゃあぎゃあと罵りあいが始まる。

「本当にアンジュちゃんなの?」

「驚き…しかも男連れ」

傍に飛んで現われたのはエルシャとクリスだ。

「二人とも…じゃあ残りの二機はヒルダとロザリーと言うわけね」

「違うわ…あんな裏切り者っ…」

クリスがアンジュの言葉をすぐさま否定する。その言葉にどこか憎悪が混じっていた。

「ええ、はい…分りました」

どこかと通信している風のサリア。その後険しい顔つきになるとサリアがこちらを向いた。

「アンジュ、あなたとヴィルキスを拘束する。いいわね、二人とも。これはエンブリヲ様の命令よ」

「了解」

「分ったわ、サリアちゃん」

「またエンブリヲ…あなた達いったいどうしちゃったのよ」

エンブリヲ。サラ達が言う所の世界の調律者。倒すべき敵。

「私は気付いたの、真に信じるべき相手に…」

サリアが陶酔したような声を出す。

それを聞いたアオは撤退を促した。

「アンジュ、情勢が分らない。一旦引くよっ」

「アオ?」

「君は、訳も分らず仲間と戦うというの?」

とは言え、明確に敵だと分ればアオは容赦しないだろう。

「くっ…ヴィヴィアンっ」

「がってん承知っ!」

今しがたシンギュラーへと向かっていたラグナメイルの一機を行動不能にし、もう一機が助けに行かざるを得ない状況を作りアンジュのヴィルキスに併走する。

「その声、ヴィヴィちゃんっ」

「ヴィヴィアン、あなたも…」

当然、桜龍號はコクピット閉鎖型だが、その声に気付くものがあったらしい。

「あれ?エルシャとサリアだ。どったの、そんな機体に乗って」

「あなたこそ、その機体は何っ」

「えへへ、良いでしょう。ピンクドラゴンちゃん…じゃなかった桜龍號って言うの」

「ヴィヴィちゃん、あなた…」

エルシャが複雑な声を上げた。

「アンジュ、サリア達が戸惑っているうちにっ」

「分ったっ」

アンジュは飛行形態で併走する桜龍號を駆逐形態に変形して二本の腕で掴むとそのまま背中のスラスターを噴かす。

「牽引するような状況で私達から逃げ切れると本当に思っているのっ!」

とサリアの怒声が響く。

「出来るわよっ!ヴィルキスならっ!」

力強く宣言したアンジュの言葉に呼応するように指輪が輝くと、ヴィルキスの期待から旋律が流れ始めた。

「アンジュ、歌えっ!」

「ええええっ!?ここでっ!」

「いいからっ!」

「くっ…」

一瞬で覚悟を決めるとアンジュは歌い始める。

それはいつかの彼女の抵抗(レジスタンス)の歌。

「これは…」

「…歌?」

アンジュの…ヴィルキスの常軌を逸した状態にサリア達が呆然としている内にヴィルキスは蒼く染まっていき、スラスターの出力がアップ。

「とっべーっ!ヴィルキスっ」

「な、アンジュ…何をっ!」

アンジュの気合と共に加速するヴィルキスはサリアの静止の声より早く飛行形態のラグナメイルを軽々と置き去りにしては飛び去った。

PICの範囲を桜龍號を包むまで広げる事で二機分の質量を軽々と加速させ、さらに加速のGからも守る。

PIC有ってこその荒業である。

超加速による縮地で気がつけばそこはサラの一撃で崩壊したアルゼナル上空だった。

ヴィルキスから通信で呼びかけても何の応答も無いそのアルゼナルを不審に思いカタパルトに着地すると館内を調査する。

「なに、これ…」

アルゼナル館内はそれは酷いものだった。

アルゼナル各所には死体が転がり、生きている人間は皆無だ。

確かにサラの強襲で失われた命はあっただろう。しかし、この惨状は人間が起こしたものである。

銃弾による殺害痕が見られ、アルゼナルも抵抗したのか巨大な丸ノコギリを思わせる兵器が破壊された物が所々に朽ちていた。

「あっちもこっちも同じ感じ…みんな死んじゃったのかにゃあ」

館内を(あらた)めたヴィヴィアンが割り切った声を出した。

「いったい何が起こったと言うの…」

アンジュも暗い表情で言葉を零す。

「わからん。だが、弔ってやらないとね…」

遺棄された少女達の弔が終わるまでに日が傾いてしまった。

どうにもアルゼナル館内で一夜を明かす事に抵抗を覚えたアオ達は海岸に移動すると焚き火を焚いて暖を取っていた。

「アルゼナルがこんな状態だなんて…皆はどこに行ったのかしら…」

とアンジュ。

「サリアやエルシャは生きていた。敵だったが…。指令達の死体は見つけていない。捕まったか…あるいは脱出したか…」

「大丈夫、きっとみんな生きてる」

とヴィヴィアンの直感から来る言葉。

「モモカ、無事でいるかしら…」

「彼女は見かけよりもしぶとそうだ」

「それもそうね…ボロボロになっても私の元に駆けつけたくらいだものね」

アンジュとそんな会話をしていると海面に光球が浮かび上がり、トポンと言う音を響かせて黒い丸っこい何かが海面から覗いた。

「な、ななな…なにあれっ!?」

「うにゃ、むむむ…?」

一番に見つけたアンジュは戸惑い驚き死体ですら気丈に振舞っていた自分をかなぐり捨ててアオに抱きつく。ヴィヴィアンはすぐさま臨戦態勢をとり体を斜に構えて腰を落とした。

「落ち着いて、アンジュ。あれはたぶん…」

「ひ、ひぃぃいいいいいっ!お化けっ…いぃやああぁぁあ、こっちこないで、お願いっ!?」

アンジュの絶叫。その恐慌に羽と尻尾が飛び出した。

「…ジュ…ゼさま…」

微かに響く人の声。

「アンジュリーゼ様っ!」

自分の名前を呼ばれた呼び声にどうにか正気に戻ったアンジュが視線を向けると、ダイバースーツを脱いだモモカの姿がある。

「モモカっ!」

「アンジュリーゼ様っ!」

ハシッと二人はしっかりと抱き合った。

モモカのその後ろにはヒルダとロザリーの姿が見える。

「本当にアンジュリーゼ様ですのね…しかし、このゴツゴツした感触は…はわわ、姫様に可愛らしい尻尾が付いています…」

「モモカ、少し落ち着きなさい」

「本当にアンジュなのか…?」

ヒルダも心配そうにアンジュに近づいた。

「その格好はいったい…」

そしてやはりその羽と尻尾に気がついたらしい。しかしヒルダの意識はそれよりもその近くに居たアオへと向かう。

「あんたは…」

「ああ、オレは…」

「そいつはアオよ。少し性別が変わっているけれどね」

とアンジュが説明した。

「アオだって言うのか?コイツが!?男じゃねーかっ!」

あぁ…仕方ない、とアオはTS。

「これでいい?」

「お、おう…いったい、アンジュ達の身に何があったってんだ…」





ヒルダ達と合流したアオ達は招かれるように潜水艦へと案内された。

「ここは…この船は…どうしてここに?」

アオは懐かしいものを見るような眼で見渡す。

「ようこそ、アウローラへ」

とメイが甲板に出てきて言う。

「そっちのパラメイルも凄く気になるけど…もしかしてこれ…ヴィルキス、なの?」

ヴィルキスと桜龍號を潜水艦の格納庫に格納するといの一番に駆けつけてきたのは整備士のメイだ。

「そうよ」

とアンジュの肯定の声。

「何がどうなっているのよっ!ヴィルキスはどうなったのよっ!」

「知らないわよ。アオに言ってちょうだい。それ改造したのアオだから」

「こっちにマル投げかよっアンジュ」

知らないわ、とアンジュはアオの抗議を無視。

「……まぁシンギュラーの最後尾、閉じかけの門を無理やりに通った時にヴィルキスもぶっ壊れてね。しょうがないからわたしの機体をパッチワークでくっ付けて直した」

「ほ、本当に…それで、ヴィルキスは…」

なんで彼女がそこまでヴィルキスに拘るのか。そはら恐らくヴィルキスがラグナメイルであると知っているからだろう。

劣化コピーのパラメイルでは無い、純粋の先史人類の最終兵器。ラグナメイルを。

「そう、あなたがヴィルキスを人一倍気に掛ける理由はそれがラグナメイルだったからね」

「それは…」

アンジュの的確な言葉にメイが押し黙る。

「でも残念ね。それはもう、パラメイルでもラグナメイルでもない、別の何かよ」

それだけを言うとアンジュはアオの腕を取って歩き出す。

「行くわよ」

「お、おいアンジュ?」

まずはジル指令に会って詳しい話を聞こうと言う事なのだろう。

会議室に通されるとアンジュとヴィヴィアンの様子の変化に対面したアルゼナルの生き残り達との壁が出来ていた。

来る途中にモモカやヒルダからの話を纏めると、アオ達がシンギュラーの向こう側に行った後、ノーマ開放をうたう戦艦が現われ、降伏を迫ったが、それを罠と断じ抵抗すると虐殺が始まったらしい。

何人かは連れ去れれ、その他は殺された。

ジル達はこの潜水艦に逃げ込んで目的の為に潜伏していると言う。

作戦名を「リベルタス」と言い、ノーマの解放を謳い文句に元凶であるエンブリヲを倒す事が目的らしい。

「ふん、ドラゴン達が平行世界の人間で、こちらを責めるのはそのアウラと言うドラゴンを取り戻したいが為だ、と?くだらん。しかもドラゴンになって帰ってきました、などと、笑い話にもならん」

とジルが吐き捨てた。

「でも、事実よ。あっち側はそうでもしなければ生き残れない世界だった。そう言うこと。ねぇ、ドラゴン達と共闘は出来ないのかしら」

とアンジュが提案する。

ドラゴンとの戦いの真実。それはこの世界のマナを維持する為に狩っていたと言う事実を告げ、アウラ奪還の為に動くサラマンディーネと共闘しようと言ったのだ。

だがそれに対するジルの答えはNOだった。

ノーマの解放はアウラを助けただけでは達成できず、必ずやエンブリヲを打倒しなければならない。で、あるならばドラゴンの目的なんて知った事ではない、と言う事なのだろう。

「サラ子はエンブリヲ打倒を手伝ってくれるって言っていたわ」

「身も心もドラゴンに毒されたようだ。お前は知っているはずだ。この世界がいかに醜く、汚いか。祖国に裏切られ、民衆にツバを吐かれ殺されかけたお前には、この世界をぶっ壊す私の思いを十分に受け入れてもらえると思っていたのだがな…お前が無茶しないようにつけた重しが思いのほかお前の心をほだしたようだ」

と言ってジルの厳しい視線がアオに向けられた。

「知らないね。誰に会い、誰と語り、誰に影響されようがそれはアンジュ自身の問題。わたしの影響?当然あるに決まっている」

ハッ!と鼻で笑ってやった。

「話はこれまでだ、一時解散する。アンジュも考えが改める時間が必要だろう」

そう言ってジルは会議室を辞す。

会議は一時解散。

アオはその空いた時間で潜水艦を見て回る。

特にすることも無いと訪れた格納庫。そこではメイがヴィルキスに悪戦苦闘していた。

「どうするんだよ。ジルからはタンデムシートを外せって言われているけど…まったくこっちのアクセスを受け付けないよ」

「そりゃそうだ。メンテナンスコードも全部書き換えてある。アンジュかわたしでなければロックは外れないよ」

「アオ…」

しまったとバツの悪い顔をするメイ。

「アルゼナルはもう無い。事実を知ったアンジュはもうドラゴンと戦う事は無いだろう。メンテナンスフリーで整備もいらないこの機体を弄られて何か仕組まれては困るだろう?」

「見抜かれていたみたいでイヤな感じ。でも整備がいらないってのは聞き捨てなら無い」

「すまん、言い過ぎた」

彼女は矜持(プライド)をもって整備をしてきたのだ。

「でもまぁ、出来れば今のこのヴィルキスに手は出さないでくれないか。さっきも言ったがアルゼナルが無い今アンジュと君達の道が交わっている、とは言い切れていない。今みたいにね」

「それは…」

ヴィルキスからアオを強制的に排除させようというジルの命令なのだろう。

「そう、…でもこれだけは答えて。これはヴィルキス?」

彼女達の作戦の切り札であるヴィルキス。その性能如何ではエンブリヲを打ち倒す以前の問題になってしまう。

「ヴィルキスは一度大破した。フレーム、エンジン、コクピットと改修が入ってる。元のヴィルキスの部分なんて全体の半分も無いよ」

「そんな…それじゃリベルタスは…」

「どうしても元のヴィルキスが欲しかったら…あのサリア達が乗っている機体を鹵獲したらいい…まぁ、その性能差で不可能なのだろうけれど」

寝返ったサリア達が乗っていた黒いヴィルキス…ラグナメイルは以前のヴィルキスと同型機である。鹵獲できればリベルタスの足しになるだろう。あくまで出来れば、だが。

時間を置いての再召集。

ジルの言葉は一転。ドラゴンと共闘しても良いと言い出した。

独自の調査で敵の本部がミスルギ皇国、暁ノ御柱らしい。

それに当たってドラゴンの戦力を前方に展開。まず敵のラグナメイルをおびき出す。その後自分達は海底深くを通って後ろ側に浮上。不意を付いて挟撃し相手の戦力を削る。

なるほど、理に適っている。だが…これはキレイすぎる。

「わたしならこうする」

とアオは地図の一点を指差す。

「ドラゴンを囮に敵の懐まで入り込み、単機で侵入。エンブリヲを叩く」

「ちっ」

「そんなっ!ドラゴン達を囮に使うって言うのっ!?」

ドラゴン寄りの考え方をするアンジュは激昂する。

「ジル指令?」

バレちゃしょうがない、と言う顔をするジル。

「まさか、そんな命令聞けないわっ!」

「ならば聞くようにするまでだ」

ジルがボタンを操作するとモニタに写ったのは手足を縛られて拘束されたモモカの姿。

「私がボタンを押せば減圧室に海水が流れ込む。さあ」

どうするのだ、とジル。

「モモカ…」

「はぁ…」

アオはため息を一つ。

「起きろ、スキーズブラズニル」

ブゥンと一瞬潜水艦が震えた気がした。

「ふ、何を言っている。気でも狂ったか」

ジルが勝ち誇った表情を浮かべる。

『お呼びでしょうか』

いきなり電子音が響き渡る。

「な、何?いったい何なの?」

「ハツネ・ミライの権限で命じる。艦内の全制御をマニュアルからスキニルに移行」

『魔力照合開始、完全一致確認。お帰りなさい、マスター』

「減圧室のハッチをオープン。アンジュ、迎えに行こう」

「お前、いったい何をしたっ!」

襲い掛かってくるジルの目の前に光の障壁が現われる。スキニルに内蔵されている防衛装置だ。

「この船、わたしが昔改造したものだよ?使用権限の一位はわたしにある」

「意味がわからん。この船は昔、古の民が使っていたものだ。そんな事が有るわけがないだろうっ」

「古の民…この地球の本来の人間達がどうしてこの船を持っていたのかは知らないが、この船はわたし達が使っていたものだよ」

「言い忘れていたわ。アオって五百年前の人間の生まれ変わり、だそうよ」

形勢が逆転した為にアンジュが意を高くして言い放った。

「アオ…貴様…やはり貴様が最大のイレギュラーかっ…」

ジルが忌々しげに言う。

「しかし、マナの光であるのならっ!」

目の前の光の壁を触れる事によって破壊しようと試みるジル。しかし…

「ノーマはマナを拒絶する。それはこの世界にエクリプスウィルスが分断すべきエネルギーがそれしかないからだ。その為にそれに特化し、また退化した。それはマナとは似ていて非なるもの。破壊はあなた達では無理みたいね」

「おのれっ…」

ジルの忌々しそうな声が響いた。

「作戦事態は悪くない。時には捨て駒も必要だろう。だが…それは捨て駒にされるものの意思を聞いた場合だ。他者を利用するだけの人間にいつまでも人の心は付いてこないよ」

「アオ…」

アオは悲しそうに言うと会議室を後にすると減圧室に拘束されているモモカを救助に向かう。

「モモカっ」

「アンジュリーゼ様っ」

助け出されたモモカが感極まってアンジュに抱きついた。

「これからどうする、アンジュ」

「分らなくなったわ…」

と眉を曇らせるアンジュ。

「エンブリヲを倒す。それは誰の為?」

「それは…ノーマを解放するため…」

「ノーマの解放するのはなぜ?」

「それは…いくらこの世界では人間ではないと言われていてもノーマにも幸せに生きる権利位あるわ」

「じゃあアルゼナルしか知らない彼女達の幸せって?」

「それは…」

「アンジュが…ヒルダがノーマを不幸だと思うのはアルゼナル以外を知っているから。アンジュが命をベットし続ける日常を疎うのはそれが異常だと知っているから。だけど、一人だけ逃げないのは、君が根っからの為政者だからだ」

「為政者…私…が?」

「そうですよ。アンジュリーゼ様は皇女様なのですから」

当然ですとモモカがアオの言葉を肯定する。

「ノーマが幸せであって欲しい。自分が幸せになるには周りがそこそこ幸せで有って欲しいと思っている」

裏切られ、罵られ、吊るされてもその根底は変わらない。

「そうね…リベルタス。ジルの考えには賛同できないけれど、ノーマの解放はやっぱり必要。その手段に一番適した解はやっぱりアウラの解放、かな」

アウラを助け出せばマナが使えなくなる。

「マナが使えなくなればノーマも人間(マナ)も関係なくなる。世界は混乱するだろうけれど、ね」

「そんなの混乱すればいいわ。こんな一方から搾取しなければ成り立たない世界など壊れてしまえば良い。それが私の、リベルタス…」

「そして歴史は繰り返し、戦争と混沌の時代が来る」

「あら、人間はそう言うものよ。生きる為に殺し、自由の為に奪う。それで滅びて…気が付いて…サラ子達の様に償って…でも、それで良いじゃない。それが生きると言う事なのだわ」

「アンジュは眩しいね…長く生きると君のような輝く魂に目を奪われる」

「ふん、当然よ。しっかりその目に焼き付けて、私に付いてきなさいっ」

「あらら、さすが皇女様は違う」

さて、と。

カツカツと通路を歩きデッキへと移動すると前からヒルダとロザリー、それとヴィヴィアンが歩いて来る。

「おや、アンジュ。どったの?」

とヴィヴィアン。

「ジルとは袂を分かつ事になったわ」

「なっ!」

「おいおい、そいつはいったいどう言うことだ?」

驚きの声はヒルダで質問はロザリー。

「言ったとおりの意味よ。ジルの考えには賛同できない」

「だったらどうするつもりだ。アンジュ」

ヒルダがアンジュに問いかける。

「本当はこの船を強奪、と言いたい所だけれど、今のノーマ達にはここしか居場所が無いのよね…だから私が出て行くことにしたわ」

と宣言するアンジュ。

「あたしも行くよ」

「ヒルダっ!?」

バッと身を震わせて驚くロザリー。

「ヒルダ…」

しかしそれをアンジュはフルフルと首を振った。

「ヒルダ、あなたは今はまだここに居て」

「あたしはアンジュには必要ないって言うのかっ!」

「そうじゃないわ」

とアンジュはヒルダの肩を持つ。

「今この船はジルと、歴戦のパイロットのあなたでどうにか希望が保たれている。そんなあなたが居なくなったらこの船はすぐに瓦解してしまう」

「それは…」

ヒルダも薄々そんな空気を感じ取っているのだろう。指揮の経験もあるヒルダはそう言う空気を何となく感じ取れていた。

「ヒルダ。今はノーマ達の事をお願い」

「アンジュ…あたしは必要ないのか…?」

「そんな事ない。ヒルダがいてくれればどれだけ心強いか」

「アンジュ」

自然と抱きついたアンジュにヒルダが赤面する。

「今は任せられるのがヒルダしかいないんだ。お願い」

「…わかった」

しぶしぶとヒルダは食い下がった。それがアンジュの願いであったからだ。

ヴィルキスと桜龍號にそれぞれ搭乗するとスキニルが浮上。海面に出ると共にハッチをオープン。

「スキニル。AI本体をヴィルキスに飛ばせる?」

『可能です』

「そ。じゃあ本体をヴィルキスに写した後に我々は脱出。その後障壁を張りつつリモートで潜水、いい?」

『了解しました。マスター』

海面に浮上するとヴィルキスと桜龍號は出撃。アルゼナル…ジルと決別した。

桜龍號にモモカを乗せて空を飛ぶ。

「どうするの?これから」

「取り合えず、サラ子の所に行きましょうか。こちらの反抗勢力の実情も知れた。サラ子達がどうなったのかも気になるわ」

「どうやって?」

「どうにかして、よ」

「まぁ、元々次元跳躍能力がヴィルキスには付いているから、行ける筈だが…アンジュっ!」

なんて事を言っていると空中からビーム粒子が飛んできた。

「くっ…」

スラスターを噴かし直撃を避ける。

高速で接近してくるのはいつかの黒いラグナメイル達だ。

哨戒中に偶然引っかかってしまったのだろうと思いたい。出なければ居場所がバレバレだと言う事になってしまう。

「狙いはアウローラか」

現われた二機のラグナメイルはバシュッバシュとビームを飛ばし執拗に潜水艦を狙っていた。

「やめなさいっ」

アンジュはそのラグナメイルに応戦。ヴィヴィアンもライフルで牽制していた。

『敵機反応、三機です』

とスキニルが飛ばしたドラグニウム粒子の反響で少し離れたもう一機を確認。

「どうする?」

「逃がしてくれそうもないわね。…だったら」

アンジュは目の前のラグナメイルと交戦しながら宣言する。

「倒して進むわよ。自分の道は自分で切り開く。目の前の障害は取り除くっ!私が生きるためにっ!」

「オーケー。それじゃ、目の前の敵は倒して進む。ならば…」

ヴィルキスから旋律が流れ始める。

「歌え、って事ね…」

アンジュは二度目となれば慣れたもの。

駆逐形態に変形したヴィルキスの体表が蒼く染まり、心の内を歌詞に乗せ響かせる。

♪~♪~

「歌…?」

「戦場で歌なんて、バカにしてっ」

襲い掛かってきていた二機のパイロット、エルシャとクリスが戸惑いと怒号を上げる。

しかし歌う事で出力を増し、速度を増したヴィルキスは残像を置いていく速度で飛ぶと剣を持ち二機のパラメイルに襲い掛かる。

「うっひゃお、すごーい」

ヴィヴィアンの暢気な感想。

二対一でも速度、手数とヴィルキスが押している。

「この、なんで当たらないのっ!?」

「あの機体、何か変よ。気をつけて、クリスちゃん」

「そんなの分ってるっ!歌う機体が普通な訳ないっ」

「私だって、好きで歌ってるわけじゃないわっ!」

あっはっは、言われてるー。

♪~♪~

アオも輪唱しながらさらに出力を上げるとアオは背中のドラグーンを飛ばす。

「アンジュ、ヴィヴィアンっ」

「くっ」

「ほいきたっ」

ヴィルキスと桜龍號がそれぞれエルシャとクリスの気を引くようにライフルを撃ち合う。

互いに巧みな為に直撃こそしないが、意識は狙い、回避する事に集中する。それはこちらも同じ事だが、ヴィルキスはタンデムシート。二人乗りなのだ。

故に機体制御と攻撃の担当を分断できる上に、先ほどスキニルも返してもらった。

シールドエネルギーをピンポイントに集め防御すると言う人間には出来ないような神業もスキニルの演算能力があれば可能。

ヴィヴィアンの桜龍號をヴィルキスの後方に置き援護させ、回避が難しいのはバリアで確実に弾く。

そうしてエルシャとクリスの意識を完全に向けさせた所で背後からのドラグーンの一斉射。

「あたれーっ!」

「なっ!?」
「うそ、何でっ!?」

攻撃と言うのは初見でこそ必殺たり得る。

「おーっ」

ヴィヴィアンが驚きの声を上げた。

ドラグーンの攻撃はエルシャとクリスのラグナメイルのスラスターを見事に撃ち抜き海面に撃墜させるとヴィルキスに戻ってくる。

「死んだ?」

高高度からの海面への墜落はなんのクッションもなり得ない。最悪死ぬだろうが…

「二人とも姿勢制御用の補助スラスターを全開にしていたから生きてはいるだろう」

しかし激突のショックまでは完全に相殺できていない為、相当にダメージを受けているだろうが。

「アンジュ、右舷上方三度。ライフル構えて」

「え?」

「いいから、マーカー出すからそこに向かって一斉射」

「分ったけど…なに?」

マーカーに指定されたポイントに向かってヴィルキスはビームライフルとレールガンを撃ち出す。

「きゃぁっ!?」

フレキシブルな動きで旋回しながら回避した黒い何か。

「サリア、サリアだ」

いち早くその声の正体に気が付いたのはヴィヴィアン。さすが元ルームメイトと言う所だ。

「なんで、どうしてっ!?」

「探知と言うのは何も無いと言うことを感じ取ると言う事なんだよ」

と、アオ。

「くっ…アンジュ、そしてアオ。あなた達にはエンブリヲ様の所まで来てもらうっ!」

そうサリアが言う。

「あらら、ラスボスが向こうからお呼びのようだけど、どうする?招待を受ける?」

「当然…」

ニヤリと笑ってからアンジュはサリアに宣言する。

「お断りよっ!」

二挺のビームライフルが火を噴いた。

「アンジュっ!」

忌々しそうなサリアの声。

「サリアー」

そこにヴィヴィアンも加わって戦況は二対一でこちらが優位。

「くっ…」

流石にパラメイルとは違いラグナメイルに乗っているだけあり機体性能が向上していているが、同程度の桜龍號とアオの改造が入ったヴィルキスの二体を相手には立ち回れない。

奇跡でも起きなければサリアは撃墜できるだろうと思っていたところに上空から声が掛けられた。

「どきたまえ、サリア」

「エンブリヲ様っ」

と恋する少女のような吐息を出すサリア。

その視線を向けると一機のラグナメイルが空中に浮かんでいた。

「エンブリヲ…あれがっ!」

アンジュの視線の先。どうやってそのラグナメイルを操っているのか、エンブリヲ本人は生身でラグナメイルの肩に乗り睥睨している。

そして…

♪~♪~

「歌…」

「いけないっアンジュっ!」

エンブリヲの歌に反応するように両肩が開き、ディスコード・フェイザーのチャージに入った。

狙いは撃墜したエルシャとクリスを回収しようと浮上してきたアウローラ。

「ど、どうすれば…」

同種の歌では歌い始めが早かったエンブリヲに適わない。

だったらっ!

「世界を壊す、歌があるっ!」

ヴィルキスから禍々しい旋律が流れ始める。

「あ、アオっ!?」

アオはかつて金髪の少女が世界を壊す為に歌った呪歌を口ずさんだ。

♪~♪~

アオの歌に呼応するようにヴィルキスのディスコード・フェイザーが開き収束し始める。

その禍々しさに金に染まるはずのヴィルキスが黒よりも黒い、漆黒へと染まっていく。

「……る…ラブ、ソング…」

放たれるエンブリヲのラグナメイル…ヒステリカから放たれた終焉の旋律をヴィルキスが世界を分解する旋律で向かい打つ。

「ほう…相殺したか…大したものだ」

エンブリヲがニヒルな声で言った。

それを見てエンブリヲが歌が続いた。

「第二射っ!?」

アンジュが焦る。

「くっ…」

アオも続きを歌い上げる。

♪~♪~

再びヴィルキスの両肩が粒子を収束し始める。

「…終わらせる」

再度ヒステリカとヴィルキスの両肩から閃光が放たれ相殺。

「ほう、やるな…だが…その呪歌をどこで知ったのか分らぬが、よくもそこまで歌えたものだ」

とエンブリヲ。

「何を言って…」

そう言うアンジュの背中トンと何かが触れると、生暖かく滴るものが垂れ流れる。

「アオっ!あなた、この後に及んでお漏らしなんて…」

振り返ったアンジュの表情が一瞬で驚愕に染まる。

振り返ったアオは血涙を流し、口から吐血して、また古傷が避けたかのように全身から血が噴出していた。

「アオっ!?」

「流石に…呪歌による絶唱は…今のオレには負担が…でか…い…」

そう言うとアオはアンジュの背中で気絶してしまう。

「アオっ!アオっ!?」

アオの惨状に動転してしまい、エルサの拘束をのがれられず。

「アンジュー」

「ふむ、メイルライダーの補充も急務か…」

「ちょ、ちょっと離せ、離せったらっ」

援護に駆けつけたヴィヴィアンもエンブリヲによって拘束されてしまった。



……

………

「…う…ん…」

意識が覚醒する。

上体を上げようとして付いてこない腕に戸惑い視線を向けるとアオの腕を掴んで離さないアンジュの姿。

「あ、アオさま。起きましたか?」

掛けられた声はモモカのもの。

「モモカ…?ここは…」

「ここはアンジュリーゼ様のお部屋です」

アルゼナルではない。ここの調度品は品があり高そうだ。

と言う事は、スメラギ皇国にあるアンジュの部屋と言う事だろう。

体には白い包帯がグルグルと巻かれていた。

「っん…はっ!」

ガバリと起きたアンジュがアオの体をペタペタとまさぐる。

「か、体は大丈夫なのっ!?」

「…まぁ…何とか、ね」

体の節々がまだ痛いが我慢できなくは無い。

呪歌の反動も殆ど抜けている。

「で、アレからどうなったんだ?」

「それは…」

と言いよどむアンジュ。

「アオが血みどろで倒れたのを見たアンジュが錯乱しているうちに捕まってしまったのだにゃ」

「ヴィヴィアン」

いつの間にか部屋のドアを開けて入ってきたヴィヴィアンがそう答えた。

「し、仕方ないじゃない…別に血みどろの光景には?慣れてるけど?まさか、自分の背中に張り付かれるとは思わないじゃない?」

「あー…ごめん」

「別にいいわっ」

顔を真っ赤に染めたアンジュがそう言って俯いた。

「歓談の所失礼するよ」

慇懃な声がその場に響く。

「エンブリヲッ」

途端アンジュの顔が険しくなりエンブリヲを睨みつける。ヴィヴィアンの表情も硬い。

「具合はどうだい。アオ」

「馴れ馴れしいな。敬称を付けろ、敬称を」

「これは手厳しい。アオさんと呼ばせてもらっても?」

「ゴメンだ。お前に名前を呼ばれたくも無い」

「おや、困った。これは取り付く島も無いな」

「アオっ!あなたっ!」

腰巾着の様にエンブリヲについて入室してきたサリアが吼えた。

「いいんだ、サリア。彼女も混乱しているのだろうからね」

「エンブリヲ様…」

「サリア…あなた…」

恋する乙女の表情で応えるサリアにアンジュも、そして周りも二・三度サリアを見つめる視線の温度が下がった。

「さて、私は君達と少し話しをしようと来たのだがね。どうやらアオさんは話をする気がなさそうだ。どうだい、アンジュ。私と少し話さないかい」

エンブリヲの声音は聞くものに心地よく、脳にやんわりと入ってくる。

「ええ、良いわよ。私も少しあなたに聞きたい事があったの」

「では、そのように」

と言ってキザッたらしくアンジュをエスコートしようと手を伸ばし、アンジュに払われていた。

「ダメだ」

アオが歩き出すアンジュの手を握り引きとめた。

「アオ?」

「ほう、どうしてだい?」

「たった数言会話しただけだが、分るよ。お前の言葉は耳に心地よい」

「悪い事かい?」

「会話をするつもりは無い。喋るな」

「そっ…」

エンブリヲが何かを言う前にアオが言葉をかぶせる。

「コイツは言葉で人間の心を懐柔する。会話を続ければ続けるほど心の隙に入り込む。耳に心地の良い言葉で相手を操る…マインドコントロール」

「そんなこt…」

無いとでも言おうとしたエンブリヲの言葉をやはりアオが遮る。

「目の前に実例がいるだろう。アレだけジルの言葉に忠実だったヤツがこの有様だ」

「なっ!?私はコントロールなんてされて無いわ。エンブリヲ様だけよ、私と必要としてくれたのはっ」

サリアの絶句からの否定。

「分っただろう?」

サリアの態度で皆その危険を理解した。

「おやおや、…仕方ないね。こちらとしては穏便に済ませたかったのだが…会話が成立しないのなら他の手段を取らざるを得ない」

「痛みによる支配。弱みによる支配。そんな所か…このゲス野郎がっ」

バッとアオはベッドから飛びのくように駆けるとエンブリヲの背後に忍び寄り首を締め上げる。

「エンブリヲ様ッ!?」

「はっ!」

サリアが懐から拳銃を抜き出し構えるが、アンジュが蹴り上げ奪い取るのとゴキンと何かが折れる音が響くのが同時くらいだった。

どさりと崩れ落ちるエンブリヲ。

「エンブリヲ様っ!?」

倒れこんだエンブリヲに駆け寄るエルサ。

「殺したの?」

「あんまりにあっさりだにゃぁ…」

「オレもコイツには怨みが有るからな」

「ほう、どんな恨みだい?」

「なっ!?」

ドアの淵に腕をかけたエンブリヲが何事も無かったように声を掛ける。

バッとエルサの方を見ればそこにエンブリヲの姿は無い。

「くっ…」

アオは再び駆けるとエンブリヲのコメカミを引っつかみ床にたたきつけるとやはり両腕で首を捻り骨を折る。

「これで…」

「やれやれ、無駄だよ」

しかし再び部屋のドアの辺りに現われるエンブリヲ。

「私は不死身だよ」

「不確定世界の住人…」

ジルから話は聞いていた。

エウンブリヲを殺す事は不可能である、と。殺した瞬間不確定世界の自分と入れ替わる為に殺しきる事はできないらしい。

「エンブリヲ様っ!」

サリアよ、君のセリフはそれだけだな。

「なるほど。観測者が居なければ確定できない不確定世界…シュレティンガーの猫」

「おや、君は中々に博識だ。この世界の人間にシュレティンガー等と言う言葉を聞くとはね」

エンブリヲは死んだ瞬間、観測者が観測できなくなった瞬間を見計らって殺されていないと言う結果で世界を騙している。

人間がずっと一つの事を観測し続けるのは不可能だ。視線をそらす、いやまぶたを閉じるなどした瞬間に確定された過去が変化する。

もしかしたら死んでいなかったのではないか?と。

「まぁ、それならそれでやり様はある。精神を殺してやれば良い。生きていると言う事実を不確定にしてしまう事は出来ないだろう?」

「くっ…」

その言葉に初めてエンブリヲの表情が歪む。

アオは残忍な笑顔で駆けると思い切りエンブリヲの腹を拳で突き破った。

「ぐぅ…かはっ…」

ドバドバと血が吹き出る。

「だが、無駄だよ。これでは致命傷だ。ここは一旦引くとしよう」

死ねば不確定領域から新しく現われる。無限のコンティニュー。それがエンブリヲの強み。

だが…

心音は止まった。確実にエンブリヲは死んだだろう。

「アオ…?どうしてエンブリヲは生き返らないの?」

とアンジュ。

「今、オレがエンブリヲが死んだと言う事実を観測し続けている。観測され、確定されている事項は変えられないだろう?」

「どう言う事?」

「まぁちょっと…説明が難しいのだけれど」

簡単に言えばアオの円の中にエンブリヲの存在を収め続けることで観測し続けているのだ。

「エンブリヲ様っ!?」

サリア、やはり君の言葉はそれだけなのかい?とアオが呆れる。

「ちょっと黙ってて」

サリアを気絶させるとベッドに放る。

「エンブリヲは死んだの?」

「今は、ね。でもいつまでもこのまま、と言う訳には行かない」

アオもいつまでもこの死体と一緒に居る訳にもいかない。

「アンジュ、ヴィルキスと桜龍號は」

「それなら…」

窓から中庭を見下ろす。そこには拿捕されている二機のパラメイル。

「エンブリヲは動けない。パラメイルはこんなに近くにある。アウラも目の前。なら…」

アオは思いっきり壁を殴りつけると壁に大穴が開いた。

「あ、アオさま、な、なんて事をっ!?アンジュリーゼ様のお部屋がぁ…」

一番に怒り出したのはモモカ。

「ヴィヴィアン」

「がってんしょうち」

「え、え?きゃあっ!?」

ヴィヴィアンはモモカを連れて窓から飛び降りる。

「きゃ、きゃあああああっ!?」

バサリと途中で羽を開き滑空。桜龍號へと飛び乗る。

アオはむんずとエンブリヲを掴むとそのまま飛び降りる。

「アンジュっ」

「わ、分った」

破壊されたドアからヴィルキスに飛び乗るとアオをヴィルキスの手に乗って飛び立つとすぐ隣の暁ノ御柱に向かってビームライフルを発砲。粉塵を上げ暁ノ御柱に開いた穴。

「アウラは…」

「地上部分にアウラは居ないわ」

「何で分る?」

「私、これでも皇女だったのよ」

「なるほど、納得だ。…となれば地下か」

侵入した御柱。人間(マナ)達の阿鼻叫喚の叫び声を聞きながら地下への通路をこじ開ける。

そのシャフト部分を降下していくと大きな機材にエネルギー源として組み込まれた巨大なドラゴン。

「アウラ…」

「それじゃあ、この装置を破壊すればっ!」

ビームライフルを撃ち出すヴィヴィアン。だが、その光は障壁で弾かれて霧散してしまった。

「いいっ!?弾かれたっ!」

「ビーム兵器じゃ破壊できない…なら…」

ディスコード・フェイザーならいけるだろう。

「調節は?」

「端っこの方を狙うわっ」

さようで。

「おやおや、これはいったいどうした事だい」

とどこからとも無くエンブリヲの声が聞こえた。

「エンブリヲっ!?どこから」

バシュバシュと風を切る音を立てて光線が桜龍號を襲う。

「はにゃっ!?」

ビームライフルを持った右腕と左足の二箇所を打ち抜かれ、制御を奪われた所ギリギリで飛行形態に変形し体制を立て直した。

「逃げるなんて悪い子だ」

現われたのはヒステリカだ。

しかし、エンブリヲは確かにまだ死んでいて、ヒステリカから生体反応は感じない。

「いや…これは…」

良く見ればヒステリカに誰かの念が取り付いている。

「エンブリヲ…」

バシュ、バシュとヒステリカがビームライフルを連射。

「くっ…」

当たるわけにもいかず、スラスターをふかして避けるアンジュ。

「しまっ…っ!!」

その回避行動でエンブリヲを振り落としてしまったアオ。

「くっ…」

「おやおや、これは…いったいどうして、長い間私を殺してくれていたらしい」

エンブリヲがヒステリカの肩に現われる。

対峙するヒステリカとヴィルキス。アオもエンブリヲを倣ってヴィルキスの肩に乗った。

「それでは部屋での話の続きと行こう。何、いつかきっと君達も私の事を信じてくれる。そう思っているよ」

エンブリヲの甘言が続く。

「いいか、ヴィヴィアン、アンジュ。耳を傾けるなッ!歌を歌うのも良い。何でもいいからあいつの言葉を受け入れるな」

「酷いじゃないか、アオくん。人は話し合える種族だと言うのに。特にこの地球ではね」

「統一言語。カストディアンがバラルの呪詛をかける前の地球、か」

「詳しいじゃないか。向こうの地球でもその事実を知っているものなどもう居ないと言うのに。ますます君に興味が湧いてきたよ」

ゾゾゾ、と鳥肌を立てるアオ。

「アンジュ、逃げるよ」

「でも、エンブリヲが目の前にっ!」

「今は倒せる手段が無いっ!」

エンブリヲは倒しても再び現われる。ヒステリカはどうだろうか。試したいが、この場で試している場合ではない。この場は敵の本拠地で少々劣勢だ。このままここに留まるのは得策ではない。

「くっアウラ…今は…ごめん」

一瞬アウラを見上げるとその目が見開きアオをと視線が合う。

「ほう、アウラが覚醒するか。…だが無駄な事」

とエンブリヲ。

ポウゥと装置の外に光る光球が現われると自然とアオに吸い込まれて消えた。

「何だ…?」

エンブリヲが少し険しい顔をする。今何が起きたのか分らないと言う事らしい。

「これは…まさか…アンジュ、逃げるよっ!」

「でも、このままではっ!」

「歌え、アンジュっ」

♪~♪~

アオの声に反応したのか、ヴィルキスから旋律が流れ始め、アンジュの歌声に反応してヴィルキスが蒼く染まる。

「ほう、やはりそれは…シンフォギアシステムか。なかなかどうして興味深い」

ヒステリカのビームを避けながらヴィルキスは桜龍號を回収に向かう。

「ヴィヴィアンっ」

「逃がさないよ」

二機の間にビームライフルを撃ち近づけさせないヒステリカ。

「くっ」

余裕そうなエンブリヲの声がたまらなく憎らしい。

「アンジュ、君は逃げろ。いいな、スキニル。アンジュを逃がせ」

そう言うとアオはヴィルキスから飛び降りた。

「アオ、だめっ!」

制動を駆けアオを回収しようと操るがその操舵の一切を受け付けず、ヴィルキスはアンジュを回収すると一目散に暁ノ御柱を抜け出していく。

「アオーーーーっ!」

「アンジュ、生きるのを諦めないで」

「一人残って私の気を惹いたか」

落下するアオを受け止めにやってくるヒステリカとエンブリヲ。

「そんな事、する訳が無いだろっ!」

と次の瞬間、シャフト内を高熱の炎が湧き上がりその炎はアオとヒステリカ、エンブリヲを包みなお余りあり、シャフト内を駆け上る。

「アオッ、アオッ!だめ、戻りなさい、ヴィルキスっ」

アンジュの必死の叫び。しかし無情にもヴィルキスの操作は戻らず、ヴィルキスはスメラギを出て洋上を駆け逃走していった。



洋上を駆け、流れ着いたのはいつかの無人島。

「うぅ…くっ…アオ…アオ…」

バシュっとヴィルキスのコクピットが開くが嗚咽が聞こえるだけでアンジュは降りてこない。

「っ…ふっ…」

「アンジュリーゼ様…」
「アンジュ…」

桜龍號から降りたモモカとヴィヴィアンが心配そうな声を出すが、今のアンジュを慰められる言葉を持っていなかった。

「む?」

ガサリと言う草木が擦れる音が聞こえると、それでもヴィヴィアンは反射的に身構え、対象を探す。

「パラメイル…しかも知らない機体だ。君達はいったい…」

現われたのはいつかの優男。

「あんた誰?」

「俺はタスクって前も会ったでしょっ。…てことはあの機体は…まさか、ヴィルキス…?」

フォルムの至る所にアオの改修が入りほぼ別物になっているが、コクピットに座るアンジュが見えたのだろう。

「何があったのか分からないけれど、取り合えずこっちに」



……

アンジュが泣き止むのを待ってタスクの隠れ家に移動するもアンジュは立ち直らず。

モソモソとモモカに食べされるままに口を動かすのみで、体から気力が感じられない。

「いったい何があったの?」

タスクがモモカ達に問いかけた。

「説明するのは難しいのですが…」

と言ってモモカは少しの説明をタスクに伝えた。

「なるほど…ね」

とようやく事態を飲み込んだタスク。

「それで、あなた様は…?」

とモモカ。

「俺はタスク。…ヴィルキスの騎士だよ」

「はい…?」

ヴィルキスの騎士とは、リベルタスの要たるヴィルキスを守る人間、と言う意味だ。

と、そんな感じの事を伝えたタスクにガバリと動き出したアンジュが懐からナイフを取り出し襲い掛かる。

「あなた…あなた達がっ!」

アンジュはタスクに馬乗りになるとナイフを振り上げた。

「ひいぃっ!」

腕を十字に組んでガードをするタスクに今にも振り下ろさんばかりのアンジュ。

「あ、アンジュっ!」

「おやめください、アンジュリーゼ様っ」

ヴィヴィアンとモモカが必死にモモカを引き離し、押さえつける。

「けほ、けほ…」

「どきなさい、モモカっ」

「いいえ、退きません。アンジュリーゼ様」

「離して…離してよ……」

最後は抵抗する力がぶり返した嗚咽と共に弱まっていった。

気まずい雰囲気に誰も何も話さない。

ふらりと幽鬼の様にたったアンジュは海岸へと歩いていった。

「助けなきゃ…アオを…」

ヴィルキスに跨るとスターターを押す。エンジンに熱が入るとスロットルを廻した。しかし…

ヒューン……

「どうして、どうしてよっ!動きなさいっ!ヴィルキスっ…動いて…」

スキニルに制御が委譲されている現段階ではアンジュの操作は受け付けなった。

スキニルが受けた命令はアンジュを逃がす事。それに…

『心配ですか?あの方が』

「あなたは…」

『スキニル、とお呼び下さい。あの方が付けてくれたニックネームで、私も気にいっています』

「そう。あなたね。ヴィルキスを止めているのは。どうして?」

『アオ様にあなたを助けるよう命令されましたから』

「あなたは平気なのっ!アオが死んじゃった…私の…私の所為で…私が弱かったから…」

『いいえ、あなたは強い。相手を殺す手段が無かったあの場では逃げるしか無かった。それだけです…』

「でも…」

とアンジュは詰まる。

「アオが死んじゃった…死なないって言っていたのに…嘘つき…」

はらりはらりと涙が零れる。

「誰が嘘つきだって…?」

アンジュの後ろから駆けられる声。その聞き覚えのある声にアンジュが慌てて振り返る。

「嘘っ…」

アンジュの息を呑む音が聞こえる。

「やっ、遅くなった」

軽く手を上げて到着を告げるアオだが、アンジュの表情は喜んだ風ではない。

「嘘、嘘よ…アオは死んだわ…私の目の前で爆炎に呑まれて…」

「いやぁ…あれは爆炎じゃ無いのだけど…?」

「あなたは私の脳が見せている幻影…?それても亡霊…?」

「いや、だから幻影でも亡霊でも無いってば…」

「嘘よ、信じないわ…信じない…」

さらにポリポロとアンジュの頬から涙が流れ落ちる。

「大丈夫。足ちゃんと有るだろう?それに、ほら」

アンジュの手を握り締める。

「ちゃんと暖かい」

「うっ…うぅ…」

アンジュから暖かい涙が流れ落ちる。

しかし、ガバリとアンジュはアオに抱きつくとそのまま押し倒し服を剥く。

「確かめる。確かめるわ…あなたが、生きていると言う事を」

「いやぁ…幾らオレが草食系だと言ってもここまでされると流石に滾るものがあるのだが?」

遠まわしにヤメロと言っているのだが、むしろ自分の服を脱いでいく。

「黙ってっ…」

「んっ…」

と今度は強引に実力行使で暖かいもので塞がれて黙らされた。

「これは…浮気になるのかな…」

とアオがボソリと呟く。

「ただ、まぁ…アンジュはきっと…」

と呟く唇もまた塞がれた。



月明かりだけが浜辺を照らすその波打ち際に二人は夜空を見上げて寝転がっていた。

「月、やっぱり丸いのね…」

「七百年前、月の欠片が落ちてこなければあの世界の月も変わらなかったさ」

「そう…」

と相槌を打って、ん?と何かが引っかかる。

「あの世界が滅んだのは500年前よね?」

「そうだな」

「その時あなたはそこに居たのよね?」

「まぁ、ね」

「なのに月の落下は700年前なの?…いったいあなたは幾つで死んだのよ」

「ええっと…月を壊したときは確か16歳位、だったかな」

「じゃぁなにっ!?あなた、200年も生きていたのっ!?」

「まぁ、そうなる」

少ない方だよ、とアオ。

「呆れた…あなた本当に人間?」

「今は残念ながら、人間…かな」

それからまた沈黙が流れて。

「そう言えば、どうやって助かったの?あなた、確実に死んじゃったと思ったわ」

アンジュもいつもの調子が出てきたようだ。

「まぁ、今のオレは出来る事が少ないのだけれど…こんな事も出来るからね」

ボワンと煙を上げてもう一人のアオが現われる。

「分身っ!?アオ、あなたニンジャだとでも言うつもりっ!?」

「まさしく」

とコクリと頷くアオ。

「で、アンジュについて行ったのはこっち、本体はもう少し宮殿内を探索していた、と」

「まさかっ!私が脱走したときについてきたのこっちねっ!」

上体を起こすとバチンと平手打ち。すると分身のアオはボワンと消えた。

「正解」

「何が、正解、よっ!私は、本当に…ほんとうに…心配したんだから…」

バカッ!とアンジュはアオを責めた。

「でも、本当に良かった…生きていてくれて…」

怒った顔、泣いた顔、安堵した顔。アンジュが忘れかけていた表情が目白押しだ。

それがうれしくて、アオは少し心の中で笑ってしまった。

さて、いつまでもここに居られないとアンジュと連れ立って戻る。

「リィザ…あなた、ドラゴンだったのっ!?」

戻るとアンジュが飛び出した時よりも一人増えている。しかしその体が特徴的だ。ドラゴンの尻尾と羽を持っていたのだから。

あちこち鞭で打たれたような傷跡から見るに拷問にでもあっていた様だ。

「アンジュ…リーゼ…さま…」

「あー…、はいはい。大体分りました。サラ子達のスパイだったって訳ね…でも」

と釘を刺すように言う。

「私を売った事、忘れないから」

「申し訳…ありません…」

「謝罪はいいわ。その代わり…ちゃんとやるべき事をやりなさい…」

「はい、アンジュリーゼ…さま…」

「アオが助けてきたの?」

とアンジュ。

「潜入工作は得意だ。忍者だからね」

おどけてみせるアオ。

「ついでにちょっとまずい事も分った」

アオの工作により、エンブリヲが二つの地球をあわせ、その衝撃で双方の文明、人類を破壊しつくす計画であると言う事が伝えられる。

「そんな事、可能なの?」

「理論上は可能なのだろう。搾取される地球とこの地球と言う歪な共有関係にある二つの世界は他の世界よりも近い。ならば…アウラの持つ強大なドラグニウムを使えば…と、そんな事を知りたい訳じゃない、か」

「つまりは出来るって事ね…」

「そんな…」

と息を呑むのモモカ。

「あの世界侵食はこれの事前実験だった、と言う事だろう」

アンジュとサラでどうにかとめたあの災害はエンブリヲによる実験でまず間違いないだろう。

「どうする?」

「もちろん止めるわ。人間を滅ぼす?やってみなさいよっ!ただで殺されてなんかやらい。人間が生き汚いと言う事をエンブリヲに思い知らしてやる」

窮鼠猫を噛むと。

「そうと決まれば、まずサラ子の所に行くわ。何をするにも戦力不足だもの」

「でも、どうやって向こうの地球に行くのだにゃ?」

どうするの、とヴィヴィアン。

「それは…」

「シンギュラーの開放は暁ノ御柱が制御している。ここからでは…」

とリィザ。

「ヴィルキスなら何とかなるわ、そうでしょ?」

「その自信はどこから来るのか…まぁ、出来るが」

「おおっ!」

驚きの声を上げるヴィヴィアン。

「それじゃぁ、早速行きましょうっ!」

即決、速行動。時間は待ってくれない。

「え、ちょっと!?俺の事は?」

タスクが何か喚いていたが、さて?

ヴィルキスが桜龍號を掴んで空に上がるとヴィルキスが蒼く染まる。

「やっぱり、歌うの…?」

「その方が成功率が高い」

「うぅ…」

アンジュが諦めて歌い始めるとそれに共鳴するかのように出力が上がり…

「戻って来たのか…」

リィザの声。

周りは荒廃した都市群。それは虚ろなる地球には無い。月を見上げればリングが見えた。


地図データを照合し、サラ達の居る宮殿へ。

「よく、ご無事で…アオ様っ」

抱きっと熱い抱擁で出迎えるサラマンディーネ。

「サラ子、離れなさいっ!」

「ふふん、こう言うものはやったもの勝ちですから」

譲りませんよ、とサラ。

「これは私のものなの、勝手に触れてもらっては困るわ」

ウガーとまくり立てる。

「良いではありませんか。強い雄には複数の雌が群がるもの。これは自然の摂理、当然の事です」

「サーラー子ーっ!?一夫多妻反対っ、そんな事になったら…」

「なったら…」

「もぐ…」

ひぃ…とアオがひゃんとなる。

「あらあら、流石に種無しは困りますわね」

と言うとサラがアオから離れた。

「アンジュ、先日は申し訳ありませんでした。あなた達だけに敵を押し付けてしまって…」

「それは良いのよ。あの時、ああなったからこそ知りえた事実もあるから。まぁ、結果オーライと言う所ね」

「はぁ」

「積もる話があるわ。ここではちょっと…」

「はい、ではこちらへ」

とサラがアオ達を応接間へと案内する。

「リザーディアもご苦労様でした」

やはりサラの手下だったのかリィザの表情が崩れた。

「はい、サラマンディーネ様」

「どこから話せばいいのか…順序だてが難しいからあなたが判断してちょうだい」

と前置きをしてアンジュが現状を説明した。

「なるほど、世界融合による崩壊。それがなってしまえばあちらの地球も、こちらの地球の人々も全て死滅してしまう…」

「サラ子…」

「ノーマの人たちの作戦。受けることにしましょう」

「サラ子っ!?」

「確かに犠牲は多大に出るでしょう。しかし、誰かが陽動しなければ相手の懐に潜れません」

仕方の無い事なのです、とサラ。

「ただ問題は、そのエンブリヲを殺せるかと言う事」

「最悪、アウラを助け出せれば次元融合は出来ない…かも知れない」

「不確定、なのですね…」

アオの応えにサラが黙る。

「だったらやっぱりエンブリヲを倒すしか無い、と言う事ね」

とアンジュ。

「どうやって?」

「それは…どうにかして、よ」

サラの問いに具体的に答えることが出来ないアンジュ。

「仕方ない…そっちはオレがどうにかしよう」

「出来るの?」

「アオ様?」

「まぁ、何とか…」

ただ、その場合困った事になるが…しかたない、か。

「では、まず休息の後ノーマの人たちとコンタクトを取りましょう。シンギュラーは開けるのですか?」

今までサラの方の都合でシンギュラーを開く場合はリィザの手引きがあったからだ。

「ヴィルキスなら出来るわよ。ここまで飛んできたのだもの、ねぇ?」

「まぁ、ヴィルキスが最大出力を発揮すれば可能だろうね」

と言う事で休息の後、今度はサラが乗り込んだ焔龍號と側近のナーガとカナメが乗る二機を連れて再度向こうの地球へ。

「スキニル。あの船…今アウローラと呼ばれているあれがどこにいるか分る?」

『もちろんです。私の船ですから』

シグナル反応を検知するとアウローラを探しだす。

システムをスキニルが奪い取ると強制浮上。甲板を開くと格納庫へと着艦。

ノーマの人たちが囲むが、その手に武器を構える様子が無い。

「空気が変わったな」

脱出時と雰囲気が変わった事を感じアオがいぶかしむ。

「何があったの、ヒルダ。ジル指令は?」

出迎えた中で一番発言力が強そうなヒルダにアンジュが問いかけた。

「今はあたしがトップなんだけど」

「ほんと、何があったのよ?」

話を聞けばクーデターが有ったらしい。ジルの行き過ぎた行動をヒルダが暴露したようだ。

「で、そっちのドラゴン娘は?」

と肉食獣のような瞳で睨みを利かしサラを見るヒルダ。

(わたくし)はサラマンディーネと申します。本日はノーマの人たちと同盟を申し出たく参りました」

「へぇ、あたし達と組もうっての。それはそっちが犠牲を覚悟するって事かい?」

「ヒルダっ」

「ジルから聞いた。いろいろ。当然ドラゴンの犠牲を計画に入れた作戦も」

とヒルダが言う。そう言った疑念がジルを排除した理由なのだろう。

「はい、そう思ってもらって構いません」

「へぇ。アウラの奪還…それがあんたらには何よりも優先されるって訳か…自分達の命すら」

「はい。アウラ奪還は私達の悲願。アウラ奪還まで私達は止まりません。で、あるなら少しでも確立の高い方法を取りたい。それが私達に多大の犠牲がでようとも、です。ですが…」

「エウンブリヲの抹殺、ね。それもジルから聞いた。それなくして世界の解放は成りえないとね」

「いいよ。同盟、受けてやる」

「ヒルダ?」

とアンジュ。

「あたしらだけじゃ手詰まりだ。ドラ姫達とは目的が一致している。だったらこちらも協力して世界をぶっ壊す。それがあたしの…あたし達のリベリタスさ」

そうか。時代の転換期に向かっているのだろう。この流れは止められないほどに強力だ。

「そう言えば、エルシャ達は?」

撃墜した二機に乗っていたエルシャとクリスの所在をアンジュがヒルダに問いかけた。

「独房」

「裏切ったから懲罰房送りって訳ね」

「違うわ。あいつらとはもう会話にもならない」

「マインドコントロールか…」

そうアオが呟く。

心の支配は根深い。今は独房から出さないのが最善であろう。

「ラグナメイルは?」

「あいつらが乗っていた機体はあたしらが回収、修復して使えるようにしてある」

まぁ、パラメイルよりも強力なのだ。それを使うのは当たり前だろう。

「と言う事は、戦力は十分」

「では、後は成るのみですわね」

アオの言葉をサラが続けた。

こちらのラグナメイルは三機。あちらは四機だがこちらには龍神器もいる。パラメイルの戦力は互角。だが…相手は一国。どんな事になるかはやってみなければ分らない。

威力偵察もやりたいが、そんな時間は無いのだろう。世界融合がいつ始まるか分らないのだから。



ミスルギ洋上。

ヴィルキスが、アンジュの歌がシンギュラーを開くと大量のドラゴンがその門を潜って現われる。

アンジュに同行したのはナーガとカナメの二人とヴィヴィアン。

サラはアウローラで潜行して暁ノ御柱へと向かった。

しかしその襲撃を予想していたかのようにミスルギの戦艦が多数向かってきた。

「我は神聖ミスルギ皇帝、ジュリオ一世である。ノーマどもは異世界から異形の怪物共を使役し我らの領土を奪おうとしている。だが国民達よ、恐れる事はない。我ら神聖ミスルギ皇族の威厳を掛け、これを殲滅しよう」

どこからか放送が流れてきた。

「お兄様っ…」

アンジュの忌々しげな声が引き金になったのか、その戦艦から多数の円盤ノコギリのような兵器が斜射出されドラゴン達へ銃を乱射し、そのノコギリで切り刻み始める。

「アンジュっ」

「援護するっ…このままではっドラゴン達が全滅してしまうっ」

二発、三発とビームライフルで無人殺人兵器を撃ち落すが、その奥からビームライフルが飛んできた。

グンとスラスターを噴かすと回避。

現われたのはラグナメイルが三体。

「サリアっ…」

「アンジュっ!」

互いに忌々しそうな声を出す。

「ナーガ、カナメ、ヴィヴィアン。あのラグナメイルから抑える。でないとドラゴン達はやられるままだ」

「りょうかいなりー」

ヴィヴィアンがラグナメイル一機と交戦を開始。アンジュはサリアに掛かりっきりだ。

その間にもドラゴン達は殺され落とされて行く。

「スキニル、D×Dの発射許可は出しておく。アウローラ艦内の判断で撃てっ!」

『了解しました』

「おやおや、今お戻りかい?我が花嫁。アオよ」

ゾゾゾとおぞまいし声が聞こえるとヒステリカとエンブリヲが現われる。

「誰が花嫁だって?そんなヤツここには居ないね」

男の声で答えてやるアオ。

「なんだと…?だが、君は確かに…」

「アンジュっ!」

「あなた、しつこいのよっ!サリアっ」

「あのお方の元へは行かせないわっ」

アンジュはサリアに邪魔されている。

「歌え、アンジュっ!エンブリヲが出てきたと言う事は世界融合が始まっている可能性が高いっ!」

その時空気を震わす激震。

「やはり…アンジュッ!」

「わかった、行くわよ、ヴィルキスっ!」

♪~♪~

ヴィルキスが赤く染まるとその強度が増す。

「ははは、君達はやはり私を驚かせるっ」

エンブリヲが歓喜の声を上げながらライフルを撃つ。

「エンブリヲさまっ!」

サリアがエンブリヲを援護。

「くっ…」

周りの無尽兵器が邪魔でこちらの優位を保てない。

ドラグーンを切り離しまわりの兵器を駆逐するが次から次へと現われる兵器に殲滅速度が追いつかない。

「アンジュ、アオっ!」

ヴィヴィアンが敵のラグナメイルの攻撃を掻い潜り援護へとやってくる。

バシュッバシュッとビームがサリアへと迫り一瞬ヴィルキスと離れる。

「ヴィヴィアン、邪魔しないでっ!」

サリアが激昂。ビームを乱射。さらにヴィヴィアンの後ろから二機のラグナメイルが援護射撃。

「にょわわっ!」

しかしヴィヴィアンを皮切りにドラゴンが進行。ヴィルキスとヒステリカの間に割り入った。

「トカゲがちょろちょろと…」

忌々しそうに言うとエンブリヲが歌い始める。

ヒステリカの両肩が開き収束が始める。

「まずいっアオっ、こっちもっ!」

ヴィルキスの旋律が変わり世界を壊す旋律が流れる。

♪~♪~

ヴィルキス両肩が開きその装甲が金色に染まっていく。

   ♪~♪~

アオの歌にかぶさる歌声。

「アンジュっ!?」

紡ぐ旋律、その歌詞も確かにヴィルキスを通ってアンジュにもフィードバックされている。

「あなた一人にやらせはしないっ半分は私が受け持つわっ!」

「アンジュ…」

♪~♪~♪~

エンブリヲの歌とアンジュ、アオの歌が終わり互いのディスコード・フェイザーがぶつかり合うと対消滅するように相殺した。

「ほほう…だが、無駄な事」

続けざまに第二射。それも何とか相殺したが、呪いがアオの体を蝕む。

「か、かは…」

口からの吐血でコクピットが染まる。

「アオ、アオっ!?」

「その呪歌は強烈だろう?もう一発は撃てまい」

余裕そうなエンブリヲの背後、暁ノ御柱が巨大な砲撃で吹き飛ばされ、跡形も無い。

「ほう、…だが無駄な事。アウラの力はただの呼び水。もはや世界の融合は止まらない」

「なっ!?」
「くっ…」

これではアウラを助け出した所で滅びの結末は変わらない。

「限界、か…」

「諦めてしまうのっ!?イヤよ私は。私は何をしてもどんな事になっても生き延びてみせる。だから…」

一瞬アンジュの言葉が詰まる。

「生きるのを諦めないで…」

と言って一粒ハラリと涙が散った。

「っ……」

生きるのを諦めないその力強さがアオに響く。

「ああ。…ああ。…諦めない。そうだよね…でも…」

バシュっとコクピットのハッチが開く。

「アオ?…っ…」

振り返ったアンジュの唇を塞ぐ。

「お別れだ。アンジュ…ドラグーン使用分だけは置いていく」

「アオ、何を言って…」

「誰だ、お前は…」

エンブリヲは眉を潜めた。

「神殺し、その呼び水だ」

「はっ私を殺すか」

「オレには殺せない。だけど殺す、きっと殺す、必ず殺す。そう言うものを召喚()んやる」

バッとアオがヴィルキスから飛び降りる。

「アオッ!?」

「さよなら、アンジュ」

呟くと、いつかアウラから返された光の球に呪力を注ぐ。

「まだ、まだだ…持てるすべてを注ぎ込む…」

光はアオを包み込み、なお輝く。

光は天に昇り、そこから分かれるように幾条もの光が降り注いだ。

「なんだ、この現象はっ!?」

戸惑いの声を上げるエンブリヲ。

「ああ、こんな事もあるんだな…」

光が収まると滞空する光の中から銀の鎧を身に纏い帯剣する少年が現われる。

「アオ…?」

アンジュの戸惑いの声。

「お前はいったい何ものだ…?」

とエンブリヲが言う。

「さて、ね。難しい質問だが…ここは…」

と一拍置く。

「カンピオーネ…かな」

「それは何だっ!」

「神を殺した神殺し。神を殺したものに送られる称号、かな」

アオが腰の刀に手を掛けると瞬間アオの体が消え去り、次の瞬間にはエンブリヲの後ろへと現われると、チンと刀を鞘に戻した。

「な…?」

そして次の瞬間、上下にずれるようにエンブリヲの体がヒステリカごと真っ二つに切り裂かれた。

「え?…なにが…」

アンジュの思考が追いついていない。その一瞬、無人機がアンジュを襲う。

バシュっと上空から光の筋が分割し、その一条がアンジュの目の前に降り注ぎ、そして誰かの声。

「あぶないっ!」

ズドドドドンと閃光と爆音を立てて無人機が爆散する。

「だ…れ…?」

アンジュの戸惑い。

現われたのは黄色いプロテクターに身を包み込んだ少女だ。

「あわわわわ、つい反射的にやっちゃったけど、良かったのかなっ!?アオさんっ!」

「問題ない。ついでに周りのノコギリもやっちゃって、響」

「わ、わかったっ!」

光る羽を灯らせて、既に限定解除されたシンフォギアに身を包み込んだ響はアオの言葉で攻撃を開始する。

「わ、わわわ…」

ヴィヴィアン、ナーガ、カナメがそれぞれ無人機に劣勢になったところに降り注ぐ光。

「な、なんぞっ?」

ヴィヴィアンも驚く。

そこには巨大な剣を振り下ろした誰か。

ナーガとカナメのところにはミサイルと鏡がそれぞれ無人機を殲滅していた。

「ふむ…これは」

「えっと…」

「ま、だいたいあいつの所為って言う事だけは分った」

やれやれと三人が現われて言った。

「翼、未来、クリス、悪いけど手伝って」

「しゃーねぇ、それが連れ合いってもんだ」

とクリスが両腕にバルカンを現して無数の無人機を落とす。

「ドラゴンは攻撃しちゃだめだから」

とアオ。

「ち、わぁったよ。出来るだけ頑張る」

「クリス、お前は…」

「まぁまぁ、翼さん」

「まぁいい。取り合えずこのノコギリを破壊すればいいと言う事なのだろう。いくか、未来」

「はい」

翼と未来も攻撃を開始する。

ドドドンドドドンと爆発音が響く。

さらに光条が降り注ぎ三人の人影だ現われた。

「わわ、何かもう戦闘が始まってるデスっ!?」

「きりちゃん、出遅れた」

「ほらほら、二人とも、出遅れた分、取り戻すわよ」

「うん」

「オーケーデス」

現われたのは切歌、調、マリアの三人。彼女達は手近なところから無人機を殲滅して行った。

「何…なんなの…」

「ばかなっ…シンフォギア装者だとぉっ!?」

再び現われたヒステリカとエンブリヲ。

「やはり死なない、か…不死を殺すのは苦手な分野だ」

ヒュン、ヒュンと不利を悟ったのかエンブリヲが世界の理を捻じ曲げ、不確定領域から複数のラグナメイルを複製して戦闘に加わらせた。

「やぁーーーーっ!」

響の気合の篭った右腕は軽々とラグナメイルを屠る。

「はっ!」

「ちょせいっ!」

翼、クリスも難なくラグナメイルを破壊していく。

「バカなバカなバカなっ…っ!」

次々に現われるラグナメイル。

「切り刻むデース」

「それに変形合体ロボはわたし達の専売特許」

切歌と調のギアが巨大化するといつかより洗練されたフォルムの巨大メカになりラグナメイルを切り刻む。

斬ッとヒステリカを切り捨てるアオ。しかしやはりどこかに再び現われる。

「アオ…なの…?」

ヴィルキスを操り傍に寄るアンジュ。

「久しぶり、になるのか、初めまして、になるのか…オレには分らない。いつかの場所、いつかの時代からやってきたオレにはね」

「アオ…?」

「いいや何でもない…アンジュ。決着をつけよう」

そう言うとアオはTSしつつ鎧を解除、そのまま薄くギアを纏うとヴィスキスの後部座席へと収まった。

「アオ、あの子達は…」

「彼女達は今の時代にはもう居ない。過去世界の亡霊。まぁわたしも含めて、だけど」

アオがヴィルキスの後部座席に座り繋がるとヴィルキスから自然と旋律が生まれる。

「今のわたしは全盛期、フルパフォーマンスの超本気モードだけれど、エンブリヲを倒す為にはちょっと無理をしなければならない。その間、わたしは無防備だから…アンジュにわたしの命、預けるよ」

旋律に乗せ歌を紡ぐ。

永遠を語る、風の歌を。

♪~♪~

そこに混じる響達の歌声。ハーモニーは高まりフォニックゲインは収斂されていく。

「アンジュっ?」

輪唱するようにアンジュが光の歌を口ずさむ。

「あなただけに頼りはしないっ、私もっ!」

「お前達はっ!かつて世界が壊れるまで傍観していたくせにッ!私の世界は否定するのかっ!」

エンブリヲが叫びながらディスコード・フェイザーを放つ。

高まったフォニックゲインを両肩に集め、撃ち放つと相殺どころか完全に押し返した。

「おのれっ!」

破壊され、分解されても不確定世界の自分と入れ替わり再び現われる不死のエンブリオはまさに絶対者であろう。

剣と剣をぶつけ合い、力の限りを尽くすヴィルキス。

「あたれーーーーっ!」

ヴィルキスの翼からドラグーンが放たれ、アンジュに操られたそれらは正確にヒステリカに当たり破壊する。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「無駄だよ。なぜ分らないない」

再び現われるヒステリカ。

「10回倒してダメなら11回。それでもダメなら永遠に、あなたが死ぬまで殺しつくしてあげるわっ」

「どうしてそこまで私を拒絶するんだい、アンジュ」

「はぁ?私の好きな人に粉をかける人間が好かれるとでも?ライバルは多いほうが燃えるけど、シェアしようだ何て思わないわ。そんなに私心広くないもの。そんな私からアオを奪おうとするあなたは殺しつくすべき害虫。大体、その頭何?キモイのよ。服のセンスも最悪で、声は聞くだけで虫唾が走る。そんな人間が私の物に手を出そう何て…百万年早いわっ!」

「いや、あのね…一応わたし、妻帯者…」

と言うアオの突っ込み。

「別れなさい、今すぐっ」

「ええっ!?」

「彼女達ねっ!あの光から現われたっ!なるほど、ライバルは多いわけだ。でも問題ないわね。一番になってしまえばいいのだもの。でも、それにはまずこの邪魔者をどうにかしないと…」

スウッと何か別方向の怒りに染まっていくアンジュ。

「世界が続かなければ戦う事もできないと言うのなら、まず世界を救う。あなたを奪うために世界を壊されるわけにはいかないっ!」

ヴォンとカメラアイが光ったかと思うとヴィルキスの出力が跳ね上がる。

「やるわよ、ヴィルキス。あのヘンタイを完全に、絶対に、殺して殺して殺しつくして、二度とこの世界に手を出させないように切り刻むっ!」

完全覚醒したヴィルキスは空間を捻じ曲げる程の出力で瞬間移動を繰り返しヒステリカを翻弄する。

あああ…理由はアレだけど、なぜかアンジュの心と歌、ヴィルキスの力、そしてわたしの力が完全に同調した…

「アンジュ、準備は出来た。力いっぱい切りきざめっ!」

「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!」

斬ッ!

ヴィルキスが振り下ろした剣はヒステリカを容易に切り刻み粉微塵に吹き飛ばした。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

気力を振り絞った一撃に、流石のアンジュも堪えている。

「無駄だと言う事がわからないのか。困った子達だ」

しかし、再び現われるヒステリカとエンブリヲ。

「くぅっ…」

「お仕置きだよ」

とビームライフルを構えて…

「なにぃ…バカなぁ…っ!?」

現われたエンブリオは再び切り裂かれ粉みじんになって果てた。

「何が…起きたの?」

とアンジュ。

「オレの権能で因果を操ったのさ」

いつの間にかアオは男に戻っていた。

「因果…?」

「幾らエンブリヲが不確定世界の自分と入れ替わろうとその全てに「殺された」と言う因果を発生させた。だからあいつはこの先発生するたびに死に続ける。それも入れ替わり続ける度に無限に、ね」

「死ぬ事も許されないの…?」

「それが不確定領域に生きるアイツの業…なのだろう。世界を破壊したやつには相応しい罰なのかもしれない」

エンブリヲから制御が離れた無人機はその機能をことごとく停止していった。


ドドドドドド

「な、なにっ!?」

スメラギの皇宮が音を立て崩れ始める。

「まぁお約束と言えばお約束だわな」

クリスの呆れ声。

「このパターンは飽き飽きなのデス」

切歌の言葉のその先には大きく巨大なヒステリカが宮殿を割り飛び出してきた。

いや、それは生えたと表現した方が良いだろうか。

ヒステリカの額のフィギュアが光ったかと思うと二条の光線が発射され、スメラギの市街地が縦横無尽に破壊されていく。

さらにその期待の体内から無数の無人兵器が射出され、やはり無差別に人々を襲い始めた。

「く、下郎が…」

翼は眉をヘの字に曲げると無人機めがけて掛けていく。

「つ、翼、まちなさいっ」

マリアが追い、二人で掃討し始めるが間に合わず。

「アオ、これは…」

「最初から用意してあった最終防衛なのだろう。だから本人自ら前線に来ても問題なかったんだ」

大量の無人機に奇襲を掛けたサラ達が苦戦する。

「サラ子を助けに行かないとっ!」

スラスターを噴かし戦場を一直線に割るとサラの隣へと駆けつけた。

「サラ子っ!」

「アンジュっ!このままではアウラの元にたどり着けませんっ」

殺到したドラゴン達は巨大なヒステリカのビーム砲を喰らい損耗率が70を超えている。

「はぁっ!」

斬っと振り下ろされた翼の巨剣はヒステリカの腕を切り落とした…だが…

「再生してるよぉっ!?」

と響が身近な無人兵器を殴り飛ばしながら言う。

「ちまちま攻撃していても無駄だ。一撃でその全てを破壊しなければっ」

「でもどうやってっ!?」

とアンジュ。

世界融合は刻一刻と侵食している。

「スキニル。リモートでD×Dを射出しろ」

『了解しました』

アウローラから一本のミサイルが空中へと発射される。

ミサイルは撃墜されるより速くヴィルキスにたどり着き、搭載されていたものを射出。

撃ちだされたのは二振りの剣。それは双方向に飛びヴィルキスと焔龍號の額に突き刺さるとそのエネルギーを機体と共鳴させていく。

「これは…」

「いったい…」

アンジュとサラが戸惑いの声を上げる。

「収斂時空砲とディスコード・フェイザーの対消滅であのデカブツを吹き飛ばすっ!」

「ええっ!?」
「ですが…威力不足では?」

「その為の完全聖遺物。その為のシンフォギアシステムだ」

ヴィルキスと焔龍號の機体から音が奏でられる。

「歌え、二人ともっ!」

アオの声に応えるようにアンジュとサラが輪唱する。

光と風の歌を。

それに呼応するようにヴィルキスと焔龍號は金と黒に輝いていく。

「わわわ、何かチャージしてるよぉ!?」

響の間抜けな声が戦場に木霊した。

見れば巨大なヒステリカの両肩が開きディスコード・フェイザーが放たれようとしている。

「みんな死にたくなかったら退きなさいっ!」

アンジュの怒声。それから…

「終わりにするわよ、サラ子」

「ええ。これが最後の決着です」

ヴィルキスと焔龍號の両肩から螺旋を描いた砲撃が放たれる。

巨大なヒステリカが撃ちはなったディスコード・フェイザーすらの見込み分解。その巨体を粉みじんに吹き飛ばした。

「これで終わりね…」

「ええ、後はアウラを助け出すだけっ」

サラはそのまま飛行形態になると暁ノ御柱へと突入。

そして…

キュアアアアアっ!

暁ノ御柱から巨大なドラゴンが新生の声を上げて飛び出した。

「やったのね、サラ子」

しかし次元融合は収まらない。

「アウラを助け出しても世界融合は停止したわけじゃない…と言う事か…」

ピッとコクピットハッチを開くとアオは再び飛び出した。

「アオ、ちょっとっ!?」

アオはアウラの元へと飛んでいく。

それを追随するように少女達が飛んでいった。

「アオ様…そのお姿は…」

「すこしアウラと話させてくれないか、サラ」

「あ、はい…どうぞ」

と道を開けるサラ。

「久しぶりだね、アウラ」

『あなたは…アオさま、でしたか』

「うわぁでっかいドラゴン」

「響…」

「響達はまだ君の事を知らないよ」

『なるほど、そう言う因果の帰結ですか』

「そう言うことらしいね」

「みんな、手伝ってくれないか。このままでは世界がヤバイ」

「しゃーねぇ、何が何だかわからねぇが付き合ってやるよ」

とクリス。

「アオさんの頼みですからね」

仕方ありませんと未来が言うと他の面々が頷いてアオを中心に円状に散らばる。

「Aeternus Naglfar tron」

バシュ、バシュッキュルルとギアがアオの体を包みこむ。

アオのギアから旋律を紡ぐ。

その旋律に少女達が声を合わせ、心を合わせると世界を隔てる歌を歌う。

「アオはいったいどうなってるの…彼女達は…」

『シンフォギアシステムの装者。かつての世界で最強を誇った少女達です』

とアウラが言う。

世界の融合は未だ始まったばかり、これ位なら相応のフォニックゲインがあればまだ分離できるだろう。

「きれい…」

その声は誰だっただろうか。ヴィヴィアンだったかもしれないし、アンジュだったかもしれない。またはサラだったのかもしれない。

彼女達の高まったフォニックゲインが光を伴い侵食を押さえ込み切り離していく。

局地的だからこそ可能な変革だった。

「あら…?」

響達の体が光を伴って薄れていく。

「たく、後で説明しろよな」

とクリスが悪態を付き光を伴って戻っていく。

「ではな、先に戻る」

「報酬は後でちゃんともらうのデス」

「頑張った」

「そうね、私もたまには甘えてみようかしら」

と翼、切歌、調、マリアと帰っていく。

「なんか、良く分からないのだけれど、これでよかったんだよね?」

「良かったんじゃないかな。倒したの無人兵器だけだったし」

と響と未来も消える。

そしてアオの体も徐々に薄れ始めた。

「アオっ!」

アンジュがヴィルキスを駆りアオを追う。

「さようなら、アンジュ」

「いや、いやだっ。何でそんな事を言うのっ」

「アオの存在は今の俺を呼ぶ為に使い切ってしまった」

「どう言うこと…?」

「今は触媒になった残滓で記憶が残っているけど、俺はオレだけどオレじゃない」

「だから…前も言ったけれど…意味が分らないわ」

と別れが避け得ないと理解してアンジュの頬から涙が流れる。

「アンジュ、君の魂は輪廻を巡りきっとまた会える。その時までしばしのお別れかな………ト」

その言葉を最後にアオも光と昇って行く。

「嫌…嫌…今の私は今しかないもの、輪廻の先の事なんて知らない。私には今あなたが…アオが必要なのっ!」

必死にヴィルキスの手を伸ばすアンジュ。

しかし昇る速度に追いつけない。

「ヴィルキスっ!頑張りなさいっ!アオが行ってしまう、そんなのダメ、ダメなんだからっ!!」

ヴィルキスの装甲が蒼く染まり加速速度が限界突破。空間と距離を縮めアオを追いひっしにその両腕を伸ばす。掴むぬ物を掴む、その為に。

「アオ、アオ…絶対に逃がさないっ、私の初めてを奪った責任、絶対に取って貰うんだからっ!」

「まて、オレはキスまでしかしてないだろうっ!恐らく、多分…メイビー…」

アオが反射的に反論。なぜか光の速度が弱まった気がした。

「おい…つい…たっ!」

アンジュの気迫がヴルキスに乗り移ったように輝き、ついにヴィルキスの手がアオの体を捉えた。

「いいっ!?引っ張られるっ!?そうか、アンジュの中に置いて来た分が共鳴しているのか…だが…」

召還の術式は発動してしまっている。

「絶対に離さないっ!」

「まて…裂ける…くっ…」

パリンと何かが割れる音と共にヴィルキスのスラスターが煙を上げ落下し始めた。

アオはそのまま光と昇り元の世界へと帰った。

落下していくヴィルキスの中でアンジュが泣いている。

「アオ…アオ…ぐす…」

「泣くな、バカ」

「アオっ!?」

「ぐあっ…痛い痛いっ!」

ギュっとヴィルキスの手が握り締められるとアオの体がヤバイ事になりそう。

「アオっ!」

そんなのお構いなしとアンジュはコクピットを出るとヴィルキスの手のひらへとジャンプ。アオに抱きついた。

落下するヴィルキスは何も言わずにスキニルがコントロール。ゆっくりと地表へと降りて行く。

「アオっ…アオっ…」

「まったく…アンジュは欲張りだ。帰る瞬間に横入れを入れられたから、記憶の一部が受肉して残っちゃったじゃないか」

どうしてくれるんだ、とアオ。だがその皮肉もそれほど悪意が篭っているものではなく仕方の無い子だと言う風。

「ごめんなさい…でも…どうしてもアオを離したくなかったの…んっ…」

アオの存在を確かめるようにその唇を塞ぐ。

「私は、あなたと生きたいのっ。来世ではなく、この現世で」

「まったく、わがままだな、アンジュは」

「知らなかったのかしら?」

「いや、知ってた」

アオが堪えるとヴィヴィアンとサラが飛んでくる。

「アンジュ、無事?」

「ご無事ですか、アオさま。…ついでにアンジュ」

「サラ子…あんたは…」

アウラの周りを多数のドラゴンが舞う。

『世界融合による崩壊は収まりました。ですが、反動で世界同士は離れて行っているようです。このままでは…』

暁ノ御柱は破壊されシンギュラーは開けない。

その状況でシンギュラーを開けるのはヴィルキスのみ。

「そ、それじゃサラ子達を送って行かないとね」

♪~♪~

アンジュの歌でヴィルキスが蒼く染まりシンギュラーを開いていく。

それを潜りドラゴン達は自分の世界へと帰る。

「これからどうする?」

アウラが居なくなれば世界からマナが失われ人々はマナの光を奪われる。それは混迷の時代。時代を模索する黎明期の訪れ。

マナが使えないのならノーマがそこに混ざるのは容易だ。

「私、シンギュラーをくぐってあちらの世界に行くわ」

「それは何故?」

こちらの世界を破壊しノーマが受け入れられる世界を作る、それが彼女の目的だったはずだ。

「あっちの世界があなたが居た世界なのでしょう?あなたが命を掛けたその世界がどう言うものか興味が尽きないわ」

「こっちの世界にこそ君のような存在が必要だと思うけれど?」

「昔の私なら確かに残って民の為にと先導に立ったのでしょうね」

皇国の皇女と育てられたままのアンジュリーゼであればと。

「でも私はアンジュ。ただ一人のアンジュなの。私の人生は私の物、他人を気遣う人生はもう終わり。これからは好きなことを好きなだけやり通すわ」

「まったく…」

やれやれとアオは肩をすくめた。

「私はあなたとならどこまでも飛んでいける。絶対に」

シンギュラーの向こう側、そのどこまでも透き通った蒼穹の彼方をどこまでも。







どこかの隠された孤島、アルゼナル。

そこでまさに世紀の大実験が行われようとしていた。

四方に何やら照射装置のようなものに囲まれた中に一機の飛行機が待機している。

今まさに飛行機を模した有人探査機に人が乗り込もうとしているところだ。

パイロットが乗り込み後は起動スイッチを押すだけ、となった所に響く爆音。

「何が起こったっ!?」

四方の機材が一瞬で爆発したのだ。

「次元干渉は国連加盟の30ケ国以上の承認がなければなりません。非認可での干渉は国際法違反とります。よってあなたを拘束させていただきます。エンブリヲ博士」

鈴の音を転がしたような声でどこからか現われた少女が言う。

「バカなっ!そんな話、聞いた事ないぞっ」

と男…エンブリヲが怒声を上げる。

「できない事になっている次元干渉を縛る法律が表側にある訳ないでしょう?」

「そんなバカなっ!これは人類の躍進になるはずの実験なんだっ!」

だだをこねてもすでに実験機材の全ては破壊されている。もうどうしようもない。

「ええ、しかしそれは同時に神を誕生させてしまう契機になりえるのです。わたしはどうしてもあなたの実験を止めねばなりませんでした」

ただ、見つけ出すのに時間がかかりました、と少女は言う。

「君は何を言っているっ」

少女の連れた黒服に連行されながらもまだ吼えるエンブリヲ。

「可能性の未来にあなたはこれを契機に神になる。もし、あなたが神の視点で人類を管理できる立場になったらどうしますか?」

「それは、より良い方向に導く為に努力するに決まっているっ!」

「そうでしょうね…だからわたしは、あなたを排除したいのです」

「まて、なぜだっ!人類の皆が幸福で有って欲しいと願っているだけではないかっ」

連れて行かれるエンブリヲが何かを喚いているが少女の耳にはもう何も入ってこない。

「未来は不確定だ。これでこの世界の未来はあの世界にはならない。けれど…」

人類の繁栄の先の滅亡はある種の約束されている黙示録である。

「それはその時の人間の選択であるべきか。ただ一人の神様の箱庭にするには世界は大きすぎる」

そう言って少女は踵を返して歩き出したのだった。

こうして世界はまた新しい流れへと収束する。 
 

 
後書き
ロボットものって難しいですね…と言うか殆どロボットっぽい戦闘が書けていないような…
急に歌うよっ!系でドラゴンに変身とシナジー性が高かったから書きやすくはあったのですが、やはり難しいですね。
エロ要素は極力省きつつ…すみません、タスクさんに出番は無かったんです。
今年は結構更新したような…と振り返ってみればそうでもなかったです…
でも去年よりは多かったのでご勘弁を。
それでは皆様よいお年を。 

 

エイプリルフールIF 【ワルブレ編】

 
前書き
これはシンフォギア編を書く前に書いて、やっぱりお蔵入りにしていた作品です。エイプリルフールと言う事で投降。楽しんでいただければ幸いです。 

 
「あ、やっべ…思い出すのが遅すぎた…」

そう神鳥谷(ひととのや)(あお)は言葉をこぼした。

直近の前世の記憶は古代フォルトーゼでの事。転生した事はすぐに受け入れた。

だが…

ここは亜鐘学園高校。日本全国から輪廻転生者(リンカーネイター)が集まる学校である。

この世界には六年ほど前から兵器での殲滅が難しい化け物…異端者(メタフィジカル)と呼ばれる異形の化け物が現われ始めた。

現代兵器では有効打を与えられない難敵を屠ったのが前世の記憶を持ち、前世の武技を匠に使える輪廻転生者(リンカーネイター)達だった。

後に救世主(セイヴァー)と呼ばれる事になる彼らは、その力で異端者(メタフィジカル)を打倒せしめ、次々に現われる異端者(メタフィジカル)に組織だった対応が求められ、成立したのが白騎士機関(オーダー)と呼ばれる組織。全世界六国に支部を持ち、現われる異端者(メタフィジカル)を打ち滅ぼす。

亜鐘学園はそんな戦士を鍛える教育機関だ。

全国から輪廻転生者を見つけ出し、本人の了承のもと戦士として教育する。

中学三年の少年少女に軽いテストを受けさせ、それで輪廻転生者であると確認が取れると白騎士機関からスカウトが来て、それに応えると亜鐘学園への入学が認められる。

卒業後は白騎士機関で働くか、もしくはドロップアウトするか選べるらしい。

一応日本支部はサラリーらしく、公務員扱いの為扱いは悪くない模様。まぁ命を懸ける分の給料が貰えているかと言えば閉口するが…

前世を完全に思い出す前はリスクとリターンを考えてこの亜鐘学園へと入学したらしい。

この学園に入学する救世主(セイヴァー)の殆どは二つの世界からなる。

光技の発達していた正解と闇術の発達していた世界。

前者を日本では白鉄(しろがね)と言い、後者を黒魔(くろま)と言う。

そうして入学した亜鐘学園の最初の実技の授業中、蒼は唐突に思い出したのだ。

前世の自分を。

前世が現世の記憶を食いつぶし、ようやく状況を把握すれば、訓練機関の一員。

入学直後のドロップアウトはそれはそれで難しい。それならばと力を付ければ異端者の矢面に立たされる。

うーむ…ま、なる様になるだろう。とあっけらかんと考える事を放棄した。

そう言えば、と蒼は思う。前世の俺はこんな性格だったっけ?と。

白鉄とは前世の記憶にある念能力者だ。

体内にある七つの門をこじ開け、そこから通力(プラーナ)をくみ出し身に纏う事が基本とされる。

通力(プラーナ)とは言い方は違うがオーラの事で間違いない。

対して黒魔は魔導師である。

大気中にある魔素をリンカーコアに集め魔力を生成そ、闇術を行使する。そのとき手で虚空に古代文字のスペルを描き、詠唱を必要とする。

基本、その両方を使いこなす存在は居るかもしれないとされるが、転生には数千年の時間がかかり、さらに記憶を継承しての転生を二回も繰り返す存在はまずいないだろうとされている。

と言う訳で、蒼は白鉄として授業に臨んだのだが…記憶が戻った蒼にしてみれば授業なぞ児戯に等しい。

何故なら白鉄の殆どがまだ自在に纏すら行えていないのだから。

そんな訳で蒼は直ぐに授業を受けるのを止めた。

実技の時間は昼寝の時間だ。

中庭の芝生がぽかぽかして気持ちよさそうだ。

纏をしながら睡眠。

精孔は開いているが、まだまだ記憶の通りとは行かない。

これは前世を思い出すのが遅れた弊害だ。まだ馴染んでいない。

昔は寝ていても纏が解けることは無かったのだが、今は起きるころには解けている。これは修行不足と言った所だ。

「あ、やっぱり居たのです」

と、艶のある金髪にそれこそ天使の輪を作り無邪気に声を掛けてくる幼女が一人。

「まーやか」

「はいなのです(にぱ)」

彼女は四門摩耶(しもんまや)。早くに救世主(セイヴァー)として覚醒した為に亜鐘学園(こんなところ)に閉じ込められている少女だった。

彼女は蒼がサボっていたときに知り合った昼寝仲間だ。

「お昼寝です?」

「ああ…」

「サボタージュはいけないのです」

「とは言え、太陽が気持ちいいからね。絶好のお昼寝日和だ。だから今日は一日昼寝をすると決めた」

「そうなのです?」

「ああ」

と真顔で頷く。

「それじゃまーやもお昼寝するのです」

「そか」

そう言うと蒼は左腕をだらんと芝生に転がした。

「えへへっ」

ごろんと躊躇いも無く蒼の腕を枕にして寝転がるまーや。

程なくして蒼が眠りに入った。

「すぅ…」

蒼の寝息が微かに聞こえてくる。

「いつ見ても蒼の通力(プラーナ)は綺麗なのです」

蒼銀のオーラが蒼を覆っている。

蒼だけを覆っていたオーラがだんだんとまーやを取り囲んでいく。

「ん…っ」

まーやはこれが好きだった。黒魔のまーやは魔力(マーナ)は纏えても通力(プラーナ)は纏えない。魔素を取り込んで自分のものにする魔力(マーナ)とは違い、自身の内よりでる通力(プラーナ)がこんなに暖かいものだとは思ってなかった。

「今日は寝ぼけるですかね?」

まーやは期待して待つ。

完全に寝たことを確認するとするすると腕から抜け出し蒼に乗りかかると、その小さな唇が蒼のそれをついばみ、割り入れ、そこに少量の魔力(マーナ)を注ぎ込む。

すると、虚空にうっすらと何かが浮かび上がってくる。

本当にうっすらと巴模様の真ん中に十字の剣が描かれている何か。

「まーやの魔力(マーナ)に反応しているのは確かなんですけど…」

最初はほんの出来心だった。余りにも幸せそうに寝ている蒼にちょっとしたイタズラをしただけ。しかし、ほんのちょっとまーやから魔力が蒼に流れると、一瞬何かが見えた気がした。

最初は錯覚かと思ったけれど、確かめようと再び魔力を流し込むとやはりうっすらと見えるのだ。

そして蒼がまとう通力(プラーナ)が変化するの。

それは通力でも魔力でもない、力強いなにかだ。

「通力と魔力の相乗…ですが…」

通力と魔力、光技と闇術の両方を使える最古の英雄。エンシェントドラゴンと呼ばれる存在は、机上の空論から現実のものとなったのが最近の事。

亜鐘学園の一年に入学してきた灰村諸葉(はいむらもろは)は二つの前世を持っている。そのため光技も闇術も使える最も古き転生者。その存在は瞬く間に学園を掛け、白騎士機関全てに知れ渡る事になった。


太陽が傾き、日が翳ってきた頃、はっと蒼が置きだした。

「そう言えば今日は二組の保奈美ちゃんとデートの約束がっ!」

「あ、それはまーやがちゃんと電話で断っておいたのです(にぱ)」

「ノーーーーーーッ!?」

他人の予定を勝手にキャンセルする子悪魔がここにいた。

「その代わり、今日はまーやが付き合ってあげるのです。うれしいです?」

「えー…」

「うれしいです?」

「う、うれしいです…よ?」

顔は笑っていたが妙なプレッシャーに首を縦に振っていた。

HRに出るとまーやが来る前に街へ繰り出してナンパでも…と思っていたのだけれど、田中先生の放下の合図と同時にまーやが教室に入ってきた。

「蒼、デートに行くのです」

「まーや…」

周りの視線がいたい…その目がこのロリコン、幼女趣味死すべしと言っているのが分る。

周りの視線なんてお構いなしとまーやは教室に乱入してくるとギュっと蒼の手を握った。

「わかった、わかったからこの手は離さねえ?」

「ダメなのです(にぱ)」

そう言うと強引に蒼の手を引いて教室を出るまーやと連れ出される蒼の絵。

蒼はあきらめて引かれるがままになっている。

街まで出るとそれはデートというよりも仲の良い兄弟の様。周りの人も微笑ましそうに眺めている。

蒼としては見目麗しい女性に声を掛けたいのだがまーやが手を離してくれない。

一瞬手を離された時に麗しの女性に声を掛けているとおもむろに腕を引かれ振り返ると笑顔のまーやが…いや、目が笑ってなかった。

それ以降蒼はあきらめてまーやに付き合っている。

「あ、あれが食べたいのですっ」

そう言ってまーやが指差したのはジェラードの専門店。

「むぅ…悩むのですっ…」

まーやはガラスケースの中のジェラードとにらめっこしている。

一応この店はカップに三種類のジェラードをよそってくれるのだが、まーやは絞り込めない模様。

「マンゴーとブルーベリー、抹茶の三つと、後はこのバニラとチョコ、ストロベーリーで」

決められないまーやに代わって蒼が勝手に注文する。

「蒼?」

「決められなければ二人でシェアすればいいだろ」

そう言うとまーやはその手が有ったっ!と言う表情を浮かべた。

商店街の外れに設置されているベンチに二人で腰をかけるとジェラードを突く。

「バニラはやはり王道なのです」

と、まーや。

「しまった…柑橘系に抹茶は合わない…」

「う…本当なのです…」

まーやが蒼のジェラードにスプーンを延ばし頬張ると同じ感想を述べた。

ほんの少しの幸福な時間。しかしそれを終わらせたのは狂獣の咆哮だった。

グラアアアアアァァァァァァッ!

パリンパリンパリンッ

商店街のガラスと言うガラスが突然前触れも無しに砕け散った。

「キャーーーーっ!?」
「な、なんだっ!」
「どうしてガラスがっ?」
「おい、頭上気をつけろよっ」

二階の窓から飛来するガラスの破片で商店街は阿鼻叫喚だ。

商店街のアーケードの上にそれは居た。

体躯は全長五メートルほどだろうか。

首が三つに尻尾が二つ付いている黒い犬のような化け物だ。それは神話に出てくるケルベロスのよう。

異端者(メタフィジカル)…」

「それも多頭種だな…」

まーやの言葉に訂正を加える。

通常、頭が多い方が異端者(メタフィジカル)は強力だと言われている。

グラァァァアアアアッ

再び咆哮。

今度はまーやの耳を蒼が塞ぎ、そのまま通力(オーラ)で防御する。

その衝撃はすさまじく、商店街に立っている人は居ない。皆地に伏していた。

そんな中に立っている人間を異端者が目にしたとしたら?

「くっそっ!」

蒼の目の前でメタフィジカル…ケルベロスが空中へとおどり出す。視線は完全に蒼たちに向いていた。

まーやがどこかに電話している。きっと応援を呼んでいるのだろう。

だが、間に合わない。

「ひっ…」

まーやの顔が恐怖に歪む。

ケルベロスは完全に此方をロックオンしているし、着地後アスファルトをめくり上げながら此方めがけて駆けてくる。

「逃げるぞ、まーや」

「蒼一人で逃げるのです。まーやは置いていってほしいのです」

「女の子を一人置いて逃げられるかっ!」


入学したての亜鐘学園の生徒がいくら救世主(セイヴァー)と言えどいまだ新人。それにメタフィジカルが出た場合多人数で囲んで殲滅するのが常道で、一対一など先ずありえない。

普通の救世主ならおそらく一秒後には絶命しているだろう。

しかし、蒼は普通とは言いがたかった。

地面を蹴って振り上げられた豪爪。しかし、それを蒼は一歩下がる動作で距離を取ってかわして見せた。

空振りする鉤爪。

蒼はケルベロスから10メートルほどの距離を置いていた。

「くっそ…まーじかよ…相当なまってるなぁ…」

「え…え?」

蒼とまーや、両方ともショックを受けていた。

まーやはいったい何が起きたか分らないと疑問をうかべ、蒼は自身の能力が十全でない事にショックを受ける。

くるりと蒼はまーやを担いで反転すると一歩二歩と走り出す。

それを追うようにケルベロスが迫るが三歩踏み出すと同時にやはり蒼は10メートルほど距離を取って現われる。

破軍(はぐん)じゃ…ない…

とまーやは蒼に担がれたまま考える。

破軍とは光技の中の七つ有る神速通(じんそくつう)の一つ。その最上級技で、瞬間移動したかのように高速で動く縮地の法である。

それ相応の反動がある技で、担がれているまーやが無事でいられる技ではないのだ。

それにこんなに連発できる技じゃないです…

一歩二歩三歩と、蒼は三歩進むたびに瞬間移動してケルベロスから距離を取っている。

「まーや、援軍は?」

蒼の声にまーやはすまなそうに声を発した。

「来れないのです…実戦部隊(ストライカーズ)は待機命令が出てるのです…白騎士機関の到着はまだ先なのです…」

「なぜっ!?」

「もう一匹メタフィジカルが出現しているのです。そちらが先に確認された弩級(ドレットノート)なのです…命令が混乱して実戦部隊(ストライカーズ)が出せないのです」

「良く分からんが、応援は来ない、ここは自分達でどうにかしろって事でオーケー?」

「このまま敵を引き連れて亜鐘学園に逃げるのです、そうすれば…」

「無茶を言う…普通出来ねーぞ?」

「でも…それしかないのです…このままどうにかあのメタフィジカルをつれて学園に逃げるのです…」

なんてしゃべっていたのがいけなかったのか、いつの間にか距離を詰められていたケルベロス、その振り上げられた鉤爪を避ける事が難しいタイミングで振るわれた。

「くそっ!」

踏み出した足はまだ二歩。全盛期の勘を取り戻して居ない蒼にはこの攻撃を避けるのに三歩分のインターバルが必要だった。

とっさにまーやを抱きしめ庇うと、振るわれた鉤爪を光技で言うところの「金剛通(こんごうつう)」、念で言うところの「堅」でガードして受けると、勢いを殺すように自身から跳ね上がった。

跳ね飛ばされた先に有ったのは大きめの工場後。倒産し、廃墟となっていたそこの入り口を盛大に破壊して転がりながら中に入る。

「大丈夫かっ!まーやっ」

「め、めがまわるのでふ…」

「それだけ言えれば大丈夫だな」

ようやく混乱から立ち直ったまーやが気遣わしげに声をだす。

「あ、蒼は大丈夫なのです?っ…その傷はっ」

すぐさま闇術で癒そうとするまーやの目にはずたずたに引き裂かれた蒼の背中が映った。

「ダメだ、時間が無い」

まーやの闇術を制した蒼は視線を入り口に向けると獣の影が近づいてきた。

それを見るなりすぐさま蒼は印を組んだ。

「分身の術」

ボワワワンと現われるのは無数の蒼。

「ええっ!?幻影の像っ!?(ファンタズマル ヴィジョン)」

闇術に光学的幻影を作り出す術があるが、光技では実現されていないそれ。

次いで蒼は自身の胸元にあるドッグタグを引き千切るように握り締め、通力(オーラ)を込めた。

亜鐘学園の生徒なら誰でも、蒼も首から下げている認識票。これに白鉄のつかう通力(プラーナ)、黒魔が使う魔力(マーナ)と呼ばれるエネルギーを込める事で生前使っていた愛用武器を再現できるアーティファクト。

が、このままでは蒼には使えない。

蒼は自身の背中に手を当てて滴る血液を指に集めると再び印を組み上げ、その手のひらでドッグタグを再び握り締めた。

「来いっ!ソルっ!」

ドッグタグがいつしか宝石に変わっていた。

「ソルっ!」

呼びかけても返ってくる言葉は無い。

「まさか魔力不足かよっ!リンカーコアがまだまわってないからかっ」

入り口から入ってきたケルベロスは複数の蒼を見るや飛び掛り、遠方に入ると見れば今度は口から炎弾を吐き出していた。

「まーや、よく聞け。今からあいつの敵愾心をあおる。俺があいつを連れて出て行くからそれまでまーやは隠れていろ。大丈夫、まーやにあいつの攻撃は当てさせないさ」

「で、でもっ!」

まーやの言葉は最後まで聞かず蒼は物陰から走り出していった。


クソッと蒼は心の中で舌打ちをする。

リンカーコアがまだ覚醒しない。

廻すための魔力が足りないからだ。

権能がまだ機能しない。

権能を自在に使う感覚がまだ肌に染み渡っていない上に、実際はまだ精孔が開ききっていなかったからだ。

同じ理由で万華鏡写輪眼も使えない。

ぎりぎりでようやく写輪眼が使えるようになった程度。

蒼の目が赤く染まった。

写輪眼だ。

とりあえず、それだけでも相手の動きを見逃す事は無い。

ケルベロスはついに蒼の分身を全て片付け、今度こそはと蒼のにらむ。

対する蒼は背中に大きな傷を背負い万全とは行かない状況。

素早く蒼は印を組む。

「火遁・豪火球の術」

蒼の口から巨大な炎弾が撃ち出される。

「ガッ!」

迎え撃つケルベロスの炎弾は威力負けして炎を被った。

そのまま入り口へと走る。

追いすがるケルベロスはそのアギトをギラつかせた。

すんでの所でそれを回避すると光技で言う所の金剛通、剛力通(ごうりきつう)のあわせ技である崩拳(ほうけん)、念能力で言う「硬」でカウンター。頭の一つを潰して見せた。

「くっ…」

渾身の一撃だったが蒼もまた肩に激痛が走る。

「まさかまだ頭が有ったとわね…」

頭を殴った拍子に振り子のように振られた胴体。その尻尾が突然頭に化け、蒼の右肩へと噛み付いたのだ。

どうにか噛み千切られる前に身を引けた為に裂傷で済んだが、一歩間違えれば右腕を失っていただろう。

そう言えば…尻尾は二本あったはずだが…?



蒼がまーやをかくまいつつ戦っている。

わたしは何も出来ないの?

実際まーやには実質戦闘力は皆無と言って良い。

だが、だからと言って何も出来ないで隠れている事しか出来ない自分を恥じる事は出来た。

それしか出来ないと言ってもいい。

そんな自責の念に駆られている時、まーやの耳に何か声のようなものが聞こえた気がした。

…おね…い…す

「え?」

お…が…です

「だれ、誰なの?」

誰かの声に必死になって耳を傾けるまーや。

わたし…ひ…って…ください…

「どこっ!?」

必死に視線を左右に向けると目に映ったのは蒼が置いていった一つの宝石。

まーやは急いでそれを拾い上げると胸元へと持ち上げた。

『おねがいです』

今度ははっきりと聞こえた。

「あなたがしゃべっているの?」

『はい、時間が有りません。お願いがあります』

「え?あ、うん…なに?」

相手がしゃべる宝石だと言う事に驚いている暇は無かった。

『マスターのリンカーコアを廻す為に魔力を譲渡してもらえませんか?』

「え?それって…」

『あなたが持っている魔力をマスターに分けて欲しいんです。きっかけがあればマスターのリンカーコアがまわり始め、自力で魔力を生成するはずです。そうすればこの状況を打破できるはずです。私のマスターはあんなに弱いはずは無いっ!』

「わかったわっ」

そう言って立ち上がるまーや。しかしその顔は少し赤く染まっていた。

『どうしました?』

「ちょっと照れるなって思って」

『は?』

宝石が素っ頓狂な声を上げたとき、ケルベロスの体から一本の一歩が分離し、まーやに向かって飛んできた。

その尻尾はいつの間にか頭が生え、四肢が生え、小さな狼になっていた。

それにまーやが気がついた時にはすでに遅い。

狼の首はまーやを確実に捉えている。

絶体絶命だった。

まーやは死を覚悟した。

が、一行にその死はやってこない。

「まったく…隠れていろと言っただろ…」

蒼が一足でクロックマスターを行使し過程を省略し狼に肉薄して崩拳を食らわせたのだ。

「くぅ…」

大分無茶をした為にその場で蒼は膝を付いた。

それをまーやは小さな体で抱きとめた。

「わりぃ…逃がしてやれそうにねぇわ」

蒼にしては気弱な発言だろう。しかし、それほど今の蒼は弱っていた。

「蒼、おまじないなのです」

そう言うとまーやはおもむろに顔を近づけ…

「はぁ?むぐっ…」

その小さい唇が蒼の唇を割り、その小さなしたが精一杯に伸ばされる。

「な…何を…」

と、何かを言おうとしていた蒼にまーやは自身のありったけの魔力(マーナ)を注ぎ込んだ。

まーやの魔力は蒼のリンカーコアをこじ開け、そして魔素が吸収され始める。

瞬間、周りの魔素が暴食の限りを尽くされたかのように薄くなった。

「ソル…」

蒼の呼び声。それに応えるようにまーやの持った宝石が光る。

『スタンバイレディ・セットアップ』

瞬間銀光がはじける。

発光は一瞬。しかし、その一瞬後には銀の竜鎧を着た蒼が立っていた。

「蒼?」

まーやが心配そうに訪ねた。

「全く無茶をする」

『おひさしぶりです、マスター』

「ああ、久しぶりだ」

『…ちょっと性格が違うようですね』

「ちょっと覚醒が遅すぎてね。混じった」

『なるほど…ですがあなたはあなた。わたしはいつでもあなたの杖です』

「うれしい事を言ってくれるな」

会話の途中でケルベロスが乱入、その巨体で踊りかかる。

『プロテクション』

ガンと突如現われた障壁に激突し、ダメージを負ったのはケルベロスだ。

「そんな…スペリングも詠唱も無く闇術を…?」

二度、三度と襲い掛かるケルベロスを阻むように二枚、三枚とプロテクションが遮る。

「さて、リンカーコアは動き出したけれど、まだまだ勘は取り戻せていない。ぶっつけ本番だけど、やれるか?」

と言うと蒼はオーラと魔力を合一する。

蒼の背後に巴と剣十字の紋章が浮かび上がると蒼の体から力強い力が溢れた。

「輝力合成…紋章を強化っ!」

ぐんと背後の紋章がその存在感を増した。

「プラーナとマーナの合成…そんな…まさか…」

と口を押さえるまーや。

再びの鋭爪での攻撃。

蒼はプロテクションを展開しなかった。

代わりにその攻撃を受け止めたのは巨大な肋骨。

攻撃が受け止められると距離を取り、今度は炎弾をケルベロスは撃ち出して来た。

現われるのは巨大な左腕と霊体で出来た鏡の盾。ヤタノカガミ。

炎弾が着弾するよりも速く蒼の気力がまーやをも包み込む。炎弾はヤタノカガミが弾き返す。いくら連射されても蒼にダメージは無い。

肋骨、左腕、右腕と現われると最後にシャレコウベが現われ、人の上半身だと分る。

グルルルゥ…グアアアアアアアァァアァッ

ケルベロスが吠えると蜜首の後ろからさらに二つ頭が現われ、新たに生えた二つの尻尾からも頭が現われた。

その体躯も倍以上になり、まさに異形。

「そんな…まだ頭が増えるなんて…」

とまーやが驚愕の声を上げる。

蒼はその肩を抱いて声を掛けた。

「大丈夫だよ…俺のスサノオは負けないさ」

「スサ…ノオ?」

まーやの見上げた先でドクロが肉付くように女の形を形成し、それを修験者のような鎧が包み込んだ。

現われる益荒男。

ケルベロスは頭が伸びて既に犬の様相ではなくなっていた。

その伸びた口からそれぞれ炎弾が発射される。その数都合6個。それも連射可能なようで雨アラレと発射されていた。

「きゃーっ」

まーやがその恐怖にたまらず絶叫。

しかしその程度で揺らぐヤタノカガミではなかった。

爆炎と噴煙が蔓延し、互いの視界を塞ぐ。

結果、ケルベロスは目標を付けられずに炎弾を吐くのを中止した。

噴煙が晴れるその刹那、一条の剣戟が走る。

「ふっ」

ズパンッ

それは快活な音を立ててケルベロスの首の一つを両断した。

返す刀でもう一頭。一瞬の内に二つの首を失った異端者(メタフィジカル)は残りの首でようやく噴煙が晴れた為に目視できた大太刀を封じようと絡み付こうと躍動した。

しかし…

一閃、二閃と大立ちが翻るたびに屠殺される動物の如く首が撥ねられていった。

「これで最後だーーーーーっ!」

気合と共に振り下ろされた大太刀。草薙の剣はメタフィジカルの体を両断し、廃工場の床を粉砕。ちょっとしたクレーターが出来ていた。

「よしっ…て…あら?」

メタフィジカルが倒れたのを確認すると蒼の四肢から力が抜けていった。

「あ、蒼?どうしたのです?」

ズルっとつんのめるようにして倒れこむ蒼の下敷きになって一緒に倒れこんだまーや。

「蒼…蒼?」

「ぐー…」

「って、ねてるーっ!?起きるのですー、蒼ーっ」

揺すっても大声を出しても起きない蒼にまーやはあきらめて携帯電話を取り出した。

掛ける先はまーやの従姉妹であり亜鐘学園の校長である四門万理その人である。

「まーや、無事っ!?」

携帯電話が繋がると、開口一番で万理の口からまーやの安否確認の言葉が漏れた。

「まーやは大丈夫なのです。蒼お兄さんがメタフィジカルの攻撃で重症なのです…直ぐに迎えに来てほしいのです」

「メタフィジカルはっ!?」

まーやは前世の記憶を持っている分歳不相応に聡明だ。

だからこの場で…万理の周りで誰が聞き耳を立てているかわからない状況で本当の事を言うと言う愚はおこさない。

「逃げていったのです。まーやも蒼お兄さんも命からがら逃げ切ったのです」

「……そう。詳しくは後で聞くわ。メタフィジカルは逃げたのね?」

「はいなのです」

「分ったわ。も一頭の弩級の反応も消えたみたいだから直ぐに迎えを向かわせるわね」

「よろしくなのです。万理お姉ちゃん」

そう言ってまーやは携帯電話の通話を切った。

「蒼はエンシェントドラゴン(最古の英雄)だったのですね…まーやはびっくりなのです」

通力と魔力を両方扱い、さらには二つを合成してみせた。

「守ってくれてありがとうなのです。わたしの英雄さん」

そう言ってまーや蒼のほっぺにキスを落とした。


亜鐘学園学園長室。

そこには今万理とまーやの二人だけだった。

「それで、まーやを襲ったメタフィジカルだけど…」

と切り出したのは万理だ。

「蒼が一人で倒しちゃったのです」

「そう…よく一人で倒せたわね」

「そうなのです。まーやもびっくりなのです。多頭種、それも弩級(ドレットノート)だったのです」

「ちょっと、それ聞いてないわよっ」

「言ってないので当然なのです」

事前の事情聴取。蒼はまだ眠りこけているのでまーやが受け答えしていた。その中でであったメタフィジカルは通常のメタフィジカルであると報告している。

それを聞いて万理は頭を抱えてイスにもたれ掛った。

「灰村くん一人だけでも頭が痛いと言うのに…」

「もう一体現われたメタフィジカルも弩級だったみたいなのです?」

「そうね。それも嵐城サツキさんや漆原静乃さんの二人が居合わせたようだけれど、実質倒したのは灰村くん一人ね」

「Sランク救世主(セイヴァー)…なのです?」

ランクS。

一人では打倒し得ない異端者を狩った者に送られる称号だ。

「七人目の…ね…いえ、神鳥谷(ひととのや)くんもいるから八人になるのかしら?」

「それは違うのです、万理お姉ちゃん」

「は?」

「蒼はセイヴァーオブセイヴァー(SS)なのです」

まーやの言葉に絶句する万理。無邪気な表情を浮かべるまーやとは対照的だった。


あのメタフィジカルとの戦闘から数日。

特に変わり映えも無く、いつもと変わらない生活に戻っていた。

と言うのも、蒼はメタフィジカルとの戦闘で負傷して担ぎ込まれた事になっていたからだ。

傷自体は大方運び込まれる前には治っていたらしく、医者の先生からもさっさと退院しろと言われる始末。

そんな訳で今日も今日とて蒼は実技の授業をサボって昼寝していた。

その傍らにまーやが居るのもいつものことだ。

そこに乱入者が現れる。

長い髪をサイドでひとくくりに纏め上げた少女。名を嵐城サツキと言う。

全身から怒気を立ち上らせ、肩を怒らせて歩いてくる。

「こんなところに居たっ!ってー幼女と添い寝しているっ!?」

「うるさいのです…」

目をこすりながら先に起きたのはまーやだ。

「あ、あな…あなたたちなにやってるのよっ!」

「何って、昼寝です?」

「それは見れば分るのよっ!」

「じゃあ訓練なのです?」

「昼寝が訓練な訳無いでしょうっ!訓練はいま授業でやってるところよっ!」

どうやらこの嵐城、蒼を連れ戻しにきたようだ。

「サツキお姉さんには分らないのですか?」

「なにがよ」

「蒼には一年のカリキュラムは必要無いのです」

「うぇええ!?」

「蒼は七門全部開いてるですよ?」

見て分らないのか?と馬鹿にするように言い放つまーや。

一年の白鉄の実技は一年掛けて七門全てを開いて自在に通力(プラーナ)を汲みあげる事が出来るようにする事だ。

サツキも見れば確かに蒼の体は蒼銀の通力が溢れ出ていた。

「だから蒼には今の実技の演習は必要ないのです。むしろ蒼の修練の邪魔をしないで欲しいのです」

「昼寝がどうして修行になるのよっ!」

食って掛かるサツキ。

「サツキお姉さんには蒼が今どんなにすごい事をしているのか分らないのですね」

「ぜんぜん分らないわ」

はぁ…とため息一つ。まーやは説明する。

「サツキお姉さんは寝たまま通力(プラーナ)を纏う事が出来るのですか?」

「え?…それは…えと…」

と考え込んだ後サツキはポソリとつぶやく。

「出来るの?」

「先生に聞いてみるといいです。でもきっと答えはこう返ってくると思います。修行すればいつかは」

「え?」

「理論上は可能なのです。でも、この学園じゃ教えないのです。何故なら継続戦闘時間に重点を置いてないからなのです」

「どう言う事?」

「メタフィジカル戦は短期決戦が望ましいのです。つまり瞬間的に力を発揮する事を優先して教えているのです。でも蒼のこれは逆に継続戦闘時間の延長を目的とした訓練なのです」

「えっと…」

「プラーナを長時間放出する事は実は結構難しい…と蒼が言っていました。金剛通(こんごうつう)が戦闘中常時展開できるくらいじゃないと話にならないね、と。まーやはその時は頷いたのです。でも、そんな事ができる白鉄が居るとおもうです?」

「居るんじゃ…ないの?」

実戦部隊(ストライカーズ)の隊長でもそれは出来ないって言ってましたのです」

「それじゃあ…」

「でも、だからこその訓練なのです。常時プラーナを纏う事が出来れば、戦闘中ずっと金剛通を使い続けることが出来るかもしれないのです。だから蒼は四六時中プラーナを纏っているのです」

「え?そんな訳ないわ。わたしは一緒のクラスなのよ?さすがにプラーナを纏っていれば見れば分るわよ」

「今度、天眼通(てんげんつう)で見てみるといいのです。まーやの言っている事がうそじゃないって分ると思うのです」

「う、うん…分ったわ…ってまだわたし天眼通使えないんだったっ!」

「七門もまだ開けてないんでしたね……サツキお姉さんは他人の事に構ってないで自分の事を心配するほうが言いと思います…」

と幼女に駄目出しをされるサツキ。

表情にちょっと涙目が入っていた。

「それはそうと、あなたの纏っているそれってプラーナ?あなたは黒魔じゃなかったけ?」

「まーやは黒魔なのです。これは蒼のプラーナなのですよ」

と、自分の周りにまとわりつく蒼銀のプラーナを指差していった。

「え?他人にプラーナを纏わせる事って出来るの?」

辰星(しんせい)の応用だと思うのです。…蒼は「流」って言っていたのです」

「体に害は無いの?」

「今の所は特に無いのです。それにこれはまーやの特訓なのです」

「特訓?」

「これだけ近くでプラーナを感じていればまーやもプラーナを扱える日が来るかもなのです」

「来ないわよ。黒魔は光技を使えない。常識でしょう?」

「その常識はサツキのお兄さんのせいで覆ったのです。もう古いのです」

「お兄さまがすごいのよ。前世が二つも有るのはわたしとしては腹立たしくあるのだけれど、強いお兄さまは尊敬するわ。ふぉーふぉっふぉっ」

「と言う事でまーやはお昼寝に戻るのです」

「まてぃっ!」

とサツキがすかさず突っ込む。

「何ですか?まーやは眠いのです。手短にお願いしますね?」

「特訓している事と授業をサボるのは別だわっ」

「これはマリお姉ちゃんも認めているのです。一学年のカリキュラムは終了しているので問題ないのです」

「校長先生が?ホントに?」

「本当なのです。疑うのなら田中先生辺りに聞いてみると良いのです」

話は終わりとまーやも寝入る。

サツキはすごすごと踵を返していった。

「実際黒魔が光技が使えないと言う常識は古いのです」

とまーやは誰とも無しにつぶやいた。

かざした右腕、蒼銀のプラーナに隠れて分らないが、その下層には水色のプラーナがにじみ出ていた。

それをにまにまと見つめてまーやは再び眼を閉じた。



どうしてこうなった…

ここは亜鐘学園男子寮。

亜鐘学園は寮にしては珍しく一人一室で、大浴場もあるが、ユニットバス完備と豪奢なつくりをしている。

部屋も決して狭くないつくりで、ルームメイトが居ても十分なほどに広い…のだが…

「今日からよろしくお願いしますなのです(にぱ)」

イイ笑顔で頭を下げる幼女が一人。

「まーや…ここ、男子寮」

「マリお姉ちゃんの決定なのです。まーやは今日からここで暮らすのです」

「えー?」

「まーやの事は抱き枕だと思って可愛がってくれるとうれしいのです(にぱ)」

決定事項だと譲らないまーや。

「何度生まれ変わっても俺は幼女に憑かれる運命なのか…?」

がっくりと肩を落としてうなだれる。

「とりあえず…飯つくろうか…」

「さっそく食堂に行くのです」

「そうか…まーや一人で行って来ていいぞ」

「?…蒼は行かないのですか?」

「食堂もまずくないがね。記憶と実感を擦り合わせる為にメシは自分で作る事にしてるんだ」

「蒼が作るのですかっ!?」

「何を驚いている…」

「いえ、別に…なのです。それじゃあまーやの分もお願いするのです。蒼」

「へいへい」

蒼嘆息すると冷蔵庫を開け、ざっと中身を確認する。

手前にある茶碗蒸しの器を手に取るとまーやに向かって投げ渡した。

「わ、わわっ!?」

綺麗な放物線を描き茶碗蒸しの器はまーやの手のひらに収まる。後からスプーンを投げるのも忘れない。

「茶碗蒸し…ですか?」

不思議そうに蓋を開けるとバニラエッセンスの甘い匂い。

「もしかして、プリンなのです?」

「器はちょうどいいのがそれしかなかったから勘弁な。それとちょっと時間が掛かるから、それ食べてまってろ」

と蒼はそっけなく答えた。

「蒼がこれを作ったですか…」

感心してからまーやは一口プリンを口に含んだ。

「うまっ!?…うまいのです」

夢中でプリンを頬張るまーやはまるでリスのよう。

まーやも居る事だしと、蒼は手際よく調理を進める。

流れるように調理場に立つ蒼を見てまーやはショックを受けている。

「蒼の前世は料理人だったのですか…?」

「和、洋、中にトルコ、フランス何でもござれってな」

そう言いつつ蒼はひき肉を混ぜていく。

ハンバーグの種が完成したら冷蔵庫で冷蔵。油を固めておく。

その間に揚げ油を火に掛け暖めると同時にキャベツを千切りにしてパプリカで色を添えた付け合せのサラダを用意。

さらにフライパンを取り出して暖め始めた。

蒼は冷蔵庫に戻ると右手でトンと冷蔵庫を叩く。

螢惑(けいこく)ですか?」

目ざとくまーやがつっこんだ。

「俺は『発』って呼んでいるよ」

光技、螢惑(けいこく)

通力を己の根源へと近づけ、変化させる技だ。

「へぇ、蒼はもう自在に螢惑が使えるのですね」

どんな効果かと問わないまーやに蒼もつい口が緩む。

「まだまだ生前のそれには遠く及ばないけどね。昔は因果も思いのままに操れたんだけどねぇ…」

「蒼はすごいのですね」

「まーね。俺はすごいのよ」

がちゃりと冷蔵庫を開ければ程よく冷えたハンバーグの種。

それを適量に分けると空気を押し出すように右手と左手でキャッチボール。小麦粉をまぶすと熱したフライパンに落とす。

ピピピピっ

どうやらオーブンの余熱も終わったようだ。

ハンバーグの両面に焼け目が付いたら200度のオーブンに移して10分すれば出来上がり。

その間に冷凍庫から下処理して冷凍しておいたナチュラルポテトを取り出すと油で揚げるとオーブンが鳴った。

さらに付け合せのサラダ、ポテト、ハンバーグと乗せ、作り置きのアップルソースをかければ完成。

最後に冷蔵していたオニオンスープを温めなおすのも忘れない。

「まーやはパンとご飯、どっちがいい?」

「まーやはこう見えても日本人なのです。ごはんでお願いしますなのです」

と言う事はナイフとフォークにこだわる事も無い。

割り箸を準備するとテーブルへと運んだ。

「いただきますなのです」

「いただきます」

と二人で手を合わせてから食事を開始。

「うまっ!?うまいのです…」

感激するまーや。いや、どこかショックを受けているようだ。

「おー、そーかそーか。…んーまぁ有り合せじゃこんなもんか」

「ねぇ、蒼」

「なんだ?」

「まーやと結婚してくださいなのです」

「おっと、幼女からのプロポーズかよ。だったらこう返そう。大人になったらなー」

「絶対なのですよ?まーや、一生懸命美人の奥さんになるのです。だから蒼は毎日美味しいご飯をまーやに食べさせてくれなきゃダメなのです(にぱ)」

「普通逆じゃね?可愛い奥さんが旦那さんを食わせるべきでは?」

「うー…だって前世を合わせればどうがんばっても10年でまーやが蒼に追いつくことは出来ないのです…」

「はっはっは」

「笑い事じゃないのですー…真剣なのです」

その後、誰もいない時間を見計らい、清掃中の立て札を大浴場に掲げ、貸切のそれにまーやと二人で浸かる。

「見ちゃダメなのです…」

恥ずかしそうに顔を赤らめるまーや、しかし…

「残念。俺の守備範囲は14歳からでした」

「むー…今に見ているのです」

何の感慨も無い蒼にまーやはむくれた。


さて、どうしてまーやが蒼の部屋に転がり込んでいるかと言えば、それは蒼が授業中の事。

まーやはそこが当然とばかりに校長室に居座っていた。

革張りのソファに身を沈め、リラックス。

するとポウっと青白い光がまーやを包み込んだ。

通力(プラーナ)だ。

「血液が循環するように…漏れでたそれを止める…」

まーやはまだ精孔が開ききっていないのか、纏うオーラが薄い。

それに直ぐに霧散した。

「う…難しいのです…」

気を取り直してもう一度。

うっすらと青白いオーラを纏う。

あまりに集中していたからだろう。ガチャリと開けられた校長室の扉の音を聞き逃してしまった。

入ってきた何者かはまーやを見て驚き、しかし声を飲み込みまーやを見つめていた。

「はう…やっぱり難しいのです」

「まーや」

「はうわっ!?」

突然かけられた声に、飛び起きて回りを確認するまーや。

「ま、…マリお姉ちゃん…」

すると途端にバツが悪いような表情を浮かべると弱弱しい声を出した。

「み、…見たですか?」

「ええ、…それ通力(プラーナ)よね?黒魔のまーやがどうして…?」

「さ、さっきのは通力(プラーナ)じゃないのです。念能力(オーラ)なのですっ」

だからまーやが使えても何の問題も無いのだ。とまーや。

「オーラ?詳しく教えてくれないかしら?」

「誰にも言わないですか?」

「約束するわ」

まーやは万理には隠し事をすることが出来ないくらい彼女が好きだったし、また信頼もしていた。

「オーラは蒼が使っているエネルギーの名称なのです」

神鳥島(ひととのや)くんね。でも彼は白鉄で、周りもそれに違和感を感じてないわ?」

「きっとオーラもプラーナも根っこの部分は同じなのです」

「同じ物?だったら…」

それこそ黒魔であるまーやが使えるはずが無い。

「蒼は言っていたのです。黒魔は先天技能。白鉄は後天技能だって」

「え?」

「殺すつもりで1万人くらいプラーナを纏った拳を叩きつければびっくりして一人くらい門を開くんじゃないかって言ってました。あ、蒼は別の言葉で言っていたのですが、万理お姉ちゃんにはこの方が分りやすいと思います」

念を纏った攻撃を1万人くらいすれば一人くらいは精孔も開くだろうと言ったのだ。

「でも、本質はそこじゃなくて。輪廻転生者じゃなくても覚醒できるだろうって蒼は言ったのです」

「それは…でも…」

「古来、英雄と呼ばれる人たちは皆自然と門を開く事が出来た人たち。だから超人的な力を得て英雄になれた。今の世も天才と呼ばれる人たちは無意識に使っているそうですよ」

「もしかして、黒魔が少ないのってそれが理由なのかしら?先天技能と後天技能、比べるまでも無く後者が多いのは当たり前よね」

「はいなのです。そして後天技能は努力すれば覚えられると言う事なのです」

「まって、それはおかしいわ。一万人に一人くらいでしか覚醒できないのなら、それは先天技能なのではなくて?」

「蒼はそれについては何も言わないのですが、さっきの話はびっくりして起こした拒絶反応の事だと思うのです。ゆっくり自力で七門を開ける事は不可能じゃないとまーやは思うのです。そして、結果まーやは不完全でも門を開ける事に成功してるのです」

「ど、どうやって…」

「?…蒼にくっついて昼寝してただけですよ?」

「どうしてそれで門が開くのよ…」

「やってることは同じなのです。蒼のプラーナがまーやを包み込むと、まーやの体の中の門がうっすらと小さな穴を開けるのです。それがどんどん大きくなっていって、ようやくうっすらとプラーナを纏えるようになったのです」

「後天的にプラーナを全身に通す事によって覚醒を促すって事ね」

「オーラは生命力なのだそうです。それは誰もが持っているものなのです」

「じゃあ黒魔は?」

「それはリンカーコアを持って生まれた人の総称なのだそうですよ。蒼は魔導師っていってました」

「リンカーコア?」

「周りの魔素を貯蔵する器官の事らしいです。これが無いと魔力(マーナ)は操れないのです。地球人でこのリンカーコアを持って生まれてくる確率はそれこそ一万分の一くらいなんじゃないかって言ってました。例外はリンカーコアを持ったまま転生してきた輪廻転生者くらいだろうって」

「一度、神鳥谷(ひととのや)くんとはじっくり話し合ってみる必要がありそうね」

と万理。

「それはまーやがそれとなく聞き出すのを待って欲しいのです。まーやがきっと蒼を篭絡してみせるのです」

「あら、それは頼もしいわね」

と万理はくすくすと笑ってから「じゃあ」と提案した。



提案されたのが蒼とまーやの同居。

一種のハニートラップだが、まーやにはとくに否やはなかった。

夜、まーやは蒼のプラーナに包まれて眠る。それはいつもの夜よりもとても安らいだ物になるのだった。


ある日、ルームメイトのまーやが疲れたように帰ってきた。

「なにかあった?」

「怪獣大決戦を目撃してきたのです…」

「メタフィジカルでも出たのか?」

「いいえ、諸葉とサー・エドワードの戦いの現場に居合わせたのです…」

ランクSと言う噂のある最古の英雄の灰村諸葉と白騎士機関の異名の源である六頭領(シックスヘッド)の一角。ランクS、サー・エドワード・ランパード。

その二人が幾つかの思惑でぶつかり、引き分けてきたそうだ。

「それは…確かに怪獣大決戦だったな…」

事の詳細を聞けば灰村が山一つを凍らせるほどの禁呪をぶっ放したそうだ。

まーやの固有秘法(ジ・オリジン)・夢石の面晶体、(フィールドオブドリーム)が無ければ現実空間を永久凍土に変えてしまう程だったと言う。

「なるほど、ランクSはカンピオーネ並みと言う事か…」

「カンピオーネってなんです?」

とまーやは可愛く聞き返す。

「神を殺した神殺しの魔王の事さ」

「へぇ、アオも神様殺した事が有るのですか?」

「昔なー。スサノオとかオーディンとか…強敵だったな…」

「へぇ…アオはとっても強いのですね」

「まーね」

「それじゃ、アオとサー・エドワードが戦ったらどっちが勝つのです?」

「まだ習熟が足りてないからなんとも言えないなぁ。権能もまだ十分に使えてないし。とは言え、昔の俺だったら負けることは無いと思うけどね」

と、蒼。

スサノオは日本神話の三貴神、オーディンは北欧神話の主神のはずです。それを倒した?時代背景どころか場所も違いすぎます。それに権能ですか。

まだまだアオは分らない事は多いのです。

そうまーやは心の中だけで蒼の失言を反芻した。


その日も蒼は実技をサボって昼寝していた。

『まったく、エドワードさまはっ!いったいどちらに行かれたのかっ』

と、クイーンズ英語で暴言を吐きながらどすどすと芝生を歩いてくる金髪のメイドさんが一人。

ドスドスドス、ムギュ…ムニ…

「ぐえっ…」

カエルがつぶれたような声が下から聞こえる。

『なんだ?』

と視線を向ければどうやら学生を踏み潰していたようだ。

「なかなかに絶景だね」

視線が交錯…しなかった。

蒼の視線はスカートの中の神秘を焼き付けんばかりに凝視している。

『い…い…い…いやーーーーーーーっ!?』

ゲシゲシゲシゲシッ

真っ赤に染まった顔で金髪メイドさんはプラーナを纏った強烈な蹴りが蒼に見舞われる。

「おっ…おふっ…ちょ…まっ…ぐふぅ…」

躊躇い無く振り下ろされる蹴撃。『硬』で守らなければ頭蓋骨陥没は免れなかっただろう。

ダメージは殆ど無いが、流石にそろそろ蒼も辛い。

『しねーーーーーっ!』

蒼は振り下ろされた足を掴むと最小の力で投げ返し、出来た隙で立ち上がる。

『え、ええ!?』

放り投げられたメイドさんはくるりと一回転。そのままフワリと着地した。

着地したのだが…スカートは風で捲し上げられて、時間差で膝を隠した。

…つまりは丸見えだった。

『はじめまして、可愛らしいメイドさん。大人の魅力溢れる下着でしたよ』

と、流暢な英語で弁明を計る蒼。しかし、恋人でもないのに下着を褒められて喜ぶ女性がいるだろうか?

むしろ顔面はさらに烈火のごとく真っ赤に染まった。

『ころす…』

『え、なんです?』

『殺すっ!ぜってー殺すっ!エドワードさまにもまだ見せたこと無いのにっ!』

そう言うとメイドさんは胸元の認識票を取り出し握り締めた。

認識票を良く見ればアンジェラ・ジョンソンと書いてあるようだ。

握り締めた認識票が形を変え、途端に双頭剣がその手に現われる。

真ん中の連結部が外れ、両手に一刀ずつ握り締めると神速通を使って切りかかってきた。

『しねーーーーっ!』

『ちょ、ちょっとっ!そんなに怒る事無いのにっ!だいたい俺が寝てたところに通りかかったのはそっちだろー』

と言い返す蒼をメイドさんは一刀両断。

しかし、捉えた剣筋は虚空を斬るだけ。一瞬前には確かに蒼の姿があったと言うのに切り裂いた感触はアンジェラには無かった。

神足通・巨門(こもん)。蒼の言うところの変わり身の術の応用。

緩急を付けた素早い移動で残像を残して移動する技だ。

『猪口才なっ!』

五メートルほど後方に現われた蒼をすぐさま追撃するアンジェラ。

それを再び巨門で避ける。

救世主(セイヴァー)の私闘は禁止されてるんじゃなかったっけ?』

『これは私闘では無い。誅殺だっ!』

『そんなむちゃくちゃなっ!』

攻撃の当たらないアンジェラの怒気がだんだんと大きくなってきた。剣筋もだんだん鋭さを増してくる。

『ちょ、流石に無手は厳しいか?』

蒼はそうつぶやくと認識票を手に持ちオーラを込めた。

現われたのはソルの刀身。鞘も変化して二本の刀が現われる。

キィンキィン

一合、二合と剣を交えると、互いの刀身から火花が散った。
三合、四合と打ち合うと
アンジェラは怒りを通り越し、冷静さが戻ってきた。

おかしい、と。

アンジェラはランクAの白鉄だ。

ランクA以上は表面上はランクSしか存在せず、それも世界に六人しか居ない。そのことを含めてもほぼ最高位の自分が、まだ学生である少年と打ち合いながら未だ有効打に至っていない…どころか軽くあしらわれている。

太白(たいはく)で通力を武器に流し込み、斬りかかる。

並みの学生ならまず受ける事叶わない一撃。

しかし、相手は何の気無しに同量の通力(プラーナ)を込めてこれに打ち合う。

相手を破壊せんと流し込まれる通力(プラーナ)はしかし拮抗し、アンジェラの武器は弾かれる。

ならばと込める通力(プラーナ)を増やした攻撃もまた、同じようにいなされてしまった。

しかも、しかもだ。相手は一撃も自分から攻撃してきていない。アンジェラの攻撃を受け止めているだけだ。

明らかに手加減されているのがアンジェラにも分る。しかし認めたくない。

『くそっ…』

相手はどうみても学生。そんなやからにランクAの自分が遊ばれて良い訳が無い。

『もうやめましょうよ、下着を見た事はあやまりますから。ね?』

アンジェラにしてみればもう、そんな事はどうでもよかった。いや、どうでも良くはないが、ついにその武器を投げ捨てて無手になった蒼にさらに怒りを増大させていた。

『バカにしてっ!』

神速通・貪狼(どんろう)

全力全速での爆発的なスピードで、まるで分裂したかのように他方向から襲い掛かる分身技だ。

残像を残してまるで二人に増えたかのようなアンジェラの攻撃。

紅い…瞳?

アンジェラの意識はそれを最後にしばらく途切れた。


「まったく、パンツ見たくらいでそんなに怒らなくても…」

倒れこむアンジェラを支える蒼。

二分身したようなアンジェラの攻撃に、蒼も堪らず写輪眼を発動させてしまった。

写輪眼を通してみればどんなに速い攻撃だろうと見逃す事は無い。

最小の動きでアンジェラの攻撃の間合いに侵入し、光技の一種、鎮星(ちんせい)で肉体を傷つけずに意識だけを刈り取った。

アンジェラを抱えて木陰に移動すると、どうしようかと考える。

うーむ…このまま放置は流石に出来ないか…

蒼はアンジェラを自分の膝を枕に寝かせると覚醒を待った。

「アオっ…って金髪のメイドさんがいますっ!?しかも膝枕です!?」

やってきたのはよりによってまーやだ。

「こ、これはちがうぞ?いかがわしい事はちっともしてないからな?」

幼女相手に全力の弁明。

なぜか蒼はまーやのすごみに弱かった。

「本当なのです?」

「本当本当。ただほんの少しこのメイドさんに襲われただけだ」

「襲われて、返り討ちにしたのですね」

「…まぁね」

「それはまた…悪手なのでした」

「どうしてだよ」

「この方はアンジェラ・ジョンソンさんと言って…」

と、まーやの言葉は最後まで言えなかった。なぜならその言葉を継いだ者がいたからだ。

『ランクAの白鉄で、ボクの右腕だよ』

と、まーやの後ろから金髪のさわやかな青年が英語で話しかけてきた。

「ああ…えっと…」

またヤバそうなのが出てきたと蒼は思った。

「この方はサー・エドワード・ランパード。エリザベス女王から騎士の位を戴いた六頭領(シックスヘッド)のお一人です」

そうまーやが紹介する。

「ランクS…」

『ボクの可愛いアンがまさか簡単にあしらわれるとはね』

『気のせいじゃないですかね?彼女は貧血で倒れただけで…』

『そんな言い訳は通じないよ。ボクは校舎から天眼通で見ていたからね』

『おう…』

『彼女はこれでもイギリスでは高位のセイヴァーでね。それを簡単にあしらう君はさて、ランクはいかほどの物なのか』

『えっと、亜鐘学園に入学したてだから…ランクDですかね?』

『それは正当な評価じゃないね』

『アオはランクSSなのです(にぱっ)』

『おいーーーーっ!?可愛い顔してなんて事いってますかねぇ?』

『へえ、小さなレディは彼がセイヴァーオブセイヴァーと言うのかい?』

『はいなのです(にぱ)』

『それはボクが直々に手合わせしてみないとねぇ』

『武道館を使うと言いのです。許可はまーやが取っておくのです』

『ありがとう。小さなレディ』

『ちょっと、どうして二人で勝手に話が進んでますかね?』

『これは必要な事なんだよ』

と言うエドワードの言葉で武道館へ。

アンジェラは覚醒した瞬間にかなりやばい事になったのだが、今は割愛しておく。

放課後の武道館。

そこを貸し切って対峙する蒼とエドワード。

観客は少ない。極秘と言う事もあり、アンジェラとまーや、そして校長である万理だけだ。

めんどくさいが、適当に瞬殺されれば角も立たないか、と蒼は思っていた。

が、しかし…

「アオーっ!ワザと負けたりしたらこの写真をネットにばらまくのです(にぱっ)」

そう言って渡されたのはまーやに乗りかかるように倒れこんでいる蒼の写真。

これは先日メタフィジカルに襲われたとき、倒れこんだ蒼に押しつぶされたまーやが携帯の写真機能で撮影した物だが、見ようによってはまーやを襲っているように見える。

「社会的にしぬーーーーーーー!?」

あの子悪魔、すでに蒼を手玉に取っていた。末恐ろしい幼女だった。

蒼はあきらめて認識票を取り出す。

「ソルっ」

【スタンバイレディ・セットアップ】

蒼の通力が、魔力が型をなし、実体化する。

シルエットを見れば銀色の甲冑。しかし、そのディティールを見れば竜の鱗のよう。

『これは珍しい。それじゃボクも本気で行かないとね』

そう言うとエドワードも認識票を取り出す。

通力が迸ると、一瞬後には白銀の騎士甲冑を身に纏い、両手に盾と槍を持つ騎士が立っていた。

『これがボクの固有秘宝(ジ・オリジン)。銀嶺アーガステンだよ』

その甲冑は勇壮で荘厳。さらにエドワードが纏う通力はとても力強く輝いている。

互いに鎧を着用して対峙する。

槍を構えるエドワードに対して蒼は無手だ。

開始の合図は必要なかった。すでに二人とも戦闘開始だと認識していた。

先に動いたのは蒼だ。

まずは小手調べと印を組み上げる。

『おいおい、それは何の冗談だい?まるで忍者じゃないか』

と印を組む蒼を笑うエドワード。

が、しかし、それも直ぐに驚愕にかわる。

「火遁・豪火球の術」

ゴウッと蒼の口から放たれる巨大な火球。

『うわっとっ!本当に忍者だとでも言うのかい?キミは』

驚きながらアーガステンの盾で豪火球を完全にガード。熱量すらその盾は通さなかった。

視界を完全に塞ぎきった蒼は既に次の印を組み上げる。

「忍法・分身の術」

ボワワンと現われる蒼の幻影。

分身がそれぞれエドワードに突撃を開始する。

『貪狼…ではないね。ファンタズマル・ヴィジョンかっ』

エドワードも直ぐに看破し、槍を薙ぐ。

太歳(たいさい)を乗せて振るわれた一撃は暴風を起こし蒼の分身を直撃。実体のないそれを吹き飛ばす。

当然、分身にまぎれていたと思われた蒼はその全てを破られたときにはすでにそこには居なかった。

『後ろかな?』

硬での一撃。

盾での防御は間に合わなかった問うのに受けた鎧はビクともしない。

変わりに衝撃で地面が陥没していた。

一撃入れると蒼は直ぐに距離を取り仕切りなおしだ。

『硬すぎるだろ…ノーダメージとか、俺…自信無くすよ?』

『硬さはボクの自慢でね。そうそうダメージを食らう事はないから安心して攻めてくるといいよ』

と、エドワード。

『しかし、驚いたよ。さっきのは忍術かい?キミの前世はジャパニーズニンジャだとでも言うのかな?』

『そう言う過去も有ったと言うだけの話だね』

『それじゃ今度はこっちの番かな?』

そう言うとエドワードは槍を構えると一直線に突撃した。

しかし、神速通を使ってのそれは戦車と言うよりも一陣の閃光。

【マルチディフェンサー】

ソルが幾重にも防御魔法を展開し、エドワードの前進を阻もうとするが、速さは威力と言わんばかりに打ち破る。

『まじかよっ!マルチディフェンサーが飴細工のように…』

これには堪らずと蒼は回避。

斜線上を外れてようやくエドワードの突撃は止まる。

止まった一瞬、待ってましたとばかりに設置型のバインドが発動。

大技の為の反動でわずかばかり動きが鈍ったエドワードを見事捕まえた。

【ロードカートリッジ】

ガシュっと腰につるした刀から薬きょうが排出される。

【ディバインバスター】

眼前に浮かぶ魔法陣を蒼は右手で押し出す。

『シュートっ!』

ゴウッと銀色の閃光がエドワードを襲う。背後から仕掛けたつもりがいつの間にかバインドを引きちぎりエドワードは盾で正面から受けていた。

銀光はエドワードを貫かず、盾に弾かれて拡散。武道館を土ぼこりを開けつつ削るが、威力は大分落ちている。

「まじか…」

あまりの事に、悪態も日本語に戻っていた。

銀光が止むとそこには無傷のエドワードが立っている。

「『徹』を使った『硬』も、ディバインバスターもダメージ無しとか…硬すぎるにも程があるだろ…」

『スペリングも詠唱も無しに闇術を使うとは、驚きだよ。それも今のは軽く見積もっても第七階梯クラスの闇術をこうやすやすと行使するとはね』

とエドワード。

『それをノーダメージで耐えるあんたは何ものだよ…いや、ランクS様だったな』

『さぁ、次に行こうか』

地面を蹴って突進してくるエドワード。

【マルチディフェンサー】

突撃では無いので、突然目の前に現われたディフェンサーは障害物の役割を果たし、破壊ではなく、回避を選んだエドワードはさらに次々と現われるマルチディフェンサーに動くたびに阻まれるが…。

それを神速通を駆使してついにディフェンサーを掻い潜り接近。太白での一撃が振るわれる。

その攻撃を写輪眼で見切り、地面を蹴ると空中へと躍り出る。

『その選択は悪手だよ』

そう言うエドワードは太歳を振るう。

巻き起こる暴風は蒼に一直線に向かってきた。

【フライヤーフィン】

突如蒼の背面に妖精の翅が現われた。

それはまるで空気を掴むかのように広がると、蒼は空中で身を捻り、太歳を避け、そのまま高度を上げていく。

15メートルほどの所で振り返ると滞空し、追撃はと身構えた。

『ワォ…それはビックリだね』

『…何が?』

『セイヴァーは空は飛べない』

空中を飛んでいる蒼に常識だろ、と言うエドワード。

『え?そうなの…?』

蒼は知らなかったが、光技でも闇術でも空を飛べる技は存在しない。

『いや、実際は飛べるセイヴァーもいるにはいるんだけどね。彼は六頭領(シックスヘッド)の一角で、彼の技は固有技法(ジ・オリジン)の認定を受けているよ…とは言っても、それも君が空を飛んで見せた以上今日までだけど』

『こっちはまだ亜鐘学園に入学したばかりでね。そんな込み入った事情は知らなかったよ』

しかし…

『なるほどね、やはりいつの世も空を飛べるのはとてつもないアドヴァンテージだね。だからこう言う事もできる』

【フォトンランサー・ファランクスシフト】

蒼の眼前に現われる無数の光球。それ一つ一つが雷を帯びている。その数実に38基。

『ファイヤ』

それらが一斉にエドワードめがけてフォトンランサーを撃ち出した。毎秒七発×38基分撃ち出される暴力の嵐。

『これはこれは…彼の雷帝の第八階梯闇術に劣らないじゃないか。まぁ耐えられなくは無いだろうけど…ボクの足場を削るつもりだね?』

エドワードは蒼のこの攻撃の裏にある意図に正確に気がついた。

初撃はエドワードに収束されている。しかし、彼が攻撃に縫い付けられる事を嫌って避ければ拡散されたそれにエドワードは当たらずとも地面に振り落ちたフォトンランサーがエドワードの足場を削るだろう。

『だから、こうだね。お願いだから、死んでくれるなよっ』

エドワードはつぶやくと四肢にプラーナを込めると地面を蹴った。

神速通・破軍。

神足通の最上級。途轍もないスピードでまるで瞬間移動したかのような宿地の法。

それを使ってエドワードは空を駆けた。

それはまるで瞬間移動。不可視の一撃。…だが蒼には視えていた。

時が止まったかのように引き伸ばされた一瞬。まるでスロー再生したかのようにエドワードの動きを捉えていた。

写輪眼と、エドワードが放つ殺気に脳が瞬時にリミッターを解除した結果だ。

…だが。見えたからと言って絶体絶命は変わらない。

避けられない。その結果は覆らない。もはや確定事項だ。

あれが当たればこの結界の外に出れば傷すら残らないこの武道館に設置されているチート結界内であっても死ぬのではないか?

その恐怖が蒼の体に変革をもたらした。

エドワードの槍は確かに外れることもなく蒼の体を突き貫き、どうにか捻った為に中心線をそれた蒼の体の脇腹から左肺を貫通し、その衝撃が暴風となって荒れ狂い左半身全てを消し飛ばされて天井へと打ち上げられた蒼の体は…

柳のようにゆらりと揺れてありえない回避行動を取り、無傷で着地する。

エドワードも破軍を使い終わり、着地。

両者は再び対峙した。

『…いったいどんな手品だい?ボクは確かにキミを刺し貫いたはずだよ。あれは確かにかわせるタイミングじゃなかったはずだ』

『エドワード。キミのおかげでようやく掌握出来た。だから答えて上げるよ。あれは因果を操ったんだ』

『因果だって?』

そんなまさかと言う顔をするエドワードだが、実際エドワード自身蒼を貫いたものと幻視していた。

『君の攻撃に対処が遅れ、かわせなかった未来を、確実に対処したと言う事象に置き換えた結果、回避は間に合い無傷で君の前に立っているという今に繋がった』

『そんなバカな事が…そんな事が出来るのは、それはもはや神の所業だ…』

『そう、だからこれは神の…いや、神から簒奪した『権能』だよ』

『なっ…』

さすがのエドワードも絶句する。

『…じゃあキミは神を弑逆したとでも言うのかい!?』

『ああ、昔ね』

『あははははっ!それじゃあこれからボクはキミに神に挑戦するつもりで挑まなければいけないと言う事だねっ!』

『うれしそうだな』

『うれしいさっ!人間を超える存在だ、化け物だと言われてきたボクがだよ?そのボクが今、挑戦する立場になっているなんて、これは愉快としか言いようが無いじゃないかっ』

『やめろよ…面倒くさい。記憶の中で君と似たような事を繰り返してきた剣の王がいたよ…』

『へぇ、それは後でじっくりとうかがいたいな。だが…今はっ』

そう言うとエドワードは一層プラーナを充足させる。戦意がプラーナを高めているようだ。

『君のアーガステン、途轍もない宝具だよね。あらゆるダメージを遮断する銀嶺の鎧。人の手では到底作れない、神造兵器にして神滅具(ロンギヌス)…だから本調子じゃないソルを抜けないのは辛い』

今のソルは認識票を基に再現されている為か、強大な呪力には耐えられず崩壊してしまう恐れがある。

『だから…』

そう言って現したのは真紅の槍。

重奏なエドワードの槍と比べると細く威力よりも振り回しやすさに重点を置いているようなそれを虚空より取り出した。

『へぇ…おもしろいっ…ねっ!』

槍を構えた瞬間エドワードは駆ける。

その攻撃を、しかし蒼は全く避けなかった。

『おやおや、これはどうした事だい?』

疲れた蒼はびくともしない。

火眼金睛(かがんきんせい)。西方の猿の英雄の権能で、鉄壁の防御力を与えてくれる』

『ちょっと、それはひどいな。ボクのアーガステンが霞むじゃないか…』

『うるせぇこのやろうっ!自分がどれだけ戦い辛い相手か自分で戦ってみろってんだっ!いい機会だろ?』

バックステップで距離を取るエドワードに踏み込みながら紅い槍を振るう。

確実に避けたと思った一撃はしかし…刃先がありえない方向を向いているような錯覚。

避けたはずのやりはアーガステンの胸元を突き、エドワードを弾き飛ばす。

ズザザーと煙を上げて減速するエドワード。

追撃する蒼と迎え撃つエドワードの槍が二合、三合と交錯する。

互いの槍を互いの鎧で受け、巨大なプラーナが嵐のようにはじけ飛び、互いに弾かれるように距離を取った。

『その槍もただものじゃないね。前世じゃそれは有名な槍だったのだろう』

とエドワード。

『そりゃ有名だろう。北欧神話の主神の持つ必中の槍だからな』

『なっまさかっ!それはオーディンの持つグングニールだとでも言うのかっ!?』

『そう言っているな』

『それこそバカな…君はオーディンを屠ったのかっ!?…いや、まて。では先ほどの西方の猿の英雄とはまさか…』

『察しがいいな。斉天大聖の号を持つ神仙。孫行者。またの名を…』

『孫悟空…そうかい…だが、権能と言うのも一筋縄では行かないようだね?』

『ん?なんだ』

『さっきから飛んでいないようだけど?』

『ちっ…』

『今のキミの体重はどれくらいだろうね?その鉄壁の体は流石に強力だけれど、やはり重たいみたいだね。その点もやはりボクのアーガステンに似ているね。似た物同士と言うわけだ』

『ぬかせっ!』

再び蒼は斬りかかり、剣戟が続く。

『その紅い瞳は魔眼かい?巴の勾玉。ふむ、それも東洋の神仙から簒奪した物だろうね?いったいどんな能力があるのやら…』

至近で顔を合わせたエドワードは蒼の瞳を覗き込んでそうつぶやいた。

『流石にこのままじゃ勝負がつかないな…そろそろギアを上げるが、いいか?エドワード』

『こんなにボクは必死だと言うのにまだまだギアが上がるのかい?』

『謙遜するなよ。お前の通力(プラーナ)はまだまだそんな物じゃないだろう?』

『はははっ違いないっ!』

エドワードの纏う通力が力強さを増す。

『驚いてちびんなよっ!』

そう言う蒼の背後には巴模様の真ん中に剣十字のマークが入った紋章が浮かび上がる。

『輝力合成』

『おいおい、まさか…通力(プラーナ)魔力(マーナ)を合成して新しいエネルギーを生み出したって言うのかい?全く何て…なんて化け物なんだい、キミはっ!』

蒼から迸る輝力は依然、あのメタフィジカルの時に行使したそれと比べるまでも無く強烈だ。

魔力は充足し、またようやく権能も掌握した蒼の輝力は全盛期のそれだった。

『さて、『矛盾』と言う言葉を知っているか?』

と蒼。

『それは日本のことわざかなにかかい?』

『残念ながら中国の故事だ。ある商人が矛と盾を売っていた。曰く、この矛はどんな盾でも貫くだろう。また商人は言った。この盾はどんな槍をも防ぐだろう、と。ならばその矛で盾を突いたらいったいどうなるのだろうな?』

『なるほど、それは実に興味深いね』

『ああ、だから答え合わせと行こう』

蒼の右腕が銀色に染まると、グングニールにも纏わりついた。

『それも権能かい?』

『ああ』

『誰の権能か聞かせてくれないか?』

『イギリス人のお前なら分かるんじゃないか?』

『ああ、失言だったね。孫悟空、オーディンとこの世界の神の名前が続いたんだ。予想はつく、だが、キミの口から聞きたくてね』

『なるほど。これはケルト神話の神、銀の腕のヌアザの権能。全てを断ち切る能力を武器に付与する』

『なるほど…それじゃあ…』

と、エドワードが身構える。

『ああ、勝負と行こう…』

エドワードが大盾を眼前に構え、蒼が獣のように低くした体勢から助走をつけてエドワードへと駆ける。


ぶつかり合う槍と大盾。

「おおおおおっ!」

エドワードの通力(プラーナ)が今までに無い輝きを見せた。

一瞬の均衡。しかし…

「ここに誓う。俺は俺に断ち切れぬものを許しはしないっ!」

輝力を食いつぶす勢いでグングニールはまばゆく輝き、必殺の一撃となって均衡をくずし…ついに大盾を貫いた。

大盾を貫いたグングニールはそのままアーガステンの鎧をも貫き、右脇腹を貫通してようやく止まる。

『なるほど…これが矛盾の結果か…』

『権能クラスのぶつかり合いの場合、込めた呪力が多いほうが勝つ。俺の輝力が君のプラーナを上回った結果だ』

『なるほど…ね…ボクの初めての…敗北…か…』

そう言うと同時にエドワードは倒れこみ、気を失った為か、それとも通力(プラーナ)を消費しすぎた為か銀嶺アーガステンも霞と消えた。

それを見て蒼も鎧とグングニールを消す。

倒れたエドワードを抱き上げる。

この武道館に張ってある結界は、一度結界の外に出ると結界の中で出来た傷はふさがるようだ。さも夢であったかのように。

目の前で血を流して倒れているエドワードを治療するにはそれが一番手っ取り早い。

観客は三人居たはずだが、近寄ってきたのはまーやひとり。

万理は難しい顔をして立ちすくみ、アンジェラは驚愕の表情でエドワードが傷を追った現実を拒否しているよう。

「おつかれさまなのです。アオ」

「まったくだ…もうあの写真は消してくれたか?」

「何の事です?」

「おいっ!」

「まーやはそんな約束した覚えは無いのです(にぱ)」

「ノーーーーーーーーーーっ!?」

そう言えば、ネットにばら撒くと脅しただけで確かに消すとは言っていない。

話の流れで蒼がなんとなく勘違いしただけなのだった。

武道館の結界を潜り抜けると、問題なくエドワードの傷はふさがったのを見てその場に投げ捨てる。

「アオ…それはなかなか辛らつなのです…」

「だって、男をいつまでも抱きかかえている趣味は俺には無い。どうせならやわらかい年頃の女の子をだな…」

「アオはもしかして今の抱き枕に不満があるのですか(にぱ)」

「…いや、なんでもない…です」

まーやにすごまれて言葉をつづけられなくなった。

「さて、腹もへったし、寮に帰ってメシでも作るか。まーや、今日は何が食べたい?」

「今日はロコモコの気分なのです」

「またハンバーグかよ…まぁいいけど。じゃあ帰って準備しないとな」

「でもでも、今日は普通に寮のご飯にした方がいいと思うのです。きっと時間無いのです」

「は?」

「まぁ直ぐに分るのです。行きましょう。アオ」

まーやに引かれて夕飯を食べに寮に戻る。

しかし、まーやの言ったとおり、ゆっくりとご飯を食べる時間はなかった。

なぜならすぐさま校長室に呼ばれたからだ。

革張りの二人掛けのソファに腰を下ろすと隣にまーやが陣取った。

テーブルを挟んだ向かい側には金髪の貴公子…サー・エドワード。その後ろに此方を射殺さんとばかりににらみつけるメイドさん、アンジェラ・ジョンソンが控え、お誕生日席には校長である万理が座る。

エドワードが紅茶を一口嚥下し、のどを潤すと言葉を発した。…もちろん英語だ。

『いやー、まいったね。『白騎士(ホワイトナイト)』、『白騎士機関の異名の源(ザ・モデルイメージ)』や『獅子の心臓(ライオンハート)』とか言われていても、敵わない存在が居る。それがボクと似た戦い方|も(・)できる救世主(セイヴァー)で、史上二人目の最も古き英霊だとは、ね』

あれは完敗だったとカラカラ笑うエドワード。

『このボク(ランクS)を倒したキミはめでたくSSランクと言う事になるんだけど』

その言葉に蒼は心底面倒そうな顔を浮かべる。

『うぇ…いらねぇ…』

『とは言っても、キミのランクは覆らないよ』

『えー…俺、亜鐘学園をドロップアウトするつもり満々なんだけど?』

『おや、面白い事を言うね。日本の亜鐘学校は入学前に懇切丁寧に説明してから選択を自分でしてもらうって言うスタンスだったと思うのだけれど?』

と、エドワード。

『それは以前の俺が考えてた事だろう?』

『まさかキミは…完全覚醒者…なのかい?』

『字ずらから、まぁ意味は分かるかな。…ああ、そう。俺の記憶は完全に前世から続いている。…変わりに現世の記憶の殆どを失ったがね。思い出したのは高校に入ってからだ』

性格や考え方がかなりの部分で現世の部分が強く残っているが、根っこは完全に前世だ。

『白騎士機関に入るつもりは無い…と?』

『今の俺が白騎士機関に入って何かメリットがあるか?』

と言う言葉に皆閉口する。

『今の白騎士機関の救世主(セイヴァー)の日本での扱いはただの動く兵器だ。能力一つ使うのに政府の許可が要るとか、何が面白いのだろうな?』

禁呪級の高威力技には政府の許可が必要なのだった。

『だが、それは人類社会を混乱させない為の必要措置だと思わないか?』

『ただの兵器ならな。核弾頭を押す、押さないの問題ならいいだろう。勝手にやれ。だが、何故自身の事を自分で決められない?俺は命令受けて術をぶっ放すだけの兵器じゃない』

『人間達と救世主(セイヴァー)との共存においてはやはり仕方の無い事だよ』

『ああ、そうかもな。だから、それが受け入れられるヤツだけ白騎士機関に入ればいいさ。俺はイヤだ』

『イヤだイヤだと言って君は人類支配にでも乗り出すのかい?』

『は?なんでだよ。持ってたって使わなければ良いだけだろ、力なんて』

『は?』

『白騎士機関の六頭領(シックスヘッド)が自制できているから今も世界は平和なんだろ?いや…それも違うか…』

『何がだい?』

救世主(セイヴァー)達じゃ人間達に敵わないから彼らにおもねっているのだね』

『どう言う事だい?』

蒼はそれには答えず言葉を続けた。

『俺はこのままDランクのままがいい。ついでに来春には亜鐘学園を転校する予定と言う事でどうだろう』

と、万理の方を向いた。

『それは…』

と、言葉を詰まらせる万理。

『アオは亜鐘学園をやめちゃうのですか?』

と、まーや。

『俺は救世主(セイヴァー)になる気はないからなー』

『辞めてどうするのです?』

『高校を中退したら飲食店で働くかな。料理の腕には自信がある』

『そうなったらまーやとお別れですね…まーやはこの学校から離れられないですから…』

『あー…』

気まずそうに頭を掻いた。

『管理された兵器の代表がここにも居たよ…それもこんな可憐な少女なんだが?』

ジロっとエドワードをにらみつける。

『悪いがそれはボクの管轄外だ。ここはイギリスではないのだからね?』

それもそうか。

『まーやはアオとまだ離れたくないのです。あと三年は一緒に居られると思っていたのに…』

期限が決められているのは承知していたが、予想よりもずっと少なく、また蒼が救世主(セイヴァー)にならなければ接点も設けられない事にまーやはとても悲しんだ。…ように見えた。

『そんな事になればまーやは悲しくてこの写真を直ぐにでもネットに拡散するかもしれないのです…』

携帯に現われたのはまーやを押し倒している風に見える写真。

『ノーーーーーーーーッ!?だから社会的にしぬーーーーーーーっ!??就職も出来なくなるだろうがっ!』

『三年、まーやの傍に居ればこの写真はきっと携帯の中から綺麗さっぱりと消えてなくなるのです』

『幼女に脅されてる?ねぇ、俺もしかして幼女に勝てない運命なの?何度生まれなおしても幼女には勝てないのかっ!?』

(それに、いまさらこの一枚だけだと思っている辺り、アオも可愛いものなのです)

小声でつぶやくまーや。

同居して、まーやを抱き枕に眠っているのだ。すでにその手の写真はごまんと存在する。

それに…

(携帯からは消してあげます。…携帯からは、ね)

と子悪魔の囁き。

『あっはっは。とてもたくましいお嬢さんだ』

『笑い事じゃねぇんだぞ?社会的に殺されるってーのはっ!』

『まぁ、じゃあキミの意見を尊重して、君が卒業するまでこの話は保留って事にしておこう。その方が面白そうだ』

『…俺は何も面白くないが?』

もういろいろ疲れたと、肩を落とす。

『もうすこし、ボクの話に付き合ってよ。完全覚醒者なんて珍しい…それも高技能保持者が目の前に居るんだ。聞いておきたい事が山ほど有るね』

と、エドワード。

『何が知りたいんだよ』

『まず光技の基本を教えてくれないかい?』

『いまさらじゃないか?』

『大事な事さ。出来ればキミが習得した時の言葉で教えてくれるとうれしい』

と言われれば蒼もしぶしぶ了承する。特に隠すことでもないからだ。

『まず、七門を開けてプラーナを纏う、『纏』』

うっすらと蒼銀のオーラが蒼を包み込む。

『で通常より多くのプラーナをくみ出す『練』』

『金剛通だね』

『逆に全くださない『絶』。これをすると体力の回復が速まるな』

『なるほど、内活通だ』

『プラーナを一部分に集め、その部分を強化する『凝』』

『強力通や天眼通、天耳通の事だ』

『最後に搾り出したプラーナを意味ある形に変えるのが『発』。まぁ太歳や螢惑だな』

『ふむふむ』

『それが基本』

『基本と言う事は応用技が有るね』

やれやれと蒼は言葉を続ける。

『『纏』の応用技で、触れたものにプラーナを纏わせて強化する『周』』

蒼はテーブルに出されていたお茶請けのケーキの為に用意されたフォークを手に持ちオーラを纏わせる。

『太白だ』

『『凝』の応用で使用するプラーナの配分を調整するのは『流』』

フォークの周りに通常よりも多くのオーラが纏わりつく。

『『練』の応用技、『堅』。常時金剛通を纏った状態とでも思ってくれ』

強烈なオーラが迸った。

『そんな事をしたら直ぐにバテてしまわないかい?』

『バテないようになるまで体をならし、修行すればだんだん伸びていく物さ』

『ちなみにキミは?』

どのくらい持つのか、と。

『どのくらいだろ?さっきのエドワードとの戦いで権能の掌握もすんだし、結構伸びただろうけど』

『今までは?』

『何もしないで六時間って所だったね。権能の覚醒で肌が昔の感覚を思い出したから、今はどれほど伸びてるか分らないけれどね』

『六時間…アン、出来る?』

と後ろに居たアンジェラに問いかけるエドワード。

『おそらく一時間も出来ません…そもそも白鉄の金剛通は一瞬を守る技能で継続させる物ではなかったので…』

『確かに鍛えてないね。ボクなんかはもっと顕著だろうさ。アーガステンがあったのだから』

さて、続きだ。

『さらに『纏』の応用技、『円』』

蒼のオーラが円形に拡散され、それでいてやはり蒼の周りを漂っている。その距離5メートルほど。ここに居る人間全員を包み込む形だ。

『これは?』

『プラーナを触覚のように操り、触れたものを正確に感知する技術だ』

『索敵レーダーみたいなものかい?』

『まあ、そうだな。で、プラーナを相手に感知されないようにする『絶』の応用技、『隠』』

途端、蒼銀の光は色を失った。

『もしかして、螢惑をこの『隠』で隠してしまったら…?』

『『凝』で見破るしかない。まぁ四六時中天眼通を使っていれば良いのだけね』

『また、キミも無茶を言うね』

『で、最後は集大成、『硬』』

右手だけ集まったオーラが力強い輝きを見せた。

金鳥(きんう)だね。プラーナを一転に集中する技術。そしてその他は無防備だ』

『ま、こんな所だろう』

『そう言えば、キミが使ったジャパニーズニンジュツはなんなんだい?』

『あれは印をスペリングに見立て、プラーナを変質させて現実に干渉する能力、といった所だ』

『だれでも使える技術なのかい?』

『修行すれば、ね。だが、個人の資質に大きく左右される物でもあるし、独学での習得は基礎理論が分らないのなら不可能だろうね』

『キミなら教えられるんじゃないの?』

『メンドウ…』

『なかなか簡素な答えをありがとう。それじゃしょうがないね。あれはキミの固有秘法と言う事にしておこう』

やれやれと肩をすくめたエドワード。

『じゃ、次だ。あの無詠唱、スペリング無しの闇術はどう言うこと?』

『それは簡単だ。詠唱もスペリングも全て杖が代わりにやってくれていただけだ』

『杖が?それはまた、アーティファクトクラスの杖なのかい?』

『あの杖は確かに俺専用のワンオフ物だけど、別にアーティファクトじゃないな。前世では一般的な技術だった』

『どう言う事?』

『詠唱もスペリングも戦いの中では速い方が有利だろう?だったら如何に速く行使できるのか、研究するのが人間と言う物だ』

『そうだろうね』

『だが人間ではどれだけやっても短縮には限界がある。で、行き着いた結論は、別に人でなくてもいいのではないか?と言う事なのだろう。計算式を前にがんばって筆算するくらいなら今の人たちは電卓を使用するだろ?結果を求めるのに計算を電卓に肩代わりさせているわけだ』

『理解は出来るが…なるほど、その答えに辿り着けなかった黒魔の前世はとても原始的なファンタジー世界だったと言う事だね。いや、しかし…今の現代でもそれに気がつかないでスペリングを磨いているパリのサンジェルマンって…くっくっ』

『どうした?』

『いや、当代最高方の黒魔が余りにもかわいそうになってね…確かに筆算より電卓の方が速い。手書きより印刷の方が速い。今の世界を生きていれば当たり前の感想だね。人間はいつも便利な補助具を生み出す生き物なんだと再確認されるね』

くつくつ笑うエドワード。

『闇術補助具の研究。そんな発想は無かった。今度研究するように白騎士機関に言っておこう。それだけでも今日キミと出会えた奇跡に感謝するよ。もちろん、一番の感謝はボクを見事打ち倒してくれた事だけれど』

『エドワードさま…』

気遣わしげにアンジェラがつぶやく。

『あーそーかよ。だいたい高々百年かそこらの修練で抜かれるような前世は送ってこなかったんでね』

『まさに経験値が違うわけだ。完全覚醒者は格がちがうね』



さて、話はもう終わりかと思われた時、ようやくと万理が声を出す。

『サー、本日我が校におこしいただいた用件がまだです』

『あ、そう言えばそうだったね。そこの規格外の所為で忘れるところだったよ』

とエドワード。

『話の半分は実はすでに見てもらっていたのですが…残りの半分が…まーや』

万理はまーやを手招きで呼んだ。

『この子は黒魔なんですが…』

『ああ、夢うつつの小さな魔女さんだろ。有名だ』

『ええ、ですが…まーや、おねがい』

『はいなのです』

そう言うとまーやはうっすらと体からモヤを立ち上らせた。

『なっ!?』
『ほう…』

「あ…あちゃぁ…」

アンジェラ、エドワード、蒼とそれぞれ声を洩らす。

『プラーナだ。黒魔のお嬢さんがプラーナを操ったと言う事は3人目のエンシェントドラゴン…ではないようだね』

『はいなのです。まーやの前世は黒魔なのです。これは現世で覚えたのです』

さんざんまーやに手玉に取られていた蒼だ。二人の仲から原因は規格外である蒼にあるだろうとエドワードが視線を向けた。

『まーや、いつのまに?』

『アオにくっついていたら自然と、なのです』

『あー…なるほど…俺の無意識の纏がまーやの精孔のよどみを押し流したのか…うかつだった…』

四人の目が蒼に集まり、説明は?と視線が訴えていた。

『簡単な話だ。黒魔は先天技能、白鉄は後天技能。修行すれば…プラーナを感じ、自らのえっと…七門ってこの世界では言っているか?それが開ければ光技は使えるだろ』

そんなの常識じゃーんとばかりに言い放つ蒼。

『なんだ、もしかして白鉄はみな天然者だったのかよ…めんどうな。…いいか、精孔はプラーナを流し込まれるとびっくりして開く事がある。未熟者が適当に打ち込んでもズタズタになるだけだけどね』

『…それはつまり…白鉄はただの人間って事?能力的にはどこにでも居る人間となんら変わらない、と?』

『プラーナの潜在量には個人差があるだろうけれど、ある程度は鍛えられる。ランクDとかでくすぶるような白鉄は一般人を鍛えた方が強くなるかもしれないほどだな』

『そんな…それじゃぁ、白鉄に至っては輪廻転生者を集めるのは全くの徒労…?』

『即戦力としてなら良いんじゃないか?前世の記憶を経験として昇華できるのなら、一般人を鍛えるよりよほど効率がいい。…後は生前持っていた聖剣魔剣と言った宝具の関連か。キミのアーガステンが良い例だろう?』

『アーガステンが?』

『あれほどの逸品、今の世界では神秘が薄くて作れない。古代のアーティファクトは時より現代兵器よりも高威力を発揮する場合もある。宝具持ちの方がやはり戦力になるのなら、輪廻転生者を集めるのが効率がいいよね』

と、蒼はおどけて見せたけれど、周りの表情は暗い。

『今日はびっくりする事ばかりだな…少し整理したい。今日はもうお暇するよ。一応この話はボクの中にしまっておく事にする。キミたちも軽薄な事はしないでくれるとうれしい。出来れば日本支部には知られたくないが…』

ちらりとエドワードは万理に視線を向ける。

『…それがいいのかもしれません』

と、万理。

『じゃ、解散かな。あーつかれた』

と言って蒼は席を立つ。

『あ、そうだ。精孔が開きかけているんだが、不安定は逆に危うい。まーや、おいで』

『なんなのです?』

とてとてと蒼に近寄るまーや。

まーやをくるりと回転させると蒼はそっと右手を首の付け根に押し当て、蒼銀のプラーナを流し今だ。

『うっ…くぅ……』

蒼のプラーナに導かれるように立ち上るのは青白いプラーナ。

しかし、その量が先ほどよりも多く、また綺麗に胎動していた。

『ま、後で一緒に修行しようか。…まーやが光技を覚えたいのなら、ね』

『あ、はいなのです。よろしくお願いしますのです』

と、微笑ましい雰囲気の中、もう驚く事はないと思っていたエドワードたちも流石に驚いていた。

『七門、綺麗に開いているな』

『はい、エドワードさま…』

エドワードのつぶやきにアンジェラが同意する。

固まる一同を置いて蒼はまーやの手を引くと、お腹がすいたと校長室を後にした。
 
 

 
後書き
と言う事でアオ無双の話でした。ではまた来年のエイプリルフールで。 

 

エイプリルフールIF 【ワルブレ編】 後編

 
前書き
長くて途切れると言うご指摘がありましたので分割しました。 

 
全国的に夏休みです。

亜鐘学園もその例にもれず、全寮制のこの学園の生徒は一部の例外を除き、帰郷中。

しかし蒼はなぜかまーやに引っ張られるように、亜鐘学園の実戦部隊の夏季特訓の見送りをしている。

四門万理が自身の固有秘法であるトランスポータル(移ろいの門)で生徒達を合宿場所へと転送していく。

そう言えば、俺の旅行カバンがなぜか準備されてまーやが引いているのだが、なぜだ?

「さ、行くのですよ、アオ」

と当然のように俺の手を引くまーや。

「え?え…え?」

そのままトランスポータルに移動すると体が沈むように視線が下降し、そして反転。

サンサンと輝く太陽、吹き抜ける潮風の匂い。

「…海だな」

「海なのです」

「何で俺はこんな所に?」

「まーやは実戦部隊(ストライカーズ)の付き添いなのです。アオはまーやの付き添いなのですよ」

「なんと…初耳だが…?今年の夏はナンパした女の子とひと夏のアヴァンチュールを…」

「そんな事はまーやがさせないのです(にぱ)」

「なんか俺、幼女に管理されてるーーーーっ!?」

「さ、アオ遊ぶのです。実戦部隊の人たちの邪魔をしちゃいけないのです」

「あ、そう…ま、いいけど…ちょうどいいから俺らも修行しような?」

「はいなのです」

海で遊んだり、山で遊んだり、実戦部隊から離れて二人で遊び倒す。

遊ぶと言っても、まーやは随時『纏』で身体強化してるし、他のストライカーズに見つかるようなへまはしない。

念の修行をつけているが、まーやは過去の彼女らと比較するまでも無く…日進月歩の歩みの遅さだ。

まぁこれが普通なのかもしれないが。

合宿開始から数日。

今日も今日とて砂浜を散策していると、なにやら金属片が散らばっているのがみえた。

そこから少し距離を置いたところに倒れているのブラウン色の髪の少女が一人。

まーやや、整髪塗料もあるから一概には言えないが、肌の白さもあいまっておそらく外国人で間違いないだろう。

そんな彼女が行き倒れている。

「あ、アオっあれっ!」

「ああいうのに関わると、大体面倒事になるのだが…うら若き女の子をあのままにはしておけないか…」

二人で少女に近寄ると抱き起こす。

『おい、大丈夫か?』

話しかけるのは英語。

『う…うぅ…うん…』

二三度ゆするとようやく覚醒する。

『う…うーん…うん…すん…すんすん』

なぜか鼻腔が躍動する。

次いでようやくぼんやりとまぶたが開いたかと思うとおもむろに顔が近づいてきて…

れろんっ

可愛らしい舌で蒼の首筋を舐め上げた。

「なっ!?」

チロチロ

可愛らしい舌が蒼の首筋を這う。

「だ、だめなのですーっ!」

ドンッとまーやのタックル。

「きゃっ!」

女の子もろども砂浜を転がり、少女がまーやを下敷きにして止まる。

「にゃーっ!?や、やめるのですーーーーっ!?く、くすぐったいのでぅてわっちうあえ」

まーやの可愛いほっぺを少女は舐めていた。

「女の子同士だからまだいいが、男がやったら犯罪だな…」

特に害は無いかとしばらく満足したのか、まーやのほっぺがべちょべちょになり、りんごのように真っ赤になった頃にようやく止まった。

「ううっ…もうお嫁にいけないのです…もうアオに貰ってもらうしかないのです」

「何を恐ろしい事を言っているか…」

少女のほうを見ると、今度は全速力で岩場の影に引っ込む少女。

『ああ…別に何も危害を加えるつもりは無いのだが…まぁ普通は警戒するか…』

『……………』

『あ、いやいや、何もしてないよ?本当に』

『………………』

『いやいやいや、だいたいなんでこんな所に?』

『……………………』

『あそう…どんなけアグレッシブなんだよ…』

「うえーん…ひどいめにあったのです…慰めて欲しいのです…」

とぼとぼとようやく復活したまーやが歩いて来る。

『…………』

『あー…それか…』

「どうしたのです?アオ。独り言は気持ち悪いのですよ?」

「気持ち悪いとか言うなやっ!傷つくだろーがっ。そうじゃなくて、あの娘、ちょー小声で何か言ってるんだよ。耳天通(ぎょう)使って耳を傾けてみろ」

と言うと素直に従うまーや。

『あなたがアオって言うの?アオ・ヒトトノヤ?』

「あ、本当なのです」

「だろう…たく…」

悪態をつくと蒼は少女に向かって言葉を続けた。

『残念ながら別人だな』

『アオ、嘘は良くないのです』

『こう言う時は俺に合わせてくれませんかねぇ!?』

まーやが肯定するとようやく少女が岩場の影から姿を現した。

『へぇ、キミがあのいやなヤツのエドワードが言っていたアオ・ヒトトノヤなんだ』

『なんかいきなりフランクだな、おい』

『ま、いーじゃないの。あのエドワードをもって規格外(SS)と言わしめた救世主(セイヴァー)。実に興味深いわね』

『なんかこっちの事情を知ってるみたいなあなたは誰だよ』

『わたし?私はアーリン・ハリバリーよ』

『…アメリカのランクS救世主(セイヴァー)なのです…』

『ナイスな説明ありがとう。まーや』

エドワードの同類。つまりは動く騒動の元凶と。まぁ蒼も他人の事を言えないが。

『それでね、あのチートやろーが私に面白い事を言ったんだよ。闇術を補助するアイテムは作れないのか、ってね。しかもその具体的な能力まで詳細に説明するわけよ。これは絶対何か有るなと問いかけたらキミの名前が上がった訳』

『あのクソヤロー、俺の事をあっさり売りやがった!?』

『あっはっは。まぁいいじゃん。て事で、見せて?』

『あー…はい…まぁどうぞ…』

蒼はもう、面倒くさくなってげんなりしながら認識票を握りこむと、一本の機械的なフォルムの日本刀が現われる。

『ありがとー』

と言うとアーリンはばっとソルを奪取。

『ふんふん…ほぉ…じゃあ味は…ぺろり…』

ペロリと舐めたアーリンの舌先。それに蒼とまーやの二人が震え上がる。

【ま、マスターっ!?】

あ、ソルもイヤだったのね。

一瞬で宝石に戻ると飛行魔法を行使。宝石の左右に可愛い翅が現われるとススーと空を掛け、蒼の胸元へと戻る。

『へぇ、人工知能による術式補助と物質の量子化。これは確かにあの変態の言うとおりだね。どうして黒魔(ダークセイヴァー)はこの結論に至らなかったのか。むふふふっ…久しぶりにテンション上がってきたよーーーっ!ねぇキミ達。このあたりに宿泊施設は無いかな?』

『このレジャーの時期に空いてる部屋なんか有るかな?』

『ですね』

『大丈夫だよ。ロイヤルスウィートとかは結構開きあるもんだって』

『いや、確かにそうだろうけど、お金がな?』

『大丈夫。今回のこれはエドワードのヤローにきっちり請求するから問題なし』

『あ、そうですか…』

いきなりフランクになったものの元は人見知りの彼女を一人には出来ず、結局蒼はまーやをつれてホテルへと案内すると、なにやら作業に没頭し始めた為に蒼とまーやは席をはずした。

数日後、なんとなくあの彼女が気になってホテルの部屋を訪ねると、中は様変わりしていた。

どうやって運び込んだのか、大窯はぐつぐつ滾り、良く分からない部品が散乱している。

所狭しと散りばめられたその上にぐったりつ突っ伏している少女が一人。アーリンだ。

『おーい…て…寝てやがる…』

『し、死んでないですよね?』

『寝てると信じたい所だ』

『あれ?アオ、来たんだ』

アーリンが首だけ向けて挨拶をかわした。

『何となく気になってな』

『うーん…だめだ…後一押し、何かが足りないんだけど…こう、インスピレーションみたいなのが…』

散らばるそれらを改めてみるとそれはデバイスのパーツに酷似していた。

『お前…これはどうやって?』

『うん?それはこうやってねー』

と、アーリンは手に持ったハンマーを手近にあった粘土の山に適当に振るった。

何度も叩くと具に具にとしていた粘土の塊は硬度を増し、だんだんと形を変え、ついには何かのパーツへと変わる。

『まじかよ…』

『アオ…?』

まーやが蒼の顔を見上げた。

『権能持ちじゃんか、アーリン』

『権能?これの事?』

『物を作り出す創造の権能かなにかだろ、それ…』

『へぇ、権能ね。そう言う呼び方があったんだねー』

ゴロンと体の体勢を変えるとけだるそうにつぶやく。

『どうしたらいいんだろうねー?こう…後一歩なんだけど、何かが足りない感じ?』

と、問われ、蒼は熟考の末言葉を発した。

『うーん…能力と言うのは限定すればするほど強固になるものだ。だから、まだ曖昧な部分があるんだろう。それをそぎ落とせればと言うところだろうね』

『限定…そうだね。これを誰の為に作っているのかってところかー。…うーん…そこのちっこいの』

『まーやです?』

『ちょっとこっちに来て』

『はいなのです』

『おい、まーや。前回の事を忘れたのか?って遅かったか…』

『ぜんか…てっ!きゃーっちょっ…ヤ、やめ…』

いきなり組みしだかれペロペロと嘗め回されるまーや。

「アオ、助けるのですっ!おねがいなのですっ」

「結構なお手前で…」

「な、なにがですかーーーーー」

『ペロペロ…くっく…キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』

アーリン大絶叫。その後ガラクタをかき集めている。

まーやはようやく開放されるとほうぼうのていで這いずって来て恨めしそうに視線を上げた。

「うらぎりもの…なのです…」

「体に害は無いだろう」

あちこちアーリンのよだれでべっちょべちょだったが…

「女の子の価値が下がったのです…アオには責任を取ってもらわないといけないのです…」

カーンカーンとハンマーで何かを叩く音が聞こえる。

打つ感覚がだんだん短くなっていき、最後はカツカツと響くのみ。

最後に一度大きく振りかぶって打ち下ろすとその何かが完成した。

『はい、完成』

それは魔法の杖だった。

杖の上部には花の蕾のようになっていて、がくの隙間から銃のマガジンのような物が突き出ていて、反対側にはスライドがついていた。

所々に排気口が取り付けられていて、それはまさに魔導師のマジックデバイスだった。

『はい、あげるよー』

ぽいっと遊び終わったおもちゃの様にそれをなげるアーリン。

「わ、わわわっ!?」

投げ渡されたまーやはびっくりしながらなんとかキャッチ。無事に受け取った。

「これは…」

「マジックデバスだな」

『ちゃんと魔力(マーナ)による量子化とAIによる術式補助は入れてあるけど、闇術術式は私には専門外だから、そっちで何とかして』

『お前…いや、権能持ちならこれくらい出来るか…』

ハンマー一つで作られたマジックデバイス…なかなかにやりおる。

『もらっていいのですか?』

『いいのいいの、道具は使ってこそだから、ね』

『…ありがとうございますなのです。アーリンお姉さん』

『っ……ふ、ふんっ…べ、別にいいのよ、私が作りたかったから作っただけなんだから』

見事にツンデレだった。

それから時計をみたアーリンはにわかに慌て始める。

『やばっもうこんな時間ジャンっ!?会議におくれるっ!』

と言うとノートパソコンを立ち上げスカイプを起動した。

『私これから打ち合わせだから…』

『あ、ああ。俺らが居ると不都合もあるか』

『私に不都合はないんだけどねー、うるさいやつも多いから』

『了解した。まーや』

『はいなのです』

とととーと駆け寄るまーやをつれて蒼はホテルを後にした。

ホテルから帰る道すがら、まーやは胸の宝石を眺めてニヤニヤしていた。

「マジックデバイス、そんなにうれしいか?」

「うん。アオのソルさんをみてずっとうらやましいと思っていたのです」

「そか。それじゃああとでちゃんと初期起動しような。と言っても闇術の術式はまだ構築してないのだけれど」

「アオが使っているのを教えてくれればいいのです」

「うーん…まぁいいか。とは言っても、俺が使っているのはベルカ式とミッドチルダ式のハイブリッド術式だけど、まーやはきっとミッドチルダ式の方が合うだろうな」

「どう違うのか分らないので、アオにお任せするのです」

ブーーーーーーーーーーーーーーーーーンブーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

突然鳴り響く避難警報。

災害にしては前触れが殆ど無い。…と言う事は。

異端者(メタフィジカル)かっ!」

「アオ…」

まーやがそっと蒼の右手を握る。

「直ぐに旅館に戻るよ。あそこには実戦部隊も居る。メタフィジカルの情報も入っているだろう」

蒼はまーやを担ぎ上げると全速力で帰路に着いた。

一瞬アーリンの事も頭によぎったが彼女はSランクセイヴァーだ。問題ないだろう。

旅館に戻ってみれば亜鐘学園関係者に出された命令は撤退の二文字。

相手は弩級を超える要塞級(フォートレス)と呼ばれる新カテゴリの異端者(メタフィジカル)

過去に類を見ないその相手に白騎士機関は慎重になっていると言う事だろう。

現われたメタフィジカルは巨体で、それに伴い移動速度も遅い。非難は確実に間に合うだろう。

しかし、この緊急事態。白騎士機関の増援の無いこの時に残る実戦部隊の面々。

たった十数人で数百メートル級の異端者(メタフィジカル)を狩ろうと闘志を燃やす面々。

白騎士機関での異端者に対するセオリーは大勢で取り囲み、高威力の攻撃で相手を一方的に狩るスタイルだ。

増援を待ち、多数で攻めるべきである。

まぁその増援が来ないから一部が暴走しているわけだが…ランクSに昇格したと言う話の灰村諸葉が居る事も心の支えになっているのかもしれない。彼が居れば勝てる、と。

海を一望できる高台の上で、海からやってくる異端者を眺める。

「うわぉ…あれはでかいわ…」

「アオ…」

今までに無いスケールの敵にまーやも恐怖心から蒼の腕を強く握った。

「モロハたちは勝てるですかね…?」

「分らんね…作戦しだいじゃないか?」

「作戦、ですか?」

「あれはもはや攻城戦のそれだろ…攻城兵器(くろま)をそろえて投石(あんじゅつ)攻撃で削りきるしかないだろ…それこそ白騎士機関の定石どおりにな」

「でも、そんな数の黒魔は今ここにいないのです…アオならどうしますか?」

「俺なら核ミサイルを撃ち込むな」

「え?」

攻城戦に例えておいてのまさかの核ミサイルと言う単語に理解がおっつかなかったようだ。

「小規模攻撃で城門を壊すより、大規模攻撃の一撃で城全てを破壊する。相手はそれこそのろまなのだしね。反撃の暇も与えずに最初の一撃に勝負をかけるな」

そして始まる戦闘は、やはり攻城兵器が足りなかった。

相手の足をどうにか折って、進行事態は遅らせられたが、メタフィジカルから(バグ)と呼ばれる小型メタフィジカルが無数飛び出してきた。

攻城戦で言えば、矢や槍が降ってくる様だ。

それを大盾(しろがね)が防いでいるが…貫通されなければいいのだけれど…

『プロテクション』

握ったソルが防御魔法を使ってくれる。巨大なメタフィジカルの嘶きが、音波攻撃となり当たり一面に駆け抜けたからだ。

そこからはさらに状況が悪化。実戦部隊の面々は既に死屍累々だ。

「やべ、これは下手したら死人が出るな…」

生死の掛かる戦場だ。絶対に死なないなんて事は有りはしないが…

そんな事を考えていると、灰村諸葉が巨大異端者に乗り込み表面に何かを刻み始めた。

「おいおい…」

「モロハは何をしているのです?」

「体に直接闇術のスペルを刻み込んでいるな…それも幾重も…」

「それって…」

「要するに核ミサイル攻撃だな。…最初からやれよと言いたくなるが…しゃあない、援護するか」

そう言うと蒼はチャクラを練りこみ印を組み上げた。

「風遁・大突破っ!」

突如高台の上から強風が吹き荒れ、メタフィジカルを襲う。

当然、巨大なメタフィジカルはその風をものともしないが、(バク)はたまったものではない。

巨大な蜂のような(バグ)は強風にあおられ、たまらずと吹き飛ばされた。

(バグ)が取り払われた事で、実戦部隊は九死に一生を得る。

好機と縦横無尽に巨大メタフィジカルの体表を駆け回り、灰村諸葉の大技も完成した。

幾重もの高位力闇術が体表に刻まれたスペルを通して発現。これにはさすがの巨大異端者もなすすべも無く…

「倒せたようだな」

「良かったのです…でも」

「でも?」

「アオなら最初から一撃で倒せたのではないですか?」

「…さてね」

楽しかった夏の旅行も最後にとんでもない思い出を残しつつ過ぎ去る。


夏休みが開け、新学期。

ロシアから銀髪美少女の留学生が登場した…らしい。

隣のクラスに転校してきた彼女を放課後にデートにでも誘おうと思っていた蒼なのだが…

「さ、いっしょに修行するのです。(にぱ)」

もはや当然と、俺の手を握るまーや。

「え、ちょ…まて、俺にはロシアの銀髪美少女をデートに誘うと言う使命がっ!」

「ダメなのです。今日はまーやの『クレイドル』の初期起動に付き合う約束なのですっ」

「あー…そうだったな」

まーやがアーリンから貰ったデバイス。あの要塞級(フォートレス)との戦いの後、ごたごたが続いていて、名前だけ決めてまーやてきにはお預けになっていたのだった。

調整も必要だったし、魔法術式のインストールやソルが持っている実戦データのプリインストールもしなければいけなかったからだ。

さらに初歩でもミッドチルダ式を教えなければならなかった。

亜鐘学園の裏山。滅多に人が踏み入れないそこに蒼とまーや、そして付き添いの万理が見届ける。

裏山にまーやの声が響く。

「マスター認証。四門摩耶」

まーやの足元にミッドチルダ式の魔法陣が現われる。魔法陣の色は青白(せいはく)

「術式はミッドチルダ式。まーやの愛機の名称を設定」

前々から決めていた名前をまーやはつげる。

「あなたの名前は『ムーンクレイドル』、愛称(マスコットネーム)は『クレイ』」

そう言うとまーやの手のひらの宝石がピコピコ光った。

「それじゃ、いくよ、クレイっ!ムーンクレイドルっせっとあーーーーぷ」

『スタンバイ・レディ』

声から察するにAIは女性形のようだ。

まーやの体が光に包まれると、装飾品を分解。再構成し、まーやの体を包み込む。

宝石はそれを包み込むように花弁が現われれ、がくがのびるとそこから下に向かって柄が伸びる。それは小ぶりのロッドへと変形するとまーやの手に収まった。

「どうです?成功ですか?」

「ん、大丈夫そうだ」

と、蒼。

「そうなの?でもその服は…」

と万理が指摘するのはまーやの魔法衣。

「あー…面倒だったからプリセットは亜鐘学園の制服を参照したからねぇ…後で変更も出来るし」

と言われてみればそれは確かに白を基調としている亜鐘学園の制服に金属パーツが覆っている。

「まーやはこれが良いのです。まーやは亜鐘学園の制服を着てみたかったのです」

「まーやが良いのならいいのだけれど…」

と万理。

「クレイっ」

『フライヤーフィン』

ポっとまーやの両足に魔力で出来た羽が現われ、まーやはゆっくり浮上していく。

「飛行魔法…それがこうも簡単に…」

「簡単ではないさ。あれはどちらかと言えばまだ浮遊と言ったほうがしっくり来るだろな」

そう蒼は万理にかえす。

「アオー、行くのですよ」

『シュートボール』

一つの光球がキャッチボールよりも少しはやくらいの速度で飛来した。

『ディフェンサー』

蒼の胸元の認識票が光ったと思うと防御魔法が現われ光球を弾く。

「ありがとう、ソル」

ピコピコと光るのみのソル。それは当然の事をしたまでだといっているようだった。

「こら、遊びで人に向かって魔法を撃つな」

「ごめんなさいなのです。でもアオなら問題ないかとおもったのです」

「…まぁ問題はないが…心持の問題だ。わかってるのか?」

「はーい、なのです」

「本当に分っているのかねぇ…」

「でも、本当にすごいのね。闇術補助による即時展開か…私にも出来るのかしら?」

と万理。

「極論すれば黒魔なら覚えられるだろ。ただ教えるやつが居ないというだけで」

「そうね…あなたは…」

「えー、やだー」

「もちろんただじゃないわよ?」

「じゃあ万理さんが俺とめくるめく夜を…」

一緒にと言いかけたときひゅっと何かが蒼の横を横切った。

「まーやっ!」

かすったそれは地面に着弾すると地面をほんのばかし削った程度だ。。

「いくら万理おねえちゃんでもアオはあげないのですっ」

「あらあら、こまったわね。じゃあまーやも一緒にと言う事でどう?」

「それならOKなのです」

「それじゃあれやこれらができねーだろっ!」

「まーやの未熟な体をアオの思いのままになぶってもいいのですよ?(にぱ)」

「俺はまだ犯罪者になりたくないです…あと6年したらもう一度言ってくれ」

「むぅ…」

膨れるまーやだがしかたない。

「あんまり生意気言うやつにはおしおきだ」

そう言うと蒼は右手を上げるとそこに光球が六個リボルバーの弾奏のようにまとわりついた。

人差し指を突き出し拳銃のまねをすると、狙いをまーやに絞る。

「ほら、しっかりよけろよ」

シュートボールが一つ、また一つと蒼の腕から放たれる。その速度はさきほどのまーやのそれとは比較にもならない。

「わ、わわっ!?ちょ、待ってほしいのです!?」

右に、左に移動してどうにか避ける。

あわや着弾と言うとき眼を閉じて突き出したクレイから魔力が迸った。

『ラウンドシールド』

ドドーン

着弾、爆散。しかし、まーやにダメージは無い。

「杖がオートで迎撃してくれるの?」

と、万理。

「そのためのインテリジェントデバイスですね。独自に判断して最適な魔法を使ってくれる」

「それって杖に振り回されないのかしら?」

「それは相性もあるだろうね。とは言え、補助魔道具としてインテリジェントほど有益な物はない。慣れればとても頼りになるとおもうよ」

それを聞いて万理はおかしそうに笑う。

「ふふ」

「どうした?」

「いえ、なんか…いくら前世の記憶を持っていてるからと言ってもこうもあけすけに話されると、調子が狂うわ」

「…まぁそれはしょうがない。前世を合わせて高々100年ちょっとしか生きてないヤツと比べられてもね」

「あら、そうなの?あなたはいったいどれだけの時を生きていたのやら」

「……1000から先は数えていないな」

「……冗談よね?」

「さて、ね」

クレイを交えての魔法訓練。しかし、そこでまーやの課題がはっきりした。

「まーやは根っからの結界魔導師タイプだな」

「はい…なのです…」

まーやは砲撃、斬撃ともに制御は甘くなるが、結界、防御、捕縛魔法は高い適正を見せた。

空中飛行はそれとなくやっているが、空中軌道戦闘には向かないだろう。

「苦手な物を克服するより得意な物を延ばした方が良いだろう。人間、全ての事を極めるには一度の生では足りないからな」

「アオにも苦手な魔法はあるのですか?」

「時間はいっぱい有ったからな。まーやも三回くらい生まれなおせば砲撃も一人前になるだろうよ」

「アオ…それは無理だと思うのです…」

じゃあ諦めろとアオはまーやを諭した。

「目指せ、緊縛少女っ!」

イイ笑顔でサムズアップする蒼。

「せめて普通の魔法少女になりたいのです…」

無理だろ。魔導師がなれるのは愛と勇気を振りまく魔法少女じゃなくて破壊と爆音響く魔砲少女だ。

「うう…でもだったらせめて転移魔法は自在に使いたいのです」

「ふふ、まーやったら。そんな都合よく転移魔法なんて覚えられるはずないわ」

と言う万理の言葉にしまったと言う表情を浮かべるまーや。

「え?…なに?」

ふぃ…

必死に眼をそらすまーや。

「え?もしかして…蒼くんってトランスポータル、使えるの?」

「転移魔法?そんなの高レベル術者なら問題なく使えるだろ…て、使えないの?」

「使えないから私のトランスポータルは固有秘法(ジ・オリジン)認定受けてるのだけれど…しかも一日に一度きりと言う制限つきで…え?なに…もしかして?」

「ごめん、…特に使用制限は無いな。…しいて言えば、魔力しだい?」

「え?…何?もしかして私のアイデンティティーは……?」

「固有秘法(ジ・オリジン)では無く…劣化技能(デッドコピー)なのです…マリお姉ちゃん…」

万理の必死の視線にいたたまれなくなったまーやが最後の止めを刺した。

「そ……そんな事も…ある…わね…ほほほ…ほっ」

ふらっ

「おっと…」

あまりのショックに気を失って倒れこむ万理をすんでのところで蒼は抱きとめた。

「ごめんなさいなのです。まーやの失言、だったのです」

「もう遅いな…」

気を失った万理をこのままにはしておけない。まーやの修行はとりあえずここまでで、急ぎ寮に戻る事にした。

「ソル、頼んだ」

『トランスポータル形成』

足元に大きめの魔法陣が現われた。

「う…うん…」

タイミングが良いのか悪いのか、万理の意識が戻りそうだ。

「ジャンプ」

一瞬で蒼は万理を抱きかかえたまままーやを連れて寮の蒼の部屋へと移動した。

ベッドに万理を寝かせると、状態をはまだ起こせないようだが、意識ははっきりしてきたらし。言葉を交わせるくらいには回復したようだ。

「本当に転移魔法が使えるのね、あなたは……使用制限は本当に魔力残量のみなのでしょうね…」

「あははははは…」

とりあえず笑って誤魔化す蒼。

「私にも教えなさいっ!」

鬼気迫る表情だった。

「ね?まーやからもお願いしてちょうだい。イイでしょう?」

ぶんぶんぶん

上下に勢い良く首を振るまーや。

「お、おい、まーや…」

「今のマリお姉ちゃんには逆らわないほうがいいと思うのです…とても怖いのです…」

「私も今日からここで生活するわ。まーやの技量が高いのはきっと四六時中蒼くんの近くにいるからだと思うの」

「俺に拒否権は?」

「私、ここの学園長。私の決定に生徒は逆らえない」

「うわー、見事なまでの職権らんよー…」

開き直った万理を止められる者は居なかった。

「けど、流石に転移は補助具があった方が習得も楽だと思うのだけど…諦めない?」

「あら、まーやは持っているじゃない。アーリン・ハイバリー作だとまーやは言っていたわよね?」

「はいなのです」

と、まーや。今の万理にまーやは逆らわない事にしたらしい。

「私の分も頼んでちょうだい」

「誰が?」

「蒼くんが。流石に私程度じゃランクSセイヴァーに話かけるなんて恐れ多いわ。お願いするわね。…じゃないと、私、あなたを社会的にどうするか…ふふっ…ちょっと自制する自信が無いわ」

「アオ…言うとおりにしておいた方がいいいいのです…」

「わ、…わかった…俺はまだ死にたくない…あとでアーリンに頼んでおくよ」

あの後一方的にアーリンが自身の携帯番号とアドレスを蒼に送りつけてきたのだ。どうやら結構懐かれたらしい。

「そう、ありがとうね」

にんまりと笑った万理の行動は素早かった。

あれよあれよと言う間にいつの間にか自分の私物を運び込む。

「俺のプライベートスペースが…とほほ…」

まぁすでにまーやが居る以上殆ど無いようなものなのだが。

まーやが居る手前、いくら蠱惑的な成人女性との同居とは言え、所謂一種のそう言うことは出来ない。

俺の理性はちゃんともつのかね?

どうしてこんな事になったと顛末に頭を悩ませる蒼なのであった。


ロシアからの転校生への接触はまーやと、最近では万理まで加わったガードが硬く取っ掛かりすらつかめない。なぜだ…



と思っていたのに、なぜか蒼はロシア東部に来ていた。

「何でこんな事に…」

「どうしてあんたがここに居る」

と、ロシアの大地で灰村諸葉に訪ねられた。

「それは俺が聞きたい…」

蒼は寮で寝ていたはずなのだ。しかし、気がつけばロシアの片田舎。

眼を開ければ待っていたのは灰村諸葉とあの金髪メイドさんのアンジェラ・ジョンソン。

『ほれ、お前に我が君からの電話だ』

と、乱暴に携帯を渡された蒼はとりあえず、耳に当てる。

『やほー、元気してるかな?』

『エドワードか。…いや、元気はしているが、どうして俺がここに居るのかわからない』

『それはボクがマリに頼んだからだよ』

『はぁ…』

『なんかそこに居る諸葉(ジャック)がロシアと戦争するらしくてね。心もとないからって君を派遣してもらったわけ』

『何でそうなるよ…』

『え?いいじゃないか、キミもたまには息抜きしたいだろ?毎晩あんな美人と美幼女相手に生殺しにされているようだし、ここらで一発抜いておけと言うボクの心遣いのつもりなんだが』

『…くっ…それで、俺は具体的にどうすればいいんだ?』

『別に何も』

『はぁ』

『キミあのアーリンを誑し込んだらしいじゃないか。その実力を買ってだな、いっちょロシアの雷帝を何とかしてもらおう…なんて考えてないよ』

『ちょ、お前どうしてそれを?っていうか誑し込んでねぇっ!』

『まぁ実際はただの保険だよ。本命はそこに居る諸葉(ジャック)が何とかしてくれると思っているよ』

『あそう…なんか疲れた…わかった、とりあえず二人についていって適当にロシアを満喫すればいいわけだな?』

『それでいい。でもきっとキミは導火線に火をつけるのが上手そうだ。何もしなくても予想以上の出来事が起こるとボクは楽しみにしているよ…と、そろそろ諸葉(ジャック)に代わってもらえるかい?』

と言われたので携帯電話を諸葉に投げ渡す。

慌ててキャッチした諸葉は何事かをエドワードと話し込んでいた。その間中ずっとアンジェラは蒼のにらみつけていたが…実力では敵わないので今更武力行使はしてこなかった。エドワードの頼みでもあるのだろうから渋々と言った表情だった。

とりあえずリーダーは諸葉。蒼は文句を言う事も無くロシア旅行に同行し、気の向くままにナンパ。

しかしなぜかいつも良い所でアンジェラが嗅ぎつけ首根っこを押さえつけられて連行されてしまう。

ナンパの成功いまだゼロだった。

『と言うかだな。どうしてお前はロシア語がそう堪能なのだ。カタコトでなくもはやネイティブの域だろう、方言訛りすら問題ないとはお前はどうしてそう規格外なんだ…』

そうアンジェラは英語で話す。

『言葉は聴いていれば大体覚えられる得意体質なんだ』

『何だそれは…喧嘩売っているのか?』

『いや、まじまじ。大真面目。イタリア語でもフランス語でもイヌイット語でも実際しゃべれてしまうんだから仕方ないだろ?』

ズルズルと引きずられながらの蒼の反論。

『そう言えば諸葉は?』

『…あいつは一人戦争に行っているよ』

『なるほど、女一人の為に一国を相手取ろうとは…なんて器のでかいバカなのか…ああ言うのをきっと英雄って言うんだろうな』

独りよがりの自己満足を押し付けた結果、全てがうまくいく。そう言う星の基に生まれた存在を英雄と言うのならば、ね。と蒼は心の中でひとりごちる。

諸葉は一人、また一人と白騎士機関の分極長を倒して行きながらロシア支部にプレッシャーを掛けていた。

一つ所に留まらず、所在を明かさない雷帝をいぶりだす作戦のようだ。

一人倒すたびにロシアを東から西に横断していく素敵な旅。

俺に火の粉が掛からなければ本当にただの旅行だが、さて…

ナンパに失敗した蒼はとぼとぼと郊外を歩いていた。

簡素な町並み。夜と言う事もあり既に人通りは無い。

『ハイムラだな』

と、すっと現われた長身の男。

どうやら格好を見ればロシアのセイヴァーのようだ。

『残念ながら人違いだ。ハイムラならまだどこかで夕食中だと思うが?』

『ハイムラでは無いのか?』

『そう言ってるな。なんかロシア支部のまわし者みたいだけど、ターゲットの肖像は確認しておこうな?』

『む、すまない…』

『て事で俺は忙しい…ってちょっと!?』

飛んでくる氷の闇術。

第三階梯闇術、フリージングシェイド(凍てつく影)だ。

『おいっ!いきなり襲ってくるとかどう言うことだよ。人違いだろ?』

かわしつつ蒼は文句を目の前のセイヴァーにぶつけた。

『ええ、人違いなのは分ったのですがね、私たちの作戦を知ってしまった以上生きて返すわけにもいかないわけでして』

二人目の男が現われる。

『あなたも分っているでしょう。任務の失敗はわれらの死であると…』

『くっ…』

男にたしなめられ一人目の彼も剣を構えた。

ブウンッ

振り下ろされた剣の切っ先は二人目へと向かっていた。

『血迷いましたかっ!?』

『ちがう、俺はそんな事は…くっ…』

蒼を見れば胸元に両手の親指と人差し指で四角を作っていた。

「身乱心の術。こんな技を食らった事はないのだろうね。同士討ちさせるおっかない技だ。ま、説明してやったけれど、日本語はわからんか、流石に」

剣士が二人目を切り伏せると、その凶刃を振るう前に影から二人新しいセイヴァーが現われてその彼を刺し貫いた。

『あらら、同士討ちも意にかけないとはね…』

『お前が操ったんだろっ』

と、どうやら双子らしい少女が怒声を上げた。

『襲ってきたのはそっちだろ。俺の前に出てきて大丈夫だとおもってるのか?』

言外にお前も操ると言っている。

『何の策も無しに出てくるものか、援護射撃は直ぐに来る』

言うや否や三方向からフリージングシェイドが飛んでくる。

当たらずとも視界はふさがるとの援護射撃。

回避の隙を突いて双子の少女が仕掛ける。

双子の少女が共に貪狼で二分身、系四人になって蒼を襲う。

「影分身の術」

対する蒼は二分身して迎撃。

貪狼は実際に分身している訳じゃない。高速に動いて残像を利用して錯覚させているだけだ。

だがそんなものは写輪眼のある蒼には効かない。

所詮は実体の無い残像である。見極めれば実体は一つだった。

「かっ」
「ぐぅ…」

ドゴンと左右の建物が轟音を立てて砕けた。

双子の少女を吹っ飛ばした結果激突してようやく止まった痕だった。

蒼はクナイを取り出すと三方向に投擲。

それらは正確に黒魔の頬をかすめて後ろの壁に突き刺さる。

『警告だよ。俺は別に灰村じゃないから君たちをどうこうするつもりは無いんだ。ただ襲ってきたら反撃くらいするだろう?』

と陰に潜んだ黒魔(ダークセイヴァー)に流暢なロシア語で言葉を投げかけた。

それで黒魔達は諦めたのか、明らかに先ほどのクナイの攻撃で自分達が見逃されたのが分り対応に窮していた。

しかし、他方から鏡を前面に押し出した少年が現われる。

何だと身構える前に蒼の頭上に雷雲が立ち込めた。

「あかん、あぶないっ!逃げてやっ」

どこからか日本語で叫ばれたが、それよりも落雷のほうが速い。

鏡を媒介にして放たれた雷帝の第九階梯闇術。サンダーボルトドラゴン(稲妻の魔竜)だ。

閃光は一瞬で蒼を飲み込んだ。

……ように見えた。

『なかなか思い切りのいい事をしてくれるのだな。ロシアの雷帝』

真っ赤な目をして何事も無くそこに立つ蒼は鏡の中をにらんでいた。そこに真っ赤なドレスを着込む雷帝本人の姿が浮かんでいた。

「な、なんでや?何が起こったん?」

荒々しい息遣いの日本語をとりあえず蒼はスルー。

蒼にあの程度の闇術は効かない。ゼロエフェクトが全て無効にするからだ。

蒼は四本目のクナイを取り出すと鏡にめがけて投げつけた。

『がぁっ!?』

クナイは鏡を割り砕き、背負っていた少年を貫通してようやく止まる。

ザッと少年は不利を悟って逃走。蒼も追わなかった。

『追ってくるなよ?次は手加減してあげない。仏の顔も三度までと言うけれど、俺はもっと気が短いよ?』

とロシア語で脅しをかけると悠々と蒼は歩き去った。

「灰村諸葉じゃなければあの人はいったい…」

少女の声だけが闇に残されて消えた。

さて、結構脅しておいたと思うのに、目の前に日系のロシア人の少女が一人。

あんな事があった翌日に蒼達が泊まっているホテルを訪ねてきたのだ。

あの現場にいたセイヴァーであろうと蒼は考える。

「で、なんの用だろうか?」

少女、カティア・エースケヴナ・ホンダと名乗った彼女に蒼は尋ねた。彼女の視線が蒼に向いていて放さなかったからだ。

「ちょっとな、あんたに助けてもらいたい事があんねん」

と切り出されたのは今の雷帝の支配を逃れ、新しいロシア支部を構成したいと言う事と、弩級異端者を排除してほしいと言う二点。

「ロシア支部、仕事しろよ…」

「それが今のロシア支部の駄目なところなんよ。自分の乃権力強化の為に何が優先か。今はそこのモロハの排除が優先らしいで」

「そんなのはそこの灰村にでも頼めよ。俺は面倒だからパス」

「そこを何とかー。なー?倒してくれたらウチがええ事してあげるよ?経験はまだ無いけど、あんたならあげてもいいっておもとるし」

「その言葉には魅力を感じるが…ロシア支部に喧嘩を仕掛けているのはそこの灰村だからな。俺は校長にお目付け役として同行させられているだけの最下層(ランクD)救世主(セイヴァー)だぞ」

「またまだー、そんな謙遜を」

「まぁとりあえず、そう言う話は灰村としてくれ」

「そうなん?ほんなら一応灰村はんとにも協力を求めておくわ」

「俺はついでかよ…」

今までに無い反応に灰村は対応しかねていたようだ。

まぁ今まで君が主人公張りの活躍で中心だったからね。たしかに困る展開だろう。と蒼は思う。

とりあえず、話は纏まったようで、持ち前の正義感で灰村は助けに行くことにしたらしい。

途中まで一緒に移動した灰村はしかし、途中で神足通に切り替えて走っていった。

『お前も行って来いっ!』

そう言うアンジェラの声には怒気がこもっている。

『え、ちょ!?』

『しねーーーーーーーっ!』

『ちょ、まっ!?』

剛力通の限りで投げつけられた蒼は木々をなぎ倒しながら一直線に飛んでいく。

『死ぬ、死ぬから、普通しぬからーーーーーっ!』

と絶叫。

『エドワード様以上に固いお前がこれくらいで死ぬかっ!』

と、いつかの仕返しをしてやったとばかりに気色食むアンジェラ。

投げ放たれた蒼は堪った鬱憤のはけ口にと火事場のクソ力を発揮したアンジェラによって諸葉の先を飛んでいった。

「な、なんだぁ!?」

「わああーーーーーーーっ!?」

蒼の視線の先に気持ち悪い生き物が口を開けていた。このままでは確実に飲み込まれる軌道である。

「そ、ソルぅぅうううっ!」

認識票を握りこむと一瞬で刀身を現したソルに銀色の権能が包み込む。

シルバーアーム・ザ・リッパー。

剣を全てを断ち切る魔剣に変える権能。

アンジェラに投げつけられた速度も威力に上乗せして斬りはなった一撃は、見事に弩級(ドレットノート)を一頭両断。さらに込められた呪力により賽の目に切り裂かれ、あっけなく異端者(メタフィジカル)は退治された。

「うわっとっととと」

ギリギリで体を捻ると砂埃を巻き上げて何とか着地。

それをロシア支部の盛栄がポカンとした視線で見つめていた。

ようやく追いついた灰村はこの惨状を見て驚いたように声を上げた。

「も、もしかして神谷鳥(ひととのや)ってすごい強いの…か?」

『当たり前だ。あいつはエドワードさまを単騎で屠ったほどの化け物だ』

『マジで?』

『マジだ』

大真面目に頷くアンジェラに諸葉もようやく事の重大さに気がついたらしい。

『あの化け物を倒せるって…あいつのランクは幾つなんだ?』

『エドワードさまはSSと認定された。史上三人目の真の化け物だよ』

どうやら諸葉が用事がある雷帝はエカテリンブルグに居るらしい。

エカテリンブルグ迄移動する列車の中で蒼は二人の美少女に左右からがっちりホールドされてキャビネットに座っていた。

カティアとあの弩級を屠ったときに居たユーリ・オレブビッチ・ジルコフだ。

きゃっきゃウフフとしけこみたいが、眼前のアンジェラが眼光鋭くにらみつけてくるために行動に移せない。

『そんでな、雷帝に代わってロシア支部のボスになる気はないかなおもて』

『いや、面倒だし』

『もちろん、ただとはいわへん。今ならうちとユーリが毎日ご奉仕したる』

『うん、ボクもがんばるよ』

『それはとても魅力的なんだけどね』

『それにしてもアオはカティアなんかよりずっとロシア語が上手』

『ユーリ、それはひどいで。でもどうしてや?』

『言葉は大体聴いていればどこの言葉も覚えられるからねぇ』

『それはうらやましいわ』

『うん』

『おまえらはっ!もっと慎ましやかにできんのかっ!』

ロシア語で会話していた為に言葉の中身は分からなかっただろうが、目の前のイチャイチャ具合いについにアンジェラが切れた。

『はっ!イギリス女はひっこんどき、いまうちらは全力でアオはんをかどわかしている最中やで』

『自分でいうなっ!』

なんやかんやでエカテリンブルグに到着。

『みなさんはここで待っていてください。ここから先は俺一人でいきます』

と諸葉。

『もうちょい待ってな、モロハはん。ウチらがアオさんを説得するまで』

とカティアが言う。

『うん…アオの戦力は貴重』

『とは言え、俺には雷帝への恨みは無いからねぇ』

『アオさんにそんな事言われちゃうと、ボクたちは明日にはロシアの大地で真っ黒こげで死体をさらす事になる』

とユーリ。

『そうしたら世界の損失やで。こんな美少女を二人も失うなんて…』

『カティア…自分で言う事?』

『なぁ、アオさん、ウチらが死んでもええん?』

『ぐ…』

知り合わなければ、こんな気さくに話しかけてこなければあるいは蒼も揺らぐことなく見捨てられたのだろうが…その人柄に触れ、ちょっとでも親しくしてしまった蒼の負けであった。

『わかった。わかりました…俺も雷帝とっちめるのを手伝ってやるよ…って諸葉は?』

『ヤツならお前らがイチャイチャしている間に神速通で駆けていったぞ』

アンジェラが呆れたように言う。

『あらら、我慢のならない子やな』

『うん、早漏はダメ』

雷帝の拠するエカテリンブルグの支部。

周りに何も無い広大な大地に豪奢な建物が一つだけ建っていた。

そして既に戦闘が開始されているのか辺りを埋め尽くす雷で出来た獣の群れ。

およそ1000はくだらない数の暴力。

雷の第十三階梯闇術。

雷帝の固有秘法(ジ・オリジン)

天界十字軍(クリューセルクルセイダー)

それに諸葉は一人立ち向かい確固撃破していた。数が多くても一人の敵に一度に襲いかかれる数には限度がある。諸葉はそれをうまく利用して一対一の戦いを千回続けるつもりのようだ。

『さて、お前も逝ってこいっ!』

『ちょ、アンジェラさん、それ言葉がちがいますよね?』

『いいから死ねーーーーーーっ!』

『まーたーかーよー』

声をエコーさせながらエカテリンブルグの大地を飛翔する蒼。

それを撃ち落さんと空から幾条もの雷光が蒼めがけて走る巨獣をもした稲妻。

とっさに左腕を上空に上げるとヤタノカガミだけが顕現する。

稲妻はヤタノカガミを抜く事は無く蒼は無傷。それよりも、無数に撃ち出されたその雷は分解され、雷帝の魔力から開放されると蒼の周りに集まっていった。

『おのれおのれおのれおのれっ!』

先日、己の絶対の自信の闇術を無効化された事にかなり自尊心を汚されたのか雷帝が怒気を含んだ呪詛を振りまいている。

「とと、何とか無事に着地しできたな」

「バッカ、それどころじゃねぇぞ?」

と諸葉の後ろに着地した蒼は諸葉に怒鳴られた。

「わーお…」

目の前で空から雷光が迸り、今までの巨獣が蝿か何かかと思えるサイズの巨人の雷獣が現われた。

「くそっ!」

諸葉にしてみれば自身が仕掛けた戦争だ。ここで撤退の選択は取り辛いのだろう。

さらに巨人のてのひらに雷球が輝き、アンダースローで投げ放たれた雷球は稲妻の速さで駆けてきた。

「バカ、死にたいのかっ!俺の後ろに回れっ」

「く…」

諸葉は一瞬逡巡したが、対抗手段も間に合わないと言われたとおりに蒼の後ろへと滑り込む。

「大丈夫なのか!?」

「…二枚に増やせば多分余裕だろ?ダメなら吹き飛ぶだけだ。…諸葉だけ」

「俺だけかよっ!?」

スサノオの右手が現われヤタノカガミの二枚重ね。

雷帝の一撃は周りを埋め尽くしていた雷獣ごと焼き払い…蒼達に着弾。

ドドドドドーーーーーーーーーーーーーーン

爆音が距離を取っているはずのカティア達の鼓膜を揺るがす。いや、通力でガードしていなかったら確実に破れていたであろう爆音を伴うその攻撃はしかし…

「うげ、周りズタズタじゃねーか…非でー事しやがる。非常識なっ」

「それを防ぎきるお前も非常識だよ…」

「しかし、まぁそのお陰で十分に集まった」

「は?何がだ?」

「ん?そりゃ…電気」

途端、蒼の周りに集まった電流がそれこそ雷帝の雷獣の様に何かを形作った。

いや、それは雷獣等ではなく、寧ろ巨人か。

「雷神・タケミカヅチ」

蒼の頭上に仁王立ちするもののふ。それは東洋の鎧を着込んだ武神の姿をしていた。

シンッとそこに居た誰もが声を出さず、静まり返った。

誰もが理解できない。

雷で出来た巨人は雷帝の固有秘法(ジ・オリジン)ではなかった?

その攻撃をいとも容易く防御した挙句、出した攻撃がまさか雷の巨人だとか、それはどんな作り話だ?と。

「いいか、気張れよ。電気操作はお前だけの専売特許じゃないぞ?」

言うや否や、タケミカヅチの体がほころび、一条の閃光になって巨人との距離を詰めた。

ズバン。

横一文字に放たれた逆反りの刀。

フツノミタマに切り裂かれ、巨人はあっけなくその形を失う。

しかし、至近のそれに残った電流が爆発的な攻撃を伴いタケミカヅチを襲った。

至近での攻撃にタケミカヅチはその形を失うほどのダメージを受けた。しかし…

「それは電気と呪力の塊だ。電気をいくら散らそうと、効果は無いぞ?」

一度はその姿を失ったタケミカヅチはしかし、相手の電気も吸収してさらに輝きを増して再降臨。

その姿にロシア支部の雷帝の部下から阿鼻叫喚の声が飛ぶ。

『そんな…ばかな…そんな事は認めん…認めんぞ…!』

雷帝の踏ん張りで、十重二十重と空から雷が落ちタケミカヅチを焼くがやはり効果は無い。

蒼は曇天をひと睨みする。するとタケミカヅチは雷の本流となって逆行するように天へと上る。

ゴロゴロと数秒轟いたかと思うと、幾条もの雷光が振り注いだあと曇天は霧散し、快晴へと変貌した。

しかし、降り注いだ雷が普通の雷のはずは無く、地表に落ちるや否や巨人を形作った。

無数のタケミカヅチである。

天界十字軍(クリューセルクルセイダー)は既に霧散している。

闇術はその使用上キャストが長く、このタイミングでリキャストしようにもどうあがいても蒼のタケミカヅチの攻撃の方がはやい。

多数の巨人に取り囲まれ、立場が逆転したロシア支部の精鋭はすでに雷帝の前から姿を消している。

雷帝が恐怖で彼らを縛り付けれて居たのは、彼女の力を上回る存在が居ないからだ。

しかし、目の前に天界十字軍(クリューセルクルセイダー)すら打ち破り、さらに同種の攻撃でその規模を上回る蒼の存在は雷帝の恐怖を薄れさせ、しかし目前の恐怖を煽り立てるには十分だ。

三々五々散らばるように雷帝の周りからは人が逃げていく。

雷帝にこの巨人を屠る事が出来ない以上、もはや戦いの結果は誰にも分る物だった。

雷帝は膝を付き、いやいやと首を振る。もはやそれだけ現実に打ちのめされているようだ。

「えっと、結局俺はどうしたらいいんだ?成り行きで戦ったが、俺には雷帝への怨み辛みはないのだぜ?まぁカティア達とデートの約束は魅力的だったが…どうすんの?これ」

「アオはんが雷帝のアイデンティティを徹底的に破壊してくれて助かったわ。後はウチらが再教育するさかい。心配しなくてもえーよ」

「うん。我がまま言ったらアオを呼ぶって言えばきっと大丈夫」

といつの間にか隣に来ていたカティアとユーリが言った。

「え、あ…じゃあ俺から君たちにお願いがあるのだが…」

と諸葉が旅の目的を彼女達に告げていた。

なんかロシアからの留学生を助ける事が目的で、そのために相手の組織を潰すという手段を取ったらしい。…うむ、なかなかこの諸葉、ぶっ飛んだ思考の持ち主だ。

全てが終わってこれからロシア美人としっぽり…と思っていると携帯の着信音が鳴る。

「まーやか…どうしかしたか?」

「いいえ、さっき諸葉から片付いたと言う連絡をもらったので、アオには速帰宅命令を出す事にしたのです」

「おいおい、それは何の冗談だい、俺はこれから皆から労いの…」

「あ、いま携帯に写真を添付して送っておいたのです。後で見て欲しいのでう。それじゃ、アオ、日本で待っているのです。おいたしないで帰ってくるのですよっ」

「ちょ、まてよ、まーやっ!」

ジロリと諸葉をにらむ。こんな所にスパイが居たとはっ!

仕方無しに添付ファイルを開く。

「げっ!?」

そこにはルームシェアするようになった万理が寝崩れたパジャマで蒼にしがみついている写真が添付されていた。

若干、撮った位置からは蒼が襲っているように見える写真だった。

「うわわわわああああっ!」

ぴっと添付ファイルを削除したが、それは所詮コピー。

PS早く帰ってこないとこの写真がどうなる分りません。

「まじかよ…とほほ…」

蒼はがっくりと肩を落とすと喧騒がまだ静まらないエカテリンブルグを一人後にするのだった。

夏も終わり、秋になると、全国的に文化祭、学園祭の時期である。

この亜鐘学園もその例にもれず。

「アオのクラスは何になったのです?」

「休憩室でお茶をにごしたようだ」

とまーやの質問に答える。

「枯れてるのですね…」

最近の高校生なんてそんなもんだ。


異端者はどうやって生まれてくるのだろうか。

その回答がようやく得られようとしていた。

どうやら人間の魂を使って何ものかが異端者を作り出しているらしい。

現代の世界でも人が数人、町から消えたとしても大したニュースにもならない。そうやって浚われた人間の魂を使って作り出されているようだ。

幸い、利用された後の肉体もメタフィジカルが現存する場合は保存されているらしい。

良く分からないが殺せない理由があるのだろう。

と言うのを蒼はエドワードから聞いた。

『で、それを俺に言うのは?』

『その肉体が保存されている施設がちょうど日本に有ってね、今度日本で大規模な救出作戦があるからキミにも参加してもらおうって訳さ。この作戦は失敗するわけにも行かない。イギリス、フランスは日本に協力するし、アメリカ、ロシア、中国はその作戦時に出た日本外のメタフィジカルの掃討に当たってもらう算段なんだけど、やはり勝率は1%でも高いほうがいい。だからキミには参加して欲しいのだけれど』

『なるほど、異端者発生の現場を押さえれば先の見えない戦いに終止符が打てるかもしれないと思っているわけか』

『頼めないかな?』

『余り顔バレしたくないのだが』

『なに変装でもしてくれればいいさ』

『それにキミは最後の保険みたいなものさ。保険があると無いとじゃ安心感が違うだろ?実行はボクたちが矢面に立つからイザと言うときのフォローを頼みたいんだよ』

『なるほどね、確かにそうかもしれない。余り気乗りしないがいつまでもあの異端者に構っているのも面倒だ。フォローくらいなら請け負ってあげるよ』

『ありがとう、助かるよ』

と言う会話を蒼は直ぐに後悔した。

何故ならメタフィジカルのスケールが今までに無い規模だったからだ。

要塞級(フォートレス)が三頭がその拠点を守り、その拠点自体がさらにでかい異端者で軍隊要塞級(ストロングホールド)と呼ばれる。

要塞級をいくら倒しても、ラインで繋がっている限り即時回復してしまう。

まさに暖簾に腕押し、しかしその要塞級を倒さなければその奥に本丸は倒せないと言うおまけつき。

それをどうにかする為にイチリス、フランス、日本が一体ずつ受け持ち、潜入部隊が囚われの被害者を助け出す算段らしい。

つまり陽動作戦だ。

白騎士機関を挙げた一台作戦はしかし、日本のチームの潰走が途轍もなく早いものだった。

巨大なだけかと思っていたら強力な(バグ)まで持っていて、それが並みのセイヴァーでは歯が立たない類のものだったのだ。

「はやっ!俺の出番はやすぎるっ!」

「仕方ないのです…あれには並みのセイヴァーなんてひとたまりも無いのです…」

隣からはなぜかついてきたまーやの声。

「しょうがないなぁ…じゃぁ遠距離から一撃であれを沈めるか」

「出来るのですか?」

「まーやの援護があればね。バインド、頼んでいい?」

「まかせるのですっ」

気合を入れたまーやはクレイをセットアップ。

「いくのですっ」

『ストラグルバインド』

ストラグルバインドの多重起動。

無数の鎖がセブンホーンと呼ばれるメタフィジカルに絡みつき、その動きを封じた。

(バグ)が蒼の居る所まで到着するのにはまだ時間が掛かる。

『スターライトブレイカー』

ヒュンヒュンと魔力素が蒼の眼前に集まっていく。

ゆっくり時間をかけて収束されていく魔力の塊。

相手は巨大で、狙いを外すほうが難しい。機敏な動きも難しく、反撃も鈍磨だ。

「スターライトォ…ブレイカーーーーーッ」

ゴウッと銀の閃光が駆け抜ける。

閃光は数百メートルもある巨体のセブンホーンの脇腹から当たり、甲殻を突き破り、腹に巨大な風穴を開け、上空へと消えた。

セブンホーンの完全なる沈黙。

「す、すごいのです…」

「これで復活するようなら…って、あいた穴が塞がっていっているっ!?どんな復元能力の高さだよ」

蒼が開けた風穴もどんどん塞がっていき、ついには完全に消失した。

セブンホーンの角の間に集まる強大な呪力(サターナ)

「いやぁあれを放たれるのは流石にやばいな…」

「な、何とかするのですっ」

「仕方ないなぁ…」

そう言うと今度は輝力を合成して印を組み上げた。

「木遁秘術・樹海降誕」

地面から乱立する巨木はうねる様にセブンホーンを締め上げ、またその鋭い根が甲殻を貫通し、からめ取っていく。

(バグ)も巨木のうねりに当てられて全て消滅した。

「な、何をしたのですか?」

「巨木で締め上げてみた。ついでに呪力(サターナ)の吸収する作用もある」

相手の呪力を吸い取って際限なく巨大化し、また締め上げる。相手の力が多ければ多いほど、返す力となって襲い掛かるのだ。

そして、セブンホーンは完全に沈黙。

その代わり小山が一つ新しく出来上がってしまった。

「さて、残りの二体は…ふむ、日本と違ってイギリスとフランスは優秀みたいだ」

劣勢の中にも活路をちゃんと見出しているようだ。

結果を言えば、救出作戦はうまく行った。囚われ、異端者にされていた人間の中にどうやら救世主(セイヴァー)も居るらしい。

そして、その救世主(セイヴァー)の魂を利用していると思われる小型だがとても強力な異端者、魔神級(アークフィンド)の存在。

どうやら灰村諸葉が打ち倒したみたいだが、これは途轍もなくヤバイ状況ではなかろうか。

エドワードからの情報で、蒼もセイヴァーの中にその協議に従わない存在が居るらしい。エドワードに背教者(デーモン)と呼ばれた彼らは六羽会議(シックス・ウィング)なる組織を創設し、また異端者(メタフィジカル)を生み出していた何者かとも合流しているらしい。

それはそろそろ亜鐘学園も卒業式を控えた冬の事。

「…、まーやが…浚われたわ…」

血相を変えた万理が蒼の教室を訪ねてきた。

日中、まーやは万理にくっついている事が多い。それで、今日は少し亜鐘学園から離れていたらしい。

二人で郊外で食事をしていて、トイレにと立ったまーやはしかし、帰ってこなかったようだ。

「…へぇ…なかなかムカツク事をしてくれますね。その六翼会議と言うのは…」

蒼が静かに怒っていた。

「まーや…まーや…ああ…どうしてこんな事に…」

「万理、落ち着いて。浚われたのならまだ生きています。ああ…まーやの所在だけなら、マーカーが着いているから助け出す事は出来るはずです」

「だったら…」

「でも、まーやの魂は別だ。彼女の魂はすでに異端者(メタフィジカル)になっている可能性が高い」

「だからと言ってっ!」

「だから、待っているんですよ」

と蒼。

「え?」

「その六翼会議が動き出すのを」

「どういう…?」

「大丈夫ですよ。もう少し、待ってください。俺が必ずまーやを助け出しますよ」

「蒼、くん」

抱きしめ、ポンポンと頭をなでるとようやく万理は落ち着いたようだ。

しかし、それとは反対に蒼の心は燃え上がっていった。

異変は翌日直ぐに現われた。

何もの課の攻撃が亜鐘学園を襲ったからだ。

その爆音にようやくかと蒼は静かに怒りを再燃させる。

絶対に後悔させてやる、と。

講堂が爆音と共に粉砕される事件が起こったのが明朝だ。

その変事にそっと足を向ける蒼。

そこでは実戦部隊の百地春鹿と敵であるセイヴァー…いや、デーモンが戦っていた。

ざっざと地面を踏み鳴らし進む蒼。

『やあ、君が噂に聞く背教者の一員って事でいいのかな?』

『バカ、誰だかしらねーがおめーが敵う相手じゃねぇ、とっとと逃げろ』

問いかける蒼に春鹿は亜鐘学園の制服を着る蒼に怒声を飛ばす。

良く見れば所々服が裂けていて劣勢なのが見て取れる。

『…おめぇ…なにものだ?』

『なに、しがない亜鐘学園の生徒で…』

そこで蒼は一度言葉を止め、続ける。

『君達を徹底的に潰す者だ』

『はーははははっ!面白い、面白いなっ!やってみろってんだっ。ただし、この俺についてこれればなっ!』

相手の六翼会議の一員であるレナード・ヴァン=パーシーは神速通の達人である。

六頭領の一人、馬迭戈(マー・ディエグァ)にこそ及ばないもの、当代随一である事は確かだろう。

そのレナードが残像が残る速度で蒼に迫る。

『ふむ、なるほどね。ああ、よかった。最初から当たりを引けた。だから君…もう死んでいいよ?』

速さ、なんてもの実は蒼には何の武器にもならない。

蒼が虚空をソルで切り裂く。

『な、なに…っ!?この俺が遅い…だとぉ…』

刀を振ったと言う行為で、相手を切り裂いたと言う結果の過程を省く。

『ああ、いや。速さだけなら君は随一だろう。だが…相手が悪かったな』

あたり一面レナードの出血で紅く染まる。

「おめーは…いったい何なんだよっ…」

春鹿が驚愕の表情を浮かべている。

「さて、何と問われれば回答に困るな…だが…」

と、蒼は少し懐かしそうな顔をして答えた。

「魔王と呼ばれていたことはあるよ」

「魔王…」

ブルっと身震いする春鹿を置いて蒼は行く。

万華鏡写輪眼・八意で相手の記憶は除き見た。今後の彼らの作戦の詳細、今現在の本拠地も把握済みだ。

「さて、次だな…」

蒼のつぶやきだけが風に消えた。

悪鬼は行く。敵の本拠地へ。

盗み取った知識のままにこの世ならざる場所へと足を踏み入れる。

どんな障害があろうとも蒼はものともしない。1000を超えるゴーレム、100を超えるメタフィジカル。10を超える魔神級(アークフィンド)が出ようと彼の歩みは止まらない。

『私のだよ、全てあたしのなの。絶対に分けてあげないんだからっ!』

魔神級(アークフィンド)は原型の魂の声を歪な形に歪めてまわりに声として拡散さえるらしい。

「まーや…」

トンガリ帽にドレスを思わせるような胴体。その中からは無数の鎖がうねっている。

『すべて、すべてを束縛してあげる。絶対に逃がさない』

「みつけたよ、まーや…」

『逃がさないわっ』

ジャラジャラと鎖が伸び、蒼を拘束する。

そこに周りからいっせいに魔神級(アークフィンド)が攻撃する。

爆炎が消えるとボロボロになった鎖の中には蒼の姿は無かった。魔神級(アークフィンド)の攻撃で塵ものこさず蒸発したのか…

そんな訳は無く、蒼は何事も無く魔神級(アークフィンド)と対峙していた。


蒼は敵の本拠地を走っていた。

まーやの反応はこの先。つまり、この先にまーやの本体が眠らされているのだろう。

「これはいったい…どう言う事か…な?」

と、現われたのは一人の青年と、その後ろに控える少女だ。

「あなたは今も後ろでメタフィジカルと戦ってる。これはおかしい事」

と少女も言う。

熾場亮(しばあきら)白井宇佐子(しろいうさこ)か。六翼会議のトップがこんな所に出てくるとはね」

「ここは僕達の本拠地。こんなに簡単に侵入されたら、たまったもんじゃない…ね」

「そっか。でもそれはあんたらが俺からまーやを奪っていったからだろ。俺の周りに手を出したヤツには相応の仕返しはするよ。いくら俺が温厚でもね」

「そう、でも僕達には必要なこと…だ」

「お前らの都合なんてしらねーよ。ただ、俺に関わらなければ、もっと長生きできたかもしれないのにね」

残念だ、と蒼が言う。

「それはおっかないね。まるで君一人で僕達を全て倒しきれるみたいな言い方だ」

「ああ、俺も普段はそんな大それた事は言わないんだが…俺は今日はすこぶる機嫌が悪い…」

つぶやいた蒼から殺気があふれる。蒼の目は初っ端から万華鏡だ。

蒼の殺気に当てられてか、亮は炎の塊を幾つも顕現させると蒼に向かって投げつけてきた。

彼の螢惑、第壱の炎宴《狐火》だ。

その攻撃を蒼は避けもしない。避ける必要が無いからだ。

炎は蒼に着弾すると、燃え上がる事も無く分解される。

「…どうし…て?」

「簡単な話だ。あんたの攻撃が俺の抗魔力を超えてないからだ」

「そん…な」

今度は後ろの白井宇佐子の能力も加味、彼女の螢惑を強化する能力を使って再度炎弾が襲い来る。その数、規模とも先ほどとは段違いだ。

が、それも何の意味も無い。蒼に触れることも無くプラーナに戻された。

「あんた、弱いよ。これならあのレナードの方がまだ強い」

「でも、彼も君が殺した…ね?」

「ああ。だからお前らが俺に勝てる道理が無い」

「ああ、そうか…僕達は触れてはいけない逆鱗を踏んでしまっていたの…か」

「か、かは…」

ゴパッと二人の口から大量の血が吐露される。

気付けばソルの刀身が二人の心臓を貫いていた。

もう興味はないと、二人を素通りすると、台座に座らされていたまーやの体を発見、抱きかかえる。

「まったく、簡単に浚われてくれちゃって。困ったやつだよ。俺の眠り姫は…」

まーやを抱きかかえると、木分身に指令を送り、まーやの魂が使われた魔人級を一刀の下に切り伏せた。

まーやの魂は体に引かれる様に飛来し、体の中に納まる。

まーやが目を覚ますまで、まだしばらく掛かるだろう。

「さて、それじゃぁ…後腐れなく行こう」

見つけた異端者を切り伏せ、本拠地の中を進む。

見つけた六翼議会の構成員を切って捨てては中を行く。

「こいつか…」

蒼の目の前に眠るように座っている少女が一人。

天木虚穂(あまぎうつほ)…メタフィジカルの生みの親。あんたに怨みは…やっぱりあるな」

まーやを化け物に変えられた。

「だから、二度と無い様に、死んでくれ」

抵抗は無い。彼女の死を見届けるのこの本拠地に火を放つ。

もはやこの世界にメタフィジカルが現われる事はないだろう。何故なら元凶を蒼が潰したからだ。

あれだけ白騎士機関をてこずらせたメタフィジカルはしかし…蒼の逆鱗を踏んだ事によって今日あっけないほどに簡単に壊滅した。

そして亜鐘学園にまーやを戻すと、そっと蒼は姿を消した。


春、新学期が始まって数週間。

蒼は埠頭の先で竿を振っていた。時期的にサゴシが抜け、そろそろイナダが釣れてほしいところだったが、少しばかり釣果に恵まれない。

「まぁ、やはりこんな結果か」

と、蒼は回りに聞こえるようにつぶやいた。

『ああ、すまないね。異端者数百匹を相手に無双する君の姿をみたお偉いさん方が君を怖がってね。六頭領に大量の陳述を送りつけてきやがった。お陰で、ボクまで駆り出されてキミの討伐と言う事になったよ』

と、人垣を避けて前に出たエドワードが言う。

『えらく強気だ』

『彼女、エレーナの魔剣は通力(プラーナ)魔力(まりょく)を食らう。彼女の魔剣の前では救世主(セイヴァー)なんてただの人間と一緒さ』

『ああ、強気の理由はそれか』

視線を向ければそのエレーナを守るように灰村諸葉が立っていた。

『まぁこの事には六頭領も割れた。中国は日和見、ロシアとアメリカは反対。フランスは我関せず。残ったのはイギリスと日本だ。特に日本の政府が怖がってね…キミもこうなる事が分っていたから一人で亜鐘学園を去ったんだろう?』

『ああ、そうだな。君達に嘆願した誰かがまーやを人質にとるなんて浅慮に走らなくて良かったよ』

『ああ、まったくだね。キミの逆鱗に触れてしまったら、どうなるか分った物じゃない』

ヒュっと蒼は竿を海へと振り、リールを巻き上げる。

『なぁ、エドワード。10分時間をくれないか?』

『なんだ、命乞いかい?聞いて上げれないのが心苦しいのだけれど…』

『いや』

と蒼は首を振る。

『取り囲んでいる数百の救世主(セイヴァー)達が逃げ出す為の時間だよ』

『どう言う事だい?』

『10分したら、俺は俺に攻撃する意思を持ってここに対峙している人を全て潰す。最悪死ぬかもしれない。いや、生き残れると思わないほうがいい』

『この状況でかい?』

四方からスナイパーの銃口が蒼を狙い、エドワードの後ろからも拳銃を構える一団がいて、その後ろにセイヴァーの部隊が配置されていた。

さらにいま、蒼は通力も魔力も使えない。

『それもそうか。じゃあ一番に彼女に言おう。その魔剣をしまって速く逃げたほうがいいよ?まず一番最初に死ぬのは君だからね』

『それはできない…私にもいろいろ守るものが出来てしまった』

『あらあら、中々にクソな事を考える連中も居る事で…』

2投3投とキャスト、その内に一匹サゴシがかかり、蒼は竿をしならせ、リールを重そうに巻いた。

『さて、終わりか。…心苦しいが最後の仕事だ』

『何がだい?』

『俺の最後の仕事でこの世界に絶対の恐怖。そして不文律を刻み込もう』

『いったいどう言う…』

『魔王には敵わない。おもねり、頭を下げて機嫌を伺え、とね』

言った蒼の姿が突如消えた。

『ま、まさかこの状況で神速通だとっ!?』

斬っ

「レーーーーシャーーーーーーーっ!?」

灰村諸葉が絶叫。その眼前でエレーナは首筋から大量の出血をしていた。あれではもう助からないだろう。

『残念ながら違うね』

蒼た使ったのは御神流の神速。脳内のリミッターを切る事で肉体の限界ギリギリで動かす技術だ。

もちろん諸々の反動は出るがエレーナの魔剣さえ無効化で着てしまえば問題ない。

四方八方から銃弾が飛んでくるが、もはや避ける必要も無い。

全て蒼の体表で弾かれダメージを通さない。

『カガンキンセイ…鎧の効果じゃなかったんだね…』

『見誤ったな』

そう言いつつ蒼は印を組み上げた。

『アンジェラをつれてこなくて本当に良かったよ…』

銀嶺アーガステンがエドワードを包み込む。

『死にたくなければ僕の後ろにっ』

「意味は無いけどなっ『火遁・劫火滅失』」

ゴウっと蒼の口から放たれた炎は前面一面に押し寄せ、エドワードの後ろに隠れた者共々その全てを焼いた。

生き残ったのはエドワードと、灰村諸葉、あとは後方に居た為に火勢の落ちて助かった連中だ。

『おおおおおおおっ!』

怒声を上げてエドワードが掛けて来る。

『もう、力比べはしてやらん』

そう言うと再び蒼は印を組む。

「木遁・樹海降誕」

いきなり地面から巨木が乱立し、その幹がまるで生き物の様にエドワードを襲う。

斬ろうが叩こうが直ぐに再生してエドワードを捕まえる。

「よくもレーシャをっ!」

横合いから灰村諸葉の剣が襲った。

それをソルで受け止め、言葉を返す。

「順番が違うだろ?襲ってきたのはお前らで、お前らは俺を殺そうとした。殺そうとした側が殺されたからと怒るのは筋違いじゃねぇか?襲ってこなければ死ななかったんだからなっ」

「くっそーーーー」

怒号と共に振り下ろされた諸葉の(サラティガ)

「っ!?」

それはソルの刀身を切り裂いて蒼の体を掠めた。

絶対の守りの蒼の体を切り裂き、血泡が舞う。

返す刀で切りかかる諸葉を蒼は上体を捻り蹴り飛ばす。

『ジャック、悔しいのは分るがここはボクに合わせるんだ。一人では絶対にあいつには勝てない』

いつの間にか這い出してきたエドワードが叫んだ。

最強の守りと最強の剣。エドワードは蒼にそれが有る事を知っている。今までは最強の盾ははあっても最強の矛は無かった。しかし、諸葉の攻撃が蒼を掠めたことでエドワードは確信した。かれは最強の矛となると。

これで対等。

いつの間にか蒼の持つソルは元に戻っているが、蒼の攻撃をエドワードが受け、諸葉が攻撃する。

『なるほど、確かにとっさにしてはいい判断だ…だが、これならどうかな?』

蒼が印を組み上げると、体が分裂するように二つに増えた。

「木遁・木分身の術」

『これは…貪狼…では無いね。…面倒なっ』

『くぅっ』

二人に増えた蒼がエドワードを攻撃し、諸葉の攻撃を受けていた。

『ほらほらどうした。君達にはもっとがんばってもらわなければ困る。君達なら俺を倒せるかもしれないと世界の奴らに思わせなければならない』

その間も斬りつけ、斬られながらの戦いは続く。

『どうしてだい?』

『メタフィジカルの居ない世界で救世主(セイヴァー)救世主(セイヴァー)足りえるだろうか?元凶は俺がこの間つぶしたぞ?』

『そんな…しかし、…それは…』

『答えはどんなに言葉を取り繕ってもNOだ。これは人間と言う種の業。人間は強者を怖がり、また弱いくせに排除しようとする。…今の君達みたいにね。今日の俺の姿が君達の明日の姿だ』

『それは…怖いね』

蒼の攻撃はさらに鋭さを増していく。

『俺が元凶を潰さなくても、いつかは君達が潰しただろう。終わりのある戦いはその先が無い。英雄は絶対悪が居るこそ英雄で居られる。敵の居なくなった英雄はそれはもはや英雄じゃない。そして人間はそれを怖がる。手のひらを返したようにね』

『だったらどうすればいいんだい?』

『簡単な話だ。分からせてやればいい』

『は?』

『この世には絶対に敵わない存在がいると、人々に分らせてやればいい』

『まさかキミは…』

『ふっ…まぁそう言うことだ』

振るった刀がエドワードの腕を切り裂く。さらに返す刀でエドワードの首を切り裂いた。

『きさまーーーーーっ!』

その光景を見て灰村諸葉が切れた。

髪の毛が逆立ち、体から大量の通力と魔力が迸る。

大量の通力が彼の持つサラティガへと込められた。それらはさらに純化され昇華されていく。

「おっと…流石にその一撃は貰う事は出来ないな」

蒼の持つ万華鏡写輪眼が周りの空気を操り酸素を無くす。

息を荒げる灰村諸葉は…二三度の呼吸のあと意識を失う。

人間、無酸素状態では二三度の呼吸で意識を失う。あれほどに肉体が活性去れていれば一呼吸でも意識を失うだろう。

なぜ、蒼は大々的に二人と戦ったのか。それはただのデモンストレーションだ。

ヒューヒューと風切音が聞こえ、パラパラとローターの音が鳴っている。

視線を海に向ければ軍用戦艦が何隻も浮かんでいた。

それらが蒼の居る埠頭を取り囲むようにして進軍してきた。

「……スサノオ…」

たちまち巨大な益荒男がその姿を現した。

完全なるスサノオ。その巨体、実に40メートル。

戦闘機、ヘリコプター、戦艦から蜂の巣にせんばかりの銃弾の雨。それはここにエドワード達がいようとお構い無しのよう。

スサノオは霊刀を抜き放つと真横に一文字になぎ払った。

剣先から迸る呪力が銃弾を全てきり伏せ、海を割り、天変地異を引き起こす。

ただの一撃で決着はついた。

「アオ…」

いつの間にいたのか、まーやが心配そうに蒼の傍まで来てぎゅっとその手を握り締めた。

「結界を解いてくれるかい?」

「…はいなのです」

言われたまーやは念、魔法、闇術で強化された夢石の面晶体を解く。

たちまち何事も無かったかのように元通りになっていく、そう、死者さえも。

「でも、これでよかったのですか?」

「ああ。良いんだよ。これで」

「でも、これじゃアオだけが世界の敵になってしまいました…」

と、どこか悲しそうな顔をするまーや。

「いいさ。世界はこの世界だけじゃない。しばらく別の世界に行くのも面白そうだ」

「まーやも着いていくのです」

「まーやはそれでいいのか?」

「アオの隣がまーやの居場所なのです」

「そうか…それじゃ、行きますか。お姫様」

「はいなのです」

二人はギュっと手を握り、世界の門を跨ぐ。

彼らの旅路にこの先何が待っているのか。それはまだ分らない。



 

 

外伝 ダンまち編

 
前書き
年末ですので外伝です。これはクロスアンジュ辺を書くよりも前に書き上げてはいたのですが…まぁいろいろとチートとかアンチ成分過多の為に放置していたのですが、年末と言う事で楽しんでいただければ幸いです。 

 
この世界には神様が身近に居て、そして世界に唯一つ、本物のダンジョンが有る。

ここは世界の中心とも歌われる巨大都市、オラリオ。

この世界で一攫千金を狙いたいならダンジョンに潜れ、とまで言われる夢と悲劇、そして冒険が紡がれる。今日もまた、この世界の中心で。

神様は本来万能だ。何でも出来て、下界のものなど足元にも及ばないような力を持っている。

しかし、そんな神様達が下界に下りて来る時、彼らは彼らなりにルールを設けた。

神様はその体に宿る神の力、アルカナムのほぼ全てを封じ込めまたそのアルカナムを行使すれば強制的に神の世界に帰される。

神でありながら、下界の人間達と同じ舞台に立ち生活したいと言う超越者の娯楽的欲求の為にあえてそう言ったルールを設けたのだ。

しかし、何の力も持たない神様が下界で生活で来るか、娯楽を謳歌できるかと言う問題が浮上する。

生きる為にはお金が必要。それは神であっても変わらない世の摂理だったのだ。

そこで神様は自身の恩恵、ファルナを人間達に与える事でその恩恵(ファルナ)を与えた人間達に養ってもらうと言う構図を思いついた。

神の【ファミリア】の形成だ。

事実、恩恵(ファルナ)は人間達を劇的に強化させ、モンスターの蔓延る原野からあらかた駆逐させてしまうほどだった。

そして現在。

人間達はこのモンスターの発生場所に蓋をするように巨大な(バベル)と街を作り、モンスターの地上への進出を防ぎつつ、冒険者達がダンジョン内からいろいろな物を持ち帰ることで発展していくと言う構図が続いている。

つまり冒険者とは神の力で強化され、神を養いつつダンジョンに冒険と富、名声を求める者たちと言っても過言ではない。

そんな華やかな都市の裏側には(うち)捨てられた建造物が見える様に、貧民層も存在する。

これは大都市には付き物の癒える事の無いガンだ。

そこにはいろいろなものが吹き溜まる。

ならず者、お尋ね者、そして親に捨てられた子供。

「ああ、いつもの転生か…」

年は5か6か。自分の手のひらを握り身長を確認して男の子はそう言葉を発した。

纏っている服はぼろく汚い。髪の毛も手入れされているとは言い難くボサボサだ。

いかにも乞食の子供と言う様相。

しかし特徴を挙げれば恐らく綺麗にすれば日の光で輝く光沢を照り返すだろう銀の髪と、それに隠れて目立たないが普通のヒューマンとは異なるとんがった耳を覗かせる。

そしてそんな彼に見合わない一つの宝石が彼の胸元で揺れていた。

「ソル、悪いんだけど。浄化かけてくれるかな?」

『了解しました。ようやく思い出されたのですね』

「まぁね。いままで守ってくれたんだろう?ありがとう」

『お気になさらず』

心地よい風がアオの体を吹き抜けるとボロはそのままだが汚物のような体臭は綺麗さっぱり無くなった。

見た目の割りに体に傷が無いのはソルがアオに危険が及ぶと魔法を自動発動していたのだろう。

まぁ、その為に鬼子として疎まれていたわけでは有るが…

「さて、どうするか…特に目的も無いけど…まぁまずソラを探さないとかな」

自分がここに居る以上ソラもどこかに居るはずなのだ。

「もしくは、居ない方が良いのかもしれないな…」

そんな独白。

覚醒後、アオはソルからこの世界の情勢を聞くと今後の活動を思案する。

「ダンジョン、ねぇ…お金を稼ぐには手っ取り早そうだが…」

しかし、ギルドに加盟するには最低【ファミリア】に加盟する事が条件。さて、どうするか…

「こんな貧相な子供を【ファミリア】に入れてくれる所があるかどうか…それならいっそ」

新しい【ファミリア】なら可能かもしれない。そう考え、そして否定する。

フリーの神なんてそれこそ探す方が難しいだろう。

「あーあ、どこかに神様落ちてないかな…」

テクテクと取り合えず街の明かりに釣られるように貧民外を出ようと歩いていたとき、アオの足が何かを踏みつけた。

ブミッ

ブヨンと弾力に弾み返され視線を向けると横たわる人影。

「わわわわわっ!?」

バランスを崩した体を何とか制御して踏み越えると後ろを振り返り確認。

「…うん、見なかった事にしよう」

何も無かったとアオは歩を進めるが…その足首を何ものかが掴み再びバランスを崩し…

「うわわわっ!?」

そして転倒。

「あたたたた…」

足首をあらん限りの力で拘束する何か。視線を向ければ薄汚れているが纏う雰囲気が精錬だ。

神──

地上の者たちは降りてきた神を一目で分るらしい。

まぁこの普通の人では無い気配を誰もが感じるならそれは一目瞭然だろう。

頭の両端でピンクの髪をリボンでアップに纏めている。見た感じ少女のような体つき。

この貧民外はあらゆるものが吹き溜まる。それはどうやら神様も同様らしい。

「おなか…空いた…」

と言って力なく倒れこむ女神。次いで拘束していた右手の力も抜けたようで拘束を脱する。

「とは言っても…俺も何も持ってないんだけどね…」

自身の体を見るに食料関係を持っているようには見えない。

きょろきょろと辺りを見渡して見つける事が出来たのは強要の井戸くらいだ。

「しかたない、か…」

アオはその女神を道の脇の壁に横たえると井戸へと走る。

当然コップなんてものを持っている訳も無く…

手酌で水を救うと女神の元へと掛け、口元へと傾ける。

つーっと女神の口に水が入るとゴクリと嚥下する音が聞こえた。

「美味しい…生き返る」

「ただの水だけどね」

「うっ…そうね…全然おなかは満たされて無いわね…」

と女神が言う。

グギュルゥとお腹の音がなった。

「じゃ、そう言うことで」

「ちょっとまってっ!?」

アオが踵を返して去ろうとすると、後ろから抱き付かれるようにして拘束された。

「お願い、もうあなただけが頼りなのっ!私の【ファミリア】に入ってくれないかなっ!」



……

基本神様は恩恵(ファルナ)を与えファミリアを形成する事でその団員…家族に養ってもらうものらしい。

しかし、いくら神と言えど、下界に来てすぐにファミリアを見つけられる神だけとは行かないようだ。

冒険者志望の有望株は名前の通ったファミリアに自分を売り込みに行くし、最近降りてきたばかりで無名の女神の勧誘を受ける人間は皆無だったそうだ。

結果目の前の彼女は行き詰まり、この吹き溜まりへと流れ着いたらしい。

「神様…ちゃんと現実を見てる?目の前の人間が何歳に見える?」

「5・6歳?」

「大の大人(かみさま)が子供に養ってもらおうとするなよ…!」

ソルから聞いた話ではもう三つほど実際は年齢が高いらしいが、長年の栄養失調で成長できないでいる様だ。

「で、でも…恩恵(ファルナ)を与えればダンジョンの上層位なら余裕で立ち回れるって聞くし…恩恵(ファルナ)の効果に大人も子供も無いから…」

どうやら神様に人間界の常識?は通用しないようだ。

人間(こども)人間(こども)と言う事なのだろう。

「ね?お願いだよ、神様を助けると思ってさっ」

「ええいっ!放せっ!」

「いやっ!うんって言ってくれるまで放さないっ!おねがいだよ、もう君だけが頼りなんだ」

わーわーやる体力は双方に無く、すぐに沈黙。

それでも放さない神様にアオの方が折れた。

「まぁ…冒険者にはなりたかった所だ。恩恵(キップ)がもらえるなら別に構わないか」

「本当っ!?」

気色を浮かべる女神様。

「ただしっ!」

拘束を振りほどいて振り返るアオ。

「俺に共通語(コイネー)を教えてください」

今記憶が戻ったアオには喧騒で耳にしたこの世界の言葉が分らなかった。

目の前のこのいかにもダメそうな女神の言葉が分るのは、腐っても相手は女神だと言う事なのだろう。

「そんなのお安い御用だよっ!さあ、ちゃっちゃと恩恵を与えるから背中を向けてっ!」

アオの申し出を何の事は無いと深く考えもしないで了承する女神。

アオは言われるままに背中を向けると、女神はアオのそのボロをめくり上げ、その背中を現した。

「…小さい背中…それにやせっぽちね」

「なにか?」

「んーん、なんでもないわ」

言うと女神は人差し指を持っていた陶器の破片で傷つけ(イコル)を滴らせるとその指をアオの背中に押し当て何かを書き綴っていく。

神聖文字(ヒエログリフ)と言うミミズののたくったような文字をアオに刻み込むと、アオは何かがアオに流れ込んでくる感覚を感じ取る。

恩恵(ファルナ)…か」

なるほど、とアオは思う。

絶大な神様の力のほんの一部を恩恵と言う形で送り込んで人間を強化しているのだろう。

自分のオーラとは違う力が外部から混ざる違和感を何とかいなすと体に確かな活力を得た。

「あれ…むむむ?」

「何か?」

「あ、いや、なんでもない」

と女神は誤魔化す。

「それよりも、これで私達は家族…【ファミリア】になったんだから、私の事はママっ!て呼んでくれても構わないんだよ?」

「………さて」

その言葉を聞いてアオは視線を上から下へと向けてその体つきを確認するとさっくりと無視をする。

「俺は…たぶんアオって言います。ファミリーネームはまだありません」

「これはご丁寧に。私はパンドラ。女神パンドラって言うの」

ここまで結構な展開があったが、ここで初めて二人は互いの名前を知ったのだった。



……

………

時刻は真夜中だが、このオラリオのギルドは眠らない。

アオはパンドラを伴ってギルドへと赴くとそこで冒険者登録を済ませた。

言葉も文字も通じないアオはパンドラに代筆させ、ギルド職員の言葉はパンドラが通訳する。

「神パンドラ。もしかして、その子、共通語(コイネー)が使えないんですか?」

ギルド職員の受付嬢がそう質問してきた。

「そうみたい。まぁ、それはおいおい。言葉を私が教える約束になっているんだ。大丈夫、放り出すなんて事はしないよ。なんて言ったってこの子は私の【ファミリア】の第一号だからねっ」

そんな神にあるまじき事はしないとパンドラは胸を張る。

それから簡単に幾つかギルド施設を紹介してもらい、アオはパンドラをこのギルド施設に留まらせるとその体をこの街の中心、白亜の塔目指して歩を進める。

「ちょっと、アオくん、武器、武器はっ!?」

パンドラは慌ててギルド職員に借金をして譲ってもらったと思わしき短剣(ナイフ)をもって追いついた。

「はい、頑張って来るんだよっアオくんっ!私の為にっ!」

「最後のが余計…」

嘆息する激励を貰いアオはダンジョンを目指した。

街の中央広場(セントラルパーク)は今は時間も深夜と言う事で他の冒険者などの姿もなく閑散としているが、その白亜の塔の入り口から地下へ向かうとこの世界唯一のダンジョンがそびえる。

冒険者とはそのダンジョンで生れ落ちるモンスターを駆逐しその体内にある魔石を持ち帰り売りさばく者たちの事。

この世界でモンスターから無限に採取できる魔石は所謂文化的生活のためのエネルギー源として利用され、街の明かりや保冷庫のようなアイテムの使用に欠かせない。

そしてその魔石が唯一産出するこのオラリオが発展するのは当然の事で、世界の中心と言われるのもしょうがないのかも知れない。

『はじまりの道』と言われる地下への大通路。

ここから多くの冒険者がダンジョンに足を踏み入れ、また冒険(ドラマ)が繰り返されてきた。その始まりの街道。

そこを齢にして6歳ほどの少年が歩いていく。

小人族(パルゥム)よりもまだ小さいその体。装備はパンドラに渡されたナイフ一本。

この上層にある一階層に現われるモンスターは恩恵(ファルナ)を貰ったばかりの冒険者でも遅れを取る事はまず無いらしい。

それほどまでに神の恩恵とはこの世界の人間に対しては強大なものなのだろう。

「まぁ、関係ないか…」

レベル1のアオに分け与えられる恩恵(ファルナ)など大した量ではない。言ってしまえば…

「最低限のそれも歪な纏が出来る程度、ってね」

それでも普通の人間からは超人になるだろう。

地下なのになぜか薄暗い照明に照らされて視界が確保される地下迷宮。

グルッ

目の前に現われるのは犬のような二足のモンスター。

コボルト。

一匹で現われたその化け物は弱々しく見えるアオに襲い掛かった。



……

………

その頃、ギルドの待合室に残った女神パンドラはギルドの受付──殆どの場合ギルドの受付嬢は美麗揃いだが──に声を掛けた。

「ねえ君」

ハイと応えるギルド職員にパンドラは質問を投げかけた。

恩恵を与えたばかりのレベル1の冒険者の【ステイタス】はどのようであるのか、と。

「えっと…それは魔法、スキルも何も無く全てのアビリティはI評価のはずです」

「それじゃぁもちろん発展アビリティなんてもは…」

「ある訳無いじゃないですか」

「そっか」

それきり女神パンドラは黙る。

発展アビリティとは恩恵(ファルナ)を得たものがレベルアップの際にそれまでの経験値(エクセリア)によって発現するかもしれないアビリテイの総称だ。

有名なものでは『狩人』『耐異常』『鍛冶』等で、そのランクもGまで上げれば高いほうと言えよう。

(だったら…)

その情報の確認を元にパンドラはアオの【ステイタス】を思い出す。

アオ

Lv.1

力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

この基本アビリティにはどこにもおかしいところは無かった。

数値がゼロなのはまだ与えたばかりで経験値(エクセリア)を還元していないのだから当たり前の事だ。

神は子供(にんげん)恩恵(ファルナ)を授かって以降の埋もれた歴史を引っ張り出し経験値として還元しパラメーターを上げていく。

そして上記のアビリティは…パンドラは初めての事では有ったが知識として…一般的なものでありそれ以上でもそれ以下でもない。

ここに潜在的な魔法スロット枠(最大三枠)が刻まれるだけである。

しかし…

(彼は異常だ…)

アオのアビリティ欄はこれで終わりではない。

商人:G 遊び人:G 賢者:E 盗賊:S

(何?本来ありえない筈の発展アビリティの…しかもこの数…彼は本当にレベル1なの?しかも盗賊がS評価ってっ!?)

いや、それは自分で確かめた事。彼は確かにレベル1であり初心者だ。

(しかもこの発展アビリティ…一つも聞いた事が無いんだけど…きっとレアアビリティだよね…)

レアアビリティ。今までに前例が無いそれらは娯楽に飢える神様達には格好の餌だ。

(うう…周りに相談も出来ない…さらに…)

彼女が頭を悩ますものはまだあった。

(アオの魔法スロット…三つなんて生易しいものじゃないんですけど…)

恩恵を受けた人間が覚える事ができる魔法は三つ。威力の強弱を使い分けられる一級の魔導師で九つと聞く。だが…

(もう、数えるのが面倒くさくなるほどだった…しかも一部文字化けして私にも読めないし…)

ホイミ、メラ、ギラ、イオ、ヒャド、バギと思い出しては頭を悩ませた。

(さらにスキルも…)

【技能継続】

習った技術を劣化無く使う事が出来る。

【技能習得】

技能習得速度上昇。

技術を習得する機会が与えられる。


(問いただしてみようかな…)

神は相手の嘘を見抜ける。だから嘘を言われればすぐに分るのだが…

(やめた。アオくんはアオくん。それでいい)

きっと彼は何か得体の知れない部分を多く隠し持っている。だが彼女は自分の眷属(ファミリア)を信用する事に決めた。

(アオくん…はやく無事で帰っておいで…)

そしてクゥとパンドラのお腹がなった。

(私のお腹と背中がくっついちゃう前に…)

普遍である神がそんな事態にはならないのだが、まぁ比喩表現だ。彼女はそこまでに空腹だった。

思い悩んでいた事は空腹の前に思考停止し、闇の中へと消えていった。



……

………

モンスターは倒して息の根を止めたあと、核である魔石を抜き取ると灰に返る性質を持つ。

しかし、灰に帰った際、生前の巨力名身体的部位などが残される場合があるらしい。それを神様達はドロップアイテムと言い、下界の者たちもその名前で呼んでいる。

「変な感じ…」

そう言うものだと思ってもやっぱり生物としておかしく感じるのはアオだからであろうか。

「まぁ、そう言うものと割り切るしかないか…」

アオは魔石とコボルトの牙などのドロップアイテムを数個拾い集めるとまずは換金しようと深入りはせずにダンジョンを上っていった。

「はい、1000ヴァリスです」

とパンドラを伴って換金する。今日のところは借金であるナイフの代金は引かないでいてくれたらしい。

「「お、おぉ…」」

パンドラと二人歓声を上げる。

この街では一人50ヴァリスもあれば一食腹を満たす事が出来るらしい。

しかし、冒険者用のアイテムは軒並み高く、1000ヴァリスなど端金(はしたがね)も良い所。

しかし、今のアオ達にはお腹を満たすには十分だった。

時間はもう夜が白み始めた早朝。

「アオくん…私はもうお腹のすき具合が限界でフラフラしているよ…」

「奇遇ですね、俺もです」

「なるほどなるほど…」

「では…」

「うむ…早速買い物にっ!」

「あ、まだお店は開いてませんよ?」

とパンドラがテンションを上げた時、そのテンションを地に落とす言葉を発するギルド職員。

「ぐっはぁ…アオくん…私はもうだめだ…君だけでも…生きて…がく…」

「神さま…神さまーっ!?」



……

その後、速く開いたお店に食料を譲ってもらうとアオ達は裡捨てられた教会にその身を落ち着けると買った食糧に口をつけた。

「おいしぃ…こんなに美味しいものがこの世界にあったなんて…」

「まぁ、ただの黒パンですけどね」

「バカ言えっ!これはどんな天壌の美酒にも勝る…」

「御託は良いんで。いらないんだったら貰いますよ?」

「あ、ごめんなさい…すみません、食べますから奪わないで下さい…」

涙眼になってパンドラは自分のパンを背に隠した。

下界で神の力…アルカナムを封印している彼ら彼女らは一般人と同程度の肉体的キャパシティしか持ち合わせていない。

恩恵(ファルナ)を得た人間の方がよっぽど強力なのだ。

「さて、お腹も膨れたところで、私達の(ホーム)を見つけなきゃね」

「あぁ…あんな路地裏に吹き溜まっていた駄女神にまともな(ホーム)がある訳ない…か」

「なんだとーっ!アオくん、喧嘩売ってる?」

「別に?まぁ、ホームと言われても稼ぎも殆ど無い俺達じゃ立派なホームなんて構えられるはずも無いし…ここで良いんじゃない?」

きょろきょろと、風化しているが雨風は凌げる教会を見てまわすアオ。

「えー、ここ…?」

「お、こんな所に地下室発見。まぁここなら最低限のものをそろえればそれなりに生活できるかな」

「ちょ、ちょっと、アオくんっ!」

数年後、黒髪ロリ巨乳の女神の最初の拠点になる地下の隠し部屋は、しかし今はアオ達のホームとなったのだった。



彼らと出合ったのはいつだっただろうか?

女神(パンドラ)と出会って一年ほどした頃であろうか。

レベルも2に上がり、発展アビリティ【採取】を覚えた頃…アオはまだソロでダンジョンに潜っていた。

場所はダンジョン22層。

この階層になると、ここまで来れる冒険者は全体の半分以下になる。

探索していても広いダンジョン、中々冒険者には出会わないのだが…

ドドドドと道の先から煙を上げながら走ってくる冒険者パーティ。しかもその後ろには巨大な蜂のようなモンスター、デーッドリー・ホーネットが群れを成して追いかけてきている。

ヒューマンが二人、小人族(パルゥム)が一人、エルフが一人の四人PT。

「おおおおおおっ!おいっ!前、前っ!」

小人族の青年が叫ぶ。

「ああ、なんだっ!?今はそれどころじゃねぇっ!気合入れて走れーーーーーっ!」

脇目もふらずに必死に駆けているエルフの青年の怒声が飛ぶ。

「ちげぇっ!このままトレインしていくと、後ろのモンスをアイツに擦り付けちまうっ!」

「「「なんとっ!」」」

他三人の声が重なる。

怪物進呈(パス・パレード)とこの世界で呼ばれる処理しきれないモンスターを他のPTに擦り付ける行為は、生き死にが掛かる現状意外と頻繁に行われていた。

だから、目の前の彼らがモンスターを目の前に居るアオに擦り付けたとしても、しょうがない事だ。しかし…

「総員反転っ!」

PTリーダーだろうか、エルフの青年の掛け声で皆反転する。

「おおおおおおおっ!」

エルフの青年が大盾を構え、地面にしっかりと足を踏みしめ構える。

それに習い他の三人もそれぞれ武器を取った。

「速く逃げてくれっ!時間は稼ぐっ!」

小人族(パルゥム)の少年が言う。

「くるぞぉおおおおおおおっ!」

言っている間にドンッ!と巨大蜂の先鋒を受け止め、力を振り絞って跳ね返す。

そしてその盾を頼りに両端から挟撃し始める。

「何をしているっ!はやくっ!」

とリーダー風のエルフの男が吼える。彼らは必死だった。必死でデッドリー・ホネットを押さえ込んでいる。

しかし、かなり劣勢だ。彼らではこの数を捌ききれないのは明白。

「援護します」

アオは右手にソルを抜き構えると四肢を強化、疾風の如く駆けてデッドリー・ホーネットへの攻撃に加勢した。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「死ぬかと思った…団長…解毒ポーションお願い…」

「はぁ…はぁ…ほれ、呑んでおけ」

と解毒薬をPTメンバーに渡すエルフの男性。

ようやく一息つけたのか、小人族(パルゥム)の青年がアオに近づいて来た。

「すまなかった、助かったよ。本当にありがとう」

「ああ、俺らだけじゃあの数は手に負えなかった…」

「マジで死ぬかと思ったね」

と口々に言う。

「トレインしてきたモンスターを擦り付けようとは思わなかったのか?」

ダンジョンでは日ごろから普通に行われている事だろ?とアオ。

「ん、ああ。それは俺らの矜持が許さなかっただけさ」

とリーダーの青年が言う。

「俺はルイージ、こっちはミィタでフィアットと月光」

と自己紹介をするルイージ。

「アオです」

「む…?うーむ…」

「ちょっと団長」

こっちこっちとミィタが呼ぶ。

すると団長と呼ばれたルイージを含み顔を近づけまるで円陣の様に互いの肩を抱いてヒソヒソと話し合っていた。

「彼ってもしかして…」

「名前も一致しているし…」

「あんまり良く覚えてないが、あの人の杖ってあんな形じゃなかったか?」

「「「うーん…」」」

「まぁ聞いてみるか」

「だが、何て聞く?」

「直球でいいのでは無いか?」

「いや、だが…ここは遠回りに…」

と話し込むこと数分、どうやら纏まったようでルイージが問いかけてきた。

「アオ、君はSAOを知っているか?」

「エス、エー、オー…?何かの頭文字ですか?」

と言うアオの答えに再び円陣を組む。

「おい、知らないらしいぞ」

「別人かっ!?」

「だが、この世界ではパスパレードとは言っても間違ってもトレインとは言わないよな?」

「電車なんてねーもんな」

「「「「うーむ…」」」」

再び話し込むともう一度ルイージからアオへ質問が。

「君は転生者、だろうか?」

「「「直球っ!?」」」

転生者と言う言葉にアオの眼がスッと狭められる。

アオは警戒を強めた。

過去の経験から転生者と関わってもいい事が無かった事の方が多かったからだ。

すっとぼけても良かったが、強化したアオの聴力では彼らの会話は筒抜けで、アオ自身も彼らの素性をおぼろげながら中りをつけていた所に先ほどの質問。

確定だった。

「君達も、だろうか?」

と冷たい声で返したアオの言葉に、しかしルイージ達は破顔する。

「おおっ、やっぱりかっ!」

「久しぶりの同士かっ」

一気に砕けた雰囲気を纏った彼らにアオはあっけに取られ、バシバシと叩かれる肩を痛ませながら脱力する。

「あ、あれ…?何か俺の思っていたのと違う…?」

「お、もしかしてお前さんも複数回目かい?もしかして過去にそれでイヤな目にあった口だな」

とミィタ。

「あ、ああ…」

「まぁ、利己的なヤツだって居るだろうが…まぁ人間それぞれって事だな」

今日はもうあがろうと正規ルートを指差され、階層を登り18階層へと戻る。

18階層は珍しくモンスターが生まれない安全地帯でありアンダーリゾートとも呼ばれる景観の美しい場所だ。

ここはそのモンスターが生まれないと言う条件に、冒険者達が勝手に町まで作っているような場所で、ダンジョンの中で比較的安全にレストが取れる場所でもあった。

「町の方は物価は高いし、内緒話には向かないから、この辺でキャンプしよう」

とルイージ…団長は声を掛けた。

彼らの話を聞いていると、彼らはどうやら二回目の転生らしかった。

前の転生先には魔法などの技術は有ったらしいのだが、素質が無かったのか学ぶ気が無かったのか習得せずに終わったらしい。

「だったら、どうして…こんなダンジョンなんかに潜っているんですか?」

「前世でも俺達が命をベットした経験が無いなんて言ってくれないでくれよ」

とミィタが言う。

「デスゲームと言うジャンルがある。良く小説でゲームの中に取り込まれたりして、ゲーム内の死が現実の死になると言うアレだ」

月光の言葉にコクリとアオが頷く。

「俺達はそう言う事件に巻き込まれて、そしてそこで出会ったんだ」

とフィアットが懐かしそうに言う。

死が隣り合わせのVRMMOの世界で必死に生きもがいてきた、と。

「実際、何度か死を覚悟した事もあったな」

カカッと団長が笑いながら言った。

「で、精一杯生きて…まぁみんな天寿を全うしたんだが…気が付いたらこの世界に生を受けてな。で、この世界にはこんなダンジョンがあるだろ?懐かしさと、未知への探求に火が付いてな?」

「それで、このオラリオに来たんだが…」

そこで劇的な再開、となったそうだ。

「皆さんは皆同じファミリアなんですか?」

基本的に、冒険者は同じファミリアでチームを組む。神様同士の関係も有り他派閥の冒険者は倦厭されるものなのだ。

だが、その答えは意外なものだった。

「いやぁ?」

「皆がそれぞれこのオラリオに来たからな。当然ファミリアはバラバラだ」

とフィアットと団長が答えた。

「大丈夫なんですか?」

「神の神威(いし)なんて知った事かよ。親の喧嘩に子供は関係ないだろ」

まぁ、それは…そうなのだろうが…この世界に人間はそう言う考え方はしないんだろうな…

これは彼らが転生者だからでもあるのだろう。

「ぶっちゃければ主神なんてものはお金を払って恩恵(ファルナ)の更新をしてくれる存在と割り切ったほうが楽だ。彼らの神格(じんかく)なんてほんとまともなヤツの方が少ないぞ?」

ネットの書き込みをみてゲラゲラ笑っている現代人のような存在が大半だ、とミィタが言う。

それでも主神を盛り立てるファミリアにどうしてもなじめないらしい彼らは殆どホームで生活していないらしい。

まぁ、ステイタスの更新は受け持ってもらっているらしいのでダンジョンに潜るのには支障は無いらしいが。

その後は盛大にグチ合戦だ。ダンジョン内であり聞き耳を立てている主神も居ないと出るわ出るわ。

次第に話題は主神(かれら)から現状へと移り、そして自己への不満となっていった。

「せっかく魔法スロットも三つと多い俺達なのによっ!どうして魔導書(グリモワ)ってのはあんなに高けーんだよっ」

とフィアット。

「まぁな、魔法を覚えるのに手っ取り早いのはやはり魔導書(グリモワ)を読む事だろうな。だが、やはり高いが…」

と団長も続ける。

「そうだぜ。せめてホイミみたいな魔法が使えれば、もっと探索も楽になるのになぁ…」

とミィタ。

彼らの人柄が今までの利己的すぎる同輩とは違ったからだろうか、ぽろっとアオは口を滑らした。

「ホイミ?俺使えますよ?」

「「「「なにぃーーーーーーーーっ!!」」」」

異口同音に絶叫。

「ちょ、どう言うことだよっ!」

がたがたと、その小人族の小さい体の何処にそんなパワーがあったのか、両肩をつかまれて揺すられる。

「ちょ、ちょ、ま…分ったから、いう、言うから…!」

「ミィタ」

「あ、わりぃ」

団長にたしなめられようやくアオは開放された。

ゲホゲホと咳をついてのどの調子を整えてから答える。

「一つ前の世界で覚えました」

と。

それから掻い摘んで説明する。

「なるほど、Ⅲか」

「Ⅲだな」

「Ⅲ」

「ああ、Ⅲだ」

とミィタ達。

「Ⅲ?」

「ドラゴンクエストのナンバリングタイトルの三つ目。といっても俺達もそろそろ記憶が怪しいが、まぁ間違いないだろうね」

とミィタが言う。

それからどんな魔法があったかと言うミィタ達の雑談をアオは黙って聞いていた。

メイルシュトロームやメラガイアーなどの超極大魔法の存在を知らなかったアオにも新鮮な話ではあった。

「しかしアオは良いなぁ。ドラクエⅢの魔法が全部使えるのか」

「流石に勇者魔法は覚えてないみたいだがな」

とフィアットと団長。

「俺らもドラクエの魔法が使えたら…」

と言うミィタの呟きにそう言えば、と考えて言葉を洩らす。

「多分、俺が習得している魔法なら魔導書を作れますよ?」

「「「「なにぃーーーーーーーっ!」」」」

本日何度目かの絶叫を戴きました。

そこそこ高評価の賢者のアビリティ、これをもってすれば恐らく他者へ魔法を誘発させる事ができる魔道書の作成も出来るだろう。

「けど、たぶん皆はこの世界の恩恵(ファルナ)の制限…魔法スロットの上限は超えられないと思うけれど…」

「ふむ、つまり三つまでは覚えられる可能性があるのだな」

「まぁ、魔法スロットが三つあるのはエルフを除けば殆ど居ないのだがね」

「あ、俺の魔法スロットは5つ有る」

「「「なんだとっ!!」」」

まさかの団長の裏切り。まぁ彼はこのメンバーの中で唯一のエルフである。元々の魔法的素質のある種族の恩恵に、転生ボーナスと言う事なのだろう。

しばらく団長はボコられていたが、次第にどの魔法を使いたいかの話にシフトしていった。

「まぁ、ベホマは外せないか…」

「そうなると残り二枠だな…」

ミィタとフィアットが言う。

「ザオリクもいざと言う時には必要なのでは無いか?」

と月光。

「俺は一も二もなくイオナズンで」

「この爆裂魔法中毒患者(くぎゅう)がっ!!」

「ぐはっ!!」

どこにそんな力が有るのかミィタのラリアットに団長が沈んだ。

「スクルト、ピオリム、バイキルトなんて言う補助呪文も重要だぞ…後はフバーハやボミオスなんかも」

「くっそ、魔法スロット足りなすぎるだろっ!」

フィアットの発言にミィタが吼えた。

「まぁ、PTを組んでいるのなら分散させるほうが良いかもね」

とアオが言う。

「まて、一番いるのはレムオルではないか?」

「「「「それだっ!!!」」」」

ナニに使うんだ…透明魔法(レムオル)

と言うか一番必要なのは脱出魔法(リレミト)ではなかろうか…

「と言うか、アオよ。しばらく俺達とダンジョンに潜らないか?」

と団長が言う。

「え?」

「まぁ、当然打算もある。君と一緒ならよほどの事がなければダンジョンでの全滅は無いだろうからな。報酬もアオが半分持っていっていい」

PTの稼ぎの半分をアオに差し出してでもダンジョンでの安全を買う。確かに理に適っているが…

「まぁ、俺達の目的はお金を稼いで豪遊するよりも一層でも多く下へ、未知への冒険へ、とね。その目的の為には君の力が要る」

そう団長が言う。

「まぁ、それも理由の全てじゃないぞ。俺達全員の旧友に君と似た人物が居たんだ、だから、な?」

ミィタがニッと笑って見せた。

「君と一緒に居るとまた昔のようにバカが出来そうな気がするし」

とはフィアット。

「こんなヤツらだが、付き合っているとそこそこ楽しいぞ」

そう言ったのは月光だ。

彼らと付き合うのは確かに楽しそうだ。だから…

「俺も探し人が居るからずっとと言う訳にもいかないけど…」

と言って少し間をおいて続ける。

「こんな俺で良かったら、よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げた。

それにみんなはヨロシクーと返す。

「そうだ、アオはハーレムってどう思う?」

「どうって言われても…良く分かりません。と言いますか、複数の女の子と同時に付き合うのは…」

自分にはソラだけで精一杯だったのだ。たしかに男ならハーレムには憧れるが…

「だよなぁ、だが、昔の知り合いでそのハーレムを築いた憎らしいやつがいてだな」

「ど、どうして俺をつねるんです?」

ミィタにつねられてちょっと痛い。

「何、気にするな。その男がちょっと君に似ているだけだ」

フィアットも便乗してきた。

「お、そうだな…アイツは俺達の友であり…そして最大の敵だったな」

「しかり」

と団長と月光も悪乗りする。

「うがーーー、俺は関係ないでしょうっ!」

完全に彼らのおもちゃになりながらも、それでも居心地の悪さは感じなかった。


団長達のレベルを聞けば、どうやら全員先日レベル2に昇格したらしい。その勢いで18層を超えて探索していた所にあのデットリー・ホーネットに襲われて右往左往している内に仲間を呼ばれたらしい。

上級者殺しとも呼ばれるデットリー・ホーネットの厄介な所は、援軍を呼ぶ所だ。

一匹と油断しているといつの間にか大軍に囲まれ全滅しかねない強敵なのだ。

「そう言えば、アオの武器はそれ一本なのか?」

とミィタが聞いたのは腰に佩いた日本刀。ソルだ。

「はい」

防具は今の自分に合うようにソルが局部のみ顕現させている竜鎧。そして日本刀が一振りだ。

「ダンジョンではいつ何が起こるかもわからん。持っている武器が破損したり取り落とす事も有るだろう。サブウェポンは用意したほうがいいな…後で一振り打ってやろうか?」

「ミィタは鍛冶師なの?」

「まぁな。これでも鍛冶系のファミリアに入っているんだぜ?」

工房も一人一施設、【ファミリア】が用意してくれてんだ、とミィタが笑う。

団長達の武器や防具は全部ミィタの作品らしい。

「材料があれば今度頼もうかな」

「おう。とは言っても『鍛冶』の発展アビリティはまだ取れてないんだけどな」

上級鍛冶師(ハイスミス)を名乗る冒険者の殆どが『鍛冶』アビリティを持っているらしい。別に『鍛冶』のアビリティが無くても武器は作れるらしいが、有るのと無いのでは出来上がりに大幅な違いが出てくるそうだ。

「え、じゃあレベルアップで何を取ったの?」

「自分のスキルやアビリティは他人には教えないのが暗黙のルールなんだが…」

「あ、ゴメン…」

そう言ってアオは神妙な顔つきになる。

言えないのか言いたくないのか。

発展アビリティはレベルアップの時に一つ追加するチャンスがあるらしいが、それも絶対ではなく、経験値(エクセリア)の質によっては複数表れる場合と逆に何も現われない事も有り得るらしい。

アオの場合は色々あったが、取り合えず便利そうな『採取』を覚えたのだ。

これは魔石を抜き取る前のモンスターの死骸から剥ぎ取った物に対して灰にならずに手元に残るスキルで、ランクが高いほど高品質で剥ぎ取れるというものらしい。

レアスキルじゃんっ!?とパンドラが唸っていたが、何か彼女にしか分らない苦労が有るらしかった。

アオにしてみればレアスキルならラッキー、程度でしかないが。

「そっか、発展アビリティ…取れなかったんだね…」

「ちげーーーーーっ!?」

魂の奥からの叫びに思わずアオですら耳を塞いだ。

「ちゃんと取ったよっ!レアアビリティ『神秘』。いいかっ、このアビリティがどれほど重要かっ!これは魔法の道具を生み出すのに欠かせないアビリティなんだぞっ!わかる?」

鼻息荒く力説されてしまった。

なるほど、神秘のアビリティで作られる各種マジックアイテムはその効果が高いと聞く。使いこなしランクを上げればものすごいものが作れるのだろう。

「わ、わかったから…そろそろ揺さぶるのを止めてくれないか…」

がくがくと揺らされてそろそろ気持ち悪くなってきた。

「はぁ…はぁ…まぁ分ればいいんだ。鍛冶も当然取れたんだけど、鍛冶よりも優先するべきアビリティだったと言う事なんだ」

「あ、ついでに俺も発展アビリティは『神秘』にした」

と軽く言ってのけたのはフィアットだ。

「え?神秘って結構簡単に取れるの?」

「そんな訳ないよっ、俺達以外じゃオラリオにも五人と居ないレアアビリティだよっ」

ミィタが激昂した。

自然とアオの視線が他の二人に向かった。

「俺は『鼓舞』って言うアビリティが出たな」

「俺は『頑丈』だ」

団長と月光が答え自然と視線がアオに集まる。

「えっと…『採取』だったよ」

まぁ、発展アビリティも偶に効果がはっきりしない物も有る。

団長の鼓舞などは効果も分ってないらしい。

後日、アオの採取の効果を目の当たりにして皆がこのチートヤロウがっ!と吼えたのは違う話。


次の日。

まだ装備、物資とも余裕があるアオ達クランは再度18階層より下へと探索する。

「いやぁ、やっぱり魔法があると楽だわ」

と先頭で敵を受け止めるパーティの壁役(ウォール)である月光が言う。

アオがスカラで防御力を倍加させると昨日は逃げるしかなかった敵の攻撃を一人で受け止め、さらに傷一つすら付かない。

「だなぁ。敏捷に補正が入ると敵が遅い遅い」

ピオリムで敏捷を上げ月光が受け止めた敵を左右からミィタとフィアットが剣技(ソードスキル)が炸裂し、殲滅する。

しかし、とアオは思う。

彼らの技は独特だ。

武器を構え、一瞬の溜め(チャージ)の後、幾つかのバリエーションは有るが、まるで技の型を正確になぞっているような動きをする。

(チャージすると言う行為(せいやく)による威力上昇。また繰り出した技の途中キャンセルも不可能で、またモーションの最後は一瞬必ず硬直する。もろもろのデメリットをあえて盛り込む事で技の威力を跳ね上げているのか)

それはまさしく必殺の攻撃。

彼らは気が付いているのか分らないが、攻撃がヒットし、敵が怯んだ瞬間、彼らの武器は一瞬この世界から質量を消失している。つまり、敵をすり抜けている。

アオが同じ事をやろうとすれば、同じ動きは出来るだろう。しかし、敵に武器を撃ちつけた瞬間、その刃で敵を両断できなければそこで刃は止まってしまうだろう。

(パリング無効攻撃…)

これはモンスターにしてみればたまったものじゃないだろう。どんなに弾こうとしても次の手を阻めないのだから。

(しかも、技の出し方が上手い)

自分の剣技のモーションを熟知しているのか、決して無理はせず、絶妙なタイミングでモンスターに剣技(ソードスキル)を当てていた。

「よし、それではここで俺のイオナズンをお披露目…」

「「「や・め・ろっ!」」」

「ぐっはぁ!?」

団長が奪取で戻って来た三人に突っ込み倒される。

まぁ、こんな狭い通路で爆発魔法を…しかも極大魔法を撃てば通路が塞がる。止められるのも無理は無いか。

あらかた敵を殲滅し終えたかと思ったとき、通路の奥から大きな獅子ノモンスターの姿が見えた。

「げぇ、フレイム・ライガーファングっ!?」

ミィタの絶叫。

フレイムと名前が付くように、あのモンスターはその口から炎を撒き散らし、冒険者達を焼き殺す。

距離が詰まっていれば剣技の方が速く倒す事も出来たのだろうが…現状は距離も15M(メドル)と開き、さらに悪い事に口元から炎が漏れ始めていた。

もういつ炎を撃ち出してもおかしくない状況。

戦慄するクランメンバーの中で、アオを除けばいち早く状況に対処しようと動いたのは月光だ。

ガンッ

彼は騎士盾を地面に付きたてるように構えると静かに詠唱しだす。

昨日覚えた三つの魔法の内の一つだ。

敵を目の前にした彼の胆力は目を見張るもので、(ウォール)としてミィタ達からの信頼が厚いのも頷ける。

「…フバーハっ!」

ゴウッとフレイム・ライガーファングが炎を撃ち出すのと月光が魔法を行使したのはほぼ同時。

しかし、その魔法の効果が月光を、そしてその後ろにいるアオ達を炎のブレスから守り抜く。

フバーハ。

ブレス攻撃を軽減する魔法の護り。さらに持ち前の『頑丈』とスカラの効果で耐久も上がっている。

「おおおおおおおおっ!」

月光の盾がフレイム・ライガーファングの炎を割った。

「くそ、増えてるっ!」

続々と前方からフレイム・ライガーファングが集まり始めていて、有ろう事か一斉に炎を吐き出し始めた。

「心配ないっ、絶対に護りきるっ」

月光が通すものかと吼え、その姿を見て冷静さを取り戻したのか、団長も月光の後ろから詠唱を始める。

「ベギラゴンッ」

極大の電流を伴った火炎魔法が月光の横を掠めるように発射されると、フレイム・ライガーファングの炎とぶつかり、しかし抵抗も許さずに押し切って通路を疾走する。

炎が止み、敵の攻撃が沈黙すると、通路の先には崩れるダンジョン壁以外何ものの存在も無くなっていた。

「大丈夫かっ!」

月光に皆が近づき彼の無事を確認する。

「あーっ…死ぬかと思った…」

アオが回復魔法を掛けようかとするとその手を月光が遮った。

「いい、自分でさせてくれ」

と言った後、彼は自身でベホマを掛ける。

「ふぅ、しかし凄いな。ベホマは」

彼の体表に出来ていた火傷が傷一つ無く完治した。

「ああ、だがやはり魔法は凄い。逆境を跳ね除ける」

とフィアットが言う。

「本当はイオナズンが使いたかったんだがな」

「「「それは止めてください…」」」

三人にとがめられて、ちぇっといじけてみせる団長。

どっと笑いが漏れる。

通路の先は少し広いルームだった。しかしその先は行き止まりの袋小路。

中を確認してもモンスターの気配も冒険者の気配も感じ取れなかった為にここで少し休憩(レスト)を取り今日は帰ろうかと言う事になった。

今更だが、このダンジョンは自己修復機能を備え、モンスターはダンジョンの壁を割るようにして生まれてくる。

「よし、団長。この大きさなら爆発魔法(イオナズン)を使っても埋まる事は無いだろう」

「ここが一番の見せ場だぜっ団長」

ミィタとフィアットが団長を急かす。

「くっ…せっかく覚えたイオナズンがルームの壁を削る位しか役に立たないとか…」

「どう考えても狭い通路はベギラゴンのほうが有用だぜ?」

「ぐっはぁっ!」

ミィタが止めを刺したようだ。

ドドーン。

爆音が響き渡り、爆発魔法が炸裂しルームの壁面を削り取った。

モンスターはダンジョンの壁面から生れ落ちるが、壁面が壊されるとダンジョンはその修復を優先する。

その間はモンスターが生まれてくる事は無く、入り口を注意すれば完全な安全地帯となるのだ。

削り取られた壁面。

足元に散らばる瓦礫の山だが、所々にダンジョンの照明代わりのクリスタルが散らばり、大小さまざまな鉱物が散らばる。

「お、これもしかしてアダマンタイトか?」

と、興奮気味に拾い上げた鉱物を見つめるミィタ。

「マジかっ!?」

「そのようだなっ!」

アダマンタイト。


ダンジョンで採取できるレアメタルで、上層でも採取が確認されているが、やはり深い階層の方が採取確立は高いらしい。なのでこの中層域でも出る事は出るのだろうが…

「まだ有るかも知れん、さがせっ!」

団長の号令で皆で地面をあさり始める。

削り取った量が大量だった為か、そこそこの量を、それもアダマンタイト以外の鉱物も確保できた。

「いやぁ、大量だなぁ」

あまりのうれしさにさらに採掘をと団長がイオナズンをぶちかます事数回。

ミシッ…

ボロリと音を立てて崩れる壁。

「ん?」

覗き込めるほどに開いた穴の先から光が漏れ始めた。

「なんだ、アオ。何か見つけたのか?」

とフィアットが聞いてくる。

ミシミシッ

亀裂が広がると壁面が崩れ落ちた。

「うぉっ!?」

アオは思い切り飛びのいて崩落を免れる。

「大丈夫かっ、アオ」

「ああ、大丈夫ではあるのだけれど…」

ピシリと空気が変わる感覚。

グルルッグラァッ

壁面は崩れ去り、貫通したルームの先にそれはいた。

ルームの壁を貫通させた先に有ったのは水晶の乱立するルーム。

その中央にまるでその部屋の主とばかりに鎮座する一匹の…竜…

「にげ…」

団長がそう宣言した時にはもう遅かった。

グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

ダンジョン内をつんざく咆哮。

耳を押さえ込まないと鼓膜どころか脳みそさえやられてしまいそうな怒声にみな足を止めて耳を覆った。

その衝撃のすさまじさの所為か、一箇所しかないルームの出口が完全に崩落。閉じ込められてしまった。

その竜の全高は7M、全長は15Mほどだろうか。

スゥ…

全身を剣のような水晶に覆われているそのドラゴンが息を吸い込む音が聞こえた。

「やばいっ!」

アオは直感でブレス攻撃だと予測して回避に努めようとするが、団長達へと狙いを定めたその水晶竜は、慈悲も無くその吐息を投げかけた。

「させるかっ!」

すかさず月光が盾を前に出し団長達を守る。

「ソルっ!」

アオはここからでは間に合わないとインターセプトを諦め魔法を二つ行使した。

「スカラ、フバーハッ!」

月光の防御力を底上げし、ブレス攻撃の耐性をつける。

グラアアアアアアッ

「いいっ!?ブレスじゃないっ!?」

攻撃自体はブレスと言って良いだろう。しかし、吐き出されたものは炎などではなく…大量の礫…

「ふんぬぅぅぅぅううううううううっ!」

血管が切れてしまうのではないかと思えるほどに自身の体に力を込めると月光はその大量の礫から団長達を守らんと盾を突き出した。

カンッカンッカンッと、金属が擦れる音が響き渡る。

弾かれる礫の攻撃に焦れたのか、巨竜は一際大きな岩とも呼べるほどの飛礫を吐き出した。

「月光っ、みんなっ!」

アオの目の前でドドンと巨石が撃ち放たれ粉塵が舞う。

「くっ…」

アオは瞳に力を込めるとその目を赤く染め上げた。写輪眼だ。

その巨体には似合わない俊敏さで水晶竜は立ち上がると、その跳躍力も遺憾なく発揮しアオを踏みつけんと迫る。

その攻撃を見切りかわしつつアオは着弾した月光たちへと気に掛けた。

「…バイキルト」

魔法名がアオの耳に届いたかと思われた瞬間、粉塵を掻き分け二つの影が躍り出た。

ミィタとフィアットだ。

それぞれ戦槌とロングソードを走りながら振り上げると水晶竜の足元めがけて振り下ろす。

ガィン、キィン

ミィタの攻撃に水晶竜は足元をグラつかせたが、フィアットの攻撃は全く通じず。

「げぇ、折れたッ!?ちょ、まっ!?」

折れたところに水晶竜の鉤爪が振り下ろされフィアットの情けない声を響かせながらあらん限り回避。

「ベギラゴンッ」

ドンッと振る降ろされた鉤爪に団長の閃光魔法が直撃する。

「助かったっ団長っ!」

武器をロストしたフィアットが命からがら抜け出して距離を取った。

「ぬぅんっ!」

その小さな体の何処にそれだけの力があるのか、小人族(パルゥム)のその矮小な体からは重いもよらない強烈な攻撃を繰り出し、手に持った槌を乱舞。

キュアアアッ

団長のベギラゴンの威力も有り、水晶竜が倒れ伏せる。

ドスンッ

「あんまりベギラゴンは使うなよっ!」

とアオの声がルーム内に響く。

「な、なんでっ!?」

「密室だろうがっ!」

「ああっ!」

ダンジョンの内部はどう言う構造なのか、人間が侵入可能な範囲に環境が整えられている。深く潜ったからと言って重力が増すわけでもなければ空気の密度が変わるわけでもないが、入り口が封鎖されたこの密閉空間内で燃焼させれば当然酸素が失われていくのは自明だ。

その為アオにしても『火遁』や『天照』の使用は選択肢から排除していたのだ。

さらに似たような理由で『風遁』も使えないでいる。密閉空間内で生成した風を解き放てばその膨張がこのルームを崩壊させかねない。

そして、その体表は驚くほど硬く、斬戟武器での相性は悪い。幾度の攻撃にも耐えられず、フィアットのように武器破壊されるだろう。

グララアアアアアッ

水晶竜が小さき人間たちに言いように転ばされた事に怒ったのか、唸り声を上げると再び攻勢にでる。

「どわわわああああっ!」

むちゃくちゃに振るわれる鉤爪にミィタも攻撃を中断し逃げ出した。

纏、練、凝

「おおおおおっ!」

アオは右手にオーラを集めると振り下ろされた鉤爪をかわし、その腹部を殴りつけた。

ドンッ

衝撃が水晶竜の腹部を突き抜けると、もがくようにまるで胃の中を吐しゃするように撒き散らす。

「ばかばかばかっ!!」

「なんて事しやがるっ」

「アオのバカー」

「ご、ごめーん」

撒き散らされるのは大量の礫。

いったいあの竜の何処に入っていたのかと言う位にルームを埋め尽くす礫の量に他の皆が逃げ惑う。

「誰か、あいつの口を閉じさせろっ!」

とミィタが叫ぶ。

「だが、どうやってっ」

月光が大盾でミィタ達を庇いながらぼやく。

「そうだ、少し時間を稼いでくれよっ」

「フィアット、何か思いついたのか?」

「ああ、ちょっと時間がかかるが…」

団長がフィアットの声を聞き思案する。

「よし、皆フィアットに敵のヘイトを向けさせるなよっ!」

と団長の指示が飛ぶ。

アオを特に警戒してか、アオの接近にいち早く対応する水晶竜。

さらに団長と月光も敵の周りをうろつき挑発。

しかしアオが懐にもぐりこむ前にその巨体には似合わない敏捷さで尻尾を振りぬき攻撃してくる。

「効くかわからないが…ルカニ」

耐久を下げる魔法を使い敵の硬質を下げる事に成功。

「よい、しょぉっ!」

そこにすかさずミィタの槌が振り下ろされる。

ギュゥアアアアアッ!!!

クリティカルとでも言うのだろうか。

しかしダメージに怒り、水晶竜の中で力が爆発的に高まった。

キュオオオオオオッ!

気合の咆哮とでも言おうか。その鳴き声と共に振り下ろされた巨腕はしかし、アオの姿を捉えられず、空を切る。

しかし、それはアオへの攻撃ではなかったらしい。

地面に深々と突き刺さった右腕。

そして右手から力が解放される。

ゴゴゴゴゴッと揺れ動く地面。そして…

「なっ!!」

アオの驚愕のその先で、地面から幾つもの(パイル)が乱立した。

「ミィタ、団長、みんなーっ!!」

しかし、アオの視界は乱立する杭に塞がれて彼らの安否を確認できない。

乱立する杭がひと段落した頃に土煙を裂く人影。

竜化魔法(ドラゴラム)ッ!」

砂塵に映るその影が歪んだかと思うと大きさを増し、さらに見上げるほどに変化。

すると砂塵の中からもう一匹の巨竜が現われた。

昨日の内にいくつか覚えさせた魔法の中でフィアットが選んだ魔法。それがドラゴラム。


グラアアアアアアアアアアッ!

巨竜は水晶竜へと肉薄するとその牙を突き立てる。

ルカニで耐久を下げた水晶竜にその牙は深々と刺さり水晶竜はもがきあがいていたが、巨竜は離すものかと食い下がる。

そしてついに噛み千切り、ルームに鮮血が舞った。

しかし、水晶竜は再び右手を地面に突き刺すと、今度は今までに無いくらい巨大な(パイル)が突き出して巨竜を打ち上げ、ルームの天井で押しつぶした。

グルァ…

巨竜はひと声鳴くとポワンとその身を人の身へと変じ、吹き飛ばされた勢いで杭に挟まる事無くルームの地面へと落下していくその姿はフィアットのものだった。

キレた水晶竜が眼前の落下するフィアットへとその鉤爪を振るう。

「させないっ!」

今、この時、完全に水晶竜の意識はフィアットへと向いていて、アオへの注視を忘れていた。

だからこそ、アオは慌てずに必殺の手段を講じる。

アオの隠しておきたかったとっておき。

しかし、その顕現は最小。

グルグルと写輪眼が回転し、万華鏡の様に変化。

その身を肋骨が包み込み、右腕のみが現われる。その右手の先にひょうたんが現われ、それを振ると中から長大な剣が現われた。

十拳剣。

周りは(パイル)が乱立し彼らの視界を塞いでいる。

「おおおおおっ!」

キュルウウ…

気合と共に振りぬいた刀身は振り上げたソルに同調するように動くと、フィアットがつけた傷をなぞりその巨大な首を両断する。

ドドーン…

首が落とされ、時間を置いてその巨体も地面に倒れた。

先立って、水晶竜が屹立させた杭が灰と共に消え去り、ルームにはミィタ達とアオ、そして動かない水晶竜だけが残った。

ヒュッとソルを振り鞘に戻すと皆の方へと振り返るアオ。

「みんな、無事?」

アオが地面に横たわっている彼らに問いかけた。

「おー、なんとかな…」

月光が返す。

「無事な訳あるかっ!きっちり死んどいて、どの口が言うカッ!」

団長が呆れたような、それでいてほっとしたような口で言う。

「えっと…?」

「いやぁ、最後の(パイル)の攻撃な、中々鋭くて…団長を護るので精一杯だったんだ」

たははと笑うミィタ。

どうやらあの混乱の中、致命打になる一撃をその身を呈して二人が防いだらしい。

で、団長が蘇生魔法(ザオリク)で生き返らせた、と。

「ザオリクが効いてよかったな…実際人間に使った事なかったから…」

とアオ。

「あれは蘇生と言うより復元に近い。それも多分時間制限があるだろう…魂が完全に天に昇ってしまっては戻せるかも分らん」

と使ってみた感想を述べる団長。

「まぁ、生きてるから良いじゃん」

とフィアットがあっけらかんと言ってのけた。

「だから、死んでたんだっつーのっ!」

「そう言えば脱出呪文(リレミト)は使えたんじゃね」

「「「あ…」」」

締まらない。


さて、油断と失念と反省を多く残した水晶竜戦。

「まぁ、せっかくだし解体しますか。魔石取り出さないと」

「ドロップアイテム出ると良いんだけどなぁ」

と言って魔石を繰り抜こうとするミィタを大声で止めるアオ。

「ちょっとまったっ!」

「何?」

「何もったいない事しているかっ!」

「は?」

ミィタから解体用のナイフを借り受けたアオは水晶竜を解体し始める。

『採取』の効果で剥ぎ取ったモンスターの肉体は灰にならずに解体されていく。

「これまで何回も思ったが…」

「ああ…」

「これだけは言わせて貰わないとな」

「うむ」

「「「「チート自重しろっ」」」」

クランの絶叫がルーム内に響き渡った。

あらかた解体し終えると、今度は運び出すのも面倒くさいと今度こそ脱出呪文(リレミト)でダンジョンを脱出し、短くも濃い迷宮探索を終えたのだった。


ミィタ達と共に地上に戻ると、いつの間にか裡捨てられた教会、つまりパンドラファミリアのホームであるはずのその場所が団長達のクランのたまり場になってしまっていた。

「ちょっと、ここは曲がりなりにも他派閥のファミリアのホームなんだぞっ!」

とピンクのツインテールを揺らして怒る女神様(パンドラ)

「まあまあ、いいじゃないですか。この通り貢物(おさけ)もほら、この通り」

団長がそう言うと、彼の隣に芳醇なワインの香りを匂わせる樽が運び込まれていた。

先立って換金した水晶竜の魔石が中々の金額になったので、にわか金持ちになっていたのだ。

ついでに解体した水晶竜のアイテムなんかは保存場所が見つからないとこの教会に運び込んでいる。

「む、そんなもので買収しようなんて…む、無駄なんだからね?」

「まぁまず一献」

とミィタが駄女神(パンドラ)にワインを勧める。

芳醇な香りにパンドラは逆らえず…一口、もう一口と開けていくうちに相当出来上がってしまったらしい。

ケラケラと笑う駄女神。

その上で精神はむしろ神様達に近い転生者である彼らと意気投合。いつの間にかこの寂れた教会がクランのたまり場所となりましたとさ。

さて、あの討伐した水晶竜。

希少モンスターである事は間違いなく、現段階で目撃例は皆無の新種のモンスターであったようだ。

長い間あんな出入り口も無い空間に存在していた為か、長い時間をかけて回りの鉱物や水晶なんかを取り込み消化と言う名前の精製を繰り返していたらしく、彼の巣とも言えるあのルームで糞と思わしき鉱物でさえ未知の鉱石であるのに、さらにアオの『採取』により体内から取り出された鉱石は、今のミィタでは叩けど熱せど形すら変えれないほどの純度と硬度を持っていた。

さらに剥ぎ取った鱗のような水晶や爪や牙なんかを売り払えば一生遊んで暮らせるほどだろう。

まぁ、せっかく貴重なアイテムをみすみす売りさばくなんて事はなく、未来への投資となったわけだが…それらも今のミィタでは手に余るらしくほぼ死蔵されている。

急務はまずはレベルを上げること。ミィタに『鍛冶』のアビリティを取ってもらわなければ宝の持ちくだされも良い所だった。

彼らとの一歩間違えば死ぬような冒険を繰り返しつつ…いや、何度か実際ミィタ達は死んでしまっているのだが、ザオリクで生き返らせつつ経験値(エクセリア)を溜める事一年。

ようやくミィタがLv.3に上がり『鍛冶』の発展アビリティを覚えた事で冒険が加速する事になる。

ミィタの発展アビリティの『神秘』と『鍛冶』それと発現したスキル『閃き』によって何となく素材があれば望むものが作られるようになったのだ。

『閃き』の効果は作りたい物に必要なもの、必要な手順が何となく分ると言うもの。

散々アオの事をチートだと言っていたが、アオはこの時ばかりはお返しをしてやったくらいだ。

団長達にしても呆れるものを作り出すくらいだ。

彼らは今オラリオの郊外へと来ていた。

「いつかはヤルと思っていたが…」

「ああ、ここまでとはな…」

「ミィタの執念…恐るべし…」

アオの手にあるのは青地に金の装飾を施された鞘、抜き放たれているのは一目に荘厳と人の目を奪うほどに美しい騎士剣。

約束された勝利の剣弐式…エクスカリバーⅡ…

魔力を込め振り下ろされた一撃は丘を切り崩した。

水晶竜の体内から出てきた未知の鉱石を、水晶竜の硬い堅殻で鍛造した渾身の武器だ。

魔剣と言う物がある。

振れば魔法と同じような効果が撃ちだせる、回(・)数(・)制(・)限(・)つきの強力な剣の総称。

誰が使っても…例え魔力の無い人物が使ったとしても同じ効果が得られるそれは、しかしその使用は永遠ではなく、込められた魔力が尽きれば崩れ去る。

だが、このエクスカリバーは違う。

込める魔力は自分のものである為に使用に制限などなく、言うなれば…

「まさか宝具を作ってしまうとはね…」

と団長が呆れていた。

「そのセリフは何度目だ?」

そう月光が言う。

「ミィタ、自重し…いや、俺らに自重は似合わないなっ」

はっはっはと笑うフィアット。

偶にアオが一人で深層に赴いてかき集めてきた素材も使い、今までも魔剣を越える効果を発揮するものをミィタは幾つか発明している。

「しかし、なんでⅡ?」

彼らの銘銘基準に疑問を持ったアオた問う。

「レプリカ、だからな。これは」

と、ミィタが言う。

「なるほど」

チャリ、とアオ自身の腰に吊るされた大太刀、贄殿遮那弐式を掴んでしみじみと撫でる。

この武器はアオにとっての初期の魔法杖のようなものなのだろう。

創作物に憧れ、そして作り出した。そういった武器なのだ。

「で、誰が使うんだ」

とアオが言う。

「そりゃあ…」

「なぁ…」

「うん」「そうだな」

「?」

クランメンバーの要を得ない答えに疑問を浮かべるアオ。

「これは鎧とセットだ。あの鎧に相応しい女性(・・)剣士じゃなければ譲れない」

と言うミィタの言葉に然りと頷くメンバー。

「…あー、そう言うこと」

彼らの拘りだろう。分らんでもない、とアオ。

「しばらくはお蔵入りだな。俺としては獅子の聖闘衣をアオに来てもらいたいのだが…」

「きないっ!」

なぜか彼らはアオに金に輝く獅子の鎧を着せたがるのだが…なぜだろうか。アオにはさっぱり分らなかった。

「まぁ、もう少し育ってからだな」

10にも満たないアオの体をみてミィタが嘆息した。

「さすがに宝具はどれも強力だな」

そう月光が言う。

「穿ては必ず心臓(ませき)を捉えるゲイ・ボルグⅡ、不治の呪いをつけるゲイ・ボウⅡ、魔法効果を打ち消すゲイ・ジャルグⅡの3槍はもとより、エクスカリバーⅡなんかはもうチートもいい所だ」

「黒天洞とか趣味に走ったのもあるがな」

「いや、それはあれだ…使えない宝具ナンバー1だからと言ってもちゃんと水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)と言ってやろうな?」

「だが、それを作る為にパクって来た殺生石…うぅ…しばらくアノ界隈には近づかないでおこう…」

何処から調達してきたんだよ…何気に物騒な物らしいし…

「だが一番やばいのは…」

と団長が神妙な顔つきになる。

「ああ、これだ」

とミィタの手に現われたのはおかしく折れ曲がり実用性が見出せない儀式用の短剣。

「それは?」

「ルールブレイカー。効果は魔術契約の破棄」

「うっわ…」

アオも押し黙る。

効果がその通りならばそれは冒険者殺しとなりえる。

「…ふむ、これはアオが持っていてくれ」

「そんな物騒な物いるかっ!」

「だが、それが一番安全じゃないか?下手に隠すよりもね」

とフィアットも言う。

「うーむ…っておい、押し付けるなよ」

アオのその手に手渡されまわりの団員は皆自分の手を後ろ手に隠してしまった。

「子供かっ!」

と言ってもまるで無視。

仕方が無いのでアオは腰に下げた道具袋にしまい込む。

どう見ても短剣をそのまま入れれば袋が切れてしまいそうだが、むしろ袋が膨れたような形跡すらない。

「やはり便利だな、この『どうぐぶくろ』は」

アオの言うこの道具袋はあの水晶竜の胃袋をアビリティ『神秘』とフィアットが習得した『裁縫』のスキルで仕立て上げたもので、所謂本物の魔法の袋だ。

あの水晶竜の口から吐き出されていた大量の礫はこうして異空間に収納されていたらしい。

最大内包重量は確かにあるがサポーターのような荷物持ちが必要無くなるのは探索には凄い優位である。

探索や資金は潤沢になったオアであるが、その一方でとある問題をさっぱり忘れていた。

そう、パンドラである。

「あー、ひまー…なんで女神の私が一人でこんなぼろっちぃホームなのか雑貨屋なのか分らない所でお留守番(みせばん)なんて…」

裏通りの奥深く。冒険者も寄り付かないような寂れた所にクランの店が構えてあった。

「と言うか、私のファミリアが未だにアオ一人なのがいけないのよね。しかも自分のファミリアじゃない子達が大勢で押し寄せるし…」

お金はたまってきたので廃教会からは脱出していたのだが、お世辞にも豪勢とは言いがたい。アオも忘れているのか余りホームにお金をかけていなかった。

表向きは雑貨屋だが、商品は殆ど置いてない。裏手の倉庫に無造作に武器や消耗品が置いてあるが、全く売る気が無いのが現状だ。

チリンチリンと店のドアが開く。

「アオくん、おかえりー…ん?」

視線を向けるが期待した視線の先は虚空に素通り。

視線を下げれば年若く見える小人族の青年が見えた。

「えっと、いらっしゃいませ?」

「おじゃまするよ。神自ら店番とは恐れ入る。ここはいったい何屋なのですか?」

小人族(パルゥム)の青年が問いかけた。

「何屋…難しい問題だね…」

「見たところ雑貨屋のようですが」

「雑貨…なのかな…?」

コトリと青年が近く似合った小瓶に手を掛けた。

「六千万ヴァリス…?魔法薬のようですが…効果は…?」

ラベルにはレムオルとだけ書いてあった。

「えっと確か…透明になれる薬、だったかな?」

「透明に…確かに透明になれるのならばこの値段も…」

「あ、値段に突っ込みを入れても無駄だよ。ここに有る商品なんて売る気の無い値段で置いて有るものばかりだからね」

そう言われて見渡せば、確かに全ての武器、薬ともゼロが一級品よりもさらに二、三個多くつけられていて、魔法薬に関しては効果すら書いていない。ただ商品名が書いて有るだけだった。

「これは何ですか?」

「え?えっと、歯ブラシかしらね。そしてその隣が歯磨き粉」

「ふむ、歯を磨く道具とその薬ですか。面白い」

青年の視線が再び辺りをさぐる。

「これは…?羊皮紙…じゃ…ない?でも…」

「それは紙と言うそうよ。うちじゃもっぱら羊皮紙の代わりに使ってるわね」

「紙…ですか…」

「原料はなんと木らしいわよ?同じ原料から作られるものの中での至高はこのトイレットペーパーとティッシュペーパーかしら」

「トイレ?ようを足すときに使うのですか?いい香りもしますね」

「そうよ。全く、これを一度使うともう元の生活には戻れないわよ?」

それから幾つ物生活用具が陳列されているのを眺める青年。

「これらが大量生産出来るなら、大金持ちになれるのではないですか?ファミリア的に」

「そうなのよ…でも誰も面倒がってやらないわ。自分の生活を豊かに便利にする労力には惜しまないのにね?今日も皆でダンジョンに潜っているわ」

はぁとため息をつくパンドラ。

タオルや鉛筆などの小物類。大きいものでは魔導式洗濯機や乾燥機なども売っていた。

「でね?ここに陳列されているのは売ると言うよりもこの商品を見た誰かに作ってもらいたいからなのよ」

作るのも面倒と言う事ね。本当ひねくれているわ、と。

さらに見渡せば『女性以外売買不可、面接有り』と下げられている鎧と武器の一式なども目に入る。

「…本当にユニークなお店ですね…」

そして青年の目に留まったのは長短一式の赤と黄色の二振りの槍。

「この槍は…?」

「それ…えーっと確か…」

そう言ってパンドラは酒の席で聞いていた話を思い出す。

「これは魔剣…なのですか?」

どうやら青年はその槍に内包される神秘を感じ取ったらしい。

「それは宝具と言うそうよ」

「宝具?」

「魔力を吸って神秘を起こす。英雄を英雄たらしめる、伝承のままの武器…なのだそうよ」

「伝承とは?」

「彼らの言っている事は訳分らないんだよね。この世界の英雄にはそんな英雄譚などありはしない、と言っているのに」

「では空想の産物、と言う事ですか?」

「彼らは(ロマン)だ、と言っていたかしら。なんと言うか…彼ら、私達神様の生まれ変わりじゃないのかと思うくらい、精神性が(こっち)に似てるから…」

理解のしようが無いわよ、と。

「その槍も勝手に妄想(せってい)を付けていたわね。確か…えっと…」

と思い出そうと眉間を押さえると、思い出したようだ。

「確か、フィオナ騎士団のディルムット・オディナが持っていた魔槍だとかなんだとか…」

「おおぉ…なんて事…」

なにやら感動している青年をよそにパンドラは続けた。

「えっと、あそこのモラルタとベカルタも彼の武器だそうよ」

と言って二本の剣を指差した。

「えぇっと確か、それと関わりが深いのがあの槍」

つぃっとパンドラが指差した先にある一振りの魔槍。

「それは?」

「無敗の紫靫草・マク・ア・ルイン」

「どんな謂れが有るのでしょうか」

「えっとちょっと待って、思い出すから…」

青年は催促するでもなくうーんうーんと唸る女神を静かに待った。

「フィオナ騎士団長、ディムナ・マックールの槍…らしいわ」

「ディムナ?」

「あれ?違ったかしら…フィン・マックールだったかもしれないわ」

「フィン…性能はいかなものだろうか」

「えっと…不壊属性(デュランダル)、自動修復、自動攻撃機能、精神干渉無効…後は…真名開放による必殺攻撃」

「真名開放…?」

「英雄を英雄足らしめる攻撃らしいわよ?魔剣みたいなものね。えっと確かこの武器は対軍宝具だと言っていたわ」

対軍…と青年は口の中で呟く。

聡明な青年の頭の中で、製作者の意図を読み取った。

対人、対軍、あとは…対城なんてものも有るのだろうか…

値段を見る。

本当に売る気が無いのだろう。ヘファイストスやゴブニュの店でも見た事の無い値段が付けられていた。

かの店の一級品よりもさらにゼロが二つほど多いだろうか。

「そちら二槍は?」

青年の心は決まっていたが、赤と黄色の槍の効果も聞いてみた。

「不壊属性、自動修復機能は共通。ゲイ・ジャルグが魔術的防御の無効化、ゲイ・ボウが決して癒えない傷を負わせる。神様的に言えばスリップダメージね。そして両方ともパッシブ…あー…常時展開型の能力らしいわ」

と言うか、スリップダメージとかパッシブとかが普通に通じるうちの子達ってどうなの?とパンドラはブツブツ言っていた。

「では、無敗の紫靫草マク・ア・ルインを戴けるだろうか」

「え、買うの?とても買える金額じゃないと思うけど?うちはローン…借金払いは受け付けてないよ?」

いつもニコニコ現金払いで、とパンドラが言う。

「いえ、一括で。後でお金を運び込ませますね」

「あ、本当…」

買える財力が有る青年にも驚きだが、こんな胡散臭い武器を買う彼にも驚かされた。

「あなた、名前は?」

値段は付いていたので。売れないとは言えず、パンドラは最後に彼に質問した。

「これは申し遅れました。【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナと申します。以後お見知りおきを。神パンドラ」

「…え?」

「これにはこちらもびっくりしている。この武器はまさしく僕の為に作られた武器だ」

そう言って金髪の小人族の青年は言ってのけた。


「え、売れた?」

ダンジョンから帰ってきたアオ達がパンドラから受けた報告。そして間抜けな回答。

「マジで?」

「マジです…」

店の奥には大量のヴァリスが袋に入って置かれている。

「いったい、どんなヤツが買っていったんだ?」

と団長が皆を代表してパンドラに問いかけた。

「【ロキ・ファミリア】団長。フィン・ディムナって言っていたわ」

神の前で嘘は吐けない。パンドラが言っているのなら本当なのだろう。

「なるほど…」

「フィンがあの槍を…」

「運命と言うものは有るのかもしれないな…」

「フィンなら仕方ない…か」

とミィタが、月光が、フィアットが口々に言った。

【ロキ・ファミリア】はここ十年ほどで頭角を出してきたファミリアで、事実上このオラリオのトップツーに入るファミリアでその団長ともなれば冒険者なら誰でも知っている。

「ま、まぁいいじゃないっ!それにせっかく大金が手に入ったんだし…ぐっふっふ、ようやく私も下界を満喫できるってものよねっ!」

「残念、ボッシュートです」

「えええええっ!?」

パンドラが盛大に大声を出して驚愕。

「な、なんでっ!?どうしてっ!?いいじゃん、こんなにお金が有るんだからさっ」

「クランのホームの建造資金に当てる」

と言ったのはミィタだ。

「ホーム…作るの?ま、まあ?こんなぼろっちぃ裏路地からもそろそろ脱却したかったし?それは良いけど…」

それで、とパンドラ。

「何処に作るの?確かにこのオラリオってファミリアのホームを作れる位の規模の土地ってあまり余ってないものね」

その分値段が張るのはしょうがない。とパンドラは納得する。しかし…

「で、何処に立てるの?」

と言うパンドラの言葉にミィタがジェスチャーで返す。

「は?」

驚くパンドラの視線の先。ミィタは右手を真上に指していた。


流石にホームの建築となるとミィタ達だけでは回らない。

資金が潤沢になった事もあり、クランメンバーがそれぞれ気の合う職人達を冒険者、無所属と垣根を越えて声を掛け、ボロいクランホームの裏口から中に入ると二回へ続く階段を上って行く。

その薄暗い階段。幾段有るのだろうか。しかし何かの魔法陣を踏んだ瞬間、彼らの体は一瞬で転移。明るい日差しと水の流れる音が木霊する広い草原を思わせる地面へと降り立つ。

しかし稜線は蒼に染まり、眼下には白い雲がしかれていた。

「も、もしかして…浮いているの…?ここ」

とパンドラが言う。

「深層枠のギルド未踏破階層で大きな浮遊石を見つけてね。その時にこの構想をミィタ達は思いついたんだって」

そうアオが言う。

「で、でもでも。大きなもなんでしょ?どうやって運んだのよっ!と言うか未踏破領域っ!?もしかしてギルドのダンジョンレコード更新しているっ!?」

「『どうぐぶくろ』って便利だわ。多少大きなものも持ち出せるし、小分けにしてみんなで持ち帰り、それを何回か繰り返してくっつけた。あとこのクランの目的は未知への挑戦なんだから、誰よりも下へ行くのは当たり前でしょ?」

「でもでも。それでも強豪のファミリアが何年、何十年と掛けて一層ずつ増やしていってまだ60階層に届いてないんだよ?」

何層まで行ったの?とパンドラは言う。

しかしアオはそれには答えずに遠い目をして答えた。

「団長達ってかなりのゲーマーだったらしいね。初見であっても既知の事象と照らし合わせて…後は乗りと勢いで?」

なんかワーっと攻略して行っているらしい。

「ゲームの基本は死に覚えだけど…」

蘇生呪文(ザオリク)脱出呪文(リレミト)が有るのが強いと彼らは笑って言っていたと。

「と言うか、人間の想像力は現実を上回ると言う事だろうね…」

団長達は、『ああ、あったあったこう言うの』とか言って攻略を重ねて行っていた。

さらにそこに宝具が加わるのだ。マジで強敵にぶち当たったらゲイ・ボルグ頼みの一撃必殺と言う。まさに必殺を携えての攻略はよほどの事がない限り全滅は無い。

ダンジョンの厭らしい罠などにはまってもリレミトで窮地を脱したりもしていた。

そうやって攻略し、ダンジョンを巡り、ホームの建造に使えそうな物を持ち帰り少しずつ溜め込んでいたのだ。

そしてついにミィタの『閃き』のスキルで建造できると確信が取れた頃、丁度良く大金が転がり込んできたと言う事なのだ。

トンテンカン、トンテンカン

槌を振る音、木を石を削る音、様々な音が混沌と奏でられている。

この浮島は夜だというのにダンジョンで見つけてきた蓄光水晶のお陰でいつも明るい。

そこで団長達が連れてきた職人達がファミリアや職人の垣根を越えて笑いあい、また怒声をぶつけ合わせながら作業をしていた。

そんな光景をここ数日パンドラは眩しそうに眺めていた。

「なんじゃ、こいつは」

「なるほど、こう言う事だったのね」

その声で振り返るとパンドラの後ろに眼帯に紅い髪の女神と、ドワーフでは無いかと思ってしまう体格の男神が通路を抜け出てきた所だった。

「ゴブニュ、ヘファイストス?どうしてここに?」

とパンドラが問いかける。

「どうしたもこうしたも無いわい」

「ここ数日、自分の子供の幾人かの様子がおかしかったから。どうしても気になって」

後を着けさせてもらったわ、とヘファイストス。

「まさかうちに子供らとヘファイストスの子供らが一緒になんてなぁ…」

そうゴブニュも言う。

「あなたの所のファミリアのホームを作っているのかしら?でも、あなたの所ってまだ一人じゃなかったかしら?」

「うん。私の子供はまだ一人。でもね?ここは私達のクランのホームなのよ」

「あ、こらっ!ミィタっ!」

「げぇっ!主神(ゴブニュ)っ!!」

ミィタが自分の主神に見つかってバツが悪くなり逃げ惑う。

どっと周りに笑い声が広がった。

逃げ惑った先でとっ捕まり、しかして一緒に作業をし始めるゴブニュ。

「楽しそうだね。人も、神も」

「そうね。私も…きっと、こう言う瞬間を感じたくて下界におりてきていたんだわ」

そう言うとヘファイストスもその輪の中へと入っていった。

「鍛冶神二人がまるで子供の様にはしゃいじゃってもう…」

やれやれとため息をついたパンドラはお茶の用意を始めるのだった。

きっとみんな時間も忘れて作業をしているはずだから。

日に日に皆のテンションが上り続け、さらに気がつけばヘファイストスやゴブニュを始めとした鍛冶ファミリアの団員が大勢で押し寄せた事で工事がはかどり、また施設や調度品を任せられた事によりミィタやフィアットは『神秘』が必要な所へと周れたお陰で工期は大幅に短縮され、初期の見通しよりもかなり…いや、断然と早く二つの宝具が完成された。

「まさか俺達の手でこれを作り出せる日が来るとはな…」

「ああ…」

「バカもここまで極めればってな」

団長達が口々に呟いて完成された二つの宝具を眺める。

「で、名前は決まっているの?」

と言うパンドラにダッと振り返る四人の視線。

「もう、これしかないと開発段階から決めていたが…」

「うん、もうそれでいいと思う」

「間違ってもラピュタとか言うなよ?」

「言わんよ」

するとタイミングを合わせるように四人一斉に声を発した。

天道宮(てんどうきゅう)Ⅱ、星黎殿(せいれいでん)

と。

日の光差す天道宮。星空を映し出す星黎殿。

二つで1セットの彼らの渾身の宝具だ。

だが、多くの人や神をも巻き込んで完成されたこの宝具(ホーム)を巡ってひと悶着が起きる事になる。

まずギルド。

税金などの徴収を、オラリオの地を踏んでいないと突っぱねる。

次にクランの存在。

【ファミリア】の枠に囚われない彼らのような集団の扱いが問題になった。

(おや)の喧嘩に子供(ファミリア)を巻き込むなよ。この世界に来るに当たってアルカナム(神の力)を封印したあなた達の事は尊敬するが、俺達は神が自由に出来る存在(もの)じゃない。それぞれに意思が有る。押さえつけられれば反発もするさ」

と、誰かが言った。

そして話し合いは平行線。

さらにそこにこのオラリオの頂点を自他に認められる神フレイアの思惑まで絡んできた。

曰く、天道宮と星黎殿をくれないか、と。

美神(アレ)はヤバイ…赤原礼装(これ)が無ければ堕ちてたは…」

そうアオですら恐れをなす存在に目を付けられてしまった。

フレイヤは強力な魅了(チャーム)の力を持つという。その力はアルカナムとは関係の無いものらしく、下界での使用に制限されない。

フレイヤに会うにいたってミィタに押し付けられたのだが…

赤原礼装は外界からの干渉を防ぐ。これによりギリギリ理性を保てたほどだ。

しかし、体が成長しきっていないのを良い事に明らかにヘソが出てたりしているのだが…

まぁいい。

そうやってつっぱね続けた結果、そちらがそうならこちらもと、フレイヤの号令でファミリアの垣根を越えての戦争遊戯(ウォーゲーム)へと話が巨大化していった。

史上初。

同嗜好集団(クラン)VS混合冒険者(クラン)

試合形式は対軍戦。戦場はオラリオ近くの草原。

フレイヤ達には拠点である城まで与えられた。

誰が見てもワンサイドゲーム。

形式を考え、戦闘による死を許容する、と言うルールも追加された。

勝利条件は大将の戦闘不能。


【ロキ・ファミリア】内で一人の青年、フィンが主神であるロキに提言する。

「ロキ、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の参加はひかえよう」

「どうしたん?確かに寄って(たか)って少人数をボコるのは趣味に反するけどな。けどしゃーないやん?こっちにもメンツってもんがある」

「そうではない」

とフィンが鎮痛な面持ちでロキに言う。

「この戦争遊戯(ウォーゲーム)、負けるよ」

「は?なに言うてんの?」

彼我の戦力差は比を見るより明らかである。

万に一つも対戦相手に勝ち目は無い。誰もがそう思っている。

「となれば、彼らが言っている条件を我々は呑まなければならない。負けた方はオラリオからの永久追放。これでは僕の目的は叶わない」

「フィンにしてはえらい弱気な発言やな。こちらは二千、相手はたったの五人やで?」

負けるはず無いとロキは言う。

「分ったよ、ロキ。それでもあなたが考えを変えないと言うのなら。僕はこのファミリアを抜ける」

まだオラリオを去るわけには行かない、とフィンが言う。

「なっ!?正気か、フィン。ウチの事を裏切るんか?」

「裏切るんじゃないよ、ロキ。今回の勝負は分が悪いと言っているんだ」

フィンの断言にロキが唸る。

「…わかった。今回ウチのファミリアはこの戦争遊戯(ウォーゲーム)を辞退する」

「英断、感謝するよ。ロキ」

「せやけど、もしフィンの言う事が外れたら、これからはフィンがウチにお酒を毎晩一本ずつおごるんやで?」

「くすくす、了解したよ」

そう、ロキ・ファミリア内での密談は終わる。

こうしてフィンは破滅の道を回避する事に成功したのだった。
 

 

外伝 ダンまち編 その2

そしてゲーム当日。

神様達はオラリオの神さまのみが通されるバベルの30階へと集まり、今か今かと戦争遊戯の開始を待っていた。

この時ばかりは神の地上でのアルカナム禁止の一部制限が解除され、遠視のモニターを操り戦争遊戯を観戦することが許される。

この力はオラリオの街全体へと行き渡り、その住民の全てが観賞する権利が与えられる。

本来はお祭り騒ぎに発展するような催しも、今回の規模ではいまいち盛り上がらない。

だが…

「なんや、ファーイたんとことゴブニュんとこも不参加かいな」

「ああ、ロキか」

「しゃーねぇだろ。心情的に見れば今回はあいつらの方に付きたいくらいだったからな」

二人の神も一緒になって作られた二つの宝具。それによって起こったいさかいでもあるのだ。

「と言う事は、ロキの所も?」

「ウチの団長が絶対に参加せーへんって言ってきかんねん。絶対に勝てない、とまで言うとってたわ。そこんとこ、どーなん?」

そうロキがヘファイストスとゴブミュへと問いかけた。

「実際は分らないわ。私達は彼らが戦っている所を見た事は無いもの…でも公式には彼ら、レベル3らしいわね」

普通に考えて勝ち目などないとヘファイストス。

「そうさな、だが…ウチのあのバカが久しぶりに【ステイタス】の更新をせがんできたから見てやったが…相当経験値を溜め込んでいたようだ。レベルアップするくらいにな」

「はー、それでレベルは幾つなん?まぁ、幾らなんでも頂点(レベル7)オッタルを打倒できるレベルじゃないわな」

と言うロキの軽口に口をへの字に曲げるゴブニュ。

「え、何?どうしたん?」

「パンドラ、あなたは心配では無いの?クランと言ってもあなたの子供と言って差し支えないのでしょう?」

そうヘファイストスが暢気に料理を突いているパンドラに問いかける。

「心配?なんで?」

「何でって…それは、これだけ戦力差は明確なのよ?連合軍の中枢にはフレイヤ・ファミリアのメンバーがほぼ全員居る訳だし、そこには当然『頂点』も居るのよ?」

「あー、そう言うこと。んー、でも。心配はしてないよ」

「どうして?」

「だって、アオくん達だからね」

答えになってない答えに若干ヘファイストスは呆れた。

神たちの雑談をよそに戦争遊戯は始まりを迎える。


大勢のオラリオの住民に見守られながらも草原に赴く五人の表情はそこまで険しい顔をしていない。

「いやぁ、まいったまいった。まさかここまでやっかみが酷いとは…」

「まぁ、あんなもの作ればそりゃそうなるだろ。歴代の賢者と呼ばれた者たちでも作れないほどのものだぞ?」

そう団長の言葉にアオが呆れながら返す。

「だが、後悔はしていない。楽しかったしな」

とはミィタだ。

「ああ、確かに楽しかったな」

そうフィアットも言う。

冒険者も無所属も神も人も関係なく笑いあい、切磋琢磨して作り上げた集団建造での最高傑作。

一人一人が自分の持てる技術を十分に出し切り、ぶつけ合った。

そこには確かに集団として一つの目標に向かう確固たる意思があったし、皆がファミリアの垣根を越えて笑い合える、一つの可能性を示唆もしていた。

「だから今回は」

「ああ、全力で」

「叩き潰すっ!」

ミィタ、月光、フィアットの目に剣呑な光が宿った。

「相手の勢力は三千を超える」

「たかだか三千っ」

「一人ノルマ600。丁度いいハンデだろうっ!」

団長の言葉にミィタ、フィアットと戦意高揚させていく。

「よろしい、ならば戦争だ。相手に目に物を見せてやろうっ!」

おーっ!と団長の言葉に鼓舞されて皆右腕を振り上げる。

「あ、そうだ。はいこれはアオが使って」

そう言って一振りの剣をミィタはアオに手渡した。鞘に収められたままアオはその剣を受け取る。

「これ、使うのか?」

「当然。そしてアレもね」

「あれか…まぁしょうがないか…」

アオもさもありなんと納得し作戦会議は終了。

さて…戦争遊戯が始まった。


敵は鋒矢(ほうし)の形に部隊を配置し前進してくる。

あれに飲み込まれればたった五人の部隊などただの蹂躙されて終わるだけだろう。だが…アオ達の準備も万全だった。

ガンッ

とまず月光が盾を地面に付きたてると呪文を詠唱し始めた。

相手はまずこちらの動きを見ようと動かない。まぁ余裕の現われで、今回参加した冒険者の大半はすでにだらけ切っている。

ファミリアの指針に従って参加しているだけの冒険者も多い。

そこにまず月光が先制する。

「ボミオスっ」

敵軍全体にかけられる敏捷低下のデバフ。

「な、なんだ?なんか急に体が重く…」

と戸惑う冒険者達をよそに月光の周りで呪文が木霊し。第二射。

この対軍戦の為に装備した『やまびこのぼうし』の効果だ。

続けざまにさらに月光はボミオスを行使し相手の敏捷を下げに下げる。

気がついた上級冒険者が解呪を試みるが、遅い。

月光の後ろで既に詠唱を終えていた団長が杖を振り上げた。

「イ・オ・ナ・ズ・ンっ!!」

極大の爆発魔法が炸裂。一部隊を木っ端微塵に吹き飛ばす。

さらに呪文が木霊する。

これだけ大規模な魔法の発動に二発目は無いと、後列にいた歴戦冒険者は奮い立ち一歩前進しようとして…

「わぁああああああっ!!!!???」

大爆音に飲み込まれた。

「投擲部隊、てぇーーーーっ!」

号令と共に後ろに控えていた弓をメインウェポンにする冒険者が各々射掛けてくるのが見える。

しかし、月光は慌てずに地面に付きたてた盾を構え、そして…

「ロー…アイアスっ!」

七枚の花弁が咲き誇り穿たれた弓矢から団長を護りきる。

「たすかった、月光」

「いいから続けろっ!」

「応っ!」

と団長は頷くと再びイオナズンの詠唱に入った。


「魔術師は何をやっているっ!!」

中隊長を任じられた冒険者が後方を振り返ると、そこには血しぶきが舞う光景が映る。

「なっ?」

唖然とする中、紅い線のみが戦場を駆け回っていた。

「はっはっは、おせえっ!」

スカラ、ピオリムは戦闘開始時にきっちりと掛け、潜在能力の限界まで強化された脚力で戦場を跳ね回るフィアット。

その手には紅い魔槍のみが握られている。

盾壁(ウォール)なんて地面を蹴ってひとっ飛びで飛び越えて守る盾を無くした魔術師は成すすべなく切り伏せられてしまう。気がついた時には紅い線だけを残し、次々に魔術師を屠る。猛犬のごとき暴れぶりだ。

「おー、派手にやる」

とミィタ。

「投影魔術じゃなく、こう言うのコストに合わないんだけど…」

ハァと嘆息するミィタが戦場の後方で黒塗りの洋弓に魔剣を番え引き絞っている。

偽螺旋剣(カラドボルグ)Ⅱ…なんてね」

ヒュンと風切り音が鳴き、捩れた矢が一条の光線の如く戦場を駆け、引き裂いた空気が捩れるように辺りを抉りながら冒険者を吹き飛ばし地面に着弾すると大爆音を立てて砂塵が舞う。

「おっとっと囲まれたっ」

フィアットは戦場の真ん中で敵の冒険者に囲まれて四面楚歌状態。

「ここまでだなっ!」

「観念しな、くそヤローが」

「そっちこそ、死にたく無ければさっさと降参しとけばよかったんだっ!」

フィアットが強化された脚力を生かし地面を蹴って大きく跳躍。

「逃げ場なんてねーぞっ!」

「それはそっちも同じ事だろーがっ!」

フィアットは大きく上体をそらすと手に持つ紅い槍を体全体で引き絞った。

「ゲイ…ボルグっ!(突き穿つ死翔の槍)」

直下に放たれた紅い槍は辺り一面をクレーターに変える威力で粉砕し、冒険者達を纏めて吹きと飛ばし、吹き飛ばされた冒険者は死屍累々の有様だった。

「次っ!」

突き刺さったはずの紅い槍はひとりでにフィアットの手に戻り再び彼は戦場を駆けて行った。


「まさか…まさかまさかっ!」

フレイヤはバベルの最上段でその美貌を盛大に歪めていた。

目の前のモニターに映る光景が信じられないのだ。

数々の大威力攻撃を伴って、冒険者の集団はものの五人に良い様に殲滅されていく。

「ま、まってっ!なんて輝きを放っているのっ!」

モニターの先には古城に相対する一人の少年。

その手には黄金に輝く騎士剣が構えられ、上段に構えられたその剣に辺り一面から金の粒子が収束しいった。


バベル30階。

「なっまさか…ほんまに大番狂わせなんかっ!?つか、なんやねん、あの魔剣はっ!」

月光の盾、フィアットの槍、ミィタの矢を見てロキが慌てるように叫んでいた。

「あれが魔剣?いいえ、違うわね。あれではまるで私達が天界で使う武器のよう」

とヘファイストスが言う。

「ミィタのバカは宝具と言っていたな」

そうゴブニュが言った。

「宝具ぅ!?」

「あのバカの話を聞くには英雄を英雄足らしめる絶対の象徴。宝具(ノーブルファンタズム)は人の思いからなる奇跡である。と言う設定らしい」

「設定であないな威力なんかいっ!」

ついツっこんでしまったロキ。

「酒の席で聞きだした話だ。あいつもベロベロに酔っ払っていたがな」

がははとゴブニュは笑っていた。

そんな会話を続ける中。モニタの先で少年が金の粒子を黄金に輝く剣に収束させ始める。

「ま、まさか…城ごとぶった斬るつもりじゃあらへんよな?」

と言うロキの言葉をヘファイストスとゴブニュは否定しない。

二神ともそうかも、と内心で思っているからだ。

一流の鍛冶師が打った傑作…それこそ有名なクロッゾの魔剣ですら一振りでは叶わぬその偉業。だが…

「フィンが…ウチの団長が有り金全てをスる覚悟で買いはたいた武器がある。問いただしてもはぐらかされるだけやった。あまりの大金や、その武器はなんやと聞いた事が有る」

ロキが独白する。

「1槍で1軍を壊滅できる魔槍や言うてたんやけど…確か…対軍宝具言うてたかな?」

でな、とロキ。

「もし、その槍の製作者が対軍以上の威力を持つ武器を持っていたら、それはどんな種類(カテゴリ)になるんやろうな?」

「そりゃあ…おめぇ…」

ゴブニュが息を呑み、最後にパンドラが答えた。

「対城宝具…」

モニターの先の金の粒子は最高潮に光り輝いている。

城をも砕く一撃を見せる宝具は今まさに放たれようとしていた。



アオは古城を前に鞘を地面に突き立てるとゆっくりとその黄金の剣を引き抜く。

スー…スチャっ…チャリ

抜き放たれた剣を上段に構えるとアオは魔力を収束し始め、それに呼応するように金の粒子が辺り一面からその黄金の剣に吸い込まれていく。

その光景は見るもの全ての心を掴むように美しい光景。

有るものはモニター越しに息を呑み、有るものは戦場だと言うのにも関わらずその動きを止めて見惚れていた。そんな神秘の光景はしかし…これから撃ち放たれる黄金の…

この光景をみていち早く動けた数人は古城を駆け出す。しかし反応の遅れた者たちは取り残され、そして…振りかざす黄金の輝き…

アオは輝きを増しその存在感で周囲を圧倒している黄金の剣を古城目掛けて振り下ろす。

約束された(エクス)……勝利の剣(カリバー)ーーーーーーーっ!

振り下ろした剣は閃光のような黄金の輝きをついに解き放った。

撃ち出された閃光は眼前のものを撃ち砕き、薙ぎ倒して古城へと着弾。

轟音と瓦礫を撒き散らし、閃光と粉塵が収まった後にはもはやそこには瓦礫の山があるばかり。

「城が…」

「嘘だろ…おい…」

城をも両断する宝具がまだ顕在であるそのアオの姿を見て、戦場に居た冒険者達の心は折れた。

散々爆発魔法にやられ、こちらの攻撃は一つと通らず、衝撃を撒き散らす矢を浴び、高速で動き回る獣のような槍使いに戦場を掻き回され…そして最後は拠点としていた古城をも吹き飛ばされた。

…勝てない。

「う、うわぁぁああああああっ!」

「バケモノだっ!」

「こんなの、勝てるはずねえっ」

戦闘開始と同時に浴びた爆発魔法で心に過ぎったその不安は、アオの一撃で制御の効かないほどに膨れ上がり、一人、また一人と戦場を逃げ惑う。

そしてそれは伝播し、戦場を放棄。冒険者達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。

「ぬぁあああああああっ!」

粉塵を切り裂き、怒号を持って振り下ろされた大剣。

「っ…」

アオの赤い瞳が迫り来る凶刃を見て取り、手に持ったエクスカリバーで受け止める。

ギィンと金属がぶつかり合う音と、鍔迫り合い。

普通の冒険者なら武器ごと破壊され一刀に両断されるだろう威力を伴った攻撃も、アオは全身を強化し耐える。

現われたのは2M(メドル)を越す巨漢の猪人(ボアズ)

頂点。

猛者(おうじゃ)オッタル。

【フレイヤ・ファミリア】の首領にして都市最強。そして世界で唯一のレベル7。

「やはり止めるか」

そう言うとオッタルは一度アオから距離を取る。

「その膂力やはり貴様は…」

「っふ」

レベルを偽っている、なんて続けようとしていたオッタルは会話など気にせぬと駆けて来たアオの攻撃に中断された。

アオにしてみれば会話をするメリットなど何もない。

ここにおいてはもはや相手は倒すべき敵。それだけである。

ギィンギィンと大剣と騎士剣がぶつかり合う。

辺りを見渡せば、フィアット、月光、団長、ミィタとそれぞれフレイヤファミリアの幹部と思われる実力者の冒険者との戦闘が開始されていた。




月光は眼前の猫人(キャットピープル)の青年と対峙している。

キィン、ガン、キィン、ガン

長槍を構えるのは女神の戦車(ヴァナ・フレイア)の二つ名をもつレベル6冒険者、アレン・フローメル。

アレンは狂信にも似たフレイヤへの敬愛を持ち、眼前の敵…月光を切り伏せに掛かる。

「ああっ!守るだけしか脳がねぇのかっ!」

月光は盾を巧みに操って相手にしてみれば緩慢な動きで何とかその矛先を凌いでいた。

「確かに、俺の役目はパーティーの壁役。その役目に不満もないし、誇りにも思っている」

「んだよ、ただの臆病者かっ」

「盾を構えるものが一番勇敢でなくてはパーティーは守れない。お前はそんな事も分らんのか?」

月光の視線が蔑んだものに変わる。

「はっ、ただ盾を持って身を守ってるだけじゃねぇかっ!」

アレンの槍が激しさを増す。

偶に盾の防御をすり抜けた槍が月光の体を傷つけていった。

「その手に持った大剣はただの飾りか、ええっ!!」

「そんな訳ないだろう。この武器は一撃でお前の命を狩る」

「やれるものならやってみろよ、臆病者っ」

盛大に侮蔑の言葉を撒き散らしたその瞬間。

月光の大剣がシュイーンと音を立て発光し、空気が震えた。

月光が貰った補助魔法(バフ)はスカラにピオリム、そして…攻撃力上昇魔法(バイキルト)

敏捷を底上げし、今まで温存し続けてきたバイキルトの効果でその威力を増した剣技(ソードスキル)が今、閃いた。

月光の緩慢な動きに油断した所に限界速度(トリックスター)での一撃にアレンは反応しきれずにその月光の放った横一文字の斬撃に一級品の槍も防具も両断し、アレンの体から鮮血が舞った。

「バカ…な…」

「余り他者を見下さない事だな」

ここに一つの勝負に決着がついた。


剣、槌、槍、斧。

四つの武器が完璧に連携を取れた布陣でフィアットを襲う。

「おおわっ!!」

フィアットはその敏捷を生かして精一杯回避につぎ込むのがやっとなほど、彼らの連携は練磨されていた。

フィアットの前に現われたのは四人の小人族(パルゥム)の青年達。

フレイヤ・ファミリアに所属するレベル5の冒険者であるが、その四人の連携によりレベル6以上の実力を発揮する。

二つ名も個人に与えられたものではなく、その四人に与えられた「炎金の四戦士(ブリンガル)

「その自慢の魔槍も、ボク達の連携には形無しだな」

「これだけ近づいていればあの投擲攻撃は出来ないだろうしね」

「もう君は袋のネズミさ」

「覚悟するんだね」

と言うブリンガルの言葉を聴いてフィアットは一度大きく距離を空けた。

「あー…こっちはあまり使いたくなかったんだけど…」

そう言ってフィアットは赤い槍の刃先を地面に下げるように構えた。

「このままじゃこっちが()られるから…勘弁な?」

そう言ってフィアットは槍に魔力を込め始める。

「何を言っている」

投擲武器(そんなもの)なんて使わせる訳ないだろ」

「君はもう詰んでいるんだ」

「無駄な抵抗しないで殺されろ」

と言う言葉と共にブリンガルは再び四散して攻撃を加えようとフィアットへと迫る。

「ゲイ……ボルグっ!(刺し穿つ死棘の槍) 」

突き出した赤い槍は地面を抉るように撃ちだされ、そのでたらめな軌道にブリンガルの四人は若干呆れていた。だが…

「何処を狙って…!!!!」

「「「!!!!」」」

「なっ…ごほっ…」

鮮血が舞う。

でたらめに振るわれた赤い槍は…しかしその軌道を一変。ありえない軌道を描きブリンガルの四人の心臓を刺し貫いた。

連なるそれはまるでメザシのよう。

放てば必ず心臓を刺し貫く、因果逆転の槍。

彼らの運命はフィアットに宝具を使わせた瞬間に決まっていたのだ。

ヒュンとゲイ・ボルグを振り、ブリンガルを振り落とす。

「やっべ…やりすぎた…団長呼んでこないと…」

今ならまだ蘇生魔法(ザオリク)も間に合うはず、とフィアットは戦場を駆けていった。


オラリオに住むすべての冒険者、職人、そして住民が、今やただ二人だけとなった戦いを見やっている。

この戦争遊戯の勝利条件は大将の撃破、または降参だ。

連合軍側の大将はもちろん都市最強、オッタル。

そしてクラン側は恐らくこのモニターの先の少年なのだろう、と誰もが確信していた。

つまり、この二人の決着がこの戦争遊戯の決着でも有る。

大剣と騎士剣が重なり、剣戟がぶつかり合う。

基本的に魔法の使用は多大な集中力を必要とする為に、このような乱打が続く戦闘では互いに呪文が短文詠唱だとしても魔法を唱える事は出来ない。と、なっている。

(強い…)

と、アオは内心で呟いた。

攻撃速度はこちらが上だが、その速度の差を技巧で埋め、また視覚からの攻撃も獣の直感で回避する。

(でも、そろそろこちらの勝利条件を満たさないと…)

アオの勝利条件は、オッタルをただ打倒する事ではない。

「むぅんっ」

振るわれる大剣。

「くぅ…」

それを凌ぎながらアオは次の手を考える。

「フレイヤ様の為に、貴様には倒れてもらうぞっ!」

「っ…!」

ここに来てさらに速度、威力共にギアを上げた下段から切り上げる一撃。

そのオッタルの気迫のこもったここ一番の一撃を、慌てて騎士剣で受け止めるが膂力の差でアオは剣を取り落としてしまった。

最後はあっけない幕引きだ、とオッタルは感じながらも返す刀で斬り付ける。だが…

(ここっ!)

写輪眼の効果はまだ悟られていない。

その動体視力を最大限に生かし、大剣が振り抜かれる前に一歩踏み出し体をねじ込ませる。

アオの方が体が小さい為にギリギリではあったが懐に潜り込む事に成功したようだ。

ブォンと振り下ろされる剣圧を肌で感じオッタルを見上げるアオ。

見上げられたオッタルは驚きはしたが、彼の優位は覆らない。

小剣(ナイフ)?)

いつの間にかアオの右手に持たれていたナイフは、奇妙に折れ曲がり、実用性からはかけ離れたデザインをしていたそれをオッタルは最大限に警戒する。

(魔剣の類だろうが、何をしても我が剣の前に倒れてもらうぞ)

どのような魔剣だろうが耐え切り、自身の大剣で勝利をもぎ取ると覇気を強めるオッタル。

(そのような小剣を突き刺した所で我が鎧、我が肉体は傷つかんっ)

ガンッ

と突きつけられた小剣(ナイフ)

それはオッタルの防具を突き破り、その肉へと到達していた。

(防具無効化?だが、その程度では俺は倒れんっ貰ったぞっ!)

「くっ…」

アオの苦悶の声。

オッタルはアオを蹴り飛ばし、大剣を振り上げて今度こそトドメと振り下ろす。しかし…

ブオンッ

振り下ろすはずの大剣はなぜかオッタルの真後ろに重力に引かれて落下し、オッタル自身は跳ねられたように地面へと転び土埃を上げた。

なんだ、何が起こった?と、オラリオで観戦していた神も人も思った事だろう。

確実に勝負は着いた、と誰もが見ていた先でオッタルが武器を取り落としたのだから。

地面に身を投げ出したオッタルをアオは攻撃を加える事は無いようで、その場で静かにたたずんでいる。

「ぐっ…むぅ…何が…体が…重い…呪詛(カーズ)の類の能力の魔剣であったか」

オッタルは懐から急いで解呪の秘薬を取り出し呷る。

明らかに見逃されている今の自分を羞恥するが、油断しているのならさせておく。その油断が敗北に変えるまでだ。

取り落とした大剣へを拾い直そうとその手で大剣の柄を握り、持ち上げようとして、その重量に失敗する。

「何っ!!解呪不可の呪詛だと…?」

その顔に初めて焦りが見えた。

呪詛の全てを解呪出来なくても、その大剣を持ち上げるだけの力くらい戻ってきても良いはずだった。しかし…

「…っ!!まさか…まさかまさかまさかまさかっ!!」

突如としてオッタルが狂ったように怒声を上げ始めた。

「我が身にあの方の恩恵(アイ)を感じないだなんてっ!!!まさか、お前はっ!!そのナイフでっ!あの方との契約(ファルナ)を断ち切ったと言うのかっ!!!」

オッタルのその言葉にドッっとオラリオ全体が揺れた。

バベルの中の神が集まるフロアに走った衝撃は計り知れない。

「バカなっ!」

「そんな物が有っていい訳が無いっ!」

多数の男神女神が抗議の声を上げる中、パンドラはあちゃーと頭に手を当てていた。

「チートだチートだと思ってたけど…彼らは本物のチート持ちかぁ…」

「パンドラっ!知っていたの?」

とヘファイストス。

「いや、知らないよ。でも、あの子達が普通じゃないって言うのは間近で見てきた私が一番知ってる」

とパンドラが言う。

「これはもう終わったな。恩恵(ファルナ)の使えない下界の子供など、恩恵(ファルナ)を与えたばかりの子供にすら遅れを取る」

ゴブニュも苦い顔をしながら言う。

「こりゃオラリオ全体が荒れるで」

ロキの興奮とも嘆息とも取れる声も、喧騒の中に消えていった。



アオが突き立てた小剣を破戒すべき全ての符…ルールブレイカーと言う。

対象に突き立てる事でその効果を発揮する。

その能力はあらゆる魔術効果の無効化、その一点のみである。

ただその一点のみで、攻撃力など皆無のこの宝具であるが、対冒険者には最高最悪の切り札足りえる、まさに冒険者殺しの宝具なのだ。

この効果で恩恵(ファルナ)をリセットされた冒険者は、いかなレベル7の最高と歌われるオッタルでさえ自身の武器を取り落とすほどの弱体化を強いる。

いや弱体化、では無い。それが本来の彼の力の全てで有るだけなのだ。

ただの人間がどれほど力を込めようが、オッタルが持っていた剣は持ち上げる事も出来ないほどの逸品で、それを可能にしていたのが神から与えられる恩恵(ファルナ)だ。

「おおおおおっ!」

ついに大剣を持ち上げる事を諦めたオッタルが、無手でアオに殴りかかる。

アオは避けもせず、その大きな拳で殴られ続けた。

「降参してください」

「出来ん、俺は負ける訳にはいかんのだっ!フレイヤ様の為にっ」

唯人の攻撃など、恩恵(ファルナ)を得て、レベルを上げたアオには赤子に殴られているようなもの。

「…降参…してください」

「出来んっ」

だが信念だけでは覆らない、この世界の絶対的な恩恵(ルール)の前にオッタルは成す術もない。

止まらないオッタルにアオは右手を突き出し、親指と擦り合わせた中指を弾きオッタルの眉間を打つ。

唯のデコピンは、しかしその巨体を何M(メドル)も吹き飛ばし沈黙させてしまった。

そして戦争遊戯終了の鐘がなる。


バベル最上階にて、美しい女神が驚愕の表情を浮かべていた。

「ふふ…そう、まさかこんな事に…ははは、あははははは…これだから…そう、これだから下界は面白い」

フレイヤは一人、心底おかしそうに笑っていた。



オラリオの神々とギルドはこのクランの勝利に大いに頭を悩ませる事になった。

この戦争遊戯に参加した【ファミリア】に対し最初に突きつけた要求は、ファミリアの解散及びオラリオからの永久追放。

だが、これは幾ら戦争遊戯の勝者の決定でであろうと呑む事は出来ない、とギルドが泣き付いた。

むしろまずこうやって無理な要求を言う事で他の要求を通しやすくする、常套手段でもある。

そして、ギルドにしてみても三千対五のこの対決の勝者がたった五人のクランである事実が強気に出れない理由でも有る。

つまりこの先何人の冒険者を彼らにぶつけようが勝てない、と言う事を彼らは思い知らしめたのだ。

要求の落としどころを探ろうにも先の要求がとても呑めるものではなかい。

冒険者とは、オラリオの戦力でもある。それをみすみす離反させるわけにも行かず頭を悩ませ続けているギルドと関係者の神達。


さて、落とし所はと言えば。

クラン結成の自由を認める。

改宗の自由を認め、神は無条件に脱退を認めなければならない。

今回の騒動の責任を取り【フレイヤ・ファミリア】は全ての団員の恩恵と経験値の放棄、とあいなった。

まず、フレイヤが団員の恩恵(ファルナ)を撤回し、常人に戻った所でアオが一人一人ルールブレイカーを突き刺して契約を完全に解除する。

あのファミリアは基本フレイヤの言葉には絶対に逆らわない。いや、逆らえない。フレイヤさえ認めてしまったのならそのファミリアの解体はいとも容易かった。

このフレイヤ・ファミリアの失墜はオラリオを震撼させた。

恩恵(ファルナ)を与えてもらってからの経験値による強化(レベルアップ)は、主神が倒れるなどして一時的に効果を逸していても、その魔術的効果は継続されており完全に消えているわけではない。

その為、他の神からまた恩恵を与えてもらえればそのレベルを引き継ぐ事が可能だ。

だが、ルールブレイカーは違う。魔術的な契約の一切の破戒。つまりは稼いだ経験値(れきし)も全てリセットされる。

他の神の元で恩恵を貰おうが、またレベル1からやり直しなのだ。

団員の内少なくない数の人間が闇討ちに合い殺された、なんて言う話も聞いたが…それは個人の人格の問題だろう。

こうしてオラリオのトップに君臨する冒険者の集団としては史上初、ファミリアと言う垣根を越えたクランが頂くと言う事態に転換する事になる。

この事態に意義を申し立てる神は居ない。

何故なら彼我の戦力差が明らかであるからだ。

この戦争遊戯の後に発表された彼らクランの平均レベルは7を超える。

つまり頂点(オッタル)を超えていた、と言う事だ。

ギルドに対するペナルティは今後一切の彼らクランに対する強制依頼(ミッション)の発動権利の放棄、税金の免除とかなりの損失を被る事になった。

これはそもそも焚きつけたのがギルドであるからの処置である。

そんななんやかんやがようやく終わって一息ついた頃、そこそこ美味しいトラットリアである『豊饒の女主人』亭へと足を延ばしたのアオだったのだが…

「つぶれてる…?」

まさか…

フレイヤは美と豊穣の女神…つまり…

「あのおかみさん…まさかフレイヤ・ファミリアの関係者だったとは…」

ドワーフのわりに大きな体で冒険者を圧倒していたあの女主人を思い出す。

逆恨みされても面倒なのでオラリオからの永久追放も用件に入れておいたのだが…

「まさかこんな事になるとは…がく…結構好きだったのに…」

とぼとぼと踵を返すと夕食が食べれなかったショックから道を一本間違えて曲がってしまったようだ。

それからあれよあれよと言う間に見た事の有る貧民街へと足を踏み入れたようだ。

ここで女神パンドラと出会って数年。いろいろな事が有ったが、ここが始まり。

ここはいろいろなものが吹き貯まる。

ガラクタに汚物、そして人までも。

「帰ろうか」

センチメンタルになった気分を払拭するように路地を歩く。

てくてく…ぶみっ

「ぶみ?」

なんだろう、人を踏んだような感覚…懐かしいような…デジャビュのような…?

恐る恐る下を見ると、一級品のナイトドレスを着込んだ鈍色の髪の少女が倒れこんでいた。

目鼻立ちは整っているようだが、どのような経緯で此処にいるのか分らないが相当汚れている。

いや、むしろ汚れていても美しいと分るほどの美少女と言う事なのだろう。

「ふむ…見なかった事にしよう…」

アオは何も見なかった、と一歩足を進めて…ドスンとつんのめる。

「わ、わわ…」

いたた、と後ろを振り返るとどこにそんな握力があったのかと思えるほどに力でアオのくるぶしを掴む少女の姿があった。

「お…お腹…へった…」

ああ、これはダメだ…駄女神(パンドラ)の事を思い出し、諦める。

懐に手をしのばせ、丸い丸薬を取り出し少女の口へとしのばせると、弱々しくカリッと噛み砕き飲み込んだようだ。

「んっ!?」

途端、活力が全身に漲ったのだろう。少女は状態を起こすと口を押さえ込む。

「まっずっ!!!」

「あっはっは」

「何ですか、このクソまずい食べ物はっ!私、いままでこんな不味いの食べた事ありませんっ!」

今まで死に掛けていたのが嘘のような回復ぶりだ。

「なんですか?今のは冒険者の秘薬かなんかですかっ!?」

秘薬(エリクサー)のようなものを知りもしない死に掛けのような人間に使う冒険者が何人いるだろうか。

「そんな大それたものじゃないよ。兵糧丸と言う…即時吸収性とエネルギーの変換効率を上げた食べ物。効果は、ほら。もう悪態が吐けるくらい回復したろう?」

ダンジョン内で取れる薬草や食料を忍者だった時の知識を生かして精製した体力や魔力の瞬間回復薬のようなものだ。

「あ、そう言えば…」

はて?と少女は自分の体をまさぐった。

しかし、とアオも少女を見る。見えれば見るほどちぐはぐな娘だ。この容姿でこんな所に居れば男どものかっこうの的だろうに。

同じようにこんな所にいたあの駄女神は腐っても神だ。

神に手を上げる下界の人間は殆ど居ない為に無事だったのだろう。

しかし全身の汚れは確かにアオに会う前に汚した、と言うよりは現実味を帯びている。

…実際におうし。

「じゃぁね」

ま、関係ないか。とアオは踵を返す。

「ま、まってっ!!」

後ろから抱きしめられた。

ふよんとやわらかいナニかが背中にあたっているが…ふむ、体臭を鑑みればマイナスか…

「お願い…私を助けて下さい、冒険者様。何でもしますからっ…な、何なら体もっ…」

「魅力的なお誘いだが、残念。今はまだ必要ないな」

一歩足を踏み出すと、意地でも放すものかと抱きつく少女はズルズルと地面を擦りながらアオに重しをかけている。

知らんと歩を進めたアオだが、いつの間にか大通りに出ていたらしい。周囲の目が厳しいものに変わっている。

女を捨てた男と、捨てられまいと縋り付く女…に見えなくもない。

それでも無理やり歩を進め、ホームへと戻ったのだが…

「何?アオくん、女の子を引っ掛けて…はっまさか…いかがわしい事をしようとっ!?ママはそんな子にアオくんを育ては覚えは無いよっ!」

「育てられた覚えもないわいっ!」

狭い路地裏の雑貨屋(ホームいりぐち)へと戻って来た所で、店番をしていたパンドラに見つかってしまったのだ。

「なんか…憑かれた…」

「おー…それは大変だ」

と言うパンドラへアオはジト目を送る。まさか自分の事を忘れたわけではあるまいな?

「何かな?アオくん。何か言いたそうだねぇ」

訂正、忘れているようだ。

「あ、このファミリアの主神さまですか?私、シル・フローヴァと言います」

ペコリと優雅に挨拶をする少女、シルだったが…

「ぬぁっ!!」

パンドラは自身の鼻を自分の右手でちょんと摘み、口呼吸。

「とりあえず、お風呂っ!お風呂行こうっ!」

そう言うとパンドラはシルと名乗った少女を連れ、店の奥の通路を通り天道宮へと飛んでいく。


パンドラはまずその少女を入浴施設…屋内の露天風呂へと連れ込んだ。

「アオくーん、着替え用意しておいてっ!」

「何で俺がっ!」

「じゃぁこの子洗うの変わる?アオくんのエッチっ」

暖簾越しの会話。しかしどうやらアオの負けで、パンドラは少女と一緒に入浴するらしい。

パンドラはシルをひん剥くと洗い場へと移動。

シャワーの蛇口をひねりお湯を出すとゆっくりとシルへと掛けた。

ついでスポンジを手に取るとボディソープのボトルのポンプを押すと、海綿(スポンジ)に適量のジェルが飛び出した。

「ひゃんっ」

「あはは、ひゃんだってー」

「で、ですが…このくすぐったいのなんです?それになんか良い匂いが…」

「これはスポンジっていうの。なんかダンジョンに生息するモンスターの体を乾燥させたものらいわ。匂いの元はこのボディソープ。綺麗になるし、お肌もつやつやな上に匂いもいいのよ」

それも元はモンスターの粘液らしいよ?とパンドラが言う。

「石鹸、みたいな物ですか?」

「ま、そんなものかな」

ザバっと一度掛け湯をして泡を落とすとパンドラは再び別のボトルのキャップをプッシュ。

それをシルの頭髪へと持って行き、泡立てる。

「シャンプーって言うのよ」

「シャンプー…」

ザパリと泡を流すと最後はリンス。

パンドラに洗われるままにされると、シルの髪のくすみが取れ、綺麗なアッシュブロンドへと輝きを取り戻す。

「はい、おいしま。湯船に浸かろうか」

案内されたそこは、源泉掛け流しの贅沢な檜のお風呂だ。

「何処からお湯が出ているんです?」

「えっと…ダンジョンにお湯を無限に生み出す水晶があったらしくて、それを持ってきたって言ってたよ」

そもそも無限に出続ける水晶をどうやって運び入れたのかと言う疑問は有るのだが、それもその湯船に浸かる気持ちよさにどうでもよくなっていく。

湯船を上がっても驚きは続く。

「なんですか?これ」

手にもてるくらいの棒…それこそ絵筆のようなものなのだが、その毛先はほんのり硬く、また横側についている。

この世界で一般的に使われている歯ブラシといえば木の枝を歯で細かく裂いたものだ。

「歯ブラシ、はい歯磨き粉」

そう言って渡されたのはチューブの入れ物。当然使い方は分らない。

パンドラは仕方ないなぁとチューブを押して歯ブラシの毛先につけると、自分もやって見せるように口に含む。

「しゃかしゃか…こう」

「なるほど…あむ」

「呑むものじゃないからね」

しゃかしゃかしゃか

お風呂を上がれば、パンドラがタオル地のバスタオルで体の水滴をふき取り、ドライヤーでその髪の毛を乾かした。

「な、何なんです?このマジックアイテムの数々は…」

そうシルが圧倒されるのも無理は無い。この世界の中心と言われるオラリオでさえ、幾ら魔石の加工で様々な道具が作られているとは言え、転生者(げんだいじん)にしてみれば中世に少し毛が生えた程度。不便で仕方が無かった。

「あはは、あの子達って変わってるから」

そうパンドラも苦笑い。

不便で我慢がならないならば、自力で何とかするしかない。

人間とは、サボる為に努力する生き物である。

故に、ミィタ達は作った。現代を思わせる数々の品を。全く持ってあきれ返る情熱ではあったのだが…

タオル地だって、フィアットは発展アビリティ『裁縫』の効果で残像が出来る位の速さで手縫い出来るが、そんな事ができる人間がオラリオに居るだろうか?

用意された下着も──なぜ新品の下着が用意されているか分らないが──とても肌触りの良い材質で、さらに所々伸縮性を備えていた。

「うわ…これ、着るの!?」

「ごめーん、それしかまともそうなのが無かった」

と暖簾の外からパンドラの抗議の声を聞きつけたアオが返した。

「まぁいいか。着るの私じゃないし…うぅ…でもきっとこれコスチュームプレイ用だよね?」

「コス…プレ…?」

なんと言ったか分らなかったシルがファインプレイ。

パンドラが介添えをして着たその服は黒いロングスカートのワンピースで、ワイシャツの襟の有る胸元には真っ赤の大きめのリボンが飾られている。

「シンプルなのに、可愛いですね」

「まぁ…本人が気に入っているのなら良いか…」

パンドラはこの服を作っていた時のあの子供(バカもの)達の(せってい)を聞いている為に心から同意は出来ない。

暖簾を潜り、談話室へ移動する。

「そう言えば、今って夜ですよね?」

いきなりの展開が続きすぎてあたりが真っ暗だったあの路地裏の事をすっかり忘れていたのだ。

「あー、ここ、一年中昼だからね」

「えええええっ!?」

「まぁ、全部あの子供達(ばかものども)の発明。まったく、こんな物を作れば神たちのやっかみも有るのは当然…まぁ、もう無いんだけど」

そのやっかみはこの間力技でぶっ潰した所だ。

「静かに夜空を見たいなら、あの桟橋からもう一個へ行こうか。そっちは一年中星空の見える夜だから」

「はぁ…」

シルは驚くのに疲れたらしい。

星黎殿へと移動し談話室へと入ると、清涼な空気が漂い、暖炉にはクリスタルがほのかな暖かさを称えていた。

暖かかった天道宮とは違い、年中夜のこの星黎殿はほんのり涼しい。

天道宮もそうだが、この二つの宝具にはアオ達がダンジョンで採取した物の殆どが使われている極大の宝具なのだ。

建物の作りが豪奢なのはこの建造に携わった職人達の意地とプライド故だろう。

感じの良い調度品が並び、その豪奢なソファの前のテーブルにはいつ、誰が食べても良いようなお菓子類とティーサーバーが置いてある。

パンドラはシルをソファに座らせ、慣れた手つきでティーサーバーで紅茶を入れていると正面のドアが開き、何人かの男性が入ってきた。

「んあ、疲れた…まったく、これならダンジョンに潜っていたほうがいくらか楽だ…」

「ああ、確かにな」

「だが大方片付いただろう?」

「おい、後ろがつかえているんだ、さっさと入れ」

悪い悪いと謝って扉を潜る青年達。

しかし、彼らは眼前に現われた少女を見て眼を見開いて驚く。

「お…」

「……お」

「…お…」

異口同音に「お」しか言わない冒険者達にシルも「お?」と口ごもる。

「「「「お姉さまっ!」」」」

「は?」

「あちゃー…もう、君達。入ってきていきなりソレ?」

パンドラが呆れて言う。

「だが、実際どうしたんだ?」

と入ってきた四人の青年の一人…団長が問いかける。

「アオくんが拾ってきてね。あまりに汚れていたから一緒にお風呂に入って来たんだよ」

「くそっ…またフラグを立てるのはあいつなのかっ!」

「今度みんなで一発くらい殴ろう」

「ああ。四人で掛かれば誰かの一発くらい当たるだろう…」

ミィタ、フィアット、月光と嘆く。

「だが…」

「ああ…」

「今はまずアレを…確かめないとな」

「まて、はやまるなっ!」

何かを決意する三人と、止めようと動く一人。

「「「男の娘ですかっ?」」」

「えっ…ええっ!!?」

驚き戸惑うシルをよそ目に確かめようとジリジリとにじり寄る三人の冒険者。

バシッバシッバシッバシッ

「「「あだっ!!」」」

「何で俺まで?」

ハリセンが四度瞬いた。

後ろから現われたアオがハリセンでしばき倒したのだ。

「女の子になんて事を言いやがる…」

「「「だけどっ」」」

「何なの…この人たち…」

「ちょっと…と言うかかなり私達(かみさま)に近い精神構造をしている紳士(へんたい)だよ」

パンドラのキツイ言葉が場をしめた。



「それで、アオくん。どうするの、この子」

湯上りで汚れを落とし見違える位になった少女を見てパンドラが言う。

「どうって言われてもね…捨ててくる?」

「そんなっ!そんなのダメだよ、非人道的だよっ!」

「なんて事を言うんだ、かわいそうだろっ!」

「そーだそーだっ!」

ミィタとフィアットがパンドラに同調しアオを責める。

「いいか、その非人道的(ことば)が普通にまかり通るのはこのクランだけだからな?」

冷静さを取り戻した団長がつっこんだ。

「いい、ペットはね拾ったら責任持たなきゃいけないんだよ?人間もおなじだよっ!」

「力説してるが、それはペットの扱いをしろと言う事か?」

パンドラの言葉にアオはそう答えてシルを見ると顔を真っ赤に染めていた。

「できれば…そう言うのは…でもでも、放り出されるのも…」

どうしようか、と考え。何ならうちのファミリアに、と言う提案も苦い顔をされ、じゃあ家事は何が出来るのと問いかければウェイトレスと答えた。

ウェイトレスは家事じゃない…

「ダメだこの娘…早く何とかしないと…」

ここでアオ達に見捨てられれば娼婦に身を落としそうだ…

「まぁ、パンドラも一人じゃつまらないだろうから店番と言う事で…」

「店番ですか?」

「売る気の無い店だから簡単だよ」

とは先輩(パンドラ)の弁だ。

「本当です…」

辺りを見渡せばゼロの数がおかしい商品が立ち並んでいる。

その中には歯ブラシや歯磨き粉、シャンプーやリンスなんてものも飾ってあった。

「たかっ!!私、こんな高価なものをっ!?」

「あー、ちがうちがう。作るのが手間だって言うだけで高価なんかじゃないよ。ただ、あの子達が作りたくないって言うだけ」

自分の分だけで同じものを作り続けるのには飽きてしまっていたのだ。

「このポシュポシュする蓋?つきのボトルだけでも凄い発明なんじゃ…?」

「だよね?」

「これでお金をもうけようと思わないんですか?」

「それがさー、あの子達って超一級の冒険者じゃん?」

「そう言えば…」

この前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で見たような、とシル。

「あの子達って実は凄い金持ちだったんだよっ!神様である私の生活なんてね、あのホームが出来るまでこのボロ屋の二階に寝泊りする位の貧乏生活だったのにだよっ?もっと私を敬って欲しいよ、まったく」

プクリとピンクのツインテールを揺らしながら起こるパンドラ。

「なんで気付かなかったんです?」

「それは…うちの子も一緒に此処で寝泊りしてたから…この位が今の私達の普通レベルの稼ぎだと思っていたのよ…」

ダンジョン探索にはどうしてもお金が掛かるからね。それ以上の見返りが有るから皆ダンジョンに潜るわけだけど、と続ける。

「装備がめまぐるしく変わっていっていたから、お金がかかるんだな、と…思ってたんだけど…」

実はそこそこのお金を溜め込んでいた、とパンドラは憤慨する。

ホームは大きくなったしこれから豪遊だーと思っていたパンドラに突きつけられたアオの一言がある。

「なんで、私が自由に出来るお金がこの店番で稼いだお金だけなのよっ!!」

働いた分だけ遊んでいい。と言う神を神とも思わぬ鬼の所業であった。

「しかも、売れないのよっ!分るっ!!人が来ない以前に売れる値段じゃないのっ!なのに此処で日がな一日ボケっと座らされてっ!…新手の拷問かと思ったわ。まぁ次第に考えるのを止めると楽に…ってそれじゃダメだしっ!」

自分自身に突っ込んでいる駄女神。

「まぁ、時給制だから売れようが売れまいが関係ないんだけど、売れないと売れないでモチベーションがねぇ」

「モチベ…?」

「ああ、やる気って意味」

「でもでも、商品は良いものなんですよね?」

「そりゃね。実際使ってみて分るでしょ?」

「それは、まぁ…」

「ただ、誰もそれを量産しようとしない。需要と供給で供給がストップしているから値段が釣りあがる…まぁ売る気が無いってのが一番の理由だとは思うけど」

「どうして作らないんです?儲かるだろうに」

「それは、うちがダンジョン攻略系のクランだから。商業系じゃないのよね…ダンジョンに潜るほうが優先で、手が開いた時間に作っているみたいなの」

「じゃぁ、どうして売れもしないものを売っているんです?」

「それね、私も聞いた。あの子達、自分で作るのが面倒だから、商品を見せていれば誰かが真似するだろう、って…」

ふむ。とそこでシルは考える。

彼らは技術を独占したいわけでは無いらしい。むしろ進んで広めても良いと考えている節がある。しかし、自分で伝播させるのも面倒、と。

「じゃぁ、最初だけ彼らに手伝ってもらって、後は彼らを必要としない機構を作っちゃうのは…どうでしょう?たとえば…工場とか」



と言う考えをクランメンバーが居る前で語って見せたパンドラとシルだが…

「無理」

ミィタのなんとも簡潔な答えだった。

「「えええええっ!?」」

「ど、どうして?」

「工場を動かすには大量のエネルギーが居る。現在、この世界のエネルギーの根幹はダンジョンから無限に取得できる魔石だが、工場ともなればそれこそ一日で大量の魔石を消費しなければならない。それに見合う分の生産量があるのかが問題」

世界中に輸出しなければいけない現状、しかも一日の採掘量が一定しない資源に依存した大量生産など出来ないとミィタ達の意見。

「代替エネルギーを作れば良いんじゃないか?」

とアオが言う。

「石油も発見してないのに火力発電か?」

「石油に代わるものは木や石炭だが…大気汚染や森林への影響を考えるとな…」

「もっとクリーンなエネルギーじゃないと」

「クリーンと言えば太陽光発電なんてどうだ?」

「コイルを廻しての発電じゃない分仕掛けがな…後場所も取るし…」

「と言うか、別にミラーパネルにこだわる必要は無いんじゃないか?ダンジョンで大き目の水晶は採取できるのだし…それを魔術的に用いれば…どうだ?ミィタ」

「出来る…な。俺の直感で出来る、と感じているよ」

「だがなぁ…」

「ああ…それでも、だ」

話が纏まりそうになって、否定的になるクランメンバー。

「社会構造の根底を覆すな」

「ああ…」

「それってマズイ事なんですか?」

とシル。

「うーん…簡単に想像できる範囲でいうと…」

団長が話しはじめる。

「まず、魔石に依存しないエネルギーの開発に成功すると言う事は、ダンジョンに潜らなくても生活を豊かに向上させる事ができると言う事。つまり冒険者の稼ぎが無くなる」

「ああ…」

「別に冒険者の稼ぎがなくなっても大勢は困らないかもしれない。しかし、そうなるとダンジョンから流出するモンスターを食い止める役割をになう人々が居なくなるな」

これはマズイ。

「と、難しく考えなくても分るデメリットは多いが…そもそもモンスターは自身が生まれた階層を出る事が稀だ。上層のみを自警団でも使って狩っていれば良い問題でも有る」

逆に考えれば、深層域の奥深くにもし階層を上がってこれるほどの強力で小躯のモンスターが居て上ってこれるとしたら…今頃このオラリオなど存在していない。

「しかし魔石を消費するとコストが掛かって値段を上げざるを得ない。これは消費の観点からは歓迎する事態では無いな」

「だが、エネルギーの独占している今の状態が健全であるかと言われれば…」

「うーむ…」

あーでもない、こうでもないと悩むクランメンバー。

「あの…あの人たち何を話しているのかさっぱり分らないんですけど?」

シルが隣に居たパンドラへとこぼした。

「大丈夫。私は理解する事を諦めた」

「はぁ…」

「ただ、この子達は本当に面白いって神様的には思うよ」


結局、エネルギー源を日照時間が一定しない問題も考え、魔石と太陽エネルギーのハイブリッドで建造する事に決まった。

これなら魔石を消費するし、その上でコストを削減できるだろうと。




次に問題になったのが土地の問題。

この城壁と言う市壁に囲まれた都市内に巨大な工場を作るスペースは無い。

あったとしても途轍もなく高い。

「別にオラリオの中に作らなくてもよくね」

「それだっ!」

普段、冒険者がオラリオから外へ出る事を厳重に管理しているギルドであるが、あの戦争遊戯の大敗でこのクランに対する抑止力は皆無に近い。余り制限するといつギルドに雷が落ちるかと戦々恐々なのだ。


まず巨大な電力供給炉を作り上げ、整地はアオが影分身で力技で均す。そして電力路を囲むように各種工場施設を併設し、労働力を確保する為に貧民街に赴き調達。職にあぶれていた浮浪者や孤児なんかを連れて労働力を確保すると、まず工場を稼動させ資金繰りを開始。

稼いだお金をさらに投資し、今度は開墾へと着手。

そこに以前天道宮の建造に当たった連中を引きこみ加速。

そしてダンジョンに潜る事を諦めた冒険者を雇い、整地を手伝わせ、川から水路を引き畑を作る。アオ達は一心に(ソウルフード)が食いたいと、東から種籾(たねもみ)を入手して水田を作り栽培を始める傍ら、連作に耐えるサイクルで大麦、クローバー、小麦、かぶと畑を廻す。

そうすると今度は作業する人足の家が足りなくなり、マンションの建造に着手。

ローマンコンクリートの製法などに着手しさらに人足を雇う。

そして人の流入がひと段落した時、その整備された地面ごと空中に持ち上げた。

そんな事をすればそれは…

「もはやこれは空中都市よね…」

パンドラの呆れ声。

大商業都市として空中に浮かぶ一大都市。

「別に浮かばせなくても良かったのだが…ギルドがうるさくてな」

と団長。

エネルギー炉建造に当たって相当ないちゃもんを付けられた挙句、ミィタは切れた。

切れた上で完全太陽光発電の巨大電力路をダンジョン内で取れる水晶やレアメタルで作り上げたのだ。


「「「「だが、後悔はしていない」」」」

「これだよ…」

アオもパンドラと一緒に呆れていた。

「でもよかったの?利権の一切を放棄して?」

完成と同時に彼らはその一切の権利を放棄、クランホームへと出戻ったのだ。

唯一つ、不文律の法律を決めて。

社会構造は大統領制を取り入れ、任期は6年の最長二期。その他議員による市政などの下地も教え、あとは好きにしろと言って下界に下りたのだ。

「神および、冒険者の上陸を禁ずるって、何がしたいの?」

とパンドラが問う。

「健全な進歩を」

とミィタが答える。

「健全?今のこの社会が不健全みたいに言ってくれるじゃないか」

「だからそう言ってるだろ?」

そうフィアットも言う。

「どう言う事?」

「神が降りてきて1000年。文明は発達の様相を見せていない。これは安易に人間が恩恵(ファルナ)に頼っているからである、と言う説論だな」

「彼らは生活を便利にする事を覚えた。ならより良くしたい、楽したいと言うのが人間だ。その意欲が文明を発展させる」

「でも、その下地を作ったのはあなた達、恩恵(ファルナ)を持った人たちじゃない」

「残念。それは違うよ」

とミィタ。逆にパンドラはどう言うこと?と問いかける。

しかし、その問いは誰も答えなかった。

「変な人たち…」

ボソリと呟いたシルの言葉はきっと的を得ていた。

それからオラリオの生活環境は一変する。

便利にしよう、楽したいと言う情熱から作られた製品が大量に出回るようになったのだ。

羊皮紙ではなく、紙の台頭。歯ブラシなどの生活用品。はたまた孫の手のようなアイディア商品まで。

それらを優先的にオラリオで小売するパンドラ達の店はそこそこ流行っていた。

ちょいちょいシルが何処からか人を拾ってくるので狭いながらもそれなりに従業員がいる。

従業員寮としてクランホームを提供しているし給金も出しているので問題はないらしい。

ミィタ達にしてみても、どう言う訳かシルが拾ってくるのが美女や美少女ばかりなので目の保養と否やは無いようだ。

チリンチリン

「いらっしゃいませニャ」

にゃっ!と語尾につけて喋っているのは猫人族(キャットピープル)のアーニャ・フローメルだ。

入店してきたのは歳若い金髪金眼の美少女で、腰に帯剣して居る所をみるに恐らく冒険者だろう。

「何をお探しですかニャ?」

「えっと…」

きょろきょろと辺りを見渡す少女。しかし此処は雑貨屋。彼女のお目当ての物は何だろうか。

「あの…剣を…」

「剣にゃ?そんにゃものあったかニャ?」

頬に人差し指を当てて、ハテナ?と考え込むアーニャ。

「アーニャ、こっちだ」

助け舟を出したのはエルフの少女、リュー・リオン。この娘もシルがいつの間にか拾ってきていた。

…自分が拾われた分際で、ふてーやろーだ。

まぁ、見目麗しい美女、美少女の雇用をあのバカどもが止めるわけも無く…まぁいい。

リューが案内したのは店の奥。多くなった雑貨に隠れるように押しやられた1スペースだ。

「剣にゃんて売ってたんだにゃ…」

「アーニャは店の掃除をちゃらんぽらんにしてるから気がつかないのだ」

リューに窘められてシュンとなるアーニャ。

案内されたそこには武器や防具が飾られていた。…その前方にコスプレと言うらしい衣装が陳列されていてさらに奥へと押しやられていた為に初期のこの店を覚えているパンドラやシルか、もしくは店内を組まなく掃除しているリューくらいしか分らない様な所にそれは有った。

大小さまざまな武器が立ち並び、数少ないが鎧も展示されている。

「どうしてこの店に武器を買いに来たんです?」

とリューが聞く。

「フィンが此処に行けっていったから?」

「そうですか」

「会話になってないにゃ…」

アーニャが呆れた声で突っ込みを入れた。

少女のその金色の瞳は無造作に陳列される武器防具の中で、青いドレスのような鎧に抱きかかえられるように立てかけられた騎士剣に目が止まる。

「これ…」

周りの武器、防具が超一級品よりもさらにゼロが二つほど多い、売る気の無い値段設定の中で一つだけ値段のついていない商品であった。

プラカードにはただ一言。『要面接』とだけ書いてある。

「「「面接…?」」」

書いてある意味が分らない、とリューが店の奥の階段へ消え中からピンク色の髪を両サイドでアップに纏めている女神を連れてきた。

「なになに?武器を買いたいって?」

「この武器…これってあの戦争遊戯の時の…?」

金髪の少女が問いかけた。

「いや、違うよ。これはカリバーンⅡ。君が言うあの剣とは似ているけれど違う剣だよ」

パンドラが言う。

「でも…」

「ああ、君が言いたいのも分る。この剣はあの剣と同じ伝説(せってい)を持った剣のレプリカだから」

「レプリカ…?」

「模造品、と言う事だよ」

パンドラは驚く事に、此処に有るもの全てが模造品だと言う。

「これほどの神秘を抱える武器が…模造品…?」

リューも今また驚いていた。ここに陳列されているのは強力な魔剣であるとは気がついていたが、模造品と言われれば流石に驚く。

「ううん。この世界ではオリジナルになるんだよ。でも、彼らからしたらそれは模造品なんだ」

パンドラの言っている意味を理解した人物はここにはいないだろう。

「ふむ…要面接、か。この武器が欲しいんだね?」

コクリと、その剣に魅入られた少女は頷き返す。

「うーん、今なら全員居るしついて来て。あ、一応その武器と防具も持っていこうか」

「それなら私が」

「うん。任せるよ、リュー」

連れ立って店の奥へと繋がる通路を歩き階段を上ると、薄暗い通路が一変。いつの間にか陽光差す宮殿へと立っていた。

「ここ…は?」

「ようこそ。パンドラクランのホームへ」

「パンドラ…クラン…」

金の少女が呟く。

クラン。その言葉が冒険者の中に定義されてまだ日が浅い。だが日が浅い分その言葉は現在このパーティーに当てられた言葉でもある。

応接室に案内されると、そこには数名の冒険者と思われる青年達がくつろいでいた。

その顔ぶれを見て金の少女は驚愕に目を見開き緊張する。

目の前に居る青年たちは五人で三千人のオラリオの冒険者を返り討ちにし、また頂点オッタルをも退けた。あの戦争遊戯は見たものの心を鷲づかみ、その記憶に忘れられない衝撃を与えたものだったのだが…目の前の青年達のだらけきった様子からあの戦いの英雄と同一人物であると言われても気がつかないだろう。

「んー…神様、その娘は?」

一番最初に視線を向けたアオが問いかけた。

「またシルちゃんが拾ってきたのっ!」

「うっわ、美人さんっ」

「み・な・ぎ・っ・て・き・たっ!」

ギンっ!

リューさんの鋭い視線が男どもを一括。

「お、おおう…リューさんのツンドラのような視線…」

「我々の業界ではご褒美です」

団長が、ミィタが、フィアットがちゃらけた。

「ちがうよー。この武器が欲しいんだって」

と言って指を指したのはリューが持っている白いドレスのようなバトルドレスに付随する騎士剣。

「「「「合格っ!」」」」

「はやっ!!」

月光も含めた四人がビシッと親指を立て即答。

「と、言うのは流石に冗談で」

ごめんごめんと団長。

「実際容姿は合格なんだがなー」

「容姿…?」

金の少女がいぶかしむ。

「一つ目は女性である事。これは外せない」

団長が一つ指を上げた。

「二つ目は容姿。悪いけど不細工には譲れない」

フィアットが二つ指を上げる。

「そして三つ目。風を自在に操れる事」

三つ指を上げて言い終える月光。

「…風?」

と少女が問う。

「魔法でも、スキルでも何でもいい。風を自由に、自身に纏わせる事が出来れば…売ってやってもいい。ただし、鎧とセットだけどね」

ミィタが答えた。

「ちょっとー、君達売る気ないでしょう」

パンドラがふくれた。

「…風…どうして、そうこだわる…の?」

「俺達が夢想するこの武具の英雄はそう言う英雄(せってい)だからだ」

大真面目に答えるクランメンバーに圧倒され、しかし胆力で金の少女は言葉を返した。

「一ヶ月」

「ん?」

「一ヶ月後、また来ます。その時までに必ず」

つかつかと踵を返す少女。その後姿を追ってリューが走り出し出口へと案内している。

「あちゃー、いっちゃった」

やれやれ、とパンドラ。

「まぁ、売る気がないんだもんね。あんな条件、酷いと思うよ?」

「売る気は有るさ。さっきも言ったように、あの条件に全て合うなら、ね」

とミィタは言うとカリバーンⅡを持ち上げると天道宮に有る巨大樹の根元に突き刺した。



一ヶ月後。少女は再び店を訪れた。

「剣を受け取りに来た」

と言う少女を天道宮に通し、あの日ミィタが突き刺したカリバーンⅡの元へとやってくる。

「条件は満たしたのかい?」

クラン全員が見守る中団長が問いかける。

少女はスッとカリバーンの柄に手を当てると短く詠唱を開始する。

「│目覚めよ《テンペスト》」

超短文の魔法詠唱。その一文でその金の少女の体を風が覆い、剣を引き抜いた後はその剣にまとわり付いた。

「「「「おおおおお」」」」

「これは流石に…神様をしても感動する光景ね」

「はい」

「ええ」

団長達を始めとし、パンドラもその隣に居たシルやリューもすごいと息を呑んだ。

「いやぁこれは認めなければならないな」

「うむ。彼女にこそこの剣と鎧は相応しい」

「鎧?」

えっと、思い返す金の少女をよそにミィタがシルとリューを呼ぶ。

「あ、シルちゃん、リューちゃん。あの鎧、彼女に着せてあげて」

「ああ、そうだ。髪型は黒の大きなリボンでポニーテールに。それ以外は認めないからっ!」

フィアットも言う。

「はーい」

「…わかりました」

シルもリューも変なスイッチは入ったこの人たちを止めることは不可能と学習している。

逆らわず、戸惑う金の少女を連れて下がり白金の鎧を着せて戻って来た。

「「「「グッドジョブっ!」」」」

「おー、似合ってるね。まさに君の為に作られたような鎧だ」

「実際、サイズを彼女に合わせて調整して有るからな」

「…どうやってあわせたの?」

「ふっ」

パンドラの質問にミィタが笑って見せた。

「…いったい何が…」


「さて、じゃあ君…えっと…」

「アイズ…アイズ・ヴァレンシュタイン」

「じゃあアイズたん。その武器がどれほどの物か、戦ってみたいだろう?」

と言う団長の問いかけに、少女は躊躇わず答える。

「はい」

「では、相手を用意しよう。いやぁ、こう言うカードは胸が躍るねえ」

「まったくだ。アオを説得するのに支払った犠牲は大きかったが…」

「ああ、だが俺達が見てみたい」

「それだけの理由なんだけどね」

と団長、ミィタ、フィアット、月光と口々に呟き…

ジャリっと地面を踏み鳴らす音と共に現われたのは金髪の少女だ。

「…私…っ!?」

白いバトルドレスを着ているアイズに対し、その少女は青いバトルドレスを着込んでいる。

そして手には何かを握っているように地面へと下げている。

「なっ!?アオくんっ!!」

パンドラが叫ぶ。彼女はこの距離でなら自身の眷属を間違えないとばかりに確信していた。

「いくよ」

アイズの姿をしたアオは地面を蹴ってグンと加速し、何も持っていないその両腕を振り上げた。

「くっ…」

アイズは咄嗟にカリバーンを横一文字にしてその振るわれる軌道を遮り、次いでギィンと金属がぶつかり合い火花が散る。

見えない何かを振るアオにアイズは振るわれる軌道にあわせて何とかカリバーンを振る。

しかし、アオの膂力に押され始め、一度大きく距離を取る。

「それは…剣?」

「さあ?斧かもしれないし、鎌かもしれないぞ。もしかしたら弓と言う事もあるかもしれないな」

「戯言を…」

「こらこらみんな、勝手にアテレコしない」

「「「さーせんっ」」」

気を取り直して戦いを見つめる。

「見えない剣…それに一撃が重い…」

同じ見た目の目の前の敵にアイズはそう分析するが、そんな考えを纏める暇も無く目の前のアオは地面を掛け一瞬で距離を縮めてくる。

「…はやいっ!」

おかしい、とアイズは直感で感じる。

これは肉体的なスペックの差ではなく…

それに思い至りアイズは超短文詠唱を開始。

「テンペストっ!」

瞬間、アイズの体を風が纏わり付き、彼女の体が強化されれた。

ギィンッ

今度は力負けしなかったのだが…それはそれで複雑だった。

「私の…魔法…」

アオの体の回りを覆う風。それは風による付与魔法…しかし、それはアイズが習得したばかりのそれと同種のもの…いや、もしかしたら同じ魔法なのかもしれない。

しかしそれは変だ。

基本的にこの世界の魔法は自己啓発による習得を元とする。つまりは念能力に近い。似たような魔法がつかえる人は確かに居るだろうが、こんなに都合よく現われるだろうか…

それに肉体的スペックが今のアイズと同等なのはどう言う事だろうか?

手加減されていると言うよりも、全力で動かしてあの動きしか出来ていないようなちぐはぐな印象。

だからきっとこれはそんな簡単な問題ではなく、もっと別の魔法の力が働いている…?

ギィンギィンとようやく対等に打ち合えるようになり、戦況は停滞し始めるそれを眺めながらミィタが言う。

「見えない剣も実は風の魔法の応用だ、なんて彼女は気付くかね?」

「そ、そうなの?」

「神様は知ってようね…」

「風を使って光を屈折させているんだよ」

とフィアットが解説。

「そ、そうなんだ…」

アオの上段からの振り下ろしを下段から振り上げて返し、横への切り払いを仰け反ってかわし、かわしざまに切り返す。

ギィン、ガィンと剣戟の音が響き続ける。

「と言うか。アオくんってもっと強いよね?彼女が何レベルかは知らないけれど、まさか彼女に後れを取るとは思えない」

「そりゃそうだ。アオは変身魔法(モシャス)で相手の姿形だけじゃなくスキルや魔法、ステイタスまでコピーしている状態だからね。当然能力のパラメーターは下がっている」

「ええっ!?」

その言葉に魔法の効果を知らなかったパンドラやシル、リューなどが驚きの声をあげだ。

「と言うか、そんな魔法も有るのですね…」

とリューが言う。

「武器の剣としての性能はほぼ互角。身体能力もスキルも同一のはずなのにやはりアオが上を行く、か」

そう月光が戦闘を見て感想を述べた。

「なるほど。今一度自己を見つめなおせ、と言う先輩からのアドバイスなのですね」

リューが感心した声を出すが…

「「「「え、違うけど?」」」」

「え?」

「はぁ…やっぱりそう言う理由?」

パンドラがミィタ達のハモった答えに嘆息する。

「どう言うことでしょうか、神パンドラ」

「最初に言ったよね…この子達はただ見たかっただけなんだよ…あの白い鎧を着たあの子と、青い鎧をきたうちのアオくんが戦っている所を…」

「「「「その通りでございます」」」」

だって、夢のカードの一つじゃん?とか意味の分からない事をのたまう彼らを理解するには今の人類ではまだ時間が足りなかったようだ。

「本当はさ、オルタの方が良かったんだけどなー」

「ああ、確かに。闇の自分と光の自分、みたいな?」

「だが、まぁ…そんなおどろおどろしいのにもし負けた、何ていったら闇堕ちしそうじゃん?」

だから自重しましたーとミィタ達が言う。

ギィンとついにアイズのカリバーンⅡが弾き飛ばされ勝敗が決した。

「負けた…」

「強かったよ。十分ね」

アオはそれだけ言うと引っ込んだ。いつまでもドレスを着込めるほどにこのアオは女装に耐性はまだ無かったようだ。

「さて、武器の性能は分った所で注意事項」

ミィタは飛ばされたカリバーンⅡを拾い上げ構えるように持つと、アイズの眼前に立つ。

「この宝具のランクはB+。不壊属性(デュランダル)回復効果(リジェネ)を備え、最大の特徴は装備者と共に成長する」

はい、とアイズに手渡した。

「成長?」

「君が強くなればその分この剣の格も上がっていく、と言う事」

「格…?」

「真名の開放により放たれる宝具の威力が上がるって事。この剣は、あの戦争遊戯(ウォーゲーム)で相手の城を壊した攻撃と同種の攻撃が出来る」

「…魔剣?」

「宝具、と言ってほしいな。自身の魔力を使う分、使用で壊れる事は無いよ。まぁ、使用回数が魔力に依存しているから、一日に何度も使えるものでもないけど」

気をつけてね、とミィタ。

「ああ、最後に。その剣、不壊属性はつけたけれど、壊れないわけじゃない。制約と誓約によって強度を上げて有るだけ」

「えっと…」

そろそろ理解が怪しくなってくるアイズ。

「君が騎士道に悖る行動を起こした時、その剣は壊れるだろうね」

「…なんか、曖昧?」

「まぁ、深く考えずに。君の心を映す剣だと思ってくれればいい。君がこの剣で起こした行動に後悔を抱いた時、この剣は砕け散る」

「ミィタくん…なんでそんな効果をつけたのよ…」

パンドラが問いかける。

「だって、それはそう言う謂れの有る剣だからね」

しょうがないでしょう?とミィタが言ってのけた。

パンドラは「はぁ…この子達は…」みたいな事を呟いていたが、そう言う剣として作ったものなのだからもはや取替えは聞かなかった。



……

………

アイズが帰ってからのミィタ達の雑談。

「で、あの剣…壊れると思うか?」

と月光が問う。

「さて、どうだろうか…ただ…」

「ああ、類似性と言うか、伝説がまだ生まれていないと言うか…そんな感じの所がこの世界には有るからなぁ…」

「やっぱ壊れる、か」

「多分ね」

そうフィアットとミィタが言う。

「まぁ壊して尋ねて来たら…その時は…」

「だな」

「そう言うことだな…」

彼らの会話は確定された未来を語っているようであった。



……

………

ダンジョン深層域。

どれほどアオ達はこのダンジョンを攻略して来ただろか。

その場所はどこか城の内部のような作りで、赤い絨毯がしかれ王様に謁見するかのような上段には一脚の豪奢な椅子が臨む。

「この雰囲気は…」

ピクリとその空気感が変わったのを感じ、フィアットが呟く。

「ああ、何度も味わった。間違わん」

月光も油断無く盾を構えた。

「階層主…モンスターレックス」

フィアットも赤槍を構え…

「皆っ!気合を入れろっ!来るぞっ!!」

団長が鼓舞。しかし…

ピキリとダンジョンの壁を破って生れ落ちるモンスター。

その姿を見たアオが驚愕の表情を見せて固まった。

「そんな…まさか…君は……」

「アオ、何してやがる!」

「くっ…」

団長の叱咤にようやく我に返り武器を構えるが、いつもの調子に戻りきれてない。

「あのバカっ!」



……

………


「アオ…くん?」

ダンジョンの外。雑貨屋の店番をしていたパンドラは急に嫌な予感を感じいてもたってもいられない衝動を感じ戸惑う。

「神パンドラ?」

横にいたリューが怪訝そうな顔でパンドラをみやるとその顔は蒼白に染まっていた。

「……っ」

パンドラはその嫌な感覚に突き動かされるように走り出し、天道宮へと駆け上がりバタンバタンと幾つもの扉を邪魔とばかりに突き開けて掛ける。

バタン

目的地の最後のトビラを開けたパンドラはそこに這い蹲るようにして倒れている青年達を見てさらに表情を強張らせた。

「な、何があったの…?」

と言う問いかけに脱出魔法(リレミト)で今出てきたばかりの団長達四人は顔を歪ませる。

「初見の階層主と戦ってきたんだ…」

「アオくんはっ!!」

その言葉に四人は視線を下げた。

「アオが俺達だけ飛ばしたんだ…」

「いったい何があったと言うの…」

「分らない…あのモンスターを見た時、明らかにアオの様子がおかしかった。本調子を取り戻せないままに取り巻きのモンスターまで現れて…撤退を指示したんだ。俺達ならあの状況でもきっと戻ってこれる。だが、その状況でアオは残ると言い出した…もちろん、俺達も残ろうとしたさ…でも…」

飛ばされてしまった、と団長が言う。

「くそっ!!」

「団長、武装を新しくしてすぐにダンジョンにっ」

月光、フィアットが叫ぶが…

彼らの武装も消耗している。今すぐ行きたいと言っても現実不可能だった。

「クエストの発注は…」

パンドラの言葉。

「俺達が居た深層域に辿り付ける冒険者は居ない。俺達が戻るのが一番早いが…」

団長が一度言葉を切って続ける。

恩恵(ファルナ)はどうなっている?」

「っ……!!」

神様は自身が与えた恩恵(ファルナ)を何となく感じる事ができる。与えた個数だったり、神によればだいたいの位置を感じ取れる神も居るという。

そこにきて、パンドラが与えたファルナは今の所アオ一人。つまり…

ミィタ達がパンドラを見返せば、その表情は蒼白に染まっていた。

それで皆悟ったようだ。

ミィタ達の体から活力が消え、沈黙が訪れる。

「そんな訳ない…そんな…アオくんが死んじゃったなんて…そんな」

ふらふらと天道宮を出て行くパンドラを誰も引きとめることすら出来なかった。




……

………

ああ、負けちゃったのか。

とそこに漂う誰かの意識はそう思考した。

だれか、誰でも良い。…彼を解放してくれる誰か。

次が有るなら、今度こそは…

そしてその何ものかの意識は次の流れに呑まれていった。

 
 

 
後書き
後半は明日にでも。 

 

外伝 ダンまち編 その3

 
前書き
新年あけましておめでとうございます。 

 
並ぶ街並みは石を積み上げた石造りの建物。街には荷馬車が当然のように走り、商店街だろうか。市場のような通りに様々な商品をならべ、客を呼ぶ声がひっきりなしに飛んでいる。

歪なのはそのような街の中心に摩天楼の如く聳え立つ巨塔が異彩を放ち、さらにはそこへ向かって歩いていく人々の格好は中世でもお目にかかれないほどに多種多様な武器防具を身につけた荒くれ者たち。

冒険者と言うらしい。

さらに街を見渡せば数多くの亜人(デミヒューマン)が普通に闊歩しているのが確認できる。

「まぁ、そんな情報を元に考えると、完璧に…異世界…」

「ええええっ!?」

「デェスっ!?」

「きりちゃん、うるさい」

少女のため息と共に呟いた言葉にその隣に居た少女達が絶叫を上げる。

異国情緒というよりも中世から進歩していない街並みの壊れかけた石造りの隘路(あいろ)にたたずむのは三人の少女と一人の青年。

「バビロニアの宝物庫の内部を整理していた時に見つけた怪しげな装置、まぁアレが原因だろうね」

と青年。アオが言う。

「きりちゃん…」

調が隣に居た切歌に冷たい視線を送る。

「あはははは…面目ないデェス…」

どうやら静止の声も聞かずにその何かの装置を起動した下手人であるらしい。

「どどど、どうすれば…か、帰れるんだよねっ!?」

声を上げたのは響だ。響は見上げるようにアオを向く。

「まぁ、こう言うのには慣れてる。悲しいけどね。だから、時間をかければ帰れるよ。…ただ」

ただ、とアオは声を一旦切る。

「ただ?」

と響が問い返し、それに催促されるようにアオは答えを返した。

「未来やクリス、翼やマリアも多分この世界に飛ばされている。彼女達を見つけなければ…」

「でも、それこそどうやって?」

と調

「まぁ、それも何とかするよ」

とアオが言う。

「ただ、今はまだこの世界には居ないみたいだけどね」

アオ達から距離が遠かったから恐らく時間を置いてこの世界に飛ばされてくるだろう、と言うのがアオの見解だ。

まず彼女達を見つけ出し、その後帰還。

『お……と…………さ……』

「ん…?」

アオは何かを感じ取ったように視線を彷徨わせる。

その視線の向かった先には白亜の巨塔が見てとれた。

(いや、そっちじゃない…もっと…下?)

視線を地面に向かわせる。しかし…

「気のせい…か?」

「それで、どうするのっ!?どどど、これから、どうしたらっ!?」

と響が慌てている。

「それに、アオさんやミライちゃんはいつの間にか言葉を覚えちゃってるけど、わたし達は何を言っているかさっぱりだし…」

「わたし達、この世界のお金を持ってませんし…」

「このままじゃ飢え死にデェス…」

そう調と切歌も追従する。

くーと可愛い腹の音も聞こえてくる。

「手っ取り早いのはダンジョンに潜る事」

ダンジョンのモンスターを打ち倒しそのモンスターの中から摘出される魔石と言われる鉱石。それをギルドに持っていくと買い取ってもらえるらしい。純度や大きさで買い取り価格は変わるようだが、それでも自分の命をベットする分実入りは良いらしい。

「でででで…でもっ!あ、危ないんじゃないかなっ!?」

「まぁ、その分稼ぎは良いらしいし?それに」

「それに…?」

「ダンジョンに潜ってみたい自分が居るよ」

「どうしてですか?」

と調。

「そうだな…理由と言うほどのものもないんだけど…そうだな…こんな時俺の知っている彼女なら多分…」

そう言って一度言葉を切ると、偶然傍を通りかかった猫人族(キャットピープル)の女性の声と重なった。

「「だって、ダンジョンだから(ですよっ!)。潜らないなんて選択肢は無いっ!(ですよねっ!)」とか言いそうかな?」

「「…え?」」

重なった言葉に驚き視線を交差させる、その一瞬前。

アオは引っ込んで彼の内側で眠っていた彼女と入れ替わる。

「ミライ…ちゃん?」

響が怪訝な声を上げる。

ミライとぶつかった視線の先には二人の猫人族(キャットピープル)

その二人の視線がミライへと向かい…

「ん?」

「…あれ?」

スッと、比べて長身の少女の目が細められる。

ミライは内心で滝の様に汗をかいていた。

ススーとその少女の腕がミライに伸ばされたところで、響達がインターセプト。

「な、何ですかっ!」

「ミライさんに…」

「何か用があるデスか?」

「ミライ…ねぇ…」

「勘違い…ですかねぇ…」

長身の少女が言い、その隣の小柄の少女も追従するように呟く。

「いいえ、シリカ。私が見間違えるわけないじゃない」

「ソラちゃんがそう言うのなら間違いないはずですけど…はて」

「あなた…」

とソラと呼ばれた少女が何かを言いかけた瞬間、そのやり取りの後ろから強烈な勢いで迫る何者か。

「ふぇえええええん…アオくーーんっ」

「ぐもっ!」

ぎゅっとミライの細いウエストに飛び掛りつつ、ぎゅーっと抱きしめるか細い誰か。

首を回して確認するとそこには桃色の髪をツインテールにまとめた少女がしがみついている。

しかし、その美しいはずの顔は涙でべしゃべしゃ、目の下にはくっきりと隈が浮かび、来ている衣服はぼろぼろで、四肢には少なくない怪我が見えた。

「「「だれ?」」」

「「「…ママ?」」」

最初の言葉が響、調、切歌で、後ろの言葉がソラ、シリカそしてミライだった。

「ふぇーーん…よかった、よかったよぉ…ふえーん」

第三者の登場で場がさらに混沌と化し、逆に前の二組は冷静さを取り戻す。

とりあえずさらに路地の奥の少し開けた広場へと移動。鳴く少女をなだめすかしたのだが、どうしてミライから離れようとしない。

「さて、この期の及んで言い逃れは無しよ。アオ」

そうソラが言う。

「知り合い…なんですか?」

少し心配気味に響が問う。

「…久しぶりだね。ソラ」

観念したようにミライの口が開いた。それと同時に雰囲気が男っぽさを増す。

「何があったのよ?」

「掻い摘んで説明すると…」

と言ってここ数年の出来事をソラに話すアオ。

「へぇ」

う…ソラの視線が怖い。

「あなたは、私達と言うものがありながら、まぁた女の子を引っ掛けていたのね」

つんつんつんと人差し指で句読点の度に突かれ、たじろぐアオ。

「う…」

「さらにはエクリプスウィルスまで与えてっ!さらには権能の匂いがするのはどう言う事?」

「うぅ…」

「まぁまぁ、ソラちゃん…そこまでにしましょうよ」

「シリカ…」

シリカにたしなめられてソラも気持ちを切り替える。

「まぁ、不測の事態で私達がアオの傍に居れなかったみたいだし?多少は大目に見るとして、七人は多すぎじゃない?」

「ご、ごめんなさい…」

まぁいいわ、とソラ。

「まぁ、女の子の話は女の子同士で後でするとして…」

「うっ…アオさーん」

ジロリとソラに睨まれてたじろぐ響。

「問題は、アオの腰に抱きついて離れない彼女ね」

ソラのその言葉でみなの視線がそのピンクの神の少女に向けられた。

「彼女、人ではありませんね」

「人じゃない…?」

「どう言う事デス?」

シリカの言葉に調と切歌が問い返した。

「彼女は神様、ですよ?多分」

「アオくんアオくんアオくん」

「いい加減に正気に戻りなさい」

「あだっ!?」

ビシッと垂直にチョップを入れられ、少女はようやく正気を取り戻したようだ。

「アオくん…だよね?」

アオの顔を見て不安そうな表情で問いかける女神。

「確かに俺はアオであっているが…君は?」

「そんな、アオくんじゃ無いの…?でも自分の恩恵(ファルナ)を与えた相手は間違わない…でも…」

「そう言えばママって?」

響が三人とも彼女を見てママと呼んでいた事を思い出したようだ。

「そうだよ、アオくん私の事ママって呼んだっ」

「それは…昔、それこそ気が遠くなるほど昔。出会った女神が呼べとせがむから、ね」

「女神パンドラ…」

「…懐かしいですね」

アオの言葉にソラとシリカも言葉を発した。

「うん、私がパンドラだよっ!やっぱりアオくんだよねっ」

抱きっ!

「「「は?」」」

その後幾つか質問する。

この世界は神様が人間の傍まで降りてきて生活していると言う。

そして神様は気に入った人間に恩恵(ファルナ)を与え、その見返りに養ってもらっていると言う。

で、彼女の話では、彼女の眷属にアオと言う人物が居て、少し前からその存在が消えうせてしまったそうだ。

それで必死に探していた所にこのアオに出会ったと言う事らしい。

「どう言う事?」

代表して質問したソラの言葉に皆の視線がアオへと集まる。

「さあ?…ただ、自分の中に何か変なしこり?が有るのは確かだよ」

ほんの些細な事で、注意しなければ分らないけれど、とアオ。

「ねえ、パンドラ。本当にあなたの恩恵はこのアオから感じられるの?」

「う、うん…間違いないよ。私の恩恵は確かにこの子から感じるから」

私が恩恵を与えたのは過去にはアオくん一人だけだからね、とパンドラが言う。

「それを証明できるのは」

「あるデスか?」

そう調と切歌が問いかけた。

「う、うん…背中を見せて。私の(イコル)に反応してステイタスが浮かび上がるはずだよ」

言われてパンドラは答えた。

「ステイタス…ねぇ」




誰の人の目の入らない裏路じにて、アオは上半身の服を脱ぎパンドラに背中を向けた。

じーっ

「何?」

「あ、ああのっ!!な、なんでもっ!み…見てないからっ」

響は両手でその顔を隠すが、開かれた手のひらからはしっかりその視線が注がれていた。

「あら、新鮮ね」

「そうですね…」

ソラとシリカがなんか複雑そうな表情で呟く。調と切歌も響と似たような反応だった。

「はいっと」

すぅっとアオの背中にステイタスが浮かび上がるが…

「何…これ…文字化け…?それに…この神力(アルカナム)は…?」

浮かび上がったステイタス。しかし半分以上が文字が乱れて読み取れなかった。

「どう言う事?」

とソラが呟く。

「さあ?ただ、混ざった…と言った所かな」

そうアオが答えた。

「まざった?」

シリカが独り言の様にもらすが、その表情は心配そうだ。

「大丈夫なの?」

ソラが聞く。

「まぁ、特に変調を感じない。むしろスキルが増えているくらいだ。これはソラも経験が有るだろう?」

「それは、まぁ…」

いつの間にか知らないスキルが増えている事が過去に数度あった。今回の事もそれの一旦。つまり、この女神の知り合いのアオと言う人物はたぶん…



落ち着ける場所をと、パンドラのクランホームの天道宮へと案内されたアオ達。

「く、空中庭園っ!!」

「すごい…」

「…デェス」

「シンプルだけど」

「綺麗なところですね」

「ああ、綺麗だ」

島が浮いている事実に驚く響、調、切歌とは対照的にその浮いているという事象よりその優美さに感情を動かす後者の三人は、やはり生きてきた時間の差だろうか。

ガチャリと優美なドアが開かれてパンドラが中に入っていくと、中から数人の声が聞こえてきた。

「あれ、君達…?」

話しかけるパンドラの声は気安い。

「女神パンドラ、俺達はもう一度ダンジョンへと探しに行って来るよ」

「ああ、彼を見つけるまで、何度でもな」

と四人いた男達からは並々ならぬ決意を感じさせる声色が反響する。

「あっ、ちょっと待って…紹介したい人達がいるの」

「紹介…?」

まるでそんな事にかかずらっている暇は無いとばかりに声色が強張る。

「アオくーん、入ってきて」

パンドラに呼ばれ、ソラ達と視線を合わせると仕方なく先頭で入室する。

「はじめまし……ん?」

ぐるりと見渡してアオが首をかしげる。

何か見覚えがあるような…?

「アオ…だと?」

その彼らがわなわな震えていた。まるで古傷が痛むかのように。

「行こう、団長。今はこんな事をしている場合じゃない」

「そうだな、ミィタ」

そう言って彼らは入室する彼らを無視しようとして…

「え、何で深板達がここにいるの?」

「「「「へ?」」」」

厳しい顔は一変間抜けな顔に。

「あ、本当です。この感じは確かに団長達ですね」

と言って遅れて入室したシリカも言った。

「シリカもそう感じたか」

ならば間違いは無いだろう、とアオ。

「アオ?…シリカ…?もしかして…」

「もしかしてアオさんなのかっ!!」

ドッと部屋が沸いた。

「え、なに?何なの?」

さらに遅れて入ってきた響達には何の事かついていけず困惑するばかりだった。



紹介された団長、ミィタ、フィアット、月光は、久しぶりに会ったアオの現状を聞き顔をしかめる。

「じゃあ何か?アオさんの中に俺達が知っているアオが居るって事なのか?」

と団長が聞く。

「恐らくね。根本は同体なのだから、影分身を解いたと言う感覚、と言えば一番分りやすいだろうか」

「全く分らん」

と月光がいう。

「俺もそうじゃないかと言うだけで、確信が有るわけじゃないから確かな事は言えないよ」

起こった現象以上の事は分らないと告げるアオ。

「と言う事は、言い方は悪いがもう探すだけ無駄…か…」

とフィアットが呟く。

「あいつが消えて二ヶ月。…そろそろ引きずるのもやめる時期なのかもしれないな」

「ああ、しかもこの現実は…悲しいけれど…何も分らないままになっていたよりずっといい」

ミィタと月光も言う。

「それで、アオさん…後ろの方々は?」

団長が代表して質問し、話題を変えた。

「ん、ああ。シリカとソラは知っているか」

コクリと頷く団長ら面々。

「それじゃあ後は…」

そう言ってアオは響、調、切歌と紹介する。

「こんのぉっ!」

「節操なしがっ!」

「天っ!」

「誅っ!!」

「はやっ!?」

ガタンとイスを立ち上がったかと思えば目にも留まらないスピードで団長達がアオを殴り飛ばす。

真後ろのドアをぶち抜いて中庭へ飛ばされたアオへさらに追撃をする四人。

「全く、いつもいつもっ!」

「今度はシンフォギアかっ!」

「絶唱するのかこんちくしょうっ!と言うかもしかして絶唱しちゃうのかっ!!お前がっ!」

「うわー、聞きたいような聞きたくないような?」

「あたた、ちょ、まっ…ねえ、本当に痛いんだけど…ミィタ達すごく強くなってない?と言うか念能力?みたいなの使えてるしっ!」

「その、俺達のっ!」

「本気の攻撃がちょっと痛い程度ってどう言う事っ!!?」

「俺達、これでもこの世界じゃ最強クラスなんだけどっ!!?」

ワイのワイのと繰り出される攻撃をアオは難なくいなして好きなだけ殴られていた。

「そりゃあ、神様も殺したことが有るからねぇ」

「カンピオーネだとぉっ!?」

「何たる理不尽っ!」

ガシッと攻撃が効かないとなると四人はアオの肩を掴んで押さえつけた。

「ちょっとお話、聞かせてもらえるかな?」

ミィタの顔が凄みを増して、アオは首を縦に振らざるを得ない迫力だった。



……

………

「はぁ…そんな壮絶な経験をしていたとはね」

団長が呆れ顔で言う。

「神を殺してカンピオーネになって…インフィニットストラトス?」

「生まれ変わるつなぎに英霊として召喚?」

「しかも五次から四次を経験して、カレイドだと…」

「ドッグデイズの世界でのんびりしていたかと思ったらまさか忍界大戦に呼び出されて十尾を封印?輪廻写輪眼は?」

「あー…あはは…」

あれかな…ぐるぐるした同心円に巴が浮かぶあの魔眼。

「で、言わなかったvivid、force、にしっかり巻き込まれて?」

「今度は一人でシンフォギアの世界?」

「「「「なにやってるの…」」」」

団長ら四人は呆れ顔で疲れた表情を浮かばせた。

「しかしシンフォギアを知っているんだ?」

「知っている。けど俺達はアオさんに何も語らない」

「どうして?」

「そこでしっかりと生きているじゃん」

とミィタが言った。

「なるほど…そうだね」

そこに居る。ならそこで取捨選択した自分の行動には責任を持たなくてはならない、と言いたいのだろう。

「で、アオさんはどうしてこの世界に?」

「あー…ちょっとバビロニアの宝物庫を整理していた時にトラブルが…」

「え?バビロニアの宝物庫、健在なの?一兆の爆発で吹っ飛んだんじゃ?」

「いや?」

「ま、アオさんだものね」

「ああ」

「そうだな…」

「アオさんだからだな」

「おいっ!」

それで納得されるのはどうなんだ?

「まぁ、いいや。アオさん達は帰れるの?」

とフィアットが言う。

「まぁ何とかね。その前に多分飛ばされてくるだろう翼たちを回収してからになるんだけど…」

「なんだ、歯切れが悪いな」

ミィタが問う。

「ちょっと、そのダンジョン?の下の方から呼ばれている気がするんだ」

と言ったアオの言葉に四人は神妙な顔つきを浮かばせる。

「あの時のアイツは様子がおかしかった。アオさんの中に眠るアイツがそうさせてるのか、もしくはアオと言う人物に因縁が有るのか…分らないが」

きっとあの時のアオには何かの因縁があったのだろう。

「そう言えば、ミィタ達のその強さは?」

「ああ、これな」

そうして聞くと、神から恩恵を与えられ、レベルを上げていくと人間離れした力を得られると言う事だ。

しかし、それを聞いてアオが考察すれば、それはカンピオーネ誕生の儀式に似ている、と言う事だ。

後者が神を倒して一気に存在の階位を引き上げるのに対して、前者は少しずつ神の力になじませて成長させている。

そして恐らく行き着く所はどちらも同じ。

話し合いから戻ったアオはソファにうつぶせで倒れる響、調、切歌の三人と、その背中に跨るパンドラだった。

「何やってるの?」

と、それらを見守っていたソラとシリカに尋ねる。

「あなたが向こうに行ってから、こっちはこっちで話し合いしたのよ」

「へぇ」

そうなの?とシリカに視線を飛ばせば「はい」と返って来た。

女同士の話し合い…あまり想像したくない。まぁ、響はわりとさっぱりとした性格だし、調と切歌を含めてもそこまでこじれないとは思うのだが…

「シンフォギア、なんて面白い力が使えるって言うじゃない?だったらどの程度なのかと手合わせをね」

ああ、意識の端で封時結界が張られたのは知っていたけど、なるほど。

「それで?」

「ソラちゃん…強かったよぉ…」

「全く相手にもならなかったデス…」

「アオさんが目の前に居るみたいだった…」

ああ、負けたのね…

「それは仕方ない。俺とソラは習得技術が似通っていてね。そりゃ勝てないだろう…」

「ううぅ…」

「それで?パンドラは何やってるの?」

「聞けば恩恵(ファルナ)を与えて人間の強化が出来るらしいじゃない?そしてアオもそう感じたと思うけどこれは…」

シリカが言葉を繋ぐ。

「カンピオーネを生み出す儀式と一緒なんじゃないかって思って」

「ああ、多分ね。しかし、それと今の状況は?」

と言ったアオにソラとシリカから突き刺さる視線。

「カンピオーネくらいの魂の位階にならないとあなたについていけないでしょ。あの娘たち、中々に強情よ?諦めろ、と言う私の言葉に最後まで頷かなかったわ」

「うっ…」

「だったら、丁度いい機会なので、ここで魂の位階を上げたほうが良いと思って。それに、アオさん教えていない事いっぱいありますよね?」

「ま、まぁ…シンフォギアに慣れてもらう事で精一杯だったし?」

「それも丁度いいから今の内に教えておこうと思って…まぁ、出来なければそれまでって事よね」

そんな事情でパンドラから恩恵を刻み込んでもらっているらしい。

「で、ソラ達は?」

「カンストしてるってさ」

「と言うか、刻めないらしいです」

なるほど。

「で、これからアオはどうするの?」

とソラが問いかけてきた。

「ちょっと…ダンジョンの奥で呼ばれている気がして」

「アオも?」

「ソラもなのか?…じゃぁやっぱり潜ってみるしかない、かな」

翼達を見つけ出してからだが。

「どうせ戻るときは出発した時間に戻るように術式を作ってあるのだし、ゆっくり行きましょう」

「それに。あの娘達の事もありますから」

「ああ、…そうだね」

そうソラとシリカに言われてアオも同意することにした。



……

………

「ダンジョンが目の前に有るというのに、なぜ俺はこうしてトラットリアなんてやっているんだ?」

そう店の厨房で独り言の様にぼやくのはアオだ。

そこは店の隣を買い取りミィタ達が改装したこじんまりとした…にしてはそこそこ広い飲食店舗。

「それはしょうがないですよ。響ちゃん達のレベルアップには時間がかかりますし、わたし達がついていっても安心感が生まれて成長は見込めないですし」

そうシリカも厨房で下ごしらえをしながら返答。

「まぁ、監視(ソルやルナ)はつけているんだし、大丈夫でしょう」

「まぁね…仕方ない。いっちょ頑張りますかね」

「こう言うのもひさびさで楽しいですしね」

「そうね」

アオの言葉にシリカとソラが続いた。



ダンジョン内部。第一層。

ダンジョンの中に足を踏み入れた響達。

現われたコボルトを順調に撃破し、そして…

「うっ…げほっ…ごほっ…」

盛大に吐いていた。

恩恵を貰った響達は、難なくモンスターを撃破出来るだけの力を得た。だが、彼女達は現代日本人だ。

戦う力を持っていたとして、今まで戦ってきたのは生きている感じのしないノイズだったりした訳だが、そこにきてこの生々しい惨状に早くも精神が参っていた。

空中を飛ぶルナからソラの声が響く。

『もうギブアップ?別にやめてもいいわ。でも、それなら彼を追う事を止めなさい』

「うぅ…どうして…そんな事を…言うの?」

『彼も…ううん、彼についていく私達も。進んで人を殺しはしないわ。でもね』

と一拍置いて言葉が続けられた。

『──殺した事が無いわけじゃないのよ?』

「…っ」

「くっ…」

「そんな…」

響達の息を呑む声が聞こえた。

「はは…なるほど…これがミライちゃん…ううんアオさんが背負ってきた世界のルールなんだ」

「響さん?」

「だって、アオさんって時々ものすごく現実的になる事があったじゃない」

「そうデスね。何かを得る為に何かを諦める選択が出来る人デス」

「うん…そうかも」

切歌と調も同意する。

「命を奪うのは恐ろしいよ。自分が今までどれだけ優しい戦いの中にいたのか突きつけられる」

「うん。こんなノイズなんかよりも全然脅威になりえない存在を殺しただけでわたし達はまいっている」

「でも、それが戦うと言う事の根底なら…私は…私達は受け入れて、乗り越えなきゃいけない」

そう言って響きは立ち上がる。

「膝が笑ってるデス」

「しょうがないよ。だってやっぱり怖いもの」

「うん、怖い。でもわたし達は進む」

「そうデスね」

そう言って調と切歌も立ち上がった。

『別に命を奪う事を慣れろとか、罪悪感を無くせとか言っている訳じゃないの』

「うん、分ってる。受け入れる。それだけ」

『…そう』

「行こうっ!」

「はい」

「はいなのデスっ!」

さて、再出発と意気込んだ所、前方からズタズタと地面を踏み鳴らし土煙を上げる勢いで走ってくる真っ赤な何か。

「もう次のモンスターデスかっ!!」

「ひぃっ!」

切歌が声を上げ、響は悲鳴を上げた。

「く…今度はアンデットだとでも言うのっ?」

それは全身を赤く染めた…

『ちょっと待ちなさい。それは人間よ』

とソラが今にも襲い掛かりそうになっていた調を止める。

ダダダダダっ!

その真っ赤な誰かは何かの衝動に突き動かされるようにダンジョンを上層へと駆け上がっていった。

「な、なに?」

「さあ?」

「でも。ダンジョンデスから…」

『ほら、奥からモンスターが来るかもしれないから警戒しなさい。逃げてきたと言う意味をすぐさま考える』

「は、はいっ!」

「うう、ソラちゃぁん。きびしぃよぉ」




……

………

「と言うか、まさか響達が念能力すらまだ使えないとは思わなかったわ…」

上層の探索を終えて帰ってくると夜は念の練習のようだ。

教えているのはソラとシリカで、なぜかアオはソラに怒られている。

「いや、だって…シンフォギアは強力で…そっちをまず慣らさなければ、と…」

「口答えしないっ!」

「はいぃ…」

「うわぁ、あのアオさんが言い負けている…」

「さすが正妻…」

「デェス」

「無駄口を叩いている暇が有るならきっちりと纏をしてください。まぁ、確かにシンフォギアは強力な能力ですけど。まだまだ自身の器に伸びしろがあります。まずは念能力、そして輝力。最後は食義と覚える事は山ほどありますよ。と言うかまず影分身を覚えていただかないと。その為にはまず纏くらいきちんと…」

シリカの話がループし始めた。

「何の事か分らないけど…」

「覚える事が山ほど有るって事だけは分った」

「先は遠いのデェス…」

とほほ、と響達がうなだれる視線の先。

「アオも相当なまっているわね。後で一緒に模擬戦するわよ」

「うぇぇ…」

ソラにこってりと絞られていた。





「ああうぅ…今日も疲れたよぉ…」

「響さん、もっとしゃんとしてください。そんな感じで帰るとソラさんの特訓がさらに…」

「過激さが増すデス…」

ダンジョンから戻った三人は店の置くの階段を上り天道宮へと渡る。

これから夜間の念修行になるのだが、今日は出迎えてくれる人物が…

「響」

「未来っ!?」

抱き寄る未来をしっかりと抱きとめた響。

「調、切歌」

「マリア」

「マリアっ」

マリアも調と切歌に走りよった。

「元気そうじゃねえか」

「アオもそう言っていただろう」

と翼とクリスも現われる。

「みんな…」

「全く知らない街並みを彷徨っていた所をアオに保護されてな」

説明を受けていたところだったと翼が言う。

「しっかし、訳わかんねー所だな」

クリスがこぼす。

「そう言えば、修行を見てもらっていると聞いているが」

「はい…ソラちゃんに見てもらっているんですが…それはもう、スパルタで…あぁ…翼さんも受けます?当然受けますよねっ!ね?」

「なんでそう必死なのだ」

「だぁって…一人より三人、三人より全員で…地獄を見ましょうっ!」

「へぇ」

「ひぃっ!!」

呟きを洩らしたのはソラで、悲鳴を上げたのは響だ。

「でも。その地獄の成果は出ているはずよ。新しく来た娘達と戦ってみたら?」

「はぁ?四対三だぜ?ほんの少しくらい修行した位じゃそうそう負けねーってんだ」

クリスが吼えて模擬戦を開始する流れに。



……

………

結果、ソファにうつぶせに倒れこむのは四人だ。

その背中にパンドラがイコルを垂らし恩恵を刻んでいく。

「ちょ、ちょっと見ねー間にこんなに差がつくものなのか?」

「それは…地獄の日々でしたから…」

クリスの言葉に調が返した。

「くっ…まさかこんな体たらくとは…この身は剣と鍛えてきたはずなのにっ」

「翼…彼女達はあのアオが持っている技術を習っていたのよ?そりゃこうなるのは当然」

マリアが言う。

「だがっ!」

「だから、私達もがんばりましょう」

「未来…そうか、そうだな…」

「そしてみんなであの悪魔(ソラ)を倒すのですっ」

「「…未来…?」」

「でも、女子力でも完全に負けてますよね、わたし達」

「し、調…」

「な、なんて事言いやがる…」

「そんな訳…無いはず…」

「みんな、現実を見ようよ…」

調の呟きにマリア、クリス、翼とおののき、響が突っ込んだ。

言われたソラとシリカはトラットリアの方で料理に励んでいた。

給仕はリルやリューなどクランに雇われていた店員さんだ。新しく出来た店だが、リピーターも多い。

少し高めでは有るが、アオ達が儲ける気が無い値段で新しいメニューを提供しているのだ。お金に余裕の有る冒険者は情報にも敏感で、なにより食にお金をかける冒険者も多く居る。

その為夜の営業は冒険者たちでごった返し…しかしそれでも美味しくなければ人は寄り付かない。

この繁盛具合が彼女らの料理の腕を保障していた。

「誰か一人でも女子力で彼女達に勝てる人は…」

そう言う響の言葉に、スっと皆の視線が反らされた。

「まだまだ道は遠いって事ね…」

マリアの呟きでその場は締められた。



カウンター席の端っこにシルの客引きにあった可愛そうな駆け出し冒険者に注文された料理を出し終えた頃、予約で入っていた団体客の集団が声を張り上げ始めた。

別に愉快な話ならば問題は無かったのだが…

その狼の耳を生やした青年は、先日見かけた駆け出しの少年をなじり始める。

それとなく耳に入る言葉を聴けば、自分達が下層で逃がしたモンスター…ミノタウロスがまさか上層の階段を駆け上がり、駆け出し冒険者が居る層まで逃走。そこで鉢合わせした駆け出しの冒険者は腰を抜かし、震え上がっていたとバカにしていた。

上級の冒険者には確かに笑い話だろう。

アオはすっとその一団に近寄ると言葉を発する。

「お客様。申し訳ありませんが、他のお客様もいらっしゃいますので」

「ああっ!?それが客に対する態度かってんだ、ええっ!」

「ベートっ!やめっ」

完全に悪酔いしている狼人(ウェアウルフ)の青年をそのファミリアの主神だろうか、神さまがたしなめる。

「だいたい、おめぇ、弱えやつを弱えと何が悪いっ!俺は弱えヤツが大嫌えなんだよっ」

「ああ、なるほど…君、典型的な『弱い犬ほど良く吠える』と言うアレなんですね。なるほど」

理解しました、とアオ。

「なんだとっ!たかが酒場の店員がっ、弱者の癖に吠えやがる」

「ベートっ!」

「ベート、もうやめよう?」

「流石に一般人を冒険者が手をあげるのはマズイし」

「ああん?ちっ」

掴み上げていたアオの胸倉を、舌打ちをして降ろそうとしたその時、アオはその彼の腕を掴む。

「ええっと、この彼。冒険者で言う所のどのくらいのレベルなの?」

「ああ、テメー俺の事を知らねぇってのかっ!てか手ぇ放せよっ!」

振り解こうとした彼の腕は、しかししっかり掴んだアオの腕を振り払う事は叶わず。

「俺の店で粋がる彼は何レベル?」

他のメンバーに問いかける。アオの雰囲気に呑まれてか返答が無い。

「レベル5…」

と、金髪金目の少女が答えた。

「へぇ、弱者をあざ笑うからどれほどかと思えば、ミィタ達よりも下か。これじゃ他人を笑えないと思うのだけど」

「ああ、俺様が弱ぇってのかよっ!」

「弱いよ。ミィタ達にすら敵わないだろうし、うーん…でもまあ条件をつければ響達よりは強いか?」

戦闘経験は響達よりも多そうだし、絶唱無しなら良い勝負となりそうだ。

「オメーただの店員じゃねぇなっ」

自分の腕が解かれない事にようやくアオが一般人では無いと悟ったようだ。しかしそれは彼の仲間も同様なようで、動揺が走っている。

レベル5のベートを押し留められるなら最低でもレベル5…もしかしたらそれ以上の…

しかし、それはおかしい。このオラリオに置いてレベルだけは公表されるべきものだから、高レベルの冒険者となればおのずと耳に入ってくるはずなのだ。

とは言え、ミィタ達も申告しない方向で隠していたしペナルティも…今はうるさく言えるほどミィタ達にギルドは頭が上がらない。

「アオー、忙しいからそんなのはさっさとつまみ出しちゃってよ」

「ああ、ごめんごめん。ソラ、今行くよ」

ブォンと店の外に投げ放つと、トビラは直前で風にでも吹かれたように開き、綺麗に店の外へと投げられるベート。

「くれぐれも他のお客様の迷惑にならないように。このような場です。会話を遮るものがございませんので、他者を貶めるような会話はお控えくださいね」

と言って他のメンバーに釘を刺し厨房へと戻ろうと踵を返したところに高速で振るわれる回し蹴り。

「上等だコラァっ!」

店の外から戻って来たベートが入りざまに勢いをつけて放ったのだ。

しかも店のドアをぶち壊し、客の居るテーブルを足蹴にして踏み壊しての登場である。

自分の(しろ)を壊されて流石のアオもイラついた。だが、自分で自分の店を壊すような事は控えたい。

『ストラグルバインド』

ビィンと虚空から光るチェーンが出現し空中でベートを捕縛、固定する。

「なっ!」

驚くベート。しかし驚きは彼だけでない。

「短文詠唱?」

「いや…無詠唱だと…?」

「あー、もう、忙しいって言うのにっ!しかもお店まで壊してっ!!」

ソラが若干キレ気味に現われると、その左手にはいつの間にか本が現われ、右手には短剣が握られていた。

「ソラ、それはちょっと…短慮…」

「あー、もううるさーいっ!」

と目にしたアオの静止を振り切るソラ。

その短剣は所々折れ曲がり実戦には耐えられないようなつくりをしている。

それはルールブレイカー。カレイドの用事を終えた時にはソラがアンリミテッドディクショナリーに食わせたカードからコピーした宝具だ。その効果は…

「ま、まさかっ!?」

ベートはその短剣を知っているのか必死にアオの拘束から逃げようともがくが、あらゆる強化を無効化しているストラグルバインドに捕まっていては抜け出せない。

「まってくれっ!」

ゆっくりとだが、流れる動きでベートに近づき今まさにその刃を突きつけようとしたソラに小人族の青年が横から声が掛ける。が、しかし…

「あ…」

「なっ!」

「うっそ…」

「わお…」

刃は止まらず、ベートの体を突き刺した。

「なっ!ぐああぁああああああっ!!」

体から、今まで溜めた経験値が抜けていく。体は急激に重たさを覚え、四肢からは力が抜けたよう。

「大げさな。死にはしないわよ。血も殆ど出てないじゃないの」

恩恵(ファルナ)ブレイク…なんであんたがその剣をもってるんや?」

赤いショートの髪の女神が問う。

「え?何、もしかしてこの剣を知っているの?」

「いまはうちが質問してるんやで?」

「あー、どうせミィタ達ね。彼らの情熱と…あと何か騒動があったわね…」

後で聞いておかないととソラはその女神と会話になっていない。

「それじゃぁ効果は分るわね。その状態でまだ吠えられるなら、あなたの心意気は買うわ。恩恵を貰いなおして頑張ってちょうだい?」

それと、とソラ。

「躾のなってない犬の飼い主も当店は入店をお断りしていますので」

ニッコリと笑って出て行けと告げるソラ。

ソラは笑いながら、しかし彼らに向けてだけ殺気を放つ。

ゾクゾクゾク…

ここに居るこのファミリア…ロキファミリアのメンバーは、少し前のフレイヤファミリアの解体に伴い名実共に最強のファミリアとなり、現状オラリオに集まる冒険者の頂点に立っている。…まぁファイリアとしては。

その幹部。レベル6が三人も集まり、ほかも大半がレベル5で、最低でもレベル4である団員の一団が、ソラの一括にすごまれてその身を震え上がらせている。

効果を知るルールブレイカーを警戒したのではない。

ただ分ってしまったのだ。目の前の猫人族の少女に自分達が束になっても敵わない、と。

先日の戦争遊戯の時のあの相手達(ミィタたち)は確かに強力だが、ちゃんと対抗策を考え、武器を用意すれば対等に戦えるだろう。だが、目の前の少女は違う。

敵わない。

神威をありのままに振るう神が目の前に居る様な感覚。

彼女のプレッシャーが止むのなら今にも頭を垂れて膝を屈したい。

しかし、レベル6であり、オラリオ最強のファミリアであるはずの自分達が主神の前で他者に膝を屈するなどと言う事が出来よう事も無い、と言う最後の自尊心が彼らの心を守っていた。

「あー、やめやめ。そんなに神力(アルカナム)をばら撒くなや。ルール違反やで、うちらならな」

赤神の女神が手を振って制した。

「ロキ、彼らは神なのかい?」

と小人族の青年、フィンが自身の主神であるロキに尋ねる。

「うちらの世界の神では無いな。うちらは下界に降りてくるにあたって神力(アルカナム)を使わないと言うルールを背負う。これはどんな悪神でもおんなじや。せやから、目の前のように神力を使えば強制送還されるはず、けどそれが起きていないと言うことはルール違反を起こしたか…」

一拍置いてロキが続ける。

「レベルを上げて神力を自分のものにしたか」

「バカなっ!」

「そんな事がっ!」

小人族の青年とエルフの女性が声を荒げる。

一応この二人は恩恵の最終到達地点が何処に有るか検討は着いているのだろう。

「質問には何も答えないわ。ここはみんなで楽しく料理を楽しむ場なの。そこに声を張り上げて他者をあざ笑うお客は要らないの。いい、今回は見逃してあげるけど、次やったら出入り禁止よ」

そこの狼はもう出入り禁止だけどね、と付け加えるソラ。

ベートはアオの拘束も解かれ床で呆然としている。

獣人であり、強さに敏感である分ソラの殺気をダイレクトに感じ入ったのだろう。腰が抜けている。恩恵もリセットされた分、抵抗するものが無かったのも理由かもしれない。

「さきほど、君が笑い話にしていた話なら、この状況でも君はその拳を振り上げるだろう」

アオの言葉に、しかしベートはソラの殺気に飲まれてしまっている。

「くそ、くっそーーーーーっ!ああああああっ」

拳を振り上げるはずのその体は、しかし全速力で店の外へと走り去っていった。

「ちょ、ベードっ!まちっ」

「あのバカ…」

「あ、ちょっと、置いてかないでください…っ!…あ、あの…お、…お金はここに置いておきます」

一番歳若いエルフの少女が料金をテーブルに置くと最後尾で店を出て行った。

「あー、おなかへったよぉ」

そんな喧騒が過ぎた頃、階段の上から現われる響達一行。

「え、何か有った?」

「なにか、空気が重いような?」

響と未来が呟き、他のメンバーもソラから漂う空気の違いに戸惑っている。

「いいえ、なんでもないわ。あなた達もさっさとご飯にしなさい」

雰囲気をガラリと変えるとソラは踵を返し、アオを引きずって厨房へと戻っていった。







星黎殿で星空を見上げながらアオは寝転んでいる。

「心ここにあらず、って感じだけど?」

いつの間にか隣で寝そべっていたソラが問いかけた。

「…バレたか。ソラにはなかなか隠し事できないな」

「そりゃね。私が一番アオとの付き合い、長いもの」

すぅっと星黎殿に風が通り過ぎた。

「ダンジョン?」

「ああ。何かに呼ばれてる感覚がずっと続いている」

「そう…」

と言って一度言葉を切ると続けた。

「私もだよ」

「ソラ…?」

ソラはおもむろにアンリミテッド・ディクショナリーを顕現させページをめくりアオへと見せる。

「それは…」

「今のアオなら分るでしょ?」

「ああ。俺達が経験した前世には無かった魔法だな」

「そう。そしてあなたではないあなたが団長達に教えた魔法…つまり…」

「俺とソラの…俺達じゃない俺らが関係している、か」

「それで、アオはどうするの?」

「いつもソラはそれだね…重要な事柄は俺に聞いて来る」

「うん、それが私だもの。月は太陽を反射させるのよ」

「……やっぱり、行ってみるよ」

「そう…それじゃあこっちも頑張らないとね」

「……お手柔らかにしてやってね」

「どうしようかしら?私が居ない事を良い事に好き勝手する娘達よ?」

そう言ってソラはクスクス笑った。


変わって響達は今日はシリカに訓練をつけて貰っているようだ。

「たはぁ…お、終わった…のか?」

「立花達はこんな修行を毎日の様に…?」

「これは確かに…」

「鬼のシゴキ…」

「あー、そんな事言わないほうが良いよ。シリカちゃんはまだ優しい方だからっ!」

「そうデスっ!ソラちゃんなんて、もう悪魔も尻尾巻いて逃げ出すレベルですっ」

「ほっほう…そんな風に思ってたんだ、切歌…ふふふっ」

「ぎゃーーーーーーっ!」

アオの所から戻ったソラがタイミングよく切歌の話を聞いていた。

「明日からはもっとあなたに合う様にメニューを考えるわね」

「ニッコリ笑って…あああ、もうわたしはダメかも知れないデス…調…骨はきちんと拾って欲しいのデス」

「きりちゃん…」

「大丈夫よ。殺すような事、潰れるような事はしないから。ふふふ」

「「きゃーーーーーっ!!」」



「毎日毎日毎日…ダンジョン行って修行、ダンジョン行って修行…もう、ダンジョンあーきーたー」

「ええっ!響ちゃんダンジョン、良いじゃないですかっ!」

「と言うか、シリカちゃんはどうしてそんなにダンジョン好きなの?」

「そりゃあ…ダンジョンがあたしの心象風景の一部になっているくらいですからね」

「はぁ?なんだそりゃ、心象風景?」

「心象風景。心に深く刻まれる風景の事だな」

「センパイ、そんな説明が聞きてー訳じゃねーんだよっ!なんでダンジョンなのかってー事っ」

クリスの言葉に律儀に説明した翼だが、そうじゃないとクリスは言う。

「それは…子供の頃…ううん、一番初めの覚えている人生で一番強烈な、そして精一杯生きた日々。それがあたしの原風景だから」

「おー、シリカちゃんもまだあの出来事は忘れられないか」

「げっ!てめーらっ!」

団長達四人の登場に苦手意識の有るクリスが引いた。別にクリスは彼らの事を嫌っているわけじゃない。ただちょっと彼らの情熱が苦手なだけだった。

…模擬戦でまだ彼らに勝った事がない事も尾を引いているかもしれない。

「話の流れからするにあなた方も同じ体験をしているのですか?」

翼が問う。

「まぁね。うん、確かに俺達の戦い方の基本はあそこにあるな。剣技(ソードスキル)が良い例か」

「アオに言わせればソードスキルはもはや俺達四人の念能力、と言う事になるらしいしな」

ミィタとフィアットが答えた。

「で、あたしの場合、それが占めるウェイトが大きかったんですね。念を覚えても、権能を奪っても。出来る事は増えましたが、結局一つの能力しか使えません。アオさんやソラちゃんみたいに多くの権能は使えないんです」

「また権能か…確かにアオに分けてもらって使ってみて強力なのは分るが…一つしか使えないとは?」

「シリカの場合、俺達が此個々に使える分を一つに集約していると言う事。決して弱いと言う訳じゃない。寧ろ…」

「ええ。出来ればシリカとは戦いたく無いわね」

話を聞きつけたアオとソラが答えた。

「アオさん達でも勝てないって事ですか?」

と響。

「俺やソラは反し方を知っているから、抵抗できるけど…初見じゃ…ううん、初見じゃなくても普通は対抗のしようも無い理不尽な世界」

「アオを持ってしてそうまで言わせる能力」

「ちょっと見てみたいかもデス」

「ちょっときりちゃんっ」

マリア、切歌、調が言う。

「あら、丁度いいわ。シリカ、ちょっと彼女達に灸を据えてやって。この頃たるみ気味だから」

「ソラちゃん…」

「ちょ、まっ!たるんでない、たるんでないよぅっ!!日々一生懸命修行に打ち込んで…」

「まぁ、いいかな?」

「ちょおっと!シリカちゃぁああんっ!」

響が慌てて止めに入るが既に遅い。

シリカの足元から突風が舞ったかと思うと、風景は一変した。

「なっ」

「なっ…」

「なんぞーっ!」

「何処よ、ここは」

「転移してきた?と言うわけでもなさそうね」

遠くには巨大な木が聳え立ち、四方は海に囲まれた島。

そして空中に浮かぶのは巨大な鉄と岩の塊。

「浮遊城…」

「アイン…」

「…クラッド…」

ミィタ達の瞳には懐かしさからか涙が浮かんでいた。

「もしかしてシリカちゃんの能力って心象風景の具現化…固有結界って事?」

と団長が問うた。

「そうですね。分類的には固有結界になるでしょうか」

「それもアインクラッドどころか、アルヴヘイムすら作り上げるほどの…」

「え?ちょっとまって…ここが固有結界内と言う事は…もしかして、Mobなんかは…?」

「当然…存在しますよ?」

ボコリと地面を突き破るように現われる巨大なドクロの怪物。

「おいおいおい、何の冗談だ、これはっ!!」

「く、クリス、落ち着いてっ」

「そう言う未来も慌てているではないか」

「そうだよね、あのアオさんに着いて行く人が普通な訳が無い…」

「ちょっと調、なに悟ってるデスかっ!」

「このモンスターは…あたしの死の恐怖の体現。だから…」

ついに現われた上半身は人間の骨だが下半身はムカデのような骨の集合体。ザ・スカルリーパー。

「ハンパ無い、ですよ?」

倒して見せろ、と言うシリカ。しかしその巨体とその容貌のおどろおどろしさに響達の足はすくんでいた。

振り上げられた大鎌。

「おおおおおっ!」

一番最初に動き出したのは盾役の月光だ。彼は臆さずに盾を構えてその大鎌を受け止めた。

「ナイス、月光。それじゃあ俺らも行くかっ!」

「おおっ」

「アイツばかりに良い格好はさせないぜっ!」

口々に言うと掛けて行くミィタ達。

「出遅れてしまったわね」

「ああ。これ以上遅れは取れない」

と言うとマリア、翼とギアをまとってかけて行った。

「ちょっと、二人とも」

「待つデスよ」

「あああ、調ちゃん、切歌ちゃん…あーもうっ!」

「後輩に先を越されちまったが…あたしも行くかっ!」

「響、クリス。あー、もうどうにでもなれっ」

ミィタ達の宝具、響達のシンフォギアの力はすさまじく、猛威を振るったスカルーパーは討滅され光の粒子と消えていった。

「やいテメー。テメーはそこで見ているだけなのかよっ」

クリスがシリカに噛み付く。

「まぁ、そうですね。あたしの場合、武技の強弱はなくて能力特化型なので、基本的に技を放つと言う事はありません。だから、基本的に技の打ち合い、火力のぶつけ合いではあたしはアオさん達には敵いません。だけど…」

「だけど、なんだよ」

「ここはあたしの世界です。ここはあたしがルールそのもの。だから…」

すっとシリカの左手が宙を上下したかと思うとクリス達に変化が現われた。

「え?」

「なに…」

「なんで…?」

慌てふためくクリス達シンフォギア装者。

「シンフォギアを禁止しました。もうこの世界でシンフォギアを纏う事は出来ません」

「なっ!?」

「そんな事が可能なのかっ!?」

「なんて…理不尽…」

響も翼さえも驚いていた。

「それが彼女の…理不尽な世界(ゲームマスター)の能力。彼女も言ったろう?ここでは自分がルールだと。この世界に入った時点でこちらに勝機は殆ど無い。彼女の能力に気がつくのが遅ければ遅いほど、気がついた時にはもはや手遅れ。そう言う能力なんだよ」

そうアオが説明する。

「無敵じゃねぇかっ!」

「まぁね」

「倒す事は叶わないのか?」

「だから戦いたくないと言ったんだ…」

アオが嘆息。自身の能力に因らない攻撃力…それも簡易な物があればもしかしたら倒せるかもしれないが…そう、ボタン一つで爆発する仕掛けの原爆とかそう言う物だ。

「能力型の術者は厄介だ。気がついた時にはもう手遅れになっている場合が殆どだからね」

「じゃあどう戦えってんだっ」

「アオならどうする?」

「そうだなぁ…シリカの場合極めつけだ。この期に及んでは流石に俺でも覆すのは不可能。もう諦めるしかないかなぁ…ただ、シリカじゃ無ければとりあえず逃げるかな」

初見の技や能力なら通じるかもしれないが、シリカもアオの事は知っているし、アオもシリカの事を知っている。この状態ではアオに勝ち目はほぼ無い。

「なるほど…ここまで差が有るものなのか、我らが目指す頂には…」


「シリカちゃん、あのアインクラッドって中はどうなってるの?」

「団長さん。そうですね…中は当時のままですよ」

「え?NPCとかは?」

「ミィタさん。…えっと、最初はほんの少しのスペース…自分の円が届くほどの世界で具現化する能力だったのですが…慣れや権能を得た事で拡張。今はこの通りの広さで、あの懐かしい世界そのものと言った感じです」

「え、じゃあもしかしてこの中に引き篭れば無敵?」

「バカか、フィアット。これほどの能力だ。維持にバカにならない量の力を消費するはずだ。だから、この手の能力は持久戦に持ち込み相手のスタミナ切れを待つのが上等策だ」

と月光。

「あー…」

「なに?シリカちゃん」

「あのですね…言い難いのですが…この世界は前払い形式で、作った後の維持には代償を必要としません。まぁ?あたしが居なくなったり、閉じようと思えばなくなるのですが…」

「それ以外は何のペナルティも無く存在し続ける?」

「え?何、そのチート能力…」

「アオさんも大概だけど、その彼に能力系最強と言われるのは納得だ…まさにチート」

「いやニートだろ」

「ちょぉっと!?」

まぁ人間相手には最強能力だから、言われても仕方無いだろう。


今日は怪物際(モンスターフィリア)開催日。街は一種のお祭りムード一色に染まっている。

この日はお店もダンジョン探索もお休みしてみんなでそのお祭りを見に行く事になっている。

総勢10人を超すと流石に多いが、ソラとシリカはアオの取り合いには参加せず。年長者二人を連れて観戦に行ったようだ。

クリスと未来は、胸の割りに背の低いクリスが人ごみに埋もれていくのを助けに行ってはぐれてしまい、結局アオの元には響、切歌、調の三人だけしか残らなかった。

仕方が無いのでその三人と怪物際見学としゃれこんだ。

古代の闘技場、ローマのコロッセオのようなそこに調教師(テイマー)を生業とした冒険者と、ダンジョンから捕獲して来たモンスターが一対一で合間見える。

この見世物は、調教師の冒険者がモンスターをテイムする過程を見せて楽しむ、と言う催しのようだった。

「うわあ、凄いね。調ちゃん、切歌ちゃん」

響が目の前でテイムしていく冒険者を見て感嘆の声を上げた。

「本当」

「面白いのデス」

「しかし、なんでテイムなんだろうな?」

「アオさん…何かおかしいですか?」

響が問い返す。

「普通こう言う催しはコロシアムだ。冒険者がモンスターを倒し、その非日常をエンターテイメントにするものだ。地球でもコロッセオなどが古い時代にはあっただろう?」

「え、はい…?」

「人間とは残酷な物に娯楽を感じる生き物なんだよ。だから、これはちょっとおかしい」

「変、ですかね?平和でいいと思いますけど」

殺さない見世物。これではモンスターが危険ではないと喧伝しているようだ。

「まぁ、俺が考える事でもないか」

その日はテイムや露店を楽しんで日々の修行の疲れをリフレッシュ。これでしばらく響達はソラのしごきに耐えられるだろう。


さて、響達はソラのスパルタ指導の成果もあって順調にステイタスを高めて行った。

そうするとレベルアップ毎に一種取得できるチャンスが有る発展アビリティを考えなくてはならない。

「レベルアップまでにやってきた行動によって現われるアビリティは様々と」

「そう。それで、何が現われるかは神様である私にも分らない。もしかしたら現われないかもしれないし」

そうパンドラが返答する。

「耐異常は便利そうだぜ」

とフィアット。

「あら、でもあの娘達エクリプスウィルスの感染者よね?それもアオをキャリアーとした」

「ああ」

「だったら耐異常はそれほど重要では無いわ」

そうソラが言う。

宿主が回復不能になるほどのダメージを受けると率先して宿主を生かそうとする。それは欠損部位すら回復してみせるレベルだ。

「感知系か隠蔽系のスキルがあると良いかと言う位、か?」

「運よく出れば良いけれど…」

「そもそもそんなあやふやな事しないで、確実に出る手段を考えてみては?」

「む?」

シリカの言葉に意表を付かれしばし考える。

「出来そう?」

とソラ。

修行メニューを変更する、と言う事ではなく…確実に、と。

「あたし達は気配遮断Aのスキルを持ってますよね。それを何とか転写できませんか?」

「ふむ…うーむ…出来る…かも?」

「と言うか、気配遮断スキルもってるのかよっ!しかもAランクだとっ!」

「そんな、怒らなくても…ミィタ…」

「あなた達。暇ならちょっと、お店の掃除手伝ってきなさいよ」

「へいへい」

「了解しましたよ」

不承不承としかしソラの言葉に逆らわずミィタ達を追い出した。

「そう言えば、あの店内を不快にした犬っコロ。あのファミリアからは出て行ったみたいよ」

と仕込みの時間にちょっとした話題をとソラが呟く。

「出て言ったって…元凶を作ったのは君だろう」

「かっとなってやってしまったの。今は反省はしているわ」

とソラが言う。

「どうやら他のファミリアに入ったみたいね」

「と言うか、何でそんな情報を知っている…」

と問えば答えを返したのはシリカだ。

「えっと、響ちゃん達にくっ付けている監視モニターに映ってました」

「ああ、なるほど…」

白い髪にウサギの様に赤い瞳を持った少年と一緒に上層をうろついていたとの事。

「なんか突っ走る犬っコロにくっついて行くウサギの少年とあれよあれよと地下にもぐってっちゃってね。なんか強そうなモンスターに襲われていたけれど、どうにか二人で乗り切ったみたいね。その後なんか友情が生まれたっぽいわよ?」

喧嘩して、罵り合って、それでも手を取る相手と言う事だろうか。

「覗き見もほどほどにね…」

何て会話をしていると、真剣な表情で厨房に入ってくるリューさん。

「数日、お暇を頂きたい」

と言う言葉にアオ、ソラ、シリカがその顔を見合わせる。

生真面目そうなリューがこのように突然休みを欲しがる事など無いといって良い。そこを曲げて頼み込んでくるなどただ事じゃ無いだろう。

「理由を聞いても良いだろうか?」

彼女はアオの問いかけにどう答えるだろうか?別にアオは答えてもらわなくても構わない。ただ、そうほんの少しの出来心で問いかけただけだ。

しかし根が真面目な彼女はその理由を教えてくれた。

どうやら知り合いがダンジョンで遭難したみたいだから助けに行きたい、と。

どうやらもう少し込み入った理由が有るようだが、要するにダンジョンに潜りたいと言う事だった。

ダンジョンに潜りたいと言うのだから、彼女は冒険者なのだろう。しかし、ミィタ達の話も総合するに、彼女はここ一年ほどステイタスを更新していないようだ。

探索階層がどの程度になるか分らないが、無用心ではないだろうか。

まぁ、その辺りが彼女の込み入った理由なのだろうが…

「ふむ、それじゃあ一つお願いが」

「何でしょうか」

「そこに座って背中を向けてくれる?」

とイスを指差すアオ。

いぶかしみながらもリューは言われたイスに座ると、アオが自然な動きでリューメイド服の背中のホックを外し、ブラウスをたくし上げる。

「なっ…何をっ」

真っ赤になって振り返ろうとするリューを左右からソラとシリカが留める。

「あ、アオくん何やってるのっ!それにあなた達も」

とパンドラ。

「あなたにも悪い事じゃないと思います」

「ちょっとこっちの実験にもなってしまうのだけどね」

そうシリカとソラ。

「本当はあたし達でやれればいいんでしょうけど。今回はアオさんじゃないとダメそうですし」

シリカが言うとほんの少しリューの抵抗が和らぐ。

「ええい、放せ…はな…して…」

長い耳が真っ赤に染まるリューさん。

そんな事お構いなしとアオは人差し指に針を通し血を滴らせるとリューの背中に押し当てた。

普通、ステイタスへの干渉はその主神がロックを掛けているために見ることも、干渉することも適わない。

だが、アオは別だ。

偸盗(ちゅうとう)の能力でロックに干渉。その後クロックマスターでトライ&エラー。開示される未来(けっか)を引き寄せる。

そうして浮かび上がるリューのステイタス。

「へぇ、レベル4。アストレアファミリア、ね」

「な、ばかなっ!!」

「えええっ!ちょっとアオくんっ!」

戸惑いの声を上げるリューとパンドラ。

確かにステイタスシーフの薬は存在するが…彼女の驚きは続くようだ。

アオはリューの背中に手を押し当て経験値(エクセリア)を発掘していく。

「まぁ、何度もパンドラが響達のステイタスを弄っているのを見ていればね」

もろもろの条件が重なりアオが他者の恩恵を与えられた冒険者のステイタスを更新しているその光景は、他者が見ればどれほど非常識かが伺えるが、その判断が出来るのは今この場にはリュしかいなかった。

「大分経験値を溜め込んでいたみたいだね。それもレベルアップするほどだ」

「なっ…」

「さて、発展アビリティだけど…ふむ…」

一考するアオ。

「気配遮断(・・・・)しか出て無いからそれで良いかな?」

「えっと…はい…?」

もう驚きで返事も虚ろなリュー。

「はい、完了。ステイタスはレベルアップ直後でオールI判定だから。うん、行っておいで」

「分りました、ありがとうございます?」

レベルアップを済ませると時間も無いだろうリューを開放すると厨房をフラフラと出て行った。

リューが出て行くとソラとリシカが寄ってくる。

「うまくいったみたいね」

「ソラ…まぁ、何とかね。ただ、経験値(エクセリア)による下地は十分にあったようだから、確実とは言えないかも知れないけどね」

「でも、成功したという事実だけ見れば十分な結果です」

とシリカも言う。

「ちょっとあなたたち、何をしたのよっ!おしえなさーいっ」

「えーっと…まぁ、ちょっとね」

パンドラは誤魔化せないだろうから適当にあしらっておこう。

「それより、その遭難者の捜索。響達にも伝えておくわね」

「よろしく」

別に見ず知らずの誰かが死のうが関係ないが、店のリューさんもダンジョンに潜りに行ったのだし、そう言うことがあったとだけ伝えておこう。



「分りました。気に掛けてみます」

『よろしくね』

と未来はソラの通信に答えた。

彼女達は今、18階層。通称アンダーリゾートと呼ばれる一種のセーフゾーンで休息を取っている所だった。

「でも、まだレベルが低いと言う事は、ここより上と言う事ですよね?」

と響。

『そのようね。予定では今響達がいる階層までは潜る予定は無かったそうよ』

「そうですか。分りました…」

「響?」

未来が不思議そうな顔をする。

「どうしたの、響。いつもの響なら人助けに走り出すと思ったのに」

「未来…うん、助けたいとは思っているよ」

「なら…」

「でも、わたし達も中層の探索で消耗している。ここで無理をすればきっと良い結果にならない。守るべきもの、助けるべきものに順番をつける…すごく嫌だな」

と顔をしかめる響。

「でも、この…命が簡単に奪われる世界に来て少しだけ分った気がする。全てを救う、なんて…神様の力を持っていても無理なんだなって」

「響…」

「あ、でも、だからって人助けをやめるつもりは無いよ?誰かが泣いているなら力になってあげたい。でもそれもきっと自分に余裕が有る時で、自分にその力が有る時なんだよね…アオさんはその辺すごくシビアで…でもきっとその過程でわたし達が今感じている苦悩を経験したんだろうなって思って」

「響さん…」

「立花…」

皆が響に視線を向け、しかし彼女の言葉を否定しない。

「だから、今は十分に休もう。コンディションを完璧に戻してから戻りしなに探索しよう」

「そうだな」

「ええ、そうね」

翼、マリアの年長者二人の賛同で響達は休養を取る事に決定。

しかし、話は気になったので上層への出入り口付近に陣取っていると、その階段を転がり落ちるように滑ってくる四人の冒険者。

「ちっ…クソったれが…」

「誰か、助けて…助けてください…」

意識の有ったのは狼人族の青年と白髪赤目の少年。長身の少年とサポーターだろうか、小人族の少女はすでに意識は無い。

「大丈夫ですかっ!」

響がいの一番に駆け寄りその血で汚れることも厭わずに人間の少年を抱き起こすと蚊細い声で最後の懇願。

「お願いです…仲間を…助けてください…」

「大丈夫だよ、皆が今クスリを使っているからっ」

「よか…った…」

そうして少年の意識は闇に呑まれた。

「大丈夫…大丈夫だよ」

響は懐からエリクサーを取り出すと目立つ傷に振りかける。

エリクサーと言っても薬の調合に加え、ミィタ達の高レベルの神秘にて作成されたそれは、まさに万能の薬と言って良いほどの効果を発揮し、意識を失う四人の体を癒していった。


気がついた少年。ベル・クラネルと名乗った少年は響達に謝り通しだ。

「すみません、食料まで分けてもらって…」

「ああ、良いの良いの。遠慮しないで。食料は山ほど有るから」

「はぁ…?…はぁっ!?」

響はミィタ謹製のどうぐぶくろに手を突っ込むと水や携帯食料を何の事も無しに取り出し、並べる。

「ま、魔法の袋っ!?そんなものがあるのですかっ!?」

その光景に驚きの声を上げたベルだが、それよりも大きな声を上げたのはベルのパーティメンバーの小人族のサポーターであるリリだ。

「え?ファンタジー世界だから普通に有るんだと思ってたけど…」

「ミィタさん達も普通に渡しましたしね…」

と響と調。

「どうやらこの様子じゃ高価な物か、存在していなかったもののようね」

「そ、そうなんだ…アオさんも普通にもってたから分らなかったデス」

マリアと切歌も言う。

「おい、ちょっとまて今あんたらの口から出た冒険者でピンと来た。あんたらもしかしてパンドラクランの関係者か?」

と、着流しのような服を着た青年、ヴェルフが得心したとばかりに発言。

「パンドラ…クラン…?」

未来の呟き。

「違うのか?」

「いえ、確かにパンドラさんとは知り合いですが…もしかして団長やミィタさん達って有名人なんですか?」

「はぁ?むしろ、そっちを知らんで冒険者やってる方が珍しいぞ。あんたら冒険者始めてどれ位なんだ?」

「えーっと…」

と言って答えた響の答えにヴェルフは絶叫。

「はぁ!?そんな期間でよくこの階層まで足を伸ばせたなっ!」

「ええ、まぁ…師匠がスパルタなもので…あはは…」

と響は死んだ魚のような目をして答えたそれに、周りの表情も似通っていた。

「そう言えば、あの狼のおにーさんはどこに行ったデス?」

「あー、ベートは…まぁ貸し借りと言う今の状況にどう対応すれば良いのかわからねぇんだ。すまん、俺から謝っておくから勘弁してくれや」

とヴェルフ。

「まぁ、構いませんが…ご飯は…」

「それは僕が持って行きます」

そう言って立ち上がったベルが受け取る。

「まぁあいつは今の所ベル(飼い主)にしか懐いてなくてな…まぁ、それも仕方ないのかも知れねーな」

「いいんですよ、あんな駄犬放っておいても」

「リリ、そう言う訳にも行かないよ。僕達がここにいるにはベートさんの力や知識があったと言うのも確かなんだし」

「むぅ。リリは不服です。でもベルさまの意見なら従います」

しょうがないですね、とリリ。

「そう言えば…」

と響はソラに念話を飛ばす。

『ソラちゃんソラちゃん』

『何?今私仕込みで忙しいのだけど?』

すぐさま応信

『あううぅ…ごめんなさぁい…じゃなくてっ!えっと捜索願が出されているパーティってどんな人たちなの?』

『ああ、なるほど。聞いてなかったわ』

『はぁあああああっ!?』

『だって、重要な事でもないと思って。ダンジョンで冒険者が死ぬのは日常茶飯事よ』

『それはそうかもだけど…』

尻すぼみに会話は終了。

だが、状況的に目の前の彼らであろう。確認はそれこそダンジョンに向かったリューに会わなければ不可能だろう。

そして響は天秤に掛ける。

この消耗した彼らを置いて上層に、それもいるかも分らない遭難者を探しに行くか否か。

彼らの話では彼らがその遭難者であろうと想像は出来るが、確証は無い。

と苦悩を浮かべている響の耳にズザザーと滑り落ちてくる誰かの気配。

そう言えばベルを保護してから一晩ほど経っていた計算だったか。

「うぉぁ…つぁ…いったぁ…」

現われたのは黒い髪を両サイドでアップにしている軽装の少女。

「べ、ベルくんっ!おーい、そこの君。ベルくんを知らないかい?」

「は、はぁ…ベル・クラネルくんならあっちに…」

「べ、ベルくーんっ!」

「何…何なの…?」

少女は響が指差した方向へと全力疾走。

その後になってようやく見覚えの有る女性が現われた。緑のケープを纏った女性。リューだ。

「響さん達ですか」

「リューさん」

「遠くからでしたが、神ヘスティアとの会話は聞こえていました」

「じゃあリューさんの探し人って」

「おや、どうしてその話を?」

「あ、いやー…あはは」

後ろ手に頭をかいて愛想笑い。

う、誤魔化されてくれないかなー。

「おや、そちらの方々は?」

声を発したのは飄々とした男性。

リューさんの後ろから現われたのは冒険者風の男女が四人と飄々とした男性。

その感覚から言って神であろうか。

「彼らがベル・クラネル氏を保護していてくれたようです」

「へぇ、そうなのかい。どうやら彼は相当に運も良いらしい」

軽く挨拶を済ませると、彼らもベルを探しに行くようだ。




さて、悩んでいた事は上手い具合に解決した所で、今後の予定を決めないといけない。

「ゴライアスかぁ」

そう、17階層の主。ゴライアス。

この18階層から上層の連絡通路を抜けた先にはリポップされたモンスター・レックスであるゴライアスを打ち倒さなければ安全な帰還は望めない。

「じゃあ、誰が倒す?来るときはわたし、切歌ちゃん、調ちゃんでやっちゃったから」

「じゃあ帰りはあたしらだな」

「ああ」

「遅れは取れないわね」

「そうですね」

「おいまて、そんなに簡単な話では…」

と言ってリューが口を挟むが他の誰もがきょとんとしていた。

「え?」

「えーっと?」

「え、倒せるのか?そんな少人数で?」

これはリューの言葉の方が正しい。

レベル2、もしくは3の冒険者が数で囲って打ち倒すものなのだ。それほどまでに階層主とは隔絶した強さを持っている。

「ソラちゃん達に比べたら、そりゃただデカイだけのモンスターなんて脅威でもないよね…」

「そうデスね…」

調と切歌が自分の中の常識が偏っていたと再認識したようだ。

「私達としては大パーティが討伐してくれるのを期待しているのだが…一番の有力であるロキ・ファミリアの遠征が中止となった今、ここに居るメンバーで打倒するしかないと思っている。幸いにも私も先日レベルアップしたばかりだ」

ロキ・ファミリアの遠征の延期が決定されたのはソラがベートのレベルをリセットした所為だが、それは誰も知らない事情だ。

「いくつになったんです?」

と響。

「レベル5だが…なぁ、聞いて良いだろうか…あのアオさん達は何ものなのだろう?」

「ああ、アオさんに何かやられたんですね。…気にしないで下さい。ちょっと…ちょぉっと人よりも常識の斜め上を行く存在ってだけです…」

あはは、と響はお茶を濁した。

「では保護対象者の護衛はリューさん達に任せていいのだろうか」

「ええ、はい。大丈夫です」

と翼の問いにリューが答える。

「ならば、私たちが先行してゴライアスを撃破。その後に上がってきてください」

「出来るのですか?」

「へ、響たちがやってのけたんだ。センパイであるあたしらがやれないなんてカッコ悪いことできっかよ」

とクリスが言う。

「じゃぁ、リューさん達の疲れが取れた頃、翼さん達がボスアタックを開始すると言う事で」

と響が言い話し合いは終了。自由時間となる。と言っても響達に自由時間は無く、今もルナに監視されてと訓中なのだが…

「瞑想…ですか?その割には消耗しているみたいですが…」

その訓練を見ていたリューさんの感想。

「つ、疲れたわ…」

「これが瞑想だったらあたしは瞑想と言う字を辞書で調べる所だな…」

「ああ、全くだ。だが、私達もこんな所で躓いてられないからな」

と言って翼が視線を向けた先には響達がスコップで大量の土砂を掻き出していた。その量は今にも下の階層へと届きそうな勢いだ。

「あちらは…何をしているのか分りませんが、徒労ですね」

ダンジョンには自動修復機能が備わっている。どんなに地形を変えようと、それがダンジョンの意図したもので無い限り修復されていくと言う現象だ。

しかし、それが今の響達の修行には逆にありがたい。

「し、しぬ…もうしばらくスコップを持ちたくない…」

「切り刻むほうが簡単なのデス…」

「響さん、きりちゃん、もう少しだから頑張ろう?」

ソラに指定された面積まであと少しだった。

「うう…はぁい…」

皆ひとしきり修行を終えると辺りを警戒しながら休む訓練だ。

この18階層はモンスターのポップは無いが、モンスターが入ってこないわけではない。当然迷う込んだモンスターは居るので絶対安全とは言い切れない。

焚き火を囲んで休養。疲れが取れた頃合で出発する予定であった。

「昼間の修行はいったいなんなのですか?」

とリュー。

「ええっと…」

問われた響は上手く返答できない。もとより深く考えていないからソラ達から説明された部分をすっぱりと忘れたらしい。

「冒険者の人たちが何となくでやっている事を順序だてて修行しているんです」

と調。

「そう、それだよっ!ありがとう調ちゃん」

「は?」

「冒険者の人が熟練度やレベルが上がると強くなるのはどうしてですか?」

「それは…」

考えた事もなかったのだろう。

「それは、器が広がり使えるオーラの量が増えるかららしいです」

「オーラ?」

調はそれには答えずに続ける。

「では、レベルが上がると同じ武器でも攻撃力が違うのはどうしてですか?武器は強度の高低はあっても威力に上下は無いはずです」

「と言うか、武器に攻撃力(いりょくのじょうげ)があるのなら、強い武器を装備した駆け出しの冒険者でもミノタウロスの皮膚を切り裂けるはずデス」

でも出来ない。

「それは…」

リューはやはり分らない。そう言うものだと思っていたからだ。

「それは纏えるオーラの量が増えれば自然と武器に纏わせるオーラの量も増えるからだとアオさん達は言っています」

でも、と。

「だったら、制御されていないそれらをもし制御できたとしたら?」

「出来るのですか?」

「その為の修行なのデス…そうデスねぇ…レベル5になったというリューさんの纏はこれ位の感じデスか?」

そう言って練をして纏うオーラを上昇させる切歌。

「な、これは…」

「練」

調がボソリと呟く。

切歌からかかるプレッシャーが変わり、彼女との実力差を感じ取り驚愕する。

彼女はほんの少し前に恩恵を貰ったはずの人間である。であるなら、早々簡単に自分の領域には達せ無いのがある種の常識であった。

「試してみるデスっ!」

切歌は近くに有ったサイズを持ち上げると周で武器を覆い戦いとはいえない緩慢な動きでリューへと斬りつける。当然それをリューは自身の武器で受け止めた。

ビリビリビリ

レベル差がありすぎて拮抗すらしないはずのその打ち合いはしかし、若干リューの方がたじろぐほど。

…重い。

「あなた達、レベルは?」

「えっと、まだレベル1です」

と響が答える。

「そうですか、なら…」

それでも今の自分はレベル5。レベルは1レベル上がる毎にその潜在能力は隔絶する。

だからレベル1とレベル5の間には修行なんかでは埋められない差が有るはずなのだ。しかしそれを目の前の切歌は埋める何かを使っている。

「纏しか使えない冒険者のレベルなんて有って無いようなものデス」

「テン…?」

恩恵(オーラ)を自在に操る修行の一名称です。とは言え、これもここに来てからアオさんに教えてもらったのですが」

と調が言う。

「それに奥の手もあります。なので、帰りのゴライアスは任せてください」

と言った響の言葉を最後にもろもろ準備を開始した。



「はっはっはっは、ちょせいっ!」

トリガーハッピーとばかりにクリスが両手のバルカンを乱射する。

響が言っていたシンフォギア(奥の手)だ。

「こら、クリス。日ごろの鬱憤がたまっているのは分るが…だめだ、聞いて無いな」

「しょうがないわよ。今までダンジョン内でこれほど発砲できる場所は無かったもの。とてもフラストレーションも溜まっていたでしょうね」

「ですね。武器もミィタさんが用意した弓矢や短剣でしたし」

と未来。

普段、彼女達の探索は周りから浮かないような防具、武器を身につけて攻略に当たっていた。駆け出しの彼女達でも上手く使えるほどに調整されたその武器はとても使いやすくはあったのだが当然シンフォギアなどは使えず、ストレスも溜まっていたのだろう。それをこの大空洞で発散しようとするクリスは大暴れ。

「ちょせい、ちょせい、ちょせいっ!」

左右に避けても上に跳んでも迫るクリスの攻撃にゴライアスは攻勢に移る事すら適わない。

しかし、両手を捨てる勢いで前面をガードし大きく息を吸い込むゴライアス。

ガアァアアアアアアアアアッ!

咆哮一発。

普通の冒険者なら怯むその音での攻撃に、しかし良く思い出して欲しい。シンフォギア装者はヘッドギアを皆装備しているのだ。

イチイバルはその攻撃が音波であると認識したコンマ一秒でヘッドギアのボリュームを最小までカット。結果、無防備に晒されるだけのゴライアスにクリスは大量の鉛球をぶち込んだ。

「へ、他愛も無い」

どんなもんだとガトリングを振り上げれば、そこには粉みじんになり大き目の魔石のみが転がっていた。

「結局一人でやってしまったな…」

「なんか、体が軽いというか、シンフォギアの威力も以前より格段に上がってんな」

「あら、それはソラの修行が効果があったと言う事ね」

やれやれと翼、マリアと嘆息。

「これで、響達も問題なく通れますね」

と未来が言ったセリフの後、通路の下部が塞がる音が響いた。



「ちょぉっとぉ、何なのっ!?」

いきなり照明を兼ねていた大水晶が割れたかと思えば巨大な何か…モンスターが一体降って来た。

響達はリュー達を先に送り出し、最後尾で地上を目指す予定だったのだが、そこに来てベル達がなにやらひと悶着あったようで出発が遅れていた所にこの異変。

モンスターが生まれないはずのこの18階層にモンスターが。それも遠めに見れば以前響達が討ち倒したゴライアスの亜種のようであった。

「あれはまずそうデス」

確かに見た目は以前倒したゴライアスだが、そのプレッシャーはそれをはるかに凌いでいた。

「どうするの…と言うまでも無い」

調が振り返ると響が右手を胸に当て、聖詠を口ずさんでいた。

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

オレンジ色のギアが響の体を包み込む。

「よしっ」

ぐぐっと両足に力を込めると弾丸の如く駆け出してた。

「まぁ…」

「響さん、らしいかな」

取り残された切歌と調もギアを纏うと響の後を追っていったのだった。


現われた黒いゴライアス。

一度は大規模威力の魔法で打ち倒されたかのように見えたそのモンスターはしかし、有り余る魔力で自己再生を始めてしまう。

「なっ」

その事実はこの18階層を拠点としていた冒険者達に恐怖を与え、今まで対等に戦ってきていたはずの冒険者達が一気に劣勢へと陥るほど。

ゴライアスの巨大な拳は魔術師を守る壁役(ウォール)諸共吹き飛ばし、剣士の攻撃なんかはがその硬皮に傷を付けれない始末。

唯一有効打だったのは魔術師による一斉射だがここに至ってはその攻撃を再度仕掛ける事もママならない。

「形成を立て直せ、もう一度魔術師達の攻撃をっ!」

「もう無理だっ!あんなヤツ勝てっこねぇっ」

冒険者達の怒声が飛びかっている。一度崩れた冒険者達の情勢はどうしようもない位劣勢だ。

「逃げるぞっ!」

「しかし何処に?入り口はふさがれていて、恐らくあのモンスターを倒さなければ開きませんよ」

「くそっ!何か手は無いのか…」

「待て、何か聞こえないか?」

絶望に染まる冒険者達の耳に、その戦場に有るはずの無い何かが聞こえる。

「歌、か…?」

それは、歌われる歌詞は全く意味が分らないが、確かに誰かの歌声。

「オオオオオオオオオオッ!」

怒声と共に振り下ろされるゴライアスの巨拳。振り下ろされる先に居る冒険者達は吹き飛ばされるのを待つばかりといった最中、その歌声の主は地面をしっかりと蹴り上げて宙を翔けた。

「だあああぁぁぁあああああああっ!」

初撃必殺。アオやソラの教えを忠実に守り響はフォニックゲインを圧縮した事により肥大化し強化された右腕のギアでゴライアスを強襲。振り抜かれた腕はその衝撃をいかんなく発揮し攻撃を受け付けないほどの硬度を持つこの強化種のゴライアスの硬皮に衝撃を浸透。内部から破砕させた。

魔石を砕かれれば幾ら再生能力を持つ強力なモンスターと言えひとたまりも無く、サビを歌う響の声をBGMに霞みと消えて行った。

ズザザーーーと地面に着地すると右腕から排気するように余剰エネルギーの排出と冷却。

「よしっ!」

「はい?」

地面に降り立った響の近く、たまたま居合わせたリューが呆気に取られた顔で固まっていた。

それも仕方が無い。レベル5である自身を筆頭にアンダーリゾート中の冒険者が束になっても敵わなかった相手をただの一撃でしとめて何の気負いも無いのだから。

しかし、響のガングニールは拳打の一撃で月の欠片を吹き飛ばし、クリスの補助が有ったとは言えカラコルム山脈測量番号2号を打ち抜いた豪腕である。

そこにソラの指導が加わったのだ。

強化種とは言えゴライアスの硬皮くらい打ち抜けないはずが無い。

「逃げていくデス」

「響さんがあの黒いのを倒したから?」

街にせまるモンスターを切り刻んでいた切歌と調の二人も動きを止めた。

モンスターを鼓舞、支配していたゴライアスが倒された事に慄いたモンスター達も三々五々に散らばって行き落着を見る。







響達も育ってきた所でアオ達三人も含めて二チームに別れダンジョンへ。

「やっぱり映像で見るより自分で来た方が感じられる肌触りからして違いますね。さすがダンジョン」

「あはは…そうだねぇ…なんでシリカちゃんこんなにテンション高いんだろう…」

響が若干引いていた。

「よーしっ!行きましょうっ」

「あ、そんなに慌てては…」

「あぶないデスよっ!」

斬ッ斬ッ斬ッ

現われるコボルトをダガーモードにしているマリンで一瞬の内に切り伏せて進んでいくシリカ。

「シリカは確かに能力系特化だけど、だからと言ってフィジカルが弱いかと言えば…」

「なるほど…」

「わたし達はまだまだ…」

「と言う事なのデスね…」

響、調、切歌とシリカの動きを目の当たりにしてショックを受けたようだ。

「ま、響達の何百倍も生きているからね」

「そっか」

「響…?」

「ううん、なんでもない。行こう、アオさん」

響に急かされてシリカを追う。何かをはぐらかされた気がしたが、気がつかない事にしておいた。

ダンジョンを降るに連れてモンスターは強化され、またダンジョンからの罠も狡猾になっていくと言われている。

「だからってこの数は多すぎだろ~」

場所は17階層。大量のモンスターに追われてアオ達は走っていた。追いかけてくるのは牛の頭を持った二足歩行のモンスター。

しかしその数30。

「わぁ、ミノタウロスですよ、ミノタウロスっ!」

「嬉しそうに言わないで下さいっ!」

シリカに調がつっこみを入れた。

「しかもいつもより凶悪デスっ!」

「普通のミノタウロスはこんな黒毛和牛みたいな色してないよっ!」

切歌と響も叫んでいた。

「どう言う事だ?」

「分りませんが…とりあえず、やっちゃいますっ」

シリカが一人反転しミノタウロスへ向かって走り出す。

「わわわ、ちょっと待って、わたしもっ!」

響も反転。纏ったシンフォギアのバーニアを吹かしミノタウロスの集団に渾身の右拳を炸裂させた。

「きりちゃんわたし達も」

「わかってるデス」

調と切歌も頷き合うとミノタウロスへと突撃。

「しゃぁない、俺も行くかな」

とアオもソルを片手に参戦する為に集団へと掛けて行った。



……

………

「はぁ…はぁ…つ、疲れたぁ」

「これは流石に…」

「ハードなのデス…」

響、調、切歌は少し息が上がっていた。

「アオさんもシリカさんも息が上がってない」

「バケモノデス…」

「こらこらこら」

アオがたしなめる。

「そんな事より、この階層であんなにモンスターに会った事無いよっ」

「うん、やっぱりいつものヤツよりも強い。個体差と言うレベルを超えている」

と響と調が言う。

基本的にダンジョンの階層におけるモンスターの強さに変容は無い。潜るほどにモンスターが強靭になって行くと言うセオリー通りだ。

時たま、他のモンスターの魔石を取り込み自己の強化をはかってしまう変異種も居るが、稀であり、そのようなモンスターは発見されれば速ギルドによって討伐クエストが発注される為ほどだ。

それにしたって100を超えるモンスターが全て魔石を取り込み強化された、などとは考えられない。しかも、アオ達を襲ってきたミノタウロスはダンジョンの壁面から生まれ落とされた所をその眼で見ていた。

「今日はもう帰ろうか…」

「ですね。何かおかしい気配を感じます」

アオの提案にシリカも同意。他の三人は二人が言うならと賛成のようだ。

ソラに念話を飛ばしてみた所、あっちも大変な事になっている。

『み…け……たっ…』

「え…?」

「アオ…さん?」

「今…何か…」

『見つけたっ!』

アオが確かな声を聞いた次の瞬間…

「わわ、何がっ!!」

「ダンジョンが、揺れてるっ!」

「デースっ!!」

響、調、切歌が慌てた声を出すのも仕方ない。ダンジョンそのものが振動し、天井からはパラパラと小石が舞っている。

ダンジョン下部で何か途轍もない力を感じる?

ドドーンッ

轟音がダンジョンを駆け巡り、空気を押し出し、またダンジョンそのものを震わせる。

「何か、嫌な感じだ…みんなこっちに」

「はいっ」

アオは響達を連れると、権能で一瞬でダンジョンを飛び出しオラリオの上空へと滞空。

そして見下ろした先は衝撃を受ける光景が広がっていた。

オラリオの市壁の外から1キロほどの所に粉塵が巻き上っているのが見える。

目を凝らせばまるでクレーターのようだがそうではない。あれは巨大な穴だ。

「まさか、さっきの衝撃でダンジョン内部から地上へと通路が出来たのかっ!?」

「そんな、それじゃあ…もしかして…あの穴を通ってモンスターが出てくるとかは…」

アオの驚きの声にまさかと問う響。

「でもでも、確かダンジョンは自然と元の形に戻るって」

「それがどれほどの時間かかるのか…その間に出てくるやつらは多いんじゃないか?」

否定しようと声を出した調の言葉をアオが否定した。

「来る…」

グララララッ

巨大な咆哮が轟き、大穴から飛び出してきたのは大小様々、数多くの竜。

「アオっ!」

ソラも翼達を連れて転移で現われたようだ。

「あの数のモンスターが街を襲えばひとたまりも無いな」

「そんな、…何とかならないの?そうだ、シリカちゃんの能力ならっ!」

響が叫ぶ。

「はい。今目に見えているモンスターを隔離、殲滅する事はできますよ。ですが…」

「ですが、なんだってーんだよ」

イライラしながらクリスが聞き返した。

「取りこぼしたものは再度取り込めません。まだ穴が塞ぎきっていない現状、今使って良いものか…」

「大規模範囲殲滅攻撃は…私で二回。シリカで二回と言った所ね」

とソラが言う。

「アオはどうなんだ?」

翼だ。

「大規模攻撃は出来るが、範囲攻撃は苦手だ」

撃ち貫くのと燃え広がらせるのは別物、と言う事だ。

「だが、まぁ…まずは穴を塞がないとか」

アオは輝力を合成すると印を組み上げた。

「木遁・樹海降誕」

「もく…」

「……とん?」

開けた大地を包み込むように巨木が乱立し、開かれた大穴を塞いでいく。

「っ…」

「ほぅっ…」

「………っ…」

響達が呆ける中、大穴は着実に塞がって行き…

ドンッ!

爆音と共に一際デカイドラゴンが樹木を突き破り地表へと現われる。

「アイツか…アイツがこの大穴を開けた張本人だろうな」

グララララララララっ!

巨竜の咆哮で、木々の間から無数のドラゴンが舞い上がる。

「まずい、このままじゃ本当に街がっ!」

響がすがるようにアオを見つめる。

「あの大きいのは俺が何とかしよう。なんと言うか…俺の中に居る誰かがあの巨竜に用が有るらしい」

「へ?」

「さあ、修行の成果をためす時ってな」

行っておいでとアオは響達を突き放す。

「シリカ、彼女達を頼んだ」

「もうっ!後でシュークリームでも奢ってくださいねっ!」

そう言うとシリカも駆けて行く。

「アオ」

「ソラも感じるか。あの巨竜との因縁を…」

「うん」

「直接は関係ないはずなんだけどなぁ…」

「うん。でも何かしないといけないと言う衝動に駆られている。まぁそれに飲み込まれる事は無いけれど、ね」

「そうだね…でも…だから」

街の外のこれほどの緊急事態に、勇気有る冒険者はいち早く市壁の外へと駆け出てドラゴン達を相手取るが…

「ダメだっ!俺達の手に負えるモンスターじゃねえっ!」

「撤退だっ!」

「市壁の中へ退避っ!」

深層域から抜け出してきたモンスターにレベル1や2程度では歯が立たず。高レベル冒険者であっても複数人で取り囲めない現状、旗色が悪かった。

と言うか、大半の冒険者はこの日中の時間はダンジョンに潜っている。今街に居るのはドロップアウト寸前か、もしくはたまたま休暇中の冒険者しか居なかったのも災いしているのだろう。

「あああ、もうっ!」

慌てて逃げる冒険者を逃がす為にシリカが理不尽な世界を展開。敵の半数を呑み込み姿を消した。

グララララッ

しかし再度の咆哮でまだ潜んでいたドラゴンが木々の隙間から現われ飛翔。街へと向かう。

「ロード、アルテミスの矢」

ソラがすかさずジョン・プルートー・スミスからコピーした権能をフルバースト。茂る木々で塞がれた宇上蓋ごと現れるドラゴン達を吹き飛ばす。

「これで一回」

ソラが呟く。

「さすが神を殺した者たちはスケールが違うな」

「へ、だからって負けてやる気はないぜっ」

「言うじゃないか、雪音。ではこちらも見せるか」

「たりめーだっ!」

と言うと翼は空中に幾十幾百の剣を現し、クリスは大き目の弓にミサイルの矢を番え撃ち放つ。

放たれたそれらは無数の流星となってドラゴン達に降り注ぎ、撃ち落していく。

「ううっ…広範囲攻撃…覚えようかなぁ…」

「近接武器の活躍どころが無い…」

「翼のアメノハバキリは伝説では近接武器のはずなのだけれど」

響、調、マリアとうなだれる。

「ほら、響。しゃんとしなさい。撃ち洩らした敵が城壁へと向かう前に倒さなきゃ」

「う、うん…そうだね未来」

「ほら、調もマリアも行くデスよっ!」

「切歌…」

「きりちゃん…わかってるよ」

そうして彼女達は手近なドラゴンを屠っていく。

「悪い、遅れた」

「ヒーローは遅れて登場するものだから簡便な」

「まぁ、これでも異変を感じてリレミトで急遽ダンジョンを抜け出てきたんだぜ」

「まったくだ。これで活躍どころが無かったら泣く所だな」

団長、ミィタ、フィアット、月光も到着しドラゴンを狩り始めた。

「まったく、頼りがいの有る奴らだよ」

さて、それじゃぁ…

「俺の相手はあの巨竜…てぇちょっとっ!!」

今までも大小様々なドラゴンのブレス攻撃で市壁を揺らしていたが、目の前のアレは別格。

咽元を震わせ練られたエネルギーの桁は周りのドラゴンの優に数十倍。

ドラゴンは大きく息を吸い込み仰け反っており、もはや放たれる寸前だ。

アオ一人なら避けられるが、後ろのオラリオはどうだろう。市壁で守られるか、それとも市壁などなんの役にもたたずに…

後者の確立のほうが高そうだ。

「くっそっ!」

アオは一気に輝力を膨れ上がらせると自身の周りを包み込むように具現化。

十の尻尾を持つ巨大な獣の姿を作り出し、その四肢で地面を蹴った次の瞬間、その巨体は音もなく巨竜との距離を縮め体当たり。諸共に大地を転がって行く。

大地を転がりながらアオはオラリオとは距離を取り、射線軸から外れた事を確認すると、敵愾心を煽られた巨竜のブレスがアオに向かって放たれた。

そのブレスは火炎などと生易しいものではなく、もはや閃光。プラズマとなって獣の頭部を吹き飛ばす。

「グルルル」

冷却の為だろうか、巨竜の咽が鳴動している。

獣の頭を吹き飛ばした事でカタは着いたと思っているのだろうか、巨竜の警戒が一段階さがったように伺える。

実際、霞の様に光る粒子に分解されていく巨獣を見れば決着はついたと考えるだろう。だが…

トリックスターはアオが得意とする所。煙の隙間からグンと巨大な剣が伸びる。スサノオの十拳剣だ。

巨獣の顔はやられてもアオにダメージがあるわけでもなく、この隙を逃すまいとスサノオを行使。これで封印すれば終わると、直撃を確信したアオの目の前でそのドラゴンはその攻撃をかわしてみせた。

「なっ!?」

だが、逃がさない。返す刀で頭を落として見せると振るうが…

「…っにぃ!!」

斬られるよりも速くその巨体が消失する。

どこにっ!と目を凝らせば大地の上に一人の青年の姿が見えた。

その青年を見たアオは、なぜかスサノオを解除。自身も地面に降り立つとその青年と対峙する。

そうしなければならないとでも言うかのように。

目の前の青年は黒い甲冑に左右の手には二振りの日本刀が()げられていた。

頭部には竜を思わせる角が左右に生えてはいるが、肌の色やそれら除けば人間とそう変わらないだろうか。

「君は…?」

アオが問いを発するほど、アオは自身の内から湧きあがる熱をもてあましていた。

知っているような、懐かしいような、それでいてとても暖かいものの様に感じる。

「あ、ああ…ああああああああっ!」

青年は狂声を上げると充血したように真っ赤なその瞳でまっすぐにアオを見ると、一走で距離を詰め、手に持った刀で斬りかかる。

「なっ!?」

その身の運び、剣筋、呼吸。どれをとって見てもそれは…

「御神流っ!?くっ」

虎乱をいなしつつ迫る薙旋を回避。

敵の熟練度は中々のものだ。

そこの強烈な魔力を乗せて放つものだからか、その一撃一撃は必殺の威力を持っていてとてつもなく重い。

アオにしてみればこの剣戟に付き合う必要な無い。だが…

アオはこの目の前の青年との剣戟に興じていた。まるで互いに何かに突き動かされているように。

気がつけば周りは二人の剣戟の音だけが響いている。

あれだけいたモンスターもどうやらソラ達が対処したようだ。地面に開いた大穴もどうにかソラが再び塞いでいて、これ以上モンスターが出てくる事もないだろう。

剣戟の音だけが響いていた。

「アオっ!」

周りのモンスターを潜り抜けて現われたソラは、しかし二人のその剣戟を見なぜか郷愁に囚われそうになる。

「なんだろう…懐かしいような…悲しいような…そんな感じ…」

ソラはそのまま二人の戦いを見守る事にした。



……

………
「はぁっ!これで、ラストっ!!」

響の拳が巨竜を吹き飛ばすと、周りにモンスターの影は無くなっていた。

「アオさんは…」

スタッスタッスタッ

乾いた着地音が複数
聞こえ、ソラの後ろに並ぶようにアオの戦いを見る。

「終わるわ…」

遂に剣戟の音は途絶え、アオの刀が青年の心臓を穿つ。

「っ…」

響たちの息を呑む音。

「お…と……さ…っ」

「…るー」

青年の体が光と変じ空へと昇る。それを見送るアオやソラの体から光る何かが分離し、添うように昇って行った。

「…アオ」

そっとアオに近づいてくるソラ。

アオの足元には二振りの日本刀が地面に突き刺さっていた。

天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)天之尾羽張(あめのをはばり)、か」

「そうね。私もそうだと思う」

知らないはずなのにね、ソラもと悲しそうな声で同意した。

アオはその二刀を手に取ると片方をソラへと差し出す。

「これは俺達一本ずつ持っていなければいけないと思う…」

「うん…」

と同意した後ソラは首を振った。

「今はアオが持っていて」

そう言ってソラは振り返り響達の元へ。

「もういいかな、なんて思っていたけれど…やっぱり止めたわ」

「ソラ…?」

「あの娘達にもちゃんと会いたいし…だから」

そう言ってソラはアオへと再度振り返る。

「必ず、受け取りに行くから。…だから、覚悟してなさいね」

帰りましょうかと言ってソラはアオの元を離れて行った。



……

………

響達の修練も無事に終了した頃。

「え?帰る…?帰るって何処に…?」

ようやく帰還の目処が経ち、帰還の準備を進めていたアオ達にパンドラの声。

「もともと俺達は異世界人だからね。もちろん、そちらに置いてきぼりをしている奴らも居る。帰らない訳にはいかない」

「そ、そんな…」

パンドラの表情に絶望が浮かぶ。

「ふむ、なるほど。ではこちらも準備を始めよう」

とアオの言葉を聞いていた団長の声。

「みなっ!準備を開始しろ」

「了解」

「いえっさー」

「忙しくなるな」

「パンドラちゃんも準備しないとっ!」

「へ、準備って…?」


「何々?わたし達の送別会でも開いてくれるの?」

と響。

「む、そんな訳無いじゃんか」

「は?」

「もちろん、我々もそちらの世界に同行する」

「「「はぁっ!?」」」

アオ、響、パンドラの戸惑い。

「何を言っている…?」

「だって、この世界にサブカルチャーなんて物ないんだぜ?」

「オタクである俺らにこの世界で一生を過ごせって?」

「目の前に現代日本への切符が有るのに乗っからない訳には行かないだろうがっ!」

とミィタ達がそれぞれ口に反論。

「な、なるほどっ!その手が有ったねっ!」

なぜかノリノリのパンドラもミィタ達と一緒に身辺整理をし始めた。

「おいまて、パンドラはこの世界の神様ではないのか?」

「そうだけど。その責務の全てをほっぽり出して下界に降りて来たんだよ。今更神の責務と言われても困る」

おい…

「シルちゃんやリューちゃん達にはどうせこの世界のお金なんかもう使わないだろうから一生安泰分だけ残しておいて、残りは貴金属類に変えておかないとな」

「そうだな。その辺りはしっかりと面倒見ておかないと後味が悪いものなっ」

「あ、そうだ。この天道宮と星黎殿をどうしようか…アオさん、持っていけるー?」

「む、まあ勇者の道具袋や神々の箱庭に入れれば何とか…?」

「おー、さっすがアオさん。この二つは上げるんで貰っちゃって」

どうせ向こうの世界じゃ使わないし、とミィタ。

まぁ、確かに現代日本では使い道が少ないわな…

「良いんですか、アオさん」

とシリカ。苦労するのはシリカでは無いので聞いてくるだけだが。

「まぁ…何とかなるだろう…たぶん…」

ミライの戸籍も捏造してもらったのだ。何とかなるだろう。

「それじゃ、あなた達もしっかりね」

ソラが響達に簡素な別れの言葉を告げる。

「はい、ソラさんも」

「まぁ、すぐに会えるとは思うんだけどね」

「は?」

「なんでもないわ。また会いましょう」

団長やミィタ達の準備を待ち、アオ達は帰る。彼らがここで成した偉業は後世書き換えられ正確には伝わらない。しかしそこには確かに彼らの冒険があったと言う事実は各々の胸の中にだけ刻まれていれば良いのだ 
 

 
後書き
と、言う事で後編はシンフォギアクロスでした。まぁ、全体を通して主人公はむしろ団長達なのかもしれませんが。こういうのもたまにはいいかな、と。
もうストックもないので今年のエイプリルフールは本当にないかもしれませんねぇ… 

 

エイプリルフール番外編 【シンフォギアXD編】

 
前書き
長らく放置して申し訳ありません。 

 
ある日、朝早くからスキニルへと集められた装者達面々。

バビロニアの宝物庫の鍵であるソロモンの鍵はアオが厳重に管理。ほとんど出てくる事のない普通のノイズが現れててんやわんやの後本部でブリーフィングと相成ったのだが。

「こんな朝っぱらから何の用だよ」

クリスはそうあくびをしながら指揮官である風鳴弦十郎へと問いかけた。

「今朝早く二課で保管中の完全聖遺物ギャラルホルンから強大なフォニックゲインが感知された」

え、完全聖遺物まだあったの。二課保有の完全聖遺物ってデュランダルと…ネフシュタンだけじゃなかったんだ。

「ボクも今日初めてその情報を開示されたので」

とすまなそうな顔を浮かべるのはエルフナインだ。

「完全聖遺物…」

「ギャラルホルン、デス?」

調と切歌の疑問の言葉と同時にそこに居る装者達の視線がこちらへと向いた。

「な、なんでみんなでこっちを見るの?」

「いやー…たはは」

「いや、こういう時はミライを見るだろ?」

と響とクリスだ。

「響…」

「雪音も」

未来と翼は呆れたようにつぶやくも自分も同じくこちらへと向いている。

「皆…」

そうつぶやいたのはマリアだが、同じだからね?

「はぁ…」

とため息を付いてからミライは最近アオとの境界が薄い記憶を整理する。

「北欧の神、ヘイムダルが持つと言う。終焉の角笛、ギャラルホルン」

「終焉…?」

誰かが物騒な言葉とつぶやく。

「神々の黄昏、ラグナロクの訪れを告げるのだから終焉と言われるのもしょうがないだろう」

えーっと…

「ラグナロクとは、北欧神話による神と巨人による最終戦争。この戦いで世界は海に没し、滅びる。ついでに、わたしのナグルファルはこの時に巨人を乗せて戦いに出た船の事で、フリュムはその舵をとった巨人の事だね」

「えええっ!?」

「響…驚いている所悪いけれど、ガングニールを持つ主神オーディンはこの時ロキの息子である魔狼フェンリルに食い殺されているのだけど」

「うぅええぇ!?」

驚きの声が強まった。

「神様って死ぬもんなんだな」

「クリス…神が不滅であるのならわたしは…アオは神様を殺していないよ」

「ああ、そうだったか」

クーリースー。

さて、問題はここに集められた理由である完全聖遺物ギャラルホルンのその特性。

「へーこー世界だぁ?」

「へいこう世界って何ですか?」

クリスと響が問う。

「で、こっちを見ますか…」

「この間のオラリオの時とは違うのですか?」

「調っ」

調と切歌。

「あれは異世界。平行世界とは似ているけれど、定義そのものが違う」

「定義?」

「どう違うんだ?」

「異世界は別次元の世界。しかし平行世界は基本的には可能性の世界。つまりは普通に地球と言う事になる」

「可能性って?」

響、何でも聞けば良いと言うものでのないぞ。まぁ、いいけど。

「簡単な話、わたしがもしあの日、響と出会った日に公園に行かなかったら?わたしはきっとここには居ない。世界は選択の数だけ分岐して枝分かれする。それが平行世界論」

「ミライちゃんっ!そんな事いっちゃヤダよっ!ミライちゃんと出会わなかった、なんて…」

「いや、響。だから、そう言う可能性で分岐した世界もあると言うのが平行世界論なんだけど…」

ぎゅっと響に両手を力強く握られてたじろぐ。


「ああっと…後は平行世界の運営の概念だと編纂事象と剪定事象と言うのも有るのだけれど、これは今は関係ないのかな」

「平行世界の運営?…いえ、出来れば教えてください」

とエルフナイン。

「うーん…編纂事象はいいかな。これはこれからも続いていく世界の事。問題は剪定事象だけど…」

「剪定って?」

聞きなれない言葉にマリアが問う。

「樹木の枝葉の形を整え切り落とし風通しを良くして成長を促す行為だが…」

そう弦十郎が答える。

「まさか…」

「世界の時間軸を樹木で現すとするならば、平行世界とは枝分かれした枝葉のような物。宇宙は可能性を広げる為に膨張しているのであって、先が見えている世界に分け与えるエネルギーは無いゆえに世界事刈り取られる、と言う理論なんだけど」

「つまり…ある日突然世界が無くなると言う事なのか?」

「そう言う可能性もあり得る、と言う考え方だね。とは言え、いつどのように編纂が行われるのかなんて事は気にしても仕方のない事。考える必要もない事だよね」

明日終わるかもしれないと言う不安に押しつぶされては生きる意味もない。

「剪定事象…」

エルフナインが何か考えるこむようにつぶやいた。

それで、ギャラルホルンの事だが、この聖遺物は平行世界へと渡河する事が出来る神具であるらしい。

ギャラルホルンが起動すると、災厄がこの世界に現れ、平行世界の事変の元を解決しない限りしばらくの間こちらの世界にも災厄が続く。

先のノイズがそうである可能性が高いらしい。

ギャラルホルンで平行世界に渡れるのは現時点ではギアを持つものだけ。

聖遺物の共鳴がそうさせるのか、事変の解決できる人間を探しているのかは定かではない。

ギャラルホルンが起動したのは過去に二度。

最初の一度目は天羽奏が平行世界に赴いて事変を解決して戻って来たらしい。

この事に翼が知らなかったと憤る。

二度目はネフシュタン起動実験時。この時は解決に当たれる人材がおらず収まるのを待つのみだったとか。

結果被害は拡大し、もしかしたら天羽奏が死に、響が被害にあったノイズの襲来の規模が大きかった事もギャラルホルンに由来するのかもしれないとの事。

「場当たり的だが、こちらにノイズが現れた時に対処して被害を防ぎギャラルホルンの発動が弱まるのを待つと言う考え方も出来るが…」

「それはやめた方が良いかもしれません」

弦十郎の言葉にエルフナインが応える。

「それは?」

「ギャラルホルンが平行世界へと助けを求めるほどの事変だったとした場合、それは枝に付いた病気や害虫と考えられるんじゃないですか?それは一世界にとどまらず、食い尽くしては隣の枝葉へと浸食する…」

それは…

「つまり、剪定事象の考え方で言えば隣り合うあまりにも近しい枝葉は刈り取られてしまう、剪定されてしまう、と?」

弦十郎がまとめる。病気がうつりかけている隣の枝諸共切り落として病気を防ごうと言うのだ。

…完全に否定は出来ない。平行世界が干渉してくるなんて事象でどのような現象が起こるかなんて誰も想像できようもないのだから。

これに答えられる存在が居るのなら、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグくらいな者だろう。

「一応聞くけど、ミライは…いえ、アオはヘイムダルの権能は持っているのかしら?」

「デスデスデース。それが有ればもしかしたらギャラルホルンの制御が出来るかもしれないのデース」

マリアの言葉に切歌がコクコクと頷きながら言葉を続けた。

しかしミライはそれに顔を横に振る。

「残念ながら、蒼(わたし)は持ってないなぁ」

「そうか…」

「と言う事は、結局向こうに出向いて原因を排除するしかない、と言う事かしら?」

「そうなると思います」

マリアの言葉にエルフナインが頷き返した。

「こちら側にもノイズが現れる危険性が有る以上、装者達全員でと言う訳には行くまい。半数、それが限度だ」

と言う弦十郎の言葉にすぐに翼が立候補。これは以前奏がやったと言う事が彼女の動機だ。

続いてマリアが立候補し、クリスもとなったのだが、それはマリアがお願いする形で残ってもらう事になった。

三人目は響。平行世界で有ろうと困っている人がいるなら、と言う事なのだろう。

「最後は…」

じっと皆の視線がこちらへと向いた。

「えぇっ!?わたし、ですかっ!?」

「当然だろう。ミライが行かずして誰が行く」

と翼。

「えー、出来れば遠慮したい。面倒くさーい」

「あなた、だんだん蒼(かれ)に似て来たわね」

そうあきれ顔でマリアが言う。

「それはしょうがないですよ。同一人物ですからね」

本当は、アオとの同一化が進んでいる為だが、黙っていた方が良いだろうか。

時間をかけてゆっくりと分かりずらい速度で変わって行けば、皆も分からなくなるはずだ。

別にどちらかが消えると言う訳じゃ無い。今の状況で推移すれば、それは両方とも自分と言う感覚になるだろう。

「どの道、ミライくんが平行世界に渡るのは規定事項だ。ミライくんが行かないと言うのなら、ギャラルホルンの停止を待つ選択肢を取る。万が一と言う事も有るからな。君が居れば万が一でも何とかするだろう」

その信頼が重たい。

「弦十郎さん…まぁ、分かりましたよ。別に本気で嫌がった訳じゃないしね」

翼、響あたりは人の話を聞きそうにない。どんなに危険が有ろうとも行くと決意してしまっている。

だったら一緒に行った方が幾らか心配も減ると言うもの。

さて既に行く気満々の翼だが、準備は……大概のものは道具袋に入っているから良いか。

「まぁ、平行世界にはアオは何度も飛ばされていますし。今更ですね」

「…何度もなのか?」

「ええ…何度も、です。おかげで戻ってくる術式を構築しなければならなくなる位でした。彼の苦労が伺えます…」

苦い顔をするミライ。

過去、ゼルレッチの家系…遠坂凛と一緒に彼女の生涯を掛けて迫った事がある。その成果はゼルレッチに迫るものだった。

「資料によれば、ギャラルホルンで送られた場合、出口近くに帰還用のゲートが有るらしい。最優先で確認してくれ」

「りょーかいです。あ、それと一応ギャラルホルン入手の経緯を教えてもらえれば」

「どうしてだ?」

「渡った世界にもギャラルホルンは有るかもしれない訳でして…有るのなら発動する前に何とかしておこうか、と」

まぁ、平行世界だ。こちら側にあった場所に有るとも限らないが、調べるくらいは良いだろう。

ギアを纏ってギャラルホルンを潜る準備を整える。

ギアは宇宙空間でも問題なく活動できるし、装者を真空などの環境からでも守ってくれる。よほどのことが無い限り環境に対応できないと言う事はないだろう。

翼は思い切りよく、マリアは翼に続くように平行世界へと渡っていく。

「それじゃ、ちょーっと行って来るから」

「うん、待ってる」

響が未来に行ってきますとギャラルホルンに吸い込まれていった。

「さて、わたしも行きます」

「ああ。怪我の無いようにな。死ぬ事など絶対に許さん」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

弦十郎にそう言うと最後にギャラルホルンを潜った。

一瞬の瞬きの後に景色は一変。しかし変わり映えのしない日本の首都の景色。

「ここが平行世界…?」

「それにしては変わり映えが…」

「と言うよりも、いつもの公園です。本当に平行世界に来たのかな」

「二人とも、後ろを見なさい」

響、翼の戸惑いを受け止めマリアが後ろを振り返る様に促す。

「これは…」

「これが帰還用のゲートかな」

とミライ。

「しかし、ここだとシンフォギアは目立つ。とりあえず情報収集だね」

公園(こんなところ)でシンフォギアを纏っていれば嫌でも目立つ。差し迫った危機が無ければ取り合えず解除するべきだろう。

しばらく辺りを歩いて情報を収集する。

「本当にここは平行世界なのだろうか」

「翼、あっちを見てごらん」

と促した先にはここからでもその存在を確認できるはずのものが無かった。

「カ・ディンギルが、無い?」

翼が驚いたのもしょうがない。月を穿った尖塔の残滓はまだ完全には解体されておらず、この位置からでも確認できるはずのそれが見当たらないのだから。

「平行世界、と言う事なのでしょう。それと過去と言う事でもないようよ」

とマリア。

「近くのコンビニで確認してきたところ、西暦に違いは無いわ。この世界ではカ・ディンギルは完成してない、またはそもそも無いのかもしれないわね」

「ええっ!?それじゃあリディアンはまだあそこに有るんですかねっ!?」

「それについては実際に確認した方が早そうだね」

響の問いに返す。

目的地はとりあえず旧リディアンと決めて歩き出すが…

ビーッビーッ

「警報っ!?なんでっ!?」

最近、この手の警報が鳴る事が無かった響は忘れていた。

「バカものっ!ノイズに決まっているっ!」

「あ、そうかっ!」

翼の叱咤に現状を把握。

「どっちっ」

「悲鳴はあっちだな」

翼、響、マリアは頷き合うと走り出した。

「あ、ちょっと。おーい…まぁ、しょうがないか」


「Balwisyall Nescell gungnir tron」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

「Seilien coffin airget-lamh tron」

「Aeternus Naglfar tron」

聖詠が木霊し、フォニックゲインが物質化しギアを形成。

「はっ!」

踏みしめたアスファルトを踏み抜く勢いで蹴り上げると力いっぱい響は飛んだ。

「てりゃーーーーっ!」

ギュンと響の右手のギアのギミックが高速で回転するとフォニックゲインを圧縮、打ち出す拳がノイズを砕く。

「大丈夫ですか、速く逃げてくださいっ!」

響の前で転んでいたであろう親子は頷くと一目散に走り去る。

「はっ!」

それを追うように全身を伸ばして突撃するノイズへと響は拳を振るう。

「立花っ!」

「一人で突っ走りすぎよっ!」

「ごめんなさいっ、でもっ!」

「響の人助けはいつもの事。諦めて」

はぁ、と翼とマリアがため息を付くと、剣を振るう。

「どれだけいようと今更ノイズ」

「ええ、せん滅するわっ!」

翼とマリアも一匹も逃さないとノイズを駆逐していった。

「くっ…」

響の嗚咽。

どれだけ速く駆けつけてもノイズの出現は被害が出る。

今も道路のあちらこちらに対消滅で炭化した黒い物体がサラサラと風に飛ばされて行くのが確認できた。

「あっちでまだ戦闘音がするわ」

「あ、響っ!」

マリアの言葉ですぐに飛んでいく響。

追いかけて行くと、戦場に歌が聞こえた。

「歌?…シンフォギア…?」

「やはりこちら側にも装者はいたのね」

とマリア。

どうやらノイズはこちらが駆けつける前に倒し終わっていたようで、ビルの間にただずむのはオレンジのシンフォギアを纏った…

「え、…ええっ!?」

驚く響。

翼に至ってはワナワナと震えて黙りこくっている。

「何?響、知ってるの?」

「だ、だって…あの人は…」

「…奏………奏ーーーーーっ!?」

「つ、…翼っ!?」

駆けだした翼。振り返ったオレンジ色のシンフォギアの装者は翼の存在を知っていた。

駆け寄る翼、しかし…

「あたしに近づくなっ!」

対する天羽奏は拒絶の言葉を発した。

「奏、…なぜ」

「翼は死んだっ!偽物があたしの前に現れるんじゃねぇっ!」

「わたしが…死んだ…?」

ショックを受ける翼。

天羽奏。

音楽ユニット、ツヴァイウィングの片翼であり、二年前に絶唱を唄い、散った。

「翼、ここは平行世界。生きている人間が死んで、死んでいる人間が生きている事もあるよ」

「ミライ…だが…」

ピピッ

「なんだとっ!ちっ…わかったよ…おい、お前らっ!着いて来い。おまえたちに弦十郎のおっさんが用があるってさ」

何やら天羽奏の方に通信が入ったらしい。

「弦十郎。風鳴弦十郎ですか。二課はやっぱりあるのかな?」

「奏…」

翼は心ここにあらず。

まぁ、仕方ない。

死に分かれた片翼に再会したら拒絶されたのだからね。

連れていかれたのはリディアン女学院。

「リディアンか…」

翼がつぶやく。

「なんだ、ここがそんなに珍しいのか?」

と奏。

「ああ…もう見る事も無いと思っていたからな」

「なんだ、そいつは…まぁいい」

そう言えば、わたしは通ったことが無いんだよね。ここ。

地下には頻繁に居たけれど。

「マリアさん、こっちこっち。こっちです」

響がマリアを連れて歩く。

「どうしてって…あぁそう言えば」

「はい。勝手知ったると言うやつです」

「お前ら、どうして…」

「奏…」

エレベーターで地下へと降りると懐かしき二課本部。

「お前…翼かっ!?」

といきなり驚愕の声を上げたのは風鳴弦十郎。

「おじさま?いえ、風鳴指令。はい、恐らく、あなたが知っている風鳴翼ではありませんが」

「俺の知っている翼では無い…だと?了子くん」

「はいはーい。呼ばれて飛び出て了子さんです。まずはそちらのお話を聞かない事には何も答えられないわよ?」

推察は出来るけれど、と了子さん。

「ええっ!?りょーこさんっ!?」

驚く響。

「あら、そんなに驚かれるとはね。私も有名になったものね」

いや、それはあなたがかなりヤバい事をしてくれて、すでに死んでいるからなんですが…

かいつまんで経緯を説明する。

「なるほど、平行世界から来たと」

一応納得と頷いた弦十郎。

「それで、おじさま。こちらのわたしは…」

奏の反応、二課の反応は異常だ。

「二年前…ツヴァイウィングのデビューコンサート…その時に…な」

この世界の翼はボロボロになった躰で絶唱を唄い、死んだ。

「そちらの世界ではどうなっている?」

と弦十郎。

「わたしではなく、奏が絶唱を唄い…そして…」

「そうか…」

翼の表情からどうなったのかを悟ったのだろう。

ツヴァイウィングのコンサートの後、一人になった奏は現れるノイズと一人で戦っていたようだ。

「そこが分岐点かしらね」

そうマリアが考察する。

「わたし達にとって大きな分岐点は確かにそこだろうけど。世界規模で言えばどこで分岐したのかなんて考えるだけ無駄。世界はこの瞬間にも分岐しているのだからね」

「それにしても、そちらの世界には装者が八人も居るのね。まったく装者の大盤振る舞いね」

「了子くん…」

「こちらの世界の装者達は…」

翼が問いかけた。

「天羽々斬は失われ、シンフォギア装者はガングニールの装者である奏くんだけだ」

「ほんの二年の間なのに、どれほど世界が違うのでしょうねぇ、興味深いわ」

「それはっ」

「響っ」

口にしかけた響を制す。

「ミラ…アオさんっ!?」

「こちらの世界で解決された大きな事件に二課が関わっていない以上語る事は無い」

「どうい事だ?」

「わたし達の世界で解決した事変は三つ。確かに同じ火種はこの世界でもくすぶっているだけかもしれない。だから尚の事言えない」

「アオ…さん?」

(詳細を片鱗でも語ればこの二課本部がカ・ディンギルであるのかも分からない状況では危険すぎるだろ?)

(た、確かに…)

(了子さんがフィーネと言う世界規模のテロリストですとでも言うつもりか)

(それは…そうですけど…)

「全てに先手を打つことが得策であるとは限らない。得た結果が十全である保証もない。だからあやふやの情報で動いてほしくないだけだ」

「…そうか。それならば仕方ない、か」

それらしい事を口にしてどうにか弦十郎を引き下がらせることに成功した。




二年前、翼が絶唱を使いざるを得なかった主だった要因はカルマノイズと弦十郎達が呼称する敵にあったらしい。

「カルマノイズ…?」

「ああ。普通のノイズより強力で、何より人間に触れても自身は炭化消滅しない」

「なっ!?」

弦十郎の言葉に絶句する。

「それじゃあ…」

「ああ、その一体で何人もの人間を殺せる」

マリアの呟きに弦十郎が答えた。

そのカルマノイズは現れると一通り人間を駆逐すると消えて行ってしまうらしい。

「確認が取れているだけでも五体のカルマノイズが存在しているわ」

「そちらの世界には?」

そう了子と弦十郎が言う。

「いえ、現れていません」

翼が神妙な顔で返答した。

「やっぱり、色々な所が違っているようね。本当はもっと色々聞きたいのだけれど…答えてくれそうに無いわね。残念」

ミライをみて了子は肩を竦めた。

「とは言え、ギャラルホルンがシンフォギア装者を必要としていて、カルマノイズと言う敵が居ると言う事は今回のギャラルホルンの異変はこれの解決と言う事になるとは思います」

「すまない。本当は君たちに頼めることじゃないのだが…」

と言った瞬間奏が会話を止めようと割って入る。

「だんなっ!」

しかし弦十郎は意識的に無視。

「こちらには装者は奏くん一人しかいない。異変解決に協力してもらえないだろうか」

「ええ、はい。もとよりそのつもりです。この身に変えてもカルマノイズを討ち果たして見せましょう」

翼が代表して返答。まぁ、目的はギャラルホルンの異変の解決なのだから仕方ない。

「この身に変えてなんて言うなっ!」

「奏…?」

奏の怒声に翼は何とも言えない表情で見つめる。

「ちっ」

「奏…まって…」

なにやら整理の着かないような表情で退出していく奏。翼は呼び止めるも聞く耳ないようだ。

「奏、どうして…」

あんまりこう言うのは不得手なんだけど…

先ほどから事態の推移を見守る辺りでアオが強くなっているミライが声を掛ける。

「翼」

「アオ…さん?」

何かを懇願するような表情。

「翼。あれは言わば君の合わせ鏡だ」

生き残った自分。失った自分。

「合わせ…鏡…?」

「君が一番彼女を理解できるし、しなければならない」

「分からない…分からないよ…何が奏を怒らせたの?」

「これは俺が教える事じゃない。翼自身が気付く事だ。けれど…もう一度言う。彼女は君自身だ」

「アオさん…」

しゅんとなって翼は二課内のソファへと下がる。

「アオさん」

「アオ、少し厳しくないかしら?」

と響とマリア。

「アオにしてみれば優しい方だと思うよ」

「言うだけ言って引っ込んだのね、彼。まぁ良いわ。確かに翼自身が気付く事よね」

マリアはそれ以上言わなかった。

「アオくん?…君はミライくんではなかったか?」

弦十郎の問い。

あちゃぁ…まぁ別に隠す事でもないかもしれないが。

「彼女は二重人格なのよ」

マリアが当然とばかりに答えた。隠すよりはオープンにしてしまおうと言う事なのだろう。その方がこれから堂々と会話が出来て便利と言う事だ。

「二重人格…だと」

「ええ、まぁ。記憶はある程度共有してるし、どちらも自分自身なので、基本的に利害が不一致すると言う事はありませんが」

「そうなのか…?それにしても先ほどの彼はどうも男っぽいと言うかなんというか…」

「彼は男なので」

「そ…そうか…」

体は女の状況に、弦十郎は理解しなくてもいいかと理解することを諦めたようだ。

「そんな事よりぃ、わたしが気になるのはぁ、あなた達のギアなのだけれど?」

と了子さん。

「ガングニールと天羽々斬は良いとして」

「のけ者にされたっ!?」

「響…」

「他二つのギアは?向こうのわたしが作ったのかしら?」

「一応そう言う事になるわね。アガートラームとナグルファルのシンフォギアよ」

どのみち聖詠が聞かれれば分かる事だし隠し立ては難しいとマリアが答える。

「こっちの世界には?」

「さっきも言ったがこちらの世界には奏くん以外の装者はいない。…この世界の君たちを見つければ適合できるのかもしれないが…」

「弦十郎さん。それはこの事変が解決してからでもいいだろう。自分自身に会うのは中々変な気分になる」

「それにそもそもアガートラームとナグルファルは発見されているのかしら?」

「いいや…そうだな」

「それに、適合できるかも未知数ですものね。ああ、だけど、その二つのギアはみっちりと調べてみたいわね」

「了子さん…」

だめだ。マッドサイエンティストが居るぞ…

「だ、め、です」

「ちぇ、けちー」

彼女たちのギアはギアであってギアじゃない。調べられては困るのだ。

「すまないな、君たちはこちらの世界の人間でもないのに」

「本来は自分たちの都合で来ただけなので気にしないでください。それでも気に病むと言うのなら」

「言うのなら?」

「衣食住の保証をしてもらえませんかね」

「そんな事で良いのか?」

「そんな事、では無いですよ。戸籍も、この世界のお金も、保護も無い状態ではベースを確保するのは難しいですから。その点今回は風鳴指令に出会えて…こちらの知ってるあなたに似ている事は僥倖でした」

だから戦力に考えるのは気に病む事では無いと念を押す。

「それと答えられなければそれでいい。幾つか確認したい事があるのだけれど」

「なんだ?」

「わたし達がこちらの世界に来た原因。ギャラルホルンはどうなってる?それといくつかこちらの世界で見つかっている完全聖遺物なんかの所在も知りたい」

「ギャラルホルンについては見つかっていないな。装者の少ない世界だからなのか…」

なるほど。


「何もしてないけど疲れたぁ」

用意してもらったセーフハウスで響はさっそくグデっとだらしなく横たわる。

「カルマノイズ、ね」

「データによれば黒く変色したとても強力なノイズとの事だけど…それにしてもこの世界でのノイズの出現率は異常に高いね」

「そうなの?」

弦十郎さんからもらったデータを閲覧すると結構な頻度でノイズが現れているようだ。

「そもそも、カルマノイズとやらが日本の一都市にだけ現れるのが不可解」

「そう言われればそうね」

とマリアも同意した。

「それよりも翼さんが…」

そう響が心配そうにつぶやいた。

「翼は…」

正に心ここに在らず。

「仕方ないのかな。会う事は無いと思っていた天羽奏と出会っては、ね」

「ミライちゃん…」

「こればっかりは翼が自分で解決するしかないわ」

「マリアさん…はい…」

「とりあえずの方針はこちらのノイズ被害を抑えつつ、カルマノイズを討つと言う事ですかね」

「それで良いと思うわ」

「決まりですね」

マリア、響と同意する中、翼の返答は無かった。


ノイズが出なければ自由時間だ。

響たちの各々時間を潰している。

ミライは二課のコンソールを一つ借り受けていた。

ついでに了子さんとシンフォギアについて意見交換。生きている頃には聞けなかった所などを質問し、驚かれている。

「聞いて良い事なのか分からないのですが」

「なんだ?」

と弦十郎。

「二年前のツヴァイウィングのライブ。いったい何の完全聖遺物を起動しようとしたんですか?」

ツヴァイウィングのデビュー切っ掛けは大量のフォニックゲインを集めて聖遺物を起動させる事だったと言う。

「む…それは…」

「弦十郎くん。似通った世界の彼女達に隠し事は難しいわよ。起こった出来事の内容は違っても経緯は似通っている事も有るわ」

「む、むぅ…了子くん…」

「聖杯よ」

「聖杯…ですか」

「あら、その反応はそっちはやっぱり違うのね」

「はい。わたし自身はデータでしか知りませんが、聖杯ではなかったようです」

「何の聖遺物か聞いても良いかしら?」

「こちらはネフシュタンと聞いてます。この世界で発見されているかは分かりませんが」

しかし、聖杯か。起動が成功していればそれこそ無限のエネルギー炉になりかねない代物だ。

結果を聞けばやはり聖杯が暴走。小規模爆発を起こした後に喪失。黒いノイズ…カルマノイズが現れた、と。

「そっちのネフシュタン?も喪失したのよね」

「ええ。そう言った所も似通ってますね」

なんて談笑していると突然警報が鳴り響く。

「ノイズ発生」

「場所はっ!避難急がせろっ。至急奏くんに連絡を入れろ」

弦十郎が指示を飛ばす。

「何事ですかっ」

指令室へと走り込んでくる翼、響、マリアの三人。

「ノイズだっ」

「現場に急行します」

翼、マリアと反転。

「すまない、任せた」

「はい、任せてください、師匠」

「…師匠?」

「あっ…いえ、なんでもっ…とりあえず、行きます」

響も指令室を出て行った。

「ミライくんは…」

「避難誘導が終わっているのならただのノイズならあの三人で過剰戦力です」

「そ、…そうなのか?」

一応わたしがここに残るのにも意味がある。向こうの世界の事がだが了子さんは要注意人物なのだ。

ほどなくして現着した響達三人と奏はノイズを殲滅し始める。

「戦いの密度の差なのだろうか…」

弦十郎が感嘆するのも無理はない。

実際は事変の後にあった迷宮攻略(オラリオ)の方が成長させているのであろうが…

「ほんと、強いわね」

そう了子さんも言う。

数だけは多かったノイズはたちまちに殲滅されてしまった。

それはそうだ。三人の合唱がもたらすフォニックゲインは相当に高い。

今更ノイズなんかに負けるはずもない。

が、しかし。そこに現れたのが黒く変色し、一回り大きなノイズだ。

「カルマノイズ、現れました」

藤尭さんが告げる。

「あれがカルマノイズ」


「黒くなろうがノイズはノイズっ」

響が地面を蹴ってその拳をカルマノイズに振るう。

「なっ!硬いっ!?」

「シンフォギアによる調律が効いてないのっ!?」

響とマリアの戸惑い。

斬っ

「ダメージ自体は通っているっ!」

アメノハバキリで斬り付ければカルマノイズの体を引き裂いた、がしかし…すでに傷が塞がりかけていた。

「ソイツに半端な攻撃は効かないっ」

奏が憎らし気に呟いた。

そもそも普通のノイズより少し強い程度なら奏でも殲滅出来ている。

それでも倒せていないのはこの超回復能力のせいなのだ。

「なるほど。今のギアじゃちょぉっと辛いかな」

「そうね」

「そのようだ…ならば抜くか」

「はいっ」

「ええ、行きましょう」

「お前ら、何を…」

雰囲気の変わった響達三人に戸惑う奏。

「「「コード・イグナイト」」」

コールを聞き届けるとギアが再び発光すると変形。

ギアが黒く染まりバーニアが伸び尻尾のように膨れ上がる。

「これは…」

「いったいどうなっているっ!?」

了子さんと弦十郎。

「イグナイトモード。またの名をビーストモード。シンフォギアに施されているロックを制御できる形で解放する狂歌形態」

「なんて禍々しい力なんだ」

「ここまでしなければ勝てない敵が居た、と言う事ね」

だが、イグナイトは強力だ。

激しい音色から紡ぎだす強力なるフォニックゲイン。

「行きますっ!」

尻尾のように変形したバーニアを打ち付けて発射するロケットの如く飛びかかる響。

「はぁーーっ!はぁっ!」

右の拳を打ち付ると同時にギアに貯めたフォニックゲインを爆発させ吹っ飛ばすと、それに追いついて回し蹴り。

「マリアさんっ!」

「はっ!」

ボールのように飛ばされてきたカルマノイズに銀腕を打ち付ける。

「翼っ!」

「我が翼の刃に斬れぬものは無いと知れっ!」

細身の刀を強化変形させて巨大化させると空中から刀を思い切り蹴りつけた。

斬っ!

真っ二つに切り裂かれたノイズは、大量に込められたフォニックゲインに再生できずに塵となって消えていく。

「勝った…のか…」

「カルマノイズ消滅を確認。…指令」

「まさか、これほどとは…」


「ふぅ…何とか勝てましたね」

と響。

「お前ら…その力は…いや、何でもない」

「奏…」

奏は一人その場を辞し、翼は心配そうに見送った。

「翼、あなたはもう少し奏を分かってあげるべきだわ」

「マリア、だがこのわたしに奏の何を分かってあげろと言うのだ」

「それはあなたが気付きなさい」

「マリア…」

翼が情けない顔を浮かべている。

「さて、帰りましょう」

「はいっ」

「あ、まて。二人ともっ」



「お疲れ、響。どこか体調に変化はない?」

帰って来た響達を出迎える。

「全然平気、絶好調だよぉ。あ、でも…」

「でも?」

「なんかイグナイトを使った時にモヤっとしたような?」

「モヤ?」

「それは私も感じたわ」

「ああ、わたしもだ」

マリアと翼が同意。

「う、うーん…」

どう言う事だろうか。

「ちょっとした違和感と言うだけでそこまで問題視する事では無いのだけれど」

「そう言えば」

と響。

「あれはわたしが昔デュランダルをぶっ放した時の気持ちに近いかも?」

暴走しそうになった響に近い…?

「とは言え相手はノイズ。シンフォギアでしか戦えないからなぁ」

「現状、このままでいくしかない、か」

ミライの呟きにマリアがやれやれと肩を竦めた。


ミライ・ハツネは忙しい。

ノイズとの戦いには参加していないが、やる事は山ほどあった。

まずこちらの世界のギャラルホルンの存在確認。

見つかったとされる場所で円を伸ばして探索。

「あった…けれども…」

見つかったギャラルホルンはバラバラに砕けていた。

「一応回収しておこうか」

次はネフシュタン。

結論から言えばこれは見つからなかった。持ち去られたのか…もとから無かったのか。


「ミライくん…その、だな…」

自由行動をしていた所、弦十郎から声が駆けられた。

ああ、なるほど。

「わたしに監視を付けても無駄ですよ?」

「どう言う事だ?」

「わたし、魔法使いなので」

「シンフォギア装者では無い…?だが」

「いえ、魔法使いが先でシンフォギアが後なだけです」

とは言え。

「言いたい所は分かりました。これからはおとなしくしておきますね」

「そうしてもらえると助かる」

「はい」

フロンティアがどうなっているか調べそこなったが致し方あるまい。



「何もしないの飽きたー」

ソファでゴロンと寝転がる響がごねる。

「私や翼は久々のオフと好きに過ごさせてもらってるけれど」

とマリア。

「まぁ、確かにここじゃ出来る事は限られるからね。学校も行かなくて良い、宿題もしなくて良いとは言え、待機中にできる事は限られるから」

「うー、ひまだよー…」

「暇なのは平和な証拠だよ」

「でもでもー」

ビーッビーッ

「警報っ!?」

翼がイの一番に駆けだしていく。

「響が変なフラグ立てるから…」

「わたしの所為っ!?」

「ほらほら、バカやってないで行くわよっ!翼はもう行っちゃったわよっ」

今回はミライも現着。

ノイズなど調律さえ済んでしまえば倒すのは容易。

位相差と言うアドバンテージで守られていただけで有ってそれを取っ払ってしまえばノイズはさほど強くは無い。

「強くは無いけど…数が多いっ」

さらに…

「大丈夫っ!?もう心配ないからっ!」

倒れるコンクリート片から少女を庇う響。

「ありがとうございます…」

「走れるね」

「はいっ!」

避難誘導がまだ完了していないのが痛かった。

「これでは全力戦闘は無理ね」

「ああ。だがなさねばなるまい」

マリアと翼は小威力の攻撃でノイズを屠っている。

連携をとる響達は問題ないが、一人で戦おうとする奏が場を乱していた。

「奏、前に出すぎ」

「うるせぇっ!あたしに指図すんなっ」

翼でなくミライの言葉すら聞こうとしない。まぁ、ほとんどしゃべった事もないから仕方のない事なのかもしれないが。

「きゃーっ」

「くっ…」

ミライはノイズに襲われる一般市民を救助しようと駆けつけると同時に離れた所で黒いノイズが現れる。

「カルマノイズっ」

「翼さん、マリアさんっ」

「ええっ」

「分かっている」

現状、カルマノイズに対抗できる手段であるイグナイトを使うのだろう。

が、しかし…

ドクンっ…

「あっ!」

「くっ…」

「これはっ!?」

すぐさまセーフティーが働いてイグナイトがキャンセルされる。

「はぁ…はぁ…」

「くっ…はぁ…」

「はぁ…いったい…何が…」

ミライは救助した一般人を避難させると響たちの元へ。

「汚染かな」

「汚染っ!?」

響が驚く。

「もしくは同調。イグナイトの根底は制御された暴走。強化される感情は怒りや憎しみと言った負の側面。意図的に抑えられているそれにアレはキツ過ぎる」

精神的に消耗してしまった響達。

「おらぁっ!」

果敢にカルマノイズへと斬りかかる奏もノイズとの連闘で消耗している。

反発で消耗してしっている響達三人。その分をカバーしている結果普通のノイズに足止めされるミライ。

「ここまでだな…もともとあたしがここまで生きてるはずはなかったんだ」

何やら思いつめた表情を浮かべる。

「あたしのとっておきをくれてやる。あたしの最後のオーディエンスとしてはまずまずだ」

カルマノイズを道ずれに絶唱を使うつもりなのだろう。

「だめーっ!奏っ!」

翼の絶叫。リンカー頼りの絶唱は装者に多大な負荷をかける。

だが…

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

奏が絶唱を唄いきるより速くミライは跳んだ。

「はい、ちょっとまったーっ」

デコピン一発。

「あうっ…」

極限へと高まっていっていたフォニックゲインが霧散し始める。

「なっ」

「ええー、そんな事が」

弦十郎と了子さんの驚きの声が通信機越しでも入ってくるほど驚いたのだろう。

「響っ!」

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

「結局絶唱じゃねーかっ!」

奏が怒声を上げた。

Gatrandis babel ziggurat edenal

翼、マリアも響に続き…

Emustolronzen fine el zizzl

「な…」

奏の霧散し始めているフォニックゲインすらも響は束ねて収束させていた。

「セット・ハーモニクスっ」

響のアームのギアが変形してギアが回る様に高速回転してフォニックゲインを束ね、また収縮させ、打ち出されるのを待っている。

「S2CAトライバーストっ!!」

噴射するバーニアで地面を蹴るとカルマノイズ目がけて一直線。そのままその拳を突き放つ。

ドーーンっ

カルマノイズに風穴が空くと、再生する間もなく炭化して消えて行った。

「お前たちのその力はいったい…」

「うっ…くぅ…」

「響っ」

「立花っ」

「たはは、ちょっと疲れました」

「響は後でメディカルルーム」

「ええっ!そんなっ…」


「奏…」

「…翼」

「絶唱なんて…もうどうなってもいいなんて思わないで…生きるのを…諦めないで…その言葉をわたしはあなたから教えてもらったんだ」

生きるのを諦めないで。その言葉は響が奏から継いだもの。いつしか装者全員に共通するものになった言葉。

「それをお前が言うのかっ」

「え…?…奏っ!」

奏はギアを解除すると翼を押しのけて帰還。

「だから合わせ鏡だと言ったのに…」

ミライの呟きは誰か聞いていただろうか…


二体目のカルマノイズを倒してからの奏は更に心の均衡が崩れているようだ。

それはそうと。

「カルマノイズ相手には余りイグナイトは使わない方が良いかな」

「だが、それでは…」

翼の懸念も分かる。

「イザとなればわたしが何とかするから」

「ミライちゃん…」

響が心配そうな声を上げる。

「しかし、本当にノイズの襲撃の間隔が短いな」

「ええ。それは私も懸念しているわ」

とマリアも頷く。

「操られているのか、…引き寄せられているのか」

「変わった事と言えばわたし達が来た事くらいだが…」

「翼…そうだけど。まぁ、こればっかりはね」

分からないと首を振る。

「さて、響はとりあえずメディカルチェックで異常は無かったわけだけど。あまり無茶はしないでね」

「う、うん。まぁ…たぶん」

たぶんて…


昼過ぎ、ミライは二課のコンソールを一人いじっていると後ろのドアが開き奏がどこか所在なさげに入室してきた。

「たく、なんなんだよあいつらは…調子くるいやがる」

そう悪態吐く奏。

ああ、なるほど。マリアや響がおせっかいを焼いたな。

特に悪意のない響のおせっかいは無下にしにくい。

「響はね。他の誰かの為に何かしないと死んじゃう生き物だから」

「な、お前…聞いてたのか」

「聞こえちゃったの間違いだけどね」

「ちっ…」

「それに、奏は響にとって特別だから」

「あたしが特別?それはそっちのあたしの事だろう?」

「まぁそうなんだけどね。わたしと違って響も、…翼も別人ととらえるには大きすぎる存在なんだよ。…彼女達の贖罪に付き合ってやれと言う訳な無い。むしろそれはしないで欲しい。けれど、それでも彼女達から向けられた手を握り返すくらいはしても良いんじゃないか?」

「お前…ミライ…お前があたし達の何を知っているっ!」

「何も。…わたし自身も響や翼に知り合って二年ほどしかたっていない。でもね、響が受け継いだのはガングニールだけじゃ無い。彼女の口癖、聞いた事ある?」

「生きるのを諦めるな、ってやつか?」

「そう。それ、響があっちのあなたに最後に聞いた言葉だったって」

「なっ!?」

「そんな言葉を言ってくれたあなたが、こっちの世界では一番生を諦めている。それは響も、そして翼もつらい事なのだろうね」

「だが、あたしとお前らの知っている奏(あたし)は違うっ!」

「本当に…?」

じっとコンソールを叩く指を休めて奏を見つめ返す。

「くそっ!」

どかっと奏は近くのソファーに座りなおす。

「あー、…なぁ」

奏の言葉にミライは入れてあったコーヒーをつーと口を着けて振り向いた。

「女同士の恋愛ってアリなのか?」

ブーッと飲み込みかけたコーヒーを吹き出す。

「けほけほっ」

「な、なななな、なにを…?」

「いや、あーすまんな。ちょっと意地悪だったな。忘れてくれ」

「奏ーっ!」

「おまえもそんな顔すんのな」

「もうっ」

「すまんすまん。…あー、しかし久しぶりに愉快な気分だ」

「どうして…?」

「何となくな、見ていれば分かるものさ」

「あ、そう」

「しかしあの翼がねぇ…お前はどうなんだ?」

「…今生では離れられないと思うよ…わたしも、あの人も」

「あの人…?」

「こっちの話」

その後、奏はすこしすっきりした表情で指令室を出て行った。


数日は訓練室を使った模擬戦で時間を潰しながらカルマノイズの襲撃に備える。

「どうやらカルマノイズはフォニックゲインが高い所へ優先的に現れるようだね」

とミライ。

「なるほど、そしてフォニックゲインが一定値を下回ると撤退してしまう」

マリアが顎に手を当ててうつむきつつ続けた。

「先手は取れないのでしょうか」

と響。

「難しいな」

「なら、撒き餌をしてやればいいのさ」

「奏?」

わだかまりは少しづつ解けてきたようだ。最初の様なとげとげしさは少ない。まだ全面的に心を開いている訳じゃ無いだろうが、良い兆候だろう。

「撒き餌と言うのは?」

「フォニックゲインが高い場所に出現すると言うのなら、それを逆手に取ると言う事ね」

翼の質問にはマリアが返した。

「なるほど、歌か」

と翼が言う。

「勿論、誰の歌でも良いと言う訳じゃ無い。シンフォギア装者が唄わなければ効果はないだろうね」

「と言う事は翼と…」

とマリアの言葉に被せ気味に響が続ける。

「ツヴァイウィングっ!…わたし、また翼さんと奏さんの歌が聞きたいですっ!」

「それは…」

その響の言葉に奏が顔をしかめていた。

「奏…ダメかな…わたしは、もう一度奏と歌いたい」

「翼…くっ……」

ダッと後ろを振り返り走り去って行く奏。

「奏…」

「まちなさいっ!」

マリアの静止の声もむなしくもう姿は見えない。

ガタっとマリアは立ち上がると奏を追うようだ。

「マリア、わたしも…」

「翼はここに居て。当事者じゃない方が良い事も有るわ」

「あ、ああ…」

追いかけて行くマリアを見送るとしょぼくれた顔で響が言う。

「わたし、いけない事言いました…?」

「いや、そうじゃないよ。そろそろ乗り越えないね、奏も…そして翼も」


奏に追いついたマリアはベンチに座る彼女の前に立っていた。

「あんた…」

どうやって、と奏。

「ちょっとね、あなたの気配を追ったのよ」

「け、気配っ!?」

「あら、可愛い反応。そうよね、普通そう言う反応よね…」

「なんであんたがショックを受けてる」

「いえ、ちょっと…そんな事が普通になってしまった自分にちょっと戸惑っただけ」

「…?」

「いいえ、こちらの話よ」

さて、と話題を変えるマリア。

「あなたが唄わないのなら、翼の相方、わたしがもらうわよ?いいの?」

「お前が…?」

「わたしもむこうじゃちょっとしたアーティストでね、何度か翼とも共演しているわ」

「あんたが、翼と…だったら」

「あなたは悔しいと思わないのっ!?」

マリアに恫喝されてショックで顔を上げる奏。

「わたしは、過去の亡霊のようなあなたに翼を取られたようで正直面白くないわ」

「だったら…」

「でも、翼はきっともう一度あなたと歌いたいのよ。翼は、あたしたちの世界ではあなたを失っている。でもそれでも彼女は立ち上がったわ。あなたはどうなのっ!」

怒気を込められたマリアの一喝に怯むどころか奏は全身に反抗心を張り巡らせたように勢いよく立ち上がるとマリアを睨み返す。

「あたしだって、翼と唄いたい…でも、だけど、歌を無くした今のあたしじゃ翼に釣り合わないっ」

「歌は無くならないわ。あなたが今唄えないのだとしたらそれはあなたが唄う事を忘れているだけ。思い出せるはずよ、翼と一緒なら。翼の歌は皆に力を分け与える事の出来る力強い歌なのだから」

「そんな事、分かってるよ…このあたしが翼のすごい所は一番分かっている。でも…」

「確かにあなたの過去は変えられない。この世界の翼は確かに死んでいるわ。でも、翼なら、あなたが立ち止まっている事をどう思うかしら?あなたの中の翼は何と言っているの?」

マリアの言葉を反芻するように奏は目を閉じた。

そう長くない沈黙。しかし、自身の内面に問いかけた葛藤に奏はようやく結論をだしたようだ。

「歌いたい…もう一度…たった一度でも良い…翼と一緒に歌いたい」

「今必要なのは後悔や慚愧の念じゃないわ。今あなたが思った、歌いたいと言う気持ち。忘れないで。でないと…」

「ああ、こっちの翼に申し訳が立たない。ああ、そうさ。翼は言っていた。死ぬ間際…絶唱の負荷で全身ボロボロ、一瞬後に消え去ると言う時にも…このあたしに…歌う事を忘れないで、と。最後まで…」

「そう…そうなのね」

「翼に謝ってくる」

マリアとの会話はこれでお終いと奏はゆっくりとだが確実に一歩を踏み出した。

「あんたたちが翼についていてくれてよかった。あたしは乗り越えるのにだいぶ時間をかけてしまったようだ。やっぱり翼は良い仲間に出会ったんだな…それは、少し羨ましい」

「あら、世界は違ってもあなたもわたし達に仲間よ。翼はともかく、わたしはあなたしか天羽奏と言う人物をしらないのだから」

「そっか、ありがとうな」

と言ってニカっと笑った奏の顔は晴れ晴れと吹っ切れた表情を浮かべていた。


さて、どうやら奏の中で何かが吹っ切れたようだ。

まだぎこちないが翼への硬化した態度が随分と軟化している。

「何かあったの?」

「ちょっとね」

マリアに尋ねればそんな言葉が返って来た。

…まぁ、良いか。



作戦は単純。

翼と奏でユニゾン。

二人の歌に釣られて現れるであろうカルマノイズを叩く。


「緊張してる?」

「ここが作戦場所なんだね」

「翼?」

「ううん、奏は辛くない?」

「あー…そうか。そっちもココだったのか」

「…うん」

ステージ裏で待機していた翼と奏。二人はすでにステージ衣装に身を包んでいた。別にフォニックゲインが高まれば良いだけなので、衣装を着る必要は無いが、そこは様式美と言うやつだ。

「ここはそう…あたし達二人にとって片翼を失った場所で…でもだからこそここで良いんだ」

「奏…」

ここは二年前のライブで二人大切な人を失った場所、そのライブ会場だった。奇しくもここが一番人的被害が及びにくい施設だったのだ。

しかし、翼も奏も悲壮な表情は浮かべていない。

「ライブの時間だ…行こう、翼っ」

「うんっ!」




「響…一応、作戦中なんだけど」

隣の響を見れば両手にいっぱいのサイリゥム。

「あ、えーっと…分かってはいるんだけど…ツヴァイウィングの復活ライブなんだよ!?」

然様で…

マリアは…

「ちょっと妬けるわね」

こっちはこっちで複雑なようだ。


装者以外居ないこの…奏と翼のラストステージ。

唄う歌には力があふれ、例え聞いている人が少なかったとしても彼女達は全力で歌うのだろう。

「オーディエンスがわたし達だけじゃ、少し寂しいわね」

「いや、…どうやらお出ましのようだよ?」

沸きあがる多数のノイズ、その中に…

「カルマノイズっ!」

「それも…」

「残り全部とは豪勢ね」

最奥に三体のカルマノイズ。

「くっ…」

「翼」

「…奏?」

「この場に槍と剣を携えているのはあたし達だけじゃない。大丈夫、あたし達ならやれる」

「奏…うん…うんっ!」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

「Seilien coffin airget-lamh tron」

「Aeternus Naglfar tron」




「はっ!」

「やぁっ!」

それぞれシンフォギアを身に纏い近場のノイズを切り伏せていく。

「どれだけいようと今更ノイズっ!」

「だけど、数が多いよぉ、ミライちゃぁん」

「響、泣き言言わないっ!」

アルカノイズでもない普通のノイズなどは確かに圧倒的に優位なのだが、いかんせん数だけは多い。

「イグナイトが使えないのが痛いわね」

「それと、数が多すぎてS2CAを使う隙がありませんっ」

マリアと響が若干焦りを感じているようだ。


ノイズを屠りつつ、カルマノイズに攻撃するも致命打には程遠く、すぐに再生されてしまっていた。

この驚異的な再生能力があるために高威力攻撃の一撃で打ち抜かなければならないのだけれど、本当に周りのザコが多すぎる。

「露払いはあたしと翼に任せろっ、お前たちはきついの一発お見舞いしてやれっ!」

「はいっ!」

コクリと響が頷いた。

「出来るよね、翼っ」

「両翼揃ったツヴァイウィングはどこまででも飛んでいける。そうでしょう、奏」

「ああ、絶対だっ!」

翼と奏がひと際力強いユニゾンでシンフォギアを輝かせると、モーゼの如くノイズの海を割いた。

「ミライちゃん、マリアさんっ!」

「ええっ」

「はいはいっと」

割れた海を駆け抜けてカルマノイズへと接敵。

「はぁっ!」

響の右拳がカルマノイズを捕らえて抉る。

「やっ!」

マリアも短剣で切り裂いて見せた。

ミライもカルマノイズを細切れに切り裂くが…

「ダメージが通りにくいっ…普通のノイズが紙切れ程度だからよほどっ」

カルマノイズの再生能力が厄介すぎる。

位相差障壁がある為にシンフォギア以外の攻撃は有効打たり得ないのも面倒な点だった。

「けれど、攻撃が通っていない訳じゃ無いっ」

「はい、このまま押し切りますっ!」

確かにこのまま削り切れれば…

「なっ!?」

しかし、カルマノイズが不利を悟ったのか一所に集まると融合、さらに周りのノイズを吸収し始めた。

「合体っ!?」

「ええっ!巨大化したよぉっ!ミライちゃーん」

「……特撮かってのっ!」

合体巨大化は定番。ええ、ええ…分かってましたとも!一筋縄ではいかないくらいっ!

しかも何だろう…両手がハサミみたいな宇宙怪獣のような形に落ち着いたみたい。

さらに巨大化したことで削り切る事が難しくなった。

そのうえ…

「わっ…わわわっ!」

両手のハサミが開くとそれが銃口とでも言うかのようにビームを乱射。響は慌てて避けているが、直撃すればタダでは済まないのだから避けるのが正解。

それでも隙を見てインパクト。

斬っ

足の一本を切り落としても倒れるより速く再生してしまった。

「本当に厄介ね」

と、マリア。

「今はまだわたし達に注意が向いてるから良いけど、街に行かせる訳には行かないから本当に短期決戦」

だから…

「今のままじゃダメね」

「うん、だから…響っ!」

「うんっ」

ミライが手前のカルマノイズを打ち上げると響、マリアも強烈な一撃を繰り出し弾き飛ばしカルマノイズをのけぞらせ距離を取った。

「翼、奏、スイッチっ!」

「やぁっ」「はぁーーっ!」

すかさず翼と奏が割って入り注意を引き付けているうちに響の手を繋いで握り込む。

「マリアさんっ」

「ええ」

響を中心にマリア、ミライと手をつなぎ…そして…三人の絶唱が木霊する。

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl

「スパーブソング…」

「コンビネーションアーツ」

「セットハーモニクスっ」

三人分の絶唱を響が調律して編み上げるて放つ奇跡の一撃…

だけど今回は…

「マリアっ!」

「分かったわっ!」

マリアが一度収束したその力をベクトル変換て再調律。

「翼、奏」

二人の一撃で再度カルマノイズがのけぞった隙に二人を呼ぶ。

「なんだ?」

奏は訳が分からないと言った表情。しかし翼は悟ったようだ。

「奏、こっち」

翼が奏の手を引いて響の前へとやってくると響が二人の手を握る。

「お願いします。わたしにかっこいいツヴァイウィングを見せてください」

「おまえ…」

「ああ、任せておけ立花」

次の瞬間、響の腕から流れ込んだフォニックゲインが翼と奏のギアのリミットを外していく。

二人のギアは白色を増し、さらに力強く変化。

「これ…は…?力が、溢れる…」

とまどう奏。

「エクスドライブ…ありがとう、立花」

「はいっ」

「奏…両翼揃ったわたし達なら」

「ああ、どこまでも飛んでいけるっ…いこう、翼」

「うん…うんっ!」

二人のユニゾン。それはどんなライブよりも力強く…

「勝ったわね」

「うん」

「なんかおいしい所を持っていかれた気がします」

マリア、ミライ、響はその場を動かず。

「奏っ」

「ああ、これで負けたら大恥だっ!」

エクスドライブで解禁された飛行能力。翼と奏、左右に分かれて飛ぶと携えた剣と槍でカルマノイズのハサミを切り落とす。

グギャオオオオオオオオ

「再生なんてっ」

「させないっ!」

翼は斬撃を、奏は槍を打ち下ろし追撃。

「翼っ!」

「奏ぇっ!」

二人で手を取って翔けあがると、互いのアームドギアが融合し、巨大な矛となって現れた。

「「これで、終わりだーーーーーっ」」

ギュラォオオオオオオオオオオオオオオオオ

巨大な矛と共に突貫し、巨大カルマノイズを貫くと体内で強力なフォニックゲインを爆発展開。

塵も残さずに消失して行った。

「さすがツヴァイウィング、さすが翼さんと奏さん」

浮かれ声を上げる響。

「……どうしたの?ミライ」

「え、…うーんと…何でもない?」

「そう、なら良いのだけれど」

一瞬、カルマノイズから何かが抜けて行ったような…?気のせいかな。

カルマノイズを打倒した翼と奏が降りてくる。

ライブ会場は凄惨な有様だが、人的被害はゼロ。まずまずの結果だろう。

「翼」

「なに、奏」

「翼と二人で唄う歌は、やっぱり楽しかった」

「うん…わたしも」

「やっぱ翼はスゲーやつだよ」

「そんな事ないよ。奏の方が」

「ううん、翼はすごい。翼は…あたしと同じような立場になっても歌を忘れなかった」

「それは…」

「きいて、翼。あたし、今日スゲー楽しかったんだよ。唄う事の楽しさ。思い出させてくれてありがとな」

そう言って奏は寄り添っていた翼から離れる。

「あたし、もう一度歌ってみるよ。あたしの翼に言われたように、歌う事を忘れない。だから…だから翼、さよならしよう」

「か、奏…?」

奏の言葉に涙がにじむ翼。

「笑って、翼」

「そんな、どうしてそんな事言うの?ようやく会えたのに」

「うん。あたしも翼にまた会えて、すごく嬉しい。でも、今の翼の居るべき場所はあたしの片翼じゃないだろ」

そう言って奏が視線を向けた先には響達が手を振っていた。

「翼さーん」

「翼ー」

翼はそれを見止めて再び奏を振り返る。

「あ…」

「だから翼。笑ってさよならしよう」

「奏はわたしに意地悪だ……」

そう奏の言葉に返した翼の眼からは止まることなく涙が流れ落ちていた。

「翼」

「うん、分かってる、分かってるのに…涙が止まらないよ」

奏は翼に手を伸ばしそうになって…引っ込めた。

「あたしはもう大丈夫。大丈夫だから、もうヤケになったりしない。周りの…二課のみんなも支えてくれている」

そう言ってはにかむ奏。

「あたしはこれからも…ずっと歌っていくから…だから…翼…バイバイ」

にぃっと笑ったその奏の笑顔は、しかしやっぱり無理をしていたが、輝かしいものだった。

「うん…バイバイ…奏」

翼もどうにか笑い返していた。

 
 

 
後書き
色々書いては見たのですが今一歩完成には至らず時間ばかり過ぎてしまいました。今回のこれもどうにか形になっていたのをエイプリルフールと言う事で上げています。次の更新はいつになるのかは分かりませんが楽しんでもらえたのならば幸いです。 

 

外伝 シンフォギアAXZ編

 
前書き
すみません、遅れました。
エイプリルフールに間に合わそうとしてどうにもならず…
ほんの少しでも楽しんでもらえたならば幸いです。 

 
「わぁっ!?」

バサリと驚きの声と共に布団を押しのけて飛び起きる。

「自分の部屋…デス…はぁ…良かった。ゆ、夢デスかぁ…またわたしの所為で何かが誤作動したかと思ったのデスよ…」

はぁ、良かったと起き上がる切歌。

八月も終わり今日から登校日。夏休みの宿題は…まぁ調とアオさんのおかげで何とかなったし、いっちょ元気に登校するのデス。

なんて気合を入れて扉を開けるといつもの様に配膳されている朝食が…

「無いデスっ!?」

あまりの事実に絶叫する切歌。

「切ちゃん…?」

その声に振り返ると黒いおさげを結わえた少女の姿が見て取れる。

「調ぇ…どうしたんデスかっ…朝食が…わたしの朝食…」

なんてのたまう切歌を注意深く見つめ返す調。

「じー…」

「どうしたデス?調…」

「本当に切ちゃん?」

「何言ってるデスか、調。わたしがわたし以外に見えるデスか?」

「そう言う訳じゃ…無いけど…」

「そんな事よりも朝ご飯デス…ミライさん…ご飯作るの忘れたデスかね…」

ミライと言う言葉に反応する調。

「あ、本当に切ちゃんだ」

「だから、なんなのデス調、さっきからちょっと変デスよ」

「変なのは切ちゃんの方、周りを見て」

「周り、デスか…?」

言われてきょろきょろと見渡すと何やら狭苦しい。

食卓も小ぢんまりとしていてまるで二人暮らしでもしているかの様。

「部屋が狭いデスっ!と言いますか、いつの間にか敷居が復活してるデスっ!?」

本来、切歌たちはミライ達と共同生活しているはずで、壁をぶち抜いてスイートに改造していたはずである。

「そう、ちょっと変なの。でもこれはきっと切ちゃんの所為」

「わたし、何かしたデスか?」

「…触っちゃだめだっていう聖遺物に触った」

「にゃはは…でも何もなくベットで目が覚めたのデスっ!」

「はぁ…まずそれが間違いだと思う」

深くため息を付くと調は携帯電話を取り出した。

「此処はわたし達の家であってもわたし達の家じゃない」

「どう言う事デス?」

「この間みんなで夏休みの旅行に行ったとき色々写真を取ったのだけど」

携帯のカメラ機能で取った画像を開いて見せた調。

「それがどうしたデスか?」

「…ないの」

「ない…?何がデス?」

「ミライさんの写真が一枚も」

「調が消してしまったと言うのは…」

「それは無い…写真は自己の証明…思い出だもの。消すなんてしない」

一枚の写真も彼女達にしてみれば楽しかった思い出だ。彼女たちの境遇からそう言った写真は大きな価値を持っていたのだろう。

ブレた写真すら消すことを戸惑うくらいに。

「どどど、どう言う事デスっ!?」

途端に慌て始める切歌を調はどうにか落ち着かせると首を振りながら言葉を発する。

「分からない。分からないから少し慎重に調べてみた方が良い」

「慎重にっていったいどうやってデスかっ!」

戸惑う切歌に出されたのはリディアン音楽院の制服だ。

「どうやらわたし達はリディアンに通っているみたい。だから取り合えず学校に向かう」

「なるほど、合点デスっ!」

朝食はコンビニで済ませるとイザ学校へ。

暦は変わっていないようで今日から夏休み中の登校日のようだった。

「下駄箱の位置は変わらないみたい」

「と言う事は教室も変わらないデスかね?」

「たぶん」

いつも通りに教室へと向かい、先生からのありがたいお言葉を頂くと、つつがなく放課後へ。

「何も変わらないですっ!」

「うん。でもミライさんが居ない。響さん達もやっぱりわたし達が知っている彼女達とは違う気がするし」

「ミライさん、本当に知らなかったみたいデスからね…」

学校で出会った響やクリスにミライの事を尋ねたが、不審がられただけだった。

ピピピッ

「わぁっ!?」

「切ちゃん、携帯」

そう言うと調は冷静な対応で形態に出る。

「はい、はい…はい、わかりました」

「誰だったデス?」

「弦十郎さん。songとしてのお仕事だって」

「この世界にもsongは有るのデスね」

「うん。そしてシンフォギアも有る」

こくりと二人は頷き合った。


迎えのヘリコプターに搭乗すると、遅れている響を搭乗したまま迎えに行く。

当然、ローターの音が大きすぎて肉声は教室の中に居た響には通らない。

「切ちゃん…」

「デスデスデースっ!」

切歌が爆音に負けないように叫んでいるが…

「それ、日本語なの…?」

デスで通じたらこの世界はすでに統一言語と言う事になってしまわないだろうか?

無事に響を回収すると次はソングの所有する潜水艦へと移動。さらにそこからは海を渡るようだ。

「バルベルデ…?」

バルベルデ共和国。そこが任務地であるようだった。

説明によれば、魔法少女事件によって流出してアルカノイズが軍事利用されているらしい。

アルカノイズの軍事利用の停止及び壊滅が任務となるようだ。

先鋒は響、翼、クリスの三人。

「わたし達は…」

「わりーが、リンカー頼りのお前たちを現場に出す訳にはいかねー」

そうクリスが言う。

「クリスちゃんは必要が無いって言っているんじゃなくて、ってあたたたたっ!」

「よけーな事は言わなくて良いんだよ。これは先輩であるあたしに任せておけばいいんだ」

クリスは途中、何かを言おうとしていた響の頬をつねり上げながら中断させた。

「…リンカー?」

それは制服のポシェットにしまってあった無芯針の投与注射器の事だろう。

自分たちの世界でも製造はウェル博士しかその詳細を十分には理解できていなかったために既に製造はされていない。

自分たちには必要なくなったと言う事も有る。だが、この世界では違うようだ。

「ラスト一本。使いどころが重要ね」

とマリア。

この世界では未だに切歌、調、マリアはリンカー頼りの時限式と言う事なのだろう。

マリアはヘリコプターで援護に向かうらしい。

「あなた達は…」

「うーん」

「騎乗スキルのおかげで多分運転は出来ると思うけど…」

「でも、たぶんわたし達免許なんて持ってないのデス」

「だね。マリア、わたし達はここで待機して指示を待つことにする」

「デスっ!」

「そ、そう……あなた達…いえ、…行って来るわね」

マリアは何か引っかかりつつも格納庫へと走って行った。例え装者として戦えなくても何かしていないと不安なのだろう。

停泊中の潜水艦本部にてモニタに映し出されている映像を眺めていると、ようやく作戦が始まった様だ。

どこから流れたのか。錬金技術であるアルカノイズを使役する軍へと響、翼、クリスの三人が兵器を壊滅させながら制圧していくのをモニターで眺めている。

「世界が変わってもさすがの三人デスっ!」

「確かに、やる事が派手」

響達三人による制圧を眺めていた切歌、調の感想。

「船を浮かばせる技術にまで漕ぎつけているとは驚きデスけど、…巨大刀で一刀デスっ!」

真っ二つに切り裂かれてはもはやただの鉄くずだろう。


バルベルデでの作戦は続いていた。

どうやら切歌達は味噌っかす扱いが続いているらしく戦力外扱い。

ただマリアは何かを焦っているよう。

拠点制圧の任務は響達に任せ、切歌、調は藤尭とあおいに付いて潜入任務に付いて行く。

解析で不審なジャミングがあったオペラの講堂。

中に入り隠された階段から地下へ。埃の舞う地下の一室。息をひそめて中を覗く。

(なんデスかね?)

(何かの聖遺物みたい。込められたオーラがまばらでチカチカする)

中には三人の人影と多数の聖遺物。ある一つの琥珀の様なものの中に保存されている何か。

それをもう少し観察しようとしていた時、藤尭さんのノートパソコンが突如として音を立てた。

「デスっ!?」

「撤収準備っ!」

あおいさんの号令ですぐに拳銃でけん制しつつ講堂を出る。

その銃弾をこともなげに弾く様子はキャロルの使った錬金術の様だった。

軍用車に駆け込み現場を離れると、突如として巨大な蛇のような化け物が現れこちらを襲って来た。

逃走車両は三台、巨大な化け物はすぐにでも襲って来るように蠢動している。

「切ちゃんっ!」

「ガッテン承知のすけデス!」

「二人ともっ!?」

藤尭さんが何かを言っていたが構わず車から飛び降りた。

「Various shul shagana tron」

「Zeios igalima raizen tron」

瞬間ギアが展開されて着地のダメージを減衰させ、仲間の車に迫る巨大なアギト目がけて鎌を振り下ろす切歌。

「せぇいっ!」

だが、切断まではいかず、頭が地面に埋まっただけだっただ、車に乗ったSONGのエージェントは九死に一生を得たようだ。

「あおいさん達は先に」

「ここはわたし達が食い止めるデス」

調と切歌が逃走する車両庇って言う。

「っ!ごめんなさい。それから、藤尭さんには後でお話がありますから」

「わ、…わかったよ」

あおいの言葉にとほほと肩を落とす藤尭だが、この窮地に立たされている一旦は確実に彼にある。


巨大な蛇の化け物に調はヘッドギアを巨大な鋸に変えて攻撃する。

ギギギギギ

「かたい…」

威力負けして飛びのいた。

「調っ」

「ちょっと本気出さないと…」

「分かっているデス…でもっ」

SONGの眼があった。

「そんな事を考えている場合じゃない」

「りょーかいデスっ!」

調と切歌のユニゾンソングが流れ始める。

途端に相乗でギアの出力が上がって行った。

「でっかい蛇がどんな物デスっ」

「切り刻む」

切歌と調の鋸と鎌の攻撃が巨大な蛇を切り刻む。

「やった?」

「デスっ!」

切断された首、しかし…

「再生したデスっ」

「一筋縄では行かない…でも」

「倒せるまでやるまでデスっ」

再び襲って来る大蛇。さらにいつの間にかアルカノイズも増えている。

さらに奥には地下で見た錬金術師がこちらを伺っていた。

「さっきの再生…再生と言うより因果の逆転。ダメージが無かった事にされた」

「げぇ…それってアオさんの権能みたいな…?」

「似ているんじゃないかと思う」

実際は平行世界の同個体にダメージを肩代わりさせているようだが…

「どうするデス?」

まわりのアルカノイズを殲滅しつつ問いかける切歌。

「大丈夫、わたしのシュルシャガナは…」

調もアルカノイズを切り倒しつつ…

「なるほど、わたしのイガリマは…」

襲って来る大蛇の左右からその武器を振るった。

「すべてを切り刻む」「すべてを断ち切る」

シュルシャガナとイガリマの聖遺物に宿る権能を部分的にギアに宿して大蛇を両断した。

「無駄な事、そのダメージは無かった事になる」

錬金術師が勝ち誇った顔を浮かべていた、が…

「わたし達をなめない事デス」

「ダメージを無かった事にするなら、無かった事に出来ない位切り刻むだけ」

再生されず光となって消えていく大蛇。

「まさか、ヨナルデパズトーリが再生しない…だと…?」

「神には神の力なら通じる。当然の事」

斬り付ける瞬間だけ、切歌と調はシュルシャガナとイガリマの権能の残滓を纏わせていたのだ。

「シンフォギアシステムにまだこんな力が…撤退するぞ、カリオストロ、プレラーティ」

「もう、無敵の力はどこに行っちゃったのよっ!」

悪態をつくカリオストロ。

そして錬金術師の気配が消える。転移したようだ。

「二人とも、無事」

車に乗って迎えに来たのはマリアだ。

「マリアっ」

「大丈夫デスっ!」

ブイっと右手を突き出す切歌。

「あなた達…」

何か不審な気配を感じつつもマリアは何も言わずに二人を回収して帰路に着いた。


潜水艦に戻ると精密検査を勧められた調と切歌。

潜水艦の一室にはエルフナイン、マリア、弦十郎が調と切歌を待っていた。

「検査はちょっと…」

「デース…」

「先ほどの戦闘、あなた達の体へのバックファイアが規定よりも少なすぎます。これでは…」

とエルフナイン。

「これでは、なんだ?」

と弦十郎さん。

「正規適合者並です…」

先ほどの戦闘はモニターされていた。

言い訳は難しそうだ。

「あなた達たち、リンカーはどうしたの?」

とマリアに問われて正直にポケットから差し出した。

「どう言う事なの…」

マリアに怪訝な顔が浮かぶ。

「切ちゃん、ここまで来たらもうしらばっくれるのは無理そう」

「ええっ!?諦めるですか調っ」

「大丈夫。きっと信じてくれる」

「そう、デスかねぇ…」

ため息一つ吐いて調は語りだした。

「わたし達はあなた達が知っている調と切歌じゃない」

「それはどう言う…」

と言う弦十郎の疑問をこれから話すと右手を上げて調は制した。

「わたし達はある聖遺物の誤作動でこの世界に飛ばされた…もしくは取り換えられた存在」

「取り換え子?(チャンジングリンク)ですか」

エルフナインの言葉にコクリを頷く。

「わたしの見立ては後者。つまりわたし達がこちらに居ると同時にこっちのわたし達はあっちに居る」

「あなた達の居た世界もシンフォギアシステムは有るのですね。平行世界…ですか?」

とエルフナイン。

「多分そんな感じ。この世界はわたし達の居た世界と近いけれど結構違う所がある」

「それがあなた達が正規適合者並の係数を出した事と関係している、と」

ふるふると首をふる調。

「わたし達も最初はリンカーを使っていた。この体は後天的にシュルシャガナと適合した」

「どうやってっ」

身を乗り出してマリアが問いかける。

「愛、デス」

そう切歌が言う。

「なぜそこで愛っ!ふざけないでっ」

「ふざけてないデスっ!わたし達はあの人と一緒に生きる事を願ったからイガリマに適合できたデスっ」

「あの人、とは?」

と弦十郎。

「この世界には居ない。…居るのかもしれないけれどこちらのわたし達とは出会わなかった人。いつもわたち達の傍に居てくれる優しい人」

切歌と調がそんな事を言うとは思わなかったのだろう。三人とも面を喰らっていた。

「平行世界に渡るのも一度ではないので帰れると思うけれど、時間が掛かると思う」

「こちらの世界の切歌と調はどうなっているのかしら?」

とマリア。

「一番可能性が高いのは彼女達が言ったように入れ替わりです。彼女達が一方的に来たのであればお二方が居なくなるのはおかしい。二つ目は二人が来たことによって融合して消えてしまったと考える事もできますが…」

エルフナインが顎に手を当てながら答えた。

「同一の存在の場合は確かにその可能性も考えられる。けど似ているけどわたし達はかなり違う存在になっていると思う。こちらのわたしは人間を辞めてる?」

「はぁ?なに、それどう言う意味?」

「そのままの意味デス。この体はシンフォギアと完全適合できるほどに人間を逸脱しているのです。あの人が言うには寿命も人間の何倍…もしかしたら不老かも知れないと言っていたデス」

「不老って、なにがどうなって…いえ、質問に答えるなら彼女達は人間よ」

「それほどの代償が必要な敵が居た…いえ、ですが」

考え込むエルフナイン。そろそろ戻ってきて欲しい。

「入れ替わっているのなら大丈夫です。あちらにはあの人が居ますから」

「余ほど信頼しているのだな。愛していると言っても過言ではあるまい」

「男の人…?」

弦十郎とマリア。

「「…………」」

その問に貧窮する調と切歌。

「…?なに女の人なの」

「「り……両方…?」」

盛大な沈黙が訪れた…


さて話し合いの後、しばらくはこの世界の調と切歌として彼女達が使ってい場所を使う事を許された。

この世界の二人とそう性格的な違いは無いらしい。ギアの形もほぼ同じデザインなようで、これは他の機関に二人の不在を悟られぬための処置でもあった。

「マリア、ごめんなさい」

黙っていて、と調。

「あなた達の知っているわたしはどんななの?」

「目の前のマリアと変わらないデス。いつもとっても頼りにしているのデス」

頬を紅潮させて切歌は言った。

「そう…」

マリアはどこか複雑そうな表情で頷いただけだった。


響達がまだ戻ってきていないと言うのに空港にアルカ・ノイズが出たとの報告が本部に入る。

「響くん達はまだか」

「合流にはしばらくかかります」

と弦十郎の問いに藤尭が答えた。

「ここはわたし達が」

とマリア。

「すまん。行ってくれるか」

「マリア、これ」

「あ、そうデス。わたし達には必要ないデスから」

と二本のリンカーをマリアに渡す調と切歌。

「あなた達…」

とは言っても戦えなくては元も子もない。マリアは複雑な感情を必死に隠して受け取った。


空港付近には先ほど見かけた三人の姿が見え、使った技術から錬金術師であろうと推測される。

「完全に挑発」

「さそいこまれたデス」

「あなた達…それが分かって…」

大量のアルカノイズが空港施設を破壊している。

「でも…」

「見過ごせないデス」


「Various shul shagana tron」

「Zeios igalima raizen tron」

瞬時にギアを展開させる調と切歌。

「は、速いっ!」

決断の速さなのか、それともその移動速度の事を言っているのか、マリアの目の前で二人は既にアルカノイズと会敵していた。

「Seilien coffin airget-lamh tron」

遅れながらマリアもギアを纏うと戦場へと駆けて行った。


十、二十と調と切歌はアルカノイズを切り刻む。

「アルカノイズを苦もなく調律しています。お二人はアルカノイズとの戦闘経験があるようですね」

モニタ越しのエルフナインが呟いた。

「どう言う事だ?」

「お二人が経験した過去はわたし達の世界とそんなに変わらないのかもしれません」

そう弦十郎の問いにエルフナインが答えた。


「切ちゃん、錬金術師は…」

「あっちでマリアが戦っているデス」

言われて視線を動かせばどうやら錬金術師相手に接近戦を挑んでいるらしい。

「切ちゃん」

「ガッテンデスっ!」

切歌は大技を繰り出す為に武器を横へと振り下ろし溜めのポーズ。

「はっ!」

その隙の露払いは調の役目だ。

近寄るアルカノイズに鋸を飛ばしてけん制している。

「行くデスよぉ」

「マリアっ!」

大技の発動に調はマリアに注意を喚起すると、切歌は手に持った大鎌を水平に薙ぐ。

「デーースっ!」

大鎌を一回転させるうちに大鎌の刀身が伸び、一周する頃には切歌を中心としたアルカノイズが全て真っ二つに切り裂かれていた。

「ちょ、ちょっとあなた達っ…」

危うく切り刻まれる瞬間にジャンプでかわしたマリアが呆れた声を出している。

切歌は更に半回転踏み出すとそのまま手に持った大鎌をぶん投げると、マリアに攻撃を加えようとしていたサンジェルマン目がけて飛んで行った。

余りの奇行にさすがのサンジェルマンも避けざるを得ない。

飛行型のアルカノイズは調が撃ち落とし、すべてのアルカノイズをせん滅。

「そんなぁ」

「油断するからこんな事になる訳だ」

だがアルカノイズが殲滅されただけと余裕そうなカリオストロとプレラーティ。

「油断するからそう言う事になる」

「デスっ」

「え」「な、なに?」

一瞬で接近した調と切歌がそれぞれギアを形状変化させたロープでカリオストロとプレラーティを拘束し、アンカーを地面に差し込み拘束、無力化に成功した。

「こんな拘束で」

と錬金術で抜け出そうと試みるカリオストロ。

「無駄。その拘束具は強化を無力化し、また術の行使をジャミングする。抜けられない」

「ええっ!?」

事も無げに言いのける調。

エクリプスウィルスに侵されたギアが変質して手に入れた特性だ。相手のエネルギーを分断し、拘束する。

「予想以上だな、シンフォギアと言うものは。だが」

サンジェルマンが掌に光の玉を現すと、その背後に先ほどの巨大な蛇が現れた。

「先ほどは後れを取ったが、このヨナルデパズトーリ、そんなに甘いものでは無いぞ」

「こっちも…」

「一度倒した敵に戸惑うほど弱くはないのデス」

いつの間にか手元に戻っていた大鎌を振り上げる切歌。

緑風が飛んだかと思うとヨナルデパズトーリの首根っこを鎖で縛り上げる。それはアオが使う魔導に似ていた。

「はぁっ!」

調は上空から足に纏うギアを巨大な鋸に変化させヨナルデパズトーリを真っ二つに切り裂いた。

切り裂く度にダメージを無かったことにして再生しようとするヨナルデパズトーリをその都度切り裂いていく。

「命を複数殺すとでも言うのっ!」

「調が一撃で複数回殺すくらい出来ないとでも思ったデスかっ」

「はぁっ!」

ヨナルデパズトーリを殺しつくして真っ二つに引き裂くと最後のあがきと爆発し爆炎を上げる。

「二人とも…」

「ごめんなさい、マリア…」

「逃げられたデス…」

今の爆炎に乗じて捕らえていた二人の錬金術師と三人目の彼女の姿が消えていた。


バルベルデでの任務を終え、日本へと帰国したシンフォギア装者達。

調と切歌の正体を知るものは少ない。この錬金術師の問題が解決する間は響達にも黙っていようと言う事になった。

日本に戻って来たと言うのにむしろ錬金術師たちが日本に乗り込んでくる始末。

日本でやる事があるのか、シンフォギア装者の殲滅が目的か。その行動理由は未だ分かっていない。

切歌と調は自分たちとの世界の差異を調べていた。本当はギャラルホルンが無いかと調べてみた所発見されていないようなので、他にする事が見つからなかったと言う事の方が大きい。

song本部潜水艦内部のリラクゼーションスペースでソファに腰を掛けながら今まで自分たちなりに調べた事を二人ですり合わせをしていた。

「まず、この世界のわたし達はマリアも含めてリンカー頼りの時限式装者みたい」

「デスね。でもそれは仕方が無いデス。わたし達だってアオさんの血が無ければ出来なかった選択デス。この世界にはアオさんは居ない…もしくは出会っていないデスから…」

コクリと調も切歌の言葉に頷いた。

「次に、響さんがなぜか正規適合者になっている」

自分たちの世界との差異はそれほど大きくない。もともと響は融合型の装者であったはずだ。

「未来さんが装者じゃないのと何か関係があるデスかねぇ」

とは言え、その辺のデリケートな事柄については今の自分たちでは調べようも無い。

「響さんの融合症例もアオさんの血が無ければ命の危険が迫るレベルの物だったはずデス」

今はうまく融合しているが、一方的に聖遺物に蝕まれていればいずれ命を落としていただろう。

「未来さんのシェンショウジンは聖遺物のエネルギーを分解する。…でも」

「この世界の未来さんは装者じゃないデス。…いえ、わたし達の時と同じなら一度は装者になっているかもしれないデス」

と言う事は、体を蝕んでいた聖遺物を取り払った可能性も出てくる。

まあ、だからと言ってどうと言う訳では無いが。

と、その時。少しカン高い声が掛けられた。

「調さん、切歌さん。少し良いですか?」

現れたのはエルフナイン。

「大丈夫」

そう言えば、と二人はこの少女の差異を見て取った。

(目の下の黒子…)

(この子、本当にエルフナインデスかね?)

二人の世界にももちろんエルフナインは存在している、がしかし。二人の世界のエルフナインには黒子は存在しない。これではまるで…

「二人のギアに不備が無いか、検査させてもらえませんか?この世界の彼女達との差異も出来れば調べたいですし」

とエルフナイン。

(情報を引き出そうとしているのかな)

(エルフナインはそんな子じゃないデス…でも)

調と切歌の念話での内緒話。

(たぶん、いろいろあるのデス。リンカーの存在しないこの世界デス、少しでも縋るものが欲しいのかもしれないデス)

正規装者並にリンカーを必要とせずにシンフォギアを繰る二人なのだ。ほんの少しでもこの世界の二人の為に欲しい情報が有るのだろう。

なるほどと調も納得する。

「これを調べたいのは分かったけど、これギアじゃないから」

チャラリとネックレスを持ち上げる調。

「え?」

調のこの答えには流石のエルフナインも驚いた。

外見だけならばどこからどう見てもギアなのだが…

「シュルシャガナ、挨拶」

「イガリマ、挨拶するデス」

「え?」

『こんにちわ、レディ』『ごきげんいかがでしょうか』

ピコピコと光りながら機械の様な合成音声が木霊する。

「ええっ!?じ…人工知能なのですか?」

エルフナインがギアだと思ったものがまさかのAIに驚きの声を上げる。

「分類するなら人工知能搭載型の補助デバイス」

「…わたし達がしている装者のモニタリングなんかも」

「当然、この子達がしてるデス」

どのような構造を組み込めばただの宝石に見えるそれに人工知能などと言うもの組み込めると言うのか。

彼女達が事ある事に言っているアオと言う人物にエルフナインは畏敬の念を抱いた。

「もしかして…響さんのデータで見た…融合適正型…体は聖遺物に浸食されているという…」

「あ、誤解の無い様に言うとデスね、最適化されているので問題ないのデス」

「そんな事が…」

出来るのか?と錬金術師の少女は思考する。

「なんかアオさんの特殊能力?が習得、習熟、最適化、らしいのデス」

「なんなんですか、それは」

本当になんなのだろうか。本人はそんな能力は無い、と言っているのだが、周りの人にしてみればそうも行かないらしいい。

「で、アオさんの血を取り込んだ時にシンフォギアに含まれていた聖遺物を最適化してしまった、と言う事みたい」

「みたいって…そんなんで良いんですか?」

とエルフナイン。

「とは言え、それで今の所問題はない訳デスし」

何とも、彼女達からリンカー製造の有用な手がかりは得られなそうなエルフナインであった。

「それはそうと、こっちも質問があるのデス」

「質問、なんでしょう?」

「未来さんは装者じゃないのデスか?」



……

………

この世界の未来はリンカーの力で後天的にシェンショウジンに適合し、シェンショウジンの放つ分断する極光で適合して響を助けたようだ。

結果、その光をもろに浴びた二人は響の融合は解除され、シェンショウジンも失われてしまった。

「さらっと聞くと所々違う所は有るけど」

「わたし達の世界とそう変わらないデス」

エルフナインから聞いた情報をも照らし合わせた結果である。

「でもやっぱり大きな違いはアオさんかな」

「マリアに聞いてもそんな人居なかったって言ってたデス」

「アオさんと出会わなくても何とかなった世界、か」

「そんな事言っちゃダメデスよ調。調は会わない方が良かったデスか?」

フルフルと首をふる。

「そんな事無い。絶対無い」

どんな別の世界が有ろうと、それだけは無い。


マリアと翼がバルベルデ共和国より持ち帰った資料の解析に長野県松代にある風鳴機関本部へと向かい、調と切歌はマリアを共に周囲の警護を請け負っていた。

しかし、辺りは田舎の農村その物。さらに機関周辺には完全な人払いがされ、住民も一時避難が実施されていた。

故に…

「何にも無いデス、人っ子一人見当たらないデス」

「お日様が気持ちいい」

「あなた達…もっと緊張感を持ちなさい、任務なのよ?」

田園風景を呑気に散策している二人にため息を吐くマリア。

「マリア、でも今は何の敵意も感じないから」

そう調が言う。

「敵意って…それ、これだけ開けてても感じられるものなの?」

「あー…それくらいの事を普通に出来なければ生き残れない状況になれば出来るようになるものデス…」

切歌が答えた。

「本当…あなた達ってどう言う生き方をして来たのよ…聞いているだけじゃそうこっちのあなた達と変わらないはずよね?」

「あはは…ダンジョンとか潜って気の休めない状況でモンスターに襲われていれば嫌でも出来るようになると思う」

「っとと、これは本当にニィゴォニィの気配デス」

切歌の言葉で気配の有った所と捜索すると避難指示のはずなのにおばあちゃんが一人野菜の収穫をしていたのを説得して避難させようとしていると…

「…来た」

ピクリと調が何者かの気配を察知した。

「あーら、当たりをひいちゃったかしら?」

三十メートルほど先に錬金術師、カリオストロを発見。

「どうする切ちゃん」

「それは勿論…」

調に問われ、マリアがかばう様に背中に担いでいるおばあちゃんを見るとすっと胸元をまさぐった。

だが、取り出されたのはギアでは無く…

「逃げるが勝ちデース」

手に持った丸い何かを思いっきり地面に叩き付けるとたちまち立ち込める煙。

「な、煙幕っ!?こ~ら~、まちなさーいっ!」

驚き戸惑いを隠せないカリオストロをよそ眼に一目散に走り去る。

「でも、こっちの視界も塞がれてどっちに行けばいいのか…」

「マリア、こっち」

そうマリアの手を引く調。今回の勝利条件はカリオストロの撃破ではなく、一般人の保護である。調と切歌は目的を間違わなかった。

「見えているの?」

辺りはさらに煙が広がっている。切歌がさらに煙幕を投下しているのだ。

「…感じ取っているの」

円を広げて地形を把握、煙幕の中でも自由に動き回っていた。

その間に異変に気が付いた本部がクリスを投入、その間に調たちは無事に安全圏へと退避する事に成功できた。

調たちが救助者を移送している間にどうやらカリオストロは撤退したらしい。

つかの間の平穏、いや嵐の前の静けさだろうか。

錬金術師たちが此処を襲撃したのは、持ち帰ったデータを解析されることを恐れたのか、それとも装者の一掃か。

諦めたとは考えられなかった。

夜─

大量のアルカノイズを引きつれて現れた錬金術師のカリオストロ、プレラーティ、サンジェルマンの三人。

被害拡大を抑える為に、響、翼、クリスが向かう。

「わたし達も行くデス」

「うん、切ちゃん」

「二人ともっ!」

「マリアにもまだリンカーがあるデスよっ!何もしないでいいのデスかっ!?」

力はそこにちゃんとあるのだ。まだ…

「…くっ…指令っ!」

「無茶だけはするなよ。特にマリアくん、残酷だがリンカーの残りは少ない。十分に気を付けてな」

「はいっ!」

先行した響達三人はイグナイトモジュールを駆使して錬金術師の決戦装備であるファウストローブを着込んだ三人の前にイグナイトを解除されて劣勢に陥っている。

下手すれば命が危ない。そんな時…夜空に一筋の明かりが灯り、一瞬で膨張し辺りを染め上げた。

「な、なんてものを乙女に見せてるデスかっ!」

現れた敵は大柄な筋肉質の男性で…なぜか真っ裸だった…

「切ちゃん、見えない」

慌てて調の視界を塞ぐ切歌。

「バカやってないっ!」

響達さんにんは錬金術師たちの攻撃で行動不可能な状態。そこにあの夜空を照らすほどの熱量を放たれればどうなるかは分かろうと言うもの。

「Various shul shagana tron」

「Zeios igalima raizen tron」

「Seilien coffin airget-lamh tron」

すぐにギアを発動し、駆ける。

「イグナイトモジュール、抜剣っ」

マリアは胸元に有ったギアを引き抜くと、ダインスレイブの呪いに染まったそれをその身に受け入れた。

「マリア…それ…」

「あなた達の世界には無いの?」

黒く染まったギアはダインスレイブの呪いか、かなり禍々しかった。

「企画はあったデスけど…アオさんが止めたデス」

「代わりに…シュルシャガナ」「イガリマ」

「「コード・イグナイト」」

『『モード・ビースト』』

調と切歌のギアも黒く染まり、マリアのそれよりも獣のようなフォルムが大きいそれに変化した。

「あなた達のそれは…?」

「プロセスは違うけど、マリアのそれと同じだと思う。暴走の力を制御したもの」

「ここまで違うものなのね…」

マリアは調達のそれを見て察したのだ。自分たちのそれよりもきちんと制御されていると言う事実を…

しかし、そんな差異に落胆している暇は無い。

「爆心地には翼達三人が居るわ、助けないと…」

とマリア。

マリアの中では翼達を担いで効果範囲外へと抜ける算段が取られていただろう。しかし…

放たれるであろう攻撃の正確な効果範囲が割りだせないのならばその攻撃の方をどうにかしようと調と切歌は動き出したのである。

「わたし達にアレを止める事が出来ると思う?」

「イガリマもシュルシャガナも切り刻む専門デスっ!そう言うのはアオさんや未来さんの出番なのデス」

だが、そのどちらもこの世界には居ない。

しかし…

「シュルシャガナ、カードリッジ…シェンショウジン、有る?」

『各種一本ずつ格納されています。使用しますか?』

調が頷こうとした瞬間、切歌の声が掛けられた。

「ちょっと待つデス。このカートリッジは調の方が相性が良いデス」

そう言って投げられたのは切歌が持っていたシェンショウジンのカートリッジ。

「切ちゃん」

予備の受け渡しは戦闘後でも良いのだろうが、万全を期してと言う事だろう。

「お願いするデス、調」

コクリと今度こそ頷いて見せた調は受け取ったカートリッジを空中に投げるとヘッドギアから後部に伸びるブレード部分に形成されたチャンバーが開きカードリッジが封入され、そしてロード。

ガシュっと薬きょうが排出されカートリッジに込められた力を取り込んだギアが変形を始めた。

「何をしているの?」

「説明している暇は割とないから後回しデス。マリアは翼さんを、私は響さんとクリス先輩を回収に向かうデス」

と言った切歌は影分身をすると左右に散った。


カートリッジのエネルギーを取り込んだ調の変化は劇的だった。

ヘッドギア後部のブレードが鉄扇の様に開くと稼働確認が済んだのか一度格納される。

一瞬覗いたそれはどれも鏡面の様だった。

このカートリッジシステムはアオが考案し、実用にこぎつけた物で他者のギア特性を封じ込めたものだ。

本来異物で有るはずのそれを拒絶反応なく使えるようにするには苦労させられたのだが、アオの人生における経験とデータの蓄積により実用化できてしまったものだった。

足元の駆動輪に力を込めると調は錬金術師から放たれるであろう直下へと駆ける。

が、しかし錬金術師の投擲の方が早かった。

「まだ間に合うっ!」

調はヘッドギア後部のブレードを扇状に開いていくと、フリスビーの様に投擲し、落下直上へと滑り込ませた。

それは大きな鏡のようで、また地面に落下させまいとする盾だ。

鏡面と太陽が接触する瞬間、どうにか調は鏡の下へと滑り込みヘッドギアから小型の鏡面を連続射出。

接地面を取り囲むように円状に覆い共鳴させて遮断フィールドを形成。

さらに後部のギアを伸ばすと左右から持ち上げるように包み込んだ。

「何?」

驚きの声は遥か直上。

鏡面に当たった膨大な熱量は膨張と収縮、目を覆うような閃光をまき散らし辺りを昼の様に照らした後収縮。

錬金術師が金を錬成しようと放たれたそれは最初に調が投げた鏡面を取り込み収縮を続け跡形もなく消し去った。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

片膝を着きそうになるほどの消耗。しかし錬金術師はまだ健在だ。倒れる訳にはいかない。

「調っ」

響とクリスの救出を終えた切歌が調に合流。空を見上げた。

「驚かされたよ。シンフォギアとはこれほどか。今宵はここまでにしておこう」

そう言って錬金術師であろう男は空間転移で消え去って行った。

「…逃げてくれて助かった」

はぁと大きく深呼吸一つ。

「調、大丈夫ですか?」

「ちょっとだけ疲れた、かな」

調は見た目以上に消耗が激しそうだ。

「肩貸すデスよ調」

「ありがとう、切ちゃん」

「それにしても錬金術師はトンデモな存在デス」

「ふふ…でもアオさんほどじゃない」

「それはそうデスね」

と言ってふたりはふふ、と笑った。

ひとしきり笑った後、敵正反応が消えた事を確認して二人は本部へと戻るのだった。



song指令室にて、キボードを叩く音が響く。

操作しているのはエルフナインで彼女を囲むように弦十郎や藤尭、あおいなどのメインスタッフが囲んでいた。

映し出されているモニターを覗けば先ほどの映像だ。

まず現れたのが調、切歌がイグナイドモジュールを使ったであろう場面。

「これは…イグナイト…か?」

と弦十郎の呟き。

ギアの色合いは黒をベースにしていて確かにイグナイトに近い。

が、しかしそのフォルムはもっと攻撃的だった。

「イグナイトはダインスレイフの呪いの効果で意図的にシンフォギアのロックを外したものでリミットのある不完全なものです、ですが…」

そこでシュンと肩を落とすエルフナイン。

「暴走を制御すると言うアプローチは一緒のはずなんです。…ただそのアプローチにダインスレイフを使った形跡が見当たりません」

場面は二人がギアにイグナイトのオーダーを通す場面に戻っていた。

「そして使用からのバックファイアも低く抑えられているにもかかわらず出力はイグナイトモジュールよりも上なんです」

「制限時間なんかは…」

と藤尭が問う。

響達適合者でさえイグナイトモジュール使用にはタイムリミットが存在している。

「現時点では何とも…そもそもモジュールではなく、シンフォギアが持つ元々の特性の解放と言った方が良いのかもしれません」

「それと、これだな」

弦十郎が指したのは変化した調のギアだ。

「切歌くんから受け取った薬きょうの様な物を取り込んで更なる変化…これは…」

「音声データログで確認するとシェンショウジンと言っているわね」

と、あおいがつぶやく。

「ああ。そして、これだ…」

調が使ったギアの特性変化は驚きを禁じ得ない物だった。

「恐らくシェンショウジンの特性を取り込んでいるとみて間違いないでしょう。保管されていた未来さんのデータを参照するにそうでなければあの錬金術師…アダム・ヴァイスハウプトの錬金術を止める事は出来ないハズです。そして彼女達の発言から使用回数があるみたいです。彼女達の言うカートリッジが変化の要因ですが、持ち込めた本数が少ないのでしょう」

「我々では補給が難しい物は戦力に入れる事は考えん方が良いな」

弦十郎が顎に手を当てて試案する。

「ボクは悔しい」

「エルフナインくん?」

「こうまで違うものを見せられて…こういう風に出来ると言う事を突き付けられたのがとても…」

「我々は誰も完ぺきではない」

「え?」

「故に、自分の未熟さも後悔も抱えて生きている。それを知るものは誰も君のした精いっぱいを責める事はしないし、不満に思う事も無い」

「弦十郎さん…」

「大丈夫だ」

「はい…はい…」

ほろりと一筋の涙がエルフナインから流れた。

それを手の甲で拭ったエルフナインは平静を取り戻す。

「そう言えば、切歌ちゃんなんか分身使ってますね。まるで忍者だ」

と場を和ませようと言った藤尭一言がまた場を緊張させる。

「それも不可解な点の1つです」

「そうだな」

と弦十郎がエルフナインに同意する。

「元来分身の術と言うのは高速移動による残像、光の屈折などによる投影などになるが…彼女の分身は実体を持ち、別々の意思を持って行動している」

「そうです。計測値的にもエネルギー量は半分になっていますが両方とも切歌さんで間違いないと証明しています」

「むぅ…本当にこの一年で分岐した世界から来たのかさえ疑問だな」

「はい。彼女達の言うアオと言う人物がこれだけの躍進を促したとすればその人はきっと人ではありませんよ」

「むぅ…」

答えの出ない問答に一同押し黙るしかなかった。


songが抱える問題…正確にはシンフォギアが抱える解決しなければならない問題も複数存在する。

リンカーの問題。そして響達のイグナイトが強制解除された問題。

特に後者が致命的だったが、錬金術師は待ってはくれない。

東京湾上に現れたのは複数の首をもつドラゴンの様な巨大アルカノイズ。

すぐに動いたのは響、翼、クリスの三人。

マリアはリンカー製造の目途が立ったと本部から出てこれない。

「わたし達は…」「どうするデスかねぇ」

いくら巨大なアルカノイズとは言えあの三人が後れを取るとも思えない。

『すまない、二人は反対側に出現したもう一体の対処をお願いする』

突如弦十郎から通信。

「ガッテン招致の助デス、ね調」

「うん。行こう切ちゃん」

二人は任せろと頷き返す。

『すぐに移動手段を用意する。頼めるか』

「必要ない」

「走った方が早いのです」

二人はギアを取り出すと聖詠を口にする。

「Various shul shagana tron」

「Zeios igalima raizen tron」

一瞬の発光の後、ギアを身に纏った調と切歌は踏み出すと残像を置き去りにして駆ける。

『悪い知らせだ。その巨大アルカノイズはダメージを与えると分裂するらしい』

そう弦十郎からの通信。

まだ現着していないのだが、もう一体にエンカウントした響達が攻撃した所分裂したらしい。

「めんどう」「厄介デス」

どうする、と二人はすぐに思考する。

「でも、わたし達に出来るのは…」

「切り刻むことだけデス…でもっ!」

「うん。再生するのならそのベクトルを変えてやればいい」

「今度はわたしの番なのデス」

「露払いは任せて」

巨大ノイズから排出されつアルカノイズを切り刻みながら切歌の進路を開ける調。

「ロード・アガートラーム」

『カートリッジロード』

鎌の付け根部分に備えられているチャンバーがスライドし薬きょうが排出され銀のオーラが吹き出すと鎌は輝かんばかりの銀色を帯び始め、鎌の刃がスライドし剣の柄のように変形すると中心か光刃が突き出して光り輝く巨大な剣へと変貌した。

「それじゃ、いっちょやったるデースっ!よいっしょーーーーっ!」

横にその巨剣を薙ぐと剣から放たれた衝撃波が巨大アルカノイズを襲いその動きを阻害した。

動きが阻害されたその巨体へ空を飛んで近づくと一刀両断に切り伏せる。

『それでは分裂するだけですっ…え?』

とあおいさんからの通信が入るが、すぐさま驚愕の声が続いた。

両断されたアルカノイズは分裂するでもなく逆に細胞が何かに喰われているようなと表現する感じで死滅していき跡形もなく灰となって消えていく。

「ブィっ!」

グルンと巨剣を振り回して右手を突き出す切歌。

『なんで…どうして…』

「まぁ、ベクトル操作した結果デス。増殖するならそれを反転してやれば消滅するのは自明の理デス」


「やはりお前たちが最大の障害か…リンカー頼りの三流と言うデータは間違いか?」

上空に巨大な戦艦が浮いている。その上に乗ってこちらを見下ろしているのは錬金術師、サンジェルマン、プレラーティ、カリオストロの三人。

突如として現れた所を見るとステルスを使用していたのだろう。

「かっこつけてる所悪いのデスが…」

「なんだ、怖気ついちゃった?」

と頬をかく切歌におかしなものを見るとでも言いたそうに答えたカリオストロ。

「その船、もう切れてるデスよ?」

ツツーとズレるように軋んでいく甲板。

「は?」

切歌が答えた次の瞬間、真っ二つに斬られた戦艦は浮力を失い海の上へと落ちていく。

『…あなた…どうやって?』

通信越しのあおいさん。

「ステスルって言うのは不自然に何もない状態なんですよ?なのであの巨大アルカノイズを斬って振り返りざまにこう…剣先を伸ばして斬っておいたデス」

『斬っておいたって…』

崩れ落ちる戦艦から新しいおべべ…ファウストローブを着込み脱出する三人の錬金術師たち。

「もいっちょいくデスっ!」

ブオンと振るわれる巨剣から繰り出される衝撃波は落下する三人を縫い留めた。

しかし敵もさる者、未知の拘束術式もどうにか解除して見せこちらに向かって飛翔する。

「はっ!」

しかし距離が有るのが調には有利に働いたようで、ギアの後部ブレードから大量の投擲鋸をばら撒き面でけん制。

数の多さにてこずっていると…

「馬鹿者、近づきすぎだっ!」

サンジェルマンの言葉もすでに遅い。

調によって意図的に一か所に集められた三人にいつの間にか自分たちよりも上に登っていた切歌が正に大剣を振り下ろすところだった。

「よっとっ!」

「カリオストロ、プレラーティ」

「わーってるってっ!」

「っ!」

サンジェルマンの声にカリオストロは怒声を、プレラーティは静かに、しかし全力で上方へとシールドを張る。

「下ががら空き」

隙を見逃さない調はバリアの薄い下部からの投擲攻撃。

「く…転移を」

バキリと小瓶を砕くサンジェルマン。

「それは知ってる」

調の投げた無数の鋸がジャミング魔法陣を展開し転移を阻害。

「転移しない、だと?」

錬金術師の転移術は既にアオによって解析済みでアンチ手段は用意されていたのだ。

「非殺傷設定なので安心してぶっ飛ばされるのデスっ!」

「三人がかりのバリアをぶち抜く勢いの攻撃で何を安心する訳だ」

とプレラーティが悲壮感漂う呟き。

「ちょっとバチっとするだけデスからっ!」

切歌は気合一閃そのまま巨大な剣を振りぬいた。

「くっ…」

バリンと割れる障壁と、貫かれる体。

巨大な水しぶきが舞う。

自然落下よりも強烈な威力で海面に叩きつけられサンジェルマンは一瞬意識が飛びかけた。

(くっ…カリオストロ…プレラーティ…)

二人は意識を失っていた。ファウストローブが解除されていないのは幸いだろう。

五体満足で命に別状は無いが、このままでは水圧で死にかねない。

(シンフォギア…これほどとは…これがジャミングされれば後は無いな…)

最後の気力を振り絞り転移。海中まではジャミング効果が及んでいなったのが幸いした結果だった。


錬金術師たちを退けた調と切歌だが、待っていたのは翼たちの疑惑のまなざし。

流石にあれほどの事をやれば仕方ないのかもしれない。

「それで、あれはなんだ?」

本部の薄暗い会議室で険しい顔の翼とクリスにたじろぐ調と切歌。

自分たちでさえ苦労した相手を圧倒した二人は今までの彼女達からして異常だったのだ。

「えっと…翼さん…クリスちゃん…」

響は訳も分からずオロオロしていた。

「はぁ…他言無用で頼むぞ」

と諦めた口調で弦十郎が顛末を語った。

「ってーとなにか?この二人はあの二人の偽物って事か?」

クリスの怒声が響く。

「偽物って…」「酷いのデス…」

「偽ものではありません。別の世界のお二人で彼女達の別の可能性と言うだけです」

しょんぼりする調と切歌。フォローするようにエルフナインも補足する。

それが分からないのだとクリスはガシガシと頭をかいた。

「だったらあの力はなんだってんだ。同一人物なんだろっ?」

クリスが吠える。

「あれはまだシンフォギアの力…ちょっとマリアのアガートラームの力を借りただけ」

「借りただぁ?じゃあ何か?お前らはあたしらのシンフォギアの力も使えるってのか?」

クリスの問いかけはしかしsongスタッフ一同の疑問だった。

彼らは二度、調達のその力を眼にしている。

誤魔化すのは難しいかと調はギアを出すと格納領域から一揃いのカートリッジを取り出し目の前に浮遊させた。

「浮いてる?」

響なんかはむしろ浮いている方に驚いたらしい。

「カートリッジシステム。…外部に蓄積させたフォニックゲインを炸裂させて瞬間的に爆発的に力を高めるシステムだけど…あなた達が知りたいのはそっちじゃない」

過去二回使ったそれは他者のギア特性を引き出していたのだ。

「カートリッジの中でもこれは特別。予想は出来ているだろうけれどこれには一つに付き一つの自分以外の聖遺物の力が込められている」

間違わないようにそれぞれカラーリングが異なる七つの弾丸。

「七つ?一つ多いか?」

装者の数からいえば都合六人なので確かに一本多いだろう。

「いいえ、二つ多いのです」

弦十郎の呟きをすぐさまエルフナインが訂正する。

「二つ、だと?」

「ガングニール、アメノハバキリ、イチイバル、アガートラーム、そしてイガリマ。調さんが持つならこの五つのはずです。自分の物を持つ必要はありません」

そして、とエルフナイン。

「わたし達は一つは知っています」

「シェンショウジンかっ!」

と弦十郎。

「シェンショウジンだぁ?どういうこったよおっさん。そっちの世界にはシェンショウジンのギアがあるって事なのか?」

そうクリスが言う。

「そちらの世界の未来くんは装者なのだろうか?」

こくりと調が頷くと周りから驚きの声が漏れた。

「では逆に最後の一つはなんなんだ?」

とは翼の言葉だ。

それに調と切歌は視線を合わせてから答える。

「最後の一つはナグルファル」

調のその言葉にエルフナインはすぐさまコンソールを弾いた。

「北欧神話の神々の黄昏、最終戦争ラグナロク。その先陣を切る巨人の船…ですか」

「そいつは誰のギアなんだ?」

クリスが腕を組んで問いかけた。

「この世界では出会ってない人デス」



エルフナインの尽力で完成したリンカーは、マリアのパーソナルにカスタマイズされていて以前のモデルKよりはアガートラームとの適合性が高く安全だ。

その試運転も兼ねて模擬戦となったのだが…

「化け物かってんだよ…」

と肩で息をするクリス。

周りの翼、響、クリスも同様だ。

二対四で始まった模擬戦。しかし終わってみれば息切れすらしていない調と切歌に翻弄されただけに終わっていた。

「わたし達なんてまだまだデス…アオさんに比べたら…ブルブル…」

「そう…でもむしろソラさんのしごきのほうが…ガクガク…」

何かを思い出した風の二人は体を震わせていた。

「本当にあいつらはあたしらのとこの二人と同一人物なのか?」

とクリスがボヤく。

「本当に強すぎだよー」

へろへろと座り込む響。

「彼女達の話を聞くにクリスさんが出会った頃の彼女達との差異は殆ど無いはずです。つまりその後ここまでの力を手に入れた事になります」

エルフナインが通信で答えた。

「それにしちゃ強すぎだろ、弦十郎(おっさん)を相手にしているみたいだったぞ…」

「あー…平行世界にや異世界に移動していると実際の時間はもっと流れているデス…」

「てー事は何か?そのなりであたしより年上ってーのか?」

「ギリギリまだ年下デス」

たははと切歌が笑った。

「しかしだとしてもあの強さは…」

「…あれは修行だけじゃ身につかん。何度も死線を潜り抜けた戦士の気配だ」

翼の問いにはそう答えつつ考え込む弦十郎。

(あれは相当に殺し慣れているな…どう言う経験をすれば彼女達があそこまで変わるのだろうか…)

響達が弱いのではない。彼女達が強すぎるのだ。

(人体の破壊にも慣れているともなれば翼達が勝てる訳もなかろう)

とは言え調と切歌が人殺しをしたという話ではなく、ダンジョンには人型のモンスターが大量に居たと言う事なのだが…


リンカーの問題は解決した。次はイグナイトが無効化される問題だ。

ダインスレイフの呪いの分断に対抗するにはどうやらこの世界の響が昔生成したガングニールの生体結晶の欠片が必要だと言う。

しかし保管されていた施設は海中で、しかも破壊されて流失しているらしい。

「どうするの?」

「海底探査機で砂利を掬いあげ地上で精査するほかあるまい」

調が問えば砂漠で砂金粒を見つけるようなやり方だった…

「シンフォギアで潜った方が早いデス」

「いくら何でもシンフォギアにそこまでの事は…」

「……?」

「出来る、のか?しかしどうやって見つける?」

「聖遺物の波動を視覚的に探せばいいだけ」

「はぁ…お前たちの常識はどうなっているのだ?」

切歌と調の無茶ぶりについついため息が出る弦十郎だった。


ドポンとシンフォギアを纏って海中へと先行する調と切歌。

「すごい…生命維持、水圧の調整…彼女達は重力制御が可能なようです」

計器が観測する数値をみてエルフナインが驚愕の声を上げた。

そもそもシンフォギアは単騎で成層圏どころか宇宙空間まで活動が可能なのだ。そこにPIC(パッシブイナーシャルキャンセラー)搭載型の彼女達のギアなら水圧も調整可能。深海での活動も問題が無かった。

一応微弱なフォニックゲインの観測の為に計器を持っているが、その光景はまるでスキューバダイビングする潜水士の様。

『切ちゃん、そっちはどう?』

すでに海底に到着して一時間。二人距離を置いて捜索しており、調からの念話が入る。

『なかなか見つからないデス…要らないものはいっぱい見つけたデスが…』

それはこの海底施設竜宮で保管していた聖遺物由来の物品で、サルベージが不可能だったものだ。

危険なものはギアのストレージにポイポイ投げ込んでおくスタイルのようだ。

『あとで返してくれよ』

とは弦十郎の言葉。

それでも凝で目にオーラを集めて目を凝らせば微かに見える込められた神秘の残滓。

何十回目かの掘削の末…

『見つけたデスっ!』

そう言ってつまみ上げる鉱石の様な物体。

錬金術師が使う賢者の石に対抗するための、クリス命名『愚者の石』だ。

捜索が終了し、浮上。


「なにかひと悶着あった気配デス」

指令室に集まった装者達面々。

どうやら二人が潜っていた間に錬金術師たちの襲撃があったらしい。

ついでに彼らの目的も大方分かったそうだ。

「月の遺跡の掌握と人類の解放デスか…」

「バラルの呪詛が解呪されれば人類に統一言語が戻る。でもそれと相互理解は別の話。わたし達は例え同じ言語を繰ろうとも争う生き物なのだから」

「全くの無駄な行為デス」

「お二人とも…」

調と切歌の辛辣な物言いに流石のエルフナインもたじたじだ。

「そして気付いたデス…わたし達のイグナイトはダインスレイフ由来じゃないので無効化されないんじゃないデスか?」

「あ……でも響さん達の戦力強化は重要…」

「しかし、月の遺跡の掌握デスか…アオさんなら勝手にしろって言いそうデス」

「うん…まぁでも、何だかんだでやり方を考えろって言うと思う。あの錬金術師たちは殺しすぎた」

「自分の正義に他者を犠牲にするのなら、それはすでに正義じゃなく迷惑行為なのデス」

「正義じゃ…ない?」

切歌の言葉に響が呟く。

「犠牲を許容するのなら他者じゃなくまず自分が犠牲になればいい。犠牲が死だと言うのならまず自分が死ぬべき。出来ないのならそれはただの我がまま。切ちゃんの言う様に確かに迷惑行為」

調も辛らつだ。

「お前たち、達観しすぎていないか?」

「おじ様、しかし二人が言う事はもっともです。犠牲を許容する事は出来ません」

翼が弦十郎の言葉に応える。

「ま、なんにせよ次に会ったら今度はイグナイトでぶっ飛ばすだけだな」

クリスが力強く宣言すると弦十郎が立ち上がる。

「ふむ。それでは皆シミュレーションルームに集合だ」

「なんだよおっさん、藪から棒に」

「良いから着いて来いっ!」


シミュレーションルームで始まるのはシンフォギアを纏っての模擬戦。

しかしその相手は生身である弦十郎。

だがその生身相手に手も足も出ない響達。

愚者の石による措置は単純にイグナイトを無効化させないための手段なだけで、錬金術師相手に翻弄されている現状を打破しなければならないと弦十郎は考えているらしい。

そこで考えたのはユニゾンによる戦力アップだ。

ギアの相性でユニゾンを可能にしている調と切歌。それをどの組み合わせでも使いこなせるようにしたいと言う事なのだろう。

しかし、極限状態でも無ければそう簡単に他者と心を繋いだユニゾンは難しい。

比較的相性の良いだろう翼とマリアですら難儀なようだった。

が、そこに調と切歌が入ると話が変わる。

「響さん、そっちは任せたデス」

「あ、あれ?動きやすい…?」

何故だと首を傾げる響。

今は響と切歌で弦十郎と戦っていた。

フォニックゲインも劇的に上昇してその数値を上げていた。

「翼さん、こっちも」

「あ、ああ…」

調と切歌に引っ張られるように互いのフォニックゲインを高めていく翼と響。

「想像以上だな…」

そう弦十郎が呟いた。


ユニゾン特訓はうまく行ったように見えまずまずの結果を出した訳だが…

訓練を録画したモニタを緒川さんと一緒に見直している弦十郎。

「どう見る?」

「調さんと切歌さんの技量が高すぎですね。同調と言うより同期でしょうか…あえて自身をダウンサイジングして疑似的にユニゾンしているのではないでしょうか」

「やはりか…だが」

「ええ、ですが響さん達のフォニックゲインが高まっているのも事実。これは指摘しない方が良い事実でしょう」

軽自動車の前をスーパーカーが風よけをしているようなものだ。

「むぅ…」

こっそり二人だけ呼び出してユニゾンしてもらった時の数値など正規適合者である翼達三人のユニゾンをも遥かにしのぐ数値を叩きだしていたのだ。

「これで元々のポテンシャルがこちらの世界の二人と変わらないと言うのだからな…平行世界…別人でないだけに異様に思えるな」


錬金術師たちがいったい何を目的としてどのような手段を取っているのか。

一部分かった所を纏めると、神の力と呼ばれる物を利用して月の遺跡を掌握し、バラルの呪詛を解呪すると言う事だろうか。


潜水艦の指令室に集まるsong主要メンバー。

「神の力に対抗する手段を検討中だ。バルベルデから持ち帰った資料では錬金術師たちが神殺しにまつわる伝承やら物品やらを収集、もしくは破壊を試みているという事のようだが」

神の力が存在するのだから、それを打倒するものの存在を許しておけなかったのだろう。だがそれが逆に神殺しの存在を物語っている。

「神殺し…」

「…なるほど。もしかしたらそれがわたし達がここに居る理由なのかもしれないのデス」

「はぁ?何言ってんだ、お前たちは」

とクリスが不機嫌に言う。

「何かあるのか?」

弦十郎が試案しながら問いかけた。

「わたし達は神を殺したことがある人を知っている」

「神殺しを知っている…だと?」

「誰だよそいつはっ」

「当然、この世界にはいないのデスっ」

「かー…居ないんじゃ意味ねぇだろっ」

「デスが、神は神の力なら倒せる可能性が有るのデスよ」

「だからそれが神殺しってーんだろ」

神を殺したと伝承されている武具の類だ。

だが忘れてはいまいか。二人は以前ヨナルデパズトーリを倒していると言う事を。

その刃は神に通ると言う事を。

ミーティングを纏めると、神に対抗する聖遺物の捜索を視野に入れた錬金術師のたくらみの阻止へと舵をとる事になる。


その後クリスと翼は連れ立ってどこかに行ってしまって自由時間。

しかしその自由時間は錬金術師の襲撃で終わりを告げる。

現着すると市街地はアルカノイズで溢れてはいるが人は少ない。どうやら逃げてくれているようだ。

先に到着していた…と言うより外に出た所を襲われていた翼とクリスに合流し、錬金術師であるカリオストロを相手取ろうとした所、どうやら相手は戦力の分断を選んだようで…

「切ちゃん」「調っ」

切歌と調は互いに離される形で特化型のアルカノイズが作った閉鎖空間に閉じ込められてしまった。

異空間の内部に閉じ込められはしたものの、その特性自体は響達が以前経験したタイプのノイズで、空間内部の姿を消したアルカノイズを倒せば脱出できることは証明済だった。

「なるほど、わたしと調を分断してユニゾンによるパワーアップを阻止したデスか…でも」

切歌は鎌を一振り。

「これくらいでわたしと切ちゃんの絆は切れはしない」

調もヘッドギア後部のブレードをガシャンと動かした。

それぞれ別々の空間で、しかし互いに同じことを考えている二人は、その実行を命令する。

「ロード・シュルシャガナ」「ロード・イガリマ」

切歌は鎌の付け根にあるチャンバーが、調はヘッドギア後部のブレードに着けられたチャンバーが引かれ薬きょうが排出される。

切歌と調はそれぞれ互いの特性を取り込んでアームドギアを昇華、巨大化させていく。

「それじゃあいっちょやったるデス」「うん」

互いの声を聴いて二人はアームドギアを一閃。

巨大な鎌と巨大な鋸が空間一面を一文字に切り裂く。

「ちょ、ちょっと切歌ちゃんっ!」

「し、調そう言う事は事前に言ってくれっ!」

慌てて腰を落とし頭を下げる翼と響。その頭上を光刃が振り抜かれると空間に亀裂が入り元の空間へと戻っていた。

「どんなもんデスっ!」「ブイっ!」

「見えないからと空間全てを切り裂くとは…」

トンデモな行為に若干翼が引いていた。

しかし閉じ込められていた時間も少なくは無い。外の状況はイグナイトを使用した上でユニゾンしたクリスとマリアがカリオストロを追い詰め互いの大技が衝突し、爆風が覆う。

「やったか」

と翼。

クリスとマリアは消耗しているが健在だ。

「勝ったのか?」

「ええ、わたし達の勝利よ」

「そう言う事は下手人を捕まえてから言うデス」

「「え?」」

切歌の言葉に驚くクリスとマリア。

突如とても見当違いな方向に切歌のショルダーアーマーが展開するとワイヤーが射出される。

ヒュっと空気を切り裂く音が終わるとブワンブワンと鈍い音が響きボコリとくさびを打ち付ける音が聞こえた。

「ええ、ちょっとっ!なんで分かったのよっ!」

すると何もない空間から色がにじみ出るようにカリオストロが拘束されて現れたのだった。

「視てたデスから」

カリオストロは爆風に飲まれる瞬間に姿を消して忍んでいたのを切歌と調はしっかりと凝で追っていた。

いくら姿が見えずとも視えていたのだ。

「もうっ!これって力が抜けるぅっ…」

切歌の拘束はあらゆる強化、術の行使を無効化する。

「そうじゃなきゃ拘束できない相手デスから仕方ないのです」

これから彼女にはsongなのか風鳴機関なのか、それともそれに準ずる機関からの取り調べが続くのだろう。

「命があっただけでも儲けものデス」

あらゆる拘束具を行使されて移送されて行くカリオストロからはすぐに有用な情報が得られると言う訳もなく、しばらくはまだ相手の出方待ちだった。

錬金術師の一人は拘束したが後二人残っているし、あの巨大熱量を発生させた真っ裸の男も残っている。

だが、錬金術師相手にイグナイトが使えたのは良かったが、その反動でしばらくクリスとマリアのギアが使えなくなってしまったのは痛い。

エルフナインが大急ぎで普及に尽力しているがどれほどかかるかはまだ分からない状況だ。


カリオストロは黙秘を続けている。

神の力の降臨と、東京におけるレイラインの関係は恐らく関係あるのだろう。

レイライン上に存在する神社仏閣を張っていた所、何人ものエージェントが連絡を絶ったのだ。

錬金術師に殺されたとみて間違いない。

レイライン上の要石の護衛とリフレッシュを掛けて装者達は一路、調(つき)神社を目指す。

神の力とレイライン、要石と調査していた所、首都高を爆走する錬金術師が現れたとの一報がsongに入った。

「高機動戦闘になりそう…行ける?切ちゃん」

「勿論なのデス」

「おい、お前らっ!」

止める翼を振り切って聖詠を謳うとギアを纏う。

「ロード・ナグルファル」

調のギアが変形し、それに同調したように切歌のギアが調のそれと連結されそのまま音を置いて走り抜ける。




「見えた」

「被害が拡大してるデス」

大きなけん玉を回転させて首都高を爆走するプレラーティ。

「切ちゃんっ」

「大人しくしさせてからトッ捕まえるデスっ!」

「接近は任せて」

ギアを制御して一瞬の加速。

「お前たちの相手などしている暇などない訳だ」

爆走するプレラーティからばら撒かれる大量のアルカノイズ。

しかし調はギアを変形させて前面に巨大な鋸を突き出すと速度を落とさず切り刻む。

「わたしは…サンジェルマンにこの事を伝えないといけないんだぁっ!」

「話は牢屋で聞かせてもらうデスっ!」

ついに並走される調とプレラーティ。

「デースっ!」

その一瞬で調は鎌を振りぬいた。

「ぐはっ!」

そのままプレラーティはアスファルトを削りながら転がり道路を転がりガードレールに激突して意識を失った。

「これで二人目」

プレラーティの回収をsongのエージェントに任せて見守っているとレイラインを震わせる衝撃が走った。

「何事デスっ!?」

『神の力の覚醒か、だがっ!』

しばらくしてレイライン上の力の収束は分断させて消え去ったのだが…

「失敗?」

「じゃないのデスっ!」

レイラインは確かに絶たれた、だが再び集まるエネルギーは空を通って収束されて行く。

その収束点はここからは遠い。

「すぐに現場に…く…」

「すぐには無理デス、調」

消耗に膝を着く調を抱きかかえる切歌。

「あっちは響さんと翼さんに任せるのデス」

切歌達を欠いた響達はそれでも錬金術師の野望を打ち砕いた。がしかし…

暴走した神の力が響を取り込み繭状にに変化してしまったのだった。



ビルの間に根を張る巨大な繭は明滅を繰り返す。それこそ内部で何かが胎動しているかのように。

すぐには動き出さないと言う予想で時間的な余裕が生まれた響以外の装者達は本部に集まりやるせなさと戦っていた。

「あの時駆けつけていれば」

「わたしが調を止めたのデス。あまり自分を責めないで欲しいデス調」

「なにか手はあんだろおっさん」

クリスもイライラしながら声を発した。

「目下思案中だ」

「クソっ!」

ダンと壁を殴りつけたクリスは自身の感情の発露を破壊衝動に置き換えるのがやっとだ。

「ぶった切っていいなら簡単なのデスけど」

それ以外の事は切歌には難しい。

「アオさんが居れば…」

「エルフナイン、これを」

「何ですか…っ…これは」

調が差し出したのは一つのカートリッジ。

「シェンショウジンのカートリッジ。…もうこれ一本しかないのだけれど」

「これをわたしにどうしろと」

「シェンショウジンの特性は聖遺物由来のエネルギーを分断する。…たぶん神の力を弱める事くらい出来る…だから」

「これを聖遺物の代わりにするのですね」

「どう言う事?」

とマリアが問う。

「この世界ではギアは失われたけれど適合者は居ます」

「おい。それはまさか未来かっ!?」

「これを使えば一回限りですがシェンショウジンのギアを纏えるはずです」

「それしか、無いのか?」

その翼の問いかけにエルフナインは左右に首を振る。

「ですが、他の手段よりも調さんに提示された手段が一番成功率が高いと思われます」

リンカーは完成している。聖遺物の代わりになるものも存在する。

なら一時、未来がシェンショウジンのギアを纏う事も可能になるかもしれない。その力なら響を助けられるかもしれない。

「あいつは断らないだろうな…」

クリスが達観のため息を吐いた。


こちらの要請をやはり未来は断らなかった。

「二人はこの世界の二人じゃないんだってね」

とsongの要請で連れてこられた未来は簡単に現状を聞かされ、その中には調たちの事も含まれていた。

「そっちのわたしは装者なの?」

「そうデス。シェンショウジンのギアを纏った未来さんは頼れる盾なのデス」

「なに、それ」

と言う切歌の言葉に未来はクスクスと笑った。

笑い終わると突然未来は切歌と調の手を握ると眼をつむった。

「ありがとう。この世界に来てくれて」

「未来さん?」

「ありがとう。わたしに響を助ける手段を与えてくれた事、本当に感謝している」

「でも、ギア本体が無い以上チャンスはたった一度きり…」

調の弱々しい声に未来は握る力を強めた。

「大丈夫。大丈夫だから」



エルフナインの頑張りでシェンショウジンのカートリッジを使った即席ギアとリンカーは完成し作戦開始を待つ。

作戦はシェンショウジンのギアを纏った未来がその力で神の力を弱め響を覚醒させると言うものだ。

エルフナインは奥の手で融合している響に対してのアンチリンカーも用意したらしく、そちらでも神の力の分離を試みるらしい。

「さて、作戦開始だ」

弦十郎の合図で響救出は始まった。

「Rei shen shou jing rei zizzl」

聖詠を謳うと未来が纏うは紫のシンフォギア。

「お願いね、シェンショウジン。響を助けるために」

「くっ…調整に時間を取られました…羽化します」

エルフナインが悔しそうにつぶやいた。

中から出てくるのは巨大な異形の女神。

「露払いは任せろ」

「おまえはどでかいのをお見舞いしてやれば良いんだよっ!」

「此処が正念場ね」

「道はわたし達が必ず開くから」

「安心するのデス」

翼が、クリスが、マリアが、調が、切歌が駆け出していく。

巨体が繰り出す攻撃をいなし、逸らしながら動きを封じる。

「今デス」

「やっちゃって、未来さん」

皆の攻撃で数秒確かにその巨体が無防備に止まっていた。

「ひびきーーーーーーーーっ!」

補助具も使って増幅された暁光が巨躯の胸元を貫き神の力を確かに霧散させている。

すかさず巨体にむかってアンチリンカーを注入し更に抑制。

穿かれた胸元からはスルリと響が滑り落ちて来た。

「ひびきっ!」

その体を駆け出した未来が優しく抱き留めた。

「やっぱり未来はいつでもわたしを助けてくれる」

意識を取り戻した響。

「響…よかった…助けられて、よかった」

そんな感動も長くは続ける暇を世界は与えてくれなかった。

一度は拡散したはずのその神の力が依り代を求めて集い始めたのだ。

調と切歌は互いにコクリと頷くと集まる粒子にアームドギアを投げ入れた。

『何をしている、二人ともっ!』

「多分デスけど、わたし達はこの為に来たのデスっ」

アームドギアを依り代に神が形成されて行く。

「神を打倒するために」

「それでわざわざ体を与えるってのかっ!?」

クリスの怒声が響く。

イガリマとシュルシャガナのアームドギアを取り込み生まれてくる神。

それは紅と緑の一対の剣を持つ女神。

『軍神ザババ…だと』

『AaaaaaaaAAAAAAAaaaaa』

うめき声とも鳴き声とも聞こえる甲高い音を発しながらこちらを見つめるザババ。

「あのバカ二人が何を言っているかはわかんねぇけど、こいつをこのままにしておけねーだろうがっ!」

クリスのアームドギアが巨大化しミサイルを雨の様に打ち込むが…

「効いてねぇってかっ!?」

「はぁっ!」

「やぁっ!」

翼とマリアが左右から切り付けるが…

「薄皮一枚傷つかない…だと…」

「自身無くしちゃうわね…」

そこにアームドギアを形成しなおした調と切歌が言葉を発した。

「離れていてください」

「これからちょっと本気モードなのデスっ!」

『Aaaaaaaa』

その女神はこの中で一番誰が自身に手っと脅威か感じているらしい。

紅と緑の巨剣を調と切歌に振り下ろすと爆音と土煙が舞い視界を奪った。

「バカっ!」

クリスが焦って声を上げるその先で煙が晴れると黒く染まったギアを纏った調と切歌が互いにアームドギアで巨剣を阻んでいた。

「あの巨体の攻撃に力負けしてない…だと…」

「行くよ切ちゃんっ」

「ガッテンデスっ」

ザババの口元に熱量が収束する。

何かが口元から放たれるのは確実だ。

「振り払うってのかっ!?」

体よりも大きいザババの剣を振り払いその拘束を抜けると次の瞬間口元から放たれたレーザーの様な熱量が地面を焼いた。

『お二人のユニゾンによるフォニックゲインの上昇が止まりませんっ!』

エルフナインがモニター越しに驚愕の声を出しながらキーボードを叩いていた。

「シュルシャガナ」

『ロート・イチイバル』

ガシュっと薬きょうが排出されると調のギアが変形し、後部ブレードから腕を経由して巨大なガトリングが現れる。

ドドドドッ

「そいつはあたしのっ!」

お株を奪われクリスが憤慨している。

「やはりダメージが…」

ハチの巣状に体を削られて行くザババだが、一定以上のダメージを負うとヨナルデパズトーリと同じくダメージを中た事にされてしまうが、それでも調はザババを削っていくのを止めない。

「それじゃあこっちもいくデス…イガリマ」

『ロード・アメノハバキリ』

切歌の鎌が変形し巨大な剣が空中に現れると気合一閃。垂直に振り下ろされる。

『Aaaaaaaa』

それをザババは二振りの剣をクロスさせて受け止めていた。

『ロード・ナグルファル』

ガシュっと調のギアから更に薬きょうが排出されると銃口がさらに大口径に置き換わり、さながら戦艦のようだ。

容赦のない弾丸の雨あられ。

「危ないっ、調っ!」

相手の攻撃に気が付いたマリアが注意を促すも、当然機動性は落ちている為ザババの収束砲が調を捕らえた。

「大丈夫っ」

『ロード・アガートラーム』

調のギアからは続けざまに薬きょうが排出されていた。

「…え?」

煙が晴れてみれば調の目の前にはギアの変化した巨大な鎧状の盾が現れ調をその攻撃の直撃から守っていた。

「まさか…ベクトル操作したと言うの?」

閃光は調が繰り出した盾に当たると上空へとその熱量を逃がされていたようで、雲を消し飛ばし消失している。

「よそ見している暇は無いデス」

『ロード・ガングニール』

「チェストっ!」

薬きょうが排出されると切歌の手にしたギアが変形し槍型のアームドへと変形。その柄を切歌は握りしめると思いきり投擲した。

投擲された槍は腹部を抉り、その瞬間にカートリッジをロード。

『ロード・シュルシャガナ』

アームドギアが変形すると巨大な鋸が無数に分かれ内部から切り刻む。

「調っ」

「切ちゃんっ」

ザババはダメージの修復に手間取っている今がチャンスだ。

二人は正面から手を取り合うと聖詠を口にする。

Gatrandis babel ziggurat edenal

「絶唱だとっ!?」

Emustolronzen fine el baral zizzl

「バカ、お前らやめろっ!」

Gatrandis babel ziggurat edenal

「あなた達何を考えてっ!」

Emustolronzen fine el zizzl

更に残ったカートリッジをフルロード。

カランカランと薬きょうが空中に散らばり落ちた。

絶唱による高まったフォニックゲインにカートリッジを足してシンフォギアのロックを外していく。

一瞬閃光が辺り一面を包み込むと、そこに現れたのは…

「エクスドライブ…だと…?」

「ですが、その数値がこちらのデータを遥かに超えていますっ!これはいったい…」

二人のギアが黒色からそれぞれ紅と緑を基調とした白色に変化し神々しさを増していた。

「これが本当の」

「全力全開デスっ!」

二人は空を翔けるとその速度は音を置き去りにしていた。

「速いっ!」

見えなかったと翼が言う。

次の瞬間両腕が吹き飛んでいた。

「これは返してもらうのデス」

切歌と調が掴んだ巨剣は、その大きさが縮まり人間が振るえるサイズまで縮小されていく。

元は彼女達のギアが触媒になったものだから返してもらう発言も間違いでは無いのだろうが…

『Aaaaaaaa』

口元に収束する巨大熱量。

「危険です、避けてくださいっ!」

絶叫するエルフナイン。地上に放たれれば辺り一面焦土と化すだろうそれが放たれるが…

「なっ…何をしたんだあいつらはっ」

突如として霧散した放射攻撃に戸惑いを隠せないクリス。

「まさか…斬ったのか…」

信じられないと翼がこぼす。

「その熱量事斬ったとでも言うのっ」

マリアも驚きで目を見開いていた。

調と切歌を見れば確かに手に持った剣型のアームドギアを振り上げたポーズで止まっているし、ザババの胸元はX字に切り裂かれていて修復中だった。

『uUUuuuuuuUUUUUUUUUUAaaaaaaaaaaaaaaaa』

大技が当たらないならと弾幕を張り、腕をしならせ、しゃにむに攻撃を仕掛けるザババだが、そのような攻撃が今の彼女達には通じない。

「よ、はっ、そいやっ!」

「はぁあっ!」

弾幕を目にも留まらないいスピードでさけ、振り下ろされたコブシはすれ違いざまに切り落とす。

『HaAAAaaaaaaaaaaaaa』

痛みを感じているのだろうか、表情の読めないその顔が僅かに歪んだ気がした。

「だが、いくらダメージを与えようが回復されてしまうのだぞっ」

どうするのだ、と弦十郎。

「それは勿論っ」

「切り刻むだけデスっ」

「ですが、今のザババの状態はダメージを無かった事にしてしまいます。たとえるなら複数のいいえそれこそ無限の命を持っているに等しい存在です…そんなものをどうやって…」

「問題ない」

エルフナインの言葉を一蹴する調。

「全部まとめて斬ってしまえば良いだけデス」

二人が互いに振りぬいた剣から衝撃が走りザババの動きを止め、さらに射出したワイヤーアンカーで地面に縫い付け拘束。

ユニゾンは最高潮。エクスドライブの上に神の力の一端を行使している。故に…

神殺しは成る。

「わたし達なら存在するもののすべてを…」

「魂だって概念だって切り刻めるのデスっ!」

『『カートリッジロード』』

弾倉を入れ替え純粋に自身のフォニックゲインを圧縮していたそれを炸裂させて、ザババを拘束した隙に調と切歌はフォニックゲインを極限まで高めていく。

アームドギアへと送られたそれは周りの熱量を上げるだけにとどまらず周りの景色が歪んでまるで次元が揺らいでいるよう。

準備は整ったと、調は下から、切歌は上から、互いに最高にフォニックゲインを武器に纏わせて切り伏せ、切り刻み、砕く。

「「終わり」デス」

Xに切り裂かれたザババは置き換えるための存在すべてを切り裂かれ消滅、光の粒子になって切歌と調に吸収されて行った。

「二人に影響はっ!?」

「これは…そんな…先天的に原罪を持つ人間に神の力が吸収されて暴走しないなんて…」

「現状問題は無いのだな?」

「絶対とは言い切れませんが…親和性の高いザババに一度変化させたのが影響しているのかもしれません」

弦十郎とエルフナインが調と切歌の容態を気にしつつ変化が少ない事に安心しているようだ。

「神様、殺しちゃったね」

「これでわたし達も神殺しの一員なのデス」

一件落着か、と思いきや…空間の隙間から最後の錬金術師、アダム・ヴァイスハウプトが現れる。

「こんなバカな事があるかっ…神の力がただの人間に宿るだとっ!そんなバカな事がっ!」

この事件の真の黒幕であるアダム。

「呪われるぞ、神を殺したのだ。その身は既に人では無いっ」

人間の相互理解の為に月の遺跡の支配とバラルの呪詛の解呪をもくろんだサンジェルマン達錬金術師。

その最後、アダムはサンジェルマンを裏切り、ただの自身が望む手段の為に神の力を顕在化させ神の力による人間の支配をもくろんだ存在だ。

「わたし達は最初から人では無い」

「人と言う枷があの人に着いていけない理由になるのならそんなもの脱ぎ捨てるまでデス」

「そんなバカげた理由でっ!」

余りの現実についに限界を迎えたらしいアダムが自身の本性を現し化け物と変化。その形はどちらかと言えばネフィリムに似ていた。

「切ちゃん」

「調っ……て、このタイミングでデスかっ!?」

アダムを何とかしようと剣を握る腕に力を入れたタイミングで体が光に包まれた。

「どうした、二人ともっ」

「なんだってんだ」

「これは…どう言う事なの」

駆け寄る翼達三人。

「タイムオーバー」

「呼び戻されているみたいデス…」

「戻るのか…」

「最後まで何とかしたかったデスけど」

「どうしてこのタイミングで?」

とエルフナイン。

「神の力は何とかしたからかな」

その為に呼ばれたのかもしれないと調と切歌は考えていた。

用事が終わればこの世界には不要と言う事なのだろう。

眼前のアダムは巨大化を続けている。

「へ、大丈夫。最後は先輩にまかせておけ。後輩にしてやられっぱなしは先輩として立つ瀬がねーだろうがっ」

「マリア」

「何かしら」

「入れ替わりにこちらのわたし達が現れるだろうから…あとはよろしくデス」

「結構やっちゃった感はあるよね、実際」

「あなた達…ええ、分かったわ。それじゃあ」

「お別れデス、この世界のマリア、翼さん達も」

「楽しかった」

時間は無い、簡潔に挨拶を済ませる調と切歌。

「まぁ、こちらもお前たちのおかげで窮地を脱出したのだ、助かった」

「向こうでも達者でね」

「ちゃんと向こうのあたしの言う事を聞くんだぞ」

「大丈夫」

「わたし達は向こうじゃ先輩方に頭が上がらないのデス」

そうして唐突に二人の視界は暗転し、次の瞬間にはスキニルの中で機材に囲まれて立っていた。

目の前にはあの世界では見なかった人の姿を見て。

「「ただいま」デス」

「おかえり、二人とも」

さあ、向こうで何があったのか、いっぱい話してやろうと切歌と調は視線を合わせて頷いて笑い合うのだった。
 
 

 
後書き
そしてアオが出てこないと言う。ぶっちゃけこうでもしなければ錬金術師相手ではオーバー戦力で相手にもならなそうなので…
本当は劇場版リリなのとかも考えていたのですが…想像以上にアレでしたのでモチベーションが…
あとはディスクが出てからですかね…ただ、本当に二次に向かない感じで書けるかは難しいかもしれません。
それでは遅くなりましたが、本年もよろしくお願いします。 

 

外典 【H×H編】

 
前書き
申し訳ありません。気が付けばもう二年も放置している状況でした。そして節分記念ッ!となるはずが何と今年は124年ぶりに昨日が節分らしいのです。重ね重ね遅れてしまい申し訳ありません。
今回のこの話はHUNTER×HUNTERの世界の話になりますが、アオ達は一切出て来ません。それでも楽しんでもらえれば幸いです。 

 
少女はただ茫然と立ち並ぶビルの隙間から空を見上げていた。

少女の体は薄汚れていて、もう何日も風呂に入っていないのだろう髪にはふけが溜まりべた付いた髪は櫛を通さない程にガチガチと固まっている。

着ている服は擦り切れていてこれも洗っていないのだろう白かった色が黄ばんでいたり灰色に染まっていたりと元の色を想像する事も出来ない様相だ。

歳の頃は7歳ほどだろうか、痩せ細っていて碌に食べ物を食べていないだろう彼女の体は骨と皮しかないのではないかと思えるほどである。

アスファルトに仰向けで倒れ込み虚ろな瞳が見上げていた空は日が差すどころかポツリポツリと冷たい雨が降り始めた。

温かみを感じないその雨は少女の汚れを洗い流すどころではなく確実に彼女の命を削るだろう。

「……し…」

硬いコンクリートに背を預けた少女は空を見上げて手を伸ばし、そうか細く呟いた。

死ぬのかな…?と。

「……く……な……」

瞬間、少女は恐怖で否定する。死にたくないな、と。

伸ばした腕には数えきれないほどの青痣があり痛々しい。

その腕を首元へと持ってくると首に掛けてある紐をたくし上げると衣服の中に隠されるようにしまってあった鈍色に輝く宝石が姿を現した。

目を引くほどの美しさは無い。宝石と言うよりはただ磨かれた綺麗な石ころと言われても誰もが信じよう。

だが少女にとってそれは宝石だったのだ。

亡き母から唯一渡された形見だからこそ、服の中にしまい込み寂しい時や辛い時にこっそり取り出して見つめ不安を払拭してきたものだ。

それももう意味を成さなくなってしまうかもしれない。

それくらい少女の命は風前の灯火だった。

少女がここで死んでしまえば手に持った宝石は他の同じような境遇の物が持ち去ってほんの一握りのパンと同等の価値で売り払ってしまうだろう。

母の形見だ。母からもらった唯一の物だ。少女にはそれは耐えられなかった。

だから…

「…うっ……うぅっ…」

首紐を取り外した鈍色の宝石を少女は口に含み飲み込んだ。飲み込んでしまえば誰の手にも渡らない。自分が死んでも死体置き場で一緒に燃やされる事だろう。

これがわたしの最後の晩餐かと無味の鉱物に自嘲する。

飴玉なら良かったのに。

何とか少女の細い首元を通り過ぎたその鈍色の宝石は体内に入った事で思いもよらない効果を発揮する。

それは回帰の宝玉と呼ばれたアーティファクトで、二個で一対のアイテムだった。

その片割れは既に使用されてこの世界には存在していない。だが、それが幸いしたのだ。

この宝玉は回帰。つまり…


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「うっ…ふっ!?」

突然少女の体が熱を帯び始めた。

どこからか流れて来た温かな何かが彼女の体を包み込むと同時にわずかしか残されていなかった少女の命の灯火に燃料が足されたかのように勢いを取り戻し少女の体から湯気のような物が立ち昇った。

少女はそれをどうすれば良いのか分かった。先ほどまでの自分ならば絶対に分からないはずのそれを少女は何故か理解していた。

吹き出る湯気を体に留めると僅かばかり体が楽になったようだ。

更に漏れ出る湯気押し込めれば体力の回復も得られると知っているが、しかし一時的にもち直しただけの少女の体は今動かなければいずれ燃料切れで死んでしまうだろう。

少女は何とか背中をビルのコンクリートに押し当てると上半身を起こす。

「う…はぁ…はぁ…」

ポツリポツリと当たる雨粒はやはり冷たかったがそれで死ぬ事は無くなった。

少女は今度はしっかりとビルの隙間から大通を見据えると一呼吸。

盗んででも食べ物を摂らないと本当に死んでしまう。

「おや、あんた…使えるんだね」

見つめていた大通とは逆の方向、暗がりから年かさの女性だろうか、しわがれた声に少女は振りむいた。

使える…?ああ、念能力の事か。

今自分の周りに留め置いている生命エネルギー、オーラ。これを操る技術。

少女は理解した。

でも、何で知っているんだろう?

それと、わたしの中の温かいオーラはいったい…

それに触れようとするたびに知識が流れ込んでくるよう。

「汚い娘だ…だが、何かに使えるだろう」

「…う?」

老婆は少女に近寄ると少女の細い腕を掴んだ。

「骨と皮しかありはしないね」

老婆とは思えない力で引かれた少女は勢いそのままに立ち上がった。

クルリと踵を返す老婆を茫然と見送っていると振り返って口を開く。

「なにボサっとしている。食事と…その前にまずは風呂か」

着いて来いと言う事なのだろう。少女はようやくその足を動かして老婆を追った。

老婆はなにも親切心で少女を拾った訳では無い。

老婆の仕事は裏社会への人材斡旋であった。念能力が使えるのならば少女は老婆にとっては立派な商品たり得る。それ故に気まぐれに手を貸してやっただけだったが、少女が救われたと言う事実だけ見ればどちらでも良いのだろう。

「三回以上体を洗うんだよ、臭いったらありやしない」

老婆に服をひん剥かれた少女はブルリと震えている。

狭く、湿度の高い部屋だった。

風呂なんていつぶりだろうか。むしろ自分は眼前の蛇口やシャワーヘッド、バスタブなどを使った事があっただろうか?

シャンプーとボディソープの違いは?

ただ、使い方は何故か知っていた。

シャワーのノズルを押し込むとシャワーヘッドから暖かいお湯が少女の汚れを流す。

「あたたかい…」

ポシュポシュとボディーソプのノズルを押し込むと適量より少し少ない程度の薬液が手の平へと落ちるが、足りないと二度三度ノズルを押し込んだ。

老婆に言われた通り念入りに体を洗って浴室を出ると清潔な下着と簡素なワンピースが置いてあった。

「わたしの服…」

「あんなボロは捨ててしまったよ」

「そう…」

老婆は少女に簡素な食事と狭い寝床を与えた。

老婆のお陰で命が助かった事は確かなので、老婆の為に何かしようと考え始めた頃、少女はあっさりと老婆に売られてしまった。

「こいつか?」

黒い服を着た大柄の男だった。どう見ても堅気と言う感じはしない。

「条件にピッタリ合うだろう?」

「使えるのか?」

「もちろんさね」

念能力は使えるのか、と言う事なのだろう。

少女は確かに纏は出来ていた。

「育てるなら若い方が良い。大人は言う事を聞かないからね」

「たしかにな。…貰っていく」

「まいど」

少女は老婆が彼女に使ったお金の何倍で売られたのだろうか。それだけが気になった。

…高ければいいな。それくらいしか返せないから。

大柄の男に連れられて少女は扉の外へと、振り返って老婆を見るが既に少女に関心が無い様で別れの挨拶も無かったが、少女は深々と頭を下げた。

狭い路地を抜けると大通りに黒塗りの車が止まっていて男と一緒に後部座席に座ると男が運転席にいる別の男性に声を掛けるとゆっくりと発車した。

高級車なのだろうか、振動もエンジン音も控えめで、暖房の所為だろうかウトウトと眠気が襲ってくる。

うみゅう…ねむねむ…

どうして車はこうも人を睡眠へと誘うのか。もうダメ、もう絶対眠ってしまう。そう考えていた時、ようやく車が停車したようだ。

「降りろ」

目の前には大きなお屋敷。左右を見渡せば敷地は広大で隣の家はいったいどれほど離れているのだろうと思えるほど。

四方は石垣で囲まれていて庭には番犬だろうか、いかにも凶悪な犬が何匹も放されていた。

「これからお嬢様にお目通りする。せいぜい愛想よくしろよ」

「…あいそ」

そんな物でお腹が膨れた事は無かった少女には縁のない言葉だった。

正面の大きな入り口の扉とは別の小ぢんまりとした入り口から屋敷の中に入り少女にとっては雑多な高価な過敏やら絵やら骨董が立ち並ぶ廊下を歩き目的の部屋へと到着。

コンコンコン

ドアを三回ノックする。

「お嬢様」

「なによ、今忙しいのよ」

と中から小さな少女の声が返ってくる。

「新しいおもちゃをお持ちしました」

「え、そうなの?早く入って」

「失礼します」

ガチャリと扉を開いて入室する大柄の男に続いて少女も中に入る。

ベッドの上で足をパタパタとさせて雑誌を読んでいたのだろうそれを投げ捨てた少女がこちらを見ている。

紫色の髪を後ろで一つに括り、活発そうな元気の有り余ってそうな少女だった。

「それで新しいおもちゃは?」

「ネオンお嬢様だ。ほら挨拶しろ」

どうやらベッドの上の彼女はネオンと言うらしい。

大柄の男に背中を押されて前に出る。

「よろしくおねがいします?」

「え、なにその子が新しいおもちゃ?」

トトトとベッドから歩いて来たネオンは少女をしたからのぞき込んだ。

「あなた、お名前は?」

「名まえ…」

「無いの?いつもなんて呼ばれていたのよ」

そうネオンの眉根が寄った。

「オイとかお前…そこのゴミとか?」

「お母さんには?」

お母さん…?なんて言っていただろうか…もう思い出せないや…

「まぁいいわ。名前が無いならわたしが付けてあげる」

うーん何が良いかなと考え込むネオン。

名まえ…か。

「そうだなぁ…あなたは四人目だから、テトラって事で決定ね」

「…テトラ」

わたしの名前。ちょっとだけ、嬉しい。

「そう、あなたはテトラ。あたしの新しいお友達よ」

ちなみに、四人目と言う言葉の意味はお気に入りの人形が三体いて、単純に四人目だった事から古い言葉で四を意味するテトラと名付けられたと知ったのは大分後の事である。

その時のテトラはただ単純に与えてもらった名前に純粋に喜んでいたのだった。

テトラの売られた先は地方のマフィアでノストラード組(ファミリー)と言うらしい。

ここでのテトラの仕事はネオンの遊び相手兼護衛。護衛と言ってもいざと言う時の肉壁に等しい。

念能力が使えるから他よりは硬いだろうと言う事なのだ。

さて、衣食住が安定したテトラは念能力…と言うよりあの鈍色の母親の形見を飲み込んだ時に植え付けられた知識、経験が一体どう言うものなのかと言う事が気になり始めた。

念能力がどう言ったものか知っている。

効率の良い修行方法も目途がついている。しかもそれだけではない。習得できる技術がそれは山のように詰まっていた。

それはこの裏社会で生きていくならば習得して損はない物であった。

それならばやる事は1つだ。

強くなる、それだけ。

まず最初に記憶にある影分身と言うものを覚えた。

これで作った分身は実体を持ち行動できる。これにより開いた時間をすべて修行に費やす事に成功したテトラは自分が出来る事、出来ない事を先ず確かめる事にした。

念能力は使える。

忍術も得手不得手は有るだろうけれど使えるだろう。

魔法はどうか。これは才能が無かった。

魔導も不可能。

ならば剣術は?

食義はどうか?

権能は?

出来る事、出来ない事、覚えられるもの、覚えられないものを確認していったテトラはとりあえず念と忍術、食義にもてる時間のすべてを使う事にした。

そうして記憶に触れているといつも一つの事を強迫観念の様に反芻させられる。

『………から逃げてはいけない』

どうやらこれは飲み込んだ宝玉の副作用らしい。

念能力で言う所の誓約のような物だろう。この記憶と温かいオーラ(チャクラ)を取り込んだ代わりに植え付けられた誓約だった。

でも、あの事が無ければ多分死んでた…だから…

逃げられないのなら強くなるしかないっ!

結局そこに落ち着くのだった。

よく分からない記憶の誰かよりも圧倒的に時間のないわたしは覚えるものを絞らなければならない。

基礎修行に念を基本形にしてそこから合うものの取捨選択だ。

忍術は比較的に相性がいい。しかしすべての性質変化を極めるのは不可能だろう。

どうやらこの記憶なのか記録なのか分からないものは到底一度の人生で修められるものではないと分かったからだ。

自分を連れて来たダルツォルネと言う大柄の男を見るに念能力者は存在するらしいが、忍者が存在するかは不明。魔法使いなども居るか分からない。

「写輪眼…か」

知識の中に有る便利そうなその能力を知らず口に出していたテトラ。

それは特定の血筋にのみ発現する能力らしい。

その瞳は視認する事であらゆる術を解析したり催眠補助に使えたり多岐にわたる。

「とっても欲しい…」

屋敷から離れた所にある大木に腰を掛けてテトラは思案する。

写輪眼の初期能力は言ってしまえばとても高性能な『凝』である。

熟練の念能力者同士の戦いほど凝は重要で、初歩にして奥義なのだ。

だが過分に集中力を要するそれは、戦闘中ずっと行使して戦い続けられないのもまた事実だった。

「凝を使い続ける事になれるか…そう言う能力を創るか、だね」

普通の念能力者ならそう言う能力は作らない。なぜなら必殺たり得ないからだ。

覚えられる固有念能力には限界がある。いくら強力だからと言って複数の別系統の念能力を習得している人間は稀だ。

これを誰かはメモリが足りないと表現していた。

「創れたとしたら多分それでメモリいっぱいだろうな…空とかも飛んでみたいけれど…うーん」

二択の問題だった。

どちらかを選べばどちらかは永遠に届かない。

「どうしよう…決められないや…とりあえず今は凝の修行をしよう」

問題を先送りにするテトラであった。

それからのテトラにもいろいろな事があったが物語が動くのはそれから数年ほど後の事。


テトラは買われてから一応自室は与えられているのだが、夜は必ずネオンのベッドで一緒に寝ていた。

これはネオンがテトラをお人形さんのように気に入ったと言う理由も確かに有るが、一番はネオンの護衛のためだ。

実際これには効果があり、何度か刺客を追い払った事がある。

ネオンが深夜のテレビに飽きてベッドに入り、テトラの腕を抱いて眠りにつき、使用人も就寝したのか屋敷の明かりが落とされ屋敷に響くのは時計の針の音くらいとなった頃、ネオンの部屋の天井裏から忍ぶ黒い影。

どうやって忍び込んできたのか、その影は目標を定めると天井からその体を投げ出し落下エネルギーも加味しつつ目標へと短刀を突き出す。

キィン

突き出された短刀にテトラの手に持っていた何かがぶつかり金属が擦れる音が響きネオンの命を奪うはずの短刀を跳ね返したのは咄嗟に手に持ったネオンのヘアピン。

黒い影の男は短刀を弾いた物を視認して驚愕したが、すぐさま落ち着きを取り戻し再びネオンへと空いてる左手を振り下ろす。

凶器こそ持っていなかったがこの男の力で振り下ろされたその手刀は難なくネオンの命を奪うだろう。

だがそれをテトラは許さない。

バンとベッドを叩くと木造のベッドから大量の枝が生え男を突き刺そうと伸びた。

「っな!」

これには男も驚いたよう。

そして暗殺失敗を悟ってからは速かった。

すぐに逃げの一手で音が立つことも構わず部屋の窓を割り外へと逃亡。

庭にはスクワラの操る多種多様な番犬が居るはずだが反応しない所を見ると犬を無効化する手段を持っているのだろう。

スクワラの操る犬は確かに賢いが犬の常識を大きく超えるものではない。

この部屋にはダルツォルネがすぐに駆け付けるだろう。

追う。

すぐにテトラは決断するとパジャマ姿に武器はヘアピンだけを持った状態で窓の淵に足を掛け蹴った。

男の姿は離れているがまだ視認できている。

前を行く男が懐から何かを撒いたようにテトラには見えた。

落ちていく小さな粒を瞬時に読み取り形状を記憶。

撒菱(まきびし)?

それは追手の速度を緩める為に使うトラップの一種だ。

小さな突起がいくつも付いたものを投げおいて、それで死ぬ事にはならないだろうが踏めば傷を負うし避ければ移動を妨げる厄介なものだ。

しかもこの暗闇で常人ではこの撒菱をすべて避ける事は不可能に近いだろう。

ふっ

にやりとテトラは笑う。

この程度で遅れを取らないように修行してきた成果が試されるのだ。

それに…相手は多分忍者。

その事が普段は余り感情を動かさないテトラにしてみればどこか楽しそうに口角が上がっていた。

眼を開き進行ルートの撒菱の隙間を確認するとその隙間を正確に踏みさらに加速。

男は既に城門を一飛びで飛び越えて死角へ入っている。

円。

一瞬、テトラのオーラが薄く伸びると城門を超えて気配を探った。

居た、城門の影。

しかし敵もさるもの。テトラのオーラに包まれたと理解した瞬間地面を蹴っていた。

テトラが警戒したのは自分も城門を飛び越えてからの後ろからの攻撃だ。逃げる分には不意打ちを貰う確率は減るので状況は元に戻ったが悪くはない。

暗闇から風を切る音が聞こえて来る。

クルクルと風を切り飛来する三つの黒い何かは放物線を描きテトラを襲う。

クンッ

テトラは持っていた唯一の武器であるヘアピンを投げると正確にぶつけられ軌道を変えられたその何かは1、2、3と飛来した物上空に弾き飛ばすとジャンプ。

行き掛けの駄賃にとその何かをヘアピンと交換する形で入手。

手裏剣だ。

テトラの手に収まった三つの手裏剣。

追いつき始めた敵は前傾姿勢で両手をだらりと後ろに流した所謂忍者走り。

武器を入手したテトラも腕を自由にすべく忍者走りで敵を追う。

再び手裏剣が投擲された。

増えてる…4…いや6。

死角に隠す様に二つ投げられているそれを見切ったテトラは手持ちの三つの手裏剣を投げてぶつけ威力を殺し跳ね上げると自身の移動速度に合わせたかのように落下してくる手裏剣を回収。

9枚。

増えた手裏剣を左右に掴む。

さて、いつまでも追いかけっこはしてられない。

周りは市街地を抜け森林公園の入り口へと差し掛かっていた。

「ふっ」

今度はこちらからと手裏剣を投げる。

一枚と見せかけて死角に二枚目の手裏剣を投げる影手裏剣の術だ。

「ちぃっ!こんな国で同輩かっ!?」

悪態を吐いた男は囮の一枚目と本命の二枚目のその両方をいつの間にか手に持っていた短刀で弾いていた。

が、そこにさらに投げ込まれる三枚目。さらに…

投げたはずの腕を引き戻しテトラは素早く印を組み上げていた。

「手裏剣影分身の術」

「なんてインチキっ!?」

途端十重二十重に数を増やす手裏剣に男は堪らず声を漏らした。

だが敵もさるもの。最小限のものだけ弾き返すと軽い身のこなし手地面を踏み抜き手裏剣の強襲を潜り抜けて走る。



畜生、今日は厄日だぜ。

ハンゾーと仲間からは呼ばれる年若い青年は一人ごちる。

ようやく隠者の書を手に入れて里に戻ったは良いが、このオレに暗殺の依頼が回されて来るとはな。

だがまぁ、仕事は仕事だ。どこかのマフィアの令嬢の暗殺らしいが暗殺依頼が出るなど運が悪かったと諦めてくれ。

マフィアの幹部や護衛には正規ハンターや野良の念能力者を囲っている場合があると聞くが、ハンターでも一部の者以外念が使えると言うだけで大差なく、野良の能力者などゴミも良い所。少々面倒ではあるが、特段難しくない任務。そのはずだった。だが…

なんで、こんなことになってんだよチクショーっ!!!

マフィアの警備と言ってもこっちはプロの忍だ。あの程度の警備などあって無いような物だ。楽勝にターゲットの居る部屋へと忍び込むと感情のこもらない一撃で任務完了のはずだった。

前情報ではお嬢様はいつも添い寝をしている下女が居るらしいが、騒ぐのなら両方の口を塞ぐまで。

そう思って突き出した短刀をまさかヘアピン如きで弾かれるとは思わなかった。

確かに油断はしていた。念を込めていれば違った結果になったかも知れない…なんて考えも次の瞬間に消え去った。

ターゲットだけでもと振り下ろした手刀よりも速くベッドが襲って来るとは思ってもみなかったのだ。

念能力者か。

このままでは分が悪い。すぐに逃げの一手を打つ。

ターゲットは討ちこそなったがそれよりもあの女が問題だ。

なりは可愛いパジャマにあどけない表情をしているようだがアイツはどこかヤバイ気配だ。

こういう時の勘ははバカにならないんだよな。

案の定、すぐに追いかけてくる少女の行動の速さに危険度を上げる。

刺客がオレ一人とは限らないのだがすぐに打って出る胆力。あのままターゲットを離れても安全だと言う確証。

ヤバイな…

時間稼ぎにばら撒いた撒菱もほとんど役に立たなかった。

それになんだよっ!投げた手裏剣にヘアピンを投擲して軌道をそらし三つとも無効化しやがった。しかも無効化したどころの話ではなくヘアピン一本で手裏剣3枚を手に入れやがったっ!

わらしべ長者かよっ!

自分ならそんな事が出来るだろうか?と考えて今考える事では無いと考える事を止める。

これならどうだ。

四枚の手裏剣の死角にもう二枚隠して投げたものの、相手は手に持った三枚の手裏剣を投げ返して無力化する化け物だった。

しかも相手の獲物が九枚に増えただけだマイナスだぜ。

お返しとばかりに投げ返される手裏剣。

その程度でやられるオレ様じゃないぜっ!…くっこれは影手裏剣の術っ…これはご同輩の気配がするぜ。

が、その程度じゃこのオレは殺れねえなぁっ!…てうぉおいっ!三枚目も隠してあんのかよどんだけだよアイツっ!

だがまだまだ…って!増えやがった!?

そんなバカなっ!幻影…いやっくそっ実体かっ!

慌てて眼前の手裏剣を弾き飛ばすとオーラを足に集めて地面を蹴り距離を取る。

だがアイツの念能力は物質を増やす事だな。ベッドのあれもそれの応用なのだろう。

ならば追っかけっこは終いだっ!ネタが分かったんならやってやらぁっ!忍者の恐ろしさ説くと見やがれっ!

くらえッ!火遁の術っ!

ってうぉいっ!何で口から水が出てくるんだよっ!




距離を取った男が片手を前にして大きく息を吸い込んだ。

印を組んではいなかったが別に印だけが術じゃない。

むやみに突っ込むのは危険とすぐさま身構えているとパチンと鳴らした指から火花が散り吹き付けられた何かが燃え上がりつつこちらへと向かって来た。

火遁っ!

ならばっ水遁、水流弾の術っ!

テトラは素早く印を組むと状態を大きくのけぞらし胸元で生成されたチャクラを思い切り吐き出す勢いで口から水の玉を撃ち出した。

遅れて放った水遁はしかし威力はこちらが上のようで火遁を飲み込んで男に迫る。

「ちぃっ!」

「あ、逃げるなっ!」

すたたと転げるように射線上から抜け出ると再び走り出す男を再び追いかけるテトラ。

逃げる男を追っていると森林公園にある大き目の湖畔が見えてくる。

いつの間に装着したのか、男は足元に丸い何かが装着されていた。

それを使い男は水面を蹴る様に沈む事も無く進んで行く。

確かに湖畔の近くにボートはあるがそれを今から用意していては移動速度で見失ってしまう。

水蜘蛛かぁ…あれ?あの人水の上を歩けないのかな?

速度を落とす事もなくテトラは水面を蹴って進む。

「おおいいぃぃいっ!なぜ水蜘蛛も無く水面を走れるっ!?」

「修行したから?」

「はぁああっ!?くそっ!」

先ほどとは比べ物にならない量の手裏剣が飛んできた。

手持ちは六枚。

上手く当たってっ!

赤い瞳で見つめた先へと一枚の手裏剣を投げると弾いた手裏剣がさらに先の手裏剣を弾き一枚ですべての手裏剣が水中へと消えて行った。

「化け物かよっ!?」

「…?」

確かに自分はいっぱい修行した。だけど化け物と呼ばれるほどだろうか?記憶の中の人はもっと…

逃げきれないと悟ったのか、男は動きを止めた。

「雲隠れ上忍。ハンゾーだ。これから死合う相手に名乗らせてくれ」

「やっぱり忍者」

「あんたはどこの忍だ」

「忍じゃないんだけど…しいて言えば…木ノ葉隠れ流?」

「聞いた事は無いが…やはり忍か…ならば」

チャプリと水蜘蛛が水をかく。それが合図だった。

「水遁・霧隠れの術」

テトラは素早く印を組むとスゥと煙を巻くように姿が消えた。

ここは湖畔で水分は豊富にある。

一瞬で周囲が霧に包まれ互いの視界を奪い去った。


ハンゾーは焦っていた。

手裏剣を分裂させたのだから具現化系の能力者なのだろうとあたりを付けていたのだがこちらの火遁を相殺する以上の水遁を使いこなし手裏剣の腕も超一流。その上で水蜘蛛も無いのに苦も無く水面を歩いている。

くそっ!湖畔に逃げたのは失敗だったな…

水遁を使われた時点で気が付くべきだった。

水を操る能力が有るのならこういう事も出来る、と。

ちぃっ!

キィン

短刀と手裏剣が触れる音が霧の中に響く。

視界は奪われ相手の位置は分からないのに相手はどう言う訳かこちらの位置が分かっているようだ。

長年の修行と勘で今まではどうにか致命傷は避けているが…くそっ!

キィン

何度目かの攻撃を弾き返し更に悪態を心の中で吐く。

視界が霧で覆われているのだ、どう言う理屈でこちらの位置を把握しているのかは分からないがわざわざ悪態を声に出して相手に位置を悟らせる事もあるまい。

がやはり状況は不利だ。

やはりこの霧が邪魔だ。こうも視界と五感を封じられると戦い辛くでしょうがない。

一か八かだが、やるか。

決断したハンゾーは懐から丸みを帯びた小さな箱のような物を取り出すとボタンのような物を押し込み上空へと放り投げた。

3、2、1…

ハンゾーは水蜘蛛を外すと水底へ向かって潜水。そして放り投げられた何かが湖面から一メートルほどの所まで落下してきた辺りで爆発、轟音が響き渡る。

一分、二分、三分。

水上では爆破の衝撃で霧は分散している頃合いだろう。衝撃の爆風で立った波飛沫も落ち着きを取り戻し始めた。

そろそろ水面に出なければ息が続かねぇ…岸にはまだ付かないしあの程度の爆発であの少女が殺れてる訳がねぇが、出るしかないな。

そう考えた次の瞬間、湖が割れた。

「なっ!?」

浮上するはずだった湖の水を失ってハンゾーは驚愕の声と共に湖の底へと落下する。

驚愕の声と共に見上げた水面に立ってこちらを見ているのはやはりパジャマ姿の少女だった。

「あー…これは死ぬ…かな?」

次にハンゾーに襲って来たのは湖の水と言う圧倒的な物量攻撃。

挟まれ、揉まれ、回転する水流に翻弄されるだけ。それほど強力な渦潮がハンゾーの体を捉えて離さない。

その力はどれほど念で体を強化しようとも振り切れるものでは無くなすすべもなく意識を失ってしまう。

これはもはや捉えて逃がさぬ水の牢獄だ。彼はこの湖畔に逃げると思いついた時にもう詰んでいたのだった。




次にハンゾーが目を覚ますと森林公園に生えている木にグルグルと縛り付けられていて、持っている暗器はすべて取り外されていた。

まじまじと珍しそうにクナイやら忍者刀をいじっているテトラに自然と声が出る。

「あ、それはオレのっ!」

パジャマ姿のテトラにはあれだけの戦闘があったと言うのに綻んでいる所が一つもないと言う事にハンゾーは実力の差を思い知らされていた。

視線が交差し、テトラが口を開いた。

「幾つか聞きたい事があるんだけど。あなた、その…雲隠れ?では何番目に強いの?」

「ちっ誰が喋るかよ。オレは死んでも話さねーぞっ」

ダンッ

テトラが手に持っていた忍者刀手がハンゾーの後ろにある気に刺さって止まる。その刀身はハンゾーの左の首筋に触れており咄嗟にハンゾーが首を右に傾げなければ頸動脈を切っていた事だろう。

「もう一度聞くよ。あなた、何番目?」

次はその手に持ったクナイを投げる気なのだろう。

そんな物、念でガードすれば無傷。…いや、本当にそうか?相手も念を使えるのだぞ。

ジロリとかわしたために木に刺さっている忍者刀を見ると強烈なオーラが未だにその刀身に留まっていた。

ヤベー…多分あの手裏剣を俺の右側に投げてくるつもりだろ、あんな量のオーラを込められた手裏剣…避けなきゃ死ぬ、避けても死ぬ。

避けた結果刺さっている刀身で首を斬られる。逃げ道は無かった。

チクショウ、これでオレは抜け忍かよ。

拷問に対する訓練など受けたはずだ。里を危険にさらすくらいなら自死を選べと教えられていたはずだ。

だがそんなもの結局目の前に迫る死には何の意味も持たなかった。

この別嬪さんは答えなければ諦めてオレを殺す。しかしゲロっちまえば多分殺さない。

それは認めたくねーが、オレが圧倒的に格下だと言う証拠だ。

「十指に入ると自負している」

「そう…後10人かぁ」

面倒そうにつぶやくテトラ。

「あ、今一人倒したから9人?」

「いや、その必要は無い。オレは里を抜ける。雲隠れの上忍としての任務を全うできなかったんだからそれはしかたない。だが生きて里を抜けたと知れば雲隠れはオレを始末するまではターゲットには手を出さない」

よく分からないけれどそう言うルールーなのだろうとテトラは理解する事にした。

なるほど、ここでこの男を殺すよりこの男が刺客を始末してもらった方が楽…かも…ん?

「でも、それってあなた以上の使い手が来たら意味がない」

十指に入ると言ったが最強とは言っていない。つまり彼より強い刺客は何人も居る。

「そうだな…だがオレが見たと所、棟梁は別としても他の上忍があんたに敵うとは思えない。そこで、だ」

ハンゾーは言葉をいったん切ると言葉を続ける。

「オレをお前の弟子にしてくれ」

「はい?」

「オレを鍛えてくれればオレがうちの里の刺客は何とかする」

ハンゾーが討たれない限り雲隠れはネオンを襲わない。これは彼の里の厳粛なルールなのだと言う。

そのハンゾーが強くなって刺客に倒されなくなれば実質この問題は解決するのだ。

「…たしかに雲隠れ?の里に乗り込んでいくより簡単そう?」

「おいおい…うちの里に乗り込んで行って何を…いや、え?そう言う事なの?こいつ本当にヤバイやつなの」

暗殺依頼を履行できなくさせるのは二択だ。依頼主をボコる、もしくは依頼された組織をボコる。またはその両方か。

それを考えればこっちの方が面倒が少ない?

「でもでも、弟子と言ってもわたしはそんなに強く無いよ?」

「は、いやいや何言ってんだ…いや、そうだっ!オレは忍だ、お前がお嬢様の傍を離れなければならない時の保険として傍に置いてくれ、な、な?ついでにあんたが使った忍術なども教えてくれ」

首を右に傾げている上に木にグルグル巻きしているハンゾーが不格好に頭を下げた。

頭は下げているが中々に図々しいお願いでは無いか?

「お金は払えない」

「だ、大丈夫だ…あんたが鍛えてくれればそれが報酬だ、な?悪い取引じゃないだろう」

お得だぜっ!みたいに破顔するハンゾー。

「嘘じゃない?」

「オレを殺すまで雲隠れがターゲットを害さないと言う事か?」

コクリとテトラは頷いた。

「信じてもらうしかないが、本当だ」

たしかにその目は嘘をついているようには見えなかった。

「分かった」

テトラはハンゾーの首筋を気づかわし気に触った後縄を解く。

「逃げるとは思わないのか?」

「逃げてももう追える。それに逃げ帰ってもらった方が好都合。探す手間が省ける」

その確信に満ちた視線にハンゾーは観念した。いまそっと自分に触れた時に何かしたのだ。だから理解する。きっと本当にこの少女からはもう逃げられないのだろう、と。

「昼間は大体あの二本杉の辺りで修行している。興味が有ればくれば…?」

そう言ってテトラは少し離れた小高い小山を指す。

テトラの言葉にコクリと頷くとハンゾーは音も無くテトラの前から姿を消したのだった。


森林に隠された中にそびえる二本杉。

その周辺で時折キィンキィンと金属音が響く。

もう自分が何歳から忍として訓練してきたかなど覚えていない。

念能力と外の世界で言われているその術も下忍になる頃には教わっていたし修行も欠かしてねぇ。

キィン

だと言うのに目の前でクナイを合わせる少女に良いようにあしらわれているこの現実はどう言う事だ。

スッとハンゾーの首筋にクナイが押し当てられる。

「なぜ勝てねぇっ!」

「単純。わたしはあなたの何十倍も修行した」

「それが尚更意味が分からねぇ。自慢じゃないが俺だって人生の殆どを修行に費やして来た。その何十倍だと?それじゃあんたはババアかってんだ」

ポカリ

「あだっ」

「わたしは花も恥じらう17歳。ババアじゃない。それと10を掛けても世界ギネスのご長寿番付ぶっちぎり。ハンゾーくん、頭悪い?」

ポカポカ

「ウガーっ!オレの頭は太鼓じゃねぇぞ」

「髪の毛が無いから叩きやすい?ハゲ?」

「誰が禿じゃっ!これはわざと剃っているんだよっファッション」

ハンゾーとの修行はテトラに足りていない戦闘経験値と言う形で支払われ、逆にハンゾーはテトラから忍術を教えてもらっていた。

一日の修行の流れは、柔軟、走り込み、筋力トレーニング。そして堅、流を使った模擬戦と来て最後が忍術修行になる。

オーラを内側へと練り上げる訓練、正確にはチャクラを練り上げる訓練だが、これにハンゾーは躓いていた。

もう何年も外側へと放出し留める訓練をして来たのだ。その常識を覆しての修行は難しい。

内側に練る…だがこれはオーラを外に出さない絶とは違うんだよなぁ。

テトラの見せる見本を凝で見ていてもちゃんとオーラを纏で纏っている上で内側で練り上げているのが分かる。

いや見ても分からんけれどもそう言う事だと理解した。

で、さらに理解できないのがアレだ…アレはなんだ?

大きな杉の木に背を預けてあぐらをかいているテトラは、自然体で瞑想しているかのように見える。

瞑想を始めてからある程度経つと途端オーラを感じれなくなってしまうのだ。

絶をしている訳じゃねぇのは分かるんだがな。

「ほら、サボるな」

「アタっ!?」

これだよ。瞑想しているテトラの他にオレに付いている彼女は実態を持っているしきちんとした意思を感じられる。

幻影だけの分身や外見がそっくりなだけの念獣なんかではない別の何か、か。

アイツは影分身の術と言っていたか。

実体を持った幻影、それも意思を持ちオーラを操る。

おっかねぇな…だけど…

絶対この技を盗み取ってやるぜっ!と意気込んでいるオレに最初に習得を命じたのが影分身だった…

意気込んでいただけに地味にショックだった…


実際ハンゾーくんはわたしに足りない戦闘経験値を得るにはうってつけだった。

記憶や記録では理解しているが実感として体に覚えさせなければ使い物にならない。

その習熟にはやはり相手が必要で、そう言った意味ではハンゾーくんは自分よりも先達と言える。

それに相手は本職の忍者だ。体術や手裏剣術などをハンゾーくんとの修練で確かめて行けばまだまだわたしは強くなれる。

それにしてもハンゾーくん、チャクラを練るのが下手。

さっさと影分身くらい覚えて欲しい。

さて、皆忘れているかもしれないが本来影分身は高等忍術なのだ。

それをどこかの銀色の奴をはじめとする彼らは裏技として一番最初に会得させようとしてしまう。つまりは記録の弊害であったのだが、それにテトラが気が付く事は無かった。

幸いしたのはハンゾーに忍術を扱う才能が有ったと言う事だろう。そうなければ影分身の習得は何年先になるか分からない話なのだから。 
 

 
後書き
今回はヨークシン、GI、蟻とGI以外は二次にはあまりない所の二次小説となります。
人気が高いのはやはり試験、ゾルディック、GI辺りですからね。隙間をぬってみました。 

 

外典 【H×H編】その2

1999年8月下旬。

「テトラ、用意なさい。ヨークシンへ行くわよ」

バタンと扉を開けてテトラに与えられた自室へと入って来たネオンは開口一番そんな事を言った。

「ヨークシン、なんで?」

疑問の声を上げたテトラの容貌はこの数年でとてもネオンに似ていた。

初見では双子と言われても分からないだろうほどに。

なぜそんな事になったのかは分からない。遺伝子的には赤の他人のはずだし、連れてこられた時は確かに別人と判じられたはずだ。

だが、ともに生活し護衛と言う名の遊び相手として四六時中一緒に生活していく中で少しづつテトラは変化していったのだった。

それがさらにテトラをネオンの護衛兼影武者と言う役割に縛り付ける事になったのだが、テトラは別に構わなかった。

ネオンと同じものが食べられると言う事はとても美味しいものが食べられると言う事。それはあの時死にかけていた彼女には到底叶わない夢であったからだ。


「競売があるのよ。今年は自分で競り落とすのっ!楽しみだわ」

「なるほど…また趣味の悪いの増やすの?」

「趣味の悪いとは何よっもう。テトラには分からないかなぁ」

プンスカ起こっているけど、人体収集は悪趣味と言っていいと思う。

つまりネオンは9月1日(水)から始まるヨークシンシティでの裏競売に出ると言っているのだろう。

どうにかネオンをなだめすかしているとドアのノック音が響く。

「ボス、新入りを連れて来ました」

このこえはダルツォルネだろう。

ネオンは少し逡巡したあとどうぞと答えた。

ダルツォルネに続いて新しい護衛が四人入って来る。

ネオンは余り興味が無いのかベッドに座ったわたしを後ろから抱きかかえる感じで体重を預けて怠惰のポーズ。

ベッドの前に片膝を着いたダルツォルネその後ろに控えるのが新しい護衛だろう。

えーっと…色気のあるお姉さんと男くさい髭、すこし愛嬌のある太めの女性と綺麗な女の子…いや男の子が控えた。

それぞれヴェーゼ、バショウ、センリツ、クラピカと自己紹介をする。

試験に合格して雇い入れられたと言う事は皆念能力者なのだろう。

「それで、どちらがボスなのか」

とクラピカと名乗った少年がダルツォルネに問いかけた。

その言葉にちっと舌打ちしてダルツォルネが答える。

「上に乗っておられるお方だ。下のは似ているが妹でも何でもない。ただの護衛、影武者だ」

「なるほど、理解した」

そう言ってクラピカは下がったがその視線はどこか険しい。

新しい護衛を引き連れて飛行船でヨークシンへと向かい、空港からは車でホテルへと移動する。

その社内でダルツォルネはネオンにいつもの仕事の催促だ。

ネオンは念能力者だ。しかし戦闘能力は無いに等しい。

しかし彼女の能力は稀有だった。

ラブリーゴーストライター(天使の自動筆記)と言う四篇の詩からなる一か月の予言。その的中率は高くそれ故に裏社会でも重宝されノストラード組はのし上がってこれたのだ。

一応ネオンの父が組のトップではあるのだが、ネオンに頭が上がらない状態だ。

テトラが買われたのもネオンを失う事を恐れた父親が故だった。

ヨークシンシティに着き、滞在するホテルに着くとネオンの父から伝言が有りダルツォルネはネオンの地下競売への参加を取りやめるように言伝た。

そうするとネオンはもう喚くは泣くは物は壊すはと大変な事に。

それでも強硬に地下競売への不参加を譲らない当たりきっとネオンの占いで良くない事が書いてあったのだろう。

ネオンのラブリーゴーストライターは自身の事は占えないが、他者の占いの結果から推測する事は可能だ。

つまり何人かの占いで地下競売に対する死の啓示が出たのだろう。それをネオンの父は警戒しているのだ。

結果ネオンは不貞腐れて寝てしまっていた。

荒らしに荒らした室内をお手伝いさんが片づけるとテトラはネオンと二人きりになる。

ネオンが他の人を追い出した感じだ。

「さて、テトラ行くわよ」

「行くって、どこに?」

「勿論地下競売よ」

「でも出られないよ?」

外はダルツォルネが見張っている。

「テトラならあたしを連れて抜け出せるでしょ」

「でも入場許可証が」

「それはオレが用意しておいたぜ」

そう言ってスっとどこからともなく忍び込んで現れたのはハンゾーだ。

「あ、は…は…ハゲゾー」

「ハンゾーだっ!」

ハンゾーはノストラード組の組員でも護衛でもないが、テトラの舎弟ではあるのでテトラのボスであるネオンにだけは紹介していたし他の人物の気配がない場合は直接ネオンの前に現れる事もあった。

「どうせ、こうなったらお嬢様は言う事を聞かないからな」

「さっすがハゲ、話が分かるっ!」

「ハンゾーだっ!それにこれは禿じゃ無くて剃ってるのっ!」

「まぁ名前なんてどうでも良いわ。テトラとあなたなら誰にも悟られずに抜け出せるでしょう」

「でも、わたし達はお金を払えない」

「品物はあの護衛達が競り落とすので我慢するわ。ただあたしもその場に居たいのよ」

結局最終的テトラはネオンのお願いを拒否しない。

それにわたしの占いでは死を暗示する詩は出てないからね。

一応月初めにテトラはネオンの占いを受けるとネオンの父が決めた。

殆どの時間を一緒に居るテトラを占う事で間接的に占おうと言う事らしい。しかもこれが結構バカに出来ない成果を上げていた。

そう言う意味ではハンゾーの襲撃は最初から警戒されていたものだった。

部屋には影分身と変化の術でネオンのダミーを寝かせて三人はホテルの窓から外へと出る。高層のホテルは夜ともなると肌寒くその高さがいっそうに引き立てていた。

ネオンをお姫様抱っこしてホテルの側面をまるで地面かのように歩いて地上へ。

「いつも思うけれど不思議な光景ね」

「ネオンも修行すれば出来るようになる」

「やーよ、めんどくさいもの」

その後ろにはハンゾーが同じように壁を歩いて控えていた。

「念とは奥が深いぜ…とは言えほとんどの念能力者はこんな事は出来ないんだがな」

「そうなの?」

「そうだ。お前がおかしいんだお前が」

「ハゲも出来てるじゃないの」

とネオン。

「出来ると分かって修行すればな…それでも結構難しいんだぜこれ」

「そんな事無い。壁昇りの業は初歩も初歩、常識」

「何処の常識だよどこの」

「…さあ?」

テトラの中では常識であるが、それに対する答えをテトラは持っていなかった。

偽造したのか盗んだのかは分からないが、ハンゾーが用意した許可証で地下競売へと入る。

勿論三人とも組の構成員に見つかっても面倒なので変装してだ。

裏取引のようなヤバイ物が並ぶ地下競売の会場は招かれた人物たちとは裏腹に簡素なパイプ椅子が立ち並ぶ。

安椅子に左からハンゾー、ネオンと腰かけ最後がテトラだ。

「ねー、まだー?」

「もう少しだと思う」

「早く始まらないかな」

そう言ったネオンだが、疲れていたのか寝息が聞こえて来る。

始まったとしても目当ての商品がセリに出されるにはまだ時間がある。喚かれても面倒だから寝かしておこうかと考えていると遠くの檀上に上がる黒いスーツの男が二人マイクに向かって歩いて行く。

1人は小柄で、もう一人は本当に同じ人間だろうかと疑うくらいプロポーションががっちりした大男だ。

「お、おいテトラ」

ハンゾーがテトラを振り向く事無く正面を見て注意を促す。彼の忍者としての勘がなにかヤバイと告げていた。

余りにも自然に、ただ雑草を間引く程度と同義とでも言うような軽やかさでその大男はこの会場に敷き詰められたような人へと向かって散弾の嵐を放った。

それは常人では無しえない念での攻撃。念弾だった。

念弾が放たれた瞬間、ハンゾーはネオンを私の肩がしっかり触れる程倒し込み自身も堅で防御力を上げている。

わたしはと言えば念の散弾が到達するよりも速く印を組み上げた。

飛雷神の術っ!

瞬間、わたしに触れているものが全てその地下競売から姿を消した。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

玉の汗を浮かべているハンゾー、息も荒い。

「ふぎゃっ!な、なにっ!?競売はっ!?」

滞在先のホテルのベッドに転がったネオンはその衝撃で目が覚めたようで辺りを見渡していた。

「あいつらヤベーだろ」

「ちょっとハゲ、何があったのよ説明しなさい」

「バッカっ!お前なっもうちょっとで死ぬ所だったんだぞっ!?」

「はぁ?バカはあんたでしょう。テトラが居るんだから大抵の事は平気よっ」

「そりょあそうだろーよっ!テトラが平気な所までお前さんを運んだんだ。あのまま会場に居たら確実に死んでたぜ」

「ほ、本当に?」

と言うネオンの言葉にテトラは頷いた。

念のためホテルに目印のクナイを置いておいて良かった。

飛雷神の術。それは印を刻んだ所へと逆口寄せする事で移動する一種の瞬間移動技だ。

この技の習得にはテトラは心血を注ぐ勢いで修練しようやく身に着けたその技はやはりこう言う時にはかなり役に立った。

「じゃあ競売は中止かしら」

「まぁ今日の分はね」

「そんなー…楽しみにしていたのに。つまんないつまんない」

そう言うとネオンはボフリとベッドに沈み込んだ。

「それだけ悪態がつけるお嬢様はやはり大物だな…さてオレはちょっくら外に出てくるわ」

「うん、お願い」

「へーへー、任されましたよ」

シュタッと影だけを一瞬残してハンゾーは消える。

「うー…あたしのオークション」

うん、本当にネオンは大物かも…欲望に素直な所とか特に…

ハンゾーくんが少し調べた事を連絡してくれた事を纏めると、競売を襲ったのは幻影旅団と呼ばれる盗賊団でおそらく念の使い手の集団だと言う事。

マフィアを束ねる十老頭は最強の武闘派集団である陰獣を差し向けたらしいがその半分はすでに殺されたのではないかと言う事だ。

「オレはすぐにここを立ち去る事をお勧めするが」

「無理だね」

「だよなー、そのお嬢様じゃなぁ」

コツリコツリ、複数の人の足音が聞こえて来る。

「誰か来たな」

そう言った次の瞬間、ハンゾーの姿は消えていた。流石一流の忍だ。

コンコンコン

「ボス、入りますよ」

最初入って来たのは確かクラピカと名乗った少年だ。

それから数人護衛が入ってくるがダルツォルネの姿が無い。

クラピカ達はわたしの膝を枕に眠っているネオンに用事があると言う。

仕方がないので眠っているネオンを起こした。

彼らの話を纏めると競売会場に居た人は何故か忽然と消え去りもぬけの殻になっており参加していた護衛三人も行方不明。

盗まれた競売品を追って幻影旅団の一人を拉致監禁したが逃げられてしまい恐らくそこでダルツォルネは殺されただろうと言う事だ。

そう言う事情なので指示が欲しいと言う事らしいが、そう言う事はネオンは壊滅的だ。

それこそ面倒だから自分の父親に電話するから適当に決めてくれ、と言う事らしい。

ダルツォルネが死んだために誰が電話に出るかで揉め誰もなり手が居ないようだ。

古株のスクワラすら断っている。

護衛と言うくくりで言えばダルツォルネの次に長いのはわたしだけど、わたしが電話するのも違うだろうし。

仲間内で推薦されたクラピカが代表してネオンの父親と電話するようだ。

電話口での話し合いの後クラピカがダルツォルネの後を継ぐ事が決定したらしい。

「どうでも良いわ、テトラ以外は誰が護衛でも関係ないし」

その言葉はテトラなら自分の事を絶対に守ってくれるという信頼からだろうか、それともただ付き合いが長いからなのか。

クラピカが最初にやったのは部屋の移動だ、チェックアウトはせずに他の階へと部屋を取った。間取りはそう変わらないらしい。

クラピカは一人前の部屋に残るようだ。

しばらくするとクラピカは誰かを伴ってホテルを出て行ったようだ。

荒野の岩山の上に音も無く佇む二つの影。

テトラとハンゾーは気配を殺し窪地で対峙するクラピカと幻影旅団であろう誰かを見下ろしていた。

当然本体では無く二人とも影分身である。

「クラピカか」

「知ってるの、ハンゾーくん」

「一応オレの同期だな」

「…?」

コテンと首を傾げるテトラ。

「ハンターのさ。なかなかの使い手だったが、あれほど危うそうなヤツでは無かった気がしたんだがな」

念能力は恐らくそのハンター試験の後に覚えたのだろうとハンゾー。

実力差は明白だ。

普通に戦えば100%クラピカが負ける。だが…

「誓約と制約かな」

「だろうな、どうにもクラピカは幻影旅団に恨みを抱いていると言う噂を聞いたからな」

「なるほど」

幻影旅団特攻能力であるなら地力の差をひっくり返せる。それが念能力のポテンシャルの高さだ。

二人の戦いを見届けると二人は影分身を解いて現場を去った。



ネオンの父親が到着した。

彼の決定もありオークションが中止となったヨークシンからネオンはホームへと帰る事に。

ぶつくさ言っているが開催されないのなら仕方ないとネオンは納得したようだ。

ネオンの父親に残るように言われたテトラとクラピカは彼の要望で十老頭が集める蜘蛛狩りへ参加して欲しいと言う事らしい。

一応わたしを買ったのはこのパパさんだからなぁ…バショウとセンリツと言う名の護衛二人が付き添うらしいが、一応護衛にハンゾーくんを回そう。

仕方ないと言う事を聞く事にしてクラピカと現地へと向かう。

その道中、車内にて。

「君も念能力者なのか?」

「当然、そうじゃ無ければわたしはネオンの傍に居ない」

「信用しても良いのか?…あだっ!」

ジンジンとクラピカの頭から煙が出ているくらいの衝撃が走った。

クラピカがテトラを見ると左手が何かを弾いたかのように向けられていた、それは所謂デコピン後の指を形をしているようだ。

「念を覚えたばかりのひよっこに心配されるほどじゃない。それにわたしの方がお姉さん」

「いや、どう見ても年し…あだぁっ!」

「次は無い」

「了解した」

競売が行われる会場の一つに到着すると他の殺し屋が居る場に引き合わせられた。

本来は殺し屋を雇う所にノストラードのパパさんが無理やりねじ込んだらしい。

その為敵愾心もひとしおだ。

ざっと見渡す。

使えるのはこのベレー帽の人くらいかな。

そして最後に入室してきた二人組。この二人は別格だ。能力者としても…そして殺し屋としても。

ちなみにこの会場にはパパさんも同行しているが、わたしとの相性は余りよくない。なのでお相手はクラピカくんにお願いして会場をプラプラと歩き回る。

幻影旅団のハントと言っても結局連携は取れずに個人行動となった。

盗賊である彼らはきっと追わずともこの競売場近くにはやってくるはずである。

待てば海路の日和ありってね。

プルルルル

携帯電話の着信音がなり相手を確認して通話ボタンを押す。

『どうしたのハンゾーくん』

『わりぃ、お嬢様を見失っちまった』

ハンゾーくん、普段は優秀なんだけどたまーに挽回不可能なミスをするよね…

どうやらネオンが行方不明になったらしい。護衛していたバショウとセンリツをもまんまと出し抜いて行方をくらませたとか。

ネオンの元にはすぐに飛雷神の術で飛ぶ事が出来る。彼女に気が付かれない所に印を付けてあるからだ。

緊急事態と言う事ですぐに飛雷神の術でネオンへと飛ぶとどこかの道路上へと出てしまった。

ネオンは…

と探すが目の前には車通りが少ない深夜に走る黒塗りの一台の外車が走るだけ。

あれか。

飛んだ直後にネオン自身が移動していた為に彼女の傍に現れなかったのだろう。

そう言えば、飛んだ直後は車の上だったかも。

仕方ないと車の追跡を開始すると、先ほど自分が居たホテルに向かっているようだ。

競売、諦めて無かったんだ…ネオンお金持ってないのにどうする気だろう。多分そこまで考えて無いんだろうな。

ホテルに着くとネオンらしき女性は連れの男性と三人でレストランへと入って行ったようだ。

しまった、ドレスコードが…

レストランでネオンを害する事は無いだろうと思いフロントへ戻ると衣装を借りすぐにレストランへと引き返す。

声を掛けてくるウェイターを無視して中へ。

三人で入って行ったはずだが男の人と向かい合う様に座っているネオンを見つけるとその肩を叩く。

「ネオン」

肩を叩かれて見上げた先の顔を見てバツの悪い表情をネオンは浮かべた。

「あちゃー、見つかっちゃったか。どんなに逃げてもテトラからだけは逃げられないわ。発信機でも付いているのかしら」

「付いてる…」

「え、うそっ!本当にっ!?」

「冗談」

「あ、なんだ冗談か。本当にびっくりしたわ」

ジロリと手前の男性を見る。アルカイックスマイルを浮かべているが、隠されている雰囲気が素人ではない。

この人、強い…?

「帰るよ、ネオン」

「えー、やだやだやだ、絶対オークション出るのっ!」

テトラにはネオンの我がままを止めるすべを持っていない。

何となく、最後はネオンの頼みを聞いてしまう自分が居た。

「ネオンさんもこう言ってますしどうです、あなたも一緒に会場に入られては」

そう手前の男、ネオンにクロロと言う名前らしいと教えてもらった男性が言った。

結局オークション開始時間が近い事からクロロとネオンに付いて会場へと向かうその途中。

素早い手刀。恐らくわたしじゃ無ければ見落とすレベルのそれがネオンへと向かって振り下ろされるその瞬間、その左手を私の右手が掴んでいた。

ゴキィ

複雑に折れただろう骨折音。

しかしそのダメージを負ったであろう本人は激痛だろうに特に表情を変えていない。

「え、なに?」

「ネオン、ちょっと離れてて」

「う、うん」

最前手は逃げの一手だけど、コイツをこのままにしておくと後で面倒な事になりそうだと感じたテトラはその左手を離さない。

左手は捨てたのだろうか、クロロは右手に大量のオーラを込めてテトラに殴りかかった。

やはり念能力者…

硬の威力で殴りかかられるそれをかわす動きで距離を取る。

ネオンの目の前に着地した瞬間片手を地面に接すると口寄せの術を行使。

ボワンと煙を立てて現れたのはハンゾーくんだ。

「ここは…」

一瞬の戸惑い、しかしすぐに状況を把握したらしい。

ハンゾーはネオンを庇う位置取りに移動した。

「ハンゾーくん。ネオンを安全な場所に連れてってくれるかな」

本来ならテトラがやった方が安全で速い。しかしそれをしないと言う事はテトラは全力で目の前のこの男を相手にすると言う事だ。

「ちょ、ちょっとうわぁあっ!?」

そう悟ったハンゾーの行動は素早い。ネオンを担ぎ上げるとすぐさま離脱。

その場にはテトラとクロロ、そして運の悪いオークション参加者が数人。

テトラがハンゾーを呼び出している間にクロロの右手に何やら本のような物が握られていた。

そしてどういう理屈なのか確かに折ったはずの左手にその負傷を窺えない。

面倒…

今は閉じられているあの本…たぶん具現化系か特質系の能力者…

どちらかと言えばそのフィジカルよりも特殊能力特化な分どんな攻撃が来るか予想もつかない怖さがある。

だがこいつはネオンに危害を加えた。それは明確な敵と言う事。

クロロは右手の本を開くといつしか風呂敷なような物を左手に握りしめていた。

本型はさらに面倒…蒐集、行使、再現。きっと能力は1つじゃない。と言うかもう二つ使ってるし。本と風呂敷は別の能力だよね。

ひらひらと揺れる風呂敷。

いつの間にか各地で銃声が聞こえている。

幻影旅団の襲撃が始まったらしい。

それが合図だったのかクロロは壁を蹴って空中へ。嫌らしい事に自分の体は風呂敷の死角に隠している。

まぁ関係ないけど。

「水遁・水断波っ!」

プクリと膨れた口からウォーターカッターもかくやの威力で撃ちだされる水弾。

首を左右に動かして点でなく面での攻撃。

拡げた風呂敷なぞなんのその念能力とて無敵ではない。具現化させたものも壊すことが出来る。特にもともと風呂敷と言う薄い布切れであるならなおの事だったがどうやら仕留めてはいないらしい。

二つに切り裂かれた風呂敷に隠れるようにしてテトラを襲うクロロ。

キィンっ

落下するクロロはいつの間にか本を閉じ左手に持ったナイフでテトラを斬り付ける。

それをテトラは忍ばせていたクナイで受け止め弾いた。

クロロは空中で死に体である。たしかにテトラも体勢を崩されているがそこで再びテトラの頬がプクリと膨れた。

出し切って無かった水断波を至近距離でぶつける。

この距離だ、再び本を開き何かを具現化したとしてももう遅い。

クロロは瞬間、強引にナイフに込めるオーラを増大させると押し負けたテトラの体勢が崩されて水断波の射線上からその体をずらすことに成功したようでテトラの水断波はクロロの頬を掠めるに留まった。

クロロはすぐさま体勢の崩れたテトラの足を狩って来る。普段なら難なくかわせるテトラであるが今はドレスコードで高いヒールを履いていた。

くっ…バランスを立て直すのが遅れた…

確実にクロロはテトラの足を壊しに来るだろう。だがそうはならなかった。

クロロの攻撃が当たる瞬間、テトラの姿が消えたのだ。

現れたのは体勢を崩した時に空中へと取り落としたクナイの傍ら。移動距離としてはそんなに離れた訳じゃ無いが、確かに一瞬でその数十センチを移動したのだ。

攻撃をすかされたクロロはすぐさま付いた片手で床を弾くように上体を立て直し距離を取った。

テトラは掌を離れていたクナイをキャッチして構えると、クロロはすでに右手に持った本を開きなおし左手には一本銛のような120cmほどの細長い棒を持っていた。

恐らく突く事を目的としているのだろう、オーラの伸縮で撃ち出すようにゴムのようなものが柄から伸びていて輪を作っている。

「ふっ」

テトラは今手に戻って来たばかりのクナイをクロロへと投げ放つが、左手に持った一本銛で弾かれ天井へと突き刺さる。

しかし、その一瞬の隙をついて手と腹素早く印を組んで大きく息を吸い込んだ。

クロロはテトラが先ほどの水刃を吐き出すと見抜いていても右足を力強く踏み込み一瞬のうちに迫る。

つまり彼の右手の武器はわたしに対してのアンチ武器…だけど。

クロロの手に持っている銛の効果は分からない、だが彼の表情や行動が自分の優位が揺らがないと言う自信の表れでありテトラの攻撃を封殺できると思っているのだろう。

だが、クロロは高速で組んだテトラの印が先ほどと全く別物だと気がついただだろうか。

「土遁・土流壁」

テトラの口から吐き出されたものは水刃ではなく大量の土砂。それもすぐに硬度をましてクロロが突き出した銛を飲み込んで固まっていく。

「くっ!」

素早く銛を手放してバックステップするがテトラが吐き出した土砂は廊下を先回りして逃げ道を塞いでいた。

土流壁からのっ!

印を組み替える。

「土遁・土流槍っ!」

創った左右の壁から複数の槍が突き出したしクロロに襲い掛かり、テトラはさらに印を組み替える。

「土遁・山土(さんど)の術」

槍の突き出した石壁事左右から挟んで押しつぶした。

挟み込んだことで互いの石壁を貫通する無数の石槍。

その突き出している石柱の数から逃げ道は無いように思える。

次の瞬間、地面が陥没するかのように砕け石壁諸共階下へと崩れ落ちて行った。

ゾッ

何かがテトラの円に触れたと認識した瞬間テトラは天井へと刺さっていたクナイへと飛雷神で飛ぶ。

天井にしっかりと足を着き見上げる階下にこちらを見上げるクロロの姿があった。

一張羅のスーツはボロボロで、体にはあちこち多少の裂傷は有るが生きていた。

テトラが先ほどまで立っていた所を見れば何かに削り取られたかのように抉られている。

どうやったのか見当もつかないが、どうやらあの強敵は複数の能力を操る事の出来る能力者と言う事で間違いない。

それでいてフィジカル面も一流…とても強くてとても厄介…

互いににらみ合った時間はどれ程のものだったか、一分か、数十秒か、数秒か。

長い一瞬が過ぎ去るとクロロは下の階を走り去って行った。

「しるしは付けたし逃げられないよ。まぁ、今日の所は痛み分け、だね」

クロロの左腕を取り押さえた瞬間に飛雷神の術の目印を付けておいたのだ。

彼は強い。だが飛雷神の術からの不意の一撃なら確実に殺せる。これ以上の戦闘はネオンが十分に逃げた以上必要ないと判断し、ネオンの元へと飛んだのだった。

新しくとった部屋にクラピカが競売品である『緋の目』を持って現れた。どうやら襲撃事件があったにもかかわらず競売が行われたらしい。

襲撃者である幻影旅団の死体が数人確認されたと言う情報が入った。

フェイクだろうね。あれ程の使い手があの程度の殺し屋に殺される訳無い。まぁ最後に入って来た二人も別格だったけど。

あの二人ならばもしかしてとテトラはそう思い、嘆息。

ないな。

ネオンは手に入れた新しいおもちゃにすごく喜んでいたが、テトラは興味が無い。

ただクラピカが複雑そうな表情を浮かべているなと言うだけの事だった。



ヨークシンシティに来てからあれだけ事件に巻き込まれていると言うのにネオンはまだ買い物がし足りないらしい。

護衛とお手伝いさんを引き連れて街へと繰り出している。

護衛にはハンゾーくんに影から守らせて、一応わたしも影分身を付けている。

本体はと言うと部屋に残ってスクワラの飼い犬をモフっていた。

この間の戦闘でのストレスを緩和するためだ。

多種多様な犬種が揃っているのでスクワラはアニマルセラピーを開いた方が良いんじゃないかな、とも思う。

スクワラはわたし以外誰も居なことを良い事にルームサービスで豪華ディナーを頼む頼む。

まぁ良いけどね。それくらいの役得は有って然るべきだし。

スクワラのワンちゃんが信用の置けないボーイの代わりに部屋の前からルームサービスを運び入れ臭いを確認。毒物などは入っていないらしい。

カワイイ。

わたしはその光景に近くの仔をモフりながら癒されていたのだが、備え付けの電話がなりその相手がクラピカからの緊急事態を告げたのだった。

どうやら幻影旅団の死体はやはりフェイクで、どうやらここに向かっているらしい。

スクワラは部屋を引き払う事も構わずにネオンのお気に入りである『緋の目』をもってすぐに部屋を出て犬たちと共に車を走らせた。

運の悪い事に車は渋滞に捕まってしまい思う様に動かない。

ぎゅうぎゅうに詰められた車内でテトラはモフモフパラダイスを味わっていたのだが、突然の来客で終わりを告げた。

運転席の窓ガラス越しにノックされ着流し腰に東洋の刀だろうそれを括り付けた男が外に出ろと告げる。

スクワラはそれには逆らわず後部座席を開け犬たちを逃がしていた。

「ああ…」

全ての犬が下車すると今度は胸元の開いたセクシーなスーツを着こなした女性が後部座席をのぞき込みテトラと視線が合った。

「あなたも降りなさい」

スクワラは既に抵抗の意思は無いかのよう。

まぁ、スクワラの能力は犬頼み。マフィアだろうが殺し屋だろうが普通の人間ならば有効だろうか相手は一流の念能力者ともなれば彼我の実力差は歴然だった。

「お嬢様とその護衛か?」

侍風の男が問う。

「あ、ああ…そうだ」

「違うようよ、お嬢様の影武者みたい」

答えないスクワラの代わりに答えたのはスクワラを羽交い絞めにしているスーツの女だ。

もう一人テトラの正面に低身長の男がこちらを警戒している。

彼らはしきりに鎖を使う念能力者の事を問いただす。

鎖を使うと言えば目に見えて鎖を巻いている最近護衛に加わったクラピカを一番に思い浮かべるだろう。

スクワラも連想したらしい。

だが、そう簡単にスクワラも言う事は無いだろうが…洗脳や催眠、記憶の読み取りなどの能力持ちが居れば変わる。

スクワラは答えていないのにわたしを護衛と判断した事を見るにスーツのお姉さんは情報収集に特化した能力持ちなのだろう。

動けば殺すと言われていたスクワラだがスーツの女性、侍からパクノダと呼ばれた彼女が何かを言った瞬間スクワラが逆上。

それを反抗と捉えたのかパクノダからノブナガと呼ばれた男が一瞬で刀を振りぬいた。

スクワラの命は彼がそうと認識する前に首が刎ねられて終わるはずだった正にその瞬間、何かがその軌道を遮った。

ギィン

信長の太刀とテトラが忍ばせていた小太刀が火花を散らす。

「あぁ?」

止められた事に驚いたのだろうか、ノブナガが言葉を漏らした。

驚いている隙に開いてる左手にクナイを持つとパクノダ目がけて投げつける。

当然パクノダは避ける為にスクワラの拘束は緩む。

その隙を見逃さずスクワラは逃亡。

「テメェ」

必殺の一撃を小娘に止められたノブナガは苛立っていたがすぐに冷静さを取り戻し刀を引いた。

「ノブナガっ!」

援護だろうパクノダが手に持った銃を発砲するがテトラの手に持った刀で弾かれ跳弾が三人目の男、コルトピを襲った。

それがコルトピがスクワラを追う動作を妨げになった事を誰が悟れたか、今この場を支配しているのは紛れもないテトラであった。

三対一だけど時間を稼がないと…じゃないわたしのモフモフがっ!

けっしてテトラのモフモフではないが。

一端アスファルトを蹴って距離を取った。

周囲はまだ車の中から人が出て来てはいないが一般人を巻き込むほどの大技は使いづらい。

それと今ここに居る自分は半分だ。この状況で影分身を回収は出来ない。

ネオンの方も心配だった。一応ハンゾーが付いているが、たまにうっかりミスをするハンゾーを信用はしても信頼は出来なかった。

空中から着地と同時に左の拳を右の掌で握り込み影を伸ばす。

「影真似の術」

テトラの影が変形すると三方向に延びる。

「影がっ」

「伸びるっ」

パクノダは銃弾で迎撃するが影は銃で撃っても効果は無い。打ち尽くしたのか次弾を装填するまでの隙でパクノダの影を捕まえた。

ノブナガ、パクノダ、コルトピへと伸びた影の内パクノダとコルトピは捕まえたがノブナガは後ろに下がってかわされてしまった。

「くっ」「動けない…」

金縛りに有ったかのように縫い留められるパクノダとコルトピ。

「パクっコルトピっ!」

ノブナガの怒声。

ノブナガが地面を蹴ってテトラに接近しようとした時、テトラは銃の引き金に指を掛けるようなポーズを取ると右斜め前方に腕を向け人差し指を引き金を引くように握り込んだ。

バンと言う発砲音の後ノブナガに迫る銃弾。パクノダの持つ拳銃が硝煙を上げていた。

当然ノブナガはその銃弾を弾く事は出来たがまさか仲間から発砲されるとはと動揺が走る。

「パク、てめぇ」

「ち、違うの体が勝手に…」

更に次弾を発砲してノブナガを襲う銃弾。

「テメェか。パクを操りやがったな…あの影か…コルトピは…」

「やられた」

パクノダと同じ姿を取っているコルトピにノブナガは若干あきれ顔だ。

「まぁ影に気を付ければ良いと分かれば簡単だな」

念ので強化した脚力でアスファルトを蹴り一足でテトラの首を斬り落とそうと迫る凶刃。

それをテトラは上体を後ろにそらして避ける。さらに避ける勢いを加味して振り上げた右足を振りぬきノブナガを攻撃するが振り戻した刀の柄に当たり両者距離を取った。

ズザザーと互いに煙を巻き上げながらアスファルトを滑り再び対峙。

テトラの影が縮んだのを確認してノブナガはパクノダに声を掛けた。

「おらパク……おいどうしたっ」

パクノダとコルトピは上体をそらし後ろにある何かに頭を強打して意識を失っていた。

「同じ動きを強要するとしても同じ位置に居る訳じゃ無い」

何もないアスファルトの上に居たテトラと車や道路のガードレールの近くに居たコルトピの差が出た感じで、上体を勢い良く反らしたテトラの動きを強要された結果自ら背後の物に頭をぶつけたと言う訳だ。

ジャラリと右足に着けたホルダーからクナイを数本取り出した。

「少し本気で行く」

この前の本の男の時は準備不足も甚だしかった。だが今回は十分に備えてある。確かに影分身を行使中で半分しかチャクラは無いがそれでもやりようは有る。

相手は自身の太刀に大層自身があるようだ。恐らく強化系能力者だろう。

絡め手は既に警戒されているけど…

テトラはクナイをノブナガを囲むように投げるとクナイはアスファルトに突き刺さり次の瞬間、テトラの姿がノブナガの前から消えた。

キィン

ノブナガの円に触れたテトラの攻撃はしかし思いもよらぬ角度からだったが、流石ノブナガの対応は見事なもので間一髪で刀と小太刀が打ち合わされた。

ノブナガが押すと体の力を抜いていたのかテトラの体が宙に浮く。

バカが、死に体だ。

返す刀でテトラを斬るがどうにも斬った手ごたえがない。

そう思うと次の瞬間にはやはり後ろからテトラの気配がノブナガの円に触れていた。

「チッ」

キィン

再び打ち合い、そしてテトラは消える。

キィンキィンキィン

振れば空振り、気が付けば死角から攻撃してくるテトラの攻撃。

原理は簡単だ。攻撃をくらう前に飛雷神の術で複数散らばせたクナイを目印にして転移しているのだ。それも高速で。

一撃耐えても次の一撃更には飛び道具までも投擲される始末。

放つ飛び道具は転移先で回収したクナイを飛ばしけん制兼移動先の変更とそつがない。

包囲網を出ようと足掻けば足掻くほど対応が遅れ着実にノブナガを蝕んでいく。

「くそっ」

相手の手数の多さに一瞬増えて無いか?などとバカな事を考えるくらいだ。

実際テトラは増えていた。

隙をついて影分身で二人に増えたまま高速攻撃を繰り返しているのだ。二対一ではいくらノブナガと言えど劣勢だった。

ノブナガに突飛な能力があったなら、展開は二転三転しただろう。

しかし刀に生きるノブナガは念能力者としての完成もやはり刀だった。

確かにノブナガは強い。並の念能力者など一刀で斬って捨てる。並み以上だとしても苦戦はしない。

それほどに完成された実力者だ。

例え相性の悪い相手でもつるんだ仲間の助けが有ればまず負ける事などあるはずも無い。

だと言うのにこの場面では仲間は気を失い倒れ、相手は自分とタメを張る能力者で相性が悪かった。

ノブナガの知らぬ事だが順次隙を見てテトラは影分身を増やしていたのだ。これではノブナガの手数が追いつかないのは道理である。

そして物量がノブナガの技量を上回った瞬間…

ブシューーーーッ

ノブナガの左手が宙を舞う。

幸い刀は右手が持っていた。残った右手を強引に振りぬきテトラを斬る。

左手はくれてやる…だが…

「取ったっ」

この一撃はテトラが消えるよりも速くテトラの首を刎ねるはずだった。しかし…

「なっ!?」

刎ねた首は血を流さず煙となって消え背後に感じたテトラの気配に既に振り切っていた刀は間に合わず残った右腕も宙に舞った。

その段になって周囲は慌てふためいて三々五々に車を捨てて逃げていく人々。

ノブナガの手から離れた刀を空中でキャッチしてノブナガの目の前に現れるテトラ。ノブナガは彼女のその赤い瞳に魅入られていた。

「負けだ、殺せ」

諦めたように地面に臥せるノブナガ。

「………帰る」

抜き身の刀を持って歩き出すテトラ。

「っておいッ!オレの刀返せよっ!」

「………?」

「ハテナじゃねーよっ!首を傾げんなっ!」

トコトコとノブナガに歩いて行くテトラはノブナガの腰に刺さる鞘の鯉口へと刃先を向けて納刀。

「お、あんがとよ」

そして鞘事引っこ抜いた。

「て、おいっ!待て待て待て」

「襲ってきておいて文句が多い」

「おう、そりゃあ悪かったな。刀が振れなくてもその刀はやれねぇ」

「……仕方ない」

トコトコ歩いて斬り飛ばしたノブナガの両腕も持ってくると切断面を確認。

「綺麗に切れてる」

「だな、綺麗すぎて涙が出てくるわ」

その綺麗な切断面を傷口と合わせるテトラ。

「ソフビ人形じゃんねーんだからくっつかねぇよ。後で仲間にって…」

違和感は突如として現れた。

「次、左手」

テトラの掌が傷口に当てられると腕の細胞同士が接着し新しい細胞が出来たかのようにまるで最初から斬られていないかのようにくっついていた。

「お、おう…」

右手もくっつけるとグーパー握りしめているノブナガをよそに振り返った。

「い、いやだから刀は…」

「治療費に貰っていく。丁度日本刀欲しかった。ありがとう」

「どういたしまして、ってちげぇよっ!」

「……?…もうノストラード組には手を出さないで。次は殺さなきゃならなくなる」

そう言うとテトラの姿は霞となって消えた。

「チクショウ…化け物かよ…………、あー…よぇえなあオレは。だが、次は負けねぇ」

残されたノブナガは茫然として呟いた。


スクワラは無事に帰還していた。犬たちも全頭無事だったようでテトラは彼らを思いっきりモフモフして楽しんだ。

すぐにヨークシンを離れた方が良いのだが結局、ごねたネオンに負けオークションが終わるまではこの街を離れられなくなってしまった。

幻影旅団の事は気になるしこれ以上の厄介事は勘弁願いたいのだが…

「なんで出なくなっちゃったんだろう」

ベッドで寝そべるネオンが不思議そうにペンを持った右手を見つめていた。

ここ数日、ネオンの念能力であるラブリーゴーストライターが発現しない。

心因的なものか、それとも他の原因か、元に戻るのか、戻らないのか。

ノストラード組の躍進の基盤はネオンの能力に得る所が大きい。それが使えない今ノストラード組はピンチに陥っていた。

ガチャリと部屋のドアが開くとここ数日で10年は老けたような顔をしてライト・ノストラードが入って来た。

「ね、ネオン…どうなんだ…占いの力は戻ったか?」

顔面からは血の気が引いているのか青白く、また体は小刻みに震えている。

「それが全然…困ったわ」

「ネオンっ!困ったじゃすまないんだっ!」

今にもネオンを害するように怒気を上げて駆け寄るライトに先日手に入れた日本刀を突き付けるテトラ。

その刀身は狙い違わずライトの首筋に当てられている。一歩でも動けば首が落ちるだろう。

「くそっ…おいっ誰かっ!」

ライトのその声で駆け寄って来たのはバショウとセンリツだ。クラピカはここ数日見ていない。

「コイツをどけろ」

「悪いけれどその命令は履行不可能だわ」

「確かにな」

センリツの言葉に同意するようにバショウが首筋を掻いている。

「何故だっ!」

「彼女とてつもなく強いわ。私では彼女を抑え込むのは無理そうね」

「ああ、悔しいがオレ程度の能力者じゃ恐らくかすり傷も与えられないだろう。クラピカなら…いや、あいつはしっかりしているがルーキーだ。不可能だろうな」

センリツとバショウは彼我の実力を正確にとらえていた。

「私やあなた程度じゃ次の瞬間に首が飛んでいても気が付かないわね」

「そりゃおっかねぇな。それを否定出来る材料が無いのがまた、な」

「くそっ!」

それを聞いたライトは癇癪を起したまま部屋を出て行った。

「パパ大丈夫かな」

「ありゃ相当堪えてるな」

ネオンの問いに答えたのはバショウだったが、この先どうしようか考えているようだ。

確かにこのままでは泥船だ。進退を考えるべきなのだろう。

「別にネオンの占いの力が無くなったのは悪い事じゃない」

「えー、何でよ。テトラ」

「襲撃を企むものが減る。今までよりも安全、かも?」

ノストラード組の台頭を快く思わない組織がネオンの襲撃を企てるのだ。ネオンの重要性が薄れれば確かに襲撃は減るだろう。

「えー、でもでもそれじゃ贅沢出来ないじゃないっ」

確かにネオンを当てにしていただけに組のしのぎは減るだろうが、既にここまで大きくなっている。これ以上を臨まなければそこそこの贅沢は出来るだろう。もちろん今まで通りとはいかないが。

だがライト・ノストラードがいつまで正気でいられるか。このままでは遠からずネオンを害するだろう。

まぁテトラが付いている限りそんな事にはならないが。

「あなたはどうするの」

とセンリツ。

「しばらくネオンを連れて隠れる」

「そう、トップがあれじゃそれが建設的ね。彼の心音は不安でいっぱいだもの」

センリツの言葉にコクリと頷いた。

テトラは今マフィアコネクションを使いバッテラ氏が主宰するグリードアイランドと言われる伝説のゲームのプレイヤー選考会に来ている。

ネオンは大分ごねたがテトラが引っ張って来た感じだ。

会場にはネオン、テトラ、ハンゾーの三人。

何故ここに来たのか。テトラの知識にグリードアイランドと言うゲームが有ったからだ。

グリードアイランドは念能力者専用のゲームらしい。

現在入手手段が殆ど無く、その入手も世界的大富豪であるバッテラ氏がその私財を投げ打っている為にほぼ独占状態と言った状況。

さらにはゲームのクリアデータに懸賞金がかけられておりクリアしたものは莫大な賞金を得る事が出来るのだが、未だにクリアした者はいないと言う。

今回のヨークシンシティのオークションでも何本かの出品があったがバッテラ氏が買い占めてしまった。

念を使ったゲームである以上、プレイヤーを雇い入れる為にこうして選考会が行われていると言う事なのだった。

「あ、お前は」

「あ、ハンゾーさんだっ」

年若い少年二人がハンゾーに声を掛けて来た。

「お前らはゴンおキルアだったか」

「うん、ハンゾーさんもこのゲームに?」

「うん、まあな。クライアントの都合でな」

「そうなんだ。一緒に合格できると良いね」

「行くぞゴン」

「じゃあね、ハンゾーさん」

そう言ってゴンとキルアと呼ばれた少年は離れて行った。

「クライアント?」

「あはははは…」

ハンゾーくんは弟子か何かだと思ってたよ。

ネオンはつまんないとギャーギャー喚いていたが最後は諦めたのか会場内の椅子に座って眠っていた。

しばらく席に座って待っていると背の高い中年の体格の良い男が司会進行役の後に現れこれから1人1人テストをすると言う。

練を見せろと言う事らしい。

試験は始まったが今度はネオンが起きない。

結局、結構な人数が居たにもかかわらずわたし達の審査が一番最後になってしまった。

「先に行くぜ」

そう言ってハンゾーくんが席を立つ。

「ネオン、起きて」

「んー…」

「ダメだこりゃ…」

テトラはわがままお嬢様を担ぎ上げると審査へと向かう。

「なんだお前たちは、審査は一人ずつと言っただろう」

若干あきれ顔の審査員。

念能力者。そこそこの使い手かな。

「合格者会場はどっち?」

「まて、それは練を見てから合否はこちらで判断する」

「念能力は他人に見せない。常識。何で判断する?本当に練をすればいい?」

「ぐむっ…」

審査員の男、ツェズゲラと言うらしい彼が言葉に詰まった次の瞬間、会場内を溢れんばかりのオーラが包み込んだ。

しかしそれは一瞬の事でツェズゲラの目の前の少女の練は激しさとは逆にとても澄み渡り凪いでいるようで、しかし発せられるオーラはツェズゲラに練度の差をまざまざと見せつけていた。

それはツェズゲラに自身すら気が付かぬうちに体は半歩下がり、大量の汗が噴き出している事にようやく気が付く。

「…むこうだ」

「そう、ありがとう」

トコトコと歩き去るテトラをツェズゲラはただ見送る。

「はぁ…はぁ…はぁ…化け物か…この俺が震えている。殺気は微塵も感じないが、異を唱えれば首が繋がっていたかもわからん…」


さて、選考会が終わると別室でグリードアイランドの説明を受けた。

結局選考会を突破したのは20人を超えたほどで上限には達していないよう。

ゴンとキルアは当然のように合格していた。

ゲーム機の前で練をするとどこかに飛ばされてチュートリアルを受けるらしい。

どのゲーム機から始めも同じ場所に飛ばされるらしいので、開始順はグー・パーで決めると言う事で決定。

最後はジャンケンだったが、ネオンの事もあるのですべて辞退し最後に回してもらった。

テトラたちはハンゾー、ネオン、テトラの順でゲームに入る。

「練って何よ」

「んー、まぁ占いをする時みたいに力を込めてみて」

「えーってきゃぁっ!?」

そう言って手をかざしていたネオンがゲームに吸い込まれて消えた。

チュートリアルを終えると草原に出た。

「もう、テトラおそーい。あなたがくるまでこのハゲと二人きりだったんだからねっ」

プクリと膨れているネオン。

「ごめん」

そんなに遅れてないと思うのだけれども…護衛の観点から仕方なかった。

ゲーム内に持ち込めたものは身に着けていたもの全て。

クナイ、手裏剣、あとはこの貰い物の日本刀。

「で、こんな所に何しに来たんだ」

とハンゾー。

「ネオンのパパさんの頭が冷える時間を稼ぐのが一つ。ここなら絶対に見つからない。来たことを知られたとしても追ってこれない」

「なるほどな。二つ目は」

「ネオンの修行。グリードアイランドは念能力を向上させるための遊び場」

「修行なんてやーよ。面倒くさいもの」

「ネオン。ネオンは念能力を使えるのだから、自分の身を最低限守るくらいは出来ないとだめ」

「テトラが助けてくれるんでしょ」

「この間みたいにいつも傍に居れるとは限らない。お願い」

「うーうー。嫌だけど、本当に心底嫌だけど…テトラのお願いかぁ…わかった…やってみる」

ネオンはわがままだ。それは超がつくほど自己中だ。しかしただ一つ例外としてテトラのお願いだけは聞くと自分で決めていた。

テトラのお願いは全てネオンの為を思ってでる言葉だと長い付き合いで知っているからだ。

とは言え、その長い付き合いでもテトラにお願いされた事は片手で数えられるほどしかないのだが。

「つまりはここは広大な修行場って事なのか、面白くなってきやがった」

ハンゾーくんが何故か燃えていた。

「で、そいつらは無視で良いのか?」

周りには複数の気配を感じるし、見える所にも居るようだ。

「いい。ゲームをクリアしに来たわけじゃないから」

「かー、まぁお前さんが言うんだから別にいいけどよ」

複数のプレイヤーから追跡(トレース)のスペルカードを使われたが無視している。

このゲームでゲットできるカードには取得難易度が設定されている。

高ランクカードはやはり要求される能力も高く、もしもそれをテトラが手に入れそれを自力で取得出来ないほどのプレイヤーが目の前に現れた所で無力化する自信がテトラにはあったからだ。

モンスターを狩りつつ近場の街へと移動する。

倒して手に入れたカードを換金し宿を借りるとテトラの修行を開始。

ネオンは念能力は使えていたが纏も練も絶も出来ていなかった。

「むーりー、つかれたー」

纏の修行を開始して10分ももたなかった。

「しかたない…裏技を使う」

「お、なんだ裏技って」

「心転身の術を使う」

「忍術か」

ハンゾーくんが嬉しそうに言った。

「そう。使った事無いけど…たぶん行ける、はず?」

「ちょ、ちょっとあたし何するのよっ!」

「大丈夫、痛くは無い」

そう言って印を組むテトラ。

「心転身の術」

ベッドの上にクラリと倒れ込むテトラ。呼吸はしているが意識は無い。

「お、おい…大丈夫か…?」

「大丈夫、成功した」

「お嬢様…いやテトラ…?」

ネオンの体から淡々とした口調で帰って来たために聡いハンゾーはすぐに気が付いたようだ。

(ちょ、ちょっと体が動かせないんだけど)

「当然、今ネオンの体の主導権を握っているのはわたし、この状態で体に覚え込ませる。大丈夫、死ぬ事は無い…たぶん」

(ちょっとーーーーーっ!?)

纏、練、絶の修行を影分身を使いながらで高速習得。

まぁ、それらが出来るようになったからと言ってネオンが戦えるようになったわけでは無い。

ネオンが軽々とするバク転宙返りが出来るようになった訳じゃ無いのだ。

オーラを操る技術はほんの少し出来るようになっても圧倒的にフィジカル面では脆弱で、一流の殺し屋に対峙すれば抵抗むなしく殺されるだろう。

だが多少の時間さえ稼げれば必ずテトラが駆けつける。この時間をどれだけ長く出来るかが重要なのだ。

ネオンの修行の傍らハンゾーくんとは忍術を交えた鍛錬を行っている。

流石に本職の忍者、忍術の習得は速くテトラが教えられるのも後わずかであろう。

ネオンが念の初歩を覚えたので街を移動する事に。

スタート地点から近い場所では狩りをしても取得難易度が低くまた換金率が低い為にカツカツの生活になってしまう。

それならばと拠点を変える事にしたのだ。

なけなしのお金で地図を買いマサドラへと移動する。

「なんじゃぁこりゃぁっ!」

マサドラへと続く岩山の屹立している荒野に一本洞窟のような縦穴が彫られていた。

洞窟を確認すると彫られてからまだ時間は経っていないようだ。

「誰かが師の元で周の修行でもしてたんじゃないかな」

「なるほど、だが豪儀なもんだ。シャベルで勢いよく搔き出されているいる。確かに周を使わなければ掘れないだろう」

「じゃぁネオンの次の修行…」

「イヤよっ絶対にダメ」

だよねー…

肉体労働とか土埃にまりれるとか汗臭くなるとか、とにかくネオンは嫌う。

さて、この穴を開けた張本人はと言えば、まだこの岩石地帯に居るようで、遠くで石を打つ音が聞こえた。

「ん、あれはゴン達か」

視力を強化したハンゾーが見つめる先に少年が二人岩に座りながら黙々と石を割っていた。

「あいつらならいきなり襲ってくると言う事も無いだろう、行ってみるか」

「えぇ…あたしは早く次の街に行きたいんだけど…ってテトラっ!」

テトラの視線の先には小柄で華奢な少女がゴン達を見守る様に座っている。

…強い。

テトラは勘であったが大きく外してはいないだろう。

「あ、ハンゾーさんっ」

ゴンが大きく手を振ってハンゾーを迎え入れた。

「お前はちょっとは警戒しろよな」

「なんで?」

はぁとキルアがため息を吐いている。

「おう、久しぶりだなゴン。念の修行か」

「うん、ビスケにに見てもらってるんだ」

そう言って紹介されたのはテトラの目が追った少女だ。


ゴンとキルアの修行を見ていると彼らの知り合いだろう三人組が近づいて来たのが遠目にも分かった。

私の趣味じゃ無いけどあのハゲは中々やるだわさ。

見るからに裏稼業と言う感じの青年は恐らく一流の使い手だろう。

その後ろに居る少女は…まるでダメね。今まで守られて生きて来ましたーって感じがビンビンするわさ。

その後ろ。少女を挟むように歩いて来る彼女はヤバイはね。まるで本気のネテロのじじいを前にしているかの様だわさ。

やり合っても私だけなら最悪逃げ切る事も可能だと思うけれど、あの二人を守り切る事は不可能。

置いて逃げちゃおうかな…

はぁ、人の気も知らないで旧交を温めているバカ弟子二人に文句が言いたいわさ。

ヤメテ、さっきから私をロックオンしちゃってるの分かるもの。

やる気の感じられない真ん中に居た少女が何か喚いているが、もう耳に届かない。

ああ、認めよう。ただ武道家としてテトラと紹介された彼女と戦わないと言う選択肢は無いのだと。

「ビスケ、何やってるの?」

「テトラもなに二人で見つめ合っているのよ」

ゴンとネオンの問いかけも二人の間を流れる空気を断ち切るほどでは無かった。




テトラは腰に差していた日本刀を外し手裏剣ホルダーも地面に置くと2・3度とんとんと地面を蹴ってジャンプ。

そして一度目を閉じると目の前で印を組み上げてチャクラを練った。

そして再びテトラが瞳孔が真っ赤に変化した瞳を開いた瞬間が開始の合図であるかのように互いに地面を蹴って一息に距離を詰めた。

「っ!」

「はっ!」

合わさる肘と肘。

ドゥン

互いに音を置き去りにした組手。

「ちょ、なんだなんだ、いったい何を始めやがったんだあのバカは」

「ビスケ?」

「っ…それより二人の動き見えたか?」

「……ギリギリだな」

「ちょっとちょっと何が始まったのよっ!こらーテトラっ!」

外野の声など届いてはいない。

打ち合い、距離を取り、また組み合い、弾き飛ばされる。

無数にあった岩山がいくつ礫の山になったか。

音を置き去りにする攻防は少しでも流の速度が遅れれば致命傷を負いかねないほどだ。

すごい、強いっ!

死と隣り合わせのその攻防でテトラが感じたのは歓喜だった。

今までの研鑽がただ報われた。

いや、それだけじゃない。

一瞬一瞬相手の技を盗み強くなっていく実感。

テトラが自身の発として作った能力は他人から見ればそれは能力とは言えないものだった。

ただ瞳にオーラを集め、視る。

視力の向上。

そんな物は念能力を習得し、発展技を知れば誰でも使う事の出来るもの。凝だ。

だが、テトラはその能力に拘った。

知っていたからだ。知っていたからこそ欲した。

その瞳は相手の動きを捉えない事は無い。

その瞳は相手のオーラを見逃す事は無い。

認識し、記憶して、学習する。

『写輪眼』

それこそがテトラの発だった。

打ち合っているこの一瞬にテトラはビスケの技を盗み、返している。

ビスケにしてみれば驚愕だろう。自身の研鑽の粋をこの一瞬一瞬で盗み取られているのだから。

この娘、攻防力の移動が正確すぎだわさ。

交ぜるフェイント攻撃にも引っかからずに本命の攻撃にはきちんと同程度のオーラを込めてガードし、余剰分は次の自身の攻撃へと当てている。

そして厄介なのが、私の技を盗みに来ている…ふざけんじゃ無いわよっ!

憤るビスケだが、打開策は無い。

私の研鑽がこの程度で真似を出来ると思うなっ!

本気の攻勢にでたビスケの攻撃にテトラは徐々に押され始めたが、更に早く、強くとその攻撃を凌いでいく。

「すごい」

「目で追うのがやっとだぜ、バケモノかよ二人とも」

ゴンとキルアがクレータを作りながら戦場を移動しているテトラとビスケの戦いを見ていた。

「楽しそうだな、テトラのやつ…くそう、まだこんなに実力に差がありやがる」

ハンゾーは忍術でテトラに負けた訳じゃ無いと理解して身震いした。

「殺せないとは思わないけど、くやしいけど武道家として念能力者としてアレは次元が違うよ」

とキルア。


まさか私がここまで本気になってまだ壊れないなんてね。たいしたものだわさ。

数百、数千に及んだ攻防。

研鑽を積んで会得した技の悉くを出しつくさせられた。

それを相手は驚くほどの速度で吸収していっている。

しかもすぐさま実戦で返してくるとはね。

強すぎる。ああ、だから今自分なのだ。とビスケは理解した。

彼女は何のしがらみも無く全力をぶつけられる機会に巡り合わなかったのだろう。

恐らく自分より強い師と言う存在を持たないまま強くなってしまった娘なのだ。

いいわ、全力でかかって…て、ちょまっ!ギブギブっ!本物の化け物だわさっ!


ドンっと膨れ上がったテトラの練によるオーラの爆発。

その圧だけで周囲の岩山が崩れ落ちた。

「ぎ、ギブアップだわさ」

両手を上げてビスケが構えを解いた。

呆気に取られていたテトラだが、オーラをしまうとテトテトとビスケに近づいて行くとペコリと頭を下げた。

「ありがとう。お陰で少し強くなった気がする」

「まったく、もう二度とごめんだわさ。あんたとなんて命がいくつあっても足りなさそうだしね」

ハンデを貰っていたのは私と言う事ね。私もまだまだね。

自身の武器を拾い上げているテトラをビスケは複雑そうな視線で見ていた。

「ひとつ聞かせて欲しいのだけれど」

「何?」

「最後、オーラが膨れ上がったのはどうして?あれはとても人としての潜在オーラを超えている」

その問いに少しテトラは考え込んでから答える。

「あれは食義の一種、食没を使っている」

「食没?」

「経口摂取でエネルギーをより多く体に蓄える技術」

「それは私も覚えられるものなのかしら」

「……この技の根底は感謝。これは一朝一夕では難しいと思う」

「なるほど…私には向いているかもしれないわさ」

どう言う事だろう。

聞けば心源流の師範であるネテロと言う人物。彼の言葉に武道に対する心、感謝を忘れるなと言う教えがあると言う。

ネテロの教えに影響されたビスケもまた感謝の気持ちを忘れた事は無いらしい。

強さの探求という面ではビスケもまだまだ向上心の塊だ。覚えられるのなら覚えたいようだ。

「教えても良い。だけどハンゾーくんも無理だった」

「やるだけやってみるわさ」

「彼らの修行は?」

「あのハゲにしばらく任せればいいわさ。どうせしばらくは同じ修行なのだし」

まぁ、良いか。自分だけ得るのも悪い。ただネオンの機嫌が悪くなりそうだけど…

ただビスケに食義の才能が有ったのは嬉しい誤算だった。

修行時代には感謝の正拳突き一万回と言う日々を送った事もあったらしい。

武道の初心に返る時には今でもたまにするようだ。

ただ食没を覚えるための試練は二度とごめんだと喚いていたが、どうにか無事に覚えることができたらしい。

食義を教える代わりにテトラはビスケからフィジカル面の模擬戦に付き合ってもらい目まぐるしいレベルアップを上げていた。

それは勿論ビスケも同様で。ついつい模擬戦に力が入る。

「少し前は岩山が屹立していたんだがなぁ…今はクレーターしか存在しない…」

ハンゾーが呆れた表情でつぶやいていた。

そう言えば修行を嫌がっていたネオンだが、ゴンに乗せられたのか周と流が出来るほどには成長していたのは嬉しい誤算だった。

ビスケの修行の目途が立った頃合いにこれ以上はゴンたちの修行の邪魔になると分かれると幾つかの街を経由してアイアイへと到着。

恋愛都市アイアイ。

この街にネオンがどっぷりとはまってしまった。

この街はギャルゲーや乙女ゲーと言ったジャンルのストーリーを疑似体験できる一種のアトラクションなのだ。

ネオンはしばらく恋愛ごっこ遊びで男をとっかえひっかえ楽しんでいる。

ゲームの攻略?

そもそもライト・ノストラードから逃げて来ただけだよ。

まぁ、ハンゾーくんが面白半分で修行ついでに攻略しているようだけどね。

二回目のゲームクリアのアナウンスが流れた頃、そろそろ帰るかと離脱(リーブ)のカードで現実世界へと帰還する。

少しはライトの頭も冷えただろうし、一般人のライトではもうネオンを害する事は出来ない位には彼女の念能力は習熟している。

帰って来たは良いが、ノストラード組は若頭であるクラピカの手腕で盛り返していたが、実権も彼に握られてしまっていた。

相変わらずわがままを言うネオンと実権を握っているクラピカの相性が悪い悪い。

一度正面から切って捨てられそうになったのでボコっておいた。

幻影旅団特攻のクラピカの念能力。確かに汎用能力もあるようだが念を覚えてまだ一年ほどの彼に負けてやるほど弱くは無いつもりだ。

それからのクラピカは一応大人しくネオンの言葉にも従っている。

よほど怖い思いをしたみたいね。とはセンリツの言葉だ。

そもそもここはノストラード組。ネオンのわがままがイヤなら自分で組織を立ち上げれば良いのだ。

とは言え、組に貢献していない娘も本来なら厄介者だ。

仕方がないのでテトラは以前マーキングしていたあの本の男へと飛雷神の術で飛ぶ。

完全な不意打ちで彼の左手を締め上げ床に組み伏せる。

どこかの廃屋のようだが好都合。さらに運の良い事に周りに人の気配は無かった。

「動かないで」

「君は…」

「要件は分かっている?」

「…ああ。それにしては遅かったじゃないか」

その答えでテトラの予想が当たっている事が分かった。

テトラの予想ではネオンの念能力は誰かに奪われたか封印されたかの可能性が高い。

その中で犯人を絞り込めば最後にネオンが念能力を見せたと言うこの男だろう。

「丁度良かったからしばらく見逃していただけ。無理、抜け出せないよ」

グッと念を込めたクロロをそれ以上の力で押さえつけるテトラ。

「今日は準備もして来たし油断も無い」

「そのようだ」

抵抗を諦めたクロロはそれでもふてぶてしい態度を崩さない。

「ネオンの念能力を返して」

「それで俺を見逃してくれる保証は」

「無い」

「なら…」「けど、返してくれないのなら取り合えず殺す。あなたが死ねば戻るかもしれないし」

「それは困るな」

「時間も稼がせない。別にどうしても戻したい訳でも無いから時間が掛かるようならやっぱり殺す。1分だけあげる。すぐにネオンに返して」

「直接彼女に会わないと返せない」

「そう、それは残念だった」

グッとさらに力を込める。

「うそ、冗談だ」

「1分」

しぶしぶとクロロは本を手に取った。 
 

 
後書き
アオ達とのニアミスはあったかもしれないけれど直接出会ってはいない感じです。 

 

外典 【H×H編】その3

さて、ネオンに念能力も戻ったしノストラード組のネオンの待遇も元に戻るだろう。

少し買い物でもして帰ろうかと見知らぬ街に出たのが間違いだった。

けたたましく鳴り響くサイレン。アスファルトに焦げ付く無数のゴムの匂い。

繁華街の中心で警察が強盗か殺人犯だろうか、犯罪者を取り囲んでいるのが見えた。

しかし取り囲む犯罪者の恰好が異形そのもので、ホラー映画に出てくる怪物と言われた方がしっくりくる。

昆虫と他の生物を足したような人型の化け物は銃弾など物ともせずに警官たちを食い殺した。

「ひぃいっ化け物だっ!」

取り囲んでいた警官。さらにその周りに安全だと思って覗き見ていた野次馬が我先にと逃げ惑うが、それを面白く感じたのか化け物は目にも留まらぬ速さで虐殺していく。

念能力が使える化け物…だけど…

逃げ惑う人々にまるで川に打った杭のように動かないテトラ。

その杭を見つけた化け物はイヤらしい目つきでテトラを目標に定めるが…

斬ッ

「…なに?」

久しぶりに抜いた日本刀は血糊が付くよりも速く相手の首を切断し、斬られた怪物は首をもがれたと言うのに数秒自分の死を認識しているほどだった。

「帰ろう」

そう言って踵を返すテトラの体を抗えない衝撃が襲った。

『………から逃げてはいけない』

それは昔、そう死にかけていた頃に感じた以来の…

テトラは携帯電話を取り出すとコールボタンを押したのだった。


ヨルビアン大陸、ミテネ連邦にほど近い漁港に有るホテルの一室で備え付けのソファに座って対面するのはテトラとビスケの二人だ。

この間倒した化け物の類似事件はヨルビアン大陸の辺りで頻繁に発生していて、ちょうどその近くに居ると言うビスケを一人で尋ねて来たのだ。

「わざわざこんな所まで来るとは、あんたももの好きだわね」

「ちょっと、ね。それで何が起こっているの」

どうやらミテネ連邦でバイオハザードが起きているらしい。

大型のキメラアントと思われる生物が確認され、大量に人を襲っているようだ。

キメラアントの最大の特徴は摂食交配と呼ばれる特殊な繁殖方法で女王アリの産んだ子供に食べた生物の特徴が混ざって産まれてくる事が有るらしい。

そして今回発見された女王の大きさは2メートルを超え、人すら食せるほどだと言う。

女王はコロニーを形成すると兵隊蟻を産卵し数を増やし、ある一定に達すると王を産むと言う。

その後王は独立し再び女王はコロニーで別の王を産み種を増やしていく。

その過程で女王が死ぬと兵隊蟻の統制が利か無くなり生殖能力のない個体だったはずの兵隊蟻が生殖するために散る事もあるらしい。

「なるほど、その結果があの化け物か」

「そう言う事ね。協会からの情報だと王は既に生まれ女王は死んだらしいわさ」

ズズっと紅茶を飲みながらビスケが答えた。

つまり既に兵隊蟻のコントロールは利いていないらしい。

「そんな事を聞くためにわざわざ来たわさ」

「うーん…ちょっと今回の事はわたしも行かなないといけない気が」

「ハンターでもないのに?」

「多分わたしの誓約が関係している」

「念?」

「たぶん」

「たぶん?煮え切らない答えね」

どう言う事だわさ、とビスケ。

「子供の頃、母の形見の宝石を飲み込んだの。その時に誓約させられたらしい。まぁそのおかげで今生きているのだから感謝こそすれ恨んではいないのだけれど」

「誓約内容はわかるわさ」

「人類に対する脅威から逃げてはいけない」

「そん…な…内容…それであんたの強さも納得だわさ。天秤が大きいほど得られる効果も大きい。つまり今回の事件は人類存亡の危機だと判断された訳だわね」

ビスケははぁとため息を吐く。

「女王のコロニーの大半は降伏してハンター協会の管理下に居る。王はミテネ連邦の東端、東ゴルトー共和国に向ったらしいわ」

「ありがとう」

「行くんだわさ。ちょっと待って、いまネテロのじじいに電話を掛けるから」

ネテロって誰だろう。

しばらく電話口でビスケが会話しているのを待つ。

話が終わったのか携帯電話をポケットにしまい込んだ

「これで東ゴルトーに潜入しているハンターが接触して来るはず。私は外に逃げた兵隊蟻のハントがあるから一緒には行けないけど」

「うん、十分」

「気を付けなさいな。今回はネテロのじじいも慌てているみたいだから。あ、それとゴンとキルアがおそらく向かっているはずだから、一応気にかけておいてくれるかしら」

どうやらミテネ連邦でひと月ほど彼らの修行を付けていたらしい。そしてキメラアントを追っている。言って聞く子じゃないから無茶しているはずだ、とビスケ。

「それともう一つお願いがあるわさ」

ビスケからボソボソと告げられた内容。

「ん、わかった」

それをテトラは受け取った。

気球船にのって西ゴルトー共和国へ入国しそこからは走って東ゴルトー共和国へと密入国。

東ゴルトー共和国は入国審査が厳しく一般人はまず入国できない閉鎖的な国だった。その為警備の薄い所から堂々と入国したのだった。

開発の遅れている南部の草原を一人歩くテトラ。

「お、獲物はっけーん」

その背後から速くしなやかな動きで走ってくるのはチーターと人間を混ぜたようなキメラアントだった。

その言葉からそのチーターの様なキメラアントがテトラに接近するまで一秒足らず。

「はい、どーん」

突き出した右手。その右手はテトラの頭をくびり落としたはずで、確認の為に動きを止めて振り返った自分の右手には無様な死に顔をさらした少女の首を掴んでいたはずであった。しかし…

「なん…で…オレのから…から…」

掴んだ頭は自らの物で、視界の端には何のことも無い様に歩いて行くテトラの姿を視認してようやく自身の状況を受け入れたように首を落とされた体から大量の血液が宙を舞い倒れた。

彼は気づくべきだった。彼が走った先に同胞の死体がいくつも転がっていた事を。そんな中に華奢な少女が一人で出歩いているはずの無いという事も。

全ては遅きに失したのだ。

「これは…ハギャ様にほうこ…」

その様子を上空から複眼で覗くキメラアントも自身の迂闊さを後悔する間もなくテトラのクナイで脳を複眼事撃ち抜かれて絶命した。

クナイへと飛雷神の術で飛び回収していると、今度は人間の気配が二つテトラの円に触れた。

「あんたが連絡に有った助っ人か?」

と今時珍しいリーゼントをきめた青年がテトラに問いかける。

「ビスケから連絡があったのなら多分そう」

どうやらキメラアント討伐チームのハンターらしい。

「あの速度のキメラアントを一撃か…」

左腕を着流しの懐に隠した侍風の男が戦々恐々と呟いていた。

「オレはナックル、こっちはシュートってんだ」

ふむ、ボールコンビ。覚えた。

「つぇえ奴は大歓迎だ」

とナックル。

「それで、王様はあっちとあっち、どっち?」

テトラは左右の指を使い二方向を指す。

「…王城はあっちだな。なんでもう一方が気になるんだ?」

「勘。あっちは怖い、こっちは…今行かないと会えないような?」

「言ってる意味がわかんねぇな…ちょっと待てやコラ、どっち行くんだよっ!」

テトラが歩き出したのは王城じゃない方向。

「今は少しでも戦力が欲しい、オレ達と一緒に来てくれ」

その言葉に少し逡巡した後テトラはホルダーからクナイを一本取り出しナックルに手渡す。

「これが何だってんだコラ」

「それを持っててくれれば必ず合流できる」

「お前の念能力か?だから行かせろ、と?」

「ナックル、もともと援軍など当てにしてなかったんだ、行かせれば良いだろう」

「シュート…チッ…だが突入前には合流しろよっわかったかコラ」

「うん、大丈夫」

そう言い置くとテトラはオーラで強化した脚力で地面を蹴るとあっと言う間にナックルたちの視界から遠ざかった。

「オレよ、足には自信があったんだが…自信無くなっちまったぜ」

「気にするな、アイツが特別なだけだ…おそらくな」

「おそらくってなんだよ、泣くぞこんちくしょうっ!」


草原をひた走ると荒野になり岩山が屹立し始めて来た頃、どうやら目的地に着いたらしい。

小高い岩山の上から尋常じゃない気迫を感じる。

向こうもこちらの存在を感知したのか小山を降りてきたようだ。

トスッとかなりの距離を垂直に落下してきたと言うのに軽やかな音のみを立てて着地する老人男性。

いや、歳は老齢だがその体は引き締まり今までテトラが見て来たどの存在よりも力強さを感じる。

「何しに来たのかのう」

剣呑な声だった。

「あなたがアイザック・ネテロ?」

「確かにワシがアイザックじゃが、お主がビスケの言っていた助っ人かの」

「そう。ビスケにお願いされた。あなたの修行相手になってくれって」

「ほっほっほ、お嬢ちゃんがか。それはちぃっとなめられたものじゃなぁ」

好々爺然としていたのがいきなり雰囲気が変わった。その表情は険しい。

「がっかりはさせない」

「ほう、言うじゃねぇか小娘が」

言うや否やネテロのオーラが爆発した。

その激しさ、熟練さから長年の研鑽が伺える。

テトラも印を組むと瞳にオーラを集めた。写輪眼だ。

「その年でなかなかのオーラじゃのぅ」

「あなたも」

チャリっとテトラがホルダーから複数のクナイを取り出すと二人のオーラに当てられた小岩が音を立てて崩れたそれが合図であるかのようにテトラは手に持ったクナイを投げ放つ。

勿論、その程度ネテロが回避できないはずも無い。

すぐにテトラは二射、三射と射線軸を変えて投擲していく。

「ほっほっほ、中々の投擲技術じゃのぅ。じゃが効かんよ」

既にクナイは無く、手裏剣を投げているテトラ。

影手裏剣の術もネテロには見切られてしまった。

「準備運動にもなりはせんのう」

「大丈夫、本番はここから」

印を組み上げる。

「水遁・霧隠れの術」

水蒸気が一面を包み込み濃霧が互いの視界を遮った。

「しゃらくさいのう」

ブォンとネテロが合掌から腕を振った様に見えて次の瞬間、立ち込めた霧が吹き飛ばされた。

いいっ!?一撃は想定外。それと一瞬背後の何か見えた気がする…

ネテロの背後から迫るテトラを危なげも無く肘を振り下ろして迎撃するネテロ。

ドンッ

空気が震えている。

重い…壊されるっ…

肘と肘のぶつかり合いはしかしネテロが押し勝ったようだ。

体を捻りガードを崩した所に反対の腕で回転しながら裏拳を叩き込む。

バシィ

だが目にも留まらないとはまさにこの事だろう。ネテロが引き戻した腕の方が速くテトラの拳を叩き落した。

そして引き戻された腕が再び合掌を取り打ち出される二撃目。

上体を捻りその掌打をそらすついでに足を蹴り上げるがネテロも上体をそらして当たらず。戻す腕で足を取りに来た。

無理、避けられない。取られると折られるね…

「む?」

ネテロの疑問の声を出す一瞬前、捕まえたと思ったテトラの姿が消えた。

確実に掴んだと思ったのじゃがの…

最初に投げ放ったクナイと手裏剣。それらは飛雷神の術のマーカーが刻んである。

あちこち散りばめたそれに一瞬でテトラは転移したのだ。

「土遁・山土の術」

印を組み手を地面に着くとネテロの両側の地面が彼を挟み込むように跳ね上がる。

ネテロはその土壁を壊すのか、かわすのか。

そんなの関係ないとばかりに続いて印を組むテトラ。

「土遁・土流槍」

ネテロを中心に円を描くように地面から無数の土槍が勢いよく隆起した。

常人ならば串刺しになってもおかしくない攻撃を、ネテロは隆起する土槍の先端を足の親指と人差し指で挟み込み持ち上がる槍の上に乗るとならばとテトラが再び襲わせた土槍を合掌からの一撃で全て薙ぎ倒した。

それは巨大な手の平だった。

千手観音…?

ネテロの背後に浮かび上がる巨大な菩薩の姿にテトラは知識から一番近い物を連想させた。

「百式観音。誇れよ、ワシにこれを使わせたのじゃからな」

霧を吹き飛ばしたのもこれかっ!

ネテロがこの離れた距離でも合掌から拳を振るった。

それに呼応するかのように背の百式観音がその掌を繰り出してテトラを襲う。

「土遁・土流壁」

地面を隆起させて巨大な一枚岩を作り出したが一撃では無く百式観音の連打の拳に脆くも崩れ去る。

取り除かれた壁。しかしそこにはすでにテトラの姿は無かった。

飛雷神の術でネテロの死角へと転移したテトラが攻勢に移ろうかと拳を構えて地面を蹴るとまるで見えているかのように百式観音の掌が迫る。

「くっ」

空を切る百式観音の攻撃。

テトラは堪らず飛雷神の術で逃げるが発見から攻撃までが恐ろしく速く逃げるので精いっぱいだった。

恐ろしく速いネテロの攻撃をそれでも避けれられているのは写輪眼による所が大きい。

やはりこの能力を創っておいてよかった…

だが逃げてるだけと言うのも芸がない。

「水遁・水断波っ!」

高圧カッターのような一撃がネテロを襲う。

「いいっ!?」

百式観音の振るった掌が水断波を風圧だけで捻じ曲げてしまった。

一応百式観音の手も何本が破壊されているが、再びネテロが合掌した瞬間に元に戻っていた。

「おじいさんのくせに今まで出会った中でぶっちぎりに強い…」

「お褒めにあずかり恐悦至極。じゃがお主も中々よの」

「うん、だからわたしも本気をだす。…ほんのちょっと待っててもらえる?」

「面白そうじゃ、やってみるが良い」

「じゃぁお言葉に甘えて」

テトラは肩幅に足を広げ腰を落とし自然体に立つと両手を胸の前で合わせ合掌。目を閉じた。

「ぬ、オーラの気配が消えたか?」

消えたのではない。変化したのだ。

再び開いた瞳は赤く隈取が覆っていた。

「仙人モード」

生命エネルギーと精神エネルギー、そして体外から吸収する自然エネルギーを融合させた状態。

テトラの得意忍術は知っての通り水遁と土遁だ。

だが血反吐を吐くような訓練によりこのモードの時にだけ使える忍術がテトラには存在する。

「仙法木遁・真数千手」

テトラの後ろに現れた木造と思われる巨大な千手観音。

大きさはネテロのそれとさほど変わらない。これは大きくし過ぎると逆に速さに対応出来なくなると小さく顕現させたからだ。本気を出せば山をも越える。

「ほう、おもしろい」

ネテロの顔面は面白いと言う表情ではない。それは修羅もかくやと言う感じだ。

それもそうだろう。ネテロがその人生を賭して完成させたその百式観音にまさか目の前の様な小娘がたどり着こうとは思いもしなかったからだ。

「血沸く血沸く、行くぞ小娘」

「来い、じじぃ」

百式観音と真数千手の激突は大地を揺るがし小山を削る。

繰り出す技の切れ、速度共にネテロの百式観音が上回る。流石にテトラではその域に達するまでにあとどれほどの年月がかかるだろうか。

しかし常人では目にも留まらぬ攻撃もテトラはしっかりと捉え確実に反撃していた。

数百、数千にも及ぶ技の型。その組み合わせは万華鏡のように多種多様な百式観音の攻撃。

それに耐えれているのは仙人モードによる仙術チャクラの優位性とタフさ。

食没を覚え、自然エネルギーすら取り込んだテトラの仙術チャクラは常人の数百倍に上り、ネテロにですら軽々と上回っている。

「木遁・皆布袋(ほてい)の術」

「ぬぅっ」

観音同士の戦いにテトラは更に術を上乗せし地面から無数の巨大な腕を生やしてネテロを捕獲しようと伸びる。

百式観音で巨腕をも相手取らなくてはならなくなったネテロはそれでもその優位を崩さない。

「木遁・挿し木の術」

更に巨腕から芽吹いた枝がクラスター爆弾かのように撃ちだされるとネテロを襲う。

「甘いわっ!」

巨腕一撃。横薙ぎに穿った掌で飛ばした挿し木もテトラの木遁・皆布袋(ほてい)の術で乱立した巨腕諸共に一掃する。

百式観音と真数千手の攻防も、テトラはネテロの無数にある型のすべてを読み取り記憶し今までより速くネテロの型に対応できるほどに分析していた。

ネテロの筋肉、オーラ、呼吸に至るまでのほんの些細なしぐさで次の型を予想し、ネテロの攻撃よりも速く真数千手で百式観音を攻撃する。

「やりおる」

どこか嬉しそうにつぶやくネテロ。

ここに来て戦いの天秤が少しづつテトラへと傾いて行った。

「無意識の意識…ワシの百式観音にこのような弱点があったとはのう」

二人の攻防はそれこそもはや数えることが億劫なほど繰り返されていた。

ネテロはこの時無意識に好む自身の攻撃の癖と言うものを理解した。それは初めての感覚だった。

それも仕方がない。ネテロほどの実力者になれば彼を凌駕する能力者に出会う事は少なく、百式観音を出さざるを得ない状況であったとしてもここまで打ち合う事は無いと言っていい。

「楽しいのう、嬢ちゃん」

「うん。わたしもこれほどの技をぶつけれる相手には初めて出会った」

互いに死力を振り絞る。そんな戦いはしかし長くは続かないのが定め。

綻びが見つかれば針穴を通る水であってもその流失は止まらない。

「まずい…負けるかも」

冷汗が流れる。

テトラが優位かと思われた戦況もネテロが自身の認識を改めた事で再び逆方向へと向かい始めた。

見切ったと思った百式観音の癖をネテロがこの数秒で修正してきたのだ。

そして遂にネテロの百式観音がテトラの真数千手を打ち破り、無慈悲にテトラへとその掌が迫る。

「くっ…木遁・榜排(ほうび)の術 」

左右の地面から木が伸びて来てテトラを包み込むと振り下ろされた百式観音の掌。

ドゴンッと砂埃が舞っている。

「果たして、箱の中の猫は生きておるのか、死んでおるのか」

封印術に分類されるはずの榜排(ほうび)の術 のその防壁にひびが入っていた。

ネテロの一撃がどれほどの威力を持っていたかが伺える。

「何々、シュレディンガーの猫?流石に年の功?」

「…それは褒めておるのか?」

背後から掛けられたテトラの声に若干あきれながら振り向くネテロ。

「さすがに勝てない」

「そうじゃろうそうじゃろう。まだ小娘には負けんて」

「木遁・木分身の術」

もぞりとテトラの体が分裂するかの如く二人に増えた。

「だから今度は二人で行く」

「………その分身は流石に念能力は使えんのじゃろ?」

「………?」

コテンと首を傾げるテトラ。

「………マジ?」

今度はネテロが冷汗をかく番だった。


ネテロとの組手の後、良い頃合いでテトラは飛雷神の術でナックルの元へと飛ぶ。

「あいつ、まさか来ねえつもりじゃねえだろうな」

どこかの廃墟になっているホテルの一室でキメラアント討伐の為に集められたハンター達が待機している時にその中の一人ナックルがそう呟いた。

「だれが来ないって?」

ザッとみな一斉に部屋の四隅に散らばる様に移動しオーラを発した。

「てめぇ、今どうやって入って来た」

大きな、それこそ普通の人間には巨大な鈍器と言った方が良いかもしれない大きさのキセルを構えたサングラスの男、がそう問いかける。

テトラはざっと部屋を見渡す。

ゴンとキルアの見知った二人、ナックル、シュートのボールコンビ、キセルを構えた男と、人型の人外が二人。

集まっているのはゴンとキルアは抜くとしても一流のハンターが三人も居て、テトラが現れるまで誰も入室に気が付かないなんて事は本来有り得ないのだ。

「あれ、テトラさん?」

「えっと、ゴンくん、久しぶりかな」

「うん、グリードアイランド以来だね」

ゴンの言葉にキルアも警戒を解く。続いてナックルとシュートも面識がある為に警戒を緩めた。

ただ一人彼らより頭二つほど飛びぬけた実力者であろうキセルの男、モラウだけはまだ警戒を解いていない。

「なんだ、お前らの知り合いか」

「と言うか、コイツが例の助っ人で間違いないですぜ」

ナックルに言われてモラウもやっと納得したようだ。

小さなタコのようなキメラアントのイカルゴはキルアの後ろに隠れて動かず、もう一人は…

一人足りない…オーラも見えない、写輪眼でも捉えられない。

「納得が行ったのなら姿を見せて欲しいのだけれど」

「わりぃわりぃ…信用が出来なかったからな」

そう言って現れたのはフードを被ったカメレオンの様な男。メレオロンだ。

「さて…悪いが嬢ちゃんどうやって入って来たのか教えてもらえないか」

能力のすり合わせは王討伐に関わる重要な案件らしい。

「仕方ない…ナックルくんの持っているクナイ」

「こいつか」

懐から取り出したのはいつか渡したクナイだ。

「わたしはその記した目印に向って飛ぶことが出来る」

「ノヴと同じ空間跳躍系か、だがノヴほどの汎用性はない、か。作戦を大まかに修正するほどじゃないな」

念能力者は普通複数の能力を創り得ない。

テトラの能力が類稀な転移能力だとわかったモラウはそれ以上の追求を止めた。それ以上の能力を創れないだろうと思っているのだ。

実際テトラのそれは習得した技術であってテトラの念能力では無いのだが。


王直属の護衛軍の三人を王から引き離すのがここに居るメンバーの役割だ。

王城に居るネフェルピトー、シャウアプフ、モントゥトゥユピーと呼ばれる三体。これを王から引き離しネテロが王を討つ、そう言う作戦のようだ。

「あなたはどうしてこの作戦に?」

そう問いかけたのは遅れて入って来たノヴと呼ばれる白髪の男性。頬はこけ不健康そのものの言った感じだ。

「わたしは来なければならなかった、ただそれだけ」

「…それは何故ですか」

「誓約のせい。人類の脅威から逃げてはいけない」

「そんな誓約…履行されるはずが…」

四方から驚愕に視線がテトラに向けられていた。

まさかそんな理由でここに居るとは思わなかったからだ。

「最初に言っておく。わたしの目的は脅威の排除。それはもしかしたらあなたたちの目的と合致しないかもしれない」

「どう言う事」

とゴン。

「例えば何か理由が有ってあなた達が王を見逃そうとしてもわたしは誓約でその王を殺す。人類の脅威である事に変わりはない。その事があなた達の不利益になるとかは考慮されない」

「まるで王を殺せると確信している口ぶりだな」

とキルア。

「前提が違う。そもそもわたしは人類に対する脅威を討つ為に居る存在」

「意味がわかんねぇや」

「ま、心強い戦力が増えてと捉えるしか無いだろう」

そうモラウが締めた。

作戦開始は明日午前零時丁度。

ゴンたちはノヴの能力で宮殿内部へと侵入するらしい。

そのノヴの4次元マンション(ハイドアンドシーク)はテトラとは相性が悪かった。

念によって隔絶された空間と出口を繋げる能力なのだが、その内部からは自然エネルギーを集められない。

ナックルがクナイを持ってさえすれば侵入できるとテトラは一人宮殿の外、宮殿を守るピトーの円のギリギリ外で自然エネルギーを集めつつ待機していた。

午前零時。

その時、東ゴルトー共和国の宮殿を上空から幾重もの極光が降り注いだ。

それは作戦開始の合図だった。

張り巡らされていたピトーの円は解かれ既に一合相まみえたのだろう。ピトーがテトラとは反対側へと吹っ飛ばされていった。

百式観音…せめてこちらに飛ばしてくれれば…

仕方がないと二キロの距離数秒で詰め、テトラは宮殿正面入り口から中へと入る。

それとテトラにも誤算があった。

メレオロンの能力で消えている間、ナックルが持っているはずのクナイも分からなくなっていたのだ。これでは飛雷神の術い使えない。

「てめぇ、侵入者かっ!」

多数の兵隊蟻が襲い掛かってくるが露を払うかの如く抜き放った日本刀で首を刎ねて行った。

中央階段を上ると轟音が響き渡っている。

そこにはシュートが一人で護衛軍の1人であるユピーを相手取っていた。

見るからに劣勢のその状況。

ユピーは歴戦の念能力者をも遥かに上回るオーラを発している。よくシュートも持ちこたえているものだとテトラは感心した。

複数本の腕を鞭のようにしならせて攻撃するユピーのそれは射程に入ったもの全てをミンチにしてしまえるのではないかと言うほど凶悪だった。

しかし注意散漫なユピーは外から現れたテトラに大技を繰り出す時間を与えてしまった。

もう少し冷静であればまた結果は変わっただろう。それはシュートとナックルの頑張りのおかげだった。

「木遁・黙殺縛りの術」

突如階段の隙間から何本ものひも状の蔓が伸びユピーを縛り上げる。

「何だこれはっ」

囚われたユピーは力いっぱい引きちぎるように四肢に念を込めていた。

「木遁・樹縛栄葬」

そこに更に絡みついた樹木がユピーを飲み込んで成長していく。

「うぉおおおおっ!」

穿った木の枝は実を付けユピーの体の中を成長し脳へと達したその種子はそれを養分にするかのように成長しユピーの体を内側から破壊する。

残った物は大きく育った巨木と呆気に取られているシュート。そしてメレオロンの能力が切れたのだろう、姿を現したナックル達だった。

ナックルが現れた事で彼の能力、天上不知唯我独損(ハコワレ)で取り付けていたはずのポットクリンも現れるはずがその姿は見えない。

「死んだ…のか…」

とはボロボロのシュートの言葉だ。

「ポットクリンが消えた」

それは相手の死を意味していた。

「ぐっ…」

「シュートっ!」

シュートに駆け寄るナックル。

「病院に連れて行かねぇとシュートがやべぇ、俺達はここでリタイアだ。メレオロンはゴンかキルアを助けてやってくれ」

「分かった」

「あんたは…心配するだけ無駄だな…俺がちびってしまいそうな敵をこうも簡単にやっつけるとはな…」

「二人が時間を稼いでくれたおかげ」

「まぁそう言ってもらえると報われるな」

シュートを担ぎ上げたナックルは正面入口へと降りて行った。

上階へ出ると既に王の気配はない。

仙人モードで感知をすると、どうやらネテロが王を連れ出したようだ。空を飛ぶ一匹の龍を見送る。

残った護衛軍は二人。

1人はモラウが相手しているのか煙の中に隔離されている。

もう一人は…

正面右の尖塔。そこに気配を感じる。

右の尖塔へと飛び移ろうとジャンプしたテトラを突如落雷が襲う。

テトラの堅を抜くほどでは無かったがその衝撃でテトラは地面に落下。その正面に現れた敵にテトラはほんの少し動揺した。

「キルアくん」

「わりぃけどあんたをこの先に行かせたくないんだ」

必死の形相を浮かべるキルアがテトラの行先を塞いでいる。

「そう。でも最初に言ったよね」

「ああ、だからオレはここに居る」

それ以上の問答は必要ないらしい。次の瞬間キルアの姿がブレた。

電光石火。雷にオーラを変換できる彼はそれを操り高速での攻撃を得意としている。

だがそれもテトラの眼を誤魔化すほどでは無かった。

繰り出して来た抜き手を掴むと背面に捻り上げそのままキルア足を狩り転がる威力も加味しながら肘を討つ。

それをキルアは骨が外れるのも構わずに強引に体を捻って回避し、足を蹴り上げた。

それを残った左手でガードし、互いに離れる。

ゴキリ音がする。着地したキルアは両手を使えなくする愚を起こさないように筋肉の圧縮のみで肩の関節を嵌めなおしていた。

バチバチと雷にオーラを変化させたそれを右手に集め纏わせ始めた。

「この技を使うのは癪なんだがな…」

その技に似た技をテトラは知っていた。

千鳥…でもどうして…あの速度でその攻撃はヤバイ…

そしてキルアの姿が再びブレる。

ホルダーから二枚の手裏剣の抜き放ち素早くキルアへ向かって投擲。

「手裏剣影分身の術」

「くっ…だがその技も見た事あるぜっ」

増えた手裏剣にもキルアはすぐに対応して見せた。

だが影手裏剣で放った一撃がキルアを掠めほんの少しばかりその突撃速度が緩んだその隙に投げた手裏剣へと飛雷神の術で飛ぶとキルアの攻撃は空を切った。

「水遁・水乱波」

背後からテトラが吐き出した水弾がキルアを襲うが残像を掠めただけだった。

右腕は覚悟してよね…

地面に着地したテトラは日本刀の鯉口を切った。

神速の勢いで迫りくるキルアに抜刀でもって切り伏せるテトラ。

狙いたがわずキルアの右手を斬り飛ばしたはずだが…その姿が歪んでいた。

その一メートルほど後ろに二人目のキルアの姿。

このキルアはっ!?

瞬間、大量の電撃へと姿を変えたキルアだったもの。

「雷遁影分身…」

「油断だぜ」

襲い掛かる電撃そのものと言っていいキルアの分身にテトラは至近で喰らい炎上してしまった。

「殺すしか…なかったんだ」

「気を抜きすぎ」

背後から聞こえるテトラの声に反応しようにも既に体に残っていた電気の殆どは先ほどの攻撃に使ってしまっていたようで対応が遅れてしまったキルア。

「ちっ…あんたのも分身かよ」

「そう言う事。何を思って邪魔をしたのか…分かっているけれど、もう遅いよ」

「何を…」

そう呟いたキルアは東の尖塔からゴンの心からの叫び声を聞いた。

「ああああああああああああっ!!!」


キルアとの戦闘を木分身に任せたテトラは尖塔を上る。

尖塔の部屋の中には傷つき倒れた少女とそれを念能力で治すピトー、それを無表情で見つめるゴンの三人の姿があった。

ピトーが少女を治している事は不可解であったが理解する必要のない事とテトラは考える事を止めた。

ストストとピトーに歩み寄るテトラをぞっとした表情でピトーは見つめた。

しかしそれを止めたのはゴンだ。

「何をするの?」

腕を取って来ようとしたゴンをひらりとかわすと奇しくもゴンがピトーと少女を守る位置でテトラの正面に立った。

「わたしの目的はそのキメラアントを殺す事。分かってるでしょ」

「それじゃダメなんだ…アイツにはカイトを治してもらわなきゃ」

「そう、なにかゴンくんにも事情があるみたいだね。でも事情があると言ってもそれをわたしが汲む必要がどこに有るの?」

「へ?だってアイツじゃないとカイトを治せないんだよ?」

「うん、だから?あまり我がままを振りかざさないで?」

「我がまま…?カイトを助けるのが我がままだって言うの?」

「わたしに理が無い事を言ってるんだよ?我がまま以外のなんなの?」

「ぼ、ボクの命なら差し出す…だからコムギだけ直す時間をくれないか」

ピトーが懇願してきた。

どいう言う理由か念能力は行使しているが今のピトーは丸裸も同然だ。

「それじゃ約束が違うっ!カイトをっ」

じっと見つめるピトーの瞳はもうゴンを見てもいない。

この場で一番誰が強いのか、おもねる相手をピトーは理解していた。

ピトーのその言葉はゴンとの約束など反故にしてしまっても構わないと言う事だった。それほどまでにピトーはテトラに脅威を感じ、また正しかった。

「だめ…だめだよ…それじゃあダメなんだ…」

ぐっとゴンは右手を引いて中腰になるとそのオーラを拳に集めていく。

「じゃん…けん…」

ゴンのその攻撃がテトラに放たれるより速くゴンを抜いたテトラは既にピトーの傍で刀を振り切っていた。

一瞬だった。

「あ…」

ピトーは自分の死を理解した瞬間彼の念能力は強力になってその場に留まる。

治療していた少女の傷を塞ぐまで彼の念能力は留まり続けるのだろう。

そして首を刎ねられたピトーをみたゴンは絶叫する。

「ああああああああああああっ!!!」

涙の勝手に溢れるソレを拭う事も無くゴンはテトラを怒りの表情で睨みつけていた。

「さいしょはグー…じゃんけん」

大量のオーラを拳に集めた硬によるゴンの必殺攻撃。

しかしそれを待ってあげるほどテトラは優しい相手では無かった。

唯一情があったとすればそれは刀を振らなかった事か。

無防備な腹部をテトラに蹴られ背後の壁面をぶち破って尖塔を落下していくゴン。

「ゴーーーーンっ!」

尖塔の外からいち早くそれを発見したキルアがゴンを受け止め地面を転がる。

パラリと衣服に着いた礫すら気にせず立ち上がるゴンの瞳には受け止めたはずのキルアすら写っていない。

ゴンには今テトラしか見えていなかった。

「止めろゴンっ!」

キルアが後ろからゴンを羽交い絞めした事によりようやく彼を認識したゴンだが、その表情は何の感情も浮かんでいなかった事に彼は絶句する。

「ゴン…?」

「邪魔…しないでキルア。お願いだから」

抑揚のないゴンの言葉にたじろぎキルアはその腕を離してしまった。

「テトラっ!」

拳を振り上げるゴン。

だがただの一度もゴンの拳はテトラに届かない。

蹴られ、殴られただ吹き飛ばされるだけだった。

「もうやめろよ…ゴンっ!そいつには敵わないんだっ!」

「うああああああああああっ!」

再びゴンの絶叫。しかしそこからの変化はキルアには目を疑うほどの物だった。

急にゴンの身長が伸び鍛え抜かれた逞しい筋肉を纏った青年へと変化したのだ。

それは命を圧縮するかのように誓約を重ねた怨。

ただ憎しと言う感情のみに突き動かされたものの成れの果て。

しかしその効果は絶大で、テトラの攻撃に付いていけてなかったゴンがテトラに食らいついて来るようになっていた。

連打の応酬。ゴンの拳をテトラは左腕でガードし引いた右手の先にはオーラが渦巻いていた。

「仙法・大玉螺旋丸っ」

突き出すテトラの右手にゴンは自身の右手を打ちだす。

「まて、ゴンっ!そいつがクナイだけに飛べるとは限らないっ」

「あ…」

キルアのその言葉は一瞬遅かった。

ゴンとの連打の応酬の時には既に彼の体中に飛雷神の術の印を付けて置いたのだ。

ゴンの右手は空を切り背後に現れたテトラの螺旋丸がゴンの背中を直撃。

「がっ!?」

そのまま地面を削ってクレーターが出来てしまうほどだ。

肉体は最盛期、練れるオーラの量も桁違いに増えたにもかかわらずテトラとゴンの間には経験と言うまだ分厚い超えられない壁が存在していたのだ。

「ゴーーーンっ!」

キルアの絶叫。

今の攻撃が決定打になり気を失ったゴンの体はその代償を支払うが如くその体を萎ませていく。

それは老人を通り越してミイラの様であった。

神速の歩行で走り寄るキルアよりも速くテトラは印を組んでいた。

「木遁・榜排(ほうび)の術」

木がゴンを覆いつくす。

「テメェ、ゴンに何をした」

睨みつけてくるキルアだがそれ以上はしてこない。実力差を分かっているからだ。

「封印術の一種。あのままだと念の代償で死んでしまう所だったから」

「っ……」

「でもわたしが出来るのはここまで。このままじゃ結局ゴンは死ぬよ」

「くそっ!今あんたとやり合っても解決しない…分かってるんだ…」

複雑な表情を浮かべるキルアにテトラは背を向けてその場を後にする。

残るはシャウアプフと王の二人だ。

王は今は王宮からは遠く、プフはいまだにモラウが閉じ込めている。

近い方はプフだ。

護衛軍の三人を始末出来れば残りは王のみとなる。

合流される前に叩かなければならない。

仙人モードの感知を使うとどうにも様子がおかしい。

煙の中は両者とも動かずプフのオーラはその煙の外へと漏れ出しているよう。

写輪眼で見れば極小の何かが煙の外を漂っていた。

大きいより小さいほうが質が悪い…

漂う何かを一つ残らずどうにかしないといけないのだから。

よく観察してみればそれは極小の蟲らしい。

…虫であるのならまだ対応出来る…かな?

この世界には多種多様な植物が存在した。

そんな中で強烈な誘引力を持つ食虫植物もまた存在している。

テトラは仙術チャクラを込めると印を組んだ。

「木遁・食虫花の術」

煙を取り囲むように生やした食虫植物は強烈な誘引力を発揮してその小さな虫を消火液へと誘導し溶かしていく。

「結局、これ何なんだろう。とりあえず邪魔は出来てると思うけど」

モラウの煙に閉じ込められていたプフは突如として煙の外と交信できなくなり焦りを感じていた。

彼の手はずではベルゼブブ(蠅の王)を使い自身の細胞を細かく分割し抜ける隙の無いようなこの煙の結界から脱出を図っていたのだ。

本体である司令塔は蜂ほどのサイズ以上には細かく分裂できないが羽化を待つ蛹の様なその外皮にモラウが惑わされて結界を解けば本体も逃げ出せるはずだった。

だがそこに来てどうにも風向きがおかしい。

最後に分身が伝えてきた事は抗えないほどの衝動。

かつて感じた事のない焦りは正常な思考をプフから奪っていった。

一刻も早く外を確認しなければ、と。

その気持ちの逸(はや)りが分身が伝えた抗えない誘惑に本体も次第に蝕まれている事に気が付かないまま飲まれて行った。

もはや抗えない衝動しか送ってこない彼の分身にプフ本体はもはや正常な思考など得られるわけも無く…

「何だこれは…」

それはプフでは無く焦りから煙の結界を解いたモラウの言葉だ。

だがそんな言葉もプフの耳には入っていなかった。

すでに彼の分身は全て食われて溶かされている。そして煙を解かれた事によりその強烈な誘引を自身で感じる事になってしまったのだ。

分裂するほどに自身の能力は落ちてしまう。蜂ほどの自身にはやはり蜂ほどの力しか持っていないのだ。

集合するはずの分身は既になくこの強烈な誘引に抗うだけの精神力すらもはやない。

「ヒャァアハハハハハハ」

プフは自ら食虫植物消化粘液へと身を投げたのだった。

「誰かの念能力、か?」

むしろこの状況に一歩も動けないのはモラウの方で、誰の攻撃か見当もつかず彼は王が討伐されるまで拘束されるのだった。


テトラは食虫植物で煙を覆った後、煙の結界を外側から破壊する訳にもいかずにここではする事は無いと王を目指す。

崩れた塔の屋上でしばらく自然エネルギーを貯めた後飛雷神の術でネテロにくっつけておいた印に飛ぶ。

数百、数千の攻防を経て、蟻の王とネテロとの死闘は王の優勢へと天秤の針を傾けていた。

傾けばその地力の差は歴然、後は崩れたダムのように決壊するだけだった。

完璧を誇ったネテロの技の冴えすら潜り抜け王の攻撃がネテロの足を穿つ、正にその時。

ネテロの背後に突如として現れたテトラに王は驚き警戒した。生命エネルギーを纏っていなかったのだ。だが絶をしていると言う事でも無いと感じた王の一瞬躊躇。その隙を見逃さずネテロは百式観音で王を弾き飛ばす。

空中での攻防であったのだろう、スタリとネテロは軽やかに着地しテトラも続く。

王は地下洞窟の柱を折りながら弾き飛ばされた先で態勢を立て直したようだ。

「お前さん、テトラか」

「……負けそう?」

「正直勝てん」

ネテロにそう言わせるほどに蟻の王は強かった。

「代わる?」

「しばらく休ませてもらおうかのぅ」

ネテロにしてみれば勝敗は既に決していた。彼の心臓の鼓動に連動してその鼓動が止まった時に爆発するようにネテロの体には貧者の薔薇と呼ばれる爆弾が埋め込まれていたのだ。

その爆弾は良くできておりたとえ生き残ったとしても薔薇の毒を浴びては長くは生きられない。それこそが人類に与えられた蟻の王を殺し得る真の切り札だった。

「選手交代か…賭けは有効なのか?」

「お主がその小娘を倒せたのなら教えて進ぜよう」

「ほう、面白い」

禍々しい蟻の王のオーラが膨れ上がった。

「ん、何…?」

「ちぃっとヤツと賭けをしててのう」

どうせ碌でもないものだろう…

「ああ、そうじゃ…その小娘、くやしいがワシでも勝てんかった娘じゃぞ」

ニタリとネテロは嗤った。

王の発するオーラが地下空洞を揺らしている。

対するテトラは腰を落とし目の前で合掌してオーラを発しているはずだが王にそれを感じ取る事は出来なかった。

王の攻撃速度は下手な忍術の発動を優に上回る。不意を突かねばまず間違いなく向こうが速い。

テトラはホルダーからクナイを取り出すと王目がけて投げつける。

「子供だましか」

その様な投擲、やはり王には通じない。

「ありゃあ厄介だぜ王様よ」

ネテロは一度くらっているからこそテトラの攻撃の意図に気が付いていた。

「興覚めだな」

クナイを投げ終わった頃、王が地面を蹴ってテトラに迫る。

写輪眼でもギリギリ…ネテロが苦戦するはずだ…

幸いなのは王の攻撃手段が徒手空手だと言う事。

互いの攻撃が空を切る。

しかしテトラの攻撃をかわした王の左頬が何かに抉られるほどの衝撃を受け堪らず地面に叩きつけられた。

「……?なんだ」

かわしたはずだぞ、と王が言う。

再び王が地面を蹴る。

テトラの喉を狙った高速の突き。

しかし王の攻撃は空を切り、突如として後ろに現れたテトラが突き出した拳に王は注射器の様な尻尾で弾き飛ばそうとして、しかしやはり触れる事も出来ずに弾かれテトラの拳を受け地面へと激突する。

今のテトラの攻撃は重く鋭い。

一見ダメージを負っていないような王ではあるが口元から流される血を拭い、初めて痛みと言うものを自覚した。

王は一目見ただけでテトラが消えたカラクリの半分は理解していた。

最初からテトラはどこぞから突如として現れたのだから転移能力者なのだろう。

だがそれと今自分がただ殴り倒されている事態は結び付かない。

王が地面を蹴りテトラに攻撃し、かわされ、反撃を受けながらも追撃し、しかし霞となって消える。

背後に、また正面に、一定の法則は有るのだろうが攻略の糸口を掴めなかった。

あの飛ばした武器か…

だが今更それを回収させてくれるはずも無いだろう。

しかし真に王を戸惑わせているのは研鑽によるテトラの実力なんかよりももっと単純な事だった。

この余が単純な力比べで押し負ける…

ドゴンと何度目なるのかも数えるのが億劫なほに王は地面に叩きつけられていた。

種の頂点として産み落とされたはずの自分が目の前の小娘にあしらわれている現実を受け入れられない。

これでは裸の王様ではないか…

テトラの格闘の腕前はビスケとの修行、ネテロとの死闘を経て完全に開花していた。

「信じられるか、蟻の王よ。テトラの念能力はただ目が良いだけなんだぜ?」

そうネテロが呟いた。

つまりは今のテトラを形作っているものは念能力の優位性の埒外に有るものだった。

蟻の王は生物としての骨子がすでに人間をはるかに凌駕している。それは疑いようも無い事実であり、一流の念の使い手であるネテロですら…彼の奥の手である百式観音零の掌でなら分からないが…蟻の王にダメージらしいダメージを与えられないほどだった。

飛雷神の術での回避も既にクナイなど関係のない状態になっていた。なぜなら直接王の体に印を書き込んだからだ。

そしてそれは攻撃にこそ最大に利用される。

「仙法・大玉螺旋丸」

そのまま王に突き出せば何のことも無く彼はかわすだろう。しかし瞬間に転位して真横に現れればさすがの彼もかわし切れるものではない。

「がぁっ!?」

テトラのその攻撃はいかな生物の頂点である蟻の王の硬皮とて削り取っていく。

「容赦がないのぅ」

この状況でテトラから一番必要のない言葉だった。

テトラはここに王を殺しに来ている。ただそれだけなのだ。

最強最悪の存在であるはずの蟻の王はただただテトラに蹂躙されるだけの存在に成り下がっていた。

油断なく全力で蟻の王に止めを刺そうとしたその一瞬前。

「コムギ、余はこれほどまでに弱い存在だったのか」

蟻の王の独白に止めを刺す寸前の所でテトラの攻撃が止まる。

「どうしたんじゃ」

仙人モードも解け、オーラを感じられるようになったテトラをネテロが訝しむ。

そのオーラは確かにそこいらのハンターとは隔す力強さを感じるが、ネテロにすれば圧倒的なまででは無い。

ネテロをもってしても対抗しうる程度だ。いやもしかしたらネテロの全力の方が上回っているかもしれない。

「…たった今、彼は人類に対する脅威では無くなった」

「それはどう言う…」

「誓約が作用しない。ブーストが効かない。もう人類に対する脅威じゃない」

テトラが超絶な程の地力を得ていたのは人類に対する脅威に相対してた故だ。でなければ普段のテトラの実力では蟻の王を圧倒出来はしない。

「余を殺さないのか」

「死にたいの?」

「いや…今はただ、無性にコムギに会いたい」

やる気の無くしたテトラと違いネテロの殺気が増大していく。

「庇い立てするか?」

「……?」

コテンと首を傾げるテトラ。

「帰る。わたしのやるべきことは終わった。わたしも早くネオンに会いたい。無性に会いたい」

そう言って踵を返すテトラ。

「余を害するつもりなら流石に抵抗するが?」

蟻の王はネテロを向いて言った。

その言葉に逡巡したネテロはしかし最後はその怒気を収めた。

「ワシじゃ敵わんのじゃし人類に対する脅威に変わるようならまたテトラが来るのじゃろうて」

テトラの事をそう言う存在だとネテロは認めたのだ。

「監視は付ける。人を喰わない、理由なく襲わないと約束するのならNGLでのみその存在を認めよう。蟻の王、メルエム」

蟻の王はネテロの言葉にはっと目を見開いた。

「そうか、余はメルエムと言う名なのか」

この後の結末にテトラは興味がない。

今はただ無性にネオンに会いたかった。

飛雷神の術でネオンの元に飛ぶと、いつもの様に我がままで尊大なネオンがテトラを迎えるのだろう。

そうした日常に帰れる事に安堵し、また感謝しながらテトラは生きる。

あの時、死ななくて良かったと胸を押さえながら今一度あの時得た奇跡に感謝した。 
 

 
後書き
H×Hの世界の最強は念能力ではありません。爆弾と毒です。と言うのがあまり納得がいかなかったのでテトラには頑張ってもらいました。護衛軍の三人は倒したけれど王は倒さなかったと言う結末にしましたが、メルエムがコムギだけを思って改心…と言うよりは挫折する展開があっても良いんじゃないかな、と。
さて次はいつになる事か。それではまた次の機会に。