「独往の先へ」 A級昇級・山崎隆之八段ロングインタビュー<4>

4日、久保利明九段戦に臨む山崎隆之八段(日本将棋連盟提供)
4日、久保利明九段戦に臨む山崎隆之八段(日本将棋連盟提供)

 20代の頃、山崎隆之八段は揮毫の際に「独往」と書いていた。棋士としての彼の個性を最も端的に表している二文字とも思える。

 「元女流棋士の石橋幸緒さんから教えていただいたんです。学のない僕でも『独りで往く』という文字が気に入って、一時期は好んで書いていました。

 僕の若い頃は東高西低の時代で、東京では何人かの棋士が局面を一緒になって考える研究会が全盛でした。でも関西にいる自分自身には環境も資質もない。だから『独往』には良い意味でも悪い意味でも反発を表していた気がします。

 僕も含めて、トップ棋士と比較して明らかに劣っている棋士が、トップ棋士と同じことを同じくらい研究して負けていくのは、ちょっと何やってるんだろうという思いがありました。弱いなら弱いなりに勝つための適性を見つけて勝負しなきゃいかんだろう、という思いもあったと思います。

 今でも時々は書きますけど、確固たる自信と力を持って独りの道を往っているならいいと思いますけど、自信もないのに書くのはちょっと気恥ずかしいので、あまり書かなくなりました。好きな言葉なんですけどね。

 我が道を力で進むことは理想ですし、自分自身の手で勝負できる棋士で在りたいとは思いますけど、今は単純に独往の道を歩きさえすればいいという時代ではないんだと思います。勝つために、力を付けるためにやれることは無限にあるので」

 取材の間、軽々に「A級」という単語を口に出すことは憚られた。山崎にとってあまりに重いものだったし、A級昇級が懸かる久保利明九段戦が目前に迫っていたからだ。取材者の一言が重圧になるほど棋士は弱くないが、なんとなく口にすれば軽く聞こえてしまうのではないかと思った。

 しかし、別れ際の山崎は「でも、チャンスですからね、完全に狙っていきますよ」と笑顔で言った。

 「僕は…最後の最後のところでは将棋に甘えるしかないんです。今までも将棋にすがり付いて生きてきました。今更、格好付けたってしょうがないですよ。負けることより、自分の思いに殉じることができないことの方が怖い。戦わずして負けるのはつらいです。戦って負けたい。また戦わずに負けたら、もう自分は立ち直れないかもしれない。覚悟を決めた手で戦わないといけない。怖いと言えば怖いです。最後に向けて開き直れるかどうか。自分の勝負所だな、と感じています」

  • 久保利明九段(右)戦に臨む山崎隆之八段(日本将棋連盟提供)
  • 久保利明九段(右)戦に臨む山崎隆之八段(日本将棋連盟提供)

 2月4日。関西棋界を代表する棋士として、ずっと背中を追ってきた久保九段との決戦だった。山崎は初手に▲9六歩と端歩を突く。対局開始3分後に観る側の心を動かす棋士など、そうはいない。

 3手目は▲7八銀。六段目で8枚の歩がズラリと並ぶ。最下段に据えられた飛車は右へ左へと何度も走っていく。

 山崎は己の思いに殉じ、戦った。

 AIには指せない人間の将棋だった。

 盤上に視線を送っていた多くの人々は、山崎が過ごしてきた長い歳月を想っていたに違いないが、単純に勝利を願っただけではないだろう。

 彼は次にどんな手を指すのか、と想像することに魅了されていた。それこそが棋士が生きることの本当の価値なのだ。

 山崎は覚悟を決めた手を選び、日付が変わるまで戦い、そして敗れた。

 敗れた後、前局で死闘を演じた松尾歩八段が郷田真隆九段から逆転勝利を挙げた。やはりB級1組で12年間も戦い続けている男が残留を決めたのと同時に、山崎の23年目のA級昇級が決まった。

 2021年の盤上で、初手に端歩を突く男が最高峰の舞台で戦う。名人位を目指す。

 「独往」の先に、彼は何を見るのだろうか。山崎隆之は14日、40歳になる。(北野 新太)=終わり=

4日、久保利明九段戦に臨む山崎隆之八段(日本将棋連盟提供)
久保利明九段(右)戦に臨む山崎隆之八段(日本将棋連盟提供)
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