2-6 仲間だと、勇者は言った
「勇者様、大変です!」
連絡を慌てて伝えに来た俺を見て、勇者様はどこか遠いところを見ているような目のまま、重い口を開いた。
「大体こういうときはね。王国の軍隊がギリギリ間に合わないの。だから、時間稼ぎをしてほしい、と言われるのよね。えぇ、知ってるわ。大抵そうだもの。そして水際で食い止めるつもりだったのに、主人公たちは敵を一掃しちゃうのよね。よくあるわ……」
「後半は違いましたが、前半は当たっております。敵の上陸が先であると予想されるため、時間稼ぎをしてもらいたい、とのことです」
「ほらね、やっぱりそうだったでしょ!?」
なぜ分かったのかは分からないが、《オヤクソク》というやつらしい。たぶん予知かなにかの能力名だろう。
しかし、こうしている時間すらもったいない。
俺は深々と勇者様に頭を下げた。
「では、これで失礼いたします。必ず生きて戻り、後を追います!」
「えぇ、そうね。逃げたいけれど逃げるわけにもいかないし、出来得る限りのことを……えっ!?」
外で待っている兵たちと合流し、馬の手綱を握る。後は、いくつかの物資を荷台に載せた馬車を一台。これが我々の全戦力だ。
生きて帰ると誓った。だが、その保証はどこにもない。しかし、それでも俺は――カコーンと兜を叩かれた。
「ちょっとラックスさん! 話も聞かずに神妙な顔で出て行っちゃうって、どういうことなの!?」
「もしかして説明が足りていませんでしたか。時間が無いため、端的に伝えたことをお詫びいたします」
「いえ、そうではなくてね?」
なぜか自分と勇者様の会話は噛み合わない。
その理由が分からないため、俺たちの会話は混沌としていた。
「ですので、時間稼ぎをしなくてはならないのです。すぐにでも出て、現地で準備を始める必要があります。旅の共をできないことは申し訳ないと思っていますが、王国の兵士として、この窮地を無視することもできません!」
「わたしが言いたいのは、どうしてさっさと行こうとしているのか、ってことよ! だっておかしいでしょ? わたしは勇者じゃないの? 仲間じゃないの? それともラックスさんにとっては、いまだに他人でしかないということ!?」
「他人のはずがないです! 自分は勇者様の仲間。え、仲間ですか。響きがいいですね。ふふふ……。いえ、そうではありませんでした。勇者様の仲間ではありますが、王国の兵士でもあるのです! 一時、お側を離れることをお許しください!」
「あぁもう全然分かってないし伝わらないし……いいわ! よく聞きなさい!」
「えぇ、聞きますよ! なんですか! 手短にお願いします!」
若干苛立ちを隠せず、だが仲間と言われたことでニヤニヤしている自分に対し、勇者様は指を突き付けて言った。
「どうしてわたしを置いて行くの! 必ず役に立つはずよ! 連れて行くべきでしょ!」
「……いや、それはダメですよ。だってこれ、兵士としての任務ですよ? 勇者様は兵士じゃありませんし、王国はなんだかんだで、壊滅的な打撃は受けても滅びはしない、という読みです。気にせず旅を続けてください」
「限界ギリギリ耐えられますみたいなセリフを聞いて、どうして旅を続けられると思うの!?」
王国が攻撃されることなど、世界を救うことに比べれば小さなことだと思うのだが、勇者様にとっては違うらしい。それでこそ勇者というものかもしれない。
だがここであることに気付き、なるほどと手を叩いた。
「あぁ、元の世界に帰る手段が――」
「違うわよ! 元の世界に帰る手段が無くなるかもしれないことも! 勇者であることも! 全然関係ないわ!」
「は、はい」
どう見ても怒っている勇者様にビクビクとしながら頷くと、彼女は一度深呼吸をして、少しだけ落ち着いた口調で告げた。
「――人として、見過ごせないと言っているのよ」
「勇者様……!」
感激のあまり、言葉が出て来ない。たったの数日だというのに、彼女はもう完璧に勇者としての精神を携えていた。
しかし、勇者様が小声で言う。
「でも、元の世界に帰る手段を守ることは、優先順位としては、上のほうにしておいてくれる? 少しだけ、少しだけね? 少しだけ、上のほうにしてくれるだけでいいからね?」
「もちろんです! 分かっております!」
こうしてひと悶着はあったが、勇者様と共に他の兵と合流する。勇者様の顔を知っている者も多く、兵の士気は一気に上がった。
「うおおおおおおおお! 勇者様と出陣きたああああああああ!」
「これは勝ったな!」
「帰ったら、故郷の幼馴染と」
「やめて! フラグを立てないで! 後、わたしはそんなにすごい能力とかないからー!」
あたふたしている勇者様を宥めてから席を外してもらい、同僚たちに説明をする。
「勇者様はすごい人だが、すごいと思われると、プレッシャーを感じるらしくてな。まだまだ精神的に脆いところがあるようだ。なんせ、異世界から来たんだぜ? 俺たちとはちょっと考え方も違う」
「「「なるほどなぁ」」」
皆が納得してくれ、今後は言葉に出して誉め過ぎない。心の中だけに留める。そういった取り決めをしてから出立した。
俺は馬に乗れる。我が国では、兵でも馬に乗る訓練を受けるからだ。他の国によっては、歩兵は走ってろバーカ! みたいな感じで、一切教えないところも多いらしい。
まぁそういうことで、俺は馬に乗れる。だが勇者様は乗れない。つまり、そういうことだ。
「では、馬車の荷台にでも――」
「わたし、一度でいいから馬に乗ってみたかったのよね!」
目をキラキラさせながら言われてしまえば、拒否することは難しい。尻が痛くなるだけだし、まだ荷台のほうがマシだと説明はしたが、勇者様は自分の後ろへ乗った。
そして一時間ほど経ったころだ。勇者様も根を上げる頃合いだと思い、声をかけてみた。
「大丈夫ですか?」
「前が見えないのがつまらないわね。立ってもいい?」
「立つのは危険だからおやめください。後、腰や尻が痛いなどはありませんか?」
「思っていたより揺れるなぁとは思うけれど、特に痛みは無いわね。……そういえば、酔ったりもしていないわ。これも勇者の力なのかしら?」
身体能力の向上。それは、五感などにも影響があるのだろうか?
しかし、勇者様はいまだに眼鏡をかけている。なぜ視力は上がっていないんだ?
割といい加減に能力が向上しているのかもなぁと、そんな印象を受けた。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ立ってもいいでしょ?」
「危険ですって」
「なんかいけそうなのよ。……よ、っと」
ダメだと言っているのに俺の肩へ両手を乗せ、勇者様はゆっくりと立ち上がった。
「ふわぁ……」
少し抜けた声ではあったが、チラリと顔を見てみれば、恍惚とした表情を浮かべていた。
全身で風を受ける。それは気持ち良さそうだとは思ったが、それ以上のなにかを彼女は感じているように思えた。
「タイ○ニックみたい」
それがなにかは分からないが、ご満悦なようだ。きっと幸運を呼ぶポーズかなにかの呼び名だろう。
ならばいいかと思っていたのだが、肩を掴んでいた温かさが消える。後ろからは鼻歌。――そして悲鳴。軽くなり、馬の速度が上がった。
「いやあああああああああああ!」
「ゆ、勇者様!?」
なにが起きたかを理解し、馬を止めて後方を見た。
両手を前に出して腰を少し曲げる。妙なポーズで着地をした勇者様は、そのまま固まっていた。
馬を降りて、慌てて駆け寄る。
「勇者様! お怪我はありませんか!?」
「……ふわっと、体と心が軽くなったわ。それからサーッと血の気が引いたわ」
「落ち着いてください勇者様! 大丈夫です! 無傷で見事な着地を決めていますから!」
真顔のまま瞬きすらしない勇者様。目の前であたふたしていると、静かに笑う。そして俺の背を押して馬に戻らせ、自分も後ろに乗った。
ガシッと、思い切り締め付けるように抱きしめられる。もう二度とあんなことはしないと、行動で示していた。
若干呆れながらも、これならば落ちないだろうと、先を進んでいる一同へ追いつこうと馬を走らせる。
目的地は、もうすぐそこだった。