米掲示板株投機の炎上・変異リスク、日本に伝染も

米ニューヨーク(NY)株式市場の異変は局地的バブルゆえ、長期的には押し目は買い、との見方に筆者も賛成だ。ただし、米国市場に突如出現した「ツワモノ個人連合軍団」は新勢力として高揚・炎上を繰り返しながら変異してゆき、市場も新常態として受けとめねばなるまい。既存市場にとって厄介なのは、この新勢力のフォロワーたちが、企業業績・経済政策などのファンダメンタルズや経験的なチャート分析を無視して標的に集団で襲いかかることだ。ニューヨーク市場のアナリストたちは、今後レディットなどの交流サイトへの目配りが必須なことをヒシヒシと感じ始めている。

そもそもレディットのなかの投資交流サイトである「ウォールストリート・ベッツ(賭けの意)」の参加者急増のキッカケは、米大手証券会社が個人投資家向けの株式売買手数料を無料にしたことであった。さらに昨年3月、コロナショックによる株式暴落により参加者数が倍増。そしてゲームストップ株暴騰により先週は200万人台から400万人台にさらに倍増した。米一般メディアでも大々的に報じられ、議会では公聴会が開かれるほどの事態となり、今後も更なる急増が見込まれる。ステイホームで時間を持て余し、ストレスが充満している多くの人たちにとって、「自分たちのような素人も束になってかかればヘッジファンドを締め上げられる」との事例は刺激的だ。「株式市場入門」のハードルが低くなったことは間違いない。

今や「時の人」になった、ウォールストリート・ベッツの主宰者や同サイト上のカリスマ投資家も、もともとは彼らと変わらないごく普通のサラリーマンであった。前者(主宰者)は投資に興味があった一銀行員で、メディアでインデックス投資や銘柄選別を説く投資アドバイザーたちの「説教」に「聞き飽きて」、非伝統的な投資を語り合うサイトを立ち上げたと語る。その特色として、「もうけ自慢話」だけではなく、「大損嘆き話」もおもしろおかしく語れる雰囲気作りを重視したという。初心者の「もうけねば」という心理的プレッシャーも和らぐ効果があった。先達も損得を繰り返しつつリスク耐性を強めていったと考えれば、気も楽になる。しかし、ネットゆえの炎上リスクには悩まされた。差別的表現のノイズレベルも上がり、それらを削除する「板の掃除」には苦労したと語る。

この種の投資家交流サイトにはモデレーターと呼ばれる司会役のパーソナリティーの存在も重要だ。モデレーターの議論進行次第で、話の流れはいかようにも変わる。極論に偏らず、かつフォロワーの人気もあるモデレーター探しが難題なのだ。

なお、投資スタイルは多様化しており、ウォールストリート・ベッツだけが投資交流サイトではない。今後、変異したサイトの出現も必至であろう。

そして、後者の、同サイト上でのカリスマ投資家の影響も大きい。

今、ウォールストリート・ベッツで最も人気者がハンドル・ネーム「ディープ・××・バリュー」さん(xxは放送禁止用語の形容詞)。この元米生命保険会社社員こそ、6ドルそこそこのゲームストップ社株に目をつけ、300ドル以上への暴騰の火付け役となった人物なのだ。赤いバンダナがトレードマークで、大手ネット証券の自らの口座の売買記録を公開。もうけた日も損した日も掲載する姿勢が好感され、多くの新規参入者がロビンフッド社などに口座を開設する展開となった。ゲームストップ株は、2019年に5ドルから買い始めたという。コロナで瀕死(ひんし)のビデオゲーム小売りチェーンだが、この分野にはいまだポテンシャルはあると見込んだと語る。ユーチューブにも自らのチャンネルを立ち上げ、たちまち人気ライブ番組になっている。夜、娘を起こさないように、自宅地下室から毎回5時間以上もストリーミングを続ける。同氏の投資歴は、そもそも、バリュー投資の銘柄探しから始まった。それがディープ・バリュー(特に割安な株への投資)に進展。その過程でゲームストップ株と出合ったわけだ。

ウォール街で名を馳(は)せる大物カリスマ投資家をエリートのスマートマネーとすれば、同氏は、庶民派の代表格。分断された米国での格差解消というバイデン時代の時流にも乗っている。本人は特にヘッジファンドを敵視するわけでもなく、単に空売り比率が高い銘柄という相場観で動いたという。しかし、フォロワーたちの投稿からは、「エリート敵視」の感情があふれる。

カリスマの売買を見習い、買いに売りに、くるくると目先を変えて集団行動する「個人連合軍団」に、米SEC(証券取引委員会)も注視の姿勢だ。メディアにも元SEC幹部たちが招かれ解説している。結論から言うと、「SECにとっても全く未知の領域。無数の投稿を分析して共謀を立証することはほぼ不可能」との見解が目立つ。

ただし、モデレーターやカリスマ投資家の家族にまで脅威が及ぶとか、人種・LGBT(性的少数者)差別的表現が使われる投稿を規制しないサイトとなれば、当然、規制の対象になろう。

そしてネットの世界に国境はない。米国の個人投資家団結の動きを水際阻止することもできまい。「団結すればプロにも勝てる」との刺激的事例の衝撃が日本に飛び火しても不思議ではない。日本の外為市場ではミセス・ワタナベ軍団がすでに活躍して市場も無視できない存在になっている。その変異集団が株式市場に出現するかもしれない。既存市場も、警戒・敵視ではなく、共存する姿勢が肝要であろう。マーケット参加者は、バリュー派、アクティブ運用派、チャート派、長期積み立て派など多様化している。そのなかに、交流サイト派が参入すれば、市場の厚みが増す機会にもなり得るのだ。

豊島逸夫(としま・いつお)
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
・ツイッター@jefftoshima
・業務窓口はitsuotoshima@nifty.com
  • 出版 : 日経BP
  • 価格 : 1,045円(税込み)

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