「潔癖症だったのに感染」“データ疲れ”で注目すべきは「小さな主語」のリアル 中居正広が伝えた事実
4月18日(土)テレビ朝日『中居正広のニュースな会』(画面を筆者が撮影)
いま「データ疲れ」というべき現象が起きているのではないか
それが「コロナ疲れ」などと呼ばれる心理状態の正体なのではないのか
だから、人々の行動が「人と人の接触」削減にまだ足りない状況につながっているのではないか
あくまで筆者が新型コロナをめぐる様々なメディア報道を見た上での私見である。
それこそデータに基づいた分析ではなく私見で個人的な推論に過ぎないが、今もまだ本気になって行動を変えることができない日本人が少なくないのは報道が「データ」に偏っていることも一因ではないだろううか。
典型的な例はNHKの報道だ。
『NHKスペシャル』は18日、”緊急事態宣言 いま何が起きているのか”を放送
数理モデルの専門家である西浦博・北海道大学教授を出演させた。
西浦教授は厚生労働省クラスター対策班の中心メンバーの一人として、先日、記者会見して「このまま何もしなければ死者は42万人になる」というショッキングなデータを発表した人物だ。
西浦教授は「人と人との接触を8割減らしてほしい」と呼びかけたことから、ネットなどで「8割おじさん」と呼ばれている。
「このままでは医療崩壊が決定的になって死者が激増する」西浦教授をはじめ専門家たちがもつ危機感は間違いなく正しい
間違いなく正しい危機感なのに、日本人の多くの人たちの危機意識にまだつながっていないように思えるのはなぜだろうか。
それは報道が「データ」に偏っているからではないか?
報道で必要な要素は、(1)科学的な調査や知見に基づいたデータと(2)現場の実態を取材したリアルな状況だ。
テレビのニュースやドキュメンタリーの報道にあたって(1)と(2)をどう組み合わせていくかで番組を制作する側は頭を悩ませるのが通常だ。
これが(2)が非常に切迫した状況になっていて取材が困難なために(1)にばかり偏ってしまっているのではないか。
(2)はいままさに最前線で起こりつつあることで、しかも大半はこれから起こることなので切実感がリアルに伝わりにくい。
それゆえ、現在、どのメディアもどのテレビ番組も西浦教授が作成した曲線グラフ=「人と人の接触」を8割減らした場合、7割減らした場合、現状の6割減少が続いた場合の感染者の推計ばかりを報じている。
西浦氏の危機感を多くのメディアが共有するようになったのは大きな前進だと言える一方、データだけで人は動かないことも私たちは認識しておかなければならない。
データを見て「このままでは自分の周りも含めて大変なことになる」と想像できるのは、かなり知的な想像力がある人たちに限られてしまうといえる。
たとえば、テレビのニュースやドキュメンタリーでは、(2)で人間たちの物語がきちんと描かれてこそ、人は初めて「自分のこと」として受け止めることができるのだ。
18日の『NHKスペシャル』は西浦教授らが出演して、主に医療現場で起き初めている「崩壊」の現状を伝えてた。
NHKは記者やディレクターらを総動員させて新型コロナについて報道している。医療現場の問題、雇用の問題、家庭内暴力の問題。様々なところにまでコロナの影響がいま広がりつつある。その全体像をまとめて見せていこうとするのは公共メディアとして大切な仕事だと思う。
一方で、まだ身近なところに感染者がいるわけではない人たち向けに「コロナの怖さ」を伝えることに徹しているテレビ番組もある。
こうした番組の伝え方のアプローチに筆者は注目している。
(1)はとりあえず脇においておいて(2)に徹するというやり方だ。
18日に放送されたテレビ朝日『中居正広のニュースな会』での感染者たち一人ひとりの物語
元スマップの中居正広が司会を務め、劇団ひとりなど人気者も登場して「身近な感覚で」伝える番組だ。
筆者をはじめ、緊急事態宣言にともなって、現在、自宅に引きこもる生活を続けている多くの国民、そして、まだ感染していない人間にとっては、いちばんの関心事は「コロナに感染したら、いったいどうなるのか」だと思う。
この番組ではそうした実際に感染してすでに退院した人たちのケースを紹介して、こうした視聴者の関心に応えていた。
進行した中居は「実際には感染した人ばかりでなく、退院した人も少しずつ増えている」として、退院した元患者の体験談をボードやフリップなどで説明した。
(首都圏在住の40代男性Aさん)
初期症状
・1日目 朝に発熱 夜に39.5℃
・2日目以降も 朝に37℃台で夜に39℃台を繰り返す
・頭痛あり せきは出ず
・麻婆豆腐を食べてもまったく辛さを感じない
Aさんの場合、高い発熱と頭痛があり、味覚異常が出たことがわかる
(20代女性Bさん)
初期症状
・1日目 朝に37℃の発熱
・ひどい頭痛 せきは出ず
・2日目 38℃まで上がる
・味覚・嗅覚には異常なし
Bさんも頭痛と発熱。こうなると本人には一般の風邪やインフルエンザと区別がつきにくい。
(70代男性Cさん)
初期症状
・1日目 頭痛・ダルさ・37.5℃の発熱
・2日目 朝に熱が下がる
夕方 再び発熱
・4日間 熱が上がったり下がったり
「熱が出た時点で新型コロナ感染症は疑った方がいい」
スタジオに出演したナビタスクリニックの久住英二医師は語る。
久住医師は正常とされる呼吸の範囲は3秒から5秒に1回(1分間に12~20回程度)だが、それより早くなったらと疑うべきだと説明した。
(久住医師)
「肺の機能が低下すると呼吸の回数が増えるたあ
呼吸が荒くなった場合は疑った方がいい」
番組では新型コロナと風邪やインフルエンザとを見分ける方法として「時間経過」がポイントだと強調した。
番組は諏訪中央病院の玉井道裕医師が「新型コロナウイルス感染をのりこえるための説明書」というホームページに書いたイラストがわかりやすいと評判になっていると一部を引用して紹介している。
(久住医師)
「風邪やインフルエンザでは4日も経つとほとんどの人が回復する」
「軽症の新型コロナ感染症は7日程度で回復する」
「ただし中等症や重症だと7日以降も症状が悪化してくる」
「この時間経過の違いで何なのかの判断になってくる」
ただし、症状があると思った場合には4日の間、受診を我慢する必要はないと久住医師は説明した。
最近の香港大学の研究で、ウイルスを持っている人は発症する約2日前から他の人に感染する力が急激に高まることがわかったという。
つまり受診を我慢している間に家族などに感染させてしまう可能性があるということになる。
番組では実際に入院した人たちにインタビューして「入院生活」がどのようなものだったのかを聞いてみた。
感染したAさんのインタビューは多くの人たちに聞いてほしいものだった
(首都圏在住の40代男性Aさん)
「軽症」として入院したが38℃以上の高熱が2週間続いたという。
「体がガタガタ震え出して『ああもうダメだな』と思ってアイスノンを大量にもらった。
インフルエンザが2週間以上続くと思ってもらえると。
インフルエンザの方が全然楽です」
通常なら3日程度で症状が治まるインフルエンザの発熱が2週間続く、と想像するとそれは相当につらいことだ。
番組ではAさん本人に出演者が電話に尋ねていた。
(中居正広)
「インフルエンザよりも苦しかったですか?」
(首都圏在住の40代男性Aさん)
「そうですね。単純な日数だけでも6倍、高熱の期間が続いているのでそれだけでもきつかったです」
(中居正広)
「退院してからはどういう生活を?」
(首都圏在住の40代男性Aさん)
「自宅のドアから一歩も出ずに生活。まわり知人が食事を持ってきてくれたりサポートしてくれるので困ることなく生活しています」
退院した後も続く、隔離生活。
Aさんの場合には知人がサポートしてくれるというが、そういう恵まれた人ばかりではないだろう。
(中居正広)
「ほとんど外出はしていない?」
(首都圏在住の40代男性Aさん)
「まったくしていない。ゴミも捨てないようにしています」
(中居正広)
「ということはお仕事もお休みしている?」
(首都圏在住の40代男性Aさん)
「もともとオンラインで業務しているのでそれほど変わらない。仕事の量は減らしている」
番組ではAさんの入院生活をくわしく振り返っている。
(首都圏在住の40代男性Aさん)
・PCR検査→その日に陽性→入院
・2日目 40.2℃の高熱・頭痛、せきが出始める
・3日目 味覚障害がひどくなり、ほぼ味がしなくなる
・4日目 せきはつらいが熱は下がり始める
・11日 平熱に戻る
Aさんの場合は、酸素吸入器を使うことがなかったので、診断上は「重症」でも「中等症」でもなく、「軽症」と扱われている。
このことにAさん本人はどう感じたのだろうか。
(首都圏在住の40代男性Aさん)
「軽症という部類だと言われました。
言葉の定義についての説明が政府もメディアも足りないのではと思います」
「軽症」という言葉を、きちんと説明した上で使うべきだというAさんの指摘は体験者だからこそ言える正論だと思う。
(中居正広)
「そう考えると誰がなってもおかしくないと感じたのでは?」
(首都圏在住の40代男性Aさん)
「そうですね。僕自身がふだんから潔癖症で(コロナ騒ぎになる前から)『ウイルスが怖い』と常々思っていたんです。
指先でエレベーターのボタンを押したり、ドアを引っ張ったりすることはほとんどんしない。
電車も乗らないし、人にそれほど会う生活でもない。
それで感染したので
どこか手すりとかタクシーとか、
ちょっとした、そういうところからなのかと
すごく恐怖しました」
Aさんが発症前の1週間で接触した人は2人。
その2人は症状がまったくないので
「絶対、物から感染した」
とAさんは考えているという。
このAさんの証言はきわめて重要である。
いま「人と接触しない」「密を避ける」など、私たちの意識は「人混みを避ける」ことに向いている。
だが、Aさんのようにふだんから潔癖症でエレベーターのボタンを押すときにも注意して触らないようにしている人間でも感染してしまう。
人との接触が週に2人だとしたら、Aさんの感染前の生活は一般の人の基準で見れば「人との接触8割減」を十分に果たしているといえるようなものだったのだ。
それでも感染してしまったAさん。
誰かがつけたウイルスが物の上に付着してそれに触ってしまったことで感染したと自分では考えているとテレビで証言した。
もちろんAさんの場合に、厳密な意味でどこでウイルスに感染したのかどうかはいまとなっては検証は不可能だろう。
だとしても、いまは感染した人、入院した人、回復した人たちの「経験談」をテレビなどのメディアで伝えることは大事なことだと思う。
新型コロナウイルスに感染してしまうと、実際にどうなってしまうのか。
そのリアルはまだまだ多くの国民に伝わっていない。
18日はTBS『報道特集』も感染者のリアルを伝えた
『報道特集』は番組の目玉になっている特集ではなく、ニュース部分で米ニューヨークで感染したという50代の日本人駐在員の声を伝えた。
先月下旬から40℃近い高熱が10日間続いたという。
悪寒と下痢、激しい頭痛に苦しめられと証言する。
(ニューヨークで感染した日本人男性)
「本当に死んでしまうのではないかという恐ろしさを毎日感じていました」
「金属的な痛みがあるのでハンマーで殴られるというよりは
万力みたいなものでギリギリと締め上げられるというような…」
死を覚悟して遺言ビデオまで準備したという。
(ニューヨークで感染した日本人男性)
「私が死んでから、そういうのが出てきたら、みんなが見てくれればいいなと。
まあ、そんなんでも、できるだけ笑顔で(知っている人たちに)さよならを言おうかな、とそういうふうに思ってました」
この男性も人工呼吸器は必要なく、「重症」とは認定されなかったという。
(ニューヨークで感染した日本人男性)
「軽症という言葉が世の中に誤解を与えているような気がして
風邪の延長、あるいはインフルエンザの延長ぐらいに皆さん思っているかもしれないが、
もう少し(認識を)改めていただいた方がいいと思います」
いまメディアで重視すべきはこうした「一人ひとりの物語」ではないのか。
メディアでニュースやドキュメンタリーを伝える場合、全体的なデータを示す「大きな主語」と一人ひとりの事例に注目する「小さな主語」とをどの程度配分して伝えていくのかを報道する人間たちは考えるのが通常だ。
まだまだ「小さな主語」の報道が足りない
「小さな主語」で語る言葉で人は「自分のこと」として考られるようになる。
そのためにもメディアは「小さな主語」の報道をもっと増やしてほしい。
テレビ報道の経験者として、報道を研究する者として、筆者はいまそんな実感を持っている。