140話 王太后との初遭遇
王太后ベアトリーゼ・ゴルト・エルトリアは、大国であるゴルト王国の王女だった時に先代国王リチャードを見初め、父にねだって和平条約の一環としてエルトリア王国へ嫁いできた。
ゴルト王国の権力を背景にエルトリア王宮を支配し、今では王太后を筆頭としたゴルト王国派は、王宮内で最大勢力を築いている。
初めて見る王太后はレナリアからは逆光でよく見えなかったけれど、なんとなく視線を感じて居心地が悪くなる。
フィルもその視線を受けて、不愉快そうに羽を震わせる。
「あいつ、感じ悪いな」
(そんな言い方をしないの。あの方は王太后陛下よ)
「おーたいごーだかなんだか知らないけど、大した魔力も持ってないのに、ボクのレナリアにあんな目を向けるなんて許せない」
「髪の毛燃やしちゃうー?」
(チャム、それは絶対にダメよ)
こんなところで王太后の髪の毛が燃えてしまったら、大変なことになる。
どうもチャムはなにかしてくる人がいたら髪を燃やせばいいと思っているような節がある。
よほどのことがない限り、それは駄目だときちんと言っていかなければならない。
それにしても、レナリアには見えていないが、あんな目とフィルが言うくらいだから、王太后から向けられているのは決して好意的な視線ではないのだろう。
だがなぜレナリアを見ているのだろう。
普通ならば、孫であるセシルを見るのではないだろうか。
「レナリア、少し時間が早いけれど、スタート地点でリッグルの調子を見ておかないか?」
そこへ、セシルが声をかけてきた。
まだ休憩時間ではあるが、早めに競技場へ向かおうと誘ってきたのだ。
そしてさりげなく立ち上がって、王太后からの視線から隠すようにレナリアの席の後ろに行った。
すると見えない矢のように体に突き刺さってきていた圧迫感が、ふっと軽くなった。
思わず自分よりも背の高いセシルを見上げると、レナリアと同じタンザナイトの瞳が、何かを案ずるような光をたたえている。
レナリアはそのまなざしに既視感を覚える。
よく、マリウス王子もそんな目をして前世のレナリアを見つめていた。
それは戦いの前や、怪我をした人を治す時だったような気がする。
前世の記憶を思い出した時よりも鮮明ではないけれど、それでも記憶の中のマリウス王子の面影に、レナリアの心が締めつけられるように痛む。
「どうしたの、レナリア、大丈夫?」
「レナリアー、急に悲しくなってるー」
フィルとチャムが、急に悲しみに覆われたレナリアの心を感じ取って、心配そうにレナリアの周りを飛び回る。
(大丈夫よ、フィル、チャム。……私は、大丈夫)
目の前にいるのはマリウス王子ではなくセシルだ。
そしてレナリアは聖女ではなく、ただの魔法学園の生徒だ。
レナリアはふうと息を吐くと、過去の幻影を脳裏から追い出す。
そして優しい精霊たちをねぎらった。
(ちょっと昔のことを思い出してしまっただけ)
「もしかして、前世のこと?」
フィルは、レナリアがこんな風に暗い顔になるのは、大体前世の記憶を思い出した時だということを知っている。
精霊すら存在していなかった遥か昔の出来事だが、なぜそこに自分がいてレナリアを助けられなかったのかと、悔しく思う。
だからその分、レナリアが幸せになるためにたくさん力を貸すのだと決めている。
(ええ、少しだけ思い出したの。でももう平気よ。それより、いよいよ初めての競技だから、がんばらなくちゃ)
レナリアは心配そうなフィルとチャムの頭をなでると、同じく心配そうにしているセシルに微笑みかける。
「行きましょうか、セシルさま」
その笑顔を眩しそうに見たセシルは、この場を立ち去る前にちらりと肩越しに振り返った。
王太后の目は、今はレナリアには向いていないようだ。
どこを見ているのだろうかと視線の先を確認すると、そこにはシェリダン侯爵夫妻の姿があった。
相変わらず、あの方は……。
祖母の未だ収まらない恨みに内心でため息をつきながら、セシルはレナリアを促して競技場へと足を進めた。
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