143話 精霊たちとはずっと一緒に
ランスの騎乗するリッグルは、元々王族であるセシル用にと考えられていただけあって、他のリッグルよりも一回り大きかった。
スタートの合図とともに、先頭を切って走り出す。
「ランスくんが良いスタートを切りました。コリーンくんとロウィーナさんもスタートです」
ポール先生の軽妙な声が競技場に流れる。
「ランスくんは最初の的にもうまく当てましたね。中心にぴったりと合っているので高得点が期待できます。コリーンくんは、少しはずしてしまったようですが何とか当ててきました。がんばりましたね。ロウィーナさんはちょっと魔法の発動が遅かったようで、次に期待でしょうか」
どうやらランスは快進撃を続けているらしい。
レナリアはフィルと目を合わせて喜んだ。
(ランスくん、凄いわ。最高得点になるんじゃないかしら)
「まあまあがんばってるね」
レナリアがランスを褒めるが、フィルは興味がなさそうだ。
「それより、ノームのやつ、大人しくしてるかなぁ」
フィルは観覧席の端にいるアンナとクラウスのほうを見る。
霧の聖女の魔道具兼、ノームの住む魔石を装着した腕輪は、エレメンティアードの間はアンナが管理することになっている。
不正を防ぐため、魔杖以外の魔道具の装着は禁じられているのだ。
(眠っていたから大丈夫じゃないかしら)
元々眠っていた魔石がお気に入りなのか、今朝見た時には魔石の中で横向きに伸びて、すやすやと眠っていた。
ぴくりとも動かないので、心配になってじっと見つめてしまったが、わずかに体が上下していて安心した。
「でも土魔法をバンバン使ってるからさ、目を覚ますかもしれないよ」
(目を覚ましたら大変だわ。競技中に捕まえられないもの)
「あいつ、逃げ足は速いからなぁ」
フィルとチャムが一生懸命追いかけても捕まえられなかったくらい早かったのだ。
それに土の中に隠れてしまえばフィルたちにはどうにもできなくなるから、ラヴィが疲れて魔石に戻ってくるのを待つしかない。
(ねえ、フィル。例えば競技場にラヴィが行ってしまったら、魔法が当たってけがをしてしまったりしないかしら?)
「さすがに精霊だから、そんなにトロくはないと思うよ。でもラヴィはまだ目覚めたばっかりで力が安定してないかもしれないから、うまく避けられない可能性もあるか……。まあ、どっちにしてもラヴィだって精霊だからね。もし直撃してダメージを受けたとしても、しばらく休んでれば治るよ」
(しばらくって、どれくらい?)
「うーん。百年くらいあれば楽勝?」
(フィル……。それじゃもう私、生きてないと思うの……)
「ええっ。人間ってそんなに早く死んじゃうの!?」
ガーンとショックを受けたような顔でフィルが動きを止める。
その横では、会話の内容が分からなかったのか、チャムが「どうしたのー?」とフィルの周りを飛び回っている。
(そうね。たまに長生きする人もいるけど)
「ボク人間と契約するのは初めてだから知らなかった……。レナリアも死んじゃう?」
「ええええええっ、レナリア死んじゃうのー? やだー、死んじゃヤダー!」
フィルの言葉に、チャムがしっぽをピンと伸ばして目を大きく開く。
そしてその大きな目から涙をぽろぽろこぼし始めた。
(チャム、泣かないで。すぐに死んでしまうわけじゃないから)
「でもー、フィルがそう言ってたもーん」
ぐすぐす泣くチャムを手のひらに乗せたレナリアは、チャムと目を合わせて言い聞かせる。
(人間は精霊ほど長生きができるわけじゃないから、いつか先に死んでしまうけれど、今すぐじゃないわ。だって今世では長生きする予定だもの)
前世では回復魔力を使いすぎて早く死んでしまったけれど、今世では回復魔力を使えることは内緒にしているし、何より魔法を使っても命を縮める心配がないのがいい。
(それに……いつか死んだとしても、また生まれ変わるかもしれないわ。そうしたらまた私の守護精霊になってくれる?)
「もちろんだよ!」
「チャムもー、チャムもまたレナリアといるー!」
なぜ前世の記憶を持っているのかは分からないが、たとえ死んでも魂は転生する。
だからきっと、フィルとチャムともまた会えるに違いないとレナリアは信じている。
でも、それならば、前世で大切だった人にも、また巡り合えるのかしら……。
ふとそんなことを考えたレナリアの視線の先には、前世で愛したマリウス王子とそっくりなセシル王子の姿がある。
レナリアの視線に気がついたのか、セシルがレナリアのほうを向いた。
そして優しく微笑まれる。
「……!」
とっさに目をそらしたレナリアだったが、なんだか頬が熱い。
「どうしたの、レナリア?」
チャムを載せているのとは反対の手で頬を抑えるレナリアに、フィルが心配そうにその手の上に小さな手を置いた。
(なんでもないわ。……ええと、ちょっと暑くなってきたかしら)
「そう? じゃあちょっと風を起こしてあげるね」
フィルがそう言って、そよ風を吹かせてくれる。
ほんのり赤く染まった頬に、少し冷たい風が心地よかった。
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