快進撃に弾みつく山田和樹 広島でブルックナー初指揮

欧州で注目を集める日本の若い指揮者、山田和樹(34)が国内でも活躍の場を広げている。3月には広島交響楽団にデビュー、初めて指揮したブルックナーで成功を収めた。2014年4月には東京混声合唱団(東混)のレジデンシャル・コンダクターから音楽監督に昇格することも内定。正指揮者を務める日本フィルハーモニー交響楽団、客演のチェコ・フィルハーモニー管弦楽団、東混それぞれを指揮した新譜CD3点も同時発売されるなど、快進撃が止まらない。

ナレーターに女優の夏菜を起用

3月22日、広島市の広島文化学園HBGホールで開かれた広島交響楽団(広響)第327回定期演奏会。山田は初共演に際し、前半に武満徹最晩年の傑作で、谷川俊太郎の詩の朗読を伴う「系図(ファミリー・ツリー)―若い人たちのための音楽詩」、後半にブルックナーの名曲「交響曲第3番《ワーグナー》」でもめったに演奏されない「ノーヴァク版第1稿」と、極めて個性的な選曲で臨んだ。

夏菜(左)の語りで武満徹作曲の「系図」を指揮する山田和樹(写真提供=広島交響楽団)

「系図」は米ニューヨーク・フィルハーモニックの創立150周年記念委嘱作で武満の死の前年、1995年にまず英語版が現地で初演された。同年の日本初演では、女優の遠野凪子が語りを務めた。広響定期は今年3月末に終了したNHKの連続テレビ小説「純と愛」のヒロイン、夏菜という意表を突く起用でも注目を集めた。遠野ほか既存の録音すべてを聴いて研究、山田とも入念に打ち合わせたという夏菜の語りはドラマのイメージとは真逆。繊細で傷つきやすい少女の心の震えを、淡々と、一切の誇張を交えずに再現してみせた。山田はオーケストラのそれぞれの楽器が担う、異なる音楽のライン(声部)一つ一つを鮮明に浮かび上がらせながら、晩年の武満が目指した「素朴で大きな歌の流れ」の大局を見失わない。フルート・ソロの音楽性、チェロとコントラバスの低弦の厚みなど、近年の広響の充実した響きも生かし、日本初演者の小澤征爾とは異なる味わいに仕上げていた。

交響曲も終演後、「本当に初めて?」と何度か確かめたほど、堂に入った指揮。ブルックナーは聴衆の反応や周囲の意見を気にかけ、たびたび改訂を施した。1つの作品に複数の版(バージョン)が存在する。第3交響曲では最終形態の第3稿の演奏頻度が高いが、刈り込み過ぎて、死の直前のワーグナーが絶賛した新奇性は遠のいているとされる。山田は無理にドイツ風の重厚な響きを模倣せず、第1稿のやや支離滅裂な構成と広響のモダンで透明な音を組み合わせ、実験精神あふれる前衛作曲家という隠れた一面をくっきり、浮かび上がらせた。こう再現されるとブルックナー、武満の距離が縮まるからおもしろい。

 ディスクの分野でも、新譜が新人としては異例のハイペースで発売されている。オクタヴィアレコードは3月、一気に3点の山田の新録音をリリースした。

日本フィルハーモニー交響楽団とのストコフスキー編曲「展覧会の絵」

最初は昨年11月9、10日に東京・サントリーホールで行われた日本フィル第645回定期演奏会の実況録音。山田の同フィル正指揮者就任披露公演で、客席を熱狂させたムソルグスキー作曲、ストコフスキー編曲の組曲「展覧会の絵」がメーン。翌月に演奏したドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」、ラヴェル「ラ・ヴァルス」を組み合わせた(エクストンOVCL-00489)。

ディスクごとに剛柔えがき分け

「展覧会の絵」はもともとピアノ曲だが、フランスのラヴェルによる管弦楽編曲が当たり、名曲の仲間入りを果たした。だが20世紀の怪物指揮者、レオポルド・ストコフスキー(1872-1977年)は「ラヴェル版にはロシアの響きが足りない」と考え、土俗性と外連(けれん)味を加え独自の編曲を施した。

日本では長くドイツ系の教養主義がクラシック音楽の鑑賞に影響を与えていたので、ハリウッド映画の「オーケストラの少女」「ファンタジア」などでスター指揮者と目され、バッハのオルガン曲まで華麗なオーケストラ曲に変えてしまうストコフスキーへの評価は長く、不当に低かった。山田は「ストコフスキーを尊敬している」と言ってはばからず、ここでも羞恥心をかなぐり捨て、編曲の土俗性やエグ味を「これでもか」というほど大胆に再現している。日本フィルの潜在力も全開した。

東京混声合唱団との武満徹「全合唱曲集」

ところが東混を指揮した昨年11月17日、東京・第一生命ホールでの実況録音、「武満徹:全合唱曲集」(エクストンOVCL-00488)は岩城宏之、若杉弘ら武満と親交のあった初演世代の指揮者に比べ、精度の高さはもとより、洗練された響きの美しさで際立つ。中でも「混声合唱のための《風の馬》」の格調高さは、若手屈指の実力を雄弁に物語る。NHKFMで山田の新譜を紹介した評論家、片山杜秀氏は「ストコフスキー版『展覧会の絵』では剛、武満では柔と、山田和樹の資質の両面を雄弁に物語る新譜」と解説していた。

もう1点はプラハの名門、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団との共演。演奏会の実況ではなく、ローム・ミュージック・ファンデーションの助成金を得て昨年6月19-21日にドヴォルザーク・ホールで録音セッションを組んだ。選曲はロシア音楽特集で、カリンニコフの「交響曲第1番」とグラズノフの「同第5番」、ハチャトリアンの組曲「仮面舞踏会」を2枚に収めた(エクストンOVCL-00487)。エクストンの江崎友淑プロデューサーがチェコ・フィルとの豊富な録音経験を生かし、実現した企画と思われるが、日本フィルや東混を相手にした場合に比べ、山田の踏み込みが若干浅いように感じられる。

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団とのカリンニコフ、グラズノフ、ハチャトリアン

チェコ・フィルの録音だけが昨年前半の収録ということも、ディスクの完成度を微妙に左右しているのかもしれない。山田は2012年の夏、サイトウ・キネン・フェスティバル松本でオネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」、サントリー芸術財団「サマーフェスティバル2012」でクセナキスの「オレスティア」と20世紀の複雑な舞台作品の指揮をほぼ同時にこなし、指揮者としての技量を短期間で飛躍的に向上させた。広島の時の顔つきも、昨年夏ころのまでの少年の面影を残した甘さより、若きマエストロの精悍(せいかん)さで際立っていた。いま山田は、急激な変貌を遂げつつある。


ムソルグスキー(ストコフスキー編):組曲「展覧会の絵」/他

演奏者:日本フィルハーモニー交響楽団 山田和樹
販売元:オクタヴィアレコード

武満徹:全合唱曲集

演奏者:東京混声合唱団 山田和樹, 東京混声合唱団
販売元:オクタヴィアレコード

カリンニコフ:交響曲第1番、グラズノフ:交響曲第5番 ハチャトゥリアン:組曲「仮面舞踏会」

演奏者:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 山田和樹
販売元:オクタヴィアレコード

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