神奈川県立田奈高校。およそ400人が学ぶ、普通科高校です。昨年(2020年)春に、2か月休校。その後現在まで、授業の短縮や部活動の自粛が続いています。
1年生の担任、社会科の菊地真祥さん。
生徒
「ねえ、菊地。トランプって誰だっけ?」
1年生 担任 社会科教諭 菊地真祥さん
「トランプさんだよ。」
生徒
「トランプ死んだんでしょ。会議に乱入して。」
菊地真祥さん
「トランプ大統領は死んでない。」
田奈高校の入学試験は、面接のみ。中学まで不登校だった生徒でも一から学び直せるよう、少人数クラスや柔軟なカリキュラムを取り入れています。
菊地真祥さん
「コロナウイルス、けっこう影響が出ている。それをみんながどういう風に考えているのか、書いてほしい。漢字とか気にせずに、平仮名が多くなってもいい。」
コロナで変わったことをテーマに、作文を書く課題。
女子生徒
「なんて言うの、うちのお母さんの仕事?足の不自由な人とか、体が動かない人の。」
「介護?」
女子生徒
「介護なんだけど、なんかちょっと医療に近いみたいな。」
「お母さんも、休みが多くなった?」
女子生徒
「しない。お母さんが、じんましんとかそういうの持ってて、やりすぎると倒れる。」
ひとり親家庭や就学援助を受けて通学する生徒も多い、田奈高校。家庭生活やアルバイトなど、さまざまな変化がつづられました。
“バイトのシフトがカットされ、お給料が全然もらえない。(女子生徒)”
“親はかいごの仕事をしていて、きき感をおぼえた。(男子生徒)”
“コロナで親といる時間が増え、ストレスがたまり、自分の部屋にこもるようになった。(男子生徒)”
廊下に出てみると…授業中だというのに生徒がくつろいでいます。
教師専用の休憩室にも、けだるそうな男子生徒の姿が。
「授業は?眠いの?」
男子生徒
「眠い。頭痛い。おなか痛い。」
「欠時(欠席)になっちゃうんじゃないの。」
男子生徒
「俺もう(授業に)出たから。」
教師
「出てないだろう、お前。」
学校には来たものの、授業に出たくないとだだをこねる生徒たち。手の空いている教師に付き添われ、教室に向かいます。
一見、放任主義のようにも見えるこの光景。あえて厳しくし過ぎず、校内のさまざまな場所に居場所を作ることで、学校を好きになってもらうねらいがあります。
1年生 担任
「(小中学校で)学校に来ていない子も多いので、1時間授業にいるのがしんどい子もいる。あとは人間関係がちょっとあって、(授業に)行くのが嫌だという子を1回話聞いて、落ち着いてから行こうかみたいな。」
取材を続けていると、1人の生徒が話しかけてきました。
ヒロトくん(仮名)
「iPhone12?誰の(携帯)ですか?俺NHKはあんま見ないです。というか、YouTubeすね。最近は。」
1年生のヒロト君(仮名)。その後、校内で会うたびに声をかけてくれるようになりました。
ある日の、お昼休み。
ヒロトくん
「こんにちは。」
「何買ったの?ポテチ?」
ヒロトくん
「ダイエット中なんで。」
自分でアルバイトしたお金から、食費を出しているヒロト君。お昼を、安いスナック菓子で済ませることも多いといいます。
放課後。廊下にヒロト君の姿が。
進路を話し合う、三者面談。しかし、来るはずの保護者が見当たりません。そのまま、1人で教室へ。
菊地真祥さん
「ちょっと遅刻が最近あるよね。」
ヒロトくん
「寒いじゃないですか、最近。(夜中に)起きちゃうんですよね。」
菊地真祥さん
「寒くて起きちゃう?(部屋に)ストーブないの?」
ヒロトくん
「ないっすね。」
菊地真祥さん
「バイトしてんだから買えばいいじゃん。」
ヒロトくん
「ムリ。一人暮らしの費用。」
菊地真祥さん
「一人暮らし?」
ヒロトくん
「家から離れたい。」
菊地真祥さん
「一人暮らしの費用として、ためておきたいってこと?家から離れたいって、家で困ることって何なの?」
ヒロトくん
「なんか、イラつく。」
幼いころから、母子家庭で育ったヒロト君。しかし2年前、母親が家を出たきり戻らなくなりました。保護者代わりの姉は、飲食店勤務。コロナで休業し、毎日顔を合わせるうち、衝突することが増えたといいます。
菊地真祥さん
「右手のケガ気になる。」
ヒロトくん
「イラついて壁を殴ったら、こうなりました。」
菊地真祥さん
「壁も大丈夫だし、手も大丈夫?」
ヒロトくん
「もう治りました。」
菊地真祥さん
「家のことでもストレスあるんだ?」
ヒロトくん
「まあ、多少はあるんですけど。」
一見、人なつこく見える田奈高校の生徒たち。その裏側で、複雑な事情を抱える子どもも多いといいます。
菊地真祥さん
「先生以外で支えてくれる大人が少ない環境にいる子も多いと思うので、友達の役割にもなりますし、先輩の役割にもなりますし、お父さんお母さんの役割にもなりますし。多くの教員が一致団結して、1つの学年団として、その学年の生徒を支えていっている。」
こうした支援の中で、苦しい生活から抜け出すことができた生徒もいます。幼いころから、家庭で虐待を受けてきたというエミさん(仮名)。高校に入るまでは、誰にも相談できなかったといいます。
エミさん(仮名)
「殴ったりとか蹴ったりとか、暴言だったり。自分的にもストレスかかっちゃって。ここ(家)だと自分が死んじゃうというのがあった。(高校は)いろんな人たちと話すことができるから、同級生に『先生に相談したら』って言われて、それで初めて(告白した)。」
エミさんから事情を聞かされた高校は、直ちに児童相談所へ通報。現在は親元を離れ、安全な環境で暮らしています。
エミさん
「最初は高校通う気、無かったけど、やっぱり相談して良かったというのがあって。今はいろんな人たちに支えてもらいながら、暮らせるようになった。ご飯3食きっちり食べられるようになったから、(学校に)通って良かったなって。」
ある日の、放課後。
「これから、どちらに?」
菊地真祥さん
「生徒の家まで。(欠席時数の)規定を超えてしまっているので、最近やっと(保護者と)連絡がとれたので。」
半年以上、ずっと学校に来ていない生徒の家に向かいます。
菊地真祥さん
「すいません。田奈高校の菊地と申しますが。…あっ、いた。どう?」
久しぶりの再会に、笑顔を見せた生徒。
しかし保護者から渡されたのは、退学届でした。保護者に代わって家の手伝いをするため、通学は難しいとの理由です。
菊地真祥さん
「無力さも感じるよね。俺たちのね。ちょっと授業を教えて、がんばれよって言っているだけじゃ。」
同僚の教師
「結局、僕らが見ている彼らは制服を着て(学校に)来ている姿だけ。それ以外の世界は見られない。学校だけが頼りという子もいますからね。そういう子に限って、欠時(欠席時数)あぶない。」
菊地真祥さん
「難しいな。」
入学時は18人だった、菊地さんのクラス。10か月で、3人が中退しています。田奈高校の1年間の中退率は、16%。全国平均の20倍に上ります。
教師たちの懸命な努力によって守られてきた、教育現場。しかし長引く感染拡大によって、その均衡が崩れつつあります。
3年生の教室には、秋以降ほとんど学校に来ていない女子生徒がいました。
3年生 担任 佐々木未央さん
「単純に寝坊とかだけじゃないんだろうと。そこが心配しています。」
生徒の携帯は解約され、電話は通じません。学校の専用チャットから、メッセージを送ります。
「これで連絡取っている?」
佐々木未央さん
「唯一、取れるのがこれ。」
「親御さんとかには?」
佐々木未央さん
「(電話に)出ないですよね。(連絡が)ついたら苦労しないんですけど。」
昼過ぎ。
佐々木未央さん
「よかった。」
生徒が、久しぶりに姿を現しました。
「あら、授業いなかったのに。」
心配していた教師たちが、かわるがわる声をかけます。
サオリさん(仮名)
「今月、毎日バイトが入っている。」
ずっとバイト漬けだったと話す、サオリさん。コロナで収入が減った親に代わり、生活費を稼いでいるといいます。
サオリさん
「学校は行かなくても(親に)ちょっと怒られるけど、バイトは休ませてくれない。お金が欲しいから、親が。」
生活が崩れ始めたのは、去年の春。学校の休校が、きっかけでした。アルバイトしていた焼き肉店も休業し、在宅時間が増えた家族とのけんかが絶えなくなったのです。
サオリさん
「ステイホームしていなかった。ずっと家にいたら、自分が壊れると思って。おかしくなる気がしたから(家を)出た。」
居場所のない家を出て、1人で夜通し町を歩く生活が始まりました。学校やアルバイトが再開してからも、家族との関係はぎくしゃくしたまま。
サオリさん
「こういう道なら、泣いていてもバレないし。」
孤独の中で支えとなったのは、ネットで知り合った異性たちでした。
サオリさん
「普通に『暇?』って言ったら、みんな暇らしいよ。」
「怪しいのもよく来る?」
サオリさん
「来る来る。キモいなと思うから返さない。」
「そういうので、何人か彼氏ができたり?」
サオリさん
「2人かな。別に出会いの場も、人それぞれじゃん。」
「このあと帰るの?」
サオリさん
「どうしようかな。家にいたくないから。」
今の目標は、なんとか高校を卒業し家を出ること。学校による懸命の努力でも支えきれない、コロナ禍の現実です。