奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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 この話を以ってクラスメイトの奥沢さんは完結となります。


クラスメイトの奥沢さん 5

 嗅ぎ慣れなくて、それでいて優しい匂いが鼻腔を通り抜ける。よそのうちの色っていうのかな。匂いは家によって全然別物になるから、不思議だなって思う。

 

 でも、全く知らないってわけじゃなくて。何回か感じたことのある匂い。私の大好きな人の、優しい香り。なんだか、すごく安心する。

 

 体がポカポカと暖かくて、あの人の香りに包まれていて。この心地よい微睡みに意識を預けて、体から力を抜く。

 

 

 そのまま寝返りをしようとして、体が動かないことに気がついた。

 

 それを認識した途端、意識が急速に覚醒へと向かい、体が力を取り戻す。

 

 片手がなにかに触れて。それをぎゅっと握りしめれば、繊維特有の触感が皮膚の表面から返ってくる。

 

 僅かに振動を感じて、瞳を開く。

 

 靄がかかったような思考と、それに反して明瞭な視界のなかで。私の瞳に、あの人の顔が映り込んだ。

 

 水晶のように澄んだ瞳に、炎のような輝きを宿して。前髪を切ったことでよく見えるようになったその目は、あの日と同じ色でありながら、より強い光を放っている。

 

 そこに存在するのは、なんなのだろうか。

 

 すぐ近くにあるのに、なぜかとても遠く感じてしまう。私の知っていたはずの彼女が、もう手の届かない場所に行ってしまったみたいで。

 

 彼女の胸元をつかんでいた手を、そっと伸ばす。ぼんやりとした頭のままで、名前を口にした。

 

 

 

「みさき、ちゃん?」

 

「────あれ。委員長、起きた?」

 

 

「…………へっ?」

 

 

 声が返ってきたことで、思わず驚いてしまった。だって、これは夢…………ん? 夢じゃない…………? あれ、なんで奥沢さんの顔が、こんなに近くに?

 

 ん? んん? どうして?

 

 

「急に倒れるから心配したよ。保健室まであと少しだから、同級生に抱きかかえられるなんて恥ずかしいかもしれないけど…………もうちょっと、我慢してて」

 

「あ、うん」

 

 

 私を安心させようとしているんだと思う。奥沢さんは目をふんわりと細めて、すごく優しい声で。子供に言い聞かせるように、私にそう言った。

 

 あ、思い出した。そうだ、私たしか体育で奥沢さんとペアになって…………それで、奥沢さんと接しているうちに、色々いっぱいいっぱいになっちゃって。

 

 あれ、それから、それから? ん? 気を失ったって、なんで?

 

 直前の記憶が思い浮かばなくて、頭に疑問符が浮かび上がる。そんな私の様子を見かねてか、奥沢さんがもう一度口を開いた。

 

 

「委員長、無理しすぎ。たぶん脱水症状だと思うけど、体調が悪いんだったらちゃんと言わないと。手遅れになってからじゃ遅いんだから、気をつけて」

 

「…………あっ」

 

 そうだった。私ったら事あるごとに興奮しすぎて、急に体に力が入らなくなっちゃったんだった。

 

 もともと、あんまり体力がない方だったし。運動の疲れもあったから、なおさら。

 

 平たくいってしまえば、自己管理ができていないって事なんだろうけど。心臓もバクバク動いてたし、身体中の血液が沸騰しそうなくらい、肉体が熱を持ってたから。いや、倒れるまで本当に気がつかなかった。

 

 でも、そんなことで心配をかけちゃうなんて。しかも、奥沢さんにこうやって運ばれて…………ん? いまなにか大切な…………えっ?

 

 …………奥沢さん?

 

 

 

 

 奥沢さん!?

 

 

「わっ、急に暴れないで」

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 驚いて、思わず腕の中で暴れてしまった。あの頃と違って体も大きくなって、言いたくないけど…………体重も増えた。それなのに奥沢さんは、あの日と同じように。私が暴れてしまっても全く動じないで、落としそうな気配はかけらも見せずに。こうして私のことを抱きかかえている。

 

 すごいな、とか。かっこいいなって、思うけど。それはそれとして、正直すごく恥ずかしい。

 

 いや、だって。私もう中学三年生なんだよ? それなのに、こうして同い年の女の子に…………お、お、お姫様、だっこ、されて…………えへへ、あ、そうじゃなくて、えっと。

 

 

「お、奥沢さん! えっと、その、私もう大丈夫だから! ひ、一人で歩けるから! そ、その、私って、ほら、ちょっと重いでしょ?」

 

 少し、というか。もうすっごく残念だけど。でも、いつまでもこうして彼女の負担になっているわけにはいかないし。

 

 もうだいぶ迷惑かけちゃったけど、目が覚めたからには自分の足で歩かないと。

 

 そう思っていたのに。

 

 

「ううん、気にしないで。本当にあと少しでつくから、このまま待っててよ。いまの委員長に歩かせるのも気がひけるし…………あと、委員長は凄く軽いから。全然迷惑じゃないよ」

 

 

 

 ……………………っ!!

 

 ああ、もう、もう! ほんと、奥沢さんって、そういうところが、ズルいって、だって、そんな、また、かっこいい事を…………っ!

 

 

 好き!!

 

 

 大好き!!!

 

 

 ああ、うん。やっぱりそうなんだ。私は、奥沢さんの事が好きで好きで仕方がないんだ。

 

 だって、こんな風にされたら。誰だって好きになっちゃうよ。

 

 男とか女とか関係なくて…………というか、奥沢さんは男の子よりカッコいいし、綺麗だし、優しいし、力持ちだし、頭もよくて…………それすら彼女の魅力の一部でしかなくて。

 

 結局、私の気持ちはあの日からずっと…………ずーっと! 彼女の瞳に奪われたままなんだと思う。

 

 抱きかかえられた姿勢のまま、もう一度彼女の胸元へと手を伸ばす。私が握った事でシワのついてしまった部分を、今度は控えめに掴んで。

 

 そのまま体から力を抜いて、全てを彼女へと委ねた。ゆったりとしたリズムの心音が、手を伝って私へと流れ込んでくる。

 

 それが、なんだかとても落ちつく。

 

 この時間が、永遠に続いてくれればいいのに、なんて。

 

 そんな事を考えながら、私は自然と笑顔を浮かべていた。きっと、すごくだらしない顔をしていると思う。引き締めようとしても、表情は変わってくれない。身も心も緩んでしまった私ではもう、ふにゃりとした顔を変えることは出来なかった。

 

 なんだか眠くなってしまって。抵抗しようとしたんだけど、意識は少しずつ遠くなっていく。

 

 瞼がゆっくりと下がっていって、奥沢さんの顔がちょっとずつ見えなくなっていく。

 

 私はそのまま、自分から意識を手放した。

 

 

 ああ、今日は素敵な日だな。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「委員長ってさ、昔からよく私を気にかけてくれてたじゃん?」

 

 

 保健室で目を覚ました私に、飲み水を手渡しながら。気まずそうに目をそらして、奥沢さんはそういった。

 

 それがあまりにも急なことだったから、思わず目を大きく開いて彼女のことを見つめてしまう。

 

 奥沢さんは私に視線をやってから、もう一度顔を背けた。私がなにか言うのを、待っているのだろうか。

 

「えっと、その…………なんで、覚えてるの?」

 

 なにか言わなくちゃ、そう思った私がどうにか口にした言葉がそれだった。いや、なんでもなにもないでしょう。

 

 一年の頃の私は奥沢さんにもっと笑ってほしくて、自分からよく喋りかけに行っていた。奥沢さんは素っ気ない態度だったから、もしかしたら迷惑だったのかもしれないけど。

 

 みんなから揶揄われるくらいには、露骨な態度だったらしいから。私は全然、そんなつもりはなかったんだけど。

 

 人付き合いが少なかった奥沢さんなら、印象に残っていてもおかしくない。

 

 っていうか、どうしよう。あの時の私は再会できたことに舞い上がってて、奥沢さんの迷惑になるかも、なんて考えられなかったから。

 

 もしかして…………うざい、とか。思われてたりして。

 

 そんな事を考えてしまい、ちょっとだけ目尻に涙が浮かぶ。やってしまったことは取り返しがつかないけれど、もしかしたらここで拒絶されるかもしれないって思うと、止まりそうになかった。

 

 

「あ、違う違う! 別に責めようとしているわけじゃなくて! っていうか、えっと、その…………むしろ、なんていうか、そう! お礼を言いたくて!」

 

 泣きそうになった私を見て、奥沢さんは焦ったようにそう言った。それが、すごく意外で。奥沢さんっていつも飄々としているっていうか、あまりこういう姿を見せないから。

 

 それなりの疑問と、少しの期待を込めて。自然と傾きそうになる首を抑えて、彼女の口にした言葉を反芻した。

 

「お礼、って?」

 

 私の言葉を聞いてから。奥沢は切った前髪を片手でいじりつつ、気まずそうに口を開く。

 

「いや、ほら。私ってハッキリ言って…………人付き合いが下手だったでしょ? あまりクラスメイトと会話もしなかったし、するつもりも…………うん、なかったからさ。正直、もっと排除されてもおかしくなかったなって。今さらながら反省してるんだよね」

 

「そんなこと…………だって、奥沢さんはなにも…………」

 

「やっぱりちょっと…………っていうか、だいぶダメな奴だったと思うんだよね。私に関わるなー、みたいな雰囲気出してたでしょ? 委員長もいつも話しかけてくれてたのに、ちゃんと相手しようとしてなかったし。もしかしたら…………というか、傷つけてたよね? それも、謝りたくて」

 

「そんなことないよ! 私が勝手にしてた事だったし、奥沢さんが謝るようなことは…………それに、私だって奥沢さんの気持ちとか、迷惑とか考えてなくて」

 

「…………委員長は、いい人だね。でも、やっぱりこういう事ってちゃんとしておかないといけないから。だから委員長、今までの私がとった態度を謝らせてほしい。それと、ありがとう。委員長が話しかけてくれてなかったら、私はもっと孤立してた。そうならなかったのは、委員長のおかげだと思う。だから────」

 

 

 そこまで口にしてから、奥沢さんは少しだけ口を閉じた。手持ち無沙汰にしていた片手を顔の前まで持っていって…………何かを掴もうとして、からぶる。宙ぶらりんになった手でもう一度前髪をいじると、赤くなりかけている顔を此方へと向けて、私の瞳をまっすぐに見つめた。

 

 そして、再び口を開く。

 

 

 

「────委員長と同じクラスで、本当に良かった。一緒に居られる時間はあと半年もないけれど、これからもよろしく」

 

 

「…………はぅ」

 

「えっ、委員長…………? 委員長!? 気絶してる!? なんで!?」

 

 

 慌てふためく奥沢さんの声を、子守唄がわりにして。許容量をはるかに上回る多幸感に包まれた私は、そのまま。本日二度目になる気絶を経験することになった。

 

 奥沢さん、それはズルいよ…………。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 その翌日のこと。

 

 

「あっ、委員長。ちょうどよかった、ちょっと話が…………って、うわっ!? どうしたの急に頭を机に叩きつけて…………えっと、大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。ちょっとうとうとしちゃって…………」

 

「いや、完全に机を叩き割るくらいの気力を感じたけど…………委員長って、結構面白い人なんだね」

 

「えへへ、それほどでもないっていうか…………えっと、その、話って?」

 

 奥沢さんから話しかけられたのが嬉しくて、行き先のない気持ちを思わず机に押し付けてしまった。奥沢さんは少しびっくりした様子だったけど、あんまり気にしないでくれたみたい。やっぱり優しいなぁ、奥沢さん。

 

 カバンの中をごそごそと漁った奥沢さんは、中から一枚の紙を取り出してきた。

 

 裏向きのまま、私へと差し出す。えっ、もしかしてラブレターとか?

 

 

「これ、進路希望調査。先生が出張でいないから、代わりに委員長に出しといてって。押し付けるみたいで悪いんだけど、お願いできる?」

 

「あっ、うん! もちろんだよ! …………っていうか、まだ提出してなかったんだね。意外だな、奥沢さんって今までこういうのちゃんと提出してたし。これ、夏休み前のやつだよね?」

 

 ラブレターじゃなかった。いや、当たり前なんだけど。ちょっと残念…………。というか、これ、残念なのは私の頭だ。

 

 私の言葉を聞いた奥沢さんは、気まずそうに片手で前髪を弄り始めた。なんとなくわかってきたけど、奥沢さんってやっぱりまだ人の目を見るのが好きじゃないみたい。頭の前で手を空ぶるのは、たぶん癖で帽子の鍔を下げようとしてるんだと思う。帽子がないから、代わりに前髪を弄ってるんだ。

 

 …………可愛いなぁ、奥沢さん。

 

 視線をそらしながら前髪を指で弄ぶ奥沢さんの姿は、それはそれは保護欲を掻き立てられるもので。これが母性ってやつなのかなって思うくらいには、彼女のことを抱きしめたくなっている。

 

 かっこいいだけじゃなくて可愛いなんて、やっぱり奥沢さんはズルいや。

 

 

「なんていうか、迷ってたんだよね。こっちに越してくる前に住んでたとこの高校に行こうかなって思ってたんだけど…………なんか、踏ん切りがつかなくてさ。夏休み中に見学に行くことを条件に、提出を遅らせてもらってたんだ」

 

「へぇー、奥沢さんも色々大変なんだね」

 

 

 大変なことに気づいてしまった。

 私の手の中にあるこの進路希望調査票は、ようするに奥沢さんの希望する進路が書いてあるわけで。

 

 つまり、これを見れば…………奥沢さんの行きたい高校が、分かる…………?

 

 いや、いやいや。落ち着け私。そんな、奥沢さんは私を信じてこれを預けてくれたのに。自分の欲望に身を任せて彼女の信頼を破るつもりなの…………? いや、でも、奥沢さんがどこにいくか気になるし…………だけど…………。

 

 っていうか、あれだ。今の奥沢さんだったら、それとなく聞いたら教えてくれるのでは? だってほら、こうして会話する仲なんだし? 親しいクラスメイト同士の会話として、割と普通の内容だよね? ね?

 

 緊張で声が震えないよう気をつけながら、用意した言葉を口にする。

 

 

「奥沢さん、ここら辺の高校にいくんじゃないんだね。なんてとこいくの?」

 

「花咲川女子学園ってところなんだけど…………まぁ、言ってもわかんないよね」

 

「あはは、それもそうだよね」

 

 

 花咲川女子学園、花咲川女子学園ね。

 うん…………覚えたよ。

 

 

「あっ、そろそろ授業始まりそう。ということで、委員長。悪いんだけど、よろしくね」

 

「気にしないで、これが私の仕事なんだからさ!」

 

「それでも、ありがとう」

 

 なんて事ないのに。わざわざそう言ってから離れていく彼女の後ろ姿が、とても愛おしく感じる。

 

 奥沢さん、変わったけど…………やっぱり、変わってないや。

 

 

 預かった書類を大切に仕舞おうとして、机の上に見慣れないものが置いてあることに気がついた。

 

 なんだろう。毛で作られた…………犬、かな? ストラップのための金具が刺さっていて、紐もつけられている。

 

 そのストラップの下に、紙が一枚。机との間に挟まっている。

 

 進路希望調査票と比べて、小さな紙切れ。

 

 期待する気持ちを押さえて、なるべく平静を保ちながらひっくり返す。そこに書かれていた一文を読んで、私はまた、奥沢さんのことが好きになった。

 

 

 

『今までのお礼の気持ちです、受け取ってください────────奥沢美咲』




 祝・クラスメイトの奥沢さん完結!

 本編の内容にクラスメイトの奥沢さんのネタバレが入ってしまうため、先にこちらを完結させていただきました。次回からの更新は本編に戻ります。

 以下、登場人物紹介。

 委員長
 奥沢さんが大好き。保健室で彼女から感謝の気持ちを伝えられた嬉しさでちょっと頭の中が大胆になった。未だに告白どころか昔のお礼も出来てないけど、とりあえず番外編は完結。
 実はちょっとだけ本編にも出ている。作者があまりにも好きになりすぎた結果、今後の出番も決定した。負けの運命を覆して、負けてるけど負けてない状況まで持っていった運命への叛逆者でもある。

 中学生奥沢美咲
 人の心が読めるくせに委員長から伝わってくる正の感情に照れて内心を見通せないヘタレ。変に自己肯定感が薄いから「委員長はいい人だなぁ」くらいに思ってる。彼女の恋心に気づいていないってまじ? 好意を受け止めるのが下手くそかな?


 10/10追記:委員長ちゃんの画像をカスタムキャストで作りました。みなさんのイメージを壊してしまう可能性があるので、見たい人だけ下のurlを踏んでください。
 https://twitter.com/the_5884/status/1048856069869424641?s=21

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