奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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 奥沢美咲の中学時代のクラスメイトモブ女子こと委員長視点。時系列は前回からの続きです。


クラスメイトの奥沢さん 2

 私の通う学校は夏休み明けに身体測定と体力テストがある。普通の学校はそういうのは四月だけで、夏休み明けの九月にもあるのはそこそこ珍しいらしい。そう聞くと、ちょっとだけ思うとこがあるよね。

 

 受験ムードに水を差されたような気がしないでもないけど、私はこの時間がそんなに嫌いじゃない。面倒くさがる人はもちろん多い。でも、悪いことばかりじゃないのだ。ほら、午後の授業はなくなるし…………ね?

 

 ただまぁ、夏休みの間はほとんど運動とかしてなかったから…………うん……まぁ、食欲もあんまりなかったし、おあいこでなんとかならないかなぁ。ダメかなぁ。なんか、ちょっと肉がついてるような気がするし。

 

 

「っていうか女子だけ移動して着替えなくちゃいけないの、ほんと面倒だよねー」

 

「わかる。男子は教室使うから楽そうだし……なーんか納得いかないよね」

 

 

 グループで固まってるクラスメイトの子たちがそう口にしたのをキッカケに、みんなそれぞれ仲がいい子達と一緒に会話を始めた。

 

 私もいつも一緒にいる子たちと話そうかなって思ったけど、みんな後列の方に固まってしまっている。私は委員長だから、というわけでもないけれど。先頭でみんなを先導しているから、今から後ろに行って混ざるのも、ちょっと違うかなって気がする。

 

 なんでもないようなフリをして、チラリ。露骨すぎない程度に、横へと視線を向ける。

 

 健康的に焼けた肌と、バッサリなくなった前髪で印象がけっこう変わった女の子。隣の席の奥沢さんが、私と並んで歩いていた。や、結構前から分かってたんだけど…………なんか、へんに意識しちゃって直視出来ないんだよね。

 

 特に、その…………く、唇とか?

 

 わ、私だって年頃の女の子だもん。クラスメイトの…………それも、よりによって奥沢さんのあんな噂を聞いちゃったら、そりゃあ気になって仕方がないじゃん。

 

 奥沢さんは、教室でも目立たないタイプの子だ。

 

 と、自分では思い込んでるのかもしれない。でも、逆なのだ。奥沢さんは、それはそれは目立っている。奥沢さんが何かをしたわけじゃない。なのに、やけに存在感が大きいというか…………うーん、どうしても意識の端に入り込んでくるんだよね。なんでだろ、時々…………同じ人間じゃないみたいで。もっと、こう、超人的な雰囲気? 風格? そんな感じのを垂れ流しにしてる、みたいな?

 

 だから奥沢さんは、いつもみんなから注目されている。でも、本人があんまり人付き合い得意なタイプじゃないみたいで、いつも遠巻きに観察されるだけなんだ。

 

 見た目の話をすると…………うん、整っていると思う。べ、別に私の好みの話とかじゃなくて、一般論の話だけど。

 

 今は日焼けしてるけど、シミひとつない綺麗な肌はいつ見ても潤っていて、思わず触ってみたくなるほど魅力的だ。鼻はそれなりに高くて、顔立ちは凛々しくて…………それで、ちょっとだけ幼げだ。でも、本人の雰囲気というか、気配はすごく大人びている。達観している、っていうのかな? なんか、いつも落ち着いてるんだよね。

 

 だけど、正面から目を合わせようとすると、慌てて逸らすから…………それがちょっと可愛くて、嫌がられるかもしれないって思うんだけど、ついつい意地悪したくなっちゃう。私って、悪い子なのかな。

 

 

 夏休みが明けてから。奥沢さんは間違いなく変わった。見た目とかの話じゃなくて、もっと本質的に…………うーん、余裕ができた? って感じ。

 

 昨日だって、目を合わせて話したのに…………そらすそぶりも見せないで、逆に、えっと、しっかり見つめ返してきて…………なんか、女の子に言うことじゃないけど…………か、カッコよかった、なんて、えへ、えへへ。

 

 それだけじゃなくて、態度もだいぶ変化してた。軽口にも付き合ってくれたし、夏休みのことも…………いや、かなり現実味がない話だったけど、はなしてくれた。うん、やっぱり変わった。でも、それは悪いことじゃなくて、とても、とーっても! いい方に!

 

 だって、奥沢さんとあんなにちゃんと会話できたのなんて、初めてだもん。

 

 

 奥沢さんとは、前から仲良くしたいって思ってた。

 

 みんなは知らないだろうけど、実は奥沢さんって、かなりいい子なんだよね。困ってたら手伝ってくれるし。副委員長が決まらなかった時も、ほとんど押し付けるような形で選ばれたのに、文句ひとつ言わないで仕事してくれるし。

 

 それに、奥沢さんは覚えてないかもしれないけど。私は昔、一度だけ奥沢さんに助けてもらったことがあるんだ。小学校の時の話なんだけどね。

 

 中学に入ってから奥沢さんと同じクラスになって、その時は奥沢さんがあの時の子だって気づかなかったんだけど…………だって、最初は男の子だって思ってたし。

 

 だから気がついた時はビックリして、ちょっとだけ残念に思う私がいたけど、でも、嬉しかった。

 

 だって、同性ならもっと仲良くなれるかもって。友達になれるかもって、期待しちゃったから。

 

 でも奥沢さん、友達とか作らないタイプらしくて…………最初は積極的に話しかけてたんだけど、あんまり仲良くなれなかったんだ。一応、会話くらいならしてくれるけど。目も合わせてくれなかったし、事務的な内容ばっかりだったし。

 

 正直、ショックだった。何か嫌われることでもしたのかなって、眠れない日もあった。

 

 でも、奥沢さんをみてればそれが勘違いだってすぐにわかった。だって、誰に対しても同じような態度をとっていたから。

 

 だから、今まではあんまり話しかけないようにしてた。時々、ちょっとだけ、本当にちょっぴり、話しかけにいくけど。

 

 でも、もしかしたら…………今の奥沢さんだったら、その、えっと、友達に…………なれるかもしれないって。えへ、そんな気がする。

 

 

「あの、委員長? 私の顔になんかついてる?」

 

「…………へ?」

 

「いや、さっきからずっとこっち見てるからさ。変なところでもあるかなーって思ったんだけど」

 

「な」

 

「…………な?」

 

「…………なんでもない…………です

 

 

 考え事をしているうちに、がっつり顔を見つめちゃってたみたい。奥沢さんも訝しむように、私の顔を見つめ返してきた。奥沢さんの水晶のような瞳に、私の赤くなった顔が映り込んでて…………あっ、奥沢さんって睫毛も長いんだね。いや、ちがう、そうじゃなくて、えっと、あれ、言い訳しないと、でも、なんて言えば。あの、その…………あっ。

 

 あ、ああ。

 

 ああああっ!

 

 は、は、は、恥ずかしい…………っ!!

 

 

 

「えっ、ちょっ、委員長!? そっち逆だって」

 

 胸に抱えていた体操着の袋に口を押さえて叫ばないようにしながら、とにかく全力でその場から走って逃げた。

 

 奥沢さんとか、あとクラスのみんなが私を呼ぶ声が聞こえてくるけど、正直振り返ることすらできない。無理、ほんとだめ、無理。

 

 穴があったら入りたい。っていうか、もう帰りたい。奥沢さんに、なんて言えばいいんだろう。変な子って、思われちゃったかな。いや、紛れもなくどこからどう見ても変な子なんだけど…………つらい…………。

 

 でも、やっぱり奥沢さんから話しかけてもらえるのは、嬉しかったな。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「えっ、奥沢さん腹筋すごいじゃん!」

 

 

 少し遅れて更衣室に到着した私の耳に、扉の奥からそんな言葉が聞こえてきた。扉を開けようと伸ばしていた手が、ピタリと止まる。

 

 …………奥沢さんの、腹筋?

 

 思わず息を潜めて、扉に耳を当てた。いや、私、本当に何やってんだろう。同性なんだからさ、普通に入っていけばいいのに。こんな、まるで、変態みたいな姿勢じゃなくても。直接見にいけば…………。

 

 いや、別に奥沢さんの腹筋に興味なんてないけど。でも、ほら、これはあれだよ。急に走り出してみんなから逸れちゃったから、ちょっと気まずくてさ。だから、入るタイミングを伺ってるだけ。いや、ほんとだよ? 他意なんて、ないからね? っていうか、誰に言い訳してんの? 私。

 

 

「あんまり、見ないでほしいんだけど」

 

「えっ、でも、えっ? うそっ、なにこれ…………すごい…………めっちゃ絞ってる…………奥沢さんって、何かスポーツやってたっけ?」

 

 えっ、そんなにすごいの? 絞ってるって? えっ、どうなってるの?

 

 

「まぁ、一応テニス部だよ。ほとんど幽霊みたいなものだけど」

 

「うわー、うわー、ヤバくない? ちょっと触っていい?」

 

「えっ、嫌だけど?」

 

 触っていいわけないでしょ!? 私だって奥沢さんの腹筋触ったことないのに!!

 

 

「お願い、女の子同士じゃん! 少しだけ、少しだけだから、ね!?」

 

「いや、まぁ、えっと…………じゃあ、少しだけ、なら」

 

 奥沢さん!? いくらなんでも押しに弱すぎない!? いや、ちがう。そうじゃなくて、えっと、と、止めなきゃ!!

 

 私が奥沢さんを守らなきゃ!!

 

 

 ノブをひねり、勢いよく扉を開く。

 

「みんなお待たせ!! ちょっと急に催しちゃって遅れちゃった!!」

 

 更衣室に残ってた全員が、私の方へ視線を向けた。うっ、ちょっとだけ圧を感じる。っていうか、なんか恥ずかしい言い訳を口走った気がするけど、それは今どうでもいいか! いや、どうでもよくはないけど、それどころじゃないし!!

 

 更衣室の中を見渡して…………いた、奥沢さんだ! ちょっ、聞き覚えのある声だと思ったらあいつ! 私がいないうちに奥沢さんと仲良く会話しやがって!! いや、クラスメイトだから聞き覚えがあるのは当たり前だし仲良くしててもおかしくないけど!

 

 でも、私の目が黒いうちは奥沢さんには指一本触れさせません!!

 

 気持ち大きめな足音を立てながら、二人の方へと向かう。近づけば近づくほど、奥沢さんの裸体が…………裸!? いや、下着は着てるけど! 奥沢さんのあられもない姿が、日焼けの跡が、が、裸!? なんで! いや、ここ更衣室だったね! えっ、腹筋すごい…………えっ?? っていうか全体的に健康的な…………えっ? なんでそんなに綺麗な身体してるの!?

 

 

「あっ、いいんちょ。ちょうど良かった、ほら見てこれ。奥沢さんの体すごくな────」

 

「奥沢さんごめん! ちょっとこいつ借りていきますね!!」

 

「あ、うん。別にいいけど…………」

 

 なるべく奥沢さんの裸を見ないように意識しながら、友達の手を掴んで更衣室の奥へと連れ込む。奥沢さんの裸は、私には刺激が強すぎる。あんなのずるい、直視できないよ。

 

 

「えっ、なにいいんちょ。いたっ、引っ張らないでって…………えっ、なに、ガチ? どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもないでしょ!!」

 

 奥沢さんに聞こえないように、小声で叫ぶ。矛盾しているように聞こえるけど、案外やればできるものだ。

 

 友達は目を白黒させていたけど、視線を私と奥沢さんで行ったり来たりさせると、急にニヤついた表情を浮かべてきた。いや、なんだそのムカつく顔は。私は怒ってるんだぞ、楽しみに最後まで残してたお弁当のおかずを勝手に食べられた時なんかよりも、遥かに憤りを感じているんだからね!

 

 だからその、わかってますよみたいな顔をやめろ!!

 

 

「しょーがないなもー、いいんちょは奥沢さんが大好きだもんね」

 

「はあ!? べ、別にそんなことないし! ただ、奥沢さんが困ってたから…………そう! 委員長として! 注意しにきたの!!」

 

「はいはい、わかってますって。一年の時、奥沢さんに素っ気なく扱われて捨てられた子犬みたいな目で見つめてたもんね。そうだよね、飼い主は取られたくないよね」

 

「ちーーーがーーーいーーーまーーーすーーー!!! 捨てられた子犬みたいな目なんてしてません!! っていうか今それ関係ないでしょ!!」

 

「はいはい、そうですねー」

 

 

 ああああ、もう、もう!! 人が優しく窘めてあげればつけあがりおって!! あまつさえ、わ、私が、お、奥沢さんのことを好きだなんて、そんな、もしも奥沢さんに聞かれてたらどうしてくれるんだ!!!

 

 肩を掴む力を強めても、ヘラヘラとした顔をやめない。くっそ、くっそ! すごい腹立つ! 私の奥沢さんにちょっかいかけやがって! いや、私のってなんだよ。奥沢さんは誰のものでもないでしょ。

 

 

「あの、委員長…………」

 

「ちょっと黙ってて! 今はこいつに人をからかうってことがどれだけ罪深い行為なのか教え込むので忙しいの!!」

 

「いや、でも、私の話してたでしょ?」

 

「えっ、なに!? 誰がだ、れ、の…………はな、し…………えっ?」

 

 えっ?

 

 肩に手を置かれて振り返れば、そこには体操着に身を包んだ奥沢さんの姿があった。ハーフパンツから覗くカモシカのような足が、すごく眩しくて…………って、え?

 

 奥沢さん? えっ、なんで?

 

 

「そろそろ着替えないと、測定に遅れちゃうよ。なんかよく分かんないけど、私のために注意してくれてたんだよね? 私は気にしてないからさ、委員長が遅刻する方が気にするし…………ね? 許してあげてよ。ほんと、気にしてないから」

 

 えっ、気にしてないの?

 

「じゃあ私も腹筋触っていい?」

 

「えっ、なんて?」

 

「…………いや、なんでもない。うん、奥沢さん。騒がしくしてごめんね?」

 

「いいから、早く着替えなよ。私、先に行ってるから」

 

あっ

 

 

 そう言い残して、奥沢さんは扉の奥へと消えていった。いや、っていうかよく見たら私たち以外全員いないじゃん。もうみんな、体育館に向かったのか。

 

 奥沢さんが居なくなった後も、私は扉から目を離せなかった。だって、奥沢さん、私のことを、し、心配して、声を、かけて、くれて。

 

 う、嬉しい…………っ! すごく嬉しい! これってもう、実質的に友達ってことでいいんじゃないの!? だめ? いや、ダメか…………。

 

 

 ポンポン、と。奥沢さんが叩いた方とは別の肩を叩かれる。

 

 振り返ると、ニヤついた表情の友達の姿が────。

 

 

「よかったね、大好きな奥沢さんに構ってもらえて」

 

「おまえほんといい加減にしろよ!!」

 

 

 不毛な争いの果てに。

 

 結局私は、五分ほど遅刻することになった。




 めちゃくちゃ文字数が伸びて全4話になりそうな勢いです。

 以下、登場人物設定。

 委員長
 奥沢さんのことが大好きなモブ女子。あの奥沢さんがちょっとだけ歩み寄ってくれているというか、なんかフレンドリーになったことで期待と喜びが止まらない。普段は他の子のことを考えて行動し、自ら面倒ごとを引き受けるいい子。他の人の喜びを自分のことのように喜べる。でも、奥沢さんに関係することになるとちょっと残念な子になる。奥沢さんの話題の時だけ早口。
 本人は奥沢さんの事を好きだって気持ちを隠せてると思ってるけど、実は奥沢さん以外のクラスメイト全員にばれてる。
 小学生の時に車に轢かれそうだったところを当時ボーイッシュだった奥沢さんに助けられ、一目惚れ。中学校で再会し、ひょんなことから奥沢さんがあの時の恩人だと気づき、胸のドキドキが止まらない。

 ここまで設定が作られているにもかかわらず、俗にいう負けヒロインである。


 委員長の友達
 また委員長の発作が始まったよ、みたいなノリで委員長の残念なところを流せるいい子。委員長とは幼稚園の頃からの付き合い。高身長の巨乳。
 小学校の時から委員長の惚気話を聞かされているため、色々と慣れている。委員長のことを応援しているけど、ぶっちゃけ望み薄なんじゃないかって思っている。
 隣のクラスに彼氏がいる。


 委員長と仲がいい子達
 委員長が奥沢さんと話せるきっかけになればいいなって、半ば強引に奥沢さんに学級副委員長の役割を押し付けた。今回も委員長が奥沢さんと二人きりになれるように、みんな揃って最後尾へと並んだ。

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