奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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 ※中学時代奥沢美咲のクラスメイトのモブ女子視点。

 注意 このお話では、原作キャラではないオリジナルの登場人物と奥沢美咲が絡む描写があります。いやここみさしか許せねぇよほんと、という方は読み飛ばしてください。


番外編 クラスメイトの奥沢さん
クラスメイトの奥沢さん


 中学校最後の夏が終わってしまった。

 

 特にこれといって語るような事もなく、それはもうあっさりと。何もない毎日が過ぎていって、思い出せることといえば、参考書に書かれていた証明問題の解き方ぐらいだ。

 

 我ながら、色気のかけらもない夏を過ごしたものだと思う。恋人の一人も作らず、ただひたすらに受験勉強をしていたなんて。なんか、涙出てきちゃうよね。

 

 せめて、海くらいは行けばよかったかな。

 

 夏休みが終わったとはいっても、まだ暑さは残っている。半袖の制服に袖を通して、私は学校の門をくぐった。

 

 夏休みの前はあんなに大きな声を出しながら練習していた運動部の人たちも、今日は姿が見えない。学校は既に受験ムード一色になっていて、それは私の勘違いじゃないと思う。

 

 だって、なんか、こう…………みんなピリピリしている。うちの中学校は普通の市立中学だから、当然ながら入試はなかった。今の三年生は私を含めて、自分たちの頑張りが将来を左右するなんて場面に出くわしたことがないのだ。

 

 だからきっと、みんなも夏休みは一生懸命勉強していたんじゃないだろうか。そう考えると、あの無味乾燥とした一夏の勉強漬けも、まぁ辛い思い出ではない。だって、一人だけって訳じゃないんだから。置いていかれないためにも、必要なことだったんだと思いたい。

 

 やー、私ってば真面目だなぁ。頑張ってるなぁ、なんて。

 

 この見慣れた廊下もあと半年もしたらお別れかと思うと、やけに寂しく瞳に映るものだね。

 

「みんなー! おはよー!」

 

 扉をあけて教室に入れば、疎らながらも挨拶が返ってくる。それでもやっぱり、静かなのは変わらなかった。

 

 みんな机にかじりついて、それぞれがやるべきことをやっている。中には立ち話をしているグループもあったけど、それでも夏休み前に比べれば明らかに少なかった。バカみたいに大きな声で喋る男子もいなければ、雑誌を開いて黄色い声を上げている女子もいない。

 

 みんな、頑張っているんだなって。そう思うと、ちょっとだけ元気が出てくる。今の私はきっと、だらしなく緩んだ顔をしていることだろう。

 

 物静かなこの雰囲気を寂しいと思う気持ちがないわけではないけど、少なくとも私はこの空間が嫌いじゃなかった。もともと、静かな雰囲気の方が好きだった訳だし。図書室の隅で静かに本を読んでいる時間が好きな、文系女子を自称してますから。

 

 そんな静かな教室の中で、ひときわ目立つ集団がいた。というか、私がよく一緒に過ごしているグループだ。壁際の子の席に集まって、なにやらお話をしている。むむむ、私抜きで楽しそうにしおってからに。

 

 盗み聞きしてやろう。

 

 

「いや、だからあれは間違いなく奥沢さんだったんだって。クラスメイトを見間違える訳ないじゃん!」

 

「えー、でも流石にしんじらんないって。だって、あの奥沢さんでしょー?」

 

「本当なんだってばー」

 

 

 …………? 奥沢さん? なんでみんなで奥沢さんの話してるんだろ、ちょっと気になってきた。

 

 奥沢さんっていうのは、私の隣の席の女の子だ。なんでも、過疎すぎて学校がない隣の村から自転車で毎日山を越えて通学しているらしい。

 

 見た目は…………なんだろう、素材はいいんじゃないかな。髪の毛はツヤツヤだし、肌荒れも無いみたいだし。たぶんだけど、そこら辺しっかり気にしてるんだと思う。

 

 ただ、前髪が少しだけ長くて、人と目を合わせようとしないから…………なんていうのかな、ちょっと対人恐怖症なのかも? 孤立しているわけじゃないけど、積極的に話をするような相手もいなかったと思う。

 

 

「あっ、委員長じゃん。おはよ」

 

「っていうか、なんでそんな変な姿勢なの。ウケる」

 

「ぬっ、バレてしまっては仕方がない…………っていうか、さっき教室入ってきた時挨拶したじゃん私! もっと私をちゃんと見て、私に構ってよ!」

 

「うわ出た、なんか絶妙に面倒くさい構ってちゃんムーヴ。ウケる」

 

 コソコソ隠れたつもりになって話を聞いていた私にようやく気づいたのか、彼女たちは挨拶をしてきた。うふふ、苦しゅうない。

 

 そう、私こそは三年二組の委員長その人なのだ。いや、誰に名乗ってるのか分からないけど。とにかく、そういう事だから。

 

 

「で、なんで奥沢さんの話してるの?」

 

「あっ、そうだ聞いてよ委員長。かこちんが夏休み中に奥沢さんを見たっていうんだけどね」

 

「そう、そうなの! 奥沢さん、金髪の女の子とキスしてたの!!」

 

 

 ふむふむ、なるほど……………………ん? 誰が、誰と、何をしていたって? おかしいな、聞き間違えかな。

 

「えっ、なにそれ。かこちんの妄想? またそういう漫画読んでたの? ダメだよーちゃんと勉強しないと」

 

「だから違うんだって! 間違いないよ、あれは奥沢さんだった!」

 

 あっ、ちなみにかこちんっていうのはこの子の祖父が道楽で駄菓子屋をやっていて、「菓子」から無理やりもじってつけたあだ名だ。当たり前だけど、本名は別にある。

 

 しかし、まぁ。そういうのに興味があるのは知っていたけれど、交流のないクラスメイトを妄想に使うのはよろしくありませんなぁ。

 

「はいはい、あとで話は聞いてあげるから。あんまり大きな声を出さないようにね、みんな勉強してるし」

 

「うぅ、絶対に信じてないでしょ」

 

 当たり前じゃん。あの奥沢さんだよ?

 学年で一番成績が良くて、大人しくて、喋るのが苦手そうなのに結構ハッキリ聞き取りやすい声で、困っている人がいたら何気なく助けてくれる。あの奥沢さんだよ?

 

 隣に立つだけでびくりと肩を震わせて、恐る恐るこっちを見てくる…………あの奥沢さんだよ?

 

 パーソナルスペースっていうんだっけ。ガチガチに自己防衛してて、人と過剰に触れ合うことがない奥沢さんだよ?

 

 金髪の女の子とキスしてただなんて、そんな非日常的な。じゃあなんだね、かこちんは奥沢さんがそんな大胆な事をすると思っているのかね。

 

 いやぁ、とてもじゃないけど信じられないなぁ。無理があるでしょ、流石に。

 

 えっ…………なにそれ、ちょっと見てみたいかもしれない。やっぱり見たくないかも。いや、どっちなんだよ私。

 

 最初は、そんなバカなって思って流したけど。だんだんと、なんか、気になってきてしまった。

 

 クラスメイトの、そういう話を勘ぐるなんて…………気が咎めるけれど、この時期の、娯楽の少ない年頃の女子にとって、他人の情事というのは興味の対象になってしまう。

 

 なんとなく、奥沢さんの席を見る。

 

 珍しいことに、今日はまだ登校していないみたいだ。机のフックにカバンが引っかかってないし、椅子も引かれた様子がない。

 

 いつもだったら、もっと早くきて読書をしているのに。奥沢さんでも、夏休みの終わりは憂鬱だったのだろうか。

 

 それがどうにも気になってしまって、勉強する気にもなれない。机の上にカバンを置いたまま、先生がくるまでぼーっとしていようか。そんなことを考えていた時だった。

 

 ガラリ、と。

 

 私の耳に、扉が開いた音が届いた。それとなく音の方へ目を向けると、噂をすれば影というか、そこには件の奥沢さんが…………あれ? 奥沢さん…………? 奥沢さん!?

 

 久しぶりに見た奥沢さんは、記憶の中の存在とは全く姿が変わってしまっていた。

 

 まだ衣替えが始まっていない以上、私たちの多くは半袖のままで登校している。今日はまだ暑いし、奥沢さんもそれは変わらない。

 

 ただ、その服の袖から覗く腕が…………というよりも、全身の肌の色が、こんがりと小麦色に焼けていたのだ。

 

 いや、まぁ、日焼けしてるってだけの話なんだけど。えっ、でも、えぇ?

 

 奥沢さんとは三年間同じクラスだったけど、日焼けした姿なんて一度も見たことがなかったから、少しだけ…………ほんのちょっとだけ、驚いてしまった。

 

 それはクラスのみんなも同じだったみたいで、大なり小なり程度こそあれ、みんな奥沢さんの方を注目していた。わかるよ、奥沢さんってあまり喋らないのにやけに存在感があるっていうか、何故か目立つもんね。気になるよね。

 

 でも、あれ、おかしいな。

 

 いつもの奥沢さんだったら、こんな風に注目されたらもっと落ち着きをなくしてしまうだろうに。今日に限っては、やけに冷静そうだ。っていうか、あれ? むしろ、心ここにあらずって感じ。

 

 奥沢さんはそのまましっかりとした足取りで自分の席────つまり、私の隣まで歩いてきて、座った。

 

 みんなの視線を気にもとめず、窓の外の景色を、呆けながら眺めている。その姿はどこか寂しげで、それでいてそこはかとなく…………なんだろう、それが、気になってしまう。

 

 黄昏ている、というのだろうか。

 

 物思いに耽っている奥沢さんの姿は、ちょっと、というか、かなり、えっと、その…………か、カッコいいかもしれない。

 

 奥沢さんはもともと美形というか、美少年といっても通じる顔立ちをしてる。いや、流石に無理か。中性的な美人、といった感じだろうか。

 

 今までは、目の下あたりまで伸ばした前髪が隠していたけれど…………あれ、よく見たら前髪も切っている。三年間ずっと頑なに同じ長さを保っていたのに、どうして急に。色素の薄い瞳が、白日の元に晒されてしまっている。

 

 奥沢さんの瞳は、とても綺麗だ。本人はなぜか隠したがっているけれど、まるで純度の高い鉱石のようで、私は気に入っていた。

 

 今は遠くへ向けられているから、よく見えないけれど。

 

 なんだろう、この気持ち。

 

 自分の知らないところで、自分だけが良さを知っていたものが有名になってしまうような、そんな寂しさ。いや、奥沢さんは私のものでもなんでもないんだけど、なんかモヤモヤする。

 

 絶対、なんかあった。夏休み中に、奥沢さんに髪型を変えさせるようななにかが、起きてしまったんだ。

 

 …………キス、キスか。

 

 全く信じていなかったけれど、かこちんの言うことにも信憑性が出てきたかもしれない。ほんの、ちょっとだけ。

 

 奥沢さんの横顔から覗く、形のいい小さな口を、なんとなく眺める。…………キス、かぁ。

 

 いや、いやいや、いやいやいや。

 

 そんな、奥沢さんに限って、そんなこと────。

 

 

 

「えっと、なにか?」

 

「えっ…………」

 

 流石に無遠慮に見すぎていたのだろうか。少しだけ思考の渦に飲み込まれていた私を現実に引き戻したのは、奥沢さん本人の声だった。ひさびさに聞いた…………いや、そうじゃなくって。

 

 奥沢さんの、燃ゆる炎を閉じ込めた水晶のような瞳が、私の瞳を見つめていた。えっ、と、その、あれ、どうしよう。なんて言おう、何か言わなきゃ、いっそ、正直に聞いてみようか。金髪の女の子とキスしていたって本当? って、いや、流石にそんなの失礼ってレベルじゃ────。

 

「うぇっ」

 

 

 ……………………うぇっ?

 

 急に話しかけられてテンパっていた私を見て、奥沢さんは頬の肉をピクピクと動かしながらぎこちない笑みを浮かべていた。あれ、ちょっとかわいいかも。

 

 いや、そうじゃなくて。

 

 えっ、もしかして私が見すぎたからドン引きしてる? なにか勘違いされているかもしれない、それはまずい。何がまずいのかわからないけどとても良くない。なにか、えっと、なにか話題────そ、そうだ。

 

 

「奥沢さん、日焼けすごいね。海にでもいってたの?」

 

「あぁ、うん。これね、そりゃ気になるよね」

 

 私が切り出した話題に、律儀に反応してくれた。自分の腕を見て、あれ、ちょっと笑ってる? すごく嬉しそうっていうか、なんか楽しそうだ。

 

 そして次の瞬間には、困ったような表情に戻っていた。あまりにも一瞬のことだったから、私の見間違えかと思ったけれど、いや、私は確信したね。これは、絶対に何かあったでしょ。

 

 奥沢さんはなんで言えばいいのか、言葉を探すように少し考えて、それからポツリと、小声で呟いた。

 

 

「いや、大したことじゃないんだけどね。ちょっと、友達(・・)と南の島に遊びに行ってたからさ」

 

 へぇ〜、南の島か〜。

 

 ……………………ん?

 

 南の島っ!?

 

「南の島っ!?」

 

「や、声が大きいって」

 

「ご、ごめんっ!」

 

 何気なく呟かれた、特大級に非日常的なワードに対して、思わず叫んでしまった。クラスメイトも何事だと言わんばかりに、こっちに注目している。いや、えっ、ちょ、奥沢さん!? 南の島ってなに!?

 

「いや、なんていうかその…………気づいたら飛行機の中でさ」

 

「気づいたら飛行機の中ぁ!?」

 

「や、だから声が大きいってば」

 

「あっ、ご、ごめん」

 

 えっ、ちょっとまって。それって拉致じゃないの? 気づいたら飛行機の中って、いや、おかしくない!? 普通乗る前に気付くよね!? っていうか南の島って、えっ、なんで!?

 

「あー、その友達の家が島を所有してて」

 

…………まを、所有?」

 

「いや、訳わからないよね。私もそうだったよ」

 

 えっ、と。つまり奥沢さんは夏休みの間に友達に拉致されて、気がついたら飛行機の中で目が覚めて、そのあと何の問題もなく南の島でリゾートを満喫してきたってこと? 流石に心臓が強すぎない? 私だったら気絶してるか現実逃避してると思うけど。

 

 っていうか、え? 友達!? 奥沢さんに、友達!? 失礼だと思うけど、あの奥沢さんに!? 私がどれだけ距離を詰めようとしても靡かなかった、あの奥沢さんに!? なんで!? 羨ましい! 私も奥沢さんと友達になりたいって思っているのに!

 

 

「はーい、みんなおはよう。揃っているかー? 出席とるぞー」

 

 えっ嘘、もうそんな時間?

 

 時計へと視線を向けると、たしかに授業開始時刻になってしまっていた。ちょっ、まだ奥沢さんに聞きたいことがたくさんあったのに!

 

 隣へと視線を戻すと、奥沢さんは既に荷物を整理して先生が名前を呼ぶのを待っていた。直前まで私と喋っていたのに、もう興味ないです、と言わんばかりの態度は、流石に少しショックだ。いや、奥沢さんは真面目だから仕方がないけど。

 

 …………これは、あとでちゃんと確認しないとね。奥沢さんが変なことに巻き込まれている可能性も、ぜ、ゼロじゃないし。

 

 さっき見た楽しそうな表情が、それはないよって告げている気もするけど。わ、私は委員長なんだから。クラスメイトの事をちゃんと把握する義務があるんだから。

 

 だから絶対、話を聞かせてもらうからね。

 

 

 

 

 

 っていうか、あれ? さっき奥沢さん、私が喋らなくても会話が成立していたような…………? ん? んん?




 奥沢「あぶない、なんとか誤魔化せた」

 はい、これは趣味全開ギャグ時空回です。以下登場人物説明。

 委員長
 この番外編の一人称キャラクター。個人的にオリキャラは主人公以外特に名前をつけたくない派の人間なので、役職=名前になった。CoCなら被害者候補。実は奥沢さんが大好き。
 作者が常々「奥沢美咲のクラスメイトモブ女子になって、こころとつるみ始めてから明るくなった奥沢美咲を複雑な心情で見守りてぇ〜」と思っていることから生まれてしまった闇の化身。前に奥沢美咲に助けてもらったことがあり、その時から一人でいる彼女を気にかけていていつも目で追ってる。みたいな設定がある。そして、その設定が本編に活かされることはない。茶髪セミロングの明るい系女子。

 前話からの雰囲気の温度差が大きすぎてごめんね。でもどうしてもやりたかったからさ、一般人を装っているやれやれ系主人公がクラスメイトからどう見られているのかみたいなお話。定番だよね。

 ちなみに、奥沢美咲は前話の時間軸の翌日に弦巻こころに攫われて夏休みが終わるまで南の島で一緒に過ごしたことになっています。気が向いたらそのお話も書くかも。

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