奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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 大変お待たせいたしました。今回でこの章は完結です。


エピローグ 星の声

「やっと見つけたわ、美咲。あなたったら急にいなくなってしまうんだもの。ビックリしたわ。あたし、探したのよ?」

 

 私を見つめる二つの金の瞳の輝きは、夜空に煌めく幾万の星々にも負けないほどの光を発していた。もちろん、本当に目が光っているわけではない。あくまで例えだ。

 

 そこに宿るのはいったい何なのだろうか。

 

 好奇心だろうか、期待だろうか。あるいは、もう逃がさないという捕食者のそれなのかもしれない。もしかしたら、その全てで…………。

 

 どちらにせよ。それはきっと、今の私が失ってしまったものなのだろう。

 

 だって、そう、どれだけ真似してみても、私はこんなに綺麗に笑うことなど出来ないだろうから。

 

 そんな瞳を向けられていることが、私にはとても心地よく、同時に苦痛でもあった。

 

 弦巻こころは私の上に覆いかぶさるようにして顔を覗き込んでいた。枝毛一つないように見える金糸の束がカーテンのように垂れ下がり、私の頬を掠める。少しくすぐったい。

 

 その隙間から見え隠れする空の色はすでに黒く、そうなるだけの時間が経過していることを、私は嫌でも理解させられた。

 

 あぁ、帰らないと。

 

 そう考える頭とは裏腹に、体は全く動く気配を見せなかった。精神的に疲れているのもあって、ひどく億劫なのだ。

 

 それに、弦巻こころが乗っている。

 

 なら、仕方ないだろう。

 

 汗をかいて冷えた体に、人肌の温もりが伝わってくる。それはとても心地よく、私の意識を再び闇の中へと────。

 

 

「美咲? ふふっ…………あなたって、とてもねぼすけさんなのね。でも、こんなところで寝ていてはダメよ? 風邪をひいちゃうわっ! ほら、起きて────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや。

 

 いやいや。

 

 いやいや、ちょっと待て。

 

 

 なにを普通に寝ようとしているんだ、私は。というか、それよりもっと気にするべき事があるだろう。

 

 

「ほら、起きて一緒に夜の散歩をしましょう! こんなに綺麗な夜空が見えるんだものっ、楽しまなきゃ勿体ないって思わない?」

 

 いや、なんでいるんだ。意識が一瞬で鮮明になり、叫ぶようにしてその名前を呼んだ。

 

 

「弦巻こころっ!! なんでっ…………!?」

 

「あら? 急に元気になったわね」

 

「なんでここにいるの!!」

 

 両手で彼女の肩を押しながら、必死になって上半身を起こす。大した抵抗もなく、弦巻こころは私の足の上で女の子座りになり、キョトンとした顔で私を見つめていた。

 

 私の反応が返ってきたこと理解すると、口角が上がり、目尻が下がり、眩しい笑顔で口を開いた。

 

「それはもちろん、美咲を探していたのよ! やっと見つけたと思ったら、こんなところにいるなんて」

 

 私を探していた? そりゃ、あんな…………あんな、消え方をしたら必死になって探すことだろう。自分の目を疑うのか、常識を疑うのかはわからないけど。とにかく非日常的なのは違いない。

 

 今日だけで何度も聞いた。楽しいことを探そう、その気持ちに引っ張られて私という不可思議な存在を見つけ出そうとしてもおかしくない。

 

 でも、一体どうやって? 私は忽然と姿を消したのだ。あとを追う手がかりなんてあるはずもないし、この場所をたまたま見つけたなんてこともありえないだろう。

 

 

「そんな、どうやって見つけて……だいたいここ、立ち入り禁止!」

 

「美咲がいなくなって困ってたら、黒い服の人達が探してくれたわ。あたしにはタチイリキンシ? ってのが何か分からないけど、それって楽しいことなのかしら?」

 

「勝手に入っちゃいけないってこと! 大体どうやって……侵入防止用の金網だって!」

 

「金網? あぁ、入れなくて困ってたら黒い服の人達が外してくれたわっ! 親切よねっ」

 

「そんな、無茶苦茶だ…………」

 

 信じられない。無断で侵入している私がいえたことではないが、正気の沙汰では無いと思う。そんな、そこまでして私を見つけたかったのか。

 

 そこまでして、私を追い詰めたいのか

 

 肩を握る手に力が入り、弦巻こころがびっくりしたように体を震わせた。分かっている。彼女にそんな意図はないということぐらい。

 

 それでも、負の感情が溢れて仕方がなかった。どこまでも汚れを知らないような、世界中の人間が幸せであると思っているような、その能天気さが癪に触る。

 

 抑えなければいけない。私が自分を見失ってしまったら、この子はどうなってしまうのだろうか。

 

 ほら、こんなにも軽くて細い体をしているじゃないか。私が力加減を間違えてしまえば、きっとすぐに折れてしまうだろう。

 

「美咲、どうしたの? とても辛そうな顔をしているわ。その表情、よくないと思うわ。ほら、笑って? 一緒に楽しいことを探しましょ?」

 

 私に笑えというのか。今の私に、こんなにも心をかき乱されて、すぐにでも叫び出してしまいたくなるような。そんな、爆発寸前の私に。

 

 そんな気持ちを堪えて、堪えて。

 

「あの、さ」

 

「なにかしら」

 

「なんのつもり?」

 

「? それはどういう────」

 

 

 

「なんのつもりで私に付きまとってるのかって聞いてるの!!!」

 

 

 堪えられなかった。肩を掴んだままの腕を引き寄せる。目の前に、弦巻こころの顔が見える。弦巻こころの瞳が、私を見つめている。

 

 二つの輝きが、私を射抜く。この輝きが私を冷静でなくさせる。

 

 感情が、溢れ出した。

 

 

「人の気持ちも考えないで、何処に行ってもついてきて!! それで自分勝手なことばかりして!! なに様のつもりなんだ!! 笑顔? 楽しいこと? 見てわからない? 今の私にはそんなこと考えてる余裕がないんだよ!! 自分のことで精一杯なんだ!! それなのに、そんな好奇心かなにか知らないけど、ズカズカと、人の、私の、気も知らないで! 挙げ句の果てにこんなところまで追いかけてきて!! 空が見たいなら一人で見ていればいいじゃない!! 私は星を見るのが嫌いなんだよ!! どうしようもなく不快なんだ! 責めてくるんだ!! お前はまともじゃないって、人間じゃないって! 私の大切なものを奪っていったくせに!! 余計なものばかり押し付けていって!! じゃあどうすればよかったんだ! 私は、私はどうすればよかったんだよ! なにを信じていけばいいんだ! 私は、わ、たし…………は、た、ただ……これ以上傷つきたくなくて、わから、ない…………わからない…………わた、しは、なにを……どうして…………あの時…………」

 

 もう、自分でも自分がなにを言っているのか分からなかった。

 

 弦巻こころへと向けていたはずの言葉は、いつの間にか、意味のない文字の羅列へと変わってしまっていた。分からない、分からないんだ。

 

 なんでこんなにも心を乱されてしまうのか、どうしてこんなにも平静でいられないのか。

 

 きっとこれは、五年もの間蓄積し続けられていたもので。私が知らず知らずのうちに、胸の内に溜め込んでしまっていたもので。

 

 情けない話、私は弦巻こころに八つ当たりをしているのだろう。

 

 そうであることを頭の中で理解していても、今すぐやめるべきだと分かっていても。それでも、私の口は、体は、いうことを聞かなかった。

 

 結局のところ、私は誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 

 五年、五年だ。

 

 これまでの人生のほぼ三分の一にあたる時間を、私は一人ぼっちで生きてきた。

 

 誰にもこの悩みを…………私が超能力者であるということを、打ち明けることが出来なかった。

 友達を失ってしまったことも、家族を諦めてしまったことも、弟と妹を見捨ててしまったことも、私は心の中にしまいこんで、爆発しそうになる感情に蓋をした。

 

 それが、どれだけ辛かったか。

 

 あの子が居なくなってから、私は友達を作ることをやめた。表面的な人付き合いはしていたけど、深い関係になることは一度もなかった。他人の中に踏み込むことを、心が拒んでいたから。

 

 『また失ってしまうかもしれない』という想いと、『また裏切られるかもしれない』という懸念。二つの恐怖が楔のように打ち込まれて、私の日々を灰色に変えた。

 

 相談できる家族などいなかった。

 

 両親は論外だし、弟と妹は守られるべき側の人間だ。

 

 だけど、私を引き取ってくれた祖母は立派な人間だった。きっと私が勇気を出して打ち明ければ、その苦しみを、悩みを理解してくれたことだろう。そうすることができれば、もっと早く私は楽になれていたのかもしれない。

 

 でも、それは出来なかった。祖母は掛け値無しに善人だったが、相対する私はそうじゃないのだから。

 

 どうしても口にすることが出来なかった。

 

 私に向けられる視線が、あの日の両親のように…………人でないものを見るソレに変わってしまうかもしれない。そう思うと、とてもじゃないが生きた心地がしなかった。

 

 頭がおかしい子だと思われたくない…………化け物だとは、もっともっと思われなくない。

 

 だから話せない。話したいけど、話したくない。私は、もう。

 

 自分の本心を晒す勇気も、人を信じるために必要な最低限の良心も、そして助けを求める資格すら、とっくの昔に失っていたのだ。

 

 全てから目をそらし、向き合うべき現実から逃げ出してしまった、あの日から。

 

 

 でも、それでも。いつの日か、遠くない未来で…………。

 

 それは別に、弦巻こころである必要はないのだろう。誰にも相談できないような、荒唐無稽な私の悩みを。決して人に話すことのできない悩みを、それでも、私は…………受け入れてくれる人が、きっと、いつか、私の心を、わ、たしの、秘密を、悩みを、苦しみを、罪を、わ、かってくれる人が…………おねがい、いなくならないで。わたしを、わた、わたしのことを、みて、みないで…………助けて、誰か…………

 

 

 おねがいだから、わたしをひとりにしないで

 

 

 

 

「美咲の気持ち、よく分からないけど…………分かったわ! つまり、一人にしなければいいのねっ!」

 

 

 黄金の、輝き、が。

 

 

 

 

 

 

「だから笑って? そんな顔で泣くあなたと、あたしは仲良くなれそうにないんだもの」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「あなたってとても心配性なのね。その気になればなんでも出来ると思っているのに、上手くやれるって自信はあるのに、それを行動に移す勇気がないの」

 

 なに、なにが。

 

「本当は人一倍寂しがり屋で、誰よりも『好き』を諦めたくないのに、それなのに、もしもこれ以上傷つくくらいだったら、いまのままでいいなんて、考えてしまうから」

 

 なにを、知った風に。私のなにを、あんたが、私の。

 

「あなたは幸せになることを恐れているのね。何か行動して責任を持つのがいやで、だから何もしなかったのに、何もしなかったことにすら責任を感じてしまうあなただから。だからきっと、自分で自分が幸せになることを許せない、そうでしょう?」

 

 なんで、どうして、そんな、私にも分からないのに。

 

 

 

「でも、あたしにはよく分からないけど、それってすごく変。このあたりがぎゅってなって、変な気持ちになるの。こんな気持ちは分からないけど…………だからきっと、あたしはあなたを放っておけないわ」

 

 

「ね、一緒に楽しいことをしましょう? 楽しいことをして、楽しい気分になって、笑顔を思い出しましょう!」

 

「だってあなたは、ただ笑い方を忘れてしまっているだけなんだもの!」

 

「忘れてしまったのなら、思い出せばいいのよ! あたしが思い出させてあげる! そのための勇気がないなら、あたしがあげるわっ!」

 

 

 

「ねぇ、だからもう…………一人で泣かないで。あなたのそんな顔、あたしは見たくないって思っちゃうから」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 私って、こんなに単純だったんだ。って思った。

 

 弦巻こころの言っていたことは、正直いってめちゃくちゃだった。

 

 普通こういう時ってもっと共感というか、『分かるよ』って言って慰めるもんじゃないのだろうか。

 

 それなのに弦巻こころは、「分からないけど」とバッサリ切ってしまった。そしてその上で、私に「笑え」というのだ。っていうか、強要してくるのだ。

 

 思わず笑ってしまったよ。なんだそりゃ、って。そういう意味でいえば、弦巻こころの思い通りの結果に終わったといえるかもしれない。絶対にそこまで考えてないと思うけど、まぁ、それはそれとして。

 

 結局何一つ解決していないというのに、私の悩みはこれっぽっちも前に進んでいないというのに。それでもなぜか、これまでにないほど晴れやかな気分だった。

 

 あぁ、そうだ。私は何を期待していたのだろうか。弦巻こころに話が通じないなんて、もっと早く気づいても良かっただろうに。

 

 一人で盛り上がって、勝手に逆上して、その上で…………こんな子供に、慰められてしまうだなんて。

 

 醜態を自覚してしまえば、もう戻れなかった。顔が火を噴くように熱い、恥ずかしくて死んでしまえそうだ。もはや公開処刑か何かだよ。

 

 だから、そう。この子を見る私の視線に熱が篭っているとしても、それはなんの問題もないだろう。

 

 頬の熱が、羞恥の感情が移ってしまっただけなのだ。そう、なんの問題もない。

 

 

 私がジッと顔を見ていることに気づいた彼女が、私の顔を見つめ返す。気恥ずかしくなって目をそらし、外していた帽子を被り直した。

 

 そして、誤魔化すように口を開いた。

 

「ねぇ、聞かないの?」

 

「?」

 

 何を? と言いたげな表情を何故か直視できなくて、鍔を目深に下げる。耳が熱い、きっと真っ赤になっていることだろう。今が夜でよかった、月の光だけじゃ、私の顔の色までは見えないだろうから。

 

「だから、その…………私が、ほら、ふ、普通じゃないってこと」

 

「美咲が特別ってこと?」

 

「あぁ、うん。ほ、他の人には出来ないことが出来たりするんだ、私…………そ、それを聞きたいんじゃ、なかっ、た…………の?」

 

 恐れ半分、期待半分の感情を乗せて、言葉を絞り出した。だって、いま、この子に聞かれてしまったら、私もう、きっと話してしまう。

 

 私のテレパシーは、人の心を覗き込むだけではない。自分の心を、人に伝えることもできる。

 

 それを知ったのは、ついさっきのことだ。

 

 またトラウマが蘇りかけていた私は、混乱した頭のままに超能力を使用してしまったのだ。それも、私が知り得なかった隠された効果を。

 

 私の超能力が出来ることへの認識は、実はまだ完璧とは言い難い。漫画か何かで知ったものを試してみて、それが成功して初めて「私はこの超能力も使えるんだな」と理解する。そんな場当たり的で穴だらけなやり方をしてきたものだから、そもそもやろうと思った事すらない力に対しては認識が薄い。

 

 『自分の心を相手に伝える』だなんて、今までの私であったら万が一にも試さなかった事だろう。私は、自分の本性を知られることを最も恐れていたのだから。

 

 それなのに、そうであったはずなのに。

 

 弦巻こころが特別なのか、私が気を違えたのか。はたまた、私の知り得ない条件でもあったのか。

 

 つまり、その。

 

 私は自分の子供の癇癪のような、あの、何を言っているのか分からない、意味不明な言葉の羅列を、弦巻こころに伝えてしまっていたようで。

 

 だから、弦巻こころは知ってしまったのだ。

 

 私の秘密も、悩みも、苦しみも、罪も。その全てを、直接心で受け止めた。

 

 だからきっと、彼女に聞かれたらもう誤魔化せないだろう。なにせこの私自身が、誤魔化したくないと、嘘をつきたくないと思ってしまっているのだから。

 

 

 弦巻こころが、その小さな口を開いた。

 

「でも美咲、聞かれたくないんでしょう?」

 

「そ、そりゃそうだけど、そうじゃなくて」

 

「じゃあ、それを聞くのは良くないことじゃない? あたし、あなたに意地悪したいわけじゃないの。仲良くしたいのよ」

 

「そ、そう、なんだ」

 

 なんだ、私は何を期待していたんだ。これではまるで、弦巻こころに聞いてほしかったみたいじゃないか。

 

 …………みたい、ではなく。事実、聞いてほしいのかもしれない。でもいまさら、自分からそんなことを言い出すのは、その、すごく恥ずかしい。

 

 

 面倒くさい性格だな、私。

 

 星が空から降ってきたかのように。突然、私に名案が舞い降りてきた。

 

 考えるよりも早く、口が開く。

 

 

「ね、ねぇ。あのさ、一緒に夜空を見たいって、言ってくれたじゃん?」

 

「えぇ、思った通りよっ! こうして美咲と空を見上げるの、とても楽しいわっ! 楽しいことが一番よ!」

 

「じ、じゃあ、さ」

 

 言え、言うんだ私。なんでさっきから吃っているんだ。これじゃあまるで、弦巻こころを意識しているみたいじゃないか。

 

「その、やってみたいことがあるんだけど…………いや、別に無理にってわけじゃないんだけどね? あんたが良ければの話な、ん、だけ、ど…………さ」

 

 なんでちょっと早口なんだよ。

 

 

 

 

「もっと近くで、星を見てみない?」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「すごいわ美咲っ! 見て! 街があんなに小さく見えるのっ!」

 

「いやいや、夜空を楽しんでくださいよ」

 

「もちろんよ! 星がこんなにたくさん見られるなんて…………夜空の散歩っていいものねっ! あたしこんなの初めてっ!」

 

「まぁ、経験あるって言われても困るけどさ」

 

「ほら、美咲ももっと楽しみましょう! あなたのやりたかったことを、もっともっと経験しましょう!」

 

「はいはい、分かってますって」

 

 

 弦巻こころが言うように。私たちはいま、夜空の散歩をしている。

 

 夜空の下の、ではなく。夜空の散歩、だ。

 

 まぁ、つまるところ。あれだ。

 

 

 高いところほど星が綺麗に見えるというのは有名な話で。私たちの目の前には、さきほどまでとは比較にならないほど沢山の星が輝いていて。

 

 端的にいえば、私たちは雲の上を生身で飛んでいた。もちろん、私の超能力だ。

 

 今までこんな大胆なことをしたことがなかったから出来るかどうかは分からなかったけど、不思議と成功する確信はあった。

 

 念動力で人間二人を持ち上げることで成立した、夜空の旅。それは大っぴらに力を使うことを躊躇っていた私にとっても初めての経験で、ハッキリいって…………すごくドキドキしている。

 

 私に抱きかかえられながら、はしゃいで手足を動かす弦巻こころの様子を見ていると、なんだろう、やって良かったと思える。

 

 こんなにも、簡単なことだったんだ。

 

 …………美咲、美咲と名前を呼んでくるこの子が、それに気づかせてくれた。

 

 思えば、五年前のあの日から私はまともに夜空を見上げたことなど無かったのではないだろうか。

 

 ひさびさに見る星空は言葉にできないほど綺麗で、それは私から彼女への贈り物でありながら、彼女が私に与えてくれた宝物でもあった。

 

 …………あの日のように、星が私に語りかけてくることはない。それに安堵すると同時に、少しだけ、寂しくもあった。

 

 

 でも、あぁ。

 宇宙(そら)ってこんなにも綺麗だったんだ。

 

 だから、思っていたことが自然と口に出てしまった。仕方がないだろう、こんなにも星が綺麗な夜なのだから。

 

 

「ねぇ、こころ(・・・)

 

「なに、美咲?」

 

「私さ、来年この街に引っ越してくるつもりなんだ…………友達を、探すために」

 

「引っ越し! 素敵ねっ! あたし引っ越しってしたことないのよ。一度はやってみたいわね」

 

「だからさ、その、私が高校に受かって、えっと、またこの街にこれたらさ」

 

 

 

 

 

「その時は、またこうして一緒に星を見てくれませんか?」

 

「ええ、勿論よ! 一緒に、沢山、楽しいことをしましょうっ!」

 

 

 

 こうして、私の少し不思議な里帰りは終わった。何かが解決したわけでも、私の過去がなくなった訳でもないけれど。

 

 それでも、この出会いが…………ちょっとだけ、私を良い方向へと導いてくれたことを信じて。

 

 今はそれだけを、感謝したいと思う。

 

 

 

 

 余談だが。

 

 弦巻こころと別れて、瞬間移動で帰宅した。その翌日、私は疲れもあって昼頃まで寝てしまった。

 

 そして遅めの起床を果たした私を出迎えたのは、居間で寛いでいる祖母の姿。

 

 

 そして、その祖母と談笑している弦巻こころ(・・・・・)その人だった。

 いや、ちょっとまて。

 

「あら美咲っ! やっと起きたのね! あたし、あなたのことを考えていたらワクワクが止まらなかったから、我慢できなくて会いにきたのよ!」

 

 

 ……………………あのさぁ。私、来年まで会わないつもりで、自分で言うのもなんだけど、感動の別れを演出したつもりだったんだけど。

 

「ほら、一緒に楽しいことをしましょう! 昼はまだ始まったばかりだけど、やりたい事を全部やっていたら日が暮れてしまうもの! だったら、始めるのは早いに越したことはないじゃない?」

 

 いや、本当。弦巻こころ、そういうところだぞ。

 

 仕方ないなぁ、もう。私が見張ってなかったら、何をするか理解できたもんじゃない。だから────────。

 

 

 

「はいはい、分かりましたよ。着替えてくるから、ちょっとまっててね」

 

 ────いまは、あんたに付き合ってあげるよ。




 文中でも語っているとおり、物語の多くの謎は謎のまま。結局は先延ばしにしているだけです。ですが、いつの日か。それは向き合わねばならない問題として彼女の目の前に姿を見せることでしょう。

 でもそれは先の先の話。しばらくはハロハピメンバーの心癒されるやりとりをお送りして行きたいと思っています。

 はい。では自分のやる気が続くために、というより物語を中途半端にしておかないために、これから先の物語に関係するかもしれない嘘か真か分からない予告もどきを、いくつか処方しておきますね。書ききれよ、未来の自分!

 『星の声』編 奥沢美咲は、超能力者である。

 『星の鼓動』編 戸山香澄は、■■■■である。

 『狂想曲』編 羽沢つぐみは、■■者である。

 『WWW』編 氷川日菜は、■■である。

 『DAYS』編 北沢はぐみは、■■■■■■■■である。

 『■■■■』編 弦巻こころは、■■■■である。

 なお、順不同。

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