人の心っていうのは、完全に理解しきれるものではないと思う。それは実の所、超能力者である私も例外ではない。
だけど、私だからこそ理解できるものもある。
そもそも、人の心を読むというのはどういうことなのか。仮に、自分が超能力者になったと思って考えてほしい。
テレパシーを通じて『視る』人の心は、どんな形をしているのだろう。
テレパシーときくと、どうしても人は「心の声」が聞こえると考えがちだ。勿論、それが間違っているわけではない。現に私は人の心の中を「声」として認識できているし、実際に鼓膜を通して言葉を聞いているかのように感じとることができる。
だが、それはあくまでテレパシーという能力の一面にすぎない。
ようするに、人の心とは「聴く」だけでなく「視る」こともできる。というのが、今のところ唯一の超能力者である私が出した結論だった。
私が人の心を「覗き込む」という言い方をしているのも、それが間違った表現ではないからだ。
そう、人の心の中とは一つの景色として捉えることができる。考えてもみてほしい、まともに言葉を発することができない赤子にテレパシーを使用した時、その心の中はどうなっているのかと。
擬音で表現するしかない赤ちゃん言葉が聞こえてくるのか。それとも、なにも聞こえてこないのだろうか。
外国の人の心を読んだ場合は? その人の母国語が聞こえてくるのだろうか。
答えは、否だ。
そもそも、テレパシーとは相手の心を五感以外を用いて認識する能力だ。それにも関わらず、「聴く」だの「視る」だの。まるで五感を用いているかのように喩えられることが多い。
それはつまり、テレパシーというフィルターを使用して私の理解し易い形に「人の心」を変換しているということ。
そもそも、私が理解できる形で認識出来なければ真の意味で心を読んでいるとはいえないだろう。
外国語は日本語に変換され、それと同等のプロセスを経て、「言語化」できない心は「
これがこの人の心ですよ。といって一枚絵を見せられるよりも、言葉として心理描写してくれた方が圧倒的に理解しやすい。
だからこそ、テレパシーを通じて「景色」を見るという機会はとても少ない。
うまれて少し経った子供や、独特の感性で生きている天才や、純粋に狂人であったり、あるいは夢を見ている最中の人だとか。
そういう人たちの「言葉にできない心」を見た数は両手の指で収まる程度だ。
だけど、全くないわけではなかった。
だから、
初めてだったのだ。
それも、なんとまぁ。
常人より精神に秀でた超能力者である私の自我を、抵抗する機会すら与えず、一方的に取り込むほどの。そして、そこまでして一部しか触れることができないほど、あまりにも雄大な。
そんな精神力を、あの子が持っているなんて。
あんな、子供みたいに純粋なのに、何処までも果てのない、そんな好奇心が。
私は好ましくもあり、そして恐ろしい。
きっと、この感情は私だけに許された ものなのだろう。弦巻こころという存在を、本当の意味で理解できる。その領域に最も近いのは、きっと私なのだ。
それはとても素晴らしく、残酷なことだ。
思えば私はこの時から囚われていたのかもしれない。
あの、なによりも魅力的な金の輝きに。
私の記憶の奥底を刺激する、抗いがたい衝動から。
私はもう、逃げられない。
☆ ☆ ☆
「なんで私、素直に子守してるんだろ」
弦巻こころを連れて歩くというのは、想像よりも遥かに大変なことだった。何しろこの子、あまりにも自由すぎる。
私がちょっと目を離しているうちに、いつの間にか姿を消しているのいうのは当たり前。それも綺麗な花を見つけだとか、面白そうな気配を感じただとか、空がよく晴れているからだとか。そんな理解しがたく意味がわからない理由であちらこちら駆けていっては、いく先々で問題を起こしていた。
私が見知らぬ通行人に頭を下げた回数も、一回や二回ではすまない。いや、なんで私が頭を下げてまでこの子の面倒を見ているんだ。おかしい、こんなはずではなかった。
予定では今頃用事をすませて、帰りの電車に乗っているはずだったのに。
既にかれこれ三時間ほど、この子に振り回されている。いや、自分でもよく付き合ったなって思う。私についてくるんじゃなかったのか、なんですぐに離れるんだ。
そしてなんで、その都度連れ戻しているんだ、私。
放っておいて、立ち去ってしまえば楽だったろうに。さっさと別れを告げて、自分の用事だけ考えていればよかったじゃないか。
そんな疑問とも呆れとも区別がつかない感情が、言葉となって溢れてしまった。
「……? 美咲は子供がいるの? あたしはまだ会ってないわよね、よければ紹介してくれないかしら?」
そんな私の内心を全く汲み取ることなく、この子はトンチンカンな言葉を返してきた。いや、あんたの事だよ。それに私はまだ中学生だっての、あんたは私に子供がいるように見えるのか。
とは口に出さず、今日だけで何度目になるか分からない愛想笑いを浮かべる。いや、なんかまともに反論しても理解してくれそうにないし。あとなんか負けた気がするからやめておく。
いや、でもこれちゃんと誤解は解いておかないと私に子供がいるって勘違いしたままの可能性が高くない? それだけは訂正しておこう。この歳で子持ちだと吹聴されてはたまらない。
「いや、私まだち」
「あら? あの子、何をしているのかしら」
「は? いや、ちょ、まっ」
また何かを見つけたらしい。私の言葉を遮って、弦巻こころは両手を翼のように広げて駆け抜けていってしまった。アグレッシブすぎる。
いや、嘘でしょ…………? 実はワザとやってたりしない? お願いだから人の話を聞いてくれ。そして理解してくれ、私のこの言葉にできないモヤモヤとした感情を……っ!
開きかけた口が塞がらない。
今日何度目になるかわからない溜め息をついて、私は弦巻こころの跡を追う。
そんな私の背後から追跡してくる黒い影を、片目を閉じる事で遠視を使って確認する。
黒い影っていうのはそのままの意味で、真夏にも関わらず黒いスーツを着てサングラスをかけたいかにも怪しい人物のことだ。しかも一人や二人ではなく、同じような格好の不審者がそれなりの人数集まっている。
これが私が弦巻こころから目を離せない理由の一つだ。彼女ら? は私たち二人が公民館から出た時からずっと跡をついてきている、もうなんか本当にただひたすら怪しい謎の集団だ。
今のところ危害を与えられた訳でもないので放置している。が、ぶっちゃけ厄介ごとの匂いしかしない。
これがもしも
いやほんと、なんなの本当に。
もしかして私、何か悪いことでもした?
なんで一時的に帰郷しただけで、こんなややこしい事に巻き込まれてるの。普段の行いは悪くないと思っているんだけど、やっぱり今日の星座占いくらいは見ておくべきだったか?
現実逃避気味な私の耳元へ、ふいに子供の泣き声が届いた。ハッとなって前を見やれば、そこには泣いてる小さい男の子と 弦 巻 こ こ ろ の姿。あの子、またなんかやらかしたのか!?
走る速度を一段階あげ、二人の元へと近づく。というか、私がそれなりに本気で走ってるのに追いつけないってどんだけ健脚なんだ。
「あら、美咲。そんなに急いでどうしたの?」
あ ん た を 追 い か け て き た ん だ よ ! !
「いや、はは。それよりその子泣いてるけど、どうかしたの?」
内心のイラつきを顔に出さないことに全力を注ぎ、何があったのかを弦巻こころに尋ねる。男の子はそりゃもう大泣きしていて、とてもじゃないが話を聞ける状態じゃない。
同じ子供の弦巻こころに任せて、周囲を見回す。
見たところ、保護者の姿が見えない。迷子か?
「この子ね、持ってた風船が飛んでいっちゃったらしいのっ。ほら、あれ!」
全然違った。
この子が指をさした先には、木に引っかかってゆらゆら揺れる風船が。どこかで見覚えがあると思えば、商店街で配られていたものと同じものだ。あぁ、あれは取れないわ。
緑化計画だかなんだか知らないけど、この街は都市開発があった割には緑が豊かだ。風船が引っかかっている木もそれによって景観を損ねない程度に残されたうちの一本なのだろう。
それなりに大きく、高さがある。
どうせこの突拍子もないことばかり言う子のことだから、私たちでなんとかしようとか言い出して余計な首を突っ込むのだろう。今日一日の付き合いなのに容易に想像できるあたり、ほんとブレないね。逆に安心できる。
まぁ私にとっては風船を取るくらい大したことではない。強風に煽られてこっちに飛んできましたーみたいなアピールをしつつ念動力で引き寄せればなんの問題も────。
「だから、あたしが登って取ってくるわっ! ほら、あなたも泣いてるだけじゃダメよ! あたしがなんとかしてあげる!」
そうそう、この子が直接登って…………って、え?
違和感に気づいた時には、弦巻こころは既に木の中腹にまでたどり着いていた。いやいや、流石に行動が速すぎるでしょ!?
「ちょ、コラあんた! 危ないから降りてきなさい! 風船なら私が取りに」
「大丈夫よ! あたし、これでも木登りが上手なの!」
そういう問題じゃないって! あぁ、もうあんなに高いところに、ほんとに、もう、人の言うことを聞かない…………っ!
猿の生まれ変わりなのかってくらいスムーズに木を駆け上がっていったあの子は、既に風船へと腕を伸ばしている。細い枝に足をかけて、体重をかけるように。控えめにいって、すごく危険な行為だ。
その指先が、紐を掴んだ。
「ほら見て美咲! あたし、木登りが得意なのよ!」
笑顔を輝かせて、手に握った獲物を見せびらかすように、あの子がこっちへと振り向いた。そして、人並み外れて視力に自信のある私は、
あの、バカ!!
「危ない!!」
「あらっ?」
あの子が足をかけていた枝が、軽い音を立てて二つに折れる。あの子は憎たらしいほど間抜けな声を出して、地面に背中を向けて落下を始める。その顔には焦る色が皆無で、何かやらかすと思って警戒していた私は
「
私って、実はバカだと思う。
まさか、よりにもよって、