子供たちの笑い声が聞こえる。
私も小さい頃は、あんな風に無邪気に笑えていたのだろうか。分からない。
多分、両親から見た私はそれはそれは可愛げのない子供だったんだと思う。
超能力を手に入れる前から、私は少し達観しているところがあった。自分でいうのもなんだけど、そこそこ大人びた子供だった。
悪くいえば、自分を賢いと思っているいやな子供だったのかもしれない。
もちろん、そういった雰囲気を露骨に振りまいていたわけではない。実際にはそこらの子供たちと大して変わらなくて、年頃の女子特有の「男子って子供だよね」みたいな考え方を持つのが大人の条件だと思い込んでいるような、ちょっとだけ自意識が発達したような、そんな子供が私だった。
はっきりいってしまえば、早めに訪れた中二病のようなものだったのかもしれない。
自分は他の子供たちとは違くて、特別な存在なんだと。本当に心の底から思い込むことができたらどれだけ幸せだっただろうか。
現実はとても厳しく、私は実の両親にすらまともに愛されていなかったというのに。
…………いや、それは違うのかもしれない。私の「愛」に対する理想が高すぎて、親の純粋ではない家族愛に勝手に失望しただけという可能性もある。
でも、そんなことは当時の私には到底受け入れられることではなかった。私は両親にとっての「特別な存在」ではないということを知ってしまったことで、心を閉ざしかけていたのだから。
いや、まぁ、実際に超能力者とかいうこれ以上ない特別な存在になってしまったんだけども。それはこれとは別の話ということで。
話を戻そう。
テレパシーで両親の不貞を知ってしまったことで、私は両親を否定すると共に、両親から拒絶される存在になってしまった。
私は知り得るはずのない事実を知ってしまったことで、それまで控えめながらも親へと向けていた愛情を失った。
父と母。二人の視点で見れば、それがどれだけ不気味なことなのか理解できると思う。
これまで普通に接していた自分の子供が、ある日突然よそよそしい態度をとるようになったのだ。それが普通の反抗期であれば話が別だが、私の態度を見ればそうではない事にも察しがつくというもの。
私は二人の子供でありながら、二人ほど自分を偽るのが得意ではなかった。これを演技の才能といっていいのか判断がつかないところだけど、大事なのは私にそれが備わっていなかったという事実だ。正直、なくてよかったと思うことの方が多いけども。
だから、もしかしたら。
両親の冷え切った関係にとどめを刺したのは、私の二人に対する態度だったのかもしれない。
考えても意味のないことだけど、今でもそう思うことがある。
私に家族を欺く才能があったのならば。
なんの罪もない弟と妹は、今も一緒に暮らせていたのかもしれないと。
そう、後悔することもある。
私がこの街を訪れた本当の理由は、自分の感情に整理をつけるためだ。
両親が離婚し、家族がバラバラになり、私が人と目を合わせて話すのが苦手になった、あの時から。
私の中の時間は、ある意味止まったままだった。分かっていたことでも、いつか訪れる破滅を知っていたとしても。
そして、それを回避するための努力を一切していなかったとしても。
だからといって、自分の身に降り注いだ理不尽に納得できるかというと、それは全く別の話だ。
私には未練がある。
妹も弟も、私とは違って普通の子供だった。それでいて人のことを思いやる心をもった、とても綺麗な────。
だからこそ、そんな二人に申し訳なく思う。
世間一般的な話としていえば、家族は全員揃っていることが好ましい。それは世間体の話だけではなく、そういった「普通の家庭環境」が子供の発達に大きく影響を与えるからだ。
幼い精神を持つ子供にとって、自分たちの世界こそが正しさを持つ。
両親がいるのが当たり前、両親から愛されているのが当たり前。
そう思っている子供というのが、多数派であるのは明白だ。
それは悪いことではない。子供が親の愛を感じられて、親の愛を信じられることは掛け値なく素晴らしいことだろう。
だからこそ、そこから外れたものに対して子供はどこまでも残酷になれる。
片親であるとか、あるいは血の繋がりがない家庭を持つ子供へのイジメというものは珍しくない。嫌な現実だ。
そしてそういう純粋であるが故の悪意というものは、多感な子供の精神に大きく傷を与えるだろう。
私は恐れている。もしも私の選択した現状が原因であの二人の人生に悪影響を与えてしまったのなら、と。
それはきっと、あの
そんな陰鬱とした想いを、この五年間捨てることができなかった。
もちろん、実際にはそれはいらぬ心配であるということは分かっている。
遠視を通して見た二人の生活は、それこそ何不自由ないものだった。もともと善良な心を持つ二人だ。私が手を出す必要などあるはずもなく、それぞれの新しい人生を歩んでいる。
だから、多分だけど。
私はきっと、本当は寂しいんだろう。
そこに私の居場所がない事が、二人の人生には必要ないという事実が。
分かっている。
なんて、女々しいんだろう。
私はこんなにも弱い女だったのか、と。
だから私は、この街へと帰ってきたんだ。
自分の過去に決着をつけるために、自分の選択の責任を取るために。
そうしなければきっと、いつまでも前へ進むことができないから。
☆ ☆ ☆
思い入れのある場所は、そのほとんどが過去のものへと変わってしまっていた。
所有権を手放したかつての我が家は潰されていて、その跡地は立ち入り禁止になっていた。
私が通っていた小学校は建て直されて立派になっていたし、よく訪れていた駄菓子屋は潰れていた。
思い出をなぞるように一つ一つ足を伸ばしては、その先で時代の流れを感じて、瞳を伏せる。中には記憶のままの姿を保っていた場所もあったけど、それは全体で見ればごく僅かにすぎない。
胸の中にはなんともいえない感情が渦巻いていた。それは「こんなものか」という落胆の感情であったり、「懐かしい」という郷愁の念であったり、やはり「悲しい」と変化を拒む気持ちであったり。
きっと、一言では片付けることができないものなのだろう。人の心とは、感情とは、それほど単純にできていないのだから。
携帯の時計を見れば、そこそこ時間が経ってしまっている。
自販機で買ったお茶を一口飲んで、ほっと一息つく。
その気になれば一日中走り続けることもできる私にとっては、この程度で身体的に疲労を感じることはほとんどない。となれば、やはりこの疲労感は精神的なものに由来するのだろう。
身体を、そして心を労わるために。私は街の公民館で休息を取っていた。
この公民館は、私が見知った建物のうちの一つだ。
元々この地には公園があったのだけれども、私が幼稚園から小学校へと上がる頃には取り潰されて今の姿へと形を変えていた。
小さい頃は、この場所でよく遊んだものだった。
公園があった時は友達と遊具を利用したし、公民館になってからも紙芝居などを見にきていた。
姿を変えても、残っているものはある。
視線の先で駆け回ってはしゃぐ子どもたちを、時間が過ぎていくのにも構わず静かに眺める。
私も、昔はあの子と一緒に────。
子供たちに大切な記憶を重ねて反芻している間、私はとんでもなく無防備だったのだろう。
両足をだらんと椅子から投げ出して、背もたれに身体を預けて放心している様は、熱中症患者か何かと勘違いされてもおかしくないかもしれない。
それくらい、私は気を抜いていた。
だからこそ、こんなにもあっさりと接近されていたのだろう。
「あら? あなた、とても寂しそうな顔をしているわ! せっかく可愛い顔をしているのだから、笑わないと、勿体無いと思わない?」
「…………は?」
私の視界を埋め尽くすように、二つの金色の輝きが瞬く。すぐに気がついた。
それが誰かの瞳で、私の眼を覗き込んでいるという事に。
だって────。
【────────! ────!】
「わっ、わっ、わぁ!」
思わず避けるように大きく仰け反り、座っていた椅子が大きな音を立てて倒れた。当然、私は地面に尻餅をつくことになる。少しだけお尻が痛い。
あまりにも急な事だったから、間抜けそうな悲鳴をあげてしまった。
だって、こんなにも近くで顔を見つめられるなんて思わないじゃん。
それでも、地面に尻を打ち据えても、その輝きから眼をそらすことができなかった。いつもならすぐにでも視線を外すはずなのに。
今だけは、私の体が私のものじゃないように思えた。それは驚きなのか、それとも、別の何かが原因なのか。
星を飲み込むような輝きを据えた二つの宝石が、私を見つめている。
覗き込んだのは、彼女だったのだろうか。それとも、私?
頭の中で何かがチリチリと警告を発する。
目の前で、彼女が口を開いた。
「急に倒れるからビックリしたじゃない! あたし、弦巻こころ。あなたの名前は? ここで何をしているの?」