奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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懐かしの場所 3

 学校見学を早々に終えた私は、少し遅めの昼ごはんを食べるために商店街を訪れていた。

 ここは花咲川女子学園……花女からそこそこ近い位置にある。開発で街が変わってしまった今となっては数少ない、私にも馴染みのある場所だ。

 

 都市開発が進めばこういったローカルな商店街はすぐにシャッター街になりそうなものだが、見た限りではそんな雰囲気もなく、人と活気に満ち溢れている。

 店の前に打ち水をしているおばさんや、客を呼び込んでいるおじさんの姿が妙に懐かしい。まぁ、ここは懐かしむほど頻繁に訪れていたわけでもないのだけど、それでも見知った風景というのは安心できる。

 

 商店街のロゴのようなものが書かれた風船を配っている人もいる、なにかのキャンペーンでもやっているのだろうか。子供たちが喜んで受け取っているところを見るに、広告としてもそれなりに効果はありそうだ。思ったよりは、繁盛しているらしい。

 

 記憶の中に朧げに残る在りし日の姿と、現実の風景がピッタリと重なり、私はようやく帰ってきたんだなという実感を手に入れることができた。

 

 だけどまぁ、しっかし。

 

(あっつい……! どこか涼めるところ…………)

 

 私は超能力が使えるということ以外は、概ねただの女子中学生にすぎない。直射日光は肌の天敵だし、汗を出しすぎれば水分不足になる。

 

 人と不用意に目を合わせないために被っている帽子は、日光を遮る上でも十分な働きをしてくれている。でも、だからといってこの暑さを誤魔化せるほどの効果を持っているわけではない。

 

 体が冷気と水分を求めている。

 

 ここは花女からほど近いとはいえ、歩きだとそれなりに時間がかかる。

 

 記憶を頼りに足を進めていくと、ようやく目的の場所へとたどり着いた。

 

 小洒落た喫茶店だ。看板には「羽沢珈琲店」と書かれている。

 

 片手で扉を押せば、チリンチリンと鈴が鳴る音と共に、冷房で冷やされた心地よい空気が体を打ち付ける。温度差で一瞬だけ体が震えたが、その感覚すら今では愛おしく感じる。

 

「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」

 

 店に入ると、店員の女の子がすぐにこちらへと駆け寄ってきた。エプロンの制服姿が可愛らしい、看板娘というやつだろうか。

 

「あー、はい。一人です」

 

 気を抜いていたためか、あるいは目的の場所が残っていたことに安堵していたのか。どことなく間抜けな声を出してしまった。

 

 店員さんは気を悪くした様子もなく、ニッコリと笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「席にご案内します、こちらへどうぞ」

 

 店員さんに連れられた先はカウンター席の端っこだった。私はなんとなく隅の方に座りたいタイプの人間だから、正直助かる。

 

「ご注文が決まりましたら、一声おかけください」

 

 店員さんはそう言い残すと頭を一度下げ、忙しそうに厨房の奥へと消えていった。

 

 なんというか、うん。すごくいい子そうな雰囲気が出ていた。

 

 クラスメイトに一人はいるであろう、いつも和やかに笑っているタイプの女の子って感じがする。ショートカットに切りそろえられた髪を揺らして動き回る姿は、まるで子犬のようだ。

 

 …………いや、いやいや。私はなにを平然と店員の女の子を物色しているんだ。昼ごはんを食べにきたんだろうに。

 

 暑さのせいで頭が回っていなかった。そういうことにしておきたい。

 

 花女に行く前にすれ違った子といい、今日はやけに女の子のことが気になる一日だ。まさか自分にそっちの気があるとは思わないが、なんとなく目で追ってしまう。

 

 何故だろうか、前に会ったことでもあるのか? 私も数年前はこの街で暮らしていたわけだし、ありえない話でもない。

 

 一度気になりだしてしまうと、目が離せなくなってしまった。まるで思春期の男子そのものだ。

 

 厨房とフロアを行き来する店員さんをメニューも決めずにじっと見つめていると、流石に自分が見られていることに気がついたのか、こちらを見つめ返してきた。

 

【あっ、さっきの子……こっちを見てる。注文が決まったのかな? もしかして。またせちゃった?】

 

 やばい、全然決まってない。っていうか、いま普通に心読んでたよね。自制心がどうとか散々考えておいて、基本的なことが出来てないじゃん。反省、しないと。

 

 っていうかこれ、注文取りにくるやつだよね? まだ決まってないんですって突っ返して恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないし、さっさと決めないと。

 

 パタパタという音を立てて寄ってくる店員さんから目をそらして、メニューの上から下までをざっと流すように見つめる。

 

 よし、決めた。

 

「おまたせしました、ご注文はお決まりですか?」

 

「サンドイッチのセット、ドリンクはレモネードでお願いします」

 

「サンドイッチのセット、ドリンクはレモネードですね。以上でよろしいですか?」

 

「あ、それと食前にブレンドコーヒーを一つ。食後にシフォンケーキとハニートーストを二つずつ。持ち帰り用にチョコレートクッキーをお願いします」

 

「えっ、えぇ? あっ、し、失礼しました。食前にブレンドコーヒー、食後にシフォンケーキとハニートーストを二つずつ、お持ち帰りでチョコレートクッキーですね。かしこまりました」

 

「以上で、お願いします」

 

「かしこまりました。コーヒーはすぐにお持ちいたします」

 

 よく驚かれる事が多いけど、私は結構食べる方だ。そこまで食べなくても問題はないけど、食べられる時は食べられるだけ詰め込んでおきたい。

 久々にテレポーテーションを使ったからか、やけにお腹が空いて仕方がないのだ。正直なところ、花女を見学していた時から腹の虫が鳴かないように気をつけるので精一杯だった。

 

 可愛らしい顔を慌てふためかせながらメモを取る店員さんの様子を見て、なんとなく胸の中が満たされる。思わずといった様子で口にした疑問符を急いで撤回したところなど予想通りの反応で、思わず笑いそうになってしまった。驚かせがいがある、いいものが見られた。

 

 …………はて、私はこんなにも意地悪な性格をしていただろうか。

 

 いや、まぁ、そんな時もあるだろう。あの店員さんが可愛らしい反応をするのが悪いのだ。あれでは思春期の男子でなくても揶揄いたくなってしまうだろう。つまり、そういうことなのだ。私は悪くない。

 

 

 目の前に差し出されたコーヒーに舌鼓を打ちながら、それとなく店内を見渡す。

 混雑しているというわけではないが、それなりに繁盛しているように見える。

 

 テーブル席では女の子が二人で楽しそうに談笑しているし、その他にも女性客…………というか、女子学生の客が多く見受けられる。

 

 …………っていうか、その二人組の女の子がこっちを驚いたような目で見ている。あんまり大きな声で話していたわけじゃないんだけど、店員さんが驚きで声を上げていたから注目されたのだろうか。

 

 二人のうち金髪の方の女の子と目が合う。女優みたいに綺麗な顔をしていて、正直ちょっとドキッとした。

 

【あの子、あの体型でそんなに食べるのね……太らないタイプなのかしら。正直、羨ましいわね】

 

 あぁ、何かすみません。燃費が悪い体質なんで、エネルギーがどっかで消費されているんですよね。何とは言わないんですけど、おそらく超能力が原因だと思います。

 

 そう考えると、この力も捨てたものではないのかも。いや、まぁ元から便利っちゃ便利なんだけどそういう意味ではなくてね。

 

 

「おまたせしました、サンドイッチのセットとドリンクのレモネードです」

 

 誰に向けたものでもない言い訳をつらつらを重ねていると、いつのまにか店員さんが目の前に食事を運んできてくれていた。

 すこし驚いた、注文してから届くまでが早い。

 

 不意を打たれて舌をもつれさせながら、礼儀を躾けられた口は店員さんにお礼を告げようとする。

 

「あっ、ありがとうございます」

 

「食後のご用意はできておりますので、お手数ですが一言お声掛けください」

 

「はい。えっと、その。お世話になります」

 

「? ……ふふっ、ごゆっくりどうぞ」

 

 ワザと驚かせるような注文の仕方をした後ろめたさで変な受け答えをしてしまった。店員さんはきょとんとした表情を浮かべた後、花の咲くような笑顔でその場をさっていった。

 

 …………恥ずかしい、誰も見ていなかったら机に突っ伏して声を上げていたかもしれない。

 

 そんな気持ちをグッとこらえて、サンドイッチを手に取る。

 

「いただきます」

 

 

 

 この店は当たりだった。出された料理は全部美味しかったし、雰囲気も悪くない。あと、店員さんも可愛らしくて見ていて気持ちがいい。

 

 や、変な理由とかなしに、ね?

 本当だよ? 私は女の子を目当てに店に通うような変な奴じゃないから。

 

 それはともかく、この街で一人暮らしする事になったら偶に通う事にしよう。

 節約しないといけないから、あまり出費するわけにもいかないけど。

 

 店を出て次の目的地へと足を進めながら、新しい生活へと想いを馳せる。

 

 きっとそれは、私が思い描くよりも素晴らしいものになるだろう。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 幾分か温度が下がり、風が吹いて過ごしやすくなった街を進む。

 

 学校見学は実際は口実のようなもので、私には他に幾つかの目的があった。

 

 何度も何度も通った道を、あの頃よりも高くなった目線で眺めながら。

 

 変わり果てたその場所を目撃して、私は大きなため息をついた。

 

「まぁ、こうなってるよね」

 

 

 そこは、私が子供時代を過ごした場所。

 まだ家族の愛を信じていられた頃に、みんなで生活していた建物があった場所。

 

 

 もう何年も会っていないけど、お父さん、お母さん、あなたたちは知っていましたか?

 

 

 ────私たちが家族であった(いえ)はもう、この街には残っていませんでした。


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