奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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懐かしの場所 1

 超能力といえば、人は何を思い浮かべるだろう。

 

 他人の心を読むことができるテレパス、一瞬で長距離を移動するテレポーテーション、何もないところから発火させるパイロキネシスなど。さまざまな創作物で語られている通り、その分類は様々だ。

 

 年頃の男子であったら、自分が超能力に目覚めたなら〜と一度は空想にふけるのではないだろうか。同級生が一時期そういった話題で盛り上がっているのを耳に挟んだことがある。それも、時の流れとともに沈静化していったけど。

 

 彼らが、そして世の中の多くの子供達が想像する超能力というのは、なぜか一人につき一種類に限定されていることが多い。

 

 それはおそらく、彼らの空想が創作物から影響を受けている場合が多いからだ。じゃあなぜ創作物の多くがそういう傾向にあるのかというと、おそらくそちらの方が物語を創るのに適しているからだろう。

 

 想像してほしい。主人公が一人で何でもかんでも出来てしまったら、主人公がほぼ無敵で万能の、面白みのない展開ばかりになってしまうのではないだろうか。それが全てに当てはまるとは言わないが、飽きさせずに読ませ続けるには相当な技量が必要だろう。

 

 それに、尺の都合もある。

 国民的な人気作品の猫型ロボットはその設定上ほぼ万能だが、これが本気を出して事件の解決を目指せば大長編ですら数分で終わってしまうのではないか。それでは見栄えしないし、面白みがない。

 

 話が逸れた。

 

 そうでなくても、超能力を扱う作品というのはバトル物が多い。これが本当に多い。

 自分に出来ることを把握するためにそういった作品を参考にしていた時期もあるが、こんな戦いに巻き込まれてしまうくらいなら力なんてない方がいいと本気で思った。

 

 そういった物語では、当たり前のことだが……敵を倒したら次の敵がでてくる。

 

 それも、前の敵より強大な力を持った敵が。

 

 そういう展開を作る上で、超能力の種類というのはキャラクターの数に直結する大切な要素だ。

 

 主人公がパイロキネシスト、敵もパイロキネシスト、味方もパイロキネシストで、ヒロインもパイロキネシスト、そしてラスボスもパイロキネシスト。そんな作品を見たことがあるだろうか。いや、逆に面白そうだ。自分から言い出してなんだが、ちょっと見てみたい気もする。

 

 いや、まぁ、ようするに『超能力は一人一つまで』というのは物語の都合というものに大きく影響を受けている。私はそう言いたい。

 

 じゃあ、戦う必要がなくて、ほかの超能力者が出てくることもなくて、存在するかどうかも分からない誰かさん(作家)が困ることがない。

 

 そんな現実に超能力者がいたとしたら、その人物は余計な縛りを受けることがないんじゃないか?

 

 …………私の他に超能力者がいて、その人が私の心を読んでいたとしたら、こんな事を大真面目に考えている私は恥ずかしさで死んでしまう自信がある。

 

 長々と前置きしたうえで何が言いたいかというと、まぁ要するにだ。

 

 

 私は、超能力と分類されるものを複数使用することができるのだ。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 久しぶりにテレポーテーションを使用した。

 

 最近はなるべく使わないようにしていた弊害か、やけに心臓の音が煩く感じる。バレていないだろうか。さっきの少女は何か感づいていないだろうか。一度気になり始めると、心配が胸の中でみるみるうちに膨らんでいくのが分かる。

 

(やばい、どうしよ、一度戻って確認した方がいいかな)

 

 いやいや、誰も見てなかったって。だいたい普通の人が『この人、瞬間移動してきたのかも?』なんて考えるわけないじゃん。

 

 だから落ち着いて座ってろって、私。だいたい確認してどうするつもりなのだ。

 

『あの、すみません』

 

『あっ、さっきの』

 

『ちょっとお聞きしたいんですけど、もしかして気づいてますか?』

 

『えっ、じゃあやっぱり瞬間移動して電車に乗ってきたんですか? 目的地に直接行けばいいのに変だなーって思ってたんです』

 

『あー、気づかれちゃってましたか。じゃあ、記憶…………消させてもらいますね?』

 

『えっ? あっ、あっ、私の記憶が…………』

 

 

 いや、そうはならないでしょ。

 

 そんな頭の悪い受け答えなんてするわけないし、そもそも記憶消去(それ)は出来ない。しかもなんだ、その悪役まっしぐらな理不尽な行動は。これ、昨日見たドラマの内容に思考が引っ張られてないか?

 

 ともかく、そう。

 

 

 何が言いたいかというと、私は人の心を読むことができる。

 

 これが結構大変なことなんだ。

 

 常識があればわかることだけど、「できる」ということと「やっていい」ということは全く別の話だ。

 

 分かりやすくいえば、テストでカンニングができるからといってやっていいかというと、それはダメってこと。

 

 それは超能力でも同じだ。

 

 無闇矢鱈に裸足で人の心に踏み込み、その人が秘しておきたいことを暴くというのは、少しでもモラルがあれば善悪のどちらに判断されるか、分別がつく。

 

 たとえそれが暴かれることのない罪であるとしても。

 

 少なくとも、私はそれが良くないことだと認識している。

 

 だが、やってはいけないことだと分かっていてもやってしまうことがある。

 

 カンニングで例えておいてなんだけど、次はこう例えてみよう。宿題を解いている最中に、巻末の答えを覗いたことはないだろうか。

 

 私は、ある。何も答えを丸写しにしようとしたわけではない。

 

 一問解き終わった後に、「答えを確かめようとした(・・・・・・・・・・・)」のだ。自分で解いた問題を、答えが正しいものであるのか。やり方を間違えていないか確かめて、安心したかったのだ。

 

 そう、無意識のうちに。

 

 

 …………人は、知らないことへ不安を感じる生き物だ。恐怖と言い換えてもいいかもしれない。だからこそ、その中身をリスクなしに確かめる手段に対して躊躇いを捨ててしまうことがある。

 

 私のテレパスは特殊というか、発動に条件がある。だからこそ、私が自制心を働かせているうちは決して暴発することはない。

 

 しかしその自制心はあくまで私の中の罪悪感を左右する程度のものでしかなくて、私はその気になればいつでも人の心を覗き込んでしまえる。

 

 問題集の巻末を覗き込むような気軽さで、出来てしまえるのだ。

 

 それは、酷く恐ろしいことなのだと思う。

 

 一度覗いてしまえば、人の自制心など簡単に崩れ去ってしまう。禁を破るごとに、人の心はその心理的ハードルを下げていく。

 

 躊躇いを捨ててしまえば、私はいつでもどこでも超能力を利用して楽に自由に生きていけるだろう。

 

 しかし、それは果たして正しいことなのだろうか。その自分本位な行動の果てに、私は『奥沢美咲』のままでいられるのだろうか。

 

 

 

 …………窓の奥を眺めながらこんな事を考えている私は、側から見ればかなり恥ずかしいやつなのではないだろうか?

 

 近くに超能力者がいて、私の心を読んで笑っているとしたら、私はそいつを生かして帰す自信がない。

 

 まぁ、つまりそういう事なのだ。

 

 

 自分がやられて嫌なことは、他の人にもしない。

 

 簡単なようで難しい、単純な一つの決まりが私を私として生かしている。

 

 

 …………本当に、誰も心を読んでいないよね? なんか不安になってきた、目の前の男の人もこっちをチラチラ見ているし、ちょっとくらい確認してもいいかな?

 

 いや、ダメだって。っていうかよくよく観察してみるとこの男の人、私の脚見すぎでしょ。

 

 チラチラ見てくる男の人の顔をキャップ越しに見ていると、不意に目が合った。

 

 心の声が、聞こえる。

 

 

【あっ、目が合った。気づいてくれ、裾に値札がつきっぱなあっ気づい】

 

 すぐに目を逸らした。

 

 何気ない雰囲気を出しながら裾を確認すると、なるほど。確かに値札がつきっぱなしになっている。無理やり引きちぎった。やっぱ便利だわ、この力。っていうかこれ気づかないまま家からここまで来ちゃってたのか。さっきの女の子もこれ見ていたりしないよね?

 

 キャップのつばを下げ、赤くなっているであろう顔を隠す。やっぱり帽子は大切だ、目元を隠せるのが特に良い。

 

 …………や、いまのは事故だから。意図してやった訳じゃないし、ノーカンノーカン。ノーカン、だよね?

 

 ダメ? …………いや、ダメでしょ。

 

 誰に対してでもなく言い訳を重ねようとする自分へと釘をさす。これが怖いんだ。ふとした拍子に、人の心を読むことへの抵抗がなくなってしまいそうで。

 

 まぁ、とりあえず。えっと、その。

 

 セクハラを疑ってごめんなさい。

 

 

『次は、◯◯────』

 

 

 タイミングがいい、というのだろうか。

 車内放送が伝えた駅名は私が目的地にしているところだった。

 

 目の前の男性に対する申し訳なさと羞恥心を誤魔化すように、そそくさと荷物を手にとって立ち上がる。

 ドアの前に立ち、窓の外の景色が徐々に灰色へと切り替わっていくのを眺める。

 

 ドアが開き、夏の熱気が車内に雪崩れ込んで、冷房が冷やした空気を緩くしていく。

 そのなんともいえない温度に体を震わせながら、駅へと降りる。

 

 その前に、後ろを振り返る。

 

 ずっとこちらを眺めていたのか、それとも偶然タイミングが合っただけなのか。

 

 顔を見られて驚いている男性の目を見ないように視線を下へと向けながら、無言で一つ会釈をする。恥をかく前に値札に気づかせてくれたことへのお礼と、勝手に心を覗いたことへの詫びの気持ちを込めて、頭を下げた。

 

 男性の反応を確認することもなく、ようやく私は駅へと────懐かしの街へと、足を踏み出した。

 

 

 久しぶり、帰ってきたよ。子供の頃の私が、忘れ物をしてしまった場所。


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