番外編:アリシアの実家について
「アリシアちゃんの実家ってどんな感じなの?」
うららかな午後。
いつものように塔に居座っているアダムが、クッキー作りをしているアリシアに訊ねた。
「私の実家ですか……」
アリシアは実家を思い出した。
そう、一言で言うなら……。
「ド田舎ですね」
まさにその言葉がぴったりだ。
「ド田舎……」
アダムがアリシアの言葉をオウム返しした。
「狩りができないといけないぐらいですからね。冬は豪雪地帯なので、狩りをして保存しておかないといけないんです」
「大変そう……」
「そうでもないですけど、雪も少ししか積もらなくていつでも物が手に入るここの暮らしに慣れちゃうと、そう感じちゃうかもですね」
この一年ですっかりこの暮らしに馴染んでしまった。今実家に戻ればどれも不便に感じるだろう。特に入浴が。
一家に一台ヴィンセントがいれば楽だろうな、とアリシアが思っていると、ヴィンセントが居間に入って来た。
「アリシアの実家……?」
話を聞いていたらしいヴィンセントに、アダムがにやにやしながら近寄った。
「アリシアちゃんの実家では、狩りができない者は半人前らしいよ!」
「半人前?」
確かにアリシアの実家の村では狩りができるのが当たり前で、できない者は多少馬鹿にされる傾向があるのは事実だ。
ヴィンセントは少し考える仕草をすると、アリシアの目の前に立った。
「アリシア」
「あ、はい……」
なぜか急に向かい合う形になったのだろうか……。
アリシアはやや緊張しながらヴィンセントを見つめた。
「俺は狩りができる」
「は……い……?」
想定していなかった発言にアリシアの思考は固まった。
「か……り……?」
「しかも得意だ」
やや胸を張ってそう言うヴィンセントに対して、アリシアの頭にひたすら疑問符が浮かぶ。
なぜ狩り自慢を……?
「そう、です、か……?」
意図がわからずそれしか答えられなかった。
「熊でもイノシシでも鹿でもなんでも仕留めて解体までできるぞ」
「は、はあ……」
「カエルもできるが……」
「カエルは結構です」
いくら田舎だからと言って、この平和な時代にカエルは食べていない。美味しいとは聞いたことがあるが、二百年前は食糧不足の村の食べ物という認識で、現在は好きな人間が食べる嗜好品という扱いだ。そしてアリシアは食べたくない。
ヴィンセントは何が言いたいのだろうか?
アリシアが混乱していると、アダムがツンツンとひじを突いた。
「アリシアちゃん……たぶんだけど、賢者様、俺は君の実家に行っても恥じない男だぞってアピールしているんだと思う」
「え……」
実家に行っても……?
言葉に意味を理解して、アリシアは顔を赤く染める。
「ヴィ、ヴィンセント……?」
「まだ足りないだろうか……? 木こりの真似事もできるが」
「い、いえ大丈夫です……」
本当にアピールしていたらしい。
他に何かないかと真剣に考えているヴィンセントに、アリシアはもじもじしながら口を開いた。
「そ、そのうち、会わせるので……その……自信を持って紹介します」
思考しているうちに宙に向いていた視線をアリシアに戻したヴィンセントは、嬉しそうに柔らかく微笑んだ。
「俺のいないところでやってくれないかな」
アダムの声は届かなかった。