52:彼の幸せ
ご拝読、ご声援ありがとうございました。
続編や番外編書きたいとは思いますが、未定なので、気長にお待ちください。
活動報告に、人物紹介書きましたので、よろしければどうぞ。
「――で、出てきたらどう?」
二人の様子を見ていたヴァネッサがそう言うと、木陰から、一人、男が出てきた。
「バレていましたか」
とぼけたように言う彼に、ヴァネッサは鋭い目線を投げかけた。
「あなたが見に来ないわけないもの。自分が仕組んだハッピーエンドに」
「仕組んだとは人聞きが悪い」
彼は――クロードは、笑いながらヴァネッサの隣に並んだ。
「本当のことでしょう」
「僕はただ、姉の幸せを望んだだけです」
本当に、それだけだ。
クロードは、今世の姉が笑っているのを見る。
幸せそうだ、とても。
自分が見たかった、姉の心からの笑顔だ。
「僕の能力は、姉とは違う。ほとんど役に立たないものでした」
クロードは自分の手を見る。どうせなら、もっと違う能力があればと、何度望んだかわからない。違う力なら、姉を守れたかもしれないと――
でも、きっと結果的によかったのだ。
「死んだ魂に干渉して、どのように転生できるか決められる力なんて、あってもどうしようもないと思っていました」
だけど、この力のおかげで、姉の望んだ未来を作れた。
弟子と共にいたいと望んだ、姉の願いを叶えられた。
「で、記憶を残したまま転生させてあげて、能力もそのままって?」
「記憶は僕ですが、『祝福』の力は勝手についてきたんですよ。今の僕も前世と同じ力を持っているし、転生しても引き継がれるようですね」
「そう、私は死んだことないからわからないわ」
なにせ、死ねないのだ、自分は。
「前から思っていたんですが、あなたはなぜ不老不死なんです?」
「……それを聞いてどうするのよ」
「ただの知的好奇心です」
「……本当に、あののほほんとした姉と違って生意気ね」
ヴァネッサは睨みつけるが、クロードはそれに笑みで返す。一つため息を吐いて、ヴァネッサは口を開いた。
「自分の死ぬ未来を先読みしたのよ。若かった私は、死にたくないと思った。で、不老不死になる方法を選んじゃったわけ」
本当に、馬鹿だった。
後悔したのは、そのすぐ後だ。
だって、大切な人は、自分を残して死んでいく。
いつもいつも、一人残されて。
「……それより、どうしてアリシアの容姿を前世のままにしなかったのよ」
話を変えるために、疑問に思っていたことを聞く。アリシアの容姿を当時のままにしておけば、ヴィンセントはすぐに気付いて、もう少し早く解決したはずだ。
「姉上も、罪悪感がすごいから、自分だとわかった状態では会いにいかないと思ったんですよ」
素直そうで、素直じゃないから。
そう告げるクロードの表情は優しい。姉が心底好きなのだろう。
「どうせなら、『普通に暮らしたい』という姉の願い通りに、普通の家庭に生まれて、普通に暮らさせてあげたかった。前の姉上は、綺麗だったでしょう?」
「……そうね、私の次ぐらいにね」
「ええ、あの容姿では普通の暮らしはできない」
少しばかり張った見栄は流された。
「それに、賢者様にも試練を与えないと」
にやりと笑う顔は、アリシアとは似ていない。
「……本当に、いい性格」
「お褒めいただき、光栄ですよ」
「でも結果的に、自分では気付けなかったじゃない」
「及第点としましょう」
なんだかんだと、ヴィンセントにも甘い男だ。
「でも、二百年も待たせることなかったんじゃないの」
「あなたが一番平和な時代は二百年後だっていったのではありませんか」
確かに言った。しかし、本当に二百年後に転生するように能力を使うとは思っていなかった。
「姉には平和な時代に生きてほしかったんです」
「……その間に、賢者が観念してアリシアの『祝福』を受け入れていたら、どうするつもりだったのよ」
「その時はその時です。仕方ないこととして、僕がそばにいる予定でした」
ヴィンセントにも甘いが、それ以上に、姉に甘い男だ。結局この男にとっては、ヴィンセントの幸せより、アリシアの幸せなのだ。
「あなたも、アリシアの近くで生まれ変わったらよかったのに」
「そうしたら今度は僕に遠慮して、賢者様に会いに行かなくなりますよ。言ったでしょう、姉は中々に、面倒くさい人なんですよ」
いつも、あれこれと考え悩んでしまう。
人のことばっかり。
「見てください、姉上のあの顔」
言われてアリシアを見る。
ヴィンセントと一緒に泣きながら抱きしめあっているその姿は、本当に、とてもとても幸せそうだ。
「やっと、幸せにできた」
クロードも、泣きそうな顔で笑う。
「あなた、アリシアに名乗らない気なの」
「ええ、今のところは。そのほうがいい気がするんです」
それに、と彼は笑う。にかっとしたその顔は、クロードらしくはない。
「俺は、今はアダムだからね! もうしばらく、近くで二人の幸せそうなところを見ているさ!」
明るく笑う男を見て、ヴァネッサも笑った。
「そうね」
ヴァネッサも、幸せを願っている。
「私も、あなたの幸せを願っているわ」
小声で告げた言葉は、この男の耳に入っただろうか。
――ずっとずっと昔から、ヴァネッサが幸せを願うのはただ一人だ。
泣きたいけれど泣かないように気張りながら、ヴァネッサはアダムを見る。
「何度生まれ変わっても、私はあなたを愛してる」
ヴァネッサの声は、風に攫われた。
二人を見るアダムの手を、そっと握った。