51:二人の幸せ
魔女のアリシアは、常に罪悪感を抱えていた。
弟の自由がないのも自分のせい。兵士たちが戦に行かされるのも自分のせい。父がどんどん強欲になるのも自分のせい。
だから、アリシアは無意識に、拒んでいたのだ。
「私自身が、『祝福』の力を受け入れていなかったからです」
――どうして、こんな力が私にあるの。
魔女のアリシアは常に力を嫌っていた。
だから、『祝福』は、アリシアには発動しない。拒絶したからだ。――今の、ヴィンセントのように。
「私が認めないから、『祝福』は、私に発動しなかった。光すら現れなかった」
だから、アリシア自身も、周りも、アリシア本人に対しては祝福が使えないと思い込んだ。
アリシアがヴィンセントの頬を撫でる。
「あなたの『祝福』は、私が命を懸けてかけた『祝福』。強力なものにはしたつもりですが、まさか、それが、あなたを生かしているとは思いませんでした」
「おかげで」
アリシアの手から伝わる体温にうっとりしながら、ヴィンセントは口を開いた。
「おかげで、ずっとあなたを感じることができた」
この力が付きまとっている間は、アリシアを感じていられる。
だから、ヴィンセントはこれでよかったのだ。
アリシアの痕跡を身近に残せるなら、いくら生き続けようと、ヴィンセントは構わなかった。
「あなたは、まだ幸せになる気はないのですか?」
アリシアの問いに、ヴィンセントは微笑んだ。
それが答えだ。
「わかりました」
アリシアがヴィンセントから手を離す。
それを寂しいと言う権利はヴィンセントにはない。
ふわりふわりと光が舞う。
これは二百年前に見たことがある。
そう、これは——
「『祝福』……」
驚いて目を見開くヴィンセントに、アリシアは笑う。
「私は、『祝福』の力が使えないとは、一言も言っていませんよ」
ふわりふわりと、懐かしい光が舞う。
「あなたが幸せになる気がないというなら」
アリシアは、とても幸せそうに笑う。
「受け入れるように、するまでです」
受け入れるように――
ヴィンセントはその言葉でアリシアに駆け寄ろうとする。
しかし、アリシアのほうが早かった。
「ヴィンセントと共に、幸せになれますように」
アリシアは自分に手をかざす。
光がふわりふわりとアリシアの周りを取り巻く。
それは徐々に収束していった。
光がなくなれば、そこには呆然としたヴィンセントが残される。
「さあ」
アリシアはヴィンセントに一歩近寄った。
「私が自分にかけた『祝福』は、まだ発動していません。あなたが幸せになることを受け入れるまで、これは私にまとわりつくでしょう」
ヴィンセントは一歩一歩と近づいてくるアリシアをただただ見つめている。
「残念ながら、今、私は生きているので、この『祝福』は消えません。受け入れられないこれがどう作用するか……それは私にもわかりませんが」
ヴィンセントが泣きそうな顔をした。
「もしかしたら、私も不老不死になるかもしれませんね」
「ダメだ!」
叫んだヴィンセントに、アリシアはまた近づいた。
「それが嫌なら、受け入れてください、ヴィンセント」
ヴィンセントは首を振る。
アリシアはヴィンセントと目線を合わせた。
「あなたが、私を殺したことで、自分を責めているのは知っています。ですが、私は、あなたの幸せを願っている」
他ならない、アリシアが願っているのだ。
「もう二百年も前のことです。私がこうして生まれ変わるだけの時間は過ぎている。あなたは充分、自分を責めた。もう、いいんです」
――いいのだろうか。そんな自分が許されても。
――この人の、手を取っても。
未だにためらうヴィンセントの顔を、アリシアが両手で触れる。
「幸せになりなさい、ヴィンセント」
アリシアは、笑っている。
「私と一緒に」
涙で滲んで、アリシアの顔がよく見えない。
ヴィンセントは自分に触れるアリシアの手を、おそるおそる握った。
「あなたにもう一度会えた」
くしゃくしゃの顔で泣きながら、いつもでは考えられない表情で、へらりと笑って。
「もう、充分、幸せだ」
ふわりと光が舞う中で、ヴィンセントはアリシアを抱きしめた。