50:今の二人
「ヴィンセント」
思考が一瞬過去に戻っていたヴィンセントは、アリシアの自分を呼ぶ声で現世に戻った。
「アリシア」
ヴィンセントは愛しい存在の名前を声にのせた。愛を込めて呼ぶのは二百年ぶりだ。愛しい、アリシア。
「あなたは、私を嫌ってはいないのですね?」
アリシアが念押しのように聞いてくる。アリシアを嫌うなど、ヴィンセントにはありえない。
二百年、ただ一人を想っていたのだから。
「愛している」
ヴィンセントは精一杯の気持ちを伝えようと、口にした。アリシアは赤い顔で俯いた。
「その……それはわかりました……」
アリシアが顔を赤くして言う。ヴィンセントはその事実だけでうっとりした。
あと、少し手を伸ばせば、アリシアを抱きしめられる。
しかし、ヴィンセントにはその資格がない。
ヴィンセントはアリシアを殺した張本人なのだから。
伸ばした手を引っ込めたヴィンセントを見て、アリシアは言った。
「あなたは、未だに、幸せを拒否しているのですね」
何を言っているのか。ヴィンセントには、幸せを享受する資格がないだけだ。
「ヴィンセント」
アリシアがふわりと笑う。ああ、笑い方からも、前世のままだ。ヴィンセントは吸い寄せられように、アリシアに近付いた。
「ヴィンセント」
アリシアが自分を呼ぶ。それだけで、ヴィンセントは酩酊したかのような気分になる。
「私は、一つ嘘を吐きました」
アリシアはヴィンセントの手を取り、両手で握りしめた。
「私は、自分に『祝福』をかけられないと言いました」
ぎゅっと手を握られるとアリシアの体温がヴィンセントに伝わる。
「あのとき、私が自分に『祝福』をかけられなかったのは――私がそれを望んだからです」